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彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE) 後編 ◆EchanS1zhg (彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE) 前編へ) 【Accelerator――(光速戦闘) 中編】 「どうしても思い通りにはいかないものね……全く」 半ば、廃墟のような有様と成り果てた警察署の中で、朝倉は天井に開いた大穴を見上げ大きく肩をすくめた。 天井に空いた穴は屋上まで貫通しており、室内に直接空の光景を見せることで建物というものの存在意義を破壊している。 その淵から飛び出している鉄骨はその先端がどろりと溶けており、高温の弾丸がここを通ったと想像するのは容易だった。 勿論、それは朝倉涼子が跳ね返した御坂美琴が放ったあの超電磁砲《レールガン》である。 「ふぅ……少し暑く感じるわ」 言いながら、朝倉は額に浮かんだ汗を制服の袖で拭った。 電磁砲が発射されたせいで室温があがったということもあるが、朝倉自身もオーバーヒート寸前であったりする。 《ベクトル操作》――それが朝倉が最後に計算した情報改変である。 別段、彼女にとってそれは特別難解だというものではない。 今回は跳ね返す規模が大きかったから大計算となったが式そのものは単純であり、後は負荷と効率の問題でしかない。 今回ギリギリだったのは、これは一度限りの手段で、また美琴が電磁砲を使っていなければ勝利はなかったということだ。 大前提として、電流を操作する以上、通常の電撃の槍では跳ね返したところで美琴自身には通用しない。 故に、跳ね返すとするならば警察署の壁をぶちぬいた電磁誘導による超高熱攻撃である電磁砲しか対象はなかった。 また、一度でも反射できることを覚られたら美琴は自滅の可能性のある電磁砲を使いはしなかっただろう。 「結果オーライという言葉はあるけれども、気休めにもならないわね……こんな言葉」 最後の大勝負に美琴が上手く乗ってくれて、電磁砲を使い、それを反射できる可能性は数字にするとどれくらいだったか。 会話を交わしながら算出した数字を思い出して朝倉は目を瞑り、頭をぶるぶると振った。 なにより問題だったのは電磁砲の威力だ。 美琴がこちらを思って手加減していれば、例え反射していても美琴を倒すことはできなかったろう。 逆に美琴が体力を残しており、室内であることも無視して本気の電磁砲を撃ってたら、今頃自分は蒸発していたはずである。 「――倒し損ねちゃうし」 そして、反射はしたものの、朝倉は美琴を仕留めることができなかった。 床を見下ろせばそこに夥しい量の真っ赤な血と、彼女が落としていった左腕が残されてはいるが、しかし彼女自身はいない。 そもそもとして電磁砲を反射されたのだとしたら美琴は熱と衝撃で跡形もなく吹っ飛んでいたはずなのだが、 それに加えて真横に反射された電磁砲がどうして美琴のいた場所から真上に進んでいるのか――? 「…………ごめんなさい。私のせいで、……こ、殺せなくて」 朝倉が振り返ると、そこに今回の決着を文字通り”捻じ曲げて”しまった原因が俯いて塞ぎこんでいた。 歪曲を使う、浅上藤乃である。 決着のつく瞬間。ちょうど目を覚ました彼女は視界の中にいた美琴を反射的に凶(まげ)ようとして、この結果を齎したのだ。 確かに美琴は歪曲の餌食になった。彼女としても避ける余裕はなかったらしく、一部ではあるが身体を捻じ切った。 しかし彼女に止めを刺すはずだった電磁砲もまた衝撃波諸共に曲げられてしまい、天へと打ち上げられてしまった。 結果として、美琴は左腕だけを捻られた後、衝撃波だけをくらって自分が空けた穴から警察署の外へと放り出されたらしい。 そしてその後はまんまと逃げおおせてしまった模様である。 過負荷でダウンしていた朝倉が確認しに行った時には、そこに残されていたのは僅かな血痕のみでしかなかったのだ。 「とりあえず、色々と問題が浮き彫りになったわね。私達」 朝倉はようやく回復してきた力で一気に汗を振り払うと、たった一言でその問題を的確に言い表した。 「――コンビネーションが最悪よ」 【生き残った話――(遺棄の凝った話) 前編】 お昼過ぎののどかな街の風景の中。四角い窓の向こう側に、降参という風に両手を挙げている女性の姿があった。 どうしてか粉々に割れている窓からは風が入り込み、その女性の美しい黒髪をそよそよと揺らしている。 女性の名前はわからない。彼女は必要な時には自分のことを師匠と呼ぶように言い、実際に師匠とだけ呼ばれている。 そんな不思議な彼女は今、表情を浮かべることなくあることを思案していた。 自分の後ろから拳銃を突きつけている少年をどう処分してしまおうかと、そんな物騒なことを。 少年が背後に近づく気配を感じ取れなかったのは何故か。 師匠は窓の外へと向けていた身体を振り返り、簡素な会議室の中にも意外と死角が存在したのだと知った。 それにしても不思議な所はある。もしかしたら仲間の張った結界のせいもあるのかもしれないと彼女はちらりと考えた。 「ここであんたを止めないと、リリアにも危険が及ぶと思うから」 自分に銃を突きつけていた人物は声色どおりの少年であった。 年の頃は先程、弾丸をいくらか見舞った少年と同じくらいかも知れない。 しかしその若さの割りには銃を構える姿も堂に入っており、こちらは素人ではないようだと一目で解る。 銃を突きつけているという状態の優位性を過信してもいない。少年の顔に浮かんだ強い緊張の色が証拠だ。 師匠はその少年を冷静に見つめ、無言で相手が何者かを計る。 「両手を頭の後ろで組んで、床に膝をつくんだ」 少年の要求に対し、師匠は無言と無反応をもってそれを回答とした。 このような場合において何よりも大切な基本は、殺せる相手は殺せる時に殺してしまうことである。 例え今のような状況でなくとしてもそれは人生のほとんどの場面に当てはまる。それを知る師匠は今までそうして生きてきた。 だがしかし、目の前の少年は違う。 殺せる時に殺していない。後ろを取ったのならばそのまま撃ち殺せばよかったのに、しかし彼女はまだ生きている。 別に足を撃つだけでもよかっただろう。何か聞きたいことがあるのならば口だけ残せばよいのだから。 なのに、そうはなっていない。それが何を意味するのか師匠は知っている。おそらくは少年の方も知っているはずだ。 「……言うとおりにするんだ」 でなければ撃つぞ。とまでは言わなかったことに師匠は目の前の少年に10点の評価を与えた。 しかし、その10点という評価は1秒ごとに1点ずつ減じてゆく。そして、0点になれば師匠は動く。 目の前の敵を相手に少年がそれでも撃てないというのなら、その時拳銃は存在しないも同然だと判断できるからだ。 そして、沈黙のままに10秒が過ぎた。銃声は鳴っていない。師匠は五体満足のままで、そして――動き出した。 互いの間に置かれた距離は3メートルほどで、室内としては十分な距離を確保していたと評価できるだろう。 少年が動き出した師匠を見てから反応するまでにコンマ3秒。それから撃つかどうかを決めるのにもうコンマ6秒。 合わせて1秒にも足りない時間だったが、師匠が肉薄するには十分な時間だった。 「くっ……!」 ちょうど1秒後。師匠は左の掌底をフェイントに伸ばした右腕で少年の持っていた自動拳銃を握ることに成功していた。 さてこの次の刹那には、握られてしまった拳銃を手放してしまうかどうかの判断が少年に求められる。 自動拳銃の場合、しっかりとスライドごと握りこまれていてはトリガーをいくら引こうとも弾丸は発射されない。 ならば手放して格闘戦に移るのが常套手段ではあるが、しかしその判断を行う余裕を師匠は少年に与えなかった。 「……――げぅっ!」 少年の口から蛙を踏み潰したような気味の悪い悲鳴が零れ、透明なよだれが床にまき散らかされる。 師匠に拳銃を引っ張られ、反射的に身体が踏ん張ったところに思いっきり体重の乗った前蹴りを腹に叩き込まれたのだ。 身体が裏返るような衝撃に拳銃も手から離れてしまい、結果として少年は最悪の状態で床の上へと無様に転がることとなった。 「――――――――」 唾を飲み込んで咽てしまわないよう、あえて息を殺したまま少年は床の上を転がり体勢を整えようとする。 蹴られた勢いをそのままに受身を合わせて三回転。幸いなことに師匠からの追撃はなかった。 しかし顔を上げたところで少年の身体が絶望に強張る。 彼女は壁際まで転がっていった自分を追うでもなく、ましてや奪い取った拳銃で撃ってくるでもなく、 少年に脅されて手放した機関銃を拾いに元の位置まで戻り、もうすでにそれを手に取りこちらへと向けようとしていたのだ。 例え手痛い一撃を貰っていたとしても格闘戦にもつれこめば十分勝機はあると、少年は計算していた。 相手は自分より体躯の小さな女性であるし、拳銃を奪われたとしても罠を警戒して使わない可能性は十分にあると踏んでいた。 そして実際に、彼女は敵の手にしていた銃はすぐに放ってしまった。ここまでは頭の中にあった可能性の内だ。 後はこういう流れができればそのまま飛び掛ってくるものだと考えていた。 自分が転がって遠ざかるようにすれば、反射的に追おうとするのが自然なのに……しかし彼女はあっさりと銃を拾いに戻った。 少年に与えられた猶予はおよそ2秒ほどはあった。しかし少年はその2秒を空白で埋め尽くしてしまった。 機関銃の銃口はその間にこちらへと向いてしまっている。 今更ながらに、目だけを動かし出口の位置を確認する。たった数メートルの距離だったが、今は何十メートルにも感じられた。 機関銃を構える女性は、ことここに至っても感情を表に現すことはなく無言を貫いている。 まるで人を殺す為の機械のようだと少年は思った。感情もなく、手本のままに人を殺す、優秀な殺人者。 助かるとはもう思ってなかった。最後に残されたほんの一瞬はリリアのことで埋め尽くされる。 今更ながらに後悔。どうしてリリアの名前を口に出してしまったのか。リリアがこの女性に殺されるのだけは嫌だと思った。 どうして”必要”な時に相手を撃つことができなかったのか。命を取り置いておくことなんてできるわけないのに。 もう遅い。ずっと遅かった。遅れた分は取り返そうと走りだしてみたものの、まだどこかに余裕を残していたと―― ――最後の最後の瞬間になって、ようやくそれに気づいた。 決着の瞬間。師匠の顔に怪訝な表情が浮かび――そして幾重にも重なった乾いた破裂音が部屋の中に響き渡った。 「…………………………あれ?」 10秒ほどか、それとも一分はそうしていただろうか、少年は恐る恐ると目を開き、呆けたような表情で辺りを窺った。 そしてもう10秒ほど時間を使って、どうやら自分は殺されなかったのだということをようやく理解する。 まだ耳の中に機関銃の残響音が残っているような気もしたが、部屋はがらんという静寂だけの空間に戻っていた。 「どうして殺されなかったんだ……?」 少年にはその理由が全く思い当たらなかった。 最後の最後に手心を加えられたのだろうか? そんなはずはない。少年は古泉が彼女に撃たれたところを目撃している。 もしかすれば、財宝の隠し場所を知る為に自分を泳がすのだろうか? いや、普通に痛めつけて聞き出せばいいだろう。 「とりあえず、ここを一刻も早く離れないと……」 脱力していた下半身に力を入れて少年は床の上に立ち上がる。 その時、ブーツの底と床とに挟まれたガラス片が砕けてパキリと軽い音を立てた。 振り返れば、背後にあった資料棚のガラス戸が砕けて、あたりにガラス片が散乱してしまっている。 中に入っていたファイルの束にしても被害は免れておらず、撃ちこまれた銃弾に食い千切られバラバラとなっていた。 しかし、こんな被害には何の意味もないだろう。 ただ自分がそうならなかった幸運をかみ締めるだけだと少年はまた振り返る。そして、彼は幸運の正体に気づいた。 「そうか、”君”が助けてくれたのか」 床に転がったままの拳銃を拾い、壊れていないことを確認すると、少年は壊れた窓枠から外へと飛び降りた――。 【彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)】 「師匠ったらどこに行っちゃったのかしら……?」 一応の決着を見た美琴との一戦を終えた朝倉と浅上の二人は、いつまで経っても師匠が戻ってこないということで 階段を使って2階へと上り、片っ端から部屋を覗き込んで、行方知れず(?)となった彼女を捜していた。 「まさか……あの、さっきので師匠さんは……」 「師匠が電磁砲の”流れ弾”で? そんなこと、考えられないわよ」 口ではそう言ってみたものの、もしかしたらそういうこともありうるんじゃないかと朝倉は少し心配になる。 いくら師匠と言えども、所詮は普通に人間でしかない。 あんな、偶然に電磁砲が建物を縦に貫通するだなんてそんなアクシデントを予想できる者などいないだろう。 回避できなかったとしても不思議でないと言えばそうで、むしろだからこそ師匠はこんなことで死んでしまうのではと思える。 仮に2階にいたのが自分だったとしても、あの電磁砲は避けられなかったろうし、当たれば死んでいたに違いない。 「でも、貫通した穴の周辺にはそれらしき痕跡もなかったし……やっぱり師匠がそんなことで死ぬとは思えないわ」 「そうですよね。……そんな事故が起こるわけがないですよね」 別に宝物を探しているという訳ではないので朝倉と浅上の2人は次々と部屋を移動してゆく。 そして、扉を潜る回数が二桁に繰り上がりそうだという頃、彼女らはその部屋に師匠がいた痕跡を発見した。 「ここで戦闘があったみたい。どうやら、古泉くんが言っていた仲間という人がまだ残っていたみたいね」 「じゃあ、師匠さんは、その古泉さんの仲間と……?」 それはどうかしら? と朝倉は部屋を見渡した。 押し倒された事務机に、バラバラに転がっているパイプ椅子。割られた窓に、銃弾を打ち込まれた書類棚。 ここで戦闘があったとありありと分かる散らかぶりではあったが、しかしここには血の一滴も流れてはいなかった。 「師匠が相手を撃って外したとなると、その仲間というのも超能力者だったのかしら……?」 朝倉は銃弾を目一杯叩き込まれた書類棚に近づき、ファイルの中にめり込んだ弾丸をひとつ摘み出す。 それは間違いなく、あくまで他に同じ物を持っている人がいないという前提ではあるが、師匠の銃から出たものだった。 師匠がここで誰かに向かって引鉄を引いたということだけは紛れもない事実らしいとわかる。 さりとて、それだけでは決め手に欠けるとそこを振り向いた時、朝倉は思わぬ人物がそこにいたことに驚いた。 「……どうして、あなたが……――”長門さん”がこんなところにいるの?」 正確に言えば、そこにあったのは長門有希ではなく彼女の”生首”であった。 一見ではわからぬような形で、破壊された書類棚の向かい側にある賞状棚の中に紛れるような形で置かれていたのだ。 図書館でこれを回収してきた古泉がどういう意図でこれをここに隠していたのか、それはもう誰にもわからないし そもそも今ここにいる朝倉と浅上はどうしてこんな所に首があるのかすらわからないが、師匠失踪の答えだけは解った。 「あー……、師匠ったら棚のガラス戸に映った長門さんの生首を見て……」 「そうか、師匠さんって……むぐっ?」 「(言ってはいけないわ。師匠がどこで聞いてるとも知れないし)」 「むぐむぐ……」 やれやれと首を振ると朝倉は窓へと近づき、ぐいと身を乗り出して駐車場の端の方へと視線を伸ばした。 そこには3人が乗ってきたパトカーがまだ止まったままで、よく見れば後部座席にカチカチに表情を固めた師匠の姿がある。 もう一度やれやれと首を振ると朝倉は浅上に師匠を見つけたと伝え、肩をすくめて大きな溜息をついた。 ■ 「さてと……、持っていったら師匠が怒りそうだし、これはここで”処理”してしまわないと」 朝倉は浅上に傍で待っているように言うと、安物のトロフィーが立ち並ぶ賞状棚から長門の首を丁寧に取り出した。 死んでから少なくとも四半日は経っているはずだが、その顔は生前とあまり変わらぬ美しさを保持している。 これは剥製だよと誰かに言われれば信じてしまいそうなくらいに、それは死体であり死体ではなかった。 「あの……それをどうするんですか?」 浅上が様子を窺いながら恐る恐るという風に尋ねてくる。 それはそうだろう。普通、死体などというものに人は興味を抱かない。嫌悪し遠ざけるのが通常の反応だ。 殺人鬼にしても、生きている者を殺すという過程や瞬間にならともかく、死体と成り果てたモノなんかに興味はもたない。 「言わなかったっけ? 私と長門さんは宇宙人なのよ。人間の”フリ”はしているのだけどね」 死体に嫌悪感を抱かないのか、それともそれを死体だと思っていないのか、朝倉は長門の首を机の上に置くと、 彼女の薄い色の髪の毛を掻き分けるように指を挿し入れ、普通であれば脳があるであろう場所を押さえながら目を瞑った。 ほどなくして、朝倉の長門の生首に触れている指先から淡い光が漏れ出してくる。 「”情報”を色々と回収しておきたいのよ。長門さんなら私よりも色々知っているはずだから――」 朝倉は自分の上司に当たるエージェントの記憶情報にアクセスしてそれを読み取ろうとする。 だがしかし、あまりそれは上手くいきそうにもなかった。 彼女が機能を停止していることは問題ではないが、やはり上位の相手である以上、こちらの権限(パスコード)が全く通じない。 しかし、どこかに――せめてここに来てからの記憶でも読めればと朝倉は情報の海の中に手を潜らせ―― 「…………ぅあぐ!」 ――逆に捕らわれ、その身体を振るわせた。 「(トラップ? 誰に向けて? 違う、これはコマンドワード……どうして? 私に? 長門さんは予測していた?)」 【エージェント・PN:[長門有希] はマスターとしてスレイブである エージェント・PN:[朝倉涼子]に行動指針を与える】 【■1_長門有希の存在をあらゆる外敵から防衛する】 【■2_長門有希の計画を妨げる要因に警戒し、これを発見すれば直ちに排除する】 【以上の行動指針はPN:[朝倉涼子]の中にあるなによりも優先され、それはPN:[朝倉涼子]の自己保全も例外ではない】 「(長門さんはもう死んでいるのに? 計画? この命令はいつ作られて――何がどうなって? これは、どうして?)」 「――………………ぅ」 捕らわれていた時間はどれくらいなのか。朝倉は壁に掛かった時計を見て、時間が進んでないことに安堵の息をついた。 そしてそれを確認すると、何事もなかったようにゆっくりと長門の頭から指を引き抜き、もう一度息をついた。 「……なにかわかったんですか?」 「ううん。長門さんったらガードが固くて全然」 浅上の問いかけに朝倉はそう明るく答えた――が、しかし実際はそれとは真逆で、朝倉はこれまでで一番の混乱に陥っていた。 長門が残した情報の中に自分への命令が残っていたことも随分と不可解だが、それよりも解らないことがいくつもある。 「(この長門さんは一体――誰なの?)」 彼女が、”長門有希”であることは確かだろう。しかし、朝倉が知っている長門有希ではない。 自分が消滅している間に何かがあって長門自身が変質させたと見るのが自然ではあるが、それにしても不可解だ。 まずエージェントとしての能力のほぼ全てに長門自身のロックが掛かっていた。能力だけでなく記憶の大部分に関しても同様に。 それはまるで……”長門有希自身が普通の人間として振舞おうとしているかのように”。 恐らく、自分宛への命令はここに関係すると朝倉は考える。 そしてそこからあるひとつの謎に答えが出たことを知った。つまり――”朝倉涼子を再生したのは長門有希”である。 これはもう間違いない、この舞台で行動できる分の情報を新しく付加して新しく作り出したのは彼女に違いない。 「(長門さんの”計画”……、人類最悪の”計画”……、一体、何がどうなって……)」 長門有希の情報の中で断片的に読みこめたシーンの中に、あの人類最悪と名乗る男の姿があった。 ただ彼女とあの男とが対面しているというだけであって、時間も場所も全くの不明であるが、 しかしまさかここに来てからではないと思われる。恐らくは、”これ”が始まる前に”長門有希と人類最悪は出会っている”。 「(”計画”ってなんなのよ。それがわからないと私、動けないじゃない)」 ここが明らかにおかしかった。命令はあるのに、その命令の意味が受ける朝倉にはわからないのだ。 ”計画”だなんて言われても、それに該当するような情報は自身の中には見当たりやしない。 「(……何かが破綻している。けど、何が破綻しているのかすら私には解らない)」 どうやらすぐに解ける謎ではないらしいとし、朝倉は静かに息を吐いて自身を落ち着かせた。 そもそもとしてこの命令自体が、有効であるとは言え間違いの可能性もある。長門有希自身の存在にも疑問点が多い。 「(長門さん不具合を起こしちゃったのかもしれない……)」 朝倉はそれを最もありえる可能性として、第一に置き、その他の可能性を暫定的に過少評価することに決めた。 なぜならば、”それ”はどう考えてもありえないことなのだ。”そんなこと”が情報統合思念体の端末に許されるわけがない。 その存在意義を根底から覆すような”そんなこと”。それは、つまり―― ――長門有希が、涼宮ハルヒの持つ”願望を実現させる能力”を奪い取っただなんてことは。 ■ それから15分ほど後、正午の放送からすればちょうど2時間ほど経った頃。 師匠、朝倉、浅上の3人は警察署の駐車場に止めてあったパトカーの中で合流を果たしていた。 「それでね。私は一度、3人でじっくりと話し合うべきだと思うのよ」 止めてあったパトカーは未だに止まったままで、3人が次にどう行動するかを、主に朝倉の提案により決めようとしていた。 「長くても3日。短ければ次の瞬間には死別する身です。特に親睦を深める意義は感じられませんが」 「何言ってるのよ師匠。今回、私達は警察署にいた得物を仕留めようとして結局一人も殺すことができなかったのよ」 「それはあなた達の不手際でしょう。私が撃ったあの少年はもう今頃は死んでいます」 「警察署の外に出たらノーカンよ。だったら私も殺しているかもしれないし。それに師匠はひとり逃がしたじゃない」 「………………」 「怒らないで聞いてよ」 「ええまぁ、我々の協力体制に有益であり、後に私個人の利益にも繋がると判断できるならば話は聞きましょう」 「うん、それじゃあ……そうね、浅上さんは何か言いたいことないかしら? あなたにも意見する権利はあるわ」 「そうですか? ……じゃあ、私はお昼ご飯が食べたいです」 「補給と休憩をとるついでに話し合いもするというのならやぶさかではありませんね」 「私も賛成。それじゃあ次はご飯食べながら作戦会議よ」 止めてあったパトカーは、5分ほどの短い会話の後、ブロロ……とエンジン音を立てて駐車場から車道へと出て行った。 ■ 「(キョンくん。今だけは少しの間見逃してあげる)」 朝倉はハンドルを握りながら、瀕死の古泉を抱いて走り去った彼のことを少しだけ考えていた。 彼はあの電撃使いの少女から神社へと行くよう指示を受けていた。口ぶりからすれば仲間が待っているのだろう。 傷を負って逃げ出した電撃使いの少女にしても今頃は神社へと向かっているかもしれない。 だが、朝倉はそのことを師匠には伝えないし、自ら赴くつもりもなかった。 「(とりあえず、”計画”ってのが判明しないことにはね。彼や涼宮さんには手は出せないわ)」 長門有希が主導しているならキョンという少年がキーパーソンに充てられている可能性があるし、 涼宮ハルヒについては今現在どういう状態なのか把握する必要がある。 ハルヒに関してはすでに師匠と契約を交わしているからまだいいが、キョンはそうではない。故に今は追わない。 「(まずは私自身の問題を解決しないと……)」 そう思い、朝倉は少しだけ自身の内側へとその意識を向けた。 そこには先程、警察署で”食った”長門の首が情報として存在しており、現在ゆっくりと消化を進めているところだった。 どれくらいかかるか見当はつかないが、もしかすれば有益な情報を得られるかもしれない。 あいにくと長門は自身の力を封じていたので攻性情報の補給にはならず、ならばそこは有機体の作法に倣うしかない。 「あー……、なんだかすごくお腹が空いたわ。ねぇ、師匠は何が食べたい?」 【D-3/警察署付近・路上/一日目・午後】 【師匠@キノの旅】 [状態]:健康 [装備]:FN P90(35/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x17)@現実、両儀式のナイフ@空の境界、ガソリン入りペットボトルx3 [道具]:デイパック、基本支給品、医療品、パトカーx4(-燃料x1)@現実 金の延棒x5本@現実、千両箱x5@現地調達、掛け軸@現地調達 [思考・状況] 基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。 0:食事と休息をとる。 1:朝倉涼子を利用する。 2:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す? 【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】 [状態]:疲労(大)、空腹、長門有希の情報を消化中 [装備]:なし [道具]:デイパック×4、基本支給品×4(-水×1)、軍用サイドカー@現実、人別帖@甲賀忍法帖 シズの刀@キノの旅、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、フライパン@現実、ウエディングドレス アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣、金の延棒x5本@現実 [思考・状況] 基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する(?)。 0:食事と休息をとり、3人で作戦会議をする。 1:長門有希の中にあった謎を解明する。 2:電話を使って湊啓太に連絡を取ってみる。 3:師匠を利用する。 4:SOS料に見合った何かを探す。 5:浅上藤乃を利用する。表向きは湊啓太の捜索に協力するが、利用価値がある内は見つからないほうが好ましい。 [備考] 登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。 銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。 長門有希(消失)の情報に触れたため混乱しています。また、その情報の中に人類最悪の姿があったのを確認しています。 【浅上藤乃@空の境界】 [状態]:無痛症状態、腹部の痛み消失 [装備]:なし [道具]:なし [思考・状況] 基本:湊啓太への復讐を。 0:食事と休息をとる。 1:電話があればまた電話したい。 2:朝倉涼子と師匠の二人に協力し、湊啓太への復讐を果たす。 3:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。 4:後のことは復讐を終えたそのときに。 [備考] 腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。 「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前) 湊啓太がこの会場内にいると確信しました。 そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。 警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。 ※ 「キャプテン・アミーゴの財宝@フルメタル・パニック!」は警察署のどこかに隠されたままになっています。 【Accelerator――(光速戦闘) 後編】 街は交流と集合の象徴と現実であり、そこには決して同じ形同士ではない人間達が集まり寄り添う。 近づけば触れ合えるが、しかし同じ形でないが故に、そのもの同士の間には埋めることのできない隙間が存在し続け、 集まれば集まるほど、その集合体の中にまるで罅割れのようにその隙間は広がってゆく。 石ころでそうしても同じだ。街の場合もそれは変わらない。そして街の場合、そういう隙間を裏路地などと呼称する。 警察署から這う這うの体で逃げ出してきた美琴は、学園都市にだって存在する裏路地の中をひとり彷徨っていた。 目の前が真っ暗だった。多分、裏路地の中に入ってきたからだと美琴は思ったが、そのせいではないかしれなかった。 足ががくがくといって覚束ない。それは裏路地がグネグネと曲がっているせいかもしれないが、そうでないかもしれない。 頭がガンガンと痛む。裏路地に溜まった生ゴミの腐った匂いのせかもしれいけど、そうでない気もする。 身体がガタガタと震えていた。きっと裏路地には陽が入ってこないからだろう。そうでないのかもしれないが……。 吐き気も止まらないし、嫌なことばかり思いつくし、涙がボロボロ零れるし、口からはちゃんとした言葉が出てこない。 裏路地のせいかもしれない。でも多分、全部そうじゃない。全部自分のせいだった――。 捻り切られた左腕を右手で押さえ、血をばたばたと零しながら裏路地を行く美琴は、フェンスを見つけるとそこに倒れこんだ。 すぐに美琴の額の辺りでバチリと弾ける音がして、金網のフェンスがメキメキと解され、左腕へ茨のように絡みついてゆく。 ほどなくして、絡みつく針金らは左肘の上で環を作るとぎゅうと窄まりとめどなく零れ落ちていた血をせき止めた。 そのままズルズルと地面に腰を下ろすと、美琴はようやく血塗れになった右手を傷口から離した。 血塗れなのは右手だけじゃない。捻りきられた時に噴出した血は全身を紅く染めて、流れ出ていた血に太腿は真っ赤だった。 唯一血に染まっていない顔にしても今は蒼白で、明らかに流した血が多すぎたことを表している。 美琴は緩慢な動作で背負っていたデイパックを下ろすと、また緩慢な動作で中から救急箱を取り出した。 片手だけで美琴はそれを開こうとするが、ずるりと血で滑った箱は手から零れて地面へと落ちてしまう。 落ちた箱はそうしようとしてたように開きはしたが、中身はヘドロに塗れた裏路地の上へと広がってしまっていた。 それでも、美琴はそれだけは取ろうと、震える指先を地面に転がった包帯へと伸ばし―― 「…………ぁ」 ようやく伸ばした指先で触れた包帯はタイヤのようにコロコロ転がると汚水の水溜りに転がり込んで灰色になってしまった。 自分は死んだと美琴はあの時思った。 まるで、あの”最強”みたいに自分の電磁砲を反射されて、コンマ1秒もないそれまでの間に色々なことを思い出した。 しかし、ギリギリのところで死は回避された。別に何をしたわけでもなく、それはただの偶然だと理解している。 だからこそ、心が死んだような気がする。 いつでも、どこでも、誰からも、何度でも、まるで都合のよいヒーローのように駆けつけてくれる”アイツ”。 その期待が叶えられなかったことが悲しいのか、それともそんなものを期待している自分に悲しくなったのか、 心身ともに混濁した今の美琴には答えがわからない。ただグルグルと気持ち悪く、悲しみが沸き続けるだけだった。 ただひとつはっきりしているのは、ここに来てそれを突きつけられ、なんども思い知らされているということ。 「(私……弱い、なぁ………………強く、なり……た………………)」 灰色の混濁に紫電は飲み込まれ、御坂美琴の意識は奈落へと落ちてゆく――。 【D-2/市街地・裏路地/一日目・午後】 【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】 [状態]:気絶、左腕断裂(止血)、貧血(重)、肋骨数本骨折(手当済み)、全身に擦り傷、全身打撲、全身血塗れ、靴紛失 [装備]:さらし状に巻かれた包帯(治癒力亢進の自在法つき)、ポケットにゲームセンターのコイン数枚 [道具]:デイパック、支給品一式×2、金属タンク入りの航空機燃料(100%)、ブラジャー [思考・状況] 基本:この事態を解決すべく動く。 0:……………………。 1:強くなりたい。 2:神社へと帰る。 3:上条当麻に会いたい(?)。 ※ 周囲に応急手当キットの中身が散乱しています。 投下順に読む 前:提督の決断 次:死線の寝室――(Access point) 時系列順に読む 前:零崎人識の人間関係 次:とおきひ――(forgot me not) 前:「つまらない話ですよ」と僕は言う トレイズ 次:キノとトレイズ〈そして二人は探しに行った〉 前:「つまらない話ですよ」と僕は言う 師匠 次:「作戦会議」― IN Bennys ― 前:「つまらない話ですよ」と僕は言う 朝倉涼子 次:「作戦会議」― IN Bennys ― 前:「つまらない話ですよ」と僕は言う 浅上藤乃 次:「作戦会議」― IN Bennys ― 前:「つまらない話ですよ」と僕は言う 御坂美琴 次:人違いメランコリー
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地下へと続く階段を降りる。カツーン、カツーン 先祖伝来の城は今の時代の僕にとっては住み心地がいいものではない。 ベッドは無駄に広く。大理石の床は冷たく。父や母の部屋には遠かった。 父亡き後、この城を受け継いだ私は不便を感じながらも この城を手放す気にはならなかった。 ここは、見たことも無い先祖が代々、家族を護ってきた『家』だから。 見たことも無い先祖がどれだけ家族を愛し、『血』を引き継いできたのか 私は知っているから。 なぜ、私がご先祖の全てを知っているのか。 それは、ご先祖と共に生きてきた『存在』が地下で生きていたから。 私が生まれた時、いや、父や祖父が生まれた時にも その『存在』、彼女が祝福してくれたと聞いた。 この家に生まれた全ての者は彼女に祝福され、その愛を受けとる。 そして彼女を残して、未来を託して死んでいく。 彼女は、全てを見て、全ての思い出を胸に抱いてきた。 「ばあさん、入るぞ」 「レディに向かって婆さんは無いものよ。そんな躾をした覚えは無いわよ」 「レディって歳でもないだろう。さすがに見掛けも色褪せているわけだし。私が生まれた時からの付き合いなわけだし」 「《生まれる前》からよ。マスター。この家の当主のことは最初の2代を除いて皆、生まれる前から知っているわ」 「何度も聞いたよ。まあ、いいでしょ。で、身体のほうはどうだ?」 「良くは無いわね。仕方ないわ。何事も永遠はありえないのだから」 「何度も言ってるけど、上で暮らさないか? 家族も望んでいるし。なんだかんだ言っても、ばあさんの姿が見えないと寂しいらしい」 「気持ちは嬉しいけど、遠慮しておくわ。貴方達が悪いわけではないのよ。 何十年も前から身体の調子が悪くなってきて、最後の時が近いことを自覚した時にね、ここに来たくなったのよ」 「ここは、先祖の残した物をしまい込んでいるからね。甲冑、武具、馬鎧に普通の馬具。大砲に鉄砲。自転車、自動車。蓄音機から電話機まで置いてある。 ちょっとした博物館だな……」 「ねえ、マスター。貴方にとっては古いくらいの価値しか無いのかも知れないけれど。 私にとってはどれもこれも思い出のある品物だわ。この子達を使った代々のマスター達との大事な思い出。目を閉じれば、昨日のことのように思い出せるのよ」 目を閉じて、思い出を呼び覚ます彼女の顔は、子供の頃から見慣れた顔だった。 幼かった私は彼女にご先祖の物語を聞き、思い出の品を眺め、彼女の香りのするベッドで眠り、彼女の膝の上で食事をしていた。 弟や妹も同じことをしていたなぁ……。 「あの、プレートアーマーに悪戯したときは凄く叱られた覚えがあるなぁ」 「あれは……特別なんだもの、仕方ないじゃないか」 「思い入れ?」 「初代当主の遺品だってことは話したわね……。わたしが、この家に嫁いできた時のマスターよ。わたしもまだ少女だったわ……まあ、いいじゃない」 「惚れてた?」 「ま、まあね。いい男だったわよ。貴方のご先祖。おかげで、ずっとこの家に居ることになったわけだし」 「クスクス」 「笑うんじゃないのよっ。子供のくせにっ」 「子供って……世間では立派に一人前なんですけど……」 「私から見たら誰も彼も鼻垂れ坊主よっ。たかが20年や30年生きたくらいでっ」 「そりゃぁぁぁそーだろ!」 過去のご先祖とのロマンスをからかうと彼女は照れて怒り出す。老いたりとはいえ、耳を赤くして照れる姿はとてもチャーミングだ。 彼女と添い遂げることを望んでも、血を絶やすことを恐れる家柄はそれを許さず。 本人の意向と関係なく伴侶を娶り、血を残してきた。 いろいろ、あったんだろうに……。彼女は愚痴や恨み言を言ったことは無かった。 そんな日常を過ごしつつ数年が経ち、私にも自分の家族が出来て、血を受け継いだ子は彼女の祝福を受けることができた。 穏やかな日々を過ごし、私の子供も、かつての私と同じように彼女にご先祖の物語を聞き、思い出の品を眺め、 彼女の香りのするベッドで眠り、彼女の膝の上で食事をしていた。 そんな日々が永遠に続くものだと錯覚していた……。 『その時』は唐突にやってきた。 「マスター、家族を集めてちょうだい」 「どうした?」 「意識が薄くなってきたわ。どうやらわたしも、ここまでのようよ」 「なにを馬鹿なことを……」 「早く、家族を呼びなさい」 彼女に気圧されて部屋を出る。早く、早く――― 「みんな、来たようね。長い間、ありがとう。とても素敵な人生だったわ。貴方たちのご先祖から受けた愛情を わたしなりに精一杯伝えたつもりよ。みんな、これからも元気でね……」 「ばあさん……」 「マスター、貴方が小さい頃を覚えているかしら? 先代に叱られて泣きながらここに逃げてきていたわね……」 「貴女は私が泣き止むまで抱きしめてくれたっけ……。怖い夢を見て、眠れなくなった夜も……貴女の胸の中ではぐっすり眠ることができたよ」 「愛しているわ……My Boy。愛しているわ、この家の全てを……」 握る手から力が抜けていく……ああ……本当に……お別れなんだね……。 その時、けたたましい音を立てて先祖伝来のプレートアーマーが崩れた。代々の男たちが受け継いできたあの甲冑が。 「ああ! マスターっ!」 彼女の視線は私を通りすぎ、虚空を見つめていた。喜びの笑顔を浮かべて……彼女は逝った。 代々のマスターが迎えにきたのか……。 男達の魂が、彼女を連れて行く……。 さようなら……Grandma。私も、貴女を愛していましたよ……。 「おばあちゃん、居なくなっちゃったの?」 子供の声に我に返り、言葉を探す…… 「おばあちゃんはね、帰ったんだよ……懐かしい人たちのところへ……だから――」 宝石乙女の物語を伝えよう。彼女が伝えてくれた物語を。彼女の愛情と共に。 ~名も無き乙女の昔話~
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なんという鬱。でも文章力パネェな。 -- (めがね) 2010-09-06 19 56 10 名前 コメント すべてのコメントを見る 友人の財布からお金が減っていくのを見ていると「あんたなにこっちみてんのよ」という顔をしてこっちをむいてきた。 わたしはそんな友人の顔をしらないふりをして顔をそむけた。 友人がわたしのところにもどってきて「あんたなんでこっちむいてたのよ」と、さっきわたしがおもったこととほとんどおなじことをいってきた。 「で、さっきなんでわたしのほうをみてたの?」 「さぁ」 「さぁ?って、あんたがよった行動でしょ」 友人が買い物を終えた後、一緒に帰っていたときのことである。 「人間には行動をとる意味なんてわかってないんだよ」 「ふーん、、、、ちょっとまって」 「いつまでも待つよ」 「なにあんた人の話をねじまげて偉そうにいってんの」 「いつもどうりの狂言」 「狂言?歴史のほう?」 「歴史のほうのやつがわかんないんだけど、、、」 いつもどうりの帰り道はつまらないものだった。 「なんか風景ってみなれちゃうとつまらないね」 「、、、じゃあ、遠回りしようよ。わたしもおんなじこと考えてた」 「、、、、嘘つき」 「嘘じゃないもん」 彼女のくせは、実際は違うのに「わたしもいまそれ考えてた」ということがあることだ。友人つきあいに特化しすぎると劣る。 「そうやってすぐに否定するんだね」 わたしはそう冷たくつぶやいた。彼女はすこし反省した犬みたいな顔してた。片手に持っていた袋の中身の缶詰が実はドックフードなんじゃないか、とか意味わかんないことを思った。 「遠回り、あんていったけどわたしからするとわたしの家はこっちのほうがはやいんだよ」 「ふーん」 なんの自慢なのだろうか。 夏休み手前、わたしと彼女は森の中を歩いていた。 「で、なんでわたしは夏に森あるかなきゃいけないの」 夏は害虫が多すぎる。 「そりゃあんたがいつもの風景がつまらないっていったせいよ」 「、、、そうやって人に罪をなすりつけるのね」 「はぁ?そうはいってないでしょ」 「ケンカしたい気分になってきた」 「、、急に?やっぱりあんた病院いったほうがいいよ」 「ふふふ」 つい数日前「バーチャルバトルゲーム」というものが世間にでて廃止された。「バーチャルバトルゲーム」というのは簡単に説明するとなると有名な作品、「バトル・ロワイヤル」を実際にやる、みたいなじかんじだ。ゲームなのだがバーチャルなので痛覚やらの感覚はまったくといっていいほどにまでリアルだった。 廃止された理由は「バーチャルバトルゲーム」をした人間が人を殺すと事件が一日で何回もあったからだ。どうやら後遺症がひどかったらしくすぐに廃止されたゲーム。そんなゲームを先日わたしはやってきた。 「病院の注射をみたらわたしはきっと壊れるよ」 「、、、なんでよー」 「殺しあう敵の中に注射を使う人がいたの」 「ふーん」 森の中を進んでいくとベンチがおいてあった。 「ちょっと休憩しよう」と彼女は提案してきた。きっとさっき買った食べ物を食べたいのだろう。 わたしは心の中で下校途中に休憩って、なんておもいながら「いいよ」といってベンチに座った。 「やっぱりあんたには生きてる価値がないわ」 森の中で彼女の声が響く。響き終わった後にわたしと彼女の荒い息が森にこだまする。 わたしは森の中で大の字だった。そして彼女はわたしに馬のりになっていた。彼女の手には新品のカッターが握られており、わたしの首に押さえつけられていた。 「やっぱり、っていうことは前前からわたしには生きてる価値がないことがわかってたってことね」 「そうよ、ご名答」 やっぱりわたしには生きている価値はなかった。 「ねぇ、最後に聞いていい?」 「なに?冥途のおみあげ?」 彼女はなぜか正気だった。そして正気なのに冗談をいっていた。 「人間に生きていく価値なんかあるの?」 彼女は冷たい目をしてわたしの目をみて言葉をいいはなった。 「そういうこと気にしてるあんたには生きてる価値ない」 「じゃあ生きている価値がわかったら死ぬ資格なんてなくなって、あなたは殺人犯にならずにすむのね」 彼女はこたえることができなかった。新品のカッターがすこしだけさっきより強く首にささる。 「あんたにも生きてる価値ないんじゃないの?わたしの最初の問いにすらまだこたえられてないじゃん。」 「うるさい!」 血がでた。 「ははは、そうやって逃げるのね」 「うるさいうすさいうるさいうるさいうるさい……」 すこしずつ首にささってくる。 「ははは、がんばって見つけてみてね」 「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……」 生きていく価値なんてない。 彼女の目からはおそらくしょっぱいであろう液体がでていた。 「、、、、なんだかんだいって殺さないのね」 「うるさい!」 血しぶきが飛んだ。白い制服を血が染める。 わたしはやってしまった。 殺してしまった。 生きている価値をじつは一番しっているであろう友人を殺してしまった。 わたしは殺してしまった。 二次元で殺人機になった結果現実でもおなじことをしようとしたわたしこと石田碧、はじめて人を殺した夏のこと。 そして殺した相手は、藍川有希。唯一の友人で恋人だった。
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2012年03月31日 (土) 22時03分-すばる 電話が鳴った。着信は非通知。 「里恵ちゃん、ごめん。捕まえた。」 誰かの声、それを聞いた瞬間、ぐらりと体が傾いた。 彼女の周りに、人が集まっている。それを彼女は、少し離れた場所で見ていた。すぐ横に、昔ながらの黒電話がある。テレビでは見たことがあったけれど、実際に見るのはそれが初めて。それからすぐ横に、タイマーがあって、今ちょうど残り五分を切ったところだ。 まるで夢を見ているみたい。彼女は最初、そう感じた。だけど、夢なのだとしたら、どこから夢だったんだろう? 電話がかかってきた直後? それとも、もっと前? わからない、どこまでが本当で、どこからが夢なんだろう? それに、あの電話はなんだったのか。設定は非通知だった。だけど、聞こえてきた声は彼女の知っている人物だった。紀子ちゃん、小学校のころからの友達だ。なんで非通知だったんだろう? それに、ごめん。捕まえたって、いったい何の意味が? 残り、四分。 タイマーが鳴った。残り時間を示すなんて、しかも四分なんて半端な時間になるなんて、何のいやがらせだろう。まあ、夢なら仕方ないか。そう思い、彼女はしかしそこで気が付いた。彼女と彼女の距離が、開いている。 悟らなければよかった。そう後悔するも、遅い。気づいてしまうのは、不可抗力だ。 タイマーが表しているのは、彼女の命のリミット。このままだと、あとおよそ四分で死んでしまう。それを回避するためには、電話で誰かに電話して、身代りにするしかない。しかも、いまどき電話番号を暗唱できる相手なんて、そうそういない。必然的に、自分に近しい人を身代わりにすることになる。そうじゃなくても当然いけないことだけれど、とんでもなく嫌なことだ。 残り、三分。 また、距離が開く。せめてこれがなければ、自身が犠牲になる、と勇むこともできたかもしれない。だけどそんな心に、それらが否応なしに追い打ちをかける。 耳を塞いだ。 目を閉じだ。 だけど、死のカウントダウンは耳から入り込んでくる。 残り、二分。 聞きたくない。聞きたくない。 いやだ。いやだ。 殺したくない。死にたくない。 残り、一分。 だめだ。たとえ生き延びたって、誰かを殺してなんだ。そんなのは、絶対にダメ。 残り、三十秒。 二十九、二十八、二十七、二十六、二十五、二十四、二十三、二十二、二十一、二十、十九、十八、十七、十六、十五、十四、十三…… 残り十秒を切ったところで、彼女ははじかれたようにダイヤルを回す。 彼女は知っていた。自分が、頭の中で必死に電話番号を覚えている相手を探していたことを。 電話が鳴った。着信は非通知。
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学力 東大生と彼女の学力(ジェンダーとスパダリとダダ甘)【ピクシブ百科事典】 東大生と彼女の学力(ジェンダーとスパダリとダダ甘)【ピクシブ百科事典】 東大生と彼女の学力(ジェンダーとスパダリとダダ甘)【ピクシブ百科事典】 「彼女が頭いいとなぜムカつく?」東大合格常連校、駒場東邦の中3男子を揺さぶる性差・学歴…「生きづらさ」の深層 【ルポ・男子校の性教育】女性教師が選んだ驚きの教材とは?(1/4) | JBpress (ジェイビープレス) https //jbpress.ismedia.jp/articles/-/79653 [B! ジェンダー] 「彼女が頭いいとなぜムカつく?」東大合格常連校、駒場東邦の中3男子を揺さぶる性差・学歴…「生きづらさ」の深層 【ルポ・男子校の性教育】女性教師が選んだ驚きの教材とは? | JBpress (ジェイビープレス) https //b.hatena.ne.jp/entry/s/jbpress.ismedia.jp/articles/-/79653 女性の側も「スパダリ」っつって"強者"に魅力を感じるコンテキストがこんだけ流布されてる社会で、男の勝手なバイアスとして扱うのもなぁ。男性に"強さ"と"魅力"がhardwiredされてる状況は男女共犯でくみ上げたものでは。 - rck10 のブックマーク / はてなブックマーク https //b.hatena.ne.jp/entry/4749968856295421280/comment/rck10 スパダリ (すぱだり)とは【ピクシブ百科事典】 https //dic.pixiv.net/a/%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%80%E3%83%AA ダダ甘 (だだあま)とは【ピクシブ百科事典】 https //dic.pixiv.net/a/%E3%83%80%E3%83%80%E7%94%98 ピクシブメモ ジェンダーメモ
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198 名前: 1/3 [sage] 投稿日: 2008/04/05(土) 11 53 51 ID uxmaTieM 私のバイクの師匠がとあるSNSに投下した話を許可もらって転載します。 海外出張から帰り、なんとか自分を取り戻しつつ有った先週火曜日。 疲れた精神と肉体を癒す為有休を取り、朝寝を楽しんでいた午前10時。 古い友人から数年ぶりの電話が鳴った。 「久しぶり!元気でやってんの?」 俺が問いかけると、彼が答える。 「俺は元気だけど...」 言い淀む彼を不振に思いつつ、俺が返す。 「もしかして、いよいよ彼女と結婚か?」 彼女は、自分が東京に住んでいた17年前からの友人で、東京在住時は自分と付き合っていたこともある。 彼女の実家は京都であり、自分と別れて京都に帰ってから今の彼と付き合いだした。 その後、いつの間にか二人と自分はつかず離れずの気の置けない友人となっていった。 しかし、懐かしい電話は訃報だった。 彼女がガンで亡くなったと彼の声が伝えた。 俺は彼女がガンに冒されていた事すら知らなかった。 驚き、詰る俺に彼は答えた。 彼女が、誰にも知らせないで欲しいと言っていたと。 ガンなんか治して、再会した時に「実はガンだったんだよ~」 と驚かせるつもりだったと。 そして、最後まで諦めずに闘い、愛車であるヤマハ・ディバージョン600の車検も今月頭に更新したばかりだったという。 葬儀への出席を伝え、電話を切った俺はしばし呆然としていた。 会社に電話し、休みを貰う。 そして、喪服をバッグに詰め込んで新幹線で京都へと向かう。 駅には彼が迎えに来てくれていた。 車の中で彼がポツリポツリと彼女の事を話してくれた。 もう一度、バイクで北海道へ行きたがっていた事。 ディバージョンのオーバーホールを俺に頼む積りだった事。 東京に住んでいた時のバイク仲間と朝まで飲みたいと言っていた事。 通夜、彼と俺で一晩彼女のそばで過ごす。 彼は、来年ガンを克服したら結婚する筈だったと言う。 その時、彼女は俺に友人代表の挨拶を頼む積りだったそうだ。 新婦の友人代表に男、それも元彼がスピーチするなんて前代未聞じゃないのかと俺達は笑った。 ひとしきり笑った後、彼が話し出した。 彼女がこう言っていたと。 彼女にとって、俺は元彼や友人という域を超えた、 言うなれば戦友とでも言うべき存在なんだと。 共に笑い、泣き、喧嘩し、仲直りし、離れて暮らし始めてからも ずっと気に掛けてきた、戦友なのだと。 その言葉を聴いた途端、俺の目から涙が止め処無く溢れ出してしまった。 翌朝、出棺し、火葬場へ向かう。 あっという間に彼女は壷に納まってしまった。 そして告別式。 広い庭に面した客間が開け放たれ、彼女の遺影に対峙するかのように庭へ置かれたディバージョン。 彼女がこよなく愛し、共に8万キロを歩んできたバイク。 主を失ってしまったディバージョンは、途方に暮れ泣いているようにも見えた。 葬儀が終わり、彼と彼女の家族に挨拶してから俺は浜松へと帰ってきた。 なんだか自分が本当に日本に帰って来たのか実感も無いような状態で呆然としながら家でボケっとしていると、彼から電話が入った。 彼女の家族と、彼の意向で彼女の愛車だったディバージョン600は遺品分けとして俺に貰って欲しいと言う事になったと。 俺はちょっと迷ったが、それが彼女の遺志でも有ったと聞き 謹んで頂く事にした。 元々、彼女が中免取ったばかりでバイク選びで悩んでいた時に俺が勧めたのがディバージョン400で、その後限定解除した彼女は400から600へと乗り換えたのだ。 14年間、8万キロを彼女と過ごしたディバージョンは 一昨日、彼が乗って俺の元へとやってきた。 風・旅・美をテーマに開発された、ウインドツアラー・ディバージョン。 戦友から託されたこのバイク、維持できる限り、ずっと走らせ続けていこうと思う。 さらば、戦友。いつか、また逢おう。 END ちなみにもちろん実話だそうです。師匠、大好き(つДT)
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彼女達の顛末 ある日、彼女の無二の友人でもある、Arianaと二人でショッピングをしている最中に、キュウベぇと名乗る謎の生物と出会った事で、 彼女の薄氷のような当たり前の生活は終わりを告げる。願いを叶える代わりに魔法少女になると言う話を聞き、Litlleyは怪しさからその話を無視する事に決める。 しかし一緒にいたArianaはこの話にあっさり乗り「Litlleyも魔法少女にしてよ」と願った結果、 Litlley本人が意図も望んでもいないにも拘らず魔法少女になってしまったのである。当然本人はこの願いに大激怒したが、願いの取り消しも出来ず、 最終的には仕方がないかと諦め、魔法少女となったArianaに付き合う形で一緒にバディを組んで戦っていた。二人で魔女退治に、人助けに、と精を出しつづけていたある日に、 Arianaが魔女と魔法少女の関係を知ってしまう。その事でArianaに少しずつネガティブの気が高まり、 遂には魔女化する寸前に魔女化する事の無いLitlleyに対し八つ当たりとも言える怒りをぶつけ、道連れにしようと襲いかかる。 しかし純粋な戦いではLitlleyに敵わず、最後には涙を流しながら謝罪し、自分のソウルジェムの破壊、つまり殺害を依頼する。 それがLitlleyにとって助手としてでない、初めての殺人となった。Arianaは魔女になる事なく死に、その亡骸はLitlleyの手により家族の元に届けられた。 その後のLitlleyは魔法少女を殺す、殺し屋として生きて行く事を決め「自分のような異常存在が生み出される可能性が存在するシステムである以上近い将来、 必ずやこのエネルギー回収システムは崩壊する。私はそれを見定める」と、魔法少女と言う存在の結末を見定める事を決意し、世界各国を渡り歩きながら、 魔法少女にその本当の正体を教え、もしそれにより己の今に絶望したのなら、苦しませずに逝かせる殺し屋として魔法少女の間で少しずつ噂になっている。 Ariana自身は魔女になる事は無く、Litlley本人も魔女になる事はないが、互いの人生は魔法という全てに大きくねじ曲げられた事になり、 ある意味魔女の呪いを受けた存在、魔女にすらなれない魔法少女であるとも言える。
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◇◇◇ 「給食費が払えない?」 午前のレッスンが終わり、昼食を挟んだ休憩時にやよいがバツが悪そうに私に言った。 「はわっ! 伊織ちゃん声が大きいー!!」 周りに聞こえるのを恐れてか慌てて私の口を塞ぐ。 「ぷはっ。ご、ごめん…って、でも給食費が払えないって…本当なの? やよい…」 今のこのご時世、給食費なんて払わない輩は多いものの払えない輩がいるだなんて思いもしなかった。そりゃ自分の家は超がつくほどのお金持ちだと自覚しているし、将来は素敵な男性と結婚する予定だったし、働く気なんかなかった。父親や兄に認めてもらうためでなかったらわざわざアイドルなんて目指そうとも思わなかったくらいだ。 それなのにこの目の前にいる子、高槻やよいは一家の大黒柱である父親の稼ぎが少ないから、弟妹のため、家族のためにお金を稼ぎたいと言ってアイドルを始めていた。 「う、うんー…ちょっと色々立て込んじゃってね、今月は特に厳しいみたいで…えへへ」 軽く頬を染めたやよいが、少し気恥ずかしそうにサンドイッチにかぶりつく。中身の卵がちょろりとはみ出す。 「まあ…私たちもまだEランクだし、一家を養えるほどのお給料もらえてるわけでもないからね。…正直悔しいけど!」 「そうだね…」 765プロだけでもたくさんのアイドル候補生がいて、全国に同じ夢を持つライバルはごまんといる。プロデューサーがついてデビューは済んでいるものの、スタートラインに立っただけ。まだまだトップアイドルの道は果てなく遠い。 毎日毎日レッスンの日々で本当にこんなんでトップアイドルになれるのかと、不安になる事なんて日常茶飯事だ。 「でも心配無用! この水瀬伊織ちゃんがいるんだから、今に飛ぶ鳥を落とす勢いでトップになれるわよっ!」 残りの100%オレンジジュースを一気に飲み干し、やよいに最上級の笑顔を向けてみる。こんな笑顔アイドルやってる時だってしない。疲れるし。やよいにだけ特別大サービスよ。 「…そうだね、そうだよね。伊織ちゃんがいればSランクアイドルなんてあっという間だよね! うっうー! 楽しみー!」 …エッ、えすらんくあいどる!? やよいもなかなか言ってくれるじゃないの…でもそうね、そうよね。 「そっ、そうよ! あっという間なんだからやよいもちゃんと私についてくるのよ!」 ――広い芸能界という海に一人だけ放り出されたわけじゃない。プロデューサーという灯台のような存在も確かに大切だけど、そこにたどり着くまで投げ出さないためにやよいという心強い仲間がいるから、辛い事があったってこの海で泳ぐ事をやめたりなんかしないんだわ。やめてしまったらそこで終わりだもんね。 「あの、それでね…伊織ちゃんにお願いがあるんだけど…」 ふつふつと熱く滾り始めた向上心という名の気持ちが爆発する寸前に我に返った。 普段のやよいより少し元気のない、というか深刻そうな声色でぼそぼそと口にした言葉。 「お願い? …珍しいわね、やよいが私にお願いだなんて」 「あ…うん。伊織ちゃんにしか相談できないかなって思って…」 ―ドキン、と心が跳ねたのは気のせいではない。 「私にしか相談出来ない…って、もしかして今活動してる事に関して?」 「うん…そう、なるのかな」 やよいがデュオに関して一番頼りになるであろうプロデューサーではなく頼んでくる相談。自分だけが特別視されているということに甘い幸せを感じ、心は益々ドキドキを増す。何かは分からないけど期待をしてしまう自分がいた。 「なっ、何よー! 私とやよいの仲じゃない! 誰にも言わないから遠慮なく言って頂戴!」 いつもの自分でいなくてはならない。無意識的にそう思った。やよいを怖がらせてはいけないと、直感で感じた。 「うん、ありがとう。あの、ね…お金を貸して欲しいの…」 「え、お金…?」 こくりと頷いて、やよいは言う。 「…今はその、すぐには返せないんだけど、アイドルランクが上がってちゃんとお給料も貰えるようになったらきちんと返すから――」 目の前が、頭が真っ白になった。 いつも天真爛漫元気はつらつのやよいが、柄にもなくしおらしい感じで言ってきたからもしかしてもしかして? …なんてちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待してしまった自分がいたのは事実。 だから変に警戒したような言い方をしてみたらやよいが怖がっちゃって、折角決心したのにそれが鈍っちゃうかも! …なんて少し、いや大分気を遣った自分がいたのも事実。 まあよくよく考えてみれば、分かるような話の流れよね。給食費が払えないなんて話をしているのに、まさかも何もあるわけないじゃない。ていうか女同士なんだから、そんなことあるわけないじゃない。ましてややよいよ? 人の恋バナなんかよりも、スーパーの特売日の方が興味がある子なんだから、そんなことあるわけないのよね。 別に期待なんかしていない。実るわけないってわかってるから、こんなことぐらいで傷ついたりなんかしない。 「…ちなみに」 「えっ?」 「借りるとしたら、いくらなの?」 「え、っとぉ…給食費に当たる分だけでいいんだけど…あっ、でも嫌だっていうなら全然気にしないでいいからっ! 私の家の事情だから伊織ちゃんには関係ないもんね!」 その言葉にズキッと心が痛む。好きな人にあなたと私は他人なんだから関係ない、って突き放されて傷つかない人はいないだろう。 「いいわよ…別に私のお小遣い内でどうにかなる金額なら」 「本当にっ!?」 給食費の話をして以来、少々曇りがちだった表情がぱあっと明るく輝く。 「でも話を聞いてる限りだと今月だけでも難しそうだし、毎月金額を決めて渡すっていう方がいいのかしら?」 「そうしてもらえると凄く助かるけど、それじゃあ伊織ちゃんに甘えちゃってることになるし…悪いよ」 好きな人との関係を遠ざけられるより、お金であれ食べ物であれ何であれ、繋がりがある方がいいに決まっている。絶対。 「さっきも言ったけど、私のお小遣い内でどうにかなるくらいなら別にいいから、やよいはそんなこと気にしなくていいのよ」 例えその金額が自分のお小遣いの限度を超えていたとしたって、他の人に頼られるよりかは大分マシだ。やよいが自分の傍にいてくれるならそれに越した事はないのだから。 「うっう~…ありがとう伊織ちゃん。伊織ちゃん大好き!」 ――ええ、私もやよいが大好き。…恋愛対象として、ね。 「分かった、じゃあ詳しい話はまた後でしましょ。もう午後のレッスンの時間だし」 ケータイの画面を開いて見ると、あと10分程度で休憩の時間は終わる。 「あっ、もし伊織ちゃんレッスンで疲れたら言ってね! マッサージしてあげる」 「…え?」 「お金貸してもらうから、お金は無理だけどそれ以外でだったら何でもしてあげるから!」 「……何でも?」 「何でもったら、何でも!」 少し冷えた私の手を温かな両手でぎゅっと握り締めてくるやよい。先ほどまでは見られなかった輝きが瞳の中にはある。 …やよいの一言で、目の前がぱっと開けたような気がした。 そうか、その手があったんだ。何で今の今まで気づかなかったんだろう。私を温めてくれるこの手を、やよいを身近にいさせて手放さない方法は簡単に出来る事だったという事に。 「やよい、給食費についていい考えが浮かんだわっ」 握り締めていた手を握り返す。 「えっ、何? 伊織ちゃん?」 驚いたような、呆気に取られたようなちょっと間抜けな笑顔を向けてくる。 「あなた、私に買われなさいな――」 大切なあなた 3に続く
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スレ主のニケ◆RBG4ZdwTP.がニケ史を語りだしたのは2ギップリャからです [2ギップリャ] 墓参り…というのは、和音の以前の友人で、 生きていれば今年で二十歳になった子だ。 死にたい、が口癖だったので、逆に大丈夫そうな気がしていたら、 不意を突かれた。らしい。 ふたなりというとGIDと似たようなものに思えるかもしれないが、 当事者にとっては、まったく別のものだ。 だから、俺や和音のようにGIDの交友が多いのは、 むしろ少数派なのだろうと思う。 半陰陽は、判明した時点、つまり早ければ産まれてすぐに、周囲が勝手に対策を考える。 だから、本人がするのは最終的な決断くらいなことも少なくない。 GIDは体には異常がないので、周囲には分からない。 だから、自分で悩んで生き方を決めないといけない。 その決断が早くできたとしても、行動に移せるのは普通、大人になってからだ。 俺がGID、性同一性障害というものを知ったのは、10歳になる頃だった。 カミングアウト。 というのは、GID用語として使う場合、 「周囲に自分がGIDであることを告知する」 という意味だ。 GIDの当事者にとって、これは大きな壁になる。 親には反対される事が多いし、友達を失うかもしれない。 好奇の視線にさらされたり、変に気を遣われて傷つくかもしれない。 だがこれが半陰陽だと、逆になる。 俺は親から、「カムアウトされる」側だった。 俺は難しい本を読んだ時のように、頭にもやがかかっていた。 おとうさんとおかあさんに聞かされた話は、 子供だった俺の想像力の限界を超えていたからだ。 両親はよくわからない、白昼夢のような事実を俺に話した。 それから俺に、どちらの性別で生きるのかを決めるように、と言った。 普通、半陰陽が判明した時に本人が物心ついていなければ、 性別は親が医者と相談して決めることが多い。 うちの両親は敢えてそれをせず、俺に残したらしかった。 両親の判断が、俺にとって幸いだったのか不幸だったのか。 今の俺はまだそれを論じることができないが、 当時の俺はそれを恨んだ。 自分は、今までもこれからも男である。 その常識を疑おうなど、考えたこともなかった。 だから今思うと自分で情けない話だが、 俺はそんなことで自分が苦しみたくなかったのだ。 そんなことは親に任せて、できれば知りたくもなかった。 が、俺はとにかくその権利を得てしまった。 二次性徴が始まる前。 今のうちなら、女として生きる選択もできる。 そして、今それを決めないといけない。 自分は男でも女でもない。 ただそれだけのことでも、当時の俺にとっては重大な悩みになった。 自分は男だと思っていたし、そうしてきた。 それでも、ためらいなく男を選ぶことはできなかった。 なぜなら、俺には「不審な点」が多かったからだ。 遊びの嗜好や服の趣味から、思い出せる自分の言動、 あの時の行動、いつか考えたこと、悩んだこと。 考えれば小さな不審はいくらでも現れて、 俺はそのたびに混乱に陥った。 俺は自分の問題について親や医師から聞いたり、調べるうちに、 性同一性障害という言葉をよく見かけるようになった。 俺はその症状と対処から、自分の行き先を想像した。 が、それ以上のことについては、俺の知恵は及ばなかった。 俺は結局、「男」になった。 何らかの納得できる結論に到達できたわけじゃない。 調べても正解はわからなかった。 男の方が今の自分に合いそうで、楽だと思った。 医者も両親もそちらを推めているようだった。 妥協のような選択だった。 とにかく俺は、男として決定づけられた。 当時の俺にとってそれは、予想以上の重圧になった。 だから俺は、偏執的に男になろうとした。 そのために、俺は自分の疑心暗鬼を処理する必要があった。 確かに自分には、男として疑わしい要素があった。 でも、自分はすでに男として後戻りはできない。 そして、俺が自分の女性的な要素に与えた言い訳が、 性同一性障害だった。 俺のロジックはこうだ。 自分は男である。 よって、自分に女のような部分があっても、 それが半陰陽のせいであってはならない。 自分は軽い性同一性障害であって、 そのために、男性だが女性的な部分がある。 むちゃくちゃだが、俺はこの理屈によって 自分の中の疑問を無視し、同時にそれを守ることができた。 俺は結局、自分の中に女を残していた。 それを守るための言い訳を作っただけだった。 男性化は、自分の命を保つため、 社会に受け入れられるために、必要な措置だった。 が、当時の俺にとって、その変化は恐怖だった。 脱衣所で毎日胸をマッサージして、それが膨らむことを期待した。 発生練習を真似て、高音を保つ訓練をした。 隠れて女児用の服を買って、一人の時に着た。 その言い訳はすべて、性同一性障害になった。 それが何の意味も持たないことは理解できたが、 自分で男性を選択した責任と、それに抗う後ろめたさ、 両親にこれ以上迷惑をかけたくない気持ち、 そういったものから逃れるために、 俺は自分の中で、MtFになっていった。 ※MtF=Male to Female 男性の身体を持つが、女性になりたいGIDの症状 中学、高校で俺は男子だった。 一応男で通ってはいたと思う。が、問題は当然あった。 中学生の時にはからかわれる程度で済んでいた問題も、高校では少し違う。 男女がはっきりと分かれる年齢になると、周囲からの俺への接し方もはっきりと分かれる。 それはよくある話。腫れ物のように避けるか、女の代用として求めるか。 それでも俺は、「MtF」だった。自分でその理由を見失っても、それを演じることは続いた。 その頃、子供専用のパソコンを与えられた俺は、MtFコミュニティの存在を知った。 俺は「仲間」を探した。 MtFを結局は男性なのだと理解していた。だからこそ、それを自分に当てはめた。 カミングアウト、HRT、そんな必要や選択も、俺にはない。 俺は根本的に無知だったし、失礼な考えしか持ち合わせていなかった。 そのために、俺はGIDコミュニティに参加しつつも、違和感と罪悪感を感じていた。 この頃、コミュニティで少人数オフの企画があって、俺も参加することになる。 15歳、初めてのオフ会。俺は初めて会ったIさんに、初めてのことを言われた。 「ニケさんって、もしかしてISじゃない?」 親と医者以外ではじめて、俺の「性」を見抜いた人だった。嬉しかった。 俺は隠していたこと、それを隠した理由、本当の悩み、遠慮なくIさんに話した。 Iさんからは、性の問題に対する考えや、処世術を教えてもらうことができた。 このへんまで、俺にGID繋がりがある理由。 どこまで書いたかな。ああ、Iさんに会うところまでだ。 オフ会の参加者の中で、Iさんは特別だったんだ。特別というか、余裕があった。 俺が分かっていなかった、MtFとしての悩みや決まり、常識がIさんにはなかった。 Iさんは自分が女であることに自信を持っていたし、それを実現させていたからだ。 俺はIさんが好きになった。なぜいきなり好きになったか、そんなことはどうでもいい。 Iさんは俺の気持ちや考えを知っていてくれる。先輩として俺にアドバイスをしてくれる。 弱気になった俺を叱ってくれて、身近に他人がいる安心感を与えてくれる。 俺はそれが欲しかった。だから、Iさんに対して好意を隠さなかった。 Iさんは3回目に会った時に、俺に初めてのキスをくれた。 それから俺は、他人と同じベッドで寝て、体を求め合う経験もした。 Iさんとは定期的に会い続けて、2ヶ月が経った頃、俺はIさんに依存していた。 俺はもう、それ以前の生活には戻りたくなかった。やっと開放された気がしていたから。 自分までもを騙すように、一人で病んでいくのは怖いことだった。 だから、いつものようにIさんに電話をかけた。出たのは、Iさんの母だった。 「もしもし、あの」 「○○のお友達の方ですか。」初めて聞いた名前 「○○って、△△さんのことでしょうか…。」 「ああ、そう。そう名乗っていたみたいで。」 「す、すみません。私は、△△さんと仲良くさせて頂いている者で、ニケと申します。」 「ニケさん?あなたがニケさんなのね。○○から聞いていましたよ。」 「ありがとうございます。それで、」 「○○ね、今朝亡くなったの。ニケさんも良かったら、お通夜に来ていただけるかしら。」 俺は返すべき挨拶も忘れて、呆然と通夜の日程だけを聞いて電話を切った。 お通夜、お葬式の詳細。 Iさんの家族は、初対面のはずの俺に、親切にしてくれた。 逆に気を遣わせるくらいなら、来ない方が良かったかもしれない。なんて自分に腹を立てながら、 俺はIさんから聞いた話、自分と会って、親しくなったこと、自分の前での様子なんかを話して、 Iさんが俺に宛てた遺書を見せられた。 Iさんの戒名は、男性のものだった。俺は、家族には「Iさんの彼女」だったと思われていたらしい。 事情を知らない人からすると、むしろ逆だったはずなのに、意外なことだった。 なぜかその事にやり場のない憤りを感じたけれども、それだけだった。 俺は、元に戻った。 友人が自殺したり亡くなったりということは、今でこそ悪い意味で慣れてしまったけれど、 その時の俺にとってはショッキングな出来事だった。 俺は学校に行かない日が増えて、反比例してネットに依存する生活をした。 当時メジャーになりだしたMMOにのめり込んで、一日の大半を仮想世界で過ごす日もあった。 勇者はネットでも勇者でしたww このへんまで、子供時代?というか、高校生時代くらいまで。 こういった経緯で、俺にとってGIDというのは他人事ではなくなります。 最初の方にも書いたけど、ここまでGIDの人たちと関わるふたなりは少数派みたい。 どうも性別の不自由な人は望む、望まないに関わらず短命になりがちな傾向があるようで、 俺が過剰に和音を心配していると思った方にも、そのへんを言い訳にさせてもらえたら幸いですww ネトゲ廃人化した俺は、大学受験に失敗して家を出ます [3ギップリャ] MMORPGのキャッチコピーにあるフレーズ。 就職は決まってないけど、働く喜びがわかりました 本当の人生(RPG)はじまる 今までの人生はなかったことにしよう 17歳の俺は、現実よりもネットゲームを居場所にしていて、 そこが、俺の世界の全てのような感覚さえ感じていて。 現実を拒絶する。何を差し置いても、それを最優先にする。 当時の俺にとって、現実逃避は半ば本能的に行われる行為だったと思う。 確かに、今思い出してみても嫌になる。 登校のために電車に乗る、そのためには日を浴びる。 日光の下では、醜いこの姿を隠せない。見られる。 店の窓ガラス、駅のアルミ柱、学校の鏡、同級生、 先生、通行人、全てに対して隠れないといけない。 不名誉なニックネーム、無視、気遣い、優しさ、 会話、肩が触れること、目が合うこと、そこに居ると気づかれること。 すべては避けるべきで、耐え難い苦痛だった。 高校の会議室。俺と、担任と、学年主任と、学校長。 俺は学校長から卒業証書を受け取って、一人で校歌を歌う。 出席日数の足りない俺は、ほとんど全教科で単位を落とした。 無事だったのは、最初から特別扱いだった保健体育と、 元々必要な日数の少ない情報や音楽、美術くらい。 なんとか受験して合格した大学も、とても通う自信は無くて、 親の説得を無視して、あても無いまま進学は諦めた。 先のことは何も決まっていなくて、考えたくもなかった。 俺は堕ちる感覚にも慣れてしまい、それが当たり前になって、 この忌々しい現実を無視する方法だけを毎日考えた。 補習とお情けで、同級生より1週間遅く高校を卒業した。 その次の日の夜、母が俺を刺した。 今は昼か、それとも夜だったか。寝たのはいつで、何時間前に起きたか。 最後に食べたものは何で、何を飲んだのか。何もわからなかった。 母は、そこから俺を脱出させた。 一緒に死のう 俺に与えられた、救いの言葉だった。 現実が急に輪郭を帯びて、俺は目を背け続けたことについて考えた。 俺は、両親が自分に性別を決めさせたことを恨んでいた。 自分が苦しむ大きな原因のひとつが、それだと思っていたからだ。 両親がその決定を俺に与えた理由も、考える気はなかった。 その代わりとして両親が背負ったものも、見てはいなかった。 俺が両親に何をしていたかなど、省みる余裕はなかったのだ。 もうずいぶん長い期間、治療も検査も放棄してきた。 力ずくで病院に連れていこうとする両親にわめいて。 俺は逃げ続けた。きっと俺は、母より長く生きられない。 だからせめて、今死のう。今なら、母と死ねる。 それでいい。母はそれを許してくれた。 最後まで逃げられる。それでいい。 鼻にチューブがついている。まだ自分の身体に感覚が戻らない。 ベッドに仰向けに寝ていて、薄い服を着ている。下は、紙おむつかな。 心電図、点滴の管、ベッドはカーテンで仕切ってあって。病院だ。 尿道カテーテルも入ってる。気持ち悪い。これは自分では抜けない。 行かないと。検査だと言って、記録をとられる。だから病院は嫌いなんだ。 強気にしていないと、私にとって必要ない検査しかしないのだから。 でも動けない。なら仕方がない。今はこのまま寝てしまおう。 医師に起こされるまで、そんなことを考えていたと思う。 ナースや医師、父、警官もやって来て、俺は覚えている範囲の事を喋った。 状況を聞かされて、整理した。命に別状があるレベルではなかったらしい。 2週間もすれば、退院できる。俺はその後、家を出ることにした。 また色々と省略したけど、高校卒業して実家を出るあたりまででした。 まあ、この手の人間にはありがちな話なんだぜ。 お父さん、私はお父さんを裏切ります。 二週間以上をICUで過ごす間に、俺は家を出る計画を立てた。 計画、と言っても、現実的な考えなど何もない。 何組かの服と、数週間分の薬、あとは普段の外出と何も変わらない荷物。 それだけを持って、俺は家を出る。 精神を病むと、自傷をする人がいるらしい。 手首を切ったり、髪を抜いたり、肌を掻き毟ったり。 俺の自傷は、家を出ることだった。 自傷の原因は、詳しくはわからないらしい。 自殺のため、精神の安定、血を見るため、 周囲の気を引くため、痛みを感じるため、 色々な理由があって、それは人それぞれらしい。 堕ちる。堕ちたい。病んでいたい。 そのために、俺は家を出たかった。 小さなスーツケースを引きずって、隣の県まで電車に乗る。 学校に通うために、いつも使っていた路線。 そこから乗り換えて、駅、繁華街、その裏。 やり方は知らないけれど、ここにいれば多分、 「ねえ、仕事探してる?」 ほら。 今思うと、俺の家出の原因は中二病です。間違いなく。 仕事?ww それって、どんなお仕事ですかぁ? 「夜のお仕事wwww」 うーんww 「ちょっとそこで話聞いていかない?話wwwwww」 でもわたし、男の子だしーwwww 「絶対嘘だしwwwwwwwwwwwwww」 だめ。 「今から仕事?出勤?」 違うよーww働いてるように見えるかなー?wwww 「いや、可愛いからどこのお店かなーって思ってwwww」 えーwwwwwwうそーwwww 「じゃあさ、俺とちょっと飲みにいかない?」 うーん、どんなお店? 「どんな店が好きなの?」 えーっとね、 ニューハーフの。 色々と省略はしてるよwwwwホストのキャッチとかただのナンパとかww 別に可愛かったわけではないwwwwww タクシーに乗って、駅の反対側。さっきよりも暗い場所。 "ニューハーフパブ"看板にそう書いてあって、 中はもっと薄暗くて、正面にお店の人が座ってる。 目の前で水割りを作って、ビールを飲んで、 隣の男の人はもう酔ってるみたいで、体を触ってくる。 渡された名刺をしまって、なんとなく笑って、 チェックは済ませたけれど、男の人はつぶれてる。 ホテルに連れ込まれたけど、そのまま寝てる。 一人で部屋を出て、名刺の番号にかけてみる。 「はい、○○○○です。」 もしもし。あ、おはようございます。 えっと、昨日の11時頃からお邪魔してた者ですけど、 「あー。□□さんといた子?」 あ、そうです。いただいた名刺からお電話差し上げます。 実は私、お仕事ないかなって昨日、そのwwww 「仕事って女の子の?」 いえ、ニューハーフの。 「ああー。ああ、はいはいはいはい。ちょっと待ってね。」 「今日の夜7時くらいにママがお店に出てくるから、 それくらい来てもらえるかな?」 はい、わかりました。ありがとうございます。 ママは、他の店子さんとは違う雰囲気の人で、 俺は少し緊張しながら説明を聞いて、質問に答える。 はい。いえ、経験は全くないんです。 「そうなのー。じゃあ教えてあげないとねー。」 はい、お願いします。 「顔出しとかは大丈夫?雑誌に載るのとか。」 えっと…ちょっとわからないので、待ってもらえますか。 「白黒の広告は?目線入りで。」 大丈夫です。 「上のお店も実はうちなんだけど、入れるかな。」 ヘルスですか。 「そう、こっちはお昼だけなんだけど。」 … 「広告だけ入れておいていい?」 わかりました。 ニューハーフにしたのは、身分をごまかしやすいと思ったから。 それに、これが自傷だから。 だから、最初からそのつもりだった。 俺が泊まることになった寮は5畳一部屋のアパートの一室で、 家賃は月に3万円。これは給料から天引きされる。 すぐ傍を線路が通っているのが、少し不満。 夕方からパブに入って、客を探す。 要求があれば、上の店で相手をする。 毎日、客が落とした金額の半分を受け取る。 これで、生活費と薬代には十分。 自分が生きている限り、この方法ができる。 ここにいる間、こうやって傷つく。 だから、何か嫌なものがわからなくなって、 起伏が減って、平和になって、 起きている間は草原を散歩しているようで、 寝ている間は知らない人間に犯されているよう。 「ニケ」 ん? 「ニケ、まだ眠たい?」 ううん、もう眠たくない。 「おなかすいた?具合はどう?」 だいじょうぶ。 「じゃあ俺仕事行くから。」 私、何か作っておこうか。 「何でもいいよ、ニケの食べたいもので。」 わかった。 「何か買って帰るものは?」 キャベツと小麦粉。 「じゃあね、ニケ。手錠見せて。」 ん。 「やっぱりかぶれてるね。足にかけようか。」 うん。 「痛い?」 痛くない。 店のスタッフをしていた男性の一人が、店を辞めるときに 俺を連れ出して、マンションの一室に住まわせた。 そのため、俺に自傷行為は3ヶ月ほどで終わった。 「ニケ、ただいま。」 うん。 「逃げようとした?」 してない。 「ご飯?ありがとう。ニケ、愛してる。」 うん。 「でも逃げようとしたよね。」 ううん。 「だめ。服脱いで。」 うん。 「まだ痛む?」 少し。 「ニケは俺が好きなんだよね。」 わからない。 「じゃあこれは好き?」 わからない。 ある日、玉ねぎが欲しくなった。 だから部屋の外に出て、店を探した。 手錠は外れなかったけれど、手錠ごと歩くことはできた。 服は同居人のを拝借すればいいし、靴も予備があった。 逃げるつもりはなかった。けれど、帰り道がわからなくなった。 結局、俺はそこに戻らなかった。 これで、実家出てからしばらくの黒歴史まで終わり。 ちなみに、所持金が無かったために玉ねぎは買えませんでしたwwwwww 本人(俺)が自覚してなかったため、別に監禁みたいな扱いにはなってないです。 この後k察に保護されるわけで。 [3な上温泉] まあ別にそこまで波乱万丈な人生やってるわけでもないので、 特にこれといって何かがあったわけではないんだけど、 自分が何をしてるのか、そんなこともよくわからない状態で マンションを抜け出した俺は、まず病院に入れられるんだ。 そのへんからかな。 少し上の方で、病院が嫌いだと書いた気がする。 あの頃の俺にとって病院は、嫌いどころではない、 絶対に耐え難い苦痛に思えていた。と、思う。 (これまでのあらすじ) 幼少期、自分の性別を決めることに悩み、GIDを自称する ↓ GIDコミュニティに参加し、親しくなったMtFと付き合う ↓ その恋人に自殺され、軽くメンヘラ ↓ ネトゲ廃人化して、母に刺される ↓ 家を出て水、さらに風に堕ちる ↓ 店の元スタッフにしばらく監禁される ↓ 自覚がないまま抜け出す←今ここ ↓ そして病院へ 俺の格好といえば、ひどいものだった。 サイズの合っていないワイシャツ、 手で押さえていないと落ちるズボン、 サンダルは足を上げると脱げるので引きずっていたし、 顔や手足は打撲とやけど、切り傷だらけだったのだから。 すれ違った人は無意識に、視線を逸らし避けていただろう。 ニケ、愛してる。 普通これを「歪んだ愛情」とでも呼ぶのだろうけれど、 俺にとってそれは別に、不快なものではなかった。 この頃の自分が何を思っていたのか、 思い出そうとしても、あいまいでよくわからない。 痛い、苦しい、熱い、そういった言葉では覚えているけれど、 感覚はもう忘れてしまっているのか、思い出せないのか。 「ねえちょっと、あなた、ちょっと。」 上の方で声がする。 「すみません、誰か。あの誰か。この子。」 「あれ、どうしたんだ。貧血かな。」 誰かに手首を握られた。痛い。 「脈はあるみたいだけど。」 「もう救急車呼んだから来るって。」 「ちょっとこの傷、交通事故じゃないの。」 「うわ、痛そう。」 サイレンの音が近づいてくる。 ストレッチャーに体が乗るのがわかる。 続いて救急車のドアがしまる音。 プラスチックの嘴のようなものに指がはさまれる。 手首に巻きついたのは血圧計で、 「荷物は持ってませんでしたか。」 「さあ。私が見たときにはもう倒れてて。」 頬を叩かれる。 「もしもーし。聞こえますかー。」 聞こえているけど、答えようとしても息しか出ない。 「意識レベルは…。バイタルは血圧以外、…。外傷がここと、ここと、…。」 「交通事故だよな。」 「わからないけど、発見者の人が交通事故っぽいって。」 「でもこれ、ここ。あとほら。」 「…虐待かもな。もしもーし。ちょっと失礼しますよー。」 服が脱がされる。 「あれ。ちょっとこれ。」 「あ、ええ。じゃあこの人男性だったのか。」 「あ、すみません。10代から20前後くらいの男性です、はい、男性。 いえ、我々も女性だと思ってたんですけど。はい。いえ、はい。あ、 いや、交通事故じゃなくて、虐待の疑いです、はい。整形外科ですか。」 しばらくして、救急車が動く。 救急車に乗っているということは、これから病院に向かうのだ。 俺は飛び起きて救急車を降り、病院へ行く運命から逃れる想像をしたけれど、 現実には何の影響も与えられなかった。 ここは病院。そう、また病院。 あの時、母から刺傷を受けて来たのも病院。 そういえば、あの時から私の時間は止まっている。 我侭で家を出て、遊んでいただけ。 救急搬送された日から、さらに一日が経ったらしい。 いつもおなじみの、点滴などのチューブが見える。 体中にガーゼや包帯が張り付いていて、全身が痛んだ。 「自分の名前は言えますか。」 「ニケです。」 「住所と、お父さんかお母さんの連絡先はわかりますか。」 「はい。書くので、ペンと紙をください。」 「ちょっといいですか。傷を治療する時に体を見せてもらったんですが、」 「はい。何か。」 「ニケさん、睾丸はどうしたんですか。」 「どういう意味でしょうか。」 「うちで検査を…」 「結構です。」 デフォですよねwwwwwwwwwwww 病院では終始こんな感じです。心が休まる暇がないwwww 「主治医の先生は誰ですか。」 「何の主治医ですか。」 「その、性別の、」 「外傷に関係あるのでしょうか。」 病院大嫌いww 虐待の疑い。さらに以前の事件。 ということで、警察が色々聞きにきたけれど、 俺自身に何も話す気がないとわかると、意外に早く諦めた。 外傷の方は、入院するほどのことではないけれど、 衰弱などの理由で、そのまま病院にいることになった。 病院から連絡を受けた父が、見舞いにきてくれた。 俺は情けないようで、また申し訳ないようで、 父の方に顔を見せることはできなかった。 入院が長引いたのは、たぶん複雑な大人の事情wwww この時、父には本当に申し訳ないと思った。 とまあこんな感じで、退院した俺は一時的に実家に戻ります。 [4ギップリャ] そうそう、話は変わるけどさ。 俺も、普通の男と付き合ったりしたことがあったんだぜ。これでも。 あ、前に書いた監禁みたいなのは除く。 監禁後保護されて退院した後に、実家に戻って世話になりながら、アルバイトを始めたんだ。 その時の話だから、まだ今以上に揺れていたというか、 自分で決めたはずの、男でいることに、頑なに抵抗しようとしてた頃だな。 俺がやったのは、コールセンターだ。 身分は免許証さえあれば良かったので、女だと言って働いた。 顧客からの質問に回答したり、クレームに対応したり。 営業はなかったし、水の接客に比べたらかなり楽だな。 ってのがその時の俺の感想。リハビリだと思って、暢気に働いてた。 で、そこの社員から告白を受けるわけだ。 Kさんは、アルバイトを監督するポジションの人だった。 Kさんには仕事帰りなんかに、よく食事に誘われた。 そのうち、休日に遊びに行ったりもするようになって。 俺も考えが甘かった。というか、そういう展開は予想してなかった。 普通に考えたら、女ってことになってる自分と男性が、 2人で食事に言ったり、プライベートで遊んだりする。 そのことが、どういう意味なのかわかるはずだろう。 でも俺にとっては自分が女として見られるなんて、 想像もできないことだった。 だから、kさんから好きだと言われた時まで、 俺にはそれがわからなかったんだ。 俺がわかっていようといまいと、言われてしまったのは仕方ない。 問題は、どうやって断るかだ。そう、断るかだ。 受ける?それは問題外だ。だって、女なんだから。 事情隠して女だって言って働いてる以上、バレるわけにいかない。 じゃあ、どうやって断る?彼氏…はいないともう言ってしまった。 好きな人…もいないって言った気がする。どうしよう。 好きな人が出来たとでも何とでも言って、早く断れよ。 今よりもっとヘタレな当時の俺。 なにより「実はふたなりでしたサーセンwwwwwwww」なんて、 好きだと言ってくれた相手に悪いしな。 俺は本当にヘタレだ。Kさんとの関係をずるずると続けたのだから。 明確な返事はないが、付き合いは続く。 Kさんはそれを、OKだと受け取ったんだろうな。当然だ。 いや、まずいだろそれ。だって俺、セックスとかできないぜ。 このままだと、それを求められるのも時間の問題なのに。 でも同時に、本当のことを知ってほしい。 そんな欲が、俺の中に生まれる。ほんと、俺の馬鹿。 まあそんな感じで、俺はカミングアウトとやらをしてみたんだ。 いきなりだったけど、遅くなるよりは良いかなと思って。 「Kさん、Kさん。」 「ん?なに?」 「突然で悪いんですけど、告白していいですか?」 「なんだよwwww俺のこと好きになった?ww」 「私実は、ちょっと病気があるんですよ。インターセクシャルって言って…」 「…だから実は私の体って、男性みたいな部分があるんですよねーww」 「えー、なにそれww小説?」 ああ、これが普通の反応なのかな。って思った。 「うーん、あのですねえ、…」 「え?なに?つまり男になりたいの?」 「あはは、そうじゃなくて…」 「ニューハーフ?」 「違いますよー、いいですか、…」 例えばこういう場所で、活字にして書くのは平気なんだけど、 人と、面と向かって説明するのって、けっこうきついよねww しかも、それが自分に好意を持ってくれる人だったりすると。 「本当なの?それ。」 「そうですよ。だから、私はあんまりお勧めできる物件じゃありませんwwww」 「いや、ちょっと待って。まだよく理解できてないし、正直驚いたけど、」 「ニケ、俺と付き合って欲しい。」 いやあ、予想を裏切られましたww そして、俺はKさんと付き合うことになる。アルバイトは、続けた。 当然すぐに、体を求められた。向こうは男性だからね。 無理やりや仕事以外では、それが初めての経験wwww Kさんは俺に同居を誘って、俺はそれに応じる。 実家に迷惑をかけ続けることが嫌に思えていたから、 歓迎すべき同棲だった。楽しかった。 ところで俺は、付き合いを続けるのが下手らしい。 そんな俺にとって、半年以上続いたKさんとの関係は、快挙だと思う。 楽しい同棲生活で活力を取り戻した俺は、2ヵ月後に就職する。 入れ替わるようにKさんは会社を辞めてしまったが、別に問題はない。 そのうちKさんに別の恋人が出来たが、想定していたことだ。 自分がその立場だとしても、普通の女の方がいいに決まってる。 ただ、Kさんがアパートを出て戻らなくなったのは、少しショックだった。 それでもそこは、楽しい思い出の場所だったので、俺はしばらくそこに住んだ。 あ、たぶんこれを書かないと誤解されると思うんだけど、 俺は別にKさんを恨んでないし、これが不幸だとも思ってないです。 当然の成り行きだし、Kさんには感謝しているのですよ。 ただこの時の俺にとって、それが当然の現実として、むしろ与えられた幸せな時間と感じることが 必要だったんだろう、とは今でも思うんだ。 こう言うのも悲観的なのかもしれないけど、 普通の女性と半陰陽が普通の男性を取り合っても、結果は見えてる。 と、あの時の俺は感じて、それを嘆かずに受け入れられたと考えてる。 まあもちろん、後ろ向きなのは否定できないけどなww まあ色々あって、俺が普通の男と関係を持つことに躊躇うようになったのは、事実だ。 いや、恋愛そのものだな。最初、和音にも自分と似たにおいを感じた。 「あ、似た経験をしたんだな」って、なんとなくわかることってあるだろ。それだ。 だから俺のこの先は、和音にいつか言われたとおり、傷の舐めあいだった。 身近にいただけの相手と刹那的にくっついて、すぐに別れる繰り返しだ。 まあそのへんはまた、需要がありそうなら詳しく書くさ。 では次に、逮捕された話でも。 2スレ目あたりに書いた、Iさん。みんな覚えてますか? そのIさんは、セクシャルマイノリティとして、俺の先輩のような人だった。 少々過激だったけれど、そのおかげで仕事を見つけられた。 俺がKさんと同居しながらアルバイトを辞めて就職する時も、 Iさんがしていた方法で、身分を偽ったまま、女として就職ができた。 俺は、いつかのIさんの足跡をたどるように、同じ職種に就いた。 IT系の仕事は服装の自由などが多いので、 GIDの人が、職業として選びやすいらしい。 女の社会保険は、役に立った。 保険適用の値段でホルモン剤を処方されることができたので、 金銭的にも、俺はかなり楽になったと思う。 だから俺は、アパートの家賃や光熱費を出して、 それまで生活費を負担してくれたKさんに恩返しができた。 そのうち、Kさんは仕事を辞めてしまった。 次の仕事を探したい。とKさんは言っていたけれど、 俺は、少し休んでいて欲しいと思った。 幸い自分の収入だけでも生活には困らなかったし、 家にいる間、一人になるのは寂しかったから。 Kさんは次の就職先を探したけれど、なかなか見つからなかった。 俺は内心それを喜んだけれど、Kさんにとっては深刻な問題だったようだ。 Kさんは次第に、俺に嫌味を言うことが多くなった。 「ニケは何でもできるからいいね。すぐに仕事を見つけるし。」 そんなことを言うようになったKさんを、俺は休みのたびに外に誘うようにした。 2人で出かけて食事をして、カラオケに行ってホテルに一泊する。l それが、休日の定番になった。 カラオケはKさんも気に入ったようで、平日の夜中にも時々、2人で遊びに行った。 俺が仕事でいない時は、ネットで知り合った人と行っているようだった。 「ただいま。あれ、Kさんも今帰ったとこ?」 「カラオケ行ってた。」 「またなんだww」 「悪い?」 「悪くないよww 今日もいつもの子なんでしょwwww」 「うん。そうだよ。ニケの事話したら、会いたいって言ってた。」 Kさんはいつも、同じ人と2人で遊びに行くようだった。 その頃から俺は、Kさんが自分だけの人だと思わないようにした。 そんな俺の気持ちを読み取ったのか、 それとも、Kさんの心変わりが先だったのか。 Kさんの態度はだんだんと、俺から離れていった。 それでもまだ、それは俺にとって満ち足りた生活だった。 でもある日、俺はそれを壊してしまった。 「ニケ」 「Kさんおはよう。私、仕事行ってくるよ。」 「俺の仕事も探してよ。」 「無理だよ。Kさんが自分で探さないと。」 「なんでもできるからね、ニケは。俺みたいな馬鹿の仕事は探せないか。」 「もう、いい加減にしてよ。」 そう言って、会社に向かった。 帰ったら、Kさんの荷物が無くなっていた。 俺はいつものように靴を脱いで、手を洗った。 買ってきたものを冷蔵庫にしまって、下ごしらえをする。 洗濯物を取り込んで畳んでから、料理を仕上げる。 一人分の食器を並べた時、もう一人がいない事がわかった。 このへんまで、前回の補足ww Kさんの意図はわからないけれど、アパートの契約はそのままだったので、 俺は毎月家賃を振り込んで、そこに住み続けることができた。 いつものように銀行で家賃を振り込んで、会社に向かう。 駅の改札で、財布が無くなっていることに気がついた。 すぐに駅の交番に寄って、紛失届けを書く。 幸いにも銀行の近くの交番にあるようで、すぐに行けば返してもらえるらしい。 会社には少しだけ遅刻する連絡をして、道を引き返した。 交番に着くと、目つきの悪い警察官が財布の特徴や、現金の額を聞いてきた。 「その財布に入っていたのは、それだけですか?」 「はい、それだけです。」 「他の人のカードとか、入っていませんね。」 「え?いえ、入ってません。」 「じゃあ、これは何でしょうかね?」 その警察官は目つきが悪かったのではなくて、 偽造の身分証を持っていた俺を、睨んでいたのだった。 俺ドジすぎwwwwwwwwww 元々持っていた身分証、女として就職するために作った身分証、 就職してから出来た、新しい身分証など。 俺は、その三種類の身分証を持っていた。 当然、これらを同時に持ち歩くことは避けていたけれど、 その日、財布には二種類の身分証が入っていて、 しかも俺は、その事を忘れたまま交番にそれを取りに行ってしまったのだ。 「あの、すみません。」 「なんだ。」 「トイレ、行きたいんですけど。」 「…お前、男なんだよな。」 「はい、まあ一応。」 「いつも、トイレどっち使ってる?」 「今は、女子です。」 「……婦警呼んでくるから、ちょっと我慢しろ。」 パトカーがきて、それに乗って本署に連れていかれた。 手錠と腰紐をつけられて、取調室に入る。 「お前、豚箱入るからな。これから。」 「はあ…」 「昨日来たおっさんと、同じ部屋にしてやるぞ。」 「…」 「どうだ、嬉しいだろ。誘うなよお前ww」 「…」 「何とか言えよ、オカマ。」 取調べといっても、特に内容のない時間の方が多かった気がする。 とにかくその日の取調べは終わって、刑事の予言通り、俺は留置所に送られる。 正式な身分上は男性なので、当然男性留置所だ。 身体検査には、特別に婦警が呼ばれた。 しかも白衣の着用が許されて、下半身は金属探知機だけで済んだ。 留置所内での移動には、ついたてが用意されて、 俺の周りを5人ほどの警官が囲む、異常な光景になった。 独居房に入れられた俺は、そこで一晩を過ごす。 まあこっちは犯罪者なんだから、罵られるのは仕方ないww ただ、留置所も明らかに持て余してただろうな。 扱いにくそうだったし、常に複数人がついたてで隠してたしww 二日目の取調べは、俺の体についての説明で終わった。 「だけど、裁判所の人はわからないぞ。」 「どうする?」 「うーん、お前はどう思う?」 「ふたなりって書けばいいんじゃないっすか?」 そして、また留置所。 「お前もその方がいいだろう。」と入れられた独居房だが、 一人で夜を過ごすのが、一番の苦痛だった。 もちろん、自分の容姿で雑居房に入るわけにいかない事は分かったので、 外の道路を走る車の音に耳を傾けながら、その日も一人で明かした。 「51号、お前、また何も食ってないのか?」 「すみません。ちょっと食欲なくて。」 「ちょっとでいいから、食え。まずくはないだろ?」 「はい。もう少し待ってくれませんか。」 「身分証を書き換えたのは、働くためだけです。」 「なんで働くのにそんなことする必要があるんだ。」 「男性では、なかなか就職先が見つからなかったので。」 それから、自分が女として通用することを、最後に確かめたかったから。 「そんなもの、オカマバーとかいくらでもあるだろうが。」 「…」 「そういう仕事がしたいからオカマになったんだろ?男相手の仕事を。」 「いえ、先天的なものですから。」 留置所に戻って昼食。 「ここで休憩していいぞ。今なら誰も来ないからな。」 「はい。」 「タバコとか吸うのか?」 「いえ、吸いません。」 「ヒゲを剃るなら、…ヒゲ生えてないな。」 「はあ。」 また取調室。 「この書類は、裁判所に送る。それで、」 「それでまあ、多分審判なしで終わるから。」 「そうですか。」 「今日のうちに、書類書き上げるからな。」 「はい。ありがとうございます。」 「お前のことはふたなりって書くぞ。」 「はい。」 「ところで、性別を変える方法もあるって知ってるか?」 「はい、知ってます。」 「戸籍も変えられるんだぞ、そうしろ、お前。」 「…。」 もう一度留置所に戻されて、その後、開放された。 これで罪歴の告白と、留置所レポ終了wwww 身分を偽って生きている方は、くれぐれもご注意くださいww 今はまだここまでしかまとめてませんwwサーセンwww ほんのちょっとまた編集してみました
https://w.atwiki.jp/2chbesteroge/pages/86.html
119 名前: ◆/xv9ou/msw [sage] 投稿日:2012/01/22(日) 03 07 56.38 ID WZHTyoNPP [6/29] 同人限定・2011年ベストエロゲー投票 総得点ランキング(加点制) (集計者:◆/xv9ou/msw) 票数 得点 S C G M P H平均 タイトル 1 5 11 3 1 0 0 4 4.40 もんむす・くえすと!前章 ~負ければ妖女に犯される~(同人) 2 5 08 4 2 0 0 4 4.60 もんむす・くえすと!中章 ~負ければ妖女に犯される~(同人) 3 3 07 3 2 1 0 0 1.50 ChuSingura 46+1 -忠臣蔵46+1- 江戸急進派編(同人) 4 3 04 1 1 3 0 1 3.66 朝からずっしりミルクポットSPECIAL(同人) 5 3 03 0 1 3 0 0 5.00 聖ヤリマン学園援交日記(同人) 6 1 03 1 0 0 0 0 4.00 君がいた図書室(同人) 7 2 02 0 2 0 0 1 4.00 DragonMahjongg3天空編(同人) 8 1 02 0 1 1 0 0 5.00 僕と契約して幼なじみ生徒会長に催眠をかけよう!(同人) 8 1 02 0 1 1 0 0 5.00 紅炎の守護騎士キシャル(同人) 9 1 01 1 0 0 0 0 5.00 ふたば☆ちゃんねる3(同人) 9 1 01 0 1 0 1 0 5.00 イトコビッチ(同人) 9 1 01 0 1 1 0 0 4.00 はじめてどうし2~HAPPY・バカップル~(同人) 9 1 01 0 0 1 0 0 4.00 ぷにろり湯(同人) 9 1 01 0 1 1 0 0 4.00 危険日狙って!?孕ませ王国(同人) 9 1 01 0 0 1 0 0 4.00 妹が乱心してるんですけどどうすればいいですか?しらんがな!(同人) 9 1 01 0 1 0 0 0 2.00 わーすと☆コンタクト ~死神彼女と宇宙人~(同人) 9 1 01 0 0 1 1 0 2.00 彼女と彼女と私の七日-SevendayswiththeGhost-(同人) 9 1 01 1 1 0 0 0 ---- ChuSingura 46+1 -忠臣蔵46+1- 仮名手本忠臣蔵編(同人)