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前ページ次ページ無情の使い魔 学院長室から『遠見の鏡』を用いて事の顛末を見届けたオスマンは、低く唸りながら己の豊かな髭を撫で上げる。 鏡に映りこんできた場面には、もはや言葉すら出ない。 (ドットクラスのメイジとはいえ、貴族を倒すとはのう……) それだけではない。 先程、慌てて止めに行くと出て行ったコルベールの話が正しければ、あの少年は『ガンダールヴ』の力を発動させるのではとも考え、こうして観察していた訳なのだが―― (やっぱり、違ったのかのう) 決闘の最中、あの少年は武器を何度か手にしてはいたものの、彼の左手に刻まれたルーンは全く反応していなかった。つまり、彼は生身であのゴーレムを叩きのめしたのだ。 コルベールが調べた使い魔のルーン――『ガンダールヴ』とはあらゆる武器を使いこなし、たった一人で幾千もの敵をも薙ぎ倒したという伝説の使い魔だったという事なのだが、もしそれが本当なのならば彼が武器を手にした所でルーンが力を発揮していたはずだ。 だが、あれだけではまだ結果は分からない。 もう少し様子を見る必要があるだろう。 (それにしても……あの子供達みたいじゃったのう) 通りがかる生徒や教師達が恐ろしい物でも見るかのような視線を桐山に送り、避けていた。 「ミス・ヴァリエールの使い魔は悪魔だ」 「メイジ殺しの平民だ」 そんな声も密かに囁かれる。 しかし、桐山はそんな陰口にすら全く興味を抱くことはなかった。 「あんた、本当にただの平民? どうして、あんなに強いのよ?」 寮の自分の部屋に桐山を連れ戻すなり、彼を問い詰めるルイズ。 「習ったんだよ」 にべもなくそう言い、桐山は先程シエスタから受け取った本を読み初める。 「習ったって……どこの平民がメイジを……しかもあれだけのゴーレムを軽く捻じ伏せられるって言うの!」 桐山は読書を続けつつデイパックの中から一冊の厚みがある本を取り出し、ルイズに差し出す。 それを受け取るルイズだが、表紙や中に刻まれた文字は桐山の世界における言語で書かれているものであるため、全く読み取る事ができない。 ちなみにその本のタイトルは「総合格闘技の全て」である。 「……何よ! これ! 全然、読めないわ!」 「それに書いてあった。どう戦えば良いのか」 「こんな本一冊であんなに強くなれる訳がないでしょう! 馬鹿も休み休みに言いなさい!」 癇癪を起こし、本をベッドに乱暴に放り捨てるルイズだが、桐山は動じない。 ここでルイズは自分を少し落ち着かせる。喚いてみたって、どうにもならない。 「……あんたがどうやって学んだかは知らないけど、とりあえずあれだけ強いのはあたしも理解できたわ。 でも、今後はあたしの許可なしに勝手な事は一切しないでちょうだい。……大体、何でギーシュの決闘なんか受けたりしたのよ」 「彼が言ったんだよ。〝決闘だ〟〝逃げる事は許さない〟と」 「あんた、逃げるのが嫌だったの?」 桐山は表情を変えぬまま首を横に振った。 「彼がそう言ったから、そうしただけだ」 「たった、それだけ?」 その事実にルイズは顔を顰めた。 あれだけ強い桐山が決闘を受けたのは、平民である彼なりのプライドでも何でもない。 ただ、彼は〝ギーシュとの決闘〟を「選択」しただけなのだ。 彼にとってはそれに意味などなく、ただそこらに落ちていた小石を蹴ってどかしたりするのと同じでしかない。 平民とはいえ実力のある使い魔である事が分かり、本来なら喜ぶべきかもしれない。 だが、彼のそうした異常とも言える行為が理解できず、逆に恐怖を感じてしまった。 (何よ、しっかりしなさい! あたしはこいつの主人よ! 怖がってどうするのよ!) たとえどんなに異常といえ、自分の使い魔を恐れるなんて、何たる事か。 ルイズは己を叱咤し、桐山への恐怖を打ち消そうと奮い立っていた。 そんな中でも、桐山はルイズを一瞥する事なく読書に夢中だった。 日が落ち、ルイズ達生徒は夕食のためにアルヴィーズの食堂へと赴き、桐山もまた厨房へと訪れていた。 そこで彼はマルトーからや他のコックや給仕達などから「我らの剣よ!」などと讃えられたりしていたのだが、桐山は気にするでもなく昼間とほぼ同じ量の料理を振舞われ黙々と食していた。 桐山が平民でありながら貴族を負かしたという事実に気を良くするマルトーから「どうやってあんなに強くなれたんだい」と聞かれても、桐山はルイズの時と同じく「習ったんだよ」と、それだけしか言わない。 無駄な事は一切話さず、簡潔に一言だけを述べる。マルトーは無口ながら桐山が自らを誇っている訳でないと見て、さらに気を良くしていた。 他のコックらに「みんなも見習え! 達人は決して誇らない!」などと嬉しそうに唱和させるも桐山は気にも留めていない。 「キリヤマさんがあんなに強いなんて、わたし驚きました」 食事を終え、厨房を後にしようとする桐山にシエスタが話しかける。桐山は一度立ち止まり、シエスタの話を聞いている。 あの決闘の一部始終をずっと見届けていたシエスタは初め、桐山がギーシュの召喚したゴーレムにやられてしまうのだと思い込んで悲観的になり、何度も彼に対して謝罪の念を抱いていた。 しかし……結果は見ての通り、桐山の圧勝にて終わった。それだけではない。シエスタは桐山の優雅な戦い振りに惹かれてしまったのだ。 それでいて全く傷一つ付いていないなんて、驚きを通り越して唖然としていた。 「……あの、本当に申し訳ありませんでした。わたしのせいで、桐山さんを危険な目に遭わせてしまって」 実際は全く危険ではなかった訳だが、これくらいの謝罪はせねばとシエスタは頭を下げる。 「いいんだ。ああいうのも面白いんじゃないか」 と、だけを言って厨房を後にしてしまった。 (もう少し。せめて、少しくらい笑ってくれたらなぁ……) シエスタは桐山と出会ってから今に至っても、彼が一度として笑顔を見せてくれない事を少し残念に思っていた。 笑顔だけではない。彼はあの無機的な表情をまるで人形のように一切、変化させていないのだ。 どうにかして、せめて微笑みくらいは見せてくれないだろうか。 女子寮へと戻り、ルイズの部屋に入ろうとするが鍵がかかっている。中に人の気配がないので、まだルイズは戻ってきていないようだ。 仕方がないので扉の横の壁に寄りかかり、静かにルイズを待つ事にする。 「……?」 すると、学ランの裾を何かが引っ張り、足元に熱さを感じる。 初めはそれほど気にするでもなく静かに佇み続ける桐山だったが、引っ張る力が強くなり、今度は「きゅるきゅる」と変わった鳴き声が聞こえてきた。 ちらりと視線を足元に向けると、そこには赤い体をした大きなトカゲの姿があった。尾の先にはじりじりと火が灯っている。 そのトカゲ――サラマンダーは学ランの裾を咥えたまま、くいくいっと引っ張っていた。 桐山はじっとそのサラマンダーを見つめ、小首を傾げるが、全く離そうとしないのを見て自分をどこかへ連れて行こうとしているのを察した。 学ランから口を離したサラマンダーはルイズの部屋の隣の部屋へ向かってのしのしと歩いていき、中へと入っていく。 その後を付いていき、桐山も中に足を踏み入れる。 中は暗闇に包まれていた。 正確には窓の外から入り込む月の微かな明かりや先程のサラマンダーの尾の灯火だけしかなかった。 「扉を閉めて下さるかしら?」 と、暗闇の奥――ベッドの方から妖艶な女の声がかかる。 桐山は後ろ手に扉を閉める。するとパチン、という指を弾く音と共に部屋の中に立てられた蝋燭が一本ずつ僅かな間隔を開けて灯っていった。 桐山のいる場所からベッドまで、まるで一つの道のように蝋燭の明かりは続いている。 ベッドに腰掛けているキュルケは、年頃の男ならば目のやり場に困る姿をしている。 彼女はベビードールのような下着だけしか身に着けていない。 桐山はそれを見ても特にどうも思わぬまま彼女を見続けていた。 「そんな所にいないで、こちらにいらっしゃいな……」 そんな彼を見て、困惑していると思い込んでいたキュルケは色っぽく声をかけて誘う。 溜め息も何の反応もせぬまま桐山はキュルケの目の前まで歩み寄る。 桐山の凍りついた瞳を間近から目にしたキュルケは思わず、ぞくりと身震いをした。 しかし、彼女が感じているのは恐怖ではなく、高揚感であった。 「初めまして。使い魔さん。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 妖艶に微笑みながら自己紹介をするキュルケ。 「あなたのお名前は?」 「キリヤマ。キリヤマ、カズオ」 桐山が無機質に名乗ると、キュルケは大きくため息をついた。そして悩ましげな目付きをする。 「……あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね。 ――思われても仕方ないの、わかる? ――あたしの二つ名は『微熱』。あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんな風にお呼びだてしたりしてしまう……。わかってる、いけないことよ……。 ――でもね、あなたはきっとお許し下さると思うわ」 キュルケは立ち上がり、桐山の間近くで彼の氷のような瞳をじっと見つめた。 「恋してるのよ。あたし、あなたに。恋はホント突然ね……。 ――あなたがギーシュのゴーレムを倒した時の姿、とても素敵だったわ。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ! ――あたしね、それを見て痺れたのよ。信じられる? 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ! ――二つ名の微熱は情熱なのよ!」 と、勝手に一人で盛り上がるキュルケだが当の桐山はそんなキュルケを見ても全く表情を変えていない。 それどころか、くくっと小首を傾げるだけだった。 (あら、ガードが固いわね……) 普通の男だったらここまでにダウンしているというのに、この桐山という少年にはキュルケの色気が全く通じていない。 次はどう攻めようかと思案したその時、窓の外が叩かれた。 そこには恨めしそうに部屋を覗く一人の男の姿が。 「キュルケ……待ち合わせの時間に君が来ないから着てみれば……」 「ぺリッソン! ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケは胸の谷間に差していた杖を振り、蝋燭の火から大蛇のような炎が伸び、窓ごと彼を吹き飛ばす。 その後もスティックス、マニカン、エイジャックス、ギムリまでもが姿を現すがキュルケの魔法やフレイムによって次々と吹き飛ばされていった。 「でね……あ! ちょっと!」 その間に桐山は興味を失ったかのように踵を返し、無言で部屋から出て行こうとする。 ノブに手をかけようとした途端、扉が乱雑に開け放たれた。 「ちょっとキュルケ! うるさいわよ……ってキリヤマ! あんたなんでこんなとこにいるのっ!?」 そこに立っていたのはルイズだった。そして、わなわなと肩を震わせている。 「取り込み中よ、ヴァリエール」 「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してるのよ!」 「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもの」 二人が言い合う中、桐山は興味もなさ気にルイズの脇を通って部屋を後にしていた。 ルイズはすぐ様彼の前に立ち塞がり、問い詰める。 「まだ話は終わってないわ! 何で、あんたがツェルプストーの所にいるのよ!」 「彼女が俺を呼んだんだ」 「……あんた、それだけでホイホイ彼女の所へ転がったっていうの……?」 ピクピクと口端を引き攣らせ、殺気立つ。しかし、桐山はそれには全く動じず、 「俺を呼んできた。俺はとりあえず部屋に入ってみた。それだけだ」 と言い残し、ルイズの横を通って彼女の部屋へと戻っていった。 「待ちなさい! ちゃんと説明してもらうわよ!」 桐山を追いかけ、ルイズも部屋へと飛び込んでいった。 フレイムと一緒に取り残されてしまったキュルケは、先程目にした桐山の瞳をふと思い返していた。 人形のように凍りついた、冷たい瞳。それはまるで全てを容赦なく凍てつかせるようなものだった。 その瞳が、自分の友人とよく似たものである事に気付く。 (……いえ、あの子よりももっと冷たいわね) トライアングルクラスのメイジである友人よりも、彼の瞳は圧倒的に冷たかった。 そして、一切の感情が宿っていない事に気付く。 翌日は虚無の曜日。休日であり、授業はなかった。 ルイズは桐山を連れて街へと向かう事になった。戦う事ができる桐山に剣か何かを買ってあげようと考えたのである。 使い魔たるもの、主人を守るのも役目の一つ。いくらドットクラスのメイジに勝てたからと言って所詮は平民だ。 剣一つくらいは持たせなければ、それ以上の実力のメイジと戦う事になっても勝てる訳がない。 桐山は特に何の意見もなく、ただ彼女に付いていく事になった。 (……な、なによ! あいつ! 何で、あんなに上手いのよ!) 馬に乗って街まで向かっていたのだが、ルイズは馬術が得意な自分と全くの互角、いや自分よりも優雅で遥かに見事な腕前で馬を走らせているのを見て何故だか無性に腹が立った。 主人である自分が得意とするものが、使い魔に劣る。それがとても悔しかった。 「……あんた! もう少しゆっくり走りなさい! 主人より前に出るのは許さないわよ!」 理不尽な嫉妬が混じった叫びを上げると、桐山は素直にスピードを落としてルイズの隣につく。 「あんた、何でそんなに馬の扱いが上手いの? 前にも乗った事があるの?」 「いや、馬に乗るのはこれが初めてだ」 などと言われてルイズは驚く。初心者? 冗談ではない。自分でさえここまで技術を磨くには時間がかかったのだ。それをほんの僅かな時間でここまで身に着けられるものなのか? 「……う、嘘おっしゃい! だったらどうしてそんなに馬の扱いが上手いのよ!」 「お前を見て覚えたんだ」 (あ、あたしを!? ……な、何なのよ! こいつ!) 確かに乗り始めてから数分の桐山はそれ程乗馬は上手くはなかった。 それを、ルイズの乗馬を僅かに見ただけであそこまで技術を物にするなんて。……化け物だろうか? 一方、学院の学生寮。自室で休日の楽しみである読書にふけていたタバサだったが、突然扉を乱雑に開けて乱入してきた人物に妨害される。 タバサは杖を取り、サイレントの呪文を唱えようとするが、 「待って!」 それが友人であるキュルケであると確認し、中断する。 「タバサ! 出かけるわよ! 支度して!」 「虚無の曜日」 「分かってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日なのか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。 でも、今はね、そんな事言ってられないの。恋なのよ! 恋!」 と、自分の肩を抱くキュルケ。 「あぁもう、説明するわ! 恋したのあたし! ほら使い魔のキリヤマ! 彼があの人が憎きヴァリエールと出掛けたの! だからあたしはそれを追って突き止めなきゃいけないの!」 キリヤマ。その名前にぴくりと僅かに反応するタバサ。 「わかった」 そう一言答え、読んでいた本をしまうと準備をする。 ずいぶんと物分りが良いので、キュルケは一瞬呆気に取られた。 「……まあ、いいわ。とにかく二人は馬に乗って出かけたの。あなたの使い魔のシルフィードじゃなきゃ追いつかないのよ!」 沈黙したままタバサは準備をし、窓を開けると指笛を吹く。 そして、飛んできた彼女の使い魔、風竜シルフィードに乗ってルイズ達を追った。 タバサがこれほどまでに軽く了承したのはキュルケに頼まれたからではなかった。 (彼は……わたしと似ている) あのキリヤマという少年。彼が自分とよく似ていたからだ。 雰囲気、表情、瞳……何もかもが自分と酷似していた。 まるで客観的に自分という存在を見ているような気がして、興味が湧いた。 三時間程、馬を走らせて王都トリスタニアの街へと着いたルイズ達。 今日は虚無の曜日という事でブルドンネ通りには多くの人々が忙しそうに行き交い、通りの脇には露天や商店が並んでいる。 「この先にはトリステインの宮殿があるのよ、だから街として発展もしているの」 桐山に少しくらいは説明した方が良いと思い、ルイズは大通りの先を指差す。 当の本人は田舎者のように辺りをキョロキョロとする訳でもなく、その視線はじっと正面のみ見据えられていた。 「ええと、武器屋はこっちだったわね」 そう言って路地裏へ入るルイズ。桐山もしっかり付いてくる。 路地裏は表通りに比べて日も当たらなくて陰気であった。 「ここら辺は治安が良くないから、あまりここへは立ち寄りたくないのよね……」 と、溜め息を吐くが路地を進んでいると突然、4人の男が二人の前に立ち塞がってきた。 「へっへっへ、貴族のおふた方。ここを通るには通行料が必要でね」 ごろつきの一人が下品に笑う。その手には小さなナイフが握られていた。 「で、いくら欲しいのよ」 「へっへっへ、そうだな。有り金全部出してもらお――ぎゃああああぁぁっ!!」 ナイフを突きつけながら言い終える直前に、突然男が絶叫を上げて蹲った。 その手からはいつの間にかナイフが消え、男の右目に突き刺さっている。 (な、何!? 何が起きたの!) 「このぉ!」 三人がナイフを振りかぶって一斉に飛び掛っていったのは桐山であり、ごろつき達が立ち塞がってから変わらぬまま静かに佇んでいる。 それからルイズは唖然とした。 桐山は三人を、五秒とかからずに次々と地に伏させていたのだ。 一人は両腕をあらぬ方向にへし折られてナイフを脚に突き刺され、 一人は桐山の手刀でナイフを手にした手首を真っ二つにされてその手首ごとナイフをもう片方の腕に突き刺され、 一番マシであった一人は桐山に手を掴まれて捻られ、足を引っ掛けられて前に一回転しながら地に叩きつけられて昏倒するだけで済んでいた。 「あぁ……ああぁ……」 尻餅をついていたルイズは微塵の容赦もなくごろつきを叩きのめした桐山を見て、恐怖を抱きかけていた。 何故、あそこまで冷酷になれるのだろう。ごろつきを叩きのめすのであれば、最後の一人のようにするだけで良いではないか。 「……あ、ちょっと! 待ちなさい!」 足が震えて立ち辛かったが、つかつかと先へ進みだす桐山の後をルイズは追った。 二人が路地を去った後も、ごろつき達は地を這い蹲ったまま呻き声を上げていた。 今ので憔悴しかけたルイズであったが、桐山が人を殺さなかっただけでも幸いだったと感じ、改めて自分を奮い立たせていた。 そして、目的の武器屋へと入っていく。 やや薄汚れた店内には様々な武器が置かれているが、店主は働く気があるのかカウンターでタバコを吹かしている。 しかし、ルイズ達の姿をみるや否や、媚びへつらった顔をする。 「旦那、貴族の旦那。うちは真っ当な商売をしていまさぁ。お上に目をつけられるようなことは、これっぽっちもありませんよ」 「何を勘違いしてるの。客よ」 と、ルイズが言うと店主は眉を顰めだす。 「貴族が、剣を……?」 「あたしじゃないわ。こいつに見合う剣を適当に一つ見繕ってちょうだい」 と、桐山を指差す。桐山は既に店内に置かれた剣を手にしてそれをじっと見つめていた。 しかし、どれを手にしてもすぐに興味を失ったかのように戻してしまう。 「あぁ、従者様にですかい。彼でしたら……」 良い鴨が来たものだと微かに笑いながら店主は1メイル程の長さの、ずいぶんと華奢な細身の剣を取り出した。 「昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」 「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」 「へえ、何でも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしてましてね」 店主曰く、『土くれのフーケ』というメイジの盗賊が貴族の財宝を盗みまくっているという。 しかし、ルイズは盗賊には興味はない。 「もっと大きくて太いのがいいわ」 「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見た所、若奥様の従者様にはこの程度が無難なようで」 「大きくて太いのがいいと言ったのよ」 ルイズと店主が交渉をし合う中、桐山はそちらに全く興味を示さず自分で勝手に剣を取っては戻している。 「これなんかいかがです?」 そして、店主が取り出したのは所々に宝石が散りばめられた、1.5メイルはあろうかという大剣だった。 「ほら! キリヤマ! あんたもこっちに来なさいよ!」 ルイズが桐山の服を引っ張って呼び寄せると、彼にその剣を渡す。 じっとその剣を見つめていた桐山であるが、その剣ですら他の剣同様にすぐ興味を失ってしまい、素っ気無く店主に返してしまった。 それどころか、もうこの店に用は無いと言いたげに踵を返し、店の外へ出て行こうとしてしまう。 「ちょ、ちょっと! どこへ行くのよ! キリヤマ!」 慌ててルイズが彼の腕を掴んで呼び戻す。 「あんたのために剣を買ってあげようって言ってるんじゃない! それを無碍にする気!?」 これではせっかく街まで来た意味がない。 「じゅ、従者さん……お気に入りにならないのでしたら、また別の剣を――」 店主もせっかくの鴨である客がこのまま何も買わずに帰ってしまうのだけは避けたかった。 そんな時だった。 「へっ、ざまあねえな」 突然、どこからともなく男の声が聞こえた。 「客に逃げられるようじゃあ、所詮はその程度よ!」 「何の声?」 ルイズがきょろきょろと辺りを見回す。 すると、店主が積み上げられた剣に向かって叫びだした。 「やかましい、デル公! お前は黙ってやがれ!」 桐山は再び踵を返すと、声がした方へ向かって歩き出す。 「黙らせられるもんなら、やってみるんだな!」 その声は一振りの錆付いた剣から聞こえてきた。 「これって、インテリジェンスソード?」 「はあ、『デルフリンガー』っていうインテリジェンスソードでして。……一体、どこの魔術師が始めたんでしょうねぇ。剣を喋らすなんて……。 やいデル公! それ以上、余計な事を言ってみろ! 貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」 「面白れえ! やってみろ! こちとらどうせ、この世にゃ飽き飽きしてた所さ!」 店主とデルフリンガーが言い争う中、桐山はその剣を無言で手にし始めた。 デルフリンガーは桐山の手の中で、桐山を観察するかのように黙りこくっていた。 それから少しすると、小さな声で喋りだす。 「おでれーた。……てめえ、『使い手』か。……って、何だよ!」 そのデルフリンガーでさえ桐山はすぐに興味を失って戻してしまい、離れていった。 「ちょ! ちょっと待て! おい、俺を買え! いや、買ってくれ! おいってばああぁぁっ!」 悲痛な叫びで懇願するデルフリンガーに、さすがの桐山もまた戻ってくる。 そして、再び手に取った。 そして、ルイズをちらりと一瞥する。どうやら、これに決めたようだ。 ルイズは桐山が変な物を選んだ事を意外に思って細く溜め息をつく。 「おいくら?」 「……え? ああ、あれなら20で結構でさ」 「あら、そんなに安くて良いの?」 「こちらとして良い厄介払いになりますんで」 ルイズが桐山に預けたサイフには200エキュー程のお金が入っている。 充分過ぎる程、破格の安値だった。 桐山は店主から渡された鞘ごと、黙々とデルフリンガーを背負っていた。 「あんた、本当にそんなので良いの?」 武器屋を後にし、馬を繋いでいる所まで戻っていく中、ルイズは桐山に問う。 正直、どうして桐山がこんなボロい剣を選んだのか不思議でならなかった。 「いいんだ」 それだけを言い、後は沈黙するだけだった。 「おい! 平民!」 学院に戻ってくるなり、突然桐山を呼び止めた生徒がいた。 ルイズと同級生のラインメイジ、ヴィリエ・ド・ロレーヌである。 彼曰く、先日のギーシュとの決闘で彼が勝ったのが許せないという事だった。 平民の分際で貴族に勝つなどという事はあり得ない。インチキだ。自分ならば彼に勝ってみせる。 そのような理不尽な因縁をつけてきたのである。 ルイズが必死に止めようとしても、ロレーヌは「ゼロのルイズは引っ込んでいろ!」などと言ってくる。 「決闘だ! 平民め!」 そう意気込み、桐山に挑んだロレーヌだった。 しかし、結果はすぐに出ていた。 「あ……あう……」 ものの数秒で地に這い蹲るロレーヌ。その右腕は手首から肩まで見事にへし折られている上に、杖も桐山の手刀で真っ二つにされていた。 その後桐山に対して貴族に勝ったという事実を受け入れられない尊大な生徒達は次々と彼に挑んでいった。挙句の果てには決闘など関係なく、一方的に桐山を叩きのめそうと喧嘩を売ってくる。 最悪、本気で桐山を殺そうとする者さえいた。 だが、桐山はどの相手もほとんど時間をかけずに逆に叩きのめしていた。 優秀な成績を収める生徒さえも、彼には全く歯が立たず、。一矢報いる事さえできない。 そして誰もが水のメイジによる治療が必要な程の重傷を負わされていた。 ただ、桐山もメイジは杖が無ければ無力化できるとすぐに学習していたため、杖をへし折られるだけで済んだ運の良い生徒もいた。 決闘を挑んだ生徒達は桐山を貴族に歯向かったとして訴えるべきだ、と学院長へ直談判していたが、 「馬鹿者。そもそも一方的に決闘を挑んだのはお主達じゃ。それに、彼はミス・ヴァリエールの使い魔。彼に罰を与えるのは彼女だ」 と、突き返されてぐうの音も出ないようだった。 夜が更けた頃、学院庭の塔の壁の傍で夜風に当たりながら桐山は読書をしていた。 学院の生徒達に次々と重傷を負わせてしまったという事で、ルイズからその罰として今日は部屋の外で寝るように命じられたのである。 実を言うと、ルイズもその生徒達から「もう少しお前の使い魔の躾をちゃんとしろ」などと逆恨みされてしまったのでこうなってしまい、そのため仕方なしにこうさせた訳である。 もっとも、ルイズの部屋のすぐ外で構わなかったのだが、桐山はあろうことか学院の庭まで移動していた。 「しっかし、お前さん本当に容赦がなかったな」 傍に立て掛けられたデルフが感嘆に呟く。 「貴族のガキ共相手とはいえ、少しは手加減してやっても良かったんじゃねえかい?」 「……道端の石ころをどかしただけだ」 と、答えるとデルフは溜め息を大きく吐き出す。 「……ったく、とんでもねえやつだなぁ。武器もまともに持たずにメイジを叩きのめすなんて、お前さん何者だよ?」 しかし、桐山は答えずに読書を続けている。 「シカトかよ……」 少し切なそうな声を出すデルフ。 すると、そんな桐山の元に一人の小さな人影が歩み寄ってくる。 桐山はそれに全く興味を示さずに読書を続けていた。 結局、昼間はキュルケと共に街へ行っても桐山に会えなかったタバサだが、そこで彼を見かけていた。 (そっくり……) 読書をしている彼のその姿に、タバサは息を呑んだ。 自分も読書は好きだ。そして、それに夢中になると周りの事などほとんど眼中になくなる。 まるで彼のように。 自分が近づいてきても、彼は全く興味を示さない。 ますます、自分という存在を客観的に見ているように思えていた。 桐山のすぐ隣に立ち、彼が呼んでいる本の中を見てみる。 自分の知らない言語で書かれた専門書みたいだ。 ちなみにその本のタイトルは「腹々時計」である。 タバサには内容が全く分からないが、桐山が自分など気にせずに読み続けているので余程内容が面白いのかと思っていた。 「本、好き?」 「ああ」 話しかけてみると、桐山はタバサを一瞥する事無く答える。 「何ていう本?」 「色々な戦い方が書いてある」 と、簡潔に述べて再び本に視線を戻していた。 (……そう。彼は、強い) ギーシュだけでなく、この学院の様々な生徒達がまるで相手にならなかった彼。 タバサもこれまでに様々な危険な任務に従事し、多くの敵と相まみえてきたが、正直彼の強さがどれ程のものなのかとても興味があった。 これまで自分は、己の目的を果たすべく力を蓄えてきた。 その力が、『メイジ・キラー』である彼に通用するかどうか……。 そのような黒い衝動が彼女を突き動かす。 「ん? どうしたんだい、嬢ちゃん」 デルフが桐山の横で、自分の身長よりも大きい杖を構えだすタバサに困惑しだす。 桐山はデルフがそのように慌てても、相変わらず読書に夢中だった。 「あなたと、手合せがしたい」 桐山は目を伏せると本もパタンと閉じ、デイパックの中にしまう。 そして、立て掛けていたデルフリンガーを手にしていた。 「おいおい、やめておけよ。こいつはここのガキ共が全く相手にならなかった奴だぜ? ケガしてもしらねえぞ」 「終了の条件は、相手を地面に倒す事」 デルフを無視して彼からゆっくり後退るタバサは桐山にルールの説明をした。 桐山は逆手に持ったデルフリンガーを無造作に垂らしたまま、自分から離れていくタバサを見つめている。 他の生徒達はルールの説明もなしに、一方的に彼を攻撃した。それで彼に半殺しにされた。 桐山は一切の感情が宿らない冷たい瞳で、タバサを見返していた。 タバサに対して苛立ちも、怒りも、敵意も、殺意も、何一つ抱いている訳ではない。 恐らく他の生徒達同様、目の前に転がっていた石ころをどかそうとするだけなのだろう。 前ページ次ページ無情の使い魔
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前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第五話 浅倉が広場を後にした、ちょうどその頃。 本塔最上階の学院長室では、魔法によって映し出された広場の光景に、二人の人物が見入っていた。 「オスマン殿、やはり彼は……」 「……概ね間違いはないじゃろう。」 一人は、サモン・サーヴァントの際にルイズたちの監督をしていた、禿げた頭が特徴のコルベールという男。 もう一人、コルベールにオスマンと呼ばれたその人物は、白い髪に白い口髭の年老いた男。 彼こそが、この学院の学院長である。 そんな二人が、なぜこんなことをしているのか。 それは、ギーシュと浅倉が決闘を始める少し前。 コルベールが慌てて学院長室に入ってきたのが始まりである。 コルベールが手にしていたのは、珍しい形のルーンが描かれた一枚のスケッチ。 サモン・サーヴァントの際に騒動を起こした、ルイズの使い魔の平民のものであるという。 コルベールはそれを、伝説の『ガンダールヴ』のものと一致した、と言った。 「なるほど……。じゃが、たまたま似た形のルーンが現れただけかもしれんぞ?」 「しかし、オスマン殿……」 コルベールが言いかけた時、部屋のドアがノックされた。 「失礼します、オールド・オスマン」 入ってきたのは、オスマンの秘書であるミス・ロングビルであった。 「なんじゃね?」 「ヴェストリの広場にて、生徒が決闘をしているようです。」 オスマンが呆れた顔をして、やれやれと呟く。 「して、誰が決闘をしておるんじゃ?」 「一人は、我が校の生徒、ギーシュ・ド・グラモン。もう一人は……」 「もう一人は?」 「ミス・ヴァリエールの喚んだ、平民です」 その言葉に、オスマンとコルベールは顔を見合わせる。 「噂をすれば、ですな。」 「全くじゃ。……丁度いい。様子を見てみるかの。」 そう言うとオスマンは魔法を唱え、広場を映し出した四角い画面を眼前に出現させた。 「駆けつけた教師たちが、『眠りの鐘』使用の許可を要求しておりますが……」 尋ねてきたロングビルに、オスマンは映像を見たまま、振り返らずに答えた。 「平民相手なら使わずとも十分じゃろ。そう伝えといてくれ」 「……分かりました」 失礼します、と一礼すると、ロングビルは映像に夢中な二人を残し、部屋を出ていったのだった。 そして、現在に至る。 決闘の結果は圧倒的なものであった。 様々な武器を自在に操り、瞬く間に敵を蹴散らして退けた、あの平民。 これなら、彼が『ガンダールヴ』だというのも頷ける。 (それにしても……) 窓際に移動し、オスマンは考える あの平民が持っていた、紫色の奇妙な箱。 色や描かれた模様は違えども、この学院に存在する『破滅の箱』と形状が酷似している。 つい最近手に入れた、手にした者は呪われるという秘宝…… 彼なら、何か知っているかもしれない。 (あとで尋ねてみる必要がありそうじゃのう……) 「ところでオスマン殿。この事を王室に報告しないのですか?」 オスマンの思考が一段落した時、コルベールが思い出したように尋ねた。 「なに、あんなやつらにわざわざ報告せんでいい。そんなことをしたら、彼の身が心配じゃ」 「それもそうですな」 コルベールはそう応えると、そろそろ授業がありますので、と言い部屋を出ていった。 (最近は奇妙な出来事が多いのう……) そう考えながら、オスマンは白髭を撫でながら、窓の外に広がる空を見上げた。 晴れ渡った青空の中に、幾ばくかの薄雲が漂っていた。 その日の夜。 「ねえ、昼間のあの変な格好、何? あ。あと、あのでっかい蛇! 教えなさいよ!」 ルイズは自室で浅倉を質問攻めにしていた。 「うるさい奴だ。俺はもう寝る」 そう言うと、浅倉は部屋の隅で寝転がった。 両手を頭にあて、すぐに目を閉じる。 「ち、ちょっと待ってよ! せめてあんたの名前くらい教えなさい! それぐらいならいいでしょ!?」 「浅倉だ」 目を開けずに、浅倉は答えた。 「アサクラ? アサクラね。それと……」 「じゃあな」 「あああ待って! 最後に一つだけ!」 浅倉が目を開け、ルイズを睨む。 「しつこい奴だ。そんなに俺をイライラさせたいのか?」 その形相に、ルイズは思わずひっ、と声をあげた。 「ほ、本当に最後よ! ……あんた、私のことどう思ってる?」 真剣な目付きでルイズが問う。 浅倉はしばらく天井を見て考えると、目だけをルイズの方に向け、答えた。 「この生活は悪くない」 「え? それってどういう……」 ルイズが言い終える前に、浅倉は再び目を閉じた。 (結局、よく分からなかったわ……) 満足のいく答えを得られなかったルイズは、両手で頬杖をつき、ふぅ、とため息を吐いた。 もう一度、寝ている浅倉を見る。 「でも、私と一緒にいるのは嫌じゃないみたいだし……大丈夫、かな」 そう自分を納得させるように呟くと、ルイズは浅倉から視線をずらし、窓の方へと目をやった。 雲に覆われた二つの月が、その隙間から弱々しい光を放っていた。 所変わって、部屋の片隅に大きな置き鏡がある、学院のとある一室。 その鏡の中に広がる虚像の世界に、銀色の鏡のような空間が出現していた。 それは少しずつ大きくなっていき、しばらくすると、人型の白い物体を四つばかり吐き出した。 吐き出すと同時に、謎の空間は跡形もなく消滅した。 二メイルほどもあるその四つの物体は、しばらくすると不気味な呻き声をあげながら、ふらふらと立ち上がった。 鈍重な動きで顔を動かし辺りを見回すと、おぼつかない足取りでどこかへと去っていく。 後には、何事もなかったかのように部屋の様子を映し出す、その大きな置き鏡があるのみであった。 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 藁の感触が背中をくすぐる。 がさごそと音を立てながら、官兵衛は敷き詰められた藁のベットで目を覚ました。 ぼんやりと頭を掻きながら、上半身を起こす。 相も変わらず足元に転がる、黒金の相棒によう、と挨拶をすると、官兵衛はのそのそ立ち上がり。 「おい、起きろ」 ベットの上で眠ったままのルイズに声を掛けた。しかし。 「う~ん……」 「オイッ」 官兵衛が声をより一層大きくするも、ルイズは未だ夢の中。 シーツを引っぺがし、肩を揺するも―― 「あと5分だけ……」 起き上がる気配は一切ない。 「いいんだな?このまま起きなくて本当にいいんだな?」 官兵衛の唇の端が怪しく持ち上がる。のしのしと部屋の中央に移動し、鉄球にむかって枷を構えると官兵衛は。 「おりゃああああっ!」 ガシンガシン、と枷を鉄球に叩き付けた。 鉄球を通じて振動が屋内に伝わり、まるで地震でも発生したかのごとく部屋が揺れ動く。 『厄当たり』。官兵衛が得意とする技の一つである。 ただ単に鉄球に八つ当たりしているだけであるが、その時生じる凄まじい振動は、十分な威力を周囲に発揮する。 敵味方問わず辺りに影響を及ぼす、何ともはた迷惑な技である。 「ひゃわあっ!何!何なの!」 突如、ベッドごと激しい揺れがルイズを襲い、突然の視界の揺れと騒音にルイズが飛び起きた。 「目が覚めたか?」 「何やってるのよあんたはぁ!」 あまりに強引な起こし方にルイズが怒鳴った。 そんなルイズを見て、官兵衛が満足そうにニヤリと笑った。 「ニヤリじゃないわよ!私の部屋を壊す気!?もう少し穏やかな起こし方があるでしょうが!」 「穏やかに起こして、遅刻したのがこの間だろう」 髪をぐしゃぐしゃに乱したままのルイズに、官兵衛がそう返した。 暗の使い魔 第六話 『微熱のキュルケ』 官兵衛とド・ロレーヌの決闘から、おおよそ一週間が過ぎようとしていた。 官兵衛は相も変わらず、この我侭でプライドの高いお嬢様に、嫌々付き従う日々を送っていた。 あの日から、官兵衛はルイズの身の回りの世話を押し付けられていたのだ。 朝起きてルイズを起こし、着替えを手伝い、掃除、洗濯。 それらをこなすのが官兵衛の日課になっていた。 日ノ本での過去の出来事から、最初はこき使われるのを嫌う官兵衛ではあった。 しかし、やはり日本に帰る手がかりと、彼の衣食住を握られている弱みは大きい。 彼はルイズに渋々従った。 「畜生っ!こんな事なら、穴倉の方が数百倍マシだ!」 本日5枚目のルイズの下着をダメにしながら、官兵衛はひとりごちた。 ただでさえ枷で動きを制限されているのに、この仕打ち。加えて少女の下着を手洗いするという屈辱。 そんな屈辱を味わうたび、官兵衛は朝のような仕返しをルイズに敢行した。 その度に官兵衛は、飯抜きを言い渡されるのだが。 「ところがどっこい。小生には秘密の居場所があるんだな」 官兵衛がそんな事を言いながら鼻歌まじりに向かった先。そこは。 「カンベエさん!」 厨房に入るなり、黒髪の可愛らしいメイドが官兵衛を席へと案内する。 周りで働いてるコック達が手を止め、官兵衛に向き直る。そして。 「来たか!『我らの鉄槌』!」 割腹のいい四十半ばのオヤジが、官兵衛を出迎えた。 トリステイン魔法学院の厨房全てを取り仕切る、コック長のマルトーである。 官兵衛の秘密の場所、それは魔法学院の厨房であった。 「マルトー殿!」 椅子に座った官兵衛が、顔を綻ばせ立ち上がる。 「よせよせ!殿なんてむずがゆい!マルトーでいい!」 「そうもいかない。これほど美味い飯を作れる腕前を持つ人間に、敬称抜きなぞ恐れ多い!」 「何言ってんだ!メイジをコテンパンにのしちまうお前さんが!」 マルトーが官兵衛の肩に腕を回しながら、ガッハッハと笑った。 あれから、官兵衛は平民達の間で英雄となっていた。 恐ろしい力を持つメイジを立て続けに、それも枷をつけたまま打ち倒したのだ。 特に、尊大な態度で有名な、風の名門のメイジ、ド・ロレーヌに怒りの鉄槌を食らわした。 その事実からついた名が、『我らの鉄槌』である。その名を主に呼ぶのはマルトーだったが、平民達の間ではそれで通っていた。 因みに、官兵衛の起こしたあの竜巻は、風のマジックアイテムということで済ますようにルイズに言いくるめられていた。 魔法が使えるだの、先住魔法だの言うと周囲がおおいに混乱するからである。 最悪、王宮からお迎えが来て拘束されかねない。官兵衛もそれを聞くと納得し従っていた。 「さあさあまずは一杯!」 「うおおっ!かたじけない!」 マルトー手ずからワインをグラスに注ぐ。それを飲み干す官兵衛。 その見事な飲みっぷりに、周りから歓声が上がる。 「おいおい何て飲みっぷりだ!ますます気に入ったぞ!」 マルトーが笑う。シエスタがニコニコしながらそれを眺める。 こちらに来て以来初めて過ごす、何よりも楽しいひと時であった。 そんな官兵衛たちの様子を、そっと物陰から赤い影が覗いていた。 この日マルトーの開いた宴は、暗くなるまで続いた。 厨房のコックやらメイドやらがわいわいがやがやと、酒とご馳走を楽しむ。 「貴族だ~れだっ!あ、俺だ!それじゃ二番のおっさんと三番が熱いキス!」 「え!?野郎同士!?」 「古今東西!すかした貴族共の名前!」 「えーっと、ギーシュ、ギトー、ヴィリエ」 「おいおい!魔法が飛んでくるぞ!」 「おっさん達、いつまで飲むのよ……」 絡む酔っ払いに呆れるメイド。思い思いの喧騒が際限なく続く。 そんな中、酒の入ったマルトーが、顔を赤くしながら官兵衛に絡む。 「まったくお前さんには驚かされてばっかだな! この枷と鉄球を付けたままであいつらに勝っちまうんだからな!」 「本当です!でも前から気になっていたんですけど……官兵衛さんはなぜ手枷を?」 「それは、まあ。元いた所で色々あってな」 シエスタの指摘に、官兵衛は表情を曇らせる。 シエスタが変な事を聞いてしまいましたと、謝る。そんな様子を見て、マルトーは言った。 「わかる!わかるぞ『我らの鉄槌』!俺にはお前が悪いやつなんかにゃ見えねぇ! 大方、タチの悪い貴族に捕まって酷い目にあったんだろうさ!ゆるせねえ!なあ!」 「マルトーさん、飲みすぎですよ」 シエスタが宥めるも、マルトーは止まらない。 「よっしゃ俺も男だ!今度は俺がお前さんの為に、その貴族野郎をコテンパンに叩きのめしてやるよ! どこのどいつだ?言ってみろ!」 「マルトー殿、確かに飲みすぎだな」 酔っ払ったマルトーの勢いに若干引きながら、官兵衛は言った。 「カンベエさんはお酒お強いですねぇ」 「そうかもな」 シエスタの言葉に官兵衛は頷いた。 確かに、日ノ本の武将達は皆うわばみのごとき酒豪ばかりである。 戦場において、何十とお神酒をたらふく飲んでも、酔うどころかバリバリ戦闘可能である。 それ所か、その内容物をエネルギーに変え、技としてぶっ放す始末。まさに超人である。 そんな武将の一人である官兵衛に付き合った男達の結果はいわずもなが。 「はぁ~もう呑めないよぅ……」 厨房の片隅には、酔いつぶれた男達が死屍累々と倒れていた。 「まいった、ハメを外しすぎたな」 「どうしましょう……」 困ったように酔っ払い達を見るシエスタ。因みにシエスタは最後まで給仕であったため、お酒は飲んでいない。 「とりあえず運ぶか」 官兵衛とシエスタが男達をよいしょと運ぶ。適当な場所に寝かせ、風邪を引かないよう毛布をかける。 そして、全ての作業が終わった時、もうすかり夜は更けていた。 「今日は、大変でしたね。でも楽しかったです」 「ああ、小生もだ。こんなにいい気分なのは久しぶりだった」 シエスタの言葉に、嬉しそうに官兵衛は答えた。二人は、並びながら学院の廊下を歩く。 シエスタは使用人たちが使う部屋へ。官兵衛はルイズの部屋へ向かう途中だった。 窓の外には二つの月が出ており、静かに廊下を照らしていた。 先程までとは打って変わって、静かな時間が二人の間に流れる。と、その時。 「カンベエさん」 向かう道が分かれるあたりで、不意にシエスタが立ち止まった。 なんだ、と振り返りながら官兵衛はシエスタに尋ねる。 「先程は、ごめんなさい。私変な事を聞いてしまって」 恐らくは、先程の枷のことについてだろう。シエスタが申し訳無さそうに、静かに頭を下げた。 「私、どうしても気になって。官兵衛さんみたいな人がどうして……」 シエスタが口を濁した。そんな彼女に、官兵衛は。 「なに、気になることの一つや二つ幾らでも聞いてくれ。お前さん、気を使いすぎだぞ?」 そういって笑った。 「そ、そうですか?ありがとう、ございます」 シエスタが頬を赤らめ、目をそらす。 しばらく俯いていたシエスタであったが、意を決するように顔を上げると、官兵衛を見つめ。 「あの、よかったらいつでも厨房にいらして下さいね。わたし――」 待ってます、と小さく付け加えると、シエスタはそのまま夜の闇の中へと消えていった。 官兵衛がルイズの部屋につく頃、あたりはしんと静まり返っていた。 廊下に並んだ扉からは、人の活動の気配は感じられない。 さすがに遅くなりすぎた、ルイズにどう言い訳するかと官兵衛が考えていたそのとき。 どかんっ!と弾かれるようにルイズの部屋の扉が開いた。 あまりの勢いにびくりと肩をすくませる官兵衛。開きっぱなしの扉がギイィ、と不気味な音を立てている。 ごくり、と唾を飲み込みながら、官兵衛は扉の中を見やった。するとそこには。 「こんばんは、このバカ使い魔」 全身から禍々しいオーラを放ちながら、屹立する桃色の悪魔がいた。 「こんな遅くまで、どこでなにしてたのかしら?」 ニコリと笑いながらこちらを見つめるルイズ。だがどう見ても目は笑っていなかった。 「あんたが居ない間、洗濯も着替えを手伝う従者もいない。部屋も散らかったまま。授業は私一人だけ。どういうことかしら?」 「お、落ち着けお嬢さん。こいつには深い訳が……」 のしりのしりと、こちらに歩みを進めてくるルイズに合わせ、一歩一歩と後ずさりながら官兵衛は答える。 「へぇ~どんな深い深い言い訳があるのかしら?言って御覧なさい」 「ちゅ、厨房で……いや、何でもない」 迫力に圧されつい、厨房で皆とご飯食べてました、などと口走りそうになる官兵衛。しかし彼は思いとどまった。 それを喋れば、彼の生命線ともいうべき厨房への出入りが絶たれるからである。 だらだら汗を流しながら、別の言い訳を考えようとした官兵衛であった。しかしそれは間に合わなかった。 突如、部屋の奥へと引っ込むルイズ。なにやらガサゴソと音が鳴っているのが聞こえた。 何だろう、と官兵衛が恐る恐る近づく。すると、つかつかと戻ってきたルイズがドサリと官兵衛の両腕に何かを乗けてきた。 みるとそれは、官兵衛が寝床にしている藁の束と毛布であった。 「それじゃあおやすみ」 ルイズはそういうと部屋に引っ込み、ばんっと勢いよく扉を閉めた。ガチャリと鍵の掛かる音で、官兵衛は我に返る。 「お、おい!お前さん!」 扉に詰め寄るがもう遅い。 「待て!小生どこで寝たらいいんじゃあ!」 「廊下があるじゃない。そんなにご主人様といるのが嫌ならそうさせてあげるわ」 扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。官兵衛は、その場でへなへなと座り込むと、深く深く、ため息をついた。 「うう寒い。畜生あの娘っ子!」 藁の上で毛布に包まりながら、官兵衛は仕方なく一夜を過ごしていた。それと同時に己のうかつさを呪っていた。 マルトーとシエスタ達との宴のことである。 「こんな事なら、断っておくんだったか?いやいやしかし!」 あんなに大っぴらに飲んでくれば、ルイズの雷が落ちるのは目に見えていた。 しかし、他人の好意を無駄にするわけにもいかないではないか。それが、自分を平民の仲間として迎えてくれるなら尚更だ。 「ん!小生は悪くない。悪いのはこの全部この枷だ」 どう考えても官兵衛に非があるが、全てを枷の所為にする。そんな事を呟きながら、彼は一人寂しい時間を過ごしていた。 と、その時である。 「なんだ?」 ギイィと、今度はルイズの部屋とは別の扉が、ひとりでに開いた。 そして中からひょこりと、巨大なサラマンダーが顔を出した。 「お前さんは確か、あの赤毛女の使い魔……フレイムだったか?」 官兵衛の言葉に、きゅるきゅると嬉しそうに喉を鳴らしながら、フレイムは近づいて来た。そして、官兵衛の鎖をくわえると。 「うおおっ!待て引っ張るな!何だ何だ?」 ずりずりと物凄い力で、官兵衛を開いた扉の中に引きずり込んでいった。 部屋の中に入ってみると、そこには真っ暗な空間が広がっていた。ここは確か、あのキュルケの部屋であった筈。 使い魔を遣わせ、自分を(強引に)この部屋に招きいれたのは間違いなくキュルケであろう。一体どういった意図だろうか。 「おい、そこにいるんだろう?どういうつもりだ」 官兵衛は、暗闇の奥に感じる気配に問いかけた。 「フフ、分かるのね。流石だわ」 闇の中から、静かな声色で返答があった。キュルケの声である。 「穴倉でコウモリに教わったからな。気配なら感じていたよ」 「そう。やっぱり面白い人ね、貴方は」 キュルケが楽しそうに笑った。暗闇の中で、そんなキュルケの声を官兵衛は警戒しながら聞いていた。 「扉を閉めて」 声色を変えず、キュルケが言う。言われるがままに、官兵衛が扉を閉める。 すると官兵衛のすぐ横で、蝋燭にふっと火が灯った。次々と室内の蝋燭に火が灯り、街頭のように道を作り出す。 その光の道が照らす奥にキュルケは居た、それも。 「な、何だお前さんその格好は」 何とも悩ましい、ベビードールの姿であった。 ベビードール姿のキュルケが、ベッドに腰掛け、熱い眼差しで官兵衛を見つめていた。予想外の出来事に動揺する官兵衛。 「そんな所に立っていないで、こっちへいらっしゃいな」 色っぽい声色でキュルケが誘う。が、官兵衛は動かない、いや動けないでいた。 「ちょ、ちょっとまて。何企んでるんだ?小生の目はごまかせないぞ」 声を震わせながら、一歩後ずさる。官兵衛は、目の前の光景が夢か罠であるとふんでいた。 なぜなら、彼にとってこんなオイシイ状況はそうそう巡ってこないからである。 あるとすれば、その後にとんでもないしっぺ返しが彼を待っている。彼は確信した、だから。 「ちょっと、どこへ行くの?」 一目散にこの場から逃げようとしていた。くるりとキュルケに背を向け扉へ突っ走る。しかし 「どこでもいいだろう!小生は……ってあれ?開かん!」 ガチャガチャとドアノブを引っ張るも、いつの間にかドアには鍵が掛かっていた。 力いっぱい扉を引くもびくともしない。 「お、おい冗談じゃない!出せ!出してくれ!」 「つれないのね……」 キュルケがゆっくりと立ち上がった。そのまま色っぽい仕草で官兵衛に近づく。 壁際に追い詰められる官兵衛。息も掛かりそうな程近くに寄ると、彼女はそっと官兵衛の手をとった。 ビクリと、官兵衛の背がのけぞる。そのまま官兵衛の手の甲をなぜながら、キュルケは官兵衛の耳元で呟いた。 「あなたは、私をはしたない女だと思うでしょうね」 キュルケの言葉に、ぞくぞくと、足元から感覚が走る。 「でもそう思われてもしかたないわ。私の二つ名は『微熱』。松明みたいに燃え上がりやすいの。 だから貴方をこんな風にお呼びだてしてしまった。いけないことよ。わかってる」 「わかってるなら小生を、ここから出してくれ……」 「それでも貴方は私を許して下さると思うわ」 官兵衛の言葉を聞かずに、言葉を紡ぐキュルケ。もはや彼のペースは完全にキュルケに封じ込まれていた。 「わたし、貴方に恋してるの。恋は全く突然ね」 そういいながら官兵衛の指一本一本をとりながらなでるキュルケ。 カチコチになりながら、官兵衛は後悔していた。不用意に扉を閉めた自分の愚かさを。 大した事は無いだろうと、美人の部屋にホイホイ入り込んだ浅はかさを。 「こりゃマズイ状況だな」 「なにが?」 こうなればはっきり言うしかない。自分はお前のような女と関わる気は無いと。 「しょ、小生は――」 官兵衛がキュルケに対して答えようとした、その時。 「キュルケ!待ち合わせの時間に君がいないから来てみれば」 若い男の声が二人の耳に届いた。 キュルケがバッと振り返る。みるとそこには、窓から恨めしげに部屋を覗く、一人の青年の姿があった。 「ペリッソン!ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケが五月蝿そうに杖を振るうと、蝋燭の炎が伸び、窓の男を吹き飛ばす。 炎にあぶられ落ちていく男を唖然と見ながら、官兵衛は静かに口を開いた。 「……おい」 「何かしら?」 「今の男はお友達か?」 官兵衛が窓の外を見ながら言う。 「ええそうよ!全くこんな夜中に無粋な梟ね。で、カンベエ続けて」 「いやいや小生はだな――」 「キュルケ!その男は誰だ!今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!」 別の声に再び二人は振り向く。見ると今度はさっきとは違う青年が窓の外に浮いているではないか。 「スティックス!ええと、四時間後に」 「そいつは誰だ!」 またもめんどくさそうに杖を振るうキュルケ。 先程の青年と同じ末路を辿る彼を見ながら、官兵衛はやっぱりか、と小さく呟いた。 そして今度は、窓の外でひしめきあうこれまた別の青年たち三人。 そんな彼らをフレイムに命じて一掃させると、キュルケは再び官兵衛に向き合い、ひしっとその手を取った。 「何か言いたい事はあるか?」 呆れながら官兵衛が言う。しかし。 「ああ!全く恋は突然ね!フレイムを遣わせて、あなたの様子を窺わせてたのも!全て貴方の所為なのよカンベエ!」 「聞かんかい!」 官兵衛が声を荒げるも、何事もなかったかのように話を続けるキュルケ。何が何でも自分のペースを保ちたいらしい。 まくし立てるように、キュルケは言葉を続けた。 「あなたのその逞しい肩!素敵だわ!お顔も渋いし!」 「そ、そうか?そんなにも小生――って違う違う!」 一瞬気を許しそうになるも、頭を振り打ち払う。 「いいか!小生は!美人とは係わり合いになりたくな――」 「あー!あなたがド・ロレーヌを倒した時のあの勇士!まるで伝説の勇者イーヴァルディみたいで!痺れたわ! わかってくれる?この気持ち!」 「わからん!わからんから離してくれ!」 ますますヒートアップするキュルケを振り払おうとする官兵衛。しかしがっちり手を掴れ、それも適わない。 もうここまでくればヤケクソである。キュルケは官兵衛の顔を両手で掴んでロックすると。 「カンベエ!とにかく愛してる!」 無理やりにその唇を奪おうとした、そして―― 「きゃっ!」 「うおっ!」 どおん!という爆発とともに吹き飛ばされた。 官兵衛とキュルケは、突如起こった謎の爆発で床に投げ出される。 床に倒れたままの姿勢で、官兵衛は振り返った。するとそこには。 「ル、ルイズ……」 片手に杖を握り締め、バチバチと電気を杖先からほとばしらせながら、ルイズがいた。 先程まで扉があった場所には豪快に穴が開いており、そこに彼女は仁王立ちしていた。 周囲には焦げた扉の残骸が転がっている。鍵が掛かった扉を、爆発で吹き飛ばしたようだ。 非常にまずい状況であった。見ると、官兵衛はキュルケを下にして、折り重なるように床に倒れている。 キュルケはといえば危険な露出のベビードール姿。十人がみれば十人が、そういう状況だと思うだろう。 「お前さん!違うぞ小生――むぐっ!」 弁明しようとした官兵衛の唇が何かにふさがれる。キュルケが官兵衛に抱きつき、とうとう強引にその唇を奪ったのだ。 ぐいぐいと唇を押し付けてくるキュルケ。情熱的なキスの味が官兵衛を襲った。 官兵衛は目を見開きながら、されるがままのこの状況をどうやり過ごすか考えていた。 と、突如、官兵衛の横にガランと蝋燭のついたてが転がった。 見ると、ルイズが肩を怒らせ、足で蝋燭を蹴飛ばしながら、こちらに近づいて来ていた。 キュルケが官兵衛を離し、やれやれとルイズを見た。 「取り込み中よ、ヴァリエール」 「ツェルプストー!誰の使い魔に手を出してるのよ!」 キュルケの言葉にルイズが怒鳴った。官兵衛は、助かったと即座に身を起こそうとするも、脚が絡まりその場に倒れ伏した。 床に突っ伏した間抜けな体勢で、官兵衛は二人の少女のやりとりを恐る恐る聞いていた。 「あら、恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命よ。恋の業火に身を焼かれるなら、あたしの家系は本望なの。 あなたが一番ご存知でしょう?」 悪びれた様子もなくキュルケは手を広げてみせた。 「カンベエ!来なさい!」 のそのそと立ち上がった官兵衛を睨むと、ルイズは踵を返した。 官兵衛はこれ幸い、とルイズについていく。しかし、ルイズの背中から尋常でない怒りが感じ取れたので、若干の距離を開けた。 「あら。お戻りになるの?」 キュルケが悲しそうな目でこちらを見る。しかし官兵衛はそれに目もくれなかった。 「お前さんには悪いが、美人と関わると碌な事が無いんでね。さっきも言ったがな」 実際キュルケに関わった男達は、先程の通りであった。 そんな彼らを目の当たりにして、官兵衛はこの場にいる気にはなれなかった。それだけである。 扉だった穴を通り抜けながら、彼はルイズの魔法の威力に身震いした。この先ルイズの怒りは確実に自分に向くであろう。 その時の事を考えてのことである。 「(やっぱりツイていなかったか……)」 官兵衛はここに来て、自分の不運さを酷く実感していた。 官兵衛がルイズの折檻をその身で受けようとしていたその頃であった。 魔法学園からそう遠くない場所に建つ屋敷。そこは、王宮の勅使ジュール・ド・モット伯爵の屋敷である。 屋敷の主モットは、自分の執務室の机で肘をつきながら、魔法学院関連の書類に目を通していた。 先日、トリステイン魔法学園に立ち寄った際の視察の書類である。 「ふむ、こんな所か」 一通り目を通し終え、ため息をつく。と、彼の執務室の扉が静かにノックされた。 モットが許可すると、執事と思わしき初老の男性が入ってきた。 「何かね?」 「旦那様、又しても平民の娘を雇い入れたとか」 「それがどうした?」 表情を変えず、モット伯が言う。 「近頃は各方面への視察も多く、ご多忙であることは承知しております。 その慰労のためにメイドを雇い入れ、身の回りのお世話をさせる事自体は良いでしょう。しかしながら……」 「ふむ」 「流石に近頃の雇い入れの多さは見過ごすわけには参りませぬ。 視察に赴かれては、好き勝手に平民の娘らを自らのお傍に置かれて。 加えてあのような怪しげな品々まで屋敷に持ち込む。私としましてはいかがなものかと。」 初老の執事は口調を強くした。 「そして更に、近頃あたりを賑わすあの盗賊!」 「土くれのフーケか」 「そうです。このような事に現を抜かしていては、いつ狙われるかわかりませぬぞ!」 モットはフンと鼻を鳴らした。 「土くれだか何だか知らぬが。盗賊ひとりに引っ掻き回されるとは、貴族の質も落ちた物よ」 不機嫌そうに執事を睨みつける。 「どの道私には関係あるまい。まさかこの『波濤』のモットの屋敷を狙おうなどあるはずもない。ああそれと――」 モット伯はおぞましい笑みを浮かべ、言葉を続けた。 「平民の雇用は止めぬ。いくらお前とは言え、これ以上私の趣味に口出しするのなら、ただでは済まさん」 そういうと、モット伯は執事の男を下がらせた。男が執務室を後にしたのを確認すると、モット伯は杖を振るった。 すると、傍にあったキセルが、ひゅうと飛んできてモット伯の手に収まった。 煙をふかせながら、一人つぶやく。 「そうだな、そろそろ次の娘を雇い入れる頃合か。全く、魔法学院も良い娘がそろっておる」 先日の視察の際学院内で見かけたメイドを、モット伯は思い出した。 その鮮やかに揺れる黒髪を頭に浮かべながら、彼はより一層邪悪な笑みを強めた。 前ページ次ページ暗の使い魔
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前ページ次ページ蒼炎の使い魔 夜 厨房を出たときはすっかり日も沈んでいた。 カイトは上機嫌で廊下を進んでいる。 もちろん主人の部屋に戻るためだ。 彼はご飯を食べただけですっかり厨房が好きになっていた。 シエスタも笑顔で、「また来てくださいね」と言ってくれた。 餌付けに近い行為だったが。 廊下を進み部屋に近づいたときにふとあるものを見つけた。 以前見たサラマンダーだ。 相変わらずこちらを見て震えている。 サラマンダー、フレイムはとあるクエストを受けている。 依頼者『主人』 クエスト名『ある人物をつれて来い』 対象レベル『(本人にとって)∞』 報酬『無し』 ※ちなみに拒否権も無し。 強制されていた。 また主人が病気にかかったらしい。 そしてターゲットも彼(?)にとっては最悪の相手である。 命令されたらやらなければならないのが、使い魔の辛いところだ。 フレイムは覚悟を決めてこちらに向かってくるカイトの前に立つ。 そして、 「キュル…」 「…ハアアアアアア」 「キュルル」 「…ハアアアアアア」 「キュル?」 「ハアアアアアア」 本人達にしか分からない会話を繰り広げる。 やがて会話が通じたのだろうか。 部屋に戻るフレイムの後をカイトがついて行く。 中は薄暗くカイトは辺りを見回した。 突然ドアが独りでに閉まると、前方に薄暗い明かりがつく。 そこにいたのは、ベッドの上で男が見たら羨ましがる格好をしたキュルケの姿だった。 「ようこそ、そんなとこに立ってないでこちらにいらして?」 彼女は色っぽい声でカイトを誘惑する。 言われたとおりカイトは彼女の元へ近づいていく。 それを見てキュルケは続ける。 「私をはしたない女と… …私は病…あなたの… 微熱…だから…」 黙る彼にキュルケはどんどん話していく。 これが彼女の病気である。 ようは惚れっぽいのだ。恋愛をゲームのように楽しんでいる。 だがカイトとしては意味が分からない。 今日食事を知ったばかりなのだ。 異性間のやり取りなど知るはずもない。 女好きの銃戦士なら喜んで誘いに乗るだろうが。 寒くないのか。 これがキュルケに対して思ったカイトの気持ちだった。 彼女の気分が最高潮に達したのだろうか立ち上がりカイトを抱きしめようとする…が。 突然来た窓からの来訪者に中断される。 どうやら彼女に用事があるようだ。 「キュルケ!その男は誰だ!」 「ペリッソン、えっと後2時間後に」 「話がちが…うわあああ!!」 最後まで話せずに彼は落ちていく。 キュルケが魔法を使ったのだ。 続けてまた一人の男が来る。 「キュルケ!s…!!」 問答無用で彼女は魔法を使いその男を落とした。 ちなみにここは3階だ。 落ちたときの怪我が心配だ。 まだまだ来訪者はどんどん来る。 もうカイトは置いてけぼりだ。 結局用事はなんだったのだろうか。 あまり遅すぎてもルイズに怒られるだろう。 忙しそうに問答無用で窓から男達を落していく彼女を見て静かに退室する。 「はあ、はあ。これで終わったわ…。あれ?」 キュルケは来た男を全員叩き落すと不思議そうに周りを見る。 先ほどまでいた愛しの彼が見当たらないのだ。 「フレイム、彼は?」 キュルと一声なく。フレイムもいつ居なくなったのか分からないようだ。 慌てて上着を着て廊下に出る。 それと同時に隣の部屋のドアが閉まる音がした。 「あら、お帰りカイト。遅かったわね」 「…ハアアアアアア」 中でルイズとカイトの声が聞こえる。 どうやら邪魔者を退治していたときに部屋に戻ってしまったようだ。 キュルケは無言で部屋に戻り、突然叫んだ。 「ふ、ふふふ…。見てなさい「微熱」の称号は伊達じゃないわ!!」 相手にされなかったのがよほど悔しかったのだろう。 ルイズの部屋 『伊達じゃないわ!!』 隣でキュルケが叫んでいるのが聞こえる。 「まったく、うるさいわね」 彼女は勉強の途中だったのだろう、顔をしかめていた。 「ところでカイト。部屋に戻るときはノックをして返事が来たら開けなさい」 「…ハアアアアア」 カイトはコクリと頷いた。 それに満足そうな顔をしてから勉強を続ける。 今日の復習をしているらしい。 カイトは邪魔にならないように後ろに立って黙っている。 誰かの邪魔をすることはやってはいけないとカイトは知っていた。 以前、緑の服を着た斬刀士と一緒に行動していたとき、 突然性質の悪いPCに付きまとわれたことがある。 ダンジョンで探索をしているときも話しかけてきた。 それを見て彼は一言笑顔で、 「人の嫌がることはやめなよ…」 と言って耳元で何かをボソボソ話しかけたのだ。 すると、まるで別人のように血相を変えて逃げてしまったのだ。 ルイズは知らない。 厨房でメイドに必要以上に気に入られてしまったこと。 ついさっきまでキュルケに誘惑されていたこと。 何も知らないほうが幸せなこともある。 彼女にとって今日はとても平和な1日だったそうな… 前ページ次ページ蒼炎の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 薄暗い洞窟内を、壁に備え付けられた僅かな松明の明かりが照らしていた。 湿った岩壁からシトシトと、わずかに水が滴り落ちる。 その音を聞くものは、岩の亀裂に潜む蝙蝠のみであろうか、いや。 「見つけたぞ!」 「ぐっ……畜生!」 無数の足音が洞窟内にこだました。 そして同じ数の荒い息遣いとともに、甲冑に身を包んだ大勢の兵が、狭い通路内に押し寄せる。 「逃がすな!追え!」 無数の兵士は、皆一様に長槍を携え、背には赤地に黒色であしらわれた桐花紋の旗印。 今この日本において、最も強大な力を誇る勢力。 豊臣の軍勢である。 時は戦国時代の日本。そしてここは九州・石垣原の洞窟。 その屈強な軍勢に追われるのは一人の男。 薄暗い洞窟の中、その男は迷路のように入り組んだ洞窟内を、己の足で必死に逃げ回っていた。 ズルズルと、重いなにかを引き摺っており、その足取りは決して速くはない。 しかし男は、己が誰よりもこの洞窟の構造を把握している事を武器に、決して捕まらない自信があった。 「ふぅ……とりあえず撒いたか?」 洞窟の暗がりに潜みながら、ゆっくりと腰をおろす。 もう何度こうして身を潜めただろうか。 男には、自分がこうして追われる理由について、心当たりが有りすぎた。 「なんで小生だけがこんな目に」 己の不運を悔やんでも何も始まらない。 しかしながら、いつもこうして災難に遭う度に、男はその理不尽さを呪わずにはいられなかった。 がしゃりがしゃりと、甲冑の武者が通り過ぎ去る音が聞こえる。 そして、音が完全に遠くへ行った事を確認し、暗がりから身を表したその時。 「だから貴様は間抜けなのだ」 男の心臓が飛び上がった。 背後から、冷たく淡々とした声が男の耳に届いたのだ。 「ッ!?」 慌てて背後の暗がりを見やる。 「貴様は、最後の最後で詰めが甘い。それでいて決断が早すぎる」 変わらぬ調子で、冷淡な声が闇の中から響いてくる。 「だ、誰だ!」 男の問いかけに、声の主が暗がりから姿を現した。 「毛利!」 そこにいたのは、緑の甲冑に身を包んだ一人の男であった。 その手に身の丈ほどもある輪状の刃を携え、ゆっくりと歩み出でる。 端正な顔立ちだがそこに表情はなく、冷たい視線だけが男を捕らえていた。 毛利元就、日の本・中国の地を治める武将である。 「なんでお前さんがここに!」 敵意半ば、恐れ半ばといった様子で男は毛利に問う。 だが、当の毛利は意に介した様子も無く、静かに輪刀と逆の手を掲げる。 すると、どこからとも無く、一文字に三つ星の旗印を掲げた無数の兵達が現れ、男を取り囲んだ。 毛利元就の手勢である。 「ぐっ……!」 「貴様の考える事など、たかが知れている」 なお淡々と告げる毛利を、男は歯を噛み締めながら睨みつける。 「観念するのだな」 「ふん!何の目的があって小生を捕らえる?」 「それはあの男に聞くのだな」 「あの男、刑部か……!」 自分に兵を差し向けた人物を知り、男の表情はますます歪んだ。そして、それと同時に男は悟った。 このまま、ここで捕まるわけには行かないと。 「捕らえよ」 毛利の指示に5、6人の兵士達が武器を携えにじり寄ってくる。男は観念したかのように両腕を頭上に掲げる。 ようやく観念したか、と兵達が警戒を解いた、その時であった。 「うぉらあっ!!!」 ずどん!と、男を中心に辺りに凄まじい衝撃が走った。 取り囲もうとしていた5・6人の兵達は、予想だにしない振動をもろに受け、洞窟の岩壁に一人残らず叩きつけられる。 周囲を取り囲む兵士らも、一瞬なにが起きたか理解できなかった。 見れば、男が両腕を何かに叩きつけているのが見え、そのたびに辺りの兵達が木の葉のように宙へと舞っていた。 「どうだ!油断したな!」 混乱する兵らを見て、男はほくそ笑んだ。隊列は乱れ、もはや包囲どころではない。 逃げるなら今のうちだ、と崩れた隊列の一角から脱出を図ろうとする。だがしかし。 「詰めが甘いと言っている」 「うおっ」 突如、男の眼前を刃が通り過ぎた。 咄嗟に後方へと退避すると、己の前髪の端がぱらりと地面に落ちるのが見えた。 すとん、と男の目前に毛利元就が着地した。 空いた手で、自分の服についた土埃を軽く払いながら、毛利は変わらず冷ややかな視線で男を見下ろしていた。 「詰めが甘いだと?」 「そうよ」 どちらも至って冷静に答える。 「いや、そうでもない」 その一言と共に、毛利にむかって駆け出す男。 「ここでお前さんを叩きのめせば!それで詰みだ!」 「笑わせるわ!」 毛利の右に構えた輪刀と、男の引き摺るそれが、激しい金属音と共に激突した。 再び辺りに衝撃が走る。ガツンガツンと、互いの得物が火花を散らす。 それは、周囲の何者も介入できない、激しい剣劇であった。 ギシギシと互いの腕が軋むほど、そのぶつかり合いは激しさを増していった。 混乱から回復し、再び隊列を組み直した兵達は、成すすべなく勝敗を見守る。 ここで勝敗を分けるは、純粋なパワーと疲労。 純粋な力で言えば、毛利よりも男が勝っていた。しかし、長時間の逃亡による疲労を加えれば、勝負は互角。だが…… 「負けるか!」 「くっ!」 軍配は男に上がりつつあった、そして。 「おらぁ!」 ぎん、と鈍い金属音が響いた。男の左斜め下よりの一撃が、毛利の輪刀を吹き飛ばしたのだ。 勢いよく打ち上げられた輪刀がざくりと、固い岩の天井に突き刺さる。 「もらった!」 男が勝利を確信し、丸腰の毛利に向かって攻撃を加えようとした、その時であった。 「なっ!?」 眩いほどの光と共に、毛利元就の周囲が爆ぜた。 「ぐあっ!」 そのまま後方へ吹き飛ばされ、男は地面にずしゃりと転がる。 みれば毛利の全身がまばゆいほどの光を放ち、辺りを照らしているではないか。 薄暗い洞窟が真昼のように光を浴びる。兵達は目を覆った。 毛利から発せられるその光こそ、この日ノ本に生きる将である証。 そして戦国の世に生きる武将のみが扱える、奥の手である。 その感覚が、より鋭く研ぎ澄まされた時発動し、脅威の力と、空間を超越した速度を得ることが出来るという秘技だ。 そのまま毛利は3~4mはあろう天井に向かって飛び上がると、突き刺さった輪刀を勢い良く引き抜く。 そして、目にも留まらぬ速さにて男に迫り、その全身を切り刻んだ。 「ぐっ!があ……っ!」 まるで舞を踊るかのような、怒涛の連続の斬撃が、上下斜めから襲い来る。 体制を立て直す暇も無い男は、それらの攻撃を避け切るすべも防ぎきる術も持たなかった。そして。 「ハアッ!」 「うああああっ!」 下段よりの強烈な切り上げ、その一撃が再び男の身体を軽々と吹き飛ばした。 あたりを囲む兵もろとも吹き飛ばし、男は固い岩壁に叩きつけられた。 「ぐっ……!」 壁を背に、そのまま力なく床に崩れ落ちる男。 「手こずらせおるわ……!」 若干のイラつきを含んだ言葉を男に投げかけ、毛利元就は男を見やった。 毛利が輪刀を男の喉元に突きつけ、男は荒い息をつきながらギロリと毛利を睨みつける。 全身に傷を負いながらも、戦意を失わないその態度は周囲の兵達を驚かせた。しかし、もはや男に成すすべはない。 再び男を兵達が囲む。その光景を見て、男は悔しそうに歯噛みした。 「(結局こうなるのか。何とかならないのかっ)」 男が勝機を諦めかけた、その時。 「鏡!?」 男の目と鼻の先、毛利と男を隔てるように突如、鏡のようなものが出現したのだ。 「何?」 毛利自身も目を疑った。謎の物体の出現に、急ぎ距離をとる毛利。そして次の瞬間。 「なっ!何だ?何だぁ!?」 鏡が男に迫る。そして鏡に触れた男が、見る見るうちにそれに吸い込まれていくではないか。 これには流石の毛利元就も言葉を失った。一体何が起きたのか、恐らくその場に居た誰もが理解出来なかったであろう。 「毛利っ!畜生!離せ、離しやがれ!」 半身を鏡に飲まれながら、男は精一杯の抵抗を示す。しかしながらその抵抗むなしく、男は。 「なぜじゃああぁぁぁぁ……」 情けない叫びとともに、謎の鏡の中へと消えていった。 そしてその鏡自身も消え去ると、後には何一つ残っては居なかった。 辺りを沈黙が支配する。薄暗い空洞を僅かな松明が照らす。 湿った岩壁から滴り落ちる水の音のみが、ただただ虚しく洞窟内に響き渡った。 それを聞くのは残った無数の毛利兵と、ただひたすらに冷たい表情を浮かべる一人の将のみであった。 暗の使い魔 第一章 『召喚!不運の軍師、異世界へのいざない』 前ページ次ページ暗の使い魔
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前ページ次ページお前の使い魔 わたしとダネットは、キュルケのげんこつとタバサの杖で付けられたたんこぶを冷やす為、医務室に来ていた。 なんか最近、医務室と縁があるわね。こんな縁は嬉しくないけど。 「全く……何なんですかあの青い髪したちび女は。お前より凶暴です。」 「誰が凶暴よ!!」 怒鳴りつつも少しホッとする。どうやら、召喚した最初の時、タバサが風の魔法で吹っ飛ばして気絶させたのは知らないみたいだ。 知ってたらタバサに掴みかかりかねないもんねこいつ。 まあこんな感じでダネットと睨み合いながら、恒例行事と化してきている口喧嘩をしていると、医務室のドアからノックの音が聞こえた。 「誰よ?」 ダネットと喧嘩していたせいで、若干怒り混じりの声を出すと、少し遠慮がちにドアが開いた。 「ギーシュじゃない。何よ? まだ決闘の横槍で言いたいことでもあるの? でもあれはむしろ感謝してもらいたいぐらいよ。全く……危うく目の前で惨殺死体見せられるとこだったわ。」 わたしが一気にまくし立てると、ギーシュは少し頬を引きつらせ、「ハハ……いや、それはもういいんだ。そうじゃなくてだね」と言って、ダネットをちらりと見た後、何かを決心したような顔になり、わたしに向き直った。 「な、何よ? わたしに文句でもあるの?」 「すまなかったルイズ。」 「は? どうしたのあんた? 熱でもあるの?」 いきなり謝られても困る。流れが全くわからない。 本気で熱でもあるんじゃないかしらこいつ。 「いや、実はだね。決闘の前に彼女と言い合いになった際、僕は君を侮辱してしまってね。まあ、それが彼女に火を付けてしまい、ああして決闘騒ぎにまでなってしまったんだ。」 おい、どういう事だダメット。わたしは何も聞いてないわよ。 そんな目線をダネットに送ると、ダネットはばつが悪そうに頬を掻いてそっぽを向いた。 ん?もしかして照れてる? 「聞いてないのかい? うーむ……いやね、僕はあの時、興奮して言ってしまったんだ。『ゼロ』のルイズと同じで、使い魔も無能だと。」 「あんた喧嘩売ってんの?」 わたしが頬をひく付かせてギーシュを睨むと、ギーシュはぷるぷると顔を横に振って、必死に弁明しだした。 「お、落ち着いてくれルイズ。続きがあるんだ。それで、僕がさっきの侮辱の言葉を言ったら、彼女何て言ったと思う?」 「キザ男!! ぺ、ぺらぺらと何でも喋るんじゃありません!!、く、首根っこへし折りますよ!?」 何故か真っ赤になりながら、手をばたばたさせてるダネットを睨みつけて黙らせ、ギーシュに話の続きを言うよう促す。 「彼女は、自分が侮辱されたことよりも、君が侮辱されたことに腹を立てた。『あいつはゼロじゃない。何も無いゼロなんかじゃない。その言葉を取り消しなさい。謝りなさい。』ってね。」 それを聞いた後にダネットを見ると、真っ赤な顔で、何故か「うー」と威嚇の声をあげた。ダネットなりの照れ隠しなのだろうか。 「まあそんな訳で、僕は謝罪しにきたと言う訳だよ。そして改めて、すまなかったルイズ。それに使い魔の……」 「ダネットよ。ご主人様に大切な事を何も言わない、ダメな使い魔のダメットでもいいけどね。」 「だ、誰がダメですか!!ダネットです!!」 ギーシュは、また「うー」と唸りながら頬を膨らませるダネットを見て微笑み、薔薇を模した杖を口元に近づけながら、最後に「いい使い魔を持ったね、ルイズ。」と言って部屋を出て行った。 部屋に取り残されたわたしとダネットは、お互いに顔を背けながら無言になる。 うー、ダネットにつられてわたしまで顔が赤くなっちゃうじゃない。何なのよ全く。 5分ほど経っただろうか。突然、ダネットが沈黙を破る為か、赤い顔をしながら言った。 「お、お前!! お腹が空きました!! ご飯にしましょう!!」 「そ、そうね。そうしましょうか。」 どこか他人行儀になりながら、わたしとダネットは医務室を出て、食堂に向かう。 食堂の手前まで来て、ダネットは厨房の方に向かおうとした。 多分、使用人の使ってる食堂に向かおうとしたのだろう。 わたしは、そんなダネットに思わず声を掛けていた。 「だ、ダネット!!」 「な、何ですか?」 お互いにぎくしゃくしながら向き合う。 「その……あり、あり……」 「あり?」 『ありがとう』そんな簡単な一言がどうしても言えない。 プライドが邪魔してるんじゃなく、単純に恥ずかしい。 使いまに感謝の念を抱くなんて、わたしはメイジ失格かもしれない。 いや、今はそんな事より言わなきゃ。『ありがとう』って。 表情がコロコロ変わるわたしを見て、不思議に思ったのかダネットが怪訝そうな顔で尋ねる。 「どうしたんですかお前? お腹でも痛いんですか?」 「違うわよ!! その……あり……あり……有難く思いなさい!!今日の夕飯はわたしと一緒に摂る事を許すわ!!」 違うでしょわたし!! ここは『ありがとう』でしょ!!ほら、ダネットもぽかんとしてる!!あーもう何でいっつもこうなのよ!! 必死に弁解しようと、わたしは両手を振って訂正しようとする。 「あ、そうじゃなくてあのね。そのね。えっとね!!」 「仕方ありませんね。そこまで言うなら、一緒に食べてやらないこともないのです。感謝しなさい。」 ダネットは、そんなわたしの心中を知ってか知らずか、微笑みながら言った。 いや、あの笑い方はわかってやってる。いや待て、こいつはダメットだ。実はわかってないのかもしれない。きっとそうだ。うん。そういう事にしとこう。 「い、行くわよ!!」 「ええ。お腹一杯食べましょう!!」 その後、ダネットの『お腹一杯』の基準を思い知らされ、また食堂にわたしの怒号が響き渡ったのは余談である。 戦争のような食事も終わり、わたし達は部屋に戻った。 ここで、重要な事にわたしは気付く。 「そう言えば、あんたの着替えって無かったわね。」 「言われてみればそうですね。じゃあ、明日は狩りにでも行きましょう。」 斜め上の返事をされ、わたしの思考が止まる。 「は?」 「ですから狩りです。獲物の皮を剥いで服にするのです。もしくは、獲物と引き換えに乳でか女にでももらいましょう。」 どこの原住民だこいつは。 皮をなめして服にするなど、何日かかるかわからないし、わたしはそんな血生臭そうな光景見たくもない。 引き換えと言っても、キュルケもいきなり動物の肉なんぞもらって服をよこせと言われたら困るだろう。 「服ぐらい買えばいいでしょ。」 「私、お金持ってませんよ?」 「それぐらいわたしが出すわ。使い魔の服も用意できないとか言われたら、ヴァリエール家の恥よ。」 「おお、お前いい奴ですね!!見直しました!!」 こんな事で見直されるわたしって一体……。 「後、ベッドとかも用意しなくちゃね。いつまでも一緒のベッドっていう訳にもいかないし。」 「私は一緒で構いませんよ?」 「あんたと一緒に寝てたら、いつかわたしが凍死しそうだから却下。」 「お前はたまに、よく判らない事を言います。このぐらいの気温なら、毛布があれば凍死なんてしません。」 「その毛布をわたしから剥ぎ取ったのはどこのどいつよ!!」 怒鳴られてふてくされたダネットを余所目に、今後の事を考える。 買い物は明後日の虚無の曜日に行くとして、それまでは同じ服で我慢してもらおう。わたしだって凍死の危険がありつつもベッドを使わせるんだからお相子よね。 でも、せめて寝巻きぐらいどうにかしないと、一緒に寝るのは抵抗がある。 ここはキュルケに……いや、あいつに貸しは作りたくない。絶対に今後、何かある度にネチネチ言ってくるに決まってる。 となると……。 「お前の服、丈が短くてスースーします。もっと大きいのはないのですか?」 「それが一番大きいのよ!! 小さくて悪かったわね!!」 「あと、胸がきついです。」 「う、うるさいわね!! な、何よその笑顔!! 喧嘩売ってんの!? 買うわよ!! 買ってやりますとも!! 表に出なさい!!」 「外は寒いから嫌です。こんなちっちゃい服じゃ凍えてしまいます。」 「ちっちゃいって言ったわね!? しかも胸の部分を見ながら!! 胸の部分は寒さと関係無いでしょ!!」 「ルイズ!! ダネット!! あんた達うるさいのよ!! 少しはあたしの身にもなんなさい!!」 こうして決闘の夜はふけていった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 何だろうここ?真っ暗だ。わたし、どうしたんだっけ?あれ? あ、そうか。この感じは夢だ。 『……………………』 誰よあんた? わたしに何か用? 『……た……す……ね』 はっきり言いなさいよ。聞こえないわよ。 『時がき…・・・で……ね』 は?何? 『あなた……らの性を望み……すか?』 せい?せいって性? 失礼な奴ねあんた。どこからどう見たって女でしょう? 『では、あなたの望みの名は?』 名前って、わたしの名前はあれよ。あれ。 あれ?名前……名前……あれ? ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「あれ?」 部屋の外はまだ暗い。どうやら夜中のようだ。 隣では、すやすや眠るダネットの姿。 どうやらわたしは変な夢を見たようだ。 とは言っても、夢の内容は思い出せない。まあ、思い出せないということは、取るに足らない夢だったという事だろう。 「寝なおそ。」 二つの月が、とても綺麗な夜だった。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ次ページ風の使い魔 MUROMACHI歴155年――両親を亡くした少年は、己の命と人生を懸けるに足る力と出会った。 MUROMACHI歴157年――諸国に戦乱の兆しあり。いち早く戦の臭いを感じ取った男は、 素質ある若者達を『虹を翔る銀嶺』に招集した。時代を動かす力、最強の武術『忍空』のすべてを携えて。 彼らはそれぞれの決意を胸に、一人、また一人と時代のうねりに漕ぎだしていく。 次々と邂逅を果たす十二人の弟子達によって、次なる忍空の歴史が刻まれようとしていた。 風の使い魔 1-3 「……なるほど。そして戦後、君は師の遺した畑の面倒を見つつ、故郷で暮らしていた。 収穫したトウモロコシをかつての仲間に届ける旅の途中、現れたゲートを潜ったと、こういうわけじゃな?」 学院長、オールド・オスマンは、机を挟んで立つカエルと見紛う顔の少年に語りかけた。 少年は幼く、まだ十二かそこらであるが、彼が見た目通りの少年でないことは、部屋にいる誰もが知るところであった。 少年――風助はオスマンの問いに、照れ笑いで頷く。とても戦闘集団の一隊長として戦場を駆けたとは思えない顔である。 「ああ、道に迷って腹減らしてたから、なんか食い物ねぇかと思って覗いたら吸い込まれちまってた」 あまりに馬鹿馬鹿しい理由に一同溜息。しかし、一番溜息を吐くべき少女は、いつもの無表情で風助の横に立っていた。 それは広場での騒動の後、タバサが風助と話そうと思った矢先のこと。駆けつけたコルベールによって、 タバサと風助は半ば強制的に院長室に、当事者だと主張して、ルイズとキュルケも強引に付いてきていた。 「未だに信じられません。あれが魔法でないということよりも、君が少年兵……しかも、 一部隊の隊長として戦場に立っていたことが……」 同席したコルベールは、風助の過去を聞いて苦い顔した。オスマンもそれには頷く。 風助はとても人を殺せる、殺した経験があるとは思えなかったからだ。 キュルケは感心した様子で、ルイズは半信半疑といったところか。相変わらず、タバサの表情は読めない。 しかしほんの一瞬、タバサは表情を強張らせた。両親は戦争で死んだ――さらりと、事もなげに風助が言った瞬間だった。 タバサの心情など知る由もなく、オスマンは引き続き風助を質問責めにする。 「それを可能にしたのが、忍空という武術なのかのう……。風助君、その忍空とやらを使える人間なら、 みんなあのような竜巻が出せるのかの?」 そもそも忍空とは何か。まずはそこから説明しなければならなかった。風助は拙い表現で説明したが、要約するとこうなる。 忍空――それは忍者の『忍』、空手の『空』。スピードとパワー、両者の長点を併せ持ち、増幅・発展させた武術。 武装は基本的になく、持ってナイフといったところ。 「強力な忍空技を使えるのは、隊長クラスだけだぞ。それに、空子旋を使えんのは俺だけだ。他は炎や氷、大地みてぇに使える力が違ってんだ」 そして忍空組とは、天下分け目の大戦において数千数万を相手取り、縦横無尽の活躍を示した部隊である。 隊員は約百人程度。子~亥の十二支に対応した部隊に分けられ、それぞれの隊の頂点に立つのが『干支忍』と呼ばれる十二人の隊長。 「なんとまあ……。すると他の隊長も、それぞれ自然を操る能力を持っておるわけで。 あれほどの現象を詠唱もなしに引き起こせる。そら恐ろしいことじゃの」 干支忍は単純な戦闘力においても、並の隊員をはるかに上回っているのは勿論、子忍の風、酉忍の空といったように自然を操る能力を持っている。 それこそが、忍空が忍空たる所以である。 「風助君、あの竜巻は魔力で出したのかね? 君には魔力がないはず……となると精霊との契約なのか?」 と、これまで黙っていたコルベールが割って入った。 「せーれーってなんだ? 忍空の技は、龍さんの身体を触って使うんだぞ」 コルベールは首を傾げる。そもそも、風助は精霊の概念を理解していなかった。 「竜? ドラゴンかね?」と、言ったのはオスマン。今度は風助が首を傾げた。 「風助君、その竜について聞きたいんだが……」と、次にコルベール。 長くて、でかくて、太くて……と、とりとめのない説明に、一同首を傾げる。頭上に?をいくつも浮かべるルイズ、 妙な想像に微笑むキュルケ、やっぱり無表情のタバサ、それぞれである。 が、よくよく話を聞いてみると、どうやら自然の中に宿る力のようなものらしい。 龍の身体、突く部位によって異なる技が発現するとのこと。 「しかし、一口に竜と言っても、こちらとは造形が違うのですな。文化圏が違うようですし、東国の辺りなのでしょうか……」 しかし、風助は自分のいた国の名前も知らないらしい。場所も国名も分からないのでは、推察しようがなかった。 拙い説明で辛うじて理解できたのは、三年前MUROMACHIからEDOに年号が変わったこと。 技術レベルは比較的近くとも、文化は違うということだけ。 「ふぅむ……、自然に宿る竜、もとい龍か……」 「おそらく、精霊に近い存在と見ていいと思われます。万物に宿る意思、力の源……そういったものの力を借りて行使する点では、 先住魔法と似ていますね」 意志と魔力で法則を歪めるのでなく、自然の力を引き出す術。その点では、確かに先住魔法に近いと言えよう。 「第一に必要なのは天賦の才。素養があっても、大抵は修行により龍を感じることで初めて見られる。 そして力を借りるに至り、自在に操れる域にまで達するには更なる修行……か」 修行、修行、また修行。頂点まで登り詰めることができるのは、ほんの一握りにも満たない数名。面倒臭さ、育成の手間では魔法以上か。 やはり、それほどの使い手はごく僅からしい。 オスマンは、ほっと胸を撫で下ろした。遠い遠い他国といえど、そんな怪物が何十人もおり、量産も可能となれば、 一国どころか大陸を制することさえ容易い。あのレベルの使い手が十二人でさえ、一国には十分対抗できる可能性を有しているのだろうが。 ルイズとキュルケは、それぞれ目を丸くしていた。あの小さな身体に、どれだけの力が秘められているのか。正直疑わしかったが、 つい先刻の竜巻を見せられては信じるしかなかった。 「しかし風や大地はともかく、炎や氷はそうそう手元にあるわけでもあるまい。その辺りはどうなっとるのかね?」 オスマンがそんなことを問う理由は、系統魔法で最も破壊力が高いとされるのが火であるからだ。戦場においても活躍する系統。 火種や氷、ないしは水を常に持ち歩かないと力を発揮できないとなれば、風や大地と比べて利便性は格段に劣る。 炎と氷と聞いて、風助が思い出すのは二人。 一人は垂れ目の男。何時でも何処でも、火事の中でさえ寝ている、放浪の絵描き。 一人は長い金髪の美形。虚弱体質でしばしば貧血を起こす、突発性自殺癖持ちのピアニスト。 どちらもオスマンの想像とはほど遠いだろう。 癖は強いが実力も結束も強い。今でも親しい干支忍の内の二人、炎の辰忍『赤雷』と、氷の午忍『黄純』だった。 「よく分かんねぇけど……龍が見えなくても、どっちも空気を操って氷や炎は出せる……みてぇに赤雷と黄純が言ってたっけかな」 そう語る風助は、実に楽しそうな顔をしていた。 破壊力に優れた火が制限されるなら、個々はともかく戦においての戦闘力はそれほどでもないかと思ったが、甘かったか。 ますます隙がないと感心してしまう。 しかも、聞く限りでは四系統魔法の仕組みと共通している部分もあるかもしれない。まだまだ世界は広いと、この歳でしみじみ思う。 「じっちゃん……まだ聞くのか? さっきから説明ばっかで疲れちまったぞ」 思案に耽っていると、風助がぼやいた。じっちゃん呼ばわりは違和感があったが、不思議と悪い気はしない。 「おお、すまんがもうちょっとじゃ。さて、ここからが本題。あれだけの騒動じゃ、君ら四人が頑張った結果、死傷者が出んかったのは僥倖。 被害が樹二本で済んだのは奇跡と言うより他ない」 オスマンの視線が、風助とタバサを捉える。髭に隠れた口から出るのは、威厳と風格を併せ持った声。 風助がごくりと息を呑む音が、タバサにも聞こえた。タバサも内心では緊張している。 「しかし、風助君、ミス・タバサ。君ら二人には、なんらかの罰が必要になる」 未だにああなった経緯が理解できないルイズは傍観。キュルケもよほど重い処分でもなければ黙っておくつもりだった。 そしてタバサは、やはり沈黙。そんな中、一列に並んだ四人から一人、オスマンに進み出る者がいた。 「待ってくれ、じっちゃん! 悪ぃのは俺だ、タバサは関係ねぇ! だから、罰なら俺だけにしてくれ!」 真っ先に進み出た風助は、自分でなくタバサの罰の軽減を訴えた。 タバサ――初めて名前を呼ばれた。それだけ、自分は風助とのコミュニケーションを疎かにしていたのに。数えるほどしか会話していないのに。 「風助君、君の言い分は尤もかもしれんが、使い魔の責任は主の責任じゃ。主人と使い魔は一蓮托生。それは全うしてもらわんといかん」 「頼む、じっちゃん!」 タバサは、下げた頭をなおも低くしようとする風助を、 「別に構わない」と手で制した。 そんな主人を何故、そうまでして庇うのかは分からなかった。ただこの瞬間、初めてこの使い魔を信じてもいいと思えた。 「まあ聞きたまえ。不服を言うのは、それからでも遅くはないだろう?」 コルベールが風助を諫め、一同オスマンの裁決を待つ。 オスマンは長い髭を撫で摩り、 「そうじゃの……今後、学院内での忍空の使用は厳禁。後は……樹が二本じゃから、向こう二ヶ月の奉仕活動とでもしておくかの」 と急に気の抜けた声で言った。危うく学院を崩壊させるところだった騒動の罰としては軽いものだ。 「ほうしかつどう……ってなんだ?」 「平たく言えば、掃除を始めとする学院の雑用じゃな。内容は必要な時に沙汰しよう」 タバサは安堵よりも、その意図を疑わずにいられなかった。だが、そう思っていたのはどうやら自分だけらしい。 ルイズとキュルケは、互いに目を見合わせ苦笑。風助はいつも丸い目を、更に丸くしていた。 「そんだけでいいのか……?」 「当座はそれだけ、としておこう。手始めに、広場の樹の残骸を処分してもらおうかのう。 おお、それと図書館の司書が蔵書の整理をしたいと言うとったな。そっちはミス・タバサが得意じゃろう」 無邪気な笑顔の風助が、オスマンの座った机に飛び乗って手を握る。 「サンキュー、じっちゃん! 俺がんばるぞ!」 「ほっほっほ……これ、机に乗るでない! 隠しきれるものでもあるまい。教師連中には私から説明しておこう」 タバサの魔法としておく手もあるが、トライアングルで出せる魔法でもない。何よりも、風助が許さないだろう。 今は様子を見るべきとの判断だった。 風助の嬉しそうな顔にコルベールも、ルイズもキュルケも微笑んでいる。そんな顔を見せられてはタバサも、 疑問は一時保留しておこうという気分になってしまった。 無邪気な風助にコルベールが、 「忍空の使用を禁止されても困ることは少ないだろうが、使い魔としての役割も頑張りたまえよ。 困ったことがあれば、私もできる限り力になろう」 「ああ。それでおっちゃん、使い魔ってのはどうやったら終わりなんだ?」 その答えに、室内にいた全員が固まった。 「は……?」 「え……?」 「まさか……」 「ふむ……」 最初にコルベール。続いてルイズ、キュルケ。オスマンまでもが、意外そうに唸る。 驚きの目が集中しているのに、風助は気付かない。一人、決意も新たに拳を握って意気込んでいる。 「俺、頑張って使い魔終わらせるぞ。けど、どうすりゃいいんだ? おっちゃん」 「まさか君は知らないのか? ミス・タバサ……君も説明してないのか?」 コルベールが風助からタバサへ視線を移す。タバサはぶつかった視線を一旦は受け……やや気まずそうに外した。 しまった。 顔は平静を装っていても、彼女がそう思っているのは誰から見ても明らかだった。 使い魔は召喚された時から自分の役割を理解していると文献にはあったが、風助は何一つ理解していなかった。 だというのに、面倒だったので説明を簡潔に済ませてしまっていたのだ。 ルイズは口に手をやって驚き、キュルケは悩ましげに額に手を当てた。 きょろきょろと周囲を見回す風助にコルベールが告げる。気まずく、この上なく言い辛そうに。 「風助君……使い魔とは、メイジを一生サポートするパートナーなのだ。つまり……死ぬまで終わらない」 風助の顔が歪み、 「うぇぇええええええええ!!」 学院中に聞こえるかと思うほどの声がこだました。 そのうち帰れるだろうと楽観的に考えていただけに、風助はこれ以上ないほど仰天した。 それはもう、筆舌に尽くし難い顔芸で、驚愕を露わにしたのだった。 「君の国に帰れる方法も探しておこう。それまでは我慢してくれたまえ」 コルベールに苦笑いで送り出された風助。その横にタバサ、後ろをキュルケとルイズが歩く。 前を歩く二人は、珍しく困り顔だった。 「一生は……ちょっと困ったぞ。ばあちゃんと……お師さんの畑もあるしなぁ」 親代わりでもある隣の老婆は身体が弱く、臥せりがちである。最近は元気だし、村の人間は仲がいいので、しばらくは心配いらないだろうが。 畑も面倒を見てくれる当てはある。忍空の里の忍犬、ポチはちょくちょく里を抜け出しているので、戻らなければ面倒くらいは見てくれるだろう。 どちらも焦る必要はないと分かっていても、心配には変わりなかった。 一方、タバサは申し訳ない気持ちを抱えていた。今更になって、自分のらしくなさが悔やまれた。かと言って、掛ける言葉も見つからない。 見かねたキュルケは空気を変えようと、 「しかし、ヴァリエールはともかく、なんであなたは人間を召喚したのかしらねぇ?」 「ちょっと、ツェルプストー! わたしはともかくってどういう意味よ!!」 敢えてケンカを吹っ掛けてみる。案の定、ルイズはすぐに乗ってきた。 意図を汲み取った上で怒ってくれているのか、それとも天然なのか。多分後者だろうが、どちらにせよありがたい。 「カエルみたいな顔してるから、亜人と間違えられちゃったのかしら……なんて」 「そんなわけないでしょ!」 怒るルイズ、さらっと流すキュルケ、いつも通りのやり取り。見ていた風助も、いつの間にか笑顔になっていた。 「んじゃ、俺は広場の片付けに行ってくるぞ。俺がやったんだから、俺一人でいいや」 風助は三人と別れて外に出る。タバサは迷った末、彼の背中にたった一言問う。 「いいの?」 それは広場の片づけを一人でさせることに対してか、使い魔を続けることに対してなのか。 言ってから、また言葉が足りなかったかと不安になったが、 「まぁな。くよくよしてもしょうがねぇし。それにここはここで、いろいろ面白ぇぞ」 今度はちゃんと伝わったらしい。どちらの意味にも取れたが、きっと後者だろう。 能天気な笑顔の裏に秘められた逞しさをタバサは感じ取った。 「……わたしも次の講義は休むわ。先生には伝えておいて。治療の魔法の準備をしてもらわなきゃ」 あんなバカ犬でも使い魔は使い魔だからね、と言い残してルイズも去っていく。残されたタバサとキュルケは暫し逡巡したが、 大人しく講義に向かうことにした。 風助が迷いながらヴェストリの広場にたどり着いたのは学院長室を出てから約十分後。広場には杖を持った教師が二人と、 手作業で樹の破片を拾い集める男が二人、既に作業を始めていた。二人は貴族ではなく、いわゆる用務員。敷地の整備や雑務を担当する仕事らしい。 四人に風助も混じり、散乱した木切れを集める。突然、子供が手伝いをしたいと現れたので教師達は訝しんでいたが、 コルベールから話は聞いていたらしく、事情を話すと驚きと共に迎えられた。 作業は順調に進み、始めてから三十分後には広場は綺麗さっぱり片付けられた。へし折れた樹の幹は、 教師達が魔法で掘り起こし焼却。二人は土のメイジと火のメイジなのだそうだ。 「やっぱ魔法って凄ぇなぁ。なんでもできんだな」 風助の素直な賛辞に教師は照れ臭そうに笑い、これには他の二人も頷いていた。 作業を終えて四人と別れると、ぐぅぅと控えめに腹の虫が鳴くので、厨房に向かってみる。 この時、食後からまだ一時間も経っていないのだが、風助には関係なかった。 厨房に向かい扉を開けると、マルトーが昼食を片付けていた。その隣ではシエスタも手伝っている。 「おっちゃーん、なんか食わせてくんねぇか?」 「おお、風助坊……っておめぇまた来たのか」 振り向いたマルトーが呆れ顔で溜息を吐く。片やシエスタの表情には、感嘆と驚きと、ほんの少しの怯えが表れていた。 「あ……風助君、いらっしゃい……」 「ったくおめぇはどれだけ食うんだ……まぁ、ちょうど残りがあったところだ。食わせてやるから、座って待ってな」 「ありがとな、おっちゃん」 呆れながらも準備を始めるマルトー。手近なイスに腰掛けると、こちらを見ているシエスタの視線に気付く。 「ねぇ、風助君。さっきの竜巻って風助君がやったの……? 風助君ってメイジだったの?」 おずおずと話し掛けてくるシエスタ。流石の風助でも、声に帯びた不安の色を察した。 その対象が自分であることも。 「ああ。けど俺はメイジってのじゃねぇぞ。あれは忍空ってんだ」 「にんくう……?」 「ちょっと失敗して、あんなことになっちまったんだ。けど、もうここじゃ使わねぇから心配すんな」 「そうなんだ……」 シエスタが躊躇いがちに頷く。詳しい説明を省いたからか、シエスタの不安は完全には払拭されなかった。 だが、たとえ力を持っていたとしても、風助が弱い者を傷つけるとも思えなかった。 そこへマルトーが大きな器をドンとテーブルに置いた。入っているのは琥珀色に透き通ったスープ。 先程のシチューと違い、如何にも上品そうだ。 「ああ、シエスタから聞いてるぜ? やるじゃねぇか、ケンカの仲裁でどでかい竜巻を起こしたとかなんとか……それが魔法じゃなく忍空ってのか?」 マルトーは、竜巻の暴威を目の当たりにしたわけではないので、特に畏れもしない。 「おー、罰として奉仕活動をしなきゃなんねぇんだ」 「奉仕活動? そりゃ難儀だなぁ。こんなガキをこき使おうなんざ、まったく貴族ってのは……」 「気にしてねぇぞ。することなくて退屈してたんだ、ちょうどいいや。元いたとこじゃ畑耕してたし、ただで飯食わせてもらうのも悪ぃと思ってたしな」 子供っぽく笑う風助に、シエスタも次第に警戒心を解いていく。不思議なものだ、今日出会ったばかりだというのに。 「人の五倍は食べるもんね、風助君。また手伝ってくれると助かるな……」 スープを掻き込みながら、 「おー、なんでも言え」とスプーンを振り上げて宣言した風助だったが、不意にピタリと食事の手を止めた。不意に背後のマルトーを振り向く。 「そういや気になってたんだよな。おっちゃんは、じっちゃん達のこと嫌ぇなのか?」 「嫌ぇって言うかだな……」 マルトーは言葉に詰まった。この場合、風助の言うあいつらとはオスマン達個人の好き嫌いだからだ。 「じっちゃんも、坊主頭のおっちゃんもいい奴だったぞ。罰も軽くしてくれたしな」 貴族は嫌いだ。我が儘で横暴で、身分を鼻に掛けている連中がほとんど。それはこの学院の生徒教職員も決して例外ではない。 しかし、貴族は嫌いだが、生徒や教職員達に特別恨みがあるわけではなかった。 平民と貴族の関係ではあるが、教師とも時には関係を深め、連携を取ることはある。そうでなければ仕事も円滑にいかない。 豪勢な料理だって、栄養には十分留意している。育ち盛りの生徒の健康を管理しているのは自分だという自負があった。 何より、自分の料理を美味そうに食べる生徒達を見ると悪い気はしない。 口ではなんだかんだ言っても、学院の食を司る身としては、すくすくと育ってくれるのは感慨深いものである。 つまるところ、嫌いなのは貴族という身分であって、彼らではない。そこまで嫌いなら、どれだけ給料が良くても貴族の学院でなど働かない。 故に、改めて嫌いなのかと聞かれると――。 「コック長……口に出てますよ?」 「おっちゃんも、やっぱいい奴だなぁ」 どうやら柄にもなく考え込んでいると、口に出てしまっていたらしい。呆れ混じりの微笑むシエスタと、舌を出して笑う風助。 顔を真っ赤にしたマルトーは、 「よせやい! こっ恥ずかしいこと言わせるんじゃねぃよ、このベロ!!」 言いながら風助の後頭部にゲンコツ。思いのほか強い力に風助が、 「ん~!! 前が見えねぇぞ」 「きゃー! 風助君、顔! 顔がはまってます!!」 顔面からスープの器に突っ込む。ぴっちり顔にフィットした器は、風助が顔を上げても取れなかった。 「ふぃ~、死ぬかと思ったぞ」 「ははは、悪かったなぁ、風助坊」 ようやく器を外した風助の背中を、マルトーがバンバン叩いた。スープ塗れになった服は脱いで干し、今の風助は上半身裸。 にも拘わらず叩くものだから、背中に赤い手形が付く。 「いて! 痛ぇなぁ、おっちゃん」 マルトーをジト目で見る風助に、シエスタが尋ねる。 「そういえば風助君……さっきは名前が出なかったけど、ミス・タバサは風助君から見てどうなの?」 「タバサは……無口でよく分かんねぇけど、いい奴だぞ。飯も食わせてくれるしな」 「風助君はご飯を食べさせてくれたらいい人なの?」 「まぁな。少なくとも、俺が腹減らしてた時、飯食わせてくれたおっちゃんやおばちゃんは、みんな優しくてあったかかったぞ」 戦前、戦後と国は荒れ、民衆は貧しく、その日食べるものにさえ困窮する者もいた。 そんな時勢で、誰とも知れない子供に食べ物を恵んでくれるようなお人好しは十分信頼に値する。 いつからかそう思うようになっていた。無意識的ではあるが、それは風助の人を見分ける術の一つだった。 「いつだったか……行き倒れてた俺に飯食わせてくれたおっちゃんは、どっかおっちゃんに似てたかもしんねぇな。飯は凄ぇくそまずかったけど」 「飯のまずい野郎と俺を一緒にすんじゃねぇよ! いい度胸じゃねぇか、このベロ!」 またも風助がマルトーにヘッドロックされ、その頭を小突かれる。 「悪ぃ悪ぃ、けどおっちゃんの飯はうめぇぞ。ほんとだ」 どちらも顔は綻んでおり、それが新愛の表現であることは、傍目にも明らか。 シエスタは感心してしまった。風助は、たった数十分でマルトーの心に入り込んでしまったのだ。 「おっちゃんもシエスタもタバサも、俺にとっちゃみんないい奴だ。だから困ったことがあったら、言ってくれりゃ手伝うぞ」 それは自分も同じ。彼に抱いていた恐怖心、警戒心はものの数分で氷解していたのだから。 「うん、私はもうちょっとしたらサイトさんの看病のお手伝いに行くから、風助君手伝ってくれる?」 「その前に、こっちは薪でも割ってもらいてぇな」 「よし、そんじゃやるか」 意気込む風助は裸のまま、マルトーと厨房の扉を開いて出ていく。彼が開いた扉からは爽やかな昼下がりの風が吹き、 見送るシエスタの髪を揺らした。 時刻が夕刻に差し掛かる頃、風助はシエスタを伴ってルイズの部屋に向かう。手にはシエスタの用意した、大きな器一杯の湯。 何しろ、風助はタバサの部屋に帰る道ですら迷う始末。一人では無駄な時間を食うばかりだった。 ルイズの部屋の前まで来ると、僅かに開いたドアの隙間から光が漏れていた。二人は互いに顔を見合せて、隙間から覗きこむ。 ベッドに横たわった才人。その横に教師らしき壮年の男性が立ち、隣には両手を組み合わせるルイズ。 「何やってんだ? あれ」 「サイトさんの治療中みたいだね。ちょっと待ってよっか」 小声で会話しながら治療を見守る。やがて教師がルーンを唱えると、才人の身体を淡い光が包む。 「おお……むぐっ!」 塞がる傷に感嘆の声を上げかけた口を、シエスタの手が塞ぐ。 「風助君、静かに。お邪魔になるわ」 「すまねぇ……。しっかし凄ぇんだなぁ……」 子供のように(実際子供なのだが)目を輝かせる風助に、シエスタも微笑を漏らす。シエスタからすれば、風助も相当凄いことをしているのだが。 「あ、終わったみたい」 二言、三言ルイズと会話を交わし、教師が向かってきた。二人はたった今来たように振る舞い、一礼してすれ違う。 改めてドアを叩くと、ノックから数秒遅れて声が返る。 「誰?」 「あ、その、シエスタです。サイトさんのお湯をお持ちしました」 「開いてるわ、入って」 「失礼します」 入ると、真っ先に部屋の奥のベッドが目に入る。ベッドに横たわる才人、隣にルイズが腰掛けていた。 振り向いたルイズは、一緒に入ってきた風助を見るなり、 「何よ、あんたも来たの?」 「おー、才人はまだ寝てんのか?」 「見ての通りよ」 答えるルイズの口調はどこか棘があった。否、どこかではない。ピリピリと明らかに張り詰めた空気を、シエスタは感じた。 風助は知ってか知らずか、ベッドでいびきを掻いている才人の頬を軽く突く。「しっかし……変な顔して寝てんなぁ」 瞬間、ルイズの眉がピクリと跳ねた。同時に、シエスタの肩も寒気で跳ねた。 「ねぇ……シエスタって言ったわよね」 「は、はい!? 何かお手伝いすることはありますか!?」 「今は特にないわ。ちょっとこいつと二人にしてくれない……?」 「え……と……こいつって風助君ですか?」 この場合、才人は数に入るのだろうか。シエスタは答えに窮したが、ルイズは無言。となると、おそらくは正解。 狭い室内を支配する重圧は、更に重みを増す。 ルイズが何を言うのか、大方の察しはついていた。しかし、シエスタには何も言えない。 事実だからだ。彼女の抱く怒りも、これから風助にぶつけるであろう言葉も。 「それじゃあ、失礼します……」 一礼して去っていくシエスタを確認したルイズが、風助に顔を戻す。目を離した隙に、彼は仰向けで寝ている才人に跨って、 傷を確認しながら身体のあちこちを指圧していた。空気の読めるシエスタとは大違いだ。 「……何やってんの?」 「身体の回復力を高めるツボってのがあるんだ。ちょっとはましになるだろ」 「ふーん、それも忍空ってやつ?」 「まぁな」と言いつつ、風助は才人をひっくり返して背中も指圧する。 されるがままの才人は苦しそうに唸っているのだが、二人とも特に気に止めていない。 返答から暫くして、ぽつりと呟くようにルイズは話しだす。 「……あんたが、なんだか知らないけど凄いってのは分かるわ。 だったら、あんな大騒ぎしなくてもこの馬鹿犬を助けられたんじゃないの?」 才人を指差す。爆睡中の使い魔は二回、三回と転がされても起きる気配はまるでない。 「死にかけたのよ? そいつもギーシュも、それにあの場にいた全員も」 少しでも歯車が食い違っていたら、未曾有の大惨事になっていた。才人も、ギーシュも、タバサも引き裂かれていた。 暴風に絡め取られ、風龍の顎に噛み砕かれた広場の樹のように。 一人になって想像すると、怒りにも似た感情が湧いてきたのだ。 分かっている。止めようともしなかった観衆と、止められなかった自分の代わりに、彼は進み出た。 それを咎める資格はないのかもしれない、と。 理解していても、やり場のない気持ちは溢れてしまう。唇を噛んだルイズは黙して風助を見た。 「そうだな……すまねぇ、余計なことしちまった。俺が手出しなんかしなくても、多分才人は勝ってたと思うぞ。 ただ、放っときゃこいつは死ぬまでやりそうだったからな」 「嫌味? 別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」 「俺だってそんなつもりで言ったんじゃねぇぞ……っと」 才人を元の姿勢に戻した風助は、ベッドから飛び降りてドアに向かう。勝手に帰ろうとする風助を、ルイズは慌てて呼び止める。 「ちょ、ちょっとどういう意味よ!」 「俺にもよく分かんねぇぞ」 ただ、あの暴風の中でギーシュを掴んでしがみ付くのは簡単ではない。ましてや満身創痍の身体で。同じことができる人間は、そうはいないだろう。 そして何より、剣を握り締めて立ち上がった時の才人の表情が、力強い闘気が風助に確信を抱かせた。完全な直感であり、理屈は分かるわけもない。 またしても頭上に? を浮かべるルイズに、風助は笑いながら問う。 「と、そうだ。一つ聞きてぇんだけど……」 ベッドに寝た少年の傍らに座る少女。ここでも、ルイズの部屋と同様の光景があった。違うのは、 少年に外傷はなく、少女は心配などしていないという点。 「う~ん、苦しい……。まだ回ってるような……君の水魔法で助けておくれよ、モンモランシ~」 「はいはい、元はと言えばあなたのせいでしょ。付いててあげるだけでもありがたいと思いなさい」 「いや……これは僕のせいじゃなくて、あのタバサの使い魔が……」 「なんでそこでタバサの使い魔が出てくるのよ。言い訳なんて男らしくないわねっ!」 ベッドの中から助けを求めるギーシュの手をぺしっと払い、そっぽを向くモンモランシー。 浮気をされて傷ついた彼女のプライドと機嫌はまだ直っていなかった。 ギーシュが決闘で重傷と人伝に聞いたので駆けつけてみれば、なんのことはない、目を回して吐いただけだった。 今は流れで付き添っているだけ。こっちが負った傷は、かすり傷のギーシュなんかよりもはるかに深いのだ。 ギーシュは泣きながら、起こし掛けた身体を横たえた。あの場にいなかったモンモランシーには、 何度事情を話しても理解してもらえなかった。聞いてさえもらなかった。 「うぅ……どうして分かってくれないんだい、モンモランシー……」 ギーシュはわざとらしく大げさに落ち込む。意外なことに、これが効を奏した。 気障な男が自分だけに見せる情けなさ。不覚にも母性本能をくすぐられそうになる。計算ではないのだろうが、天然だとしても大したものだ。 「まぁ……私も鬼じゃないしね。いいわ、聞いてあげる。話してごらんなさいな」 「あぁ……嬉しいよ、モンモランシー! 実はね……」 今度は伸ばした手が振り払われない。 重ねた手に、きゅっと力を込める。 見つめ合う二人。近づく距離。 「えーっと……ここで合ってんのか?」 そこへ、ノックもせずに闖入者が現れた。モンモランシーは素早く手を引っ込めた。心なしか顔は赤らんでいる。 寝転んだ状態で手を伸ばしていたギーシュは、 「ぅぅぅうわぁぁあああああ!! タ、タバサの使い魔ぁぁぁぁ!!」 一瞬でベッドから跳ね起き、壁に張り付く。 「なんだ、元気そうじゃねぇか。才人があんなだかんな、おめぇは大丈夫かって心配してたぞ」 竜巻に巻き込まれた恐怖は、ギーシュの精神に半ばトラウマとして焼き付けられていた。 それこそ使い手の顔を見た瞬間に拒否反応をもよおすほどに。 が、風助はまったく気付いてない。ギーシュの言動に疑問は呈したが、彼自身に恨みがあるわけでもなく、 巻き込んだ立場なので見舞いに来ただけだった。 「ぼ、ぼ、僕になんの用だ……まさかここで決闘の続きを……」 「なにこんな子供相手に怯えてるのよ。タバサの使い魔の……あなた、何しに来たの?」 モンモランシーは、事情を知らなかった。竜巻が発生した時も広場から遠く離れていたので、大変な騒ぎがあったとしか。 「さっきはすまねぇな。それを言いに来たんだ」 「……へ?」 ぺこりと素直に頭を下げた風助に、対するギーシュは間の抜けた声。 それもそのはず。ギーシュにとって風助は、決闘に割り込んで痛いところを突いてきた奴。自分を挑発し、本気で怒らせた愚かな子供。 その程度の存在でしかなかった。竜巻を発生させ、自身を含めた三人を諸共に巻き込む瞬間までは。 「おめぇのことも気になってたから、才人の見舞のついでに部屋を聞いてきたんだ」 今では畏怖の対象ですらあったが、それが何故か謝罪している。よく分からないが、自分が優位にあると知ったギーシュは咄嗟に取り繕い、 「なんだ、そんなことか……。ま、いいだろう。子供の不始末にいつまでも腹を立てているのも大人げないからね。 見ての通り、僕はあの程度では"まったく"堪えていないよ」 「さっきまで泣きついてたくせに、何言ってんだか……」 髪を掻き上げて、精一杯の虚勢を張ってみせる。突っ込みには聞こえない振りでOK。 「おお、よかったぞ。そんじゃさっきの続きなんだけどな……」 風助の言葉に、さぁっと血の気が引く感覚。 あれから冷静に考えてみたのだ。才人を担いだ状態で一瞬にして背後に回り、竜巻の中では二人を支えていたと聞く。これは流石に分が悪い。 青ざめたギーシュは、必死で説き伏せようと試みる。 「いや待て! じゃなくて待ってくれ!! 僕はもう気にしていない。君の無礼な振舞いは水に流そうじゃないか。 僕にも、その、ほんの少しは落ち度があったわけだし……」 「才人の傷が治ったら、またケンカの続きをしてくれていいぞ。俺はじっちゃんと約束しちまったからできねぇけど、 今度は才人一人でいい勝負になるかもしんねぇからな」 「はぁ……」 怒りも水――もとい風に流されて、そもそも何故決闘をしたのかも忘れかけていたところである。 もう戦う理由もなかったギーシュであったが、屈託なく笑う風助に乗せられたのか、理由も分からず頷く。 そして呆気に取られている内に、 「じゃあなー」 風助は去っていった。台風の過ぎ去った後のように、二人は呆然と言葉もなく開け放たれたままのドアを見ていた。 前ページ次ページ風の使い魔
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ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ 「バカな、キュルケ… ホントに、なんというおろかなことをしてくれたんだ」 地べたに転がったまま、ギーシュは奥歯がガチガチ噛み合わなかった 鳥の巣頭がチリチリと焼け焦げアフロと化したあの男は しばらくボーゼンと立ち尽くした直後 ブワァァァッ ビンッ ビンッ ビンッ カゲロウのように周囲の空気をゆらめかせ、 髪の毛があおられるように逆立っていく 「アレのことをいうのか? 怒髪天っていうのは… あいつはもう止まらない 取り返しがつかないんだぞッ!?」 「ったく、非ッ常識な頭だこと…」 「まっまだ怒らせる気かぁ――ッ」 ヒステリーのようにわめくギーシュを放って キュルケは考える (「殺す」のは簡単だと思うけど… トライアングルメイジの全力を以てすれば、ね) 「殺し方」はすでにできていた あの男がこちらに近寄ってくるところへ 火×1の魔法で足下に火を放ち、さえぎる ムカドタマ真っ最中の男は迂回などせず ナゾの力で地表をまとめてぶっ飛ばし鎮火するだろう 一瞬だが足は止まる さすがに生身で炎に突っ込むわけがない そこへ火×2の魔法で扇状になぎ払い、とどめとなる 火×3は使わない、長い射程は必要ない どうせ近寄ってくるのだからそのときが最後だ 灼熱の中で窒息しながら焼け死ぬのだ 必要とあらばやる キュルケはそれができる女だった だが、それだけでもなかった 「…」 チラリと見る ルイズとは、先祖代々宿敵同士なのだ こと、微熱のキュルケの性(さが)において その因縁はきわめて重大だった 「……」 (この私が本気を出すの? ゼロのルイズの使い魔に? …却ッ下だわ、そういうのはね…大人げないっていうのよッ) 男がこちらに歩いてくるのが見えた 嵐の前の静けさというやつだった 殺さないなら方針も違う そのためのギーシュだった 「手伝ってもらうわ、ギーシュ…ちょっとばかりね」 「手伝えだって? 無責任なッ アレをああしたのは君じゃあないかッ!? ボクは知らないぞ、知らないんだッ」 「大金星を拾えって言ってるのよ、あなたに」 「ああ、口ではなんとでも言えるだろうさ 人を乗せるのがウマいからな、キミは だけどボクはだまされないッ」 キュルケの目がスゥッと細くなった ビクッ 「な、なんだね、今度は脅そうとでも言うのかい?」 「そ…『あのこと、バラすわよ』」 ズン ある意味、最悪の魔法だった ギーシュには身に覚えがありすぎた 「な、何だい? あ、『あのこと』とは?」 「『あのこと』よ」(フフフ…) ザッ!! 戦闘態勢をとるキュルケ これ以上はさすがにノンビリかまえていられないッ 「あいつが『ぬかるみ』にハマッた瞬間に、錬金で足下を石に変えるのよ、いい?」 「『ぬかるみ』だって?」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ハマッた瞬間でなければ意味がないわ、目をこらしてなさい…」 ボンッ 再び放たれた火球は、今度はまっすぐ男に向かった 避けなければ焼けて死ぬ これで決まれば世話はない キュルケは素早く駆け出していた 「あなた、どこのどちら様? カッコイイわよその髪型…最初のアレよりずっとねぇ?」(フフ) 走るついでにオチョクッていく 知らない言葉を使っていたようだが 笑われたことに怒っているのなら多分通じているのだろう そうでなければアレは危険な狂戦士(バーサーカー)だ 殺してしまった方が世のためということ ダムッ 男は炎を横飛びに回避してからキュルケに向かって飛んでくる これでふたつわかった ・男は炎の直撃に耐えられるとは自分でも思っていない ・バカにされていることを理解するだけの脳ミソはある だが、飛んでくる勢いが大砲のそれだったことだけはわかりたくもなかった ギャン!! 一瞬のうちに2メイル以内にまでカッ飛んできていた 走ったくらいじゃどうにもならない (何よ、これは… 風系統の魔法じゃない 杖がなきゃ魔法は使えない 地面を殴って、その反動で自分を飛ばしてきたとでも言うの? …とにかく、まずいッ!!) 反射的に身をかばい、顔の前で腕をバツの字に組む 今度は威力を知る番だッ 「DORAaa!!」 ズドドバァ 見えない拳が突き刺さる すれ違いざま五発くらいが飛んできた ドッ ミシッ パキッ ポキ ゴシャア 第七肋骨、亀裂!! 右肩胛骨、亀裂!! 右手骨、粉砕ッ!! キュルケは全身に疾る鈍い音を聞いた ゼロのルイズと同じように空中に舞い上がり、落っこちる 目の前が真っ暗になっていたが、おかげで意識はなんとか戻る 馬車に轢かれた気分だった 少しの間、遅れてきた痛みに歯を食いしばって仰向けに空を見上げていたが 「いッ…… ~~~ ッたいわねぇぇぇぇッ!!」 身を転がして一息に立ち、闘志のメーターが恐怖にふれかかったのを怒鳴り散らして引き戻す パワーはともかく、速さを読み違えていた あの男は20メイルをひとっ飛びで駆け抜け すれ違った相手を五発は殴って反対側に着地できるらしい あまりうまく着地はできなかったようだ 逃げて端に寄っていたクラスメート達のド真ん中に転がり込んだ男は 草にまみれて肩口を押さえていた キュルケはすかさず頭の中でメモを付け加えた ・最初に考えた「殺し方」はダメだ 高速で突っ込まれたら対応できない ・だがアレは、あの攻撃をやりなれてはいない うまくすれば自滅を誘えるかも… 一方、追いついてきたコルベールはツルリ光る頭を抱えたい気分だった あの男は危険すぎた 放っておけば死人が出るだろう だからその前に私が殺す 殺さねばならない そう思っていた だが (生徒の中に着地するとは…) コルベールもまたトライアングルメイジである 火×3の魔法で男の周囲のみに局地的な完全燃焼を起こし アッという間に窒息死させるつもりだった どんな能力を持とうが、どんな力で殴れようが関係のない処刑法だった 彼の理念に真っ向から反する行動だが生徒のためならやむをえなかった だが見ての通り目論見はつぶれた (これでは皆まで巻き込んでしまうぞッ…!!) 「このぉぉッ、イミフメーな髪型の分際でキレてるんじゃないわよッ」 なんということだ 聞こえてきたあの声を叱りつけねばならない 「やめなさいミス・ツェルプストー ここは生徒の出る幕では、ありませんッ」 「…あら、コルベール先生 先生こそ下がっていて下さいませんこと? 『火の本質は破壊ではない』んですものね? ですが私は微熱のキュルケ 荒事は好みですのよ」 「どうするつもりなのですか、そのような有様でッ」 「何を言っても遅いんですわよ先生 …だって、もう、来ますもの」 チッチッチッ 舌を鳴らしながらキュルケは 男に向かって左手の甲を突き出し、人差し指をクイックイッ 万国共通、キット通じる「かかってこい」だッ 右手は使えないから仕方なかった 変形させるフシギなチカラで骨が変な風にくっついたらしかった 「……」 しかし今度は男は来ない 戦闘態勢はとったままだが キュルケと回りを交互に見て動かない (…チョットぉッ) キュルケは苦々しげに舌打ちする (攻撃をためらうの? なんで今更ッ いいわよ、だったらもう一押しすればいいだけッ) 「…ファイヤッ」 ボワン 火×1 魔法の杖から放たれたそれは空高く舞い上がり 男の背中まで回り込んでから落着する まわりくどい軌道に魔力をとられて威力は落ち込んだが これでクラスメートを巻き込む問題なしッ 完全(パーフェクト)ッ!! 「さぁ…いらっしゃい、こっちにッ 今度はツルッパゲにしてやるわ」 ドワッ!! 男の足が、土から、離れたッ!! 4へ
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ゼロの使い魔統合スレッド ゼロの使い魔関連の統合スレです。 二次創作やパロ、小説・SSから漫画・イラストまで何でもどうぞ。 【前スレ】 ゼロの使い魔統合スレッド http //namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220275036/ 【関連スレ・関連サイト】 ルイズの使い魔全員でバトルロワイヤルしてみた http //namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220112466/ あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part167 http //changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1220351917// イチローがルイズによって召喚されたようです@wiki http //www39.atwiki.jp/ichiro-ruiz/ ページ最上部へ
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前ページ次ページ鋼の使い魔 トリステイン魔法学院の敷地内で、もっとも広い中庭に集められた生徒達が、それぞれに整列して、教師達を待っている。 やがてそこに学園長オールド・オスマンを筆頭に、教師達は生徒に対面するように並んだ。 オスマンは拡声の魔法をかけた杖に両手を乗せて、集まった二百人近い生徒達に向かって声をかける。 「諸君。本学院の今年度上半期の学期は、本日の正午をもって終了し、ふた月ばかりの休暇に入るわけだが、本年度は隣国との紛争などもあり、領地に帰っても休まらない生徒もおるだろう。 そこで儂は、通年確保しておる夏季休暇中の在学許可の枠を広げ、例年より多くの生徒や教師が学院に残れるように準備しておる。勿論、係累等後見人の承認は要るがの。 この休暇をどのようにつかうのも諸君らの意思次第である事を言っておこう。避暑に赴くもよし、独自に何がしかの研究に励むのもよいじゃろう。しかしこの学院の責任者として、 諸君らが壮健であって次学期を迎えられることを切に願っておる。 ふた月後にまた会うとしよう」 生徒側から感謝の拍手が送られ、次に教師達を先導とした移動が始まる。移動は学院の内壁正門で止まり、再び整列する。オスマンはそこで正門に向かって杖を構え、魔法で厳重な鍵を掛けた。 この鍵は原則、次学期の始業式まで掛けられたままになっている。裏門や脇の出入り口がいくつかあるから、学院に残る者たちにとって不便というほどでもない。 祭事の時に鳴らされるいつもとは少し違った鐘の音が学院に響いた。 終業式が終わり、生徒達は各々の予定に従って行動しはじめる。既に学院の裏門の前には生徒達を迎えに来た大小の馬車が並んで待っているのである。ルイズ・フランソワーズはまず、私物をトランクに詰め込むところから始めた。 「といっても、大したものはないのよね。姉さまのところに大体揃っているし」 ルイズの夏季休暇は、王都トリスタニアでアカデミー研究員をしている姉エレオノールが住むヴァリエール家所有の別宅で過ごす予定である。暫くの寄宿だが昔から使い慣れた勝手知ったる場所で、 わざわざ持っていかなければならないものはそれほどない。 したがって、ルイズの手荷物は貴族の旅荷としては比較的軽量な規模に収まった。 それを運んだシエスタ曰く、 「えぇ。ミス・ヴァリエールのお荷物はとてもよく纏められていて、他のお嬢様達が大型トランクを三つはお使いになるのに、ミス・ヴァリエールはお一つしか使われてませんでした」 人一人は優に入るトランクを引っ張るシエスタを連れて、ルイズは学院の本棟から少し離れた小塔に向かう。そこはコルベールが自分の為に学院で用意した研究室だ。 塔の脇に建てられた小屋からは細く煙が煙突より伸びている。ルイズが小屋の中に入ると、壮年の男が小屋の奥に作られた炉の火を落としているところだった。 「早かったじゃないか。手伝いに行こうと思ったんだが」 「煤けた格好で手伝いに来られても迷惑だわ」 「聞いたかい相棒、嬢ちゃんは使い魔である相棒の手なんて借りたくないってさ」 「それは困ったな。明日から職の手を探さなくちゃならないな」 「あんた達……!」 ルイズの癇癪が弾けると同時に炉の中に残っていた小さな火がかっと燃えて弾けた。溜まった煤が炉口から噴き出して二人と一振りに降りかかる。 二人は盛大にせき込んで、ルイズは息を吐いた。 「まぁいいわ。あんたはもう準備できてるの?」 「そこに置いてある荷物で全部だな。あとはコルベール師に挨拶して終わりだ。あの人は休みの間も学院にいるらしいな」 「休暇の時くらい家に帰ればいいのにね。何処の出身なのか知らないけど」 壮年の男は己の荷物が入った背負い袋を身体にくくりつけた。月日に焼けた金髪を長く後ろに撫でつけ、その動きは実年齢よりもいくらか若々しい。身なりからみて貴族ではない。しかし平民らしからぬ振る舞いに、 どこか気品がにじみ出ていた。 コルベールは自室に居た。窓の少ない塔の中は、埃っぽさと熱気が入り混じって、入ってくるものを立ち竦ませる不快さを感じさせた。 しかし塔の主人はそんなことはまったく気にしておらず、訪問者を快く迎え入れてくれる。 「おや、ミス・ヴァリエールにギュスターヴ君。今日は何か……?」 「はい。私はルイズについてここを離れますので、その間小屋の管理をお願いしたいのです」 自分の使い魔はこの禿頭の教師と仲が良いな、とルイズは前から思っている。趣味が合うのだろうか? そんな少女の呟きも知らず、コルベールは壮年の男――ギュスターヴの要請を聞きいれてくれた。 「ではお二人とも、休暇の間息災で」 「ありがとうございます。では」 「そう言えばシエスタは休まないのか?」 「メイド仲間のうちで何人かはこの機会に帰省するみたいですけど、私は残ってお仕事しますよ。お手当ても出るんですから」 「学院長も太っ腹よね」 裏門までの道でそう話していると、三人を誰かが呼びとめる。 振り向けば、赤髪の娘と青い髪を短く刈った少女が木陰から手招きしていた。 「ハァイ」 「なによキュルケ。私達急いでるんだけど」 赤髪のキュルケと言われた娘はルイズの険のある言葉に肩を竦ませた。 「ちょっと声掛けただけじゃない。もう少し肩の力抜いたら?」 「どうでもいいでしょう。で、何か用?」 「私達休暇中も学院に居るんだけど、何か休みの間予定があったら教えて頂戴、遊びに行ってあげるから」 「遊びに行って『あげる』ですって?」 ルイズのこめかみがぴくぴくと動いているのがギュスターヴから見える。この娘は感情の波が激しいことこの上ない。それを知っているくせに、キュルケはこう言い放った。 「だって貴方の事だもの。どうせ帰っても相手してくれるのがギュスだけじゃ、流石にギュスがかわいそうでしょう?」 「そ、そんなこと……」 「そんなことは、ないさ」 言いよどみかけたのを遮って、ギュスターヴは自信満々といった風に言った。 「俺たちはトリスタニアに行くんだ。ヴァリエールの末娘なら顔くらい見たい貴族だっているだろう。それほど暇じゃないかもしれないぞ」 「そうかしら?」 「そうさ。……だから遊びに行きたいなら素直にそう言ったらどうだ?」 「う……」 口ごもってキュルケは隣に居て沈黙を守る青髪の少女タバサに向けられた。 見返すタバサの目に表情はない。それが鏡を覗きこむような気分にさせた。 「……そうね。実はねルイズ。寮に残るのは女生徒ばっかりで男が全然いないの。当然よね、戦争になりそうなんだもの。だから退屈になったら、貴方のところにいってもいいかしら?」 ルイズは煮えかけた頭がだんだんと冷めてくるのがわかった。要するにキュルケは寂しいから構ってくれと言っているのだ。そう思えばほんの少し、自尊心がくすぐられる。 「来てもいいけど、姉さまも一緒にいるから居心地は保証しないわよ」 「あのお姉さんはいじり甲斐がありそうでいいわね」 キュルケの答えにルイズはさらに頭が冷めていくのであった。 寄越した馬車に乗せられたルイズとギュスターヴが到着するのが見えて、エレオノールは階下のロビーに降りることにした。 ヴァリエールの別邸は、王都の高級住宅街に数ある貴族の邸宅の中でも、上から数えた方が早い位に豪華な屋敷である。勿論ヴァリエール領にある本家と比べれば慎ましい出来であるが、調度品や建築の見事さは是非に及ばない。 ロビーでは使用人に荷物を託したルイズと、使用人について屋敷の奥へ行こうとするギュスターヴの後ろ姿があった。 それがちらっと見えただけでエレオノールは胸の奥がかっと熱く打たれてしまうのだ。 (あぁ、あの人もここで過ごしてくれるのね……) 一目会ったその日から、密かにエレオノールはギュスターヴへ思慕の情を募らせており、一時期は暇さえあればギュスターヴが立ち上げた百貨店に通いつめて、ギュスターヴの姿が無いか歩いたものだった。 ……その姿は周囲から「貴族の婦人が通い詰めるほど百貨店は良い店なんだ」というというように見られていたりする。おかげで店を切り盛りするジェシカは右肩上がりの左団扇である。 「……姉さま?」 出迎えに来てくれたらしい姉があらぬ方を見たままぼうっとしてるので、ルイズは手持無沙汰のままロビーに立たされる羽目になったのだった。 正気に戻ったエレオノールはルイズを連れて談話室に入ると、テーブルで薬湯と菓子を啄みながら学院での生活について事細かに聞き出し、オスマンが休暇中の寮滞在を認めた話を聞いて関心していた。 「よくそんな財布の余裕があったものね。アカデミーなんて予算を削られてしまうんじゃないかって汲々としてるのに」 「どうして?」 「軍備に国費がかかるからよ。アルビオンの奇襲で軍艦はほぼ全滅で、タルブでの合戦では勝ったけど王軍も被害甚大だそうだから」 そういうエレオノールに相槌をルイズは打てない。王軍の被害の一端は自分が行った虚無の発動が原因やも知れないから。 「王軍はタルブ戦役で功あった傭兵部隊を正規軍に組み入れたと聞くし、トリステインの格が落ちるというものよね。アンリエッタ女王には頑張ってもらいたいわ」 「姉さま、陛下を助けるのが私達貴族の義務でしょう?」 「当然よ。現にヴァリエール家は王家に資金と人足を供出したし、私もアカデミーでアルビオン軍が残した船から見つかった、砲弾の解析に駆り出されてるもの。うちで何もしてないのはあんたとカトレアだけよ」 「……仕方がないでしょう、まだ学生なんだもの……」 だがルイズは先日、内々にアンリエッタから彼女直属の女官としての権限を与えられているのだ。いざ王女からの命令があれば一目散に駆けつけなければならない。 その時は意外に早く訪れるのだが、ルイズとギュスターヴが別邸に着いたその日の夜、ギュスターヴはあてがわれた部屋で背中を伸ばしていた。 部屋を見渡すに一応、使用人用の部屋らしい。質素なベッドと椅子、テーブルと小さな衣装箱が一つだけ置いてある部屋だ。 「あまり歓迎されてないようだな、俺は」 独り言に答える声が荷物から帰ってくる。 「まぁ、仕えてる貴族のお嬢様がどこの馬の骨ともしれない男を連れてきているんだから、歓迎はされないわな」 答えたのは荷物に収まっている一振りの剣だった。知恵ある魔剣インテリジェンス・ソードの一つであり、古の虚無の使い魔『ガンダールヴ』が使っていたと自ら主張するデルフリンガーである。 「時に相棒よ。あんたはこれからどうするんだよ?お嬢ちゃんはひと夏ここで過ごすわな。その間それにつきあっているつもりかい?」 「そこなんだ、デルフ」 ベッドから起き上がって荷物からふた振りの剣を引っ張りだすと、それぞれをテーブルに乗せた。一方はデルフだが、もう一方は石でできた長剣だ。 「俺がルイズにアニマの使い方を教えたのは、一つにはそれがルイズの未来につながるものだと思ったからだ。この世界ではアニマの術を使えるものは居ない。ただ一人のアニマ術師になる。 あとはそれを自分で使いこなせるだけの精神を持っていれば自由に生きられるだろう」 世間知らずでわがままなルイズだが、ギュスターヴはそれが出来ると信じている。 「一つってことは、もうひとつあるんだな」 「始祖の祈祷書とやらが変化した卵型のクヴェルが気になる。鉛の箱にしまってあるが、あれは尋常な代物じゃない」 「アニマとやらが無い相棒に解るのかよ?まぁ、俺っちもありゃやばい代物だと思うどな……」 虚無に使われる立場のデルフから見ても、卵形と化した祈祷書は異常な存在なのだという。 「もしあれを再びルイズが手にする時があれば、ルイズ自身で制御できるようにならなきゃいけないだろう」 「それまでの訓練、ってことかい?」 「そんな時が来ないに越したことはないんだがな……」 ちらりと目が白い石剣を映す。 「嬢ちゃんに対する理由はそれでいいとして、あんたはその、なんだ……サンダイルってところに、帰りたくないのかい?」 「……帰りたいさ。帰って友人達に謝りたいな、黙っていなくなって済まないってさ」 「相棒は妻子居ないんだろ?その年でやもめたぁ、寂しいよなぁ……」 そこまで言って、デルフは何か閃いたようにカタカタと鳴った。 「解ったぜ、相棒がこっちに後ろ髪引かれて元の世界に帰る方法を探し渋っている理由。あんたは嬢ちゃんを自分の娘か何かみたいに思えて仕方がねぇんだ」 「ルイズが娘だって?」 「そうさ。手元で大事にしたいって気持ちがあるんだろ。だから離れるのを渋ってるのさ」 得意そうに魔剣は笑った。 だがそう指摘されたギュスターヴは、怒るでも笑うでもなく、むしろ神妙に表情を暗くして考え込んでしまうのだった。 「ど、どうしたよ?」 「……これが親の気持ちという奴のなのか?」 「いや、そうなんじゃないかって思っただけだよ。実際のところは知らないね」 そう言ってやるとギュスターヴはますます悩み深げにうつむいた。 皺を寄せて黙っている相棒をどうしたものかとデルフが考えていると、夜更けだというのに部屋を尋ねる者が居た。 「客だぜ相棒」 ノックにギュスターヴが答える間もなく訪問者は勝手にドアを開け部屋へと入ってくる。 部屋着に着替えたルイズだった。ルイズは部屋を一瞥し、自分の使い魔の境遇に文句をつけた。 「こんな貧しい部屋がこの屋敷にあったなんて知らなかったわ。私の使い魔に相応しくないと思うの」 「それで嬢ちゃんはどうするのよ?」 「明日から家令に言いつけて他の部屋を用意させるわ」 「別にこの部屋でいいだろう。気を使われると居づらくなる」 「あんたはそれでいいかもしれないけど、それで召使たちに舐められているんなら許しがたいわ」 部屋にやってくるなり青筋立てて息を巻くルイズに、先程まで考えていた事を頭に押しやり、ギュスターヴは言った。 「わざわざこの部屋に文句をつけにきたのか?」 「あっ、そうだったわ。姉さまと夕食を済ませた後、私宛に手紙が来たの」 これよ、とルイズが懐から出したのは小奇麗な封筒だった。送り主の名前はなく、ただ宛名だけが記されている。しかし、封蝋等の格式から見て、貴族の使う梟便で運ばれたものらしい。 「梟便?」 「伝書用に調教された梟に手紙を持たせて送るのよ。貴族の屋敷なら梟を受け入れる鳥小屋が天井裏にあって、そこに手紙を持った梟が入ってくるのよ。学院には何十羽も入ってこれる梟小屋が置いてあるわ」 「わざわざ梟に持たせるなんて手間暇かけるもんだな」 「中には自分の使い魔にやらせる人もいるけど……って、そんなことはいいのよ。問題はこの中身よ」 言ってルイズは剥がされた封蝋の下から便箋を取り出して見せた。その様子なら既に中身は確認済みなのだろう。 「読んでも構わないか?」 「汚さないでよね」 ギュスターヴは受け取ると、便箋に目を走らせる。ジェシカと手紙のやりとりをするようになって、一応日常の読文に支障はない。 「なんて書いてあるんだい?」 「かいつまんで言えばお茶のお誘いさ」 「茶ぁ?」 「もっと上品に言ってくれる?陛下からわざわざ謁見に来るようにという申し渡しよ。内々に送ってくるところを見ると、何か任務を与えられるんじゃないかしら」 一見、そう冷静にルイズは言っているが、内心では働ける事に喜んでいるに違いないと、ギュスターヴは思った。この娘のアンリエッタ女王への尊敬とトリステイン王国への忠誠は揺るがないものらしい。 「この手紙の日付を見ると明後日になっているな」 「そうよ。それまでに身の回りの物をそろえなくちゃいけないわね。明日は忙しくなるわよ」 「どうして?」 「休み一杯任務に費やすかもしれないから、明日のうちにめいいっぱい遊んでおくのよ。あと、買い物とか」 にひ、と意地の悪い顔をするルイズを少し疲れた気持ちでギュスターヴは見た。女の買い物に付き合うのはいつ何時でも大変なのだから。 前ページ次ページ鋼の使い魔