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第二十九章-第二幕- 推論するマシン 第二十九章-第一幕- 第二十九章-第三幕- 数は少ないものの、今後の直接脅威となる 空中型イグジスターを殲滅するためだけに送り込まれた 無人機軍団を援護して、アンリエッタ姫と、その副官である アイゼンカグラは魔王城へと合流を急ぐ。 ずずん! まずはエリミノイドを搭載した戦艦群が、 続けてガンシップが滑走路へと着陸を終了した。 最後にアンリ姫の操縦するライディング・フレーム『ナイトメア』と、 アイゼンカグラ及び天馬ヒナタが着陸する。 「戦艦内のイグジスター潜入検査を決行する。見つけ次第、処分だ!」 「はっ!」 ゲイルの指示に従い、アサルトライフルを持った魔神軍の一般兵や、 マージギルドの軍団が、一応戦艦の中を検査する。 もし万一中に入っていたら被害を広げる危険性があるからだ。 蛇足であると分かってはいるが、万難を排すのは当然であった。 「ふわぁ、暑かったのじゃ」 「タオルをどうぞ、姫様」 サッ、とタオルを出してくるアイゼンカグラ。 「うむ、ありがとうなのじゃ」 顔を拭き拭き、レオナに真っ先に近付いてくる。 「レオナ、息災なのじゃな。相変わらず元気そうで何よりなのじゃ!」 「うん、あたしは元気ッスよ! イノちゃんとっても良くしてくれるし!」 にこにこと再会を喜ぶ二人だが、そうのんびりとした状態でもない。 「で、アンリ姫は今まで何してたんでしたっけ?」 エナが申し訳なさそうに問う。 「おお、そうそう。まずはえーと…… そう。北北西の方向を見るのじゃ!」 そう言われてエナは、望遠鏡で遠くを見る。 「あれ? あれって船じゃないですか?」 「うむ! 勇者軍の敗残兵をまとめて ここへ連れてきておったのじゃ! 途端の緊急事態で一旦置いてきたが、改めて合流させるぞ!」 「スターリィフィールド家の役割はサブメンバーの総指揮だからな」 エリックが当然、という風に頷く。 「それだけではないぞ。先程も言ったが、奴等の目を盗んで メシア・タイプのスーパーコンピュータで演算を行っておった。 その結果も、きちんと端末にコピーしてきたのじゃ!」 ばーん! という効果音が出そうな勢いで アンリ姫は端末を取り出した。 ……だが、勇者軍も魔神軍も、一同しーんとしていた。 「……あれ?」 アンリ姫は首をかしげる。 「姫……『何の演算なのか』という主語が抜けております」 「おお、そうか! そうじゃな!」 慌ててダバダバと走り出し、魔王の腕を引っ張る。 「魔王殿! スクリーンのある部屋へ案内せよ! この現状と推論、急ぎ発表せねばならぬ故!」 「お、おお?」 強引に腕を引っ張られて、よたよたしながら走る魔王。 「……やれやれ」 肩をすくめながら、ロバート達も追従するのだった。 「では、スクリーンに投影させるのじゃ!」 アンリ姫の手によって、巨大スクリーンに投影される映像。 「これは惑星アースのイグジスター分布図じゃ。 そなた達にもみんな同じような映像が行き渡っておろう。 じゃが、変化に気付いておるかの?」 アンリ姫が饒舌に説明を始めた。 「変化?」 一同、同時に疑問を口にする。 「うむ、億単位にまで増えたイグジスターが、 急に出現をやめた事じゃ。メシアの推論によれば、 これは『頭打ち』になっておる可能性がある」 「何ですって?」 これには一番間近でこのデータを見てきたウォルフ王子が訝る。 まさか頭打ちになる可能性があるとは、思ってもみなかった。 「そなたが一番驚いてどうするのじゃ、王子」 「す、すみません。続きをどうぞ」 「うむ。メシア・タイプの推論によれば、 宇宙空間に次元ゲートが開き、そこからイグジスターが 直接叩き込まれている可能性が高い、との推論が立ったのじゃ。 しかしイグジスターとて必ずしも無限ではない。 どこかで仮に『生産』されているとしても、 加減も考えずドカスカ投入しておれば、 必ず頭打ちになるのじゃ」 「ははあ」 カイトが感心したように唸る。 「となれば篭城だけに作戦を絞ってもしょうがなかろう? 出来るだけ削り、隙を突いて、何とか次元ゲートへ 直接攻撃を仕掛けられれば、とは思うのじゃが…… 入ったが最後、どこへ飛ばされるかも分からぬ故に、危険が高い。 何よりアースの中のイグジスターを減らさねば それ以前の問題。対策も何も話にならぬのじゃ」 「だったら篭城戦というか、持久戦というべきだろうな……」 カイトが冷静に呟く。 「とにかくイグジスターの数を減らそう。話はそこからだ」 レイビーも同意した。 「よし、無制限通信を全世界に発信してくれ。 未だに地上に残っている人類には地下、 ないし空中都市への避難を! 非戦闘員は可能な限り安全区域に非難し、 絶対に無茶をさせないでくれ!」 「了解!」 オペレータの声が高らかに響く。 「あとは、イグジスターの数をどう減らすかですねー」 同席中のノーラがぼやく。 決定打に欠けるのは相変わらずであった。 「戦術の常道を突けば良い。相手はどうせ無秩序の集団だ。 兵力の少ない箇所をピンポイントに突きまくる他あるまいな。 少しずつではあるが、頭打ちなら そうそう押しきられる可能性も低い。 無論、我等怪物族や他の種族も戦闘には出す。 少数精鋭の勇者軍と魔神軍が動きやすいようにフォローしよう」 怪物王ドラキュラが的確な策を挙げてくる。 「いいと思うか、カイト?」 「大丈夫そう、レイビー?」 ロバート、イノはそれぞれの軍師に問う。 「ああ。まず問題無いはずだ。人命優先なのは変えないけどね」 「可能な限りに、な」 二人も同意したので、すんなりと決まった。 そしてその数分後…… 「勇者軍予備役部隊、到着しました!」 オペレータの声と同時に、 どかどかと船から降りる勇者軍予備役部隊。 「おお、大丈夫か、貴様等! よくも生き残りやがったモンだぜ!」 「はっ、隊長!! 我等一同、寡兵敵せずと判断し、 勇者軍特務戦技教導隊指導要項01番<一致団結>に基き、 一直線に船舶まで撤退した次第であります!!」 びしり、と敬礼してのける勇者軍予備役一同。 「そうだ! それでこそ俺の軍! 負ける戦いなんざわざわざ挑むモンじゃねぇ! 全員で結束して逆襲してやりゃいいんだよ、な!?」 「はっ!!」 またもやびしり、と敬礼する。実に鮮やかだ。 「ようし、お前等は小休止してからすぐに主力部隊へ合流! 魔神軍と協力して、事に当たるぞ! 作戦はカイトから聞け!」 「サー、イエッサー!!」 それだけ聞くと、予備役部隊は即座に会議室へ移動する。 「よく統制が取れている。流石は勇者軍ね」 「あん?」 イノが感心したように、ポメを撫でている ロバートに語りかけてくる。 ちなみに傍では何故かクロカゲが昼寝しているが、 別段、それはどうでも良かったりする。 「統制も何もあるかよ。あいつ等は全員自然体だ。 たとえ、上官が俺じゃなくったって、同じだぜ」 「そこまでの結束を、今の魔神軍に求めるのは酷よ? 珍しく賞賛しているんだから、真面目に受け取りなさい」 「やなこった。誉められて嬉しいガラかよ」 けっ、とばかりに舌打ちしてから、またポメを撫で始める。 「……なんで、猫なの? 自由と混沌の象徴だからなの?」 「そんな小難しい理屈なわけあるか。 じゃあお前はクロが秩序と束縛の象徴だから飼うのか? アホらしいっての。可愛いが正義だ」 と言いつつ、カジカジとかじられていたりする。 甘噛みというレベルではない。既にロバートは血まみれだ。 「……血、出てるんだけど」 「いつもの事だ。ってか痛いわ! 馬鹿が!!」 そう言いながら、ロバートはポメの頭をはたく。 「ふぎゃ!!」 ポメも負けじと、更にロバートの手をじわじわとかじる。 「飼い猫に手を噛まれたり、 自分の愛剣に襲われたり、難儀な人よね」 「うるせぇ」 またポメを力任せに押し付けて、何とか噛むのをやめさせる。 「まあ、それでこそロバートね。当てにさせてもらうから」 「言ってやがれ。俺と互角以上のくせに」 悪態をつきながらも、二人はお互いに離れていった。 交わるはずの無かった運命が、今、確実に交差する。 そして、カイトとレイビーの会議は、大詰めを迎えていた。 いよいよ作戦の最終プランが固まる。 <第二十九章-第三幕- へ続く>
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ゆうしゃのさーが【登録タグ CielP Team iM@C VOCALOID ゆ 初音ミク 曲 曲や】 作曲:CielP 作詞:Team iM@C 唄:初音ミク 曲紹介 最近、ファンタジー風で物語調のボカロ曲が流行っているようなので、僕達もやってみました。(投稿者コメより抜粋) どうしてこうなった…… 歌詞 修学の宿に 集う少年達 大志を抱いて 今こそ立ち上がる 手に入れた 地図を頼りに そうだ 女湯を見にいこう 行く手阻む 教頭の刺客 逃げられない!回り込まれた! 正座させられゆく 同志の 希望抱き 旅立つ おお勇者よ! その勇気示す時! 立ち上がれ!「内申」など投げ捨て! 怯む仲間たち 戦いは劣勢 頑張ってみろよ! もっと熱くなれよ! 選ばれし 勇者の胸に 託された 希望の光(デジカメ) 友の手には 教頭のヅラ 駆ける勇者 計画通り 女湯目指す その姿は そして今 伝説へ… おお勇者よ! その勇気示す時! 闘いは まだ始まったばかり…! コメント ど う し て こ う な っ たwww -- のっくす (2011-10-13 07 46 10) 名前 コメント
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マリー・プレヴェンツ キャラ設定内容 名前 マリー・プレヴェンツ 性別/年齢 女 18 クラス 僧侶/プリースト 性格 性格の良いツンデレっ娘老人、子供好きで優しい性格だがちょっと頑固なところも。人を見た目で判断しがち仲がいい人間にはストレートにものを言うが、それは心を許してる証拠だったりもする 容姿 童顔 髪→赤茶でおさげorセミロングでちょっとウェーブ 目→茶 体型→胸が小さめ、あとは普通 服装 白のローブ 絵柄 お任せしますッ! 差分 泣き、赤面照れ、怒り、笑顔 備考 セリフ 戦士「いて、いてててて!いってえってば。もう少し優しくやってくれよ!」僧侶「はいはい、それだけしゃべれるなら十分。ほら、もう少しで終わるから」戦士「ったく…薬草が切れてなかったら誰がお前の世話になんか…いてぇ!分かったごめんって!」僧侶「勇者様はお怪我は無いですか?」勇者「うん、もう自分で治せる程度だよ。じじ様は大丈夫でしたか?」魔法「わしもなんとも無いぞい。後ろのほうでブツブツ唱えておっただけじゃからの~」僧侶「…なんか、私の魔力、ほとんどアンタに使ってる気がするんだけど」戦士「いいじゃん、俺みたいなイイ男治療できる機会なんて早々無いと思うぜ?」ゴスッ!僧侶「な・ん・か言った…?」 戦士「いえ、全く持ってなんでもありません僧侶様」勇者「相変わらずだね」魔法「相変わらずじゃの~」 自由アピール 4人で冒険してるパーティの回復担当。戦士とマリーはダブルツンデレカップル 黒歴史帳から持ってきてちゃった\(^o^)/ 名前 コメント
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第九章-第五幕- 残されたままの謎 第九章-第四幕- 第十章-第一幕- 勇者軍は、白虹騎と呼ぶ馬に騎乗したホワイトナイト相手に、 隙の無い攻撃を連続で叩き込まれ、攻めあぐねた勇者軍に対し、 カイトが事態の改善を促すべく、一時撤退の構えを取った。 だが、ホワイトナイトはそのカイトを逃がすまいと、 今にも全力疾走の構えを見せ始めていた。 「カイト、逃げるんなら早くしろぉーッ!」 エリックもまた必死に叫ぶが、本人は聞こえているのかいないのか、 時々足を止めて振り返りながら戦場を離れようとしている。 「遅いわ! フラッシュ・アサルト!」 ホワイトナイトは奥技の構えを取り、武器を銃に換装し、駆ける。 乱射して勇者軍を牽制しながら、カイトへと一直線に走る。 「止めろぉーッ!」 マリーも言いながら接近するが、初速が違いすぎた。 既に追いつこうかというタイミングで、またカイトは振り返る。 「かかったね」 誰にも聞こえないような小さな声で、彼は呟いた。 「死ねぃ!」 ホワイトナイトがカイトを射程圏内に入れた瞬間―― ばごん! 特注の捕縛用対人地雷が炸裂した。ネットが展開される。 白虹騎が足をもつれさせ転倒、ホワイトナイトが投げ出された。 「所詮は匹夫の勇、よく頑張ったほうだけどね」 と、カイトは初めて武器を取り出して、白虹騎の首を斬り落とす。 すると鎧も、鎧の中身も黒いゲル状の物体と化し、やがて飛び散る。 散り際までも不気味極まりなかった。 「機動力と攻撃可能範囲が問題なら、どちらかを削げばいい。 それでこちらの勝率はグンと跳ね上がるだろうからね」 「よくやった、カイト! 流石の腹黒だ!」 ようやく追いついてきたマリーがカイトを誉める。 「うーん、腹黒はひどいなあ」 と、カイトはただ苦笑いした。 「ちいっ、小賢しい!」 ホワイトナイトは転がっていたが、すぐに起き上がり、 白虹騎を使うことをようやく諦め、ロバートを狙う。 とにもかくにもリーダーを討たねば 戦況が変わらない、と見ての行動だ。 「せっかくの切り札も策一つでおじゃんか! ざまぁ見ろ!」 「おのれぇッ!」 ホワイトナイトはマルチプルブリンガーを剣に換装し、 真っ向からロバートの剣と打ち合いをする。 基礎スペックも優れているだけに、競り合いは互角以上で、 ロバートは少しずつだが押されつつあった。 「我々は飲み込んだ相手の能力を己が者とする事に長ける!」 「ンだと!?」 「グリーンナイトがルスト家の家宝を使えるのも!」 がつん! 深く踏み込まれ、ロバートが怯む。 「イエローナイトがジーニアス家の秘技を使えるのも!」 どごす! キックが叩き込まれ、ロバートはかろうじて受け身を取る。 「ブルーナイトがストレンジャー家の剣技を使えるのも! 他の勇者軍メインメンバーに伝わる家宝を使えるのも! アンバーナイトが色々多数の技能を保持しているのも!」 更にホワイトナイトが踏み込む。 「全てはこの特性故の事だ! 貴様等を倒して、 貴様等のその優れた力も我が物にさせてもらう!」 「させませんよ!」 ウォルフ王子がロバートに加勢する。 「んな事を聞いちゃますます見逃せねぇんだよ!」 ローザがホワイトナイトを叩き伏せた。 「ぬぐっ、邪魔をするな! ロバート、貴様を食わせろ! 貴様を食えば、より我々は強くなる!!」 「ロブ、食われてはならぬのじゃ!」 こっそり持ち込んでいたありったけの魔道書を開放し、 多数の攻撃呪文が叩き込まれる。 畳み掛けるように、マリーが、クロカゲが、エリックが、 レオナが、エナが、攻撃を仕掛ける。 おかげで拘束しようとするホワイトナイトの手から、 かろうじてロバートは逃れる事に成功した。 「すまねぇ、助かったぜ……!」 「おのれ、やはり正攻法では歯が立たんか!」 残ったエネルギーを使って、再び白虹騎を生み出す。 「フラッシュ・アサルト!」 またも魔力弾を機雷代わりに生み出す。 「エナ君、リフレクトフォースは使えるかい?」 「あっ、はい! 覚えたてですけど……!」 「ならありったけの魔力を使ってもいい。 出来るだけ多くの味方にかけてやってほしい。 エリックさんも、出来れば頼めますか?」 「おう……消耗はきついが、やるぞ! リフレクト・フォォォォォス!!」 二人は対魔法用結界『リフレクトフォース』を展開する。 前衛のメンバーの対魔法能力が一気に引き上げられる。 並大抵の魔力弾などものの数ではないだろう。 「あれだけの魔力弾の数だ。きっと一発一発は弱いはず。 リフレクトフォースを使えば、問題にもならないだろうね」 「よし、一気に行くぜぇ!」 囮に使っていた魔力弾を無視できるようになり、 今度こそ決定打に等しい戦況変化を与えたカイト。 次々とメンバーが雪崩れ込み、袋叩きに遭うホワイトナイト。 「ここまでだな、ホワイトナイト!」 「おのれ……おのれぇぇぇッ!」 「俺を怒らせた事を死んで後悔してやがれ! 封神封魔流・攻の秘剣! 四大精霊元素爆裂剣!!」 ぼごぉぉぉぉぉぉぉぉん!! 全員が離脱した瞬間に炸裂する。真なる必殺技が、 遂にその頑強な鎧を叩き割り、中身に直接ダメージを与えた。 決定打になり、遂に中の黒いゲル状の何かは動かなくなった。 「ぐ……ぬぬ……!」 あれだけの猛攻を受けて、ようやく動かなくなった ホワイトナイトだが、中身はまだ喋る。 「もう少し力を蓄える時間が与えられていたなら…… 勇者軍とて……相手にならなかったであろうものを…… だが、忘れるな……我々の脅威はまだ終わらぬ…… 我々の死が、新たな乱の引き金となろう…… それが終わる時、生きていられるとは思わぬ事……だ……!」 ぶじゃッ! 不気味な音を立てて、ホワイトナイトだった 黒いゲル状の何かは飛び散り、消えた。 「よし、やってやったぜ!」 剣を鞘にしまうロバート。歓声が上がる。 「全員、無事ですね!?」 一応分かってはいるものの、点呼を取るウォルフ王子だった。 「いやあ、本当に疲れたッス!」 賑々しく、しかし爽やかに汗を拭くレオナ。 「でもアレ、惑星アースの生き物じゃないってだけで、 結局何なのかよく分からなかったッスね。 まだ続く、みたいな事も言ってたみたいだし」 そのレオナの言葉に、エナが軽く震える。 「まだあんなのが続くんですか……」 少々怯えるように震える。ついしばらく前までは 戦うことすら想像していなかった身では仕方が無いだろう。 「心配するんじゃねぇ、エナ」 ロバートはマントを使ってエナを抱き寄せる。 「ひゃっ?」 「貴様には仲間がいる。普段は争い、いがみ合っていても 味方にすればこれ以上無いほど、すげぇ頼もしく、 敵に回せば地獄を見るほど恐ろしい仲間がな。 怯える事は無い。貴様は反逆する事を知ったんだ。 これは貴様の反逆の成果だ。胸を張れ。咲き誇れ!」 「はい……」 何やら嬉しそうに、エナが呟いた。 マリーがそれを悲しそうに見るが、言葉には出さない。 「よし、じゃあまずはダイギン城の城下街に戻ろうか。 一泊して疲れを癒したいし、事後処理もある。 何より、市民達が不安にかられていないかが気にかかる。 なにせ、王国の花も実もは滅びてしまったからね……」 「そうね。まずは全てをあるがまま、民に伝えなければ。 それがシドミード王国の臣としての最後の仕事かしら」 今まで黙って静観していたアイゼンカグラもようやく前に出る。 怪我も軽くなく、前線に出なかったのは正解だっただろう。 「よし、転進だ! 進路、ダイギン城!!」 「了解!」 ローザの元気な声に応じ、一同、歩き始めた。 だが、もう少しだけこの乱は続く。 乱というほどのものでもないのだが、 争いの当事者が当事者だけに、穏やかで済むはずもなかった―― <第十章-第一幕-へ続く>
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先頭を歩いていた律が止まる。紬もそれに合わせて静止。 足元ばかり見ていたが初めて周囲と頭上に目を凝らす。 唯「鳥居?」 そこには巨大な鳥居があった。 10mはくだらないであろう。 この小さな島に似つかわしくない巨大な鳥居。 こんな山奥になぜ鳥居があるのだろう。 森の緑のなかで夕暮れとシンクロするように朱色の鳥居。 どう考えても不気味であるが、鳥居があるなら、 律「この先に神社があるかもしれないな……」 紬と唯も同じ見解に達し、小走りで先を目指す。 山道は相変わらずだが、空のほうはすっかり夕闇だ。 いそがなくてはならない。 三人がお互いの顔をやっと認識できるぐらい日は沈んでいた。 もうほとんど足元も見えていない。 マッチで火をつける余裕もなかったので、 構わず走る。 一気に周りの木々が晴れて、 海に日が完全に落ちたのが見えた。 そこにはどでかい鳥居とは対照的に ポツンと薄汚れた神社と社務所が並んでいた。 律がなにもいわずに小型の鉈を取り出す。 暗闇の中で刃の先がきらりとあやしく光った。 唯「りっちゃん……?」 律が社務所のドアノブを鉈の背でたたき、 二人に向かって二コリと笑う。 律「やっと、休めるな……」 律は荷物を投げ出して倒れるように寝込む。 緊張の糸がほぐれたのか、唯と紬も倒れこんだ。 三人ともかなりの肉体的疲労がたまっている。 おたがいろくに話すこともできず精神も疲弊した。 極限状態の中で三人はまさしく倒れるように寝た。 これは実はのちにかなりのダメージとなる。 最初に気付いたのは唯だった。 次いですぐに紬が気付き、 律も二人の話声で目が覚める。 律「どうしたんだ?お前ら?」 窓の外に目をやると、まだ日は昇っていない。 ともすると、倒れるように寝込んだ数時間後だろう。 こんな時間に二人は一体何を話しているのか。 唯「まずいよ、りっちゃん」 唯「ここは寒すぎる」 言われて律も始めて気がつく。 ペットリと肌にまとわりつく衣服は冷たく、 ドアから入る風もかなりひんやりしている。 律「やばいな、これは……」 体温の低下は免疫、体力、食欲の低下でもある。 低体温症や凍死でなくとも、冷たさは人を殺す。 紬「とにかく、着替えて乾パンを食べて!」 三人は疲れた体をどうにか動かして、 濡れきった服を脱ぎ体を布でふいて着替えた。 乾パンと水をほおりこんでから大量のぼろ布にくるまる。 火をつけたり薪をさがせる余裕もないので、 とにかく食べ物による体温上昇と ぼろ布による低下の阻止ぐらいしかできることはない。 三人は身を寄せ合って互いの体を温め、 少し落ち着いたころになって再び寝付いた。 寝付いたとは言っても鋭利な冷たさが肌に沁みる。 気温は決して低くはないが、疲労が熱を奪っていく。 これだけの疲労はめったなことでは回復しない。 登山は甘くない。小さな山でも甘くはないのだ。 その体力消費と天気の厳しさは顕著である。 その点、三人は見通しが甘かったとしか言いようがない。 山の中の危機は一つではないのだから。 遭難六日目!Aパート! 唯「寒……」 起きたころにはすっかり体が冷えていた。 皮下脂肪の多い女性でなければヤバかっただろう。 澪と梓が小屋の中でビニールシートで体を覆い、 かまどを近くに作ったのに対して、 唯たちは今まで睡眠に無防備だった。 いままで、比較的快適な集落で行動していたため、 断熱性などを考えずに心地よさだけを考えてきたからである。 すぐさま枯れ木を集めて火をつけたが、 思ったよりも風で火が消えてしまいそうになり焦る。 これもかまどを作ったことのない唯たちの弱点だった。 大量の薪の供給で火が消えるのは防いだが、効率は悪い。 お腹の具合が悪くなるなんて事態を防ぐために、野菜は食べず。 少しばかりの水と乾パンを朝に食べた。 日が昇ってすぐだったが三人はひどくむくんだ足と全身の痛み、 そして体温の低さのせいかあがりきらない体調のせいで、 すでに今日の探索はあきらめていた。 体が重く感じられた三人は昼ごろまで寝ることにした。 眼はすっかり濁り、自然の前での無力感に暮れる。 いままでは仕組まれたように順調だった無人島生活。 無人島での挫折から立ち直るのに、時間が必要だった。 澪「うめー」モグモグ この澪、ノリノリである。 遭難六日目!Bパート! 二人は早起きして魚を釣り、 ドングリと一緒に魚の塩焼を食べた。 タンポポは飽きるといけないので今朝はやめて、 タンポポ茶と蛇苺をとる。 梓「澪先輩、お魚好きなんですね」 澪「ああ、山椒とかスダチとかあればもっとうまいよな、これ」 梓「ちょっと臭いですよね、やっぱり」 食後少ししてグミの実を食べ始め、 タンポポの葉とグミの実を片手に洗濯や塩作りをする。 梓は釣りとバッタとり、魚の解体に精いっぱいで、 起きてからほとんどまったく家事はしていないが、 食事の中でのタンパク質の充実はひとえに彼女の尽力である。 梓「やってやるです!」 今朝からすでに10匹以上の魚が彼女にやられている。 梓がとっているのは、昨日のも含めすべてウグイという魚だ。 煮ても焼いても美味くないので雑魚として釣り人に嫌われている。 きれいな川という条件が大きく味方したのか、 しっかり塩でやいたここのウグイは美味かったらしい。 澪梓「いただきまーす!」 今日の昼飯はドングリとタンポポ汁の塩焼ウグイ入りである。 このタンポポ汁が存外美味い。 タンポポの苦みが臭さを美味く消していて飲みやすいのだ。 かつウグイの出汁は苦みを和らげる。 無人島ではなかなかの御馳走である。 澪「この魚うまいなあ」 梓「ですね、これってひものとかにできますかねえ?」 澪「できるんじゃないか?そしたら最高だ」 梓「保存食ができたら、行動範囲が広がりますもんね」 澪「あいつらを探す余裕も出てくるかもしれない!」 彼らもまた、いくら順調であっても生きるだけで精いっぱい。 仲間たちを探しに行くような余裕は残念ながらなかった。 澪「ひものか、あいつらにも食わせてやりたいなあ……」 梓「燻製とかにもできますかね?」 澪「燻製はどうだろうなあ、作り方もわからないし」 二人は水だしタンポポ茶と蛇苺を飲んで再び各々の作業に戻った。 二時間ほど続けてから、魚を火の近くにおいて二人は探索をしてみることにした。 探索といっても食べ物を探す程度で、 持っているのは鉈とナイフぐらいのものだ。 海のほうには食べれるものがあまり見つかりそうにないので、 水たまりから比較的山中の歩ける道を選んで歩いていくことにした。 梓「なんかあるといいですね」 澪「だなー」 遭難六日目!Aパート! 唯たちはドクダミ汁を体のあちこちにぬり、 特に体の痛いところには生の葉を貼った。 乾いた葉で出した煎じ茶を苦い顔して飲む。 律「にがいなあ……」 昼飯には同じく乾パンを食べて水を少し飲んだ。 体力の消費をおさえるために、 誰もが半分寝たような状態で倒れている。 誰も次の日の計画の話を始めなかった。 ミイラ取りはミイラになってしまうのだろうか。 遭難六日目!Bパート! 澪「なんか、ここらへんの地面は開けてるな」 梓「はい、なんだか畑だったみたいですね」 澪「トマトとかはえてないかなあ」 梓「この荒れようじゃ流石に無理じゃないですか?」 澪「うーん、なんか野菜生えてないかなあ……」 梓「あれ、向こうに見えるのって……」 梓が指で指し示す先にはどこかで見たような赤い実がなっていた。 澪「あ、あれは!」 唐辛子である。 澪「唐辛子か……」 近くまで近づいて赤くかわいらしい実をなでる。 雑草の中で赤い色は際立っていた。 この前見つけたみつばは摘んだ分で終わってしまったが、 こちらの唐辛子はこんもりと実っている。 梓「料理のレパートリーが増えますね」 澪「こちらとしては野菜のほうが嬉しいんだけどなあ」 塩味に変化が付けられる簿は結構だが、 これではあまり腹の足しにはならない。 辛いものは辛すぎるとお腹にも悪いとう。 澪「あれ、よく見りゃ近くにピーマンも生えてるな」 緑のごっつい実がかげにこそこそとなっている。 ピーマンと唐辛子は仲間であるという。 同郷のよしみで唐辛子が庇っていたのだろうかなどと澪は考えた。 梓「メルヘンですね」 澪「人の考えを読むなー!」 よーく見てみると畑にはピーマンがそれなりにあるらしい。 唐辛子も大量にあって、新しい食材は簡単に獲得できた。 澪「タンポポ以外の野菜が久々に食えそうだ!」 梓「あれ、なんか向こうに赤いものが見えません?」 澪「赤いものってなんだよ、はっきり言ってくれなきゃまた期待しちゃ…… 鳥居のようなものが目に飛び込んできた。 木々のグリーンの中で朱色が強烈なコントラストとなる。 澪の脳内で幾千もの鳥居のイメージが飛んでいる。 澪「行かなきゃ……」 梓「へ?」 梓「ちょっとまってくださいよ!いきなりなんです!」 澪「あそこに行かなきゃならない……」 梓「いきなりわけのわからないこと言わないでくださいよ!」 澪「あそこに鍵があるんだ!」 梓「鍵?なんですかそれ?ちゃんと落ち着いて日本語で説明して下さい!」 澪「行くぞ!」 梓「ちょっ、待って!」 澪は手に持っていた唐辛子を投げ捨てて鳥居に向かって駆けていく。 梓もわけのわからぬまま澪を追いかけて行った。 澪にもなにがなにがなんだかわからない。 しかし、あそこにいかなければならないという危機感ばかりが募る。 鳥居まで来ると、なんでここに来たのかは分からない。 しかし経験がここを目指す必要を告げている気がした。 暫くすると梓も追いつく。 梓「あれ、ここって……」 澪「お前もか……」 デジャヴュ。二人はここに来たことがあるような気がして仕方ない。 この鳥居の朱色が頭から離れようとしないのだ。 気づくと二人は無言で道を駆け昇っている。 木々が開けて日の光が照る。 まぶしい輝きのずっと手前。 そこには三つの人影が……。 素っ裸でドクダミを貼りあっていた。 澪梓「……」 唯「あれ、澪ちゃんあずにゃん!!!」 律「お、おまえら!生きてたんだなあ!」 紬「そんな、二人とも……!!!」 なぜだろうか、先ほどまでの高揚感に似た胸騒ぎはどこにもない。 澪「お前ら……」 梓「みなさん……」 澪梓「こんのおおおお、ド変態があああああああああああああああ!!!!!!!!!」 何回も八月が来れば、人間時折はじけてしまう。 初めてのサバイバルの手際の良さもつまりはそういうことである。 終わらない夏休みが救った命もあるのだ。 感動の再会については多くは語るまい。 全員が全員涙し、ともに笑いあった。 繰り返されるコントのような会話は、読者の想像にお任せしたい。 澪と梓の介抱で三人の体力も回復した。 このあとも島で五人は探検を繰り広げる。 だがとりあえずは筆者が語る物語はいったん幕である。 サバイバルに大切なのは友情や勇気ではない。 そんなくさいセリフを吐くためにサバイバルは存在するのではない。 サバイバルに必要なのはサバイバルである。 この言葉を理解できたとき、真のサバイバラーへの道は開ける。 若人よ。恐れるなかれ、サバイバルせよ。 第二部 完 戻る 第2.5部
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他の国や領地が魔王に侵略されるくらいなら自分が侵略して自分の国にしちゃおう!という夢を掲げたお姫様。太陽の元であれば魔力が上がる能力を授けられたが、その反動で夜は眠くて仕方ない 日)`╹◡╹) [体のこと] 身長160ちょい、体重不明。胸は普通よりはあるくらい? 髪の色はクリーム色。目は緋色 服の色は薄ピンク(本人は薄紫だと主張している) 髪ゴム(リボン?)は濃い紫 武器として持っている法環はこう、ドレスの右側?スカートの上らへん?に何か引っ掛けられるやつが付いてるらしい(適当) [国のこと] 元は小さい国だったが、神託を受け日輪の勇者となった姫が次々と国や領地の統合を行い今ではそれなりの大きさの国になっている。 やっていることも農業やらなんやらかんやら様々。 姫は弱冠16歳で、国の現当主。 元王と王妃は行方不明とされている。 が、本当はもうこの世に居るかどうかすらわからない。 姫は、恐らくはいないだろうと思っている。 何故なら、自分の力で消してしまったから(後述)。 [力のこと] 日輪の勇者の能力は、『悪を浄化する』こと。 それは自分に対する悪意だったり、悪行を行った者自体だったり様々。 日輪の勇者は、その力によって(不本意ながら)王と王妃を消滅(?)させてしまった。 浄化した悪がどこに行くか、または消えてしまうのかは判明していないが、彼女は消えないと考えている。 消えずに、どこかに溜まっていき、いつかは自分に襲いかかってくるのだと。 それが勇者とはいえ肉親を消してしまい、悪人に私的制裁を加えた自分自身への罰であるのだと。 もしかしたら、その悪意は日輪の勇者の罪悪感へと形を変え、彼女を苛んでいるのかもしれない。 [今までのこと] 日輪の勇者は、小さな国の独裁者の娘として生まれた。 王は既に勇者になれる見込みがなかった為、娘を勇者にさせようと必死に教育を行った。 立派な人間に育て上げれば、女神様もきっと勇者にしてくれる…と信じ込んでいたのだ。 だから、母も父も物心もつかない頃から彼女に厳しかった。 暴力などは日常茶飯事で、彼女の要望が通ることは一切なかった。 唯一許してくれたのは、使用人をつけること。 どこからか母が連れてきたその使用人は、左目しか存在せず、自分と同じくらいの歳で、自分にそっくりだった。 自分と正反対の氷のような色をした瞳は、吸い込まれそうなほどに美しく、それなのにどこか影があり、優しく彼女を見つめ返した。 名付けは彼女に一任されたため、彼女は、自分のこの狭い世界で唯一優しくて良い人…という意味を込め、善き→ヨキと名付けた。 彼女にとってはヨキだけが話し相手で、遊び相手で、自分の権力が届く人間だった。 ヨキにとっても姫だけが話し相手で、遊び相手で、自分に優しくしてくれる相手だった。 そんな姫が十五歳になったとき、姫は神託を受け、日輪の勇者となった。 王と王妃は打って変わったように娘を褒め称え、もう不必要だとヨキを消そうとした。 しかも、彼女に、勇者として手に入れた力でやらせようとしたのだ。 「ほら、勇者の力を私達に見せてご覧。その力で、そこに居る底辺の人間を完膚無きまでに叩き潰しておくれ」 勇者は激昂した。 ヨキは、私のたった一人の友達なのに。 今まで私をずっと支えてくれていた、 ただひとりの親友なのに。 どうして? そのとき確かに勇者の力は働いた。 ヨキに対してではなく、父と母に。 光と、耳にこびりつくような絶叫と共に、二人は消失した。 後には、呆然と立ち尽くすヨキ及びその場にいた使用人達と、ボロボロと涙をこぼしながら自嘲気味に笑う日輪の勇者の姿があった。 それからは話が早かった。 日輪の勇者が再び明るい彼女に戻るのに数週間を要したが、それまでの間に参謀大臣であるアキという男が全てを片付け、整えてくれたのだ。 日輪の勇者は王位を継承し、一国の主となった。 その時に国民の前で話した内容はこうである。 「父上も母上もどこに消えてしまったかわかりません。ですが、今の当主は私です。私が、この国を守り、豊かにし、笑って暮らせる国を作ってみせます。そして、周りの国々は全てこの国の領地にします。それは支配ではなく、勇者の力で魔王の悪手から保護する為です。父上と母上がいつか戻ってきたとき、国民全員で胸を張れるように生きてください。厳しいことがたくさん待っているとは思いますが、正義を信じて戦いましょう」 その言葉に、大多数の国民が賛同した。 彼女は裏でヨキにこう話した。 「正義なんて私が言える言葉じゃないわ。でも、やれるだけやらなければいけない。話は簡単よね、全部私のものにすればいいのよ!それに、外の世界も見てみたいし…何より、私とヨキにも友達が必要よね?」 外の世界にはがとうしょこらという食べ物があるらしいわ、美味しいのかしら? そう話す彼女の表情は、開放感と喜びに溢れていた。 まるで、今までのことは全てなかったことになっているかのような__。 彼女に名前はない。二つ名として授かった日輪の勇者という言葉だけが、彼女のことを表している。 最近はヨキに、「日輪だから、ヒナワでいいような気もするわ」と話しているらしい。 [性格のこと] 能天気さ(天然?)と力に対する強い思いを併せ持っている。 心が幼少期からほとんど成長していないので行動とか反応が子供っぽい。 ずっと勉強を強いられてきたので、頭も良く最低限のマナーと常識は持っているが、十五歳まで関わってきた人間がヨキとアキ(家庭教師兼任)と父母だけだったので多少空気が読めない世間知らずのお姫様。 昔ヨキと入れ替わってこっそり城を抜け出した時に食べ損ねたガトーショコラについて並々ならぬ執着心を持っている。 かなりの自信家でプライドが高い。割に折れやすく、泣き虫でもある。ヨキに共依存の疑惑有り。恋愛感情はない? 勇者仲間に思ったより年上が多かったので人見知りになった。とりあえず二つ名にさんつけて呼んでいる状態。 友達を増やそう作戦を敢行しつつも、その不器用さからかあまり上手くはいっていない模様。 不憫な人や困った人を見つけてしまうと自分に背負いきれない重荷でも背負いたくなってしまうタイプ。 結局失敗して迷惑がられることもある。普段は傍若無人だが根は優しい。 たまに十五歳の時のことがフラッシュバックしてパニックに陥ることがある。 [魔王との戦いなど] 基本的には行き当たりばったり、力の乱用。 ヨキにプレゼントしてもらった二つの法環を用いて戦う。 法環は太陽をモチーフにしており、金色に輝き、外周部分には刺が生えている。たまに本人に刺さる。痛い。 一度敗北すると徹底的に相手を分析し、弱点を探し、攻略法を見出した状態で再挑戦しに行く。 この時の彼女の様子をヨキは「声をかけた瞬間に数百数千の暴言が飛んでくる」と言った。 [周りの人のこと] ヨキ ヨ) ◡╹`) 左目しかない『片目族』と呼ばれる少数民族の一人であり、日輪の勇者の使用人。アイスブルーの瞳をしている。身の回りの世話は殆ど彼が行っているので、日輪の勇者の右腕とも呼ばれている。三歳頃からずっと一緒で、かけがえのない親友のような存在。いつも優しくどんな人間に対しても分け隔てなく接するが、日輪の勇者の悪口をヨキが聞くと、その人間は数日中には何故か行方不明になる。大臣であるアキとなんらかの関係があるという噂も? アキ ア)ー◡∟) 右目しかない『片目族』と呼ばれる少数民族の一人であり、王に仕えていた大臣であり日輪の勇者の教育係。目が細くよくわからないが恐らく青系統の瞳を持っている。王の消滅後は、手早く手続きを済ませ日輪の勇者に王位を継承させることで乗り換えた。今では侵略において参謀担当として的確なアドバイスを行い、日輪の勇者の左腕とも呼ばれている。 その正体は、女神より信託を受けた『暗絶の勇者』である。アキは元々二重人格で、信託を受けた際に力の使い方について良心と悪意がせめぎあい、体ごと二つに分かたれた。その際、アキが姫様をイメージしたのか、姫様にそっくりでアイスブルーの瞳を持った、五歳ぐらいの容姿をした少年、ヨキが生まれた。現在は、アキ(暗絶の勇者・悪)、ヨキ(暗絶の勇者・善)と彼の中で区別している。勇者の証は二つあるのか半分ずつなのかは不明(実はひとつしかなくてアキが隠しているのかも?)。力は等分されている。 [ほかの勇者や魔王との交流] 特にない。ここを追記できたらいいのに!! たまに(よく)調和の勇者の前で醜態を晒して赤面している。 彼も運がいいのか悪いのか、彼女がこそこそと何かやってる時に出くわす。 ハロウィンの時には眠りこけている時に調和さんにかぼちゃのプリン、先導さんにクッキーをもらったが眠りこけているため誰にもらったか本人は分からずじまいだった。あーあ。 [ほかの勇者に抱いているなんやかんやな想い] 調和さん→よくお腹痛いって言ってる人よね?勇者をまとめるって言ってるけれど、大丈夫なのかしら?優しいお兄さんっていうイメージね。お兄さんだけど私よりちょっぴり小さいわ。最近少しずつ話をするようになってきたわね。 読心さん→私と同じお姫様らしいわね!私より大人しくて頭が良さそうよね。同盟でも結んで統治に協力してもらおうかとは思っているのだけれど…如何せん交流が少な、あ、べ、別に私が他人に話しかけにくいって訳ではないのよ!!機会がないだけなんだからね?ね?? 月光さん→話をしたことはないけれど、月の光の勇者なんですって。太陽と月でなんだか運命的よね!いつかお話してみたいわ…なんて、他の人の前では絶対に言えないけれど…。ヨキ、秘密よ?何よその意味深な笑みは。 [戦争・侵略のこと] 基本的には和解を求めようとする。 ずっと城にいたためか、とりあえず珍しいものを見たいという想いが最優先。 敵情視察と称して魔界やほかの国に単独で遊びに行くことも。 勇者、魔王に対しては基本的に人見知りを発動するが、何かを悟っているような者に対しては何故か平然と接する。 侵略侵略と表向きは言いまくっているが、それを言うことで敵意を向けてくる国ばかりを侵略するという一種の作戦でもある。 割と策略家(なのか?) 解放されてまだ一年。遊び足りない!はしゃぎたりない!!勇者の使命は後回し!っていう感じです。
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【背景:城内】 【BGM:城内っぽい雰囲気・使いまわしできそうなの】 【立ち絵:絵師に余裕があれば、メイドさん・表情固定、1枚でその他メイドに使いまわしできそうな感じで】 [舞人] 「そういえばこの世界にも勇者がいたんだったな……ちょっとそいつについて調べてみるか」 [その他] 舞人は城内をぶらつきながら、暇そうなメイドを見つけては片っ端から声をかけてみた。 [メイド] 「きゃあ、勇者様よ……」 「ホントに!?」 [その他] すでに城内には舞人が勇者であるという噂が広まっているようだ。 メイドたちの舞人を見る目の色が明らかに違っていた。 [舞人] 「うはwwwなんか天国みたいなんですけどwwwww」 [その他] 舞人がニヨニヨしながら話を聞いて回った結果、勇者についていろいろとわかってきた。 【立ち絵:可能ならば、ルーシィの立ち絵をシルエットに】 [その他] まず第一に、勇者はうら若い少女だということ。 なんでも、前時代の勇者であるアシュレイの血筋のもので、世界に危機が迫ったとき勇者としての力を持った女子が生まれてくるという設定、もとい伝説があるようだ。 その伝承に従い生まれてきた少女こそ、フォスタリアの現勇者ルーシィなのだそうだ。 もっとも、魔王に敗れて以来戦いの世界からドロップアウトしているらしく、元勇者といったほうがよさそうだ。 [その他] 次に、勇者の一人称はボクだということ。 【立ち絵:なし】 [舞人] 「ボクっ子ktkr!!」 [その他] なぜか一人盛り上がる舞人。 [舞人] 「こんなのファンタジー世界ならではだよwww現実のボクっ子なんて幻想だからなwwwwww」 [その他] 不気味な笑顔をともに見えない炎をめらめらと燃やす舞人だったが、それを誰一人不気味がるものはないかった。 【立ち絵:メイド】 [メイド] 「勇者様が燃えているわ!」 「きっと魔王を打ち滅ぼさんと燃えているのね……素敵」 [その他] 勇者フィルターがかかってしまうと、こういうヘンタイも素敵に見えてしまうものらしい。 【立ち絵:メイド→るーシルエット】 [その他] そして、勇者は巨乳だということ。 [舞人] 「盛り上がってきましたwwwwwwwwボクっ子で巨乳ですかwwwwwww裏技ですなwwwwwwwww」 [その他] 舞人はあってもなくてもどっちでもいける派ではあったが、あればあるに越したことはないという柔軟すぎる発想を持っていた。 言い換えれば、おっぱいだったら別になんでもいいとも言うのだが。 [舞人] 「これはもう決まったなwwwwww」 【立ち絵:なし】 【演出+効果音:バァーン! みたいな音と、画面を軽くフラッシュ】 [舞人] 「フォスタリアの勇者と異世界の勇者の混血最強勇者王伝説を作ればいいんじゃね?wwwwwww」 [その他] 舞人の背後に荒木タッチで「ガガガガガガガガ」と書き文字が浮かぶ。 [舞人] 「そうときまったら、勇者ルーシィに会いに行くぜ!」 【暗転】 次へ
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第二十七章-第一幕- 悪魔に命の力を委ねよ 第二十六章-第三幕- 第二十七章-第二幕- リプトール・タウンの民間人を連れて離脱した勇者軍は、 旗艦ブルー・ワイズマン及び多数の民間人の 船舶と共に、北寄りに移動。 かなり大きめではあるが、無人島であるはずの島を目指していた。 海上にいる限り安全ではあるものの、人間は所詮、陸上生物。 特に、慣れない人間の海上生活には、それそのものに限界があった。 「……無人……島か、アレ?」 潜望鏡から、島を見たロバートが一言、呟く? 「無人島のはずですよ? 人口衛星からのデータでも 建造物その他が存在する気配は、一切見えませんので」 ウォルフ王子が端末をいじりながら冷淡にツッコむが、 ロバートは、そのウォルフ王子をつまみ上げて潜望鏡に近付ける。 「実物を見てから言えや」 そう言われたので、ウォルフ王子も潜望鏡を覗いて見ると、 なんと馬鹿デカい要塞みたいな城が堂々と存在している。 「そ、そんな馬鹿な!? 一体いつの間に!?」 「魔法での光学迷彩だろうね。通常時は見えないと見た。 もちろん、今は通常時ではないわけだけどね」 カイトはそれに一瞥たりともくれず、冷静に分析する。 「ですけど、こんな芸当が出来る魔力となると人間離れしてます。 私が言うのもなんですけど、人間技じゃないです」 エナも一応私見を述べる。 「人間じゃないんだろうね。一応文献と照合するなら、 可能性としては一つ、というところかな?」 「勿体ぶらずに早く言え」 ローザがカイトのこめかみをごりごりしながら言う。 「あはは、痛い痛い。まあ個人的な見解だけど、 かの古の勇者、エドウィン=ストレンジャーと戦った 魔王軍の城塞なんじゃないかと思ってるんだけどね」 「……そうか! 道理で見覚えがあると思ったらその通りか!」 いきなりヴァジェスが何かを思い出したように叫ぶ。 「ヴァジェス? どしたよ?」 「いや、随分昔なんでうっかり忘れていたが、確かにあの島、 昔魔王軍が駐留するために城をこさえてたんだっけか。 それから後も、物質界に駐留する際には よくあそこを使ってるって、千四百年ぐらい前に、 魔王の奴に聞かされた気がすんぞ」 「へえー」 興味津々とばかりに、ロバートとカイトが擦り寄る。 この二人、随分と歴史好きなのだ。興味津々でたまらないはずである。 「……あの島への距離は?」 それを無視して、マリーはクルーに問う。 「約五千メートル。割とすぐ到達しますよ?」 「どら、もう一回様子を見てみるとするか」 マリーもまた、潜望鏡を覗いてみる。 「……? エリック殿、ちょっと」 「どうした、マリー?」 「いや……私よりエリック殿の方が目が良いかと思って。 ちょっと気になるものを見てしまった気がする」 「うん?」 エリックが改めて潜望鏡を覗き、そして動きが止まる。 「どうした、おっさん?」 「……おい、無人島とか絶対嘘だろ。なんだあの人だかりは」 「はぁあ?」 素っ頓狂な声をあげるクルー。 「うわ、全然見えん。よく見えるな、おっさん」 ローザも改めて見るが、まったく人間とは認識出来ない。 十数分後、ブルー・ワイズマンは浮上。 他の民間人船舶と共に、海岸に船を係留させた。 「よっと」 一同が降り立つと、結構な数の人間と、 膨大な数の魔族が何故か横断幕など掲げて歓迎ムードで待っていた。 「おいでませ、魔王城を擁する島へ!」 そしてこの歓待の一言である。呆気に取られてしまった。 よくよく見れば、人間と魔族だけではない。 亜人族や竜族、怪物族に妖精族もいる。 出向してきたと見られる神族や精霊族も、ちらほら見受けられた。 「ど、どういう事だ? 一体何が起こってやがる?」 ヴァジェスがそのかつてない光景に驚愕していると、 後方から五体の雑多な種族を連れた大柄な魔族が現れた。 スケルトン、オーク、トロル、オーガ、そしてハーデス。 いずれもエドウィン=ストレンジャーの時代に 名を轟かせた強化生物だ。 「久しぶりだな。竜王ヴァジェス=バハムート」 「魔王サタン! こりゃ全部あんたの差し金か!?」 「ああ、そうだ。イグジスターとかいう 化け物が宇宙から来た事も、それに人間や 他のナインサークルの生物が追われている事も知っている。 その上で我等魔族に泣きついてきたので、 こうして保護しているのだ。我等としても、 人間が滅びるような事態は断固として避けねばならん。 ここは、ナインサークルが総力を挙げ、 団結して事に当たる、と決めた。 そのために、この魔王城、 使わせてもらうことにするのだよ、竜王」 「はははははは! 流石は魔王、いい貫禄してんじゃねぇか! あんたのやりように比べれば、 まだまだ俺はヒヨっ子同然だな!? 安心して色々物事を教わることが出来そうじゃねぇか!」 爆笑するヴァジェス。まさか同じナインサークルロードに こんな馬鹿げた戦略を打ち立てる男が いるとは思っていなかった。 それが今のヴァジェスの限界であり、 魔王サタンの器の大きさでもあった。 「そんな悠長なことを言っている場合ではあるまい。 既に天空、ないし海上、あるいは離島に避難した者を含めて、 人類の九割以上が生命の危機に晒され続けている事になる。 無論、各惑星付近に点在するスペースコロニーも例外ではない」 「ああ。しかしこんな離島に よくこれだけの避難施設を作ったものだ」 「人間式の兵器工場も、資材も万全だ。足りないのは人手だけでな」 「ここに人が来たのは願ったり叶ったり、というわけかよ」 「そうなる」 そして、魔王サタンはロバート達を見やる。 「ほう、いい覇気だ。魔族に支えられる現状でもそのまま憂うか?」 「憂うわけねぇだろ。この状況が何とかなるんだったら、 悪魔にでもなんでもこの命を委ねてやるぁ」 「ふはは! 生意気な口を小童がききおって! だが、それでこそ人類史上最強の私設軍筆頭にして 勇気と、技と、機知との象徴、絶対勝利の勇者よ! これは力の貸し甲斐が出てきたというものよな!!」 ウォルフ王子がそこに割って入る。 「ともかく、この民間人をそちらで人手として使って下さい。 共に事に当たり、この難局を何とか打破しましょう」 「うむ、良かろう!」 そう言ってまた笑う魔王サタン。 「こっちです。急ごしらえですが、宿舎へどうぞ!」 他の民間人達は、既に現地入りしている人間達に案内された。 これで、まずは保護に成功したことになるが、 それは数多き人類のほんのかすかな数に過ぎない。 今この時も、多くの居住区域が襲われ、滅びを迎えているだろう。 あるいは、未だに逃げ惑っている者も多いかもしれない。 それらを何とかするためにも、ここを軸に反攻の機会を伺う。 それが現状の勇者軍に取れる唯一の手段であった。 「しかし、よく見るとものすっごい デカい島だな。本当に離島なのか?」 エリックが周囲を見渡すと、離島と離島が橋で結ばれていた。 不自然に大きく見えたのは、そのせいなのだと理解した。 「これらの工事にも相応に時間がかかっている。 兵器プラントに造船所、兵器試験場に 通信施設、鍛錬場や兵舎、宿舎、 あるいは食料供給の土地や 食品工場など、多くの施設もある。 数々の施設を離島に納めるには、 これぐらい強引な手段も必要だったのだ。 これほどの環境破壊となると、 魔神王にも後で弁解ぐらいは必要かもしれん」 魔神王、という単語に反応したのはロバートだった。 「おい、そういや魔神王教団とかいう アブない連中を前に潰したんだが、 奴等、復活予測タイマーなんてモンを作って 魔神王復活の時間を予測してたが、予定通りに 出てこなかったぞ。魔神王は復活しているんじゃないのか?」 「……それに関しては我々も気になっている。 既にこの惑星のエネルギー総量の消費量から推測し、 あらかた復元を終えてもおかしくない 頃合なのだろうと思っているのだが…… 確かな事は分からない。あの方の事は 理解の範疇を超える事も多くてな」 「ふん、それをああだこうだと騒ぎ立てて、 人を殺して自分も滅びてれば世話は無ぇぜ」 行儀の悪い事に唾を吐き捨てるロバート。 「まあ、まったくだと言っておこう」 魔王は肩をすくめて、溜息をつく。そして続けて問いかける。 「それより、宇宙の情勢を聞いているのか?」 「宇宙? スペースコロニーですか?」 「ああそうだ。アーム王家の王子も気付いていなかったか。 最新に近い情報でな。膠着状態があまりに長く続くんで、 かえってある程度の余裕も向こうで出てきているようなのだ。 兵器を新造し、余剰分を惑星アースに回すらしい。 彼等も、理解しているのだ。明らかに主戦場が、この星なのだと」 「……本当にありがたい話です」 ウォルフ王子は心底嬉しそうに呟く。 「とにかく、今まで戦い詰めだっただろう? 少しは休む事だ。 仮に兵器が出来たとしても、お前達が疲労し尽しては意味が無い」 「おお、助かる、では遠慮なく休ませてもらおう」 特に疲労の度合いが濃かったマリーが素直に礼を述べる。 勇者軍はひと時の休息を経て、安らかな眠りに就く。 また新たなる戦場で、またしても地獄を見るためだけに…… <第二十七章-第二幕- へ続く>
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マーニャ「ほんとかわいい勇者さまよね。女の手1つ解けないなんて。」 ミネア「そんな事では魔王は倒せませんよ?ほらもっと気張らないと卵出てきませんよ。まだ5個も残ってるんですから」 勇者「あぐうぅぃぃ……もう許しでえぇ」 新しく仲間になった姉妹からの調教を受ける勇者。 アナルをガバガバに拡張された勇者は、ニワトリの卵を10個もアナルにねじ込まれ、マーニャにちんぐり返しをされたまま産卵を強要されていた。 懸命に抵抗するも、マーニャの体はびくともせず、次第に腹部の苦しみと恥ずかしさによって、勇者は発狂しかけていた。 マ「ほら~早くしなさいよ。ほんと愚図ね。」 マーニャはそういうと、勇者の髪を鷲掴みにし、その体を地面に放り投げた。 そして俯せに倒れ込んだ勇者の後頭部を、ヒールの底でぐしゃりと踏み潰した。 勇者「あぎゃああぁ……」 断末魔の叫びを挙げる勇者。 しかし、その叫びの原因は後頭部の痛みだけではなかった。 ミ「もう時間切れです。勇者様。」 その言葉と同時にミネアの右腕は勇者のアナルをえぐり、肘近くまで埋もれていた。 ミ「愚図な家畜同然の豚勇者様の卵は私が取り出してあげますね♪」 勇「あがぁっぶひ…いぎやぁあああ」 1つ1つ卵が取り出されるたびに白眼を剥き、涎を垂らしながら豚のような鳴き声をあげる勇者を見下しながら、徐々に体重を載せていくマーニャ。 メリメリと頭蓋の軋む音がする。 そして最後の1個が取り出された瞬間、勇者は断末魔の叫びと同時に失神し、だらしなく小便を漏らしていた。 マ「あ~あ壊れちゃったか。ま、これからたっぷりと調教してあげるからね♪」
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2008年03月24日(月) 12時49分-R 昔々、全知全能なる神様であるキノコ様が自分の姿に似せて人間を創り出し、理想郷を目指してこの大地に降り立った。これがその世界、『マッ・シュルーム』である。 それから何年経ったかのかは知らないが、少なくとも人間は独自の文明を生み出し、繁栄していた。 それからまた何年も何年も経ったのだろう、世界は滅茶苦茶に荒れ果ててしまった。 理由はどうもよく分からない。分からないが、沢山の人間が死に、沢山の文明が潰えた。 それからまた何年も何年も年月が流れ、また、世界は平和になった。 あの剣が抜かれるまでは 第1章 勇者の誕生 人が踏み入らない場所を秘境とか言うらしい。そして今、一般人Pことプルアロータスは、バッチリとその中に足を突っ込んでいた。それはもうズブズブと、足といわず肩までどっぷりと踏み込んでいた。 見渡せども見渡せども、見えるのは一面の緑。そびえる樹木は天辺が空にあるらしく、重なった葉でその空まで覆い尽くし、茂るツタは貪欲に空間を占拠し、生えっ放しの草は木と見紛うほど高く、苔生した岩が唐突に眼前に出現する。何処を見ても、素人ならば場所の特定をすることが出来ない場所ばかりである。 「オレ・・・死ぬかも」 弱気なことを言っているこの少年は、かれこれ遭難一週間目。幸いなことに猛獣の類には遭遇しなかったものの、帰り道を進んでも進んでもここから外に出られないのだ。食べ物らしき物体はそこかしこに存在しているのだが、毒があるかもしれないと思うと一向に手が出せなかった。いくら腹が減っているからとはいえ、地面から生える青紫で針山のような実や、ピンクと水色のマーブル模様の巨大な実、真珠のように真っ白でどす黒い果汁を滴らせるぶよぶよした実などとても口に入れる勇気が出ないものばかりだ。 そんなわけで、姉の結婚式をかねた村祭りに必要な“ルーニー”を森に採集に出かけたはずの少年は、万が一のために持ってきた食料と水が底を尽き、さらには道中で見付けた自分が知っている木の実なども食べつくし、困りきっているのである。 もちろん、今、彼は猛烈にこう思っている――来なければよかった、と。 その何百回目かの後悔ののち、プルはようやく“食べられそうなもの”に遭遇した。もっとも、彼がこれほどまでに飢えておらず、乾いてもいなかったならば、そんなものは舐めるのもおぞましい物体だったのだが――それは彼が今まで見てきた中で一番まともな格好をしていた。ただし、実物を手に取るまでは。 さて、ここで運の問題である。 「運試しなんて、何年ぶりかな・・・」 今、プルの前にはかろうじて果実に見える物体が鎮座している。見上げたらなっていたそれは、下から見ると普通のりんごだったが、どうにか採ってみると上半分がイソギンチャクだった。いやまあさすがに動いてはいないのだが、プルにはそう見えた。すぐさま地面に叩き付けなかっただけえらいと思う。ぎりぎりのところでもしかしたら食えるかも、と踏みとどまったのだ。その時の彼ならば、生のナマコですら喜んで食べただろう。 そしてその問題のりんご(仮)は今、プルの審査の目をその一身に受けている。 「食べられるか食べられないか――毒かそうでないか。単純に考えれば確率は五分五分か。問題なのは、僕の運だな」 ここ一週間を振り返る。 朝起きていたら晴れていた。運気+1 コンパスが壊れた。-3 森で遭難した。運気-10 猛獣との遭遇回避・継続一週間。運気+5 合計、-7。不幸に傾いている。 「・・・・・・ということは、これは+7だな」 いや待てそれなんか違うだろおい、なんて声が頭の片隅でわめいていたが、精神的にそろそろ限界に近いプルを立ち止まらせるには、その声は小さすぎた。 決意を込めて謎林檎を鷲掴み、そのなんとも気色悪い手触りに一瞬ひるんだものの、再び意を決してプルはそれを口に放り込んだ。 硬い音。 「・・・?」 歯が痛い。それもそのはず、プルの両あごは何も挟むことなくその歯を打ち合わせてしまっていた。りんごもどきは影もない。 「うまー」 声。咄嗟にその方向へ振り返ると、熊がいた。りんご(仮?)を取ったのはやつらしい。身の丈2メルトルを超えようかという巨体だ。 「-10!?」 よくわからないことを叫びながら、プルは反射的にあとずさった。同時に、頭の中をさまざまなことが一気にめぐる。 ――死んだ!? いやむしろ死んだ振りをすれば回避か? 待てそれは迷信だと聞いたぞ、どちらかといえばさっさと逃げたほうが。でも熊速いよな意外と。じゃあどうする? 何か投げて注意をそらすとか。いや猫じゃないんだから。そこまで馬鹿じゃないだろ、というか知能は高そうだ。喋ったし。待てよ、喋れるんなら話せばわかるかも。 「しまった、熊語はわからない・・・・・・じゃない! 喋った!?」 いつの間にか抱えていた頭を上げて、プルは叫んだ。 「うらー。しじきなー」 <あのさ。そこ、どいてくれないかな> なおも熊がしゃべる。熊語かどうかは定かではないが、だらしなく空いた口から、どことなく非難の色を帯びた声が飛んでくる。――いや。 「・・・熊、じゃない?」 口はだらしなく空いていて、涎までたれている。目は白目をむいている。というか、全体的になんだかぐったりしている。そもそもいまいち動いていない。そしてなんといっても、だらりと垂れたあごの下から、二周りばかし小さな口がのぞいていて、りんごっぽいものを噛み砕いている。 つまり。よくよく見ればそれは、何者かが死んだ熊を担いでいるのだった。 「んまー」 <おいしー> 呆然とするプルを尻目に、そいつはのんきにそうのたまった。 ◆ プルが目を開けると、そこは板張りの狭い部屋で、身体はベッドの上にあった。ベッドと言えば聞こえは良いが、実は木の板にボロキレをかぶせただけの代物だ。窓からは涼やかな風が森の香りを運んできている。爽やかな青空がそこから見えるが、しかし身体のほうは一向に爽やかではない。 えいやっと半身を起こす。こみ上げる吐き気をこらえながら、記憶をたどってみる。 熊(仮称)はリンゴ型果実をちぎっては食べちぎっては食べ、そう――まさに貪り食っていた。あの、幸せそのものといった顔は忘れようにも忘れられない。そして熊(仮称)の食い気が感染し――気づけばプルはだらだらと涎をこぼしていた。 涎をたらしたプルに気づいた熊(仮称)はニコニコ笑いながらリンゴ型果実を差し出したのだ。当然、プルは夢中で食らいついた。 ――そこまで思い出して、プルは震えた。あの味――砂糖より甘く、酢よりも酸っぱく、唐辛子よりも辛く、肝よりも苦く。そして血のような鉄っぽさ、クラゲを生で噛んでいるのに似た、そしてその比ではない、硬さと柔かさの絶妙なバランス――あの二度と思い出したくない味が、口中によみがえってきた。あれを今一度食べるくらいならば、樽いっぱいの酢を飲み乾し、山と積まれた唐辛子を食い尽くすことを選ぶだろう。 そこでプルの記憶は途絶えていた。 ――ここはどこだろう。 天国にしては貧相だし、地獄でもなさそうだ。じゃあオレは生きているのか。 そもそも、あの後どうなった? あの熊(仮称)がここまで運んできたのだろうか? ようやく立ち上がる気力が戻る。 ――なにも取られていない。・・・うむ! 必要なものを身に付けドアを開けると、広い廊下だった。部屋が五つか六つ並び、奥には階段がある。自分の家よりも大きい。大屋敷と言っていい。 「誰かいませんかあ?」 声が響くが答えはない。太陽が雲の陰に隠れ、廊下が暗くなる。急に怖くなってくる。 「誰もいませんか?」 答えはなかったが、下の階から人の気配を感じた。息を飲んで、階段を下りていく。 下の階は広間だった。テーブルに男女が腰掛け、談笑していた。一人は美少女、今一人は熊(仮称)――もとい、イソギンチャク食い少年である。二人とも見たことの無い民族調の衣装に身を包み、尖った耳が金色の髪の毛の外にちょこんと突き出している。その瞳は噂に聞く海のように深く青い。少女も少年も、見たことも聞いたことも無い特徴をしていた。もしプルがこれほどまでに疲弊していなかったならば、すぐさま彼らが人外――俗に言う、アマニタ(魔族)――であることに気が付いただろう。しかし、脳が食中りを起こしていたプルはそこまで頭が回っていなかった。 と、プルが降りてきたことに気付いたのだろう、少年の方が無邪気にニッコリと笑って口を開いた。 「なー、ざまた?」 <あ、目ぇ覚めた?> 意味がわからない。 「え? 何だって?」 「さかー、くいせーみっしんすーおもぁなーたぞー。びーくらこいがー」 <まさか、食べて失神するとは思わなかったぞー。びっくりしたってば> 「いや、なんだかさっぱり。ねえ君、彼はなんて言ってるの?」 と少女のほうに話を振ってみる。彼女ならきっとまともな返事をしてくれるだろう。 「あーた、りぃごたべーの、みしんすー。いだいだたー? そんこつ・・・おらぁ、ももさんしょーげ」 <貴方はね、リィゴを食べて、失神したの。でも本当? そんなことって・・・わたし、驚いちゃって> 期待は裏切られた――さっぱり分からない。 「――ねえ、水が飲みたいんだけど」 ダメで元々と思って口にした言葉に、少年が心得たとばかりうなずいた。分かってくれたか、とプルの顔が輝く。少年は文字通り矢のように駆け出していき(当たれば突き刺さっただろう、きっと)、桶を手に戻ってきた。 プルは差し出された桶を両手に取り、口に持っていくが――はっと、その中身に気づく。白い。動いている。――それは明らかに、何か昆虫の幼虫である。 「うまーぞ」 <うまいぞー> 少女の言葉は届かなかった。プルは再び気を失って倒れた。 ◆ 「こんひとー、だーぶつれーとぉ」 <この人、ずいぶんと疲れてたみたい> 病み上がりに最適な栄養補給元である『ネミズガノンの幼虫(見た目がウジっぽい)』を口にすることなく倒れてしまったプルを見て、少女が心配そうに隣の少年を見上げた。うん、と彼も頷く。 「りぃごくーて、たおれっちよーめ・・・かぁいそすー、なんもくーてなけんどー」 <リィゴを食べて、倒れちゃうぐらいだからさ・・・かわいそうに、きっと何も食べてなかったんじゃないかな> それから二人は、リィゴ(磯巾着林檎)を摩り下ろして食べさせるべきか、はたまたネミズガノン(蛆もどき)のゆで汁を飲ませるべきか、あるいはミーガ(海鼠蜜柑)の絞り汁とグルトー(巨大甲虫の体液を発酵させたゲル)を混ぜて与えるべきか、それとももっと他のものを用意した方がいいのか――を暫く話し合っていたが、プルにとって幸運なことに、彼の体力が回復するまでは保留とすることで落ち着いた。もしも彼らの案の一つが通っていれば、プルはさらなるトラウマを抱えることになっただろう。 結果、彼らは疲れている人にとっての最大のご馳走である、水を汲みにいくべきだという結論に達した。ほんの数十キロメルトル先に、おいしい水が湧いている。 「ざー、いってきまー」 <じゃあ、行ってくるよ> 「きーつけてなー」 <気をつけてね> プルをもう一度寝台に寝かせてから、少年は家を飛び出していった。一方の少女は、水を張ったタライと清潔な布を持って、プルの部屋へと戻った。 外界人が来たことについては、彼の容態が回復してからでいいだろう――その時彼女はまだ、恐ろしい宿命がすぐ傍らまで迫ってきていることに、気付くすべは無かったのである。 ◆ 浮いている。 真下にはプルアロータスが横たわっている。 いつから? わからない。でもずっと、プルアロータスは横たわっている。 白い布の上に。 白い布の上の白いリンゴもどきの上に。 白い布の上の白いリンゴもどきの上の白い蛆の上に。 プルアロータスのすべての指の間には、ぶよぶよと太った蛆の一匹ずつがはさまっている。小指くらいの大きさの、白い蛆だ。襟元に入りこみ、耳の穴にもぐりこみ、髪の間に逃げこんで、うねうねといやらしく蠢いている。 みじめな姿だ。 その様子を眺めている自分の前に、プルアロータスの顔が近寄ってきた。ちがう。自分が近づいているのだ。みじめったらしいその顔は、いまや目の前に迫っていた。鼻の穴を出入りする蛆まで、はっきりと見える。その半透明な体表も、薄く透ける血管までも。 蛆たちがぽろぽろとはがれ落ちた。 がばりと口を開いて、プルアロータスが、笑った。 「おぎゃあああああああああ!」 絶叫して、プルアロータスは飛び上がった。とたんに寝ていた長椅子から転がり落ち、けたたましい音を立てる。強打した頭を抱えて、黙り込む。 「・・・・・・なん?」 声がした。プルは抱え込んでいた頭を解放し、涙目で顔を上げた。 少女の顔。眉をひそめ、青い目をぱちぱちとしている。寝ていた少年がいきなり暴れだしたのだから、無理もない。手にしている布は、うなされていた少年の寝汗をふきとるためのものだ。少女はそれを、プルのおでこにできたコブに当てようとした。 「うぴいいいいいいいいいい!」 壊れた笛みたいな悲鳴を上げて、プルは引っくり返った。今度は後頭部をぶつけたが、痛がりもしないでばたばたと長椅子の後ろに回る。その瞳に浮かんでいるのは、明らかに恐怖の色だった。悪夢の影響で、軽い錯乱状態にあるらしい。さしだされた布を払いのけ、プルは激しく視線を動かした。 「なーしたが? ちぃ、おっつけーなや」 <どうしたの? 少し、落ち着いて> 少女は言った。澄んだやわらかい声は、怯えた動物の心さえ解きほぐしたかもしれない。が、悪夢の後遺であたりが蛆虫だらけに見える錯乱者には、声の質など関係なかった。 「ぽぎふうう! ぽぎふうう!」 震える両手を見てそう叫ぶ。プルは躍り上がって長椅子を跳びこえ、テーブルをはじき倒して扉へと突進していった。 「まつやぁ! いずさーえぐっちゃ!?」 <待って! どこに行くの!?> 制止する少女の声は、音高く閉ざされた扉にはねかえされ、むなしく床に散らばった。 ◆ 蛆。 蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆僕蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆うじうじうj。 い? ・・・・・・・・・・・・。 「あ?」 ばきばきと枝を折り茎を蹴散らして走りながら、ぽつりと、プルは呟いた。 頭の中で、これまではこぼれ落ちていっていた何かが、ぴしりぴしりとはまっていく。 体中にびっしりと張りついていた蛆たちは、ぴしり、のひとつごとに消えていった。するとなぜか頭が痛み出してきたので、そこを手で押さえる。おでこと後ろ頭に、コブができていた。 (なんなんだ) 上がっていた息を整えつつ、歩調を緩める。 「・・・・・・どこだ? ここ」 声に出してから、プルは足を止め、周りを見回した。 薄暗い。ぐるり一周、木々に取り囲まれていた。そびえる幹は幾重にも層を成していて、押しつぶされるような息苦しささえ感じる。この感じは、最初に迷ったときに感じていたものと大差ない。 つまり、不安。 「・・・迷った・・・?」 落ちつけ、と自分を励まして、プルはもう一度、注意深く周囲を観察した。 上は見てもあまり意味がない。木々の葉でぎっしりと埋まっているので、太陽どころか空も見えない。今が夜でないことくらいは分かるが。 下を見る。固い黒土と、積み重なった落ち葉。そこから緑色の雑草がちょろちょろと顔を出している。 前――主観的な――を見る。頭の高さのところに細い木の枝が幾本も張り出していて、まるで木々が抱擁しようとしているようだ。下をくぐれば、門になるかもしれない。見える木の幹はどれもきれいで、幸い、熊とかのマーキング類は見当たらない。切り株になっている木もあるが、あれはなぎ倒されたのではなく切り倒されたものだ。少なくとも巨大生物は近くにはいない。 ・・・・・・ん? プルは気づいた。 「切り株?」 後ろを振り返る。自分が走ってきた方向だ。そちらにも、列のように切り株が点在していた。木が無いおかげで、人が並んで通れるくらいの通路ができている。張り出していたらしい巨大な枝を切断した痕跡もある。 誰かが切ったのだ。この道を作るために、邪魔な木を。 誰が? 村人が! プルは目を閉じた。 断片的な記憶に頼れば、自分が飛び出してきたあの家の周りには、たしか他の家もいくつかあった。自分は出入り口と思しき木彫りのアーチをくぐって走り出たので、そこから続く道が、この道なのだろう。 つまり、ここを戻れば村につく! プルは目をあけた。そして肩にひっかけていた鞄を背に負いなおすと、力強い足取りで、ゆっくりともと来た道を戻り始めた。 のだけれど・・・・・・。 歩き始めて一時間、プルは自らの運のなさを確信し始めていた。 村に着かない。 途中で二股に分かれている道があったので、二分の一の確率に賭けて左を選択したのだが、それがいけなかったようだ。行けども行けども森ばかりで、人跡の気配すら見当たらない。 錯乱していたとはいえ、そう長いこと走っていたわけでもないから、もう着いてもいいころなのだ。 落ちていたぼろぼろのロープ(ヘビと間違えかけた)を、プルは靴先で引っかけた。蹴とばす。 「くそ・・・リンゴもどきの時といい、つくづく二択に弱いなあ・・・」 ぼやいてから、「腹減った」と付け加える。さらに「喉かわいた」とも付け加えた。 今から引き返して村に戻るまで、自分の体力が持つだろうか。プルは目を閉じ、深層意識と対話を始めた。 『なあ深層プルアロータス君、もう二日以上なにも食べてないけど、きみ、まだ根性ある?』 『・・・・・・・・・・・・』 『深層プルアロータス君?』 『・・・・・・・・・・・・』 返事がない。深層意識はもう死んでいるようだった。 『って、そんなわけあるか! 答えてくれ深層プルアロータス君!』 『呼びましたか?』 「は・・・・・・い?」 プルは目を開けた。幹を背にし、激しく視線をめぐらせる。 「だ、誰だ? 今なんかしゃべった奴!」 『落ち着きなさい、若者よ』 それは少女の声だった。といっても、村にいた金髪の少女のものとは違い、間に紙をはさんでしゃべっているような違和感がある。やや甲高いが、こもっていてよくわからない。 ついでに言えば、頭に直接響いているようだ。 「誰だ! 幻聴か! しし死んだばあちゃんか!」 『導きを必要とする者よ、我が声がそなたを導きましょう』 「聞けよ人の話!」 空腹やら不安やらで少しテンションのおかしくなっているプルは、謎の声自体に対しての恐怖は感じていなかった。ただ、これは体にとってヤバいことの前兆じゃないかとは思いつつ、怒鳴る。 「なんだか知らないが、道を知ってるならとっとと教えやがれ! ・・・ああ、怒鳴ったら、声と一緒にエナジーが・・・」 『倒れてはなりません、勇者よ。そなたが倒れるときは世に魔が満ちるとき。世界の民が全て絶望せぬ限り、そなたは立ち続ける定めにあるのです』 「誰だよ、勇者ッテ・・・・・・」 弱々しい問いかけは、見事に黙殺された。 『さあ、進みなさい。力はその先にあるのです』 「うう・・・チカラ・・・チカラ・・・・・・エナジィィ」 プルは思考低下のあまり、ほとんどゾンビのようになっていた。それでも歩みを再開すると、あちらの気にもたれ、こちらの木によりかかりつつ、よたよたと森の奥へと足を進める。 『なさけない足取り』 「ヤカマシイ・・・・・・」 このプルの返答は半ば以上うなり声に属していたので、謎の声は聞かなかったことにしたらしい。ころりと語調を変えて、言葉を重ねた。 『ねえねえ、ところでさっきのアレ、それっぽくなかった? ぽいよね? ぽいよね?』 「ぽいって・・・・・・?」 『やだな、練習したのよ五千回くらい。あの能面みたいなしゃべり方。封印としてくくられてても、いつか花咲くこの日のためにね。健気でしょ? あたし健気でしょ?』 声の質は前のまま、どこかくぐもった声だったが、明らかにテンションが違う。精神年齢が20ほど下がったような感じだ。本来ならプルも「なんだ、さっきの澄ましたのは猫かぶりかよ」くらいいったのだろうが、今のプルには指摘能力がなかった。 「けなげ・・・炒めたらうまいんだよな・・・」 『何とまちがえてるのよ勇者様。そんなんでリシーサ抜けると思ってんの? 気合いれて気合』 「リシーサ・・・・・・チカラのことか・・・・・・?」 『そーよ。あれ』 その声とほとんど同時に、プルの前で森が開けた。 明るい。ちょっとした広場といったところか。 足首ほどの丈の草が、緑のじゅうたんのように敷き詰められている。黄色い花がちらほらと見え、そこかしこを蝶が飛んでいた。じゅうたんの奥には巨大な岩が鎮座していて、そこに、プルの身の丈ほどの白い―― 「キノコ」 が生えていた。 「キノコ」 『キノコじゃないッ!』 ふらふら歩み寄ろうとするプルを、声が叱咤する。 『ごほん。あー、勇者よ、よく聞きなさい。あれにあるは群魔調伏の力を秘めた剣。世の闇を切り開き光明をもたらすしるべ。聖魔剣リシーサです』 プルは数歩ほど岩に向かって歩みを進め、 「キノコ」 『勇・者・様!』 たまりかねたか、声が癇癪を破裂させた。脳を漂白するような衝撃に、さすがに動きを止め沈黙するプル。 『ったく、声だけじゃラチがあかないわね。ちょっと見てなさい』 声が言う。すると、岩に突き刺さった聖魔剣の周囲がぼんやりと輝き始めた。ちょうど光の籠のなかに剣の岩がおさまっているような感じだ。プルは目を細めた。光の籠の上あたりに、ゆらゆらと人形の半透明な何かが揺れているのだ。 やがて光の籠は消え去った。あとには岩と、それに刺さったキノコ型の大剣と、その上に浮かんでいる半透明の少女の上半身だけが残った。 大きさも姿も、村にいた少女に似ている。金髪で、長髪。服は黒ずんだ貫頭衣で、やはり半透明だ。 『これがあたし。ね、かわいいでしょ? かわいいでしょ? 名前はね、アルミラ。聖魔剣リシーサを守護する者よ』 剣の上に浮かんだまま、少女はにこにことそう告げてきた。 『さあ、勇者様。時は来たわ。伝承の呪文を唱え、封印の岩を砕き、破魔の力を手にしなさい!』 激語する。喝を受けて正気に戻っていたプルは、その時ようやく、少女アルミラが自分を誰かと間違えているということに気がついた。つまり。 勇者って誰よ? アルミラは期待に満ちたまなざしでプルを見下ろしている。プルが勇者として振舞うであろうということを、微塵も疑っていない表情だった。 「あー・・・・・・」 ぐぐっ、とアルミラが身を乗り出す。 「それじゃ言うけど」 どうしよう。土下座あたりが妥当だろうか。でも、自分が騙したのではなく、相手が勝手に間違えたのだ。そう、多少は相手のせいだし、強気に出よう。もしかしたら食い物の在り処を知っているかもしれない。 「オレは――」 ぼっ。 プルの眼前をまばゆい何かが横切った。軌跡を残して地面に突き刺さり、鈍い音を立てる。 見ると、足元に掌大の丸い焦げ跡ができていた。 『何奴!』 プルの斜め上を見据え、アルミラが叫ぶ。と同時に、低い含み笑いが、どこからともなく聞こえてきた。 「くっくっく・・・その先を続けてもらっては困るな、少年」 男の声だ。大人のものだろう。プルはぐるりと空を見上げたが、木々の先端が風になびいているばかりで、何者の姿もない。 「その剣を渡すわけにはいかん。勇者よ、貴様の相手、この魔剣士グラシリスに務めさせていただこうか!」 プルの服がばたばたとはためいた。前髪が乱れ、思わず手で目をかばう。その手が眉に触れようとしたとき、ぱちりと音を立てた。それは静電気だった。 『これはまさか・・・・・・! 勇者様、敵よ!』 帯電しているのはプルばかりではなかった。プルより五歩ほど前の空間、つまりはプルと岩の間に割り込むような位置で、小さな破裂音と小さな閃光が断続的に生まれている。雷だ。プルの見つめる前で、放電はますます激しくなっていく。ちょうど空間がひび割れていくかのように。 「な、なんなんだ」 『敵だってば!』 体中の毛が逆立つ不快感と、得体の知れない恐怖をおぼえながら、プルはあとずさった。 敵? あの雷が? それとも、雷と共に現れるというのか? もう一歩あとずさって、プルは決心した。 踵を返し、満身の力を両脚に注入する。視線はもと来た道をロックオンだ。 逃げる! 『ちょっ、ちょっとアンタ!』 「おいこら!」 何か2つ声が追いかけてきたようだが、もう関係ない。プルは猛然と草のじゅうたんを爆走し、森の奥へと再突入した。 が―― 「待たんか!」 「うわ!」 男の声と同時に両脚が硬直し、思い切りつんのめる。草むらが急接近し、プルはとっさに顔をかばった。べしっと転ぶ(地面とキスすることだけはどうにか免れた)。そこへ男の声が降ってきた。 「登場の途中で逃げてどうする! おかげで渦巻、光球、大発光と、必要段階を3つも省略せにゃならなくなっただろーが!」 省略デキルナラ、必要ジャナイダロ。 口の中でだけつぶやいて、プルは体を起こした。振り返ると、岩の前に一人の男がつっ立っている。青年だ。銀色の髪と、右の頬の黒い模様、両肩の巨大な肩当てが目を引いた。腰には剣をさげている。こちらをにらんでいるようだ。 「いいか! 勇者なら勇者らしく、登場シーンで相手の力量を悟り、額に汗するくらいのことはやれ。市井のガキではあるまいし、拍子抜けするだろ」 なにやら勝手なことを言っている。というか、この男も自分のことを勇者だと思っているらしい。 『勇者様! 早く剣を!』 岩の上に浮いたままのアルミラがそう叫んだ。それに応じたのは男のほうで、 「ふっ。かの村に伝わりし解呪の呪文は、すでに失われて久しいと聞く。いかに血筋とはいえ、知識なしで古代語の解読、発語はできんさ。残念だったな、剣の精」 そして男は剣を抜き放つと、その切っ先をプルに向けた。 「さあ、ゆくぞ!」 光がふくれあがった。プルは顔をかばった。足が動かないので、避けることもできない。わずかな間を置いて、まず地面の感触が消え、鞄の重さが消え、両腕両脚の感触も消える。 プルの意識も、そこで消えた。 「む・・・?」 挨拶代わりの一撃で動かなくなった少年を見て、魔剣士グラシリスは首をかしげた。 想定していた事態とは明らかに違う。少年はあのあと、一撃をかろうじてかわし、その破壊力に戦慄しつつ戦闘準備に入るはずだったのだが。 「(まあいい。「奴」をだましてまで先行したのだ。早く片付いたのなら、重畳だな。俺の力が予想以上に高まっていたに違いない)」 グラシリスは剣を収め、岩に向き直った。岩の上では剣の精が、敵意と畏怖の視線を向けてきている。 「くくっ。頼みの勇者はあのザマだ。剣の精よ、その封印を解いてもらおうか。古い呪文とはいえ、当事者たる貴様が知らんとは言わさんぞ」 アルミラは小さく身を震わせた。グラシリスはそれを恐怖ゆえだと解釈した。事実そうでもあったのだが、ただ彼は、アルミラについて一つ誤解していた。先の発言で、アルミラはそれを悟ったのだ。 『ふざけてろ、バぁカ!』 アルミラは思い切り舌を突き出してみせると、その姿を消した。 「な・・・・・・!」 狼狽するグラシリス。が、自分の美学を思い出し、すぐに平静に戻った。語りかけるように言葉を紡ぐ。 「愚かな。貴様は剣の意思、姿を消したところで去りはできまい? ひきずり出してやる!」 右の頬の刻印が熱をもった。彼が魔人の力を使おうとすると、いつも起こる現象だ。いまいましいが、今はその力に頼るしかない。グラシリスは精神を集中し、剣に内在する精霊の姿を把握しようとした。 いない。 「ば、バカな!」 さらに精神を集中する。剣の巨大な力の中にまぎれているかもしれないからだ。だが、いくら神経を研ごうとも、グラシリスの超感覚はアルミラの姿を捉えることはなかった。 「(バカな・・・ここに来て失敗だと? くそ、時間がない。奴が来てしまう!)」 右の頬がさらにうずきはじめた。つまり、もう「奴」はすぐそこまで来ているのだ。奴、つまり彼に力を貸している魔人が。 草の揺れる音が響いた。 ぎくりと振り向くと、それは、すぐ足元まで這ってきていたあの少年だった。 「(なんだ、しぶといな・・・いや、好機か)」 グラシリスは腕を伸ばし、少年の襟首をつかむと、軽々と吊り上げた。少年はだらりと脱力していて、かろうじてまばたきで意識があることが分かる。 「くくくっ・・・剣の精よ。見ているな。姿を現さんなら、勇者の血で貴様の塚を飾ってやるぞ。貴様自ら勇者と認めた少年が、ここで果ててもいいのか」 「・・・・・・待ってくれ・・・・・・」 少年が身じろぎした。かすかに声を出す。グラシリスは腕を下ろし、少年の顔を目線まで下げた。 「なんだ、勇者よ」 「僕が、呼びかける。・・・・・・だから殺さないでくれ」 「くっ・・・」 グラシリスは失笑した。 美しくはないが、これは彼好みの喜劇だった。ヒロインが頼みの勇者に裏切られるとは、これほど滑稽な英雄譚もない。 「いいだろう」 グラシリスは手を離した。 少年は這いずって岩のもとへと進み、封印の呪文が刻まれたその表面に手を触れた。グラシリスの淡紅色の瞳に緊張の色が加わる。剣にアルミラの気配が現れたら、即座に呪縛しなければならない。万一勇者に呪文を伝えられでもしたら、身の破滅だからだ。 「(念話でも構わぬ、呼びかけに答えるがいい、剣の精。一言でも答えたが最後、貴様は我が神ロードポリウスの力の前に、声無き人形となるのだからな。答えなければそれもよし、勇者を串刺しにしておしまいだ)」 身構えるグラシリスの足元で、少年は言った。 「アルミラ・リエラ・メレア」 ぴしり。 音がした。剣の刺さった岩を覆うように、光の籠が出現する。それと同時に、強烈な力が熱風となってグラシリスを巻き込んだ。 「な、何・・・! 貴様、いつ呪文を・・・・・・!」 声は半ばで失われた。グラシリスは踏みとどまることができず、悲鳴を上げながら、光の波濤の中に姿を消した。 少年はひざまずいたままだった。薄青く輝く半円形の力場が、彼を光から守っている。それを作り出している者の名を、少年は知っていた。 「アルミラ・・・・・・」 プルアロータスはつぶやいた。彼の脳内に、アルミラの返事が戻る。 『何? あ、ほめてくれる? ほめてくれる? そうだよね、すごいでしょ』 グラシリスはひとつ誤解していた。アルミラを剣の精だと思いこみ、彼女が剣から離れられないものだと決めていたのだ。それが正しければ、たしかにアルミラは動くことさえできなかっただろう。だが、そうではなかった。アルミラは封印の守護者であって、剣の意思ではなかったのだ。自身が封印の要素なので、普段は精神会話くらいしか行わないのだが、短距離であれば移動もできる。アルミラはこの能力で、気絶していたプルに憑依し、封印を解いたのだ。 ちなみに封印解除の呪文は、彼女の本名である。 『あー、めんどくさかった。でもまあいいわ、さ、早く剣抜いてよ』 「待ってよ。もしかして、自分で呪文となえれば簡単に終わったんじゃないのか?」 『バカ言わないでよ。あんた自分で自分の体持ち上げられるっていうの?』 よくわからない返答だったが、なんとなく納得して、プルはゆっくりと体を起こした。相変わらず勇者あつかいだが、もうどうでもいい。ひょっとしたら、自分が本当に勇者なのかもしれないのだ。 剣を、つかむ。 びりりと何かが走ったようだが、プルは手を離さなかった。 『安心してね。結界はなくなったけどまだ封印されてるから、発動したりはしないわ』 やや意味ありげなセリフだったものの、聞き流して、プルは満身の力を両腕にこめる。 抜けない。 もう一度こめる。 抜けない。 『・・・・・・あれ?』 抜けない。 やっぱり? よろよろと、折れた木々の中から、グラシリスは体を起こした。 少年はすでに剣にその手をかけている。任務の失敗は目前だったが、まだ終わってはいない。 ふらつく足取りで、剣を支えにしつつ、グラシリスは少年と精のもとに歩き出した。 果たして、聖魔剣を手にした勇者に勝てるだろうか? グラシリスは頭を振った。考える必要はない。ただ突撃あるのみだ。 それは悲壮な決意だったが、歩みが進むにつれて、彼にも異状が飲み込めてきた。 少年が剣を抜けない。 「う・・・嘘だろ、おい・・・」 ――嘘では――ない―― 返答はグラシリスにだけ聞こえた。魔剣士は棒立ちになり、ついで膝をついた。右の頬が燃えんばかりに熱い。体の自由はまるで利かない。否応なしに、彼は声の主の正体を悟った。 「――ろ、ロードポリウス様」 ――使徒グラシリス――おぬし――私を――たばかったな―― 「そ、それは」 ――捜したが――猫をくわえた魚など――どこにもおらなんだぞ――― 「さ、左様で」 グラシリスは内心で舌打ちした。出発をひかえて「剣を奪う前に猫をくわえた魚を見物すると、運気が上昇します」などと適当な進言をしたのだが、まだ真に受けているらしい。もっともそれを狙っていたわけだが、なんとか言い訳しなければ。 「主、実は猫をくわえた魚は、主の背中にはりついていたのでございます」 ――おお――それでは――見つからぬが道理よ―― 納得したらしい。なぜこんな馬鹿を主人にしてしまったのだと、グラシリスはほとんど日課になっている後悔をかみしめた。それもこれも、あの変体色魔王ハバロピラスのせいだ。そこへ魔人の声が響く。 ――が――先駆けて失敗した――罰は罰――双華姉妹の玩具にでもするか―― 「げ・・・っ! そ、それだけはお許しを!」 双華姉妹。姉パンセリナと妹ヴィローサのこのコンビは、そろって性格が最悪なくせに美形好きときている。魔衆であるグラシリスは彼女らと同格のはずなのに、目をつけられて手を出されては、そのたびに瀕死になって逃げ続けているのである。一人ならともかく二人なので、手も足も出ないのだ。 しもべの哀願にも、主は無情だった。 ――ならぬ――人形になれ―― 「うあっ!」 叫んだ直後に、グラシリスは、自らの肉体が足の小指さえ動かせなくなったことを知った。声帯も動かせないので、声も出ない。 ――まあ見ておれ――奴らは――私が始末する―― 声はそう言った。 一方、プルとアルミラは剣の前で右往左往していた。 『な、なんで抜けないわけ!? 不可解よ不可解よ不可解よ、ああああアンッッッビリ―――バブルッ!』 「いや、理由はわかる気も・・・・・・」 『なんでっ? だって勇者様でしょ? 片手で熊吊って頚骨へし折ったりできるでしょ? だったら抜けるはずだもの! この剣これで熊よりは軽いのよ。あ――っもう訳わかんないっ! あたし帰るー!』 「あのー、それはどこに突っ込んでいいんだ・・・とか聞いていい?」 プルの脳天から飛び出すや、わめきながら剣の上をぐるぐる飛び回りはじめたアルミラに、おそるおそる問いかけてみる。 「それに、まずはっきりさせておくけど、僕は勇者なんかじゃない――」 アルミラの動きがぴたりと止まった。まん丸な瞳でこちらを見返し、 『へ?』 ゆっくりと、顔を見据えてくる。かなり後ろめたい気分になりながら、プルは続けた。 「僕、迷子だったんだ。ここの人間じゃない」 『嘘!』 「いやホント。村祭りに使うんでってルーニー採りに来て、遭難しちゃって。なんか変な奴に助けられたはいいけど、飛び出してきたってわけ」 言いながら、プルは自分を助けてくれた(と思しき)少年について回想した。熊をかぶっていて、水を欲しがった自分にイモムシの山をくれた少年だ。「なんか変な奴」という形容は、あながち間違いではないだろう。 『ひ、ひとちがい・・・? そんな・・・・・・ろくに自由もない封印生活をえんえん続けて、ようやく使命が果たせたと思ったのに・・・。そういえば、人間に会うのも久しぶりだから、性別以外は確認もなにもしてなかったよーな』 「なんじゃそりゃ」 アルミラは胸に手をあて、目を閉じた。ゆっくりと深呼吸する。呼吸など不要ではないか、とプルが思ったときだった。 『誰ッ!』 アルミラが叫んだ。目をみはって、プルの後ろをにらみつける。 プルの振り向いた先、ほんの十数歩向こうに、一人の巨漢が立っていた。折れた木々を背に、悠然と。 いや、違う。 体形はいちおう人間と同じだったが、その頭部には巨大な双角、その背には巨大な双翼。筋骨隆々としたその体は、色素というものがないかのように真っ白だ。服も白い布でできていて、それをトーガのようにまとっている。顔は仮面めいて起伏がなく、目と口の形に切れ込みが入っているだけだ。 異形の姿だった。 そいつは口の切れ込みを大きくつりあげて、声を発した。 【――はじめナスビ――】 「『は?』」 声そのものは、複数の男女が同時に発話しているような不気味な音声であったのだが、プルもアルミラも内容の突飛さに気を取られ、間抜けな声を返した。 【――マチガエタ―――は――はじめまして――】 怪物はいい直した。しばらく宙に目をやり、再び声を出す。 【――我が名は―――エントローマ――その剣――もらいうける――】 『魔衆か!』 「マシュー?」 『さっきのアホ剣士の仲間! ――で敵! ――で悪!』 プルに答えを叩きつけ、アルミラは身構えた。右手を目の位置にまで上げ、左腕を腰の位置に沈めた、拳闘の姿勢だ。突き立った剣の柄の上につま先立ちしている。 『かかってきなさい! こう見えてもこのアルミラ、拳祖松露に端を発する右派鋭鶴拳の拳意継承者。あのヘボ剣士には必要なかったけど、あんたが来たってんなら相手をしてやるわ!』 アルミラは叫んだが、なぜかプルを意識しているらしく、無意味に説明部分が多い。浴びせられたほうのエントローマは、草の上に突っ立ったまま、軽く首をかしげた。 【――なんだお主――あのときの拳法使いか―――だが――無理だな――】 『ふっ! そーやって余裕かまして前回も負けたんじゃないの。いいこと、その失敗した抽象画みたいな見てくれを落描きレベルにされたくなかったら、尻尾でも舌でも好きなほうを巻いてとっとと――』 ひゅっ。 口上の途中で、エントローマが何かを放り投げてきた。ゆっくりと飛んで来たそれは、小石のようだった。アルミラは上げていた右手でそれを叩き落とす。 いや、落とそうとしたが、石は振り下ろされた手を貫通してアルミラの眉間に突き刺さり、さらにそれをも貫通して草むらの中に落ちた。 『あれっ?』 構えを崩したまま、アルミラは不思議そうな声を上げた。プルは嘆息した。 「アルミラ・・・・・・君、物に触れないみたいだよ」 『え・・・あ。そーいやそうだったような』 うろたえるアルミラに向けて、ゆっくりと草を踏みしめ歩みを進めながら、エントローマが声を発する。 【左様――すでに――お主の身は―――陽炎の如し―――】 『くっ!』 徐々に大きくなってくる敵の姿をにらみつつ、アルミラがうめいた。 『鋭鶴拳があたしの代で絶えてたなんて・・・・・・!』 「そっちじゃないだろ!」 たまらずにプルは叫んだ。岩によじ登り、剣の柄をつかむ。妙に弾力のあるその芯を握りしめ、渾身の力をこめて体重を後ろにかけた。 「ぬ・・・・・・抜かないと・・・・・・!」 『バカ、逃げなさい! あぶな――』 【無駄だ】 ひやりとしたものを感じて、プルは顔を上げた。影が落ちかかってきている。 至近まで迫っていたエントローマが、その右拳を振りかぶっていた。 【どけ――少年】 陰のために暗くなった視界が、今度は白熱する。胸元に何かが激しくぶつかってきた、と知覚したときには、すでにプルの体は剣から十歩ほども離れた茂みの中に、右肩からつっこんでいた。 「(・・・・・・!)」 激痛が沸騰し、プルの喉をふさいだ。あえぐ口からは弱々しい息がもれるばかりだ。アルミラが何か叫んでいるようだが、声は聞こえない。息もできない。喉を引きつらせて無理に息を吸うと、胸郭が鈍い音を立ててふくらんだ。肋骨が陥没していたのだ。 「(しゃ、洒落に・・・・・・ならん・・・・・・!)」 ゆらめく視界の中で、ぐにゃぐにゃした怪物が、少女のほうに腕を伸ばすのが見えた。 『く、来るなぁ!』 拒絶というよりも哀訴に近いその声を、怪物は無視した。いや、右腕を上げてそれに応えた。 【黙れ】 『きゃ――!』 白い腕が少女の胸元を貫いた。実体を持たないはずの少女は、苦悶の表情を浮かべて大きくのけぞった。エントローマは表情を変えず、左手で剣の柄を握った。 【――くく――封は既に解け―――後は千斤の力を以て――引き抜くのみ―――】 剣が傾いだ。礎石の亀裂がさらに大きくなり、小さな石がぽろぽろとこぼれていく。 アルミラは歯を食いしばった。突きこまれた右腕をつかみ、封印強化の念をこめて余力を解放する。青みを帯びた輝きが、半ば以上透けた両手からほとばしり、怪物の動きを食い止める。 エントローマはせせら笑った。 【無駄だと――】 破裂音。 声が途切れた。 アルミラのつかんでいた怪物の腕が、消えてなくなった。いや、すごい勢いで引き抜かれたのだ。こちら向きのまま宙を飛び、そして彼方の木立に突っ込んでいく怪物の姿が、小さく見えた。 『・・・・・・!?』 声はまだ出ない。アルミラは呆然と怪物の描いた軌跡を眺め、それから慌てて剣のあったところに目を移した。 剣はまだそこに刺さっていた。 安堵する。その時はじめて、ぱらぱらと落ちてきていた木片と水滴、そして自分の後ろに立っている人の気配に気がついた。 右の貫き手で封印の精を縫いとめておいて、エントローマは左手で聖魔剣の柄を握った。目の後ろで火花が散る感覚を味わいながら、引き抜くべく力を込める。この剣の重量は並大抵ではなく、封印から完全に脱するまで――つまり礎石から抜ききるまで、その重さは消えない。もっとも、エントローマの膂力からすれば、それは抜けない重さではなかった。 しぶとく存在を保ち続ける封印の精が、残余の力を結集して封印をかけなおそうとする。賞賛すべき態度ではあるが、それは髪の毛数本分ほどの補強に過ぎない。いまや過去の存在となりつつある非力な仇敵に向けて、エントローマは憫笑を向けた。 その行為が油断だったのだろう。 飛来してきたそれに、エントローマは気づかなかった。気づいたのはそれが、身体を貫かんばかりの勢いで胸元に激突した後のことだった。 【(――な――!?)】 細い目を、エントローマは見開いた。両足が地を離れ、掌中から剣の感触が消える。 みるみる遠ざかる剣の向こうに、いつ現れたのか、少年が一人いる。何かを投げた直後の姿勢。エントローマはまぶたに残る残像を分析し、事態を把握した。少年が投げたのは桶だ。それが自分にぶつかった。そしてそれが、象に匹敵する重さを持つこの体を、軽々と吹き飛ばしたのだ。 【(ふむ――バケツ――とは)】 エントローマは頭から木立に突っ込んだ。 飛んでいった怪物と出現した少年との間で、しばし視線をさまよわせていたアルミラだったが、怪物がまだ立ち直らないと判断し、少年のほうに意識を向けた。 『あ・・・・・・あんた・・・・・・誰?』 問いかけてから、声が出ることに驚いて、喉に手を当てる。邪気を叩き込まれた影響は、完全ではないにしろ薄れつつあるらしい。 現れた少年は、とてもあのエントローマを一撃で吹き飛ばしたとは思えないほどに小柄だった。ぼさぼさの金髪に、意志の強そうな濃い眉毛。どうも激怒しているらしく、眉間にしわが寄っている。丈夫そうだが上質とはいえない着衣の生地は、アルミラの着ている貫頭衣のそれと似たようなものだ。肩には棒を担いでいて、片側の先端にだけ桶が引っかけられている――水でも汲みにいった帰りだったのだろう。 アルミラは眉をひそめた。少年の顔に見覚えがあったのだ。いや、少年自身にではなく、アルミラの中に住む、少年に重なるようにして透ける者の姿に。 『あんたは――』 「ぅやッ!」 呼びかけようとしたとたん、少年は叫び、棒を担いだまま跳躍した。剣の柄を右足で踏んで(つまりアルミラの頭を踏んづけて)さらに跳び、エントローマに殴り飛ばされた茶髪の少年――森の迷子だった男――のほうに駆け寄っていく。棒に引っかけた桶が揺れまくるくせに落ちないのは、意外とすごいことなのかもしれない。 「やぁ、でぇじょぶか、おめ? 目ぇ開けとぉ、なぁ!」 ぐったりしている茶髪の少年を、金髪の少年が抱き起こす。棒を肩から外すと、金髪の少年は茶髪の少年の顔めがけて桶をひっくり返し、水を浴びせた。 気付けのつもりらしいが、無駄なことだろう。アルミラは唇を噛んだ。魔衆エントローマは一打ちで岩をも砕く怪力の持ち主だ。その打撃を生身の身体で受ければ、骨は砕け内臓は裂ける。おそらく即死――。 「――ええと、君は誰だっけ」 遠くからそんな声が聞こえてきて、アルミラは仰天した。 『う・・・嘘ぉ』 茶髪の少年は身を起こそうとしていた。金髪の少年が喜んだ様子で、彼に抱きつこうとする。茶髪の少年はすばやく後退ってそれを避ける。なかなか元気だ。 『エントローマの奴、手加減したのかな・・・って、そんなわけないわ。てことはもしかして――』 アルミラは足元に目をやった。そこには刺さったままの聖魔剣リシーサがある。 『やばッ』 とりあえず飛びついてくる謎の少年からは逃れて、プルは周囲を見回した。 剣は刺さったままだ。その上には、注意しないと見えないほどに薄くなったアルミラ(なにか考え込んでいるらしい)が浮いている。では、あの怪物は剣を抜かずに去ったのだろうか。 ふう、とプルは安堵の息をもらした。直後に胸の陥没骨折を思い出して息を止めたが、痛みはない。おそるおそる息を再開し、胸を押してみたものの、なんともないようだ。 「(あれ? アザだけになってる)」 生地は破れてボタンも弾け飛んでいるので、打撃を食らったのは間違いないはずだけど。 「めだなや、うん。でん、なぁがこん地いっだ?」 にこにこと少年が話しかけてくる。これも謎だ。この言葉遣いからして森で遭った「なんか変な奴」だと思うのだが、なんで彼がここにいるのかがわからない。それ以上に彼の言語がわからないので、質問のしようもないのだが。 とにかく、怪物がどこに行ったのかをアルミラに聞こうと、プルは立ち上がった。少年も一緒に立ち上がる。その表情が急に険しくなった。 「しっ!」 低く舌打ちすると、プルの肩をつかんで引き寄せる。それが異様なまでに強い力だったため、プルは勢いよく少年の背後に投げ出される形になった。 「な、なんだよ!」 背中に向かって叫ぶ。ところが次のセリフは、喉の奥で凍り付いてしまった。 少年の脚の間ごしに、木立の奥からゆっくりと歩みよってくるあの怪物の姿が目に入ったのだ。 少年は、徐々に近づいてくる異形の姿を、鋭い瞳でにらみすえていた。 森の中に、剣の突き立った岩がある。そこは神聖な場所だ。少年は村の古老からそう教えられてきた。邪悪な者の侵入は許されない。剣に手をかけ抜こうとしたあの怪物は、許されざる違反者だった。が、そんなことよりも――あいつは「友達」を殴った。そちらのほうが、少年にとっては憤怒すべき理由だった。 右手の天秤棒を片手で数回まわすと、少年はそれを怪物に向けて突き出した。 「おめ、気ぃ据えぇや。どぼかじゃ、ドドが」 名前が分からなかったので、取りあえずドド――「化け物」と呼んでおく。それに反応してか、 【あのバケツ――力――それに金髪――か――】 意味が通じたのかどうか、相手はそんなことを言った。一人なのに大勢でしゃべっているような、変な声だ。聞くたびに背筋に妙な震えが走る。自らを鼓舞すべく、少年は叫び返した。 「けぇや!」 【よかろう】 踏み込みの轟音を残し、巨体が迫った。振りかざされた両拳が、風を巻いて振り下ろされる。 半歩しりぞいてそれに空を切らせると、少年は棒を突き出した。その先端がドドの顔面を貫くかと思われた一瞬、標的の首が沈み、棒も空を打つ。間髪入れずに両拳が突き上げられたが、それも空を打った。少年は跳躍していたのだ。棒を引き戻していれば顎に拳を食らう羽目になっていただろう。 己の身長に数倍する高さからドドを見下ろし、少年は満身の力を込めて棒を振り下ろした。 「でぇりゃッ!」 【―――!】 突き出した拳を交差させ、ドドが防御に回るのが見えた。構わずに棒を叩き込む。 乾いた音が響いた。 少年と化け物の間に、黄色い粉が飛び散った。衝撃に耐えかね、棒が砕けたのだ。目をみはった少年の視界いっぱいに、ドドの交差した腕が飛び込んできた。体当たりだ。交差した腕は今や頚動脈を狙う凶器だった。 激突! 「つっ・・・・・・!」 ブロックする――咄嗟に腕を引き戻したのが、かろうじて間に合った。それでも骨がバラバラになりそうな衝撃が、肘から肩へと抜けていく。少年は歯を食いしばり、勢いをつけてのけぞった。 両肘を開く。そこにある敵の両腕を目の端に入れてから、目を閉じ、思い切り振り下ろす――頭を! 落雷にも似た衝撃が少年の頭の中で炸裂した。手ごたえはあった。渾身の頭突きだ。 それこそ落雷の勢いで、ドドは草むらに叩きつけられた。鈍い音が木々を揺らし、土煙が上がる。 草のじゅうたんに土色の大穴が開いていた。中心にめりこんでいるのはドドだ。動いている。地面を陥没させておきながら、まだ起き上がる体力があるらしい。 少年は襟元のボタンをむしりとると、右親指でそれを弾き飛ばした。飛び道具と化したボタンは矢のように空を裂き、ふらふらと起き上がろうとしていたドドの顔面で弾けた。のけぞり、ドドが膝を突く。その胸倉を、着地した少年がつかみ上げた。崩れかける巨体を、左手一本で無理やり起こす。 宣言した一撃だ。殴る場所は決まっている。 「どぼか、じゃっ!」 【ぐは・・・・・・ッ!】 風を巻いて繰り出した右正拳が、ドドの胸元を捉えた。象どころか鯨さえ粉砕しかねない威力だ。巨人に張り手を食らったネズミのように、ドドの巨体は宙を飛び、再び木立の奥に消えた。木がなぎ倒される音もすぐに遠ざかっていく。 「ふう・・・とっと」 両手をはたきつつ、少年は「友達」のほうに向き直った。仇を討ってもらったことがよほど嬉しいのか、彼は震えながら涙を流している。ちょうど風邪引きの長老に熊の肝臓をあげたとき、こんな反応だった。 歩み寄ると、彼はふるふると顔を振った。手を挙げて、そちらもふるふると振る。 「?」 それは意味がよくわからない動作だったが――すぐに知れた。背後に気配。危機を知らせる合図だったのだ。 振り向きざま、少年は左の手刀を一閃させた。飛んできた何かを叩き落とす。 光が弾ける。 「んなッ?」 蛇百匹に噛みつかれたような痛みが、少年を襲った。左腕を抱え、思わず片ひざをつく。 【――拳は見事――なれど――魔法には――】 呪文のように、あの化け物の声が響いた。少年の目前で、空中に点が穿たれる。点は見る間にその数を増やし、やがて浮き彫りのようにドドが姿を現した。何のケガもない。 「てめ・・・・・・オニか」 【――私は魔人――ゆえ――拳も剣も効かぬだけ―――それ、“第2章第12節:1頌”――】 差し出されたドドの掌中に、リンゴほどの光る球が現れた。祭式の時に老人が持ち出してくるスイショウダマとやらによく似ている。どこから出したものかは知らないが、なんのつもりだ? 化け物はそれを、少年に向けてほうった。放物線を描いて飛んできたそれを、少年は受け止めようとして―― 『――避けて!』 聞こえたかぼそい声に従い、慌てて飛びのいた。 「んん?」 少年にとって、それは聞きなじんだ声だった。だが、声の主は家にいるはずなのだ。なぜ、ここに? 振り向こうとした少年は、もう一度同じ声を聞いた。 『よそ見しちゃダメだってば!』 「(!)」 顔を戻した少年の目の前で、光るリンゴはふわりと浮き上がり、まっすぐに少年の胸元に突っ込んできた。身体をよじるが、かわせない! リンゴがめりこんだ。それは少年の体内で一気にふくれあがり、白光で少年の視界と意識とを覆い尽くした。関節という関節が引き伸ばされ、筋繊維がばらばらに解けていく感覚。視力を取り戻したときには、少年は草むらに横たわっていた。 【――まあ――この程度か――】 化け物の声が聞こえた。少年は起き上がろうとしたが、うまくいかない。震えるだけで手足に力が入らないばかりか、関節が勝手にぴょこぴょこ動いてしまう。 「な、なん・・・だぁ? このっ」 もがく。口の中に入った草を吐き出し、立ち上がろうとするが、四つんばいがやっとだ。両膝と両手で必死に身体を支える。 【――どれ―――もう一発――む?】 振ってくる声の調子がいぶかしげなものに変わった。少年は顔を上げた。化け物の右腕に、誰かがぶら下がっている。茶髪の少年――「友達」だ。 「あ・・・・・・あれ? びくともしないし・・・・・・」 彼はぶら下がったまま、そんなことを言った。 【何の――真似だ】 「いいいいやその、たたた体当たりしたらすぐ逃げようかと」 【邪魔だ】 「わーっ!」 化け物は腕を振った。それで引き剥がせると思ったのだろう。しかし茶髪はしがみついて離れなかった。 「こここ硬直しててて離れないいいいい!」 【貴様!】 化け物が吠えた。右腕を高く差し上げると、ぶら下がった茶髪の胴に左拳を突きこむ。細い体がくの字に折れ曲がり、腕をつかんでいた手が離れる。小さく血しぶきが散った。 「(や、止め――!)」 少年の青い瞳が大きく見開かれた。片ひざを立てる。その目の前で、化け物の左拳が茶髪の喉元に叩き込まれた。 鈍く湿った音が響き、鮮血がほとばしる。茶髪の少年は不自然に首を曲げた姿で宙を飛び、二度ほど地面にぶつかってから動かなくなった。 呆然と凝視していた少年の頬が何かで濡れた。右手でぬぐう。開いた掌には、べっとりと赤い血が付いていた。 「・・・・・・・・・・・・!」 少年は咆哮した。 音のない叫びが大気を揺るがし、森の木々が激しく梢を揺らす。時ならぬ突風が少年を中心に吹き荒れた。化け物が愕然と――明らかに愕然と少年を見下ろす。少年は碧緑の眼光でそれに応えた。両者の視線が触れ合った刹那、青い稲妻と化した少年の右拳が化け物の顔面を直撃した。 悲鳴すら上げえず、化け物は吹き飛んだ。その軌跡を見もせずに、少年は倒れた茶髪のもとへ走る。首筋に手を当てて脈をみる―― 『その子なら大丈夫よ』 声がした。数歩の先、岩に突き立つ剣。その上に薄く透けた少女が浮かんでいる。 『時間がない。あいつ――エントローマを倒したいなら、この剣を抜いて!』 少年はしばらく剣を見つめ、それからちらりと化け物の消えた先に目をやった。剣のもとへと走り出す。 【――そうは行かぬ――】 右手が柄をつかんだところで、声が響いた。虚空に魔衆エントローマの姿が浮かび上がり、同時に生まれたいくつもの光弾が少年めがけて飛んでくる。少年は再び吠えた。それに応えるように、澄んだ金属音が響く。 抜き放たれた聖魔剣の一閃が白銀の弧を描き、光弾をすべて打ち消した。 『やった!』 【ちィ――だが――まだだ! “第2章第12節:3頌”!】 エントローマの叫びに応じ、あのリンゴ球が3つ、彼の前に出現した。少年は聖魔剣を持つ右手を下ろし、静かな眼差しでそれを見ている。球が放たれても、剣は微動だにしない。柄の内部に渦巻く可視不可触の煌めきが煙るように刀身を包み、刀身先端部に位置する宝珠に輝きを与えている――あたかも一個の芸術作品のようなその剣が振るわれたのは、光球が少年に命中した直後のことだった。 少年は跳躍した。 【術が効かぬか――!】 斬られるまでの半瞬の間で、エントローマはうめいた。その顔がびしりとひび割れる。 【馬鹿な――拳で――?】 当惑したように顔に触れる。その姿の脳天から股間までを、振り下ろされた白刃が一息に断ち割った。 音もなく魔人が消滅した後には、半分に裂かれた羊皮紙の切れ端が残された。 『やったやった! すごいじゃない勇者様! あのエントローマを一撃なんて超素敵!』 はしゃいでいるのは、透けすぎて首から上しか見えなくなったアルミラだ。少年は聖魔剣を片手にしたまま、まだ鋭さの残るまなざしを森の奥に投げかけた。 「で、おめはどーする?」 沈黙。 ややあって、つくろったような笑い声が遠くから響いた。 「ふ・・・・・・ふふふ・・・・・・はっはっは。やるな、勇者よ!」 『誰だっけ?』 アルミラの呟きが聞こえたらしく、声は黙り込んだ。 「あれだよ、ほら・・・・・・最初に出てきた剣士」 『ああ、あいつ』 「ナチュラルに忘れるなっ! あれからまだ一時間も経ってないだろーが!」 声は激したように裏返り、 「いや、まあいい。いずれ忘れたくとも忘れられぬ名になるだろうからな」 すぐに調子を取り戻す。 「この魔剣士グラシリス、敵に二度名乗る名は持たぬ! 次に会うときが貴様たちの最期だ!」 『名乗ってるじゃない』 「しかも遠くから」 「だぁっかましい! いいか、次に会うときが貴様たちの最期だ!」 もうネタが尽きたらしく、同じセリフを二度繰り返す。しばらくしてから、森の一角がまばゆく輝き、次いで竜巻が巻き起こった。それに吹き消されがちな高笑いを響かせつつ、魔剣士なんとかは去っていったのだった。 「結局、ぜんぜん見えないところで派手に帰ってるし」 『たぶん聖魔剣がこわかったんだわ・・・って茶色い人、もうしゃべれるわけ?』 「茶色い人はないだろ・・・・・・」 疲れたような声で返答しつつ、プルは起き上がった。首をぐりぐりと回しながら、アルミラのほうを見る。 「で・・・なんで僕は生きてるわけ?」 『ナン ノ コト カシラ チャイロイ ヒト?』 「ドット絵でとぼけるな!」 プルは勢いよく立ち上がると、つかつかとアルミラの正面に歩み寄り、 「あのキノコみたいな剣に触ってから! あの剣見るたびに妙な悪寒がするんだよ! 目ぇ覚めたときもあの剣から変なオーラが流れてきてたし!」 『それは愛の奇跡よ。奇跡なの。茶色い人』 「キノコの愛なんざいらんわ!」 力いっぱい絶叫したところで、プルは気づいた。 うるうると目をうるませながら、こちらを凝視している少年(聖魔剣つき)に。 「☆△▼&%$~!!」 「うわあ!?」 剣を放り出すと、少年はわけのわからないことを叫んで飛びついてきた。プルは引き離そうとしたのだが、首にかじりつかれているので身動きができない。それでもなんとか少年を押しのけようともがきながら(まるでどかせなかったが)、プルはアルミラに泣きついた。 「だ、誰なんだ、こいつは!」 『懐かれたみたいね』 「冷静にいうな! 君、こいつと顔が似てるから知り合いでファミリーで言葉が通じるんだろ?! 離れるように言ってっていうか早く説得じてくれないど頚動脈が」 めちゃくちゃな論理を振りかざすプルに、アルミラは腕を組んだ(見えはしないが)。 『ん~、知り合いっちゃ知り合いだけど・・・・・・まさかこんな愉快な文法使ってるとは思わなかったもんで』 「じ・・・じにまずがら。ばやぐ、ぜっどぐ」 『あ~、はいはい』 面倒そうに返事を返して、アルミラは姿を消した。少年のほうに憑依したのだ。直接精神に話しかけることで、言語の壁は無意味なものとなる。はたして少年の動きが止まり、首に回されていた腕の力が緩んだ。 へたりこんで荒い息をつくプルの、その前に屈みこんできて、嬉しそうに少年は言った。 「や、ちゃいろい人!」 「・・・・・・君たちね・・・・・・僕の名前はプルアロータスだから・・・・・・」 『あら、そーゆー名前だった?』 少年から飛び出してきたアルミラ――なぜか格好はそのままで手のひらサイズになっている――が、礎石の破片に腰かけてそう言った。 「プルっち?」 「・・・・・・それでいいです」 無邪気にプルっちプルっちと繰り返している少年に、プルは聞き返した。 「で、君の名前は?」 少年はしばし目をぱちぱちとし、暗くなり始めている空を見上げて黙考してから、満面の笑顔で答えた。 「シャンピニオン!」 ◆ 黄昏時の獣道を、プルたちはシャンピニオンの先導で歩いていた。 「なんかなー。あの剣、ストーカーっぽくないか?」 『んー、戻ったら話すから。戻ったら』 「ぽっぽーぽっぽー、ぽぽぽわぽー」 プルが見つめているのは、シャンピニオンの背後を直立したままずるずるとついていく聖魔剣リシーサである。ぼやきに応えたのは、プルの鞄から顔だけ出したアルミラだ。 「材料見つかんなかったけど、村祭りに間に合うかなあ」 『んー、ムリっぽいとか答えていい?』 「ぽわぽわぽっぽー、ぽわぽわぽー」 封印が完全に解除された以上、封印の精であるアルミラは消滅するはずだったのだが、『話しておくことがあるからがんばる』とやらいう理由で、封印礎石のかけらに宿ったままプルの鞄の中におさまっているのである。 「ああ、もう腹が減ってるんだかどうだかもわかんないよ・・・・・・絶対行き倒れるぅぅ」 『んー、あたしも昔はそんな時期があったわ』 「ぽぽぽぽぽわぽわ、ぽっぽっぽー」 レンチヌラ村へと続く獣道。 プルのぼやきとアルミラの適当な相槌、それにシャンピニオンの謎の歌声が、虫の鳴き声と混ざり合って夜空に響いていた。 ◆ ≪オプション:自動翻訳機――<>内部に、村人達の翻訳後のセリフが出てきます。主人公プルの苦労を知りたいという方は、この部分を無視してください。臨場感を味わえます≫ 青い空。綺麗な花畑。そして聞こえてくる小川のせせらぎ――何と美しいのだろうか。これが噂に聞く天国というもの―― 『違うッ!』 「うわ!?」 頭に直接響く叫び声に、プルは正気に戻った。体中節々が痛むわ頭は割れそうだわ首は折れそうだわ空腹のあまり腹が痛いわで、はっきり言って正気に戻らない方が良かったような気はするのだが、プルは思考を取り戻した。 ――とりあえず、キノコのことは忘れよう。あの巨大なキノコとか。キノコを奪いに来た不気味な奴等とか。キノコ剣とか。キノコの愛とか。きっと夢だ。そう、その前にこの現実の景色を見なければならない。 「あ、そうか・・・・・・ここ・・・・・・」 見渡してみて、プルは自分の記憶とこの風景を合致させようとした。 青い空に綺麗な花畑。そして聞こえてくる小川のせせらぎ。何処かで見たことがあるような光景だった。とても幼い頃――思い描いていたような景色。 「やっぱオレ、死――」 『ち・が・うッ!!』 脳を漂白する大音響に、目の前がグラグラと揺れた。少女の声が、勝手に死んでもらっては困るだの、現実をしっかり見つめろだの言っていたが、プルの耳にはほとんど入らなかった。代わりに少年の声で一言。 「れんちぬら」 <レンチヌラ> 天国とは“れんちぬら”と言うのか――そうぼんやりと思うプルの頭に、『そんなわけないでしょ』と、またもや厳しい一言が飛んで来る。ようやく頭がすっきりしたプルに、先程からの声の主、アルミラがやや苛立たしげに続けた。 『アンタねぇ、もう少ししっかりしてもらわなきゃ困るのよ』 「しっかり、って・・・・・・何を」 ようやく色々な揉め事から開放されたはずのプルは、アルミラに向かってそう問いただした。が、彼女の答えは素っ気無いものだった。 『レンチヌラ、っていうのはこの村の名前』 しかも、微妙に論点がズラされている。 「・・・だから?」 『まだ死んでないってこと』 アルミラはそう言い放つと、ぴたっと口をつぐんだ。これ以上の追求は許さないという意思の表れだ。ごまかされてたまるかと、プルは自分の手に握られている封印石のかけらに向かって声をかける。 「はぐらかすなよ。もうオレ関係無いだろ? 結局、オレは勇者様じゃ――」 『時間が無いわ、“勇者様”』 「逃げるなよ」 プルの言葉を無視して、石の上に現れたアルミラはプルの隣にいる少年、つまりは本物の勇者シャンピニオンにそう声をかけると、『それに、アナタもね』プルの方を向き直って腕を組んだ。彼を見上げる目は真剣そのものだ。 「ちょ、それってどういう・・・・・・」 『それは――』 「それは・・・?」 しかし、プルの追求は、突然訛ったアルミラの叫び声によって掻き消された。 「しゃ~んぷ! あー、だーじおか!? ぶずーなだーや!?」 <シャ~ンプ! ああ、大丈夫!? 無事なのね!?> 「はぁ?」 何故いきなりアルミラが訛ったのかと困惑しているプルの耳に、シャンピニオンの声が飛び込んで来た。 「あんみら!」 <アルミラ!> アンミラ。 確かに、プルの耳にはそう聞こえた。彼が驚いて顔を上げると、そこにはアルミラにそっくりな、あの少女――気を失っていたプルを看病してくれた少女――がいた。 「おーさ、ぶずーよ! いまがえとー!」 <ああ、無事さ! 今帰った!> プルの隣のシャンプはそう笑うと、アルミラにそっくりな少女に向かって手を振った。少女の動きは、彼女の細い足のどこにそんな力が秘められているのかと疑うほどに素早かった。少女は涙に濡れた顔をほころばせながら、一足飛びにプル達のもとへ駆け寄ると、シャンプにがばっと抱き付いたのだ。 「しゃんぷ!」 <シャンプ!> 少女はシャンピニオンの腕の中に飛び込むと、腕をしっかりと彼の首に巻きつけ、深く顔を彼の胸にうずめた――プルがいることなど全く意に介さずに。 「(気まずい!)」 しかし少女はプルの存在には全く気付かずに、涙声でプルには理解できない言語をまくし立てた。 「すごかおーしよーと!? すーぱしーだ! んなーおらだーね、なにごーた、みなすーぱしおー!」 <すごい音がしたのよ!? 心配したわ! ううん私だけじゃない、何が起こったのかと、みんな心配してたのよ!> だが、プルは意味のわからない彼女の言葉よりも、彼女自身が気になった。 「(似てる。やっぱり、似てる!)」 シャンプの無事を喜んでいるのであろう少女と、自分の手の平の中に納まってしまった封印の精霊であるアルミラと。感じる雰囲気こそ全く違うが、外見は姉妹、いや、双子とまで言えそうなぐらいにそっくりだった。そして何よりその声が、非常によく似ていた。 「ほん、ぶずーでよがーよ、おめになーかとーら、おら、おらよぉ・・・・・・」 <本当、無事で良かったわ、貴方に何かあったら、私、私・・・・・・> 「ちーつけ、ま」 <落ち着け、ほら> 「けんどれ、さー、そとんひとくんだらしー、そーかーおんひとおーにうせー、しーばらすおーでばっげおとすっとー、そーれ、おめみんずくーでいぬー、もら・・・・・・すーぱせーほーがどーかすっとよえ!? なんかーたじぇけーま、ほん、ほん・・・・・・すーぱ、しおー・・・ね・・・・・・ぶずー、がえて・・・よか・・・・・・」 <だけど、そう、外界の人が来て、それからその人いなくなっちゃって、しばらくして奥でひどい音がして、それに、貴方は水汲みで出掛けてるし、そんなの・・・・・・心配しないほうがどうかしてるじゃない!? 何かあったんじゃないかって、本当に、ほんとに・・・・・・心配、したん・・・だから・・・・・・無事で、帰ってきて・・・良かっ・・・・・・> 「(・・・さっきから何を言ってるんだろう?)」 はっきり言って、プルには一言も分からない。ただ感じから察するに、このシャンプとかいう少年のことをひどく心配していて、無事で良かったと言っているのだろうと思った。 「(こんな人に心配されてみたいなぁ・・・)」 心配のあまり、帰って来た人を平手で引っぱたくような女性に比べ、この少女の健気なことといったら! そしてプルは、事実家族にひどく心配をかけている真っ最中であることと、帰ってから彼を待っているであろう姉の鉄拳制裁――悲しいかな、先ほど少女と比べた鉄拳レディは彼の実の姉なのだ――を思い浮かべて、ぞっと身震いをした。十字固めですめばいいのだけれど。どうか関節技十連発だけは勘弁してもらえますように。 ともあれ、そのアンミラとか言う彼女は、間近で見れば見るほど――愛らしかった。少し乱れた髪はよく実った麦畑のような黄金色、涙で潤んだ大きな瞳は青玉よりも澄み渡り、少年にすがる仕草は思わず抱きしめてしまいたくなるほど可憐だ。 「(かわいい・・・・・・)」 『なに鼻の下伸ばしてるのよ』 プルの思考を読み取ったアルミラがそう呟く。 「べっ、別に鼻の下伸ばしてなんか――」 『伸ばしてるじゃない。もー、いくらあたしがかわいいからって、デレデレするのはみっともないわよ』 「違・・・わないか。そっくりだもんな」 論理的に言えば、アルミラにそっくりなこの少女をかわいいと思うのであれば、それはつまりアルミラをかわいいと思っているのであると言える。何か気まずくないか? しかし疑問なのは、何故二人がこうもそっくりなのかという点である。隣の少年は気付いているのだろうか? とはいえ、邪魔するのは非常に気が引ける。プルはむしろ、自分がここにいてはいけない気がしてきていた。しかし一人だけ勝手に見知らぬ村の中を移動するわけにもいかず。かといってこの恋人同士の二人の間に割って入る勇気は全く無い。どうすればいいのだろうか。 と、ここでシャンプに思いが通じたのだろうか。彼はにっこりと笑いながら、プルの方を見た。 「おらぶずーげ、おんひとーぶずー。えがーな。ん?」 <オレも無事で、この人も無事。それでいいじゃないか。だろ?> プルが助かったと思ったのもつかの間、シャンプにつられた少女も、また、プルを見た。ので、バッチリ目が合ってしまって。 「は・・・・・・」 <あ・・・・・・> 助かるどころか、気まずさはさらにアップ。 そこで少女はようやくプルの存在に気が付いたらしく、顔を赤らめると、慌てて少年から離れた。 「あ、どうも・・・・・・さっきは・・・・・・」 プルはもごもごとそんなことを口先に出しながら、とりあえず笑った。手の平ではアルミラがクスクスと必死に笑いをこらえている。 「そ、そんにー、じじさま、よーだってば、すーにこよ、すーな!」 <そ、そういえば、大ジジ様が、言いたいことがあるらしいから、すぐに来て、すぐによ!> 耳まで真っ赤にしながら少女はそう呟くと、頬に両手を当てながら走り去って行った。 押し黙ってしまった少年と。忍び笑いを止められない封印の精霊と。何をどうすればよいのかすっかり分からなくなってしまった不幸な一般人とを、その場に残したまま。 少年の村、レンチヌラ。聖魔剣リシーサを守護する定めを負った村。 数時間前、村は大騒動になった。 外界のものが村に入ってきたのである。 そのようなことは過去において前例はほとんど無かった。“ほとんど”ということは、全く無かったわけではない――そう、この村にも外界のものが入ったことはある。だがそれによってもたらされたものは、決して良いものではなかったのだ。それ故に、その外界人は重要人物として村に連れて来られたのだが―― 大騒動の二つ目の理由はここにある。 村に入ってきた外界人が逃げ出してしまったのである。 それから暫くしてからの轟音。その外界人が引き起こしたのか、はたまた別の何かが引き起こしたのか、その点は定かではなかった。どちらであろうと、急いでその原因を突き止め、事態を把握しなければならない。出来れば、最悪の事態も考えておかなければならない。 それに加えて、村の少年シャンピニオン――さらに言えばただの少年ではないのだが――が、山を幾つか越えた向こうの水場へと水汲みに行っていたのである。彼が巻き込まれているとなれば、一刻の猶予もならなかった。 ――時が、来たのかも知れぬ。 しかし、村中が騒然としている間に、襲撃は一応の終わりを迎えた。そこに飛び込んできた、シャンピニオンと外界人の無事の朗報。 だが、それは始まりでしかないのだということは、この騒動に巻き込まれてしまったプルアロータスを除いて、分かり切ったことであった。 ただちに、大ジジ様(長老)の命令が飛んだ――村人全員を集会場へ集めるように、と。 というわけで。 ここは大ジジ様の館である。普通の村で言うところの、長老の家だ。ただ一つ異なっている点は、そこで村人のほとんどが暮らしているという点である。レンチヌラは小さな村であるため、そしてまた特別な事情――聖魔剣と勇者の血統を守る責務――があるため、ほぼ全ての村人がこの館で寝食を共にしているのである。 それはともあれ、今現在、この館の大広間には、レンチヌラの村人全員が一挙に集まっていた。いくら小さな村といえども、村人が広間を埋め尽くすそのさまは圧巻である。 少年に連れられ、ここへと招き入れられたプルは、居心地の悪さをひしひしと肌で感じていた。 まず、言葉が分からない。長老と思しき人物が中央で喋っているのだが、やはり何を言っているのかさっぱり理解出来ない。村人や少年の顔付きからして、ただならぬことを喋っていることだけは、辛うじて判断できるという程度だ。頼みの綱のアルミラは、その長老の前でふわふわと浮かんでいて一言も喋ろうとしない。 「(せめて何言ってるかぐらい簡単に教えてくれても・・・・・・)」 プルは険しい表情を崩さないアルミラに向かってアイコンタクトを取ってみたが、意思の疎通はならなかった。 そもそも、プルは何故自分がここに連れて来られたのか全く分からなかった。キノコ剣を抜いたのは村の少年シャンピニオンであるし、自分はただその場に居合わせたというだけの一般人なのだ。 それなのに、当事者である少年の横に座らされている。長老の真正面だ。肩身が狭いというか、穴があったら入ってしまいたい。いや、むしろ穴を掘って入りたいぐらいだ。 「――くしー、りしーさ、ふーられよ。がん、きーがたもーね。まんてーよしおーと」 <――こうして、聖魔剣リシーサは、封じられたのじゃ。しかし、時が来たのやも知れぬ。魔衆が襲って来おった> 周囲がざわつく。何か重大なことを言ったらしいな、とプルは思った。それを長老は手で制した。 「まーざ」 <事実じゃ> 重々しい声。それに押されて、騒ぎが静まった。再び、長老が口を開く。 「だーやはしーぬ、ご、だんまずんみがーらせー、よーをほふーとすおー。らばよー・・・・・・こーはごーなる。しゃんぴにおん」 <誰かは分からぬ、が、大魔神を蘇らせ、この世を滅ぼさんとする者がおる。そうとなれば・・・・・・これは宿業であろう。シャンピニオン> 「あい」 <はい> 突然、シャンプが立ち上がった。戸惑っていると、聞き馴染んだ言語が聞こえてきたのでプルは思わず叫びだしかけてしまった。 『よく聞いて、プル』 「アルミラ!」 言葉がわかる人と喋れるという喜びもつかの間、プルはことの重要さをなんとなく感じた。アルミラの表情はこれまでに無いほど真面目で、そして青ざめていたからだ。 『聞いて、プル。聞いて』 アルミラはプルが何か言おうとする前に、その場にいる全員に向かって、あの霞がかった声で語り始めた。 『我が名は、アルミラ・リエラ・メレア。光と闇を司る、聖魔剣リシーサを守護するものなり』 ◆ 太古の昔。 全知全能なるキノコ神様が、この『マッ・シュルーム』に降り立った。 人は栄え、己の力の結晶として文明を生み出していった。 だが、光と共に影がある。 人が繁栄すればするほど、その影はやがて闇となった。 いつしか人間は、神と同等の力を求め、神が残したもうた導を奪い合った。 そして大魔神アクラシスが現れ――この世は崩壊した。 心を痛めたキノコ神様は新たな世界を創ると、姿を消してしまった。大魔神アクラシスと共に。 だが、その御力を宿した聖魔剣リシーサは、この地に残されたままだった。 以来、幾度と無くこの剣を巡って争いが起き、数多の命が散っていった。 歴史は伝説となり、そしてまた、歴史は繰り返される。 剣は主を選ぶ。 剣を手にしたものは、大いなるキノコ神の加護と、邪なる大魔神アクラシスの呪いを受けることとなる。 そして、同時に避けられぬ宿業をも背負うことになる。 この世界を、マッ・シュルームを救うという、宿業を。 それが勇者として、課せられた使命。 そして因縁は続く。 5代目勇者ガリクが聖魔剣により、幾多の死線を潜り抜け、大魔神を封じたのだが、その封印が今、何者かによって解かれようとしているのである。 ◆ プルも昔話として聞いたことがあるような神話だった。嫌な予感が頭をよぎったが、プルはそんなはずは無いだろうと思い直した。あの剣の封印を解いたのは確かに自分だったが、主として選ばれたのは村の少年だ。全く関係が無いとは言えないが、少なくとも、それだけのことなのだ、と。 そうプルが思っていると、アルミラは話を終えたらしく、すっと手を上げた。 『聖痕(アザ)ある者よ、聖魔剣リシーサに選ばれし者よ、その証を我らの前に示したまえ・・・・・・』 どよめく村人の前で、瞬く間に闇が広がる。一筋の光も見えない、暗闇。 と、次の瞬間。 「ああッ!?」 プルは、叫んだ。いや、プルだけではない。そこにいた全員が、叫び声をあげた。 そこには、『刻印』があった。 少年シャンピニオンの腕に刻まれた、輝く紋様。ちらちらと輝く蛇、あるいはツタ。明かりの下でははっきりと見ることは出来ないのだが、それは確かに『刻印』だった。暗闇に浮かび上がるその紋様は、驚くほど精巧で美しく、そして恐ろしい。少年の腕に絡みつくように、しっかりと刻まれているにもかかわらず、それは少年の前に据えられた聖魔剣リシーサと呼応するようにゆらゆらと色を変え、光を放っていた。 『そう、それこそが、勇者たる証』 だが、プルが驚いたのはそれだけではなかった。 「何で・・・・・・?」 プルは、自分の手を、見た。 「こんな・・・・・・」 分からなかった。事実はそこにあったが、彼の手はそれを受け止めたくはなかった。 『まさか・・・・・・待って、まさか、アナタにも・・・?』 アルミラの声が聞こえた。 プルは、うつろなまま己の両手を握り締めた。光がぼんやりと薄れ、手の内に収束されて行く。それは間違い無く、自分の手、プルアロータスの手。 『・・・・・・やっぱり・・・・・・』 プルは、これほどまでに夢であって欲しいと願ったことは無かった。夢だとしか思えなかった。 プルの手は。 少年の腕と同じ光を、放っていた。 それはつまり、プルもまた―― 『ごめんなさい』 アルミラの声が聞こえた気がしたが、プルの真っ白な頭の中に響くことは無かった。 全部ウソであって欲しかった。悪夢ならば覚めて欲しかった。 まだ自分は故郷のランプテロミス村にいて、ルーニーをとりに行く前にひどい夢を見ているんだ。そうに違いない。違いないんだ。 プルは、叫んだ。喉が潰れてしまうほど、叫んだ。叫んで、叫んで、叫んで。 押し止める群集を蹴散らしながら、家の外へと飛び出していった。誰かの声が聞こえた。でもそんなのはウソの声だ。ウソに違いない。全部。全部――悪い夢だ! 騒ぎが収まりきらぬ大広間で、アルミラは光を戻した。予期しなかったというわけではない。しかしまさか、まさかあの少年まで呪われてしまうとは思いもしなかった。如何にアルミラといえど、聖魔剣の全てを知ることは不可能なのだ。しょせんは守護の精にすぎないのだ、と思い知らされる。 「すずまれぇい!」 <静まれ!> 開口一番、大ジジ様がそう一括する。と、騒ぎはぴたりと収まった。 「おんひとー・・・・・・じゃけー?」 <あの少年が・・・・・・そうなのか?> 皆が事の成り行きを見守る中、村の少年シャンピニオンは静かに頷いた。 「いよーな」 <説明出来ような> 「むい」 <出来ます> 大ジジ様の威厳あふれる口調に臆することなく、シャンプはこう続けた。 「ぜー、おらのすーだ」 <全部、オレの責任です> そう、ウソの言葉を。あたかも真実であるかのごとく、告げた。 「そとーけじゃーのしんず、おんひとーつーてこよ。まーはおらーだ。しー、みしんすーおんひとーほーてよ・・・・・・にぐんが。おんひとーによー、みんずくーもんな。ご、おもれーのんさ。あめー、わっとー。だぞーこてもー、じゃ」 <外界との結界が弱まったのも知らず、彼をここに連れて来てしまいました。巻き込んだのはオレです。それから、気を失ってしまった彼を放って置いて・・・・・・逃げられてしまって。彼にあげようと思って、水を汲みに行ってる場合じゃなかったんです。でも、そこまで考えていられなかった。甘かったって、分かってます。誰かを呼ぶべきだった、って> それを聞き、村人達の間にざわめきが波紋のように広がっていった。聞く限りにおいては自業自得、とも聞こえるような言い草だ。 と、それを聞いていた少女――村でシャンプの無事に涙した少女だ――が立ち上がって叫んだ。思わず、叫ばずにはおれなかったのだ。事実、村に連れて来られた外界の少年に“水”を与えるようシャンピニオンに言ったのも、そして気を失っていた彼を逃がしてしまったのも、自分だったのだから。 「しゃんぷ、ごぉら・・・・・・」 <シャンプ、でも私が・・・・・・> 「なーぞ、あんみら」 <どうした、アルミラ> 大ジジ様が立ち上がった少女アルミラに声をかけた。が。 「いーね、おーずずせー。あんみらーあかんくねーが」 <いえ、大ジジ様。アルミラは関係ありません> アルミラが弁明する前に、シャンプの有無を言わさぬ強い言葉がそれを遮った。 「おら、だーのせーどもしんぬー。こんわーぬ、せーのー。ぜー、おらのすーだ。おらぁ、きーぬけーが。ま、あんみらよ」 <オレ、誰かのせいにしたくはありません。これ以上の言い訳も、したくないです。全部、オレの責任です。オレが、うっかりしてたから。そうだろ、アルミラ> 彼の瞳は、何も言うなと暗に語りかけていた。アルミラは、どうしていいものかわからず服の裾をギュッと握り締め、「ごぉら・・・・・・」 <でも私が・・・・・・> ともう一度つぶやいた。だがシャンプは目を逸らしてしまうし、大ジジ様は「おろしー、あんみら」 <座りなさい、アルミラ> と静かに命じただけだった。 「あい・・・・・・」 <はい・・・・・・> うなだれたままアルミラが床に腰を下ろすと、シャンプは何事も無かったかのように話を続けた。 「そいでー、ばっげおとすー、あん・・・・・・せいまけんりしーさんへいそーが。よー、まんてらけんさねろーて・・・・・・ふーのせーれあんみらせーおどど、とかぜー」 <それから、凄い音がしたんで、あの場所へ・・・・・・聖魔剣リシーサのところへ急ぎました。そしたら、魔衆が剣を狙って・・・・・・封印の精霊であるアルミラ様を脅して、封印を解かせようと> 「ふむ」 <ふむ> 「やら、おんひとーしちとー。さーらばいのちねーぞた。なーとかずーえめ。そへおらぁかきつきよ・・・・・・もんすーはよねーば・・・・・・あっててけんささーるねよ、ごおーすげつよーて・・・・・・」 <アイツら、あの彼を人質にとってたんです。逆らえば命は無いって。だから解かざるを得なかった。そこへオレが駆けつけて・・・・・・もう少し早くつければよかったんだけど・・・・・・慌ててその剣に触るなって、でも物凄く強くて・・・・・・> 『そう、その通り』 アルミラも、そう相槌を打った。本当のことを教えて混乱を来たすよりも、平穏に収まった方が良いと踏んでである。嘘も方便、と昔から言うことでもあるし。 その、ウソをついている勇者はしどろもどろしながら――それはおそらく、上手く辻褄を合わせるための言葉を選んでのことだろうが、魔衆の襲撃の恐ろしさを思い出そうとしているように聞こえた――言葉をつないだ。 「さ、もーさら、おら、すんでたけーも・・・・・・なー、ご・・・・・・そーで、おら・・・・・・つるぎを・・・・・・」 <そう、もしかしたら、オレ、死んでたかもしれない・・・・・・だから、でも・・・・・・それで、オレ・・・・・・剣を・・・・・・> 最後の方の言葉は聞き取れなかった。 騒ぎが最高潮に達したのだ。皮切りは、村人の方のアルミラが大広間を飛び出してしまったこと。均衡が崩れれば、後は早かった。村人達は口々に魔衆襲撃について語っていたし、これからどうすべきかということについての不安と苦悩を口にしていた。 「なーどよ。あいわーた」 <成る程。あい分かった> 「・・・・・・ほん、すまそ」 <・・・・・・本当に、すみませんでした> 既に封印の精霊アルミラと、大ジジ様だけに語りかけている状態となったシャンピニオンは、それでもきちんと侘びの言葉を言い、頭を下げた。アルミラは咄嗟に、『致し方のないこと、です。チ、長老』と口にした。村の少女アルミラの罪をかぶるだけならともかく、自身とプルの偶然によって引き起こされた事態をも背負おうとしている勇者シャンピニオンに、これ以上の罰は与えて欲しくなかったからだ。しかし、精霊アルミラが言うまでも無く、大ジジ様も同じ考えのようだった。 「な、きにそーぬ。とはだーぞもね」 <何、気にするでない。咎は誰のものでもないわい> 彼はしわだらけの顔を少し崩してそう笑い、しかし、再び厳しい顔に戻った。 「ぜご・・・おんがいかいんひと、もやまんてでのーや」 <じゃが・・・あの外界人、もしや魔衆ではあるまいな> 「いな、ぜんと! おーずずせーだも、うたーご――」 <それは無い、絶対に! 大ジジ様でも、疑うことは――> 『落ち着いて、勇者様! チ、ョウロウ様、あの彼は魔衆ではない、です。偶然その場に居合わせてしまった、不幸な外界人に過ぎないの、です』 慌てて精霊アルミラが止めなければ、ちょっとやそっとではない“大変な”ことになっているところだった。一瞬、勇者シャンピニオンの腕の紋様が輝き、主の身体を蝕もうとしたのだ。感情の起伏が激しくなりつつある――無論、それは聖魔剣リシーサのなせる業であり、シャンピニオンの気付くところではないのだが。 “アマニタ”の覚醒――それは諸刃の剣だ。太古の昔から流れる血の脈絡――それが呼び起こされれば、強大な力を得ると同時に、真っ当な思考を失いかねない。 ともかく、その真剣さに押されたのだろう、大ジジ様は言った。 「さ、おんしそーよ、しんぜーと。かぞくあ、わがよーつたと」 <そうか、お主がそう言うのであれば、信じよう。村人にも、わしからしかと伝えておく> 言葉では確認してみたものの、大ジジ様も最初からあまり疑ってはいなかったようだ。それはそうだろう、プルアロータスは魔衆にしてはあまりにも頼りない。 「じゃに、おろしー」 <じゃから、まず座れ> その言葉に、シャンプははっと我に返って座り直した。 「・・・・・・すまそ、おーずずせー・・・・・・おら、いまちょーへんぞー」 <・・・・・・すみません、大ジジ様・・・・・・オレ、今何か変でした> 自分の感情に戸惑いながら、シャンピニオンは幼さの残る動作で肩を落とした。その隣で、エサを貰い損ねた子猫のように、聖魔剣リシーサが怪しい光を放っている。隙あらばアマニタを呼び覚まそうとする力と、それを押し止めようとする両極端な力が、剣の中で渦巻き、対立していた。 『心を強く持つのです、勇者様』 シャンプは頷いた。そして大ジジ様の方へと向き直る。 「きにそーぬ。おんしせーぬよ・・・・・・」 <気にするでない。お主のせいではない・・・・・・> だが、大ジジ様はみたび、険しい顔付きに戻った。そして重々しく口を開いた。 「ぜご、そ、まことたーり、しゃんぴにおん」 <じゃが、その言、まことであろうな、シャンピニオン> 精霊アルミラは一瞬、唇を噛み締めた。完全にウソというわけではないのだが、正直に全てを語ったわけではないのだから。だが、そんな大ジジ様の言葉にも、シャンピニオンは、目を逸らすことなくハッキリと答えた。 「おらんいのちとほこり、ぜーめいとかむに」 <オレの命と誇りに懸けて、全ての生命と神に誓って> それは誓いの言葉だ。軽々しく口に出来るものではない以上、大ジジ様もシャンプの言を信じるほか無い。 「ふむ・・・・・・ら、くはこーしまー。でーあーす。こよはよーやんめ。ら、ま」 <ふむ・・・・・・では、今日はこれで終いじゃ。出立は明日。今宵は良く休め。では、な> 大ジジ様がシャンプに精霊石を置いていくよう命じた時、彼は精霊アルミラにこう尋ねた。 「・・・・・・あんみらせー、そとんひとばー・・・わっとー? おら、どってもーまらーとー」 <・・・・・・アルミラ様、外界から来たあの人の居場所・・・分かりますか? オレ、どうしても彼に謝らないと> これ以上何を謝ることがあるのかと精霊アルミラは思ったが、口にはしなかった。だから、こう返した。 『ええ、分かるわ。行きなさい、勇者様』 それから、シャンピニオンは村人一同に向かい深々と頭を下げると、静かに大広間から出て行った。 ◆ 気が付けば、プルは見たことも無い花に囲まれていた。柔らかな色彩の小さな花が、あちらこちらで咲き誇っている。見上げれば、底抜けに青い空。本当に美しい景色だ。しかし、ここは天国でも夢の世界でもなく、れっきとした現実の世界なのだ。 「何で・・・・・・オレが・・・・・・」 プルは頭に居座っていた思いをそう口に出してみたが、やはり何の解決にもならなかった。 姉の結婚式をかねた村祭り。そこで使う“ルーニー”を探しに森に入って、遭難して――不運だということはもう分かった。分かり切ったことで、今更思い知らせてくれなくても結構だった。遭難した挙句に奇妙な言葉を喋る輩に助けられ、異文化というかそんなので酷い目に遭うし、気が付けば勇者とやらに間違えられ、さらにはキノコ剣の呪いまで。身に余る不幸に、もう生きる気も失せそうだった。 「キノコのバカ・・・・・・」 そう呟いてみる。聖魔剣だか整理券だか知らないが、バカでかい気味の悪いキノコじゃないか。呪いだの何だの、飛ばすのは胞子だけで十分だ。 「関係ねーのに呪うなー!!」 言ったら、少しすっとした気がした。続けていってみる。 「オレは勇者なんかじゃない! 間違えるなっ!」 少し息を吸い込んで、思いっきり叫ぶ。 「アルミラのバカー!!」 バカー、バカー、と木霊しながら言葉は消えていった。が、それとは異なる少女の声が、プルの耳に聞こえたのだ。 「は・・・・・・あい」 <あ・・・・・・はい> 空耳かと頭だけ振り返ったプルは、泣き疲れてなお可憐な村人アルミラの顔に遭遇し、固まった。目はとうに赤くはれ、両頬には涙の跡がしっかりと見て取れる。涙を流しすぎて瞳からはもう何も零れないというのに、悲しみはまだ泣き足りぬと彼女に命じているようだった。一方のアルミラは、そっと乾かぬ涙の残る目をこすると、じっとプルを見すえた。 ――ここは自分とシャンピニオンだけの秘密の場所なのに、どうしてこの人はここにいるのだろう。それから、いきなり、“アルミラノバカー”と言われて、思わず返事をしてしまったが、この人は何故自分の名を知っているのだろう。 彼女の潤んだ瞳にまじまじと見つめられ、プルはばつが悪そうに口を開いた。 「え、えと、いや違うんだ、今アルミラって言ったのはあの封印の精霊の方であって、決して君を悪く言うつもりはなくて、けどその何て言うか、そう、憂さ晴らし? みたいな・・・・・・気に障ったらごめん。はは」 プルは、アルミラにとっては理解出来ないであろう言葉を早口で言った。伝わらずとも、黙ってはいられなかったのだ。 「あ、あのさ。ひょっとして、さっきのこと、怒ってる? 村の入り口でのこととか・・・きっと、怒ってると思うけど・・・でもオレ、別に見ようと思って見てたわけじゃないから、けど、その・・・ほんとゴメン」 「おめ・・・しゃんぷたーけよっと、け?」 <貴方は・・・シャンプが助けたっていう方、ですね?> 返事をもらっても、プルには返す言葉が見付からない。何を言っているのか、双方共に理解することが出来ないからだ。 「・・・・・・やっぱ、分かんないよなぁ・・・『ごめん』も通じない・・・?」 「・・・・・・いーも、わんねーどや」 <・・・・・・言っても、分からないんですよね> 暫しの沈黙。お互いに意思の疎通が出来ない以上、何もすることは無い。気まずい沈黙の中、風で葉が揺れるさわさわという音だけが辺りに響く。 ややあって、アルミラはプルの隣に腰を下ろした。同時に、プルは慌てて上半身を起こす。 「ここ、いい場所だね」 思わず、口をついてそんな言葉が出て来た。通じないことは分かっているが、そう言葉にせずにはおれなかった。村の入り口(もしくは出口)の近くにある崖の上――プルは気付かずに上って来たのだが、ちょっとした抜け道を通ればすぐに辿り着ける場所だ。そこには雑多な植物が生い茂り、花を咲かせてその美を競い、木々の合間からは青空が覗き、見渡せば村を一望することが出来た。 「何か・・・とっておき、って感じで・・・・・・うん」 「おら・・・・・・おめなーもしんねー。ゆーてこ、わんねーもよ・・・・・・」 <私・・・・・・貴方の名前も知ることが出来ません。何を言っているのか、分からないから・・・・・・> うつむいたまま、アルミラがつぶやいた。お互いに全く異なる話を喋っていても、間違いに気付くことすら出来ない。と、唐突にアルミラが振り返り、驚いた表情をしているプルに向かってまくし立てた。 「わーっと、しゃんぷたーけよっと・・・・・・おめのつーなはね。わーっと、ご・・・ご・・・おもーね・・・・・・おめ、せーと!!」 <分かってます、シャンプは貴方を助けようとして・・・・・・貴方は関係無いって。分かってるんです、でも・・・でも・・・思わずにはいられない・・・・・・貴方の、せいだって!!> 言い終わって、アルミラはわっと泣き出した。涙は出なくても、泣くことは出来る。彼女は顔を手で覆ったまま、激しく震えていた。 「えーっと・・・・・・」 プルはともかく何か言おうとして、言葉に詰まった。アルミラが顔を上げたのだ。そんなつもりは無いのだが、見詰められると胸が締め付けられるように苦しくなってくる。とりあえず笑顔を見繕ってはみたものの、その瞳を直視出来なくて、プルは少し目線を逸らした。 アルミラは、その相手の挙動を拒絶の仕草だととった。 無理も無い話だ。見ず知らずの女に、訳の分からないことをまくし立てられて腹を立てない人がいるとは思えなかった。しかも今、彼女は彼を罵ってしまったのだ。言葉が分からないとはいえ、雰囲気は通じたに違いない。 「・・・・・・すまそ」 <・・・・・・ごめんなさい> アルミラはともかく頭を下げて、もと来た道を駆け戻った。 言ったところで、何も変わりはしなかった。自分の一番大切な人は一瞬にして奪われ、もう元には戻れないのだ。彼は、シャンピニオンは、世界を救わなければならない。聖魔剣リシーサの、主として。つらいのは自分だけではない。分かっている。それでも、胸の痛みはおさまりはしなかった。 「おら・・・・・・ひでーこつ」 <私・・・・・・ひどいことを> 村の機織小屋まで来て、アルミラは“秘密の場所”を見上げた。あの外界人の彼は、まだあそこにいるのだろうか。 ひどいことを言ってしまった。 彼だって、好き好んで敵の人質になったわけではあるまい。加えて、不条理に呪われてしまったのだから、自分よりももっともっとつらいはずなのに――それなのに、自分に笑いかけてくれた。そんな彼を、言葉が分からないとはいえ、罵倒してしまったのだ。 「ひでーめー・・・・・・」 <ひどい女・・・・・・> 思い知らされた。 アルミラはそのまま機織小屋の部屋へ入ると、内側からしっかりと閂をかけた。 もう、誰にも会うつもりは無かった。そう、誰にも。 ◆ 『とりあえず、私の役目は終わったわ』 と、これは大ジジ様の館における精霊アルミラの言葉。 『でも・・・・・・すべてはこれから、なのよね』 その通りだ、というように頷く大ジジ様――頭髪が抜け落ち、白いヒゲを蓄えた、絶えず震えているような弱々しい老人――の姿を見て、アルミラは自身の過去に思いをはせた。 『時の流れって、残酷よね』 「(アルミラ様・・・・・・)」 『いいよ、昔みたいに、姉ちゃんで』 むにゃむにゃと口を動かしながら、大ジジ様は頷いた。 自分が剣の守護精霊となった頃、その老人はまだほんの子供だった。勇者ガリクの従弟にあたる彼はガリクを兄と慕い、当時彼の仲間であり今は守護精霊となったアルミラを姉と慕っていたのだ。あの頃はよく、チビちゃんチビちゃんと言ってからかったものだっけ。 『それで・・・長い時間が経って、何があったの?』 長老様、と言いかけて、アルミラはニヤリと笑った。みなの前では無理をしていたが、年をとろうがなんだろうが、ここにいるのはあのチビちゃんなのだ。 『教えてくれるよね、チビちゃん』 それにこたえるようにして、大ジジ様もハハハ、と笑った。 ――おねえちゃんの命令は絶対なのだ――その一言のために使い走りにされたこと、そして勇者ガリクと巫女アルミラがいなくなることを止めるなと言われたこと、子供だった自分がその時わんわん泣き叫んでいたこと――を思い出した。 「(いろいろあったんじゃよ、姉ちゃん)」 『教えて。私が消えてしまう前に』 二人とも、口に出して何か言葉を発しているわけではなかった。精神伝達により、アルミラは通常ならば何日もかかるような細かい説明を、数分のうちに理解した。 かつて封印の森と呼ばれていた聖域に、何故レンチヌラ村があるのか――彼女が存命の頃は、村から聖魔剣のある場所まで容易く来れるものではなかった。だからこそ、わざわざそのようなところへやって・スプルアロータスを、勇者と間違えることとなってしまったのだ。 そして、彼女は知った。 何故、聖域に踏み入るという禁忌を犯さねばならなかったのか。そのために彼らの身に何が起こったのかを。 事の次第を事細かに記すためには、また一つの物語が必要となるだろう。 要点だけをかいつまんで説明すれば、それはシャンプの両親サヴィラックとレンティの話だった。 シャンプの母レンティは非常に高い魔力の持ち主であった。その強さは、初代勇者エデュリスの妻にして、2代目勇者エドデスの母である、レンティヌラに並び称されるほどであったという。そして丁度その頃、中立であるはずの魔王――彼らはアマニタ(魔族)であるが、魔衆に属さず独立して生きているのだ――その彼らの間で、不審な動きがあった。ある時は魔人の封印が解かれて惨事を引き起こし、ある時は不干渉を貫いていたレンチヌラを襲ってレンティを強奪し、ある時は同属同士で血生臭い殺し合いがあり――そしてとうとう、魔王の中から裏切り者が出た。サヴィラックは他の魔王の手を借り、レンティを助け出し、彼らと共に裏切り者を追い詰めた。こうして事件はすべて終わったかのように見えたのだが。 『でもその後・・・人間達が攻めてきて村を捨てざるを得なかった』 「(まさしく)」 『生きるために、聖域に踏み入った』 「(・・・・・・そのとおり)」 ここに住まう生き物は強すぎる聖魔剣の力によって変異してしまう。だからレンチヌラの人々が人間の姿のままでいられたことは奇跡だった。だが彼らは他者へ意思を伝えるための言葉を捻じ曲げられ、不気味な物体を食料とせざるを得なくなってしまった。 『いろいろと、苦労してたのね・・・・・・』 もう一度、アルミラは大ジジ様の顔を見た。小さかった頃の面影は残っているものの、そこには数え切れぬほどのしわが深く刻まれていた。こんな老人にきつい言葉を投げるのは、アルミラにとっても気が引けた。しかし、確かめなければならない。 『チビちゃん、いえ、長老・・・まだ話してないことがあるでしょう。違いますか?』 白くふさふさした眉毛の下から、まだ光を失っていない青い目がアルミラを見据えた。 「(巫女アルミラのこと・・・・・・)」 『そう。なんだ、ちゃんとわかってるのね・・・・・・ならどうして、あの時それを言わなかったの』 老体に向けるには厳しすぎる口調で、アルミラは言い放った。あの時、というのは、シャンピニオンが刻印を見せる直前――アルミラが『聖痕(アザ)あるものよ』と声をかけた時である。 しかし、大ジジ様は震えながらも、力強く首を横に振った。 「(お許しくだされ、どうか、それは言わんで下され)」 『何故』 アルミラは苛立ち気味に叫んだ。勇者となる男が生まれれば、必ず巫女となる女が生まれる。彼ら二人には同じ聖痕(アザ)があり、そのために女は剣の守護精霊である『アルミラ』の名が与えられるのだ。勇者が大魔神を倒し、巫女が剣を封じる――そのために、彼ら二人は必ず共にいなければならないのだ。なのに今、そのことを知る村の長は、勇者を独りで送り出そうとしている。 『まさか肉親だからとか、そんな薄っぺらい理由でさだめを曲げようというのではないでしょうね!?』 「(決して。そんなことなど思うことすらありませんとも!)」 彼の節くれだった手が一層ぶるぶると震え、力を込めすぎるあまり真っ白になっていた。怒りのあまり彼を侮辱する形となってしまったことを悟ったアルミラは、少し和らいだ調子で、もう一度尋ねた。 『では、何故』 「(あの子は――アルミラ・リエラ・オストヤェには――聖痕(アザ)が無いのです)」 その言葉を聞いたとき、まずアルミラは我が耳を疑った。それから大ジジ様を見、彼の瞳に嘘が無いこと、そして彼自身も事実を受け止めきれていないことを知った。 『まさか・・・・・・まさか!』 「(お姉ちゃ、いえ、アルミラ様のおっしゃることはわかります。確かにあの子が生まれたとき、そこにはシルシである聖痕(アザ)がありました。しかし、年を経るつれ、それが消えて無くなってしまったのです!)」 二人はすっかり黙り込んでしまった。どの歴史書を紐解いても――たとえそれが嘘偽り無い真実のみが書かれているという『ソラ・アジュラの歴史書』であったとしても――そのようなことが起こったことなど記されていないからだ。 「(・・・・・・ともあれ、あの子は守りきります)」 沈黙を破り、大ジジ様がつぶやいた。 「(あの外界人の少年が剣に選ばれることもしかり、結界を越えて魔衆が聖域へ侵入することもしかり・・・・・・なにやら此度ばかりはただならぬ危うさを感じますでな)」 『・・・・・・わかった。お願いね、おチビちゃん』 顎に手を当て考えている姿のまま、アルミラは笑った。 『もう、私じゃ助けてあげられないから』 ◆ 再び、村を見渡せる花畑。そこでは、残されたプルは、ひたすら自問自答を繰り返していた。 何故アルミラとかいう少女は、泣きながら走り去ってしまったのか。ひょっとしたら、自分が何か気に障るようなことをしてしまったのではないだろうか。思い当たるのは、勇者様に認定された彼との抱擁シーンを見てしまったことだろうか。というかそれ以外に有り得ない。言葉が通じないことをお互いに理解している以上、心当たりがあるのはそれしかない。 「・・・・・・そりゃ・・・・・・怒るよなぁ・・・・・・」 恋人が無事に帰って来て、嬉しくなっているところにお邪魔虫――しかも全部見てたとなると、シチュエーションとしては最悪だ。 はっきり言って、プルは既にあの二人が恋人同士であることには何ら疑いを持っていなかった。態度からしてもそう。あれが友人同士の態度だというのであれば、恋人同士の態度はどうなるのかと言いたい。 プルがそんなことを考えていると、 『プールっちー!』 予告無しに、頭の中に大音量の声がワンワンと響いた。あの少年、シャンピニオンの声だ。 「し、シャンピニオン!?」 「おー!」 プルが一歩前へ踏み出して声の主を探すよりも早く、崖の下のほうでぶんぶんと手を振っていたシャンピニオンは素晴らしい跳躍で飛び上がると、すたりとプルの目の前に着地してみせた。 「あ・・・・・・」 「へへ」 彼が無邪気にニッコリと笑うと、年齢がぐっと下がって見えた。少年、というよりも男の子、と言った方がしっくりくる。その幼い笑顔を崩さず、彼は口を開いた。 「はずめますて、オラ、シャンピニオンてゆーなも」 「あ、どうも・・・・・・って!?」 びっくりして、プルは叫んだ。 「言葉、え? 分かるの!?」 わからないと思っていたからこそ、あんなにも苦労をしていたというのに! しかし、驚いているプルに対しても、シャンプは一つ大きく頷いただけだった。 「少ぉしわ、な」 ニッと笑って、シャンピニオンはプルの隣に腰を下ろす。 「ここ、いいべ?」 「え、うん、どうぞ」 言葉が分かるならさっき言ってくれよ、とか思ったが、プルは何も言えなかった。先程の少女の気まずさはまだ消え去ってはいない。 ややあって、シャンプが口を開いた。 「プルっち、さっきぃは・・・・・・すまそな」 唐突な謝罪の言葉。プルが驚いている暇も無く、彼は続けた。 「オラがもっとはよ着けたらま・・・オメを巻く込むこと無かったでけよ。オメが呪ぁれるこつもね、オメが危な目せんとぉぜ・・・ほん、すまそ」 言われて、プルははっとして顔を上げた。そこには、自分の弟よりも幾つか年の若そうな少年がはにかみながら座っていた。その背には、あの巨大なキノコ剣が括り付けられている。 よくよく考えれば、このシャンプとかいう少年はプルを助けようとして剣を抜いたのだ。それなのに一方的に謝られると、かなり居心地が悪い。 「い、いいって、もうそんなことは。オレもたぶん、不注意だったし――」 「気にせんでぇれ。オラ、まつがったこつすたつもりはねぇでよ。けんど、気にさーったら、ほん、すまそ。どっか・・・許してくんねぇかよ?」 プルはもう一度、目の前の少年を見た。腕に刻まれた光を見ても取り乱すことなく、平然とした態度を保っていた彼。いくら子供の頃から言われていたとしても、全く動じることが無いなんて有り得るだろうか。実際に運命の残酷さを目の当たりにして、つらいこととか悲しいこととかあるだろうに――余程の精神力の持ち主なのだろう。 それに引き換え、自分はどうだろう。まぁ、不運不運でここまで来て、絶望のどん底に叩き落されて、一般人だから仕方が無いと居直ることも出来るだろう。それでも、アルミラの言葉じゃあないが――もう少し、しっかり出来ないだろうか。見た目、少し年上なこともあるし。 つらいのは、そう、自分だけじゃないから。 「あの・・・・・・シャンプ?」 「おー?」 「オレ・・・頑張る。ありがとな」 笑って、勇者様に手を差し出してみる。勇者様も、無邪気に笑った。 「よろしゅーじゃ、プルっち」 握り返したその手はプルとあまり変わりなく、そして、プルよりももっと力強かった。 ◆ 魔衆――彼らの実態は定かではない。過去に幾度も表れ、そして何度も歴史の裏側に潜み、生き長らえた。少なくとも、そう思われているのは確かである。 だが、違う。 彼らは決して同一ではなく。決して不変のものではなく。決してアマニタ(魔族)だけではなく。 ただひとつ。同じ目的のために働いているのみ。それだけが魔衆の証だ。 よって、今、この魔衆を率いているのはかつてのそれとは異なる者だった。名を、レイスと言う。彼は数十年前――アマニタからすればつい最近、魔衆の長となったばかりの無名な男だった。にもかかわらず、今や彼に付き従う部下は百をゆうに超える。それは彼が、計り知れない実力の持ち主であるためだ。その証拠に、彼は、自身に逆らった魔人を完膚なきまでに叩きのめし、存在を抹消してしまったのだ。それ浜神にとってしに等しく、また、今までそれをなしえたものが長い歴史上で十数人しかおらぬことを付け加えておけば、レイスのアマニタ離れした恐ろしさをわかっていただけるだろう。 以来、彼に恐れをなさぬものはおらず、彼が魔衆の長となり、血統主義ではなく実力主義で幹部を選抜する暴挙に出たときですら、レイスを止める者は誰一人としていなかったのである。結果として、魔衆は以前とは比べ物にならないほど強力な組織へと変貌していた。 そんな魔衆の本拠地である暗黒大陸にて、魔剣士グラシリスは重い足取りで主であるレイスの元へと向かっていた。何と主に告げればよいものか、そればかりが頭について離れない。 「・・・・・・報告は必要だろうな・・・・・・」 まず必ず伝えなければならないのは、聖魔剣リシーサのこと――それを奪い損ねたこと――だ。言い方を考えるならば、勇者が剣を抜いてしまった――だろうか。どちらにせよ、レイスの元にリシーサを届けることは出来なかった。そして、勇者が剣を手にすることも、阻止出来なかったのだ。 そして、もう一人の主であるエントローマ(ロードポリウス)の失態。これは勇者を侮っていたからと言えようか。とはいえ、真っ二つに裂かれはしたものの、魔人のその力は失われてしまったわけではない。あくまでも、仮初めの肉体が失われただけだ。その証拠に、グラシリスの右頬にはまだ刻印が消えることなく残っている。もっとも、消えてしまったところで喜びこそすれ、悔やむことは全く無いのだが。 「・・・・・・まさかロードポリウスをもってしても失敗するとは・・・・・・」 思い切って、もう一度あの村へ行き、勇者から聖魔剣を奪取するのはどうだろうか。うまくゆけば、此度の失態も許されるのではないだろうか。だが、ロードポリウス――認めたくはないが、自分よりも力あるものだったことは確かだ――ですら太刀打ちできなかったあの勇者を、自分ひとりで打ち負かす自信は無かった。今しばらくの猶予さえあれば、今よりも力をつけて戦うことは可能であろうが、今すぐにではとうてい無理だ。 「(いっそのこと、逃げ出してしまうか・・・・・・?)」 そういった思いがふと頭を過ぎり、グラシリスは慌てて頭を振った。 相応しくない。 己の良しとする誇り高き道において、その考えはあまりにも相応しくなかった。失態を演じながらおめおめと逃げ帰るだけでは飽き足らず、さらには主を恐れて身を隠そうなどとは。あまりにも惨めだ。 「どうすべきか・・・・・・」 だが、もう少し時間が欲しいと思うグラシリスの思いとは裏腹に、彼の足は正確に彼を主の下へと導いていた。 「どうした、グラス」 はっとして顔を上げ、グラシリスは慌てて膝をついた。 「レイス様。魔剣士グラシリス、ただ今戻りました」 この世に正義と悪とがあり、正義の英雄と崇められる人物が存在するというのであれば、レイスはまさしく悪の英雄だった。 年若く見えようとも、類稀な美貌の持ち主であろうとも、その実力は魔人をも軽く凌駕し、その内に秘めた威厳は並大抵のものではない。バラバラでしか動かない魔衆を束ねるだけの格の差が、そこには確かに存在しているのだ。 「グラシリス」 「は」 畏まったまま動けなくなっているグラシリスに、レイスの鋭い一言が投げかけられた。 「言うべきことは何だ」 一瞬、グラシリスの目の前が真っ暗になった。当初から薄暗い部屋の明かりが消え去ったわけではなく、単純に血の気が失せたのだ。飛んでしまった思考を必死にかき集めながら、グラシリスは答えた。 「も、申し訳ございません」 頭を下げたまま、言葉を選びながら答えを繋げて行く。 「我等が悲願であります、大魔神アクラシス様復活のための聖魔剣リシーサを、ここにお持ちすることが出来ず・・・・・・私はリシーサを手にすることは出来ませんでした・・・・・・勇者が復活をいたしたのも・・・・・・魔人エントローマが破れました。力及ばずにここへ戻ってきた失態は、如何なるものであろうとも受ける所存でございます」 そこまで言って、グラシリスは唇を噛んだ。途中が少しごちゃごちゃしてしまった気がしたが、構ってはいられなかった。 失態は、“如何なるものであろうとも”受ける――思わず口にしてしまったその一言を、グラシリスは自分で恐れた。パンセリナとヴィローサ姉妹の玩具になる、という罰は運良く免れることが出来たものの、それ以上の罰が待っている気がして生きた心地がしなかったのだ。 暫くの沈黙の後、レイスは口を開いた。 「ご苦労だった。下がって良いぞ」 「は、申し訳――え?」 グラシリスは、自分の耳を疑った。ここまでの失態に対し、主人は今、何と言ったのだろうか。 だが、そんな部下に対し、レイスは独り言のような言葉を続けた。 「そうか、聖魔剣はシャンピニオンの手に渡ったのだな。お前の報告を聞くまでは確信がもてなかったが・・・・・・これで分かった。やはり歴史は変わらぬものだ」 「・・・・・・」 「エントローマも然り。所詮は紙に描かれたものに過ぎなかったというわけか・・・・・・まぁ、文献がひとつ無駄になった程度か。とはいえ、あやつにはあの程度の知能があれば十分だろう。再び呼び出だす際にも少々試したいことが・・・・・・」 「レイス様」 「ああ、グラスか。何だ」 初めてグラシリスがそこにいるのに気が付いたかのように、レイスは彼を見遣った。グラシリスは思い切って尋ねてみる。 「あの・・・・・・私の失態に対する咎はいかがなものを・・・・・・?」 「苦労をかけたなという一言だ。すまないが、賞を与えようとは思っていない」 グラシリスは絶句した。大魔神アクラシスの復活に、聖魔剣リシーサは欠かせないはずなのだ。顔を上げて、叫ぶ。 「しかしレイス様、聖魔剣リシーサは――」 「何か不服か。自ら進んで余計な罰を受けたいとでも?」 「いえッ・・・・・・そういう訳では・・・・・・」 「ならば良かろう。得心が行かぬか?」 レイスのあまりにも寛大な処置に、グラシリスは口を結んだまま押し黙った。失態に対して咎が無い、というのもおかしな話だ。そんなグラシリスの態度にレイスも気付いたのだろう、軽く息を吐いてから、彼は口を開いた。 「言っておくが、自ら志願したにもかかわらず、聖魔剣リシーサを奪えなかったことは確かに咎だ。だがエントローマは身をもってして剣の主の実力を知らせ、お前はその証人としてここにいる」 まんじりとして動かないグラシリスに対し、レイスはふと笑った。 「それで帳消しだ」 「・・・・・・ありがたきことでございます」 「それに」 言いながら、レイスはグラシリスの目の前に膝をついた。夜の海よりも深い青の双眸に見つめられ、グラシリスは少したじろぐ。そんな彼の肩に手を置くと、レイスは親しげに声をかけた。 「お前が無事ならば、それで良い」 また一瞬、グラシリスの頭から思考が飛んだ。礼を述べなければならないということは分かりきってはいるのだが、今しがた耳にした言葉を信じることが出来なかった。 嘘かもしれない。 だが嘘であれ何であれ、自分のような魔衆をも気にかけて下さっているのだと、そう思ってみるのには十分な一言だった。 「あ、ありがたき幸せ・・・・・・」 しどろもどろにそう呟き、グラシリスは頬を染めた。 「暫くは休んでおけ。ご苦労だった」 「は・・・・・・」 夢見心地のまま、グラシリスはその場を離れた。あの褒め言葉はウソだろうという思いは確かにある。あるのだが、それ以上に嬉しくてならなかった。いくら社交辞令だとしても、主――それも己が憧れる人物――にああ言われれば、少しぐらいいい気になってみてもいいのではないだろうか。 グラシリスは緩みかけた顔を軽く叩いて気合を入れると、レイスのいた場所を振り返って一礼し、己の持ち場へと去っていった。 レイスは、自分の部下が去って行くのを見届けると、再び己の場所へと舞い戻った。会見の場に留まっても良いのだが、やはり落ち着く場所が一番だということだ。 「聖魔剣リシーサに選ばれし勇者・・・か」 レイスは、魔鏡に映し出された少年の姿を見た。金髪に、青い瞳。自分と同じ特徴。少年のように見えるのも、力を持たないように見えるのも、全てはまやかしに過ぎない。 だがもうひとり。そこにはもう一人の姿も映し出されていた。そう、彼こそがもう一人の“勇者”。薄い茶髪に緑の目。何処にでもいる、ごくごく普通の一般人。偶然か必然か、彼もまた、選ばれたのだ。 「・・・・・・面白いことになってきたな」 思わず、笑みがこぼれる。魔衆には言うまでもないだろう。むしろ、言わない方が色々と楽しめそうだ。 魔衆にも、信じるに値するものはいる。それは確かだ。たとえば、実直に自分を慕うグラシリスとかいう青年。零落貴族の子息である彼は、本来ならば魔衆の門すらくぐれない身分だったのを、高い実力を見込んで魔衆に加えたのだ。それ以来、彼は本当によく働いてくれている。他にも数十人ほど、気の置けない部下はいる。 だが。 多くはただの手駒でしかない。レイス自身を利用しようと企み、近付くものは全てそうだ。 そして、レイス自身、それを良しとしている。誰も己の真の目的は知らぬし、それを成し遂げるために誰かの力を借りようとも思わないのだから。 全てが動き始め、もう後戻りすることも、止まることも出来ない。その終焉に待つものが何であるのか――見届けてみたいものだ。願わくば、最後に笑うのが自分であるように。 「・・・・・・今日は月が綺麗だな」 ふと、皮肉っぽくレイスはつぶやいた。そういえば自分は、月を眺めるのが好きだったなと思いつつ。 ◆ 夜。プルはシャンプの誘いを断って、独り客室にこもっていた。いくら出立の前の宴だからとはいえ、部外者が邪魔するのもどうかと思ったのだ。それに、シャンプは大丈夫だと言っていたが、村人達が自分を快く受け入れてくれるかどうかは分からなかった。それに邪魔をするのもどうかという話だろう。何といっても、彼にとっては旅立ちの前の日だ。積もる話もあるだろうし。 ――というのは実はすべて建前で、ご馳走と思わしき物体を何一つ食べられないと判断したからこそここでこうして丸まっているのである。プルにとって、ぶよっとした虫の幼虫やねばねばした何かの汁は、食べ物として認知できないものなのだ。ついでに言うと、色が青や蛍光緑のものもちょっと遠慮願いたい。 「・・・・・・何かなぁ・・・・・・」 プルは窓の外から月を見上げた。 そこから見える景色は、実に幻想的だった。少し欠けた月が一帯を照らし、昼とはまた異なった美しさを演出している。 「夢、じゃあないんだよな」 プルはそう呟いた。今日一日であまりにも多くのことが起こりすぎて、その度に驚いたり疲れたりしていたが、そのどれもがひどく現実離れしていた。 プルは、自分の手を見た。何らいつもと変わらない手。見た目は、昨日と同じ手だ。 「夢、だといいんだけどなぁ・・・・・・」 言っても仕様が無いことだとは思うが、それでも口に出して言いたかった。呪いだか加護だか知らないが、自分が何故こんな目に遭わなければならないのかと。とりあえず、その腹立たしさはあの妙なキノコ剣ではなく、そのキノコ剣を奪いに来た輩に転嫁することにした。自己防衛自己防衛。 ともかく、出立は明日だ。 まずは、ランプテロミス村に帰らなければならないだろう。昼頃にも思い出してしまったのだが、自分はバリバリの遭難者なのだ。今日の出来事に振り回されてなかなか思い出す暇がなかったのが何とも薄情だが、家族だって心配していることだろう。もしかすると死んだとか思われたりしていないだろうか。早く家に帰って元気な姿を見せたい――というか家でまともな食事をしてまともな寝具で寝たい。とりあえず、鉄拳姉貴の制裁は都合よく忘れることにしよう。いくら鉄拳乙女と呼ばれる彼女でも、瀕死の遭難者を絞め殺したりはするまい。 「あーあ・・・早く帰りたい」 長椅子に何かもわもわした繊維状の物体――蜘蛛の糸に近い気がする――が敷き詰められただけのベッドに横たわりながら、プルはそう嘆いた。 「うう・・・何かの餌にされてる気がする・・・」 これから先どんな旅が待っているにせよ、それなりの食事と寝具にありつけますようにと祈りながら、プルは目を閉じた。空きっ腹がグーグー鳴ったが、ひたすら無視して眠りの体勢をとる。もしここで空腹に屈して階下へ降りようものならば、三日は寝込むこと間違い無しだと、プルは本能的に感じ取っていた。 「気のせい気のせい・・・明日になれば、そう、明日になればきっと何か食べ物が見付かるさ・・・・・・」 とりあえずプルは、さっさと自己催眠をかけて寝ることにした。 それからかなりの時間が経ち、宴もお開きになり、月が空高く上りきった頃。 蜘蛛の巣に囚われながらもがいている夢を見ているプルを筆頭に、誰もが眠りについているこの時間に、まだ起きている者がいた。 ひとりは、シャンピニオン。彼は弱音を吐くまいとしながらも、滲む涙をこぼさないように月を見ていた。村の少女アルミラとの秘密の場所、そこから見える絶景は、月を加えるとさらに神秘的なのだ。とはいえ、彼は月を見に来たわけではない。 皆の前では笑顔でいられたが、平気なはずは無かった。それでも、強くあらねばならない。 つらくて重くて潰されそうな宿命に、たった独りで立ち向かわなければならない。彼は“勇者”なのだから。 「きんだらー。なぁんもかもよー」 <綺麗だ。何もかも> 月。美しい月。その月光の下、ある小屋だけがぼんやりと光を放っていた。 「おめー、こんつくみとーよ・・・? あんみらよー・・・・・・」 <お前も、この月を見てるのか・・・? アルミラ・・・・・・> もうひとりは、アルミラ。村の少女だ。剣の封印の精霊と同じ容姿を持ち、いずれ守護精霊となるべきさだめを負っていることを、彼女はまだ知らずにいる。そしてそのために、彼女は愛する人との別れを余儀なくされているのであった。 彼女もまた、目元を潤ませながら月を見ていた。村の機織小屋、そこの窓から差し込む月光は、彼女の座っている織り機を明るく照らし出していた。そこにかかっている布がまるで月光を糸に織られているのだと言わんばかりに、キラキラと輝いている。 アルミラはふと、機を織る手を止めた。 「な、しゃんぷ。おらぁ、ほんわーっと。そんちおめ、おらんしんぬーとーへゆーとまーね、さ。ご、しんずーね。しんずー、そほんになろ・・・・・・なー、ほんこがっとそー。おめとーへつっかねーにいのーとっと。ご・・・・・・いのーたんねかよ。でーびわっとーねおもとねー」 <ねえ、シャンプ。私、本当は分かってた。いつか貴方が、私の知らない遠いところへ行ってしまうんじゃないか、って。でも、信じたくなかったの。信じてしまえば、それが現実になりそうで・・・・・・だから、本当はこのマントもそう。貴方を遠くに連れて行かないように祈りながら織ってた。でも・・・・・・祈りが足りなかったのかな。旅立ちの日に渡すことになるなんて思ってもみなかったから> そう独りごち、そっと目を伏せる。考えないようにすればするほど、そして笑おうとすればするほど、愛する人の笑顔が、声が、目の前に浮かんで消えなくなってしまう。頭で理解しても、心はどうしても静まらなかった。わかっているのに、どうしようもない。 「・・・・・・ひでーめー。たせつーと、わっとおんでけらーねんめ・・・・・・」 <・・・・・・ひどい女。大切な人、笑って送り出すことすら出来ないなんて・・・・・・> 思わず、頬を熱いものが伝う。何度瞬きをしても、涙は止まらなかった。止め処無くあふれ続ける。 月。美しい月。その月光の下、今は大切な人はすぐ近くにいる。だが、明日からは―― 「つく、きんだらー・・・・・・」 <月が、綺麗・・・・・・> アルミラは、滴り落ちる涙をそのままに、再び機を織り始めた。その音が、夜の閑に響き渡っていった。 ◆ 未明。まだ太陽は昇ってはいない。辺りは真っ暗だ。そんな中、少年二人は村の入り口(出口)にいた。 「・・・・・・」 「――でよ、おーずずせーが言うんは、こっから出てしばらく行くとよ、結界があるんでま、そこ越えっともー戻って来れぬっき、忘れモンすっと困ってまーで?」 「・・・・・・」 「大丈夫け? プル」 「んあ・・・・・・?」 自慢じゃないが、プルは朝にめっぽう弱かった。そんな彼にとって、夜明け前というのは未知の領域、そして眠りの時間なのだ。寝惚けた頭にはシャンプの言葉は一欠けらも入ってこない。 「こっからいろいろせにゃなんねぇこつあっとが。でひょめ、夜が明けるめぇにちゃちゃっと行っちまおってばな。聞いとんのげ?」 「・・・・・・眠い・・・・・・今何時~?」 「さー?」 「・・・・・・あうう・・・・・・あと五分だけ・・・・・・」 情けない声を出しながら、プルはシャンプにもたれかかって目を閉じた。最早、立つこともままならない。 しかし、そんなプルとは対照的に、シャンプの目は既にしゃっきりと開いていたのである。 「ダメぽー。行くったら行くっちな。うりうり」 「ぎゃあーははは! くすぐるの無し! あははは! くすぐったいってあははは!!」 三分後。 「起っちゃけ?」 「ゼー、ゼー・・・・・・お、おかげさまで・・・・・・」 昨日はかなり早く寝たはずのプルだったが、それでもまだまだ寝足りなかった。もっとも、睡眠時間は睡眠の深さと脳の疲れによって変動するので云々。 ともかく、眠たげなプルと空元気のシャンプではあったが、出発の準備は万端だった。 「行くべ」 ぶん、と腕を振り上げるながら、シャンプはぴょんぴょんと外へ向かって走り出した。 「・・・あのさぁ、シャンプ」 「何ず?」 ようやく頭が働き始めたプルは、思い切って疑問を口にしてみた。 「お別れは・・・言わなくていいのか?」 「! い、えぇもよ!! 言わんでよか!!」 その頑なな態度を見て、プルはため息をついた。理由はよくわかる。顔を見ると、残りたくなってしまうからだ。だから、何も言わずに行こうとする。だが、予想はしているとはいえ、ある日突然大切な人がどこかへ旅立ってしまったら――残された方は、何も伝えられないまま待ち続けなければならなくなってしまう。 「けどさ、シャンプ。せめてその・・・マントを織って貰った彼女に、お礼は言ったほうがいいと思うよ」 今朝、起きたばかりのプルでも気付いた半透明の手織りのマント。シャンプによれば、それはあの精霊アルミラにそっくりな少女、村人アルミラが彼のために作ってくれたものだという。 「今言わなきゃ、もう・・・お礼、言えないだろ?」 ◆ シャンプは、機織小屋の前に立ち尽くしていた。本当ならば、アルミラには何も告げず、そのままこの村を出るつもりだった。顔を見れば、少なからず決心が鈍ってしまうから。 だとすれば、分かっているのに何故ここに来たのだろう。あのプルとか言う彼に勧められたから? そう言い訳することも出来るだろう。だが今はそれよりも――一言だけでも、彼女に伝えたかった。ただの我侭だ。 意を決して、機織小屋の扉に手をかける。中はまだ薄暗いが、アルミラのいる場所は分かっていた。 「あんみら!」 <アルミラ!> 織り機のある部屋。その前で、シャンプはそう中にいる人物に呼びかけ、ドンと戸を叩く。 「いっときてーこつ――」 <言いたいことが――> 「いりなんね!」 <入って来ないで!> だがシャンプの言葉は、そのアルミラの叫び声によって遮られた。 「あ――」 <ア――> 「も、かーもみんねー! たのま、もゆーと!」 <もう、顔も見たくないの! お願い、もう行って!> シャンプは、扉に触れていた手をそっと下ろした。何を考えていたのだろう。余計につらくなることぐらい、分かりきっていたことなのに。 「・・・・・・すまそ」 <・・・・・・ごめん> 謝り、顔をしかめる。泣いてはいけない。 暫しの間、シャンプはそこに立ち尽くしていた。だが、もう行かねばならない。彼が立ち去ろうとしたその刹那、中からか細い声が聞こえてきた。 「あやまーな・・・・・・もっつれー。いんねー、あやまー、おらぁだ。わっとおんでけなーと、なむだでよー。わーっとご・・・・・・とまーね」 <謝らないで・・・・・・よけいにつらいから。ううん、謝るのは、私の方。笑顔で送り出さなきゃいけないのに、涙が出てくるの。分かってるのに・・・・・・とまらないの> 「あんみら、おら・・・・・・」 <アルミラ、オレ・・・・・・> 「きんね! かーみとー、とまーね。くーおめーひっとめよー。なー、も・・・・・・」 <来ちゃダメ! 顔を見たら、止められない。きっと貴方を引き止めてしまう。だから、もう・・・・・・> この扉。たった一枚の木の板を隔てて、二人は対峙していた。お互いに、分かっていた。分かっていたからこそ、その先に進むことは無かった。顔を見れば、そう、止められないから。 「あんみら――すまそ・・・・・・あんがと」 <アルミラ――ごめん・・・・・・ありがとう> 「・・・・・・さーなら」 <・・・・・・さようなら> さようならと返そうとして、シャンプは言葉に詰まった。言いたくない。さよならなんて、言いたくない。 「さーならじゃねー。まー、あえよー。ぜんなんもかんもおわーと、あいにくーさ」 <さよならじゃないさ。また、会える。全部何もかもが終わったら、会いに来るから> 「・・・・・・」 <・・・・・・> たとえ今は離れ離れになってしまったとしても。これだけは伝えておきたいことがあった。だから伝えなければならない。シャンプは、口を開いた。 「おらかなーずもどー。なんぞあーれ、ぜとーあんみら、おめんとこもどーとけ。わくれなんねー。おらとーへゆーがも、おらんこころぁこーさ。はなれよー、ずーいっさー。なー――」 <オレは必ず戻る。何があっても、絶対にアルミラ、お前のところに戻って来るから。お別れなんかじゃない。オレは遠くへ行ってしまっても、オレの心はここにあるから。離れても、ずっと一緒にいる。だから――> 「しゃんぷ・・・・・・」 <シャンプ・・・・・・> 「やくすく、いのちとほこり、ぜーめいとかむに・・・・・・まも。おら・・・・・・すんずと」 <約束は、命と誇りに懸けて、神に誓って・・・・・・守るから。オレを・・・・・・信じてくれ> これが、精一杯だった。本当は、ここにいたい。ずっと一緒にいられると信じていたし、これからもそうだとばかり思っていた。それがこんなことになるとは思ってもみなかった。 だが。 だからこそ。 約束、したい。必ず戻って来る、と。 ややあって、少し元気を取り戻したアルミラの声が聞こえた。 「ん、そーな・・・・・・すんずよ」 <うん、そうだね・・・・・・信じてる> 扉の前で、シャンプは笑った。声を出せば涙が出そうだったし、そんなんで笑うことなんて出来なかったけれど、顔を歪めて笑ってみせた。自分が悲しめば、アルミラもきっと辛いから。だから笑うのだ。 「ざー、おら・・・・・・いってこよ!」 <じゃあ、オレ・・・・・・行ってくる!> 「いってこよ」 <いってらっしゃい> 泣き出しそうな笑顔のまま、シャンプはキッと顔を上げると、小屋から飛び出していった。今度はもう、振り返らない。約束したから。そして約束は必ず守ると、誓ったから。 シャンプの姿が夜明け前の薄闇に消えるのを窓からじっと見届けながら、アルミラは呟いた。 「いってこよ――しゃんぴにおん・・・・・・くーぶずーで・・・・・・おら、すんずよ・・・・・・やくすくかのーび――そんび、ちーとなー、さーなら・・・・・・な」 <いってらっしゃい――シャンピニオン・・・・・・きっと無事でいて・・・・・・私、信じてるから・・・・・・約束が叶うその日まで――その日まで、ちょっとの間だけ、さよなら・・・・・・だね> ◆ とりあえず、自分はいいことをしたのだろう、と寝惚けまなこのプルは思った。その、最後のお礼だかお別れだかは分からないが、とりあえず二人は何かを言うだろう。大切な人に何も言わずに出てゆく気持ちも分かる。父親が行商人で、数年に一度しか戻ってこないうえに、いつも家族に黙って出て行ってしまうからだ。が、やはり何かしら言っておいてもらった方が、そのときはつらいかもしれないが、後になって――いいことだと思うようになるのだ。少なくとも、プルはそう信じている。 それを考えると、とプルはうなった。 「オレ、家族への最後の言葉が『晩飯よろしく』なんだよなぁ・・・・・・」 変なことを思い出してしまったせいで、また腹の虫がギューギューと鳴いて暴れだした。あまりにも空腹で、お腹が痛い。 「シャンプ、まだかな・・・・・・?」 『なっさけないわねぇ、勇者様2号!』 ワーン、とプルの頭に声が響いた。うとうとしかかっていたプルの意識が急に現実へと引き戻される。 「ア、アルミラ!?」 『アルミラのバカ、じゃなかったのかしら?』 ふん、と鼻を鳴らしながら、アルミラが姿を現した。 『わたしだってねぇ、悪かったと思ってるのよ? 巻き込んだりしてすまないな、と思ってたのに、バカとはなによバカとは! こーんな頼りない勇者様なんかにバカだなんて言われたくないわよ!!』 「わわ、わかったよ、ごめんなさいってば!」 『よろしい』 腕を組んでふんぞり返ったまま、アルミラはプルの前で咳払いをした。 『さて・・・・・・勇者様2号、もといプルアロータスよ』 「あの・・・どこから突っ込んでいい?」 『突っ込み禁止。私もよくわかんないけど、どうやらあなたはリシーサに気に入られたらしいから、勇者様2号。そして何故、私アルミラがまだ消えずにいられるのかという問いに対しては、消える前にやらなきゃいけないことがあるから気合でがんばってるの。理解した?』 ここで、いいえ、と答えたところで返ってくる説明は同じだろう。プルはおとなしく頷いた(眠さのあまり頭がカクンと下がったとも言える)。 『さて、プルアロータスよ、起きなさい』 ここで、眠り始めていたプルははっと目を開いて辺りをうかがったため、アルミラの冷たい視線を一身に浴びた。 『貴方がたの道はつらく、長いものになるでしょう。しかしご安心なさい。道標を示しましょう・・・・・・エメティカ様を探しなさい』 「エメティカ?」 『エメティカ“様”です、勇者2号よ。本人の前でそんな気軽なことを言ったら殺されるわよ・・・・・・まぁいいわ。堅苦しい話は抜きにしましょ。偉大なる賢者エメティカ様。赤い髪と黄金の瞳で、姿形は自由に変えられるわ。男かもしれないし、老人かもしれないし・・・・・・とにかく、その人を探すのよ。どこに行けばいいかは、わかってる?』 コクン、とプルが頷いたのを見て、アルミラも大きく頷いた。プルがまたぞろ眠りにおちつつあって頭が下がり始めたのを、了解の相槌と受け取ってしまったのだ。 アルミラが喜びながら、頑張ってくるのよとプルに告げて姿を消したのを、プルは知らなかった。彼の頭がようやく働き始めたのは、大切な人に別れを告げてきたシャンプによって激しくゆすぶられたさらにその後、レンチヌラの村を出て道を暫く歩いた時であった。だがプルは奇跡的にもこれだけは覚えていた――探すべき人は、賢者エメティカである、と。 「賢者エメティカを探そう」 眠気を振り払うように、プルはつぶやいた。それから首をかしげながら、うーんと唸る。 「・・・・・・でもなんで、アルミラはどこに行けばいいのか教えてくれなかったんだろう?」 ◆ 道がわかっていれば、プルがさんざん迷った場所も見るべきものが多い、楽しい場所だった。幾筋もの陽光が深い森の中に差し込み、ほの暗い闇の中に光を投げるさまは幻想的で、今にも伝説の精霊王達が配下を引き連れて現れるような錯覚に陥る。それに、プルが今まで見たことも無い、それこそ本の挿絵にすら描かれていないような、空想からそのまま生まれたといわんばかりの植物もプルの心を躍らせた。 だがそんな気持ちも最初のうちだけだった。何故なら、村を出てから暫く歩き通しだったからだ。それと、プルが空腹で歩みが遅くなっているというのに、シャンプときたらプルの小走りほどの速さでずんずん進んでいってしまうからだった。シャンプが謎の果実もどきを齧りつつ先頭を切って歩いて行く。プルはその後を必死で追いながら、彼の姿を見失いやしないか、暗がりから妙な獣が飛び出して来やしないかとビクビクしていた。それにシャンプがむしゃむしゃと食べているものは、例によって例のごとく、空腹に耐えかねているプルですら二度と口にしたくないものなのだ。プルが口にしたのは、数回の休憩の時に近くで湧き出していた水だけだった(それもやはり、彼に馴染みのある水よりも数倍冷たくてどこか石鹸っぽい味がした)。 そうしたことが重なり、プルは既に疲れが出始めていた。そんな訳で、シャンプがふと足を止めた時、プルが何か出て来たのかと驚いて足を滑らせてしまったのも無理のない話である。 「・・・・・・こっか」 「ど、どうかした? シャンプ」 「んー」 オドオドと立ち上がるプルに、シャンプは感慨深そうに告げた。 「こっから先はよ・・・・・・オラの知んねぇトコだ。要すっに、こん縄越えたらもー村には戻れねぇんざ。すれを思ぉと、っかこう・・・・・・ごんざばれなやだーるもけ」 <(中略)それを思うと、何かこう・・・・・・胸に来るものがあるなぁと> 「ふーん・・・」 最後の方は何を言っているのか分からなかったが、ともかくこの先はシャンプの知らない世界、逆を言えば自分の知っている世界になるわけである。見れば、地面と同化し始めている朽ちかけた縄が、道を横切っているのがわかった。早く越えたいと思ったが、シャンプが名残惜しそうに辺りを見回しているのを見て、プルは先を譲ることにした。それに、シャンプの話によれば、これは聖域と外界(つまりプルの住んでいる場所)を隔てる強力な結界なのだという。こう見えて――まぁ、どう見てもボロボロの縄なのだが――キチンとした手順で越えなければならないような、そういう面倒ごとがあるはずだ。 だが。 「うし!」 ぴょん、とシャンプはあっけなく縄を飛び越えると、早くおいでよとばかりにプルに向かって手招きをした。 「どした? はよ来んしゃ」 これを越えたらもう村に戻れないのではなかったのか、結界がそんなに簡単に越えられてしまっていいのか!?――当然、プルの心の叫びに答えるものはいない。プルは腑に落ちないものを無理矢理飲み込むと、ガックリと肩を落として縄をまたいだ。 木々に生る赤いリンゴ。熟していないものは、ほんのりと黄色くて。まだ若いものは黄緑色。 「帰ってきたぞぉ~!!」 イソギンチャクのような触手の生えていない、ごくごく普通のリンゴを頬張りながら、プルは叫んだ。その隣では、シャンプが色とりどりのリンゴ口に入れては首を捻っている。 「動かねー、軟らけー、味うすー・・・こんなんがうめーんか? リンゴけぇ、妙なモンさ」 「これが、こっちの普通なんだって! おいしくない?」 「んー・・・びみょー・・・・・・早いトコ慣んねぇと・・・・・・」 シャンプはあっちの木へこっちの木へと上ったり下りたりしながら、片っ端から口に入れていく。目に映るもの全てが珍しくて、知りたいことがたくさんあるといった感じだ。だからといって生態系が崩れるほど採る必要は無いと思うのだが。 「まぁ・・・・・・いっか」 戻って来れたという開放感で気が緩んでいたプルは、ここが森の奥だということをすっかり忘れてしまっていた。もちろん、いつもならばリンゴを齧りながらウキウキと歩くことなんて決して無いのだが、自分の知っている世界に戻って来たことで緊張の糸が緩んでいたのだ。 丁度その時、シャンプは木の天辺で見慣れない小さな実を千切っていた。プルからは少し距離が離れていた。 そしてプルが気付いたときにはもう、獣の牙が眼前にあった。 叫ぶ間も無く。プルはオオデースの身体の下敷きになった。 「!!!」 「プルっちぃ!」 「――――――ぅ、ぁ!」 必死に助けを呼ぼうとしたが、腕に食い込んだ牙の痛みで気が遠のき、声が出てこない。目に入るのは、プルの腕をもぎ取ろうと激しく首を振るオオデースの恐ろしい顔と、真っ赤な血だけ――それもだんだんとぼやけ始めている。 と、その時だった。 突然オオデースの身体が二、三度痙攣したかと思うと、急に動きを止めてしまったのだ。力無く自分に圧し掛かって来る獣の下から慌てて抜け出すと、そこには、脇腹に短刀を深々と突き立てられて絶命した肉食獣の変わり果てた姿があった。同時に、シャンプが駆け寄って来る。 「プルっちー! ぶずーか!? でねぇ、無事かと!?」 「あ、え? シャンプ・・・・・・」 ガクガク、と揺さぶられてから、プルはシャンプもこの状況に戸惑っているのを見て取った。 「これやったの、シャンプ・・・・・・じゃ、ない、よな?」 「オラ、慌てて飛び降りよって・・・・・・はー、ケガねぇで何よりじゃが」 驚いてプルが自分の腕を見ると、あれ程がっしりと食い込んで肉を割いていた牙の跡が、全く残っていなかった。確かに骨まで砕ける勢いで噛み付かれたはずで、血も大量に出たはずなのだが、何事も無かったかのように腕は無傷だった。 「(もしかしてコイツのせいか!?)」 プルは、シャンプが背負っている巨大なキノコ剣に疑いの眼差しを向けた。呪いがどうだの加護がどうだの言っていた気もするが、もしかするとこれがそうなのかもしれない。 ずばり、『怪我をしてもすぐに完治』だ。 どうせなら痛みも消してくれた方がプルとしてはありがたかったのだが、ともかく今回のところは傷の深さで死ぬことはなくなったので良しとすることにしよう。 それにしても、とプルは獣の脇腹に突き刺さった短刀を抜いた。どう見ても、これはシャンプの持ち物ではなかった。血の付いた刃は幅広でありながら鋭く、柄の部分には凝った模様が刻まれている。自分が持っているような万能ナイフとは違い、刃も長いし、何よりも殺傷能力に優れている。そしてこのどっしりとした重み。明らかに武器専用のつくりである。そうプルが思いを巡らしていると、呼ぶ声が聞こえた。 「おい」 「え?」 驚いて顔を上げると、シャンプが声の主は後ろだと手を振っている。そういえば急に影が出来たような気も―― 「オメェ、ちょっとこっち向きな」 ドスの利いた低い声でそう言われ、思わずプルは硬直した。獣の次は何だというのだ? プルが動けずにいると、気を利かせたシャンプが――プルにしてみればあまり嬉しくないことだったが――くるりとプルを声の主の方へと向き直らせてくれた。そのおかげでプルは、否が応でもその正体を見ることが出来た。 そこには、がっしりとした体つきの男が立っていた。しかもただの男ではない。頭の天辺からつま先まで、黒光りする鎧で覆われているのだ。無論、顔も隠れてしまってよく見えない。 「んだぁ、ガキだな・・・・・・何でこんなトコにいんだよ」 荒っぽい口調で、男はそうなじった。プルはただただ、冷や汗を垂らしながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。一方のシャンプの方は、来た道を指し示しながら笑顔で対応している。 「あっちがオラの村じゃのれ」 「ふぅ・・・ん。この辺りに村なんてあんのか?」 「はー、も今は入れねと思うっべっけども」 「何で」 「魔ん手攻めて来おって・・・えらいこつなっちもーてよ。結界張り直したんだべ」 男は当然と言うべきか、この近隣の地理については何も知らないようだった。プルのようにこの界隈に居を構える者ならば、用無キハ入ルベカラズとされている森の、さらに奥から人の姿をしたものが現れて、しかもよくわからない言葉を喋っているとあれば一大事だと騒ぎ出すところだ。しかし、男はじっとシャンプを見据えたまま、軽く頷いただけだった。 「まぁよく分からんが・・・・・・大変だったんだな」 「んだ」 「だがな」 と、男はギロリと二人の少年をにらんだ。 「この辺りは危険なんだ。そんなリンゴを齧りながらウロウロしてていい場所じゃねぇんだよ! わぁったか!! 私が間に合ったから良かったけどな、下手したら死んでたんだぞ!? 本気で、死んでたんだぞ!!」 その一言で、プルは一層体を強張らせ、シャンプは目をぱちぱちさせた。大迫力というか、何でもいいから「わかりました」と言っておかないとヤバイ感じがひしひしとする。 「ともかくだな、ガキがこんなトコに来るのは感心しねぇ。現に行方不明になってるヤツもいるんでな」 「すっだらけぇ。怖ぇな」 「ああそうだ。怖い場所だぞ、ここは。何なら私が村まで送ってやろうか?」 「オラんトコ、も今さ戻らんねぇよ」 しょんぼりとした様子で、シャンプはそう返した。男も言葉を間違えたことに気付いたらしく、今度はこう言い直した。 「ああそっか・・・じゃあ、何だ。近くの村まで一緒について行ってやろうか?」 だが、この恐ろしい戦士風の男に対しても、シャンプは全く怯えることなく、笑いながら首を横に振った(プルはその行動に心の中で賛辞を述べた)。 「いんね、平気だっぺ。こん道を、真っ直ぐじゃけな?」 「まぁ、そうだ。日が落ちれば、ああいった類の獣はもっと活発に動くだろうから、移動するならさっさとしとけ。もうじきに夜だ」 「あんがとさ」 「おー、オメェらもな」 「(よかった! オレのこともシャンプと同じ村出身だと思ってる!)」 プルがほっとして短刀を男に返し、シャンプが手を振って分かれようとしたその瞬間、男は急に振り返った。 「ああ、そうだオメェら。ちょっと待ちな。ひとつ、聞きてぇことがある」 ビクリとして足を止めたプルの背に、低い声がズッシリと圧し掛かってきた。 「オメェら・・・・・・プルアロータスという男を知らねぇか?」 一瞬、プルは石像になってしまったかのように固まってしまった。 プルアロータスという男を知らないか――、目の前の男は確かにそう言ったのだ。 「えと――、それ、僕、なんデスけど・・・・・・」 唐突に呼ばれた名に呆然としながらも、プルは何とかそう答えた。答えながら、目の前の男に心当たりがあるかどうか、必死で脳内を検索してみた。 該当、無し。こんな物騒な知り合いはいない。 「なに? 何だ、そりゃ話が早いな」 言うや否や、男はまるで鞄でも持ち上げるかのように、ひょいっとプルを片手で持ち上げた。 「ぅわあ? ああ!?」 急に視点が高くなり、情けない声を出すプル。 「騒ぐな動くなじたばたするな! メンドくせぇから、このまま持ってくぞ」 プルアロータスが巨漢に担ぎ上げられたとき、彼は生まれて初めて泣きわめいた、父親に高い高いをされた日のことを思い出したに違いない。 19年の歳月を退行し、彼はあの日の自分と全く同じように泣き叫んだ。 「ごめんなさい許してっていうか下ろして下ろして下ろして下ろしてぇぇェェ!」 父親は面白がって、彼を勢いよく揺さぶった。 そして今回も全く同じように、男はプルを激しく揺すった。ただし面白がってではなく、苛立って。 「うるせェな、大の男が泣き喚くんじゃねえ。ちったぁ黙ってろ」 シャンプがニヤニヤ笑いながらあとを追ってくる。男の言葉とシャンプの視線により、プルはなんとか正気を取り戻した。そして顔を赤らめながら、言った。 「シャンプ、笑ってないで助けてくれェ!」 シャンプは足をゆるめはしないが、さりとて速めることもせずに答えた。 「んだども、取って喰われたりはしねぇべや?」 鎧の男もそれに唱和する。 「そうそう、取って喰いやしねぇよ。おめえの友人はちゃんとしてるじゃねーか」 涙目になって、プルは「はい」と答えた。泣かずにいられようか。森に迷い、イソギンチャクに中り、身体中を蛆に這いまわられ、魔衆に殺されかけ、聖魔剣の呪いを受け。そして今また山賊(仮定)にさらわれようとしているのだから。これも全て、あの地図がいい加減だったせいだ。 ――あの地図? そして山賊(仮定)の声が、プルに当初の目的をはっきりと思い出させた。 「で、ルーニーは手に入れたのか?」 プルは答えられなかった。 気づけばランプテロミス村のすぐ側だった。 第2章 故郷は赤く燃え プルアロータスの出身村であるランプテロミス村は、まず地図に載らないであろう小規模な集落だ。原始的な狩猟と採集による自活と若干の畑作、そして祭具が転じた工芸品の輸出で、百人にも満たない人々が生計を立てている。王都の富豪なら、小遣い銭で村ごと買えるかもしれない――もっともこんな村を欲しがる富豪などいないだろうが。 今は夜だ。プルの両親も含むほとんどの村人たちが、眠りについているころである。 ところが。 鎧の男は不意に足を止めた。それにつれて、担がれているプルも「ルーニーは僕の心の中に」と言いさしたところで黙り込んだ。シャンプがつぶやいた。 「あんだ? 焦げ臭ぇど。それに風が騒ぎよるが」 「え? それってどういう意味――ったった!」 「火事だ!」 叫ぶやいなや、鎧男がプルを肩に乗せたまま走り出した。驚くほど軽快な動きで、鎧を着込んだうえに人間を一人担いでいるとは思われない。石も木の根も軽々飛び越えるので、おかげでプルは散々に揺られ、彼が再び足を止めなければ意識を飛ばしているところだった。鎧男は叫んだ。 「おいガキ! 降りろ!」 「へはぁ?」 プルはうずまく星を目で追いかけていたところだった。意味のある言葉を口にする前に放り出されて、落ち葉の中に顔を埋める。追いついたシャンプが彼を抱き起こした。 「おめ、でえじょぶか。目ぇ白ぇど」 「あー・・・うー・・・・・・何とか大ッ」 言葉が飛んだのは、鎧男が爪先でプルの頭をこづいたからだ。 「おいガキ、プルなんとかつったな。起きろ」 プルのほうは後頭部を抱えて悶絶していた。男のほうは加減したつもりでも、鋼鉄のブーツで蹴られれば痛いに決まっている。しかもそこは、レンチヌラ村で目を覚ましたときに椅子にぶつけたところだった。 「しっかりしやがれっての」 痺れを切らしたらしい。男はプルアロータスの襟髪を掴むと、引きずり上げた。 「あれだ。見えるか?」 男は右手で彼方を指した。その指まで鎧われていることにプルは驚いたが、一瞬後にはそれを忘れた。暗闇にいくつもの明かりが見える。それは炎だった。村が燃えているのだ。 「な・・・・・・」 脳裏をよぎったのは、魔衆と呼ばれるものたちのことだった。彼らが先回りして、村を焼き討ちしたのではないか? 自分はもう関係者で、たぶん向こうにもそう思われているだろうし。いや、それとはまったく関係なく、待ち伏せついでに火を放ったのかもしれない―― 「――だ。分かったかっつーか貴様、聞いてんのか!?」 「え?」 顔を横に向ける。男の瞳が火を受け、黒い鉄塊の奥で輝いた。 「聞け、ガキ。私は雑魚を始末してくるから、お前は村人の誘導だ。そこのぼさぼさ頭にも手伝ってもらえ」 「ざ、雑魚って。あれが誰の仕業か分かってるのか・・・ですか?」 「雑魚だよ」 男は言った。後ろから同意するシャンプの声が聞こえた。 「んだ。ケモノだな。さっきの奴とおんなずだ」 その言葉で、プルは悟ることができた。村の火事は、オオデースの襲撃によるものなのだ。これまでに何度か襲撃されたことがあり、プルも避難したことがある。自警団が火矢で追い払うのが通例なのだが、それが燃え移ったかなにかしたのだろう。 「急げ!」 男が手を離した。プルはしりもちをついて悲鳴を上げたが、すぐに立ち直って走り出した。後ろから二つの足音がついてくるのを聞きながら考える。 避難場所は決まっているし、避難訓練もやっている。不意を突かれた者以外はすぐに逃げ得たはずだ。必要なのはオオデースの撃退と、家の中に立てこもっている者の救助やはぐれた者の捜索だ。前者は無理なので(食い殺されてしまう)、やるとすれば―― 「急げ! 遅ぇぞ!」 顔を上げると、男とシャンプはもうずいぶん先のほうにいた。 途中から崖を滑り降りて、三人は村の中に突入した。いくつかの家が巨大な篝火と化していて、周囲は赤く照らされている。黒い影がそこかしこを疾駆しているが、人の姿はなかった。木々の焼ける音とオオデースの吼え声のせいで、人の声も聞こえない。 「シャンプ! いいい家の中をみ見て回ろう」 プルの声が上ずっているのは、むろん怖いからだろう。シャンプのほうはさほど恐怖の色も浮かべず、真剣な顔つきでうなずいている。 「ごほん、まずはアンブロスス様だ。祭祀堂――というか一番とんがってる屋根の家だよ」 「ん? おめ、お父やお母はいいのけ?」 「ああ。うちの家系、逃げ足だけは異常に速いからね。それより足を悪くされてる司祭様のほうが危ない」 「わぁっただ!」 シャンプが走り出した。半ば以上その後ろに隠れるような形でプルも走り去る。 それを見届けて、鎧男は視線をめぐらした。幾頭かの四足肉食獣はこちらに気づいているようで、剣呑な視線を向けてきている。二人を追うものがないことを確認し、男は胸元の留め金をはずした。バチリと音がしてベルトが緩み、背のフックから槍が外れる。倒れる前に柄を掴んで、男はそれを軽く振り回した。三回転目で静止させ、穂先を四足獣どもに向ける。 「さて・・・・・・このトリュフォー様に一番槍を付けようって勇者はどいつだ?」 四足獣たちは頭を低くして威嚇の唸りを上げている。そのままなかなか動こうとはしなかったが、うち一頭が仲間を鼓舞するように高く吠え、猛然と地を蹴った。 躍りかかった獣は、しかし跳躍の途中で急に角度を変え、地面に突っ込んだ。続いた二頭めも、甲高い悲鳴を残して背から地に落ちる。瞬速で回転した槍の穂先と石突が、彼らの脇腹を突いたのだ。手練の技だった。 三頭めは跳躍せず、正面から襲いかかった。突きにきた穂先を直前で見切れば、敵に後はない。獣なりにそう計算したのである。果たして敵は突きにきた。獣の優れた動体視力は、暗夜であってもそれを見切った。しなやかに身をひねり、刺突を回避する。 次の瞬間、獣の体は宙に舞っていた。 槍術の一手、巻き落としの応用だ。体勢を立て直す間も与えず、首筋を一撃する。三頭めは横倒しに地に叩きつけられ、動かなくなった。一歩後退し、左右から飛びかかってきた四頭めと五頭めにお見合いさせておいて、トリュフォーは容赦なく槍を振り下ろした。鈍い音が二つ続き、二頭とも沈黙。ほとんど木刀の使い方だ。 それで、あたりは静かになった。 「ちっ・・・鎧なんぞ着込んでるほうがバカみてぇだな。ったく、技を使うまでもない」 槍を下ろして、トリュフォーはぼやいた。 「行くか」 鎧の触れ合う金属音を響かせつつ、それでいて平衣をまとうかのように軽い足取りで、青年はいまだ吠え声の響くほうへと走り出した。 ◆ ランプテロミスが唯一、その辺境の地で誇ることが出来るのが『祭祀殿』だった。だが今やその祭祀殿も、人々がキノコ神に祈りを捧げる場ではなく、紅蓮の炎に包まれ、夜明け前に残る闇を神々しく照らす灯火へと変貌を遂げていた。 あまりの火力に一瞬躊躇したものの、プルは思い切って祭祀殿の中へと飛び込んだ。以前ならば無理だっただろうが、あの剣の加護だか呪いだかの力があれば、少々の火傷ぐらいならばすぐに治るだろうと踏んでである。 が、 「うひゃぁ!」 情けない声を上げながら、プルは身を硬くした。凄まじい落下音がして、火の粉が散る。 熱い。 火が燃え盛っているだけあって、獣を見かけなかったのは至極当然のことだろう。問題は、次の敵が火であるということだ。ぼやぼやしていたら丸焼けになってしまう。 「アンブロスス様ぁー!! 何処ですか!? いたら返事してくださぁーい!」 「アンブロスーさまーあ!! どことぜー!? いんなば返事せーやな!!」 妙な掛け声をかけながら、シャンプも後をついて来てくれている。いくらか心強いことだった。 「焦げっとぉぜ!! はよいねば!! ごーだらけ!!」 ――言葉が通じるかどうかは、別としてだが。 「うわっと! じゃ、じゃあシャンプ!」 「むい?」 あっちこっちを、やたらめったら走り回っていたシャンプはキーッとブレーキをかけて踏み止まった。火の回りよりも早いその俊足ならば、とプルは叫ぶ。 「オレはいいから、とにかく、走り回って誰かいないか探してくれ!!」 頷いたのも見えないほど早く、シャンプはその場から消え去った。同時に、二階の扉がバタンと開いた音。 「頼んだぞ!」 言いながらプルは、一階の祭壇の奥の扉を目指し、走った。 ◆ 「外はもう大丈夫だ! 早く逃げろ!!」 ありがとうございます、と言葉を残しながら走る村人たちの姿の中に、まったく似つかわしくない鎧男がいた。トリュフォーだ。無論、彼は村人達と一緒に逃げる側ではなく、取り残された人々を逃がすべく駆けずり回る側である。 「お前ぇらで最後か!?」 「ああ、戦士様!! 息子は!? プルーアは見付かったのですか!? 貴方様がここに来てくださったということは、あの子は――」 「母さん、危ないってば! 早く逃げないと!!」 「あー・・・・・・」 トリュフォーはガシガシと兜の上から頭をかいた。 そこにいたのは、彼が村に訪れた時、周囲が押しとめるのも聞かず、息子は生きていると言い張っていたあのご婦人だった。要するに、プルの母親だ。彼女が行方不明になった息子を探しに行くと言ってはばからないものだから、用事ついででよければ代わりに探してきてやると約束したのだ。そんな危なっかしいところに女性が一人で行くのは自殺行為だ。 こうしてトリュフォーは森へ入ったのだが、結局まだ彼自身の用事は終わっておらず、しかし幸運なことにその息子のプルアロータスとかいう少年は危険極まりない森の中で本当に生きていて、ついでに一風変わったつれもいて、強引に二人とも連れて帰って来たはいいものの、今はこの村の惨事を目の当たりにして、逃げ遅れた人々を探して奔走しているだろう、だが急がなければ今度はみんな村の中で死ぬことにもなりかねない――などと、そんな長ったらしいことを今この場でいちいち説明している暇は無い。 「とりあえず大丈夫だ、見付けたからよ」 「本当ですか!? よかった・・・神様・・・・・・」 思わずへたり込みそうになるその母親を支えながら、娘――感じからするとプルの姉だろう――が母親を叱責する。 「ダメだってば母さん! プルが生きてるのにあたしらが死んじゃったらどうする気!? 早く逃げないと! でしょ!?」 それから彼女はトリュフォーの方へ視線を移し、純朴な顔を出来る限り厳つく見せながら彼を睨んだ。 「プルのこと、本当なんでしょうね!?」 この場から自分達二人を引き離すための嘘だと分かったら承知するものか、とその目が言っている。プル本人がいない以上無理からぬことだが、今はそれどころではない。急を要しているのだ。 ふん、と彼は軽く鼻を鳴らしながら睨み返した。 「ったりめーだバカ。感動のご対面をさせてやりたいところだが、状況が状況なんでね――」 言うと同時に、トリュフォーは二人を押し退けて素早く彼女達の後ろに立つ。ガキン、という金属音が響き、二人の女性は思わずうずくまった。気が付けばオオデースに囲まれていたのだ! 「立ち止まんじゃねぇ!! わぁったらさっさと逃げやがれ! これは私が片しとくからよ!!」 慌てて二人が駆け出してゆくのを気配で感じ取りながら、トリュフォーは笑った。どうやら足の速い獲物よりも、この場にとどまっている獲物のほうが狩りやすいと判断したのだろう――判断を間違えたな、トリュフォーはにやりと笑った。庇う必要がある人間がいなくなれば、こんな雑魚など一度に十匹相手をしても余裕だった。槍を捻り、柄に食らいついていた獣を地面に叩き付ける。 「さーて、さっさと終わらせちまおうぜ!」 ◆ 果たして、神官アンブロススはいた。いたのだが―― 「おお、プルか・・・」 「ですからぁ・・・・・・僕はまだ死んでませんってば!! ほら! ほら! ほら!!」 「わしにもついにお迎えが・・・いや、長かった。妻が死に、そして息子が病に倒れ、生き残ったのはこの老いぼれとたった一人の孫だけじゃったからなぁ・・・・・・」 指で祈りの模様をきりながら、アンブロススは何度も何度も頷いていた。 「(ダメだこりゃ)」 人選が悪かったかなとプルは自分で痛感した。下手をすれば死んでいると思われかねない自分がここに来たところで、しかもこの状況で、この高齢の司祭様が簡単に助けが来たと思えないのは当然のことかもしれない。いや、だからといって死んでるだの云々言われるのはやはりいい気はしないのだけれども。 だが来たからにはきちんと外まで運び出さなければ、本当に死んでしまう。こんなところで焼け死ぬのなんて真っ平ごめんだ。あれだけ大変な目にあったんだから、せめてまともな料理を口にするまでは死ねない。 「よし、じゃあシャンプ、アンブロスス様を頼む!」 「おーさ」 プルの頼みに嫌な顔ひとつせず、シャンプはアンブロススをその背に負った。 「おお、何処へ行くのかね? まだ熱い気がするのはまさか地獄の業火――」 「外です、そーと!! もぉとにかくなんでもいいんで、しっかりつかまっててください!! 行くぞ、シャンプ!」 「おお!」 「妻よ、息子よ、今逝くぞ・・・・・・」 「逝きませんっ!!」 シャンプの背中で何やら祈りの言葉を呟いているお爺さんを無視して、二人の少年は出口を目指し、走った。 早くしなければ、この建物自体が倒壊しかねない。 ◆ ジュウウ、という嫌な音と同時に肉の焼ける匂いがして、獣が甲高い悲鳴をあげながら飛び退った。 「バーカ」 焼ける鎧に触ったんだから自業自得だぜ、と軽く鼻を鳴らす。と同時に彼の槍の鋭い追撃を受け、背後からの急襲に失敗したオオデースは、地面に叩き付けられ動かなくなった。 「あーあ・・・ったく、うっとぉしいぜ」 トリュフォーは、性懲りも無く隙をついて襲って来るオオデースを片手であしらいながら、何度目かの嘆きをもらした。襲い来る雑魚共は言うまでもなく、次第に熱せられているこの鎧も、非常に鬱陶しいものだった。 「たく・・・・・・無駄な精神は使いたくねぇんだよ私は」 そうぼやきながら、彼は手の平に浮かんだ地図のようなものを見た。基礎魔法の一つ、チェスバンズ――戦局を表示する地図を空中に描き出す魔法だ。見知らぬ土地での戦闘や、布陣の立て直し、また人探しにも使える優れものであるのだが、難点は表示中は片手が使えなくなることと、注意力が散漫になってしまうということだ。 彼は目の前に浮かんだ、半透明の地図状の上に光る点々を見ながら思った。 「(おおかた片付いたらしいな)」 赤い点が敵、白い点が一般人を表しており、村から少し離れた高台にその白い点が集まりつつある。燃え盛る炎まで示してくれるその地図の上では、残っている点はあと七個程度。白い色が一つと、自分を表す黄色い点、後は赤い点がバラバラと。 「(ひとつ?)」 トリュフォーは軽く首をひねった。先ほど駆け出していったあの少年二人組みはいったい何処へ行ったのだろうか? あまりのことで身の危険を感じ、避難したのだろうか? それならばそれはそれでいいのだが――自信は無かった。 「(チッ、こんなことならもっと魔法をやっときゃよかったぜ)」 魔法というものは、術者によって効果が異なってくる。トリュフォーのチェスバンズが必ずしも真実を映し出せるほど精巧でないことは、己が一番よく知っていた。 ともあれ、敵をあらかた掃討した今となっては、いるかどうかも分からない少年二人に村人の捜索を任せっきりにして、自分だけ避難するわけにはいかない。 それに、この炎の中にとどまっているとは考えにくいが、ひょっとするとまだ敵が潜んでいるかもしれない。そうなった時、戦闘能力が期待できない二人はどうなるか――答えは火を見るよりも明らかだ。冗談などではなく。 黒い鎧を赤く染めるその炎の中、鎧男ことトリュフォーは、積み重なったオオデースの屍を前にして悪態をついた。 それは、「手間取らせんじゃねぇよ」でも、「弱すぎんだよ」でもなく、「あっちぃ・・・・・・」という、悲痛なものだった。 そりゃあそうだろう全身鎧なんだからよ、と自分で頷いてみて、指先で目の上に垂れてくる汗を振り払った。わけあってこんな格好をしているのだが――無論、辺鄙な地に来るから万が一に備えて、というのもあるのだが、何よりも自分の顔を隠すためだ――それにしても熱過ぎた。この辺りの獣ははっきり言って、討伐の必要も無いほど弱い。だからといって警戒しなくていいというわけでも、田舎の村は襲わせておけばいいというわけではないのは当たり前のことだ。しかし、野生の獣の強さから考えれば、鎧着ている方がバカを見ているのは間違いなさそうだ。 熱い。 ただ熱い。 『鎧』が。 火に熱せられた金属製の鎧は当然の如く熱を帯び、卵を落とせば焼けるほどに熱い。といっても、かつて戦った竜の類が発する息(ブレス)に比べれば何と言うことは無い――のだが。熱いことには変わりが無い。 だが幸い、まだ辺りは薄暗い。むしろ、日が昇る前の不気味にはびこる暗闇のおかげで、この火の中においても、少し離れれば驚くほど視界が悪い。普段ならば舌打ちの一つでもくれてやるところだったが、今回の場合は勝手が違った。 「(これならば・・・・・・バレやしねぇだろ)」 トリュフォーは軽く息を漏らすと、己の頭に覆いかぶさっている兜に、手をかけた。 ◆ 一生のうちの幸運が一度にやって来るのはいい。まぁ、後は不幸しか残っていないからがっかりするかもしれないが、それでも、一生のうちの不幸が一度にやって来るのは絶対に嫌だ。 村祭りのために森で遭難して死に掛けること然り。妙な村について介抱と言えない介抱を受けること然り。聖魔剣とかいう妙なものの愛を受けること然り。魔衆とかいう妙な連中に目をつけられること然り。 要するに、妙な英雄譚に巻き込まれること然り。でもって、村が火事になって死に掛けること然り。 つまり、この先に幸運しか待っていないからといって不幸が一度に押し寄せてくるととんでもないことになってしまうのだと、プルは否が応でも理解せざるを得なかった。 というか周囲一帯が火に囲まれた状況下で、どうすれば生き延びられると? 「あわわあわわ・・・ど、どうしよう?」 情けない声を上げながら、プルはジタバタと無駄に足踏みをしていた。 入り口だったところが、すっかり塞がれてしまっている。しかもかなり長い距離にわたって、瓦礫が山となって転がっている。蹴ったり投げたりして動かせるようなものではないし、他の退路も同じようなものだ。 「プルっちよぉ、ま、ちーつけ・・・じゃね、落ち着けい」 「落ち着けないってば!! どどどどうすれば出られるんだ!?」 「死ぬ前に渡るのは川だとばかり思っておったが、まさか火の川だとは――」 「アンブロスス様は黙ってて!!」 そうこうしている間にも、炎は勢いを弱めない。本当に焼死しかねない勢いだ。蒸し焼きか、あるいは丸焼けか。 「うー・・・せめて火が消えれば・・・もう無理だけどさぁ、こんな状況じゃ。でも、消えれば・・・・・・」 どうにもならないことをつぶやいているプルの足を、とんとんとシャンプがつついた。 「プル、いっか?」 「何ィ?」 いらいらとせわしなく動き続けるプルとは対照的に、シャンプは落ち着き払っていた。 「そら・・・オラなら出来っかもべ」 ◆ トリュフォーは、不慣れな田舎道を走っていた。炎で辺りが赤く染まり、様々な物が燃え盛り、たとえ村の住民であっても迷いかねない状況ではあるのだが、彼は尖った屋根――村の一番奥まったところにある建物を目指した。茶髪の少年が言うのが確かならば、二人はそこに向かったはずだ。 それにしても、やはり視界が広いというのはいいものだな、とトリュフォーはちらと思った。先程まで彼の顔から頭を全て覆い隠していた金属製の防具は、今は彼の背に括られていた。 ただひとつ問題なのは、顔を見られると非常にまずいことになりかねないということだ。誰も自分の顔を知らないとしても、辺鄙な田舎村で己の顔を晒すことには抵抗がある。出来れば薄暗いうちにけりをつけて、火を消してしまいたい。そうすれば、気兼ね無く兜をかぶれる。 「・・・・・・チッ」 彼はふと足を止め、何度目かの舌打ちをした。 燃え盛る炎に負けじと、目を爛々と輝かせながら彼の行く手を阻む獣がいた。オオデースの生き残りだ。仲間があらかたやられてしまったというのに、何故留まっているのだろうか。 だが、そのオオデースの獣らしからぬ行動についてトリュフォーが考えるよりも早く、敵は捨て身の一撃で飛び掛ってきた。慌ててしゃがみ、振り返りつつ体勢を整える。これが生死を賭けた戦いでなければ、抜群のコンビネーションで彼の頭を獣が飛び越えたことになる。見世物にしたらうけるかもな、思いながらトリュフォーは二撃目を捻ってかわした。逃げ遅れた黒髪が少々獣の爪にやられたらしく、ひらひらと宙を舞った。 「(これだから長髪は・・・・・・)」 自分の髪型に突っ込みを入れつつ、トリュフォーは三撃目を左にかわすと見せかけて、そのまま獣の首根っこを槍で突いた。鈍い手ごたえがして、獣は地にどうと落ちた。口から泡を吹いている。 「(意外と時間をとっちまったな)」 急がねぇと、と手負いの獣にとどめを刺さずに走り出そうとした彼の目に、信じられない光景が飛び込んできた。 「んなッ!?」 首をあり得ない角度に曲げたまま、手負いの獣が立ち上がったのである。その口からはだらしなくよだれが、ただし赤い色の混じったよだれが、ダラダラと垂れている。 「有り得ねぇ・・・・・・」 言いながら、トリュフォーは槍を構えた。通常、獣というものは本能が強く、生き残るために傷を負えば尻尾を巻いて逃げ出すものが多数だ。だから敢えて追うこともしない。一度酷い目に遭った獣は、もう二度と民家を襲おうとは思わないからだ。この田舎村の自警団が、火を使って追い払えるぐらいの獣でなければ、こんな地図にも載らないような村などあっという間に全滅していることだろう。 だとしたらこれは何事だ? 瀕死の重傷を負い――まさかもう死んでいるのに動いているのか――それでもまだ敵に向かってくることなど、あり得はしない。せいぜい、残り少ない命を惜しみ、敵から逃走を計ることしかしないはずなのだ。 獣が、土を蹴った。折れた足にもかかわらず、驚くべき跳躍力で、トリュフォーの頭を狙う。 だが。 「何度も同じ手を使ってんじゃねぇぞ!」 今、己の何処が弱点となり得るのかを既に知っていた彼にとって、獣の動きを読むのはわけ無いことだった。無論、この点にまだ獣らしさが残っていたから出来た芸当ではあるのだが――あわれ、オオデースは鳥の串刺しよろしく、大きく開けた口から頭骨を貫かれて絶命した。ぶん、とトリュフォーが槍を振ると、血を撒き散らしながら獣は地面に叩きつけられた。どうやら、もう動くことは無いようだ。 「・・・・・・・・・・・・」 ピクリともしない獣の死骸を見つめながら、トリュフォーは押し黙った。 「(何か起こってんのか? だとしたら、何が?)」 だが、彼には考えている暇は無かった。周りの獣がすべてこうなっているのならば、あの二人が危ない。彼は顔をしかめると、再び駆け出した。今にも崩れそうな、祭祀殿へと。 ◆ 力は誰かを助けるためにある。 少なくとも、シャンピニオンはそう信じてきたし、きっとこれからもそう思い続けることだろう。そのための、力なのだと。 そして、力に選ばれたのであれば、それは宿命であれ偶然であれ、成すことを成さねばならない。 シャンピニオンは目を閉じ、剣の声を聞いた。音でも光でもない、口にすることが出来ない妙な感覚が自分に語りかけてくる。 シャンピニオンは己の周囲にまとわりつく熱に向かって心の中で叫んだ。 消えろ、と。 水で消すイメージではない。風で吹き飛ばされるイメージでもない。火が勢いを弱め、薪をくべなければ燃えないほどに弱りはてるイメージ。そして、炭の中に逃げ込み、空を燃やすことが出来なくなってしまう火のイメージ。 もっと強く思え。もっと、もっと。 そうなることが当たり前であるかのように、もっともっと強く念じろ。 一身に火に向かって念じ続ける彼を、ごぅ、と炎がかすめた。後ろにいたプルが短く叫び声をあげる。しかし、炎に呑まれたように見えたシャンプは無事だった――むしろ、彼が火をまとったようにも見える。 火を司る精霊神フラムよ、鎮まれ――シャンプは剣と共に命じた。 ――火よ、消えよ。燃え盛るならば、我が内に宿りて力を奮え―― 「フレイム・アブソーブ!!」 ◆ 「なな、何だ!?」 プルは己の両手が赤く光るのを感じた。剣を握り締めて瞑想にふけっているようにも見えるシャンピニオンの腕に、彼の村で見たときのような刻印が浮かび上がってきている。燃え盛る炎よりも紅く、それでいてあの時よりもよりはっきりとした刻印が。 だが、プルが驚いている時間はそう長くなかった。 剣の先に組み込まれている宝珠が赤く輝いたかと思うと、その赤い光に取って代わられるかのごとく、炎が見る見るうちに勢いを弱め、ふっと消えてしまったのだ。まるで、今まで自分が見たものが幻であるかのように。 「! シャンプ!!」 ゆるゆると、シャンプの内に炎が吸い込まれていくような、そんな感じがした。見えた、とまでは言えないが、何かそんな感じがした。だが思うよりも早く、彼は全身の力が抜け切ってしまったかのようにガクッと膝をついた。慌てて駆け寄る。 「んあ・・・・・・火ぃ・・・・・・消え・・・・・・とぉ?」 虚ろな瞳で、シャンプはプルを見た。 「え、ああうん、消えたよ。何か・・・こう、ふっと」 今にも倒れそうな彼の体に触って、思わずプルは手を引っ込めた。 熱い。炎よりも、ずっと。 清々しい気と、禍々しい気が同時に押し寄せてくるような、不気味で神聖な感じを受けながら、プルはシャンプの手に握られた聖魔剣リシーサを見た。それはまるで生きているかのようだ。胎動し、今にも剣という名の殻を押し破りそうな気配すらする。そして同時に、そのようなことが決して無い、抜け殻のような死の気配もあった。 ただハッキリとわかるのは、さっきの奇跡はこの剣の力だということ。そしてその奇跡を起こしたのが勇者であるシャンプだということだ。 「おお、奇跡じゃ・・・・・・」 その通りだといわんばかりに、剣の先に組み込まれた宝珠が、まだその透明な身の内に、炎の赤をゆらゆらと蠢かしている。 「よ、よし、じゃあ・・・逃げよう! ここにいたら崩れちゃうかもだしさ」 意を決して、プルはシャンプの両肩を支えて立ち上がらせた。その瞬間、プルはギャッと叫んでいた。 「でぇ・・・・・・じょぶ・・・・・・かぁ・・・・・・」 「なな、何のこれしき!」 シャンプの腕はまるで焼き鏝だった――骨の真を焼くような感触にプルは涙が出そうになったが、歯を食いしばって耐えた。自分が感じた以上の何かが、小さな勇者様に圧しかかっているのは間違い無かった。 「ああ、あ、アンブロスス様、立てますよねぇ!? ご自身で!」 いくら火事場の馬鹿力といわれても、プルには二人の人間を背負って運べるだけの体力は無かった。そして今、助けが必要なのはシャンプの方だ。ご老人には悪いが、自分でがんばってもらうしかない。 「たてます・・・・・・はて、盾もマスもどこにも無いが・・・・・・?」 「てなわけで、は、早く出ましょう、ほら危ないし!」 アンブロススのボケを無視して、プルはとりあえず蹴破ってでも出られそうな場所を探した。シャンプがこの状態だし、爺さんは当てに出来ないし、だとすると自分がやるしかない。でも、どこから? 「えーと・・・・・・」 燃えて脆くなっていそうだとはいえ、やはり木材は硬い。 「(蹴ったら痛そうだな、いや、それで穴でも開けばいいんだけれど開かなかったら無駄蹴りだよな、逆に自分の足を痛めたらバカみたいだし・・・でも何とかして穴を開けないことには逃げられないわけで――)」 プルがブツブツと考え込んでいると、 バギイィ! 「うわぎゃああ!!」 激しい音と共にプルの目の前の壁が爆発した。 「(ああもう終わりだもうこの祭祀殿も崩れちゃって自分は生き埋めになって死ぬんだというか死ぬ前にもう一度まともなご飯が食べたかったな――)」 「――ってオメェなぁ、聞いてねぇだろ人の話!!」 「え?」 恐る恐る目を開いてみると、そこにはあの鎧男がいた。 「ひ――」 「叫ぶなわめくな、うっとおしい!」 プルが叫ぶよりも早く、男が後頭部を小突いた。目の前に星が飛ぶ。くどいようだが、そこは椅子をぶつけた上にこの鎧男のブーツで蹴られたところなのだ。しかもこの人、手甲もしているから痛いの何のって。 だが青年は自分のせいでプルがうずくまってしまったのだということには全く気付かずにため息をついた。 「男ならそんぐらいの痛みは耐えやがれ! ったく、軟弱だな」 「(誰のせいだよ誰の!?)」 プルは心の中でそう突っ込んでおいてから、頭を押さえて立ち上がった(口に出せばあの恐ろしい形相で睨まれることになるからだ)。もちろん、後頭部は手でしっかりとガードしてある。これ以上ぶつけたら頭が悪くなりそうだ。 「とにかく、私があけた穴からさっさと出やがれ!」 「ふぁい・・・・・・」 プルは彼に決して背後を見せないようにしながら、ずりずりと穴を出た。 トリュフォーは、見た。 金髪の方の少年が、その背丈ほどの剣を持っているのを。そしてそれは、あの『聖魔剣リシーサ』と同じ特徴だった。彼の目は節穴ではないのだ。 「(まさかこんなとこにあったとはな・・・・・・)」 そう考えれば、大体の説明はつく。何故獣が凶暴化したのかも、何故炎が一瞬で消えてしまったのかも。 だが、彼が説明を求めようとする前に、金髪の彼は「もうでぇじょぶだぁ」とか何とか言って、爺さんを負ぶって避難所へと駆けて行ってしまった。と、その時目にはいったのが、あの、茶髪の少年プルア何とかだった。 ご両親には悪いが、感動の再開はもう少し先延ばしだ。その前に聞きたいことと、言わなければならないことがある。 「おい、ちょっとお前」 「・・・・・・」 無視する気だ。そうはいかない。名前でも呼んでやろう、確か―― 「おい、プルアロータス」 「・・・・・・はい?」 ぎこちなく、彼は振り向いた。いつでもそうだが、こういう田舎のほうに来れば来るほど、自分のこの格好のせいだろうか、やたらと警戒される。そりゃあ、全身鎧で顔が見えないから仕方が無い。そんな奴を信じろというほうが馬鹿だ。まぁ、警戒されようとされまいとどうだっていいことではあるのだが。ともかく、トリュフォーは言った。 「ちょっとつきあえ」 相手が硬直したのが手に取るように分かる。 「(しゃーねぇ、兜無しで喋るか)」 こんな場所で、自分の素性を知ってるヤツなんかいないだろう、とトリュフォーは彼なりに、相手を思い遣ることにした。もちろん、相手のプルはそんな気遣いなど、全く気付いてはいないのだが。 「――で?」 「・・・・・・」 あらゆる所から妙な汗を噴き出しながら、プルは黙っていた。きっと運が悪かったのだろう、祭祀殿で炎に囲まれたものの何とか火が消え、無事に逃げ出せると思いきや、自分で脱出することが出来ずに、鎧男が助けに来てくれたのはいいのだが、その彼に説明しろと捕まってしまったのだから。ちなみに、無事だったシャンプの方は、アンブロスス様を村の避難所まで連れて行ってしまっている。多分彼の方が大変だと言うプルの言葉を無視するように、彼は大丈夫だを連発してついでに腰を抜かした爺さんを負ぶって行ってしまったのだ。あの足を活かして一刻も早く戻って来てくれることを願うしかない。 その鎧男ことトリュフォーは、舌打ちをしながら、棒のように立ち尽くしているプル頭を槍の石突で小突いた。 「だから黙ってたら分かんねぇだろーが。言え。ありゃ何だ」 しばらくの沈黙。 「・・・・・・燃えカス?」 「物体は見りゃあ分かる。いいか、私が聞きたいのは“何が起こったのか”だ」 夜明けの陽光に照らされ、村は悲惨なその状況をあらわにしていた。ぽつぽつと、巨大な炭と化してしまった建物が、以前の面影も無く立っていた。 だが、村が全焼しなかっただけ幸運だった。何よりも、人の被害が無い。家は立て直すだけだし、その間は少々不便になるが、復興にはそう時間はかからないだろう。燃えたのは村の一部だけだった。 それもこれも、あのリシーサとかいう聖魔剣の力のおかげなのだろう、とプルはひっそりと思った。もうダメかと思ったあの時、シャンプが見せたあの力。剣の先端に据えられた宝珠が赤い光を放ったかと思うと、同時に火の勢いが弱まり、あれよあれよという間に消えてしまったのだ。そう、まるで剣に炎が吸い込まれてしまったかのように。 だがそんなこと、言っても信じてもらえるのだろうか。 おずおずと、プルは青年を見た。顔も煤で黒かったが、ッの毛も瞳も真っ黒だ。この辺りでは全く見ない特徴だ。旅をしているのは見れば分かるが、異国の人か。煤で黒くなってしまってよく分からないが、あまり、その、怖い顔というわけではなかった。いや、まったく怖いわけではないが、顔を隠す兜と暗い闇が無ければ、昨日感じた恐怖心は起こらなかった。それに、まだ若く見える。想像していたのよりはずっとまともな顔だ。いや、想像した顔がまともじゃないのは分かっていた。だがこの顔はどちらかというと、荒くれ者というよりは一匹狼の傭兵、といった感じだった。いや、両方とも見たことは無いのだけれど、感じとして。 だとすれば、喋れば分かってくれる――かも。 「あの・・・・・・戦士様?」 と、青年は口を開き、「様は余計だ」と言った。 案外気さくな人かもしれないぞ、いやだがまだそう決め付けるのには早い。“戦士様”と呼ばれるのが嫌なだけかもしれないのだから。 プルはもう一度声をかけようとして、どうかければいいのか困った。“様”は要らないと言われたが、だとすればどう呼べばいいのだろうか。思い切って―― 「・・・・・・戦士?」 「――それも妙だな」 「(あ? 怒らなかった)」 プルはひっそりと笑った。いきなり怒鳴り散らす人というわけではなさそうだ。口は悪いが、話せばきっと、分かってくれる――と願いたい。また小突かれるのはゴメンだ。だがあれを信じてくれるのか? その彼は、煤だらけになった真っ黒な顔でしばし考えていたが、面倒だとでも言いたげに首を振った。 「まぁ、私の呼び方なんざどうだっていい。それより何だ? ようやく説明する気になりやがったのか?」 呼び名についての結論は先延ばしにしたようだ。プルは一呼吸置いてから返す。 「あの、あれは――」 グゥゥウウ 凄まじい音が自分の腹からして、プルは思わず腹を押さえた。そういえば最近口にしたものはリンゴ(仮)とリンゴ(本物)だけだったとプルが思っていると、彼は苦笑いを浮かべた。 「ま、ひとまずはメシが先か」 だがプルが助かったと思ったのもつかの間、彼はこう続けた。 「それに、食いながらでも話は出来るだろうしな」 キノコ勇者、第一話からの完全版を目指して製作中。 やっていることといえば、自分の稚拙な文章の手直し、無意味な追加、バックボーンの整合、など。 ちなみに、文体が一致しないのはリレーだからです。さらに、他の人が書いた箇所にも微妙に修正(改悪)が入っております。許可はかなり昔に取りました、確か。 誰がどの部分を書いたか知りたいぜ、という方は過去ログをあさってください。全部残ってます。 関係無いのに出没し続けてすみませんが、たぶんまだまだ消えません。迷惑かけてごめんなさいねと。 何度目になるかわからない微修正。 というか、誰かこれ見てるヒトはいるのか?