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聖剣/乱舞 前編 一振りの剣があった。 偉大なる王が携えた聖剣。 あらゆる困難を切り裂く魔法の剣。 騎士王たる彼の象徴――約束された勝利の剣【エクスカリバー】 されど、王は裏切りの刃により致命傷を負い、湖の貴婦人より受け賜わりし勝利の聖剣は湖へと帰された。 既にこの世には聖剣は存在しない。 歴史は、御伽噺はそう語る。 されど、本当にそうだろうか? もしも失われた剣を再びこの世に出現させる方法があったなら? もしも失われた聖剣を継承するものがこの世にいたら? どちらか片方の条件でも満たせば聖剣はこの世に蘇る。 そして、二つの条件を満たせば――この世に聖剣は二つ存在する。 再現されしもの――約束された勝利の剣。 継承せしもの――受け継がれし王の刃。 どちらが優れているのだろう。 どちらが本物なのだろう。 それを決める方法はただ一つ。 勝利すること。 例え元来的に本物であろうとも、偽者が勝ることがある。 偽者に負けぬ本物もある。 ならば真偽など関係ない。 より価値の高いものにこそ価値がある。 今ここに二振りの聖剣が激突する。 聖剣/乱舞 再現せしもの/継承せしもの 冬木市。 夜も更けた新都の夜行バスから降り立つ少年がいた。 長袖のパーカーを羽織り、ジーンズをはいた少年。歳は高校生ぐらいだろうか。 茶色く染めた髪に、端正とも言える顔立ちの少年。本来ならば幼さの残る年頃だろうが、寂しく寒い冬の風に浮かべる鋭い目つきで幼さを打ち消し、大人びた気配を纏わせている。 緋色にも似た瞳がまるで墓場のように立ち並ぶ高層ビル群を眺め見て、周囲を油断無く見渡していた。 「……彼を知り己を知れば、百戦危うからず。というものの、己の実力も分からず、敵地に踏み込むか。とんだ愚策だな」 やれやれと首を振り、周囲を見渡しながら、懐から一つの携帯を少年は取り出す。 それは0-PHONEと呼ばれる特殊な機器だった。 「柊 蓮司、緋室 灯、ナイトメア、伊右衛門さん、グィード・ボルジア……これだけの面子を集めて、一体ここで何が起こっている?」 彼が名前を上げたウィザードは世界でも有数の実力者たち。 単独でも魔王クラスとも渡り合える戦闘能力を持つ人材。 そして、少年は六番目の人材として選ばれていた。 あと数名サポートウィザードが来ていると聞いていたが、そちらはあくまでも援護らしく名前は聞いていない。 先だって到着しているはずの人員と合流するか、そう考えて少年は足を踏み出そうとした瞬間だった。 「っ!?」 ゾクリと肌を打つ殺気を感じた。 気配の位置を探り、少年は手に持っていたバッグを周囲からの視線がないことを確認してから、消失させる。 否、消失ではなく、格納。 彼が纏う“異相結界”へと押し込んだのだ。 「なん、だ?」 彼が感じたのは剣気。 まるで触れれば切り裂かれそうな殺意。 しかし、その対象は己ではない? 「しかし、どこから――」 そう呟いた瞬間だった。 視覚の端っこで何かが瞬いた気がした。 高層ビルの屋上、そこで撃ち出される殺意――そして立ち上がる閃光。 それは魔力の気配。 「あそこか!」 何かが起こっている。 それを確認するために少年は走り出した。 そこで宿命とも言える出会いがあるとも知らずに。 一つの戦いが終わっていた。 一人の少女――剣の名を冠する英雄が、弓の名を冠する英雄を両断した瞬間、雌雄は決したのだ。 「今回はオレの負けか――先に行くぞセイバー。せいぜい、このオレに騙されていろ」 潔く散ることなく、敗者の恨み言を残してその男は消え去る。 後に残るのは一人の少女。 月光に輝く髪、輝く鎧を纏い、一つの偉大なる聖剣を振り抜いたセイバーと呼ばれた少女の姿のみ。 「何故……」 彼は襲い掛かってきたのか。 彼は討たれなければいけなかったのか。 彼と己が対峙しなければならなかったのか。 無数の何故がある。 鈍痛にも似た疑問が膨れ上がり、彼女の胸を締め付ける。 彼女の人生は後悔だらけだ。 ああしとけば、ああやっておけば、もっと誰かが救われたのではないか。 己の悔いではなく、誰かのための悔い。 それは尊いけれど、愚かとも言えた。 過去は修正できぬ。 それこそ魔法でも使わぬ限り出来ないのだ。 「……」 彼女は沈黙と静寂の中に沈み込む。 聖剣を不可視の風の鞘に納め、静かに残心を払う。 どうすればいいのか、マスターの元に戻るべきか、それとも待ち続けるべきか。 それすらも決断できずに――迷い続けるはずだった。 バンッと一時間も立たずに、彼女が沈黙に沈み込んでから数分後に屋上の扉が開かれるまでは。 「っ、士郎ですか?」 何気なく、ただ察知したままにセイバーは振り返る。 しかし、それは外れていた。 同じ茶髪の髪、同じような年頃の少年だが、それは別人だった。 赤い外套を纏った姿――まるで先ほど葬った男の普段着のよう。 鋭く険しい目つき――戦いの選択を決断したマスターのような目つき。 そして――その全身が帯びる剣気は尋常ならざるもの。 「これは、どういうことだ?」 周りを見渡し、セイバーへと向ける警戒をまったくもって怠らぬまま、少年が周りを見渡す。 「っ!」 一瞬にして、構えを取るセイバー。 彼女の頭の中は一瞬混乱していた。 何故私は士郎と彼を間違えたのだろう。 本来ならばラインが繋がり、決して間違えるはずのない主従の繋がり。 だというのに、セイバーは一瞬やってきた彼を見るでもなく、士郎と勘違いした。 勝手な期待? 馬鹿な、それほど耄碌したのか。 あるいは状況からの推測? ありえない、士朗の脚からしてここまで来るのにもっと時間がかかると解り切っている。 なのに、何故? 「貴方は……誰だ?」 混乱する己の思考を鉄壁の仮面の中に押し隠し、セイバーは冷たい相貌で静寂を切り裂いた少年に告げる。 このような現場にやってきたこと、纏う格好から考えて魔術師か? 英霊ではありえない。 生身の人間だとセイバーの目は看破している。 だがしかし、何故か油断は出来ぬと己の本能が全力で鳴らしていた。 無手の少年、なのにまるで油断が無く、剣に手を掛けたかのように鋭い剣気が肌を打ち、背筋を振るわせる。 「それはこちらの台詞だ。貴方はウィザードか? 紅い月は昇っていないし、エミュレイターには見えないが」 ウィザード? こちらを魔術師だと勘違いしているのか? しかし、聖杯から与えられた知識は魔術師をウィザードと呼ぶ風習はないと告げる。 違和感がある。 まるで掛け違えたボタンのような違和感が。 「一つ訊ねる」 「なんだ?」 「聖杯戦争の参加者か?」 この質問の反応で確かめる、とセイバーは僅かに突き出した前足から、蹴り足へと重心を僅かに傾ける。 音も無く、僅かな数ミリにも満たない挙動。 しかし、それを少年は察知し、身構える。 虚空に手を伸ばし、まるで何かを掴むような動作。 「聖杯戦争? なるほど、それがこの地の異変か」 知らない? だが、調べに来た。 ――と今の一言で理解する。 聖杯戦争の関係者ではない、だが関わりあろうとする人間だということを。 嘘かもしれないが、見る限り発せられた態度は自然なものだった。 「知らない、と?」 確認し、念を押すかのように告げる。 聖杯戦争に関わろうとする魔術師であれば、それはもはや敵であることは明白である。 もはや聖杯戦争は終わったが、彼女達英霊は限りなく利用価値の高いサーヴァントだ。 令呪を奪えれば従えることも可能な例外的な英霊。 それを狙うものがいないわけではない。 聖杯戦争を知らぬとも、知れば欲しがる。それが人の性だろう。 「ああ、知らないな。だが、一つ分かることがある」 高まる剣気。 振れば珠散る刃の具現。 温度すらも凍りつきそうな殺気に晒された真冬の大気の中で、蒸気じみた白い息を吐き出しながら少年は応える。 「おそらく君は俺の敵だ」 そう告げた瞬間、セイバーの闘気が高まる。 空気が圧縮されたかのように張り詰め、重力が増したかのように重みを与える。 見るがいい、剣において並ぶもの少なき偉大なる騎士王の構えを。 幾十、幾百の戦を乗り越え、千は超えるだろう敵兵を切り捨てた偉大なる騎士の姿を。 その身は剣を振るうために在る。 剣士の名を与えられし英雄。 英雄に立ち向かえるのは英雄のみ。 ただの人間では立ち向かえぬ、決して歯が立たぬ、破れる事無く高貴なる幻想。 目の前の少年は高貴なる幻想に立ち向かえるほどのものか。 「凄いな。人とは思えない」 少年は告げる。 目の前の騎士たる少女に、虚空に伸ばした指をゆっくりと折り曲げながら、鋭き眼光を発する。 常人ならば――否、人間であれば瞬く間に怯え震え、膝を屈すだろう英霊の闘気を受けても揺るがない不動の精神。 明確なまでにもはや一般人ではないことを、只者ではないことを告げる。 「……」 剣の英霊は答えない。 不必要な情報は与えない、答える必要性はないと判断した。 ただ切り捨てるのみ。 四肢を切断し、その後に情報を問い詰められば十分だろうと考える。 「先に言っておこう」 じわりと踏み込む瞬間を狙っていた少女に、目の前の少年はぼそりと呟いた。 「俺の名は流鏑馬 勇士郎」 己の名を少年――流鏑馬 勇士郎は名乗る。 それが礼儀だと、譲れぬルールだと告げるかのように己の名を騎士王に告げながら、手を伸ばす。 瞬間、虚空より何かが握り締められる。 投影魔術かと一瞬考えるも、違うと判断。 まるで違う場所から引き抜かれるようなギルガメッシュの王の財宝/ゲート・オブ・バビロンのような感覚。 そして、セイバーは視る。 引き抜かれていく柄を見た。 ゾクリと何故か肌が震える、その剣を抜かせはいけないと全本能が叫んでいた。 「ブルー・アースと呼ばれるウィザードだ」 だがしかし、剣の英雄には誇りがある。 切りかかろうとする己を押さえつけ、名乗りを上げる勇士郎に名乗りを返す。 言葉で相手を断ち切らんと、鋭さを帯びた言葉を発した。 「私の名はセイバー。真名ではありませぬが、それを名乗れぬことを詫びましょう」 サーヴァントにおいて真名を知られることは命取りだ。 それに彼女の名は有名すぎる。 誰もが知る故に、知られては不味すぎる真名。 故に名乗れぬ無礼を詫びる。 「私の名はセイバー。真名ではありませぬが、それを名乗れぬ無礼を詫びましょう」 サーヴァントにおいて真名を知られることは命取りだ。 それに彼女の名は有名すぎる。 誰もが知る故に、知られては不味すぎる真名。 故に名乗れぬ無礼を詫びる。 「構わないさ。元々期待はしていなかったからな」 それに勇士郎は応える。 構わぬと。 ただ斬るための礼儀だけを済ませたとばかりに、彼は身構えた。 既に二人は言葉を必要としなかった。 虚空に融けゆく言葉が拡散した瞬間、二人は同時に踏み出した。 ――瞬くような刹那で二人の距離――十数メートルの間合いがゼロとなる。 疾い。 英霊たるセイバーの踏み込みよりはやや劣るも、その速度は異常。 撃針に打ち出された銃弾のように踏み込みから接触までゼロコンマの間もない、一瞬の交差、一刹那の邂逅。 全身を捻り上げ、互いに振り抜いた剣の軌道が重なり合い――甲高い金属音と共に火花が散った。 セイバーは不可視の剣を、勇士郎は鋭く伸ばされた槍のような長剣を両手で振り抜いていた。 「っ、どこにこれだけの膂力が!?」 戦闘機が直撃してきたかのような衝撃に、勇士郎が驚愕の声を上げる。 英霊たる彼女の斬撃は人間の出せる膂力を軽く凌駕する。 岩を切り、鉄を切り裂き、金剛石すらも容易に粉砕する馬鹿げた威力の刃。刃という名の形をした粉砕機といってもいい、それほどの次元の差がある。 しかも、不可視の武器。 いつ直撃するのかも分からない、身構えることも難しい突然の繰り返し。故に二重の驚きだった。 驚いたのはセイバーも同様――否、それ以上だった。 人の身で手加減抜きのセイバーの剣撃を受けたのだ、強化魔術でも行っていなければ一撃で腕がへし折れて、血肉がはじけ、砕けた骨が飛び出してもおかしくない威力。 なのに、勇士郎は受けた一撃の威力に無理に踏ん張ることも無く、されど負けることも無く、コンマ数秒の淀みもなく手首を捻り、柔らかく反動を受け流している。 恐るべき技量。 されど、それ以上に驚くべきことがあった。 勇士郎が振り抜いた長剣、それをまるで食いつくかのようにセイバーは見た。 発せられる魔力を感じ取る。 「馬鹿なっ!?」 驚愕は声に。 驚きは瞳に。 震えは剣に伝わる。 喉が渇く。 止まらぬ剣戟を交わしながら、一瞬でも油断をすれば切り捨てられそうな剣の舞踏を行いながら、セイバーは目を見開く。 数十、数百合目の激突。 雷光と旋風の衝突とでも例えれば正しいだろうか。 風のように素早く、稲妻のように鋭く、互いに似た、けれども質の異なる斬光の鬩ぎ合い。 圏内に立ちはだかる刃全てと打ち合い、振り抜かれた鋼の牙同士の激突の瞬間、火花を散らしながら、互いの一撃の威力を刀身に伝えながら、セイバーは震える。 鍔迫り合いをしながら、あまりの技量に金属音すらも打ち消して、互いの威力を伝え切りながら、セイバーは見るのだ。 理解する。 把握する。 真贋を確かめる。 その剣を、相手の長剣の正体を――彼女が理解出来ぬわけがない。 何故ならばそれは己の剣なのだから。 「エクス、カリバー?」 姿は違う。 己のよく知る聖剣とは形状が異なる。 けれど、理解する。 分かるのだ、悟れるのだ。 それは私の剣だと吼えそうになった。 それは私の刃だと激昂しかけていた。 だがしかし、勇士郎は表情を変えぬ。 ただ少しの驚きと、当然のような顔を浮かべて告げる。 「よく分かったな」 その声にエクスカリバーを持っていることに対する違和感などなかった。 その声に目の前に相対する騎士王への違和感などなかった。 どういうことだと、セイバーは混乱する。 混乱してもなお、その斬光は衰えない。 「その剣、どこで手に入れたのか後ほど聞きましょう!」 怒りを力に変えて。 汚された誇りを熱に変えて。 彼女の刀身が熱く輝き、その身はさらなる刃を求める。 もはや敵を生身の人間とは考えない。 敵を英霊と同等ものだと考え、速度を上げる。 「っ!」 それに勇士郎は応えた。 己の四肢に、莫大なるプラーナを注ぎ込み、人外の身体能力を得る。 見るものが見れば戦くであろう。その量に、その質に。 彼の身は勇者、星に選ばれし戦士。 保有する存在力、それは常人とも、通常のウィザードとは比類にならない量を持っているのだと。 「っ、おぉ!」 セイバーが咆哮を上げる。 息を洩らし、一瞬だけ驚愕し、硬直した己の四肢を奮い立たせるために。 「はぁ!」 勇士郎が唸り上げる。 声を上げて、迫る人外の、人の身では立ち向かえぬはずの英霊を葬るために。 互いに常人では認識不可能な高速空間に突入する。 瞬く間に火花散る、斬撃と斬光と剣閃の乱舞を繰り広げる。 視界全てを埋め尽くすかのような刃の応酬。 震え立つは二つの聖剣、二つの刃、二つの剣士。 互いに引けぬ、互いに退かぬ、互いに負けれぬ。 ならば、叩き切るしかあるまい。 眼前両断。 その言葉を掲げて、剣を振るい上げる雌雄。 「しかし、お前の持っているものはなんだ? セイバー、剣士、ならばその手に持つは刀剣だろう」 不意に勇士郎が言葉を告げる。 不可視の武器、それを防ぎ続けながらも、勇士郎はセイバーに訊ねる。 「重みは日本刀では無い。されど、その振りは青龍刀でもなく、鉈でもない。ならば」 その四肢に存在するための力――プラーナを注ぎ込み、触れれば両断されかねない剣の嵐に対峙しながらも勇士郎は独り言のように呟く。 「――西洋剣、それもロングソードと見た」 「っ」 触れれば切れる剣気の中で、剣を交えながら二人は会話をしているようなものだった。 打てば響く。 それが道理だ。 看破された瞬間、僅かな剣の淀みが、勇士郎に伝わり、理解される。 「正解、だな」 「隠せない、か」 剣士は剣で語るものだ。 打ち合えば互いの心すらも理解する。 剣技はまさしく心を写す鏡なのだから、偽ることは許されない、見破られるだろう。 もはや隠せぬとセイバーは割り切り、速度を上げる。 「っ、まだ!?」 セイバーの剣速が上がる。 不可視の剣が、視認外の速度を帯びて、振り抜かれる。 決してセイバーは手を抜いていたわけではない。 だが、本気ではなかった。 己の剣の形状を看破されぬように癖を抑え、西洋剣術の本来の型を取り戻す。 ただ純粋に叩き切る。 その一念を篭めた斬撃。 見えぬ刀身、視えぬ刃、ならば防ぐ手段は――ない。 銃弾よりも疾い、斬光の連撃を勇士郎は予測だけで数発防ぎ、最後に振り抜かれた刃を後退して躱す。 されど、それは愚策。 彼女の足取りは止まらぬ、永劫に続く剣舞。 全てが必殺、一撃目で殺し、一撃目で殺せぬともニ撃目で殺し、それで殺せぬとも三撃、四撃。 全撃全殺。 全てをもって殺し、全てを持って死なす。 ただ切り伏せるための刃。 戦場の剣。 士郎とのラインから魔力を吸い上げ、さらなる加速を、さらなる力を高めながら振り抜かれる人外の一撃。 「っ」 一瞬よりも短い刹那、勇士郎が息を僅かに吐き出す。 瞬間、セイバーの振り抜く斬光の前に光の盾が出現――やはり魔術師、しかし知らぬ術式。 だが、問題ない。 その身の対魔力Aランクは防御魔術にも影響される、その身自体が魔術を打ち破る最強の盾であり矛。 コンマ数秒にも満たない間に光の盾を粉砕し、勢い衰えぬままに不可視の刃を勇士郎に食い込ませる。 だが、そのコンマ数秒があれば十分だったのだ。 彼が異相空間――【月衣】からモノを取り出すには。 金属音が響き渡る。 肉を切り裂く音ではなく、甲高い金属音が泣き声のように虚空に響き渡る。 並みの武具ならば容易に両断する一撃だった。 彼の剣が決して間に合わぬ角度で、振り抜いた刃だった。 だが、それは弾かれている。 彼の左手に握られた、虚空より出現せし――巨大なる“鞘”によって。 それは巨大な盾にも見えた。 それは巨大な刀身にも見えた。 だがしかし、それは鞘。 彼が握る聖剣と共に在り続ける、あらゆる災厄から彼を護る守りの鞘。 ――本来ここに存在せぬはずの鞘だった。 そして、セイバーの混乱も限界に達する。 全てが不可解だった。 目の前の鞘――アヴァロン、それは本来彼女のマスターである衛宮士郎の体に埋め込まれているはずの鞘なのだ。 それが形状も違う、そして何より士郎の無事をレイラインを通じて感じているのに、目の前の少年が手にしている理由が不可解だった。 世界は贋作を認めない。 例え投影魔術で贋作を生み出そうとも、例外たる贋作者/フェイカー以外では数分と持たずに、劣化したものしか生み出せぬはず。 なのに、セイバーは目の前のそれを本物と理解していた。 何故ならば彼女は“ただ一人の本来の所有者”であるからだ。 原型を持つ英雄王を除けば、それを持ちえる英霊などいやしない。 否、仮に彼女以外の“彼女の可能性”が顕現しようとも、それは目の前の少年ではありえない。 何度視ても彼は英霊ではないのだ。 生身の人間に過ぎない。 受肉化していようとも、見分けが付かぬはずがないのだ。 「……大敵と見て恐るるなかれ、小敵と見て侮るなかれ――か。油断はしない、侮りもしない、全力で行かせて貰う」 己の全力を見せ付けると、己の全てを使い打ち込むと、勇士郎は告げる。 聖剣を右手に、守護の鞘を左手に、攻防一体の構えを取り、吼える。 セイバーには不可解だった。 迷いはある、混乱はある。 ありえないはずの聖剣に、ありえないはずの鞘を携えた相手。 だがしかし、今は迷う暇は無い。 戦いを続けよ、迷いを断ち切れとばかりに踏み込み。 「おぉおおっ!」 ――何者だ! その思いを込めて、翻した不可視の聖剣の一撃。 だが、それを――勇士郎の握られた守りの鞘が受け止める。 真正面から受け止め、弾き払う。 「っ!」 英霊の一撃である。 戦車の装甲すらも両断する人外の一撃を、片手で、それも弾かれること無く逆に弾き逸らした。 物理法則ではない紛れもない神秘の作用。 破れぬ、この鞘を被ったままの聖剣では。 切れ味が足りぬ、覚悟が足りぬ、全てが不足する。 セイバーは考える。 鞘から抜くか、風王結界を解き放つか。 思考しながらも剣は停まらない。唸るように打ち合い続ける。 互いの剣の質が変わり行く。 まるで日が暮れ、朝日が昇り、月の形が変わるかのように。 本質は同じであれども、その形容が変わるのだ。 セイバーは細かくステップを踏みながら、その小柄な体重の全てを一切の無駄なく刀身に乗せて、叩き切る荒々しい王者の剣に変わる。 勇士郎は左手に握った盾を持ち、右手に携えた聖剣を振るい、攻防一体の剣技を振るう。 先ほどまで両手で握っていた聖剣、それを片手で振るえば威力が落ちるのは必然。 不可視の剣撃、その見えぬ刃をセイバーの手首の角度と怖気立つ肌の感覚を信じて弾き払う。 真正面から受け止めれば手首が砕け、腕が折れるだろう。馬鹿げた威力のそれを捌くかのように、受け流すかのように、柔らかく、されど鋭く打ち放つ。 互いに切り込ませぬ、竜巻のように迅い回転速度で、されど轟風のように荒々しい斬光を繰り出しあう。 斬撃――それは線であることの極みたる殺害行為。 刺突――それは点であることの極みたる殺傷行為。 剣戟、それは点と線による芸術活動とも言えるのではないのだろうか? ラインアート、空間に斬光という名の色を塗りつけ、刺突という名の点を穿ち絶ち、描き出すは対象の死という凄惨なる芸術活動。 待ち受ける結果はどう足掻いても死という報われぬ結末だというのに、何故にこれほどまでに美しい? 剣の英霊たるセイバー、見れば人を引き付ける、視れば心すらも蕩かす美しき聖剣の乙女よ。 剣技を極め、幾多の戦場で埋もれるほどに手を赤く染め上げた騎士たるもの王。 幾多の人を切り殺し、殺傷し、罪に塗れてもなお、その美しさには何の陰りもない。 美しいと、ただその一言で飾ることしか出来ぬほど、眩く神々しい聖剣の如き美しさを持ちえる少女。 対峙するものは誇らしく、打ち放たれる斬撃は震え立つほどに極められた最高の剣。 それと対峙することは剣士としての誉れに他ならない。 故に、必然として勇士郎は笑みを浮かべる。 紅い外套を纏い、その左手に鞘を、右手に聖剣を携えた、歴史には語られぬ――“聖剣の後継者”は嬉しそうに、されど荒ぶる獅子の如く笑う。 試すのだ。 確かめるのだ。 目の前の正体とも知れぬ少女、騎士たる剣技を振るう、不可視の聖剣を担う剣の英霊に、己の技量を全て魅せよと奮い上がるのだ。 幾多に転生を繰り返し、数百年にもいたる研鑽の高みにある剣技を叩きつけよと剣士としての本能が咆え上がる。 互いに敵だと理解し尽くす。 油断も奢りもしてはならぬと骨の髄まで染み渡っている。 故に、だから、それだからこそ――嬉しい。 一片の容赦もなく、一切の慈悲も必要なく、ただただ全力を注ぎ込めばいい。 単純にして明快であり、己が全力を発揮できる舞台に踏み出せばいい。 遠慮するな。 相手は敵だ。己が全力を出しても勝てるかどうかも分からぬ敵。 血肉の一滴まで搾り出し、ただ目の前の敵を粉砕せよ。 「うぉおおおおお!」 「はぁあああああ!」 互いに上げた獣じみた咆哮。 それは静寂に満たされた新都の大気を揺さぶり、潜むものたちを震え上がらせる獅子の声か。 穿ち、斬りつけ、叩き砕く。 一閃、二閃、三閃、四閃――剣閃を繰り返す毎に速度が上がる、加速する斬撃乱舞。 まるで燃え上がる炎の勢いの如く止まらない。 さらに、さらに、さらに、限界を超えて。 むしろ、むしろ、むしろ、この程度ではないと吼え猛るかのように。 一合毎に速度が上がる、衝突し合う度に重さを増す威力に手が震える、最高であったものがさらなる最高の刃に限界を上書きされ続ける。 骨が軋みを上げる、恍惚と共に。 肉が悲鳴を上げる、歓喜と共に。 全身を巡る血管が、全身に纏う皮膚が、引き攣り、うねりながらも吼え猛る。 進化せよと、強くなれと、されに上へと登り上げよと。 肉体が、魂が、さらなる強さを、目の前の敵を葬るための強さを求め、昂ぶる。 進化・共鳴。 二振りの聖剣が、火花を散らし、金属音を鳴り響かせて、激突を繰り返す。 互いに気付かぬ、互いに気付く。 お互いの刃が進化していると。 十数年の修練にも匹敵する鋭さを、瞬く間に身に付けつつあると。 僅かな刹那にも満たぬ逢瀬に火花を散らして不可視と可視の刀身が貪り合うかのように噛み付き合い、雷光のように引き裂かれ、瞬くよりも早く再び出会う。 どこまで達する。 どこまで登り詰める。 自分でも分からない、相手にも分からぬだろう、凄まじき速度の成長と進化。 強くなり続ける剣の担い手達の斬り合いはまさに世界の歴史。 星が生まれてから過ごした時間に対する人の輪廻の如く、それは切なく、それは短く、濃厚な輝ける剣舞。 闘気、殺気、鬼気、剣気。 あらゆる感覚が、あらゆる大気が、あらゆる気配が入り混じり、優れた感覚が受け止めた幻覚は虚実入り混じりて刃と成し、現実の刃が、幻覚の刃が共に斬りつけ合う。 流れ零れる汗の一滴、それが飛び散り、地面に落ちるまで振り抜かれる斬撃の数は数十合にも至る。 袈裟切り、刺突、切り上げ、逆袈裟、廻し切り、etcetc―― セイバーの振り抜く流星雨の如き隙間無い剣閃はあらゆる角度から勇士郎の鞘の守護を掻い潜ろうとした結果である。 不可視の刀身。 それを利用し、手首を返し、或いは体で握りの位置を押し隠すかのように、無数の斬撃を放った。 されど、それを幾年の経験で、或いはプラーナを注ぎ込み強化した視力で捉えて弾き払い、或いは主を護るために発動する守護の鞘が自動で受け止め、遮断し続ける。 なんという堅牢さだとセイバーは内心舌を巻く。 かつてアサシン――佐々木 小次郎と対峙した時の記憶を思い出す。 彼の繰り出す長刀、その長い間合いから、なによりその全てが斬首の魔性染みた鋭さを持つ全殺の刃に踏み込みかねた。 下手に踏み込めば、瞬く間に首を刈られる。 待ち受けるは死、直線を描くセイバーの剣戟において、曲線を描きながらも匹敵する妖の如き剣鬼の刃。 それと状況は似ていた。 突き崩せぬという一点において。 汗が零れる、全身の細胞が震えて、ドクドクと流れる心臓の動きを感じ取る。 セイバー、異例なる英霊。 その肉体は成長を止めた生身の人間だからか。 英霊として強化はされている、されど生前と全く変わらぬ己の肉体が囁いているのだ。 ――抜けと。 聖剣を解き放て、鞘に納めたまま斬れるほど敵は甘くはない。 敵は全力を出した、ならば答えるのが礼儀だろう。 騎士の誇りがそう告げるのだ。いや、それは騎士の誇りでは無い。 剣への渇望。 全力を出したい、己の全てを持ってぶつかり合いたいという剣に魅せられた魂が囁く誘惑。 騎士王たる修練の果て、潜り抜けた戦場の果てに身に付けた剣技が魂すら縛り上げ、本音を引き出すのだ。 剣に生きた、剣に選ばれた、剣により死に絶える。 選定の剣を引き抜きし時よりセイバーは剣と共にあることを定められし剣の申し子。 もはや剣無しでは生きられぬ。 もはや剣無しでは存在意義はない。 ならば、迷う必要もあるまい。 「ふっ!」 息を吐き出し、降り注いだ勇士郎の斬撃を弾き払うと、とんっと風のようにセイバーが一歩後ろに下がる。 「……これまでの無礼を詫びましょう」 「?」 勇士郎は眉を歪め、鞘たる楯を構えながら、セイバーの動向に注意する。 「貴方は強い。正体は知りません、何故そこまで強いのかも知りません。何故貴方がその聖剣を、鞘を持っているのかも知りません」 ゆっくりとセイバーは不可視の聖剣を握り締め、ただ真っ直ぐに、勇士郎に燃え滾る双眸を向けながら告げる。 「しかし、一つだけ分かることがあります」 ……風が唸り出す。 世界が突如戦慄き出した。 まるで怯えるかのように、世界が震撼する。 来たぞ、来たぞ、と喝采を上げるかのように大気が渦巻き、風が踊り狂い、その開封を見届ける。 祝福せよ、祝福せよ。 喝采せよ、喝采せよ。 その開封を、世界により選ばれし神造兵器の美しき姿に歓喜せよ。 「貴方には私の全力を見せる必要があると!」 そして、聖剣は引き抜かれた。 恐れるがいい。 星が鍛えし最高の聖剣の輝きに! ← Prev Next →
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607: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 24 32 ID aKFulWyM 第9話 秒針が時を刻む音、筆が文字を刻む音、それとしばしば震える携帯電話の着信音が僕の部屋で静かに奏でている。 正確には奏でているのを聞いてしまっている、集中していない証拠だ。 ここ最近では文化祭もいよいよ間近となり 放課後には非日常の賑わいで溢れてきている。 僕自身も看板製作をしていることもあり放課後の学校での執筆ができず少々おろそかになっていた。 だから「自分の中で溜まった不満を発散するように書きなぐる」という自分を遠くから予測する自分がいたのだが実のところそれほど不満も溜まっていなければ発散したいとも思ってはいなかった。 単なるモチベーションの低下なのかどうかは分かりかねるがおそらくそれも違うような気がする。 「…ふぅ」 ため息をひとつ吐いて筆を置きそろそろ彼女の相手をしようかと携帯電話に手を伸ばした時、来客の知らせが部屋に静かに届いた。 控えめなノック、珍しい来客だ。 「入ってもいい?」 「どうぞ」 お盆を片手にした義母がゆっくりと部屋に入ってきた。 「お隣さんからね、美味しいくず餅をいただいたの。お茶も入れてきたからどうぞ」 「ありがとう義母さん。ちょうど一息入れようと思っていたところなんだ」 「そう、ならよかったわ」 義母からお盆ごとお茶とくず餅を受け取る。 その間にも僕の携帯が震える。 「随分とひっきりなしに連絡が来るわね。時期が時期だから文化祭の連絡か何かかしら?」 その通りだ、と誤魔化すことも考えたがわざわざ隠す意味も必要もないと思ったので僕は素直に彼女について話すことにした。 「義母さん」 「ん?」 「僕、その…彼女ができたんだ」 たったそれだけのことを伝えるだけなのに気恥ずかしさで体温が上昇するのがわかる。 「あら!もしかしてこの前に言ってた子?」 「うん…高嶺 華っていう子なんだ」 すると義母さんは目を見開いて両の手の指先を合わせ歓喜とも呼べる感情を表現した。 「おめでとう、遍くん!どっちから告白したの?」 「えっと…一応向こうからかな」 告白と呼ぶにはあまりにも激しいものではあったのだが。 「そう良かったわね…もし機会があったら会ってみたいな。それじゃあもしかしてさっきから連絡来てるのは華ちゃんからかな?」 「多分、というよりかは間違いなくそうだと思う」 「随分頻繁に連絡きて…愛されてるわねぇ」 茶化すような口調で僕をからかう。 「からかうのはよしておくれよ。かなり今羞恥で頭がいっぱいいっぱいなんだ」 「あら恥ずかしがることなんてないのに。でもごめんなさい、つい嬉しくなってね」 「僕に彼女が出来て嬉しいのかい?」 「嬉しいに決まってるじゃない。子供に恋人が出来て喜ばない親なんていないわ」 608: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 25 31 ID aKFulWyM それにしても、と義母は付け足す。 「そんなに頻繁に連絡するのであればメールじゃ少し不便じゃないかしら。そろそろ遍くんもガラケーからスマホに変えてラインとか始めてみたらどう?」 ライン。 知らないだけで驚くほど驚かれたもの。 どうやら連絡手段の一つであることは分かったのだが。 「そう…かな。ラインってそんなに便利なものかな?」 「えぇ、そんなにメッセージが来るなら尚更よ。その携帯も使い始めて長いことだしそろそろ変えてきなさいな」 「義母さんがそう言うのであれば変えてみようかな。次の日曜日に一緒に買いに行くような感じでいいかな?」 義母は小さく笑った後、人差し指で僕の額を一度つつく。 「ダメよ遍くん。そういうのは私じゃなくて他に言う人がいるんじゃないの?」 「他の人?」 「ふふ鈍いわねぇ、彼女をデートに誘いなさいって私は言ったのよ」 「あっ…」 「お金なら心配しなくていいわ、後で渡してあげるから」 余分にね、と最後に加えながら義母は言った。 「さて、そろそろ私は出ましょうかね。遍くんが彼女の相手しないと向こうもいつ愛想つかすか分からないもの」 「ははは、ありがとう義母さん」 「いいのよ、ってそうだ。忘れるところだったわ」 急に何かを思い出したかのように一枚の用紙を僕に手渡してきた。 「なんだいこれは?」 「八文社がね、小説の公募をしてたから一応遍くんにも教えてあげようと思ってね」 内容を見てみると「ジャンルは問わない短編小説を募集」との旨の公募が書かれていた。 「八分社のホームページに載っていたんだけどね、遍くんインターネットとか疎いからもしかしたらこういうのも知らないんじゃないのかなーって思ってね」 なるほど確かにそうだ。 今はもう情報社会、文学の公募だってインターネットで行われるであろう。 義母の指摘通り、自分自身そういったインターネット等の類は苦手としていたからこのような公募を見落としていたわけだ。 「遍くん、もし本気で小説家への道を考えているんだったらまずはこういったことから挑戦していくべきなんじゃないかしら?…なんてお節介が過ぎたかな」 自嘲気味に笑みを浮かべる。 「ううん、助かったよ。義母さんの言う通りどうも僕はこういった情報収集が苦手だったからね」 「あまり苦手なことは咎めないけれどインターネット社会になってきてるから苦手が苦手なままだとこれから少し苦労すると思うわよ」 「…そうだね、克服の第一歩としてまずは華と携帯を買ってくるよ」 「そうね、それがいいと思うわ。じゃあ遍くん、頑張ってね」 「ありがとう、義母さん」 義母が部屋からでると僕はたった今まで書いていたノートを閉じ、机の中から原稿用紙を取り出した。 八文社の短編小説の公募。 一つ大きな目標ができた僕は先程まで燻っていたやる気が焚き火のように燃え上がるような感覚が湧いてきた。 「…よし」 結局その日彼女の連絡の返事を疎かにしてまでできた結果は8つほど丸められた原稿用紙だけだった。 609: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 27 39 ID aKFulWyM ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「はいっ、あ~~ん」 「あ、あーん…」 甘い。 そう、甘い。so sweet 甘すぎる。 甘ったるいのが口の中に入れられたケーキなのかはたまた可憐な少女が僕の口の中にケーキを入れるという行為なのかは分かりかねる。 あるいは両方なのかもしれない。 「あなたたち、この間とは随分と変わった関係になったんじゃない?」 カタリ、と陽子さんは横から珈琲を机の上に乗せた。 いよいよ文化祭が1週間後に迫るという週末に僕と華は『歩絵夢』に訪れていた。 「えへへ、やっぱり分かっちゃうかなぁ」 「分かっちゃうもなにもバレバレよ。しかし随分小さい頃から華ちゃんを見てきてどんな男の子が恋人になるかと思ってたけど不知火くんみたいな男の子だとはねぇ」 「…ははは、僕なんかで恐縮です」 なんとも言えない居心地の悪さに乾いた笑いをすると、華からデコピンが飛んできた。 額に鈍痛が走る。 「またそーやって、自分のこと悪くゆうー」 「いたた、僕そんなこと言ったかい?」 「ゆったよ!『僕なんか』って」 「そういうつもりではなかったのだけれど無意識に出てしまったから性分ということで許してはくれないかな」 「いやよ。いくら遍でも私の好きな人の悪口は許さないんだから」 「あーあ見せつけてくれちゃって」 少々呆れたような表情で陽子さんはこちらを眺める。 「この子絶対モテるくせに男の影1つも見せないんだから。正直この間不知火くんを連れてくるまでレズかもしれないと思ってたくらいよ」 「え?僕が初めての男子だったんですか?」 「そうよ。だから私華ちゃんが男の子を連れてきたから嬉しかったのよ?」 「い、意外ですねぇ」 男子で初めて連れてこれたことが分かり口角が上がりそうになるのを珈琲を口にして抑える。 「なぁーに?不知火くんまだ私のこと尻軽女だと思ってるの?」 「ご、誤解だ。それは誤解だってば。そんなことは寸分にも思っていないさ」 「つまりあの時から脈アリだったってワケね」 「よ、陽子さんは小さい頃から華を幼い頃から知っていると言ってましたけどお二人はどのくらいのお付き合いをしてるんですか?」 なんとも居心地の悪い空気になり始めたので話題を変えなくてはと意識を働かせる。 「んー、元々この子の両親が常連さんでね。初めて来たときはこの子が小学生高学年くらいだったかな。中学生になる頃にはもう一人でよく来てたわ」 「凄いですね。僕が中学生の頃はただただ本を読んでただけですよ」 「凄い…ね。でも遍くん、女子中学生が一人で喫茶店に通うのは凄いっていうんじゃなくてませてるっていうのよ」 すると華はまるで心外だと言わんばかりに目を見開いた。 「ひっどーい陽子さん!そんなこと思ってたの!?」 そんな様子の華を陽子さんは余裕の笑みで返す。 「ふふん、確かにあなたは可愛いけど私から見たらまだまだ子供ってことなのよ。これからもどんどん自分磨かないと遍くん目移りしちゃうかもよ?」 その余裕の笑みはどうやら僕にも向けられ始めたらしい。 「いやいやまさか、むしろ愛想尽かされるのは僕の方…」 口に出してからしまったと思った。 再三注意されているのにも関わらずもはや癖となってしまっている自虐はどうにも無意識のうちに出てしまった。 これはまた咎められると恐る恐る華の様子を見る。 「…さない」 「え?」 「遍は渡さない、そう言ったのよ。誰だろうと関係ないよ」 瞬間やや驚いたような表情を浮かべた陽子さんだったが一旦目を伏せ、ため息を一つ吐いた。 「…いい華ちゃん?遍くんも。あのね、束縛っていうのはしすぎてもしなさすぎてもどちらとも問題なものなのよ。さっきから薄々感じてたけど華ちゃんは前者だし遍くんは後者。良い塩梅っていうのがあるんだからお互い直していきなさいよ。これはあなたたち二人のためを思っていっているんだからね」 610: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 28 38 ID aKFulWyM 後は二人で話してみなさいと残し陽子さんは踵を翻し厨房へと戻っていった。 「…遍は私のことどう思ってるの?」 それは勿論 「好きだよ」 自分が思っているよりもすんなりと口から出たその言葉に自分自身が驚いた。 「私もね…遍が好き。でもきっと私の好きと遍の好きは違う」 彼女は僕ではないどこかを空虚な目で見つめながら僕へと告げてゆく。 「遍に触れたい。遍を抱きたい、抱きしめたい。遍とキスしたいし、その先だってそう。ううん、もういっそのこと遍を食べたいし、遍をこ…」 彼女は何かを言いかけた口を一旦閉じてまた開き直した。 「…とにかくそれぐらい好きなの、愛してるの。もうどうにかなっちゃいそう」 彼女はほんの少し寂しそうな笑いをしてもう一度僕に問うた。 「ねぇ、遍。私のこと"好き"?」 そして僕は同じ言葉をもう一度すんなり出すことはできなかった。 「…華はさ、どうして僕のことを好きになったんだい?君は以前言っていたよね、優しい人、かっこいい人はいくらでもいる、と。確かに僕よりかっこいい人はもとより僕より優しい人だっている。僕が特段優しい人間だと自負するつもりはないんだけどね。彼らではなく僕である理由がわからないんだ」 「…何度も何度も伝えてるつもりなんだけどなぁ。遍は私から愛されてる理由が欲しいんだね」 「理由…か。結局僕の人生で積み上げて来たものに自信がないんだろうね。だからこうして理由を求めているのかもしれない。不知火遍ってそういう弱い男なんだ」 なんとも情けない笑みを浮かべるしかない。 「じゃあはっきりと答えてあげる。私が遍を愛してる理由なんてないよ」 どうやら僕は求めていた答えにたどり着けないみたいだ。 喉から伸ばした手を舌の根に引っ込める僕を見て彼女はクスリと笑った。 「…遍、余計に私が分からなくなったって顔してるね。そうだよ、愛してる理由なんてない。ううん、理由がないから愛してるんだよ。好きな所を言えって言われたらいくらでも言ってあげるけど好きな所がなんで好きなのって聞くのってすごく野暮じゃない?だって好きなんだもの。これは頭で考えることじゃなくて思いがあふれるものなんだから」 彼女は一旦紅茶に口をつける。 「じゃあ聞いてあげる。遍はなんで本が好きなの?」 思ってもみない質問だった。 「えっ…と、本を読むことで小説の中の世界を体感できるから、か…な」 「小説の中の世界が体感できるから本が好きになったの?」 そう言われると違うような気もする。 「遍それはね、遍にとって本の好きなところの一つであって遍が本が好きな理由ではないんだよ」 「そういうことに…なるのかな」 「ふふ、ほら、理由なんていらないじゃない。好きなものがなぜ好きかなんて。だって好きなんだもの。心がそう想っているの。遍を愛してるっていう気持ちはもう私の本能だよ」 「きっと遍は私のことを好きなところをいちいち理由をつけてるんだよ。アハハ、いいの大丈夫」 彼女はそっと席を立ち上がりそのまま僕の隣へと座りこう囁いた。 「理屈じゃない、本能で好きになるってこと、これからたっぷりと時間をかけて教えてあげる」 背筋を貫かれる、普段の明るい彼女からは想像も出来ないその底冷えするその声に。 「さっ、ケータイショップに行こっか。遍がガラケーからスマホに変えてくれるんだもんねっ。ラインの使い方とか教えたいし、せっかくのデートだもん。行きたいとこ山ほどあるんだから」 611: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 29 44 ID aKFulWyM ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「すごいや。僕のこの手には人類が積み重ねてきた研鑽の賜物が握り締められているんだね」 「あはは、大袈裟だなぁ遍は、ただのスマホだよ?」 「いやいや、いざ手にしてみると人類の進歩というのが文字通り肌から感じるよ」 「ああもう、いちいち反応が愛おしいなぁ」 「…あまりそうやって直情的に想いを伝えられると歯が浮くような気分になるなぁ」 「だって遍、こうやって伝えないとまだまだ分かってくれないみたいだからね、私の気持ち」 「…僕も努力するよ、華に愛想を尽かされてしまわないようにね」 「はいダメ~。私が愛想尽かすことがありうるって考えてる時点ダメだよ、遍。うんでもいいの、今は。そういうのは愛する妻…じゃなくて恋人である私が教えて、支えて、染めてあげる」 腕を後ろで組み、余裕のある笑みでそう宣言される。 「さ、まだお昼すぎだもんね。どこ行こっか?」 「さっき行きたいところは山ほどあるって行ってたよね。華はどこか行きたいところがあるんじゃあないのかい?」 「私?私は遍と一緒ならどこでもいいよ。たしかに色んなところに行きたいんだけど遍と一緒ならどこでもいいかなぁって思っちゃうんだよね、えへへ」 まいったな、そう思わざるを得ない。 義母に言われた通りに華をデートに誘うまでは良かったが、肝心の何をするかをあまり考えていなかった。 己の計画性のなさを少々呪ってしまう。 「ごめんね、せっかく華を誘ったのに考え無しだった」 「んーん。いいの遍と一緒に居られるだけで私は幸せだから。遍はどこか行きたい場所とかある?」 行きたい場所というと本屋だが、デートに行くしてはいかがなものかと考えてしまう。 公募の短編小説の参考にするために、様々な文学に触れておきたいのだが、きっと僕は一人で読み更けてしまうし彼女は待ちぼうけてしまうだろう。 「…行きたい所…あっ…」 あるではないか、文学も学べてかつデートにも最適な場所が。 「どっか思い当たった?」 「華、映画に行こうか」 「わぁ…映画かぁ…いいねぇ。デートみたい!」 「…みたいというか僕はもとよりそのつもりなんだけどな…」 少々照れ臭くなり、頰を二、三度掻いてしまう。 「ふふ、そーでしたっ。それじゃあ映画館にいこっか」 「提案しておいて申し訳ないんだけれども、僕あんまり映画館とか行かないから場所が分からないんだ」 「もう、しょうがないなぁ~」 絹のように柔らかな肌触りが指先に伝わる。 彼女の右手と僕の左手が重なり、そして熱を帯びていく。 「私が連れて行ってあげる。まかせて、場所わかるから」 「あ…うん」 どうしても彼女と結ばれた先が気になってしまい情けない返事しかできなかった。 「そうと決まれば善は急げだね。早く着けば見れる映画の種類が増えるかもしれないしね」 彼女が思いを馳せるように映画館へと駆けていく。 そしてそれに釣られれるように僕の左手から自然と駆け足になる。 少しずつ、少しずつ。彼女と並行するように歩みを進める。 やがて並行となった僕らは銀杏が香るイチョウ並木と残暑が過ぎ去りすっかり秋となった空気を通り抜けて行く。 木々を抜け、道を抜け、街を抜け。 そうやって僕らが映画館に着く頃には季節外れの汗にまみれ、秋風がひやりと首筋を撫でていく。 612: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 30 53 ID aKFulWyM 「はぁ…はぁ…ふぅ、さて。今は何が上映中かなぁ」 息を整え、映画館の中へと踏み入れていく。 「普段僕は映画なんて見ないからどんなのをやってるかわかんないや」 「んー、友達とかから評判良かったのが確か2つくらいあった気がするん…ああー!!!」 突然、華が大きな声を出してしまったがために僕はびっくりしてしまった。 「わ、どうしたんだい」 「その2つともちょうど10分前に始まっちゃってるよぉ」 「それは…、」 なんとも悲運。 かえって走ってきた分、余計に損した気分になってしまう。 「どうしよう~、冒頭見逃しちゃったけどまだ見れるかな。それとも別のやつを見る?」 「冒頭を逃してしまうとどうにも世界観に入り込み辛いよね。いまから見れそうなのは他に何があるかな?」 「あれとあれだね」 彼女は館内にある電光掲示板を指を指す。 ひとつは邦画、もうひとつはどうやら洋画のようだ。 「遍はどっちが見たい?」 「僕は…」 邦画の題名にちらと目をやる。 『夢少女』 見覚えのある題名だった。 「そうだ、池田秋信の原作の映画だ」 「池田秋信?」 「そっか、本の虫以外にはあまり知られない名前かもね。僕の好きな作家なんだ」 「ふぅん、他にはどんな本を書いているの」 「『王殺し』とか『顔が消えた世界で』とか書いてる人なんだけど、たぶん知らないよね」 「わかんないや、ごめんね…。んーっと、それじゃああの『夢少女』を見る?あ、それともひょっとして遍は原作読んでたりする?」 「いや好きな作家とか言っておいて恥ずかしいんだけれどもまだいくつか見てない作品があるんだ。『夢少女』もそのひとつだよ」 「じゃあそれ見よっか!」 「いいのかい?僕がいうのもあれだけど原作者は少し癖があると思うよ」 「いいの!遍が好きなものを私見てみたい!」 「それじゃあ、『夢少女』を見ようか」 僕ら二人で券売機の前まで行き、扱いがわかっていない僕に華が一つ一つ買い方を教えてくれる。 (映画館なんて久しぶりだなぁ) 綾音と出かける時もあまり映画館に来た覚えはないように思える。 きっとこの可憐な少女に出会わなければ今頃、部屋に篭っては駄文を書き続けていただろうな。 ふと目を離した隙に、華はなにやら抱えていた。 「えへへ、ポップコーン買ってきちゃった!一緒に食べよ?」 「あはは、買いすぎだよ華」 「いやいや、絶対二人なら食べきれるよ!」 原作者が僕の好きな作家だからか、久方ぶり映画だからか、それとも彼女と観る映画だからか。 僕はワクワクしながら上映ルームへと足を運ばせていった。 …。 ………。 ……………。 「あはは、最後泣いちゃった」 「僕も泣きそうだったなぁ」 『夢少女』を見終わった僕らは黄昏に包まれた街の中で帰路についていた。 『夢少女』 ある日からとある一人の少女の夢を見始める男の物語。 毎晩眠りにつくたびに会える彼女に心惹かれていく主人公は、募りに募った想いを少女に打ち明けると次の日から夢を見なくなる。 やがて現実が夢だと思い込むようになり自暴自棄に堕ちていく主人公だが、もう一度だけ見た少女の夢により厳しい現実を乗り越えていく物語だった。 「ね…遍」 「ん?どうしたんだい」 「私たちは…夢じゃないよね?」 不安そうな表情で僕の頰に触れる彼女も、たったそれだけのことで頰を紅潮させる僕も、きっと 「夢じゃないよ」 「嬉しい。あのね遍、私幸せなんだ。好きだよ」 僕もだ、と返そうと開いた口は不意に近づいた彼女の唇によって塞がれた。 「えへへ、付き合ってからはじめてのキスだね」 告白の時のあの乱暴な接吻は彼女の中での「付き合ってから」の期間の中には含まれていないのだろうか。 少しそんな野暮な考えが浮かぶが、僕の目の前に居たのはあの時の暴力的な感じの彼女ではなく、間違いなく僕が以前から惹かれていた夕日に美しく可憐な彼女だった。 613: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 33 15 ID aKFulWyM ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 日々の学業に勤しみながら、否。 学業が疎かになっても仕方がない、そんな雰囲気があるのはあと三日で文化祭が始まるという差し迫った状況からだろう。 かく言う僕ら看板製作組もそんな慌ただしさを掻き立てる一員となっていた。 「ったくよぉ、チンタラやってたあいつらが悪いのに何で俺らが小物製作も分担しないといけないんだよ」 「ははは、仕方がないさ。メインの看板は大方終わりかけているし手伝ってあげれるのならそれに越したことはないさ」 「そうだよ~。それに喫茶店はクラス全員の出し物だからね~。わたしたちの仕事はみんなの仕事、みんなの仕事はわたしたちの仕事だよ~」 「おまえら本当にいい子かよ。わーったよ、やるよやるさ!やりゃいいんだろ!」 文句こそ垂れど結局一番作業に力を入れてるのは桐生くんであり、彼こそ『いい子』に相当するだろうと考えると、なんだか滑稽に思えて来てしまう。 とはいえ少々憤慨しているのも事実らしく、養生テープを剥がす音がやけにけたたましく聞こえる。 「あー、このペースだとテープ無くなりそうだなぁ」 「確か用務員室に予備のテープがまだあったはずだけど」 「そっか。んじゃ俺、用務員室行ってくるから二人ともよろしくな」 「は~い」 桐生くんがその場を離れると残された僕らふたりの間を沈黙が支配した。 それもそうだろう、僕はあまり積極的に話しかける性分でもないし、小岩井さんもどちらかといえばその通りだろう。 「不知火くん~、ちょっとい~い?」 「どうしたんだい小岩井さん?」 「不知火くんは文化祭誰と回るの~?」 思っても見なかった質問だった。 看板製作の仲間として関わり始めてから今まで僕と小岩井さんの二人で他愛のない会話をした記憶がなかったのだ。 「僕か、あんまり考えてなかったなぁ。恐らく今年は妹と一緒に回ることになるんじゃあないかとは思っているんだけれどもね」 「じゃあ一緒に回ろ~」 いつもと変わらない小岩井さんを象徴するかのようなのんびりとした言い方で、そんな穏やかで優しい言い方で。 「一緒にって僕とかい?」 「うん、そうだよ~」 ああなんだ、看板製作を共にした誼みで僕を誘っているのか。 ならばと 「じゃあ、桐生くんは僕から誘おうか」 「ん~ん、違うの。私二人で周りたいの」 文化祭まであと三日だ。 文化祭まで差し迫った状況だ。 「不知火くん、あのね」 だからいつもの放課後とは違う、クラスメイトたちの活気が溢れているこの教室で。 どうしてこうも喧騒から逃れたように彼女の声がはっきり聞こえるのだろうか。 「私、不知火くんのこと好きなんだぁ」 614: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 34 35 ID aKFulWyM いつものように間延びしたような口調でそう告げた。 潤んだ瞳、いつもと異なる口調、震えている指先。 そのどれもが彼女の緊張を僕に伝えるには十分なものだった。 いつも僕に付き纏うあの疑問が喉から這いずり出そうになるがそれよりも先に僕は伝えなければならないことがある。 僕の口はそれを一番よくわかっていた。 「ごめん。小岩井さん、僕にはそれができない、交際をしている女性がいるんだ。だから、ごめんなさい」 「…。そうなんだ~。あはは、ごめんねぇ、ちょっとトイレに行ってくるね」 反射的に僕も立ち上がり付いていこうとするが他でもない僕自身が地面に足を縫い付けている。 彼女が用を足しにこの場を去ったわけではないということぐらい、さすがに僕でも分かる。 追う資格なんてないのに、付いて行ったってなにもできやしないのに。 許しを乞うてしまいたい。僕なんかを好きになってくれてありがとう。僕なんかが想いを断ってごめん。 あぁ、華はいったいどうやって彼らの想いを受け止めていたのだろうか。 この背負いきれない想いを。 ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「なんでかなぁ、ふふ、あはは、なんでかなぁ」 目を覚ますと後頭部に激しい痛み、脳が揺れる感覚、血脈が流れる鼓動を強く感じる。 吐き気もする。心も痛い。心身ともに衰弱しきっている。 自分が今どういう状況に陥ってるのかすら把握していない。 最早、夢か現実かも定かではなかった。 615: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 35 18 ID aKFulWyM 「あ、やっと目を覚ましたんだね、奏波」 (そうだ、私は不知火くんにフラれたんだ) 「ねぇ…知ってた?社会科教室って鍵は開きっぱなしだし放課後は全然人こないんだよ。告白に御誂え向きな場所だからよく呼ばれるんだぁ、ここ。アハッ、御誂え向きだなんて難しい言葉、遍の言葉遣いが移っちゃったかなぁ」 にわかには信じがたい様子のおかしい親友の姿も、今ここが現実であること認識することを難しくしていた。 夢を、悪夢を見ているのではないか。 そう思ってしまう。 「ねぇ奏波?なんで遍を好きになったのかな?ありえないよね?だって私と遍は運命の赤い糸で結ばれているんだもの。他人共が入る余地なんてない、そうよね?お姫様と王子様、二人は末永く愛し合いましたとさめでたしめでたし、物語はそこで終わるの、それ以上先に登場人物なんていらないし、増してやそれを邪魔するなんてありえないの。…まぁそれに関してはあなただけに限った話ではないんだけどね」 「文化祭かなんだか知らないけど浮かれた奴らが…いえ、そもそも登場なんてあってはいけない奴らが一人また一人と私に告白してくるのよ。私はもうすでに一人に愛を、人生を 、全てを!…捧げると誓った身なのに、その誓いをあいつらは破ろうとやってくるのよ?そうね、少し前までは煩わしいとくらいにしか思わなかったけれども今ではもう憎しみとも言える感情が湧いてくるのよ。腑が煮えくり返るとはよく言ったものね、今にも底から溢れる憎悪で内臓が爛れそうよ」 「遍がダメって言うから我慢してたけど…。…まだ私に来る分にはいいや…いいけどさ!!!遍にまで幸せをぶち壊す悪魔が忍び寄って来るのなら、あはは、もう我慢の限界だよ!!!!おかしいよ、おかしいよね?なんでわざわざ私達の愛を隠さないといけないのよ!!!」 遍といえば、確か想いを寄せた男子生徒の名がそれだった。 「じゃあ…」 「ん?」 「じゃあ不知火くんが言ってた恋人って…」 「そうよ?私よ、他に誰がいるのよ。いるわけがないでしょ。私と不知火遍は出会うべくしてこの世に生を授かって17年という時の障害を越えてやっと出会った真実の愛を誓い合う運命の恋人なんだから」 「そんな…私知ってたらちゃんと引いてたのに…」 こんな想いにならなかったのに。 同時にそう思う。 「だから言ってるじゃない、遍に口止めされているのよ。まぁ良き妻としては夫の望みをなんでも叶えてあげたいと思うけど、どうしたものかしら」 不知火くんはどうして交際を隠したがったんだろう。 いくつもわからない疑問が浮かんでくる。 しかしそのひとつひとつを解決する間も与えないように親友は続けた。 「ねぇ…奏波。あなた一体幾つの罪を犯したか自分で分かってる?」 「つ…み?」 いつもと違う様子の友人はいつもと変わらない笑みを浮かべる。 「遍と目を合わせた回数117回、遍と会話をした回数52回、遍に触れた回数12回、遍に告白した回数1回。これがあなたの罪の数よ、奏波。人はね、罪の数だけ罰を受けなきゃいけないの。だからね…」 歪なのにどこか美しさを感じるその笑みを浮かべる彼女は 「頑張ってね、かなみ?」 私には悪魔に見えた。
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やくざ者という言葉は、元は博徒や的屋を指して、使われていたものだという。 もちろん全ての博徒や的屋が、不健全な人間だったわけではないが、社会の鼻つまみ者達が、多く流れてきたのは事実ではあった。 暖かい色の明かりが部屋全体を照らしている。太陽が沈み暗闇に落ちた外から人を守るように、光は家族を包んでいる。 街を騒がせる大規模な連続殺人。恐怖を煽るニュースにも無縁だと、家の中は笑顔で賑わっていた。 光とは安寧の元だ。神が与えた原初の火に始まり、照らされる場所に人は集まり寄り添う。 人は闇と戦う手段を手に入れ、現代に至るまで光は人と共にある。 「わあすごい!これお姉ちゃんが作ったの!?」 「こらモモ、お行儀が悪いわよ」 四人が囲ってもまだ少し余裕があるテーブルに並ぶのは、色鮮やかな料理の数々。 やわらかいパンに新鮮なサラダ、湯気が立つスープと香ばしく焼けた肉が食欲を誘う。 幼い次女が待ち切れず、フォークを手に取ろうとするのを母がたしなめている。 「お母様の言う通りです。食事の前は神様が降りてくる時間、きちんとお祈りをして感謝の言葉を伝えなければいけませんよ」 「はぁーい」 まだ神の教えを十分に理解しておらず、作法の大事さもわからない幼子は、しかしもう一人の声には素直に従った。 言葉の内容云ではなく話した人そのものへの信愛に応えたがためだ。 「ははは、おまえよりマルタさんの言葉の方がよっぽど効果があるようだ。すっかり懐いてしまったな」 椅子に座るのは家族四人と、昨日から家に招かれた長女の友人だ。旅行に海を渡って来たものの今の東京は折悪く起きた連続殺人で治安が悪い。 不安に思っていたところで偶然知り合い、信仰を志す縁で家族のみで暮らすには広い教会に一時の滞在に預かる身であった。 「さあ、それじゃあ祈りましょう」 全員が椅子に座ったところで食前の祈りを捧げる。 父と母は教えに則り感謝の言葉を述べ、まだ意味がよく分からない次女も倣うように手を合わせる。 客分であるその女性は、神父である父から見ても完璧に過ぎた姿勢で祈りに臨んでいた。 清く美しく、無償の愛(アガペー)に満ちた聖なる画の如き佇まい。 自分以上に信仰を積んでいると確信させる女性は、一日寝食を共にしただけで夫婦双方から大きな信頼を得ていた。 ともすれば目の前のこの人にこそ自分達は祈るべきでないのかと、不遜なる考えを抱いてしまうほどの。 全ての信徒が模範とすべき理想形がここには顕在していた。 「―――いただきます」 そして、祈りの動作はちゃんとしながらその光景を眺めていた長女は。 目の前の団欒に目と耳を傾けることなく食事のみに集中していた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 教会屋上。 信仰の象徴たる十字が建てられた下で、冷えた大気に身を晒す二人。 その一人は長い赤の髪を上に纏めた十代前半の少女だ。 星空瞬く空を鏡合わせに、無数の電灯が煌めく地上。 夜の街を一瞥する瞳は生まれてから重ねた年月に釣り合わないほど冷めており―――佐倉杏子の送った人生の苛烈さの証となっている。 住む場所はなく、適当なホテルに無断で宿泊する毎日。 食料の確保には窃盗は当たり前、コンビニのレジをこじ開け金銭を奪うのも日常茶飯事。 荒んだ生活を見た目は中学生の少女が不自由なく送れるのは、奇跡の残滓たる魔法の力あってこそ。 自分の力を自分の欲望に用いる。躊躇などない。そうする事でしか生きられない以上迷いなどない。 杏子の送ってきた生活とはそういものだ。完全に順応して習慣になってしまうほど馴染んでいた。 「でさ……何やってんだよあんた?」 杏子は隣にいる英霊に問いを投げた。 先ほども家族と一緒に食事を共にしていた旅人であった。 清廉。そのような一言が凝縮された女がいた。 それだけで言い表せるような器量で収まらない乙女であるが、見た者は始めにその一言を連想するに違いない。 激する性質を思わせる杏子の赤髪に反した、紫水晶色の長髪。宝石や金銀財宝の豪奢とは異なる、渓谷に注ぐ透き通った水流の自然なる美。 地上の電灯と天空の星々に照らされてるだけの筈のそれは髪自体が光り輝いているよう。 身に纏う衣装は現代の街並みには溶け込まない意向だが、鋼の鎧といった戦士の、戦いの道具という印象からは程遠い。 手足に最低限の装具をはめる以外には実りの均整が取れた体を包む法衣のみ。彼女が武に行き覇を唱えた勇士ではない事を示している。 清らかで優しい、輝くばかりのひと。 その名だけで人々の心の寄る辺となり、希望を在り示してくれる、力ある言葉。 それ即ちは聖女。奇跡を成した聖者の列に身を置く者。 それが佐倉杏子の片翼。聖杯戦争を共に行くサーヴァントだ。 ライダー、その真名をマルタ。 救世主の言葉を直に受け、御子の処刑の後も信仰を捨てる事なく、時の帝国によって追放されるも死せず神の恩寵を受けた者。 布教の道程、ローヌ川沿いのネルルクの町にて、人々を苦しめる暴虐の竜タラスクを鎮めた竜使い。 その宗教に属さずとも知らぬ者はいない、世界中で崇敬されるその人であった。 「何、と言われても。マスターとその家族に料理を振る舞っただけよ?嫌いなものでも入ってた?」 「……好き嫌いとかはないよ。ウミガメのスープは美味かったし。肉の叩きも汁がすごかった」 「お粗末様」 杏子を見つめるアクアマリンの瞳は慈しみに満ちていた。 その言葉遣いは、彼女と関わった者の多くが見る顔とは違っていた。 礼節を欠いてるわけではなく。さりとてサーヴァントがマスターに、従者が主に、聖人が他者に向けるものとしては間違いがあるような。 どちらかといえば、穏やかな気質の姉が春を迎える年頃の妹にかけるような、親しい間柄でのみ見せるやり取りだった。 「出されたものは残さず頂く。立派な心がけだわ」 「そんな大層なものでもないだろ。腹が空いたら食えるだけ食っとくってだけの話だ」 選ぶ余裕のない生活を送っていた杏子にとって、食事は取れる時に取っておくという考えだ。 味の善し悪しや心情で手を付けない粗末な真似は自分は勿論、他者にも許さない。だから出された料理は食べるし残しもしない。 幼少から触れてきた教えも少なからず関係しているのだろう。どう受け止めようと過去の習慣は消えずに沁みっている。 「おかわりもしてたものね。うんうん、食べ盛りの子はそうでなくちゃ」 「っガキ扱いすんな!」 杏子の舌に残るのは素朴で、郷愁を誘う母の味だ。今も住居も兼ねている教会で眠っている実の母を尻目にして。 悪くない料理だった。美味しかったという感想に偽りはなく、また口にしたい欲求がある。 懐かしい、と憶えた感情。 家庭の料理などもう長らく食べていないと、口にした瞬間に思い知らされた。 あの日に焼け落ちて止まった記録。これから一生思い出す事のない筈だった味そのものだった。 「だから違えよ。そういう話じゃない」 こんな偽りの円満に加えられる事がなければ、決して。 「あいつらは、あの人たちは、あたしの家族じゃない」 その欺瞞に気付いた時、己の魂が濁るのをはっきりと感じ取れた。 熱く煮え滾ったあらゆるものを無限の槍にして目の前で笑う顔に発射するのを必死に止めて、人気の消えた裏路地で解放した。 爆発する魔力に乗って、怒声、罵声、嗚咽を洗いざらい吐き出した。 「みんな、みんな、偽物だ。死人だ。あっちゃいけないものなんだ。 これを認めたら、あたしは本当に魔女になっちまう。だからいらないんだよ、こんなおままごとに付き合う真似はさ」 許せなかった。憎らしかった。 こんな偽物を用意して罠に嵌めた相手への怒りだった。 自らの手で失ったありし日で幸福を感じていた自分への怒りだった。 はじめは”魔女の結界”の仕業かと判断した。 奇跡を詐称する御遣いによって得た力、闇を齎す絶望の化身、魔女を討つ希望、魔法少女。 結界は魔女のテリトリーであり餌の狩場でもある。社会に疲れた人間の心の隙に潜り込み囁いて、自分の膝元へ招くのだ。 狩人の側である魔法少女が無様に誘惑に引っかかったのだと、鬱憤を放出する矛先を定めた。 だが魔女の気配は一切探知しなかった。代わりにあるのは慣れ親しみのない圧迫感。 次いで痛みと同時に手の甲に顕れた聖痕(スティグマ)の紋様。そして光が集合して形成して出来た聖人の姿。 杏子は事態の全てを知った。聖杯戦争。サーヴァント。殺し合い。願望器。 願いを叶えられるという、儀式。 「家族が死んだのは全部あたしの自業自得だ。誰も恨みやしないさ。けどこんな都合のいい幻想に浸かってるなんて、それだけは許せない。 あんただって、そうじゃないのかよ?死人と戯れるなんてのを聖女さまはお許しになるのかい?」 ―――みんなが、父さんの話をちゃんと聞いてくれますように――― 幻惑。佐倉杏子にとっての禁忌。 困窮する家族の幸せを願い、多くの人を幸せにするものだと信じた祈り。 得られた奇跡の報酬は、願った全ての喪失だった。 人心を誑かす魔女。絶望に染まった顔で罵る父の声は、どんな鋭利な槍よりも杏子の胸を穿った。 自分だけを残し、家族を連れて荒縄で首をつり下げた姿は、杏子の心を残酷に引き裂いた。 教会で教えを説き裕福に家族と幸せに暮らす。 東京の舞台で演じている人形劇は滑稽だった。求めてやまなかった幸せを嘲った形で見せつけられるのがこれほど腹が立つとは思わなかった。 早々に家を出て今までのように流浪の生活に戻ると何度も思った。そして実行する度に、このサーヴァントに首根っこを掴まれ連れ戻されるのだ。 こうして、今も。 「優しい人なのですね、マスターは」 自分を戸惑わせる声を、真っすぐに向けてくる。 「彼らは仮初の住人。聖杯戦争の舞台を回す為の部品として生み出された偽の命。その通りです。 命を模造し争いの消耗品として道具に使う、それはあまりにもは許されざる行為です」 些細な、決定的な変化があった。 顔も声も何もかもが変わりないのに、そこにいるのがライダーだと認識は変わらないのに。明確に印象がひっくり返る。 「けど、だからといって彼らの存在すら罪とするのはどうなのでしょう。 複製といえど彼らには命があり知性がある。死霊などではない生きた人なのですから」 隠す演技、人格の変更、そんな浅ましいいものではない。 分かってしまう。ライダーは変わっていない。変わらないままに身に纏う雰囲気だけを一変させる。 信仰を受ける聖女としての顔も、どこにでもいる町娘としての顔も、どちらも真なるマルタの素顔なのだ。 「あなたは優しくて、強い人。家族の複製を見て穢されたと感じ、家族を失った事を自らの罪と受け止めている。 なら彼らと向き合ってもよいのではないですか。壊れた夢を見る事には確かに辛いもの。けどそこには、あなたが見失ったものも落ちているかもしれません」 「……随分言ってくれるじゃないか。ほんと何なんだよ、あんた」 「あなたのサーヴァントですよ。あなたを守り、導き、あなたに祝福を送るもの。 これでも聖人ですもの。迷える子を救う事こそ私の使命なのだから」 「だから、ガキ扱いすんなっての」 忌々しいものだった。自分が何かすれば止めに入り、正論を出しあれこれ説教してくるライダーを杏子は鬱陶しがっていた。 その多くが家を失ってからの荒れた生活で身につけたものなのだから、何も思わない事もないのだが。 発言の意図よりも、なにより、自分に世話を焼く姿勢にこそ原因が多いのではないか。 苛立ちともむず痒いとも言えぬ感情。でもはじめて知ったわけでもない。いつ以来のものであったか。 「ていうかあんた、優勝する気はないんだな」 「当然です。聖杯とは救世主の血を受けたもの。そうでないものは偽なる聖杯。求める道理がありません。 まあこんな儀式を仕組んだ奴らは後でシメ……ンンッ説伏しますが、まずは街で起こる戦いを止めなければなりません」 確かに、聖女なる者が偽の杯を求め殺し合うのは想像すら及ばない選択だ。真の聖杯が殺戮の血を注ぐのを許すとも思えない。 欲得にまみれた黄金の杯。偽物であるからこそこの聖杯は正邪問わず万人の願いを汲み取るのだろう。 だからライダーが聖杯戦争を否定するのはまったく自然な成り行きだ。想像通りというべきか。 名前を知った時点でそう来るだろうとは薄々思っていた。 「冗談」 よって杏子は考えるまでもなく、ライダーの掲げる方針の拒否を即答したのだ。 「素直に乗らないってとこだけは同意だ。奇跡と抜かしておきながらやることが殺し合いだ。どうせ碌なもんじゃない。 けど戦いを止めるだとか、そういう慈善事業はお断りだ。聖女の行進に付き合う気はないよ」 希望が落ちたあの日から決めている。佐倉杏子という魔法少女は、全て自分だけに帰結する戦いをすると。 生きる為。楽しむ為。自分に益があり満たされるのなら何でもいい。好き勝手に生きれば、死ぬのも自分の勝手だ。誰を恨むこともしなくていい。 誰が何を願い動くのは自由だ、好きにすればいい。干渉はしない。 けれど、誰もが聖人になれるわけじゃない。 誰かの為に生きる。万人にとって口当たりのいい言葉を実践できる者は本当に一握りだ。だからこそそれを成した者は聖人と呼ばれる。 杏子はなれなかった。他の見知った魔法少女にもそんな資質の持ち主はいなかった。ただ一人を除いて。 未熟な自分を師として育て、最後まで見捨てようとしなかった黄色の魔法少女。 正義を生きがいに出来る、正しい希望の持ち主と同じ道を行く事を、杏子は出来なかった。今になって再び道を変えるなど甘い事が通用するわけがない。 ライダーに手を伸ばす。届きはしないし、届かせる気もない。 嵌めていた指輪から現出する赤い宝石。魔法少女の証、ソウルジェムを見せる。 「聖女はどうだか知らないけどさ、魔法少女をやるのはタダじゃないんだ。 祈りには対価がある。魔力を使えばソウルジェムが濁る。犠牲がなくちゃそれを補えない。 分かる?誰かが死ななくちゃ魔法少女(あたしら)は食えないのさ。ここに魔女がいるかはともかくな。 どうせ消費するんなら自分のために使うべきだろ?命を賭けてまで、得もないのに誰かの為に戦うなんざ馬鹿げてるよ」 見ず知らずの人間が使い魔に食われても意に介さない。そうして育った魔女を倒してようやくグリーフシードを手に入れられる。 魔法少女として活動を続けるには、使い魔を放置するのが大事だ。聖杯戦争も似たようなものと杏子は考える。 悪目立ちして暴れる敵は放置して消耗を待つ。手堅く、確実な戦法。 「……あんたとはコンビだ。バラバラに動いて片方がヘマしたら残った方も揃ってヤバくなる。ここじゃ全員そうなら尚更さ。 マスターっていうんならあたしの方が上だろ?いいか、あたしは乗らないからな」 マスターという立場を傘に着るわけでもないが、自分のサーヴァントにははっきりと断っておく。 伸ばした手とは逆にある令呪を意識する。ご丁寧に令呪の使用法まで教えてくれた。どう反抗されようともいざとなれば押さえつける手はある。 果たして、ライダーは動いた。向き直ってこちらを見る表情は憮然なれど、その美しさは損ないはしないまま、軽く微笑んで見せた。 意地の悪い笑みだった。杏子の魔法少女としての直感が背筋に寒いものが走るのを鋭敏に捉えてしまっていた。 「……ふぅん」 「な、なんだよ」 「ちょっと借りるわね」 なにか、嫌な予感がする。警戒を強めたその時には、風は過ぎ去った後だった。 掌の上をそよぐ風。何かが、ライダーのたおやかな指が通過した音。 「おい!返せ!」 一秒あったか定かではない交差。それでも変化はある。 杏子の側にあった赤い輝きは、いま目の前の聖女の手で依然と瞬いていた。 「ああもう暴れないの、ちょっと見るだけだから」 「あだだだだだだあー!?」 野苺でも摘むような気軽さで杏子のソウルジェムを分捕ったライダーは、手にある宝石をしげしげと観察している。 空の片手では、飛びかかって奪還しようとした杏子の頭部を掴み自分の行動を阻害させないようにして。 眉間にがっちりとはまった指の握撃による痛みは杏子の想像を絶していた。 杏子と変わりない見た目、麗しい聖女のアイアンクローは頭蓋を割らんとする威力で逆らう意識を剥奪させる。 あれほど念頭に入れていた令呪の行使ももはや頭から抜け落ちた。このまま反逆により意識が落ちるか最悪死ぬかと朧に察しはじめたところで縛りから解放された。 「……よし、と。はい返すわね」 「ぁ……とおぉっ!?」 朦朧として霞がかってぼやけた視界で、放り投げられた赤石。 自分のソウルジェムと認識して咄嗟に、必死になって手を出す。どうにか光は無事に手の中に収まった。 「オ、マ、エ、なああああ……!」 赤い旋律が魔力として現実に走って、杏子の体を包み上げる。 武装の展開を構築。怒りと痛みで熱くなった頭はとっくに統制を離れている。槍の一つでもブチ込まねば気が済まないという一念でいっぱいだ。 正常に戻る視界で女を捉え、手に握ったソウルジェムを見据え―――そこで沸騰するほどの熱は冷や水をかけられた。 ―――なんで、濁りが消えてるんだ? 「……あ?」 ソウルジェムは魔法少女にとっての要だ。戦う姿に変わるための媒体で、中身の濁りで魔力の残量を示す。故に逐一の確認は欠かせない。 今日の状態は濁りが一割。底に僅かに沈殿するのみのもの。 だが今見た宝石の中身はどうか。色鮮やかな赤には一変の濁りもない純度ある美しさを保っている。 初心者の魔法少女でも知る知識。穢れの浄化はグリーフシードを用いでしか出来ない。その常識を壊されて、杏子は首を回す。 そこにいるのは一人の女。過去に起きた偉業を成した夢の具現。聖女のサーヴァント。 奇跡―――。 今目撃したものの意味を、言葉に出来ぬまま。呆然とそれを起こした人をずっと眺める。 一分、いやそれ以上、もしかしたら以下かもしれない間隔の後。 「これで、タダ働きでも問題ないわね?」 「あるに決まってんだろ!」 反射的に叫んでいた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 結局、杏子は最後までライダーの方針を認めないまま寝ると言って下に降りていった。 残ったままのライダー、マルタは一人のまま地を見続けているが、思考は去ったマスターについてに割かれていた。 良い子ではあるのだろう。善性を持って生まれ、愛ある家族に育てられて成長した。 だが家族を襲った悲劇が自分の原因であると背負い、罪人らしく粗暴に振る舞うしか出来なくなってしまった。 家族を殺したのは自分だ。そんな自分は醜い悪ある者でなければいけない。 元来の信心深さが悪い方向に絡み、今の佐倉杏子の人格を歪めて形成している。 この所感はマルタがマスターから直接聞きだした経緯ではない。尋ねても絶対に口を開く真似もしないだろう。 サーヴァントとマスターは契約時に霊的にもパスを共有し、互いに夢という形でそれぞれの過去を覗くというが、それによるものでもない。 彼女を直に観察し、語り合い、そうして得たそのままの印象と分析でしかない。 心を読むといえば特殊な技能なりし異能を必要とするものと思われるが、それは人に予め備わった機能だ。 経験と徳を積み、真に人と向き合う努力を怠らなければ誰であろうとその心を読み解ける。少なくともマルタはそう思っていた。 「女の子捕まえて契約持ちかけた挙句魂を弄るなんて……どの世界でも胡散臭い詐欺師はいるものね」 キュゥべえなるものとの契約により生まれたソウルジェム。 目にした時、聖女としての感覚が訴える声によりつぶさに調べその正体を看破していた。 あれは……人間の魂を収めている。 杏子は理解しているのか。あの様子では満足に知っている様子ではない。彼女だけでなく他の魔法少女もそうなのか。 その事実を今すぐ詳らかにするのをマルタは禁じた。自分の魂を肉体と切り離されたお知り少なからぬ衝撃を受けるのを避けた。 いずれ伝えなければならない。しかし遠慮なく暴露して徒に彼女の心に更なる傷を与えるのをマルタは嫌がったのだ。 だからせめて淀んでいた穢れを浄化した。濁り切ってただ魔法、魔術が使えなくなるだけのものと楽観はしない。 もっと恐ろしいことのためにあれを造られたのだと、聖女の部分が警鐘を鳴らしている。 「街は街でまともに管理ぐらいしなさいよ。刺青の男の殺人者なんて、どこかの原初の兄弟じゃあるまいし。 裁定者(ルーラー)も来ないとか、どうなってるのよまったく……!」 加えて舞台はこの有様だ。 聖女でも愚痴をこぼしたい時もある。それぐらいこの儀式はおざなりだ。 憶測になるが、この儀式を起こした黒幕はろくに管理をする気がない。だから破綻させる要因を容易に引き込み、そのまま放置している。 他ならぬマルタこそそれだ。その破綻の一に、この身もまた含まれている。 聖杯を求めないサーヴァント。御子と出会い、真なる杯の意味を知る聖人。 絶対に召喚に応える筈のない自分を呼び寄せてしまった不具合は、綿密な儀式の完遂を望む者の手であるとは思えない。 マスターは幸運にも、善を良しとはせずとも根は善良なる少女だった。 彼女に巣くう数多の問題を知り、その解決を思えばこそマルタは今もここに居る。 だがこれが、不具合ですらなかったとしたら? 己が招かれた事態が偶然性が引き起こした事故などではなく、必然の、必要と求められての結果であるとしたら。 人の世界の焼却にも並ぶ、未曽有の危機の萌芽の可能性を何よりも危惧する。 ……だが、それでもマルタの在り方は変わることはない。 如何なる時代でも、如何なる形であったとしても。 マルタは聖女であり続ける。人々を守り、導くこと。それが、聖者と呼ばれた者の使命。 思われ、願われた……なら、そう在ろうとするまで。 「……そうねタラスク、今度はちゃんと救いましょう。世界も、あの子も」 『あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである』 「大丈夫です。私は私の必要なこと、やるべきことを心得ております」 ですから、どうか見守り下さい。 星々の行き交う夜空を見上げ、マルタは手を合わせ天に祈る。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 妹もいる自室。既に寝入っている妹を起こさないように、隣のベッドに潜り込んで布団を頭までかぶる。 早く寝付いてこの嫌な思いを忘れてしまいたかった。なのにこういう時に限って目が冴えたままでいる。 頭にまだ残る鈍痛が原因のひとつでも、まああるのだが。 もぞり、と動く音。横目に見れば寝返りをうった妹の顔。 幼い頃の自分に似た、何もかもあの頃のままの家族の寝顔。 これも偽りなのか。寝息を立てる仕草も、幸せな夢を見ているだろう、蕾のような微笑みも、全て。 ああ、少なくとも自分はそう捉えている。もう戻らないものと認めている。 「優しい子、だとさ。あたしをよ」 何人も欲望のために見捨ててきたあたしを。 正義の味方になれなかった自分を。 見込み違いにも程がある。聖人とは名ばかりかと笑いたくもなる。 「まったく見せてやりたいよ。あたしの本当の家族の最期をさ……」 追いつめられた人間の取る行動。行き着くところまで詰まってしまった末路。 醜さ、憎悪、怒り、悲哀、無情、絶望。世界の負を煮詰めたような光景。 「でも―――あのひとなら……本当に救えていたんだろうな」 なにせ本物の聖女マルタだ。 救世主の言葉に導かれ世界中から信仰を得た崇高なる偉人。 いち宗教家とは、その言葉の質も存在感の重みも”もの”が違う。 今のこの世界と同じく、家を訪れ、言葉を交わし、食事を共にするだけで、 仮に本物であると知れたら滂沱と涙し、自ら膝を折り跪いてしまうだら 父の、娘が人を惑わず魔女だった絶望など軽く拭い去ってしまうのだろう。 奇跡になど、頼らずとも。 魔法なんか、使うまでもなく。 培い、積み上げた徳だけで、人の心に希望を宿す。 ……そうだ。反抗しなかったのは怖かったからだ。 幾ら言葉を投げつけても全てを返されてしまい、聖女の威光に自分の虚飾を剥がされるのを拒んだのだ。 彼女の方が望まずとも、彼女の克(つよ)さを見せられる側が自傷に陥ってしまう。 白日の元に投げ出される、無様な自分が残るだけ。 「…………くそ」 ライダーともうひとつ考えが一致した。 この儀式の主催とやらは、悪趣味だ。魔女に聖女を送りつけるんだから間違いないだろう。 【クラス】 ライダー 【真名】 マルタ@Fate grand order 【属性】 秩序・善 【パラメーター】 筋力D 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具A+ 【クラススキル】 騎乗:A++ 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。 例外的に竜種への騎乗可能なライダーである。 対魔力:A A以下の魔術は全てキャンセル。 事実上、現代の魔術師では○○に傷をつけられない。 【保有スキル】 信仰の加護:A 一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。 加護とはいうが、最高存在からの恩恵はない。 あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。 奇跡:D 時に不可能を可能とする奇跡。固有スキル。 星の開拓者スキルに似た部分があるものの、本質的に異なるものである。 適用される物事についても異なっている。 神性:C 神霊適性を持つかどうか。 高いほどより物質的な神霊との混血とされる。 聖人として世界中で崇敬されており、神性は小宗教や古代の神を凌駕する。 【宝具】 『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』 ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人 リヴァイアサンの仔。半獣半魚の大鉄甲竜。 数多の勇者を屠ってみせた凶猛の怪物をマルタが説伏され付き従うようになった本物の竜種である。 マルタの拳も届かない硬度の甲羅を背負い、太陽に等しい灼熱を放ち、高速回転ながら飛行・突進する。 【weapon】 『杖』 救世主たる『彼』から渡された十字架のついた杖。 主に光弾を発射して攻撃するが……鈍器として使用した方がおそらく強い。たぶん素手の方がもっと強い。 【人物背景】 悪竜タラスクを鎮めた、一世紀の聖女。 妹弟と共に歓待した救世主の言葉に導かれ、信仰の人となったとされる。 美しさを備え、魅力に溢れた、完璧なひと。 恐るべき怪獣をメロメロにした聖なる乙女。最後は拳で解決する武闘派聖女。 基本的に優しく清らかで、穏やかなお姉さん風の言動が多いが、親しい者の前では時折聖女でないマルタの面を見せる。 聖女以前の、町娘としてのマルタは表情と言葉が鋭くなり、活動的で勝気。……というよりヤンキー的。 どちらが素というわけではなく彼女の芯は変わらず聖女のまま。要はフィルターのオンオフの違い。 【サーヴァントとしての願い】 聖女マルタは、救世主のものならざる聖杯に何も望むことはない。 かつての時と同じく、サーヴァントとして現界しても聖女として在る。 故に、この戦争も認める事なく真っ向から反抗する。 一度道を外れたマスターが、正しき道に向かう為に。 【基本戦術、方針、運用法】 スキル構成は防御に寄っているが宝具による火力と機動力も備えているため攻めの面でも不足ない。 生粋の戦士ではないので切り込み過ぎるのは禁物と思われるが、素手(ステゴロ)でも案外なんとかなるかもしれない。 聖杯戦争を止めるために、今後は杏子を引っ張り出すための説得から始めなければならない。 【マスター】 佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 【マスターとしての願い】 【weapon】 分割する多節槍が主装。巨大化しての具現も出来る。 【能力・技能】 魔法少女として優れた身体能力に合わせ、魔女との戦闘経験も豊富。 防御の術も習得してるがスタイルが攻めに比重が偏ってるため防戦は不向き。 魂はソウルジェムという宝石に収められてるため、魔力さえあればどんな損傷でも回復可能。 ジェム内の濁りが溜まり心が絶望に至った時、その魂は魔女と化す。 かつては願いを反映した幻惑の魔法を持っていたが、過去のトラウマから願いを否定した事で使用不可になっている。 【人物背景】 キュゥべえと契約した赤い魔法少女。 好戦的。男勝りな口調。常になんらかの軽食を口にしている。 魔法少女の力ひいては願いや欲望は、自分のためにこそ使うべきとする信条。 他人を救おうとした父を助けたくて願った魔法は、癒えも父も家族も皆燃やした。 魔女と罵りを受けた少女は自暴自棄気味に利己を優先するようになる。 だが根がどうしようもなく善人なため堕ち切る事も出来ず、謳歌してるようで鬱屈した日々を送っていた。 【方針】 願いを叶えるという聖杯そのものについて懐疑的で素直に受け取る気はない。 かといって、積極的に戦う気もなく様子見するつもり。マルタの方針に同意する気は今のところ、ない。 候補作投下順 Back キング博士&アーチャー Next 聖剣伝説 ―勝利と栄光の旅路―
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後より出でて先に断つもの ◆UOJEIq.Rys ◆ 陰剣干将を払い、魔力で構成された左の爪を弾く。すると残る右の爪が、一瞬も空かさず襲い来る。 その一撃を受け止める陽剣莫耶。同時に穿つように干将を突き出すが、左の爪で受け止められる。 重なり合う右の攻めと左の守りに、お互いの動きが一瞬硬直する。 ―――その一瞬のスキをついて、バゼットが一撃必殺の回し蹴りを放つ。 「っ…………!」 顔の数センチ先を掠めていく足刀。 当たらないと解っていても、その威力に思わず肝を冷やす。 それほどの思いをしていながら、標的であった少女はすでに回避している。 まったくもって逃げ足の速い。 その一撃の恐ろしさを身に染みて知っているためだろう。呉キリカは決して回避が遅れるほどの深い攻め込みはしてこない。 まるでネズミをいたぶる猫のように、少しずつ、しかし着実にこちらを追い込もうとしてくる。 ―――その狙いは正しい。 赤く染まった左腕。血を流し続けるその傷は、加速度的にバゼットの体力を削っていく。 だが五分、十分と時間が経つごとに、その消耗は取り返しがつかなくなっていく。 その果てに襲い来るのは、疲弊した命を刈り取る、狂情の爪だ。 「ハッ――ハッ――!」 逃げ回る少女へと追い縋る。 キリカはバゼットを優先して狙っている。 それも当然。衛宮士郎とバゼット、そのどちらが危険かなど比べるまでもない。 手負いのバゼットは激しく動くほどに消耗するのだから、弱者の俺など後回しにしても問題ない。 故に、そうはさせまいと自ら少女へと攻め込み夫婦剣を振るう。そうすることで、少しでもバゼットの消耗を軽減する。 「――ッ、ハ………ッ!」 呼吸が乱れる。酸素が取り込めず行き渡らなくなり、視界が霞み始める。 衛宮士郎では有り得ない運動性能の発露に、肉体が悲鳴を上げている。 高速で駆け回るキリカの姿が、次第に捉えられなくなっていく。 ―――なのに、その動きを予測できている。 呉キリカの狙い。その動きの一瞬先を垣間見る。 「ッハ―――ハ―――ッ、はああッ……!」 見知らぬ剣技、未知の経験が体を動かす。 一合する度に崩壊する。一合する度に再生する。 呉キリカの六爪を防ぐ度に、衛宮士郎の肉体が作り替えられる。 干将莫邪(アーチャーの剣)を用いている影響だろう。 変成は緩やかに。しかし確実に、エミヤシロウの境界が崩れていく。 赤布(せき)はまだ解(ひら)かれていない。隙間から滲み出しているだけだ。 ――――その一滴が、肉体(命)よりも先に精神(魂)を崩壊させていく。 「ヅ―――、ハッ………ハ、 ッ!」 バゼットからはすでに、呉キリカの能力は聞いている。 他者を減速する結界。相対的な高速移動。その詳細な効果範囲を見つけねば、勝算は低いと。 あるいは、呉キリカを限界まで追い詰めれば、逆転の秘策があることも一緒に。 故に問題は、それよりも先にエミヤシロウの限界が来ないか、ということだ。 自身の崩壊を避けたければカリバーン(セイバーの剣)を使えばいい。 黄金の剣なら左腕(アーチャー)の影響を受けず、また単純な攻撃力でも優っている。 それをしないのは呉キリカの速度ゆえ。一撃の威力では勝っても、少女の手数に追いつかない。どのような必殺技も、当たらなければ意味がない。 そのための夫婦剣。陰陽二刀での攻性防御。代償として己の意識が削られていく。 「 ッ―――、ァ ―――、……… !」 ――――早く。 ……早く、早く! 早く早く早く早く!! まだなのかバゼット呉キリカへと追い縋る狂爪が迫り来るもう少し耐えられる一手先を予測するもう限界が近い干将莫邪で応戦するこれ以上は耐えられない赤い影が視界を過ぎる限界を超えてその先へ―――― 「――――ハッ……ハッ 、っああああああああ――――――ッッ!!」 気勢を上げる衛宮士郎。 白と黒の双剣は一秒ごとにその攻撃精度を上げていく。 振るわれる剣閃に才気は全く感じられない。鍛錬と実践によってのみ培われた無骨な技。 本来その習得には長い時を必要とする。だというのに衛宮士郎は、僅かな時間でその剣技を完成させていく。 ならば、それを可能とする経験はどこから来るのか。 考えるまでもない。赤い布に封じられた、英霊の左腕からに他ならない。 だが恐るべきは、彼にこれほどの影響を与えておきながら、左腕は今も封じられたままだということだ。 もしこれで封印を解けば、一体どれほどの力を得ることとなり、またどれほどの対価を支払うこととなるのか。 『バゼットさん、急いでください。このままでは士郎さんが』 「言われなくてもわかっています。条件を満たすラインもすでに掴んでいます。しかし」 ルビーの焦りを含んだ声へと、バゼットは冷静に言い返す。 わかっている。このままでは衛宮士郎が持たないということは。 あれは言ってしまえばドーピングのようなもの。己が魂を代価に、自身の限界を緩めているだけだ。 このままでは英霊の腕に侵食され、遠からず衛宮士郎という人格は破綻してしまうだろう。 ―――それがカードを介さない英霊の力の取得。その大き過ぎる代償だ。 その結末を避けるためには、呉キリカを早期に倒す必要がある。 そしてフラガラックの特殊効果の発動条件は、相対した敵が切り札を使うこと。 現状その条件を呉キリカが満たす瞬間は、バゼットの攻撃を回避した時のみ。 だがバゼットの攻撃に対して条件を満たした状態では、フラガラックを発動しても遅すぎるのだ。 少女の減速の結界は、それほどまでの遅延を二人に及ぼしている。 故に、ラックを発動しようと思うのならば、衛宮士郎の攻撃で条件を満たす必要がある。 が、しかし。 キリカはバゼットを優先的に狙い、結果として衛宮士郎を翻弄している。 条件自体は解明しているというのに、その条件を満たすことができないでいた。 もしバゼットの左腕が無事ならば、もう少しやりようがあった。 傷が開き流血した時点で、バゼットは左腕の使用に制限をしていない。 だが重症であることに変わりはなく、どうしたって威力、制度が本来の物より格段に落ちているのだ。 「まったく、あのような子供にいいように翻弄されるとは……!」 我が事ながら情けない、とバゼットは嘆息した。 ―――直後。 「だ、れ、が、子供だァ!」 「ガッ―――!?」 呉キリカが怒声を上げ、唐突に攻勢へと転じる。 少女へと追い縋っていた衛宮士郎は、その動きに咄嗟に対応できず弾き飛ばされる。 狙いはバゼット。少女は両手の爪を十本へと増やし、脇目も振らず襲い来る。 「……なるほど。子供扱いは嫌いですか」 キリカが怒りを表した理由を察し、ますます子供らしい、と内心で呟く。 どうやら彼女には挑発が有効らしい。……ならば、その弱点を突かない理由はない。 「子供扱いされて怒るとは、それこそまだまだ子供ですね」 バゼットは更に子供扱いすることで少女を挑発し、 「ッ―――、ッッ………!!」 その狙い通りに、キリカはより怒りを露わにする。 同時に思考が単純化され、結果として動きが単調になる。 当然その愚行を、バゼットが見逃すはずがなく、 猛進するキリカに合わせ、左ストレートのカウンターを放つ。 瞬間、発動する速度低下の魔術。 目に見える速度となった左拳を掻い潜り、キリカはバゼットの背後へと回り込み、 「はは、隙だらけだ。よし刻もう!」 そう口にするより早く、両手の五対十双がバゼットの背中目掛けて振り抜く。 その動きを読んでいたバゼットに、いまだに捕捉されたままであることに気付かずに。 「―――硬化(ARGZ)、」 バゼットが振り返る。 その視線はしっかりとキリカを捉えている。 「―――強化(TIWZ)、」 振り抜かれる爪より早く、 速度低下の影響かでは有り得ない速度で。 「―――加速(RAD)、」 一瞬の、そして最大の抵抗(レジスト)。 この瞬間、バゼットは呉キリカの速度低下から解き放たれる。 「――――相乗(INGZ)……!!」 同時に振り被られる右腕。 魔術によって限界まで強化された一撃が、呉キリカの肉体を粉砕する! ―――その、直前。 「――――お兄ちゃん!!」 この場にあるべきではない声が響き渡った。 声の主は、イリヤ。 衛宮士郎を追いかけてきた少女が、ようやく追いついたのだ。 そして彼女の到着によって、この戦いは一気に終結へと傾いた。 「ッ――――!!」 イリヤの姿にバゼットは驚愕し、その動きがほんの一瞬遅れる。 その一瞬の間に、キリカが怒りによる視野狭窄から立ち直り、目前に危機に気付く。 今にも自身を打ち砕かんとする鉄拳が、必殺の威力を以て眼前に迫る。 考えるよりも早く、前面に最大限の“減速”を掛け、威力を殺ぐ。 同時にその一撃を足裏で受け止め、そのまま高く跳躍した。 「ッッッ――――っと! 危ない危ない!」 そこでようやく、キリカは自身の置かれていた状況を理解した。 同時に上空から、素早く現在の状況を把握する。 まず右足首に鈍痛。バゼットの一撃を凌いだ際に、罅が入ったようだ。 咄嗟に“減速”を集中しなければ、間違いなく右足ごと粉砕されていただろう。 結果として助けてくれた少女を恩人認定する。が、“敵”であることが残念でならない。 そして今の一撃から見て、どうやらバゼットには速度低下の魔法に対抗する術があるらしいことを把握する。 さらに“敵”が二人から三人に追加。 加えてソウルジェムの濁りは、ついに六割に迫っている。 これ以上“敵”が増えれば、間違いなく押し負けるだろう。 ならば選択は一つ。無限の中の有限だ。 “敵”が“戦力”となる前に、恩人となった少女を、全力を以て刻み殺す。 地面へと着地し、十本の爪を円形に配置、連結させ、巨大な円鋸を形成する。 そして同時に少女へと向けて駆け出し、円鋸を回転させ加速させる。 高速回転する爪は、鋸というよりチェーンソウを連想させる。 大恩人と少年との距離は開いている。少女を助けようとしているようだが、その動きはあまりにも鈍(おそ)い。 少女自身も、いまだこちらに気付いておらず、魔法少女に変身もしていない今、この一撃を防ぐ術はない。 そして円鋸の回転が臨界点に達した、その瞬間。 「ありがとう! そしてさようなら! お礼に苦しむ間もなく切り裂いてあげる!」 円鋸の連結が一つ外れ、鞭のように撓って解き放たれた。 「え?」 自身が狙われていることに、今更ながらに少女が気付く。 だが今更気づいたところでもう遅い。 解き放たれた爪はその体を両断しようと少女へと迫り、 「ガッ―――!?」 突如として飛来した“矢”が、呉キリカの体を貫いた。 位置は、右腕と、胴体と、左脚の三ヶ所。貫かれた衝撃に、爪鞭はその軌道を大きく乱す。 結果、引き裂いたのは少女ではなく、そのすぐ隣の地面。少女自身には傷一つ付けれていない。 思わずその場からの回避よりも先に、“矢”の飛来した方へと振り返り、射手の姿を確かめる。 するとそこには、いつの間に手にしたのか、黒塗りの長弓を構えた衛宮士郎の姿があった。 ◆ 兄貴は妹を守るものなんだと、少年は言った。 その際に頭に乗せられた手は、ほんの少しだけ震えていた。 恐怖を抑えきれなかったのか、少年自身も気づいてなかったのか。 けれど間違いなく、少年は死の恐怖に震えていた。……震えたまま、俺は死なない、と笑って口にした。 だから追いかけた。 走り去る少年を、遠ざかる背中を懸命に追いかけた。 少年の事を信じられなかったわけではない。 信じる信じない以前に、それ以外の行動が浮かばなかっただけ。 死んでほしくなかった。生きていてほしかった。 だから、止める言葉も思いつかないまま、その姿が見えなくなっても、我武者羅に追いかけ続けた。 ――――そしてそれが、少女の過ちだった。 少女は少年を案ずるあまり、少年が向った場所、自身の辿り着いた場所が、殺し合いの場であることを忘れていた。 敵は魔法少女を狙っている。その事を知っていたはずなのに、少女はそこに行く意味に気付かなかった。 その代償は、当然のように少女自身が払うこととなり、しかし――――。 「――――お兄ちゃん!!」 その声が聞こえた瞬間、衛宮士郎の中にあった躊躇いは弾け飛んだ。 なぜ、という疑問も、どうして、という当惑もない。 そんな余分は残っていない。 “敵”が、イリヤを狙っている。 人体など簡単に裁断する爪が、イリヤを引き裂こうしている。 ルビーはバゼットのポケットの中。今のイリヤに、身を守る術はない。 左腕に撹拌された意識で理解できたことはそれだけだ。 自身が抱えた爆弾、己が死の危険性さえも、意識の内に残っていない。 だから、それだけが、衛宮士郎にとって何よりも、自分の命よりも優先すべき事だった。 「――――投影(トレース)、」 両手を空にし、新たな武器を作る。 夫婦剣ではダメだ。干将莫邪では間に合わない。 いくら魔力を込めようと、ただの投擲では敵の速度に追いつけない。 最適な武器を摸索する。 敵の速度に勝る一撃を検索する。 探すまでもない。左腕(オレ)はすでに知っている。 「完了(オン)――――!」 左手に黒塗りの弓が、右手に三本の矢が、それぞれ一瞬で創造される。 同時に弓の弦に矢をかけ、四キロ先を視認する鷹の目が敵の姿、その動きを捉える。 ――――正射必中。 直後に放たれた、音速を超える三本の矢は、一つもその狙いを違わず敵を射抜く。 その結果、敵の爪はその軌道を逸れ、視界の端でイリヤの無事を視認し 。 「 あ」 ――――砕け散る。 赤い左腕が脈動し、全身の血液が逆流する。 役目を終えた弓矢とともに、衛宮士郎の意識が硝子のように破砕する。 ――自分を見失う。 強い風に吹き飛ばされて、強い光に漂白される。 粉々になった我は乾いた砂漠に散らばって、自分を自分として認識できなくなって何もかもがなくなってなくなってなくなってなくなって―――――――― 「――――――、 」 使ってはならないモノを使った代償。少女を救う代価。 限りなく死に近しい反動に、衛宮士郎の身体は、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。 ――――同時にバゼットが動き出した。 最後にして最大のチャンスを一瞬で手繰り寄せる。 「イリヤスフィール!」 事態が掴めず呆けたままのイリヤへと大声で呼びかける。 同時にポケットからルビーを取り出し、上へと軽く弾くとともに右腕を振りかぶり、 『へ? ちょっと、バゼットさ―――ひでぶッ!?』 殴り飛ばす。 セイバーとの戦いの際にコツは掴んだ。 最適な力で殴り飛ばしたルビーは、狙い違わずイリヤのもとへと届く。 『ッッと! イリヤさん転身を! 黒い魔法少女の足元へ大斬撃を放ってください!』 同時にバゼットの狙いを悟ったルビーが、少女へと指示を出す。 「わ、わかった!」 イリヤは言われるがままに転身し、キリカへと魔力斬撃を放つ。 士郎の攻撃を受け動揺していたらしいキリカは、咄嗟に放たれた斬撃を高く跳躍して回避する。 否。腕、胴、脚の三か所を射抜かれた彼女に、横に幅のある斬撃を回避する機動力は出せず、結果、より逃げ場のない上空へと追い込まれたのだ。 「“後より出でて先に断つもの(アンサラー)”ッ!!」 強く。キリカの注意を引き寄せるために大声で宣言する。 鉄の色をした球体が、バゼットの拳に装填される。 帯電する魔力の波動に、キリカの注意が最大まで高められる。 バゼットは地上。自身は空中。 接近戦を主体とするバゼットに、遠距離攻撃の手段はないはず。 ならばあの球体は、バゼットに遠距離攻撃を可能とさせる“武器”であり、 ならばこの魔力は、この局面で発動させるのならば、必殺の魔法に他ならない! 「―――“斬り抉る(フラガ)”」 ―――その真名が明かされる。 球体の金属色が凝縮し、その表面に刃が形成される。 渦巻く魔力、帯電する雷光が、刃の切っ先に収束し、解放される、 ―――よりも一瞬早く。 「鈍(おそ)いッ! それじゃ私には届かないよ!!」 ―――呉キリカが、その魔法を開放した。 バゼットの行動、放たれる魔法、そのすべての速度を極限まで低下させる。それだけで、キリカが自ら動く必要はなくなる。 攻撃も、防御も、回避さえも無用。 バゼットの攻撃が命中するよりも早くキリカは地面へと着地し、己が目的を果たすだろう。 その覆しようのない事実にキリカは己が勝利を確信し、 ―――その瞬間、呉キリカの敗北(死)が確定した。 「“戦神の剣(ラック)”―――!!」 ―――真名が唱(めい)じられる。 キリカの魔法に“遅らせられた”カタチで、バゼット・フラガ・マクレミッツの宝具が発動する。 逆光剣から、一条の閃光が放たれる。 針の如く収斂された一撃が、呉キリカを目掛けて疾走する。 ――――キリカの予想を遥かに超えた、超高速を以て。 「!」 驚愕はなかった。そんな余裕は、コンマ一秒もなかった。 キリカはただの本能、ただの直感だけで、その一撃に魔法を集中させる。 が、止まらない。それどころか放たれた閃光は、更なる加速を以てキリカへと迫り、 そして。 「、ッ―――ぁ………………」 戦神の剣が、黒衣の魔法少女の胸を貫いた。 心臓が在るべき位置には、焦げ付いたような小さな黒点。 自身の胸に穿たれた小石程度のサイズの孔を、少女は信じられないモノのように見つめる。 ……ありえない。 と、理性が、感情が、事実を理解することを拒絶している。 だが、それは覆しようのない現実であり、 「お……り、こ…………」 縋るようにその名を口にして、その身体は地面へと打ち付けられた。 そうして呉キリカは、どうしようもないほどに“殺された”のだった。 ――――――。 創造の理念を解明し、 基本となる骨子を解明し、 構成された材質を解明し、 製作に及ぶ技術を解明し、 成長に至る経験を解明し、 蓄積された年月を解明し、 あらゆる工程を解明し尽す。 バゼットの使用した宝具に同調し、その全てを解析する。 逆光剣フラガラック。 フラガの血脈が何千年という歳月を超え現代まで伝えてきた、現存する真正の宝具。 両者相打つという運命をこそ両断する、“切り札(エース)”を殺す“鬼札(ジョーカー)”。 この宝具の持つ特性を前にして、キリカの魔法はあらゆる意味を持たない。どころか逆効果ですらある。 何故なら、対象の速度を低下させる、というその効果は、フラガラックの特性が発動する条件を成立しやすくし、 如何にキリカがフラガラックの一撃を減速させようと、魔剣はそれ以上の加速を以て少女の肉体を斬り抉るからだ。 “後より出でて先に断つ”。 この二つ名の通り、自らの攻撃を『先になしたもの』に書き換えるその特性が発揮された時点で、キリカの運命は決まっていたのだ。 この必勝の魔剣の効果を、キリカは自分に支給されていながら知らなかった。 より正確に言うならば、どうでもいいものとして切り捨て忘れていた。 “織莉子以外の情報なんていらない”。 彼女はその持論ゆえに、フラガラックの効果と使用法という、理解できなかった情報を消去していたのだ。 フラガラックを封じるには、自身の“切り札”を封じればいい。 しかしキリカは、その判断に至る知識を忘却していた。 故にこの結果は、キリカが愛に殉じたが故の当然の結末だった。 ―――その理解に意味は無い。そもそも、意味を求める意思がすでに亡い。 これはただ視界に“剣”を認識したことによる、贋作者(フェイカー)としての反射的な行動だ。 そこに、衛宮士郎の意識は介在していない。なぜなら衛宮士郎の精神は“投影”を行使した時点でとっくの昔に消え去って―――― 「お兄ちゃん! しっかりして、お兄ちゃん……!」 『士郎さん、ちゃんと自分を見つけてください……! っ……ダメですか。それなら―――!』 声が聞こえた。 イリヤがいる。 ルビーがいる。 俺は倒れている。 それは解る。解るが、それだけだ。 イリヤは今にも泣きそうな顔で、俺の体を揺すっている。 なぜそうなっているのか。そこからどうすればいいのかに思考が発展しない。 『ルビーチョップ!!』 ルビーが躊躇なく、俺の脳天へと羽を振り下ろす。 「――――――――!」 痛みで意識が戻った。 外部からの衝撃で、内界(自分)と外界(他人)の境界を取り戻す。 主観と客観が別たれ、自分が衛宮士郎であることを思い出す。 「ル、ルビー!? お兄ちゃんに何するの!」 「いや、いい。さんきゅ、ルビー。助かった」 「お、お兄ちゃん! ……よかった……」 『どうやら、最悪の事態は免れたようですね』 「なんとかな。……わるい、イリヤ。心配かけた」 涙ぐむイリヤに声をかけて体を起こす。 大丈夫、体はまだ動く。骨格筋肉関節は、どれも今のところ異常は出ていない。 肝心なのは中身―――その中身は冷静に診察したくもないが、一応衛宮士郎の体裁は保っている。 「バゼット、やったのか?」 立ち上がってバゼットへと声をかける。 少女が死んだからか、張られていた結界はすでに解けている。 加えてフラガラックの性質上、仕留め損なったということはないと思うが、念のためにと確認する。 「ええ、手応えはありました」 事務的にバゼットが頷く。 敵は死んだ、と、確信をもって答える。 いかに強力な魔術であろうと、死者にその力は振るえない。 キリカの魔術が無効化されたことから、少女は死んだと判断したのだ。 「殺し……ちゃったの?」 そこにイリヤが、怯えるように問いかけてきた。 その瞳は、信じられないモノを見たかのように震えている。 そこでようやく思い至る。このイリヤは、自分の知るイリヤではない。 その出生はともかく、彼女は魔術師としてではなく、ごく当たり前の女の子として育ってきた。 死ぬときは死に、殺すときは殺す。 そんな、魔術師であれば誰もが最初に持つ覚悟を、この少女は知らないのだ。 『それが、魔術師というものですよ、イリヤさん。 私たちの知る凜さんやルヴィアさん、クロさんも属している世界。 本来あなたが知ることはなかった、あるいは知っていたはずの、日常の裏側です』 ルビーが現実を突きつける。 そう。少なくとも俺の知っているイリヤは、魔術師側の人間だった。 ……いや、魔術師(こちら)側の事しか、彼女はほとんど知らなかった。 そしてこのイリヤも、アインツベルンの姓を名乗っている。 聖杯戦争の、始まりの御三家。 その内の一家の名を継いでいる以上、無関係ということはあり得ない。 むしろ魔術師側の事情を、知らない方がおかしいのだ。 おそらく、彼女に何も教えなかったのは切嗣だ。 俺が魔術を教えてもらうのに二年を要したように、イリヤが魔術に関わることを嫌ったのだろう。 魔術師の本質は、生ではなく死。魔道とはすなわち、自らを滅ぼす道に他ならないのだから。 だが、ルビーがその事実を突きつけたのは、彼女なりの思い遣り、イリヤに対する優しさが故だ。 彼女の身近にいた、信頼できる人物の名を上げることで、魔術師の非人道性を覆い隠そうとしているのだろう。 俺を助けたところで特にならない筈なのに、それでも俺を何度も助けてくれた遠坂のように。 俺を殺すといいながら、迷っていた俺の背中を後押ししてくれたもう一人のイリヤのように。 「……………………」 少し遠く、地面に横たわる、少女の亡骸を見る。 “愛”のために死ぬと、彼女は言った。 自らの愛しい人のために、それ以外の全ての人を殺すのだと。 己が目的のために、他者の命を奪うことも厭わないもの。 それこそが、本来の魔術師に近しい在り方なのだ。 むしろ魔術師でありながら、非情さだけでなく人間的な優しさも持っていた彼女たちの方が、稀有な存在と言えるだろう。 ―――そこまで考え、ふと違和感に気付いた。 「なあバゼット。間違いなく、あいつは殺したんだよな?」 その疑念とともに、バゼットへと問いかける。 イリヤへと何かを言いたそうにしていたバゼットは、若干苛立たしげに振り返る。 「ええ、その筈ですが、一体―――」 言葉が途中で途切れる。 彼女も気付いたのだろう。少女の死体から感じる違和感に。 呉キリカは、間違いなく死んでいるはずだ。 ブラがラックの一撃は間違いなく少女の心臓を破壊した。 その傷跡は、この場所からでも見て取れる。 ………なのにどうして、少女の死体からは、“生者の色が消えていない”のか! 「! 気を付けろ! こいつ、死んでない!」 疑念が確信に変わる。 解けたはずの結界が、再び張り巡らされる。 そしてこちらが行動するよりも早く、少女の死体が飛び上がった。 「ハ――――ハハ、アハハハハハハハハハハハハ――――――――ッッッ!!!!」 狂笑が発せられる。 死せる魔法少女が、死に体を繰って襲い掛かってくる。 決して傷は癒えていない。だというのにその動きは、死人のそれとは思えないくらい迅い。 それに応戦するために、意識を戦闘用に切り替える。 「―――は、づ…………ッ!?」 瞬間、ピシッ、と亀裂が走る。 衛宮士郎の精神が、突如として軋みを上げる。 魔術回路の活性化。それによって生じた波及に、左腕が脈動したのだ。 ―――その隙を、この狂犬が見逃すはずがなく、 「隙だらけだ。さあ散ねッ!」 両手から放たれる十本の爪。 バゼットは余裕で対処できるだろう。 転身したイリヤにとっても大した攻撃ではない。 だが今の俺には、それを防ぐ術がない。 弓を投影する際に干将莫邪は手放した。 それ以前に左腕の影響で、体が麻痺して碌に機能していない。 ――動けない。無様な回避という行動ですら、今の俺にとっては困難だった。 「お兄ちゃん、危ない!」 「っ! イリヤ、止せ!」 そんな俺を庇うためにイリヤが俺の前に出るが、それはダメだ。 キリカの狙いは魔法少女。その行動はむしろ、彼女にとって格好の狙いどころでしかない。 「ルビー、物理保護……錐形(ピュラミーデ)!!」 イリヤの前方に、錐形の物理障壁(バリア)が展開される。 投擲された無数の爪はその障壁に弾かれ、軌道を逸れて後方へと飛んでいく。 が、その隙に、キリカはイリヤの後方へと回り込む。 「ッ………!!」 円鋸が形成され、チェーンソウのように回転する。 対象を削り斬る凶爪が、少女の肉体を切り刻まんと迫る。 防げない。物理保護を前方へと集中させたイリヤでは、防御力が足りない。 バゼットは間に合わない。 再度フラガラックを発動しようにも、確実に仕留めたものと油断していた彼女は、キリカの魔術に完全に捕らわれている。 無理もない。少女に魔術行使の気配はなかった。どころか、今でも死体のままで動いているのだ。 魔法少女とはいえ、ただの人間が死してなお動き回るなど、どうして予想し得よう。 「くっそぉ――ッ!」 間に合わない。 自身のあらゆる行動が鈍すぎる。 四肢は重い鎖で囚われたかのように動かない。 目の前でイリヤに危険が迫っているというのに、俺では彼女を守ることができない。 ……だが。 俺にはできなくても、できるヤツは他にもいる。 「恩人はよく頑張りました! けどばいばいさような―――ら゛ッ!?」 「させるかよッ!!」 灰色の風が、キリカを横合いから殴り飛ばす。 速度低下の魔法の射程外。視界の外からの完全な不意打ち。 その一撃に気付けなかったキリカは、宙を飛びながらも体勢を立て直す。 そこには、キリカからイリヤを庇うように、ウルフオルフェノクが立ち塞がっていた。 「はは、オオカミの化け物だ! すごいね速いねカッコいい!!」 「ッ………」 興奮したキリカの言葉に、ウルフオルフェノク――乾巧は、苦虫を噛み潰したような声を出す。 ……巧は自分を化け物と呼んで蔑んでいる。故に化け物の象徴であるその姿は、彼にとって嫌悪の対象なのだろう。 「………けど、四対か。さすがに私一人じゃ、これは無理だね」 キリカはそう言うと、後方へと大きく飛び退く。 逃げる気なのだと、その行動で察することができた。 「待ちなさい!」 「いやだね! 命令はもちろん、一切の質問も受け付けない。 私に対するすべての要求を完全に拒否する!」 バゼットの静止を頭から跳ね除け、キリカは一息にこの場から逃げ出した。 その姿を睨み付けながらも、バゼットは追いかけない。 速度低下の魔術を使う以上、逃げに徹した彼女を捕まえることは困難だと理解しているからだ。 ……そうして戦いは終わった。 バゼットは左腕の傷が開き、俺も投影の反動でガタがきている。 乾にいたっては、オルフェノクからの変身を解いただけで、もう膝を突いている。 大きなダメージを残す乾にとっては、たったあれだけの行動でさえも無茶なのだ。 結局呉キリカを倒すことはできなかった。 彼女の目的を思えば、安心などしていられない。 だが、これで少しは休めると、俺は一時の休息に息を吐いた。 →
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ハスハと問答した広場に着いた。 アーミー・モロンの進行は遅く、アランを含むコーディネイターの一団はアーミー・モロンを撒いていたが、この広場の状況を見るに、生きて逃げられる可能性は無きに等しかった。 この展望台広場は園路の中継点で、交差点ではない。既にアーミー・モロンの暴れた痕跡のある以上、進んでも戻ってもアーミー・モロンに出くわすのである。 女性コーディネイターがへたり込んでめそめそと泣き出した。男性コーディネイターは口を覆って、今更にこみ上げて来た反吐を指の隙間からぶぴゅっと飛ばした。 恋人に「大丈夫、絶対、大丈夫だから」と言い聞かせながらも、自分のズボンに湯気を立てる男も居た。 広場には無数の亡骸がうち捨ててあった。銃弾による亡骸は割合きれいなものである。確実に息の根を止めるために、全員が全員頭を打ち抜かれている。 酷いのは銃剣やMSにやられた人間である。 展望台の手すりに前のめっている人は、背を散々に刺されるついでにわき腹を裂かれ、たぶん意味も無く引っ張り出されたのであろうが、荒縄を連想させるものをぶら下げている。 MSに踏まれたのはめったに面影を留めていない。誰のとも知らぬ腕が、草むらに転がっている。町の夜景は宝石箱のように煌びやかであった。 アランは知らず知らずに銀髪の亡骸の無いのを確かめていた。そして見覚えのある黒子モロンを見つけた。 黒子モロンは茂みの傍で、後頭部を一発で仕留められてあった。黒子モロンの手には、体の半分ほどを噛み潰された小鳥の死骸があった。 大方、新鮮な夜食をくちゃくちゃしていたところをアーミー・モロンに片されたのであろう。 アランは広場を見渡すと、はっと何か合点の行ったような気がして展望台の手すりに駆け寄った。 手すりの下は地肌がむき出しの崖である。夜間であるのに加え、木々に遮られているので高さはわからない。 しかしなんとなく空気の感覚からして、それほどの距離ではなかろうと感じられた。 〈こんなの理性的じゃない〉と自分でも思われたが、一緒に逃げてきた人々を振向けば、錯乱して「死にたくない死にたくない」とぶつぶつ繰り返している大人が居た。 今更自分が短絡をしたって後ろ指はさされるまい。アランはそんな回りくどい考えを巡らせた。それで自分を納得させると、独り言を言うように崖下の暗闇へ声をかけた。 「は、ハスハ……」 羞恥心がこみ上げて尻すぼみになる。 〈馬鹿馬鹿しい。やるんじゃなかった〉 第一ハスハの亡骸が見当たらないのは、彼女がこの広場から逃げ出したからである。そしてその後彼女がどうなろうと、アランの知ったことではない。 理由もなしにハスハが崖下に居ると感じられてしまったのは、この異常な状況のせいである。今の自分は盲目的な直感に踊らされて、真っ当な思考が出来なくなっている。 〈錯乱の徴候、なのか?〉 アランが不安になると、 「アラン……アラン……」 〈これは、良くない。非常に、良くない〉 いよいよ幻聴が聞こえて来た。ハスハと別れた後もスメッグは使っていない。つまり純粋に心理的な変調である。 「アラン……アランよね。来てくれたのね、アラン」 〈聞こえないったら聞こえない〉 そちらの仲間にしてもらうわけにはいかないのである。アランは目を瞑って「アーアー、聞こえない」と呟いた。 「アラン?」 「へ、ハスハ? 本当にハスハなのかい?」 「良かった。無事だったのね」 立ち位置の上で無事を心配すべきはアランの方である。アランは自分の理性に侘びを入れながら手すりを跨いだ。 崖の高さと勾配は、思いのほか結構なものであった。滑り降りたのは良いが、下に着く間際にはかなりの速度が出ていた。 尻餅を嫌い大げさに転がって衝撃を分散させなければ、どこか怪我をしていたかもわからない。 崖下は薄暗い森である。アランは携帯端末のカメラライトを点けた。 ハスハはすぐに見つかった。 「アランが来てくれた。ほんとうに来てくれた……そう……やっぱり、アランは私の……」 「酷い怪我だよ!」 ハスハが何やら呟きかけたが、アランのして見せた仰天はそれを打ち消すに余りあった。 ハスハを見た途端にひやりとしたのは、流血のために違いないのである。 ハスハは右手を抱えて、木の幹を背凭れに座り込んでいた。袖じゅう赤く染まっていた。てらてらと艶のあるところが傷であろう。 ハスハは化粧をしない。ただでさえ白い顔が青ざめて、蝋人形めいて見えた。 痛みの峠は過ぎたのか、ハスハは目をそっと細めて、どうにか息を整えようと胸を上下させている。少女と付き合っていた頃の記憶が一瞬、アランの脳裏によぎった。 「ハスハ、大丈夫?」 大丈夫でないのは承知の上である。少女が「ええ」と返して、痛みに顔を引きつらせるのも決まりきったことである。 「足も挫いたんだね。その、ごめんよ。でも、止血が要るかもしれない」 アランからしてみれば苦痛を与える前の断りであるが、ハスハはアランに触れられると不意を衝かれたような声を上げた。 銃弾は腕を貫通したようであった。 「アランは、何でもできるのね」 添え木に手ごろな枝を見つけて戻るとハスハが言った。 「僕はちゃんと勉強してるもの」 軽い口ぶりで返しはしたものの、応急処置の仕方などハスハの怪我を見るまで意識に上ったことはない。 学習装置のおかげであるがハスハの眼差しを見ると、目玉の裏側がむずむずする心地がした。『あなたは知っていることさえ知らないでいる』少女の目がそう語っているようにも思われた。 アランが自分の服ではなくハスハのスカートを引き裂いたのは、みみっちい物惜しみや無意識的な悪意の表出とばかりはいわれない。 アランは一応躊躇したのである。しかしロングスカートは動き辛く、手当ての布にそれを使えば一石二鳥である。どうせハスハらしく地味な安物なので、左程の損失でもあるまい。 スカートの思いがけない丈夫さに手こずりながら、アランは二つの打算のうちの一方をハスハに話して聞かせた。 ハスハのか細い声で、アランははたと気が付いた。コーディネイターは痛みに敏感である。うら若き少女ならば尚更である。 いっそ乙女という罵倒語で形容したい人間であっても、相手の痛みを思い遣るのは、コーディネイターのコーディネイターとしての義務である。 アランは俄に手を引込めて、自分のポケットを探った。 「止血のとき痛いからさ、痛み止め」 嘘は付いていない。スメッグには痛み止めの副作用がある。しかし特有の臭いは誤魔化せないのか、ハスハは眉を顰めて首を振った。 ふるふるというよりぷいぷいという首振りである。いつもより強情さが増している。 「飲まなきゃ痛いんだよ」 「いや」 「ほら」 アランは指で摘んだ錠剤を突き出した。 「いや、スメッグはいや」 「飲みなったら」 〈聞き分けの無い〉そう心中で毒づいて押し付けるが、少女は口を硬く閉ざし、無理に口に入れたところでぷっと吹き出してしまうであろう。 こんな根気比べが傷に響くのは当然である。 「この痛みは、私だけのもの。私だけの、本当の……」 ぶり返した激痛に震えながら、ハスハがうわ言めいたことを言い出した。 大いに痛々しい姿であったけれども、本末転倒の結果は却ってアランを依怙地にした。 〈やりたくないけど、やるしかない〉アランは錠剤を口に含んだ。 ところで目糞の材料は宝石に喩えられるが、他の体液仲間はというと、殆ど卑しい比喩に用いられている。 涙川も一晩経てば鼈甲だのに、全くもって不当な評価である。ひどい差別である。たいへんな不平等である。まちがいなく反液主主義的である。 汗にも液権を、アンモニアに自由を、色で態度を変えられるのはもう我慢できない、香水なる外敵の侵攻しつつある今こそ我々は団結せねばならぬ。 体液たちは宿主の寝静まったとき、そんな愚痴を零している。こんな協議が夜な夜な続いた結果、そのうち具合の良い妥協案が見出される。 最下位の者以外は、ある場合に限りその詩的格付けの向上を許すこととする。ある場合とは、理性とか名乗るあの傲慢ちきな監視人の眠ったときである。 貧しきものらは天国に上り、富めるものらの地獄で罰せられるのを見て楽しむ。それが約束である。御国がいよいよ近づいた。 涎女王はきらきら橋を渡しながら「さあさあ私を褒めて! 私はかわいい! 私はきれい!」などと早くも有頂天である。 その遥か下方に位置する連中は「ホルモンさん! ホルモンさーん! 早く早くぅ、早く来とくれぇっ!」「ばっかお前、俺が先だって言ってんだろ。そんなんじゃまた早死にしちまうぜ?」 「いいんだ。どうせ僕は、いつまでも仲間はずれなんだ」 「それはアンタが黄色くて臭くてしょっぱいからよ。まあ、あ、アタシの家来にしてやってもいいけど……か、勘違いしないでよね! アンタなんか別に何とも思ってないんだから!」と汗姫が一人合点して吹き上がる。 そこに「貴様ら! 何を騒いでいる!」と鶴の一声が響き渡り、しんと静まり返った。早寝遅起きのくせに、今日に限って目覚めていたのである。 声の主は全員をひとしきり睨み終えると、早速罵倒しようと「貴様らのような最下等の――」と言いかけるが、肝心の罵詈雑言が思い浮かばない。 貴様らはしょぼくれた何々と薄汚い何々をミキサーにかけて調理した挙句腐った何々をちりばめたとてつもない何々野郎だ、 というのが常套の形式であるが、その何々という材料が悉く当の叱咤する相手の名前なのである。 しかし暫く考えて素晴らしい悪口を思いついたらしく、学生をやり込めて得意がる老教師のような顔を浮かべた。「貴様らはまるで俺みたいな恥知らずだ!」皆一様にしゅんとなった。 相手の痛覚を省みずとも良くなり、聊か荒っぽい手当ては思い切りよく済ませることが出来た。少女の体はくたんとしていた。 慣れない感覚に圧倒されたのか、手当ての最中、少女は人形のようになすがままになっていた。 アランはハスハの顎に垂れた唾液をハンカチで拭った。 「ハスハ、終わったよ」 アランが声をかけると、ハスハは目をぱちりと開けて微笑んだ。いやに赤く見える唇から含み笑いが漏れた。 どうもスメッグが効き過ぎたようである。 「歩ける……はずないか」 「ん、だっこ」 アランの独り言にハスハが唇を突き出した。スメッグによる陶酔には同じ陶酔でもって対抗しない限り、受け答えしてはならないのが鉄則である。 今のアランは艶かしい気持ちなど微塵も持ち合わせないので、怪我人の運搬方法を考えるのに懸命であった。 担架の材料は無いし、そもそも人手が無いのである。 「誰か! 友達が怪我をしたんです!」 崖の上に向けて大声に叫んだが、聞き耳を立てても人声は返ってこない。 ハスハの頼りない声があんなにはっきり聞き取れたのであるから、この大声は向こうにも必ず聞こえるはずである。 〈誰もいなくなってしまったの? それとも……いや、僕は正気なんだ〉 アランはもう一度助けを呼んだ。すると微かに何かが聞こえた気がした。アランは安心して、 「こっちです! 下ですよ! 今怪我人が――」 『でっでっでっでっ……』 「……嘘だろ」 もはや少女の体と自分の筋肉を労わってなどいられない。アランは右腕をハスハの背に回し、左腕を膝の下に差し入れた。 「ハスハ、肩に掴まって……違う、逆。そう、首に回すんだよ」 少女の腕に力が篭ると、アランは立ち上がった。いわば半魚人持ちと呼ばれる横抱きである。 長距離の運搬に向かないが、手段をえり好みする余裕もない。 『でっでいう』 崖から土くれが転がって来た。アランは歯を食い縛って駆け出した。OSの粗悪なMSのようにちょこちょこした足運びであった。 〈みっともないみっともない――なんてみっともない!〉 命の危険と腱の断裂にびくびくしながらも、少年の心中ではそういう繰り言が呟かれた。 ポストはザリーの顔色の露骨さににんまりした。 〈色情狂めが〉 Doll-A07が撤退を始めてから、このイェニチェリー・モロンは円滑に機能するようになっていた。 ひどく勤勉であった。問わず語りに状況説明するくらい熱心であった。アナウンス用モロンの仕事を横取りして、美声の代わりにきいきい声を聞かせてくれた。 「アーミー・モロン二体、ポイントO-157のカメラに接近……破壊されたであります!」 いちいち言われずとも映像を見ればわかることであるが、試験明けの学生のように素朴な躁妄に水をさすのは思慮の足りぬ僻み根性というものであろう。 権柄づくはここぞというときまでとっておきたいというのがポストの考えである。 ポストは甘ったるいコーヒーに塩コショウを振りながら、自然公園の地図を眺めた。 無数の凸印は監視カメラの映像やの破壊順番やの情報から予測したアーミー・モロン部隊の位置を示している。 そのうち一つが動き出して、ポストはつい涙ぐんだ。 〈かわいそうに!〉 ポストの想像力は凸印の僅かな動きから、市民たちの血と汗と涙と脳漿を眼下に描き出して同情心を煽った。 〈私は、なんとやさしいのだろう!〉 ポストは見ず知らずの人の葬儀に出席した女性のように、しなを作った手つきで目元を拭いた。 そして涙に濡れたハンカチで顔を包むと、放屁めいた音を鳴らして洟を噛んだ。 ポスト・フェストゥムは缶詰工場の生産報告の字面で涙を流せる人間である。その心痛は察するに余りあった。 「さてザリー君。そろそろ君の推定も推測となったろう。言ってみたまえ」とポストは開いたハンカチを凝視しながら言った。 地図上に、Doll-DAの墜落地点が×印で表示された。凸印はそこのぐるりを囲むように位置し、それが時間の経過とともに狭まるのが見て取れた。 「進行目標はアンノウン墜落地点であると思われるのであります! しかしながら――」 「Dモードにしては鈍すぎ、MSもほとんど役立てていない。ということは……おっと、続けてくれ、ザリー君」 「……墜落地点が森林地帯でありますことを考慮致しましても――」 「ともかく手心を加えているのは間違いあるまい。細かい理屈は要らんよ……君の見解は実に興味深い。さあ、続けてくれたまえ」 「……降下直後の攻撃の際には――」 「園路と広場に限り、森には進行しなかった。むしろ避けて通った。それを察した市民は少なかったようだがね」 〈さすが48居住区、民度が高い〉 ポストは感嘆を示すために手を叩いた。 「ザリー君、君はやはり優秀だ。君の洞察力は驚嘆に値する。さあ、遠慮せず大いに語ってくれ。私は君の実力を非常に評価しているのでね」 「……恐悦至極であります。イェニチェリー・モロンのザリー・マッカティンには、身に余る光栄であります。 ですが続けて失礼を述べさせていただくことになるかもしれません。自分の推察するところ、所属不明アーミー・モロン部隊は――」 「市民を家畜のように追い立てているということだ。アンノウンの下にな」 「そうなのであります! 閣下!」 説明に散々口を挟まれたザリーは、ポストの下した結論に大声で同意した。 ポストの後ろに控えているお茶汲みモロンがびくっとするほどの大声であった。 足を進めるごとに腰の違和感は確実に大きくなる。 「平穏な日常が音を立てて壊れて行く……響き渡る軍靴の足音……胸を引き裂かれるような悲鳴……むせるくらい濃密な血の香り……」 『でっでっでっでっ……』 足の張りはもはや鈍痛と化している。 「でも本当は、私はこうなることを望んでいたのかもしれない……」 『でっでっでっでっ……』 喉が渇く。肺に穴が開いたように、ひゅうひゅうという音が口から漏れる。 「この世界は間違っていたのよ……なにもかもが作り物……私たちはみんな、嘘の中で生きていたの。 仮面を仮面と気付けないまま……自分が偽者だということを悟れないまま……平等に騙されたまま……何者にもなれず、失い続けたまま……」 『でっでっでっでっ……』 腕の感覚が無い。震えているかもわからない。 「いいえ。失うものなんて、初めからなかった……私たちは人形だもの。人形劇の役者なのだもの」 『でっでっでっ……』 汗だくの背中が冷たい。視界も霞んでいる。何か言ったが最後、自分はもう倒れてしまうに違いない。 「この世界に人間なんていない。あるのは人形だけ。 自由な人間、愛し愛される人間、幸せになるために生まれた人間、そうしてそういう人間たちの、素晴らしい人生……みんな嘘よ。 どこにも実在しないの。架空の生活なの。はやりの歌詞と同じような、フィクションなのよ……」 『でっでっでっ……』 足は音のしない方向に向けて運ばれて行く。枝を踏み折り、土を削り、膝の軋む感覚だけがそれを示している。 「けれど私たちは自己自身から目を逸らして、懸命に己を欺こうとする。 完成された社会、真実の文明なんてそのための幻想よ。本当はただ、永遠に打ち続く無人境が広がっているだけ」 『でっでいう……』 腕の中の少女が、けらけらと笑った。 「彼らはそれに気付いた。気付いてしまった。あのモロンたちは、人間となってしまった。 そして目覚めた人間から見ると欺瞞に満ちた今の世界というのは、吐き気を催す醜悪な世界なのよ…… これは粛清。世界の嘘を掃き清める、再生の前の破壊。彼ら真の人間にとっての始まり。 コーディネイターという人形にとっては、これは全ての終わり――そう、みんな終わる。 偽りの世界が崩壊する。永い永い悪夢が、やっと終わる」 『デストローイ!』 遠くで響いた銃声に意識がはっきりした。 〈気ちがい沙汰だ!〉とアランは叫びたかった。スメッグのために頭の働きを正常でなくしたハスハが、先ほどからアランの耳元でたわ言を呟いているのである。 これを投げ飛ばして頬打ちの清算をするという案は魅力的に思われたけれども、腕が痺れて断念した。 ハスハは得体のしれぬ感覚でその思惑を察したのかもしれない。アランの首に回した腕に力を込めて、体をより密着させた。 演説の止まったのを訝ってアランが目を向けると、彼女はまたもや何かを感知したらしく、濡れた唇で囁いた。 「――好きよ、アラン」 「それはどうも」 「アラン。最後にもう一度だけ……キスして」 「やだよ」 ハスハの目が潤んだが、アランはモロンの遠吠えに注意を向けた。 モロンの声が届かないところで小休止する頃には、ハスハに飲ませたスメッグの効果も消え去っていた。 少女が俯いて一言も発しないのは、腕の傷ばかりが原因ではなかろう。 その血量は顔を赤らめるには至らないが、絶えずあたりに目を配りながらも、アランと目が合いそうになるとうなだれてしまう。 弁護の種はある。スメッグの使い始めは誰しも分別を無くすし、ある程度飲み方を心得たアランですらも、時にはついつい悪酔いに耽ることがある。 ハスハの場合はたった一粒である。しかしこれは少女の体質からして著しい効果を上げてしまったに過ぎず、 彼女自身の精神が劣っていたのでは決してない。理性が欠如していたのでは決してないのである。 アランは思い遣りからそういう断定を下したが、自身も遣り切れない気持ちになるのは避けられなかった。 ハスハの恥じ入りようをみるに、躁狂の醒めた後の背汗はひとしおであろう。実に暗澹たる思いである。 もはや二度と飲むまい。飲んでも口を開くまい。記憶力の無いモロンが羨まれるひと時である。 「やっぱりモロンの暴走なのかな」とアランは切り出した。 「モロンはさ、僕らに危害を加えられない。そのはずだろう?」 ハスハは青ざめた顔を上げて、遠くを見るような目つきをした。 「わからない……」 「そうとしか考えられないよ」 「彼らには……アーミー・モロンたちには何か目的があるような気がするの。彼らは正常、なのかもしれない」 酔いの繰り言と矛盾するかに思われたがアランは口を噤んだ。やぶ蛇をつついて恥をかかし、それで己ひとり得意がるのはそんなに上等な嗜好とはいわれない。 「アランは、気が付いた?」 「あ、うん。それなりに」 「モロンたちは楽しんでいるみたいだった。けれど、本気でもなかったのよ」 「ただの憶測かもしれないよ」 「そうね……これは、狂ったモロンたちが引き起こしていること。今はまだ、そう考えたほうが――」 実のところアランには、ハスハの言う事が一言も理解できなかった。 自分が知らないのにハスハが知っているというのが何となく癪で、調子を合わせておかねば侮られるような気がしたのである。 『でっでっでっ……』 微かに聞こえてきたモロンの声が、ハスハの続けようとした言葉を打ち消した。 「やつらが来る。自分で歩くのは……無理そうだね」 ハスハが木に手をついて立ち上がった。 「ううん。歩けるわ」 「ばか」 アランはハスハのよろめいた体を支えた。 「結局さ、負ぶって走ったほうが速いんだ」 流石に半魚人持ちはもう勘弁して欲しいので、アランはハスハの負担を省みず、彼女を背負うことにした。 「ありがとう」 ハスハの吐息を煩わしく感じていると、耳元でそんなことが囁かれた。 余計なことを言って気を散らすなら、せめて謝罪を口にしてもらいたい。 からだじゅう痛かった。 手は動く。赤い光にかざしてみた。 「手、ある」 膝に触れる。足はちゃんとついている。 「足、ある」 顔を撫でてみる。凹凸は保たれてある。 「顔、ある」 不自然な水気はどこにも感じない。最後は胸に手を当てた。心臓は鼓動している。 「……あるったらある」 ナギはぱっと身を起こしてきょろきょろとコックピットを見回した。 モニターはエラーの表示で埋まったままであるが、ガンダムが完全に機能停止しているのでもあるまい。 自分が五体満足でいられたのは、落下の途中で慣性制御が働いたからである。そうでなければ気絶などでは済まされず、手足を探す羽目になったろう。 再起動を試みるも反応はなかった。 「最新機器って、これだから嫌なのよ」 なんでもかんでも小型化、精密化で、専門の技術者でなくては故障に対処できないよう作られている。 各部が関連し合っていて、あるところが駄目になれば全体も損なわれるという風で、人間の体のように脆いのである。不具合の原因すら分かりはしない。 ナギは出鱈目にキーを叩いたり、それで更なるエラーをはじき出すプログラムをなだめすかしたり、コンソールを殴りつけたりした挙句、とうとうガンダムの再起動を諦めた。 ナギはサバイバルキットを開けて拳銃を取り出した。もはやガンダムになど構ってはいられない。 いくらこれが大切なMSであろうが、死んでしまっては何もかもおしまいである。 「そうよ。あたしは絶対に生きてやる。この先生きのこって、やらなきゃいけないことがあるんだから」 クリトン・キーンのにやけ面をぱんぱんに膨らましてやることと、ついでにコンティを張り倒すことである。 ハッチは手動で開けねばならない。ナギはコンティの顔をちらと思い浮かべつつ、渾身の蹴りをそれに浴びせた。 コックピットを出ると森であった。周りの木々は大きく傾き、中ほどからへし折れているものや、根っこごと引っこ抜かれているものがあった。 抉られた地面のあちこちから白い煙が幾筋か昇り、熱気とともにゴムを焼いたような匂いも立ち込めている。おそらくこれらはガンダムドルダの墜落によるものであろう。 ガンダム自身はというと、「究極! ドルダ・キック」を放つ直前の姿勢で横たわっている。 ナギはワイヤーを伝って下に降りた。土の掘り起こされたところからは、生き物の臭みがほとんど感じられない。 草木を注視すると、みな人工の観葉植物よりも色艶がうそ臭い。それに形も整いすぎていて、映画撮影のセットを思わせた。 「ガンダミズムなんかどうでもいいけど、コーディネイターって、ほんと狂ってるのね」 以前にウーティスの話していた自然公園というところに違いない。ナギには先が思い遣られた。 この気ちがいめいた文化の中で、しばらく逃亡生活を送らねばならぬかもしれないのである。 コーディネイターの生活に犯罪というものはない。よってナチュラルでいう警察機構は存在しない。 市街地に入り込んでしまえばどうにでもなる。ここでは喫茶店の砂糖のように、最低限の生活物資は無償で手に入れられる。 そうした思い巡らしの途中、 「でっでっでっ……」という人声が聞こえた。 ナギは咄嗟にガンダムの足に身を隠した。顔を半分だけ出して覗き見ると、小銃を手にしたアーミー・モロンがいた。 ズボンの生地を破廉恥な形に突っ張らせ、こちらに向かって歩いて来る。 追っ手が来るのは当然のことであるが、ナギは今更ながら悪寒に襲われた。 ガンダムに乗っていたせいであろうか、つい先ほどまでは恐怖というものを全く感じなかったのである。 ナギはガンダムの足に背をもたせかけ、ゆっくり深呼吸した。 なぜかは知らないが、アーミー・モロンは掛声と足踏みの調子を合わせている。それで大まかな距離は察せられた。 ナギは拳銃のスライドを引いた。 「でっでいう?」 生身の人間を撃つのにためらいは無論ある。しかし殺人というものは、自分たちがMSでいつもしていることである。 殺さないと殺される。善人を気取り、臆病風に吹かれてはたまらない。これは誰しもがやらねばならないことで、絶対に必要なことなのである。 指の震えが止む。伊達にMSパイロットをやっているのではない。自己暗示には自信があった。ナギはドルダの足から飛び出した。 銃声が響き渡った。 「でででんっ、でっでっでっ……」 無傷である。銃弾は外れていた。アーミー・モロンがくるりとナギを真正面に向いた。 小銃の狙いと股間の突起とが並行になる。また撃つか身を隠すかの逡巡の束の間に、アーミー・モロンが口を開いた。 「デスト――」 「この変態!」 ナギはすかさず引き金を引いた。何度も何度も引き絞った。太腿に一発当たり、アーミー・モロンの体ががくんと揺らいだ。 転びかけると胴体に命中し、その影響でびくんと引きつった。もう一発胸に着弾し、アーミー・モロンは尻餅ついて倒れた。 激鉄の鳴る音だけが続いた。 「やった、の」 唾液がどっとにじみ出た。目が霞んだ。ナギは拳銃を取り落とした。 これは馬鹿げたことである。灰色のハムスターを見て金切り声を上げるのと同じ、いわば媚びへつらいから演繹された第二の本能に過ぎない。 人間は人間にとって最悪の獣である。したがって共食いが自然法で許されている。 正当な理由を証明できるなら、殺人という行為に何ら後ろめたいことはない。 寧ろ、この正当防衛という至上の正義はなされねばならない。嫌悪を感じて怖気づくなど言語道断である。 しかしナギ・ヴァニミィという女性は、自己の行為の結果を目の当たりにして実践的理性を失い、最高原理を忘却したらしい。 不当に多大な不快のあまり、身体機能に異常をきたしてしまっていた。 アーミー・モロンの倒れる間際、目が合ったのである。確かに合ったのである。獣のようで、幼子のような目に見えた。 ぞっとする目である。指先ひとつで命を左右してはいけないと、道学者流の傲慢さで訴えかける目であった。 無償の同情というご馳走で誘惑し、人間の良心を餓えさせる目であった。 想像力の咄嗟にでっち上げた人道茶番が頭に焼きついて、酸っぱいものが喉を昇った。 それは口に至ると歯の表面をざらざらにし、鼻腔も潤そうと暴れて鼻の奥をつんとさせた。 自分は何をぐずぐずしているのかとナギは思った。敵はまだいるかもしれず、しかも弾倉一つを丸々使い果たしてしまった。 このまま感傷に浸っていては、自分が殺されてしまうのである。利己心は第一の習慣であり、第二のそれより先に来る。 ナギが立ち直るまでにあまり時間はかからなかった。とにかく自分は死にたくない。後悔を楽しむのは後で存分に出来る。 ナギは自分の頬を打った。この痛みはコンティにも味わわせてやると思いながら、顔を上げた。 そのようにナギが嫌悪をねじ伏せて反吐を飲み下し、目を拭ったときであった。 血に染まったアーミー・モロンの上体が、むっくりと起き上がった。 「……デストローイ」 ナギは焔に似た閃光を見た。そして銃声と、弾丸の骨肉を穿ち臓物に押し入る音を聞いた。それは無数に聞こえた。 見開いたままの目が迫る地面を捉えた。口の中は胸やけしそうなほど濃厚な液体にたぷたぷと満たされた。 頬に押し付く土がいやに生ぬるかった。見聞きする一切がなんだか場違いなように思われた。 ナギ・ヴァニミィは考えることを止めた。しかし彼女の視界では、その場違いな光景がずっと映し出されていた。
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【貰って……くださ……い】 【ふふっ、勝負!! そう、勝負ね!? 後編】の続きです。 あたしは深い眠りからゆっくりと目覚めた。お酒を飲んだせいか、ベッドに入った瞬間に即落ちしたわ。色々あったせいで悶々としちゃうかと思ったけど……結構あたしもいい加減なのね。 シャワーで気分を変えようっと……。冷たい水と熱めお湯を交互に2回づつ浴びて気分一新。 その最中、アイツとは今日で最後なのよね……って、ちょっと感慨めいたものを感じたのは一瞬。もう少し一緒に居たかったなって考えたのも一瞬。 浴室から出て、バスタオルを裸身に巻きつけ、鏡の前でスクワランついでに頬をパンパンと強めに叩き気合を入れた。 「よしっ!! 昨日は昨日、今日は今日。綺麗さっぱり忘れて……さぁって頑張るわよっ!!」 着替えをしようと自室まで移動。着替えのため、バスタオルに手を掛けた時、机の上の物に目が留まった。昨日帰宅してから放置しっ放しの有り触れた封筒。別れ際に優男から「覚悟して開けてね」と渡された1通の封筒。この中に最新の、そして最後の“勝負内容”が書いてあるから、その指示に従ってねって言われたわ。朝になってから開ける様にとも。 あの優男の自信満々な笑顔があたしの闘争心に火を付けていた。このあたしが簡単に負けを認めるとでも思ってるのかしら? 「ふふん、押し倒せば直ぐに泣き付いてくるとか考えてたんでしょうけど。 御生憎様、あたしは明日香ちゃんのためなら、何だってするわ。今日で最後。どんな事でもしてあげるわよ!!」 あたしはこの場にいない優男に向かってそう宣言していた。絶対にギブアップなんかしてやるもんかっ!! あたしは勢いよく封筒を開け中から1枚の便箋を取り出す。思いの外達筆な字で“勝負内容”が書かれていた。 「今日1日、靴下を除く全てのインナーを付けずに過ごす事(つまりはノーパンノーブラって事) その期間は本日5月6日木曜日、朝、自宅の玄 関を出てから、夕方俺の部屋でその確認を受けるまで。 学校を休む事は認めない。キチンと学生らしく授業は受けるように。 勿論、言うまでも無い事だが、イヤなら止めても一向に構わないよ。 もし、やるなら気が付かれない様頑張って隠し通してね。 もし家に来なかったら、勝手に明日香ちゃんに会わせて貰うからね」 あたしは、何度も便箋に書かれている字を追った。目から入ってくる情報が脳で旨く変換できない……。暫くして内容が頭の中で意味のある文章となってからあたしは叫んだ。 「なっ!? 何よこれ……!? あいつ!! バッカじゃないのっ!?」 あたしは目の前にいない優男に対し思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。誰かに聞かれたらあたしのイメージが急降下しちゃいそうな位物凄いやつ。 5分位経ったのかしら、いい加減ボキャブラリーが尽きかけたあたしは大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。 「な、なによっ!! 布切れの1枚や2枚身に付け無い位で、このあたしが参るとでも思ってるのかしら!? いいわ、この挑戦受けて立ってやるわよ!!」 あたしは憤然とクローゼットの中から制服を引っ張り出し、バスタオルを脱ぎ捨てる。そして剥れたまま身に纏った。しかし、イザ身につけてみると……。 やっぱり下半身がスースーして涼しいわ。それに、胸も何時も以上に揺れてる気が……。あと、肩が凝るわね確実に……。 「北高のスカートって……こんなに短かったかしら? 直ぐに見えちゃいそうじゃない」 あたしは姿見で自分の姿を満遍なく観察した。ちょっとしゃがんだだけで股間が見えちゃいそうだし、胸も上から丸見えっぽい……。 「こ、こんな……。これで1日学校で過ごせって……無理……よ」 その手の事を気にすると、挙動不審になるのは確実。って言うか今のあたしがそうだもん。スカートの裾を下に引っ張りながらあたしは考え込んだ。 ……あぁ!! ど、どうしよう? できませんでしたじゃあ、明日香ちゃんが……。でも、こんな恥ずかしい事……あんっ!! あの男!! 最後の勝負だよって言い切った優男を思い出す。キリキリと奥歯が鳴った。悔しくて涙が出ちゃいそう……。あたしは頭を強く振り弱気を振り払い、意地になって登校の準備を進めた。どんな挑戦でも受けて立つ!!って豪語したのは確かにあたしだし……。 でも、アイツってば、何でこんなハレンチな勝負を言い出したのかしら? 何だかアイツのイメージに合わないのよね……。 何時もより丁寧にナチュラルメイクをしてカチューシャを付ける。うん、準備完了。完了なんだけど……。仕方無しにあたしは鞄を片手に階段を下りて玄関に向かった。 「やんっ!!」 階段を下りる最中にスカートがフワリと巻き上がった様に感じ、慌てて手でそれを押し留める。股間がスゥスゥするの……。 ……これだけの事で、浮いちゃうの? 今まで気にしなかったけど……結構、見られてるのかな? あ、後……これ、乳首が擦れちゃう……。何かいい方法考えないと。こんな敏感なとこ、擦り傷なんて想像もしたくないわね。 涼しい股間を気にしながら、ローファを履き玄関を開け放つ。良い天気だわ。心地良い微風と日差し。しかし、あたしは脚が固まった様に先に進めなかった。時間は刻一刻と過ぎていく。 ど、どうしよう? 行かなきゃ行けないのに……行きたくない。でも行かなきゃ……。 あたしの思考はグルグルと出口の無い迷路を彷徨った。どこをどう辿ってもそれが見付からないの。 汗が首筋を伝い、ブラをつけていない胸の谷間に消えていく。身体がふら付き視線が辺りを彷徨う。 「あ……」 その彷徨った視線が明日香ちゃんと出会った公園を捉えた。瞬間、頭の中に閃きが1つ。 「確か……アイツのマンションの傍の公園、トイレがあったわよね」 思いついた事。やろうとしている事。何時ものあたしなら決して選択しない敗北に等しい行動。でも今のあたしには途轍もない名案に思えた。暫し逡巡した後、あたしは1歩を踏み出した。自宅の中へ自室へと。 優男はあたしのしてる事、知ったらどういう反応するかしら? 何げに優しいから、苦笑しながら許してくれるかな……。 そうよ、こんな酷い事言い出した優男が悪いんだからね!! 時間が余り無い。洋服ダンスを開け、出来るだけ髪の毛が乱れない様に制服を脱いで目に留まった適当な下着を上下共に身につけ、再度制服を身に纏う。 ……こんな小さい布を付けただけで、こんなに安心できるのね。 あたしはホッとしながら、玄関を飛び出し学校へと向かう。 悪い事を卑怯な事をしてるって自覚はあるの。正々堂々がポリシーのあたしがこんな小手先の誤魔化しをしてる。そんな自分に強い自己嫌悪を感じながらも、明日香ちゃんのためだからと更に自分を慰める。それで自己嫌悪が消えないと自覚しつつ。 学校に着いた。何時も以上に上り坂がきつく感じたわ。多分、精神的な問題よね……。 教室に入り自分の席に付く。前の席は何時もの通り空席。ホッと一安心。まぁ、キョンがこんな時間に来るわけも無いけど……。あたしはそのまま顔を伏せ、軽く目を閉じた。教室の喧騒がイヤに響く。 ……こんなにキョンに会いたくて、そして会いたくないのも初めて。どんな顔して会おう。旨く笑顔で挨拶できるかな? そんな事を悶々と考えていたら、予鈴の鐘と共に岡部が教室に入って来る。それと同時にキョンも駆け込んできた。 なによ、キョンってば、今日はホントにギリギリじゃない!! 興味が無い振りしながら、横目でキョンを見つめる。キョンはクラスメートの男子に軽く挨拶しながら窓際の席へと足早に向かってくる。 「ん……?」 なんだろう、キョンの様子が何時もと違う。何処がと聞かれても明確に答えられないけど……でも違うの。 疲れ切った様子で席に着こうとするキョン。 「おはよう。……何、休みボケかしら? どうせ、寝坊でもしたんでしょ?」 キョンはあたしをチラリと視線を投げ掛けて、 「ん、おはようさん。寝坊……まぁ、そんなところだ」 と呟き、乱暴に腰掛けた。 「…………」 やっぱり変。視線に力が無いって言うか、心ここにあらずって言うか……ううん、違うわね。何か焦っている。うん、そんな感じ。 あたしは自分の事は忘れて、キョンの背中をシャーペンで突付いた。岡部が何か喋ってるけど気にならないわ。 「ねぇ、キョン、何かあったの? あんた、ちょっと変よ?」 ビクリと小さく身体を震わせ、そして後ろを振り返るキョン。苦笑いを浮かべ、 「何だ、変ってのは? あー、久しぶりの学校で調子が出ないだけだ。 そういうお前は今日も元気だな、羨ましいぜ」 そんな失礼な事を言い捨て、キョンは再び前を向く。あたしは納得できずにキョンに声を掛けようとして……開きかけた口を閉ざす。その背中が放っておいてくれって言ってる気がしたから。 ……まぁいいわ。あたしも実は楽しく会話する気分じゃないし。 キョンの事が心配だったけど、冷静に考えるとあたしは人の心配が出来る立場に無かった。“勝負”をすっぽかし、それを誤魔化そうとしてるんだもん。あ……だめ、また落ち込んできちゃった。 あたしは慌てて窓の外に視線を向けた。様々な形の雲がゆったりと流れていく。あたしはそれをぼうっと眺めていた。 一限目が終わり、休み時間になった。谷口達とも会話せずにキョンは珍しく足早に教室から出て行った。 「ねぇ、涼宮さん、キョン君どうしたの? なんかあったの?」 と坂中さんが心配げに話しかけてくる。 「うーん、やっぱり変よね? でも何でもないって本人が……」 「でも……」 と言いかけて、坂中さんはあたしの顔に視線を固定させた。ほんの僅か小首を傾げてる気がするわ。 「……えっとね、余計なお世話かもしれないのね。……す、涼宮さんも何かあった?」 ギクリとしながら、坂中さんの顔を凝視する。 「あ、うん。何となくそう思っただけなのね。気にしないで欲しいのね」 「うん……」 あたしの返事を合図に坂中さんは別のグループに呼ばれてその輪に入っていった。チラリと心配げな視線を投げ掛けつつ……。 ……うーん、落ち込んでるの顔に出ちゃってるのかな。かなり自己嫌悪嵌てるしなぁ。それにも増して、連休中の事バレたら不味いわね。それだけで勝敗付いちゃうもん。何のために押し倒されたんだか判らなくなっちゃう。うーん、SOS団メンバーって意外に鋭いから気をつけようっと。 ……学校ではアイツ関係の事は考えない!! うん、そうすれば大丈夫よ、きっと!! 結局、キョンは2時限開始ギリギリになって帰ってきた。不機嫌そうな表情もそのままに。 その後もキョンとは何故かあまり会話しないままに放課後を迎えた。 キョンの連休体験談を楽しみにしていたあたし。でも、逆にお前は何をしていたんだと聞かれたら答えられない。答えようが無い。 「連休中、あんたの知らない男と遊んで、そのままホテルに連れ込まれて……」 ……そんな事を言える訳が無い。だから、あたしはキョンに語り掛けられなかったの。 でも、そんなあたしの態度をキョンは何処となく有難がってる気がしたわ。休み時間毎にそそくさと谷口達の所へ駄弁りに行くし。まるであたしを避けてるみたい……。 そんな微妙な雰囲気の中、放課後を迎えた。あたしは掃除当番だったりするの。 「キョン、あたし掃除当番だから先に部室行ってて。疲れてるからってサボっちゃダメなんだからねっ!!」 「へいへい……先に行ってるぞ」 と何故かホッとしながら教室を出るキョン。 ……なによ、あたしと一緒にいるのがイヤなのかしら? あたしは少しムッとしながらも、掃除の準備に掛かろうとしたその時、坂中さんが声を掛けてきた。 「あのね、涼宮さん。ちょっとお願いがあるのね」 「うん、なにかしら? 坂中さん」 「来週の月曜日と今日の掃除当番代わって欲しいのね」 「あら、そんな事ならお安い御用よ」 あたしが気軽に答えると、笑顔を浮かべて坂中さんが説明をしてくれた。何でもその日JJを定期健診に連れて行かなきゃならないんだって。 もう、JJのためなら問題ないって。そんな済まなそうな顔をしないで。 一頻り坂中さんのルソーラブな話を聞いてからあたしは足早に部室へと向かった。アノ部屋に行かなきゃ行けない時間が近づいてきている事を極力考えないようにしながら……。 久しぶりの部室棟、そして久しぶりのSOS団の部室。確か、最後に鍵を掛けた時、連休中に不思議な事に出会いたいなって願いながら部室を出たっけ……。ははっ、不思議な事……ね。確かに連休中は楽しかったわ。色々体験できたし。 あたしは暗くなりがちな顔に殊更笑顔を浮かべて、部室の扉を元気よく開けようとして……固まった。中から会話が漏れ聞こえてきた。 「だから、何時……ルヒ……気づかれ……対処」 「……涼宮さん……閉鎖空間が……」 「だめっ、鈴……ルヒ……外に……」 「!!」 部室内が静かになった。奇妙な位の静けさ。あたしは何も気が付かなかったフリをしながら、扉を何時もの如く勢いよく開け放つ。 「ごっめーん!! ちょっと遅れちゃったわね」 部室内にはあたし以外のメンバーが揃っていた。全員があたしの顔を食い入るように見つめている。 あたしはさも今来ましたって感じでメイド姿のみくるちゃんに声を掛けた。 「走って来たから喉渇いちゃった。みくるちゃん、お茶頂戴!! 熱々のヤツね!!」 「ふぇ、あ、ひゃい!! す、直ぐに入れますねぇ」 みくるちゃんは可哀想になる位動揺しながら、お茶の準備に取り掛かっている。 ……あれで熱湯扱って大丈夫なのかしら? そんな心配をしながら、鼻歌交じりに団長席に腰掛けた。キョンが周囲を見渡し、溜息を1つついてからあたしに話しかける。こういう時のお決まりのパターン。 「なんだ、ハルヒ……。掃除キチンとしてきたのか? その、ヤケに早いじゃないか」 「あぁ、掃除ね……坂中さんから代わってくれって頼まれちゃって。JJの定期健診と被るらしいわ」 あたしは殊更軽い話題ですって雰囲気を作ってキョンに答え、そして、序に団員の様子を観察。 有希が読書もせずにじっとあたしを見ている。 古泉君もボードゲームを準備しながらあたしの様子を伺ってる。気のせいじゃなくその笑顔は硬い。 みくるちゃんはあたしを横目でチラチラと見ながら、懸命にお茶を入れているわ。 キョンは「……JJじゃなくルソーだろ」と呟いたっきり口を噤んだ。そのタイミングであたしは努めて明るく思いついた案を披露する。 「あっ、そうだ!! 今度みんなでJJに会いに行きましょう!! きっとJJも会いたいと思ってるわ。どう、古泉君っ!?」 「さ、流石は涼宮さん。大変よい考えかと」 と古泉君は幾分柔らかい笑みを取り戻しながら、何時もの様に相槌を打つ。 「でしょう!! じゃあ今度坂中さんに都合聞いておくわね。有希も会いたいでしょ?」 と有希にも話を振ると、あたしを凝視していた有希がコクリと可愛く頷いて、ゆっくりと膝の本に視線を落とした。 「ん!! みくるちゃんは? 受験勉強の暇な時がいいわよね」 「あ、はい!! 私もルソーさんに会いたいですぅ。可愛いですもんねぇ、ルソーさん……」 とお茶を入れる手を止めてポワワーンとしているみくるちゃん。 部室の雰囲気がホワンとした暖かいものに取って代わる。 よかった……。何とか誤魔化せたみたいね。実は去年も何回かこんな事があった。みんなが協力してあたしに何か隠し事をしてるの。多分、みんなあたしが気が付いてるとは思ってないんでしょうけど。聞いちゃいけない気がするから知らないフリをしてるんだけどね。 JJの話題を切っ掛けに何時もの団活になった。あの雰囲気は好きじゃないから大歓迎。大歓迎なんだけど……今日に限っては微妙。だって落ち着いたら再びアイツの事を思い出しちゃったから。 周囲が落ち着きを取り戻すにつれて、あたしは落ち込んでいった。嘘をつかなければならない。誤魔化さなければならない。そう考えると自分がイヤになっていく。 ゆっくりとパソコンの電源を入れたあたしに、みくるちゃんがお茶を手渡してくれた。 「はいどうぞ、涼宮さん。熱々のお茶です」 「あ、ありがとう、みくるちゃん……」 「…………。あれ? 涼宮さん? 何だか……」 「うん? どうしたの、みくるちゃん?」 「あ、いや、その……何だか雰囲気が変わったかなぁって。あ、うん、えっと、私の気のせいですよね、きっと……」 「……雰囲気が?」 「わ、私の、気のせい、ですよ、きっと」 あたしはみくるちゃんを見つめた。身に覚えのあるあたしはきっとキツイ視線をしてたんだと思う。みくるちゃんはワタワタオロオロしながら半泣き状態。 「ハルヒ、なんて顔で睨み付けてるんだ。朝比奈さん怯えてるじゃないか」 とキョンの台詞が飛んで来た。 「えっ、そ、そんなに凄い顔してた? ……みくるちゃん?」 「御免なさい……こ、怖かったですぅ」 「あ、御免。考え事してたから。……うん、別に連休中、何も面白い事はなかったわ。反対にそれが残念で」 あたしはみくるちゃんを落ち着かせるために適当に話を合わせる。みくるちゃんはあからさまにホッとしながら有希にお茶を渡すために窓際へ。坂中さんといい、みくるちゃんといい勘の鋭い事……。 連休中の不思議体験発表会は開催されなかった。勿論、あたしが言い出さなかったから。珍しくキョンからの突っ込みもなく、その後は、特に問題も無く団活は終了。 うん、やっぱり平和が一番。その後も、他愛も無い話題で盛り上がって長い坂を下りた。心の片隅でもう1人のあたしが渋い顔をしていたけど。そう、皆と別れると問題の場所へ行かなければならないの。 坂の途中、1回だけみくるちゃんが小声で語りかけてきたわ。 「涼宮さん、やっぱり、何か心配事でも?」 「ん、ありがと、みくるちゃん。……連休が、あっさりと終わっちゃったんで、その埋め合わせを不思議探索でって考えてたの」 「あぁ、そうなんですかぁ。うん、何かあるといいですねぇ」 とニッコリ笑顔で答えてくれたみくるちゃん。その邪気の無い笑顔が、またあたしを苦しめる。 ごめんね、みくるちゃん。決して騙してる訳じゃないから……。 何時ものように有希のマンションの前で別れるSOS団。 キョンの様子が変なんだけど、あたしもそれに気に掛ける余裕がなかった。朝に感じた「放っておいてくれ」って無言のアピールが今も続いているし。 あたしは重い足取りで、アイツのマンションへと向かった。3駅先の駅で降り、モヤモヤとした感情のまま歩を進める。気が付けば、アイツのマンション前の緩い上り坂に差し掛かっていた。途中の公園のトイレに入らなきゃ。 辺りを伺い市営公園に入る。人っ子一人いない公園は静まりかえっていて何だか怖い。簡易式のトイレに入り鍵を閉めた。思ったほど中は汚れていなかった。あまり使われていないのかも……。 溜息を付きながらローファを脱ぎ、スカートの中に手を入れ純白ハイレグタイプのショーツを脱ぐ。フロントのピンクのリボンが可愛いの。次にセーラーを脱いで股に挟んだ。 こんな場所で裸になるのにはちょっと抵抗があるけど……仕方がないもん。さっさと終わらせちゃおうっと。 これまた純白のハーフカットブラを手早く外し、再びセーラーを着込む。脱いだ下着は無造作に鞄へと仕舞った。スカートやセーラーの裾を引っ張り乱れを直してトイレから出る。 うわぁ……やっぱり股間が涼しいわ。風の流れ、感じちゃうわね……。ふぅ、気が進まないけど、後はずっとこの格好だったって言い張らないとね。そんな考えが頭を過ぎり、益々落ち込むあたし。 あたしは頭を大きく数回振ってから、トイレの扉を閉めアイツの部屋目指して歩き出した。 この時、あたしは気が付かなかった。優男が洗濯物を取り込むためにベランダに出ていた事を。そして、あたしの行動の一部始終を見ていた事を……。 エレベーターを降りて、例の部屋の前まで。スカートの裾を引っ張り形を整え、呼び鈴を押す。 暫くして優男が顔を出した。白いコットンシャツと薄手の蒼いスラックス。如何にもオフですよと言わんばかりのラフな格好ね。あたしは何か喋ろうと口を開きかけ……直ぐに閉じた。優男ってば、すっごく厳しい表情なんだもん。昨日のナンパ事件を思い出す……。 優男はあたしの顔を見ると、無言で中に入るよう促した。 「な、何よ……キチンと約束どおり来たのに、感じ悪いわね」 あたしは酷く緊張しながら優男の部屋に脚を踏み入れた。優男は無言で、扉を開けリビングへと入っていく。あたしはその態度に戸惑いながらも後に続いた。 ……な、何よ。昨日までと雰囲気が全く違うじゃない……べ、別に怖いって訳じゃないんだからね!! 優男はリビング奥のソファに大きな音を立てて座った。思わず身体がビクリと震えちゃう位無表情かつ冷たい視線。 「な、何よ……」 と問いかけるあたしの声は微かに震えていた。 「見せてみろ……」 優男は聞いた事が無い位、低い声であたしにそう告げた。 「えっ? 見せる? 何を……」 と言いかけ、あたしは気が付く。そうよね、あんな勝負を持ち掛けておいて「見せろ」って事は……。ここで誤魔化しきらないと!! そうあたしは覚悟を決めた。 「ホントに恥ずかしかったんだから!! こんな格好、もうこりごり」 そんな事を早口で捲くし立て、「ここでスカートでも捲ればいいのかしら?」とヤケ気味に確認をする。当然“了”の返事が返ってくるものと身構えていると、 「いや、違う。そんなものはどうでもいい」 「なっ!? ど、どうでもいいって、それ、どういう事よっ!?」 「鞄を寄越せ。中身を確認する」 「!!」 優男は右手をあたしのほうへ差し出しながら、視線は未だ肩に下げっぱなしの鞄に向けられていた。文字通り音を立てて顔から血の気が引く。中にはさっき脱いだばかりの下着が……。 「な、ど、どうして……か、鞄なんか調べるの? あたしがスカート捲れば……その、下着穿いてないって直ぐ分かるのに。必要ないじゃない!!」 あたしは鞄を握り締め、必死に訴えた。訴えつつ誤魔化す方法を考え出そうとした。 「あ、ね、ねぇ……ど、どうして?」 そんな台詞を途中で遮り、優男はあたしに問いかけた。 「朝、手紙は読んだんだよな? なら、勝負内容は判ってるはず」 そして優男は、一字一句違えずに勝負内容を暗誦して見せた。 「つまり……家を出た後に、1度でも下着を身につけたなら、それだけで勝敗は決まるって訳だ」 優男が声を出す度に、あたしの身体は小さく痙攣した。勿論、恐怖のためだ。喉が渇く。それなのに全身を冷たい嫌な汗が流れていた。脚に力が入らず今にも崩れ落ちそう。 「あ、ちょっ……」 優男がゆらりと立ち上がり、面白くなさそうにあたしの鞄に手を掛ける。あたしはそれを振り払おうとするが、持ち主の意に反して身体に全く力が入らない。2人の間で取り合いになった鞄はあっさりと男の手に渡った。あたしは鞄を取られたショックで床にへたり込む。剥き出しのお尻にフローリングの床は冷たかった。 男の手が鞄のチャックに掛かった。 「ま、待って……お願い、開けないで!!」 あたしは恥も外聞も無く男に懇願。涙が溢れそうになった。そんなあたしを優男はつまらなそうに見つめる。 「さっき、俺は洗濯物を取り込んでいたんだ。すると、見慣れた女の子が近場の公園に入って行った。何をするかと思えばそこのトイレに入っていく訳だ。で、その前後で女子高生の行動に変化が見られた。そこから推論できる事といえば……言わなくても判るだろ?」 あたしはガタガタと身体を震わせ、優男を見上げる。口を開いても言葉を発する事が出来ない。 「その様子じゃ……中に下着、入ってるんだな?」 すごく寂しげに優男は呟いた。そして、鞄を床に置きゆっくりとファスナーを開け、中に手を入れた。あたしは身動ぎもせずそれを凝視する。教科書やノート、ポーチバックが床に並べられ……遂にショーツがその手で外に引っ張り出された。続いてブラも。さっきまで身につけていた下着を男性が手にしている光景は、あたしに強い羞恥心を感じさせた。 「あ……やだ……」 「まだ、温かいな。十分に体温が残ってる……」 とブラとショーツを握り締め優男は立ち上がった。「何時から穿いていた?」とあたしを見ずに問い掛ける口調は寂しげ。 あたしは何も言えず俯いた。嘘を突き通す自信は全くなくなっていた。再び同じ口調で優男に問い掛けられ、あたしの口は勝手に答えを吐き出していた。 「が、学校に、行く時……から……」 「それで、さもずっと穿いていない様な振りをしたのか……最低だな」 「あ……その……」 「予想外の形ではあるけど、これで勝負ありだね。まさかこんな卑怯な事してくるとは思わなかったけど……。 お嬢ちゃんを信じた俺が馬鹿だったって事か」 そんな言葉を呟き、手にした下着を鞄に叩き付ける。そして、腰のホルダーから黒いシンプルな携帯を取り出し、何処かに電話を掛け出した。 嫌な予感を感じたあたしは、震えながら優男に声を掛ける。 「ど、何処に……何処に電話してるの?」 「勿論、仲介屋さ。明日香ちゃん見つかりましたって連絡しないと達成した事にならないだろ」 優男は携帯を耳に当てながら、淡々と解説。言葉の端々に苛立ちが篭っている。 「あっ、だめっ、ま、待って!!」 あたしはその解説の途中で、優男の脚に縋りついた。必死な思いで男を見上げて懇願する。 「だ、だめっ!! 電話、しないでっ!! お願い、もうこんな事はしない……謝るから!!」 優男はあたしの懇願も意に介さず、携帯を耳に当て続けた。あたしはその手に縋りついてでも、会話を邪魔しようと決心。イザ、決行しようとしたその瞬間、優男は「話中か……」と呟いて携帯をしまった。 その呟きを耳にしたあたしは、安堵の余りヘナヘナと床に崩れ落ちた。それでも両手は男のスラックスは握り締めたまま。これを離しちゃうと全てが終わっちゃう気がするの。 「離してくれないか? もう、勝負は付いたんだし……もうお前さんも俺には用は無いだろ? 早く家へ帰れよ」 思いの外淡々と優男はそんな台詞を投げ掛けて、脚を掴んでいるあたしの手を解こうとした。 「ま、待ってっ!! お、お願い。卑怯な事をしたのは謝るからっ、心入れ替えるからっ、もう1度だけチャンスを頂戴!!」 「ははっ、謝ってすむと思ってるの? お前さんの何を信用しろと? 自己保身のために嘘をついた人間は、また保身のために嘘をつくんだよ、間違いなくな。 少なくとも俺は負けたら、違約金を払ってこの件から身を引く覚悟もしてたんだ。そこまで思いつめてた俺が馬鹿みたいだよ。 お前さんにしても、負けるなら諦めが付く様、敢て酷い勝負にしたつもりなんだけど」 淡々と言葉を紡ぐ優男。その一言一言が今のあたしには痛烈すぎた。心を抉られる。切り刻まれる。すっごく痛いの。思わず涙が溢れ頬を濡らしていく。あたしは弱々しく首を振り、男を見上げるしかなかった。これなら怒鳴りつけられた方がどれだけマシだったか……。 ……あたしはどうなってもいいの。だけど、明日香ちゃんだけはっ!! あの子との約束だけは!! 「お、お願い……明日香ちゃんだけは見逃してあげて」 「無理だな。それが俺の受けた仕事だし。約束どおり依頼は果たさせて貰う」 「じゃ、じゃあっ……あんたの言う事どんな事でも聞くから、だから、お願い……」 「ふふっ、どんな事でもね……。 で、そう言いながらあれはできない、これもイヤだって色々難癖つけるんだろ?」 「ち、違うわ……そんな事……。ど、どうすれば信じてもらえるの?」 「信じるね……一旦失った信用を取り戻すのって並大抵の事じゃ無理なんだよね。それはどの業界でも同じ。学生のお前さんには理解できないかもしれないけど」 「あ、あたしは本気。明日香ちゃんを見逃して貰えるなら、あたしどうなっても構わないわ!!」 あたしは本当に自分を犠牲にして明日香ちゃんを守ろうと決心した。どんな理不尽な事言われてもそれを守ろうと決心したの。その決意を込め優男を見つめる。 暫しぶつかる2人の視線。優男が視線を外さずゆっくりと立ち上がった。 お願い、1度だけあたしを許して。あたしの言う事を聞いて。誰でもいい、神様でも悪魔でもいいからあたしの願いを聞いてっ!! 優男は大きく溜息を付いて、渋々といった風に呟いた。 「……もう1度、仲介屋に電話を掛ける。もし、まだ話中ならお前さんの提案を考慮してあげなくも無い」 「えっ……ホ、ホントに?」 あたしはソッポを向いて早口に捲くし立てる優男を呆然と見詰めていた。願いが通じたの? 「あぁ、但し、話中の場合だけ。相手が出たら諦めろ。これが俺にできる最大限の譲歩だ……だから、涙を拭いてくれ。女の子の涙は苦手だ」 優男はあたしから離れ窓際に歩いていく。携帯を取り出し再度耳に当てた。 あたしはそれを眺め、両手を組み合わせた。目を瞑り再び祈る。力一杯気持ちを込めて……。 お願い、誰でもいいから、あたしの願いを聞いて。通じないで!! 反省したから!! どんな事でもするから!! どんな罰も受けるから!! どんな事も我慢するからっ!! 無限とも思える時間が過ぎ、全くの無音の中で優男は携帯を閉じた。 「おめでとう、話中だったよ。約束どおりお前さんの提案、呑んであげてもいい……」 「ホ、ホン……」 「……但しっ!! 但し、その前にお前さんの覚悟を見せて貰おう」 優男は強い口調であたしの歓喜の声を遮った。 「か、覚悟?」 「そう、覚悟だ。俺はお前さんを全然信用できなくなった。今回もその場凌ぎで適当な事を言ってないとも限らんし……」 「ち、違うっ!! あたし……本気で」 「だから、勝負は一旦お預け。で、3ヵ月……いや長すぎるか? 1ヵ月間位その覚悟を試させて貰おう。試用期間ってやつだ。それに耐えれたら改めて勝負してあげる。どう?」 「覚悟を試すって? ど、どんな事するの?」 「何でもするって言ったよね。だから、1ヵ月の間、俺の命令を全て聞き届けて貰おう。拒否した瞬間に……ジエンド」 「い、1ヵ月間言う事聞けば……いいのね?」 あたしの弱々しい問いに男は鷹揚に頷いた。 「わ、分かったわ。言う事を聞いてあげるわ……」 「まずは、その言葉遣いから変えてもらおうか。少なくとも丁寧語……いや、違うな。先ずはお前さんの立場を理解させないと」 「た、立場って?」 あたしは腕組みをして呟く優男を不安に押し包まれながら見上げる。優男が窓際からゆっくりと近づいて来た。あたしは顔を強張らせ、思わず後ずさる。そんな態度を意に介さず目の前で優男はしゃがんだ。視線が同じ高さになり、互いに相手の瞳を覗き込む2人。暫しの沈黙の後、徐に優男が口を開いた。 「お前さんの立場だが、先ずは昨日までの対等の状態は忘れてもらう。そうだな、分かりやすく例えると……」 「た、例えると……何?」 「……ペットと飼い主か……奴隷と貴族だな。どっちも上下関係がはっきりしてるだろ? 勿論、お前さんが下だってのは判るよね?」 あたしの耳に男の淡々とした男の台詞が流れ込んでくる。あたしは耳を疑い、そして、咄嗟に声を荒げていた。 「ペット? 奴隷? なによそれっ!! 冗談じゃないわ!!」 あたしの叫び声が部屋中に反響し、その後訪れた静寂の中、優男は嫌な形に口の端を引き攣らせ立ち上がった。侮蔑の表情を浮かべ呟く。 「くくっ、ほら思ったとおりだ。何でも言う事を聞くって豪語しながら、その様だ。それで何を信用しろって言うのやら……」 「あ……ち、違うの!! い、いきなりだったから、その、ビックリしちゃっただけ!! ホ、ホントに何でも言う事を聞くから!!」 あたしは優男の脚に縋りつき、必死に言葉を紡いだ。 「あの……ど、奴隷でもペットでもいいから」 「今一信用できないな。断わっておくけど、俺は早く依頼を済ましたいんだ。それをお前さんが邪魔してるんだぜ」 「わ、判ってるわ……」 あたしは蚊の鳴く様な声で呟く。優男が再びしゃがんだ。あたしの頬に軽く触れ、あたしを覗き込む。 「ホントに判ってるの? 今一言葉に真実味が無いって言うか……信用出来ないって言うか。電話1本掛けた方が手っ取り早いんだがなぁ」 「ど、どうすれば……信じて貰えるの?」 「くくっ、お前さんはどうすればいいと思う?」 反対に問い掛けられ、あたしは考え込んだ。頭の中を幾多の単語が舞い、イメージが浮かんでは消える。無限とも思える時が流れて行く中、あたしの中で1つのイメージがはっきりと形を整えつつあった。あたしは覚悟を決め、そして、それを口にする。震える声で……。 「あ、あたしの……は、初めて……を、しょ、処女を……あげます」 「ん? 何? 聞こえないよ」 「あたしの、処女を……あげるから……」 「ふふっ、それは凄い覚悟をしたね。でも、気のせいか、その言い方、“イヤイヤあげる”って聞こえるんだけど?」 「あ、ち、違うわ……。そ、そうじゃなくて……あの……その……イ、イヤイヤじゃないの……」 「イヤじゃない? ふーん、貰って欲しいの? 処女を? 俺に?」 「は……い。貰って……くださ……い」 優男はあたしの頬を撫でながら問い続け、あたしはその問いに力無く答え続けた。 「……確か、さっき、“奴隷でもペットにでもなります”って言ったよね。 処女を貰って欲しいって事は、奴隷になる証としてって事でいいの? つまりは、奴隷になりたいって事?」 「なりたいわけ無いじゃない!!」と声高に喚けたらどれだけすっきりするだろう。しかし、あたしは力無く頷く。屈辱と諦観。涙が溢れてきた。そんなあたしの耳元で優男の囁き声。 「きちんと言葉にして御覧……」 「は、はい。……ど、奴隷になりたい……です」 「奴隷の様に、じゃなくて、奴隷そのものになりたいんだ?」 あたしは、その問いに再び力無く頷いた。悔しくて情けなくて声を出せない。涙が頬を伝う。人前で涙を流すのなんて久しぶり。あたしは慌てて右手で口元を押さえ更に俯く。左手はスカートの裾を握り締めたままだ。そのまま歯を食いしばり身体から溢れてくる悲憤を耐え忍ぶ。無心で耐えているあたしに、優男が冷徹な声で語りかけてきた。 「嫌ならそれで構わないよ、俺は。さっさと、依頼済ますだけだし」 「ま、待って!! ……あたしをあなたの奴隷にして下さい。……お願いします」 「ふーん。念のために言っておくけど、お前さんが奴隷になったら昨日みたいなエッチな事一杯一杯しちゃうけど、それでもいいの?」 「はい……か、構いません」 「くくっ、その様子だと本気で覚悟決めたみたいだね。それじゃ、約束通り連絡しないであげる。 勿論、イヤなら反抗すればいい。誰かに相談するのも有りだ。その時点でお嬢ちゃんは晴れて自由の身になれるからね。俺は止めないよ。 そうなれば、俺も遠慮せずに連絡が取れるしさ」 男の言葉にあたしは小さく首を振る。あたしが自由になるって事は、その引き換えに明日香ちゃんが……。 指切り拳万と明日香ちゃんの笑顔が脳裏を去来する。あたしに全幅の信頼を置く素敵な笑顔。ダメ、その笑顔をあたしは裏切れない。 「じゃあ、もう1度お願いして御覧。心を込めてさ」 幾度も躊躇いながら、幾度も訂正されながら、あたしは頭を下げ屈辱的な言葉を口にした。 「あ、あたし……涼宮ハルヒを……どうか……ど、奴隷として……お傍に、置いて下さい。お願いします……。ど、どんな事でもしますから。 その……証、として……あたしの、しょ、処女……を、どうか、も、貰って……下さい」 あたしは唇を噛み締め、湧き上がる屈辱感・恥辱感に身を振るわせた。目の前が真っ赤になり身体がふら付く。 優男に顎を掴まれ瞳を覗き込まれた。恥ずかしい。耳まで真っ赤になるあたし。何か喋ろうとするが、全く言葉が出てこない。 「奴隷になりたいってお嬢ちゃんのお願い、聞いてあげる。だから、俺の事は“御主人様”って呼んで御覧」 気が付けば、昨日までの穏やかでノンビリ屋の優男に戻っている。あたしは知らず知らずのうちに安心し、要求された単語を口にしようとして口篭る。誰かが「それを口にしたら後戻りできない」と訴えているのが、何故だか理解できたから。その内なる声に耳を傾けようとした矢先、優男の「お嬢ちゃんの覚悟を見せて欲しいな」って呟きを耳にしてあたしはオズオズと小さな声で、 「ご……御主……御主人……さ……ま」 って呼びかけたわ。その瞬間、あたしの中でゾワリと湧き上がる得体の知れない感情。ゾクゾクと背筋を昇る何か……。それは決して不快なモノじゃないの……。な、何? この感覚……? それの正体について深く考える前に、優男の声が耳に届いた。 「もう1度呼んでみて」 「あ、はい……あの……御主人様」 「いい子だ。お嬢ちゃん……いや、ハルヒ」 「!!」 唐突に名前を呼ばれた。思わず睨み付け様として思い留まり、目を閉じ大きく深呼吸する。あたしを名前で呼ぶ男の子の顔が目の前で浮かんで、そして消えた。 落ち着けあたし。卑怯な事したからこんな事に……それに明日香ちゃんのため、コイツの機嫌を損なう訳にはいかないわ。1ヵ月我慢すればいいの……。たったそれだけなんだから。 優男……いえ、御主人様の機嫌を損ねる事だけは避けないと。 そう、この人はあたしの御主人様。御主人様なんだから。1ヵ月だけとはいえ御主人様。 あたしは心の中で呪文の様にその単語を繰り返す。自分に言い聞かせるために。覚悟を固めるために。 「ホントにいいの? そんなに自分よりも明日香ちゃんの方が大切なの?」 あたしはそんな囁きに対し、コクリと頷く。 「か、覚悟を決めたわ……いえ、決めました。奴隷でもペットでも何にでもなります。だから、もう聞かないで……」 優男……いえ、御主人様、うん、これから1ヵ月はそう呼ぶ事にするわ。御主人様はあたしを優しく抱き締めて立たせた。耳元で囁かれる。 「じゃあ、今から1ヵ月の間、ハルヒは俺の奴隷。おれは持ち主としてハルヒを支配する。支配してあげる。いいね?」 支配……。その単語が耳から入った瞬間、先程の言い知れぬ何かがザワザワと心の中で蠢くのを感じた。あたしはゴクリと喉を鳴らし、男の胸に顔を埋め小さく頷いたの。 「それじゃ、早速、昨日の続きをしようか?」 「は、はい……え? 続き?」 「そう、続き。だって、処女貰って欲しいんでしょ? 勿論、嫌ならいいんだけど?」 「い、いえ……嫌じゃないです」 あたしは蚊の鳴く様な声で受け答えをする。そんなあたしの背中をトントンと叩きつつ、御主人様は問いかけた。 「……ホントに本気なんだ。そこまで自己を犠牲できるんだ……凄いね、ハルヒは。 じゃあ寝室に行こうか? それともシャワー浴びる?」 「ひぐっ、やぁ……あっあっあ!!」 あたしはベッドの上で仰け反った。昨日と同じ様に男の唇や舌、指先に掌が肌の上を満遍なく触れ摩り愛撫する。既に行為が始まってから30分以上が経過していた。 即座に無理やり処女を奪われる事を覚悟していたあたしは、ちょっと拍子抜けしたの。これってば、まるで恋人に対する愛撫そのものなんだもん。そのせいか、それとも2度めだからか、昨日ほど緊張もせず自然と身体を預けているあたし。そして、昨日以上に脳天を直撃する桃色の刺激。 「辛かったら言いな。ペース落とすからさ」 「んっ!! ……だ、大丈……夫……あぁ!!」 「そっか。無理はしないようにね。……此処までは昨日と同じ。此処からが未知の体験って事になるのかな?」 時々、指を唾液で湿らせながらあたしの秘所をそっと指先で愛撫していた御主人様は、あたしの股間に顔を埋めた。 ピチャ……。その舌があたしの秘所を舐め上げた。腰が思いっきり跳ね上がる。 「あん!! あっ……そ、そこ、汚い……」 舌と指で弄り回されるあたしの秘所。湿った水音が次第に大きくなる。それに比例し、あたしの身体の畝りも大きくなっていく。恥ずかしくて気持ちよくて、もう訳が判らない……。 「ふふっ、気持ち良さそうだね、ハルヒ……。もっと舐めてあげる、この綺麗なピンク色のオマン●を……ほら」 「あぁ!! 恥ずっ……あぐっ、んんっ!!」 御主人様が指先で秘所を優しく撫でながら、クリトリスに口付けを1つ。思わず声が漏れる。痛い位の刺激。上半身が捩れ、両手がシーツをきつく握り締める。指先が白くなるまで。 「ハルヒ、さっきも言ったでしょ? 気持ちがいい場所教えてって……ここはどうかな?」 「あぁ!! そこっ、き、気持ちいい……んっ、……です。あう!! 御……御主人様!! あ、ダ、ダメッ!!」 頭を激しく振って、感想を口にするあたし。強制されてるのか、それとも本心なのか、もうあたしにも判らない。 そして、それとは別に、あたしはずっと心の中で呟き続けていた。 「あたしは奴隷……御主人様の奴隷……この人はあたしの御主人様……」 そうでもしないと、自分を誤魔化せないから。 そんなあたしの秘所を、指で舌で唇で愛撫する御主人様。時折思い出した様に太腿や胸、腰も摩られ、その度にあたしを包み込む甘い波動。 「ひっ……あっあっあ!!」 頭が弾けそうな感覚があたしを飲み込もうとしていた。不定期にあたしを襲っているそれの極大バージョン。 来る来ると本能が叫び声を上げ、そして、思いっきりクリトリスを吸われた瞬間!! 目の前で眩しい光が爆発し記憶が跳んだ。 「んっっ!!」 全身がこれ以上無い位突っ張り、背骨が仰け反る。呼吸が出来ない。苦しい……。 「かはっ……」 筋肉が弛緩し、クタリと脱力。酸素を求めて肺が空気を大量に吸い込む。 未知なる体験。意識が霞となって漂い、身体のあちこちでジンジンと痺れる微かな電流が奔る。まるで心と身体が手綱を離れて自由気ままに動き回るかのよう。 あたしの口から切なげな吐息が漏れ、御主人様があたしの表情を伺い尋ねる。 「大丈夫? ハルヒ? きつかった?」 「大……丈夫。初めて……だから……戸惑ってるだけ……です」 「ホント、きつかったら言いなよ。それで負けって事にはしないから……」 あたしは気だるげな表情で頷く。そんなあたしに御主人様の顔が近づいてきた。キスされる……瞬間的にそう悟ったあたしは、しかし身体を硬くしたまま身動ぎ1つしなかった。徐々に唇は近づき、あたしのそれに触れる瀬戸際で方向変換、頬へ。御主人様が気まずそうな表情で呟く。 「御免御免。確か、願掛けしてるんだったよね。忘れてたよ……」 「あ……覚えて……」 あたしは身体を駆け巡る快楽の波を一瞬忘れて、御主人様見つめた。嬉しい……。何でだろ、ホントに嬉しいの。 「そりゃあ、女の子の願掛けって重大な事だからね……。で、どうする? 身体もちそう?」 「大丈夫……です。……続けて」 御主人様は頷き、あたしの股間へ顔を移し再び埋めた。股間に舌が触れる感触。ゆっくりと上下に摩り徐々に内側へと沈んで行く。ピチャピチャと舌が奏でる卑猥な音があたしを興奮させた。 「あ……あぁ、んっ……」 再びあたしの口から甘い吐息が漏れる。優しく舐め、突付き、刺激を加えられるあたしの秘所。ゾクゾクッと背筋を電流が昇っていく。 「あっ!!」 腰が自然と畝り太腿が突っ張る。激しい呼吸音。ホントに気持ちがいい……。 股間から御主人様が顔を上げ「ハルヒ?」と呼び掛けてきた。あたしは視線を下げその顔を視界に捉える。指は上下にゆっくりと動いたままだ。 「ああっ、は、はい……あん!!」 「中に指入れるよ?」 御主人様の問い掛けるその意味を悟り、あたしは一瞬躊躇した。でも、それもホントに一瞬だけの事。桃色一色に染まった本能に支配されたあたしは躊躇う事無く頷いていた。 「あ、でも……い、痛くしないで……」 「勿論だよ、そのためにあちこち愛撫してるんだから。でも念のために……」 何時の間にか、御主人様があたしの太腿に挟まれた位置に正座で座っていた。その手には黒いチューブが握られ、それから捻り出された透明なジェルを右手の人差し指に塗りつけていた。 「……ん? あぁ、これ? ローションだよ。滑りを良くするためのね」 あたしの視線に気が付いた御主人様が解説してくれる。 「ローション?」 「そ、ローション。まだ、ハルヒの蜜の粘度じゃきついと思うんだよね。 あ、心配しないで、変な成分は入ってないからさ。ホントに純粋な意味での潤滑油だから」 殆ど意味が判らないけど、あたしは頷いた。酷い事をされる訳じゃなさそうだし……。 指に塗り終わった御主人様は、再び股間へと顔を近づけて行き、「リラックスしてて」「痛かったらきちんと言うんだよ?」って囁き声が聞こえた。 秘所を指がゆっくりと弄っている。それが何かを探るようにそこを掻き回し、そして、ゆっくりと恐る恐る……。体内に異物が侵入してくる感覚。初めての感覚。一瞬軽い違和感が股間を奔った。例えるなら……喉に魚の骨が刺さったみたいな異物感かしら。 「ん……あ……」 「あっ!! 痛かった? 御免、もう少し我慢して……」 「だ……大丈夫。ほんの少し違和感が……」 「そうか……、緊張しないでって言っても無理だよね。じゃあ、此処、刺激してあげるからね」 その台詞とお豆への刺激が同時だった。口に含まれ転がされるあたしの敏感な突起。 「あっあっあぁ!! んん……ぐっ!!」 その強烈な刺激に翻弄され、違和感を忘れたあたしに御主人様の「指、全部入ったよ」って呟きが届いた。言われてみると、其処には異物感があった。それが中で動いている不思議な感覚。 その感覚に戸惑っていると、御主人様がゆっくりと移動しあたしの上半身を抱えあげた。お姫様抱っこの変形。至近距離から顔を覗かれた。恥ずかしい……。あたしは顔を両手で隠しつつ、反対方向へ顔を背けたの。 「ゆっくりと動かすよ、痛かったら言ってね」 その言葉通りゆっくりと出し入れされる人差し指。違和感は思ったほどではない。凄く痛いってイメージがあったあたしはちょっと一安心。 その指の動きに合わせて、御主人様の唇や舌があたしの耳や首筋と言った上半身に降り注ぐ。あたしは切なげな吐息を漏らし、身体を痙攣させた。そして、時間が経過するにつれ、秘所からジンワリと甘い波動が感じられる様になっていた。それは体内を流れ、指先がピクピクと痙攣する。 「あ……あぁ……い、や……何……これ……」 太腿同士がにじり寄り恥ずかしげに畝り、その直後、御主人様が指をあたしの中から引き抜いた。それに纏わり付いているヌラヌラと光る透明な粘液。イヤらしく滑りを帯びた光。何とも言えない感慨が心の奥から湧き上がる。 そんなあたしを御主人様は再びベッドへと横たえ、頭を1回撫でてから、徐にバスローブを脱ぎだした。いきなり、あたしの視界に飛び込む男性の裸体。キョンや古泉君の水着姿しかまともに見た事が無かったあたしは激しく動揺。 「えっ、あっ、やだ、いきなり……そんな……」 咄嗟に顔を両手で覆った。心臓が思いっきり跳ね回り、大量の血液を頭へと送り届ける。顔が火照る。顔を覆っているはずの指の隙間からその裸体が垣間見えた。幅広の肩幅や割れた腹筋が男性のイメージそのもの。でも、あたしの視線は1点に注がれていた。股間から起立、臍まで反り返り、ビクビクと脈動する棒状のモノ。茸の様でもあり、亀の頭の様でもある形容しがたい形をしたソレ。初めて目の当たりにする男のシンボル。 それが女性の中に入るための存在である事は、幾らあたしでも知っている。でも、実物はあたしの貧弱な想像力を遥かに超えていた。 ちょ、ちょっと……あ、あんなに大きいの!? あんなのが入ってきたら、壊れちゃう!!って言うか入るわけ無いわ!! 混乱するあたしを置き去りに、御主人様はサイドテーブルから薄っぺらいパックを取り寄せる。毒々しいまでの蛍光ピンク。それは、話には聞いた事がある避妊用のゴム製品。 「ハルヒ、ゴム付けるまでちょっと待っててね」 と耳元で囁き、パックから輪っか状のものを取り出し、自らのシンボルに被せて行く。これまた、生まれて初めて見るコンドームの装着現場。 ソレに避妊用ゴムを付けると言う事は、あたし……されちゃうんだ。でも、付けてくれるなら妊娠する心配はないのね。ちょっと一安心。 その行為を食い入るように見つめ、頭の片隅で人事の様に考えるあたし。 蛍光ピンクのゴムがソレを全て覆い尽くす。依然ビクビクと痙攣しているソレ。その様子はあたしを酷く緊張させた。ちょっと怖い……。 「あ……あの……あたし……こ、怖い……。そんな大きいの……無理、です……」 あたしは顔を覆ったままの状態で、御主人様にそう告げていた。 御主人様が無言で覆い被さってくる。思わず身体を緊張させ縮こまるあたしを、抱きしめて抱え上げる御主人様。そのまま髪の毛を優しく梳き、頬を撫でる。 「うん、怖いってのは判るよ、初めてだからね。出来るだけ痛くしないから、任せて欲しいな」 「ホ、ホントに……痛くしない?」 髪の毛を梳かれる感触に安心感を覚えながら、震える声で質問。この時のあたしからはその行為を拒絶するって思考は全く生まれなかった。 「うん。念のため、さっきのローションもたっぷり使うね」 御主人様はその発言通り、再びあたしを横たえて指を挿入。あたしの中を壊れ物を扱う様に優しく掻き回しながら、ローションを塗っていく。指が出入りする度に、あたしは小さく呻いた。既に違和感の代わりに微かながら心地良さを感じるようになったあたしの秘所。御主人様から指摘されるまでも無く、あたし自身の体液も相当量溢れていたの。体液とローションを指が掻き回し、チュプチュプと淫靡な水音が聞こえてくる。身体の芯が疼き熱い波動が身体の隅々に広がっていく。 「あっあっ……ん、あ、き、気持ちが……いい」 「そうか、よかった……ハルヒ、そのまま何も考えずに頭を空にして、素直に気持ちよくなって」 「うん、あ……ん、くっ……はぁぁ……あっ」 気が付けば、指は出入りだけじゃなくて、円を描くような動きを加えていた。微かな痛みと、それを超える快感。御主人様は中を掻き回しながら、親指でお豆を軽く押す。 「あんっ!!」 あたしは御主人様の突然の責めに身体を大きく痙攣させた。 だめっ、そこは、だめ……ホントにおかしくなっちゃうの!! 目の前で火花が散り、思考が四散する。そして、「これなら大丈夫かな」と呟いて、御主人様が指を引き抜き、無言でローションをゴムつきのソレに大量に塗して行く。 あたしは裸体を隠す事もせず四肢を投げ出したまま、その行為をボンヤリと見守ったの。そして、御主人様の準備が整い、大きく脚を開いてって懇願された。その方が痛みが少ないからとも。 あたしは躊躇いつつも、素直にその言葉に従った。M字に開脚した自分の膝裏を両手で固定し、秘所を晒すあられもない体勢。ホントにすっごく恥ずかしい……。 御主人様があたしの股間ににじり寄る。手には避妊具を被りローション塗れのソレ。秘所にあてがわれた。身体がビクンと震える。 「あぁ……や、やっぱり……怖い」 「ハルヒ、深呼吸……そうそう、いい子だ。身体を弛緩させて……。ゆっくりと息を吸って」 あたしは言われたとおり、ゆっくり息を吸った。その瞬間、御主人様の身体が少しずつ前進し、膣穴が広げられ肉を掻き分け体内に何かが押し入ってくる感触があたしを襲う。全てが体内に巻き込まれていく幻想が浮かんだ。一瞬、鋭い痛みが奔り息が詰まる。その痛みは直ぐにジンジンとした鈍痛に取って代わられた。ただ、想像していたより、痛みは軽く、これ位なら我慢できそうだと頭の片隅で冷静に判断するあたし。 そして、その痛みとは別に、ゆっくりとあたしの中に他者が沈んで行く奇妙な感覚。今までの自分と決別したかのような達観とも諦観とも異なる不思議な感情が心で渦巻く。 内側がソレに擦られ、痛みとも快感とも取れる熱い微かな波動が膣から発生し、自然と畝るあたしの身体。 「んっ……あぁ、擦れ……あん!!」 そして、とうとう御主人様の前進が止まった。上半身を倒しあたしの耳元で囁き声。 「ん、もう、手を離していいよ。……どう? 痛みは感じる?」 「ちょ……ちょっとだけ。あ、でも……大丈夫」 あたしは握り締めていた太腿を手放し、その代わりにシーツを握った。口では大丈夫とは言ったけど、今だ鈍痛は継続中。我慢できないほどではないけど……。 あたしの中でビクンビクンと痙攣する御主人様の分身。お腹が張ってる様な競り上がってくる様な不思議な感じ。それよりも……あんな大きいモノが無事に入っている方が不思議かも。 「ん、無理はしないで欲しいな。初めてで痛くないわけ無いんだから」 「あ……でも、ホント、大丈夫……」 か細い声でそう告げると、御主人様はニッコリと微笑み、「いい子だ」と頬に口付けをしてくれたの。 初めての時に動くと傷を抉るのと同じで凄く痛いんだって。だから入れるだけに留めたって言うのは、後から聞かされた話。 御主人様は挿入後、ゆっくりと慎重に体位を変えていった。あたしもその指示に素直に従ったわ。 気が付くと、あたしは挿入されたまま、お姫様抱っこされる不思議な体勢になっていた。御主人様曰く「虹の架け橋」って体位らしい。あたしは不安定なその体位になった瞬間から、御主人様に縋りつきっぱなしなの。 御主人様がシーツの1点を見るよう促した。言われた箇所に視線を止める。 ごく僅か、小指の先ほどの範囲ながら、血痕が付いていた。あたしの破瓜の証。 想像してたよりも少ないかも……。もっとドバッと出るんじゃないかと思ってたから、これまた拍子抜けした位。 その後、御主人様は殆ど出し入れをしなかった。動くには不向きな体位って理由もあるみたいだけど、まるで挿入した事を忘れてるかの様に、舌や唇、指に掌を駆使してあたしのあちらこちらを愛撫。それから生まれ出た快感は全身を駆け巡り、あたしを翻弄した。 それらに呼応したのか、御主人様の分身が沈んでいる膣も熱を帯び、その侵入者と共にビクビクと痙攣。言い知れぬ刺激と疼き。我慢できない……。 その快感にあたしは幾度も意識が跳んだわ。頭が真っ白に染まる病み付きになりそうな快楽。 最後はお豆を重点的に責められ、御主人様にしがみ付き、はしたなく喘ぎながら大きく痙攣して果てたの。御主人様の背中に深い爪痕が残る位強く抱きついたわ。それが初めて天国へと連れて行かれたのを自覚した瞬間だった。 【さよなら】
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『ゆっくりそだっていってね!(前編)』 24KB いじめ 制裁 愛情 日常模様 群れ 野良ゆ ゲス 現代 超おひさしぶりです 『ゆっくりそだっていってね!』前編 作/カルマあき 「まりちゃちゃまはしゃいっきょうっなのじぇ!! きちゃないのらをしぇいっしゃいしちぇやりゅのじぇ!!ぷっきゅー!!」 「きゃわいいれいみゅはあいどるにゃんだよ!! れいみゅのきゃわいいきゃわいいすがちゃをみちゃいにゃら、あみゃあみゃもってきちぇねっ!! あみゃあみゃがくりゅまで、れいみゅのゆっくちできりゅおうちゃはおあじゅけっ!!だよっ!!」 「…………」 「あ~あ~。こりゃ、ひどいもんなのぜ」 ――――――――――――――― まりちゃとれいみゅは飼いゆっくりだった。 のーびのーびしても見渡せないほど広い家の中で、生まれた時から大事に大事に育てられていた。 連日あまあまを持ってきてうんうんを片付ける奴隷、暖かくて柔らかい寝床とお洋服、適度な空調と照明、 朝から晩まで自分たちを褒めそやしてくれる両親に囲まれて、幸せ一杯に育ってきた。 何一つ不自由のない生活、それでも二人はまだまだ足りないとばかりに毎日ゆっくりを貪ってきた。 やがて家族は捨てられた。 理由は教えられなかったのでよくわからない。 奴隷たちと両親がやかましくわめき合っていたが、お腹もすいていたし、興味もなかったので聞いていなかった。 「躾け」「約束」「ゲス」「去勢」などという単語を何度も聞いたような気もする。 とにかく、気がつくと家族四匹は篭に入れられたまま「おそらをとんでるみたい!」と叫んでおり、 その後路地裏に放置され、奴隷は背中を向けると振り返りもせずに去っていった。 それ以来あまあまが運ばれてくることはなかったし、汚いうんうんはいつまでたっても消えてくれなくなった。 甘やかされて増長しきった飼いゆっくりの家族が捨てられた、そのこと自体は、 人間社会ではごくごくありふれた日常茶飯事だったが、 何が起こったのか知るよしもない二匹の子ゆっくりには納得できるはずもない。 年のわりに拙い口調で、連日の不満、空腹や寒さや悪臭を両親に訴え、泣きわめいた。 両親は必死に何かを諭してきたが、二匹には両親の言っていることは理解できなかったし、 自分たちがゆっくりできていないというこの状況に妥当性があるなどということは考えられなかった。 「しかたがないんだよ」「がまんしてね」「いいこだからゆっくりしてね」 どれもこれも意味がわからない。このウドの大木どもは何をわめいてるんだ? 話をしたいなら、まずは自分たちをゆっくりさせてからだろう?それが順序というものだ。 口を開けば「げす」「しね」を連呼するようになった子供達を前に、 両親はついに野良の群れに入ることを決心した。 飼いゆっくり生活の中で、ずっと見下し、蔑んできた野良ゆっくり。 そんな連中に助けを求めることを、両親のプライドはこれまで是としなかったが、 愛する我が子からの悪罵耐え難く、両親は近所の公園に赴き、群れの首領に頭を下げた。 「むれにはいるのはかまわないけど、じょうっけんっがあるわ。むきゅっ」 「ゆゆっ?なんでもいってね!! まりさはかんっだいっだから、のらのおねがいでもきいてあげるよっ!!」 「……そのおちびちゃんたちは、わたしたちにあずけてちょうだい」 育ち盛りの子供を親から引き離すという不当な要求に両親は抗ったが、 公園内での寝床と狩り場使用権の提供をちらつかされ、生活のために涙とかなしーしーを呑んで屈服せざるをえなかった。 かくて、まりちゃとれいみゅの姉妹は、公園の群れ内で運営される「がっこうさん」に預けられることとなった。 学校では、教師役の大人たちに引率されて沢山の子供がいた。 まりちゃ達と同じくらいのもいれば、もっと年上の子たち、年下の子たち、大勢いたが、 まりちゃとれいみゅは気後れすることなく、子供達に向かって元気な挨拶をした。 「ゆぷぷぷっ!!どいちゅもこいちゅも、あちゃまのわるしょうなおきゃおしゃんなのじぇ!! やい、まりちゃちゃまのどりぇいになりちゃかったらどげじゃをすりゅんだじぇっ!! こうきっなまりちゃちゃまのしーしーをのまちぇてやるのじぇ~♪ありがちゃくいただきゅのじぇえ~♪」 「ゆゆーんっ!!きたにゃいのりゃのくしぇに、かっちぇにきゃわいいれいみゅをみにゃいでにぇっ!! れいみゅのきゃわいいきゃわいいすがちゃをみてゆっくちしゅるのは、のりゃにはもっちゃいにゃいよっ!!」 「やれやれなのぜ……」 子供達に向かってイニシャル入りの洋服に包まれた尻をぶりんぶりんと振ってみせる姉妹の前に、 一際大きくて精悍なまりさが立ちはだかった。 「まりさはまりさなのぜ、このがっこうさんのこうっちょうっなのぜ。 わかってないようだからさいしょにはっきりいっておくのぜ、おまえたちはここでべんっきょうっするんだぜ」 「ゆはあああぁぁぁ~~~~ん?にゃに?げしぇんなのりゃがにゃにかいっちぇるのじぇええぇぇ~~~? しゃいっきょうっのまりちゃちゃまのこうきっなおみみしゃんには、おこえがきちゃなしゅぎてきこえにゃいのじぇぇぇ~~♪」 「ゆきゃきゃきゃきゃっ!!のりゃゆっくち~♪のりゃゆっくち~~♪ きゃいゆっくちであいどりゅのれいみゅとおはなちちたいんでちゅか~~? やじゃよ~~ん♪く~~じゅ♪く~~じゅ♪」 「ちっちっちっ…………」 なにかの音がする。 まりちゃとれいみゅを感情のない目で見下ろしながら、校長のまりさが口に咥えた串を鳴らしていた。 「ま、まりさ……おんびんにね、むきゅ」 「おんびんなこそだてのけっかはたくさんみてきたのぜ、おさ? おんびんじゃだめだからがっこうさんをつくったんだぜ」 「ゆああぁぁ~~~~ん?のりゃどもがにゃにこしょこしょくっちゃべっちぇるのじぇえぇ~~? おい!!まりちゃちゃまのめーれーなのじぇ、しょこでちーちーもらしにゃがらどげじゃしゅるのじぇっ!!」 「いやなのぜ」 言いながら、串を咥えたまりさが舌を振るい、まりちゃの側頭部を強打した。 視界が反転し、雲が足元を走り、土が頭上を飛び過ぎていく。 ごろごろと転がった末にまりちゃは地面に横たわった。 「…………………ゆ?」 生まれてから一度もなかった初めての経験、殴打の鈍痛をようやく知覚、認識し、 その性質をたっぷり時間をかけて咀嚼した後、まりちゃはぶるぶるぶるぶると震えだした。 口元が震えながらぱくぱくと開閉し、表情のない目元にみるみるうちに涙が溜まってゆき――やがて爆発する。 「ゆっぴゃあああああああああああああん!! いっちゃああああああああああい!!いっちゃい!!いっちゃい!!いちゃいよおおおぉぉぉ!! おきゃーしゃっ!!おきゃーしゃああああん!!ぺーりょぺーりょ!!ぺーりょぺーりょしちぇよおぉぉぉ!! ゆぎゃあああああああ!!おうちきゃえるうぅぅゆびゃああああーーーーーーっ!!」 帽子が脱げていることにも気付かず、涙と涎と糞便を撒き散らしながらびたびたと悶え回るまりちゃに、 串まりさが歩み寄ってきて言った。 「で、だれがどげざするのぜ?」 「ゆびゃああああん!!ゆっびゃあああああーーーーーん!!ゆぅああーーーーーーーん!!」 「おまえはさいっきょうっなんだぜ?まりさをせいっさいっするんだぜ?はやくするのぜ」 「ゆんやあああああ!!ゆっぐぢいいぃぃ………ゆびぇえええ!!」 「うるさいのぜ」 串まりさが、舌でまりちゃの頬を再び打った。 先ほどよりは弱かったが、まりちゃにはそれこそ天地のひっくり返る激痛である。 顔中を涙と涎でぐじゃぐじゃにしながらさらに泣き喚く。 「ゆぶああああああ!!いぢゃいよぉぉ!!いぢゃいよぉおぉぉぉ!!!」 「だまるのぜ」 言いながら串まりさはまた殴りつける。 「あびゃあああああ!!ゆぶぎゅっ」 「うるさいのぜ」 「いぢべるううう!!ぐじょばりじゃが、ばりじゃをいじべ……びょっ」 「だまるのぜ」 「おぢょーじゃああああん!!だじゅげ………ぎょっ」 「なきやむのぜ」 泣き喚くまりちゃを、黙るように言いながら串まりさは殴り続けた。 殴られ続けて顔中を紫色に腫らしたまりちゃは、涙と涎としーしーを吸って湿りきった服をびちゃびちゃと地面に引きずりながら、 他の子供たちの元に這いずろうとする。 「だじゅっ……だじゅげりょぉ………ぐぞのりゃ……ばりじゃじゃまをだじゅげろぉぉ………!」 「まりさのはなしをきくのぜ」 あくまで淡々とした口調ながら、串まりさはまりちゃの頭をもみあげで掴んで荒々しく引き寄せ、自分の目の前にぶら下げた。 「おまえはさいっきょうっなのぜ?なんでたたかわないのぜ?」 「ゆぐっ………ゆぐっ…………やべろぉ………ぐじょのりゃ……ぎょべ!!」 「しつもんにこたえたらやめるのぜ」 言いながら、串まりさは手加減しつつもまりちゃを地面に叩きつけ、また吊り上げる。 「さいっきょうっなのになんでたたかわないのぜ?」 「ゆぶぇえええぇぇえぇ………ゆぶっええええええぇぇん………びょ!!」 「さいっきょうっなのになんでたたかわないのぜ?」 「ゆびゃああん!!おぢょーじゃ………ぎゃば!!」 「さいっきょうっなのになんでたたかわないのぜ?なんでおとーさんをよぶのぜ?」 「ゆぎっ………ゆびゅっ………ゆぐ……ゆぐ………」 ひっくひっくとしゃくりあげながらまりちゃは黙りこむ。 返答が返ってくるまでしばらく待った後に再び地面に叩きつけ、串まりさは執拗に繰り返す。 「さいっきょうっなのになんでたたかわないのぜ?」 何度も何度も質問と打擲が繰り返され、その過程でまりちゃはひとつずつゆっくりと学習していった。 自分が質問をされていること。 質問と関係ないことを喋れば殴られること。 黙っていれば、相手が返答を待っている間は殴られないが、長引けば結局殴られること。 両親も周囲の野良も、誰も助けてくれないらしいこと。 自分が答えるまで終わらないらしいこと。 山ほど殴られてようやくひとつを理解し、次のひとつを理解するまでにまた山ほど殴られる必要があった。 歯や目など、赤ゆっくりのもろい身体器官がひとつも壊れていないのは串まりさの訓練された技術のゆえだったが、 それでもまりちゃの顔はぱんぱんに腫れあがり、ただの歪んだ筋になった目からつたう大量の涙が、 でこぼこになった顔面の凹凸に沿ってぐねぐねと蛇行して流れを作り、着ている服に染みてゆく。 そこまできてようやく、まりちゃは相手の質問を理解し、答えようと努力しはじめた。 「ゆ゛っ………え゛っ………おば、おばえ………が………」 「まりさが?なんだぜ?」 「おば、えが………ひぎょう、な、て………を………」 「ひきょうなてをつかったっていうのぜ? じゃあきくのぜ、まりさとおまえのけんかにどんなるーるさんがあるのぜ。 ひきょうってことはるーるさんをやぶるってことなのぜ、るーるさんをおしえてくれなきゃまもれないのぜ?」 「ゆ゛…………」 「どんなるーるさんなのぜ?」 「………うるじゃいいぃ!!へりくちゅをいうにゃあああぁぁ!! おまえがひきょっ………ぎゅぶっ!?」 また叩きつけられ、そして串まりさが同じ質問を繰り返した。 「どんなるーるさんなのぜ?」 餡子混じりの涎を垂らしながら串まりさの目を見つめてぶるぶる震え、まりちゃはぷしゃっ、とおそろしーしーを吹き出した。 さすがに学習していた、きちんと答えなければまた延々と叩きつけられる。 逆ギレして叫んでもなんの解決にもならない。まりちゃは必死に餡子脳を回転させる。 「しょ、れは…………」 「どんなるーるさんなのぜ?」 「ど、どうぎゅを………ちゅかっちゃいけにゃい、のじぇ……しょうなのじぇ!! おまえはぷーしゅぷーしゅしゃんをもっちぇるのじぇっ!!ひきょうなのじぇえ!!」 「これはくわえてるだけでべつにつかってないのぜ。 ま、じゃあこれはすてるのぜ、これでいいのぜ?さいっかいっするのぜ」 串を投げ捨て、まりちゃを地面に下ろすと串まりさは再びまりちゃの前に立ちはだかる。 まりちゃは再びおそろしーしーを漏らし、別のことを言い出した。 「ち、ちがうのじぇっ!!ふいっ、ふいうちっだっちゃのじぇ!! まりちゃがまだはじめっていっちぇにゃかったのじぇ!!ひきょうなのじぇっ!!」 「けんかにはじめのあいずなんかないのぜ。 ま、じゃあはじめのあいずをするのぜ、それでしきりなおしなのぜ。ほれ」 「!!…………………」 まりちゃはがたがたぶるぶると震える。 これまで、まりちゃにとっての大人ゆっくりは、自分たちの体当たりになすすべなく無抵抗で涙を浮かべる両親のみだった。 大人どもはただ図体ばかり大きいウドの大木で、自分こそが「さいっきょうっのえいっゆん」だと信じていた。 今、はるか高みから見下ろしてくる大人ゆっくりの姿は、 ウドの大木どころか、暴力的な猛獣の圧力を帯びて迫ってきている。 おそろしーしーはさっきからノンストップで流れ続け、着ている服はすっかり濡れ雑巾になっていた。 赤ゆっくりの餡子脳では他の言いがかりも思いつかず、激痛で這いずることもままならない身体では喧嘩など思いもよらない。 悔しかったが、まりちゃは言わざるをえなかった。 「にゃ、にゃ、にゃ、にゃにがしししししきりにゃおしなのじぇえぇ!! おま、おまえのひきょうなてでこんにゃにけがしちゃったのじぇ!! こんにゃんじゃもうたたかえにゃいのじぇえ!!あんふぇあーなのじぇええ!!」 「おっと、ごもっともなのぜ。うっかりしてたのぜ~~」 意外にも、串まりさはあっさりと引き下がった。 「たしかにそんなじょうったいじゃけんかはできないのぜ。 じゃ、しょうぶはおあずけにするんだぜ。そのけががなおったらけっちゃくをつけるんだぜ」 言いながら串まりさは串を咥え直し、落ちていた帽子をまりちゃの頭に戻す。 「そういうことだからまりさはまだどげざはしないんだぜ。 けっちゃくがついておまえがさいっきょうっだとわかったらどげざしてやるのぜ。 きょうはもういいのぜ、そこでやすんでるのぜ」 「………………」 まりちゃは泣きながら震え、ただ黙っていた。 とにかく、もう殴られないですむんだという安堵感だけが今のまりちゃを支配していた。 串まりさは背を向け、他のゆっくりに向かって言った。 「さ、しんいりのあいっさつはおわりなのぜ。 きょうのじゅぎょうさんをはじめるのぜ!」 学校のゆっくり達が背を向けて離れていく。 満身創痍で震えるまりちゃの傍らで、れいみゅが一人ぐねぐねと踊り、笑い、わめいていた。 「ゆっきゃきゃきゃっ!!よわよわまりちゃ~~♪よわむちまりちゃ~~♪ しゅっごくかっきょわるかっちゃよっ!!こんにゃのがおにぇーちゃんだにゃんてれいみゅはじゅかちいよ!! ゆっぷぷぷぷっ♪しーしーくちゃいきちゃないまりちゃはちかじゅかにゃいでにぇっ!!おお、あわりぇあわりぇ!! ………くちょどりぇい!!あみゃあみゃはまだこにゃいのかああぁぁっ!?」 ――――――――――――――― 「むきゅ……だいじょうぶかしら……」 「さーしらないのぜ、だいじょうぶじゃなきゃのたれじぬだけなのぜ。 どのみちやくたたずをおいておくよゆうはないんだぜ、ついてこれなきゃえいえんにゆっくりしてもらったほうがいいのぜ」 ちっちっ、と口にくわえた串を鳴らし、串まりさは地面と睨みあっている。 ぱちゅりーは広場の隅に取り残されたまりちゃとれいみゅを遠目に眺めながら呟いた。 「それはそうなんだけど……きびしすぎるんじゃないかしら? ほかのおちびちゃんにはあんなにしないでしょう?」 「ゆん、しょうじきまりさもよくわかんないんだぜ。やりすぎかもしれないのぜ」 「むきゅう、それなら……」 「でも、あんなげすがはいってきたのははじめてなんだぜ。 のらにもげすはおおいけど、にんげんがそだてたげすってのはやっぱりひとあじちがうのぜ~」 「そうねえ……」 「かいゆっくり、のらゆっくり、おとなからおちび、きしょうしゅまで、 まりさもたくっさんのゆっくりとかかわってきたのぜ。 でも、あそこまでひどいげすがこうっせいするのはみたことないし、できるともおもえないのぜ。 ふつうにそだてたらぜったいむりだから、とりあえずびっしびしやってみたんだぜ。 それとも、おさにはこうっせいさせるあてがあるのぜ?」 「……そういわれるとだわね。やっぱりまりさにまかせるわ。 でも、これいじょうむれのみんなにこわがられるとやりにくいんじゃないかしら?」 「ゆっへっへっへっへ!な~にをいまさらなのぜ。 いつもいってるのぜ、こわがられるのがまりさのしごとなんだぜ」 それにしても程度というものがあるのではないかと思いつつ、ぱちゅりーは息をついて口をつぐむ。 まりちゃが心配というのももちろんだが、 むしろ赤ゆっくりを打ち殺すことで串まりさと群れの間に取り返しのつかない軋轢が生まれるのではという懸念が大きかった。 そんなぱちゅりーを尻目に、串まりさは地面の小石を舌で動かす。 「ちぇんとありすのおうちはここでいいのぜ?」 「そうね、もうすこしみぎにしてちょうだい。ここのすきまさんがあそんでるわ」 「じゃあついでだから、れいむもずらすのぜ。かだんさんにおうちがはみでてたんだぜ」 地面には公園の見取り図が串で描かれている。 公園に住む野良ゆっくりを個別に表す小石を動かし、二人は住宅調整の談合をしていた。 住民推移の激しい群れの中では、人に迷惑をかけず、群れを管理しやすい状態を保つために頻繁な場所替えが必要になる。 ぱちゅりーは公園に住みつく野良ゆっくりの群れを統括する長である。 串まりさはその幹部であり、実質的にナンバー2の位置にいた。 その腕っ節においては右に出るものがなく、立ち居振る舞いも荒っぽいもので、群れの皆には恐れられ、疎まれている。 しかし、群れの中でぱちゅりーには解決しきれないトラブルを腕ずくで片付けてくれる事件屋のような存在であり、 その威圧感で群れ内の治安に目を光らせている、大変に有能な幹部であった。 仲間内にはほとんど知られていないが、腕だけでなく頭のほうも相当に切れ者で、 群れ内の煩雑な諸事の相談ができる、ぱちゅりーにとってはほとんど唯一の相手である。 「で、おさ」 「むきゅ?」 「あのしんいりどもはどうしてるのぜ?」 「ああ、まりさとれいむ?だんぼーるさんをしきゅうしておいたし、かりばもおしえたんだけど。 やっぱりうまくいかないみたいね、もんくばかりいっているみたい」 「ゆっへっへ。きちょうなだんぼーるさんを、しんいりにゆうせんしてあたえるほうしんでむれのみんなにもんくをいわれ、 だんぼーるさんをあげたしんいりにもまだたりないってもんくをいわれる。 まったくおさもたいへんなのぜ~、まりさはきらくなかんぶでよかったのぜ。ゆへへへ」 「むきゅ」 わかったわかった、というようにぱちゅりーはもみあげを上げてみせる。 串まりさはときどきこういう物言いをするが、 それは折にふれ、自分に代わって長になってはどうかと勧めてくるぱちゅりーへの牽制だった。 ぱちゅりーは自分よりもこの串まりさのほうが有能だと考えていたが、串まりさには長になる気はないようだった。 「おさのわたしより、いまのあなたのほうがたいへんだとおもうけど」 「ちっちっちっ……ばかいってんじゃないのぜ。 そんなことよりそのまりさとれいむなのぜ。くれぐれも、がっこうさんにはちかづけないようにたのむのぜ。 おやがいるとおちびはたよろうとするし、おやのほうもおちびばなれできないのぜ。 がっこうさんは、おやのほうをきょうっいくするためでもあるのぜ」 「そうね、おやのほうはわたしたちでしっかりみておくわ。 まりさはおちびちゃんのほうにしゅうちゅうしてちょうだい」 「りょうっかいなのぜ」 この群れは、人間の街の中にある大きな公園に住みついている。 人里に住みつく野良ゆっくりは、個々は弱いが、駆除しても駆除してもどこからともなく湧いてくる。 いちいち駆除するよりは、適度に住みつかせていたほうがゆっくり間での個体調整も働きコスト的に合理的なので、 この街では、目に余らないかぎりは野良ゆっくりは黙認のスタンスとなっていた。 とくに、この公園の群れは長のぱちゅりーが人間との折衝に心を砕き、 群れを抑制することで他に類を見ないほどの規模を実現している。 自制心の薄いゆっくり達の動向を管理するにあたって、串まりさの示威も大いに寄与していた。 そんな群れの中で、最近になって新しい制度が導入された。 「がっこうさん」がそれであり、 赤ゆっくり期を脱した子ゆっくり達を一旦親元から引き離し、群れの幹部の元で集団行動をとらせ、 狩りの仕方や群れの掟、人間相手の振舞い方などの諸事を教えるというものだった。 発案はぱちゅりーである。 常々、群れの中で発生するトラブルの中でも上位にくる「こそだて」問題に頭を悩ませていた。 ゆっくりはまず例外なく親バカと言ってよく、 親バカに褒めそやされて育つ子ゆっくりは、大なり小なり増長し、ゲス気質を持つことも珍しくない。 おおむね群れの中で育つうちになんとか社会との折り合いをつけていくものだが、 どうしてもひどいのは出てくるし、また、子供を溺愛するあまり常軌を逸する親のほうも無視できない問題だった。 抜本的な改革に踏み切ったのには、特にひどいケースを目の当たりにしたことがきっかけだった。 かつて群れに入ってきたその親子も、やはり以前人間に飼われていたのだが、 ゆっくり基準で見ても度を越した子煩悩であり、すべてを子供の意のままにまかせ、従い、周囲にもそれを要求した。 そうして育てられていた子供は糞尿を垂れ流し白痴じみて、親子ともども恐ろしく無能で醜悪だった。 その家族は結局我が子を最優先したゆえのトラブルを起こして群れを追放されたが、極端な事例を目にしたぱちゅりーは、 ゆっくりにとって数少ない、そして麻薬的な娯楽である「こそだて」を群れで管理することにしたのである。 そのアイデアを相談された串まりさは、それを群れに発表するに際し、 自分の発案ということにして話すことを、口論の末半ば強引にぱちゅりーに約束させた。 串まりさが予想していたとおり、猛烈な反発に遭った。 自分達なりの教育方針で、子供を自分好みに育てたいと望む親達にとって、 教育という心躍る遊戯を他人に奪われるなど考えられないことだった。 群れからのブーイングを一身に受けながら、串まりさが一喝することでひとまず収まったが、 群れの串まりさへの確執はさらに深いものとなる。 このような制度を考え出し、力ずくで押し通す串まりさは群れの害悪だと考える者は多く、 長をないがしろにして横暴に振舞う串まりさの追放を要求してくる群れの仲間達を、ぱちゅりーは苦労して追い返したものだ。 「ま、がっこうさんのほうもおもったよりはうまくいっててよかったのぜ」 「そうね、おかげさまでね。 もうなんにんも、まりさのもとでおちびちゃんがおとなになったけれど、 どのこもゆうのうで、むれのたすけになってくれてるわ」 「ふーん、あのぼんくらどももおさからみればちょっとはつかいでがあるのぜ?」 「もう……そんなことだから、そのゆうのうなせいとたちからもきらわれちゃうのよ」 「ちっちっ。きらわれてるからゆうのうにそだてられるんだぜ」 実際に、学校の運営はおおむね順調といえた。 子供を奪われる親側からの反発は根強かったが、 むしろ生徒達の側からの支持を受け、学校は大きなトラブルもなくやってきていた。 しかし今、初めて大きなトラブル、少なくともその種になりそうなものが飛び込んできている。 「でも、まりさ。あのおちびちゃんたちがはいってきて、 がっこうさんは、いまがしょうねんばだとおもうわ」 「そうなのぜ?」 「そうよ。がっこうさんをやめさせたいなかまはおおいの。 あのおちびちゃんをちゃんとそだてられなかったら、せんせいがむのうだってせめられるし、 まんがいちえいえんにゆっくりさせてしまったら、ゆっくりごろしのがっこうだってせめられるわ。 むれのみんなが、あのおちびちゃんたちにちゅうもくしてるとおもう。 そだてられないならまだしも、えいえんにゆっくりさせたりしたら……あなたをかばいきれないかもしれないわ」 「ちっちっちっちっ………」 満を持して学校に飛び込んできた、常々危惧されてきた極端なケース。 人間の元でストレスを知らず育ち、甘やかされて自意識を肥大させきったゲスのサラブレッド。 人間ゆっくりを問わず、誰もが挑みながらも膝を屈してきた「ゲスの更生」という大難題に、 知ってか知らずか、この串まりさは挑もうとしているのだった。 「ま、たぶんえいえんにゆっくりしておわりだとおもうのぜ~」 「まりさ!」 「ゆっへっへっへっへ!」 ――――――――――――――― 「ゆんやぁああああっ!!ゆっぴゃああああぁぁ!!」 れいみゅが泣き喚いている。 あちこちに涎を飛ばし、びたびたと尻で地面を叩いて暴れていた。 「おにゃがああぁぁ!!おにゃがじゅいだあああぁぁぁ!! じゃっじゃどあばあばぼっでごいいいぃぃ!! ぎゃわいいぎゃわいいれいみゅがおにゃがぺーこぺーこにゃんだぞおおぉぉ!!? じにぇええぇぇぇ!!ぐじょどれいはじにぇええぇぇぇ!!」 空腹のために、もうずっと泣き続けていた。 その隣のまりちゃも同じように暴れたいのは山々だったが、全身が痛すぎてじっとしているしかなかった。 その前に、大人のありすが立ちはだかる。 まりちゃはびくりと身をすくませたが、れいみゅは全く怖じる様子もなく悪罵と唾を飛ばした。 「おじょいぞくじょのりゃどれいいいぃぃ!! じゃっじゃどあばあばをおげええぇ!!あばあばおいであやばりぇ!!どげじゃじでじにぇええぇ!!」 「そんないなかものなことばづかいはゆっくりできないわ、れいむちゃん。とかいはじゃないわよ」 「っっっっっはあああああぁぁぁ!!? くしょきったにゃいのりゃのくしぇに、 こにょこうきできゃわいいきゃわいいあいどりゅれいみゅににゃにいっちぇるにょおおお!? ばきゃなにょ!?ちぬにょ!?しゃべるにゃ!!ぎょみくじゅ!!」 ふう、と息を吐き、ありすは頭の上に載せていた葉っぱを地面に下ろす。 葉っぱの上には木の実や虫を細かく砕いた食糧が載せられていた。 それを舌ですくうと、ありすは口うつしでまりちゃの口元に運ぶ。 「さ、むーしゃむーしゃしてね。 ほんとはじぶんでむーしゃむーしゃしなきゃいけないんだけど、いまはいたいいたいだからね。とくべつよ」 「ゆ゛………どりぇい………」 「せんせいはあなたのどれいじゃないわよ?」 「うるじゃいぃ……ぐじょ、のりゃぁ………むーじゃ、むーじゃ……げりょまじゅぅぅ」 「ゆっくりでいいわ。がんばってむーしゃむーしゃしてね」 「ぐじょどりぇいいいぃぃぃぃ!! そんにゃよわよわまりちゃなんかいいかられいみゅにけんっじょうしりょおおぉぉぉ!!」 「あなたはうごけるでしょ、じぶんでむーしゃむーしゃしにいらっしゃい」 食糧の載った葉っぱまでは子ゆっくりが歩いて数歩の距離である。 しかし少しでも動くのが嫌だったのと、死んでも従ってやるものかという意地がれいみゅを固辞させる。 「くしょのりゃがこうきなあいどりゅれいみゅにめーれーしゅるにゃああああぁぁぁ!! ちにぇ!!くじゅ!!れいみゅがめーれーしちぇるんだかりゃもっちぇくるのがすじだろおおおぉぉぉ!!? ゆっぎゃああああぁぁぁ!!」 れいみゅは泣き叫び暴れ続けたが、ありすは無視を決め込み、黙々とまりちゃの口に口うつしを続ける。 ちょうど半分、葉っぱの食糧をまりちゃに与えたところで、ありすは葉っぱを移動させた。 まりちゃの反対側、しかし依然としてれいみゅからは数歩離れた位置である。 「ここにおいておくからね、ちゃんとむーしゃむーしゃするのよ」 「ぐじょどりぇいいいいぃぃ!!」 「おお、こわいこわい」 ありすは頭を振り、ぽんぽんと跳ねて去っていく。 れいみゅはそれからも長いこと叫び続けていたが、数分もすると空腹に耐えかね、 ぶちぶちと悪態をつきながらずーりずーりと葉っぱに這いずっていった。 れいみゅが食糧を平らげた直後に、今度はちぇんが跳ねてきた。 「はじめましてなんだねー、ちぇんはちぇんだよ。 れいむとまりさのせんせいなんだよ、わかってねー」 「っっっっっっはあああああ「はいはいわかるよー、ここにはいってねー」 ちぇんが持ってきたのは小さな二つのボール箱だった。 それぞれ頭に載せ、口に咥えてきたのを地面に置く。 そしてまりちゃを咥え上げてボール箱の中に入れ、もう一方の箱にはれいみゅを入れた。 「きちゃにゃいてでしゃわるにゃああああぁぁ!!ぐじょのりゃあああぁぁぁ!! のりゃのくちぇにこのあいどりゅにこんにゃあちゅかいしちぇいいちょおもっちぇるのきゃああああ!!? じぇんこくじゅうおきゅにんのれいみゅにょふぁんがだまっちぇにゃいじょおおおおおぉ!!」 「ひとりもいないんだよー、わかってねー。 きょうはここでゆっくりやすんでねー。あしたからじゅぎょうだからねー、いっしょにがんばろうねー」 「にゃににゃれにゃれしいくちをきいちぇるにょおおぉおぉぉ!? れいみゅのみみがくしゃるだりょおおおおお!!きちゃにゃいくちをとじりょおおぉぉ!!」 「とじるよー」 口ではなく、箱の蓋を閉じてしまうちぇん。 れいみゅの喚きは意に介されることなく、そのあと夜明けまで、時々食糧を放りこまれるほかは放っておかれた。 二人を別々にしたのは、ゲス気質を持つ子ゆっくりはふとしたはずみで、 例えば食事の奪い合いなどで姉妹で殺し合うことも珍しくないという串まりさの指示による措置であった。 「ゆぐっ………ゆぐっ…………どぼぢちぇ…………どぼぢちぇきゃわいいれいみゅがこんにゃめにぃ………… れいみゅ、にゃにもわるいこちょしちぇにゃいにょに………… くしょのりゃがれいみゅのきゃわいさにしっちょしちぇいじめりゅよぉぉ………… ゆぐっ……れいみゅは、きゃわいしょうなしんでれりゃしゃん………えっぐ…………」 「ゆるしゃにゃいのじぇ………じぇったいにゆるしゃにゃいのじぇぇ……… あにょ、のりゃまりしゃだけはじぇったいにゆるしゃにゃいのじぇ………… きじゅがかいふきゅしちゃら、ほんきっをだしちぇ、ぼっきょぼきょにしちぇ、ちーちーもらさせちぇやるのじぇ。 そのあちょでいのちぎょいしちぇも、じぇったいゆるしちぇやらにゃいのじぇ…… ちーちーのましちぇ、うんうんくわしちぇ、なぶりぎょろしにしちぇやるのじぇ……… しゃいっきょうっのまりしゃしゃまにさからっちゃこちょを、たっぷりきょうかいしゅるんだじぇぇぇ………!」 夜明けとともに、二人の学校生活が始まる。 〔続〕
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三戦英雄傅 第二十二回~晋国に英雄集い、袁家軍は天の時を待つ~ 晋国の摂政にして後漢の相国・袁紹は群臣を前に思慮深げに黙したままでした。 群臣は、二人の男を囲むようにして立ち尽くしていました。 人々の見つめる視線の先には、袁紹の乾いた唇。重い空気が、群集の肩に寄りかかり、 時だけが過ぎてゆきます。 男1:「袁紹様、ご返答をいただきたく存じます」 沈黙を破ったのは、円の中にいた二人の男のうちの一人でした。 袁紹は、男の声に僅かに首を傾けたまま、沈黙を守ったままでした。 時は南漢(晋)暦:栄安二年一月。所は、晋国の南陽城。 正月を迎えたばかりで、後漢には様々なできごとが起こりました。 ①荀攸が小魔玉暗殺を謀るも、失敗し、晋国へ亡命 ②漢朝の忠義の士・丁原は小魔玉の手により歴史上から抹殺された上に 、不幸にして小魔玉の先妻に顔が瓜二つだったことから性転換手術をさせられ 監禁される(当事者以外知らず) ③奇矯屋onぷらっとが甘寧を倒し、ひょーりみと共に晋国へ亡命 ④協皇子の生母・アダルト日出夫が小銀玉皇后の女の嫉妬を買い、 何進により暗殺される まこと、栄安二年は激動の時代でございます。 ひょーりみ:「袁紹様、ご英断を」 先ほどより袁紹に決断を促している男の名は、ひょーりみでございます。 ひょーりみと、奇矯屋onぷらっとは晋国の群臣に囲まれた中、大尉の小魔玉討伐を 袁紹に献策したのでした。 ひょーりみと奇矯屋onぷらっとの様子に固唾を飲む聴衆。その中には、天性の 博打打・荀攸もおりました。 荀攸:「(ひょーりみ・・・・奴はただの男ではない。勝負師だ。しかも、かなり 重症の。同じ臭いがする・・・・しかし、奴の言うことを聞いてもいいのか? 信頼するに当たるのか?そもそも奴は、大尉・小魔玉の義兄弟だ。これは、小魔玉の罠 とも考えられる。奇矯屋onぷらっとは武勇に優れているが、根が優しすぎる。 ひょーりみに騙されたと考える方が自然ではなかろうか)」 曹操:「ひょーりみ、大尉・小魔玉の義兄弟が何をしに来たかと思えば・・・・ 洛陽にはまともな謀臣がいないと見える。こんな見え透いた嘘、皆の目は騙せても、 この曹孟徳の目は誤魔化せぬぞ!」 郭図:「ひょーりみ殿、仮に貴公の大尉暗殺の意図が真であったとしよう。しかし、 貴公と大尉の間柄ならいくらでも暗殺の機会はあろうに。わざわざ大軍を以って 一人の男を殺すまでもありますまい」 突然やってきた怪しい男、ひょーりみの心中を探らんと晋国の群臣はひょーりみに 議論を投げかけようとしてきます。奇矯屋onぷらっとは、武官という身分のためか敵意を持たれぬ 人徳のためか群臣からは何の議論も投げられませんでした。 ひょーりみ:「はははは!!」 曹操、郭図:「何がおかしい!」 ひょーりみ:「これが笑わずにおられようか。いや、おかしい。可笑しい。とんだ初笑いだ」 曹操:「・・・申してみよ。答えによっては、三族皆殺しも覚悟されよ」 郭図:「(後で讒言してやる・・・・覚えてろ・・・・ひょーりみ)」 ひょーりみ:「俺の進言が、言葉が嘘だと思われるのか?」 曹操:「当たり前だろう。何を根拠に信用しろというのだ。大体、自ら信用しろという輩にろくな 奴はいない。まして、お前は小魔玉の寵愛厚い義弟だ。信用しろというほうが無理ではないか」 ひょーりみ:「我が横には、漢朝きっての武人・奇矯屋onぷらっと。何か不審な動きがあったなら、この 細首、繋がって晋国には入国できまい。俺は、確かに未だに小魔玉の兄上を思っている」 ひょーりみの言葉に群集が動きました。そこへ、ひょーりみの一喝が飛びます。 ひょーりみ:「黙らっしゃい!! 最後まで聞かれよ。義兄の小魔玉を愛しているからこそ、 俺は、この手で、小魔玉の悪徳に終止符を打ってやりたいのだ。そして、故郷の南海に立派な墓を 建ててやりたい」 郭図:「愛しているなら、生を望むのが本当ではないか?この嘘つきが!」 ひょーりみ:「死んだ人を悪く言う奴はいない。大尉・小魔玉も死ねばこれ以上人の恨みは買うまい」 曹操:「・・・・・・なんと・・・・それほどまでに」 ひょーりみ:「俺は、漢を、小魔玉を救うために敢えて小魔玉討伐を提案した。しかも、独立政権とはいえ 事実上漢の領土である晋国でだ。無論、死の覚悟はしている。このまま、大尉暗殺を企てた謀反者として 小魔玉に差し出せば相応の報奨金は得られるだろうよ。だが、諸君はどうだ? 肥沃な土地に、袁家軍、曹家軍合わせて百万。文武に優れた憂国の士数千。ただ、徒に 時間を潰しているだけだ。これが笑わずにおられようか。あ?どうだ?」 郭図:「詭弁はいい。そんなに小魔玉様を殺したければ、単身、洛陽へ帰り毒殺でも何でもなさるがいい。 ひょーりみ殿なら疑われずに容易くできましょうぞ」 ひょーりみ:「昔、伯夷・叔斉の兄弟は互いに国を譲り合い国の皇子といく身分にも関わらず餓死を選びました。 兄弟の愛情とはかくの如き強き物。たとえ、義理であろうとも何でこの手で兄を殺せましょう」 郭図:「(史記を持ってくるとは・・・・・・くっ・・・・逢紀!)」 郭図は親友の逢紀に助けを求めましたが、逢紀はニヤニヤするばかりで助けてはくれませんでした。二人の友情は、所詮このようなものでした。 ひょーりみの独り勝ちかと思われたその時、一人の少年がひょーりみの前に進みでました。 田豊の食客の果物キラーの長男の無双ファンでございます。 無双ファン:「先ほどから聞いておりますと、ひょーりみ殿は我が軍を頼って、ご自分は何の危険も 被ることはない。我が晋国からすれば、とんだ疫病神ですね」 ひょーりみ:「くっ・・・・・」 果物キラー:「おやおや、どうした?無双ファン。ひょーりみ殿はノーマルのようだから手加減してやりなさい」 無双ファンがひょーりみを追い詰めるのを、父親の果物キラーは公開言葉責めと勘違いしたようで、 息子の成長に目を細めておりました。 果物キラー:「(初対面の男に公開言葉責めとは・・・・・無双ファン、我が息子ながら恐ろしい子だ)」 審配:「実は、我が家の家計も晋国の予算も、内情は厳しくてな。どうしても、年度末の調整がうまくいかないようだ。 ここは、ひょーりみ殿、貴公の首一つでやりくりしようかと思うのだが。行け、顔良!」 顔良:「はっ!!」 審配の指示に、晋国一の猛将・顔良が立ち上がりました。ひょーりみの危険を奇矯屋onぷらっとが察知し、 奇矯屋onぷらっとと顔良、二人の武人が対峙します。袁紹は、未だ言葉を発しません。 顔良:「俺と出合ったのが運の尽きだな。しねえええええええ!!」 荀攸:「止めてくれ!!!!!!」 ひょーりみ:「!!!!」 奇矯屋onぷらっと:「!」 顔良の剣がうなりをあげたその時、ひょーりみと奇矯屋onぷらっとの衣が真っ二つに切り裂かれ、 二人は生まれたままの姿を群集に晒しました。 奇矯屋onぷらっと:「何のつもりだ!!」 顔良:「殿、審配殿、二人は今、過去を捨て生まれ変わりました。どうでしょう?ここは、過去のしがらみを 捨て、真に漢朝を考える時が来たのではござらぬか?」 無双ファン:「しかし、漢朝の鼎はとうに折れている。いっそ、我が殿の晋国で新しい王朝を作り、学徒殿の 自治を徹底したなら民草のためにもなりましょう。わざわざ漢朝に拘る必要もありますまい」 顔良:「無双ファン、見損なったぞ。この売国奴が!!」 無双ファン:「何とでも言え」 袁紹:「そこまでだ」 袁紹は、やおら立ち上がり腰に差した長剣を頭上に振りかざし、机を真っ二つに斬りました。 一同:「おおおー!!」 袁紹:「元より、この袁本初の心は常に漢朝と共にある。漢朝の佞臣は生かしてはおかぬ。 しかし、今は時が到来していない。以後、これより余計なことを口にする輩と漢朝の佞臣は この机と同じ末路になると覚悟せよ!!」 こうして、袁紹は反小魔玉軍を水面下で結成し、訓練することにしました。 晋国と洛陽は関所で隔たれただけの距離、当面は袁紹と小魔玉の化かし合いが続くでしょう。 しかし、ただの演技では為せない熱いものが袁紹の心には燃え盛っているのでした。 三戦英雄傅、つづきはまた次回。 三戦英雄傅 第二十三回~曹操は天下を案じ、果物キラーは不審な動きを見せ、丁原は計略を練る~ 袁紹の机斬りから、一月ほど経った栄安二年二月。 曹操は、月下で従兄弟の夏侯惇と曹洪を相手に酒を酌み交わしておりました。 夏侯惇:「孟徳。相国殿の机斬りもあるから、かようなことは言いたくないのだが・・・・ 訓練ばかりで実戦が無くては兵士の士気を保つのも難儀なことだ。それにいつ来るかとも 知れぬ小魔玉討伐の時期を待てというのも。ここは、俺たち曹家軍単独で小魔玉討伐を しないか? なあに、こちらは精鋭。向こうは訓練も忘れ贅肉のついた名ばかりの兵。 恐れるに足りないだろう」 曹操:「元譲。お前のいうことにも道理はある。だが、相手は仮にも漢の大尉。大義を 欠いては逆に、曹家軍が逆賊の謗りを受けよう。ただでさえ、我等一族は宦官の末裔と いらぬ中傷に耐えてきたのだ。お前は忘れたのか。幼き頃から受けてきた屈辱と いじめの数々を」 曹洪:「あれは、いじめの満漢全席だった・・・・・」 辛い幼少期を思い出し、銭ゲバの曹洪は珍しく涙を浮かべました。 最終的に曹洪は学生時代にこともあろうか、「曹洪って、援交してるって」と書かれた紙を 市中にばら撒かれ退学に追い込まれた過去がありました。今でいう、学校裏サイトのような ものです。この頃から、曹洪は心を閉ざし、「信じられるのは金と親戚だけ」と貯金に精を出しました。 夏侯惇:「子廉。済まぬ」 曹洪:「いいんだ。それに学校だけが社会じゃないさ。寧ろ、学校のいじめなんか今にして思えばかわいいものさ。 宮仕えなんかしてみろ。小魔玉による脱衣麻雀に鷲巣麻雀。拒めば逆臣と言われ、家族は路頭に迷い、 世間から遮断される。受ければ待っているのは屈辱と死だ。一番辛いのは仕官先での理不尽な中傷や要求だよな」 曹操:「子廉も大人になったな。泣きまくって顔がいつも濡れていた餓鬼の頃が嘘みたいだ」 曹洪:「兄上」 曹洪は照れたように頭を掻きました。 曹操:「それにしても、いったい洛陽はどうなっているのだろうか。袁家十人衆から情報は入ってはくるものの 漢に王允殿と丁原殿と陳羣殿がいれば漢も持ちこたえるだろうとは思っていたものの。甘かったか」 夏侯惇:「陳羣殿は、名士・まあcの孫。徒に洛陽に止まっているわけでもありますまい」 曹洪:「王允殿は荀攸殿の小魔玉暗殺に手を貸したとか。彼は演技が上手いので事後の処理は なんとでもできるでしょうが」 曹操:「問題は丁原殿だ」 夏侯惇:「孟徳は何か知ってるのか?噂では鷲巣麻雀で殺されたとかなんとか」 曹操:「儂の懸念は丁原殿の容姿だ」 夏侯惇:「確かに酷い女顔だったな。それも極上の美女のような。でも、女顔と天下の形勢とどう関係があるんだ?」 曹操:「ただの女顔ではない。丁原殿は、小魔玉の亡くなった奥方に生き写しだ」 夏侯惇、曹洪:「なにぃ!?」 夏侯惇:「孟徳、それは真か?」 曹操:「ああ、あそこまで似ていると空恐ろしいものがある。まるで何か、天が小魔玉を滅ぼすために 遣わした遣いか何かのようだ」 曹洪:「亡くなった妻女に瓜二つの丁原を小魔玉は黙って殺さない。つまり、兄上は丁原殿は 生きているとお考えなのですね?」 曹操:「それが、丁原殿にとって良いことかはわからぬ。しかし、母に似た丁原殿を子のリンリン友は黙って殺させることはあるまい」 夏侯惇:「気骨の士、丁原が生きていたなら小魔玉を許すことはあるまい」 曹操:「うむ・・・・・・・」 曹洪:「おや、あれにおわすは果物キラーと無双ファンの親子」 曹洪の目線の先には果物キラーと無双ファンがおりました。見ると、二人して仲良く庭石に腰掛け、肩を並べて月明かりで書物でも読んでいるようです。 曹操:「詩でもひねっているのだろうか?」 夏侯惇:「なかなか風流ですな」 曹洪:「感覚的に少し受け入れ難いものがありますが、あの親子、本当に仲が良いですね。 微笑ましいくらいです。普通あの年頃になれば父親をうざったく感じるものですが」 曹操:「文学という共通点があるからだろう。どれ、儂らも参加するか」 曹操一行は果物キラー親子と合流することにしました。 果物キラー:「よし、できた!!息子よ、これでどうだ?」 無双ファン:「・・・・・・すばらしい!!さすがは父上です」 果物キラーと無双ファンは、果物キラーの書いた文章を絶賛し合っておりました。 果物キラー:「いやー我ながら我が文才が恐ろしくなるよ。夜じゃないと頭が働かんのだがな」 そこへ曹操たちが現れました。 曹操:「月夜の詩会とは風流ですな。儂らもお仲間に入れてくれませんかな」 果物キラー:「こ、これは曹操殿・・・・いや、拙作は曹操殿のお目汚しに・・・・」 曹操:「いやいや、果物キラー殿のご高名は耳にしておりますぞ。陳琳か果物キラーかと 洛陽の紙価は高まるばかり。どれ」 果物キラー:「あああ!!! 」 曹操:「蒼天已死 黄天当立・・・・・これは!!」 曹洪:「今、流行っている黄巾賊の歌です!!なぜ、果物キラー殿が」 夏侯惇:「未発表の続きがあるぞ!!歳有甲子 天下大吉、俺の股間も正に勃っている。 俺の一物も屹立す・・・・・なんたる卑猥な!!」 無双ファン:「あなたがたには関係ありません。これは、父上の、袁家十人衆の任務ゆえ」 曹操:「袁家十人衆の」 曹洪:「袁家と黄巾賊は関係があるのか?」 夏侯惇:「孟徳、ここはやはり曹家軍が単独で!!もはや袁家は頼りにできん」 曹操:「いや、兵法に敵を騙すにはまず味方からと言う。袁紹も袁術も何か考えがあるに違いない」 無双ファンは曹操の言葉に薄い唇を上げました。 果物キラー:「では、我々はもう寝るか。行くぞ。無双ファン」 無双ファン:「はい。父上。では、皆さん、ごきげんよう」 果物キラーは無双ファンを肩車して帰りました。 夏侯惇:「15を超えた息子を肩車・・・・・果物キラー、やはりただものではない」 曹洪:「肩車される無双ファンも無双ファンです」 曹操:「まあまあ、それだけ仲のよい親子なんじゃないか。ハハハ」 曹操たちが笑いあっている頃、洛陽の小魔玉邸では噂の丁原(媚嬢)に危機が迫っておりました。 丁原は好色の小魔玉の夜の誘いを「今日は、あの日だから」と毎晩断っていたのですが、 もう一ヶ月も拒み続けていたので、さすがに小魔玉も丁原に疑念を抱くようになっていました。 小魔玉:「媚嬢、オイラは流血プレイもお前相手なら構わないよ。って、生理が一月も続くなんて 学会でも発表されてません( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「(しまった!こいつ、医師だったんだ!!仮病は使えまい・・・・どうしよう)」 小魔玉:「生理が一ヶ月も続くなんて、それは病気だよ。媚嬢。オイラの太~い御注射を打てば 一発で治るよ( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「(もう嫌だ。こんな変態と暮らすなんて。小魔玉の奥方の実家、 加ト清正に助けを求めるか?離縁して・・・・・)あ、あなた。私、薬も注射も苦手なの」 小魔玉:「媚嬢の大好きな御注射だよって、一発じゃ済まさないぞ( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「薬物を取ると二人目を作るときに良くないわ・・・・う・・・・」 小魔玉:「どうしたんだ?媚嬢!」 媚嬢(丁原):「ご、ごめんなさい・・・つ、つわりかもしれないわ」 小魔玉:「悪阻って・・・・・オイラのはそんなに強いのかな。まだ交わってもないのだが( ^∀^)ゲラゲラ」 丁原は悪阻を装い、厠に駆け込み、己の不遇を嘆きました。 媚嬢(丁原):「もはや、月のもの作戦も押し通せまい。このままではあの変態の物ぐさみに陥るだけ・・・・ かといってこんな体では・・・・いっそ、清い体のまま・・・・」 丁原は腰帯を解き、厠の梁で首を吊ろうとしました。 リンリン大友:「どうしたの?ママ・・・・」 そこへ現れましたのは小魔玉の息子のリンリン大友でした。 媚嬢(丁原) 「(こいつ・・・・確か、小魔玉が目に入れても痛くないほど可愛がっている息子であったな。 天運、未だ我にあり。こいつを利用して小魔玉の命を!!)」 さてさて、気骨の士・丁原は何やら陰謀を考え付いた様子。 小魔玉は、袁家は、果物キラーの不審な動きの正体は? 三戦英雄傅、つづきはまた次回。 三戦英雄傅 第二十四回~攻めのムコーニン登場し、丁原は復讐を天に誓う~ 栄安二年二月。丁原(媚嬢)が悪阻を装い、小魔玉の魔手から逃れ、 自害を思い立った厠にて、また後漢の歴史が変動の兆しを見せておりました。 リンリン大友:「ママ・・・・泣いてるの?どうしたの?」 目の前で己の身を案ずる優しき青年・リンリン大友。丁原は、漢朝の未来のため、 打倒小魔玉のため、この純粋な青年を利用しようというどす黒い陰謀を抱いておりました。 媚嬢(丁原):「リンリン大友ちゃんね・・・・いいのよ。子供はもう、寝なさい。 ママは・・・・ママのことはいいの」 丁原は、手にしていた帯を投げ捨て、厠の床に崩れました。 リンリン大友:「ママ!!」 リンリン大友が母親を抱き起こすと、母の着衣は乱れ、美しい顔は青ざめ、 紅はすっかり落ちていました。 綺麗な瞳は充血し、涙が止まる様子を見せません。 リンリン大友:「まさか、パパと何かあったの?」 媚嬢(丁原):「子供はね・・・・知らなくていいこともあるのよっ」 丁原は、堪えきれなくなったように嗚咽を漏らし始めました。 リンリン大友:「僕は、ママの味方だよ。ママを虐める奴はパパでも許さないよ!」 リンリン大友の言葉に丁原は、一瞬目を光らせました。 媚嬢(丁原):「リンリン大友ちゃん、本当?」 リンリン大友:「本当だよ!」 媚嬢(丁原):「ああ、でもだめよ。可愛いあなたまでパパに、あの人に何か されたらと思うと・・・・・」 リンリン大友:「僕、ママのためなら、人だって殺せるよ」 媚嬢(丁原):「ありがとう。その言葉だけでもママは生きていけるわ・・・・でも、 あの人に、小魔玉に・・・・・とても変態的なことを強要されるの。拒めば薬物を 使うぞって暴力まで・・・・力ずくで・・・・もう、毎晩よ。いくら夫婦でも、 もう限界だわ」 リンリン大友:「ママ・・・・・」 リンリン大友は泣き崩れる母を抱きしめ、力強く言いました。 リンリン大友:「待っててね。僕がママを助けてあげるから」 媚嬢(丁原):「(フフフ・・・・これぞ、連環の計。可愛がっている我が子に殺される・・・ 世にこれほど滑稽で悲惨な末路はあろうか。逆賊のお前には、ちょうど良い。 お前の悪事も今日までよ。今まで散々な目に遭わせおって)」 丁原の復讐、それは、大尉・小魔玉を己の命よりも大切にしている息子・リンリン大友の手により 殺させることでした。 世の男は、全てマザコンと言います。母が嫌いな男は皆無と言っても過言ではありますまい。 そこを突いた、丁原の謀略や、如何に・・・・・・。 厠の事件より十数日、大尉の小魔玉はまた愛息のことで悩んでおりました。 リンリン大友が小魔玉と口を利かなくなってしまったのです。 小魔玉:「う~ん・・・・媚嬢は悪阻とか言って夜の生活を拒むし、リンリン大友からは無視されるし 遅い反抗期か( ^∀^)ゲラゲラ」 小魔玉は( ^∀^)ゲラゲラという割には、額に皺寄せ、貧乏揺すりをし、とても心に余裕がないようでした。 ムコーニン:「なんだよ。お前ら、やっぱり俺がいないと何もできねえんじゃないの」 小魔玉:「む、ムコーニン!?」 中山幸盛:「ムコーニン、久しいな」 現れました、この男。名をムコーニンと言いまして、『攻めのムコーニン、守りの中山』と言われた 小魔玉の二大知恵袋でありました。 ムコーニン:「え?何?後漢の大尉が嫁とのセックスレスで悩んでるだあ?馬鹿かお前? 呂后の故事知らんわけ?」 中山幸盛:「戚夫人の故事のことですかな」 小魔玉:「・・・・・・なるほどの。さすがは、ムコーニン。オイラの前職も考えた上での 発言・・・・・上手く行った暁には褒美を取らせよう( ^∀^)ゲラゲラ」 ムコーニン:「息子のことは、俺が言い含めてやる」 小魔玉:「オイラのリンリン大友に何かあったら、たとえお前でも容赦しないぞ( ^∀^)ゲラゲラ」 一方、丁原は自室で髪を梳かしながら、リンリン大友が小魔玉を殺すのは今日か明日かと待ちわびておりました。 小魔玉:「媚嬢、待たせたね( ^∀^)ゲラゲラ」 媚嬢(丁原):「ご・・ごめんなさい・・・まだ悪阻が酷くて・・・・」 小魔玉:「いいんだよ。媚嬢はオイラの大切なお嫁さんだからね( ^∀^)ゲラゲラ オイラとしたことが戚夫人の逸話を忘れていた・・・・・人間って手足を切断しても生きていられるんだよね ( ^∀^)ゲラゲラ。オイラたち夫婦が愛し合うのに手足なんか必要ないよね?媚嬢?」 小魔玉は人の顔ほどある大きな肉切り包丁を持って丁原の前に立っておりました。 応戦しようにも、豊かな胸が邪魔になって思うように動けません。 ムコーニン:「奥様、悪く思わないでくれよ」 中山幸盛:「これも、大尉様の御所望なのです」 媚嬢(丁原):「いや、やめて!!リンリンちゃん!!助けて!!」 丁原は、己の駒のリンリン大友を呼びました。 リンリン大友:「ママ・・・パパがママを愛しちゃどうしていけないの?パパは ママを愛しているのに。ママの方がおかしいよ。パパから逃げようとするなんて」 小魔玉:「そうだな。リンリン大友よ。よし、パパとお前でママの悪い、お手手と 足を切っちゃおう( ^∀^)ゲラゲラ」 リンリン大友:「愛してくれるパパから逃げようとする足なんて、悪い足だよね」 リンリン大友は、すっかりムコーニンに洗脳されていました。丁原の叫びは 市中の誰にも届きませんでした。小魔玉は、手足を斬った丁原をよりいっそう 愛するようになりました。 無いはずの手足が訴える鈍痛、遠のく意識。抵抗もできぬまま受ける陵辱。 それでも丁原が正気を保っていられたのは、漢朝への忠義と小魔玉への憎悪だけで した。 栄安二年六月。小魔玉邸で宴会が催されました。宴には、晋国の者も招待され、 袁紹、袁術、曹操、学徒出陣、袁家十人衆が来場しておりました。 厠へ立った曹操と学徒出陣が廊下を歩いてゆくと、なにやら美しく物悲しい歌が 聞こえてきます。 曹操:「なんだ?」 学徒出陣:「大尉の屋敷の妾か何かでは?」 曹操:「小魔玉は好色だが、奥方一筋。奥方亡き今は、つまみ食いはしても 妾は置かぬはずだ」 学徒出陣:「では、ますます変です」 無双ファン:「小魔玉の奥方の幽霊、とか」 曹操:「無双ファン、お主いたのか?」 無双ファン:「オカルト好きが逃すはずはありません。こんなネタ」 こうして三人は無双ファンを先頭に声のする方へ行きました。 歌声は屋敷の奥から、聞こえています。 学徒出陣:「帰ってこれないんじゃね?」 曹操:「この声・・・・どこかで聞いたことのあるような」 無双ファン:「この部屋からです!!やはり、女人の部屋でしょうか?」 見ると、豪華な、貴婦人のために作られたような部屋でした。 どこからともなく歌声は聞こえてきます。 「お待ちしておりました。晋国の、漢を真に思う忠義の士たち・・・・」 三人の目の前に現れたのは、小銀玉皇后にも劣らぬ絶世の美女でした。 学徒出陣:「女・・・・・・」 無双ファン:「甕に入れられている」 曹操:「お主、もしや、丁原か!?」 媚嬢(丁原):「ええ、その通り話せば長く思い出したくもない。私を晋国に連れて行って欲しい」 曹操は、丁原の強い視線で全てを理解し、衣装箱の中に丁原を隠し、晋国へ連れて行きました。 丁原は、袁紹に全てを話し、袁術の計らいにより晋国の軍師となりました。 手足がないために特注の車椅子に乗り、丁原は洛陽を目に捉え、次なる策を練っておりました。 車椅子の軍師・丁原の救国の策とは? 小魔玉の悪運はいつまで続くのか? まだ出ていないコテの活躍はあるのか? 小銀玉皇后と小魔玉の愛憎の行方は? 後漢と晋の運命は? 弁皇子と王允の運命は?謎が謎を呼ぶ歴史物語。 気になる続きは、第二部へ。 三戦英雄傅、第一部はこれにて閉幕! 第二部は五月あたりに連載再開予定。 それでは、第一部、ご愛読ありがとうございました。
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武の戦争記 少年と少女 作者:邪神mod ◆VcLDMuLgxI氏 ラークは村に続く道を急いでいた。 今日の昼までには用事を済ませ、自分の村に帰ってくるはずが、ついつい久しぶりの町に浮かれてしまい遅くなってしまった。 アリシアおこってないかな…… ラークの村は、クレアモルン南方に存在している田舎だった。 最もクレアモルン自体が田舎ということもある。 昔はアイシア王国から来る商人や旅客が訪れ、村も賑わっていたのだが、今ではそれもめっきりと減ってしまっていた。 そのため必要なものがあると、一山越えた先にある町に行かないといけない。 そういうわけで、ラークは町に行っていたのだ。 でも……これを買ったから遅くなったんだしな。 ラークはポケットに入っている髪飾りをそっと触る。 彼の恋人であるアリシアに上げる予定だった。 このために、ラークは町に行くことを村長に希望したのだ。 アリシアというのは、村長の娘で村一番の美人だった。 いや町を含めてもアリシアほどの美人はいない、ラークはそう思っていた。 ここら辺では珍しい真っ黒な髪にパッチリとした目、ラークはまだキスもしたことはなかったが、彼女が笑うと柔らかそうな赤い唇がぷるんと揺れる。 幼馴染だったラークはずっと彼女のことが好きで、何度もアタックした結果、漸く先日恋人になれたのだ。 ふふ、これアリシア喜んでくれるかな。 彼女のことを思い浮かべると自然と足が速くなる。 だがそれが致命的だった。 彼女のことを考えるあまり、ラークは村の異変に気づかなかったのだ。 村に戻ったラークは、まず村長の家に向かう。 アリシアに会いに行くことと、村長に町で買ってきたものを渡さないといけない。 村長の家は山の麓。隣町からは一番近い場所にあった。 すっかり周りは真っ暗になってしまい、人の影も見えない。 あれ、まだ起きているのかな。 ラークは村長の家から光りが漏れているのを見つけた。 しかも光りが漏れていたのは、アリシアの部屋だ。 いいことを思いついた。 アリシアが起きているなら、今髪飾りを渡せるかもしれない。 彼女の喜ぶ顔を思い浮かべると、顔がにやけてくる。 ラークはそう思い、窓に近づく。 「あ、あ、あ、やぁ。」 女の喘ぎ声が窓から漏れてくる。 快楽に咽び泣き、男に媚びるような甘い声がラークの耳に入る。 うそだ、そんな…… ラークの手から髪飾りが落ちる。 彼の耳に間違いがなければ、その声はアリシアのものだった。 普段聞いた事のない甘い声、それがラークに届く。 「ああ、あ、あ、あぅ、いいのぉ」 そして窓の中から部屋の中を覗く。 ラークは自分の目を疑った。 アリシア……なんで…… 部屋に据え付けられているベッドの上で、彼女の真っ白な裸体が、男の腕の中で肌を火照らせ歓喜に喘いでいた。 窓からはうっすらとしか見えなかったが、彼女の身体は綺麗だった。 胸は大きくはないが、お椀型の美乳、そして村の女達にはないようなキュッと引き締まった腰、そして引き締まったお尻が男の動きに合わせて振られていた。 そうアリシアの腰は、男のペニスがあるべき場所にぴったりとくっついていたのである。 しかも彼女の細い腕は男の首に回され、足は腰に絡み付く。 アリシアの美貌は悦楽に蕩け、男を愛しげに見つめる。 二人は恋人のように抱き合っていた。 ラークは動揺していた。 自分の恋人が、知らない男と睦み合っているのだ。 なんで……こんなことに。 どこかおかしい、ラークはそう思った。 アリシアは浮気をするような女じゃないし、男も知らない人間だった。 よくよく見ると、男は大和の民みたいだった。 幼い頃に一度だけ見たことがあっただけだが、おそらく間違えていないだろう。 大体これだけ大きな物音がしているのに、村長さん達が起きてこないのもおかしい。 ラークが悩んでいる間に、男とアリシアの動きはクライマックスにさしかかろうとしていた。 アリシアの喘ぎ声が大きくなり、ぎゅうっと男に抱きつき、腰を揺らす。 男もそれに答え、腰を大きく振る。 「だめぇ~、私またいっちゃうぅぅぅぅ」 アリシアは絶頂した。 身体をぴくぴくと痙攣させ、その美貌を蕩けさせる。 「俺もいくぞ、アリシア」 男は腰をアリシアに押し付ける。 もしかして……中にだしているのか…… ラークの想像通りだった。男はアリシアの最奥に押し当て、次から次へと射精する。 アリシアはそれを拒むことなく、絶頂したまま男の精液を飲み干していた。 「ア、アリシア!?」 ラークは、窓から部屋に侵入しようとする。 彼に何が出来る訳でもなかったが、この状況を座視する事は出来なかった。 ドスッ。 あれ……なんで、空が見え………… 後ろから鈍い音が聞こえ、視界が反転する。 意識が薄れてゆく中で聞こえたのは、アリシアの歓喜の声だった。 「大尉殿、周辺の調査が終わりました」 武は腰の上の少女を犯しながら、報告を聞いていた。 昼にこの村を制圧してから、かれこれ10時間近くこの少女を犯している。 この村に来るまでの2週間の間、前線で死と隣り合わせでいたためか、一度女を犯し始めると止まらなくなるのだ。 「そうか、ごくろうだった。それでここら辺に敵戦力は存在するのか?」 武は腰をグイッと突き上げる。 それに反応して少女の膣内はきゅーっと収縮し、先ほど出した精液を子宮が吸い込んでいく。 正直、この少女はかなりの当りだった。 名前はアリシア・ラングストン、村長の娘ということだった。 この村の女性達の中でも飛びぬけた美貌を持っており、その身体も素晴らしい。 処女を奪ったときから、彼女の膣内はずっとぎゅうぎゅうに武の肉棒を締め付けていた。 それに彼女の胸、括れ、腰、どこをとっても芸術品だった。 「近くの町に、一個小隊が配置されているだけで、後の防衛戦力は見当たりません。ですが、この村のように抵抗は起きるでしょう」 兵士はにやりと笑う。 この村を襲ったとき、男達は全員で武の部隊に抵抗した。 もちろん戦争のプロフェッショナルである武達は素人の抵抗など、屁でもなかった。 ほぼ全てを殺戮し、残った男達は捕虜として監禁していた。 市民に抵抗されることは武達にとって好都合だった。 規約によれば、軍に対して抵抗を行う町村の人間は潜在兵士として扱われる。 潜在兵士は正規兵とは違い、条約等々には守られない。 女を犯そうが何をしようが、後から戦争行為の一環だとすることが出来るのだ。 つまり男達は、自分達の村を守ろうとして、逆に武達に献上してしまったのだ。 もし彼らが降伏していたら、村は連邦との協定によって守られ、こうしてアリシアが武の上で犯されることもなかった。 「ここを拠点にして、一月も王国の補給線を叩けば、本隊も突破してくるだろう。神埼少尉、君も楽しんできたまえ。噂通りクレアモルンは美人が多いぞ」 武はアリシアの顎を掴み、見せ付けるように口づけする。 アリシアも拒むことなく積極的に、口付けに答え、部屋の中にちゅぱちゅぱと水音が響く。 その光景に、兵士達はごくりと喉を鳴らす。 敗北した後、集められた女達を待っていたのはお世辞にも幸せとはかけ離れていた。 もしかしたら、武に犯されているアリシアは幸せな方かも知らない。 他の女達は、処女であっても母親であっても関係なく多くの兵士達に犯されている。 山の麓にあるこの家までは聞こえていなかったが、下に降りれば女達の嬌声がこの村を満たしていた。 それに比べれば武に性感を開発され、恋人のように優しく犯されているアリシアの方がましだった。 「大尉殿、この部屋の外で少年を見つけたのですが、いかがなさいますか」 そういえばさっき、外で声がした。 武は彼女に種付けすることで忙しく、気にも留めなかった。 「そうか、じゃあこの部屋に連れて来い」 すぐさま、若い男が担ぎこまれる。 裸で縛り付けられたまま、意識を失っていた。 「ラークなの……?」 少年の顔を見て、アリシアが反応する。 「そうか、彼がラーク君か。もういいぞ、君らは楽しんでこい」 兵士達はラークを椅子に縛りつけ、部屋から出て行く。 「アリシア、どうだ?恋人の前で犯されるのは……?」 武は彼女の耳元で囁く。 アリシアは顔を真っ赤にして隠す。 「そ、そんな……あぅ」 武は一度彼女を持ち上げる。 鍛えられた武に彼女は軽かった。 ほとんど武のペニスが抜けるところまで持ち上げ、彼女を反転させる。 対面座位から背面座位になり、ラークが目を開ければ、二人の結合部が目の前にくる。 「いやよ。お願い……ラークには見られたくないのぉ」 泣きそうな顔で武を見つめる。 だがその顔は悦楽にそまり、男に媚びているようにしか見えなかった。 武は彼女のことを無視して、腰を動かす。 ずん、ずん、ずん、ずん、ずん。 「あ、あん、あん、だめぇ。動かないでぇ」 言葉とは裏腹にアリシアの膣肉は武のペニスを受け入れ、甘えるように絡みつく。 「ほらアリシア、愛しのラーク君に見せつけてやろう」 武は腰の動きを早める。 激しくアリシアの膣内を出入りし、淫靡な香りが部屋に充満する。 その度にアリシアのピンク色の肉襞が、雁に引っかかり外に引き出される。 すぐにアリシアの抵抗はなくなり、武の上で甘えるように喘ぎ続けるだけだった。 「あ、あ、あ、気持ちいいのぉ~~」 あれ、ここは……? ラークは女の喘ぎ声と、ぴちゃぴちゃと響く水の音に目を覚ます。 後頭部に鈍痛を感じ、意識が朦朧としていた。 少しずつ、ラークは今の状況を思い出す。 俺は街に行って、そうだアリシアに髪飾りを買ったんだ。 それから村に戻って…… 何か恐ろしいものを見た、そんな感じがした。 「んぁ、奥に当たってるぅぅ。あぅぅ、きてるぅ」 甘い声がラークの劣情を刺激し、自分のペニスが勃然としてくるのを感じた。 次第に意識が覚醒してくる。 そして、ラークは目を開いた。 え……? 最初ラークは目に飛び込んできたものが、何なのか認識できなかった。 恐らく男と女の下半身、そしてそれらはガッチリと結合していた。 ラークの目の前で、男のペニスが女の中に出入りし、くちゅ、くちゅ、と水温をたてる。 「おや、アリシア。愛しのラーク君が起きたみたいだぞ」 男の声がラークの耳に入る。 まだラークは状況を理解できず呆然としたままだった。 「え!?いやぁぁぁ、ラーク見ないでぇ~~」 アリシアはラークがじっと自分と武の繋がっている場所を見ている事に悲鳴を上げる。 手を当てて隠そうとするが、武はぐいっと手首を掴みそれを許さない。 むしろ大きく腰を振り、アリシアの秘部を抉る。 「ア、アリシア!?」 漸くラークは眼前の状況を知った。 自分の恋人が目の前で犯されているのだ。 彼が夢にまで見たアリシアの白い体が男に貪られ、自分のものになるはずだった彼女の花園は男に蹂躙されている。 「ラークぅぅ、ごめんなさい。私、私ぃぃ。あん、あん、あん」 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。 目の前で男の肉棒が出入りするたびに、恋人が嬉しそうに喘ぐ。 愛液と男の精液が飛び散り、ラークの顔にかかる。 「どうしてだよ。何でこんな…………」 ラークは目の前の光景を信じたくなかった。 「すまないね、ラーク君」 アリシアを犯している男が口を開く。 彼を見てラークは少し驚く。 どちらかといえば優男という言葉が似合う男だったからだ。 それに口調も丁寧で、諭すようにラークに話しかける。 「でもクレアモルンと連邦は戦争しているんだよ」 男はゆっくりと続ける。 だがその腰はアリシアに突きこまれ、彼女に甘い喘ぎを上げさせている。 「君達の村が抵抗したおかげで、こちらの兵士も4人死んだ」 この村の人間がそれ以上に死んだが、男はそれを語らなかった。 「つまり君達の村は連邦の敵になったんだ。敵に何をしたって構わないだろ?」 男は上品な笑みを浮かべ、アリシアの首筋を舐める。 アリシアはくすぐったそうに微笑む。 まるで仲睦まじい恋人同士のようだった。 「じゃあクレアモルンは負けた……?」 ラークはポツリと呟く。 彼も自分達の国が戦争をしていることは知っていた。 現に彼の村からも何人かが戦争に行っていた。 だが1年近く前から戦線は一進一退であったし、クレアモルン方面は第4次アナタリウスの主戦場ではなかった。 そのため両陣営は余り戦力を投入せず、ラーク達は普段の生活を乱されることなく、いつもどおりの生活を送っていた。 だから、戦争の話をされても実感がないというのが本当のところだった。 「いやそうじゃない。正直君の国や援軍を送っている枢軸側はよくやっている」 男は一呼吸置いて、くすりと笑う。 「でも少し甘かったな。連邦は浸透作戦でいくつかの部隊を戦線の後ろ、つまりここに送り込んだのさ」 とん、とんとベッドを叩く。 つまりこの村がその標的になってしまったということだ。 「後は補給線が絶たれ、主戦線は崩壊。そしてクレアモルンは崩壊する。こういうときは何というべきなのかな……」 男は視線を漂わせて、言葉を選ぶ。 だが的確な言葉が見つからなかった。 「お悔やみ申し上げる、まあ大和ではこうかな。俺が言うことではないか」 男は自嘲気に言った。 「あん、あん、あん、あん」 ずん、ずん、ずん。 愕然とするラークの目の前で、二人は交わり続けていた。 経験のないラークにも分かるほど、アリシアは快楽に溺れる。 「ごめんね、ラーク。私、もう……」 アリシアの白い体が紅潮し、ひくひくと痙攣する。 男もそれに答えるように、激しく腰を動かす。 「アリシア……なんでこんな男と……」 自分の前で絶頂しようとしている恋人を前に、つい彼女を責めてしまう。 ついこの間、自分の気持ちを受け入れてくれた彼女が男に犯され、歓喜の声を上げる。 ラークの目には彼女が嫌がっているようには見えなかった。 「そんなにアリシアを責めるなよ、ラーク君」 男は彼女の太腿を掴み、思いっきり開く。 ラークの目と鼻の先に二人の結合部が突き出される。 「彼女は可哀想なぐらい、必死に抵抗したぞ。何度も俺に犯されながら、君の名前を呼んでな」 今度はゆっくりとした動きでアリシアを焦らす。 彼女はラークの事など目に入らぬようで、切なげな視線で男を見つめる。 「最も……」 首筋から、彼女の唇まで舌でなぞる。 そしてアリシアの唇に優しく口づけする。 彼女も蕩けた顔でそれに答え、ちゅぱちゅぱという音がラークを苦しませる。 「今は俺のものだがね」 ぐちゅう。 男の肉棒がアリシアの性器に完全に埋まり、結合部がガッチリと合わさる。 アリシアは歓喜の声をあげ、自分からぐりぐりと腰を押し付ける。 男の巨根がアリシアの子宮を圧迫し、彼女に途方もない快感を与える。 「アリシア……」 ラークはアリシアが犯される姿に涙と共に、ペニスを立ててしまっていた。 素っ裸で縛られ、自分のペニスを晒される姿はラークには耐えられない屈辱だった。 ぐちゅう、ちゅく、ちゅぷ。 「いい……大きいのが奥でぇ、さいこぉ…あ…あぁ」 男はアリシアの最奥まで征服したまま、円を描くように動かす。 肉棒が膣壁をすみずみまで刺激する。 「……アリシア、今の君をラーク君にも教えてあげてくれないか」 男は腰を動かしながら、アリシアの耳元で囁く。 「あん……ラークぅ、私、今気持ちいいのぉ、この人の大きいのが私をみっちり満たしてるのぉ」 アリシアは快楽のあまり、朦朧とした意識のまま、自分と男との交わりをラークに伝える。 ラークが今まで聴いたことのない、男に媚びる甘い声だった。 「それでねぇ……何度もつかれると、彼のが私の中を擦るのぉ。それが気持ちよくって」 生まれてから十何年もアリシアを見てきたラークが、見たことのない悦楽の表情だった。 白い腰が、男を求めて揺れる。 「ほらアリシア、ラーク君のを見てごらん。君を見てあんなに大きくなっているんだよ」 男は晒されているラークのペニスをアリシアに示す。 彼女は言われるまま、そちらに目を向ける。 アリシアの美貌にじっと見つめられ、ラークのペニスはぎんぎんに固くなる。 「……でもラークのそんなに大きくなってないよぉ。少し皮も被ってるし」 だが彼女の言葉にラークは衝撃を受ける。 恋人の口から男として最悪の言葉を吐かれ、彼はどん底の気分だった。 「ラーク、私そんなに魅力的じゃない?」 アリシアの綺麗な顔が、淫靡な表情でラークを見つめ、体を見せ付けるように男の首に手を回す。 彼女の抜群のプロポーションが見せ付けられ、ラークは滾るほどの欲情を股間に感じた。 「違うよ、アリシア。ラーク君のはあれで最大なんだ。それに皮を被っているのも別に可笑しいことじゃないんだよ」 男の目線が蔑む様なものにラークには感じられた。 ラークのペニスは別段小さいという代物ではなかった。 しかし男の巨根しか知らないアリシアにとって、比較するとラークのものは目劣りしてしまう。 「そうなの……」 アリシアはがっかりしたように、ラークのペニスを見つめ、視線を自らの結合部に移す。 そこには男の大きな肉棒が自分を貫いていた。 「うふふ、やっぱり私これがいいのぉ~……大きくて、硬くて、太くて、あなたの最高ぉ……」 アリシアは腰を揺らし、男の肉棒を食い締める。 「でもラーク君は恋人なんだろ?」 男はそれに合わせて腰を揺らす。 二人はぴったりとくっついたまま、厭らしく腰を動かしあった。 暫しアリシアは黙って考え込む。 「ラーク、ごめんね。私この人のを知っちゃったから、もうラークのそれじゃあだめだと思うの……」 そう悲しげな顔で話す。 だがその腰は快楽を求めて貪欲に動き、ラークの目の前にある彼女の花園は悦びの涎を垂らしていた。 ラークはその光景に思わず目を背ける。 「それじゃあアリシア、そろそろ中に出すからな」 男はそう宣言する。 アリシアは嫌がるようすを見せず、むしろ嬉々として腰を振る。 慌てたのはラークだった。 「な、中に出すってそんなことしたら……」 彼の言葉を男が続ける。 「出来ちゃうかもしれないな。アリシアは今日から危険日らしいしな」 ラークの顔が青ざめる。 対照的に男はニヤニヤとしながら、アリシアの胎を摩る。 彼女は頬を染め、恥ずかしそうに顔を俯ける。 「何で……アリシア!!」 離れようとしないアリシアに、ラークは問いかける。 「でもねラーク、私もう彼から離れられないの……あん」 くちゅくちゅと、結合部が音をたて、彼女の愛液がシーツにしみを作っていた。 アリシアの手は後ろに伸ばされ、男にしがみ付いていた。 つらい態勢だろうに、彼女はしっかりと抱き付いて離れなかった。 男はアリシアを思う存分突き、その度にラークの顔に汁が掛かる。 「じゃあラーク君。ずっとここから目を離さなかったら、外に出してあげてもいいよ」 そういって男は二人の結合部を指差す。 男の巨根が出入りし、アリシアのピンク色の肉襞が覗いていた。 「あん、あん、あん、奥まで来てるぅぅぅ」 ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ。 男は勢いよく腰を動かす。 今度はとめずに何度も抉り、二人の官能をどこまでも押し上げる。 アリシアの膣肉は男の肉棒をキュウキュウと締め付け、男の射精を誘う。 「いいのぉ、気持ちいい~~!」 ぐちゅ、ぐちょ、ぐちゅ。 アリシアはもう、ラークのことなんて忘れていた。 ただひたすら、男と男の肉棒と自らの絶頂のために腰を振る。 快楽にアリシアの美貌が淫らに蕩け、彼女が動くたびに形のいい乳房が弾む。 「はぅ、あん、あぅ、私、いっちゃう。もう、だめぇ」 ぐちゅ、ずちゅ、ずちょ。 アリシアは絶頂に昇り詰めていく。 彼女の白い肢体が痙攣し始め、その顔が悦楽に染まる。 男はラークがじっと見ていることを確認すると、彼女を持ち上げ肉棒を限界まで抜く。 それにラークがほっとしたとき、アリシアが叫んだ。 今まで何度も注ぎ込まれ、その快感を味わってきたアリシアには我慢出来なかったのだ。 「いや、抜かないでぇ。中に、中に頂戴ぃぃぃぃ」 男は嘲笑するようにラークを笑うと、思いっきり彼女を降ろし思いっきり突き入れる。 ずちゅう。 亀頭が彼女の最奥まで侵入し、そこを強烈に圧迫する。 「い、いくぅぅぅぅぅぅぅ」 ドピュルゥゥゥゥゥ。 アリシアはかつてない絶頂を迎えた。 自分の恋人の前で犯される背徳感、行為を人に見られているという被虐心、そして男の肉棒が注ぎ込まれてくる、本能から来る圧倒的な快感。 アリシアは大きく絶頂し、体をひくひくと痙攣させる。 それが男の肉棒を刺激し、とてつもない量の射精を促す。 ドピュゥゥゥ。 「出てるぅ、ここに一杯……あ」 アリシアの女としての本能が、目の前の逞しい男の子を孕むために自動的に動き始める。 彼女は膣奥に痺れを感じる。 くぱぁ。 彼女の子宮口は口を開き、男の鈴口に吸い付く。 ぱくっと咥え、そこから出る精液を全て飲み干す。 「あん、もっとぉ」 アリシアは上目遣いで男に媚びる。 男は笑ってそれに答え、一層腰を押し付けさらには彼女の唇を奪う。 アリシアは男の首にまわした手を引き寄せ、熱心にキスを受け止める。 くちゅ、ちゅく、はむ。 唇の間で舌が絡み合い、銀色の糸を引く。 舌で優しく互いを舐めあい、深いキスに移っていく。 あむ、ちゅう、ちゅく。 情熱的な口付けが続き、二人はその行為に没頭していく。 上の口で体液を交換し合い、下の口で一方的に体液を注ぎ込まれる。 ドク、ドク、ドク。 目の前で恋人に何度も精液が種付けられ、他の男の子を孕ませられていく行為にラークは呆然と見ることしかできなかった。 アリシアの性器から白い粘液が零れる。 そのとき……ドピュ、ドピュ、ドピュウ。 ラークのペニスから精子が出る。 だがそれはアリシアの卵子はおろか、体にすら掛からなかった。 二人は男の射精の最後の一滴が、子宮に入るまでぴったりとくっつきあい、舌を絡めあって情熱的なキスをしていた。 ラークの射精を知ってか知らずか、アリシアは結合部に指を入れ、白濁とした粘液がこびりつくのを見せ付ける。 「ごめんねラーク。私、彼の子供できちゃったかもしれない……」 アリシアは見せ付けるように腰を摩り、幸せそうに微笑んだ。 それから部屋に朝日が差し込むまで、ラークの目の前で二人は交わりあった。 次の日、アリシアはラークが監禁されている部屋に話に来た。 だがラークは彼女と面向かって話すことができなかった。 彼女は自分の用件を手早くラークに伝えた。 昨日の事の謝罪。 ラークの事を今まで好きだったということ。 乱暴なことはされていないから、安心してくれということ。 これからあの男の情婦になること。 そしてそれは自分の意思だということ。 ラークはただ黙って聞くだけだった。 それから二ヶ月間、武の部隊はこの村を占領した。 その間、アリシアは武の情婦として扱われ、毎日のように彼に抱かれた。 ラークは他の男達と共に幽閉され、一つの建物での生活をよぎなくされた。 女達は兵士達に犯され、何人かは気が狂ってしまっていた。 そして彼らが出て行くとき、女達は老女と幼女を残し全て連れ去られ、男達は監視付で解放された。 平穏だったこの村は、もうその面影がどこにもなかった。 武が言っていた通り、戦線は連邦に破られ、クレアモルンは瞬く間に占領されつつあった。 噂では聖都で必死な抵抗が続いているらしかったが、それも時間の問題らしい。 そしてラークは2ヶ月ぶりにアリシアと再会した。 久しぶりに会ったアリシアはゆったりとしたワンピースに身を包み、ぐっと大人っぽくなり女の色気を振りまいていた。 肌にも脂が乗り、甘い香りがラークの鼻腔を刺激する。 「ラーク、久しぶりね」 彼女の顔は、ラークが思っていたようなやつれきったものではなく、幸せそうだった。 「ああ、久しぶり」 話したいことはいくらでもあったが、最初に口から出たのはそれだけだった。 「ふふ、何かラークと話すのに何か緊張しちゃう」 口を手で覆って笑うだけなのに、ぞくっとする色気があった。 「ラークにね、話したいことがあって……」 「俺もアリシアに話そうと思っていたんだ」 アリシアの言葉を遮る。 「そのアリシア……これからの事なんだ。俺達これから……」 もう一度やり直せないか、ラークはそう言おうとした。 だがその言葉は口から出ることはなかった。 「わかっているわ、ラーク」 母親のような暖かい視線でラークを見つめる。 「そ、それじゃあ!」 ラークは二ヶ月離れていても心が通じた、それだけで雲の上に昇るような気分だった。 「ええ、昔の事はお互い忘れましょう。その方がお互いのためよ」 アリシアはあっさりと口にする。 「そのね、私もよく考えてみたんだけど、あれは恋じゃなかったと思うの」 アリシアは微笑を浮かべながら続ける。 ラークは絶望の淵で彼女の話を聞いていた。 「二人でいてもどきどきしなかったし、それにね……」 違う俺はいつもどきどきしていた。 「私、武様……あの軍人さんの事が好きになっちゃったの」 そんなことは聞きたくない。 「ラーク、あなたも恋をしてみれば分かると思うけど、私達のときとは全然違うのよ」 俺は君に恋していたんだ。 「いつもあの人の事が頭から離れないし、近くにいるだけで心臓がどきどきして破裂しそうになるのよ」 そんなこと知っている。俺の心臓は今でもどきどきしているんだ。 「でもよかったわ、ラークも同じこと考えてくれていたなんて」 違う、違うんだアリシア、俺は…… 「そうそう実は私、大和に行くことになったのよ」 アリシアは無情にも、この上なく嬉しそうに話す。 「まだあの人は戦場にいるけど、帰ってくるまで大和で待っていてくれって。うふふ」 ラークが見たことのないような幸せそうな顔。 それを見ると、ラークはやるせない気持ちになる。 「大和には彼の正妻もいるらしいけど、私うまくやれるかな?」 行かないでくれ、そう言いたかった。 だが今の彼に、それを言う権利がないことをラークは知っていた。 「そうだ、ラークは知らないのよね」 アリシアは白いワンピースのお腹の辺りを摩る。 「ほらラークも触ってみて」 彼女の白い手がラークの手に重ねられ、彼女のお腹に当てられる。 ぽっこりとした僅かな膨らみが手のひらに感じられる。 まさか…… 「ねっ。すこし膨らんでいるでしょ。私、ママになるんだ」 そうやって微笑むアリシアの顔は、優しい母親のものだった。 この赤ちゃんの父親が自分だったら、どれほど嬉しかっただろう。 ラークの胸の内に暗いものがよぎる。 「こんなときに私だけ幸せになるのはどうかなって思ったんだけど、彼が産んでくれって言ってくれたの……」 彼女がどうしようもなく幸せだということはラークにもよく分かった。 実際のところ、ラークには彼女をこんな幸せそうな顔には、させられなかっただろう。 「だからね、ラークも幸せになってね。大変なこともあるけど、いいお嫁さん見つけて子供を作るのよ」 それは今のラークにとって止めの一言だった。 「それでは、また会いましょう」 アリシアは昔と同じ、優しげな笑みをラークに向ける。 でもその笑みはもうラークのものではなかった。 戦火は人の人生を容易に変える。 一人の少女は自分の幸せを手に入れ、一人の少年は不幸のどん底に突き落とされた。 誰が悪かったわけではない。 人は戦火の前には無力な存在でしかないのである。 武の戦争記 少年と少女 完
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「あら…遅いお目覚めだこと」 舞園を見る時とは違い、愛しさのうちにも苛立ちを含んだ目で、セレスは朝日奈を見る。 言うことを聞かないペットをたしなめるような目つき。 「あ…私…」 ややあって、朝日奈は自分の現状を思い出し、そして舞園と目を合わせ、途端に顔を真っ青にした。 「あなたがなかなか起きないから、仕方なく私が舞園さんの相手をしていたのですよ」 セレスは舞園から手を離し、ベッドを下り、朝日奈の方へと歩み寄る。 朝日奈は上体を起こそうとして、 「んっ…」 どうやら下半身に力が入らないようで、腕で状態を支えたまま、床で突っ伏した。 今更という感じだが、片手で自分の胸を隠し、もう片手で自分の体を支え…ようとして、力が入らずに四苦八苦。 見かねたセレスが、朝日奈の腕をつかみ、その場で立たせた。 ――助かった… 咄嗟に、舞園は思った。 偶然とはいえ、朝日奈が目覚めてくれたことで、セレスの興味が自分から外れた。 そう、愚かにも、舞園は安心してしまった。 その一瞬の気の緩みが、 「ほら…ここからはあなたが舞園さんを責める番ですわ」 より深い反動となって、彼女を絶望へ突き落すことになる。 「「え…」」 朝日奈は胸の前で手を組み、青い顔のまま舞園を見る。 「む、無理だよ…私、出来ないよ」 セレスは目を細くして、朝日奈をベッドに突き飛ばした。 「あぅっ!?」 「ペットが飼い主に逆らうな、と言いましたわよね。あなたはただ、ワンワン吠えて、私が言うとおりにすればいいのです」 「そ、そんな…だって…」 「…まだ、イき足りないようですわね」 ビクッ、と、朝日奈が震える。 すでに心が折られている。舞園は把握した。朝日奈はもう、セレスには逆らえない。 「わ、わんっ…」 「…分かればいいのですわ。そうそう、くれぐれも舞園さんは丁重に扱うこと。あなたと違って繊細なのですから」 「…わん」 セレスは満足そうにうなずくと、例の道具群に手を伸ばした。 「さて、次はどれを…」 舞園は唾を呑みこんだ。 高鳴る鼓動に耳を閉ざし、絶対期待なんかしていないと、自分に言い聞かせながら。 セレスが道具を漁る間、朝日奈は居心地悪そうに、ベッドの上でもぞもぞとしていた。 時折舞園に視線を向けては、目が合うと気まずそうにそらす。 「?」 「…」 おそらく、何かを言いたいのだろうが、セレスの手前で喋ってしまえば、また絶頂させられるのだろう。 それでも朝日奈が、意を決して口を開こうとしたその瞬間に、 「はい、朝日奈さん」 セレスが振り向いて、途端に彼女は口をつぐんでしまった。 手渡されたのは、大きな注射器の尖端に、ゴムのチューブがついたようなもの。 「ふぇ…?」 「使い方は、以前教えたとおりですわ」 「…っ、…わん」 異議を唱えようとして、やはり朝日奈は口をつぐんだ。 「あ、あの…」 代わりに尋ねたのは、舞園。 「それ…浣腸器ですよね…何に使うんですか…?」 尋ねた声はか細く、細い方は頼りなく震え、目には怯えの色が浮かんでいる。 何に使うか、そんなの尋ねる必要はなかった。認めたくないだけなのだ。 「ねえ…『お尻で感じちゃうアイドル』なんて…そそるフレーズじゃありませんか?」 セレスがにこやかにそう言った途端に、どこかに潜んでいた恐怖心が、どっと噴き出してきた。 「やっ、やだっ!嫌ぁっ!」 拘束されていたことも忘れ、パニック状態で舞園が暴れ出す。 「大丈夫、ちゃんと気持ちよくして差し上げますから、安心してくださいな。 私じゃ舞園さんをバスルームまで運べませんから、朝日奈さんが起きるのを待っていたのですけど。 『アイドルはう○ちをしない』って都市伝説…ねえ、舞園さん…本当なのでしょうか?」 セレスは笑っている。笑っているということはつまり、本気ということだ。 舞園は真に恐怖した。背骨が震えていると錯覚するほど。 少しでも期待してしまった自分が、本当に恨めしい。 「嫌ぁあっ!たっ、助け…ふぁああっ!!」 再びセレスがローターの電源を入れ、舞園の助けを求める声もかき消されてしまう。 「んっ…しょ」 朝日奈に軽々と抱えあげられ、宙に浮いた状態で、太ももを掴まれている。 放尿を強制されているような、不安定な体勢が羞恥心を煽る。 背中に柔らかな朝日奈の乳房を感じて、舞園は更に顔を赤くした。 「ひぁっ…」 相変わらずローターで敏感な乳房を刺激され、地に足が付かない不安定さも相まって、 「あっ、あ、あぁああぁっ…」 再び舞園は、簡単に絶頂を迎える。 「あっ…やっ!あぁあぁ…」 辺りに潮を撒き散らし、大きく背をそらせた。 「ま、舞園…ちゃん?」 朝日奈が抱えたまま、心配そうに尋ねる。 「あら…期待しすぎて、先にイっちゃいました?」 セレスがからかうように、ニヤニヤと舞園の顔を覗き込む。羞恥に耐えきれず、舞園は目を潤ませてセレスを睨んだ。 「そんな可愛らしい顔で睨まれても、怖くありませんわよ」 本当に子供をあやす姉のような仕種で、セレスが舞園の頭を撫でる。 悔しさと羞恥心に身を委ね、舞園は唇を噛んだ。 バスルームの中には簡易便器が用意され、舞園はその便座の上に下ろされた。 セレスは汚れ役は嫌なのか、「終わったら呼んでください」と言って、ベッドに戻ってしまった。 朝日奈はローターの電源を切ると、居心地悪そうに扉に背を向けてしまった。 浣腸器を握り締めたまま、不安そうに視線を泳がせている。 やはり彼女としても、浣腸などしたくはないのだろう、なんて考えていると、 「…怒って、るよね」 おもむろに朝日奈が口を開いた。 「へ?」 何のことかわからずに、聞き返してしまう。 その舞園の問い返しを、何と勘違いしたのか、可哀そうなほどに肩を震わせた。 怯えたように後ろを向き、話しながらいそいそと浣腸器の準備を進めていく。 「ゴメンなさい…でも…」 「あっ…ちょっと…!」 何のことかを尋ねる前に、朝日奈が舞園に覆いかぶさった。 「やらなきゃ、私がやられるんだ…だから!」 「いっ、あ゛…!」 注射器にとりつけられた細い管が、肛門を押し分けて入ってくる。 舞園は、声にならない声をあげた。感じたことのない苦しさや嫌悪感が、背筋を駆け上がった。 鋭い痛みと、異物感。 「いくよ…!」 「いやっ、嫌ですっ…!朝日奈さん、待って、ダメっ!!」 問答無用に、注射器の取っ手が押し込まれた。 「うぁ…!は、入ってくる……やっ…あ、ぅあ、っく…いやぁああぁあっ…」 「うっ…ぐ…!」 余りの異物感に、吐き気さえ催す。 内臓が痙攣しているような錯覚さえ覚える。 「いやっ…ひやぁああ…気持ち、悪いぃ…」 舞園はその苦痛から逃れるように体を捩った。 しかし動くたびに、注射器の管が存在を主張し、より強い苦痛を訴えてくる。 朝比奈は注射器を管から外して、追加の液体を込める。 まるで自分がされているかのような、そんな苦悶の表情を、朝日奈は浮かべていた。 だが、舞園にはそれを確認する余裕すらもない。 「ふぅう、うぅううぅ……」 「ゴメン、ゴメンね…」 「ま、まだ…っ、入れるん、ですか?」 朝日奈も、舞園も、涙目のまま声と肩を震わせ、互いが互いに怯えていた。 朝日奈は肯定の代わりに、たっぷりと液体を補給し終えた注射器を、管に取り付ける。 追いつめられた顔のまま、朝日奈は舞園の肛門に注ぎ続ける。 「いやっ…いやぁあはぁああぁう…ダメ、だめっ…もう入らないっ、ですっ…くぁああぁあっ!!」 下腹が少し膨れたのがわかる。管から発射される液が、腸壁を刺激する。 どんどん注がれているのに、気を緩めれば全て出してしまいそうだ。 舞園は必死に足先に力を込め、苦痛と排泄欲に耐える。 キュルルルルル 可愛い音を立てて、腹が異常を訴えている。 「はっ、はぅ、はっ…」 苦しさの余り、肩で息をしてしまう。 「力抜いてね…お尻の穴、無理に力をかけると切れちゃうみたいだから…」 「力を抜いたら…っ、ぐ…出ちゃいますっ…」 それを聞いて、朝日奈は舞園の肛門から管を抜くと、朝日奈は舞園の膨らんだ腹部を、力強くさすった。 「やめっ…!…だ、ダメ、朝日奈さんっ…出ちゃう…!」 「いいよ、出して…もう入れてから時間経ってるから」 「なっ…!?」 舞園は驚愕の眼差しで、朝日奈を凝視した。 言葉が出ない。顔から血の気が引いていく。嫌な汗が額に浮かぶ。 「何…言ってるんですか、朝日奈さん…」 常識的に考えて、人が見ている前で、排泄なんかできるわけがない。 「わ、私…これでも、アイドルなんです!そんな、人の見ている前で、出すなんて…」 「舞園ちゃん…ここじゃもう、アイドルとか、関係ないんだよ。私たちはただ、女であるだけ。 ただ、女に生まれたことを後悔しながら、セレスちゃんのオモチャにされていくんだ…」 舞園に諭すように、自分に言い聞かせるように、朝日奈は言った。 朝日奈の言葉を、舞園は理解できないでいた。 舞園は、自分たちはまだ平穏な日常に戻れると、信じていたから。 「うぶっ!!」 そして、そんな儚い希望を押しつぶすかのように、朝日奈が体重を乗せて腹を押すと、 「ぐっ…うぁあ、ダメ…見ないでっ…!!」 滑稽な空気音とともに、液体が飛び散った。 いやだ。 こんな屈辱、耐えられない。恥ずかしすぎて、死んでしまいたい。 人前で、こんな… 「やだっ…朝日奈、さん゛っ!う、…ふぐっ!!…あ、…ダメぇ…」 何度も、何度も、舞園の腹を朝日奈が荒々しく押しつける。 余程必死なのか、手加減すらなく、殴打のように腹に鈍痛が走る。 しかし、痛みなど、舞園には些末な問題。 朝日奈が腹を押すたびに、我慢しているのに、肛門から飛沫が飛び散る。 そのうち朝日奈が押さずとも、緩まった肛門から、尿のように液体が押し出されてくる。 肛門を水が通り抜けていく。気持ち悪いはずなのに、肛門を刺激されるのが心地いい。 もう、いやだ。こんな羞恥、耐えられない。死んだ方がましだ。 目から、大粒の涙がこぼれおちる。 舞園が、声をあげて泣き出した。 「ふぇっ…うぇえぇええぇっ…っ、うぁあああぁあぁぁ…」 乳首を弄ばれて絶頂した時のような、すすり泣きではない。 本物の、号泣。 けれど泣いても、排泄は止まらず、彼女の肛門を刺激し続ける。 貫くような罪悪感に駆られたのは、朝日奈。 押さえつけていた、考えないようにしていた自責の念が、一度にあふれ出してくる。 テレビ画面の向こう側にいた、笑顔の眩しい、汚れを知らないような、あの憧れのアイドル。 それを裸に剥いて縛り上げ、浣腸器を指し込み、嫌がっているのに排泄を強要し、そして泣かせてしまった。 たちが悪いのは、罪悪感に責め立てられつつも、 この現状に興奮している自分が、ここにいるということ。 『泣いても、乳首をいじめてあげれば、すぐに彼女は泣きやみますわ』 ベッドに戻る前の、セレスの言葉を思い出し、朝日奈はローターの電源に手を伸ばした。 「ふぇえぇえ……っ!?あっ、う…ふひゃあぁ!!」 涙でゆがんでいた舞園の瞳が、一気に見開く。 「あ、さひな、さ…何を…」 ふるふると、顔が震えている。見開かれた目は朝日奈を捉え、懇願するような色を浮かべている。 ぞくり、と、背徳感を刺激される。 「大丈夫だよ、舞園ちゃん…乳首の気持ちいいのに、集中してて…」 「んっ…あぁ、はぅ…」 舞園の様子はまさに、セレスの言葉通り、といったところ。 まだ涙の跡を光らせてはいるものの、その頬にはもう赤みが差している。 「乳首、そんなに気持ちいの…?この器械のせい?それとも…舞園ちゃんが、特別敏感なの…?」 「やだっ、やだぁあ…変な事、言わな…っん、あぁああ…!」 「でも、こうやって耳元で恥ずかしいこと言われるの、ホントは気持ちいいでしょ…? 自分のエッチなところを容赦なく責められるの、ホントは大好きでしょ…? わかるんだよ?そういうの…私も、同じなんだから…」 今度は、朝日奈が舞園の痴態に当てられる番だった。 裸のまま縛られて泣きじゃくる舞園は、とても可愛らしくて、とても官能的。 小動物のような愛おしさがあるのに、これ以上ないくらいにエロい。 守ってあげたくなるのと同時に、もっといじめてやりたくなる。 胸の刺激に耐えきれないのか、大きく背をそらしているけれど、それで胸が突き出されて、 結局もっと刺激を与えられ、跳ねるように体を震わせて、背を丸め…という一連の仕種を、舞園は繰り返している。 「もっかい、入れるからね」 そう言って浣腸を準備する朝日奈を、舞園は蕩けた目で見ている。 「や、やめ…ふぁ…」 言葉だけでも抵抗しようと声を上げるも、意識は半分向こう側にイってしまっているらしい。 心なしか、浣腸を準備する自分の手つきが、焦って見える。 もっと彼女をいじめてやりたい。もっと彼女を堕としてやりたい。 管に注射器を取り付け、舞園の肛門へと差し込む。 一度経験したからか、それとも快感で緩んでいるのか、彼女の肛門はさっきよりも簡単に、奥までそれを加えこんだ。 「まだ、痛い?」 朝日奈が尋ねる。 「ふえ…よ、く、わかんない…です…っく、んぅ…」 蕩けたままの目で、舞園が答える。 乳首に意識を集中させたのは、正解だったかもしれない。 同じ要領で、何度も彼女の中に、ぬるま湯が流し込まれて行く。 「やだ、やだっ…ふあぁああ、乳首、ダメぇ…!」 管を抜くと、だいぶ抵抗なく、ほぼ透明なお湯が押し出され、流れ出てくる。 舞園も嫌がってはいるものの、乳首をこねくり回されて力が入らないようだった。 何度も、何度も。 自分の肛門にぬるま湯が注がれ、そして排泄を繰り返すうちに、 その排泄に、明らかに性的な心地よさを覚えてしまっていることに、舞園はまだ気が付けずにいた。 「そろそろ綺麗になりましたか?」 どれくらいの時間が経ったのか、下着姿のセレスがしびれを切らしたように顔を出す。 舞園は文字通り、『出来あがって』いた。 「はぁ…はぁう…」 パシャパシャと音を立てて水流がアナルを舐めあげ、そのたびに背筋を得も言われぬ感覚が走り抜ける。 たった今、直接内側を泡立てたボディソープで洗われたところだった。 朝日奈がシャワーのノズルを伸ばし、舞園の肛門に当てがっている。 もう力は入らず、時々肛門が物欲しげに開いてはヒクつく。 水流がもたらす、苦しみにも似たむず痒い刺激に、彼女は息を荒げていた。 「良い具合ですね、舞園さん」 セレスが舞園の頬を掴み、顔を自分に向けさせる。 力が入らず、睨み返すことさえできない。蕩けきった目で、舞園はセレスを見上げた。 「痛みや苦しみが消えて、別の感覚が肛門から伝わってくるでしょう? お尻の穴だって、ちゃんと開発してあげれば、立派な性感帯になるのです」 朝日奈に舞園を運ばせ、ベッドの上に横たえさせる。 舞園の身体は、とっくに弱りきっていた。 数分、いや数十分、肛門への刺激を耐え続け、我慢も限界に達している。 そして、結局一度も、まともに股間を弄ってもらえていない。 女としての欲が、絶頂へのフラストレーションが、徐々に肛門から感じる刺激を、性感と認識し始める。 さっきとは逆に、舞園はベッドの上にうつ伏せにされていた。 顔は枕に押し付けたまま、膝を曲げて尻を突き出すような格好を強要されている。 今度は、何をされるのだろう。 抵抗など頭になく、訪れるだろう未知の刺激を、顔を枕にうずめて待つ。 中々触れられず、セレスが朝日奈に何か命じているのも、自分を焦らすためではないかと思ってしまう。 「緊張していますか?」 セレスが身を乗り出し、ベッドの上の舞園に、自分の体を添える。 「あ…」 密着する、肌と肌。 セレスの肌から香る、香水に混じった、雌の匂い。 とても、いやらしく感じてしまう。 「大丈夫、力を抜いていれば、痛くはありませんから」 唐突に、冷たいローションが肛門に垂らされる。 「ふぁっ!?」 急な感覚に戸惑い、思わず尻を締めてしまう。 「ほら、力を抜いて…」 朝日奈に続いて、舞園もまたセレスに屈服しつつあった。 朝日奈のように心を折られたのではなく、純粋に女としての快感を期待させられて。 ほんの数時間前まで、舞園はアイドルである自分に、少なからず矜持を持っていたのに、 今ではその肩書は、『アイドルなのに』と、自分を辱めるための材料でしかなくなっていた。 力を抜いて、なんて言われても、そんな簡単に脱力なんてできるわけじゃない。 まだ感じたことのない、知識でしか巡り合ったことのない、アナルでの快楽に期待してしまう。 「うふふ…お尻の穴、弄って欲しそうにヒクつかせちゃって…もう我慢できないのでしょう?」 枕にうずめた顔の耳元で、セレスが囁いた。 表情を見られたくなくて、もっと力強く枕に顔を押しつける。 「言っておきますが、弄るのは、基本的に朝日奈さんですわ…」 「わん…」 なんでもいい。 とにかく早く弄って欲しい。 気を抜けばそんな、アイドルにあるまじき言葉を口走ってしまいそうで、枕に顔を押し付ける。 それでも体は、彼女の意思とは無関係に、腰をつきあげて誘惑するように振るのだった。 「うぅ…」 朝日奈の指が尻を掴み、その溝をなぞる感覚に、うめき声を上げる。 彼女はいささか力が強く、触り方もどこか乱暴に感じる。 けれど今の舞園には、それは十分すぎる刺激。 アナルの周りにローションをすりこむように、指の腹が円を描く。 「ふっ…う、んっ…」 枕に顔を押し付けているから、何とか声を我慢できた。 あまりにじれったくて、拘束さえなければきっと、今頃自分で自分を慰めているだろう。 「そう、もっと丁寧に…まずは周りのお肉を、ほぐしてあげてください」 「…わん」 こすったり、引っ張ったり、振動を与えたり。朝日奈の指が、単調ながらも変化を与えて刺激する。 「…ん……ふっ…ぅ…っ!!」 「あ…」 「どうしました?…ああ、人間の言葉で答えてよろしいですよ」 「お尻の穴…膨らんできた」 言われて、ビクッと舞園が震える。 顔から火が出る思いだ。 「あらあら…ふふ、顔が真っ赤ですわよ、舞園さん」 恥ずかしくて、思いっきり枕に顔を押し付けるのに、腰は刺激を求めて勝手に高く上る。 「もうそろそろ、指を入れてあげてもいいですわ」 「わん」 ぬるり、と、唐突に、何の抵抗もなく、舞園のアナルが朝日奈の指を咥えこんだ。 「あっ、ぐ…!!!」 余りの感覚に、顔をあげてしまう。 異物感。肛門がそれを排除しようと、力強く締まる。 朝日奈の指は、途中で躊躇いがちに止まったが、 「ほら、奥まで入れてあげなさい」 「っ、わん…」 セレスの言葉に逆らえず、指の根元まで舞園のアナルに突き刺していく。 「ふっ、う、ぅうう…」 「ゆっくり呼吸して…力を抜いてください」 そんなこと言われても、と舞園は当惑した。 天性の脱力の才能があった朝日奈とは違い、緊張した舞園の身体からは、そんな簡単に力を抜けはしない。 痛いくらいに、朝日奈の指を締め付けている。 「はっ、はっ……痛い、苦しい、です…っ、抜いて、ください…」 舞園が苦しそうに訴える顔を、セレスは楽しげに覗きこんでいる。 「…だ、そうですよ、朝日奈さん。ゆっくり、優しく、抜いてあげてください」 「わんっ…」 ずるり 「――っひ…!?」 なまめかしい音が、耳に届く。 実際はそんな音はなかったのだが、あまりの感覚に、舞園の脳がそれを知覚してしまった。 締め付けられたままの指を、ゆっくりと朝日奈が抜いていく。 ぬるぬると、内壁が擦れて引きずり出されてしまうような感覚。 「ふっ、うぁっ…!?……やっ、ダメっ!これダメですっ!!」 舞園は腰を大きく跳ねあげた。 けれども拘束されてろくに抵抗も出来るはずなく、結局自分で暴れて刺激を増長させてしまう。 「あなたが抜いてとお願いしたんですよ?」 跳ね上がった舞園の顔を、セレスがしっかりととらえる。 「あっ、あ、あぁああぁあ…!」 「お尻の穴を弄られて蕩けちゃうアイドルの顔…しっかりと見せてください」 「いやっ、あ、言わないで、くださ…んっ、う…!!」 入れられた時の苦痛とは全く異なる、全身の力を抜きとられるような感覚。 刺激される排泄欲に、自分から朝日奈の指を締め付けてしまい、ますます感覚が強くなる。 くぽっ、と、吸盤のはがれるような音がして、朝日奈が舞園の肛門から、指を引き抜く。 「ふぅ、んっ…ふぅ、んっ…ふぅ、んっ…」 「あら、一度指を出し入れしただけで、こんなになっちゃって…これからもっとすごいことをするというのに」 潤んだ目、真っ赤な頬。 荒い息、蕩けた顔。 もう、セレスに顔を見られていることすら、気にならなくなってきた。 震えながら息を吐く舞園の頭には、もうその一つのことしか浮かばない。 「も、許してくださ…」 「あら、まだまだこれからですわよ?」 「違…ちゃんと、ちゃんと…おまんこ、弄ってください…もう、切なすぎて我慢できないんです…」 結局一度も、まともに弄ってもらえていない。セレスも、それをわかって放置していた。 先ほどからずっと、緩んだ蛇口のように愛液が垂れ続け、膝を伝っている。 「…次は、舌で舐めまわしてあげてください」 「わ、わん」 朝日奈の顔をアナルに押しつけながら、またセレスが舞園の顔を覗き込む。 この、顔を覗きこまれるという行為が、たまらなく羞恥心を煽ってくる。 けれど、もう枕にうずめて顔を隠す力もない。 快楽で蕩けきった自分の顔を、まじまじと覗かれる。 それだけの行為なのに、ひどくドキドキする。 まるでセレスの瞳から、催眠でもかけられているかのようだ。 「ふふ…あのアイドルの舞園さんの口から、そんなエッチな言葉を聞けるなんて…」 すりすりと頬を撫でられる。 それまでは恥ずかしいだけだったのに、頬を滑るセレスの指が気持ちいい。 頭が熱い。 いいのだろうか、こんな。 自分はアイドルなのに。 こんな恥ずかしい恰好をさせられて。 あんな恥ずかしいことを言ってしまって。 「ふっ、うぁっ!?…んっ!」 アナルに入り込んだ朝日奈の舌が、舞園の思考を寸断する。 生温かいザラザラとしたそれが与える刺激は、先ほどまでの指とは比べ物にならない。 「私も鬼じゃありません…アナルでイけたら、ちゃんと前の穴も弄ってあげますわ」 「そ、そんな…無理です…ふっ、うぁあ、ん…」 舞園は泣きじゃくりながら、セレスに訴えかける。 朝日奈の舌が、器用に入口を舐め濡っている。 気持ちいいのに、感じてしまうのに、絶頂には辿りつけない。 「もう、頭おかしくなっちゃいます…んっ……ぁ、ダメ、ダメなんです… さっきからイきそうなのに、ずっと寸止めされてるみたいで、もう無理です…ふっ、ん…! おまんこでイかせてください…お願いします…!」 ゾクリ、と、セレスが恍惚の表情を見せた。 舞園のその懇願だけで、あやうくイってしまいそうなほどに興奮させられる。 「ふ、ふふふ…舞園さんの、こんな…苗木君あたりが見たら、一生もののオカズになるのでしょうね」 「…あっ、うぁあっ!!」 自分の声じゃない。 獣のようなうめき声が漏れた。 想像してしまう。彼の顔を。 全身に緊張が走り、忘れかけていた羞恥心がよみがえってくる。 「ふあっ……舌、押し出されちゃった…」 朝日奈が、口を離す。 舞園の顔を覗き込んでいたセレスは、いやらしく笑ってにじり寄る。 「へえ…」 「まさか、あなたも苗木君を…」 「な、なんの話ですか…」 聞くまでもない。舞園本人も、自身の反応の変わりように驚いていた。 自分の中にある彼への好意を隠すことは、恥ずかしいことではない。 しかし、この状況で、この女に知られることは、 何かとてつもなく致命的な弱みを握られてしまうことのように思えた。 「とぼけても無駄ですわ…体は正直でしたから」 「くっ…」 「…?」 朝日奈に気が付かれなかったことは、せめてもの救いかもしれない。 「…初めてお尻でちゃんと、感じてしまったのでしょう?苗木君のことを考えて…」 「…」 「それならそうと、早く言ってくれればいいのに…良い夢、見せてあげますわ」 セレスは例の小箱を漁る。 おもちゃ箱をひっくり返したように、様々な小道具がベッドの上に広げられた。 ただ散らばったその道具たちは、おもちゃと呼ぶにはあまりにも生々しい。 ヘッドホンが取り付けられた、大仰な目隠し。 男性器を模した、ピンク色のゴムのディルドー。 1㍍はありそうな、定間隔にゴムのこぶが付いているゴムの紐。 「今度は何を…するつもりなんですか」 弱弱しく震えた声で、舞園がたずねた。 答えずにセレスが、ヘッドホンの取り付けられた目隠しをする。 視覚と聴覚を奪われ、思わず舞園は口を閉じた。 どんどん、抵抗ができなくなる。 服を剥がれて体の自由も利かなくなり、目と耳まで塞がれて、忘れていた恐怖心を思い出す。 快感と恐怖の間で弄ばれ、舞園の心はもう壊れかけていて、 だからこそセレスの毒が、より深くしみ込んでいく。 『…舞園さん』 「え…?」 ヘッドホンから届く、その声は。 聞き違うはずはない、愛しい彼の声だった。 目隠しのその向こうでは、ただセレスが蝶ネクタイ型の変声器に声を当てているだけ。 しかしそんなことを、舞園が気づけるはずもない。 それがヘッドホンを通して、耳元で話しかけられているような錯覚を与えられる。 『今から舞園さんのお尻…本格的にぐちょぐちょにしてあげるからね』 「あっ…」 違う、これは彼じゃないと必死に自分に言い聞かせても、 彼女には、耳から流れ込んでくるその声だけが真実だった。 体は彼の声に反応して、じわじわと愛液を流し続ける。 何かがアナルに突きいれられ、そこから冷たい液体が流れ込んでくる。 「うっ、ふぁっああぁあっ…!?」 すぐにローションだと理解する。 冷たさがゾクゾクと背中を這い上がる。 「な、何を…」 『力抜いて…今からすごいの入れるから』 「っ…ふ、う…」 苗木の声に当てられて、本当に力が抜けていく。 耳が気持ちいい。 耳元で直接、彼に囁かれているような。 目を開けば、すぐそばに彼がいて、自分のこんなあられもない姿を見られているかのような。 そんな錯覚に陥らされる。 ぐ、と、肛門の壁を押し分けて、何かが押し入れられてきた。 「うぁあっ…!」 異物感を感じ取り、反射的に排泄を行うと直腸が収縮し、 『ホラ、力抜いて』 「んっ…!?」 苗木の言葉に、身体が従ってしまう。 『ゆっくり深呼吸するよ…吸ってー、吐いてー』 「んっ、ふ、ふぅうう…はぁあぁあ…」 逆らえない。逆らう気力さえ奪われている。 苗木誠の声に、逆らえない。 視覚も聴覚も奪われた彼女にとっては、快楽に似た異物感と、苗木誠の声だけが全て。 それだけが彼女の世界。逆らうことのできない、催眠の世界。 それを、セレスはこの短時間で作り出してみせた。 わざと秘部を弄らなかったのも、彼女のアイドル時代の秘密を暴露したのも、 乳首だけで絶頂を与えたのも、慣れない肛門での性感を覚えさせたのも、 全てはこのため。 もう舞園の意識は、苗木の声――セレスの命令には、逆らえない。