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Michaela みひゃえら 芸術家の魔女の手下。その役割は作品。 魔女によって命を奪われた人間は その体の一部分を盗まれ、この中に組み込まれてしまう。 概要 芸術家の魔女・Isabelの使い魔。 鉛筆のクロッキー画のような姿をしているが、顔はでたらめな線で描写されている。 戦闘時はゾンビのような動きで襲いかかる。 第10話で登場し、1周目の鹿目まどか・巴マミと戦闘。マミのリボンに拘束され、まどかの矢で一掃される。 出自が魔女に襲われた人間であることが明かされている数少ない例である。 魔女Isabelの作品は「どこかで見たようなものばかり」だということだが、使い魔すらどこかから「盗ま」なければ創り出せないということなのだろうか。 魔法少女まどか☆マギカポータブルにも登場。 通常の人型の他にムンクの叫びをモチーフにした個体が存在し、人型は相手のHPを吸収し、ムンクの叫びは遠距離から相手にダメージだけでなく幻覚にさせる雄叫びを発する。 ポータブルでのドロップアイテム アニメ版にも登場した代表作はVIT強化ポイントを、意欲作は万能薬をドロップする。 名前 コメント
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ルイズはその魔法を即座に思い出した。 『ライトニング・クラウド』 雷を発生させる凶悪な攻撃魔法、それが扉にいた四人のワルド、風の遍在に よって放たれたのだ。 青白い光が空気中をジグザグに走り、炸裂。よくて大怪我、悪ければ死亡。だが、 ルイズとキュルケ、タバサは怪我ひとつしていなかった。 失敗した、わけではないはずだった。空間を叩き割る音、それがいまも耳鳴り として残っている。 耳鳴り、とは。 「ンドゥール!」 ルイズが呼びかけるが、返事はなかった。彼は杖を突いたまま立ち、微動だに していない。心配は杞憂に終わったのか、いや、そうではなかった。彼はただ、 倒れることを拒否しているのだ。耳の穴から真っ赤な液体が流れ出しているにも かかわらず。 「保険が効いたみたいだ」 ワルドが服のほこりを払い、立ち上がった。ウェールズたちは逆に窮地に立たさ れてしまった。一人と四人、計五人のワルドに囲まれている。式の前からすでに 作り上げていたのだ。ンドゥールは呪文を聞いていたかもしれなかったが、どの ようなものかはわかるはずもない。 「……よくぞ四人も遍在を作り上げるものだ。その技量には敬服しよう。しかし、 同じことができないとは考えなかったのか」 ウェールズが腕を押さえながら言った。苦渋に満ちた顔。 「そんなことはない。だが、詠唱の暇は与えなければ問題はない!」 戸から四人のワルドが襲い掛かる。杖は魔法を付加され、鋭利な刃物と化している。 ウェールズが女子たちを守るために立ちはだかろうとする。しかし、一体はふわりと 彼を飛び越し、四人に向かっていった。 「もらった!」 遍在のワルドが持つ杖、その切っ先がンドゥールの肩を突き刺した。もちろん 頭部を狙ったものだったが、ほんの一瞬早くルイズが彼を突き飛ばしたのだった。 「いい判断だよ」 本体のワルドがその遍在を自分の下に引き寄せた。 「しかし、先延ばしにしたに過ぎない。婦女子方、覚悟はよろしいかな」 笑ってそんなことを口にする。ンドゥールに止めを刺さないのは、いつでもできる からである。聴覚を破壊されては、ただの死んでいないだけの男だ。そんな死に 際の相手より生きて牙を剥いている方に目を向ける。集団で戦う際には当たり前だ。 それが、普通の相手であったならばだが。 ワルドは嘗め回すようにルイズたちを見やる。三人は杖を向け、戦う意思を見せて いる。どうも大人しく命を絶ってはくれなさそうであった。トライアングル二人と、いまだ 自分の力を理解していないメイジ、実質二人のスクウェアを相手にするには不足である。 それに、敵はまだいるのだ。 礼拝堂に突如大きな振動が襲ってきた。 「なによ今度は!」 ルイズが声を上げる。響きは外から聞こえてくる。それだけでなく大地が不規則な震動を している。明らかに自然の現象ではない。疑問に答えるように、いやらしさを含んだ優しい 声でワルドが言った。 「攻城が始まったのだよ。約束を守ると思っていたのかい?」 ルイズとンドゥールの二人は横っ腹を空気の塊で殴られた。力は強く、大きなゴーレムに 殴られたかのようだった。 キュルケが炎を生み、タバサが氷の槍を作り向かわせた。だが両者とも強力な風に煽られ あらぬ方向へ飛ばされてしまった。しかし、二人のワルドは優位さを確かめるよ うに静々と近寄って きている。 「ルイズ。君は諦めないのだね」 「当たり前だわ。殺されるのは嫌だもの」 「でも、どうやってだい? 後ろの級友も不安げな顔つきだ。味方を巻き込んで自爆してくれるのなら 手間も省けるんだが」 嫌なところを突かれた。 (でもわたしにはこれしか戦う方法がないんだもの。仕方ないじゃな……まだあったわ。戦う術は なにも魔法だけじゃない) ルイズは地面に転がっていたデルフリンガーを拾った。手にずしりとくる重たさだが、 振れないことはない。むしろちょうどいいぐらいだ。剣もよろこんで手伝うといってくれた。 「伝言だ! 時間を稼げ、だとよ!」 デルフリンガーがそう言った。それはンドゥールが、あのような状況でもいまだ諦めて いないこと、勝利を模索していること。 それは勇気を与えてくれる。不屈の魂がルイズの幼い身体を奮い立たせる。 彼女は剣を構え、まさしく騎士のような姿を取った。 ワルドは驚きながらも若干楽しそうに声を上げた。 「すばらしいよ。君はいい。妻になってほしかった女性だよ」 「ぜえったいに、いや!」 強い拒絶。その後に小さな笑いが起こった。 「見事に振られたわね。あんたは退場なさい!」 キュルケが火を放つ。タバサもタイミングをずらし、氷の槍を打ち出した。 風の盾で火を防いだのでこと受けきることはできない。ならばと、二人のワルドは 蝶のように舞い、華麗に避けて見せた。その最中にも魔法の詠唱をしていた。 それは風の魔法を使うタバサにはわかった。先ほどと同じもの。 『ライトニング・クラウド』 二つの雷が絡み合いながら三人に襲い掛かった。 炸裂、またしても空気を叩き割る音がした。ところが、タバサもキュルケも無傷のまま だった。静電気すら起こっていない。その理由は、目の前の小さ な少女がその身で 庇ってくれたからだった。 ルイズは、立っていた。二つの足と一つの剣で身体を支えていた。両腕が焼け爛れ、 今にも気を失ってしまいそうだった。だが彼女は朦朧とした意識である疑問にぶつかっていた。 それは単純なことである。 なぜ生きているのか―― 彼女はおちこぼれではあったが勉強には熱心だった。そのためワルドの使った魔法がいかな 威力か、それは頭に入っている。だからこその疑問。まず、 二重で受けてしまえば生存できる はずがないのだ。 「……イズ!」 誰かの声が聴こえた。心配してくれるのがよくわかった。 頭の中は衝撃で混濁している。家族や友達、使い魔の顔が浮かんでくる。そして、憧れていた 男の顔も。いまそれは憎き敵である。忘れてしまいたい。記憶を消してしまいたい。でも、それ は逃げだ。敵から逃げてはいけない。 戦わなくてはいけない。ルイズは叫んだ。 「キュルケ! タバサ! わたしが守るから好きにやって!」 「……わかったわ!」 今度はキュルケはより巨大な炎を作り出した。さらにタバサは風を吹かせ、その炎を圧倒的な 津波へと成長させる。それが飛んだ。 あまりの巨大さ、避けれるものではない。ワルドは二人で力を合わせ、その攻撃に飲み込まれ ることのないように竜巻を作った。ワルドたちの目前で炎が壁となり視界を包む。だが、所詮、 それだけ。時間が経つにつれ徐々に勢いを弱め、彼の眼に三人の姿が映りこだした。 このとき、ワルドは不思議に思った。とっておきの攻撃を防いだのだ。 それなのに、なぜ、してやったりとした顔をしているのか。 視界が開けたまさにその瞬間、背後から答えが襲ってきた。 「ざまあ!」 キュルケが歓喜の声を上げた。彼女の自慢の使い魔、フレイムがワルドの背後から炎を 吹きかけたのだ。至近距離からのそれ、人間に耐え切れるようなものではない。見事に ワルドの一人は消し炭になってしまった。 が、惜しいことに本体ではなかったようである。すぐさまフレイムは魔法で殴り飛ばされた。 「ひどいことをするわ。人の使い魔に」 そうぼやきながら、キュルケは事態が悪くなったことを悟る。もはや小細工は通用しない だろう。ウェールズも三人が相手なため徐々に押され始めている。助けは来ない。 ンドゥールは意識が戻ってきているのかゆっくりと体を起こし始めているが、戦力にはな らない。耳から血が出ているということは鼓膜を破られたのだ。 無音の暗闇に彼は閉じ込められている。 「さあ、もう十分だろう」 ワルドは笑っている。彼にとってこれはお遊びなのだ。子供が蟻をいたぶるのと同等。 それだけの実力差がある。キュルケはつばを飲む。汗が体中に浮かんできていた。額 に前髪が張り付い ていて、うっとおしかった。 「タバサ、あなたの使い魔は来れないの?」 「できない。レコン・キスタが邪魔」 キュルケが舌打ちする。 ワルドが呪文の詠唱を始めだした。キュルケも対抗して魔法を唱える、が、杖の先から 炎は出てこなかった。魔力が尽きてしまったのだ。タバサは氷の槍を飛ばす。それは、 またしても軽々と避けられる。 詠唱が終わった。 『ライトニング・クラウド』 今度こそ死んじゃうかも。ルイズは雷を眺めながらそう思った。 悔しくてたまらなかったが身体の痛みが意識を朦朧とさせ、感情は爆発しなかった。 だから静かに思った。アンリエッタとの約束が守れなかった。ウェールズを守れなかった。 ワルドを倒せなかった。キュルケやタバサ、ギーシュを巻添えにしてしまった。 ただ一人の使い魔、ンドゥールになにもできなかった。 ごめん 青白い蛇はルイズに迫ってくる。彼女はそれを見て、死を嫌った。嫌ったものの、 受け入れるしかないと諦めたまさにそのとき、ひょうきんな声がした。 「思い出したぜえ!」 手に握っていたデルフリンガーが雄たけびを上げた。途端、その錆びついた刀身が 太陽のような輝きを放ち、殺意を持った雷という蛇を『食って』しまったではないか。 「雷を二発も食らったショックで思い出した! 俺はよお、あまりに暇だったんで身体 を変えてたんだ!」 輝きが収まると、そこにはいま磨き上げたかのような剣があった。 白銀のような美しい刀身だ。 「おい娘っこ、あいつの魔法は全部俺が止めてやる!」 「もっとはやく、気づきなさい、よ」 憎たらしい口を利かせたが、ルイズはほっとした。防御はこれでいい。あとは、後ろの 二人が、やってくれる。 そう『安心』して、彼女は気絶した。 「あとは私たちに任せなさい」 キュルケは倒れるルイズを抱きとめ、額にキスをしてデルフリンガーを取った。 びゅん、と、振ってからワルドに剣先を突きつける。ちらとウェールズを見るもこちらに 気を向ける余裕はなさそうだった。だったら自分たちだけでなんとかしてみよう。 「ねえ、ちょっと作戦があるんだけど」 「……わかった」 タバサに伝え終えると、キュルケはゆっくりと足をすすめ始めた。ワルドの杖はいま、 風の魔法が掛けられてあるようだった。白い竜巻のようなものがついている。確実に それは彼女の肉体を貫くだろう。 キュルケは脳内でどう動くかを考える。先日のンドゥールとの決闘からして、剣で戦って も勝ち目はない。どう攻めても防がれ、胸かのどか額に穴を開けられるだろう。ならば どうしたらいいのか、簡単なことだ。 彼女は地面を 蹴った。 ワルドは迎え撃とうと、風のように静かに迫った。技量は天と地ほどの差がある。彼の勝利 は必然。 だからキュルケは、振りかぶった剣を目前で止めた。 「ほお!」 杖先は剣の腹に衝突した。キュルケはわかっていた。振り下ろそうと、払おうと、突きをしようと、 すべて避けられるか流されるかして杖先で貫かれるということを。だから彼女は、それらすべて をしなかった。戦わなかった。防御に徹した。 それすらも難しくあったがワルドの慢心が可能にした。 しかし、そんなことをしたところで止められるのは一瞬だが、その一瞬さえあれば作戦は完成 する。キュルケはすぐさま後ろへ跳んだ。 ワルドは見た。タバサ、彼女の周囲には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの氷の槍が 浮かんでいるのを。十や二十どころではない。彼は後ろに下がり壁を作る詠唱を始めた。 おそらくそれでも防ぎきれない。ならばあとは肉体を駆使しかわすだけしかない。 風の壁を作る。氷の槍が飛来する。一撃でも食らえば致命傷になりかねない太さだ。 銃弾のごとき速度をもったそれらが風と衝突した。拮抗は一瞬、風は易々と槍を弾き飛ばしたかのように 見えた。だが、実際は違う。ワルドもそれに気づいた。 槍は、風の力を利用し方向を変えただけだったのだ。 新たに切っ先が向いたのは、ウェールズを狙っているワルドの遍在たち。急ぎ意思を送り、背後に迫る 脅威をどうにかするべく命令する。だが、ワンテンポ遅い。無傷ではすまないと判断し、一人が腹に槍を ぶち込まれながらも呪文を詠唱する。他の二人は避けながら時間を待つ。やがて呪文が完成し、今度 こそ風は槍を散らしていった。 「甘く見ていたよ。なかなかやる」 ワルドは遍在たちを一旦自分の下に引き寄せた。五人が三人になっているが、これは キュルケの計算違いだった。本来ならさっきの作戦で遍在を全て倒して、ウェールズに とどめを決めてもらおうとしたのだ。 「タバサ、まだいける?」 小声で尋ねると、否定の返答がされた。これで魔力が残っているものはいなくなった。 ウェールズが彼女たちのもとにやってきて、眼前にたった。 「援護を感謝しよう」 「あら、どういたしまして。でも、どうします?」 「なに、勝算はないことはない。外の戦よりも遥かにましだ」 ウェールズは笑っていた。たしかに、三人を相手にするだけなのだから十倍以上の軍勢 とは比べようもない。 だが、そんな彼の笑みを吹き飛ばすことが起こった。 大地からより大きな震動が伝わってきた。 それはこれまでのものとは大きく違っていた。 真下からなにかが上ってきているのだ。 ウェールズはとっさの判断で四人をその場から突き飛ばした。 直後、彼の足元から何かが生えてきた。 「な、なんだこれは!」 ウェールズにはわからない。しかし、キュルケにはわかった。多少小さくなっていようと 間違いなかった。ほんの数ヶ月前、自分たちを殺そうとした女盗賊、フーケのゴーレム だった。本人はウェールズの目の前にいる。 彼女は高笑いを上げ、ウェールズに詰め寄った。 「やあ、久しぶりじゃないかっていっても覚えてないでしょうねえ。あんたはまだガキだったもの」 フーケはうろたえているウェールズを一発、素手でぶん殴り地面に蹴り落とした。 彼はレビテーションを唱え、床に静かに降り立つ。頬を押さえフーケを見上げた。 「まさか、サウスゴータ家のものか」 「そのとおりだよ。なんだ、覚えてるんじゃないか」 フーケは笑っていた。どうやら二人の間にはなにがしかの関係があるようだが、それはいまは どうでもいい。 問題は勝算が消えてしまったことである。 「そうそう、こいつらを渡しておくわ。なかなか頑張ったわよ」 彼女はゴーレムの中からギーシュとヴェルダンデを引っ張り出してきた。気絶しているギーシュ をヴェルダンデが担いでウェールズたちの下に走った。 「言っとくけど、俺ができるのは魔法の吸収だかんな。あんなゴーレムを土 に戻すのは無理だぞ」 「役立たずねえ」 「うっせえ」 デルフリンガーに軽口を叩くも、キュルケの心には敗北感が広がり始めていた。 ウェールズも同様だろう。苦々しい顔をしている。 ワルドがゴーレムの影から姿を出す。もう一度魔法を使ったのだろう、五人に戻っていた。 これでもうウェールズに勝ち目は、なくなった。 ワルドが告げた。 「観念したまえ。王族らしく自決させてやるぞ」 「断る!」 「ではどうするのだ?」 ウェールズは苦虫を噛んだ。これでは勝てない。勝てるはずがない。それならせめて客人だけ でも助けたい、と、彼は思っているが、目の前の敵がそれを許すはずがない。己の裏切りを知る ものを生かしはしない。 ワルドはこの戦いが終わるとトリステインに戻り、そのまま魔法衛士隊に戻るだろう。誰もが婚約者を 失った彼に同情する。そして愛しい姫のそばに居座る。許せられない。しかし、それを止める力がない。 悔しさで死んでしまいそうだった。 ワルドが近づいてくる。ウェールズが睨む。 歩みは止まらない。 彼らに死が着々と 近づいてくる。だが、ウェールズはそんなものが怖いのではない。あの愛しい姫と、 勇敢な客人をみすみす死なせてしまうのが怖いのだ。 このとき、彼は始祖ブリミルに願った。みっともなく、助けてくれと。 それは、叶えられる。もっともそれはそんな大昔に死んでしまったものではなかった。 自分が間諜ではない証拠に、やろうと思えばいつでも殺せると証明した、物騒な男だった。
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前ページ次ページ風の使い魔 MUROMACHI歴155年――両親を亡くした少年は、己の命と人生を懸けるに足る力と出会った。 MUROMACHI歴157年――諸国に戦乱の兆しあり。いち早く戦の臭いを感じ取った男は、 素質ある若者達を『虹を翔る銀嶺』に招集した。時代を動かす力、最強の武術『忍空』のすべてを携えて。 彼らはそれぞれの決意を胸に、一人、また一人と時代のうねりに漕ぎだしていく。 次々と邂逅を果たす十二人の弟子達によって、次なる忍空の歴史が刻まれようとしていた。 風の使い魔 1-3 「……なるほど。そして戦後、君は師の遺した畑の面倒を見つつ、故郷で暮らしていた。 収穫したトウモロコシをかつての仲間に届ける旅の途中、現れたゲートを潜ったと、こういうわけじゃな?」 学院長、オールド・オスマンは、机を挟んで立つカエルと見紛う顔の少年に語りかけた。 少年は幼く、まだ十二かそこらであるが、彼が見た目通りの少年でないことは、部屋にいる誰もが知るところであった。 少年――風助はオスマンの問いに、照れ笑いで頷く。とても戦闘集団の一隊長として戦場を駆けたとは思えない顔である。 「ああ、道に迷って腹減らしてたから、なんか食い物ねぇかと思って覗いたら吸い込まれちまってた」 あまりに馬鹿馬鹿しい理由に一同溜息。しかし、一番溜息を吐くべき少女は、いつもの無表情で風助の横に立っていた。 それは広場での騒動の後、タバサが風助と話そうと思った矢先のこと。駆けつけたコルベールによって、 タバサと風助は半ば強制的に院長室に、当事者だと主張して、ルイズとキュルケも強引に付いてきていた。 「未だに信じられません。あれが魔法でないということよりも、君が少年兵……しかも、 一部隊の隊長として戦場に立っていたことが……」 同席したコルベールは、風助の過去を聞いて苦い顔した。オスマンもそれには頷く。 風助はとても人を殺せる、殺した経験があるとは思えなかったからだ。 キュルケは感心した様子で、ルイズは半信半疑といったところか。相変わらず、タバサの表情は読めない。 しかしほんの一瞬、タバサは表情を強張らせた。両親は戦争で死んだ――さらりと、事もなげに風助が言った瞬間だった。 タバサの心情など知る由もなく、オスマンは引き続き風助を質問責めにする。 「それを可能にしたのが、忍空という武術なのかのう……。風助君、その忍空とやらを使える人間なら、 みんなあのような竜巻が出せるのかの?」 そもそも忍空とは何か。まずはそこから説明しなければならなかった。風助は拙い表現で説明したが、要約するとこうなる。 忍空――それは忍者の『忍』、空手の『空』。スピードとパワー、両者の長点を併せ持ち、増幅・発展させた武術。 武装は基本的になく、持ってナイフといったところ。 「強力な忍空技を使えるのは、隊長クラスだけだぞ。それに、空子旋を使えんのは俺だけだ。他は炎や氷、大地みてぇに使える力が違ってんだ」 そして忍空組とは、天下分け目の大戦において数千数万を相手取り、縦横無尽の活躍を示した部隊である。 隊員は約百人程度。子~亥の十二支に対応した部隊に分けられ、それぞれの隊の頂点に立つのが『干支忍』と呼ばれる十二人の隊長。 「なんとまあ……。すると他の隊長も、それぞれ自然を操る能力を持っておるわけで。 あれほどの現象を詠唱もなしに引き起こせる。そら恐ろしいことじゃの」 干支忍は単純な戦闘力においても、並の隊員をはるかに上回っているのは勿論、子忍の風、酉忍の空といったように自然を操る能力を持っている。 それこそが、忍空が忍空たる所以である。 「風助君、あの竜巻は魔力で出したのかね? 君には魔力がないはず……となると精霊との契約なのか?」 と、これまで黙っていたコルベールが割って入った。 「せーれーってなんだ? 忍空の技は、龍さんの身体を触って使うんだぞ」 コルベールは首を傾げる。そもそも、風助は精霊の概念を理解していなかった。 「竜? ドラゴンかね?」と、言ったのはオスマン。今度は風助が首を傾げた。 「風助君、その竜について聞きたいんだが……」と、次にコルベール。 長くて、でかくて、太くて……と、とりとめのない説明に、一同首を傾げる。頭上に?をいくつも浮かべるルイズ、 妙な想像に微笑むキュルケ、やっぱり無表情のタバサ、それぞれである。 が、よくよく話を聞いてみると、どうやら自然の中に宿る力のようなものらしい。 龍の身体、突く部位によって異なる技が発現するとのこと。 「しかし、一口に竜と言っても、こちらとは造形が違うのですな。文化圏が違うようですし、東国の辺りなのでしょうか……」 しかし、風助は自分のいた国の名前も知らないらしい。場所も国名も分からないのでは、推察しようがなかった。 拙い説明で辛うじて理解できたのは、三年前MUROMACHIからEDOに年号が変わったこと。 技術レベルは比較的近くとも、文化は違うということだけ。 「ふぅむ……、自然に宿る竜、もとい龍か……」 「おそらく、精霊に近い存在と見ていいと思われます。万物に宿る意思、力の源……そういったものの力を借りて行使する点では、 先住魔法と似ていますね」 意志と魔力で法則を歪めるのでなく、自然の力を引き出す術。その点では、確かに先住魔法に近いと言えよう。 「第一に必要なのは天賦の才。素養があっても、大抵は修行により龍を感じることで初めて見られる。 そして力を借りるに至り、自在に操れる域にまで達するには更なる修行……か」 修行、修行、また修行。頂点まで登り詰めることができるのは、ほんの一握りにも満たない数名。面倒臭さ、育成の手間では魔法以上か。 やはり、それほどの使い手はごく僅からしい。 オスマンは、ほっと胸を撫で下ろした。遠い遠い他国といえど、そんな怪物が何十人もおり、量産も可能となれば、 一国どころか大陸を制することさえ容易い。あのレベルの使い手が十二人でさえ、一国には十分対抗できる可能性を有しているのだろうが。 ルイズとキュルケは、それぞれ目を丸くしていた。あの小さな身体に、どれだけの力が秘められているのか。正直疑わしかったが、 つい先刻の竜巻を見せられては信じるしかなかった。 「しかし風や大地はともかく、炎や氷はそうそう手元にあるわけでもあるまい。その辺りはどうなっとるのかね?」 オスマンがそんなことを問う理由は、系統魔法で最も破壊力が高いとされるのが火であるからだ。戦場においても活躍する系統。 火種や氷、ないしは水を常に持ち歩かないと力を発揮できないとなれば、風や大地と比べて利便性は格段に劣る。 炎と氷と聞いて、風助が思い出すのは二人。 一人は垂れ目の男。何時でも何処でも、火事の中でさえ寝ている、放浪の絵描き。 一人は長い金髪の美形。虚弱体質でしばしば貧血を起こす、突発性自殺癖持ちのピアニスト。 どちらもオスマンの想像とはほど遠いだろう。 癖は強いが実力も結束も強い。今でも親しい干支忍の内の二人、炎の辰忍『赤雷』と、氷の午忍『黄純』だった。 「よく分かんねぇけど……龍が見えなくても、どっちも空気を操って氷や炎は出せる……みてぇに赤雷と黄純が言ってたっけかな」 そう語る風助は、実に楽しそうな顔をしていた。 破壊力に優れた火が制限されるなら、個々はともかく戦においての戦闘力はそれほどでもないかと思ったが、甘かったか。 ますます隙がないと感心してしまう。 しかも、聞く限りでは四系統魔法の仕組みと共通している部分もあるかもしれない。まだまだ世界は広いと、この歳でしみじみ思う。 「じっちゃん……まだ聞くのか? さっきから説明ばっかで疲れちまったぞ」 思案に耽っていると、風助がぼやいた。じっちゃん呼ばわりは違和感があったが、不思議と悪い気はしない。 「おお、すまんがもうちょっとじゃ。さて、ここからが本題。あれだけの騒動じゃ、君ら四人が頑張った結果、死傷者が出んかったのは僥倖。 被害が樹二本で済んだのは奇跡と言うより他ない」 オスマンの視線が、風助とタバサを捉える。髭に隠れた口から出るのは、威厳と風格を併せ持った声。 風助がごくりと息を呑む音が、タバサにも聞こえた。タバサも内心では緊張している。 「しかし、風助君、ミス・タバサ。君ら二人には、なんらかの罰が必要になる」 未だにああなった経緯が理解できないルイズは傍観。キュルケもよほど重い処分でもなければ黙っておくつもりだった。 そしてタバサは、やはり沈黙。そんな中、一列に並んだ四人から一人、オスマンに進み出る者がいた。 「待ってくれ、じっちゃん! 悪ぃのは俺だ、タバサは関係ねぇ! だから、罰なら俺だけにしてくれ!」 真っ先に進み出た風助は、自分でなくタバサの罰の軽減を訴えた。 タバサ――初めて名前を呼ばれた。それだけ、自分は風助とのコミュニケーションを疎かにしていたのに。数えるほどしか会話していないのに。 「風助君、君の言い分は尤もかもしれんが、使い魔の責任は主の責任じゃ。主人と使い魔は一蓮托生。それは全うしてもらわんといかん」 「頼む、じっちゃん!」 タバサは、下げた頭をなおも低くしようとする風助を、 「別に構わない」と手で制した。 そんな主人を何故、そうまでして庇うのかは分からなかった。ただこの瞬間、初めてこの使い魔を信じてもいいと思えた。 「まあ聞きたまえ。不服を言うのは、それからでも遅くはないだろう?」 コルベールが風助を諫め、一同オスマンの裁決を待つ。 オスマンは長い髭を撫で摩り、 「そうじゃの……今後、学院内での忍空の使用は厳禁。後は……樹が二本じゃから、向こう二ヶ月の奉仕活動とでもしておくかの」 と急に気の抜けた声で言った。危うく学院を崩壊させるところだった騒動の罰としては軽いものだ。 「ほうしかつどう……ってなんだ?」 「平たく言えば、掃除を始めとする学院の雑用じゃな。内容は必要な時に沙汰しよう」 タバサは安堵よりも、その意図を疑わずにいられなかった。だが、そう思っていたのはどうやら自分だけらしい。 ルイズとキュルケは、互いに目を見合わせ苦笑。風助はいつも丸い目を、更に丸くしていた。 「そんだけでいいのか……?」 「当座はそれだけ、としておこう。手始めに、広場の樹の残骸を処分してもらおうかのう。 おお、それと図書館の司書が蔵書の整理をしたいと言うとったな。そっちはミス・タバサが得意じゃろう」 無邪気な笑顔の風助が、オスマンの座った机に飛び乗って手を握る。 「サンキュー、じっちゃん! 俺がんばるぞ!」 「ほっほっほ……これ、机に乗るでない! 隠しきれるものでもあるまい。教師連中には私から説明しておこう」 タバサの魔法としておく手もあるが、トライアングルで出せる魔法でもない。何よりも、風助が許さないだろう。 今は様子を見るべきとの判断だった。 風助の嬉しそうな顔にコルベールも、ルイズもキュルケも微笑んでいる。そんな顔を見せられてはタバサも、 疑問は一時保留しておこうという気分になってしまった。 無邪気な風助にコルベールが、 「忍空の使用を禁止されても困ることは少ないだろうが、使い魔としての役割も頑張りたまえよ。 困ったことがあれば、私もできる限り力になろう」 「ああ。それでおっちゃん、使い魔ってのはどうやったら終わりなんだ?」 その答えに、室内にいた全員が固まった。 「は……?」 「え……?」 「まさか……」 「ふむ……」 最初にコルベール。続いてルイズ、キュルケ。オスマンまでもが、意外そうに唸る。 驚きの目が集中しているのに、風助は気付かない。一人、決意も新たに拳を握って意気込んでいる。 「俺、頑張って使い魔終わらせるぞ。けど、どうすりゃいいんだ? おっちゃん」 「まさか君は知らないのか? ミス・タバサ……君も説明してないのか?」 コルベールが風助からタバサへ視線を移す。タバサはぶつかった視線を一旦は受け……やや気まずそうに外した。 しまった。 顔は平静を装っていても、彼女がそう思っているのは誰から見ても明らかだった。 使い魔は召喚された時から自分の役割を理解していると文献にはあったが、風助は何一つ理解していなかった。 だというのに、面倒だったので説明を簡潔に済ませてしまっていたのだ。 ルイズは口に手をやって驚き、キュルケは悩ましげに額に手を当てた。 きょろきょろと周囲を見回す風助にコルベールが告げる。気まずく、この上なく言い辛そうに。 「風助君……使い魔とは、メイジを一生サポートするパートナーなのだ。つまり……死ぬまで終わらない」 風助の顔が歪み、 「うぇぇええええええええ!!」 学院中に聞こえるかと思うほどの声がこだました。 そのうち帰れるだろうと楽観的に考えていただけに、風助はこれ以上ないほど仰天した。 それはもう、筆舌に尽くし難い顔芸で、驚愕を露わにしたのだった。 「君の国に帰れる方法も探しておこう。それまでは我慢してくれたまえ」 コルベールに苦笑いで送り出された風助。その横にタバサ、後ろをキュルケとルイズが歩く。 前を歩く二人は、珍しく困り顔だった。 「一生は……ちょっと困ったぞ。ばあちゃんと……お師さんの畑もあるしなぁ」 親代わりでもある隣の老婆は身体が弱く、臥せりがちである。最近は元気だし、村の人間は仲がいいので、しばらくは心配いらないだろうが。 畑も面倒を見てくれる当てはある。忍空の里の忍犬、ポチはちょくちょく里を抜け出しているので、戻らなければ面倒くらいは見てくれるだろう。 どちらも焦る必要はないと分かっていても、心配には変わりなかった。 一方、タバサは申し訳ない気持ちを抱えていた。今更になって、自分のらしくなさが悔やまれた。かと言って、掛ける言葉も見つからない。 見かねたキュルケは空気を変えようと、 「しかし、ヴァリエールはともかく、なんであなたは人間を召喚したのかしらねぇ?」 「ちょっと、ツェルプストー! わたしはともかくってどういう意味よ!!」 敢えてケンカを吹っ掛けてみる。案の定、ルイズはすぐに乗ってきた。 意図を汲み取った上で怒ってくれているのか、それとも天然なのか。多分後者だろうが、どちらにせよありがたい。 「カエルみたいな顔してるから、亜人と間違えられちゃったのかしら……なんて」 「そんなわけないでしょ!」 怒るルイズ、さらっと流すキュルケ、いつも通りのやり取り。見ていた風助も、いつの間にか笑顔になっていた。 「んじゃ、俺は広場の片付けに行ってくるぞ。俺がやったんだから、俺一人でいいや」 風助は三人と別れて外に出る。タバサは迷った末、彼の背中にたった一言問う。 「いいの?」 それは広場の片づけを一人でさせることに対してか、使い魔を続けることに対してなのか。 言ってから、また言葉が足りなかったかと不安になったが、 「まぁな。くよくよしてもしょうがねぇし。それにここはここで、いろいろ面白ぇぞ」 今度はちゃんと伝わったらしい。どちらの意味にも取れたが、きっと後者だろう。 能天気な笑顔の裏に秘められた逞しさをタバサは感じ取った。 「……わたしも次の講義は休むわ。先生には伝えておいて。治療の魔法の準備をしてもらわなきゃ」 あんなバカ犬でも使い魔は使い魔だからね、と言い残してルイズも去っていく。残されたタバサとキュルケは暫し逡巡したが、 大人しく講義に向かうことにした。 風助が迷いながらヴェストリの広場にたどり着いたのは学院長室を出てから約十分後。広場には杖を持った教師が二人と、 手作業で樹の破片を拾い集める男が二人、既に作業を始めていた。二人は貴族ではなく、いわゆる用務員。敷地の整備や雑務を担当する仕事らしい。 四人に風助も混じり、散乱した木切れを集める。突然、子供が手伝いをしたいと現れたので教師達は訝しんでいたが、 コルベールから話は聞いていたらしく、事情を話すと驚きと共に迎えられた。 作業は順調に進み、始めてから三十分後には広場は綺麗さっぱり片付けられた。へし折れた樹の幹は、 教師達が魔法で掘り起こし焼却。二人は土のメイジと火のメイジなのだそうだ。 「やっぱ魔法って凄ぇなぁ。なんでもできんだな」 風助の素直な賛辞に教師は照れ臭そうに笑い、これには他の二人も頷いていた。 作業を終えて四人と別れると、ぐぅぅと控えめに腹の虫が鳴くので、厨房に向かってみる。 この時、食後からまだ一時間も経っていないのだが、風助には関係なかった。 厨房に向かい扉を開けると、マルトーが昼食を片付けていた。その隣ではシエスタも手伝っている。 「おっちゃーん、なんか食わせてくんねぇか?」 「おお、風助坊……っておめぇまた来たのか」 振り向いたマルトーが呆れ顔で溜息を吐く。片やシエスタの表情には、感嘆と驚きと、ほんの少しの怯えが表れていた。 「あ……風助君、いらっしゃい……」 「ったくおめぇはどれだけ食うんだ……まぁ、ちょうど残りがあったところだ。食わせてやるから、座って待ってな」 「ありがとな、おっちゃん」 呆れながらも準備を始めるマルトー。手近なイスに腰掛けると、こちらを見ているシエスタの視線に気付く。 「ねぇ、風助君。さっきの竜巻って風助君がやったの……? 風助君ってメイジだったの?」 おずおずと話し掛けてくるシエスタ。流石の風助でも、声に帯びた不安の色を察した。 その対象が自分であることも。 「ああ。けど俺はメイジってのじゃねぇぞ。あれは忍空ってんだ」 「にんくう……?」 「ちょっと失敗して、あんなことになっちまったんだ。けど、もうここじゃ使わねぇから心配すんな」 「そうなんだ……」 シエスタが躊躇いがちに頷く。詳しい説明を省いたからか、シエスタの不安は完全には払拭されなかった。 だが、たとえ力を持っていたとしても、風助が弱い者を傷つけるとも思えなかった。 そこへマルトーが大きな器をドンとテーブルに置いた。入っているのは琥珀色に透き通ったスープ。 先程のシチューと違い、如何にも上品そうだ。 「ああ、シエスタから聞いてるぜ? やるじゃねぇか、ケンカの仲裁でどでかい竜巻を起こしたとかなんとか……それが魔法じゃなく忍空ってのか?」 マルトーは、竜巻の暴威を目の当たりにしたわけではないので、特に畏れもしない。 「おー、罰として奉仕活動をしなきゃなんねぇんだ」 「奉仕活動? そりゃ難儀だなぁ。こんなガキをこき使おうなんざ、まったく貴族ってのは……」 「気にしてねぇぞ。することなくて退屈してたんだ、ちょうどいいや。元いたとこじゃ畑耕してたし、ただで飯食わせてもらうのも悪ぃと思ってたしな」 子供っぽく笑う風助に、シエスタも次第に警戒心を解いていく。不思議なものだ、今日出会ったばかりだというのに。 「人の五倍は食べるもんね、風助君。また手伝ってくれると助かるな……」 スープを掻き込みながら、 「おー、なんでも言え」とスプーンを振り上げて宣言した風助だったが、不意にピタリと食事の手を止めた。不意に背後のマルトーを振り向く。 「そういや気になってたんだよな。おっちゃんは、じっちゃん達のこと嫌ぇなのか?」 「嫌ぇって言うかだな……」 マルトーは言葉に詰まった。この場合、風助の言うあいつらとはオスマン達個人の好き嫌いだからだ。 「じっちゃんも、坊主頭のおっちゃんもいい奴だったぞ。罰も軽くしてくれたしな」 貴族は嫌いだ。我が儘で横暴で、身分を鼻に掛けている連中がほとんど。それはこの学院の生徒教職員も決して例外ではない。 しかし、貴族は嫌いだが、生徒や教職員達に特別恨みがあるわけではなかった。 平民と貴族の関係ではあるが、教師とも時には関係を深め、連携を取ることはある。そうでなければ仕事も円滑にいかない。 豪勢な料理だって、栄養には十分留意している。育ち盛りの生徒の健康を管理しているのは自分だという自負があった。 何より、自分の料理を美味そうに食べる生徒達を見ると悪い気はしない。 口ではなんだかんだ言っても、学院の食を司る身としては、すくすくと育ってくれるのは感慨深いものである。 つまるところ、嫌いなのは貴族という身分であって、彼らではない。そこまで嫌いなら、どれだけ給料が良くても貴族の学院でなど働かない。 故に、改めて嫌いなのかと聞かれると――。 「コック長……口に出てますよ?」 「おっちゃんも、やっぱいい奴だなぁ」 どうやら柄にもなく考え込んでいると、口に出てしまっていたらしい。呆れ混じりの微笑むシエスタと、舌を出して笑う風助。 顔を真っ赤にしたマルトーは、 「よせやい! こっ恥ずかしいこと言わせるんじゃねぃよ、このベロ!!」 言いながら風助の後頭部にゲンコツ。思いのほか強い力に風助が、 「ん~!! 前が見えねぇぞ」 「きゃー! 風助君、顔! 顔がはまってます!!」 顔面からスープの器に突っ込む。ぴっちり顔にフィットした器は、風助が顔を上げても取れなかった。 「ふぃ~、死ぬかと思ったぞ」 「ははは、悪かったなぁ、風助坊」 ようやく器を外した風助の背中を、マルトーがバンバン叩いた。スープ塗れになった服は脱いで干し、今の風助は上半身裸。 にも拘わらず叩くものだから、背中に赤い手形が付く。 「いて! 痛ぇなぁ、おっちゃん」 マルトーをジト目で見る風助に、シエスタが尋ねる。 「そういえば風助君……さっきは名前が出なかったけど、ミス・タバサは風助君から見てどうなの?」 「タバサは……無口でよく分かんねぇけど、いい奴だぞ。飯も食わせてくれるしな」 「風助君はご飯を食べさせてくれたらいい人なの?」 「まぁな。少なくとも、俺が腹減らしてた時、飯食わせてくれたおっちゃんやおばちゃんは、みんな優しくてあったかかったぞ」 戦前、戦後と国は荒れ、民衆は貧しく、その日食べるものにさえ困窮する者もいた。 そんな時勢で、誰とも知れない子供に食べ物を恵んでくれるようなお人好しは十分信頼に値する。 いつからかそう思うようになっていた。無意識的ではあるが、それは風助の人を見分ける術の一つだった。 「いつだったか……行き倒れてた俺に飯食わせてくれたおっちゃんは、どっかおっちゃんに似てたかもしんねぇな。飯は凄ぇくそまずかったけど」 「飯のまずい野郎と俺を一緒にすんじゃねぇよ! いい度胸じゃねぇか、このベロ!」 またも風助がマルトーにヘッドロックされ、その頭を小突かれる。 「悪ぃ悪ぃ、けどおっちゃんの飯はうめぇぞ。ほんとだ」 どちらも顔は綻んでおり、それが新愛の表現であることは、傍目にも明らか。 シエスタは感心してしまった。風助は、たった数十分でマルトーの心に入り込んでしまったのだ。 「おっちゃんもシエスタもタバサも、俺にとっちゃみんないい奴だ。だから困ったことがあったら、言ってくれりゃ手伝うぞ」 それは自分も同じ。彼に抱いていた恐怖心、警戒心はものの数分で氷解していたのだから。 「うん、私はもうちょっとしたらサイトさんの看病のお手伝いに行くから、風助君手伝ってくれる?」 「その前に、こっちは薪でも割ってもらいてぇな」 「よし、そんじゃやるか」 意気込む風助は裸のまま、マルトーと厨房の扉を開いて出ていく。彼が開いた扉からは爽やかな昼下がりの風が吹き、 見送るシエスタの髪を揺らした。 時刻が夕刻に差し掛かる頃、風助はシエスタを伴ってルイズの部屋に向かう。手にはシエスタの用意した、大きな器一杯の湯。 何しろ、風助はタバサの部屋に帰る道ですら迷う始末。一人では無駄な時間を食うばかりだった。 ルイズの部屋の前まで来ると、僅かに開いたドアの隙間から光が漏れていた。二人は互いに顔を見合せて、隙間から覗きこむ。 ベッドに横たわった才人。その横に教師らしき壮年の男性が立ち、隣には両手を組み合わせるルイズ。 「何やってんだ? あれ」 「サイトさんの治療中みたいだね。ちょっと待ってよっか」 小声で会話しながら治療を見守る。やがて教師がルーンを唱えると、才人の身体を淡い光が包む。 「おお……むぐっ!」 塞がる傷に感嘆の声を上げかけた口を、シエスタの手が塞ぐ。 「風助君、静かに。お邪魔になるわ」 「すまねぇ……。しっかし凄ぇんだなぁ……」 子供のように(実際子供なのだが)目を輝かせる風助に、シエスタも微笑を漏らす。シエスタからすれば、風助も相当凄いことをしているのだが。 「あ、終わったみたい」 二言、三言ルイズと会話を交わし、教師が向かってきた。二人はたった今来たように振る舞い、一礼してすれ違う。 改めてドアを叩くと、ノックから数秒遅れて声が返る。 「誰?」 「あ、その、シエスタです。サイトさんのお湯をお持ちしました」 「開いてるわ、入って」 「失礼します」 入ると、真っ先に部屋の奥のベッドが目に入る。ベッドに横たわる才人、隣にルイズが腰掛けていた。 振り向いたルイズは、一緒に入ってきた風助を見るなり、 「何よ、あんたも来たの?」 「おー、才人はまだ寝てんのか?」 「見ての通りよ」 答えるルイズの口調はどこか棘があった。否、どこかではない。ピリピリと明らかに張り詰めた空気を、シエスタは感じた。 風助は知ってか知らずか、ベッドでいびきを掻いている才人の頬を軽く突く。「しっかし……変な顔して寝てんなぁ」 瞬間、ルイズの眉がピクリと跳ねた。同時に、シエスタの肩も寒気で跳ねた。 「ねぇ……シエスタって言ったわよね」 「は、はい!? 何かお手伝いすることはありますか!?」 「今は特にないわ。ちょっとこいつと二人にしてくれない……?」 「え……と……こいつって風助君ですか?」 この場合、才人は数に入るのだろうか。シエスタは答えに窮したが、ルイズは無言。となると、おそらくは正解。 狭い室内を支配する重圧は、更に重みを増す。 ルイズが何を言うのか、大方の察しはついていた。しかし、シエスタには何も言えない。 事実だからだ。彼女の抱く怒りも、これから風助にぶつけるであろう言葉も。 「それじゃあ、失礼します……」 一礼して去っていくシエスタを確認したルイズが、風助に顔を戻す。目を離した隙に、彼は仰向けで寝ている才人に跨って、 傷を確認しながら身体のあちこちを指圧していた。空気の読めるシエスタとは大違いだ。 「……何やってんの?」 「身体の回復力を高めるツボってのがあるんだ。ちょっとはましになるだろ」 「ふーん、それも忍空ってやつ?」 「まぁな」と言いつつ、風助は才人をひっくり返して背中も指圧する。 されるがままの才人は苦しそうに唸っているのだが、二人とも特に気に止めていない。 返答から暫くして、ぽつりと呟くようにルイズは話しだす。 「……あんたが、なんだか知らないけど凄いってのは分かるわ。 だったら、あんな大騒ぎしなくてもこの馬鹿犬を助けられたんじゃないの?」 才人を指差す。爆睡中の使い魔は二回、三回と転がされても起きる気配はまるでない。 「死にかけたのよ? そいつもギーシュも、それにあの場にいた全員も」 少しでも歯車が食い違っていたら、未曾有の大惨事になっていた。才人も、ギーシュも、タバサも引き裂かれていた。 暴風に絡め取られ、風龍の顎に噛み砕かれた広場の樹のように。 一人になって想像すると、怒りにも似た感情が湧いてきたのだ。 分かっている。止めようともしなかった観衆と、止められなかった自分の代わりに、彼は進み出た。 それを咎める資格はないのかもしれない、と。 理解していても、やり場のない気持ちは溢れてしまう。唇を噛んだルイズは黙して風助を見た。 「そうだな……すまねぇ、余計なことしちまった。俺が手出しなんかしなくても、多分才人は勝ってたと思うぞ。 ただ、放っときゃこいつは死ぬまでやりそうだったからな」 「嫌味? 別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」 「俺だってそんなつもりで言ったんじゃねぇぞ……っと」 才人を元の姿勢に戻した風助は、ベッドから飛び降りてドアに向かう。勝手に帰ろうとする風助を、ルイズは慌てて呼び止める。 「ちょ、ちょっとどういう意味よ!」 「俺にもよく分かんねぇぞ」 ただ、あの暴風の中でギーシュを掴んでしがみ付くのは簡単ではない。ましてや満身創痍の身体で。同じことができる人間は、そうはいないだろう。 そして何より、剣を握り締めて立ち上がった時の才人の表情が、力強い闘気が風助に確信を抱かせた。完全な直感であり、理屈は分かるわけもない。 またしても頭上に? を浮かべるルイズに、風助は笑いながら問う。 「と、そうだ。一つ聞きてぇんだけど……」 ベッドに寝た少年の傍らに座る少女。ここでも、ルイズの部屋と同様の光景があった。違うのは、 少年に外傷はなく、少女は心配などしていないという点。 「う~ん、苦しい……。まだ回ってるような……君の水魔法で助けておくれよ、モンモランシ~」 「はいはい、元はと言えばあなたのせいでしょ。付いててあげるだけでもありがたいと思いなさい」 「いや……これは僕のせいじゃなくて、あのタバサの使い魔が……」 「なんでそこでタバサの使い魔が出てくるのよ。言い訳なんて男らしくないわねっ!」 ベッドの中から助けを求めるギーシュの手をぺしっと払い、そっぽを向くモンモランシー。 浮気をされて傷ついた彼女のプライドと機嫌はまだ直っていなかった。 ギーシュが決闘で重傷と人伝に聞いたので駆けつけてみれば、なんのことはない、目を回して吐いただけだった。 今は流れで付き添っているだけ。こっちが負った傷は、かすり傷のギーシュなんかよりもはるかに深いのだ。 ギーシュは泣きながら、起こし掛けた身体を横たえた。あの場にいなかったモンモランシーには、 何度事情を話しても理解してもらえなかった。聞いてさえもらなかった。 「うぅ……どうして分かってくれないんだい、モンモランシー……」 ギーシュはわざとらしく大げさに落ち込む。意外なことに、これが効を奏した。 気障な男が自分だけに見せる情けなさ。不覚にも母性本能をくすぐられそうになる。計算ではないのだろうが、天然だとしても大したものだ。 「まぁ……私も鬼じゃないしね。いいわ、聞いてあげる。話してごらんなさいな」 「あぁ……嬉しいよ、モンモランシー! 実はね……」 今度は伸ばした手が振り払われない。 重ねた手に、きゅっと力を込める。 見つめ合う二人。近づく距離。 「えーっと……ここで合ってんのか?」 そこへ、ノックもせずに闖入者が現れた。モンモランシーは素早く手を引っ込めた。心なしか顔は赤らんでいる。 寝転んだ状態で手を伸ばしていたギーシュは、 「ぅぅぅうわぁぁあああああ!! タ、タバサの使い魔ぁぁぁぁ!!」 一瞬でベッドから跳ね起き、壁に張り付く。 「なんだ、元気そうじゃねぇか。才人があんなだかんな、おめぇは大丈夫かって心配してたぞ」 竜巻に巻き込まれた恐怖は、ギーシュの精神に半ばトラウマとして焼き付けられていた。 それこそ使い手の顔を見た瞬間に拒否反応をもよおすほどに。 が、風助はまったく気付いてない。ギーシュの言動に疑問は呈したが、彼自身に恨みがあるわけでもなく、 巻き込んだ立場なので見舞いに来ただけだった。 「ぼ、ぼ、僕になんの用だ……まさかここで決闘の続きを……」 「なにこんな子供相手に怯えてるのよ。タバサの使い魔の……あなた、何しに来たの?」 モンモランシーは、事情を知らなかった。竜巻が発生した時も広場から遠く離れていたので、大変な騒ぎがあったとしか。 「さっきはすまねぇな。それを言いに来たんだ」 「……へ?」 ぺこりと素直に頭を下げた風助に、対するギーシュは間の抜けた声。 それもそのはず。ギーシュにとって風助は、決闘に割り込んで痛いところを突いてきた奴。自分を挑発し、本気で怒らせた愚かな子供。 その程度の存在でしかなかった。竜巻を発生させ、自身を含めた三人を諸共に巻き込む瞬間までは。 「おめぇのことも気になってたから、才人の見舞のついでに部屋を聞いてきたんだ」 今では畏怖の対象ですらあったが、それが何故か謝罪している。よく分からないが、自分が優位にあると知ったギーシュは咄嗟に取り繕い、 「なんだ、そんなことか……。ま、いいだろう。子供の不始末にいつまでも腹を立てているのも大人げないからね。 見ての通り、僕はあの程度では"まったく"堪えていないよ」 「さっきまで泣きついてたくせに、何言ってんだか……」 髪を掻き上げて、精一杯の虚勢を張ってみせる。突っ込みには聞こえない振りでOK。 「おお、よかったぞ。そんじゃさっきの続きなんだけどな……」 風助の言葉に、さぁっと血の気が引く感覚。 あれから冷静に考えてみたのだ。才人を担いだ状態で一瞬にして背後に回り、竜巻の中では二人を支えていたと聞く。これは流石に分が悪い。 青ざめたギーシュは、必死で説き伏せようと試みる。 「いや待て! じゃなくて待ってくれ!! 僕はもう気にしていない。君の無礼な振舞いは水に流そうじゃないか。 僕にも、その、ほんの少しは落ち度があったわけだし……」 「才人の傷が治ったら、またケンカの続きをしてくれていいぞ。俺はじっちゃんと約束しちまったからできねぇけど、 今度は才人一人でいい勝負になるかもしんねぇからな」 「はぁ……」 怒りも水――もとい風に流されて、そもそも何故決闘をしたのかも忘れかけていたところである。 もう戦う理由もなかったギーシュであったが、屈託なく笑う風助に乗せられたのか、理由も分からず頷く。 そして呆気に取られている内に、 「じゃあなー」 風助は去っていった。台風の過ぎ去った後のように、二人は呆然と言葉もなく開け放たれたままのドアを見ていた。 前ページ次ページ風の使い魔
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前ページ次ページ死人の使い魔 第三話 グレイヴを召喚してから数日が過ぎた。ルイズとグレイヴの生活にも 一定のパターンができあがってきていた。 朝、ルイズがベットで目覚めるとともにグレイヴは初日に与えられた イスで目を開く。特に本人からの要望はなかったのでイスが彼の寝床と なった。寝床兼生活スペースかもしれなかった。ルイズの部屋にいる間は、 ほとんどをそこに座って過ごしている。 案外気に入っているのかしらね。そんな風に思う。 グレイヴとの生活が始まってからルイズの目覚めはよくなった。 一度寝坊しかけて彼に起こされたときは心臓が止まるかと思った。 割と本気で。それ以来、彼より早く起きるように心がけている。 朝の準備を終えるとルイズは朝食をとるために食堂へと向かう。 グレイヴは食事をとらないため、授業まで部屋で待機させている。 授業の時間になると教室でグレイヴと合流する。 恐らく、グレイヴは教室に移動するときまで、部屋のイスに 座りっぱなしのはずだ。確認したことはないが正しいと思う。 もしかして私が部屋を出たあと、私のベットでゴロゴロしてたりして。 そんなことを想像する。 ……ありえないわね。万が一それが真実だったとしてもその場面だけは 目撃しないようにしないと。私の今後のために。 グレイヴは喋らない平民の使い魔として学院で少し知られてきた。 ときどき、本当にときどきだが彼の正体について言ってやりたくなる ときがある。 昼食の時間になると再びグレイヴと別れる。部屋で午後の授業まで 待たせているのだが、コルベールに呼ばれ彼の研究室、もしくは トレーラーに行くことがある。少しでも手掛かりが欲しいらしいが 結果は芳しくないようだ。 そんなある日、コルベールは彼の左手に目をやる。 召喚されたものにばかり気を取られていましたが、珍しいルーンですね。 一応メモしておきましょう。 その日の夜、彼はそのルーンが伝説の『ガンダールヴ』のルーンと 同じであることに気づく。すぐにオスマンに知らせたが、彼も頭を 抱えていた。 『ガンダールヴ』とは始祖ブリミルの使い魔であったされるものだ。 あらゆる武器をつかいこなし、その強さは並みのメイジでは歯が 立たないくらいだったとされている。 「ただでさえ厄介なのにこのうえ『ガンダールヴ』じゃと」 「とりあえずこれも秘密じゃな、ミス・ヴァリエールにもな」 「彼女にもですか?」 「これ以上秘密を抱えさせるのもかわいそうじゃろ、それに、この問題は ひょっとしたらガーゴイルということよりもやっかいかもしれんしな、 他言無用じゃ」 「わかりました」 最近というかグレイヴを召喚してからルイズは、彼のことを考える時間が 多くなった。もちろん、恋などではない。グレイヴの正体についてだ。 彼はなんのために作られたのだろうか?そう彼が人為的に生み出されたの ならきっと何か目的があるはずだ。それも並大抵ではない。なんせ人の血で 動くのだ。家事などをするために作られたのだとしたら、ちぐはぐ過ぎる。 人の生き血をすする召使い。ありえないわね。 しかし想像はつく。ミスタ・コルベールも気づいているだろう。 彼は戦うために生み出されたのではないか?その想像はきっと正しい。 想像を裏付けるものの一つとは彼の持っている鞄と棺桶だ。 非常に重いのだ。それを軽々と持ち運ぶ怪力。鞄の中に入っている二つの ものは鈍器なのでは?棺桶もなんらかの武器かもしれない。 そう考えると彼が鞄を手放さない理由もわかる。戦うために生み出された 彼が武器を手放すわけにはいかないのだ。 両手にあの鈍器を持って戦う彼を想像する。少し、いや大分かっこ悪い気がする。 ちゃんとした武器を与えたほうがいいかしら?見栄えのする大剣とか。 でも買う前にミスタ・コルベールに相談したほうがいいかもしれないわね。 剣を持たせるなどとんでもないと反対されるかもしれないし。 しかしそれは杞憂に終わった。彼は特に反対しなかった。 コルベールは相談されたことについて考えていた。グレイヴに剣を持たせる。 彼は『ガンダールヴ』でもあるのだ。どんな反応をするか、持ち前の好奇心が うずいた。 彼が剣を持つ危険についても考えてみたが、剣を持たせるくらいは 大丈夫な気がする。ここ数日、彼と付き合ってみての印象だ。少なくとも 学院の人々に危害は加えないと思う。もしかしたらこの学院で一番 グレイヴを信用している人物は彼かもしれなかった。 虚無の曜日になりルイズはグレイヴを連れ剣を買いに出かけた。 遠出をするとグレイヴに伝えると、彼はいつもの鞄に加え棺桶まで 持っていこうとした。あんなもの馬に乗せられるわけないと置いてこさせたが、 鞄はしっかり持ってきている。 トリステインの城下町を武器屋に向けて歩いているが、グレイヴはやはり 目立っていた。長身に加えてあの格好である。かなり目を引く。 それに彼の雰囲気を感じてか、微妙にだが周りの人が道を譲ってくれている ように思える。見た目だけでも護衛の役目を果たしているわね。そんなことを 考えながら歩いていると、武器屋に到着した。 どんな剣がいいか分からないので、グレイヴに選ばせてみる。 「グレイヴ、好きな剣を選んでいいのよ」 しかし彼は何も選ばない。イライラし声をかけようとすると、不意に声が 聞こえた。 「迷っているなら俺を買え、おめえさん『使い手』だろう?体格も立派だし、 雰囲気もただもんじゃねえ。是非とも、おめえさんに使って貰いてえ」 グレイヴは声のほうを向く。ルイズには彼が驚いているようにみえた。 そこには一本のボロボロの剣があった。ルイズも最初驚いたが インテリジェンスソードと知って納得する。 それよりもグレイヴの反応が気になった。いつもと明らかに違う反応。 もしやあの剣の言ったことに何か関係しているのだろうか?確か『使い手』 とか言っていた。 本当はインテリジェンスソードの存在を知らなかったからの反応だったの だが、ルイズには分からなかった。まさかインテリジェンスソードの存在を 知らないとは思いもしなかったのだ。 よし、これにしよう。 見た目はみすぼらしくグレイヴに持たせたくはなかったが、彼の正体を知る きっかけになるかもしれない。インテリジェンスソードを買い、グレイヴに 持たせる。デルフリンガーというらしい。 帰る道中デルフリンガーにグレイヴのことや、『使い手』のことを尋ねて みるが、どうにも要領を得ない。 グレイヴも特に反応はしないし、あの剣を買ったのは失敗だったかしら? 学院に着くとルイズはグレイヴを連れて中庭に向かう。そこでルイズは グレイヴにデルフリンガーを抜かせてみた。詳しいことは分からないが様に なっているようにみえる。するとデルフリンガーが気になることを言う。 「おでれーた、相棒、おめえさん人間じゃないな?それに心も感じられねえ」 ルイズが驚きながらに言う。 「あんたグレイヴのことが分かるの?教えなさい。今すぐ、できる限り詳しく」 「待て、待て、落ち着け、俺もそんなに詳しく分かるわけじゃねえ。 ただなんとなくそう感じただけだ」 「なによ、当てにならないわね。でもグレイヴが人間じゃないってことは 秘密だからね、誰にも言うんじゃないわよ。それからグレイヴのことが何か 分かったらすぐに教えなさい。いいわね」 「いいともさ、俺も相棒のことを言いふらしたりはしないよ」 そんな会話の中、グレイヴは突然デルフリンガーを地面に突き立てる。 「おーい、相棒?」 アタッシュケースを開けケルベロスを手に取る。 何をしたいのかしら?ルイズは疑問に思うが、デルフリンガーは気づいた ようだった。 「そりゃないよ、せっかく俺を買ったんだから俺を使ってくれよ。銃より剣の ほうがいいぜ」 「あれって銃なの?」 あんな形の銃など見たことがない。そういわれてみれば引き金らしきものがある。 「ねえ、グレイヴ、一発撃ってみなさい。どれくらいの威力があるか 見てみたいわ」 横でデルフリンガーが銃なんて邪道だ、などと言っているが無視する。 しかしグレイヴは撃たない。何故かしら?目標を決めてないから? 周囲を見ると丁度いい目標があった。本塔の壁である。確か固定化の魔法が かかっていて、そのうえ厚みもあり凄い丈夫なはずだ。いい的だと思ったのだ。 そのときは。 変な形をしているし片手で扱う銃のようなので、かなり距離のある的まで 届きすらしないかも、そう思い気軽に言う。 「ほら、撃ってみてって」 グレイヴが本塔の壁に銃を向ける。 せめて届いてほしいわねなどと考える 引き金が引かれる。 轟音が響き、思わず耳を押さえる。本塔に近づき銃弾のあとを確かめようと する。しかしそんなに近づかずとも本塔の壁にヒビが入っているのが見えた。 「嘘……」 思わず声が漏れる。あれがあの変な銃の威力?信じられない威力だ。 「おでれーた、これが相棒の銃の威力かい?」 デルフリンガーも驚いている。 突然、グレイヴの気配が変わった。持っていたデルフリンガーを投げ捨て、 先ほど撃った銃を一丁ずつ両手に構える。下からデルフリンガーの苦情が 聞こえてくる。 どうかしたの?と聞こうとするが、その言葉を発する前に巨大な土ゴーレムが 現れた。ゴーレムはルイズ達のことなど気にもせず、本塔のヒビの入っている 壁を殴り、穴を開ける。 ルイズはあまりのことに頭がついていってなかった。グレイヴも銃を構えた まま動かない、様子をうかがっているのかもしれない。 それからゴーレムは学院の外へと歩き出す。 我に返ったルイズがあわてて言う。 「あそこは確か宝物庫だったはずよ、急いで追いかけないと」 「もう無理だ、追いつけないって。ずいぶん離されちまった」 デルフリンガーが引き止める。しかし追いつけなくとも、何か手がかり くらいは見つけられるかもしれない。ゴーレムの逃げたほうへ走り出す。 グレイヴもついてくる。 「お~い、置いていかないでくれえ」 後ろでデルフリンガーが叫んでいたが気にしている余裕はない。 上空には何か飛んでいるのが見える。あの盗賊の使い魔だろうか? 空を飛んで逃げられたら絶対に追いつけない。焦りながら懸命に走る、 すると遠くでゴーレムが突然崩れるのが見えた。 空を飛んでいた何かも、いつの間にかいなくなっていた。崩れたゴーレムに 追いついたが、そこには土の山があるだけだった。 こういうときこそ、落ち着かなくては。そう自分に言い聞かせ事態を 整理する。 あのゴーレムは本塔にあったヒビを殴っていた。その結果穴が開き、 宝物庫が襲われた。つまり襲われた原因、少なくとも穴が開いた原因は あのヒビのせいということになる。あのヒビの原因は考えるまでもない。 盗賊について思いだそうとするが離れていたこともあり、黒いローブに すっぽり身を包んでいたことくらいしか分からない。 盗賊には逃げられ、手がかりもない。ルイズは頭を抱えた。 前ページ次ページ死人の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 藁の感触が背中をくすぐる。 がさごそと音を立てながら、官兵衛は敷き詰められた藁のベットで目を覚ました。 ぼんやりと頭を掻きながら、上半身を起こす。 相も変わらず足元に転がる、黒金の相棒によう、と挨拶をすると、官兵衛はのそのそ立ち上がり。 「おい、起きろ」 ベットの上で眠ったままのルイズに声を掛けた。しかし。 「う~ん……」 「オイッ」 官兵衛が声をより一層大きくするも、ルイズは未だ夢の中。 シーツを引っぺがし、肩を揺するも―― 「あと5分だけ……」 起き上がる気配は一切ない。 「いいんだな?このまま起きなくて本当にいいんだな?」 官兵衛の唇の端が怪しく持ち上がる。のしのしと部屋の中央に移動し、鉄球にむかって枷を構えると官兵衛は。 「おりゃああああっ!」 ガシンガシン、と枷を鉄球に叩き付けた。 鉄球を通じて振動が屋内に伝わり、まるで地震でも発生したかのごとく部屋が揺れ動く。 『厄当たり』。官兵衛が得意とする技の一つである。 ただ単に鉄球に八つ当たりしているだけであるが、その時生じる凄まじい振動は、十分な威力を周囲に発揮する。 敵味方問わず辺りに影響を及ぼす、何ともはた迷惑な技である。 「ひゃわあっ!何!何なの!」 突如、ベッドごと激しい揺れがルイズを襲い、突然の視界の揺れと騒音にルイズが飛び起きた。 「目が覚めたか?」 「何やってるのよあんたはぁ!」 あまりに強引な起こし方にルイズが怒鳴った。 そんなルイズを見て、官兵衛が満足そうにニヤリと笑った。 「ニヤリじゃないわよ!私の部屋を壊す気!?もう少し穏やかな起こし方があるでしょうが!」 「穏やかに起こして、遅刻したのがこの間だろう」 髪をぐしゃぐしゃに乱したままのルイズに、官兵衛がそう返した。 暗の使い魔 第六話 『微熱のキュルケ』 官兵衛とド・ロレーヌの決闘から、おおよそ一週間が過ぎようとしていた。 官兵衛は相も変わらず、この我侭でプライドの高いお嬢様に、嫌々付き従う日々を送っていた。 あの日から、官兵衛はルイズの身の回りの世話を押し付けられていたのだ。 朝起きてルイズを起こし、着替えを手伝い、掃除、洗濯。 それらをこなすのが官兵衛の日課になっていた。 日ノ本での過去の出来事から、最初はこき使われるのを嫌う官兵衛ではあった。 しかし、やはり日本に帰る手がかりと、彼の衣食住を握られている弱みは大きい。 彼はルイズに渋々従った。 「畜生っ!こんな事なら、穴倉の方が数百倍マシだ!」 本日5枚目のルイズの下着をダメにしながら、官兵衛はひとりごちた。 ただでさえ枷で動きを制限されているのに、この仕打ち。加えて少女の下着を手洗いするという屈辱。 そんな屈辱を味わうたび、官兵衛は朝のような仕返しをルイズに敢行した。 その度に官兵衛は、飯抜きを言い渡されるのだが。 「ところがどっこい。小生には秘密の居場所があるんだな」 官兵衛がそんな事を言いながら鼻歌まじりに向かった先。そこは。 「カンベエさん!」 厨房に入るなり、黒髪の可愛らしいメイドが官兵衛を席へと案内する。 周りで働いてるコック達が手を止め、官兵衛に向き直る。そして。 「来たか!『我らの鉄槌』!」 割腹のいい四十半ばのオヤジが、官兵衛を出迎えた。 トリステイン魔法学院の厨房全てを取り仕切る、コック長のマルトーである。 官兵衛の秘密の場所、それは魔法学院の厨房であった。 「マルトー殿!」 椅子に座った官兵衛が、顔を綻ばせ立ち上がる。 「よせよせ!殿なんてむずがゆい!マルトーでいい!」 「そうもいかない。これほど美味い飯を作れる腕前を持つ人間に、敬称抜きなぞ恐れ多い!」 「何言ってんだ!メイジをコテンパンにのしちまうお前さんが!」 マルトーが官兵衛の肩に腕を回しながら、ガッハッハと笑った。 あれから、官兵衛は平民達の間で英雄となっていた。 恐ろしい力を持つメイジを立て続けに、それも枷をつけたまま打ち倒したのだ。 特に、尊大な態度で有名な、風の名門のメイジ、ド・ロレーヌに怒りの鉄槌を食らわした。 その事実からついた名が、『我らの鉄槌』である。その名を主に呼ぶのはマルトーだったが、平民達の間ではそれで通っていた。 因みに、官兵衛の起こしたあの竜巻は、風のマジックアイテムということで済ますようにルイズに言いくるめられていた。 魔法が使えるだの、先住魔法だの言うと周囲がおおいに混乱するからである。 最悪、王宮からお迎えが来て拘束されかねない。官兵衛もそれを聞くと納得し従っていた。 「さあさあまずは一杯!」 「うおおっ!かたじけない!」 マルトー手ずからワインをグラスに注ぐ。それを飲み干す官兵衛。 その見事な飲みっぷりに、周りから歓声が上がる。 「おいおい何て飲みっぷりだ!ますます気に入ったぞ!」 マルトーが笑う。シエスタがニコニコしながらそれを眺める。 こちらに来て以来初めて過ごす、何よりも楽しいひと時であった。 そんな官兵衛たちの様子を、そっと物陰から赤い影が覗いていた。 この日マルトーの開いた宴は、暗くなるまで続いた。 厨房のコックやらメイドやらがわいわいがやがやと、酒とご馳走を楽しむ。 「貴族だ~れだっ!あ、俺だ!それじゃ二番のおっさんと三番が熱いキス!」 「え!?野郎同士!?」 「古今東西!すかした貴族共の名前!」 「えーっと、ギーシュ、ギトー、ヴィリエ」 「おいおい!魔法が飛んでくるぞ!」 「おっさん達、いつまで飲むのよ……」 絡む酔っ払いに呆れるメイド。思い思いの喧騒が際限なく続く。 そんな中、酒の入ったマルトーが、顔を赤くしながら官兵衛に絡む。 「まったくお前さんには驚かされてばっかだな! この枷と鉄球を付けたままであいつらに勝っちまうんだからな!」 「本当です!でも前から気になっていたんですけど……官兵衛さんはなぜ手枷を?」 「それは、まあ。元いた所で色々あってな」 シエスタの指摘に、官兵衛は表情を曇らせる。 シエスタが変な事を聞いてしまいましたと、謝る。そんな様子を見て、マルトーは言った。 「わかる!わかるぞ『我らの鉄槌』!俺にはお前が悪いやつなんかにゃ見えねぇ! 大方、タチの悪い貴族に捕まって酷い目にあったんだろうさ!ゆるせねえ!なあ!」 「マルトーさん、飲みすぎですよ」 シエスタが宥めるも、マルトーは止まらない。 「よっしゃ俺も男だ!今度は俺がお前さんの為に、その貴族野郎をコテンパンに叩きのめしてやるよ! どこのどいつだ?言ってみろ!」 「マルトー殿、確かに飲みすぎだな」 酔っ払ったマルトーの勢いに若干引きながら、官兵衛は言った。 「カンベエさんはお酒お強いですねぇ」 「そうかもな」 シエスタの言葉に官兵衛は頷いた。 確かに、日ノ本の武将達は皆うわばみのごとき酒豪ばかりである。 戦場において、何十とお神酒をたらふく飲んでも、酔うどころかバリバリ戦闘可能である。 それ所か、その内容物をエネルギーに変え、技としてぶっ放す始末。まさに超人である。 そんな武将の一人である官兵衛に付き合った男達の結果はいわずもなが。 「はぁ~もう呑めないよぅ……」 厨房の片隅には、酔いつぶれた男達が死屍累々と倒れていた。 「まいった、ハメを外しすぎたな」 「どうしましょう……」 困ったように酔っ払い達を見るシエスタ。因みにシエスタは最後まで給仕であったため、お酒は飲んでいない。 「とりあえず運ぶか」 官兵衛とシエスタが男達をよいしょと運ぶ。適当な場所に寝かせ、風邪を引かないよう毛布をかける。 そして、全ての作業が終わった時、もうすかり夜は更けていた。 「今日は、大変でしたね。でも楽しかったです」 「ああ、小生もだ。こんなにいい気分なのは久しぶりだった」 シエスタの言葉に、嬉しそうに官兵衛は答えた。二人は、並びながら学院の廊下を歩く。 シエスタは使用人たちが使う部屋へ。官兵衛はルイズの部屋へ向かう途中だった。 窓の外には二つの月が出ており、静かに廊下を照らしていた。 先程までとは打って変わって、静かな時間が二人の間に流れる。と、その時。 「カンベエさん」 向かう道が分かれるあたりで、不意にシエスタが立ち止まった。 なんだ、と振り返りながら官兵衛はシエスタに尋ねる。 「先程は、ごめんなさい。私変な事を聞いてしまって」 恐らくは、先程の枷のことについてだろう。シエスタが申し訳無さそうに、静かに頭を下げた。 「私、どうしても気になって。官兵衛さんみたいな人がどうして……」 シエスタが口を濁した。そんな彼女に、官兵衛は。 「なに、気になることの一つや二つ幾らでも聞いてくれ。お前さん、気を使いすぎだぞ?」 そういって笑った。 「そ、そうですか?ありがとう、ございます」 シエスタが頬を赤らめ、目をそらす。 しばらく俯いていたシエスタであったが、意を決するように顔を上げると、官兵衛を見つめ。 「あの、よかったらいつでも厨房にいらして下さいね。わたし――」 待ってます、と小さく付け加えると、シエスタはそのまま夜の闇の中へと消えていった。 官兵衛がルイズの部屋につく頃、あたりはしんと静まり返っていた。 廊下に並んだ扉からは、人の活動の気配は感じられない。 さすがに遅くなりすぎた、ルイズにどう言い訳するかと官兵衛が考えていたそのとき。 どかんっ!と弾かれるようにルイズの部屋の扉が開いた。 あまりの勢いにびくりと肩をすくませる官兵衛。開きっぱなしの扉がギイィ、と不気味な音を立てている。 ごくり、と唾を飲み込みながら、官兵衛は扉の中を見やった。するとそこには。 「こんばんは、このバカ使い魔」 全身から禍々しいオーラを放ちながら、屹立する桃色の悪魔がいた。 「こんな遅くまで、どこでなにしてたのかしら?」 ニコリと笑いながらこちらを見つめるルイズ。だがどう見ても目は笑っていなかった。 「あんたが居ない間、洗濯も着替えを手伝う従者もいない。部屋も散らかったまま。授業は私一人だけ。どういうことかしら?」 「お、落ち着けお嬢さん。こいつには深い訳が……」 のしりのしりと、こちらに歩みを進めてくるルイズに合わせ、一歩一歩と後ずさりながら官兵衛は答える。 「へぇ~どんな深い深い言い訳があるのかしら?言って御覧なさい」 「ちゅ、厨房で……いや、何でもない」 迫力に圧されつい、厨房で皆とご飯食べてました、などと口走りそうになる官兵衛。しかし彼は思いとどまった。 それを喋れば、彼の生命線ともいうべき厨房への出入りが絶たれるからである。 だらだら汗を流しながら、別の言い訳を考えようとした官兵衛であった。しかしそれは間に合わなかった。 突如、部屋の奥へと引っ込むルイズ。なにやらガサゴソと音が鳴っているのが聞こえた。 何だろう、と官兵衛が恐る恐る近づく。すると、つかつかと戻ってきたルイズがドサリと官兵衛の両腕に何かを乗けてきた。 みるとそれは、官兵衛が寝床にしている藁の束と毛布であった。 「それじゃあおやすみ」 ルイズはそういうと部屋に引っ込み、ばんっと勢いよく扉を閉めた。ガチャリと鍵の掛かる音で、官兵衛は我に返る。 「お、おい!お前さん!」 扉に詰め寄るがもう遅い。 「待て!小生どこで寝たらいいんじゃあ!」 「廊下があるじゃない。そんなにご主人様といるのが嫌ならそうさせてあげるわ」 扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。官兵衛は、その場でへなへなと座り込むと、深く深く、ため息をついた。 「うう寒い。畜生あの娘っ子!」 藁の上で毛布に包まりながら、官兵衛は仕方なく一夜を過ごしていた。それと同時に己のうかつさを呪っていた。 マルトーとシエスタ達との宴のことである。 「こんな事なら、断っておくんだったか?いやいやしかし!」 あんなに大っぴらに飲んでくれば、ルイズの雷が落ちるのは目に見えていた。 しかし、他人の好意を無駄にするわけにもいかないではないか。それが、自分を平民の仲間として迎えてくれるなら尚更だ。 「ん!小生は悪くない。悪いのはこの全部この枷だ」 どう考えても官兵衛に非があるが、全てを枷の所為にする。そんな事を呟きながら、彼は一人寂しい時間を過ごしていた。 と、その時である。 「なんだ?」 ギイィと、今度はルイズの部屋とは別の扉が、ひとりでに開いた。 そして中からひょこりと、巨大なサラマンダーが顔を出した。 「お前さんは確か、あの赤毛女の使い魔……フレイムだったか?」 官兵衛の言葉に、きゅるきゅると嬉しそうに喉を鳴らしながら、フレイムは近づいて来た。そして、官兵衛の鎖をくわえると。 「うおおっ!待て引っ張るな!何だ何だ?」 ずりずりと物凄い力で、官兵衛を開いた扉の中に引きずり込んでいった。 部屋の中に入ってみると、そこには真っ暗な空間が広がっていた。ここは確か、あのキュルケの部屋であった筈。 使い魔を遣わせ、自分を(強引に)この部屋に招きいれたのは間違いなくキュルケであろう。一体どういった意図だろうか。 「おい、そこにいるんだろう?どういうつもりだ」 官兵衛は、暗闇の奥に感じる気配に問いかけた。 「フフ、分かるのね。流石だわ」 闇の中から、静かな声色で返答があった。キュルケの声である。 「穴倉でコウモリに教わったからな。気配なら感じていたよ」 「そう。やっぱり面白い人ね、貴方は」 キュルケが楽しそうに笑った。暗闇の中で、そんなキュルケの声を官兵衛は警戒しながら聞いていた。 「扉を閉めて」 声色を変えず、キュルケが言う。言われるがままに、官兵衛が扉を閉める。 すると官兵衛のすぐ横で、蝋燭にふっと火が灯った。次々と室内の蝋燭に火が灯り、街頭のように道を作り出す。 その光の道が照らす奥にキュルケは居た、それも。 「な、何だお前さんその格好は」 何とも悩ましい、ベビードールの姿であった。 ベビードール姿のキュルケが、ベッドに腰掛け、熱い眼差しで官兵衛を見つめていた。予想外の出来事に動揺する官兵衛。 「そんな所に立っていないで、こっちへいらっしゃいな」 色っぽい声色でキュルケが誘う。が、官兵衛は動かない、いや動けないでいた。 「ちょ、ちょっとまて。何企んでるんだ?小生の目はごまかせないぞ」 声を震わせながら、一歩後ずさる。官兵衛は、目の前の光景が夢か罠であるとふんでいた。 なぜなら、彼にとってこんなオイシイ状況はそうそう巡ってこないからである。 あるとすれば、その後にとんでもないしっぺ返しが彼を待っている。彼は確信した、だから。 「ちょっと、どこへ行くの?」 一目散にこの場から逃げようとしていた。くるりとキュルケに背を向け扉へ突っ走る。しかし 「どこでもいいだろう!小生は……ってあれ?開かん!」 ガチャガチャとドアノブを引っ張るも、いつの間にかドアには鍵が掛かっていた。 力いっぱい扉を引くもびくともしない。 「お、おい冗談じゃない!出せ!出してくれ!」 「つれないのね……」 キュルケがゆっくりと立ち上がった。そのまま色っぽい仕草で官兵衛に近づく。 壁際に追い詰められる官兵衛。息も掛かりそうな程近くに寄ると、彼女はそっと官兵衛の手をとった。 ビクリと、官兵衛の背がのけぞる。そのまま官兵衛の手の甲をなぜながら、キュルケは官兵衛の耳元で呟いた。 「あなたは、私をはしたない女だと思うでしょうね」 キュルケの言葉に、ぞくぞくと、足元から感覚が走る。 「でもそう思われてもしかたないわ。私の二つ名は『微熱』。松明みたいに燃え上がりやすいの。 だから貴方をこんな風にお呼びだてしてしまった。いけないことよ。わかってる」 「わかってるなら小生を、ここから出してくれ……」 「それでも貴方は私を許して下さると思うわ」 官兵衛の言葉を聞かずに、言葉を紡ぐキュルケ。もはや彼のペースは完全にキュルケに封じ込まれていた。 「わたし、貴方に恋してるの。恋は全く突然ね」 そういいながら官兵衛の指一本一本をとりながらなでるキュルケ。 カチコチになりながら、官兵衛は後悔していた。不用意に扉を閉めた自分の愚かさを。 大した事は無いだろうと、美人の部屋にホイホイ入り込んだ浅はかさを。 「こりゃマズイ状況だな」 「なにが?」 こうなればはっきり言うしかない。自分はお前のような女と関わる気は無いと。 「しょ、小生は――」 官兵衛がキュルケに対して答えようとした、その時。 「キュルケ!待ち合わせの時間に君がいないから来てみれば」 若い男の声が二人の耳に届いた。 キュルケがバッと振り返る。みるとそこには、窓から恨めしげに部屋を覗く、一人の青年の姿があった。 「ペリッソン!ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケが五月蝿そうに杖を振るうと、蝋燭の炎が伸び、窓の男を吹き飛ばす。 炎にあぶられ落ちていく男を唖然と見ながら、官兵衛は静かに口を開いた。 「……おい」 「何かしら?」 「今の男はお友達か?」 官兵衛が窓の外を見ながら言う。 「ええそうよ!全くこんな夜中に無粋な梟ね。で、カンベエ続けて」 「いやいや小生はだな――」 「キュルケ!その男は誰だ!今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!」 別の声に再び二人は振り向く。見ると今度はさっきとは違う青年が窓の外に浮いているではないか。 「スティックス!ええと、四時間後に」 「そいつは誰だ!」 またもめんどくさそうに杖を振るうキュルケ。 先程の青年と同じ末路を辿る彼を見ながら、官兵衛はやっぱりか、と小さく呟いた。 そして今度は、窓の外でひしめきあうこれまた別の青年たち三人。 そんな彼らをフレイムに命じて一掃させると、キュルケは再び官兵衛に向き合い、ひしっとその手を取った。 「何か言いたい事はあるか?」 呆れながら官兵衛が言う。しかし。 「ああ!全く恋は突然ね!フレイムを遣わせて、あなたの様子を窺わせてたのも!全て貴方の所為なのよカンベエ!」 「聞かんかい!」 官兵衛が声を荒げるも、何事もなかったかのように話を続けるキュルケ。何が何でも自分のペースを保ちたいらしい。 まくし立てるように、キュルケは言葉を続けた。 「あなたのその逞しい肩!素敵だわ!お顔も渋いし!」 「そ、そうか?そんなにも小生――って違う違う!」 一瞬気を許しそうになるも、頭を振り打ち払う。 「いいか!小生は!美人とは係わり合いになりたくな――」 「あー!あなたがド・ロレーヌを倒した時のあの勇士!まるで伝説の勇者イーヴァルディみたいで!痺れたわ! わかってくれる?この気持ち!」 「わからん!わからんから離してくれ!」 ますますヒートアップするキュルケを振り払おうとする官兵衛。しかしがっちり手を掴れ、それも適わない。 もうここまでくればヤケクソである。キュルケは官兵衛の顔を両手で掴んでロックすると。 「カンベエ!とにかく愛してる!」 無理やりにその唇を奪おうとした、そして―― 「きゃっ!」 「うおっ!」 どおん!という爆発とともに吹き飛ばされた。 官兵衛とキュルケは、突如起こった謎の爆発で床に投げ出される。 床に倒れたままの姿勢で、官兵衛は振り返った。するとそこには。 「ル、ルイズ……」 片手に杖を握り締め、バチバチと電気を杖先からほとばしらせながら、ルイズがいた。 先程まで扉があった場所には豪快に穴が開いており、そこに彼女は仁王立ちしていた。 周囲には焦げた扉の残骸が転がっている。鍵が掛かった扉を、爆発で吹き飛ばしたようだ。 非常にまずい状況であった。見ると、官兵衛はキュルケを下にして、折り重なるように床に倒れている。 キュルケはといえば危険な露出のベビードール姿。十人がみれば十人が、そういう状況だと思うだろう。 「お前さん!違うぞ小生――むぐっ!」 弁明しようとした官兵衛の唇が何かにふさがれる。キュルケが官兵衛に抱きつき、とうとう強引にその唇を奪ったのだ。 ぐいぐいと唇を押し付けてくるキュルケ。情熱的なキスの味が官兵衛を襲った。 官兵衛は目を見開きながら、されるがままのこの状況をどうやり過ごすか考えていた。 と、突如、官兵衛の横にガランと蝋燭のついたてが転がった。 見ると、ルイズが肩を怒らせ、足で蝋燭を蹴飛ばしながら、こちらに近づいて来ていた。 キュルケが官兵衛を離し、やれやれとルイズを見た。 「取り込み中よ、ヴァリエール」 「ツェルプストー!誰の使い魔に手を出してるのよ!」 キュルケの言葉にルイズが怒鳴った。官兵衛は、助かったと即座に身を起こそうとするも、脚が絡まりその場に倒れ伏した。 床に突っ伏した間抜けな体勢で、官兵衛は二人の少女のやりとりを恐る恐る聞いていた。 「あら、恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命よ。恋の業火に身を焼かれるなら、あたしの家系は本望なの。 あなたが一番ご存知でしょう?」 悪びれた様子もなくキュルケは手を広げてみせた。 「カンベエ!来なさい!」 のそのそと立ち上がった官兵衛を睨むと、ルイズは踵を返した。 官兵衛はこれ幸い、とルイズについていく。しかし、ルイズの背中から尋常でない怒りが感じ取れたので、若干の距離を開けた。 「あら。お戻りになるの?」 キュルケが悲しそうな目でこちらを見る。しかし官兵衛はそれに目もくれなかった。 「お前さんには悪いが、美人と関わると碌な事が無いんでね。さっきも言ったがな」 実際キュルケに関わった男達は、先程の通りであった。 そんな彼らを目の当たりにして、官兵衛はこの場にいる気にはなれなかった。それだけである。 扉だった穴を通り抜けながら、彼はルイズの魔法の威力に身震いした。この先ルイズの怒りは確実に自分に向くであろう。 その時の事を考えてのことである。 「(やっぱりツイていなかったか……)」 官兵衛はここに来て、自分の不運さを酷く実感していた。 官兵衛がルイズの折檻をその身で受けようとしていたその頃であった。 魔法学園からそう遠くない場所に建つ屋敷。そこは、王宮の勅使ジュール・ド・モット伯爵の屋敷である。 屋敷の主モットは、自分の執務室の机で肘をつきながら、魔法学院関連の書類に目を通していた。 先日、トリステイン魔法学園に立ち寄った際の視察の書類である。 「ふむ、こんな所か」 一通り目を通し終え、ため息をつく。と、彼の執務室の扉が静かにノックされた。 モットが許可すると、執事と思わしき初老の男性が入ってきた。 「何かね?」 「旦那様、又しても平民の娘を雇い入れたとか」 「それがどうした?」 表情を変えず、モット伯が言う。 「近頃は各方面への視察も多く、ご多忙であることは承知しております。 その慰労のためにメイドを雇い入れ、身の回りのお世話をさせる事自体は良いでしょう。しかしながら……」 「ふむ」 「流石に近頃の雇い入れの多さは見過ごすわけには参りませぬ。 視察に赴かれては、好き勝手に平民の娘らを自らのお傍に置かれて。 加えてあのような怪しげな品々まで屋敷に持ち込む。私としましてはいかがなものかと。」 初老の執事は口調を強くした。 「そして更に、近頃あたりを賑わすあの盗賊!」 「土くれのフーケか」 「そうです。このような事に現を抜かしていては、いつ狙われるかわかりませぬぞ!」 モットはフンと鼻を鳴らした。 「土くれだか何だか知らぬが。盗賊ひとりに引っ掻き回されるとは、貴族の質も落ちた物よ」 不機嫌そうに執事を睨みつける。 「どの道私には関係あるまい。まさかこの『波濤』のモットの屋敷を狙おうなどあるはずもない。ああそれと――」 モット伯はおぞましい笑みを浮かべ、言葉を続けた。 「平民の雇用は止めぬ。いくらお前とは言え、これ以上私の趣味に口出しするのなら、ただでは済まさん」 そういうと、モット伯は執事の男を下がらせた。男が執務室を後にしたのを確認すると、モット伯は杖を振るった。 すると、傍にあったキセルが、ひゅうと飛んできてモット伯の手に収まった。 煙をふかせながら、一人つぶやく。 「そうだな、そろそろ次の娘を雇い入れる頃合か。全く、魔法学院も良い娘がそろっておる」 先日の視察の際学院内で見かけたメイドを、モット伯は思い出した。 その鮮やかに揺れる黒髪を頭に浮かべながら、彼はより一層邪悪な笑みを強めた。 前ページ次ページ暗の使い魔
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少女、ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエールがもう幾度と無く失敗したサモンサーヴァント。 担当教官であるコルベールに 『時間が押しているから、この次ダメならまた後日改めて儀式を行いなさい』 と言われてしまった最後のチャンス。 詠唱・爆発、そして煙が晴れたところには、緑とも黄色ともつかぬ不思議な輝きをした 高さ3メートルほどの【鏡】が“浮かんで”いた。 鏡の中の使い魔 「ロック、そっちの計器の様子はどうだい?」 「あぁ、問題ないよ。ちゃんと正常値だ。【剣】の様に『こちらへ広がる』兆候は見られないね」 【生きている岩】が起こす現象を解析し、【入口】と【出口】として活用する技術である【ゲート】。 『【岩】は新しい宇宙を生み、それが【剣】から我々の宇宙へ侵食、入れ替わる』 ニンバスやオメガが引き起こした事件は、【ゲート】が実用化されて既に長い年月がたつ現在においても 連邦最悪の出来事の一つだ。 それゆえ、当時を知る唯一の人物であるロックは、ごくまれに連邦の研究機関に招かれることがある。 今回もそんな、ある意味『確認試験』のようなもののはずだった。 突如【岩】が活性化するまでは! 「ゲートはどうなっている!」 研究員の一人が叫ぶ。 「多少活性化しているようですが、何かが『落ち込む』と言った現象は今のところ発生していません」 「エスパーたちは!」 「岩とコンタクトを試みているようですが反応無いようです」 【岩】は何万年単位で“生きて”おり、活性化する時期も期間も条件もほとんどわかっていない。 【岩】が持つ力【第3波動】を使うエスパーも連邦内には数は少なくとも存在する。 この実験の際には必ず1人は常駐しているが、 彼らですら【岩】と【会話】できずにいるこの状況は非常に危険だ! 「僕が岩にコンタクトしてみます。そちらは実験用ゲートの終息を」 「すまん、ロック」 ロックがスタッフの一人に告げ岩のセクションへ向かう。 果たして、岩はパリパリと放電のような現象を起こしていた。 「テレパスで接触する。最悪【剣】が発生したら、僕が戻っていなくても【ゲート】で【剣】を消滅させてくれ」 そう言って【ラフノールの鏡】を張って“接触”する。 ロックが岩の宇宙に転移したと感じた瞬間、岩は非活性化し、後には、沈黙した【岩】、そして 『ロックが入ったままの鏡』 が残された。 「なにこれ、鏡?」 出てくるわけのない代物が現れて、ルイズは困惑していた。 「サモン・サーヴァントで生き物でもないものを召喚するなんて、さすがはゼロのルイズ」 などと言った囃子声が聞こえるがそれすら頭に入ってこない。 鏡を覗き込む。自分の姿が映る、当たり前だ。 しかし、当たり前でないモノが見えてギョッとした。 『鏡の中に、見たこともない顔の、刺々しい髪形をした青年が倒れている』のだ! 驚いて後ろを振り向く。いない。覗く。いる。ふりむく、いない、のぞく、いる。 「おばけーーーーーーー!」 叫んだ、そりゃもう大声で。お化けの苦手なタバサ(この当時はルイズと交流なし)が気絶するくらいの勢いだ。 「どうしました? ミス・ヴァリエール。大声を上げるとははしたないですよ」 おっとり刀で近寄ってきてコルベールがそう言うが、 「ミミミミ、ミ、ミスタ・コルベール? か、か、かが、鏡の、な、中に…」 そういって腰を抜かしながら鏡を指差すルイズにつられて、他の生徒も鏡を覗き込む。 「!!!!」 コルベールはともかく、生徒はパニックになった。 せっかくたった今契約したばかりの使い魔が逃げ出しているのにも気づかない生徒までいる。 と思うと、皆の頭の中に声が響いた。 “ここはどこですか?” さらにパニックになる生徒たち。 「先住魔法?」「エルフ? エルフが攻めてきたのか」などなど口走りながら どこに逃げるでもなく駆け回っている。 “言葉が通じないかと思ってテレパスで話しかけたんだが、失敗したかな?” 微妙にのんきに聞こえるまた同じ声が響く。 唯一正気を保って辺りを見回していたコルベールがまさかと思い鏡を覗き込んだところ、 先ほどまで倒れていた若者が起き上がって微笑んでいるではないか。 「今の声は君かね?」 意を決して話しかける。話ができるなら生徒が怖がらなければならない道理もないはずと思いながら。 “ええ。ちょっとうまくコントロールができていないようで。脅かしちゃったみたいですね” 「まずはパニックを抑えたい。君が幽霊の類や危害を加えるものではないことを証明したいのだが」 “なるほど。ならちょっと目をつぶってください” 「何をする気だね? 生徒に危害が加わるようでは私は君を打ち倒さなくてはならない立場だ」 “え~と、催眠術のようなものです。みんなには眠ってもらいます” 「害はないのだな」 “ありません” ふむ、と逡巡する。【炎蛇】の二つ名を持つコルベールだが、これほどの広範囲で生徒を眠らせる術はない。 水系統のメイジに眠りの秘薬でも使ってもらうか、風系統に眠りの雲を使ってもらうか。 「信用する、やりたまえ」 “ありがとう。では目を” カッ! というほどの一瞬の光を閉じた目にも感じたコルベールが再び目を開くと、確かに生徒たちは皆眠っているよ うだ。使い魔もそれに応じてパニックから脱し、主人の元に戻ってくる。 『ふむ、流石に幻獣はただおとなしくなる、というわけでも無い様だな』 タバサのシルフィードなどは主人を守るように警戒しているのが目に入った。 “君はシルフィードと言うのかい。ごめんよ、君の大好きなご主人様を傷つけるつもりは無いんだ” 「君は幻獣とも話ができるのか!」 コルベールはシルフィードが風韻竜であることを知らない。 『ミス・ヴァリエールはいったい何を召喚したのだ?』との、危惧に近い感情が肥大する。 “えぇと、今の、聞こえちゃいました?” 鏡の中の青年がちょっと困ったような顔をしている。 “テレパスが漏れているのか。サイコ・ブラストに近い現象かな。 ユージンが言っていたのは本当だったのかもしれない” 「何だねそれは、そもそも君はなにものなんだ?」 “詳しい話はきちんとします。その前に彼らを遠ざけるか僕がどこかへ行かないと。 たぶんそろそろ目を覚ますかと” 「君は自力で移動できるのかね?」 “ええ。どうしましょうか?” 「ならば…、ミス・ヴァリエール、起きなさい! オールド・オスマンのところにこの【鏡】を案内して、私が行くのを一緒に待っているのです」 いきなり起こされたルイズは目の前にまだ先ほどの鏡が浮かんでいて、 相変わらず鏡の中だけにいる青年にびびりまくっている。って言うか半泣きに近い。 「ミスタ・コルベール。そんな…」 「ミス・ヴァリエール、この鏡は君が召喚したのだ。この儀式は神聖なものであり、 例外を認めるわけにはいかない。だからと言ってこのままでは皆がパニックになる。 ですから、早くオスマン師の元へ行ってください」 立て板に水で反論の余地はない。気味は悪いがこうなったらもうどうしようもないのだろう。 どんよりとしたオーラを背負ってこの場を離れるルイズと、その後ろをふわふわ漂う鏡。 ある意味とてもシュールだった。 「ところで」 “なんだい? 確かミス・ヴァリエールだっけ” 声だけ聞くと優しそうなんだけどな、とか場違いなことを考えるルイズ。 「ルイズよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。アンタ名前あるの? 【鏡】なんて呼びにくくていけないわ」 “ロック。ただのロックだよ” これが【虚無】と【超人】の邂逅であった。
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「サイト! 助けて!」 ルイズは絶叫した。 呪文が完成し、ワルドがルイズに向かって杖を振り下ろそうとした瞬間……。 礼拝堂の壁が轟音と共に崩れ、外から烈風が飛び込んできた。 「貴様……」 ワルドが呟く。 壁をぶち破り、間一髪飛び込んできた才人らしき人物が、ワルドの杖をはっしとデルフリンガーでうけとめていた。 そしてルイズを横抱きに抱えて、ワルドから距離をとる。 なぜ「らしき人物」かというと、飛び込んできた人物は覆面のようなもので顔の下半分を覆っていたからだ。 「大丈夫かっ!?」 「サ……サイト……助けに来てくれたんだ……」 「ルイズの使い魔め! 邪魔だてするか! この変態めが!」 ワルドは絶叫する。 まあ、無理もあるまい。 そのサイトらしき人物は上半身はランニングシャツ、下半身はトランクス一丁という、有り体に言って下着姿だったのだから。 「ちっ…違う! そ、それがしは才人でも才人に憑いている物でもないっ!! 全くの別人だッ!!」 「どっから見てもサイトそのものじゃないのよっ!!」 「いやっ違うっ!! とてもよく似ているが違うのだあっ!!」 才人(仮)は冷や汗を流しながら叫ぶ。 「それがしは……それがしは……ルイズの使い魔そっくりの人間が大勢住むツカイマ星からやってきた宇宙人、 ツカイマンだああっ!!」 無論神族の一員である韋駄天ツカイマンにワルドごときが敵う筈もなく、ワルドは捕らえられた。 クロムウェルもシェフィールドもフーケも捕まった。 彼らの証言でガリアの「無能王」ジョゼフが裏で糸を引いていることがわかり、アルビオン王党派・トリスティン・ゲルマニアの連合軍がガリアに攻め入り、ジョゼフを討とうとしたが、ジョゼフは「逃げるんだよォォォォォォ!」と叫びつつ走り去っていった。 そしてジョゼフの行方は杳としてわからないという。 いろいろあったけど、ハルケギニアはおおむね平和だった。 完。 -「GS美神極楽大作戦!」から韋駄天八兵衛を召喚
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前ページ次ページ暗の使い魔 「さ、西海……!」 「よう、豊臣の。随分久しいじゃねえか」 長曾我部元親が、碇槍をクルリと扱い地面に突き立てる。バキリと床板が砕け、大穴が開く。 いまだうろたえたままの黒田官兵衛を前にして、彼は突き立てた槍に片足を乗せて凄んだ。 「四国征伐以来か?あんときはてめぇにしてやられたぜ」 「な、なんのことだったかね?小生、もう豊臣は抜けたんでね。古い思い出はしまい込んだんだよ」 官兵衛は、冷や汗を流しながら言葉をひねり出した。しかし長曾我部は不満そうに鼻を鳴らす。 「まあ今は昔の事はいい。てめえがここにいるのも今は関係ねえ。それより……」 長曾我部は視線をずらし、部屋の最奥に控えたウェールズをじろりと見やった。 「フーケの奴が言ってたのは本当だったみてぇだな。てめえが『王党派』とやらのアタマかい」 その言葉に、船室内がざわついた。ウェールズは真顔になると、懐から水晶のついた杖を取り出して長曾我部に突き付けた。 その様に、長曾我部は笑い出した。 「おいおい!俺と張ろうってのかい?」 長曾我部は勢い良く槍を引き抜き肩に担ぐ。それと同時だった。 ウェールズの左右を守るメイジの杖から、火炎と風刃がはじけたのは。 官兵衛の左右をすり抜けて、二つの魔法が長曾我部に襲い掛かる。彼の眼前数メイルにそれが迫る、しかし。 「しゃらくせえっ!」 碇槍から炎が吹き出る。担がれた槍がうなりを上げて、目前の空間をなぎ払う。 「うらあっ!」 振り下ろした一撃が火炎を吸収する。そして第二撃の横薙ぎがかまいたちを弾き飛ばした。 右手のみで振るわれたにも関わらず、それは脅威の槍技。 『三覇鬼《さばき》』と恐れられる炎の二段撃。その強靭な攻撃の前には生半可な術など無意味だ、そして。 「くらいなっ!」 さらに恐るべき攻撃に、周囲にどよめきが走った。長曾我部が縦に振り下ろした穂先が、あろうことか――伸びた。 「なにっ!?」 突風を撒き散らし、巨大な碇が飛ぶ。 刹那の出来事に近衛のメイジは対応する間もなかった。 メイジの胴体に鉄槌に等しきものが激突する。碇をくらったメイジは背後の木壁を巻き込んで、壁の向こう側へと吹き飛んでいった。 「なっ!なんだと!?」 己の隣に到達した碇を横目で確認しながら、もう一人の近衛メイジはうめいた。 伸びた穂先がさらにうなる、次の瞬間。 「そらよ。いただくぜ」 かきんかきん、とウェールズと残った近衛メイジの杖が宙に舞った。 大蛇がのたうつが如く碇に繋がれた鎖が蠢き、二人の杖を弾き飛ばしたのだ。 「ぬぅっ!杖が……」 「殿下!」 弾かれた杖を尻目に、近衛メイジがウェールズを庇う。 左手をポケットに突っ込んだまま、長曾我部は右手のみでくるくると槍を取り回す。 そしてカシリと碇が納まった槍を肩に担いでみせた。 その瞬間、長曾我部の目前に、水晶の杖と軍杖が落ちてきて転がった。 二本の杖を踏みしめると、長曾我部は言った。 「いくら妙な術が使えてもよ、こいつがなきゃあ話にならねえ。だよな!」 「くっ!」 メイジとウェールズは歯噛みした。まさかこうもたやすく杖を奪われるとは。 船室内には、ほかに戦えるメイジはいない。ルイズとワルドは杖が無いし、他のメイジは外に出払っていて何故か戻ってこない。 万事休すだ。 「なにが望みだ?」 「殿下!」 近衛メイジの制止を振り切り、ウェールズが言う。長曾我部は一歩歩み出ると、静かに一言こう言った。 「足がかりよ」 「そうか」 ウェールズは短く呟いた。長曾我部が続ける。 「俺達はこのまま戦場のド真ん中に連れてかれるわけにはいかねぇのよ。そんで、見つかった以上手ぶらってわけにもいかねえ」 「つまりは、資金と港への立ち寄りか」 ウェールズの問いに、長曾我部は唇を笑ませた。 「まあ手っ取り早いのは、船ごといただく事だ。ちょいとアンタを人質に取れば軽いもんよ」 「あくまで力づくという訳だね」 殿下お下がりを、と近衛がウェールズの目前を遮る。しかし杖を持たないメイジは無力だ。長曾我部は気にした風も無く歩み出る。 「殿下!」 部屋の隅に避難していたルイズが声を上げた。このままではウェールズが危険に晒されてしまう。 ルイズは何か手立ては無いか、と周囲を見回す。しかし武器になりそうなものも、長曾我部を止める手立ても存在しない。 どうしたものかと、再び迫る男に目をやったその時であった。 「そいつは困る」 「カンベエ!」 長曾我部の行く手を遮るように、ルイズの使い魔・黒田官兵衛が立ちはだかった。 暗の使い魔 第二十話 『激震』 「邪魔すんじゃねぇよ」 「生憎だがそれはこっちの台詞なんだよ」 何?と長曾我部は官兵衛を睨みつける。それに臆した様子も無く、官兵衛は言葉を続けた。 「小生らは、その『戦場のド真ん中』に大事な用があってね。そうそう寄り道はしてられないんだよ」 「大事な用?暗の官兵衛さんよ、とうとう女子供連れてお遣いか?」 大口開けて笑い飛ばす長曾我部に、むっとしたルイズが声を上げようとする。しかし隣のワルドに制せられ押し黙った。 「そうさ、大事な大事なお遣いさ」 官兵衛が言う。 「そうかい。じゃあ仕方無え」 長曾我部がそう返す。 ゴキン! 言い終わるや否や、耳が裂けんばかりの金属音が室内に響き渡った。 見れば振りかぶられた碇槍と、官兵衛のうち振るった鉄球が衝突し、火花を散らす。 ギリギリと歯を噛み締めながら、両者がにらみ合っていた。 「西海!どうあってもお前さんを退けなきゃならんらしいな。気絶で済まなくても後悔すんなよ?」 「いいぜ!四国でのケリ!ここで落とし前つけさせてやらあ!」 うおおおお!と咆哮を撒き散らしながら、二人の武将は激しく激突した。 官兵衛と長曾我部の邂逅よりやや前に遡る。 狭い軍艦通路を、細身の人物が駆け巡っていた。リスのように軽い足取りで、走るその影。 それと対照的に、どたどた騒がしく追いすがる無数の男達。 彼らは海賊の船員の風貌だったが、その手には一人残らず軍杖を握り締めていた。 先頭を走る男が、通路の彼方を走る素早い影に魔法を飛ばす。 水の蛇が纏わり付こうと伸びた。しかしその人物は、ひょいと杖を後ろでに振るってみせる。 するとどうであろう、天井が大量の土砂へと変じて魔法を遮ったではないか。 それを見て、男たちは強かに舌を打った。 「メイジか!小癪なっ!」 崩れ落ちてきた土砂を押しのけ、再び追跡を開始する船員達。 それをあざ笑うかのように、軽やかに逃走する影。 それが、ここ数十分の騒ぎの後延々と繰り返されていた。 「おい!貴様止まれ!くそっ、なんてすばしっこい奴だ!」 船員たちが次々と魔法を放つも、それらの一つも掠りはしない。 ある時は土砂に遮られ、またある時は壁に穴を空けて逃げられる。 「慌てるな。出来る限り応援をよこすんだ。ここは空だ、逃げられん!」 追いかける船員の中で、一際位の高そうなメイジが命令を下す。 それに呼応し、何人かが伝令となって元来た道を駆け出す。 その一連の騒ぎを見て、逃走する影、フーケはほくそ笑んだ。 「(いいね。もっと人を集めさせるかい)」 騒ぎは大きければ大きいほうがいい。今頃は元親もウェールズに近づいてる頃だろう。 自分の仕事は、彼らの元に増援を寄せ付け無い事。ここで乗組員らを引っ掻き回して注意をひきつけること。 早い話が陽動だ。 「(手早く片付けておくれよっ)」 フーケは心の内で願った。かつてトリステイン中を混乱させた盗賊であるフーケ。 当然追っ手からの逃走などお手の物、しかしここは船の上だ。 逃げ場には当然限りがあるし、長引けば捕まるのにそう時間はかからない。 この果てしない逃走劇が終わる時。それは元親がウェールズを人質にとり王軍の命運を握るか、フーケもしくは元親が捕縛された時のみであった。 元親がウェールズの身柄を拘束してしまえば、港までの航行くらいまではどうにかなる。作戦は成功だ。 しかし、しくじってどちらか片方でも捕まれば相方は投降せざるをえない。計画は頓挫し、お先真っ暗である。 だからこそ彼女は、元親の襲撃成功までひたすらに陽動に徹し、捕まるわけにはいかないのだ。 幾度目になるか、細い通路の角を曲がりながらフーケは思う。 「(しかし、まさか本当にこんな所で王軍の扮した船に出くわすとはね……)」 数時間前、賊の正体を見極めるべく空賊船へと侵入し、今はかく乱の為の逃走劇。 彼女も修羅場に慣れている。単独で貴族の重警備を掻い潜り、お宝を掻っ攫ってきたのだから。とはいえ。 「(王党派……ね)」 今回ばかりはフーケも、少々気持ちが追いついていないようだった。 それは、彼女の相対している王軍いや、王政に対しての想いから来ている。 「(ジェームズ……)」 心の内で、彼女はある人物の名前を浮かべる。 やつ、やつはこの船にいるのか、いや、あの老体は恐らくこの船に居るまい。 軍を率いてるのはおそらく若き皇太子ウェールズ。 やつの子息だ。 ギリリ―― 知らず知らずの内に、彼女の眉間に力が篭る。 自分でも気がついたが、あえてそれは止めはしない。 胸の奥底に、静かに、だが確実に黒いうずが巻き起こる。 この仕事、やり遂げた暁には―― 「(どう料理してやるかねェ……)」 火薬の香りが漂う。それは彼女の胸の闇を象徴するにおいであろうか、いや。 『武器・火薬庫』そう記された一室の前で、彼女は静かに立ち止まると、砂埃が空へと舞うように中へと消えた。 「陛下!お逃げ下さい!」 凛とした叫びがその場にこだまする。長く美しい髪や、顔が、煤で汚れるも、彼女は片時もその場から目を背けない。 目の前の惨状から。 「カンベエ!何とかして!」 「言われんでも!」 ルイズの言葉に短く答えながら、官兵衛は部屋の中央で長曾我部と奮戦していた。 ウェールズ達が居た広い船室は、ひどい有様であった。 長曾我部の炎でそこら中焼け焦げ、壁には穴が開いている。 椅子は散乱し、中央の大机は足が一本折れている。 そしてその周囲には、倒れこんだ王軍のメイジ達。 皆ウェールズを守ろうと果敢に長曾我部に挑んだが、圧倒的なリーチの武器を振るう長曾我部には皆成すすべが無かったのだ。 彼の自慢の得物『碇槍』は、時に鳥のように素早く、時に大蛇のようにうねり、変幻自在の攻撃で相手を苦しめる。 この武器に対抗するには、この場では一人しか居ない。同じく長いリーチと強靭な威力を誇る鉄球の持ち主、官兵衛である。 「なんということだ……」 長曾我部と対峙する官兵衛の後方にて、ウェールズはただただ立ち尽くしていた。 護衛の兵は全滅。自身も杖を奪われ丸腰。 この場の頼みの綱はそう、ルイズの使い魔である官兵衛ただ一人であった。 「くぅぅぅらぁぁのオッ!官兵衛エェェェェェッ!!」 「ま、待てッ!マテマテ!落ち着け西海の!」 噴火の如く噴出した怒りの一撃が、官兵衛の脳天に振り下ろされた。 それを、なんとも間抜けなバンザイポーズで、どうにも情けない声を上げながら、官兵衛は受ける。 右手のみしか使わないにもかかわらず、その一撃の重さは官兵衛の鉄球にも負けてない。 ぐ!と苦しそうなうめきを上げる官兵衛。枷に伝わる振動と重さが、彼の腕を振るわせた。 「そらそら!どうしたどうした!?」 ぐぐぐっ!と長曾我部が渾身の力で負荷をかける。 その上いまだ左手を使わない長曾我部を見て、官兵衛はちいと短く舌を打った。 「小生相手に随分とお怒りだなっ。目的を忘れちゃあいないか?」 精一杯の挑発で、長曾我部の隙を作れないかと画策する。 しかし押し込まれる槍の重さは変わらない。 どうしたものか、改めて官兵衛は周囲の様子を探った。 現在、官兵衛の後ろでは、丸腰のウェールズがどうにか杖を奪い返せないか機をうかがっている。 しかし今、ウェールズの杖は、官兵衛と相対する長曾我部の背後、部屋の片隅に転がっている。 ウェールズが取りに行くのはリスクが高かった。 とすれば、残りは官兵衛を真横から見守っているルイズとワルドだが。 「ルイズ、今は下手に動かないほうがいい」 しきりに、ウェールズの杖と長曾我部を見比べていたルイズを、ワルドが制した。 「でも、このままじゃ!」 ルイズが必死の形相でワルドに言う。だが、ワルドは冷静に告げる。 「あの眼帯の男はまだ余裕を隠している。使い魔君がかろうじて抑えていてくれてるが、それも大した意味は無い。 押されているようだしね」 先程より苦しそうにしている官兵衛を、ワルドは指す。 「あの妙な槍は恐らく、何人も同時に仕留める事が可能だろう。 ここで下手に皇太子殿下を連れ出そうとしたり、杖を回収しようものなら、あの男はこちらにも同時に危害を加えてくる」 険しい表情で、ワルドは淡々と告げる。 「ここで下手な行動は取れない。ルイズ、わかってくれ」 「そんな……」 ワルドの冷静な分析に、ルイズはそれしか言えなかった。下手に動けば自分が餌食になる。 自分は何も出来ないのか。ようやく出会えたウェールズ様が危機にさらされているというのに。 「(どうすれば。姫様から賜った大切な任務が……)」 悔しそうに唇を噛むルイズ。 しかし、ワルドはそんなルイズの肩を叩くと、頼もしげに言った。 「心配しないでくれルイズ。僕がついてる」 その言葉にルイズはワルドを見やる。昔と同じ、優しく頼もしい笑顔がそこにあった。 「ワルド……」 「少々時間を取らせるが、ここで待っていてくれたまえ」 そういうと、ワルドは背後の扉から風のように駆けだしていった。 「ワルド!どこへ?」 颯爽と部屋を飛び出して言ったワルドに、ルイズは声をかける。しかし、すでにそこにはワルドはいなかった。 「あんのヒゲ。どこ行きやがった」 官兵衛がワルドが消えたのをみて、いらついた声を出す。 「はっ。怖気づいたか?まあどこに行こうが関係ねえがな」 そして、不意に飛び出して言ったワルドを、どうでもよさげに笑う長曾我部。 「そうらどうした?後が無いぜ官兵衛さんよ」 長曾我部の言葉に、官兵衛は歯軋りした。 「(硬直状態に持ち込めりゃあいいんだが……)」 その時不意に、穂先から灼熱の炎が噴出した。 「んなっ!あっつ!」 赤い炎が穂先に広がり、赤熱させる。まさに長曾我部の心情を表したような温度だ。 それが、官兵衛の手のひらを焦がし始めた。 「あつい!あつい!!――って、聞くわけないか!」 そんな軽口を叩きながら、官兵衛はとうとう反撃に移った。 「おおおおりゃああああっ!」 バギン!と金属音が鳴り響く。 渾身の気合を籠めて、その超重量の碇槍を、官兵衛は跳ね除けた。 長曾我部が剛槍を跳ね返され、一歩、二歩と下がる。 「やられっぱなしだと思うなよ!そりゃあっ!」 咆哮とともに振るわれる鉄球。官兵衛は鎖の根元を引っつかみ、体勢を崩した鬼へと突撃する。そして。 「ぶっちまけろおおおおっ!!」 強烈な鉄球の乱舞が、長曾我部目掛けて襲い掛かった。 『滅多矢多』。官兵衛が唯一手数で勝負できる、鉄球の連打である。 リーチは短いが、直接鉄球を振るう威力は、巨大ゴーレムの足すら粉砕する。 しかし。 「おせぇ」 バキリ!と甲板を踏み抜き、鬼が飛翔した。 虚しく鉄球が空を横切る。 飛び越えた鉄球を尻目に、鬼は空中で身体をしならせると。 「甘いねェ!!」 官兵衛目掛けて、空中から強靭な蹴りを放った。 官兵衛は慌てて乱打を止めるが遅い。 「なあっ!?ちょっとま――ブ!!」 言い切らないうちに官兵衛の顔面に足裏がめり込む。 全体重を乗せた一撃。 それが、官兵衛の巨体を浮かし、遥か後方へと吹き飛ばした。 「ぶげえっ!」 がらがらがっしゃん!と、巨体が船室中央の椅子、大机を巻き込んで激突する。 「カンベエっ!」 ルイズが叫ぶ。 脚折れ真っ二つになった大机の上で、官兵衛がうずくまった。 そのやや後ろで一部始終を見ていたウェールズが息をのむ。 しん、とあたりが静まり返った。ルイズが、ウェールズが、倒れこんだ官兵衛を見守る。 しかし、いつまでたっても官兵衛は起き上がらない。ピクリとも動かなかった。 「ちょっと、カンベエ?――!!」 真横で見ていたルイズが、ズタボロになった官兵衛に駆け寄ろうとしてハッとした。 ぎしり、ぎしりと足音が響く。 木椅子の残骸をふみしめながら、長曾我部が悠々と歩み出た。 倒れた官兵衛、立ちすくむウェールズを油断なく見据え、肩に担いだ碇状の槍からは、火竜のブレスのごとく炎が踊る。 何より、長曾我部の爛々と輝く怒りの眼を見て、ルイズは身じろぎした。 怒りとともに暗さを秘めた、その瞳に。 怒っている?いいや違う、そんな生易しいものではない。 少なくとも、ルイズにはそう感じられた。 目の前の官兵衛に向けられる、強い感情。その一端を垣間見た気がしたのだ。果たしてそれは―― 「……ハッ!ざまあねえな官兵衛さんよ!」 だがその時、長曾我部の唐突な一言にルイズはハッとした。 見ると長曾我部はしゃがみ込み、官兵衛をじっくり眺めている。 その顔には小ばかにしたような表情が現れ、先程の感情はどこへやら。 身体のこわばりが緩むのを感じ、彼女は即座に叫んだ。 「ちょっと!それ以上は皇太子殿下にも使い魔にも近づけさせないわよ!」 意志の強い声が響く。その小生意気な声に、長曾我部は立ち上がった。 「ああん?なんだテメーは!」 ギロリと片目が睨む。 その視線に、やはり一瞬ルイズは硬直した。 (怖い……!) 長曾我部の威圧感は、体格と眼帯の風貌も手伝って半端ではない。だが。 「ッ!賊に名乗る名前なんて、無いわッ!」 ルイズも負けじと声を張る。震える手を隠しながら、彼女は一歩一歩と前へ出た。 「ヴァリエール嬢!危険だ!」 ウェールズが慌てて静止を呼びかけるが、もう引き下がってはいられない。 官兵衛はやられてしまった。ワルドも戻ってくる気配は無い。 たとえ自分が危険であろうと、どんなに恐ろしかろうと―― 「おい、この俺様を誰だと思ってんだ?西海の覇者、長曾我部元親よ」 「知らないわ!下がりなさい!」 自分だけ手をこまねいて見ているなんて出来ない。たとえ杖が無くたって、貴族の意地を見せてやる。 ルイズは強く、そう思った。 長曾我部がルイズに向き合う。 「よせ!」 慌ててウェールズが声を強めるが、彼女は言う。 「西海?バカいわないで、いつから海がアンタのものになったの?もういちど言うわ!下がりなさい!」 「んだと!」 ルイズの言葉に長曾我部が凄む。だがルイズもにらみ返す。 「俺様に名乗る名前が無ぇとは……いい度胸してんじゃねえか」 ドスン!と床板に碇槍が突き立てられる。ミシミシと床が軋む。 「ッ!!」 ビクリと肩が震える。 この巨大な槍が、いつ自分に向けられるか。いや、槍ではなく、この燃え盛る炎が自分を焼くかもしれない。 しかし、ルイズは、屈する事も無く言葉を言い放つ。 「いっ!いいこと!ウェールズ皇太子殿下は!いいえハルケギニアの貴族たちは!アンタみたいな賊の指図なんか受けない! 船の乗っ取りなんか出来っこないんだから!騒ぎでみんなすぐに駆けつけるわ!大人しく投降しなさい!この下郎!」 「ああ?言わせておきゃ好き放題いいやがって、っとお!」 その時、不意に長曾我部が槍を引き抜いて、ウェールズに向ける。 「下手に動くんじゃねえ。痛い目見るだけだぜ」 見ると、ウェールズが丸腰にも関わらず、長曾我部に相対している。 「殿下!」 ルイズが叫ぶ。 しかしウェールズは言う。 「よせ、君の目的は私の身柄だろう。彼女は大切な客人なのだ。見逃してくれ」 「まあそうだがよ……!」 長曾我部は肩をすくめる。 しかし、ルイズは恐慌姿勢を崩さない。 彼女は即座にウェールズと長曾我部の間に割り込むと、両手を広げて見せた。 「チッ!」 長曾我部は舌打ちしながら、彼女をみやった。 ふと、視界に震えるルイズの手が見える。 「震えてるじゃねえか。ガキが無理すんじゃねえぜ」 「震えるですって?バカいってんじゃないわ!あんたみたいな力だけの賊になんて負けるモンですか!私は貴族よ!一歩も退かない!」 ルイズは精一杯胸をそらす。 しかし長曾我部にとっては、そんなものはつまらない虚勢である。そして彼はとうとう。 「はーっはっはっは!」 豪快に大声で笑うと、ルイズの前にしゃがみこんである言葉を言い放った。 「てめーみてーな『うすっぺらい』ガキが俺様と張り合おうなんて百年はええ。大人しく母ちゃんとこに帰りやがれ!」 その瞬間、場の空気が一変した。 『うすっぺらい』それは長曾我部としては、虚勢を張ったルイズを嘲って言った言葉であった。それ以上も以下でもない。 だが。 「なんですって?」 恐ろしく静かな声色で、ルイズが喋りだした。 あん?と妙な問いに、長曾我部は先程言った言葉を復唱する。 「はっ!『うすっぺらい』肩書きで『胸』張るガキにゃ、俺様と張り合うなんざ百年――」 その瞬間、ルイズの中の何かが切れた。 ゆらりと広げていた腕を下ろし、彼女はすうと息を吸う。 その刹那、未だ言葉を言い終わらないままの長曾我部に異変が起こった。 メキッ 目の前で二人のやり取りを聞いていたウェールズはその瞬間、そんな骨が軋むような音を聞いたという。 そしてルイズの目前にしゃがんでいた長曾我部が、もんどりうって後ろにぶっ倒れたのは、全く同じタイミングだった。 「ぶえっ!!」 ずでんっ!と海賊が豪快にずっこける。長曾我部は後方で伸びている官兵衛の上に、折り重なるように倒れた。 彼の下から、ぐえっ、と蛙を潰したような声が聞こえたのは気のせいだろうか。 それはともかく、長曾我部は顔面にくらった衝撃の正体を確認しようと、目を開いた。そこには。 「う、うすっぺら……!うっううっううすっ……!誰の、むっむむ胸!」 テコンドーの如く片足を掲げ、その靴裏から煙を立ち上らせた。 「だれの胸がうすっぺらいですってぇぇぇぇぇぇっ!!」 本物の鬼がいた。 「おっおい。何だぁ!?というか、何しやがる!何しやがった!?」 顔面に靴裏の判子をつけながら、長曾我部は後ずさった。 ルイズの怒りを買い、どこぞの使い魔のごとく顔に蹴りを喰らった長曾我部。 だが、怒りで加速されたその蹴りは、彼の理解を超えたスピードだったようだ。 ルイズが髪を逆立てながら激昂する。 「この半裸男!よくもこの私の、むむ、むねをうすすっぺら……!くぉの変態ぃ!!」 ルイズの先程とは打って変わった、形相。 そして暴言による、追撃。 西海の鬼のガラス製ハートにヒビが入った。 「は、半……!へんたいィ!?そりゃあんまりじゃねえか!大体いきなり何しやがる!この田舎モン!」 海賊と少女。二人の声が交差する。 「田舎者は!あんたじゃない!なにその上着!どっから風吹かしてんのよ!」 「なっ!」 なんとなく誰もが気になるが、触れてはいけなそうな部分に触れてきたルイズ。 怒りの少女に主導権を握られながら、西海の鬼は立ち上がる。 「う、うるせえ!おめえに海の男の何がわかりやがる!」 ぎゃいのぎゃいのと喧しい戦いが始まる。 しかし、先程の戦いとは打って変わって、なんとも位の下がった争いである。 「海の男?そんな色白でどこが海よ!普段引きこもってるんじゃないの!?」 「な、な、んなわけねえだろうが!け、見当違いも甚だしいぜ……」 過去の傷を抉られそうになった長曾我部だったが、平静を装う。 がしゃり!とごまかすように槍を担ごうと、ふいとそっぽを向く。 だがその時、彼は居変に気がついた。 なんと、彼が肩に担ごうと手を伸ばした位置に、碇槍が無かった。 「………………あん?」 伸ばした手が空中をまさぐる。おい?と辺りを見回すが、槍は見つからない。 そして、彼はようやく深刻な事態に気がついた。 「碇槍がねえ!!」 「探してるのは、こいつだろう?」 バッと声の方向を振り返る。 そして長曾我部はそれを見て、自分が窮地に立たされた事を知った。 見ると長曾我部の目前に、先程まで倒れていた官兵衛が屹立している。 「使い魔殿!」 「カンベエ!」 ルイズとウェールズがそれぞれ声を上げる。 官兵衛の顔には蹴りを食らい青あざが出来ているが、それ以外特に外傷はない。 そして官兵衛の腕に抱えられてるのは、先程まで長曾我部が得意げに振り回していた彼の武器。 碇槍が、官兵衛の手に渡っていた。 「てめえ!俺の自慢の得物を!」 「油断大敵!まんまと奪わせてもらったぞ西海!」 くくく、とわざとらしい笑みを浮かべ、官兵衛は槍を放り投げた。 槍は、彼の遥か後方へと飛ぶと、ドスンと木床につきたてられる。 それを見て、長曾我部の目がカッと見開かれた。 わなわなと怒りを拳で表しながら、長曾我部は向き合う。 「成程、ガキを囮に武器を掠め取るたぁ。相も変わらず、薄汚ねぇ。」 「心外だな。のびて、起きたら、好機だっただけだ。あの娘っ子を囮にしたつもりはないがね」 長曾我部の罵倒をひょうひょうとかわしながら、官兵衛は言う。 「ご主人!最悪の目覚めだったぞ!」 そして長曾我部の後ろで佇むルイズにそう言いながら、官兵衛は笑った。 「まったく。ご主人様を危険に晒すなんて使い魔失格ね」 官兵衛の言葉にほほを膨らませながら、ルイズは腕を組んだ。 そんなルイズを見たのち、官兵衛は改めて長曾我部を見据える。 そして観念しろ、とばかりに不敵な笑みを浮かべて鉄球を構えた。 だがしかし、そんな官兵衛の様子に、ますます長曾我部は怒りを増す。 「言い訳はそれで終いか?どの道てめえが小賢しいのは変わらねえ。今も昔もな」 静か、だが明らかに怒気を含んだ声色で、彼は言い放つ。 そしてその次の瞬間であった。 彼の懐から、一閃の刃が放たれたのは。 がしゅっ! 肉を裂く音が響き、官兵衛は苦痛に表情を歪める。 彼の右頬を切り裂き、矢のように短剣がかすめていった。 それと同時である。官兵衛の視界に銀髪の鬼が迫ってきたのは。 「なにっ!?」 それは一瞬。 官兵衛が、飛来する短剣に怯んだ隙を逃さず、猫のように身をかがませた長曾我部が、懐に潜り込む。 距離にして数メイルはあった間合いを瞬時に詰める長曾我部。そして。 「おらああっ!」 ミシリ、と握りこぶしが官兵衛の顔面につき立てられた。 「ぐあっ!?」 顔左側に、鉄槌で撃たれたかのように火花が舞った。官兵衛の巨体がぐらりと揺らめく。 ルイズが、アッと声を上げる。 ギリギリと捻られた腕が、官兵衛の顔の表面をひしゃげさせようとする。 だが。 「こなくそ!」 がしりと、顔に刺さった拳が掴まれる。 ミシミシ、と握りつぶさんばかりに、官兵衛は長曾我部の手首を掴むと、ぐいと顔から引き剥がす。 「まだ暴れ足りないってか?懲りないねえお前さんはッ!」 長曾我部の腕をあさっての方向へともっていきながら、官兵衛は息を切らす。 互いの懐に飛び込んだままの体勢で、長曾我部と官兵衛が対峙する。 鼻と口から血を垂らしながら、歯をむき出しにして官兵衛は目前の男を睨みつけた。 長曾我部も、振り上げた腕を封じられつつ、至近距離で睨みあう、そして。 「そらよ!お星様でもくらえッ!」 官兵衛が首を捻りながら、一撃をかます。 ゴキン!と長曾我部の鼻っ面に、頭突きが叩き込まれた。 「ぐあっ……!……ッ!上等だらあっ!」 鼻から一筋の血を垂らすも、長曾我部はヒートアップ。 即座に、うなる石頭が官兵衛の顔にお見舞いされる。 「ぶべっ……!がッ!我慢比べか!小生の得意分野だッ!」 ズドンと反撃の頭突きが炸裂。 ふらり、と体勢を崩しつつも長曾我部も咆哮をあげる。 「どらあああっ!」 互いの額と額がぶつかり合った。 ガキイン!ゴキイン! 石頭と石頭のぶつかり合い。 鉄のように激しく火花を散らすそれは、徐々に激しく、また衝撃を生み、そして―― 「だぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁっっ!!」 「おぉぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁっっ!!」 武将同士の剣劇に等しき、熱を生み出した。 互いの頭突きがぶつかる度に、そこから爆発が巻き起こる。 どおんどおん、と椅子やテーブルが吹き飛び始めた。 「な、なんだ一体これは!?」 「殿下!いま二人に近づいてはいけませぬ!」 爆心地で額をぶつけあう二人を、驚愕に目を見開きながら、ウェールズは立ち尽くした。 ルイズも、幾度か出会った光景とはいえ、やはりこの異常な光景には驚きを隠せない。 なんびとたりとも介入できないその打ち合い、周囲の全てを吹き飛ばす真剣勝負に。 ガツンガツン、と幾度目の衝突になろうか。 不意に、何故か官兵衛が口を開いた。 「お前さんの気持ち……!わからんでも、ないがね!そおら!」 言うや否や、頭の一撃を叩き込む官兵衛。 そして頭突きをくらった額を庇おうともせず、長曾我部が言い放つ。 「てめぇ……!てめえにっ!何がっ!わかりやがるっ!」 官兵衛の言葉を受け、怒りのまま、続けざまに頭突き返す。 「てめえら豊臣のせいで!俺の四国はっ!俺はぁっ!」 ゴス!ゴス!と幾つもの打撃が官兵衛の顔面に入る。 強烈な連打に耐え切れず、鼻血を盛大に噴出す。 しかし、官兵衛はカッ!と目を見開くと。 「だがっ!詫びる気はないっっ!」 大きく、派手に、首を仰け反らせ、渾身の一発を長曾我部の顔面にお見舞いした。 重い一撃が鼻っ面に叩き込まれ、ふらりと頭が歪む。そんな中、長曾我部は官兵衛の言葉を耳にする。 「この乱世はなぁ!運が悪けりゃあ!いくらでも奪われちまうんだよ!領土も!野望も!」 再び官兵衛が頭を振りかぶる。そして叫ぶ。 「小生や、お前さんみたいにな!」 野太い怒声がその場に響いた。 ゴオン!と再び重い一撃が、火花を散らした。 グラリ――と、長曾我部の長身が揺れた。 額から血がしたたるのを感じながら、ゲホッと咳き込む長曾我部。 渾身の精神力で踏みとどまりながら、彼は官兵衛を睨む。 見ると官兵衛も頭を真っ赤に染めて、肩で息をしている。 だがその瞳は、真っ直ぐで、何かを訴えかけるようであり。 「……ゲホッ!暗の、官兵衛ェ……」 長曾我部に、しばしの静寂を与えた。 わずかな時、ただ互いの息遣いのみが、静かに空間を支配していた。 (カンベエ……?) ルイズは、官兵衛の放った渾身の叫びを耳にして、ただその場で佇んでいた。 シコク、野望、一体何の話なのだろう。官兵衛とこの賊の間に何があったのだろう。 彼女は困惑していた。血まみれで叫ぶ二人の男に。 はじめてみる使い魔の表情に。 「……そらよ西海!そろそろ――」 「……はっ!暗ぁ!あの時ごと!まとめて決着つけてやるぜ!」 二人の掛け合いに、ルイズがはっとする。 うおおっ!と二人の男が、額を血に染めながら、再びぶつかりあう。 静寂の空間に、再び爆発と衝撃が巻き起こった。 と、その時であった。 「そこまでだ!」 勇敢な声がその場に響いた。衝突が中断し、衝撃波も止む。 ルイズ、ウェールズ皇太子、そして二人の武将が、そちらに視線を向けると、そこには。 「この女が船内を駆け回り、兵達をかく乱していた。貴様の共犯で間違いないな?」 ワルドと無数のメイジが、縛り上げられたフーケを囲むように、部屋の入り口を埋め尽くしていた。 「ワルド!それに、土くれのフーケ!?」 「ルイズ、待たせてすまなかったね。この通り賊の片割れを捕らえた」 ルイズの声にニコリと笑いかけ、ワルドが歩み出てきた。 手には、先程まで押収されていた軍杖を握り締めている。 ワルドはウェールズとルイズを一瞥し、次に長曾我部の様子を確認すると、彼にスッと杖を向けた。 「相方が抑えられてはどうしようもあるまい。それにその傷ではこれ以上の抵抗は無理だろう?」 何をされたか、ぐったりと意識をなくしたまま縛られたフーケを、目で指すワルド。 そして額からドクドクと血を流し、ゼェゼェと息を切らす彼の様子を指摘する。 「……フーケ」 いまだ官兵衛とつかみ合った姿勢のまま、長曾我部は小さく呟いた。 状況を見てか、長曾我部の変化を感じ取ったか、官兵衛が押さえつけていた長曾我部の手首を開放する。 すると、ふらつく頭を抑え、長曾我部が官兵衛から離れた。 それを見て、チャキチャキリ、と後ろのメイジ達が素早く杖を引き抜く。 だが、それを気にした風もなく、長曾我部は静かに周囲を見渡した。 ウェールズ、そしてルイズの元には、すでに駆けつけたメイジが数人、取り囲むように構えている。 船室の入り口はワルドとメイジにより封鎖。 そして彼の碇槍は、彼と同じように額から血を流しながら佇む官兵衛の、遥か背後。 「西海」 ふと、目の前の官兵衛が言葉を投げかける。 乱れた前髪から僅かに視線が覗くが、表情はうかがい知れない。 だがどこか、なだめるような、同情するような感情が伝わってくる。 無様にも船の略奪に失敗した自分の様を見てのことか。 「チッ」 長曾我部は、思わず舌を打った。 先程まで激しくぶつかり合ったにも関わらず、なんだその態度は。そう、心の内で呟く。 「はっ!鬼はやられる。そいつがお約束かい。はっはっは……!」 思わず喉から、乾いた笑いが漏れる。そうせずには、居られなかった。 ワルドが、ふっと嘲笑のこもった笑みを漏らす。 一瞬のこと。長曾我部の動向を見張るルイズやウェールズ達は気付くこともない。 だが官兵衛だけは、その嘲りを見逃さなかった。 やがて長曾我部は、ウェールズやワルドらを無視するかのように、ふと歩き出す。 ふらふらとおぼつかない足取りである。 そして、今にも倒れそうな官兵衛の目前に立つと。 「……邪魔だぜ」 ドン、と官兵衛を腕で払いのけた。瞬間、ドスン、とその場で力尽き倒れる。 そして、それと同時だった。 官兵衛が意識を手放し、その場に崩れ落ちたのも。 「賊を――えろ!」 「誰か――ぐに手――てを――!」 「――っかり――!カン――!」 真っ暗な視界。 薄れゆく意識。 その狭い世界の中で、官兵衛はどこか遠くから、自分を呼ぶ声を聞いた気がした。 前ページ次ページ暗の使い魔
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早朝、朝靄が漂う魔法学院の玄関先に私とルイズは立っていた。ただ立っているわけではない。王宮からの馬車を待っているのだ。 王女アンリエッタとゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世との結婚式はゲルマニアの首府ヴィンドボナという場所で、2日後のニューイの月の1日に行われる。 その結婚式の場でルイズは巫女として『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげなければならない。 つまり、ルイズはヴィンドボナに行かなければ行かなければいけないのだ。お姫様がヴィンドボナへ行く際、一緒に行くことになっている。 そのためお姫様のいる宮殿から王宮の馬車が迎えに来るというわけだ。学院に帰ってくるのは大体1週間後だろう。 ちなみに私はルイズの使い魔ということで随伴しなければいけないらしい。 ルイズは『始祖の祈祷書』を胸に抱えながら、私はデルフを使って足元にいる猫を地面に押し付けあることを考えながら時間を潰していた。 あることというのは無論最近の生活についてだ。特に生活が苦しいところは無い。『幸福』ではないが前に比べ随分と充実している。 しかし、不満が無いわけではない。今私が大いに不満に思っていることはルイズと同じベッドで眠っているというところだ。 なぜルイズなんかと一緒に寝なくちゃいけないんだ?ルイズがキュルケのようにボンキュボンならむしろ喜んで一緒に眠るがルイズにはそういった魅力が感じられない。 ルイズは13歳か14歳ほどだろうから当然かも知れない。だが、そうなると一緒に寝ているときは邪魔なのだ。何故他人のことに配慮して眠らなくちゃいけないんだ。 一人で好きなときに好きな体勢で眠りたい。つまり自分のベッドがほしい。それが今の切実な願いだった。 剣を売った金で画材を買おうと思っていたが変更してベッドを買ったほうがいいかもしれないと本気で思っている。安物なら買えるだろう。 それと、 「ルイズ」 「なに?あ、ヨシカゲ!あんた何時までいじめてんのよ!」 「ミー!」 そう言ってルイズは猫を助けようとデルフを蹴飛ばそうとしてくる。 だが、デルフに蹴りを当てさせるわけにはいかないので、猫をいじるのを止めデルフをルイズの蹴りの場所へ移動させる。 猫はその隙をつきどこかへ走り去っていった。しかし、これでいい。猫をヴォンドボナへ連れて行く気がなかったので離れてくれて助かった。 「まったく、趣味悪いわ」 「そんなことはどうでもいい。ルイズ、トリステインに帰ってきてからでいいんだが、服を買ってくれないか?」 「服?」 「そうだ。私の服だ」 そう、服。今現在私は衣服の替えを持っていない。それはなかなか由々しきことだ。この先一張羅で生きていくわけにもいかない。 人が寝しまっている間に自分の服を洗濯したり、夜じゃあまり乾かないので生乾きで着たりと面倒くさいしな。 「そういえば、あんたそれしか服持ってなかったわね」 「ああ、さすがにもう色々と限界だ。使い魔に必要なものぐらいは買ってくれるよな?」 「ま、まあ……今までよく働いてくれたからそれぐらいしてあげてもいいわね。それと同じ服を何着か作らせればいいんでしょ」 「ああ、助かる。ついでに手袋と帽子の予備もあればもっと助かる」 よし、衣服の問題は無事解決したな。しかし、こういったことはルイズが私に賃金をくれれば起こらないんだがな。だが、自分の使い魔に金を渡す奴がいるか?いるわけがない。普通使い魔ってのは下等動物(竜やなんかは例外だ)だ。 そんな文明もない奴らに金を渡しても意味がないからな。私は人間だが、使い魔だからルイズは金をくれない。わかりやすい方程式だ。わかりやすくてむかついてくる。 幽霊でも金が要る世の中なのに金が手に入らないなんて。剣を売れば自分の自由な金が手に入るが所詮一回こっきりだしな。どうせならルイズに賃金でもくれるように交渉してみるか? 「あれ?だれかしら?」 「あ?」 交渉するべきか否かを悩んでいる所に、ルイズの声が聞こえてきた。その声に反応しルイズを見るとルイズは玄関外の朝靄を見つめている。 いや、人影を見詰めている。人影はこちらになかなかの勢いで近づいてきている。やがて朝靄が薄れ始め、人影がはっきりし始めた。 「あれは……、王宮の使者だわ」 「王宮の使者?」 王宮の使者は髪を振り乱し必死の形相でこちらへ走りよってきた。尋常と言える様子ではないことは一目瞭然だ。使者は私たちに気がつくと私たちに近寄ってきた。 「ハァハァハァハァ……き、きみたち」 「ど、どうかしたんですか?」 ルイズも使者の様子におどいた様子で少し焦っている。 「オールド・オスマンは今どちらに?と、取り急ぎ伝えねばいけないことが……」 そういえばオスマンは今何をしているのだろうか?オスマンも私たちと一緒に宮殿へ行くことになっていたはずだ。準備に手間取っているのだろうか? 「オールド・オスマンなら学院長室にいるかと」 「ありがとう。では急ぐので」 そう言うと使者は学院長室を目指し走っていった。 「ねえ、いったいなにがあったのかしら」 「さあな。少なくともいいことではなさそうだったけど」 あの使者の眼にあったのは焦りと悲しみだった。そんな感情を抱いている時点でいいことのはずがない。 「なんだか胸騒ぎがするわ。わたしも行ってみる」 「じゃあ私はここで王宮の迎えを待っておこう。迎えが来たときに誰も居なかったじゃあっちもこっちも困るからな」 というか、いくらよくないことが起ころうと、私に害が及ばない限り知ったこっちゃない。 「……わかったわよ!勝手にしなさい!」 ルイズはどこか怒ったような声を出すと使者のあとを追っていった。やれやれ、何を怒っているんだか…… まあ、そんなことはどうでもいい。迎えが来るまで暇だな。何をして時間を潰そうか……。デルフと喋るか?そうだな、そうしよう。 デルフを完全に抜きはなつ必要は無い。喋れる程度に抜けばいいんだ。そうすれば不意に見られたとしても怪しまれる心配は殆んどない……と思いたい。 さて、何を話そうか。いや、そんなの考える必要は無いな。会話の内容は重要じゃあない。真に重要なのは会話をするということなのだ。 デルフを喋れる程度に引き抜く。 「おはよう相棒」 「ああ」 「相棒ってよ。あれか?好きな子ほどいじめたいってやつか?」 は?抜いて早々何を言ってるんだこいつは? 「何で?って顔だな。だってよ。相棒はあのこねこのことが好きなんだぜ。なのにいじめてるじゃねえか。もし好きじゃねえって言うなら相棒が気づいてないだけさね。ってか、これ前にも話したような気もするけどな」 デルフ、お前はあの猫が気にっているのか?なかなか話題に出すことが多いが、まさか気に入っているのか? ちっ!私は別に好きだからいじっているわけではない!猫自体は……まあ、デルフほどではないが愛着を感じ始めていることは確かだ。 だが、勘違いするな!暇だからいじっていただけだ!それだけなんだぞ! なんてことは口が裂けてもいえない。だから私は、 「ふ~ん」 とだけ返しておいた。自分が好感を抱いている者に素直な感情を発露するには多大な勇気が必要だ。私も早くそんな勇気を身につけたいものだ。 そんなとき、不意に何かが私の足に触れた。下を見るとそこには、 「ほら、こいつも相棒のことが好きだとよ」 どこかへ去ったはずの猫が私の足に前足を乗せ私を見上げている。 「……肩、乗るか?」 「ニャー」 ……首輪を買うのもいいかもしれないな。 そんな気持ちを黙殺しようと努力しながら私は猫を抱き寄せた。
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前ページ次ページ鋼の使い魔 空賊船として偽装されたアルビオン王党軍最後の戦艦『イーグル』号。巡航速度と小回りに優れ、戦列艦等級では最小の4級艦に分類される。その運動性と引き換えに砲撃能力は低い。アルビオン内乱で王党軍の誤算があったとすれば主力であった空軍の大部分が貴族派についてしまったことだろう。『イーグル』号がその中に含まれなかったのは、当艦が内乱当時に船員訓練の為の練習艦として運用され、直接空軍の指揮系統に置かれていなかったから、という『偶然』だった。 一方、アルビオン内乱の序章を繰り広げた当時のアルビオン空軍旗艦であり、現在貴族連合『レコン・キスタ』の空軍艦隊旗艦となった『ロイヤル・ソヴリン』号改め『レキシントン』号。戦列艦等級では搭載可能人員・火砲共に最多となる1級艦であり、両舷側あわせて108門の砲門を揃えている。艦齢も古く乗員も熟練の船乗り達に取り仕切られ、戦時であれば数頭の竜騎兵も搭載し戦場を渡る雄雄しき空軍の華であった。 その『レキシントン』号は今、随伴する味方艦と共に岬の突端に立てられたニューカッスル城をアルビオン標準高正1200メイルの高度を保って包囲していた。 因みに『アルビオン標準高』とは「アルビオンを中心としての標高差」を表す。始祖ブリミルの降り立った地とされる首都ロンディウムを0として上方向には正、下方向には負で表示される。世界の上空を漂うアルビオンならではの単位だろう。 包囲のまま城を睨むようにたたずむレコン・キスタの艦隊は、時より砲撃を行うものの、それによって王党軍に被害を出すことは少なかった。 木で出来た艦艇を撃沈するならともかく、堅い壁に『固定化』を施した城を落とすのは用意ではない。そのため貴族派はニューカッスルを陸上から包囲することで補給の道を絶ち、篭城する王党軍を枯死させる手段に出たのだ。…もっとも、拠点という拠点を落とされた今の王党軍に補給の手などあるはずはないと高をくくってもいる。 暗闇の中を船が進んでいく。ルイズは洞窟特有のひやりとした風を頬に感じた。 アルビオン標準高負400メイルにある人工的に作られた孔であった。位置的にはニューカッスル城の真下に位置し、外見からは雲に覆われて見る事が出来ない。 『イーグル』号は明かり一つない洞窟の中を気流の流れや洞窟の壁面を覆うわずかな発光性の苔などを頼りに進んでいた。 「熟練の、本物の船乗りでなければこの隠し港へ行くことは困難だ。そもそもが城を秘かに脱出する為に掘られたものでね、3等艦以下の艦艇でなければ通過する事もままならない」 甲板に立って客人のエスコートを買って出たウェールズ王太子は、呆然とするギュスターヴ、ルイズ、ワルドに向かってそう告げた。ギュスターヴは軍隊運営というともっぱら陸の人であったので、こういう船を駆る守人の気風が珍しかった。 「しかし小型艦ではこの狭い路を通るのは怖いですな。わずかな操作ミスで壁面をこすりそうだ」 「なかなか判ってるじゃないか子爵」 「これでも軍人の端くれですので」 「『レコンキスタ』の叛徒共はその辺りが分かってなくてね。あいつ等は駄目だ。船は大きく、砲がたくさん積めればそれで良いと思っている。お陰でまた今日のように無事に戻ってこられたというわけさ」 船乗りとして空を駆けた人間が持つ深い目で暗黒の行路を見るウェールズは、星ひとつ浮かばない夜の空に向かって船が飛ぶような錯覚をルイズに与えるのだった。 『前夜祭は静かに流れ』 程なくして『イーグル』号、そして後続する『マリー・ガラント』号はニューカッスルの地下に作られし秘密の港へと到着した。 そこは堅い岩肌を削って作られたドームに、半円状に突き出た岸から桟橋を伸ばした姿をしている。 二隻の船は桟橋を挟むように投錨した。『マリー・ガラント』号の本来の持ち主達はここへ連れてくる前にカッターボートに乗せて放出した。運がよければ陸にたどり着くか、何処かの船が拾ってくれるだろう。 『イーグル』号へ渡されたタラップをウェールズをはじめ乗員たちが降りていくと、岸では船を待っていたらしき兵士らが迎えてくれた。 その中で一人、背の高いメイジらしき男がウェールズに近寄ってくる。 「殿下。これはまた、たいした戦火でございますな」 長い月日を生きた証たる顔の深い皺を緩ませて男は言った。 「喜べ、パリー。荷物は硫黄だ」 その声に岸で迎えていた兵士一同がおお、と歓声をあげる。 「火の秘薬でございますな。であれば我等の名誉も守られるというもの」 「うむ。これで」 兵士達の熱い視線を受けるウェールズは、ほんの少しだけ声を揺らがせる。 「王家の誇りと名誉を叛徒へ示しつつ、敗北する事ができるだろう」 「栄光ある敗北ですな!…して、叛徒どもから伝文が届いておりますゆえ」 「なんだね」 言うとパリーは懐から一巻きの書簡を取り出してウェールズに手渡した。 「明日正午までに降伏を受け入れぬ場合、攻城を開始するとのこと。殿下が戻らねば、ろくな抗戦もできぬところでしたわい」 「まさに間一髪というところかな。皆の命預かるものとして、これで責務もはたせるというもの」 伊達にそう言ったウェールズと共に、兵士達は愉快に笑った。 笑いあうウェールズ達をルイズはどこか哀しい気持ちで眺めていた。 どうして彼等は笑えるのだろう。この場で敗北とは死ぬ事のはずなのに。 そんなルイズの心中を知ってか知らずか、ウェールズはパリーの前に三人を呼び寄せる。 「パリー、この方達は客人だ。トリステインからはるばる密書を携えてきてくれた大使殿に無礼のないように」 「はっ。…大使殿。アルビオン王国へようこそ。大したもてなしはできませぬが、今夜は祝宴を開くつもりです。是非とも、ご出席願います」 老メイジはそう言って深く頭を下げた。 ウェールズの案内の元、港を離れ、ニューカッスルの城内へ三人は入った。長い抵抗を続けた城は、倒壊こそしてはいないもののあちこちの壁にヒビや割れが見え、行き交う人々も少なく、そして疲れているように見える。中には、怪我が治りきらず包帯を巻いた者も少なくない。 三人がたどり着いた一室。それはウェールズ王太子の私室だった。 一国の王子らしからぬ、粗末な部屋である。木枠のベッドに机が一つ、壁に申し訳程度に壁にはタペストリーが飾られている。 引き出しより宝石箱を取り出したウェールズは、その中に納められた、便箋も封筒も擦り切れてボロボロになっている手紙を拡げる。何度も読み返しているのだろうことが想像できた。 ウェールズはそれをいとおしげに読み直すと、端に口付けてから封筒に戻した。 「アンリエッタが所望の手紙はこれだ。確かに返却するよ」 「ありがとうございます」 礼をしてルイズはそれを受け取り、慎重にしまい込んだ。 「明日の朝、非戦闘員を『イーグル』号に乗せて退避させる。トリステイン領内に下りる事は出来ないが、カッターボートで近くに滑降させることは出来るだろう」 ウェールズの声の淀みなさに、たまらずルイズは聞いた。 「殿下…もはや王軍に勝ち目は無いのでしょうか」 「ない。我が軍は300、向こうは5万で城を囲んでいる。援軍が期待できない篭城というのは既に戦術としても戦略としても負けているのだよ」 「そんな!」 冷厳なウェールズの言葉にルイズの淡やかな期待が打ち崩される。 「しかも向こうはアルビオンのあとはハルケギニア各国へ侵攻するつもりだ。であれば亡命も選択できない。亡命先を真っ先に戦火に巻き込むことになる」 「しかしその…姫様の手紙には…」 ルイズはウェールズが密書を見た時、そして今さっき手紙を渡してくれた時のしぐさが脳裏を巡った。任務を負う時アンリエッタは「婚約が破棄になるような内容が書かれている」と言った。それはもしや恋文ではないのか。それも、始祖や精霊に誓うような熱い手紙。であればアンリエッタは手紙だけではなく、ウェールズの身の安全も図りたいはずである。たとえ、結ばれなくても。 複雑な相を浮かべたルイズをみて、ウェールズは話した。 「……確かに、アンリエッタの手紙には亡命を勧める旨が書かれていたよ」 その言葉に静かに会話を聴いていたはずのワルドは顔を強張らせ、ルイズはハッと顔を上げた。 「…しかし、僕はここで誰よりも先んじて名誉と栄光ある討ち死にをするつもりだ」 「そんな…姫様のお気持ちはどうなさるのですか」 絶望が身体を包んでいるようにルイズは思えた。 「僕一人の命でトリステイン何万という人命を危うくしろと、その責任をアンリエッタに負わせと、君は言うのかね?ラ・ヴァリエール嬢」 ウェールズはあくまでも冷厳に、緊張した声でルイズに宣告した。 それは不退転の意思。アンリエッタの招く手を払い、国に殉じるという強い思いだ。 突きつけられたものに蒼白となったルイズの肩に、ウェールズの暖かい手が置かれる。 「君は正直すぎるな、ヴァリエール嬢。それでは大使は務まらないよ。しっかりしなさい」 声は一転して穏やかで、暖かな優しさを含んでいた。しかしそれも今のルイズにはウェールズの死出を演出しているかのように思えてならない。 「しかし、滅び行く国への大使には適任かもしれないね。明日滅ぶ国ほど正直なものはない」 「そんな…そんな、こと…」 ウェールズは言葉にならないルイズを励ますように軽く肩を叩いた。 「…さて。そろそろパーティの時間だ。君達は我らが迎える最後の賓客。どうか出席してほしい」 これ以上の説得を拒むような力強い声だった。 「……わかり、ました」 苦々しく答えてルイズは部屋を出て行った。ギュスターヴもそんなルイズを追う様に、ウェールズへ一礼して部屋を出た。 しかしワルドは一人、佇まいを直しながらも退室の気配を見せない。 「…何か御用かな子爵」 「恐れながら、一つお願いしたい議がありまして」 恭しげにもワルドはウェールズへ歩み出る。 「ふむ」 「実はですね…」 静かにワルドは懐に暖めていた案件をウェールズに伝えた。 ウェールズは得心が行ったように頷いて答える。 「私のようなものでよいのなら、喜んでそのお役目を引き受けよう」 陽も落ち、月明かりが差し込むほどの頃。ニューカッスル城の大ホールではこの日のためにと蓄えの中に残された新鮮な肉菜を放出して、ささやかながらも宴が開かれた。酒が入って陽気になった国王ジェームズ一世は、同じく酒の深い臣下達とともに笑いあっている。 ギュスターヴは壁際でグラスを片手にどんちゃん騒ぎを始める兵士達や、その家族として付き添っていた婦女らを眺めていた。 「傷はどうよ?相棒」 「まだ痛むが、まぁ大丈夫だよ。それにしても…」 ギュスターヴの視界の端端で繰り広げられる喜劇。明日までの命と悟りきり、せめて絶望を笑い飛ばすために騒ぎ立てる兵士達は、一国の主だったギュスターヴには心肝を寒くするものがあった。 「…侘しいものだな。敗軍というのは」 そんなギュスターヴを客人と思っても声をかけるものが少ない中で、ウェールズは努めて相手をしてくれた。 「やぁ」 好青年然としているウェールズへ、会釈をしたギュスターヴ。 「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔をやっているという剣士の方だね。トリステインは変わっている。人が使い魔をやっているとは」 「トリステインでも珍しいそうだ」 ははは、と笑うウェールズ。 「……しかし、300でも部下が残っただけで幸運だ。内乱の途中から造反者が続発してね。空軍旗艦として建造した『ロイヤル・ソヴリン』を始めとして、指揮系統ごと貴族派につかれたのさ」 「組織ごと?」 「ああ。…これも僕ら王族が義務を全うせず今日まで生きてきたからだ。だからこそ、僕は明日それを果たさねばならない」 「王族としての使命……」 嗚呼、ギュスターヴは思わずに入られなかった。なぜなら己はその王族の使命を殺し、なぎ倒して生きてきたのだから。 義弟に使命を果たせぬ『出来損ない』と叫ばれながらもその首を刎ねた。 実弟がその使命のために奔走するのを助けても、それを叶えることもできなかった。 そして今、異界、異国の王族が斃れようとしている中で、王族の使命を掲げて死に行く若者を目の前にして、ギュスターヴは考えるのだった。 人は過去から何を譲られ、何を未来へ託すのだろうか、などと。 ホールを辞したギュスターヴは、心身穏やかではいられなくなっているだろうルイズの様子を見るべく、用意された部屋へ続く廊下にいた。 今宵も異界の双月は二色の光を投げかけている。 「やぁ。使い魔の…」 そんな廊下の壁にもたれてギュスターヴに声をかけたのはワルドだった。 「ギュスターヴ」 「うむ。失礼。…君に言っておきたいことがある」 「何か?」 「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」 ギュスターヴの目が大きく開かれた。 「……こんな時にか」 「こんな時だからだ。ウェールズ王太子に媒酌をとってもらい、勇敢なる戦士諸君らを祝福する意味でも、決戦の前に式を挙げる」 朗々とワルドが言い放つ。それは一応は正論としてギュスターヴは理解した。 「…そうか」 「君は明日の朝、『イーグル』号で先に帰国したまえ。僕とルイズはグリフィンで帰る」 「長い距離は飛べないんじゃないのか」 「滑空して降りるだけなら問題ないよ」 「そうか…じゃあな」 それを今生の別れかの様にワルドは立ち去るギュスターヴを見送った。 その姿が夜闇に見えなくなると、口元を弛ませて嗤うのだった。 用意されていた部屋で、ルイズは明かりも入れずにテーブルに突っ伏していた。 「…ルイズ」 呼び声に顔を上げたルイズの瞼は、月明かりのような弱い光の中でも判るほど、泣き腫れている。 「ギュスターヴ…」 ルイズは立ち上がるとギュスターヴに飛び掛るように組み付く。鳩尾に顔を埋め、嗚咽を雑じらせている。 「どうして!どうして!みんな、笑ってるの?!明日にはもう死んじゃうんでしょ?…どうして…」 そんな稚いようなしぐさを見せる主人を、無言のギュスターヴは大きな手のひらで撫でてやるのだった。 「姫様が…恋人が、大事な人が死なないでって、逃げてもいいって言ってるのに、どうしてウェールズ王太子はそれを無視して、死のうとするの?」 「…ルイズ。貴族ならそれがわからないわけじゃないだろう。人と国を治めるものは自分の命を費やしてでもそれを守らなきゃいけない」 それがギュスターヴに答えられる数少ない言葉でもあった。 「だけど!もうアルビオンは滅んじゃうのよ…一体何を守るっていうのよ…」 「それは俺にもはっきりとは言えない…でも、上に立つ人間というのは、たとえ一人でも部下が居れば、逃げることは出来ないんだよ」 自分がそうであったように。 ひとしきり泣いたルイズは力なく立ち歩き、しつらえられたベッドに身を投げる。 「…もういや。早く帰りたいわ。遺された人がどれだけ悲しむか、考えもしない人ばかりで」 「そんなことを言うなよ。明日は結婚式なんだろう?」 「…え?」 綿の枕に顔を擦り付けながらルイズが聞き返す。 「ワルドが明日、ルイズと結婚式を挙げる、ウェールズに媒酌を頼むんだ、って息巻いていたぞ」 「知らないわ、そんなの…」 泣き疲れたのか、徐々にルイズの意識と声は途切れ途切れになっていく。 「もう、どうでもいい…。皆、馬鹿ばっか…」 そう言ったきり言葉がでない。暫くすると静かに寝息が聞こえてくる。 ギュスターヴはベッドのルイズに毛布をかけてやると、静かにルイズの部屋を後にした。 しかしその足は、自分に与えられた部屋へは向いていなかった。 前ページ次ページ鋼の使い魔