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幻想(ユメ)の終わり(前編) ◆mist32RAEs 「で、たしかシモ条君がいたのはここら辺だったかしら」 「うむ、ビルの上から見た限りでは、ここからあちらのほうへ向かって走っていたようだ。 しかし自ら動くといったからには目標へ向かって一目散なのかと思ったが」 「失礼ね、いくらなんでもそこまで不義理な女ではないつもりよ。 象の像に行くついでに挨拶くらいはね。とりあえず近くに銃声とか激しい物音は聞こえないし……一旦、通信してみようかしら」 「まあ戦闘が行われていた音は止んだようだが……時に戦場ヶ原」 「なに、人の名前を気安く呼んだからには、くだらない用事では承知しないわよ」 「お前はアララギ君とやらのどこに惚れたんだ?」 「…………」 「冗談だ。その文房具をしまえ」 「時と場合を考えてくれないかしら。 お惚気がお望みなら、貴女が世界中の絶望をかき集めたような深いため息をするまで延々聞かせてあげてもいいけれど。 今は空気の読めない童貞野郎のシモ条君の生死がかかっているかもしれない時なのよ」 「あいつを童貞と男汁、いや断じるお前はさぞかし経験豊富なのだろうな」 「……………………」 「何故黙る」 「ええ、そうよ。わかるわ、わかるわよ。長く生きた魔女だからってバカにしないで頂戴。 昨今の進んだ女子高生をなめていると痛い目に合うわよ。ヤリまくりよ。だからわかるわ。きっとそうよ。そんな顔してるもの」 「あいつが童貞かどうかはともかくとして通信は悪くない手段だと思う。では早速――」 BANG! 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「……なにかしら。貴女が通信したせいで銃声が響いたということは…… つまり貴女が迂闊にも発信した音声のせいで危険人物に発見されたシモ条君は哀れゲームオーバーに――」 「台詞だけのパートだからといって、わざとらしい説明口調で誰かの誤解を招くような事を言うな。 まだ何も喋ってないし、ハロを持ってるのはスザクだ」 「……律儀に突っ込んでくれるなんて、貴女って以外と付き合いがいいのね。ちょっと阿良々木君を思い出してしまったわ」 「お前のような女と付き合うその阿良々木君とやらのことが、今ので更に分からなくなったよ。とにかく慎重に近づいて様子を見るぞ」 「そうね…………あら? あの声……」 ◇ ◇ ◇ ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする。 「何やってんだよ……」 そこに重い声。 剣呑な響きを込めた、一人の少年の声。 その背に少女の亡骸を抱えあげながら、足取りは一切ふらつくことはない。 一歩一歩、地をしっかりと踏みしめて歩いてくる。 ジャリ、ジャリという足音がやけにハッキリと耳に響いた。 「……」 枢木スザクは沈黙。 傍らに立つ金髪の美丈夫に向けた銃口はブレることなく。 それを向けられた金髪の男――レイ・ラングレンもまた口を開かず。 「てめぇら、一体何やってんだって聞いてんだよ!!」 一喝した。 見るからに自分よりも年下の少年だろうに、どうしてここまでの迫力を出せるのか。 声に迷いは一切無く、岩のような頑強な信念を感じ取ることができる。 自分とは違う、とスザクは思った。 贖罪のため、愛した女のため、友のため――。 何のために戦っていたのか、自分ですら定められない迷いの時があった。 この少年は、そんな自分とは、違う。 「上条当麻――」 「うるせェ! お前ら一体何がしたいんだよ!? 銃を向けて、刀を振り回して、そんなに傷つけ合いたいのかよ!」 上条はこちらとレイの事情は知らないはずだ。 サーシェスとの戦いが終わるまで、こちらがC.C.たちの知り合いであり、味方であることすら彼は知らなかった。 そして先ほど罠に嵌って同士討ちをしたミスを指摘されたばかりでもあるというのに。 なぜ彼はこうも向かってこれるのだ。 「こちらの話だ。事情を知らない君は引っ込んでいろ」 「馬鹿野郎! 知るも知らないも関係あるか! そいつは銃だぞ、引き金引いたら死んじまうんだぞ!」 上条当麻は引かない。 絶対の信念を掲げ、ずけずけと無神経なまでに、こちらに踏み込んでくる。 「テメェこそわかってんのかよ枢木スザク! 死んだらもう御仕舞いじゃねえのかよ! 悲しむことも怒ることも悔やむこともできないんだ! 俺は確かにあんたらに何があったかなんてしらねえよ。けどな! あんたらなら知ってんだろ、人が死ぬって事の痛みを! 辛かったはずだ。苦しかったはずだ。痛かったはずだ。恐かったはずだ。震えたはずだ。叫んだはずだ。涙が出たはずだ。 死んじまった奴も、死なれちまった奴も……だったら、それはダメだ。 そんなに重たい衝撃は、絶対に誰かに押し付けちゃいけないものなんだ」 そんなことは言われるまでも無く分かっている。 上条当麻は正しい。どうしようもなく正しい。 そのときスザクの胸中に、優しく微笑む一人の高貴な女性の姿が浮かんだ。 ユフィ――ユーフェミア・リ・ブリタニア。 彼女の死はまさしく上条の言う『痛み』だった。 スザクという男の、夢の理解者。愛したひと。騎士の誓いを捧げた主。そして亡くした時の、例えようもない空虚な喪失感。 だが――なのになぜ彼の言葉を聞くたびに、心の底で煮立つような苛立ちが生まれるのか。 「ならば、どうするというんだ」 「それでも……それでもやるっていうんなら目ェ覚まさせてやる……! この右手で……その幻想をぶち殺す!!」 「上条当麻……君はいつもそうやってきたというのか?」 「ああ、そうだ! それぞれにどんなやむを得ない事情があったって! それが誰かを傷つけて、泣かせていい理由になんかならねえだろうが!! それは……それだけは何があろうとも絶対に間違ってる!! だから壊してやる……その幻想をな!!」 そうだ。 どんな事情があっても、それで日本国民全てを死地に投げ出していい理由などあるわけがない。 そう考えて、スザクは全ての罪を背負う覚悟で、己の父を殺したのではないか。 ナナリーを幸せにしたいと願って、そのために優しい世界を作り上げようと暗躍したかつての友、ルルーシュ・ランペルージ。 スザクはそんなルルーシュをかつて皇帝に売った。そのことを後悔などしていない。 どんな事情があっても、それが日本を、スザクを愛し、理解してくれたユフィを殺していい理由にはならないのだから。 上条当麻は正しい。正しいのに――、 「幻想……ユメか……」 「……?」 レイが口を開いた。 静かな声だった。 声とは音であるのに、静かという表現は不適当かもしれない。 だがそれはあまりに穏やかで、周囲の大気に染み渡るような響き。 それでありながら重く、周囲の人間が押し黙るしかない迫力があった。 数拍の静けさの後、再び同じ声がレイの口から発せられる。 「上条当麻。お前が今までそうやって幻想を殺してきたことに後悔はあるのか」 「後悔……? そんなもんあるかよ。誰かが泣いてるんだ。助けを求めてるんだ。 心の底では皆、誰もが笑えるハッピーエンドを望んでるんだ! そこに手を差し伸べるのに後悔なんざ――」 そうだろう。 だからこそこの少年は残酷なまでに無邪気に、幻想(ユメ)を殺すなどと言い切れる。 「ならば聞かせてもらおうか。俺にも幻想(ユメ)があった。一人の女と平和に、穏やかに暮らしたい。そんなささやかなユメだった。 それを、あの男が引き裂いた。自分に協力しないというただそれだけでだ。そいつには多くの賛同者がいた。 そいつらにとってのユメには、俺の幻想なぞどうでもいいことだったんだろう」 「それは……ッ!」 「だから必要ないと、殺されていいというのか、俺のユメは!! なあ、どうなる。幻想を、夢を殺された者は、その先どうなると思う」 大義を成すために――わずかな人間の夢を裏切り、踏み潰してもいいのか。 スザクはそれを選んだ。赦されるなどとは思っていない。 その罪を背負って地獄まで堕ちていく覚悟はできている。 だからこそレイ・ラングレンに銃を向けた。 だがそれは間違いだと上条当麻は吼える。 しかしその咆哮に対し、レイは氷のような眼で、どこへも向けられない煮えたぎるような怒りをぶち込んだ嘆きの声で問う。 「違うだろ……! だからって、殺し返したって……!」 「ああ、そうだ。どうにもならない。俺の大切なものが戻ってくるわけじゃない。だが問題はそこじゃない。お前は勘違いをしている。 大切な何かのためだろうが何だろうが、誰かの幻想(ユメ)を殺すということの罪深さを、お前はまったく理解していない!!」 夢を殺された者は、残された者はどうなるのか。 レイの言葉によってスザクの心中に生まれた、泡立つような感情の正体がはっきりと分かった。 血に染まり、青ざめたユフィを抱いて嘆いた時のことをスザクは忘れない。 忘れることなどできるものか。 できることなら自らの身を剣で貫き、果てたかった。 だが虐殺皇女と呼ばれたユフィの汚名を雪がぬまま死ぬことを、そして彼女を裏切り、撃ち殺してのうのうと革命の大義を語るゼロを許しておけるものではなかった。 せめて、せめてその罪を思い知らせてやらなければ、彼女の死があまりにも哀れに過ぎる。 世界の全てから誤解されたまま、ただ汚名だけが残り、彼女の優しさも、夢も、誰にも理解されぬまま、汚名と憎しみだけが遺された。 それでいいのか。真実が消し去られたままでいいのか。その死が誰にも顧みられぬほどに無価値と断ぜられたままで許されるのか。 「罪深さ…………だって?」 「幻想を……ユメを殺された者は、どうなるか知っているか?」 「……」 知っている。 スザクはそれを知っている。 だが上条当麻は知ろうとすらしていない。 まるで彼女を裏切り、殺して、詫びの言葉すら口にしない、かつての友だった男のように。 それが……たまらなく腹立たしい。 「どうにもならない。決して埋まらない苦しみに、怒りに、悲しさに、心と体をさいなまれるんだ。 それがどれほど苦しいか、知れ! 誰かのユメを殺すことの重さを! 俺が――――お前の幻想を撃ち殺す!!」 「やめろ――――――――ッッ!!!!」 言いながら、レイは自らの腰に差した奇妙な形の銃を抜いた。 スザクはそれを受けて警告の叫びを発する。 いくらなんでも銃を向けるのはやりすぎだ、と思ったが故だが、殺してでも止めるというつもりはなかった。 心情的にはレイの方に共感していたこともあったし、そもそも無駄に命を奪うという考えをスザクは持っていない。 撃つとしても肩か腕を狙うつもりで、だから狙いを付け直さなければならないために引き金にかける指が緩み、そして銃口が僅かに揺れた。 その僅かな隙――銃を構えた腕が、下からきた突然の衝撃で跳ね上げられる。 「レイさんッ……!」 レイが銃を構えていない方の腕で、下方からこちらの腕をかちあげたのだと気付く――その時にはすでに上条へ向けて引き金が引かれていた。 炸裂するマズルフラッシュの閃きが瞳を焼く。一瞬の早業。 銃口から放たれた弾丸が、あの少年の眉間を貫くのだろうと、スザクは半ば諦めたように考えていた。 ――どさりと、重い何かが地面に落ちた音がした。 ◇ ◇ ◇ 固い岩盤のような床すら軽々と貫通するこの愛銃は、ヒットすれば人間の頭蓋など柔らかい果実のように撃ち砕く。 赤い血と脳漿の花が咲いた。 着弾の衝撃で上半身がのけぞるように跳ね上がり、そしてすぐ後ろの地面へと叩きつけられた。 それは赤い液体に塗れた何か。 その液体はどんどんこぼれていき、地に染みて水たまりを作っていく。 それはピクリとも動かない。 動きだけでなく、気配すらなく、生きて動くモノではないのだと誰もが一見して理解する。 「な……」 呻き声の主はそれを見下ろし、固まったように動かない。 どろどろと柔らかい内容物がこぼれていく様を、為す術も無く凝視している。 ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする――していた気がするが、今は何故か音が遠い。 この空間が世界から遮断されたような錯覚。現実味がない。 いや――現実味がないのは、この自分自身の方かもしれない。 感じられないリアリティを確かめるように、この手に構えた銃の引き金を引く。そう、もう一度。 炸薬が破裂する音、硝煙の匂い、マズルフラッシュの閃光。標的が弾丸を受け止め破裂する。 それらは確かにここにある。視界に映る結果がそう示す。 なのに、やはり実感というものが失せていた。 「てめェえええええ――――――――――――ーッ!!!!」 二発目の着弾と同時、その傍らに立ち尽くしていた少年が吼える。 その瞳には怒りの炎が燃え盛っていた。 大切なものを壊された怒り。 そうだ。それでなくてはならない。 それを知らず、この身に受けた苦しみと、生まれ落ちて膨れ上がった憎しみを否定するなど許されない。 こちらと戦うときですら、自らの背に抱えながら立ち回っていた。そして今もそうだ。 だからそれを撃った。 御坂美琴という少女の亡骸の額を、この銃で撃ち抜いたのだ。 「どうした……そいつはお前にとって大切なものだったんだろう? ならば、それを傷つけられたらお前はどうするんだ」 少年は――上条当麻は全身を怒りでこわばらせた。 そして右手を固く握り締め、 「テメェをぶっ飛ばすッッッッ!!!!」 モンスターマシンが全開でモーターをふかしたかの如く怒り、吠える。 そして弾丸のように跳ねた。 一直線に真っ直ぐに、あまりにも馬鹿正直に。 「レイさん!」 「……止めるつもりならば勝手にしろ」 「……!」 「引く気はない」 突き放したような返答に対し、スザクは明らかに鼻白んだ。 だがどうでもいいことだ。撃とうが撃つまいが勝手にすればいいと先に言ったはずだ。 そして視線を正面に向けると、すでにあと一足飛びで届く距離まで上条当麻は突っ込んできていた。 「――!」 目を離したのは一瞬だった。そして予想外のスピード。 だが、対応不可能ではない。 すぐさま銃口を向ける。 そこから引き金を引く余裕はかろうじてあるはずだった。 「――うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」 銃弾は放たれた。 同時に心の底から響くような、あまりにも真っ直ぐな怒りの咆哮とともに上条当麻はさらに踏み込む。 大気を切り裂く音速の弾丸が、黒髪をいくつか散らすのが見えた。 だが血の徒花は咲かず。 「歯ぁくいしばれ!!」 最後の一歩。ついに辿り着かれたクロスレンジ――接近戦。 まぎれもない上条当麻の土俵だった。 銃口を向けようとして、その腕をガシリと止められる。 レイの腕を握り締める左腕、そしてもう片方の右腕。 握りしめた右拳。 上条当麻の必殺の一撃。 ――来る。 そう思った瞬間、顎にガギンという固い衝撃がきて、レイの視界が上へと跳ね上がった。 頭上は夜空。暗い色。 それがチカチカと瞬いて見える。 首から上が吹き飛ぶような錯覚を覚えた。 あまりの威力のせいか膝から下が半ば痺れたように力が入らず、だがそれでもレイは踏みとどまった。 強引に痺れを押さえ込み、振りかぶるようにして上から殴りつける。 撃てないなら殴るだけだ。ゴキンと固いものが激突する音がした。 「がっ…………ああぁっ!!」 まともにこめかみに入っても上条当麻は揺るがない。 がっしりと踏みとどまるその両足は、まるで地に食い込んだ鉄杭のようにびくともしない。 そして再び幻想殺しの鉄拳が唸る。 「ぐ……がァッ!!」 受けた。 耐えた。 レイの反撃。 「ッ………………ッッだらあ!!」 受けた。 耐えた。 上条のボディブロー。 みしみしと体の芯まで食い込む威力。 膝はがくがくと不安定で、地面を踏みしめているのかどうか、確たる感覚がない。 視界は明滅し、夜のはずなのに白い光が見える。 内臓に鉛を埋め込まれたようで、体の節々は動かす度に鈍痛が走る。 折れたアバラはまるで心臓の鼓動のように、絶えず激痛を脳へと送る。 ――だから、どうした。 そんなことは止まる理由にはならない。 向こうもそれは同じはずだ。 大切なものを理不尽に奪われた。 いや、それが本当に大切なものなら理屈はもう関係ない。 自分の半身に等しい存在がぽっかりと消え失せた空白の感覚。 埋めるためには憎悪をそこに流しこむしかなかった。 悲しみに向き合い、それに浸ることはできなかった。 だって、奴は――、 シノを殺したカギ爪の男は――、 おそらく俺の大事なものを奪って何の後悔もしていないのだろうから――。 思い知らせてやる。 殺してやる。 お前が何をしたかを、五体をバラバラにしてでも分からせてやる。 だから動け。 俺の身体。 その憎悪を燃料にして。 結果、焼き付いて朽ち果てようが構わない。 奴を殺すまで、もてばそれでいい。 なのに――――なぜ、動かない。 「――おぉらぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」 咆哮とともに放たれた上条当麻の右拳が、自身の顔面に叩き込まれるのを他人事のように見ていた。 まるでスローモーション。身体はすでに動かなかった。 兆候はすでにあった。 漆黒の殺意という、レイ・ラングレンを動かす燃料はすでにない。 一度認めてしまったから。 ユメの終わりを。 カギ爪の死を。 だからそれは、もう、二度と砕けて戻らない。 もう――動けない。 レイは今、気付かされた。 自分を突き動かすものはすでになく、自分自身の存在すらもとっくの昔に壊れた幻想であったと。 それを上条当麻の、幻想殺しの拳によって気付かされてしまったのだと。 ◇ ◇ ◇ 「……はぁ……はぁ……」 自身の荒い息遣い。 見下ろす視線の先には地に這うレイ・ラングレンの姿があった。 やや離れて、枢木スザクが無言で立ち尽くしている。 眉間に皺を寄せて、ひたすらに沈黙を守り続ける。 ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする。 「……上条当麻」 風にかき消されそうな声はレイのものだった。 かろうじて息を整え、己の拳で打ち倒した男の顔を見る。 そこには感情が無かった。見たことのない表情で、語りようもない顔をしていた。 少なくとも若く、しかも記憶喪失の上条当麻が刻んだ極めて短い人生経験では、それは測りかねた。 「見事に幻想を殺されたよ。いや、気付かされたというべきなのか」 今度ははっきりと聞こえた。 しかし変わらず感情は読み取れない。淡々と言葉を紡ぐ。 「ひとつ聞きたい。俺が撃ったあの娘は、お前にとってどんな存在だった」 あまりに意外だった。 レイがそんなことを聞くとは思わず、上条はとっさに短く呻き、そしてわずかに考える。 夏休みの終わりに約束をした。 学園都市での、もうこの世にはいないであろう若き魔術師との戦いの後のことだった。 たぶん、おそらく、あいつはあの場にいたと思う。 そうでなくては説明の付かない事があった。 だから聞こえることを承知で約束をした。 ――いつでも、どこでも、誰からでも、何度でも。このような事になる度に、まるで都合のいいヒーローのように駆けつけて彼女を守ると、約束してくれますか。 上条当麻は頷いた。 もちろんハンパな気持ちで答えたわけではない。 本気でそう思ったし、それ以前に起こった事件では実際に命をかけて一方通行と戦い、守ってみせた。 彼女を――御坂美琴が泣くような事があったら、何があろうとも助けてみせる。 それを……守れなかった。 もう、どうあがいたところで、それは元には戻らない。 幻想は殺せても、死んだ人間を生き返らせることなんかできない。 突然、無力感が全身にまとわりついてくる感覚があった。 レイに対する答えを口に出そうとする度に挫けそうになる。 夏休みのわずかな記憶しかない今の上条にとって、どんな辛い戦いでもこれほどの苦しみを味わったことは無かったと思う。 それでもきっと、これは答えなくてはならないことだ。 上条当麻にはきっとその責任があると、理屈抜きで思う。 もう動かない御坂美琴の亡骸を一瞥して、決意を固めた。 己が罪を告白する覚悟だった。 「……絶対に守ると約束した。それを、俺は、果たせなかった」 口にすると同時に、喩えようのない何かが自分の中で壊れた気がした。 それがきっと、御坂美琴を守れなかったという罪の、約束を果たせなかった罪の代償なのだろう。 レイはそうか、と頷いてそれ以上は何も言わなかった。 上条は歯をくいしばるしかなかった。 「そしてお前はあの死体をどうする気だったんだ。換金するつもりなら首だけ落とせばいいはずだろう」 立ち上がった金髪の男は、改めて見るとすぐにわかるほどボロボロだった。 この殺し合いに放り込まれてから連戦に次ぐ連戦だったのか、全身に夥しい傷と、服に染みた血の痕。 それでも足取りはゆっくりと、しかしふらつかず、まっすぐ上条の横を通ってスザクの方へと歩んでいく。 「……」 この男が何を言おうとしているのかは、上条にはわからない。 だが、きっと何かを求めている。 今まで幻想を殺してきた相手は、全てのものが答えを求めていたからだ。 幻想は殺された――ならば、どうすればいい? その度に答えを提示してきた。 それしか道が見つからず、やむを得ず傷つき苦しむ選択肢を選ばざるを得なかったのだとしても、やり直せばいい。 心の底ではきっと自分も、他人も、誰も傷つけずに幸せになれる道を求めていたはずだと信じて、己の信念を見せつけてきた。 「こいつには帰る場所があったんだ。だから……元の場所に戻してやらなきゃならねえだろ。 家族とか、後輩とか、あいつはそうやって見送られなきゃダメなんだと思う」 「先の俺たちとの戦いで、それは余計な荷物にしかならなかったようだが……死の危険を背負ってでもやらなくてはならんのか?」 「そうだ。けどな、俺は死んでなんかやらねえ。こいつを送って、そして助けてやらなきゃならない奴がまだいるんだ。だから――」 「それは……お前にはもうそれしかできないからか?」 ハッとなる。 上条当麻は再び罪を突きつけられた。 守れなかった罪。果たせなかった約束。もう取り戻せない命。 「結局、お前も俺と変わらん。二度と取り戻せないもののために、傍から見れば馬鹿げた真似に命を賭ける。 もうそれしかできないからだ。亡くした者のために、どう足掻こうがそれしかできないからやるんだ。 それを悪と呼ぶなら、間違いと呼ぶなら俺はそれでも十分だ…………!!」 「アンタは……!!」 振り返れば、そこにはレイの背中があった。 スザクと一言、二言なにやら言葉を交わしているが、よく聞こえない。 レイが何かを詫びていることだけは、かろうじて判別できた。 「俺はそのためなら、それ以外の全てを犠牲にしてきた。悪だろうが、間違いだろうが、俺にはそれしかなかったからだ。 それも既に消えて失せた。殺すべき敵はこの世にいないと、俺自身が気付かないうちに、もう認めてしまったんだ。 そうしたらどうだ。全てを賭けた俺の悪が殺されたら、俺にはもう何一つ残っちゃいなかった……唯の一つも!!」 「じゃあゼロはスタートだろ!! だったらやり直せ!! 生きてるんだろ!! まだ目ェ開いてんだろ!! だったら――!!」 有無も言わさず叫んでいた。 この男はすでに生きることすら諦めていると分かってしまった。 心なしか、その立ち姿すらもが幽霊のようにあやふやに見えた。 そんな馬鹿なことがあるものか――上条はかぶりを振って否定する。そして叫ぶ。 お前は生きているのだ。やり直せ、と。 しかしレイはそれを受けても儚すぎる笑みを浮かべるだけだ。 そして先刻、スザクに突きつけられていた銃――確かベレッタという種類だったはずだ――を手渡され、グリップを握った。 「何やってんだスザク!! やめさせろ、止めるんだよ馬鹿野郎――――ッ!!」 反射的に駆け出そうとして、その一歩目で躓き、失速した。 上条自身もすでに連戦の疲労がピークに達していたからだ。 「スザク!!!!」 なぜだ――という意を込めて叫ぶ。 なぜ、あの青年はレイを止めない。 このままではどうなるかなんて、あの表情を見れば分かるだろう。 全てのしがらみを捨てた静かな瞳だった。 そしてその掌に握る銃を自らの心臓に突きつける。 駄目だ、駄目だ、駄目だ。 「やり直すのはお前だ、上条当麻。お前の幻想――あの娘への幻想は俺が殺した。ならばどうする。 やり直せると吼えるなら、自分自身の生き様で死体なんかじゃない、あの娘の死をどう背負うか示してみせろ。俺は地獄で見ているぞ」 引き金が引かれる。 到底間に合わないと分かっても、レイ自身が望むとしても上条は認めるわけには行かない。 記憶ではない、理屈ではない、内から沸き上がる言葉にできない感情が、あいつを死なせるなと訴えかける。 「枢木スザク!! 止めろって、聞こえねえのかスザクッ!!!!」 「あの娘を撃ったことは……済まなかった。これだけは、心から詫びておく」 火薬の炸裂音と、むせるような硝煙の香りと、そしてズタ袋が叩きつけられるような音がした。 どうっ、という音を立てて地に伏すそれは、赤い液体に塗れた何か。 液体はどんどんこぼれていき、地に染みて水たまりを作っていく。 もうピクリとも動かない。 動きだけでなく、気配すらなく、生きて動くモノではないのだと誰もが一見して理解する。 ビルの向こうで轟々と風が唸るような遠い音がする――していた気がするが、今は何故か、音が遠い。 【レイ・ラングレン@ガン×ソード 死亡】 時系列順で読む Back Innocent Days Next 幻想(ユメ)の終わり(後編) 投下順で読む Back Innocent Days Next 幻想(ユメ)の終わり(後編) 236 進め、骸横たわる荒野 C.C. 253 幻想(ユメ)の終わり(後編) 236 進め、骸横たわる荒野 戦場ヶ原ひたぎ 253 幻想(ユメ)の終わり(後編) 242 夢と復讐 上条当麻 253 幻想(ユメ)の終わり(後編) 242 夢と復讐 枢木スザク 253 幻想(ユメ)の終わり(後編) 242 夢と復讐 レイ・ラングレン GAME OVER
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暁を乱すもの ◆TPKO6O3QOM (一) 静まり返った森の中に獣の吐息が漏れた。 枝葉から毀れ落ちた月光が木立の下に蹲る二匹の銀獣をそっと包んでいる。 「……終わったようだね」 モロは顔をあげると、前足をひょいと上げた。 う~と、彼女の前足と地面に顔を挟まれていたムックルが不満げな声を漏らす。 それには目もくれず、モロは耳を動かして注意深く辺りの様子を探る。彼女の尾は警戒でピンと持ち上がっていた。 先ほどまで聞こえていた破壊音はすっかり収まっている。破壊が始まったのは、彼女らが移動を開始して少し経った頃であった。突如、彼女らの背後で聞こえたその爆音は、人間たちが用いる火薬のそれと真逆でありながらも同質の響きを奏でていた。 そして、その破壊音の正体も彼女は見ている。 モロが目にしたのは、空間に幾本もの巨大な氷柱を現出させながら舞う、一羽の猛禽であった。氷柱は崖を下る狸――のようなもの目掛けて執拗に打ち込まれ、岩肌に幾つもの穴を穿っていた。 狸もどきはその後どうなったのか。そこまではモロも見ていない。 爆音に対して、好奇心のままに泉の方へ戻ろうとするムックルを宥めながら――結局は実力行使となったのだが――足早にその場から離れたからだ。 そのムックルはというと、既に音に対する興味を失い、辺りを面白そうに嗅ぎまわっている。上機嫌に揺れる尻尾を見て、モロは首を傾げた。 まだほんの子供とはいえ、巣穴で守られている時期でもないだろう。それでいて、この警戒心のなさにモロは違和感を覚える。人間に育てられた影響かもしれないと彼女は胸中で呟いた。彼女の娘とは正反対だ。 モロたちの目の前には人間の住処がある。彼女の知る人間の住処よりも頑丈そうな印象を与える小屋は、当然ながら人気はない。 しかし、ここには血の臭いが残り、地面にも血痕が点々と続いている。この戯れに乗った愚か物がここに居たということだ。残骸がないところをみると、愚か物は獲物を仕留めきれなかったのだろう。 「ムックル、何処へ行く気だ?」 とたとたと、図体の割に軽い足取りでこの場を離れようとするムックルに鋭く告げる。 「ん~……おさんぽ~」 「…………。血の痕を追うんじゃないよ」 能天気に答えるムックルにモロは最低限の釘を刺すだけに止めた。もし、この後、モロに襲いかかってきたような軽挙を起こして死んだとしても、そこまでは彼女の関知するところではない。あれから何も学べないようならば、どの道長くは生きられまい。 ムックルを見送ると、モロはこれまでの情報の整理に集中するために小屋の影に巨体を寄せた。幾つか、これまでの認識を改めねばならない事柄がある。 ひとつはこの場所についてだ。モロはここが人間たちが大和と呼ぶ地の何処か、もしくは大陸の何処かと考えて――いた。無論、集められた獣たちも、そういった場所から連れて来られたのだと。 しかし、ムックルとモロでは「人間」についての情報に食い違いがあった。 彼の告げた人間たちの個体名の語感から、アシタカと同じく蝦夷と呼ばれる先住民であることは推測できる。しかし、アシタカもそうであるが、彼女の知る人間に尻尾や獣毛に覆われた耳などはない。 彼が奇妙な人間と称したハクオロなる人物の容姿の方が余程モロの知る人間に近い。 ムックルの住むヤマユラという里が蝦夷たちの土地ではなく、大陸の何処かであるとも考えられる。大陸のことなど、モロは知らない。 知らぬが故に、この考えを否定する材料もない。だが、人間には変わらない者たちの姿かたちがこうも異なるなどということがあるだろうか。 もうひとつは、彼女がこの地において決して強者には入らないということだ。 森の頂点に君臨しているのは山犬である。これは覆されることのない事実だ。ましてやモロ一族に刃向えるものなど人間たちを除いてはまずいない。 しかし、先刻の猛禽は違う。やり合えば、十中八九モロの負けだ。空という無限の退路を持っている上に、攻撃のために地上へと舞い降りる必要もない。上空からただ氷柱を打ち込んでいけば事足りる。それに対し、モロには逃げるより他に対抗手段はない。 まるで空を舞う人間だと、モロは鼻面に皺を寄せる。石火矢を持った人間が翼まで備えたとしたら、山犬には滅びの道しか残らないだろう。 いわば相性の問題だが、それを言い訳にしたところで何かが変わるわけでもない。そして、かような技を持つ個体が猛禽一羽だということはないだろう。 また、このことはひとつ目の疑問にも繋がる。無から氷柱を生み出すような鳥獣を、単に大陸という未知の枠に括ってよいものか。 まるで彼女の見知る憂世とは全く別の――。 そこまで考えて、モロは大きく欠伸をした。まだ情報が足りなすぎる。ムックルが持っていた情報で役に立つものは少ない。 母親が蜂蜜好きだとか、母親の姉が「かわいそう」な身体をしているとか、そういった家族に対するものが殆どだった。 別の獣に会う必要がある。ムックルの散歩に付き合うかと、モロは身を起こした。 (二) 「音が止んだ……?」 「そのようだ」 ツネ次郎の顔に馬の鼻息が掛かる。不快感で更に酷くなった頭痛と腹痛に顔を歪ませるものの、ツネ次郎は何も言わなかった。彼は今、目の前に仁王立ちする白馬に参加者紹介名簿を広げている。話によれば、風雲再起というらしい白馬に自分は助けられたらしい。つまり命の借りが出来たわけだが、ツネ次郎の表情に感謝の色は薄い。 何しろ、失神状態から半ば強制的に起こされては外に連れ出され、脅迫気味に協力を促されたのだ。感動など疾うに吹き飛んでいる。貧血で毛並みの乱れた顔は幽鬼のような不安定さを残していた。 「ふむ。これで最後か……もう良い。閉じろ」 不遜な口調で告げる風雲再起に舌打ちをしそうになりながらも、ツネ次郎はその言葉に従った。それは単に、風雲再起がまん丸たちの捜索を了承してくれたからだ。事のついでといった素振りであるが、それでも彼の協力は非常に心強い。 この馬のプロフィールをツネ次郎は脳裏に浮かべる。 東方不敗の異名を持つ、世界最高峰の拳法家マスターアジアの、そしてその弟子ドモン・カッシュの愛馬にして、幾つものの修羅場を潜り抜けて来た歴戦の戦馬。荒事は手慣れたものだろう。 「目ぼしいのは居たかい?」 「多少ではあるがな。最優先の捜索対象はアマテラスだ。気になるのは、ザフィーラ、ユーノ、アルフの時空管理局とやらに関する面々。他に役に立ちそうなのは、オーボウ、オカリナ、シエラにコロマル……ワシ達に手を貸しそうなのはこれぐらいか」 お前の仲間を含め、これだけでは予測がつかぬものも多いなと、風雲再起は続けた。 名を呼ばれた獣たちの顔を確認していく。ビデオゲームの世界から飛び出してきたような経歴の持ち主たちに眩暈を覚えそうになる。認めたくないが、風雲再起の「異世界」という推理は的を射ているようだ。 モビルファイターなる代物のことも、風雲再起の言葉だけなら妄言と片付けられたのだが。 ふとツネ次郎は嘆息する。 風雲再起の挙げた獣たちの他は野良犬のボスだったり、海賊だったりと手を組むには物足りないか、リスクの方が高そうな連中ばかりだ。勿論、これだけで判断はできないが、参考にできるものがこれしかない以上確実な対象に絞るのが英断だろう。 風雲再起の尾がぴしりと音を鳴らす。 「で、まだ動けぬのか?」 「もうちょっと寝ていられていたら、もっと回復したんじゃないかとオレ思うんだ」 皮肉を返すが、風雲再起は耳をぴろぴろと動かしただけだ。通じていないらしい。軟弱者めとでも思っているのだろう。 (腹に穴が開いててそう簡単に動けるかよ、6508倍バカ) 碧双珠という碧い玉で痛みは薄められているものの、まだ腹部の傷が塞がった程度だ。皮の突っ張る感触に怖気が走る。 無理に動いて傷口が開こうものなら、多分そのショックで死ぬ。 毒づこうと口を開こうとしたとき、風雲再起の耳が北方にぴくんと向いたのが目に入った。その瞳には凍てつくような驕気が灯る。 「ど、どうしたんだよ?」 「静かにせい。戯けが」 うろたえるツネ次郎にそう言うが早いか、風雲再起は北に向き直った。その逞しい四肢に踏みしめられた地面から水が滲み出す。枝葉の擦れる音がツネ次郎の耳にも届いた。何かが接近している。 蹄を響かせて、純白の馬影が森に躍った。風雲再起の美しい両前足が闇の中へと蹴り込まれる。 そして――。 「ごっはぁ~――ンぶェ!?」 無邪気な声は苦鳴へと変わり、飛び出してきた何かが宙に舞う。見事に中空で二回転した後、鈍重な響きと共に地面へとそれは落下した。 それは何処か見覚えのある白虎であった。 起き上がろうとした虎の顎を、風雲再起の蹄が跳ね上げる。虎の身体が地面を再度離れた。更に風雲再起は身を翻すと、無防備に晒された腹部に後ろ脚を叩き込む。 重苦しい音が森の中に響く。 肉片の混じった反吐を撒き散らしながら、虎は駅舎に叩きつけられた。その衝撃で駅舎の窓ガラスが割れ、騒がしい不協和音が奏でられる。地面に蹲る白虎を、煌めくガラスの薄絹が覆った。 ふと、ツネ次郎の身体に言い知れぬ悪寒が走る。全身の毛を逆立たせる恐ろしいものが――来る。 ツネ次郎は風雲再起に警告しようと口を開いた――。 が、間に合わない。 白虎の頭部を踏み砕かんと伸びあがろうとした風雲再起を白い何かが突き飛ばした。 何メートルか弾き飛ばされるも、風雲再起はどうにか無事に体勢を正した。土埃が夜気に舞う。しかし、その脇腹には赤い筋が滲み出てきている。 「……ツネ次郎、これがモロだな?」 風雲再起は獰猛に歯を剥いた。蹄が興奮を散らすかのように地面を何度も抉る。 白虎と風雲再起の間に着地した白影は、あのモロという犬神であった。そして、先ほどの白虎に記憶が繋がる。あれはモロと大立ち回りを繰り広げた――。 (殺した……わけじゃなかったのか!) 風雲再起には、モロという狼がこの殺し合いに乗っていると伝えてしまっている。 風雲再起はモロとやり合う気だ。彼はツネ次郎に明言していた。 邪魔するものには容赦はしないと。殺し合いに乗ったものは殺す――と。 「不意打ちとはいえ、ワシに一撃を与えよるとは見上げたものよ! 惜しむらくは汚れた魂か。それがワシと同じ毛皮を纏うておるなど笑止千万! その躰、一片たりと残さず朱に染めてくれようぞ!」 風雲再起は甲高く嘶き、隆々たる筋肉がぞわりと蠢く。今にも弾けそうな気配にツネ次郎の髭が震えた。知らぬ間に、ツネ次郎は自身の身体を抱きしめていた。 されど、風雲再起へのモロの返答は大欠伸であった。 「……よく廻る舌だねえ」 モロは小さく鼻を鳴らした。張り詰めていた空気に緩みが生じる。 「何があったかは多少見当がつくが、これ以上は少しばかり大人気がないだろう。あんな図体をしているが、あの猫はまだ子供なのさ。これぐらいで勘弁してやれないものかね?」 モロの背後では猫と称された白虎がのろのろと身を起こし、存外に素早い動作でモロの影に隠れた。今一隠れきれていないが、気付いた様子はない。そこから恐る恐る様子を窺っている。それをモロが吼え付け、白虎が小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。 風雲再起はというと、いなされて困惑したように首を小さく振っていた。ぶるると荒い息を吐く。 「モロよ、己の非礼には触れぬつもりか?」 「掠り傷を根に持つなぞ、器の小さい雄だこと」 「………………」 モロの言葉に風雲再起は二の句が継げないようだ。 この機を逃すまいとツネ次郎は慌てて言葉を紡いだ。 「も、モロ……さん。あんた、この殺し合いには乗っているのかい?」 モロの耳がぴくりと動き、その深い色の瞳がツネ次郎に向けられる。 「乗っているように見えるかい? 小僧」 見える。と口に出そうになるが、そう言うのならば乗っていないということなのだろう。 首を横に振る。それを見てモロは目を細めた。 「好い出会いとは言えないが、丁度いい。わたしもお前たちに幾つか訊ねたいことがある。例えば……何故わたしの名を知っているのか。などね」 ユーモアを含んだモロの眼差しはツネ次郎から風雲再起へと移る。 「若造。この狐の小僧よりも役に立つという自負はあるかい?」 「ワシを二度ならず、三度も虚仮にするか! ……貴様の疑問に全て答えてやろうではないか!」 「その意気だ、若造。狐の小僧、おまえはこの子の袋を開けてあげておくれ」 モロが白虎の尻を口吻で押すのを見ながら、ツネ次郎は首をひねる。 「……あんたが開けてやればいいだろう?」 風雲再起をびくびくと見ながらやってくる白虎を眼の端に捉えながら疑問を口にする。 「無理を言うんでないよ。どうして山犬が人間の道具を扱える?」 「いや、開けてただろ。あんた」 「さて、なんのことだか」 何故だかモロは明後日の方向に顔を逸らした。 更に言葉を重ねる前に、白虎がちょこんとツネ次郎の横に座った。そして顔を近づけ、 「おばーちゃん、これ食べていい?」 「な――!?」 至極無邪気な問いにモロの冷静な声が答える。 「………………。駄目」 「ちょっと待て何だ今の間はぁ!?」 突っ込むが、モロの返答は口端を吊り上げただけだ。う~と不服そうに白虎が呻く。 どさりと音を立て、白虎の首にぶら下がっていたデイバッグが地面に落ちる。 「ムックルのー」 ムックルというのがこの白虎の名前らしい。 頭痛を覚えながら、ツネ次郎はデイバッグに手をつけた。何故かデイバッグはびしょ濡れで、ぬめりとしたものが付着し――ぼろぼろだ。 チャックを開け、ツネ次郎は中身を取り出して行く。品々にムックルが上機嫌な鳴き声を上げる。それを無視し、ツネ次郎は耳だけは風雲再起たちの方へと向け、その会話に神経を集中した。 二匹は簡単に自己紹介をした後、互いの情報を開示に移ったようだ。モビルファイターという風雲再起の口から出た単語にモロは興味を示した。モロがどういった反応をするのか内心楽しみにしながら聞き入ろうとする――も、ぽんぽんと頭を叩かれ中断を余儀なくされる。 「これーこれー」 軽く舌打ちして視線を向ければ、ムックルがデイバッグから取り出された物品のひとつを前足で叩いている。二本の犬歯を模した鋼の塊だ。付属の説明書によると獣の口に嵌めて使う武具らしい。 「付けて欲しいのか?」 ムックルは何度も頷くと、大口を開けた。尻尾が上機嫌に地面を叩いている。 「……そのままバクンとやる気じゃないだろうな?」 「………………」 目を逸らすムックルを半眼で見やりながら、ツネ次郎は鉄製の牙を嵌めてやる。 きゃっほぅと鳴きながら、ムックルは何度も口を閉じたり開けたりを執拗に繰り返していた。噛み合わすたびに鳴る金属音が面白いのかもしれない。 一先ず出てきたものを見る。基本的な支給品の他は、ユニ・チャームの「銀のスプーン(お魚とささみミックスかつおぶし入り)」缶10個とマハラギストーンという石ころ3つだ。ムックルの体躯に対し食料が絶対的に足りないのは、まあそういう意図なのだろう。 「ムックル、これ貰っていいかい?」 石を摘まんで訊く。 「ん。あげる」 上の空な返事が返ってくる。ムックルは新しい玩具で木を削る作業に夢中のようだ。 ツネ次郎は3つとも懐に納め、取り出した支給品を仕舞いながら風雲再起たちの会話に耳を澄ます。 「――持つ猛禽?」 「そう。そいつが先刻の音の正体さ」 「ふん。つまり、そやつから貴様らは逃げ惑うてきたわけか!」 風雲再起の嘲弄が響く。モロが溜息を吐いた。 「……まあ、そうだね。わたしたちはどう足掻いても空は飛べないんだ。どうしようもないだろう。出来ないことを認めず駄々を捏ねるのは人間だけだ」 「空を飛べずとも対抗する手段は幾らでもあるわ。ワシならば、その珍妙なる狸とやらも救うことが出来たぞ」 (狸――!?) ツネ次郎の動悸が耳朶を打つまでに激しくなる。 「な、なあ! 狸って何だ!?」 渇いた舌を必死で濡らしながらツネ次郎は叫んだ。ずきりと腹の傷が痛むが気にしている場合ではない。 ツネ次郎の割り込みに少し不快そうな息遣いで風雲再起が答えた。 「先まで響いていた音があったろう。あれは氷柱を操る猛禽が狸を襲うておった音だとよ」 「ち、珍妙ってのは?」 少しずつ血の気が下がってきたのが分かる。 今度はモロが答えた。 「人間みたいな二足歩行だったからさ。お前みたいにね。さして珍しいものじゃないのかもしれないねえ」 タヌ太郎だっ。と胸中でツネ次郎は叫んだ。二足歩行の狸などタヌ太郎を除いていないはずだ。 「それで! それで、その狸はどうなったんだ?」 「さてね。見届けはしなかった。……小僧の知り合いか?」 「あ、ああ。多分、それタヌ太郎だ。どの辺だい?」 「……びぃの七だったかね。あの辺は」 地図を引っ張り出し、B-7に印をつける。そして、腹の傷を庇いながらゆっくりとツネ次郎は立ち上がった。 「ツネ次郎、そこへ向かう気か? 気持ちは分からぬでもないが、お前の友が生きておる可能性は低いぞ」 風雲再起が多少優しげな口調で告げる。そんなことは言われずとも分かっている。しかし――。 「ゼロじゃない……だろ? なら行く価値はあるよ」 「腹の傷で動けぬのではなかったか?」 風雲再起が蹄を鳴らす。鈍痛に歪みそうになる顔をどうにか制し、ツネ次郎は笑みを浮かべた。 「あいつが助けを求めてるかもしれないのに気にしてられるわけないじゃんか。それに、遅かれ早かれその猛禽はオレたちの邪魔になる。お灸を据えに行こうぜ。あんたが怖いんじゃなけりゃさ」 「……ふん。ワシの周りには口達者が集うらしいな」 ぶるると風雲再起が鼻を鳴らした。 「されど、サッカー場はよいのか? まん丸はそこへ向かいそうなのだろう?」 「確実な方を取るよ。それに――」 半ば願うような口調でツネ次郎は続けた。 「それにまん丸はオレよりも日頃の行いがいいからさ。誰か信頼できる奴と出会えているよ」 願望にも満たない、ただの楽観視だ。まん丸もまた、今この時ピンチに陥っているかもしれない。だが、風雲再起は追及しなかった。 「ならば、そのサッカー場にはわたしたちが向かおう。ここより南西の方角だったね」 モロはいつの間にかツネ次郎の傍まで移動していた。 「それにお前たちが手を組みたがっていた連中に出会えたらその旨を伝えておこう。詳細名簿とやら、見せておくれ」 風雲再起のデイバッグから名簿を取り出し、まん丸と風雲再起が挙げた参加者の写真を見せてやる。更にケットシー他、危険と判断できる経歴の持ち主の写真も見せながら訊く。 「なあ、あんたたちも一緒に来てくれないか?」 モロの尻尾が二三度揺れた。 モロ自身は応えず、ムックルの方へと首を巡らす。 「ムックル。こやつらと一緒に行くのはどうだね?」 ムックルは背中を地面に擦り付ける一人遊びに興じていた。その体制のまま、しばし思案し、ツネ次郎、風雲再起と目を移す。 「あのウォプタルもどき、嫌い」 「ワシはウォプタルなどという奇天烈な名ではないぃ! 風雲再起という名、憶えておくがいい!」 風雲再起の嘶きにムックルは慌てて飛び上がるとモロの影に隠れた。 「フウウンサイキ、嫌い!」 そして律儀に言い直してくる。風雲再起も満足したらしい。突っ込みたくなるが頭痛が酷くなりそうなので我慢する。 「だ、そうだ。残念だよ」 モロが笑う。ツネ次郎は一つ溜息を吐くと、ムックルのデイバッグから腕時計を取り出した。それをモロの右前足に巻いてやる。ムックル用の特注らしく、モロの足には少し大きい。 「短い方の針が12と6の上に来たら放送がある。最初の放送まではしばらくあるけど、注意しておくのに越したことはないよ。禁止区域の発表もあるわけだしさ」 まだ時刻は4時を回ったばかりだ。白じみ始めた空が夜明けを告げている。 「それと、あんたの支給品返しておくかい?」 時計の臭いを嗅いでいたモロはそのまま首を振る。 「どうせわたしには使えぬ代物さ。小僧が使うといい」 そうかと言い、モロの後ろのムックルを呼ぶ。 とことことやってきたムックルの首に、チャックを開けたままのデイバッグを掛けてやる。 「この中に缶詰が入ってる。おまえが前足を叩きつけりゃ中身が出てくるから、腹が空いたらやりな」 「カンヅメ~? ごはん?」 「そう。ごはん」 「おぉ~」 さっそく取り出そうとするムックルをモロが鼻で押して制止する。 「もう行くよ。世話になったね。縁があったら、また会おう」 モロが南へ向かって森の中に消えていく。ムックルも尻尾を揺らしながら後を追っていこうとするが、ふとこちらを振り向いた。 「ツネジロー、また会う!」 告げると、今度こそ後を追って森の中へと入って行った。 「ワシらも出発するぞ。乗れ、ツネ次郎」 ツネ次郎が背に跨ると、風雲再起は蹄の音も高らかに駆け出した。 夜明けの森に白影が奔る。 【D-6/北部/一日目/早朝】 【風雲再起@機動武闘伝Gガンダム】 【状態】:疲労(小)、腹部に掠り傷、B-7向かって疾走中 【装備】:無し 【道具】:なし 【思考】 基本:キュウビを倒し、主人の元へ帰る 1:B-7へと向かう 2:アマテラスをはじめ、キュウビを知る者と手を組めそうな者と接触、情報を得る 3:邪魔な者は殺す 4:脱出が不可能なら優勝も考える 5:強い者と戦いたい ※会場と参加者が異世界の住人であることを確信しました。 ※手を組めると詳細名簿から判断できたのはアマテラス、ザフィーラ、ユーノ、アルフ、オーボウ、オカリナ、シエラ、コロマルです。 ※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。 【ツネ次郎@忍ペンまん丸】 【状態】:頭痛、腹部に切創(碧双珠で回復中。大分回復済)、突き指、腰に軽い打撲、不安、風雲再起の背の上 【装備】:印堂帯、碧双珠@十二国記 【道具】:支給品一式、石火矢(弾丸と火薬の予備×10)@もののけ姫 、マハラギストーン×3@真・女神転生if、風雲再起の支給品一式(不明支給品1~3、確認済)、参加者詳細名簿 【思考】 基本:まん丸たちと合流してここから脱出する。 0:無事でいろよ、タヌ太郎! 1:B-7へと向かう 2:E-4のサッカー場に向かう 3:まん丸たちを捜す。 【備考】 ※参加者の選定には何らかの法則があるのではと推測しています。 ※会場と参加者が異世界の住人である可能性を認識しました。 ※ペット・ショップに襲われたアライグマをタヌ太郎だと思っています。 ※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。 ※D-6の駅舎の窓ガラスが割れ、地面に散らばっています 【D-6/南西/1日目/早朝】 【モロ@もののけ姫】 【状態】:鼻面と下顎に打撲(小)、左前足に咬傷(行動に支障はありません)、E-4のサッカー場へと移動中 【装備】:腕時計 【道具】:なし 【思考】 基本:積極的に襲うつもりは無いが、襲ってきた相手には容赦しない。 1:E-4のサッカー場に向かってまん丸がいるか確認する 2:山犬(アマテラス)を探してキュウビについての情報を得る。 3:風雲再起の挙げた獣たちに彼らのことを伝える。 4:機会があればムックルに狩りを教える。 【備考】 ※モロの参戦時期はアシタカがシシ神の池でモロを見つける前です。 ※キュウビをシシ神と同等の力を持った大陸の神だと考えています。 ※会場と参加者が異世界の住人である可能性を理解しました。 ※名簿は見ていません。 ※地図は暗記しました。しかし、抜けている所もあるかもしれません。 ※ムックルの特性と弱点に気付きました。 ※ケットシー他、危険な経歴を持つ獣の顔を憶えました。誰を危険としたかはお任せします。 【ムックル@うたわれるもの】 【状態】:腹部にダメージ(中)、精神的疲労(小)、小腹が空いた、E-4のサッカー場へ移動中 【装備】:鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5 【道具】:デイバッグ、支給品一式(時計除く)、ユニ・チャーム「銀のスプーン(お魚とささみミックスかつおぶし入り)」缶×10 【思考】 基本:おかーさん(アルルゥ)のところへ帰りたい。 1:モロに付いて行く。 2:どんなことをしてでも絶対帰る。 【備考】 ※ムックルの参戦時期はアニメ第5話で、食料庫に盗み食いに入る直前です。 ※ツネ次郎に懐きました。缶詰をツネ次郎がくれたものだと勘違いしたため。 ※風雲再起に苦手意識を持っています。 【マハラギストーン@真・女神転生if】 マハラギの力が宿った石。使用すると広範囲に中規模の火炎を起こす。 【鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5】 鋼で作られた犬歯を模した牙。 時系列順で読む Back 孤鬼 Next 参上!太陽の使者!その名は… 投下順で読む Back Night Bird Flying Next 流れ行くものたち 001 されど山犬は仔猫と躍る モロ 060:残すものは言葉だけとは限らず 001 されど山犬は仔猫と躍る ムックル 060:残すものは言葉だけとは限らず 022 未来へのシナリオは 風雲再起 058:王者の風 022 未来へのシナリオは ツネ次郎 058:王者の風
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賢者の森の中に、選ばれた者だけが入れると言う猫屋敷と呼ばれる屋敷がある。 その中の一室で、二人の女性が一つのベッドの中に寄り添っている。 一人は長い黒髪の美しい妙齢の女性。端正で気品のある顔立ちには、深い苦悩の色が見え る。そして着ている服は紛れもない、ディンガル帝国の制服だ。 ザギヴ=ディンガル。元はディンガル帝国の玄武将軍だった女性。彼女は今、猫屋敷で守 られるようにして眠っている。 もう一人はまだあどけなさの残る少女。着ている服装から冒険者だと一目で分かる。少女 は時々、慈しむようにザギヴの長い黒髪を梳きながらザギヴに身を寄せて彼女を見守って いる。 (こういうのはあまり良くないんだろうな) 少女は胸の中に憧れている女性を抱きながら思う。いつからこうなってしまったのか。 少女が以前からその聡明さと憂いを帯びた美しさに憧憬の気持ちを向けていた女性。きっ かけは彼女にロセンの視察の護衛を依頼されたことだ。それがこの女性、ザギヴの悲しい 過去を知る出来事となり、そして、それはまた彼女を守りたいと少女が強く思うように なったきっかけでもあった。 ザギヴの体内に巣くう魔人、マゴスの孵化を遅らせるために身を寄せたここ猫屋敷でも彼 女の苦しむ回数は日々増えていった。体内でマゴスが孵化しそうになる苦しみ、それを押 し返そうとする苦しみ。 それを少しでも楽にしてあげようと、少女はザギヴの身体に触れる機会が増えていった。 マゴスの影にザギヴが怯える時には、安心させようと少女は親愛の気持ちを込めて彼女を 何度も抱擁した。 『闇に墜ちてしまいそうで、不安で眠れないの』 ザギヴがある日そう言ったのをきっかけに、少女はザギヴが眠りに就くまでベッドに共に することにした。まどろむザギヴの耳元で、少女はザギヴに教わった子守歌を繰り返し 歌う夜が続いた。 最初は純粋に彼女を安心させ、安らかな眠りに就かせてあげたいという母性のような気持 ちだけだったのが、少女は気付き始めた、自分の気持ちの中にだんだんとやましいものが 混じり始めているのを。 この年上の麗しい女性と寄り添うようにベッドの中にいると、今まで経験したことのない 得体のしれない情熱に囚われそうになる。ザギヴの付けている白粉の淡い匂い、艶やかな 黒髪の香りが少女の五感を甘く苦しめる。 ザギヴが眠りに就くのを待ちながら、少女はいつしかザギヴに口付けたい、その身体に もっともっと触れたいという浅ましい欲望を押さえ付けるようになったのだ。 ザギヴにはそんな気持ちはないのだろう、同じ女性同士だし、苦しむ彼女にはそんな事を 考えている余裕なんてないはずだ。彼女はただ、安心感だけを求めている。自分だけがこ んな卑しい気持ちを抱えているのだろうと少女は密かな罪悪感を噛みしめ続けていた。 今宵もそんな事を思い巡らせながらベッドの中で少女がザギヴの顔を見ていると、ザギヴ は不意に目を開けた。そして大きな黒い瞳で少女の顔をじっと見つめた。 「ザギヴさん眠れないの?苦しいの?」 「ううん、大丈夫よ……ちょっと考え事をしていただけ」 ザギヴは心労で赤くなった目を擦りながら独白するように言った。 「……ベルゼーヴァ様は私に失望しているわね。玄武将軍である立場を放棄して行方をく らますなんて。どんな理由があろうとも、私は軍人として失格だわ」 「ザギヴさん、自分を責めちゃ駄目。まずは身体の中のマゴスを何とかしないと。その状 態じゃ何も出来なくて当然よ」 「優しいのね、ありがとう」 ザギヴは笑った。その笑みは少し哀しい。それでも少女にはそれがとてつもなく美しいも のに見えて、もっとその笑みを自分に見せて欲しいと切に願った。 「……可笑しいわ」 ザギヴは不意に、何か思いだしたようにくっくっと笑いだした。 「ザギヴさん?」 「いえ、あなたがエンシャントの宿屋で私を守ってくれた時の事を思いだしたのよ。苦し かったけれど、覚えているのよ。ゾフォルに食ってかかったときのあなたの事……」 少女は少し顔を赤くした。 「『ゾフォル、この爺!黙れっ!』なんてあなたすごい剣幕で怒ったでしょう?あなたも そんな風に怒ることがあるのかって、私はあなたの事をもっとクールだと思っていたの よ」 「……だってあのままじゃザギヴさんは、ゾフォルの思うつぼになりそうだったから、そ れで……」 少女は恥ずかしそうに答えた。我を忘れて逆上したあの時の事を冷静に思いだすのは少し 気恥ずかしい。そして、あれほどあの時怒りに駆られたのはこの女性に強く惹かれていた から、この女性を守りたかったから。 「でも、嬉しかったわ……あなたの意外な一面が見られて。ありがとう」 ザギヴはそう言うと、少女の返事を待たずに瞳を閉じた。規則正しい寝息が聞こえてくる まで、少女はザギヴのその彫りの深い端正な顔を見つめていた。 そしてザギヴが眠りに落ちたのを確認してから、ザギヴの頬にそっと口付けを落した。 ――いつからこんな事をするようになってしまったのだろう。 「おい、小娘」 不意に背後から声を掛けられた。驚いてそっとザギヴを起こさないようにベッドから身を 起こすとそこには猫屋敷にいる人語を話す猫、ネモがいた。 「びっくりしたぁ、ネモ、黙って入ってこないでよ」 「俺はここに住んでいる、いつ部屋に戻ろうが俺の勝手だ……お前、その女に惚れてんの か」 恐らく事実であることを不意に突きつけられて、少女はかっと顔を赤く染めた。 「……見てたの?」 「知っていた、前からお前がその女にやましい事してんのな。小娘の癖に色気づきやがっ て、お前、男に抱かれるみたいにその女に抱かれたいのか?」 「そんな事……」 少女はベッドから降りて、首を振った。いくら欲望があっても、人としてこれ以上進んで はいけない。そんな事は言われなくても分かっている。 「人間てやつは弱いぜ。弱いから一緒にいてられんのな。お前もその女も弱いから一緒に いたがるんだろ、けどな……」 ネモは音もなく少女の方に歩み寄って言った。 「その女と寝たかったら、命捨てる覚悟が必要だぜ。理由はお前にも分かってるだろ」 「……マゴス」 「そうだ。お前がその女を抱いたら、たぶんマゴスはその女の身体を食い破って出てき て、お前に棲みつくぜ。お前が無限のソウルだろうがなんだろうが、マゴスが棲みつかな い理由にはならない。そしてその女も死ぬぜ」 少女にも薄々分かっていた。そういうやましい理由ではなくても――ザギヴの中のマゴス を何とかして退治してしまわないと、いくら猫屋敷にいてもザギヴの容体はだんだんと悪 化してゆく一方だろう。 ザギヴの精神がもし、マゴスに侵食されてしまったら――少女はその先のことを考えたく なかった。 「私、帰る……明日も早いから。また来る。ネモ、ザギヴさんをよろしくね」 「そんな事は俺じゃなくてケリュネイアに言いな。俺はただこの女を見てるだけだ」 「あ、それからこの事はオルファウスさんや他の人には黙ってて……!」 「さあ、どうだかな」 少女は胸の内に秘めたザギヴへの想いに苦しみながらも、ザギヴを励まし勇気づけ、時々 臥所を共に出来る日常に感謝をし、喜びを感じていた。 マゴスの影に苦しむザギヴをいつまでもいつまでも自分が守りたいという自分勝手な欲望 が少女を日々嘖み、それでもザギヴの眠りを見守る時間の幸福感に、このまま時間が止ま ればいいと願う少女の願いを無視して、時間は静かに確実に流れていった。 そしてマゴスを倒す日が来た。ザギヴをマゴスの呪縛から解き放つことが出来た。もう彼 女は闇に飲まれることはない、地獄のような苦しみを味わうこともないだろう。 「終わったわ……いいえ、これからが始まりなのね。あなたのお陰よ、あなたが私の剣と なり、盾となってくれたのよ」 夜風の気持ちいい夜だった。宿屋のベランダで風に吹かれながらザギヴは少女に感謝の言 葉を言った。もうその顔には、猫屋敷で苦しんでいた時のような憔悴や苦悩の色はない。 これを望んでいた筈なのに、少女は心のどこかで寂しさを感じていた。 もうザギヴは自分に助けを求めることも、寄り掛かることもない。彼女は強さを取り戻 し、一人で歩いて生きていけるだろう。 以前のように寄り添って猫屋敷のベッドの中で眠りを待つ日々はもう決して戻ってこない のだ。 「どうしたの?」 ザギヴは少女の心の寂しさに気付いたように聞いてきた。 「ううん……」 彼女を縛るものはもうない。だから彼女はいずれディンガルに戻ってしまうだろう。この 戦いが終われば自分たちは別れ、彼女は自分の手の届かないところに行ってしまうだろ う。 その事実に考えが到達した時、少女は泣きたくなった。マゴスから解き放たれたディンガ ル元将軍であるこの人と、『竜殺し』と呼ばれようが所詮、一介の冒険者である自分とが 対等に一緒に歩くことなど出来るものか。 感情が負の傾斜を駆け降りてゆきそうになる。 「ザギヴさんは、もう大丈夫よ。もう私の助けは要らない。これで良かった、これが目的 で今まで一緒に頑張ってきたのは分かっている。だけど、何故なんだろう、私、少し、寂 しくて……」 少女は目を伏せた。 「私は……もう少しこのままザギヴさんと一緒にいたかったの……」 「……あなた、私が好き?」 不意にそう聞かれた。少女は、ザギヴの顔をまっすぐ見ることが出来なかった。思わず瞳 をそらし、ベランダのフェンスに手を付いて夜空を見上げた。 「……好きじゃなきゃ」 思わず嗚咽のようなものが込み上げてくるのを堪えた。 「好きじゃなきゃ、こんなに寂しかったり、こんなに悲しい気持ちになったり、しない… …」 少女は振り向いてザギヴの静かな美しい顔を見た。狂おしい程の想いが胸の内から溢れ る。秘めていた想いが言葉になって唇からこぼれ落ちた。 「ザギヴさん、離したくない……好きです」 ザギヴの返事を待たずに、少女は唇をザギヴの薄く紅を引いた唇に押し付けた。ザギヴの 細い身体を抱きしめ、貪るようにザギヴの唇から体温を奪う。何秒か何十秒か、そのまま 少女は我を忘れてザギヴの身体を抱きしめていた。 やがて唇を離してからおずおずとザギヴの顔を見た。拒否されるかも知れない。軽蔑され るかも知れない。それが怖かった。 けれどもそこにあるザギヴの顔には軽蔑も怒りもなく、思いのほか静かに微笑んでいた。 「……だめ?女が女を好きなんて、だめ?」 「だめじゃないわ」 ザギヴは少女の手を取り、部屋の中に連れ戻した。 「今の私には空洞があるの。マゴスのいた空洞……空洞を満たすのは私。あなたがいな かったらこんな感じを味わうことはなかったわ。私と一緒にマゴスの空洞を埋めてくれ る?……あなたのすべてで」 その言葉の意味を理解して、少女の瞳が歓喜で潤んだ。もう一度、情熱を込めて口付けす る。初めての舌を絡めるキスに少女の身体はぞくぞくと震えた。 ――何度、同じベッドの中にいる時にこれを夢見ただろう 「ザギヴさん、本当にいいの?私で本当にいいの?」 「ええ……ベッドに行きましょう」 喜びに囚われて立ち尽くしたままの少女にザギヴは優しく微笑みかけた。 少女とザギヴはもつれ合うようにベッドに倒れ込んでいた。しばらく二人はそのままで抱 き合い体温を貪っていたが、やがてザギヴは少女のクロースの前ボタンに手をかけた。 「脱がせていい?あなたを見たいの」 ザギヴの細い指が少女の粗末なクロースのボタンを外し、ベルトを外し、剥ぎ取った。 ブーツも脱がされ、下着姿にされる。少女は思わず両手を胸の前で交差させ顔を赤らめ た。自分の冒険で作った生傷のある身体と、簡素な安っぽい木綿の下着が恥ずかしかっ た。 「どうして隠すの」 「だって、恥ずかしい……私ばっかり。ザギヴさんも脱いでよ」 少女が抗議すると、ザギヴは笑った。そして自らディンガルの制服を脱いだ。 眩しいほどのきめの細かい白い素肌と、高級そうなレースの付いた黒い下着が現れる。こ の世のものとは思えない程の、名画にでも描かれるような神秘的な裸体。少女は眩さのあ まり思わず目をそらした。 「灯……消して……」 ランプの灯が小さくされる。僅かな光の中でもザギヴの白い身体は輝くように美しかっ た。滑らかな曲線を描く身体のライン。白い丸い肩、引き締まった腰、そして豊かな形の いい乳房。 下着姿のまま、二人は抱き合った。じかに触れる素肌と素肌の感触。感じあう体温と鼓 動。ザギヴの身体から、髪から漂う甘い匂いを少女は貪るように呼吸した。 「ザギヴさん、いい匂い……」 「ふふっ、あなたもそろそろお化粧くらい覚えなさい」 そんな言葉を交わしながら、少女はザギヴの身体をベッドに押し倒した。力では剣を使う 少女の方が強い。下着の上からザギヴのふくよかな乳房に顔を埋める。柔らかい、他人の 乳房の感触はこんなにも柔らかいものか。 少女は飢えた獣のように年上の美しい女性の素肌の至る所に唇を這わせ、舌で舐めた。甘 い体臭が脳を刺激し、くらくらする。少女はザギヴの身体に何度も口付けを落としなが ら、熱に浮かされたように打ち明けた。 「ザギヴさん、私、ずっと……憧れていたの……」 「知っていたわ」 「知っていたの?私が……猫屋敷で……」 「何度もキスしたでしょ?知っていたわ……でも、あなたなら……いいのよ」 ザギヴが下から手を伸ばして、少女の胸を覆っていた下着を取り外した。少女の形のいい 豊満な、それでいてどこか青さを残した乳房が露になる。 少女もそれに連鎖反応するように、ザギヴの胸を覆う黒いレースの下着を外した。 「ああ……」 少女は歓喜の溜息をついた。この人のこの肌に焦がれていた。貪るように柔らかな雪肌に 口付けして、桜色の先端を口に含む。前歯で軽くそこを噛むと、ザギヴの身体がびくっと 震えた。痛みを与えたのかと少し不安になり、それを癒すように舌で舐めた。 みるみる、ザギヴの豊かな乳房が少女の唾液でぬめり、てらてらと光る。口付けた所に赤 い花が咲く。薄明かりに照らし出された卑猥な、扇情的な眺めに少女は軽い眩暈を覚え た。 「あ……んんっ……!」 下から手が伸びる。ザギヴの掌が少女の乳房を掴んだ。すべすべした掌の感触。初めて他 人の手でそこを触られて、少女の唇から吐息が漏れた。ザギヴの両腕がしっかりと少女の 背に回される。 「あなたも……」 二人の身体は反転し、少女の身体が下になる。ザギヴの細い指が少女の身体の上を撫で回 した。指の先が、硬く尖った乳房の先端を軽くひねり、弾く。何故だか泣きたいような感 触がそこから生まれて、少女の息は荒くなった。 「や……ザギヴさん、そこはだめ……!」 ザギヴの指が下に降りて、少女の一番敏感な部分を下着越しに撫でている。下着が肌に張 り付くくらい濡れているのは少女自身にも分かった。 「うそ、正直になりなさい……」 耳元に口付けされて、囁かれた。ザギヴの指がそこに、敏感な場所に触れる。濡れた下着 の上から爪の先で弾かれ、指の腹で撫でられる。下着越しの感触が、布が敏感な部分に擦 れて頭が蕩けそうになる。 「あ、ああっ……んっ」 少女はザギヴの背中を抱きしめ、爪を立てた。声を抑えようとしたがうまくゆかず、唇が わなわなと震えた。下腹部に焦燥感にも似た鈍い痛みを感じる。 「気持ちいいの?どうなの、答えて……」 ザギヴは右手で少女の秘部を弄びながら、左手では少女の乳房を優しく愛撫している。細 長い綺麗な指が、少女の豊満な乳房の中に埋もれる。掌に硬くなった先端が擦れて、その 度に甘い感触が伝わる。 「んんっ……いい、すごく……!」 ザギヴの指が下着の中に入る。茂みの中を掻き回し、少女のしとどに濡れた花びらの中に 侵入する。ねちゃねちゃ、と卑猥な音がした。指は的確に、少女の敏感な肉芽を探り当て る。 とぎれとぎれの吐息を漏らしながら、少女は何か言おうとする。しかしそれもすぐに甘い 嬌声に変わってゆく。ザギヴの耳元で聞こえるそれは、ザギヴの心のうちに眠る嗜虐心に 火を付けようとしていた。ザギヴの指は優しい愛撫からいつしか少女の肉芽をいじり回す ように弄んでいた。 少女はしっかりとザギヴの首に震える両腕を回した。今まで何度か、この女性のことを夢 見ながら自分を慰めたことはあった。けれども、今彼女から与えられている快楽はその時 の何倍も強く、甘い。 「あ、あぁっ、ザギヴさん……!」 このまま達してしまいそうになって、少女はザギヴの指の動きに身を任せようとした。し かし、ザギヴはそこで指の動きを止め、少女の紅潮した顔を見る。 「だめよ……一緒に、ね?」 ザギヴは少女の濡れた下着を引きずり下ろす。まばらに生えそろった茂みと赤く震える秘 部が顔を覗かせる。 ザギヴは少女の傍から体を起こし、自ら下着を脱いだ。少女の目に一瞬、彼女のなだらか な丘と黒く煙る茂みが映る。ザギヴは少女の足下に移動し、半開きのままの少女の片脚を 持ってさらに開かせる。少女は温かい、湿ったものが太股の内側に押し当てられるを感じ た。 ザギヴの脚と少女の脚とが絡まり合う。快楽を与えられたままそれが中断させられていた 箇所に、ザギヴの濡れた秘部が押し当てられる。ぐちゃり、と淫猥な音がした。 「ふ……あっ……!」 少女の身体に電流が走る。知らず知らずのうちに腰をうねらせ、そこに当たる愛しいもの にもっともっと自分自身を押し付けて、押し付ける。 このまま溶け合いたい、この愛しい女性とそこから一つに溶け合いたい。 「ザギヴさん、ザギヴさんも動いて……!」 「ええ……」 ザギヴも少女の秘部に自らの秘部を押し当てたまま、脚を絡ませ激しく腰をうねらせる。 お互いの秘部が溶け合うようにぶつかり、ねちゃ、ぐちょり――といやらしい音を立て続 ける。泉からわき出た蜜は二人の股の内側から流れ落ち、シーツに染みを作る。 身体を揺らすザギヴの黒く長い髪が揺れる。ランプの光がそれを淡く照らし、なんとも幻 想的な眺めを少女は夢現つの中に見た。 「あ、あぁっ……も、もぅ……だ……」 既に溢れるほど快楽を注ぎ込まれていた状態で、今与えられる刺激は大きすぎた。少女は 手近にあった枕を掴み、それを抱きしめて身体をのけ反らせた。堪えることももう出来 ず、がくがくと身体を震わせて少女は達した。 「はっ、はっ……はぁっ……」 「あら、一緒にって言ったのに……だめね……」 ザギヴは起こしていた身体をそのまま少女の上に倒した。脚は絡ませたままお互いの股に 秘部を押し付けて。そしてまだ震えている少女の身体の上に指を這わせ、唇を押し当てた まま腰を擦り付けてくる。擦れ合うお互いのそこからぐちゃぐちゃと音がする。 ザギヴの唇が少女の乳房に吸い付き、硬く尖った先端を軽く噛んだ。先ほど達したばかり の身体はそれだけの快楽にも過剰に反応し、全身が打ち震えた。 「あぁザギヴさん、好き……!」 少女は譫言のように叫んだ。二度目の絶頂に身体が向かい始める。少女の身体を抱きしめ ながら、ザギヴは激しく少女の股に自分の秘部を押し付けて、腰を震わせた。少女の秘部 にもザギヴの股が強く押し当てられる。どちらのものとも分からない粘性のいやらしい水 音が部屋の中に響く。 「さぁ、あなたも動いて……!」 「ザギヴさん、好きよ、好きよ、好き……」 少女は何度もその言葉を繰り返し、愛しい女性の唇を、首筋を貪るように口付けた。ザギ ヴの耳に届く少女の声と喘ぎ声が、彼女を急激に高みに導いていく。お互いの乳房は動き に従って卑猥に揺れ、押し潰されて形を変えた。 二人の女性はお互いを貪るようにベッドの中で溶け合ってゆく。鼓動も、体温も、呼吸も 溶け合って一つになってゆく。汗が、蜜が交じり合って飛び散り、甘い性臭が漂う。二人 の腰は激しく律動し、お互いの股に己の花びらを擦り付け、目もくらむような高みに昇り 詰めた。 果てた後も二人の女性は溶け合ったようにお互いを抱きしめたまま動かなかった。 しばらくザギヴの身体を抱きしめたまま、快楽の余韻に浸っていた少女は、やがて我に帰 り目の前のザギヴの顔をまじまじと見つめた。その顔はほんのりと朱が差し、目は潤み、 見とれてしまう程美しかった。 自分たちは今、溶け合うように身体を重ねた。けれどこれは侘しい一夜の慰めではないの か。このまま時が流れれば、自分たちは別れなければならない運命なのではないか。 少女の胸に微かに哀しみと虚しさが交錯する。この人と同じ道を歩めないのなら、せめて 証が欲しい。この人と一夜を共にした証が欲しい。 「ザギヴさん、お願い……」 「何?」 少女はザギヴの細い指を掴んだ。ザギヴの指は細長く、爪は綺麗に伸ばされ、薄紅のマニ キュアが丁寧に塗られている。その四本の指を掴んで、それを自分の秘部へとあてがうよ うにした。 「ザギヴさんに……貰って欲しい」 ザギヴは少女の望みを理解した。そして困惑したように聞き返した。 「初めてなんでしょう?本気なの?あなた将来、誰か素敵な男性と結婚するかも知れない のよ。その時……」 「いいの。私、今日のことを忘れたくないの。ザギヴさんに貰って欲しいの。お願い… …」 「……本当に後悔しないのね?分かったわ」 ザギヴは指を少女の秘部に伸ばした。少女の身体は小刻みに震えている。覚悟を決め、自 分から言い出したとしても、未知の体験にはやはり恐怖を覚えずにはいられない。ザギヴ は少女の恐怖を取り除くように、左手で少女の首を抱いて、少女の頬に自分の頬を押し付 けた。 少女は脚を開いて、その儀式のために少しでも指を受け入れやすくする。やがて、くちゅ り、という水音と共に自分の中にザギヴの指が入ってくるのを感じた。 一本――二本。初めての挿入にそこが収縮するのが分かった。しくりと鈍い痛みを感じ る。ゆっくりと自分の中を押し広げ、鈍痛と共に彼女の指が入ってくる。 「うっ……」 「痛い?やめましょうか?」 「いいの……続けて」 先ほどの行為の名残で、少女のそこは弛緩し、蜜に溢れていた。難なく二本の指が根元ま で入れられ、そして三本目が入ってくる。身体の中から熱いものがさらに溢れてくるのを 感じる。快感からではなく、自己防衛のためそこは蜜を流し続けている。 これ以上進むのは怖い。けれども少女は内心の怯えを隠して、ザギヴの髪に顔を埋め、抱 きしめるように首に両腕を回す。 ザギヴは少女が抵抗しないのを確認してから四本目の指を入れた。四本の指が少女の膣内 を押し広げる。やがて指は狭い場所に侵入を拒まれる。 「いいのね?」 少女は頷く。ザギヴは注意深く、しかしねじ込むように指を進める。手ごたえがあっ た――それを貫く。 「くうっ……!」 少女は呻き声を上げて、ザギヴの首に震える腕を回した。鈍い痛みが走り、何かが自分の 中で裂けたと感じた。紛らわすように、ザギヴの口付けが唇に、顔中に降りてくる。少女 は痛みの中で何とも言えない満足感が自分を支配するのを感じた。一瞬、意識が遠くなっ た。 再び目を開けると、ザギヴが心配そうに自分を見つめていた。生臭いような匂いがする。 「……大丈夫?」 ザギヴの指が見えた。ぬるりとした液体に赤いものが混じって指に纏わりついている。自 分の股の内側も何かべとべとした不快な感触を感じる。儀式は終わったのだ。これが最初 で最後の経験であろう。 「……ありがとう、ザギヴさん」 下腹部がずきずきと痛んだが、それよりも喜びの方が大きかった。枕元に置いてあった薄 紙でザギヴの血に汚れた指を丁寧に拭いてから、口付けした。 「本当に良かったの?後悔していない?」 「していない、ありがとう……」 契りを交わした、自分はこの人のものになった。それが純粋に嬉しかった。下半身に広が る痛みすら幸せの延長だと思えた。 ――自分は何でもいいから、大切なものをこの女性に捧げたかったのだ 夜が更けてくる。肌寒い。少女とザギヴはベッドの中で身を寄せ合った。少女は思い切っ て一番気にかかっていたことをザギヴに問うた。 「ザギヴさん、この戦い……すべてが終わったらどうするの?ディンガルに戻る?」 「どうかしら……たぶんそうなるわね。ディンガルがまだ私の場所を用意してくれている のなら、私は戻るわ」 予想していた答だった。少女は胸が詰まる思いがした。ザギヴが淡々とその言葉を言った のが、余計に悲しかった。 しかし次のザギヴの言葉を聞いて、少女は目を見開き、息を飲んだ。 「……あなたも連れていっていい?いいえ、力づくでも連れてゆくわ、ディンガルに」 言葉に詰まってしまった少女の頬に軽く口付けてから、ザギヴは続けた。 「私はもう闇に怯えたりしない、と言えたらいいのだけれど、今でも一人でいると、時々 怖くなるのよ。私が闇に怯える夜には、あなたに傍にいて欲しいの、これからも……私だ けの騎士になってくれない?いいえ、騎士なんてお堅いものじゃなくていいのよ、ただ私 とこれからも一緒の道を歩いて欲しいの」 「嬉しい……すごく……」 少女は声を詰まらせた。この女性の傍にいられるのなら、自分はどんな事も恐れない。こ の女性を守るためならどんな困難な道でも切り開いてゆける。 「ザギヴさんはもう、誰にも守られなくても大丈夫よ。だけど、それでも私は、ザギヴさ んの傍にいたい……この先もずっと、ザギヴさんを守りたい」 「……ありがとう、私の騎士様」 ザギヴは微笑んで、手を伸ばし少女の髪に触れた。少女はそのザギヴの手を取って掌に口 付けた。掌の温もりに、少女はこれ以上ない至福が自分を包み込むのを感じた。 「私は……あなたに永遠の忠誠を誓います」 -終-
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おとといは兎を見たの きのうは鹿、今日はあなた ◆tu4bghlMI ASPECT⑤――ことみ 衛ちゃんから離れてすぐ、私は自己嫌悪で潰れそうになりながら病院を歩き回っていた。 ……最悪、なの。 人気の無い廊下でランタンを照らしながら私はトボトボと歩を進める。 胸に湧き上がるのは後悔。そして強い自責の念。 私は何て酷い事を言ってしまったのだろう。 年下の女の子に向かって面と向かって"おかしい"や"変"なんて言葉を平気でぶつけてしまうなんて。 配慮に欠けていた、無神経だったと言われても間違いじゃない。 どうして衛ちゃんがあんな事を言ったのか、少し考えれば分かっただろうに。 あの子は――あんな発言が当たり前のように出来るくらい、沢山の死体を見て来たのだ。 この二十四時間で命の灯りが消えて、醜い肉塊へと成り果てる光景を何度と無く目の当たりにしたのだろう。 慣れてしまわなければ心が持たなかった。 少しエスカレートして考えればそうも言えるかもしれない。 靴音と水音だけが寂しく響く薄汚れた病院。 よく見るとそこら中の壁にひび割れや亀裂などが走っている。 やっぱり相当ガタが来ている。衛ちゃんの話だとハクオロや彼の仲間達はここを目的地としているらしい。 ……なるほど、首輪を調べるのにここの施設を使うつもりだったのか。 衛ちゃんの様子を見ると、首輪のサンプルを持っていてもおかしくない。 それなりの技術を要したブレーンとなる人間が側に付いているのか。 ただ、コチラの方は駄目だ。ある程度のライフラインは残っているし、調べれば他の設備も使えるだろう。 だけど不安過ぎる。いつ建物が倒壊するか分からない恐怖は尚も拭い切れない。 ブレーカーを入れた瞬間に蛍光灯が一気に割れたり、どこで電気がショートするかもしれない。 病院故に、確実に自己発電設備がある筈。一部の主要な機械はまだ活動しているとは思うが……。 それよりもおそらく無傷のまま残っているであろう研究棟を念頭に入れて考えるべきか。 ボンヤリと光るランタンを持って水に濡れた床を歩く。 それは灯篭を灯しながらゆっくりと流れの穏やかな川を下っているみたいだった。 差し詰め私は夜の蛍。ふわふわと漂う一匹の虫。 ……ああ、それにハクオロから貰った荷物も確認しなければならない。 拳銃だけは直接手渡されたが、他はまだ未開封。デイパックが三つも入っているせいで中身が見辛くて仕方ない。 万が一の事を考えてマガジンだけは新しいものに入れ替えたが……私にコレを撃てる自信は―― 「あはははははははははははははッ!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 「あぐっアアアアアアアア!!!」 「え……!?」 凄まじい叫び声、ソレが二つ。心臓は加速する。頬に冷や汗。 振り返る。自分が進んで来た道を。 そんな……馬鹿な、この病院に誰か他の人間がいたというのか? しかも衛ちゃんと離れてからまだ二、三分しか経っていないと言うのに。 それに……この声は学校で私達を襲って来た女の……。 「衛ちゃん――ッ!!」 私は急いで入り口へと踵を返した。 嘘、嘘。なんで、こんな……。私があそこから離れたからいけなかったんだ。 あんな酷い事を言って居た堪れなくなって、衛ちゃんを独りにして……。 「あッ!!」 濡れた床に足を取られて思いっきり転んでしまった。 前のめりで地面に倒れ伏す。ランタンがコロコロと廊下を転がる。 ボーリングの球のようにクルクル回りながら私の手元を離れたソレは数メートル先の壁にぶつかって止まった。 そして、火が消える。 「嘘……火が……つかないの」 何度点火のスイッチを捻ってもランタンは何の動作も示さなかった。 極端に摩擦の少ない病院特有の床のせいで、膝の皮が嫌な具合に剥けてしまった事も気にならないくらい。 電気が通っていない院内において、灯りは重要である。 最悪、だ。確かにランタンの予備はまだ二つある。新しいものに代えれば問題は無い。 だけど今からデイパックを漁ってソレを取り出し、オイルをセットして着火させるまでに何分掛かる? 一分以内にその作業を終える自信は無い。おそらく……三分は必要。 無理……今は、一分一秒を争う事態。そんな時間を浪費している暇は無い。 「待ってて……衛ちゃんッ!!」 結局私は灯りもつけず走り出した。 膝小僧がズキズキする? 目の前がよく見えない? また転びそうで怖い? そんな不安、あの子に比べれば。 完全な狂人と成り果てたあの少女に襲われている衛ちゃんの事を考えれば一瞬で霧散する。 ■ 「このッ!! このッ!!!」 ――見つけた。 二階、血の跡を辿ってぐるっと回ってここまでやって来た。 血痕はナースステーションから始まり、そこら中に広がっていた。 女の声が目印代わりになるとは言え、崩れ掛けた院内ではソレほど声が反響しないらしい。 故にここまで辿り着くのに相当な時間を有した。 ……中に、いる。 私は拳銃を構える。扉のギリギリまで接近、そして……。 「動く――え……」 「あれぇ……他にも、いたんだ……あはははははははははっ!!!」 それは地獄のような光景だった。構えていた筈の銃を取り落としそうになる。 胃の中から何かが込み上げて来た。 耐え切れなかった。だから、私は吐いた。体裁や今の自分が置かれている状況を考える余裕もなく。 神聖で、不侵で、何者にも汚されてはならない筈の病院の床に思いっきり吐瀉物をぶちまける。 鼻にツンと来るような臭い、胃酸が喉を焼く。涙が滲んだ。 笑い声は止まない。女は笑う、ケラケラと。ケラケラと。 俗に十代半ばぐらいの女子を箸が転がっても面白い年頃と言う。そうだ、彼女はきっと――人が死んでも面白いに違いない。 打ち壊されて部屋の中に倒れてしまっている扉の先、そこには鬼がいた。 その何かは全身を赤く染め、壁の方に向かって右手に持ったメスを振り下ろす。 ザクザクザクザク、赤い。 ザクザクザクザク、白い。 赤は血。白は骨。夜は黒。月は金。 目の前には解体された死体。つい数十分前までは生きていた人間。 血が付いている以外は何一つ傷の無い頭部がそこにはあった。 そして――肉。 赤と黄身を帯びた黄色、黒、ピンクと様々な色彩の肉細工。 ズタズタに切り裂かれた身体。切り離されたパーツ。 「楽しい、楽しいよぉ、あはははははっ、はははははははっ!!」 「い……や……」 女がコチラに何かを投げつけた。 完璧に近い軌道で飛んで来たソレは自らの血を辺りに振り撒きながら私の胸に当たった。 色は銀。それは輪っかだった。円形の……リング? ああこれは―― 首輪、だ。衛ちゃんの、首輪。 理解した瞬間、何かがプツリと切れたような気がした。 生理的な嫌悪なんて段階はとっくに通過している。私はカタカタと震えるだけの人形になる。 「あれぇ、あなたは……あのカトンボ? ふふふ……あはははははははっ!!」 女が立ち上がる。右手にはメス、そして左手で傍らに置いてあった槍を拾った。 こちらに向けて一歩、足を踏み出した。 そういえば彼女の制服には白い部分もあったのではないか、そんな事を思った。 トリコロールは崩された。いまや上から下まで一面の赤。青と赤が混じった髪の毛は一部茶色に変色している。 「たす……けて……嫌……なの、ああぁぁぁアアアッ!!」 「それだよ、ソレ!! 私は悲鳴が聞きたかった、泣き叫んで、命乞いをする無様な姿見たかったのっ!! いいよ……いいよぉ。あははは、ははははは!!」 まずは左。深々と女が持った槍が突き刺さった。 それは生まれて初めて刃物で身体を切り裂かれる体験だった。 痛い。灼熱の業火にその部分だけ焼き尽くされているような感覚。差し詰め流れ出す血はマグマか。 次に女は私を思いっきり蹴っ飛ばした。その靴先は見事に右胸にヒット。 彼女が同い年くらいの女子である事を疑いたくなるような物凄い力だった。 私は、飛ばされる。 「――ああああッ!!」 吹き飛ばされた私はもう一度廊下に送り返された。空、そして壁。 背後から思いっきり殴られたような感触に溜まらず餌付く。 背中の鈍痛、左肩の灼熱。暴力的な苦痛の中で私はぼんやりと考えていた。 撃てなかった。中に悪人がいる事は分かっていたのに。銃に不慣れだった、そんな言い訳も出来ない。 だってネリネに襲われてから私はずっとマシンガンを握り締めていたのだから。 ……一発も、撃った事は無かったけれど。 やっぱり怖かった。明確に命を奪う、というその行動が。 どんなに気を強く持って自分を鼓舞しようと出来ない事は出来ない。そういうものだろう。 思えば似たような経験ばかりだ。 四葉ちゃんが殺されて恋太郎さんと亜沙さんと一緒にハクオロを探す決意を固めた。 だけどその後すぐ、ネリネや芙蓉楓に襲われた私は何をした? ネリネと遭遇した時はまだマシだった。――だって側に二人がいたから。 二人がいたから私は強くなれた、必死に行動する事が出来た。 だけど楓、芙蓉楓と一対一で相対した時はどうだっただろう。 私は彼女の笑顔に押し潰された。 今思えば私は二人に守って貰っていたのだろう。 確かに恋太郎さんは目を怪我していた。それでも彼は戦った。盲目の恐怖の中でも勇敢に戦場へ降り立ったのだ。 亜沙さんもそうだ。フラフラになって、自分が気絶してしまう事も分かっているのに彼女は"力"を使った。 それは私達への深い信頼。それは深い絆。 一人きりになった時、私は何も出来なかった。 恋太郎さんに明確な危険が訪れている事も分かっているのに、楓を撃つ事が出来なかった。 精一杯の抵抗が"ハクオロ"の名前を出して当座の危機から逃れる事。そのために四葉ちゃんの死も利用したのだ。 ……もう、死んでしまった方がいいのかもしれない。 未だ右手は銃を握り締めているのが不思議なくらい。 何かに縋り付いていたかったのだろう。 だけどその対象がどうせ撃つ事の出来ない拳銃、憎い相手であるはずのハクオロの銃なのは皮肉な話だ。 その時の私は気付いていなかった。 背負っていたデイパックの肩紐がずり落ちていた事に。 女は近付いてくる。 私は絶望する。 ゆっくりとデイパックの口が開いた。 中身が、飛び出した。 最初に飛び出したのはナイフだ、次にマガジン。そして続けざまに各種支給品が零れ落ちてくる。 「あははははははっ、なんで撃たないの? あなたは銃を持っているのに。撃てば死ぬのに、簡単に死ぬのにっ!!」 女は笑う。更に接近。 きっと彼女は分かっているのだ。私がどうせ銃を撃てない事を。 私が飛び切りの臆病者で、自分の命がどんなに危なくなってもマトモに銃も撃てない事を。 更に一発、女の蹴りが私の身体を真横に吹き飛ばした。今度は右肩だ。 吹っ飛ぶ私。完全にデイパックの中身が廊下にぶちまけられた。 滑る水音と笑い声。それは異様な光景だった。 ぶらつく意識、激しい痛み。私はボンヤリと手ぶれするカメラのような視界で女を見た。 赤い、女。それは鬼、殺しを楽しむ本物の狂人。 それでも、私は何かに縋り付きたかったのかもしれない。いや、ただの無意識な行動だったのかもしれない。 それは分からない。でも私は強く指を動かした。 右手――相変わらずソコには拳銃。役立たずの鉄塊。 左手――ここには何も……、 違う、何か柔らかい感触がそこにはあった。 ぼやけた視線でソレを眺める。ゆっくりと首を持ち上げる。 雨に濡れた窓から眺める世界のような視線の先にあったもの。 それは――クマのぬいぐるみだった。 ■ 思い出が蘇って来る。 綺麗な花で飾られた花壇、豊かな芝と中央に設置された真っ白いテーブルとイス。 懐かしい風景。お父さんとお母さん、まだ二人が生きていた頃の景色だ。 そして一度は失われてしまったものを取り戻してくれた一人の男性――岡崎朋也。 彼に出会う前の私は読んだ本をハサミで切り裂いたり、燃やてばかりいた。 それは憎かったから、そして追い付きたかったから。小さな頃亡くなった両親の見た世界に少しでも触れていたかったから。 思い出の風景が復活した少し後。 お父さんとお母さんの知り合い、私の後見人が家を訪ねてきた。 そして一つの古ぼけた鞄を差し出した。 そこに入っていたのは大人達が口々に「君のお父さんやお母さんよりも大切なものだ」と言っていた物理学の論文なんかじゃなかった。 入っていたのはクマのぬいぐるみ。お父さんとお母さんが私のために買ってくれた誕生日プレゼント。最後の贈り物。 そして同封されていた手紙の内容。 世界は美しい。悲しみと涙に満ちてさえ。 瞳を開きなさい。やりたい事をしなさい。 なりたい者になりなさい。友達を見つけなさい。 焦らずにゆっくりと大人になりなさい。 おみやげ物屋さんでみつけたくまさんです。 たくさんたくさん探したけどこの子がいちばん大きかったの。 時間がなくて空港からは送れなかったから。 かわいいことみ。 おたんじょうびおめでとう。 全部忘れていた。 殺し合い、すぐ目の前にある死の恐怖。 全部消えていた、幸せな思い出と自分を切り離していた。 だから、私は弱かったのかもしれない。 いつの間にか朋也くんと出会う前の臆病で、自分の世界に閉じ篭った私に戻っていたのかもしれない。 おかしい、本当に変だ。朋也くんはもういない。 そして私はどう足掻いても昔の私に戻れないかもしれない、でも。 絶対に――思い出は消えないのに。 右手の指に力を入れる。それは、銃。今までの私にとってはただの恐怖の象徴だったもの。 視線を目の前の鬼へと向ける。そして……銃を構えた。 もっとぬいぐるみに触れていたい、そんな弱い逃避の感情を振り切る。 「あははははははははっ!! 撃つの? 撃てるの、あなたに? おかしい、あははははっ、面白いよ。 腕はぶるぶる震えてるし、歯もガチガチ。当たる訳ないよ、絶対に……くくく、あははははははははっ!!!」 「私は――」 女の笑い声が絶頂を迎えた。ボルテージは最高潮。 窓が震える。水が揺れる。 本当に病院中に響いているんじゃないかと思わせられるような大声。 彼女は両手を広げる。そう、撃てるものなら撃ってみろという事。 どうしてこんなに時間が掛かったのだろう。 恋太郎さん、守れなくて御免なさい。 亜沙さん、迷惑かけて御免なさい 衛ちゃん、臆病で御免なさい。 私は変わってみせる。絶対に生きて、絶対に―― 「もう……」 「あはははははははははははははははははっ!!」 「今までの、私じゃないの!!!!」 私はありったけの力を込めて引き金を引いた。 女の笑い声が瞬間、途切れた。 銃声。闇夜を切り裂く火薬の爆発音が全てを一瞬で無に還した。 生まれて初めて、銃を撃った感触は複雑だった。 それは重くて、悲しくて、だけど――。 これ以上無いほどの決意に満ちた振動だった。 ■ 衛ちゃんの死体は酷い有様だった。近くにあったシーツをその身体にかける。 シーツはすぐさま赤に変わった。私は必死に涙を堪えた。 全てが終わった。あの女は殺し、てはいない。 いや……無理だったのだ。 しっかりと中心に構えて撃ったはずなのだが弾丸は逸れて右肩に突き刺さった。 彼女は驚愕の表情を浮かべ、すぐさま撤退した。 私が銃を撃った、それはつまり自らの命の危険を察したのだろう。 でもこれで良かったのかもしれない、そう思う心も確かに存在はした。 衛ちゃんを殺した憎い相手……その筈なのに。 この建物にはもう居たくなかった。衛ちゃんの事もあるし、それ以前に状態が悪過ぎる。 いつ崩れるか分からない施設に留まりたいと思う馬鹿はいないだろう。 だが、ハクオロ達が病院に向かってくるのは確実。それも首輪の解析を行うために、だ。 彼らに状況を説明しなければならない。そして謝らなければ――衛ちゃんを守れなかった罪を。 首輪、今私の手の中にある銀色のリング。 研究棟の施設を使えば十分に解析が可能だろうか。相方となるような人間に出会えればいいのだが。 病院の入り口には『隣の研究棟まで来て下さい。話があります。 一ノ瀬ことみ』と書いた張り紙を貼っておく。 ……一応、一回の出入り口には鍵でもかけておこうか。 私は荷物をまとめ、クマのぬいぐるみとi-podを抱きしめながら本棟を後にした。 そう、荷物の中にi-podを見つけたのだ。 その音楽再生機は私に思い掛けない幸せをくれた。 「朋也くんの声、なの」 何となく再生してみた白い機械から流れて来たのは久しぶりに聞く、大好きな人の声だった。 ただ、嬉しかった。内容なんか関係ない。 楽しかったあの日々が蘇ってくるようで、ただ涙が、泣き声が止められなかった。 ……大丈夫、私は必ず生きてこの島から脱出してみせるの。 だから、天国から見守っていて欲しいの、朋也くん。 私を変えてくれて、本当に本当に……ありがとうなの。 【F-6 病院 研究棟/二日目 深夜】 【一ノ瀬ことみ@CLANNAD】 【装備:Mk.22(7/8)】 【所持品:投げナイフ×2、ビニール傘、クマのぬいぐるみ@CLANNAD、支給品一式×3、予備マガジン(8)x3、スーパーで入手した品(日用品、医薬品多数)、タオル、i-pod、陽平のデイバック、衛の首輪】 【所持品2:TVカメラ付きラジコンカー(カッターナイフ付き バッテリー残量50分/1時間)、ローラースケート@Sister Princess、スーパーで入手した食料品、飲み物、日用品、医薬品多数】 【状態:肉体的疲労大、腹部に軽い打撲、精神的疲労小、後頭部に痛み、強い決意、全身に軽い打撲、左肩に槍で刺された跡(処置済み)、全身びしょ濡れ】 【思考・行動】 基本:ゲームには乗らない。必ずゲームから脱出する。 0:首輪、i-podを解析する 1:ハクオロ達が来るのを待つ 2:ハクオロに矛盾した不信感 3:神社から離れる 4:工場あるいは倉庫に向かい爆弾の材料を入手する(但し知人の居場所に関する情報が手に入った場合は、この限りでない) 5:鷹野の居場所を突き止める 6:ネリネとハクオロ、そして武と名雪(外見だけ)を強く警戒 ※ハクオロが四葉を殺害したと思っています。(ほぼ確信しています) ※首輪の盗聴に気付いています。 ※魔法についての分析を始めました。 ※あゆは自分にとっては危険人物。良美に不信感。 ※良美のNGワードが『汚い』であると推測 ※原作ことみシナリオ終了時から参戦。 ※ハクオロの残りのランダム支給品はクマのぬいぐるみ@CLANNADだけでした。 ■ ASPECT⑥――名雪 何で、何で、何で!? 意味が分からない。どうしてあの子が銃を撃てるの? 暴力から逃げ回るだけの、搾取されるだけの無力な肉では無かったのか? 私は血に濡れた身体を引き摺りながら自分がやって来た場所まで戻って来た。 病院には死体を運び出す為、またその他様々な用途に使われる勝手口がある。 放送より前に病院に達した私は既に院内を探索していたのだ。 そして、いくつか薬は手に入れた。 だけどコレはあの憎たらしい男や月宮あゆを殺すために温存しておいたのだ。 そう、月宮あゆ。彼女の名前は未だ呼ばれていない。 第三回の放送は聞き逃したが、四回目はちゃんと聞いた。 まぁ多分生きているだろう、生き意地だけは汚い女だ。私に殺される前に死ぬ訳が無い。 とりあえず撃たれた傷跡に麻酔薬を振り掛ける……うん、痛みが引いた。 同時に肩の辺りの感覚も無くなるが問題ないだろう。 デイパックからパワーショベルを取り出す。 入れようと思ったら普通に入ったのだ。不思議だ。 そして、思案する。 どうして負けた? 何故私は無様にも撤退しなければならなかったのだろう? 答えは簡単だ。油断したから。その一言に尽きる。 いや……解答はそれだけに留まらない。あの男も、学校で戦った男も殺す事が出来なかった。 つまり―― 「けろぴーじゃ……足りない……の? でも、けろぴーから降りたらさっきみたいになる……」 もっと強い力が必要だ。でも大切なのは武器じゃない。 生身ではあんな小さなカトンボにすら状況を引っくり返される可能性がある。 ここで――私は思い出した。 あの殺した女、アイツが"千影"という名前を電話越しで呼んでいた事を。 「…………ああ、あったんだ……ふふふ、あはははははははははははははははっ!! こんなに最初のうちに、見つけていたんだ!!」 けろぴーじゃ足りない? ううん、けろぴーは何度でも蘇る。絶対に負けないんだ。 もっと大きな機械がある。この島で最強の機械にとっくに私は出会っていたんだ。 「あははははははははっ!! 殺してやる、殺してやる……皆、全部、一人残らずッ!!!!!!」 笑い声が真っ黒い闇の中に木霊した。 ふぁいと、だよ。絶対に……殺してやる。 【E-6(線路上)/二日目 深夜】 【水瀬名雪@kanon】 【装備:槍 手術用メス 学校指定制服(若干の汚れと血の雫)けろぴーに搭乗(パワーショベルカー、運転席のガラスは全て防弾仕様)】 【所持品1:支給品一式x2 破邪の巫女さんセット(弓矢のみ10/10本)@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、乙女のデイパック、麻酔薬、硫酸の入ったガラス管x8、包帯、医療薬】 【状態:疲労中、右目破裂(頭に包帯を巻いています)、頭蓋骨にひび、左側頭部に出血、発狂、右肩被弾出血(麻酔で処理済)】 【思考・行動】 0:最強の機械を手に入れる 1:全参加者の殺害、一ノ瀬ことみ=カトンボに復讐する 2:月宮あゆをこれ以上ないくらい惨いやり方で殺す 【備考】 ※名雪が持っている槍は、何の変哲もないただの槍で、振り回すのは困難です(長さは約二メートル) ※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ) ※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていないし、現在目の前にいるのがハクオロだとは気づいていない) ※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ、よって目の前にいるのが衛だとは気づいていない) ※乙女と大石のメモは目を通していません。 ※自分以外の全ての人間を殺し合いに乗った人物だと思っています。 ※パワーショベルの最高速度は55km。夜間なのでライトを点灯させています。またショベルには拡声器が積まれており、搭乗者の声が辺りに聞こえた可能性があります。 ※また、防弾ガラスにヒビが入っています。よほど強い衝撃なら貫けるかも。 ※第三回放送はまるで聞いていません。 ※パワーショベルはデイパックに収容可能 ■ APPENDIX――??? 「主任、どうしたんですか? そんな悲しそうな顔して?」 「……私? え、何どんな顔してたの?」 「そう、ですね。長年連れ添った恋人を亡くしたような感じ……とでも言いますか」 部下の男がデスクにコーヒーを置きながら問い掛ける。 うん恋人か、中々いい線行ってるかもしれない。 でも……。 「……んな訳無いでしょうが。それに私の事、幾つだと思ってんのよ」 「ははっ、まぁ軽いジョークですよ。天才少女にそんな顔は似合いませんって」 「もう……うるさいなぁ、ほら早く仕事に戻りなよ」 しっしっと手で部下を追い払う。彼は笑いながら研究室を出て行った。 そして一人、私は一人になった。 ノートパソコンの特殊機能、今回はちょっと奮発し過ぎたかな。そんな事を思った。 こっちがわざわざあんな機能を付け足しているんだから、もう少し使ってくれてもいいのに……そんな戯言も生まれる。 溜息。 監視衛星と直通しているモニターの電源を落とす。そして三十五番の首輪の生存信号が停止したのをもう一度、確認した。 手元のカップを弄りながら思わず呟く。 「まぁ――大体は合ってたんだけどね」 一気に飲み干す。 久しぶりに飲んだコーヒーは苦くて、そして……少しだけ塩の味がした。 「あ、そうだ。主任!! "鈴凛"主任……ってアレ、泣いて――」 部下が不思議そうな顔をする。そして名前、を呼ぶ。 私は彼の言葉を遮った。 「ううん。何でも……無い。ソレよりどうしたの首輪の事? それとも塔で何かあった? ……何でも聞いて。全部……答えるよ」 まだ殺人ゲームは続く。 状況が変わらない限り、ずっと私はここで主任をやり続けないといけない。 だって契約者だから。 鷹野三四がいかに強力な組織を持っていようが、それは所詮昭和の技術。 そこで私に白羽の矢が立った。適当な主になる工学者がいない、そんな理由で。 他の妹を参加させない条件で私に協力を迫ったのだ。 そして技術自体は西暦2034年のノウハウを使って(まぁ、完成したのは自力でも十分作れる程度の簡単なものだが)――首輪を作った。 ディーは私に言った。 「参加者が脱出できる最低限の可能性を残せ」と――それが私の契約内容。 鷹野三四も契約内容は当然知らない。 概念として首輪を解除してディーの元に参加者が来られる可能性を残す、という事は通達されているはず。 とはいえ、彼女はそれを反故にしかけない。故の私だ。鷹野によって表立った関与は全て禁止されているが。 彼女の目的は……分からない。だけど参加者を極限まで減らした方が望ましいのだろう。 誰かの優勝、それこそが最も望ましい結果な筈。 反逆の――時は未だ来ない。 【??? 基地 第一研究室/二日目 深夜】 【鈴凛@Sister Princess】 【装備:鈴凛のゴーグル@Sister Princess】 【所持品:なし】 【状態:健康、深い悲しみ、契約中】 【思考・行動】 1:表向きは研究部主任として振舞う 2:何とかして参加者の脱出の手助けをしたい 3:出来れば富竹を救出する 【備考】 ※鈴凛の契約内容は"参加者が脱出できる最低限の可能性を残す"こと。 ただノートパソコンの機能拡張以外の接触は原則的には禁止されています。 174 また、来世 投下順に読む 175 クレイジートレイン/約束(前編) 174 また、来世 時系列順に読む 175 クレイジートレイン/約束(前編) 174 また、来世 千影 175 クレイジートレイン/約束(前編) 174 また、来世 坂上智代 179 戦う理由/其々の道(前編) 174 また、来世 川澄舞 186 牢獄の剣士 174 また、来世 一ノ瀬ことみ 181 うたかたの恋人(前編) 174 また、来世 水瀬名雪 175 クレイジートレイン/約束(前編) 鈴凛 190 CARNIVAL
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人と喰種と◆QkyDCV.pEw 千早は春香と並んで町を歩く。目的地はある。だが大まかな方角しかわかっていないので、途中の道選びは千早と春香がしなければならない。 二人は自然と人気の多そうな道を選んで進む。それは無意識の内に同じ立場の仲間を求めての事であろうか。とはいえ人気がありそうなだけであって、人っ子一人見つける事は出来ない。 住居は窓も扉も締め切ってあり、途中見かけた様々な雑貨食料品が並んでいそうな大きなドラッグストアも、シャッターを閉め駐車場入り口にはチェーンが張られている。 そんな中にあって街灯の光は頼りなくも、唯一残された道しるべのようにも見えて、二人は誘われるようにより多くの街灯へと向かっていく。 徐々に住宅は減り、代わりに商店や事務所といった建物が増えていく。繁華街に入ってきたのだろう。 もしかしたら近くに駅でもあるのでは、と思えるような建物の並びが見えて来る中、ずっと押し黙ったままだった春香が口を開いた。 「ねえ、千早ちゃん」 「……なあに、春香」 春香は少し考えた後で、言葉を選びながらゆっくりと話し始める。 「えっとね、私、ずっと考えてたんだ」 「うん」 「今、何が起こってるのか。私達は一体どうすればいいのか、どう、しなきゃいけないのか」 「……うん」 「でもね、ずっと考えたんだけど、全然どうしていいのかわからないの」 小さく肩を落とす千早。 「貴女だけじゃないわ春香、私もよ。私も、上手く考えられない。どうしても考えがまとまらないのよ」 春香は大きく頷く。 「だよね。だからさ、多分私達今、冷静になれてないんじゃないかなって。ステージ前の緊張とは全然違う感じだけど、そういう、物が考えられない状態なんじゃないかなって」 千早は驚きに目を見開く。春香がこんなにも自分を客観視できているなんて、という若干失礼な感想を持ったせいだ。 「そうね、きっとそうよ。春香の言う通りだわ。すごいわ春香、私なんかよりずっとしっかりしてる」 えへへ、と照れくさそうに笑う春香。 「でね、私考えたんだ。千早ちゃん聞いてくれる?」 部屋は広めの場所を使う。三十人は入れる大部屋で、簡素だがステージもありマイクスタンドも据え付けられている。 部屋に入ってすぐ電気を付けると、まず赤青黄の三色が部屋中を照らし回す。春香が、慌てて隣のスイッチに触れるとようやく部屋が白色の光に照らされる。 千早は、しみじみと言った。 「……もしかして、春香って物凄い大物なんじゃないかしら」 準備が整ったらしく、春香は嬉しそうな顔で千早を招く。 ここ、カラオケに入ろうと言い出したのは春香である。曰く、一度冷静になって何時も通りを取り戻す為に思いっきり歌を歌ってみよう、だそうである。 話を聞いた当初は、歌が好きな千早もそれは良いアイディアだと思えたのだが、それこそ冷静になって我が身を振り返って見ると、これは何か違うんじゃないだろうかという気になってくる。 こうして電気が来ているらしいカラオケ店に入って、店内の照明を付けて部屋を探して勝手に使おうとしだした所で千早の思考にじわじわと迫ってくる不安感の正体は、やはり他人様の敷地内に勝手に入り込んで好き放題するなんて行為に抵抗があるせいだろう。 何度か春香に思い直すよう言おうとしたのだが、妙に一生懸命になって電源探したり通信云々を確認したりしている春香を見て、つい言いそびれてしまったのだ。 春香に手渡されたマイクをおずおずと握った千早は、とりあえず、Aの音を出してみた。 音程良し、スピーカーは後ろと前に二つ、部屋が狭すぎて音が変に響く、この部屋で練習するならマイクはいらない。 次に、音階を順に。繋ぎが良く無い、もう一度。やっぱり緊張していたようだったが、もう大丈夫。そこまでした所で、ぽかんとした顔の春香に気付いた。 「どうしたの? 春香は声出さないの?」 見るからに不安げだった千早は歌を始めた途端、表情から弱気が抜け凛とした顔つきになっていた。春香は少し呆気に取られた顔で言った。 「……千早ちゃんて、もしかしたら凄い歌手になるんじゃないかな」 「?」 怪訝そうな顔の千早に、春香は誤魔化すように笑った後、自分も声出しを始めた。 不思議なもので、歌の練習を始めるとここがどんな場所で自分がどんな状況に居るのかも忘れてしまって、今の自分の声がどうなのかしか考えられなくなる。 後、隣の春香がどんな声なのかも。 「春香、また、そこ」 「うわっ、失敗しちゃった」 「意識しないで歌ったら絶対抜けるから、慣れるまでは絶対に忘れちゃダメよ」 「うん……その意識しなきゃいけない所がいっぱいありすぎる気がするけど、多分気のせいだよねっ」 千早はきょとんとした顔になる。 「ええ、いっぱいあるわね。気のせいって何?」 「……うぅ、頑張ります」 レッスンは続く。 「春香、高音」 千早はもう簡潔に単語しか口にしない。その真剣な表情から怒っているようにも見えるが、当人はただ一生懸命なだけである。 「ご、ごめんっ」 「大丈夫、何度でも付き合うから頑張ろう」 次の声はうまく言った、そう確信した春香であったが、不意に千早が歌を止める。すわ、何か失敗したかと身構える春香であったが、千早は眉根を寄せて言った。 「ごめん春香、今の私良くなかった。もう一度お願い」 一瞬だが、千早は自分の世界に入りすぎたかな、と春香も感じた所である。相変わらず、音楽への嗅覚といい妥協を拒む姿勢といい、頼もしい事この上無いなー、と遥かに及ばぬ我が身を振り返りつつ苦笑する春香。 その後二人は一曲全ての確認が終わるまでずっとレッスンを続けていた。以前に二人で仕上げた曲でもあったが、しばらくぶりにやってみると色々と直したくなる所も出てくるものなのだ。 カラオケの部屋を出て、通路に置いてある椅子に二人は並んで腰掛ける。 精算カウンターの内より取って来た飲料を、二人は同時に喉へと流し込む。アイドルらしからぬ豪快な飲み方で一息にこれを飲み干すと、大きく息を吐く。体中から余計な力が抜けていくのが自分でもわかる。 春香は壁によりかかりながら横目に千早を見る。 「ちょっと、やりすぎだったかな」 両手に空き缶を握りながら千早。 「かもね。でも、充分気は晴れたわ。我ながら単純だなぁとも思うけど」 「それはきっと、悪い事じゃ無いよ」 「……そうね」 じゃあ行こうか、と二人は並んで立ち上がり、カラオケを出ようと歩き出した所で、春香が何も無い所で盛大にすっ転んだ。 千早はうんうん、と二度頷いて言った。 「春香も完全に何時ものペース取り戻したみたいね」 「もー! 千早ちゃってばもー!」 誰しもがそうであろうが、彼もまた不本意な形でこの場に連れてこられた月山習は、少々深刻な表情で手にした資料に目を落とす。 彼はその生い立ちが特殊であり、人目をはばかるような生まれにありながらも、裕福で幸福な境遇を享受出来る立場にあった。 同じ種の者達が自らの立ち居地や厳しい食糧事情に悩んでいる中、彼が美食という贅沢の極みのような行為にふける事が出来たのも、こういった立場あっての事かもしれない。 もちろん、月山習という存在自体が持つ、絶大な武力もその助けとなってはいるのだろうが。 月山習がルールや名簿やらで理解したのは、これを企画した者達が現在、この地での無法暴虐を保障しているという事だ。 強者による弱者の一方的な蹂躙行為を、こうして場所を限定する事で社会的な圧力から保護し、参加者に対し後は楽しめ、とこういう訳だ。 ただ習にはそこで一つの事柄が引っかかってくる。 こんな事をして、誰が得をするものかと。 この手の暴虐を観戦するのは至極楽しい事だ。それは認めるし、その為に手間をかけるのも理解は出来る。だが、ここまで大規模にやらかして、採算を取るというのは難しいように思える。 何より、見るよりも参加する方が百倍楽しいのだから、この規模の催しを出資出来る程の観戦者達は、見てるだけで満足するのだろうか、と。 名簿にあったヤモリという名前。彼ほどの実力者ならば、或いは月山習をすらエサ場のエサと見なす事もわからないでもない。エサ扱いを甘受するつもりもないし、かの十三区のジェイソンだとて自身には決して滅ぼせぬとは考えぬ習ではあるが。 とはいえヤモリにこの規模の催しを起こす程の経済力があるかと言えば甚だ疑問である。 習の頭に幾つかの有力喰種グループが浮かぶも、その全てがコレの主催者には相応しくない。 残念そうに嘆息する習。楽しそうな催しではあるが、裏も読めぬまま遊興にふける程習も間抜けではない。 基本的には、コレを東京周辺外のグループによる娯楽行為と考え、彼等が狩りを楽しむ為に習やヤモリをすら集められた。 なのでこの名簿にある、もしくは名前すら無い強力無比な喰種、ないし喰種の集団がこちらを狩りに来る、と習は予測する。 となればこの事を説明し、ヤモリや霧島に協力を求めるのが最善手であろう。 その為にも、非常に残念ではあるが、金木の捕食は今は諦める他無い。彼の保護者たる霧島董香は、補給さえ万全ならば習をすら倒す程の喰種であるのだから。あの時は本気で死ぬかと思った。 ヤモリもその同族をすら手にかける凶暴さが噂になっているが、彼もまた一個の集団の頭でもある。収支の計算が出来るぐらいは期待してもいいだろう。 概ね習の方針は整った。 最後の懸念はこの首輪だが、こんな小さな首輪に仕込める程度の爆薬で、どうやって喰種を確実に殺すのか習には全くわからない。ただ用心はすべきだろうとも思う。 とりあえずはこんな所か、と習はぶらぶらと人を探して歩く。 特に周囲に注意を払っているようにも見えないが、習はその優れた知覚能力に意識を集中し、自らの索敵範囲内への何者かの侵入を警戒する。 程なく二人見つけた。臭いは人間。周囲に人影無し。見るだけ見てみるのもアリだろうと、月山習はその二人組の元へ足を向けた。 芸能人を見慣れた千早の目から見ても、彼の容貌は整った美しいものであると思えた。 背も高く、そのすらっとしたスタイルといい、本当に芸能人なのでは、と思える程だったが、彼からは芸能人らしい何処かわざとらしさが漂う美しさは感じられなかった。 彼は驚いた顔で言った。 「凄いな、こんな美人を揃えて来るとは。やはりショービジネスであるのなら容貌は外せない大きなファクターだろう。人間だって食べ物を美しく整える事で食欲を促したりするものだしね」 ふふっ、と小さく笑う彼。千早は何と声をかけたものか迷ったのだが、彼は何か言いたい事があるようなのでまずはそれを聞いてからにしよう、と思った。 「美食家、グルメだそうだね、僕は。そんな僕に一体ここで何を期待されているのかはわからないが、こうしてすぐ近くに食材を用意されたというのなら、流石に試さずにはいられないかな」 何を言っているのか全くわからない。というか彼の視線はこちらを捉えてはいるが、見ているという訳ではないようだ。 千早にとって、あまり好ましい雰囲気ではない、と思えた。 「ただ、そのままむさぼるのみ、というのでは芸が無い。全くもって、美しくも楽しくもない。ではどうするか、工夫が必要なのさ。わかるかい?」 千早はこちらを無視し続けた男に対し、無視をし返し一方的に言葉を述べる。 「貴方は誰ですか? 話をしようというのなら、せめて名前ぐらい名乗ってはもらえないでしょうか」 彼は千早の反論に驚いたようだ。だが、千早は次の瞬間、一体何が起こったのか全くわからなかった。 「むごぉっ!?」 そんな篭った悲鳴が何故自分の口から漏れ出したのか。 わかっているのは、上を向いた形で頭部が完全に固定されてしまっている事と、口の中に鉄の棒が突きこまれ、大きく口を開かされてしまっている事。 無我夢中で手足をばたつかせる。両足は、完全に地面から離れてしまっている。顎がとても痛い。喉が苦しい。手も足も、前にある硬い壁にぶつかってしまって何も出来ない。 頭上の街灯の光が目に痛い。 不意に光が消える。真っ暗になったそこに、ぼんやりと人の顔らしきものが見えた。 「肉だけが人間じゃないんだな、これが。人間っていうのはね、素晴らしいんだ。たった一人だけでも、多彩な食感を味わえるよう、僕達喰種がより楽しめるよう作られているのさ」 更に大きく開かされる口。中に更に別の鉄の棒が。これはペンチのようなものらしく、千早の奥歯をがちりと掴んで左右に揺らす。 「ん~、良い反応だ。この堅さなら味も期待出来る。虫歯持ちや弱りかけの歯はどうにもねぇ。適度な歯ごたえが欲しいからこその奥歯なんだから、あまりに柔らかすぎるのはね」 遠くから春香の悲鳴が聞こえる。声量は春香の方が上なのに、この男の声の方が良く聞こえるのはどうしてなのか。 現実逃避はここまでだった。 「んぐぅあはぁ!!!!」 信じられない程の激痛。間違いなく生まれてこの方味わった事の無い程の痛さだ。 口を閉じて手で抑えたい。腕を顔付近に上げてもがくが、顎と口を固定している金具らしいものはビクともしない。 視界が滲んでいる。息の苦しさも限界に近い。それでも、あがいてももがいても、何をしても顔を固定する金具は外れてくれない。 そんな絶望の固定具が、いきなり外れた。頭上から聞こえる声にも千早は、ただ傷みよ収まれとばかりにうずくまって口を手で覆う事しか出来ない。 「うん、ブォーノ。これはいいね、匂いも悪くないし、味も、少し軽いか? ああ、いや、ううん、癖になる系だねコレ」 今の千早に出来るのは、ただただ口を抑えて痛みが過ぎるのを待つ事のみ。 小刻みに両足が動くのは、痛みを堪えるために必要な動作なのだ。それもまた、考えての行動ではなく無意識にそうなっているだけの話だが。 再び、男が言った。 「うーん、うん。やっぱり我慢は良くない。まいったね、さあどうぞと出された食材にまんまと食いついておかわりまでしようっていうんだから、グルメの名が泣くよ。ね、でもさ、もう一個ぐらいは、いいだろう?」 不意に千早の上から圧迫感が失われる。気付かなかったが、千早の上には春香が覆いかぶさっていたのだ。 「やめてよっ! もうやめてっ!」 春香の悲鳴が聞こえる。千早が思ったのは、そんな怒鳴るような声を出したら喉に悪いわよ、であった。 顎の下にさっき味わった拘束具の感触が。ここでようやく、千早はもう一度アレをやられるかもしれないと思い至った。 もう声を出すも何もない。手足を無茶苦茶に振り回し、全身をくねらせ跳ねらせありったけで拘束に抗う。 それでも無理矢理に開かれた口は閉じてくれなくて、体が宙に引っ張り上げられるのも止まらなかった。 「ひや……ひやら……」 言葉にならない。もしかしたら言葉にならないから、相手に聞こえないせいで止めてくれないのかも、と考え必死に声を出そうと繰り返すが、やはり言葉は意味を持つ音の羅列になってくれなかった。 そして再びその時が。 「いひやぁらわっ!!!!」 今度はすぐに開放してもらえたので、千早は急いで口を手で抑える。まるでそうすればこの激痛が治まってくれるとでも言わんばかりに。 地面に額をこすりつけ、押し付けるようにする。力を込めて何かをしていると微かにだが痛さが落ち着くような気がして、体の動く箇所全てでそうしようとうごめきもがく。 とにかくどういった形でもいいから動いていないと痛みに耐えられないので、結果として寝転がったまま右に左に転がり回る事になる。 意識は痛みを堪える事だけの集中しているせいで、上から聞こえて来た声の意味はわからなかった。 「僕はもういいや、残りは次の人に譲るよ。そうそう、間違ってもヤモリになんて捕まらないといいね。彼、ただでは食べてくれないらしいから、さ」 最後の最後で初めて、彼は千早に対して言葉をかけてくれた。それも、親切に近い内容だったのだが、いまだ地面をのたうち回る千早にも、その彼女を守るように前に立つ春香にも、全くもってその親切は伝わらないのであった。 春香は千早を抱えるようにしながら、先ほど見つけた、閉まっている薬局へと向かう。 シャッターは下りているが、何処かに入り口は無いかと春香は建物の周囲を走って回る。従業員用通用口を見つけ、祈るようにドアノブに手をかける。開いた。 神様にありったけの感謝を述べながら、シャッター前に待たせてある千早を呼びに行く。 両頬を手で抑えたまま、千早は壁にもたれかかっていた。最初の頃の痛さの余りうごめき回るような事は無くなったので、少しは楽になったのか、と春香は楽観的に思いたくもあったが、千早の表情があまりに険しく、それを口にして訊ねる事は出来なかった。 店内の電気を探すのに手間取ったが、これをつけると後は案外簡単に薬売り場は見つかった。歯、痛み止め。そんなキーワードを探す。千早は痛みのせいで春香に手を引かれるままにしか動けないので、春香が探すしかない。 歯のコーナーを順に探してそれっぽいのを三つ程掴み、探してる途中で見つけたミネラルウォーターを一緒に持っていく。焦りはあるが、今は自分がしっかりしなくては、と頭を駆使する春香は何時もの春香からは想像もつかぬ程的確に行動していく。 どれが一番良いのかわからなかったので、千早には春香でも知っているメーカーの薬を渡して飲ませた。千早はその場で床の上に寝転がってしまう。 ただ、少なくとも安定しているようにも見えたので、春香はこの機会にと店内を物色し何か必要なものは無いかとカゴを持って歩き回る事にした。 配られた鞄の中には食料品もあったが、ドラッグストア内に置いてあるものの方がおいしそうであったので、春香は幾つかをバッグの中に納めておく。お気に入りの飲料も。 しばらく店内を回って色々なものをバッグに詰めた後、千早の所に戻ると千早は自分のバッグを開いて中を色々といじっている所だった。 「春香っ」 もう頬を手で抑えてはいない。心なしか嬉しそうに千早は声をかけてきた。 「千早ちゃん、もう大丈夫なの?」 「ええ、ええ、聞いてよ。この薬凄いわ、本当にびっくりするぐらい痛みが引いてくれたの。春香これ知ってたの?」 「本当に!? 良かった~、CMでメーカーの名前に聞き覚えがあったから、有名なのかなってそれにしたんだ」 「そっか、ありがとう春香。もう、あんまりに痛すぎて私凄い不機嫌になってなかった?」 「そ、そんな事無い……ああ、うん、無かった、かな?」 少しおどけてそう言うと、千早は口元を手で抑えてころころと笑う。 「うふふ、春香って正直よね。ごめんね春香、色々と迷惑かけちゃって」 ぶんぶんと勢い良く首を横に振る春香は、そんな事無い、と言おうとして言葉が出てこなくなった。 目尻に涙が溢れて来て止まらなくなる。押さえ込んで来たものが、まとめて一気に飛び出して来た。 何度も何度も止めてと叫び止めようとした、力づくでと動く彼にしがみついて防ごうとした、せめて自分が壁にと前にも飛び出した。それら全てで、春香はありったけの勇気を振り絞る必要があったのだ。 怖い、恐ろしい、逃げたい、泣き喚いてしゃがみこみたい。それらを振り切って、春香が前へと踏み出すには並々ならぬ勇気と覚悟が必要であった。 あれらは全てヤケになったり、無我夢中で動いた訳ではない。春香は考えて、焦り怯えながらも必死になって考えた結果の行動であったのだ。バッグの中の刀に気付けない程動揺してもいたが。 その全ては全くの無意味であった。男が千早にあれ以上の危害を加えなかったのは彼の気まぐれによるものであろうし、春香が何もしなくてもきっと、結果は何一つ変わらなかっただろう。 春香は千早の友達なのに、その危機に際し何一つしてやる事が出来なかった。それが、悲しくて、悔しくて、申し訳なくて。そしてもう一つ。これを考えるとまた自分の心が軋む音が聞こえてくる。 千早の事以上に、自分がありったけで抵抗した行為全てが無駄であった事に、春香は絶望していたのだ。もう、何をやっても無意味なんじゃないかと、崩れ落ちそうになるのを千早を支える事で耐え忍んできたのだ。 そして、今こうして、千早は自らを取り戻した。 元の優しくて強い、如月千早が春香の目の前に居てくれるのだ。 たった今危地を乗り越えたばかりの千早に頼るような人でなしな真似は絶対にしたくない、したくないのだが、もう、春香には我慢出来なかった。 「ひ、ひっぐ、う、うぐぅ……」 小さく嗚咽を漏らす。これは千早へのサインだ。私を助けてと、甘えさせて欲しい、との。 千早はそこまで察したわけでもないだろうが、春香の甘えを快く受け入れる。千早には春香に対し感謝の心しか無いのだから、そうしてすぐに何かを春香に返せるのは嬉しい事ですらあった。 ゆっくりと、子供をあやすように春香の頭を抱いてやると、春香はその胸にもたれかかって泣き出した。 ほんのりと良い香りが漂う。 人に触れるという事は、こんなにも安心出来る事なのか、と千早もまた春香を抱く事で心の平穏を得る。 一瞬、ノイズのように走る硬質な感触。 薬も想像以上に効果的であり、千早の口の中には最早微かな鈍痛しかない。 何度か舌で触れたぬるりとした感触が思い出される。 ドラッグストアがあった事や中に薬が置いてあった幸運を千早は天上の何者かに感謝したいと思えた。 無理だ。忘れる事なんて出来はしない。 鉄の道具で押さえつけられてる、そう思っていたものは彼の体であり手であり指であった。それは千早が全身で力を込めたとしても彼の指先一本すら動かしえぬ程、力の差がある故そう感じられたのだ。 文字通り話にならない。アレに触れられたら最早絶対に逃れる事は出来ない。春香と二人がかりでも問題にすらならない。いや、多分それ以上だろう。 彼は千早を、春香を、全く対等の相手とみなしていなかった。それは傲慢故ではなくそういう存在であるからで、充分な理由あっての行動だったのだ。 千早は拳銃を持っていたが、これを手に取る事すら出来なかった。目の前に居た、じっと彼を見つめていたというのに、彼がどうやって千早を掴んだのか全くわからなかったのだ。 そんなザマでは拳銃だろうとマシンガンだろうと、持っていた所で無意味だろう。正直な所、拳銃を当てたとしてもアレをどうこう出来る気がまるでしない。 千早もまた、春香が襲われた無力感に苛まれる。 これは錯覚ではない。過剰な自意識が反転したのでもなく、安楽を求める逃避でもない。それは純然たる事実で、千早も春香も圧倒的なまでに無力であるのだ。 後はただ、蹂躙されるのみ。さっきそうされたように。 思い出すだけで、悔しくて、情けなくて、惨めで惨めで仕方が無くて。 何時しか千早も春香を抱いたまま、泣き出していた。 「春香、春香ぁ……」 二人は店内の照明に照らされながら、お互いに抱き合ったまま、ただただ泣き続けるのだった。 月山習は、バッグから取り出した地図を見ながら片眉をひねらせる。 「ん~。支給品云々の事考えたら、あの二人殺してもらっておいた方が有利だった、かな?」 口ではそんな事を言いながらも、習はそうするつもりは全く無い。 馬鹿真面目にこのルールとやらを踏襲する気も、殺し合いをして彼等を楽しませる気もない。 だからこそ、食事とみなしておきながらあの二人を二人共生かしておいてやったのだ。それも、生命活動に全く影響が無いような形でだ。 喰種としてはありえない程の厚遇だ。事情を他の喰種が聞いたなら、習はよほど人間が好きなのかと驚いたであろう。 もちろん習は人間が好きな訳でも善意でそうした訳でもない。そも、善意を見せるなら保護してやるべきだろう。あの二人を放っておいたらほぼ間違いなく食われて死ぬであろうし。 習はただただ単純に、今自分が食べたい部位以外を食べたくなかっただけだ。それが偶々、死なない場所だった。それだけの事。その上でわざわざ殺すのも面倒であるし、誰か他の喰種が見つけたのならソイツが残りを食べればお互いハッピーだろうとも思う。 先に自分が推理したように、月山習はここを喰種の為の狩場であると考えている。 であるのなら、無法を咎める者もおるまい。更に喰種同士の争いになるのなら、喰種対策局の事はそれほど考えなくてもいいだろうから、習は自分がかなり自由に動けるだろうとも考える。逆に、変に喰種対策局に気を遣ってはこれを仕掛けた奴等に遅れをとりかねない。 おかげで習は、少し上機嫌でもあった。 この首輪には心底から腹が立つが、それを抜きにすれば、こうして好き放題に人を食べて回ってもいい、というなかなかに無い環境は、少しわくわくしてくる所がある。 まだずっと子供だった頃、世界は未知の美味に溢れていると、自分はそれをどう手にしようと誰にも止める事は出来ないと、無邪気に信じられた頃を思い出す。 極自然な形で人間社会に溶け込んでいた月山習であったが、やはり彼もまた、人間社会に居る事でストレスを受ける部分があり、こうして開放される事を喜びと感じる、何処にでも居る普通の喰種な感性を持ち合わせてもいたのだった。 【D-8南部/黎明】 【如月千早@THE IDOLM@STER】 [状態]:奥歯を左右一本づつ抜かれた(痛みは薬でかなり緩和されている) [装備]:グロック35(17+1/17、予備34発)@現実 [道具]:支給品一式、あんこう@現実、ガンプラ@現実 歯の痛み止めの薬(かなり効きます、凄いね現代薬学) [思考・行動] 基本方針:絶対に三人揃って元の世界に帰る。 1:美希を探すため、人の集まりそうな場所(トロピカルランド)を目指す 【天海春香@THE IDOLM@STER】 [状態]:健康 [装備]:村正@現実 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~2(武器ではない) [思考・行動] 基本方針:絶対に三人揃って元の世界に帰る。 1:美希を探すため、人の集まりそうな場所(トロピカルランド)を目指す 【D-8南部/黎明】 【月山習@東京喰種トーキョーグール】 [状態]:健康 [装備]: [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3 [思考・行動] 基本方針:喰種同士で力を合わせて脱出する。 1:ヤモリと霧島董香に協力を持ちかける。 2:甚だ不本意ではあるがカネキ君には手を出さない。 ※この殺し合いは他所の喰種達が娯楽の為仕掛けたものだと考えており、無理矢理さらわれた者の他に狩人が居てこちらを殺しにくると予想しています。 時系列順で読む Back 快楽殺人者との付き合い方あれこれ Next 歌う角笛の騎士と銀鴉の忍、そして吸血淑女 投下順で読む Back Resolusion Next 歌う角笛の騎士と銀鴉の忍、そして吸血淑女 002 真夜中の太陽 如月千早 043 蟷螂の斧 002 真夜中の太陽 天海春香 043 蟷螂の斧 GAMESTART 月山習 050 Darkninja Look before he leap
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Introduction 「ケンタロス戦闘不能! よって男選手の勝利!」 ジャッジが高らかに宣言すると共に、歓声がそこかしこから上がる。いつの間にか握っていた拳は少し 汗が滲んでいる。力を緩めトレーナーゾーンから出ると、俺はこのバトルの一番の功労者に近づいた。 「よくやったな。凄かったよ」 「何てことは無い。私は主の命に従っただけだ」 そう言うと彼女はスタスタと控え室のほうへと行ってしまう。ポケモンには珍しくモンスターボールに 収納されることを嫌う彼女は、バトルが終わっても人間のようにただ休むだけだ。もちろん、俺なんか が無理やりモンスターボールに収納できるはずもないし、バトルに支障も無いので特に咎めることもしな い。 俺がそんな背中を見つめていると、彼女は顔だけをこちらに向けてきた。 「どうした、主よ。早く控え室に戻ろう。ここは少し五月蝿い」 「ああ、そうだな」 彼女の名前はミュウツー。唯一無二にして伝説のポケモン。そして俺のポケモンだ。 ジムから出ると、途端に俺とミュウツーの傍に人の波が押し寄せてきた。 次は僕と闘ってくれないか? サインしてください等、そこかしこから湧き出る言葉に俺はただただ目 を丸くするしかない。ここ数ヶ月、ミュウツーをゲットしてからというもの、俺の喜び以上に周囲が色め きたっていた。 確かにポケモン図鑑に登録だけはされているものの、その存在は殆どと言っていいほど未知のものだっ た。最強、幻、最終進化形態。彼女を形容する言葉ならいくらでも出てくる。それをバッチもろくに集め 終わっていない中途半端なトレーナーがゲットしたというのだから、ある程度の報道規制はなされている ものの毎日がお祭のように騒がしい。寄ってくる人は大抵がその伝説のポケモン見たさに寄ってくる人た ちばかりだ。バトルして欲しい、データだけでも良いから欲しい、中には手持ちのポケモン全てを譲るか ら交換してくれなどという人も珍しくない。 とにかく、そこらのアイドルよりも有名になってしまった俺は人波に揉まれて辟易するだけなのだけれ ど、渦中の彼女はともかく冷静だった。 「消えろ。目障りだ」 よく澄んだ声が周囲を圧倒する。比較的、ポケモンは知能が高く人語を解するものは多いのだけれど、 このように人語を操るポケモンはミュウツー一匹だけだ。それだけに彼女から発せられる一言は何よりも 重く感じられる。 「去れ。主の邪魔だ」 次の瞬間にはモーセの十戒のごとく、一本の道が出来ている。俺はまたも先に行く彼女を追おうと、な ぜだか周囲にペコペコと頭を下げながら通った。 なぜ頭を下げるのだ、主よ。もっと胸を張り堂々とするべきだ。 孤高とも言うべき背中がそう語りかけてきている気がした。 「そう、それは大変だったわね」 そう言ってジョーイさんはコロコロと笑う。どうにもその笑顔に慣れない俺は、手渡されたジュースを ぐいっと傾けた。久しぶりの水分に生き返る気がした。 あの後、なんとかポケセンに着いた俺はいつものように手持ちのポケモンを預けると、ジョーイさんと 世間話に華を咲かせていた。本来なら直ぐに終わる作業なのだけれど、ボールに入りたがらないミュウツ ーの治療に少しばかり時間を取られる為だ。 「それにしても、ゴースに怖がっていた男君がまさかこんな有名人になるなんてねえ」 また言ってきたよこの人は。全員同じ顔のジョーイさんの中でも、ここヤマブキシティのジョーイさん とは仲が良い俺はいつもこんな風におちょくられる。まだシルフスコープを持っていない時にこの人に泣 きついたのが運の尽きだったのだろう。それでも親切に教えてくれたので頭が上がらないのも、原因の一 つと考えられる。 「そういえば、ナツメさんはどこにいるの?」 「ああ、リーダーなら少し私用があるからって。多分、そろそろ戻って」 こっちを見ていたジョーイさんの視線が俺の背後に移る。俺もそれを追って後ろを振り向いた。 始めに見えたのは誰かに抱えられたケーシィだった。相変わらず気持ちよさそうに寝ているソイツから、 徐々に目線を上に上げる。 「やあ、男。さっきのバトル、見事だったわ」 ミュウツーの治療にはまだ時間が掛かりそうだった。 「すいません。ジムまで借りてしまって」 「いいわ。私も一人のトレーナーとしてミュウツーが気になったし」 表情の変化に乏しいナツメさんだけれど、長年の付き合いからか、最近は彼女がどういう感情の元、 言葉を発しているのか何となく理解していると思う。今も胸元で眠るケーシィの頭を撫でているその姿 は、どこか優しげなお母さんのようにも見える。 ヤマブキシティのジムリーダーであるこの人とはバッチを巡ってバトルした時からの仲だ。まだミュ ウツーをゲットしておらず、散々彼女のフーディン以下、エスパー系のポケモンに苦しめられたのも今 となっては良い思い出だ。 「次が最後のジム戦らしいわね」 「ええ。先日、やっとトキワシティのリーダーが帰ってきたと連絡があったので」 ミュツウーをゲットしてからは順調過ぎると言っていいほど俺の旅は進んだ。ただトキワシティのリ ーダーが留守である為、今はそれを待つ傍ら、先ほどのようにジムを借りてのポケモンバトルをしてい る。 「オーキド博士はどうだった? 気さくな方でしょう?」 「ええ。ミュウツーを見せたら凄い興奮して」 トキワジムが肩透かしに終わったため、マサラタウンにも寄った俺はあのオーキド博士にも会った。 それはもう子供のようなはしゃぎ振りで、ミュウツーですら驚いていたのだからよっぽどなのだろう。 しばらくオーキド博士の変人ぶりを話し、ミュウツーの治療も終わりに近づいた頃、ナツメさんがあ る提案をしてきた。 「少しだけ、ミュウツーを貸してくれない?」 また目を丸くする俺。返事をしようとなんとか口を開いたとき、思いもがけない方向から反論が起こる。 ミュウツー本人だった。 「ちょっとっ、まだ治療は」 「黙れ」 「ひっ……!」 「借りるだと……? ふざけるな……! 私の主は主一人だけだ。それ以外、他の誰にも私は従わない。 人間風情が、この私を御せると思っているのか……!」 場にいる全員が凍りつく。それこそ彼女が本気を出せば、この場にいる全員を縊り殺すと言った具合 に怒気と殺気を露にする。 誰かの息を飲む音すら聞こえる静寂の中、なんとかナツメさんは続ける。 「い、言い方が悪かったのは謝るわ。別に交換したいとは言ってないの。ただエスパー系ポケモンの専 門家としては、その頂点ともいえるミュウツーを、貴方を扱ってみたいとも思うの。けして悪いよう にはしないわ。無理なバトルはしないし、それなりに腕もある」 「黙れ!!」 「いいえ。貴方は全トレーナーの夢だもの。少しでも貴方に近づきたい、扱ってみたいと思うのは当然の」 「それが人間の驕りだと言っているのが分からないのか……! ポケモンを物のように見て……! 貴様 もまたあの屑どもと同類かぁ……!」 ヤバイ。そう思った瞬間には、既に俺はミュウツーに飛び掛っていた。 ミュウツーと一緒に床を転がる。耳はとんでもない轟音と衝撃が鳴り響いている。頭も割れそうに痛い。 滅茶苦茶だ。滅茶苦茶だ。 衝撃が済むと直ぐに体勢を立て直し周囲を見渡したのだが、酷い有様だった。機器類が見事に弾けとび 所かしこにボールが転がっている。同時に出した精神攻撃をモロに喰らってか倒れている人やポケモンた ち、それでもジョーイさんとラッキーは直ぐに医療活動に入るところには、場違いだが感動すら覚えた。 そして、やはり俺と同じタイミングで置き上がった彼女はやはり俺に噛み付く。 「なぜだ主! なぜ邪魔を」 「当たり前だ! なにやってんだよ!」 ひっ、と小さく息を吸う音が聞こえる。まるで暴風のような力を振るうミュウツーも、なぜだか俺には 滅法弱い。こうして大声で怒鳴るだけで、年端もいかない子供のように身を縮こませる。 「だって……私は、主のため……」 「俺の為でこんなことをするのか! 俺の為にこんなに関係の無い人たちを滅茶苦茶にするのか!」 未だに頭は割れる様に痛い。それでも幼子の様に、縋るような目でこちらを見てくるミュウツーに気ま でおかしくなりそうだ。 周囲はまだざわついているものの、比較的軽傷で済んだ人たちで倒れている人間やポケモンの救助活動 をしている。それなのに、それなのに。 「主……私は」 「五月蝿い! お前なんかいるもんか!」 「あああ……主……私は、だって……主と離れたく……離れたくない……主の為に……私の全て、主だか ら……ああ……ごめ、ごめんなさ……あ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」 どうしようもない喧騒の中、彼女の謝る声だけがどこまでも続いた。 「本当に良いの? ミュウツーをナツメさんに預けて」 はい、とピジョットの背中に乗ったまま俺はジョーイさんに頷く。ポケモンタワーを見上げると、曇天 の空と一緒に悲しみに俯いているようにすら思える。いや、それはただ俺の気分なのかもしれない。 あの後、また暴れださないようにヤマブキジムのエスパーポケモンを総動員してさいみんじゅつをかけ た。ただその時にはナツメさんのポケモンは出てこなかった。ナツメさんはミュウツーの精神攻撃から周 囲の人々を守るため、自分の精神防護そっちのけで力を使ってしまったからだ。まだ、病院で治療は続い ている。 そしてミュウツーは眠りについた。今もジョーイさんが持っているボールの横でスリーパーがブツブツ とさいみんじゅつを平行してかけている。 「ジムリーダーに事情を話して、一番に相手してくれるよう配慮してくれましたから」 ミュウツーをゲットした当初、俺がトキワバッチを持っていないことは界隈では問題視された。ただで さえ高レベルのポケモンを完璧に扱えないことは法的にも一部制限がかかっているというのに、ミュウツ ーという究極のポケモンを扱えないということは国家的な危険すら配慮される。噂では四天王が動くとま で言われていたのだけれど、結局、ミュウツーがなぜか俺に従順ということで話は丸く収まってしまった。 これもまた噂で聞いたのだけれど、最後のバッチですら扱えないのでは、というのもこの話がうやむやに なった一因であるそうだ。 「とにかく、トキワバッチを手に入れてミュウツーを完璧に扱えるようにしてきます」 「そう……」 正直、俺はミュウツーをゲットしてからというもの、彼女に頼りっぱなしだったかもしれない。もちろ ん、他の手持ちのポケモンもなるべく育ているけれど、絶対に信用出来るポケモンがいるかといえば答え に窮する。ミュウツーはもしかしたら信用という言葉すら使えないのかもしれない。 全ては俺の怠惰。怠慢。 「行ってきます」 ピジョットが勢い良く翼をはためかせる。分かれる間際、ジョーイさんが「貴方はもう一人前のポケモ ントレーナーになったわ」という言葉に、少しだけ頬が熱くなった。 トキワシティに着くと、黒いスーツに身を包んだ人が既に待っておりジムへと連れて行くそうだ。 ジムに入り、この先にリーダーがいると通された部屋はどこまでも暗い。本当にこんな所にリーダーが いるのだろうか。妙な胸騒ぎだけが大きくなる。 不意に世界が白くなる。いや、急に強い明かりがつけられた為、目が追いつかなくなっているだけだ。 『ようこそ。トキワジムへ』 部屋一杯に響く。どうやらここのリーダーらしき声だと思われるが、姿はどこにも見あたらない。おま けに機械でいじっているのか、キンキンとした音が耳に痛かった。 『君の噂は聞いているよ。全てのバッチも持たずにミュウツーを操る男。世界の全てを握った男』 何かが引っかかった。いや、本当に感覚的なものなのだろうけれど、どうにもこの声から発せられる悪 意というものが俺の頭にひっきりなしに纏わりついてくる。いったい、なんだこれは。 『実は私も世界の全てに興味があってね。というよりも、全てが欲しいんだよ、私は』 ガシャン、とどこかで金属音が響く。腰のボールに手を持っていくと、目の前から何かが高速で襲って くる! 「う、うわあ!」 なんとか寸前で避ける。しかし、なんとか体勢を立て直したところで肩口から血が出ていることに気づ く。気づくことで追いかけてくる鈍痛に顔をしかめる。 『突然の挨拶失礼。そうだ、自己紹介がまだだったね。私はトキワジムリーダー、サカキ』 傷を見ていると前方からシャーっと、威嚇音が聞こえる。顔を向けるとそこにはペルシアンがいた。こ の傷はコイツだったのか。そして周囲を見ると、ゴローニャ、キングラー、サイドン、ニドキング、カイリキーが俺に襲い掛からんと爪を、牙を研いでいる。 その時、ようやく気づいた。この男は、嫉妬しているのだ。ミュウツーが欲しい。欲しくてたまらない。 そんなガキみたいな野郎だということを。 『そして、ロケット団のボスだ。憶えていてくれたまえ。まあ、ここで死んでもらうがな』 ロケット団!? 突然の名詞に体が固まる。なんでそんな世界的な犯罪組織がジムのリーダーなんて。しかし、そんなこ とを悠長にも思ってる暇は無い。今もまたペルシアンがその鋭利な爪と牙を持って襲い掛かってくる! 「バリヤード!」 すかさずボールを目の前に落とす。バリヤードも既にバリヤーを展開しており、寸でのところでペルシ アンの攻撃を防ぐ。 「カイリキィィィィィィ!!」 敵のカイリキーを咆哮をあげる。なんとゴローニャを持ち上げてそのまま上空まで投げ飛ばした。落下 地点はもちろん、俺とバリヤード。 「くぅ! サワムラー!」 今度はゴローニャに向かってボールを投げる。空中で展開されるボールからサワムラーが出てくると、 全力でゴローニャの脇に回し蹴りを叩き込む! 直後に轟音。軌道を外されたゴローニャはそのまま明後日の方向へ転がっていく。敵も続く。今度はサ イドンとニドキングのダブル突進。俺も負けじと二つのボールを投げる。 「力比べだ! リザードン! カビゴン!」 そのままがっぷり四つ。しばらく動く気配はない。手詰まりかと思うがまだ手は残っているようだ。サ イドンとニドキングの背後からキングラーが出ると、こちらにその巨大なハサミを構える。 「ダグトリオ!」 出すと同時に自分の真下に穴を掘る。落下しながら頭スレスレにバブル光線が通り過ぎるのを感じる。 「カブトプス!」 おそらく追撃してくるであろうポケモンに対してボールを投げてカブトプスを出す。案の定、バリヤー ドのバリアーを掻い潜ってきたペルシアンが噛み付こうと歯を立てるが、カブトプスの爪が迎撃。 お互いの初手は全て相殺。ミュウツー無しでやれたことに対する安堵と、ミュウツーがいなければこの 程度だという不安が押し寄せてくる。 『ほお。さすがはミュウツーが傅く男。楽しめそうだよ。本当に』 いつの間にか作っていた握り拳に力を込める。 見ていてくれ、ミュウツー。お前を必ず迎えに行くよ。 初手こそ合わせた戦いだったが、それでも地力の差とも言うべきか、徐々に雲行きは怪しくなって来る。 「リキィィィィィ!」 「カビゴンッ!」 カイリキーの地球投げが決まる。脳天から落とされたカビゴンが意識を失う。これでバリヤード、カブ トプス、サワムラーに続いて四匹目だ。 『やはりこの程度か。がっかりだ。ミュウツーもさぞ退屈だったろう。こんな男が主人でな』 機械的な声で述べられる、機械的な言葉。それが一段と悔しさを跳ね上げる。どれだけ口の中が血の味で 染み込むのだろう。 『どうだ? ここで取引をしよう。ミュウツーを渡すというのなら命だけでも保障してやる。お前もあの化 け物には手をこまねいてるのだろう? 丁度良いじゃないか? なあ?』 化け物。 その言葉が俺の胸に刺さる。アイツは確かに化け物だ。ありとあらゆるものを破壊する力がある。いとも たやすく色んなものを。大切な人を、モノを。目の前はいつも真っ赤な世界。すえた、汚らしい血の匂いし かない世界。 だけど。だけど。 だけど。 『さあ、今こそ主を変えようではないか。ミュウツーの! 世界の!』 主 俺は、ゆっくりと隠し持っていた三つのボールを落とした。 それは今までの戒めから解かれるように、各々が極上の翼をはためかせる。 ファイヤー。 サンダー。 フリーザー。 アイツが、初めて俺にくれたモノだった。 『なっ……。伝説の鳥ポケモンが三匹だと!? 貴様! 一体』 「なあ、俺さあ。アイツに会いたいんだ。一目で良い。そしてアイツにごめんって言いたいんだ。こんな馬 鹿で使えない主人でごめんって。お前たちが俺の言うことなんて聞かないなんて分かってる。分かってる けど、それでもアイツに会いたいんだ。今更、お前らに頼んだってダメだと思う。だけど、俺はアイツが 大事なんだ。大切なんだ。コレが終わったらどこへなりとも行ってくれ。だから、だから、アイツを自由 にしてくれないか?」 輝きを増す三つの伝説。そして、なぜだか頷くように羽ばたいた。 ロケット団壊滅のニュースを知ったのは、グレンシティのある病院のテレビでのことだった。 「まだ、気になるもんか?」 いつの間に入ってきたのか、グレンシティでジムリーダーをしているカツラさんがわざわざ食事を運んで きてくれていた。 あの後、逃げ惑う途中で意識を失った俺は伝説のポケモンに背負われながらグレンシティに運ばれたらし い。俺を運び終わった三体の鳥ポケモンは、ふたご島の方へと飛び立ったという。 「実に美しい姿だった。これだからポケモンというのは分からんなあ」 禿げ上がった頭をペチペチと叩きながら窓の外へと目を向ける。俺もまた同じように視線を追う。綺麗な 水平線が眼前に広がっていた。 「まだ、退院出来ないんですか?」 「君をむざむざアイツ等に渡しとうないからのう」 怪我はたいしたことなかったものの、ロケット団の残党が今でも俺のことを狙っているらしい。そういう 意味ではあの鳥ポケモンがこの島に運んでくれたのは僥倖と言えたろう。 「そういえば、ミュウツーはどうした? お前の手持ちには無かったんだが」 「それは……」 まだミュウツーのことは言えずにいた。話したところでこの人に迷惑しかかけないだろうし、何より、ミ ュウツーのことを考えることだけで辛くなる。 「男さん、いらっしゃいますか?」 ガラ、とジョーイさんがドアを開ける。「ノックぐらいせんか」と嗜めるカツラさんを他所に、ジョーイさ んは俺に続けた。 「ヤマブキシティのナツメさんから電話が来ているんですけど」 俺の鼓動が、再び強く鳴った。 慌てて俺が電話口に立つと、お互いがテレビ電話越しに目を丸くする。 「そんなに慌てなくていいわ」 「いや、その傷どうしたんですかっ?」 見るも悲惨な状態だった。まさかまたミュウツーが、グレンシティの陽気とは正反対の寒気が全身を駆け 巡る。ナツメさんは俺の顔を見て、僅かに口角を持ち上げる。 「……君の思った通りよ」 「あぁ……」 頭を抱える。考えていた最悪の事態が起こった。それだけが頭を、心を締め付ける。 「でも気にしないで。むしろ、こっちが……不味いことをしたわ」 淡々とした口調の中に苦渋が滲む。珍しく感情を露にするナツメさんは、その後のことを話してくれた。 「……そうですか」 「シルフスコープを改良して作ってみたんだけど、やはりまやかしが現実を超えることなんて無いのね」 何も言えなかった。ミュウツーはエスパーポケモンのさいみんじゅつで再び眠りについている。今回は実 に簡単にかかってくれたそうだ。それだけでどこか湿っぽくなってしまう。 沈黙が続いた。廊下の窓からはどこまでも青く清々しい空と海が続いているというのに。それなのに。 突然、背後からバタバタとした足音が近づいてくる。勿論、振り返った。 カツラさんだった。そして、またこの物語は急に加速しなければならなくなった。 「ロケット団がこっちに来ておる! ミュウツーの場所も気づかれたぞ!」 「すまんな! これしか今用意できるものがないんだ!」 グレンジム前、俺はカツラさんの用意してくれたオニドリルの背中に乗っていた。ピジョットを転送しよ うと思ったのだが、既に回線は切られていると言う。 「ここから真っ直ぐ飛べばヤマブキにつくはずだ。あと、サカキからこれが来ておる。くそっ、あんの馬鹿 野郎が、目の色変えおって」 カツラさんから手渡されたのは最後のバッチだった。 「あやつも昔はポケモンに正しい情熱を向ける奴だったんだがのう。すまんな、君みたいな若いもんにまで 迷惑をかけて」 「いいえ、ここまでしてもらえてお礼も言い切れません」 そのままバッチを胸元につける。バッチには短く何かが書かれているようだ。それをチラリと見る。 「ここはワシが食い止める。なあに、久々のガチンコだのう。燃えてくるわい」 カツラさんがドンと胸を叩くと後ろにいる炎ポケモンたちが一斉に唸り上げる。大丈夫だ、信じよう。 「本当にありがとうございます! それじゃあ、あの、行ってきます!」 「行ってこい! そんで全てを片付けて来い!」 バッチにはこう書かれていた。 『さあ、ラストダンスといこうか』 加速度はどんどん増していく。青い青い空を一直線に切るように飛んでいく。ヤマブキには確実に近づ いている。もう少しでミュウツーに、アイツに会える。 ただ近づくごとに暗雲が眼前に広がっている。いや、暗雲じゃない。ピジョット、オニドリル、カイリュ ー、リザードン、ギャラドス、あらゆる飛行可能のポケモンが待ち構えている。あまりに多いポケモンの群 れが一つの郡体のように、こちらを飲み込まんと待ち構えている。 飛んでいるオニドリルの速度が落ちる。怖がっているようだ。無理も無い。あれほどの数、殺気を前にし て怖気づくなという方が無理な話だ。 俺はオニドリルに話しかける。 「……ごめんな。俺のせいでこんなとこに。怖かったら戻っていいぞ? 俺を降ろして、そのままカツラさ んがいる島に戻ったって良い。お前にとってカツラさんは大切な人だもんな。きっとカツラさんもお前の こと大切に想ってるよ。だから、だからこそな。お前を俺を運ぶって言う危険な役目を任せたんだと想う。 お前だったらやってくれる。お前だったら信じることが出来る。カツラさんはそう信じたんだ。そしてこ こまで来てくれた。……だから、ありがとうな。ここで十ぶ」 高らかにオニドリルが鳴く。怖いものなど無い。信じてくれる人がいれば怖くない。信じる人がいるから こそ強くなれるのだ。誇り高きポケモンは更にその速度を速めた。 「……ごめんな、ありがとう」 破壊光線、だいもんじ、たつまきおこし、ありとあらゆる刃が、凶刃がこちらを刺し貫かんと襲い掛かっ てくる。それをギリギリで、本当にギリギリにオニドリルは避ける。頑張ってる。凄い頑張っている。かす るだけでも激痛が走る攻撃の嵐を、それでも頑張ってる。頑張れ、頑張れ。 「止めろぉ! なんとしてでもだあ!」 方々から怒鳴り声が聞こえてくる。もう既にヤマブキの街が遠いながらも見え始めていた。それでもやま ない攻撃に果たして進んでいるのかどうかすら分からなくなってくる。 もう限界だった。小さい傷が何度も何度も重なって、避けるのだけで精一杯だ。悔しい、何も出来ない自 分が悔しい。ギャラドスの口が大きく開き、こちらを捉える。思わず目をつぶった。 ……攻撃はこなかった。恐る恐る目を開ける。そこにはギャラドスに飛び膝蹴りを浴びせているサワムラ ーが見えた。 「え?」 気づけば腰のボールが全て無くなっていた。代わりに、眼前には俺のポケモン達が闘っていた。 数匹の飛行ポケモンにしがみつき、動きを取れなくしているカビゴン。同種を同時に数匹相手にしている リザードン。それぞれ飛び移りながら必死に戦うバリヤード、カブトプス。 「ダグ、トリオ?」 いつの間にか俺の隣にいたダグトリオは、オニドリルと何か話し合っている。何か合点したオニドリルは、 そのまま地面に向かって急降下し始める。 「おい! おい!」 必死に引きとめようとするが聞こうとしない。ダグトリオも地面が近づくと我先に飛び降りて地面の中に 消えていく。 そこで、やっと彼等の思惑が理解できた。 理解出来た瞬間、地面と激突する瞬間、巨大な穴が空き地中の世界が広がった。 必死にダグトリオは地中の世界を掘り進めている。オニドリルと人間一人が通れる穴を掘るだけでも相当 なのにそれを必死に、ヤマブキシティまで必死に続けてる。 情けないトレーナーだと思う。情けない人間だと思う。 俺が、俺だけがポケモンを信じてあげられなかった。ポケモンはこんなに俺を、人間を信じてくれている のに、一生懸命信じてくれるのにそれを俺は怖くて、臆病だからそっぽを向いてたんだ。俺じゃ力不足だか らと言い訳して、耳と目を塞いでたんだ。 「ごめんな……ありがとう……ありがとう……」 涙が止まらなかった。きっとこんな姿を見たら、アイツどころか俺のポケモン全員が笑うだろうな。 でも、それで良い。一緒に笑いあいたいよ、お前等と。 「ダグダグ!」 「ドリィィ!」 共に俺に呼びかける。もうその声すら涸れて、今すぐにでもセンターに連れて行かないといけないのに。 「ダグダグ!」 「ドリドリィィィ!」 ……そうだ、そうだよな。俺がしっかりしなきゃな。俺は、お前らの主なのだから。 だから、俺は突然開けた世界で、サカキの前で倒れていくアイツの前で叫んだんだ。 「ミュウツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」 「ある……じ……?」 「ミュウツー!」 「あるじ……フフ……にせも……どうせ、このあるじもにせもの……にせものは……にせものはいらな」 そのままミュウツーを抱きしめた。 「あ……あ……」 「ミュウツー……今まで悪かった。俺はお前の存在に、お前の強さに甘えていたんだ。お前がどこまでも俺 を信じてくれていたから、俺が信じるって言うことを忘れていたんだ。ごめんな、ミュウツー。お前は俺の 大事な、大事なポケモンだ。俺はお前をこれからずっと信じる。お前がお前らしくいられるために、お前が 自分を見失っても俺はお前の傍にずっといる。お前を信じて、俺もお前を信じて、そうして最高のポケモン マスターになりたい。その為にお前が必要なんだ。俺が信じるお前がいてくれなくちゃいけないんだ。お前 が信じてくれる俺でなきゃダメなんだ」 「くっ! おい、こいつらを引き離せ! 男の方は殺して構わん!」 サカキがそう叫ぶと、ユンゲラーが身構える。しかし、次の瞬間には吹き飛ばされていた。 「なっ……」 「無駄だ……主には触れさせん」 「くぅっ」 俺を庇いながら、眼光鋭くミュウツーが言い放つ。今度はサカキ自らボールを取り出すが、サカキはそれ以 上動けなくなった。周囲が騒ぎ始める中、センターからケーシィを膝に乗せた車椅子の女性が顔を出す。 ナツメだった。面食らった一同が先ほど滅茶苦茶になった車椅子へと顔を向ける。そこにはいそいそと逃げ るメタモンが一匹いた。 「貴様……!」 「ジムリーダーは色々と危険がつきまとうからね。影武者ぐらいはどこでも用意してるわ」 「じゃあこのかなしばりはなんだ……!」 「ああごめんなさい、この子ね、レベル50なの」 「ケェー」 ハハっと思わず笑みが漏れる。ミュウツーへと視線を移すと、もう安心しきってるのか俺の胸に顔を埋めて いる。 「ミュウツー、ただいま」 「お帰りなさい、主よ」 いつの間にかあれほど曇っていた空が晴れていた。ヤマブキには久しぶりの太陽だった。 数ヵ月後 「おーっと! ギャラドスの破壊光線決まったー! ミュウツー苦しそうだー!」 「もういい! ミュウツーもどれ!」 「くっ……! ああ」 流石のミュウツーも破壊光線は正直、堪えるようだ。なにせ四天王よりも更に描く上のシゲルが相手だ。 以前までは意地でも退こうとしなかった彼女も、最近は素直に他のポケモンにバトルを譲ることになった。 「行け! リザードン!」 「グォォォォォォォ!!」 リザードンが咆哮をあげる。気分も乗って絶好調だ。この分ならいける。そう信じてる。 「……なあ主よ」 「行け! ってなんだよ、ミュウツー」 「……あのトカゲも雌だ」 「へ?」 「……一応私は忠告したからな」 リザードンに指示をする背後、妙におどろおどろしい視線を感じながら俺はポケモンマスターになった。 「おめでとう、主。いや、これからはマスターと呼ぶべきか?」 「いや、主で良いよ」 「フフッ、まあどちらでも構わん。これからもずっと一緒だ、主よ」 おわり
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第十二話/ /第十三話*② 第十三話 執筆者:柊南天 五年前.南極大陸── 氷点下数十度に及ぶ極寒の冷気の中を乾いた銃撃音が伝播し、頭上数百メートル先の上層施設区画から届く。散発的に木霊するその銃声が何を意味しているのか即座に察知し、周囲で狭域警戒態勢を展開していた先遣分隊にハンドサインで指示を送る。的確に反応した隊員達が狭域警戒態勢から第一種戦闘態勢へ陣形を移行し、それぞれの小銃の銃口が上空に向けられる。 次第に接近してくる銃撃音を耳に捉え僅かな焦燥感を胸中に抑え込みながら、すぐ後背下方部の剥き出しになった地層断面の前に膝をついている二人の人物の背中を注視する。 「おい、嗅ぎ付けられたぞ」 「分かっている。焦るな……」 対放射線用の重厚な防護服を纏う、右手の大柄な女がこちらを振り仰ぐ訳でもなく、加えて此方に対してひどく抑揚のない口調で言う。その不気味さすら覚える落ち着いた姿勢が、彼女が元レイヴンであるという噂か、或いは気の違った考古学者の思考のそれからくるものなのか、一瞬思案した。 恐らくは、その両方なのだろう。少なくとも、前者の可能性については自分が断言できる類のものである。 そして同じく、地層の断面に張り付くようにして腰を下ろしている隣の華奢な体つきの男に対し、彼女が言葉を投げかけた。 「照会記録と適合したが、間違いないか──?」 「ああ──テラ・ブーストだ」 一拍置いてからその聞き慣れない言葉を紡いだ男の口調は、わずかではあるが歓喜にも似た震えを孕んでいた。二人の男女が貼り付く地層断面から俄かに染み出している“ソレ”を背中越しに見やり、氷点下数十度の冷気の中にいるにも関わらず、じっとりとした厭な汗が背中を流れていくのを自覚した。 施設自体の気温調整にもよる、過度の低温状態にある地層の断面から半分剥き出しになりその姿を覘かせている、やや黒みがかった濃緑色の鉱石がそこにはあった。そして、それらからは僅かながらも気温の変化に反応して白緑色の靄のような物体が発生している。 出動時の入念なブリーフィングで、その鉱石と粒子体が何であるとされているのかについては、部隊指揮官としてよくよく知り得ているつもりだった。だが、人類史が途絶えてそのさらに数世紀以上も前の断片的な記録としてしか残されていない事実関係では、それがどれほどの存在性を内包しているのものなのか、ブリーフィングでは全く理解できなかったのだ。 だが、こうして直接相対している今だからこそ分かるものがあった。 畏れにも似た原始的な感情、それが自分の意思とは関係なく心の底からじっとりと噴出してくるのだ。そしてそれは同時に、ある種の危うい妖艶さすら放っていた。 その粒子は、見る者の正気を揺さぶる程に濃い瘴気を放つ。実際実例として自分の他に、眼前の二人がそうであった。口を震わせていた左手の男は、同様に震える手で採掘作業を始めながら、誰に言う訳でもなく言葉を紡ぐ。 「ようやく見つけたぞ……。本当に長かった……」 短い、ただそれだけの言葉。だが、それに彼が苦心してきたそれまでの半生が集約されていた。女の方と同様、彼という人物についてはそれほど深くは知らない。 ミラージュ社帰属のレイヴンとして数ヶ月前の作戦失敗の責を負い、左遷された南極基地で偶然出会っただけに過ぎない極めて淡泊で、しかも薄い繋がりだ。 しかし、その数ヶ月だけで、彼という人物が何に生涯をかけて生きてきたのかを計り知るには充分過ぎた。彼はそこまでに、狂気染みた純粋さに従って地球の果てとも言えるこの地で、その身を摩耗してきていた。 彼は自己を顧みない男だったが、南極基地の全ての人間から愛されていた。 作戦失敗の責の上の左遷という不名誉によって、矜持を圧し折られていた自分も、少なからず彼の情熱に救われていたのは、恐らく間違いない。 彼──エイジロウ・コジマという人物はそういう人物である。 二人の学者が精密作業を進行させる様子から視線をずらした瞬間、頭上からひときわ大きな轟音が響き、視線を跳ね上げた。黒々とした爆炎が上層区画から立ち上り、爆風に吹き飛ばされたのだろう瓦礫片と部下の兵士達の残骸が頭上を落下してくる。そしてその背後、噴煙を突き破って"そいつら"は現れた。 「敵性動体侵入、降下してきます。間違いありません、パルヴァライザーです──!」 奇怪な動作音をまるで野獣の咆哮の様に上げながら、対人戦用に調整された旧世代の亡霊達が急降下してくる。第一種戦闘態勢に従って部下達が自己判断により迎撃応射を展開、無数の火線が採掘トンネルを駆け上がり、いくつかの亡霊達を撃ち貫いていく。 しかし、的確な迎撃射撃を持ってすら亡霊達の侵略は止められそうになかった。後方から無尽蔵にそいつらは湧きだし、次々と最下層の採掘区画目がけて降下してくる。 「第五、第六分隊反応途絶、第四分隊も駄目です──! 軌道施設への退避を、隊長っ」 通信要員の兵士が大声で報告し、自らも迎撃応射を展開しながら地層断面に変わらず張り付いている二人の方へ走り寄る。 「もうこれ以上は抑えられん。まだか──!」 「焦るな、アンヘル……」 コジマ地質学者は現状には相応しくない酷く緩慢とした口調で言う。隣に陣取っている女──ゼノビア特別文化顧問も同様の姿勢を崩さず、コジマの採掘作業を粛々と手伝っていた。 頭上、遠くない高度から爆音が立て続けに響く。 氷片と瓦礫片が降り注ぐ空洞を見上げると、至近高度まで降下してきていた敵性部隊が制圧射撃をばらまき始めていた。氷片と瓦礫片の落下衝突によって迎撃態勢を崩されつつある分隊が、その隙を突かれて敵性部隊からの反転攻撃を直撃していく。短い悲鳴がそこかしこから上がり、銃声に次ぐ銃声によって瞬く間にそれらがかき消されていく。銃声と轟音だけが空間を満たす、応戦から一方的な殺戮へと現場は移行しつつあった。 ついに敵性部隊の先行兵力が採掘施設へ着陸し、四脚形態を携えた対人型パルヴァライザーが複雑に交差する連絡通路を甲虫のようなおぞましい機動で迫りくる。そして一層、悲鳴と断末が周囲一帯を埋め尽くす。 周囲より一際落ちくぼんだ剥き出しの試掘地層で作業に励む二人を見下ろすと、やっと試掘作業が終了したらしく立ち上がったコジマが抱えていた重装型シリンダーを、脇に立っていたノウラが背嚢に押し込んでいる。 すぐ背後で起こった爆発の突風が背中を叩いたがそれに構わず、古びた急斜角の階段を上って来る二人を急かす。 「これでお前の労苦も報われたという訳だな、──エイジ?」 「それは早計じゃないか? これからだよ、ゼノビア女史──」 階段を二段飛ばしで駆け上がって来たゼノビア女史が豹を思わせるしなやかな挙動で踊り場に飛び出し、肩にかけていたスリングを器用に振りまわして、ブルバップ式小銃を構えた。そして間髪入れず防御陣形に加わる。 「どうやら元レイヴンという噂は本当らしいな、ノウラ女史」 「現、だよ。尤も副業という点においては正しいかもしれんがな」 窮地といって差し支えのない状況であるにも関わらず、ゼノビア女史は扱い慣れた得物の引き金を、余裕すら感じさせる笑みを口許に浮かべながら絞り続ける。 その彼女の佇まいは、先ほどまで【テラ・ブースト】に魅せられていた一人の学者ではなく、完結した一人の兵士としてのそれであった。 「軌道施設に離脱用の装甲列車が待機中だ。長くは持たん、急ぐぞ」 「──だ、そうだ。エイジ、急げ──!」 何やら奇妙な独り言をぶつくさ言いながら階段を上ってきていたコジマだったが、彼が踊り場に達しようとした直前、どこからか放たれた砲弾が背後の断面地層を直撃した。濃緑色の鉱石の破片が混じった粉塵が爆風と共に吹き荒び、それに愕然としたコジマが背後を振り返る。 「テラ・ブーストが──」 「急げ、エイジ!」 ゼノビア女史が応対射撃を取りつつ、背後の階段でコジマ氏が愕然としている様子を既に察しているのだろう、彼に発破をかけた。 「奴ら、此処を丸ごと破壊するつもりなのか……?」 「私達の排除が最優先目標だろう。施設機能さえ維持できれば、奴らにとってそこの地層なんぞ塵ほどの価値もないという事だ。さあ、早く上って──」 ゼノビアがそう言い切るのを待たずに、再び砲弾の弾幕が吹き荒び、再度起こった爆風が踊り場に達しようとしていたコジマ氏の華奢な体を階段からもぎ取っていった。 それと同時、前方至近距離の連絡通路に頭上から一機の対人型パルヴァライザーが強着陸してきた。踊り場を挟んだ隣にいたゼノビア女史が即座に反応し、アンダーバレルの銃口をパルヴァライザーの頭部に向けて引き金を絞った。至近距離から放たれた40ミリ通常榴弾が過たず頭部に直撃し、赤々しい爆炎がパルヴァライザーを中心に巻き起こる。それで仕留め切れたとは思っていないのだろう、ゼノビア女史はアンダーバレルから空薬莢を排出し、次の榴弾を押し込む。その傍ら、 「今のうちにエイジを、アンヘル!」 その鋭い言葉に態勢を立て直し、いまだ黒煙が立ち上る眼下の試掘地層を覗き込む。粉塵が蔓延するその場所にいたコジマを見咎め──私は一瞬出すべき言葉を失った。 ──彼は、エイジロウ・コジマは生きていた。 しかし、彼は自分以外の誰がどう見たとしても、致命的な損傷を身体に負っていた── 爆風によって身体を弾き飛ばされた所に、頭上から降り注いだテラ・ブーストの鉱石が直撃したらしく、彼の右脚は膝から下が無残と言いようがない程に粉砕されていた。 保護服の外部装甲は無残にひしゃげ、頭部前面をカバーしていたバイザーも既に飛び散っている。 意識は失われていないようだが、既にコジマの視線はあらぬ方向を向いているようであった。 「博士──! 立てるか、手を伸ばせ──!」 予測できていながら受け入れる用意のできていなかったその突然の事態に、私は構えていた小銃のスリングを肩に回し、破壊された階段の踊り場から身を乗り出していた。 私のその声が届いたらしく、後頭部を地につけてぐったりしていたコジマが頭を起こした。ゆらゆらしていた視線が焦点を結び、こちらを見上げる。ゼノビア女史が発射したらしい榴弾の炸裂音が響き、彼女が何事かを叫んでいるのが耳に入って来る。 「立て、博士! 此処で死ぬつもりなのかっ」 そこでようやく、彼は口許に歪み切った笑みを浮かべ、蒼白だった顔に感情を取り戻した。そして同時に彼の表情が苦悶に歪み、口からどす黒い血が吹き出す。 「粒子汚染──、博士……!」 叩き割られたバイザーから流入した高濃度の有害粒子が、博士の体内に入り込み瞬く間に各種器官機能を破壊したのだ。致命的な粒子汚染が身体にどういう影響を及ぼすか、知らない訳ではなかった。ただ、その有様を目の当たりにして私は、その事実を畏れた。 しかし、伸ばした手を戻すことが、それ以上に恐ろしかった。 激しく痙攣する身体を抑え込み、博士は首元に提げていた紡錘形のロケットの鎖を千切ると、同じく痙攣する腕を辛うじて振るい、投げてよこした。緩やかな放物線を描いて飛んできたそれを受け取る。 それは、肉親と呼べる家族を一切持っていなかった彼が肌身離さず付けていたものだった。透明の保護機構に守られ、中心で小さいが強い意志のようなものを孕んだそれは白緑色の淡い光を放っている。 彼が探し求め続けてきた遺産──テラ・ブーストの原石片だった。 投げ渡されたそれに思わず注視していた私に、眼下で横たわっていた彼が喀血に構わず口を開いた。 「私の生きた生涯にも……、これで意義が遺った。最早、高望みはすまいよ……」 逃れ得ぬ未来を受け入れたが故に彼が吐いたその言葉を聞き、何を言い出すかも考えずに応答しようとした瞬間、連絡通路を渡って来る敵性勢力を一人で足止めしていたゼノビア女史が、鋭い口調で言葉を発した。 「エイジ、貴様──。此処で諦め、一人朽ち逝くつもりか?」 「……無茶を、言うなよ。相応の心残りはあるさ。──だがな、誰にでも潮時はあるものだろう。消えぬ意義が残せただけでも、私達はそれを誇るべきじゃあ、ないのか……?」 異様に慣れた手つきで弾倉を換装しつつ、ほぼ間断なくゼノビア女史はまるでひとつの精密機械であるかのように淡々と防御戦闘を繰り返し続ける。時間にして数秒足らずだったが、その空白の後、 「──ならば、好きにするがいい。私は、お前の遺した功績を讃えよう。お前の生涯は、ひとつの礎となる。それを、私が代わりに見届けてやる」 「気が、利くなあ。意外だったよ……」 最早博士の言葉に意気はなく、それが彼の終息が間もなくである事を雄弁に物語っていた。 「アンヘル……。君には色々と世話になった、礼を言うよ。道連れになる必要はない。早く行ってくれ……」 「しかし──!」 「君の生涯は、此れからだ。君が抱く夢想の極点はまだ、此れからじゃあ、ないか……。彼女と共に本社へ戻り、役目を果たすんだ……」 それぞれの末路は、やはり各々が最もよくわかっている。ただ、どれだけ容易く容認できるかどうかが、各々の生きる道の選択肢の数に直結するのだ。私には、まだ、諦める事ができないでいる。 私は伸ばしていた手を戻し、踊り場にすっと立ち上がった。 「──私も、貴方の礎を見届けます」 「幸運を、アンヘル……。君の夢想は、君の為だけに在る」 彼が地球の果ての地の底で朽ち果てる瞬間を、私は見届ける事はしなかった。踵を返し、爆炎に包まれつつある最下層施設を一瞥する。既に部隊の大半は命を落とし、僅かに生き残った数人の部下が軌道施設への後退路を辛うじて確保している様子だった。 足元に無数の空薬莢を散乱させ、一切の呼吸も乱れさせていなかったゼノビアが突破口を見つけ出し、私を呼ぶ。 「帰還するぞ、付いてこい」 洗練された彼女の後に続き、火線が飛び交う戦場の中を確保された後退路を使って走っていった。 軌道施設までの後退路に在った隔壁設備が起動し、装甲列車に向かって後退する部隊を追うように連絡通路を塞いでいく。くぐもった爆音が隔壁の向こう側に取り残され、次第にその音も何枚もの分厚い隔壁に阻まれて聞こえなくなった。 軌道施設に発車準備を完結して待機していた装甲列車に部下達が全員乗り込んだところで、ようやく来た道を振り返る。タラップに足をかけていたゼノビアが、 「──どれ程掛かるかは、分からん。だが、財団は必ず此の施設を奪還するだろう。──その時にでも、拾ってやれ」 自らの私的な感情を押し殺した口調で彼女は言い、タラップを渡り切って装甲列車の中へと姿を消した。 唇を引き結び、私は何も言おうとすまいと務めた。ゆるい冷風が足元の冷気をかきまぜていく。 氷床に埋もれたこの地の果てを目に焼きつけ、私は其処を去った。 第24次南極大陸資源調査隊は、地下数千メートルの試掘地層において旧世代の記録文献に記載されていた新資源である【テラ・ブースト】の原石を発見。しかし、直後の旧世代兵器群の侵行によって致命的な人的損耗を被る。僅かな生存者達によって【テラ・ブースト】は統一政府主導の下発足した帰属組織・ジシス財団に持ち帰られ、以降同資源は財団が推進していた次世代兵器開発要綱に組み込まれた。 致命的内紛によってジシス財団が組織的解体を迎えるまでの数年の中で、旧世代において便宜的に【テラ・ブースト】と呼称されていた粒子体は、その名称を発見者に準えて【コジマ粒子】と変えられた。 存在提唱者と同時に第一発見者となった故人【エイジロウ・コジマ】は、後に支配企業群が実現する軍事革命の第一人者として、その偉大な名を残すこととなった…… そして、五年後── * 五年後── AM07 42── 束の間の追憶に埋没していた意識を引き戻し、軽く閉じていた瞼を上げた。 投射型ディスプレイに映る有視界の薄暗い暗緑色の景色は留まる事なく後方へ飛び去り、車道両脇と天井付近を伸びる警戒灯が地下トンネル内をうっすらと照らし出している。速度計を注視すると、搭乗中の機体速度は第三種広域巡航態勢において出力可能な時速450キロを固定維持していた。 緩めていた操縦把を握る両手に力を込め直し、有視界前方を肉眼で捉える。機体制御機構の根幹である統合制御体に意識を傾けた時、複座後部座席で配置についていた"彼女"が言葉を投げかけてきた。 「どう致しました、アンヘル様──」 「──構うな」 偽りはないだろうその心配りの言葉に対して、突き放す意図を孕めた鋭利な返答をよこす。しかし、彼女は委縮する素振りすらなく、ただ淡々と予定されたプログラムを実行するかのように、平淡な口調を維持して言葉を紡いだ。 「申し訳ありません。しかし、私の義務ですので」 後部座席の彼女を介して統合制御体に語りかけ、視覚野に直接情報画像を出力するインナー・ディスプレイ・システムに現巡航領域の主要情報群を出力し、最後に彼女自身の姿をディスプレイの隅に表記した。 ヘルメットの隙間から垂れる白銀の長髪が新雪よりもはるかに透明感のある白皙の肌を包み込み、大よそ人の持つものとは思えぬそれを携えている彼女自身は、後部座席にその小さな身体を座らせている。バイザー部分の下で引き結ばれた唇は、彼女自身が口を開く時以外に一切動くこと無く、その佇まいのみを見るのであれば、彼女は芸術品として精緻を極めた造形人形のようであった。 同乗者である彼女もまた、自身や統合制御体と同様に機体制御機構の根幹を成す要素であり、端的に言えば彼女がいなければ、自身等は搭乗機であるこの機体すらまともに起動する事もできない。 その事実を脳裏に走らせ、意識の中に発生した気にせねば何でもない程度の淀みをすぐに搔き消す。自身の意識状態の遷移は全て同調状態にあるはずだが、彼女は何ら意に介してすらいないようであった。 有機生命体を基礎にしたとはいえ、所詮は備品に過ぎないという事か── そう胸中で揶揄した時、 「大切な御方だったのですね……」 その静かな言葉は変わらず抑揚に欠けていたが、それは発せられた言葉以上に彼女自身が何らかの意図を湛えたもののように聞こえた。インナー・ディスプレイの両サイドに羅列表記されたデータから主要情報群をピックアップする傍ら、 「過分だな……」 何をとは明言しなかったが、その返答に対して彼女は口を閉じた。先ほどと変わらず狼狽する様子などはない。しかし、此方の意識状態の遷移を常にトレースし、そして同調状態に在るのならば、自分がどういった意図を持ってその言葉を吐いたのかなどは、此方が口に出す前からわかっていた話だろう。 「──私にも、その様な方がおりましたので。申し訳ありませんでした」 そう言った彼女の様子は以前と何らか変わるところはなかったように思えたが、それでも僅かな空気の変化を敏感に感じ取ることができた。 かつて彼女にもそんな人間がいた──それは彼女の言う所の十年や二十年の話ではないだろう。一週間前にミラージュ社領アンディオン地域の地下核部で発掘されるよりも、遥か彼方の旧世代──断片的な記録文献でしか伝えられていない戦乱の世の時の事ではないだろうか。 彼女が発掘されてから今夜までの一週間、互いの立ち位置はプロジェクト参画体としての以上の変化はなかった。しかし、彼女の出自を改めて思い出した今、自分は俄かに湧き出していたその感情を押し殺すことができないでいた。彼女もそれを既に察知しているだろう。 ひとつため息をつき、 「何を憶えている? 過去はどんな世だった……」 その純粋以外の何物でもない問いかけに後部座席に座る少女の姿を模した彼女は、わずかに小首を傾げてみせた。 「何ら変わりはありません。ただあの頃、あなた方はその存続をすら脅かされていました。自らが生み出した惨禍によって……」 彼女はそれのみを言葉にし、あえて意図したかのようにそれ以上の多くを語ろうとはしなかった。その奇妙な、といっては矛盾が発生してしまうが、極めて人間らしい振る舞いにどうしても違和感を憶えてしまう。 兵器開発部の技術者共が提供してきた報告資料と、随分話が違うじゃないか── "彼女達"──有機体戦略支援機構に関する記述が施された報告資料によれば、“彼女達”は我々人間という生命体をベースにしただけの被造物であり、その側面に関してそれ以上の事実はないはずだった。 彼女達が言葉を円滑に扱い、人間の精緻な感情の揺れ動きを理解するのは、その残滓が残り続けているからに過ぎないのだと。 後部座席で自分の支援任務に就く彼女は、残滓に過ぎないといって切り捨ててしまうにはあまりに人間じみているのである。動揺はない。しかし、自身の感情の揺れを敏感に感じ取った彼女はバイザー越しに此方の様子を窺うような視線を投げかけてきた。 今は其れについて思案すべきではない。自分が生み出した類の種とはいえ、これ以上の思考は現状において無意味以外の何物でもないのだから。 ただ、その出自とは裏腹な側面を垣間見せた彼女へのささやかな報酬として、自身は一つの答えを返すことにした。私は不器用だ。その程度しか、他者との関わりを持つことができないのだ。 「──彼は、私の"友"だった。地の果てで望みをすら失いかけていた我々皆のな……」 「友、ですか──」 「ああ。お前は違ったか?」 その切り返しに彼女は一時顎を引き、それから面を上げて口許に薄い笑みを浮かべた。 「いいえ。──ありがとうございました」 彼女のその感謝の言葉が何を意味していたのかについて口を閉ざし、私は一つの役割を終えた事に安堵した。そして即座に意識を切り替え、有視界の光景を出力し続けるメインディスプレイとインナー・ディスプレイを注視する。それに感応した"彼女"もまた変わらぬ表情を切り替えた。 インナー・ディスプレイに環境観測システムからの詳細情報が流入し、それらの幾つかを彼女が転送してきた他情報と併せてピックアップしていく。 「閉鎖型防衛都市【エデンⅣ】への領土境界線進入を確認」 彼女のその言葉通り、メインディスプレイのサイドスペースに表記されたルートマップ上の自機反応は既に境界線を越境していた。それとほぼ同時に第一種広域警戒態勢で展開していたレーダーが未確認反応を捕捉し、カメラアイの望遠倍率を跳ね上げて地下トンネル前方に展開する機影を捕捉した。 「前方約4500メートルに未確認勢力の展開を確認。前後推移から、同都市の防衛兵力ではあり得ません」 彼女のその的確なオペレートを耳に入れつつ、有視界に拡大捕捉したその機影群を見咎め、口許に軽い笑みを浮かべた。 「哨戒部隊か……。統一政府も、この廃棄軍事ラインを使用したらしいな」 有視界に捕捉した複数の機影を記録照会し、間もなくしてインナー・ディスプレイにその情報群が転送されてきた。機影は一般に広く普及しているAC兵器群に見られるものだが、その機体構成自体は見慣れないものである。所属等を示す隊章などはないが、インナー・ディスプレイに出力済みの情報群が示してもいる通り、既に身元は割れていた。 現存の主権国家及び企業を便宜上統治する上位組織──統一連邦正規軍保有のAC部隊。 支配企業群が市場に流通させているアーマードコアの規格とは異なり、独立したコア構想を採用して運用されているAC兵器である。支配企業群程に兵器規格自体の柔軟性はないものの、それらが持つ兵器としての性能が優秀であるという事は、方々でよく知られている。 既に此方の接近機動に気づいているのだろう、有視界で目視できる二機とレーダー上で捕捉できる六機の計八機から成る未確認部隊が進路上で迎撃態勢を取った。 「──軌道衛星【リテレス】より規定報告。旧世代兵器群が【エデンⅣ】外郭防衛線を突破、都市内部へ侵入を開始しました」 「了解。ネクストコード:カルディナの機体制御態勢を第三種広域警戒態勢から第一種戦闘態勢へ移行。強襲機動を開始する。統合司令部とのデータリンクは、これを作戦終了まで遮断。──初の実戦としては申し分あるまい、アンヘラ?」 「貴方との出撃が叶い、光栄です──」 世辞かどうか判別のつかない言葉を彼女──アンヘラと名付けられた有機体戦略支援機構は口許に淡い笑みを浮かべながら言う。 機体搭乗者の判断意志を直接フィードバックし、それを機体各部へ解析伝達する支援機構であるAMS機構──アレゴリー・マニピュレイト・システム──の情報伝達速度も併行して第三種準備待機態勢から第一種戦闘態勢へ移行し、それと同時に膨大な情報量のデータ群が、頸部接続ジャックに繋がれた処理コードから大脳新皮質部を介して脳部へ流れ込んできた。 その脳負荷により発生した鈍痛を伴う不快感に眉を潜めた。が、それもわずかな時間の事で、数秒後にはその負荷もほとんどが、どこかへと溶け込むように消えていった。インナーディスプレイのサイドスペースに出力しているアンヘラを、視界の隅に映す。 「AMS適性値安定化を確認。過剰負荷数値の24,65%を移転処理。情報伝達速度は第一種戦闘態勢を作戦終了まで継続維持可能です。──大丈夫ですか、アンヘル様」 「ああ、良好だ」 わずかに脳部で燻っている負荷弊害は、気にせねば何でもない程度の頭痛程度である。 これが、彼女が──アンヘラが自身と共に機体に搭乗している主因であった。 有機体戦略支援機構、技術者共の言う所の生体CPUのみが成し得る、我々人智を超えた所業──。 接敵距離が2,000メートルにまで縮まり、操縦把を改めて握り直す。 「此れより強襲移動を開始。前方敵性勢力を排除の後、都市地下核部への進入を実行する」 「了解しました──」 その著しく抑揚の欠けた言葉に返って何故か安堵する。 接続負荷の大部分が軽減されたAMS機構を介して統合制御体に軽く語りかけ、搭乗機体・カルディナの機体姿勢を強襲体勢へ移行させた。新規搭載機能である瞬間加速機構、通称【クイック・ブースト】の動発を意思判断し、機体後背部内蔵のメインノズルから噴出した噴射炎が、強襲体勢に入っていたカルディナの機体を一気に押し出した。 速度計は瞬間的に時速1,000キロ以上を叩き出し、周囲の景色が文字通り吹き飛ぶ。 実戦は既に帰属企業のミラージュ社が保有する紛争地帯で幾度となくこなして来たが、今回は実戦として初の単機戦闘である。否応なく高揚する精神をひたすらに抑え込み、操縦把付随のトリガーに指をかけた。機体両腕部に其々携えている試作型突撃銃を前方に構え、更にメインブースタを強く吹かす。 ──自身がレイヴンとして長く戦場に在り、乗りこなしてきたアーマードコアとはその制御機構が大きく異なる事から、当初はその機体制御に大きく戸惑った頃のことが脳裏をよぎり、軽く口許を歪めた。 数年間に渡る長い搭乗訓練の中でようやく悟り得たのは、結局アーマードコア兵器の次世代モデルである【ネクスト兵器】も、搭乗者の意思判断を直接反映して起動するという点を含め、自身が操縦しているという事実は変わらないという事であった。 意思判断のみによって機体にそれが反映されはするものの、今しがた動発させたクイックブースト等は意思判断の仕方としては、従来のACに長らく乗り込んできた身体に染みついている【フットペダルを踏み込む】ようなイメージである。 →Next… ② コメントフォーム 名前 コメント
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35 :1/8:2010/02/18(木) 02 22 05 ID 6QR11+uF 一日の仕事帰りに買い物をすると、辺りはもう真っ暗だ。 食料を買い込んだ手荷物はけっこうな量になったから、一度自宅へ帰って、もう一回だけ外出をする。 学校へはそう遠くない。徒歩でもいいけれど、日が暮れると物騒だから、なるべくバスを使うことにしていた。 小学校はもう、職員室の灯りが点いているだけだ。養護教室はもっと奥の方だから分からないけれど、 教員用の出入り口から上がり、出会う先生方皆に挨拶をした。 若い男性教員の一人に案内をされて、別棟の教室に向かう。やはりそこだけはまだ、明るかった。 彼が引き戸を開くと、中年の、小柄な女性教務と顔を合わせた。彼女は穏やかに微笑んで、僕に声をかけてくれる。 「あら、こんばんは、ヒルベルトさん。お待ちしておりましたわ。」 「こんばんは。申し訳ありません。仕事が、長引いてしまって。」 僕はとても恐縮しきって、頭を深く下げるしかなかった。 僕の留守中、あの子を家に一人きりにはさせておけないのだけれど、普通の小学校では、どうしても無理がある。 併設されている養護学級があったのが、唯一の救いだった。……この街は、誰も彼もが優しい。 「ソーラの様子は、どうでしたか。」 嫌味になっていないかと思って、慎重に言葉を選ぶ。 先生方のことを信頼していない訳ではないけれど、あの子はとても、心配だから。 「とても大人しくて、いい子にしていてくれましたわ。……早く元気になってくれると、嬉しいですわね。」 「そっか……良かった。」 ほっとして、軽く笑い声を出してしまう。それに釣られて、彼女と、後ろの男性教員も笑っていた。ほんとうに、良かった。 他にはどの子も残っていない筈だから、彼らの迷惑にならないように、早めにソーラを連れて行きたい。 「じゃあ、失礼します。」 大声を出さないように、静かに足を運んで奥へと向かう。 カラフルな遊具のたくさんある部屋の、一番扉に遠い片隅に、体育座りで蹲る子がいる。 首元までで切り揃えられたさらさらのブロンドに、よく澄んだグリーンの瞳。 とても綺麗な顔立ちをした、冗談じゃなく美しい子だけれど、 呼吸の様子も、瞬きもない、まるで人形のような男の子で、こうして見ているだけで不安になる。 「ソーラ、おいで。」 できるだけ静かな声で呼びかけたのに、当たり前だけど返事は戻って来ない。 でも、大きな丸い瞳は僕のことを見上げてくれているから、それだけで随分ほっとする。 ソーラの右手に触れても、何の反応も示さない。これは僕だけの特権だ、 他の大人なら、それだけで、この子は必ず酷い嘔吐と吐血を始めるのだから。 腕に巻かれた包帯には見覚えがある。一昨日、この子が自分で付けた傷だった。 「ソーラ、大好きだから、一緒に行こう。」 右手を丁寧に取り上げて、その小さな甲へ口付けを落とす。 やっぱり、ソーラからは何の反応も無かったけれど、自分を信じて小さな体を抱き上げた。 僕の腰辺りに柔らかい感触が来て、幼い両腕がそっとしがみついているのが分かる。 「まあ、すごい!魔法が解けたみたいだわ!」 お調子者のおばさんは、笑って手を叩いたけれど、実際悪い気はしなかった。照れ臭く苦笑いをして、その場は流す。 小さなお姫様の魔法を解いただったら、僕は王子様なのかな。だなんて、決して口には出さなくても、 ソーラがただ一人信頼してくれる人間が僕なのだったら、それより嬉しい事など他に無いのだから。 遅くまで残っている先生方に挨拶をして別れて、そのまま校門前のバス停まで歩く。 ソーラの歩調に合わせると、ほんの数百メートルがとても遠くに感じられた。 ソーラはもう、二度と、きちんと歩くことができない。 脚に残った後遺障害は、この先一生死ぬまで、この子に着いて回る事を知っている。 36 :2/8:2010/02/18(木) 02 23 16 ID 6QR11+uF 「ただいま。」 僕とソーラだけの暮らしだから、誰かが返事をするようなことはないのに、何故かいつも口走っていた。 あくまで僕の気分と、育ちの問題だから、別に誰も気にすることはない。 石造りの、狭いけれど頑丈で、冬でも暖かい家は、この地方では一般的な住宅だった。 マッチに火をつけ、灯油のストーブを灯してから、手を洗いに向かう。 玄関先で立ち竦んでいるソーラを抱き寄せて、一緒に行こうと手を引いた。とても大人しい子で、いつも助かっている。 ソーラは石鹸を知らない子だった。今ではきちんと手を洗えるけれど、この子にものを教えるのは、すごく苦労するのだ。 「僕、お腹空いちゃったから、すぐにご飯にするね。」 ジャガイモとニンジンと、少しのカブ。野菜を洗う手順くらいなら、ソーラにも教えてある。 洗い終えた野菜を引き受けると、お皿を出してくれるように頼んだ。 頑丈な鍵の掛かった引き戸から果物ナイフを出して、ソーラの目に入らないように慎重に皮を削ぐ。 間違ってもソーラに刃物類を持たせてはいけない。そのときこの子は躊躇なく、自分を滅多刺しにするのだから。 切り刻んだ野菜を、更に擂粉木でよく練り潰す。原型を留めないペースト状になるまで、よく練り込んだ。 油を敷いた鍋に火を掛けて、切り終えた野菜を投入する。よく炒めてから水で煮立てて、コンソメを入れる。 お肉のない、質素なスープだ。二人分ならこんなものだった。ソーラは育ち盛りなのに、食はとても細かったから。 煮立てている間は椅子に座って鍋を監視しているけれど、そのうちソーラが擦り寄って来たので、膝の上に乗せて抱き締める。 この子を甘やかすのは大好きだが、それよりも目を離すことが怖い。一人にしておくと、何をしでかすか分からないからだ。 出来上がったスープをボウルに取り分けて、隣り合って椅子に座った。お祈りをしている間も、ソーラからは目を離さない。 言い付け通りにお祈りを済ませた子はスプーンを持って、小さな口を開いて、もそもそと食べ始める。 ソーラは、食べ物のことを、殆ど何も分からない。 ジャガイモもニンジンも知らなかったし、ミルクさえも知らなかった。もしかすると、パンと水しか知らないのかもしれない。 食事が終わるとすぐ、ソーラは甘えて擦り寄って来た。お腹がいっぱいになると、思考が切り替わるのだろうか。 「お兄さん。」 ソーラは床に跪いて、僕の股に割って入る。 股間に頬擦りをする表情は、幼い少年にはありえないほど恍惚としていて。そんなソーラを見て、僕は酷く憂鬱になった。 「駄目だよ。ちゃんと椅子に座ってなさい。僕は今から、後片付けをするんだから。」 ソーラはそんな言葉をお構いなしに、ズボンの厚い生地を銜え始める。 よだれでべとべとになると不味いから、僕は早く立ち上がって、ソーラをゆっくり引き剥がした。 ソーラはすぐに僕の足に縋り付く。床に這い蹲って、勝手に靴を舐め始める。僕は慌ててソーラを抱き上げて、強く抱き締めた。 「ソーラ……。もう二度とこんなこと、しちゃ駄目だよ。」 「お兄さぁん。ご奉仕します。ごほうし、したいよぅ。」 もう、何もかも上の空だった。僕の首筋をぺろぺろと舐める舌先にも酷く悲しい気分にさせられて、顔がくしゃくしゃに歪む。 「…………シャワーを浴びよう。行こう。」 「お兄さぁん。」 嬉しそうに後を追って来る少年の足取りに注意しながら、寄り添って進む。 本当は別々に浴びたかったけれど、この子を一人にはしておけないから。 37 :3/8:2010/02/18(木) 02 24 21 ID 6QR11+uF 嬉しそうにいそいそと服を脱ぐ少年を見ながらだから、自分の脱衣は遅々としている。 艶かしいほどに白く、細くてすべすべとした完璧な肢体は本当に妖精のようで、見ているだけで息を飲むほどだけれど、 皮膚に無数に残る痛々しい傷痕に無理矢理に現実へ引き戻される。 火傷もあるし、切り傷もある。肉を抉られた部分が癒えて盛り上がった箇所は特に背中に多くて、ケロイドは肩に集中している。 肌にナイフか何かで文字が掘り込まれた、たくさんの曲がりくねった傷痕は、今は殆ど読めなくなっているけれど、 背中の『生ゴミ』と、胸の『家畜』のスペルは、今でも注意して目を凝らせば、まだ文字が原型を留めている様子が分かる。 脱衣籠に衣服を放り込んだ後、ソーラの手を引きながらシャワー室に入った。 水道の栓を捻ろうとした隙に、ソーラは僕の股間に口を寄せていた。 「まだ、銜えちゃ駄目だよ。」 ソーラの肩がびくりと震えて、おずおずと僕の目を見上げて来る。 「それはまだ、後にしなさい。シャワーは汗を流す所だよ。」 屈んでいるソーラをそのまま椅子に座らせて、前を向かせる。泡立てた石鹸を使って、髪を洗い流した。 ソーラはいつもいい匂いがする。石鹸の匂いじゃなくて、何なのかは分からないけれど。 僕が水道を使い、自分の体を洗う間、ソーラはシャワーのヘッドを外して、いつも自分の肛内を洗浄している。 あの子はとても事務的に排水溝へ流しているけれど、何故か異臭は鼻につかない。 腕が重い。 汚れを落とす作業はまるで進まず、ぼんやりとしている内に、柔らかい何かに背中から抱きつかれた。 「お兄ちゃん、大好き。いっぱいおちんちんほしいなぁ。お兄ちゃんのおちんちん、おっきくて、硬くて、大好き。」 胸の内に深い虚無感を覚えて、脱衣所へ出るときにはもう、僕は酷く疲れていた。 ソーラの肌を拭いている間も、目の前がとても暗かった。「先にベッドへ行きなさい。」と言い遣って、朦朧とする意識と闘う。 体の水気を拭った後も、暗澹とした気分は僕の足取りを鈍重にさせていて、 それから唐突に視界が鮮明になった訳は、僕がさっき食べていた、スープのボウルを眺めたせいだ。 一瞬で血の気が引いた僕は、ふらつく脚を叱咤して、食堂を駆けて寝室へ飛び込む。 部屋の隅に向かい、僕の先割れスプーンを振り上げるソーラの姿を見付けると、平手でソーラの手を弾き飛ばした。 軽金属製の先割れスプーンが床を跳ねて甲高い音を一つ立てたあと、滑ってどこかへ消えてゆく。 「ソーラ………。」 返事はなかったけれど、僕の顔を呆然と見上げる少年の双眸には、涙の筋が頬を通り、顎を越えて喉まで届いていて、 だけれど、人形のように弛緩する少年の瞳には、もう生気の欠片も感じられなかった。 左腕は、溢れ出た大量の血がべっとりと流れている。 「待ってて、今、消毒するからね。」 なんとかして表情は微笑んだつもりだけれど、上手く笑えていたかはまるで自信がない。 裸の少年の手を引いて寝室を出た。 消毒液を垂らし、ガーゼを切って、包帯を巻く。仕事でも慣れているから、手際だけは良かった。 一つきりのベッドに少年を抱いて、毛布の中に潜る。 いつもなら、おねだりを宥めるのに苦労する筈が、今夜は流石にソーラも大人しかった。大人し過ぎる程に。 瞬きをしない緑の瞳がじっと僕を見ているから、どうしていいのか分からなくて、とりあえずキスをしたけれど、 ソーラはもう、魔法から解けて戻って来てはくれなかった。 38 :4/8:2010/02/18(木) 02 25 07 ID 6QR11+uF ソーラを初めて見た時、もうこの子は助からないと思っていたよ。 次々と地下室から搬送されて行く女の子たちは皆、衰弱はしていても大きな怪我はなかったのに、 たった一人だけ無残な姿をしていたから、誰もが『見せしめ』役の子だと理解したんだ。 全身が傷に覆われていて、不衛生なそこで治療もされずにいたから、まるで黴でも生えたかのようにあちこちが黒ずんでいる。 骨に皮だけが張った体。毛髪も殆ど抜け落ちていて、触るだけで自然にぼろぼろと、皮膚ごと剥がれ落ちてしまう。 長い間拘束され続けていた手首と足首は、骨や健が見えるほど抉られていて。 「そんなガキの死体、もういいじゃないか。」と言った僕を殴り飛ばしたのは、確か隊長だった覚えがある。 ストレスと飢餓と薬物投与のせいで、胸腺も筋肉も、脳までも萎縮してしまった子供の容態は、 起訴のために精密な記録を取られながら、治療のために大学病院へ収容されることになった。 他の被害者の証言から、少年が「ソーラ」と呼ばれていたのは分かったけれど、この子の情報はそれっきりだ。 今回の容疑者が屋敷を受け持った時には、もう地下牢に居たらしいから、ソーラはもう六年以上も監禁されていた事になる。 誰が、どこで、どうやって拉致して来たのかも分からない。 他の子供達は、親や親戚達へ次々に引き取られて行ったけれど、ソーラの引き取り手は、結局最後まで現れなかった。 「許して、許してぇ。息ができないよ、死んじゃうよ、死んじゃう………」 薄いまどろみからはっと抜け出たのは、か細い声が耳元で聞こえたからだ。 慌てて毛布を跳ね飛ばすと、顔面が蒼白になったソーラが、喉を抑えて魘されていた。 体を起こさせて、背中を摩る。唇が青紫色なのは、チアノーゼによく似ているが、どうも違うようだ。 単純な呼吸不全だと思うが、原因が分からない。原因が精神的なものか、脳の障害のせいか、神経か、アレルギーによるものなのか。 ソーラのことは、未知の要素が多過ぎる。 「お、おどぉざ、ゆるじて、ゆるじで」 呼吸もまともにできないのに、必死に何者かへ許しを乞うソーラを、今度は仰向けに寝かせる。 喉を反らせて気道の確保をすると、口内の吐瀉物を確認する。吐血や喀血の有無も調べたが、何の異常も見られない。 呼吸の間隔だけが段々と少なくなっていって、殆ど絶望の面持ちでソーラを見下ろしていた。 呻きと咳が一つのピークを迎えたあと、ソーラは気絶するように眠ってしまう。 僕は無責任に安堵した。 ソーラの発作は、日によって違うものを見せた。見覚えのある症状が二度あることは殆どなく、目にする全てが理解に難しい。 ほんの数秒で、安らかな寝息を立て昏々と眠る少年に底なしの不安を覚えながらも、再び僕は毛布を多い被せる。 39 :5/8:2010/02/18(木) 02 26 29 ID 6QR11+uF 非番の平日は、朝から遅く起きられる。外は雨が降っているらしく、まだまだ薄暗かった。 カーテンを開けるのも億劫で、可愛いソーラを抱き締めながら、もう少しのまどろみを惜しんでいた。 耳たぶを舐める小さな舌の感触にはもう驚かないけれど、寝起きの機嫌は僕だって悪い。 「お兄さん。」 朝勃ちのペニスをさわさわと撫でる柔らかい手があまりに心地良いから、そのまま肩を抱き寄せて、唇を奪ってしまった。 「ソーラ、おはよう。」 まだあどけない美貌が、ほっとしたように頬を緩ませるから、もう辛抱堪らなくなって腕の中に抱き込んでしまっていた。 これ以上ないほどに勃起したペニスを、少年の柔らかい腹にぐりぐりと擦り立てる。 ベッドの上に背筋を起こすと、ソーラはそのまま僕の股間にひっついて、ペニスにむしゃぶりついた。 とても嬉しそうに剛直を頬張る可愛い恋人の成すがままに任せて、下半身を痺れさせる甘い疼きを味わう。 うっとりした顔で無心にペニスを舐めしゃぶるソーラは本当に幸せそうで、早くお尻を犯してあげたくなってくる。 「もういいよ。ソーラの中に挿れたいな。」 でも、悪い子は僕の言った言葉がまるで聞こえていないみたいで、今度は亀頭に吸い付いてカウパーを啜っている。 自分のペニスに手を添えて、少年から玩具を取り上げた。 恨めしそうに眉をハの字にして僕を見上げるのに構わず、強引にベッドの上へ横転させて、這い蹲らせる。 お尻だけを高く上げさせた体勢は、まるで獣の交尾みたいで、とても気に入っていた。 「あはっ、お兄さんの、すっごいねっ。お尻じゅうじゅう焼けちゃうの。」 僕の勃起をソーラのお尻の谷間に挟ませると、その感触だけでソーラは嬉しそうに喉を鳴らす。 女の子より細くて華奢な手首をバックから握り締めて、幼い美貌を枕に突っ込ませた。 尾てい骨の上に勃起したペニスを沿わせて、ソーラの内臓にどこまで届くのか測ってみる。 S字に届くくらいはあるんだけれど、どんなにがんがん突いたって、奥にある小腸の感触が感じられないんだよね。 ソーラのケツ穴を犯しまくってると、たまに消化器が驚いてヘド吐いちゃう時があるから、小腸揺さぶってる証拠はあるんだけど。 たっぷり六年間、ソーラが絶望するまで使い込まれたお尻はとても柔らかいから、ローションなんてものは要らないんだ。 先端を少し埋めただけで、あとはソーラのお陰で自然に入り口へ吸い込まれてゆく。 亀頭が半分まで挿入れば、これからが僕の出番だ。 ソーラのお腹はぎゅうぎゅうに締まっている。解してもいないし、潤滑液を塗してもいないものね。 押し入るのは簡単で、無理矢理に捻じ込めばそれでいい。ペニスという楔に体重を掛けて、温かい尻孔を抉じ開ければいいんだ。 柔らかくてトロトロの腸内は、きつく締まって抵抗しているように見えて、そんなものは素振りだけ。 僅かでも侵入を許せば、その部分はきゅうきゅう喜んでペニスへ吸い付く、最高の精液絞り孔となるのだから。 「きゃはっ、お兄さん!お兄さんおちんちんいいのっ、おちんちんぴゅっぴゅしそう!出ちゃうっ!出ちゃうう!」 「駄目だよ。根元が全部入るまで、我慢しなさい。」 三分の二くらいが入っただけなのに、もうソーラは射精を訴えている。 幹で轢き潰している前立腺がひくひく蠢いているから、たぶん正直に言っているのだと思うけど、 やっぱりイク時は一緒が好きだし、中で出すならソーラの一番奥がいい。 ソーラの全てに搾り取られながら、長い長い射精に耽る行為が、世界の全てを忘れられるほど気持ち良いのだから。 亀頭の横っ面が柔らかい何かに当たった気がする。 ずぐん!! 「あぎぃ!」 根元にはまだ、もう少しの余地があったから、腰を強く打ち込んで、S字をちょっとだけ真っ直ぐにしてあげた。 「う あぅ、ぅぅ 」 「頑張ったね。ソーラの大好きなおちんちん、全部挿入ったよ。お腹苦しいよね?」 「ぐ ぐるじ でず」 まだまだソーラのナカを味わいたかったけれど、正直ないい子にはちゃんとご褒美をあげなきゃいけない。 ペニスをだいぶ引き抜いて、ソーラの小さな男性器がくっつく箇所の裏手に、亀頭の狙いを定めた。 後頭部を右手で鷲掴みにして、ソーラの顔面を枕の中へ捻じ込む。 「じゃあ、前立腺ごりごりしてあげる。いっぱい精液出していいよ。」 40 :6/8:2010/02/18(木) 02 27 24 ID 6QR11+uF ごりゅっ!!ごりゅっ!!ごりゅっ!!……ぐりゅりゅりゅ……ごりゅっ!!ごりゅっ!!ごりゅっ!! 「んむうううぅぅーーーー!!!!」 前立腺が硬くシコって収縮して、僕の亀頭と押しくら饅頭している感触。 きっとソーラのおちんちんは、じゅるじゅるとまるで涎のような、勢いのない射精をしている。 こうしていると、中学校の理科の実験を思い出す。 ヒキガエルのメスの腹を裂いて、卵巣の卵をスライドガラスの上に絞り出す作業。 カエルの卵の人工受精によって、動物の発生過程を観察するものだった覚えがある。 「ぅ… …むぎゅぅぅ…… ぎゅぅ…」 ソーラの肉体の抵抗と反比例して、腸内の動きが激しくなってくる。ソーラの体は、酸素が欲しいみたい。 そろそろ僕もイきたくなってきたから、再びペニスを直腸の最奥まで突っ込んだ。 ずぶぐうっ!!!! 「………ーーーっ!!!!!!!!」 ソーラの背筋がとても強張った。それにも構わずに、きつくて擦り易くなった直腸の壁をいっぱいに抉った。 ペニスが堪えられないほどの熱を持って、先端が痺れる。もう引き返せない。絶対に射精する段階に入ってしまった。 柔らかいのに窮屈で、ぐちゃぐちゃになってしまった可愛いお尻が気持ちよすぎる。 もうこうなっては仕方がないから、とにかく引き抜いて、突っ込んでを延々と繰り返して、 僕は涎を垂らしながら、最後の最後にソーラのお腹の奥を、剛直の一突きでぶっ叩いたのだった。 「げぼっ」 ソーラが枕の中で何か呻いたけれど、もう僕は種付けの事以外なにも考えられなかった。 ペニスの根元から精液が猛然と噴き上がってくる快感は、頭が真っ白になるくらいに強くて、 ソーラのお尻が僕を締め上げる。搾り取られる。後から後から迸るびゅくびゅくが止まらない。射精が止まらない。 ぶびゅるるる!!!ぶびっ、びゅぶるっ、ぶぶううう!!!びゅるううう!!! 「あっ、あっ、あっ、あっ、あへっ、ふへっ、へっ」 僕はまるで痴呆になったみたいに、久しぶりに子種汁の搾り取られ噴射を味わっていた。 腰をかくかくと動かしながらのナカ出し射精。精液の一波をぶちまける度に、直腸の蠕動が僕の亀頭を舐めしゃぶる。 敏感なそこに柔らかい肉が触れるだけで、頭の中に火花が散る。睾丸がぎゅっと締まって、また精液の塊を尿道に送り込んだ。 びゅぐっ、びゅぐっ、びゅぐ、びゅうっ、びゅぐっ…… 「んおっ、んほぉっ、おひっ、ひっ、おひぃっ、ひんっ」 まるでチンポが本当の生き物で、脳味噌の付いた僕が寄生虫だったような気分になる。 けれど、やっぱり射精だって永遠には続かないものだ。 ぴゅるぴゅるとした澄んだお汁しか吐き出せなくなった僕のペニスは、 ソーラのケツマンコに締め上げられる度に、悔しそうにぴくぴくと脈打った。 徐々に柔らかくなってゆくペニスを性懲りもなくきつくアナルが締め上げるから、少しだけ茎に鈍痛を感じる。 それはつまり味わった快楽の裏返しで、無関係な睾丸も同じように心地よく痛んでいたけれど、意地悪な気分にさせるには十分だ。 ぴくぴくと痙攣するソーラのお腹の下に腕を回して、無理矢理にでも抱き起こす。 乱れ牡丹というような体位になったが、ドロドロのペニスがずるんと抜け出てしまった。痛みが治まって、気分がいい。 41 :7/8:2010/02/18(木) 02 28 07 ID 6QR11+uF 腕の中には、ぜぇぜぇ、ひゅーひゅーと、真っ青な顔で今にも死にそうな呼吸をしている子供の人肉がある。 ソーラの顔面はもう、粘液と血でぐちゃぐちゃだった。 涙と鼻水と涎と汗は当たり前で、ソーラの腹の中から逆流した真っ赤な胃液が、ぐちゃぐちゃに美貌を汚していた。 枕まで吐血で汚している。悪い子だ。 シーツの上には、真っ白な粘液がべっとりと汁溜まりを作っている。 指先で一つ掬ってみると、ゼリー状の精液がぷるぷると震えていて、とても濃い。もう何日も玉袋の中で溜め込んでいた証だ。 ソーラのケツ穴は大人チンポを食わされて、ガン掘りのアナルファックで、もうがばがばに開き切っていたのに、 せっかく種付けたザーメンが少しも垂れ落ちてくる気配がなかった。 「お腹の奥に、いっぱい精液出してあげたよ。ソーラのお腹、どんな感じがする?」 ソーラのお腹を撫でてあげながら、耳元で優しく尋ねてみる。 「あついの、あついの……。じゅうじゅう熱いのが、お腹いっぱいなの……。やけどしちゃうぅ、 中にべっとりくっついて、落ちて来ないよ……。お兄さんのせーえき、大好き……。」 可愛く喘ぎながら、うっとりと恍惚の表情で答えるソーラがとても愛しくて、お腹を撫でる手を下に滑らせる。 まだヒクついている幼いおちんちんをシコってあげると、ソーラの吐息はもっと熱くて、甘くなった。 「お兄さん、お兄さぁん………はっ、はあっ、出る、出る。あっあっ、あっ……」 それから二・三回も上下に擦ってあげれば、簡単にソーラは射精してしまう。 びゅくっ、ぴゅっ、ぴゅるっ とぷ、とぷ…… ソーラはもう、さっき精液を搾り尽くされたばかりだから、溢れたお汁はさらさらで透明で、まるでお砂糖のシロップみたい。 射精のお陰できつく締まった腸壁が、僕の種付けた精液を押し出して、 黄色みがかったゼリーがやっと、ソーラのふやけたアナルから顔を出してくれた。 こんなぷりぷりに濃厚な精液が、まだまだソーラの腸内にはごっぷりへばり付いてるんだね。 何故か僕はとても嬉しくなってしまって、血液と涙に濡れるソーラの頬に、キスをしたんだ。 射精が終わってしまえば、男の思考は冷静になる。そして、こんな僕も歴としたオスだった。 この子供は、六年間もこんな風に扱われていたんだ。 いや、こんな行為なんて生温い位の拷問を、物心も付いていない頃の歳から味わわされてきたんだ。 惨めを通り越して、滑稽だった。この子は今まで、どんな瞳で世界を見てきたんだろう。 「……お兄さんのおちんちんしゃぶって、お掃除しなさい。」 ソーラは懸命に僕へ向き直って、すごく億劫そうに身体を這わせる。たった数十分の朝勃ち処理で、へとへとに疲れているんだろう。 すっかり萎れてすっきりしたペニスに、死んだ魚のような目で舌を這わせる男の子のことが、僕は大好きだった。 「ソーラは頭も壊れてるのに、お尻も、おちんちんも、内臓も脚も全部壊れてるんだね。もう、人間でいる意味がないよね。」 綺麗な髪を愛撫しながら、ぼんやりと言葉を紡ぐ僕に、お掃除に夢中なソーラは返事をしてくれない。 「ソーラは何のために生まれて来たのかな。あのまま死んでいれば、楽になれたのにね。」 一生懸命に萎れたペニスを吸い続けている様子が愛らしい。もう一戦交える気力はないから、この子のご奉仕はまったくの徒労だ。 「ソーラはあと何年も、がらくたみたいな廃人のまま、僕に生かされ続けるんだよ。」 ソーラの額を毛布の向こうに押し遣って、僕はさっさとベッドから降りてしまった。 精子臭いシーツの上でぐったりと横になるソーラを横目で見下ろしながら、僕はまず下着から纏い始める。 またソーラに酷いことをしてしまった。 残飯のまだ食える部分を見付けて漁っている、薄汚いハイエナを思い浮かべて、自分が嫌になる。 42 :8/8:2010/02/18(木) 02 28 47 ID 6QR11+uF 折角の非番なのに、外は雨ばかり降っている。 ミルクも砂糖も何もない、苦いだけのコーヒーを淹れて、二階の窓際に陣取った。 ソーラを膝の上に抱き締めながら、手持ち無沙汰に新聞を読む。記事の内容は目から脳を通って、空気の中へ掻き消えた。 近いうちにソーラを病院に連れて行くしかないのだけれど、検査結果を待たなくたって、碌な知らせが来ない事は分かり切っている。 「5月に、手術だね。」 ソーラの胃袋は、もう取り返しのつかないほどぼろぼろになっているみたい。だから、手術で切り取ることが決まっている。 レントゲン写真を見た時は、ぜんぜん大丈夫だと思ったのに。医者の考えることはさっぱり分からない。 不法薬物で薬漬けにされた、肝臓にも悪い所が見付かっているから、これも半分以上、切除することになるかもしれない。 「ソーラのお腹が、またすかすかになっちゃうね。」 一体、この子の何から何までを奪えば、僕らは気が済むのだろうか。 「病院、行きたくないね。」 静かな空間を切り裂くように、唐突になタイミングで携帯電話が鳴った。 発信者欄は、父の名前を表示している。 たっぷり4コール待ってから、電話に出た。 「もしもし、こんにちは、お父さん。」 『………元気がないようじゃないか。疲れているんだろう。実家に戻って、ゆっくり養生しないと、いかん。』 「何を仰っているのか、分かりません。休暇も貰っています。仕事は忙しいですが、不満はありません。では、さようなら。」 『……お前には有望な将来があるんだよ。お前が立派な人間だというのは、誰もが分かったんだ。 もういいから、ほんとうの仕事に専念なさい。中央に、戻って来てくれないか……。頼むよ……。』 言い草に、鼻で哂った。憐れむような声は、僕に言っているつもりなのだろうか。 「もう、いいんです。僕はここで、ソーラと二人、静かに暮らしていきます。」 『あの子は預けなさい。あの子供はもう十分、お前の役に立ったんだよ。 美談になったし、新聞にも載ったじゃないか。可哀想な子供は、世界に何万人もいるんだよ。 過去へは戻れないんだ、あの子のためにも、未来へ進もう。な?』 「………何も要りません。そっとしておいて下さい……僕らに関わらないで下さい……。」 『……気でも違ったか。冷静に、正気に戻れ。 ……お前は悪魔に取り憑かれているんだ。あの子供は悪魔だ……悪魔だよ……。』 乾いた笑いを残して、僕は通話ボタンを切った。電源も落として、充電器に据えてしまった。 膝の上で大人しく座っている子供の頭を撫でると、僕の胸に甘えて頬擦りをしてくれる。 「ソーラ、聞いたかい。君は悪魔なんだってさ。」 「お兄さん、大好きぃ。」 まるで話を聞こうともしないで、僕のシャツのボタンを食べ始めるソーラ。 この子の綺麗な髪を一房触っているだけで、何故かとても心が安らいでゆく。 ソーラが動けなくなるくらいに、ぎゅうっと抱き締めて、この子の耳元で誓いの言葉を囁いた。 「ねぇソーラ。僕を生贄に捧げるから、他の誰にも悪さをしないでね。」 実を言うと、僕は本気でソーラに一生を捧げるつもりでいる。 雨音がいつしか止んでいた。 静かになった窓の外では、大きな雪の粒がゆっくりと地面に積もっている。
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【貰って……くださ……い】 【ふふっ、勝負!! そう、勝負ね!? 後編】の続きです。 あたしは深い眠りからゆっくりと目覚めた。お酒を飲んだせいか、ベッドに入った瞬間に即落ちしたわ。色々あったせいで悶々としちゃうかと思ったけど……結構あたしもいい加減なのね。 シャワーで気分を変えようっと……。冷たい水と熱めお湯を交互に2回づつ浴びて気分一新。 その最中、アイツとは今日で最後なのよね……って、ちょっと感慨めいたものを感じたのは一瞬。もう少し一緒に居たかったなって考えたのも一瞬。 浴室から出て、バスタオルを裸身に巻きつけ、鏡の前でスクワランついでに頬をパンパンと強めに叩き気合を入れた。 「よしっ!! 昨日は昨日、今日は今日。綺麗さっぱり忘れて……さぁって頑張るわよっ!!」 着替えをしようと自室まで移動。着替えのため、バスタオルに手を掛けた時、机の上の物に目が留まった。昨日帰宅してから放置しっ放しの有り触れた封筒。別れ際に優男から「覚悟して開けてね」と渡された1通の封筒。この中に最新の、そして最後の“勝負内容”が書いてあるから、その指示に従ってねって言われたわ。朝になってから開ける様にとも。 あの優男の自信満々な笑顔があたしの闘争心に火を付けていた。このあたしが簡単に負けを認めるとでも思ってるのかしら? 「ふふん、押し倒せば直ぐに泣き付いてくるとか考えてたんでしょうけど。 御生憎様、あたしは明日香ちゃんのためなら、何だってするわ。今日で最後。どんな事でもしてあげるわよ!!」 あたしはこの場にいない優男に向かってそう宣言していた。絶対にギブアップなんかしてやるもんかっ!! あたしは勢いよく封筒を開け中から1枚の便箋を取り出す。思いの外達筆な字で“勝負内容”が書かれていた。 「今日1日、靴下を除く全てのインナーを付けずに過ごす事(つまりはノーパンノーブラって事) その期間は本日5月6日木曜日、朝、自宅の玄 関を出てから、夕方俺の部屋でその確認を受けるまで。 学校を休む事は認めない。キチンと学生らしく授業は受けるように。 勿論、言うまでも無い事だが、イヤなら止めても一向に構わないよ。 もし、やるなら気が付かれない様頑張って隠し通してね。 もし家に来なかったら、勝手に明日香ちゃんに会わせて貰うからね」 あたしは、何度も便箋に書かれている字を追った。目から入ってくる情報が脳で旨く変換できない……。暫くして内容が頭の中で意味のある文章となってからあたしは叫んだ。 「なっ!? 何よこれ……!? あいつ!! バッカじゃないのっ!?」 あたしは目の前にいない優男に対し思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。誰かに聞かれたらあたしのイメージが急降下しちゃいそうな位物凄いやつ。 5分位経ったのかしら、いい加減ボキャブラリーが尽きかけたあたしは大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。 「な、なによっ!! 布切れの1枚や2枚身に付け無い位で、このあたしが参るとでも思ってるのかしら!? いいわ、この挑戦受けて立ってやるわよ!!」 あたしは憤然とクローゼットの中から制服を引っ張り出し、バスタオルを脱ぎ捨てる。そして剥れたまま身に纏った。しかし、イザ身につけてみると……。 やっぱり下半身がスースーして涼しいわ。それに、胸も何時も以上に揺れてる気が……。あと、肩が凝るわね確実に……。 「北高のスカートって……こんなに短かったかしら? 直ぐに見えちゃいそうじゃない」 あたしは姿見で自分の姿を満遍なく観察した。ちょっとしゃがんだだけで股間が見えちゃいそうだし、胸も上から丸見えっぽい……。 「こ、こんな……。これで1日学校で過ごせって……無理……よ」 その手の事を気にすると、挙動不審になるのは確実。って言うか今のあたしがそうだもん。スカートの裾を下に引っ張りながらあたしは考え込んだ。 ……あぁ!! ど、どうしよう? できませんでしたじゃあ、明日香ちゃんが……。でも、こんな恥ずかしい事……あんっ!! あの男!! 最後の勝負だよって言い切った優男を思い出す。キリキリと奥歯が鳴った。悔しくて涙が出ちゃいそう……。あたしは頭を強く振り弱気を振り払い、意地になって登校の準備を進めた。どんな挑戦でも受けて立つ!!って豪語したのは確かにあたしだし……。 でも、アイツってば、何でこんなハレンチな勝負を言い出したのかしら? 何だかアイツのイメージに合わないのよね……。 何時もより丁寧にナチュラルメイクをしてカチューシャを付ける。うん、準備完了。完了なんだけど……。仕方無しにあたしは鞄を片手に階段を下りて玄関に向かった。 「やんっ!!」 階段を下りる最中にスカートがフワリと巻き上がった様に感じ、慌てて手でそれを押し留める。股間がスゥスゥするの……。 ……これだけの事で、浮いちゃうの? 今まで気にしなかったけど……結構、見られてるのかな? あ、後……これ、乳首が擦れちゃう……。何かいい方法考えないと。こんな敏感なとこ、擦り傷なんて想像もしたくないわね。 涼しい股間を気にしながら、ローファを履き玄関を開け放つ。良い天気だわ。心地良い微風と日差し。しかし、あたしは脚が固まった様に先に進めなかった。時間は刻一刻と過ぎていく。 ど、どうしよう? 行かなきゃ行けないのに……行きたくない。でも行かなきゃ……。 あたしの思考はグルグルと出口の無い迷路を彷徨った。どこをどう辿ってもそれが見付からないの。 汗が首筋を伝い、ブラをつけていない胸の谷間に消えていく。身体がふら付き視線が辺りを彷徨う。 「あ……」 その彷徨った視線が明日香ちゃんと出会った公園を捉えた。瞬間、頭の中に閃きが1つ。 「確か……アイツのマンションの傍の公園、トイレがあったわよね」 思いついた事。やろうとしている事。何時ものあたしなら決して選択しない敗北に等しい行動。でも今のあたしには途轍もない名案に思えた。暫し逡巡した後、あたしは1歩を踏み出した。自宅の中へ自室へと。 優男はあたしのしてる事、知ったらどういう反応するかしら? 何げに優しいから、苦笑しながら許してくれるかな……。 そうよ、こんな酷い事言い出した優男が悪いんだからね!! 時間が余り無い。洋服ダンスを開け、出来るだけ髪の毛が乱れない様に制服を脱いで目に留まった適当な下着を上下共に身につけ、再度制服を身に纏う。 ……こんな小さい布を付けただけで、こんなに安心できるのね。 あたしはホッとしながら、玄関を飛び出し学校へと向かう。 悪い事を卑怯な事をしてるって自覚はあるの。正々堂々がポリシーのあたしがこんな小手先の誤魔化しをしてる。そんな自分に強い自己嫌悪を感じながらも、明日香ちゃんのためだからと更に自分を慰める。それで自己嫌悪が消えないと自覚しつつ。 学校に着いた。何時も以上に上り坂がきつく感じたわ。多分、精神的な問題よね……。 教室に入り自分の席に付く。前の席は何時もの通り空席。ホッと一安心。まぁ、キョンがこんな時間に来るわけも無いけど……。あたしはそのまま顔を伏せ、軽く目を閉じた。教室の喧騒がイヤに響く。 ……こんなにキョンに会いたくて、そして会いたくないのも初めて。どんな顔して会おう。旨く笑顔で挨拶できるかな? そんな事を悶々と考えていたら、予鈴の鐘と共に岡部が教室に入って来る。それと同時にキョンも駆け込んできた。 なによ、キョンってば、今日はホントにギリギリじゃない!! 興味が無い振りしながら、横目でキョンを見つめる。キョンはクラスメートの男子に軽く挨拶しながら窓際の席へと足早に向かってくる。 「ん……?」 なんだろう、キョンの様子が何時もと違う。何処がと聞かれても明確に答えられないけど……でも違うの。 疲れ切った様子で席に着こうとするキョン。 「おはよう。……何、休みボケかしら? どうせ、寝坊でもしたんでしょ?」 キョンはあたしをチラリと視線を投げ掛けて、 「ん、おはようさん。寝坊……まぁ、そんなところだ」 と呟き、乱暴に腰掛けた。 「…………」 やっぱり変。視線に力が無いって言うか、心ここにあらずって言うか……ううん、違うわね。何か焦っている。うん、そんな感じ。 あたしは自分の事は忘れて、キョンの背中をシャーペンで突付いた。岡部が何か喋ってるけど気にならないわ。 「ねぇ、キョン、何かあったの? あんた、ちょっと変よ?」 ビクリと小さく身体を震わせ、そして後ろを振り返るキョン。苦笑いを浮かべ、 「何だ、変ってのは? あー、久しぶりの学校で調子が出ないだけだ。 そういうお前は今日も元気だな、羨ましいぜ」 そんな失礼な事を言い捨て、キョンは再び前を向く。あたしは納得できずにキョンに声を掛けようとして……開きかけた口を閉ざす。その背中が放っておいてくれって言ってる気がしたから。 ……まぁいいわ。あたしも実は楽しく会話する気分じゃないし。 キョンの事が心配だったけど、冷静に考えるとあたしは人の心配が出来る立場に無かった。“勝負”をすっぽかし、それを誤魔化そうとしてるんだもん。あ……だめ、また落ち込んできちゃった。 あたしは慌てて窓の外に視線を向けた。様々な形の雲がゆったりと流れていく。あたしはそれをぼうっと眺めていた。 一限目が終わり、休み時間になった。谷口達とも会話せずにキョンは珍しく足早に教室から出て行った。 「ねぇ、涼宮さん、キョン君どうしたの? なんかあったの?」 と坂中さんが心配げに話しかけてくる。 「うーん、やっぱり変よね? でも何でもないって本人が……」 「でも……」 と言いかけて、坂中さんはあたしの顔に視線を固定させた。ほんの僅か小首を傾げてる気がするわ。 「……えっとね、余計なお世話かもしれないのね。……す、涼宮さんも何かあった?」 ギクリとしながら、坂中さんの顔を凝視する。 「あ、うん。何となくそう思っただけなのね。気にしないで欲しいのね」 「うん……」 あたしの返事を合図に坂中さんは別のグループに呼ばれてその輪に入っていった。チラリと心配げな視線を投げ掛けつつ……。 ……うーん、落ち込んでるの顔に出ちゃってるのかな。かなり自己嫌悪嵌てるしなぁ。それにも増して、連休中の事バレたら不味いわね。それだけで勝敗付いちゃうもん。何のために押し倒されたんだか判らなくなっちゃう。うーん、SOS団メンバーって意外に鋭いから気をつけようっと。 ……学校ではアイツ関係の事は考えない!! うん、そうすれば大丈夫よ、きっと!! 結局、キョンは2時限開始ギリギリになって帰ってきた。不機嫌そうな表情もそのままに。 その後もキョンとは何故かあまり会話しないままに放課後を迎えた。 キョンの連休体験談を楽しみにしていたあたし。でも、逆にお前は何をしていたんだと聞かれたら答えられない。答えようが無い。 「連休中、あんたの知らない男と遊んで、そのままホテルに連れ込まれて……」 ……そんな事を言える訳が無い。だから、あたしはキョンに語り掛けられなかったの。 でも、そんなあたしの態度をキョンは何処となく有難がってる気がしたわ。休み時間毎にそそくさと谷口達の所へ駄弁りに行くし。まるであたしを避けてるみたい……。 そんな微妙な雰囲気の中、放課後を迎えた。あたしは掃除当番だったりするの。 「キョン、あたし掃除当番だから先に部室行ってて。疲れてるからってサボっちゃダメなんだからねっ!!」 「へいへい……先に行ってるぞ」 と何故かホッとしながら教室を出るキョン。 ……なによ、あたしと一緒にいるのがイヤなのかしら? あたしは少しムッとしながらも、掃除の準備に掛かろうとしたその時、坂中さんが声を掛けてきた。 「あのね、涼宮さん。ちょっとお願いがあるのね」 「うん、なにかしら? 坂中さん」 「来週の月曜日と今日の掃除当番代わって欲しいのね」 「あら、そんな事ならお安い御用よ」 あたしが気軽に答えると、笑顔を浮かべて坂中さんが説明をしてくれた。何でもその日JJを定期健診に連れて行かなきゃならないんだって。 もう、JJのためなら問題ないって。そんな済まなそうな顔をしないで。 一頻り坂中さんのルソーラブな話を聞いてからあたしは足早に部室へと向かった。アノ部屋に行かなきゃ行けない時間が近づいてきている事を極力考えないようにしながら……。 久しぶりの部室棟、そして久しぶりのSOS団の部室。確か、最後に鍵を掛けた時、連休中に不思議な事に出会いたいなって願いながら部室を出たっけ……。ははっ、不思議な事……ね。確かに連休中は楽しかったわ。色々体験できたし。 あたしは暗くなりがちな顔に殊更笑顔を浮かべて、部室の扉を元気よく開けようとして……固まった。中から会話が漏れ聞こえてきた。 「だから、何時……ルヒ……気づかれ……対処」 「……涼宮さん……閉鎖空間が……」 「だめっ、鈴……ルヒ……外に……」 「!!」 部室内が静かになった。奇妙な位の静けさ。あたしは何も気が付かなかったフリをしながら、扉を何時もの如く勢いよく開け放つ。 「ごっめーん!! ちょっと遅れちゃったわね」 部室内にはあたし以外のメンバーが揃っていた。全員があたしの顔を食い入るように見つめている。 あたしはさも今来ましたって感じでメイド姿のみくるちゃんに声を掛けた。 「走って来たから喉渇いちゃった。みくるちゃん、お茶頂戴!! 熱々のヤツね!!」 「ふぇ、あ、ひゃい!! す、直ぐに入れますねぇ」 みくるちゃんは可哀想になる位動揺しながら、お茶の準備に取り掛かっている。 ……あれで熱湯扱って大丈夫なのかしら? そんな心配をしながら、鼻歌交じりに団長席に腰掛けた。キョンが周囲を見渡し、溜息を1つついてからあたしに話しかける。こういう時のお決まりのパターン。 「なんだ、ハルヒ……。掃除キチンとしてきたのか? その、ヤケに早いじゃないか」 「あぁ、掃除ね……坂中さんから代わってくれって頼まれちゃって。JJの定期健診と被るらしいわ」 あたしは殊更軽い話題ですって雰囲気を作ってキョンに答え、そして、序に団員の様子を観察。 有希が読書もせずにじっとあたしを見ている。 古泉君もボードゲームを準備しながらあたしの様子を伺ってる。気のせいじゃなくその笑顔は硬い。 みくるちゃんはあたしを横目でチラチラと見ながら、懸命にお茶を入れているわ。 キョンは「……JJじゃなくルソーだろ」と呟いたっきり口を噤んだ。そのタイミングであたしは努めて明るく思いついた案を披露する。 「あっ、そうだ!! 今度みんなでJJに会いに行きましょう!! きっとJJも会いたいと思ってるわ。どう、古泉君っ!?」 「さ、流石は涼宮さん。大変よい考えかと」 と古泉君は幾分柔らかい笑みを取り戻しながら、何時もの様に相槌を打つ。 「でしょう!! じゃあ今度坂中さんに都合聞いておくわね。有希も会いたいでしょ?」 と有希にも話を振ると、あたしを凝視していた有希がコクリと可愛く頷いて、ゆっくりと膝の本に視線を落とした。 「ん!! みくるちゃんは? 受験勉強の暇な時がいいわよね」 「あ、はい!! 私もルソーさんに会いたいですぅ。可愛いですもんねぇ、ルソーさん……」 とお茶を入れる手を止めてポワワーンとしているみくるちゃん。 部室の雰囲気がホワンとした暖かいものに取って代わる。 よかった……。何とか誤魔化せたみたいね。実は去年も何回かこんな事があった。みんなが協力してあたしに何か隠し事をしてるの。多分、みんなあたしが気が付いてるとは思ってないんでしょうけど。聞いちゃいけない気がするから知らないフリをしてるんだけどね。 JJの話題を切っ掛けに何時もの団活になった。あの雰囲気は好きじゃないから大歓迎。大歓迎なんだけど……今日に限っては微妙。だって落ち着いたら再びアイツの事を思い出しちゃったから。 周囲が落ち着きを取り戻すにつれて、あたしは落ち込んでいった。嘘をつかなければならない。誤魔化さなければならない。そう考えると自分がイヤになっていく。 ゆっくりとパソコンの電源を入れたあたしに、みくるちゃんがお茶を手渡してくれた。 「はいどうぞ、涼宮さん。熱々のお茶です」 「あ、ありがとう、みくるちゃん……」 「…………。あれ? 涼宮さん? 何だか……」 「うん? どうしたの、みくるちゃん?」 「あ、いや、その……何だか雰囲気が変わったかなぁって。あ、うん、えっと、私の気のせいですよね、きっと……」 「……雰囲気が?」 「わ、私の、気のせい、ですよ、きっと」 あたしはみくるちゃんを見つめた。身に覚えのあるあたしはきっとキツイ視線をしてたんだと思う。みくるちゃんはワタワタオロオロしながら半泣き状態。 「ハルヒ、なんて顔で睨み付けてるんだ。朝比奈さん怯えてるじゃないか」 とキョンの台詞が飛んで来た。 「えっ、そ、そんなに凄い顔してた? ……みくるちゃん?」 「御免なさい……こ、怖かったですぅ」 「あ、御免。考え事してたから。……うん、別に連休中、何も面白い事はなかったわ。反対にそれが残念で」 あたしはみくるちゃんを落ち着かせるために適当に話を合わせる。みくるちゃんはあからさまにホッとしながら有希にお茶を渡すために窓際へ。坂中さんといい、みくるちゃんといい勘の鋭い事……。 連休中の不思議体験発表会は開催されなかった。勿論、あたしが言い出さなかったから。珍しくキョンからの突っ込みもなく、その後は、特に問題も無く団活は終了。 うん、やっぱり平和が一番。その後も、他愛も無い話題で盛り上がって長い坂を下りた。心の片隅でもう1人のあたしが渋い顔をしていたけど。そう、皆と別れると問題の場所へ行かなければならないの。 坂の途中、1回だけみくるちゃんが小声で語りかけてきたわ。 「涼宮さん、やっぱり、何か心配事でも?」 「ん、ありがと、みくるちゃん。……連休が、あっさりと終わっちゃったんで、その埋め合わせを不思議探索でって考えてたの」 「あぁ、そうなんですかぁ。うん、何かあるといいですねぇ」 とニッコリ笑顔で答えてくれたみくるちゃん。その邪気の無い笑顔が、またあたしを苦しめる。 ごめんね、みくるちゃん。決して騙してる訳じゃないから……。 何時ものように有希のマンションの前で別れるSOS団。 キョンの様子が変なんだけど、あたしもそれに気に掛ける余裕がなかった。朝に感じた「放っておいてくれ」って無言のアピールが今も続いているし。 あたしは重い足取りで、アイツのマンションへと向かった。3駅先の駅で降り、モヤモヤとした感情のまま歩を進める。気が付けば、アイツのマンション前の緩い上り坂に差し掛かっていた。途中の公園のトイレに入らなきゃ。 辺りを伺い市営公園に入る。人っ子一人いない公園は静まりかえっていて何だか怖い。簡易式のトイレに入り鍵を閉めた。思ったほど中は汚れていなかった。あまり使われていないのかも……。 溜息を付きながらローファを脱ぎ、スカートの中に手を入れ純白ハイレグタイプのショーツを脱ぐ。フロントのピンクのリボンが可愛いの。次にセーラーを脱いで股に挟んだ。 こんな場所で裸になるのにはちょっと抵抗があるけど……仕方がないもん。さっさと終わらせちゃおうっと。 これまた純白のハーフカットブラを手早く外し、再びセーラーを着込む。脱いだ下着は無造作に鞄へと仕舞った。スカートやセーラーの裾を引っ張り乱れを直してトイレから出る。 うわぁ……やっぱり股間が涼しいわ。風の流れ、感じちゃうわね……。ふぅ、気が進まないけど、後はずっとこの格好だったって言い張らないとね。そんな考えが頭を過ぎり、益々落ち込むあたし。 あたしは頭を大きく数回振ってから、トイレの扉を閉めアイツの部屋目指して歩き出した。 この時、あたしは気が付かなかった。優男が洗濯物を取り込むためにベランダに出ていた事を。そして、あたしの行動の一部始終を見ていた事を……。 エレベーターを降りて、例の部屋の前まで。スカートの裾を引っ張り形を整え、呼び鈴を押す。 暫くして優男が顔を出した。白いコットンシャツと薄手の蒼いスラックス。如何にもオフですよと言わんばかりのラフな格好ね。あたしは何か喋ろうと口を開きかけ……直ぐに閉じた。優男ってば、すっごく厳しい表情なんだもん。昨日のナンパ事件を思い出す……。 優男はあたしの顔を見ると、無言で中に入るよう促した。 「な、何よ……キチンと約束どおり来たのに、感じ悪いわね」 あたしは酷く緊張しながら優男の部屋に脚を踏み入れた。優男は無言で、扉を開けリビングへと入っていく。あたしはその態度に戸惑いながらも後に続いた。 ……な、何よ。昨日までと雰囲気が全く違うじゃない……べ、別に怖いって訳じゃないんだからね!! 優男はリビング奥のソファに大きな音を立てて座った。思わず身体がビクリと震えちゃう位無表情かつ冷たい視線。 「な、何よ……」 と問いかけるあたしの声は微かに震えていた。 「見せてみろ……」 優男は聞いた事が無い位、低い声であたしにそう告げた。 「えっ? 見せる? 何を……」 と言いかけ、あたしは気が付く。そうよね、あんな勝負を持ち掛けておいて「見せろ」って事は……。ここで誤魔化しきらないと!! そうあたしは覚悟を決めた。 「ホントに恥ずかしかったんだから!! こんな格好、もうこりごり」 そんな事を早口で捲くし立て、「ここでスカートでも捲ればいいのかしら?」とヤケ気味に確認をする。当然“了”の返事が返ってくるものと身構えていると、 「いや、違う。そんなものはどうでもいい」 「なっ!? ど、どうでもいいって、それ、どういう事よっ!?」 「鞄を寄越せ。中身を確認する」 「!!」 優男は右手をあたしのほうへ差し出しながら、視線は未だ肩に下げっぱなしの鞄に向けられていた。文字通り音を立てて顔から血の気が引く。中にはさっき脱いだばかりの下着が……。 「な、ど、どうして……か、鞄なんか調べるの? あたしがスカート捲れば……その、下着穿いてないって直ぐ分かるのに。必要ないじゃない!!」 あたしは鞄を握り締め、必死に訴えた。訴えつつ誤魔化す方法を考え出そうとした。 「あ、ね、ねぇ……ど、どうして?」 そんな台詞を途中で遮り、優男はあたしに問いかけた。 「朝、手紙は読んだんだよな? なら、勝負内容は判ってるはず」 そして優男は、一字一句違えずに勝負内容を暗誦して見せた。 「つまり……家を出た後に、1度でも下着を身につけたなら、それだけで勝敗は決まるって訳だ」 優男が声を出す度に、あたしの身体は小さく痙攣した。勿論、恐怖のためだ。喉が渇く。それなのに全身を冷たい嫌な汗が流れていた。脚に力が入らず今にも崩れ落ちそう。 「あ、ちょっ……」 優男がゆらりと立ち上がり、面白くなさそうにあたしの鞄に手を掛ける。あたしはそれを振り払おうとするが、持ち主の意に反して身体に全く力が入らない。2人の間で取り合いになった鞄はあっさりと男の手に渡った。あたしは鞄を取られたショックで床にへたり込む。剥き出しのお尻にフローリングの床は冷たかった。 男の手が鞄のチャックに掛かった。 「ま、待って……お願い、開けないで!!」 あたしは恥も外聞も無く男に懇願。涙が溢れそうになった。そんなあたしを優男はつまらなそうに見つめる。 「さっき、俺は洗濯物を取り込んでいたんだ。すると、見慣れた女の子が近場の公園に入って行った。何をするかと思えばそこのトイレに入っていく訳だ。で、その前後で女子高生の行動に変化が見られた。そこから推論できる事といえば……言わなくても判るだろ?」 あたしはガタガタと身体を震わせ、優男を見上げる。口を開いても言葉を発する事が出来ない。 「その様子じゃ……中に下着、入ってるんだな?」 すごく寂しげに優男は呟いた。そして、鞄を床に置きゆっくりとファスナーを開け、中に手を入れた。あたしは身動ぎもせずそれを凝視する。教科書やノート、ポーチバックが床に並べられ……遂にショーツがその手で外に引っ張り出された。続いてブラも。さっきまで身につけていた下着を男性が手にしている光景は、あたしに強い羞恥心を感じさせた。 「あ……やだ……」 「まだ、温かいな。十分に体温が残ってる……」 とブラとショーツを握り締め優男は立ち上がった。「何時から穿いていた?」とあたしを見ずに問い掛ける口調は寂しげ。 あたしは何も言えず俯いた。嘘を突き通す自信は全くなくなっていた。再び同じ口調で優男に問い掛けられ、あたしの口は勝手に答えを吐き出していた。 「が、学校に、行く時……から……」 「それで、さもずっと穿いていない様な振りをしたのか……最低だな」 「あ……その……」 「予想外の形ではあるけど、これで勝負ありだね。まさかこんな卑怯な事してくるとは思わなかったけど……。 お嬢ちゃんを信じた俺が馬鹿だったって事か」 そんな言葉を呟き、手にした下着を鞄に叩き付ける。そして、腰のホルダーから黒いシンプルな携帯を取り出し、何処かに電話を掛け出した。 嫌な予感を感じたあたしは、震えながら優男に声を掛ける。 「ど、何処に……何処に電話してるの?」 「勿論、仲介屋さ。明日香ちゃん見つかりましたって連絡しないと達成した事にならないだろ」 優男は携帯を耳に当てながら、淡々と解説。言葉の端々に苛立ちが篭っている。 「あっ、だめっ、ま、待って!!」 あたしはその解説の途中で、優男の脚に縋りついた。必死な思いで男を見上げて懇願する。 「だ、だめっ!! 電話、しないでっ!! お願い、もうこんな事はしない……謝るから!!」 優男はあたしの懇願も意に介さず、携帯を耳に当て続けた。あたしはその手に縋りついてでも、会話を邪魔しようと決心。イザ、決行しようとしたその瞬間、優男は「話中か……」と呟いて携帯をしまった。 その呟きを耳にしたあたしは、安堵の余りヘナヘナと床に崩れ落ちた。それでも両手は男のスラックスは握り締めたまま。これを離しちゃうと全てが終わっちゃう気がするの。 「離してくれないか? もう、勝負は付いたんだし……もうお前さんも俺には用は無いだろ? 早く家へ帰れよ」 思いの外淡々と優男はそんな台詞を投げ掛けて、脚を掴んでいるあたしの手を解こうとした。 「ま、待ってっ!! お、お願い。卑怯な事をしたのは謝るからっ、心入れ替えるからっ、もう1度だけチャンスを頂戴!!」 「ははっ、謝ってすむと思ってるの? お前さんの何を信用しろと? 自己保身のために嘘をついた人間は、また保身のために嘘をつくんだよ、間違いなくな。 少なくとも俺は負けたら、違約金を払ってこの件から身を引く覚悟もしてたんだ。そこまで思いつめてた俺が馬鹿みたいだよ。 お前さんにしても、負けるなら諦めが付く様、敢て酷い勝負にしたつもりなんだけど」 淡々と言葉を紡ぐ優男。その一言一言が今のあたしには痛烈すぎた。心を抉られる。切り刻まれる。すっごく痛いの。思わず涙が溢れ頬を濡らしていく。あたしは弱々しく首を振り、男を見上げるしかなかった。これなら怒鳴りつけられた方がどれだけマシだったか……。 ……あたしはどうなってもいいの。だけど、明日香ちゃんだけはっ!! あの子との約束だけは!! 「お、お願い……明日香ちゃんだけは見逃してあげて」 「無理だな。それが俺の受けた仕事だし。約束どおり依頼は果たさせて貰う」 「じゃ、じゃあっ……あんたの言う事どんな事でも聞くから、だから、お願い……」 「ふふっ、どんな事でもね……。 で、そう言いながらあれはできない、これもイヤだって色々難癖つけるんだろ?」 「ち、違うわ……そんな事……。ど、どうすれば信じてもらえるの?」 「信じるね……一旦失った信用を取り戻すのって並大抵の事じゃ無理なんだよね。それはどの業界でも同じ。学生のお前さんには理解できないかもしれないけど」 「あ、あたしは本気。明日香ちゃんを見逃して貰えるなら、あたしどうなっても構わないわ!!」 あたしは本当に自分を犠牲にして明日香ちゃんを守ろうと決心した。どんな理不尽な事言われてもそれを守ろうと決心したの。その決意を込め優男を見つめる。 暫しぶつかる2人の視線。優男が視線を外さずゆっくりと立ち上がった。 お願い、1度だけあたしを許して。あたしの言う事を聞いて。誰でもいい、神様でも悪魔でもいいからあたしの願いを聞いてっ!! 優男は大きく溜息を付いて、渋々といった風に呟いた。 「……もう1度、仲介屋に電話を掛ける。もし、まだ話中ならお前さんの提案を考慮してあげなくも無い」 「えっ……ホ、ホントに?」 あたしはソッポを向いて早口に捲くし立てる優男を呆然と見詰めていた。願いが通じたの? 「あぁ、但し、話中の場合だけ。相手が出たら諦めろ。これが俺にできる最大限の譲歩だ……だから、涙を拭いてくれ。女の子の涙は苦手だ」 優男はあたしから離れ窓際に歩いていく。携帯を取り出し再度耳に当てた。 あたしはそれを眺め、両手を組み合わせた。目を瞑り再び祈る。力一杯気持ちを込めて……。 お願い、誰でもいいから、あたしの願いを聞いて。通じないで!! 反省したから!! どんな事でもするから!! どんな罰も受けるから!! どんな事も我慢するからっ!! 無限とも思える時間が過ぎ、全くの無音の中で優男は携帯を閉じた。 「おめでとう、話中だったよ。約束どおりお前さんの提案、呑んであげてもいい……」 「ホ、ホン……」 「……但しっ!! 但し、その前にお前さんの覚悟を見せて貰おう」 優男は強い口調であたしの歓喜の声を遮った。 「か、覚悟?」 「そう、覚悟だ。俺はお前さんを全然信用できなくなった。今回もその場凌ぎで適当な事を言ってないとも限らんし……」 「ち、違うっ!! あたし……本気で」 「だから、勝負は一旦お預け。で、3ヵ月……いや長すぎるか? 1ヵ月間位その覚悟を試させて貰おう。試用期間ってやつだ。それに耐えれたら改めて勝負してあげる。どう?」 「覚悟を試すって? ど、どんな事するの?」 「何でもするって言ったよね。だから、1ヵ月の間、俺の命令を全て聞き届けて貰おう。拒否した瞬間に……ジエンド」 「い、1ヵ月間言う事聞けば……いいのね?」 あたしの弱々しい問いに男は鷹揚に頷いた。 「わ、分かったわ。言う事を聞いてあげるわ……」 「まずは、その言葉遣いから変えてもらおうか。少なくとも丁寧語……いや、違うな。先ずはお前さんの立場を理解させないと」 「た、立場って?」 あたしは腕組みをして呟く優男を不安に押し包まれながら見上げる。優男が窓際からゆっくりと近づいて来た。あたしは顔を強張らせ、思わず後ずさる。そんな態度を意に介さず目の前で優男はしゃがんだ。視線が同じ高さになり、互いに相手の瞳を覗き込む2人。暫しの沈黙の後、徐に優男が口を開いた。 「お前さんの立場だが、先ずは昨日までの対等の状態は忘れてもらう。そうだな、分かりやすく例えると……」 「た、例えると……何?」 「……ペットと飼い主か……奴隷と貴族だな。どっちも上下関係がはっきりしてるだろ? 勿論、お前さんが下だってのは判るよね?」 あたしの耳に男の淡々とした男の台詞が流れ込んでくる。あたしは耳を疑い、そして、咄嗟に声を荒げていた。 「ペット? 奴隷? なによそれっ!! 冗談じゃないわ!!」 あたしの叫び声が部屋中に反響し、その後訪れた静寂の中、優男は嫌な形に口の端を引き攣らせ立ち上がった。侮蔑の表情を浮かべ呟く。 「くくっ、ほら思ったとおりだ。何でも言う事を聞くって豪語しながら、その様だ。それで何を信用しろって言うのやら……」 「あ……ち、違うの!! い、いきなりだったから、その、ビックリしちゃっただけ!! ホ、ホントに何でも言う事を聞くから!!」 あたしは優男の脚に縋りつき、必死に言葉を紡いだ。 「あの……ど、奴隷でもペットでもいいから」 「今一信用できないな。断わっておくけど、俺は早く依頼を済ましたいんだ。それをお前さんが邪魔してるんだぜ」 「わ、判ってるわ……」 あたしは蚊の鳴く様な声で呟く。優男が再びしゃがんだ。あたしの頬に軽く触れ、あたしを覗き込む。 「ホントに判ってるの? 今一言葉に真実味が無いって言うか……信用出来ないって言うか。電話1本掛けた方が手っ取り早いんだがなぁ」 「ど、どうすれば……信じて貰えるの?」 「くくっ、お前さんはどうすればいいと思う?」 反対に問い掛けられ、あたしは考え込んだ。頭の中を幾多の単語が舞い、イメージが浮かんでは消える。無限とも思える時が流れて行く中、あたしの中で1つのイメージがはっきりと形を整えつつあった。あたしは覚悟を決め、そして、それを口にする。震える声で……。 「あ、あたしの……は、初めて……を、しょ、処女を……あげます」 「ん? 何? 聞こえないよ」 「あたしの、処女を……あげるから……」 「ふふっ、それは凄い覚悟をしたね。でも、気のせいか、その言い方、“イヤイヤあげる”って聞こえるんだけど?」 「あ、ち、違うわ……。そ、そうじゃなくて……あの……その……イ、イヤイヤじゃないの……」 「イヤじゃない? ふーん、貰って欲しいの? 処女を? 俺に?」 「は……い。貰って……くださ……い」 優男はあたしの頬を撫でながら問い続け、あたしはその問いに力無く答え続けた。 「……確か、さっき、“奴隷でもペットにでもなります”って言ったよね。 処女を貰って欲しいって事は、奴隷になる証としてって事でいいの? つまりは、奴隷になりたいって事?」 「なりたいわけ無いじゃない!!」と声高に喚けたらどれだけすっきりするだろう。しかし、あたしは力無く頷く。屈辱と諦観。涙が溢れてきた。そんなあたしの耳元で優男の囁き声。 「きちんと言葉にして御覧……」 「は、はい。……ど、奴隷になりたい……です」 「奴隷の様に、じゃなくて、奴隷そのものになりたいんだ?」 あたしは、その問いに再び力無く頷いた。悔しくて情けなくて声を出せない。涙が頬を伝う。人前で涙を流すのなんて久しぶり。あたしは慌てて右手で口元を押さえ更に俯く。左手はスカートの裾を握り締めたままだ。そのまま歯を食いしばり身体から溢れてくる悲憤を耐え忍ぶ。無心で耐えているあたしに、優男が冷徹な声で語りかけてきた。 「嫌ならそれで構わないよ、俺は。さっさと、依頼済ますだけだし」 「ま、待って!! ……あたしをあなたの奴隷にして下さい。……お願いします」 「ふーん。念のために言っておくけど、お前さんが奴隷になったら昨日みたいなエッチな事一杯一杯しちゃうけど、それでもいいの?」 「はい……か、構いません」 「くくっ、その様子だと本気で覚悟決めたみたいだね。それじゃ、約束通り連絡しないであげる。 勿論、イヤなら反抗すればいい。誰かに相談するのも有りだ。その時点でお嬢ちゃんは晴れて自由の身になれるからね。俺は止めないよ。 そうなれば、俺も遠慮せずに連絡が取れるしさ」 男の言葉にあたしは小さく首を振る。あたしが自由になるって事は、その引き換えに明日香ちゃんが……。 指切り拳万と明日香ちゃんの笑顔が脳裏を去来する。あたしに全幅の信頼を置く素敵な笑顔。ダメ、その笑顔をあたしは裏切れない。 「じゃあ、もう1度お願いして御覧。心を込めてさ」 幾度も躊躇いながら、幾度も訂正されながら、あたしは頭を下げ屈辱的な言葉を口にした。 「あ、あたし……涼宮ハルヒを……どうか……ど、奴隷として……お傍に、置いて下さい。お願いします……。ど、どんな事でもしますから。 その……証、として……あたしの、しょ、処女……を、どうか、も、貰って……下さい」 あたしは唇を噛み締め、湧き上がる屈辱感・恥辱感に身を振るわせた。目の前が真っ赤になり身体がふら付く。 優男に顎を掴まれ瞳を覗き込まれた。恥ずかしい。耳まで真っ赤になるあたし。何か喋ろうとするが、全く言葉が出てこない。 「奴隷になりたいってお嬢ちゃんのお願い、聞いてあげる。だから、俺の事は“御主人様”って呼んで御覧」 気が付けば、昨日までの穏やかでノンビリ屋の優男に戻っている。あたしは知らず知らずのうちに安心し、要求された単語を口にしようとして口篭る。誰かが「それを口にしたら後戻りできない」と訴えているのが、何故だか理解できたから。その内なる声に耳を傾けようとした矢先、優男の「お嬢ちゃんの覚悟を見せて欲しいな」って呟きを耳にしてあたしはオズオズと小さな声で、 「ご……御主……御主人……さ……ま」 って呼びかけたわ。その瞬間、あたしの中でゾワリと湧き上がる得体の知れない感情。ゾクゾクと背筋を昇る何か……。それは決して不快なモノじゃないの……。な、何? この感覚……? それの正体について深く考える前に、優男の声が耳に届いた。 「もう1度呼んでみて」 「あ、はい……あの……御主人様」 「いい子だ。お嬢ちゃん……いや、ハルヒ」 「!!」 唐突に名前を呼ばれた。思わず睨み付け様として思い留まり、目を閉じ大きく深呼吸する。あたしを名前で呼ぶ男の子の顔が目の前で浮かんで、そして消えた。 落ち着けあたし。卑怯な事したからこんな事に……それに明日香ちゃんのため、コイツの機嫌を損なう訳にはいかないわ。1ヵ月我慢すればいいの……。たったそれだけなんだから。 優男……いえ、御主人様の機嫌を損ねる事だけは避けないと。 そう、この人はあたしの御主人様。御主人様なんだから。1ヵ月だけとはいえ御主人様。 あたしは心の中で呪文の様にその単語を繰り返す。自分に言い聞かせるために。覚悟を固めるために。 「ホントにいいの? そんなに自分よりも明日香ちゃんの方が大切なの?」 あたしはそんな囁きに対し、コクリと頷く。 「か、覚悟を決めたわ……いえ、決めました。奴隷でもペットでも何にでもなります。だから、もう聞かないで……」 優男……いえ、御主人様、うん、これから1ヵ月はそう呼ぶ事にするわ。御主人様はあたしを優しく抱き締めて立たせた。耳元で囁かれる。 「じゃあ、今から1ヵ月の間、ハルヒは俺の奴隷。おれは持ち主としてハルヒを支配する。支配してあげる。いいね?」 支配……。その単語が耳から入った瞬間、先程の言い知れぬ何かがザワザワと心の中で蠢くのを感じた。あたしはゴクリと喉を鳴らし、男の胸に顔を埋め小さく頷いたの。 「それじゃ、早速、昨日の続きをしようか?」 「は、はい……え? 続き?」 「そう、続き。だって、処女貰って欲しいんでしょ? 勿論、嫌ならいいんだけど?」 「い、いえ……嫌じゃないです」 あたしは蚊の鳴く様な声で受け答えをする。そんなあたしの背中をトントンと叩きつつ、御主人様は問いかけた。 「……ホントに本気なんだ。そこまで自己を犠牲できるんだ……凄いね、ハルヒは。 じゃあ寝室に行こうか? それともシャワー浴びる?」 「ひぐっ、やぁ……あっあっあ!!」 あたしはベッドの上で仰け反った。昨日と同じ様に男の唇や舌、指先に掌が肌の上を満遍なく触れ摩り愛撫する。既に行為が始まってから30分以上が経過していた。 即座に無理やり処女を奪われる事を覚悟していたあたしは、ちょっと拍子抜けしたの。これってば、まるで恋人に対する愛撫そのものなんだもん。そのせいか、それとも2度めだからか、昨日ほど緊張もせず自然と身体を預けているあたし。そして、昨日以上に脳天を直撃する桃色の刺激。 「辛かったら言いな。ペース落とすからさ」 「んっ!! ……だ、大丈……夫……あぁ!!」 「そっか。無理はしないようにね。……此処までは昨日と同じ。此処からが未知の体験って事になるのかな?」 時々、指を唾液で湿らせながらあたしの秘所をそっと指先で愛撫していた御主人様は、あたしの股間に顔を埋めた。 ピチャ……。その舌があたしの秘所を舐め上げた。腰が思いっきり跳ね上がる。 「あん!! あっ……そ、そこ、汚い……」 舌と指で弄り回されるあたしの秘所。湿った水音が次第に大きくなる。それに比例し、あたしの身体の畝りも大きくなっていく。恥ずかしくて気持ちよくて、もう訳が判らない……。 「ふふっ、気持ち良さそうだね、ハルヒ……。もっと舐めてあげる、この綺麗なピンク色のオマン●を……ほら」 「あぁ!! 恥ずっ……あぐっ、んんっ!!」 御主人様が指先で秘所を優しく撫でながら、クリトリスに口付けを1つ。思わず声が漏れる。痛い位の刺激。上半身が捩れ、両手がシーツをきつく握り締める。指先が白くなるまで。 「ハルヒ、さっきも言ったでしょ? 気持ちがいい場所教えてって……ここはどうかな?」 「あぁ!! そこっ、き、気持ちいい……んっ、……です。あう!! 御……御主人様!! あ、ダ、ダメッ!!」 頭を激しく振って、感想を口にするあたし。強制されてるのか、それとも本心なのか、もうあたしにも判らない。 そして、それとは別に、あたしはずっと心の中で呟き続けていた。 「あたしは奴隷……御主人様の奴隷……この人はあたしの御主人様……」 そうでもしないと、自分を誤魔化せないから。 そんなあたしの秘所を、指で舌で唇で愛撫する御主人様。時折思い出した様に太腿や胸、腰も摩られ、その度にあたしを包み込む甘い波動。 「ひっ……あっあっあ!!」 頭が弾けそうな感覚があたしを飲み込もうとしていた。不定期にあたしを襲っているそれの極大バージョン。 来る来ると本能が叫び声を上げ、そして、思いっきりクリトリスを吸われた瞬間!! 目の前で眩しい光が爆発し記憶が跳んだ。 「んっっ!!」 全身がこれ以上無い位突っ張り、背骨が仰け反る。呼吸が出来ない。苦しい……。 「かはっ……」 筋肉が弛緩し、クタリと脱力。酸素を求めて肺が空気を大量に吸い込む。 未知なる体験。意識が霞となって漂い、身体のあちこちでジンジンと痺れる微かな電流が奔る。まるで心と身体が手綱を離れて自由気ままに動き回るかのよう。 あたしの口から切なげな吐息が漏れ、御主人様があたしの表情を伺い尋ねる。 「大丈夫? ハルヒ? きつかった?」 「大……丈夫。初めて……だから……戸惑ってるだけ……です」 「ホント、きつかったら言いなよ。それで負けって事にはしないから……」 あたしは気だるげな表情で頷く。そんなあたしに御主人様の顔が近づいてきた。キスされる……瞬間的にそう悟ったあたしは、しかし身体を硬くしたまま身動ぎ1つしなかった。徐々に唇は近づき、あたしのそれに触れる瀬戸際で方向変換、頬へ。御主人様が気まずそうな表情で呟く。 「御免御免。確か、願掛けしてるんだったよね。忘れてたよ……」 「あ……覚えて……」 あたしは身体を駆け巡る快楽の波を一瞬忘れて、御主人様見つめた。嬉しい……。何でだろ、ホントに嬉しいの。 「そりゃあ、女の子の願掛けって重大な事だからね……。で、どうする? 身体もちそう?」 「大丈夫……です。……続けて」 御主人様は頷き、あたしの股間へ顔を移し再び埋めた。股間に舌が触れる感触。ゆっくりと上下に摩り徐々に内側へと沈んで行く。ピチャピチャと舌が奏でる卑猥な音があたしを興奮させた。 「あ……あぁ、んっ……」 再びあたしの口から甘い吐息が漏れる。優しく舐め、突付き、刺激を加えられるあたしの秘所。ゾクゾクッと背筋を電流が昇っていく。 「あっ!!」 腰が自然と畝り太腿が突っ張る。激しい呼吸音。ホントに気持ちがいい……。 股間から御主人様が顔を上げ「ハルヒ?」と呼び掛けてきた。あたしは視線を下げその顔を視界に捉える。指は上下にゆっくりと動いたままだ。 「ああっ、は、はい……あん!!」 「中に指入れるよ?」 御主人様の問い掛けるその意味を悟り、あたしは一瞬躊躇した。でも、それもホントに一瞬だけの事。桃色一色に染まった本能に支配されたあたしは躊躇う事無く頷いていた。 「あ、でも……い、痛くしないで……」 「勿論だよ、そのためにあちこち愛撫してるんだから。でも念のために……」 何時の間にか、御主人様があたしの太腿に挟まれた位置に正座で座っていた。その手には黒いチューブが握られ、それから捻り出された透明なジェルを右手の人差し指に塗りつけていた。 「……ん? あぁ、これ? ローションだよ。滑りを良くするためのね」 あたしの視線に気が付いた御主人様が解説してくれる。 「ローション?」 「そ、ローション。まだ、ハルヒの蜜の粘度じゃきついと思うんだよね。 あ、心配しないで、変な成分は入ってないからさ。ホントに純粋な意味での潤滑油だから」 殆ど意味が判らないけど、あたしは頷いた。酷い事をされる訳じゃなさそうだし……。 指に塗り終わった御主人様は、再び股間へと顔を近づけて行き、「リラックスしてて」「痛かったらきちんと言うんだよ?」って囁き声が聞こえた。 秘所を指がゆっくりと弄っている。それが何かを探るようにそこを掻き回し、そして、ゆっくりと恐る恐る……。体内に異物が侵入してくる感覚。初めての感覚。一瞬軽い違和感が股間を奔った。例えるなら……喉に魚の骨が刺さったみたいな異物感かしら。 「ん……あ……」 「あっ!! 痛かった? 御免、もう少し我慢して……」 「だ……大丈夫。ほんの少し違和感が……」 「そうか……、緊張しないでって言っても無理だよね。じゃあ、此処、刺激してあげるからね」 その台詞とお豆への刺激が同時だった。口に含まれ転がされるあたしの敏感な突起。 「あっあっあぁ!! んん……ぐっ!!」 その強烈な刺激に翻弄され、違和感を忘れたあたしに御主人様の「指、全部入ったよ」って呟きが届いた。言われてみると、其処には異物感があった。それが中で動いている不思議な感覚。 その感覚に戸惑っていると、御主人様がゆっくりと移動しあたしの上半身を抱えあげた。お姫様抱っこの変形。至近距離から顔を覗かれた。恥ずかしい……。あたしは顔を両手で隠しつつ、反対方向へ顔を背けたの。 「ゆっくりと動かすよ、痛かったら言ってね」 その言葉通りゆっくりと出し入れされる人差し指。違和感は思ったほどではない。凄く痛いってイメージがあったあたしはちょっと一安心。 その指の動きに合わせて、御主人様の唇や舌があたしの耳や首筋と言った上半身に降り注ぐ。あたしは切なげな吐息を漏らし、身体を痙攣させた。そして、時間が経過するにつれ、秘所からジンワリと甘い波動が感じられる様になっていた。それは体内を流れ、指先がピクピクと痙攣する。 「あ……あぁ……い、や……何……これ……」 太腿同士がにじり寄り恥ずかしげに畝り、その直後、御主人様が指をあたしの中から引き抜いた。それに纏わり付いているヌラヌラと光る透明な粘液。イヤらしく滑りを帯びた光。何とも言えない感慨が心の奥から湧き上がる。 そんなあたしを御主人様は再びベッドへと横たえ、頭を1回撫でてから、徐にバスローブを脱ぎだした。いきなり、あたしの視界に飛び込む男性の裸体。キョンや古泉君の水着姿しかまともに見た事が無かったあたしは激しく動揺。 「えっ、あっ、やだ、いきなり……そんな……」 咄嗟に顔を両手で覆った。心臓が思いっきり跳ね回り、大量の血液を頭へと送り届ける。顔が火照る。顔を覆っているはずの指の隙間からその裸体が垣間見えた。幅広の肩幅や割れた腹筋が男性のイメージそのもの。でも、あたしの視線は1点に注がれていた。股間から起立、臍まで反り返り、ビクビクと脈動する棒状のモノ。茸の様でもあり、亀の頭の様でもある形容しがたい形をしたソレ。初めて目の当たりにする男のシンボル。 それが女性の中に入るための存在である事は、幾らあたしでも知っている。でも、実物はあたしの貧弱な想像力を遥かに超えていた。 ちょ、ちょっと……あ、あんなに大きいの!? あんなのが入ってきたら、壊れちゃう!!って言うか入るわけ無いわ!! 混乱するあたしを置き去りに、御主人様はサイドテーブルから薄っぺらいパックを取り寄せる。毒々しいまでの蛍光ピンク。それは、話には聞いた事がある避妊用のゴム製品。 「ハルヒ、ゴム付けるまでちょっと待っててね」 と耳元で囁き、パックから輪っか状のものを取り出し、自らのシンボルに被せて行く。これまた、生まれて初めて見るコンドームの装着現場。 ソレに避妊用ゴムを付けると言う事は、あたし……されちゃうんだ。でも、付けてくれるなら妊娠する心配はないのね。ちょっと一安心。 その行為を食い入るように見つめ、頭の片隅で人事の様に考えるあたし。 蛍光ピンクのゴムがソレを全て覆い尽くす。依然ビクビクと痙攣しているソレ。その様子はあたしを酷く緊張させた。ちょっと怖い……。 「あ……あの……あたし……こ、怖い……。そんな大きいの……無理、です……」 あたしは顔を覆ったままの状態で、御主人様にそう告げていた。 御主人様が無言で覆い被さってくる。思わず身体を緊張させ縮こまるあたしを、抱きしめて抱え上げる御主人様。そのまま髪の毛を優しく梳き、頬を撫でる。 「うん、怖いってのは判るよ、初めてだからね。出来るだけ痛くしないから、任せて欲しいな」 「ホ、ホントに……痛くしない?」 髪の毛を梳かれる感触に安心感を覚えながら、震える声で質問。この時のあたしからはその行為を拒絶するって思考は全く生まれなかった。 「うん。念のため、さっきのローションもたっぷり使うね」 御主人様はその発言通り、再びあたしを横たえて指を挿入。あたしの中を壊れ物を扱う様に優しく掻き回しながら、ローションを塗っていく。指が出入りする度に、あたしは小さく呻いた。既に違和感の代わりに微かながら心地良さを感じるようになったあたしの秘所。御主人様から指摘されるまでも無く、あたし自身の体液も相当量溢れていたの。体液とローションを指が掻き回し、チュプチュプと淫靡な水音が聞こえてくる。身体の芯が疼き熱い波動が身体の隅々に広がっていく。 「あっあっ……ん、あ、き、気持ちが……いい」 「そうか、よかった……ハルヒ、そのまま何も考えずに頭を空にして、素直に気持ちよくなって」 「うん、あ……ん、くっ……はぁぁ……あっ」 気が付けば、指は出入りだけじゃなくて、円を描くような動きを加えていた。微かな痛みと、それを超える快感。御主人様は中を掻き回しながら、親指でお豆を軽く押す。 「あんっ!!」 あたしは御主人様の突然の責めに身体を大きく痙攣させた。 だめっ、そこは、だめ……ホントにおかしくなっちゃうの!! 目の前で火花が散り、思考が四散する。そして、「これなら大丈夫かな」と呟いて、御主人様が指を引き抜き、無言でローションをゴムつきのソレに大量に塗して行く。 あたしは裸体を隠す事もせず四肢を投げ出したまま、その行為をボンヤリと見守ったの。そして、御主人様の準備が整い、大きく脚を開いてって懇願された。その方が痛みが少ないからとも。 あたしは躊躇いつつも、素直にその言葉に従った。M字に開脚した自分の膝裏を両手で固定し、秘所を晒すあられもない体勢。ホントにすっごく恥ずかしい……。 御主人様があたしの股間ににじり寄る。手には避妊具を被りローション塗れのソレ。秘所にあてがわれた。身体がビクンと震える。 「あぁ……や、やっぱり……怖い」 「ハルヒ、深呼吸……そうそう、いい子だ。身体を弛緩させて……。ゆっくりと息を吸って」 あたしは言われたとおり、ゆっくり息を吸った。その瞬間、御主人様の身体が少しずつ前進し、膣穴が広げられ肉を掻き分け体内に何かが押し入ってくる感触があたしを襲う。全てが体内に巻き込まれていく幻想が浮かんだ。一瞬、鋭い痛みが奔り息が詰まる。その痛みは直ぐにジンジンとした鈍痛に取って代わられた。ただ、想像していたより、痛みは軽く、これ位なら我慢できそうだと頭の片隅で冷静に判断するあたし。 そして、その痛みとは別に、ゆっくりとあたしの中に他者が沈んで行く奇妙な感覚。今までの自分と決別したかのような達観とも諦観とも異なる不思議な感情が心で渦巻く。 内側がソレに擦られ、痛みとも快感とも取れる熱い微かな波動が膣から発生し、自然と畝るあたしの身体。 「んっ……あぁ、擦れ……あん!!」 そして、とうとう御主人様の前進が止まった。上半身を倒しあたしの耳元で囁き声。 「ん、もう、手を離していいよ。……どう? 痛みは感じる?」 「ちょ……ちょっとだけ。あ、でも……大丈夫」 あたしは握り締めていた太腿を手放し、その代わりにシーツを握った。口では大丈夫とは言ったけど、今だ鈍痛は継続中。我慢できないほどではないけど……。 あたしの中でビクンビクンと痙攣する御主人様の分身。お腹が張ってる様な競り上がってくる様な不思議な感じ。それよりも……あんな大きいモノが無事に入っている方が不思議かも。 「ん、無理はしないで欲しいな。初めてで痛くないわけ無いんだから」 「あ……でも、ホント、大丈夫……」 か細い声でそう告げると、御主人様はニッコリと微笑み、「いい子だ」と頬に口付けをしてくれたの。 初めての時に動くと傷を抉るのと同じで凄く痛いんだって。だから入れるだけに留めたって言うのは、後から聞かされた話。 御主人様は挿入後、ゆっくりと慎重に体位を変えていった。あたしもその指示に素直に従ったわ。 気が付くと、あたしは挿入されたまま、お姫様抱っこされる不思議な体勢になっていた。御主人様曰く「虹の架け橋」って体位らしい。あたしは不安定なその体位になった瞬間から、御主人様に縋りつきっぱなしなの。 御主人様がシーツの1点を見るよう促した。言われた箇所に視線を止める。 ごく僅か、小指の先ほどの範囲ながら、血痕が付いていた。あたしの破瓜の証。 想像してたよりも少ないかも……。もっとドバッと出るんじゃないかと思ってたから、これまた拍子抜けした位。 その後、御主人様は殆ど出し入れをしなかった。動くには不向きな体位って理由もあるみたいだけど、まるで挿入した事を忘れてるかの様に、舌や唇、指に掌を駆使してあたしのあちらこちらを愛撫。それから生まれ出た快感は全身を駆け巡り、あたしを翻弄した。 それらに呼応したのか、御主人様の分身が沈んでいる膣も熱を帯び、その侵入者と共にビクビクと痙攣。言い知れぬ刺激と疼き。我慢できない……。 その快感にあたしは幾度も意識が跳んだわ。頭が真っ白に染まる病み付きになりそうな快楽。 最後はお豆を重点的に責められ、御主人様にしがみ付き、はしたなく喘ぎながら大きく痙攣して果てたの。御主人様の背中に深い爪痕が残る位強く抱きついたわ。それが初めて天国へと連れて行かれたのを自覚した瞬間だった。 【さよなら】
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三戦英雄傅 第二十二回~晋国に英雄集い、袁家軍は天の時を待つ~ 晋国の摂政にして後漢の相国・袁紹は群臣を前に思慮深げに黙したままでした。 群臣は、二人の男を囲むようにして立ち尽くしていました。 人々の見つめる視線の先には、袁紹の乾いた唇。重い空気が、群集の肩に寄りかかり、 時だけが過ぎてゆきます。 男1:「袁紹様、ご返答をいただきたく存じます」 沈黙を破ったのは、円の中にいた二人の男のうちの一人でした。 袁紹は、男の声に僅かに首を傾けたまま、沈黙を守ったままでした。 時は南漢(晋)暦:栄安二年一月。所は、晋国の南陽城。 正月を迎えたばかりで、後漢には様々なできごとが起こりました。 ①荀攸が小魔玉暗殺を謀るも、失敗し、晋国へ亡命 ②漢朝の忠義の士・丁原は小魔玉の手により歴史上から抹殺された上に 、不幸にして小魔玉の先妻に顔が瓜二つだったことから性転換手術をさせられ 監禁される(当事者以外知らず) ③奇矯屋onぷらっとが甘寧を倒し、ひょーりみと共に晋国へ亡命 ④協皇子の生母・アダルト日出夫が小銀玉皇后の女の嫉妬を買い、 何進により暗殺される まこと、栄安二年は激動の時代でございます。 ひょーりみ:「袁紹様、ご英断を」 先ほどより袁紹に決断を促している男の名は、ひょーりみでございます。 ひょーりみと、奇矯屋onぷらっとは晋国の群臣に囲まれた中、大尉の小魔玉討伐を 袁紹に献策したのでした。 ひょーりみと奇矯屋onぷらっとの様子に固唾を飲む聴衆。その中には、天性の 博打打・荀攸もおりました。 荀攸:「(ひょーりみ・・・・奴はただの男ではない。勝負師だ。しかも、かなり 重症の。同じ臭いがする・・・・しかし、奴の言うことを聞いてもいいのか? 信頼するに当たるのか?そもそも奴は、大尉・小魔玉の義兄弟だ。これは、小魔玉の罠 とも考えられる。奇矯屋onぷらっとは武勇に優れているが、根が優しすぎる。 ひょーりみに騙されたと考える方が自然ではなかろうか)」 曹操:「ひょーりみ、大尉・小魔玉の義兄弟が何をしに来たかと思えば・・・・ 洛陽にはまともな謀臣がいないと見える。こんな見え透いた嘘、皆の目は騙せても、 この曹孟徳の目は誤魔化せぬぞ!」 郭図:「ひょーりみ殿、仮に貴公の大尉暗殺の意図が真であったとしよう。しかし、 貴公と大尉の間柄ならいくらでも暗殺の機会はあろうに。わざわざ大軍を以って 一人の男を殺すまでもありますまい」 突然やってきた怪しい男、ひょーりみの心中を探らんと晋国の群臣はひょーりみに 議論を投げかけようとしてきます。奇矯屋onぷらっとは、武官という身分のためか敵意を持たれぬ 人徳のためか群臣からは何の議論も投げられませんでした。 ひょーりみ:「はははは!!」 曹操、郭図:「何がおかしい!」 ひょーりみ:「これが笑わずにおられようか。いや、おかしい。可笑しい。とんだ初笑いだ」 曹操:「・・・申してみよ。答えによっては、三族皆殺しも覚悟されよ」 郭図:「(後で讒言してやる・・・・覚えてろ・・・・ひょーりみ)」 ひょーりみ:「俺の進言が、言葉が嘘だと思われるのか?」 曹操:「当たり前だろう。何を根拠に信用しろというのだ。大体、自ら信用しろという輩にろくな 奴はいない。まして、お前は小魔玉の寵愛厚い義弟だ。信用しろというほうが無理ではないか」 ひょーりみ:「我が横には、漢朝きっての武人・奇矯屋onぷらっと。何か不審な動きがあったなら、この 細首、繋がって晋国には入国できまい。俺は、確かに未だに小魔玉の兄上を思っている」 ひょーりみの言葉に群集が動きました。そこへ、ひょーりみの一喝が飛びます。 ひょーりみ:「黙らっしゃい!! 最後まで聞かれよ。義兄の小魔玉を愛しているからこそ、 俺は、この手で、小魔玉の悪徳に終止符を打ってやりたいのだ。そして、故郷の南海に立派な墓を 建ててやりたい」 郭図:「愛しているなら、生を望むのが本当ではないか?この嘘つきが!」 ひょーりみ:「死んだ人を悪く言う奴はいない。大尉・小魔玉も死ねばこれ以上人の恨みは買うまい」 曹操:「・・・・・・なんと・・・・それほどまでに」 ひょーりみ:「俺は、漢を、小魔玉を救うために敢えて小魔玉討伐を提案した。しかも、独立政権とはいえ 事実上漢の領土である晋国でだ。無論、死の覚悟はしている。このまま、大尉暗殺を企てた謀反者として 小魔玉に差し出せば相応の報奨金は得られるだろうよ。だが、諸君はどうだ? 肥沃な土地に、袁家軍、曹家軍合わせて百万。文武に優れた憂国の士数千。ただ、徒に 時間を潰しているだけだ。これが笑わずにおられようか。あ?どうだ?」 郭図:「詭弁はいい。そんなに小魔玉様を殺したければ、単身、洛陽へ帰り毒殺でも何でもなさるがいい。 ひょーりみ殿なら疑われずに容易くできましょうぞ」 ひょーりみ:「昔、伯夷・叔斉の兄弟は互いに国を譲り合い国の皇子といく身分にも関わらず餓死を選びました。 兄弟の愛情とはかくの如き強き物。たとえ、義理であろうとも何でこの手で兄を殺せましょう」 郭図:「(史記を持ってくるとは・・・・・・くっ・・・・逢紀!)」 郭図は親友の逢紀に助けを求めましたが、逢紀はニヤニヤするばかりで助けてはくれませんでした。二人の友情は、所詮このようなものでした。 ひょーりみの独り勝ちかと思われたその時、一人の少年がひょーりみの前に進みでました。 田豊の食客の果物キラーの長男の無双ファンでございます。 無双ファン:「先ほどから聞いておりますと、ひょーりみ殿は我が軍を頼って、ご自分は何の危険も 被ることはない。我が晋国からすれば、とんだ疫病神ですね」 ひょーりみ:「くっ・・・・・」 果物キラー:「おやおや、どうした?無双ファン。ひょーりみ殿はノーマルのようだから手加減してやりなさい」 無双ファンがひょーりみを追い詰めるのを、父親の果物キラーは公開言葉責めと勘違いしたようで、 息子の成長に目を細めておりました。 果物キラー:「(初対面の男に公開言葉責めとは・・・・・無双ファン、我が息子ながら恐ろしい子だ)」 審配:「実は、我が家の家計も晋国の予算も、内情は厳しくてな。どうしても、年度末の調整がうまくいかないようだ。 ここは、ひょーりみ殿、貴公の首一つでやりくりしようかと思うのだが。行け、顔良!」 顔良:「はっ!!」 審配の指示に、晋国一の猛将・顔良が立ち上がりました。ひょーりみの危険を奇矯屋onぷらっとが察知し、 奇矯屋onぷらっとと顔良、二人の武人が対峙します。袁紹は、未だ言葉を発しません。 顔良:「俺と出合ったのが運の尽きだな。しねえええええええ!!」 荀攸:「止めてくれ!!!!!!」 ひょーりみ:「!!!!」 奇矯屋onぷらっと:「!」 顔良の剣がうなりをあげたその時、ひょーりみと奇矯屋onぷらっとの衣が真っ二つに切り裂かれ、 二人は生まれたままの姿を群集に晒しました。 奇矯屋onぷらっと:「何のつもりだ!!」 顔良:「殿、審配殿、二人は今、過去を捨て生まれ変わりました。どうでしょう?ここは、過去のしがらみを 捨て、真に漢朝を考える時が来たのではござらぬか?」 無双ファン:「しかし、漢朝の鼎はとうに折れている。いっそ、我が殿の晋国で新しい王朝を作り、学徒殿の 自治を徹底したなら民草のためにもなりましょう。わざわざ漢朝に拘る必要もありますまい」 顔良:「無双ファン、見損なったぞ。この売国奴が!!」 無双ファン:「何とでも言え」 袁紹:「そこまでだ」 袁紹は、やおら立ち上がり腰に差した長剣を頭上に振りかざし、机を真っ二つに斬りました。 一同:「おおおー!!」 袁紹:「元より、この袁本初の心は常に漢朝と共にある。漢朝の佞臣は生かしてはおかぬ。 しかし、今は時が到来していない。以後、これより余計なことを口にする輩と漢朝の佞臣は この机と同じ末路になると覚悟せよ!!」 こうして、袁紹は反小魔玉軍を水面下で結成し、訓練することにしました。 晋国と洛陽は関所で隔たれただけの距離、当面は袁紹と小魔玉の化かし合いが続くでしょう。 しかし、ただの演技では為せない熱いものが袁紹の心には燃え盛っているのでした。 三戦英雄傅、つづきはまた次回。 三戦英雄傅 第二十三回~曹操は天下を案じ、果物キラーは不審な動きを見せ、丁原は計略を練る~ 袁紹の机斬りから、一月ほど経った栄安二年二月。 曹操は、月下で従兄弟の夏侯惇と曹洪を相手に酒を酌み交わしておりました。 夏侯惇:「孟徳。相国殿の机斬りもあるから、かようなことは言いたくないのだが・・・・ 訓練ばかりで実戦が無くては兵士の士気を保つのも難儀なことだ。それにいつ来るかとも 知れぬ小魔玉討伐の時期を待てというのも。ここは、俺たち曹家軍単独で小魔玉討伐を しないか? なあに、こちらは精鋭。向こうは訓練も忘れ贅肉のついた名ばかりの兵。 恐れるに足りないだろう」 曹操:「元譲。お前のいうことにも道理はある。だが、相手は仮にも漢の大尉。大義を 欠いては逆に、曹家軍が逆賊の謗りを受けよう。ただでさえ、我等一族は宦官の末裔と いらぬ中傷に耐えてきたのだ。お前は忘れたのか。幼き頃から受けてきた屈辱と いじめの数々を」 曹洪:「あれは、いじめの満漢全席だった・・・・・」 辛い幼少期を思い出し、銭ゲバの曹洪は珍しく涙を浮かべました。 最終的に曹洪は学生時代にこともあろうか、「曹洪って、援交してるって」と書かれた紙を 市中にばら撒かれ退学に追い込まれた過去がありました。今でいう、学校裏サイトのような ものです。この頃から、曹洪は心を閉ざし、「信じられるのは金と親戚だけ」と貯金に精を出しました。 夏侯惇:「子廉。済まぬ」 曹洪:「いいんだ。それに学校だけが社会じゃないさ。寧ろ、学校のいじめなんか今にして思えばかわいいものさ。 宮仕えなんかしてみろ。小魔玉による脱衣麻雀に鷲巣麻雀。拒めば逆臣と言われ、家族は路頭に迷い、 世間から遮断される。受ければ待っているのは屈辱と死だ。一番辛いのは仕官先での理不尽な中傷や要求だよな」 曹操:「子廉も大人になったな。泣きまくって顔がいつも濡れていた餓鬼の頃が嘘みたいだ」 曹洪:「兄上」 曹洪は照れたように頭を掻きました。 曹操:「それにしても、いったい洛陽はどうなっているのだろうか。袁家十人衆から情報は入ってはくるものの 漢に王允殿と丁原殿と陳羣殿がいれば漢も持ちこたえるだろうとは思っていたものの。甘かったか」 夏侯惇:「陳羣殿は、名士・まあcの孫。徒に洛陽に止まっているわけでもありますまい」 曹洪:「王允殿は荀攸殿の小魔玉暗殺に手を貸したとか。彼は演技が上手いので事後の処理は なんとでもできるでしょうが」 曹操:「問題は丁原殿だ」 夏侯惇:「孟徳は何か知ってるのか?噂では鷲巣麻雀で殺されたとかなんとか」 曹操:「儂の懸念は丁原殿の容姿だ」 夏侯惇:「確かに酷い女顔だったな。それも極上の美女のような。でも、女顔と天下の形勢とどう関係があるんだ?」 曹操:「ただの女顔ではない。丁原殿は、小魔玉の亡くなった奥方に生き写しだ」 夏侯惇、曹洪:「なにぃ!?」 夏侯惇:「孟徳、それは真か?」 曹操:「ああ、あそこまで似ていると空恐ろしいものがある。まるで何か、天が小魔玉を滅ぼすために 遣わした遣いか何かのようだ」 曹洪:「亡くなった妻女に瓜二つの丁原を小魔玉は黙って殺さない。つまり、兄上は丁原殿は 生きているとお考えなのですね?」 曹操:「それが、丁原殿にとって良いことかはわからぬ。しかし、母に似た丁原殿を子のリンリン友は黙って殺させることはあるまい」 夏侯惇:「気骨の士、丁原が生きていたなら小魔玉を許すことはあるまい」 曹操:「うむ・・・・・・・」 曹洪:「おや、あれにおわすは果物キラーと無双ファンの親子」 曹洪の目線の先には果物キラーと無双ファンがおりました。見ると、二人して仲良く庭石に腰掛け、肩を並べて月明かりで書物でも読んでいるようです。 曹操:「詩でもひねっているのだろうか?」 夏侯惇:「なかなか風流ですな」 曹洪:「感覚的に少し受け入れ難いものがありますが、あの親子、本当に仲が良いですね。 微笑ましいくらいです。普通あの年頃になれば父親をうざったく感じるものですが」 曹操:「文学という共通点があるからだろう。どれ、儂らも参加するか」 曹操一行は果物キラー親子と合流することにしました。 果物キラー:「よし、できた!!息子よ、これでどうだ?」 無双ファン:「・・・・・・すばらしい!!さすがは父上です」 果物キラーと無双ファンは、果物キラーの書いた文章を絶賛し合っておりました。 果物キラー:「いやー我ながら我が文才が恐ろしくなるよ。夜じゃないと頭が働かんのだがな」 そこへ曹操たちが現れました。 曹操:「月夜の詩会とは風流ですな。儂らもお仲間に入れてくれませんかな」 果物キラー:「こ、これは曹操殿・・・・いや、拙作は曹操殿のお目汚しに・・・・」 曹操:「いやいや、果物キラー殿のご高名は耳にしておりますぞ。陳琳か果物キラーかと 洛陽の紙価は高まるばかり。どれ」 果物キラー:「あああ!!! 」 曹操:「蒼天已死 黄天当立・・・・・これは!!」 曹洪:「今、流行っている黄巾賊の歌です!!なぜ、果物キラー殿が」 夏侯惇:「未発表の続きがあるぞ!!歳有甲子 天下大吉、俺の股間も正に勃っている。 俺の一物も屹立す・・・・・なんたる卑猥な!!」 無双ファン:「あなたがたには関係ありません。これは、父上の、袁家十人衆の任務ゆえ」 曹操:「袁家十人衆の」 曹洪:「袁家と黄巾賊は関係があるのか?」 夏侯惇:「孟徳、ここはやはり曹家軍が単独で!!もはや袁家は頼りにできん」 曹操:「いや、兵法に敵を騙すにはまず味方からと言う。袁紹も袁術も何か考えがあるに違いない」 無双ファンは曹操の言葉に薄い唇を上げました。 果物キラー:「では、我々はもう寝るか。行くぞ。無双ファン」 無双ファン:「はい。父上。では、皆さん、ごきげんよう」 果物キラーは無双ファンを肩車して帰りました。 夏侯惇:「15を超えた息子を肩車・・・・・果物キラー、やはりただものではない」 曹洪:「肩車される無双ファンも無双ファンです」 曹操:「まあまあ、それだけ仲のよい親子なんじゃないか。ハハハ」 曹操たちが笑いあっている頃、洛陽の小魔玉邸では噂の丁原(媚嬢)に危機が迫っておりました。 丁原は好色の小魔玉の夜の誘いを「今日は、あの日だから」と毎晩断っていたのですが、 もう一ヶ月も拒み続けていたので、さすがに小魔玉も丁原に疑念を抱くようになっていました。 小魔玉:「媚嬢、オイラは流血プレイもお前相手なら構わないよ。って、生理が一月も続くなんて 学会でも発表されてません( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「(しまった!こいつ、医師だったんだ!!仮病は使えまい・・・・どうしよう)」 小魔玉:「生理が一ヶ月も続くなんて、それは病気だよ。媚嬢。オイラの太~い御注射を打てば 一発で治るよ( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「(もう嫌だ。こんな変態と暮らすなんて。小魔玉の奥方の実家、 加ト清正に助けを求めるか?離縁して・・・・・)あ、あなた。私、薬も注射も苦手なの」 小魔玉:「媚嬢の大好きな御注射だよって、一発じゃ済まさないぞ( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「薬物を取ると二人目を作るときに良くないわ・・・・う・・・・」 小魔玉:「どうしたんだ?媚嬢!」 媚嬢(丁原):「ご、ごめんなさい・・・つ、つわりかもしれないわ」 小魔玉:「悪阻って・・・・・オイラのはそんなに強いのかな。まだ交わってもないのだが( ^∀^)ゲラゲラ」 丁原は悪阻を装い、厠に駆け込み、己の不遇を嘆きました。 媚嬢(丁原):「もはや、月のもの作戦も押し通せまい。このままではあの変態の物ぐさみに陥るだけ・・・・ かといってこんな体では・・・・いっそ、清い体のまま・・・・」 丁原は腰帯を解き、厠の梁で首を吊ろうとしました。 リンリン大友:「どうしたの?ママ・・・・」 そこへ現れましたのは小魔玉の息子のリンリン大友でした。 媚嬢(丁原) 「(こいつ・・・・確か、小魔玉が目に入れても痛くないほど可愛がっている息子であったな。 天運、未だ我にあり。こいつを利用して小魔玉の命を!!)」 さてさて、気骨の士・丁原は何やら陰謀を考え付いた様子。 小魔玉は、袁家は、果物キラーの不審な動きの正体は? 三戦英雄傅、つづきはまた次回。 三戦英雄傅 第二十四回~攻めのムコーニン登場し、丁原は復讐を天に誓う~ 栄安二年二月。丁原(媚嬢)が悪阻を装い、小魔玉の魔手から逃れ、 自害を思い立った厠にて、また後漢の歴史が変動の兆しを見せておりました。 リンリン大友:「ママ・・・・泣いてるの?どうしたの?」 目の前で己の身を案ずる優しき青年・リンリン大友。丁原は、漢朝の未来のため、 打倒小魔玉のため、この純粋な青年を利用しようというどす黒い陰謀を抱いておりました。 媚嬢(丁原):「リンリン大友ちゃんね・・・・いいのよ。子供はもう、寝なさい。 ママは・・・・ママのことはいいの」 丁原は、手にしていた帯を投げ捨て、厠の床に崩れました。 リンリン大友:「ママ!!」 リンリン大友が母親を抱き起こすと、母の着衣は乱れ、美しい顔は青ざめ、 紅はすっかり落ちていました。 綺麗な瞳は充血し、涙が止まる様子を見せません。 リンリン大友:「まさか、パパと何かあったの?」 媚嬢(丁原):「子供はね・・・・知らなくていいこともあるのよっ」 丁原は、堪えきれなくなったように嗚咽を漏らし始めました。 リンリン大友:「僕は、ママの味方だよ。ママを虐める奴はパパでも許さないよ!」 リンリン大友の言葉に丁原は、一瞬目を光らせました。 媚嬢(丁原):「リンリン大友ちゃん、本当?」 リンリン大友:「本当だよ!」 媚嬢(丁原):「ああ、でもだめよ。可愛いあなたまでパパに、あの人に何か されたらと思うと・・・・・」 リンリン大友:「僕、ママのためなら、人だって殺せるよ」 媚嬢(丁原):「ありがとう。その言葉だけでもママは生きていけるわ・・・・でも、 あの人に、小魔玉に・・・・・とても変態的なことを強要されるの。拒めば薬物を 使うぞって暴力まで・・・・力ずくで・・・・もう、毎晩よ。いくら夫婦でも、 もう限界だわ」 リンリン大友:「ママ・・・・・」 リンリン大友は泣き崩れる母を抱きしめ、力強く言いました。 リンリン大友:「待っててね。僕がママを助けてあげるから」 媚嬢(丁原):「(フフフ・・・・これぞ、連環の計。可愛がっている我が子に殺される・・・ 世にこれほど滑稽で悲惨な末路はあろうか。逆賊のお前には、ちょうど良い。 お前の悪事も今日までよ。今まで散々な目に遭わせおって)」 丁原の復讐、それは、大尉・小魔玉を己の命よりも大切にしている息子・リンリン大友の手により 殺させることでした。 世の男は、全てマザコンと言います。母が嫌いな男は皆無と言っても過言ではありますまい。 そこを突いた、丁原の謀略や、如何に・・・・・・。 厠の事件より十数日、大尉の小魔玉はまた愛息のことで悩んでおりました。 リンリン大友が小魔玉と口を利かなくなってしまったのです。 小魔玉:「う~ん・・・・媚嬢は悪阻とか言って夜の生活を拒むし、リンリン大友からは無視されるし 遅い反抗期か( ^∀^)ゲラゲラ」 小魔玉は( ^∀^)ゲラゲラという割には、額に皺寄せ、貧乏揺すりをし、とても心に余裕がないようでした。 ムコーニン:「なんだよ。お前ら、やっぱり俺がいないと何もできねえんじゃないの」 小魔玉:「む、ムコーニン!?」 中山幸盛:「ムコーニン、久しいな」 現れました、この男。名をムコーニンと言いまして、『攻めのムコーニン、守りの中山』と言われた 小魔玉の二大知恵袋でありました。 ムコーニン:「え?何?後漢の大尉が嫁とのセックスレスで悩んでるだあ?馬鹿かお前? 呂后の故事知らんわけ?」 中山幸盛:「戚夫人の故事のことですかな」 小魔玉:「・・・・・・なるほどの。さすがは、ムコーニン。オイラの前職も考えた上での 発言・・・・・上手く行った暁には褒美を取らせよう( ^∀^)ゲラゲラ」 ムコーニン:「息子のことは、俺が言い含めてやる」 小魔玉:「オイラのリンリン大友に何かあったら、たとえお前でも容赦しないぞ( ^∀^)ゲラゲラ」 一方、丁原は自室で髪を梳かしながら、リンリン大友が小魔玉を殺すのは今日か明日かと待ちわびておりました。 小魔玉:「媚嬢、待たせたね( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「ご・・ごめんなさい・・・まだ悪阻が酷くて・・・・」 小魔玉:「いいんだよ。媚嬢はオイラの大切なお嫁さんだからね( ^∀^)ゲラゲラ オイラとしたことが戚夫人の逸話を忘れていた・・・・・人間って手足を切断しても生きていられるんだよね ( ^∀^)ゲラゲラ。オイラたち夫婦が愛し合うのに手足なんか必要ないよね?媚嬢?」 小魔玉は人の顔ほどある大きな肉切り包丁を持って丁原の前に立っておりました。 応戦しようにも、豊かな胸が邪魔になって思うように動けません。 ムコーニン:「奥様、悪く思わないでくれよ」 中山幸盛:「これも、大尉様の御所望なのです」 媚嬢(丁原):「いや、やめて!!リンリンちゃん!!助けて!!」 丁原は、己の駒のリンリン大友を呼びました。 リンリン大友:「ママ・・・パパがママを愛しちゃどうしていけないの?パパは ママを愛しているのに。ママの方がおかしいよ。パパから逃げようとするなんて」 小魔玉:「そうだな。リンリン大友よ。よし、パパとお前でママの悪い、お手手と 足を切っちゃおう( ^∀^)ゲラゲラ」 リンリン大友:「愛してくれるパパから逃げようとする足なんて、悪い足だよね」 リンリン大友は、すっかりムコーニンに洗脳されていました。丁原の叫びは 市中の誰にも届きませんでした。小魔玉は、手足を斬った丁原をよりいっそう 愛するようになりました。 無いはずの手足が訴える鈍痛、遠のく意識。抵抗もできぬまま受ける陵辱。 それでも丁原が正気を保っていられたのは、漢朝への忠義と小魔玉への憎悪だけで した。 栄安二年六月。小魔玉邸で宴会が催されました。宴には、晋国の者も招待され、 袁紹、袁術、曹操、学徒出陣、袁家十人衆が来場しておりました。 厠へ立った曹操と学徒出陣が廊下を歩いてゆくと、なにやら美しく物悲しい歌が 聞こえてきます。 曹操:「なんだ?」 学徒出陣:「大尉の屋敷の妾か何かでは?」 曹操:「小魔玉は好色だが、奥方一筋。奥方亡き今は、つまみ食いはしても 妾は置かぬはずだ」 学徒出陣:「では、ますます変です」 無双ファン:「小魔玉の奥方の幽霊、とか」 曹操:「無双ファン、お主いたのか?」 無双ファン:「オカルト好きが逃すはずはありません。こんなネタ」 こうして三人は無双ファンを先頭に声のする方へ行きました。 歌声は屋敷の奥から、聞こえています。 学徒出陣:「帰ってこれないんじゃね?」 曹操:「この声・・・・どこかで聞いたことのあるような」 無双ファン:「この部屋からです!!やはり、女人の部屋でしょうか?」 見ると、豪華な、貴婦人のために作られたような部屋でした。 どこからともなく歌声は聞こえてきます。 「お待ちしておりました。晋国の、漢を真に思う忠義の士たち・・・・」 三人の目の前に現れたのは、小銀玉皇后にも劣らぬ絶世の美女でした。 学徒出陣:「女・・・・・・」 無双ファン:「甕に入れられている」 曹操:「お主、もしや、丁原か!?」 媚嬢(丁原):「ええ、その通り話せば長く思い出したくもない。私を晋国に連れて行って欲しい」 曹操は、丁原の強い視線で全てを理解し、衣装箱の中に丁原を隠し、晋国へ連れて行きました。 丁原は、袁紹に全てを話し、袁術の計らいにより晋国の軍師となりました。 手足がないために特注の車椅子に乗り、丁原は洛陽を目に捉え、次なる策を練っておりました。 車椅子の軍師・丁原の救国の策とは? 小魔玉の悪運はいつまで続くのか? まだ出ていないコテの活躍はあるのか? 小銀玉皇后と小魔玉の愛憎の行方は? 後漢と晋の運命は? 弁皇子と王允の運命は?謎が謎を呼ぶ歴史物語。 気になる続きは、第二部へ。 三戦英雄傅、第一部はこれにて閉幕! 第二部は五月あたりに連載再開予定。 それでは、第一部、ご愛読ありがとうございました。