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迫る七万の大軍勢を目前にしながら、ルイズは考えていた。 どんなピンチにもいかなる強大な敵にも打ち勝つ、絶対無敵の英雄。 それはおとぎ話や空想の世界には実にありがちな存在だ。 男の子はそんな存在に憧れて英雄ごっこをし、女の子はそんな英雄に助けられるヒロインになれたらと夢想する。 しかし、そう長くはない時間の中で、子供はそれがあくまで空想の中の存在であることを知る。 英雄と呼ばれている人間も、その実は傷つけば血を流し、命を落とせばそのまま土に還る。 そんな当たり前の人間でしかないことに気づく。 それでも、そんな英雄の伝説や神話が語り継がれるのは、はかない現世でのせめてもの慰みなのかもしれない。 (そんな風に思っていた時期が、私にもありました) ルイズはため息をつく。 こんなことがあればいいな、こんな英雄がいてくれたら。 人は誰でもそんなことを思う時がある。 でも? もしも、そんな空想だけの存在が実在するとすれば、人は果たして素直に喜べるのだろうか? やったあ、ラッキー!! で、すむものだろうか? 否。断じて否。と、今のルイズなら断言できる。 不気味な怪物のように迫ってくる敵軍を見ながら、ルイズは初めてあいつに出会った時のこと、サモン・サーヴァントの儀式を思い出す。 最初は絶望した。 何故なら、そいつはどう見ても死体だったからだ。 何らかの処置がされているのか、ボロボロに腐っているということはなかったが、顔はもはや生前の様子すらわからない骸骨となっていた。 その格好や全身に施されている黄金の装飾からして、どうも生前はメイジのように思われた。 もしかすると王族かもしれぬ。 だが、死体ではどうしようもない。 それでも、規則は規則ということで、ルイズは泣く泣く死体に契約のキスをした。 胸に使い魔のルーンが刻まれると同時に、死体だと思っていたそれはむくりと起き上がった。 「お化け?」 「幽霊?」 そんな声がこだましたのをおぼえている。 驚く中、そいつはマントをなびかせ、高笑いと共に空高く飛び去っていき、そのままどこかへ消えてしまった。 あのおかしな骸骨を使い魔にしなくてラッキーだったのか、使い魔に逃げられたのを悲しむべきなのか、正直微妙だった。 多分、二度と会うことはないと思っていたのだが、そいつは思わぬ時に戻ってきた。 土くれのフーケが、学院を襲った時である。 使い魔召喚にすら失敗した今、ここで名誉を挽回するしかないと、ルイズは無謀にも巨大なゴーレムに立ち向かっていった。 あわやつぶされそうなになった時、あの使い魔が高笑いと共にやってきたのだ。 使い魔は縦横無尽に空を飛び回り、手にした銀色の杖でゴーレムを破壊した上、フーケを捕らえた。 フーケの正体ことミス・ロングビルはよほどショックだったのか、すっかりダメな人になってしまったそうだ。 その代わり、寛大な措置とかで、死刑だけは免れたらしい。 その後も、アルビオン、タルブの村、とルイズがピンチになった時には、使い魔はどこからともなく飛んできて、悪を蹴散らしていった。 まさにおとぎ話の英雄が実在化したようだ。 顔が骸骨というのはどうにもいただけないが。 そこでルイズは思考を迫る軍勢に戻した。 このままでは、確実にやられるどころか勝負にすらなるまい。 しかし。 「いつものやつね」 いつの間にか自分の周辺を飛び回っている金色に輝くコウモリに、ルイズはため息をつく。 あの使い魔の現れる前兆。 そして、当然のように使い魔は高笑いと共にやってきた。 銀の杖を手に、黒いマントをなびかせて。 そして、やっぱり当然のように敵軍に向かっていくが、ルイズは心配などしない。 あいつはフーケのゴーレムに踏み潰されようが、ワルドの魔法を食らおうが、戦艦の砲撃が直撃しようが、何事もなく復活し、恐怖する敵をなぎ倒したのだから。 今も、敵兵たちは阿鼻叫喚の騒ぎになっている。 何をやっても通じず、僅かな疲れさえ見せない使い魔に、それはもうボコボコにされていくのが遠目にもよく見える。 あ、大砲の弾を受けて墜落した。 一瞬敵は沸いたようだが、歓声はすぐにそれ以上の悲鳴となる。 使い魔は何事もなかったように復活し、また敵に向かっていったのだから。 もはやルイズにさえトラウマになりつつある、おなじみの台詞を叫んで。 「黄金バットは無敵だ!!」 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人……。 それは記すことさえはばかれる神の心臓。何者にも敗れぬ神の杖。不死の体と無敵の力、いかなる時にもいかなる場所にも、我を救いに現れる。
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私には関係の無いイベントだと思っていた《フリッグの舞踏会》――― あいつとは如何するんだろうか。 あまり騒ぐタイプではないのは間違いないけど。 仕方が無い。私が踊ってあげるしかないわね。 宵闇の使い魔 第捌話:万媚 学院長室で事の顛末を聞いたオスマンは、フーケ自身を捕えられなかった事を惜しみながらも、 「まぁ、なんにせよ――良く《破壊の杖》を取り戻してくれた」 といって、一人一人の頭を撫でた。 勿論、虎蔵は別だが。 ルイズは「もう使えなくなってしまいましたけど――」と申し訳無さそうにしていたのだが、コルベールが彼女をフォローした。 「もしこれがフーケに使われでもしていたら、魔法学院の面子が潰れる所ではなく、大変な責任問題になっていたでしょう。フーケに使われなかっただけでも十分な結果です」 「たしかに、アレが一発あればちょっとしたフネ程度なら落ちかねませんものね」 その威力を間近で見たキュルケが肩を竦める。 オスマンはそれに頷くと、 「君たちの《シュヴァリエ》の爵位申請を出しておいた。ミス・タバサには《精霊勲章》を。フーケは取り逃がしてしまったのは事実であるから、確実に受理されるとは限らんが――その場合でも学院からの褒美は保障しよう」 と告げる。 それを聞いたルイズとキュルケは顔を輝かせた。 ――完全に隠蔽すると思ったがな―― 虎蔵はそんなことを重いながら、オスマンの言葉を聴きく。 まぁ、あそこまで派手に盗まれてしまったのだから、潔く認めた上で奪還した功績をアピールするのが得策といったところだろうが。 「あッ――あの、オールド・オスマン―――トラゾウには何もないのですか?」 ルイズが相変わらず壁際に突っ立って、退屈そうにしている虎蔵をちらりと見る。 ゴーレムの拳から逃れられたのも、《破壊の杖》を使うことが出来たのも彼のお陰なのだ。 オスマンもこれまでの話から彼の功績が一番であるということは理解していたが―― 「残念ながら、彼は貴族ではないからのう」 と、立派な白髭を撫でながら言う。 それにはルイズだけでなくキュルケやタバサも残念そうな顔をするが、 「金くれ、金。危険手当みたいなもんだ。金ならそう面倒な記録も残らんのだろ?ついでに秘書のねーちゃんにも出したれや」 虎蔵自身はあっけらかんと言ってのけた。 彼にしてみれば、称号など貰った所で厠の紙程度の役にも立たないのだから、その方がよっぽどありがたい。 地獄の沙汰も何とやらと言うくらいなのだ。 「ふむ。それくらいなら、ま、良いじゃろう。ミス・ロングビル、君もそれで良いかね?」 「私は特に何もしてないのですけど――」 オスマンが鷹揚に頷き、ロングビルにも問う。 彼女は少し困ったように頷いた。 オスマンはそれに「では近いうちに用意させよう」と答えると、パンパンと手を打つ。 「さて、今宵は《フリッグの舞踏会》じゃ。この通り《破壊の杖》も戻ってきたことであるし、予定通り執り行うぞ。今日の主役は君たちじゃからな。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのだぞ」 オスマンに言われれば、三人は丁寧に礼をしてドアに向かった。 だが、虎蔵は壁際に立ったままだ。 ルイズがそれに気付き振り返るが、彼は「先に行ってな」と手を振った。 オスマンと話でもあるようだ。 恐らくは彼の故郷の武器であるらしい《破壊の杖》についてだろう。 「ふむ――で、何か話でもあるのかね?ミス・ヴァリエールの使い魔よ」 「あるにはあるが――そっちからで構わんぜ」 オスマンはドアが閉まるのを確認すると虎蔵を促すが、虎蔵は肩を竦めて答える。 「どうせその方が話が早い。違うか?」 と、互いを牽制するように睨み合う二人だったが――― 「ふぅ、まあその通りであろうな―――では、ミス・ロングビル。君は――」 オスマンがため息をついて頷いた。 そしてロングビルに退室を促そうとするが、 「秘書のねーちゃんも居て良いと思うぜ。ルイズ達にだって後で話すことだからな」 「ふむ。まぁ、学院側にも事情を知ったものが数人は必要か――では此処に居たまえ」 虎蔵に言われて考え直すと、ロングビルにも同席を許可した。 「さて、まぁ――お主の事だ。聞かれることは解っているとは思うのでな。端的に問う」 そういって一度黙り、重厚な机に肘を突いて目を閉じる。 次に目を開いたときには、その年に似合わぬ迫力、威圧感を宿している。 ロングビルとコルベールはそれに息を呑んだ。 「お主、何者じゃ」 「見慣れぬ服装、異常な身体能力、魔法も使わずに何も無い所から武器を取りだす業――そして何より、《破壊の杖》の使用方法を知っているということ」 オスマン以外の二人も小さく頷いた。 そう、ただの平民ではないことは勿論、仮にメイジだったとしても何から何まで―― 「異質なのだ。本音を言えば、私は《土くれ》などよりよっぽど君の事を警戒していたのだよ」 そういってため息をつくと、ゆっくりと椅子の背凭れに身体を戻した。 虎蔵はそれを聞くと「随分と正直なこったな」と笑う。 「あんた、異世界って信じるか?」 「異世界――じゃと?」 「そのまんま、此処とは違う世界って事だがね。俺は其処の人間で、その《破壊の杖》もその世界ではかなり量産されている。パンツァーファウスト言うてな」 虎蔵の説明を聞くと、オスマンはふむと声を漏らして白髭を撫でながら考え込み、ロングビルとコルベールは話の壮大さ――というよりも、荒唐無稽さに顔を見合わせている。 暫くするとオスマンはため息をつき、ゆっくりと話し始めた。 「《破壊の杖》以外にも我々の知る歴史の中で作られたとは考えにくい物が、世界には幾つかあってな。なるほど、異世界から漂着した物であると言うのならば頷ける」 「ほう――」 虎蔵は何か思う所でもあったのか、僅かに目を細めて頷く。 「それに、《破壊の杖》も――そう、30年も昔の事になるか。森の中を散策していた私は、ワイバーンに教われてな。そこを助けてくれた人物の持ち物じゃった」 「そいつは?」 「死んでしまったよ。その時既に重症でな――今際の際に「帰りたい、帰りたい」と言っていたのはそういう事だったのか――」 遠い目をして語るオスマンに、誰も声をかけずに静かに時が流れる。 暫くすると、オスマンはため息をついて、 「まぁ、その時使った《破壊の杖》の一本を彼の墓に、そしてもう一本は形見として宝物庫に――という事じゃ。年寄りの長話をしてしまったが、なに、お主が異世界から呼ばれたと言うことは信じよう」 と告げる。 「しかし、その世界ではお主のような実力が普通なのかのう?」 「いや、大抵はこっちの平民と似たようなもんだ。極稀に突き抜けちまってのが居るって位だな」 もっとも、その突き抜け具合が半端無いのだが――そこはまだ告げる必要は無いだろう。 「なるほど――確かに彼は、持っていた物以外は普通の人間じゃったな――まぁ、私が聞きたいのはこのくらいだが、おぬしからも何かあるのじゃろ?」 「ああ、そだ。これだよ、これ」 虎蔵はすっかり忘れていた、といった様子で彼らに左手を見せる。 使い魔のルーンだ。 「なにやらこれが付けられてから、随分と身体の調子が良くてな。困ることでもないんだが、気になるといえば気になるんでね」 「ガンダールヴの印――ありとあらゆる《武器》を使いこなしたという伝説の使い魔の印です」 その疑問には、最初にそのルーンに気付いた人物であるコルベールが答えた。 恐らく、今まで使ったことのない武器でも扱えるようになっているとの事だが、それ確かめる機会はあまり無さそうだ。 だが、調子の良さはこのルーンによる物だろう。 もしかしたら、デルフの言っていた《使い手》というのも関係がある可能性はある。 ――気が向いたら聞いてみるか―― 「なるほど―――しっかし、なんで俺がそんなご大層な物になってんだかなあ」 「残念ながらなんとも―――異世界から来たということと関連がある可能性はありますが」 ぷらぷらと左手を振る虎蔵にコルベールが答えると、 「自分の理解の及ばん所で色々起こるってのは、なんともシャキッとせんね」 彼はそういって肩を竦めるのだった。 「ところで―――帰る方法はあるのですか?」 それまで黙って話を聞くに留めていたロングビルが口を挟むが、その問いにはオスマンもコルベールもすぐには答えられなかった。 「一度呼び出した使い魔を送喚した事はないし、するという事態は想定されて居ない」 「そもそも人間を召喚したことが初めてですからな」 二人がそう答えれば、ロングビルは「そうですか――」とだけ答えたのだが、 彼女に何度かアピールを試みているコルベールには少し違って見えでもしたのか、 「あーいえ、しかしですね。召喚が出来て、送喚が出来ないということは無いと思うのですよ。私は。ですから時間をかけて研究すれば―――そもそも召喚のプロセスというのは―――」 と自らの薀蓄を語りだしたのだが、 「あー、そいつは――帰り方については気にせんでええよ。知り合いに、あんたらとは毛色の違う魔法使いが居てね。そのうち向こうから呼び戻されんだろうから」 と虎蔵に遮られてしまう。 しかし、その内容はロングビルに自分の知識をアピールできなかった事よりも衝撃的だったようで、オスマン共々驚きをあらわにした。 「自ら狙って異世界からの召喚が可能な者までおるのか!?」 「なんとも恐ろしい世界ですな――」 実際のところ、虎蔵にはその魔法使い――麻倉美津里にそれが可能であるか、可能であったとしてするかどうかはわからないのだが――― 「そうならなかったとしても、ま、別にたいして問題はないしな。どうしても帰らにゃならん理由も無い」 と肩を竦める。 それを聞いたオスマンはははっと楽しげに笑って、 「なるほどなるほど。確かに、それも悪くは無いじゃろう。住めば都というしな。なんなら嫁さんも探してやるぞ?」 と言ってくる。 虎蔵は「そいつは結構」と肩を竦めて、割と本気で拒否したのだった。 数時間後。 《アルヴィーズの食堂》の上にあるホールは大いに賑わいを見せていた。 着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。 虎蔵はバルコニーの枠にもたれては、のんびりとウイスキーを味わっていた。 何処から《破壊の杖》奪還に虎蔵が大いに貢献したことを聞きつけたマルトーが持ってきた最高級の物だ。 「ま、娯楽が少ねえもんなあ――」 虎蔵の視線の先で、誰も彼もが今宵を謳歌している。 キュルケは何人もの男子生徒からのダンスの誘いを捌くのに手一杯になっている。 タバサはあの小さい体の何処に入っているのかという勢いで只管に料理を食べている。 そのテーブルに何往復もして料理を運んでいるメイドはシエスタのようだ。大変そうだが、生き生きとした表情をしている。 モンモランシーがギーシュの腕をがっちりと掴んでは、他の女を口説きに行かないようにキープしているのも見えた。 他にも名前も知らない生徒が、教師がこの《フリッグの舞踏会》を楽しんでいた。 此処で一緒に踊ったカップルは結ばれるという逸話だか噂だかがあるらしく、各所で恋の華が咲いたり散ったりしている。 だがそこで、ホールの一部がざわついた。 グラスにウイスキーを注ぎながらちらりと視線を向ける。 そこには、幾人もの教師の誘いを断りながら――中にはコルベールもいたようだが――こちらへと向かってくるロングビルがいた。 黒を貴重としたシンプルなドレスだが、深めのスリットに大胆に開いた背中から覗く素肌が艶かしい。 ドレスの生地を押し上げる双丘も十分すぎる程に男の視線をひきつける。 総じて"良い女"、であった。 更に数人の生徒や教師からの誘いを断って、ロングビルはようやくバルコニーにたどり着いた。 流石に彼女が虎蔵の前で足を止めてしまえば、誘いの言葉が聞こえてくることは無くなった。 「もてもてやな」 虎蔵がからかうように笑うと、彼女は近くには誰も居ないことを確認した上で、 「こまったものよ。馬鹿ばっかりでね。誰も彼もだまされて――」 とロングビルとフーケの間くらいの調子で答える。 「またぶっちゃけたな―――諦めたのか?」 「諦めるも何も、無くなってしまったものは盗めないわよ」 虎蔵が僅かに呆れたように言うと、彼女も肩を竦める仕草をして見せた。 バルコニーには誰もやってこない。 二人の雰囲気――色っぽい物でもなければ深刻そうなものでもない、独特の雰囲気に気後れするのかもしれない。 ロングビルは彼と同じように枠を背にして「何時から?」とだけ問いかける。 「夜に会ったときかね―――それに翌朝のもタイミングが良すぎるし、パッと見だと解らんが、ただの秘書がんなに引き締まった身体してるのも変だしな」 「――最後のは兎も角、もっとじっくりとやるべきだったか―――」 虎蔵の言葉を聞くと、はぁっと深いため息をついた。 もっとも、ルイズの魔法による皹が修復される前に実行したかったのだから、仕方が無い所もあるのだが。 「それで、如何するんだい?」 「つーと?」 「惚けないでほしいもんだね―――」 「怒んなよ―――しかしまぁ、どうしたもんかな」 ロングビルにすれば最も警戒していたことをどうでも良さそうに答えられて、ムッとした表情を見せる。 虎蔵はその表情を見るとニヤニヤと笑って、 「いやいや、実際本当にどうでも良いんだよ。貴族でも学院生徒でもなけりゃ、この世界のもんでもないんだからな」 「―――そう言う割には、最後には随分と煽られた気がするけど」 「面白かったもんでな」 と言い切った。嘘をついている様子は無い。 ロングビルは僅かに頬を引きつらせながら、ぐっと手を握る。 殴りたくて仕方が無い。 だがそれすらも虎蔵はニヤニヤと笑って眺める。 ―――なんて性質の悪い!――― ロングビルは思わず口に出しかけるが、ぐっと堪えた。 オスマンのセクハラもだが、この男と正面から向き合うのも胃を悪くしそうだ。 ふぅ、と大きくため息をついて気を取り直すと、 「まぁ、その辺りは良いんだけどね―――私としては余計な借りを作っておきたく無いんだよ」 「貸しを作ったつもりは無いが、まぁその気は分からんではないな」 「じゃあ何とかしておくれよ」 そう言って虎蔵の手からグラスを奪い、一口。 虎蔵が腕を組んで「うーむ」と考えていると、先程学院長室で《破壊の杖》――パンツァーファウストの来歴を聞いたときに僅かに気になったことを思い出した。 そう、この世界に来ているのが自分だけではない可能性である。 別に重火器やらなんやらが来る分には一向に構わないが――― 「そうだな―――ちょいと頼みがあるんだが、今此処で話す事でもないんでね。後で話しに行くわ。部屋は?」 虎蔵がそういうと、ロングビルは自室の場所を伝えて「―――一応、人に見られるのはよしておくれよ。変な噂が立っても困るからね」と言ってグラスを空けた。 その時、ホールの中からおぉと歓声が聞こえた。 視線を向ければ、ホワイトのパーティードレスに身を包んだルイズが注目されている。 胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせていて、隣のロングビルとは見事に対照的だった。 ロングビルはそれを見ると、「お姫様が来たみたいだね―――それじゃまた」と言って去っていった。 ロングビル同様、やはり幾つもの誘いを断りながら虎蔵の前へとやってきたルイズは、ややムッとした様子でロングビルの後姿を眺めてから彼へ声をかけた。 「お楽しみみたいね。邪魔しちゃったかしら」 刺々しい。 虎蔵は軽く肩を竦めて「別に。ちょっとした世間話だ」と答える。 そして「そういうお前こそ、随分と誘われてたじゃないか」と言ってからかおうとするのだが、 ルイズはその言葉を「五月蝿いわね。別にどうだって良いのよ、あんなの」とバッサリ斬って捨てると、彼に向けてすっと手を差し伸べた。 「でも、折角だから―――踊ってあげても、よくってよ」 目をそらして、僅かに浮かぶ照れを何とか隠そうとしながら言う。 虎蔵は思わずニヤニヤ笑いを浮かべてしまいながら「へいへい、お供するさ」と言って手を取った。 二人がバルコニーからホール入ってくるとすで楽師達によって音楽が奏でられていた。 ルイズは虎蔵の手を引いてフロアに飛び込み、音楽にあわせて優雅にステップを踏み始める。 虎蔵も見よう見まねでそれにあわせる。 「今日は色々と助けられたわね―――その、ありがとう」 ルイズは踊りながら、視線を合わせないようにしながらぼそぼそと感謝の言葉をつげた。 虎蔵は――なんとも素直になれん奴だな――と思ったのだが、 「それが使い魔の仕事なんだろ?」 といって笑うのだった。 しかし、後にこの虎蔵の言葉が、彼女の心に深く突き刺さってくることになる――――
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「アンタは平民で使い魔、私は貴族で主人。以上」 場所をルイズの部屋に移し、椅子に座り、足をくみ、言った言葉がこれだった。 だがそれで分かったことは何ひとつ無く、 主人という新たな単語が形兆の心の中にある『分からない事メモ』に追加されただけだった。 「ここは何処なんだ?」 続けて最初にしたのと同じ質問をする。 「トリステイン魔法学院よ」 これで分かるでしょ?といわんばかりの態度、もちろん有名なので大抵の人はこれで分かるのだが、 「つまり何処なんだ?」 形兆には分かるはずもなかった。 「知らないの?あんた何処の平民よ?」 「平民?何だそれは?さっきの貴族とか言う言葉と関係があるのか?」 「そうよ、ってそんなことも知らないの?あんたって相当頭悪いのね」 いつもなら弟の方が言われる事を言われ、少しヘコむ。が、すぐに気を取り直して質問を続ける。 「平民と貴族の違いは何だ?」 「魔法を使えるのが貴族で、そうじゃないのが平民よ、例外もあるけどね」 「魔法だと?」 「そうよ」 ルイズは子供でも知っているような常識すら知らない使い魔の頭の悪さに…… 形兆は自分の心のメモと質問の答えを合わせ、自分の立場を理解し始めて…… 頭痛を起こした。 する方とされる方、両方が頭痛を起こしながら続いた質問を終え、 形兆は一つの『決断』をした。 自分の状況をルイズに話す、という決断を。 そして話し終わった時のルイズの反応は 「ふーん」 という冷たいものだった。 予想外の反応に驚きながらも話を続ける 「元の世界に帰る方法に心当たりは?」 「知らないわよそんなの」 「知らないだと?じゃあどうやっておれを召喚した?」 「サモン・サーヴァントでよ」 「それでおれを帰すことはできないのか?」 「無理よ、そんなの、召喚するだけだもの」 「それでも試す価値はある」 「サモン・サーヴァントはね、使い魔がいるうちは使えないの」 「つまりこういうことか?『おれが死ななきゃ使えない』」 「Exactly(そのとおりでございます) 」 このようなやり取りが続いていき、会話が終わる頃にはルイズが普段ならもう寝ている時間になっていた。 肝心の形兆がこれからどうするか、というところでは 「アンタは使い魔なんだから私に尽くしなさい」 といって聞かなかった。 形兆も使い魔にならなければ衣食住の世話をしない、ということで、渋々ながらも使い魔になることで落ち着いた。 もっとも、このやり取りだけで二時間を消費していたのだが。 そして寝るためにルイズが服を脱ぐ、正々堂々と隠しもしないで、 「おれに見られて恥ずかしくないのか?」 と形兆が言っても 「は?何で?アンタ使い魔でしょ?」 という言葉だけで着替えを続けるルイズ。 『自分には人権がない』 形兆はそれを心のメモに付け加えた。メモするのはこれが今日最後になることを祈りながら。 そして人権が無いということからルイズの次の言葉を予想する。 「アンタは床で寝なさい。毛布くらいは恵んであげるわよ」 予想どおりは気分が悪かった。 「あと、これ洗濯しときなさい」 そういって投げてよこされる衣服。 形兆のやることは掃除、洗濯、雑用といわれていたのでこれも予想どおりだった。 寝る前に洗濯道具の場所を聞こう、そう思いルイズの方を見たが、すでに寝ていた。 仕方なく形兆は床に横になり毛布を被って、状況を整理してみた。 ・ここは異世界 (月も二つあったしおそらく確定) ・スタンド攻撃の可能性はおそらく無い (こんな回りくどいことをする必要が無いから) ・魔法がある (頼んでもルイズは見せてくれなかったが) ・自分の生死も不明 (生きている気はするのだが…) ・自分のスタンドは無い (一度死んだから?)(死んでいるから?)(それ以外ということも?) ・元の世界に帰る方法もない (分からないだけであって欲しい) ・自分は使い魔で主人はルイズ (イヤだが仕方が無い) こんなところだろうか。 整理してみて自分の状況がヤバイことを再確認する。 せめて下四つの内一つでも何とかなれば大分楽になるのだろうが、今はどうしようもない。 とりあえず明日は洗濯のためにも晴れることを願いながら、形兆は眠りについた。 To Be Continued ↓↓
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前ページ次ページサイヤの使い魔 悟空とギーシュの決闘が始まる数分前、空きっ腹を抱えて食堂へやってきたコルベールは、食堂に残っている生徒がごく僅かで、その中にミス・ヴァリエールの使い魔は含まれない事に気付いた。 そして、遅めの昼食(材料が足りないのか、何故か賄いで出るようなスープとパンが少しだった)を採っている最中耳にした生徒の会話から、件の使い魔がヴェストリの広場でミスタ・グラモンを決闘を交えようとしていることを知った。 昼食を喉に詰まらせて激しく咳き込んだコルベールは、皿に残ったスープの残滓を急いで飲み干し、再び学院長の元へと駆け戻った。 学院長室の入り口の前で、ミス・ロングビルにばったり出くわす。 「ごきげんよう、ミスタ・コルベール。凄い汗ですが、急いでどちらへ?」 「実は、生徒たちが決闘を行おうとしているので、その件で報告をと」 ミス・ロングビルの顔色が変わる。 「ミスタ・グラモンとミス・ヴァリエールの使い魔ですね?」 「ご存知でしたか?」 「私もその件で報告をしようとしていたところです。宜しければ一緒にどうですか」 「是非に!」 ミス・ロングビルが扉をノックし、一言二言会話を交わして学院長室に入る。コルベールも後に続いた。 「なんじゃ? 二人揃って」 「ヴェストリの広場で、決闘をしようとしている生徒がいるようです。大騒ぎになっており、止めに入ろうとしている教師がいますが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」 「まったく、暇をもてあました貴族ほど、たちの悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れおるんだね?」 「1人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あの、グラモンとこのバカ息子か。オヤジに輪をかけて女好きじゃからの、おおかた女の子の取り合いじゃろう。まったく、あの親子は。相手は誰じゃ?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔です」コルベールが口を挟む。 「…それは本当か、ミスタ・スポック」 「コルベールです。って、いきなりそんな突拍子も無い名前が出るのは非論理的です」 「そういうお前さんだってちゃっかり返してきとるじゃないか」 「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」 「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」 「判りました」 ミス・ロングビルの退室を見届けると、オスマンはコルベールに目配せした。 「さてと、ミスタ・コルベット」 「コルベールです。さっきよりマシですが、微妙に間違ってます」 「件の人物が本当にガンダールヴの幽霊かどうか、確認する機会が訪れたようじゃな」 オスマンが杖を振るうと、壁にかかった大きな鏡に広場の様子が映し出された。 ヴェストリの広場は、重苦しい沈黙に包まれていた。 ギーシュのワルキューレから繰り出される攻撃は、当たり所によっては一発で人間の骨くらい簡単にへし折るほどの威力がある。 それを何発も、しかも数分に渡ってその身に受け続けた男は、骨折どころか擦過傷すら負った様子が無い。 ミス・ヴァリエールの使い魔は化け物か。 物言わぬ彫像と化したギャラリーは、あれが「天使」という言葉だけでは説明できない「何か」である事を薄々感じ始めていた。 そしてギーシュは、この化け物に対し最も適切な自分の行動を、女性に浮気がバレた時の言い訳を考える時よりも遥かに速い速度で考えては没にしていた。 ワルキューレを再構築して戦う――精神力が保たない。それに、さっきの攻撃の結果から、徒労に終わるのは目に見えている。 自分が戦う――ワルキューレより遥かに劣る自分の攻撃が、この男に通用するはずが無い。 逃げる――有り得ない。貴族が決闘の最中敵に背を向けるのは、敵に倒されるよりも屈辱的な事だ。 降参する――尚更有り得ない。他に選択肢が無いとしても、グラモンの家名を汚したこの男にだけは。そう自分のプライドが言っている。 その他――考えろ、考えるんだギーシュ・ド・グラモン。この状況を打つ手を、1秒でも早く、考えろ……! 聞こえてきた足音に、ギーシュは我に返った。 ミス・ヴァリエールの使い魔が、こちらに向かって歩いてくる。 ギーシュは立ち上がろうとした。だが、腰が完全に抜けてしまって足に力が入らない。 やがて、悟空がギーシュの眼前に立ちふさがった。 こちらに手を伸ばしてくる。 止めを刺されることを悟ったギーシュは、生まれて初めて心の底から震え上がった。真の恐怖と決定的な挫折に……。 恐ろしさと絶望に涙すら流した。 これも初めてのことだった……。 ギーシュは既に戦意を失っていた…しかし、それは悟空にとっても同じだった。 既にギーシュからは闘志が失われているのを悟空は感じていた。 戦いとは、双方の実力が拮抗してこそ面白いものだ。 今のように、自分より遥かに力量の劣る相手と戦ったところで、悟空には面白くも何とも無い。 彼は常に、互いに全力を出し切って戦うことを望む男であった。 「立てっか? 手貸してやるから、つかまれ」 「は、はえ?」 涙と鼻水にまみれた顔のギーシュが、情けない声をあげる。 「今のおめえじゃオラには勝てねえ。多分さっきのがおめえの目一杯だったんだろ?」 見透かされていた。 その上、敵に情けをかけられた。 ギーシュは夢遊病者のように、無意識に悟空の手を取った。 悟空に手を引かれ、震える足腰に活を入れて立ち上がりながら、自分のプライドがズタズタにされているのを感じた。 ついさっきまで殺されることをあれほど怖がっていたのに、今はむしろ死んでしまいたい。 「悪かったな、おめえの家名に泥塗っちまって」 「え…?」 「ルイズに聞いたんだけどよ、名前間違えるってのはこっちじゃ誇りを傷つけることなんだってな。本当に悪ぃ事したな」 「あ…ああ」 誇りを傷つけられるのが我慢できないのはどうやらルイズだけではなく、この学院の生徒、いや、貴族というものは総じてそうらしい。 悟空は、貴族とは要するにベジータみたいなヤツなのだと結論付けた。 そして、自分にサイヤ人であることの誇りを教えてくれた男に、密かに感謝した。 「だからよ、今度からギーシュって呼んでいいか?」 「な、何だって?」 「オラあんまり長い名前だと覚えてても言い間違えちまいそうだからさ、単純に最初の名前でなら呼べると思うんだ」 「あ、ああ、それは構わない」 「じゃ、宜しくな」 使い魔が手を握手の形にして差し出す。 ギーシュは考えた。 この男は何なんだ? あれ程攻撃を加えた自分に対し、反撃してくるどころか手をとって立ち上がらせ、挙句自分の非を詫びてきた? 食堂での一件を差し引いても、自分の非を詫びるのは普通、敗者の行いだ。 それをこの男は…。 少しの間迷った後、ギーシュはそれに応えた。 「まったく…君は色々と凄い奴だな、参ったよ。よければ名前を教えてくれ」 「オラ悟空。孫悟空だ」 「珍しい名前だな。ゴクウと呼んでいいかい?」 「ああ」 「改めて自己紹介させてもらう。ギーシュ・ド・グラモンだ。呼び方はさっき君が言ったとおり、ギーシュでいい」 「わかった」 「それと、僕からも宜しく」 握った腕を軽く上下に振る。 ギーシュは悟空の手を離し、ハンカチで涙と鼻水を拭き取り、晴れ晴れとした顔でギャラリーに向き直った。 「この決闘、ギーシュ・ド・グラモンの敗北をもって終了とする!」 ギャラリーのそこかしこからぽつぽつと不満の声が聞こえてくるが、ギーシュにはこの上ない完敗であった。 だが、不思議と悔しさは無かった。 「なあ、ギーシュ」 「何だい?」 「おめえが修行してもっと強くなったらさ、もう一度戦おうぜ。今度は決闘じゃなくて試合がしてえんだ」 ギーシュは苦笑した。そして清々しい気持ちで一杯になった。 「はは、僕が君と対等に戦えるようになるまではずいぶん時間がかかりそうな気がするね。…でも悪くない提案だ。僕が今以上に強くなったら、その時はまた手合わせ願うよ」 「ああ! …あ、そうだ」 悟空は腰に巻いた帯の隙間から小瓶を取り出した。 食堂でギーシュが落としたものだ。 「よかったー、割れてねえや。これ、おめえのだろ?」 「…これは……。ありがとう。さっきは無視して済まなかった」 「何だ、やっぱり無視してたんか」 悟空からギーシュに手渡された小瓶を見た生徒――ギーシュの取り巻きの一人だ――から声が上がる。 「おい、あれはモンモランシーの香水じゃないか?」 その一言は、池に投げ入れられた小石が立てる波紋のように周囲に影響した。 「そうだ、あの鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」 「ギーシュ、お前モンモランシーと付き合ってたのか!」 沸き起こるギーシュに対する追求の中から、栗色の髪をした少女が歩いてきた。 目には涙を浮かべ、わき目も振らずギーシュの元へと歩いてくる。 「ギーシュさま…やはり、ミス・モンモランシーと……」 「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、君だけ…」 ケティと呼ばれた少女がギーシュの頬に張り手を食らわす。 「その香水を貴方が持っていたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」 少女は涙も拭かずにその場を去った。 ギーシュが赤くなった頬を擦っていると、更にもう一人、金色の髪を巻き毛にした少女が歩いてくる。悟空はそれが件のモンモランシーだと理解した。 ギーシュが必死に弁解する。 「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」 首を振りながら言いつつ、冷静な態度を装っているが、冷や汗が額を伝っているのが目に取れた。 氷のような目つきでモンモランシーがギーシュを見つめる。 「やっぱりあの一年生に、手を出していたのね?」 「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」 「ふん!」 電光石火の速さで振り上げられたモンモランシーの右足が、寸分違わぬ正確さでギーシュの股間に深くめり込んだ。 『オウ!!!』 悟空を除く、その場の♂がギーシュを含め一斉に苦悶の表情を浮かべて股間を押さえる。 ギニュー特戦隊も驚きのチームワークがそこにあった。 「うそつき!」 怒鳴るように吐き捨て、その場を立ち去るモンモランシー。 白目をむき、冷や汗を脂汗へと変えながら前のめりにうずくまるギーシュ。 辺りにはギーシュの鳥を絞め殺したような呻き声と、呆れ顔の悟空がギーシュの腰を叩くトントンという音だけが聞こえる。 やがて、顔面蒼白になりながらフラフラと立ち上がったギーシュが、首を振りながら芝居がかった仕草で肩をすくめる。 「あ、あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解してないようだ…」 「ははっ、おめえ、ヤムチャみてえなヤツだな」 「うぐ、何だかよくわからないがひどく馬鹿にされてる気がする……」 「まあ、後で謝りに行ったほうがいいんじゃねえか?」 オスマンとコルベールは顔を見合わせた。 「あれのどこが決闘なんじゃ」 「座っているミスタ・グラモンをあの使い魔が立たせて、二人が握手したと思ったら…今度は痴話喧嘩ですか?」 「まったく人騒がせなヤツらじゃわい」 ミス・ロングビルとの会話のせいで、二人は肝心の戦闘を見過ごしていた。 「しかし、やはりあの使い魔のことは王室に報告すべきではないかと…」 「いや、仮にあれがガンダールヴの幽霊だったとしてもまだ時期尚早じゃ」 「何故です?」 「頭の眩し…ゲフンゲフン、頭の固い王室のクソッタレどもが幽霊の存在なんか信じると思うか?」 「言われてみれば……」 「お前さん、その反応じゃとまだあの使い魔にその辺訊いておらぬな?」 「ごもっともな事で。申し訳ありません」 オスマンは杖を握ると窓際へと向かった。遠い歴史の彼方へ、思いを馳せる。 「ふう~。…伝説の使い魔『ガンダールヴ』か……。一体どのような姿をしておったのだろうかのう…」 「『ガンダールヴ』あらゆる『武器』を使いこなし、敵と対峙したとありますから」 「…そういえば、あの男武器を持っとらんかったな」 「あ」 昼休みがそろそろ終わる。 決闘が終わったヴェストリの広場には、まばらに生徒が残っていた。 大多数の生徒は次の授業のため、教室へと移動している。 「本当に勝っちゃったわね…。…ていうかあれ、勝ったの?」 「負けてはいない。それに、実力では彼の方が上」 「そうね。本当、タバサの言うことは正しいわね」 賭けの配当金で懐が暖かくなったキュルケは、うっとりした顔で悟空を見やった。 「それにしても、改めて見るといい男よねえ…。あたし強い男って大好き」 タバサは一瞬読んでいる本から目を離してチラリとキュルケを見たが、何も言わず再び視線を本に落とした。 「正直言って、あんたがあんなに強いとは思わなかったわ」 「見直したろ?」 「…まあね。使い魔としては結構いいセン行ってるかしら。ところで教えて欲しいんだけど」 「何だ?」 「あんたがそんなに頑丈なのって、死んでるから? それとも、元々?」 「元々からだ」 「…マヂですか」 ルイズが悟空のことを彼女なりに褒めていると、顔を輝かせたシエスタが走ってきた。 「ゴ、ゴクウさん凄いです! 貴族相手に決闘して、勝っちゃうなんて! 私あんなに強い人見たの初めてです!!」 「死ななかったろ?」 「はい! 」 悟空の冗談はシエスタに気付かれなかった。どうやら、未だに悟空の事を「もの凄く強い天使」だと思っているらしい。 「シエスタ、っていったっけ」 「はい、ミス・ヴァリエール」 「わたしたち、授業があるから」 「あ、そうですね。私も料理長にこの事を報告しに行きたいので、これで失礼します」 ぺこりと頭を下げて、立ち去ろうとするシエスタに悟空が声をかける。 「シエスタ!」 「何でしょう?」 「今朝の洗濯物、いつ取りに行きゃいいんだ?」 「あ、私がミス・ヴァリエールの部屋に届けますから大丈夫ですよー」 「わかった。サンキュー」 午後の授業の後、ルイズはコルベールに呼び出された。 「君の使い魔の件だが…。彼に何でもいい、武器を与えてやってくれないか?」 「構いませんが…どうしてですか?」 「ちょっと思うところがあってね。とりあえず資金の幾分かは私が出すよ」 そう言って、ルイズにエキュー金貨20枚を手渡す。 「何分安月給なもので、これだけしか渡せないのが申し訳ないが」 「お気持ちだけで十分です。これは取っといて下さい。それに、わたしもあいつに武器を持たせたらどうなるか、ちょっと興味が出てきました」 「ありがとう。武器を与えたら教えてくれ」 「わかりました。明後日の虚無の日に街へ行ってみます」 「宜しく頼むよ」 「よう、待ってたぜ、『我らの拳』!」 夕食時、厨房に入ってきた悟空を、マルトーが抱きつきながら出迎えた。 「うわっ、何すんだ、気持ち悪ぃ! 我らの拳って何のことだ!?」 「あんたは俺たちと同じ平民なのにあの偉ぶった貴族の小僧に拳骨ひとつで勝ったんだ。我ら平民の誇り、我らの拳だ」 どうやら、マルトーは悟空を平民だと思っているらしい。 ふとシエスタの方を見ると、「忘れてた」といわんばかりの表情を浮かべて悟空とマルトーを交互に見つめている。 スキンシップを終えて満足したマルトーが厨房の奥へ引っ込むと、シエスタが謝ってきた。 「ご、ごめんなさいゴクウさん、私料理長にゴクウさんが天使だって事言うのすっかり忘れてました」 「オラも言うの忘れてたんだけどよ、本当はオラ、天使じゃねえんだ」 「へ?」 「話せば長くなるんだけど、とりあえずはその『平民』って事にしてくれてもいいぞ」 「は、はい!」 自分たちと同じ平民だと聞かされ、シエスタの笑顔がいっそう明るくなった。 やがて、悟空に食べさせるためのスペシャルメニューが運ばれてくる。 食器の数は減ったが、量は昼に勝るとも劣らない。 「見た目は少ないかも知れねえが、量は昼とあまり変わらねえはずだ。思う存分食ってくれ!」 「サンキュー! じゃ、いただきまーす!!」 惚れ惚れする勢いで料理を胃袋に収める悟空。 そしてそれを惚れ惚れと見つめながら悟空におかわりを注ぐシエスタ。 そんな二人を惚れ惚れと見つめるマルトー。 満腹の者が見てもまだ空腹を覚えそうな、見事な食べっぷりであった。 「なあ、お前どこで修行した? 一体どんな事をしたらあんなに強くなれるのか、俺にも教えてくれよ」 「別に特別な事はねえぞ。毎日ひたすら修行するだけだ」 悟空の言葉は嘘ではない。 今日見せた強さは、あくまで氷山の一角であり、日頃の鍛錬で十分に出せる実力の範疇であった。 「お前たち! 聞いたか!」 マルトーは厨房に響くような大声で怒鳴った。若いコックや見習いたちが、返事を寄越す。 「聞いていますよ! 親方!」 「本当の達人と言うものはこういうものだ! 大事なのは日々の積み重ねだ。見習えよ! 達人は怠けない!!」 コックたちが嬉しげに唱和する。 『達人は怠けない!』 「やい、『我らの拳』。そんなお前がますます好きになったぞ。どうしてくれる」 「あひふふおああんへんひへうえお」 「何だって?」 ずぞぞぞぞ、と口に含んだヌードル状のものを啜り込み、そのまま飲み込む。 コックから、「おい、今の量一食分はあったぞ…」とか、「ちゃんと噛めよ…」などと呟きが漏れた。 「抱きつくのは勘弁してくれよ」 「そうか、そりゃ残念だ。じゃあお前の額に接吻させてくれ」 「もっと嫌だ! オラそういう趣味はねえぞ!」 「がはは、冗談だ。おい、シエスタ! 我らの勇者に、アルビオンの古いのを注いでやれ」 「はい!」 先に食事を終えたルイズは、そっと厨房の中を覗き見、自分の使い魔が厨房の皆と打ち解けているのを見て少し嬉しくなった。 強い、素直、人望がある。宇宙人の使い魔も結構悪くない。 翌朝、昨日の宣言通りに自分で洗濯をこなしてきた悟空をルイズはとても褒める気になれなかった。 靴下やブラウスなど、それなりに強度があるものは一応綺麗に洗ってある。 だが、肝心の――ルイズのお気に入りである――シルクの下着がひどい有様だった。 恐らく他の衣類と同様にジャブジャブと水洗いしてしまったのだろう、よれたりところどころ破れたりしていて、もう二度と履けない。 「……あんた、これ見なさい」 「わ…わりい。慎重に洗ったつもりなんだけど、どうしても布地が戻んなかったんだ」 「あんた、シルクの下着洗ったことある?」 「ねえな」 「…はあ、やっぱりね……。いい? シルクは水洗い厳禁なの。ぬるま湯で2、3回押し洗いするの。揉み洗いだとすぐに繊維が駄目になってしまうわ」 「へえ」 「そして、洗った後は軽く絞って陰干し。軽くよ。いいわね」 「難しいな…。自分から言っといてなんだけどよ、やっぱシエスタに頼んだ方がいいんじゃねえか?」 「なんで? 他のはちゃんとできてるじゃない」 「いや、力加減が難しくてよ、実を言うとあっちだっておっかなびっくりだったんだ」 そう言って、手際よく洗えている靴下を指差す。 悟飯が小さい頃は悟空も洗濯を手伝っていたが、人造人間と戦うための修行の頃から、だんだん洗濯中に服を破いてしまう事が多くなって、チチに洗濯はもういいと止められていたのだった。 「…まあ、あんたがシルクの洗濯をマスターするまでに何枚もわたしの下着が駄目になる可能性を考えたら、確かにそっちの方がいいかもね」 ルイズは妥協すると、悟空を連れて朝食へと向かった。 前ページ次ページサイヤの使い魔
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前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第四話 目の前で一体何が起こったのか、ギーシュには理解できなかった。 マジックアイテムらしき箱を使い、奇妙な鎧を身に纏ったルイズの使い魔の平民。 不思議な形をした剣をどこからともなく呼び出すと、ワルキューレに向かって駆け出したのだ。 「でやあぁぁぁ!!」 そしてワルキューレが攻撃の体勢に入るよりも早く、順手に持ち変えた剣を上から振り降ろしてきた。 ワルキューレは青銅でできている。 たとえ相手が武器を持っていようと、並みの攻撃ではびくともしないはずだ。 攻撃を受け止め、その隙をついて攻撃を仕掛ければいい。 そう、僕はふんでいた。 しかし、やつが二度三度と剣を振るっただけで、その考えは脆くも崩れ去った。 やつの斬撃に、自慢の防御力が意味をなさないどころか、攻撃を受けた箇所にヒビが入り、ついには砕け始めた。 「ハァッ!」 トドメとばかりに下から放たれたその一撃で、ワルキューレの体が宙を舞い、僕の目の前に落ちてきた。 もはや戦える状態にない。 「ふん……もう終わりか? つまらんな」 剣で肩をトントンと叩きながら、『平民だったもの』が呟いた。 「ま、まだだ! 勝負はこれからだ!」 正直、侮りすぎていた。 あのパワーとスピードでは、ワルキューレ一体だけだと相手にならないだろう。 (だが、複数ならば此方にも分がある!) そう思うと、すぐに二体のワルキューレを出現させ、指示をだす。 「いけ!」 青銅の長剣で武装した二体が、同時に走り出す。 「ほう。もうしばらくは楽しめそうだな」 そう言って、手にした剣を放り投げる。 再び紫の杖を取り出すと、箱からカードを引き、杖に差し込んだ。 『SWING VENT』 杖から声がすると、鏡から赤色の鞭が飛び出し、先ほどの剣と同じように王蛇の手に収まる。 エビルウィップと呼ばれるこの鞭は、剣よりも広い攻撃範囲と、自在な動きで敵を翻弄する。 王蛇は鞭を地面に一振りすると、近づいてきた二体の人形に向けて、上下左右あらゆる方向に何度も振り抜いた。 その攻撃に、ワルキューレたちは思うように近づけず、ついには二体とも武器が弾き飛ばされてしまった。 今は二体とも両腕で守りを固めているが、体のあちこちに傷や破損が目立つ。 頃合いを見計らって、王蛇はワルキューレたちに猛スピードで近づくと、その場で勢いよく回転し、右から回し蹴りを叩き込む。 蹴り飛ばされた一体がもう一体を巻き込み、観衆がいる方向へと飛んでいった。 見物人たちが悲鳴をあげてそれを避ける。 王蛇に傷一つつけることができぬまま、またしてもワルキューレたちはその機能を停止した。 (くそっ、こうなったら……!) ギーシュは残る四体のワルキューレを呼び出し、突撃の指示を出す。 各々が剣や槍で武装されている。 「ほう……」 王蛇は手にした鞭を投げ捨て、紫の杖を取り出す。 箱からカードを引き、杖に差し込んだ。 『STRIKE VENT』 杖から声がし、鏡から鉄の盾のような物体が飛び出すと、王蛇の右腕に装着された。 メタルホーンと呼ばれるそれは、腕に着ける灰色の盾のような部分と、先端部分から伸びる黄色い角のような突起物でできている。 その形状から、攻撃と防御を両方ともこなすことのできる武器なのである。 突撃してきた四体のワルキューレに向かって、王蛇はメタルホーンを構えた。 王蛇は一体目と二体目の攻撃を避けると、残る二体の攻撃を両方とも盾の部分で受け止め、そのまま横になぎはらった。 二体のワルキューレが地面に転がる。 攻撃を避けられた一体が、再び攻撃を仕掛けた。 が、攻撃が届くよりも前に、王蛇によって上から振り降ろされた一撃を顔面にくらい、地面に叩きつけられる。 その顔には、縦に大きな亀裂が走っていた。 もう一体も王蛇に攻撃を仕掛けたが、盾の部分で攻撃を受け止められると、蹴りで武器を叩き落とされた。 そして、無防備になったその胴体に、王蛇はメタルホーンを勢いよく突き出す。 ワルキューレは咄嗟に避けようとしたが、間に合わず脇腹に攻撃をくらい、弾き飛ばされた。 脇腹の一部が砕け散る。 地面へ倒れたところに、王蛇はすかさず追撃を仕掛ける。 「ダァァッ!!」 メタルホーンの角がワルキューレの首元を砕き、首から上が吹き飛ばされた。 なぎはらわれ、地面に倒れていた二体が起き上がるのを見ると、王蛇は言った 「今日はなぜか調子がいい。……だが、そろそろ雑魚の相手も飽きてきたな」 王蛇はメタルホーンを腕から外すと、そのまま地面に振り落とし、紫の杖を取り出す。 紫の箱から、それと同じ模様が描かれたカードを引くと、杖に差し込んだ。 『FINAL VENT』 杖から声がし、その直後手鏡から巨大な紫の蛇が現れた。 観客たちが悲鳴をあげる。 顔の周りに無数の鋭い刃を持つその大蛇―名をベノスネーカーという―は、シューという声をあげながら、王蛇の方に向かって地を這い進む。 王蛇はその場で構えると、後ろに向かって大きくバック宙をした。 そして、王蛇の背後にまで迫ったベノスネーカーが、口から毒液を吐き出す。 その勢いに乗り、王蛇が二体のワルキューレたちに向かって、両足を交互に上下させる、奇妙な形式の蹴りを放った。 「ウオオオォォ!!!」 (避けられない!!) 獲物を何度も噛み砕く、蛇の牙を彷彿とさせるその攻撃は、身構えるワルキューレたちをものともせずに蹴り砕いていき、そして――爆発した。 二体のワルキューレは木っ端微塵に吹き飛ぶ。 「そん……な……」 ギーシュが、崩れるようにして膝をつき、うつむく。 いくら奇妙な鎧を纏ったとはいえ、ワルキューレたちが平民を相手に、全く手も足も出なかった。 それどころか、戦いにすらなっていなかった。 あったのは、圧倒的な力による、破壊。 一方的な暴力のみだ。 「この感覚……! やっぱり戦いは最っ高だ……!!」 しばらく愕然としていると、王蛇がギーシュに近づいてきた。 「おい。……ギーシュとかいったか」 「ひぃっ!!」 殺される!と思ったギーシュであったが。 「時々、俺の相手をしろ。……モンスター以下だが、少しはイライラも収まる」 返ってきたのは、予想もできない言葉であった。 一方で、ルイズもまた、愕然としていた。 ただの乱暴者だと思っていた男が、何かとてつもない力を秘めていた。 しかも、この上なく強い。 (あんなのを使い魔にしちゃったのか、私……) 頼れる使い魔だったという喜びよりも、もしあいつが牙をむいたら、という恐怖が、ルイズの胸の中に広がっていく。 ルイズは思わず身震いした。 ――これからどう接すればいいんだろう。 そんな疑問を抱えながら、ルイズは広場を立ち去った浅倉の後を追うのであった。 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 「あんた、誰?」 暗く閉ざされた意識の中、ふと聞きなれない声が耳に届いた。 「あん?」 唐突に聞こえた問いかけに、間の抜けた声で返しながら、男は目を覚ました。 目蓋に眩しさを感じる、そして微かなそよ風が頬をくすぐる。 その時点で、男は違和感に急激に意識を覚醒させた。 「(外、外か?)」 上体を起こし、目覚めたばかりの為か、ふらつく頭を抑え辺りを見回す。 ここは一体何処であろう。青く澄んだ空から差す日差しが眩しい。 爽やかな、すこし肌寒い空気。そして耳を澄ませば、鳥のさえずりさえ聞こえてくる。 普通なら、ごく有り触れた平和な光景である。しかし彼は困惑していた。 この状況が、彼が目覚める直前にいた場とはあまりにかけ離れていたから。 幸いな事に、先の戦いで負った傷はそれ程深くなく、ほぼ塞がりかけていた。 地面についた手に、草の感触を感じながら、あたりを見やろうとした。すると。 「あんた、何なの?」 地べたに座ったままの男の眼前に、唐突に棒の様なものが突きつけられた。 ゆっくりと棒切れから視線を上げる。するとそこには、一人の少女。しかし。 「(な、南蛮人?)」 そう、桃色ブロンドの長い髪に鳶色の瞳。黒いマントに白いブラウス、膝丈ほどのスカートといった出で立ち。 その男にとって、目前の少女は南蛮の人間であった。 見慣れない、南蛮渡来の服装の少女がそこにいた。 暗の使い魔 第一話 『異世界』 年の程は15から16くらいであろうか。整った顔立ちだが、現在のその険しい表情からは、不機嫌さがありありと伝わってきた。 「な、何だいきなり」 とりあえずわけのわからないまま、男がようやく言葉を発した。彼には、今のこの状況がさっぱり理解できない。 目覚めると、晴れ渡った草原に寝そべる自分。そして初対面で少女が無礼にも、お前は何だ、ときたものだ。 分けもわからずにいると、今度は大勢の笑い声がその場に響いた。 みるとやや離れた場所で、少女と同じく妙な格好の少年少女らが、こちらを指差し笑っていた。 「ルイズ!サモンサーヴァントで人間を呼び出してどうするの?」 そんな言葉に、嘲笑をふんだんに含んだ笑い声がより一層強まる。 見ればその少年少女らも全員南蛮の人間であるようであり、その全員が目の前の、ルイズと呼ばれた少女と同じような格好をしていた。 「しかもあの格好、奴隷かなにかじゃないか?」 「奴隷か!そりゃいい!」 ルイズと呼ばれた少女の顔に、サッと赤みが走る 「ミスタ・コルベール!」 顔を真っ赤にしたまま、ルイズが呼びかける。 すると、嘲笑する少年少女らの集団を割るようにして、彼らの中から一際年配の男性が現れた。 年の程は40代半ばであろうか。見事に禿げ上がった頭と、知的な眼鏡が印象的な男性である。 そして彼もルイズらと同じように、南蛮渡来の服装に身を包んだ、南蛮の人間であった。 コルベールと呼ばれたその男性は、落ち着いた様子でルイズに向き合う。 慌てて駆け寄るルイズ。彼女の方はなにやら焦りと不安の入り混じった表情である。 「何だねミス・ヴァリエール」 コルベールは、やれやれといった様子で答える。 「あの、もう一度召喚させて下さい!」 「それは無理だ」 彼女の必死な懇願は、その一言できっぱりと跳ね除けられた。 理由はと問えば、やれ神聖な儀式だの、例外は認められないだの、何とも形式めいた言葉が聞こえてくる。 未だ蚊帳の外にて放置されている男は、それらの僅かな会話から、自分の置かれた状況を少しでも把握しようとしていた。 どうしたものか、と頭を掻こうとして、その時彼は自分の腕につけられた『それ』の存在を思い出した。 先程から少女も中年の男性も、こちらをチラチラ見ながら会話をしている。 ルイズはまるで不審者を見るような目で、コルベールは何やら困り果てたかのように眉を寄せながら。 彼の腕にあるそれは、頑丈そうに金具で固定された木製の枷。 そしてさらに枷には、長く丈夫な鎖に続く、黒々とした巨大な鉄球が繋がれていた。 その大きさはたるや人の膝丈程も高く、椅子としても活用できそうである。 先程、遠くの集団から投げかけられた、『奴隷』という言葉を思い出す。 確かにそうだ。初対面の人間が彼の出で立ちを見れば、まず囚人のように思うだろう。 彼の服装にしてみてもそうだ。 土で薄汚れた、陣羽織に袴、中には重い甲冑を着込んでいる。 伸びに伸びた髪はボサボサで、申し訳程度に後ろで束ねられている。 そして前髪は目元を隠し、非常に怪しい出で立ちである。 だがそれにしても。 「奴隷とはなんだ奴隷とはぁ!」 枷のついたままの両腕を空に掲げ、そんな叫びとともに男は立ち上がった。そして未だ嘲笑の止まない集団にむかって吠えた。 「小生だってなぁ!好きでこんなもんつけてんじゃなあい!」 ジャラリと鉄球の繋がれた鎖を持ち上げながら、中腰でなんとも情けない格好で叫んだ。 なんだなんだと男に注目を集める少年少女ら。しかしその注目もすぐに笑いのネタにされた。 「あっはっは!ルイズの使い魔が何か叫んでる!」 「なんていうんだっけこういうの?笑止?」 ぐぬぬといった様子で少年少女らの格好の笑いネタにされてることに歯軋りしながら、男はとうとう言い争っているルイズとコルベールに詰め寄った。 「やい!いったいどうなってやがる!?小生にも説明してくれっ!」 ずるずると鉄球を引きずりながら間に割って入ってきた男に、二人は一瞬たじろいだ。 男が思っていたよりも大柄であったからである。 みればこの場で最も年長者であろうコルベールよりも、頭一つ分ほど高い。 体格も筋骨隆々であり、二の腕など通常成人の倍はありそうな太さである。 「ちょ、ちょっとなによあんた」 「ミ、ミスタ、とりあえず落ち着いてください」 「落ち着いてられるか!」 とりあえず食って掛かる男をなんとかすべし、と踏んだコルベールが、なだめようと声を掛ける。しかし男は止まらない。 どうしたものか、と次の言葉を選んでいたコルベール。 だが次の瞬間、唐突に横から飛んできた言葉に彼はぎょっとすることになる。 「あんたは私が使い魔として召喚したのよ」 ピタリ、とその場の時が一瞬だけ止まった。 「あーミス・ヴァリエール説明には――」 説明には順序がある、と続けようとしたコルベール。しかし、今度は彼女の言葉が止まらない。 「これからコントラクトサーヴァントの儀式を行わなきゃならないの。 あんたみたいなのが貴族にこんなことされる機会なんて、普通は一生あり得ないんだから感謝なさい。」 「あぁ!?何言ってやがる?」 いよいよわけのわからない男。 ここまで来たら仕方無い、と首を振るコルベール。 そしてルイズは―― 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」 静かに、しかし力強い口調でなにかを唱え始めた。 「(なんだ?)」 何だかんだと騒いでいた男も、少女の急な変化と、作り出された場の空気にだじろぐ。 そしてルイズが男の目の前で杖を振るった。 「なんの真似だ」 「うるさいじっとしてて」 そう言うとなんと、彼女は息の掛かりそうな程に男との距離を詰めてきた。あまりに急な出来事に、彼は思わず後ずさった。 「ちょっと!なんで逃げるのよ」 「逃げるわ!何考えていやがる!」 これには流石の男も動揺した。いくら南蛮人とはいえ、見目麗しい年端の行かぬ少女にここまで寄られるのは初めてである。 先程の勢いはどこへやら、少女と距離を開けるべく男が足を上げたその時であった。 「あらあっ!!?」 男の足が、彼の枷に繋がれた鉄球にとられ、彼の身体は盛大に後方へと傾いた。 少女に注意を向ける余り、足元の自分の鉄球に気がついていなかったのだ。 男は、体制を立て直すべく、地に着いたもう片方の足で踏ん張る。しかし 「なっなぜじゃ!?」 もう片方の足には、鉄球と枷をつなぐ鎖が絡みついていた。 先程鉄球につまずいた際絡まったのか、もしくは後ずさる際に絡みとったのを気がつかなかったのか。 いずれにせよ、両の足と両腕を封じられた男には成すすべなく、そして倒れこんだ先には。 「えっ?」 桃色の髪の少女が居た。 ずしゃぁっという音と共に二人の人物が草むらに倒れこむ。 しばしの沈黙 「ミ、ミスヴァリエール!」 やや離れた距離からその様子を見ていたコルベールが、あわてて駆け寄ってきた。 彼には詳しい状況は良く見えなかったが、男が自分の生徒に倒れこむ瞬間だけは見ていた。 少女が、あれだけ大柄な、しかも重そうな甲冑らしきものを着込んだ人間の下敷きになって無事であろうか。 いやある筈無い。そう思ったのであった。 「無事ですか!?ミスヴァリエール」 「う~ん」 「ぐぅ」 その場所から二種類のうめき声が聞こえてくるのを聞いて、彼はほっと胸を撫で下ろした。 ともかく彼らを引き剥がそうと近寄った、その時。 「……むぅ?」 「ぐっ?」 彼は気がついた、二人が水平に向かい合うようにして倒れているのを。 ルイズが草むらを背に、男はそれに覆いかぶさるように。 幸いな事に男のほうは両肘で身体を支え、ルイズを下敷きにするような事態は免れたようだった。しかし。 「こ、これは」 そう、男は真正面からルイズを押し倒す形で、不本意ながら――いやむしろ役得かもしれない――ルイズと接吻を交わしてしまっていた。 ルイズはといえば、倒れた衝撃の為か衣服が乱れ、グレーのスカートは太ももの上までめくれ上がり、白い下着がもろに見えてしまっている。 そんな二人の様を見て咄嗟に目を逸らすコルベール。 今はお互い追突の衝撃で前が見えていない。 だが、そのまま見えていないほうが良かったかもしれない。 「ッ!!?」 「うおっ!」 男は目の前の光景に驚き跳ね上がった。そして今の今まで唇に感じていた柔らかい感触の正体を目の当たりにし―― 「きゃああああっ!」 目の前で響いた悲鳴と 「うぐおおおおおおおおおおおっ!!!!」 ズゴッっという鈍い音と共に己の下腹部に走る激痛、とともに地面を転がった。 地面に尻餅をついたまま後ずさりつつ立ち上がるルイズ。 「こっこここ、ここの変態!よくもこのド変態!!」 衣服の乱れを直しながら、ルイズは烈火のごとく男を罵った。 先程の鈍い音は、ルイズの靴のつま先が男の股間に鋭くメリ込んだ音である。 「しょ小生にっ……なんの、恨みが、あって……!ぐっ……」 未だ引かない痛みに呼吸もままならない男が、ひねり出した言葉はそれが精一杯であった。 「な、何故じゃあ……!」 急所中の急所に一撃必殺を叩き込まれた男は、そのまますうっと意識を失った。 そのとき、左腕に生じた違和感には気付くこともなく。 「よくもっ!ファーストキスだったのにっ!こんな形で!この破廉恥男!聞いてるの!?」 意識の無い男を未だ罵り続ける彼女を尻目に、コルベールは仕方なさげに肩をすくめると、ゆっくりと男に歩み寄っていった。 「やれやれ、どうしたものか……」 男の左腕にはいつの間にか、見た事も無い奇妙なルーンが刻まれていた。 「消えた……とな?」 「はっ、あの方によれば、突如姿見のような物が現れ飲み込んだと……」 「左様か」 周囲に人の気配はなく、辺りを闇が支配する。 襖に囲まれた狭い個室に、二人の人影を灯篭が照らしていた。 一人は忍びと思われる装束に身を包んだ男。低く身を屈め、目前の人物にむきあう。 そしてもう一人。忍びに背を向け、報告に耳を傾ける人物。 全身を包帯に身を包み、朱を基調とした異様な甲冑を身にまとう男。 顔前面も包帯と朱色の面に包まれ、そこからは一切の表情も読み取れない。 更に異様なのは、その男は床に脚をつけていない。宙に浮く奇妙な輿に座りながら、手にした書物に向き合っていた。 「何者かが、あやつの逃亡を手助けしたということか。おそらくは、術に長けた者の仕業であろ」 輿の上の男は、ぱらぱらと、書物をめくる手を休める様子もなく淡々と呟いた。 「大谷様、いかがいたしましょう」 忍びの男が短く問いかける。 大谷と呼ばれた男は、一瞬の思考の後ゆっくりとした口調で、忍びの男に伝えた。 「何としても見つけよ。アレがどう足掻くか見ものではあるが、ちょこまか動かれるのもまた癪よ」 「はっ」 その言葉に頷くと、するりと闇に吸い込まれるように忍びはその場から消えた。夜の闇の中残ったのは大谷ただ一人であった。 「はてさて照魔鏡の戯れは吉と出るか凶と出るか」 だれに問うわけでもなく、大谷は呟く。 「だがいかなるものの助けを得たところで、ぬしの星は動くまいぞ」 あの男は全てが裏目に出る不運の持ち主である。その厄の深さは留まるところを知らない。 そう考えると大谷は、口元の包帯をくしゃりと歪め、ヒヒヒと短くほくそ笑んだ。 「黒田官兵衛め……」 「クロダカンベエ?変な名前」 「失敬だな、お前さん」 男はまず、名乗って早々に自分の名を貶されたことに腹を立てた。男の名は黒田官兵衛。 かつて、覇王・豊臣秀吉に軍師として仕えていた男である。 豊臣の軍師といえば、ある二人が挙げられる。 一人は、明晰な頭脳と、鞭のような剣を華麗に操る技を持つ男。天才軍師・竹中半兵衛。 そしてもう一人。 あらゆる事象を見通す慧眼と智謀を兼ね備えた、豊臣軍に無くてはならない存在。超天才軍師・黒田官兵衛。 世に言う二兵衛と名高き、秀吉を天下へと導いた軍師達である。 「そう!小生こそが二兵衛の賢い方、黒田――って聞かんかい!」 「あんたの妄想話はどうでもいいのよ」 まるで興味なし、といったばかりにルイズは自室のベットに腰掛け、ぼんやりとしていた。 今二人は、事情を説明する為、トリステイン魔法学院にあるルイズの自室に来ていた。 官兵衛がこの場所に召喚されて、どれほどの時間がたったであろうか。 辺りはすっかり夜も更け、窓の外には奇妙な事に、二つの月が上がっているのが見えた。 「妄想だと!小生からしたらお前さんらの方がよっぽど胡散臭い!大体なんだ魔法って。ここはどこなんじゃ!」 「だから言ったでしょ!ここはハルケギニア大陸にあるトリステイン魔法学院よ!」 「だから知らんと言ってるだろうが!聞いたことも無い!」 ぎゃいぎゃいと、お互い喧しく騒ぎ立てる内に、このように夜が更けてしまったという訳である。 因みに官兵衛が召喚されて気絶から目覚めた直後から、会話の内容はほぼ変わっていない。 「ハァ……まったくどこの田舎者?トリステインはおろかハルケギニアを知らないなんて」 拉致があかない、とばかりにルイズは上を見上げる。 「大体ニホンなんて国、聞いたことも無いわよ。言葉も通じるし。あんたハルケギニアの人間でしょ?なに意地はってるのよ?」 「ぐっ……もういい。それよりだ、聞きたいことがある」 ここが一体どこなのか、魔法が何なのか。官兵衛にとってそれらは、ぶっちゃけどうでもよかった。 ただ彼が、あの夜空に浮かぶ不気味な月を見て思った事はただひとつ。 「元の場所に帰るすべはあるのか?」 それが全てだった。ここが全くの異界であろうと、帰る手段さえ確立されていればどうという事は無いのだ。 彼には日の本でやり残したことが山ほどある。その為には何としてでも元の地に帰してもらわなければならないのだ。だがしかし。 「無いわ」 帰ってきた答えは非情なものであった。あまりにあっさりした回答にずるり、と思わず体制を崩す官兵衛。 「いやいやいや!それは無いだろう、なあ!」 額に一筋の汗を浮かべながら、流石にそれはない、否定する。 「無理よ、だって元の場所に帰す呪文なんて聞いたことないもの」 「聞いたこと無いで済むかっ」 これには流石の官兵衛も我慢ならなかった。 「あのな!小生はこれでも忙しいんだよ!さっきも話したろう?天下がかかってるんだよ!テンカ!」 立ち上がり、ズカズカとルイズに詰め寄りながら、官兵衛はいかに自分が大変であるかを、オーバーなリアクションで表現した。 「何よテンカって。さっきの妄想の続き?」 「違ぁぁぁう!」 何でまたこうなるのか、と官兵衛は頭を抱えざるを得なかった。 「よしわかった、小生をここに呼んだ術があるだろう?」 「あるわね」 「それを試してくれ」 これなら文句は無いはずだ、と思った。自分がここに来た手段なら、帰る手がかりになると。 「それも無理」 「な、何故じゃ!?」 だがこれも帰ってきた答えは無慈悲なものであった。 「一度召喚してしまったら二度と使えないのよ」 なんだそりゃ、とばかりに肩を落としながら、それでも官兵衛は食い下がらなかった。 「駄目元でもいいから試してくれ。お前さんなら出来るデキル!」 とりあえず褒めておけ、とばかりに棒読みの賞賛を重ねてみる。すると、ルイズは静かに。 「だから無理だってば。サモンサーヴァントの呪文を再び唱えるにはね。」 「フムフム」 「使い魔が死なないといけないのよ」 さらりと絶望的なセリフを吐いた。 「えっ」 官兵衛は、顔から一気に血の気が引くのを感じた。 「じょ、冗談じゃないぞ……」 とどのつまり、自分は死ぬまでこのまま、このよく分からない世界で過ごす、と言う事ではないのか。 真に冗談ではなかった。 「まあいいわ、ともかくあんたは私の使い魔なのよ。貴族に仕えるんだから光栄に思いなさい……って」 上を仰ぎながらそんな事を喋っていたルイズが、視線を戻した時、すでにそこに官兵衛の姿はなかった。 「冗―談じゃないぞおおおおおおお!!」 先程から同じように言葉を繰り返しながら、官兵衛は寮のある塔の階段を猛スピードで駆け下りていた。 自分は帰れない、帰る手段が無い。そのような耐え難い事実を認めるわけにはいかなかった。 こうなれば自力で戻る手段を見つけてやる。そんな考えが彼を突き動かした。その結果がトンズラである。 元豊臣軍の軍師・黒田官兵衛。何より優れた慧眼を持つ彼だが、今回のこの状況はシャレにならなかった。 訳のわからない異世界に一人。右も左も分からず放り出され、帰れないとくれば、この混乱は当然かもしれない。 ズリズリと重い鉄球を引き摺り、わき目も振らず走り去る。そんな状況で彼がアクシデントに遭遇しないわけが無かった。 階段を下りきり、ようやっと塔の出口に差し掛かったその時。 「きゃあっ!」 短い悲鳴とともに、何かにぶつかる感触を感じた。 「うおっ」 突然の事態に官兵衛も立ちすくむ。どうやら混乱のあまり周囲をよく見ていなかった為、人にぶつかっってしまったようだ。 見ると、官兵衛から1メイルは離れた距離に一人の少女が尻餅をついて倒れている。 「いたた……」 少女の傍には桶らしきものが転がっており、その周りには衣類らしき布切れが無数に散らばっている。 恐らくは、この施設の侍女にあたるのだろう。洗濯物を運んでる途中に官兵衛と激突してしまったのだと思われた。 「あー!すまん、大丈夫か?」 「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。前を見ていなくて」 日本人を思わせる黒髪の少女は、ぶつけた箇所を擦りながら答える。 「悪かった、小生も急いでいたもんで。立てるか?」 混乱していたとはいえ、一方的にぶつかったのはこちらである。とりあえず謝りながら、官兵衛は少女に両手を差し伸べる。 少女の方も、はにかみながら、差し出された手に掴まろうとして。 「ありがとうございます、おきになさら……ず……」 その時、少女は違和感に気付いた。 「あ、あなたは……?」 「え?」 見れば少女の視線は、官兵衛の両腕の枷、そしてそれに繋がれた鉄球に映っていた。 そしてゆっくりと顔を上げ、こちらを見上げる。 その顔には、明らかに不審なものを見る表情が見て取れた。 まずい。 思えば自分はこの世界に来て、ほぼルイズ以外の人間と接触していない。 知らぬ人間が、この学園内で今の姿の自分を見れば、誰だって不審者に思うに違いない。 何とか弁明しなければ、官兵衛はそう思った。 「ま、待て小生は怪しいもんじゃあ……」 しかし彼の口からひねり出せたセリフは、それが精一杯。これで自分の立場を説明できよう筈もない。そして。 「きゃあああっ!」 塔内に、少女の悲鳴が響き渡った。彼の短い努力は無駄に終わった。 「なっ!何故じゃあ!」 と、その時。 「待ちなさい!そこの!」 「何の騒ぎだね!?」 寮へと続く階段からどやどやと生徒達が降りてくるのが見えた。ルイズ達だ。 また傍には悲鳴を聞きつけたのか、金髪の見慣れない少年の姿もあった。 「ち、チクショー!」 この状況はマズすぎる。まるでこれでは、自分がこの場で少女に何かしたみたいではないか。 ともかく官兵衛は捕まらぬべく、すぐ傍の塔の出口から学園の外へと駆け出す。 「何で次から次へと!」 官兵衛は、今日のこの日ほど己の不運を呪った事は無かった。 塔から学園の周りを囲む平原に出て、官兵衛はどこかに身を隠せそうな場所はないか、辺りを見回した。 しかし、すぐ近くには身を隠せそうな場所は見当たらない。 こうなれば、平原の向こう遠くに見える森の中へと逃げ込むしかない。 そう考え、再び駆け出そうとした、その時。 「うぉっ!?」 「やれやれ、捕まえた」 何と、官兵衛の両の脚が宙に浮かび上がった。 「何だこりゃあ!」 見れば自分の7~8メイルほど後方で、先程の少年がこちらに向けて、薔薇の華のようなものを振るっているではないか。 「畜生ッお前の仕業か!下せ!下しやがれ!」 ジタバタと両手両足を動かす。しかし、高く浮かび上がった官兵衛の身体は虚しく空を切るのみだった。 「ルイズ、捕まえたよ。全く自分の使い魔の管理くらいしっかりしてほしいものだね」 塔の方から遅れて駆けつけてきたルイズに、少年は杖を振るったまま答える。 ギーシュと呼ばれた少年は、フリルのついたシャツに金髪の巻き毛の、なんとも気障な出で立ちの少年だった。 官兵衛には目もくれず、やれやれといった様子でルイズに向き合っている。 「まあいい、彼を部屋まで運べばいいんだね?」 ギーシュの言葉にルイズが頷くと、彼は仕方なさげに宙に浮いた官兵衛に向き合おうとした。その時だった。 「うわあっ!?」 何とギーシュの足元に直径1メイルはあろう、鉄の塊が飛んできた。 巨大な剛速球は地面の土ごとギーシュを吹き飛ばし、辺りに土埃を巻き上げる。 それは紛れも無く、官兵衛の両の腕にくくりつけられていた鉄球であった。 予想だにしない攻撃に、ギーシュのレビテーションのコントロールが乱れた。そして。 「どわぁっ!」 糸が切れたように、官兵衛が背中から地面へと落下した。 そのまま即座に体制を立て直し、鎖で繋がれた鉄球を手繰り寄せ、ギーシュに向き合う官兵衛。 「い、一体何だ!?」 ギーシュ本人も一体何が起きたのか分からなかった。幸いにも鉄球は直撃しなかった為、吹き飛ばされただけで彼自身は無傷だ。 しかし、吹き飛ばされたギーシュも、我に返ると跳ねるように立ち上がり。 即座に官兵衛へと、薔薇の造花を向けた。 二人の男が静かに対峙する。 「いったい何をした!?」 「なに、お前さんが余りにしつこいんでコイツをお見舞いしてやっただけさ!」 そう言うと官兵衛は、自分の足元に転がる鉄球を脚でかるく小突いた。 さらに官兵衛は続ける。 「どうやら、お前さんを何とかしないと自由になれんらしい!こうなりゃやってやる!小生は、自由だぁ!」 官兵衛の左腕のルーンが、僅かに輝きを放っていた。 機略重鈍 黒田官兵衛 召 喚 前ページ次ページ暗の使い魔
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autolink ZM/W03-003 カード名:“平民の使い魔”サイト カテゴリ:キャラクター 色:黄 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:500 ソウル:1 特徴:《使い魔》?・《武器》? 【永】他のあなたの「メイド服のルイズ」すべてに、パワーを+1000。 【永】応援 このカードの前のあなたのキャラ全てにパワーを+500。 サイト「嬉しいような腹立つような…」 レアリティ:R illust.ヤマグチノボル・メディアファクトリー/ゼロの使い魔製作委員会 メイド服のルイズに対する応援シナジー持ち。 通常の応援も持つのでレベル0から置いても邪魔にならず、特徴も回収が行いやすい《武器》?にこの作品では便利な《使い魔》?となかなか悪くない。 ただし、能力を2つ持ったことでパワーが最低値な為、天枷 美春同様“最強の男児”謙吾や青銅のギーシュにいとも簡単に倒されてしまう。 セーラー服のシエスタを出すことで守ることも出来るが、その場合はデッキの組み方に一工夫必要になりそうだ。 ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 メイド服のルイズ 2/1 7000/1/1 黄 ・関連ページ 「サイト」?
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前ページ次ページ紙袋の使い魔 決闘の日から一週間程の時間が流れた。 ファウストの自室はルイズしか入らなかったが、人の出入りが多くなった。 あの日以来、ギーシュは平民だからといって高慢な態度を取る事は無くなり、モンモランシーとの中も好調であるらしい。ときおりファウストの下へ話をしにきたりしているようだ。 シエスタ、マルトー、コックやメイド達は、自らの体を張ってシエスタを守ってくれたファウストを「我等が槍」、「紙袋の名医師」、「お茶目なお医者様」と呼び慕っている。 キュルケは今まで以上にルイズをからかい、タバサはちびファウストくんと共に遊びに来ては彼に病の事について話をしにきている。 ルイズはと言うと・・・・。 決闘以来、今まで自分に対して馬鹿にした態度を取っていた生徒たちが、畏敬の視線を浴びせてくるようになった事を疑問に感じていた。 ファウストのおかげかしら?と自分に優位な考えで解釈していたが。 今まで通り、ファウストと自身の魔法について意見を交わし、裏庭なんかで実験を繰り返す。 そんな日々である。 あっという間に一週間が立ち、虚無の曜日がやってくるのであった。 「ファウスト。今日は虚無の日よ。街へ買い物に行きましょう」 「虚無の日?お休みの日ですか?」 「ええそうよ。前に言ってたでしょ?武器が無いって。この前の決闘の時の槍ってニセモノだったんでしょ?街でちゃんとした物を買ってあげるわ」 「別に武器が欲しい訳じゃないんですがねぇ・・・。まぁ、折角のご好意。断る訳には行けませんねー」 その日も、普段どおり部屋にて勉強、そして練習を行うと思っていたファウストであったが、今日は違うようだ。 この世界の町というものを見たことが無かったので、準備をし、ルイズへと着いていった。 「ルイズさん、街は遠いのですか?」 「そうね。馬に乗って三時間くらいね」 「案外かかりますねぇー。ルイズさん、詳しい場所は分かるのですか?」 「大丈夫よ。何故かしら?」 「それならコレを使って行きましょう」 鞄をガサゴソと漁ると、とても大きな扉が出てくる。 「何処○もどあ~」 少ししゃがれた声で高らかに言った。 あの鞄の中身はどうなっているのであろうか?気になってしょうがない。 「・・・・それは何なのかしら?」 「コレを使えば知っている場所へすぐ着きますヨ。さぁルイズさん、場所を思い浮かべて下さい」 「気にしない気にしない。一休み一休み・・。気にしたら負けね。行きましょうか」 考えるのを止めたルイズはファウストと共に、扉へと入っていった。 その日もタバサは、朝早く起きて読書をしていた。庭の木の下でだ。 隣にはちびファウストくんと彼女の使い魔である、シルフィードが遊んでいる。 「きゅいきゅい!ちびファウストくん!そこはダメなのね!」 タバサは無言で杖の頭でシルフィードを叩いた。 「喋ってはダメ。だれが見ているか分からない」 「お姉さまのイジワル。だってちびファウストくんがシルフィの変なとこ舐めるのね」 「喉元を舐められただけ。そういうサービス発言はいらない」 彼女の言っている意味が分からないシルフィードはそのままちびファウストくんとじゃれあっていた。 「そろそろ時間。ちびファウスト。あなたのご主人様の所へ行きましょう」 彼女はお昼過ぎのこの時間、いつもファウストの元へと向かうのであった。 自分が知らない未知の魔法について、そして医者だという彼に病についての質問をしている。 頷いたちびファウストくんを引き連れ、彼女はファウストの元へと向かった。 「いってらっしゃいなのねー。お姉さ・・・痛っ・・・・」 シルフィードに軽いエアハンマーでオシオキした後、ファウストの部屋の前に着いた。 しかし、ノックをしたが反応が無い。彼女は一応断りの台詞を入れて部屋を開けた。 「・・・・誰もいない。ルイズも。虚無の曜日だから出掛けた・・・?」 部屋の前で考えているとキュルケが自室から出て来たらしく話しかけてきた。 「どうしたのタバサ?何、今日もミスタ・ファウストへ質問タイム?熱心ねぇ。それで、部屋の前で何してるのかしら?」 「居ない。どこかに出掛けたらしい」 彼女の台詞を聞いたちびファウストくんが服を引っ張っていた。 「・・・場所が分かるの?着いて来い?」 こくこくと呟くちびファウスト君。 「すごいじゃないのタバサ!話が分かるの?」 「何となく」 「それで、行くのかしら?私も着いてっていいかしら?」 こくりと頷くと、部屋の窓を開け、口笛を吹いた。 窓枠によじ登り、そのまま外へと飛び降りた。 何も知らない者が見たら頭を疑うであろうその行動にキュルケは全く動じず、自身もその身を空へと躍らせた。 ばっさばっさと力強く翼を羽ばたかせ、シルフィードは彼女等を受け止める。 「いつ見ても貴女のシルフィードは惚れ惚れするわねぇ」 そう、タバサの使い魔、シルフィードは竜の幼生なのであった。 「どっち?」 ちびファウストくんはその問いに、東の方へと指をさす。 「あっちは街のほうね。虚無の曜日だから街に買い物にでも出かけたのじゃないかしら?」 キュルケの恐ろしいまでの推理にタバサは頷き、シルフィードを街の方へと急がせるのであった。 扉から出ると、そこには街が広がっていた。 「ほんとーに何でもありねあんた・・・。驚かないって決めてたのに驚いちゃったわ。その内奇跡の一つでも平然とおこしそうね・・・」 「ルイズさん・・・奇跡とは、待つものではないのです。日々の努力が奇跡へと繋げるのです。そして奇跡を起こさなきゃいけないのが医者なんですよ。例え1%を切っている確率でも、我々医者は成功しなきゃいけない。いえ、させるのです」 「これはお医者様とは何の関係無いでしょう!?ごまかそうとしたってそうはいかないんだから!」 「あひゃ!バレましたか!細かい事気にしてたらハゲちゃいますよぉ~ルイズさん!」 もう付き合ってられないとばかりに、ファウストへと背を向けると、街の奥へと歩いていった。 途中、ファウストは何度も人とぶつかっていたが、その度に相手から何とも言えない声がしていた。 「ルイズさん。ここはスリが多いですねぇ~」 「え!?あんたもしかしてスラレたの!?」 「そんな訳無いじゃないですかー。スロウとしてたのでぶつかって来た時に体を少し弄ってあげただけですよぉー」 その日、町でスリをしていた連中は、変な被り物をしている貴族の連れから財布をスロウとしたが ことごとく失敗に終わった。その際、体に軽い違和感を感じ意識を失ったのだが、目が覚めるとニキビが治っていたり、水虫が治っていたり、体のありとあらゆる異常が治っていた。 紙袋を被ったあの男は始祖の使いに違いない、そう信じ、あの男に救って貰ったこの体。悪さをすることは出来ぬと改心し、まっとうな職を探すのであった。 その日以来、街での犯罪件数が激減したのであった。 ルイズは目的の店の看板を見つけると嬉しそうに呟いた。 「あったわ。中に入りましょう」 店の中は薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。周りを見渡すと、甲冑や剣、大きな出刃包丁のような剣など様々な武器が置いてある。いかにも武器屋といった様子だ。 店の奥でパイプを咥えていた50がらみの店主らしき男は、店に入って来た人物が貴族であると気付くと低い声で喋った。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてますぜ。貴族様に目をつけられる様な事は一切合財しておりませんや」 「違うわ。客よ」 「これはこれは!貴族様が剣を!こりゃおったまげた!」 「違うわ。私のを買いに来たのではないわ。ファウスト。入ってらっしゃいな」 店主は黙ってその様子を見ていたが、入ってきた男に驚き声を出すことが出来なかった。 なんせその男扉を狭そうにくぐったかと思うと部屋の中で立ち上がった。 自分が見上げる程の大男。店主は自身の体格で見上げる程の男に出会うのは武器屋生活25年間の中で初めてである。 「貴族様・・・こちらの方用の武器で御座いますか?」 「ええ。そうよ。私の使い魔のファウストよ。槍を探しに来たのだけども・・・」 主人はいそいそと店の奥へと消えると、次々と槍を並べていった。 「貴族様、そちらの方にあうような武器になりますと当店にはこのくらいしか御座いません」 そういうと店主は槍の説明をしていった。 「右から、かつて伝説の白い魔人が使ったと言われる「テックランサー」、何度倒されても決して諦めずに姫を救った騎士アーサーの使ったと言われる槍、ナイトと呼ばれた騎士が使ったとされる全てを貫く「ミストルテイン」で御座います」 「どれも強そうな槍ねぇ・・・どれがオススメなのかしら?」 「どれもオススメで御座いますよお客様。これらの武器なら世間を騒が盗賊を見事撃退できますぜ」 「盗賊・・?」 「ええ。何でも土くれとか呼ばれているメイジの盗賊が、貴族のお宝を盗みまくってるらしいですぜ」 ルイズは盗賊へはあまり興味は無かったが、見れば見るほど素晴らしい武器たちに目移りしてばかりである。 「どう?ファウスト。この中にあんたに使えそうな槍はあるかしら・・・?」 「う~ん。私は別に凄い武器が欲しいって訳じゃないんですがねぇー。どれもこれも強い何かを感じるのですが」 その時、乱雑に積み上げられた剣の中から、声がした。渋く、若本御大のような声が。 「何言ってるんだ?オメェ。武器屋に来て武器をいらないとはどういう要件でぇ」 ルイズとファウストは、声のする方へ近づくがそこには人の影はない。 「何~処見てんだいお前さんたち?俺ぁ、目の前に居るゼェ~?」 どうやら声は目の前の剣から発せられているらしい。 「面白いデスね。剣が喋るとわ!実に興味深い!あ・・・そういえば鍵も喋ってましたね・・・」 ファウストがそういうと、店主は剣へと怒鳴りかけた。 「デル公!大事なお客様に変な事言うんじゃない!」 「お客様だぁ?そいつ武器を求めていないじゃないのさぁ~!」 剣と店主の間で険悪なムードが広がる。 少し考えるとファウストは、間へと割って入った。 「まぁまぁ。抑えて下さいお二人さん。デル公さんあなた面白いですよぉー実にね」 「武器がいらねぇ奴に褒められても嬉しく無いッつーの!それに俺の名はデルフリンガーって名があらあなぁ!」 「それはすみません。私の名はファウスト。以後お見知りおきを・・・」 剣は黙ると、じっとファウストを観察するように声一つ発しなかった。 しばらくし、剣は小さな声で喋り始めた。 「こ~いつはおでれぇたぁ!おめぇ使い手じゃないのさぁ~」 「使い手・・・と申しますと?」 「自分の事も把握してないのかいぃ?まぁいい。俺を買いな。武器屋に来たって事は一応なりにもそれ相応の物を探しに来たんだろう?損はさせないゼェ?」 剣を手にし、沈黙していたファウストはルイズへと話しかけた。 「ルイズさん。私、このデルフリンガーくんでいいです」 「ちょっとファウスト。あんた槍がいいんじゃないの?」 「まぁそこの所は何とでもなりますヨ。それに面白いじゃありませんか。喋る武器・・・。デルフリンガーくん?」 「何だぁ?使い手」 「君を買いましょう。ただし、条件が一つあります」 「何でも聞いてやるぜぇ。こんな場所で朽ち果てていくくらいならどんな条件でも受け入れてやらあなぁ!」 「それは重畳。ではルイズさん。お願いします」 ルイズは多少不満げな顔をしていたが、自分の使い魔のいう事を素直に信じる事にした。 本人がこれでいいと言っているのだ。無理に止める事もないだろう。 「あれ、おいくら?」 「あれなら百で結構でさぁ」 「あら安いわね。今日は家が買えるくらいのお金は持って来てたのに」 「あっても邪魔ばっかするんで、こちらとしてもいい厄介払いでさ。ちなみに先ほどの槍なら一本でお客様の手持ち分程で御座いまさぁ」 ルイズは財布から、金貨百枚を店主へと手渡すとファウストと共に店を出て行った。 店を出ると、ファウストは喋る剣へと話しかける。 「それではデルフリンガーくん。先ほどの話、聞いていただきますよ?」 「おう!ど~んと来いやぁ!男に二言は無いゼェ!」 「では、あなたを私の使いやすい様にイジらせて貰いますネ!」 「・・・・は?何の話をして・・・」 「それでは!オペ開始デス!」 ルイズの目の前で嬉しそうなファウストと泣き叫ぶ剣の狂宴が始まった・・・。 ルイズは何が行われているかをあまり見たくないので、耳を塞ぎながら 後ろを向いてしゃがみこんだ。 「ちょ・・・何をぉ・・・あっ!そこはダメ!」 「大丈夫デス。すぐ済みます。ほら段々と・・・」 「そんな所までぇ・・・ダメだぁ・・・バカになるぅ!」 剣が喘ぎだした・・・ルイズは今朝あまり御飯を食べてこなくて良かったと 本気で思った。 「らめぇぇぇぇぇ!俺は・・・俺は・・・アッー!!」 どうやらそのおぞましい何かが終わったようだ。 ルイズはゆっくりと振り返る・・・。 「オペ完了デス。お疲れ様でしたデルフリンガーくん」 めそめそと小さい声で呟く。 「ううっ・・・ブリミル・・・オレァ・・・汚されちまった・・・。6000年間生きてきたがこんな使い手初めてだ・・・。ところでブリミルって誰っけか?」 「フフフ・・・あなたは生まれ変わったのですよデルフリンガーくん!そう!私の使う万能文化メス・・・デルフちゃんとして!」 デルフリンガーは既に剣では無かった・・・。この世界には存在しない武器(?)ファウストのメスとして生まれ変わったのだ。初めてみる形にルイズは興味を持つ。 「へぇ・・・これがアンタが言ってたメスってやつなんだ?」 「そうですよ。あるときは手術時の最愛のパートナー・・・またあるときは私を守る武器・・・そしてオシオキ兵器」 デルフリンガーを掲げながらうっとりとする。 「どうです?ルイズさん・・・いい輝きでしょう?フフフ・・・フフ・・」 ファウストがいつにもなく怪しい。 「そ、それは良かったわね。目的の物も手に入った事だし帰るとしましょうか」 「・・・そうですね。何処で○どあ~」 それから程なくして街へと着いたタバサとキュルケであったが、目的の人物たちが既に帰った事を武器屋の店主から聞くと・・・。 「タバサ・・・私たちって・・・完全に・・・」 「それは言わない方がいい。自分たちが傷つくだけだから」 「そうね・・・・」 彼女等は素直に学院へと帰っていった・・・。 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グゥゥゥゥ~~ッ 大きな音を立ててギアッチョの腹が鳴る。 「チッ・・・」 何も食べずに食堂を飛び出してきたのだ。腹が減るのは当たり前で ある。他に食うものがないというのなら、彼もあれを食べる事に抵抗は ない。しかし、あれがルイズ―主から出されたものだというのなら、 例え飢え死にしようが絶対に!口をつけるわけにはいかない。 ギアッチョはそう決意していた。 「しょぉぉおがねーなぁぁあ」 ギアッチョの口からは無意識に戦友の口癖が飛び出していた。実際の ところ問題は切実である。早いところ安定した食糧確保の方法を 考えなければ飢え死には免れない。 ――貴族のガキ共から日替わりでメシを奪うか? と思ったが、食堂には入りたくないし、毎日そんなことを続けていれば 間違いなく問題が起こる。 「プロシュートの野郎ならよォォーー 今ここで奴らを皆殺しにしそうな もんだが」 自分以上にキレっぱやいものはいないということに気付いていない ギアッチョである。 「あ、あのー・・・」 ギアッチョの後ろで声がした。 「ああ?」 色んな要因でかなり気が立っているギアッチョは、気だるげな声を 上げて肩越しに後ろを見た。 そこにいたのはメイド服を着た黒髪の少女だった。 「何か・・・用か?このオレによォォ~~~」 「す・・・すいません その・・・失礼かとは思ったのですが 食堂での お二人のお話を聞かせていただきました」 ――大人しそうなツラしやがってよォォーーー 堂々と盗み聞きって ワケかァァ~~? ギアッチョが発する殺気の量が更に上昇する。それに気付いたのか、 少女は慌てて本題を口にした。 「そっ、それでですね!あの、よろしければ厨房に来ませんか?賄い食 ですが料理をお出しします」 「・・・・・・」 ギアッチョは少女に向き直ると、その眼を覗き込む。少女はちょっと 驚いたようだったが・・・瞳に嘘は感じられなかった。 「・・・いいだろう 世話にならせてもらうぜ」 罠ではなさそうだ。ギアッチョは素直に好意に預かることにした。 「・・・こいつはうめぇな」 「貴族の方々にお出しする料理の余りで作ったシチューなんですが、お口に 合われたならよかったです」 「ああ マジによォォ~ 助かったぜ ルイズのヤローに出されたエサは ブチ割っちまったからな・・・」 「凄い握力なんですねギアッチョさんって・・・ 私ビックリしました」 どうやら、シエスタにはトレイ自体は見えていなかったらしい。単純にトレイを握り つぶしたのだと思っているようだった。 「ところでよォォーー 何故オレを助けた?」 ギアッチョにはそこが解らなかった。ルイズの物言いから察するに、ここでは 貴族と平民には絶対的な上下関係がある。今オレを助けたことで貴族――ルイズの 恨みを買う危険性もあったはずだ。するとメイドの少女――シエスタと名乗った―― はニコリと笑って言った。 「ギアッチョさんは平民でしょう?平民が平民を見捨てるような時代になってしまえば、 私達はおしまいです。貴族の圧政に耐えるためには、私達平民は常に団結して いなければならないんです」 ――何も考えてない小娘かと思ってたがよォォー・・・ ギアッチョは少し感心した。 「それに・・・ 貴族にあんなに堂々と逆らう人なんて初めて見たんです それが その・・・なんていうか 格好よくて」 シエスタは少し照れたように眼を伏せる。こう言われてはギアッチョも悪い気はしない。 「なるほどな・・・気に入ったぜェーーシエスタ! 改めて自己紹介するがよォォー オレの名はギアッチョだ ここに来るまでは、遠いところで暗殺稼業をやってたッ 気に入らねえ奴がいるならよォォ~~ いつでも暗殺してやるぜ」 「暗殺・・・!?ギアッチョさんて 殺し屋さんだったんですか!?」 普通なら、ここで殺人者に対する拒絶が心の中に芽生えるであろう。しかし シエスタは、というよりシエスタ達は違った。純粋に「凄い」と思ったッ! だって平民である。単なる平民がそんな凄まじい技量を持っている!シエスタと 話を聞いていた厨房の平民達は、そんな男が自分達の仲間であることに「誇り」と 「勇気」を感じた!! 「『我らの剣』ッ!オレぁおめーが気にいったぜ!!おら!こんな余りモンで よかったらいくらでもおかわりしてくんなッ!!」 マルトーというらしい四十がらみのコック長がガシッとギアッチョの肩を抱く。 厨房は一転熱気に包まれた。当のギアッチョはというと、これがまんざらでもない ようだった。ギアッチョが生きていた頃は、チーム以外の人間と親しくするなど ありえないことだった。知っての通りリゾットチームは暗殺を生業にしていたが、 その報酬だけでは毎月生きていくこともかなわなかった。ギアッチョを含めて メンバーはそれぞれが色んな表の仕事を転々として何とか糊口をしのいでいた のだが、彼らは暗殺に対する報復などに四六時中警戒しなければならない身で ある。敵の刺客はどこに潜んでいるか分からない。仕事仲間にさえも気を許す ことは出来なかった。彼らが心を許せる相手は、リゾットチームの仲間のみ だったのである。 ――ここは・・・違う ここではギアッチョはただの平民だ。暗殺者という職業、ボスへの反逆者という 立場、命を狙われる身という立場・・・、ここではその全てがリセットされている 事にギアッチョは気付いた。今、ギアッチョは真っ白だった。―もし。もし永遠に イタリアへ帰れないのなら。ここでの行動全てが――トリステインの平民としての ギアッチョの境遇を決することになる。それを理解したギアッチョは、自分が 突然何も無い宇宙の真ん中に放り出されたような眩暈を感じていた。 ――どォォォすりゃいいんだよッ!!!クソッ!!! ギアッチョは――自分がどうするべきなのか解らなくなってしまった。昨日、 ルイズはギアッチョを元の世界に帰す方法について、「私は知らない」ととても 悲しげな声で答えた。その声はまるで、そんな例は古今東西ありえないとでも 言外に告げているかのようにギアッチョに聞えた。 ――どォすりゃあいいんだッ!!ええッ!?教えてくれよッ!!リゾット!! プロシュート!!メローネ!!ホルマジオ!!イルーゾォ!!ソルベ!! ジェラート!!ペッシッ!!ええおいッ!!答えてくれよッ!!! ギアッチョがいくら問いかけても――彼らは答えてはくれなかった。 ギアッチョが心中凄まじい葛藤をしていたその頃、シエスタはルイズによって 厨房の外に呼び出されていた。 「・・・あ、あの・・・何の御用でしょうか・・・ミス・ヴァリエール・・・」 ギアッチョを厨房に招いていることは、ルイズにはとっくに気付かれていた ようだった。ルイズはうつむいたままシエスタに言う。 「・・・これからも あいつに料理を出してやってくれないかしら」 「えっ!?」 シエスタは驚いた。そもそもギアッチョ用にあの貧相極まる食事を出させた のはルイズなのだ。まさかギアッチョの剣幕に怯えたわけでもあるまい・・・ シエスタは内心首をかしげながらも、 「・・・分かりました、ミス・ヴァリエール。ご用命とあらば、喜んでお世話を させていただきます」 と答えた。ルイズは「よろしくお願いするわ」とだけ答えると、返事を待たず 歩き出した。ルイズは見ていた。厨房の窓から、馬鹿騒ぎする料理人達と その輪の中心にいるギアッチョを。 ――あいつの居場所は・・・私の隣じゃない ルイズは悲しげにそう呟いてその場を後にした。 ←To Be Continued?
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星界の使い魔03 トリステイン魔法学院のとある廊下―― 一匹のハツカネズミがその小さな体から、とてもと思えないほどの速さで移動していた。 しかも、その洗練された動きはまさに隠密のそれであった。 学院の誰一人として、彼の移動を目にすることは不可能であった。 ちゅうちゅちゅう、ちゅう。 (俺の名前は『モートソグニル』コード・ネームは 静かなる溜息 だ。) ちゅ、ちゅうちゅちゅちゅちゅう。 (雇い主『オスマン マスター 』に雇われているしがない専属傭兵だ。 俺は雇われてから今日まで、数多の彼からの依頼 ミッション をこなして来た。) 静かなる溜息 は有り得ないほどの脚力で窓へと飛び込み、回転しながら外へ飛び出す。 ピタ。華麗なる着地、そのままの勢いで移動を続ける。目的の場所へ―― ちゅ、ちゅちゅちゅうちゅ。 (もちろん、雇い主のミッションをクリア 達成 してゆく内にお互いに得難い信頼と友情は芽生えた。 一時期は、彼の為なら命をも惜しまないとさえ思っていたほどだ。だが―― ) 「 静かなる溜息 、聞こえるか?こちらオスマンだ」 「ちゅちゅちゅう(どうした、雇い主 マスター )」 「任務だ、 静かなる溜息 。昼食後に一年生の競技が始まる。直ちに更衣室へと潜伏せよ」 「ちゅう(了解)」 静かなる溜息 ことモートソグニルは長い間耐えて来た。己の雇い主の変貌に。 学院長の席に着く前の雇い主―― 若かりし日々のオスマンはまさにメイジの中のメイジであった。 しかし、運命とは残酷かな、この魔法学院に身を落ち着かせるとオスマンは豹変した―― いや、これが元々の性格だったのかもしれない。 そう、オスマンは着任そうそうこともあろうに、使い魔の能力を、無垢で純粋な生徒たちを汚すことに使い始めたのだ。 さらに、こともあろうか本来ならその英知を以って人類に更なる発展をもたらせるはずの豊富な知識を 己が渦巻く卑猥な欲望へと費やし、とうとう『究極の魔法』をも完成させていた。 静かなる溜息 は耐えた。耐えてきた。このおびただしいほど長い卑猥な時間を。 なぜなら、任務達成 ミッションクリア の暁には雇い主からの報酬があったからである。 生命の果実『アンブローシア』それはアルビオンのとある神聖な山に数十本ほどしかない神木から成る実であった。 これをミッション成功の暁に、 静かなる溜息 は報酬としてもらうのである。 アンブローシアの味は、それはそれは『神々の食べる物』とまで言われるほどに美味なのである。 それだけの為に 静かなる溜息 はがんばってきた。 あるときは、肥溜めの穴に人が来るまで張り付き、その様を一部始終監視をする。 また、あるときは眠っている生徒の下着にしのびこんだりもする。 他にも幾多の行為をしてきたが、そべてはアンブローシアのため、『神々の食べる物』のためだった。 そのためなら文字通り、汚いものをすべて引き受けた。 しかし、とうとう 静かなる溜息 はその長きに渡って耐えてきたモノを耐えに耐え切れなくなった。 なぜなら、ここ数日オスマンが報酬を出し惜しんできたのだ。 かれこれ、任務19回分の報酬をすっぽかされている。 なんでも、アルビオン一帯に騒動が起こっていて入手が困難とのこと。 しかし、そんなことは関係ない。彼は知っていたのだ。オスマンの部屋の棚の3段目の引き出し。 そこは、オスマンが自らロックをかけている引き出し。その中にはたくさんのアンブローシアが水魔法によって 最適温によって保存されていることを。 そう、何も 静かなる溜息 だけがアンブローシアの味覚に魅了されているというわけではなかった。 オールド・オスマン、彼もまた神々の果実に魅了された一人なのだ。 夜な夜なオスマンがアンブローシアを一人で貪っていることは知っていた。 さらに、理由はもう一つあった。オスマンの態度である。 親しき仲にも礼儀あり―― それがオスマンには欠けていた。さも当然のような言い草で、任務を終えた 静かなる溜息 をたしらう。しかも報酬抜きで。 今朝方のミッションもそうだった。肥溜めに張り付き、そして、飛びかかってくるいわゆる汚物をも耐え抜き帰還した 彼にオールド・オスマンは私信に一言。 「ミス・ヴァリエールのはちと見飽きたのぅ、その使い魔のラフィールたんのならいざしらず」 チュチュチュゥッ・・・!! (この糞ジジィ・・・!!) 使い魔の秘めたる思いにも気づかず、尚もオールド・オスマンは言う。懐かしい思いでを語るかの様に。 「ミス・ヴァリエールか、彼女の姉君たちもさぞかし美しかったのぅ、そして母君も・・・うへへ」 下品にニヤつくこの偉大なるメイジ、オールド・オスマンは鬼畜だった。 ヴァリエール家の淑女たちを代々汚していたのである。もっとも、学園中ほとんどの貴族たちも同様なのだが。 今朝のことを思い出すだけで、苛立ちがこみ上げてくる。 彼は決心した。やつを、雇い主 マスター を止められるのは俺だけだ―― 「ちゅちゅ・・・(待っていろよ、雇い主 マスター ・・・)」 そう呟くと 静かなる溜息 は、オスマンが示す目的地の正反対の方角へと駆けていった―――― 学院長室―― 使い魔の謀反をも知らずに、もうすぐ麗しい一年生たちの華麗なる姿を見れる、 と上機嫌なオールド・オスマンはその喜びを秘書の『ミス・ロングビル』のお尻を撫で回す形で現していた。 その熟練された動きに、一瞬たじろうも、キッ!とオールド・オスマンを睨み付けて言う。 「これ以上やったら、王室に報告しますからね!!」 「カーーッ!王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーーっ!!」 まさに、本音の中の本音を叫ぶオールド・オスマン。 その気迫に押されるも、ミス・ロングビルは尚も睨み続ける。 それに耐えかねて、オールド・オスマンは呆けた。 「オッパイノベラベラそ~すぅ、そして性欲を持て余す」 最後のセリフをやけに渋い顔で言い放つと、再びお尻をなで始めた。もう、最低である。 ミス・ロングビルは無言でオスマンを蹴りまわした。 そこへコルベールが飛び込んできた。 「オールド・オスマン!!たた、大変です!」 ミス・ロングビルは何事もなかったように机に座っていた。 「大変なことなど、あるものか。すべては小事じゃ」 腕を後ろに組みながら、重々しく闖入者に答えた。二人の見事な連携である。 「これを見てください!!」 コルベールは書物を手渡した。 「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。まーたこのような古臭い文献など漁りおって。 そんな暇があるなら、学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ。『ミスタ・カマベール』」 「コルベールです!カマではありません!!」 「カマでもいいでわないの。カマベールでもカマわん、なんちてっ★」―― 「で、でだ、コルベール君。この書物がどうしたのかね?」 気を取り直して、オールド・スマンは言う。 「これも見てください」 コルベールはラフィールの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。 その瞬間、オスマン氏の表情が変わった。その目は若かりし日の威厳にあふれる鋭いものになっていた。 静かなる溜息 ことモートソグニルがこの場に居合わせたら、どんなに喜んだことか。 しかし、彼は今居ない。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 オスマン氏が言うや否や、ミス・ロングビルは退室していった。 「さて、詳しく説明するんじゃ、ミスタ・コルベール」―― 時を少しさかのぼる―― ルイズ、ラフィール、キュルケご一行は、途中フレイムを預け食堂に向かっていた。 三人が食堂に入ると、遠くの方で学生の人だかりができていた。 キュルケは近くに座っていた一年生に何があったのか尋ねる。 どうやらクラスメイトのギーシュが落とした香水を『平民』のメイドが拾って、 それをギーシュに渡そうとしたときにギーシュの二股がばれたらしい。 案の定、ギーシュの頬には大きなパーが赤くそびえたっていた。さらに、服も濡れていた。この3人には見えないのだが。 「なあに?単なるやつあたりじゃない」 「ほんと、みっともない」 ルイズとキュルケが揃ってあきれ果てた。 状況を把握すると二人をよそに、ラフィールはその集団に近づいていった。 どうも、一年生からやたらと強調されて言い放たれた『平民』に違和感を感じたからである。 「ああいう、中身の無い男っていやよねぇ~」 「まったくよ!」 ルイズとキュルケはラフィールが集団の方に言ったことに気づかずに今だギーシュを罵っている。 「まぁいいわ、さっさとお昼食たべましょ。ラフィール行くわよ?」 返事が無い。周囲を見回す。 「ルイズ、ラフィールあっちあっち!」 ルイズがみやると、ラフィールはその集団の中心へと割り込んでいった。 「も、もう!かってなんだから!」―― ラフィールはその集団に近づくにつれ、怒りで心を積もらせていた。 どうもこの世界の貴族と言うのは腐っているらしい、ラフィールはそう判断した。 近づくにつれ謝罪の言葉をめいいっぱい言いながら謝るシエスタと、 やれ、平民の分際で二人のレディの心を傷つけた―― やれ、お前が男だったら八つ裂きにしている―― やれ、やさしい自分に感謝しろ―― 金髪の貴族の少年の言葉に怒りを積もらせるラフィール。 しかし、ラフィールの怒りは他にもあった。 周りにいる他の貴族たちである。 皆、面白おかしくその状況を見ているだけであった。 誰一人として、シエスタに肩を持つものが居ない。 家臣や領民を守ることこそ、貴族としての義務であり誇りであるとラフィール心得ている。 この場合、シエスタは学院直属の使用人、すなわち学生たちの家臣も当然の身である。 その家臣に非はまったくもって無く、対するこのさっきから五月蝿い金髪貴族に非があるのは明白なはずなのに 誰もシエスタを庇う者が居ないことにラフィールは心底苛立った。 この星の貴族というのは、弱きものを挫き、己が強さを誇るのか? 家臣を、領民をたんなる面白い玩具とでも思っているのであろか? ふと思う。ルイズとキュルケもそうなのであろか―― ? 「ふむ、ならあと100回土下座しながら謝罪の言葉を言えば許してあげてもいいよ?」 ギーシュは髪を掻き揚げると、薔薇の造花を口元に寄せ、かるく口付けをする。続けざまに言い放つ。 「平民といえど仮にも君はレディだ。僕はレディに手荒な真似はしたくない。 それに、薔薇は身分に関係なくその美しさを振舞うものなのさ」 しかし、その目はシエスタを、まるで塵でも見るかの様に見下している。 一方のシエスタは、体罰も何も無く、ただ土下座して謝罪するだけで許してくれるギーシュに ある種の感謝の念を抱いていた。もし、この人じゃなかったら八つ裂きにされていたかもしれないのだから―― シエスタが膝を地面に付き、頭を下げようとした。 「うは、この平民ほんとにするのかよ?」 「汚らわしい!」 「ギーシュ、お前も罪な男だな!」 など喝采が飛び交う中、一人の少女の叫びが響いた。 「貴様ら、それぐらいにするがよいぞ!!!」 ラフィールであった。 「エ、エ、エルフ・・・・ッ!!」 誰かが呟き、一斉に人だかりはチリジリに離れていく。その様子を見てラフィールは、フンと鼻を鳴らした。 残ったのはギーシュとラフィール、そして地面に座るシエスタであった。 「シエスタ、許すがよい。私がもうすこし早く食堂にきていれば・・・」 「ラフィールさん・・・!!」 シエスタは驚いていた。まさか自分を庇ってくれる人がいることに。 「我ら『アーヴ』貴族は、家臣を、領民を見捨てたりはせぬ。ましてや『同胞』を―― 」 そう言うとラフィールはそっとシエスタを立たせた。 「き、き、君はたしか『ゼロ』のルイズのつ、使い魔だよね?」 ギーシュはまさに挙動不審のように尋ねる。その言葉にラフィールは先ほどの授業を思い出す。 ルイズが愛おしい微笑みを浮かべながら、ミス・シュヴルーズの元へ歩いていくさなか、 「『ゼロ』のルイズや、やめろ・・・・」 「おまえは魔法の成功確立0なんだ、やめてくれ・・・」 ところどころ聞こえてきた囁きを思い出した。 ラフィールに怒りが込み上がる。この男、シエスタに飽き足らずルイズまで侮辱するのか? 現にルイズは私を召喚している。成功率0ではない。それにルイズの爆発は魔法であろ――? 「貴様、そ―― 」 「だーれが『ゼロ』のルイズだってぇぇ!?」 ラフィールが言いかけた時、ルイズが飛び込んできた。続いてキュルケも。 「だいたいギーシュ、あんたがいけないんじゃない。二股がばれたのはシエスタの所為じゃないわ! あんたの自業自得でしょ!!自滅するなら一人でしなさい!!」 「そうよそうよ、一人で自滅なさいな。ほら、シエスタちゃんだっけ?早くあっちへ行くわよ」 キュルケが呆気にとられているシエスタを誘導する。 「キュ、キュルケ!その『平民』を置いていけ!!」 突然の出来事に、ギーシュは怒鳴る。 呆れたルイズが何か言おうとしたとき―― 「貴様、それ以上その口で『平民』と言うでない、言ったら許さぬぞ?」 「どどど、どう許さないというんだ!!え、え、エエルフふがなぜ、たかがへい、こ、こ小娘を庇う?」 エルフに許さないと言われ、気が動転するギーシュ。 「何をさっきから恐れている、ギーシュとやら。まさか、私が『エルフ』だからとでも言うまい?」 ラフィールの怒りに満ちた顔が綻んでいく。 「ええ、えエ、エエルフを恐れて、なな、何が悪い!!」 その瞬間、周囲の生徒たちが頷いた。その言葉を糧にラフィールの口元はさらに綻ぶ。 「ギーシュとやら、一つ言っておく。そなたは貴族の風上にも置いてはおけぬ屑で小物な貴族だな」 「な、なな、なんだと・・・・!!」 ギーシュは困惑していた。エルフの少女にいきなり屑貴族呼ばわりされたことに。 その時、ルイズは悟った。次にラフィールが何を言うのかを。 「私は『エルフ』などでは無い、『アーヴ』だ!!『先住魔法』とやらも『魔法』も使えぬ貴様らが言う『平民』だ!!」 「「「なんだって!!??」」」 ルイズを除く周りにいたほぼすべての人間が同時に叫んだ。 同時にじゃあその耳はどう説明するんだ、とか誰かが叫び皆が同意する。 しかし、不幸にもギーシュは悟ってしまった。ラフィールが事実を告げていることに。 仮にも世の女性は自分の物と自称しているギーシュ、伊達ではなかった。 ラフィールの表情と言動から事実であると確信してしまったのである。 そうと分かれば、ギーシュにとって後は楽だった。笑いが止まらない。 「あは、あははははははは!!『平民』であるこの使用人を庇ったのは、自分と同じ『平民』だからなのかな?」 ギーシュはお腹を抱えながら言い放つ。ラフィールはギーシュを見つめながら、フと軽笑した。 「だから貴様は屑貴族なのだ。それに言ったであろ、その口で『平民』と言ったら許さぬと」 「何?君ぃ、自ら『平民』と名乗った度胸は認めよう。だが屑貴族呼ばわりされるのはいただけないな」 ラフィールは、ふぅと溜息をつくとさらに顔を綻ばせた。その顔は咲き誇る毒花にも似る、 軽蔑と挑戦が綯い合わさった親愛の表現とは見誤りようもない破顔であった。 『アーヴ』の敵たちはこう呼ぶ。 アーヴの微笑み と。 「ならばそなたの胃袋が詰った屑入れ並みの頭でも理解できるように教えてやろう。 貴様は私を恐れていた、私が『エルフ』であるかもしれないからだ。しかし、実際に私が『エルフ』では無い、自分の脅威 では無いと知るや否や態度は一変。強き存在に怯えひれ伏せ、弱き存在を貶し貶める、まさに屑貴族以外の何者でもない!!」 「ななななんだと!!!!貴様、『平民』の分際でなんということを!!!!」 「もう一度だけ言う、二度とその口で『平民』と言うな・・・」 「『平民』を『平民』と言って何が悪い!!この国では『平民』は『貴族』さまの下僕なのだ、奴隷なのだよ! 『平民』はこき使われて同然!!『平民』に神などいない―― !!」 「貴様、許さぬぞ!!」 もはやラフィールの口元には アーヴの微笑み すらなかった。 そこにはるのは、逆鱗で魂を鎧う 猛きアヴリアル の怒りだけであった。 ラフィールが太ももに吊るしてある『物』に手を着けるのを見てルイズは止めに入った。 「ラ、ラフィール落ち着いて!!」 ルイズがラフィールに近づき、触れようとした。 「触るでない、ルイズ!!」 「ラ、ラフィール・・・?」 ラフィールに叫ばれ、ルイズは心底戸惑った。なんで?と尋ねようとした―― 「ルイズ、そなたもであろ!?そなたも『平民』を軽んじているのであろ!?キュルケ、そなたもだ!」 「え?」 急に問われたキュルケは困惑した。それをよそにラフィールは言い続ける。シエスタ、もう何がなんだか分からない状態だ。 「だから、最初『平民』が絡まれていると知った時に助けに行こうとしなかった!?ちがうのか!? ルイズ、キュルケ、答えるがよい!この国の貴族とはこういうものなのか!?領民や家臣をなんとも思わないのか!?」 ルイズはその言葉を聴いては否や、力なくその場にへたれこんだ。 そして、答えられない自分を悔やんだ。たしかにこの国の民衆差別は異常であると感じていた。自分も『ゼロ』と呼ばれて虐げられてきた。 しかし、今までやってこれたのは、ルイズ自身今気づいた事だが、自分より下―― つまり『平民』よりマシという 思いがあってこそだったのだ。ルイズの鳶色の瞳から涙が溢れた。皆の前だというのに泣き始めてしまった。 今まで、『ゼロ』と言われ虐げられてきた時でさえも見せなかった泣きじゃくる姿を。 「私は、私の国はちがう!!」 キュルケは叫んだ。ラフィールを含むすべての人間がキュルケを注目した。 「私の国、ゲルマニアは『平民』なんて関係ない!!有能な人材なら誰でも貴族に成れるの!この国みたいに魔法が使えない からって『平民』呼ばわりされない!!」 キュルケは言い切った。ラフィールはキュルケに、許すがよい、と言いルイズに軽い軽蔑の眼差しを送る。そして言い放つ。 「この国は、貴族たちは腐っているな」 ルイズはビクっとする。ラフィールのその言葉に。 シエスタはもはや何も考えられないでいた。まさか自分の所為でこんな重大な事に発展してしまったから―― 「決闘だ!!!!使い魔の『平民』!!」 とうとうギーシュの堪忍袋が切れた。 「ほう?」 ラフィールの口元に アーヴの微笑み が戻った。 「貴様に、『平民』に貴族さまを侮辱し、逆らった恐ろしさを教えてやる!!」 「それは、命のやり取りと解釈していいのだな?」 ラフィールの顔は、さっきの怒り狂う顔以上に恐ろしい微笑みえと変わっていた。 「そ、そ、そうだ!!命のやり取りをだ!!ヴェストリの広場で行う!!」 ラフィールの質問を同意の意と認めたのか、なるべくラフィールの顔を見ずにギーシュは叫んだ。 「この腐った貴族たちの浄化第一号にしてやろう」 ラフィールは思った。この者は殺す。ぜったいに殺す―― 「君たち、ちょっと待ちたまえ!」 静まり返った食堂に響き渡るその一声に誰もが見やる。 「ヴィント様だ―― 」 誰かが呟いた。 この青年の名は『ヴィント・シルフェム・ド・カエルム』 トリステイン魔法学院が誇るメイジのなかでも随一といわれるほどの実力の持ち主だ。 学年は三年生、階級はトライアングル。二つ名は『颶風』である。 尚もなき続けるルイズだが、嫌な予感がした。 灰色の髪を肩まで伸ばし、薄い緑がかかった灰色の瞳の彼をルイズは知っていた。 カエルム家はヴァリエール家と親しい間柄であった。もちろん彼の実力というのは嫌でも知っている。 特にヴィントはルイズの母『カリーヌ』のお気に入りであった。彼の話はこれでもかと言われるほど聞かされた。 時より送られてくる母からの手紙にも、ヴィントの活躍の事が綴られていることは良くあることだ。さらに、伝言も頼まれる。 「最初は、ヴァリエール嬢の使い魔ということで事勿れと見守ってきたが、ここまで我が祖国トリステインを 腐れ呼ばわりされては、見過ごすわけにはいかないな」 そう言うと、ラフィールとギーシュの中に割り入った。 その間にキュルケは泣き続けるルイズを抱きかかえ、シエスタの手を引き、いつのまにか戻っていた周囲の輪の中に入っていった。 「すまぬな、許すがよい」 「そんなもので祖国を、トリステインを貶された思いは晴れない!」 「ほう、なら何を望む?」 「僕も決闘に参加させてもらいたい!」 「待ってください、先輩!!こんな『平民』、この僕で十分です、先輩が手を煩わせなくても―― 」 しかし、ギーシュが言い終わる前にヴィントは言い放つ。 「君の自信、君は我々に対抗しうる『何か』を隠し持っているね?でないと普通の人間がここまで自信を持つはずが無い」 ほう、とラフィールは関心する。この者はできるな、と。 もっとも、その『何か』をもっていなかったとしてもラフィールは同じ行動を取っていたのだが―― 「ああ、私は対抗しうる『何か』を持っているぞ。えぇい、面倒だ! この際他に決闘に加わりたい者は加わるがよい!!私がまとめて潰してくれる!」 さっさと決闘を始めさせたい為か、大胆な行動に出た。 ラフィールはさっさとギーシュを倒したいだけだった。 この言葉を聞いてルイズは慌てた。ラフィールの自信の源である『物』について知っていたが、 ヴィントまで出てきて、さらに人が増すとさすがのラフィールでもやばいのではと思ったからである。 「誰もいないのか?そなたらの誇りとやらはそんなものなのか!」 半場呆れるラフィール。所詮はこのていどか、腰抜けどもめ!そう思っていた時だった。 「僕が参加する―― !!」 ラフィールが何かを隠し持っている事に、学生たちが恐れる中、 そこに現れたのは―― 皆がヴェストリの広場へ移動していく中、食堂でキュルケはルイズとシエスタが落ち着くのを待った。 「キュ、キュルケ。ぐす、ラ、ラフィールをと、止めないと、うぅ、ラフィールが、ラフィールが殺されちゃう・・!」 「私の所為だ・・・私の所為だ・・・私がギーシュ様の・・・・ブツブツ」 「シエスタ、しっかりなさい!なんとしても私たちで止めるわよ!!」 キュルケが叫ぶ。シエスタがハっと目を覚ます。ルイズが頷く。 三人は決心した。なんとしてもラフィールを、あの無茶なアーヴの少女を助けるのだと―― さてさて、こんな大騒動が起こっているのにも関わらず、教師が誰も止めに入らなかったのには訳があった。 舞台は再び学院長室に戻る。 カマベ―― いや、コルベールは泡を飛ばしながらオールド・オスマンに力説していた。 ルイズが召喚した『エルフ』は、否。オスマンは知っていた。その少女がラフィールと言うことと、 本人が『アーヴ』だと主張していることを。オスマンは知っていた、というより覗き見ていた。彼女たちの会話を。 ラフィールという麗しい少女を妄想しながらコルベールの唾をも飛ばす力説を垂れ流しながら聞いていた。 オスマンはとうの昔に、コルベールがルーンのスケッチを渡し、うんちくを話出す時に結論を出していた。 あの、麗しい黝髪の少女が『ガンダールヴ』であると。 そうと決まれば、あとは退屈であった。興奮しきったコルベールはオスマンの静止をも気にもせず、 己の考えあげたうんちくを長々と喋るのであった。唾を飛ばしながら。 ああ、早くお昼休み終わらないかな、そしたらコルベールも授業に戻り、お楽しみの一年生たちの麗しい姿が―― そう思っていた矢先であった。 ドアがノックされた。 「私です、オールド・オスマン」 「うむ、入ってくるのじゃ」 しめた、これでコルベールの拷問じみたうんちくは中断される。 ミス・ロングビルは学院長室に入るや否や報告する。 「食堂でゴタゴタがあり、このままでは決闘の可能性も出てくるとのことです」 「まったく。暇を持ち合わした貴族ほど性質が悪い生き物などおらんわい」 まさに、その通りである。オールド・オスマン。 「で、誰なんじゃ?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモンです」 「あのグラモンとこのバカ息子か、親父に似て大の女好きじゃ。おおかた、女の子の取り合いじゃろ。相手は誰じゃ?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」 「なんじゃと!?これはいかん!早く止めるのじゃ!!あの少女に傷でもあったら―― 」 コルベールとロングビルの視線を感じて、落ち着き直すオールド・オスマン。 おっと、いかんいかん。麗しい少女が傷つくことに慌てて、あやうく本性を現すとこだった。 「アー、コホン。では状況把握が先じゃな?」 そう言いながら杖を振った。壁にかけられた大きな鏡に食堂が映る。 ジー・・・ジジー・・・ そこで彼の使い魔ことモートソグニル 静かなる溜息 から通信が入る。 二人に気づかれ無いような小言で話すオスマン。 「どうした、 静かなる溜息 。目的地の潜伏に成功したのか?」 ジジ・・ジジー・・・ 今度は視界も使い魔のそれへと切り替わる。 そこは、肥溜めであった。 「どうした 静かなる溜息 ?なんで肥溜めにいるんだ?私は更衣室へ行けと命じたはずだが―― 」 そこへ鼻歌交じりの、中年男の声が聞こえてきた。 マルトーは便秘であった。それも二週間ほどずっと。 「ったくよ~。この魔法学院の食を司る俺様がよ~。てめぇーの健康管理もできねぇとは情けねぇ」 よっ、といいながら戸を開け、肥溜めの一室に入る。 「だがな、今日は出そうな気がするんだな、これが!」 ズボンを脱ぐマルトー。 それがオスマンの目に入る。 な、なんじゃこれは!? 「聞こえるか!? 静かなる溜息 !応答せよ!!」 「ちゅちゅちゅ・・(ああ、聞こえているとも雇い主 マスター )」 「こ、これは、これはどういう事だ 静かなる溜息 !!」 視界にはマルトーのふんばる姿が映る。しかも真上で。 静かなる溜息 はその名の通り、静かな溜息を吐き、そして言う。 「ちょううちゅちゅ(ほんとにわからないのか、雇い主 マスター ?」 「ま、まさか 静かなる溜息 お前!!??」 「ちゅちゅちゅちゅう(雇い主 マスター 、あんたは今までに数多くの女の子たちを その貪欲な欲望で貶めてきた。その報いを受ける時が来たんだ。)」 「おぉ、なんか出そう!なんか出そうだぞ!!ふんぬぅぅぅ~~!!」 その掛け声とともに、大きな屁が出た。 プゥゥゥ~~・・・ 「うぅわっ臭!!!」 思わずその臭さにオスマンは叫んだ。 「どうなさったんですか、オール・オスマン!?」 突然の出来事に、食堂の様子を鏡で伺っていたミス・ロングビルが心配そうに尋ねる。コルベールもこちらを見る。 「な、なんでもないのじゃ・・・」 真っ青な顔でオスマンは誤魔化した。 なぜ、オスマンにモートソグニル 静かなる溜息 が感じた臭いが伝わったのかと言うと、 オスマンはその豊富な英知と貪欲な野望をもって、完成させたのである。 使い魔と主人の究極の感覚の共有。嗅覚、感触をありのまま、そのまま共有する『ファミリア 使い魔 』魔法を―― その偉大なる究極魔法は、本来愛おしい学院の女の子たちに卑猥極まる形で使われるはずのそれは、発動していた。 普段において 静かなる溜息 は、嗅覚においてはかなり効果を抑えて、雇い主 マスター に伝えていた。 もし、彼 静かなる溜息 が体感している臭いをそのままオスマンに伝えていたら、 いかなオスマンと言えども、麗しい女の子たちのあれな臭いには耐え切れず、倒れるであろう―― 「お、おぉぉ・・・今度こそ、今度こそ出るぞ!?」 マルトーは歓声をあげながら、己が二週間にも貯め込んだ結晶を出さんがばかりにふんばる。 「やめるんだ! 静かなる溜息 ・・・やめてくれ!!」 「フンゥオオオーッ!!?」 「 静かなる溜息 !!やめてくれ!頼む!!!!」 「オォォォ~ッ?!!」 「ちゅちゅちゅ・・・(雇い主 マスター こんど生まれ変って会ったときは、一緒に『アンブローシア』を食べよう・・)」 「アッーーーーーーー!?」 職人マルトーの快感の絶叫。 ちゅちゅちゅ、ちゅうちゅうちゅ・・・ちゅちゅ!!ちゅう!!ちゅー・・・!! (今まで、数多の卑猥な行いをしてきた。少女たちよ、許せとは言わない。だが、俺はただ謝りたい・・・己がしてきた行為を・・ 嗅覚伝達リミッター解除!!伝達レベル100倍!!さらばだ、雇い主 マスター ・・・!!) マルトーが『あれ』を放つ瞬間、張り付いていた壁を蹴り、仰向けで大文字を空中でつくり 静かなる溜息 は待ち構えた。 「「「「やめろぉぉぉぉぉぉおぉヲォォぉぉおおぉーーっっっ!!!!」」」」 ぶりぶりぶいぶりゅ~~~~ぶひっ!!!ぶりぶりぶりーーーーーーー!! 黒く、どことなく赤が混じったそれは、まさに濁流が如く押寄せる。 オスマンはそのあまりにも臭すぎる臭いに意識を失いつつも、 視界に移るその風景をスローモーションで見ているかのように見ていた。 それは、まるで天からふりそそぐものがすべてを滅ぼす――かのように、オスマンの汚れきった瞳に、そして心に焼きついた―― ちゃぽん。肥溜めの底に落ちたようだ。そこで、オスマンの意識は途絶えた―― 「「オールド・オスマン!!??」」 コルベールとミス・ロングビルは困惑した。 オスマン氏が突然叫びながら、白目を剥き、泡を大量に吐き出し倒れたのである。 「は、はやく他の先生方に!!私は保健室に運びます!!!!」 コルベールは慌てながらミス・ロングビルに指示をする。 「は、はい!!!!」 そして、食堂の騒動は忘れ去られたのである。 しかし、それが後で重大な事件になろうとは、誰も知る由がなかった――