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蒼いドールと翠のドールが深い闇へと落ちていく。 その先には、突然現れた光る鏡のようなもの。 鏡の中の鏡。それに蒼いドールは飲み込まれていく。 ゼロの使い魔~緑と蒼の使い魔~ [第一章 ゼロの使い魔] 第一話 召喚 その日、ルイズは召喚の儀を行い、毎度お馴染みの爆発が起こった。 爆発したのでルイズは失敗したのだと思い即座にもう一度行う。他の誰にも気付かれないように素早くもう一度。そしてもう一度爆発する。 こうなると周りの生徒達は、ルイズが失敗したと確信し、誰だってそうするようにからかっていた。 …しかし、煙の中には人影みたいなものがあったのだ。 ルイズは喜んで煙の中に駆け込んでいった。 「やった!成功したわ!」 生徒達は各々ざわめきだす。 「ば、馬鹿なッ!ルイズが成功した。そんなはずはッ!」「落ち着け。メイジはうろたえなィィィィ!!」「素数を数えて落ち着くんだ。」 ルイズが魔法を成功させるということは、普段失敗を目の当たりにしている生徒達にとって、とてつもない衝撃なのである。 そんな生徒達を無視し、ルイズは己が召喚したものに近づき呪文を唱える。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 と。 そして接吻をしようとした。 だが、よく見ると二体いるのだ。もちろん召喚されたものが。 一方、召喚された蒼いドール、ショートカットでいやらしい帽子を被っているボーイッシュ、つまるところは蒼星石である…は、召喚された際に通常の状態に戻っていたのである。 ローザミスティカは失っているのに動いている。ルイズに召喚されるにあたっての効能であろうか。まさにファンタジーやメルヘンの世界なのだ。 そして煙の中で、自分が抱きついている緑色がぼんやりと見える。 此処が異世界であると気付いてはいないのだが、緑色、翠星石が一緒であると言うことに、正常に戻った蒼星石はギュッと強く抱きなおす。 (なんだか硬いなぁ…。) そう思い、よく見てみると大きい。男性一人分の大きさだ。しかも何だか飛蝗みたいだ。 蒼星石は驚いて離れようとするが、石に躓いて尻餅をついてしまう。 「あの…抱きついたりして、ごめんなさい。」 少しばかり恥じながら、申し訳なさそうに蒼星石は謝った。 ルイズはその光景を見ていた。 口付けをしようとしたら、二体いたのだ。暫し戸惑っていると蒼色の方が飛びのいて、尻餅をつき、謝っている。 蒼いほうはどう見ても小さい子である。しかし、緑色のほうは何だか強そうな亜人だ。 ルイズは心の中でガッツポーズをした。 その頃には煙も晴れて、無事成功したかと心配して、コルベールがやってきた。 コルベールは二体召喚されたという前例のない事態に驚き、とりあえず両方とも契約させるべきかな…と思い、ルイズに契約を二体ともするように促した。 言われたことに従ってルイズは契約を済ませようとする。 まずは練習がてらに蒼い小さい方に口付けをした。蒼い方は何だか戸惑っているようだった。 (こっちはあんまり役にたたなそうね。身の回りの世話でもやってもらおうかしら。) 「あぁぁぁぁ…あうぅぅ…うぅぅ…」 蒼いほうがルーンを刻まれるにあたって起こる熱に、悲鳴をあげていた。勿論我慢しようと心がけているのだが。 次は緑色の亜人だ。蒼星石を相手にせず、ルイズは緑色に近づく。その緑色と契約するのが楽しみで、蒼星石はアウトオブ眼中である。 ここで少しばかり時間は前後する。 緑色の亜人、ご存知我らの矢車の兄貴は、影山の亡骸と供に白夜の世界に向かおうとしていた。 その途中、目の前に謎の鏡のようなものが現れる。 ワームの類かと思い、矢車はゼクターを装着し、変身する。 …CHANGE KICK HOPPER!! 電子音が響く。白夜の世界に向かうのを邪魔するヤツは倒す。 その勢いで蹴りを繰り出すキックホッパー。しかし輝きに飲み込まれてしまった。 そして辿りついたこの世界。気付いたら小さい子に抱きつかれてて、そんでもって謝られる。 次にピンク髪の女の子が小さい子に急にキスをするという光景に。そこで害はないと思ったのか、変身を解く。 驚いたのはルイズだった。さっきまで緑色の亜人だったのが、黒いロングコートを着たただの平民に変わってしまったからだ。 暫し考え、きっと風の先住魔法か何かだろうと思い、ルイズは更に喜び、最高にハイってヤツになる。 そうしてその流れに乗ったまま接吻をする。ルイズはルンルンである。 (さっきは子供、今度は亜人だからファースト・キスにはカウントされないわ!) ズキュゥゥゥゥゥゥン!! (遂にやったわよ!本当に凄い当たりくじ、これで少しは見返してやれるわ。) 当然ルーンが刻まれることによって起きる熱に苦しむ。 「それはルーンが刻まれているだけよ。すぐに終わるわ。」 蒼星石のときにはかけなかった言葉をかける。 痛みが納まり、ルイズのほうを一体何なんだと見る矢車。それに対してなんともないという風に見返して尋ねる。 「あなたの名前は?」 矢車は流れがよくわからなく、面倒だったがとりあえず答えておいた。これぞルーンの洗脳効果である! 「………矢車、矢車想だ。…どうせ俺なんて……。」 to be continued…
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前ページ次ページゼロの使い魔-闇の七人 トリステイン魔法学院。メイジ達が集う、世界随一の学び舎。 故に多くのメイジが、この学院で一生の伴侶となる使い魔を得る事になる。 俗に「春の使い魔召還」と称されるこの儀式は、そのまま昇給試験でもあり、 皆が皆、優れた使い魔を得るべく、自然と力をいれるのが常であった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも、その一人。 貴族=メイジの家柄でありながら、およそ一般的な魔法の悉くが不得手であるという少女だ。 “ゼロの”ルイズなる不名誉な渾名を返上する為にも、より一層の力を入れ、彼女は召還呪文を唱える。 爆発。 爆発。 爆発。 幾度と無く繰り返される爆発。そして空白。 呪文を唱える度、色とりどりの火花が散り、空間が炸裂するが、 しかし煙が晴れた後、其処には彼女の望む使い魔の姿は無い。 周囲の人々も「さもありなん」と言った顔で頷いていた。 所詮、彼女は“ゼロ”だ。 何でもない。何もできない。故に“ゼロ”。 使い魔すら、召還できないのだ。 彼らの反応を知るが故に、ルイズは必死になる。 使い魔が欲しい。 使い魔が欲しい。 使い魔が欲しい! 悔しくて、悔しくて。 涙が出るほど悔しくて。 次第に周囲には夜の帳がおりはじめたというのに、彼女は諦めない。 諦めず、必死に、もう何度目かもわからない召還呪文を、高らかに唱えた。 「全宇宙のどこかにいる私の使い魔よ! この世で最も強く、賢く、美しい存在よ! わが呼び声に答え我が元に来たれ!」 あまりにも必死だったせいだろう。 そして今、この時が“夜”だったからだろう。 その声は、ある存在に聞き届けられた。 ――爆裂。 現れた使い魔の姿に、飽きずに様子を見守っていた皆が驚いた。 其処にいたのは獣人であり、人間であり、そしてエルフであったからだ。 その数、七人。 獣人が召還される。これは有りうるだろう。 人間も、生き物である以上、まったく無いとは言い切れまい。 エルフも――恐るべき種族ではあるが、同様だ。 だが、七人である。 “ゼロ”だからと言っても、およそ信じられない現象だ。 この光景を見て、召還した本人のルイズも、どう反応してかわからないまま、 「春の使い魔召還」儀式は、一応、これをもって完了となった。 ――大方の予想に反し、彼ら七人は、極めて魔法学院に適応した。 皆が皆、魔法を使えるという(メイジであるとは言わなかったが)驚くべき事実もあったのだろう。 生徒達も彼らを見下すことはなく、また貴族ではないが故に学院で労働に従事する人々も彼らを受け入れた。 もっとも率先して学院に関わったのは、二人の蜥蜴人である。 オチーヴァ、テイチーヴァと名乗った彼らは、双子の姉弟なのだという。 元来、読書を好んでいた二人は、学院の膨大な蔵書を読み耽り、 そして時折、授業に顔を出しては、水を吸う樹木のように新たな知識を汲み上げていった。 特に彼らと親しくなったのは教師、コルベール。 未知の世界の、未知の知識。それらに夢中になったのは彼も同じだった。 三人の間での交流が深められていくのは自然の成り行きである。 ヴィンセンテという吸血鬼は、オールド・オスマンが好んで自室に誘っていた。 当初こそ、やはりヴァンパイアという怪物を警戒しているのかと思ったが、そうではない。 単に茶飲み相手が欲しいという、それだけの理由だった。 何せこの吸血鬼、300年を生き延びてきたというのだから驚きだ。 無論肉体は若々しいのだが、精神的にはオスマンに近い。話も弾むというものだ。 つまり好々爺が一人増えたことになり、ミス・ロングベルの苦労が二倍になったのは言うまでも無い。 学院の職員たちに気に入られたのはエルフのテレンドル、人間のマリーという女性陣二人。 そして驚くべきことに、オーグのゴグロンであった。 とはいえ、この恐るべき顔つきの大男が、そう簡単に受け入れられるわけもない。 だが、その一方で彼はとてつもなく良い奴だった。 職員の仕事を良く手伝ったし、貴族たちの無理難題を笑い飛ばすような人物である。 そして傍らに寄り添うテレンドル。エルフであっても(あるが故に)美しい彼女だ。 何かにつけて言葉の足りないゴグロンを補って、二人して認められていた。 マリーはマリーで厨房に入り浸り、マルトーとの間で熱心に料理のレシピを交換している。 彼女の「異国的な」料理は、中々に料理長を苦しめているようではあったが。 一方、生徒達に気に入られたのは誰であろう、猫人のムラージ・ダールだ。 口が悪く、人間種の事を「薄汚いサルめ」と公言して憚らない男だが、面倒見が良いことは直ぐに知れた。 たとえば生徒達がインクを切らしたとき、授業用に使う魔法道具が足りなくなったとき。 何処からか、そういった品々を調達し、困っている人々に配っていったのが彼だ。 今ではすっかり気に入られ、皆に取り囲まれる日々を送っている。 本人は実に迷惑そうだが。 そして最後の一人。 一行の代表としてルイズの使い魔となったのが、蜥蜴人の彼だった。 リザード――異国の言葉で蜥蜴という意味だ――と名乗った彼は、自分はそれ以上でも以下でもないという。 短剣、長剣、弓矢、それに幾つかの魔術に精通し、滅法強い。 容姿は蜥蜴人である為いたしかたないとしても、ルイズにとっては素晴らしい使い魔に思えたろう。 何より、魔法の使えぬ自分を馬鹿にすることがない。 ただ気に入らないのは、その寡黙で愚直、謎めいた雰囲気が――彼女の隣室の女性を虜にしたことだ。 まあ、幾ら“微熱の”キュルケといえども蜥蜴に思慕の念を抱くことはあるまい。 そう高を括っていたのだが、どうやら「種族の壁は恋を燃え上がらせるのよ!」とのことだ。 悔しいかな、ルイズ自身も、この蜥蜴人に対して思うところがないでもない。 だからと言っても鬱憤をぶつけても、リザードはそれを素直に受け止めてしまう。 まったく、この想いを何処にぶつけて良いものやら、と彼女は日々悶々としているらしい。 だが、誰もがこの奇妙な集団に疑問を抱かなかったわけではない。 “雪風の”タバサは違った。あるいはコルベールもそうであったかもしれない。 およそ尋常なる者どもではないことは、即座に見て取れた。 相当な手練れだ。若年ながら、数々の修羅場を潜り抜けた彼女には、嫌と言うほどにわかる。 気配を感じない。足音が聞こえない。 自分も気付かぬうちに背後を取られている。 そして、あの男――リザード。 一体如何なる経験を積めば、アレほどまでに各種の武具に精通できるのだろうか。 タバサには、想像もつかなかった。 その疑問が解消されるのは、それからしばらく後のこと。 とある貴族によって、学院のメイドが連れ去られた日の夜に――……。 前ページ次ページゼロの使い魔-闇の七人
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早朝、朝靄が漂う魔法学院の玄関先に私とルイズは立っていた。ただ立っているわけではない。王宮からの馬車を待っているのだ。 王女アンリエッタとゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世との結婚式はゲルマニアの首府ヴィンドボナという場所で、2日後のニューイの月の1日に行われる。 その結婚式の場でルイズは巫女として『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげなければならない。 つまり、ルイズはヴィンドボナに行かなければ行かなければいけないのだ。お姫様がヴィンドボナへ行く際、一緒に行くことになっている。 そのためお姫様のいる宮殿から王宮の馬車が迎えに来るというわけだ。学院に帰ってくるのは大体1週間後だろう。 ちなみに私はルイズの使い魔ということで随伴しなければいけないらしい。 ルイズは『始祖の祈祷書』を胸に抱えながら、私はデルフを使って足元にいる猫を地面に押し付けあることを考えながら時間を潰していた。 あることというのは無論最近の生活についてだ。特に生活が苦しいところは無い。『幸福』ではないが前に比べ随分と充実している。 しかし、不満が無いわけではない。今私が大いに不満に思っていることはルイズと同じベッドで眠っているというところだ。 なぜルイズなんかと一緒に寝なくちゃいけないんだ?ルイズがキュルケのようにボンキュボンならむしろ喜んで一緒に眠るがルイズにはそういった魅力が感じられない。 ルイズは13歳か14歳ほどだろうから当然かも知れない。だが、そうなると一緒に寝ているときは邪魔なのだ。何故他人のことに配慮して眠らなくちゃいけないんだ。 一人で好きなときに好きな体勢で眠りたい。つまり自分のベッドがほしい。それが今の切実な願いだった。 剣を売った金で画材を買おうと思っていたが変更してベッドを買ったほうがいいかもしれないと本気で思っている。安物なら買えるだろう。 それと、 「ルイズ」 「なに?あ、ヨシカゲ!あんた何時までいじめてんのよ!」 「ミー!」 そう言ってルイズは猫を助けようとデルフを蹴飛ばそうとしてくる。 だが、デルフに蹴りを当てさせるわけにはいかないので、猫をいじるのを止めデルフをルイズの蹴りの場所へ移動させる。 猫はその隙をつきどこかへ走り去っていった。しかし、これでいい。猫をヴォンドボナへ連れて行く気がなかったので離れてくれて助かった。 「まったく、趣味悪いわ」 「そんなことはどうでもいい。ルイズ、トリステインに帰ってきてからでいいんだが、服を買ってくれないか?」 「服?」 「そうだ。私の服だ」 そう、服。今現在私は衣服の替えを持っていない。それはなかなか由々しきことだ。この先一張羅で生きていくわけにもいかない。 人が寝しまっている間に自分の服を洗濯したり、夜じゃあまり乾かないので生乾きで着たりと面倒くさいしな。 「そういえば、あんたそれしか服持ってなかったわね」 「ああ、さすがにもう色々と限界だ。使い魔に必要なものぐらいは買ってくれるよな?」 「ま、まあ……今までよく働いてくれたからそれぐらいしてあげてもいいわね。それと同じ服を何着か作らせればいいんでしょ」 「ああ、助かる。ついでに手袋と帽子の予備もあればもっと助かる」 よし、衣服の問題は無事解決したな。しかし、こういったことはルイズが私に賃金をくれれば起こらないんだがな。だが、自分の使い魔に金を渡す奴がいるか?いるわけがない。普通使い魔ってのは下等動物(竜やなんかは例外だ)だ。 そんな文明もない奴らに金を渡しても意味がないからな。私は人間だが、使い魔だからルイズは金をくれない。わかりやすい方程式だ。わかりやすくてむかついてくる。 幽霊でも金が要る世の中なのに金が手に入らないなんて。剣を売れば自分の自由な金が手に入るが所詮一回こっきりだしな。どうせならルイズに賃金でもくれるように交渉してみるか? 「あれ?だれかしら?」 「あ?」 交渉するべきか否かを悩んでいる所に、ルイズの声が聞こえてきた。その声に反応しルイズを見るとルイズは玄関外の朝靄を見つめている。 いや、人影を見詰めている。人影はこちらになかなかの勢いで近づいてきている。やがて朝靄が薄れ始め、人影がはっきりし始めた。 「あれは……、王宮の使者だわ」 「王宮の使者?」 王宮の使者は髪を振り乱し必死の形相でこちらへ走りよってきた。尋常と言える様子ではないことは一目瞭然だ。使者は私たちに気がつくと私たちに近寄ってきた。 「ハァハァハァハァ……き、きみたち」 「ど、どうかしたんですか?」 ルイズも使者の様子におどいた様子で少し焦っている。 「オールド・オスマンは今どちらに?と、取り急ぎ伝えねばいけないことが……」 そういえばオスマンは今何をしているのだろうか?オスマンも私たちと一緒に宮殿へ行くことになっていたはずだ。準備に手間取っているのだろうか? 「オールド・オスマンなら学院長室にいるかと」 「ありがとう。では急ぐので」 そう言うと使者は学院長室を目指し走っていった。 「ねえ、いったいなにがあったのかしら」 「さあな。少なくともいいことではなさそうだったけど」 あの使者の眼にあったのは焦りと悲しみだった。そんな感情を抱いている時点でいいことのはずがない。 「なんだか胸騒ぎがするわ。わたしも行ってみる」 「じゃあ私はここで王宮の迎えを待っておこう。迎えが来たときに誰も居なかったじゃあっちもこっちも困るからな」 というか、いくらよくないことが起ころうと、私に害が及ばない限り知ったこっちゃない。 「……わかったわよ!勝手にしなさい!」 ルイズはどこか怒ったような声を出すと使者のあとを追っていった。やれやれ、何を怒っているんだか…… まあ、そんなことはどうでもいい。迎えが来るまで暇だな。何をして時間を潰そうか……。デルフと喋るか?そうだな、そうしよう。 デルフを完全に抜きはなつ必要は無い。喋れる程度に抜けばいいんだ。そうすれば不意に見られたとしても怪しまれる心配は殆んどない……と思いたい。 さて、何を話そうか。いや、そんなの考える必要は無いな。会話の内容は重要じゃあない。真に重要なのは会話をするということなのだ。 デルフを喋れる程度に引き抜く。 「おはよう相棒」 「ああ」 「相棒ってよ。あれか?好きな子ほどいじめたいってやつか?」 は?抜いて早々何を言ってるんだこいつは? 「何で?って顔だな。だってよ。相棒はあのこねこのことが好きなんだぜ。なのにいじめてるじゃねえか。もし好きじゃねえって言うなら相棒が気づいてないだけさね。ってか、これ前にも話したような気もするけどな」 デルフ、お前はあの猫が気にっているのか?なかなか話題に出すことが多いが、まさか気に入っているのか? ちっ!私は別に好きだからいじっているわけではない!猫自体は……まあ、デルフほどではないが愛着を感じ始めていることは確かだ。 だが、勘違いするな!暇だからいじっていただけだ!それだけなんだぞ! なんてことは口が裂けてもいえない。だから私は、 「ふ~ん」 とだけ返しておいた。自分が好感を抱いている者に素直な感情を発露するには多大な勇気が必要だ。私も早くそんな勇気を身につけたいものだ。 そんなとき、不意に何かが私の足に触れた。下を見るとそこには、 「ほら、こいつも相棒のことが好きだとよ」 どこかへ去ったはずの猫が私の足に前足を乗せ私を見上げている。 「……肩、乗るか?」 「ニャー」 ……首輪を買うのもいいかもしれないな。 そんな気持ちを黙殺しようと努力しながら私は猫を抱き寄せた。
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前ページ次ページ鮮血の使い魔 ルイズは困っていた。 「皿洗いくらい手伝いな」 とマチルダに言われた。 そんな下々の仕事をと思ったが、自分はこの家に厄介になってる身。 言葉に任せようかとも思った、指輪を取られて不機嫌そうなので頼みにくい。 だから仕方なく皿洗いを始めたのだが……。 「ルイズ、そんなに強くこすっちゃお皿に傷がついちゃうわ」 右隣にティファニアも立っていた。家事は自分の仕事だから一緒にやろうと言ってきた。 それはいい。 「ずいぶんお皿が多いですね。子供達の分……ですか?」 左隣に言葉も立っていた。ルイズがやるなら自分もやりますと言ってきた。 それはいい。 しかし「じゃあ二人に任せていいかしら」と言ったら、 言葉は「ルイズさんがやらないなら私もやりません」と言うし、 そんな風にティファニア一人に皿洗いを押しつけたら悪役になってしまう。 こうして三人一緒に皿洗いをしている訳だが。 (何で私が真ん中なの?) ティファニアが身体を傾ける。たわわな柔肉がルイズの腕に当たって形を変える。 言葉が身体を傾ける。たわわな柔肉がルイズの腕に当たって形を変える。 左右からの苛烈な乳房責めを受け、ルイズの脳みそは沸騰寸前だった。 (私はノーマル、私はノーマル、私はおっぱい、私はノーマル……。 クールになれ、クールになれ、素直クールになられ、クールになれ……。 うろたえるな、うろたえるな、ウロヤケヌマ、うろたえるな自分ー!!) 言い聞かせる。自らに命ずる。ノーマルで在れ、クールで在れと。 なぜならルイズ・フランソワーズは女の子! 花も恥らうツンデレ乙女! それが同性の肉袋如きに惑わされてどうするというのだ! 「きゃっ」 「えっ」 ティファニアが悲鳴を上げると同時に左手がやわらかい何かに呑み込まれていく。 それはティファニアの乳房だった。指が吸い込まれる。何この脂肪の塊という名の芸術。 (天の願いを胸革命に刻んで心頭滅却すれば火もまた火とひとつになれば炎となる。 煩悩退散煩悩退散、煩悩おっぱい困った時は、オラオラ、はしばみ、オラオラ、はしばみ) 頭の中で意味不明の念仏を唱えるルイズ。嗚呼、虚乳コンプレックスここに極めり。 「……ぼんやりしてると、お皿、落としちゃいますよ」 言葉の右手が、ルイズの左手に、伸びて、 薬指の水のルビーの表面を撫で、中指のアンドバリの指輪に、触れ、 ガシャン。 皿が滑り落ちた。 ルイズは慌てて自分の手元を、ティファニアはルイズの手元を見た。 その前に言葉はルイズの左手から素早く手を引いていた。 「……だから、言ったじゃないですか」 「あ、ごめん。ぼーっとして……」 謝ろうとして言葉の方に顔を向けようとして、洗い場から泡だらけの手を引いて、 肘が言葉の雄大な谷間に直撃。 「あんっ……」 熱っぽい言葉の声に、余計慌てたルイズはてんやわんや。 「わっ、痛かった? ごめ……ひゃうっ!?」 慌てて言葉から身を引いたため、隣にいたティファニアの胸に後頭部からダイブ。 「きゃあっ!?」 突然の出来事だったためティファニアはルイズを支えられず、そのまま転倒。 「あっ……」 反射的に言葉はルイズが転ばないよう腕を掴もうとした。 掴んだ。 引っ張られた。 バランスが崩れた。 結果、ティファニアの上に二人分の体重がのしかかった。 「きゅ~……」 倒れた時に頭を『前後』から打って、もうろうとしているティファニア。 思いっきり倒れこみ、ティファニアのおでこに自身のおでこをぶつけてしまった言葉。 その間で、ルイズが挟まれていた。 頭の左斜め後方! ティファニアの左乳房確認! 頭の右斜め後方! ティファニアの右乳房確認! 頭の左斜め前方! 言葉の右乳房確認! 頭の右斜め前方! 言葉の左乳房確認! ぱふぱふ……などというレベルではない。威力倍増にも程がある。 しかもどちらも威力は極上。 頭を打ったせいで小さく身じろぎするティファニアと言葉、 そのせいで肉のマッサージを受けるルイズの顔。 「お、おお……」 声にならない声が漏れ、それが甘い吐息となって言葉の肉丘を撫でるように吹き抜ける。 「んっくぅ……」 言葉が身をよじる。巨大な肉は面白いほどに形を歪め、ルイズの顔を圧迫する。 「むおおー……」 圧倒的圧力に押され、ルイズは後ろへと逃げる。しかし後ろはティファニアの肉枕。 底なし沼のように沈んでいく。 深いの谷に呑み込まれていく。 (お、おおお、おおちちちちちちち、ち、ちちぶささささ、くにゅうにゅう……) 至高の感触に思考は断絶され嗜好が覚醒する。 虚であるが故に巨に恋焦がれ続けたルイズ・フランソワーズ。 白き肉の奔流に溺れながらも、唇を焦がす程に熱い美酒を貪欲に飲み干す。 女王蜂の発するフェロモンの如き汗の香りは心肺を侵略し理性を四散させる。 まるで生き物のように姿を変えながら這い回る四つの白い球。 それはまさに生き物であり、魅惑の効果を放ち続ける"巨夢の魔法"であった。 (そう、私は伝説を体感した――!) 視界が真っ白い光に包まれる。 それは星の光だった。 意識が天空の頂をも飛び越え星々にまで至ったのだ。 星光の中、ルイズは悟る。 ("巨夢"は、此処に在る) 嗚呼、始祖ブリミル。 有難う御座います。 第21話 巨夢のティファニア 完? 「……何やってんだい?」 ルイズ達が盛大に転んだ音を聞きつけて戻ってきたマチルダが、 凶器の域に達した乳房に顔をふさがれ窒息して臨終寸前のルイズを救出する。 実は本気で危なかったルイズだが、息を吹き返した途端、恍惚の表情でこう抜かした。 「もう……死んでもいい……」 「だったら死にな、来世は牛になるよう願うんだよ」 呆れ返ったマチルダは、皿洗いの続きを言葉とティファニアに任せ、 朦朧としたままの精神的な意味で危ないルイズを、言葉が使っていた部屋に運んだ。 そしてティファニアが面倒を見ている子供達に、ルイズが大の苦手の蛙を取ってこさせると、 躊躇微塵も無く蛙をルイズの顔面に乗せてやる。 これこそ魔法学院で得た知識(ゼロのルイズの下らない噂や悪口)の有効活用である。 天にも届くような悲鳴と共に、ルイズはお星様から帰って来た。 一方、足手まといのルイズがいなくなったおかげで素早く皿洗いを終えた言葉とティファニア。 ルイズがいないから何を話したらいいか解らないが、 楽しくお話できたらいいなとティファニアは思う。 「あの、コトノハは――」 「すみませんが、この家を案内してもらえませんか? ウェールズさんにもご挨拶したいですし」 「案内するほど広い家じゃないけれど……コトノハもウェールズと仲がいいの?」 「いいえ、あまり」 共通の話題を見つけたと思った直後に潰された。 それでもめげず、ティファニアは言葉に部屋を案内した。 といっても、台所とくっついてる居間を除けば部屋は二つしかない。 ひとつはティファニアの部屋で、先日まではルイズが使い、今は言葉が使っている。 もうひとつの部屋はウェールズを担ぎ込んで、ずっと彼が使っているそうだ。 「ではルイズさんはどの部屋で?」 「居間の暖炉の前で。私とマチルダ姉さんと三人一緒に毛布で寝ました」 「そう……ですか」 つまらなそうに言葉は言った。 なるほど寝込みに指輪を盗もうとしても、マチルダと一緒なら気づいてもらえる。 (私……何を考えてるの) 視線を伏せ、左手を軽く握った。甲に刻まれたルーンが目に留まる。 (……でも、誠君のためだから……) ルイズと一緒にいたい。 それ以上に誠と。 それが言葉。 「ところでルイズさんは大丈夫でしょうか……」 「すごい悲鳴だったものね。マチルダ姉さん、いったい何をしたのかしら?」 言い終わるとほぼ同時に家の戸が開き、フードのついたローブを着たマチルダが入ってくる。 ルイズの悲鳴の後、マチルダは心配無用と告げて納屋に向かったのだが、 どうやら旅支度を整えてきたようだ。 「マチルダ姉さん、出かけるの?」 「ああ、港町ダータルネスまでね。夕食はいらない、遅くなるから先に寝てな」 「港町にお仕事?」 マチルダの本業を知らないティファニアの純粋な疑問だった。 暴露してやろうかという意思があった訳ではないが言葉は冷笑し、 それが酷くマチルダの癇に障った。 「コトノハ。余計な事をしでかしたら、いくらあんたでもただじゃおかないよ」 かつて言葉の狂気と凶器に恐怖し屈服した女が言ってのけたのは、 精神的に成長したとかではなく単純に言葉という人間に慣れただけである。 「……お気をつけて」 どうでもよさそうに言葉は見送る。 多分、トリステインに帰る船を調べに行くのだろうと察しながらも。 賄賂を渡して船の片隅に乗せてもらうか、それともひっそりと密航するか。 どちらにせよ、無駄な努力である。 ルイズもマチルダも、アンドバリの指輪が死者を生き返らせると知っている。 だが人の意思を操る事を知っているのは言葉のみ。 港町ダータルネスに着いたら堂々と正面から、指輪で操った兵に船へ案内させればいい。 だから、一応味方の立場にいるマチルダに無駄な労力を負わせる必要はない。 が、ルイズの側にいられては指輪を取る障害となる。 だから行けばいい、港町ダータルネスへ。 マチルダが帰ってくる頃には、きっと誠も生き返ってるだろう。 この家を出て行くまでなんて、待てないから。 事件は昼に起こった。 教会でルイズを裏切った事、レコン・キスタに侵入した時の事を直接聞きたいとウェールズが言い、 どこまで正直に話すかは疑問だが言葉はそれに応じた。 その間、ルイズとティファニアは外で洗濯物をほしていたのだが、 見るからにガラの悪い男達が十数人という数で、それぞれ武器を持ってやって来た。 「何か用?」 強気に出るルイズだが、男達は下卑た笑いをする。 「こいつぁいい。まだ乳臭いガキだが極上の上玉だ。そっちのデカ乳も入れりゃ、大儲けよ」 「あんた達、盗賊?」 「貴族派の傭兵だよ。本隊とはぐれて、満足に飯も食えねぇ有様さ。 そこでちょっと小金を稼がせてもらおうと思ったが、お前さんりゃを売れば金貨四千はいくぜ」 「貴族派の傭兵?」 ルイズは一瞬、ウェールズと言葉がいる部屋へ視線をやった。 口振りからしてルイズとティファニアをいかがわしい目で見ているようだが、 それはむしろルイズを安心させた。 貴族派にウェールズの居場所が知られた訳ではないようだ。 しかしここで彼等の略奪を許せば、家の中にいるウェールズも発見されてしまう。 この数が相手では"ゼロ"のルイズでは歯が立たない。 ティファニアはハーフエルフとはいえ魔法は使えないようだし、二人ではどうにもならない。 こういう時に頼りになりそうなマチルダは現在留守。 となれば、まだ回復してないながらトライアングルメイジであるウェールズと、 ガンダールヴの力を持つ言葉に頼らねばこの窮地を脱する事はできない。 助けて、と悲鳴を上げれば家の中の二人に声は届くだろう。 しかしそれまでの間に、もし、自分達が捕まって人質にされようものなら……。 いっそ家の中に逃げ込むか? いや、貴族が卑しい盗賊風情に背を向けたとあってはヴァリエール家末代までの恥! 「テファ、私が囮になってる間に、コトノハとウェールズ様に助けを求めて」 小声で指示され、ティファニアは一歩、前に出た。 ナウシド・イサ・エイワーズ……。 振り向くルイズ。貴族しか、メイジしか持たぬ杖を、ティファニアが持っていた。 ハガラズ・ユル・ベオグ……。 勤勉なルイズは魔法を使えない身の上なれど、学院で学んだ魔法の詠唱はすべて暗唱できる。 ニード・イス・アルジーズ……。 だがこんな詠唱は聞いた事がない。火ではない、水ではない、風ではない、土ではない。 ベルカナ・マン・ラグー……。 でも不思議と、ルイズはこの詠唱を知っている気がした。懐かしいとさえ思う。 脈々と受け継がれてきた血が知っていた。この詠唱は本物だと。 「テファ……?」 問いかけると同時に、ティファニアは小さな杖を振り下ろす。 大気が歪み、男達を包み込むと、霧が晴れるように消えうせる。 「……ありゃ? 俺達、ここで何してんだ?」 「つーか、ここどこよ?」 うろたえる男達に、ティファニアは落ち着いた声で言う。 「あなた達は森に偵察に来て迷ったのよ」 「はえ? そうなのか?」 「隊はあっち。森を抜けると街道があるから、北に真っ直ぐ行って」 「ああ……そうする」 ふらふらと、寝惚けているかのような、あるいは酔っ払っているかのような足取りで、 男達は森の方へと立ち去っていく。 その光景を見て、ルイズは何も言えなくなってしまい、口をパクパクとさせていた。 そんなルイズを見て、ティファニアは恥らうような声で言う。 「か、彼等の記憶を奪ったの。"森に来た目的"の記憶よ。 この村の事も、私達の事も忘れちゃってるから大丈夫 「せ、先住魔法?」 違うと確信しながらもルイズは問わずにはいられなかった。 先住魔法なら杖は必要ない。だから系統魔法のはずなのだ。 詠唱を聞いてた時に感じていた確信めいた何かを、今はもう感じない。 だから訳が解らなかった。 ただ確かなのは、ティファニアが"記憶を奪う"という魔法を使えるという事実。 (――まさか、虚無?) 一瞬の突飛な思いつき。しかし虚無かどうかよりも、もっと重要な事柄があった。 ルイズの疑問が、次々に氷解した。 この村とティファニアの存在を明かしたくなかったにも関わらず、ここに案内したマチルダ。 土くれのフーケではない、真実の名前とおぼしき名前を明かしたマチルダ。 ハーフエルフを匿っているという事実を知られながらも自信にあふれていたマチルダ。 それはつまり、自分達がここから去る時、それらの記憶を消すという事。 皇太子としての名誉を蹂躙すればウェールズを救えると言ったマチルダ。 それはつまり、ウェールズから皇太子の記憶を奪えばレコン・キスタに特攻などせず、 ただの平民としてこの地で平穏無事に生きていけるという事。 さらにマチルダはルイズ本人には言わなかったが、ウェールズと同じ手段で、言葉を救える。 言葉から誠の記憶、ルケギニアに召喚される前の記憶などを消し去れば、 惚れ薬の時とは異なる形で、忘却という救済の元、精神に安定を取り戻すだろう。 ウェールズを救う方法があると言ったマチルダだ、当然言葉も救えると知っていたはず。 だがそれを言わなかったのはきっと、ルイズが断ると考えたからだ。 ルイズは思い出す、惚れ薬に心を惑わされたままの言葉でいさせてやる優しさもあった事を。 あの事件をマチルダは知らないだろう。 けれどルイズが言葉の思い出や誠も大事にしようとしている姿を見れば、 忘却などという逃げに屈したりはしないだろうと思ったかもしれない。 もしルイズが恋人を喪い、絶望に打ちひしがれたとしたら、 忘却という逃亡に走ってしまうかもしれない。 でも言葉は心を壊しながらも決して手放そうとせず、 その一途さはうんざりすると同時に羨ましくも思う。 心壊れていても、言葉が言葉でいられるのは、その狂愛があるからだ。 でも、ティファニアなら言葉を救えるというのも、間違いなくて。 「その、その魔法で、テファ、記憶を……コトノハの……」 そこまで言い、ルイズは口を閉ざした。 こんな救済、言葉は望まない。 心が壊れる前の言葉こそ真の使い魔であり、その言葉に出会うためにがんばろうと決めた。 できる。 今、ティファニアに頼めば、すぐにでもできてしまう。 「ルイズ? コトノハの記憶を……消したいの?」 困惑気味なティファニアの声に、ルイズは首を横に振った。 「ごめん。違うの何でもないっ……忘れて……」 言葉を救いたいのに、目の前に救う手段があるのに、ルイズはその場から逃げ出す。 残されたティファニアは呆然とルイズの背中を見送っていた。 ルイズと言葉がこの村を去る時、記憶を消さなければならない。 けれどできるなら、友達の記憶は消したくない。 でもルイズは言葉に忘れてもらいたい記憶がある? その記憶とは、何だろう。 ティファニアは、マチルダとルイズが大事にしていた鞄を思い出した。 あの鞄は言葉の物で、今は言葉の手にあり、言葉はマチルダ達以上に鞄を大事にしている。 つまりあの鞄の中が、きっとそれに関係あるのだろう。 何が入っているんだろう。 家の壁に背もたれながら、言葉は天を仰いでいた。 ウェールズとの話を終え、ルイズとティファニアが洗濯している間に武器を探そうと、 裏庭にある薪割り用の斧を手にとってみたが、ルーンは輝かず武器と判断されなかった。 残念がりながら家に戻ろうとした時に、盗賊達が来た。 一部始終を見た。盗賊達が記憶を奪われ帰っていく様を。 一部始終を聞いた。記憶を消す魔法の存在を。 あの魔法を使えば、言葉は誠の存在を忘れ去り、ルイズの忠実な使い魔となる。 なのにルイズは、一度は頼みかけながらも、それをやめた。 「それでも……私は誠君の、彼女ですから」 ルイズよりもアンドバリの指輪を見つめる言葉。 もし指輪をしているのがルイズでなければ手荒な真似をしていたかもしれない。 「よかったですね、ルイズさん。私がルイズさんの事を好きで」 自嘲の笑みは痛々しく、しかしそれを見る者の姿はなかった。 第21話 虚無<ゼロ>のティファニア 前ページ次ページ鮮血の使い魔
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少女、ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエールがもう幾度と無く失敗したサモンサーヴァント。 担当教官であるコルベールに 『時間が押しているから、この次ダメならまた後日改めて儀式を行いなさい』 と言われてしまった最後のチャンス。 詠唱・爆発、そして煙が晴れたところには、緑とも黄色ともつかぬ不思議な輝きをした 高さ3メートルほどの【鏡】が“浮かんで”いた。 鏡の中の使い魔 「ロック、そっちの計器の様子はどうだい?」 「あぁ、問題ないよ。ちゃんと正常値だ。【剣】の様に『こちらへ広がる』兆候は見られないね」 【生きている岩】が起こす現象を解析し、【入口】と【出口】として活用する技術である【ゲート】。 『【岩】は新しい宇宙を生み、それが【剣】から我々の宇宙へ侵食、入れ替わる』 ニンバスやオメガが引き起こした事件は、【ゲート】が実用化されて既に長い年月がたつ現在においても 連邦最悪の出来事の一つだ。 それゆえ、当時を知る唯一の人物であるロックは、ごくまれに連邦の研究機関に招かれることがある。 今回もそんな、ある意味『確認試験』のようなもののはずだった。 突如【岩】が活性化するまでは! 「ゲートはどうなっている!」 研究員の一人が叫ぶ。 「多少活性化しているようですが、何かが『落ち込む』と言った現象は今のところ発生していません」 「エスパーたちは!」 「岩とコンタクトを試みているようですが反応無いようです」 【岩】は何万年単位で“生きて”おり、活性化する時期も期間も条件もほとんどわかっていない。 【岩】が持つ力【第3波動】を使うエスパーも連邦内には数は少なくとも存在する。 この実験の際には必ず1人は常駐しているが、 彼らですら【岩】と【会話】できずにいるこの状況は非常に危険だ! 「僕が岩にコンタクトしてみます。そちらは実験用ゲートの終息を」 「すまん、ロック」 ロックがスタッフの一人に告げ岩のセクションへ向かう。 果たして、岩はパリパリと放電のような現象を起こしていた。 「テレパスで接触する。最悪【剣】が発生したら、僕が戻っていなくても【ゲート】で【剣】を消滅させてくれ」 そう言って【ラフノールの鏡】を張って“接触”する。 ロックが岩の宇宙に転移したと感じた瞬間、岩は非活性化し、後には、沈黙した【岩】、そして 『ロックが入ったままの鏡』 が残された。 「なにこれ、鏡?」 出てくるわけのない代物が現れて、ルイズは困惑していた。 「サモン・サーヴァントで生き物でもないものを召喚するなんて、さすがはゼロのルイズ」 などと言った囃子声が聞こえるがそれすら頭に入ってこない。 鏡を覗き込む。自分の姿が映る、当たり前だ。 しかし、当たり前でないモノが見えてギョッとした。 『鏡の中に、見たこともない顔の、刺々しい髪形をした青年が倒れている』のだ! 驚いて後ろを振り向く。いない。覗く。いる。ふりむく、いない、のぞく、いる。 「おばけーーーーーーー!」 叫んだ、そりゃもう大声で。お化けの苦手なタバサ(この当時はルイズと交流なし)が気絶するくらいの勢いだ。 「どうしました? ミス・ヴァリエール。大声を上げるとははしたないですよ」 おっとり刀で近寄ってきてコルベールがそう言うが、 「ミミミミ、ミ、ミスタ・コルベール? か、か、かが、鏡の、な、中に…」 そういって腰を抜かしながら鏡を指差すルイズにつられて、他の生徒も鏡を覗き込む。 「!!!!」 コルベールはともかく、生徒はパニックになった。 せっかくたった今契約したばかりの使い魔が逃げ出しているのにも気づかない生徒までいる。 と思うと、皆の頭の中に声が響いた。 “ここはどこですか?” さらにパニックになる生徒たち。 「先住魔法?」「エルフ? エルフが攻めてきたのか」などなど口走りながら どこに逃げるでもなく駆け回っている。 “言葉が通じないかと思ってテレパスで話しかけたんだが、失敗したかな?” 微妙にのんきに聞こえるまた同じ声が響く。 唯一正気を保って辺りを見回していたコルベールがまさかと思い鏡を覗き込んだところ、 先ほどまで倒れていた若者が起き上がって微笑んでいるではないか。 「今の声は君かね?」 意を決して話しかける。話ができるなら生徒が怖がらなければならない道理もないはずと思いながら。 “ええ。ちょっとうまくコントロールができていないようで。脅かしちゃったみたいですね” 「まずはパニックを抑えたい。君が幽霊の類や危害を加えるものではないことを証明したいのだが」 “なるほど。ならちょっと目をつぶってください” 「何をする気だね? 生徒に危害が加わるようでは私は君を打ち倒さなくてはならない立場だ」 “え~と、催眠術のようなものです。みんなには眠ってもらいます” 「害はないのだな」 “ありません” ふむ、と逡巡する。【炎蛇】の二つ名を持つコルベールだが、これほどの広範囲で生徒を眠らせる術はない。 水系統のメイジに眠りの秘薬でも使ってもらうか、風系統に眠りの雲を使ってもらうか。 「信用する、やりたまえ」 “ありがとう。では目を” カッ! というほどの一瞬の光を閉じた目にも感じたコルベールが再び目を開くと、確かに生徒たちは皆眠っているよ うだ。使い魔もそれに応じてパニックから脱し、主人の元に戻ってくる。 『ふむ、流石に幻獣はただおとなしくなる、というわけでも無い様だな』 タバサのシルフィードなどは主人を守るように警戒しているのが目に入った。 “君はシルフィードと言うのかい。ごめんよ、君の大好きなご主人様を傷つけるつもりは無いんだ” 「君は幻獣とも話ができるのか!」 コルベールはシルフィードが風韻竜であることを知らない。 『ミス・ヴァリエールはいったい何を召喚したのだ?』との、危惧に近い感情が肥大する。 “えぇと、今の、聞こえちゃいました?” 鏡の中の青年がちょっと困ったような顔をしている。 “テレパスが漏れているのか。サイコ・ブラストに近い現象かな。 ユージンが言っていたのは本当だったのかもしれない” 「何だねそれは、そもそも君はなにものなんだ?」 “詳しい話はきちんとします。その前に彼らを遠ざけるか僕がどこかへ行かないと。 たぶんそろそろ目を覚ますかと” 「君は自力で移動できるのかね?」 “ええ。どうしましょうか?” 「ならば…、ミス・ヴァリエール、起きなさい! オールド・オスマンのところにこの【鏡】を案内して、私が行くのを一緒に待っているのです」 いきなり起こされたルイズは目の前にまだ先ほどの鏡が浮かんでいて、 相変わらず鏡の中だけにいる青年にびびりまくっている。って言うか半泣きに近い。 「ミスタ・コルベール。そんな…」 「ミス・ヴァリエール、この鏡は君が召喚したのだ。この儀式は神聖なものであり、 例外を認めるわけにはいかない。だからと言ってこのままでは皆がパニックになる。 ですから、早くオスマン師の元へ行ってください」 立て板に水で反論の余地はない。気味は悪いがこうなったらもうどうしようもないのだろう。 どんよりとしたオーラを背負ってこの場を離れるルイズと、その後ろをふわふわ漂う鏡。 ある意味とてもシュールだった。 「ところで」 “なんだい? 確かミス・ヴァリエールだっけ” 声だけ聞くと優しそうなんだけどな、とか場違いなことを考えるルイズ。 「ルイズよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。アンタ名前あるの? 【鏡】なんて呼びにくくていけないわ」 “ロック。ただのロックだよ” これが【虚無】と【超人】の邂逅であった。
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前ページ次ページお前の使い魔 決闘の日の翌日、わたしは暇な時間を使って図書館に来ていた。 「お前、こんな所で何をするんですか?」 ダネットが露骨に嫌そうな顔をして尋ねる。 どうやら本という物事態に拒絶反応を示しているようだ。 「あんたの住んでた場所を調べに来たのよ。もしかしたら、セプー族っていう種族が住んでる場所の載ってる本があるかもしれないでしょ。」 それを聞いたダネットは嬉しそうな顔をして、その後に寂しそうな顔をした。 「どうしたのよ?住んでた場所が判れば、あんただって帰ったりできるでしょ?」 「それはそうですが……そうなったら、こことも、お前ともお別れだと思って。」 全く、こいつは何を言ってるんだ。 使い魔の契約とは、一生を共に生きるということ。 第一、わたしはダネットの住む場所がわかったとしても、素直に帰すつもりはない。 わたしだってダネットの住んでた場所を見てみたいし、ダネットの知り合いに事情を話して、今後も使い魔として一緒に過ごす許可ぐらい取りたい。 別に寂しいからとかじゃないよの? 単に使い魔に逃げられたとあっては、ヴァリエール家の名折れというか、ほら、まあアレだ。うん。 「言っとくけど、住んでた場所がわかったって、あんたとの使い魔の契約は一生消えないのよ? たまーに帰ることを許すっていうだけよ?」 「え!? 一生って言いましたか今!? わ、私聞いてません!!」 あ、そう言えば言ってなかったっけ。 「諦めなさい。何なら、あんたの友達とかこっちに呼んで暮らせばいいじゃない。土地は……うん、わたしがどうにかするわよ。」 「むー……、でもこっちはホタポタありませんし……」 「そのホタポタって何なのよ? あんたが言うには食べ物みたいだけど?」 「えっとですね、ホタポタっていうのは……」 そこから、ホタポタについての講釈が始まった。 話をまとめると、どうやら、ダネットが住んでる土地特有の果物らしく、凄く美味しいとの事だ。 うーむ。ここまで力説されると一度食べてみたいわねホタポタ。 一通りの説明が終わった後、ダネットはポンと手を叩いて、さも名案が閃いた様に言った。 「そうだ!! お前も私の住んでる所にくればいいのです!! そうすればお前とも一緒だし、私もホタポタが食べられます!!」 「うーん……確かに食べてはみたいけど、わたしはその……」 言いよどむわたしを見て、ダネットは何かに気が付いたかのようにハッとなる。 「そう言えばお前には家族がいましたね……。すいません。」 「べ、別に謝る事じゃないわよ。うん。あ、でも一度は行ってみたいわね。その時は案内してよねダネット?」 「はい!! 案内は任せとくのです。きっとお前も何度も行きたくなるのです。」 満足したのか、ダネットはふらふらと図書館を回り始め、わたしも土地の事が書かれた書物を中心に調べ始めた。 わたしが、適当に目星を付けて何冊かの本を机に持っていった頃、図書室のドアがガラリと開く。 「あら、あんた」 「あー!! お前はちび女!!」 図書室に入ってきたのはタバサだった。 タバサはちらりとわたしとダネットを見ると、興味が無さそうに移動し、自分の持ってきた本を机に置いた後読み始めた。 うーむ……こいつ、何を考えてるかよくわかんないから苦手なのよね。 ダネットはそんなタバサの所にずんずん突き進み、机をバンと叩いた。 「ちび女!! あの時はよくもやってくれましたね!!」 あの時とは決闘の時かしら? 確かダネットの頭を杖でぶん殴ったのよねタバサ。 わたしが止めようと席を立つと、タバサはダネットを見て、眼鏡をくいっと持ち上げ行った。 「タバサ。」 「きゅ、急になんですかちび女!!」 「タバサ。」 「う……」 「タバサ。」 「た…たばさ?」 満足したのか、タバサは頷いた後に目を本に戻し、また読み始める。 わたしはそれを見て驚いていた。 あのダネットに名前をちゃんと呼ばせるつわものがいたなんて……なんか負けた気がする。 ちょっとわたしも実戦してみよう。 「ダネット、ちょっといい?」 「何ですかお前。今は忙しいのです。」 「いいから。ちょっといらっしゃい。」 しぶしぶわたしの所に来たダネットに、すぅっと息を吸い込んで言う。 「ルイズ様。」 「急に何ですかお前。お腹でも痛いんですか?」 「ルイズ様。」 「お前、熱でもあるんですか?」 「る、ルイズ様!」 「大丈夫ですかお前?」 「ルイズ様って言ってんでしょこのダメット!!」 「何で急に怒るんですか!! お前は訳がわかりません!!」 「何!? わたしが悪いの!? ほら言いなさいよ!! ルイズ様!!」 「嫌です!!」 そんな感じで喧嘩を始めだしたわたし達を見て、タバサが笑った気がするのは気のせいだきっと。うん。 結局、その日はろくに調べ物が出来ず、そのまま一日を終えた。 そして虚無の曜日、わたしとダネットは学院の前から動くことが出来なかった。 「あんた、馬に乗ったことが無いならまだしも、馬を見たことが無いってどこの田舎物よ?」 「ば、馬鹿にしないで下さい!! こんな動物ぐらいあっさり乗りこなしてみせます!!」 ダネットは馬に乗れなかったのだ。 そんな訳で、わたし達は予定を少しずらし、乗馬の訓練をしていた。 「お、お前!! こいつ今、私を噛もうとしました!!」 「あんたが顔を触ろうとするからでしょ!!」 結果は、今のところ芳しくない。 わたしが今日の予定を乗馬の訓練で終えてしまうかもしれないと考え始めた頃、学院から見知った顔の二人が出てきた。 「何やってんのあんた達?」 「あ!!乳でかとタバサ!!」 ダネットの言葉を聞いて、目を丸くするキュルケ。 そしてタバサの方を見て、興味深そうに聞く。 「タバサ、どんな魔法使ったのよ?」 「ち、乳でか!! お前は私を馬鹿に……うわあ!! お前!! こいつまた私を噛もうとしました!!」 溜め息をついたわたしを見て、キュルケがニヤリと笑いながら言った。 「もしかして出かけるつもりだったのルイズ?」 「そうよ。でも、今日は一日これかもね。」 キュルケのニヤケ顔にむっとしつつ、後ろで四苦八苦しているダネットを見てまた溜め息をつく。 するとキュルケが、更に顔をニヤつかせて言った。 「だったらさ」 「お前!! 気持ちいいですね!!」 「そうね。だからじっとしてなさいダネット。」 わたし達は今、タバサの風竜に乗ってトリスタニアを目指している。 ダネットは子供のようにはしゃぎ、目を離すと落ちてしまうんじゃないかと気が気ではない。 まあ……竜に乗って空を飛ぶのは気持ちいいから、その気持ちもわからないでもない。 わたしだってちょっと羨まし……いや、何でもない。 気分を変えるために、風竜を始めて見たダネットの反応を思い出す。 「凄く食いでがありそうです!!」 うん。思い出すんじゃなかった。 いつかこいつは、他のメイジの使い魔を食べつくすんじゃないかしら。 美味しそうにバグベアーを食べるダネットを想像し、溜め息を付いた後、心に引っかかっていた事をキュルケに尋ねる。 「それでキュルケ、交換条件は何?」 この風竜はタバサの使い魔ではあるのだが、キュルケが許可を貰ってわたしとダネットが乗せてもらっている。 どうも二人もトリスタニアまで行く用事があったらしいから、ついでと言えばついでなのだけれど、交換条件も無しに、あのキュルケがわざわざわたし達まで乗せるようにとタバサに頼むわけが無い。 だからこそのあのニヤケ顔だ。 「あら失礼ねルイズ。あたしは親切心からタバサに頼んだのよー? 別に、最近美味しいって評判のクックベリーパイのお店がトリスタニアに出来たとか全くこれっぽっちも関係ないのよ?」 「あーそーですか。」 そういう事かコノヤロウ。 でもまあ、クックベリーパイぐらいなら別にいいか。わたしも好きだから一緒に食べようかしら。 「美味しい!? 私もそのクックなんとか食べたいです!!」 「わかった!! わかったから暴れないで!! お、落ちる!! 落ちちゃう!!」 「ちょっとルイズ!! 危ないわよ!!」 そんな、空の上でまで騒がしいわたし達をチラっと見て、タバサが一言呟いたのが聞こえた。 「騒々しい。」 風竜のお陰で予想以上に早くトリスタニアに到着したわたし達一行は、別に行くところがあるというキュルケとタバサに集合場所を言った後、別行動となった。 取り合えず、わたしとダネットは、最初の目的である服屋へと行くことにする。 「本当は財布を持たせようかと思ったけど、ダネットに持たせるのは自殺行為よね……」 「ん? お前、何か言いましたか?」 「何でもないわよ。それより早く行きましょう。寝具も注文しないといけないんだから。」 てくてく歩いている間、ダネットはキョロキョロと周りを見ていた。 危なっかしいことこの上ない。 いい加減わたしが注意しようと後ろを振り向くと。 「ダネット!! あまり余所見してると……っていないし!!」 ちょっと目を離した隙に、ダネットはどこかに消えていた。 あのダメット、一回痛い目見ないとわからないらしいわね。 わたしがそんな事を考えていると、わたしを呼ぶダネットの声が聞こえた。 「お前、はいこれ。」 「あんたどこに……って、これ何?」 「これ美味しいです。さっき食べた私が言うんだから保証付きです。」 手渡されたのは、平民が好みそうな串焼きだった。 いい香りがして、確かに美味しそうだ。しかし。しかしだ。 「あんた……これ、どこから持ってきたのよ?」 「あそこのオッサンからですよ? 『お嬢ちゃん、食ってきな!!』って言って渡してくれました。」 「それは売りつけられたって言うのよこの馬鹿!! ダメット!!」 串焼き代を店主に払い、本日何度目かの溜め息を付く。 今更だけど、ダネットは大きな子供みたいなものだ。 興味を引けば、それが何であろうと手にとってみたり、騒いだりする。 貴族に対しての恐れすらなく、誰彼構わず感情だけで物を言う。 学院だから許されるようなものの、本来なら貴族に対して『お前』なんて言おうものなら、場合によっては侮辱したと罪にすら取られる。 でも不思議なことに、わたしはダネットから『お前』と呼ばれる事に、最初よりも不快感を抱いていなかった。 今更『ルイズ様』何て呼ばれたら、逆にむず痒くなりそうだ。 今はとても楽しい。それでいいじゃないか。 そんな事を考え、何となくダネットに声を掛けてみる。 「ねえ、ダネット。あんたって本当に……って、またいないし!!」 「お前ー!! これ!! これ美味しいです!!」 前言撤回。 あのダメットには、一回きっちり常識っていうものを教えなきゃいけない。と、わたしは誓うのだった。 「やっと付いた……何かいつもの数倍疲れた気がするわ。」 「お前、運動不足ですね。」 「誰のせいよ!!」 ようやく服屋に着いたわたし達は、早速選び始める。 とは言っても、ダネットは服に無頓着なのか、どれが良くてどれが変というのがわからないらしい。 「お前、これ!! これがいいです!!」 「それ男物でしょうが!! いいから適当に見てなさい。わたしが選ぶから。」 手に持っていたタキシードをしぶしぶ戻し、またふらふらと店内を見回り始めるダネット。 「うん。これなんかどうかしら。ダネット、試着してみなさいよ。」 「これですか……? ヒラヒラしてて動きづらそうです。」 「試しよ試し。ほら、着てみなさい。」 「わかりました……うー。」 ぶつくさ文句を言いながらも、ダネットはわたしが選んだワンピースを持ち、試着室で着替えた後、ひょこっと顔だけ出して恥ずかしそうにわたしに聞いてきた。 「お前、これはやっぱりやめましょう。スースーします。」 「いいから出てきなさい。」 「うー……」 「あら、結構いいじゃない。」 ダネットに派手な物は似合わないだろうと考え、薄い桃色のワンピースを渡したのだが、なかなかどうして似合っている。 まあ、長い耳や角や、足の毛や蹄があるので、よーく見ると亜人だとわかってしまうのだが、パッと見では年頃の女性に見える。 「じゃあ今度はこっち着てみなさい。」 「またヒラヒラ……お前、なんか楽しんでませんか?」 「気のせいよ。ほら、早くしなさい。」 「うー……」 その後も何着か試着してみたのだが、結局ダネットが選んだのは、シンプルな藍色のシャツとズボンだった。 本人曰く、スカートは動きづらいから嫌だそうな。 他にも、何着か下着を買って店を出た後、寝具の発注をしに行く。 こちらはあっさりと決まり(最初、ダネットは寝袋を選ぼうとしたのだが、わたしが止めた。)集合場所の広場へと向かう。 「遅いわよルイズ。」 「文句ならダネットに言ってよね。」 「わ、私が悪いって言うんですか!? お前の足が遅いのが悪いんです!」 「どう考えてもあんたが原因でしょうが!」 そのまま四人でクックベリーパイを食べに、新しく出来たお店とやらに向かった。 「これがクックなんとかですか!! 気に入りました!!」 「はいはい。わかったから、もっとゆっくり食べなさい。クックベリーパイは逃げないわよ……って、あんた!! それわたしのパイよ!」 「賑やかねえ。」 「騒々しい。」 その後、パイを平らげ、紅茶をすすりながら今後の予定を話し合う。 「それで、この後は何か予定あるのルイズ?」 「特に無いわね。あんた達はどうなのよキュルケ?」 「あたし達も欲しかった物は買ったし、パイも食べられたから、特に予定は無いわよ。」 どうしたものかと考えるわたしとキュルケに、タバサが割って入ってきた。 「これを読みたい。」 「お前、本ばかり読んでますね。いつか本になっちゃいますよ?」 タバサの言葉に、ダネットが反応する。 ん?どこかで笑い声が聞こえたような……気のせいか。 「じゃあ、ちょっと早いけど帰りましょうか。キュルケもそれでいい?」 「そうね。じゃあタバサ、お願いできる?」 キュルケの問いにタバサは頷き、わたし達はトリスタニアを後にしたのだった。 そして、その日から一週間が過ぎた時、事件は起きた。 わたしとダネットにとって、とても大きな事件が。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ次ページゼロの使い魔人 ――鼓膜をつつき回す電子音が、沈み込んでいた彼の意識を『現実』へ引き揚げる。 (う……) ぼやけた目を一、二度しばたたかせた龍麻は、更に指で軽く瞼の上から揉んで視界をはっきりさせる。 「…俺は、――そうだったな」 回転を始めた脳細胞が、彼自身が置かれた状況を余す所無く伝えて来る。 龍麻はその事実に一つ溜め息を付くと、腕時計のアラームを止め、その場で上体を伸ばした。 被っていた毛布を畳んで側に置くと、ブーツの紐を締め直し、相棒たる黄龍甲を腕に着け、立ち上がるとおもむろに部屋を見回した。 ――十二畳程の室内。机に本棚、来客用の椅子と小テーブルやクローゼット、天蓋付きのベッド…。 そのどれもが、手の込んだ細工と意匠が施された、上質な代物であるのは一目で解る。 そして…寝台で穏やかな寝息を上げている、龍麻にとっての疫病神といえる、部屋の主たる少女。 …時刻は5:30過ぎ。以前なら中距離走を始め、瞑想も含めた体力、技倆維持の各鍛錬に当る時間なのだが―― 「――洗濯しろとか言ってたな。場所は…、適当に誰か捕まえて聞くか」 床に散らばった服と自前の洗面具を手に、龍麻は静かに部屋を出た。 廊下を通り、階段を降りた所で、視界の端に人影を見つけ龍麻は足を止めた。 「…ん?」 即座に後を追いかけ、視線の先…10m程前を歩く後ろ姿を確認する。 ――肩で切り揃えた黒髪に、エプロン姿の少女である。両手に抱えた籠には、洗濯物らしき一杯の荷物。 渡りに船とばかりに、声を掛ける龍麻。 「待ってくれ。忙しそうな所を悪いが、少し聞きたい事があるんだが」 「はい?」 すぐに立ち止まり、こちらへと振り向いた少女に龍麻は歩み寄る。 「――どなたですか?」 「色々あってな、昨日から此処で厄介になる事になった者なんだが」 それを聞いた少女の顔に、何か閃いたかの様な色が浮かぶ。 「――もしかして、あなたミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「前に、やむにやまれずが付くけどな。…知っているのか?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますから」 「そりゃまた…」 悪名なんとやら、かと内心ぼやく龍麻。 「それで、何かご用件でも?」 「ああ、洗濯をしろとか言い付かったんだが、それに使う道具やら場所がわからなくてな。出来たら、教えて欲しいんだが」 「それでしたら、私の後に付いて来て下さい。私もこれから洗濯を始める所ですから」 「そうか。なら宜しく頼む」 「はい」 笑みを浮かべつつ、頷いた少女は踵を返し歩き出すと、龍麻もそれに続く。 「――っと、まだ名乗ってなかったな。俺は緋勇龍麻。緋勇が姓で、龍麻が名前だ。宜しくな」 「変わったお名前ですね……。私はシエスタといいます。あなたと同じ平民で、貴族の方々を お世話する為に、ここでご奉公させて頂いてるんです」 「そうなのか」 それで会話は終わり、建物の裏手に置かれた、洗い場に案内される。 井戸から汲み上げた水を洗濯桶に張り、洗濯板と石鹸で汚れを落としに掛かる。 そういった作業をシエスタを始めとする大勢の使用人達と共に、黙々とこなし終わりが 見えかけた頃には、結構な時間が経過っていた。 後片付けも含め、一切を終わらせた所で、ルイズの居室へ戻る。 「入るぞ。起きてるか?」 ノックをし、呼び掛けるを何度か繰り返すも反応は無く、中へと入れば、当の部屋主は龍麻が起き出した頃と変わらず惰眠を貪っていた。 「……。ぐうたらしてないで、さっさと起きろ」 肩を掴んで強く揺すりつつ、(抑えた)声を掛ける。 「もう、なによ…。朝からうるさいわねぇ……」 「うるさいも何も、起きる時間だ。遅刻したいのか?」 「はえ? それはこま…って、誰よあんたは!?」 と、半ば寝ぼけた顔と声で叫ぶルイズに、ジト目を向ける龍麻。 「誰も何も、アンタに召喚ばれたばかりに人生棒に振った、不運な男だ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日、召喚したんだっけ」 ……そこから着替えに関する意見と認識の相違で、両者はまたも舌鋒を交えたが、 ともあれ、着替え終えたルイズと龍麻が部屋を出た所で、隣室のドアが開いた。 ――鮮やかな赤髪と彫りの深い顔立ちに長身、褐色の肌と恵まれたスタイルが特徴的な若い女性である。 服装はルイズと同じ…つまりは貴族であり、この学院で学ぶ魔術師であろう…と、龍麻は見て取る。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 前者は愉快そうな笑みを見せつつ、後者は露骨といっていい嫌悪を込めての挨拶である。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 龍麻を指差し、ルイズの返事を聞くや、遠慮もなにも無い笑声を廊下に響かせる。 「ほんとに人間なのね! 凄いじゃない!」 (まるきり珍獣扱…否、晒し者だな、こりゃ…) 「『サモン・サーヴァント』で、平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 「うるさいわね」 最後の一言に、只でさえ不愉快そうなルイズの顔に、更に皺が寄るのを龍麻は見た。 「あたしも昨日、召喚に成功したのよ。どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。来なさい、フレイム」 との、キュルケの自慢気な声に合わせたかの様に、室内から這い出したのは…。 「――只のでかいトカゲ…、な訳無いか」 コモドドラゴン以上の体躯を持ち、それ自体が炎の塊で出来ている尻尾に、口腔の端からも時折、炎が洩れ出している。 (流石にあの旧校舎地下や天香遺跡でも、こんな奴は棲息でなかったな……) 「これって、サラマンダー?」 凝視する龍麻を余所に、ルイズが悔しそうに聞くや、そうよー、火トカゲよー、と、ひとしきりキュルケがその火 トカゲの出自や価値を自慢し、そこからやり取りを重ねる度に、ルイズの表情と声はますます不機嫌さを増す。 と、不意にキュルケは龍麻へと視線を向けた。 「あなた、お名前は?」 「緋勇龍麻だ」 「ヒユウタツマ? ヘンな名前」 予想通りの答えに、小さく肩を竦めてみせる龍麻。 ここに居る間、際限無く掛けられるだろう台詞に、逐一反応するだけ精神エネルギーの無駄である。 「じゃあ、お先に失礼」 そう言ったキュルケは外套を翻し、颯爽たる足取りでフレイムを引き連れ、部屋を後にする。 その姿が廊下の向こうに消えると、ルイズは憤懣やるかた無しな顔で叫ぶ。 「悔しー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう!」 「………」 無言を保つ龍麻だが、ルイズの癇癪は治まらない。 「あんたは知らないだろうけどね、メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」 「そりゃお互い様だ。しかしな、召喚のやり直しが出来ん現状、今居る奴が人間だろうが何だろうが、 そいつと組むしかないだろう。無い物ねだりしても、仕方無い」 「メイジや幻獣と平民じゃ、狼と駄犬程の違いがあるのよ」 ルイズは憮然たる表情で言い捨てる。 「駄犬呼ばわりかよ。…そういや、さっきゼロのルイズとか言われてたが、何か曰くでもあるのか?」 「ただの渾名よ。…あんたは知らなくていい事だわ」 ルイズはバツが悪そうに言う。 「そうか。忘れろっていうなら、忘れるさ。ゼロだなんだの、俺にはどうでもいい事だしな」 深く突っ込まない方がよし、と見て取った龍麻は、その単語を意識の隅へと放逐する。 「ほら、食事に行くわよ。さっさと付いて来なさい!」 「了解」 ――龍麻を引き連れたルイズは、学院の敷地内で一際大きい本塔の中に作られた、『アルヴィーズの食堂』へと入った。 ルイズが道々、説明する所によると、総ての学院生と教師陣は此所で食事を取るのであり、 又、『貴族は魔法をもってしてその精神と為す』をモットーに、魔法に止どまらず、貴族としての 教養や儀礼作法等も学ぶ…と、いった事を龍麻に語る。 「わかった? ホントならあんたみたいな平民は、この『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「別段、入れなくとも一向に構わんけどな。食うだけならどこも同じだ」 「そう。なら次からは外で食べなさい。使用人達にはそう伝えておくわ。――ほら、椅子を引いて頂戴。 気の利かない使い魔ね」 「そいつは失礼。……で、俺の分はどこにある?」 既にテーブルに並べられ、湯気と芳香を立ち昇らせる質と量を満たした料理の群れに目もくれず龍麻が尋ねると、 着席したルイズは、無造作に床を指す。 「あんたのはそこ。何を騒いでも、それ以外は出ないし出さないから」 床に置かれた皿には、黒パン半切れと薄いスープが一皿だけである。 「……やれやれ」 口にしたのはそれだけで、龍麻は床に胡座を掻く。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ、今日も…」 と、室内に祈りの声が響く中、龍麻は龍麻で… (予め、マトモなモノなぞ出ないと予想はしてたが、残飯で無いだけマシか。…しかし、 『コレ』が続く様なら、外で現地調達でもして、食い扶持は自力で確保すべきだな……) 祈りを済まして食事を始める生徒達だが、龍麻もさして時間を掛けず空にした皿を手に、立ち上がる。 「ご馳走さん。外で待っているぞ」 卓上に空にした皿を置いた龍麻は、ルイズの返事を待たずに食堂を後にした。 前ページ次ページゼロの使い魔人
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一晩眠って、ふっきれたわけではなかったけど、少し開き直っていた。 ゼロだろうとエロだろうと馬鹿にされているという点では変わらないし、事実であるという点も変わらない。 評価が上下しようと事実が動くわけでもなし、あんた達好きに言ってなさいよってこと。 単純で苦しいとは思うけど、自分を鼓舞する……というよりどうでもよくなっていた。 グェスは朝になったら隣で寝ていた。何この女。 「ねールイチュ、今日の朝ごはん何出ると思う? チーズ味のペンネ出ないかな」 「……さあね」 昨晩あれだけやりあったというか一方的に蹴ったり殴ったり罵倒もしたのに、グェスは全然頓着していなくて、何も無かったかのように振舞っている。 ひどいこと言っちゃったな、とか、いきなり暴力はなかったかな、とか、ご主人様の威厳を保ちつつ仲直りするにはどうしようかな、なんてことで悩んでたわたしが馬鹿みたい。 これは彼女なりの優しさなのか、それとも脳みその代わりに別の物が詰まってるくらい底抜けにタフだからなのか。たぶん後者。 「おはよーミッキー、老師。なんか昨日大変だったみたいね」 「そちらも色々あったようじゃが」 「お二人とも元気そうですね」 「元気元気、あたしとルイチュは元気で仲良しなのォ」 グェスは屈託無く笑ってた。命をかけた戦いの末、顔面どころか全身が変形するくらいボッコボコにぶん殴られた翌日だとしても、「はーい元気?」なんて言って胡散臭い笑顔で話しかけてくるんだろう。 驚くというより呆れるけど、今朝はこの無神経さがありがたかった。 「そうそう、ミキタカ。あんたキュルケやタバサと何やってたの。ぺティだけじゃなくギーシュやモンモランシーまでいたみたいだけど」 「それはタバサ会ですよ、ルイズさん」 タバサ会? タバサのファンクラブ? おっぱいは小さい方がいい派? それならわたしだって……。 「タバサ会とはタバサさんを中心にした勉強会です。使い魔たちにこの世界のことや文字などを教えているんです」 「なんだ、やっぱり勉強会なんだ」 「なんだと思っていたんですか?」 「……そりゃもちろん勉強会よ」 タバサが中心ってのは意外だけどね。あの子ってそういうの嫌がりそうじゃない。 「はじめはタバサさんとキュルケさん、ドラゴンズ・ドリームさんだけの勉強会だったのですが、私と老師も混ぜてもらいました」 ドラゴンズ・ドリーム? あのドラゴンか。変な名前。 「老師からギーシュとモンモランシーさんにも伝わって、人数が増えたのでシエスタさんがお茶を用意してくれたりもした、というわけです」 シエスタか。どうせミキタカにひっついてきたんだろうな。 「なぜ中庭でやってるの?」 「図書館でやっていたそうですが、ドラゴンズ・ドリームさんが騒ぐので追い出されてしまったとか」 「ふうん」 「タバサさんの教え方は大変ためになります。とても分かりやすいです」 なるほどぉ。対人スキルは最低ってタイプかと思ってたけど、案外あの子もやるようね。 「グェスさんも参加するといいですよ。文字が分かれば何かと便利ですから」 「だそうよ。どうする、グェス?」 「そうねェ」 フォークとナイフを置き、腕を組んだ。 「正直勉強ってやつは好きじゃないんだよね」 うん、知ってた。あんたってそういうタイプよね。 「でも今回は参加してみようかな」 むっ。これは予想外。 「ちょっと思うところあってね。あたし今燃えてるんだ」 だらしがない、やる気がない、仕える気もない、ないない尽くしのグェスがいつになく燃えている。 ただし、本人がそう言ってるというだけの話。 タバサ会――誰のネーミング?――でのグェスは、学習意欲があったとは到底思えない。 ただ、他との比較でいうなら多少はあったと言えるかもしれない。 なぜなら会はわたしが考えていたものとは少し違っていて、婉曲的表現を使うとすれば、自由かつ奔放なものだった。 「えッ!? あんたらも水族館にいたの? あたし以外にも『心の力』を使うヤツがいたのね……無茶しなくてよかった」 「水族館はオレの生まれ故郷ダぜ。何十年もアソコで暮らしてきたンだッツーの!」 「わたしは懲罰房くらいしか存じておりませんが。ゲロッ」 訥々と文字の読み方について教えるタバサを他所に、教師役以外の全員が雑談に精を出していた。 や、わたしは真面目に聞いてるんだけどね。タバサかわいそうだから。 「ロッコバロッコっていたよねー、あのイカレ腹話術士」 「キュイキュイッ! いたいた、クソ所長ナ。シャーロットはなかなかセクシィーだったよナァー」 「ヨーヨーマッ! のっかりてェー……セクシーさでございましたねェ」 今、タバサが微妙に反応したような……気のせいかな? 「あとさ、七不思議女」 「あの黒人ナ。男子監の方でも有名だったゼェー」 「あの方もまたのっかりてェェェェェお美しさでした」 「自分の小便飲むジジイは知ってる? 頭おかしいって有名だったらしいけど」 「……聞いたことねェナ。ゼンッゼン覚えがネェーぜ」 「ノストラダムス信じて人殺しまくった間抜けポリ公のこと知らない?」 「……全く、少しも、ビックリするほど初耳でございます」 機械的に相槌を打つヨーヨーマッとドラゴンズ・ドリーム……の腹話術をしているタバサで「水族館」とかいう場所の話をして盛り上がっている。 ていうかこれ腹話術でもなんでもないよね。わたしタバサにまでタバカられてた? いや駄洒落じゃなくて。 「地獄へ行け、だなんて念を押されたんだ、ねっ、ねっ」 「酷い事をするヤツもいるもんだなあ。そのロハンってヤツは間違いなく悪魔だ」 「いじめられたよ、つらかったよ……ねっ」 「安心したまえチープ・トリック。ぼくは君をそんな目に合わせたりしないからね」 こっちはこっちで聞いてないし。 声が漏れてくるだけで大釜の中で何をしているのか分かったもんじゃない。 まさか自分の使い魔と……ちょっと新しいわね。文字通り釜を掘る……ふふっ、上手いこと言っちゃった。 「老師、ギーシュは大丈夫なんですよね」 「心配することはあるまいよ」 ぺティとモンモランシーは何かボソボソ話してる。 ギーシュのことで相談しているみたいね。 「べつに、わたしはアレの恋人でも何でもありませんけど……」 嘘つけ馬鹿。あれだけ見せつけてよく言うわね。 「でも、目の前で死なれでもしたら目覚めが悪いし」 「死にはせんじゃろう」 「老師がおっしゃったことは本当なんですよね? ギーシュは大地っていう」 「でまかせというわけではないが……こうなればいいと思ったことを口に出しただけじゃ」 ぺティも大概いい加減ね。 「そ、そんな。それじゃギーシュは……」 「こうなればいい、ということを信じれば理想に近づく。今必要なのは生きる気力。目的じゃ」 「でも……」 「心配しなさるな。あの若者、ああ見えて強かに生きておる。少々の悪条件はものともせんよ」 なんていうかこの爺さん、無理矢理いい話っぽく締めるの得意じゃない? モンモランシーも感じ入った顔してるし。忘れちゃだめですよー、この人は『あの』ミキタカの使い魔ですよー。 「ミキタカさん、サンドイッチ美味しいですか?」 「ええ。ティッシュペーパーよりも美味しいです」 出たなァァァ……またいちゃついてからに。 不順異性交遊を脇から眺めるのは嫌いじゃありませんけどね、あんた達に限っては別。大いに別。 後からのこのこ出てきたくせにシエスタの彼氏面してる変人メイジに災いあれ。 義務としてルイズヒップアタックを敢行し、二人の間に割り込もうとしたけど押し戻された。 ミキタカではなくシエスタの手で。意外な展開に目を見張る。 「ちょ、ちょっとシエスタ。あなた勘違いしてるんじゃない?」 「……」 「あのね。えっとね。わたしは場も弁えずにべたつくあなた達を注意しようと……」 「へぇ……ほんとにそれだけなのかなぁ……?」 え? ええ? な、なに? シエスタが言ったのよね? シエスタなのよね? 「あの……どういう意味?」 「べ、べーつーにー?」 「言ってごらんなさいよ」 「最近、ミス・ヴァリエールの目、ちょっと怪しいなと。そんな風に思っただけです」 シ、シエスタ……ちょっと見ない間に強い子になって……。 でもそんなあなたを……そんなあなたを見たくはなかった……! 「ほんと……今日は暑いですわね。夜だというのに汗が止まりません」 おおっ……胸元をはだけて、かきもしない汗をハンカチで! え、シャツのボタンまで!? な、なんてサービス精神……ゴクリ。やはりわたしが睨んだ通りの隠れ巨乳! 抑えられない色気が立ち上る……うう、その向かう先がわたしだったらよかったのに。 シエスタ。その美しい胸じゃなく机の上の二十日鼠に目をやるような男のために……ああ……。 「ぷっ」 え? 今シエスタ笑った? わたしの胸見て笑ったよね? そんな……はにかみ屋さんで頑張り屋さんで隠れ巨乳だったシエスタが……。 優しげな兎の瞳が狡猾な狐の眼に変わってる。恋は女の子を女に成長させるのね。なんて残酷なの。 わたしにできることといえば、ミキタカのために為されたサービスを横から覗き見ることだけ。 惨めね。シエスタと仲良くなりたい、そんなささやかな願いさえぶち壊された。 ミキタカはシエスタの作ったサンドイッチを残さず食べ切り、バスケットケースにかじりついた。 にこやかにそれを押しとめる様はまるで世話女房みたい。 チラッとわたしを見て、勝利の微笑み。なんてかわいい笑顔。それだけに皮肉。 ああ、嘆息。わたしは完全な敗北を喫した……二人から離れることしか許されない。 さよならシエスタ。わたしはあなたとお友達になりたかった。 二人を置いてすごすごと元いた席に戻る。ただただ悲しい。 「ルイズ、そっちも大変みたいだね」 「うるさい! 何慰めてくれてるのよ、マリコルヌのくせに!」 このデブちんはまったく空気を読めないんだから。 だいたいこいつがここにいること自体がおかしいのよね。蛙に勉強させてどうしようっていうのかしら。 マリコルヌ曰く、 「ぼくがこいつと心を通わせられないのは言葉が分からないからかもしれないって思ってさ」 ってその発想自体が現実逃避してるっていうのよ! いい加減で現実見なさい! あなたの蛙は妙なナリってだけでただの蛙でしかないの! 言葉教えたって分からないし、心が通じないのは単なる実力不足! 隅っこでろくに動きもしない使い魔相手にぶつぶつお喋りする姿が気色悪いのよ! わたしとグェスを見習いなさい。力が無いという現実を見つめながらも向上心は忘れずに…… 「ギャッハハハー! マジかよ! 教戒師の神父、あのヘアスタイル受け狙いじゃなかったのかよ!」 「しッかもあのデンパヤロー、実はホワイトスネイクなんダッツーの。コレ秘密なんだけどヨォー」 ……忘れてないわよね? 「情けない。本当に情けないわ」 くっ、やっぱりこいつが出張ってきたか。 「何が情けないのよ」 「横合いから殿方をかっさらわれるのがヴァリエールの伝統なんでしょうけどね」 何勘違いしてるんだか色狂い。シエスタのどこが殿方だっていうのよ。 ……え、まさかとは思うけどわたしが知らないだけでシエスタが男だったりしないわよね。 あれだけ存在感のあるおっぱいを有していて、かつ、下にも一本ぶら下げている……人類の夜明けね。アリだわ。 「出し抜かれて悔しくないの?」 「うるさい」 「アピールが足りないんじゃない? 胸が足りない分そっちで頑張らなきゃダメよ」 「うるさいって言ってるのが聞こえないのお熱のキュルケ。あんたは向こうで熱湯作ってなさい」 わたしに憎まれ口を叩かれようと、キュルケの余裕は崩れない。風邪っぴきと罵られてどもるマリコルヌなんかとは大違い。 こういうところに憧れちゃうのよね。冷静に考えてみると、こいつってわたしのコンプレックスを象徴するような存在かもしれない。 「あたしは微熱。お熱はあんたの頭でしょ。胸や魔法だけじゃなく頭までゼロだったのかしら」 やっぱり嫌な女。顔真っ赤にして涙目でうつむいてやる。少しは気まずくなるがいいわ。 「えっと……ほら、見ろよ。今日もミス・ロングビルが壁歩きしてる」 なぜかその空気に耐えられないマリコルヌ。あんた関係ないでしょう。 「あら、本当。ここのところ毎晩出てるみたいね」 「そうなの? わたしは昨日初めて見たけど……やっぱり院長のセクハラでストレス溜まってるんでしょうね」 「更年期障害ってやつなんじゃない?」 「君たち本人がいないと無茶苦茶言うなぁ。案外宝物庫を調べてるんじゃないか」 「なんでそんなことするのよ」 「今話題の盗賊がいたろ。貴族相手にしか盗まないっていう」 「ああ、土くれのフーケとか……ミス・ロングビルが土くれのフーケっていうの? それ、無理あるでしょ」 マリコルヌってば真面目な顔でとんでもないこと言うわね。 「呼びかけてみれば分かるんじゃない? フーケって呼んで返事をすればフーケなんでしょ」 キュルケも笑いながらひどいこと言ってるし。 「フーケさーん!」 ……え? 「フーケさーん! 聞こえていますかー!」 ……は? 「フーケさーん!」 ちょ、ちょっとミキタカ! あんた何やってるの! うわ、みんなこっち見てる。ミス・ロングビルまでこっち見てるじゃない。 「呼べばいいんですよね。フーケさーん!」 誰もそんなこと言ってないって! 慌てて口を押さえたけど、ミス・ロングビルはどこかに消えていた。 あーあ、一人で壁歩き楽しんでたんでしょうに。悪いことしちゃったわね。 「あんたは軽口と本気の区別もつかないの!」 そりゃキュルケじゃなくても怒るわ。 「だからグラモンの人間は困るっていうんだ」 いいぞマリコルヌ、もっと言ってやれ。 「待て待て。聞き捨てならないぞ。ド・グラモン家の人間が全員ほら吹きであるかのような言い方じゃないか」 「当たってると言えば当たってると思うけど」 「モンモランシー! 悲しませないでおくれ美しい人。ぼくは君のためなら全てを投げ打ち……」
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男達の使い魔 第八話 「うぉーーー!」 虎丸が雄たけびをあげながら馬を走らせる。 一部の塾生を除いて、一号生に乗馬経験者はいなかった。 ほとんどみな、この世界に来てはじめて馬に乗っているのだ。 そのような中で虎丸の上達具合は頭一つ抜けていた。 馬と気を合わすのが上手いのだ。 もともと誰とでもすぐに友人になれる男だったが、ハルケギニアに来てからさらにその才能が増した。 そんな虎丸だからこそ滅び行く国への使者にふさわしい。 少なくともJはそう考えている。 それに、 チラリとJは横を見る。桃は、いかにも仕方ないヤツ、という風をよそおっているが、 その目は温かく笑っていた。どうやら同じ気持ちのようだ。 さて、ルイズ達に追いつかないとな。 桃とJはさらに馬を飛ばすことにした。 虎丸もそれについてくる。 意外にも見事な乗馬術を披露するギーシュもまだまだ余裕だ。 シエスタにいたっては、時々馬の横を併走している。 どうやら大豪院流の鍛錬の一端らしい。 ルイズとワルドは、グリフォンに乗って先に行っているのだ。 少しはとばさないと追いつけなくなりそうだ。 そうして一同は、二日かかる道のりをわずか半日で駆け抜けた。 『金の酒樽亭』 港町ラ・ロシェールにある寂れた酒場だ。 この酒場には有名な看板がある。それには 『人を殴るときはせめて椅子をおつかいください』 と書いてある。 喧嘩が絶えないこの酒場で、せめて武器の使用を抑えさせたいという、店主の愛に満ちた看板だ。 そう、表向きはだ。真実を知るものはほとんどいないが。 キィ そんな酒場をくぐる男がいた。 長身で痩せ型。それだけならなめられそうな者だが、男は杖を手にしていた。 どうやらメイジのようだ。 さらに白い仮面にマント。異様な風体に思わず酒場の住人達は口を閉ざす。 そんな酒場の空気をいっさい気にすることなく男は歩いていく。 そうして、一人の男の前に立った。 その男もまた異様な男であった。 2メイル以上はある大柄な体格を、窮屈そうに虎の毛皮で飾っていた。 頭の髪の毛は、全て綺麗にそりあげてある。 何よりも、その眼が異常だった。 睨んだだけで気が弱い者なら死んでもおかしくないその目は、まさしく凶眼であった。 そんな男の前に立った仮面の男は、机の上にどさりと金貨の入った袋を投げおいた。 そして言った。貴様達を雇おう、と。 「ほう。貴族様が俺達のことを知って雇おうというのか。」 その言葉に仮面の男は薄く、そしてひどく酷薄に笑ってこういった。 「知っているさ。メイジをも上回るという傭兵集団、巌陀亜留武(がんだあるぶ)三十二天だろ。」 聞き届けた男は、素手の方が武器を持っているよりも凶悪な、三十二天の頂点に立つ男も酷薄な笑みを浮かべた。 その巧みな馬術によって、ルイズたち一行は、無事日が暮れる前に港町ラ・ロシェールにたどり着いた。 スクウェアクラスの地の魔法使いたちが競い合って作ったというその町は、まさしく芸術であった。 その町並みに思わず驚きの表情を浮かべる、桃たちにルイズとギーシュは誇らしげに解説している。 その後ろには、シエスタが密やかにたたずんでいた。 そうして騒いでいるところにワルドが戻ってきた。 無事宿を取ることができたらしい。一行は『女神の杵』亭に向かった。 「は~い!」 そこにはキュルケがいた。タバサも椅子に座って本を読んでいた。 その様子に思わずルイズは足を滑らせる。 なんでこんなところにいるのかと尋ねるルイズに、キュルケは悪びれる様子もなく返す。 朝こそこそと学院を出て行くルイズを見たキュルケは、タバサのシルフィードで追いかけたのだ。 面白そうなことを独り占めするなんてゆるせない、そう考えたキュルケは、 行き先をラ・ロシェールと勘で決め、ルイズの泊まりそうなホテルに先回りしていた。 貴族が泊まりそうなホテルなんて一軒しかなかったから楽だったわ、と帰すキュルケ。 まことに恐ろしきは、女の直感である。 そんなキュルケとルイズは言い争っている。 いつもの光景に、思わず桃たちはほほが緩むのを感じた。 そんな中でシエスタとワルドが睨みあっていた。 どちらがルイズと一緒の部屋になるかを競っている。 ついにワルドが折れたようだ。虎丸と相部屋になることになったようだ。 あの男達と私を一緒の部屋にするおつもりですか、というのが決め台詞だったようだ。 本心ではぜんぜん危険を感じてなどいないはずなのに、平気でそういうことを言うシエスタに、 虎丸はひそかに戦慄を感じていた。 そうして一日目の夜がふけていった。 二日目の朝がやってきた。 みな疲れも取れたようでさっぱりとした表情をしている中、ワルドだけがなぜか疲労していた。 「そんな顔してどうしたんだ?」 同室だった虎丸が不思議そうな顔をして聞く。そこにワルドが恨めしそうな視線を向ける。 どうやら虎丸の鼾と歯軋りで眠れなかったようだ。 同じ経験をしたことのある桃とJは憐憫の視線をワルドに向ける。 どうやら二人は結託して虎丸との相部屋を避けていたようだ。 そんなワルドであるが、口には出さないあたりは、さすがグリフォン隊隊長といったところか。 そうしてワルドは、もう少し休んでいくと言うと、部屋に戻っていった。 そんなワルドを見送ったルイズたちは、町へと繰り出すことした。 なんだかんだで、見知らぬ土地は、旅心を刺激するのだ。 初めて見るハルケギニアの町は、印象的だった。桃たちは、今まで学院から出たことがなかったのだ。 そんな光景に浮かれた虎丸とギーシュは、出店を冷やかしては店主と話し込んでいる。 Jは一人壁に寄りかかって景色を眺めていた。 キュルケとタバサは、かつての決闘場を見学に行っていた。何でも「殺シアム」というらしい。 そんな中、桃とルイズは、通りに面した店で飲み物を飲んでいた。 ふと桃が話を切り出した。一度デルフリンガーをじっくりと見たい、と。 いつも剣を背負っていることから、桃を剣士あろうと考えていたルイズはOKを出した。 その代わりあんたの腕前を見せなさい、という交換条件を出して。 桃がゆっくりとデルフリンガーを引き抜く。 「おでれーた。兄ちゃん相当の腕だな!兄ちゃんほどの腕なら喜んで使われてやるぜ! ん?しかしなんか変な感じだなー。使い手のようで使い手でないような……。」 デルフリンガーの台詞にルイズが突っ込む。 「使い手って?」 「忘れた!」 即答するデルフリンガーに、使えないわねぇとつぶやいたルイズは、桃に期待するような視線を向けた。 あたりを見回した桃は、適当な大きさの岩を見つけた。 ついて来い、そうルイズに行った桃は、岩の前に立って静かに大上段にデルフリンガーを構えた。 デルフリンガーは何も言わない。 その姿に思わずルイズは息をのむ。構えたまま微動だにしない桃には一種の威厳があったのだ。 閃 次の瞬間には真っ二つに切り裂かれた岩だけが残っていた。 風のメイジでもここまで簡単には切り裂けないだろうに。ルイズの感想である。 感嘆したルイズは、桃にしばらくデルフリンガーを預けることにした。 デルフリンガーも驚いていた。使い手以外で、これ程の腕前を持っている男はいなかったのだ。 そうして夜になった。 いよいよ明日はアルビオンだ。 酒場では、虎丸とギーシュが騒いでいる。キュルケやタバサも楽しんでいるようだ。 その風景を桃とJが楽しそうに見つめていた。 ルイズは二階でワルドと少し話している。 昔を掘り返そうとするワルドと、アンの親友としてあることを誓ったルイズでは話がかみ合わないようだ。 その時、酒場に男達がなだれ込み襲い掛かってきた。 反射的に、虎丸がどう少なく見積もっても200キロは下らないだろうテーブルをひっくり返して盾にする。 その音がゴングになった。 巨大なテーブルをいとも簡単にひっくり返した男に、傭兵達に戦慄がはしる。 とても人間の力とは思えないのだ。 しかし、自分たちとてプロである。矢を射掛けるのをやめると接近戦を仕掛けるべく突撃を開始した。 虎丸がテーブルを盾にするのとほぼ同時に、全員が合流した。 裏口まで完全に囲まれたことをワルドが知らせる。 そうして言った。血路を切り開く必要がある、と。 その言葉にJが答える。 「俺がやろう。全員合図とともに一斉に飛び出せ!」 「あら。あたしも参加させてもらうわよ。」 キュルケが不敵に笑って付け加えて化粧を始める。 いわく、この炎の舞台で主演女優がすっぴんじゃあしまらないじゃない。 タバサも、いつの間にか手に杖を持っている。どうやら残るつもりのようだ。 その風景にルイズは、思わず目に熱いものを感じた。 作戦は決まった。 傭兵達がテーブルの盾に近づいた瞬間、真っ二つにテーブルが切り裂かれる。 桃の抜刀術である。 その速度に、一瞬ワルドの眼が細まるが、気づいたものはいなかった。 「スパイラル・ハリケーン・パンチ!」 渾身の気合とともにJが拳を繰り出すと、巨大な竜巻が発生した。 タバサがそれに氷の呪文を合わせる。 氷の槍と竜巻で、傭兵達が蹴散らされる中、六人は竜巻の中心を駆け抜けた。 裏口の敵を倒してくる、そう告げたタバサを見送ったキュルケは、ようやく化粧の終わった顔を上げる。 「さて。後はあいつらを片付けるだけね。」 「ぐわはははは!やりおるわ。」 巌陀亜留武三十二天の将、棒陀亜留武(ぼうだあるぶ)百五十二世はそういて笑った。 「貴様らはわしら巌陀亜留武三十二天が直々に相手をしてくれるわ!全員下がれ!」 そうして舞台は決闘の様子をていしてきた。 二対三十二の不平等な決闘を。 Jが前に進みでようとするのをキュルケが止める。 「知らなかったミスタ?ヒーローは最後に登場するものよ。」 そう嫣然と笑って、キュルケが前に進み出る。 その様子に傭兵達が歓声をあげる。キュルケの姿に下卑た想像をしているのだろう。 まったく気にすることなくキュルケが声をあげる。 「さて、紳士の皆様!おあついのはお・好・き?」 一人目は足を燃やされた。二人目は足は庇ったが顔を燃やされた。 三人目は体を燃やされた。全身を盾に身を包んだ四人目はその自慢の盾ごと燃やされた。 ことここにいたって、相手がただのメイジではないことを悟った巌陀亜留武三十二天達の顔色が変わる。 いかに巌陀亜留武三十二天の中ではヒヨッコ同然の者達とはいえ、四人も倒されたのだ。 しかし、と棒陀亜留武は思う。これでメイジの手の内は見た!と。 そうして煙草を吸う振りをして、男達に目配せをする。一人の男が矢を放った。 完全に決闘と思い込んでいたキュルケにそれを避ける余裕はない。 ズドン! 矢が刺さる音がした。 その音に思わずキュルケは振り返る。Jの胸に矢が刺さっていた。 卑劣な相手への怒りがキュルケの胸を焼く。 そうして全員を燃やし尽くそうとしたキュルケをJが止めた。 胸筋は人間の体の中でもっとも瞬発力がある。ゆえに大丈夫だ。 そしてあいつらは俺がやる、と。その目に、主演女優は主演男優に場を譲ることにした。 メイジをやり損ねた棒陀亜留武は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。 しかし、この人数ならば、いかに凄腕の炎のメイジとて造作もないだろう。 そう思い直した棒陀亜留武は、手下達に指示を出した。 連携戦闘に長けた五人が襲い掛かった。 Jの顔は怒りに燃えていた。 しかし、それを声に出すことはしない。ただ、行動で示すことにした。 襲い掛かろうとした五人が急に立ち止まる。 その光景に不審を感じた周りが囃し立てる。 (今のがわからないなんて、長生きできそうにない男達ね。) そうキュルケは心の中で呟いたとき、五人の鎧が砕け散り、地面に倒れふした。 周りが雑然となる中、残りの三十二天は戦慄を覚えていた。 Jのマッハパンチが炸裂したのだ。 「面倒だ。全員まとめてかかって来い!」 その台詞に、棒陀亜留武を除く三十二天全員が構え、副将各らしき男が応える。 「まさか、本当にわしら全員でかからねばならんとはな! 数多くのメイジ達をも瞬殺してきた巌陀亜留武三十二天集団奥義を見るがいい!」 「「「奥義!巌陀亜留武三十二天凶天動地!!」」」 そういって上から下から前後左右から男達が襲い掛かる。 天地を押さえ、四方を押さえた男達の攻撃に死角はない! たとえメイジといえども、これだけの同時攻撃を避けられる道理はないのだ! しかし、無理を押し通せば道理が引っ込む。 Jは己の拳を構えると、絶対の自信を持つ必殺ブローを放った。 「フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチ!」 音速という名にふさわしい拳の連打が終わったとき、そこに立っているものはなかった。 「次はお前の番だ。」 棒陀亜留武の顔が凍りついた。 そういって棒陀亜留武へと歩き出したJの体がぐらりと揺れる。 その様子に、ようやく棒陀亜留武の顔に色が戻る。 「ふはははは!先ほど貴様が受けた矢には毒が盛ってあったのだ。 しかし、竜であろうとも10秒で倒れるほどの毒を受けてここまでもつとはな。 正直驚いたぞ!」 そう言って、棒陀亜留武がゆっくりとJに歩み寄ると蹴りを加えた。 その様子にキュルケと、いつの間にか戻ってきたタバサは唇をかみ締める。 しかし、手は出さない。Jの眼が言っているのだ。まだ自分は終わっていないと。 動かない体に次々と攻撃が加えられる。Jはなんとか動く口を動かした。 「この下種野郎が!」 「うわはははは!この世は勝てばよいのだ! お前が死んだ後も、あのお嬢ちゃん達は俺達で面倒を見てやるから安心して死ぬがいい!!」 そう言って、下卑た表情を浮かべる男にJの血が煮え滾る。 なおも男は攻撃を加え続ける。 骨が折れた!それがどうした。 体が動かない!それがどうした。 Jは問答を続ける。怒りが彼の体から命が消えるのをゆるさない。 彼の両眼からは、怒りのあまり血の涙が滴っている。 そして…… 「充填完了だ!」 そう言ってJは男を跳ね除けた。 「まだそれほどの力があるとは見上げたヤツよのう。 最後に言い残すことがあれば聞いておこうか。」 「フィスト・オブ・フュアリー。これが貴様を地獄に送る拳の名だ。」 そう返すJに男は不快感を感じた。 そうして止めを刺すべく男は奥義を繰り出した。 「食らえ!巌陀亜留武三十二天秘奥義!」 しかし、それよりも早く 「マッハ・パンチ!」 Jの拳が男に突き刺さっていた。 男は大きく弧を描いて空を飛んでいた。 Jはゆっくりと崩れ落ちた。全てが限界だったのだ。 そこにキュルケとタバサが駆け寄ってくる。 それを視界におさめつつ、Jの意識は暗転した。 そのころ桃は苦戦を強いられていた。 無事敵陣を突破した桃達に、白い仮面の男が襲い掛かってきたのだ。 それを食い止めるべく、桃が躍り出たのだ。 白い仮面の男は恐るべき使い手であった。 桃は思う。このデルフリンガーがなければ、自分は初手で敗れていただろうと。 じりじりと時間がたつ。 初撃のライトニングクラウドをデルフリンガーで吸収することに成功した桃であるが、 以降はこうして対峙したまま膠着していたのだ。 下手に踏み込めば、あの閃光の餌食になってしまうだろう。 しかし、 (相手が間合いを取ろうとしたところを逆にしとめる!) 桃には勝算があったのだ。 そうして時間が経過する。 ふとキュルケの声が聞こえた。向こうを片付けたようだ。 その声に仮面の男の気配がゆれる。 好機! そう判断した桃は、ついに男を一刀両断した。 二つに分かれた男が風となって消えいく光景に、桃は戦慄を覚えた。 あの男は実体ではなかったのだ。 まさか!桃の脳裏に根拠のない考えが浮かぶ。 キュルケ達が追いついた後も、桃はじっと空の方を見上げていた。 それはアルビオンの方であった。 男達の使い魔 第八話 完 NGシーン 雷電「あ、あやつらはまさか!」 虎丸「知っているのか雷電!」 雷電「うむ。あいつらこそまさしく、古代中国において恐れられた暗殺拳の使い手である巌陀亜留武三十二天!」 巌陀亜留武三十二天、ハルケギニアにおいて有名な傭兵集団であるが、その出自を知るものは少ない。 もともと彼らは、古代中国で迫害されていた暗殺拳の使い手であったのだ。 そのあまりの腕前に恐れを抱いた煬帝が、王虎寺に命じて征伐させたのはあまりにも有名な話である。 しかし、実は彼らは滅んではいなかったのだ。 間一髪表れた不思議な光に吸い込まれた三十二人は、不思議な人物に命を救われた。 彼こそ、後の始祖ブリミルの使い魔、ガンダールヴである。 命を救われた三十二人は、ガンダールヴにその命の借りを返そうと、数多くの戦いを共に闘ったという。 しかし、運命は無情にも、彼らよりもガンダールヴを先に死なせてしまった。 死因はわからない。ただ、そういう事実だけは伝わっている。 恩人に先を越された彼ら達は、それでも借りを返すべく闘い続けた。 そんな彼らを、民衆たちは敬意を込めて巌陀亜留武三十二天と読んだという。 なお、最近巷をにぎわしている傭兵集団にそう名乗る者達がいるが、 その因果関係はまったくもって不明である。 民明書房刊 「港町羅炉死獲流(ら・ろしえる)」(平賀才人著)
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前ページ次ページ鋼の使い魔 空賊船として偽装されたアルビオン王党軍最後の戦艦『イーグル』号。巡航速度と小回りに優れ、戦列艦等級では最小の4級艦に分類される。その運動性と引き換えに砲撃能力は低い。アルビオン内乱で王党軍の誤算があったとすれば主力であった空軍の大部分が貴族派についてしまったことだろう。『イーグル』号がその中に含まれなかったのは、当艦が内乱当時に船員訓練の為の練習艦として運用され、直接空軍の指揮系統に置かれていなかったから、という『偶然』だった。 一方、アルビオン内乱の序章を繰り広げた当時のアルビオン空軍旗艦であり、現在貴族連合『レコン・キスタ』の空軍艦隊旗艦となった『ロイヤル・ソヴリン』号改め『レキシントン』号。戦列艦等級では搭載可能人員・火砲共に最多となる1級艦であり、両舷側あわせて108門の砲門を揃えている。艦齢も古く乗員も熟練の船乗り達に取り仕切られ、戦時であれば数頭の竜騎兵も搭載し戦場を渡る雄雄しき空軍の華であった。 その『レキシントン』号は今、随伴する味方艦と共に岬の突端に立てられたニューカッスル城をアルビオン標準高正1200メイルの高度を保って包囲していた。 因みに『アルビオン標準高』とは「アルビオンを中心としての標高差」を表す。始祖ブリミルの降り立った地とされる首都ロンディウムを0として上方向には正、下方向には負で表示される。世界の上空を漂うアルビオンならではの単位だろう。 包囲のまま城を睨むようにたたずむレコン・キスタの艦隊は、時より砲撃を行うものの、それによって王党軍に被害を出すことは少なかった。 木で出来た艦艇を撃沈するならともかく、堅い壁に『固定化』を施した城を落とすのは用意ではない。そのため貴族派はニューカッスルを陸上から包囲することで補給の道を絶ち、篭城する王党軍を枯死させる手段に出たのだ。…もっとも、拠点という拠点を落とされた今の王党軍に補給の手などあるはずはないと高をくくってもいる。 暗闇の中を船が進んでいく。ルイズは洞窟特有のひやりとした風を頬に感じた。 アルビオン標準高負400メイルにある人工的に作られた孔であった。位置的にはニューカッスル城の真下に位置し、外見からは雲に覆われて見る事が出来ない。 『イーグル』号は明かり一つない洞窟の中を気流の流れや洞窟の壁面を覆うわずかな発光性の苔などを頼りに進んでいた。 「熟練の、本物の船乗りでなければこの隠し港へ行くことは困難だ。そもそもが城を秘かに脱出する為に掘られたものでね、3等艦以下の艦艇でなければ通過する事もままならない」 甲板に立って客人のエスコートを買って出たウェールズ王太子は、呆然とするギュスターヴ、ルイズ、ワルドに向かってそう告げた。ギュスターヴは軍隊運営というともっぱら陸の人であったので、こういう船を駆る守人の気風が珍しかった。 「しかし小型艦ではこの狭い路を通るのは怖いですな。わずかな操作ミスで壁面をこすりそうだ」 「なかなか判ってるじゃないか子爵」 「これでも軍人の端くれですので」 「『レコンキスタ』の叛徒共はその辺りが分かってなくてね。あいつ等は駄目だ。船は大きく、砲がたくさん積めればそれで良いと思っている。お陰でまた今日のように無事に戻ってこられたというわけさ」 船乗りとして空を駆けた人間が持つ深い目で暗黒の行路を見るウェールズは、星ひとつ浮かばない夜の空に向かって船が飛ぶような錯覚をルイズに与えるのだった。 『前夜祭は静かに流れ』 程なくして『イーグル』号、そして後続する『マリー・ガラント』号はニューカッスルの地下に作られし秘密の港へと到着した。 そこは堅い岩肌を削って作られたドームに、半円状に突き出た岸から桟橋を伸ばした姿をしている。 二隻の船は桟橋を挟むように投錨した。『マリー・ガラント』号の本来の持ち主達はここへ連れてくる前にカッターボートに乗せて放出した。運がよければ陸にたどり着くか、何処かの船が拾ってくれるだろう。 『イーグル』号へ渡されたタラップをウェールズをはじめ乗員たちが降りていくと、岸では船を待っていたらしき兵士らが迎えてくれた。 その中で一人、背の高いメイジらしき男がウェールズに近寄ってくる。 「殿下。これはまた、たいした戦火でございますな」 長い月日を生きた証たる顔の深い皺を緩ませて男は言った。 「喜べ、パリー。荷物は硫黄だ」 その声に岸で迎えていた兵士一同がおお、と歓声をあげる。 「火の秘薬でございますな。であれば我等の名誉も守られるというもの」 「うむ。これで」 兵士達の熱い視線を受けるウェールズは、ほんの少しだけ声を揺らがせる。 「王家の誇りと名誉を叛徒へ示しつつ、敗北する事ができるだろう」 「栄光ある敗北ですな!…して、叛徒どもから伝文が届いておりますゆえ」 「なんだね」 言うとパリーは懐から一巻きの書簡を取り出してウェールズに手渡した。 「明日正午までに降伏を受け入れぬ場合、攻城を開始するとのこと。殿下が戻らねば、ろくな抗戦もできぬところでしたわい」 「まさに間一髪というところかな。皆の命預かるものとして、これで責務もはたせるというもの」 伊達にそう言ったウェールズと共に、兵士達は愉快に笑った。 笑いあうウェールズ達をルイズはどこか哀しい気持ちで眺めていた。 どうして彼等は笑えるのだろう。この場で敗北とは死ぬ事のはずなのに。 そんなルイズの心中を知ってか知らずか、ウェールズはパリーの前に三人を呼び寄せる。 「パリー、この方達は客人だ。トリステインからはるばる密書を携えてきてくれた大使殿に無礼のないように」 「はっ。…大使殿。アルビオン王国へようこそ。大したもてなしはできませぬが、今夜は祝宴を開くつもりです。是非とも、ご出席願います」 老メイジはそう言って深く頭を下げた。 ウェールズの案内の元、港を離れ、ニューカッスルの城内へ三人は入った。長い抵抗を続けた城は、倒壊こそしてはいないもののあちこちの壁にヒビや割れが見え、行き交う人々も少なく、そして疲れているように見える。中には、怪我が治りきらず包帯を巻いた者も少なくない。 三人がたどり着いた一室。それはウェールズ王太子の私室だった。 一国の王子らしからぬ、粗末な部屋である。木枠のベッドに机が一つ、壁に申し訳程度に壁にはタペストリーが飾られている。 引き出しより宝石箱を取り出したウェールズは、その中に納められた、便箋も封筒も擦り切れてボロボロになっている手紙を拡げる。何度も読み返しているのだろうことが想像できた。 ウェールズはそれをいとおしげに読み直すと、端に口付けてから封筒に戻した。 「アンリエッタが所望の手紙はこれだ。確かに返却するよ」 「ありがとうございます」 礼をしてルイズはそれを受け取り、慎重にしまい込んだ。 「明日の朝、非戦闘員を『イーグル』号に乗せて退避させる。トリステイン領内に下りる事は出来ないが、カッターボートで近くに滑降させることは出来るだろう」 ウェールズの声の淀みなさに、たまらずルイズは聞いた。 「殿下…もはや王軍に勝ち目は無いのでしょうか」 「ない。我が軍は300、向こうは5万で城を囲んでいる。援軍が期待できない篭城というのは既に戦術としても戦略としても負けているのだよ」 「そんな!」 冷厳なウェールズの言葉にルイズの淡やかな期待が打ち崩される。 「しかも向こうはアルビオンのあとはハルケギニア各国へ侵攻するつもりだ。であれば亡命も選択できない。亡命先を真っ先に戦火に巻き込むことになる」 「しかしその…姫様の手紙には…」 ルイズはウェールズが密書を見た時、そして今さっき手紙を渡してくれた時のしぐさが脳裏を巡った。任務を負う時アンリエッタは「婚約が破棄になるような内容が書かれている」と言った。それはもしや恋文ではないのか。それも、始祖や精霊に誓うような熱い手紙。であればアンリエッタは手紙だけではなく、ウェールズの身の安全も図りたいはずである。たとえ、結ばれなくても。 複雑な相を浮かべたルイズをみて、ウェールズは話した。 「……確かに、アンリエッタの手紙には亡命を勧める旨が書かれていたよ」 その言葉に静かに会話を聴いていたはずのワルドは顔を強張らせ、ルイズはハッと顔を上げた。 「…しかし、僕はここで誰よりも先んじて名誉と栄光ある討ち死にをするつもりだ」 「そんな…姫様のお気持ちはどうなさるのですか」 絶望が身体を包んでいるようにルイズは思えた。 「僕一人の命でトリステイン何万という人命を危うくしろと、その責任をアンリエッタに負わせと、君は言うのかね?ラ・ヴァリエール嬢」 ウェールズはあくまでも冷厳に、緊張した声でルイズに宣告した。 それは不退転の意思。アンリエッタの招く手を払い、国に殉じるという強い思いだ。 突きつけられたものに蒼白となったルイズの肩に、ウェールズの暖かい手が置かれる。 「君は正直すぎるな、ヴァリエール嬢。それでは大使は務まらないよ。しっかりしなさい」 声は一転して穏やかで、暖かな優しさを含んでいた。しかしそれも今のルイズにはウェールズの死出を演出しているかのように思えてならない。 「しかし、滅び行く国への大使には適任かもしれないね。明日滅ぶ国ほど正直なものはない」 「そんな…そんな、こと…」 ウェールズは言葉にならないルイズを励ますように軽く肩を叩いた。 「…さて。そろそろパーティの時間だ。君達は我らが迎える最後の賓客。どうか出席してほしい」 これ以上の説得を拒むような力強い声だった。 「……わかり、ました」 苦々しく答えてルイズは部屋を出て行った。ギュスターヴもそんなルイズを追う様に、ウェールズへ一礼して部屋を出た。 しかしワルドは一人、佇まいを直しながらも退室の気配を見せない。 「…何か御用かな子爵」 「恐れながら、一つお願いしたい議がありまして」 恭しげにもワルドはウェールズへ歩み出る。 「ふむ」 「実はですね…」 静かにワルドは懐に暖めていた案件をウェールズに伝えた。 ウェールズは得心が行ったように頷いて答える。 「私のようなものでよいのなら、喜んでそのお役目を引き受けよう」 陽も落ち、月明かりが差し込むほどの頃。ニューカッスル城の大ホールではこの日のためにと蓄えの中に残された新鮮な肉菜を放出して、ささやかながらも宴が開かれた。酒が入って陽気になった国王ジェームズ一世は、同じく酒の深い臣下達とともに笑いあっている。 ギュスターヴは壁際でグラスを片手にどんちゃん騒ぎを始める兵士達や、その家族として付き添っていた婦女らを眺めていた。 「傷はどうよ?相棒」 「まだ痛むが、まぁ大丈夫だよ。それにしても…」 ギュスターヴの視界の端端で繰り広げられる喜劇。明日までの命と悟りきり、せめて絶望を笑い飛ばすために騒ぎ立てる兵士達は、一国の主だったギュスターヴには心肝を寒くするものがあった。 「…侘しいものだな。敗軍というのは」 そんなギュスターヴを客人と思っても声をかけるものが少ない中で、ウェールズは努めて相手をしてくれた。 「やぁ」 好青年然としているウェールズへ、会釈をしたギュスターヴ。 「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔をやっているという剣士の方だね。トリステインは変わっている。人が使い魔をやっているとは」 「トリステインでも珍しいそうだ」 ははは、と笑うウェールズ。 「……しかし、300でも部下が残っただけで幸運だ。内乱の途中から造反者が続発してね。空軍旗艦として建造した『ロイヤル・ソヴリン』を始めとして、指揮系統ごと貴族派につかれたのさ」 「組織ごと?」 「ああ。…これも僕ら王族が義務を全うせず今日まで生きてきたからだ。だからこそ、僕は明日それを果たさねばならない」 「王族としての使命……」 嗚呼、ギュスターヴは思わずに入られなかった。なぜなら己はその王族の使命を殺し、なぎ倒して生きてきたのだから。 義弟に使命を果たせぬ『出来損ない』と叫ばれながらもその首を刎ねた。 実弟がその使命のために奔走するのを助けても、それを叶えることもできなかった。 そして今、異界、異国の王族が斃れようとしている中で、王族の使命を掲げて死に行く若者を目の前にして、ギュスターヴは考えるのだった。 人は過去から何を譲られ、何を未来へ託すのだろうか、などと。 ホールを辞したギュスターヴは、心身穏やかではいられなくなっているだろうルイズの様子を見るべく、用意された部屋へ続く廊下にいた。 今宵も異界の双月は二色の光を投げかけている。 「やぁ。使い魔の…」 そんな廊下の壁にもたれてギュスターヴに声をかけたのはワルドだった。 「ギュスターヴ」 「うむ。失礼。…君に言っておきたいことがある」 「何か?」 「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」 ギュスターヴの目が大きく開かれた。 「……こんな時にか」 「こんな時だからだ。ウェールズ王太子に媒酌をとってもらい、勇敢なる戦士諸君らを祝福する意味でも、決戦の前に式を挙げる」 朗々とワルドが言い放つ。それは一応は正論としてギュスターヴは理解した。 「…そうか」 「君は明日の朝、『イーグル』号で先に帰国したまえ。僕とルイズはグリフィンで帰る」 「長い距離は飛べないんじゃないのか」 「滑空して降りるだけなら問題ないよ」 「そうか…じゃあな」 それを今生の別れかの様にワルドは立ち去るギュスターヴを見送った。 その姿が夜闇に見えなくなると、口元を弛ませて嗤うのだった。 用意されていた部屋で、ルイズは明かりも入れずにテーブルに突っ伏していた。 「…ルイズ」 呼び声に顔を上げたルイズの瞼は、月明かりのような弱い光の中でも判るほど、泣き腫れている。 「ギュスターヴ…」 ルイズは立ち上がるとギュスターヴに飛び掛るように組み付く。鳩尾に顔を埋め、嗚咽を雑じらせている。 「どうして!どうして!みんな、笑ってるの?!明日にはもう死んじゃうんでしょ?…どうして…」 そんな稚いようなしぐさを見せる主人を、無言のギュスターヴは大きな手のひらで撫でてやるのだった。 「姫様が…恋人が、大事な人が死なないでって、逃げてもいいって言ってるのに、どうしてウェールズ王太子はそれを無視して、死のうとするの?」 「…ルイズ。貴族ならそれがわからないわけじゃないだろう。人と国を治めるものは自分の命を費やしてでもそれを守らなきゃいけない」 それがギュスターヴに答えられる数少ない言葉でもあった。 「だけど!もうアルビオンは滅んじゃうのよ…一体何を守るっていうのよ…」 「それは俺にもはっきりとは言えない…でも、上に立つ人間というのは、たとえ一人でも部下が居れば、逃げることは出来ないんだよ」 自分がそうであったように。 ひとしきり泣いたルイズは力なく立ち歩き、しつらえられたベッドに身を投げる。 「…もういや。早く帰りたいわ。遺された人がどれだけ悲しむか、考えもしない人ばかりで」 「そんなことを言うなよ。明日は結婚式なんだろう?」 「…え?」 綿の枕に顔を擦り付けながらルイズが聞き返す。 「ワルドが明日、ルイズと結婚式を挙げる、ウェールズに媒酌を頼むんだ、って息巻いていたぞ」 「知らないわ、そんなの…」 泣き疲れたのか、徐々にルイズの意識と声は途切れ途切れになっていく。 「もう、どうでもいい…。皆、馬鹿ばっか…」 そう言ったきり言葉がでない。暫くすると静かに寝息が聞こえてくる。 ギュスターヴはベッドのルイズに毛布をかけてやると、静かにルイズの部屋を後にした。 しかしその足は、自分に与えられた部屋へは向いていなかった。 前ページ次ページ鋼の使い魔