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―水無月の頃 その3― 【6月11日 入梅】 入梅。 読んで字の如く、暦の上で梅雨に入る頃を指している。 だが、世の中では既に、六月初旬から梅雨が始まっていた。 折角の日曜日だというのに、朝から雨のそぼ降る景色を見せられては、 気力も意欲も急降下。一気に、倦怠感と脱力感に襲われる。 翠星石も、カーテンを開いて窓に付く水滴を見た途端、二度寝モードに突入してしまった。 カリッ……カリカリカリッ……。 例によって、チビ猫が起こしに来たが、翠星石は瞼を閉じたまま、聞き流した。 やがて、ドアを爪で引っ掻く音が止み、チビ猫も諦めたものと思いきや、 今度はニャ~ニャ~と悲しげな声で鳴きだす始末。 (うっ…………流石に、胸が痛むですぅ……いやいやいや。 ここで起きたら、ヤツの思う壺です! 意地でも二度寝してやるですぅ!) すると、今度はトントンと階段を昇ってくる足音が響いてきた。 「おや? 入れてもらえないのかい?」 チビ猫の声を聞きつけて、祖父が様子を見に来たらしい。 さて、これで祖父がチビチビを連れていってくれるのだろうと、 安堵したのも束の間―― 「どぉれ。じゃあ、儂が扉を開けてあげよう」 などと、戯けたことを言い出したではないか。 ちなみに、蒼星石と翠星石の部屋のドアには、鍵が付いていない。 中学になる頃、祖父母は付けても良いと言ってくれたのだが、 姉妹の方から必要ないと断ったのだ。 実際、今までは、無くたって不便さを感じていなかった。 それが、今になって、後悔する日が来ようとは……。 (……しゃーねぇです。これで静かになるなら、我慢してやるですぅ) チビ猫は、すぐに胸の上に乗ってくるので、息苦しいし暑苦しい。 かと言って、横臥していると髪の上に寝そべるから厄介なのだが……仕方がない。 翠星石は、寝返りを打ってドアに背を向け、タヌキ寝入りしていた。 すると―― 小走りに駆け寄ってくる猫の足音と、のしのしと床を踏み締める祖父の足音が、 徐々に近付いてきた。時々、くくっ……と、祖父の含み笑いも聞こえる。 (……おじじ、まぁた妙なコトを企んでやがるですか) 顔に落書きだとか、前髪にミョーな寝癖を付けられたりとか、前科は幾つもある。 出かける予定がないとは言え、おかしなイタズラをされては堪らない。 翠星石は仰向けになって、パカッ! と瞼を開いた。 緋翠の瞳に映ったものは、金ぴかのマスクに頭部を包んだ、祖父の姿だった。 まさか、そんな被り物をしているとは思いもしなかったから、 翠星石は咄嗟に枕元の目覚まし時計を掴んで、祖父に投げ付けていた。 鈍い音を立てて、時計がトラに似た黄金のマスクに当たる。 「なっ! なにバカやってるです、おじじ! 年甲斐もなく牙狼の真似です? 恥を知れですぅ!」 「いやぁ……商店街の福引きで、魔界騎士のマスクというのが当たったのでな。 ちょっと、翠星石を驚かしてやろうかと思ったんじゃよ」 「……ったく、しょーもねぇ老人ですぅ。さっさと外すですよ」 「そうじゃな。このマスク、頭をすっぽり覆うから暑くて……? お……おお?」 やおら、魔界騎士のマスクを撫で回して、祖父が狼狽えだした。 異変に気付いた翠星石は、ベッドの上で居住まいを正して、様子を窺った。 「どーしたです? まさか、脱げなくなった……なんて、お約束じゃねーですよね?」 「…………お約束じゃ。ファスナーに何か挟まって、動かん」 「可愛い孫を驚かそうとするから、罰が当たったですぅ。 そう言えば、確か……そんな伝説があったですね。 嫁を脅かそうと鬼の面を被った姑の顔に、面が貼り付いて外れなくなるです。 ああ、怖い怖い……ガクガクブルブルですぅ」 「わ、儂が悪かった。謝るから、これを外すの手伝ってくれんか?」 「しゃーねぇです」と重い溜息を吐いて、翠星石は肩を竦めた。 「私が聞いた伝説だと、改心して念仏を唱えたら、ポロッと外れたそうです」 「念仏かい? 南無阿弥陀仏…………むむぅ……脱げんぞ」 「きっと、方法が違うですよ。だから、外れないのは当然ですぅ。 いいですか。まずは、アブラカダブラと三回唱えやがれです。 それから三べん廻ってジョジョビジョバァ! これで完璧ですぅ」 普通に考えれば、あからさまにウソだと解る話だが、溺れる者は藁をも掴む。 祖父は疑いもせずに、翠星石の言った方法を、忠実に再現した。 何やら、ワケの解らない身振りまで付けて。 「儂の中の、よからぬモノが……ジョジョビジョ、バァーッ!」 「きゃはははははっ! おじじ、そこまでしろとは言ってねぇですぅ!」 翠星石は笑い転げるあまり、ベッドに寝転がっていたチビ猫を、 あやうく背中で押し潰しそうになった。 だが、そこは流石に敏捷な猫。素早く逃れて、にゃん! と文句を言った。 「ああ、ごめんですぅ、チビチビ~」 ひょいと抱き上げて、翠星石は柔らかな毛並みに頬ずりした。 そのまま祖父のことなどすっかり忘れ、チビ猫で『もふもふ』する翠星石に、 祖父が情けない声を出して纏わりついてくる。 「むうぅ。やっぱり脱げんぞ、翠星石~」 「あーもう……ホントに世話が焼ける老人ですぅっ! 今、おばばを呼んでくるから、待ってるです」 「っ!! ちょ、ちょちょちょっと待ったぁ!」 チビ猫を胸元に抱いて部屋を出ようとした翠星石の前に、 老人とは思えぬ俊敏さで、祖父が立ち塞がった。 「祖母さんに知られたら、こっぴどく叱られてしまうわい」 「自業自得じゃねぇですか。私の知ったこっちゃねぇです」 「ま、ま、そう言わずに。なんとか、ここで外す方法を、考えておくれ」 泣きついて懇願するものだから、やむなく、翠星石は机の椅子に腰掛けた。 「まずは、よーく見せてみるです」 祖父を床に座らせて、後頭部のファスナーを調べる翠星石。 内側で、布の切れ端が挟まっていているらしく、ちっとも動かなかった。 「……む~」 「どうじゃ、開きそうかのぉ?」 「私の手には負えねぇです。もう、死ぬまで魔界騎士のままでいやがれですぅ」 「そ、そんなぁ……これじゃあ飯も食えんのじゃ」 言われてみれば、これは一大事。 マスクが脱げなくなって飢え死にしたバカな祖父さんと、祖父だけが嘲笑されるなら良い。 だが、そうではない。 祖母や翠星石もまた、あの祖父さんの身内だと、後ろ指を指される羽目になるのだ。 そうなったら、恥ずかしくって街を歩けなくなってしまう。 (そりゃマヅイですね。むぅぅ~。 ならば、この手の事が得意な助っ人を、呼ぶしかねぇです) 翠星石は、机の上に置いてあった携帯電話を掴み、電話を掛けた。 ――――三十分後。 玄関のチャイムが鳴るや、翠星石は階段を駆け下りて、祖母より早くドアを開いた。 傘を差し、立っていたのは、眼鏡を掛けた青年――桜田ジュンだった。 「待ってたですよ、ジュン! 雨の中、よく来てくれたです」 「……お前、なんでパジャマのままなんだよ。人を呼び付けといて寝てたのか?」 「気にすんなです。それよりも、早く上がって欲しいですぅ!」 「ええ? うわっ、ちょっと待てって」 翠星石に腕を引っ張られて、ジュンは久しぶりに、彼女の部屋を訪れた。 「……まずは、こいつを見て欲しいですぅ」 ドアを開いた翠星石は、沈鬱な面持ちで、部屋の中を指し示す。 覗き込もうとしたジュンは、やおら目の前に現れた黄金の魔界騎士に抱きつかれて、 腰を抜かすほど驚いた。 「うおわぁっ?! な、なんだぁ?」 「落ち着けです。これは、おじじですぅ」 「はあ? おい…………まさか、驚かす為だけに僕を呼んだのか?」 「ち、違うんじゃ、ジュン君。詳しくは、儂が説明しよう」 話を聞き終えると、ジュンは翠星石に向けて、ふっ……と微笑みかけた。 「孫娘への思いやりがあって、いい祖父さんじゃないか、翠星石」 「お世辞なんて必要ねぇですぅ。 おじじはバカちんですから、甘やかすと付け上がるです」 「バカちん、とは酷い言われ方じゃのう」 「言われて当然ですっ! これに懲りて、ちったぁイタズラを自重しろですっ」 ジュンは笑いながら、老人の後ろに回って、状況を確認し始めた。 触れてみて、少し動かしてみる。 「うん……これだったら、ハサミで切らなくても、なんとか開きそうだ」 「ホントです?」 「まあ、任せておけって」 ジュンの指が、器用に動いていく。さながら、優雅に舞う蝶の様に。 その神懸かり的な技に魅せられ、翠星石が我を忘れた刹那、 「これで、よし……っと」 祖父の頭部を覆っていたマスクが、ジュンの手によって外された。 さっきはビクとも動かなかったくせに、ファスナーは呆気なく開かれている。 まるで魔法の指だと翠星石は思ったけれど、敢えて、口には出さなかった。 「おおっ! ありがとう! ありがとう、ジュン君っ」 フルフェイスのマスクを被りっぱなしで、よほど暑かったのだろう。 祖父は、顔中びっしりと汗をかいていた。 やっとの事で苦痛から解放された祖父は、喜色満面でジュンに抱き付き、 容赦なく汗まみれの顔を擦り付けた。 「ジュン君っ! 儂は……儂は、もう辛抱たまらなかったのじゃ」 「う、うわあぁっ! ど、どうなってるんだよ、これ? 助けてくれえっ」 「おじじが熱暴走したですっ! ジュン、いま、助けてやるですぅ!」 翠星石は、どこから持ち出したのか如雨露を振り上げ、祖父の頭を殴り付けた。 それほど強くは叩いていないが、暫しの間、祖父の動きが止まる。 「今ですっ。早く逃げるですよ」 如雨露を放り投げてた翠星石は、ジュンの手を握ると部屋を飛び出し、 一目散に階段を駆け下りて、玄関に向かった。 そして、ジュンが靴を履き終えると、自分もサンダルを突っ掛け、見送りに出た。 「ジュン……今日は、ホントに助かったです。 あ……ありがと……ですぅ」 傘を差して、家路に就こうとするジュンの背中に届く、しおらしい台詞。 ジュンは振り返って、応じた。 梅雨空の鬱陶しさなど、霞んでしまうほどの笑顔で。 「別に、構わないよ。今日は、柏葉との約束も無かったからな。 この程度のことなら、いつでも手を貸すさ」 「…………そ、そんなの当ったり前ですぅ! 私の頼みを断る権利なんて、おめーには無ぇですよっ」 照れ隠しのつもりが、ついつい、いつもの憎まれ口を叩いてしまう。 習慣とは恐ろしいものだ。無意識の内に、口をついて出ているのだから。 けれど、気心の知れたジュンは、怒るどころか陽気に笑い飛ばすと、 「じゃ、またな」と別れの挨拶を告げて立ち去った。 「……ジュン」 雨靄の彼方に遠ざかる背中を見詰めている内に、唇が、彼の名前を紡ぎ出す。 何年も前に棄てたハズの想いが、胸の奥底で燻りだす感覚。 彼は最初から、翠星石を友人としか、見ていなかったのに。 (私は……まだ、あんなヤローに未練があるです?) 胸中で自らに問いかけたと同時に、玄関のドアが静かに開き、祖父が顔を覗かせた。 そして、六月の雨に煙る街を、じっと見据えている翠星石を眼にすると、 穏やかな笑みを浮かべて問いかけた。 「ジュン君は、もう帰ってしまったのかい?」 翠星石は、ジュンの去った方を向いたまま、無言でコクリと頷いた。 すると、祖父は「そうか」と呟き、暫し黙った後、思い出したように口を開いた。 「なかなかの好青年じゃな、彼は」 「…………あんなヤツ、箸にも棒にも掛からねぇです」 「ほほう?」 吐き捨てるように呟く翠星石に、祖父の好奇に満ちた眼が向けられる。 少々、ひねくれ者の孫娘は、想いや感情を、素直な言葉で表現しない。 それを知っているから、祖父は彼女の言葉を、逆の意味に解釈していた。 「本当は……ジュン君が好きなのじゃな? もしや、もう付き合っておるのか?」 祖父は、戯けた口調で翠星石をからかった。 だが、猛烈に反撥してくるものと構えていた祖父は、予期せぬ肩透かしを食らった。 翠星石は癇癪を起こすどころか、溜息を吐いて、寂しげに目を伏せたのだ。 「私は…………あいつの彼女になんて、なれねぇです」 「なんでまた、そんな弱気な事を言うんじゃ。強力な恋敵でも居るのか?」 「まあ、そんなトコですぅ」 あの娘も、ジュンとは幼なじみ。翠星石と、立場は同じ。 だけど……彼は、彼女を選んだ。翠星石ではなく。 屋根から落ちてきた雨だれが、風に流され、翠星石の目元に当たって砕けた。 まるで、涙の粒みたいに頬を濡らしてゆく。 翠星石は、パジャマの袖で雨に打たれた頬を拭うと、祖父に笑いかけた。 「なぁんちゃって。実は、もう恋敵ですらねぇのです。 だって……高校生の時に…………私はフラれちまったですから」 「なっ?! なんじゃとぉー!」 突然、叫んだかと思うや、わなわなと身体を震わせる祖父の豹変ぶりに、 翠星石はビックリして息を呑んだ。 優しい慰めの言葉でも掛けてくると思っていたから、不意を衝かれて驚かされた。 一体全体、祖父は何故、猛烈に怒っているのだろうか? 「儂の可愛い孫を、フッたじゃと? 傷物にしおったのかっ!」 「ちょっ……いきなり、ブッ飛んだコト言うなですっ」 翠星石の怒声には耳も貸さず、祖父はさっき外したばかりのマスクを、ぐいと被った。 マスク越しに、くぐもった声が紡ぎ出されてくる。 「……あの小僧、ちょっと今から狩ってくる」 「なななっ?! お、おじじっ! 落ち着けです。犯罪行為は止めるですぅっ!」 「ええい、放せ! 乙女の純真を踏みにじった輩を狩るのが、魔界騎士の務めじゃあっ!」 「ウソですっ! そんな話は聞いたコトねぇですぅーっ!」 それから、騒ぎを聞き付けて祖母が現れるまで、祖父の魔界騎士モードは静まらなかった。 雨降って地固まる――――という風には、そうそう巧くいかない。 しとしと降り続く雨の下で、翠星石は、つくづく思い知らされるのだった。
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~第三十五章~ 交えた刃と同様に、水銀燈の紅い瞳と、めぐの鳶色の瞳が激しく火花を散らし合う。 二人の眼差しには共通して、深い哀しみの情が見て取れた。 闘いたくない。本当は、殺し合いたくなんかない。 けれど、二人は敵同士。相見えれば剣を交える運命。それも、解っている。 にも拘わらず、二人は月と星のように、夜という闇の世界で巡り会ってしまった。 「私たちって……やっぱり、こうなっちゃうのね」 「会いたくなんて、なかったんだけどねぇ」 「同感。こんな形で、水銀燈とは会いたくなかった。 でも、仕方ないわね。これも運命と諦めて、受け入れるしかないわ」 めぐの寂しげな微笑みに、水銀燈は苛立ちを募らせ、語気を荒くした。 「憎しみ合ってもないのに、殺し合うのが運命なの? おかしいわよぉ、そんなの。不条理よぉ!」 「不条理、不公平は世の常でしょ。 水銀燈……貴女だって、経験してきたじゃないの。 他人と容姿が違うだけ。みんなより病弱なだけ。 それだけで虐げられ、排斥されて――」 「それは、価値観の違いが嫌悪感を生み出すからで……」 「種の保存という本能に従っているだけよ。理論ではなく、直感的なものね。 弱者や異端児は、子孫繁栄の障害でしかないわ。 だから、正常な母集団を護るために、異常者は徹底的に排斥されるのよ」 そう言うと、めぐは剣を引いて飛び退き、間合いを取った。 剣を構え直して、水銀燈と対峙する。 「不公平は世の常と言ったけれど、誰にでも公平に与えられているモノが、 たった一つだけ有るわね。それは、生き残るために闘う権利よ」 「弱者でも、異端児でも、生存権は闘って勝ち取れ……と言うのね」 「弱肉強食の世界で、餌になりたいなら、闘いを放棄したって構わないわ」 あなたは、どっちを選ぶ? 妖しく濡れためぐの瞳が、そう問い掛けていた。 まるで、獲物を見つめる捕食者の眼……。 僅かでも隙を見せれば、躊躇なく襲ってきそうな気配を漂わせている。 「私は、水銀燈と闘いたいわ。貴女を、滅茶苦茶に壊してしまいたい。 そして、御前様の御力で、私だけの人形にして頂くの」 「……本気で……言っているのぉ?」 「ええ、本気よ。 私だけの人形にすれば、貴女はずっと、私の側に居てくれるでしょ? 私を置き去りになんかしないわよね?」 「変わったわね、めぐ……貴女はもう、以前の貴女じゃないのね」 そこまで、寂しさを募らせていたのかと思い知らされて、水銀燈は愕然とした。 一見すると冷静だけれど、めぐは既に、妄執の虜となり果てていたのだ。 責任は自分にある。理由はどうあれ、病床に伏せた彼女を置き去りにしたのは事実だ。 ならば、幕引きもまた、自分の手で行わなければならない。 「金糸雀、さっさと起きなさい。ヒナちゃんと共に、のりと戦って。 めぐは、私が抑えるから」 「……独りで、大丈夫?」 「まあ、なんとかなるでしょぉ。こっちは構わず、ヒナちゃんを頼むわ」 「解ったわ。銀ちゃんも、無理しちゃダメかしら」 そう言って、走り去る金糸雀の背中に「しないわよ」と答えて、水銀燈は太刀を構えた。 切っ先を、めぐに向ける。しかし、精霊を起動するつもりはなかった。 「冥鳴は撃たないの?」 「こんな狭い場所で使ったら、生き埋めになりかねないもの」 「……賢明な判断ね。じゃあ、思う存分に遊びましょうよ……水銀燈ぉ!」 「かかってらっしゃいな、めぐぅ。返り討ちにしてあげるわぁ!」 瞬間的に、二人の殺気が膨れ上がる。手を抜いて勝てる相手ではない。 めぐと水銀燈は、真っ向からぶつかり合い、激しく鎬を削り合った。 めぐの素早い動きに翻弄されることなく、水銀燈は太刀の長さを活かして牽制しつつ、 隙を窺っていた。 それは、めぐも同じらしく、様子見的な攻撃しか仕掛けてこない。 こういった勝負は、大概、一瞬でケリが着く。 より正確に状況を把握して、乾坤一擲の大博打に出る機会を見定め、 行動に移れた方が、勝ちを拾うのだ。 「あはははっ! とっても愉しいわ。愉しいよねぇ、水銀燈?」 「ホントねぇ……可笑しくって、涙が出ちゃうぐらいよ」 心底、愉快そうに喋るめぐ―― 心底、辛そうに呟く水銀燈―― 戦意の高さが勝敗を決するのであれば、めぐの圧勝に違いない。 だが、水銀燈とて、おとなしく斬られるつもりなどなかった。 彼女には、まだ果たさねばならない役目が残っている。 真紅を助け、皆と協力して、是が非でも鈴鹿御前を葬らなければならないのだ。 ぶつかり合う刃から、火花が散った。 それは偶然にも、めぐの目元に飛んで行き、瞬間、彼女の気勢を削いだ。 決定的な好機。 しかし、刃がめぐの柔肌を切り裂く寸前で、水銀燈は太刀を振り抜くことを躊躇ってしまった。 その間に、めぐは、すかさず飛び退いて事なきを得た。 なんて、もどかしいんだろう。 水銀燈は自分の未練がましさに憤り、歯噛みしていた。 覚悟を決めてきた筈なのに、いざとなったら、迷いを生じるなんて。 そんな彼女の真意を探るように、めぐは水銀燈を、じっ……と見詰めていた。 めぐの視線に晒されて、水銀燈は緊張のあまり、身体を強張らせた。 真剣勝負で手を抜いたと怒鳴られ、罵られるだろうか? それとも、本気になれない半端な覚悟を、嘲笑されるのか? どれほどキツイ言葉を浴びせられようとも動じないつもりで身構えていたのに、 めぐが放ったのは、予想もしなかったほど単純な質問だった。 「どうして、途中で剣を止めたの? 今ので、決着が付いたのに」 返答に窮する水銀燈に、めぐが見せたのは、怒りでも嘲りでもなく、 深い深い寂寥感を湛えた表情だった。 親に構って貰えない子供が見せるような、拗ねた中にも媚びを売る面持ち。 水銀燈と愉しい時間を共有したい。めぐの眼差しからは、そんな切望が滲み出していた。 「私、嬉しいのよ。だって、夢が叶ったんだもの。私はね、水銀燈。 貴女と、こんな風に思いっ切り身体を動かして、遊びたかったのよ。 野山を駆け回ったり、川で泳いだり……いろんな事を、一緒に体験したかった」 「それは、私も同じよ。いつまでも、めぐの側に居たかった。 そして、ずっと……私の側に居て欲しかったわ」 その返答に、めぐの表情は可憐な花が咲いたかのように、パッと明るくなった。 とても眩しい笑顔。この笑顔を見る為なら、どんな苦労も厭わない。 水銀燈は、心から、そう思った。 ずっと以前から今日に至るまで、そう思い続けてきた。 「ねえ、水銀燈。もっと遊びましょうよ。 頭の中が真っ白になるくらい、思いっ切り。疲れて身体が動かなくまで」 「……解ったわ。めぐが望むなら、どんな事にでも付き合ってあげる」 たとえ、それが命を奪い合う危険な遊戯であったとしても―― めぐにとって幸せならば、叶えてあげよう。 有意義な時間を、共に過ごしてあげよう。 水銀燈は、そう思いながら、めぐと激しい剣撃の応酬を繰り広げた。 めぐと水銀燈が向こうで凄まじい剣撃を繰り広げている中で、 雛苺と金糸雀は、のりと対峙する。 二人の犬士を前にしているにも拘わらず、のりの口元から冷笑が消えることはない。 これが実戦慣れした者の余裕だろうか。 ただ睨み合っているだけなのに、金糸雀たちの方が、精神的に追い詰められていた。 「これで、二対一よ。貴女に勝ち目は無くなったわ。観念するかしら」 心理的な優位性を取り戻すべく、虚勢を張る金糸雀に、のりが嘲笑を浴びせる。 及び腰であることが、すっかり見抜かれていた。 「貴女ひとりが加わったところで、大した驚異じゃないわ」 「どうかしら? 確かに、神剣や神槍は無いけれど、精霊なら使えるわ」 「そうなのっ! のりが勝つことは、絶対にないのっ!」 「あらあら、元気な娘たちねえ。久々に躍り食いが愉しめそうだわ」 のりの嬉々とした様子に、金糸雀と雛苺の虚勢は、脆くも崩されてしまった。 躍り食い……活きながらにして、丸呑みにされる光景を思い浮かべるだけで、 雛苺は失神しかけてしまう。 「こ、こらっ! しっかりするかしらっ」 「ほぉら、ね。一人でも二人でも同じ事よ。大した驚異にならないわ」 「くっ! 雛苺が気圧されたって、カナは退かないかしら!」 みっちゃんや、村人たちの仇を討つためにも、絶対に退く気は無い。 金糸雀は素早く短筒を構えて、発砲した。 のりの急所は判らないが、とりあえず、笹塚の時と同様に、眉間と心臓を狙う。 だが、放った二発の銃弾は、あっさりと躱されていた。 「あっはははは。そんな豆鉄砲、お姉ちゃんに通用すると思ってるのぅ?」 のりの左腕が奇妙にしなったかと思った直後、金糸雀は腹部に鈍い衝撃を受けた。 何が起きたのか解らないまま、吹き飛ばされて柱に激突する。 息が詰まり、意識まで飛びそうになったものの、衝突の弾みで落ちてきた松明が、 正気を保たせてくれた。 慌てて燃え差しの松明を払い除けたが、木綿の服は焼き色がついている。 ともあれ、袖の弾帯に引火せずに済んだのは幸運だった。 「くぅ……痛っ。んもう……一体、何に弾き飛ばされたのかしら?」 腹部に残る鈍痛に手を当てながら、のりを睨みつけて、金糸雀は理由を悟った。 驚くべき事に、のりの左腕は大蛇に変貌して、床をうねっていたのだ。 「あの大蛇を、鞭のように用いてたって訳ね。とんでもない奴かしら」 ともあれ、弾丸を再装填するなら今の内だ。 金糸雀は撃ち残していた一発の銃弾も廃莢して、新たな六発を弾倉に装填した。 その間にも、のりは雛苺を狙って、大蛇と化した左腕を素早く伸ばしていた。 のりの左腕に向けて、金糸雀は三連射を浴びせたものの、突進を食い止められない。 雛苺は、迫り来る大蛇の恐怖に堪えながら、精霊での対抗を試みた。 「べ、縁辺――」 「させないわよぅ、憎たらしい小娘が」 精霊を起動しかけた雛苺を、大蛇と化したのりの左腕が襲う。 彼女の小柄で華奢な体躯は、蛇の頭に殴打され、為す術もなく薙ぎ払われていた。 雛苺は悲鳴を上げて倒れたが、彼女の装束を大蛇が銜えて、ぐいと引き起こす。 訳が分からず混乱する雛苺の身体に、人頭蛇身に変じたのりが巻き付き、締めあげた。 「雪華綺晶を誑かしたのは、貴女なんですってね? 許せないわあ」 「な、なにを言ってるかしら! 雪華綺晶は、元々カナたちの仲間なのよ」 「この娘が、精霊を使って誑かしたのよ! そうでなければ、あの娘が、お姉ちゃんの元を去る筈がないじゃない。 二十年近くも、一緒に暮らしてきたのよ? 敵対するなんて有り得ないわよぅ」 「それは、単に穢れの植物に、寄生されていただけの話で――」 「うるさいっ! この娘は、お姉ちゃんから雪華綺晶を奪った。 それが許せないの。殺したいほど憎いのよ!」 のりの気迫に圧されて、金糸雀は口ごもった。 穢れの者が、そこまで雪華綺晶を想い、慈しんでいた事を思い知らされ、 純粋に驚いていた。 けれど、それは金糸雀が養父から与えられた温かな慈愛ではなく、 殺してでも自分の手元に縛りつけておこうとする妄執のように感じられた。 「雛苺を殺したって、雪華綺晶はもう、貴女の元へは帰らないかしら」 「黙りなさいっ! だとしても、この娘だけは許さない。 このまま絞め殺して、呑み込んでやるわっ!」 「そんな事、カナがさせないかしらっ!」 物凄い力で全身を圧迫されて、雛苺は息を詰まらせ、声も出せずに、顔を真っ赤にしている。 蛇身が擦れ合い、鱗が鳴る音に混じって、雛苺の身体から骨が軋む音も聞こえた。 最早、一刻の猶予もならない。 金糸雀は必中を狙うべく、痛む身体に鞭打って、のりの元へと走り出した。 のりは雛苺に巻きついているため、身動きが取れずにいる。 好機は、今をおいて他にない。弾倉に残っているのは、三発。 至近距離から頭に撃ち込めば、斃せずとも、雛苺を救出する余裕は出来よう。 「雛苺っ! すぐに助けるから、もうちょっとだけ頑張るかしら!」 「今更、何をしようと手遅れよぅ」 ぎちぎちぎちっ! 雛苺を締め上げる力が増して、トグロの内側からメキメキと何かが砕ける音が漏れてきた。 「あ、ああぁぁ――――っ!」 「雛苺っ! よくもぉっ!」 金糸雀は絶叫しながら、短筒の銃口を、のりの頭に向けた。 憤怒の形相を見せる彼女を、のりは「ふふぅん?」と鼻で笑う。 「本当に、撃っても良いの? 後悔しない?」 のりの人を食った態度に、金糸雀は色めき立った。 引き金に掛けた人差し指に、知らず、力が入る。 「後悔なんて、する筈がないかしら! 雛苺を助け出せて、みっちゃんの仇が討てるんだからっ」 「へえぇ……これでも?」 のりは少しだけ頭を上げて、金糸雀の眼前に胸元を晒した。 すべすべした蛇腹に、実寸大の人面が浮かび上がってくる。その顔は―― 「み…………みっちゃんっ!」 「そう。貴女の知り合いの女よぅ。 この女の魂はねえ、お姉ちゃんの中で生きているの。 お姉ちゃんを殺したりなんかしたら、どうなるか……解るわね?」 「ひ、卑怯者っ! 人質を楯にするなんて、最低の所行かしらっ!」 「あはははっ。いつ聴いても、負け犬の遠吠えって気持ち良くなるわねえ」 このままでは、雛苺が窒息死してしまう。その次は、自分が餌食になる番だ。 撃つしかないとは思うものの、みっちゃんの顔を見てしまうと、決意が揺らぐ。 まして、のりの中で生きているなどと言われては、撃つのが躊躇われた。 引き金に掛けた人差し指が、じっとりと汗ばんでくる。 「どうしたのぅ? 遠慮は要らないから、早く撃ちなさいな」 金糸雀の懊悩を承知していながら、のりは彼女を嘲り、挑発した。 撃てる筈がないと、高を括っているのだろう。 噛み締めた金糸雀の奥歯が、きりり……と軋んだ。 決断を下さなければならない。それも、今すぐに……。 金糸雀は張り裂けそうな胸の痛みに抗うように、絶叫した。 「うわああぁぁぁぁ――――っ!!」 金糸雀は涙の溢れる瞳でのりを睨めつけながら、激情のままに、引き金を引いた。 三発の炸裂音。それ以降は、カチカチと撃鉄だけが落ちる音が続く。 放たれた銃弾は、狙い違わず、のりの喉元や頭に命中した。 決定的な打撃ではなかったかも知れないが、のりの縛めが緩んだ事で、 雛苺を助けるという目的は、半分だけ達せられた。 途端、とぐろの内側から、精霊を起動する雛苺の、か細い声が漏れてくる。 蛇身の隙間から眩い光が溢れ出し、同時に、ジュウジュウと肉の焼ける音がした。 「ひっ! ひぎゃああぁっ!!」 のりは苦痛に身悶えながらも、雛苺の身体を、再び圧迫し始めた。 相討ち狙いか。金糸雀は即座に廃莢・再装填を行い、のりの頭に照準を合わせた。 すると、のりの胸元に浮かんだ顔が蠢き、苦悶の表情を浮かべるのが目に入った。 その口元が、なにかを語るように波打った。 「カナ……ウッ……テ……ハヤ、ク……」 蛇の表皮を震動させて、音声に変換しているのだろう。 浮かび上がったみっちゃんの顔は、ハッキリと、金糸雀に呼びかけていた。 彼女の魂は、身体が滅んで尚、のりの中に縛りつけられているのだ。 「……みっちゃん。雛苺。今……カナが助け出してあげるかしら」 もう、迷いはない。みんなを助けるために出来ること、すべき事は、ひとつ。 立て続けに引き金を引き、のりの頭に六発全てを撃ち込んだ。 流石に、至近距離からの銃撃は堪えたのだろう。 のりは恐ろしい呻き声を上げながら、雛苺の身体を解放して、人の姿に戻った。 身体中に酷い火傷を負って、フラフラと離れていく。 「逃がさないかしらっ! 氷鹿蹟、お願いっ」 松明によって作り出された金糸雀の影から、水晶の牡鹿が躍り出る。 氷鹿蹟は、蹌踉めくのり目掛けて、角を振り翳しながら突進した。 「ひぃっ!」 最早、躱せる距離ではなかった。のりの表情が、恐怖に凍りつく。 過たず、のりの身体は水晶の角で刺し貫かれ、直後、宙に舞い上げられていた。 不自然なほどの、長い長い滞空時間を終えて、のりは石畳の床に打ちつけられた。 =第三十六章につづく=
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蒼星石は考えていた。 帰りの電車の中で、微睡む水銀燈と肩を寄せ合い、座っているときも。 駅から家までの暗い夜道を、俯きながら歩いているときも。 お風呂に入って、熱い湯をはったバスタブに、身を浸しているときも。 そして、今……家族が揃って、晩の食卓を囲んでいるときも。 ――大切なヒトを、温かく幸せな気持ちで満たしてあげられること。 水銀燈の、自信に満ちた口調が、頭の中で幾度となく繰り返される。 表面上は突っ張っていても、心の底では愛されたいと切望している女の子。 そんな彼女だからこそ、愛を熟知していて、愛することにも慣れているのだろう。 甘え上手で、カリスマ的。冷淡なようで、姐御肌な一面も併せ持っている。 それらを巧みに使い分けられる水銀燈は、同い年の娘たちより精神的に大人だった。 じゃあ……ボクは? みんなは、ボクと居ることで幸せな気持ちになっているの? 箸を休め、食事中の祖父母と姉に眼を向ける。 その拍子に、対座の翠星石と目が合って、彼女たちは決まり悪そうに視線を逸らせた。 第七話 『ハートに火をつけて』 自室のベッドで仰向けに寝転がって、ぼんやりと天井を眺める。 頭を占めているのは、やはり“愛ってなんだろう?”ということ。 愛されている自覚はある。 祖父母も、姉の翠星石も、自分のことを大切に想ってくれているのは解っていた。 愛している自覚もある。 蒼星石にとって、家族は最も身近な存在にして、かけがえのない人達だった。 家族と居ることで、蒼星石は孤独を感じることもなく、幸せに暮らしてきたのだ。 その関係は不変のものであると信じこんで、疑いもしなかった。 ――ほんの数日前までは。 「なんだろ……変な気持ち」 それまで培ってきた価値観に、疑問を抱くようになったのは、思春期のせいだろうか。 彼女の想いは、静かに……だが確実に、変わりつつあった。 家族愛とは、無償の愛情。保護的な意味合いを内包している。 蒼星石の中で、それとは違うカタチの愛に対する渇望が、燻り始めていた。 それは、グラビアのアイドルに憧れ、美しさを求めるように―― 絵画や名演に魅せられ、自らも描いてみたい、奏でてみたいと欲するように―― 心の奥底から沸き起こる、衝動と憧憬。 無償の愛を与えられることに飽きたらず、リスクを負う恋愛に身を焦がしてみたい。 はしたない本能が騒ぎ出すのを感じて、蒼星石はベッドの上で、枕を掻き抱いた。 身体が熱を帯びている。耳たぶまで、火照っている。 夜気の冷たさも、不意に訪れた昂りを鎮めるには温すぎた。 私の心を、幸せな気持ちで満たしてちょうだぁい。 日の暮れた浜辺で聞いた彼女の甘い声が、耳を離れない。 瞼を閉ざせば、宵闇に見た水銀燈の瞳が、ありありと浮かんでくる。 妖しく濡れた紅い眼は、蒼星石の視線を捉え、心を射抜いていた。 彼女の指に髪を梳かれる感触を思い出して、蒼星石の背筋が、ぞくりと震えた。 「水銀燈が、あんなコト言うから――」 変な気持ちになっちゃったんだ。 続くセリフを呑み込んで、もぞもぞと身を悶え、寝返りを打つ。 ……と、ドレッサーの鏡に映った自分と、ばったり目が合った。 頬ばかりか、耳まで赤くした女の子。 自分の鏡像に、恥じらう姉の顔と、巴の面差しを垣間見て、蒼星石は息を呑んだ。 そして、ふと昼間に目撃した彼女たちの姿を、思い出していた。 「姉さん……キミはどうして、柏葉さんと一緒に居たの?」 鏡の中の自分に訊ねても、答えなど返ってこない。 暫し、ぼんやりと写し身を眺めていると、疼いていた高揚が冷めていった。 蒼星石は、むくりと身体を起こして、ベッドから降りた。 日々、冷たさを増していく廊下の床板を、素足で踏みしめながら…… 蒼星石は、姉の部屋の前まで来た。 知らず、足音を忍ばせていたことに、失笑を禁じ得ない。 鼻で笑って、ドアをノックするべく右手を挙げる。 いつも何気なくしている事なのに、異常なくらい緊張して、腕が戦慄いた。 焦燥が苛立ちへと変わっていく。(何してるんだろう、ボクは) 「何やってるですか、蒼星石」 ノックを躊躇っていたところへ、予想もしなかった方角から声を掛けられ、 蒼星石はビクン! と肩を竦めた。 ぎこちなく、翠星石の声がした階段の方へと顔を巡らす。 気のせいだろうが、その際、頸椎の軋む音が聞こえた。 姉の翠星石は、湯気の立つマグカップを持って、上がってくるところだった。 こぼさないよう慎重に歩いていたから、階段を踏む音が聞こえなかったらしい。 彼女が近付くにつれ、程よく酸味が効いたレモネードの香りが漂ってきた。 「私に、なにか用でしたか?」 「あ、うん。ちょっとね」 「ふぅん? あぁ……ドア、開けて欲しいです」 「はいはい」 横着な姉に苦笑を向けながら、蒼星石は脇に退いて、部屋の扉を押し開けた。 礼を言って部屋に入り、勉強机にマグカップを置いた翠星石は、 ドアを押さえたままの妹に向き直った。 「それで、どういった用事なのです?」 「えっと……あのさ、明日って日曜日でしょ。 たまには、夜通しおしゃべりしてたいなぁって」 姉の部屋を訪問するに当たり、一応、いろいろな展開をシミュレートしていたものの、 階段でバッタリ遭遇する状況は想定していなかった。 だから、咄嗟の思い付きを述べたのだが、我ながら不自然な言い訳だと、蒼星石は思った。 案の定、勘の鋭い姉は、奇異な空気を感じ取ったらしい。 訝しげな目つきで、愛想笑いを浮かべる蒼星石を、じぃ……っと見つめた。 「どうしたです、蒼星石? 昨日の夜から、なんか変ですね」 「そ、そんなこと……ないよ?」 「むぅぅ~。誤魔化そうとするなんて、ますますアヤシイですぅ~」 「怪しくないってば。もぉ」 歩み寄って来た翠星石が、腰に手を当てて前屈みになり、上目遣いに顔を覗き込んでくる。 蒼星石は気恥ずかしさのあまり、つい、目線と顔を逸らしてしまった。 適当に雑談しながら、折を見て巴との関係を聞き出そうと思っていたけれど、 この分では巧くいきそうにない。 昨夜の睡眠不足もあるし、日を改めた方が良さそうだった。 「も、もういいよ。変なこと言ってゴメンね。お休み、姉さん」 言って、そそくさと踵を返す蒼星石の腕が、翠星石の手に捕らえられた。 「ちょっと、こっち来やがれですっ!」 主導権は、翠星石が完全に握っていた。幼い頃から、いつだって、そう。 気後れする妹の腕をとって、自分のペースで、ぐいぐいと部屋に引っ張り込む。 そして、蒼星石の両肩を抑えつけて強引にベッドの端に座らせると、 机の上に置いたマグカップを手にして、蒼星石の隣に腰を降ろした。 ベッドのスプリングが沈み込んで、自ずと、肩を寄せ合う姿勢になる。 洗い髪の薫りと、レモネードの香りに鼻腔をくすぐられ、蒼星石の心臓が一拍した。 ひと口、ふた口と熱いレモネードを啜ってから、翠星石は口を開いた。 「言いたいコトがあるなら、クサクサしてねぇで、ハッキリ言うです。 そういう陰気な態度は、蒼星石だけでなく、周りの人間も不快にさせるですよ」 姉の言うことは、至極もっともだ。降って湧いた好機を、無駄にすることはない。 今日、柏葉さんと、どこに行ってたの? 最近、よそよそしいのは、柏葉さんと仲良くなったから? 訊きたいことは、後から後から、蒼星石の胸から沸き出し、喉元まで溢れている。 けれど、彼女の口を衝いて出た言葉は、彼女ですら予期しなかったものだった。 「姉さんにとって……ボクと柏葉さん、どっちが大切なの?」 「な、なに言い出すのです。どっちが大事なんて……比べるものじゃないですよ」 姉妹と友人。家族と他人。区分が違えば、比較は不確かで公正を欠いたものとなる。 翠星石は、そのつもりで言ったのだが、蒼星石は―― 「……つまり、ボクと同じくらい、柏葉さんが好きなんだ?」 言うが早いか、身体を傾げて、姉の両肩を掴んだ。「それとも、彼女を選ぶの?」 蒼星石の心で燻っていた感情は、嫉妬という燃料を得て、激しく燃え上がろうとしていた。 第七話 おわり 三行で【次回予定】 ずっと一緒に居てくれると、あなたは言っていたのに。 どうして? 若く、青い想念は、身勝手な欲望に翻弄される。 こつこつと築き上げた信頼を、呆気なく打ち崩すのは、些細な誤解―― 次回 第八話 『愛が見えない』
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~終章~ 鈴鹿御前を討ち倒し、祓って凱旋した八犬士たちを、万民が諸手を上げて歓待した。 しかも、桜田藩の次期当主を奪還、救出してきたのだから、尚更のこと。 ジュンの父親は無論のこと、家老たちも、犬士たちの功績を認めた。 最早、蒼星石を平民の娘と蔑む者は、ひとりも居ない。 ジュンと彼女は、凱旋から数日の後に祝言を挙げ、死線をかいくぐってきた仲間たちや、 領民すべてに祝福されながら、晴れて夫婦となったのである。 ジュンは心から蒼星石を愛していたし、 蒼星石もまた、この世に彼を繋ぎ止めてくれた巴も含めて、ジュンを愛していた。 二人は寄り添い、城の天守閣から復旧していく街並みを見下ろしていた。 ちょっとだけ貫禄が増したジュンと、男装の麗人から一躍、美しい姫君となった蒼星石。 若い二人の姿を見て、人々の心には、新しい時代の到来を予感するのだった。 「ふふふっ」 「どうしたんだ、蒼星石?」 「ねえ、ジュン。人って……幸せだと、自然に笑えるものなんだね」 「うん。そして、笑える余裕があれば……他人にも優しく出来るのさ。 この藩も、いや、国中の人々が、笑って暮らせる世界になれば良いよな。 蒼星石たちは、そんな未来への道標を示してくれたんだと、僕は思うよ」 「……そんな、大層な事じゃないってば。 ボクらはただ、前世に犯した自分たちの過ちを、正したにすぎないんだから。 本当に讃えられるべきは、ボクじゃなくて、真紅の方だよ」 眼下に広がる城下町を眺めながら、彼女は、どこかに宿泊している真紅に想いを馳せた。 房姫の生まれ変わりとして、自らの分身でもある鈴鹿御前を討ち、穢れを祓った退魔師。 桜田家への仕官を奨める蒼星石に、真紅は毅然と、拒否の返事をした。 ――この世には、まだ助けを求めている人々が、沢山いるわ。 だから、行かなきゃ。第二、第三の鈴鹿御前が生み出されない様に、ね。 真紅は、とても清々しい顔で「お幸せにね」と告げて、城を後にしたのだった。 「彼女はこれからも、自分を犠牲にして、過酷な旅を続けていくんだから」 「そうなのかな?」 ジュンは、力強く蒼星石の肩を抱き寄せて、続けた。 「どんな人生であれ、自分で考えて、その結果として選んだ道なら、 歩み続けることを苦痛だなんて思わない筈だよ。 かく言う僕も、次期藩主として生きていくことを決めたけど、この先、 何があっても後悔なんかしないさ」 ――何故ならば。 「僕の側には、いつでも蒼星石が居てくれるから。 いつだって、挫けそうになれば支えてくれると信じているから。 だから、僕は……どんな運命にだって、立ち向かっていけるよ」 「…………そうだね。きっと、ボクも同じだよ。 この剣に誓って、ボクも、ジュンと一緒に、運命を切り開いていくから」 二人は肩寄せ合いながら、今も蒼星石の手中にある剣『月華豹神』に目を向けた。 新たに桜田家の家宝と認定された『月華豹神』だが、管理の一切は、 蒼星石に一任されている。だから、彼女も片時たりとて手放さなかった。 柴崎老人が鍛えた剣『月華豹神』は、『月下氷人』の韻を踏む名称。 月下氷人とは媒酌人。即ち、仲人を意味している。 彼は、今日という日が訪れる事を、悟っていたのだろうか。 それとも、いずれは普通の娘に戻って、家庭を持って欲しいという願いが、 込められていたのか。 今となっては、真相は闇の中である。 程なくして、ジュンと蒼星石は、柴崎老人の菩提寺を建立して彼に感謝し、 彼と、彼の一家の冥福を祈った。 その頃、真紅は、城下町の宿で旅支度を調えていた。 数日前に、ジュンと蒼星石の祝言を見届けてから今日まで、充分に鋭気も養った。 後は、いつ出立するかだ。 窓辺に腰を降ろして、涼んでいた水銀燈が、彼女に声を掛けた。 「もう出発するのぉ? 忙しないわねぇ」 真紅は、にっこりと微笑みを向けて、穏やかに返答する。 「人の心に宿った鬼が目覚める限り、私の、退魔師としての旅は終わらないわ。 これは、もう宿命みたいなものよ」 「ふぅん? 因果な職業に就いたものねぇ」 「人々の笑顔を護る仕事ですもの。とても重要で、張り合いがある職業だわ」 「……まぁねぇ」 誰かが、やらねばならない事だ。そして、真紅にとっては天職でもある。 真紅が、今の生き方に満足しているなら、何も言う事はない。 水銀燈は戯けた様に応じると、肩を竦めて見せた。 (でも……それで、貴女は幸せ?) この先、たった独りで旅を続けて、本当に心が満たされるのだろうか? 赤の他人のために、命を磨り減らしていくだけではないのか? 御魂の絆で結ばれた姉妹たちは、それぞれの人生を見つけて、幸福になろうとしているのに。 翠星石は、お庭番の頭として、城仕えの道を選んだ。 家臣の中には、ジュンの側室にとの声も有ったが、彼女が断固として拒絶したのだ。 ジュンの事は好いていた。 でも、側室となって世継ぎを産むような事になれば、いずれ家督相続の争いが起きよう。 蒼星石の幸せを護るためにも、翠星石は我を捨てて、一家臣の立場に甘んじたのだった。 数年後、翠星石は双子の姉妹を産み、忍びとして育てたが、子供たちには、 「お前らの父親は、凄ぇヤツだったのですぅ」 と語るだけで、父親が誰なのかは生涯、明かさなかったと言う。 金糸雀は、蒼星石とジュンの祝言を見届けてから、 ベジータと共に故郷の明伝藩に戻り、祖父の後を継いで開業医となった。 名医の誉れも高く、忽ち広がった噂を聞き付けた患者が、遠路遙々、 彼女の元を訪れるまでになっている。 しかし、相も変わらず、付かず離れず……微妙な関係の二人。 「ベジータ! そろそろ、手狭になった診療所の増改築をするかしら」 「おい、待てよ! そんな事まで、俺にやらせるのか?!」 「宣教師なんだから、勤労奉仕するのは当然かしら?」 「俺、この間、破門され――」 「問答無用っ! 頼りにしてるわよ」 「…………こんな殺し文句に逆らえない自分が情けねえぜ」 恋愛感情が芽生えるには、まだまだ時間が必要らしい。 雛苺は桜田藩より拝領した褒美の品々を持って、養父、結菱一葉の元へと帰った。 それを元手に、神社の片隅に孤児院を開き、身よりのない子供たちを引き取り、 面倒を見る生活を始めた。 「みんなー! おやつの時間なのよー。今日も、うにゅーなのっ!」 「……ひと回り大きく成長して戻ったと思ったのだが、 気のせいじゃったのかな」 「うょ? なあに、お父さま?」 「いや、なんでもない」 過酷な試練を乗り越えたとは言え、まだまだ子供っぽさを残している雛苺。 子供たちと戯れる愛娘に、慈愛に満ちた眼差しを向けながら、 (やれやれ。まだ当分、死ねないな) 表情は笑みを浮かべつつ、内心で重い溜息を吐く一葉だった。 嘗ての狼漸藩は、藩主や家督相続人を失ったことから、幕府に認められて、 財政的にも余裕のあった桜田藩の領地となった。 明伝藩は、自国の復興だけで、財政が火の車となっていたのである。 薔薇水晶と雪華綺晶の姉妹は、桜田家からの依頼に応じて、 旧狼漸藩領に建立された御霊神社の宮司となった。 鈴鹿御前を含めた、数多の犠牲者たちの御霊を鎮める為、 房姫が生み出した三種の神器のひとつ、神槍『澪浄』を御神体に納めたのである。 「…………神社の管理って、退屈」 神社の管理運営について、諸々の記帳をしていた薔薇水晶は、大きな欠伸をした。 「だらしない真似は、およしなさい。これも大切なお仕事ですわよ」 「……私向きじゃない。止ぁめたぁ」 「ちょっ! 薔薇しぃっ!」 「遊んでくる。後は任せた」 じゃっ! と片手を挙げると、薔薇水晶は脱兎の如く走り出し、 雪華綺晶の制止を振り切って、遊びに行ってしまった。 「……もぅ、あの娘ったら」 諦め気味に吐息する雪華綺晶だったが、彼女は直ぐに、微笑を浮かべた。 眼帯で狗神の徴を隠す必要がなくなって、薔薇水晶は前にも増して、行動的になった。 その成長ぶりが嬉しく、いつも一緒にいられる喜びを噛み締めながら、 雪華綺晶は再び、帳簿の整理に戻るのだった。 みんな、新しい人生を歩み始めている。それは真紅も、同じ。 自分が為すべき事を見定めて、歩きだそうとしている。 そこで、水銀燈は、ふと考えた。 ――じゃあ、私は? これから、どうするの? 何をしたいの? 漠然とだが、めぐと一緒に、全国行脚の旅にでも出ようかと思っていた。 これと言って、当て所ない旅。足の向くまま、気の向くままに……。 でも、本当に、そうしたいのだろうか? めぐと一緒に居たいと願ったのは本心だけれど、何故か、心が沸き立たない。 これまでの埋め合わせをする、良い機会だと言うのに。 どうしてぇ? そう思ったとき、水銀燈の胸裏に、めぐが語りかけてきた。 『水銀燈…………彼女と、一緒に行きたいんじゃないの?』 (えっ?) 『私には、ちゃあんと解るわよ。水銀燈が、彼女に寄せてる想いくらいはね』 (はあぁ? なにそれ、ばっかじゃないのぉ。私は別に、真紅のコトなんてぇ) 『なんとも思っていないなら、どうして今も、此処に来てるの?』 めぐに指摘されて、水銀燈は返答に窮した。 祝言が終わって、他の娘たちは旅立ったというのに―― 自分だけは、真紅の元に留まり続けている。 考えてみれば、馬鹿馬鹿しいし、自分らしくなかった。 今までなら、自己中心的と批判されても、自分の行動理念に従っていた筈だ。 他人の祝言には興味が無かったし、周囲がどうなろうと、知ったことではなかっただろう。 それなのに、何故、こんな真似をしているのだろうか? 性格が変わったなんて自覚は、全くないのに。 『解らないの? 水銀燈も意外に、お馬鹿さんなのね。 彼女のお仕事、手伝ってあげたいんでしょ? だったら、正直になれば良いじゃない』 (でもぉ……私は、めぐと……) 『私は、水銀燈と一心同体だもの。何処に行こうと、ずっと一緒よ。 それに、私だって冒険がしたいわ。貴女たちと一緒に、ね』 (…………ふぅん。まあ、めぐがそう言うなら、考えなくもないわねぇ。 いい? 勘違いするんじゃないわよぉ。これは、めぐの為なんだからね) その後も胸中で、くどいくらいに「めぐの為」を繰り返して、 水銀燈は、真紅に話を切りだした。 「……真紅ぅ。もし良かったら……私も、手伝ってあげましょうかぁ?」 「なあに、いきなり。どういった風の吹き回しかしら?」 「べ、別にぃ……深い意味なんて無いわよぉ。 ただ、へっぽこ退魔師さんが野垂れ死にしてる光景を想像したら、 あまりに不憫に思えちゃってねぇ。ホントに、深い意味はないんだからね」 真紅は、くすっ……と微笑んで、水銀燈を見詰めた。 「ありがとう、水銀燈。なんとなく……本当に、なんとなくだけれど、 貴女なら、そう言ってくれると信じていたわ」 「なによ、それぇ。特別に、私が手を貸してあげるって言ってるのよぉ? ちっとも、誠意が感じられないじゃなぁい。 せめて……そうねぇ『ありがとうございます、水銀燈さま』とでも――」 「ありがとうございます、水銀燈さま。生涯、感謝しますわ」 「…………」 「…………どうかした、水銀燈?」 満面の笑みを浮かべて、事も無げに問い掛ける真紅。 水銀燈は微かに頬を染めると、顔を背けて窓の外を見遣り、前髪を掻き上げた。 「まぁったく。そんなにアッサリ言われたら、つまんなぁい」 「あら、そう。それで、付いてきてくれるの? くれないの?」 「……結構、底意地が悪くなったわねぇ。解ってて、言ってるでしょぉ」 「返事を聞きたいだけよ」 今回は、分が悪い。水銀燈は、ひょいと肩を竦めて、溜息を吐いた。 「一緒に、付いてってあげるわよ。特別に、なんだからねぇ」 「はいはい」 ――変なところで強情なんだから。 水銀燈に宿るめぐと、真紅は、同じ台詞を考えていた。 だが、口には出さずに、真紅は荷物の中から、折り畳まれた衣服を取り出し、 水銀燈に手渡した。 「はい、これ。私の相棒に成ってくれるなら、この服に着替えてちょうだい。 その恰好では、ちょっと問題ありだわ。何事も、第一印象が大切なのよ」 「着流しの方が楽なんだけどぉ……まあ、しょうがないわねぇ」 真紅から衣服を受け取ると、水銀燈は衝立の後ろに回って、いそいそと着替えを始めた。 なんだかんだ言って、結構、愉しみらしい。 「これで良いのかしらぁ、真紅ぅ」 程なくして着替えを済ませた水銀燈は、真新しい巫女装束に身を包んでいた。 真紅の服と異なっているのは、袖の長さと、袴の色である。 「ねぇ……巫女装束なのに、どぉして袴の色が青紫色なのぉ?」 「仕方なかったのよ。昨日、呉服屋の方に製作を依頼に行ったら、 もう、その色の生地しか残ってないって言われたんだもの。 それとも、上下揃って白装束の方が良かった?」 「死に装束みたいでイヤよぉ。これはこれで、なかなか良いわぁ」 「よかったわ、気に入ってもらえて」 口では、なんとなくと言っていたが、真紅は、水銀燈が協力してくれると確信していた。 だからこそ、昨夜の内に、急いで彼女の装束を注文しておいたのだ。 寸法は、真紅を目安にして、少し大きめに製作して貰ったのだが、 見る限り、どうやら丁度いい様子だった。 「貴女も旅支度をしてちょうだい。終わったら、直ぐに発つわ」 「私の準備なら、直ぐに終わるわぁ。元々、大した手荷物は無かったしぃ」 「そう言えば、出会ったときから貴女は軽装だったわね」 初めて出会ったとき、水銀燈は、異様に長い太刀しか、手にしていなかった。 それは今、三種の神器のひとつ、神刀『紫綺』となって、彼女の手に在る。 神器の使い手。これほど頼もしい相棒は、そう居ない。 真紅は、最後の荷物を纏め終えて、肩こりをほぐすように、ぐるぐると頚を回した。 「さて、と。私の準備は、これで終わったわ」 「それじゃあ、出発するぅ?」 「ええ、行きましょう。私たちの助けを、必要としている人たちのところへ」 二人は、並んで宿を出ると、街道沿いに歩きだした。 これから先、どんな苦難が待ち構え、どんな強敵が襲ってくるか解らない。 でも、二人でなら、きっと乗り越えられる。 真紅も、水銀燈も、敢えて言わなかったけれど、心の底では、そう思っていた。 得物と、僅かな荷物を持って街道を行く彼女たちを、 山伏の格好をした二人の青年が、街道沿いの丘の上から、じっと見詰めていた。 その内の一人……眼鏡を掛けた優男風の男が、目を細めて笑った。 「おやおや。折角、普通の女の子に戻れたと言うのに……血気盛んですねえ。 そうは思いませんか、槐くん」 槐と呼ばれた、怜悧な眼をした金髪の青年は「結構な事じゃないか」と応じた。 「彼女たちが、自分で選んだ道だ。そうだろう、白崎? 我々が、あれこれ口出しする問題じゃない」 「正論ですねえ。僕等はただ、彼女たちの成長を見守るだけの存在。 舞台の上で演じられる、人生と言う名の劇を見に来た観客に過ぎません」 「新たに演じられる劇が、どんな内容なのかは解らない。 だが、席を立つことなく次の舞台を観られるのだから、得をしたと思わないか」 「……ですね。僕等はまた、観客席から、彼女たちの演劇を愉しむとしましょう」 そう言うと、二人の青年は金剛杖を突きながら、真紅たちとは逆の方へと、 街道を進んでいった。 天下太平。 今までの穢れを拭い去るかの如く、空は青く高く、どこまでも晴れ渡っていた。 ~終劇~
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~第十四章~ およそ三日間が材料の加工に費やされ、四日目からが、本当の製造過程だった。 剣の中心である心金、峰の部分に相当する棟金、刃となる硬い刃金。 そして、剣の両面に当たる側金。 今は、棟金・心金・刃金を重ね合わせ『芯金』と呼ばれる合金を鍛えている工程だ。 工房から聞こえる小槌の音を聞きながら、真紅と水銀燈は、敷地の周りを見回っていた。 今のところ、穢れの者の気配は無い。 このまま何事もなく、完成してくれれば良いのだが……と、思わずには居られなかった。 「こうも敵の動きがないと、却って不気味よねぇ」 「嵐の前の静けさ――かしらね」 「まだ気付かれてないって思うのは、楽観すぎるぅ?」 「場を和ますための冗談としては、上出来な方なのだわ」 湯治場の戦いで、笹塚を仕留め損ねたのは痛かった。 悪知恵が働き、姑息な手を平然と使ってくる男だけに、油断がならない。 ひょっとしたら、もう町ごと焼き払う様な攻撃の手筈を、整えているかも知れなかった。 どれだけの規模で攻めてくるか……それが問題だ。 一応、襲撃に備えた布陣は、考えてある。 とは言え、穢れの者が、こちらの予想通りに仕掛けてくる保証なんて無い。 時間帯によっては、四人のうち二人が仮眠中という状況も有り得た。 「ただ待ってるだけと言うのも、不安が募るものね」 「そんな時はねぇ、身体を動かすのが一番なのよぉ……ふふふ」 水銀燈の口振りに、なにやら妙な思惑を感じて、真紅は横目で睨んだ。 「なに? また、変なコトを企んでいるんじゃないでしょうね」 「変なコトって、何よぉ? ちょっと揉んであげようと思っただけじゃなぁい」 「揉む……って、どこを」 「真紅の胸♪」 恥じらう様子も見せず、事もなげに、さらりと言ってのける水銀燈。 真紅は両腕で胸元を隠して、赤面しながら、キッ! と水銀燈を睨みつけた。 そんな彼女の頭を、水銀燈は平手でベシッ! と引っ叩いた。 「……な訳ないでしょぉ! おばかさぁん」 「痛っ! じゃあ、なんなのよ!」 「揉むって言うのはぁ、剣の稽古を付けてあげようかって意味よぉ」 「……紛らわしい言い方を、しないでちょうだい」 「あはははっ。真紅をからかうのって、ほんとに愉しいわぁ」 随分とまあ、いい性格をしているのね。 真紅は心の中で文句を言いながらも、水銀燈の申し出を受け入れることにした。 これからの戦いは、ますます厳しさを増していくだろう。 鬼祖軍団の四天王とも、いずれは決着を付けなければならない。 その場面になって、みんなの足手まといになるのは、彼女の自尊心が許さなかった。 「もうすぐ、交代の時間ね。その後で、指南してちょうだい」 「いいわよぉ。足腰たたなくなるくらい、可愛がってあげるわぁ」 「また、誤解を招く言い方をする……」 苦笑する真紅の背中を、ばしばし叩いて、水銀燈は笑い続けた。 芯金が鍛え上がったところで、柴崎老人は一度、呪符を刻み始めた。 鑿と槌を手に、細々とした文様を彫り込んでいく。 普段の生活では絶対に使うことのない、特殊な文字だ。 それは文字と言うよりは絵に近く、象形文字を彷彿させた。 精霊同体型の剣を造るためには、必要不可欠な工程である。 心血を注いで呪符を刻みあげると、今度は芯金を二枚の側金で挟み、火を通す。 そして、また金槌で叩き、鍛接していく。 徐々に、剣の姿が現れつつあった。 「さて……これからが本番じゃな」 ヤットコで挟んだ刀身を、熱しては叩き、冷めては熱しなおす。 規則正しく打ち鳴らされる音が、狭い工房に反響していた。 叩きながら、微妙に形を整えていく。老人の顔は、修羅の様に険しい。 ――この刀が完成したら、あの娘たちは遠くへ行ってしまうぞ。 「!! ぬ、ぬう……っ!」 不意に、柴崎老人の頭で囁く、怪しい声。 あの時――妖刀『國久』を鍛えろと唆した、あの声だ……。 ――妻や子が、お前の元を去ったように、あの娘たちもまた、お前を置き去りにするぞ。 それでも良いのか? 誰にも相手にされない孤独に、再び苛まれたいか? それは厭だった。誰に省みられる事もなく、自分の存在意義すら解らない日々……。 あの頃のように、目的もなく惨めな人生を送るなんて、もうたくさんだった。 ――厭ならば、やめてしまえば良い。その刀を砕いてしまえ。 だが、それが本当に自分の望む事なのか? いいや、違う。柴崎老人は、即座に否定した。 確かに孤独でいることは、辛く、寂しい。 しかし、だからと言って彼女たちの信頼を裏切っていい理由にはならない。 そんな事をしたら、また、他人を不幸にするだけの妖刀を生み出しかねなかった。 ――妻が引き合わせてくれた、あの娘たちを手元に繋ぎ止めて置きたくないのか? 「…………黙れ」 ――刀を折り、娘たちを殺して、庭の隅にでも埋めてしまえば良い。 そうすれば、もう二度とお前から離れていく者は居なくなる。 「黙れっ! 黙れ、黙れっ!」 柴崎老人は、怒号と共に傍らの鑿を掴んで、自らの太股に突き立てた。 激痛が背筋を走り、衰えた灰色の脳に、強烈な刺激となって押し寄せる。 奔流のような痛みに押し流されて、闇の声は聞こえなくなっていた。 「……お爺さん? 今の声は、一体……あぁっ!?」 突然の喚き声を聞きつけて、顔を覗かせた蒼星石は、 老人の脚に深々と刺さる鑿を見て仰天した。 慌てて駆け寄り、一気に引き抜くと、持っていた手拭いでキツく縛った。 「何をやってるんですか! どうして、こんな――」 「すまない……蒼星石。また、あの声が……聞こえたんじゃよ」 「それって、まさか――」 柴崎老人は、頷き、苦しげに口元を歪ませた。 いまだに邪悪な囁きが聞こえることを、心底から恥じているのだろう。 「つくづく、自分が情けない。儂の心が弱いから、付け狙われるのじゃな。 ヤツらは何度でも、儂に悪意を吹き込もうとするのじゃ」 「誰だって、心に弱さを持っている。恥じる事なんてないんですよ」 「蒼星……石?」 「ボクだって、弱かった。心の弱さ故に、大好きな人を失って……多くの、 本当に多くの人々に、悲しい想いをさせてしまった」 蒼星石は、縛った手拭いが老人の血に染まっていくのを見詰めながら、訥々と語った。 「そして…………ボクの弱さは、ボク自身をも不幸にしてしまったんです。 何もする気が起きず、食欲も湧かずに、ただ、死を願って眠るだけだった」 「……儂も、そうじゃった。妻の諫言に耳を貸さず、死ぬ事ばかり考えていた。 かずきの元に行くことだけを、切実に願っていた」 「ボクと、お爺さんは、似てるんですね。色々なところで、とても似ている。 だけどね……ひとつだけ、違った点があるよ」 「それは、かけがえのない仲間が――過ちに気付かせてくれる友が、居たことじゃな」 老人の言葉に、蒼星石は無言で頷いた。 悲愴感に支配されていた自分を、親身になって想い、殴ってくれた水銀燈。 彼女に撲たれた痛みが、身体に刻み込まれている。 彼女が放った罵声が、胸に突き刺さり、今も心を疼かせている。 けれど、その痛みこそが生きている証なのだと、水銀燈は気付かせてくれた。 だから、ボクは戦う―― 蒼星石は、力強い口調で、柴崎老人に決意を伝えた。 「これ以上、大切な人たちを悲しませない為に、ボクは剣を振るおうと誓ったんです」 「生きることは、戦うこと……か。当時の儂には、悲しみと戦う勇気が無かったな。 それ故に、妻を悲しませて……臨終の間際、側に居てやる事もできなかった」 柴崎老人は、蒼星石の肩に手を置き、優しく叩いた。 「今こそ、罪滅ぼしの――妻の想いに答える時じゃな。 もう大丈夫じゃ、蒼星石。儂はもう、邪な言葉に惑わされたりはしない。 必ずや、この剣を鍛え上げて、蒼星石に渡そう。それが、儂の闘いじゃ」 肩に置かれた老人の手に、蒼星石は自らの手を重ねた。 そして、互いの眼を見つめ合い、ひとつ頷く。 もう、言葉は不要だった。 いま、自分に出来ることを、精一杯やるだけ。 たった、それだけの事だけれど―― どれほどの人間が、それを実践しているだろうか。 蒼星石は黙って、工房から立ち去る。いま、自分がすべき事を為すために。 そして、柴崎老人も自らの人生と戦うために、小槌を手にした。 再び、工房に刀を打つ音が響き始める。 そのひとつひとつに込められた、老人の精魂が、蒼星石には感じられた。 さらに二日が経ち、夜も更けた頃―― 工程は、最終段階に向かって順調に進んでいた。 鍛え上げた剣に焼きを入れて、最後の整形と調整をしていく。 特殊な鉋で表面の凹凸を削り取って、樋と呼ばれる溝を掘り込む。 それから、老職人は鑿と槌を巧みに扱って、精霊の発動機構を刀身に刻印していった。 ここまで有した日数は、五日。 昼夜を問わず鍛え続けた柴崎老人の執念が、あと僅かで結実しようとしていた。 「なんとか……間に合いそうだね」 「どうかしらねぇ。発動機構は、まだ半分くらいしか書き上がってないみたいだしぃ」 「水銀燈の言うとおり、最後まで油断は禁物よ。外で、警護を続けましょう」 「頼んだよ、みんな。ボクは、工房で護衛を続ける」 工房の外に出た三人を、皓々たる月光が迎える。 端が少し欠けた、十三夜。 しかし、くっきりと影が落ちるほど、明るい夜だった。 「綺麗ねぇ。それとも風流と言うべきかしらぁ」 「今度、みんなで……お月見……しよ?」 「良いかも知れないわね。ただし――」 真紅は、徐に神剣を引き抜いた。「無粋なヤツらを、追い返してからなのだわ」 「はぁ……まったくぅ。もう少し、ゆっくり来れば良いのにねぇ」 「さっさと片付けて…………お月見する」 水銀燈の太刀と、薔薇水晶の小太刀が、降り注ぐ月光の中で煌めいた。 工房の外から、戦闘音が飛び込んでくる。 柴崎老人に悪意ある声が聞こえた時から、遠からず、こうなる事は予測できていた。 蒼星石は普通の刀を手に、柴崎老人を庇うため、全周囲に注意を向けた。 外で迎え撃つのは、三人だけ。 いずれ、穢れの者が工房に飛び込んでくる筈だ。 そんな緊張状態の中、老職人は、懸命に発動機構と呪符を刻み込んでいた。 残るは、あと僅か。 蒼星石の見守る中で、最後の一文字が打ち込まれ、剣は新たな命を宿した。 「さぁ! 後は、刃を研いで、柄を取り付けるだけじゃ」 「出来るだけ急いで。そろそろ来るよ」 「任せておけ。ここまで来たら、儂の意地にかけて、絶対に完成させるわい」 砥石を水に浸し、剣を研ぎ始める。 黒く煤けたり、焼き色が付いていた箇所が、鋭い鋼の輝きを放ち始めた。 突如、工房内に陣笠を被った骸骨の足軽が、足を踏み鳴らして乱入してきた。 裏口を突破されたらしい。やはり、多勢に無勢か。 「これ以上、好き勝手な真似はさせないっ!」 自分を目掛けて振り下ろされた刀を弾き、蒼星石は骸骨を両断した。 まだ一体だけだが、いずれ、押し寄せて来よう。 募る焦燥に振り返った蒼星石の瞳に、折れた剣から柄を取り外す老職人の姿が映る。 外された柄は、新しい得物へと継がれ、目釘で固定された。 残すは、銘の刻印のみ。 柴崎老人が、鑿と槌で剣に銘を刻み始めたと同時に、敵が押し寄せてきた。 今度は、かなり多い。 しかも二手に分かれて、一方が蒼星石を、他方が老職人を狙っていた。 一斉に走り出す、蒼星石と、穢れの者たち。しかし、僅かに穢れの者の方が早い。 ただ、一心不乱に銘を刻む柴崎老人に、凶刃が迫る。 「ダメぇっ! 避けて、お爺さんっ!」 「よしっ! 出来たぞ、蒼星石っ!」 二人の叫びが重なった。 蒼星石の悲鳴と、柴崎老人の歓声。 相反する感情が混ざり合う中、老人の身体は、三本の刀に刺し貫かれていた。 「嫌あぁっ! お爺さんっ!」 絶叫しながら、蒼星石は老人を刺した三体の穢れを、瞬く間に破壊した。 更に踵を返して、彼女の背中に斬りかかっていた数体を、一閃で薙ぎ払った。 「お爺さんっ! 死んじゃダメだっ! お爺さんっ!」 「お、お……蒼……星石。こ、これ……を」 柴崎老人は、震える右腕で、蒼星石の為に鍛えた剣を差し出した。 銘は『月華豹神』。華々しい月の光を浴びた、豹の如き女神……。 それは、蒼星石のことを比喩していた。 溢れる涙を堪えきれず、蒼星石は泣き続けた。 剣の柄と、老人の嗄れた手を、しっかりと握り締める。 滲んだ視界の向こうで、柴崎老人は、満足そうに微笑んでいた。 「こんな……ことって!」 「悲しまないで……おくれ、蒼星石。これは、儂が望ん……だこと。 これで、やっと……儂は、マツと……かずきの元へ、逝ける」 「お……爺……さん」 柴崎老人は、弱々しく左腕を伸ばしてきた。 その手が、蒼星石の頬を撫でる。涙に濡れた、彼女の頬を―― 老人の瞳からも、涙が零れ落ちた。 「おお……かずき。儂を……迎えに……来て……くれたのじゃ……な」 「……お…………お父さん」 蒼星石の言葉に、老人は少しだけ目を見開き、涙を流した。 「ありが……とう。蒼……せ……」 柴崎老人の身体が、ふっ……と、軽くなった。 閉ざされた瞼が開かれることは、もう無い。 「ボクの方こそ…………ありがとう、お爺さん。 あなた達の想いは、確かに受け継いだから。安心して眠って」 蒼星石は、静かに老人の亡骸を横たえて、袖で涙を拭った。 もう、泣かない。泣いている暇なんて無い。 老夫婦の絆が結びついた剣『月華豹神』を握り締めて、蒼星石は立ち上がった。 そして、工房を飛び出し、戦闘に身を投じた。 これ以上、大切な仲間を失わせない為に―― =第十五章につづく=
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~第三十八章~ 玉座の鎧武者が、鋭い眼光で、謁見の間に飛び込んできた二人を睨みつける。 巫女装束に身を包んだ金髪碧眼の娘と……巴と面差しのよく似ている、緋翠の瞳を持つ娘。 木曽義仲――前世の記憶を覚醒させられた桜田ジュンは、鼻でせせら笑った。 あんな小娘たちが、鈴鹿御前を脅かす存在だと? 手にしていた皇剣『霊蝕(たまむし)』の鞘で、カツン! と床を軽く叩く。 たちどころに、抜刀した近衛兵の一団が随所から溢れ出し、二人を取り囲んだ。 「巴……あれが、話に聞いていた小娘どもか?」 「はい。真紅と、蒼星石です」 「……ふむ。他愛なさそうに見えるが、ともあれ、お手並み拝見といこう」 「義仲さまの御命令よ。者共、かかれっ!」 号令一下、近衛兵たちが、真紅と蒼星石に襲いかかる。 見た目こそ同じ骸骨だったが、その技量も、装備も、 今までの雑兵どもとは格が違った。 「気をつけて、真紅っ! こいつら、意外に手強い相手だよ」 「そうね。油断ならないわ」 近衛兵たちは単調な力押しだけでなく、巧みな連携で斬りかかってくる。 剣技に秀でた蒼星石ならまだしも、真紅は次第に、消耗度合いを高めていった。 防御装甲精霊、法理衣に護られているから、辛うじて持ちこたえている状況だ。 蒼星石は、そんな真紅を助けようとするものの、近衛兵の攻撃によって、 徐々に互いの距離を引き離されつつあった。 真紅の脳天を目掛けて、近衛兵が大上段から剣を振り下ろしてきた。 辛うじて、真紅は頭上に得物を翳して、その剣撃を受け止める。 だが、のしかかるような鍔迫り合いに圧され、がくんと膝を折ってしまった。 もう一体の近衛兵が、畳み掛けるように、真紅の剣に斬撃を叩き込んでくる。 衝撃で、神剣を握り締める真紅の手が、ジンジンと痺れた。 「っ! くっ……こ……のぉっ!」 真紅は気を吐いたが、二人がかりで刃を押し込まれ、 片膝を着いた姿勢から身動きが取れなくなってしまった。 そこを狙い澄まして、別の近衛兵たちが、真紅の背後から斬りかかってくる。 この体勢で、躱す術など無い。 たとえ法理衣に護られていても、斬撃を直に受ければ、 棒で叩かれたくらいの衝撃は伝わってくる。 真紅は歯を食いしばって、これから襲ってくるだろう痛みと衝撃に備えた。 刹那、真紅の脳裏に、聞き慣れた娘たちの声が―― 背後からの攻撃は……任せて。私が……圧鎧で受け止める。 その後に、縁辺流を起動して、全部やっつけるのっ! 聞こえた気がした。 今のは、いったい何? 突然の出来事に戸惑う真紅の背後で、斬りかかってきた近衛兵の剣が、 しっかりと食い止められる気配。とても頼もしい、力強い感触。 真紅が肩越しに振り返ると、そこには巫女装束の一部が形状変化したモノが、 近衛兵たちの剣を全て受け止めていた。 装甲の形状変化――圧鎧の特殊擬態だった。 「薔薇水晶……貴女が、護ってくれたの?」 【忠】の御魂が、自分の中で薔薇水晶の人格として、自律したというのか。 驚きを隠せない真紅の首筋から、今度は縁辺流が飛び立ち、 周囲に柔らかな光を降り注いだ。 だが、近衛兵たちは浄霊術への耐性が高いらしく、足軽どもと違って、 瞬時に消滅する事はなかった。 「なるほど……ここまで来ると、流石に一筋縄じゃいかないね」 「でも、怯ませる事はできたのだわ。今の内に駆逐するわよ、蒼星石!」 「言われるまでもないよ。いつまでも邪魔されたくない」 ジュンの人格は、きっと木曽義仲の内に眠っているだけだ。 彼を目覚めさせる為にも、こんな所で手間取っている訳にはいかなかった。 近衛兵たちの勢いは完全に失われて、包囲網が僅かに後退している。 雛苺の人格と縁辺流が作ってくれた千載一遇の好機を、無駄にしてはいけない。 真紅は抑え込まれていた神剣を気合いと共に押し返し、立ち上がると同時に反撃に転じた。 まずは、いま押し返した二匹の頸を一刀両断に斬り祓い、そこから包囲網を突き崩しにかかる。 背後からの攻撃は、法理衣と圧鎧で防ぎ、前方の敵に注意を傾けた。 ひたすらに、前へ、前へ―― 程なく、真紅たちは近衛兵の一団を殲滅した。 その殆どが、蒼星石によって討ち取られた者たちだ。 煉飛火によって生み出された松明の数が、それを証明している。 「……ふむ。あやかしの術が、これほどとはな。 鈴鹿御前が手を焼くのも、まあ、得心がいった」 「しかし、義仲さま。それも、ここまでのことです」 「そうだな。我らが直々に、引導を渡してやるとしよう」 言って、義仲は玉座を立ち、真紅と蒼星石を見下した。 彼の隣に、巴がひたと寄り添い、勝ち誇った笑みを蒼星石に向ける。 まるで自分たちの仲睦まじい姿を、蒼星石に見せつけている様子だった。 彼も、巴も、縁辺流の光を浴びていながら、平然としている。 巴は鈴鹿御前の御魂を宿す者として、それなりの耐性を備えているのだろう。 義仲――ジュンの場合は、穢れに染まった時間が短いせいかも知れない。 蒼星石は義仲と巴を交互に睨めつけ、隣で神剣を構える真紅に、小声で囁いた。 「彼の相手は、ボクに任せてくれないかな」 「貴女に……」 ジュンを斬れるのかと訊こうとして、真紅は言葉を呑み込んだ。 彼――桜田ジュンを覚醒させられる役目は、蒼星石の方が適役だと思えた。 心を通わせ会った二人なら、言葉だって、互いの胸に届く筈だ……と。 仮に最悪の状況になっても、志願した以上、ジュンを斬る覚悟は出来ていよう。 「良いわ。私は、巴を引き受けるから……その隙に、最善を尽くしてちょうだい」 「ありがとう、真紅。一生、恩に着るよ」 「そう言うことは、全てが巧くいってからにして」 「そうだね……ゴメン。それじゃあ、巴の方は頼んだよ」 真紅と蒼星石が二手に分かれたのを見て、義仲と巴は、鼻先で笑った。 「どうやら、一対一の決闘を望んでいるみたいね。 義仲さまは、どちらの相手をなされますか?」 「どちらでも構わん。皇剣『霊蝕』の試し斬りが出来るならな」 「では、わたしが蒼星石の相手を致しましょう。今度こそ――」 息の根を止めて、わたし達の前から抹殺してやる。 巴の胸の内に、黒い炎が燃え上がった。 漸くにして掴んだ幸せを、みすみす奪われる訳にはいかない。 その要因と成り得るものは、どんなに些細な問題であろうと、排除するつもりだった。 巴が右手を頭上に掲げると、どこからともなく集結してきた黒い靄が、なにかを象る。 徐に物質化したソレは――めぐに与えられ、彼女の脇に転がっている筈の武器、 龍剣『緋后(ひきさき)』だった。 「めぐは、この剣の真価を発揮できなかったみたいだけど……」 巴の鋭い視線が、蒼星石を射抜く。 蒼星石も、敵愾心を剥き出しにした眼で巴を睨み返していた。 鳶色の瞳と、緋翠の瞳が双方の中間でぶつかり、火花を散らす。 「わたしは違う。今度は、この前みたいにはいかないわよ」 「そうだね。今度は、手加減できそうにないよ。 鈴鹿御前の手を借りて、ジュンを誑かすなんて…… ……ボクは、絶対にキミを赦さない」 「奇遇ね。わたしも同じ考えよ。わたしは、貴女の存在を認めない。 だから…………消えてもらうわ。え・い・え・ん・に、ね」 巴は、ジュンを見つめる蒼星石の視線を遮るように、二人の間に割り込んだ。 しかし、いざ階段を降りようとした矢先、彼女の態度に変化が現れた。 目眩でもしたのか左手を額に当てて、なにやら小声で、ブツブツと独り言を呟いている。 「はい……え? でも、それでは…………解りました。仰せの儘に」 巴は蒼星石に一瞥をくれて牽制すると、義仲の方へ向きなおった。 彼女の、鳶色の瞳には、明らかな不服の感情が表れている。 「御前様のご指示です。蒼星石の相手は、義仲さまがするように――と」 「ほぉ? どういう腹づもりか知らんが、この俺に、巴に似た娘を斬れと言うか」 「気が進まないのでしたら、やはり、わたしが」 「構わん。巴の内に宿る鈴鹿御前は、真紅と直に決着をつけたいのだろう。 俺のことは心配するな。お前と容姿が似ていたところで、斬ることを躊躇ったりはしない」 義仲にそう言われては、それ以上、巴に返す言葉など無い。 巴は彼に向かって軽く会釈すると「お気をつけて」と囁き、真紅と相対した。 皇剣『霊蝕』を引き抜き、蒼星石と対峙する義仲。 その瞳は、氷の刃を思わせるほど冷たく、鋭い。 嘗ての、春の日射しのように穏やかで優しい眼差しは、微塵も見受けられなかった。 本当に、彼――桜田ジュンは、心の奥底に沈んで、眠ってしまったらしい。 だが、眠っているのなら、呼び起こすことも可能な筈だ。 蒼星石は懸命に、一縷の希望を見出そうとした。 「蒼星石とやら。女だてらに相当な遣い手だと聞いたぞ。 お前と巴の勝負も愉しみだったが……鈴鹿御前の命とあっては是非もなし」 「ジュン……思い出すんだ。キミが、本当は誰なのかを」 「? 何を戯けた事を。俺は、木曽義仲。ジュンなどという輩は知らんな」 「いいや、キミは木曽義仲なんて、過去の人間じゃない。 この時代に生きていた、桜田ジュンなんだよ」 義仲は眉を顰め、小首を傾げた。 蒼星石が何故、桜田ジュンの名を連呼するのか、全く理解できない風だった。 彼の目には、蒼星石の態度が女々しい妄執と映ったことだろう。 「小娘の戯言など、聞く耳は持たぬ。その減らず口、二度と叩けなくしてやろう」 言い終えるや、義仲は地を蹴って階段を駆け下り、蒼星石に斬撃を浴びせた。 二度、三度と二人の剣が打ち鳴らされる。 噛み合う刃。皇剣『霊蝕』が放つ障気の向こうで、義仲が口の端を吊り上げた。 「どうした、精霊とやらの力は使わないのか?」 「今は……使わない。キミを目覚めさせる可能性が残されている内は」 使えない、と言うのが正確なところだ。 敵を殲滅するだけなら、何も躊躇わない。 が、ジュンの救助を最優先にしている以上、煉飛火を使う訳にはいかなかった。 剣に精霊の炎を纏わせるのは、全ての希望が失われた場合のみ。 ジュンが決して戻らない事が解ったその時こそ、木曽義仲を討ち、 全ての思い出と共に焼き尽くす覚悟だった。 彼女自身すらも含めた、『全ての思い出』を。 蒼星石が苦悩に喘ぎながら静かな斬り合いを演じる隣で、真紅と巴もまた、 激しい戦闘の火蓋を切って落としていた。 互いの剣が甲高い音を立てて空を斬り、強烈にぶつかり合う。 あまりの衝撃に、真紅は腕の痺れを感じ始めて、思わず歯軋りした。 「他愛ないわ。もう息があがっているのね」 巴は余裕綽々と龍剣『緋后』を振るって、真紅を圧倒していく。 生粋の戦士と、俄仕込みの剣士では技量差が歴然で、とても勝負にならない。 重い打ち込みで畳み掛けられ、真紅は呆気なく、壁際まで追い詰められてしまった。 「そろそろ、終わり?」 「くっ! まだまだ、これからよ」 「強がりなのね。弱音を吐かない人って好きよ。 その調子で、今際の時まで、見苦しい真似はしないでね」 言って、巴が上段から、真紅を袈裟懸けに斬るべく剣を振り下ろす。 真紅は咄嗟に左方へ飛んだものの、巴の斬撃の方が僅かに早く、 真紅の背中を浅く捉えた。 圧鎧と法理衣、二重の装甲精霊で護られているから大丈夫かと思いきや、 巴の振るった剣は、真紅の装束を切り裂き、肌を傷つけていた。 「痛ぅっ! な……どうして」 「精霊の力を過信しすぎじゃない? わたし達の技術力だって、日々、進歩しているのよ。 対精霊用の武具を拵えた事は、笹塚の手柄ね」 「そんな武器が、造られていたなんて――」 「今頃は、貴女のお仲間たちも始末されているかも知れないわね」 言われずとも、真紅は既に承知していた。 圧鎧を駆使する薔薇水晶は、既に斃され、御霊となって真紅の内にいる。 対精霊用の武具が用いられたのなら、それも納得できた。 もう、法理衣と圧鎧の防護は期待できない。 巴の鋭い斬撃を躱しきれなければ、待つのは無惨な死だけ。 緊張のあまり、真紅は喉の渇きを覚えた。なんとか、活路を見出さなければ。 しかし、そこは巴も心得たもので、真紅の動きを先読み、回り込んでくる。 真紅は常に壁を背にした状態に追い込まれ、右か左に逃れる他なかった。 「悪い事は言わないから、そろそろ観念した方がいいわよ。 そうしたら、せめてもの慈悲で、苦しまずに殺してあげるから」 「お生憎さま。私は鈴鹿御前を滅ぼすまで、死ぬ気なんてないのだわ」 「本当に、強情な人。でも――」 巴が左から右へと、剣を薙ぎ払う。狙いは、真紅の細頸。 真紅は、その一撃を神剣で受け止めようとしたものの、 重い一撃に剣を弾き飛ばされ、左方へと薙ぎ倒されてしまった。 慌てて顔を上げた真紅の眼前に、剣を振りかぶった巴の姿があった。 「これで、おしまい」 「くっ!!」 無駄と知りつつ、真紅は条件反射的に、腕を翳していた。 巴の瞳には、往生際が悪く映っただろうか? 悪あがきと思われただろうか? だとしたら不本意だ……などと考えて、真紅は自嘲した。 (なにを場違いな心配をしているのかしらね、私は。 今は、生き残ることが最優先だと言うのに) とは言え、法理衣や圧鎧では防御手段にならない。残るは、縁辺流のみ。 覿面な効果は期待できずとも、巴の眼前に縁辺流を放って、目眩ましに用いるしかない。 巴が剣を打ち下ろす。真紅は直ちに、縁辺流の起動に入った。 ――が、間に合わない。 雛苺の人格を媒介として起動するため、どうしても遅れが生じた。 巴の剣が、自分の頸を打ち落とすまで、もう何秒もない。 紛れもない現実であるにも拘わらず、真紅は、まるで他人事のように感じていた。 無意識の内に、現実逃避していたのかも知れない。 (これで、終わってしまうの? こんなところで?) 真紅が、受け容れがたい現実を直視した次の瞬間、 突如として白い軌跡が謁見の間を駆け抜け、長い得物で巴の斬撃を受け止めた。 「ふうぅ……辛うじて、間に合いましたわね」 「き、雪華綺晶!」 すんでの所で真紅の頸を繋ぎ止めたのは、獄狗を駆って現れた雪華綺晶だった。 彼女の神槍『澪浄』が、巴の剣撃を遮っていたのだ。 けれど、雪華綺晶の生存を喜んだのも束の間、 真紅は獄狗の背に載せられた薔薇水晶の亡骸を目にして、再び意気消沈した。 解っていたとは言え、遺体を目の当たりにすると、改めて実感が湧いてくる。 薔薇水晶は、死んでしまったのだ……と。 「……来たわね、雪華綺晶」 巴は一旦、剣を引いて、神槍の間合いから素早く離れた。 その辺りは、流石に闘い慣れしている。 けれど、二人を相手にする事となっても、彼女の表情に焦燥は見られなかった。 「だけど、今の貴女は、わたしの敵じゃないわ。 そんなに銃創を負っていてはね」 「……それは、どうでしょうね? 侮らないことですわ、巴」 雪華綺晶は獄狗から降りると、薔薇水晶を真紅に託して、神槍を構えた。 彼女の脇で、獄狗が麒麟へと姿を変える。 けれど、精霊が進化する様子を目にしても尚、巴は狼狽える素振りを見せないどころか、 逆に薄笑いを浮かべた。 「手負いの虎は油断ならない相手だけど、今の貴女は、怪我をした猫よ。 必死になって、近づく者を威嚇しているだけ。本当……可哀相にね」 「それで挑発しているつもり? 下手な小細工ですわ」 「そう思うの? じゃあ、教えてあげる……貴女の身体に、ね」 言うが早いか、巴は一歩も動かずに剣を振るった。 当然の事ながら、切っ先は雪華綺晶まで届かない。物理的に、届く筈がなかった。 だが、一瞬の後には雪華綺晶の身体が、まるで羽か木の葉のように易々と吹き飛ばされていた。 巴の二撃目で、麒麟変化して一回り大きくなった獄狗さえも、あっさりと弾き飛ばされる。 一体、何が起きたというのか。雪華綺晶は壁に激突して、苦しげに呻いている。 彼女の甲冑は、鋭利な何かで引き裂かれたみたいに、ぱっくりと割れていた。 その奥では、衣服が鮮血に塗れている。 雪華綺晶の精神集中が弱まったらしく、獄狗は彼女の背後へと消えた。 「これで解ったでしょう? 貴女は、わたしの敵じゃあないのよ」 巴の視線が、雪華綺晶から真紅へと移る。 彼女の口元は、不気味な笑みで歪んでいた。 「次は、貴女の番。邪魔が入った分だけ、長生きできたわね。おめでとう」 真紅は薔薇水晶の亡骸を横たえ、先程、弾き飛ばされた神剣を回収しに走った。 その背を、巴の笑い声が追ってくる。 「うふふふっ! 貴女の身体も、龍の鉤爪で引き裂いてあげるわ! 貴女の名前に相応しく、その身体を、深紅の血化粧で飾りつけてあげる」 思いの外、神剣は遠くへ飛ばされていた。 必死に走る真紅の背後で、獰猛な殺気が膨れ上がっていく。 背筋を這い回る悪寒に身を震わせながら、真紅は床に転がっていた神剣の柄に飛びついた。 素早く掴み、二転三転と真横に転がって、巴の狙いから逃れようと試みる。 ちょっとでも動きを止めたら終わりだ。 躍起になって回避行動を繰り返す真紅の態度に、巴の哄笑が一際、高まった。 どうにも癪に触る笑い声だった。 出来ることなら、今すぐにでも黙らせてやりたい。 真紅は歯軋りして、心の中で願った。 誰か、あの笑い声を止めてちょうだい。 果たして、願いが通じたのか……不意に巴の哄笑が止んだ。 続いて、金属を激しく打ちつけ合う音が高鳴る。 (いったい、どうしたと言うの?) 転がりすぎて些か目が回っていたが、真紅は神剣を杖代わりに立ち上がり、巴を見遣った。 そこには、両手で柄を握って、長い太刀の斬撃を受け止める巴の姿。 そして、巴に斬りつけた水銀燈の姿があった。 水銀燈は、巴と力比べでもするかのように鍔迫り合いを続けながら、真紅を一瞥した。 「なぁに追い詰められてるんだかぁ。やっぱり、へっぽこ退魔師さんねぇ。 みっともない、みっともなぁい」 「気をつけて、水銀燈! 巴の使っている剣は、精霊の力を無効化するわ」 「ふぅん。だったら……直接、叩き斬ってやるわよぉっ!」 巴と水銀燈は、互いに剣を押し返して飛び退き、着地と同時に斬りかかった。 間合いの広さでは、水銀燈の方に利がある。 長い得物の場合、一撃が大振りになってしまいがちだが、 水銀燈は巧みな太刀捌きで、巴ほどの達人にも、付け入る隙を与えなかった。 龍剣『緋后』による龍の鉤爪も、水銀燈が主導権を掌握することで実質、封印状態だ。 打ち合うこと数撃、巴の表情に、微かな焦りが見え始めた。 =第三十九章につづく=
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『川の流れは絶えずして』 ★そして、僕らは交際を始めた。 「実はさ、いま、とっても後悔してるんだ」 「……何を?」 「どうして僕は、もっと早くに、気持ちを伝えなかったんだろうって」 「うふふ……そうだね~。ジュンってば奥手なんだもん」 ――でもね。 と、彼女は僕の左胸を、細くしなやかな人差し指でつついた。 「それが、あなたの良いところだよっ♪」 「……ばか」(こういうのって、なんか照れるな) 「えへへっ。私はね、いま……世界で一番、幸せよ」 バカップルって呼ばれてもいい。僕は、薔薇水晶が大好きだ。 世界中の、誰よりも。 ★一年後:僕らの幸せに、怪しい影が落ちた。 「具合……どうなんだ」 「今は平気。ごめんね……心配かけちゃって。ただの……貧血だと思う」 「……そっか。この頃、忙しかったもんな。出産の支度とか、いろいろ。 僕がもっとシッカリしてれば、君の苦労を減らしてあげられたのに……ゴメン!」 「……謝らないで。私なら、大丈夫。きっと……元気な赤ちゃんを産むから」 「…………ありがとう」 こんな時、気の利いた台詞を言えない自分に腹が立った。 もうすぐ父親になるっていうのに、僕は――――相変わらず、ダメな奴だ。 ★三年後:僕らの間に産まれた太陽でも、怪しい影を消せはしなかった。 「ママー!!」 「こらこら、雪華綺晶。病室では、静かにしなきゃダメだって」 「ふふっ……。お見舞いに来てくれたの? ありがと、雪華綺晶」 僕と彼女の娘、雪華綺晶は、やたらとママに懐いている。 一緒にいる時間は、僕の方がずっと長いのに……なんでだよ? 娘の面倒は彼女に任せて、僕は主治医の元に向かった。 病状は、思わしくない。彼は、そう宣告した。 妻の退院は、まだ先延ばしになりそうだ。 ちょっとだけ……寂しい。 ★五年後:影は徐々に大きくなっていく。 「おはよう、薔薇水晶」 「おはよ。……雪華綺晶は?」 「幼稚園だよ。それより、調子はどうだい?」 「いつもよりは…………ちょっとだけ、マシ」 「そっか。安心した」 「今日は、一緒に居られる?」 「ゴメン……これから仕事なんで、もう行かなきゃいけないんだ」 「そう――――ガンバってね」 寂しげに微笑む彼女に見送られて、僕は病室を後にした。 本当は、僕だって彼女の側に居たい。 彼女を蝕んでいるのは、脳の病気。だんだんと記憶を失っていくのだと言う。 ★八年後:僕らは闇に閉ざされていた。 「おはよう」 「……」 「今日も、いい天気だよ」 「……」 「雪華綺晶も、小学生になったんだ。結構、成績が良いんだぜ。君に似たのかもな」 「……」 「最後まで、ジュンのこと忘れないよ」 その約束どおり、薔薇水晶は最後に僕の名を呟いて、記憶を失い尽くした。 今の彼女は、ただ呼吸しているだけの、温かい人形。 横たわる薔薇水晶の澄んだ瞳に、僕の顔が映っている。 ははは……なんだよ、間抜けな面してるなあ。 僕の頬を伝い落ちた涙が、彼女の頬を打つ。 だけど、薔薇水晶は反応してくれない。 ★十年後:疲れた。僕はもう、生きることに疲れ切っていた。 ひと気のない病室で、僕は―― 「……薔薇水晶。今…………楽にしてあげる」 痩せ細った彼女の首に、ロープを巻き付けた。 ゆっくり……ゆっくり……締め上げていく。 「…………」 彼女は顔色ひとつ変えずに、黙って、僕のなすが儘になっている。 違うっ! 僕は、こんなコトをしたいんじゃない! これじゃあ、自分が楽になりたいばかりに、厄介払いしてるだけじゃないか。 あんなに、愛していたのに―― 堪えきれず、僕はロープを手放し、頭を抱えて泣き喚いた。 ★十年後の翌日:僕は決断した。 「長い間、お世話になりました」 車椅子に座らせた薔薇水晶を伴い、僕は病院を後にした。 いままで、間違っていたんだ、僕は。 大好きな彼女のことを、他人任せにしてきた自分が、信じられない。 結婚の約束をした、あの日――僕は、誓ったじゃないか。 ――どんな時でも、一緒に居ると。 彼女の看病をするため、僕は会社を辞め、自宅で出来る仕事を始めた。 暫くは経済的にキツかったけれど、友人達の協力もあり、なんとか暮らしている。 苦しいけれど…………今は家族三人で、幸せだ。 ★十一年後:この歳になって、初めて気付いた。明けない夜はないってことに。 「おはよう、薔薇水晶」 「お母様、おはよう。今朝は、私がご飯つくったのよ」 僕らが、にこやかに話しかける先で―― 「……ホン……ト? お……いし……そうね」 彼女は、ぎこちなく微笑む。まだ、身体を思い通りには動かせないみたいだ。 でも、僕の愛妻は、ゆっくりとだけど記憶を取り戻し始めている。 そもそも、記憶って失われないものらしい。 脳内の神経ネットワークの繋がりかた次第で、ド忘れしたり、思い出したりするんだってさ。 もしかしたら、本当に薔薇水晶を蝕んでいたのは、彼女の寂しさだったのかも知れない。 それを癒せる特効薬は、僕だけが持っている。 「今日も綺麗だよ、薔薇水晶」 娘の前だろうと構わずに、僕は彼女にキスをした。 だから、いつも雪華綺晶にからかわれている。 でも、愛してる気持ちは…………止められないから。 「愛してる」 「……アイ……シテル」 魔法の言葉を唱えあって、僕たちは再び、唇を重ねる。 さあ! 今日も、幸せな一日を始めよう。 終わり とあるSSに刺激を受けて即興書き。
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運命の巡り合わせ――とは、大概において、妄想。誤った思い込みである。 その場その時の雰囲気によって、偶然の産物でしかないものに、変なロマンを感じたに過ぎない。 しかし……ごく稀にではあるが、本当の必然にぶつかることもある。 たとえば、希有の品と、彼女の出会いのように―― 気紛れな誰かさんの、退屈しのぎの悪戯に、付き合わされた場合だ。 雛苺が、かつての同級生と約2年ぶりの再会を果たしたのは、3月のはじめ。 桃の節句と呼ばれる、麗らかな日のことだった。 美大生となって2度目に迎える、2ヶ月にもわたる長い春休み。 自転車での配達アルバイトに勤しんでいたとき、彼の家の前を通りがかったのだ。 懐かしい風景が、女子高生だった頃の記憶を、ありありと甦らせる。 かつては毎日、通学のために歩いた道も、今となっては随分と久しぶりだった。 いつも、彼の部屋の窓をチラチラと横目に窺いながら、通り過ぎるだけ―― そう……いつだって、それだけ。 劇的な変化をもたらしてくれるナニかを、ココロのどこかで期待しつつも、 彼女を引き留めるだけの理由は、遂に生まれることがなかった。 今日もまた、あの頃と同じように、何事もなく通り過ぎるだけなのか。 ちょっとだけ寂しい気持ちが、雛苺の胸を苦しくする。 今更だとは解っていても、静電気で貼りついてくる糸くずみたいな未練を、振り払えない。 払おうとすればするほど、却って意識してしまうのだ。 こんなコトでは、ダメ。ブンブンと頭を振って、雑念を粉々に砕く。 しかし、雛苺が足早に行き過ぎようとした矢先、ソレは起こった。 彼の家の門構えから、地を這うように勢いよく飛び出してきた、小さな影。 咄嗟に、猫か犬だと思った。だが、違った。 自転車の接近にビックリして、道のド真ん中で竦んだのは……真っ白なウサギ。 このままでは轢いてしまう。雛苺は息を呑んで、左右のブレーキを握り締めた。 ――が、あまりに強く握りすぎたから、ブツッ! 急なストレスに堪えきれず、ワイヤーが弾けた。 「びゃあぁっ?!」 止まらない。狼狽えるあまり急ハンドルを切り、民家の外壁に激突。 そのまま、雛苺は自転車と共に、バッタリと横倒しになってしまった。 配達途中の品は、幸いにもバッグに収められていたので、ブチ撒けずに済んだ。 時ならぬ甲高い悲鳴と、クラッシュ音を聞いたのだろう。 目を丸くした彼が、門から飛び出してきて…… そこに倒れている雛苺と視線が合うや、ハァ? と眉で八の字を描いた。 「なにやってんだ、おまえ」 「もー! 見れば解るでしょっ! 早く助けてなのーっ」 「……はいはいはい」 さも『しょーがねぇなあ』と言った風情で、彼は自転車を脇にどけて、 雛苺に手を差し伸べた。「大丈夫か?」 「そういうコトは、最初に訊いて欲しかったのよ」 「いや……こんな直線道路で、どうして壁に突っ込むかなぁって。気になるだろ、普通」 「だって! ジュンの家から、ウサギが飛び出してきたんだものっ」 「ウチじゃ飼ってないぞ、ウサギなんか。どうせノラ猫だろ。まったく、人騒がせな」 「ち、違うもん!」 両の拳を握り、ムキになって反論する雛苺のアタマを、彼―― 桜田ジュンは、ぽふぽふと叩いて、愉しげに笑った。 「解った解った。信じてやるよ」 「ぶー。なにその上から目線。失礼しちゃうのよ」 「ちびっこいだけじゃなく、子供っぽさも、相変わらずだな」 「チビはお互い様なのっ!」 べーっ! と舌を出す雛苺に、彼は悠然と、微笑で応える。 あれ? 思いがけない肩透かしに、雛苺は続ける言葉を失った。 高校の頃は、身長のことを口にするだけで、他愛ない罵りの応酬が始まったものだが。 ――たった2年。されど、2年。人が変わるには、充分すぎる時間なのか。 「それにしても、久しぶりだよな。元気そうで、なによりだよ」 「う、うい。ジュンもね」 変わっていないのは……精神的に成長していないのは、自分だけなのかも。 そんな、どこか置いてきぼりにされたような寂しさが、雛苺の胸に広がった。 水面に落とした墨汁の一滴が、ゆっくりと溶け馴染んで、淡い色を着けるみたいに。 それまでの騒がしさから一転、押し黙って俯いた雛苺に、ジュンの心配そうな眼が注がれた。 「どこか痛むのか? ちょっとウチに寄って、姉ちゃんに診てもらえよ」 「う、ううん……平気なのよ」 「いいから、こっち来いって。意地を張ったって、損するだけだぞ」 ――ホントに、平気だから。 言いかけた台詞は、彼女の唇から零れなかった。 なぜなら、ジュンに手を握られた瞬間、息と共に呑み込んでしまったのだから。 自分がアルバイトの途中だったことさえ、綺麗サッパリ忘れていた。 庭先に入ると、雛苺たちは、大小さまざまな荷物の群に出迎えられた。 なにごとだろう。引っ越しの準備だろうか……? 雛苺が訊ねると、ジュンは笑いながら、否定した。 「ないない。物置みたいになってる部屋があってさ。そこの掃除だよ。 姉ちゃんと2人がかりで昨日からやってるんだけど、ちっとも捗らなくて」 なるほど、運び出された品々は、色が変わるくらいに厚く埃を被っている。 開け放したドアの奥にも、まだまだ、あるみたいだ。 それにしても、どれだけ長く寝かせておいたら、こんな風になるのだろう。 眺めているだけで鼻がムズムズして、雛苺は顔を背け、クシャミを堪えた。 「まあまあまあぁ……。久しぶりねぇ、ヒナちゃん」 ジュンの姉、のりは、雛苺と顔を合わせるなり、パッと表情を輝かせた。 それでも、疲労困憊の様相は、隠し切れない。目元が暗く、窶れて見える。 ジュンの言っていたように、片づけに四苦八苦しているようだ。 「姉ちゃん、こいつ、チャリでコケたんだ。ちょっと診てやってよ」 「あらあらぁ、大変。それじゃあ、奥のほうで手当しましょうねぇ~」 「う……そ、そんな大袈裟な。ほっとけば治っちゃうのよ」 「そんなのダメよぅ! 目立たないケガほど、実は怖いんだからぁ。 お姉ちゃん、部活で応急手当の講習を受けたことあるから、任せといて」 ここにきて、やっと、雛苺はアルバイトのことを思い出した。 早く仕事に戻らなければ、日暮れまでに間に合わない。 ――が、のりは治療する気で、救急箱の中身をゴソゴソ探っている。 のりは基本的におおらかで、人当たりがよく、面倒見のいい人間だ。 しかも積極的で、意外に頑固な一面も併せ持っていた。 教師のような、継続的な辛抱強さを求められる職に就くには、いい性格だろう。 しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。度が過ぎれば、お節介になってしまう。 ちょうど、今みたいに。 「それじゃあ、お願いしますなの」 雛苺は吐息して、素直に、擦り剥いた箇所を、のりに見せた。 ささっと手当してもらって、引き上げるのが得策。そんな判断からだ。 のりの手際の良さに感心しながら、雛苺は、片づけを手伝おうかと申し出てみた。 明日から週末で、アルバイトは休みだ。急ぎの用事もない。 けれども、彼女は雛苺の気遣いに感謝しながらも、やんわりと断った。 そして、憂いを含む笑みを浮かべた。 「お姉ちゃんね……もうすぐ、この家を離れちゃうのよぅ。 だから、ワガママだけど……後始末だけは、ね。この手で、しておきたくってぇ」 「どうしてなの? ひょっとして、お嫁に行っちゃうの?」 その問いに、彼女は、かぶりを振った。「マンションで、独り暮らし」 「この家にはジュン君と、お嫁さんが暮らすのよぅ」 ――え? 雛苺は胸裡で、のりの台詞を反芻した。3度目で、じわっと実感が戻ってきて…… 4度目にして漸く、アタマが理解した。ジュンは結婚するんだ……と。 考えてみれば、ジュンも自分も、今年で二十歳になる。 それに、服飾系の専門学校に進んだ彼は、この春に卒業して、社会人になるのだ。 所帯を持つのも、早すぎて損をすることはない。 対して、自分はどうか。大学に進んだけれど、休日にデートする恋人もなく。 バイト三昧の日々は、それなりに充足感を与えてくれるが……だけど……。 こういうの、負け犬って言うのかなぁ――なんて。 またぞろ、置いてきぼりにされた気分が甦ってくる。 雛苺は、治療を続けるのりの手元を、ぼんやりと眺めていた。 手当を済ませ、仕事に戻ろうと玄関を出た彼女を、ジュンが待っていた。 「よっ! なんともなかったか?」 「う、うい。ごめんね、心配かけちゃって」 なんとなく顔を合わせにくかったけれど、逃げ去るのも変な気がして、 雛苺は、深呼吸ひとつの後、にっこりとジュンに笑いかけた。 「それより、聞いたのよ。結婚するんですってね。おめでとうなの!」 「お、おう……ありがとな。なんか、本当に急なことでさ。 僕自身、自分のことなのに、まだ実感わいてこないって言うか」 「要するに、浮ついちゃうぐらい幸せってコトなのね」 「まあ、な」 臆面もなく惚気たジュンのみぞおちに、雛苺は頭突きを入れた。 もちろん、軽く。仔猫がじゃれるように。 「ねえねえ。ジュンのお嫁さんって、どんな子? ヒナの知らない人なの?」 「いや、知ってると思うよ。憶えてないかな。高校の頃の、学年のプリンセス」 「……あぁ。あの子なのね」 名前は失念してしまったが、面差しは、微かに憶えていた。 チャーミングという表現と制服がよく似合う、可愛らしい女の子だった。 どういった縁で結ばれたのかは、知る由もないが、いろいろ有ったのだろう。 雛苺が、ジュンと逢わなかった2年の間に。 「それじゃあね、ジュン。また、いつか――」 言って、雛苺はブレーキの壊れた自転車へと歩き出した。 その肩を掴んで引き留める、温かな感触。 ジュンの手は、いつの間にか、大きく力強く成長していた。 大切な誰かを、しっかりと守れるだろう男性的な手に。 「ちょっと待った。おまえに渡そうと思ってた物があるんだ」 言って、彼は、手にしていた古めかしい木箱を、ずいっ……と突き出した。 なぁに? 受け取って、蓋を開いた雛苺の満面が、喜色に満たされてゆく。 それは、80色セットのパステルだった。 「わぁあ……すっごぉい! どうしたの、これっ!」 「物置の整理してて、見つけたんだ。ウチの両親、世界中を飛び回っててさ。 いろんな場所で、アヤシイ物を買い漁っては、ここへ送ってくるんだよ。 蓋の裏に、注意書きっぽいのが貼ってあるんだけど、僕には読めなくってな」 ジュンが読めないということは、ラテン語とか、ロシア語だろうか。 それとも、もっと古い――くさび形文字や、甲骨文字? ……まさかね。雛苺は、蓋をひっくり返してみた。 「なぁんだ。これ、ドイツ語なのよ」 「解るのか? なんて書いてあるんだ」 「うーっと……このパステルで絵を描くと、その絵のとおりになる、って。 まだ続きがあるけど――紙が虫食いになっちゃってて、判読できないのよ」 「……ふん。なんともまあ、胡散臭いもんだな。いかにも、あいつら好みだ」 ――辟易。肩を竦めたジュンの口ぶりは、まさしく、その二文字に尽きた。 彼の小さな悪意に毒されて、柳の葉を想わせる雛苺の眉も、やにわに曇る。 歳の割にナイーブな彼女は日頃から、周囲の些細な機微にも、過敏に反応しがちだった。 それがプラスに作用するなら、素晴らしいインスピレーションも湧くのだろうけれど……。 「ご両親を『あいつら』呼ばわりするなんて、いけないのよ」 「いいんだよ。あんな、ろくでなし連中なんか、どう呼んだってさ。 ここ数年、ずっと会ってないし……もう、親って実感ないね。遠い親戚――みたいな? そのパステルにしても、どうせ買ったことさえ忘れてんだろうからな、きっと」 「……でもぉ。それなら、ヒナが貰っちゃダメなんじゃないの?」 「構わないさ。ウチにあったって、誰も使わないし。また、ホコリ被ったままになるだけだ。 どんな上等な道具でも、使ってくれる人が居なきゃ、ただのガラクタだろ」 それに……と、少しの間を空けて、ジュンは照れくさそうに続けた。 「高校の時にさ……チョコレート貰ってたのに、いっつも、そのまんまだったから」 数年遅れの、少し早いホワイトデーのお返し――と? 変なところで律儀なんだから。雛苺は呆れて、失笑を禁じ得なかった。 彼らしいと言えば、まあ、らしいのだけれど。 そういう渡され方をされては、女の子の心情として、固辞できなくなってしまう。 このパステルが使い手のないまま、ガラクタにされてしまうのも不憫で…… 結局、雛苺は受け取ってしまった。半ば、押しつけられるカタチで。 と、まあ。こう言うと、いかにも仕方なしの渋々といった趣があるが―― 実のところ、雛苺の喜びようは大層なものだった。 ついさっきまで感じていた、鬱々とした気分が、すっかり消えてしまうほどに。 些か現金だが、気持ちの切り替えが早いのは、彼女の長所なのだ。 小さな頃から絵を描くことが好きだった彼女にとっては、画材すべてが宝物。 ましてや、不思議な効力を秘めたパステルとくれば……。 「ステキ! ステキ! あぁ~ん、なにを描くか迷っちゃうのよー」 残りの配達を片づけているときも、木箱はずっと胸に抱きしめたまま。 いつもなら疲れて重たくなっている両脚も、ステップを踏みたくてウズウズしていた。 すぐにでも試してみたい。貼ってあった説明書が真実なら、凄いことだ。 沸きあがる衝動は、雛苺の心身を、かつて無いほど浮つかせていた。 アルバイトを終えて、寄り道もせずに帰宅。 夕食の時も。風呂で1日の疲れを流し、自室で洗い髪を乾かしている間も。 雛苺のアタマには、あのパステルで絵を描きたい欲求しかなかった。 とりあえず、どんなモチーフなら、実験に最適かしら? 物理的な変化――破損とか、誰にでも簡単に再現できるテーマなら、意味はない。 およそ有り得ない絵を描いて、そのとおりに変化するかを、検証すべきだ。 でも、奇抜なテーマ――たとえば、隕石が自宅の庭に落ちたり――を描いて、 現実になったら厄介だし、その隕石にナゾの物体Xなんかが付いていたら怖すぎる。 じゃあ、自画像は? 雛苺の閃きは、幾ばくもなく、落胆に変わった。 それなら、他者に迷惑はかからない。 でも、効力が本物ならば、少しの失敗でも、取り返しのつかない事態になろう。 ドラクロワやゴヤのような写実的な絵を、狂いなく仕上げられるのであればいい。 だが、キュビズムみたいな自画像を描いて、そのとおりに顔が変わるとしたら―― 交通事故で顔面がグチャグチャに潰れる様を想像して、雛苺は、ブルッと身震いした。 「うぅっ。やっぱり……初めは無難に、静物画でいくのよー」 モデルは、何にしたらいいだろう。雛苺は、ぐるり部屋を見回した。 どうせなら変形しにくかったり、壊れにくい物を選ぶべきだろう。 それでも絵と同じ変化を遂げたなら、パステルの効果を、少しは信じられる。 彼女の視線が、本棚に飾ってある、高さ20センチほどの石像を捉えた。 何年か前、キャンプで訪れた山中に投棄されていた、ベヘモス神像だ。 横たわった状態で、腐葉土に半ば埋もれた姿に、なんとなく愁情を誘われ…… そのままにしておけなくて、わざわざ持ち帰ったものだった。 「うんっ。これなら、簡単に形が変わったりしないから、もってこいなのっ!」 雛苺は愛用のスケッチブックを手に、ベッドに座り込んだ。 明日から週末で、アルバイトは休み。絵を描く時間なら、たっぷりある。 パジャマの袖をたくし上げて、気合いも充分。 きりりと表情を引き結んで、雛苺は、茶色のパステルを手にした。 -つづく-
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い:コ・ハナ捜索任務-指定外管理区【アルタロス:水中庭園】 監視員及び通信者:ホオズキ 現場調査員:エクト、ホムンクルス、ミッケ、バク、ニル、マーレ、バティスト 前記:今任務の目的 研究棟資料調査班(亡月班)との連絡及び合流 敵性反応の対処 「コ・ハナ」の捜索 未開拓エリア「アルタロス:水中庭園」の調査 概要 突如自害を行った人工フォトナー「グレンヴィル」の反応は周囲から消失。地下探査班(以降:エクト班)は一旦研究棟に戻り、亡月班との合流を図る事としました。グレンヴィルは存命していると予測し、厳戒態勢を維持しています。 探査報告 日時:A.P.240/10/23 +大型研究所【パンドリディエール】入口 閉じる 12:33 エクト班はグレンヴィルとの戦闘後、地上へと戻り大型研究所の入口へと到着しました。今後、亡月班と連絡を取り合流を図る予定です。 エクト:あー、ナキさん聞こえる?こっちは何とか地上に戻ったぜ。 [亡月]:ああ、こっちはやっとこさユールドゥルムに入る。全く、辛気臭い所だったよ。 マーレ:コール!コールは大丈夫!? [コール]:声が大きいぞマーレ。私なら無事だが・・・テレパイプでさっさと帰りたい気分だな。 マーレ:良かった・・・心配したよ。 [コール]:まぁ・・・帰るのはもう少し後かも知れないな。 [亡月]:テレパイプも限度があるからな。キャンプシップの許容範囲内じゃないうえに均衡維持施設から離れすぎていたのもある。 エクト:まぁアレそこまで便利じゃねえもんな。あくまで非常用帰還装置だし。 [ホオズキ]:皆さん無事で良かったッスよ。とりあえず合流して改めて探査方針を決めていく必要がありそうッスね。 [亡月]:そうしたいのは山々だが、何せユールドゥルムに興味があってな。 エクト:おいおいこのまま調査するって感じかい?ナキさん。 [亡月]:研究所にある資料は寄り道する事は出来るが、折角ここまで来たんだ。少しは調べておきたい。まぁ、面子が面子だから危険があればすぐ逃げるさ。 [ランジュ]:ゴリ推しは骨が折れるわ。それにどこにシステムガーディアンが潜んでいるか・・・。 エクト:目と鼻の先にいたりしてな。まぁそんな状況下って前提だから覚悟するしかねえよ。そっちが地上に戻る時は教えてくれな。 [亡月]:あいよ。そっちで面白そうな事があったら教えてくれ。 バク:・・・・とりあえず、俺達はどうすんだ? ホムンクルス:グレンヴィルの行方も分からないし、今回の目的も済んじゃったからね。ナキさん達が戻ってくるのを待つくらい? [ホオズキ]:うーん、皆さん体力あり余ってそうッスね。 ホムンクルス:ちょっホオズキさん縁起でも無い事言わないで下さいよ。 [ホオズキ]:あ、そうだ!今回まで手に入れた情報を元に、ハナちゃんやラウムさんに聞いてみるのはどうッスか? ニル:うーん・・・ハナ答えてくれるかなあ。 バティスト:まぁ嫌いな奴の事聞かれても答えないよなあ、第一フォトナーとかはね。 エクト:オブラートかつ何とか聞けそうな情報は、かあ・・・。 ホムンクルス:・・・まぁ、ヤトノさんが言ってた内容は別に避けてもいいと思うし、今は。聞くとしたらシステムガーディアンとか、エネミーの事とか。 ミッケ:廃棄生物監視エリア・・・だっけ?知ってそうちゃ知ってそうだけどな。 マーレ:長年ここに住んでたって事だから、嫌でも何かしら情報は入ると思うんだけどね・・・。 ニル:ハナにはアタシが色々聞いてみるよ。 エクト:すまねえな、ニルちゃん。 バク:ま、あんま考えすぎんなよニル。沸騰しちまうからよ。 ニル:馬鹿にしたなー!?この! バク:いってててててて!?バッカ尻尾の付け根を蹴るんじゃねえ! +第一下層区域【モレグ】~自然保護区Ⅳ【ルヴェリッサ:人工大海】 閉じる 12:48 一同は設置テレパイプを利用して転移しました。コ・ハナとの接触をすべく施設内を探索します。ホオズキによる周囲動体反応は確認出来ず、近辺には居ない事が確定されました。 エクト:まぁ、ラウムの所じゃねえかな? バティスト:あの二人仲良いよね~、ラウムが解放されたら益々くっつきそう。 マーレ:分かる~!手を繋ぐ時とかお互い緊張しちゃってそう。 ホムンクルス:初々しい妄想はやめてあげなよ。 ニル:ラウムも人型になれたらいいのにね。 バク:あー・・・どうだろな、一応コの一族らしいからよ。ロの一族なら俺みたいに人型にはなれるっちゃなれるが・・・。 ミッケ:何かさ、フォトンの力どうこうで何とかならねえの? バク:無茶言うんじゃねえ。 バティスト:なあなあホオズキちゃん、俺達このままラウムの所行けばいい? [ホオズキ]:そーッスねえ。何か反応があれば教えま [コ・ラウム]:[聞こえるか!?アークス!] (突如、念話にてエクト班一同の脳内にコ・ラウムの焦燥しきった声が響き渡ります。) ニル:!?ラ、ラウム? バク:遠方への念話って超高等技術じゃねえか・・・!俺でも出来ねえぞ。 [コ・ラウム]:[突然の通告で申し訳ないと思う。しかし、我にとっては一大事に等しい。お主らが来る事を待ち侘びていた!] ミッケ:こりゃあ何かあったんだな。 ニル:ラウム何があったの? [コ・ラウム]:[事前に教えなかった我にも非があるが・・・我はテリトリーにした範囲内はどの様な者も通さぬ様にしていた。お主らが言う界忌種という者達の事を指すだろう。ハナは我が認識できる範囲内だけで生きておった。しかし今日は何故かその範囲から脱してしまったのだ。行先の検討は不確定だが付いている。ハナを探してはくれまいか?] ニル:勿論!元々ハナとラウムに会いに来たんだ! [コ・ラウム]:[頼むぞ・・・あの娘は死に近い惨劇を幾度無く受けてきた。故に我の元から離れる事は出会ってから決してなかった。だが・・・言うなれば、『行動を制限した事で箱入り同然の生活を送らせ続けていた』。知りたい事も、行きたかった所もあっただろう・・・だが、お主らがいれば。いや・・・今は関係の無い話だ。セクター4へと向かってくれ。そこで認識が途絶えてしまった。] エクト:人工大海か・・・こりゃ難しいが行くしかねえ。ホオズキちゃん!周囲状況分析頼んだわ! [ホオズキ]:言われなくとも! バク:何か厄介な敵が居そうだぜ。 ミッケ:そんときゃあブッ飛ばせばいいだろ? ホムンクルス:あれ?ナノブラストってもう使えるの? ミッケ:甘いなホム坊、疲れるだけでやろうと思えば変化できんだ。 ホムンクルス:何それずるいな。 バティスト:いいなーそれ。 +自然保護区Ⅳ【ルヴェリッサ:人工大海】下部3F~5F 閉じる 13:02 セクター4の施設内へ到着。ハナの痕跡を辿り、研究施設も含め捜索をしましたがそれらしい形跡は見つからず。エクトは以前の探査で行かなかったエリアがある事に気づき、下部3F以降への捜索を提案しました。 [ホオズキ]:確かー・・・ネグロちゃんが見てくれた時は3Fは古代機構が多数、4Fはパネル?みたいなのが沢山、5Fは水没してるとか言ってたッスね。 エクト:うーんそっかぁ・・・古代機構は俺らを敵扱いしなきゃあ良いけど。 ホムンクルス:アブルとは違うんだっけ? [ホオズキ]:しっかり調べると確かに微妙に違うッスね~。 ミッケ:敵性反応が確認次第ブッ飛ばせばいいな。 バク:俺に任せとけな。 エクト:あー・・・地下層ホント老朽化ヤバいからアカンかもなお前らは。 マーレ:一気に崩れそうだもんねえ・・・。 ニル:ハナはここを通ったのかなあ・・・?エネミーがいるのに。 バティスト:・・・もしかして攻撃してこない奴とか? [ホオズキ]:うーん、ここで話してても仕方ないので皆さんいってらっしゃいッス! エクト:割と適当だなぁホオズキちゃん! 13:11 下部3Fへ到着。フロア内は荒廃し損壊した設備が無造作に置かれています。古代機構らしき個体が多数存在しますが、複数の配管に繋がれた状態にて動く事なく設置されています。 エクト:え?フッツーに通れるじゃん?ネグロに騙されたわ。 ホムンクルス:一言も通れないとは行ってなかったよ。 エクト:まぁ確かに。 [ホオズキ]:旦那さんも意外と間抜けッスね~。聞いただけで終わりにしちゃうし。 バティスト:後でお説教かな~愛のお説教。 [ホオズキ]:どうしよっかな~~~~?YES枕をテーブルに置いて困らせようかな~~~~?ウヘヘヘ・・・。 エクト:よし行こう、進むぞ。 ニル:YES枕って何? エクト:ヘリックさんに聞いてね。 ホムンクルス:ヘリックさんに聞いて。 バティスト:ヘリックさんね。 ミッケ:ヘリックさんだな。 バク:マジか、俺も聞かなきゃな! マーレ:あ、あちゃ~・・・。 [ホオズキ]:ヘリックさん推しッスね。 13:25 下部4Fへ到達。地形が非常に不安定であり、床殆どが陥没して板状建造物が多く散りばめられています。下部5Fは完全に水没しており、水没地帯に落ちない様に移動を続けております。奥部には別フロアへのゲートが確認されてます。 ニル:結構広いねココ~。何の部屋だろう? エクト:何も無いっていうか・・・全部下に落ちたんじゃね? バク:俺何か踏み外しそうだから浮いてるわ。 ミッケ:ずりぃなお前。 バティスト:・・・俺さ。 エクト:やめろ言うな。 ミッケ:俺も察した、やめろ。 バティスト:何だよ!最後まで言わせろよ!落ちねえよ!俺は落ちねえからな! ホムンクルス:言っちゃったよ! マーレ:大丈夫!落ちちゃったら私が泳いで助けてあげるからね! バティスト:お、なら大丈夫じゃ~ん。 [ホオズキ]:バティスト君疲れてないッスか・・・? ミッケ:多分疲れてるよコイツ。 ニル:お~い!皆早く~! エクト:身軽なのは良いよな・・・。 [ホオズキ]:あ、皆さん。 ホムンクルス:ん? [ホオズキ]:思ったんスけど。 マーレ:どうかしたの~? バク:何か気になるじゃん。 [ホオズキ]:いや、その床って今にも陥没しそうッスけど皆さんで立っちゃったら・・・。 バティスト:え?そんな簡単に崩れないっしょ~。 (バティストがニルとバク以外の一同が立っている多少不安定な広範囲の床板へと移動した瞬間、軋む音が響き一気に床が二分され崩れ落ちて行きます。) ニル:あ。 バク:あ。 [ホオズキ]:あちゃ~言うの遅かったか~・・・。 エクト:事後報告じゃねえかあああああああああっっっ!!!!!! ホムンクルス:こらリーダーお前待ての一言言えってえええええ!!!! エクト:ここ大丈夫かと思ったんだよおおおおお!!!! バティスト:やっべえまた濡れるじゃん。 (一同は水面下へと落ちて行きました。) バク:・・・とりあえずニル。 ニル:うん。 バク:水流も向こうの流れだし行くか。 ニル:そうだねー。 +指定外管理区【アルタロス:水中庭園】 閉じる 13:44 エクト班は水流に沿って奥地へと進み、陸地を見つけ次第上陸を図りました。一同が見た先は足元が水で浸され、多くの樹木が生い茂る人工的に造られた形跡が目立つ庭園でした。アークスロビー程の規模で壁側には水流が確認されており、自然に逆らった形で真っ直ぐと上昇しています。 ゲート側には「指定外管理区【アルタロス:水中庭園】」と名記されています。 ニルとバクは先に到着しており、壁側の水流で遊んでおりました。 バク:お、大丈夫だったか? エクト:何とかな・・・。 マーレ:皆あんまり溺れなくて良かった~。 ホムンクルス:僕は割とヤバかったけど・・・。 マーレ:ほむほむ凄い泣きそうな顔してたね~。 ホムンクルス:ちょっと!そういうのは言わないでって! エクト:おほ~???泣き虫ほむほむか~~~? ホムンクルス:うるせえタルタロスにセフレ扱いされて嗚咽しながら深酒してゲロってた事バラすぞ。 エクト:バラしてんじゃねえか!? ミッケ:うわ引くわ~~~~。 バティスト:ウケるんだけどw エクト:キレそう。 マーレ:・・・すっごい綺麗だね、ここ。 ニル:海底とはまた違うんだけど、海の中の楽園って感じ! バク:花とかもいっぱい咲いてるな。何てか・・・ラウムの居た場所の花に似てるぜ。 ニル:ねえ、もしかしてさ・・・ハナってここから花を取りに行ってたんじゃないかな? エクト:でもラウムは普段は自分のテリトリー内から離れた事は無いって言ってなかったか? ニル:寝てる間にこっそりとか? マーレ:ここまで一人で行くなら、確かにあの道も崩れないと思うけど・・・。 バティスト:なぁホオズキちゃん~、ハナちゃんはいなさそう? [ホオズキ]:うーん・・・今動体反応を確認中で・・・あっ!いたッス!多分ハナちゃんと同じ反応!このまま前方右側の建物に進めば! エクト:よっしゃ行くか! ニル:良かった!思ったより早く見つけれて! ミッケ:まだ断定じゃねえけどな! (一同は指定された建造物付近へと進行しました。) 13:50 建造物付近へと到達。建造物の周囲には多くの花が植えられており、建造物には多くのツタが巻き付かれております。 その花畑の中にコ・ハナを発見しました。 ニル:ハナ!!!! ハナ:あれ?ニルちゃん?どうしてここが分かったの? バク:ラウムが心配してたぜ、普段自分が分かってる所からいなくなったとか。 ハナ:ラウムったら起きていたのね・・・。いつも私、ラウムが寝ている隙にお花を摘みに来ているの。ここも私にとっては安全な場所だから・・・。 バティスト:なーんだ、そういう事かあ。 マーレ:ここが安全ならラウムさんにも教えてあげちゃえばいいのに。 ハナ:新しい花を見せた時のラウムが可愛いから・・・ついつい驚かしたくなるの。 エクト:何それ可愛い。 ホムンクルス:は?お前が言うな。 [ホオズキ]:ちょっとエクト君が言うのはキツイッス。 エクト:ひどくない? ニル:でも良かったよ~ハナがいなくなったって言われて超焦ったもん・・・。 ミッケ:その割にはさっき水遊びしてなかったか? バク:うるせえ流されてた癖に。 ミッケ:お?やるか? バク:お?龍族ナメんなよ? ホムンクルス:やめなさいってもう・・・。 マーレ:このお花可愛いな~・・・あ、ねえ向こうに咲いてるのって。 ハナ:ええ、水晶華ね。この島で咲いているのは私が知っている限りはここと数か所だけだわ。簡単には他の所に咲かせるのは難しくて、この花だけはラウムの所には植える事が出来てないの。 マーレ:・・・この花の植え方はね、私知ってるから手伝うよ。 ハナ:本当!?是非、お願いするわ! バティスト:へー花とかも詳しいんだね。 マーレ:この花はちょっと思い出があるんだ!エヘヘ・・・。 ホムンクルス:・・・・なぁエクト。 エクト:何だ? ホムンクルス:なんかさ、嫌なフォトン感じないか? エクト:ああ、気持ちは分かるぞ。 [ホオズキ]:その予想は的中してるッス。詳細不明の熱源反応が・・・ん? エクト:どうした? [ホオズキ]:夥しい微小個体が接近中! 一同:!? ミッケ:おいおいマジかよっ! エクト:厳戒態勢!!! ホムンクルス:周囲状況・・・現地の僕達では感知出来ない。 バク:ああ・・・どこにいんだ。 [ホオズキ]:ッ・・・皆さん、そこの建造物内部が見えるッスか? バティスト:俺が見てくるよ。 エクト:頼むぜ。何かあったら教えてくれ。 (バティストは内部へと進入、小部屋の様な内部には制御システムが設置されていました。設備名は「エネルギー変換炉:直結装置[システム1]生成炉(バクテリア)」と書かれています。) バティスト:・・・制御システムだ!システム1って事は・・・! [ホオズキ]:こっちに高速で近づいています! エクト:バティ!一旦こっち来い! バティスト:ああ! ???:ミ ツ ケ タ (大勢が発したかのような鈍い声が施設内へと響き渡ります。) ニル:わわっ!? マーレ:今の声・・・嫌な感じ。 (突如として微小個体の動体反応を近辺で確認。しかし目視は不可能です。) [ホオズキ]:目の前ッス! エクト:いやいやいや!!!!???見えねえって!!!! ハナ:駄目・・・エンティ!この人達に手を出さないで! エンティ:糧ヲ・・・我々ニ糧ヲ・・・!憎悪ヲ! ハナ:もう・・・ダメなの・・・あなたは・・・。 エクト:エンティ・・・第二節の野郎か! [ホオズキ]:敵性反応!ニルちゃんに向かってるッス!!! ホムンクルス:・・・コイツ! (ホムンクルスはニルを庇う様に前方へと出ました。) ニル:え!?ほ、ほむほむ! エンティ:我々ニ、寄越セ。糧ヲ、寄越セ。 (ホムンクルスは突然苦しみだし、青黒いフォトンが包み込むように激しく旋風を巻き起こします。) ホムンクルス:ああああああああああああああッッッ!!!!!ウグッ・・・・アアアアアッッ・・・・!!!!! エクト:ホム!!!!クッソ!!! [ホオズキ]:何これ・・・ホム君と微小個体達が・・・一つに・・・? 13:56 (数分後、突如としてフォトンは消失し静寂に包まれました。) エクト:ホオズキちゃん、ホムのフォトン反応は・・・? [ホオズキ]:これは・・・界忌種と同じ反応に・・・? バク:なっ・・・。 ミッケ:どういう事だよ!? (ホムンクルスはよろめきながら立ち、エクトを目視します。) エクト:おうホム!大丈夫か!? ホムンクルス:お・・・まえ、は・・・? エクト:ど、どうした? (ホムンクルスは突如、エクトに斬りかかっていきました。) エクト:おわっと!? マーレ:ほむほむ!? ホムンクルス:お前・・・カシマー・・・ル・・・!!!! エクト:ッッ・・・!おま・・・ホム!何言ってんだ!?アイツはこんなとこにいる訳が・・・っ! ホムンクルス:死ね!!お前が何でここにいる!?今までっ・・・今まで道具扱いッ・・・くそ!!!殺す・・・ッ殺す!!! [ホオズキ]:カシマール・・・もしかして、【猟犬】の「骸狗」? ミッケ:猟犬ってたしかー・・・エクトが昔いた犯罪組織か? エクト:ああ、「骸狗」は元ヴォイド職員で・・・ アイツを虐待してた糞野郎の名だ。