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亡くなった茶道家の父は、礼儀作法に非常に厳しい人だった。 今でもよく覚えている。 ある日俺は寺子屋から帰ると、茶箪笥の中に見たこともない高級な和菓子があるのを見つけた。 きっと、両親は奮発して高いものを買ってきてくれたのだろう。 俺は勝手にそう判断し、それを一人で無断で平らげた。 仕事から帰ってきた父は烈火の如く怒った。 あの菓子は、俺のために買ったのではない。 里長を招いて茶会をする際に、皆に振る舞うために購入した大事な菓子だったのだ。 泣いて謝る俺の尻を父はばしばし叩き、真っ暗な蔵の中に閉じ込めた。 あの時ほど、父が恐いと思ったことはない。 結局、父は大事な茶の席で大恥をかく羽目になり、俺は怒られても仕方のないことをしたのだ。 そんな父もあっけなく亡くなり、俺は父の跡を継いで茶道を教える仕事に就いた。 今では何とか、妻と一緒に食べていけるだけの稼ぎもある。 夜。ガラス戸を叩く音がしたので俺は立ち上がった。 こんな夜更けに誰だろう。 戸を開けると、そこには丸っこい物体がある。 金髪にカチューシャ。ゆっくりありすと呼ばれる饅頭生物だ。 「こんばんは、とかいはなおじさん」 「ああ、こんばんは。どうしたんだい、こんな夜に」 このありすとは初対面ではない。 今日の午後、縁側で一緒に簡素なティータイムを楽しんだゆっくりだ。 俺が縁側で湯飲みを片手に羊羹を食べていると、このありすが森の方から庭にやって来た。 垣根から顔を覗かせ、ありすは遠慮がちに俺に挨拶した。 「ゆっくりしていってね、おじさん」 「ああ。ゆっくりしていくといい」 「ありがとう。おじさんはしんせつなひとね。ありすも、おじさんのおにわにいてもいいかしら」 「庭を荒らさなければ、別に構わないよ」 「あら。ありすはとかいはよ。にんげんさんのおにわをよごすようなことはしないわ」 ありすの言ったことは嘘ではなかった。 ありすは俺の近くまで出てくると、口にくわえていた野苺を静かに食べ始めた。 よくいるゆっくりのような「むーしゃむーしゃ! しあわせー!」といったような大声を上げることもない。 都会派、と自称するだけあって、ありすの食べ方はゆっくりにしては品がよかった。 俺は少し気をよくして、抹茶に砂糖を入れて冷ましてからありすに差し出した。 「ゆっ! とってもおいしいおちゃね! おじさんはすてきなひとだわ」 ありすとはしばらくの間、なかなか楽しい茶会の時間を過ごすことができた。 時には、作法にこだわらず自然体で茶を楽しむのも素晴らしい。 茶を飲み終わるとありすは野苺の茎を片づけ、森へと帰っていったはずだ。 なのに、いったいどういう風の吹き回しだろう。 「おじさん、ひるまのおれいよ。ありすのつくったいんてりあなの。うけとってほしいわ」 ありすが口にくわえて差し出したのは、きれいに形の整っている押し花だった。 木の葉っぱの上に一輪の花がくっついている。 恐らく、ゆっくりの涙か唾液によって固めたものだろう。 あの不器用なゆっくりが作るものとは信じがたいほど、それは手が込んでいる。 「ありがとう。遠慮なく受け取らせてもらうよ」 たとえそれがゆっくりが作ったものであっても、誠意がこもっていることに代わりはない。 俺はお礼を言ってありすから押し花を受け取った。 「ゆっくり! おじさん、ありすとおともだちになってほしいわ」 俺が受け取ったことで、自分が受け入れられたと思ったのか、ありすはそんなことを言ってきた。 「君と友達にかい?」 「おじさんはとってもいいひとだから、ありすはおともだちになりたいの。また、いっしょにてぃーぱーてぃーをたのしみましょう?」 ありすはニコニコと笑っている。 あまりにも、ありすの笑顔は無防備だった。 だからこそ、俺は首を横に振った。 「残念だけど、それは無理だよ。今日のことはもう忘れて、お家に帰りなさい」 「…………ど、どうして。もしかして、ありすはいなかものだったの? おじさんのめいわくだったの?」 ありすのうろたえ方はかわいそうなくらいだった。 まさか、否定されるとは思っていなかったのだろう。 それもそうだろう。俺とありすとは、本当に仲良くやっていたのだから。 「いいや、そうじゃない。ありすはゆっくりとは思えないくらい都会派だったよ。でも、駄目だ」 「……おじさん。…………どうして?」 「君がゆっくりで、俺が人間だからさ。俺と君とでは、種族として違いすぎるんだ。人間には、近寄らない方がいい」 まだすがるような目をしてくるありすを、俺は優しく突き放す。 「今は仲良くできても、きっといずれどちらも不幸になる。俺たちは、絶対に相容れないんだよ」 俺はかつて、下らない過ちを犯した。 ゆっくりのしたことに本気で怒り、ゆっくりが分からないことを無理に分からせようとした。 人間の常識でも、ゆっくりにとっては常識ではない。 なまじ彼らは喋ることができるから、意思の疎通ができると思ってしまう。 実際はそうではない。人間とゆっくりとは違いすぎる。 あの不毛な体験は、俺の記憶の中に嫌な過去として位置づけられている。 あれは、この家に引っ越してきてすぐのことだった。 俺は今日のように、庭を眺めようと縁側に出ていた。 やや古くはあるが、実に趣のある家と庭だ。 何気なく見ていても、あちこちに風情があって飽きることがない。 しばし休息を取ろうと、俺は茶を点て茶箪笥からおはぎを一つ取り出した。 行きつけの和菓子店が作る、徹底的に痛めつけて味をよくしたゆっくりを材料にした名菓だ。 俺は茶碗と皿をお盆に載せ、縁側に戻ると座り直した。 ほっとする一息だ。 誰のためでもなく、自分のために点てる茶も悪くない。 茶の香りは奥ゆかしく、午後の静かな時間と相まって幻想郷を桃源郷に変えようと誘う。 柔らかなその誘いに、しばし身を委ねていた時のことだった。 「ゆっゆっゆ~♪ ゆっゆっゆ~♪ おさんぽおさんぽ~♪ まりさのおさんぽたのしいな~っ♪」 せっかくの気分が、たちまち台無しになった。 垣根をがさがさとうるさく揺らし、小動物らしからぬ不用心さで飛び出してきたものがいる。 金髪に黒い帽子。小生意気そうな表情。ゆっくりまりさだ。 サイズは大きめのリンゴくらいだろうか。どうやらまだ幼いゆっくりのようだ。 まりさはへたくそな歌を歌いながら、ぴょんぴょんと跳ねて庭を横切ろうとしている。 人間の耳には、ちょっとゆっくりの歌のセンスは理解しがたい。はっきり言って不快だ。 ……それにしても、散歩なのだろうか。 だとしたら、何という無警戒だろう。 俺の住む里では、あまりゆっくりにいい顔はしない。 畑を荒らす害虫として駆除されることもしょっちゅうだ。 付き合いで俺も幾度かかり出されたことがある。 里のあちこちに作られた巣を壊し、泣き叫ぶゆっくりを袋に詰めて加工場に引き取ってもらう。 「にんげんさんやめてよ! やめて! まりさたちはゆっくりくらしてただけだよ! なんでこんなことするの! ゆっくりしてよ!」 「おちびちゃんをもっていかないで! れいむのだいじなおちびちゃんなんだよ! やめて! ひどいことするなられいむにして!」 「ゆあああああん! きょわいよおおおお! おかあしゃああん!おとうしゃああああん! たすけちぇよおおお!」 俺はあまり彼らのお喋りが人間のようで好きになれないが、農家の人が言うにはあれはただの鳴き声だそうだ。 意味などない。ただの饅頭の発する音。人間のような思考はない。 そう思っているからこそ、簡単に駆除できるのだろう。 里は決して、ゆっくりにとって安全な場所ではないのだ。 それなのに、この警戒心皆無の動きは何だろうか。 「ゆっ! にんげんさんがいるよ。おにいさん、ゆっくりしていってね!」 俺の足元にまで近づいて、ようやくまりさは俺の存在に気づいたらしい。 まりさはぐいっと体と頭が一緒の部分をもたげ、俺の方を一心に見つめてそう言った。 きらきらと輝くような瞳だ。 実に無邪気な、人間の子どもでさえもここまであどけない目つきをしてはいない。 俺と仲良くできる、と無条件で信じ込んでいるのがよく分かる。 「……あ、ああ。ゆっくり、しているよ」 「ゆっ! ゆっ! ゆっくり! ゆっくり! おにいさん、ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」 俺はまりさの迫ってくる気迫にあっさり負け、返事をしてしまった。 途端にパアァ……とまりさの顔がさらに明るくなる。 ぽよんぽよんとまりさは反復横跳びをして、返事が来た喜びを全身で表現した。 きっと、これで俺とまりさとは仲良くなった、と思い込んでいるのだろう。 ゆっくり、という言葉を連発することから、余程その響きが気に入っているらしい。 「ここはまりさのみつけたゆっくりぷれいすだよ! おにいさんもゆっくりしていいからね!」 「え? いや、ここは俺の家で、君のいるところは俺の庭なんだが」 「ちがうよ! まりさのゆっくりぷれいすだよ! まりさがおさんぽしててみつけたんだよ! まりさのすてきなゆっくりぷれいすだよ!」 「……まあ、そうだよな。君たちに人間の家とか庭とか分かるわけないだろうし」 「ゆっ! ゆっ! おにいさん、へんなこといわないでよね。まりさちょっとこまっちゃったよ。ゆっくりしようね!」 「はいはい。ゆっくりゆっくり」 ああ、これがお家宣言という奴何だな、と俺は一人納得していた。 まりさにとっては、ここは自分が見つけた場所なんだろう。 俺という人間は、ついさっき気づいた。つまり、庭が先で俺が後だ。 だから、まりさにとってここは先に自分が見つけた場所ということになっているのだろう。 どうでもいいことだ。 どうせ、飽きたらすぐにどこかに行ってしまうだろう。 俺はまりさのかん高い声と、妙に人の神経を逆なでする口調に少しいらついたが、怒るほどではなかった。 そもそもここは借家だ。まりさが何と言おうが、あまり執着心はない。 まりさは楽しそうに俺の周りを転がってみたり、あちこちに顔を突っ込んで匂いを嗅いだりしていたが、不意にさっきよりもさらに目を輝かせた。 「ゆゆっ! おいしそうなおかしがあるよ! とってもおいしそうだね! まりさたべたい!」 ゆっくりは感情がすぐ表に出る。 まりさの目は、俺の隣にある皿に置かれたおはぎに釘付けだった。 おはぎに焦点を合わせたまま動かない目と、よだれの垂れている口元、そして舌なめずりをする舌。 露骨に「食べたいよお!」という欲望がむき出しになった顔だ。 「駄目だ。これは俺のお菓子だよ。まりさにあげる食べ物じゃないんだ」 「えぇぇ……。うらやましいなぁ…………おいしそうだなぁ……まりさもたべたいよぉ……」 餌付けして居座られても困る。 俺はちょっと大人げなかったが、皿を持ち上げてまりさから遠ざけた。 まりさはすぐさま縁側に這い上がって、おはぎに噛み付きかねない勢いだったからだ。 まりさの視線は、器用におはぎを追って動いた。 もう、関心はおはぎに固定されたらしい。 仕方のないことだ。 ゆっくりは極度の甘党だが、野生のゆっくりが甘いお菓子を食べることなどできない。 常に甘いものに飢えているゆっくりの目の前に、大好きなお菓子が置かれたのだ。 飛びつこうとするのも無理もない。 「いいなぁ………おにいさんだけいいなぁ………まりさもほしいなぁ……たべたいなぁ……むーしゃむーしゃしたいなぁ………」 さっさとあきらめて出て行けばいいものを。 そうすれば、それ以上おはぎを見続けて焦がれることもないのに。 俺はそう思ったが、まりさの取った行動は正反対だった。 俺のそばにべたべた付きまとって、懸命に自分をアピールし始めたのだ。 俺の機嫌を伺うように顔をのぞき込んでみたり、チラッと流し目を送ってみたり、実にうっとうしい。 口からは、俺が羨ましい、自分も食べたい、と馬鹿の一つ覚えのような言葉が連発される。 俺がそっぽを向くと、そちらに回り込んでぴょんぴょん跳ねたりぷりんぷりんと尻を振ってみせる。 少しでも俺の気を引こうと、まりさは手を尽くしているらしい。 だがそれは、俺にしてみれば不愉快な行為ばかりだ。 人のものを欲しがるという態度が気に入らない。 ましてや、あきらめが悪くしつこいならばなおさらだ。 茶の席でこんなことをしようものなら、即座に追い出されても仕方がない不作法だ。 「いいなあ! まりさもほしいよ! ほしい! おかしほしい! おかしたべたい! たべたい! たべたいよお!」 ついに、まりさは我慢できなくなったらしく、大声で俺に頼み始めた。 いや、もはや図々しく要求している。 それにしても、ゆっくりは体は小さいのに声がやたらとでかい。 小さな子どもが耳元でどなっているようで、耳がおかしくなりそうだ。 「ちょうだい! まりさにもちょうだい! おにいさん! ねえ! ねえねえねえ! きいてるの!? おにいさん! おにいさんってば!!」 「駄目ったら駄目だ。いいか、これは俺のものなんだ。君にあげるものじゃない。いい加減あきらめろ」 「おにいさんのいじわる! けち! まりさおこったよ! ぷんぷん! もういいよ! おにいさんなんかしらない!」 とうとうまりさの堪忍袋の緒が切れた。 俺のことを一方的に非難すると、ぷりぷり怒りながら垣根の中に潜り込んでいった。 まりさにしてみれば、仲良くなった人間が自分だけお菓子を楽しんでいるように思えたのだろう。 俺は少しまりさがかわいそうになったが、すぐに自分の考えを改めた。 「じぃぃぃぃっ…………………………じぃぃぃぃ…………………………」 わざわざ声に出して、自分がいることをアピールしているのはなぜだろうか。 まりさは森に帰ろうとはしなかった。 生け垣の下から、まりさの食欲でらんらんと輝く二つの目が俺を見ていた。 まりさ本人は隠れているつもりだろう。 だがこちらからは、じーっとおはぎを見つめるまりさの姿が丸わかりだ。 ああ言ったものの、菓子への未練はそう簡単に断ち切れないのだろう。 ふと、俺の心に子どものようないたずらが思いついた。 この状態で、俺が席を外したらどうするだろうか。 十中八九、まりさはおはぎを食べてしまうだろう。 その現場を俺が押さえたらどんな顔をするだろう。 さぞかしうろたえるだろう。どんな言い訳をすることだろう。 泣いて謝るだろうか。それともちょっとすねてから謝るだろうか。 「わあ! そうだった。用事を思い出したぞ。すぐ部屋に戻らなくちゃ! 急ぎの用だから、おはぎはここに置いていこう!」 俺がわざとらしく大声を出すと、まりさが生け垣の中で身じろぎしたのが分かった。 「どこにいるか分からないけど、もしまりさがいたら困るからちゃんと言っておかなくちゃな!」 まりさが俺のおはぎだと言うことを忘れては困るので、ここでもう一度繰り返す。 「まりさ! これは俺のおはぎだからな! 絶対に食べちゃ駄目だぞ! まりさのおはぎじゃない。俺のものだぞ! 食べたら怒るからな!」 俺の声はまりさに聞こえただろう。 しかし、まりさの目はもうおはぎの方しか見ていない。 本当に聞こえたのだろうかと怪しく思うが、さっきから食べるなと連呼してあるから、あれが自分のものではないことぐらい分かるだろう。 では、実験の開始だ。 俺は縁側から立ち上がり、家の中に入って柱の陰に隠れた。 俺が身を隠してすぐ、まりさは生け垣の中から飛び出してきた。 駄目だこれは。 ゆっくりには、人間のものとそうでないものとの区別が付かないようだ。 あっさりとまりさがおはぎを平らげて実験終了かと思ったが、そうではなかった。 まりさは縁側に飛び乗ると、おはぎの載っている皿に顔を近づけた。 しかし、ぱくりと噛み付くことはなかったのだ。 「ゆうぅ……おにいさん……たべちゃだめだって……どうして……こんなにおいしそうなのに……」 俺は耳を疑った。 なんだ。ちゃんとまりさは理解していたんだ。 俺がいなくなっても、おはぎが自分のものではなく人間のものだと覚えていたのだ。 ゆっくりの記憶力を俺は侮っていたが、どうやら考えを改めなくてはいけないようだ。 「いいなあ……たべたいなあ……おいしそうだなあ……おにいさんうらやましいなあ……まりさもたべたいなあ……」 まりさはよだれをたらたら、未練もたらたら流しながらおはぎに心を奪われている。 食べられないと分かっているなら見なければいいのに、と思うのだが、まりさはじっとおはぎを見つめてうっとりしている。 それが欲望を加速させるニトロであることに、まりさは気づいていない。 「たべたいよぉ…むーしゃむーしゃしたいよぉ……くんくん……くんくん……ゆぁぁぁ……いいにおいだよぉ……くんくん………」 どこにあるのか分からない鼻をひくつかせ、まりさは餡子の甘い匂いをいっぱいに吸い込んでいる。 もはや舐めるようにまりさはおはぎをあちこちから眺め、ほとんどくっつきそうなくらいに顔を近づけている。 これは駄目だ。 絶対にまりさは我慢できない。 俺の予想は的中した。 「ちょっとくらいならいいよね! おにいさんにわからないくらいなら、たべてもだいじょうぶだよね!」 分かる分からないの問題じゃなくて、そういうことを口にしちゃいけないだろ。 俺は柱の陰でまりさの行動に突っ込む。 「なめるだけだよ! ぺーろぺーろするだけだよ! それくらいならおにいさんもわからないよ!」 まりさはきっと、自分で自分を騙しているのだろう。 いけないことだと分かっている。 でも、どうしても食べたい。 ならば、これくらいなら分からないと自分に嘘をつき、信じ込もうとしているのだ。 「ぺーろぺーろ…………し、し、し、しあわちぇええええええ!!」 ついに、まりさは俺の警告を無視した。 ゆっくりの体の割に大きくて分厚い舌が口から伸びると、ぺろりとおはぎの餡子を舐めてしまった。 次の瞬間、まりさは幸福そのものの顔で叫んだ。 まりさは冗談抜きで輝くような表情で、甘いものを味わう幸せを表現していた。 「しゅごくおいちい! しゅごくおいちぃよおおおお! あみゃいよおおお! もういっかいぺーろぺーろ! ぺーりょぺーりょおおお!!」 まりさは歓喜のあまり涙を流している。 よく見ると、下半身からちょろちょろと何か流れ出している。 失禁しているのか? 不快になる俺を置いてきぼりにして、まりさはもう一度おはぎをべろりと舐める。 前回は罪悪感からか恐る恐るだったが、今回は舌で餡子を削り取るような舐め方だ。 あれでは、おはぎの表面に舐めた跡が残るだろう。 まりさの罪はこれで確定したわけだ。 「ち! ち! ちあわしぇぇええええええ!! おいちぃいいいいいい!!」 再びまりさは嬉しさのあまり大声を出す。 こっそりと盗み食いをするつもりだったが、あまりのおいしさに声が出てしまうのか。 もう、こうなってしまっては一直線だ。 止まるわけがない。止められるわけがない。 「むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃ! あまいよおおおお! おいちいよおおおお! むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃぁあああ!」 まりさは、おはぎにかぶりついた。 一口で三分の一をかじり、もぐもぐと噛む。 途端に、まりさは口から餡子をこぼしながら叫んだ。 「すごいおいしいっ! おいしいいいい! あまいよお! まりさむーしゃむーしゃするよ! むーしゃむーしゃ! おいしいよおおおお!」 もう夢中だった。 まりさはおはぎにぱくつき、もぐもぐと噛み、ごくりと飲み込む。 ずっと我慢していた甘さへの渇望を満たせる喜びで、まりさの顔は緩みきっていた。 「まあ、そうだよなあ……」 俺は、茶箪笥に向かいながら苦笑していた。 怒りの感情はわいてこなかった。 きっと、父が里長のために用意した茶菓子を勝手に食べた俺も、あんな感じだったのだろう。 俺は、まりさに子どもの頃の俺を重ねていた。 大事な茶の席で使うはずの茶菓子を、無断で食べてしまった俺。 食べるなと厳命されながら、甘味の誘惑に勝てなかったまりさ。 どちらも、似たようなものだ。 悪いと分かっていても、ついついやってしまう。 それを責めるのは、いささか大人げないと言えるだろう。 ……この時の俺は、まだ正常だった。 俺は代わりの茶菓子のきんつばを取り出し、皿に載せた。 さて、まりさはどんな顔をするだろう。 俺が怒ると、何て弁解するだろう。 俺はいたずらが成功した子どもの顔で、縁側へと向かったのだった。 縁側に置かれた皿には、おはぎの代わりにまりさが載っていた。 半分幸せ、半分物足りない顔で、まりさは皿をぺろぺろと長い舌で舐め回している。 「おや、おはぎがないぞ。しかもそこにいるのはまりさじゃないか。さては盗み食いしたんだな。悪い奴め!」 芝居気たっぷりに、俺は恐い顔をして縁側に姿を現した。 皿の上に乗っかり、しかも皿を舐めていたまりさに逃げ場はなかった。 「ゆううううううっっっ!?」 まりさはびっくりして跳び上がった。 こちらを向くまりさの口の周りは、おはぎの餡子ですっかり汚れている。 「ゆあっ! あっ! ゆああっ! おにいさんっ! ゆっくりしようねっ! ゆっくりっ! ゆっくりっ!」 「まりさ、口の周りが餡子で汚れているぞ! 言い訳しても無駄だ。あれだけ食べるなと言っておきながら、よくも俺のおはぎを食べたな!」 まりさのうろたえた様子は、本当に面白かった。 何度も空になった上に自分の唾液でべとべとになった皿と、怒った顔をした俺とを見比べている。 まりさが混乱しているのがよく分かり、俺は内心笑いを噛み殺していた。 「まりさ! この悪いゆっくりめ! 人のものを勝手に食べちゃったら、何て言うのかな!?」 おろおろとしているまりさに、俺は親のような顔で言ってみた。 もちろん、この状況は俺が作ったものだから、まりさが拗ねたり泣いたりしても怒る気はなかった。 一回でもいいから「ごめんなさい」と言えば、それで俺はすっきりしただろう。 「まりさも食べたかったのか。じゃあ、これも半分あげるよ」 面白いものを見せてもらったお礼に、きんつばを半分食べさせてやるつもりだった。 ……そもそも、ゆっくりに本気で怒るなんて大人げないだろう。 こんなことを考えるほど、かつての俺は甘かった。 ゆっくりという饅頭がどれだけ人間とは異なる存在なのか、理解していなかった。 そして、ゆっくりという饅頭がどれだけ人間を苛立たせる存在なのか、体験していなかった。 まりさはしばらくおたおたしていたが、いきなりにっこりと笑った。 それまでの困惑した様子が嘘のような、あっけらかんとした笑顔をこちらに向けた。 「おかしとってもおいしかったよ! もっとちょうだいね!」 俺は絶句した。 何だって? 今、こいつは何て言ったんだ? おいしかった? もっとちょうだい? 「何を言ってるんだ? あれは俺のお菓子だぞ」 「うん! でもおいしそうだったから、まりさがまんできなくてたべちゃった! すごくおいしかったよ!」 まりさは初対面の時とまったく同じ、無邪気な顔でニコニコと笑っている。 自分が悪いことをしたという自覚がないのか? 野生動物だから、目の前にある餌をただ貪るだけだったのか? そうじゃない。 まりさは一度ためらっている。 おはぎが俺のものであるということは、知っていたはずだ。 「食べちゃ駄目だって言っただろ。聞こえなかったのか。それとも、忘れちゃったのか?」 わすれちゃったよ、とまりさが言ってくれれば。 そうすれば、俺は納得していたはずだ。 単なるおはぎ一つのことだ。 俺が食べられなかったからといって、子どものように怒ることはないはずだった。 しかし、まりさの返答は違った。 「ずるいよおにいさん! おいしいおかしをひとりじめして! おかしはみんなでたべるからおいしいんだよ!」 「まりさ、君が全部おはぎを食べちゃったせいで、俺の食べる分はなくなったよ。全然みんなで食べてないじゃないか」 「おにいさんおかしをもうひとつもってるでしょ! まりさはおなかがすいてたんだよ! そっちもはんぶんちょうだいね!」 たかがゆっくり如きの馬鹿な言い草。 そう片づけてしまうには、俺は若すぎた。 いや、片づけてしまえないほど、俺はこのことについてトラウマがあったのだ。 呆れ果ててものも言えない俺を差し置いて、まりさは俺の手のきんつばに向かってジャンプする。 「まりさおかしだいすき! もっとちょうだい! ねえ! ねえ! ねえ! きいてるの!? まりさはおかしだいすきなんだよ!」 俺はまりさを見た。 まりさは俺を見ていない。 俺の手にあるきんつばしか眼中にない。 俺の存在など、まりさには邪魔なだけなのだろう。 「おにいさん! おにいさんってば! きいてるの! ねえきいてよ! まりさにそれちょうだい! まりさもっとたべたい! おかしたべたいよお!」 俺の心情の変化は、大人げないと批判されても仕方がない。 しかし、俺の心の奥から、自分でも信じられないほどの怒りがこみ上げてきた。 ただの理性のない獣ではなく、こいつはゆっくりだ。 どんな形でも、まりさが一度でもごめんと謝れば当然許すつもりだった。 これは俺の仕組んだいたずらだ。それくらいの余裕はあったはずだ。 それなのに、俺の手にあるきんつばに向かって、羞恥心の欠片もなく飛びつくまりさをみていると、怒りしか感じない。 かつて俺は、何度謝っても父に許されなかった。 心底反省しても、許してもらえなかった。 やがて雷親父の怒りはおさまったのだが、その間俺は家の中で針のむしろにいた。 かばってくれる祖母がいなければ、俺は父を憎みさえしただろう。 あの嫌な経験は、俺の中でしこりとなって残っている。 人のものを勝手にかすめ取ることが、どれだけ悪いことなのか身に染みていた。 それなのに、こいつは。 こいつは人のものを食っておきながら謝りもせず、もっとよこせと催促するのか? 自分が何をしたのか分かっていながら、恥知らずにもこちらに要求するのか? たかが饅頭風情が、人間の食べ物をよこせとうるさく詰め寄るのか? 俺はゆっくりの生態に詳しくなかった。 もし詳しい人がこれを読めば、当然失笑することだろう。 何を馬鹿なことをしているんだ、ゆっくりにいったい何を期待しているんだ、と笑われて当然だ。 俺の間違い。 それは、ゆっくりを人間のように扱ったことだった。 俺はきんつばを地面に落とした。 こんなものが血相を変えるほど欲しいのか。 勝手にしろ、と俺はまりさにきんつばをあげた。 「ゆっゆ~♪ おいしそうなおかしさん、ゆっくりまりさにたべられてね! むーしゃむーしゃ! しあわせーっっっ!」 地面に落ちたきんつばに、まりさは飛びついた。 落とした俺に目もくれず、がつがつと貪っていく。 遠目から見ればまだ耐えられるが、近くで見ると本当にこいつは汚らしい食べ方をする。 足で蹴り飛ばしたくなる誘惑を抑え、俺はまりさが食べ終わるまで待った。 「ゆっくりおいしかったよ! まりさこんなにおいしいおかしはじめてたべたよ! もっとたべさせてね!」 舌で口の周りをべろべろ舐め回しながら、まりさはさらにお菓子を欲しがる。 こいつは、お菓子をくれた俺にお礼さえ言わなかった。 無神経な物言いに、俺の心はもう動かない。 腹立ちはピークに達しているため、火に油を注いでもこれ以上燃えないのだ。 「もうないよ。これで終わりだ」 「ゆぅぅ……そうなんだ。まりさ、もっとむーしゃむーしゃしたかったよ……おかしおいしかったのになあ……」 たちまちまりさの顔は悲しそうになる。 体の大きさからして結構な量を食べたのに、こいつは満足しないのだ。 ますます俺はゆっくりが嫌いになった。 「じゃあもうまりさはかえるね! おにいさん、またおいしいおかしをちょうだい! まりさまたくるからね!」 「ああ、ちょっと待つんだ、まりさ」 「ゆゆ? おにいさん、どうしたの? まりさはおうちにかえるんだよ」 食うだけ食ってさっさと帰ろうとするまりさを、俺は呼び止める。 振り返って首を傾げるまりさ。 俺は両手を伸ばして、その丸っこい顔と体をつかんだ。 「ゆっ! おそらをとんでるみたい! まりさとんでるよ! とりさんみたいにおそらをとんでるよ!」 いちいち実況中継するのがうるさい。 それに、この状態は飛んでるのではなく浮いてるだ。 食べたせいか、まりさの体はそれなりに重量がある。 手に持つとちゃんと重みが伝わってくる。 饅頭皮はもちもちとしていて、手触りがなかなかいい。 まだ若いからだろう。手首を回して横と後ろを見てみたが、傷らしいものもない。 「ゆゆっ? なんなの? そんなにみつめられると、まりさちょっとはずかしいよ~」 俺が見とれているとでも思ったのか、まりさは顔をちょっと赤らめてもじもじし始めた。 恥じらいとかそういった感覚はあるのか。 ならばなおさら、好都合だ。 「まりさの両目はきれいだね」 俺はいきなりまりさを誉めた。 まりさはきょとんとしていたが、すぐにとても嬉しそうな顔になる。 「とってもきれいだよ。きっと、ゆっくりの中では一番きれいな目をしているんだろうね」 「ゆゆ~ぅ。それほどでもないよ~。でも、まりさすごくうれしいよ! うれしい!」 両手で持ち上げられた状態で、まりさは嬉し恥ずかしといった感じで体をぐねぐね左右に振っている。 表面上は恥ずかしそうだが、明らかにまりさはこちらの言葉に期待している。 俺がじっと見つめていると、伏し目がちになりながらも時折チラッとこちらを見てくる。 もっと誉めて、と思っているのが丸わかりだ。 お望み通り、俺はまりさを誉めちぎった。 「まりさの髪の毛もきれいだよ。とてもきれいでまるで黄金の小川みたいだ」 「ゆゆん! まりさのかみのけさんはまりさのじまんだよ! みんないっぱいほめてくれるんだよ!」 「まりさの歯は白くて整ってるね。虫歯もなくていい歯をしているよ」 「はさんはだいじだよ! むーしゃむーしゃするときにはさんがなかったらたいへんだよ!」 「まりさの帽子は素敵だね。よく手入れがされていて、ほかのゆっくりたちも羨ましがるだろうね」 「だって、まりさのたからものだもん! ゆっへん! まりさはおぼうしさんがいちばんだいじなんだよ! まいにちまりさはおぼうしをごーしごーしあらうんだ! きれいきれいにしてからおぼうしをかぶると、とってもゆっくりできるよ!」 すっかりまりさは誉められて有頂天になっている。 見る見るうちに、まりさの顔は幸福を絵に描いた笑顔になっていく。 まだだ。 もっともっと、まりさを舞い上がらせてやろう。 俺はさらにまりさの誉めるべき点を、大事にしているであろう点を探す。 「まりさのお家はどんなところだい? きっと、とても住みやすい場所だろうね」 「ひろくてゆっくりできるすてきなおうちだよ! まりさのたからものがいっぱいあるんだ!」 「まりさの家族はどうかな? まりさはどう思ってる?」 「みんなだいすき! おとうさんだいすき! おかあさんだいすき! いもうとのれいむもまりさも、みんなみんなだ~いすき!」 「まりさには友達がいるだろう? 友達のことはどう思ってる?」 「みんなゆっくりしてるよ! ありすもいるし、れいむもまりさもいるよ。いっしょにあそぶとすごくたのしいよ!」 「じゃあ、最後にまりさのゆん生はどうかな。まりさは今まで生きてきてどうだった?」 「とってもしあわせだよ! まりさゆっくりできてしあわせ! まりさはしあわせなゆっくりだよ!」 「そうだろうね。まりさは幸せなゆっくりだよ。俺にもよく分かる」 「ゆ~ん♪ おにいさん、まりさてれちゃうよ~♪ ゆんゆん♪ ゆっくり♪」 最後にまりさはとびきりの笑顔を見せて締めくくった。 本当に、まりさは幸せそうだった。 まりさの言葉を聞いて、俺もよく分かった。 こいつは生まれてからずっと、ゆっくりにしては恵まれた環境にいたのだ。 さぞかし、幸福なゆん生を送ってきたのだろう。 これからも、それが続くと信じて疑わないのだろう。 「じゃあそれ、全部俺がもらうよ」 手始めに、君の片目をもらうことにしよう。 いきなり両目を奪ったら、これから始まる喜劇が見られなくなるからね。 俺はまりさを片手で持つと、右手の人差し指をまりさの左の眼窩に突っ込んだ。 まりさは指を突っ込まれても、2秒ほどは笑顔のままだった。 きっと、俺の言葉の意味が分からなくて頭の中を素通りしたのだろう。 別に構わない。こちらも、まりさが理解してからこうするつもりなどなかったのだから。 柔らかい感触が指に伝わってきた。 つるんとして湿った眼球を避けて、その裏側の餡子に指先が届いた。 やや温かい。 「ゆっ……ゆぅ……ゆ゙! ゆ゙ぎぃ゙い゙い゙い゙あ゙あ゙あ゙!! あ゙あ゙あ゙ぎ゙い゙い゙い゙い゙い゙!」 まりさはどぎついまでの絶叫を張り上げた。 この声は聞いたことがある。 ゆっくりを里の皆で駆除していた時、えらく気合いの入った男が一人いた。 人の二倍も三倍もゆっくりを狩る彼の回収したゆっくりは、どれもずたずただった。 彼の持ち場からは、今のまりさと同じ悲鳴が止むことがなかった。 ゆっくりの鳴き声ということで誰も気にしなかったが、あの男はゆっくりを生きたまま解体していたのか。 俺は慎重に指先で眼球をつまみ、引っ張る。 視神経やら筋肉やらの抵抗はなく、思った以上にあっさりとまりさの目玉は顔から抉られた。 俺は激痛で歪んだ顔をしているまりさに、それを見せてやった。 「や゙あ゙あ゙っ! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! まりざの! まびぢゃのおびぇびぇえええええええ!!」 自分の目と見つめ合うという状況は、なかなか希有なものじゃないだろうか。 俺の手の中と眼球と目があって、まりさはさらに大声で叫ぶ。 「い゙ぢゃい゙ぃい゙い゙い゙い゙い゙!! がえぢでっ! まりぢゃのおべべがえぢでよおおおおお!!」 隻眼から大量の涙を流しながら、まりさは俺に目玉を返すよう訴える。 ぽっかりと開いた眼窩からは、どろりと餡子混じりの涙が流れる。 果たして、これをまりさの眼窩に突っ込んだらまた機能するのだろうか。 俺は改めて、こいつの眼球をしげしげと眺めてみた。 材質は寒天か白玉だろう。 ゆっくりの顔についている時はあんなにも表情豊かなのに、こうして抉り出すととたんにただの無機物になる。 「おにいざんがえじでえ! おめめがえじでよおお! どうじで! どうじでごんなごどずるのお!? まりざいだいよおおお!」 「君だって、勝手に俺のお菓子を食べたじゃないか。だから俺も、君から勝手に目をもらうよ」 俺は痛みに苦しみもがくまりさにそう言った。 まりさは一瞬、信じられないものを見る目で俺を見た。 不愉快だ。 自分がそうしたというのに、自分が同じようにされるのは嫌なのか。 「がえじでっ! がえじでっ! それはやぐまりざのおかおにもどじでよおおおおおお!!」 「お菓子を返してくれたら戻してあげるよ。ほら、早く返して。そうしたら戻してあげる」 「でぎないよお! できないよおおお! もうおがじざんだべじゃっだがらがえぜないよおおおお!!」 「じゃあ、これも返してあげない」 泣き叫ぶまりさを尻目に、俺は指先に力を込めた。 ブヂュッ、とあまりにもあっけなく、まりさの二つとない左目は潰れて四散した。 目の前で自分の体の一部を潰されたショックで、まりさは泣きわめく。 「や゙ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! お゙め゙め゙ぇ! お゙め゙め゙ぇ! まりざのずでぎなおべべぇえええええええ!!」 ねっとりとした液体が、潰れた眼球から流れ出した。 恐らくシロップだろう。 これでもう、まりさの顔から左目は永遠に失われた。 どんなことがあっても、まりさはこれからずっと片目で生きていかなければならないのだ。 俺は眼球の残骸を庭に放り投げた。 「次はまりさの髪の毛だね。それももらうよ」 「だめぇ! だめだめだめえええええ! やだあ! まりさのおさげさんむしっちゃやだあああああ!」 必死に体を捻って、俺の手から逃れようとするまりさ。 だが、その力はあまりにも弱く、抵抗と呼ぶにも値しない。 俺はまりさの帽子から出ているお下げを掴み、ぐいっと力任せに引っ張った。 「い゙ぎゃ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙! いだいっ! いだいいだいいいい!」 お下げは根本から千切れて手に残った。 なぜ根本からだと分かるかというと、皮と餡子がわずかながらくっついてきたからだ。 俺はまりさの帽子を取り上げた。 「おぼうしさんっ! それまりさのおぼうしさんっ! かえして! まりさのおぼうしさんかえしてね!」 邪魔になるから、俺は帽子を自分の頭に乗せた。 傍目から見ればかっこわるいが、この際気にはしない。 「これだけじゃ足りないな。もっとまりさの髪の毛をもらうよ」 「やだああ! やめてね! まりさのかみのけむしらないで! いたいのやだああ! むしるのだめえええええ!」 まりさの声は、昨日の俺が聞いたら痛々しくて手を止めたくなるものだったに違いない。 いくら何でも、菓子を勝手に食べられたくらいで目を抉って髪を抜くなんて、と不快感をあらわにしたことだろう。 だが、今の俺はまったく嫌悪感がなかった。 まりさのきらきら光る金髪を指で掴み、お下げと同じようにして引っこ抜く。 雑草を抜くようなブヂッという手応えを残して、一つまみの金髪が手に残った。 「いぢゃあああああいいい! あちゃま! あちゃま! まりぢゃのあぢゃまああああああああ!!」 まりさは涙を流して激痛を訴える。 髪の毛は地肌ごと引き抜かれ、まりさの頭には小さな穴が空いていた。 気にせず、俺は次々とまりさの頭から髪の毛をむしり取る。 「いびゃい! いびゃいよっ! おにいざんやめでっ! まりざのがみのけっ! だいじな! だいじながみのけなのっ! いぢゃいいぃっ! どうじでぇ? どうじでごんないだいごどずるの!? まりざなにもわるいごどじでないのにいいいいいい!」 自称「悪いことをしていないまりさ」は、俺が手を止める時には「まばらに頭に髪の毛が残っている禿まりさ」になっていた。 完全な禿にするよりも、所々に残っている方が無様さに拍車がかかる。 俺と最初に出会った時の若くはつらつとしたまりさは、もうどこにもいない。 ここにいるのは、片目に穴が空き、髪の毛のほとんどをむしられた不細工なゆっくりだ。 「ゆっ……ゆぐっ……ゆぐぅ……いだいよぉ……まりさのかみのけさん……みんなにほめてもらったかみのけさん…… ゆっくりかえってきてね……いだいぃ……まりさのあたまにゆっくりかえってきてねえ! はやくかえってきてねええええ!!」 まりさは俺の足元に散らばる自分の髪の毛を見て、涙をぽたぽた落としている。 その悲しそうな顔は、ゆっくりを駆除していてもなかなかお目にかかったことがない。 どうやら、本当にこいつの髪の毛は仲間の間でちやほやされていたようだ。 それを苦痛と共に失った気分はどんなものだろう。 「もらったけど、やっぱりいらないね。こんな汚い髪の毛」 俺は下駄の足でその金髪を踏みにじり、土の中にねじ込んだ。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 まりさの悲鳴がかん高くなる。 俺は自分の頭にかぶっていた帽子を、まりさに返してあげた。 「おぼうしさん! まりさのだいじなおぼうしさん! ゆっくりおかえり! おかえりいいい!」 大あわてでまりさは帽子をかぶる。 大事なものだということもあるが、同時に禿を隠したいのだろう。 まりさは俺をにらみつけた。 「ひどいよ! おにいさんひどい! やめてっていったのに! まりさがやめてっておねがいしたのに! どうしてこんなことするの! おにいさんはゆっくりできないよ! きらい! だいっきらい!! まりさのおめめもどして! かみのけももどしてよお!」 「ああ、まりさはやめてって言ったね。聞こえたよ」 「だったらどうしてこんなことするの! まりさいたかったよ! すごくいたかったよ! どうしてえええ!」 「だから? まりさが止めてって言ったから何なの?」 まりさは口を閉じた。 涙がいっぱいにたまった右目で、こちらをじっとにらんでくる。 まるで、自分はかわいそうな被害者であるかのような顔だ。 「君だって、俺が食べちゃ駄目だと言ったお菓子を食べたじゃないか。同じことだよ。俺も、君が止めてって言っても髪の毛をもらうよ」 「そ……そんなこと……。そんなの……。そんなのやだよおおおお! やだあ! やだやだやだあああああ!!」 「次はまりさの白い歯だね。それももらうよ」 「やだあ! やだあああ! やじゃびゃびぎぃぃぃ!!」 俺は大声を張り上げるまりさの口に、親指と人差し指を突っ込んだ。 手にまりさの口内の濡れた感触が伝わった。 上顎の奥歯を一本掴み、力任せに引っ張る。 予想よりも遙かに力を必要とせず、まりさの歯は引っこ抜けた。 「あびっ! ばびびっ! あびっ! あびや゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙っ゙!!」 歯の抜けた歯茎から粘性の低い餡子をびゅっびゅっと拭きつつ、まりさは絶叫した。 俺は指先でつまんだこいつの歯をじっくりと眺めてみた。 色は真っ白だ。形は人間のものとよく似ている。 少し力を入れただけで、あっけなく歯は砕けた。恐らく砂糖でできているのだろう。 「びゃびぇでっ! いびゃいびょ! しゅびょびゅいびゃいっ! いびゃびいいいい!! 」 たった一本歯を抜かれただけで、まりさは顔をぐしゃぐしゃにして激痛を訴える。 ろれつの回らない様子から、これがまりさにとって初めての激痛なのがよく分かる。 だが、俺は一本では満足しなかった。 怯えきったまりさの視線を無視して、俺はさらに口に指を突っ込んだ。 「びゃべびぇえええええええ!!」 上顎の歯を四本ほどつまむと、一気に引っこ抜く。 一度目で力加減が分かったから、二度目の抜歯は簡単だった。 ブチブチッという歯茎の千切れる音と共に、俺の手はまりさの口から抜かれた。 まりさの大事にしていた、きれいな白い歯と一緒に。 「い゙ぎゃびい゙い゙い゙い゙い゙い゙!! ゆ゙びあ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙っ! びぎゃい゙い゙い゙い゙い゙!」 目を抉ってやった時よりも、数段上の悲鳴が聞こえた。 さすがに、これを近距離で聞くとこちらも鼓膜がおかしくなる。 麻酔なしで歯を何本も一度に抜かれたのだ。 こいつがこれだけ叫んでもおかしくない。 「ぼうやだああああああ!! やだああああああ!! まりざいだいのやだああああああああ!!」 まりさは俺の手の中でめちゃくちゃに暴れる。 どうやら、歯を失っても喋れるようだ。 そうでなくては。 こちらも、これでこいつのすべてを奪い尽くしたとは思っていない。 俺はまりさを地面に降ろした。 まりさは、まさか助かると思っていなかったのだろう。 一瞬きょとんとして地面を見ていたが、次の瞬間ものすごい勢いで泣き出した。 「ゆわああああああん! ゆえええええええん! もうやだああ! おうちかえるうううう! まりさおうちかえるううううう!!」 泣きながら、まりさはぴょんぴょんと跳ねて庭を突っ切る。 生け垣に頭から体当たりし、中に無理矢理潜り込んだ。 火事場の馬鹿力という奴だ。 まりさはゆっくりらしからぬ速さで俺の家から逃げ出した。 「おうちかえる! まりさはおうちにかえるよおおおお! おとうさあああん! おかあさああん! まりさもうやだよおおおお!」 泣きじゃくるまりさの声が遠ざかっていくのが分かった。 さて、後を追うことにしよう。 まだまだ、こいつから頂戴しなければならないものはあるのだから。 逃げるまりさの後を追うのはあまりにも簡単だった。 「ゆええええん! ゆええええん! ゆっくり! ゆっくりいいい! ゆっくりしないでにげるよおおおお! いたいよおおお!」 何しろ、まりさは大声で泣きながら逃げているのだ。 あれだけ小さな生き物が、よく全力疾走しながら大声を出せるものだ。 幻想郷の人間である俺は、それなりに妖怪との付き合いもある。 だが、あんな奇怪な存在などゆっくり以外にいない。 「おうちかえる! まりさはおうちかえるよ! かえって! おうちかえって! ゆっくりする! ゆっくりしたいよおおお! おとうさんとすーりすーりする! おかあさんとすーりすーりする! いもうととごはんさんむーしゃむーしゃする! ゆっくりするうう!」 一度も振り返らず、いっさんに巣に向かったまりさは実に愚かだった。 姿を隠しもせずに大声を出して、あれでは後を追ってきて下さいと言わんばかりだ。 森に入ってしばらくしてから、まりさは大きな木の根元で立ち止まると叫んだ。 「おかあさあああああん! おとうさああああん! まりさだよおおおお! かわいいまりさがかえってきたよおおおお!」 わざわざ出迎えを要求するとは、ずいぶんと甘ったれた子どもだ。 だが、こいつの尋常でない声の調子に驚いたのだろう。 「おちびちゃん? どうしたの? ゆっくりしてないね!」 「ゆっくりしていってね! おちびちゃんだよね! どうしたの?」 「おねえしゃんどうちたの? ゆっくちちてないにぇ!」 「ゆっ! おえねしゃんだ! おねえしゃんおかえりなちゃい!」 「どうちたんだじぇ? こわいいぬしゃんかとりしゃんにおいかけられたにょ?」 巣穴にかぶせてあった木の枝が取りのけられ、中からゆっくりの家族が姿を現した。 両親のまりさとれいむ。 それにこいつよりも体の小さな、れいむが二匹とまりさが一匹。 舌足らずな口調と体の大きさで、妹だとすぐ分かる。 「ゆええええええん! ゆえええええん! おかあさああああん! おとうさあああん! まりさっ! まりさあああああ!!」 まりさは家族の顔を見て安心したのか、一目散に両親の所に跳ねていった。 その側にくっつくや否や、まりさは大声でわんわんと泣き出す。 「おちびちゃんそのおかおどうしたのおおおお!? きずだらけだよおおおお!」 「おめめがかたっぽないよおおおお! それに……おちびちゃんのはがおれてるよおおおお!」 「ゆああああ! おねえしゃんいちゃいいちゃいだよおおお!」 「おねえしゃんいちゃいの? れいみゅがぺーろぺーろちてあげりゅにぇ!」 「まりしゃもぺーろぺーろしゅるんだじぇ! ぺーろぺーろ! ゆっくちなおっちぇにぇ!」 俺が隠れていることに、家族一同誰も気づいていない。 泣き沈むまりさを慰めようと、両親はまりさに優しくすりすりしている。 妹たちも同様だ。懸命に舌でぺろぺろとまりさを舐めて、何とかして落ち着けようとしている。 確かに、こいつが自慢するだけのことはある、仲のよい家族だ。 しばらくまりさは泣いてばかりだったが、ようやく安心したのかぐずるだけになってきた。 「ゆっ……ゆぐっ……こわかったよお……まりさすごくこわかったよおおお!」 「よしよし、もうだいじょうぶだよ。なにがあってもおとうさんがまもってあげるからね。こわいことなんてなにもないよ」 「そうだよ。れいむたちがついているから、おちびちゃんはあんしんしてね。ゆっくりあんしんしていいからね!」 「ゆぅ……ゆっくりありがとう、おとうさん、おかあさん……。まりさ、うれしいよお…………」 「さあ、おとうさんにおしえてね。どうしてそんなけがをしたの?」 「……ゆうぅぅ…………こわいにんげんさんが……にんげんさんが……おにいさんがまりさにひどいことしたんだよおおお! やめてっていったのに! やめてっておねがいしたのに! おにいさんがまりさのおめめをとっちゃったんだよおおお!!」 再びトラウマを想起したらしく、まりさは泣き始めた。 意外なことに、親のれいむとまりさはこんな事を言った。 「おちびちゃん! どうしておかあさんのいいつけをまもらなかったの! にんげんさんにちかづいちゃだめだっていったでしょ!」 「そうだよ! おとうさんもおしえたでしょ! にんげんさんはこわいよ! ゆっくりできなくされちゃうよっていったでしょ!」 「だって……だってえええええ! おいしそうなおかしがあったから! すごくおいしそうだったから! まりさだってえええ!!」 「ま……まさか…おちびちゃん? もしかして、それを…………」 「ゆええん! ゆわああああん! たべちゃったよおおお! たべたかったんだもん! おいしそうだったもん! まりさだってたべたかったんだもん! すごくおいしそうなおかしだったんだよ! まりさちょっとたべただけなのにいいい!!」 「どうしてそんなことするの! にんげんさんのたべものはたべちゃだめだってあれほどいったのにどうして! どうしてええ!」 「そんなことしたらにんげんさんおこってあたりまえだよおおおおお! おちびちゃん! なんでそんなことしたのおお!?」 俺は感心さえしていた。 この家族は本当にまともだ。 きちんと、人間にちかづいてはいけないと、人間の食べ物を食べてはいけないと両親は教えているのだ。 これなら、人間に駆除されることもなく、森でひっそりと生きていけるだろう。 それなのに、こいつはわざわざ人間の里まで下りてきて散歩なんてしていた。 長女だから甘やかされたのか。 あるいは、もともとこいつだけ特に馬鹿なのか。 どちらでもいい。 俺のプランは既に決まっていた。 「ゆわああああん! まりさゆっくりできなかった! ゆっくりしたかったのにゆっくりできなかったよおお!」 「よしよし、おちびちゃん。もうだいじょうぶだよ、だいじょうぶだからね。ここまでくれば、にんげんさんもおいかけてこないよ」 「いたかっただろうね。ゆっくりできなかっただろうね。さあ、きょうはもうゆっくりおやすみ。ぐっすりねむればゆっくりできるよ」 「れいみゅおねえしゃんにおくちゅりとってくるにぇ! ぱちゅりーおばしゃんのところまでいってくりゅよ!」 「まりしゃもついていくんだじぇ! まりしゃのおぼうちにおくちゅりをいれればだいじょうぶだじぇ!」 「れいみゅはおねえしゃんといっしょにおやしゅみーしてあげりゅよ! いっしょにおやしゅみしゅるとあっちゃかいよ!」 「ゆぅぅ……ありがとう、おとうさん、おかあさん、まりさ、れいむ。こわかったけどもうゆっくりできたよお…………」 一致団結して、傷ついた長女を慰めようとする家族。 実に、理想的な家族の形じゃないか。 両親に抱きしめられ、妹たちにすり寄られ、あれだけ泣いていたまりさに笑顔がようやく戻った。 「ゆっくり! まりさもうだいじょうぶだよ! いたいのもうへいきになってきたよ!」 片目と口内の痛みをこらえて、まりさが家族に笑いかけた時を見計らい、俺は一歩を踏み出した。 たった一歩で、俺はまりさと家族たちの前に立ちふさがる形になる。 「やあ、まりさ。確かに、素敵な両親と妹だね。君の言った通りだ」 俺の出現に、まりさはあんぐりと口を開けた。 その顔が、見る見るうちに恐怖で引きつる。 「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 この声も駆除の時によく聞いた。 隠れ家を壊して中のゆっくりと対面した時、よくゆっくりは目と歯茎をむき出してこういう声を出す。 よほど驚き、しかも怖がっている時の声らしい。 顔といい声といい、はっきり言ってグロテスクだ。 「やだあああ! おにいさんやだああああ! こわいよおお! ゆっくりできないよおおお! ゆんやああ! ゆんやああああああ!!」 まりさは家族のど真ん中で、パニックに陥って泣き出した。 下半身から勢いよくしーしーが噴き出して、地面に水たまりを作る。 恐怖のあまり失禁したらしい。 「おとうさああん! こわいよおおお! おかあさあああん! このひとだよお! このひとがまりさのおめめを! おめめをおおおお!」 まりさは泣き叫びながら両親に助けを求める。 おおかた、恐い人間を両親によって追い払ってもらおうという魂胆だろう。 まりさに水を向けられた親のれいむとまりさは、俺の方を怯えた目で見た。 「にっ! にんげんさん! おこるのやめてね! ゆっくりしようね! ゆっくりしていってね!」 「そっ! そうだよ! いっしょにゆっくりしようね! おねがいだからおこらないで! おこらないでね!」 びくびくしながらも、親れいむと親まりさはまりさをかばう形で俺の足元に近づく。 しかし、俺が聞いたのは二匹の身の程知らずな主張ではなく、卑屈なお願いだった。 俺が二匹をにらむと、たちまち両親は体を縮める。 人間とゆっくりとの実力差がはっきり分かっているようだ。 「ゆえええん! ゆええええん! どうしてええ! このひとはまりさにいたいことしたよ! ひどいこといっぱいしたよお! いっぱいいたいことしたゆっくりできないわるいひとだよおお! わるいおにいさんだよおお! ゆえええええん!」 分かっていないのがここに一匹いる。 当てが外れてがっくりしたのだろう。まりさは泣きながら両親をけしかける。 きっと、この聡明でしっかりしたゆっくりたちは、子どもたちの脅威を何度も退けたに違いない。 さぞかし、まりさは両親の力に信頼を置いていたことだろう。 俺など、両親があっさりやっつけてくれるものと思っていたのか。 だが、現実は両親が俺に頭を下げ、機嫌をうかがう言葉を発するだけだ。 「まってね! ゆっくりまってね! おちびちゃんはびっくりしているだけなの! ほんとだよ! ゆっくりしんじてね!」 「おちびちゃんはほんとはとってもいいこなんだよ! ね!? ね!? にんげんさん! おこってないよね! ね!?」 親れいむと親まりさは、ひたすら俺にゴマをする。 何としてでも人間さんを怒らせてはいけない。 怒ったら、きっと自分たちは皆殺しになる。 その恐怖がありありと伝わってくる。 俺はしばらく、この後どうしようとかと考えていた。 足に何か柔らかいものがぶつかった。 顔を下に向けると、妹のチビまりさと目が合う。 「ゆっくちまつんだじぇ!」 「おぢびぢゃんどうじでえええ!?」 「おぢびぢゃんやべでええええ!?」 俺の足に体当たりしてふんぞり返るチビまりさの目は、まるで勇者様気取りだ。 どうやら、このチビまりさは両親の脇をすり抜けて俺に特攻したようだ。 一方、親れいむと親まりさは鎮静化しつつあるはずだった事態がぶち壊れたことで、顔をこわばらせて悲鳴を上げている。 さらに足に当たる二つの感触。 チビまりさに続いて、チビれいむが二匹俺の足に体当たりした。 「おにいしゃんだにぇ! おねえしゃんにいちゃいことをしたわりゅいにんげんしゃんは!」 「どうちてこんにゃことしゅりゅの!? おねえしゃんいちゃいいちゃいだよ! りかいできりゅ!?」 「にんげんしゃん! じぶんがわりゅいことちたってわかったのじぇ!? だったらはやくおねえしゃんにあやまるんだじぇ!」 横一列に並んだ、哀れなまでに勇ましい妹たちの戦列。 どのゆっくりの目も闘志に満ち、俺を敵として判断したのがよく分かる。 憎き姉の敵。 絶対に許すものか、という気構えさえ伝わってきた。 「どうちてもあやまらにゃいなら、れいみゅもおこりゅよ! ぷくーしゅるよ! ぷくーっっ!」 「れいみゅもぷくーしゅりゅよ! にんげんしゃん! れいみゅのぷくーではんせいしちぇにぇ! ぷくーっっ!」 「はやくあやまるんだじぇ! あやまらないともっときょわいめにあうんだじぇ! ……ゆゆぅ! もうまりしゃもおこったんだじぇ! まりしゃもぷくーするんだじぇ! おねえしゃんのいちゃいいちゃいをにんげんしゃんにもわからせりゅんだじぇ! ぷくーっっ!」 いっせいに三匹は、頬と体を風船のように膨らませる。 これも何度か見たことがある。 「おちびちゃんはおかあさんがまもるからね! ぷくーっ!」 とか言って、駆除しようとする人間に体を大きく見せるのだ。 ゆっくりの威嚇で間違いないだろう。 そう言えば、あのれいむはどうしただろうか。 確か、面倒だから回り込んで、先に子ゆっくりの方を袋に入れた気がする。 親ゆっくりは「やべでぐだざあい! おぢびぢゃんなんでず! まりざがのごじでぐれださいごのおぢびぢゃんなんでず!」と泣いていた。 つまり、まったくの無意味なのだ。 「………あ…………ああ………やめ……て……やめて……おちび……ちゃん…………」 「に……にんげん…さん………おちびちゃんを……おねがいだから……ゆるして……ね…………」 それが分かっているのは両親だけだ。 親れいむと親まりさは、もはや絶望さえ漂いだした目で俺に許しを請う。 後ろでは、ようやく泣き止んだまりさが潤んだ目で妹たちを見つめていた。 「まりさぁ……れいむぅ…………。まりさ……すごくうれしいよお…………」 姉のために健気に立ち向かう妹たちに、まりさは感動しているらしい。 ついさっき、自分が俺に半殺しにされたことなどもう忘れたのか。 「なあ、まりさ」 俺は足元で膨れた三匹を無視して、まりさに話しかける。 「この妹たち、俺がもらうよ」 「はやくあやまっちぇ! れいみゅがぷくーしちぇるのになじぇあやまらにゃいの! がまんちてにゃいではやぶぎゅびゅぶぶぅぅ!!」 俺がしたのは簡単なことだ。 ただ、一歩を踏み出しただけだ。 それだけで、一番端で膨れていたチビれいむが下駄の裏で潰れた。 「れ…れいみゅがあああああああ!!」 「ど…どうぢでええええええええ!!」 「いもうと……まりさの……れいむ……れいむがああああああああ!!」 隣のチビまりさとチビれいむ、そしてまりさは一撃で妹が潰れたショックで大声を上げる。 特にチビたちは、発狂したのかと思うくらい口を開けて泣き叫んでいる。 「あ……あ……おちびちゃん……が……」 「そん……な……おち……び…ちゃん…………」 親れいむと親まりさのショックは、子どもたちに比べて少ないようだ。 こうなることを、ある程度予期していたからだろう。 俺は足を上げた。 そこには、かろうじて無事な顔で呻き、ぐしゃぐしゃに潰れた下半身を動かす不気味な塊があった。 即死は免れたらしい。 チビれいむは生まれて初めて味わう苦痛が、同時にゆん生最後の体験であることが分かり、餡子混じりの涙を流していた。 「いぢゃいよぉ……おにゃかがいぢゃいよぉ………あんよしゃん……どうちでうごがにゃいの………… やじゃあ……れいみゅじにだくにゃいよぉ…………れいみゅ……れ……い…みゅ…………」 口から吐いた大量の餡子に埋もれるような形で、チビれいむは死んだ。 チビれいむは即死できなかったことを恨んだに違いない。 ごく短い間だったが、途方もない苦痛を味わってから死んだのだから。 まずは一匹だ。 俺はすぐに両手を伸ばし、動けないでいるチビまりさとチビれいむをつかんだ。 「やめちぇ! やめちぇにぇ! はなちちぇ! れいみゅをはなちてにぇ!」 「やめりゅんだじぇ! まりしゃをはやくはなしゅんだじぇ! はなちぇえええええ!」 手の中でじたばたともがくチビたち。 先程の勇ましさはどこへ行ったことやら。 俺が顔を近づけると、「「ゆっぴいっ!」」とそろって悲鳴を上げて失禁した。 手の中に生温かい液体の感触が伝う。 「やめちぇえ! おにいしゃん! れいみゅをはなちてくだしゃい! もうぷくーちまちぇん! ちまちぇんかりゃあああ!」 「まりしゃをたしゅけてくだしゃい! まりしゃはばきゃなゆっくちでしゅ! もうちましぇん! たしゅけちぇえええええ!」 俺は、徐々に握力を強めていった。 指に力を入れ、二匹を握り潰していく。 「ゆぶっ! ゆぶぶっ! ゆぶううううううう!」 「ゆぐっ! ゆぐうう! ゆぐううううううう!」 少しずつ、力を加えていく。 だんだんとチビまりさとチビれいむの体の形は、ボールから瓢箪に変わりつつあった。 懸命に力を入れて握力に抗おうとしているが、無駄な努力だ。 閉じた口からわずかながら餡子が垂れ始める頃になると、二匹は露骨に苦しみだした。 顔を左右にぶんぶんと振り回し、苦痛から逃れようと無駄な努力をする。 「ちゅっ! ちゅっ! ちゅぶれりゅうううううううううう!!」 「ちゅぶれりゅ! ちゅぶれりゅよおおおおおおおおおおお!!」 こんなところでも、ゆっくり特有の「自分の行動を声に出して表現する」習性は変わらない。 二匹は白目をむいて絶叫した。 ぱんぱんに膨れ上がった顔は真っ赤になり、ゆっくりとは思えない不気味な形に変形している。 「やべでぐだざい! やべでぐだざい! ぐるじんでまず! おぢびぢゃんぐるじがっでまず! もうやべでぐだざあい!」 「おねがいでず! おぢびぢゃんをごろざないでぐだざい! がわりにれいぶがじにまず! れいぶががわりにじにまずがら!」 「やめて! やめてよお! まりさのいもうとだよ! かわいいいもうとだよおお! はなして! はやくはなしてえええ!」 親れいむと親まりさは、顔を涙でべちゃべちゃに汚しながら、俺の足にすがりついている。 濁りきった声で、俺を止めようと必死だ。 それなのにまりさは、キンキンとかん高い声で離れた場所からわめくだけだ。 俺はさらに力を入れた。 「ぶぼぉっ!」 「ぶびゅっ!」 あっけなく、二匹の口とあにゃるから餡子がほとばしり出た。 グロテスクなお多福のような顔になったチビまりさとチビれいむの顔が、さらなる苦しみで歪む。 ここが限界だったようだ。 たちまち餡子が流れ出て小さくなっていく体を、俺は地面に落とした。 「おちびぢゃん! おちびぢゃあああん! へんじじでっ! へんじじでよおおおお!」 「おかあさんだよ! れいむおかあさんだよおおお! ゆっぐりじでえ! ゆっぐりじでえええ!」 「ゆ゙っ……びゅ……ぼっ………ぶっ……ぶぶっ…………」 「ごっ……びぇ………べっ……ゆ゙っ……ゆ゙ゆ゙っ…………」 すぐさま顔を近づける両親。 瓢箪の形になったまま戻らないチビたちは、もはや命が尽きる寸前だった。 何度も呼びかける親の声も聞こえないらしく、わずかに体を痙攣させて呻くだけだ。 それなのに、ぎょろりと飛び出しかけた目だけは血走って、今も終わらない苦痛を訴えている。 やがて呻き声は止まり、虚空をにらむ目がゆっくりと濁っていく。 チビまりさとチビれいむは、最後まで苦しみながら死んだのだ。 「まりさのかわいいいもうとおおおおお!! どうして! どうしてころしちゃうのお! まりさのいもうとなんだよ! かわいいいもうとなんだよ! ゆっくりしてたよ! どうして! どうしてこんなひどいことするのおおおお!!」 すすり泣く両親に何の遠慮も示さず、まりさは跳びはねながら俺を非難する。 よく見ると、まりさも目から涙を流していた。 これで、まりさのかわいい妹たちは全滅したことになる。 二度と仲良く家族で団らんはできないだろう。 もう、頬をすりつけることも、顔を舐めることもできない。 惨めに潰れたチビれいむと、変形しきったチビまりさとチビれいむの死体が、現実を突きつける。 「何を言ってるんだ、まりさ。あのチビたちは俺のものだよ。だから、俺がどう使おうと勝手じゃないか」 「ちがうよ! まりさのいもうとだよ! おとうさんとおかあさんがうんだまりさのかわいいいもうとなの! おにいさんのじゃないよ!」 「さっきまではね。でも、俺のものだって主張すればそうなるんだよ。生かそうが殺そうが、俺のものに文句を付けないでくれないか」 「やめてよ! やめてええ! まりさにいじわるしないで! おにいさんきらい! だいきらいだよ! どっかにいって! かえって!」 「君がお菓子を返してくれたらね。さあ、早く返して。返してくれたら全部元に戻してあげるから。ほら、早く返すんだ」 挿絵:キモあき
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亡くなった茶道家の父は、礼儀作法に非常に厳しい人だった。 今でもよく覚えている。 ある日俺は寺子屋から帰ると、茶箪笥の中に見たこともない高級な和菓子があるのを見つけた。 きっと、両親は奮発して高いものを買ってきてくれたのだろう。 俺は勝手にそう判断し、それを一人で無断で平らげた。 仕事から帰ってきた父は烈火の如く怒った。 あの菓子は、俺のために買ったのではない。 里長を招いて茶会をする際に、皆に振る舞うために購入した大事な菓子だったのだ。 泣いて謝る俺の尻を父はばしばし叩き、真っ暗な蔵の中に閉じ込めた。 あの時ほど、父が恐いと思ったことはない。 結局、父は大事な茶の席で大恥をかく羽目になり、俺は怒られても仕方のないことをしたのだ。 そんな父もあっけなく亡くなり、俺は父の跡を継いで茶道を教える仕事に就いた。 今では何とか、妻と一緒に食べていけるだけの稼ぎもある。 夜。ガラス戸を叩く音がしたので俺は立ち上がった。 こんな夜更けに誰だろう。 戸を開けると、そこには丸っこい物体がある。 金髪にカチューシャ。ゆっくりありすと呼ばれる饅頭生物だ。 「こんばんは、とかいはなおじさん」 「ああ、こんばんは。どうしたんだい、こんな夜に」 このありすとは初対面ではない。 今日の午後、縁側で一緒に簡素なティータイムを楽しんだゆっくりだ。 俺が縁側で湯飲みを片手に羊羹を食べていると、このありすが森の方から庭にやって来た。 垣根から顔を覗かせ、ありすは遠慮がちに俺に挨拶した。 「ゆっくりしていってね、おじさん」 「ああ。ゆっくりしていくといい」 「ありがとう。おじさんはしんせつなひとね。ありすも、おじさんのおにわにいてもいいかしら」 「庭を荒らさなければ、別に構わないよ」 「あら。ありすはとかいはよ。にんげんさんのおにわをよごすようなことはしないわ」 ありすの言ったことは嘘ではなかった。 ありすは俺の近くまで出てくると、口にくわえていた野苺を静かに食べ始めた。 よくいるゆっくりのような「むーしゃむーしゃ! しあわせー!」といったような大声を上げることもない。 都会派、と自称するだけあって、ありすの食べ方はゆっくりにしては品がよかった。 俺は少し気をよくして、抹茶に砂糖を入れて冷ましてからありすに差し出した。 「ゆっ! とってもおいしいおちゃね! おじさんはすてきなひとだわ」 ありすとはしばらくの間、なかなか楽しい茶会の時間を過ごすことができた。 時には、作法にこだわらず自然体で茶を楽しむのも素晴らしい。 茶を飲み終わるとありすは野苺の茎を片づけ、森へと帰っていったはずだ。 なのに、いったいどういう風の吹き回しだろう。 「おじさん、ひるまのおれいよ。ありすのつくったいんてりあなの。うけとってほしいわ」 ありすが口にくわえて差し出したのは、きれいに形の整っている押し花だった。 木の葉っぱの上に一輪の花がくっついている。 恐らく、ゆっくりの涙か唾液によって固めたものだろう。 あの不器用なゆっくりが作るものとは信じがたいほど、それは手が込んでいる。 「ありがとう。遠慮なく受け取らせてもらうよ」 たとえそれがゆっくりが作ったものであっても、誠意がこもっていることに代わりはない。 俺はお礼を言ってありすから押し花を受け取った。 「ゆっくり! おじさん、ありすとおともだちになってほしいわ」 俺が受け取ったことで、自分が受け入れられたと思ったのか、ありすはそんなことを言ってきた。 「君と友達にかい?」 「おじさんはとってもいいひとだから、ありすはおともだちになりたいの。また、いっしょにてぃーぱーてぃーをたのしみましょう?」 ありすはニコニコと笑っている。 あまりにも、ありすの笑顔は無防備だった。 だからこそ、俺は首を横に振った。 「残念だけど、それは無理だよ。今日のことはもう忘れて、お家に帰りなさい」 「…………ど、どうして。もしかして、ありすはいなかものだったの? おじさんのめいわくだったの?」 ありすのうろたえ方はかわいそうなくらいだった。 まさか、否定されるとは思っていなかったのだろう。 それもそうだろう。俺とありすとは、本当に仲良くやっていたのだから。 「いいや、そうじゃない。ありすはゆっくりとは思えないくらい都会派だったよ。でも、駄目だ」 「……おじさん。…………どうして?」 「君がゆっくりで、俺が人間だからさ。俺と君とでは、種族として違いすぎるんだ。人間には、近寄らない方がいい」 まだすがるような目をしてくるありすを、俺は優しく突き放す。 「今は仲良くできても、きっといずれどちらも不幸になる。俺たちは、絶対に相容れないんだよ」 俺はかつて、下らない過ちを犯した。 ゆっくりのしたことに本気で怒り、ゆっくりが分からないことを無理に分からせようとした。 人間の常識でも、ゆっくりにとっては常識ではない。 なまじ彼らは喋ることができるから、意思の疎通ができると思ってしまう。 実際はそうではない。人間とゆっくりとは違いすぎる。 あの不毛な体験は、俺の記憶の中に嫌な過去として位置づけられている。 あれは、この家に引っ越してきてすぐのことだった。 俺は今日のように、庭を眺めようと縁側に出ていた。 やや古くはあるが、実に趣のある家と庭だ。 何気なく見ていても、あちこちに風情があって飽きることがない。 しばし休息を取ろうと、俺は茶を点て茶箪笥からおはぎを一つ取り出した。 行きつけの和菓子店が作る、徹底的に痛めつけて味をよくしたゆっくりを材料にした名菓だ。 俺は茶碗と皿をお盆に載せ、縁側に戻ると座り直した。 ほっとする一息だ。 誰のためでもなく、自分のために点てる茶も悪くない。 茶の香りは奥ゆかしく、午後の静かな時間と相まって幻想郷を桃源郷に変えようと誘う。 柔らかなその誘いに、しばし身を委ねていた時のことだった。 「ゆっゆっゆ~♪ ゆっゆっゆ~♪ おさんぽおさんぽ~♪ まりさのおさんぽたのしいな~っ♪」 せっかくの気分が、たちまち台無しになった。 垣根をがさがさとうるさく揺らし、小動物らしからぬ不用心さで飛び出してきたものがいる。 金髪に黒い帽子。小生意気そうな表情。ゆっくりまりさだ。 サイズは大きめのリンゴくらいだろうか。どうやらまだ幼いゆっくりのようだ。 まりさはへたくそな歌を歌いながら、ぴょんぴょんと跳ねて庭を横切ろうとしている。 人間の耳には、ちょっとゆっくりの歌のセンスは理解しがたい。はっきり言って不快だ。 ……それにしても、散歩なのだろうか。 だとしたら、何という無警戒だろう。 俺の住む里では、あまりゆっくりにいい顔はしない。 畑を荒らす害虫として駆除されることもしょっちゅうだ。 付き合いで俺も幾度かかり出されたことがある。 里のあちこちに作られた巣を壊し、泣き叫ぶゆっくりを袋に詰めて加工場に引き取ってもらう。 「にんげんさんやめてよ! やめて! まりさたちはゆっくりくらしてただけだよ! なんでこんなことするの! ゆっくりしてよ!」 「おちびちゃんをもっていかないで! れいむのだいじなおちびちゃんなんだよ! やめて! ひどいことするなられいむにして!」 「ゆあああああん! きょわいよおおおお! おかあしゃああん!おとうしゃああああん! たすけちぇよおおお!」 俺はあまり彼らのお喋りが人間のようで好きになれないが、農家の人が言うにはあれはただの鳴き声だそうだ。 意味などない。ただの饅頭の発する音。人間のような思考はない。 そう思っているからこそ、簡単に駆除できるのだろう。 里は決して、ゆっくりにとって安全な場所ではないのだ。 それなのに、この警戒心皆無の動きは何だろうか。 「ゆっ! にんげんさんがいるよ。おにいさん、ゆっくりしていってね!」 俺の足元にまで近づいて、ようやくまりさは俺の存在に気づいたらしい。 まりさはぐいっと体と頭が一緒の部分をもたげ、俺の方を一心に見つめてそう言った。 きらきらと輝くような瞳だ。 実に無邪気な、人間の子どもでさえもここまであどけない目つきをしてはいない。 俺と仲良くできる、と無条件で信じ込んでいるのがよく分かる。 「……あ、ああ。ゆっくり、しているよ」 「ゆっ! ゆっ! ゆっくり! ゆっくり! おにいさん、ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」 俺はまりさの迫ってくる気迫にあっさり負け、返事をしてしまった。 途端にパアァ……とまりさの顔がさらに明るくなる。 ぽよんぽよんとまりさは反復横跳びをして、返事が来た喜びを全身で表現した。 きっと、これで俺とまりさとは仲良くなった、と思い込んでいるのだろう。 ゆっくり、という言葉を連発することから、余程その響きが気に入っているらしい。 「ここはまりさのみつけたゆっくりぷれいすだよ! おにいさんもゆっくりしていいからね!」 「え? いや、ここは俺の家で、君のいるところは俺の庭なんだが」 「ちがうよ! まりさのゆっくりぷれいすだよ! まりさがおさんぽしててみつけたんだよ! まりさのすてきなゆっくりぷれいすだよ!」 「……まあ、そうだよな。君たちに人間の家とか庭とか分かるわけないだろうし」 「ゆっ! ゆっ! おにいさん、へんなこといわないでよね。まりさちょっとこまっちゃったよ。ゆっくりしようね!」 「はいはい。ゆっくりゆっくり」 ああ、これがお家宣言という奴何だな、と俺は一人納得していた。 まりさにとっては、ここは自分が見つけた場所なんだろう。 俺という人間は、ついさっき気づいた。つまり、庭が先で俺が後だ。 だから、まりさにとってここは先に自分が見つけた場所ということになっているのだろう。 どうでもいいことだ。 どうせ、飽きたらすぐにどこかに行ってしまうだろう。 俺はまりさのかん高い声と、妙に人の神経を逆なでする口調に少しいらついたが、怒るほどではなかった。 そもそもここは借家だ。まりさが何と言おうが、あまり執着心はない。 まりさは楽しそうに俺の周りを転がってみたり、あちこちに顔を突っ込んで匂いを嗅いだりしていたが、不意にさっきよりもさらに目を輝かせた。 「ゆゆっ! おいしそうなおかしがあるよ! とってもおいしそうだね! まりさたべたい!」 ゆっくりは感情がすぐ表に出る。 まりさの目は、俺の隣にある皿に置かれたおはぎに釘付けだった。 おはぎに焦点を合わせたまま動かない目と、よだれの垂れている口元、そして舌なめずりをする舌。 露骨に「食べたいよお!」という欲望がむき出しになった顔だ。 「駄目だ。これは俺のお菓子だよ。まりさにあげる食べ物じゃないんだ」 「えぇぇ……。うらやましいなぁ…………おいしそうだなぁ……まりさもたべたいよぉ……」 餌付けして居座られても困る。 俺はちょっと大人げなかったが、皿を持ち上げてまりさから遠ざけた。 まりさはすぐさま縁側に這い上がって、おはぎに噛み付きかねない勢いだったからだ。 まりさの視線は、器用におはぎを追って動いた。 もう、関心はおはぎに固定されたらしい。 仕方のないことだ。 ゆっくりは極度の甘党だが、野生のゆっくりが甘いお菓子を食べることなどできない。 常に甘いものに飢えているゆっくりの目の前に、大好きなお菓子が置かれたのだ。 飛びつこうとするのも無理もない。 「いいなぁ………おにいさんだけいいなぁ………まりさもほしいなぁ……たべたいなぁ……むーしゃむーしゃしたいなぁ………」 さっさとあきらめて出て行けばいいものを。 そうすれば、それ以上おはぎを見続けて焦がれることもないのに。 俺はそう思ったが、まりさの取った行動は正反対だった。 俺のそばにべたべた付きまとって、懸命に自分をアピールし始めたのだ。 俺の機嫌を伺うように顔をのぞき込んでみたり、チラッと流し目を送ってみたり、実にうっとうしい。 口からは、俺が羨ましい、自分も食べたい、と馬鹿の一つ覚えのような言葉が連発される。 俺がそっぽを向くと、そちらに回り込んでぴょんぴょん跳ねたりぷりんぷりんと尻を振ってみせる。 少しでも俺の気を引こうと、まりさは手を尽くしているらしい。 だがそれは、俺にしてみれば不愉快な行為ばかりだ。 人のものを欲しがるという態度が気に入らない。 ましてや、あきらめが悪くしつこいならばなおさらだ。 茶の席でこんなことをしようものなら、即座に追い出されても仕方がない不作法だ。 「いいなあ! まりさもほしいよ! ほしい! おかしほしい! おかしたべたい! たべたい! たべたいよお!」 ついに、まりさは我慢できなくなったらしく、大声で俺に頼み始めた。 いや、もはや図々しく要求している。 それにしても、ゆっくりは体は小さいのに声がやたらとでかい。 小さな子どもが耳元でどなっているようで、耳がおかしくなりそうだ。 「ちょうだい! まりさにもちょうだい! おにいさん! ねえ! ねえねえねえ! きいてるの!? おにいさん! おにいさんってば!!」 「駄目ったら駄目だ。いいか、これは俺のものなんだ。君にあげるものじゃない。いい加減あきらめろ」 「おにいさんのいじわる! けち! まりさおこったよ! ぷんぷん! もういいよ! おにいさんなんかしらない!」 とうとうまりさの堪忍袋の緒が切れた。 俺のことを一方的に非難すると、ぷりぷり怒りながら垣根の中に潜り込んでいった。 まりさにしてみれば、仲良くなった人間が自分だけお菓子を楽しんでいるように思えたのだろう。 俺は少しまりさがかわいそうになったが、すぐに自分の考えを改めた。 「じぃぃぃぃっ…………………………じぃぃぃぃ…………………………」 わざわざ声に出して、自分がいることをアピールしているのはなぜだろうか。 まりさは森に帰ろうとはしなかった。 生け垣の下から、まりさの食欲でらんらんと輝く二つの目が俺を見ていた。 まりさ本人は隠れているつもりだろう。 だがこちらからは、じーっとおはぎを見つめるまりさの姿が丸わかりだ。 ああ言ったものの、菓子への未練はそう簡単に断ち切れないのだろう。 ふと、俺の心に子どものようないたずらが思いついた。 この状態で、俺が席を外したらどうするだろうか。 十中八九、まりさはおはぎを食べてしまうだろう。 その現場を俺が押さえたらどんな顔をするだろう。 さぞかしうろたえるだろう。どんな言い訳をすることだろう。 泣いて謝るだろうか。それともちょっとすねてから謝るだろうか。 「わあ! そうだった。用事を思い出したぞ。すぐ部屋に戻らなくちゃ! 急ぎの用だから、おはぎはここに置いていこう!」 俺がわざとらしく大声を出すと、まりさが生け垣の中で身じろぎしたのが分かった。 「どこにいるか分からないけど、もしまりさがいたら困るからちゃんと言っておかなくちゃな!」 まりさが俺のおはぎだと言うことを忘れては困るので、ここでもう一度繰り返す。 「まりさ! これは俺のおはぎだからな! 絶対に食べちゃ駄目だぞ! まりさのおはぎじゃない。俺のものだぞ! 食べたら怒るからな!」 俺の声はまりさに聞こえただろう。 しかし、まりさの目はもうおはぎの方しか見ていない。 本当に聞こえたのだろうかと怪しく思うが、さっきから食べるなと連呼してあるから、あれが自分のものではないことぐらい分かるだろう。 では、実験の開始だ。 俺は縁側から立ち上がり、家の中に入って柱の陰に隠れた。 俺が身を隠してすぐ、まりさは生け垣の中から飛び出してきた。 駄目だこれは。 ゆっくりには、人間のものとそうでないものとの区別が付かないようだ。 あっさりとまりさがおはぎを平らげて実験終了かと思ったが、そうではなかった。 まりさは縁側に飛び乗ると、おはぎの載っている皿に顔を近づけた。 しかし、ぱくりと噛み付くことはなかったのだ。 「ゆうぅ……おにいさん……たべちゃだめだって……どうして……こんなにおいしそうなのに……」 俺は耳を疑った。 なんだ。ちゃんとまりさは理解していたんだ。 俺がいなくなっても、おはぎが自分のものではなく人間のものだと覚えていたのだ。 ゆっくりの記憶力を俺は侮っていたが、どうやら考えを改めなくてはいけないようだ。 「いいなあ……たべたいなあ……おいしそうだなあ……おにいさんうらやましいなあ……まりさもたべたいなあ……」 まりさはよだれをたらたら、未練もたらたら流しながらおはぎに心を奪われている。 食べられないと分かっているなら見なければいいのに、と思うのだが、まりさはじっとおはぎを見つめてうっとりしている。 それが欲望を加速させるニトロであることに、まりさは気づいていない。 「たべたいよぉ…むーしゃむーしゃしたいよぉ……くんくん……くんくん……ゆぁぁぁ……いいにおいだよぉ……くんくん………」 どこにあるのか分からない鼻をひくつかせ、まりさは餡子の甘い匂いをいっぱいに吸い込んでいる。 もはや舐めるようにまりさはおはぎをあちこちから眺め、ほとんどくっつきそうなくらいに顔を近づけている。 これは駄目だ。 絶対にまりさは我慢できない。 俺の予想は的中した。 「ちょっとくらいならいいよね! おにいさんにわからないくらいなら、たべてもだいじょうぶだよね!」 分かる分からないの問題じゃなくて、そういうことを口にしちゃいけないだろ。 俺は柱の陰でまりさの行動に突っ込む。 「なめるだけだよ! ぺーろぺーろするだけだよ! それくらいならおにいさんもわからないよ!」 まりさはきっと、自分で自分を騙しているのだろう。 いけないことだと分かっている。 でも、どうしても食べたい。 ならば、これくらいなら分からないと自分に嘘をつき、信じ込もうとしているのだ。 「ぺーろぺーろ…………し、し、し、しあわちぇええええええ!!」 ついに、まりさは俺の警告を無視した。 ゆっくりの体の割に大きくて分厚い舌が口から伸びると、ぺろりとおはぎの餡子を舐めてしまった。 次の瞬間、まりさは幸福そのものの顔で叫んだ。 まりさは冗談抜きで輝くような表情で、甘いものを味わう幸せを表現していた。 「しゅごくおいちい! しゅごくおいちぃよおおおお! あみゃいよおおお! もういっかいぺーろぺーろ! ぺーりょぺーりょおおお!!」 まりさは歓喜のあまり涙を流している。 よく見ると、下半身からちょろちょろと何か流れ出している。 失禁しているのか? 不快になる俺を置いてきぼりにして、まりさはもう一度おはぎをべろりと舐める。 前回は罪悪感からか恐る恐るだったが、今回は舌で餡子を削り取るような舐め方だ。 あれでは、おはぎの表面に舐めた跡が残るだろう。 まりさの罪はこれで確定したわけだ。 「ち! ち! ちあわしぇぇええええええ!! おいちぃいいいいいい!!」 再びまりさは嬉しさのあまり大声を出す。 こっそりと盗み食いをするつもりだったが、あまりのおいしさに声が出てしまうのか。 もう、こうなってしまっては一直線だ。 止まるわけがない。止められるわけがない。 「むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃ! あまいよおおおお! おいちいよおおおお! むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃぁあああ!」 まりさは、おはぎにかぶりついた。 一口で三分の一をかじり、もぐもぐと噛む。 途端に、まりさは口から餡子をこぼしながら叫んだ。 「すごいおいしいっ! おいしいいいい! あまいよお! まりさむーしゃむーしゃするよ! むーしゃむーしゃ! おいしいよおおおお!」 もう夢中だった。 まりさはおはぎにぱくつき、もぐもぐと噛み、ごくりと飲み込む。 ずっと我慢していた甘さへの渇望を満たせる喜びで、まりさの顔は緩みきっていた。 「まあ、そうだよなあ……」 俺は、茶箪笥に向かいながら苦笑していた。 怒りの感情はわいてこなかった。 きっと、父が里長のために用意した茶菓子を勝手に食べた俺も、あんな感じだったのだろう。 俺は、まりさに子どもの頃の俺を重ねていた。 大事な茶の席で使うはずの茶菓子を、無断で食べてしまった俺。 食べるなと厳命されながら、甘味の誘惑に勝てなかったまりさ。 どちらも、似たようなものだ。 悪いと分かっていても、ついついやってしまう。 それを責めるのは、いささか大人げないと言えるだろう。 ……この時の俺は、まだ正常だった。 俺は代わりの茶菓子のきんつばを取り出し、皿に載せた。 さて、まりさはどんな顔をするだろう。 俺が怒ると、何て弁解するだろう。 俺はいたずらが成功した子どもの顔で、縁側へと向かったのだった。 縁側に置かれた皿には、おはぎの代わりにまりさが載っていた。 半分幸せ、半分物足りない顔で、まりさは皿をぺろぺろと長い舌で舐め回している。 「おや、おはぎがないぞ。しかもそこにいるのはまりさじゃないか。さては盗み食いしたんだな。悪い奴め!」 芝居気たっぷりに、俺は恐い顔をして縁側に姿を現した。 皿の上に乗っかり、しかも皿を舐めていたまりさに逃げ場はなかった。 「ゆううううううっっっ!?」 まりさはびっくりして跳び上がった。 こちらを向くまりさの口の周りは、おはぎの餡子ですっかり汚れている。 「ゆあっ! あっ! ゆああっ! おにいさんっ! ゆっくりしようねっ! ゆっくりっ! ゆっくりっ!」 「まりさ、口の周りが餡子で汚れているぞ! 言い訳しても無駄だ。あれだけ食べるなと言っておきながら、よくも俺のおはぎを食べたな!」 まりさのうろたえた様子は、本当に面白かった。 何度も空になった上に自分の唾液でべとべとになった皿と、怒った顔をした俺とを見比べている。 まりさが混乱しているのがよく分かり、俺は内心笑いを噛み殺していた。 「まりさ! この悪いゆっくりめ! 人のものを勝手に食べちゃったら、何て言うのかな!?」 おろおろとしているまりさに、俺は親のような顔で言ってみた。 もちろん、この状況は俺が作ったものだから、まりさが拗ねたり泣いたりしても怒る気はなかった。 一回でもいいから「ごめんなさい」と言えば、それで俺はすっきりしただろう。 「まりさも食べたかったのか。じゃあ、これも半分あげるよ」 面白いものを見せてもらったお礼に、きんつばを半分食べさせてやるつもりだった。 ……そもそも、ゆっくりに本気で怒るなんて大人げないだろう。 こんなことを考えるほど、かつての俺は甘かった。 ゆっくりという饅頭がどれだけ人間とは異なる存在なのか、理解していなかった。 そして、ゆっくりという饅頭がどれだけ人間を苛立たせる存在なのか、体験していなかった。 まりさはしばらくおたおたしていたが、いきなりにっこりと笑った。 それまでの困惑した様子が嘘のような、あっけらかんとした笑顔をこちらに向けた。 「おかしとってもおいしかったよ! もっとちょうだいね!」 俺は絶句した。 何だって? 今、こいつは何て言ったんだ? おいしかった? もっとちょうだい? 「何を言ってるんだ? あれは俺のお菓子だぞ」 「うん! でもおいしそうだったから、まりさがまんできなくてたべちゃった! すごくおいしかったよ!」 まりさは初対面の時とまったく同じ、無邪気な顔でニコニコと笑っている。 自分が悪いことをしたという自覚がないのか? 野生動物だから、目の前にある餌をただ貪るだけだったのか? そうじゃない。 まりさは一度ためらっている。 おはぎが俺のものであるということは、知っていたはずだ。 「食べちゃ駄目だって言っただろ。聞こえなかったのか。それとも、忘れちゃったのか?」 わすれちゃったよ、とまりさが言ってくれれば。 そうすれば、俺は納得していたはずだ。 単なるおはぎ一つのことだ。 俺が食べられなかったからといって、子どものように怒ることはないはずだった。 しかし、まりさの返答は違った。 「ずるいよおにいさん! おいしいおかしをひとりじめして! おかしはみんなでたべるからおいしいんだよ!」 「まりさ、君が全部おはぎを食べちゃったせいで、俺の食べる分はなくなったよ。全然みんなで食べてないじゃないか」 「おにいさんおかしをもうひとつもってるでしょ! まりさはおなかがすいてたんだよ! そっちもはんぶんちょうだいね!」 たかがゆっくり如きの馬鹿な言い草。 そう片づけてしまうには、俺は若すぎた。 いや、片づけてしまえないほど、俺はこのことについてトラウマがあったのだ。 呆れ果ててものも言えない俺を差し置いて、まりさは俺の手のきんつばに向かってジャンプする。 「まりさおかしだいすき! もっとちょうだい! ねえ! ねえ! ねえ! きいてるの!? まりさはおかしだいすきなんだよ!」 俺はまりさを見た。 まりさは俺を見ていない。 俺の手にあるきんつばしか眼中にない。 俺の存在など、まりさには邪魔なだけなのだろう。 「おにいさん! おにいさんってば! きいてるの! ねえきいてよ! まりさにそれちょうだい! まりさもっとたべたい! おかしたべたいよお!」 俺の心情の変化は、大人げないと批判されても仕方がない。 しかし、俺の心の奥から、自分でも信じられないほどの怒りがこみ上げてきた。 ただの理性のない獣ではなく、こいつはゆっくりだ。 どんな形でも、まりさが一度でもごめんと謝れば当然許すつもりだった。 これは俺の仕組んだいたずらだ。それくらいの余裕はあったはずだ。 それなのに、俺の手にあるきんつばに向かって、羞恥心の欠片もなく飛びつくまりさをみていると、怒りしか感じない。 かつて俺は、何度謝っても父に許されなかった。 心底反省しても、許してもらえなかった。 やがて雷親父の怒りはおさまったのだが、その間俺は家の中で針のむしろにいた。 かばってくれる祖母がいなければ、俺は父を憎みさえしただろう。 あの嫌な経験は、俺の中でしこりとなって残っている。 人のものを勝手にかすめ取ることが、どれだけ悪いことなのか身に染みていた。 それなのに、こいつは。 こいつは人のものを食っておきながら謝りもせず、もっとよこせと催促するのか? 自分が何をしたのか分かっていながら、恥知らずにもこちらに要求するのか? たかが饅頭風情が、人間の食べ物をよこせとうるさく詰め寄るのか? 俺はゆっくりの生態に詳しくなかった。 もし詳しい人がこれを読めば、当然失笑することだろう。 何を馬鹿なことをしているんだ、ゆっくりにいったい何を期待しているんだ、と笑われて当然だ。 俺の間違い。 それは、ゆっくりを人間のように扱ったことだった。 俺はきんつばを地面に落とした。 こんなものが血相を変えるほど欲しいのか。 勝手にしろ、と俺はまりさにきんつばをあげた。 「ゆっゆ~♪ おいしそうなおかしさん、ゆっくりまりさにたべられてね! むーしゃむーしゃ! しあわせーっっっ!」 地面に落ちたきんつばに、まりさは飛びついた。 落とした俺に目もくれず、がつがつと貪っていく。 遠目から見ればまだ耐えられるが、近くで見ると本当にこいつは汚らしい食べ方をする。 足で蹴り飛ばしたくなる誘惑を抑え、俺はまりさが食べ終わるまで待った。 「ゆっくりおいしかったよ! まりさこんなにおいしいおかしはじめてたべたよ! もっとたべさせてね!」 舌で口の周りをべろべろ舐め回しながら、まりさはさらにお菓子を欲しがる。 こいつは、お菓子をくれた俺にお礼さえ言わなかった。 無神経な物言いに、俺の心はもう動かない。 腹立ちはピークに達しているため、火に油を注いでもこれ以上燃えないのだ。 「もうないよ。これで終わりだ」 「ゆぅぅ……そうなんだ。まりさ、もっとむーしゃむーしゃしたかったよ……おかしおいしかったのになあ……」 たちまちまりさの顔は悲しそうになる。 体の大きさからして結構な量を食べたのに、こいつは満足しないのだ。 ますます俺はゆっくりが嫌いになった。 「じゃあもうまりさはかえるね! おにいさん、またおいしいおかしをちょうだい! まりさまたくるからね!」 「ああ、ちょっと待つんだ、まりさ」 「ゆゆ? おにいさん、どうしたの? まりさはおうちにかえるんだよ」 食うだけ食ってさっさと帰ろうとするまりさを、俺は呼び止める。 振り返って首を傾げるまりさ。 俺は両手を伸ばして、その丸っこい顔と体をつかんだ。 「ゆっ! おそらをとんでるみたい! まりさとんでるよ! とりさんみたいにおそらをとんでるよ!」 いちいち実況中継するのがうるさい。 それに、この状態は飛んでるのではなく浮いてるだ。 食べたせいか、まりさの体はそれなりに重量がある。 手に持つとちゃんと重みが伝わってくる。 饅頭皮はもちもちとしていて、手触りがなかなかいい。 まだ若いからだろう。手首を回して横と後ろを見てみたが、傷らしいものもない。 「ゆゆっ? なんなの? そんなにみつめられると、まりさちょっとはずかしいよ~」 俺が見とれているとでも思ったのか、まりさは顔をちょっと赤らめてもじもじし始めた。 恥じらいとかそういった感覚はあるのか。 ならばなおさら、好都合だ。 「まりさの両目はきれいだね」 俺はいきなりまりさを誉めた。 まりさはきょとんとしていたが、すぐにとても嬉しそうな顔になる。 「とってもきれいだよ。きっと、ゆっくりの中では一番きれいな目をしているんだろうね」 「ゆゆ~ぅ。それほどでもないよ~。でも、まりさすごくうれしいよ! うれしい!」 両手で持ち上げられた状態で、まりさは嬉し恥ずかしといった感じで体をぐねぐね左右に振っている。 表面上は恥ずかしそうだが、明らかにまりさはこちらの言葉に期待している。 俺がじっと見つめていると、伏し目がちになりながらも時折チラッとこちらを見てくる。 もっと誉めて、と思っているのが丸わかりだ。 お望み通り、俺はまりさを誉めちぎった。 「まりさの髪の毛もきれいだよ。とてもきれいでまるで黄金の小川みたいだ」 「ゆゆん! まりさのかみのけさんはまりさのじまんだよ! みんないっぱいほめてくれるんだよ!」 「まりさの歯は白くて整ってるね。虫歯もなくていい歯をしているよ」 「はさんはだいじだよ! むーしゃむーしゃするときにはさんがなかったらたいへんだよ!」 「まりさの帽子は素敵だね。よく手入れがされていて、ほかのゆっくりたちも羨ましがるだろうね」 「だって、まりさのたからものだもん! ゆっへん! まりさはおぼうしさんがいちばんだいじなんだよ! まいにちまりさはおぼうしをごーしごーしあらうんだ! きれいきれいにしてからおぼうしをかぶると、とってもゆっくりできるよ!」 すっかりまりさは誉められて有頂天になっている。 見る見るうちに、まりさの顔は幸福を絵に描いた笑顔になっていく。 まだだ。 もっともっと、まりさを舞い上がらせてやろう。 俺はさらにまりさの誉めるべき点を、大事にしているであろう点を探す。 「まりさのお家はどんなところだい? きっと、とても住みやすい場所だろうね」 「ひろくてゆっくりできるすてきなおうちだよ! まりさのたからものがいっぱいあるんだ!」 「まりさの家族はどうかな? まりさはどう思ってる?」 「みんなだいすき! おとうさんだいすき! おかあさんだいすき! いもうとのれいむもまりさも、みんなみんなだ~いすき!」 「まりさには友達がいるだろう? 友達のことはどう思ってる?」 「みんなゆっくりしてるよ! ありすもいるし、れいむもまりさもいるよ。いっしょにあそぶとすごくたのしいよ!」 「じゃあ、最後にまりさのゆん生はどうかな。まりさは今まで生きてきてどうだった?」 「とってもしあわせだよ! まりさゆっくりできてしあわせ! まりさはしあわせなゆっくりだよ!」 「そうだろうね。まりさは幸せなゆっくりだよ。俺にもよく分かる」 「ゆ~ん♪ おにいさん、まりさてれちゃうよ~♪ ゆんゆん♪ ゆっくり♪」 最後にまりさはとびきりの笑顔を見せて締めくくった。 本当に、まりさは幸せそうだった。 まりさの言葉を聞いて、俺もよく分かった。 こいつは生まれてからずっと、ゆっくりにしては恵まれた環境にいたのだ。 さぞかし、幸福なゆん生を送ってきたのだろう。 これからも、それが続くと信じて疑わないのだろう。 「じゃあそれ、全部俺がもらうよ」 手始めに、君の片目をもらうことにしよう。 いきなり両目を奪ったら、これから始まる喜劇が見られなくなるからね。 俺はまりさを片手で持つと、右手の人差し指をまりさの左の眼窩に突っ込んだ。 まりさは指を突っ込まれても、2秒ほどは笑顔のままだった。 きっと、俺の言葉の意味が分からなくて頭の中を素通りしたのだろう。 別に構わない。こちらも、まりさが理解してからこうするつもりなどなかったのだから。 柔らかい感触が指に伝わってきた。 つるんとして湿った眼球を避けて、その裏側の餡子に指先が届いた。 やや温かい。 「ゆっ……ゆぅ……ゆ゙! ゆ゙ぎぃ゙い゙い゙い゙あ゙あ゙あ゙!! あ゙あ゙あ゙ぎ゙い゙い゙い゙い゙い゙!」 まりさはどぎついまでの絶叫を張り上げた。 この声は聞いたことがある。 ゆっくりを里の皆で駆除していた時、えらく気合いの入った男が一人いた。 人の二倍も三倍もゆっくりを狩る彼の回収したゆっくりは、どれもずたずただった。 彼の持ち場からは、今のまりさと同じ悲鳴が止むことがなかった。 ゆっくりの鳴き声ということで誰も気にしなかったが、あの男はゆっくりを生きたまま解体していたのか。 俺は慎重に指先で眼球をつまみ、引っ張る。 視神経やら筋肉やらの抵抗はなく、思った以上にあっさりとまりさの目玉は顔から抉られた。 俺は激痛で歪んだ顔をしているまりさに、それを見せてやった。 「や゙あ゙あ゙っ! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! まりざの! まびぢゃのおびぇびぇえええええええ!!」 自分の目と見つめ合うという状況は、なかなか希有なものじゃないだろうか。 俺の手の中と眼球と目があって、まりさはさらに大声で叫ぶ。 「い゙ぢゃい゙ぃい゙い゙い゙い゙い゙!! がえぢでっ! まりぢゃのおべべがえぢでよおおおおお!!」 隻眼から大量の涙を流しながら、まりさは俺に目玉を返すよう訴える。 ぽっかりと開いた眼窩からは、どろりと餡子混じりの涙が流れる。 果たして、これをまりさの眼窩に突っ込んだらまた機能するのだろうか。 俺は改めて、こいつの眼球をしげしげと眺めてみた。 材質は寒天か白玉だろう。 ゆっくりの顔についている時はあんなにも表情豊かなのに、こうして抉り出すととたんにただの無機物になる。 「おにいざんがえじでえ! おめめがえじでよおお! どうじで! どうじでごんなごどずるのお!? まりざいだいよおおお!」 「君だって、勝手に俺のお菓子を食べたじゃないか。だから俺も、君から勝手に目をもらうよ」 俺は痛みに苦しみもがくまりさにそう言った。 まりさは一瞬、信じられないものを見る目で俺を見た。 不愉快だ。 自分がそうしたというのに、自分が同じようにされるのは嫌なのか。 「がえじでっ! がえじでっ! それはやぐまりざのおかおにもどじでよおおおおおお!!」 「お菓子を返してくれたら戻してあげるよ。ほら、早く返して。そうしたら戻してあげる」 「でぎないよお! できないよおおお! もうおがじざんだべじゃっだがらがえぜないよおおおお!!」 「じゃあ、これも返してあげない」 泣き叫ぶまりさを尻目に、俺は指先に力を込めた。 ブヂュッ、とあまりにもあっけなく、まりさの二つとない左目は潰れて四散した。 目の前で自分の体の一部を潰されたショックで、まりさは泣きわめく。 「や゙ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! お゙め゙め゙ぇ! お゙め゙め゙ぇ! まりざのずでぎなおべべぇえええええええ!!」 ねっとりとした液体が、潰れた眼球から流れ出した。 恐らくシロップだろう。 これでもう、まりさの顔から左目は永遠に失われた。 どんなことがあっても、まりさはこれからずっと片目で生きていかなければならないのだ。 俺は眼球の残骸を庭に放り投げた。 「次はまりさの髪の毛だね。それももらうよ」 「だめぇ! だめだめだめえええええ! やだあ! まりさのおさげさんむしっちゃやだあああああ!」 必死に体を捻って、俺の手から逃れようとするまりさ。 だが、その力はあまりにも弱く、抵抗と呼ぶにも値しない。 俺はまりさの帽子から出ているお下げを掴み、ぐいっと力任せに引っ張った。 「い゙ぎゃ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙! いだいっ! いだいいだいいいい!」 お下げは根本から千切れて手に残った。 なぜ根本からだと分かるかというと、皮と餡子がわずかながらくっついてきたからだ。 俺はまりさの帽子を取り上げた。 「おぼうしさんっ! それまりさのおぼうしさんっ! かえして! まりさのおぼうしさんかえしてね!」 邪魔になるから、俺は帽子を自分の頭に乗せた。 傍目から見ればかっこわるいが、この際気にはしない。 「これだけじゃ足りないな。もっとまりさの髪の毛をもらうよ」 「やだああ! やめてね! まりさのかみのけむしらないで! いたいのやだああ! むしるのだめえええええ!」 まりさの声は、昨日の俺が聞いたら痛々しくて手を止めたくなるものだったに違いない。 いくら何でも、菓子を勝手に食べられたくらいで目を抉って髪を抜くなんて、と不快感をあらわにしたことだろう。 だが、今の俺はまったく嫌悪感がなかった。 まりさのきらきら光る金髪を指で掴み、お下げと同じようにして引っこ抜く。 雑草を抜くようなブヂッという手応えを残して、一つまみの金髪が手に残った。 「いぢゃあああああいいい! あちゃま! あちゃま! まりぢゃのあぢゃまああああああああ!!」 まりさは涙を流して激痛を訴える。 髪の毛は地肌ごと引き抜かれ、まりさの頭には小さな穴が空いていた。 気にせず、俺は次々とまりさの頭から髪の毛をむしり取る。 「いびゃい! いびゃいよっ! おにいざんやめでっ! まりざのがみのけっ! だいじな! だいじながみのけなのっ! いぢゃいいぃっ! どうじでぇ? どうじでごんないだいごどずるの!? まりざなにもわるいごどじでないのにいいいいいい!」 自称「悪いことをしていないまりさ」は、俺が手を止める時には「まばらに頭に髪の毛が残っている禿まりさ」になっていた。 完全な禿にするよりも、所々に残っている方が無様さに拍車がかかる。 俺と最初に出会った時の若くはつらつとしたまりさは、もうどこにもいない。 ここにいるのは、片目に穴が空き、髪の毛のほとんどをむしられた不細工なゆっくりだ。 「ゆっ……ゆぐっ……ゆぐぅ……いだいよぉ……まりさのかみのけさん……みんなにほめてもらったかみのけさん…… ゆっくりかえってきてね……いだいぃ……まりさのあたまにゆっくりかえってきてねえ! はやくかえってきてねええええ!!」 まりさは俺の足元に散らばる自分の髪の毛を見て、涙をぽたぽた落としている。 その悲しそうな顔は、ゆっくりを駆除していてもなかなかお目にかかったことがない。 どうやら、本当にこいつの髪の毛は仲間の間でちやほやされていたようだ。 それを苦痛と共に失った気分はどんなものだろう。 「もらったけど、やっぱりいらないね。こんな汚い髪の毛」 俺は下駄の足でその金髪を踏みにじり、土の中にねじ込んだ。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 まりさの悲鳴がかん高くなる。 俺は自分の頭にかぶっていた帽子を、まりさに返してあげた。 「おぼうしさん! まりさのだいじなおぼうしさん! ゆっくりおかえり! おかえりいいい!」 大あわてでまりさは帽子をかぶる。 大事なものだということもあるが、同時に禿を隠したいのだろう。 まりさは俺をにらみつけた。 「ひどいよ! おにいさんひどい! やめてっていったのに! まりさがやめてっておねがいしたのに! どうしてこんなことするの! おにいさんはゆっくりできないよ! きらい! だいっきらい!! まりさのおめめもどして! かみのけももどしてよお!」 「ああ、まりさはやめてって言ったね。聞こえたよ」 「だったらどうしてこんなことするの! まりさいたかったよ! すごくいたかったよ! どうしてえええ!」 「だから? まりさが止めてって言ったから何なの?」 まりさは口を閉じた。 涙がいっぱいにたまった右目で、こちらをじっとにらんでくる。 まるで、自分はかわいそうな被害者であるかのような顔だ。 「君だって、俺が食べちゃ駄目だと言ったお菓子を食べたじゃないか。同じことだよ。俺も、君が止めてって言っても髪の毛をもらうよ」 「そ……そんなこと……。そんなの……。そんなのやだよおおおお! やだあ! やだやだやだあああああ!!」 「次はまりさの白い歯だね。それももらうよ」 「やだあ! やだあああ! やじゃびゃびぎぃぃぃ!!」 俺は大声を張り上げるまりさの口に、親指と人差し指を突っ込んだ。 手にまりさの口内の濡れた感触が伝わった。 上顎の奥歯を一本掴み、力任せに引っ張る。 予想よりも遙かに力を必要とせず、まりさの歯は引っこ抜けた。 「あびっ! ばびびっ! あびっ! あびや゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙っ゙!!」 歯の抜けた歯茎から粘性の低い餡子をびゅっびゅっと拭きつつ、まりさは絶叫した。 俺は指先でつまんだこいつの歯をじっくりと眺めてみた。 色は真っ白だ。形は人間のものとよく似ている。 少し力を入れただけで、あっけなく歯は砕けた。恐らく砂糖でできているのだろう。 「びゃびぇでっ! いびゃいびょ! しゅびょびゅいびゃいっ! いびゃびいいいい!! 」 たった一本歯を抜かれただけで、まりさは顔をぐしゃぐしゃにして激痛を訴える。 ろれつの回らない様子から、これがまりさにとって初めての激痛なのがよく分かる。 だが、俺は一本では満足しなかった。 怯えきったまりさの視線を無視して、俺はさらに口に指を突っ込んだ。 「びゃべびぇえええええええ!!」 上顎の歯を四本ほどつまむと、一気に引っこ抜く。 一度目で力加減が分かったから、二度目の抜歯は簡単だった。 ブチブチッという歯茎の千切れる音と共に、俺の手はまりさの口から抜かれた。 まりさの大事にしていた、きれいな白い歯と一緒に。 「い゙ぎゃびい゙い゙い゙い゙い゙い゙!! ゆ゙びあ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙っ! びぎゃい゙い゙い゙い゙い゙!」 目を抉ってやった時よりも、数段上の悲鳴が聞こえた。 さすがに、これを近距離で聞くとこちらも鼓膜がおかしくなる。 麻酔なしで歯を何本も一度に抜かれたのだ。 こいつがこれだけ叫んでもおかしくない。 「ぼうやだああああああ!! やだああああああ!! まりざいだいのやだああああああああ!!」 まりさは俺の手の中でめちゃくちゃに暴れる。 どうやら、歯を失っても喋れるようだ。 そうでなくては。 こちらも、これでこいつのすべてを奪い尽くしたとは思っていない。 俺はまりさを地面に降ろした。 まりさは、まさか助かると思っていなかったのだろう。 一瞬きょとんとして地面を見ていたが、次の瞬間ものすごい勢いで泣き出した。 「ゆわああああああん! ゆえええええええん! もうやだああ! おうちかえるうううう! まりさおうちかえるううううう!!」 泣きながら、まりさはぴょんぴょんと跳ねて庭を突っ切る。 生け垣に頭から体当たりし、中に無理矢理潜り込んだ。 火事場の馬鹿力という奴だ。 まりさはゆっくりらしからぬ速さで俺の家から逃げ出した。 「おうちかえる! まりさはおうちにかえるよおおおお! おとうさあああん! おかあさああん! まりさもうやだよおおおお!」 泣きじゃくるまりさの声が遠ざかっていくのが分かった。 さて、後を追うことにしよう。 まだまだ、こいつから頂戴しなければならないものはあるのだから。 逃げるまりさの後を追うのはあまりにも簡単だった。 「ゆええええん! ゆええええん! ゆっくり! ゆっくりいいい! ゆっくりしないでにげるよおおおお! いたいよおおお!」 何しろ、まりさは大声で泣きながら逃げているのだ。 あれだけ小さな生き物が、よく全力疾走しながら大声を出せるものだ。 幻想郷の人間である俺は、それなりに妖怪との付き合いもある。 だが、あんな奇怪な存在などゆっくり以外にいない。 「おうちかえる! まりさはおうちかえるよ! かえって! おうちかえって! ゆっくりする! ゆっくりしたいよおおお! おとうさんとすーりすーりする! おかあさんとすーりすーりする! いもうととごはんさんむーしゃむーしゃする! ゆっくりするうう!」 一度も振り返らず、いっさんに巣に向かったまりさは実に愚かだった。 姿を隠しもせずに大声を出して、あれでは後を追ってきて下さいと言わんばかりだ。 森に入ってしばらくしてから、まりさは大きな木の根元で立ち止まると叫んだ。 「おかあさあああああん! おとうさああああん! まりさだよおおおお! かわいいまりさがかえってきたよおおおお!」 わざわざ出迎えを要求するとは、ずいぶんと甘ったれた子どもだ。 だが、こいつの尋常でない声の調子に驚いたのだろう。 「おちびちゃん? どうしたの? ゆっくりしてないね!」 「ゆっくりしていってね! おちびちゃんだよね! どうしたの?」 「おねえしゃんどうちたの? ゆっくちちてないにぇ!」 「ゆっ! おえねしゃんだ! おねえしゃんおかえりなちゃい!」 「どうちたんだじぇ? こわいいぬしゃんかとりしゃんにおいかけられたにょ?」 巣穴にかぶせてあった木の枝が取りのけられ、中からゆっくりの家族が姿を現した。 両親のまりさとれいむ。 それにこいつよりも体の小さな、れいむが二匹とまりさが一匹。 舌足らずな口調と体の大きさで、妹だとすぐ分かる。 「ゆええええええん! ゆえええええん! おかあさああああん! おとうさあああん! まりさっ! まりさあああああ!!」 まりさは家族の顔を見て安心したのか、一目散に両親の所に跳ねていった。 その側にくっつくや否や、まりさは大声でわんわんと泣き出す。 「おちびちゃんそのおかおどうしたのおおおお!? きずだらけだよおおおお!」 「おめめがかたっぽないよおおおお! それに……おちびちゃんのはがおれてるよおおおお!」 「ゆああああ! おねえしゃんいちゃいいちゃいだよおおお!」 「おねえしゃんいちゃいの? れいみゅがぺーろぺーろちてあげりゅにぇ!」 「まりしゃもぺーろぺーろしゅるんだじぇ! ぺーろぺーろ! ゆっくちなおっちぇにぇ!」 俺が隠れていることに、家族一同誰も気づいていない。 泣き沈むまりさを慰めようと、両親はまりさに優しくすりすりしている。 妹たちも同様だ。懸命に舌でぺろぺろとまりさを舐めて、何とかして落ち着けようとしている。 確かに、こいつが自慢するだけのことはある、仲のよい家族だ。 しばらくまりさは泣いてばかりだったが、ようやく安心したのかぐずるだけになってきた。 「ゆっ……ゆぐっ……こわかったよお……まりさすごくこわかったよおおお!」 「よしよし、もうだいじょうぶだよ。なにがあってもおとうさんがまもってあげるからね。こわいことなんてなにもないよ」 「そうだよ。れいむたちがついているから、おちびちゃんはあんしんしてね。ゆっくりあんしんしていいからね!」 「ゆぅ……ゆっくりありがとう、おとうさん、おかあさん……。まりさ、うれしいよお…………」 「さあ、おとうさんにおしえてね。どうしてそんなけがをしたの?」 「……ゆうぅぅ…………こわいにんげんさんが……にんげんさんが……おにいさんがまりさにひどいことしたんだよおおお! やめてっていったのに! やめてっておねがいしたのに! おにいさんがまりさのおめめをとっちゃったんだよおおお!!」 再びトラウマを想起したらしく、まりさは泣き始めた。 意外なことに、親のれいむとまりさはこんな事を言った。 「おちびちゃん! どうしておかあさんのいいつけをまもらなかったの! にんげんさんにちかづいちゃだめだっていったでしょ!」 「そうだよ! おとうさんもおしえたでしょ! にんげんさんはこわいよ! ゆっくりできなくされちゃうよっていったでしょ!」 「だって……だってえええええ! おいしそうなおかしがあったから! すごくおいしそうだったから! まりさだってえええ!!」 「ま……まさか…おちびちゃん? もしかして、それを…………」 「ゆええん! ゆわああああん! たべちゃったよおおお! たべたかったんだもん! おいしそうだったもん! まりさだってたべたかったんだもん! すごくおいしそうなおかしだったんだよ! まりさちょっとたべただけなのにいいい!!」 「どうしてそんなことするの! にんげんさんのたべものはたべちゃだめだってあれほどいったのにどうして! どうしてええ!」 「そんなことしたらにんげんさんおこってあたりまえだよおおおおお! おちびちゃん! なんでそんなことしたのおお!?」 俺は感心さえしていた。 この家族は本当にまともだ。 きちんと、人間にちかづいてはいけないと、人間の食べ物を食べてはいけないと両親は教えているのだ。 これなら、人間に駆除されることもなく、森でひっそりと生きていけるだろう。 それなのに、こいつはわざわざ人間の里まで下りてきて散歩なんてしていた。 長女だから甘やかされたのか。 あるいは、もともとこいつだけ特に馬鹿なのか。 どちらでもいい。 俺のプランは既に決まっていた。 「ゆわああああん! まりさゆっくりできなかった! ゆっくりしたかったのにゆっくりできなかったよおお!」 「よしよし、おちびちゃん。もうだいじょうぶだよ、だいじょうぶだからね。ここまでくれば、にんげんさんもおいかけてこないよ」 「いたかっただろうね。ゆっくりできなかっただろうね。さあ、きょうはもうゆっくりおやすみ。ぐっすりねむればゆっくりできるよ」 「れいみゅおねえしゃんにおくちゅりとってくるにぇ! ぱちゅりーおばしゃんのところまでいってくりゅよ!」 「まりしゃもついていくんだじぇ! まりしゃのおぼうちにおくちゅりをいれればだいじょうぶだじぇ!」 「れいみゅはおねえしゃんといっしょにおやしゅみーしてあげりゅよ! いっしょにおやしゅみしゅるとあっちゃかいよ!」 「ゆぅぅ……ありがとう、おとうさん、おかあさん、まりさ、れいむ。こわかったけどもうゆっくりできたよお…………」 一致団結して、傷ついた長女を慰めようとする家族。 実に、理想的な家族の形じゃないか。 両親に抱きしめられ、妹たちにすり寄られ、あれだけ泣いていたまりさに笑顔がようやく戻った。 「ゆっくり! まりさもうだいじょうぶだよ! いたいのもうへいきになってきたよ!」 片目と口内の痛みをこらえて、まりさが家族に笑いかけた時を見計らい、俺は一歩を踏み出した。 たった一歩で、俺はまりさと家族たちの前に立ちふさがる形になる。 「やあ、まりさ。確かに、素敵な両親と妹だね。君の言った通りだ」 俺の出現に、まりさはあんぐりと口を開けた。 その顔が、見る見るうちに恐怖で引きつる。 「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 この声も駆除の時によく聞いた。 隠れ家を壊して中のゆっくりと対面した時、よくゆっくりは目と歯茎をむき出してこういう声を出す。 よほど驚き、しかも怖がっている時の声らしい。 顔といい声といい、はっきり言ってグロテスクだ。 「やだあああ! おにいさんやだああああ! こわいよおお! ゆっくりできないよおおお! ゆんやああ! ゆんやああああああ!!」 まりさは家族のど真ん中で、パニックに陥って泣き出した。 下半身から勢いよくしーしーが噴き出して、地面に水たまりを作る。 恐怖のあまり失禁したらしい。 「おとうさああん! こわいよおおお! おかあさあああん! このひとだよお! このひとがまりさのおめめを! おめめをおおおお!」 まりさは泣き叫びながら両親に助けを求める。 おおかた、恐い人間を両親によって追い払ってもらおうという魂胆だろう。 まりさに水を向けられた親のれいむとまりさは、俺の方を怯えた目で見た。 「にっ! にんげんさん! おこるのやめてね! ゆっくりしようね! ゆっくりしていってね!」 「そっ! そうだよ! いっしょにゆっくりしようね! おねがいだからおこらないで! おこらないでね!」 びくびくしながらも、親れいむと親まりさはまりさをかばう形で俺の足元に近づく。 しかし、俺が聞いたのは二匹の身の程知らずな主張ではなく、卑屈なお願いだった。 俺が二匹をにらむと、たちまち両親は体を縮める。 人間とゆっくりとの実力差がはっきり分かっているようだ。 「ゆえええん! ゆええええん! どうしてええ! このひとはまりさにいたいことしたよ! ひどいこといっぱいしたよお! いっぱいいたいことしたゆっくりできないわるいひとだよおお! わるいおにいさんだよおお! ゆえええええん!」 分かっていないのがここに一匹いる。 当てが外れてがっくりしたのだろう。まりさは泣きながら両親をけしかける。 きっと、この聡明でしっかりしたゆっくりたちは、子どもたちの脅威を何度も退けたに違いない。 さぞかし、まりさは両親の力に信頼を置いていたことだろう。 俺など、両親があっさりやっつけてくれるものと思っていたのか。 だが、現実は両親が俺に頭を下げ、機嫌をうかがう言葉を発するだけだ。 「まってね! ゆっくりまってね! おちびちゃんはびっくりしているだけなの! ほんとだよ! ゆっくりしんじてね!」 「おちびちゃんはほんとはとってもいいこなんだよ! ね!? ね!? にんげんさん! おこってないよね! ね!?」 親れいむと親まりさは、ひたすら俺にゴマをする。 何としてでも人間さんを怒らせてはいけない。 怒ったら、きっと自分たちは皆殺しになる。 その恐怖がありありと伝わってくる。 俺はしばらく、この後どうしようとかと考えていた。 足に何か柔らかいものがぶつかった。 顔を下に向けると、妹のチビまりさと目が合う。 「ゆっくちまつんだじぇ!」 「おぢびぢゃんどうじでえええ!?」 「おぢびぢゃんやべでええええ!?」 俺の足に体当たりしてふんぞり返るチビまりさの目は、まるで勇者様気取りだ。 どうやら、このチビまりさは両親の脇をすり抜けて俺に特攻したようだ。 一方、親れいむと親まりさは鎮静化しつつあるはずだった事態がぶち壊れたことで、顔をこわばらせて悲鳴を上げている。 さらに足に当たる二つの感触。 チビまりさに続いて、チビれいむが二匹俺の足に体当たりした。 「おにいしゃんだにぇ! おねえしゃんにいちゃいことをしたわりゅいにんげんしゃんは!」 「どうちてこんにゃことしゅりゅの!? おねえしゃんいちゃいいちゃいだよ! りかいできりゅ!?」 「にんげんしゃん! じぶんがわりゅいことちたってわかったのじぇ!? だったらはやくおねえしゃんにあやまるんだじぇ!」 横一列に並んだ、哀れなまでに勇ましい妹たちの戦列。 どのゆっくりの目も闘志に満ち、俺を敵として判断したのがよく分かる。 憎き姉の敵。 絶対に許すものか、という気構えさえ伝わってきた。 「どうちてもあやまらにゃいなら、れいみゅもおこりゅよ! ぷくーしゅるよ! ぷくーっっ!」 「れいみゅもぷくーしゅりゅよ! にんげんしゃん! れいみゅのぷくーではんせいしちぇにぇ! ぷくーっっ!」 「はやくあやまるんだじぇ! あやまらないともっときょわいめにあうんだじぇ! ……ゆゆぅ! もうまりしゃもおこったんだじぇ! まりしゃもぷくーするんだじぇ! おねえしゃんのいちゃいいちゃいをにんげんしゃんにもわからせりゅんだじぇ! ぷくーっっ!」 いっせいに三匹は、頬と体を風船のように膨らませる。 これも何度か見たことがある。 「おちびちゃんはおかあさんがまもるからね! ぷくーっ!」 とか言って、駆除しようとする人間に体を大きく見せるのだ。 ゆっくりの威嚇で間違いないだろう。 そう言えば、あのれいむはどうしただろうか。 確か、面倒だから回り込んで、先に子ゆっくりの方を袋に入れた気がする。 親ゆっくりは「やべでぐだざあい! おぢびぢゃんなんでず! まりざがのごじでぐれださいごのおぢびぢゃんなんでず!」と泣いていた。 つまり、まったくの無意味なのだ。 「………あ…………ああ………やめ……て……やめて……おちび……ちゃん…………」 「に……にんげん…さん………おちびちゃんを……おねがいだから……ゆるして……ね…………」 それが分かっているのは両親だけだ。 親れいむと親まりさは、もはや絶望さえ漂いだした目で俺に許しを請う。 後ろでは、ようやく泣き止んだまりさが潤んだ目で妹たちを見つめていた。 「まりさぁ……れいむぅ…………。まりさ……すごくうれしいよお…………」 姉のために健気に立ち向かう妹たちに、まりさは感動しているらしい。 ついさっき、自分が俺に半殺しにされたことなどもう忘れたのか。 「なあ、まりさ」 俺は足元で膨れた三匹を無視して、まりさに話しかける。 「この妹たち、俺がもらうよ」 「はやくあやまっちぇ! れいみゅがぷくーしちぇるのになじぇあやまらにゃいの! がまんちてにゃいではやぶぎゅびゅぶぶぅぅ!!」 俺がしたのは簡単なことだ。 ただ、一歩を踏み出しただけだ。 それだけで、一番端で膨れていたチビれいむが下駄の裏で潰れた。 「れ…れいみゅがあああああああ!!」 「ど…どうぢでええええええええ!!」 「いもうと……まりさの……れいむ……れいむがああああああああ!!」 隣のチビまりさとチビれいむ、そしてまりさは一撃で妹が潰れたショックで大声を上げる。 特にチビたちは、発狂したのかと思うくらい口を開けて泣き叫んでいる。 「あ……あ……おちびちゃん……が……」 「そん……な……おち……び…ちゃん…………」 親れいむと親まりさのショックは、子どもたちに比べて少ないようだ。 こうなることを、ある程度予期していたからだろう。 俺は足を上げた。 そこには、かろうじて無事な顔で呻き、ぐしゃぐしゃに潰れた下半身を動かす不気味な塊があった。 即死は免れたらしい。 チビれいむは生まれて初めて味わう苦痛が、同時にゆん生最後の体験であることが分かり、餡子混じりの涙を流していた。 「いぢゃいよぉ……おにゃかがいぢゃいよぉ………あんよしゃん……どうちでうごがにゃいの………… やじゃあ……れいみゅじにだくにゃいよぉ…………れいみゅ……れ……い…みゅ…………」 口から吐いた大量の餡子に埋もれるような形で、チビれいむは死んだ。 チビれいむは即死できなかったことを恨んだに違いない。 ごく短い間だったが、途方もない苦痛を味わってから死んだのだから。 まずは一匹だ。 俺はすぐに両手を伸ばし、動けないでいるチビまりさとチビれいむをつかんだ。 「やめちぇ! やめちぇにぇ! はなちちぇ! れいみゅをはなちてにぇ!」 「やめりゅんだじぇ! まりしゃをはやくはなしゅんだじぇ! はなちぇえええええ!」 手の中でじたばたともがくチビたち。 先程の勇ましさはどこへ行ったことやら。 俺が顔を近づけると、「「ゆっぴいっ!」」とそろって悲鳴を上げて失禁した。 手の中に生温かい液体の感触が伝う。 「やめちぇえ! おにいしゃん! れいみゅをはなちてくだしゃい! もうぷくーちまちぇん! ちまちぇんかりゃあああ!」 「まりしゃをたしゅけてくだしゃい! まりしゃはばきゃなゆっくちでしゅ! もうちましぇん! たしゅけちぇえええええ!」 俺は、徐々に握力を強めていった。 指に力を入れ、二匹を握り潰していく。 「ゆぶっ! ゆぶぶっ! ゆぶううううううう!」 「ゆぐっ! ゆぐうう! ゆぐううううううう!」 少しずつ、力を加えていく。 だんだんとチビまりさとチビれいむの体の形は、ボールから瓢箪に変わりつつあった。 懸命に力を入れて握力に抗おうとしているが、無駄な努力だ。 閉じた口からわずかながら餡子が垂れ始める頃になると、二匹は露骨に苦しみだした。 顔を左右にぶんぶんと振り回し、苦痛から逃れようと無駄な努力をする。 「ちゅっ! ちゅっ! ちゅぶれりゅうううううううううう!!」 「ちゅぶれりゅ! ちゅぶれりゅよおおおおおおおおおおお!!」 こんなところでも、ゆっくり特有の「自分の行動を声に出して表現する」習性は変わらない。 二匹は白目をむいて絶叫した。 ぱんぱんに膨れ上がった顔は真っ赤になり、ゆっくりとは思えない不気味な形に変形している。 「やべでぐだざい! やべでぐだざい! ぐるじんでまず! おぢびぢゃんぐるじがっでまず! もうやべでぐだざあい!」 「おねがいでず! おぢびぢゃんをごろざないでぐだざい! がわりにれいぶがじにまず! れいぶががわりにじにまずがら!」 「やめて! やめてよお! まりさのいもうとだよ! かわいいいもうとだよおお! はなして! はやくはなしてえええ!」 親れいむと親まりさは、顔を涙でべちゃべちゃに汚しながら、俺の足にすがりついている。 濁りきった声で、俺を止めようと必死だ。 それなのにまりさは、キンキンとかん高い声で離れた場所からわめくだけだ。 俺はさらに力を入れた。 「ぶぼぉっ!」 「ぶびゅっ!」 あっけなく、二匹の口とあにゃるから餡子がほとばしり出た。 グロテスクなお多福のような顔になったチビまりさとチビれいむの顔が、さらなる苦しみで歪む。 ここが限界だったようだ。 たちまち餡子が流れ出て小さくなっていく体を、俺は地面に落とした。 「おちびぢゃん! おちびぢゃあああん! へんじじでっ! へんじじでよおおおお!」 「おかあさんだよ! れいむおかあさんだよおおお! ゆっぐりじでえ! ゆっぐりじでえええ!」 「ゆ゙っ……びゅ……ぼっ………ぶっ……ぶぶっ…………」 「ごっ……びぇ………べっ……ゆ゙っ……ゆ゙ゆ゙っ…………」 すぐさま顔を近づける両親。 瓢箪の形になったまま戻らないチビたちは、もはや命が尽きる寸前だった。 何度も呼びかける親の声も聞こえないらしく、わずかに体を痙攣させて呻くだけだ。 それなのに、ぎょろりと飛び出しかけた目だけは血走って、今も終わらない苦痛を訴えている。 やがて呻き声は止まり、虚空をにらむ目がゆっくりと濁っていく。 チビまりさとチビれいむは、最後まで苦しみながら死んだのだ。 「まりさのかわいいいもうとおおおおお!! どうして! どうしてころしちゃうのお! まりさのいもうとなんだよ! かわいいいもうとなんだよ! ゆっくりしてたよ! どうして! どうしてこんなひどいことするのおおおお!!」 すすり泣く両親に何の遠慮も示さず、まりさは跳びはねながら俺を非難する。 よく見ると、まりさも目から涙を流していた。 これで、まりさのかわいい妹たちは全滅したことになる。 二度と仲良く家族で団らんはできないだろう。 もう、頬をすりつけることも、顔を舐めることもできない。 惨めに潰れたチビれいむと、変形しきったチビまりさとチビれいむの死体が、現実を突きつける。 「何を言ってるんだ、まりさ。あのチビたちは俺のものだよ。だから、俺がどう使おうと勝手じゃないか」 「ちがうよ! まりさのいもうとだよ! おとうさんとおかあさんがうんだまりさのかわいいいもうとなの! おにいさんのじゃないよ!」 「さっきまではね。でも、俺のものだって主張すればそうなるんだよ。生かそうが殺そうが、俺のものに文句を付けないでくれないか」 「やめてよ! やめてええ! まりさにいじわるしないで! おにいさんきらい! だいきらいだよ! どっかにいって! かえって!」 「君がお菓子を返してくれたらね。さあ、早く返して。返してくれたら全部元に戻してあげるから。ほら、早く返すんだ」
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第十六章-第三幕- 傀儡 第十六章-第二幕- 第十七章-第一幕- 隔壁で分断されたロバートは、なんとか隔壁をぶち破って、 サキ、ソルと合流しないといけないため、やや焦っていた。 が、彼の火力は本来建造物破壊に適していないため、 聖剣エンジェルランプを酷使するわけにもいかず、 しょうがなく立ち往生していたのであった。 「……ったく、小賢しい罠仕掛けやがって…… しゃあねぇ、迂回するか?」 ロバートは愚痴を言いながら迂回路を探そうとした。 すると、天井からサキ=ボラッシュが降ってきた。 「はぁぁぁぁぁッ!」 「っと!」 分断された時点で奇襲は予測出来ていたので、 サキの鎌による初撃を危なげなく回避してのけるロバート。 ややバランスは崩したが、第二撃を回避するのもわけない。 「ふぅぅぅ……! ふぅぅぅ……!」 また目が血走っている。明らかに尋常な状態ではないサキ。 「また手前ぇか! なんか俺に恨みでもあんのかオラ!」 「うぅぅぅぉおおおおお!!」 だが、サキは一切を聞かず、更なる追撃をかける。 「だから人の話を聞きやがれつってんだろうが!」 ロバートは何とか回避し、反撃に移る。 サキの攻撃は荒々しく、パワーも凄まじいが、 結果的に平常心を失っているであろう状態のため、 ひどく直線的で、剣を握ったロバートには容易にいなせるものだ。 もっとも剣を握っていなければいくらかは危ないかもしれないが。 「このっ!」 「ぎゃあッ!?」 サキはロバートの鉄拳により大きく吹き飛び、転倒する。 苦労して飛び回るサキの脛を殴ってやったので、 身体的な痛みは相当のものになるはずだった。 が、それを無視してサキはまた飛び跳ねる。 痛覚が途切れているかのように人間離れしていた。 「うおおおおおおおおおッ!」 今度は鎌と繋がったハンマーを叩き込んでくる。 「うおっと!」 またもや危なげなく回避するロバート。 だが、そこからが今までとは違っていた。 「……うおおッ!」 ばちばちばちぃッ! ハンマーから壮絶に気流と火花が噴出。 ねずみ花火のように出鱈目に回転したりと、無軌道な動きをする。 「あああああああああッ!」 もちろんそのハンマーと鎖で繋がっているのは鎌であり、 それを握っているサキも、無軌道な動きを取る。 動きに規則性が無さ過ぎて、まったく読む事が出来ない。 「がぁぁぁぁぁぁぁ!」 サキは更に目を血走らせて振り回されたままで突撃をかける。 「ちいッ!」 手甲でガードする構えを取ったが、サキはそれを一度スルーし、 再突撃をかけて時間差攻撃をする。 「ぬわッ!!」 まともに斬られた。幸いにしてエンジェルランプが 即時治癒してくれるので、出血だけは最小限で済んでくれた。 「……なんて厄介なんだ……!」 痛みをこらえつつ、なんとか打開策を探すロバート。 だが打つ手はあまり無い。殺さないでとなるとなお難しい。 「万事休すか……!? いや、まだ早ぇ!」 「そうね。まだ早い」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ! 急に隔壁が開き、イノを先頭にソル、ゲイリー、ターレットが ロバートを救助しに来たのであった。 「一人で無理なら四人で。それなら出来るでしょ。 人海戦術も立派な戦術よ、ロバート」 「おう、助かるぜ!」 喜ぶロバートだったが、ゲイリーもターレットも驚いていた。 「ターレットよ、サキの奴、あんな危ない奴だったっけか?」 「いやゲイリー、俺に訊かれても困るっての。俺は新参だぜ」 「いいからやれよ。お前のリールナックルなら出来るだろ」 「分かってるよ! 狙いが逸れるから黙ってろ!」 相変わらず仲の悪い二人だったが、ソルは意見を取り纏めた。 「ターレット、要はサキを引き付けていればいいんだろ?」 「おう、ソル! やってくれんのか!?」 「まあな。イノ、いけるか?」 「ええ」 イノとソルは意見を固めた。が、その間ロバートは ずっと攻撃されっ放しだったりする。 「いいから早くしろ! マジでどっちか死ぬぞ!」 ソルはロバートと一緒に嬲られる囮の役を引き受けるが、 ソルの姿を見ると、そもそも攻撃が躊躇われるサキ。 それはイノに対しても同じであった。 「ゲイリー、今だ!」 「分かってる!」 ゲイリーの弭槍の矢がサキをかすめる。 回避機動を取ったところでターレットが叫ぶ。 「今だ、リールナックル!」 リールナックルがサキを絡め取り、地面に叩きつける。 「あうっ! ……けほっ! けほっ!」 一瞬気を失ったようにも見えたが、すぐに意識を取り戻すサキ。 「サキ、正気に戻れ、何をやっている!」 ソルの叱責が飛ぶと、サキの顔が通常に戻る。 「……俺は何をやっていた? 何故こうも身体がだるい……?」 自分の異常性を察知していないのか、気だるげに起きる。 すると、傷だらけのソルが目の前にいるではないか。 「……またやっちまったのか」 サキは自嘲気味に呟く。 「何故だか知らないが俺は時々こうなっちまう。 味方を怪我させたり、死なせたりする事もしばしばある……! 俺の身体はどうなってやがるんだ、畜生……!!」 サキは震える声で呟く。 「この異常な環境がそうさせるのかもしれない。 サキ、あなたもここを、魔神王教団を抜けるべきよ」 そのサキに向かい、あくまで冷静にイノは告げた。 「俺にずっと良くしてくれたあんたの言葉だ。俺は信じるぜ。 あんたのために、今は戦ってやる。頑張ろうぜ」 「ええ、一緒に戦いましょう」 がっちりと握手するイノとサキ。 「なんか随分と印象が違うんだな、あいつは」 ロバートは一人呟く。 「あっちが本当のサキなんだ。ていうか今のは何だ? 俺はあんなの見た事ないぞ?」 ターレットが恐々と話しかけてくる。 「俺にも分からねぇ。だが可能性がある。洗脳のな」 「誰にだよ」 ゲイリーも口を尖らせて加わる。 「教皇に決まってるだろう。反乱分子の処刑を やらされているのかもしれねぇ。俺達の医療施設で マインドコントロールを解除出来ればいいがな」 「教皇ならやりかねねぇだろうな」 ソルも概ね同意してきた。 「だが、サキ本人にそれは告げない事だ。 無事脱出出来たなら秘密裏に連れて行って、 何も知らせないまま解除してやるのが一番好ましいだろう」 「ああ」 ソルとロバートの間で意見がまとまった。 「ともあれ、これで幹部が全員参加した事になる。 後は一足先に脱出するなり、味方が来るまで耐えるなり、 かなり好き放題やれるだろう。俺としては ここで教皇を叩いて、こんな馬鹿げた事は終わりにしてぇがな」 ロバートは言う。 「なら待つべきだろう。より多大な戦力をもって 教皇とイグジスターを合同で潰しにかかるべきだ。 イグジスターという難物が待ち構えている以上、 俺達にとって教皇はもはや障害でしかないからな」 ソルの意見に皆が頷いた。 「泳がされていることは重々承知している。 だからこそ彼に一泡吹かせてやれるとも言える。 やるべきよ。私達の自由と未来のために」 イノが突き出した握り拳に、全員が拳を突き合わせる。 一つの目的に向けて動き出した元魔神王教団幹部とロバート。 そして勇者軍の道も、そこにようやく交わろうとしていた。 <第十七章-第一幕-へ続く>
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第五章-第二幕- 亡国の王女 第五章-第一幕- 第五章-第三幕- 勇者軍はカルナード港に待機し、クロカゲの偵察結果を待ちつつ、 引き続き休息を取り続けていたが、もっぱらの話題は 着替えたばかりのエナの服装についてであった。 見事な見立てであり、似合っているとしか表現のしようが無い。 「いやぁ、着飾ってみると綺麗なもんじゃねぇか。 どこぞの歌姫だっつっても通用するぜ」 自分も美人なのだが、他人に対する評価がシビアなローザも、 その可憐さに一目置いたようであった。 「しかしその服では守りも疎かになりかねん。これを使え」 マリーが渡してきたのは、ソーサーと呼ばれる 超能力者用の円盤型の武器であった。 数は10個。全て展開すればそれだけで 凄まじい威力を持つ防壁として機能するはずだった。 「あ、ありがとうございます」 「貴様にしては気が利くじゃねぇか、マリー」 「ジーニアス家の者なれば、当然だ」 ロバートの誉め言葉にはロクに耳も傾けないマリー。 「ンだよ。誉めてるのに」 「貴様の誉め言葉など要らぬ。いいから大人しくしていろ」 「へいへい」 マリーに邪険にされて、ロバートは不貞腐れる。 あれよあれよとやっているうちに、ウォルフ王子の端末に 連絡が入った。何故か抱かれているポメと一緒に覗き込む。 「クロカゲさん、首尾は?」 「……二人連れの女……いた…… 巨大な軍馬の女……それと天馬の女…… 片方……写真……似ていた!」 「分かりました。引き続き追跡をお願いします。 私達もそちらに急いで合流しますので」 「……分かった……!」 通信は切れる。だがレーダーの範囲の中である。 「よし、いっちょ行くとするか!」 エリックの気合が入り、全員が立ち上がり、走る。 だが、彼等は気付いていなかった。 その後ろからこっそりとダイギン城の兵士が尾行し、 何か、動きがあった事実を察知したであろうことを。 追跡は約二十分に及んだ。 しかし進路が上手く合わず、なかなかに到着出来ない。 まるで、何かから逃げているかのように必死だ。 「やむを得ないか。馬を使うよ、マリー」 「良かろう。機動戦だな」 ウォルフ王子とマリーは、連れてきた馬に乗る。 「よく考えたら馬なんていたんスねー」 感心するレオナを他所に、二人は騎乗する。 「走れ、ターミネーター!」 「駆けよ、ステファン!!」 一気に視界から消える二人。 「ステファンはともかく、ターミネーター?」 首を捻るエナに対し、ロバートが答える。 「あいつ、また愛馬に変な名前を付けたな。 ネーミングセンスが無ぇからなぁ」 「そんな事はいい、追うぞ!」 ローザが怒鳴り、慌てて二人を追い始める。 その頃、アンリエッタ王女は、かつて世話係だった 女性に連れられ、必死に何かから逃げていた。 「このままではまずいぞ、メゴ!」 「こんな時になんですが、その呼び方やめて下さい! それより、見送りはここまででよろしいですか!?」 「よい! これ以上はメゴに要らぬ嫌疑がかかろう! わらわは、そのまま港から国外へ亡命なのじゃ!!」 「だから、メゴはやめて下さい! それより、どうかご無事で!!」 「メゴもな! 行け、ポニー!」 ポニーと呼ばれた馬は主人を乗せて駆ける。 メゴと呼ばれた女性は名残惜しそうに、その場を離脱した。 そして、それから約二分後である。 再度、クロカゲからの報告が入る。 「天馬の女……いなくなった! だが……別の奴……出た!!」 「別の奴!? 誰だ!!」 追跡中のマリーが応答する。 せっかく距離も近くなってきたのに、随分な話だ。 「姿……見えた……目立つ色……騎士…… たぶん……白虹騎士団の……者!」 「まずい、急げぇッ!!」 「クロカゲ、今一番近いのは貴様だ、急いで保護しろ! もう体裁を取り繕ってる場合ではないぞ!」 ウォルフ王子が慌てて愛馬の腹を蹴る。 マリーも急いで後を追うのだった。 「メゴ……すまぬ、最後まで世話をかけたのじゃ……!」 感傷に浸っていたが、すぐにそんな暇は無い事に気付く。 「……白虹騎士団の追っ手じゃな!?」 もはや撃退しなければ逃げる事も不可能である、と さっさと悟ったアンリエッタ王女は、潔く馬を止めた。 自らの持てる力で迎撃する事にしたのである。 そのアンリエッタ王女に、白虹騎士団の 真赤な鎧の騎士が迫りつつある。 明確な命の危機は、もうそこまで来ていた…… そしてそれを止めるため、勇者軍は走る。 <第五章-第三幕-へ続く>
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勇者クルド パラメータ 成長パターン 初期コマンド 覚える技 勇者クルド 出現条件 クラスチェンジ派生 解説 余談 由来 技コストとキャパシティ コマンドサンプル(【グローリーネメシス】or【会心の一撃】型・コマンド潜在) コマンドサンプル(【まぐれの一撃】型・コマンド潜在) 台詞 勇者クルド パラメータ 出現章 新序章 性別 男 属性 水 HP 178-188 クラス ★★★ 攻撃 63-67 種族 戦士 素早さ 50-53 EX(ボタン連打) 勇者の一撃→伝説の一撃 入手方法 はぐれ勇者クルド(Lv10)+勇者のマント CPU対戦時アイテム アシリアのマント 勇者のメダル(レア) 成長パターン + HP 赤字 はA個体とB個体で差異がある箇所。 Lv1 Lv2 Lv3 Lv4 Lv5 Lv6 Lv7 Lv8 Lv9 Lv10 ランク F 178 181 185 188 192 195 199 202 206 210 E 180 184 187 191 194 198 201 205 208 212 D 182 186 189 193 196 200 203 207 210 214 C 184 188 191 195 198 202 205 209 212 216 B 186 190 193 197 200 204 207 211 214 218 A 188 192 195 199 202 206 209 213 216 220 + 攻撃 赤字 はA個体とB個体で差異がある箇所。 Lv1 Lv2 Lv3 Lv4 Lv5 Lv6 Lv7 Lv8 Lv9 Lv10 ランク F 63 64 66 67 68 69 71 72 73 75 E 64 65 66 68 69 70 71 73 74 75 D 65 66 67 68 70 71 72 73 75 76 C 65 67 68 69 70 72 73 74 75 77 B 66 67 69 70 71 72 74 75 76 78 A 67 68 69 71 72 73 74 76 77 78 + 素早さ 赤字 はA個体とB個体で差異がある箇所。 Lv1 Lv2 Lv3 Lv4 Lv5 Lv6 Lv7 Lv8 Lv9 Lv10 ランク F 50 51 52 53 54 55 56 57 58 60 E 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 D 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 C 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 B 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 A 53 54 55 56 57 58 59 60 61 63 初期コマンド # ★ ★★ ★★★ 1 はぐれ勇者クルド(Lv10)から継承 こうげき 2 こうげき! 3 グローリーネメシス 4 会心の一撃 5 会心の一撃 6 まぐれの一撃 覚える技 単体選択攻撃 こうげき こうげき! 会心の一撃 ランダム攻撃 まぐれの一撃 全体攻撃 グローリーネメシス 防御 回復 強化 召喚 異常 EX増減 コマンドパワー増減 ためる ★→★★ ★★→★★★ 技変化 無効 ミス 勇者クルド 出現条件 クラス合計 7~9 クラス合計 10~12 クラスチェンジ派生 解説 はぐれ勇者クルドがクラスチェンジした姿。 【グローリーネメシス】は大天使ミカエルと同様の光属性の全体魔法攻撃。(詳細は大天使ミカエルを参照) モーションも大天使ミカエルとほぼ同じで、剣を掲げると背後に6つの光球が現れて回転を始め、剣を向けると一斉に飛び掛かると言うもの。 2021/04/14のアップデート の大天使ミカエルの強化に伴い、威力が上昇し、低確率の暗闇付与効果が追加された。これにより戦士族としては珍しい高威力全体攻撃となり、追加効果も悪くない技となった。 【まぐれの一撃】は、無属性のランダム対象物理攻撃で、自身のHPが少ないほど威力が上昇する。(詳細は勇者タンタを参照) こちらのモーションは勇んで飛び掛かって攻撃したが、次の瞬間には手から剣が消え、戸惑っていると相手にその剣が振ってくるという勇者タンタ等とは違ったドジっぷりを見せる攻撃になっている。 EX技は進化前と同じく雷属性の単体物理攻撃で、バトル開始からの経過ターンが長いほどダメージが増加する性質を持つ。 上述の通り【グローリーネメシス】が強化され、実戦力として選択肢に入るようにまでなった。 ★3と言うハンデがあるものの、HP以外は★4モンスターにも見劣りしないスペックを有しているため、オレ最強決定戦のような環境でも活躍は十分に見込めると言える。 積極的に【グローリーネメシス】型として使いたいなら、オレ最強決定戦で「反転ドーピング薬」を駆使する手がある。 計98にもなる攻撃力から放たれる【グローリーネメシス】は邪帝ラフロイグの【邪帝の一撃】をも凌駕する威力で、追加効果の暗闇状態も活かしやすい環境と中々に噛み合う。 体力的な部分など課題もあるが、検討する余地は十分に生まれたと言えるだろう。 相手のリーダーが悪魔剣士パズズの時にカットインが発生。 また、自分のリーダーが勇者タンタで、相手リーダーが勇者クルドの場合にもカットインが発生する。 余談 勇者タンタとのカットインから、彼と少なからず関係がある事は確実視されている。 進化前のページにもある通り、コロコロコミックでタンタの先祖として取り扱われてはいたが、公式からのソースは無いためハッキリしない。 彼のノーマルドロップの名前に含まれる「アシリア」とは、魔王アズールに滅ぼされたフロウの母国である。 属性が水属性である事や、進化前ははぐれていた立場である事を踏まえると、彼はアシリアの出身なのだろうと推察できる。 しかし、フロウとのカットインは実装されておらず、正確な関係性は明らかになっていない。 由来 青い甲冑と赤マントや、紋章の入った角付き兜など、彼の装備には『ドラゴンクエスト』シリーズの「ロト装備」との共通点が見られる。 元ネタと言えるかは不明だが、大きな影響を受けているのはほぼ間違いないだろう。 なお、細かく比較すると一致しない特徴も少なからず存在する。 「ロト装備」の場合、装飾部分の色が金色である事や、兜の頭頂部に(モヒカン状の)装飾は無い事などがまず異なる。 また、ロト装備には「ロトのたて」(盾)も含まれるが、クルドは盾を装備していない。 (「ロトのたて」は初代に存在しなかった装備ではあるが、そこまで意識したものなのかは不明) 技コストとキャパシティ + 技コストとキャパシティについて アプリ版コマンド潜在個体にて検証。 正確なデータではないため注意。 0 【ミス】 1.0 1リールの【ためる】【こうげき】 1.4 2リールの【ためる】 2.0 【こうげき!】 3.0 【★→★★】 4.0 【★★→★★★】【グローリーネメシス】【会心の一撃】 4.4 【まぐれの一撃】 コマンド潜在キャパシティ 1リール 16.4~16.5 2リール 19.4~19.5 3リール 22.4~22.5 コマンドサンプル(【グローリーネメシス】or【会心の一撃】型・コマンド潜在) # ★ ★★ ★★★ 1 ためる or こうげき こうげき or ためる こうげき! 2 ★→★★ こうげき! or ためる グローリーネメシス or 会心の一撃 3 ★→★★ ★★→★★★ グローリーネメシス or 会心の一撃 4 ★→★★ ★★→★★★ グローリーネメシス or 会心の一撃 5 ★→★★ ★★→★★★ グローリーネメシス or 会心の一撃 6 ★→★★ ★★→★★★ グローリーネメシス or 会心の一撃 # ★ ★★ ★★★ 1 ミス (省略) 2 グローリーネメシス or 会心の一撃 3 ★→★★ 4 ★→★★ 5 ★→★★ 6 ★→★★ 2リールはコマンド潜在個体であっても【★★→★★★】は4つが限界の模様。 グローリーネメシスは大天使ミカエルも使うことができ、攻撃力はあちらの方が高いが、先述の反転ドーピング薬による強化を前提に考えれば火力枠として貢献出来る他、通常戦においても暗闇を付与する妨害枠として採用することもできる。 コマンドサンプル(【まぐれの一撃】型・コマンド潜在) # ★ ★★ ★★★ 1 ミス (省略) ミス 2 ★→★★ まぐれの一撃 3 ★→★★ まぐれの一撃 4 ★→★★ まぐれの一撃 5 ★→★★ まぐれの一撃 6 まぐれの一撃 まぐれの一撃 アプリ版Ver1.9.3にて確認。 台詞 登場 「僕は、勇者クルド!」 カットイン(vs悪魔剣士パズズ) 「お前はいったい何者だ!?」 カットイン(vs勇者タンタ) 「君は、一体…」 攻撃前 「ふうっ」 こうげき 「せいや!」「たあっ!」「えぇい!」 会心の一撃 「会心の一撃を、喰らえぇ!」 まぐれの一撃 「まぐれでもいい。でやあああ……あ、あれっ?」 グローリーネメシス 「グローリーネメシス!」 ステータス↑ 「うおおおお!」 ステータス↓ 「」 ミス 「くそっ」 麻痺 「ううぅっ…」 ダメージ 「」 EX発動 「いくぞ!」 EX技 「僕の想いを、この一撃に込めて!うおおおお!」 超EX技 「みんなの願いを、この一撃に込めて!うおおおおっ!」 勝利 「よ、よし!勝ったぞ!」 撃破 「未来のために、ここで負けるわけには…!」 排出(加入時) 「これからはよろしくな」 排出(通常) 「勇者として、君の力になりたいんだ」 排出(Lv10) 「いつか伝説の勇者に…なれるといいな」 魔法どうぐ使用時(オレ最強決定戦) 「これだ!」 罠どうぐ使用時(オレ最強決定戦) 「」
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大勇者「大地の猛攻」 GS(だいゆうしゃガイア・スマッシャー ジーエス) UC 自然文明 (2) 進化クリーチャー:ビーストフォーク 5000 ■G・ストライク(このクリーチャーを自分のシールドゾーンから手札に加える時、相手に見せ、相手のクリーチャーを1体選んでもよい。このターン、そのクリーチャーは攻撃できない) ■進化:自分のビーストフォーク1体の上に置く。 ■自分の他のビーストフォークすべてのパワーを+2000する。 無頼秘伝ガイア・スマッシュ UC 自然文明 (4) 呪文:ビーストフォーク ■アタック・チャンス-ビーストフォーク(自分のビーストフォークが攻撃する時、この呪文をコストを支払わずに唱えてもよい) ■相手のパワー5000以下のクリーチャーを1体選び、持ち主のマナゾーンに置く。 作者:wha +関連カード/2 《大勇者「大地の猛攻」》 《マドウ・スクラム》 【企画】喰らえ!これぞ我らの必殺秘伝!アタック・チャンス呪文選手権! カードリスト:wha 評価 名前 コメント
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二つ名:死霊の勇者 名前:無し 詳細: 二つ名もさることながら死体好きという勇者とはかけ離れた嗜好の持ち主。気に入った相手は当然のように包丁で切りかかる。人間の内臓器官や筋肉の部位の名称を全部言えるのが自慢 氏名:無し 仮称:ジャック(いわゆる「名無しの権兵衛」) 年齢:不明。戸籍があれば15歳、神託を受けたのは13歳 身長:158cm 体重:43kg 人物像 死と臓物に美を見出し求め続けている青年。。 死体は好きだが殺害は好きではない。これは彼なりのわずかな慈悲…ということはまったくない。彼にとって殺害はただの死体にするための作業でしかないのだ。 勇者になるまで魔王と勇者のゲーム(便宜上の表現)は噂程度でしか知らず、女神に至っては生まれた境遇から神託を受け直接逢うまで存在を信じていなかった。もっとも故郷が女神教だから口にこそ出さなかったが。 勇者になる以前 ある女神教の国の貧困街生まれ。 親の顔も自分の名前も知らず掃き溜めの中、寄せ集めでできた疑似家族とともに最低限の生活をして暮らしてきた。 臓器への興味は偶然人体解剖の本を拾って読み始めたことがきっかけ。 学はなかったが好奇心と備わっていた記憶力によってみるみると覚えていき、いつの間にか全部のページを暗記していた。今もなおその本は宝物として肌身離さず持っている。 ある日兄と慕っていた人が食糧を盗んだ店の見張りに殺され遺体を遺棄、野良犬に餌として食い荒らされているところを発見してしまったことが彼の狂気の始まり。彼を狂わせたのは兄だったはずの肉の塊か、辺りに飛び散る血痕か、それとも食い荒らされた臓器たちか。 その日から彼はいたずらに人を殺めていった。あの時見た死体と臓器を見たいがために。最初は死体が出来上がったら満足していたが、いつからか防腐の知識を得ていき死体を保存するようになり、最終的にはきれいに残せた死体に美を感じるようになっていった。 神託、勇者の生誕 13歳の時、彼は捕えられた。彼の悪行は国に晒され、大罪人として極刑を受けることになった。 しかし処刑執行前日の夜、彼は不思議な夢を見る。女神と名乗る女性に自分が勇者に選ばれたこと、魔王を討つ運命を課せられたことを告げられ金と紫の宝石があしらわれた不思議なアクセサリーを受け取る夢。不思議な気持ちで目覚めると、彼のそばには夢で受け取ったアクセサリーが転がっていた。 彼が勇者になったと知った国王は勇者として彼を迎え入れようとしたが、それでは殺された国民の遺族が納得するわけがない、と大臣達の勝手で予定通り刑は執行、斬首刑に処され別人をでっちあげの勇者を仕立て上げた。 ところが執行人が掲げた首が、首を失った肉体が突如として消え失せてしまう。混乱に陥る観衆と執行人や大臣達のことなぞつゆ知らず、真の勇者は再び降臨したのだった。勇者を生み出した女神への賛辞の祈りと場違いな勇者の降臨を非難する罵声を受け、名もなき少年は「死霊の勇者」となった。 勇者になってから 勇者になる前と同様死体フェチ臓器フェチであることには何も変わりはないが、勇者という建前が死体製造作業を許さない。だからといって真面目に勇者業をする気分でもない。魔王は強くてすぐに死なないし勇者は死ぬと肉体が滅んで死体にならない。いつか勇者も魔王も女神もコレクションにしてやろう、と心の中で決意しつつ、とりあえず同業の勇者サマとオトモダチになってみようかな、とふらふらと放浪するのだった。 また、勇者が死後肉体が滅ぶことに目をつけ写真なら残せるのではないかと思い写真に興味を持ったそうな。 また、国王からの依頼で時々故郷に帰って極刑の執行を行っている。大罪人に大罪人が処されるというなんとも皮肉なこと。しかしおかげで彼の鬱憤は解消されているため勇者になってからは法に触れることはしていない。 さらに、王立病院に赴き解剖の見学をして暇をつぶしている姿を目撃されている。 ゲームについて 彼自身は「この勇者と魔王の戦いが永遠に続くゲームである」ということは知らない。しかし「まるで物語のようだ」と他人事のように思っている。もし彼が真実に至った勇者や魔王に出会うことができたら真相を知ることはできるだろう。知ったところで世界をどうこうしようとは思わず後述の女神嫌いが悪化するだけだろうけれど。 女神について 無神論者。 彼にとって女神は教会に飾ってある宗教画の存在であって奇跡なんかただのお伽噺にすぎなかった。 しかし現世に未練はないとはいえ生きることを許してくれたという点に関しては一応感謝している。 交友関係 以前の悪行、反女神教の言動、これらのことから目の敵にされている場合も多く、彼が望んでいるオトモダチはいない。最近は魔界にも悪名が流れつつあり、「変な勇者が現れたようだ」と言われているとかいないとか。 なので一度交流を持つとかなり懐く。しかし懐くと切ろうとするため油断は禁物。 生い立ちが生い立ちなので故郷への愛着は薄いが里親に引き取られた義弟と義妹、彼らを引き取った里親、一番最初に勇者の自分を認めてくれた国王には心を開いている。 家族関係 両親、兄弟:不明。 義兄:死去。享年18歳。 義弟、義妹:現在11歳と8歳。 里親:19歳の一人息子がいる。彼らと血縁関係はないが、どことなく義兄を思い出させる。 戦闘能力 神託を得た際に身体能力とほんのわずかな魔力を得ている。 身体能力は元々貧困街で逃げ回って暮らしてきたため体力は貧弱だが足は速く、神託を得てからは脚力がかなり上がった。 魔力によって虚空に異空間への穴を開けそこに格納している武器(主に刃物系)を取り出し白兵戦をする。よくわからない人は某果物被るライダーのクラックを想像しよう。しかし魔力は低いのでそんなに大きな穴やたくさんの穴はあけられない。 愛用武器は包丁。鮪包丁の噂を聞きつけ手に入れるため貯金している。 その他: 死霊 ゚∀゚)<まだまだ加筆修正されるかも その他関連勇者魔王など(オリジナル) 楽園の勇者 楽園 ・v・) 人間も魔族も、全ての種族が虐げられることのない楽園があると信じ旅を続ける少女。絵本の中に描かれたありもしない楽園を求め今日も道なき道を歩み続ける。 沈黙の勇者 沈黙-_-) 世界のために戦いに身を投じ、その果てにすべてを知ってしまった勇者。知識も経験も多いが多くを語ることはしない。勇者の中では古参の部類で顔見知りは多いが友人は少ない。 音聾の勇者 音聾 ^v^) ある小さな国で名を馳せていた音楽家。振動と音波に魔力を籠め攻撃をする。音楽家であるそんな彼女が聴覚障害者であることを知っている者は少ない。 妄信の勇者 妄信 ○ω○) 貞潔たる女神教徒にして大聖堂に仕える神父。全てが女神の遊戯であることを正しく理解し、駒として踊る道を選んだ勇者。 鏡の魔王 鏡 ^ω^) ミラーハウスのような鏡張りの世界を統治する魔王。人前に現れる姿は鏡像であり実体がどこにいるのかは誰もわからない。彼の怒りを買ったものは球状の鏡に取り込まれ骨の髄まで狂ってしまうという。 ??の勇者 鏡のように磨き抜かれた鎧と剣を携えた少女。女神を啓示は絶対であり魔王を殲滅することが人類と勇者に課せられた神への期待の応えだと信じている。詳細 棺の魔王 【棺】ゞ゚) 墓場のような世界を統治する魔王。様々な世界で死んでいった者達の棺が流れ着く世界はさながら共同墓地のよう。今日も名も無き亡者の寝床が彼の元に集っていく。 ここからは戯言 観劇の勇者 不干渉の能力を持ち、聖界の動きを観る勇者。 正体は異世界から聖界陣営の負けという未来を想定して女神によって招集された切り札的存在。ただ真実という狂劇を見続け、その時を待つ名ばかりの勇者。 戯の魔王 映画館と劇場を混ぜたような世界に住む魔王。座したまま魔界の様子をスクリーン越しに見ることができる。 正体は異世界から魔界陣営の負けという未来を想定して邪神により招集された存在。気まぐれに訪れた勇者や魔王に手下に演じさせた狂劇を見せてくるそんなに有害でもない魔王。
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第二十三章-第一幕- 成長の兆し 第二十二章-第三幕- 第二十三章-第二幕- 勇者軍主力部隊は、海戦での危機を乗り越えて、 ようやく陸地まで到達する事が出来た。 あとはアーム城への訪問である。 戦力もだいぶ整う事になるだろう。それほどまでに 王女ユイナの存在はこの勇者軍では重要である。 それはさておき、勇者軍一同はアーム城に入る事が出来た。 とはいえ、流石にエルリックは連れて行けないので、 先代艦長であるカーティス=ワイズマンが船もろとも預かった状態だ。 ここからのコンラッドは、一般兵と変わりが無い存在となる。 「ユイナ姫ー! どこですかー!?」 フローベールが上がりこむなり、いきなりユイナ姫を探し回る。 「ど、どうしたんですか!? フローベールさん!? 皆さんも……」 ユイナ姫が姿を見せ、そして驚く。 「どうしたもこうしたもありません! バスクは!? 安否は確認出来ているんですか!? ユイナ姫!」 姉なので当然だが、バスクが心配でたまらないフローベール。 ユイナ姫も心配そうな顔で応じる。 「たまたまシエルとジークさんが遭遇したところで 行方不明になった、と連絡が入っています。 シルヴィアさん達が出立した直後ぐらいのタイミングですね。 ただし、生命反応は追えていて、生きているようですよ。 もっとも現地の水害がひどく、 まだ出てこられないようですけど……」 「そうですか……」 まず生きていると知ってホッとするフローベール。 「ああ、でもあの子すぐおなかとか空くから…… 最低限の非常食は持ってたと思うけど……心配です…… せめてこの非常食袋を届けてあげられたら……」 と、凄まじいパンク具合を見せている非常食袋を取り出す。 むしろ内容量よりそれを詰めた技量を賞賛すべきか。 「それも大事ですが、すみません、ユイナ姫。 アンノウン・ベビーに脱走されてしまいました……」 と、申し訳なさそうにリゼルが言う。 「脱走? シルヴィアさんに懐いていたのにですか?」 「ええ。それは間違いないんですが、いかんせん時期が悪過ぎました。 敵の襲撃でダメージを受けて、逃亡してしまったんです。 出来れば全世界規模での 捜索網を立てておいて欲しいのですが……」 「分かりました。出来れば管理下に置いておきたいですからね。 というより、敵とは、やはり例の『FSノア49』ですか?」 「えふえすのあふぉーてぃー?」 何のこっちゃ分からん、という顔をする一同の前で、リゼル一人が 「あ、敵がなんかそんな名前を言っていたような気がします。 それって、例の円盤都市の名前か何かですか?」 「ですねー。ザン共和王国民政部が突如こう呼び出したので、 仕方なく私達も準拠して呼ばせてもらってますけど。 なんでそんなコードネームにしたのか、教えてくれなくて。 正直、お母様の再交渉も難儀しているみたいです」 ユイナ姫もやれやれ、という顔をする。 とはいえ、いつまでも名称不明では締まりがないのも事実。 とりあえずその呼び名に総員が従う事にした。 ともあれ、敵はそのFSノア49だけではない。 「いや、もうなんか早速民政部からの嫌がらせっつーか 妨害っての? そういうのが立て続けに来るのよね。 とりあえず、ここに来るまでに二回は襲われたわね」 「二回もですか!? まずいですね…… お母様の再交渉、上手くいっていないんですね……」 ソニアの文句に、更にユイナ姫は怪訝な顔をする。 (毎回撃退すればいいのー) 「あのね、ジル君。事はそう簡単でもないの」 と、子供をあやすようにユイナ姫が言う。 「レオンハルトおじ様もそうだけど、民政部には 少なくとも六名の戦闘エキスパートが揃っているの。 勇者軍よりも遥かに特異な戦闘能力の持ち主だから、 甘く見ていると酷い目に遭わされるかもしれない。 というよりまともな戦士はおじ様だけかも……」 「ネイチャー・ファンダメンタルみたいに 変な奴等がうじゃうじゃ出てくるっていうの?」 ルシアも気になるのか、訊いてくる。 「性格的にはまともな人達ですよ、政治家ですから。 ただ純粋に能力が特殊な人達が多いらしいんです。 私も知人が多いわけでもないから詳しくは無いですが…… 今までに類を見ない苦戦の仕方をするでしょうね。 勇者軍としては当然、抵抗せざるを得ない立場ですけど、 そうなると、彼等がもうすぐ出てくると推測されます」 「つまり、時は金なり、ですね?」 シルヴィアがなんとなく噛み合っていないまとめをするが、 大体伝わるので、気を利かせて黙っていてあげる一同であった。 「となれば、ユイナも行かねばならないでしょう」 と、後ろからイスティーム王が姿を見せる。 「ほら、既に荷物の支度はさせてあります。 幻杖レプリアーツは持っていますね?」 「はい、お父様。きちんと持ってます」 と、家宝である幻杖レプリアーツを取り出す。 ストレンジャーソードに匹敵するスペシャル装備だ。 ほぼ全ての魔法や技をストックのキャパシティ分だけ吸収し、 任意に即時放出出来るという反則極まりない武装である。 「では、行って来て下さい。バスクの事も心配でしょう。 今回は私が自ら、この城を守らせてもらいます。 軍機で守られた部分も責任を持たないといけませんしね」 「はい、行って来ます。じゃあ行きましょう、皆さん」 ユイナ姫はむしろ乗り気で参戦してきた。 やはり、自らの手でバスクを探したいのだろう。 その想いは、むしろフローベールと並ぶところだった。 「必ずバスク君を探し出しましょう、フローベールさん」 「はい、必ず見つけ出してみます。待ってて、バスク!」 固い握手を交わす両者。 (ユイナ姫が加わってとっても頼もしいのー) 「……あれ? 隊長、思考送信ってそんなに明確に出来てたっけ? なんか以前よりずっと明確に隊長の声が聞こえる気がすんだけど。 てかなんか隊長、目が変じゃねぇ?」 と、ここまで黙っていたコンラッドが疑問を示す。 確かに、ここしばらくの訓練のおかげで、 ジルベルトのテレパス能力は先鋭化し、思考を送る力も より明確化してきた。それはサイキッカーとしての領域である。 しかし、そこまでくれば副作用も生じてくる。 副作用には個人差がある。ほとんど他人には区別の付かないものから 容姿があからさまに変わるものまで千差万別である。 参考までに、初代勇者軍メインメンバー、セレナ=カレンの場合は 髪型が無作為に変わる、というワケの分からないものであった。 ジルベルトには……オッド・アイ化の兆候が見られる。 特に実害は無い模様であるが、見慣れないと違和感がある。 現実的には超能力使用中の合図である、と見なされているようだ。 「じゃあジル君、ひょっとしたらサイコキネシスが使えるかも。 練習してみたら実戦でもいけるかもしれないわ」 と、ユイナ姫がボールを渡してくる。 (ん~~~~~) ジルベルトが強くボールを意識すると、 ふいよふいよと、実にゆっくりだがボールが動き出す。 やはりジルベルトの能力には成長の兆しが見られた。 この不安材料だらけの戦局においては、数少ない希望であった。 「じゃあジル君は練習しながらでいいけど、行きましょう。 とりあえず、レイリアさんとエイリアさんに出撃願わないと」 「メインメンバーが多い方が嬉しいからなぁ」 と、コンラッドも同意した。 こうして大方の方針は決まり、次の目標地点は妖精の森。 目的はルスト家メンバーと合流の流れとなった―― <第二十三章-第二幕-へ続く>
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2008年03月24日(月) 12時49分-R 昔々、全知全能なる神様であるキノコ様が自分の姿に似せて人間を創り出し、理想郷を目指してこの大地に降り立った。これがその世界、『マッ・シュルーム』である。 それから何年経ったかのかは知らないが、少なくとも人間は独自の文明を生み出し、繁栄していた。 それからまた何年も何年も経ったのだろう、世界は滅茶苦茶に荒れ果ててしまった。 理由はどうもよく分からない。分からないが、沢山の人間が死に、沢山の文明が潰えた。 それからまた何年も何年も年月が流れ、また、世界は平和になった。 あの剣が抜かれるまでは 第1章 勇者の誕生 人が踏み入らない場所を秘境とか言うらしい。そして今、一般人Pことプルアロータスは、バッチリとその中に足を突っ込んでいた。それはもうズブズブと、足といわず肩までどっぷりと踏み込んでいた。 見渡せども見渡せども、見えるのは一面の緑。そびえる樹木は天辺が空にあるらしく、重なった葉でその空まで覆い尽くし、茂るツタは貪欲に空間を占拠し、生えっ放しの草は木と見紛うほど高く、苔生した岩が唐突に眼前に出現する。何処を見ても、素人ならば場所の特定をすることが出来ない場所ばかりである。 「オレ・・・死ぬかも」 弱気なことを言っているこの少年は、かれこれ遭難一週間目。幸いなことに猛獣の類には遭遇しなかったものの、帰り道を進んでも進んでもここから外に出られないのだ。食べ物らしき物体はそこかしこに存在しているのだが、毒があるかもしれないと思うと一向に手が出せなかった。いくら腹が減っているからとはいえ、地面から生える青紫で針山のような実や、ピンクと水色のマーブル模様の巨大な実、真珠のように真っ白でどす黒い果汁を滴らせるぶよぶよした実などとても口に入れる勇気が出ないものばかりだ。 そんなわけで、姉の結婚式をかねた村祭りに必要な“ルーニー”を森に採集に出かけたはずの少年は、万が一のために持ってきた食料と水が底を尽き、さらには道中で見付けた自分が知っている木の実なども食べつくし、困りきっているのである。 もちろん、今、彼は猛烈にこう思っている――来なければよかった、と。 その何百回目かの後悔ののち、プルはようやく“食べられそうなもの”に遭遇した。もっとも、彼がこれほどまでに飢えておらず、乾いてもいなかったならば、そんなものは舐めるのもおぞましい物体だったのだが――それは彼が今まで見てきた中で一番まともな格好をしていた。ただし、実物を手に取るまでは。 さて、ここで運の問題である。 「運試しなんて、何年ぶりかな・・・」 今、プルの前にはかろうじて果実に見える物体が鎮座している。見上げたらなっていたそれは、下から見ると普通のりんごだったが、どうにか採ってみると上半分がイソギンチャクだった。いやまあさすがに動いてはいないのだが、プルにはそう見えた。すぐさま地面に叩き付けなかっただけえらいと思う。ぎりぎりのところでもしかしたら食えるかも、と踏みとどまったのだ。その時の彼ならば、生のナマコですら喜んで食べただろう。 そしてその問題のりんご(仮)は今、プルの審査の目をその一身に受けている。 「食べられるか食べられないか――毒かそうでないか。単純に考えれば確率は五分五分か。問題なのは、僕の運だな」 ここ一週間を振り返る。 朝起きていたら晴れていた。運気+1 コンパスが壊れた。-3 森で遭難した。運気-10 猛獣との遭遇回避・継続一週間。運気+5 合計、-7。不幸に傾いている。 「・・・・・・ということは、これは+7だな」 いや待てそれなんか違うだろおい、なんて声が頭の片隅でわめいていたが、精神的にそろそろ限界に近いプルを立ち止まらせるには、その声は小さすぎた。 決意を込めて謎林檎を鷲掴み、そのなんとも気色悪い手触りに一瞬ひるんだものの、再び意を決してプルはそれを口に放り込んだ。 硬い音。 「・・・?」 歯が痛い。それもそのはず、プルの両あごは何も挟むことなくその歯を打ち合わせてしまっていた。りんごもどきは影もない。 「うまー」 声。咄嗟にその方向へ振り返ると、熊がいた。りんご(仮?)を取ったのはやつらしい。身の丈2メルトルを超えようかという巨体だ。 「-10!?」 よくわからないことを叫びながら、プルは反射的にあとずさった。同時に、頭の中をさまざまなことが一気にめぐる。 ――死んだ!? いやむしろ死んだ振りをすれば回避か? 待てそれは迷信だと聞いたぞ、どちらかといえばさっさと逃げたほうが。でも熊速いよな意外と。じゃあどうする? 何か投げて注意をそらすとか。いや猫じゃないんだから。そこまで馬鹿じゃないだろ、というか知能は高そうだ。喋ったし。待てよ、喋れるんなら話せばわかるかも。 「しまった、熊語はわからない・・・・・・じゃない! 喋った!?」 いつの間にか抱えていた頭を上げて、プルは叫んだ。 「うらー。しじきなー」 <あのさ。そこ、どいてくれないかな> なおも熊がしゃべる。熊語かどうかは定かではないが、だらしなく空いた口から、どことなく非難の色を帯びた声が飛んでくる。――いや。 「・・・熊、じゃない?」 口はだらしなく空いていて、涎までたれている。目は白目をむいている。というか、全体的になんだかぐったりしている。そもそもいまいち動いていない。そしてなんといっても、だらりと垂れたあごの下から、二周りばかし小さな口がのぞいていて、りんごっぽいものを噛み砕いている。 つまり。よくよく見ればそれは、何者かが死んだ熊を担いでいるのだった。 「んまー」 <おいしー> 呆然とするプルを尻目に、そいつはのんきにそうのたまった。 ◆ プルが目を開けると、そこは板張りの狭い部屋で、身体はベッドの上にあった。ベッドと言えば聞こえは良いが、実は木の板にボロキレをかぶせただけの代物だ。窓からは涼やかな風が森の香りを運んできている。爽やかな青空がそこから見えるが、しかし身体のほうは一向に爽やかではない。 えいやっと半身を起こす。こみ上げる吐き気をこらえながら、記憶をたどってみる。 熊(仮称)はリンゴ型果実をちぎっては食べちぎっては食べ、そう――まさに貪り食っていた。あの、幸せそのものといった顔は忘れようにも忘れられない。そして熊(仮称)の食い気が感染し――気づけばプルはだらだらと涎をこぼしていた。 涎をたらしたプルに気づいた熊(仮称)はニコニコ笑いながらリンゴ型果実を差し出したのだ。当然、プルは夢中で食らいついた。 ――そこまで思い出して、プルは震えた。あの味――砂糖より甘く、酢よりも酸っぱく、唐辛子よりも辛く、肝よりも苦く。そして血のような鉄っぽさ、クラゲを生で噛んでいるのに似た、そしてその比ではない、硬さと柔かさの絶妙なバランス――あの二度と思い出したくない味が、口中によみがえってきた。あれを今一度食べるくらいならば、樽いっぱいの酢を飲み乾し、山と積まれた唐辛子を食い尽くすことを選ぶだろう。 そこでプルの記憶は途絶えていた。 ――ここはどこだろう。 天国にしては貧相だし、地獄でもなさそうだ。じゃあオレは生きているのか。 そもそも、あの後どうなった? あの熊(仮称)がここまで運んできたのだろうか? ようやく立ち上がる気力が戻る。 ――なにも取られていない。・・・うむ! 必要なものを身に付けドアを開けると、広い廊下だった。部屋が五つか六つ並び、奥には階段がある。自分の家よりも大きい。大屋敷と言っていい。 「誰かいませんかあ?」 声が響くが答えはない。太陽が雲の陰に隠れ、廊下が暗くなる。急に怖くなってくる。 「誰もいませんか?」 答えはなかったが、下の階から人の気配を感じた。息を飲んで、階段を下りていく。 下の階は広間だった。テーブルに男女が腰掛け、談笑していた。一人は美少女、今一人は熊(仮称)――もとい、イソギンチャク食い少年である。二人とも見たことの無い民族調の衣装に身を包み、尖った耳が金色の髪の毛の外にちょこんと突き出している。その瞳は噂に聞く海のように深く青い。少女も少年も、見たことも聞いたことも無い特徴をしていた。もしプルがこれほどまでに疲弊していなかったならば、すぐさま彼らが人外――俗に言う、アマニタ(魔族)――であることに気が付いただろう。しかし、脳が食中りを起こしていたプルはそこまで頭が回っていなかった。 と、プルが降りてきたことに気付いたのだろう、少年の方が無邪気にニッコリと笑って口を開いた。 「なー、ざまた?」 <あ、目ぇ覚めた?> 意味がわからない。 「え? 何だって?」 「さかー、くいせーみっしんすーおもぁなーたぞー。びーくらこいがー」 <まさか、食べて失神するとは思わなかったぞー。びっくりしたってば> 「いや、なんだかさっぱり。ねえ君、彼はなんて言ってるの?」 と少女のほうに話を振ってみる。彼女ならきっとまともな返事をしてくれるだろう。 「あーた、りぃごたべーの、みしんすー。いだいだたー? そんこつ・・・おらぁ、ももさんしょーげ」 <貴方はね、リィゴを食べて、失神したの。でも本当? そんなことって・・・わたし、驚いちゃって> 期待は裏切られた――さっぱり分からない。 「――ねえ、水が飲みたいんだけど」 ダメで元々と思って口にした言葉に、少年が心得たとばかりうなずいた。分かってくれたか、とプルの顔が輝く。少年は文字通り矢のように駆け出していき(当たれば突き刺さっただろう、きっと)、桶を手に戻ってきた。 プルは差し出された桶を両手に取り、口に持っていくが――はっと、その中身に気づく。白い。動いている。――それは明らかに、何か昆虫の幼虫である。 「うまーぞ」 <うまいぞー> 少女の言葉は届かなかった。プルは再び気を失って倒れた。 ◆ 「こんひとー、だーぶつれーとぉ」 <この人、ずいぶんと疲れてたみたい> 病み上がりに最適な栄養補給元である『ネミズガノンの幼虫(見た目がウジっぽい)』を口にすることなく倒れてしまったプルを見て、少女が心配そうに隣の少年を見上げた。うん、と彼も頷く。 「りぃごくーて、たおれっちよーめ・・・かぁいそすー、なんもくーてなけんどー」 <リィゴを食べて、倒れちゃうぐらいだからさ・・・かわいそうに、きっと何も食べてなかったんじゃないかな> それから二人は、リィゴ(磯巾着林檎)を摩り下ろして食べさせるべきか、はたまたネミズガノン(蛆もどき)のゆで汁を飲ませるべきか、あるいはミーガ(海鼠蜜柑)の絞り汁とグルトー(巨大甲虫の体液を発酵させたゲル)を混ぜて与えるべきか、それとももっと他のものを用意した方がいいのか――を暫く話し合っていたが、プルにとって幸運なことに、彼の体力が回復するまでは保留とすることで落ち着いた。もしも彼らの案の一つが通っていれば、プルはさらなるトラウマを抱えることになっただろう。 結果、彼らは疲れている人にとっての最大のご馳走である、水を汲みにいくべきだという結論に達した。ほんの数十キロメルトル先に、おいしい水が湧いている。 「ざー、いってきまー」 <じゃあ、行ってくるよ> 「きーつけてなー」 <気をつけてね> プルをもう一度寝台に寝かせてから、少年は家を飛び出していった。一方の少女は、水を張ったタライと清潔な布を持って、プルの部屋へと戻った。 外界人が来たことについては、彼の容態が回復してからでいいだろう――その時彼女はまだ、恐ろしい宿命がすぐ傍らまで迫ってきていることに、気付くすべは無かったのである。 ◆ 浮いている。 真下にはプルアロータスが横たわっている。 いつから? わからない。でもずっと、プルアロータスは横たわっている。 白い布の上に。 白い布の上の白いリンゴもどきの上に。 白い布の上の白いリンゴもどきの上の白い蛆の上に。 プルアロータスのすべての指の間には、ぶよぶよと太った蛆の一匹ずつがはさまっている。小指くらいの大きさの、白い蛆だ。襟元に入りこみ、耳の穴にもぐりこみ、髪の間に逃げこんで、うねうねといやらしく蠢いている。 みじめな姿だ。 その様子を眺めている自分の前に、プルアロータスの顔が近寄ってきた。ちがう。自分が近づいているのだ。みじめったらしいその顔は、いまや目の前に迫っていた。鼻の穴を出入りする蛆まで、はっきりと見える。その半透明な体表も、薄く透ける血管までも。 蛆たちがぽろぽろとはがれ落ちた。 がばりと口を開いて、プルアロータスが、笑った。 「おぎゃあああああああああ!」 絶叫して、プルアロータスは飛び上がった。とたんに寝ていた長椅子から転がり落ち、けたたましい音を立てる。強打した頭を抱えて、黙り込む。 「・・・・・・なん?」 声がした。プルは抱え込んでいた頭を解放し、涙目で顔を上げた。 少女の顔。眉をひそめ、青い目をぱちぱちとしている。寝ていた少年がいきなり暴れだしたのだから、無理もない。手にしている布は、うなされていた少年の寝汗をふきとるためのものだ。少女はそれを、プルのおでこにできたコブに当てようとした。 「うぴいいいいいいいいいい!」 壊れた笛みたいな悲鳴を上げて、プルは引っくり返った。今度は後頭部をぶつけたが、痛がりもしないでばたばたと長椅子の後ろに回る。その瞳に浮かんでいるのは、明らかに恐怖の色だった。悪夢の影響で、軽い錯乱状態にあるらしい。さしだされた布を払いのけ、プルは激しく視線を動かした。 「なーしたが? ちぃ、おっつけーなや」 <どうしたの? 少し、落ち着いて> 少女は言った。澄んだやわらかい声は、怯えた動物の心さえ解きほぐしたかもしれない。が、悪夢の後遺であたりが蛆虫だらけに見える錯乱者には、声の質など関係なかった。 「ぽぎふうう! ぽぎふうう!」 震える両手を見てそう叫ぶ。プルは躍り上がって長椅子を跳びこえ、テーブルをはじき倒して扉へと突進していった。 「まつやぁ! いずさーえぐっちゃ!?」 <待って! どこに行くの!?> 制止する少女の声は、音高く閉ざされた扉にはねかえされ、むなしく床に散らばった。 ◆ 蛆。 蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆僕蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆。 蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆蛆うじうじうj。 い? ・・・・・・・・・・・・。 「あ?」 ばきばきと枝を折り茎を蹴散らして走りながら、ぽつりと、プルは呟いた。 頭の中で、これまではこぼれ落ちていっていた何かが、ぴしりぴしりとはまっていく。 体中にびっしりと張りついていた蛆たちは、ぴしり、のひとつごとに消えていった。するとなぜか頭が痛み出してきたので、そこを手で押さえる。おでこと後ろ頭に、コブができていた。 (なんなんだ) 上がっていた息を整えつつ、歩調を緩める。 「・・・・・・どこだ? ここ」 声に出してから、プルは足を止め、周りを見回した。 薄暗い。ぐるり一周、木々に取り囲まれていた。そびえる幹は幾重にも層を成していて、押しつぶされるような息苦しささえ感じる。この感じは、最初に迷ったときに感じていたものと大差ない。 つまり、不安。 「・・・迷った・・・?」 落ちつけ、と自分を励まして、プルはもう一度、注意深く周囲を観察した。 上は見てもあまり意味がない。木々の葉でぎっしりと埋まっているので、太陽どころか空も見えない。今が夜でないことくらいは分かるが。 下を見る。固い黒土と、積み重なった落ち葉。そこから緑色の雑草がちょろちょろと顔を出している。 前――主観的な――を見る。頭の高さのところに細い木の枝が幾本も張り出していて、まるで木々が抱擁しようとしているようだ。下をくぐれば、門になるかもしれない。見える木の幹はどれもきれいで、幸い、熊とかのマーキング類は見当たらない。切り株になっている木もあるが、あれはなぎ倒されたのではなく切り倒されたものだ。少なくとも巨大生物は近くにはいない。 ・・・・・・ん? プルは気づいた。 「切り株?」 後ろを振り返る。自分が走ってきた方向だ。そちらにも、列のように切り株が点在していた。木が無いおかげで、人が並んで通れるくらいの通路ができている。張り出していたらしい巨大な枝を切断した痕跡もある。 誰かが切ったのだ。この道を作るために、邪魔な木を。 誰が? 村人が! プルは目を閉じた。 断片的な記憶に頼れば、自分が飛び出してきたあの家の周りには、たしか他の家もいくつかあった。自分は出入り口と思しき木彫りのアーチをくぐって走り出たので、そこから続く道が、この道なのだろう。 つまり、ここを戻れば村につく! プルは目をあけた。そして肩にひっかけていた鞄を背に負いなおすと、力強い足取りで、ゆっくりともと来た道を戻り始めた。 のだけれど・・・・・・。 歩き始めて一時間、プルは自らの運のなさを確信し始めていた。 村に着かない。 途中で二股に分かれている道があったので、二分の一の確率に賭けて左を選択したのだが、それがいけなかったようだ。行けども行けども森ばかりで、人跡の気配すら見当たらない。 錯乱していたとはいえ、そう長いこと走っていたわけでもないから、もう着いてもいいころなのだ。 落ちていたぼろぼろのロープ(ヘビと間違えかけた)を、プルは靴先で引っかけた。蹴とばす。 「くそ・・・リンゴもどきの時といい、つくづく二択に弱いなあ・・・」 ぼやいてから、「腹減った」と付け加える。さらに「喉かわいた」とも付け加えた。 今から引き返して村に戻るまで、自分の体力が持つだろうか。プルは目を閉じ、深層意識と対話を始めた。 『なあ深層プルアロータス君、もう二日以上なにも食べてないけど、きみ、まだ根性ある?』 『・・・・・・・・・・・・』 『深層プルアロータス君?』 『・・・・・・・・・・・・』 返事がない。深層意識はもう死んでいるようだった。 『って、そんなわけあるか! 答えてくれ深層プルアロータス君!』 『呼びましたか?』 「は・・・・・・い?」 プルは目を開けた。幹を背にし、激しく視線をめぐらせる。 「だ、誰だ? 今なんかしゃべった奴!」 『落ち着きなさい、若者よ』 それは少女の声だった。といっても、村にいた金髪の少女のものとは違い、間に紙をはさんでしゃべっているような違和感がある。やや甲高いが、こもっていてよくわからない。 ついでに言えば、頭に直接響いているようだ。 「誰だ! 幻聴か! しし死んだばあちゃんか!」 『導きを必要とする者よ、我が声がそなたを導きましょう』 「聞けよ人の話!」 空腹やら不安やらで少しテンションのおかしくなっているプルは、謎の声自体に対しての恐怖は感じていなかった。ただ、これは体にとってヤバいことの前兆じゃないかとは思いつつ、怒鳴る。 「なんだか知らないが、道を知ってるならとっとと教えやがれ! ・・・ああ、怒鳴ったら、声と一緒にエナジーが・・・」 『倒れてはなりません、勇者よ。そなたが倒れるときは世に魔が満ちるとき。世界の民が全て絶望せぬ限り、そなたは立ち続ける定めにあるのです』 「誰だよ、勇者ッテ・・・・・・」 弱々しい問いかけは、見事に黙殺された。 『さあ、進みなさい。力はその先にあるのです』 「うう・・・チカラ・・・チカラ・・・・・・エナジィィ」 プルは思考低下のあまり、ほとんどゾンビのようになっていた。それでも歩みを再開すると、あちらの気にもたれ、こちらの木によりかかりつつ、よたよたと森の奥へと足を進める。 『なさけない足取り』 「ヤカマシイ・・・・・・」 このプルの返答は半ば以上うなり声に属していたので、謎の声は聞かなかったことにしたらしい。ころりと語調を変えて、言葉を重ねた。 『ねえねえ、ところでさっきのアレ、それっぽくなかった? ぽいよね? ぽいよね?』 「ぽいって・・・・・・?」 『やだな、練習したのよ五千回くらい。あの能面みたいなしゃべり方。封印としてくくられてても、いつか花咲くこの日のためにね。健気でしょ? あたし健気でしょ?』 声の質は前のまま、どこかくぐもった声だったが、明らかにテンションが違う。精神年齢が20ほど下がったような感じだ。本来ならプルも「なんだ、さっきの澄ましたのは猫かぶりかよ」くらいいったのだろうが、今のプルには指摘能力がなかった。 「けなげ・・・炒めたらうまいんだよな・・・」 『何とまちがえてるのよ勇者様。そんなんでリシーサ抜けると思ってんの? 気合いれて気合』 「リシーサ・・・・・・チカラのことか・・・・・・?」 『そーよ。あれ』 その声とほとんど同時に、プルの前で森が開けた。 明るい。ちょっとした広場といったところか。 足首ほどの丈の草が、緑のじゅうたんのように敷き詰められている。黄色い花がちらほらと見え、そこかしこを蝶が飛んでいた。じゅうたんの奥には巨大な岩が鎮座していて、そこに、プルの身の丈ほどの白い―― 「キノコ」 が生えていた。 「キノコ」 『キノコじゃないッ!』 ふらふら歩み寄ろうとするプルを、声が叱咤する。 『ごほん。あー、勇者よ、よく聞きなさい。あれにあるは群魔調伏の力を秘めた剣。世の闇を切り開き光明をもたらすしるべ。聖魔剣リシーサです』 プルは数歩ほど岩に向かって歩みを進め、 「キノコ」 『勇・者・様!』 たまりかねたか、声が癇癪を破裂させた。脳を漂白するような衝撃に、さすがに動きを止め沈黙するプル。 『ったく、声だけじゃラチがあかないわね。ちょっと見てなさい』 声が言う。すると、岩に突き刺さった聖魔剣の周囲がぼんやりと輝き始めた。ちょうど光の籠のなかに剣の岩がおさまっているような感じだ。プルは目を細めた。光の籠の上あたりに、ゆらゆらと人形の半透明な何かが揺れているのだ。 やがて光の籠は消え去った。あとには岩と、それに刺さったキノコ型の大剣と、その上に浮かんでいる半透明の少女の上半身だけが残った。 大きさも姿も、村にいた少女に似ている。金髪で、長髪。服は黒ずんだ貫頭衣で、やはり半透明だ。 『これがあたし。ね、かわいいでしょ? かわいいでしょ? 名前はね、アルミラ。聖魔剣リシーサを守護する者よ』 剣の上に浮かんだまま、少女はにこにことそう告げてきた。 『さあ、勇者様。時は来たわ。伝承の呪文を唱え、封印の岩を砕き、破魔の力を手にしなさい!』 激語する。喝を受けて正気に戻っていたプルは、その時ようやく、少女アルミラが自分を誰かと間違えているということに気がついた。つまり。 勇者って誰よ? アルミラは期待に満ちたまなざしでプルを見下ろしている。プルが勇者として振舞うであろうということを、微塵も疑っていない表情だった。 「あー・・・・・・」 ぐぐっ、とアルミラが身を乗り出す。 「それじゃ言うけど」 どうしよう。土下座あたりが妥当だろうか。でも、自分が騙したのではなく、相手が勝手に間違えたのだ。そう、多少は相手のせいだし、強気に出よう。もしかしたら食い物の在り処を知っているかもしれない。 「オレは――」 ぼっ。 プルの眼前をまばゆい何かが横切った。軌跡を残して地面に突き刺さり、鈍い音を立てる。 見ると、足元に掌大の丸い焦げ跡ができていた。 『何奴!』 プルの斜め上を見据え、アルミラが叫ぶ。と同時に、低い含み笑いが、どこからともなく聞こえてきた。 「くっくっく・・・その先を続けてもらっては困るな、少年」 男の声だ。大人のものだろう。プルはぐるりと空を見上げたが、木々の先端が風になびいているばかりで、何者の姿もない。 「その剣を渡すわけにはいかん。勇者よ、貴様の相手、この魔剣士グラシリスに務めさせていただこうか!」 プルの服がばたばたとはためいた。前髪が乱れ、思わず手で目をかばう。その手が眉に触れようとしたとき、ぱちりと音を立てた。それは静電気だった。 『これはまさか・・・・・・! 勇者様、敵よ!』 帯電しているのはプルばかりではなかった。プルより五歩ほど前の空間、つまりはプルと岩の間に割り込むような位置で、小さな破裂音と小さな閃光が断続的に生まれている。雷だ。プルの見つめる前で、放電はますます激しくなっていく。ちょうど空間がひび割れていくかのように。 「な、なんなんだ」 『敵だってば!』 体中の毛が逆立つ不快感と、得体の知れない恐怖をおぼえながら、プルはあとずさった。 敵? あの雷が? それとも、雷と共に現れるというのか? もう一歩あとずさって、プルは決心した。 踵を返し、満身の力を両脚に注入する。視線はもと来た道をロックオンだ。 逃げる! 『ちょっ、ちょっとアンタ!』 「おいこら!」 何か2つ声が追いかけてきたようだが、もう関係ない。プルは猛然と草のじゅうたんを爆走し、森の奥へと再突入した。 が―― 「待たんか!」 「うわ!」 男の声と同時に両脚が硬直し、思い切りつんのめる。草むらが急接近し、プルはとっさに顔をかばった。べしっと転ぶ(地面とキスすることだけはどうにか免れた)。そこへ男の声が降ってきた。 「登場の途中で逃げてどうする! おかげで渦巻、光球、大発光と、必要段階を3つも省略せにゃならなくなっただろーが!」 省略デキルナラ、必要ジャナイダロ。 口の中でだけつぶやいて、プルは体を起こした。振り返ると、岩の前に一人の男がつっ立っている。青年だ。銀色の髪と、右の頬の黒い模様、両肩の巨大な肩当てが目を引いた。腰には剣をさげている。こちらをにらんでいるようだ。 「いいか! 勇者なら勇者らしく、登場シーンで相手の力量を悟り、額に汗するくらいのことはやれ。市井のガキではあるまいし、拍子抜けするだろ」 なにやら勝手なことを言っている。というか、この男も自分のことを勇者だと思っているらしい。 『勇者様! 早く剣を!』 岩の上に浮いたままのアルミラがそう叫んだ。それに応じたのは男のほうで、 「ふっ。かの村に伝わりし解呪の呪文は、すでに失われて久しいと聞く。いかに血筋とはいえ、知識なしで古代語の解読、発語はできんさ。残念だったな、剣の精」 そして男は剣を抜き放つと、その切っ先をプルに向けた。 「さあ、ゆくぞ!」 光がふくれあがった。プルは顔をかばった。足が動かないので、避けることもできない。わずかな間を置いて、まず地面の感触が消え、鞄の重さが消え、両腕両脚の感触も消える。 プルの意識も、そこで消えた。 「む・・・?」 挨拶代わりの一撃で動かなくなった少年を見て、魔剣士グラシリスは首をかしげた。 想定していた事態とは明らかに違う。少年はあのあと、一撃をかろうじてかわし、その破壊力に戦慄しつつ戦闘準備に入るはずだったのだが。 「(まあいい。「奴」をだましてまで先行したのだ。早く片付いたのなら、重畳だな。俺の力が予想以上に高まっていたに違いない)」 グラシリスは剣を収め、岩に向き直った。岩の上では剣の精が、敵意と畏怖の視線を向けてきている。 「くくっ。頼みの勇者はあのザマだ。剣の精よ、その封印を解いてもらおうか。古い呪文とはいえ、当事者たる貴様が知らんとは言わさんぞ」 アルミラは小さく身を震わせた。グラシリスはそれを恐怖ゆえだと解釈した。事実そうでもあったのだが、ただ彼は、アルミラについて一つ誤解していた。先の発言で、アルミラはそれを悟ったのだ。 『ふざけてろ、バぁカ!』 アルミラは思い切り舌を突き出してみせると、その姿を消した。 「な・・・・・・!」 狼狽するグラシリス。が、自分の美学を思い出し、すぐに平静に戻った。語りかけるように言葉を紡ぐ。 「愚かな。貴様は剣の意思、姿を消したところで去りはできまい? ひきずり出してやる!」 右の頬の刻印が熱をもった。彼が魔人の力を使おうとすると、いつも起こる現象だ。いまいましいが、今はその力に頼るしかない。グラシリスは精神を集中し、剣に内在する精霊の姿を把握しようとした。 いない。 「ば、バカな!」 さらに精神を集中する。剣の巨大な力の中にまぎれているかもしれないからだ。だが、いくら神経を研ごうとも、グラシリスの超感覚はアルミラの姿を捉えることはなかった。 「(バカな・・・ここに来て失敗だと? くそ、時間がない。奴が来てしまう!)」 右の頬がさらにうずきはじめた。つまり、もう「奴」はすぐそこまで来ているのだ。奴、つまり彼に力を貸している魔人が。 草の揺れる音が響いた。 ぎくりと振り向くと、それは、すぐ足元まで這ってきていたあの少年だった。 「(なんだ、しぶといな・・・いや、好機か)」 グラシリスは腕を伸ばし、少年の襟首をつかむと、軽々と吊り上げた。少年はだらりと脱力していて、かろうじてまばたきで意識があることが分かる。 「くくくっ・・・剣の精よ。見ているな。姿を現さんなら、勇者の血で貴様の塚を飾ってやるぞ。貴様自ら勇者と認めた少年が、ここで果ててもいいのか」 「・・・・・・待ってくれ・・・・・・」 少年が身じろぎした。かすかに声を出す。グラシリスは腕を下ろし、少年の顔を目線まで下げた。 「なんだ、勇者よ」 「僕が、呼びかける。・・・・・・だから殺さないでくれ」 「くっ・・・」 グラシリスは失笑した。 美しくはないが、これは彼好みの喜劇だった。ヒロインが頼みの勇者に裏切られるとは、これほど滑稽な英雄譚もない。 「いいだろう」 グラシリスは手を離した。 少年は這いずって岩のもとへと進み、封印の呪文が刻まれたその表面に手を触れた。グラシリスの淡紅色の瞳に緊張の色が加わる。剣にアルミラの気配が現れたら、即座に呪縛しなければならない。万一勇者に呪文を伝えられでもしたら、身の破滅だからだ。 「(念話でも構わぬ、呼びかけに答えるがいい、剣の精。一言でも答えたが最後、貴様は我が神ロードポリウスの力の前に、声無き人形となるのだからな。答えなければそれもよし、勇者を串刺しにしておしまいだ)」 身構えるグラシリスの足元で、少年は言った。 「アルミラ・リエラ・メレア」 ぴしり。 音がした。剣の刺さった岩を覆うように、光の籠が出現する。それと同時に、強烈な力が熱風となってグラシリスを巻き込んだ。 「な、何・・・! 貴様、いつ呪文を・・・・・・!」 声は半ばで失われた。グラシリスは踏みとどまることができず、悲鳴を上げながら、光の波濤の中に姿を消した。 少年はひざまずいたままだった。薄青く輝く半円形の力場が、彼を光から守っている。それを作り出している者の名を、少年は知っていた。 「アルミラ・・・・・・」 プルアロータスはつぶやいた。彼の脳内に、アルミラの返事が戻る。 『何? あ、ほめてくれる? ほめてくれる? そうだよね、すごいでしょ』 グラシリスはひとつ誤解していた。アルミラを剣の精だと思いこみ、彼女が剣から離れられないものだと決めていたのだ。それが正しければ、たしかにアルミラは動くことさえできなかっただろう。だが、そうではなかった。アルミラは封印の守護者であって、剣の意思ではなかったのだ。自身が封印の要素なので、普段は精神会話くらいしか行わないのだが、短距離であれば移動もできる。アルミラはこの能力で、気絶していたプルに憑依し、封印を解いたのだ。 ちなみに封印解除の呪文は、彼女の本名である。 『あー、めんどくさかった。でもまあいいわ、さ、早く剣抜いてよ』 「待ってよ。もしかして、自分で呪文となえれば簡単に終わったんじゃないのか?」 『バカ言わないでよ。あんた自分で自分の体持ち上げられるっていうの?』 よくわからない返答だったが、なんとなく納得して、プルはゆっくりと体を起こした。相変わらず勇者あつかいだが、もうどうでもいい。ひょっとしたら、自分が本当に勇者なのかもしれないのだ。 剣を、つかむ。 びりりと何かが走ったようだが、プルは手を離さなかった。 『安心してね。結界はなくなったけどまだ封印されてるから、発動したりはしないわ』 やや意味ありげなセリフだったものの、聞き流して、プルは満身の力を両腕にこめる。 抜けない。 もう一度こめる。 抜けない。 『・・・・・・あれ?』 抜けない。 やっぱり? よろよろと、折れた木々の中から、グラシリスは体を起こした。 少年はすでに剣にその手をかけている。任務の失敗は目前だったが、まだ終わってはいない。 ふらつく足取りで、剣を支えにしつつ、グラシリスは少年と精のもとに歩き出した。 果たして、聖魔剣を手にした勇者に勝てるだろうか? グラシリスは頭を振った。考える必要はない。ただ突撃あるのみだ。 それは悲壮な決意だったが、歩みが進むにつれて、彼にも異状が飲み込めてきた。 少年が剣を抜けない。 「う・・・嘘だろ、おい・・・」 ――嘘では――ない―― 返答はグラシリスにだけ聞こえた。魔剣士は棒立ちになり、ついで膝をついた。右の頬が燃えんばかりに熱い。体の自由はまるで利かない。否応なしに、彼は声の主の正体を悟った。 「――ろ、ロードポリウス様」 ――使徒グラシリス――おぬし――私を――たばかったな―― 「そ、それは」 ――捜したが――猫をくわえた魚など――どこにもおらなんだぞ――― 「さ、左様で」 グラシリスは内心で舌打ちした。出発をひかえて「剣を奪う前に猫をくわえた魚を見物すると、運気が上昇します」などと適当な進言をしたのだが、まだ真に受けているらしい。もっともそれを狙っていたわけだが、なんとか言い訳しなければ。 「主、実は猫をくわえた魚は、主の背中にはりついていたのでございます」 ――おお――それでは――見つからぬが道理よ―― 納得したらしい。なぜこんな馬鹿を主人にしてしまったのだと、グラシリスはほとんど日課になっている後悔をかみしめた。それもこれも、あの変体色魔王ハバロピラスのせいだ。そこへ魔人の声が響く。 ――が――先駆けて失敗した――罰は罰――双華姉妹の玩具にでもするか―― 「げ・・・っ! そ、それだけはお許しを!」 双華姉妹。姉パンセリナと妹ヴィローサのこのコンビは、そろって性格が最悪なくせに美形好きときている。魔衆であるグラシリスは彼女らと同格のはずなのに、目をつけられて手を出されては、そのたびに瀕死になって逃げ続けているのである。一人ならともかく二人なので、手も足も出ないのだ。 しもべの哀願にも、主は無情だった。 ――ならぬ――人形になれ―― 「うあっ!」 叫んだ直後に、グラシリスは、自らの肉体が足の小指さえ動かせなくなったことを知った。声帯も動かせないので、声も出ない。 ――まあ見ておれ――奴らは――私が始末する―― 声はそう言った。 一方、プルとアルミラは剣の前で右往左往していた。 『な、なんで抜けないわけ!? 不可解よ不可解よ不可解よ、ああああアンッッッビリ―――バブルッ!』 「いや、理由はわかる気も・・・・・・」 『なんでっ? だって勇者様でしょ? 片手で熊吊って頚骨へし折ったりできるでしょ? だったら抜けるはずだもの! この剣これで熊よりは軽いのよ。あ――っもう訳わかんないっ! あたし帰るー!』 「あのー、それはどこに突っ込んでいいんだ・・・とか聞いていい?」 プルの脳天から飛び出すや、わめきながら剣の上をぐるぐる飛び回りはじめたアルミラに、おそるおそる問いかけてみる。 「それに、まずはっきりさせておくけど、僕は勇者なんかじゃない――」 アルミラの動きがぴたりと止まった。まん丸な瞳でこちらを見返し、 『へ?』 ゆっくりと、顔を見据えてくる。かなり後ろめたい気分になりながら、プルは続けた。 「僕、迷子だったんだ。ここの人間じゃない」 『嘘!』 「いやホント。村祭りに使うんでってルーニー採りに来て、遭難しちゃって。なんか変な奴に助けられたはいいけど、飛び出してきたってわけ」 言いながら、プルは自分を助けてくれた(と思しき)少年について回想した。熊をかぶっていて、水を欲しがった自分にイモムシの山をくれた少年だ。「なんか変な奴」という形容は、あながち間違いではないだろう。 『ひ、ひとちがい・・・? そんな・・・・・・ろくに自由もない封印生活をえんえん続けて、ようやく使命が果たせたと思ったのに・・・。そういえば、人間に会うのも久しぶりだから、性別以外は確認もなにもしてなかったよーな』 「なんじゃそりゃ」 アルミラは胸に手をあて、目を閉じた。ゆっくりと深呼吸する。呼吸など不要ではないか、とプルが思ったときだった。 『誰ッ!』 アルミラが叫んだ。目をみはって、プルの後ろをにらみつける。 プルの振り向いた先、ほんの十数歩向こうに、一人の巨漢が立っていた。折れた木々を背に、悠然と。 いや、違う。 体形はいちおう人間と同じだったが、その頭部には巨大な双角、その背には巨大な双翼。筋骨隆々としたその体は、色素というものがないかのように真っ白だ。服も白い布でできていて、それをトーガのようにまとっている。顔は仮面めいて起伏がなく、目と口の形に切れ込みが入っているだけだ。 異形の姿だった。 そいつは口の切れ込みを大きくつりあげて、声を発した。 【――はじめナスビ――】 「『は?』」 声そのものは、複数の男女が同時に発話しているような不気味な音声であったのだが、プルもアルミラも内容の突飛さに気を取られ、間抜けな声を返した。 【――マチガエタ―――は――はじめまして――】 怪物はいい直した。しばらく宙に目をやり、再び声を出す。 【――我が名は―――エントローマ――その剣――もらいうける――】 『魔衆か!』 「マシュー?」 『さっきのアホ剣士の仲間! ――で敵! ――で悪!』 プルに答えを叩きつけ、アルミラは身構えた。右手を目の位置にまで上げ、左腕を腰の位置に沈めた、拳闘の姿勢だ。突き立った剣の柄の上につま先立ちしている。 『かかってきなさい! こう見えてもこのアルミラ、拳祖松露に端を発する右派鋭鶴拳の拳意継承者。あのヘボ剣士には必要なかったけど、あんたが来たってんなら相手をしてやるわ!』 アルミラは叫んだが、なぜかプルを意識しているらしく、無意味に説明部分が多い。浴びせられたほうのエントローマは、草の上に突っ立ったまま、軽く首をかしげた。 【――なんだお主――あのときの拳法使いか―――だが――無理だな――】 『ふっ! そーやって余裕かまして前回も負けたんじゃないの。いいこと、その失敗した抽象画みたいな見てくれを落描きレベルにされたくなかったら、尻尾でも舌でも好きなほうを巻いてとっとと――』 ひゅっ。 口上の途中で、エントローマが何かを放り投げてきた。ゆっくりと飛んで来たそれは、小石のようだった。アルミラは上げていた右手でそれを叩き落とす。 いや、落とそうとしたが、石は振り下ろされた手を貫通してアルミラの眉間に突き刺さり、さらにそれをも貫通して草むらの中に落ちた。 『あれっ?』 構えを崩したまま、アルミラは不思議そうな声を上げた。プルは嘆息した。 「アルミラ・・・・・・君、物に触れないみたいだよ」 『え・・・あ。そーいやそうだったような』 うろたえるアルミラに向けて、ゆっくりと草を踏みしめ歩みを進めながら、エントローマが声を発する。 【左様――すでに――お主の身は―――陽炎の如し―――】 『くっ!』 徐々に大きくなってくる敵の姿をにらみつつ、アルミラがうめいた。 『鋭鶴拳があたしの代で絶えてたなんて・・・・・・!』 「そっちじゃないだろ!」 たまらずにプルは叫んだ。岩によじ登り、剣の柄をつかむ。妙に弾力のあるその芯を握りしめ、渾身の力をこめて体重を後ろにかけた。 「ぬ・・・・・・抜かないと・・・・・・!」 『バカ、逃げなさい! あぶな――』 【無駄だ】 ひやりとしたものを感じて、プルは顔を上げた。影が落ちかかってきている。 至近まで迫っていたエントローマが、その右拳を振りかぶっていた。 【どけ――少年】 陰のために暗くなった視界が、今度は白熱する。胸元に何かが激しくぶつかってきた、と知覚したときには、すでにプルの体は剣から十歩ほども離れた茂みの中に、右肩からつっこんでいた。 「(・・・・・・!)」 激痛が沸騰し、プルの喉をふさいだ。あえぐ口からは弱々しい息がもれるばかりだ。アルミラが何か叫んでいるようだが、声は聞こえない。息もできない。喉を引きつらせて無理に息を吸うと、胸郭が鈍い音を立ててふくらんだ。肋骨が陥没していたのだ。 「(しゃ、洒落に・・・・・・ならん・・・・・・!)」 ゆらめく視界の中で、ぐにゃぐにゃした怪物が、少女のほうに腕を伸ばすのが見えた。 『く、来るなぁ!』 拒絶というよりも哀訴に近いその声を、怪物は無視した。いや、右腕を上げてそれに応えた。 【黙れ】 『きゃ――!』 白い腕が少女の胸元を貫いた。実体を持たないはずの少女は、苦悶の表情を浮かべて大きくのけぞった。エントローマは表情を変えず、左手で剣の柄を握った。 【――くく――封は既に解け―――後は千斤の力を以て――引き抜くのみ―――】 剣が傾いだ。礎石の亀裂がさらに大きくなり、小さな石がぽろぽろとこぼれていく。 アルミラは歯を食いしばった。突きこまれた右腕をつかみ、封印強化の念をこめて余力を解放する。青みを帯びた輝きが、半ば以上透けた両手からほとばしり、怪物の動きを食い止める。 エントローマはせせら笑った。 【無駄だと――】 破裂音。 声が途切れた。 アルミラのつかんでいた怪物の腕が、消えてなくなった。いや、すごい勢いで引き抜かれたのだ。こちら向きのまま宙を飛び、そして彼方の木立に突っ込んでいく怪物の姿が、小さく見えた。 『・・・・・・!?』 声はまだ出ない。アルミラは呆然と怪物の描いた軌跡を眺め、それから慌てて剣のあったところに目を移した。 剣はまだそこに刺さっていた。 安堵する。その時はじめて、ぱらぱらと落ちてきていた木片と水滴、そして自分の後ろに立っている人の気配に気がついた。 右の貫き手で封印の精を縫いとめておいて、エントローマは左手で聖魔剣の柄を握った。目の後ろで火花が散る感覚を味わいながら、引き抜くべく力を込める。この剣の重量は並大抵ではなく、封印から完全に脱するまで――つまり礎石から抜ききるまで、その重さは消えない。もっとも、エントローマの膂力からすれば、それは抜けない重さではなかった。 しぶとく存在を保ち続ける封印の精が、残余の力を結集して封印をかけなおそうとする。賞賛すべき態度ではあるが、それは髪の毛数本分ほどの補強に過ぎない。いまや過去の存在となりつつある非力な仇敵に向けて、エントローマは憫笑を向けた。 その行為が油断だったのだろう。 飛来してきたそれに、エントローマは気づかなかった。気づいたのはそれが、身体を貫かんばかりの勢いで胸元に激突した後のことだった。 【(――な――!?)】 細い目を、エントローマは見開いた。両足が地を離れ、掌中から剣の感触が消える。 みるみる遠ざかる剣の向こうに、いつ現れたのか、少年が一人いる。何かを投げた直後の姿勢。エントローマはまぶたに残る残像を分析し、事態を把握した。少年が投げたのは桶だ。それが自分にぶつかった。そしてそれが、象に匹敵する重さを持つこの体を、軽々と吹き飛ばしたのだ。 【(ふむ――バケツ――とは)】 エントローマは頭から木立に突っ込んだ。 飛んでいった怪物と出現した少年との間で、しばし視線をさまよわせていたアルミラだったが、怪物がまだ立ち直らないと判断し、少年のほうに意識を向けた。 『あ・・・・・・あんた・・・・・・誰?』 問いかけてから、声が出ることに驚いて、喉に手を当てる。邪気を叩き込まれた影響は、完全ではないにしろ薄れつつあるらしい。 現れた少年は、とてもあのエントローマを一撃で吹き飛ばしたとは思えないほどに小柄だった。ぼさぼさの金髪に、意志の強そうな濃い眉毛。どうも激怒しているらしく、眉間にしわが寄っている。丈夫そうだが上質とはいえない着衣の生地は、アルミラの着ている貫頭衣のそれと似たようなものだ。肩には棒を担いでいて、片側の先端にだけ桶が引っかけられている――水でも汲みにいった帰りだったのだろう。 アルミラは眉をひそめた。少年の顔に見覚えがあったのだ。いや、少年自身にではなく、アルミラの中に住む、少年に重なるようにして透ける者の姿に。 『あんたは――』 「ぅやッ!」 呼びかけようとしたとたん、少年は叫び、棒を担いだまま跳躍した。剣の柄を右足で踏んで(つまりアルミラの頭を踏んづけて)さらに跳び、エントローマに殴り飛ばされた茶髪の少年――森の迷子だった男――のほうに駆け寄っていく。棒に引っかけた桶が揺れまくるくせに落ちないのは、意外とすごいことなのかもしれない。 「やぁ、でぇじょぶか、おめ? 目ぇ開けとぉ、なぁ!」 ぐったりしている茶髪の少年を、金髪の少年が抱き起こす。棒を肩から外すと、金髪の少年は茶髪の少年の顔めがけて桶をひっくり返し、水を浴びせた。 気付けのつもりらしいが、無駄なことだろう。アルミラは唇を噛んだ。魔衆エントローマは一打ちで岩をも砕く怪力の持ち主だ。その打撃を生身の身体で受ければ、骨は砕け内臓は裂ける。おそらく即死――。 「――ええと、君は誰だっけ」 遠くからそんな声が聞こえてきて、アルミラは仰天した。 『う・・・嘘ぉ』 茶髪の少年は身を起こそうとしていた。金髪の少年が喜んだ様子で、彼に抱きつこうとする。茶髪の少年はすばやく後退ってそれを避ける。なかなか元気だ。 『エントローマの奴、手加減したのかな・・・って、そんなわけないわ。てことはもしかして――』 アルミラは足元に目をやった。そこには刺さったままの聖魔剣リシーサがある。 『やばッ』 とりあえず飛びついてくる謎の少年からは逃れて、プルは周囲を見回した。 剣は刺さったままだ。その上には、注意しないと見えないほどに薄くなったアルミラ(なにか考え込んでいるらしい)が浮いている。では、あの怪物は剣を抜かずに去ったのだろうか。 ふう、とプルは安堵の息をもらした。直後に胸の陥没骨折を思い出して息を止めたが、痛みはない。おそるおそる息を再開し、胸を押してみたものの、なんともないようだ。 「(あれ? アザだけになってる)」 生地は破れてボタンも弾け飛んでいるので、打撃を食らったのは間違いないはずだけど。 「めだなや、うん。でん、なぁがこん地いっだ?」 にこにこと少年が話しかけてくる。これも謎だ。この言葉遣いからして森で遭った「なんか変な奴」だと思うのだが、なんで彼がここにいるのかがわからない。それ以上に彼の言語がわからないので、質問のしようもないのだが。 とにかく、怪物がどこに行ったのかをアルミラに聞こうと、プルは立ち上がった。少年も一緒に立ち上がる。その表情が急に険しくなった。 「しっ!」 低く舌打ちすると、プルの肩をつかんで引き寄せる。それが異様なまでに強い力だったため、プルは勢いよく少年の背後に投げ出される形になった。 「な、なんだよ!」 背中に向かって叫ぶ。ところが次のセリフは、喉の奥で凍り付いてしまった。 少年の脚の間ごしに、木立の奥からゆっくりと歩みよってくるあの怪物の姿が目に入ったのだ。 少年は、徐々に近づいてくる異形の姿を、鋭い瞳でにらみすえていた。 森の中に、剣の突き立った岩がある。そこは神聖な場所だ。少年は村の古老からそう教えられてきた。邪悪な者の侵入は許されない。剣に手をかけ抜こうとしたあの怪物は、許されざる違反者だった。が、そんなことよりも――あいつは「友達」を殴った。そちらのほうが、少年にとっては憤怒すべき理由だった。 右手の天秤棒を片手で数回まわすと、少年はそれを怪物に向けて突き出した。 「おめ、気ぃ据えぇや。どぼかじゃ、ドドが」 名前が分からなかったので、取りあえずドド――「化け物」と呼んでおく。それに反応してか、 【あのバケツ――力――それに金髪――か――】 意味が通じたのかどうか、相手はそんなことを言った。一人なのに大勢でしゃべっているような、変な声だ。聞くたびに背筋に妙な震えが走る。自らを鼓舞すべく、少年は叫び返した。 「けぇや!」 【よかろう】 踏み込みの轟音を残し、巨体が迫った。振りかざされた両拳が、風を巻いて振り下ろされる。 半歩しりぞいてそれに空を切らせると、少年は棒を突き出した。その先端がドドの顔面を貫くかと思われた一瞬、標的の首が沈み、棒も空を打つ。間髪入れずに両拳が突き上げられたが、それも空を打った。少年は跳躍していたのだ。棒を引き戻していれば顎に拳を食らう羽目になっていただろう。 己の身長に数倍する高さからドドを見下ろし、少年は満身の力を込めて棒を振り下ろした。 「でぇりゃッ!」 【―――!】 突き出した拳を交差させ、ドドが防御に回るのが見えた。構わずに棒を叩き込む。 乾いた音が響いた。 少年と化け物の間に、黄色い粉が飛び散った。衝撃に耐えかね、棒が砕けたのだ。目をみはった少年の視界いっぱいに、ドドの交差した腕が飛び込んできた。体当たりだ。交差した腕は今や頚動脈を狙う凶器だった。 激突! 「つっ・・・・・・!」 ブロックする――咄嗟に腕を引き戻したのが、かろうじて間に合った。それでも骨がバラバラになりそうな衝撃が、肘から肩へと抜けていく。少年は歯を食いしばり、勢いをつけてのけぞった。 両肘を開く。そこにある敵の両腕を目の端に入れてから、目を閉じ、思い切り振り下ろす――頭を! 落雷にも似た衝撃が少年の頭の中で炸裂した。手ごたえはあった。渾身の頭突きだ。 それこそ落雷の勢いで、ドドは草むらに叩きつけられた。鈍い音が木々を揺らし、土煙が上がる。 草のじゅうたんに土色の大穴が開いていた。中心にめりこんでいるのはドドだ。動いている。地面を陥没させておきながら、まだ起き上がる体力があるらしい。 少年は襟元のボタンをむしりとると、右親指でそれを弾き飛ばした。飛び道具と化したボタンは矢のように空を裂き、ふらふらと起き上がろうとしていたドドの顔面で弾けた。のけぞり、ドドが膝を突く。その胸倉を、着地した少年がつかみ上げた。崩れかける巨体を、左手一本で無理やり起こす。 宣言した一撃だ。殴る場所は決まっている。 「どぼか、じゃっ!」 【ぐは・・・・・・ッ!】 風を巻いて繰り出した右正拳が、ドドの胸元を捉えた。象どころか鯨さえ粉砕しかねない威力だ。巨人に張り手を食らったネズミのように、ドドの巨体は宙を飛び、再び木立の奥に消えた。木がなぎ倒される音もすぐに遠ざかっていく。 「ふう・・・とっと」 両手をはたきつつ、少年は「友達」のほうに向き直った。仇を討ってもらったことがよほど嬉しいのか、彼は震えながら涙を流している。ちょうど風邪引きの長老に熊の肝臓をあげたとき、こんな反応だった。 歩み寄ると、彼はふるふると顔を振った。手を挙げて、そちらもふるふると振る。 「?」 それは意味がよくわからない動作だったが――すぐに知れた。背後に気配。危機を知らせる合図だったのだ。 振り向きざま、少年は左の手刀を一閃させた。飛んできた何かを叩き落とす。 光が弾ける。 「んなッ?」 蛇百匹に噛みつかれたような痛みが、少年を襲った。左腕を抱え、思わず片ひざをつく。 【――拳は見事――なれど――魔法には――】 呪文のように、あの化け物の声が響いた。少年の目前で、空中に点が穿たれる。点は見る間にその数を増やし、やがて浮き彫りのようにドドが姿を現した。何のケガもない。 「てめ・・・・・・オニか」 【――私は魔人――ゆえ――拳も剣も効かぬだけ―――それ、“第2章第12節:1頌”――】 差し出されたドドの掌中に、リンゴほどの光る球が現れた。祭式の時に老人が持ち出してくるスイショウダマとやらによく似ている。どこから出したものかは知らないが、なんのつもりだ? 化け物はそれを、少年に向けてほうった。放物線を描いて飛んできたそれを、少年は受け止めようとして―― 『――避けて!』 聞こえたかぼそい声に従い、慌てて飛びのいた。 「んん?」 少年にとって、それは聞きなじんだ声だった。だが、声の主は家にいるはずなのだ。なぜ、ここに? 振り向こうとした少年は、もう一度同じ声を聞いた。 『よそ見しちゃダメだってば!』 「(!)」 顔を戻した少年の目の前で、光るリンゴはふわりと浮き上がり、まっすぐに少年の胸元に突っ込んできた。身体をよじるが、かわせない! リンゴがめりこんだ。それは少年の体内で一気にふくれあがり、白光で少年の視界と意識とを覆い尽くした。関節という関節が引き伸ばされ、筋繊維がばらばらに解けていく感覚。視力を取り戻したときには、少年は草むらに横たわっていた。 【――まあ――この程度か――】 化け物の声が聞こえた。少年は起き上がろうとしたが、うまくいかない。震えるだけで手足に力が入らないばかりか、関節が勝手にぴょこぴょこ動いてしまう。 「な、なん・・・だぁ? このっ」 もがく。口の中に入った草を吐き出し、立ち上がろうとするが、四つんばいがやっとだ。両膝と両手で必死に身体を支える。 【――どれ―――もう一発――む?】 振ってくる声の調子がいぶかしげなものに変わった。少年は顔を上げた。化け物の右腕に、誰かがぶら下がっている。茶髪の少年――「友達」だ。 「あ・・・・・・あれ? びくともしないし・・・・・・」 彼はぶら下がったまま、そんなことを言った。 【何の――真似だ】 「いいいいやその、たたた体当たりしたらすぐ逃げようかと」 【邪魔だ】 「わーっ!」 化け物は腕を振った。それで引き剥がせると思ったのだろう。しかし茶髪はしがみついて離れなかった。 「こここ硬直しててて離れないいいいい!」 【貴様!】 化け物が吠えた。右腕を高く差し上げると、ぶら下がった茶髪の胴に左拳を突きこむ。細い体がくの字に折れ曲がり、腕をつかんでいた手が離れる。小さく血しぶきが散った。 「(や、止め――!)」 少年の青い瞳が大きく見開かれた。片ひざを立てる。その目の前で、化け物の左拳が茶髪の喉元に叩き込まれた。 鈍く湿った音が響き、鮮血がほとばしる。茶髪の少年は不自然に首を曲げた姿で宙を飛び、二度ほど地面にぶつかってから動かなくなった。 呆然と凝視していた少年の頬が何かで濡れた。右手でぬぐう。開いた掌には、べっとりと赤い血が付いていた。 「・・・・・・・・・・・・!」 少年は咆哮した。 音のない叫びが大気を揺るがし、森の木々が激しく梢を揺らす。時ならぬ突風が少年を中心に吹き荒れた。化け物が愕然と――明らかに愕然と少年を見下ろす。少年は碧緑の眼光でそれに応えた。両者の視線が触れ合った刹那、青い稲妻と化した少年の右拳が化け物の顔面を直撃した。 悲鳴すら上げえず、化け物は吹き飛んだ。その軌跡を見もせずに、少年は倒れた茶髪のもとへ走る。首筋に手を当てて脈をみる―― 『その子なら大丈夫よ』 声がした。数歩の先、岩に突き立つ剣。その上に薄く透けた少女が浮かんでいる。 『時間がない。あいつ――エントローマを倒したいなら、この剣を抜いて!』 少年はしばらく剣を見つめ、それからちらりと化け物の消えた先に目をやった。剣のもとへと走り出す。 【――そうは行かぬ――】 右手が柄をつかんだところで、声が響いた。虚空に魔衆エントローマの姿が浮かび上がり、同時に生まれたいくつもの光弾が少年めがけて飛んでくる。少年は再び吠えた。それに応えるように、澄んだ金属音が響く。 抜き放たれた聖魔剣の一閃が白銀の弧を描き、光弾をすべて打ち消した。 『やった!』 【ちィ――だが――まだだ! “第2章第12節:3頌”!】 エントローマの叫びに応じ、あのリンゴ球が3つ、彼の前に出現した。少年は聖魔剣を持つ右手を下ろし、静かな眼差しでそれを見ている。球が放たれても、剣は微動だにしない。柄の内部に渦巻く可視不可触の煌めきが煙るように刀身を包み、刀身先端部に位置する宝珠に輝きを与えている――あたかも一個の芸術作品のようなその剣が振るわれたのは、光球が少年に命中した直後のことだった。 少年は跳躍した。 【術が効かぬか――!】 斬られるまでの半瞬の間で、エントローマはうめいた。その顔がびしりとひび割れる。 【馬鹿な――拳で――?】 当惑したように顔に触れる。その姿の脳天から股間までを、振り下ろされた白刃が一息に断ち割った。 音もなく魔人が消滅した後には、半分に裂かれた羊皮紙の切れ端が残された。 『やったやった! すごいじゃない勇者様! あのエントローマを一撃なんて超素敵!』 はしゃいでいるのは、透けすぎて首から上しか見えなくなったアルミラだ。少年は聖魔剣を片手にしたまま、まだ鋭さの残るまなざしを森の奥に投げかけた。 「で、おめはどーする?」 沈黙。 ややあって、つくろったような笑い声が遠くから響いた。 「ふ・・・・・・ふふふ・・・・・・はっはっは。やるな、勇者よ!」 『誰だっけ?』 アルミラの呟きが聞こえたらしく、声は黙り込んだ。 「あれだよ、ほら・・・・・・最初に出てきた剣士」 『ああ、あいつ』 「ナチュラルに忘れるなっ! あれからまだ一時間も経ってないだろーが!」 声は激したように裏返り、 「いや、まあいい。いずれ忘れたくとも忘れられぬ名になるだろうからな」 すぐに調子を取り戻す。 「この魔剣士グラシリス、敵に二度名乗る名は持たぬ! 次に会うときが貴様たちの最期だ!」 『名乗ってるじゃない』 「しかも遠くから」 「だぁっかましい! いいか、次に会うときが貴様たちの最期だ!」 もうネタが尽きたらしく、同じセリフを二度繰り返す。しばらくしてから、森の一角がまばゆく輝き、次いで竜巻が巻き起こった。それに吹き消されがちな高笑いを響かせつつ、魔剣士なんとかは去っていったのだった。 「結局、ぜんぜん見えないところで派手に帰ってるし」 『たぶん聖魔剣がこわかったんだわ・・・って茶色い人、もうしゃべれるわけ?』 「茶色い人はないだろ・・・・・・」 疲れたような声で返答しつつ、プルは起き上がった。首をぐりぐりと回しながら、アルミラのほうを見る。 「で・・・なんで僕は生きてるわけ?」 『ナン ノ コト カシラ チャイロイ ヒト?』 「ドット絵でとぼけるな!」 プルは勢いよく立ち上がると、つかつかとアルミラの正面に歩み寄り、 「あのキノコみたいな剣に触ってから! あの剣見るたびに妙な悪寒がするんだよ! 目ぇ覚めたときもあの剣から変なオーラが流れてきてたし!」 『それは愛の奇跡よ。奇跡なの。茶色い人』 「キノコの愛なんざいらんわ!」 力いっぱい絶叫したところで、プルは気づいた。 うるうると目をうるませながら、こちらを凝視している少年(聖魔剣つき)に。 「☆△▼&%$~!!」 「うわあ!?」 剣を放り出すと、少年はわけのわからないことを叫んで飛びついてきた。プルは引き離そうとしたのだが、首にかじりつかれているので身動きができない。それでもなんとか少年を押しのけようともがきながら(まるでどかせなかったが)、プルはアルミラに泣きついた。 「だ、誰なんだ、こいつは!」 『懐かれたみたいね』 「冷静にいうな! 君、こいつと顔が似てるから知り合いでファミリーで言葉が通じるんだろ?! 離れるように言ってっていうか早く説得じてくれないど頚動脈が」 めちゃくちゃな論理を振りかざすプルに、アルミラは腕を組んだ(見えはしないが)。 『ん~、知り合いっちゃ知り合いだけど・・・・・・まさかこんな愉快な文法使ってるとは思わなかったもんで』 「じ・・・じにまずがら。ばやぐ、ぜっどぐ」 『あ~、はいはい』 面倒そうに返事を返して、アルミラは姿を消した。少年のほうに憑依したのだ。直接精神に話しかけることで、言語の壁は無意味なものとなる。はたして少年の動きが止まり、首に回されていた腕の力が緩んだ。 へたりこんで荒い息をつくプルの、その前に屈みこんできて、嬉しそうに少年は言った。 「や、ちゃいろい人!」 「・・・・・・君たちね・・・・・・僕の名前はプルアロータスだから・・・・・・」 『あら、そーゆー名前だった?』 少年から飛び出してきたアルミラ――なぜか格好はそのままで手のひらサイズになっている――が、礎石の破片に腰かけてそう言った。 「プルっち?」 「・・・・・・それでいいです」 無邪気にプルっちプルっちと繰り返している少年に、プルは聞き返した。 「で、君の名前は?」 少年はしばし目をぱちぱちとし、暗くなり始めている空を見上げて黙考してから、満面の笑顔で答えた。 「シャンピニオン!」 ◆ 黄昏時の獣道を、プルたちはシャンピニオンの先導で歩いていた。 「なんかなー。あの剣、ストーカーっぽくないか?」 『んー、戻ったら話すから。戻ったら』 「ぽっぽーぽっぽー、ぽぽぽわぽー」 プルが見つめているのは、シャンピニオンの背後を直立したままずるずるとついていく聖魔剣リシーサである。ぼやきに応えたのは、プルの鞄から顔だけ出したアルミラだ。 「材料見つかんなかったけど、村祭りに間に合うかなあ」 『んー、ムリっぽいとか答えていい?』 「ぽわぽわぽっぽー、ぽわぽわぽー」 封印が完全に解除された以上、封印の精であるアルミラは消滅するはずだったのだが、『話しておくことがあるからがんばる』とやらいう理由で、封印礎石のかけらに宿ったままプルの鞄の中におさまっているのである。 「ああ、もう腹が減ってるんだかどうだかもわかんないよ・・・・・・絶対行き倒れるぅぅ」 『んー、あたしも昔はそんな時期があったわ』 「ぽぽぽぽぽわぽわ、ぽっぽっぽー」 レンチヌラ村へと続く獣道。 プルのぼやきとアルミラの適当な相槌、それにシャンピニオンの謎の歌声が、虫の鳴き声と混ざり合って夜空に響いていた。 ◆ ≪オプション:自動翻訳機――<>内部に、村人達の翻訳後のセリフが出てきます。主人公プルの苦労を知りたいという方は、この部分を無視してください。臨場感を味わえます≫ 青い空。綺麗な花畑。そして聞こえてくる小川のせせらぎ――何と美しいのだろうか。これが噂に聞く天国というもの―― 『違うッ!』 「うわ!?」 頭に直接響く叫び声に、プルは正気に戻った。体中節々が痛むわ頭は割れそうだわ首は折れそうだわ空腹のあまり腹が痛いわで、はっきり言って正気に戻らない方が良かったような気はするのだが、プルは思考を取り戻した。 ――とりあえず、キノコのことは忘れよう。あの巨大なキノコとか。キノコを奪いに来た不気味な奴等とか。キノコ剣とか。キノコの愛とか。きっと夢だ。そう、その前にこの現実の景色を見なければならない。 「あ、そうか・・・・・・ここ・・・・・・」 見渡してみて、プルは自分の記憶とこの風景を合致させようとした。 青い空に綺麗な花畑。そして聞こえてくる小川のせせらぎ。何処かで見たことがあるような光景だった。とても幼い頃――思い描いていたような景色。 「やっぱオレ、死――」 『ち・が・うッ!!』 脳を漂白する大音響に、目の前がグラグラと揺れた。少女の声が、勝手に死んでもらっては困るだの、現実をしっかり見つめろだの言っていたが、プルの耳にはほとんど入らなかった。代わりに少年の声で一言。 「れんちぬら」 <レンチヌラ> 天国とは“れんちぬら”と言うのか――そうぼんやりと思うプルの頭に、『そんなわけないでしょ』と、またもや厳しい一言が飛んで来る。ようやく頭がすっきりしたプルに、先程からの声の主、アルミラがやや苛立たしげに続けた。 『アンタねぇ、もう少ししっかりしてもらわなきゃ困るのよ』 「しっかり、って・・・・・・何を」 ようやく色々な揉め事から開放されたはずのプルは、アルミラに向かってそう問いただした。が、彼女の答えは素っ気無いものだった。 『レンチヌラ、っていうのはこの村の名前』 しかも、微妙に論点がズラされている。 「・・・だから?」 『まだ死んでないってこと』 アルミラはそう言い放つと、ぴたっと口をつぐんだ。これ以上の追求は許さないという意思の表れだ。ごまかされてたまるかと、プルは自分の手に握られている封印石のかけらに向かって声をかける。 「はぐらかすなよ。もうオレ関係無いだろ? 結局、オレは勇者様じゃ――」 『時間が無いわ、“勇者様”』 「逃げるなよ」 プルの言葉を無視して、石の上に現れたアルミラはプルの隣にいる少年、つまりは本物の勇者シャンピニオンにそう声をかけると、『それに、アナタもね』プルの方を向き直って腕を組んだ。彼を見上げる目は真剣そのものだ。 「ちょ、それってどういう・・・・・・」 『それは――』 「それは・・・?」 しかし、プルの追求は、突然訛ったアルミラの叫び声によって掻き消された。 「しゃ~んぷ! あー、だーじおか!? ぶずーなだーや!?」 <シャ~ンプ! ああ、大丈夫!? 無事なのね!?> 「はぁ?」 何故いきなりアルミラが訛ったのかと困惑しているプルの耳に、シャンピニオンの声が飛び込んで来た。 「あんみら!」 <アルミラ!> アンミラ。 確かに、プルの耳にはそう聞こえた。彼が驚いて顔を上げると、そこにはアルミラにそっくりな、あの少女――気を失っていたプルを看病してくれた少女――がいた。 「おーさ、ぶずーよ! いまがえとー!」 <ああ、無事さ! 今帰った!> プルの隣のシャンプはそう笑うと、アルミラにそっくりな少女に向かって手を振った。少女の動きは、彼女の細い足のどこにそんな力が秘められているのかと疑うほどに素早かった。少女は涙に濡れた顔をほころばせながら、一足飛びにプル達のもとへ駆け寄ると、シャンプにがばっと抱き付いたのだ。 「しゃんぷ!」 <シャンプ!> 少女はシャンピニオンの腕の中に飛び込むと、腕をしっかりと彼の首に巻きつけ、深く顔を彼の胸にうずめた――プルがいることなど全く意に介さずに。 「(気まずい!)」 しかし少女はプルの存在には全く気付かずに、涙声でプルには理解できない言語をまくし立てた。 「すごかおーしよーと!? すーぱしーだ! んなーおらだーね、なにごーた、みなすーぱしおー!」 <すごい音がしたのよ!? 心配したわ! ううん私だけじゃない、何が起こったのかと、みんな心配してたのよ!> だが、プルは意味のわからない彼女の言葉よりも、彼女自身が気になった。 「(似てる。やっぱり、似てる!)」 シャンプの無事を喜んでいるのであろう少女と、自分の手の平の中に納まってしまった封印の精霊であるアルミラと。感じる雰囲気こそ全く違うが、外見は姉妹、いや、双子とまで言えそうなぐらいにそっくりだった。そして何よりその声が、非常によく似ていた。 「ほん、ぶずーでよがーよ、おめになーかとーら、おら、おらよぉ・・・・・・」 <本当、無事で良かったわ、貴方に何かあったら、私、私・・・・・・> 「ちーつけ、ま」 <落ち着け、ほら> 「けんどれ、さー、そとんひとくんだらしー、そーかーおんひとおーにうせー、しーばらすおーでばっげおとすっとー、そーれ、おめみんずくーでいぬー、もら・・・・・・すーぱせーほーがどーかすっとよえ!? なんかーたじぇけーま、ほん、ほん・・・・・・すーぱ、しおー・・・ね・・・・・・ぶずー、がえて・・・よか・・・・・・」 <だけど、そう、外界の人が来て、それからその人いなくなっちゃって、しばらくして奥でひどい音がして、それに、貴方は水汲みで出掛けてるし、そんなの・・・・・・心配しないほうがどうかしてるじゃない!? 何かあったんじゃないかって、本当に、ほんとに・・・・・・心配、したん・・・だから・・・・・・無事で、帰ってきて・・・良かっ・・・・・・> 「(・・・さっきから何を言ってるんだろう?)」 はっきり言って、プルには一言も分からない。ただ感じから察するに、このシャンプとかいう少年のことをひどく心配していて、無事で良かったと言っているのだろうと思った。 「(こんな人に心配されてみたいなぁ・・・)」 心配のあまり、帰って来た人を平手で引っぱたくような女性に比べ、この少女の健気なことといったら! そしてプルは、事実家族にひどく心配をかけている真っ最中であることと、帰ってから彼を待っているであろう姉の鉄拳制裁――悲しいかな、先ほど少女と比べた鉄拳レディは彼の実の姉なのだ――を思い浮かべて、ぞっと身震いをした。十字固めですめばいいのだけれど。どうか関節技十連発だけは勘弁してもらえますように。 ともあれ、そのアンミラとか言う彼女は、間近で見れば見るほど――愛らしかった。少し乱れた髪はよく実った麦畑のような黄金色、涙で潤んだ大きな瞳は青玉よりも澄み渡り、少年にすがる仕草は思わず抱きしめてしまいたくなるほど可憐だ。 「(かわいい・・・・・・)」 『なに鼻の下伸ばしてるのよ』 プルの思考を読み取ったアルミラがそう呟く。 「べっ、別に鼻の下伸ばしてなんか――」 『伸ばしてるじゃない。もー、いくらあたしがかわいいからって、デレデレするのはみっともないわよ』 「違・・・わないか。そっくりだもんな」 論理的に言えば、アルミラにそっくりなこの少女をかわいいと思うのであれば、それはつまりアルミラをかわいいと思っているのであると言える。何か気まずくないか? しかし疑問なのは、何故二人がこうもそっくりなのかという点である。隣の少年は気付いているのだろうか? とはいえ、邪魔するのは非常に気が引ける。プルはむしろ、自分がここにいてはいけない気がしてきていた。しかし一人だけ勝手に見知らぬ村の中を移動するわけにもいかず。かといってこの恋人同士の二人の間に割って入る勇気は全く無い。どうすればいいのだろうか。 と、ここでシャンプに思いが通じたのだろうか。彼はにっこりと笑いながら、プルの方を見た。 「おらぶずーげ、おんひとーぶずー。えがーな。ん?」 <オレも無事で、この人も無事。それでいいじゃないか。だろ?> プルが助かったと思ったのもつかの間、シャンプにつられた少女も、また、プルを見た。ので、バッチリ目が合ってしまって。 「は・・・・・・」 <あ・・・・・・> 助かるどころか、気まずさはさらにアップ。 そこで少女はようやくプルの存在に気が付いたらしく、顔を赤らめると、慌てて少年から離れた。 「あ、どうも・・・・・・さっきは・・・・・・」 プルはもごもごとそんなことを口先に出しながら、とりあえず笑った。手の平ではアルミラがクスクスと必死に笑いをこらえている。 「そ、そんにー、じじさま、よーだってば、すーにこよ、すーな!」 <そ、そういえば、大ジジ様が、言いたいことがあるらしいから、すぐに来て、すぐによ!> 耳まで真っ赤にしながら少女はそう呟くと、頬に両手を当てながら走り去って行った。 押し黙ってしまった少年と。忍び笑いを止められない封印の精霊と。何をどうすればよいのかすっかり分からなくなってしまった不幸な一般人とを、その場に残したまま。 少年の村、レンチヌラ。聖魔剣リシーサを守護する定めを負った村。 数時間前、村は大騒動になった。 外界のものが村に入ってきたのである。 そのようなことは過去において前例はほとんど無かった。“ほとんど”ということは、全く無かったわけではない――そう、この村にも外界のものが入ったことはある。だがそれによってもたらされたものは、決して良いものではなかったのだ。それ故に、その外界人は重要人物として村に連れて来られたのだが―― 大騒動の二つ目の理由はここにある。 村に入ってきた外界人が逃げ出してしまったのである。 それから暫くしてからの轟音。その外界人が引き起こしたのか、はたまた別の何かが引き起こしたのか、その点は定かではなかった。どちらであろうと、急いでその原因を突き止め、事態を把握しなければならない。出来れば、最悪の事態も考えておかなければならない。 それに加えて、村の少年シャンピニオン――さらに言えばただの少年ではないのだが――が、山を幾つか越えた向こうの水場へと水汲みに行っていたのである。彼が巻き込まれているとなれば、一刻の猶予もならなかった。 ――時が、来たのかも知れぬ。 しかし、村中が騒然としている間に、襲撃は一応の終わりを迎えた。そこに飛び込んできた、シャンピニオンと外界人の無事の朗報。 だが、それは始まりでしかないのだということは、この騒動に巻き込まれてしまったプルアロータスを除いて、分かり切ったことであった。 ただちに、大ジジ様(長老)の命令が飛んだ――村人全員を集会場へ集めるように、と。 というわけで。 ここは大ジジ様の館である。普通の村で言うところの、長老の家だ。ただ一つ異なっている点は、そこで村人のほとんどが暮らしているという点である。レンチヌラは小さな村であるため、そしてまた特別な事情――聖魔剣と勇者の血統を守る責務――があるため、ほぼ全ての村人がこの館で寝食を共にしているのである。 それはともあれ、今現在、この館の大広間には、レンチヌラの村人全員が一挙に集まっていた。いくら小さな村といえども、村人が広間を埋め尽くすそのさまは圧巻である。 少年に連れられ、ここへと招き入れられたプルは、居心地の悪さをひしひしと肌で感じていた。 まず、言葉が分からない。長老と思しき人物が中央で喋っているのだが、やはり何を言っているのかさっぱり理解出来ない。村人や少年の顔付きからして、ただならぬことを喋っていることだけは、辛うじて判断できるという程度だ。頼みの綱のアルミラは、その長老の前でふわふわと浮かんでいて一言も喋ろうとしない。 「(せめて何言ってるかぐらい簡単に教えてくれても・・・・・・)」 プルは険しい表情を崩さないアルミラに向かってアイコンタクトを取ってみたが、意思の疎通はならなかった。 そもそも、プルは何故自分がここに連れて来られたのか全く分からなかった。キノコ剣を抜いたのは村の少年シャンピニオンであるし、自分はただその場に居合わせたというだけの一般人なのだ。 それなのに、当事者である少年の横に座らされている。長老の真正面だ。肩身が狭いというか、穴があったら入ってしまいたい。いや、むしろ穴を掘って入りたいぐらいだ。 「――くしー、りしーさ、ふーられよ。がん、きーがたもーね。まんてーよしおーと」 <――こうして、聖魔剣リシーサは、封じられたのじゃ。しかし、時が来たのやも知れぬ。魔衆が襲って来おった> 周囲がざわつく。何か重大なことを言ったらしいな、とプルは思った。それを長老は手で制した。 「まーざ」 <事実じゃ> 重々しい声。それに押されて、騒ぎが静まった。再び、長老が口を開く。 「だーやはしーぬ、ご、だんまずんみがーらせー、よーをほふーとすおー。らばよー・・・・・・こーはごーなる。しゃんぴにおん」 <誰かは分からぬ、が、大魔神を蘇らせ、この世を滅ぼさんとする者がおる。そうとなれば・・・・・・これは宿業であろう。シャンピニオン> 「あい」 <はい> 突然、シャンプが立ち上がった。戸惑っていると、聞き馴染んだ言語が聞こえてきたのでプルは思わず叫びだしかけてしまった。 『よく聞いて、プル』 「アルミラ!」 言葉がわかる人と喋れるという喜びもつかの間、プルはことの重要さをなんとなく感じた。アルミラの表情はこれまでに無いほど真面目で、そして青ざめていたからだ。 『聞いて、プル。聞いて』 アルミラはプルが何か言おうとする前に、その場にいる全員に向かって、あの霞がかった声で語り始めた。 『我が名は、アルミラ・リエラ・メレア。光と闇を司る、聖魔剣リシーサを守護するものなり』 ◆ 太古の昔。 全知全能なるキノコ神様が、この『マッ・シュルーム』に降り立った。 人は栄え、己の力の結晶として文明を生み出していった。 だが、光と共に影がある。 人が繁栄すればするほど、その影はやがて闇となった。 いつしか人間は、神と同等の力を求め、神が残したもうた導を奪い合った。 そして大魔神アクラシスが現れ――この世は崩壊した。 心を痛めたキノコ神様は新たな世界を創ると、姿を消してしまった。大魔神アクラシスと共に。 だが、その御力を宿した聖魔剣リシーサは、この地に残されたままだった。 以来、幾度と無くこの剣を巡って争いが起き、数多の命が散っていった。 歴史は伝説となり、そしてまた、歴史は繰り返される。 剣は主を選ぶ。 剣を手にしたものは、大いなるキノコ神の加護と、邪なる大魔神アクラシスの呪いを受けることとなる。 そして、同時に避けられぬ宿業をも背負うことになる。 この世界を、マッ・シュルームを救うという、宿業を。 それが勇者として、課せられた使命。 そして因縁は続く。 5代目勇者ガリクが聖魔剣により、幾多の死線を潜り抜け、大魔神を封じたのだが、その封印が今、何者かによって解かれようとしているのである。 ◆ プルも昔話として聞いたことがあるような神話だった。嫌な予感が頭をよぎったが、プルはそんなはずは無いだろうと思い直した。あの剣の封印を解いたのは確かに自分だったが、主として選ばれたのは村の少年だ。全く関係が無いとは言えないが、少なくとも、それだけのことなのだ、と。 そうプルが思っていると、アルミラは話を終えたらしく、すっと手を上げた。 『聖痕(アザ)ある者よ、聖魔剣リシーサに選ばれし者よ、その証を我らの前に示したまえ・・・・・・』 どよめく村人の前で、瞬く間に闇が広がる。一筋の光も見えない、暗闇。 と、次の瞬間。 「ああッ!?」 プルは、叫んだ。いや、プルだけではない。そこにいた全員が、叫び声をあげた。 そこには、『刻印』があった。 少年シャンピニオンの腕に刻まれた、輝く紋様。ちらちらと輝く蛇、あるいはツタ。明かりの下でははっきりと見ることは出来ないのだが、それは確かに『刻印』だった。暗闇に浮かび上がるその紋様は、驚くほど精巧で美しく、そして恐ろしい。少年の腕に絡みつくように、しっかりと刻まれているにもかかわらず、それは少年の前に据えられた聖魔剣リシーサと呼応するようにゆらゆらと色を変え、光を放っていた。 『そう、それこそが、勇者たる証』 だが、プルが驚いたのはそれだけではなかった。 「何で・・・・・・?」 プルは、自分の手を、見た。 「こんな・・・・・・」 分からなかった。事実はそこにあったが、彼の手はそれを受け止めたくはなかった。 『まさか・・・・・・待って、まさか、アナタにも・・・?』 アルミラの声が聞こえた。 プルは、うつろなまま己の両手を握り締めた。光がぼんやりと薄れ、手の内に収束されて行く。それは間違い無く、自分の手、プルアロータスの手。 『・・・・・・やっぱり・・・・・・』 プルは、これほどまでに夢であって欲しいと願ったことは無かった。夢だとしか思えなかった。 プルの手は。 少年の腕と同じ光を、放っていた。 それはつまり、プルもまた―― 『ごめんなさい』 アルミラの声が聞こえた気がしたが、プルの真っ白な頭の中に響くことは無かった。 全部ウソであって欲しかった。悪夢ならば覚めて欲しかった。 まだ自分は故郷のランプテロミス村にいて、ルーニーをとりに行く前にひどい夢を見ているんだ。そうに違いない。違いないんだ。 プルは、叫んだ。喉が潰れてしまうほど、叫んだ。叫んで、叫んで、叫んで。 押し止める群集を蹴散らしながら、家の外へと飛び出していった。誰かの声が聞こえた。でもそんなのはウソの声だ。ウソに違いない。全部。全部――悪い夢だ! 騒ぎが収まりきらぬ大広間で、アルミラは光を戻した。予期しなかったというわけではない。しかしまさか、まさかあの少年まで呪われてしまうとは思いもしなかった。如何にアルミラといえど、聖魔剣の全てを知ることは不可能なのだ。しょせんは守護の精にすぎないのだ、と思い知らされる。 「すずまれぇい!」 <静まれ!> 開口一番、大ジジ様がそう一括する。と、騒ぎはぴたりと収まった。 「おんひとー・・・・・・じゃけー?」 <あの少年が・・・・・・そうなのか?> 皆が事の成り行きを見守る中、村の少年シャンピニオンは静かに頷いた。 「いよーな」 <説明出来ような> 「むい」 <出来ます> 大ジジ様の威厳あふれる口調に臆することなく、シャンプはこう続けた。 「ぜー、おらのすーだ」 <全部、オレの責任です> そう、ウソの言葉を。あたかも真実であるかのごとく、告げた。 「そとーけじゃーのしんず、おんひとーつーてこよ。まーはおらーだ。しー、みしんすーおんひとーほーてよ・・・・・・にぐんが。おんひとーによー、みんずくーもんな。ご、おもれーのんさ。あめー、わっとー。だぞーこてもー、じゃ」 <外界との結界が弱まったのも知らず、彼をここに連れて来てしまいました。巻き込んだのはオレです。それから、気を失ってしまった彼を放って置いて・・・・・・逃げられてしまって。彼にあげようと思って、水を汲みに行ってる場合じゃなかったんです。でも、そこまで考えていられなかった。甘かったって、分かってます。誰かを呼ぶべきだった、って> それを聞き、村人達の間にざわめきが波紋のように広がっていった。聞く限りにおいては自業自得、とも聞こえるような言い草だ。 と、それを聞いていた少女――村でシャンプの無事に涙した少女だ――が立ち上がって叫んだ。思わず、叫ばずにはおれなかったのだ。事実、村に連れて来られた外界の少年に“水”を与えるようシャンピニオンに言ったのも、そして気を失っていた彼を逃がしてしまったのも、自分だったのだから。 「しゃんぷ、ごぉら・・・・・・」 <シャンプ、でも私が・・・・・・> 「なーぞ、あんみら」 <どうした、アルミラ> 大ジジ様が立ち上がった少女アルミラに声をかけた。が。 「いーね、おーずずせー。あんみらーあかんくねーが」 <いえ、大ジジ様。アルミラは関係ありません> アルミラが弁明する前に、シャンプの有無を言わさぬ強い言葉がそれを遮った。 「おら、だーのせーどもしんぬー。こんわーぬ、せーのー。ぜー、おらのすーだ。おらぁ、きーぬけーが。ま、あんみらよ」 <オレ、誰かのせいにしたくはありません。これ以上の言い訳も、したくないです。全部、オレの責任です。オレが、うっかりしてたから。そうだろ、アルミラ> 彼の瞳は、何も言うなと暗に語りかけていた。アルミラは、どうしていいものかわからず服の裾をギュッと握り締め、「ごぉら・・・・・・」 <でも私が・・・・・・> ともう一度つぶやいた。だがシャンプは目を逸らしてしまうし、大ジジ様は「おろしー、あんみら」 <座りなさい、アルミラ> と静かに命じただけだった。 「あい・・・・・・」 <はい・・・・・・> うなだれたままアルミラが床に腰を下ろすと、シャンプは何事も無かったかのように話を続けた。 「そいでー、ばっげおとすー、あん・・・・・・せいまけんりしーさんへいそーが。よー、まんてらけんさねろーて・・・・・・ふーのせーれあんみらせーおどど、とかぜー」 <それから、凄い音がしたんで、あの場所へ・・・・・・聖魔剣リシーサのところへ急ぎました。そしたら、魔衆が剣を狙って・・・・・・封印の精霊であるアルミラ様を脅して、封印を解かせようと> 「ふむ」 <ふむ> 「やら、おんひとーしちとー。さーらばいのちねーぞた。なーとかずーえめ。そへおらぁかきつきよ・・・・・・もんすーはよねーば・・・・・・あっててけんささーるねよ、ごおーすげつよーて・・・・・・」 <アイツら、あの彼を人質にとってたんです。逆らえば命は無いって。だから解かざるを得なかった。そこへオレが駆けつけて・・・・・・もう少し早くつければよかったんだけど・・・・・・慌ててその剣に触るなって、でも物凄く強くて・・・・・・> 『そう、その通り』 アルミラも、そう相槌を打った。本当のことを教えて混乱を来たすよりも、平穏に収まった方が良いと踏んでである。嘘も方便、と昔から言うことでもあるし。 その、ウソをついている勇者はしどろもどろしながら――それはおそらく、上手く辻褄を合わせるための言葉を選んでのことだろうが、魔衆の襲撃の恐ろしさを思い出そうとしているように聞こえた――言葉をつないだ。 「さ、もーさら、おら、すんでたけーも・・・・・・なー、ご・・・・・・そーで、おら・・・・・・つるぎを・・・・・・」 <そう、もしかしたら、オレ、死んでたかもしれない・・・・・・だから、でも・・・・・・それで、オレ・・・・・・剣を・・・・・・> 最後の方の言葉は聞き取れなかった。 騒ぎが最高潮に達したのだ。皮切りは、村人の方のアルミラが大広間を飛び出してしまったこと。均衡が崩れれば、後は早かった。村人達は口々に魔衆襲撃について語っていたし、これからどうすべきかということについての不安と苦悩を口にしていた。 「なーどよ。あいわーた」 <成る程。あい分かった> 「・・・・・・ほん、すまそ」 <・・・・・・本当に、すみませんでした> 既に封印の精霊アルミラと、大ジジ様だけに語りかけている状態となったシャンピニオンは、それでもきちんと侘びの言葉を言い、頭を下げた。アルミラは咄嗟に、『致し方のないこと、です。チ、長老』と口にした。村の少女アルミラの罪をかぶるだけならともかく、自身とプルの偶然によって引き起こされた事態をも背負おうとしている勇者シャンピニオンに、これ以上の罰は与えて欲しくなかったからだ。しかし、精霊アルミラが言うまでも無く、大ジジ様も同じ考えのようだった。 「な、きにそーぬ。とはだーぞもね」 <何、気にするでない。咎は誰のものでもないわい> 彼はしわだらけの顔を少し崩してそう笑い、しかし、再び厳しい顔に戻った。 「ぜご・・・おんがいかいんひと、もやまんてでのーや」 <じゃが・・・あの外界人、もしや魔衆ではあるまいな> 「いな、ぜんと! おーずずせーだも、うたーご――」 <それは無い、絶対に! 大ジジ様でも、疑うことは――> 『落ち着いて、勇者様! チ、ョウロウ様、あの彼は魔衆ではない、です。偶然その場に居合わせてしまった、不幸な外界人に過ぎないの、です』 慌てて精霊アルミラが止めなければ、ちょっとやそっとではない“大変な”ことになっているところだった。一瞬、勇者シャンピニオンの腕の紋様が輝き、主の身体を蝕もうとしたのだ。感情の起伏が激しくなりつつある――無論、それは聖魔剣リシーサのなせる業であり、シャンピニオンの気付くところではないのだが。 “アマニタ”の覚醒――それは諸刃の剣だ。太古の昔から流れる血の脈絡――それが呼び起こされれば、強大な力を得ると同時に、真っ当な思考を失いかねない。 ともかく、その真剣さに押されたのだろう、大ジジ様は言った。 「さ、おんしそーよ、しんぜーと。かぞくあ、わがよーつたと」 <そうか、お主がそう言うのであれば、信じよう。村人にも、わしからしかと伝えておく> 言葉では確認してみたものの、大ジジ様も最初からあまり疑ってはいなかったようだ。それはそうだろう、プルアロータスは魔衆にしてはあまりにも頼りない。 「じゃに、おろしー」 <じゃから、まず座れ> その言葉に、シャンプははっと我に返って座り直した。 「・・・・・・すまそ、おーずずせー・・・・・・おら、いまちょーへんぞー」 <・・・・・・すみません、大ジジ様・・・・・・オレ、今何か変でした> 自分の感情に戸惑いながら、シャンピニオンは幼さの残る動作で肩を落とした。その隣で、エサを貰い損ねた子猫のように、聖魔剣リシーサが怪しい光を放っている。隙あらばアマニタを呼び覚まそうとする力と、それを押し止めようとする両極端な力が、剣の中で渦巻き、対立していた。 『心を強く持つのです、勇者様』 シャンプは頷いた。そして大ジジ様の方へと向き直る。 「きにそーぬ。おんしせーぬよ・・・・・・」 <気にするでない。お主のせいではない・・・・・・> だが、大ジジ様はみたび、険しい顔付きに戻った。そして重々しく口を開いた。 「ぜご、そ、まことたーり、しゃんぴにおん」 <じゃが、その言、まことであろうな、シャンピニオン> 精霊アルミラは一瞬、唇を噛み締めた。完全にウソというわけではないのだが、正直に全てを語ったわけではないのだから。だが、そんな大ジジ様の言葉にも、シャンピニオンは、目を逸らすことなくハッキリと答えた。 「おらんいのちとほこり、ぜーめいとかむに」 <オレの命と誇りに懸けて、全ての生命と神に誓って> それは誓いの言葉だ。軽々しく口に出来るものではない以上、大ジジ様もシャンプの言を信じるほか無い。 「ふむ・・・・・・ら、くはこーしまー。でーあーす。こよはよーやんめ。ら、ま」 <ふむ・・・・・・では、今日はこれで終いじゃ。出立は明日。今宵は良く休め。では、な> 大ジジ様がシャンプに精霊石を置いていくよう命じた時、彼は精霊アルミラにこう尋ねた。 「・・・・・・あんみらせー、そとんひとばー・・・わっとー? おら、どってもーまらーとー」 <・・・・・・アルミラ様、外界から来たあの人の居場所・・・分かりますか? オレ、どうしても彼に謝らないと> これ以上何を謝ることがあるのかと精霊アルミラは思ったが、口にはしなかった。だから、こう返した。 『ええ、分かるわ。行きなさい、勇者様』 それから、シャンピニオンは村人一同に向かい深々と頭を下げると、静かに大広間から出て行った。 ◆ 気が付けば、プルは見たことも無い花に囲まれていた。柔らかな色彩の小さな花が、あちらこちらで咲き誇っている。見上げれば、底抜けに青い空。本当に美しい景色だ。しかし、ここは天国でも夢の世界でもなく、れっきとした現実の世界なのだ。 「何で・・・・・・オレが・・・・・・」 プルは頭に居座っていた思いをそう口に出してみたが、やはり何の解決にもならなかった。 姉の結婚式をかねた村祭り。そこで使う“ルーニー”を探しに森に入って、遭難して――不運だということはもう分かった。分かり切ったことで、今更思い知らせてくれなくても結構だった。遭難した挙句に奇妙な言葉を喋る輩に助けられ、異文化というかそんなので酷い目に遭うし、気が付けば勇者とやらに間違えられ、さらにはキノコ剣の呪いまで。身に余る不幸に、もう生きる気も失せそうだった。 「キノコのバカ・・・・・・」 そう呟いてみる。聖魔剣だか整理券だか知らないが、バカでかい気味の悪いキノコじゃないか。呪いだの何だの、飛ばすのは胞子だけで十分だ。 「関係ねーのに呪うなー!!」 言ったら、少しすっとした気がした。続けていってみる。 「オレは勇者なんかじゃない! 間違えるなっ!」 少し息を吸い込んで、思いっきり叫ぶ。 「アルミラのバカー!!」 バカー、バカー、と木霊しながら言葉は消えていった。が、それとは異なる少女の声が、プルの耳に聞こえたのだ。 「は・・・・・・あい」 <あ・・・・・・はい> 空耳かと頭だけ振り返ったプルは、泣き疲れてなお可憐な村人アルミラの顔に遭遇し、固まった。目はとうに赤くはれ、両頬には涙の跡がしっかりと見て取れる。涙を流しすぎて瞳からはもう何も零れないというのに、悲しみはまだ泣き足りぬと彼女に命じているようだった。一方のアルミラは、そっと乾かぬ涙の残る目をこすると、じっとプルを見すえた。 ――ここは自分とシャンピニオンだけの秘密の場所なのに、どうしてこの人はここにいるのだろう。それから、いきなり、“アルミラノバカー”と言われて、思わず返事をしてしまったが、この人は何故自分の名を知っているのだろう。 彼女の潤んだ瞳にまじまじと見つめられ、プルはばつが悪そうに口を開いた。 「え、えと、いや違うんだ、今アルミラって言ったのはあの封印の精霊の方であって、決して君を悪く言うつもりはなくて、けどその何て言うか、そう、憂さ晴らし? みたいな・・・・・・気に障ったらごめん。はは」 プルは、アルミラにとっては理解出来ないであろう言葉を早口で言った。伝わらずとも、黙ってはいられなかったのだ。 「あ、あのさ。ひょっとして、さっきのこと、怒ってる? 村の入り口でのこととか・・・きっと、怒ってると思うけど・・・でもオレ、別に見ようと思って見てたわけじゃないから、けど、その・・・ほんとゴメン」 「おめ・・・しゃんぷたーけよっと、け?」 <貴方は・・・シャンプが助けたっていう方、ですね?> 返事をもらっても、プルには返す言葉が見付からない。何を言っているのか、双方共に理解することが出来ないからだ。 「・・・・・・やっぱ、分かんないよなぁ・・・『ごめん』も通じない・・・?」 「・・・・・・いーも、わんねーどや」 <・・・・・・言っても、分からないんですよね> 暫しの沈黙。お互いに意思の疎通が出来ない以上、何もすることは無い。気まずい沈黙の中、風で葉が揺れるさわさわという音だけが辺りに響く。 ややあって、アルミラはプルの隣に腰を下ろした。同時に、プルは慌てて上半身を起こす。 「ここ、いい場所だね」 思わず、口をついてそんな言葉が出て来た。通じないことは分かっているが、そう言葉にせずにはおれなかった。村の入り口(もしくは出口)の近くにある崖の上――プルは気付かずに上って来たのだが、ちょっとした抜け道を通ればすぐに辿り着ける場所だ。そこには雑多な植物が生い茂り、花を咲かせてその美を競い、木々の合間からは青空が覗き、見渡せば村を一望することが出来た。 「何か・・・とっておき、って感じで・・・・・・うん」 「おら・・・・・・おめなーもしんねー。ゆーてこ、わんねーもよ・・・・・・」 <私・・・・・・貴方の名前も知ることが出来ません。何を言っているのか、分からないから・・・・・・> うつむいたまま、アルミラがつぶやいた。お互いに全く異なる話を喋っていても、間違いに気付くことすら出来ない。と、唐突にアルミラが振り返り、驚いた表情をしているプルに向かってまくし立てた。 「わーっと、しゃんぷたーけよっと・・・・・・おめのつーなはね。わーっと、ご・・・ご・・・おもーね・・・・・・おめ、せーと!!」 <分かってます、シャンプは貴方を助けようとして・・・・・・貴方は関係無いって。分かってるんです、でも・・・でも・・・思わずにはいられない・・・・・・貴方の、せいだって!!> 言い終わって、アルミラはわっと泣き出した。涙は出なくても、泣くことは出来る。彼女は顔を手で覆ったまま、激しく震えていた。 「えーっと・・・・・・」 プルはともかく何か言おうとして、言葉に詰まった。アルミラが顔を上げたのだ。そんなつもりは無いのだが、見詰められると胸が締め付けられるように苦しくなってくる。とりあえず笑顔を見繕ってはみたものの、その瞳を直視出来なくて、プルは少し目線を逸らした。 アルミラは、その相手の挙動を拒絶の仕草だととった。 無理も無い話だ。見ず知らずの女に、訳の分からないことをまくし立てられて腹を立てない人がいるとは思えなかった。しかも今、彼女は彼を罵ってしまったのだ。言葉が分からないとはいえ、雰囲気は通じたに違いない。 「・・・・・・すまそ」 <・・・・・・ごめんなさい> アルミラはともかく頭を下げて、もと来た道を駆け戻った。 言ったところで、何も変わりはしなかった。自分の一番大切な人は一瞬にして奪われ、もう元には戻れないのだ。彼は、シャンピニオンは、世界を救わなければならない。聖魔剣リシーサの、主として。つらいのは自分だけではない。分かっている。それでも、胸の痛みはおさまりはしなかった。 「おら・・・・・・ひでーこつ」 <私・・・・・・ひどいことを> 村の機織小屋まで来て、アルミラは“秘密の場所”を見上げた。あの外界人の彼は、まだあそこにいるのだろうか。 ひどいことを言ってしまった。 彼だって、好き好んで敵の人質になったわけではあるまい。加えて、不条理に呪われてしまったのだから、自分よりももっともっとつらいはずなのに――それなのに、自分に笑いかけてくれた。そんな彼を、言葉が分からないとはいえ、罵倒してしまったのだ。 「ひでーめー・・・・・・」 <ひどい女・・・・・・> 思い知らされた。 アルミラはそのまま機織小屋の部屋へ入ると、内側からしっかりと閂をかけた。 もう、誰にも会うつもりは無かった。そう、誰にも。 ◆ 『とりあえず、私の役目は終わったわ』 と、これは大ジジ様の館における精霊アルミラの言葉。 『でも・・・・・・すべてはこれから、なのよね』 その通りだ、というように頷く大ジジ様――頭髪が抜け落ち、白いヒゲを蓄えた、絶えず震えているような弱々しい老人――の姿を見て、アルミラは自身の過去に思いをはせた。 『時の流れって、残酷よね』 「(アルミラ様・・・・・・)」 『いいよ、昔みたいに、姉ちゃんで』 むにゃむにゃと口を動かしながら、大ジジ様は頷いた。 自分が剣の守護精霊となった頃、その老人はまだほんの子供だった。勇者ガリクの従弟にあたる彼はガリクを兄と慕い、当時彼の仲間であり今は守護精霊となったアルミラを姉と慕っていたのだ。あの頃はよく、チビちゃんチビちゃんと言ってからかったものだっけ。 『それで・・・長い時間が経って、何があったの?』 長老様、と言いかけて、アルミラはニヤリと笑った。みなの前では無理をしていたが、年をとろうがなんだろうが、ここにいるのはあのチビちゃんなのだ。 『教えてくれるよね、チビちゃん』 それにこたえるようにして、大ジジ様もハハハ、と笑った。 ――おねえちゃんの命令は絶対なのだ――その一言のために使い走りにされたこと、そして勇者ガリクと巫女アルミラがいなくなることを止めるなと言われたこと、子供だった自分がその時わんわん泣き叫んでいたこと――を思い出した。 「(いろいろあったんじゃよ、姉ちゃん)」 『教えて。私が消えてしまう前に』 二人とも、口に出して何か言葉を発しているわけではなかった。精神伝達により、アルミラは通常ならば何日もかかるような細かい説明を、数分のうちに理解した。 かつて封印の森と呼ばれていた聖域に、何故レンチヌラ村があるのか――彼女が存命の頃は、村から聖魔剣のある場所まで容易く来れるものではなかった。だからこそ、わざわざそのようなところへやって・スプルアロータスを、勇者と間違えることとなってしまったのだ。 そして、彼女は知った。 何故、聖域に踏み入るという禁忌を犯さねばならなかったのか。そのために彼らの身に何が起こったのかを。 事の次第を事細かに記すためには、また一つの物語が必要となるだろう。 要点だけをかいつまんで説明すれば、それはシャンプの両親サヴィラックとレンティの話だった。 シャンプの母レンティは非常に高い魔力の持ち主であった。その強さは、初代勇者エデュリスの妻にして、2代目勇者エドデスの母である、レンティヌラに並び称されるほどであったという。そして丁度その頃、中立であるはずの魔王――彼らはアマニタ(魔族)であるが、魔衆に属さず独立して生きているのだ――その彼らの間で、不審な動きがあった。ある時は魔人の封印が解かれて惨事を引き起こし、ある時は不干渉を貫いていたレンチヌラを襲ってレンティを強奪し、ある時は同属同士で血生臭い殺し合いがあり――そしてとうとう、魔王の中から裏切り者が出た。サヴィラックは他の魔王の手を借り、レンティを助け出し、彼らと共に裏切り者を追い詰めた。こうして事件はすべて終わったかのように見えたのだが。 『でもその後・・・人間達が攻めてきて村を捨てざるを得なかった』 「(まさしく)」 『生きるために、聖域に踏み入った』 「(・・・・・・そのとおり)」 ここに住まう生き物は強すぎる聖魔剣の力によって変異してしまう。だからレンチヌラの人々が人間の姿のままでいられたことは奇跡だった。だが彼らは他者へ意思を伝えるための言葉を捻じ曲げられ、不気味な物体を食料とせざるを得なくなってしまった。 『いろいろと、苦労してたのね・・・・・・』 もう一度、アルミラは大ジジ様の顔を見た。小さかった頃の面影は残っているものの、そこには数え切れぬほどのしわが深く刻まれていた。こんな老人にきつい言葉を投げるのは、アルミラにとっても気が引けた。しかし、確かめなければならない。 『チビちゃん、いえ、長老・・・まだ話してないことがあるでしょう。違いますか?』 白くふさふさした眉毛の下から、まだ光を失っていない青い目がアルミラを見据えた。 「(巫女アルミラのこと・・・・・・)」 『そう。なんだ、ちゃんとわかってるのね・・・・・・ならどうして、あの時それを言わなかったの』 老体に向けるには厳しすぎる口調で、アルミラは言い放った。あの時、というのは、シャンピニオンが刻印を見せる直前――アルミラが『聖痕(アザ)あるものよ』と声をかけた時である。 しかし、大ジジ様は震えながらも、力強く首を横に振った。 「(お許しくだされ、どうか、それは言わんで下され)」 『何故』 アルミラは苛立ち気味に叫んだ。勇者となる男が生まれれば、必ず巫女となる女が生まれる。彼ら二人には同じ聖痕(アザ)があり、そのために女は剣の守護精霊である『アルミラ』の名が与えられるのだ。勇者が大魔神を倒し、巫女が剣を封じる――そのために、彼ら二人は必ず共にいなければならないのだ。なのに今、そのことを知る村の長は、勇者を独りで送り出そうとしている。 『まさか肉親だからとか、そんな薄っぺらい理由でさだめを曲げようというのではないでしょうね!?』 「(決して。そんなことなど思うことすらありませんとも!)」 彼の節くれだった手が一層ぶるぶると震え、力を込めすぎるあまり真っ白になっていた。怒りのあまり彼を侮辱する形となってしまったことを悟ったアルミラは、少し和らいだ調子で、もう一度尋ねた。 『では、何故』 「(あの子は――アルミラ・リエラ・オストヤェには――聖痕(アザ)が無いのです)」 その言葉を聞いたとき、まずアルミラは我が耳を疑った。それから大ジジ様を見、彼の瞳に嘘が無いこと、そして彼自身も事実を受け止めきれていないことを知った。 『まさか・・・・・・まさか!』 「(お姉ちゃ、いえ、アルミラ様のおっしゃることはわかります。確かにあの子が生まれたとき、そこにはシルシである聖痕(アザ)がありました。しかし、年を経るつれ、それが消えて無くなってしまったのです!)」 二人はすっかり黙り込んでしまった。どの歴史書を紐解いても――たとえそれが嘘偽り無い真実のみが書かれているという『ソラ・アジュラの歴史書』であったとしても――そのようなことが起こったことなど記されていないからだ。 「(・・・・・・ともあれ、あの子は守りきります)」 沈黙を破り、大ジジ様がつぶやいた。 「(あの外界人の少年が剣に選ばれることもしかり、結界を越えて魔衆が聖域へ侵入することもしかり・・・・・・なにやら此度ばかりはただならぬ危うさを感じますでな)」 『・・・・・・わかった。お願いね、おチビちゃん』 顎に手を当て考えている姿のまま、アルミラは笑った。 『もう、私じゃ助けてあげられないから』 ◆ 再び、村を見渡せる花畑。そこでは、残されたプルは、ひたすら自問自答を繰り返していた。 何故アルミラとかいう少女は、泣きながら走り去ってしまったのか。ひょっとしたら、自分が何か気に障るようなことをしてしまったのではないだろうか。思い当たるのは、勇者様に認定された彼との抱擁シーンを見てしまったことだろうか。というかそれ以外に有り得ない。言葉が通じないことをお互いに理解している以上、心当たりがあるのはそれしかない。 「・・・・・・そりゃ・・・・・・怒るよなぁ・・・・・・」 恋人が無事に帰って来て、嬉しくなっているところにお邪魔虫――しかも全部見てたとなると、シチュエーションとしては最悪だ。 はっきり言って、プルは既にあの二人が恋人同士であることには何ら疑いを持っていなかった。態度からしてもそう。あれが友人同士の態度だというのであれば、恋人同士の態度はどうなるのかと言いたい。 プルがそんなことを考えていると、 『プールっちー!』 予告無しに、頭の中に大音量の声がワンワンと響いた。あの少年、シャンピニオンの声だ。 「し、シャンピニオン!?」 「おー!」 プルが一歩前へ踏み出して声の主を探すよりも早く、崖の下のほうでぶんぶんと手を振っていたシャンピニオンは素晴らしい跳躍で飛び上がると、すたりとプルの目の前に着地してみせた。 「あ・・・・・・」 「へへ」 彼が無邪気にニッコリと笑うと、年齢がぐっと下がって見えた。少年、というよりも男の子、と言った方がしっくりくる。その幼い笑顔を崩さず、彼は口を開いた。 「はずめますて、オラ、シャンピニオンてゆーなも」 「あ、どうも・・・・・・って!?」 びっくりして、プルは叫んだ。 「言葉、え? 分かるの!?」 わからないと思っていたからこそ、あんなにも苦労をしていたというのに! しかし、驚いているプルに対しても、シャンプは一つ大きく頷いただけだった。 「少ぉしわ、な」 ニッと笑って、シャンピニオンはプルの隣に腰を下ろす。 「ここ、いいべ?」 「え、うん、どうぞ」 言葉が分かるならさっき言ってくれよ、とか思ったが、プルは何も言えなかった。先程の少女の気まずさはまだ消え去ってはいない。 ややあって、シャンプが口を開いた。 「プルっち、さっきぃは・・・・・・すまそな」 唐突な謝罪の言葉。プルが驚いている暇も無く、彼は続けた。 「オラがもっとはよ着けたらま・・・オメを巻く込むこと無かったでけよ。オメが呪ぁれるこつもね、オメが危な目せんとぉぜ・・・ほん、すまそ」 言われて、プルははっとして顔を上げた。そこには、自分の弟よりも幾つか年の若そうな少年がはにかみながら座っていた。その背には、あの巨大なキノコ剣が括り付けられている。 よくよく考えれば、このシャンプとかいう少年はプルを助けようとして剣を抜いたのだ。それなのに一方的に謝られると、かなり居心地が悪い。 「い、いいって、もうそんなことは。オレもたぶん、不注意だったし――」 「気にせんでぇれ。オラ、まつがったこつすたつもりはねぇでよ。けんど、気にさーったら、ほん、すまそ。どっか・・・許してくんねぇかよ?」 プルはもう一度、目の前の少年を見た。腕に刻まれた光を見ても取り乱すことなく、平然とした態度を保っていた彼。いくら子供の頃から言われていたとしても、全く動じることが無いなんて有り得るだろうか。実際に運命の残酷さを目の当たりにして、つらいこととか悲しいこととかあるだろうに――余程の精神力の持ち主なのだろう。 それに引き換え、自分はどうだろう。まぁ、不運不運でここまで来て、絶望のどん底に叩き落されて、一般人だから仕方が無いと居直ることも出来るだろう。それでも、アルミラの言葉じゃあないが――もう少し、しっかり出来ないだろうか。見た目、少し年上なこともあるし。 つらいのは、そう、自分だけじゃないから。 「あの・・・・・・シャンプ?」 「おー?」 「オレ・・・頑張る。ありがとな」 笑って、勇者様に手を差し出してみる。勇者様も、無邪気に笑った。 「よろしゅーじゃ、プルっち」 握り返したその手はプルとあまり変わりなく、そして、プルよりももっと力強かった。 ◆ 魔衆――彼らの実態は定かではない。過去に幾度も表れ、そして何度も歴史の裏側に潜み、生き長らえた。少なくとも、そう思われているのは確かである。 だが、違う。 彼らは決して同一ではなく。決して不変のものではなく。決してアマニタ(魔族)だけではなく。 ただひとつ。同じ目的のために働いているのみ。それだけが魔衆の証だ。 よって、今、この魔衆を率いているのはかつてのそれとは異なる者だった。名を、レイスと言う。彼は数十年前――アマニタからすればつい最近、魔衆の長となったばかりの無名な男だった。にもかかわらず、今や彼に付き従う部下は百をゆうに超える。それは彼が、計り知れない実力の持ち主であるためだ。その証拠に、彼は、自身に逆らった魔人を完膚なきまでに叩きのめし、存在を抹消してしまったのだ。それ浜神にとってしに等しく、また、今までそれをなしえたものが長い歴史上で十数人しかおらぬことを付け加えておけば、レイスのアマニタ離れした恐ろしさをわかっていただけるだろう。 以来、彼に恐れをなさぬものはおらず、彼が魔衆の長となり、血統主義ではなく実力主義で幹部を選抜する暴挙に出たときですら、レイスを止める者は誰一人としていなかったのである。結果として、魔衆は以前とは比べ物にならないほど強力な組織へと変貌していた。 そんな魔衆の本拠地である暗黒大陸にて、魔剣士グラシリスは重い足取りで主であるレイスの元へと向かっていた。何と主に告げればよいものか、そればかりが頭について離れない。 「・・・・・・報告は必要だろうな・・・・・・」 まず必ず伝えなければならないのは、聖魔剣リシーサのこと――それを奪い損ねたこと――だ。言い方を考えるならば、勇者が剣を抜いてしまった――だろうか。どちらにせよ、レイスの元にリシーサを届けることは出来なかった。そして、勇者が剣を手にすることも、阻止出来なかったのだ。 そして、もう一人の主であるエントローマ(ロードポリウス)の失態。これは勇者を侮っていたからと言えようか。とはいえ、真っ二つに裂かれはしたものの、魔人のその力は失われてしまったわけではない。あくまでも、仮初めの肉体が失われただけだ。その証拠に、グラシリスの右頬にはまだ刻印が消えることなく残っている。もっとも、消えてしまったところで喜びこそすれ、悔やむことは全く無いのだが。 「・・・・・・まさかロードポリウスをもってしても失敗するとは・・・・・・」 思い切って、もう一度あの村へ行き、勇者から聖魔剣を奪取するのはどうだろうか。うまくゆけば、此度の失態も許されるのではないだろうか。だが、ロードポリウス――認めたくはないが、自分よりも力あるものだったことは確かだ――ですら太刀打ちできなかったあの勇者を、自分ひとりで打ち負かす自信は無かった。今しばらくの猶予さえあれば、今よりも力をつけて戦うことは可能であろうが、今すぐにではとうてい無理だ。 「(いっそのこと、逃げ出してしまうか・・・・・・?)」 そういった思いがふと頭を過ぎり、グラシリスは慌てて頭を振った。 相応しくない。 己の良しとする誇り高き道において、その考えはあまりにも相応しくなかった。失態を演じながらおめおめと逃げ帰るだけでは飽き足らず、さらには主を恐れて身を隠そうなどとは。あまりにも惨めだ。 「どうすべきか・・・・・・」 だが、もう少し時間が欲しいと思うグラシリスの思いとは裏腹に、彼の足は正確に彼を主の下へと導いていた。 「どうした、グラス」 はっとして顔を上げ、グラシリスは慌てて膝をついた。 「レイス様。魔剣士グラシリス、ただ今戻りました」 この世に正義と悪とがあり、正義の英雄と崇められる人物が存在するというのであれば、レイスはまさしく悪の英雄だった。 年若く見えようとも、類稀な美貌の持ち主であろうとも、その実力は魔人をも軽く凌駕し、その内に秘めた威厳は並大抵のものではない。バラバラでしか動かない魔衆を束ねるだけの格の差が、そこには確かに存在しているのだ。 「グラシリス」 「は」 畏まったまま動けなくなっているグラシリスに、レイスの鋭い一言が投げかけられた。 「言うべきことは何だ」 一瞬、グラシリスの目の前が真っ暗になった。当初から薄暗い部屋の明かりが消え去ったわけではなく、単純に血の気が失せたのだ。飛んでしまった思考を必死にかき集めながら、グラシリスは答えた。 「も、申し訳ございません」 頭を下げたまま、言葉を選びながら答えを繋げて行く。 「我等が悲願であります、大魔神アクラシス様復活のための聖魔剣リシーサを、ここにお持ちすることが出来ず・・・・・・私はリシーサを手にすることは出来ませんでした・・・・・・勇者が復活をいたしたのも・・・・・・魔人エントローマが破れました。力及ばずにここへ戻ってきた失態は、如何なるものであろうとも受ける所存でございます」 そこまで言って、グラシリスは唇を噛んだ。途中が少しごちゃごちゃしてしまった気がしたが、構ってはいられなかった。 失態は、“如何なるものであろうとも”受ける――思わず口にしてしまったその一言を、グラシリスは自分で恐れた。パンセリナとヴィローサ姉妹の玩具になる、という罰は運良く免れることが出来たものの、それ以上の罰が待っている気がして生きた心地がしなかったのだ。 暫くの沈黙の後、レイスは口を開いた。 「ご苦労だった。下がって良いぞ」 「は、申し訳――え?」 グラシリスは、自分の耳を疑った。ここまでの失態に対し、主人は今、何と言ったのだろうか。 だが、そんな部下に対し、レイスは独り言のような言葉を続けた。 「そうか、聖魔剣はシャンピニオンの手に渡ったのだな。お前の報告を聞くまでは確信がもてなかったが・・・・・・これで分かった。やはり歴史は変わらぬものだ」 「・・・・・・」 「エントローマも然り。所詮は紙に描かれたものに過ぎなかったというわけか・・・・・・まぁ、文献がひとつ無駄になった程度か。とはいえ、あやつにはあの程度の知能があれば十分だろう。再び呼び出だす際にも少々試したいことが・・・・・・」 「レイス様」 「ああ、グラスか。何だ」 初めてグラシリスがそこにいるのに気が付いたかのように、レイスは彼を見遣った。グラシリスは思い切って尋ねてみる。 「あの・・・・・・私の失態に対する咎はいかがなものを・・・・・・?」 「苦労をかけたなという一言だ。すまないが、賞を与えようとは思っていない」 グラシリスは絶句した。大魔神アクラシスの復活に、聖魔剣リシーサは欠かせないはずなのだ。顔を上げて、叫ぶ。 「しかしレイス様、聖魔剣リシーサは――」 「何か不服か。自ら進んで余計な罰を受けたいとでも?」 「いえッ・・・・・・そういう訳では・・・・・・」 「ならば良かろう。得心が行かぬか?」 レイスのあまりにも寛大な処置に、グラシリスは口を結んだまま押し黙った。失態に対して咎が無い、というのもおかしな話だ。そんなグラシリスの態度にレイスも気付いたのだろう、軽く息を吐いてから、彼は口を開いた。 「言っておくが、自ら志願したにもかかわらず、聖魔剣リシーサを奪えなかったことは確かに咎だ。だがエントローマは身をもってして剣の主の実力を知らせ、お前はその証人としてここにいる」 まんじりとして動かないグラシリスに対し、レイスはふと笑った。 「それで帳消しだ」 「・・・・・・ありがたきことでございます」 「それに」 言いながら、レイスはグラシリスの目の前に膝をついた。夜の海よりも深い青の双眸に見つめられ、グラシリスは少したじろぐ。そんな彼の肩に手を置くと、レイスは親しげに声をかけた。 「お前が無事ならば、それで良い」 また一瞬、グラシリスの頭から思考が飛んだ。礼を述べなければならないということは分かりきってはいるのだが、今しがた耳にした言葉を信じることが出来なかった。 嘘かもしれない。 だが嘘であれ何であれ、自分のような魔衆をも気にかけて下さっているのだと、そう思ってみるのには十分な一言だった。 「あ、ありがたき幸せ・・・・・・」 しどろもどろにそう呟き、グラシリスは頬を染めた。 「暫くは休んでおけ。ご苦労だった」 「は・・・・・・」 夢見心地のまま、グラシリスはその場を離れた。あの褒め言葉はウソだろうという思いは確かにある。あるのだが、それ以上に嬉しくてならなかった。いくら社交辞令だとしても、主――それも己が憧れる人物――にああ言われれば、少しぐらいいい気になってみてもいいのではないだろうか。 グラシリスは緩みかけた顔を軽く叩いて気合を入れると、レイスのいた場所を振り返って一礼し、己の持ち場へと去っていった。 レイスは、自分の部下が去って行くのを見届けると、再び己の場所へと舞い戻った。会見の場に留まっても良いのだが、やはり落ち着く場所が一番だということだ。 「聖魔剣リシーサに選ばれし勇者・・・か」 レイスは、魔鏡に映し出された少年の姿を見た。金髪に、青い瞳。自分と同じ特徴。少年のように見えるのも、力を持たないように見えるのも、全てはまやかしに過ぎない。 だがもうひとり。そこにはもう一人の姿も映し出されていた。そう、彼こそがもう一人の“勇者”。薄い茶髪に緑の目。何処にでもいる、ごくごく普通の一般人。偶然か必然か、彼もまた、選ばれたのだ。 「・・・・・・面白いことになってきたな」 思わず、笑みがこぼれる。魔衆には言うまでもないだろう。むしろ、言わない方が色々と楽しめそうだ。 魔衆にも、信じるに値するものはいる。それは確かだ。たとえば、実直に自分を慕うグラシリスとかいう青年。零落貴族の子息である彼は、本来ならば魔衆の門すらくぐれない身分だったのを、高い実力を見込んで魔衆に加えたのだ。それ以来、彼は本当によく働いてくれている。他にも数十人ほど、気の置けない部下はいる。 だが。 多くはただの手駒でしかない。レイス自身を利用しようと企み、近付くものは全てそうだ。 そして、レイス自身、それを良しとしている。誰も己の真の目的は知らぬし、それを成し遂げるために誰かの力を借りようとも思わないのだから。 全てが動き始め、もう後戻りすることも、止まることも出来ない。その終焉に待つものが何であるのか――見届けてみたいものだ。願わくば、最後に笑うのが自分であるように。 「・・・・・・今日は月が綺麗だな」 ふと、皮肉っぽくレイスはつぶやいた。そういえば自分は、月を眺めるのが好きだったなと思いつつ。 ◆ 夜。プルはシャンプの誘いを断って、独り客室にこもっていた。いくら出立の前の宴だからとはいえ、部外者が邪魔するのもどうかと思ったのだ。それに、シャンプは大丈夫だと言っていたが、村人達が自分を快く受け入れてくれるかどうかは分からなかった。それに邪魔をするのもどうかという話だろう。何といっても、彼にとっては旅立ちの前の日だ。積もる話もあるだろうし。 ――というのは実はすべて建前で、ご馳走と思わしき物体を何一つ食べられないと判断したからこそここでこうして丸まっているのである。プルにとって、ぶよっとした虫の幼虫やねばねばした何かの汁は、食べ物として認知できないものなのだ。ついでに言うと、色が青や蛍光緑のものもちょっと遠慮願いたい。 「・・・・・・何かなぁ・・・・・・」 プルは窓の外から月を見上げた。 そこから見える景色は、実に幻想的だった。少し欠けた月が一帯を照らし、昼とはまた異なった美しさを演出している。 「夢、じゃあないんだよな」 プルはそう呟いた。今日一日であまりにも多くのことが起こりすぎて、その度に驚いたり疲れたりしていたが、そのどれもがひどく現実離れしていた。 プルは、自分の手を見た。何らいつもと変わらない手。見た目は、昨日と同じ手だ。 「夢、だといいんだけどなぁ・・・・・・」 言っても仕様が無いことだとは思うが、それでも口に出して言いたかった。呪いだか加護だか知らないが、自分が何故こんな目に遭わなければならないのかと。とりあえず、その腹立たしさはあの妙なキノコ剣ではなく、そのキノコ剣を奪いに来た輩に転嫁することにした。自己防衛自己防衛。 ともかく、出立は明日だ。 まずは、ランプテロミス村に帰らなければならないだろう。昼頃にも思い出してしまったのだが、自分はバリバリの遭難者なのだ。今日の出来事に振り回されてなかなか思い出す暇がなかったのが何とも薄情だが、家族だって心配していることだろう。もしかすると死んだとか思われたりしていないだろうか。早く家に帰って元気な姿を見せたい――というか家でまともな食事をしてまともな寝具で寝たい。とりあえず、鉄拳姉貴の制裁は都合よく忘れることにしよう。いくら鉄拳乙女と呼ばれる彼女でも、瀕死の遭難者を絞め殺したりはするまい。 「あーあ・・・早く帰りたい」 長椅子に何かもわもわした繊維状の物体――蜘蛛の糸に近い気がする――が敷き詰められただけのベッドに横たわりながら、プルはそう嘆いた。 「うう・・・何かの餌にされてる気がする・・・」 これから先どんな旅が待っているにせよ、それなりの食事と寝具にありつけますようにと祈りながら、プルは目を閉じた。空きっ腹がグーグー鳴ったが、ひたすら無視して眠りの体勢をとる。もしここで空腹に屈して階下へ降りようものならば、三日は寝込むこと間違い無しだと、プルは本能的に感じ取っていた。 「気のせい気のせい・・・明日になれば、そう、明日になればきっと何か食べ物が見付かるさ・・・・・・」 とりあえずプルは、さっさと自己催眠をかけて寝ることにした。 それからかなりの時間が経ち、宴もお開きになり、月が空高く上りきった頃。 蜘蛛の巣に囚われながらもがいている夢を見ているプルを筆頭に、誰もが眠りについているこの時間に、まだ起きている者がいた。 ひとりは、シャンピニオン。彼は弱音を吐くまいとしながらも、滲む涙をこぼさないように月を見ていた。村の少女アルミラとの秘密の場所、そこから見える絶景は、月を加えるとさらに神秘的なのだ。とはいえ、彼は月を見に来たわけではない。 皆の前では笑顔でいられたが、平気なはずは無かった。それでも、強くあらねばならない。 つらくて重くて潰されそうな宿命に、たった独りで立ち向かわなければならない。彼は“勇者”なのだから。 「きんだらー。なぁんもかもよー」 <綺麗だ。何もかも> 月。美しい月。その月光の下、ある小屋だけがぼんやりと光を放っていた。 「おめー、こんつくみとーよ・・・? あんみらよー・・・・・・」 <お前も、この月を見てるのか・・・? アルミラ・・・・・・> もうひとりは、アルミラ。村の少女だ。剣の封印の精霊と同じ容姿を持ち、いずれ守護精霊となるべきさだめを負っていることを、彼女はまだ知らずにいる。そしてそのために、彼女は愛する人との別れを余儀なくされているのであった。 彼女もまた、目元を潤ませながら月を見ていた。村の機織小屋、そこの窓から差し込む月光は、彼女の座っている織り機を明るく照らし出していた。そこにかかっている布がまるで月光を糸に織られているのだと言わんばかりに、キラキラと輝いている。 アルミラはふと、機を織る手を止めた。 「な、しゃんぷ。おらぁ、ほんわーっと。そんちおめ、おらんしんぬーとーへゆーとまーね、さ。ご、しんずーね。しんずー、そほんになろ・・・・・・なー、ほんこがっとそー。おめとーへつっかねーにいのーとっと。ご・・・・・・いのーたんねかよ。でーびわっとーねおもとねー」 <ねえ、シャンプ。私、本当は分かってた。いつか貴方が、私の知らない遠いところへ行ってしまうんじゃないか、って。でも、信じたくなかったの。信じてしまえば、それが現実になりそうで・・・・・・だから、本当はこのマントもそう。貴方を遠くに連れて行かないように祈りながら織ってた。でも・・・・・・祈りが足りなかったのかな。旅立ちの日に渡すことになるなんて思ってもみなかったから> そう独りごち、そっと目を伏せる。考えないようにすればするほど、そして笑おうとすればするほど、愛する人の笑顔が、声が、目の前に浮かんで消えなくなってしまう。頭で理解しても、心はどうしても静まらなかった。わかっているのに、どうしようもない。 「・・・・・・ひでーめー。たせつーと、わっとおんでけらーねんめ・・・・・・」 <・・・・・・ひどい女。大切な人、笑って送り出すことすら出来ないなんて・・・・・・> 思わず、頬を熱いものが伝う。何度瞬きをしても、涙は止まらなかった。止め処無くあふれ続ける。 月。美しい月。その月光の下、今は大切な人はすぐ近くにいる。だが、明日からは―― 「つく、きんだらー・・・・・・」 <月が、綺麗・・・・・・> アルミラは、滴り落ちる涙をそのままに、再び機を織り始めた。その音が、夜の閑に響き渡っていった。 ◆ 未明。まだ太陽は昇ってはいない。辺りは真っ暗だ。そんな中、少年二人は村の入り口(出口)にいた。 「・・・・・・」 「――でよ、おーずずせーが言うんは、こっから出てしばらく行くとよ、結界があるんでま、そこ越えっともー戻って来れぬっき、忘れモンすっと困ってまーで?」 「・・・・・・」 「大丈夫け? プル」 「んあ・・・・・・?」 自慢じゃないが、プルは朝にめっぽう弱かった。そんな彼にとって、夜明け前というのは未知の領域、そして眠りの時間なのだ。寝惚けた頭にはシャンプの言葉は一欠けらも入ってこない。 「こっからいろいろせにゃなんねぇこつあっとが。でひょめ、夜が明けるめぇにちゃちゃっと行っちまおってばな。聞いとんのげ?」 「・・・・・・眠い・・・・・・今何時~?」 「さー?」 「・・・・・・あうう・・・・・・あと五分だけ・・・・・・」 情けない声を出しながら、プルはシャンプにもたれかかって目を閉じた。最早、立つこともままならない。 しかし、そんなプルとは対照的に、シャンプの目は既にしゃっきりと開いていたのである。 「ダメぽー。行くったら行くっちな。うりうり」 「ぎゃあーははは! くすぐるの無し! あははは! くすぐったいってあははは!!」 三分後。 「起っちゃけ?」 「ゼー、ゼー・・・・・・お、おかげさまで・・・・・・」 昨日はかなり早く寝たはずのプルだったが、それでもまだまだ寝足りなかった。もっとも、睡眠時間は睡眠の深さと脳の疲れによって変動するので云々。 ともかく、眠たげなプルと空元気のシャンプではあったが、出発の準備は万端だった。 「行くべ」 ぶん、と腕を振り上げるながら、シャンプはぴょんぴょんと外へ向かって走り出した。 「・・・あのさぁ、シャンプ」 「何ず?」 ようやく頭が働き始めたプルは、思い切って疑問を口にしてみた。 「お別れは・・・言わなくていいのか?」 「! い、えぇもよ!! 言わんでよか!!」 その頑なな態度を見て、プルはため息をついた。理由はよくわかる。顔を見ると、残りたくなってしまうからだ。だから、何も言わずに行こうとする。だが、予想はしているとはいえ、ある日突然大切な人がどこかへ旅立ってしまったら――残された方は、何も伝えられないまま待ち続けなければならなくなってしまう。 「けどさ、シャンプ。せめてその・・・マントを織って貰った彼女に、お礼は言ったほうがいいと思うよ」 今朝、起きたばかりのプルでも気付いた半透明の手織りのマント。シャンプによれば、それはあの精霊アルミラにそっくりな少女、村人アルミラが彼のために作ってくれたものだという。 「今言わなきゃ、もう・・・お礼、言えないだろ?」 ◆ シャンプは、機織小屋の前に立ち尽くしていた。本当ならば、アルミラには何も告げず、そのままこの村を出るつもりだった。顔を見れば、少なからず決心が鈍ってしまうから。 だとすれば、分かっているのに何故ここに来たのだろう。あのプルとか言う彼に勧められたから? そう言い訳することも出来るだろう。だが今はそれよりも――一言だけでも、彼女に伝えたかった。ただの我侭だ。 意を決して、機織小屋の扉に手をかける。中はまだ薄暗いが、アルミラのいる場所は分かっていた。 「あんみら!」 <アルミラ!> 織り機のある部屋。その前で、シャンプはそう中にいる人物に呼びかけ、ドンと戸を叩く。 「いっときてーこつ――」 <言いたいことが――> 「いりなんね!」 <入って来ないで!> だがシャンプの言葉は、そのアルミラの叫び声によって遮られた。 「あ――」 <ア――> 「も、かーもみんねー! たのま、もゆーと!」 <もう、顔も見たくないの! お願い、もう行って!> シャンプは、扉に触れていた手をそっと下ろした。何を考えていたのだろう。余計につらくなることぐらい、分かりきっていたことなのに。 「・・・・・・すまそ」 <・・・・・・ごめん> 謝り、顔をしかめる。泣いてはいけない。 暫しの間、シャンプはそこに立ち尽くしていた。だが、もう行かねばならない。彼が立ち去ろうとしたその刹那、中からか細い声が聞こえてきた。 「あやまーな・・・・・・もっつれー。いんねー、あやまー、おらぁだ。わっとおんでけなーと、なむだでよー。わーっとご・・・・・・とまーね」 <謝らないで・・・・・・よけいにつらいから。ううん、謝るのは、私の方。笑顔で送り出さなきゃいけないのに、涙が出てくるの。分かってるのに・・・・・・とまらないの> 「あんみら、おら・・・・・・」 <アルミラ、オレ・・・・・・> 「きんね! かーみとー、とまーね。くーおめーひっとめよー。なー、も・・・・・・」 <来ちゃダメ! 顔を見たら、止められない。きっと貴方を引き止めてしまう。だから、もう・・・・・・> この扉。たった一枚の木の板を隔てて、二人は対峙していた。お互いに、分かっていた。分かっていたからこそ、その先に進むことは無かった。顔を見れば、そう、止められないから。 「あんみら――すまそ・・・・・・あんがと」 <アルミラ――ごめん・・・・・・ありがとう> 「・・・・・・さーなら」 <・・・・・・さようなら> さようならと返そうとして、シャンプは言葉に詰まった。言いたくない。さよならなんて、言いたくない。 「さーならじゃねー。まー、あえよー。ぜんなんもかんもおわーと、あいにくーさ」 <さよならじゃないさ。また、会える。全部何もかもが終わったら、会いに来るから> 「・・・・・・」 <・・・・・・> たとえ今は離れ離れになってしまったとしても。これだけは伝えておきたいことがあった。だから伝えなければならない。シャンプは、口を開いた。 「おらかなーずもどー。なんぞあーれ、ぜとーあんみら、おめんとこもどーとけ。わくれなんねー。おらとーへゆーがも、おらんこころぁこーさ。はなれよー、ずーいっさー。なー――」 <オレは必ず戻る。何があっても、絶対にアルミラ、お前のところに戻って来るから。お別れなんかじゃない。オレは遠くへ行ってしまっても、オレの心はここにあるから。離れても、ずっと一緒にいる。だから――> 「しゃんぷ・・・・・・」 <シャンプ・・・・・・> 「やくすく、いのちとほこり、ぜーめいとかむに・・・・・・まも。おら・・・・・・すんずと」 <約束は、命と誇りに懸けて、神に誓って・・・・・・守るから。オレを・・・・・・信じてくれ> これが、精一杯だった。本当は、ここにいたい。ずっと一緒にいられると信じていたし、これからもそうだとばかり思っていた。それがこんなことになるとは思ってもみなかった。 だが。 だからこそ。 約束、したい。必ず戻って来る、と。 ややあって、少し元気を取り戻したアルミラの声が聞こえた。 「ん、そーな・・・・・・すんずよ」 <うん、そうだね・・・・・・信じてる> 扉の前で、シャンプは笑った。声を出せば涙が出そうだったし、そんなんで笑うことなんて出来なかったけれど、顔を歪めて笑ってみせた。自分が悲しめば、アルミラもきっと辛いから。だから笑うのだ。 「ざー、おら・・・・・・いってこよ!」 <じゃあ、オレ・・・・・・行ってくる!> 「いってこよ」 <いってらっしゃい> 泣き出しそうな笑顔のまま、シャンプはキッと顔を上げると、小屋から飛び出していった。今度はもう、振り返らない。約束したから。そして約束は必ず守ると、誓ったから。 シャンプの姿が夜明け前の薄闇に消えるのを窓からじっと見届けながら、アルミラは呟いた。 「いってこよ――しゃんぴにおん・・・・・・くーぶずーで・・・・・・おら、すんずよ・・・・・・やくすくかのーび――そんび、ちーとなー、さーなら・・・・・・な」 <いってらっしゃい――シャンピニオン・・・・・・きっと無事でいて・・・・・・私、信じてるから・・・・・・約束が叶うその日まで――その日まで、ちょっとの間だけ、さよなら・・・・・・だね> ◆ とりあえず、自分はいいことをしたのだろう、と寝惚けまなこのプルは思った。その、最後のお礼だかお別れだかは分からないが、とりあえず二人は何かを言うだろう。大切な人に何も言わずに出てゆく気持ちも分かる。父親が行商人で、数年に一度しか戻ってこないうえに、いつも家族に黙って出て行ってしまうからだ。が、やはり何かしら言っておいてもらった方が、そのときはつらいかもしれないが、後になって――いいことだと思うようになるのだ。少なくとも、プルはそう信じている。 それを考えると、とプルはうなった。 「オレ、家族への最後の言葉が『晩飯よろしく』なんだよなぁ・・・・・・」 変なことを思い出してしまったせいで、また腹の虫がギューギューと鳴いて暴れだした。あまりにも空腹で、お腹が痛い。 「シャンプ、まだかな・・・・・・?」 『なっさけないわねぇ、勇者様2号!』 ワーン、とプルの頭に声が響いた。うとうとしかかっていたプルの意識が急に現実へと引き戻される。 「ア、アルミラ!?」 『アルミラのバカ、じゃなかったのかしら?』 ふん、と鼻を鳴らしながら、アルミラが姿を現した。 『わたしだってねぇ、悪かったと思ってるのよ? 巻き込んだりしてすまないな、と思ってたのに、バカとはなによバカとは! こーんな頼りない勇者様なんかにバカだなんて言われたくないわよ!!』 「わわ、わかったよ、ごめんなさいってば!」 『よろしい』 腕を組んでふんぞり返ったまま、アルミラはプルの前で咳払いをした。 『さて・・・・・・勇者様2号、もといプルアロータスよ』 「あの・・・どこから突っ込んでいい?」 『突っ込み禁止。私もよくわかんないけど、どうやらあなたはリシーサに気に入られたらしいから、勇者様2号。そして何故、私アルミラがまだ消えずにいられるのかという問いに対しては、消える前にやらなきゃいけないことがあるから気合でがんばってるの。理解した?』 ここで、いいえ、と答えたところで返ってくる説明は同じだろう。プルはおとなしく頷いた(眠さのあまり頭がカクンと下がったとも言える)。 『さて、プルアロータスよ、起きなさい』 ここで、眠り始めていたプルははっと目を開いて辺りをうかがったため、アルミラの冷たい視線を一身に浴びた。 『貴方がたの道はつらく、長いものになるでしょう。しかしご安心なさい。道標を示しましょう・・・・・・エメティカ様を探しなさい』 「エメティカ?」 『エメティカ“様”です、勇者2号よ。本人の前でそんな気軽なことを言ったら殺されるわよ・・・・・・まぁいいわ。堅苦しい話は抜きにしましょ。偉大なる賢者エメティカ様。赤い髪と黄金の瞳で、姿形は自由に変えられるわ。男かもしれないし、老人かもしれないし・・・・・・とにかく、その人を探すのよ。どこに行けばいいかは、わかってる?』 コクン、とプルが頷いたのを見て、アルミラも大きく頷いた。プルがまたぞろ眠りにおちつつあって頭が下がり始めたのを、了解の相槌と受け取ってしまったのだ。 アルミラが喜びながら、頑張ってくるのよとプルに告げて姿を消したのを、プルは知らなかった。彼の頭がようやく働き始めたのは、大切な人に別れを告げてきたシャンプによって激しくゆすぶられたさらにその後、レンチヌラの村を出て道を暫く歩いた時であった。だがプルは奇跡的にもこれだけは覚えていた――探すべき人は、賢者エメティカである、と。 「賢者エメティカを探そう」 眠気を振り払うように、プルはつぶやいた。それから首をかしげながら、うーんと唸る。 「・・・・・・でもなんで、アルミラはどこに行けばいいのか教えてくれなかったんだろう?」 ◆ 道がわかっていれば、プルがさんざん迷った場所も見るべきものが多い、楽しい場所だった。幾筋もの陽光が深い森の中に差し込み、ほの暗い闇の中に光を投げるさまは幻想的で、今にも伝説の精霊王達が配下を引き連れて現れるような錯覚に陥る。それに、プルが今まで見たことも無い、それこそ本の挿絵にすら描かれていないような、空想からそのまま生まれたといわんばかりの植物もプルの心を躍らせた。 だがそんな気持ちも最初のうちだけだった。何故なら、村を出てから暫く歩き通しだったからだ。それと、プルが空腹で歩みが遅くなっているというのに、シャンプときたらプルの小走りほどの速さでずんずん進んでいってしまうからだった。シャンプが謎の果実もどきを齧りつつ先頭を切って歩いて行く。プルはその後を必死で追いながら、彼の姿を見失いやしないか、暗がりから妙な獣が飛び出して来やしないかとビクビクしていた。それにシャンプがむしゃむしゃと食べているものは、例によって例のごとく、空腹に耐えかねているプルですら二度と口にしたくないものなのだ。プルが口にしたのは、数回の休憩の時に近くで湧き出していた水だけだった(それもやはり、彼に馴染みのある水よりも数倍冷たくてどこか石鹸っぽい味がした)。 そうしたことが重なり、プルは既に疲れが出始めていた。そんな訳で、シャンプがふと足を止めた時、プルが何か出て来たのかと驚いて足を滑らせてしまったのも無理のない話である。 「・・・・・・こっか」 「ど、どうかした? シャンプ」 「んー」 オドオドと立ち上がるプルに、シャンプは感慨深そうに告げた。 「こっから先はよ・・・・・・オラの知んねぇトコだ。要すっに、こん縄越えたらもー村には戻れねぇんざ。すれを思ぉと、っかこう・・・・・・ごんざばれなやだーるもけ」 <(中略)それを思うと、何かこう・・・・・・胸に来るものがあるなぁと> 「ふーん・・・」 最後の方は何を言っているのか分からなかったが、ともかくこの先はシャンプの知らない世界、逆を言えば自分の知っている世界になるわけである。見れば、地面と同化し始めている朽ちかけた縄が、道を横切っているのがわかった。早く越えたいと思ったが、シャンプが名残惜しそうに辺りを見回しているのを見て、プルは先を譲ることにした。それに、シャンプの話によれば、これは聖域と外界(つまりプルの住んでいる場所)を隔てる強力な結界なのだという。こう見えて――まぁ、どう見てもボロボロの縄なのだが――キチンとした手順で越えなければならないような、そういう面倒ごとがあるはずだ。 だが。 「うし!」 ぴょん、とシャンプはあっけなく縄を飛び越えると、早くおいでよとばかりにプルに向かって手招きをした。 「どした? はよ来んしゃ」 これを越えたらもう村に戻れないのではなかったのか、結界がそんなに簡単に越えられてしまっていいのか!?――当然、プルの心の叫びに答えるものはいない。プルは腑に落ちないものを無理矢理飲み込むと、ガックリと肩を落として縄をまたいだ。 木々に生る赤いリンゴ。熟していないものは、ほんのりと黄色くて。まだ若いものは黄緑色。 「帰ってきたぞぉ~!!」 イソギンチャクのような触手の生えていない、ごくごく普通のリンゴを頬張りながら、プルは叫んだ。その隣では、シャンプが色とりどりのリンゴ口に入れては首を捻っている。 「動かねー、軟らけー、味うすー・・・こんなんがうめーんか? リンゴけぇ、妙なモンさ」 「これが、こっちの普通なんだって! おいしくない?」 「んー・・・びみょー・・・・・・早いトコ慣んねぇと・・・・・・」 シャンプはあっちの木へこっちの木へと上ったり下りたりしながら、片っ端から口に入れていく。目に映るもの全てが珍しくて、知りたいことがたくさんあるといった感じだ。だからといって生態系が崩れるほど採る必要は無いと思うのだが。 「まぁ・・・・・・いっか」 戻って来れたという開放感で気が緩んでいたプルは、ここが森の奥だということをすっかり忘れてしまっていた。もちろん、いつもならばリンゴを齧りながらウキウキと歩くことなんて決して無いのだが、自分の知っている世界に戻って来たことで緊張の糸が緩んでいたのだ。 丁度その時、シャンプは木の天辺で見慣れない小さな実を千切っていた。プルからは少し距離が離れていた。 そしてプルが気付いたときにはもう、獣の牙が眼前にあった。 叫ぶ間も無く。プルはオオデースの身体の下敷きになった。 「!!!」 「プルっちぃ!」 「――――――ぅ、ぁ!」 必死に助けを呼ぼうとしたが、腕に食い込んだ牙の痛みで気が遠のき、声が出てこない。目に入るのは、プルの腕をもぎ取ろうと激しく首を振るオオデースの恐ろしい顔と、真っ赤な血だけ――それもだんだんとぼやけ始めている。 と、その時だった。 突然オオデースの身体が二、三度痙攣したかと思うと、急に動きを止めてしまったのだ。力無く自分に圧し掛かって来る獣の下から慌てて抜け出すと、そこには、脇腹に短刀を深々と突き立てられて絶命した肉食獣の変わり果てた姿があった。同時に、シャンプが駆け寄って来る。 「プルっちー! ぶずーか!? でねぇ、無事かと!?」 「あ、え? シャンプ・・・・・・」 ガクガク、と揺さぶられてから、プルはシャンプもこの状況に戸惑っているのを見て取った。 「これやったの、シャンプ・・・・・・じゃ、ない、よな?」 「オラ、慌てて飛び降りよって・・・・・・はー、ケガねぇで何よりじゃが」 驚いてプルが自分の腕を見ると、あれ程がっしりと食い込んで肉を割いていた牙の跡が、全く残っていなかった。確かに骨まで砕ける勢いで噛み付かれたはずで、血も大量に出たはずなのだが、何事も無かったかのように腕は無傷だった。 「(もしかしてコイツのせいか!?)」 プルは、シャンプが背負っている巨大なキノコ剣に疑いの眼差しを向けた。呪いがどうだの加護がどうだの言っていた気もするが、もしかするとこれがそうなのかもしれない。 ずばり、『怪我をしてもすぐに完治』だ。 どうせなら痛みも消してくれた方がプルとしてはありがたかったのだが、ともかく今回のところは傷の深さで死ぬことはなくなったので良しとすることにしよう。 それにしても、とプルは獣の脇腹に突き刺さった短刀を抜いた。どう見ても、これはシャンプの持ち物ではなかった。血の付いた刃は幅広でありながら鋭く、柄の部分には凝った模様が刻まれている。自分が持っているような万能ナイフとは違い、刃も長いし、何よりも殺傷能力に優れている。そしてこのどっしりとした重み。明らかに武器専用のつくりである。そうプルが思いを巡らしていると、呼ぶ声が聞こえた。 「おい」 「え?」 驚いて顔を上げると、シャンプが声の主は後ろだと手を振っている。そういえば急に影が出来たような気も―― 「オメェ、ちょっとこっち向きな」 ドスの利いた低い声でそう言われ、思わずプルは硬直した。獣の次は何だというのだ? プルが動けずにいると、気を利かせたシャンプが――プルにしてみればあまり嬉しくないことだったが――くるりとプルを声の主の方へと向き直らせてくれた。そのおかげでプルは、否が応でもその正体を見ることが出来た。 そこには、がっしりとした体つきの男が立っていた。しかもただの男ではない。頭の天辺からつま先まで、黒光りする鎧で覆われているのだ。無論、顔も隠れてしまってよく見えない。 「んだぁ、ガキだな・・・・・・何でこんなトコにいんだよ」 荒っぽい口調で、男はそうなじった。プルはただただ、冷や汗を垂らしながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。一方のシャンプの方は、来た道を指し示しながら笑顔で対応している。 「あっちがオラの村じゃのれ」 「ふぅ・・・ん。この辺りに村なんてあんのか?」 「はー、も今は入れねと思うっべっけども」 「何で」 「魔ん手攻めて来おって・・・えらいこつなっちもーてよ。結界張り直したんだべ」 男は当然と言うべきか、この近隣の地理については何も知らないようだった。プルのようにこの界隈に居を構える者ならば、用無キハ入ルベカラズとされている森の、さらに奥から人の姿をしたものが現れて、しかもよくわからない言葉を喋っているとあれば一大事だと騒ぎ出すところだ。しかし、男はじっとシャンプを見据えたまま、軽く頷いただけだった。 「まぁよく分からんが・・・・・・大変だったんだな」 「んだ」 「だがな」 と、男はギロリと二人の少年をにらんだ。 「この辺りは危険なんだ。そんなリンゴを齧りながらウロウロしてていい場所じゃねぇんだよ! わぁったか!! 私が間に合ったから良かったけどな、下手したら死んでたんだぞ!? 本気で、死んでたんだぞ!!」 その一言で、プルは一層体を強張らせ、シャンプは目をぱちぱちさせた。大迫力というか、何でもいいから「わかりました」と言っておかないとヤバイ感じがひしひしとする。 「ともかくだな、ガキがこんなトコに来るのは感心しねぇ。現に行方不明になってるヤツもいるんでな」 「すっだらけぇ。怖ぇな」 「ああそうだ。怖い場所だぞ、ここは。何なら私が村まで送ってやろうか?」 「オラんトコ、も今さ戻らんねぇよ」 しょんぼりとした様子で、シャンプはそう返した。男も言葉を間違えたことに気付いたらしく、今度はこう言い直した。 「ああそっか・・・じゃあ、何だ。近くの村まで一緒について行ってやろうか?」 だが、この恐ろしい戦士風の男に対しても、シャンプは全く怯えることなく、笑いながら首を横に振った(プルはその行動に心の中で賛辞を述べた)。 「いんね、平気だっぺ。こん道を、真っ直ぐじゃけな?」 「まぁ、そうだ。日が落ちれば、ああいった類の獣はもっと活発に動くだろうから、移動するならさっさとしとけ。もうじきに夜だ」 「あんがとさ」 「おー、オメェらもな」 「(よかった! オレのこともシャンプと同じ村出身だと思ってる!)」 プルがほっとして短刀を男に返し、シャンプが手を振って分かれようとしたその瞬間、男は急に振り返った。 「ああ、そうだオメェら。ちょっと待ちな。ひとつ、聞きてぇことがある」 ビクリとして足を止めたプルの背に、低い声がズッシリと圧し掛かってきた。 「オメェら・・・・・・プルアロータスという男を知らねぇか?」 一瞬、プルは石像になってしまったかのように固まってしまった。 プルアロータスという男を知らないか――、目の前の男は確かにそう言ったのだ。 「えと――、それ、僕、なんデスけど・・・・・・」 唐突に呼ばれた名に呆然としながらも、プルは何とかそう答えた。答えながら、目の前の男に心当たりがあるかどうか、必死で脳内を検索してみた。 該当、無し。こんな物騒な知り合いはいない。 「なに? 何だ、そりゃ話が早いな」 言うや否や、男はまるで鞄でも持ち上げるかのように、ひょいっとプルを片手で持ち上げた。 「ぅわあ? ああ!?」 急に視点が高くなり、情けない声を出すプル。 「騒ぐな動くなじたばたするな! メンドくせぇから、このまま持ってくぞ」 プルアロータスが巨漢に担ぎ上げられたとき、彼は生まれて初めて泣きわめいた、父親に高い高いをされた日のことを思い出したに違いない。 19年の歳月を退行し、彼はあの日の自分と全く同じように泣き叫んだ。 「ごめんなさい許してっていうか下ろして下ろして下ろして下ろしてぇぇェェ!」 父親は面白がって、彼を勢いよく揺さぶった。 そして今回も全く同じように、男はプルを激しく揺すった。ただし面白がってではなく、苛立って。 「うるせェな、大の男が泣き喚くんじゃねえ。ちったぁ黙ってろ」 シャンプがニヤニヤ笑いながらあとを追ってくる。男の言葉とシャンプの視線により、プルはなんとか正気を取り戻した。そして顔を赤らめながら、言った。 「シャンプ、笑ってないで助けてくれェ!」 シャンプは足をゆるめはしないが、さりとて速めることもせずに答えた。 「んだども、取って喰われたりはしねぇべや?」 鎧の男もそれに唱和する。 「そうそう、取って喰いやしねぇよ。おめえの友人はちゃんとしてるじゃねーか」 涙目になって、プルは「はい」と答えた。泣かずにいられようか。森に迷い、イソギンチャクに中り、身体中を蛆に這いまわられ、魔衆に殺されかけ、聖魔剣の呪いを受け。そして今また山賊(仮定)にさらわれようとしているのだから。これも全て、あの地図がいい加減だったせいだ。 ――あの地図? そして山賊(仮定)の声が、プルに当初の目的をはっきりと思い出させた。 「で、ルーニーは手に入れたのか?」 プルは答えられなかった。 気づけばランプテロミス村のすぐ側だった。 第2章 故郷は赤く燃え プルアロータスの出身村であるランプテロミス村は、まず地図に載らないであろう小規模な集落だ。原始的な狩猟と採集による自活と若干の畑作、そして祭具が転じた工芸品の輸出で、百人にも満たない人々が生計を立てている。王都の富豪なら、小遣い銭で村ごと買えるかもしれない――もっともこんな村を欲しがる富豪などいないだろうが。 今は夜だ。プルの両親も含むほとんどの村人たちが、眠りについているころである。 ところが。 鎧の男は不意に足を止めた。それにつれて、担がれているプルも「ルーニーは僕の心の中に」と言いさしたところで黙り込んだ。シャンプがつぶやいた。 「あんだ? 焦げ臭ぇど。それに風が騒ぎよるが」 「え? それってどういう意味――ったった!」 「火事だ!」 叫ぶやいなや、鎧男がプルを肩に乗せたまま走り出した。驚くほど軽快な動きで、鎧を着込んだうえに人間を一人担いでいるとは思われない。石も木の根も軽々飛び越えるので、おかげでプルは散々に揺られ、彼が再び足を止めなければ意識を飛ばしているところだった。鎧男は叫んだ。 「おいガキ! 降りろ!」 「へはぁ?」 プルはうずまく星を目で追いかけていたところだった。意味のある言葉を口にする前に放り出されて、落ち葉の中に顔を埋める。追いついたシャンプが彼を抱き起こした。 「おめ、でえじょぶか。目ぇ白ぇど」 「あー・・・うー・・・・・・何とか大ッ」 言葉が飛んだのは、鎧男が爪先でプルの頭をこづいたからだ。 「おいガキ、プルなんとかつったな。起きろ」 プルのほうは後頭部を抱えて悶絶していた。男のほうは加減したつもりでも、鋼鉄のブーツで蹴られれば痛いに決まっている。しかもそこは、レンチヌラ村で目を覚ましたときに椅子にぶつけたところだった。 「しっかりしやがれっての」 痺れを切らしたらしい。男はプルアロータスの襟髪を掴むと、引きずり上げた。 「あれだ。見えるか?」 男は右手で彼方を指した。その指まで鎧われていることにプルは驚いたが、一瞬後にはそれを忘れた。暗闇にいくつもの明かりが見える。それは炎だった。村が燃えているのだ。 「な・・・・・・」 脳裏をよぎったのは、魔衆と呼ばれるものたちのことだった。彼らが先回りして、村を焼き討ちしたのではないか? 自分はもう関係者で、たぶん向こうにもそう思われているだろうし。いや、それとはまったく関係なく、待ち伏せついでに火を放ったのかもしれない―― 「――だ。分かったかっつーか貴様、聞いてんのか!?」 「え?」 顔を横に向ける。男の瞳が火を受け、黒い鉄塊の奥で輝いた。 「聞け、ガキ。私は雑魚を始末してくるから、お前は村人の誘導だ。そこのぼさぼさ頭にも手伝ってもらえ」 「ざ、雑魚って。あれが誰の仕業か分かってるのか・・・ですか?」 「雑魚だよ」 男は言った。後ろから同意するシャンプの声が聞こえた。 「んだ。ケモノだな。さっきの奴とおんなずだ」 その言葉で、プルは悟ることができた。村の火事は、オオデースの襲撃によるものなのだ。これまでに何度か襲撃されたことがあり、プルも避難したことがある。自警団が火矢で追い払うのが通例なのだが、それが燃え移ったかなにかしたのだろう。 「急げ!」 男が手を離した。プルはしりもちをついて悲鳴を上げたが、すぐに立ち直って走り出した。後ろから二つの足音がついてくるのを聞きながら考える。 避難場所は決まっているし、避難訓練もやっている。不意を突かれた者以外はすぐに逃げ得たはずだ。必要なのはオオデースの撃退と、家の中に立てこもっている者の救助やはぐれた者の捜索だ。前者は無理なので(食い殺されてしまう)、やるとすれば―― 「急げ! 遅ぇぞ!」 顔を上げると、男とシャンプはもうずいぶん先のほうにいた。 途中から崖を滑り降りて、三人は村の中に突入した。いくつかの家が巨大な篝火と化していて、周囲は赤く照らされている。黒い影がそこかしこを疾駆しているが、人の姿はなかった。木々の焼ける音とオオデースの吼え声のせいで、人の声も聞こえない。 「シャンプ! いいい家の中をみ見て回ろう」 プルの声が上ずっているのは、むろん怖いからだろう。シャンプのほうはさほど恐怖の色も浮かべず、真剣な顔つきでうなずいている。 「ごほん、まずはアンブロスス様だ。祭祀堂――というか一番とんがってる屋根の家だよ」 「ん? おめ、お父やお母はいいのけ?」 「ああ。うちの家系、逃げ足だけは異常に速いからね。それより足を悪くされてる司祭様のほうが危ない」 「わぁっただ!」 シャンプが走り出した。半ば以上その後ろに隠れるような形でプルも走り去る。 それを見届けて、鎧男は視線をめぐらした。幾頭かの四足肉食獣はこちらに気づいているようで、剣呑な視線を向けてきている。二人を追うものがないことを確認し、男は胸元の留め金をはずした。バチリと音がしてベルトが緩み、背のフックから槍が外れる。倒れる前に柄を掴んで、男はそれを軽く振り回した。三回転目で静止させ、穂先を四足獣どもに向ける。 「さて・・・・・・このトリュフォー様に一番槍を付けようって勇者はどいつだ?」 四足獣たちは頭を低くして威嚇の唸りを上げている。そのままなかなか動こうとはしなかったが、うち一頭が仲間を鼓舞するように高く吠え、猛然と地を蹴った。 躍りかかった獣は、しかし跳躍の途中で急に角度を変え、地面に突っ込んだ。続いた二頭めも、甲高い悲鳴を残して背から地に落ちる。瞬速で回転した槍の穂先と石突が、彼らの脇腹を突いたのだ。手練の技だった。 三頭めは跳躍せず、正面から襲いかかった。突きにきた穂先を直前で見切れば、敵に後はない。獣なりにそう計算したのである。果たして敵は突きにきた。獣の優れた動体視力は、暗夜であってもそれを見切った。しなやかに身をひねり、刺突を回避する。 次の瞬間、獣の体は宙に舞っていた。 槍術の一手、巻き落としの応用だ。体勢を立て直す間も与えず、首筋を一撃する。三頭めは横倒しに地に叩きつけられ、動かなくなった。一歩後退し、左右から飛びかかってきた四頭めと五頭めにお見合いさせておいて、トリュフォーは容赦なく槍を振り下ろした。鈍い音が二つ続き、二頭とも沈黙。ほとんど木刀の使い方だ。 それで、あたりは静かになった。 「ちっ・・・鎧なんぞ着込んでるほうがバカみてぇだな。ったく、技を使うまでもない」 槍を下ろして、トリュフォーはぼやいた。 「行くか」 鎧の触れ合う金属音を響かせつつ、それでいて平衣をまとうかのように軽い足取りで、青年はいまだ吠え声の響くほうへと走り出した。 ◆ ランプテロミスが唯一、その辺境の地で誇ることが出来るのが『祭祀殿』だった。だが今やその祭祀殿も、人々がキノコ神に祈りを捧げる場ではなく、紅蓮の炎に包まれ、夜明け前に残る闇を神々しく照らす灯火へと変貌を遂げていた。 あまりの火力に一瞬躊躇したものの、プルは思い切って祭祀殿の中へと飛び込んだ。以前ならば無理だっただろうが、あの剣の加護だか呪いだかの力があれば、少々の火傷ぐらいならばすぐに治るだろうと踏んでである。 が、 「うひゃぁ!」 情けない声を上げながら、プルは身を硬くした。凄まじい落下音がして、火の粉が散る。 熱い。 火が燃え盛っているだけあって、獣を見かけなかったのは至極当然のことだろう。問題は、次の敵が火であるということだ。ぼやぼやしていたら丸焼けになってしまう。 「アンブロスス様ぁー!! 何処ですか!? いたら返事してくださぁーい!」 「アンブロスーさまーあ!! どことぜー!? いんなば返事せーやな!!」 妙な掛け声をかけながら、シャンプも後をついて来てくれている。いくらか心強いことだった。 「焦げっとぉぜ!! はよいねば!! ごーだらけ!!」 ――言葉が通じるかどうかは、別としてだが。 「うわっと! じゃ、じゃあシャンプ!」 「むい?」 あっちこっちを、やたらめったら走り回っていたシャンプはキーッとブレーキをかけて踏み止まった。火の回りよりも早いその俊足ならば、とプルは叫ぶ。 「オレはいいから、とにかく、走り回って誰かいないか探してくれ!!」 頷いたのも見えないほど早く、シャンプはその場から消え去った。同時に、二階の扉がバタンと開いた音。 「頼んだぞ!」 言いながらプルは、一階の祭壇の奥の扉を目指し、走った。 ◆ 「外はもう大丈夫だ! 早く逃げろ!!」 ありがとうございます、と言葉を残しながら走る村人たちの姿の中に、まったく似つかわしくない鎧男がいた。トリュフォーだ。無論、彼は村人達と一緒に逃げる側ではなく、取り残された人々を逃がすべく駆けずり回る側である。 「お前ぇらで最後か!?」 「ああ、戦士様!! 息子は!? プルーアは見付かったのですか!? 貴方様がここに来てくださったということは、あの子は――」 「母さん、危ないってば! 早く逃げないと!!」 「あー・・・・・・」 トリュフォーはガシガシと兜の上から頭をかいた。 そこにいたのは、彼が村に訪れた時、周囲が押しとめるのも聞かず、息子は生きていると言い張っていたあのご婦人だった。要するに、プルの母親だ。彼女が行方不明になった息子を探しに行くと言ってはばからないものだから、用事ついででよければ代わりに探してきてやると約束したのだ。そんな危なっかしいところに女性が一人で行くのは自殺行為だ。 こうしてトリュフォーは森へ入ったのだが、結局まだ彼自身の用事は終わっておらず、しかし幸運なことにその息子のプルアロータスとかいう少年は危険極まりない森の中で本当に生きていて、ついでに一風変わったつれもいて、強引に二人とも連れて帰って来たはいいものの、今はこの村の惨事を目の当たりにして、逃げ遅れた人々を探して奔走しているだろう、だが急がなければ今度はみんな村の中で死ぬことにもなりかねない――などと、そんな長ったらしいことを今この場でいちいち説明している暇は無い。 「とりあえず大丈夫だ、見付けたからよ」 「本当ですか!? よかった・・・神様・・・・・・」 思わずへたり込みそうになるその母親を支えながら、娘――感じからするとプルの姉だろう――が母親を叱責する。 「ダメだってば母さん! プルが生きてるのにあたしらが死んじゃったらどうする気!? 早く逃げないと! でしょ!?」 それから彼女はトリュフォーの方へ視線を移し、純朴な顔を出来る限り厳つく見せながら彼を睨んだ。 「プルのこと、本当なんでしょうね!?」 この場から自分達二人を引き離すための嘘だと分かったら承知するものか、とその目が言っている。プル本人がいない以上無理からぬことだが、今はそれどころではない。急を要しているのだ。 ふん、と彼は軽く鼻を鳴らしながら睨み返した。 「ったりめーだバカ。感動のご対面をさせてやりたいところだが、状況が状況なんでね――」 言うと同時に、トリュフォーは二人を押し退けて素早く彼女達の後ろに立つ。ガキン、という金属音が響き、二人の女性は思わずうずくまった。気が付けばオオデースに囲まれていたのだ! 「立ち止まんじゃねぇ!! わぁったらさっさと逃げやがれ! これは私が片しとくからよ!!」 慌てて二人が駆け出してゆくのを気配で感じ取りながら、トリュフォーは笑った。どうやら足の速い獲物よりも、この場にとどまっている獲物のほうが狩りやすいと判断したのだろう――判断を間違えたな、トリュフォーはにやりと笑った。庇う必要がある人間がいなくなれば、こんな雑魚など一度に十匹相手をしても余裕だった。槍を捻り、柄に食らいついていた獣を地面に叩き付ける。 「さーて、さっさと終わらせちまおうぜ!」 ◆ 果たして、神官アンブロススはいた。いたのだが―― 「おお、プルか・・・」 「ですからぁ・・・・・・僕はまだ死んでませんってば!! ほら! ほら! ほら!!」 「わしにもついにお迎えが・・・いや、長かった。妻が死に、そして息子が病に倒れ、生き残ったのはこの老いぼれとたった一人の孫だけじゃったからなぁ・・・・・・」 指で祈りの模様をきりながら、アンブロススは何度も何度も頷いていた。 「(ダメだこりゃ)」 人選が悪かったかなとプルは自分で痛感した。下手をすれば死んでいると思われかねない自分がここに来たところで、しかもこの状況で、この高齢の司祭様が簡単に助けが来たと思えないのは当然のことかもしれない。いや、だからといって死んでるだの云々言われるのはやはりいい気はしないのだけれども。 だが来たからにはきちんと外まで運び出さなければ、本当に死んでしまう。こんなところで焼け死ぬのなんて真っ平ごめんだ。あれだけ大変な目にあったんだから、せめてまともな料理を口にするまでは死ねない。 「よし、じゃあシャンプ、アンブロスス様を頼む!」 「おーさ」 プルの頼みに嫌な顔ひとつせず、シャンプはアンブロススをその背に負った。 「おお、何処へ行くのかね? まだ熱い気がするのはまさか地獄の業火――」 「外です、そーと!! もぉとにかくなんでもいいんで、しっかりつかまっててください!! 行くぞ、シャンプ!」 「おお!」 「妻よ、息子よ、今逝くぞ・・・・・・」 「逝きませんっ!!」 シャンプの背中で何やら祈りの言葉を呟いているお爺さんを無視して、二人の少年は出口を目指し、走った。 早くしなければ、この建物自体が倒壊しかねない。 ◆ ジュウウ、という嫌な音と同時に肉の焼ける匂いがして、獣が甲高い悲鳴をあげながら飛び退った。 「バーカ」 焼ける鎧に触ったんだから自業自得だぜ、と軽く鼻を鳴らす。と同時に彼の槍の鋭い追撃を受け、背後からの急襲に失敗したオオデースは、地面に叩き付けられ動かなくなった。 「あーあ・・・ったく、うっとぉしいぜ」 トリュフォーは、性懲りも無く隙をついて襲って来るオオデースを片手であしらいながら、何度目かの嘆きをもらした。襲い来る雑魚共は言うまでもなく、次第に熱せられているこの鎧も、非常に鬱陶しいものだった。 「たく・・・・・・無駄な精神は使いたくねぇんだよ私は」 そうぼやきながら、彼は手の平に浮かんだ地図のようなものを見た。基礎魔法の一つ、チェスバンズ――戦局を表示する地図を空中に描き出す魔法だ。見知らぬ土地での戦闘や、布陣の立て直し、また人探しにも使える優れものであるのだが、難点は表示中は片手が使えなくなることと、注意力が散漫になってしまうということだ。 彼は目の前に浮かんだ、半透明の地図状の上に光る点々を見ながら思った。 「(おおかた片付いたらしいな)」 赤い点が敵、白い点が一般人を表しており、村から少し離れた高台にその白い点が集まりつつある。燃え盛る炎まで示してくれるその地図の上では、残っている点はあと七個程度。白い色が一つと、自分を表す黄色い点、後は赤い点がバラバラと。 「(ひとつ?)」 トリュフォーは軽く首をひねった。先ほど駆け出していったあの少年二人組みはいったい何処へ行ったのだろうか? あまりのことで身の危険を感じ、避難したのだろうか? それならばそれはそれでいいのだが――自信は無かった。 「(チッ、こんなことならもっと魔法をやっときゃよかったぜ)」 魔法というものは、術者によって効果が異なってくる。トリュフォーのチェスバンズが必ずしも真実を映し出せるほど精巧でないことは、己が一番よく知っていた。 ともあれ、敵をあらかた掃討した今となっては、いるかどうかも分からない少年二人に村人の捜索を任せっきりにして、自分だけ避難するわけにはいかない。 それに、この炎の中にとどまっているとは考えにくいが、ひょっとするとまだ敵が潜んでいるかもしれない。そうなった時、戦闘能力が期待できない二人はどうなるか――答えは火を見るよりも明らかだ。冗談などではなく。 黒い鎧を赤く染めるその炎の中、鎧男ことトリュフォーは、積み重なったオオデースの屍を前にして悪態をついた。 それは、「手間取らせんじゃねぇよ」でも、「弱すぎんだよ」でもなく、「あっちぃ・・・・・・」という、悲痛なものだった。 そりゃあそうだろう全身鎧なんだからよ、と自分で頷いてみて、指先で目の上に垂れてくる汗を振り払った。わけあってこんな格好をしているのだが――無論、辺鄙な地に来るから万が一に備えて、というのもあるのだが、何よりも自分の顔を隠すためだ――それにしても熱過ぎた。この辺りの獣ははっきり言って、討伐の必要も無いほど弱い。だからといって警戒しなくていいというわけでも、田舎の村は襲わせておけばいいというわけではないのは当たり前のことだ。しかし、野生の獣の強さから考えれば、鎧着ている方がバカを見ているのは間違いなさそうだ。 熱い。 ただ熱い。 『鎧』が。 火に熱せられた金属製の鎧は当然の如く熱を帯び、卵を落とせば焼けるほどに熱い。といっても、かつて戦った竜の類が発する息(ブレス)に比べれば何と言うことは無い――のだが。熱いことには変わりが無い。 だが幸い、まだ辺りは薄暗い。むしろ、日が昇る前の不気味にはびこる暗闇のおかげで、この火の中においても、少し離れれば驚くほど視界が悪い。普段ならば舌打ちの一つでもくれてやるところだったが、今回の場合は勝手が違った。 「(これならば・・・・・・バレやしねぇだろ)」 トリュフォーは軽く息を漏らすと、己の頭に覆いかぶさっている兜に、手をかけた。 ◆ 一生のうちの幸運が一度にやって来るのはいい。まぁ、後は不幸しか残っていないからがっかりするかもしれないが、それでも、一生のうちの不幸が一度にやって来るのは絶対に嫌だ。 村祭りのために森で遭難して死に掛けること然り。妙な村について介抱と言えない介抱を受けること然り。聖魔剣とかいう妙なものの愛を受けること然り。魔衆とかいう妙な連中に目をつけられること然り。 要するに、妙な英雄譚に巻き込まれること然り。でもって、村が火事になって死に掛けること然り。 つまり、この先に幸運しか待っていないからといって不幸が一度に押し寄せてくるととんでもないことになってしまうのだと、プルは否が応でも理解せざるを得なかった。 というか周囲一帯が火に囲まれた状況下で、どうすれば生き延びられると? 「あわわあわわ・・・ど、どうしよう?」 情けない声を上げながら、プルはジタバタと無駄に足踏みをしていた。 入り口だったところが、すっかり塞がれてしまっている。しかもかなり長い距離にわたって、瓦礫が山となって転がっている。蹴ったり投げたりして動かせるようなものではないし、他の退路も同じようなものだ。 「プルっちよぉ、ま、ちーつけ・・・じゃね、落ち着けい」 「落ち着けないってば!! どどどどうすれば出られるんだ!?」 「死ぬ前に渡るのは川だとばかり思っておったが、まさか火の川だとは――」 「アンブロスス様は黙ってて!!」 そうこうしている間にも、炎は勢いを弱めない。本当に焼死しかねない勢いだ。蒸し焼きか、あるいは丸焼けか。 「うー・・・せめて火が消えれば・・・もう無理だけどさぁ、こんな状況じゃ。でも、消えれば・・・・・・」 どうにもならないことをつぶやいているプルの足を、とんとんとシャンプがつついた。 「プル、いっか?」 「何ィ?」 いらいらとせわしなく動き続けるプルとは対照的に、シャンプは落ち着き払っていた。 「そら・・・オラなら出来っかもべ」 ◆ トリュフォーは、不慣れな田舎道を走っていた。炎で辺りが赤く染まり、様々な物が燃え盛り、たとえ村の住民であっても迷いかねない状況ではあるのだが、彼は尖った屋根――村の一番奥まったところにある建物を目指した。茶髪の少年が言うのが確かならば、二人はそこに向かったはずだ。 それにしても、やはり視界が広いというのはいいものだな、とトリュフォーはちらと思った。先程まで彼の顔から頭を全て覆い隠していた金属製の防具は、今は彼の背に括られていた。 ただひとつ問題なのは、顔を見られると非常にまずいことになりかねないということだ。誰も自分の顔を知らないとしても、辺鄙な田舎村で己の顔を晒すことには抵抗がある。出来れば薄暗いうちにけりをつけて、火を消してしまいたい。そうすれば、気兼ね無く兜をかぶれる。 「・・・・・・チッ」 彼はふと足を止め、何度目かの舌打ちをした。 燃え盛る炎に負けじと、目を爛々と輝かせながら彼の行く手を阻む獣がいた。オオデースの生き残りだ。仲間があらかたやられてしまったというのに、何故留まっているのだろうか。 だが、そのオオデースの獣らしからぬ行動についてトリュフォーが考えるよりも早く、敵は捨て身の一撃で飛び掛ってきた。慌ててしゃがみ、振り返りつつ体勢を整える。これが生死を賭けた戦いでなければ、抜群のコンビネーションで彼の頭を獣が飛び越えたことになる。見世物にしたらうけるかもな、思いながらトリュフォーは二撃目を捻ってかわした。逃げ遅れた黒髪が少々獣の爪にやられたらしく、ひらひらと宙を舞った。 「(これだから長髪は・・・・・・)」 自分の髪型に突っ込みを入れつつ、トリュフォーは三撃目を左にかわすと見せかけて、そのまま獣の首根っこを槍で突いた。鈍い手ごたえがして、獣は地にどうと落ちた。口から泡を吹いている。 「(意外と時間をとっちまったな)」 急がねぇと、と手負いの獣にとどめを刺さずに走り出そうとした彼の目に、信じられない光景が飛び込んできた。 「んなッ!?」 首をあり得ない角度に曲げたまま、手負いの獣が立ち上がったのである。その口からはだらしなくよだれが、ただし赤い色の混じったよだれが、ダラダラと垂れている。 「有り得ねぇ・・・・・・」 言いながら、トリュフォーは槍を構えた。通常、獣というものは本能が強く、生き残るために傷を負えば尻尾を巻いて逃げ出すものが多数だ。だから敢えて追うこともしない。一度酷い目に遭った獣は、もう二度と民家を襲おうとは思わないからだ。この田舎村の自警団が、火を使って追い払えるぐらいの獣でなければ、こんな地図にも載らないような村などあっという間に全滅していることだろう。 だとしたらこれは何事だ? 瀕死の重傷を負い――まさかもう死んでいるのに動いているのか――それでもまだ敵に向かってくることなど、あり得はしない。せいぜい、残り少ない命を惜しみ、敵から逃走を計ることしかしないはずなのだ。 獣が、土を蹴った。折れた足にもかかわらず、驚くべき跳躍力で、トリュフォーの頭を狙う。 だが。 「何度も同じ手を使ってんじゃねぇぞ!」 今、己の何処が弱点となり得るのかを既に知っていた彼にとって、獣の動きを読むのはわけ無いことだった。無論、この点にまだ獣らしさが残っていたから出来た芸当ではあるのだが――あわれ、オオデースは鳥の串刺しよろしく、大きく開けた口から頭骨を貫かれて絶命した。ぶん、とトリュフォーが槍を振ると、血を撒き散らしながら獣は地面に叩きつけられた。どうやら、もう動くことは無いようだ。 「・・・・・・・・・・・・」 ピクリともしない獣の死骸を見つめながら、トリュフォーは押し黙った。 「(何か起こってんのか? だとしたら、何が?)」 だが、彼には考えている暇は無かった。周りの獣がすべてこうなっているのならば、あの二人が危ない。彼は顔をしかめると、再び駆け出した。今にも崩れそうな、祭祀殿へと。 ◆ 力は誰かを助けるためにある。 少なくとも、シャンピニオンはそう信じてきたし、きっとこれからもそう思い続けることだろう。そのための、力なのだと。 そして、力に選ばれたのであれば、それは宿命であれ偶然であれ、成すことを成さねばならない。 シャンピニオンは目を閉じ、剣の声を聞いた。音でも光でもない、口にすることが出来ない妙な感覚が自分に語りかけてくる。 シャンピニオンは己の周囲にまとわりつく熱に向かって心の中で叫んだ。 消えろ、と。 水で消すイメージではない。風で吹き飛ばされるイメージでもない。火が勢いを弱め、薪をくべなければ燃えないほどに弱りはてるイメージ。そして、炭の中に逃げ込み、空を燃やすことが出来なくなってしまう火のイメージ。 もっと強く思え。もっと、もっと。 そうなることが当たり前であるかのように、もっともっと強く念じろ。 一身に火に向かって念じ続ける彼を、ごぅ、と炎がかすめた。後ろにいたプルが短く叫び声をあげる。しかし、炎に呑まれたように見えたシャンプは無事だった――むしろ、彼が火をまとったようにも見える。 火を司る精霊神フラムよ、鎮まれ――シャンプは剣と共に命じた。 ――火よ、消えよ。燃え盛るならば、我が内に宿りて力を奮え―― 「フレイム・アブソーブ!!」 ◆ 「なな、何だ!?」 プルは己の両手が赤く光るのを感じた。剣を握り締めて瞑想にふけっているようにも見えるシャンピニオンの腕に、彼の村で見たときのような刻印が浮かび上がってきている。燃え盛る炎よりも紅く、それでいてあの時よりもよりはっきりとした刻印が。 だが、プルが驚いている時間はそう長くなかった。 剣の先に組み込まれている宝珠が赤く輝いたかと思うと、その赤い光に取って代わられるかのごとく、炎が見る見るうちに勢いを弱め、ふっと消えてしまったのだ。まるで、今まで自分が見たものが幻であるかのように。 「! シャンプ!!」 ゆるゆると、シャンプの内に炎が吸い込まれていくような、そんな感じがした。見えた、とまでは言えないが、何かそんな感じがした。だが思うよりも早く、彼は全身の力が抜け切ってしまったかのようにガクッと膝をついた。慌てて駆け寄る。 「んあ・・・・・・火ぃ・・・・・・消え・・・・・・とぉ?」 虚ろな瞳で、シャンプはプルを見た。 「え、ああうん、消えたよ。何か・・・こう、ふっと」 今にも倒れそうな彼の体に触って、思わずプルは手を引っ込めた。 熱い。炎よりも、ずっと。 清々しい気と、禍々しい気が同時に押し寄せてくるような、不気味で神聖な感じを受けながら、プルはシャンプの手に握られた聖魔剣リシーサを見た。それはまるで生きているかのようだ。胎動し、今にも剣という名の殻を押し破りそうな気配すらする。そして同時に、そのようなことが決して無い、抜け殻のような死の気配もあった。 ただハッキリとわかるのは、さっきの奇跡はこの剣の力だということ。そしてその奇跡を起こしたのが勇者であるシャンプだということだ。 「おお、奇跡じゃ・・・・・・」 その通りだといわんばかりに、剣の先に組み込まれた宝珠が、まだその透明な身の内に、炎の赤をゆらゆらと蠢かしている。 「よ、よし、じゃあ・・・逃げよう! ここにいたら崩れちゃうかもだしさ」 意を決して、プルはシャンプの両肩を支えて立ち上がらせた。その瞬間、プルはギャッと叫んでいた。 「でぇ・・・・・・じょぶ・・・・・・かぁ・・・・・・」 「なな、何のこれしき!」 シャンプの腕はまるで焼き鏝だった――骨の真を焼くような感触にプルは涙が出そうになったが、歯を食いしばって耐えた。自分が感じた以上の何かが、小さな勇者様に圧しかかっているのは間違い無かった。 「ああ、あ、アンブロスス様、立てますよねぇ!? ご自身で!」 いくら火事場の馬鹿力といわれても、プルには二人の人間を背負って運べるだけの体力は無かった。そして今、助けが必要なのはシャンプの方だ。ご老人には悪いが、自分でがんばってもらうしかない。 「たてます・・・・・・はて、盾もマスもどこにも無いが・・・・・・?」 「てなわけで、は、早く出ましょう、ほら危ないし!」 アンブロススのボケを無視して、プルはとりあえず蹴破ってでも出られそうな場所を探した。シャンプがこの状態だし、爺さんは当てに出来ないし、だとすると自分がやるしかない。でも、どこから? 「えーと・・・・・・」 燃えて脆くなっていそうだとはいえ、やはり木材は硬い。 「(蹴ったら痛そうだな、いや、それで穴でも開けばいいんだけれど開かなかったら無駄蹴りだよな、逆に自分の足を痛めたらバカみたいだし・・・でも何とかして穴を開けないことには逃げられないわけで――)」 プルがブツブツと考え込んでいると、 バギイィ! 「うわぎゃああ!!」 激しい音と共にプルの目の前の壁が爆発した。 「(ああもう終わりだもうこの祭祀殿も崩れちゃって自分は生き埋めになって死ぬんだというか死ぬ前にもう一度まともなご飯が食べたかったな――)」 「――ってオメェなぁ、聞いてねぇだろ人の話!!」 「え?」 恐る恐る目を開いてみると、そこにはあの鎧男がいた。 「ひ――」 「叫ぶなわめくな、うっとおしい!」 プルが叫ぶよりも早く、男が後頭部を小突いた。目の前に星が飛ぶ。くどいようだが、そこは椅子をぶつけた上にこの鎧男のブーツで蹴られたところなのだ。しかもこの人、手甲もしているから痛いの何のって。 だが青年は自分のせいでプルがうずくまってしまったのだということには全く気付かずにため息をついた。 「男ならそんぐらいの痛みは耐えやがれ! ったく、軟弱だな」 「(誰のせいだよ誰の!?)」 プルは心の中でそう突っ込んでおいてから、頭を押さえて立ち上がった(口に出せばあの恐ろしい形相で睨まれることになるからだ)。もちろん、後頭部は手でしっかりとガードしてある。これ以上ぶつけたら頭が悪くなりそうだ。 「とにかく、私があけた穴からさっさと出やがれ!」 「ふぁい・・・・・・」 プルは彼に決して背後を見せないようにしながら、ずりずりと穴を出た。 トリュフォーは、見た。 金髪の方の少年が、その背丈ほどの剣を持っているのを。そしてそれは、あの『聖魔剣リシーサ』と同じ特徴だった。彼の目は節穴ではないのだ。 「(まさかこんなとこにあったとはな・・・・・・)」 そう考えれば、大体の説明はつく。何故獣が凶暴化したのかも、何故炎が一瞬で消えてしまったのかも。 だが、彼が説明を求めようとする前に、金髪の彼は「もうでぇじょぶだぁ」とか何とか言って、爺さんを負ぶって避難所へと駆けて行ってしまった。と、その時目にはいったのが、あの、茶髪の少年プルア何とかだった。 ご両親には悪いが、感動の再開はもう少し先延ばしだ。その前に聞きたいことと、言わなければならないことがある。 「おい、ちょっとお前」 「・・・・・・」 無視する気だ。そうはいかない。名前でも呼んでやろう、確か―― 「おい、プルアロータス」 「・・・・・・はい?」 ぎこちなく、彼は振り向いた。いつでもそうだが、こういう田舎のほうに来れば来るほど、自分のこの格好のせいだろうか、やたらと警戒される。そりゃあ、全身鎧で顔が見えないから仕方が無い。そんな奴を信じろというほうが馬鹿だ。まぁ、警戒されようとされまいとどうだっていいことではあるのだが。ともかく、トリュフォーは言った。 「ちょっとつきあえ」 相手が硬直したのが手に取るように分かる。 「(しゃーねぇ、兜無しで喋るか)」 こんな場所で、自分の素性を知ってるヤツなんかいないだろう、とトリュフォーは彼なりに、相手を思い遣ることにした。もちろん、相手のプルはそんな気遣いなど、全く気付いてはいないのだが。 「――で?」 「・・・・・・」 あらゆる所から妙な汗を噴き出しながら、プルは黙っていた。きっと運が悪かったのだろう、祭祀殿で炎に囲まれたものの何とか火が消え、無事に逃げ出せると思いきや、自分で脱出することが出来ずに、鎧男が助けに来てくれたのはいいのだが、その彼に説明しろと捕まってしまったのだから。ちなみに、無事だったシャンプの方は、アンブロスス様を村の避難所まで連れて行ってしまっている。多分彼の方が大変だと言うプルの言葉を無視するように、彼は大丈夫だを連発してついでに腰を抜かした爺さんを負ぶって行ってしまったのだ。あの足を活かして一刻も早く戻って来てくれることを願うしかない。 その鎧男ことトリュフォーは、舌打ちをしながら、棒のように立ち尽くしているプル頭を槍の石突で小突いた。 「だから黙ってたら分かんねぇだろーが。言え。ありゃ何だ」 しばらくの沈黙。 「・・・・・・燃えカス?」 「物体は見りゃあ分かる。いいか、私が聞きたいのは“何が起こったのか”だ」 夜明けの陽光に照らされ、村は悲惨なその状況をあらわにしていた。ぽつぽつと、巨大な炭と化してしまった建物が、以前の面影も無く立っていた。 だが、村が全焼しなかっただけ幸運だった。何よりも、人の被害が無い。家は立て直すだけだし、その間は少々不便になるが、復興にはそう時間はかからないだろう。燃えたのは村の一部だけだった。 それもこれも、あのリシーサとかいう聖魔剣の力のおかげなのだろう、とプルはひっそりと思った。もうダメかと思ったあの時、シャンプが見せたあの力。剣の先端に据えられた宝珠が赤い光を放ったかと思うと、同時に火の勢いが弱まり、あれよあれよという間に消えてしまったのだ。そう、まるで剣に炎が吸い込まれてしまったかのように。 だがそんなこと、言っても信じてもらえるのだろうか。 おずおずと、プルは青年を見た。顔も煤で黒かったが、ッの毛も瞳も真っ黒だ。この辺りでは全く見ない特徴だ。旅をしているのは見れば分かるが、異国の人か。煤で黒くなってしまってよく分からないが、あまり、その、怖い顔というわけではなかった。いや、まったく怖いわけではないが、顔を隠す兜と暗い闇が無ければ、昨日感じた恐怖心は起こらなかった。それに、まだ若く見える。想像していたのよりはずっとまともな顔だ。いや、想像した顔がまともじゃないのは分かっていた。だがこの顔はどちらかというと、荒くれ者というよりは一匹狼の傭兵、といった感じだった。いや、両方とも見たことは無いのだけれど、感じとして。 だとすれば、喋れば分かってくれる――かも。 「あの・・・・・・戦士様?」 と、青年は口を開き、「様は余計だ」と言った。 案外気さくな人かもしれないぞ、いやだがまだそう決め付けるのには早い。“戦士様”と呼ばれるのが嫌なだけかもしれないのだから。 プルはもう一度声をかけようとして、どうかければいいのか困った。“様”は要らないと言われたが、だとすればどう呼べばいいのだろうか。思い切って―― 「・・・・・・戦士?」 「――それも妙だな」 「(あ? 怒らなかった)」 プルはひっそりと笑った。いきなり怒鳴り散らす人というわけではなさそうだ。口は悪いが、話せばきっと、分かってくれる――と願いたい。また小突かれるのはゴメンだ。だがあれを信じてくれるのか? その彼は、煤だらけになった真っ黒な顔でしばし考えていたが、面倒だとでも言いたげに首を振った。 「まぁ、私の呼び方なんざどうだっていい。それより何だ? ようやく説明する気になりやがったのか?」 呼び名についての結論は先延ばしにしたようだ。プルは一呼吸置いてから返す。 「あの、あれは――」 グゥゥウウ 凄まじい音が自分の腹からして、プルは思わず腹を押さえた。そういえば最近口にしたものはリンゴ(仮)とリンゴ(本物)だけだったとプルが思っていると、彼は苦笑いを浮かべた。 「ま、ひとまずはメシが先か」 だがプルが助かったと思ったのもつかの間、彼はこう続けた。 「それに、食いながらでも話は出来るだろうしな」 キノコ勇者、第一話からの完全版を目指して製作中。 やっていることといえば、自分の稚拙な文章の手直し、無意味な追加、バックボーンの整合、など。 ちなみに、文体が一致しないのはリレーだからです。さらに、他の人が書いた箇所にも微妙に修正(改悪)が入っております。許可はかなり昔に取りました、確か。 誰がどの部分を書いたか知りたいぜ、という方は過去ログをあさってください。全部残ってます。 関係無いのに出没し続けてすみませんが、たぶんまだまだ消えません。迷惑かけてごめんなさいねと。 何度目になるかわからない微修正。 というか、誰かこれ見てるヒトはいるのか?
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二つ名:透輝の勇者 名前:不明/そのまま透輝(とうき)と呼んどいてください。 詳細: 長い間各地を旅してまわっている勇者。出身はおろか現在の拠点も定かではない。もはや人々から忘れられた古い魔法を使用し、その魔法は勇者というよりは魔王に近い物らしい 「さて、今日は何について話そうか。そうだなぁ……うん、 ──或る忘れられた勇者の話はどうだろうか」 性別:男 年齢:34(見た目) 身長:181cm 本名・出身:ともに不明 外見:体格として細身。肌もいくらか白め。威圧感は何処かへ忘れた。 瞳はくすみのある淡い黄色よりのグリーン。 頭髪は細く柔くくせ毛。黄緑を帯びたプラチナブロンド。「陽の当たる麦畑のような髪」(…さんへ感謝) 衣服で見えないが全身に幾何学的なタトゥーが入っている。 勇者の証:左手の小手に付けられた丸い宝石 ◆詳細設定 透輝(とうき)の勇者。萌木のような緑に輝く宝石の杖が目印の魔法使い。 面倒を避けて闇雲に勇者と名乗ろうとせず、「まじない師」やら「すごい魔法使い」など適当に誤魔化しながら各地を旅している。 一見ちょっと胡散臭い普通の男だが、実のところ数百年以上の年月を生きている。 ゲーム最初期の勇者の一人。いわゆる『宝石組』。 出生まで遡れば神代…世界の創世期に至る。 それ故あらゆる伝承の生き字引のようなもの。勇者として、または魔法使いとして少しでも関わった歴史は多数存在する。 仙人じみているが「おじさん」と言われると複雑な心境らしい。 「おにーさん」を自称しつつも、実際問題立ち上がるときに「どっこいしょ」と言ってしまうようになった。 このゲームの真相については把握しており、その上での彼の目的はこの盤上の結末を見届けることである。 人間にとって未来ある結果が生まれるようにしたいとは望んでいるが、果たして。 魔王にも知り合いは居る。現在魔王討伐などは行っておらず、一応は分け隔てない。 しかしほんの少し人間側を贔屓してしまうのは彼自身が人間を自負しており、詰まるところ人間が好きなのである。 基本は聖界をぶらぶら放浪している。 腕を見込まれて受けた依頼の報酬が大きな収入源である。 魔法使いとして魔除けや豊作祈願などの祈祷や、解呪が主な内容。 受けるかは場合によりけりで選り好みする。身体を動かすようなことは疲れるのでまずNG。 倫理に反するような行為はあんま好きではないので、そういった依頼を受けたいとは思わない。そーいうのってあとあと面倒そうじゃない? 他には手に入れた素材や手製のおまもり(魔具)を売ったりなどで小銭を稼ぐこともあるかも。 活動拠点が無いので、約束が無い限り偶然出会うことになるだろう。 積荷の中に紛れていたり、唐突に木から落ちてきたり、湖に顔を突っ込んで倒れてるかもしれない。 ちなみに故郷を持たないので、もし魔王を倒しエネルギーを得た場合、どこかしら任意の場所へ転送するようになっている。 ◆性格 一人称:基本は「私」、柔らかく「僕」や、茶化すときは「おにーさん」など。素のときは「俺」 二人称:「君」、「あんた」とか「お前さん」 三人称:「◯◯君」が基本。勇者、魔王ともに肩書で呼ぶ。 いつもは一人称は「私」であり、魔法使いのソレらしく気取ったような仰々しい喋り方をする。そう振る舞うのも仕事のようなもの。 穏やかだが、のらりくらり相手を煙に巻いて面倒を避けようとする面倒くさがり。 だが彼の素は素朴で大雑把でいて神経質な気質であり、一人称は「俺」でほんの少しぶっきらぼうな口調になる。 どちらかと言えば新しもの好き。人類の発展を見るのが楽しい御老体。 お酒も嗜むし料理は味が濃いものが好み。(ただし胃もたれ不可避) 嫌いな食べ物はたまいも。理由は口の中がもさもさするから。おなじ理由が適用される食べ物は大抵きらい。 ◆能力など 『魔法言語』 詠唱による魔法の発動。詳細は後述。 『魔術』 古めかしいものから最新の術まで。魔力の扱いに長け、魔力回路の質は魔王と遜色ないためおおよそのことはできるだろう。 ただしそんな器用ではない。魔力純度が平均の魔術師より群を抜いて高いため、いつもは古代魔術言語の詠唱などを挟んでワンクッションを置いて使用する。 普段持ち歩く杖はその精度を上げる効果を持ち合わせている。 『天眼』 常時、視認したもの輪郭の中に魂・本質の色形が見える。 勇者魔王であること、人間なのか魔族なのか、生命力の熱量など。 また、瞼を閉じて念じれば現在の任意の座標の景色を視ることができる。現在視というやつ。 とある座標から観測されたビジョンを受け取ることができる、といった感覚。 『不老不死』 勇者に任命された時に女神から与えられた奇跡。 しかしある時からその加護が剥がれて効果が弱まってしまい、徐々に体は加齢している。 『呪い』 女神により付与されたもの。安寧を求めて住居を得た場合、彼が追い出される若しくはその国が滅びるなどの”運命への流れ”が生まれる。 透輝が定住せず旅を続けている大きな要因。 『令呪(仮)』 自覚できない催眠に対して警鐘を鳴らすための防衛魔術。 ある王家の眼に宿る魔法・エスタブリッシュアイの効果から逃れるために編成してみた。催眠を無効化するものではないので注意。エスタブリッシュアイの詳細/制作:東さん ◆魔法 《概要》 透輝の使う魔法は『世界を改変させる言葉』そのものである。 術者は透輝本人ではあるが、『世界』そのものに望む結果を申請し、許諾を得ることで事象として発現する。 『言霊』と言ったほうがわかりやすく馴染みがあるかもしれない。本来であれば望む結果への流れを生み出すものを、この魔法は命令さながらの強制力と即効性を持つ。 これによって得た結果は『世界』の意志であるため、慥かな実体のある像を結び、あるべくしてあった事象となる。この世界に存在するものならば、この魔法の効果を拒否することが出来ない。 それらの効果が薄れていくのは世界の弾性のため。 規模が小さければ”奇跡”のようなものだが、あまりにも大きいと”IFの時間軸”のような結界を創ることになる。 《発動条件》 発現させる結果が『世界の法則』に則ったものであるほど簡単で、あり得ない現象ほどコストは嵩む。 主なエネルギーは術者のいる土地のものを使用する。もしその場所が疲弊していれば望むような結果は得られない。 『世界』からの許諾が下りず魔法が発動しないこともある。その場合、自らの魔力で代用し行使することも可能。 魔法の効果範囲に制限はないが、素直に広いほどエネルギーと魔力が必要である。 詠唱の長さは魔法の効果や難解さにより変動する。強力であるほど長い。言っちゃうと呪文はくどくどお願いを述べている事に他ならない。 詠唱が途切れればリセットされ、一からやりなおしである。心折。 この魔法の術式は透輝の勇者か、同条件の者の詠唱によってしか発動しない。 なお、多少効力に差はあれど聖界・魔界は問わない。 《具体例》 なんでもアリなので、おおよそ得意とすることや考えつく例を挙げる。 ◯改変 現状ある空間を任意の状態へ変化を促すもの。 雨雲を呼び込む・晴らすなど天候への干渉 願い事の成就への強力すぎるおまじない 「私の姿は見えない」と言えば、誰にも透輝を視認することは不可能なフィールドを構成できる ◯組換 対象の生物・物体へ現状での”役割”や”状態”を付与する演出家になれるアレソレ。キングメーカーできる。 汝は竜! 対象と世界の繋がりを強固にして機能を向上させるバフ、剥離する呪い効果のデバフ 壊れたものをあるべき形へ戻すなどの修復。野良ゲートを閉じたりとか ◎魂送り 地上で迷える魂を天界へ導くための呪文。 遥か昔、当時天使だった災の魔王様と行動を共にした際に授かったもの。 さんてんりーださん作「そして、祈りが燃える」にて使用。 ◆戦闘 《基本スタイル》 疲れるからできる限り避けたいし、もっぱらサポート型。 攻撃手段としてはエネルギーを圧縮して放出するビームとか、魔弾を撃つなど。 また『魔法』を使うことはあまりない。詠唱が必要な以上隙が多く簡単に弱点を知られてしまうからだ。 《身体的能力》 長年の経験による戦闘慣れと、勇者としての強化のため一般人より秀でているが、魔法特化のためずば抜けてはいない。おまけに運動不足。 肉弾戦はきらいなものの、モブなら勝てる程度の剣術は習得している。(相手が兵士でもなんでもモブなら勝てる。たぶん) 剣術の指南は翡翠の勇者にお願いした。相手から武器を取り落とすか、いなして距離を取る術に重きを置いている。 《装備品・杖》 前述した『魔法言語』は汎用性や効果範囲については圧倒的だが、お察しの通り非常に回りくどいし小回りが利かない。 そんなんで戦えるか!!となった透輝が編み上げたのが持ち歩いている杖である。 杖の先端に飾られた宝石をレンズに、あらゆるエネルギーを吸収、貯蓄、放出する。 物理的な衝撃、あるいはエネルギー体などの攻撃を効果範囲ならば無効化する事ができる。 魔術防壁と似ているが、違いとしては弾かずに吸収する事。 これの発動にも短いながら詠唱の代わりとなる魔法の合図が必要で、透輝本人でないと扱えない。 効果範囲は宝石の真正面、内蔵された魔法陣が映し出された部分。 また、蓄えられるエネルギー量は膨大だが、限界はある。 ◆覚醒 既に覚醒をし、常時発動している状態。 発露した能力は、端的に言って『時間遡行』である。 本当の能力としては”世界との意識の融合”なのだが、『世界の記憶』へのアクセスし過去の情景を垣間見たり、加えて現在へ完全再現する事が出来る。 瞬間でも『世界』が書き換わるので、その範囲に居る者はその事に気づく事ができない。意志の強い者であれば違和感として気づくことが出来るかもしれない。 遡る時間が短ければ効果範囲の時空がぶれる程度で次第に収束していくが、遠のけば当然ぶれも大きくなり異界として現実から剥離させられる。しばらくは見た感じは蜃気楼のように、異界の面が現実にくっついている状態。 過去再現が可能なのは覚醒者の魔力が行き渡る範囲まで。小さな街ひとつぐらいすっぽりイケんじゃないかな! 時間の流れを遡ってある点へ漂着し歴史を改変させる事もできるが、ただし急流へ投石するようなもので出来事を先延ばしにするなど確定した結果を完全に覆すことはできない。ただの一人の勇者のキャパでは広大な世界を大きく書き換えるなど不可能である。 この覚醒により女神からの加護が大幅に剥離している(不老の加護が薄れている原因である)他、 リスポーンができないようになっているが、この『時間遡行』により死ぬことができない。 彼の死が決定した瞬間それを回避させる働きかけがある。つまるところ「致命傷で済んだぜ」という結果に強制帰結する。 この復活については透輝の意思とは関係なしに発動してしまうものなので、もし自害をしたとしても生命活動が可能な時点まで遡って生きながらえることになる。 これら覚醒能力を行使するほど透輝の勇者の存在はかろうじて留まっている人間の枠からかけ離れていく。 そうして行き着いた先に成るモノはもう勇者では無い。魔王か、神か。或いは、ただのバケモノか。 ◆背景 ──彼の故郷だというその場所はあるおとぎ話の中にのみ登場する都市で、『女神による人類の理想郷』として描かれ、聖界のどこにも存在が確認されていないため架空の存在とされている。 おとぎ話はいつ書かれたものなのか、誰が書いたのかすら不明なほど古く、いくつものパターンが確認されている。 いくつかモデルとなった土地、遺跡などを学者が挙げているが、確信には至っていない。 《経歴》 ①神代 : 聖界ができてから、女神との離別まで 女神が最初に聖界へ降ろした原初の人類、その中に透輝の勇者となる少年は生まれ、『理想郷』で育った。 16歳になった彼は神々から”魔法”に関する神秘をひとかけら盗み出し、それにより魔法を手に入れると、怒った女神により都市を追放される。 同時に、人間不信になった女神は都市を破壊。人類は聖界の各地へ散り散りになっていった、という。 ②古代 : 神と離れた人類の時代 ひとり聖界を彷徨った彼は、人類へ魔術をもたらす要因のひとつになる。 天使時代の災の魔王と出逢ったのもこの頃。 数百年の後、彼の体は限界を迎え、長い眠りにつく。 ③陣取りゲームの開始 陣取りゲームが始まると、『勇者』となるべく女神に叩き起こされる。 各宝石組と出会えたらいいねって思います。 ④魔界大侵攻 ゲームの激化。覚醒したのはこの時であり、以降緩やかに身体が成長していっている。 実はこの血を血で洗う時代、ひっそり大切な女性と出逢っている。 ⑤宮廷魔術師時代 砂漠の大帝国にて宮廷魔術師として王に仕える。およそ10年ほど帝国で暮らし、王の死を見届けた後、再び目的のない旅に出る。 →王様の詳細/制作 chuchuhakokainaさん ⑥現在 それから数百年は経っているだろう。緩やかに旅を続けている現在である。 To Be Continued! 《魔法の根源・透輝の勇者の存在について》 透輝が使う『魔法言語』は神代において、神とその眷属が使っていた祈りの言語である。 ”環境設定を整えるための、世界機構へのアクセスコード”のような効果を持つ。 この言語そのものは神代の終わりと共に女神により秘匿されている。 しかし透輝が魔法言語を扱えるのは、女神から神秘を盗み取り込んだ時、邪神の加護により魂・身体の構成を作り変えられ、その魔法と癒着した存在となったため。 普通の人間より上位だが神ではなく、邪神からの加護を受けてのちの魔王に近しいが成りきれない。(人間としても魔王としても居場所を失ったため『呪い』が発動している) 透輝の体内にある魔力回路は人間のそれではない。回路へ留めておける魔力の限界量、保有量もまた魔王と遜色ないもの。 魔法の発動については体内の魔力を操る技術というよりは『体質』による魔法といったニュアンス。 魔法の根底に『世界のバランスの執行』という概念があり、これは邪神の持つ天災を司る権能に由来する。 そのため世界に存在するエネルギーに対し、非常に強い感性を持っている。陣取りゲームが開始してからは一層強くエネルギーの移動を水面下で感じ取っている。 随時加筆予定。あしからず。不明点などあればお問い合わせください。 《散文》 0.:おとぎ話。 1.:おとぎ話その2。 序章の独白:上記の③あたりの雑文。 青い夢に迷える仔へ:イベント『蒼黒の悪夢』寄稿。 ※以下は不確定要素も多数含みます。 『偽神 ジズ=オプシス』 人の身に押し留めていた彼の意識が世界と完全に融合し、歪な神格へと昇華した状態。 人格は世界の内部へ取り込まれ、ただ魂の根本にある願望を叶えるためだけに機能する。 それは”望郷”。神の身許への帰還である。 広範囲に及ぶ結界を生成し、内部にある全ての物質の記憶を再編。神代の世界まで時間を巻き戻す。 その先は現実を剥離させたものとはいえ異世界なので、広大で果ての無い世界が広がっている。 巻き込まれた者はトリップ中に”過去をやり直すこと”への問いかけがされる。深い後悔の念が編み出すパラレルワールドに行ける。乗ったらどうなるかはお任せする。これは攻撃ではなく慈悲である。 …正直、神代まで行ったところでやることないので、陣取りゲーム開始ぐらいの時間軸を舞台にVSジズができたら楽しいかなって思います。(私が) これで宝石組が小さい頃とかまでタイムスリップできるね!!だがそんなイベントが在るとは言ってない。 ◆裏話 ◯『透輝』の元であるダイオプサイト(透輝石)の意味について 「叡智・知性・直感力・癒し・コミュニケーション」または 「知恵と叡智・柔らかな癒しの性質を持つ・穏やかな心を保つ・ストレスを流すように働く・精神の混乱状態を解消し、安定した状態に保つ・前向きな心を育てる」 などなど。非常に癒し系であり、均整って単語が一番当てはまるように思える。 叡智やコミュニケーションから”言葉(呪文)”を使うことにした。 またダイオプサイト-Diopsideの語源について、 『ダイオプサイトの名前の由来は、ギリシア語で透き通るや透明を意味する「diopsis」から付けられた名前といわれます。 また、ダブルを意味する「di」と見た目を意味する「optis」を合わせたものともいわれます。』 だそうです。 ここから”2つのバランスを保つ”ポジショニングを考えてたんですが、その2つが何なのか、深くは考えれていません。 ◯透輝の魂は非常にひび割れていていびつなもの。これもクロムダイオプサイトの見た目由来。人間である側面と魔族の力を得たことで軋んでいたり、ほかの理由もあったりする。 ダイオプサイトってけっこう色んな色があるので、それも色んな要素で取り入れて行きたい所。 ◯ちょっとおもしろいことを読んだ。この石は心臓の奥深くのトラウマなんかに干渉するものらしい。 また、手に入れた当時の”意志”を固定する。『執念をつくる石』などと呼んでる人がいた。ネットのスピリチュアル記事なので真偽は定かではないが、メモがてら書き留めておく。 参考 ◯驚くほどに「空の境界」の玄霧せんせいの能力と似ていて、私は感動を隠せない。 彼の能力、起源にわかりてぃを禁じ得ない。