約 811,900 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/652.html
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」 その教師はそう自己紹介をした。 教室中が静かになる。どうにも慕われているというより、嫌われているので目を付けられたくないかららしい。 だがおれにはそんな事関係ない。 おれが考えているのはただ一つ。あの教師の長い黒髪を思いっきりむしりたい。コレだけだ。 前にやったときは頭に飛びついた時点で反撃を受けたからな。 今度は慎重にやる必要がある。我慢だ、おれ。 そんな風に自分を抑えていると、キュルケが立ち上がってギトーに向かって炎の玉を作り出し、打ち込んだ。 俺の獲物に手を出すな! と言いそうになったがその前にギトーが風を起こし、炎の玉を掻き消し、キュルケを吹っ飛ばした。 おいおい大丈夫か?キュルケのヤツ。 それはそうとヤツの武器は風らしい、 風はすべてを吹き飛ばすとか言ってるがそんなのは相性によっていくらでも覆される。 だがおれのザ・フールでは相性が悪いだろう。 この前気づいた事だがスタンドと魔法は相互干渉するらしい、 だから風で吹き飛ばされれば固めてる状態ならともかく砂の状態で操れなくなってしまうだろう。 やはり死角から飛びついて杖をなんとかしてからだろうか。 「もう一つ、風が最強たる所以は…」 お、また一つ手の内を明かしてくれるらしい。風が強くてもコイツはバカだな。 ギトーが詠唱を始め、呪文を唱える。 そしてギトーは分身した。 「うわ、スゲー何アレ?」 おれがつい声をあげると、ルイズに睨まれた。黙ってろって?分かったよ。 ギトーが分身の説明をしようとするが出来なかった。 変な格好の教師が入ってきたからだ。 頭にある金髪ロールの髪、それを見ておれは理性を失った。 「うおりゃああぁぁぁ!」 飛びついてむしる。だが失敗した。頭に飛びついた瞬間その髪がズレたのだ。 新手のスタンド使いか!? そう思ったが違うらしい。ただのカツラだ。 「チクショーーーーー!」 騙された恨みを晴らすべくそのカツラをズタズタに引き裂く。 「あぁ~それ高かったのに~」 情けない中年の声なんか気にしない。 みんなは真似しちゃDANEDAZE♪ ってあれ?教室中が静かだぞ?何で? おれはこの重い沈黙を破る方法を探した。だがおれにはどうしようもない。誰かなんとかしてくれ。 そして動いたのはタバサだった。そのカツラ野郎の頭を指差して 「滑りやすい」 途端に大爆笑が起きる。ナイスフォローだタバサ。 よく見るとカツラ野郎はコルベールだった。髪だけ見てたから気づかなかったが服も変な物を着ている。 具体的に言うとレースの飾りやら刺繍とか、絶対変だ。 「いいセンスだ…」 おいギーシュ、本気で言ってるのか? 「それで?何の用ですかな?ミスタ・コルベール」 「ああ、そうだった。今日の授業はすべて中止です」 歓声があがった。どこの学校でも授業というのは潰れて欲しいものらしい。 「中止の理由は何ですかな?」 ギトーが不機嫌そうに尋ねる。自分の見せ場を潰されたんだし当然だろう。 「本日がトリステイン魔法学院にとって良い日になるからです。何と…」 そこでもったいぶって言葉を切る。 なかなか続きを言わないので煽ってみる。 「早く言えよハゲー」 あ、ヤベ、睨まれた。 「恐れ多くも、アンリエッタ姫殿下がこの魔法学院に行幸なされるのです」 その言葉で教室がざわつく。それに負けないような声でハゲ…じゃなかったコルベールは続ける。 「したがって、粗相があってはいけません。今から歓迎式典の準備を行うので今日の授業は中止」 なるほど、そういうことか。 「生徒諸君は正装し、門に整列する事」 そう言い残してハゲベールは出て行った。 アレ?名前これでいいんだっけ? ルイズにこれから来る姫殿下の事を聞いてみた。必要な事をまとめるとこんな感じだ。 まず名前はアンリエッタと言い、他に兄弟はいないらしい。以上。 名前と他の兄弟の事。大事なのはこれだけだ。 何故かというと他に兄弟がいない、 それはつまりいつかは『王』になると言う事だ。 ここがおれとアンリエッタの共通点。 コイツをどう叩きのめすかが問題になってくる。 そんなワケで敵情視察だ、とは言っても正門にルイズと一緒に並んでみるだけなんだが。 お、馬車から降りてきた。 外見はかなり美人。よし、あれも部下にしよう。 馬車を引いてるのはユニコーンだな。あいつらから聞き込みが出来ないだろうか。 周りの警備は…四方を囲んでいる奴らがいる。けっこう強そうだがおれの敵じゃあないな。 よし、情報集めはこれでいいだろう。 戦闘面ならともかく、今回のような事ではは見るだけで得られる情報は少ないからな。 そう思ったおれは周りの連中の反応を見ることにした。 「あれが王女?ふん、勝ったわね」 胸の事か?おれもそう思うぞキュルケ。 「……」 お前はいつも通りだな、タバサ。 ルイズは…驚いてる?何を見てるんだ? おれはルイズの見ている方向を見る。 おっさんがいた。あいつは誰だろう? その夜。おれがどうやってアイツを蹴落とし、地位を手に入れるかを考えているとドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回。 それを聞いたルイズは 「このノックは!?」 ノックだよ。聞けば分かるだろ? 「合言葉を言わなくちゃ」 合言葉?ああそういう合図なのか。 「ノックされてもしも~し」 「ハッピー、うれピー、よろピくねー」 よく分からない合言葉の後、ルイズがドアを開けた。 入ってきたのはアンリエッタだった。 こんな所に王女が来るのは不思議だったが どうにもルイズとアンリエッタは昔馴染みらしい。 さっきから抱き合ったりしている。 そしてふと悲しそうな顔になったが、少しルイズと会話して何かを決意したらしく、何かを話し始めた。 「わたくしは同盟を結ぶためにゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが…… 礼儀知らずのアルビオンの貴族たちはこの同盟を望んではいません。 二本の矢も束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね。 したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています。 もし、そのような物が見つかったら…」 「姫様、あるのですか?」 「……はい、わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら… 彼らはすぐにゲルマニアの皇帝にそれを届けるでしょう」 「どんな内容の手紙なんですか?」 「それは言えません。でも、それを読んだら、ゲルマニアの皇帝はこのわたくしを許さないでしょう。 婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンに立ち向かわ ねばならないでしょうね」 「その手紙はどこにあるのですか?」 「手元にはないのです。実はアルビオンに…」 「アルビオンですって!ではすでに敵の手中に?」 「反乱勢ではなく反乱勢と戦っている、王家のウェールズ皇太子が…」 「ウェールズ皇太子が?ではわたしに頼みたい事とは…」 「無理よルイズ。アルビオンに赴くなんて危険な事、出来るわけないでしょう」 「姫様の御為とあらば、何処へでも向かいますわ!このルイズ、姫様の危機を見過ごすわけにはまいりません!」 ルイズがこっちを向いた。 「行くわよ!イギー!」 「え?どこへ?」 つい反射的に答えてしまう。 「話聞いてた?」 「翠星石は俺の嫁、までなら」 ルイズに蹴られそうになったが、そうはならなかった。 ドアから新たな人間が入って来たからだ。 「姫殿下の話を聞かないとは何事かー!」 ギーシュだ。 おれはすぐにデルフリンガーを抜く、するとルーンが光り体中に力がみなぎる。これがガンダールヴの力らしい。 ギーシュから三メイルほどの所で地面を蹴って飛び上がり、頬を蹴り込む。 「必殺!デルフリンガーキック!」 「おれ関係ねー!」 デルフの残念そうな声を聞きながらギーシュが倒れるのを見届ける。 だがギーシュは立ち上がってきた。もいっぱつ蹴ろうかと思ったがルイズの声が先だった。 「ギーシュ!今の話を立ち聞きしてたの?」 ギーシュはそれを無視してアンリエッタに話しかける。 「バラの様に見目麗しい姫様のあとをつけてみたらこんな所へ…そして様子を伺えば何やら大変な事になっているよう で…」 そういって薔薇を振り、ポーズをとりながら次の言葉を言った。 「その任務!このギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」 図々しいヤツだ。 「グラモン?あの、グラモン元帥の?」 「息子でございます。姫殿下」 「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」 「任務の一員に加えてくれるのならこれはもう望外の幸せにございます」 どうやらギーシュも参加するらしい。 おれも乗り気になっていた。 その手紙をおれが回収すれば何らかの切り札になるかもしれないしな。 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4806.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 その日は朝食をもらいに厨房に行ったところ、いつもより人手が少なく感じた。 不審に思ったギュスターヴはマルトーに聞く。マルトーは厨房の弟子達をどやし付けながら答えてくれた。 「いやぁ、なんでもよ、今日は学院にアンリエッタ王女殿下が行幸しにくるってんで、式典に人手を取られちまってよ。 お陰で貴族向けの食事に手一杯で賄が適当になっちまったぜ」 「そう言うなよ、十分旨いぞ。…そうか、王女が来るのか」 「おうよ。なんと言ってもアンリエッタ王女といえば、トリステインに咲いた一輪の白百合!その美貌は一流貴族から底辺這い付く乞食まで明るく照らす、なんて言うんだぜ。 教師方もてんやわんやよ」 空言のようにギュスターヴには聞こえてくる。恐らくマルトーにとっては、雲の上の人のことより今日明日の仕事の方が大事なのだろう。 朝食後。ギュスターヴは時折、ルイズについて授業を見学するのだが、今日もそのつもりでルイズに合流し、廊下を歩きながらマルトーから聞いた話をした。 「王女が来ると聞いたけど、本当か?」 「ええ。アンリエッタ王女殿下が起こしになるから、今日の授業は半分で済むのよ。その代わり、生徒全員で式典に参加してお出迎えしなくちゃいけないのよ」 どうやら知らなかったのは周りで自分ひとりだったらしいと、ギュスターヴは心の内で自嘲しながら、噂から聞いた疑問を投げかける。 「王女は先王の娘だと聞いたけど、今の王は誰なんだ?」 「アンリエッタ殿下の母上であらせられる、マリアンヌ女王陛下よ。…といっても、政務の殆どは宰相のマザリーニ枢機卿が執っていると聞いてるわ」 「へぇ…」 一言発してから静かになったギュスターヴを、ルイズは覗き見る。その顔はいつだったか、剣を買いに行ったときに見せた鋭いものだった。 (前にもこんな顔してたわねこいつ。…何考えているのかしら) 質問されっきりで放置されてルイズは少し不愉快だったが、ギュスターヴの見せる顔は普段の温かいものとは違った、研ぎ澄まされた宝剣のような美しさを感じてしまう。 (い、嫌だわ!私ったら…。使い魔に見とれるなんて、まるでギーシュみたいじゃないの!) 尚、引き合いに出されたギーシュは最近、女性関係に疲れて使い魔のヴェルダンテに癒しを求め始めたともっぱらの噂なのだった。 さて、そんなルイズの視線をよそに、ギュスターヴは思考の中で情報を整理するのに真剣だった。 (女王が殆ど政務を執らず、宰相が執っているというのは…女王に政務を取り仕切る能力がないのか?) 平時ではそれでも良いのだろう。しかし動乱激しいサンダイルで育ったギュスターヴにとって、それは少し危ういように思えるのだった。 『舞台、その裏は…』 そのように黙考をめぐらせながらやってきた教室の隅にギュスターヴは陣取り、なるべく授業の邪魔にならないようにと努める。 使い魔お披露目以外の時でも、教室に使い魔を入れるのは概ね了解されているため、教師も、他の生徒達も、とりあえずはギュスターヴが居ても放っておくのだ。 たまにギュスターヴにちょっかいを出す者、或いは、ギュスターヴを攻める形で間接的にルイズを罵るような輩もいるが、余程大騒ぎしない限り、ギュスターヴもルイズも 無視するようになった。 ギュスターヴはより多くこの世界の情報に接したかったし、ルイズは自分を磨くという目的に専心できるようになったからだ。特にルイズは座学では元から優秀だった為、 学科の授業ではそれは顕著だった。 徐々に時計が回ってゆき、教室に人が入って温まってきた頃、出入り口の一つから教師が入ってくる。彼は教壇の前に立って机に座る生徒達を見渡して言い放った。 「諸君。知ってるとは思うが、私の二つ名は『疾風』、疾風のギトーだ。今日は四属性の性質について、あらましながら触れたいと思う。さて…」 ギトーと名乗った教師は、細く吊りあがるような目で教室を見て、一角に座っていた赤髪の女生徒に焦点を絞った。 「ミス・ツェルプストー。質問に答えてもらえるかね」 「なんでしょうか。ミスタ・ギトー」 「この世に存在する魔法属性の中で、最も強大なものはなんだと思うかね」 問われたキュルケは、一呼吸置いて答えた。 「虚無ではありませんか?」 「私は伝説の話をしているのではない」 ギトーはキュルケの答えに鼻で笑う。その振る舞いがキュルケには不快だった。 「では、火だと思いますわ」 「ほぅ。それはなぜかね」 「火はあらゆるものを燃やす、破壊と情熱の力ですもの」 髪を掻き揚げて胸を張るキュルケ。ちょっとした意趣返しのつもりである。 「ふむ。なるほど。その答えには一定の真実が含まれている。では」 言葉を切ると、ギトーは腰から杖を抜いて構えた。 「私を火の魔法で傷つけることが出来るかね?ミス・ツェルプストー」 教室が俄にざわりと震える。問われたキュルケも驚いた。 「…本気で仰いまして?ミスタ」 「無論だ。君の得意な火の魔法を私に放ちたまえ。君が火を最強と言うのであればな」 (遊ばれている…) いちいち物言いが不愉快な教師である。キュルケは胸元から杖を抜いて立ち上がり、構えた。 杖先に意識が集中される。火花のような種火が上がり、それは風船に息を吹き込むように膨らんでゆく。 膨らみきった火球は、直径1メイルはあるだろう大火球となってキュルケの杖先に出現した。 その熱気を恐れて周囲の生徒が避難を始める。 「『フレイム・ボール』!」 杖を振って火球がギトーに向かって飛ぶ。通る道の空気を焼き焦がしながら飛ぶ小太陽に向かって、ギトーはルーンを唱えてから、サッと杖を振った。 火球はギトーの胸元まで迫らんか、という時。見えない壁に遮られたようにその進行を止めてしまった。 火球はギトーの目前で轟々と燃え続けていたが、やがて徐々にその勢いを弱めて小さくなり、最後には消えた。 ギトーはその様を満足げに確認してから、視線を教室全体へ移す。 「諸君。ご覧のとおりだ。強大な破壊力を秘めた火の魔法でも、私が操る風の前にはその力が及ばなかった事を覚えて置いていただきたい」 キュルケは鼻白んだ。なんという教師だ。生徒を己のダシに使うとは! 対して一騒動終わったようだ、と避難した生徒達が席に戻っていく。 「勿論、あらゆる真理を押しのけて風が最強だ、とは言わぬ。しかし、風は大気ある限り普く作用することができる、という点で他の属性を凌駕できる。 火は水の中では燃えぬ、土は大地から離れては使えぬ、というように。同様の点で水の属性もまた、広い領域に作用する魔法である。メイジの中には 風と水を混ぜて氷の作用を起こし、これを操るものが多い」 ピクリ、とキュルケの近くの席に座って授業を受けていたタバサが反応した。 しかし、とギトーは続ける。 「残念ながら、氷の変化に頼るメイジは、二流と言わざるをえない。なぜならば、風の属性には、その性質ゆえに他の属性には決して真似できぬ技術が存在するからだ。 今からそれをお見せしよう」 そう言うとギトーは、再び杖を構える。今度は先ほどより強く集中しているのが雰囲気にもわかる。 「ユビキタス・デル・ウィンデ…」 ルーンが完成しつつあった瞬間、外側から誰かが教室の扉をドンドンを激しく叩いている。 ギトーは神経を散らしたらしく杖を収めた。 「…どなたかね」 不機嫌そうなギトーの声を聞いて開かれた扉から入ってきたのは、コルベールだった。 しかし、その格好は普段とは大きくかけ離れている。普段のそれよりも上質のローブを纏い、それの襟には細やかなレースが付いている。何より印象を大きく変えるのは、 不釣合いなほど立派な金髪ロールの鬘だ。普段の彼を知るものから見れば冗談にしか見えないようなゴージャスなロールヘアである。 開口一番、コルベールはギトーと生徒全体に聞かせる。 「皆さん、授業は中止ですぞ!至急生徒と教師一同は装いを改めて正門前に整列、王女殿下をお出迎えしますぞ」 「ミスタ・コルベール。式典までまだ時間があるかと思いますが…」 ギトーは懐の時計を見る。まだいくばくかの時間があるはずだった。 コルベールは重たい鬘に頭を振り回されながら答える。 「いえ、それがゲルマニアを予定より早く起たれたとの事で、学院への到着も早まると伝書が届いたのです。良いですか皆さん。殿下の御覚えよろしくなれるよう、 杖を磨いて準備するように!」 さて、そんな具合に徐々に学院が慌しくなってゆく頃、学院へと続く長く引かれた街道を、とある一団が進んでいた。 ユニコーン四頭で引かれた、豪奢な馬車が一台。さらにその後に重種馬二頭引きの馬車が進み、その前後を猛々しい幻獣に乗った兵士数人が囲んでいる。 馬車の側面と正面には、磁器で作られたような滑らかな光沢を放つ、ユニコーンと白百合をあしらったレリーフが誂えていた。 王女の紋章である。 街道を揺れる馬車の中で、一人の女性がため息をついた。揺れに任せる深紫の髪が憂いの表情を彩る。その姿は上質のドレスを纏いながらも、そこから あふれ出るような高貴を放つ。血筋の良さと温和な精神とが生み出す円やかな美しさであった。 「また、ため息をつかれますか」 そんな絶世の美女に同席するのは、一人の壮年の男だ。この男も女性と同じように上質の布を用いた服を着ている。その姿から 高位の官職を受けた人間であることがわかるが、女性と違い、つや肌や振る舞いに品位がにじむ、というものではない。むしろ消耗し、生気が枯れ始めたような 雰囲気さえある。 「ため息も出ますわ」 何を隠そう、この二人こそ学院の人間達が狂騒して待っているトリステイン王女、アンリエッタ殿下と、トリステイン王国の屋台骨を支える宰相マザリーニ枢機卿である。 「それほどまでに嫁がれるのがお嫌と見ますな」 「ええ。このトリステインの王侯貴族の中に、好き好んでゲルマニアと縁を繋ごう、というものがおりますか」 この王女殿下・宰相一向は先日、隣接する大国ゲルマニアとの会談と一定の政治的合意を得て帰国したのだ。 それはつまり、『アンリエッタ王女と、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚約』並びに『トリステイン・ゲルマニア間の互助軍事防衛同盟』である。 「あのような成り上がりの男の妻になれだなどと、よくも言えますわね」 「殿下。失礼ながら我がトリステインには他に選ぶ選択がございませぬことを、ご存知でしょう」 「存じてますわ。私達には剣が足りませぬ。そしてゲルマニアのあの男には高貴な血筋が足らぬのです。ですから今回の盟約が成るのでしょう」 既に旅すがら王女を説得すべく話し続けたマザリーニの言葉である。アンリエッタはうんざりしながら諳んじて見せた。 「アルビオンの内乱が進み、王軍が倒れようとしている。反乱軍は『レコン・キスタ』を名乗り、アルビオンを併呑の後には、トリステインを始め諸外国への侵攻も 仄めかしている。あろう事か『始祖への信仰』を謳って」 始祖が与えた三つの王権の一つ、アルビオン王国は、数年前から続く内乱に見舞われていた。反乱軍は『レコン・キスタ』を名乗る貴族同盟であり、彼らは 現在ある始祖の三王国に対して『現在の王権は聖地の奪還を忘れ腐敗しきっている』と声高に宣言した。 「アルビオンが落ちれば地理的にいえば第一に狙われるのが我が国です。しかしながら強大なアルビオンの軍勢と対するには我が国はあまりにも脆弱なのですよ」 「でも、何度聞いても要領を得ないのです。始祖から授かりし王権と王家が潰えるなどありうるのでしょうか」 マザリーニに向かって真顔で答えるアンリエッタ。彼女は幼い頃より帝王学の指導を受けなかったせいか、政治的素養が弱い。これは現女王マリアンヌの方針であった。 (ああ、先帝陛下がご存命であれば、もう少し策もあったものを…) マザリーニの懊悩は深い。 先帝はあまりに若く、かつ急な崩御を迎えた。国内はその死に混乱したが、マザリーニは情勢を安定させるために喪に服していたマリアンヌ王妃を強引に玉座に据えた。 形式としても玉座が空のままでは国を傾ける、と考えた為である。 しかしマリアンヌは先帝が英邁であったためか政治的感性も興味もまるで持たなかった人だった。玉座を埋めたこの3年間も、マザリーニ他宮廷の高官達の 説得や讒言に応じず、ただ玉座を暖めて過すのみ。これでは国難を乗り切ることはとても出来ない。それで今回の盟約となったのだ。 国難を退く一手の期待を負う羽目になったアンリエッタは気の晴れない表情のまま終始している。マザリーニは窓を隠すカーテンを開けて併走する幻獣騎兵を手招いた。 体躯の張り詰めた逞しいグリフィンにまたがる兵士は、唾の広い羽帽子を被っている。 「お呼びでしょうか。猊下」 「殿下のお気が優れぬ。何か気晴らしをさせて見せよ」 兵士は一礼して列を少し離れ、軍隊式の杖を構えて振る。鋭く伸びたつむじ風が、陽気に向けて開かれた野花達を摘み取って戻ってくる。兵士は シルクのハンケチーフを取り出して、即席の花束を作って見せた。 馬車の反対側に回ると、カーテンを開けたその向こう側に、美しいトリステインの白百合が手を伸ばしていた。 「殿下御自らのお手で受けられるとは。恐縮でございます」 渡された花束が馬車の中に消えて、再び伸ばされた手に兵士は恭しく口付けて見せた。 「お名前は?」 「魔法衛士大隊、グリフォン中隊長。ワルド子爵と申します」 憂いながらもワルドと名乗った兵に向かって視線を垂れる王女。その姿は透けるような美がある。 「貴方は貴族の鑑ね」 「殿下の卑しき僕にございます」 「…貴方のような忠誠深き臣下ばかりなら、トリステインも大安であったのですがね」 「悲しき時代でございますな、殿下」 「貴方の忠誠と行動に期待しますわ」 「勿体無きお言葉を…」 礼をして再び警護の中にワルドは戻っていく。カーテンが閉められ、アンリエッタの視線がマザリーニへ移る。 「彼は信用できるのですか?」 「あの者は衛士大隊でも指折りの猛者でございます。『閃光』の二つ名を以って呼ばれ、アルビオンの竜騎士大隊兵らにも劣らぬ男にございますが」 「ワルドと名乗っていましたね。聞き覚えがあるのですが…」 「ラ・ヴァリエール領に近い所ですな」 「ヴァリエール…」 アンリエッタの思考が遠くへ耽っていく。その素振りがマザリーニには奇妙だった。 「……何か」 「いえ…なんでもありませんわ」 「……そうですな。たしか先日のシュバリエ申請の書類に、ヴァリエール公の御息女の名がありましたな」 埒も無い話が漏れて、再び記憶を手繰り寄せるアンリエッタ。そう、以前裁務の代行を務めた時、書類の中に一つ。 盗賊を捕まえるのに尽力したとして名前が挙がっていた。 それは幼き日々に忘れていたような懐かしい名前であった。 「…殿下」 「…なんでしょうか」 三度、過去想いに耽っていたアンリエッタを、マザリーニは諌める声で現実に引き寄せた。 「近頃宮廷内でも『レコン・キスタ』に組しようと暗躍する一派がおります。付け込まれぬようお願いしますぞ」 「判っておりますわ……」 「その言葉、信じますぞ」 「嘘は申しません。私は王女ですもの」 目を細めてマザリーニがアンリエッタを見る。 アンリエッタは手に持つ花束を見た。生きた土の匂いが染み付いている。 (ウェールズ様……) 花は馬車の揺れに合せてゆらゆらと動いていた。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/madomagi/pages/61.html
Michaela みひゃえら 芸術家の魔女の手下。その役割は作品。 魔女によって命を奪われた人間は その体の一部分を盗まれ、この中に組み込まれてしまう。 概要 芸術家の魔女・Isabelの使い魔。 鉛筆のクロッキー画のような姿をしているが、顔はでたらめな線で描写されている。 戦闘時はゾンビのような動きで襲いかかる。 第10話で登場し、1周目の鹿目まどか・巴マミと戦闘。マミのリボンに拘束され、まどかの矢で一掃される。 出自が魔女に襲われた人間であることが明かされている数少ない例である。 魔女Isabelの作品は「どこかで見たようなものばかり」だということだが、使い魔すらどこかから「盗ま」なければ創り出せないということなのだろうか。 魔法少女まどか☆マギカポータブルにも登場。 通常の人型の他にムンクの叫びをモチーフにした個体が存在し、人型は相手のHPを吸収し、ムンクの叫びは遠距離から相手にダメージだけでなく幻覚にさせる雄叫びを発する。 ポータブルでのドロップアイテム アニメ版にも登場した代表作はVIT強化ポイントを、意欲作は万能薬をドロップする。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/14.html
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ 「バカな、キュルケ… ホントに、なんというおろかなことをしてくれたんだ」 地べたに転がったまま、ギーシュは奥歯がガチガチ噛み合わなかった 鳥の巣頭がチリチリと焼け焦げアフロと化したあの男は しばらくボーゼンと立ち尽くした直後 ブワァァァッ ビンッ ビンッ ビンッ カゲロウのように周囲の空気をゆらめかせ、 髪の毛があおられるように逆立っていく 「アレのことをいうのか? 怒髪天っていうのは… あいつはもう止まらない 取り返しがつかないんだぞッ!?」 「ったく、非ッ常識な頭だこと…」 「まっまだ怒らせる気かぁ――ッ」 ヒステリーのようにわめくギーシュを放って キュルケは考える (「殺す」のは簡単だと思うけど… トライアングルメイジの全力を以てすれば、ね) 「殺し方」はすでにできていた あの男がこちらに近寄ってくるところへ 火×1の魔法で足下に火を放ち、さえぎる ムカドタマ真っ最中の男は迂回などせず ナゾの力で地表をまとめてぶっ飛ばし鎮火するだろう 一瞬だが足は止まる さすがに生身で炎に突っ込むわけがない そこへ火×2の魔法で扇状になぎ払い、とどめとなる 火×3は使わない、長い射程は必要ない どうせ近寄ってくるのだからそのときが最後だ 灼熱の中で窒息しながら焼け死ぬのだ 必要とあらばやる キュルケはそれができる女だった だが、それだけでもなかった 「…」 チラリと見る ルイズとは、先祖代々宿敵同士なのだ こと、微熱のキュルケの性(さが)において その因縁はきわめて重大だった 「……」 (この私が本気を出すの? ゼロのルイズの使い魔に? …却ッ下だわ、そういうのはね…大人げないっていうのよッ) 男がこちらに歩いてくるのが見えた 嵐の前の静けさというやつだった 殺さないなら方針も違う そのためのギーシュだった 「手伝ってもらうわ、ギーシュ…ちょっとばかりね」 「手伝えだって? 無責任なッ アレをああしたのは君じゃあないかッ!? ボクは知らないぞ、知らないんだッ」 「大金星を拾えって言ってるのよ、あなたに」 「ああ、口ではなんとでも言えるだろうさ 人を乗せるのがウマいからな、キミは だけどボクはだまされないッ」 キュルケの目がスゥッと細くなった ビクッ 「な、なんだね、今度は脅そうとでも言うのかい?」 「そ…『あのこと、バラすわよ』」 ズン ある意味、最悪の魔法だった ギーシュには身に覚えがありすぎた 「な、何だい? あ、『あのこと』とは?」 「『あのこと』よ」(フフフ…) ザッ!! 戦闘態勢をとるキュルケ これ以上はさすがにノンビリかまえていられないッ 「あいつが『ぬかるみ』にハマッた瞬間に、錬金で足下を石に変えるのよ、いい?」 「『ぬかるみ』だって?」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ハマッた瞬間でなければ意味がないわ、目をこらしてなさい…」 ボンッ 再び放たれた火球は、今度はまっすぐ男に向かった 避けなければ焼けて死ぬ これで決まれば世話はない キュルケは素早く駆け出していた 「あなた、どこのどちら様? カッコイイわよその髪型…最初のアレよりずっとねぇ?」(フフ) 走るついでにオチョクッていく 知らない言葉を使っていたようだが 笑われたことに怒っているのなら多分通じているのだろう そうでなければアレは危険な狂戦士(バーサーカー)だ 殺してしまった方が世のためということ ダムッ 男は炎を横飛びに回避してからキュルケに向かって飛んでくる これでふたつわかった ・男は炎の直撃に耐えられるとは自分でも思っていない ・バカにされていることを理解するだけの脳ミソはある だが、飛んでくる勢いが大砲のそれだったことだけはわかりたくもなかった ギャン!! 一瞬のうちに2メイル以内にまでカッ飛んできていた 走ったくらいじゃどうにもならない (何よ、これは… 風系統の魔法じゃない 杖がなきゃ魔法は使えない 地面を殴って、その反動で自分を飛ばしてきたとでも言うの? …とにかく、まずいッ!!) 反射的に身をかばい、顔の前で腕をバツの字に組む 今度は威力を知る番だッ 「DORAaa!!」 ズドドバァ 見えない拳が突き刺さる すれ違いざま五発くらいが飛んできた ドッ ミシッ パキッ ポキ ゴシャア 第七肋骨、亀裂!! 右肩胛骨、亀裂!! 右手骨、粉砕ッ!! キュルケは全身に疾る鈍い音を聞いた ゼロのルイズと同じように空中に舞い上がり、落っこちる 目の前が真っ暗になっていたが、おかげで意識はなんとか戻る 馬車に轢かれた気分だった 少しの間、遅れてきた痛みに歯を食いしばって仰向けに空を見上げていたが 「いッ…… ~~~ ッたいわねぇぇぇぇッ!!」 身を転がして一息に立ち、闘志のメーターが恐怖にふれかかったのを怒鳴り散らして引き戻す パワーはともかく、速さを読み違えていた あの男は20メイルをひとっ飛びで駆け抜け すれ違った相手を五発は殴って反対側に着地できるらしい あまりうまく着地はできなかったようだ 逃げて端に寄っていたクラスメート達のド真ん中に転がり込んだ男は 草にまみれて肩口を押さえていた キュルケはすかさず頭の中でメモを付け加えた ・最初に考えた「殺し方」はダメだ 高速で突っ込まれたら対応できない ・だがアレは、あの攻撃をやりなれてはいない うまくすれば自滅を誘えるかも… 一方、追いついてきたコルベールはツルリ光る頭を抱えたい気分だった あの男は危険すぎた 放っておけば死人が出るだろう だからその前に私が殺す 殺さねばならない そう思っていた だが (生徒の中に着地するとは…) コルベールもまたトライアングルメイジである 火×3の魔法で男の周囲のみに局地的な完全燃焼を起こし アッという間に窒息死させるつもりだった どんな能力を持とうが、どんな力で殴れようが関係のない処刑法だった 彼の理念に真っ向から反する行動だが生徒のためならやむをえなかった だが見ての通り目論見はつぶれた (これでは皆まで巻き込んでしまうぞッ…!!) 「このぉぉッ、イミフメーな髪型の分際でキレてるんじゃないわよッ」 なんということだ 聞こえてきたあの声を叱りつけねばならない 「やめなさいミス・ツェルプストー ここは生徒の出る幕では、ありませんッ」 「…あら、コルベール先生 先生こそ下がっていて下さいませんこと? 『火の本質は破壊ではない』んですものね? ですが私は微熱のキュルケ 荒事は好みですのよ」 「どうするつもりなのですか、そのような有様でッ」 「何を言っても遅いんですわよ先生 …だって、もう、来ますもの」 チッチッチッ 舌を鳴らしながらキュルケは 男に向かって左手の甲を突き出し、人差し指をクイックイッ 万国共通、キット通じる「かかってこい」だッ 右手は使えないから仕方なかった 変形させるフシギなチカラで骨が変な風にくっついたらしかった 「……」 しかし今度は男は来ない 戦闘態勢はとったままだが キュルケと回りを交互に見て動かない (…チョットぉッ) キュルケは苦々しげに舌打ちする (攻撃をためらうの? なんで今更ッ いいわよ、だったらもう一押しすればいいだけッ) 「…ファイヤッ」 ボワン 火×1 魔法の杖から放たれたそれは空高く舞い上がり 男の背中まで回り込んでから落着する まわりくどい軌道に魔力をとられて威力は落ち込んだが これでクラスメートを巻き込む問題なしッ 完全(パーフェクト)ッ!! 「さぁ…いらっしゃい、こっちにッ 今度はツルッパゲにしてやるわ」 ドワッ!! 男の足が、土から、離れたッ!! 4へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2006.html
翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、 暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。 まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに 詰めた鞄を手に唸っていた。 「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」 手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには 無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、 まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである ――ということがその理由であった。 両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、 「ギーシュ!」 待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。 「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」 「ま、まあね・・・」 問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。 「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」 「確かそうだね それがどうしたんだい?」 「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」 「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」 「え?」 「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が 張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは 始祖の与え賜うた試練なのさ」 「な、ちょっと・・・」 「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」 「待っ――・・・!」 相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと 荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、 モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。 「何よ、バカにして・・・!」 大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。 ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに なった。 一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての 荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。 永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。 ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から 眼を血走らせて飛び出した。 「んだァ?豚の化物かありゃあ」 長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは 興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、 シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。 「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな 存在ですね」 プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。 巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の 魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば 誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。 最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の 人間を確認するや否や、 「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」 耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が 土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、 逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。 そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が 一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。 「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」 実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて 七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を 突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。 「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」 「あっ!?」 狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に 粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進 しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて 出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。 「・・・で?どーするのよ」 茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を 強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。 「と、突撃あるのみだよ!」 「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」 「うっ・・・」 本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの 指弾に反論出来ずに呻いた。 「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が 無いわよ」 小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、 「・・・来る」 いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。 その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。 「なッ!?」 扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して しまった。 「し、しまった・・・!」 「・・・形勢逆転」 「飛ぶわよッ!!」 一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、 必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。 そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の 群れが猛然と走り出す。 「ルイズ、足止めをお願い」 タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を 開始した。 「分かったわ」 自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き 出して、次々と爆発を放った。 「ぶぎぃいいッ!!」 眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の 威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。 最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。 クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、 ――・・・それが何だって言うのよ 今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、 自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実 だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。 やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、 タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。 無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に 畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。 「あっ・・・お三方とも凄いです」 老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは 仏頂面を変えずに応じる。 「いや」 「えっ?」 「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」 よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。 その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。 「――――っ!!」 ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の 鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。 仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に 上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に 怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は いなかった。 「くっ・・・」 倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。 見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを 与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは―― オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と 速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に 低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な 魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには 時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用 出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。 「・・・イス・イーサ・・・」 タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の 無骨な杖に再び冷気が集まり始め、 「・・・ウィンデ」 冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち 出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を 追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。 氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い 隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に 向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら 姿を現した。 生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。 「く、くそっ!」 なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが 飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで 棍棒を振りかぶった。 「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」 シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。 三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の 仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き 別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、 仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。 「ぶぎィィイイイイッ!!!」 最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬 眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、 男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では 無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の 出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び 力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。 「・・・・・・?」 オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。 男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、 単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで 彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。 …いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も―― 五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。 「・・・・・・!!」 凍ったように? 否。 オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結 されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、 オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。 「あ、ありがとう・・・助かったわ」 血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして いるルイズ達に向き直った。 「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」 つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。 「あだぁあっ!!」 「こいつだ」 「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる とこだったじゃあねーか!ええ?」 「うう・・・すいません・・・」 地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく 使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。 「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・ おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」 「い、いや・・・それは」 「それは何だ」 「そ、」 「うるせえ!」 「酷ッ!」 ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。 「あだだだだだ!」 「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」 「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」 「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」 「えええええ!?」 ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。 へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に 溜息をつく。 「ま、これでちょっとは成長するかしらね」 「因果応報」 「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」 「ギアッチョさーん・・・」 古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。 「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」 彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7396.html
前ページ次ページ赤目の使い魔 雲ひとつ無い空、まさしく晴天の天気の下で、おおよそ似つかわしくない爆発音が響く 音源は、荘厳な造りの、西洋の王城を思わせる建築物。 しかし、それは城ではなくれっきとした『学校』であった。 名を、トリステイン魔法学院。その名の通り、魔術の教育を行う場である 今も、その建物の中では授業が行われている。それも、今後の成績、学校生活、ひいては人生さえも大きく左右する内容のものが。 そこに再び響く爆発音。 生徒が一人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの、通算12回目の「サモン・サーヴァント」失敗であった。 ● ● ● 「………ぅぅぅぅぅうううううううっ!」 もうもうと立ち込める煙の中、桃色の髪を振り乱し、童顔の美少女ルイズは、その容貌に不似合いな癇癪を起こし、人目もはばからず歯噛みし、地団太を踏む。 彼女の視線の先、いち早く煙が晴れた爆発の中心には、前後で変わらず何も無い。それは、「サモン・サーヴァント」の失敗を如実に表していた。 その様子を見て、担当教師であるジャン・コルベールはかぶりを振る。 「ミス・ヴァリエール。残念だが、今日はここまでとしよう」 口調は諭すように優しいものであったが、それを聞いたルイズはびくりと体を震わせて、必死に食い下がる。 「そんな!お、お願いですミスタ・コルベール!どうか、続けさせてください!」 その必死な様子に周りの生徒から失笑が漏れるが、気にしている余裕は無い。 ほかの生徒が皆使い魔を連れている中、たった一人でいる自分へ向けられるだろう嘲り、侮蔑を思えば、何倍もマシだった。 「時間も押している。それに、他の方達のことも考えるんだ」 彼の言うとおり、最初こそ生徒たちもルイズが失敗をするたびに、馬鹿にした笑い声を上げていたが、 五回目を超えたあたりからそれらも成りを潜め、顔に浮かんでいた嘲笑も、十回目を越える頃には単調な場景に対する辟易としたものへと変わっていた。 しかし、ルイズも引くわけにはいかない。 「お願いです……、どうか、後一回だけ…」 懇願するような彼女の様子を見て、コルベールは困ったように唸る。 彼とて、このまま彼女だけを未遂のまま終わらせるのは忍びない。 しかし、教師としての責務も軽々しく無視するわけにはいかない。 しばらく、彼は俯いて考えていたが、 「……これで最後だよ。必ず成功させなさい」 結局、天秤は生徒への情の方に傾いたらしい。 「は、はい!」 顔を輝かせて返事をするや否や、ルイズは直ぐに真剣な面持ちで魔方陣へと向き直る。 ワンチャンス。そう自分に言い聞かせ、彼女は大きく深呼吸をする。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴える! 我が導きに、応えなさい!!」 唱えるというよりは、叫ぶに近い彼女の呪文。 その後、暫しの沈黙が流れた。 成功か、とルイズは顔を輝く。 しかし、そんな彼女の目前で通産13回目にして本日最大級の爆発が起きた。 爆風を身に受けながら、ルイズは膝をついた。 自分への情けなさ、恥ずかしさ。そのすべてがこみ上げてきて、その双眸に涙が浮かぶ。 「うぅ…」 思わず両手で顔を覆う。 おそらく、あと少しもすれば周りから貶され、罵倒され、蔑まれるのだろう。彼女は身をこわばらせた。 しかし、何時まで経っても周りから言葉らしい言葉はかけられない。 ざわ、ざわ、と聞こえるのはどよめきのみ。 流石におかしい、彼女はそう思って、恐る恐る顔を上げる。 そして見た。煙の中で揺らめく、確実に先程までなかったモノの姿を。 「あっ!」 ルイズの表情が歓喜にあふれた。 さっきまで浮かんでいた絶望の色は、最早顔面のどこにも見受けられない。 視界が晴れるのに比例して、彼女の期待も右肩上がりで上昇する。 知識の象徴であるグリフォンだろうか。はたまた力溢れるドラゴンだろうか。前置きの長さの分、上昇の比率も倍加する。 そして、煙が完全に消えた先にいたのは、 「…………………人間?」 それは、うつ伏せに倒れた人間であった。 体系から見るに男だろうか。茶色でセミロングの髪を紐でくくり、貴重となる上着、ズボンはどこと無く赤黒く、襟元は真紅となっている。見る人によると中世の貴族のような印象を与えるが、そう判断できる人物は少なくとも『この場』にはいなかった。 彼らにとって一番重要だったのは、それが魔獣でもなんでもなく、ただの人間であったこと。 そして二番目に重要だったのは、その者が貴族の象徴であるマントを身につけていなかったこと。 即ち、 「平民?」 遠めに見守っていた生徒の間で聞こえたこの一言。 まるで、それが起爆剤になったかのように、彼らの間で先程までの爆発にも劣らない大きさの笑い声が起こる。 「おいおい、何かと思ったら平民かよ!」 「少し期待しちゃったじゃない!」 ……あんまりだ。 罵声を受けながら、ルイズは肩を落とした。 散々焦らしておいて、召還されたのは只の平民。これならば、延期してでも万全の調子で臨んだほうが良かった。 恨みますよ、始祖ブリミル。 「ミスタ・コルベール、儀式のやり直しを…」 「出来ない。残念だが」 最後まで言えずに否定された。 往生際が悪いと彼女自身も感じる。が、しかし、平民を使い魔にするなんてものも彼女にはありえない選択肢だ。 「お願いです!明日でも明後日でも幾らでも延期してかまいませんから!」 「伝統なんだ。ミス・ヴァリエール」 にべもなくコルベールは続ける。 「召喚された以上、平民だろうがなんだろうがあの人間には君の使い魔になってもらうしかない。これは絶対の掟だ。」 万事休す。八方塞。ルイズは方と共に頭も垂らした。 のろのろふらふらとした足取りで、魔方陣の中心へと向かう。 男は相変わらずうつ伏せのまま動いていなかった。 ルイズは溜息をつくと、男の体を揺り動かす。 「ほら、起きなさい」 それでも、男はピクリとも動かない。 しばらく手を止めなかったが、数分経ったところで我慢の限界が来た。 「いい加減に…」 しなさい、と言う言葉と共に、男の腹に手をまわして無理やり仰向けにしようとする。 しかし、 どろり。 手の広に不愉快なぬめりと暖かさを感じた。 「えっ?」 生理的な嫌悪からか、ルイズは素早く手を引っ込める。 見ると、手は袖口まで真っ赤に染まっていた。 「あ」 そこで、気付いた。 男の服の一部が切り裂かれており、服の赤黒さはそこから広がっているという事。 男の体の下から少しずつ赤い領域が広がっている事。 男が少しずつ、しかし確実に死へと向かっている事。 「あ、あ、あぁぁぁあああっ!」 取り乱したルイズを見て、コルベールが慌てて駆け寄る。 「どうした!ミス・ヴァ…!」 そして、目の前の惨状に気付いた。 驚愕して目を見開くが、年長者というだけあって状況の判断も早かった。直ぐに大声で周りの生徒に呼びかける。 「水系統のメイジを!他の者は救護室に向かえ!」 何事かと覗き込んでいた彼らも、状況に気付くと血相を変えた。ある物は魔方陣のもとに走り、またある物は校舎へと戻っていく。 「あ……あ…」 見ると、ルイズはまだ冷静を取り戻していなかった。 コルベールは落ち着かせんと彼女に駆け寄る。 「ミス・ヴァリエール、冷静になれ。出血は酷いが、まだ生きている」 彼の言うとおりその男の首筋はまだかすかに赤みが差している。 それを見て、ルイズもいくらか落ち着きを取り戻し、呼吸も落ち着いた。 そこに、 「う…ぁ………」 男の口元から、くぐもった呻き声が漏れた。 「だ、大丈夫!?」 いち早く反応したのはルイズだった。 男に顔を寄せ、大声で呼びかける。 男が顔を上げ、その目がゆっくりと開いていく。 そして、彼女と目が合った。 「…え……?」 当惑の声を発したのは、ルイズ。 男の顔は、どちらかと言えば端正なほうだ。まだ若く、青年と呼ぶのがちょうど良い。 服の調子と相まって、どこか高貴な雰囲気を感じさせる。 混乱の原因は、男の目にあった。 本来白いはずの部分は、すべてが真紅に染められており、瞳は逆に淀みのない純白。 色相を反転したような眼球の中心に、すべてを飲み込むような漆黒の瞳孔。 明らかに、異常。 しばらく視線を交わしていたが、やがて男が静かに口を開く。 そこに見えたものによって、ルイズの頭は強制的に驚愕から恐怖へと変換された。 男の歯は、その全てが鋭く研ぎ揃えられた八重歯であった。 普通ならば切歯や臼歯が存在する場所にも、等しく槍のような犬歯が生えている。 その青年がいた場所では、その外見からしばしば「吸血鬼のようだ」と言われていたが、『この場』の吸血鬼はまた違う外見をしているため、そのような言葉を発するものはいない。 しかし、それ故にその容貌は周囲の人間を理解不能な恐怖へと叩き落す。 口を開いた青年は暫しひゅうひゅうと呼吸をしていたが、 やがて、笑った。 笑うと、生えそろった八重歯がうまく噛み合わさり、その不気味さがさらに増す。 しかし、青年の顔に浮かんでいるそれは、まさしく微笑みといっていいほどに穏やか。 異常なコントラスト。周囲にいた人間はみなそう思った。 そして、青年は言葉を紡ぐ。 「やぁ…………」 あくまでも、優しく、朗らかに。 「友達に…ならないか?」 前ページ次ページ赤目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5055.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 泣き腫らした瞼が、風に当たってひやりとする。 ルイズがそんな感想を抱きながらも、背中の問答を特に気にもしないシルフィードは悠々と空を飛び、眼下には馴染みの魔法学院が見える。 シルフィードはいつものように、手近な広場に下りようと旋回を始めた瞬間、翼の端に『何か』が当たったと思った。 その『何か』は今度は当たった翼の端から伸びてシルフィードの頭に影を作るように覆いかぶさってくるようだった。 シルフィードは焦った。このあたりで自分と同じ高さを飛べるものはそれほど居ないはず。 動転した幼生竜は背中の主人達を一瞬忘れて、大きく傾斜して旋回し、自分に当たりそうになった『何か』から逃れようとした。 疲れで気が抜けていた背中の四人は、急な動きを見せるシルフィードに驚き、傾いていく竜の背中から落とされないように手近い背びれに捕まる。 キュルケはびっくりしてぎゅっと、目の前のこりこりとした触感のひれを抱きしめ、ギュスターヴは少しざらつくうろことひれの前のこぶを掴んで踏ん張った。 タバサもシルフィードの首根元に抱きつき、急に動き出した使い魔を叱咤しようと考えていた。 そしてルイズは………泣き疲れていたせいか、三人よりも反応が遅かった。 シルフィードの背中の何処にも捕まる事ができなかった。 「あ……」 遠心力に流れるように自分が竜の背中から引き剥がされた時、ルイズは浮遊感の中で一瞬愉しんだ。しかし次の瞬間、落下する感覚と風の音に恐怖した。 「あーーーーーー!!」 「ルイズーー!」 いち早く気付いたギュスターヴが手を伸ばすも、指はルイズに届かない。 どんどんと加速する落下速度がルイズに死の恐怖を与えつつあった次の瞬間、ルイズの体に掛かっていた落下加速が落ち、地面に近づくほどに落下が緩やかになる。 地面に付いた時、ルイズはぺたん、と尻をついただけで傷一つ負わなかったが、流石に腰が抜け、全身から脱力してへたり込んだ。 「は……はぇ……」 へたったルイズに近寄るのは、後退した壮年の男性。 「大丈夫ですかな?ミス・ヴァリエール」 コルベールその人だった。彼は広場に出ており、片手には糸を巻いた棒のようなものを握り、もう一方の手には魔法を使うための杖を持っていた。 落ち着いたシルフィードが広場に下りると、背中の三人は腰が抜けたままのルイズに駆け寄った。 「大丈夫なのルイズ?」 「も…もう落ちるのはいや……」 アルビオンから脱出した時もかなりの高度から落下したため、今のルイズは落下浮遊にかなり敏感になっているようだ。 ギュスターヴに手を引いてもらいどうにかこうにか、小鹿のような足取りで立ち上がったルイズに、コルベールは緩く頭を垂れた。 「いやぁ、申し訳ありませんミス・ヴァリエール。実験中のカイトが風に流れてしまって。ミス・タバサの風竜を驚かせてしまったようですね」 どうやらコルベールは空にカイト(凧)を飛ばしてなにやら実験をしていたらしい。そそくさと糸を巻き取り始めると、鳥のように左右に羽を広げた形のカイトが降りてきて、 器用に地面に落下させる。 「一体何の実験をしていらしたんですの?」 「え?…それは…まだ、ナイショですぞ」 コルベールはばつが悪そうに笑った。 カイトを回収したコルベールは咳払いを一つしてならぶルイズ、キュルケ、タバサを見た。 「しかし、ミス・ツェルプストーとミス・タバサはともかく、ミス・ヴァリエール。貴方は今まで何処へ行っていたのです?」 「え?…それはその…」 ルイズは密命ということで早急ぎ、楽員に休む旨の知らせをせずに学校を起った為、ここ数日は無断欠席の扱いになっていたのである。 もちろん、ここで密命をうけていたことを話すわけにはいかない。 「…い、今からオールド・オスマンへ報告してきますわ!では失礼!…行くわよ、ギュスターヴ」 まだ足腰がはっきりしないルイズがぐいぐいとギュスターヴの腕を引く姿は、遠めに見てもおかしなものだった。 『百貨店 建設』 それより3日後、トリステイン内にアンリエッタ王女殿下と帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚約、それにあわせて両国の軍事協約を結んだ事が発表された。 さらにその翌日、アルビオン貴族連合『レコン・キスタ』はアルビオンの『統一』を宣言、国号を『神聖アルビオン共和国』と改名し、その初代皇帝としてレコン・キスタの首魁 オリヴァー・クロムウェルが新設された貴族統一議会の満場一致で就任した。 クロムウェルは皇帝として就任すると、アルビオン新政府は瞬く間にアルビオン国内の騒乱を鎮圧し、最も近いトリステインとゲルマニアに対し『不可侵条約』を打診した。 王政を打破して士気が上がっているはずのアルビオンからの打診に両国はそれを受諾する旨を共同して発表。トリステイン・ゲルマニア軍事協約が発効する翌月 ニューイの5日までには不可侵条約に関する三国共同の文書を作成する確約をとった。 各国の首脳陣はそれらの折衝に追われる日々を過すのだが、国に暮す人々にとっては概ね平和な時間が流れることになった。 勿論それは、トリステイン魔法学院の中も例外ではなかった。 アルビオンから帰還して数日経ったある日の夜のことである。 ギュスターヴは相変わらずルイズの部屋で寝泊りしていた。ルイズ本人も何も言わないから余人がとやかく言うことも出来なかった。 とはいえ、多少の住環境の改善がされているらしく、始めの頃毛布一枚だった寝床が、ルイズのベッドと並べられるようにマットが置かれるようになった。 「なぁルイズ」 「なによ」 ルイズは寝間着で机に向かって本を読んでいた。振り向けばギュスターヴは、見慣れない真新しい帳面を広げている。 「商売を始めたいんだが…」 「そう……?…商売?!」 「ああ」 一瞬聞き流しかけたルイズだが、ぐっと抑える。 「どうしたのよいきなり」 ギュスターヴも佇まいを少し直し、ルイズを見て話した。 「ルイズの使い魔をやり続けるにしても帰る道筋を探すにしても、色々と資金が居るだろうと思ってな」 「……やっぱり、帰りたいんだ…」 ルイズの声色がよろしくない、と思いながらも、ギュスターヴは包み隠さず話した。 「そりゃあ、帰りたくないといえば嘘になる。此処には俺を本当に知っているものは誰も居ないんだから…」 ギュスターヴの言葉にルイズはくしゃ、と顔を崩す。そしておもむろに立ち上がって、ベッドに身を投げた。 「勝手にすればいいんだわ。どうせ私は使い魔も御せないだめなメイジなんだもん。使い魔に相応しいメイジじゃ、ないんだもん…」 綺麗に敷かれたシーツに顔をぐりぐりとしているルイズは稚い。 「そんなことを言うなよ。…少なくとも、こうやってルイズ、お前の隣に居るのは嫌いじゃあないんだ」 ギュスターヴは、そんなルイズの頭を撫でてやった。年の割に発育の悪いルイズは、そうされていると幼児のようにも見えるのだった。 「……じゃあ、どうしてよ。どうして帰るかも知れないなんていうの。ずっと居るって言ってくれないの…」 自分が甘えているという自覚を持ちつつもルイズは聞かずに居られない。 寝物語を聞かせるように、ギュスターヴは優しく話した。 「…俺はサンダイルで、過分にも色々と人の上に立って人生を過してきた。俺が居なくなってもう、一月以上になるだろう。 俺が居なくなった後、サンダイルがどうなったのか興味があるのさ」 ギュスターヴの脳裏に、アルビオンで死地に赴いていったウェールズの姿がよぎる。 あれは俺だ。ルイズに呼ばれなかった時の俺だ…。 ウェールズは自分が死んでも何かが誰かに託されるだろうことを願って、戦場に逝った。 サンダイルの覇王ギュスターヴもまた、あの砦の炎の中で死んだのだ。 ならば、俺が社会に投げ込んだ鉄鋼は、どうなっていくだろう?誰かが引き継いでいってくれるものなのだろうか? 優しく撫でられていたルイズは、まどろみを感じながらぶちぶちしている。 「…皆魔法が使える中で、魔法の使えないあんたがどうして人の上に立てるのよ…嘘ばっかり…本当はこんなところからさっさと逃げ出したいんでしょう……」 重くなっていく瞼に抗えない。 「本当…嫌になっちゃう…商売がしたいんなら……勝手に……やりなさい……よ……」 「ありがとうルイズ。……おやすみ」 寝付いたらしいルイズからギュスターヴが離れる。 「でも……っちゃ……や…ん……」 「ん?」 ルイズが何か言っているかとギュスターヴは振り向くが、既にルイズの意識は落ちて静かな寝息に変わっていた。 ギュスターヴはルイズの許可をもらうと、フーケ捕縛時やモット伯告発で得た資金を元手に、まず最も近場である王都トリスタニアの経済状況を調べた。 しかし、そこで困ったことが判る。トリスタニアを中心とする首都経済圏の規模が、ギュスターヴの予想のそれを下回っていたのだ。 トリスタニア『を含めた』周辺の村や町を含めて23,000人程度の経済圏では個人の起業参入の選択肢がかなり限定される。 (因みにサンダイルのハン・ノヴァは1260年代で40万人弱の人口に膨らんでいた) ギュスターヴは以前トリスタニアを歩いた時に見た光景を思い出した。大小の商店が店を構える中、その軒先を露天商が有料で借り受けて商売をしていた。 露天商とはいえやはり商売人なら立派な店を持ちたいのが人情だろう。 ギュスターヴの発想。それはそのような露天商達を相手に商売をすることだった。 まず、ブリトンネ街等を始めとする商店街の一角に数階建ての建物を用意する。次に露天商を勧誘し、そこで店を開いてもらう。 張れて店もちになった商人達には売り上げの一部を場所代として支払ってもらうのだ。 この案を現実にするにはいくつかの問題があった。まずトリスタニアの商工ギルドの許可がいる。 これについてはコルベールやマルトーといった知己の協力を得て事なきを得た。 次に、露天商が招けるような建物の取得である。これが一番の問題で、結局取得できた物件を大幅に改装して用意する事になった。 後は建物に呼べる露天商と、常在できないギュスターヴの変わりに管理をしてくれる人間の手配である。 この問題ではなんとシエスタから意外な援助をもらうことが出来た。 「王都には親戚の親子がお店を持ってるんですよ。お手伝いになるか判りませんけど、紹介の手紙を書いておきますね」 シエスタの手紙と簡単な地図を手に王都に出かけた折、ギュスターヴは『魅惑の妖精』亭を訪ねた。 「そうね。そのお店でうちの店の宣伝とかもできるし、優先的になにか利用させてくれるなら全然オッケーよ」 『魅惑の妖精』亭オーナー、ミ・マドモワゼルことスカロン氏は独特な風貌であったが悪人ではなさそうだ。 「露天商の誘致と管理が出来る人間ね。ちょうど良い子がいるわよ」 そう言って奥のドアから現れ、紹介されたのはスカロン氏の娘ジェシカ嬢であった。 「この子もそろそろ商売人として独り立ちさせたかったし、人の使い方も巧いわよ。ジェシカ。あんたこの仕事できそう?」 言われて計画を書いた書類をまじまじと見たジェシカはにっと笑って答えた。 「面白そうだね、お父さん。ギュスターヴさん、だったっけ。このお店の開店までの手配、私に任せてみてくれないっかなっ?」 どうにょろ?と言いたげなジェシカの眼を見て、ギュスターヴは応と答えた。 それからの行動は殆どジェシカの独壇場だった。商店街から腕利きの露天商を引っ張り込み、店舗の改装にも着手。あれよあれよという間にブリトンネ街の一角には 地上3階建て、半地下の一階、内3階に計6人の店主が店を構える驚異の新商店が誕生する事になった。 それから後日、或る日のコルベール研究塔にギュスターヴはルイズを訪ねた。 ぼわん、と開けられた出入り口から砂埃を吐き出して、埃にまみれたルイズとギーシュが出てくる。 「げっほ、げっほ…ミスタ・コルベール!持ってきて欲しいものってこれですか?」 ギーシュとルイズは二人がかりで埃塗れの布に包まれた謎の物体を引っ張り出していたのだ。 「ギーシュ、あんた『レビテーション』で持って行きなさいよ」 「こんなかさばるもの一人で『レビテーション』かけても持っていけるわけないじゃないか」 「まったく、なんで私がこんな目に…」 二人に呼ばれていたコルベールは、自分の研究塔の脇に設営した大きな天幕から姿を現す。 「いやいや、ご苦労様でしたミスタ・グラモン、ミス・ヴァリエール。手が離せなかったもので」 「なんなんですかこれは?」 目の前に置かれた物体の布を剥ぐ。それは黒塗りにされ、一方から取っ手の付いた棒が張り出した『箱』だった。 「以前ゲルマニアに行った時に買ったきりで放置してたものです」 一応状態を確かめたコルベールは、二人係りで引っ張り出してきたものを軽々と引き上げる。 「これを取り付ければ…」 そういって大きく開けられた天幕に箱を引き込む。天幕の中にはレンガや土壁で出来た人一人入れるようなドーム状の建物のようなものが作られていた。 コルベールは箱を立て、建物のようなものの脇にくっつけた。 「ふむ。これで完成ですぞ」 「ミスタ・コルベール。これは一体…」 いぶかしむギーシュにコルベールは自慢げに答えた。 「これはですね。ミスタ・ギュスより伝授していただいた製鉄法を用いた溶鉱炉なのです」 「「溶鉱炉?」」 声を揃えるルイズとギーシュ。 「二人に持ってきていただいたのは箱型のふいごですよ。火入れはまだですが、これが使えればトリステイン産の鋼材よりも質の高い錬鉄が作れるようになります」 「しかしなんでまた自前の溶鉱炉なんて作るんですか?」 「今私のやっている実験は色々と複雑な要素が絡んでおりましてな…詳しくはまだ、秘密です」 なんとなく不満気なルイズとギーシュであった。 「でも最初に聞いた時は驚いたね。露天商にわざわざ店自体を貸して営業させるなんて」 天幕の外に簡易なデッキセットが置かれ、そこでギーシュが葡萄水を飲んでいた。 彼はルイズ達が留守にしている間、ちゃっかりコルベールの助手として居座っていた。モンモランシーやケティから逃げるにも体が良いからだ。 シエスタはこまごまと給仕をして回っている。 「店の名前はどうするんだい?」 「ん?…そういえばまだ決めてなかったな…」 手の手紙を弄びながら答えるギュスターヴ。 手紙には店舗の準備、商人の手配が出来たこと、4日後に控えた開店には顔を出して欲しい旨が書かれていた。 「開店直前まで店の名前が決まってないって、どういうことよ」 「でもこういうお店って何屋さんっていうべきなんでしょう?」 手紙には誘致した商人が主に扱っている商品についても書かれていた。日用品、食料、アクセサリー、などなど。変わったところでは 床屋と香水の計り売りなんてものも名前の中に入っていた。 「ギュスターヴ、ちゃっちゃと決めなさいよ」 「そうだなぁ……『百貨店』、なんていうのはどうだろう」 「「「ひゃっかてん?」」」 コルベールを除く三人が聞き直す。 「いろいろな物を置いているって感じがするだろう?」 「ま、いいんじゃない?」 「いいですね」 「うーん、僕なら『七色の薔薇園、五色の敷石、三色の川の流れる場所』とか名づけるなぁ」 まるで『明日の天気は晴かな』くらいの気軽さで言ったギーシュの言葉に、シエスタとルイズは冷たい声で答えた。 「それはないわ、ギーシュ」 「ないですね」 「えぇ?!ひどいなぁ」 「略すと七五三だな」 「なんだかもっと馬鹿にされている気がする?!」 そう言ったギュスターヴも特に他意のあるコメントではなかったりする。 そんな風に談笑がされるコルベール塔前に、風鳴りをして一体の竜が降りてくる。青い鱗のその竜に、蒼紅の二色の髪が風にはためいていた。 「ハァイ?お元気」 「ミス・ツェルプストー!」 シエスタはキュルケを認めると、サッと輪の中から一歩下がってみせたが、キュルケは手を振って制止した。 「あら、大丈夫よ?今日は談笑したいところだけど、ちょっと用事が違うの」 「用事?」 「私の用というか、タバサがね…」 キュルケが振り返ると、タバサはシルフィードから降りて談笑の輪に近づいていった。その手にはいつも持っている、身の丈を越える長い杖が、ない。 「貴方に」 「僕?」 声をかけたのはルイズでもギュスターヴでもなく、ギーシュだった。 「貴方に決闘を申し込む」 悠長にグラスに葡萄水をかっくらっていたギーシュは、貴族の息子らしくなく含んでいたものを盛大に噴出した。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1016.html
ルイズはその魔法を即座に思い出した。 『ライトニング・クラウド』 雷を発生させる凶悪な攻撃魔法、それが扉にいた四人のワルド、風の遍在に よって放たれたのだ。 青白い光が空気中をジグザグに走り、炸裂。よくて大怪我、悪ければ死亡。だが、 ルイズとキュルケ、タバサは怪我ひとつしていなかった。 失敗した、わけではないはずだった。空間を叩き割る音、それがいまも耳鳴り として残っている。 耳鳴り、とは。 「ンドゥール!」 ルイズが呼びかけるが、返事はなかった。彼は杖を突いたまま立ち、微動だに していない。心配は杞憂に終わったのか、いや、そうではなかった。彼はただ、 倒れることを拒否しているのだ。耳の穴から真っ赤な液体が流れ出しているにも かかわらず。 「保険が効いたみたいだ」 ワルドが服のほこりを払い、立ち上がった。ウェールズたちは逆に窮地に立たさ れてしまった。一人と四人、計五人のワルドに囲まれている。式の前からすでに 作り上げていたのだ。ンドゥールは呪文を聞いていたかもしれなかったが、どの ようなものかはわかるはずもない。 「……よくぞ四人も遍在を作り上げるものだ。その技量には敬服しよう。しかし、 同じことができないとは考えなかったのか」 ウェールズが腕を押さえながら言った。苦渋に満ちた顔。 「そんなことはない。だが、詠唱の暇は与えなければ問題はない!」 戸から四人のワルドが襲い掛かる。杖は魔法を付加され、鋭利な刃物と化している。 ウェールズが女子たちを守るために立ちはだかろうとする。しかし、一体はふわりと 彼を飛び越し、四人に向かっていった。 「もらった!」 遍在のワルドが持つ杖、その切っ先がンドゥールの肩を突き刺した。もちろん 頭部を狙ったものだったが、ほんの一瞬早くルイズが彼を突き飛ばしたのだった。 「いい判断だよ」 本体のワルドがその遍在を自分の下に引き寄せた。 「しかし、先延ばしにしたに過ぎない。婦女子方、覚悟はよろしいかな」 笑ってそんなことを口にする。ンドゥールに止めを刺さないのは、いつでもできる からである。聴覚を破壊されては、ただの死んでいないだけの男だ。そんな死に 際の相手より生きて牙を剥いている方に目を向ける。集団で戦う際には当たり前だ。 それが、普通の相手であったならばだが。 ワルドは嘗め回すようにルイズたちを見やる。三人は杖を向け、戦う意思を見せて いる。どうも大人しく命を絶ってはくれなさそうであった。トライアングル二人と、いまだ 自分の力を理解していないメイジ、実質二人のスクウェアを相手にするには不足である。 それに、敵はまだいるのだ。 礼拝堂に突如大きな振動が襲ってきた。 「なによ今度は!」 ルイズが声を上げる。響きは外から聞こえてくる。それだけでなく大地が不規則な震動を している。明らかに自然の現象ではない。疑問に答えるように、いやらしさを含んだ優しい 声でワルドが言った。 「攻城が始まったのだよ。約束を守ると思っていたのかい?」 ルイズとンドゥールの二人は横っ腹を空気の塊で殴られた。力は強く、大きなゴーレムに 殴られたかのようだった。 キュルケが炎を生み、タバサが氷の槍を作り向かわせた。だが両者とも強力な風に煽られ あらぬ方向へ飛ばされてしまった。しかし、二人のワルドは優位さを確かめるよ うに静々と近寄って きている。 「ルイズ。君は諦めないのだね」 「当たり前だわ。殺されるのは嫌だもの」 「でも、どうやってだい? 後ろの級友も不安げな顔つきだ。味方を巻き込んで自爆してくれるのなら 手間も省けるんだが」 嫌なところを突かれた。 (でもわたしにはこれしか戦う方法がないんだもの。仕方ないじゃな……まだあったわ。戦う術は なにも魔法だけじゃない) ルイズは地面に転がっていたデルフリンガーを拾った。手にずしりとくる重たさだが、 振れないことはない。むしろちょうどいいぐらいだ。剣もよろこんで手伝うといってくれた。 「伝言だ! 時間を稼げ、だとよ!」 デルフリンガーがそう言った。それはンドゥールが、あのような状況でもいまだ諦めて いないこと、勝利を模索していること。 それは勇気を与えてくれる。不屈の魂がルイズの幼い身体を奮い立たせる。 彼女は剣を構え、まさしく騎士のような姿を取った。 ワルドは驚きながらも若干楽しそうに声を上げた。 「すばらしいよ。君はいい。妻になってほしかった女性だよ」 「ぜえったいに、いや!」 強い拒絶。その後に小さな笑いが起こった。 「見事に振られたわね。あんたは退場なさい!」 キュルケが火を放つ。タバサもタイミングをずらし、氷の槍を打ち出した。 風の盾で火を防いだのでこと受けきることはできない。ならばと、二人のワルドは 蝶のように舞い、華麗に避けて見せた。その最中にも魔法の詠唱をしていた。 それは風の魔法を使うタバサにはわかった。先ほどと同じもの。 『ライトニング・クラウド』 二つの雷が絡み合いながら三人に襲い掛かった。 炸裂、またしても空気を叩き割る音がした。ところが、タバサもキュルケも無傷のまま だった。静電気すら起こっていない。その理由は、目の前の小さ な少女がその身で 庇ってくれたからだった。 ルイズは、立っていた。二つの足と一つの剣で身体を支えていた。両腕が焼け爛れ、 今にも気を失ってしまいそうだった。だが彼女は朦朧とした意識である疑問にぶつかっていた。 それは単純なことである。 なぜ生きているのか―― 彼女はおちこぼれではあったが勉強には熱心だった。そのためワルドの使った魔法がいかな 威力か、それは頭に入っている。だからこその疑問。まず、 二重で受けてしまえば生存できる はずがないのだ。 「……イズ!」 誰かの声が聴こえた。心配してくれるのがよくわかった。 頭の中は衝撃で混濁している。家族や友達、使い魔の顔が浮かんでくる。そして、憧れていた 男の顔も。いまそれは憎き敵である。忘れてしまいたい。記憶を消してしまいたい。でも、それ は逃げだ。敵から逃げてはいけない。 戦わなくてはいけない。ルイズは叫んだ。 「キュルケ! タバサ! わたしが守るから好きにやって!」 「……わかったわ!」 今度はキュルケはより巨大な炎を作り出した。さらにタバサは風を吹かせ、その炎を圧倒的な 津波へと成長させる。それが飛んだ。 あまりの巨大さ、避けれるものではない。ワルドは二人で力を合わせ、その攻撃に飲み込まれ ることのないように竜巻を作った。ワルドたちの目前で炎が壁となり視界を包む。だが、所詮、 それだけ。時間が経つにつれ徐々に勢いを弱め、彼の眼に三人の姿が映りこだした。 このとき、ワルドは不思議に思った。とっておきの攻撃を防いだのだ。 それなのに、なぜ、してやったりとした顔をしているのか。 視界が開けたまさにその瞬間、背後から答えが襲ってきた。 「ざまあ!」 キュルケが歓喜の声を上げた。彼女の自慢の使い魔、フレイムがワルドの背後から炎を 吹きかけたのだ。至近距離からのそれ、人間に耐え切れるようなものではない。見事に ワルドの一人は消し炭になってしまった。 が、惜しいことに本体ではなかったようである。すぐさまフレイムは魔法で殴り飛ばされた。 「ひどいことをするわ。人の使い魔に」 そうぼやきながら、キュルケは事態が悪くなったことを悟る。もはや小細工は通用しない だろう。ウェールズも三人が相手なため徐々に押され始めている。助けは来ない。 ンドゥールは意識が戻ってきているのかゆっくりと体を起こし始めているが、戦力にはな らない。耳から血が出ているということは鼓膜を破られたのだ。 無音の暗闇に彼は閉じ込められている。 「さあ、もう十分だろう」 ワルドは笑っている。彼にとってこれはお遊びなのだ。子供が蟻をいたぶるのと同等。 それだけの実力差がある。キュルケはつばを飲む。汗が体中に浮かんできていた。額 に前髪が張り付い ていて、うっとおしかった。 「タバサ、あなたの使い魔は来れないの?」 「できない。レコン・キスタが邪魔」 キュルケが舌打ちする。 ワルドが呪文の詠唱を始めだした。キュルケも対抗して魔法を唱える、が、杖の先から 炎は出てこなかった。魔力が尽きてしまったのだ。タバサは氷の槍を飛ばす。それは、 またしても軽々と避けられる。 詠唱が終わった。 『ライトニング・クラウド』 今度こそ死んじゃうかも。ルイズは雷を眺めながらそう思った。 悔しくてたまらなかったが身体の痛みが意識を朦朧とさせ、感情は爆発しなかった。 だから静かに思った。アンリエッタとの約束が守れなかった。ウェールズを守れなかった。 ワルドを倒せなかった。キュルケやタバサ、ギーシュを巻添えにしてしまった。 ただ一人の使い魔、ンドゥールになにもできなかった。 ごめん 青白い蛇はルイズに迫ってくる。彼女はそれを見て、死を嫌った。嫌ったものの、 受け入れるしかないと諦めたまさにそのとき、ひょうきんな声がした。 「思い出したぜえ!」 手に握っていたデルフリンガーが雄たけびを上げた。途端、その錆びついた刀身が 太陽のような輝きを放ち、殺意を持った雷という蛇を『食って』しまったではないか。 「雷を二発も食らったショックで思い出した! 俺はよお、あまりに暇だったんで身体 を変えてたんだ!」 輝きが収まると、そこにはいま磨き上げたかのような剣があった。 白銀のような美しい刀身だ。 「おい娘っこ、あいつの魔法は全部俺が止めてやる!」 「もっとはやく、気づきなさい、よ」 憎たらしい口を利かせたが、ルイズはほっとした。防御はこれでいい。あとは、後ろの 二人が、やってくれる。 そう『安心』して、彼女は気絶した。 「あとは私たちに任せなさい」 キュルケは倒れるルイズを抱きとめ、額にキスをしてデルフリンガーを取った。 びゅん、と、振ってからワルドに剣先を突きつける。ちらとウェールズを見るもこちらに 気を向ける余裕はなさそうだった。だったら自分たちだけでなんとかしてみよう。 「ねえ、ちょっと作戦があるんだけど」 「……わかった」 タバサに伝え終えると、キュルケはゆっくりと足をすすめ始めた。ワルドの杖はいま、 風の魔法が掛けられてあるようだった。白い竜巻のようなものがついている。確実に それは彼女の肉体を貫くだろう。 キュルケは脳内でどう動くかを考える。先日のンドゥールとの決闘からして、剣で戦って も勝ち目はない。どう攻めても防がれ、胸かのどか額に穴を開けられるだろう。ならば どうしたらいいのか、簡単なことだ。 彼女は地面を 蹴った。 ワルドは迎え撃とうと、風のように静かに迫った。技量は天と地ほどの差がある。彼の勝利 は必然。 だからキュルケは、振りかぶった剣を目前で止めた。 「ほお!」 杖先は剣の腹に衝突した。キュルケはわかっていた。振り下ろそうと、払おうと、突きをしようと、 すべて避けられるか流されるかして杖先で貫かれるということを。だから彼女は、それらすべて をしなかった。戦わなかった。防御に徹した。 それすらも難しくあったがワルドの慢心が可能にした。 しかし、そんなことをしたところで止められるのは一瞬だが、その一瞬さえあれば作戦は完成 する。キュルケはすぐさま後ろへ跳んだ。 ワルドは見た。タバサ、彼女の周囲には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの氷の槍が 浮かんでいるのを。十や二十どころではない。彼は後ろに下がり壁を作る詠唱を始めた。 おそらくそれでも防ぎきれない。ならばあとは肉体を駆使しかわすだけしかない。 風の壁を作る。氷の槍が飛来する。一撃でも食らえば致命傷になりかねない太さだ。 銃弾のごとき速度をもったそれらが風と衝突した。拮抗は一瞬、風は易々と槍を弾き飛ばしたかのように 見えた。だが、実際は違う。ワルドもそれに気づいた。 槍は、風の力を利用し方向を変えただけだったのだ。 新たに切っ先が向いたのは、ウェールズを狙っているワルドの遍在たち。急ぎ意思を送り、背後に迫る 脅威をどうにかするべく命令する。だが、ワンテンポ遅い。無傷ではすまないと判断し、一人が腹に槍を ぶち込まれながらも呪文を詠唱する。他の二人は避けながら時間を待つ。やがて呪文が完成し、今度 こそ風は槍を散らしていった。 「甘く見ていたよ。なかなかやる」 ワルドは遍在たちを一旦自分の下に引き寄せた。五人が三人になっているが、これは キュルケの計算違いだった。本来ならさっきの作戦で遍在を全て倒して、ウェールズに とどめを決めてもらおうとしたのだ。 「タバサ、まだいける?」 小声で尋ねると、否定の返答がされた。これで魔力が残っているものはいなくなった。 ウェールズが彼女たちのもとにやってきて、眼前にたった。 「援護を感謝しよう」 「あら、どういたしまして。でも、どうします?」 「なに、勝算はないことはない。外の戦よりも遥かにましだ」 ウェールズは笑っていた。たしかに、三人を相手にするだけなのだから十倍以上の軍勢 とは比べようもない。 だが、そんな彼の笑みを吹き飛ばすことが起こった。 大地からより大きな震動が伝わってきた。 それはこれまでのものとは大きく違っていた。 真下からなにかが上ってきているのだ。 ウェールズはとっさの判断で四人をその場から突き飛ばした。 直後、彼の足元から何かが生えてきた。 「な、なんだこれは!」 ウェールズにはわからない。しかし、キュルケにはわかった。多少小さくなっていようと 間違いなかった。ほんの数ヶ月前、自分たちを殺そうとした女盗賊、フーケのゴーレム だった。本人はウェールズの目の前にいる。 彼女は高笑いを上げ、ウェールズに詰め寄った。 「やあ、久しぶりじゃないかっていっても覚えてないでしょうねえ。あんたはまだガキだったもの」 フーケはうろたえているウェールズを一発、素手でぶん殴り地面に蹴り落とした。 彼はレビテーションを唱え、床に静かに降り立つ。頬を押さえフーケを見上げた。 「まさか、サウスゴータ家のものか」 「そのとおりだよ。なんだ、覚えてるんじゃないか」 フーケは笑っていた。どうやら二人の間にはなにがしかの関係があるようだが、それはいまは どうでもいい。 問題は勝算が消えてしまったことである。 「そうそう、こいつらを渡しておくわ。なかなか頑張ったわよ」 彼女はゴーレムの中からギーシュとヴェルダンデを引っ張り出してきた。気絶しているギーシュ をヴェルダンデが担いでウェールズたちの下に走った。 「言っとくけど、俺ができるのは魔法の吸収だかんな。あんなゴーレムを土 に戻すのは無理だぞ」 「役立たずねえ」 「うっせえ」 デルフリンガーに軽口を叩くも、キュルケの心には敗北感が広がり始めていた。 ウェールズも同様だろう。苦々しい顔をしている。 ワルドがゴーレムの影から姿を出す。もう一度魔法を使ったのだろう、五人に戻っていた。 これでもうウェールズに勝ち目は、なくなった。 ワルドが告げた。 「観念したまえ。王族らしく自決させてやるぞ」 「断る!」 「ではどうするのだ?」 ウェールズは苦虫を噛んだ。これでは勝てない。勝てるはずがない。それならせめて客人だけ でも助けたい、と、彼は思っているが、目の前の敵がそれを許すはずがない。己の裏切りを知る ものを生かしはしない。 ワルドはこの戦いが終わるとトリステインに戻り、そのまま魔法衛士隊に戻るだろう。誰もが婚約者を 失った彼に同情する。そして愛しい姫のそばに居座る。許せられない。しかし、それを止める力がない。 悔しさで死んでしまいそうだった。 ワルドが近づいてくる。ウェールズが睨む。 歩みは止まらない。 彼らに死が着々と 近づいてくる。だが、ウェールズはそんなものが怖いのではない。あの愛しい姫と、 勇敢な客人をみすみす死なせてしまうのが怖いのだ。 このとき、彼は始祖ブリミルに願った。みっともなく、助けてくれと。 それは、叶えられる。もっともそれはそんな大昔に死んでしまったものではなかった。 自分が間諜ではない証拠に、やろうと思えばいつでも殺せると証明した、物騒な男だった。
https://w.atwiki.jp/eojpsp/pages/127.html
No.013 フリードニアの使い魔 使いやすい2マナ再行動1マナ魔道師の内の一枚。 主にアルージアの修道女は一致Fでの回避、女エルフの狂魔道師とは堅牢さで差別化されている。 F維持力に欠けるクリーチャーの多い火であることも重要で 脇さえ押さえれば狂魔道師と同じ堅さを発揮できる。 もちろん機巧偏重型のデッキに対する強撃も強力で 相手にとってみれば放置できないが一撃で落とせない嫌味なクリーチャーとなりうる。 コメント 名前
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7883.html
前ページ次ページ風の使い魔 MUROMACHI歴155年――両親を亡くした少年は、己の命と人生を懸けるに足る力と出会った。 MUROMACHI歴157年――諸国に戦乱の兆しあり。いち早く戦の臭いを感じ取った男は、 素質ある若者達を『虹を翔る銀嶺』に招集した。時代を動かす力、最強の武術『忍空』のすべてを携えて。 彼らはそれぞれの決意を胸に、一人、また一人と時代のうねりに漕ぎだしていく。 次々と邂逅を果たす十二人の弟子達によって、次なる忍空の歴史が刻まれようとしていた。 風の使い魔 1-3 「……なるほど。そして戦後、君は師の遺した畑の面倒を見つつ、故郷で暮らしていた。 収穫したトウモロコシをかつての仲間に届ける旅の途中、現れたゲートを潜ったと、こういうわけじゃな?」 学院長、オールド・オスマンは、机を挟んで立つカエルと見紛う顔の少年に語りかけた。 少年は幼く、まだ十二かそこらであるが、彼が見た目通りの少年でないことは、部屋にいる誰もが知るところであった。 少年――風助はオスマンの問いに、照れ笑いで頷く。とても戦闘集団の一隊長として戦場を駆けたとは思えない顔である。 「ああ、道に迷って腹減らしてたから、なんか食い物ねぇかと思って覗いたら吸い込まれちまってた」 あまりに馬鹿馬鹿しい理由に一同溜息。しかし、一番溜息を吐くべき少女は、いつもの無表情で風助の横に立っていた。 それは広場での騒動の後、タバサが風助と話そうと思った矢先のこと。駆けつけたコルベールによって、 タバサと風助は半ば強制的に院長室に、当事者だと主張して、ルイズとキュルケも強引に付いてきていた。 「未だに信じられません。あれが魔法でないということよりも、君が少年兵……しかも、 一部隊の隊長として戦場に立っていたことが……」 同席したコルベールは、風助の過去を聞いて苦い顔した。オスマンもそれには頷く。 風助はとても人を殺せる、殺した経験があるとは思えなかったからだ。 キュルケは感心した様子で、ルイズは半信半疑といったところか。相変わらず、タバサの表情は読めない。 しかしほんの一瞬、タバサは表情を強張らせた。両親は戦争で死んだ――さらりと、事もなげに風助が言った瞬間だった。 タバサの心情など知る由もなく、オスマンは引き続き風助を質問責めにする。 「それを可能にしたのが、忍空という武術なのかのう……。風助君、その忍空とやらを使える人間なら、 みんなあのような竜巻が出せるのかの?」 そもそも忍空とは何か。まずはそこから説明しなければならなかった。風助は拙い表現で説明したが、要約するとこうなる。 忍空――それは忍者の『忍』、空手の『空』。スピードとパワー、両者の長点を併せ持ち、増幅・発展させた武術。 武装は基本的になく、持ってナイフといったところ。 「強力な忍空技を使えるのは、隊長クラスだけだぞ。それに、空子旋を使えんのは俺だけだ。他は炎や氷、大地みてぇに使える力が違ってんだ」 そして忍空組とは、天下分け目の大戦において数千数万を相手取り、縦横無尽の活躍を示した部隊である。 隊員は約百人程度。子~亥の十二支に対応した部隊に分けられ、それぞれの隊の頂点に立つのが『干支忍』と呼ばれる十二人の隊長。 「なんとまあ……。すると他の隊長も、それぞれ自然を操る能力を持っておるわけで。 あれほどの現象を詠唱もなしに引き起こせる。そら恐ろしいことじゃの」 干支忍は単純な戦闘力においても、並の隊員をはるかに上回っているのは勿論、子忍の風、酉忍の空といったように自然を操る能力を持っている。 それこそが、忍空が忍空たる所以である。 「風助君、あの竜巻は魔力で出したのかね? 君には魔力がないはず……となると精霊との契約なのか?」 と、これまで黙っていたコルベールが割って入った。 「せーれーってなんだ? 忍空の技は、龍さんの身体を触って使うんだぞ」 コルベールは首を傾げる。そもそも、風助は精霊の概念を理解していなかった。 「竜? ドラゴンかね?」と、言ったのはオスマン。今度は風助が首を傾げた。 「風助君、その竜について聞きたいんだが……」と、次にコルベール。 長くて、でかくて、太くて……と、とりとめのない説明に、一同首を傾げる。頭上に?をいくつも浮かべるルイズ、 妙な想像に微笑むキュルケ、やっぱり無表情のタバサ、それぞれである。 が、よくよく話を聞いてみると、どうやら自然の中に宿る力のようなものらしい。 龍の身体、突く部位によって異なる技が発現するとのこと。 「しかし、一口に竜と言っても、こちらとは造形が違うのですな。文化圏が違うようですし、東国の辺りなのでしょうか……」 しかし、風助は自分のいた国の名前も知らないらしい。場所も国名も分からないのでは、推察しようがなかった。 拙い説明で辛うじて理解できたのは、三年前MUROMACHIからEDOに年号が変わったこと。 技術レベルは比較的近くとも、文化は違うということだけ。 「ふぅむ……、自然に宿る竜、もとい龍か……」 「おそらく、精霊に近い存在と見ていいと思われます。万物に宿る意思、力の源……そういったものの力を借りて行使する点では、 先住魔法と似ていますね」 意志と魔力で法則を歪めるのでなく、自然の力を引き出す術。その点では、確かに先住魔法に近いと言えよう。 「第一に必要なのは天賦の才。素養があっても、大抵は修行により龍を感じることで初めて見られる。 そして力を借りるに至り、自在に操れる域にまで達するには更なる修行……か」 修行、修行、また修行。頂点まで登り詰めることができるのは、ほんの一握りにも満たない数名。面倒臭さ、育成の手間では魔法以上か。 やはり、それほどの使い手はごく僅からしい。 オスマンは、ほっと胸を撫で下ろした。遠い遠い他国といえど、そんな怪物が何十人もおり、量産も可能となれば、 一国どころか大陸を制することさえ容易い。あのレベルの使い手が十二人でさえ、一国には十分対抗できる可能性を有しているのだろうが。 ルイズとキュルケは、それぞれ目を丸くしていた。あの小さな身体に、どれだけの力が秘められているのか。正直疑わしかったが、 つい先刻の竜巻を見せられては信じるしかなかった。 「しかし風や大地はともかく、炎や氷はそうそう手元にあるわけでもあるまい。その辺りはどうなっとるのかね?」 オスマンがそんなことを問う理由は、系統魔法で最も破壊力が高いとされるのが火であるからだ。戦場においても活躍する系統。 火種や氷、ないしは水を常に持ち歩かないと力を発揮できないとなれば、風や大地と比べて利便性は格段に劣る。 炎と氷と聞いて、風助が思い出すのは二人。 一人は垂れ目の男。何時でも何処でも、火事の中でさえ寝ている、放浪の絵描き。 一人は長い金髪の美形。虚弱体質でしばしば貧血を起こす、突発性自殺癖持ちのピアニスト。 どちらもオスマンの想像とはほど遠いだろう。 癖は強いが実力も結束も強い。今でも親しい干支忍の内の二人、炎の辰忍『赤雷』と、氷の午忍『黄純』だった。 「よく分かんねぇけど……龍が見えなくても、どっちも空気を操って氷や炎は出せる……みてぇに赤雷と黄純が言ってたっけかな」 そう語る風助は、実に楽しそうな顔をしていた。 破壊力に優れた火が制限されるなら、個々はともかく戦においての戦闘力はそれほどでもないかと思ったが、甘かったか。 ますます隙がないと感心してしまう。 しかも、聞く限りでは四系統魔法の仕組みと共通している部分もあるかもしれない。まだまだ世界は広いと、この歳でしみじみ思う。 「じっちゃん……まだ聞くのか? さっきから説明ばっかで疲れちまったぞ」 思案に耽っていると、風助がぼやいた。じっちゃん呼ばわりは違和感があったが、不思議と悪い気はしない。 「おお、すまんがもうちょっとじゃ。さて、ここからが本題。あれだけの騒動じゃ、君ら四人が頑張った結果、死傷者が出んかったのは僥倖。 被害が樹二本で済んだのは奇跡と言うより他ない」 オスマンの視線が、風助とタバサを捉える。髭に隠れた口から出るのは、威厳と風格を併せ持った声。 風助がごくりと息を呑む音が、タバサにも聞こえた。タバサも内心では緊張している。 「しかし、風助君、ミス・タバサ。君ら二人には、なんらかの罰が必要になる」 未だにああなった経緯が理解できないルイズは傍観。キュルケもよほど重い処分でもなければ黙っておくつもりだった。 そしてタバサは、やはり沈黙。そんな中、一列に並んだ四人から一人、オスマンに進み出る者がいた。 「待ってくれ、じっちゃん! 悪ぃのは俺だ、タバサは関係ねぇ! だから、罰なら俺だけにしてくれ!」 真っ先に進み出た風助は、自分でなくタバサの罰の軽減を訴えた。 タバサ――初めて名前を呼ばれた。それだけ、自分は風助とのコミュニケーションを疎かにしていたのに。数えるほどしか会話していないのに。 「風助君、君の言い分は尤もかもしれんが、使い魔の責任は主の責任じゃ。主人と使い魔は一蓮托生。それは全うしてもらわんといかん」 「頼む、じっちゃん!」 タバサは、下げた頭をなおも低くしようとする風助を、 「別に構わない」と手で制した。 そんな主人を何故、そうまでして庇うのかは分からなかった。ただこの瞬間、初めてこの使い魔を信じてもいいと思えた。 「まあ聞きたまえ。不服を言うのは、それからでも遅くはないだろう?」 コルベールが風助を諫め、一同オスマンの裁決を待つ。 オスマンは長い髭を撫で摩り、 「そうじゃの……今後、学院内での忍空の使用は厳禁。後は……樹が二本じゃから、向こう二ヶ月の奉仕活動とでもしておくかの」 と急に気の抜けた声で言った。危うく学院を崩壊させるところだった騒動の罰としては軽いものだ。 「ほうしかつどう……ってなんだ?」 「平たく言えば、掃除を始めとする学院の雑用じゃな。内容は必要な時に沙汰しよう」 タバサは安堵よりも、その意図を疑わずにいられなかった。だが、そう思っていたのはどうやら自分だけらしい。 ルイズとキュルケは、互いに目を見合わせ苦笑。風助はいつも丸い目を、更に丸くしていた。 「そんだけでいいのか……?」 「当座はそれだけ、としておこう。手始めに、広場の樹の残骸を処分してもらおうかのう。 おお、それと図書館の司書が蔵書の整理をしたいと言うとったな。そっちはミス・タバサが得意じゃろう」 無邪気な笑顔の風助が、オスマンの座った机に飛び乗って手を握る。 「サンキュー、じっちゃん! 俺がんばるぞ!」 「ほっほっほ……これ、机に乗るでない! 隠しきれるものでもあるまい。教師連中には私から説明しておこう」 タバサの魔法としておく手もあるが、トライアングルで出せる魔法でもない。何よりも、風助が許さないだろう。 今は様子を見るべきとの判断だった。 風助の嬉しそうな顔にコルベールも、ルイズもキュルケも微笑んでいる。そんな顔を見せられてはタバサも、 疑問は一時保留しておこうという気分になってしまった。 無邪気な風助にコルベールが、 「忍空の使用を禁止されても困ることは少ないだろうが、使い魔としての役割も頑張りたまえよ。 困ったことがあれば、私もできる限り力になろう」 「ああ。それでおっちゃん、使い魔ってのはどうやったら終わりなんだ?」 その答えに、室内にいた全員が固まった。 「は……?」 「え……?」 「まさか……」 「ふむ……」 最初にコルベール。続いてルイズ、キュルケ。オスマンまでもが、意外そうに唸る。 驚きの目が集中しているのに、風助は気付かない。一人、決意も新たに拳を握って意気込んでいる。 「俺、頑張って使い魔終わらせるぞ。けど、どうすりゃいいんだ? おっちゃん」 「まさか君は知らないのか? ミス・タバサ……君も説明してないのか?」 コルベールが風助からタバサへ視線を移す。タバサはぶつかった視線を一旦は受け……やや気まずそうに外した。 しまった。 顔は平静を装っていても、彼女がそう思っているのは誰から見ても明らかだった。 使い魔は召喚された時から自分の役割を理解していると文献にはあったが、風助は何一つ理解していなかった。 だというのに、面倒だったので説明を簡潔に済ませてしまっていたのだ。 ルイズは口に手をやって驚き、キュルケは悩ましげに額に手を当てた。 きょろきょろと周囲を見回す風助にコルベールが告げる。気まずく、この上なく言い辛そうに。 「風助君……使い魔とは、メイジを一生サポートするパートナーなのだ。つまり……死ぬまで終わらない」 風助の顔が歪み、 「うぇぇええええええええ!!」 学院中に聞こえるかと思うほどの声がこだました。 そのうち帰れるだろうと楽観的に考えていただけに、風助はこれ以上ないほど仰天した。 それはもう、筆舌に尽くし難い顔芸で、驚愕を露わにしたのだった。 「君の国に帰れる方法も探しておこう。それまでは我慢してくれたまえ」 コルベールに苦笑いで送り出された風助。その横にタバサ、後ろをキュルケとルイズが歩く。 前を歩く二人は、珍しく困り顔だった。 「一生は……ちょっと困ったぞ。ばあちゃんと……お師さんの畑もあるしなぁ」 親代わりでもある隣の老婆は身体が弱く、臥せりがちである。最近は元気だし、村の人間は仲がいいので、しばらくは心配いらないだろうが。 畑も面倒を見てくれる当てはある。忍空の里の忍犬、ポチはちょくちょく里を抜け出しているので、戻らなければ面倒くらいは見てくれるだろう。 どちらも焦る必要はないと分かっていても、心配には変わりなかった。 一方、タバサは申し訳ない気持ちを抱えていた。今更になって、自分のらしくなさが悔やまれた。かと言って、掛ける言葉も見つからない。 見かねたキュルケは空気を変えようと、 「しかし、ヴァリエールはともかく、なんであなたは人間を召喚したのかしらねぇ?」 「ちょっと、ツェルプストー! わたしはともかくってどういう意味よ!!」 敢えてケンカを吹っ掛けてみる。案の定、ルイズはすぐに乗ってきた。 意図を汲み取った上で怒ってくれているのか、それとも天然なのか。多分後者だろうが、どちらにせよありがたい。 「カエルみたいな顔してるから、亜人と間違えられちゃったのかしら……なんて」 「そんなわけないでしょ!」 怒るルイズ、さらっと流すキュルケ、いつも通りのやり取り。見ていた風助も、いつの間にか笑顔になっていた。 「んじゃ、俺は広場の片付けに行ってくるぞ。俺がやったんだから、俺一人でいいや」 風助は三人と別れて外に出る。タバサは迷った末、彼の背中にたった一言問う。 「いいの?」 それは広場の片づけを一人でさせることに対してか、使い魔を続けることに対してなのか。 言ってから、また言葉が足りなかったかと不安になったが、 「まぁな。くよくよしてもしょうがねぇし。それにここはここで、いろいろ面白ぇぞ」 今度はちゃんと伝わったらしい。どちらの意味にも取れたが、きっと後者だろう。 能天気な笑顔の裏に秘められた逞しさをタバサは感じ取った。 「……わたしも次の講義は休むわ。先生には伝えておいて。治療の魔法の準備をしてもらわなきゃ」 あんなバカ犬でも使い魔は使い魔だからね、と言い残してルイズも去っていく。残されたタバサとキュルケは暫し逡巡したが、 大人しく講義に向かうことにした。 風助が迷いながらヴェストリの広場にたどり着いたのは学院長室を出てから約十分後。広場には杖を持った教師が二人と、 手作業で樹の破片を拾い集める男が二人、既に作業を始めていた。二人は貴族ではなく、いわゆる用務員。敷地の整備や雑務を担当する仕事らしい。 四人に風助も混じり、散乱した木切れを集める。突然、子供が手伝いをしたいと現れたので教師達は訝しんでいたが、 コルベールから話は聞いていたらしく、事情を話すと驚きと共に迎えられた。 作業は順調に進み、始めてから三十分後には広場は綺麗さっぱり片付けられた。へし折れた樹の幹は、 教師達が魔法で掘り起こし焼却。二人は土のメイジと火のメイジなのだそうだ。 「やっぱ魔法って凄ぇなぁ。なんでもできんだな」 風助の素直な賛辞に教師は照れ臭そうに笑い、これには他の二人も頷いていた。 作業を終えて四人と別れると、ぐぅぅと控えめに腹の虫が鳴くので、厨房に向かってみる。 この時、食後からまだ一時間も経っていないのだが、風助には関係なかった。 厨房に向かい扉を開けると、マルトーが昼食を片付けていた。その隣ではシエスタも手伝っている。 「おっちゃーん、なんか食わせてくんねぇか?」 「おお、風助坊……っておめぇまた来たのか」 振り向いたマルトーが呆れ顔で溜息を吐く。片やシエスタの表情には、感嘆と驚きと、ほんの少しの怯えが表れていた。 「あ……風助君、いらっしゃい……」 「ったくおめぇはどれだけ食うんだ……まぁ、ちょうど残りがあったところだ。食わせてやるから、座って待ってな」 「ありがとな、おっちゃん」 呆れながらも準備を始めるマルトー。手近なイスに腰掛けると、こちらを見ているシエスタの視線に気付く。 「ねぇ、風助君。さっきの竜巻って風助君がやったの……? 風助君ってメイジだったの?」 おずおずと話し掛けてくるシエスタ。流石の風助でも、声に帯びた不安の色を察した。 その対象が自分であることも。 「ああ。けど俺はメイジってのじゃねぇぞ。あれは忍空ってんだ」 「にんくう……?」 「ちょっと失敗して、あんなことになっちまったんだ。けど、もうここじゃ使わねぇから心配すんな」 「そうなんだ……」 シエスタが躊躇いがちに頷く。詳しい説明を省いたからか、シエスタの不安は完全には払拭されなかった。 だが、たとえ力を持っていたとしても、風助が弱い者を傷つけるとも思えなかった。 そこへマルトーが大きな器をドンとテーブルに置いた。入っているのは琥珀色に透き通ったスープ。 先程のシチューと違い、如何にも上品そうだ。 「ああ、シエスタから聞いてるぜ? やるじゃねぇか、ケンカの仲裁でどでかい竜巻を起こしたとかなんとか……それが魔法じゃなく忍空ってのか?」 マルトーは、竜巻の暴威を目の当たりにしたわけではないので、特に畏れもしない。 「おー、罰として奉仕活動をしなきゃなんねぇんだ」 「奉仕活動? そりゃ難儀だなぁ。こんなガキをこき使おうなんざ、まったく貴族ってのは……」 「気にしてねぇぞ。することなくて退屈してたんだ、ちょうどいいや。元いたとこじゃ畑耕してたし、ただで飯食わせてもらうのも悪ぃと思ってたしな」 子供っぽく笑う風助に、シエスタも次第に警戒心を解いていく。不思議なものだ、今日出会ったばかりだというのに。 「人の五倍は食べるもんね、風助君。また手伝ってくれると助かるな……」 スープを掻き込みながら、 「おー、なんでも言え」とスプーンを振り上げて宣言した風助だったが、不意にピタリと食事の手を止めた。不意に背後のマルトーを振り向く。 「そういや気になってたんだよな。おっちゃんは、じっちゃん達のこと嫌ぇなのか?」 「嫌ぇって言うかだな……」 マルトーは言葉に詰まった。この場合、風助の言うあいつらとはオスマン達個人の好き嫌いだからだ。 「じっちゃんも、坊主頭のおっちゃんもいい奴だったぞ。罰も軽くしてくれたしな」 貴族は嫌いだ。我が儘で横暴で、身分を鼻に掛けている連中がほとんど。それはこの学院の生徒教職員も決して例外ではない。 しかし、貴族は嫌いだが、生徒や教職員達に特別恨みがあるわけではなかった。 平民と貴族の関係ではあるが、教師とも時には関係を深め、連携を取ることはある。そうでなければ仕事も円滑にいかない。 豪勢な料理だって、栄養には十分留意している。育ち盛りの生徒の健康を管理しているのは自分だという自負があった。 何より、自分の料理を美味そうに食べる生徒達を見ると悪い気はしない。 口ではなんだかんだ言っても、学院の食を司る身としては、すくすくと育ってくれるのは感慨深いものである。 つまるところ、嫌いなのは貴族という身分であって、彼らではない。そこまで嫌いなら、どれだけ給料が良くても貴族の学院でなど働かない。 故に、改めて嫌いなのかと聞かれると――。 「コック長……口に出てますよ?」 「おっちゃんも、やっぱいい奴だなぁ」 どうやら柄にもなく考え込んでいると、口に出てしまっていたらしい。呆れ混じりの微笑むシエスタと、舌を出して笑う風助。 顔を真っ赤にしたマルトーは、 「よせやい! こっ恥ずかしいこと言わせるんじゃねぃよ、このベロ!!」 言いながら風助の後頭部にゲンコツ。思いのほか強い力に風助が、 「ん~!! 前が見えねぇぞ」 「きゃー! 風助君、顔! 顔がはまってます!!」 顔面からスープの器に突っ込む。ぴっちり顔にフィットした器は、風助が顔を上げても取れなかった。 「ふぃ~、死ぬかと思ったぞ」 「ははは、悪かったなぁ、風助坊」 ようやく器を外した風助の背中を、マルトーがバンバン叩いた。スープ塗れになった服は脱いで干し、今の風助は上半身裸。 にも拘わらず叩くものだから、背中に赤い手形が付く。 「いて! 痛ぇなぁ、おっちゃん」 マルトーをジト目で見る風助に、シエスタが尋ねる。 「そういえば風助君……さっきは名前が出なかったけど、ミス・タバサは風助君から見てどうなの?」 「タバサは……無口でよく分かんねぇけど、いい奴だぞ。飯も食わせてくれるしな」 「風助君はご飯を食べさせてくれたらいい人なの?」 「まぁな。少なくとも、俺が腹減らしてた時、飯食わせてくれたおっちゃんやおばちゃんは、みんな優しくてあったかかったぞ」 戦前、戦後と国は荒れ、民衆は貧しく、その日食べるものにさえ困窮する者もいた。 そんな時勢で、誰とも知れない子供に食べ物を恵んでくれるようなお人好しは十分信頼に値する。 いつからかそう思うようになっていた。無意識的ではあるが、それは風助の人を見分ける術の一つだった。 「いつだったか……行き倒れてた俺に飯食わせてくれたおっちゃんは、どっかおっちゃんに似てたかもしんねぇな。飯は凄ぇくそまずかったけど」 「飯のまずい野郎と俺を一緒にすんじゃねぇよ! いい度胸じゃねぇか、このベロ!」 またも風助がマルトーにヘッドロックされ、その頭を小突かれる。 「悪ぃ悪ぃ、けどおっちゃんの飯はうめぇぞ。ほんとだ」 どちらも顔は綻んでおり、それが新愛の表現であることは、傍目にも明らか。 シエスタは感心してしまった。風助は、たった数十分でマルトーの心に入り込んでしまったのだ。 「おっちゃんもシエスタもタバサも、俺にとっちゃみんないい奴だ。だから困ったことがあったら、言ってくれりゃ手伝うぞ」 それは自分も同じ。彼に抱いていた恐怖心、警戒心はものの数分で氷解していたのだから。 「うん、私はもうちょっとしたらサイトさんの看病のお手伝いに行くから、風助君手伝ってくれる?」 「その前に、こっちは薪でも割ってもらいてぇな」 「よし、そんじゃやるか」 意気込む風助は裸のまま、マルトーと厨房の扉を開いて出ていく。彼が開いた扉からは爽やかな昼下がりの風が吹き、 見送るシエスタの髪を揺らした。 時刻が夕刻に差し掛かる頃、風助はシエスタを伴ってルイズの部屋に向かう。手にはシエスタの用意した、大きな器一杯の湯。 何しろ、風助はタバサの部屋に帰る道ですら迷う始末。一人では無駄な時間を食うばかりだった。 ルイズの部屋の前まで来ると、僅かに開いたドアの隙間から光が漏れていた。二人は互いに顔を見合せて、隙間から覗きこむ。 ベッドに横たわった才人。その横に教師らしき壮年の男性が立ち、隣には両手を組み合わせるルイズ。 「何やってんだ? あれ」 「サイトさんの治療中みたいだね。ちょっと待ってよっか」 小声で会話しながら治療を見守る。やがて教師がルーンを唱えると、才人の身体を淡い光が包む。 「おお……むぐっ!」 塞がる傷に感嘆の声を上げかけた口を、シエスタの手が塞ぐ。 「風助君、静かに。お邪魔になるわ」 「すまねぇ……。しっかし凄ぇんだなぁ……」 子供のように(実際子供なのだが)目を輝かせる風助に、シエスタも微笑を漏らす。シエスタからすれば、風助も相当凄いことをしているのだが。 「あ、終わったみたい」 二言、三言ルイズと会話を交わし、教師が向かってきた。二人はたった今来たように振る舞い、一礼してすれ違う。 改めてドアを叩くと、ノックから数秒遅れて声が返る。 「誰?」 「あ、その、シエスタです。サイトさんのお湯をお持ちしました」 「開いてるわ、入って」 「失礼します」 入ると、真っ先に部屋の奥のベッドが目に入る。ベッドに横たわる才人、隣にルイズが腰掛けていた。 振り向いたルイズは、一緒に入ってきた風助を見るなり、 「何よ、あんたも来たの?」 「おー、才人はまだ寝てんのか?」 「見ての通りよ」 答えるルイズの口調はどこか棘があった。否、どこかではない。ピリピリと明らかに張り詰めた空気を、シエスタは感じた。 風助は知ってか知らずか、ベッドでいびきを掻いている才人の頬を軽く突く。「しっかし……変な顔して寝てんなぁ」 瞬間、ルイズの眉がピクリと跳ねた。同時に、シエスタの肩も寒気で跳ねた。 「ねぇ……シエスタって言ったわよね」 「は、はい!? 何かお手伝いすることはありますか!?」 「今は特にないわ。ちょっとこいつと二人にしてくれない……?」 「え……と……こいつって風助君ですか?」 この場合、才人は数に入るのだろうか。シエスタは答えに窮したが、ルイズは無言。となると、おそらくは正解。 狭い室内を支配する重圧は、更に重みを増す。 ルイズが何を言うのか、大方の察しはついていた。しかし、シエスタには何も言えない。 事実だからだ。彼女の抱く怒りも、これから風助にぶつけるであろう言葉も。 「それじゃあ、失礼します……」 一礼して去っていくシエスタを確認したルイズが、風助に顔を戻す。目を離した隙に、彼は仰向けで寝ている才人に跨って、 傷を確認しながら身体のあちこちを指圧していた。空気の読めるシエスタとは大違いだ。 「……何やってんの?」 「身体の回復力を高めるツボってのがあるんだ。ちょっとはましになるだろ」 「ふーん、それも忍空ってやつ?」 「まぁな」と言いつつ、風助は才人をひっくり返して背中も指圧する。 されるがままの才人は苦しそうに唸っているのだが、二人とも特に気に止めていない。 返答から暫くして、ぽつりと呟くようにルイズは話しだす。 「……あんたが、なんだか知らないけど凄いってのは分かるわ。 だったら、あんな大騒ぎしなくてもこの馬鹿犬を助けられたんじゃないの?」 才人を指差す。爆睡中の使い魔は二回、三回と転がされても起きる気配はまるでない。 「死にかけたのよ? そいつもギーシュも、それにあの場にいた全員も」 少しでも歯車が食い違っていたら、未曾有の大惨事になっていた。才人も、ギーシュも、タバサも引き裂かれていた。 暴風に絡め取られ、風龍の顎に噛み砕かれた広場の樹のように。 一人になって想像すると、怒りにも似た感情が湧いてきたのだ。 分かっている。止めようともしなかった観衆と、止められなかった自分の代わりに、彼は進み出た。 それを咎める資格はないのかもしれない、と。 理解していても、やり場のない気持ちは溢れてしまう。唇を噛んだルイズは黙して風助を見た。 「そうだな……すまねぇ、余計なことしちまった。俺が手出しなんかしなくても、多分才人は勝ってたと思うぞ。 ただ、放っときゃこいつは死ぬまでやりそうだったからな」 「嫌味? 別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」 「俺だってそんなつもりで言ったんじゃねぇぞ……っと」 才人を元の姿勢に戻した風助は、ベッドから飛び降りてドアに向かう。勝手に帰ろうとする風助を、ルイズは慌てて呼び止める。 「ちょ、ちょっとどういう意味よ!」 「俺にもよく分かんねぇぞ」 ただ、あの暴風の中でギーシュを掴んでしがみ付くのは簡単ではない。ましてや満身創痍の身体で。同じことができる人間は、そうはいないだろう。 そして何より、剣を握り締めて立ち上がった時の才人の表情が、力強い闘気が風助に確信を抱かせた。完全な直感であり、理屈は分かるわけもない。 またしても頭上に? を浮かべるルイズに、風助は笑いながら問う。 「と、そうだ。一つ聞きてぇんだけど……」 ベッドに寝た少年の傍らに座る少女。ここでも、ルイズの部屋と同様の光景があった。違うのは、 少年に外傷はなく、少女は心配などしていないという点。 「う~ん、苦しい……。まだ回ってるような……君の水魔法で助けておくれよ、モンモランシ~」 「はいはい、元はと言えばあなたのせいでしょ。付いててあげるだけでもありがたいと思いなさい」 「いや……これは僕のせいじゃなくて、あのタバサの使い魔が……」 「なんでそこでタバサの使い魔が出てくるのよ。言い訳なんて男らしくないわねっ!」 ベッドの中から助けを求めるギーシュの手をぺしっと払い、そっぽを向くモンモランシー。 浮気をされて傷ついた彼女のプライドと機嫌はまだ直っていなかった。 ギーシュが決闘で重傷と人伝に聞いたので駆けつけてみれば、なんのことはない、目を回して吐いただけだった。 今は流れで付き添っているだけ。こっちが負った傷は、かすり傷のギーシュなんかよりもはるかに深いのだ。 ギーシュは泣きながら、起こし掛けた身体を横たえた。あの場にいなかったモンモランシーには、 何度事情を話しても理解してもらえなかった。聞いてさえもらなかった。 「うぅ……どうして分かってくれないんだい、モンモランシー……」 ギーシュはわざとらしく大げさに落ち込む。意外なことに、これが効を奏した。 気障な男が自分だけに見せる情けなさ。不覚にも母性本能をくすぐられそうになる。計算ではないのだろうが、天然だとしても大したものだ。 「まぁ……私も鬼じゃないしね。いいわ、聞いてあげる。話してごらんなさいな」 「あぁ……嬉しいよ、モンモランシー! 実はね……」 今度は伸ばした手が振り払われない。 重ねた手に、きゅっと力を込める。 見つめ合う二人。近づく距離。 「えーっと……ここで合ってんのか?」 そこへ、ノックもせずに闖入者が現れた。モンモランシーは素早く手を引っ込めた。心なしか顔は赤らんでいる。 寝転んだ状態で手を伸ばしていたギーシュは、 「ぅぅぅうわぁぁあああああ!! タ、タバサの使い魔ぁぁぁぁ!!」 一瞬でベッドから跳ね起き、壁に張り付く。 「なんだ、元気そうじゃねぇか。才人があんなだかんな、おめぇは大丈夫かって心配してたぞ」 竜巻に巻き込まれた恐怖は、ギーシュの精神に半ばトラウマとして焼き付けられていた。 それこそ使い手の顔を見た瞬間に拒否反応をもよおすほどに。 が、風助はまったく気付いてない。ギーシュの言動に疑問は呈したが、彼自身に恨みがあるわけでもなく、 巻き込んだ立場なので見舞いに来ただけだった。 「ぼ、ぼ、僕になんの用だ……まさかここで決闘の続きを……」 「なにこんな子供相手に怯えてるのよ。タバサの使い魔の……あなた、何しに来たの?」 モンモランシーは、事情を知らなかった。竜巻が発生した時も広場から遠く離れていたので、大変な騒ぎがあったとしか。 「さっきはすまねぇな。それを言いに来たんだ」 「……へ?」 ぺこりと素直に頭を下げた風助に、対するギーシュは間の抜けた声。 それもそのはず。ギーシュにとって風助は、決闘に割り込んで痛いところを突いてきた奴。自分を挑発し、本気で怒らせた愚かな子供。 その程度の存在でしかなかった。竜巻を発生させ、自身を含めた三人を諸共に巻き込む瞬間までは。 「おめぇのことも気になってたから、才人の見舞のついでに部屋を聞いてきたんだ」 今では畏怖の対象ですらあったが、それが何故か謝罪している。よく分からないが、自分が優位にあると知ったギーシュは咄嗟に取り繕い、 「なんだ、そんなことか……。ま、いいだろう。子供の不始末にいつまでも腹を立てているのも大人げないからね。 見ての通り、僕はあの程度では"まったく"堪えていないよ」 「さっきまで泣きついてたくせに、何言ってんだか……」 髪を掻き上げて、精一杯の虚勢を張ってみせる。突っ込みには聞こえない振りでOK。 「おお、よかったぞ。そんじゃさっきの続きなんだけどな……」 風助の言葉に、さぁっと血の気が引く感覚。 あれから冷静に考えてみたのだ。才人を担いだ状態で一瞬にして背後に回り、竜巻の中では二人を支えていたと聞く。これは流石に分が悪い。 青ざめたギーシュは、必死で説き伏せようと試みる。 「いや待て! じゃなくて待ってくれ!! 僕はもう気にしていない。君の無礼な振舞いは水に流そうじゃないか。 僕にも、その、ほんの少しは落ち度があったわけだし……」 「才人の傷が治ったら、またケンカの続きをしてくれていいぞ。俺はじっちゃんと約束しちまったからできねぇけど、 今度は才人一人でいい勝負になるかもしんねぇからな」 「はぁ……」 怒りも水――もとい風に流されて、そもそも何故決闘をしたのかも忘れかけていたところである。 もう戦う理由もなかったギーシュであったが、屈託なく笑う風助に乗せられたのか、理由も分からず頷く。 そして呆気に取られている内に、 「じゃあなー」 風助は去っていった。台風の過ぎ去った後のように、二人は呆然と言葉もなく開け放たれたままのドアを見ていた。 前ページ次ページ風の使い魔