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【貰って……くださ……い】 【ふふっ、勝負!! そう、勝負ね!? 後編】の続きです。 あたしは深い眠りからゆっくりと目覚めた。お酒を飲んだせいか、ベッドに入った瞬間に即落ちしたわ。色々あったせいで悶々としちゃうかと思ったけど……結構あたしもいい加減なのね。 シャワーで気分を変えようっと……。冷たい水と熱めお湯を交互に2回づつ浴びて気分一新。 その最中、アイツとは今日で最後なのよね……って、ちょっと感慨めいたものを感じたのは一瞬。もう少し一緒に居たかったなって考えたのも一瞬。 浴室から出て、バスタオルを裸身に巻きつけ、鏡の前でスクワランついでに頬をパンパンと強めに叩き気合を入れた。 「よしっ!! 昨日は昨日、今日は今日。綺麗さっぱり忘れて……さぁって頑張るわよっ!!」 着替えをしようと自室まで移動。着替えのため、バスタオルに手を掛けた時、机の上の物に目が留まった。昨日帰宅してから放置しっ放しの有り触れた封筒。別れ際に優男から「覚悟して開けてね」と渡された1通の封筒。この中に最新の、そして最後の“勝負内容”が書いてあるから、その指示に従ってねって言われたわ。朝になってから開ける様にとも。 あの優男の自信満々な笑顔があたしの闘争心に火を付けていた。このあたしが簡単に負けを認めるとでも思ってるのかしら? 「ふふん、押し倒せば直ぐに泣き付いてくるとか考えてたんでしょうけど。 御生憎様、あたしは明日香ちゃんのためなら、何だってするわ。今日で最後。どんな事でもしてあげるわよ!!」 あたしはこの場にいない優男に向かってそう宣言していた。絶対にギブアップなんかしてやるもんかっ!! あたしは勢いよく封筒を開け中から1枚の便箋を取り出す。思いの外達筆な字で“勝負内容”が書かれていた。 「今日1日、靴下を除く全てのインナーを付けずに過ごす事(つまりはノーパンノーブラって事) その期間は本日5月6日木曜日、朝、自宅の玄 関を出てから、夕方俺の部屋でその確認を受けるまで。 学校を休む事は認めない。キチンと学生らしく授業は受けるように。 勿論、言うまでも無い事だが、イヤなら止めても一向に構わないよ。 もし、やるなら気が付かれない様頑張って隠し通してね。 もし家に来なかったら、勝手に明日香ちゃんに会わせて貰うからね」 あたしは、何度も便箋に書かれている字を追った。目から入ってくる情報が脳で旨く変換できない……。暫くして内容が頭の中で意味のある文章となってからあたしは叫んだ。 「なっ!? 何よこれ……!? あいつ!! バッカじゃないのっ!?」 あたしは目の前にいない優男に対し思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。誰かに聞かれたらあたしのイメージが急降下しちゃいそうな位物凄いやつ。 5分位経ったのかしら、いい加減ボキャブラリーが尽きかけたあたしは大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。 「な、なによっ!! 布切れの1枚や2枚身に付け無い位で、このあたしが参るとでも思ってるのかしら!? いいわ、この挑戦受けて立ってやるわよ!!」 あたしは憤然とクローゼットの中から制服を引っ張り出し、バスタオルを脱ぎ捨てる。そして剥れたまま身に纏った。しかし、イザ身につけてみると……。 やっぱり下半身がスースーして涼しいわ。それに、胸も何時も以上に揺れてる気が……。あと、肩が凝るわね確実に……。 「北高のスカートって……こんなに短かったかしら? 直ぐに見えちゃいそうじゃない」 あたしは姿見で自分の姿を満遍なく観察した。ちょっとしゃがんだだけで股間が見えちゃいそうだし、胸も上から丸見えっぽい……。 「こ、こんな……。これで1日学校で過ごせって……無理……よ」 その手の事を気にすると、挙動不審になるのは確実。って言うか今のあたしがそうだもん。スカートの裾を下に引っ張りながらあたしは考え込んだ。 ……あぁ!! ど、どうしよう? できませんでしたじゃあ、明日香ちゃんが……。でも、こんな恥ずかしい事……あんっ!! あの男!! 最後の勝負だよって言い切った優男を思い出す。キリキリと奥歯が鳴った。悔しくて涙が出ちゃいそう……。あたしは頭を強く振り弱気を振り払い、意地になって登校の準備を進めた。どんな挑戦でも受けて立つ!!って豪語したのは確かにあたしだし……。 でも、アイツってば、何でこんなハレンチな勝負を言い出したのかしら? 何だかアイツのイメージに合わないのよね……。 何時もより丁寧にナチュラルメイクをしてカチューシャを付ける。うん、準備完了。完了なんだけど……。仕方無しにあたしは鞄を片手に階段を下りて玄関に向かった。 「やんっ!!」 階段を下りる最中にスカートがフワリと巻き上がった様に感じ、慌てて手でそれを押し留める。股間がスゥスゥするの……。 ……これだけの事で、浮いちゃうの? 今まで気にしなかったけど……結構、見られてるのかな? あ、後……これ、乳首が擦れちゃう……。何かいい方法考えないと。こんな敏感なとこ、擦り傷なんて想像もしたくないわね。 涼しい股間を気にしながら、ローファを履き玄関を開け放つ。良い天気だわ。心地良い微風と日差し。しかし、あたしは脚が固まった様に先に進めなかった。時間は刻一刻と過ぎていく。 ど、どうしよう? 行かなきゃ行けないのに……行きたくない。でも行かなきゃ……。 あたしの思考はグルグルと出口の無い迷路を彷徨った。どこをどう辿ってもそれが見付からないの。 汗が首筋を伝い、ブラをつけていない胸の谷間に消えていく。身体がふら付き視線が辺りを彷徨う。 「あ……」 その彷徨った視線が明日香ちゃんと出会った公園を捉えた。瞬間、頭の中に閃きが1つ。 「確か……アイツのマンションの傍の公園、トイレがあったわよね」 思いついた事。やろうとしている事。何時ものあたしなら決して選択しない敗北に等しい行動。でも今のあたしには途轍もない名案に思えた。暫し逡巡した後、あたしは1歩を踏み出した。自宅の中へ自室へと。 優男はあたしのしてる事、知ったらどういう反応するかしら? 何げに優しいから、苦笑しながら許してくれるかな……。 そうよ、こんな酷い事言い出した優男が悪いんだからね!! 時間が余り無い。洋服ダンスを開け、出来るだけ髪の毛が乱れない様に制服を脱いで目に留まった適当な下着を上下共に身につけ、再度制服を身に纏う。 ……こんな小さい布を付けただけで、こんなに安心できるのね。 あたしはホッとしながら、玄関を飛び出し学校へと向かう。 悪い事を卑怯な事をしてるって自覚はあるの。正々堂々がポリシーのあたしがこんな小手先の誤魔化しをしてる。そんな自分に強い自己嫌悪を感じながらも、明日香ちゃんのためだからと更に自分を慰める。それで自己嫌悪が消えないと自覚しつつ。 学校に着いた。何時も以上に上り坂がきつく感じたわ。多分、精神的な問題よね……。 教室に入り自分の席に付く。前の席は何時もの通り空席。ホッと一安心。まぁ、キョンがこんな時間に来るわけも無いけど……。あたしはそのまま顔を伏せ、軽く目を閉じた。教室の喧騒がイヤに響く。 ……こんなにキョンに会いたくて、そして会いたくないのも初めて。どんな顔して会おう。旨く笑顔で挨拶できるかな? そんな事を悶々と考えていたら、予鈴の鐘と共に岡部が教室に入って来る。それと同時にキョンも駆け込んできた。 なによ、キョンってば、今日はホントにギリギリじゃない!! 興味が無い振りしながら、横目でキョンを見つめる。キョンはクラスメートの男子に軽く挨拶しながら窓際の席へと足早に向かってくる。 「ん……?」 なんだろう、キョンの様子が何時もと違う。何処がと聞かれても明確に答えられないけど……でも違うの。 疲れ切った様子で席に着こうとするキョン。 「おはよう。……何、休みボケかしら? どうせ、寝坊でもしたんでしょ?」 キョンはあたしをチラリと視線を投げ掛けて、 「ん、おはようさん。寝坊……まぁ、そんなところだ」 と呟き、乱暴に腰掛けた。 「…………」 やっぱり変。視線に力が無いって言うか、心ここにあらずって言うか……ううん、違うわね。何か焦っている。うん、そんな感じ。 あたしは自分の事は忘れて、キョンの背中をシャーペンで突付いた。岡部が何か喋ってるけど気にならないわ。 「ねぇ、キョン、何かあったの? あんた、ちょっと変よ?」 ビクリと小さく身体を震わせ、そして後ろを振り返るキョン。苦笑いを浮かべ、 「何だ、変ってのは? あー、久しぶりの学校で調子が出ないだけだ。 そういうお前は今日も元気だな、羨ましいぜ」 そんな失礼な事を言い捨て、キョンは再び前を向く。あたしは納得できずにキョンに声を掛けようとして……開きかけた口を閉ざす。その背中が放っておいてくれって言ってる気がしたから。 ……まぁいいわ。あたしも実は楽しく会話する気分じゃないし。 キョンの事が心配だったけど、冷静に考えるとあたしは人の心配が出来る立場に無かった。“勝負”をすっぽかし、それを誤魔化そうとしてるんだもん。あ……だめ、また落ち込んできちゃった。 あたしは慌てて窓の外に視線を向けた。様々な形の雲がゆったりと流れていく。あたしはそれをぼうっと眺めていた。 一限目が終わり、休み時間になった。谷口達とも会話せずにキョンは珍しく足早に教室から出て行った。 「ねぇ、涼宮さん、キョン君どうしたの? なんかあったの?」 と坂中さんが心配げに話しかけてくる。 「うーん、やっぱり変よね? でも何でもないって本人が……」 「でも……」 と言いかけて、坂中さんはあたしの顔に視線を固定させた。ほんの僅か小首を傾げてる気がするわ。 「……えっとね、余計なお世話かもしれないのね。……す、涼宮さんも何かあった?」 ギクリとしながら、坂中さんの顔を凝視する。 「あ、うん。何となくそう思っただけなのね。気にしないで欲しいのね」 「うん……」 あたしの返事を合図に坂中さんは別のグループに呼ばれてその輪に入っていった。チラリと心配げな視線を投げ掛けつつ……。 ……うーん、落ち込んでるの顔に出ちゃってるのかな。かなり自己嫌悪嵌てるしなぁ。それにも増して、連休中の事バレたら不味いわね。それだけで勝敗付いちゃうもん。何のために押し倒されたんだか判らなくなっちゃう。うーん、SOS団メンバーって意外に鋭いから気をつけようっと。 ……学校ではアイツ関係の事は考えない!! うん、そうすれば大丈夫よ、きっと!! 結局、キョンは2時限開始ギリギリになって帰ってきた。不機嫌そうな表情もそのままに。 その後もキョンとは何故かあまり会話しないままに放課後を迎えた。 キョンの連休体験談を楽しみにしていたあたし。でも、逆にお前は何をしていたんだと聞かれたら答えられない。答えようが無い。 「連休中、あんたの知らない男と遊んで、そのままホテルに連れ込まれて……」 ……そんな事を言える訳が無い。だから、あたしはキョンに語り掛けられなかったの。 でも、そんなあたしの態度をキョンは何処となく有難がってる気がしたわ。休み時間毎にそそくさと谷口達の所へ駄弁りに行くし。まるであたしを避けてるみたい……。 そんな微妙な雰囲気の中、放課後を迎えた。あたしは掃除当番だったりするの。 「キョン、あたし掃除当番だから先に部室行ってて。疲れてるからってサボっちゃダメなんだからねっ!!」 「へいへい……先に行ってるぞ」 と何故かホッとしながら教室を出るキョン。 ……なによ、あたしと一緒にいるのがイヤなのかしら? あたしは少しムッとしながらも、掃除の準備に掛かろうとしたその時、坂中さんが声を掛けてきた。 「あのね、涼宮さん。ちょっとお願いがあるのね」 「うん、なにかしら? 坂中さん」 「来週の月曜日と今日の掃除当番代わって欲しいのね」 「あら、そんな事ならお安い御用よ」 あたしが気軽に答えると、笑顔を浮かべて坂中さんが説明をしてくれた。何でもその日JJを定期健診に連れて行かなきゃならないんだって。 もう、JJのためなら問題ないって。そんな済まなそうな顔をしないで。 一頻り坂中さんのルソーラブな話を聞いてからあたしは足早に部室へと向かった。アノ部屋に行かなきゃ行けない時間が近づいてきている事を極力考えないようにしながら……。 久しぶりの部室棟、そして久しぶりのSOS団の部室。確か、最後に鍵を掛けた時、連休中に不思議な事に出会いたいなって願いながら部室を出たっけ……。ははっ、不思議な事……ね。確かに連休中は楽しかったわ。色々体験できたし。 あたしは暗くなりがちな顔に殊更笑顔を浮かべて、部室の扉を元気よく開けようとして……固まった。中から会話が漏れ聞こえてきた。 「だから、何時……ルヒ……気づかれ……対処」 「……涼宮さん……閉鎖空間が……」 「だめっ、鈴……ルヒ……外に……」 「!!」 部室内が静かになった。奇妙な位の静けさ。あたしは何も気が付かなかったフリをしながら、扉を何時もの如く勢いよく開け放つ。 「ごっめーん!! ちょっと遅れちゃったわね」 部室内にはあたし以外のメンバーが揃っていた。全員があたしの顔を食い入るように見つめている。 あたしはさも今来ましたって感じでメイド姿のみくるちゃんに声を掛けた。 「走って来たから喉渇いちゃった。みくるちゃん、お茶頂戴!! 熱々のヤツね!!」 「ふぇ、あ、ひゃい!! す、直ぐに入れますねぇ」 みくるちゃんは可哀想になる位動揺しながら、お茶の準備に取り掛かっている。 ……あれで熱湯扱って大丈夫なのかしら? そんな心配をしながら、鼻歌交じりに団長席に腰掛けた。キョンが周囲を見渡し、溜息を1つついてからあたしに話しかける。こういう時のお決まりのパターン。 「なんだ、ハルヒ……。掃除キチンとしてきたのか? その、ヤケに早いじゃないか」 「あぁ、掃除ね……坂中さんから代わってくれって頼まれちゃって。JJの定期健診と被るらしいわ」 あたしは殊更軽い話題ですって雰囲気を作ってキョンに答え、そして、序に団員の様子を観察。 有希が読書もせずにじっとあたしを見ている。 古泉君もボードゲームを準備しながらあたしの様子を伺ってる。気のせいじゃなくその笑顔は硬い。 みくるちゃんはあたしを横目でチラチラと見ながら、懸命にお茶を入れているわ。 キョンは「……JJじゃなくルソーだろ」と呟いたっきり口を噤んだ。そのタイミングであたしは努めて明るく思いついた案を披露する。 「あっ、そうだ!! 今度みんなでJJに会いに行きましょう!! きっとJJも会いたいと思ってるわ。どう、古泉君っ!?」 「さ、流石は涼宮さん。大変よい考えかと」 と古泉君は幾分柔らかい笑みを取り戻しながら、何時もの様に相槌を打つ。 「でしょう!! じゃあ今度坂中さんに都合聞いておくわね。有希も会いたいでしょ?」 と有希にも話を振ると、あたしを凝視していた有希がコクリと可愛く頷いて、ゆっくりと膝の本に視線を落とした。 「ん!! みくるちゃんは? 受験勉強の暇な時がいいわよね」 「あ、はい!! 私もルソーさんに会いたいですぅ。可愛いですもんねぇ、ルソーさん……」 とお茶を入れる手を止めてポワワーンとしているみくるちゃん。 部室の雰囲気がホワンとした暖かいものに取って代わる。 よかった……。何とか誤魔化せたみたいね。実は去年も何回かこんな事があった。みんなが協力してあたしに何か隠し事をしてるの。多分、みんなあたしが気が付いてるとは思ってないんでしょうけど。聞いちゃいけない気がするから知らないフリをしてるんだけどね。 JJの話題を切っ掛けに何時もの団活になった。あの雰囲気は好きじゃないから大歓迎。大歓迎なんだけど……今日に限っては微妙。だって落ち着いたら再びアイツの事を思い出しちゃったから。 周囲が落ち着きを取り戻すにつれて、あたしは落ち込んでいった。嘘をつかなければならない。誤魔化さなければならない。そう考えると自分がイヤになっていく。 ゆっくりとパソコンの電源を入れたあたしに、みくるちゃんがお茶を手渡してくれた。 「はいどうぞ、涼宮さん。熱々のお茶です」 「あ、ありがとう、みくるちゃん……」 「…………。あれ? 涼宮さん? 何だか……」 「うん? どうしたの、みくるちゃん?」 「あ、いや、その……何だか雰囲気が変わったかなぁって。あ、うん、えっと、私の気のせいですよね、きっと……」 「……雰囲気が?」 「わ、私の、気のせい、ですよ、きっと」 あたしはみくるちゃんを見つめた。身に覚えのあるあたしはきっとキツイ視線をしてたんだと思う。みくるちゃんはワタワタオロオロしながら半泣き状態。 「ハルヒ、なんて顔で睨み付けてるんだ。朝比奈さん怯えてるじゃないか」 とキョンの台詞が飛んで来た。 「えっ、そ、そんなに凄い顔してた? ……みくるちゃん?」 「御免なさい……こ、怖かったですぅ」 「あ、御免。考え事してたから。……うん、別に連休中、何も面白い事はなかったわ。反対にそれが残念で」 あたしはみくるちゃんを落ち着かせるために適当に話を合わせる。みくるちゃんはあからさまにホッとしながら有希にお茶を渡すために窓際へ。坂中さんといい、みくるちゃんといい勘の鋭い事……。 連休中の不思議体験発表会は開催されなかった。勿論、あたしが言い出さなかったから。珍しくキョンからの突っ込みもなく、その後は、特に問題も無く団活は終了。 うん、やっぱり平和が一番。その後も、他愛も無い話題で盛り上がって長い坂を下りた。心の片隅でもう1人のあたしが渋い顔をしていたけど。そう、皆と別れると問題の場所へ行かなければならないの。 坂の途中、1回だけみくるちゃんが小声で語りかけてきたわ。 「涼宮さん、やっぱり、何か心配事でも?」 「ん、ありがと、みくるちゃん。……連休が、あっさりと終わっちゃったんで、その埋め合わせを不思議探索でって考えてたの」 「あぁ、そうなんですかぁ。うん、何かあるといいですねぇ」 とニッコリ笑顔で答えてくれたみくるちゃん。その邪気の無い笑顔が、またあたしを苦しめる。 ごめんね、みくるちゃん。決して騙してる訳じゃないから……。 何時ものように有希のマンションの前で別れるSOS団。 キョンの様子が変なんだけど、あたしもそれに気に掛ける余裕がなかった。朝に感じた「放っておいてくれ」って無言のアピールが今も続いているし。 あたしは重い足取りで、アイツのマンションへと向かった。3駅先の駅で降り、モヤモヤとした感情のまま歩を進める。気が付けば、アイツのマンション前の緩い上り坂に差し掛かっていた。途中の公園のトイレに入らなきゃ。 辺りを伺い市営公園に入る。人っ子一人いない公園は静まりかえっていて何だか怖い。簡易式のトイレに入り鍵を閉めた。思ったほど中は汚れていなかった。あまり使われていないのかも……。 溜息を付きながらローファを脱ぎ、スカートの中に手を入れ純白ハイレグタイプのショーツを脱ぐ。フロントのピンクのリボンが可愛いの。次にセーラーを脱いで股に挟んだ。 こんな場所で裸になるのにはちょっと抵抗があるけど……仕方がないもん。さっさと終わらせちゃおうっと。 これまた純白のハーフカットブラを手早く外し、再びセーラーを着込む。脱いだ下着は無造作に鞄へと仕舞った。スカートやセーラーの裾を引っ張り乱れを直してトイレから出る。 うわぁ……やっぱり股間が涼しいわ。風の流れ、感じちゃうわね……。ふぅ、気が進まないけど、後はずっとこの格好だったって言い張らないとね。そんな考えが頭を過ぎり、益々落ち込むあたし。 あたしは頭を大きく数回振ってから、トイレの扉を閉めアイツの部屋目指して歩き出した。 この時、あたしは気が付かなかった。優男が洗濯物を取り込むためにベランダに出ていた事を。そして、あたしの行動の一部始終を見ていた事を……。 エレベーターを降りて、例の部屋の前まで。スカートの裾を引っ張り形を整え、呼び鈴を押す。 暫くして優男が顔を出した。白いコットンシャツと薄手の蒼いスラックス。如何にもオフですよと言わんばかりのラフな格好ね。あたしは何か喋ろうと口を開きかけ……直ぐに閉じた。優男ってば、すっごく厳しい表情なんだもん。昨日のナンパ事件を思い出す……。 優男はあたしの顔を見ると、無言で中に入るよう促した。 「な、何よ……キチンと約束どおり来たのに、感じ悪いわね」 あたしは酷く緊張しながら優男の部屋に脚を踏み入れた。優男は無言で、扉を開けリビングへと入っていく。あたしはその態度に戸惑いながらも後に続いた。 ……な、何よ。昨日までと雰囲気が全く違うじゃない……べ、別に怖いって訳じゃないんだからね!! 優男はリビング奥のソファに大きな音を立てて座った。思わず身体がビクリと震えちゃう位無表情かつ冷たい視線。 「な、何よ……」 と問いかけるあたしの声は微かに震えていた。 「見せてみろ……」 優男は聞いた事が無い位、低い声であたしにそう告げた。 「えっ? 見せる? 何を……」 と言いかけ、あたしは気が付く。そうよね、あんな勝負を持ち掛けておいて「見せろ」って事は……。ここで誤魔化しきらないと!! そうあたしは覚悟を決めた。 「ホントに恥ずかしかったんだから!! こんな格好、もうこりごり」 そんな事を早口で捲くし立て、「ここでスカートでも捲ればいいのかしら?」とヤケ気味に確認をする。当然“了”の返事が返ってくるものと身構えていると、 「いや、違う。そんなものはどうでもいい」 「なっ!? ど、どうでもいいって、それ、どういう事よっ!?」 「鞄を寄越せ。中身を確認する」 「!!」 優男は右手をあたしのほうへ差し出しながら、視線は未だ肩に下げっぱなしの鞄に向けられていた。文字通り音を立てて顔から血の気が引く。中にはさっき脱いだばかりの下着が……。 「な、ど、どうして……か、鞄なんか調べるの? あたしがスカート捲れば……その、下着穿いてないって直ぐ分かるのに。必要ないじゃない!!」 あたしは鞄を握り締め、必死に訴えた。訴えつつ誤魔化す方法を考え出そうとした。 「あ、ね、ねぇ……ど、どうして?」 そんな台詞を途中で遮り、優男はあたしに問いかけた。 「朝、手紙は読んだんだよな? なら、勝負内容は判ってるはず」 そして優男は、一字一句違えずに勝負内容を暗誦して見せた。 「つまり……家を出た後に、1度でも下着を身につけたなら、それだけで勝敗は決まるって訳だ」 優男が声を出す度に、あたしの身体は小さく痙攣した。勿論、恐怖のためだ。喉が渇く。それなのに全身を冷たい嫌な汗が流れていた。脚に力が入らず今にも崩れ落ちそう。 「あ、ちょっ……」 優男がゆらりと立ち上がり、面白くなさそうにあたしの鞄に手を掛ける。あたしはそれを振り払おうとするが、持ち主の意に反して身体に全く力が入らない。2人の間で取り合いになった鞄はあっさりと男の手に渡った。あたしは鞄を取られたショックで床にへたり込む。剥き出しのお尻にフローリングの床は冷たかった。 男の手が鞄のチャックに掛かった。 「ま、待って……お願い、開けないで!!」 あたしは恥も外聞も無く男に懇願。涙が溢れそうになった。そんなあたしを優男はつまらなそうに見つめる。 「さっき、俺は洗濯物を取り込んでいたんだ。すると、見慣れた女の子が近場の公園に入って行った。何をするかと思えばそこのトイレに入っていく訳だ。で、その前後で女子高生の行動に変化が見られた。そこから推論できる事といえば……言わなくても判るだろ?」 あたしはガタガタと身体を震わせ、優男を見上げる。口を開いても言葉を発する事が出来ない。 「その様子じゃ……中に下着、入ってるんだな?」 すごく寂しげに優男は呟いた。そして、鞄を床に置きゆっくりとファスナーを開け、中に手を入れた。あたしは身動ぎもせずそれを凝視する。教科書やノート、ポーチバックが床に並べられ……遂にショーツがその手で外に引っ張り出された。続いてブラも。さっきまで身につけていた下着を男性が手にしている光景は、あたしに強い羞恥心を感じさせた。 「あ……やだ……」 「まだ、温かいな。十分に体温が残ってる……」 とブラとショーツを握り締め優男は立ち上がった。「何時から穿いていた?」とあたしを見ずに問い掛ける口調は寂しげ。 あたしは何も言えず俯いた。嘘を突き通す自信は全くなくなっていた。再び同じ口調で優男に問い掛けられ、あたしの口は勝手に答えを吐き出していた。 「が、学校に、行く時……から……」 「それで、さもずっと穿いていない様な振りをしたのか……最低だな」 「あ……その……」 「予想外の形ではあるけど、これで勝負ありだね。まさかこんな卑怯な事してくるとは思わなかったけど……。 お嬢ちゃんを信じた俺が馬鹿だったって事か」 そんな言葉を呟き、手にした下着を鞄に叩き付ける。そして、腰のホルダーから黒いシンプルな携帯を取り出し、何処かに電話を掛け出した。 嫌な予感を感じたあたしは、震えながら優男に声を掛ける。 「ど、何処に……何処に電話してるの?」 「勿論、仲介屋さ。明日香ちゃん見つかりましたって連絡しないと達成した事にならないだろ」 優男は携帯を耳に当てながら、淡々と解説。言葉の端々に苛立ちが篭っている。 「あっ、だめっ、ま、待って!!」 あたしはその解説の途中で、優男の脚に縋りついた。必死な思いで男を見上げて懇願する。 「だ、だめっ!! 電話、しないでっ!! お願い、もうこんな事はしない……謝るから!!」 優男はあたしの懇願も意に介さず、携帯を耳に当て続けた。あたしはその手に縋りついてでも、会話を邪魔しようと決心。イザ、決行しようとしたその瞬間、優男は「話中か……」と呟いて携帯をしまった。 その呟きを耳にしたあたしは、安堵の余りヘナヘナと床に崩れ落ちた。それでも両手は男のスラックスは握り締めたまま。これを離しちゃうと全てが終わっちゃう気がするの。 「離してくれないか? もう、勝負は付いたんだし……もうお前さんも俺には用は無いだろ? 早く家へ帰れよ」 思いの外淡々と優男はそんな台詞を投げ掛けて、脚を掴んでいるあたしの手を解こうとした。 「ま、待ってっ!! お、お願い。卑怯な事をしたのは謝るからっ、心入れ替えるからっ、もう1度だけチャンスを頂戴!!」 「ははっ、謝ってすむと思ってるの? お前さんの何を信用しろと? 自己保身のために嘘をついた人間は、また保身のために嘘をつくんだよ、間違いなくな。 少なくとも俺は負けたら、違約金を払ってこの件から身を引く覚悟もしてたんだ。そこまで思いつめてた俺が馬鹿みたいだよ。 お前さんにしても、負けるなら諦めが付く様、敢て酷い勝負にしたつもりなんだけど」 淡々と言葉を紡ぐ優男。その一言一言が今のあたしには痛烈すぎた。心を抉られる。切り刻まれる。すっごく痛いの。思わず涙が溢れ頬を濡らしていく。あたしは弱々しく首を振り、男を見上げるしかなかった。これなら怒鳴りつけられた方がどれだけマシだったか……。 ……あたしはどうなってもいいの。だけど、明日香ちゃんだけはっ!! あの子との約束だけは!! 「お、お願い……明日香ちゃんだけは見逃してあげて」 「無理だな。それが俺の受けた仕事だし。約束どおり依頼は果たさせて貰う」 「じゃ、じゃあっ……あんたの言う事どんな事でも聞くから、だから、お願い……」 「ふふっ、どんな事でもね……。 で、そう言いながらあれはできない、これもイヤだって色々難癖つけるんだろ?」 「ち、違うわ……そんな事……。ど、どうすれば信じてもらえるの?」 「信じるね……一旦失った信用を取り戻すのって並大抵の事じゃ無理なんだよね。それはどの業界でも同じ。学生のお前さんには理解できないかもしれないけど」 「あ、あたしは本気。明日香ちゃんを見逃して貰えるなら、あたしどうなっても構わないわ!!」 あたしは本当に自分を犠牲にして明日香ちゃんを守ろうと決心した。どんな理不尽な事言われてもそれを守ろうと決心したの。その決意を込め優男を見つめる。 暫しぶつかる2人の視線。優男が視線を外さずゆっくりと立ち上がった。 お願い、1度だけあたしを許して。あたしの言う事を聞いて。誰でもいい、神様でも悪魔でもいいからあたしの願いを聞いてっ!! 優男は大きく溜息を付いて、渋々といった風に呟いた。 「……もう1度、仲介屋に電話を掛ける。もし、まだ話中ならお前さんの提案を考慮してあげなくも無い」 「えっ……ホ、ホントに?」 あたしはソッポを向いて早口に捲くし立てる優男を呆然と見詰めていた。願いが通じたの? 「あぁ、但し、話中の場合だけ。相手が出たら諦めろ。これが俺にできる最大限の譲歩だ……だから、涙を拭いてくれ。女の子の涙は苦手だ」 優男はあたしから離れ窓際に歩いていく。携帯を取り出し再度耳に当てた。 あたしはそれを眺め、両手を組み合わせた。目を瞑り再び祈る。力一杯気持ちを込めて……。 お願い、誰でもいいから、あたしの願いを聞いて。通じないで!! 反省したから!! どんな事でもするから!! どんな罰も受けるから!! どんな事も我慢するからっ!! 無限とも思える時間が過ぎ、全くの無音の中で優男は携帯を閉じた。 「おめでとう、話中だったよ。約束どおりお前さんの提案、呑んであげてもいい……」 「ホ、ホン……」 「……但しっ!! 但し、その前にお前さんの覚悟を見せて貰おう」 優男は強い口調であたしの歓喜の声を遮った。 「か、覚悟?」 「そう、覚悟だ。俺はお前さんを全然信用できなくなった。今回もその場凌ぎで適当な事を言ってないとも限らんし……」 「ち、違うっ!! あたし……本気で」 「だから、勝負は一旦お預け。で、3ヵ月……いや長すぎるか? 1ヵ月間位その覚悟を試させて貰おう。試用期間ってやつだ。それに耐えれたら改めて勝負してあげる。どう?」 「覚悟を試すって? ど、どんな事するの?」 「何でもするって言ったよね。だから、1ヵ月の間、俺の命令を全て聞き届けて貰おう。拒否した瞬間に……ジエンド」 「い、1ヵ月間言う事聞けば……いいのね?」 あたしの弱々しい問いに男は鷹揚に頷いた。 「わ、分かったわ。言う事を聞いてあげるわ……」 「まずは、その言葉遣いから変えてもらおうか。少なくとも丁寧語……いや、違うな。先ずはお前さんの立場を理解させないと」 「た、立場って?」 あたしは腕組みをして呟く優男を不安に押し包まれながら見上げる。優男が窓際からゆっくりと近づいて来た。あたしは顔を強張らせ、思わず後ずさる。そんな態度を意に介さず目の前で優男はしゃがんだ。視線が同じ高さになり、互いに相手の瞳を覗き込む2人。暫しの沈黙の後、徐に優男が口を開いた。 「お前さんの立場だが、先ずは昨日までの対等の状態は忘れてもらう。そうだな、分かりやすく例えると……」 「た、例えると……何?」 「……ペットと飼い主か……奴隷と貴族だな。どっちも上下関係がはっきりしてるだろ? 勿論、お前さんが下だってのは判るよね?」 あたしの耳に男の淡々とした男の台詞が流れ込んでくる。あたしは耳を疑い、そして、咄嗟に声を荒げていた。 「ペット? 奴隷? なによそれっ!! 冗談じゃないわ!!」 あたしの叫び声が部屋中に反響し、その後訪れた静寂の中、優男は嫌な形に口の端を引き攣らせ立ち上がった。侮蔑の表情を浮かべ呟く。 「くくっ、ほら思ったとおりだ。何でも言う事を聞くって豪語しながら、その様だ。それで何を信用しろって言うのやら……」 「あ……ち、違うの!! い、いきなりだったから、その、ビックリしちゃっただけ!! ホ、ホントに何でも言う事を聞くから!!」 あたしは優男の脚に縋りつき、必死に言葉を紡いだ。 「あの……ど、奴隷でもペットでもいいから」 「今一信用できないな。断わっておくけど、俺は早く依頼を済ましたいんだ。それをお前さんが邪魔してるんだぜ」 「わ、判ってるわ……」 あたしは蚊の鳴く様な声で呟く。優男が再びしゃがんだ。あたしの頬に軽く触れ、あたしを覗き込む。 「ホントに判ってるの? 今一言葉に真実味が無いって言うか……信用出来ないって言うか。電話1本掛けた方が手っ取り早いんだがなぁ」 「ど、どうすれば……信じて貰えるの?」 「くくっ、お前さんはどうすればいいと思う?」 反対に問い掛けられ、あたしは考え込んだ。頭の中を幾多の単語が舞い、イメージが浮かんでは消える。無限とも思える時が流れて行く中、あたしの中で1つのイメージがはっきりと形を整えつつあった。あたしは覚悟を決め、そして、それを口にする。震える声で……。 「あ、あたしの……は、初めて……を、しょ、処女を……あげます」 「ん? 何? 聞こえないよ」 「あたしの、処女を……あげるから……」 「ふふっ、それは凄い覚悟をしたね。でも、気のせいか、その言い方、“イヤイヤあげる”って聞こえるんだけど?」 「あ、ち、違うわ……。そ、そうじゃなくて……あの……その……イ、イヤイヤじゃないの……」 「イヤじゃない? ふーん、貰って欲しいの? 処女を? 俺に?」 「は……い。貰って……くださ……い」 優男はあたしの頬を撫でながら問い続け、あたしはその問いに力無く答え続けた。 「……確か、さっき、“奴隷でもペットにでもなります”って言ったよね。 処女を貰って欲しいって事は、奴隷になる証としてって事でいいの? つまりは、奴隷になりたいって事?」 「なりたいわけ無いじゃない!!」と声高に喚けたらどれだけすっきりするだろう。しかし、あたしは力無く頷く。屈辱と諦観。涙が溢れてきた。そんなあたしの耳元で優男の囁き声。 「きちんと言葉にして御覧……」 「は、はい。……ど、奴隷になりたい……です」 「奴隷の様に、じゃなくて、奴隷そのものになりたいんだ?」 あたしは、その問いに再び力無く頷いた。悔しくて情けなくて声を出せない。涙が頬を伝う。人前で涙を流すのなんて久しぶり。あたしは慌てて右手で口元を押さえ更に俯く。左手はスカートの裾を握り締めたままだ。そのまま歯を食いしばり身体から溢れてくる悲憤を耐え忍ぶ。無心で耐えているあたしに、優男が冷徹な声で語りかけてきた。 「嫌ならそれで構わないよ、俺は。さっさと、依頼済ますだけだし」 「ま、待って!! ……あたしをあなたの奴隷にして下さい。……お願いします」 「ふーん。念のために言っておくけど、お前さんが奴隷になったら昨日みたいなエッチな事一杯一杯しちゃうけど、それでもいいの?」 「はい……か、構いません」 「くくっ、その様子だと本気で覚悟決めたみたいだね。それじゃ、約束通り連絡しないであげる。 勿論、イヤなら反抗すればいい。誰かに相談するのも有りだ。その時点でお嬢ちゃんは晴れて自由の身になれるからね。俺は止めないよ。 そうなれば、俺も遠慮せずに連絡が取れるしさ」 男の言葉にあたしは小さく首を振る。あたしが自由になるって事は、その引き換えに明日香ちゃんが……。 指切り拳万と明日香ちゃんの笑顔が脳裏を去来する。あたしに全幅の信頼を置く素敵な笑顔。ダメ、その笑顔をあたしは裏切れない。 「じゃあ、もう1度お願いして御覧。心を込めてさ」 幾度も躊躇いながら、幾度も訂正されながら、あたしは頭を下げ屈辱的な言葉を口にした。 「あ、あたし……涼宮ハルヒを……どうか……ど、奴隷として……お傍に、置いて下さい。お願いします……。ど、どんな事でもしますから。 その……証、として……あたしの、しょ、処女……を、どうか、も、貰って……下さい」 あたしは唇を噛み締め、湧き上がる屈辱感・恥辱感に身を振るわせた。目の前が真っ赤になり身体がふら付く。 優男に顎を掴まれ瞳を覗き込まれた。恥ずかしい。耳まで真っ赤になるあたし。何か喋ろうとするが、全く言葉が出てこない。 「奴隷になりたいってお嬢ちゃんのお願い、聞いてあげる。だから、俺の事は“御主人様”って呼んで御覧」 気が付けば、昨日までの穏やかでノンビリ屋の優男に戻っている。あたしは知らず知らずのうちに安心し、要求された単語を口にしようとして口篭る。誰かが「それを口にしたら後戻りできない」と訴えているのが、何故だか理解できたから。その内なる声に耳を傾けようとした矢先、優男の「お嬢ちゃんの覚悟を見せて欲しいな」って呟きを耳にしてあたしはオズオズと小さな声で、 「ご……御主……御主人……さ……ま」 って呼びかけたわ。その瞬間、あたしの中でゾワリと湧き上がる得体の知れない感情。ゾクゾクと背筋を昇る何か……。それは決して不快なモノじゃないの……。な、何? この感覚……? それの正体について深く考える前に、優男の声が耳に届いた。 「もう1度呼んでみて」 「あ、はい……あの……御主人様」 「いい子だ。お嬢ちゃん……いや、ハルヒ」 「!!」 唐突に名前を呼ばれた。思わず睨み付け様として思い留まり、目を閉じ大きく深呼吸する。あたしを名前で呼ぶ男の子の顔が目の前で浮かんで、そして消えた。 落ち着けあたし。卑怯な事したからこんな事に……それに明日香ちゃんのため、コイツの機嫌を損なう訳にはいかないわ。1ヵ月我慢すればいいの……。たったそれだけなんだから。 優男……いえ、御主人様の機嫌を損ねる事だけは避けないと。 そう、この人はあたしの御主人様。御主人様なんだから。1ヵ月だけとはいえ御主人様。 あたしは心の中で呪文の様にその単語を繰り返す。自分に言い聞かせるために。覚悟を固めるために。 「ホントにいいの? そんなに自分よりも明日香ちゃんの方が大切なの?」 あたしはそんな囁きに対し、コクリと頷く。 「か、覚悟を決めたわ……いえ、決めました。奴隷でもペットでも何にでもなります。だから、もう聞かないで……」 優男……いえ、御主人様、うん、これから1ヵ月はそう呼ぶ事にするわ。御主人様はあたしを優しく抱き締めて立たせた。耳元で囁かれる。 「じゃあ、今から1ヵ月の間、ハルヒは俺の奴隷。おれは持ち主としてハルヒを支配する。支配してあげる。いいね?」 支配……。その単語が耳から入った瞬間、先程の言い知れぬ何かがザワザワと心の中で蠢くのを感じた。あたしはゴクリと喉を鳴らし、男の胸に顔を埋め小さく頷いたの。 「それじゃ、早速、昨日の続きをしようか?」 「は、はい……え? 続き?」 「そう、続き。だって、処女貰って欲しいんでしょ? 勿論、嫌ならいいんだけど?」 「い、いえ……嫌じゃないです」 あたしは蚊の鳴く様な声で受け答えをする。そんなあたしの背中をトントンと叩きつつ、御主人様は問いかけた。 「……ホントに本気なんだ。そこまで自己を犠牲できるんだ……凄いね、ハルヒは。 じゃあ寝室に行こうか? それともシャワー浴びる?」 「ひぐっ、やぁ……あっあっあ!!」 あたしはベッドの上で仰け反った。昨日と同じ様に男の唇や舌、指先に掌が肌の上を満遍なく触れ摩り愛撫する。既に行為が始まってから30分以上が経過していた。 即座に無理やり処女を奪われる事を覚悟していたあたしは、ちょっと拍子抜けしたの。これってば、まるで恋人に対する愛撫そのものなんだもん。そのせいか、それとも2度めだからか、昨日ほど緊張もせず自然と身体を預けているあたし。そして、昨日以上に脳天を直撃する桃色の刺激。 「辛かったら言いな。ペース落とすからさ」 「んっ!! ……だ、大丈……夫……あぁ!!」 「そっか。無理はしないようにね。……此処までは昨日と同じ。此処からが未知の体験って事になるのかな?」 時々、指を唾液で湿らせながらあたしの秘所をそっと指先で愛撫していた御主人様は、あたしの股間に顔を埋めた。 ピチャ……。その舌があたしの秘所を舐め上げた。腰が思いっきり跳ね上がる。 「あん!! あっ……そ、そこ、汚い……」 舌と指で弄り回されるあたしの秘所。湿った水音が次第に大きくなる。それに比例し、あたしの身体の畝りも大きくなっていく。恥ずかしくて気持ちよくて、もう訳が判らない……。 「ふふっ、気持ち良さそうだね、ハルヒ……。もっと舐めてあげる、この綺麗なピンク色のオマン●を……ほら」 「あぁ!! 恥ずっ……あぐっ、んんっ!!」 御主人様が指先で秘所を優しく撫でながら、クリトリスに口付けを1つ。思わず声が漏れる。痛い位の刺激。上半身が捩れ、両手がシーツをきつく握り締める。指先が白くなるまで。 「ハルヒ、さっきも言ったでしょ? 気持ちがいい場所教えてって……ここはどうかな?」 「あぁ!! そこっ、き、気持ちいい……んっ、……です。あう!! 御……御主人様!! あ、ダ、ダメッ!!」 頭を激しく振って、感想を口にするあたし。強制されてるのか、それとも本心なのか、もうあたしにも判らない。 そして、それとは別に、あたしはずっと心の中で呟き続けていた。 「あたしは奴隷……御主人様の奴隷……この人はあたしの御主人様……」 そうでもしないと、自分を誤魔化せないから。 そんなあたしの秘所を、指で舌で唇で愛撫する御主人様。時折思い出した様に太腿や胸、腰も摩られ、その度にあたしを包み込む甘い波動。 「ひっ……あっあっあ!!」 頭が弾けそうな感覚があたしを飲み込もうとしていた。不定期にあたしを襲っているそれの極大バージョン。 来る来ると本能が叫び声を上げ、そして、思いっきりクリトリスを吸われた瞬間!! 目の前で眩しい光が爆発し記憶が跳んだ。 「んっっ!!」 全身がこれ以上無い位突っ張り、背骨が仰け反る。呼吸が出来ない。苦しい……。 「かはっ……」 筋肉が弛緩し、クタリと脱力。酸素を求めて肺が空気を大量に吸い込む。 未知なる体験。意識が霞となって漂い、身体のあちこちでジンジンと痺れる微かな電流が奔る。まるで心と身体が手綱を離れて自由気ままに動き回るかのよう。 あたしの口から切なげな吐息が漏れ、御主人様があたしの表情を伺い尋ねる。 「大丈夫? ハルヒ? きつかった?」 「大……丈夫。初めて……だから……戸惑ってるだけ……です」 「ホント、きつかったら言いなよ。それで負けって事にはしないから……」 あたしは気だるげな表情で頷く。そんなあたしに御主人様の顔が近づいてきた。キスされる……瞬間的にそう悟ったあたしは、しかし身体を硬くしたまま身動ぎ1つしなかった。徐々に唇は近づき、あたしのそれに触れる瀬戸際で方向変換、頬へ。御主人様が気まずそうな表情で呟く。 「御免御免。確か、願掛けしてるんだったよね。忘れてたよ……」 「あ……覚えて……」 あたしは身体を駆け巡る快楽の波を一瞬忘れて、御主人様見つめた。嬉しい……。何でだろ、ホントに嬉しいの。 「そりゃあ、女の子の願掛けって重大な事だからね……。で、どうする? 身体もちそう?」 「大丈夫……です。……続けて」 御主人様は頷き、あたしの股間へ顔を移し再び埋めた。股間に舌が触れる感触。ゆっくりと上下に摩り徐々に内側へと沈んで行く。ピチャピチャと舌が奏でる卑猥な音があたしを興奮させた。 「あ……あぁ、んっ……」 再びあたしの口から甘い吐息が漏れる。優しく舐め、突付き、刺激を加えられるあたしの秘所。ゾクゾクッと背筋を電流が昇っていく。 「あっ!!」 腰が自然と畝り太腿が突っ張る。激しい呼吸音。ホントに気持ちがいい……。 股間から御主人様が顔を上げ「ハルヒ?」と呼び掛けてきた。あたしは視線を下げその顔を視界に捉える。指は上下にゆっくりと動いたままだ。 「ああっ、は、はい……あん!!」 「中に指入れるよ?」 御主人様の問い掛けるその意味を悟り、あたしは一瞬躊躇した。でも、それもホントに一瞬だけの事。桃色一色に染まった本能に支配されたあたしは躊躇う事無く頷いていた。 「あ、でも……い、痛くしないで……」 「勿論だよ、そのためにあちこち愛撫してるんだから。でも念のために……」 何時の間にか、御主人様があたしの太腿に挟まれた位置に正座で座っていた。その手には黒いチューブが握られ、それから捻り出された透明なジェルを右手の人差し指に塗りつけていた。 「……ん? あぁ、これ? ローションだよ。滑りを良くするためのね」 あたしの視線に気が付いた御主人様が解説してくれる。 「ローション?」 「そ、ローション。まだ、ハルヒの蜜の粘度じゃきついと思うんだよね。 あ、心配しないで、変な成分は入ってないからさ。ホントに純粋な意味での潤滑油だから」 殆ど意味が判らないけど、あたしは頷いた。酷い事をされる訳じゃなさそうだし……。 指に塗り終わった御主人様は、再び股間へと顔を近づけて行き、「リラックスしてて」「痛かったらきちんと言うんだよ?」って囁き声が聞こえた。 秘所を指がゆっくりと弄っている。それが何かを探るようにそこを掻き回し、そして、ゆっくりと恐る恐る……。体内に異物が侵入してくる感覚。初めての感覚。一瞬軽い違和感が股間を奔った。例えるなら……喉に魚の骨が刺さったみたいな異物感かしら。 「ん……あ……」 「あっ!! 痛かった? 御免、もう少し我慢して……」 「だ……大丈夫。ほんの少し違和感が……」 「そうか……、緊張しないでって言っても無理だよね。じゃあ、此処、刺激してあげるからね」 その台詞とお豆への刺激が同時だった。口に含まれ転がされるあたしの敏感な突起。 「あっあっあぁ!! んん……ぐっ!!」 その強烈な刺激に翻弄され、違和感を忘れたあたしに御主人様の「指、全部入ったよ」って呟きが届いた。言われてみると、其処には異物感があった。それが中で動いている不思議な感覚。 その感覚に戸惑っていると、御主人様がゆっくりと移動しあたしの上半身を抱えあげた。お姫様抱っこの変形。至近距離から顔を覗かれた。恥ずかしい……。あたしは顔を両手で隠しつつ、反対方向へ顔を背けたの。 「ゆっくりと動かすよ、痛かったら言ってね」 その言葉通りゆっくりと出し入れされる人差し指。違和感は思ったほどではない。凄く痛いってイメージがあったあたしはちょっと一安心。 その指の動きに合わせて、御主人様の唇や舌があたしの耳や首筋と言った上半身に降り注ぐ。あたしは切なげな吐息を漏らし、身体を痙攣させた。そして、時間が経過するにつれ、秘所からジンワリと甘い波動が感じられる様になっていた。それは体内を流れ、指先がピクピクと痙攣する。 「あ……あぁ……い、や……何……これ……」 太腿同士がにじり寄り恥ずかしげに畝り、その直後、御主人様が指をあたしの中から引き抜いた。それに纏わり付いているヌラヌラと光る透明な粘液。イヤらしく滑りを帯びた光。何とも言えない感慨が心の奥から湧き上がる。 そんなあたしを御主人様は再びベッドへと横たえ、頭を1回撫でてから、徐にバスローブを脱ぎだした。いきなり、あたしの視界に飛び込む男性の裸体。キョンや古泉君の水着姿しかまともに見た事が無かったあたしは激しく動揺。 「えっ、あっ、やだ、いきなり……そんな……」 咄嗟に顔を両手で覆った。心臓が思いっきり跳ね回り、大量の血液を頭へと送り届ける。顔が火照る。顔を覆っているはずの指の隙間からその裸体が垣間見えた。幅広の肩幅や割れた腹筋が男性のイメージそのもの。でも、あたしの視線は1点に注がれていた。股間から起立、臍まで反り返り、ビクビクと脈動する棒状のモノ。茸の様でもあり、亀の頭の様でもある形容しがたい形をしたソレ。初めて目の当たりにする男のシンボル。 それが女性の中に入るための存在である事は、幾らあたしでも知っている。でも、実物はあたしの貧弱な想像力を遥かに超えていた。 ちょ、ちょっと……あ、あんなに大きいの!? あんなのが入ってきたら、壊れちゃう!!って言うか入るわけ無いわ!! 混乱するあたしを置き去りに、御主人様はサイドテーブルから薄っぺらいパックを取り寄せる。毒々しいまでの蛍光ピンク。それは、話には聞いた事がある避妊用のゴム製品。 「ハルヒ、ゴム付けるまでちょっと待っててね」 と耳元で囁き、パックから輪っか状のものを取り出し、自らのシンボルに被せて行く。これまた、生まれて初めて見るコンドームの装着現場。 ソレに避妊用ゴムを付けると言う事は、あたし……されちゃうんだ。でも、付けてくれるなら妊娠する心配はないのね。ちょっと一安心。 その行為を食い入るように見つめ、頭の片隅で人事の様に考えるあたし。 蛍光ピンクのゴムがソレを全て覆い尽くす。依然ビクビクと痙攣しているソレ。その様子はあたしを酷く緊張させた。ちょっと怖い……。 「あ……あの……あたし……こ、怖い……。そんな大きいの……無理、です……」 あたしは顔を覆ったままの状態で、御主人様にそう告げていた。 御主人様が無言で覆い被さってくる。思わず身体を緊張させ縮こまるあたしを、抱きしめて抱え上げる御主人様。そのまま髪の毛を優しく梳き、頬を撫でる。 「うん、怖いってのは判るよ、初めてだからね。出来るだけ痛くしないから、任せて欲しいな」 「ホ、ホントに……痛くしない?」 髪の毛を梳かれる感触に安心感を覚えながら、震える声で質問。この時のあたしからはその行為を拒絶するって思考は全く生まれなかった。 「うん。念のため、さっきのローションもたっぷり使うね」 御主人様はその発言通り、再びあたしを横たえて指を挿入。あたしの中を壊れ物を扱う様に優しく掻き回しながら、ローションを塗っていく。指が出入りする度に、あたしは小さく呻いた。既に違和感の代わりに微かながら心地良さを感じるようになったあたしの秘所。御主人様から指摘されるまでも無く、あたし自身の体液も相当量溢れていたの。体液とローションを指が掻き回し、チュプチュプと淫靡な水音が聞こえてくる。身体の芯が疼き熱い波動が身体の隅々に広がっていく。 「あっあっ……ん、あ、き、気持ちが……いい」 「そうか、よかった……ハルヒ、そのまま何も考えずに頭を空にして、素直に気持ちよくなって」 「うん、あ……ん、くっ……はぁぁ……あっ」 気が付けば、指は出入りだけじゃなくて、円を描くような動きを加えていた。微かな痛みと、それを超える快感。御主人様は中を掻き回しながら、親指でお豆を軽く押す。 「あんっ!!」 あたしは御主人様の突然の責めに身体を大きく痙攣させた。 だめっ、そこは、だめ……ホントにおかしくなっちゃうの!! 目の前で火花が散り、思考が四散する。そして、「これなら大丈夫かな」と呟いて、御主人様が指を引き抜き、無言でローションをゴムつきのソレに大量に塗して行く。 あたしは裸体を隠す事もせず四肢を投げ出したまま、その行為をボンヤリと見守ったの。そして、御主人様の準備が整い、大きく脚を開いてって懇願された。その方が痛みが少ないからとも。 あたしは躊躇いつつも、素直にその言葉に従った。M字に開脚した自分の膝裏を両手で固定し、秘所を晒すあられもない体勢。ホントにすっごく恥ずかしい……。 御主人様があたしの股間ににじり寄る。手には避妊具を被りローション塗れのソレ。秘所にあてがわれた。身体がビクンと震える。 「あぁ……や、やっぱり……怖い」 「ハルヒ、深呼吸……そうそう、いい子だ。身体を弛緩させて……。ゆっくりと息を吸って」 あたしは言われたとおり、ゆっくり息を吸った。その瞬間、御主人様の身体が少しずつ前進し、膣穴が広げられ肉を掻き分け体内に何かが押し入ってくる感触があたしを襲う。全てが体内に巻き込まれていく幻想が浮かんだ。一瞬、鋭い痛みが奔り息が詰まる。その痛みは直ぐにジンジンとした鈍痛に取って代わられた。ただ、想像していたより、痛みは軽く、これ位なら我慢できそうだと頭の片隅で冷静に判断するあたし。 そして、その痛みとは別に、ゆっくりとあたしの中に他者が沈んで行く奇妙な感覚。今までの自分と決別したかのような達観とも諦観とも異なる不思議な感情が心で渦巻く。 内側がソレに擦られ、痛みとも快感とも取れる熱い微かな波動が膣から発生し、自然と畝るあたしの身体。 「んっ……あぁ、擦れ……あん!!」 そして、とうとう御主人様の前進が止まった。上半身を倒しあたしの耳元で囁き声。 「ん、もう、手を離していいよ。……どう? 痛みは感じる?」 「ちょ……ちょっとだけ。あ、でも……大丈夫」 あたしは握り締めていた太腿を手放し、その代わりにシーツを握った。口では大丈夫とは言ったけど、今だ鈍痛は継続中。我慢できないほどではないけど……。 あたしの中でビクンビクンと痙攣する御主人様の分身。お腹が張ってる様な競り上がってくる様な不思議な感じ。それよりも……あんな大きいモノが無事に入っている方が不思議かも。 「ん、無理はしないで欲しいな。初めてで痛くないわけ無いんだから」 「あ……でも、ホント、大丈夫……」 か細い声でそう告げると、御主人様はニッコリと微笑み、「いい子だ」と頬に口付けをしてくれたの。 初めての時に動くと傷を抉るのと同じで凄く痛いんだって。だから入れるだけに留めたって言うのは、後から聞かされた話。 御主人様は挿入後、ゆっくりと慎重に体位を変えていった。あたしもその指示に素直に従ったわ。 気が付くと、あたしは挿入されたまま、お姫様抱っこされる不思議な体勢になっていた。御主人様曰く「虹の架け橋」って体位らしい。あたしは不安定なその体位になった瞬間から、御主人様に縋りつきっぱなしなの。 御主人様がシーツの1点を見るよう促した。言われた箇所に視線を止める。 ごく僅か、小指の先ほどの範囲ながら、血痕が付いていた。あたしの破瓜の証。 想像してたよりも少ないかも……。もっとドバッと出るんじゃないかと思ってたから、これまた拍子抜けした位。 その後、御主人様は殆ど出し入れをしなかった。動くには不向きな体位って理由もあるみたいだけど、まるで挿入した事を忘れてるかの様に、舌や唇、指に掌を駆使してあたしのあちらこちらを愛撫。それから生まれ出た快感は全身を駆け巡り、あたしを翻弄した。 それらに呼応したのか、御主人様の分身が沈んでいる膣も熱を帯び、その侵入者と共にビクビクと痙攣。言い知れぬ刺激と疼き。我慢できない……。 その快感にあたしは幾度も意識が跳んだわ。頭が真っ白に染まる病み付きになりそうな快楽。 最後はお豆を重点的に責められ、御主人様にしがみ付き、はしたなく喘ぎながら大きく痙攣して果てたの。御主人様の背中に深い爪痕が残る位強く抱きついたわ。それが初めて天国へと連れて行かれたのを自覚した瞬間だった。 【さよなら】
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248 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 00 10 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第一話 見よ!炸裂の巨大変身 登場巨獣 超ゴム巨獣 マノーン 「ああ、寒い寒い・・・ったく、この季節はやってられないなあ本当に」 僕、東条 光一はそういって今の今まで寝ていたうすっぺらいせんべい布団を折りたたむと顔を洗い 三畳一間の部屋の隅に押し込められたちゃぶ台を引っ張り出して食事の用意を始めた。 冬のこの季節、暖房もない中で朝早起きするのはとても辛い事だと思う、しかしこうしなければいけ ないのも事実だ、などと冷蔵庫から取り出した納豆と、炊飯器から取り出した温かいご飯を食べながら思う。 モルタル張りの三畳一間、狭くてぼろい上にアスベストも使っているようなアパートの中で僕が唯一安らげる 瞬間は食事時だけだった、だってまた今日もあの人たちがここに来るのだ…ほら、さんにい、いち…。 「後五分で食事を終わらせてください、それからすぐに現場に出発です!」 ばあん、と鍵がついているようでついている意味のないドアを開けて、今日もガスマスクを装着した男だか 女だかわからない彼ら…対超常現象特務機関…通称JCMの隊員が僕の元に仕事を持って押しかけてくるからだ。 「はいはい、了解しました。それではまた七分後に…」 「今日もよろしくお願いします、それから窓の落書きの方ですが、今しがた何とかなりましたので」 「それはどうもありがとうございました…それではまた」 もう一度ばたん、と大きな音を立ててドアを閉め、隊員は去っていった…僕は急いでご飯を書き込んで食べると 歯を磨き、お茶を急いで飲んで、アパート近くの貸しガレージに向かった。その際に一度アパートの窓を確認する。 「巨獣に暴力を振るう宇宙人はこの星から出て行け」 そんな風にかかれた赤い文字は綺麗に消えていた、夜のうちに隊員さんが消してくれたのだろう、ありがたいことだ。 でもどうせまた放っておけば同じように落書きは書かれる事になる、酷い日なら窓いっぱいに張り紙をされたり、石を 窓に投げつけられることもあるだろう。命がけで守ってあげた人々にそんな事をされるのは悲しい事だった、でもそんな 行為が日常的に行われている事がもっと悲しかった。 宇宙の銀河のはるかかなたにあるアルティメット星、そこから送り込まれてきた父は裏次元より現れる地球の侵略生物 通称 巨獣と戦い…僕が中学生のときにその大元である裏次元総帥を倒して、たった一人、苦しみながら死んでいった。 そして後釜である僕はその後すぐに巨獣の残党を狩るべく、二代目あるティメットマンに任命され…こうして日夜人々を 守るために、巨大ヒーローアルティメットマンとして戦っていた。 でも、その生活はあまりにも寂しいものだった 249 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 02 09 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第一話 見よ!炸裂の巨大変身 そんなことを考え始めても仕方ない、そう思い直していそいで貸しガレージに向かう、シャッターの 開けられたガレージ内部では僕の愛車…マイティワン号のエンジンが先ほどのガスマスクの隊員さんに よって掛けられていた、僕は急いで運転席に乗り込む。 「それではさっそくですが今日の任務を…今回の巨獣の発生場所は吊下市東部の山林で…」 「はい、わかりました、それじゃあ…テイク!オフ!マイティーワン!!」 ゴオオオオ!!凄まじい音と共にエンジン部が火を噴く、それと同時にマイティワン号は空中めがけて 飛び出し、内部に搭載された自動ナビゲーションシステムで一直線に巨獣の発生した場所まで飛んでいく… 見た目は古臭い白黒のダッジだが、空を平然と飛んだりするあたりなかなか侮れない、父から譲られた宇宙製の強力な僕の相棒だ。 「後二十秒で現場に到着します、後は任せてください」 「はい、言われなくても解っていますよ…アルティメットマン」 隊員さんとはそれだけ会話をすると、僕はマイティイワン号のドアを開き、タイミングを計って空中からに地面めがけて一気に 飛び降りた。その目下には巨大な黒い烏賊に人間の足が生えたような生物…別名、巨獣が森林をなぎ倒しつつ、今か今かと僕の登場を待っていた。 「チェーンジ!!アルティメーットオーン!!」 僕は空中でポーズを決めながら変身の言葉を唱える、アルティメット星人特有の音声認識パスを認識した僕の体は一気に巨大化し。40メートル の巨体、炸裂超人アルティメットマンへと変化した。 「二ョー!!」 「アーッ!!」 僕は巨獣と正対してファイティングポーズを決めた、じりじりと間合いを詰める僕に対して巨獣はすばやく手の部分に当たる触手を伸ばす、鉄鞭の ごとく迫るそれを僕は振り払うと一気に間合いをつめ、腰部分にタックルをかました。凄まじい音と共にもんどりうつ二人、しかし僕はすぐさま立ち 上がると巨獣の頭をヘッドロックして強力な拳骨で殴りつける、二ョー!!という絶叫を上げて巨獣は触手で僕の腕を叩くが、攻撃を繰り返すほど その抵抗は弱まっていく、巨獣の頭部から血が噴出し、力がだいぶ落ちてきたころあいを見計らって僕は一気にヘッドロックをはずして腹部にストレート パンチを決めると、両手をクロスさせて、必殺技であるアルティメットレーザーを放った。 「アルティメーット!クロスファイアー!!!」 「二ョー!!」 アルティメットレーザーを真正面から食らった巨獣は、ボーン!!と凄まじい爆音を上げて吹き飛んだ、すかさず僕は両手から威力の低いアルティメット ファイヤーを噴出してその肉片を焼き尽くす、こうして後片付けも終わり、僕の今日の仕事はひとまず終了となった。 「お疲れ様でした、それではまた」 人間の姿に戻ってしばらくたたずんでいると、マイティイワン号にのった隊員さんがやってきた、僕は彼を本部に送り届けるとガレージに戻り、そして また呼び出しがあるまでひとまず休憩を取る事になる。 一日に最低一回は異次元生物の巨獣と命のやり取りをする、それが僕、アルティメットマンの主な仕事だった。 250 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 03 53 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第一話 見よ!炸裂の巨大変身 マイティワン号をガレージに置くと、僕はその足で商店街へ夕食の買出しに走った。本当は 少ない給金を節約するためにスーパーで買い物をしたかったのだが、人が多いところに行けば畏敬 と恐怖の念をこめた人々の視線にさらされるのはどう考えても明らかだった。 「はいよ、今日も巨獣をやっつけてくれたお礼だよ!」 「すいませんね、いつもいつも…」 それにスーパーに比べれば少し値段は張るが、商店街の八百屋のおじさん達は僕を恐れずに接して くれるし、たまにおまけをつけてくれたりもする、数少ない優しい人たちだった。 「それじゃあな、また来いよ!!ヒーロー!!」 そんな言葉をかけてもらい、商店街を後にして僕はアパートへと向かった、自分自身でこういうの もなんだが、人にヒーローと呼ばれる事はとても嬉しい事だった。 化け物、怪物…子供のころからそう呼ばれていじめられる事は当たり前だった、母さんもそれが嫌 で僕が小さい頃に家を出て行方知れずになった。 暴力を振るう異星人は脅威に過ぎない、そういわれて日夜監視され、今まで家族二人で住んでいた 小さな家も、脅威に予算を使う事はないと言われて取り上げられた。 気がつけばアパートと、怪獣退治と、商店街を往復して過ごす日々の繰り返しが…父さんの死んだ日からもう十年も続いていた。 …人には言えないけど、もうしんどかった、ボスが死んだというのに毎日最低一体は現れる巨獣に対して、365日も戦い続けなくて はならないのは苦痛だった。 せめて腹を割って放せる友人が欲しかった、信頼できる恋人が欲しかった…それでも、それはこんな生活を送る僕には到底かなわない夢だった。 ふう…と小さくため息をつく、その表紙に買い物袋からオレンジが転げ落ちた、ころころ転がるそれは…一人の女性の足にぶつかって運動を止めた。 「あ…あの、その…」 「はい?……あらあら、これですか?」 困った事に僕は女性と話すことに慣れていない、どうにも話をしようとすると緊張して言葉がどもってしまう…女性の手に握られたオレンジをひったくる ようにとって、大きくお辞儀をして、できるだけ足早に通り過ぎようとした瞬間…。 「いえいえ、こちらこそです」 そういってお辞儀するその女性と目が会った…切れ長の瞳と長いお下げ、地味な服装と、それにマッチングするかのような優しく儚げな表情…一瞬で、彼女を そこまで認識したくなるぐらいに彼女の事を…僕は好きになった。 いうなれば一目ぼれという奴だろう、しかしその感情を抑えて、僕は急いでアパートに向かって走り出した。 「あ…あ、ありがとうございましった!!」 一応お礼を叫んでみるが、声がどもり、上手く発音が出来なくなる…最悪だ、きっと変な人だと思われるだろう・・・でも、でもそれは状況から言えば仕方の無い 事だった。それに優しそうな人でも、きっと僕の正体を知れば逃げ出すだろう…そんなことは今までにごまんとあった、女性なら余計にだ、だって僕は実の母さん にも逃げられたんだから…だから良かったんだ、こうして上手く放せずにあそこで別れれば、きっと辛い思いをしなくてもすむんだから…。 僕は必死にそう考えて、安住の地であるボロアパートに戻った、その目はうっすらと涙でぬれていた。 251 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 05 53 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第一話 見よ!炸裂の巨大変身 夕暮れ時、僕は台所に立って夕食を作っていた、今日のメニューは奮発して買った豚コマで作った生姜焼きだ きっとコレを食べれば元気が出て、今日のことも…。 どんどん!!と僕の思考をぶった切るようにドアがノックされた、一体こんな時間に誰だろうと僕は考える… 新聞の勧誘、なんてうちには来た事もないし、それに隊員さんだったらもっと一気にドアを開けるはずだ。 「はーい」 また変な団体の人とかだったら嫌だなあ…そう考えながらドアを開けた、その先には、昼間であった、あの可愛らしい 女性が笑顔で鍋を持ちながら立っていた。 「こんにちは、隣に引っ越してきた亜佐巳というものです、よろしければこれ、食べてください」 「!!!へあ?あ。あの…あなたは…昼間の?」 「ああ!あのときのお兄さんでしたか、奇遇ですね」 言葉が出ない、そして気分が落ち着かない、そもそもなんでこんな安アパートにこんな人が引っ越してくるんだ?もう わけがわからない?ああでもとりあえず、きちんと挨拶しなくちゃ…取りあえず混乱しながらも何とか声を出した。 「あ、は、はい…自分は、自分は東条というものです、こちらこそ何かあったときはよろしくお願いします…それからひ、昼 間はどうもありがとうございました」 「いえいえ、ああそうそう、これ、特製の肉じゃがです、よかったら食べてください」 「は…はい、どうもありがとうございます…」 やっと上手く言えた、嬉しくて涙が出そうになる…ようやくその一言を話すと同時に僕は…ふと疑問に思ったことを聞いてみた。 「で、でもなんでこんな所に引っ越してきたんですか…僕が、僕が怖くないんですか?」 「いえ、全然。だって東条さんってヒーローなんでしょう?皆を守るために日夜戦ってるなんて凄いとは思うけど、怖いなんて 全然思えませんよぉ……あ、あれ?玉ねぎでも刻んでたんですか?ハンカチかしますか?」 「い…いえ…お気になさらずに…ぐず…う、うわあああああああん!!」 その一言に涙が出た、そういってくれる女性に会ったのは初めてだった…そして僕はそこで崩れ落ちて泣いた、彼女は終始心配そうに 僕を眺め、わざわざ自分の部屋からハンカチまでもって来てくれた…自分が凄くかっこ悪かったけど、それでもそばにいてくれる彼女に 何故か僕は、かすかにだが安息感を覚えた。 …こうして僕と彼女、阿佐巳 巴は出会った、この出会いが運命だったのか、それとも必然だったのかは、いまだに解らない。 第一話 END 252 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 08 25 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第二話 気をつけろ!そのサンタは本物か? 登場巨獣 毒ガス巨獣ワッギア 変身巨獣ザヤッガー 「デアアアー!!!」 今日も今日とて僕は一人、アルティメットマンに変身して巨獣と戦っていた 今日の敵は大きな羽根を持った巨獣だ、羽にあいた無数の気孔から毒ガスを吹き 付けてくるが、空気より重い毒ガスは発射されれば下に流れてしまうのがオチだ 僕は出来るだけ距離をとると手を上空にかざした。 「アルティメット!ジャベリンー!!」 そう言うと同時に僕の武器であるジャベリンが手のひらの上に召喚された。僕は それを力いっぱい巨獣めがけて投げつける、まともにそれを顔面に受けた巨獣は毒 ガスを噴出するのを止めて、血を撒き散らして暴れる。僕はお構いなしに跳躍、一気に 敵めがけてドロップキックをお見舞いした。 「ウゴアアアー!!!」 ジャベリンごと頭部を打ちぬかれた巨獣はようやく絶命したのか動きを止める、僕は 振り返るとその死骸をアルティメットファイヤーで焼き尽くした。 今日もまた一日の仕事が終わる、でも今までの日とは…一日を生きる充実感というものが ここ一週間で大きく変わっている気がした。 「おかえりなさい!光一さん!」 家に帰ってみると、そこにはエプロンをした巴ちゃんが昼食を作って待っていた。 「いつも悪いね巴ちゃん、でも本当によかったのかい?」 「構いませんよ、だって光一さんはさっきもあんなに怪獣退治を頑張ってたじゃない ですか?そんな人のお昼を作ることなんて全然わるいことじゃあないですよ」 「ははは…それじゃあありがたくいただくとするよ…」 僕はそういって用意された食事を食べるべく、彼女からもらった座布団に座った、彼女が 引っ越してきてもう一週間になるが、ここまで彼女が僕に色々してくれるという事は、ある意味 妄想すら飛び越えていた。 彼女の前で泣いてしまったあの日から、彼女は僕の世話を焼いてくれた、大変なら…朝ごはん …作ってあげますよ…その一言がきっかけで、彼女はやたらと僕の周りの世話を焼いてくれる事になり… 気がつけば家事はおろか、朝も早くから朝飯の用意すらしてくれるという始末だった。 そんな彼女には言い表せないくらい感謝していた、こうして彼女と話すようになってから、だいぶ女性と 話すときにどもる癖も治ってきたのが嬉しかった。 「でも毎日悪いねほんとに…その分今日の午後は暇だから、どこか買い物に連れて行ってあげるよ」 「ええ!本当ですか?」 「うん、で、でもあんまり高いものは勘弁してね」 いつも彼女はご飯を作ってくれた分の代金を受け取らなかったので、お礼に何かを買ってあげよう、僕は 前々から計画していた事をようやく打ち明けた。嬉しそうな彼女の顔を見るだけで僕は本当に幸せな気分になれた。 253 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 09 57 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第二話 気をつけろ!そのサンタは本物か? それから一時間後、変装した僕と巴ちゃんは大型ショッピングモールで買い物を楽しんだ といっても予算の都合上あまり彼女が欲しがるものを買ってあげられなかったのが残念だった… と言うか逆にセーターとコートを買ってもらってしまい、なんだか巴ちゃんに余計悪いような気がした。 「気にしないでくださいよ、私のわがままですから」 「ははは、どうもありがとう…」 その後も色々な店を巡りながら、僕らはくだらない雑談を続けた。彼女は普段在宅でデザイナーの仕事を しているらしく、自家にこもりがちだったため、環境を変えるために一人暮らしをしようとしてアパートに引っ越してきたと語った。 「私…昔から引きこもりがちだったから…憧れだったんです、世界を救う、子供達の誰もが一度はあこがれるヒーローに…」 「…ごめんね、その憧れが…本当はこんなにかっこ悪くて、貧乏なオジサンでさ…」 「そんな事有りませんよ!本当にかっこ悪い人間って…そんな風に身を粉にして人を助けたりしませんから!あんまりメソメソして るとカビはえますよ!!そういうのはよくないです!!」 「…うん、それもそうだね…よし!!もうめそめそなんかはしないぞ!!僕は!きっと巨獣を全滅させて見せる!!」 「そうそう、そのイキですよ!!そうしてる方が凄くかっこいいです」 こうして彼女と話していると凄く自分が癒されていく事に気づいたのはいつからだろうか?…心のどこかではいまだに彼女を信用できない までも、それでも、この幸せな時間が続いて欲しいと、彼女にそばにいて欲しいと願う自分の気持ちは…いままでの暗い日々とはまるで違う 光に満ちたものだった。 「はいはい押さないでね!はい!メリークリスマス!!」 そんなことを考えている目の前で、子供達にプレゼントを配って歩くサンタの衣装を着た老人が見えた、何かの宣伝か、それとも試供品の配布か? プレゼントを配って歩くサンタの周りには子供達が集まっていた。 「サンタさんかあ…ある意味この時期じゃあ僕なんかよりも…?」 「…どうしたの?光一さん?」 おかしい、何かがおかしい…直感的にそう感じた光一は、急いでサンタからプレゼントをもらった子供に近づくと、その手に握られたプレゼントを奪い取った。 「うわあ!!何するのさ!お兄ちゃん!」 「あ、アンタ!うちの子に何するのよ!!」 ヒステリックに声を上げる母子の叫びを無視して光一はプレゼントを踏み潰す、グシャリと音を立ててつぶれる箱の中から這い出してきたのはミミズのような 生物だった。 「貴様…コレは何だ!!何をたくらんでいる!!」 254 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 11 55 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第二話 気をつけろ!そのサンタは本物か? 老人に詰め寄る光一、老人はにやりと笑うとこう呟いた。 「やれやれ…せっかくの作戦が台無しだなあ…失礼だと思いますよ、そういうのは」 老人はそう言うと同時に服を脱ぎ捨てた、その下に隠れていたのは正方形に恐竜の手足が 生えたような姿…間違いない、こいつは巨獣、しかも上級タイプの知能の高い強敵クラスだ ひい、というと同時に子供達はプレゼントを慌てて投げ捨てようとするが、箱から飛び出た触手が 絡んで手からはなれないらしく、子供達が次々に叫び声をあげた。 「うわああ!嫌だああ!!」 子供達は次々に悲鳴を上げながらぎこちなく歩き出し、巨獣の前に一列に並ばされた。巨獣はにやつき ながら手に持ったサーベルで子供を威嚇する…どうやらあのミミズ触手は触れた子供を操る力があるらしい。 「さあ降伏しなさいアルティメットマン!いや東条光一、コレは脅しではありませんよ。もしも下手に動こう とすればこの子達全員の舌を噛み切らせる事も可能なんですよ!!」 「……わかった、降伏しよう…」 「はははは!ちょろいものですね!さあそのまま一気に―」 ごん!!という鈍い音と共に巨獣の頭部に鈍痛が走る、一瞬にして回り込んだ巴が手に取った鈍器で思いっきり巨獣を 殴りつけたのだ。 「今です!!」 「うおおおおおお!!!チェーンジ!!アルティメットマイティ!!」 そう叫ぶと同時にマイティワン号がどこからともかく現れて巨獣を弾き飛ばした、轟音を上げて上空に舞い上がる マイティワン号。頼もしい相棒である彼のことだ、きっと被害を少なくするために敵を山奥にまで運んでくれたのだろう。 「ごめん巴ちゃん!この埋め合わせは必ずするから…」 そう言うと同時に光一は変身、一気に空に向かって飛び立った。 「まったくもう!アルティメットマスクだかなんだかしらないけどいい迷惑よ」 「本当、巨獣の殺し方も残酷だし、早く星にでも帰ってもらいたいわ!!」 騒然としたショッピングモールの通路は、おばさん達によるアルティメットマンの悪口によって喧騒を取り戻した。 勝手に地球に来て暴れまわる、核より身近な脅威で迷惑なデカブツ…それがこのおばさん達の大好きな昼のニュースでの 人気キャスターの公式見解だった。 許せない…あんなにも彼は頑張っていると言うのに、お前ら汚い豚どもの子供を助けるために、本気で命を捨てようとしたと言うのに…。 巴は怒りで顔が真っ赤になる…のを通り越して、顔が真っ白になっていた。 巴は一週間近くずっと光一と接してきた…そしてそうしているうちに彼の性格もだいぶ把握してきていた。憧れのヒーロー、アルティメット マンは酷く人間くさくて、とてもいい奴で…そして、冷たい人間達の仕打ちに対して酷く心を痛めていることもよく解ってきた。 最初はそんな彼の支えになれるという満足感と、淡い恋心が満たされていく感覚に喜び…そして次第に彼の受けた仕打ちに気づくにつれて 世間一般のアルティメットマンを嫌うものたちが許せなくなってきた。 …人類の全滅を世界に対して叫んだ異次元の化け物を、頼んだわけでもないのに毎日休みもせずに倒してくれる、謙虚で、やさしくて… そして唯一の存在に対してここまで彼らは侮蔑の言葉を浴びせる…そんな人間達が許せなかった。 「ねえ、おねえちゃん…お姉ちゃんはアルティメットマンの…友達なの」 怒りに肩を震わせる巴に対して、先ほど助けられた少年がそう聞いてきた。 「うん、そうだよお…お姉ちゃんはね…アルティメットマンの恋人なんだよ」 空ろな目で巴はそう答えた。 255 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 13 08 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第二話 気をつけろ!そのサンタは本物か? 「…もしも次に会ったら、ありがとうって、皆言ってたって…言ってくれるかな?僕達…お母さん達は皆ああ 言ってるけど…すごく感謝してるって…アルティメットマンの事が大好きだから、頑張って欲しいって…」 「うん、でも大丈夫だよ…きっとアルティメットマンも、そういってくれる人がいるから、この戦いを頑張れるんだから…」 巴は笑顔で子供を安心させる、その言葉に安心したのか、子供達は喜ぶと手を振って母親の元に帰っていった。 「いい子達だな…でも、あの子達の親はどうしようもないんだよねぇ…だったらきっと、あの子達も将来ああなるよねえ… だったら、処分しなきゃ…」 濁った眼で巴は笑う、そして近くでアルティメットマンの悪口を繰り返すおばさんを見つけると、そのおばさんの頬を思いっきり叩いた。 ヒステリックに対応して掴みかかるおばさんに対して、巴はそれを軽くいなすと呟いた。 「あんた、巨獣より性格悪いよねえ…どうせ今日も暇で暇でここに来て、自分より見下せる相手が欲しいから…あの人の悪口言うんでしょ …今は許すけど、今意外はないよ」 そう言うと同時に、まるで獣のような目でおばさんをにらんだ、ひるんだおばさんが逃げ出すと、巴は空中をにらんだ…その瞳はまるでガラス 玉のように透明な色合いを放っていた。 「あと六匹か…意外にはやいなあ…それにしてもあの馬鹿…どうしてやろう?」 彼女には行わなければいけない使命があった、それは光一が戦う事と同じぐらい重要なものだと彼女には感じられた。 「やっぱり…邪魔者は、馬に蹴られて死ななきゃ、ね…うふふ、ははははは」 そんな言葉を呟きながら彼女の見上げる空は、気持ち悪いくらいに青かった。 256 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2007/12/19(水) 02 15 38 ID lUt+bHho 炸裂超人アルティメットマン 第二話 気をつけろ!そのサンタは本物か? 「オアアアアー!!!アルティメット!!タイフーン!!」 「だから聞かないといっているでしょうがああ!!」 ところ変わって吊下市郊外の山林、適の巨獣に対してアルティメットマンは珍しく苦戦していた 敵の巨獣はこちらが風で攻撃すれば体から羽を生やして空に逃げ、炎で追い込めば水を出して攻撃をカウンターしてくる いうなれば変身する巨獣…そのような戦法で徐々にこちらを追い詰めているのだ。 「ホアアア!!!」「デアア!!?アーッツ!!」 翼を生やした巨獣は風の力を生かして一気にアルティメットマスクに体当たりを食らわせた、衝撃で吹き飛ばされた上に アバラがぎしぎしと傷むが、それでも構わずにジャベリンを召還すると、それを槍代わりにして敵に突進した。 「ウオアアア!!」「無駄アアア!!」 敵は一瞬で翼を巨大な十手のような武器に変化させる、ジャベリンを一気にへし折る気なのだろう。 それを狙ってか、アルティメットマン刺突するとみせかけてジャベリンを巨獣の腕めがけて投げつけた、そしてひるんだ隙に 顔面めがけて指二本での目潰しを放つ。 どしゅ!!という音と共に巨獣の目がつぶれ、巨獣が絶叫と共に倒れこんだその瞬間、突然アルティメットマンの頭の中に声が響いた。 (動くな) 少女のような、それでいて凛とした声を聞いた瞬間、アルティメットマスクの体は動かなくなる。 (まずい、何とかしなくては…) そう考えたとき、足元の巨獣が叫びだした。 「ひいい!!お、お許しを!!総帥さまあ!!!」 目の前の脅威ではない何かにおびえたような声で、立方体のような巨獣は叫んだ、そしてひときわ叫ぶと同時に、どしゅ!!と血飛沫 を飛ばして巨獣の体はバラバラになった。 巨獣の体は、内側から無数に生えたウニの棘のような物体で全身を刺し貫かれていた。 (…なんだ一体?粛清か何かか?) 全く釈然としない光景、しかも敵は総帥と叫んで死んだと来ている…親父が死んだとき、一緒に倒した裏次元総帥が生きていたとか そんな感じなのだろうか?しかしそうなるとここ数年のまるで目的の無いままに暴れまわる巨獣は一体なんだったのか…あるいは裏次元で 新たな権力が発生して、こいつのような上級クラスが送り込まれてきたのか…まるで釈然としないまま、アルティメットマスクは巨獣の死体を焼却した。 「あ、お帰りなさい光一さん、お風呂沸いてますよ?それともご飯がいいですか…」 「あ、じゃあ先にお風呂に入ろうかなあ…それから今日はごめんね」 「いいですって、あんまり細かい事を気にしてるとはげちゃいますよ?」 深夜、疲れ気味でアパートに帰ってきた光一を、巴はまるで本物の家族のように温かく迎えてくれた、母親がいるってこういうことなのかなあ…そんな ことを考えながら光一は風呂に向かう、巴はそれを笑顔で見送り、バスタオルなどの用意をすると…部屋の隅に置かれたノートに眼をやった。 「…ふう、気づかれなかったみたいね…」 ノートに書かれたのは吊下市の略式地図だった、そしてその地図上には…いくつかの、小さな穴がコンパスであけられていた、 そして最も多く穴の開けられた部分は、吊下市の山間部…今日、巨獣が謎の死を遂げた場所だった。 (動くな)(彼を邪魔したものには、死を与える)その付近にはマジックでそんなことが書かれている、数分ほど それを眺めた巴は、ポケットから赤いマジックを取り出すと、街の各所煮に次々と丸を書き込み、そして今度は黒い マジックで文字を書き始めた。 「あと六体もいるんだから…少しは彼の住みやすい世界に出来るよね…ふふふ…」 何かを書き込んでいく巴の瞳は空ろで、それでいてとても楽しそうな表情をしていた。 第二話 END
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第417話:ウソツキサイクル 作:◆l8jfhXC/BA 「……確かに私は“策師”です」 沈黙を破ったのは当人だった。 相変わらず感情のこもらない声の主に、緋崎と折原、そして俺は視線を向けた。 「策師という言葉の意味をそのままをとってもらってもかまわないでしょう。ですが、私はそれだけです。 私は策師。策師以外の何者にもなれなかった策師。策を弄するための駒に、自分自身がなってしまったここでは無力です。 だからこそ、自らと同じ駒──もとい、協力者を求めているのです」 そう言って萩原は溜め息をついた。あの騒がしい少女の言っていたことをほぼ肯定した形になる。 「信用できへんな。自称殺し屋にあそこまで言わせる奴が、ペテン師としてしか名を馳せていないのはおかしいやろ。 それこそ狙撃が得意とか、そういうオチやないんか?」 その可能性は十分にあり得る。俺やミズーを撃った奴が、やはり彼女だったという可能性も再度浮上してくる。 殺傷能力を持っているのにも関わらず俺達に接触を仕掛けた理由としては、人捜しが考えられる。 確かにスコープを利用すれば広範囲を調査でき、動き回ってすれ違うよりは確実といえる。 だが、この今にも悪くなりそうな天候を考慮すれば別だ。雨が降れば室内に入ったり物陰に隠れる参加者が多くなり、固定位置からの探索では見逃してしまう事が多い。 また、一度狙撃し負傷させ、行動が取りづらくなったところを接触して情報を得るというやり方も考えられる。 あるいは自分の能力を知っていて、なおかつ敵対している人物の対策のため。 仲間を作り信頼を得ておき、そいつが絶対的な敵だと根回ししておくのだ。“策師”ならばやりかねない。 「確かに狙撃は可能ですが、本職と比べればどうでもいいレベルです。 私の方がライフルを持っているのも、未経験の折原さんよりは扱えるという相対的な理由ですから。 哀川潤と並び称されるような戦闘技術を持ち合わせていたら、同盟など組まずに一人でゲームに乗っています」 確かに見たところ、平均的な十代の女性程度の筋肉しかついていないようだ。 だが、ミズーの念糸のような特殊技術を持っていても不思議はない。油断は禁物だ。 「最初に化け物クラスの奴と鉢合わせして痛い目をみたから潜伏中、ってのも考えられるで。 化けもんが化けもん同士で殺し合った後で漁夫の利を狙う。あるいはその化けもんを手なずける。こう考えると“策師”っぽくないか?」 「何とでも言えますね。少なくとも、ゲームに乗る意志がないことはわかってほしいのですが」 結局は水掛け論だ。 身内すらも完全には信じがたいこの極限状態の中、赤の他人に信頼を抱くことには、新庄のような根っからのお人好し以外には抵抗がある。 彼女に十分なライフルの腕前が存在するという証明は実際に撃てば容易にできるが、存在しないという証明は不可能だ。 ゲームに乗っているか否かという意志に対しても同じ事が言える。 こういう腹の探り合いの場では、根拠の薄い推論ばかりを並べて相手に疑いをぶつけても何も始まらない。 だがやはり、多すぎる状況証拠から彼女は疑わざるを得ない。あの匂宮という少女の言い分を鵜呑みにするわけではないが、ミズーの弾丸の件もある。 緋崎と一瞬目配せをし、結論を出した。 「やっぱ信用できんわ。同盟は破棄や。……ここから出ていくならそれでええ。お互い不干渉にしようやないか」 彼らを野放しにしておくのは危険だが、これ以上怪我を負うのはまずい。 威嚇のため緋崎が剣を構え、俺もリボルバーの銃口を萩原に向ける。 弾は相変わらずない。だがこの距離ならば、ライフルを担ぎ、構え、引き金を引くよりも緋崎が剣で彼女を斬りつける方が早い。 萩原はしばし俺と緋崎の方を見つめた後、折原に目を向けた。自然と俺達も、今まで黙っていたそいつを見る。 三人の視線を集めた折原は、萩原に苦笑してみせた。“しょうがないね”とでも言いたげに。 「わかったよ。にしても、今にも雨が降り出しそうな時に女の子を外に追い出すなんてひどいねー。……あー、はいはい、今行きますって」 緋崎が鋭い視線で睨みつけ、折原は壊されたドアの方へと歩き始めた。萩原もそれに続く。 銃を警戒しながらこの場を立ち去ろうとする二人に、しかし俺は声を掛けた。 「ちょっと待ってくれ」 「なに?」 「支給品は置いていってくれないか? やはりこうなれば信用できないからな。ハズレ品なら別にいいだろう。 ああ、それとも、やっぱりそのジャケットのポケットの中身は“アタリ”なのか?」 「…………よく気づいたね?」 折原の表情が一瞬固まり、それが氷解するように口元が歪んた。 ジャケットもライターも、どこかの建物内で入手した日用品の場合や没収されなかった私物の可能性があった。この点からもやはり信頼できなかった。 だがもし本当に支給品だった場合を考え、何か特殊な効果があるかもしれないと知覚眼鏡で探っていたのだが……ある意味両方の推論が当たっていた。 知覚眼鏡は、折原のジャケットの胸ポケットから一定の間隔で電波が受信されていることを知らせていた。 携帯端末のような連絡機、位置情報を送る発信器、あるいは何か特殊な情報を送受信できるものだろうか。 どんなものにしろ、おそらくこれが本当の折原の支給品だ。 「嘘をついたのは出来る限り手札を隠しておくため、ってのは理解してほしいな。 別に危険な物じゃないし……って言っても、説明書がなかったから使い道が分からないんだけどね」 案外あっさり認めて、折原はデイパックからライターを取り出し、続いてジャケットを脱いでいった。 危険な物ではない、というのも勿論信用できない。たとえ見た目で判断ができなくとも、俺が知らない未知の武器である可能性がある。 「外見だけは携帯っぽいんだけど、ちょっと違うんだよね。これ、何かわかる?」 こちらに目線を向けながら、折原は脱いだジャケットのポケットに手を突っ込み、薄く黒い板を取り出 「──!」 される前に、奴の左手にあったライターが、銃を持つ俺の左腕に向かって投擲されていた。 素直に身を引いてここから出る気は彼にも、そして子荻自身にもなかった。 疑念を持たれたままの二人を野放しにしておくことは、無駄に敵を増やす可能性に繋がる。こちらの手の内を知っている人物は障害にしかならない。 既に哀川潤という最悪の敵に狙われている状態でこのような心配事を増やすのは得策ではない。なるべく味方を作っておくべきだ。 今にも雨が降りそうな空も懸念の対象だった。もし降り出せば視界が悪くなり、体温も奪われてしまう。 近くに拠点にできそうな商店街と学校があるが、どちらも先程出ていった出夢と鉢合わせする可能性がある。 人捜しをしているのならば人が多く集まりそうな場所を選ぶだろう。彼と正面から張り合うのは不可能に近い。 公民館を出てすぐにスコープで彼を捜し、狙撃を試みるのも無理だ。銃声が目の前の二人の耳に入れば身を引いた意味がない。 なにより問題なのはこの二人自体だ。 臨也も興味を示していた、ガユスという男の方が持つ二つの重そうなデイパック。リボルバー。二振りの長剣。 二人とも怪我を負いかなり疲労もしているようだが、戦力が十分にある。 そして出夢に言われ意識して初めて気がついたが、確かにかすかな血の臭いが漂っていた。二人の怪我からではなく、この奥の部屋から。 ここで争いが起きた可能性がある。そのための疲労だろうか。奥の部屋で怪我人を匿っているのか、あるいは死体を隠してあるのか。 それにずっと黙っていた眼鏡の方はともかく、飄々とした態度で交渉をしていたベリアルという男の方は少し危険だ。 いつこちらに殺意を向けてきてもおかしくはない──彼の微笑にはそんな鋭さが含まれている気がした。 (覚悟を決めるしかありませんね) 苦し紛れの反論をベリアルに向けて話しているとき、密かにそんなことを思っていた。 ──そしてつい先程、臨也は自分に向けて意味ありげに苦笑してみせた。 “しょうがないね、殺そう”とでも言いたげに。 右手を警戒されている隙に臨也がライターを投げた直後。 好機がつくられるのを待っていた子荻は、すぐにライフルを持って二人の方へと全力で疾走した。 (あの板のことも気になりますが……後で問いつめることにしましょう。 あれが隠し持っていた武器だとしても、この時点ではまだ不意をつかれる心配はないでしょうし) 彼にはまだ自分という戦力が必要だ。背後から刺される心配は無いと言っていい。 少なくとも、この二人を処理するまでは。 ライターがガユスの左手首に当たり、銃が彼の足下に落ちた。 だがすぐに彼はそれを拾──わずに、腰に差してあったナイフの方を取り、こちらに向けて一閃。 「──!」 手首の痛みで一手を逃す、もしくは耐えて銃を撃つという行動を予測して横に回避する軌道に入っていたため、避けきれずに左腕が裂かれる。 傷口を押さえたくなるのを我慢し、追撃が来る前にライフルを振り上げ彼の側頭部を打った。 「っ……」 脳震盪を起こしたであろう彼にもう一撃与えようとした刹那、殺気を感じバックステップ。 先程までいた場所に白刃が薙ぐ。正面には銀髪の男──ベリアル。 追撃をライフルで受け止め、なんとか反撃に移ろうとして──彼が舌打ちを残して横に跳んだ。 その目線の先には、デイパックを振り回す臨也の姿。 ペットボトルや懐中電灯が入っているので威力は馬鹿に出来ないだろう。こちらをひとまず無視してベリアルは迎撃に向かっていった。 重い白刃を受け止めた負担が左腕の傷に響くが我慢、臨也の援護に向かおうと、 「……っ!」 してナイフにふたたび手を伸ばしかけたガユスに気づき、すかさず彼の頭部をふたたび殴る。 引き金を引く暇はなく、痛みも邪魔だった。リボルバーだけは危険なので蹴って彼から離しておく。 まずは、あちらの方を始末しなければ。 ガユスが完全に気絶したことを確認、一旦地面にライフルを置いてナイフを拾い、ベリアルに向かって投擲する。 ベリアルを攻撃するためではなく(狙って投げられる技術はあいにくない)臨也に武器を供給するためであり──ほんの一瞬、彼の意識をそらす役割も持つ。 「……!」 刃は彼のジャケットを引き裂いて落ちた。ただそれだけだった。 ──だがそれだけで、利き腕をやられた怪我人の剣と、十分に休息を取っている者のデイパックとの差を埋められる隙がつくられた。 臨也がすかさず強襲、ベリアルの腹部に向けてデイパックを振り上げた。 「ぐ……」 直撃はしなかったものの、ベリアルの表情が苦痛に歪み体勢が崩れた。 そして臨也がナイフを拾い上げ、無防備な彼の胸部を狙い────刹那、ベリアルの瞳が赤く染まるのが見えた。 肩口にいきなり炎を出され、虚を突かれた表情の臨也をベリアルは蹴り飛ばした。 「がっ……」 床に勢いよく頭部と身体を叩きつけられてうめく彼をひとまず無視し、ふらつきながらも身を翻して子荻の方へと走り出す。 殴られた腹部は膝をつきたくなるくらい痛かったが、一息ついてる暇などない。 彼女は予想外の出来事にしばし動きを止めていたが、全力で駆けるこちらを見るとすぐに動き出した。 (はよカタをつけんとやばそうやな……) 一時間程度の休息では元の体力を完全に取り戻すことは出来なかった。なにより、慣れない剣を慣れない左手で用いるというのがかなりきつい。 負担になりそうなデイパックやあの抜けない剣は置いてきたが、それでもまだ思うようには動けない。 剣の刃と柄を分離させる暇がなかったことも痛い。ふたたび疲労がたまってきた今になって光の刃を出そうとしても、ナイフ以下にしかならないだろう。 さらに下手をしてその状態の剣を奪われたら終わりだ。今の彼らならば、それなりの長さの刃をつくりだせるだろう。 (ならいっそのこと素手の方がマシか。いい加減重くてしゃあない) 足を止めずに刃と柄を分離させ、柄の方を少し離すために投げる。こうしておけば自分とガユス以外の人間には扱えない。 「──!」 剣の処理を終えてすぐに殺気を感じ、身体を右にひねった。刀のように振り上げられていたライフルの銃口が少しかする。 間髪を入れずにこちらの喉を突こうとする銃口を後退して避け、そしてさらに引き戻され胸元を抉る一撃も紙一重で回避。 見た目に反して子荻はかなり戦い慣れていた。 達人級とまではいかないものの、疲労が残っている自分にとっては強敵だ。 だが、相手も左腕を負傷している。それに先程よりも動きに切れがない気がする。……炎を警戒しているようだ。 (ご要望通りやってやろうやないか) 相手の右手首を狙って手刀を放つ。 それがライフルで受け止められる前に、手首を返してライフルを掴み、足払いを掛けた。 が、右腕でライフルをかかえられ、そのまま足払いを後方に跳ばれかわされる。──ここまでは予測済だ。 当然こちらが体勢を崩し倒れそうになるが、掴んだ手は離さない。 そして無防備な体勢に子荻の蹴りが入れられる前に、鬼火を彼女の右腕に向けて発生させた。 「……っ!」 炎が服と髪を焼きつける。いくら警戒しようとも狙って避けられるものではない。 ライフルを手離し炎をかき消そうと床を転がる子荻を捕らえ、体重をかけて全力で押さえ込む。 さらに先程ガユスに斬られた傷口を殴りつけ、右の指を数本を後ろにそらして思い切りへし折った。 「ぁ、ぐぅっ……」 彼女の四肢が暴れる音にまぎれ、生木を折るような音と苦痛に耐える声が耳に入った。ここまですれば簡単には抵抗できないだろう。 いくらそれなりに鍛えているといえど、体重と体格自体はただの少女だ。武器がなければ組み敷ける。 ライフルを捨て、激痛に苛まれている子荻を強く睨み付けた。 「これで終いや、嬢ちゃん」 「いやまだだよ」 「……なんやと?」 鋭い視線でこちらを睨む男に対して、臨也もまた鋭さを含ませた笑みを返した。 全身、特に蹴られた胸部が痛いが、相手にはあくまでも余裕を見せておかなければいけない。 「まさか炎が出せるとは思わなかったなぁ。頼みの萩原さんもだめだったし、かといって逃がしてもくれそうにないよね。 ……しょうがないから、これを使わせてもらうよ」 そう言って右手に持った薄い板──禁止エリア解除機を掲げて見せた。 こんなものでは誰も殺せない。だが、駆け引きの材料にはなる。 「さっきはとぼけたけど、ちゃんと説明書はついていてね。そのライターとセットなんだ」 ガユスのそばに落ちている、先程自分が投げたジッポーライターを顎で差す。 もちろんあれもただの私物だ。 だが使いどころによってはフェイクの支給品となり、隙を作る道具になり──そしてこの状況を打破する武器になりうる。 「こっちのボタンを押すとあっちのライター……に見せかけた爆弾が爆発する。ただそれだけのシンプルな武器だよ。 説明書を読んだ限りではかなり小規模な爆発らしいけど。それでも、近くにいる君達を殺すことくらいはできる」 親指を曲げボタンの一つに合わせ、今すぐにでも押せるような状態にする。 正面を見せないよう角度を調節して持ち、ボタンが複数あることは隠しておいた。こうすればかなり様になるだろう。 「そんなもん持っててなんで今まで使わなかったんや? 今だってそれを押せばすぐに俺達を殺せるんやろ?」 「戦力をなるべく温存したかったってのが一つ。それに、萩原さんを巻き込みたくなかったからってのが大きいね。今押さないのもこの理由だけだよ。 ……もし君がこの場で萩原さんを殺したら、その瞬間俺はこれを押す」 左手にあるナイフを使えばベリアルに勝つ自信はあるが、ここで手を出せば子荻は確実に死ぬ。 萩原子荻にはまだ利用価値がある。 ベリアルが邪魔で怪我の様子はわからないが、両脚と片手のどちらかが無事ならばよい。 「取引といこうじゃないか? そのまま彼女を解放してくれればいい。そうしたら俺達はこのまま出ていくよ」 真っ赤な嘘だ。このまま逃げるつもりは毛頭ない。 ベリアルに隙ができ、彼女がこの場を抜け出せるまでの時間稼ぎだ。 「俺は萩原さんを殺されたくない。君達もまだ死にたくない。利害は一致してると思うけど、どうかな?」 (先にふっかけてきた奴らが取引やと? ふざけるのも大概にせえ) そうは思ったものの、断ることも得策でない状況にベリアルは歯噛みした。 彼女を殺すのは容易だ。だが、戦闘を避けられるのならば避けた方がいいのではないだろうか。 子荻を殺害しライターがフェイクだった場合、臨也と戦うことになるだろう。 先程のデイパックの時でも、それなりに彼は戦えていた。鬼火があるといえど体力の問題がある。つらい戦いになるだろう。 もちろん、ライターの話が本当だという可能性もある。 (ガユスの奴が起きてくれればいいんやが……まさか死んどらへんよな?) 彼が復帰すればあの眼鏡でライターの真偽が確認できる。まさかこの状況で嘘はつかないだろう。 加えて戦力も増える。一時間休憩した程度で両脚の怪我が治っているとは思えないが、リボルバー程度なら扱えるだろう。 (……そういや、あの板のことを指摘したときには、ライターのことは何も言っとらんかったな) おそらく自分と臨也が話している間に二人の支給品を調査、あの板を発見して指摘したのだろう。 ならばもしライターが爆弾だった場合、それも指摘しないのはおかしい。 ならばやはり、これはただのはったりか。 思索にふけり黙り込んでいると、臨也の方から話しかけてきた。 「あ、ガユスさんが起きるのを待ってるの? 俺のこれのことがわかったくらいだから、ライターの真偽も調べてもらえるのかな」 「いや、もう調査は終わっているやろな。お前のジャケットを調べたときに一緒にやってるはずや。で、あいつはなんも言わんかった。 ……つまり、よく考えたらもう答えは出てたって事や。無駄なはったりご苦労さん。せやけど──」 ──お互いきついやろ。特別に今回は見逃してやるさかいとっとと出ていけや。 そう続けようとした言葉は、しかし臨也の言葉によって遮られた。 「あれ? あの人のことそこまで信用してたの?」 「……なんやと?」 心底不思議そうに臨也は言った。まったく予想していなかった切り返しに、ただ訝しむ。 「他に信頼出来る人がいないからとりあえず一緒に同行してるって印象を受けたけど。少なくとも、ここに来る前の知り合いではなさそうだよね。 初対面の赤の他人をそこまで盲信して大丈夫なのかな?」 「見る目がないようやなぁ。一見そう見えても、俺と奴は熱く固い絆で結ばれとる。盲信やなくてちゃんとした信頼関係があるんや」 もちろん嘘だが。彼とは利害一致だけの同盟だ。 「へぇ? …………さっき萩原さんに言った“策師っぽい思考”だっけ? あの考え方ってガユスさんにも当てはまるよね? こんな状況だから確かな情報なんて主催者の放送くらいしかない。公開されている参加者の情報は名前だけだから、隠し通せればなんでもできる。 今も実は気絶してるフリだけで、虎視眈々と俺達を殺そうとしているかも知れない。両脚を怪我してるみたいだけど、特殊な能力を持ち合わせている可能性はある。 君みたいにどこからともなく炎が出せたりとか、気で相手を吹っ飛ばせたりとか、実は目から七色の光線とか出せるかも知れないよ?」 こちらを試すように臨也が言う。全てを受け入れるように優しく、そして自分以外の全てを蔑んでいるかのような視線をこちらに向けながら。 その目を鋭く睨み返しながら、考えるまでもない言葉に間髪を入れずに言い返す。 「はっ、それは疑心暗鬼すぎやろ。疑いだしたらキリ無いわ。重要なのは相手をどこまで疑うかやなくて、どこまで信じるかやろ。 お前の戯言を真に受ける程度の信頼しか持ち合わせてなかったら行動を共にしとるわけないやん。 その台詞こそ、お前のパートナーの方にあてはまるんやないか?」 「いやぁ、あいにく俺と彼女は熱く固い絆で結ばれているんでね?」 お互い口だけで笑いながら言葉を交す。何気なく子荻の方に目を向けると、複雑な表情を浮かべていた。 「ま、そんなことはどうでもいいや。 俺が言いたいのは、調べた結果を聞く前に、結果を言わなかったという事実だけで確信していいの? ってこと。 調べた結果自体と言動、それに対する相手の反応。それで真偽を確認するならいいよね。 でも、“言わなかった”ことをすぐに偽と受け取り信じるのは、こんな殺し合いゲームの状況の中では無理があるんじゃないかな? ……ガユスさんは俺のこの板のことを発見したとき、その調査結果を言わなかった。いや、“君には”言わなかったと考えられる。 あの人は“支給品を置いていけ”って言ったよね? この言い方なら、あの爆弾を君に不審に思われずに入手できる。俺達が言い淀んだらリボルバーを撃っておしまい。 “支給品”という言い方で関係のないジャケットも指定して、さらに板のことを指摘することでライターから完全に目をそらさせた──そうも考えられるよね」 「……」 確かにそれはありうる──そう思ってしまい、言葉に詰まる。 こちらの表情をのぞき込み、蔑むような視線を強くしながら臨也が続ける。 「ガユスさんはかなり落ち込んでくたびれてるようにみえたけど……知り合いが自分のせいで死んじゃったとか、そういう理由なのかな。 それで弱気になってるところにつけ込んで、とりあえず怪我が治るまで利用しよう、と。うん、それはいい考えだ。 でも今回のことを考えると実はそれが演技で、利用してるようで逆に利用されているって可能性も出てきたね。 ミイラ取りがミイラになる。……何て言うかそれって、小悪党って感じでかっこ悪いね?」 あからさまな挑発。 表情を無にし、臨也を睨む。彼は相変わらず笑顔のまま、挑むような視線をこちらに向けてきた。 空気が軋む。冷たい沈黙が辺りを包んだ。 ──覚悟を決めた。 子荻を殺害し周囲のどこかにあるリボルバーを回収、臨也に向けて発砲するまでの行動を脳内でシミュレートする。引きつけてから鬼火で隙をつくのもいいだろう。 数通りの行動を考え一つに絞り視線を彼に向けたまま左腕で子荻の首を、 「少し待てベリアル。そこで無謀な行動を起こして隙をつかれたら本当に小悪党になるぞ」 「あれ? 起きてたの? なら早くそう言ってくれればいいのに」 何事もなかったかのように、折原が俺の方に視線を向けてそう言った。 いや絶対気づいてただろおまえ。萩原にも起きてすぐに気づかれて警戒されてたし。そのおかげで彼女の行動を抑制できたのはよかったのだが。 実際の所、俺は割と前から起きていた。確か“熱く固い絆”あたりから。……さすがにあれは寒いぞ緋崎。 頭が本来の回転を取り戻すのに時間がかかったこと、それに折原の言葉に口を挟む暇がなかったことが理由になるのだが、そこまで言っている余裕はもちろんない。 ……何が議題になっているかはこれまでの会話からだいたい汲み取れた。どうやら俺を疑わせたいようだ。 「話はだいたい聞いていた。結論から言えば、そのライターはシロだ。オイル式だから何らかの理由で油が漏れたら危険だが、その心配もない」 「へー、すごいね。どうやったらそんなことが調べられるの?」 「すまんベリアル、まずジャケットとライターに異常がないところから言うべきだった。 その板の方は何かの電波を受信していた。とくにこの場をどうこうできるような機能はついていない。実はこっちが爆発物だったというオチもなしだ」 折原の問いは無視して緋崎(そういえば未だに彼らに本名を名乗っていない)に謝罪する。 無駄な勘ぐりをさせてしまったのは、明らかに俺の過失だ。 「それに、おまえ達の取った行動からしてもそのライターが爆弾なのはありえない。 そもそもそのライターは萩原の支給品ではなく、折原の私物かここで入手したものだろう。萩原の支給品はまだ隠し持っているか、そのライフルかのどちらかだ」 「言いがかりで無駄な時間を費やすつもりですか? ここで水掛け論を続けても、双方にとって不利益にしかならないと思いますが」 「言いがかりでもなければはったりでもない。単なる事実だ。 いい加減、自分の首を絞めるだけの詐術は止めた方がいいという警告でもあるがな。なんなら証明もしてやろうか?」 空気がさらに殺伐としてきた気がするが無視。 理屈をこねる人物が俺含め四人も集まっていると、一度はっきりと理屈で結論を付けておかなければ事態は収拾しない。 いつまでも落ち込んでいられる時ではない。この状況を打開しなければクエロ以前の問題だ。 ──頼れるのはやはりこの頭脳だけ。舌先三寸だけで切り抜けてみろ、ガユス・レヴィナ・ソレル。 【D-1/公民館/1日目・14:30頃(雨が降り出す直前)】 『ざれ竜デュラッカーズ』 【ガユス・レヴィナ・ソレル】 [状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷(処置済み)、及びそれに伴い軽い貧血。疲労。 [装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) [道具]:デイパックその1(支給品一式、ナイフ、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図) デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸) [思考]:この局面の打開。臨也と子荻をどうにかする。 1.休息。2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。 【緋崎正介(ベリアル)】 [状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。腹部に鈍痛。かなり疲労。 [装備]:なし [道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯 [思考]:ガユスの話を聞く。この局面の打開。ガユスに少し疑念を持つ。臨也と子荻は始末しておきたい。 1.ガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。2.カプセルを探す。 刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は把握できていません) 【折原臨也】 [状態]:全身に軽い打撲、肩口に軽い火傷、ジャケットなし [装備]:グルカナイフ、禁止エリア解除機 [道具]:なし [思考]:ガユスに興味。この局面の打開。ガユスとベリアルの殺害。 1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.萩原子荻達に解除機のことを隠す。 3.子荻の正体にひそかに興味を持つ。 【萩原子荻】 [状態]:左腕に切り傷・打撲、右腕に軽い火傷、右指数本骨折 [装備]:なし [道具]:デイパック(支給品入り) [思考]:この局面の打開。ガユスとベリアルの殺害。 1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.哀川潤から逃げ切る。 ←BACK 目次へ(詳細版) NEXT→ 第416話 第417話 第418話 第409話 時系列順 第418話 第408話 ベリアル 第418話 第408話 ガユス 第418話 第408話 折原臨也 第418話 第408話 萩原子荻 第418話
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だが…信用できないのはルルーシュ・ランペルージだ…!◆4EDMfWv86Q 丑三つ時。草木も眠るとされる時刻は最も深い夜だという。 それを越えた頃から夜は白みかけ朝の訪れに近づいていく。 今の時間に照らし合せれば、寅の刻を越え卯の刻に差し掛かるあたりだろうか。 陽とよぶにはあまりにか細い光が地平線から昇る最中、一人の男と女は舗装された道を歩いている。 「たっくん、どこへ向かってるの?」 「別に、どこでもいいだろ」 足取りが重い。体のダメージは決して浅くはない。 加えて後ろからついていく少女のことも足を重くする要員である。 愛称で呼ぶのをやめさせることはもう諦めた。 「さっきの人…木場、さんは北にあなたの道具があるといっていたけれど、取りには行かないの? そうでなくても佐倉さんと合流したいし……」 「ベルトは、いい。今の俺には使えない。今持ってる奴の方がいいだろ。 佐倉って奴にも会わない方がいい」 「そう、それじゃ仕方ないわね」 巴マミは質問なり意見を絶やさず話題を振りってくる。無視する気にもなれないし一応答えはしている。 そんな遣り取りを続けながら、目的もなく戦場から逃げるように歩いていた。 道を違えてしまった木場からファイズのベルトが北にあると聞いても、そこに行く気はしなかった。 自分が知る中でベルトを使える奴には見当がついている。おそらくは草加だろう。 嫌味ったらしくて、何度も自分を陥れようとして正直気に入らないが、あいつがその胸に宿した信念は本物だ。 きっと人を襲う奴とは戦うだろうし真理だって守ろうとするだろう。少なくとも今の俺や木場よりは相応しいと思う。 ……その間、無実のオルフェノクまでも手にかけられてしまうかもしれないが。 それを守れるのは、あの社長やあいつの役割だろう。けれど、そうしたら今度は人が死ぬ。 結局、互いに憎み合い、どちらかが滅ぶまで戦い続けてしまう。 (……木場) 見たことのないベルトを纏い出会った木場。 人とオルフェノクの共存を望んでいたあいつが、全ての人間を滅ぼすと言い啓太郎も殺した。 いったい、何があったっていうんだ。 今まで誤解や行き違い(主に草加のせいで)で憎み合い何度も戦ってきた。決して埋まらない溝だと思っていた。 けれど、顔を合わせていくうちに次第に分かり合えるようになった。オルフェノクにも人の心があるのだと知った。 あいつが語る夢に、いつの間にか惹かれていた。 こいつになら倒されてもいい。こいつの夢のためになら死ねる。 そう思ってスマートブレインに入った。真理達を裏切った。安心して、敵になることができた。 なのに。あいつはその夢を捨ててしまった。人を滅ぼす道を選ぶと宣言した。 知らぬ間に掛け替えのない仲間を人間に奪われてしまったのか。それともあの社長に誑かされたのか。 「ッ……!」 視界が揺れた。 足を踏み外す。 動くたびに、身が削れていくような痛みが疼く。 あの黒仮面にやられた傷は今でも暴れている。オルフェノクの体ならほっといても治るだろうが、ここに来てからどうも動きが鈍いように感じる。 それならいっそ動けなくなってしまえ。そんな風にも考えてもしまう。 「―――、……?」 不意に、背中に暖かい感触が通った。 肩甲骨の間程の小さな熱。そこから柔らかな何かが体中へと流れていく。 まるで傷が癒えていくような優しさで、体の痛みが消えていく錯覚を感じる。 事実、体は癒えていた。体に残っていた傷が消え体力が充実していく。 訝しみ振り返ると、そこには祈るように背に手をかざすマミがいた。 「…よし、これでどう?少しは楽になったと思うけど」 光をかざして微笑む。光は小さな掌に収まる小物から出ていた。 装飾が施された宝石の中身は、黒く澱んでいる。 「やっぱりどこかで少し休んだ方がいいわね…あ、あのバーなんてどうかしら。地図にも載ってるみたいだし」 そこはここで始めて足を踏み入れた場所であり、二重の意味で見たくない場所。 ついさっき死んだ仲間と出会ったことと、化物の四つ葉が集う拠点ということ。 そんな事情も知らないマミは手を取って勝手に進んでいく。当然、繋がれてる体は自由が利かず連れられてしまう。 「おい、お前……」 「何をするにしても、体を休ませるのに越したことはないでしょ? さっきはああ言ったけど…やっぱりあなたにはいなくなって欲しくないから」 最後に言った言葉は、顔を前に向けていたのでよく聞こえなかった。 ただ、無碍にはできないという諦めにも似た思いを感じた。 ■ ■ ■ バー・クローバー。 オルフェノクの属する企業スマートブレイン、その中で選りすぐりのエリート集団であるラッキークローバー。 社長村上に四人まで選抜されたメンバーの集合場所となっているバークラブである。 地下フロアに居を構え、光源も薄く深い闇に包まれた部屋はまるで死者の国のそれ。 泥酔して紛れ込んだ客が来ようものなら、常連の酒のつまみとして頂かれることになるだろう。 「先客がいたみたいね。グラスを割ったままだなんて、この状況にとんだ酔漢ね」 「それ俺だ」 「たっくんって、二十歳?」 「…十八だよ、悪いか」 「…あまりお説教染みたことを言いたくはないけど、自棄酒は駄目よ?」 ぴっ、と指差しで嗜めてカウンターへと入っていく。 中学生の未成年であるマミは当然クラブなど行った経験などないが、勝手知ったる口で棚に置かれたボトルを検分している。 「カクテルなんかには果汁を使ったりしてるからジュースがあればいいんだけど…うーん、フルーツしかないわね。仕方ない、おひやでもいいか」 シャンパンなんて飲める心境でもないしね。付け加えてグラスに水を注ぐ。 器に満ちていく液体と壁を伝う滝の音だけが、傷負う二人の間で流れていた。 巧の隣に座りグラスを口につける。 喉を通る水がひどく心地よい。疲労した時に飲む水は至高の味というのは本当だったようだ。 支給品にも水はあったが、冷たいというだけで味わいも大きく変わる。少しとはいえ心に余裕が生まれる。 ゆとりが出来たことで、今後の自分の動きを考えてみる。 「さて、これからどうしましょうか」 基本として、マミはこの儀式を壊すスタンスでいる。 理不尽な災いから人々を守り、これを打ち倒す。それが魔法少女の使命。 心に迷いこそあるものの、それを手放すことはしない。 暫くはここで体力の回復に努めるとして、次はどう動くべきか。 ひとつは、仲間を集めることだろう。 悔しいが、自分一人では黒衣の魔王と騎士にはまるで歯が立たない。少なからずあったベテランとしてのプライドも形無しだ。 別れた佐倉杏子のようにこの儀式に抗する参加者は複数いる。 それらと合流し集団を成せば戦力も整い一般人も守りやすくなる。 もうひとつが、参加者を縛る術式の解呪だ。 魔女の口づけという、自分たち魔法少女にとっては馴染み深い呪いの証。 これがある限り主催者への反抗も会場からの脱出も叶わない。出来るだけ早急に解決したい問題だ。 呪いを解く方法自体は明瞭としている。口づけを施した魔女を倒せばいい。 規模からして会場の外に魔女がいるとは考えにくい。ソウルジェムの反応を辿っていけば結界の出処も突き止められるだろう。 だが、懸念する事態もある。 魔女には知性というものがない。まるで理や知を司る部分だけが抜け落ちてしまったかのように無差別に絶望を振り撒く。 それに口づけを受けた被害者は飛び降りなど自殺を誘発する傾向が殆どだ。 体に青色の炎が上がり灰化するなどという死に方は聞いたこともない。しかも『禁止エリアから出る』という条件に基づいて発動するという。 ここから導き出される推論、それはアカギが魔女の制御法を手にしているということ。 理論の見当もつかないが理屈の上ではそうなってしまう。 所詮は仮定の上塗りでしかないが、考察の必要はある。 キュゥべえ。あの捉えどころのない白い彼は、果たしてこの儀式に関わっているのか……。 考えること、為すべきことは多くある。本当なら休める時すら惜しい状況だ。 正義の魔王少女であるなら、誰かを守ることを意義とするならそうするべきだ。 けれど、マミは、 「ねえ、たっくんは、どうしたい?」 隣に座る青年の意見を、何よりも重きに置きたかった。 「…木場の奴を元に戻す。とにかくそれからだ」 今の巧にとっての行動原理はそれだった。木場勇治の豹変を解明し、元の道に戻してやりたい。 そうでなければ、それこそ死んでも死にきれない。 「その人とは、やっぱり友達?」 「そんなんじゃねーよ。ただの…仲間だ」 付き合いを考えればそう呼べるのかもしれないが、友達、という響きがなにか気恥しくて言葉を濁す。 そんな態度を見て、巧にとって彼がどれだけ重要な人だったかがマミにも分かる。 友に裏切られた。その慟哭はどれだけのものか。 それを察しながらも、マミは深くえぐり込むような言葉をかける。 「そう…けど、難しいわよ。あの人の人間に対する憎悪は本物だった。負の感情の権化のような、本物の怪物だった」 絶望を振り撒く死の化身。あれでは魔女と大差がない。いや、感情をもって襲いかかる以上よりタチが悪いといえよう。 「私は、怖かった。あんなに恐ろしいモノがいたなんて思ってもみなかった」 あれほどの激情を向けられたことなど、殺意を見たことなど一度もない。魔女との戦いにすら経験になかった。 腕に絡んだ指を強く握りしめる。思い出す度に体が震え、悪寒が染み入ってくる。 「それでも、あなたは彼を止めたい?」 マミの告白を、巧は黙って聞き入れてる。その顔は今にも泣きそうなほど弱々しいものだった。 二人の命を奪い、今も奪おうとしている化物。そう友人を突きつけられたのだ。 やり場のない怒りが自責に変わって彼を苛ませている。 この言葉が巧の心を大きく傷つけることはわかってる。それでもマミは本心を吐露しないわけにはいかなかった。 本心を隠したままでは決して、彼に協力することができなかったから。 数秒か、それとも数分か。 時間の感覚が飛ぶような沈黙の中、巧は答える。 「ああ、止めてやるよ。ぶん殴ってでもこっちに連れ戻してやる」 夢の話を憶えている。いつか聞かせてくれた夢を。 あの夢を、それを信じたあいつを嘘にしたくはない。 たとえ乾巧が間違いだらけでも、その夢は本物であると信じたい。 そのためになら抗える。罪だらけの自分でも何か出来るはずだ。 「…わかったわ。ごめんなさい、試すようなことをして」 前向きな答えにマミは安堵する。これなら彼は大丈夫だ。きっと立ち直れる。 体が怪物であっても彼はこんなにも優しくて、強い。 「お詫びといってはなんだけど、私もそれに協力させてもらいます」 同時に、彼がここまで信じている人を自分も信じてみる気にもなった。 自分が見た木場勇治でなく、乾巧の中にある木場勇治を信じた。 「…なんだって、そんなに俺に構うんだよ」 うんざりといった表情で巧が睨む。 自他共に認める不器用な性格だ。どうしても態度は悪く見えてしまう。 「うん…そうね。ちょっとだけ、昔に重ねちゃったのかな」 それは懺悔なのか。罪を告白するのを聞いてくれれば誰でもよかったのかもしれない。 自嘲を含んだ口調で、少女は独り昔を語る。 「事故でなにもかも、自分の命さえも失いそうになって、助かる代わりにこの力を得て、戦う運命を背負った」 選択の余地などなかった。その契約を結ばなければ死ぬ他なかったのだから。 それでも思う時がある。あの時自分は何を願ったのだろう。 生きたかったのか。死にたくなかったのか。それとも助けてほしかったのか。 「誰かを守ることにやりがいは感じていたけど、ずっと孤独だった。辛かった」 魔法少女の生活は戦いの繰り返し。いつ果てるとも知らない魔女と力尽きるまで戦い続ける運命。 同じ魔法少女以外には力を借りることも相談することもできない。 「親しくなった人を危険に巻き込まないか、秘密を知られて離れてしまうのが恐かった」 誰も知らない、気付かれない魔女。自由な時間は殆どがその探索と排除に費やされる。 気心知れた相手と街を回ることも、他愛もない会話に花を咲かせることも、恋に患う暇すらもない。 「結局の所、自己満足なのかもしれないわね。自分と似た境遇の人を助けていい気になろうとしているのかもしれない。 けれど、ここであなたを見捨てたら、もう二度と自分の私は罪に向き合えなくなる。 だから―――私に、あなたを手伝わせて下さい」 瞳が潤むが涙が流れることはないのは小さな意地だ。いじらしい虚仮の一念だった。 さっき泣いたばかりで二度も泣き顔を見せるなんてみっともない。 何故なら自分は―――夢と希望を叶える、魔法少女だからだ。 「……勝手にしろ」 「え?」 「勝手にしろって、言ったんだよ」 巧は認める。ああ、同じだ。自分とこいつはまるきり同じだ。 事故で全てを失い、生き返る代償に力を得て、否応なしに戦いの道に引きずり込まれた。 誰かを傷つけることを恐れ、裏切ることを恐れて孤独に生きてきた。 だとすればどうなのだろう。何が変わるでもない。 二人は互いの傷の痛みを知った。それだけでしかない。 それだけでも、今の二人には幾許かの救いがあった。 同行を了承と受け取ったマミは花が咲いたような笑顔を見せる。 そう。情けない様まで、俺たちは似た者同士だ。 ―――戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!!――― かつて決意した誓い。捨てようとしても、掌に残る信念。 この灰色の手でも誰かを守ることができるのなら――― 「――――――!」 取り戻しかけた夢は、扉を開いた足音に踏みにじられることになる。 壁を伝う水が凍りつくかと思う程に、店内の温度が下がる。 「…先客がいたか。お楽しみ中邪魔して済まなかったね」 階段を降りてくる影は男の声を発した。 氷のように冷ややかで、ナイフのように鋭い、威厳すら感じさせる声。 「あなたは…無事だったのね……!」 その顔に憶えがあるマミは安堵の声を漏らす。 黒髪の怜悧な男は、柔らかな笑みを返した。 ■ ■ ■ 「魔法少女に魔女か。俄には信じがたいが…この目で見た以上否定することもできないな」 「あの魔女、いえ魔王と本人は言っていたかしら。ルルーシュさんが間に合って本当によかった…」 カウンターの席がひとつ埋まり、三人の男女が隣り合って座っている。 二人の前に現れた男とは、マミが黒の魔王の魔手から救い出した縁がありすぐに協調が取れた。 今はマミが魔法少女と魔女について、要点のみをかいつまみ、それでいて理解しやすいよう噛み砕いた内容で説明をしている。 「この辺りには危険な人物がうろついているわ。少し危ないけど、私達の仲間と合流するまで送らせてもらっていいでしょうか」 「願ってもない話だ。ずっと一人では心細くてね。是非お願いしたい」 北に残る杏子の元へ行くまで彼の護衛をすると申し出る。 自分達はかなり分の悪い賭けに出ようとしている。戦う力のない彼を巻き込むわけにはいかなかった。 既に何人かの集団を形成しているらしい杏子達へと回した方がメリットが大きいと判断していた。 「おい、そいつも一緒に連れてく気か?」 「佐倉さんのとこまでは送っていくわ。彼女以外にも仲間がいたから適任だと思うし」 一時的とはいえ、これ以上人が増えることに巧は難色を示す。 元来団体行動に馴染めない性格だし、今は誰かを守ることに自信が持てないでいた。 マミもそれを理解している。巧には立ち直って欲しいと思ってるが、期待しすぎても耐え切れず潰れてしまう。 だから、こうして臨時的に人と行動を共にすればあるいはという淡い期待がこもった提案でもあった。 「しかし、一度ならず二度も世話になるには忍びない。 ずっと考えていたんだ。君に再会したとき、この恩に報いるためには何をもって返せばいいんだろうとね」 無償の加護に礼を尽くすのは紳士の義務と立ち上がる。 紡ぐ言葉は甘く、浮き足立つような賛美に彩られている。 立ち居振る舞いといいどこかの貴族なのかと場違いなことを考える。 「そこで思いついたんだ。大したものではないがせめてもの礼として――――――」 男の顔は微笑を浮かべる。淑女を虜にしてやまない端正な顔立ちは甘く香る蜜のように女性を誘うのだろう。 なのにマミは、その顔をうすら笑いにしか見えなくて――― ――――――――――――――――――――――――――――――――――――空白。 「苦しまずに逝かせてあげよう」 死の宣告も、少女の胸を穿つ銃声も、零にまで微分された世界に伝播せず凍りついた。 「――――――――――――な、」 全てが終わって、漸く巧は目の前の惨状に気がついた。 銃弾を心臓に受けて、吹き出した血の海に倒れている巴マミ。 前のめりに倒れた体は紅に濡れ、伸びた四肢は力なく伸びている。 確かめるまでもなく、それは既に死体だった。 「――――――お、い……」 膝を降ろして横たわるマミに近づく。もしかしたら自然に折れていたのかもしれない。 慟哭も悔恨もなにも感じなかった。正常な思考力を維持できていなかった。 あるのは頭を痺れさせる衝撃と、深い喪失感のみ。 ハンマーで思い切り殴られた鈍痛が、乾巧という存在を叩き潰していた。 そんな溝に落ちていた巧を押し上げたのは、階段を登り外に出ていこうとする足音が聞こえたからだった。 半ば衝動的に駆け上がる巧。その根源はマミを殺したルルーシュへの怒りなのか。 それとも、何もできず守れなかった自分の罪からの逃避だったのか。 答えなど定まらないまま扉を乱暴に開ける。大地を照らす朝日に目が眩む。 おかしい。微かに空は白み始めているが、翔陽にはまだ早いはずだ。 慣れてきた目が正しい外界の情報を伝えてくる。 はじめからそこにいたかのように、金色の魔人が荘厳にそびえていた。 世界を凍てつかせる絶対零度の悪意を膨らませて。 □ □ □ ゼロの猛攻から逃げ果せ気球に乗っていたルルーシュ・ランペルージは、すぐさま着地点からの離脱を開始していた。 気球というのはとにかく目立つ。発明当初のならいざしらず現代にとってはいい的だ。 追いかけたり待ち伏せしている可能性があるため一刻も速く離れること大事だった。 今の自分には瀕死のキリキザン一体のみ。もしあの魔王の類の殺人者に補足されればなす術もない。 なけなしの体力を使って走り続け、危険がないことを確認してやっと一息ついた。 (…誰も追ってこないな、ひとまずは安心か) キャップをあけ、ペットボトルの水を飲む。渇きが癒えていく爽快感が喉を満たす。疲労時の水は至高の味とはいったものだ。 「さて、これからどうするか」 水分補給を終えすぐに行動を開始する。休む暇など本来あろうはずもないのだ。 己の目的達成のためには行動あるのみ。ルルーシュにとっては即ち思索だ。 基本として、ルルーシュはとにかく生還するスタンスを取る。 全ての人の悪意を受け止め、これに打ち倒される。それが皇帝となった己の使命。 心に未練こそあるものの、歩む足を止めることはない。 暫くはここで体力の回復に努めるとして、次はどう動くべきか。 第一に、ルルーシュは決して自分ひとりだけ助かるわけにはいかないことだ。 枢木スザク。親友であり、敵であり、そして『ゼロ』を継ぐべき者。 優しい世界の創造、ゼロレクイエムは彼がいてこそ成り立つ計画だ。 それに賛同してくれたC.C.に藤咲咲世子とて、なるべくは見殺しにしたくはない。二人とも単なる協力者ではない縁があるから。 ならば自然、ただ一人生き残る生還という形を取ることはできないことになる。 「…脱出か、転覆か」 取るべき道は二つ。儀式の会場からの脱出か、それを管理するアカギを倒すか。 正直、どちらもかなり成功率としては乏しい。なにせ情報がまるで足りないのだ。 会場の座標。プレイヤーを縛る術式。主催者の正体。儀式の目的。 (外界から隔離された無人島、区画整理された都市群、かなりの組織力があるのは間違いない。 魔女の口づけ……C.C.と何か関係があるのか?何らかのギアスに細工を加えたものなのか。 アカギ以外にも協力者がいる可能性は高い。何から何まで不明瞭だからな。 儀式と銘打った以上、そこには確かな成果を求めているはず……それさえ満たせば俺たちは要済みとなる?もっともそれで解放されるとは思えないが) 考察すべき事項はあまりにも多くて考えが散開する。やはり得るべきは情報だろう。 アカギは術式や自信についてプレイヤーの誰かが知っているようなそぶりを見せた。そこから突くべきだろう。 ある程度の方針は決まった。ここからはプレイヤーとの接触を考えていく。 友好的な者には情報の交換、敵対者へはギアスを活用して撤退・排除。 最低でも、あのもうひとりのゼロを下せるだけの戦力は見つけ出しておかねばならない。 「向かうなら…南か」 地図のH-2に記されてる名称。ルルーシュの認識が正しければ斑鳩は黒の騎士団の旗艦だ。 よもや飛行やハドロン砲が搭載されてるとは思えないが、旗印とするには最適ではないか。 ここF-3からはそう遠くはない。6時にあるという放送の前後には着くだろう。 休めていた体を立ち上げる。正面の道路を避けて路地裏を進もうとした矢先。 コンクリートを砕く音がルルーシュの鼓膜を叩いた。 「ここでも戦闘があるか……」 地響きが体表を伝わる。依然、戦闘は続いているらしい。 1エリア先の巨大ビルが倒壊したのだ。集まる人数はかなりいるだろう。 そこにスザク達が来る可能性もあるが…炎の中に飛び込む無鉄砲は無理だ。離れるのが無難だろう。 だがせめて敵の姿くらいは把握しておきたい。戦場は比較的近いようだ。 ビルの影から顔を出して外を覗こうとする。 そこで戦っているのは、一体の怪人と一機の機動兵器だった。 灰色の狼を思わせるフォルム、開会式の場で姿を変えたオルフェノクという種族と思しき怪人。 そして―――。 「ヴィンセント…ロロか?」 スザクも騎乗するランスロットの量産型であるナイトメアフレーム、ヴィンセント。ゴールドカラーは弟であるロロが乗る試作機の配色だ。 無論機体だけで本人だと判断するのは短慮だ。それよりもこの場合はナイトメアが支給品として送られてることこそ見るべきだ。 自分の中では死んだ人間。殺すと決めた並行の異人。 監視役とし送られた義弟だが、最期には本物の弟と認めた愛すべき人。 出方を決めかね様子を窺うことにする。幸いこちらには気づいていない。確かめるチャンスはあるはずだ。 注意深く戦闘を観察していたルルーシュの足元が、突如として光り出した。 「な……ッ!?」 淡い黄色の光は帯になり無数の蛇を思わせる動きでルルーシュへと飛びかかってきた。 帯は華奢な体に巻き付き、地面と固定され完全に縛り付けらてしまう。 (伏兵……なんという迂闊だ!あれだけ派手に暴れれば他の誰かが気付かぬわけがないというのに!) 歯噛みして下手人とされる影を睨みつける。 両目は塞がれてない。ならば使える。絶対遵守のギアスの力を。逆転の機会は消えていない。 眼に力を込めてその姿を見る。 サイドを巻いた金のロールヘア。髪の色と同じ意向の衣装。両手に構えられたマスケット銃。 その顔に憶えがあるルルーシュは驚愕の息を漏らす。 疑念に染まった目を向けて、巴マミが立っていた。 ■ ■ ■ ソウルジェム。魂の宝石。 つまるところ、これは魔法少女の魂そのものを収めたアイテムだ。 魂と肉体が物理的に分離した状態、肉体はいわば行動するための外付けのハードウェアでしかない。 この小さな宝石が砕かれれば、幾ら体が健常でも魂が壊れ即死してしまう危険を孕む。 だが逆にいえばソウルジェムさえ無事ならば、首が撥ねようが心臓が穿たれようが生死には問題がない。 魔力の続く限り肉体を再生することができる無敵の戦士。朽ちることなき屍生人(ゾンビ)といえよう。 ソウルジェムが砕ける要因は主にふたつある。 戦闘などで外的な衝撃で破壊される場合と、ジェム内の穢れが溜まりきった場合だ。 穢れは魔力の消費、もしくは精神の状態によって澱んでいく。 日常と戦いとの軋轢、人間関係、人は小さなことで心に不浄を募らせる。多感な第二次成長期の少女であればなおのことだ。 たとえば体を裂かれたとして、そこで『死んだ』と認識し絶望すれば、その瞬間ソウルジェムは砕けてしまう。 これは欠陥などではない。すべて仕組まれたこと。 ジェムを突き破る、希望と絶望の相転移が生み出すエネルギーの収集のための『消耗品』としての機能だった。 故に、心臓を不意に撃たれた巴マミもまた絶望し死んでいく。 不意ということは死を意識してなかったということ。だがその寸前に訪れる激痛は絶望に追いやるだけの効果を持っていた。 何も守れず、何も成せず、孤独に少女は死んでいくしかない。 ただひとつの、例外がなければ。 『生きろ』 「ぅ……」 小さく、蠢いた。 朽ちる筈の心が、有り得ぬ声によって修復される。 『生きろ!』 何処からか聞こえてくる声。 聞き覚えのない、だが芯まで届いてくる叫び。 己の意思に関わらず、呪いのように生を謳う。 欲望でも衝動でもない、刻まれた命令(ギアス)に従う。 『生きろ!!』 「生き…る…」 そうして、巴マミは覚醒した。 「なぜ…私を撃ったの?」 混乱する頭の中で、マミは男に問いかける。問わずにいられなかった。 まだ十分に回っていない脳では自分で回答を出すことができず、誰かに聞いてみねばわからなかった。 それでも撃たれた状況を考えて相手を束縛してることから比較的冷静を保ってるといえよう。 穴の空いた左胸は塞がっており痛みもない。 肉体のコントロール権はソウルジェムにある。痛覚の減衰をはじめとして知覚機能の制御を無意識に行うことが可能だ。 ただ不安なのはジェムの濁り。ここに来てから三連戦。そのいずれも強敵揃い。かなりの魔力を消費してしまっている。 光は消えかかり、今にも失ってしまいそうな蝋燭の輝きだった。 (いったい…何を言っている…ッ!?) そして混乱してるのはルルーシュも同じだ。 女の顔は覚えている。筋骨隆々のゼロに追われていた時颯爽と助けに現れた少女だ。 それがどうして、こうも一方的に拘束されねばならないのか。 見捨てたことを根に持った?それはないだろう。向こうから率先して来たのだ。それで恨み言を吐くなど逆恨みにも程がある。 そして撃たれた、とはどういうことだ。言動から察するに、自分に撃たれたと思っているらしい。 まったく身に覚えのない事態にルルーシュもまた対処法を即座に取れなかった。 「…銃を下ろしてくれないか。俺と君は一度会っているが君に危害を加えたことはないはずだが」 「言い逃れはできないわ。あなたの顔も声も名前も私は聞いているの。ルルーシュ・ランペルージさん」 どうやら想定以上に錯綜しているらしい。ルルーシュは事態の危険度を一歩繰り上げた。 犯人は自分の顔と声と名前を騙って殺人に及んだと推測できる。 (この断言のしよう…本当に俺と瓜二つの顔のプレイヤーに会ったのか。 可能性しては変装道具を支給された線が最も高いか……) 不思議なことではない。現に自分の従者でありSPでもある藤咲咲世子は顔から声帯まで模倣できる道具を所持している。 体格さえ合っていれば、初対面の相手なら難なく騙し通せるだろう。 これはもう即刻排除せねばならない。生かしておく程害を撒き散らしていく。 だがそのためには、どうにかしてこの場を収めなければならない。 厄介だ。なにがといえばもう既にこの女にはギアスを使ってしまっているのだ ギアスの効果は一人に一度のみ。強制的に解決できる策を封じられてしまった。 (急がないと。もう時間がない、ぐずぐずしていられない…!) マミは焦っている。 濁りが溜まれば魔法が使えなくなること、巧が一人で謎の敵と戦っていること、そして自分を殺そうとした男への対処を。 どれも対応を誤れば命取りになりかねず、かといって慎重に及ぶ時間もまたない。 ジェムの穢れは正しく魂の穢れ。余裕なき心は視野を著しく落とす。 このまま縛り動けなくするか、足を奪うかという選択肢までも考え引き金にかける指の力を強める。 「斬撃(シュナイデン!!)」 張り詰めた緊張を切り落とす刃が二人の間へ落とされる。地面に三日月状の爪痕がたつ。 第三者の乱入にマミとルルーシュの視線が同じ方向を向く。 現れたのは、銀の髪をたなびかせ、桜色の衣装に身を包んだ少女。 星形の杖を握り中空を飛ぶ姿はまさに、 「魔法少女…!?」 正義を振りまき愛を語る魔法少女、カレイドルビー改めイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。 混迷の戦場を問答無用に解決すべく、大空を駆け抜ける!! …事態は、より混迷となる。 →
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;;SE『チャイム音』。BGM『ある日のこと』。背景『教室』 @bg file="kyousitu.jpg" rule="縦ブラインド(左から右へ)" time=1500 @bgm file="aruhiA.ogg" @playse storage="se3.ogg" @wait time=1500 @fadeoutse time=1500 @wf 「休みは黒川、と……黒川?」[lr] ;;検索エンジン(動揺) 滅多に聞かないググレの動揺した声。寝耳に水とはこのことだ。眦をこすってから、背筋を伸ばして体を起こした。[lr] ;;ググレ(困惑) 意識を回想から引き戻す。目の前でググレが珍しく戸惑っていた。普段は超然かつ傲慢、それが今はいい気味だ。とはいえ、理由が分からなければ、旨みも半減だ。[lr] 「おい、何があったんだ?」[lr] ;;エンジン消し、毒男(デフォルト) 「珍しいよな。委員長が休みだってよ」[lr] @fadeoutbgm time=2000 「…………」[lr] 「どうした?」[lr] 何故だろう。息苦しい。胸を押さえつける。心臓が暴れていた。[pcm] ;;みずき(泣き)を一瞬だけ表示。BGM『兆候』 @bg file="black.jpg" time=500 @bgm file=choukou.ogg" [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=5 e=5a m=1 t=2 y=b] @cl @bg file="kyousitu.jpg" time=500 「知るか……っ」[lr] 短く、小さく、そして鋭く吐き捨てる。[lr] 証拠があるわけではない。ただ目に見えない恐怖を、はっきりしたものに仕立てたいだけだ。[lr] ――恐怖?[lr] @playse storage="heart.ogg" @ws 心臓が一際大きく跳ねた。[lr] そうだ、俺は恐れている。俺の前からいなくなったのは、みんな俺にかかわりのある人だから……。[lr] ――関わり?[lr] 姉さん、先輩、委員長……。一つの線で繋がるとしたら、それこそ無数だ。だが、俺の知り合いであるという線もそこには含まれている。[pcm] ;;毒男(心配げ) 「おい、どうした?」[lr] 心配そうに聞いてくるが、俺は曖昧に頷くと体の向きを変えた。机の下に隠しながら携帯を開く。新着メールはなし。姉さんはおろか先輩からさえも返ってきていなかった。[lr] ひとつ、考えが浮かんだ。バレればググレに没収だが、そうはならないだろう。確信めいた予感があった。[lr] ;;背景『携帯のズーム』 委員長の携帯番号に発信した。[lr] ;;SE『電話のトゥルルルー音』 @playse storage="tm2_phone006.ogg" @ws やはり出ない。[lr] メールなら成りすましも容易だ。いや、姉さんとは電話で話した。なら成りすましではない?[lr] 思考は激流めいて矛盾を押し流す。あの電話の後で何かに巻き込まれたというのなら、筋は通る。[pcm] ;;みずき(泣き) @bg file="black.jpg" time=500 [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=5 e=5a m=1 t=2 y=b] @cl @bg file="kyousitu.jpg" time=500 ……危険、なのかもしれない。首筋の産毛が逆立っていた。[lr] ;;SE『チャイム音』 @playse storage="se3.ogg" 疑問は残っていたが、それを皮切りに思考を打ち切った。[pcm] @fadeoutse time=1000 ;;委員長(デフォルト) @bg file="black.jpg" time=500 [ld pos=rc name="yuri" wear=u pose=1 b=1 e=1a m=3] ググレから委員長の住所でも訊き出して訪ねてゆくか?[lr] @fadeoutbgm time=3000 否。今の俺にとって大切なのは――。[lr] ;;みずき(笑い) [ld pos=lc name="mizu" wear=u pose=2 b=2 e=2a m=2] ――すまない。[lr] 目を閉じて顔をそむける。まだ呼び出しを続けていた携帯を切った。[pcm] [ld pos=rc name="yuri" wear=u pose=1 b=4 e=4a m=4] ;;委員長(哀)の後消し ;;背景『廊下』、BGM『兆候』 @cl @bg file="rouka1.jpg" rule="縦ブラインド(左から右へ)" time=1500 @bgm file="choukou.ogg" 何故か足音を響かせないようにしていた。焦燥はあくまで足を急かしている。だが、ひそやかに廊下を馳せた。[lr] どこか足が地についていなかった。リノリウムを蹴りつけているはずなのに、泥沼に嵌まりでもしたような気がする。入っては戻れない領域に踏みこんでしまったような。[lr] いいや、そんなはずはない。足元を見つめて首を振る。眩暈がするのは、ただの寝不足だ。[lr] @bg file="kaidan2.jpg" rule="左下から右上へ" 階段を駆け下り、角を曲がる。[lr] @bg file="rouka1.jpg" rule="左下から右上へ" ;;伊万里(驚き)を一瞬だけ表示 [imar f="驚き" pose=1 pos=c] @cl 人影。前進をためらった刹那、重心の乱れで左足首が挫けた。膝が折れ、右足で床を蹴って体を跳ばす。辛うじて人影との衝突を避けつつ、床へとダイブした。[pcm] ;;伊万里(驚き) [imar f="驚き" pose=1 pos=c] 「みのりんっ!?」[lr] 「……痛っ!」[lr] とっさに衝いた左手首が鈍痛を訴えている。いつだったか、こんなことがあったような気がする。[lr] 痛みを無視して立ち上がった。[lr] ;;伊万里(真面目) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=5 e=3a m=4] 「話を聞いてほしいんだ」[lr] 「後にしてくれっ!」[lr] 掴まれた裾を乱暴に振った。[lr] ;;伊万里(必死)。BGM『crazeforyou』 [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=4 e=5a m=7 s=1] 「今じゃないとダメなんだっ!」[lr] 怒りと焦りと後悔と躊躇。無数の感情がごちゃ混ぜにされた一声だった。[pcm] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=5 e=3a m=4 s=1] 自然と動きがとまっていた。沈黙に荒い息づかいだけが響く。伊万里の力が緩んだところで、裾からその手を引き剥がした。[lr] ;;伊万里(デフォルトかほっとした笑み) 「少しだけだぞ」[lr] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=1 e=4a m=2] 右足一本で廊下に背を預けた。[lr] ;;伊万里(真面目というかシリアスというか) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=5 e=3a m=5] 「でね、話っていうのは――」[lr] 跳ねる心臓を右手で押さえつける。俺はまだ伊万里と向き合えない。すくんだ足は今も走り出そうとする。[lr] 「――みずきちのことなんだけど」[lr] あっと驚きの声が漏れかけた。みずきのことを心配していたはずなのに、いつの間にか保身のことしか考えていなかった。[pcm] ――これだから、伊万里と向き合えないのだろう。痛む手首を気にするフリをして、視線を逸らした。[lr] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=4a m=5 s=1] 「だ、だいじょうぶ?」[lr] ――なんで心配するんだ。[lr] 理不尽だ、とても理不尽だ。けれど理不尽なことを思ってしまう。[lr] 思考するのがイヤになる。[lr] 「それより、話? みずきのことでか?」[lr] ;;伊万里(浮かない) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=4a m=4] 「うん……」[lr] 頷いたっきり、沈黙する伊万里。[pcm] 唇は震え、全く動きを止めてはいない。けれど、なかなか言葉は出てこなかった。[lr] 言葉が見つからないわけではない、何か途轍もなく重々しいものを紡ぎ出そうとしていていた。[lr] すうっと、息を吸う音が明瞭に聞こえた。[pcm] ;;伊万里(シリアス) ;「ひめさん、いないよね?」 ;「早紀先輩もいないよね?」 ;「百合さんもいないよね?」 [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=5 e=3a m=5] 「ひめさん、いないよね? 早紀先輩もいないよね? 百合さんもいないよね?」[lr] 矢継ぎ早に放たれた三つの質問。首が勝手に頷き、たじろぐ。[lr] 「だからみずきが危な……」[lr] ;;伊万里(哀) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=3a m=4] 「みずきちなんだ」[lr] 次のターゲット、か。[lr] 「分かってる分かってる。みずきが危ないんだろ?」[lr] ;;伊万里(怒) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=4 e=3a m=7] 「そうじゃないんだ!」[lr] 「どう、いう?」[lr] みずきが危ないわけじゃない?[pcm] 血が落ちて首筋が冷える。脳の奥深く封じこめておいた仮説がよみがえった。[lr] 「……まさか」[lr] 止めろ言うなそんなはずはない![lr] ;;伊万里(哀) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=3a m=5] 「みずきちがやったんだ」[lr] 奇妙なほど滑らかに言う伊万里。最初の雨粒が地面を叩くように、ぽつり、と。[lr] 「……なんで?」[lr] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=4a m=4] 「それはボクにも……」[lr] 「なんでこんな嘘をつくんだ?」[lr] ;;伊万里(困惑) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=5 e=2a m=5 s=1] 「……え?」[lr] 分かっている。けれど認めるわけにはいかない。[pcm] モノマネ娘。紅茶色に紛れていたペールグリーン。夜な夜な外出してはまとってくる鉄錆びたような異臭。今朝、見かけたMTBの泥だらけのタイヤ。[lr] ;;伊万里(哀) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=4 e=4a m=5 s=1] 「嘘なんて……」[lr] 「嘘に決まってるだろ! みずきが、そんな……」[lr] ;;伊万里(必死) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=4 e=3a m=7 s=1] 「だって!」[lr] 感情が爆ぜたように上履きが床を叩いた。[lr] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=4 e=5a m=7 s=1] 「だってそうなんだ! 仕方ないんだよ!」[lr] 静謐に叫びの余韻だけが立ち込めた。伊万里はしばし黙ってから、やがて呟いた。[pcm] ;;伊万里(哀) [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=4a m=4] 「ボクがそんな嘘をつくと思うの……?」[lr] 「それは……」[lr] 伊万里が俺にそんな嘘をついて何の利益がある? みずきを犯人に仕立て上げて……。[lr] 気づいていた。ただ気づかないフリをしていただけだ。とても残酷な覚悟を決めた。[lr] 「思う」[lr] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=2a m=5 s=1] 「――!?」[pcm] ;;伊万里(シリアスな驚き。ショック) 「伊万里、お前はみずきに嫉妬してるんだろ? だからこうやってみずきを貶めようとする。みずきの家にいるのは、別にお前が勘繰ってるような理由からじゃない。もう嘘は止めろ。今なら水に流してやるから」[lr] あってはならないものを見てしまったように、伊万里は目を見開いて言葉を失っていた。唇が震えるものの、言葉ではなく白い息しか漏れなかった。[pcm] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=4 e=3a m=5 s=1] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=5 e=2a m=5 s=1] 「そんな……ボクがそんなことっ!?」[lr] 固まった伊万里の視線が俺ではなく、俺越しの誰かを見つめていることに気づいた。[lr] @cl ぱっと振り向くが、窓があるのみ。いや、そこに一瞬、空気抵抗になびいた紅茶色のツインテールが映っていたような気がした。[lr] ;;みずき(怯え)を一瞬だけ表示。 [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=4 b=7 e=9a m=5 t=1] @cl 「……みずきっ!?」[lr] [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=2 e=2a m=7 s=1] @cl 伊万里が袖を掴んでいたが、振り払って猛然と駆けた。[lr] ;;BGM消し、伊万里消し、画面を赤く明滅。 @fadeoutbgm time=1000 @bg file="red.jpg" time=300 @bg file="kaidan2.jpg" time=300 激痛。ふわり、と浮遊感が襲った。左足が階段を踏み外していた。[lr] ハッと思い出す。さっき伊万里とぶつかりかけたとき、左足首を挫いていた。[pcm] 気づく頃には段差を転げ落ち、床へ叩きつけられていた。間の抜けた笛の音のような音が喉からこぼれる。[r] ダメージを受けた肺は空気を押し出されていて、酸欠状態だった。だが、肺を広げようとすると、いきなり強烈な痛みを訴え出す。満足に呼吸さえできない。[lr] なおかつここに来て左の手首と足首の痛みまでもが蘇った。早くみずきを追いかけなければ。だが激痛が全身を灼き尽くし、一人で起き上がることすらできない。[lr] 絶望的に時間が過ぎてゆく。[pcm] ;;BGM『13と1の誓い』 @bgm file="13_1.ogg" 「……!?」[lr] 実は頭も打っていたのかもしれない。視界に小さな上履きが入りこんだ。かすかに震えている。一瞬、引き返そうかと動くのも見えた。だが、最終的には近寄ってきた。[lr] 「みの、る……?」[lr] ためらったような、怯えたようなソプラノは、間違いなくみずきのそれだった。[lr] 支えてやらなければならなければ。だが、俺は起き上がることすらできない。むしろ助けを求めていた。[lr] 軋んだ頬骨が痛むものの、なんとかして言葉を発する。[lr] 「俺はみずきを信じてる」[lr] びくん、と空気が波打ち、動揺しているのが伝わってきた。[pcm] 「本当に?」[lr] 「信じてくれないのか?」[lr] 俺の返答に再び黙りこむ。[lr] 「……信じてる」[lr] 「…………」[pcm] ;;みずき(泣き) [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=5 e=3a m=9 t=1] ややあって、助け起こされた。併せて全身の力を振り絞る。右足は膝が痛かったものの、足首はそれほどでもない。なんとか階段へと座りこんだ。[lr] 「保健室に」[lr] [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=7 e=2a m=9 t=1] @cl 言い終わる前にみずきが首を振った。携帯を出して電話をかけると、怒鳴るような声で早口にまくしたててからあっという間に切った。[r] 途端に静謐が立ちこめる。華奢な輪郭が小さくなったように見えた。[lr] 「車、手配してもらったから」[lr] 背中越しに投げられたのは、感情のこもっていない報告。[pcm] ;;みずき(怯え) [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=7 e=3a m=10] 「あたしのこと、信じてる?」[lr] 限りなく虚ろで、しかし異なる重みの問い。[lr] 「……もちろん」[lr] 間髪入れず、というには間が空きすぎてしまったかもしれない。実際、揺らぎがないとは言えなかったから。[lr] 俺は本当に信じているのだろうか。伊万里が嫉妬して、みずきを貶めようとしたなんて。[lr] いや、そうでないはずはない。そうでなければ、みずきは……。[pcm] ;;みずき(泣き笑い) [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=5 e=6a m=8 t=1] 「ありがと」[lr] その笑顔はとても痛々しかった。むしろすがりついてきてくれた方がまだ安心できた。[lr] 俺は気づいてやれなかったのに。どうして? どうして? どうしてなんだっ!?[lr] 何も語らない。みずきはただ花のように微笑むばかりだった。[pcm] ;;BGM『Lunatic Lovers~xxx』。背景『みずき宅の客人用の部屋』 @fadeoutbgm time=3000 @cl @bg2 file="wafuu_kositu00.jpg" rule="縦ブラインド(左から右へ)" time=3000 @bgm file="llxxx.ogg" ベンツに乗せられた俺はそのまま病院へと連れていかれた。それもかなり規模が大きかった。[lr] とはいえ、正直、過剰すぎると思った。出血もなければ、頭を打ったわけでもなし。保健室の処置で間に合うレベルだ。[lr] 極めつけは料金。俺が保険証を持ち合わせているはずもない。請求金額はぼったくられてるのかと思うほどだった。[lr] しかし、そこでみずきの父はすべて代わりに支払ってくれた。その姿に感謝と尊敬を覚えたものの、一抹の疑念が胸に宿った。[pcm] よくよく考えてみればおかしな話とも言える。年頃の娘が男を連れてきて、しばらく泊める。それもいきなり。[r] だというのに、全く怪訝そうな顔もせず、むしろ後押しするような雰囲気だった。[lr] 人柄、と言ってしまえばそうなのだろうが、本当にそうなのだろうか。元々、あの人はあんな感じの紳士だっただろうか。思い出せない。分からない。[lr] そもそも会話をほとんど交わしていなかった。泊めてもらっておきながら食卓を囲んでいない。いつも俺の食事はみずきと二人で……みずきと二人で?[lr] そういえば、みずきも家族と食卓を囲んでいなかった。[pcm] 「痛っ!」[lr] 傷の痛みが思考を引き裂いた。[lr] 布団の中から手を出し、携帯を引きずりこむ。その仕草だけでも傷に障る。[lr] 眠りに落ちる前までは、布団の傍にみずきが張りついていたはずだったが、もういなくなっていた。代わりにスポーツドリンクと丁寧に畳まれた着替えが置かれていた。[lr] ;原文 ベッドの傍に ――ありがとうな。[lr] 心の中で礼を言い、そして謝罪する。俺はこれからみずきへ嘘をつく。いや、嘘にする。さっきみずきへ宣したことを。[pcm] ;;みずき(病み)一瞬だけ表示。 [ld pos=c name="mizu" wear=u pose=3 b=1 e=3a m=10 y=b] @cl @fadeoutbgm time=1500 「あたしのこと、信じてる?」[lr] 「……もちろん」[lr] 信じてはいる。信じてはいるが。[lr] ;;背景『携帯のズーム』。BGM『雪景色』 @bgm file="yuki.ogg" 張り詰めていた息を吐ききると、携帯の電話帳を開いた。[lr] 『伊万里寿司』[lr] ;;SE『トゥルルルー音』 @playse storage="tm2_phone006.ogg" 本当に、そうなのだろうか。伊万里が嫉妬でみずきを貶めようとしたのだろうか。[lr] 有り得ない。そう思う。アイツが嘘をついて人を中傷するはずはない。なら、本当にみずきが……。[pcm] いや――と、独白で思考を中断させる。目下の難題は、今も開封さえできずにいるチョコレートへの答えだ。断るしかないのだろうか。それとも欺くか。[lr] 断ったところで、それは『愛』がまだ分からないから。欺いたところでそれも『愛』が分からないから。結局のところ、決めてしまえば理由は後付けできてしまう。[lr] それとも、俺は本当にアイツを……。[pcm] ;;SE『電話に出る音』。伊万里(落ち込み)表示。 @stopse @playse storage="tm2_phone006.ogg" @bg file="black.jpg" time=500 [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=3a m=4] @cl @bg file="wafuu_kositu00.jpg" time=500 @stopse @playse storage="others_10_mikenoize.ogg" @ws 「今日は悪かったごめんっ!」[lr] 開口一番、早口に言葉をほとばしらせた。[lr] 「……いいよ、信じてたから」[lr] いともあっさりとしていたが、言葉を呑ませる一言だった。こんな俺を、どうして信じてくれるのだろう。[pcm] 「お前の言うことを信じたわけじゃない。ただ本当じゃなくても間違いっていうことはあるからな。お前がその結論に至った経緯を教えてくれ」[lr] 恐らくは、かつての俺と同じだ。混乱するうちに証拠らしいものを見つけては都合の良い仮説を立てて、強引に憎むべき対象を見つけてしまっているだけだ。[r] そう、そうに違いない。なぜなら……。[lr] そうでなければ、困るから。みずきが犯人だなんて、思いたくないから。[lr] ;;伊万里(デフォルト) 「うん、分かってる。こんなこと、なかなか信じられるとは思わないし」[lr] 伊万里は一息置いてから、話し始めた。[pcm] 「あの後――みのりんにチョコをあげた、あの後」[lr] 冷や汗で手が滑る。今はまだそのときじゃない、そう言い聞かせるものの、心拍は跳ね上がってゆく。[lr] 「だ、だいじょうぶ? なんだか息が荒いけど」[lr] 「気にするな。続けてくれ」[lr] 左手で心臓を押さえながら、深呼吸を繰り返す。[lr] 「あの後、ボクはすぐには家に帰らなかったんだ。……その、なんていうか」[lr] ;;伊万里(苦しげ) 「言わなくてもいい。分かってるから」[lr] 告白直後というのは、顔を合わせ辛いことこのうえない。だが、俺と伊万里の場合、家は隣同士だ。[pcm] 「ありがと。ちょっと山に行こうと思ったんだ。自然と接するっていうか、その……一人になりたくて」[lr] 「独りに?」[lr] 聞きに徹するべきところだったが、舌が勝手に問い返していた。[lr] 「いや、続けてくれ」[lr] 独りになりたい? 俺には理解できなかった。[lr] 「なら続けるけど、山に入ったら、みずきちを見つけたんだ。でも、ちょっと声をかけづらくて。みずきち、泣いてたんだ……」[lr] みずきが泣いていた? どうして? 口を挟みそうになるのを必死でこらえる。[lr] 「道もないところを進んでくし、大きなバッグを運んでたから、ちょっと気になってついてったんだ。そした――っ!?」[pcm] ;;SE『伊万里の殴られる音』 @playse storage="tm2_hit002.ogg" 突如、鈍い音が響いたかと思うと、伊万里の声が途絶えた。[lr] 「伊万里っ!?」[pcm] ;;SE『ブツッ。電話が強引に切られる音。ツーツーツー』 @playse storage="others_07_putu.ogg" @ws @playse storage="TelephoneA@08.ogg" @wait time=700 @fadeoutse time=700 「伊万里! おい、返事をしろっ!」[lr] @stopse @playse storage="tm2_phone006.ogg" 叫ぶ。かけ直す。出ない。かけ直す。五回ほど繰り返して携帯を投げ捨てた。[pcm] @stopse ;;背景『みずき宅客人用の部屋』 すでに頭は冷えていた。もう、驚かなかった。[lr] 今の俺こそがそうなのかもしれない。みずきを信じたい。だからどんな証拠を突きつけられても、ことごとく耳を貸さない。[r] 強引に真実から目をそむけ、都合の良い虚構にすがりついているのではないだろうか。[lr] 揺るがぬ確証を得た。得てしまった。伊万里は嘘をついていない。とすれば……。[lr] 心に氷が張り詰めてゆく。冬の湖のように薄氷がすべてを覆い隠し、波紋はない。何一つを弾き、受けつけない。思考は凍りついていた。[lr] そのまま、待った。[pcm] ;;ホワイトアウトの後、しばらく停止。この間BGMはなし。 ;;SE『床板が軋む音。ギシッ』。BGM『13と1の誓い』 @fadeoutbgm time=2000 @bg file="white.jpg" @wb @bg2 file="rouka1_mizu_y.jpg" time=1000 @playse storage="f11_5.ogg" @ws @bgm file="13_1.ogg" どこかから帰ってきたみずきがこそこそと廊下を歩んでいる。[lr] ひそやかに。誰かに見つかるのを恐れるように縮こまりながら、歩を進めている。[lr] 角に隠れているこちらにまで押し寄せる鉄錆びた刺激臭。もうその正体が何なのかは推測できていた。[lr] いや、そんなはずはない。それを打ち消そうとする囁きも聞こえる。[pcm] @bg file="black.jpg" @snowinit forevisible=true 夜の闇に細雪が降り積もり、黒く閉ざされた視界が白くけぶってゆく。[pcm] ;;背景『雪景色』と伊万里(シリアスかつ照れ) @snowinit backvisible=true @bg file="white.jpg" [ld pos=c name="imar" wear=u pose=1 b=3 e=3a m=4 c=1] 伊万里。俺は今こそ答えを出そう。[lr] ;;選択肢。A『みずきを愛している』B『伊万里を愛している』 [nowait] [r] [link target="*mizuki"]1.『みずきを愛している』[endlink][r] [link target="*imari"]2.『伊万里を愛している』[endlink] [endnowait] [s]
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暖かい色の明かりが部屋全体を照らして、太陽が沈み暗闇に落ちた外から人を守るように、光は家族を包んでいる。 街を騒がせる恐怖を煽る猟奇的なニュースにも無縁だと、家の中は笑顔で賑わっていた。 光とは安寧の元だ。神が与えた原初の火に始まり、照らされる場所に人は集まり寄り添う。 人は闇と戦う手段を手に入れ、現代に至るまで光は人と共にある。 「わあすごい!これお姉ちゃんが作ったの!?」 「こらモモ、お行儀が悪いわよ」 四人が囲ってもまだ少し余裕があるテーブルに並ぶのは、色鮮やかな料理の数々。 やわらかいパンに新鮮なサラダ、湯気が立つスープと香ばしく焼けた肉が食欲を誘う。 幼い次女が待ち切れず、フォークを手に取ろうとするのを母がたしなめている。 「お母様の言う通りです。食事の前は神様が降りてくる時間、きちんとお祈りをして感謝の言葉を伝えなければいけませんよ」 「はーい」 まだ神の教えを十分に理解しておらず、作法の大事さもわからない幼子は、しかしもう一人の声には素直に従った。 言葉の内容云ではなく、話した人そのものへの信愛に応えたがためだ。 「ははは、おまえよりマルタさんの言葉の方がよっぽど効果があるようだ。すっかり懐いてしまったな」 椅子に座るのは家族四人と、昨日から家に招かれた長女の友人だ。旅行に海を渡ってこの見滝原に来たものの、運悪く宿泊先の手違いで予約が滞ってしまっていた。 どうしたものかと不安に思っていたところを偶然知り合い、同じ信仰を志す縁で家族のみで暮らすには広い教会に一時の滞在に預かる身であった。 「さあ、それじゃあ祈りましょう」 全員が椅子に座ったところで食前の祈りを捧げる。 父と母は教えに則り感謝の言葉を述べ、まだ意味がよく分からない次女も倣うように手を合わせる。 客分であるその女性は、神父である父から見ても完璧に過ぎた姿勢で祈りに臨んでいた。 清く美しく、無償の愛(アガペー)に満ちた聖なる画の如き佇まい。 自分以上に信仰を積んでいると確信させる女性は、僅かな日数寝食を共にしただけで夫婦双方から大きな信頼を得ていた。 ともすれば目の前のこの人にこそ自分達は祈るべきでないのかと、不遜なる考えを抱いてしまうほど。 全ての信徒が模範とすべき理想形がここには顕在していた。 「―――いただきます」 そして、祈りの動作はちゃんとしながらその光景を眺めていた長女は。 目の前の団欒に目と耳を傾けることなく食事のみに集中していた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 教会屋上。 信仰の象徴たる十字が建てられた下で、冷えた大気に身を晒す二人。 その一人は長い赤の髪を上に纏めた十代前半の少女だ。 星空瞬く空を鏡合わせに、無数の電灯が煌めく地上。 夜の街を一瞥する瞳は生まれてから重ねた年月に釣り合わないほど冷めており―――佐倉杏子の送った人生の苛烈さの証となっている。 住む場所はなく、適当なホテルに無断で宿泊する毎日。 食料の確保には窃盗は当たり前、コンビニのレジをこじ開け金銭を奪うのも日常茶飯事。 荒んだ生活を見た目は中学生の少女が不自由なく送れるのは、奇跡の残滓たる魔法の力あってこそ。 自分の力を自分の欲望に用いる。躊躇などない。そうする事でしか生きられない以上迷いなどない。 杏子の送ってきた生活とはそういものだ。完全に順応して習慣になってしまうほど馴染んでいた。 「でさ……何やってんだよあんた?」 杏子は隣にいる英霊に問いを投げた。 先ほども家族と一緒に食事を共にしていた旅人であった。 清廉。そのような一言が凝縮された女がいた。 それだけで言い表せるような器量で収まらない乙女であるが、見た者は始めにその一言を連想するに違いない。 激する性質を思わせる杏子の赤髪に反した、紫水晶色の長髪。宝石や金銀財宝の豪奢とは異なる、渓谷に注ぐ透き通った水流の自然なる美。 地上の電灯と天空の星々に照らされてるだけの筈のそれは髪自体が光り輝いているよう。 身に纏う衣装は現代の街並みには溶け込まない意向だが、鋼の鎧といった戦士の、戦いの道具という印象からは程遠い。 手足に最低限の装具をはめる以外には実りの均整が取れた体を包む法衣のみ。彼女が武に行き覇を唱えた勇士ではない事を示している。 清らかで優しい、輝くばかりのひと。 その名だけで人々の心の寄る辺となり、希望を在り示してくれる、力ある言葉。 それ即ちは聖女。奇跡を成した聖者の列に身を置く者。 それが佐倉杏子の片翼。聖杯戦争を共に行くサーヴァントだ。 ライダー、その真名をマルタ。 救世主の言葉を直に受け、御子の処刑の後も信仰を捨てる事なく、時の帝国によって追放されるも死せず神の恩寵を受けた者。 布教の道程、ローヌ川沿いのネルルクの町にて、人々を苦しめる暴虐の竜タラスクを鎮めた竜使い。 その宗教に属さずとも知らぬ者はいない、世界中で崇敬されるその人であった。 「何、と言われても。マスターとその家族に料理を振る舞っただけよ?嫌いなものでも入ってた?」 「好き嫌いとかはないよ。ウミガメのスープは美味かったし。肉の叩きも汁がすごかった」 「お粗末様」 杏子を見つめるアクアマリンの瞳は慈しみに満ちていた。 その言葉遣いは、彼女と関わった者の多くが見る顔とは違っていた。 礼節を欠いてるわけではなく。さりとてサーヴァントがマスターに、従者が主に、聖人が他者に向けるものとしては間違いがあるような。 どちらかといえば、穏やかな気質の姉が春を迎える年頃の妹にかけるような、親しい間柄でのみ見せるやり取りだった。 「出されたものは残さず頂く。立派な心がけだわ」 「そんな大層なものでもないだろ。腹が空いたら食えるだけ食っとくってだけの話だ」 選ぶ余裕のない生活を送っていた杏子にとって、食事は取れる時に取っておくという考えだ。 味の善し悪しや心情で手を付けない粗末な真似は自分は勿論、他者にも許さない。だから出された料理は食べるし残しもしない。 幼少から触れてきた教えも少なからず関係しているのだろう。どう受け止めようと過去の習慣は消えずに沁みっている。 「おかわりもしてたものね。うんうん、食べ盛りの子はそうでなくちゃ」 「っガキ扱いすんな!」 杏子の舌に残るのは素朴で、郷愁を誘う母の味だ。今も住居も兼ねている教会で眠っている実の母を尻目にして。 悪くない料理だった。美味しかったという感想に偽りはなく、また口にしたい欲求がある。 懐かしい、と憶えた感情。 家庭の料理などもう長らく食べていないと、口にした瞬間に思い知らされた。 あの日に焼け落ちて止まった記録。これから一生思い出す事のない筈だった味そのものだった。 「だから違えよ。そういう話じゃない」 こんな偽りの円満に加えられる事がなければ、決して。 「あいつらは、あの人たちは、あたしの家族じゃない」 その欺瞞に気付いた時、杏子は己の魂がどす黒く濁るのをはっきりと感じ取れた。 「みんな、みんな、偽物だ。死人だ。あっちゃいけないものなんだ。 これを認めたら、あたしは本当に魔女になっちまう。だからいらないんだよ、こんなおままごとに付き合う真似はさ」 許せなかった。憎らしかった。 こんな偽物を用意して罠に嵌めた相手への怒りだった。 自らの手で失ったありし日で幸福を感じていた自分への怒りだった。 はじめは”魔女の結界”の仕業かと判断した。 奇跡を詐称する御遣いによって得た力、闇を齎す絶望の化身、魔女を討つ希望、魔法少女。 結界は魔女のテリトリーであり餌の狩場でもある。社会に疲れた人間の心の隙に潜り込み囁いて、自分の膝元へ招くのだ。 その中で見つけた、魔法少女の証たる宝珠が放置されているのを不審に思い手を出した直後、杏子の意識はひっくり返った。 狩人の側である魔法少女が無様に誘惑に引っかかったのだと、鬱憤を放出する矛先を定めた。 だが魔女の気配は一切探知しなかった。代わりに痛みと同時に手の甲に顕れた聖痕(スティグマ)の紋様。そして光が集合して形成して出来た聖人の姿。 杏子は事態の全てを知った。聖杯戦争。サーヴァント。殺し合い。願望器。 願いを叶えられるという、儀式。 「家族が死んだのは全部あたしの自業自得だ。誰も恨みやしないさ。けどこんな都合のいい幻想に浸かってるなんて、それだけは許せない。 あんただって、そうじゃないのかよ?死人と戯れるなんてのを聖女さまはお許しになるのかい?」 ―――みんなが、父さんの話をちゃんと聞いてくれますように――― 幻惑。佐倉杏子にとっての禁忌。 困窮する家族の幸せを願い、多くの人を幸せにするものだと信じた祈り。 得られた奇跡の報酬は、願った全ての喪失だった。 人心を誑かす魔女。絶望に染まった顔で罵る父の声は、どんな鋭利な槍よりも杏子の胸を穿った。 自分だけを残し、家族を連れて荒縄で首をつり下げた姿は、杏子の心を残酷に引き裂いた。 教会で教えを説き、裕福に家族と幸せに暮らす。 再演される見滝原の人形劇は滑稽だった。 求めてやまなかった幸せを嘲った形で見せつけられるのが、これほど腹が立つとは思わなかった。 早々に家を出て今までのように流浪の生活に戻ると何度も思った。そして実行する度に、このサーヴァントに首根っこを掴まれ連れ戻されるのだ。 こうして、今も。 「優しい人なのですね、マスターは」 自分を戸惑わせる声を、真っすぐに向けてくる。 「彼らは仮初の住人。聖杯戦争の舞台を回す為の部品として生み出された偽の命。その通りです。 命を模造し争いの消耗品として道具に使う、それはあまりにもは許されざる行為です」 些細な、決定的な変化があった。 顔も声も何もかもが変わりないのに、そこにいるのがライダーだと認識は変わらないのに。明確に印象がひっくり返る。 「けど、だからといって彼らの存在すら罪とするのはどうなのでしょう。 複製といえど彼らには命があり知性がある。死霊などではない、生きた人なのですから」 隠す演技、人格の変更、そんな浅ましいいものではない。 分かってしまう。ライダーは変わっていない。変わらないままに身に纏う雰囲気だけを一変させる。 信仰を受ける聖女としての顔も、どこにでもいる町娘としての顔も、どちらも真なるマルタの素顔なのだ。 「あなたは優しくて、強い人。家族の複製を見て穢されたと感じ、家族を失った事を自らの罪と受け止めている。 なら彼らと向き合ってもよいのではないですか。壊れた夢を見る事には確かに辛いもの。けどそこには、あなたが見失ったものも落ちているかもしれません」 「……随分言ってくれるじゃないか。ほんと何なんだよ、あんた」 「あなたのサーヴァントですよ。あなたを守り、導き、あなたに祝福を送るもの。 これでも聖人ですもの。迷える子を救う事こそ私の使命なのだから」 「だから、ガキ扱いすんなっての」 忌々しいものだった。 自分が何かすれば止めに入り、正論を出しあれこれ説教してくるライダーを杏子は鬱陶しがっていた。 その多くが家を失ってからの荒れた生活で身につけたものなのだから、何も思わない事もないのだが。 発言の意図よりも、なにより、自分に世話を焼く姿勢にこそ原因が多いのではないか。 苛立ちともむず痒いとも言えぬ感情。でもはじめて知ったわけでもない。いつ以来のものであったか。 「ていうかあんた、優勝する気はないんだな」 「当然です。聖杯とは救世主の血を受けたもの。そうでないものは偽なる聖杯。求める道理がありません。 まあこんな儀式を仕組んだ奴らは後でシメ……ンンッ説伏しますが、まずは街で起こる戦いを止めなければなりません」 確かに、聖女なる者が偽の杯を求め殺し合うのは想像すら及ばない選択だ。真の聖杯が殺戮の血を注ぐのを許すとも思えない。 欲得にまみれた黄金の杯。偽物であるからこそこの聖杯は正邪問わず万人の願いを汲み取るのだろう。 だからライダーが聖杯戦争を否定するのはまったく自然な成り行きだ。想像通りというべきか。 名前を知った時点でそう来るだろうとは薄々思っていた。 「冗談」 よって杏子は考えるまでもなく、ライダーの掲げる方針の拒否を即答したのだ。 「素直に乗らないってとこだけは同意だ。奇跡と抜かしておきながらやることが殺し合いだ。どうせ碌なもんじゃない。 けど戦いを止めるだとか、そういう慈善事業はお断りだ。聖女の行進に付き合う気はないよ」 希望が落ちたあの日から決めている。佐倉杏子という魔法少女は、全て自分だけに帰結する戦いをすると。 生きる為。楽しむ為。自分に益があり満たされるのなら何でもいい。好き勝手に生きれば、死ぬのも自分の勝手だ。誰を恨むこともしなくていい。 誰が何を願い動くのは自由だ、好きにすればいい。干渉はしない。 けれど、誰もが聖人になれるわけじゃない。 誰かの為に生きる。万人にとって口当たりのいい言葉を実践できる者は本当に一握りだ。だからこそそれを成した者は聖人と呼ばれる。 杏子はなれなかった。他の見知った魔法少女にもそんな資質の持ち主はいなかった。ただ一人を除いて。 未熟な自分を師として育て、最後まで見捨てようとしなかった黄色の魔法少女。 正義を生きがいに出来る、正しい希望の持ち主と同じ道を行く事を、杏子は出来なかった。今になって再び道を変えるなど甘い事が通用するわけがない。 ライダーに手を伸ばす。届きはしないし、届かせる気もない。 嵌めていた指輪から現出する赤い宝石。魔法少女の証、ソウルジェムを見せる。 「聖女はどうだか知らないけどさ、魔法少女をやるのはタダじゃないんだ。 祈りには対価がある。魔力を使えばソウルジェムが濁る。犠牲がなくちゃそれを補えない。 分かる?誰かが死ななくちゃ魔法少女(あたしら)は食えないのさ。ここに魔女がいるかはともかくな。 どうせ消費するんなら自分のために使うべきだろ?命を賭けてまで、得もないのに誰かの為に戦うなんざ馬鹿げてるよ」 見ず知らずの人間が使い魔に食われても意に介さない。そうして育った魔女を倒してようやくグリーフシードを手に入れられる。 魔法少女として活動を続けるには、使い魔を放置するのが大事だ。聖杯戦争も似たようなものと杏子は考える。 悪目立ちして暴れる敵は放置して消耗を待つ。手堅く、確実な戦法。 「……あんたとはコンビだ。バラバラに動いて片方がヘマしたら残った方も揃ってヤバくなる。ここじゃ全員そうなら尚更さ。 マスターっていうんならあたしの方が上だろ?いいか、あたしは乗らないからな」 マスターという立場を傘に着るわけでもないが、自分のサーヴァントにははっきりと断っておく。 伸ばした手とは逆にある令呪を意識する。ご丁寧に令呪の使用法まで教えてくれた。どう反抗されようともいざとなれば押さえつける手はある。 果たして、ライダーは動いた。向き直ってこちらを見る表情は憮然なれど、その美しさは損ないはしないまま、軽く微笑んで見せた。 意地の悪い笑みだった。杏子の魔法少女としての直感が背筋に寒いものが走るのを鋭敏に捉えてしまっていた。 「……ふぅん」 「な、なんだよ」 「ちょっと借りるわね」 なにか、嫌な予感がする。警戒を強めたその時には、風は過ぎ去った後だった。 掌の上をそよぐ風。何かが、ライダーのたおやかな指が通過した音。 「な、おい!返せ!」 一秒あったか定かではない交差。それでも変化はある。 杏子の側にあった赤い輝きは、いま目の前の聖女の手で依然と瞬いていた。 「ああもう暴れないの、ちょっと見るだけだから」 「あだだだだぁぁーーー!?」 野苺でも摘むような気軽さで杏子のソウルジェムを分捕ったライダーは、手にある宝石をしげしげと観察している。 空の片手では、飛びかかって奪還しようとした杏子の頭部を掴み自分の行動を阻害させないようにして。 眉間にがっちりとはまった指の握撃による痛みは杏子の想像を絶していた。 杏子と変わりない見た目、麗しい聖女のアイアンクローは頭蓋を割らんとする威力で逆らう意識を剥奪させる。 あれほど念頭に入れていた令呪の行使ももはや頭から抜け落ちた。このまま反逆により意識が落ちるか最悪死ぬかと朧に察しはじめたところで縛りから解放された。 「……よし、と。はい返すわね」 「ぁ……とおぉっ!?」 朦朧として霞がかってぼやけた視界で、放り投げられた赤石。 自分のソウルジェムと認識して咄嗟に、必死になって手を出す。どうにか光は無事に手の中に収まった。 「オ、マ、エ、なああああ……!」 赤い旋律が魔力として現実に走って、杏子の体を包み上げる。 武装の展開を構築。怒りと痛みで熱くなった頭はとっくに統制を離れている。槍の一つでもブチ込まねば気が済まないという一念でいっぱいだ。 正常に戻る視界で女を捉え、手に握ったソウルジェムを見据え―――そこで沸騰するほどの熱は冷や水をかけられた。 「……あ?」 ソウルジェムは魔法少女にとっての要だ。戦う姿に変わるための媒体で、中身の濁りで魔力の残量を示す。故に逐一の確認は欠かせない。 今日の状態は濁りが一割。底に僅かに沈殿するのみのもの。 だが今見た宝石の中身はどうか。色鮮やかな赤には一変の濁りもない純度ある美しさを保っている。 初心者の魔法少女でも知る知識。穢れの浄化はグリーフシードを用いでしか出来ない。その常識を壊されて、杏子は首を回す。 そこにいるのは一人の女。過去に起きた偉業を成した夢の具現。聖女のサーヴァント。 奇跡―――。 今目撃したものの意味を、言葉に出来ぬまま。呆然とそれを起こした人をずっと眺める。 一分、いやそれ以上、もしかしたら以下かもしれない間隔の後。 「これで、タダ働きでも問題ないわね?」 「あるに決まってんだろ!」 反射的に叫んでいた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 結局、杏子は最後までライダーの方針を認めないまま寝ると言って下に降りていった。 残ったままのライダー、マルタは一人のまま地を見続けているが、思考は去ったマスターについてに割かれていた。 良い子ではあるのだろう。善性を持って生まれ、愛ある家族に育てられて成長した。 だが家族を襲った悲劇が自分の原因であると背負い、罪人らしく粗暴に振る舞うしか出来なくなってしまった。 家族を殺したのは自分だ。そんな自分は醜い悪ある者でなければいけない。 元来の信心深さが悪い方向に絡み、今の佐倉杏子の人格を歪めて形成している。 この所感はマルタがマスターから直接聞きだした経緯ではない。尋ねても絶対に口を開く真似もしないだろう。 サーヴァントとマスターは契約時に霊的にもパスを共有し、互いに夢という形でそれぞれの過去を覗くというが、それによるものでもない。 彼女を直に観察し、語り合い、そうして得たそのままの印象と分析でしかない。 心を読むといえば特殊な技能なりし異能を必要とするものと思われるが、それは人に予め備わった機能だ。 経験と徳を積み、真に人と向き合う努力を怠らなければ誰であろうとその心を読み解ける。少なくともマルタはそう思っていた。 「女の子捕まえて契約持ちかけた挙句魂を弄るなんて……どの世界でも胡散臭い詐欺師はいるものね」 キュゥべえなるものとの契約により生まれたソウルジェム。 目にした時、聖女としての感覚が訴える声に従いつぶさに調べその正体を看破していた。 あれは……人間の魂を収めている。 杏子は理解しているのか。あの様子では満足に知っている様子ではない。彼女だけでなく他の魔法少女もそうなのか。 その事実を今すぐ詳らかにするのをマルタは禁じた。自分の魂を肉体と切り離されたお知り少なからぬ衝撃を受けるのを避けた。 いずれ伝えなければならない。しかし遠慮なく暴露して徒に彼女の心に更なる傷を与え真似をマルタは冒したくなかった。 だからせめて淀んでいた穢れを浄化した。濁り切ってただ魔法、魔術が使えなくなるだけのものと楽観はしない。 もっと恐ろしいことのためにあれは造られたのだと、マルタの聖女の部分が警鐘を鳴らしている。 人間の『箱詰め』事件。 悪の『救世主』の噂。 街にも幾つもの物騒な噂が蔓延している。 恐るべき『邪悪』が街中に潜み、黄金の日常を食い潰そうとしている。 己が招かれた事態が偶然性が引き起こした事故などではなく、必然の、必要と求められての結果であるとしたら。 世界の焼却にも並ぶ、未曽有の危機の萌芽の可能性すらもが危惧になる。 「……そうねタラスク、今度はちゃんと救いましょう。世界も、あの子も」 それでも。マルタの在り方は変わることはない。 如何なる時代でも、如何なる形であったとしても。 マルタは聖女であり続ける。人々を守り、導くこと。それが、聖者と呼ばれた者の使命。 思われ、願われた……なら、そう在ろうとするまで。 『あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである』 「大丈夫です。私は私の必要なこと、やるべきことを心得ております」 ですから、どうか見守り下さい。 星々の行き交う夜空を見上げ、マルタは手を合わせ天に祈った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 妹もいる自室。既に寝入っている妹を起こさないように、隣のベッドに潜り込んで布団を頭までかぶる。 早く寝付いてこの嫌な思いを忘れてしまいたかった。なのにこういう時に限って目が冴えたままでいる。 頭にまだ残る鈍痛が原因のひとつでも、まああるのだが。 もぞり、と動く音。横目に見れば寝返りをうった妹の顔。 幼い頃の自分に似た、何もかもあの頃のままの家族の寝顔。 これも偽りなのか。寝息を立てる仕草も、幸せな夢を見ているだろう、蕾のような微笑みも、全て。 ああ、少なくとも自分はそう捉えている。もう戻らないものと認めている。 「優しい子、だとさ。あたしをよ」 何人も欲望のために見捨ててきたあたしを。 正義の味方になれなかった自分を。 見込み違いにも程がある。聖人とは名ばかりかと笑いたくもなる。 「まったく見せてやりたいよ。あたしの本当の家族の最期をさ……」 追いつめられた人間の取る行動。行き着くところまで詰まってしまった末路。 醜さ、憎悪、怒り、悲哀、無情、絶望。世界の負を煮詰めたような光景。 「でも―――あのひとなら……本当に救えていたんだろうな」 なにせ本物の聖女マルタだ。 救世主の言葉に導かれ世界中から信仰を得た崇高なる偉人。 いち宗教家とは、その言葉の質も存在感の重みも”もの”が違う。 今のこの世界と同じく、家を訪れ、言葉を交わし、食事を共にするだけで、 仮に本物であると知れたら滂沱と涙し、自ら膝を折り跪いてしまい、娘が人を惑わず魔女だった絶望など、軽く拭い去ってしまうのだろう。 奇跡になど、頼らずとも。 魔法なんか、使うまでもなく。 培い、積み上げた徳だけで、人の心に希望を宿す。 ……そうだ。反抗しなかったのは怖かったからだ。 幾ら言葉を投げつけても全てを返されてしまい、聖女の威光に自分の虚飾を剥がされるのを拒んだのだ。 彼女の方が望まずとも、彼女の克(つよ)さを見せられる側が自傷に陥ってしまう。 白日の元に投げ出される、無様な自分が残るだけ。 「…………くそ」 ライダーともうひとつ考えが一致した。 この儀式の主催とやらは、悪趣味だ。魔女に聖女を送りつけるんだから間違いない。 ベッドの中で微睡みに落ちるまで、杏子の気は晴れはしなかった。 【クラス】 ライダー 【真名】 マルタ@Fate grand order 【属性】 秩序・善 【パラメーター】 筋力D 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具A+ 【クラススキル】 騎乗:A++ 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。 例外的に竜種への騎乗可能なライダーである。 対魔力:A A以下の魔術は全てキャンセル。 事実上、現代の魔術師では○○に傷をつけられない。 【保有スキル】 信仰の加護:A 一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。 加護とはいうが、最高存在からの恩恵はない。 あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。 奇跡:D 時に不可能を可能とする奇跡。固有スキル。 星の開拓者スキルに似た部分があるものの、本質的に異なるものである。 適用される物事についても異なっている。 神性:C 神霊適性を持つかどうか。 高いほどより物質的な神霊との混血とされる。 聖人として世界中で崇敬されており、神性は小宗教や古代の神を凌駕する。 水辺の聖女:C 船上で漂流し、ローヌの畔でタラスクを制したマルタは水に縁深い。 水辺を認識した時、マルタの攻撃力は上昇する。ノッてくるのである。 ヤコブの手足:B ヤコブ、モーセ、そしてマルタへと脈々と受け継がれてきた古き格闘法。極まれば大天使にさえ勝利する。 伝説によれば、これを修めたであろう聖者が、一万二千の天使を率いる『破壊の天使』を撲殺している。 通常時には機能しておらず、一部スキル、聖杖、主の教え、本人の自重、聖女としての威厳を捨てる事と引き換えにステータスを一時的に向上、 素手に手甲(ホーリーナックル)が追加、神霊、死霊、悪魔の類に対して絶大な特効状態が付与される。 【宝具】 『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』 ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2-50 最大捕捉:100人 リヴァイアサンの仔。半獣半魚の大鉄甲竜。 数多の勇者を屠ってみせた凶猛の怪物をマルタが説伏され付き従うようになった本物の竜種である。 マルタの拳も届かない硬度の甲羅を背負い、太陽に等しい灼熱を放ち、高速回転ながら飛行・突進する。 『刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)』 ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人 一時的に怪獣タラスクの甲羅を召喚し、自分や味方を守る。 味方(単体)の防御力を大幅にUPさせる、もしくは短期間の物理ダメージ無効。 『荒れ狂う哀しき竜よ(タラスク)』 ランク:A+ 種別:対人宝具・対竜宝具 レンジ:1-50 最大捕捉:1人 ヤコブの手足スキル発動中のみ使用可能。 タラスクを相手に落下させた後、その上からマルタ自身が拳のラッシュを浴びせる。まさに鉄拳聖裁。 拳には空手でいう「徹し」「寸勁」の技術が使われているためタラスクにはダメージはない―――が本体曰く実際はかなり痛いらしい。 【weapon】 『聖杖』 救世主たる『彼』から渡された十字架のついた杖。 「これを持っている時くらいは聖女らしくしてはどうか」という教えの通り、マルタの(ちょっとだけ)荒々しい面を抑える精神的リミッターの役割を兼ねている。 なお通常攻撃では、十字架に祈りを捧げる事で対象にダメージが届く。 エネルギー波等の類を射出する過程が殆どなく、目標がひとりでに炸裂、爆発する結果のみが発生している。 【人物背景】 悪竜タラスクを鎮めた、一世紀の聖女。 妹弟と共に歓待した救世主の言葉に導かれ、信仰の人となったとされる。 美しさを備え、魅力に溢れた、完璧なひと。 恐るべき怪獣をメロメロにした聖なる乙女。最後は拳で解決する武闘派聖女。 基本的に優しく清らかで、穏やかなお姉さん風の言動が多いが、親しい者の前では時折聖女でないマルタの面を見せる。 聖女以前の、町娘としてのマルタは表情と言葉が鋭くなり、活動的で勝気。……というよりヤンキー的。 どちらが素というわけではなく彼女の芯は変わらず聖女のまま。要はフィルターのオンオフの違い。 【サーヴァントとしての願い】 聖女マルタは、救世主のものならざる聖杯に何も望むことはない。 かつての時と同じく、サーヴァントとして現界しても聖女として在る。 故に、この戦争も認める事なく真っ向から反抗する。 一度道を外れたマスターが、正しき道に向かう為に。 【マスター】 佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 【マスターとしての願い】 【weapon】 分割する多節槍が主装。巨大化しての具現も出来る。 【能力・技能】 魔法少女として優れた身体能力に合わせ、魔女との戦闘経験も豊富。 防御の術も習得してるがスタイルが攻めに比重が偏ってるため防戦は不向き。 魂はソウルジェムという宝石に収められてるため、魔力さえあればどんな損傷でも回復可能。 ジェム内の濁りが溜まり心が絶望に至った時、その魂は魔女と化す。 かつては願いを反映した『幻惑』の魔法を持っていたが、過去のトラウマから願いを否定した事で使用不可になっている。 【人物背景】 キュゥべえと契約した赤い魔法少女。 好戦的。男勝りな口調。常になんらかの軽食を口にしている。 魔法少女の力ひいては願いや欲望は、自分のためにこそ使うべきとする信条。 他人を救おうとした父を助けたくて願った魔法は、父も家族も全てを燃やした。 魔女と罵りを受けた少女は自暴自棄気味に利己を優先するようになる。 だが根が善人なため堕ち切る事もできず、謳歌してるようで鬱屈した日々を送っていた。 【方針】 願いを叶えるという聖杯そのものについて懐疑的で素直に受け取る気はない。 かといって、積極的に戦う気もなく様子見するつもり。マルタの方針に同意する気は今のところ、ない。
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人はいつでも間違うもの 大切なのはそれからの ◆o.lVkW7N.A ドクンドクンドクンドクン。 鼓動が胸の奥で痛いほど大きく反響し、耳朶を潜って鼓膜に突き刺さった。 野比のび太は今、無力な、――そう余りにも無力な命を腕の中に抱え、人生最大の二択に悩まされている。 殺すか、殺さないか。 言葉にすればあんまりにも簡単で単純なその問いに、けれど彼は答えを出せずにいる。 悩んでいる。考えている。理科や算数や、難しい問題を考えるのは大の苦手なこの眼鏡の少年が。 彼は複雑なことを考えるのが嫌いだった。重要な選択を自分で選び取ることも、不得手だった。 テストのときはいつだって、秘密道具に頼るか、六角鉛筆を転がして出た目の通りにマスを埋めるか、だ。 そうやって、いつもいつものんびりだらだらと結論を先延ばしにして生きてきた。今までは。 けれどこの問題は、自分で答えを掴み取らなければならない類のものだ。 どちらを選ぶにせよ、決めるのは自分自身。誰かに決めてもらうことも、適当な何かに任せることも出来ない。 ……頭が、痛い。 もともと頭を使うのは不得意なほうだ。考え込むと、すぐに頭痛を起こす。 じんじんと側頭部を苛む重い偏頭痛は、更に思考を裁断し、分断する。まさに悪循環。 焦るな、慎重になれ、KOOLになるんだ。氷のようなKOOLさこそが、今は必要なんだ! のび太は自分にそう言い聞かせ、伸ばした指先で頭をがしがしと掻き毟る。 そう暑くも無いのに汗がやたらと流れ落ち、背中をべたつかせて気分が悪い。 おまけに、さっきから目の前を飛び交っている薮蚊の羽音が妙に耳障りだ。苛立ちが膨らむ。 口腔内に纏わりついている粘っこい唾液を、空気の塊とともに無理やりごくんと飲み込む。 けれど口中のべっとりとした不快さは拭いきれず、のび太は舌打ちしてランドセルの中を漁った。 蓋を開けるのももどかしい、といった手つきでペットボトルを取り出して、中の水を一気に流し込む。 ボトルの中身は既に随分と生温くなっていたものの、喉を潤すには十分だった。 いや、十分なんてものではない。リリスから走って逃れ、裏山中を駆け回ったのび太は、本人が感じている以上に疲労していたのだ。 乾いた身体に染み込んでいく水分は、ただの飲料水どころか甘露のようだった。 スネ夫のうちでおやつに出されるアイスクリーム入りのメロンソーダだって、きっとこんなに美味しくはないだろう。 ごっくごっくと喉を鳴らしボトルの半分近くを飲み干して、漸くのび太はほっと人心地をつく。 「た~た~」 泣き声交じりにズボンの裾を引っ張られ、すっかり頭から抜けていたひまわりのことを思い出す。 声のした先に視線をやれば、ひまわりは「じぶんにもくれ」と言いたげに口をぷぅっと膨らませていた。 恐らくひまわりも喉が渇いているのだろう。 彼の手にあるペットボトルを羨ましそうに見上げて、両手をばたばたと振り上げている。 「だ、駄目だよ。これ、僕んなんだからね!!」 正確にはのび太本人の物ではなく、グリーンから譲ってもらった品なのだが構わない。 ひまわりの届かない高さまでペットボトルを持ち上げると、幼児相手に舌を出してあっかんべーをしてみせる。 「絶対に駄~目っ!!」 「あうーっ」 その仕草に癇癪玉が爆発したかのように怒って、ひまわりは尚も手足を振り上げた。 紅葉のように小さな掌でぱたぱたとのび太の腿を叩くものの、当の相手はどこ吹く風だ。 だが、ひまわりはそれしきのことで諦めるほどやわな赤ん坊ではない。 一見普通の健康優良児にしか見えない彼女は、実の所、家族ともども何度も世界を救っているスーパーな赤ちゃんなのだ。 そんな彼女にとって運動音痴の小学五年生など、そうそう手強い相手ではなかった。 「た~、ううっ!」 ひまわりはのび太にちょこちょこと近付くと、グラブから出ている指先で器用に彼のシャツを鷲掴んだ。 コアラのようにぎゅっと抱きつき、全身を芋虫さながらに蠕動させてのび太の身体をよじ登る。 突然の行動に驚いた彼が振り払おうとするも、しがみ付く腕力は予想以上に強く、容易には引き剥がせない。 そのまま虚をついて短い両手を精一杯に伸ばし、のび太の掲げているボトルを奪い取る。 突然のことに目を白黒させている相手を無視して、まだ蓋が開けっ放しだったそれを身体ごと両手で抱え込んだ。 とはいえ対するのび太も流石に、幼児にやられっぱなしで平気なほど鈍い人間ではない。 慌てて立ち上がり、ひまわりの手には少々余るサイズのボトルを再びひったくり返す。 う~う~唸っているひまわりには構わず念入りに硬く蓋を閉め、ランドセルの奥底へボトルを放り入れた。 「あげないよ!」 「あぅあ~っ!!」 「うるさいな、駄目だって言ってるだろっ!」 ひまわりへ叫ぶのび太の言葉の端々に、先刻同様苛立ちが見え隠れし始める。 先ほどは先延ばしにしていた答えを選択するときが、ついにやってきたのかもしれない。 顔を真っ赤にして怒気を含んだ台詞を放ちながら、彼は苛々とひまわりを見据えて再び自問自答する。 殺すか、殺さないか。 目の前には、軟語を喚きながらぶんぶんと両腕を回して自己主張する、ひまわりがいる。 何の役にも立たない、自分一人では身を守ることすら不可能な、小さくて柔らかい命の塊。 それでもこの殺し合いの中では確かな参加者として一人前に扱われ、殺せば『ご褒美』へと一歩近付ける命の塊。 のび太は眼前のひまわりと視線を合わせ、ごくりと固唾を飲み込んだ。 さっき水でべたつきを洗い流したばかりの筈なのに喉は苦しく、やたら痰が引っかかった。 胸元に手を当て、とくとくと鳴り響く鼓動のうるささを抑え込む。 ぴんと張り詰めた静寂の中、その音は実際以上に大きく聞こえていた。 ……赤ちゃんなんて、大っ嫌いだ。 うるさいし、わがままばーっかりだし、自分じゃ何にもできない足手纏いだし。 今も僕の大切な水を取ろうとしたし、これからだってきっとこの子がいたら邪魔になるはずだ。 のび太は自分自身にそう言い聞かせる。 おそらく彼の中で、答えはもう決まっているのだ。二者のどちらを選ぶのか、その回答が。 だから後は無理やりに、そのゴールへ繋がる道筋を、結果へ繋がる過程を考えているだけ。 「それに、……それにこれ以上泣かれたら、僕まで誰か怖い相手に見つかっちゃうかもしれないし。 ひまわりがいたら、走って逃げることだってできないし。だから……、だから今僕がここで殺してやる!!」 のび太は眼下のひまわりをねめつけて宣言すると、肺の奥深くまで大きく酸素を取り込んだ。 心を落ち着かせるため、二度三度とゆっくり深呼吸を重ねる。 恐怖で震える指先を伸ばし、傍らに落ちていた手頃なサイズの石を拾い上げた。 振り上げたときにすっぽ抜けないよう強く握り締めると、ゴツゴツした感触が掌全体を襲う。 尖った底部が掌中に食い込み、刺すような痛みがした。その鈍痛に、のび太はふと考える。 ……これだけでこんなに痛いんじゃ、一体殴ったらどのくらい痛いんだろう。 きっと、ジャイアンの拳骨より痛いよね。ママにお仕置きでお尻を叩かれるのよりも痛いよね。 落とし穴に落ちるのより、ラジコンで小突かれるのより、ずっとずっとずっと痛いよね。苦しいよね。 そう分かってはいても、今ののび太に自身の行いを止めるすべは無かった。 のび太は手にした石塊を振り上げ、未だあうあう呟いているひまわりに狙いを定めた。 外すことなど、到底ありえない距離だ。おまけに相手はただの赤ん坊。 しくじることの方が難しかった。否、その筈だった。 しかしのび太の予想に反し、彼の振りかぶった石がひまわりの頭部へと到達することは無かった。 幼児の脳天めがけて振り下ろされたその石は、瞬間、彼女の周囲に発生した力場によって遮られ、破砕した。 ひまわりはなにも、考えて回避行動をとったわけではない。 ただ本能的な恐れを感じて、両の握り拳で頭を庇っただけに過ぎない。 だが握り締めた拳は特殊な技術により力となって具現化され、そこに現出したのだ。 ――巨大な盾と同等の力を誇る、素晴らしく堅牢な防御壁として。 ひまわりの装着している手袋は、ただの手袋ではない。 ガードグラブと名付けられたそれは、握り締めるだけで強固な力場を作り出し盾代わりの役目を果たす代物だ。 使用法も使用意図も、実に単純にして明快。だがそれ故、乳児のひまわりにも感覚的に使いこなせる! 「た~っ!!」 ひまわりは周囲の力場を継続させたまま、高速のはいはいでのび太へと突進した。 身を守る、という概念くらい乳児にだって存在する。 むしろ言葉も喋れないような幼子のほうが、他者から放たれる悪意には敏感だ。 ひまわりは、のび太の全身を覆っている殺気にしっかり反応し、そして判断した。『このおにいさんは敵だ』と。 だからひまわりは反撃に転じた。 ――拳を、一段強く固める。 己の一撃を防御されたのび太は、未だ驚愕から覚めやらない。あまりの驚きで、呆気に取られていた。 ずんずんと接近してくるひまわりに対処することもできず、その場に立ち尽くすままだ。 その間にひまわりは容赦なくのび太の股座に突っ込むと、脛を狙ってグラブの嵌められた両手を叩きつけた。 単なる赤子の一撃と甘く見てはいけない。周辺に力場を纏わせた拳は、破壊力に長けた十分な戦闘武器だ。 最高の守備は最高の攻撃だ、という言葉がある。だとするなら、最強の盾はある意味で最強の矛だ。 強力な力場を備えたひまわりの両拳もまた、それそのものが一対の矛に匹敵する威力を備えていた。 足元を崩され、のび太の身体が後方へぐらりと大きく傾ぐ。その隙を無駄にせず、ひまわりは更に二打、三打と追撃。 のび太は足を踏ん張ってその衝撃に耐えようとするものの、時を空けずに繰り出される数度の打撃は堪え切れるものではない 膝がすとんと地面へ向けて引っ張られるのを感じると同時に、彼は背中から草の間へ激しく倒れ込んだ。 「くそっ……、何で赤ちゃんなんかに……」 のび太は苛立ちに顔を歪め、足に力を込めてよろよろと立ち上がる。 辺りに散乱している小石を掴んでかき集め、めったやたらにひまわりへと投げつけた。 しかし相手は、何の労苦もなくこれを全弾回避。 その行動がますます頭へ血を上らせ、のび太は大股でひまわりへ走り寄ろうとする。 血走った目でひまわりを見据えるその顔は、まさに子供を追い詰める悪役といった感じだ。 迫るのび太の鬼気迫る表情に、だがひまわりは怯えることなく果敢に対応する。 タイミングを見計らい、走る相手の脚の間を得意のはいはいですり抜ける。 まるで冗談のような綺麗さで股を潜り抜けると、くるりと片腕を軸にして真反対に方向転換。 目の前にある大きな背中を押し倒すようにして、背後から再びガードグラブでの殴打を与える。 確かな手ごたえを感じ、ひまわりはほっと息を吐いた。 自身の前進する勢いに背中を押された衝撃が加わり、のび太はまたしても地面へつんのめった。 同時に、先ほどのび太自身がばら撒いた石に足を取られ、ごろごろと地面を転がる。 バランスを崩し、完全に仰向けになった身体を起こそうと、のび太が身を捩じらせる。 しかしひまわりはそれに目もくれず、今のうちにと急いでその場を走り去った。 何もひまわりだって、のび太の息の根を止めたいわけではないのだ。 ただ自分の安全が確保できれば、この場から逃げ出せればそれでよい。 ひまわりは、一秒でも早くグリーンの元へ戻りたいという焦燥を胸に、できる限りのスピードで地面を這った。 ……もっとも、「してやったり」という達成感が全く無かったと言えば、嘘になるが。 土が黄色のベビー服をあちこち汚し、突き出している小枝や草葉がチクチクと手指を刺す。 汚いし、痛い。お漏らししたまま替えてもらっていないオムツも、むずむずして気持ち悪い。 けれどひまわりはそんなことに構っている余裕などなかった。 手足を這い動かし黙々と、グリーンと別れた森林部を目指す。 (おにいさん、どこ……?) 求める相手が、いまや別の女にメロメロなことを、ひまわりはまだ知らない。 彼女のためなら死んでもいいと、殺しても殺されてもいいとすら思っていることを、ひまわりはまだ知らない。 きっとその事実を知れば、彼女は泣き喚くことだろう。――――悲しみで? いいや、嫉妬で。 何せ、どんなに幼くとも彼女は一人前のレディーなのだから。ジェラシーを感じて、当然だ。 * * * イエローが手を組んだので、リルルも同様に手を組んだ。 イエローが目を瞑ったので、リルルも同様に目を瞑った。 イエローが「おやすみなさい」と呟いたので、リルルも同様に「おやすみなさい」と呟いた。 イエローに強制的に服を着させられた後、(リルルは必要ないと言い張ったが、イエローに怒られて仕方なく袖を通した) レッドの埋葬を手伝ったリルルは、今、彼のために祈っていた。 リルルにも、『祈る』という概念はあった。神や天国、天使の存在を信じてすらいた。 メカトピアにも宗教はある。神は強欲で我侭な人間をお見捨てになり、アムとイムという始祖のロボットを作られたのだ。 神は人間の代わりに天国のような世界を創るよう、自身の作ったロボットに命令なさった。 ――それから数万年の時が経ち、ロボットは確かに天国のような世界を築き上げた。 支配する者もされる者もいない、貴族ロボットも奴隷ロボットもない、夢のように平和な世界だ。 すべてのロボットは平等だ。世界ロボット権宣言でもそれは語られ、広く承認されている。 曰く、『すべてのロボットは、作られながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である』と。 なんて素晴らしい、ロボット社会。欲にまみれ互いに殺し合ってばかりの人間とは、天と地ほどの格差がある。 人間は、ロボットのために奉仕するべきであり、労働するべきであり、支配されるべきだ。 だって彼らはロボットの道具であって、 ロボットが人間を自由にする行為は悪いことではない筈で。 ……その筈なのに、ほんの少し前まで確信していた想いが揺らぐ。 人間には『こころ』があると言う。『人を思いやる気持ち』があるのだと。 ……『こころ』とは何なのだろう。それは、そんなにも素晴らしいものなのか。人間だけに備わっているのだろうか。 『こころ』を有する人間は、ロボットよりも優れた存在なのだろうか? 自身の脳裏を過ぎるその考えを、一概にただのエラーだと切り捨てられない。 桜の下で交わしたサトシとの会話を、先ほど自分を癒そうとした少女の呟きを思い出す。 彼らには、他者の痛みを感じそれを想うことのできる精神があった。 けれど、人間にそんな感情が備わっているだなんて、リルルには疑わしい。そんなの聞いたことも、考えたこともなかった。 何故ならそれらは、メカトピアでは教えられることのなかった知識だからだ。 ロボットこそが万物の長であり、絶対的な君主であるとの思想が当然のこととしてまかり通る祖国。 そこで徹底的に植え付けられた人間への不信感や優越感。 だがリルルの思考回路に錆のようにこびり付いたそれらの常識は、今や少しずつ剥がれ出していた。 それが良い兆候なのか悪い兆候なのかも分からず、リルルは少し恐くなった。 彼女は瞳を開き、隣で膝を折る少女をちらりと横目で確認する。 粛々とした空気を纏わせた彼女は、その視線に反応するかのように両の目蓋を持ち上げる。 僅かにしっとりと濡れた長い睫毛が、呼応するように軽く揺れた。 「ありがとう、……きっと、レッドさんも喜んでくれるよ」 リルルはその言葉に無言で小首を頷かせ、肯定の意を示す。そんな自分の反応が、彼女には不思議だった。 きっとこの殺し合いが始まった当初の彼女なら、『喜ぶ? 彼はもうモノでしかないのに』とでも答えていたことだろう。 けれど今のリルルは、どうしてかその台詞を口にすることが出来なかった。 彼女は今まさに自分に訪れている変化に戸惑いを隠せず、その正直な気持ちの丈をイエローにぶつけた。 「私、自分の中の知識が信じられなくなりそう」 「……どうして?」 「人間は強欲で残忍で身勝手な生物だって、私、ずっと教えられて生きてきたわ。だからこそ、奴隷になっても仕方がないって。 ……でも、私が今まで会った人間は皆、そんな性格には思えないの。のび太さんやサトシさん、それにあなたも。 ねえ、教えてちょうだい。一体、どっちが人間の本当の姿なの? 何が真実なの?」 そう言ったリルルの声は、切実だった。彼女は、まるで縋るようにイエローを見つめて尋ねる。 その視線に射竦められ、イエローもまた、胸から搾り出したように困惑した声で答えた。 「……確かに人間は、我侭だったり欲張りだったりすることもあるよ。 ポケモンをお金儲けのために使ったり、自分の気晴らしのために虐めたりするような酷い人も、中にはいる。 だから、キミが今まで教えられてきたことは多分、そんなに間違ってないと思う。 だけど……、そうじゃない人だって、いっぱいいっぱいいるんだ。 優しくて、あったかくて、誰かのために自分を犠牲にできるような人も、いっぱいいっぱいいるんだよ」 イエローは、自分自身に言い聞かせるように語る。 強欲だったり、残忍だったり、身勝手だったり。そういう人がたくさん存在することを、イエローは知っている。 それでも決して、全ての人間がそうな訳ではない。世界にはきっと、純粋な人も大勢いる。 この殺戮の舞台の中で、後者に当てはまる人間がどれだけいるのか、イエローには判断できない。 もしかしたらほんの数人しか、そんなお人よしはこの場にいないのかもしれない。 軽々しく『人間は皆、善良だ』なんてことは到底言えない。けれどせめて、目の前の彼女には知っていてほしい。 「そういう人が、人間の中には、確かにいるよ」 無力な者の庇護と友人の無事を願って死んでいった、優しい城戸丈のような人。 己の危険も顧みずイエローを戦場から逃がした、強いベルカナのような人。 そんな彼らの存在を、彼女には知っていてほしい。 そして、もし出来るなら――――。 「そして、もしキミがそんな人間に逢えたなら、まずはその人と友達になってみてほしい。 その人と色々話して、付き合ってみて、人間がそう悪いものじゃないって、分かってほしいんだ」 「友達……」 リルルは、イエローの言葉を完全に理解してはいないのかもしれなかった。 彼女が反復した『友達』という単語は、まるで片仮名で書かれた『トモダチ』という別の言葉のように、イエローには聞こえた。 「うん、『友達』。友達っていうのは、うーん……。そう、相手のために、泣いてくれる人、かな」 「私のために、泣いてくれる……? それが、友達の定義なの?」 「定義だなんて、そんな難しいことじゃないよ。ただ、今ボクが思いついただけだから」 「そう……」 リルルは、イエローに語られた内容について考え込んでいるようだった。 表情そのものに大きな変化は無かったが、前髪で見え隠れる眉間に少しだけ皺が寄っている。 その様子に「これでよかったのかな?」と思いながら、イエローは彼女へ告げた。 「ボク、あの子のお墓を作りに行くよ」 「……さっきあなたが言っていた、あなたが壊してしまった相手?」 「うん」 イエローは、心に苦しいものを覚えながらも、真っ直ぐな瞳で肯定する。 自分の罪から目を逸らしてはいけないと思った。見なかったことにして進んでは、いけないと思った。 それに真っ向から向かい合うことが、彼女へのせめてもの償いになるのだろうと。 その言葉にリルルはしばし思案すると、イエローを伺うような声音でぽつりと漏らした。 「……私も、ついて行っていいかしら」 * * * 拾った太い枝を地面に突き刺して、ざくざくと深い穴を掘った。 ろくな道具もなしに人一人入れるだけの穴を独力で堀り上げるのは、なかなかの重労働だ。 ネスは垂れ落ちる汗を掌で拭いながら、それでも一人、無言で墓を掘っていた。 自分に出来ることは限られていた。絶対の信頼を寄せていたPSIも、今はまともに作用しない。 己の腕の中で徐々に弱っていく少女の前で、彼は、何一つ彼女にしてやれなかったのだ。 「僕は、何も出来なかった」 そう口中で呟いて、重い息を吐いた。それは決して、疲労だけのせいではなかった 自身の無力さに嫌気がさす。その苛立ちをぶつけるように、手にした枝を力一杯大地に突き刺した。 垂直に突き立てられたそれを目の端に留めながら、ネスは先刻見た彼女の最期を思い出す。 「……白い女の子……、あたしの大事なひとのカタキ……」そう言葉を遺して、彼女は逝った。 そして切れ切れな声で、自分を見上げ縋るように頼んだ。「おねがい、やっつけて」と。 自分が彼女にしてあげられたことは、ひとつも無かった。けれど、これから『してあげられる』ことはある。 ネスは、決意していた。彼女の仇を打とうと。 自分と彼女は本来友人でも何でもなく、ただ偶然死に際に居合わせただけの関係だ。 けれどそれはネスにとって、『ただそれだけ』と冷静に割り切れるようなものではなかった。 だから彼は、その行為の実行を心に決める。 自分の目の前で死んでいった少女の、せめて最期の望みを果たしてやりたいと、そう思った。 手がかりは、ゼロに等しい。そもそも『白い女の子』の指す意味が、よく分からない。 肌が? 髪が? 服が? 一体何が『白い』のか、どう『白い』のか、彼女の末期の言葉に、ヒントは皆無。 そもそもこの広い島のどこにいるかも不明なその『彼女』と、どうすれば遭遇できるのだろう。 少女の願いを叶えることの難関さ、クリアしなければならない課題の多さを改めて感じる。 問題は、今もって全くのところ山積みだった。 「だけど、きっとやってみせる。……せめて一つくらい、君に何かしてあげたいから」 ネスは傍らに横たわっている少女に視線を移し、そう口にした。 当然ながら返事などしない彼女に「きっとだよ」と念を押して、彼は墓穴掘りを再開した。 漸く形だけは何とかなった穴の中へ少女の遺体を安置しようと、脇の間に手を入れて抱きかかえる。 自分と同じくらいの体格をしている筈の彼女の体は何だかやたら軽くて、きっと魂が抜けてしまったからだろうなと思った。 ネスは掘り終わったばかりの土穴に彼女を横たえようとして、しかしふとその手を止めた。 腕の中の彼女と、目が合った気がしたからだった。どくん、と心臓の音が大きくなる。 こちらを見上げる少女の瞳に恨みがましいところは無く、死者の怨念のようなおどろおどろしいものは感じなかった。 どちらかといえば彼女は、眠っているように穏やかな表情でネスに語りかけている風に見えた。 その視線から瞳を逸らすことなく、想いをしっかと受け取る。無言で頷いて、指先に力を込めた。 * * * 「……構わないけれど、どうして?」 「理由なんて、分からないわ」 リルルは、そういえばさっきも同じ台詞を言った気がするな、と思いながらそう告げた。 実際、理由なんて自分でもよく分かっていなかった。しいて挙げるなら、彼女に対して興味を持ったのだ。 彼女にとって、先ほどのイエローの言葉は衝撃的だった。 人間の過ちを認め、弱い部分を認めたうえで、それでもなお、良い人間はいるのだと彼女は言った。 それはサトシさんやのび太さんのことなのだろうか。或いは、この眼前の少女自身がそうなのだろうか。 リルルはそれを見極めたかった。彼女に同行することで、人間のことをより深く理解したかった。 「いいよ、一緒に行こう。ボクはイエロー。……キミは?」 「……私は、リルル」 「リルルさん、だね」 歩き出したイエローに続こうとして、リルルはそこで今更ながら大切なことを思い出し、「あっ」と声を上げた。 イエローばかりに気を取られていたせいで、元々行動サンプルにする予定だったあの少女のことを、すっかり忘却していたのだ。 リルルは慌てて木々の間を抜け、少女を寝かせた筈の茂みへと戻る。 しかしそこはもぬけの殻で、彼女は思わず落胆に肩を落とした。 僅かに遅れて到着したイエローが、「どうしたの?」と荒い息で尋ねる。 「ここに女の子を寝かせておいたの。でも、もういなくなってしまったみたい」 「いなく……? じゃあ、その人のこと探さなくちゃ」 「いいえ、いいの」 リルルは首を横に振り、イエローの提案を切り捨てる。 それは合理的で機械的な判断のように思えたが、口にする少女の表情は、少しばかり悲しそうにも見えた。 「あの子はきっと、私ともう一度会いたいとは思っていなもの。だから、いいの」 リルルは俯きがちにそう告げると、イエローに口を挟ませる間もなく「さあ、行きましょう」と促した。 それは快活な口ぶりだったが、無理やり元気を出そうとしているように、不思議にもイエローには聞こえた。 * * * 息が苦しい。吸っても吸っても必要な酸素が足りなくて、全身が悲鳴を上げる。 ククリは一人、森の中を逃走していた。背後をちらちらと伺い、あの少女が追いかけてこないことを確認する。 振り返った先には兎一匹おらず、ただ森閑とした森が広がっているだけだ。 しんと静まり返った森の中、そのことに安堵の息を漏らしながらも、ククリは自分の弱さに胸を痛くする。 ……また、私は逃げ出してしまった。 ゴン君のことを勝手に勘違いして、怖がって、逃げてきてしまったときと同じように。 ククリはそんな自分が許せなかった。同じ過ちを繰り返している気がして、悲しかった。 自分がとてつもない卑怯者に感じられて、擦り傷でも出来たみたいに胸がじんじんと痛んだ。 そう。ゴン君の時だって、きちんと話をすれば、きっと誤解することなんてなかったのに。 ゴン君は優しくて勇気がある人で、私を逃がすためにあの女の子と戦ってくれた。 そんないい人だったのに、私はろくに話も聞かずにゴン君を悪い人だって決め付けて、そしてすぐに逃げ出してしまった。 ……本当に私は、なんて自分勝手なお馬鹿さんなんだろう。 ククリは、草陰から盗み聞いていた会話を思い出す。 あの会話を聞いたとき、本当はあの人も、そんなに悪い人でないのかもしれないと思った。 だから本当は、彼女の元に姿を現して、ちゃんと話を聞いてみたかった。 ――でもククリにとってそれは、やっぱりとても勇気がいることだった。 血塗れで自分の前に現れた彼女。 平気な顔して「自分が殺した」と口にした彼女。 そして自分を電撃で気絶させ、連れまわそうとした彼女。 そんな相手を簡単に信用するなんて、怯えるククリには到底出来なかった。 「勇者さまなら、きっと逃げたりしなかったよね」 恋する相手の、きりりと整った涼やかな横顔を脳裏に浮かべる。 彼ならきっとあの女の子に対しても、いつもどおり平気な顔して接するのだろう。 もしかしたら「ふむ、なかなか刺激的な格好だな。してスリーサイズは~」なんてことまで尋ねかねない。 偏見とか思い込みとか、そういうものが勇者さまにはないから。 彼にとって女の子は皆ただ女の子でしかなくて、それがどんな種族かなんて関係ないのだろう。 人間だろうがロボットだろうが、吸血鬼だろうが夢魔だろうが魔砲少女だろうが、勇者さまの前では一緒なんだ。 普段ぼんやりしているようにも思える彼の、そういうところがククリは好きだった。 勿論、「他の女の子ばっかり気にしてないで」って嫉妬したくなることもしょっちゅうだけど。 けれどそれでもククリは、そういうところをひっくるめて彼のことが大好きだった。 「……勇者さま」 会いたいな、と思った。口に出したら余計にその思いが強くなって、ククリはぎゅっと拳を結んだ。 手にしていた杖を握り締め、彼女は心中の彼をひたすらに想う。 勇者さまならきっと、こんな殺し合いの中でも普段と変わらずにいてくれるだろう。 そう、予感があった。いや、それは予感などといった曖昧なものでなく、確信だった。 すぐにでも逢いたい。そう願うククリの心は、ガサガサと音の鳴る前方の茂みに、現実へと引き戻された。 最初は、あの女の子が追いかけてきたのかと思った。こんなところでぐずぐずしている間に追いつかれてしまったのだと。 でも、もしそうならどうして後ろじゃなくて前から足音がするのだろう。 先回りされた? まさか、流石にそれはないはず……。 そこまで考えてククリは、もしかして、と胸を跳ね上がらせる。 そんな偶然あるわけがないと理性が告げる。それが当然だと、ククリだって分かっている。 「噂をすれば影」だなんて単なる諺に過ぎないし、こんなギャグ漫画みたいなタイミングで再会できるなんてわけはないと。 そう理解していても、期待せずにはいられない。 ドキドキと鼓動を弾ませてそちらへ目をやると、なぜか足元の草だけが左右に揺れ動いた。 だがその上方に、人影はない。草を分ける足音だけが、こちらに少しずつ近づいてくる。 「ゆゆゆ幽霊……っ?」 ククリは恐れ戦き、右回りしてその場を離れようかと一歩踏み出した。 しかし瞬間、呼応するように聞こえた声に思わずその足が止まる。 「た~、た~」 …………それは、誰がどう聞いても幽霊の呻き声ではなく。 まだ生まれて間もないような、幼い赤ん坊の声だった。 後編へ
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斑目晴信の憂鬱 【投稿日 2006/07/08】 カテゴリー-その他 管理人注 これは『荻ラヴ』発祥のげんしけんセカンドジェネレーション 『双子症候群』の設定を基にしたSSです。 ○前兆 用務員室は平穏そのものであった。この空間だけは世界紛争とも世間の喧騒とも無縁である。彼は、この部屋の主の斑目は、かつて学生時代に友と共有した時間と空間を思い出した。 そしてその時代に似たこの時間と空間を彼は愛した。 この平穏がいつまでも続きますようにと天に祈った。といって彼は孤独では無かった。時折訪れる来訪者が彼を和ませてくれる。今日もいつもの客がここに来ていた。 「それは大変だったね、春奈ちゃん。」と斑目はいつものようにコーヒーを客人に差し出しながら言った。 「あ、ありがとう。ホント何が何だかさっぱり分かんない。斑目おじさんが言ってた事が本当みたいに思えてきちゃうよ。」と春奈はコーヒーのマグカップを受け取りながらぼやいた。 「でもその子はもう危険じゃないんでしょ?」 「まあねー。すっかり気性も穏やかになって、ぬぬ子に危害が及ばない限りは無害そのもの!つうかもう信者だよね。ぬぬ子に言われたら素直に大人しく離れて見守っているし。」 「斑目おじさん!このお菓子もらい!」と千里がお菓子に飛びついた。 「今日は珍しく、まりちゃんと一緒じゃないんだね。」 「うん。まりと千佳子とぬぬ子ちゃんはヤオイ系の同人誌の新発売だとか言って、いそいそと先に帰っていったよ。何が良いんだか、さっぱり。」と千里が言うと 「ホント、それは同意。よく分からん。」と春奈は頷いた。 「何、発売日?それは本当?しまった!」とスーが叫んだ。 「スー先生はまだ勤務中でしょう。それにここで油売っていていいんですか?本当だったら学習計画とか仕事がいっぱいあるんじゃないんですか?」 普通の中学の教師が多忙なのは他の先生の様子を見れば分かった。 だがスーはケロッとして言った。 「もう終わった。完璧。」 「え?まさかそんな!」斑目は信じがたい表情を浮かべたが、スーならありうると思った。スーだけは未だに底がしれない。 「じゃあたしたちそろそろ帰るね!」そう言って二人はたったか駆け足で用務員室を出てった。 その背中に斑目は声をかけて言った。 「おう、気をつけてな。」 子供たちが帰ってから斑目はスーに向かって、咳払いしながら聞いた。 「ゴッゴホゴホ、とっところで・・・アンは・・・いやアンジェラ・バートンさんはお元気ですか?」 「アン?もちろん元気だよ。子供と一緒に暮らしてるよ。」 「そっそう、結婚してたんだね。幸せそうで良かった。」 「結婚してないよ。」 「へ?」 「シングル・マザーだよ。双子たちより一つ上くらいの男の子と暮らしてる。」 「え?その頃って確か・・・。」 斑目は指を折って数え始めた。 (そんなはずはない。あの頃は・・・。) 「来日してるよ。」 「なっなんだって!」 斑目は『過去』が追いかけて、自分を捕まえる、そんな気がして目の前が暗くなる気がした。 ○事件 次の日、いつものように自分の仕事を終わらしてから、放課後いつもの面々が来るのを斑目は待った。 ところがその日に限って誰も来なかった。まあ、こんな日もあるさと、斑目は勤務時間が終わったのを見計らって帰宅の準備に入った。その時、携帯の着信が入った。 誰だろう、『あいつら』からの飲みの誘いかなと、ディスプレイを見ると、万理からだった。 珍しいこともあるもんだと電話に出た。 「やあ、まりちゃん、今日はどうしたの?」 「・・・・・おじさん・・・。」 打ち沈んだ声の様子に、尋常じゃない何かが起きていると斑目はすぐに察した。 「どっどうした?」 「大変な事が起きたの!!スー先生の家に・・・詳しくは電話じゃ・・・。」 「わっ分かった!」 斑目は通勤用の自家用車で大急ぎでスーの家に向かった。スーの家は学校から提供された賃貸契約マンションで、学校のすぐ近くにあった。 斑目はマンションのエレベーターから急いで降りて、スーの部屋の扉を開けた。 そこには、十数年ぶりで見る女性の姿が見えた。アンジェラだった。 ○発端 「・・・ア・・・ン・・・。」斑目はかすれた声を絞り出してやっとの事でそれだけ言えた。 「お久しぶり。」クスクスと笑いながらそう言った。 「何故君がここに・・・。」 「本当は大野の所に世話になってたんだけど、今回の件があったから。詳しくはこの人たちから聞いて。」 アンジェラの背後には、スーと万理、千佳子、そしてぬぬ子がいた。そしてそのわきには見知らぬ少年が立っていた。 碧眼金髪でスポーツマンタイプの、短く髪を刈り込んだ精悍な少年だった。 そして彼は斑目をキッと憎しみのこもった目で見ていた。 (まさか・・・) だが、今は事情を聞く方が先だと思い、スーの方を向いた。 「いったい・・・。」 だがスーよりも万理の方が先に口を開いた。 「ちさと春奈が誘拐されちゃったの!!」 「ええ!!」 「そう・・・それでここに来てもらったの・・・。」とスーは言った。 「どういう・・・」 「昨日の夕方、二人は下校途中に営利誘拐されたの。正確には春奈が標的で、ちさは巻き込まれたんだけど。」 斑目は呆然としながら聞いた。 「最近、彼女のお母さんの事業、有名になってきたからね・・・。それで警察がすでに介入して報道規制体制に入ってるの。」 「俺も何とかしたいが、だが警察が動いている状況で俺たちに出来ることがあるのか?」 「もっともな意見です。まりちゃんがその答えを持ってます。」 とスーは万理の方を向いた。 「あたし微かだけど、ちさの声が聞こえるの!急に聞こえるようになったの! 誰も信じてくれないんだけど!」 万理は叫んだ。 「そっそんなことが・・・、いや双子の不思議な話はよく聞くし、信じるよ!」 「それがあなたを呼んだ理由です。この子のいう事を無条件で信じられる人。そして自由に行動できる人。警察に言っても捜査の混乱になるだけです。」 「俺に何が・・・。」斑目は困惑の表情で尋ねた。 「万理は被害者の身内で警察の保護下にあり、自由に動けません。学校を長期で休むための相談という方便で今日は来てもらったに過ぎません。」 とスーは普段の様子とは一変した口調で話しつづけた。 「そして犯人も関係者の身辺を監視している可能性もあります。すでに複数犯ということは判明してます。」 スーは大きく一息ついてから言った。 「あなたに二人を救ってもらいます。」 ○再会 呆然としている斑目をそっちのけにスーは段取りをキビキビと進めた。 「ではまりちゃんは今日は帰ってもらいます。連絡はこの盗聴防止の特殊な携帯を渡して、ちさちゃんの状況を私たちに連絡します。その情報を元に私たちが監禁先を分析します。」 ここでスーに代わってアンジェラが口を開いた。 「つまりここが二人の救出本部となるわけね。そしてその分析を元に活動してもらうのがあなた。関係者に無関係で怪しまれず自由に行動できますから。」 ぬぬ子が叫んだ。 「わたしも手伝います!!」 「それは助かります。」アンジェラは微笑みながら言った。 「わっわたしも!!」と千佳子も叫んだがスーが制した。 「駄目です。あなたは関係者に近すぎる。監視されている危険があります。」 「どっどっちも駄目だよ!!中学生に危険な真似は!!」と斑目は叫んだ。 「あら?ヌヌコは戦力じゃなくて?そしてもう一人助っ人をあなたに付けます。」 アンジェラはそう言って少年の方を向いた。 「彼の名はアレクサンダー。アレックと呼んで下さい。彼は役に立ちます。」 斑目が少年の方を向くと、少年はプイッと顔を背けた。 万理は体を震わせて、大きな目に涙をいっぱいためて言った。 「ちさが・・・ちさがいなくなったら・・・わたし・・・わたし・・・」 斑目はかける言葉も見つからなかった。産まれた時からずっと一緒だったのだ。二人の絆は計り知れない。 「解散します。万理と千佳子、そしてぬぬ子ちゃんを送ります。アレックも付いて来て。」 スーと皆は部屋からぞろぞろ出て行った。そしてアレックは退出際に斑目に言った。 「認めない。」 部屋には斑目とアンジェラだけが取り残された。気まずい沈黙の後、斑目は重い口を開いた。 「久しぶり・・・。元気そうで・・・。」 「ええ、あなたも。」とアンジェラはにっこりと笑って答えた。 「君は変わらない。綺麗なままだね。」 「あら?お世辞が言えるようになったのね?でもスーとは違うわ。それ相応に年を取ったわ。」 「そんなことは無い。」 斑目は目の前のアンジェラを見てそう答えた。実際、それなりに年月を感じさせてはいたが、むしろ年相応の艶やかさを身につけていた。 「ありがとう。でも、やっぱりスーとは違うわ。彼女は『特別』だから。『メトセラ』ですから。」 「えっ?」 「あなたは知らなくて良いの。」 「・・・すまなかった。あの子はまさか・・・。」斑目は恐る恐る尋ねた。 「そうよ、あなたの息子よ。気にしなくていいの。あなたが逃げたのは仕様が無い事。わたしが自分の意志で決めた事。」 「・・・やっぱり彼をなおさら危険な事に巻き込んでは・・・」 「彼は大丈夫。ヌヌコの事は聞いてる。彼女は必要だわ。そして彼女を守るには正直あなたは頼りないし。」クスクスと笑いながら言った。 「そっそうだよな。」斑目は顔を赤らめて答えた。 「そうじゃないのよ。あなたは自分が考えている以上に人に必要にされているのよ。あなたはあなたにしかない力がある。」 「おっ俺にも特殊な力が?」 アンジェラは首を振って答えた。 「いいえ、あなたはいたって普通。凡庸。いずれその意味がわかります。そして、ヌヌコ・・・。彼女こそわたしの研究の結晶みたいなものだわ!!」 「一体、彼女の力って・・・?」 ○秘密 アンジェラは碧の目でジッと斑目を見つめながら、顔を斑目に近づけながら喋り続けた。 「美に基準は無いわ。主観の中にこそ美が隠されていて、それに気付いた時に美が現れるのを一番知っているのは日本人よ。」 アンジェラは斑目の首筋に顔を近づけ、吐息をフーとふきかけながら、斑目の耳たぶを軽く噛んだ。 「綺麗な首筋・・・。あなたはわたしが会った男の中で一番セクシーだわ・・・。」 斑目は体を強張らせながらも、抗う事ができなかった。かつてもこのように自分の意志の弱さに屈したのだった・・・。 「それを知っているのはわたしだけ・・・。わたしのものだわ・・・。でも客観的な美もまた存在するわ。でもそれは統一された文化や共有された価値観の下でしか存在しない。」 アンジェラは、流し目で斑目の横顔を見つめながら、斑目の耳元でささやき続ける。 「でもわたしたちは共にアダムとイブの裔なのよ。これは喩えだけどね。人種や文化が異なっても人間であることは一緒なの。」 「そっそれが・・・どういう・・・」 アンジェラの柔らかい白い手は斑目のシャツの隙間に入り込んでいる。 「ヌヌコの表情の中には人間のゲシュタルト知覚に調和を与える抽象化された記号が隠されているのよ。」 「わっわからない」 「つまり、人間は長い歴史の中で絵や人形に見えるような、抽象化の作業を繰り返してきた。この抽象化の能力がゲシュタルト知覚。ヒナの刷り込みの研究で有名なローレンツ博士はこれが直感、霊感、神の啓示に関係すると言ってる。」 すでにアンジェラは斑目を押し倒して、上にまたがっている。そして斑目のシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外しながら、微笑んで斑目を見下ろした。 「ヌヌコはそれに調和を与えるの。そして心の不調和な人ほど強制的に心の働きを修正するの。『わたしたち』はそれを日本のサークルで実験してきた。」 「え?」 「なんでもないわ。要はヌヌコは危険な人間を無力化するの。それを抗える者はいない。そしてわたしは肉食動物であなたは草食動物。あなたは抗えないのよ。」 斑目は近づくアンジェラの碧眼に釘付けになった。かつてもそうだったように・・・。 その時、マンションの玄関の方から声がした。 「アン、今帰ったわよ。作戦は明日からね。」 部屋に入ってきたスーはアンジェラが額に血管を浮き上がらせて怒って、逆に斑目がほっとした表情でいるのを不思議そうな目で見た。 「スー、あなたやっぱり気がきかないわ。」 ○作戦 翌朝、日が昇らない時間から斑目はスーのマンションに車を回した。卒業してからしばらく車は必要としなかった。だが、新興住宅地の郊外に位置する今の仕事場になって不便を感じるようになり、中古の安い車だが購入したのだった。 こんな形で活躍することになるとは思ってもいなかったが・・・。 「・・・それで、どうするんだ?」斑目はスーに尋ねた。 「すでに前の晩に万理が千里から監禁先の情報は聞いています。幸い監視役の一人が女性で彼女たちに同情的で当面危険は無いようです。」 「そっそれは良かった。」斑目はほっとした。 「でも急がなければなりません。相手はプロ集団ではなく素人の可能性も大きいです。凶悪さで同じでも予測不能の危険が高まります。長引けば長引くほど危険です。」 スーは淡々と、だが無駄の無い段取りで事を進めた。斑目の車にノートパソコンを積み、万理と同じ携帯を斑目たちに持たせた。 「これで連絡を取り合います。ちさが伝えた情報によると、郊外のプレハブらしい建物に監禁されているらしいのです。トイレの小窓から見た景色と時間帯、太陽の方向から場所を測定します。」 「うん」 「衛星からの映像や分析では不十分です。あなたたちが現場でこちらに細かい情報を伝えてください。警察の情報もハッキングしてます。」 「そっそんなこともできるのかよ!」 斑目は今更ながらスーの底のしれなさを恐ろしく感じた。 「ただし深入りはしてはいけません。日本の警察は優秀ですから、人海戦術で捜査を進めているはずですから、逐一こちらの情報も提供して動いてもらいます。」 「分かった・・・。」 斑目は自分の無力さに脱力感を少し感じた。だが、そんな感情はすぐに打ち消した。大事なのは二人の安全と生命ではないか。自尊心や自負などつまらないものだ。 斑目とアレックとぬぬ子は斑目の車で指示された候補地を廻った。後部座席でアレックはノートパソコンから送られてくる画像や情報をチェックしている。 ぬぬ子もその傍にちょこんと座って、コンパスを片手に一生懸命周囲の景色をアレックに説明している。そして時折画像をパソコンに取り込んで、『本部』に送信していた。 斑目はバックミラーから後部座席の様子をうかがっていた。アレックは一度も斑目の顔を見ず、話しかけもしない。 「なっなあ、ア、アレック・・・君・・・。」 「・・・・・」アレックは黙りこくっている。 「『メトセラ』って何かな?」 「・・・都市伝説ですよ。」重い口を開いてアレックは呟いた。 「『ガースは都市伝説』?」 「何ですか?それ。」 「・・・あ、すみません。」(外した・・・)と斑目は冷や汗を流しながら答えた。 (俺、何を卑屈になってんだ・・・)気まずい空気から無理に話題を作ろうとして、逆に失敗してしまった事を後悔した。 「・・・昔の有名なSF小説家が書いた『長命族』の呼称ですよ。元々は旧約聖書で人類で一番長生きした人の名前らしいんですけど。」 アレックは無表情に話しつづける。 「それがいつしか本当に実在するってアメリカで少しの期間だけ流行したんです。」 「へえ、そうなんだ。」 「一般人に紛れて生活していて、各界の有力者になってるという噂ですけど・・・。もっともスーおば・・・いけねえ、スー姉さん見てると実在を信じちゃいますけどね。」 「ははっ、まったくだ・・・。」 少し馴染んでくれたのかと斑目は思ったが、アレックは気安く会話し過ぎたと思ったらしく、またむっつりと必要な事以外は黙りこくってしまった。傍ではぬぬ子が心配そうにその様子を見ている。 「ここが、推定地域の一つ。車から降りて周囲の景色の情報を送ろう。」 斑目はそう言い、車を有料駐車場に駐車させた。三人の団体行動に不審な様子は無かった。むしろこういう組み合わせに斑目は少し納得した。 斑目一人だけでは出来る事では無い。ぬぬ子と二人だけでも親子に見られるだろうが、撮影機材や携帯を使ってる様子は奇異に映る。アレックは外国人でしかも少年だから、余計一人では不審で目立つ。 三人でいれば、傍目には留学生の少年を連れて、課外学習活動しているようにも見える。 「喉が渇いたろう。飲み物を買ってこよう。」と斑目は自動販売機に向かった。 二人きりになった時、ぬぬ子はアレックに話し掛けた。 「・・・お父さんが嫌いなんですか?」 「・・・父などでは無い。」アレックはにべも無く答えた。 「うわ、すげえ!今時あんな牛乳ビンの底みたいなメガネしてる奴いねえぞ!」 突然、ぬぬ子の方に指を指して嘲笑する少年たちがそばに近寄ってきた。 アレックは声の方向に目を向け、その声の主たちを睨んだ。大柄な外国人の少年に睨みつけられ、その少年たちはひるんで立ち去った。 ぬぬ子はばつ悪そうに下をうつむいてその嘲笑に耐えていた。 「すみません・・・。」 「何故謝る?悪いのはあいつらではないか?何故怒らない?憎まない?」 「・・・・」 ぬぬ子はそれには答えず、下を向いて手を組んでいた。 「?何をしている?」 「・・・お祈りしてます。二人が無事でありますようにと・・・。」 「お祈り?愚かな行為だ。祈って世界が変わるとでも?悪が無くなるとでも?」 ぬぬ子は首を激しく振って答えた。 「ううん、世界が善意ばかりでないことは分かってます。でも・・・うまく言えないけど・・・馬鹿だから・・・わたし・・・こういう事しか出来なくて・・・。」 そう言うぬぬ子の牛乳ビンの底のようなメガネの下から涙がこぼれるのを見て、アレックは激しく動揺した。 「すみません。」そい言ってぬぬ子は駆け去った。 「お?おお?ぬぬ子ちゃん泣いてなかった?アレック・・・君、何かあったのかい?」 そこへ斑目がドリンクを持って帰ってきた。 「・・・何でもありません。あの・・・ヌヌコの本名は・・・。」 「え?服部双子と言うんだよ。」 「ハットリソウコ・・・。」 「・・・ぬぬ子ちゃんの素顔見た?」 「なっ何を言ってるんです!見てません。素顔が何だというんです?ほっ他の人がなんと言おうが、自分が認めたものは自分自身!そうじゃありませんか!」 しどろもどろ顔を真っ赤にしながら、アレックは訳の分からない事を喋っていた。 「・・・・・・・」 (やっぱり、俺の息子だ・・・。) ○発見 しばらくすると、ぬぬ子がばつの悪い顔をしながら、落ち着きを取り戻して戻ってきた。 アレックも何事も無かったように振舞う。三人は早速、探索を再開した。 「たぶんここだ・・・。」 斑目は郊外の廃屋となったプレハブを指差して答えた。 「ちさちゃんがまりちゃんに伝えた情報と一致する。確定するのは早いが。放置されているが、居住可能な状態になってるようだ。」 そう言って、斑目はデーターを『本部』に送信して、携帯で指示を仰いだ。 「おそらくそうでしょう。犯人は警察を撹乱するために、複数で警察をあっちこっち引っぱりまわしてます。ちさちゃんからまりちゃんの情報によると今、プレハブには世話役の女性と監視役の男が一人らしいですね。」 スーは冷静に状況を把握していた。 「二人は?無事なのか?」 「ええ、大丈夫です。ただ二人は疲労が著しいです。犯人の二人もストレスが溜まってるようです。警察に情報をリークして救出してもらいましょう。」 「わっ分かった。二人が無事で良かった!!」斑目とぬぬ子は安堵の表情を浮かべた。 「何を馬鹿な事を!救出されるまで無事とは言い切れない!犯人が二人しかいない今がチャンスだ!しかも危険なのは男一人で女には戦意が無い!」 アレックの言葉に斑目とぬぬ子は驚いた。それ以上に平静を失ったのはその言葉を携帯で聞いたアンジェラだった。 「アレック!馬鹿な事を言ってはいけません!不測の事態に備えて、安全策をとるのです!」 「違う!警察が包囲するのを待つ方が危険なんだ!ここは周囲の見晴らしがいい。大動員してきたら、犯人が気付く。強行突入は不可能になる。時間がかかれば人質に危険が増す!」 「マダラメ!!アレックを止めてください!」アンジェラは半狂乱になって叫んだ。 「アレック君!俺たちだけでは無理だ!」斑目はアレックを諌めた。 「そんな事は無い!俺はあなたとは違う!逃げ出したあなたとは・・・。その為に格闘技だって覚えた・・・。強くなるために・・・。」 アレックは飛び出した。 「アレック!アレック!」 叫びながら斑目とぬぬ子は追いかけた。 ○救出 プレハブの二階へ上がる階段を駆け上がると、アレックはプレハブのドアを蹴破った。簡易プレハブの扉なので容易に破壊できた。犯人の位置や部屋の作りは『本部』からの情報とプレハブの構造から瞬時に推測した。 部屋に突入すると居間に男と女がテーブルに座っていた。激しい音に動揺して、音の方向を二人は見ていた。女は悲鳴を上げ、男は慌てて拳銃を手にした。だが構える暇も与えず、アレックは拳銃を叩き落した。 叩き落すと同じ動作で、瞬時に手刀を男の首に叩きつけた。腕をねじりあげ、足払いをして男を制圧した。地面に叩きつけた時に男は頭を打って気絶した。 体の小さいアレックが大人を倒すのに手加減している余裕は無かった。これで終わったとアレックが思った瞬間、後頭部に鈍痛が走った。アレックの目の前が暗くなった。 遅れて斑目とぬぬ子がプレハブの二階に上がる階段から、ぶち破られた部屋に入ると、最悪の状況がすぐに理解できた。 男が一人倒れている。その傍で後頭部から鈍器で殴られたアレックが血を流して倒れている。 その傍で、動転した女が銃を手にしている。 「もう・・・終わりだわ・・・あの子たちにお金を送れない・・・。」 女は泣きながらヒステリックにわめき散らしている。 「まっまあまあ、落ち着いて!ここは日本人的馴れ合いで!」 「おじちゃん!その人外国人だよ!」 隣の部屋に軟禁されていた千里が部屋から出てきて叫んだ。 「あっ危ないから部屋に隠れていなさい!」と斑目は叫んだ。 「千里ちゃん・・・春奈ちゃん・・・ごめんなさいね・・・わたしは捕まるわけにはいかないの・・・あの子たちのために・・・。」 泣き喚いてすっかり錯乱した女の手にする銃はしっかり斑目の方向を向いていた。 アレックは状況の判断を誤った。危険なのは男の方では無く、女の方だった。斑目の傍でぬぬ子が震えながら斑目にしがみついている。 (そういう事か・・・) 斑目は運命のピースがしっかりはまってパズルが完成するのが見えた。 「ぬぬ子ちゃん、ちょっとごめんね。」 斑目はぬぬ子のメガネをひょいっと外した。 ○解決 「そんじゃ、失礼します!」 そう言って斑目は千里、春奈、アレック、ぬぬ子を連れて部屋を出た。アレックを三人の女の子たちが支えながら歩いている。 「ぬぬ子ちゃん、よくやった!」 そう言って斑目はポンとぬぬ子の頭をヨシヨシとなでた。ぬぬ子は牛乳ビンメガネごしに斑目の顔を見上げて、顔を真っ赤にした。 「ん?」斑目はにっこりしながらぬぬ子を見た。 「いっいえ、何でも!」 アレックはボロボロと涙をこぼしながら言った。 「俺は負けた・・・俺はあいつに負けたんだ・・・。」 ぬぬ子はアレックの手を取って言った。 「いいえ、誰も負けてはいません。全てが善くなったんです。」とにっこり笑った。 ハッとした表情でアレックはぬぬ子の顔を黙って見つめた。 そこへ警官隊が盾を持ちながらドヤドヤとプレハブの階段を駆け上がってきた。 「いやー、皆さんご苦労さまです!!」斑目は手を振った。 警官隊は一斉に斑目に襲い掛かって、斑目を取り押さえた。 無線機で警官が叫ぶ。 「子供たちは無事に保護しました!!犯人の拘束に成功!!繰り返します!子供たちは無事保護!」 「何!違う!俺は違うんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 (以下略) ○斑目晴信の憂鬱 「大変だったね。」とスーはいつも通り無表情で、用務員室備え付けのコーヒーを飲みながら言った。 「それで終わりか!あれから、子供たちの証言で解放されてからも、警察の事情聴取受けるわ、春奈ちゃんの親たちには子供を危険な目にあわせてと泣かれるし・・・。」 「まあまあ、こっちも手を回しておいたけど、詳しい事は言わなかったんでしょ?」 「まあね。警官たち不思議がってたな。一人は気絶して倒れてて、もう一人は泣き崩れて無抵抗なんだから。もっとも少年が大の大人を倒し、少女が精神攻撃で無力化しましたって言っても信じないだろうから。」 「それでいいんです。」 (それに最後に春奈ちゃんの母親の『あの人』は「でもありがとう・・・」って言ってくれたしな・・・) 斑目は一人満足げにニヤニヤした。 「双子たちは?」斑目が聞くと、スーは用務員室のテーブルを指差した。 「ねー、これは何?」 「うーん三角!」 「馬鹿違うでしょ!四角じゃない!」 「馬鹿とは何よ!馬鹿とは!」 「あーやっぱり〈ちさ〉〈まり〉とは趣味あわね!!」 「すっかり能力は消えちゃったわけね・・・。」 苦笑しながら斑目は呟いた。 その様子を遠くでぬぬ子と春奈が見ている。 「斑目さん・・・かっこいいですよね・・・。」 「はあ?あのくたびれたおっさんが?ぬぬ子ちゃんまた視力落ちた?」 「ひどいですね!」 「それよりアレック!彼かっこいいよね!」 (斑目さんとの関係は秘密なのよね・・・)とぬぬ子は思いながら 「そうですか?あんまりわたしは・・・。」と言った。 「そう?じゃあ、わたしが狙ってみるかな!」 斑目は遠くでその会話を聞こえないふりをしながら、うっすらと冷や汗を流した。そして窓に目を移した。 窓からはうららかな陽だまりが差し込んでいる。遠くでは小鳥がさえずっている。子供たちの笑い声も聞こえてくる。そよ風も吹いている。彼は、斑目晴信はこの時間と空間を愛した。 大変な事件が起きたが、そんな事は人生にそう何度も起きるもんじゃない。欲張らなければ人生は満ち足りて楽しい。俺はそれでいい・・・と斑目は思った。 斑目は離日前のアンジェラとの会話を思い出した。 「ありがとう。」 「いや、俺は何も・・・。」 「いいえ、アレックは過信して判断を誤りました。前に言いましたね。あなたにしか無い力があると。」 「うん・・・。」 「それがあなたの力です。あなたは臆病です。平凡極まりなく、だからこそ常に正しい選択を選ぼうとします。あなたがアレックを救いました。」 そう言ってアンジェラは斑目を抱しめた。 「また会いましょう。アレックも変わりました。あなたとの事の他にも何かあったのでしょうか?熱心に日本の事を勉強してます。」 回想から再びこの穏やかな時間と空間に戻った。この平穏がいつまでも続きますようにと天に祈った。世界は美しく平和そのものだ。もうこの平穏がやぶられることは無い・・・ ****************************** その時、千佳子が困った表情で用務員室に入ってきた。 「やあ、千佳子ちゃんどうしたの?」 「それが・・・最近わたしに不思議な事が・・・こんな事誰にも信じてもらえなくて・・・斑目おじさんなら相談にのってくれるかなと思って・・・。」 ****************************** はずだ・・・。
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すっかり日も暮れ、夜行性の動物たちが活動を始める時間となった幻想郷の森。その中 から、今日もゆっくり達の悲鳴が聞こえてくる。 「……うー! うー!」 「や゛め゛て゛え゛え゛え! ゆ゛っぐりざぜでえ゛え゛え゛え!」 四匹のゆっくり達が、まだ体の生えていないゆっくりれみりゃから逃れようと、必死の 形相で飛び跳ねているのだった。目を覚ましたばかりで空腹のれみりゃは、獲物をいたぶ るような真似はしない。懸命にぴょんぴょん逃げる二匹ずつのゆっくりれいむとゆっくり まりさにあっという間に追いつくと、一気に急降下して最後尾にいたれいむの後頭部にが ぶりと噛み付いた。 「ゆっ、ゆ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ! やめでやめではな゛じでえ゛っ、ゆ゛っぐ りざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛っ!!!」 両目を剥き、涎を飛ばしながら絶叫するゆっくりれいむ。それを聞いた他の三匹は、愚 かにも、もしくは立派なことに、足を止めて後ろを振り返る。三匹の目に映ったのは、満 面の笑みを浮かべながら獲物に牙を突き立てるゆっくりれみりゃと、牙が皮を貫く痛みに 震えるゆっくりれいむの姿だった。 「は、はなしてね!」 「ゆっくりやめてってね!」 「ゆっくりできないよ、ゆっくりさせてね!」 三匹が抗議の声を上げる。本当ならばすぐにでも助けてやりたいが、全員でかかっていっ たところで、単に全滅が早まるだけ。だがそれでも、これまでずっと一緒にゆっくりし てきた仲間は見捨てられない。三匹にできるのは、こうして叫び続けることだけだった。 そんな三匹の苦悩などどこ吹く風、ゆっくりれみりゃは自らの空腹を満たすため、ゆっ くりれいむに噛り付く牙に力をこめた。 「いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛いぃぃぃぃ!! あああ゛あ゛あ゛ あ゛っ゛!!!」 れいむの皮に突き立った牙が餡子に到達し、その中に潜り込んで容赦なく進んでいく。 れいむの絶叫が夜の森に響く中、れみりゃはそんなものお構い無しに食事を続ける。 「ゆああ゛あ゛っゆっがっあっあっあっあっああ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!!」 ついに、れいむの体はれみりゃによって噛み千切られた。れみりゃの牙が餡子の中心に 達したとき、れいむの体は飛び跳ねんばかりに大きく痙攣した。その光景に、残された三 匹の声も止まる。六つの眼に映るのは、体の四分の一以上を噛み千切られ痙攣を続ける仲 間の姿と、その四分の一を口一杯にほおばり幸せそうに咀嚼している捕食者だった。 「……ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」 体の一部を欠き、白目を剥いて、涙と涎でぐちゃぐちゃになったれいむの口から、体の 痙攣にあわせてそんな泣き声ともつかぬ音が断続的に漏れていた。一方、れみりゃは満足 そうな顔で口の中のものを飲み込むと、残った餌を食べようと再びその口を開き、れいむ へと噛み付いた。れいむの顔の内、口より上の部分がすっぽりと、れみりゃの口の中に納 まった。 「ゆうっあっ、がっ゛っ!!!」 ろくな叫び声を挙げる暇もなく顔を噛み切られると、残ったれいむの体からは力が失わ れ、そのまま動かなくなった。仲間の身に降りかかった惨事に言葉を失っていた三匹のゆ っくりも、その死を目の当たりにして再び声を上げ始めた。ただし、今上げるのは抗議の 声ではなく、仲間の無残な死を嘆く声だ。 「れいむう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ!」 「どおじでえ゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ!!」 「もっどゆっぐりじだがっだよお゛お゛お゛お゛お゛!!」 三匹の悲痛な叫びが周囲を満たす。しかし、三匹とずっと一緒にゆっくりしてきた仲間 は、その叫びを聞いても、もう何も言ってはくれなかった。それが悲しくて、叫びは更に 高まる。 「……うー!」 場違いに楽しそうな声が上がり、唐突に叫び声が止まる。あまりの出来事に忘れていた。 今自分達は、危険な捕食者の前にいることを。気付かなかった。哀れなれいむを食い散ら かしたれみりゃが、次の獲物に狙いを定めていることに。思い付かなかった。逃げ出すこ となど。 「いっ、いや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!! ゆっぐりざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛ え゛!!!」 ついさっきまで仲間だったものに背を向け、三匹は全力で駆け出した。死にたくない。 もっとゆっくりしていたい。仲間の死に様が更なる恐怖を駆り立て、三匹を追い立てる。 「ゆっ!」 二匹いるゆっくりまりさの内の片方が、木の根に引っかかった。あっと思う間もなく、 そのまま顔から地面に転がる。真っ白になったまりさの頭の中に絶望が襲い掛かるよりも 早く、れみりゃの牙が二匹目の獲物を捉えた。 「……ゆううううう゛う゛う゛う゛っ゛!!!」 まりさの絶叫に、残りの二匹が思わず振り返る。しかし、先程と違って何やらまごつい ている様子だ。このまま逃げる足を止めてしまえば、また同じことの繰り返しになるとい うのが、ゆっくりの頭でも分かっているのだろう。だが、 「だっだずげで!!! だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ……」 助けを求める仲間の声が、二匹を逃がしてはくれなかった。恐怖と友情の板ばさみの中、 喰われ行くまりさを見つめながら、二匹はみんなでゆっくりできた頃のことを思い出して いた。四匹でずっと一緒にゆっくりしてきた。ずっと一緒にゆっくりしていけるのだと思っ ていた。悔しかった。無力な自分たちが惨めでたまらなかった。もう声も出ない。代わり に涙があふれて止まらなかった。 二匹目の餌が動かなくなると、れみりゃは更なる獲物を求めて飛び上がった。そのまま、 何かを諦めてしまって動かなくなった二匹のゆっくりへと飛び掛る。二匹はそれを避けよ うとはしなかった。 「うー! うーぐえっ!?」 と、突然妙な声が上がった。思わず二匹が顔を上げると、そこにはれみりゃではなく、 もっともっと大きな影があった。突然の乱入者に涙も止まる。 そこにいたのは人間だった。片足を、今まさに何かを蹴り上げたかのように上げたまま の、一人の人間だった。二匹がそれを呆然と見上げていると、 「……う゛あ゛あ゛あ゛っ!! いだぁいよお゛お゛お゛お゛お゛!!!」 ちょうど上がったままの人間の脚が向いている方から、こんな泣き声が聞こえてきた。 見れば、れみりゃが地面に転がって泣き叫んでいる。呆然とする二匹には目もくれず、人 間は上がったままだった足を下ろすと、れみりゃへと歩み寄っていった。 「う゛っ? うー! だべぢゃうぞー!!」 目の前にまで近づいた人間に対し、泣きながらも威嚇をするれみりゃ。しかし人間はそ れを完全に無視してれみりゃの前にしゃがみこむと、無言でその脳天に手刀を叩き込んだ。 手刀と地面にはさまれたれみりゃは短い悲鳴を上げると、そのまま気絶した。 動かなくなったれみりゃの羽をつまみあげ、人間は残された二匹のゆっくりの方へと振 り向き、初めて口を開いた。 「……大丈夫か?」 れいむとまりさは床の上で身を寄せ合っていた。二匹とも疲れ切った表情で部屋の隅っ こにうずくまったまま、床の一点を見つめたまま動かない。魂が抜けてしまったかのよう だ。憔悴しきっていたが、先程のショックのせいで眠ることなどできないようだった。 がらり、と戸の開く音がして、二匹は緩慢に顔を上げる。そこにいたのは先程の人間だっ た。その人間が、二匹を食い殺そうとしていたれみりゃを叩きのめし、家に連れ帰ってく れたのだ。 彼は二匹の前にやって来ると、手に持っていた皿を床に置いた。そこにあったのは二つ のおにぎり。 「……ほれ、食え」 ぶっきらぼうにそう言い放ち、皿を差し出した。二匹は人間の顔を見、差し出されたお にぎりを見て、のそりのそりと動き出し、皿の上に乗っかっておにぎりに噛り付いた。 それは具も入っていなければ海苔もまかれていないただの塩おにぎりだったが、人の食 事を初めて口にした二匹にとっては、格別のご馳走だった。最初はぼそぼそと覇気の感じ られない食べ方だったが、一口、また一口とかじりつく度に、二匹に活力が戻ってくるよ うだった。二匹は飲み込むごとに元気を取り戻していった。疲れ切った頭が回り始め、一 度は折れた心も徐々に立ち直っていく。 だからこそ不意に、 ―――いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛いぃぃぃぃ!! ―――だっだずげで!!! だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ…… 仲間の断末魔が脳裏をよぎってしまう。 半分ほど食べ終えたあたりで、二匹は唐突におにぎりに噛り付くのを止めた。人心地つ いたせいで、かえって先程の悲劇を思い出してしまうのだった。 二匹は皿の上で震え始め、こらえ切れないというようにぼろぼろと涙をこぼす。四匹は 兄弟ではなかったが、生まれてすぐの頃からずっと一緒にゆっくり過ごしてきた親友だっ た。……だった。過去形の話だ。その内の二匹は、すでに物言わぬ饅頭になってしまった。 れみりゃの牙に噛み千切られ、無残に変わり果てた親友の姿が頭から離れない。死ぬ間際 の叫びが耳に残ったままだ。 「……ゆっ、ゆっ……」 「れいむぅ……まりざあぁぁ……」 いつも通りの元気があれば泣き叫ぶこともできたろうが、今の二匹には親友の死を嘆く ように泣くのが精一杯だった。 そんな二匹の様子を見た人間は、ふらりと立ち上がると部屋を出て行った。程無くして 戻ってきた人間は、箱を一つ抱えていた。そのまま食べかけのおにぎりの前で泣き続ける 二匹の前に、その箱を置く。二匹の注意を引くように、わざと大きな音を立てて。二匹は 突然の音にびくりと震え、顔を上げる。涙でにじんだ視界に映るのは、透明な箱に収まっ たれみりゃだった。 『……ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っっ!!!』 ガチャガチャン! と、思わず後ずさりした二匹は皿から転げ落ちた。後頭部を床にぶ つけながらも、必死の形相で再び部屋の隅へと逃げていく。 「いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! たべないでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」 「だずげでえ゛え゛え゛! だれかだずけでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛! おがあざああ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んん!」 親友の死に様で頭が一杯になっていた二匹は、一気に混乱の極みに追い込まれた。今ま でさめざめと泣いていたのが嘘のように泣き叫ぶ。死にたくない。食べられてしまった二 匹のようになりたくない。その思いに囚われた二匹は、目の前に自分たちを助けてくれた 人間がいることも忘れて泣き叫んでいた。しかしながら、いつまで経っても二匹が襲われ ることはない。 「……いやあ゛あ゛あ゛あ゛、ああ、あ?」 そのことに先に気付いたのは、れいむの方だった。襲われないどころか、よく見ればそ もそもれみりゃは動きさえしていなかったし、更によく見れば、どうやら箱の中に閉じ込 められているようだった。 「ゆっ。まりさ、まりさっ」 「……だずげでえ……おがあざぁん……」 「まりさっ!」 親友の喝に、まりさも顔を上げる。そして一足遅れて、現状が認識できたようだった。 二匹はしゃくりあげながら、隅から離れてれみりゃの収まった透明な箱を見つめた。れみ りゃはピクリとも動かない。人間に喰らった手刀によって気絶したままのようだった。 そんなれみりゃを見つめたまま動かない二匹に向けて、人間が口を開いた。 「……お前ら……」 二匹が顔を上げる。人間は二匹の目を交互に見、言った。 「仇を討ちたくないか?」 思いがけない言葉が飛び出てきた。仇を討つ。食べられてしまった親友の仇を、自分た ちが。あのれみりゃに対して、自分たちが。 ……無理だ。 「俺がお前たちを勝たせてやろう」 うなだれる二匹に、人間はそう言い放った。 「やる気があるなら、まず飯を食え」 れみりゃが目を覚ましたとき、目の前には二匹のゆっくりがいた。赤いリボンのゆっく りと黒い帽子のゆっくりが、互いに少し距離を置いて、床の上にいた。それがさっき追い かけていたゆっくりだと気付いた途端、なぜか頭に残っていた鈍痛のことなど綺麗さっぱ り忘れ去り、背中の羽を広げて勢いよく 「うー! たべちゃう゛っ゛!?」 飛び立てなかった。何もないはずの場所で壁にぶつかったれみりゃが感じたのは、痛み よりも混乱であった。そもそも満足に羽根を広げることもできていない。れみりゃはうー うー唸りながら暴れ回る。しかしどれだけ力をこめても事態は好転せず、自分が陥った窮 屈さを実感させられるだけであった。 じたばたもがくれみりゃだったが、突然視界がぐるりと回転した。そのまま床の上に落 ち、転がっていく。これは人間の手によって透明な箱から落とされたから、なのだが、ゆっ くりの中でも一等出来の悪いれみりゃの肉饅脳に分かるはずもない。れみりゃが理解でき たのは、羽を存分に伸ばせるようになったことと、これで目の前のゆっくりを食べられる ということだけだった。 「うー! うー! たぁべちゃぁうぞぉー!!」 自由な身となって宙へと舞い上がったれみりゃは、それはそれは楽しそうに言った。既 に食事は済ませている。今、目の前にいるゆっくりたちは、存分になぶり、いたぶって遊 んでからおやつにしてやろう。 「うー! うー! うー……、う?」 馬鹿の一つ覚えで唸っていた肉饅脳が新たな異変に気付いた。目の前のゆっくりたちが、 自分の威嚇に全く動じていないのだ。普通なら自分の姿を見かけただけで大混乱に陥って 逃げ惑うというのに。これに不満を覚えたれみりゃは、いつもより大きな声で威嚇を始め た。これを怖がらないゆっくりなどいない、と本人は自信満々の威嚇であったが、ゆっく りたちがおびえる様子は微塵もない。それどころかゆっくりにはありえないくらいに険し い面持ちで、こちらを睨み付けているではないか。 「……ううううううっ!!!」 空中から一気に飛び掛る。れみりゃにはゆっくりたちの態度が我慢ならなかった。もう いい、どうせ自分に襲われたら無様に泣き叫んで助けを請うのだから。苛立ちに任せて、 れみりゃは赤いリボンのゆっくりへと襲い掛かった。それでもゆっくりは動かない。逃げ 出すこともせず、自分を更に睨み付けてくる。それがれみりゃの苛立ちを助長した。 繰り返すが、れみりゃの頭は、様々な種類がいるゆっくりたちの中でも一等出来が悪い。 普通の人間であれば、否、普通のゆっくりであってもすぐに気付いたであろう二匹の異 変にも、だから最後まで気付かなかったのだろう。 「うあ゛っ!?」 赤いリボンのゆっくりに気を取られて、もう一匹の存在を忘れていたれみりゃの横っ面 に、そのもう一匹が体当たりをした。黒い帽子のゆっくりはそのまま綺麗に着地し、不意 打ちを喰らったれみりゃは衝撃で床を転がっていく。 自然の世界ではありえない反撃。しかしれみりゃは力ある捕食者であり、相手は所詮、 やわらかい饅頭のゆっくり。森の中を勢いよく飛んでいて木にぶつかったときの方がはる かに痛い。 「……うっ、うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!! いだい゛っ゛、いだあ゛あ゛ あ゛あ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛っっっ!!!」 はずだった。本来ならば。 「ぢ、ぢぐっでじだ! ぢぐっでしたあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛!!」 れみりゃが泣き叫んでいるのは、黒い帽子のゆっくりに体当たりされたときの衝撃が思 いのほか大きかったから、ではない。 自分の皮に何かが突き刺さる痛みを、それも一箇所ではなく何箇所にも、味わったから だった。 ――ちくっとした。鋭く尖った小枝ににぶつかってしまったかのような痛みが、体当た りされた頬のあちこちを襲ったのである。予想外の痛みにれみりゃはごろごろと床の上を 転げまわった。 そこへ容赦なく追撃が入る。赤いリボンのゆっくりが、痛みにのた打ち回るれみりゃに またも体当たりを敢行した。 「うぶえ゛っ!?」 痛い痛いと泣き叫ぶことさえ忘れ、不細工な悲鳴を上げるれみりゃ。転げまわることを 中断させられたれみりゃは、改めて、自分のおもちゃになるはずだったゆっくりたちを見 る。そして、出来の悪い肉饅脳がようやっと、ゆっくりたちの体の異変に気が付いた。 とげが、生えている。ゆっくりたちの全身に、鋭いとげが何本も。それが体当たりの際 にれみりゃの皮を突き刺していたのだと、肉饅脳がゆっくり理解する。この痛みの原因は あのとげなのだ。 とげの生えたゆっくりなど、れみりゃは見たことがなかった。あれは食べられるのだろ うか。そもそもあれはいつもと同じゆっくりなのか。足りない頭の中をそんな考えがぐる ぐると巡る。しかし、悠長に考えている暇はなかった。ゆっくりたちが再びこちらに体当 たりしようと向かってきたのだ。れみりゃの肉汁に濡れて怪しく輝くとげが、どんどん近 づいてくる。 「う、う゛う゛う゛――――――っ!!!」 すんでのところで、れみりゃは宙へと飛び上がって体当たりを避けることができた。そ うだ、自分には羽がある。とりあえず飛んでいれば、体当たりをされることもないではな いか。それが分かると、さっきまで泣き喚いていたれみりゃも一転、どこか自慢げに部屋 の中を飛び回り始めた。その顔は、自分は決して捕まることはないのだという自信にあふ れていた。 人間の大きな手がれみりゃの体をむんずとつかみ、ゆっくりたちが待ち構える方へと軽 く放り投げた。赤いリボンのゆっくりがタイミングを合わせて、自分の方へと飛んでくる れみりゃに体当たりをかます。とげに貫かれ衝撃に跳ね飛ばされて、れみりゃは再び床の 上に転がった。思い切りぶつかったために、赤いリボンのゆっくりも少々ふらついている。 「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!! めえ゛え゛え゛え゛え゛っ!!!! れ゛み゛ り゛ゃ゛の゛め゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」 とげの一本が運悪く、れみりゃの右目に突き刺さったのだった。片目を潰されたれみりゃ は激痛にのた打ち回る。そこに黒い帽子のゆっくりが飛び掛った。体当たりを仕掛けるの ではない。狙いはれみりゃの背中。転げまわるれみりゃに上手く飛び付くと、その片羽に 思い切り噛み付いたのだ。 「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! はなぜ、はなぁぜえ゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!!!」 全身全霊を込めて振り払おうとするが、黒い帽子のゆっくりは喰らい付いて離れない。 むしろ暴れ回るせいで、羽に噛み付く歯がより深く食い込んでいく。そして、あっけなく 羽は噛み千切られた。 「い゛だぁい゛い゛い゛い゛い゛い゛!! はねっ、れ゛み゛り゛ゃのはね゛え゛え゛え゛ え゛え゛え゛!!!! がえ゛ぜっがえ゛ぜえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!! う゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」 バランスの悪くなった体で泣き叫びながら、れみりゃは自分の羽を取り戻そうと黒い帽 子のゆっくりへと向かっていった。そこへダメージから回復した赤いリボンのゆっくりが 襲い掛かり、残った羽に喰らい付いて全身の力を使って引き千切る。両翼を失ったれみりゃ は、ただの肉饅となって床に転がった。 肉饅が二匹の腹の中に納まるまでに、そう時間は掛からなかった。二匹は満腹感の中で、 勝利の余韻に浸っていた。憎き親友の仇を、自分たちが取った。しかもあのれみりゃを相 手取って。その事実に、二匹はかつてないほどのゆっくり感で満たされていた。 ――そうだ、おにーさんにおれいをいわないと。 ゆっくりにしては割と賢い二匹は、自分たちを助けてくれた人間の方へと向き直った。 人間はちょうど、二匹が食べ残した肉饅の羽を拾い集めているところだった。 『――おにーさん!!!』 自分を呼ぶ声に、人間は二匹の方を振り向いた。 「おにーさん、ありがとう! おかげでふたりのかたきがうてたよ!!」 「もうこれでれみりゃなんかこわくないよ! ありがとう、おにーさん!!」 興奮気味に礼を言う二匹。まあ、人間の手助けがあったとは言え、捕食種を自力で倒す ことができたのを考えれば当然かもしれないが。 二匹の体に突如生えたとげ。それは、画鋲であった。人間はれみりゃへの対抗手段とし て、接着剤で二匹の体に画鋲を貼り付けていったのだ。こうすれば食べられることはない し、その上反撃することだってできる。二匹は人間にそう言われて、全身武装化に踏み切っ たのだった。 そんな二匹を見た人間は、ふらっと部屋から出て行った。どうしたのだろうと思ってい ると、程無く、瓢箪を手に人間が戻ってきた。そのまま二匹の前に座り込んで胡坐をかく。 そして、黙って両手を二匹の前に差し出した。 『……ゆっ?』 差し出された両手は、手のひらを上に向けていた。理解できない様子の二匹に対し、人 間は両の手のひらを招くように動かす。乗れ、ということなのだろうか。 事情はよくわからないが、とにかく二匹は人間の手のひらに乗ることにした。体の画鋲 を手に突き刺してしまわないように慎重に飛び乗る。右手にまりさ、左手にれいむ。人間 は手のひらの上の二匹を自分の肩ぐらいの高さまで持ち上げると、二匹に向かって笑いか けた。これまで無表情だった人間の笑顔を見て、思わず二匹も笑い返す。手の上の二匹は 互いに目配せをすると、タイミングを合わせて 『ゆっくりしていってね!!!!!』 元気一杯、お決まりの挨拶をした。それを見た人間は笑顔をより濃くする。そして、両 手の指で二匹をしっかりとつかんだ。無論、画鋲が刺さらないように気をつけて。 「ゆ、ゆ、ゆっ? おにーさん?」 「ゆゆっ、おにーさん、どうしたの?」 人間は笑顔のまま、ゆっくりと、二匹が乗った両手を揺さぶり始めた。 「おにーさん、やめてね!」 「ゆっくりゆらさないでね!」 突然の揺さぶりにゆっくりと抗議の声を上げるが、人間はそれを完全に無視して、更に 強く揺らし始める。がくがく揺れる視界に翻弄されながらも二匹は抗議を続けるが、一向 に止まる様子はない。 「ゆっ……ゆうう……」 「ゆっ、ゆっ、ゆー……」 揺さぶられる二匹の目が、次第にとろん、とし始める。それを見た人間はさらに揺さぶ りを強めていく。体の奥底から湧き上がる衝動に、二匹は抗うことが出来なかった。 しばらくして、人間は二匹を床の上に置いた。呼吸の荒い二匹。完全に発情しきってい た。二匹は同時に相手の方を向いた。 「ま、まりさぁ! まりざあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」 「れっ、れいむう゛う゛う゛うううぅぅぅ!!」 駆け寄る二匹。早く、早く触れ合いたい。一つになりたい。その一身で、最愛の親友の 元へと飛び跳ねていく。 そして、 『い゛っっっっっっっっ!!!!!!』 互いの体に画鋲が深々と突き刺さった。 反射的に距離を取る二匹。突然の痛みに混乱したまま、改めて、相手の体を見る。理解 するのは、どこかの肉饅よりずっと早かった。 『……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛っ!!!!!!』 絶望の声が上がる。二匹は距離をとってぶるぶる震えたまま、悲痛な叫びを上げていた。 早く肌をこすり合わせたい。でもできない。体のとげが刺さってしまう。 『お゛に゛い゛ざん゛っ!!!』 二匹の様子を見守りながら瓢箪の酒を傾けていた人間に向かって、二匹は助けを求めた。 「とっで、おにいざんこのとげとげとっでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」 「おねがい゛い゛い゛い゛! すっきりできないのお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」 必死の形相で訴えかける二匹。それを見て、人間は酒を一口。 「おにーざぁん、ゆっぐりしないでえ゛え゛え゛え゛!!」 「はやぐこのとげとげとってえ゛え゛え゛え゛!!」 「……いいのか? それがないと、また襲われるぞ」 人間の言葉に、二匹はびくりと体を震わせる。確かに、このとげを取ってしまったら、 またれみりゃに襲われたときに反撃できなくなる。だが、 「まっ、またつけなおせばいいよお゛お゛!」 「またあとでつければいいから、だからこのとげとげとってえ゛え゛え゛え゛!」 「……無理、だな」 『!!』 「簡単には剥がれん。無理に引っ張れば皮ごと剥がれて死ぬぞ」 『!!!!』 人間の言葉は、二匹を絶望のどん底に突き落とすには十分なものだった。二匹は人間を 見て、お互いを見て、がくがくと震えだした。両目からは涙があふれて止まらない。やが て体の震えが最高潮に達し、二匹に我慢の限界が訪れた。 「……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! ま゛り゛ざっ!! ま゛り゛ざあ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」 「れ゛い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!! れ゛ぇい゛ぃむ゛ぅう゛う゛う゛う゛ う゛う゛う゛う゛!!!!」 『い゛だあ゛っっっっっっ!!!!!!』 「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ずっぎり、ずっぎりじだいよ゛お゛お゛お゛お゛!! れ゛ い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!! あ゛づっっっっ!!!!!!」 「ま゛り゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! ずっぎりできないよ゛お゛お゛お゛ お゛お゛お゛お゛!!!! う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ !!!! あぁぁい゛だい゛い゛い゛い゛!!!!!!」 二匹はお互いの肌をこすり合わせようとするが、近寄るたびに全身の画鋲が体に刺さり、 思わず飛びのいてしまう。それでも何とか画鋲が刺さらないように触れ合える場所を探そ うとするのだが、どれだけ身をよじってもそんなものは見つけられなかった。二匹は号泣 しながら、近寄っては離れるを繰り返している。 人間はそんな二匹の様子を、肉饅の羽を酒の肴に、楽しそうな笑顔で眺め続けていた。 このSSに感想を付ける
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「あら…遅いお目覚めだこと」 舞園を見る時とは違い、愛しさのうちにも苛立ちを含んだ目で、セレスは朝日奈を見る。 言うことを聞かないペットをたしなめるような目つき。 「あ…私…」 ややあって、朝日奈は自分の現状を思い出し、そして舞園と目を合わせ、途端に顔を真っ青にした。 「あなたがなかなか起きないから、仕方なく私が舞園さんの相手をしていたのですよ」 セレスは舞園から手を離し、ベッドを下り、朝日奈の方へと歩み寄る。 朝日奈は上体を起こそうとして、 「んっ…」 どうやら下半身に力が入らないようで、腕で状態を支えたまま、床で突っ伏した。 今更という感じだが、片手で自分の胸を隠し、もう片手で自分の体を支え…ようとして、力が入らずに四苦八苦。 見かねたセレスが、朝日奈の腕をつかみ、その場で立たせた。 ――助かった… 咄嗟に、舞園は思った。 偶然とはいえ、朝日奈が目覚めてくれたことで、セレスの興味が自分から外れた。 そう、愚かにも、舞園は安心してしまった。 その一瞬の気の緩みが、 「ほら…ここからはあなたが舞園さんを責める番ですわ」 より深い反動となって、彼女を絶望へ突き落すことになる。 「「え…」」 朝日奈は胸の前で手を組み、青い顔のまま舞園を見る。 「む、無理だよ…私、出来ないよ」 セレスは目を細くして、朝日奈をベッドに突き飛ばした。 「あぅっ!?」 「ペットが飼い主に逆らうな、と言いましたわよね。あなたはただ、ワンワン吠えて、私が言うとおりにすればいいのです」 「そ、そんな…だって…」 「…まだ、イき足りないようですわね」 ビクッ、と、朝日奈が震える。 すでに心が折られている。舞園は把握した。朝日奈はもう、セレスには逆らえない。 「わ、わんっ…」 「…分かればいいのですわ。そうそう、くれぐれも舞園さんは丁重に扱うこと。あなたと違って繊細なのですから」 「…わん」 セレスは満足そうにうなずくと、例の道具群に手を伸ばした。 「さて、次はどれを…」 舞園は唾を呑みこんだ。 高鳴る鼓動に耳を閉ざし、絶対期待なんかしていないと、自分に言い聞かせながら。 セレスが道具を漁る間、朝日奈は居心地悪そうに、ベッドの上でもぞもぞとしていた。 時折舞園に視線を向けては、目が合うと気まずそうにそらす。 「?」 「…」 おそらく、何かを言いたいのだろうが、セレスの手前で喋ってしまえば、また絶頂させられるのだろう。 それでも朝日奈が、意を決して口を開こうとしたその瞬間に、 「はい、朝日奈さん」 セレスが振り向いて、途端に彼女は口をつぐんでしまった。 手渡されたのは、大きな注射器の尖端に、ゴムのチューブがついたようなもの。 「ふぇ…?」 「使い方は、以前教えたとおりですわ」 「…っ、…わん」 異議を唱えようとして、やはり朝日奈は口をつぐんだ。 「あ、あの…」 代わりに尋ねたのは、舞園。 「それ…浣腸器ですよね…何に使うんですか…?」 尋ねた声はか細く、細い方は頼りなく震え、目には怯えの色が浮かんでいる。 何に使うか、そんなの尋ねる必要はなかった。認めたくないだけなのだ。 「ねえ…『お尻で感じちゃうアイドル』なんて…そそるフレーズじゃありませんか?」 セレスがにこやかにそう言った途端に、どこかに潜んでいた恐怖心が、どっと噴き出してきた。 「やっ、やだっ!嫌ぁっ!」 拘束されていたことも忘れ、パニック状態で舞園が暴れ出す。 「大丈夫、ちゃんと気持ちよくして差し上げますから、安心してくださいな。 私じゃ舞園さんをバスルームまで運べませんから、朝日奈さんが起きるのを待っていたのですけど。 『アイドルはう○ちをしない』って都市伝説…ねえ、舞園さん…本当なのでしょうか?」 セレスは笑っている。笑っているということはつまり、本気ということだ。 舞園は真に恐怖した。背骨が震えていると錯覚するほど。 少しでも期待してしまった自分が、本当に恨めしい。 「嫌ぁあっ!たっ、助け…ふぁああっ!!」 再びセレスがローターの電源を入れ、舞園の助けを求める声もかき消されてしまう。 「んっ…しょ」 朝日奈に軽々と抱えあげられ、宙に浮いた状態で、太ももを掴まれている。 放尿を強制されているような、不安定な体勢が羞恥心を煽る。 背中に柔らかな朝日奈の乳房を感じて、舞園は更に顔を赤くした。 「ひぁっ…」 相変わらずローターで敏感な乳房を刺激され、地に足が付かない不安定さも相まって、 「あっ、あ、あぁああぁっ…」 再び舞園は、簡単に絶頂を迎える。 「あっ…やっ!あぁあぁ…」 辺りに潮を撒き散らし、大きく背をそらせた。 「ま、舞園…ちゃん?」 朝日奈が抱えたまま、心配そうに尋ねる。 「あら…期待しすぎて、先にイっちゃいました?」 セレスがからかうように、ニヤニヤと舞園の顔を覗き込む。羞恥に耐えきれず、舞園は目を潤ませてセレスを睨んだ。 「そんな可愛らしい顔で睨まれても、怖くありませんわよ」 本当に子供をあやす姉のような仕種で、セレスが舞園の頭を撫でる。 悔しさと羞恥心に身を委ね、舞園は唇を噛んだ。 バスルームの中には簡易便器が用意され、舞園はその便座の上に下ろされた。 セレスは汚れ役は嫌なのか、「終わったら呼んでください」と言って、ベッドに戻ってしまった。 朝日奈はローターの電源を切ると、居心地悪そうに扉に背を向けてしまった。 浣腸器を握り締めたまま、不安そうに視線を泳がせている。 やはり彼女としても、浣腸などしたくはないのだろう、なんて考えていると、 「…怒って、るよね」 おもむろに朝日奈が口を開いた。 「へ?」 何のことかわからずに、聞き返してしまう。 その舞園の問い返しを、何と勘違いしたのか、可哀そうなほどに肩を震わせた。 怯えたように後ろを向き、話しながらいそいそと浣腸器の準備を進めていく。 「ゴメンなさい…でも…」 「あっ…ちょっと…!」 何のことかを尋ねる前に、朝日奈が舞園に覆いかぶさった。 「やらなきゃ、私がやられるんだ…だから!」 「いっ、あ゛…!」 注射器にとりつけられた細い管が、肛門を押し分けて入ってくる。 舞園は、声にならない声をあげた。感じたことのない苦しさや嫌悪感が、背筋を駆け上がった。 鋭い痛みと、異物感。 「いくよ…!」 「いやっ、嫌ですっ…!朝日奈さん、待って、ダメっ!!」 問答無用に、注射器の取っ手が押し込まれた。 「うぁ…!は、入ってくる……やっ…あ、ぅあ、っく…いやぁああぁあっ…」 「うっ…ぐ…!」 余りの異物感に、吐き気さえ催す。 内臓が痙攣しているような錯覚さえ覚える。 「いやっ…ひやぁああ…気持ち、悪いぃ…」 舞園はその苦痛から逃れるように体を捩った。 しかし動くたびに、注射器の管が存在を主張し、より強い苦痛を訴えてくる。 朝日奈は注射器を管から外して、追加の液体を込める。 まるで自分がされているかのような、そんな苦悶の表情を、朝日奈は浮かべていた。 だが、舞園にはそれを確認する余裕すらもない。 「ふぅう、うぅううぅ……」 「ゴメン、ゴメンね…」 「ま、まだ…っ、入れるん、ですか?」 朝日奈も、舞園も、涙目のまま声と肩を震わせ、互いが互いに怯えていた。 朝日奈は肯定の代わりに、たっぷりと液体を補給し終えた注射器を、管に取り付ける。 追いつめられた顔のまま、朝日奈は舞園の肛門に注ぎ続ける。 「いやっ…いやぁあはぁああぁう…ダメ、だめっ…もう入らないっ、ですっ…くぁああぁあっ!!」 下腹が少し膨れたのがわかる。管から発射される液が、腸壁を刺激する。 どんどん注がれているのに、気を緩めれば全て出してしまいそうだ。 舞園は必死に足先に力を込め、苦痛と排泄欲に耐える。 キュルルルルル 可愛い音を立てて、腹が異常を訴えている。 「はっ、はぅ、はっ…」 苦しさの余り、肩で息をしてしまう。 「力抜いてね…お尻の穴、無理に力をかけると切れちゃうみたいだから…」 「力を抜いたら…っ、ぐ…出ちゃいますっ…」 それを聞いて、朝日奈は舞園の肛門から管を抜くと、朝日奈は舞園の膨らんだ腹部を、力強くさすった。 「やめっ…!…だ、ダメ、朝日奈さんっ…出ちゃう…!」 「いいよ、出して…もう入れてから時間経ってるから」 「なっ…!?」 舞園は驚愕の眼差しで、朝日奈を凝視した。 言葉が出ない。顔から血の気が引いていく。嫌な汗が額に浮かぶ。 「何…言ってるんですか、朝日奈さん…」 常識的に考えて、人が見ている前で、排泄なんかできるわけがない。 「わ、私…これでも、アイドルなんです!そんな、人の見ている前で、出すなんて…」 「舞園ちゃん…ここじゃもう、アイドルとか、関係ないんだよ。私たちはただ、女であるだけ。 ただ、女に生まれたことを後悔しながら、セレスちゃんのオモチャにされていくんだ…」 舞園に諭すように、自分に言い聞かせるように、朝日奈は言った。 朝日奈の言葉を、舞園は理解できないでいた。 舞園は、自分たちはまだ平穏な日常に戻れると、信じていたから。 「うぶっ!!」 そして、そんな儚い希望を押しつぶすかのように、朝日奈が体重を乗せて腹を押すと、 「ぐっ…うぁあ、ダメ…見ないでっ…!!」 滑稽な空気音とともに、液体が飛び散った。 いやだ。 こんな屈辱、耐えられない。恥ずかしすぎて、死んでしまいたい。 人前で、こんな… 「やだっ…朝日奈、さん゛っ!う、…ふぐっ!!…あ、…ダメぇ…」 何度も、何度も、舞園の腹を朝日奈が荒々しく押しつける。 余程必死なのか、手加減すらなく、殴打のように腹に鈍痛が走る。 しかし、痛みなど、舞園には些末な問題。 朝日奈が腹を押すたびに、我慢しているのに、肛門から飛沫が飛び散る。 そのうち朝日奈が押さずとも、緩まった肛門から、尿のように液体が押し出されてくる。 肛門を水が通り抜けていく。気持ち悪いはずなのに、肛門を刺激されるのが心地いい。 もう、いやだ。こんな羞恥、耐えられない。死んだ方がましだ。 目から、大粒の涙がこぼれおちる。 舞園が、声をあげて泣き出した。 「ふぇっ…うぇえぇええぇっ…っ、うぁあああぁあぁぁ…」 乳首を弄ばれて絶頂した時のような、すすり泣きではない。 本物の、号泣。 けれど泣いても、排泄は止まらず、彼女の肛門を刺激し続ける。 貫くような罪悪感に駆られたのは、朝日奈。 押さえつけていた、考えないようにしていた自責の念が、一度にあふれ出してくる。 テレビ画面の向こう側にいた、笑顔の眩しい、汚れを知らないような、あの憧れのアイドル。 それを裸に剥いて縛り上げ、浣腸器を指し込み、嫌がっているのに排泄を強要し、そして泣かせてしまった。 たちが悪いのは、罪悪感に責め立てられつつも、 この現状に興奮している自分が、ここにいるということ。 『泣いても、乳首をいじめてあげれば、すぐに彼女は泣きやみますわ』 ベッドに戻る前の、セレスの言葉を思い出し、朝日奈はローターの電源に手を伸ばした。 「ふぇえぇえ……っ!?あっ、う…ふひゃあぁ!!」 涙でゆがんでいた舞園の瞳が、一気に見開く。 「あ、さひな、さ…何を…」 ふるふると、顔が震えている。見開かれた目は朝日奈を捉え、懇願するような色を浮かべている。 ぞくり、と、背徳感を刺激される。 「大丈夫だよ、舞園ちゃん…乳首の気持ちいいのに、集中してて…」 「んっ…あぁ、はぅ…」 舞園の様子はまさに、セレスの言葉通り、といったところ。 まだ涙の跡を光らせてはいるものの、その頬にはもう赤みが差している。 「乳首、そんなに気持ちいの…?この器械のせい?それとも…舞園ちゃんが、特別敏感なの…?」 「やだっ、やだぁあ…変な事、言わな…っん、あぁああ…!」 「でも、こうやって耳元で恥ずかしいこと言われるの、ホントは気持ちいいでしょ…? 自分のエッチなところを容赦なく責められるの、ホントは大好きでしょ…? わかるんだよ?そういうの…私も、同じなんだから…」 今度は、朝日奈が舞園の痴態に当てられる番だった。 裸のまま縛られて泣きじゃくる舞園は、とても可愛らしくて、とても官能的。 小動物のような愛おしさがあるのに、これ以上ないくらいにエロい。 守ってあげたくなるのと同時に、もっといじめてやりたくなる。 胸の刺激に耐えきれないのか、大きく背をそらしているけれど、それで胸が突き出されて、 結局もっと刺激を与えられ、跳ねるように体を震わせて、背を丸め…という一連の仕種を、舞園は繰り返している。 「もっかい、入れるからね」 そう言って浣腸を準備する朝日奈を、舞園は蕩けた目で見ている。 「や、やめ…ふぁ…」 言葉だけでも抵抗しようと声を上げるも、意識は半分向こう側にイってしまっているらしい。 心なしか、浣腸を準備する自分の手つきが、焦って見える。 もっと彼女をいじめてやりたい。もっと彼女を堕としてやりたい。 管に注射器を取り付け、舞園の肛門へと差し込む。 一度経験したからか、それとも快感で緩んでいるのか、彼女の肛門はさっきよりも簡単に、奥までそれを加えこんだ。 「まだ、痛い?」 朝日奈が尋ねる。 「ふえ…よ、く、わかんない…です…っく、んぅ…」 蕩けたままの目で、舞園が答える。 乳首に意識を集中させたのは、正解だったかもしれない。 同じ要領で、何度も彼女の中に、ぬるま湯が流し込まれて行く。 「やだ、やだっ…ふあぁああ、乳首、ダメぇ…!」 管を抜くと、だいぶ抵抗なく、ほぼ透明なお湯が押し出され、流れ出てくる。 舞園も嫌がってはいるものの、乳首をこねくり回されて力が入らないようだった。 何度も、何度も。 自分の肛門にぬるま湯が注がれ、そして排泄を繰り返すうちに、 その排泄に、明らかに性的な心地よさを覚えてしまっていることに、舞園はまだ気が付けずにいた。 「そろそろ綺麗になりましたか?」 どれくらいの時間が経ったのか、下着姿のセレスがしびれを切らしたように顔を出す。 舞園は文字通り、『出来あがって』いた。 「はぁ…はぁう…」 パシャパシャと音を立てて水流がアナルを舐めあげ、そのたびに背筋を得も言われぬ感覚が走り抜ける。 たった今、直接内側を泡立てたボディソープで洗われたところだった。 朝日奈がシャワーのノズルを伸ばし、舞園の肛門に当てがっている。 もう力は入らず、時々肛門が物欲しげに開いてはヒクつく。 水流がもたらす、苦しみにも似たむず痒い刺激に、彼女は息を荒げていた。 「良い具合ですね、舞園さん」 セレスが舞園の頬を掴み、顔を自分に向けさせる。 力が入らず、睨み返すことさえできない。蕩けきった目で、舞園はセレスを見上げた。 「痛みや苦しみが消えて、別の感覚が肛門から伝わってくるでしょう? お尻の穴だって、ちゃんと開発してあげれば、立派な性感帯になるのです」 朝日奈に舞園を運ばせ、ベッドの上に横たえさせる。 舞園の身体は、とっくに弱りきっていた。 数分、いや数十分、肛門への刺激を耐え続け、我慢も限界に達している。 そして、結局一度も、まともに股間を弄ってもらえていない。 女としての欲が、絶頂へのフラストレーションが、徐々に肛門から感じる刺激を、性感と認識し始める。 さっきとは逆に、舞園はベッドの上にうつ伏せにされていた。 顔は枕に押し付けたまま、膝を曲げて尻を突き出すような格好を強要されている。 今度は、何をされるのだろう。 抵抗など頭になく、訪れるだろう未知の刺激を、顔を枕にうずめて待つ。 中々触れられず、セレスが朝日奈に何か命じているのも、自分を焦らすためではないかと思ってしまう。 「緊張していますか?」 セレスが身を乗り出し、ベッドの上の舞園に、自分の体を添える。 「あ…」 密着する、肌と肌。 セレスの肌から香る、香水に混じった、雌の匂い。 とても、いやらしく感じてしまう。 「大丈夫、力を抜いていれば、痛くはありませんから」 唐突に、冷たいローションが肛門に垂らされる。 「ふぁっ!?」 急な感覚に戸惑い、思わず尻を締めてしまう。 「ほら、力を抜いて…」 朝日奈に続いて、舞園もまたセレスに屈服しつつあった。 朝日奈のように心を折られたのではなく、純粋に女としての快感を期待させられて。 ほんの数時間前まで、舞園はアイドルである自分に、少なからず矜持を持っていたのに、 今ではその肩書は、『アイドルなのに』と、自分を辱めるための材料でしかなくなっていた。 力を抜いて、なんて言われても、そんな簡単に脱力なんてできるわけじゃない。 まだ感じたことのない、知識でしか巡り合ったことのない、アナルでの快楽に期待してしまう。 「うふふ…お尻の穴、弄って欲しそうにヒクつかせちゃって…もう我慢できないのでしょう?」 枕にうずめた顔の耳元で、セレスが囁いた。 表情を見られたくなくて、もっと力強く枕に顔を押しつける。 「言っておきますが、弄るのは、基本的に朝日奈さんですわ…」 「わん…」 なんでもいい。 とにかく早く弄って欲しい。 気を抜けばそんな、アイドルにあるまじき言葉を口走ってしまいそうで、枕に顔を押し付ける。 それでも体は、彼女の意思とは無関係に、腰をつきあげて誘惑するように振るのだった。 「うぅ…」 朝日奈の指が尻を掴み、その溝をなぞる感覚に、うめき声を上げる。 彼女はいささか力が強く、触り方もどこか乱暴に感じる。 けれど今の舞園には、それは十分すぎる刺激。 アナルの周りにローションをすりこむように、指の腹が円を描く。 「ふっ…う、んっ…」 枕に顔を押し付けているから、何とか声を我慢できた。 あまりにじれったくて、拘束さえなければきっと、今頃自分で自分を慰めているだろう。 「そう、もっと丁寧に…まずは周りのお肉を、ほぐしてあげてください」 「…わん」 こすったり、引っ張ったり、振動を与えたり。朝日奈の指が、単調ながらも変化を与えて刺激する。 「…ん……ふっ…ぅ…っ!!」 「あ…」 「どうしました?…ああ、人間の言葉で答えてよろしいですよ」 「お尻の穴…膨らんできた」 言われて、ビクッと舞園が震える。 顔から火が出る思いだ。 「あらあら…ふふ、顔が真っ赤ですわよ、舞園さん」 恥ずかしくて、思いっきり枕に顔を押し付けるのに、腰は刺激を求めて勝手に高く上る。 「もうそろそろ、指を入れてあげてもいいですわ」 「わん」 ぬるり、と、唐突に、何の抵抗もなく、舞園のアナルが朝日奈の指を咥えこんだ。 「あっ、ぐ…!!!」 余りの感覚に、顔をあげてしまう。 異物感。肛門がそれを排除しようと、力強く締まる。 朝日奈の指は、途中で躊躇いがちに止まったが、 「ほら、奥まで入れてあげなさい」 「っ、わん…」 セレスの言葉に逆らえず、指の根元まで舞園のアナルに突き刺していく。 「ふっ、う、ぅうう…」 「ゆっくり呼吸して…力を抜いてください」 そんなこと言われても、と舞園は当惑した。 天性の脱力の才能があった朝日奈とは違い、緊張した舞園の身体からは、そんな簡単に力を抜けはしない。 痛いくらいに、朝日奈の指を締め付けている。 「はっ、はっ……痛い、苦しい、です…っ、抜いて、ください…」 舞園が苦しそうに訴える顔を、セレスは楽しげに覗きこんでいる。 「…だ、そうですよ、朝日奈さん。ゆっくり、優しく、抜いてあげてください」 「わんっ…」 ずるり 「――っひ…!?」 なまめかしい音が、耳に届く。 実際はそんな音はなかったのだが、あまりの感覚に、舞園の脳がそれを知覚してしまった。 締め付けられたままの指を、ゆっくりと朝日奈が抜いていく。 ぬるぬると、内壁が擦れて引きずり出されてしまうような感覚。 「ふっ、うぁっ…!?……やっ、ダメっ!これダメですっ!!」 舞園は腰を大きく跳ねあげた。 けれども拘束されてろくに抵抗も出来るはずなく、結局自分で暴れて刺激を増長させてしまう。 「あなたが抜いてとお願いしたんですよ?」 跳ね上がった舞園の顔を、セレスがしっかりととらえる。 「あっ、あ、あぁああぁあ…!」 「お尻の穴を弄られて蕩けちゃうアイドルの顔…しっかりと見せてください」 「いやっ、あ、言わないで、くださ…んっ、う…!!」 入れられた時の苦痛とは全く異なる、全身の力を抜きとられるような感覚。 刺激される排泄欲に、自分から朝日奈の指を締め付けてしまい、ますます感覚が強くなる。 くぽっ、と、吸盤のはがれるような音がして、朝日奈が舞園の肛門から、指を引き抜く。 「ふぅ、んっ…ふぅ、んっ…ふぅ、んっ…」 「あら、一度指を出し入れしただけで、こんなになっちゃって…これからもっとすごいことをするというのに」 潤んだ目、真っ赤な頬。 荒い息、蕩けた顔。 もう、セレスに顔を見られていることすら、気にならなくなってきた。 震えながら息を吐く舞園の頭には、もうその一つのことしか浮かばない。 「も、許してくださ…」 「あら、まだまだこれからですわよ?」 「違…ちゃんと、ちゃんと…おまんこ、弄ってください…もう、切なすぎて我慢できないんです…」 結局一度も、まともに弄ってもらえていない。セレスも、それをわかって放置していた。 先ほどからずっと、緩んだ蛇口のように愛液が垂れ続け、膝を伝っている。 「…次は、舌で舐めまわしてあげてください」 「わ、わん」 朝日奈の顔をアナルに押しつけながら、またセレスが舞園の顔を覗き込む。 この、顔を覗きこまれるという行為が、たまらなく羞恥心を煽ってくる。 けれど、もう枕にうずめて顔を隠す力もない。 快楽で蕩けきった自分の顔を、まじまじと覗かれる。 それだけの行為なのに、ひどくドキドキする。 まるでセレスの瞳から、催眠でもかけられているかのようだ。 「ふふ…あのアイドルの舞園さんの口から、そんなエッチな言葉を聞けるなんて…」 すりすりと頬を撫でられる。 それまでは恥ずかしいだけだったのに、頬を滑るセレスの指が気持ちいい。 頭が熱い。 いいのだろうか、こんな。 自分はアイドルなのに。 こんな恥ずかしい恰好をさせられて。 あんな恥ずかしいことを言ってしまって。 「ふっ、うぁっ!?…んっ!」 アナルに入り込んだ朝日奈の舌が、舞園の思考を寸断する。 生温かいザラザラとしたそれが与える刺激は、先ほどまでの指とは比べ物にならない。 「私も鬼じゃありません…アナルでイけたら、ちゃんと前の穴も弄ってあげますわ」 「そ、そんな…無理です…ふっ、うぁあ、ん…」 舞園は泣きじゃくりながら、セレスに訴えかける。 朝日奈の舌が、器用に入口を舐め濡っている。 気持ちいいのに、感じてしまうのに、絶頂には辿りつけない。 「もう、頭おかしくなっちゃいます…んっ……ぁ、ダメ、ダメなんです… さっきからイきそうなのに、ずっと寸止めされてるみたいで、もう無理です…ふっ、ん…! おまんこでイかせてください…お願いします…!」 ゾクリ、と、セレスが恍惚の表情を見せた。 舞園のその懇願だけで、あやうくイってしまいそうなほどに興奮させられる。 「ふ、ふふふ…舞園さんの、こんな…苗木君あたりが見たら、一生もののオカズになるのでしょうね」 「…あっ、うぁあっ!!」 自分の声じゃない。 獣のようなうめき声が漏れた。 想像してしまう。彼の顔を。 全身に緊張が走り、忘れかけていた羞恥心がよみがえってくる。 「ふあっ……舌、押し出されちゃった…」 朝日奈が、口を離す。 舞園の顔を覗き込んでいたセレスは、いやらしく笑ってにじり寄る。 「へえ…」 「まさか、あなたも苗木君を…」 「な、なんの話ですか…」 聞くまでもない。舞園本人も、自身の反応の変わりように驚いていた。 自分の中にある彼への好意を隠すことは、恥ずかしいことではない。 しかし、この状況で、この女に知られることは、 何かとてつもなく致命的な弱みを握られてしまうことのように思えた。 「とぼけても無駄ですわ…体は正直でしたから」 「くっ…」 「…?」 朝日奈に気が付かれなかったことは、せめてもの救いかもしれない。 「…初めてお尻でちゃんと、感じてしまったのでしょう?苗木君のことを考えて…」 「…」 「それならそうと、早く言ってくれればいいのに…良い夢、見せてあげますわ」 セレスは例の小箱を漁る。 おもちゃ箱をひっくり返したように、様々な小道具がベッドの上に広げられた。 ただ散らばったその道具たちは、おもちゃと呼ぶにはあまりにも生々しい。 ヘッドホンが取り付けられた、大仰な目隠し。 男性器を模した、ピンク色のゴムのディルドー。 1㍍はありそうな、定間隔にゴムのこぶが付いているゴムの紐。 「今度は何を…するつもりなんですか」 弱弱しく震えた声で、舞園がたずねた。 答えずにセレスが、ヘッドホンの取り付けられた目隠しをする。 視覚と聴覚を奪われ、思わず舞園は口を閉じた。 どんどん、抵抗ができなくなる。 服を剥がれて体の自由も利かなくなり、目と耳まで塞がれて、忘れていた恐怖心を思い出す。 快感と恐怖の間で弄ばれ、舞園の心はもう壊れかけていて、 だからこそセレスの毒が、より深くしみ込んでいく。 『…舞園さん』 「え…?」 ヘッドホンから届く、その声は。 聞き違うはずはない、愛しい彼の声だった。 目隠しのその向こうでは、ただセレスが蝶ネクタイ型の変声器に声を当てているだけ。 しかしそんなことを、舞園が気づけるはずもない。 それがヘッドホンを通して、耳元で話しかけられているような錯覚を与えられる。 『今から舞園さんのお尻…本格的にぐちょぐちょにしてあげるからね』 「あっ…」 違う、これは彼じゃないと必死に自分に言い聞かせても、 彼女には、耳から流れ込んでくるその声だけが真実だった。 体は彼の声に反応して、じわじわと愛液を流し続ける。 何かがアナルに突きいれられ、そこから冷たい液体が流れ込んでくる。 「うっ、ふぁっああぁあっ…!?」 すぐにローションだと理解する。 冷たさがゾクゾクと背中を這い上がる。 「な、何を…」 『力抜いて…今からすごいの入れるから』 「っ…ふ、う…」 苗木の声に当てられて、本当に力が抜けていく。 耳が気持ちいい。 耳元で直接、彼に囁かれているような。 目を開けば、すぐそばに彼がいて、自分のこんなあられもない姿を見られているかのような。 そんな錯覚に陥らされる。 ぐ、と、肛門の壁を押し分けて、何かが押し入れられてきた。 「うぁあっ…!」 異物感を感じ取り、反射的に排泄を行うと直腸が収縮し、 『ホラ、力抜いて』 「んっ…!?」 苗木の言葉に、身体が従ってしまう。 『ゆっくり深呼吸するよ…吸ってー、吐いてー』 「んっ、ふ、ふぅうう…はぁあぁあ…」 逆らえない。逆らう気力さえ奪われている。 苗木誠の声に、逆らえない。 視覚も聴覚も奪われた彼女にとっては、快楽に似た異物感と、苗木誠の声だけが全て。 それだけが彼女の世界。逆らうことのできない、催眠の世界。 それを、セレスはこの短時間で作り出してみせた。 わざと秘部を弄らなかったのも、彼女のアイドル時代の秘密を暴露したのも、 乳首だけで絶頂を与えたのも、慣れない肛門での性感を覚えさせたのも、 全てはこのため。 もう舞園の意識は、苗木の声――セレスの命令には、逆らえない。