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前ページ次ページ鮮血の使い魔 「マコトを捨てて」 「それはもう死んでる」 「埋葬してやった方が彼のためだ」 「正直言って気持ち悪い」 「というか怖い」 などと言えるはずがない。言ったら言葉はノコギリで襲い掛かってきそう。 そうしたら魔法の使えない自分に勝ち目なんて無い。 だからルイズは我慢するしかなかった。 我慢できた理由は、責任。 自分が言葉を召喚してしまったからとか、コルベールの腕切断とか。 そういうものの責任を、使い魔の主として背負っているから、我慢できている。 つまりルイズ以外の人にとっては到底我慢できる問題ではない、という事。 ――ファイヤーボール等で鞄ごと焼却処分すればよくね? ――オールド・オスマンが固定化かけたらしいから無傷じゃね? ――あのジジイ、余計な事しやがって。油かけて燃やせばいけるんじゃ? ――仮に燃やせても、黒コゲ生首か頭蓋骨を持ち歩くだけじゃね? ――相手は平民なんだからシンプルに命令すればよくね? ――じゃあお前が命令してこい。腕を落とされてもいいならね。 ――風の魔法で鞄を奪って、中身をどっかに埋めちゃおうよ。 ――あ、それいい。そうしようそうしよう。 マコトを捨てて、とは言えなかったけれど、床で寝なさい、は言えた。 言葉は文句ひとつ口にせず、毛布一枚で床に横たわる。 「床は硬いですね。でも大丈夫、誠君は私が抱いていて上げますから痛くありませんよ」 どうやら言葉は自分がどんな扱いを受けようと構わないようだ。 『誠と一緒』という条件さえ満たしていればの話だが。 床で寝なさい、がうまくいったから、誠を鞄に入れっぱなしに、と言ったら断られた。 「部屋にいる時は、誰の視線も気にする事なく、誠君と一緒にいられますから」 私の視線も気にしてよ、とルイズは嘆く。 とはいえ、これで寝起きにいきなり目覚まし生首を目撃しなくてすむ。 安心して眠ったルイズは、完璧に油断していた。 「ルイズさん、朝ですよ。起きてください」 起きた。 目の前に言葉がいた。 縦にふたつ、顔が並んでる。 上は言葉、下は誠。 「……そう来たか」 言葉は誠を抱いたままルイズを起こしたのだ。 ルイズは朝の洗顔のついでに、ほろりと涙をこぼすのだった。 朝食や部屋の掃除など、滞りなくすませた言葉は、 ルイズの授業に同席するため教室に向かっていた。 言葉は授業が楽しみだった。 異世界の魔法学院で、魔法の勉強をするというのもそうだが、 何より誠と同じ教室で勉強できるというのが嬉しかった。 以前はクラスが違ったせいで学校ではあまり一緒にいられず、 お互いのクラスには、言葉と誠を引き離そうとするクラスメイトがいた。 西園寺世界。清浦刹那。澤永泰介。加藤乙女。他にも、他にも、他にも。 でもここにはそんな邪魔者はいない。いないから、安心していられる。 「ウインド・ブレイク」 背後から突然の突風。 風は鞄を狙って吹き飛ばしたため、言葉はその場に転ぶ程度ですんだ。 だが。 「きゃっ……ま、誠君!」 言葉は教室に向かう廊下では他に人がいなかったため、 鞄を開けたまま持ち歩き、中にいる誠とお喋りしていたのだ。 だから、開いたままだった鞄から、誠の、首が。 「うわぁっ!?」 予想外の事態に、風の魔法を使った生徒が驚く。 言葉はその生徒には目もくれず、吹き飛んだ誠の首を拾いに走る。 だが廊下の前方の曲がり角に待機していた別の生徒が、再び風で誠を吹っ飛ばす。 教室とは反対方向に転がって行く誠。 言葉は、理解した。 ココニモ邪魔者ガ、イル。 濁った双眸が鋭さを増し、言葉は放置された鞄を掴みながら角を曲がって走る。 誠の首は宙に浮いて移動していた。 きっとレビテーションという魔法だと言葉は判断し、誠の首を奪おうとするメイジを探す。 敵は複数。背後からの一人、曲がり角の一人、今レビテーションを使っている一人。 計三人。 殺す。 背後からの一人と曲がり角の一人は顔を見ていない。 でも殺す。 レビテーションを使っている一人は進む先にいる。 まず殺す。 言葉は、鞄の中に右手を突っ込んだ。 そして鞄をその場に捨て去る。 右手には、誠の首と一緒に鞄に入っていた、ノコギリ。 左手には、ルイズによって刻まれた使い魔のルーンが、輝いて。 疾風の如く言葉は廊下を駆ける。 その速さに驚愕したレビテーションの使い手は、慌てて次の奴にバトンを渡す。 あらかじめ開けておいた窓から、誠の頭を放り出したのだ。 予定では、これでもう言葉は追いかけてこれないはずだった。 後は広場にある植木の下に掘ってある穴にこいつを放り込んで埋めるだけ。 「あ、来た」 金髪ロールの愛らしいモンモランシーは、窓から放られた鞄をキャッチしようとした。 そこで、あれ? と首を傾げる。 鞄にしては、ちょっと小さい、というか丸い。 クルクルと回転しながら飛んでくるそれに向けて、何となく手を伸ばすモンモランシー。 すると吸い込まれるように鞄(?)はモンモランシーの腕の中におさまった。 何だろうこれ? 見る。 灰色の顔。 「ひっ、ひぃ……ひゃぁあああぁぁぁっ!?」 悲鳴が学院に響いた。 今日の授業は何だか妙だった。 授業を休んでる生徒が四人もいる。 その中にモンモランシーも含まれている事もあって、 彼女と友達以上恋人未満な関係の男、青銅のギーシュはちょっと心配していた。 すると。 「ひゃぁあああぁぁぁっ!?」 悲鳴。この声は、モンモランシー? 真っ先に反応したのはルイズだった。 そろそろ来てもいいはずの言葉が来ていない。そして悲鳴。 また何かやらかしてしまったと直感的に悟ったルイズは教室から飛び出して行く。 それを見てギーシュも危機を察知し、窓からレビテーションを使って飛び降りた。 レビテーションも使わず二階の窓から飛び降りてきた言葉を見て、 モンモランシーの顔は蒼白に染まる。 言葉は、じっとモンモランシーを見つめて問いかけてきた。 「誠君はどこですか?」 「え?」 その時ようやく、モンモランシーは自分が何をしたかに気づく。 生首をキャッチしてしまった彼女は驚きのあまり、それを全力で放り投げてしまった。 結果、伊藤誠行方不明。 首を返してごめんなさい、という逃げ道は断たれた。 モンモランシーが首を隠したと完全に勘違いされている。 「誠君はどこですか?」 「あの、その」 「誠君はどこですか?」 「れ、れ、レビテーション!」 逃げよう。モンモランシーが杖を振ると同時に、その身体が宙に浮く。 相手は平民だから、宙に浮かれたらどうにもできないはず。 だが二メイルも浮かんだ頃だろうか、いきなり下腹に何かがぶつかってくる。 「え」 「誠君はどこですか?」 言葉が、腰にしがみついていた。二メイルの高さを己の脚力で跳んで。 そして、モンモランシーの背中を、ノコギリの冷たい感触が叩く。 「イヤァァァッ!!」 恐怖に精神を掻き乱されたモンモランシーはレビテーションを解いてしまい、 地面に向けて背中から落下する。言葉はというとモンモランシーを離して軽やかに着地。 そして、背中を打ち付けられて咳き込んでいるモンモランシーの隣に立ち、 首に、ノコギリを、当てる。 「誠君はどこですか?」 壊れた人形のように同じ事を繰り返す言葉。 眉は不機嫌そうに寄せられていて、虫けらを見下すような冷たい視線を向けられる。 「ひっ、ゆ、許して……」 貴族のプライドなど一瞬で切り捨てられた。 モンモランシーは瞳いっぱいに涙を浮かべる。 「駄目です」 死刑宣告。 直後。 「ワルキューレ!」 モンモランシーを挟んだ対面から青銅のゴーレムが植物のように生え、 右手に持った短槍で言葉のノコギリを弾き飛ばす。 言葉は不快な表情を浮かべて、声のした方を見た。 青銅のギーシュが、薔薇の杖を持って立っている。 「無事かい!? モンモランシー!」 「ギーシュ!? ああ! ギーシュ、来てくれたのね!」 「僕が来たからにはもう大丈夫! 誇り高き美の戦士ワルキューレがその平民を」 言葉はノコギリを腰の横に構えると、そこから水平に一閃した。 耳が痛む甲高い音がして、ワルキューレの胴体が両断される。 言葉の持つ居合いの技術とガンダールヴの力の前では、 例え得物がノコギリだろうと青銅のゴーレムでは話にならなかった。 ギーシュもモンモランシーの仲間と判断した言葉は、矛先をギーシュに変えた。 「誠君はどこですか?」 「マコト? 何だそれは、僕は知らないぞ」 「誠君はどこですか?」 「知らないって言ってるだろ。平民の癖に、貴族に対して無礼じゃないか! 今すぐモンモランシーに謝罪しろ!」 「誠君はどこですか?」 「僕の話を聞いているのか!?」 「誠君はどこですか?」 「だから……」 「誠君はどこですか? 誠君はどこですか? 誠君はどこですか?」 「話を……」 「誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君……」 「わ、ワルキューレェェェッ!!」 言葉の狂気に耐え切れなくなったギーシュは、 薔薇の花弁を大地に舞わせ新たなワルキューレ六体を出現させる。 しかもそれぞれのワルキューレは異なる武装で言葉に対峙していた。 「アイスソード!」 「オートクレール!」 「カムシーン!」 「デルフリンガー!」 「ヴァレリアハート!」 「ガラティーン!」 六体のワルキューレ! 六本の剣! 「それ以上抵抗するなら容赦しないぞ!」 六体は列を成して言葉へと肉薄していった。 対する言葉は正面からワルキューレ達に向かって疾駆する。 一体目とすれ違い様に胴を両断する言葉。 二体目とすれ違い様に首を刎ねる言葉。 三体目とすれ違い様に肩から脇腹まで両断する言葉。 四体目とすれ違い様に剣もろとも腕を切り落とす言葉。 五体目とすれ違い様に下腹部を開腹する言葉。 六体目とすれ違い様に頭から股間まで一刀両断する言葉。 「そ、そんな馬鹿な……」 六体のワルキューレの残骸を背に、恐怖に腰を抜かすギーシュの眼前に、言葉。 「誠君はどこですか?」 「し、知らない」 「……」 青銅のワルキューレを次々に屠ったノコギリが、ギーシュの首へ。 モンモランシーが叫ぶ。 「や、やめて! ギーシュを殺さないで!」 言葉は振り返って、問う。 「誠君はどこ――」 「コトノハー!」 ぜいぜいと息を切らしながら、ルイズが広場に駆け込んできた。 誠の首を抱えて。 「ま……誠君!」 「はぁっ、はぁっ、間に、合った……」 ルイズに駆け寄り、誠を渡されると愛しそうに頬擦りする言葉。 それを見て、助かったと胸を撫で下ろすギーシュとモンモランシー。 だがその二人に、ルイズがうんざりとした表情で言う。 「ちょっと。あんた達コトノハに何したのよ? 私が偶然植木の陰に落ちてたマコトを見つけなかったら殺されてたわよ?」 「ぼ、僕はただモンモランシーの悲鳴が聞こえたから……」 ルイズとギーシュの視線がモンモランシーに向く。 殺されかけたギーシュとしても、なぜこうなったのか知りたいようだった。 まさかここで「あの首を奪って埋めちゃうつもりでした」なんて言えない。 そこでモンモランシーはこう答えた。 「わ、私はただ、授業に出る気になれなくて、散歩してただけよ。 そうしたらいきなり窓から、その、アレが落ちてきて、悲鳴を……」 「じゃああなたは、私から誠君を奪おうとした人達の仲間じゃないんですね?」 誠との頬擦りをやめた言葉が、疑わしげな視線をモンモランシーに向けた。 「ちょっとコトノハ、マコトを奪おうとした人達って何よ?」 「……ルイズさん。今日の授業、誰か欠席してませんでしたか?」 「え? えーと、そういえばモンモランシー以外にも三人くらい……」 「それは誰ですか?」 質問されて、ようやくルイズは事態を把握した。 モンモランシーも関わっているかどうかは解らないが、 欠席した三人は言葉から誠を奪って処分してしまおうと考えたに違いない。 だって自分も処分できるものなら処分したいから。 「……誰だったかしら。あまり気にしてなかったから」 ここで名前を教えたら、多分、その三人は殺される。 どう誤魔化そうかと悩んでいると、言葉は感情の無い声で言う。 「そうですか。解りました、もういいです」 「え? そ、そう?」 呆気なく言葉が引き下がり、安心するやら不気味やら、ルイズの心中穏やかではない。 そして言葉は、ノコギリと誠を持ったままモンモランシーに歩み寄った。 「な、何よ」 「あの人、あなたの彼氏ですか?」 「え……?」 意外な問いにモンモランシーは目を丸くする。 言葉は小声で話しかけているため、ルイズとギーシュには聞こえない。 どう答えたものかと一瞬迷って、助けに来てくれたギーシュを思い出して。 「そうよ。ギーシュは私の恋人。それが、どうかしたの?」 「……いえ。ただ、忠告して上げようと思って」 「忠告?」 言葉の唇が、笑う。 「恋人を、誰かに盗られたりしないよう、注意した方がいいですよ」 「それって、どういう……」 「誠君みたいに、なっちゃいますから」 何とか殺害をまぬがれたモンモランシーだったが、言葉の重く心に響く忠告は、 確かにモンモランシーの根深いところに植えつけられた。 それが発芽するのは、まだ先の話。 そして言葉は、今日の授業を欠席した人が誰かを教師に訊ねに行った。 でも。 すでにこの事件を知っていた、この時限の教師は、それが誰かを教えなかった。 だから言葉は思った。 この教師は生徒をかばっている。もしかしたらこの教師が黒幕かもしれない。 炎蛇のコルベール。やっぱりこの人は……。 前ページ次ページ鮮血の使い魔
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 粗末な食事を終え、悠二はルイズとともに教室に来ていた。 大学の講義室のような教室には、既に何人もの生徒とそれぞれの使い魔がいた。 昨日召喚されたときに大半の使い魔は見ていたが、それでもゲームなどでしか見たことのない架空の生き物たちは、悠二を魅了した。 ルイズが席に着き、その隣に悠二も腰掛けようとしたが、ルイズが非難するような目で自分を見ていたのに気づき、床に座りなおした。 しばらくして、先生と思われる中年のふくよかな女性が教室に入ってきた。女性は教室中を見回しながら言った。 「春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね。このシュブルーズ、毎年さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのです」 「おやおや。変わった使い魔を召喚したのですね、ミス・ヴァリエール」 シュブルーズの目が悠二で留まり、隣のルイズを見て言った。 そう言うと教室中が笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 そう誰かが言い出したのを発端に、しばらくの間、 「かぜっぴき!」 だの、 「ゼロのくせに!」 などといった、小太りのマリコルヌという生徒とルイズの小学生レベルの口げんかが続いた。 その後、シュブルーズがマリコルヌ他数名の生徒の口に赤土を押し付けることで教室に静寂が戻った。 授業が開始され、はじめに魔法について基本的な説明があった後に錬金の実演となった。 (魔法を自在法に応用できるのかな?) 多少の期待を胸に秘めつつ授業を聞いていたが、どう聞いても先生は自分の属性である『土』系統の魔法びいきであった。 しかし、シュブルーズが錬金の魔法を使ったときには“存在の力”の流れに微妙な変化があったので、授業を聞いたこと自体無意味ではなかった。 「ルイズ、スクウェアとかトライアングルって何なの?」 「簡単言うとメイジのレベルね。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアがあって後者ほどレベルが高いってこと」 「ふーん。で、ルイズは何なの?」 こう聞くとルイズは下を向き黙ってしまったが、シュブルーズにこのやり取りを見咎められ、ルイズが錬金の実演をすることになった。 「先生、危険です」 なぜかキュルケがシュブルーズにやめさせることを提言していたが、先の錬金を見た悠二には、どこに危険な要素があるのか皆目見当がつかなかった。 教室の前にルイズが立ったとき、生徒たちは机の下に隠れていた。悠二は、なぜみんなが机の下に隠れているのかわからなかったが、とりあえず警戒だけはしておくことに決めた。 そして、ルイズが呪文を唱え、杖を振ると、大きな爆発が起こった。 現在、教室にはルイズと悠二しかいなかった。あの爆発の後、シュブルーズは気絶してしまい自習となった。 しかし、爆発を起こした罰として教室の掃除をすることになったのだ。もちろん魔法は使用せずに掃除することになる。 ルイズは不貞腐れているのか全く手が動いていなかった。それに反して、悠二はしっかりと掃除していた。ルイズがゼロといわれている理由も、爆発の後に生徒の誰かがルイズを馬鹿にしているのを聞いてわかった。しかし、悠二はルイズに何も声をかけず黙々と掃除をしていた。 ふと、ルイズが口を開いた。 「どうせあんたも心の中で私を馬鹿にしてるんでしょ! 魔法も使えないくせに威張ってるとか思って! そうなんでしょ! 何とか言いなさいよ!」 ルイズが怒鳴るように喚きたてると、悠二が静かに口を開いた。 「初めから全てができる人はいないよ。努力し続けて、ようやくできるようになるんだ」 悠二は自分の経験を元にルイズに言っていた。 悠二はここに来る前、身体能力向上のためにシャナと早朝鍛錬をしていた。 『振り回す枝を、目を開けて見続ける』 『前もって声を掛けた一撃を避ける』 『十九回の空振りの後に繰り出す、二十回目の本命の一撃を避ける』 『二十回の中に混ぜた本気の一撃をよけて、隙を見出したときは反撃に転じる』 このように段階を経て鍛錬を続けていた。はじめはシャナの振り回す枝を、目を開けて見ていることもできなかったが、努力し続けることでこの段階まで至っていた。 それに、他人がなんて言っても、自分で考えてどうするか決めないとダメだし」 そして、友人である佐藤啓作が悠二を羨望の眼差しで見ていたことを思う。 悠二が“徒”から“存在の力”を吸収し、フレイムヘイズと対等とまではいかないが、劣らぬ力を発揮して戦う姿を。 それを憧れとも嫉妬とも取れる目で見ていたが、彼は自分に出来ることをする、と外界宿に行くことを決断する。 ここに至るまでは、さまざまな葛藤があったようだが、彼なりの結論を出し、慕っているフレイムヘイズ、マージョリー・ドーを助けるという目的のために、羨望などを捨て前向きに進んでいた。 (それに、) 悠二は最初に会ったころのシャナを思う。 (最初は自在法が苦手だったシャナも、いきなり紅蓮の双翼を出せるようになったし) かつて、敵として『弔詞の詠み手』と戦ったときを思い出す。あの戦いを境に、シャナは突如として自在法を使えるようになっていた。 そう考えると、ルイズが魔法を使えない理由は、悠二には契機がまだだとしか思えなかった。 「ルイズも魔法を使えるようになるよ。僕はそう信じてるし、応援もする。使い魔でいる間は守るっても言ったしね」 「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って掃除しなさい! それと、ご主人様に生意気な口を利いたからご飯抜き!」 他人にはバカにされてばかりであったが、悠二の邪気のない「信じている」という言葉にルイズは面食らった。 悠二は不意に怒鳴られ驚いたが、そっぽを向いたルイズの横顔が赤くなっているのに気づき、声は掛けず掃除に戻った。 このあと二人は一言も話すことなく掃除を続けた。 二人は掃除を終え食堂に行ったが、悠二は食事抜きだったことを思い出し、コルベールの所へ行こうとした。 (先生のいる場所の名前は聞いたけど、そこがどこにあるのかはわからないんだった) ルイズに聞こうにも聞きにくい雰囲気だしな、と食堂の前で途方にくれていた。肩を落としている悠二の前に、シエスタが現れた。 「あの、ユージさんどうしたんですか?」 「コルベール先生のところに行きたいんだけど、場所がわからなくて困ってたんだ」 「ミスタ・コルベールなら図書館にいると聞きましたよ。……ところで、図書館の場所はわかりますか?」 「……よければ教えてくれないかな?」 悠二はシエスタに図書館の位置を教えてもらいコルベールに会いに向かった。 図書館近くの廊下で偶然にも悠二とコルベールは鉢合わせた。 「コルベール先生、少しいいですか?」 「君は、昨日ミス・ヴァリエールの使い魔の……」 「坂井悠二です。あの、このルーンについて聞きたいことがあるんですが?」 悠二がそう言い左手に刻まれたルーンを見せると、コルベールはわずかに眉をしかめた。 「聞きたいことは何かね? 私にわかる範囲でなら説明できるが」 「ルイズに、ルーンは付与効果があるって聞いたんですけど、このルーンの効果って何ですか?」 「もう一度ルーンを見せてくれないかね? ふむ、しかし効果まではわかりかねますな」 そうコルベールは言って、無意識のうちに、持っている本を強く抱えなおした。その仕種を見た悠二は、違和感を覚えていた。 (見間違えかもしれないけど、なんで本を僕から隠すようにしたんだ? 本に、僕には知られたくないようなことが書いてあるのか? そうでもないと、隠すような行動をした意味がわからない) 悠二のルーンから手を離し、若干焦りを感じるような声色でコルベールは言った。 「力になれなくてすまないね。他にも何か困ったことがあったら相談してくれたまえ。私はこれから、学院長のところに行かなければならないので失礼するよ」 そういい残し、早足で去っていってしまった。 (コルベール先生の部屋は外にあるはず。それなのに、違う方向に向かった) 悠二は、戦闘時ばりに考えをめぐらせた。 (このまま学院長に会いに行くってことは、あの本も持っていくということだ。急いでいたということを考えると、早く伝えなければならないような重要な内容) 先ほどのコルベールの行動から推測を続ける。 (それに、さっきルーンの話で明らかにあの本を意識した。ということは、このルーンのことで学院長に急いで報告しなきゃいけないような大事な話か) 悠二は音を立てず、コルベールが行ってしまったほうへ走り出した。 悠二がコルベールを追って学院長室に向かっているころ、ルイズは自室のベッドの上でじたばたと暴れていた。 「わかわかわかわか! なんなのあいふは! そえい、ふふへはっへ! ん~~~~~!」 枕に顔を押し付けながら叫んでいたので、何を言っているのか全くわからないが、この場面を見れば、明らかに怒っているとわかる光景だった。 ルイズがこうなった原因は、昼食を食べている時にあった。 「あら、ルイズ。もう掃除は終わったの? 意外と早かったわね」 ルイズが食べようとすると、キュルケが不適に笑いながら話しかけてきた。 「ええ、おかげさまでもう終わったわ」 ルイズは、これでもうこの話はおしまい、とでも言うように言い放ったが、それに構わずキュルケは続けた。 「ところで、あなたの使い魔はどうしたの? ここにはいないみたいだけど」 「あいつなら、ご主人様に生意気なこと言ったから食事なし」 それを聞いたキュルケは、意地悪な笑みを浮かべた。 「あの使い魔が何を言ったか知らないけど、満足に食事もできないんなら、そのうち逃げちゃうんじゃないかしら? もしかして、こうしてる今にも逃げてるかもしれないけど」 「そんなわけないじゃない! まったく、失礼しちゃうわ!」 そう言って顔を赤くしながら食事をするルイズを見て、キュルケは満足げな笑みをたたえた。 「いじわる」 キュルケの隣に座る青髪の少女、タバサが呟いた。 「あの子をからかうのって、おもしろいのよね~」 そう言ってから食事に戻った。 (そうよね、あんまり厳しすぎてもダメよね。そうよ! 飴と鞭の要領よ!) キュルケにからかわれた後、ルイズはそう考え、食堂の前で待っているだろう使い魔のためにパンを持っていくことにした。 (お腹を空かしているだろう使い魔のためにパンを持っていく優しいご主人様、さらに従順になるでしょうね) 自分が食事を抜きにしたことを思考の脇に置き、ずる賢く笑い、食事を終え食堂を出たが、そこに使い魔の姿はなかった。 (どこ行ってんのよ、あいつったら) まあ、どうせ部屋に戻って空腹に悶えているのよね、と思い、またしても黒い笑みを浮かべ自室に戻った。 そして今である。意気揚々とした足取りで自室に戻ったが、空腹に泣いているであろう使い魔がいなかった。 (ごごご、ご主人様がせっかく食事を持ってきてあげたっていうのに、あのバカったらどうしていないのよ!) 声にならない怒声を上げ、ルイズはベッドにダイブしたのだった。 しばらく、うつ伏せで枕を抱きしめ、足をバタバタさせ、今いない悠二、パンを持ってくる原因とも言えるキュルケに対し、怒りをぶちまけていた。 ある程度冷静になると、急に不安に襲われた。 (本当に使い魔逃げちゃったのかしら? せっかく召喚したのに。初めて成功した魔法だったのに) 考え始めると、ネガティブな思考が頭の中を埋め尽くし、再度ルイズは枕を強く抱きしめた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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>>next 東京には人が集まる。 全国から才能を持った様々な人間が集まり、日々切磋琢磨しているのだ。 そんな世界へ挑戦してみないか。 お前は年を取ったわしとは違う。お前には若さがある。 若さとは力。冒険心。可能性への挑戦。歳月を経て懐かしむ得難い宝。 かの老人はそう言った。少年はそこに自分の未来を見た。 そして東京へ行ってみたいと考えた。己の身一つで何処までやれるのか。 行く道には幾多の困難があるだろう。それでも逃げずに精一杯ぶつかってやる。 少年のこれまでの人生。それは、贔屓目に見ても幸福とは呼べないものだった。 だが彼は挫けなかった。屈しなかった。前を向いて歩き続けた。 踏まれても、蹴られても、石を投げつけられ、唾を吐き掛けられても。 心無い者達の嘲りや誹りを受けても、折れる事無くまっすぐに。 それは まるで 厳しい冬を乗り越え 太陽の下 青麦が実るように はだしの使い魔 「あんた、誰?」 気がつくと、目の前に少女が居た。 少年は首を傾げた。ついさっきまで、彼は汽車に乗っていたのだから。 それとも、うたた寝してしまい、気がついたら東京に着いていたのか。 ……東京。ここが? 「のう」 「何よ?」 状況が分からないので、現地の(?)人間に訊いてみる事にした。 「ここは東京か?」 「トーキョー? ここはトリステインよ。って、そんな事はどうでもいいわ。 あんたねえ、私が質問してるんだから先に答えなさいよ。あんたは、誰なの?」 ――トリステイン? 目の前に居る桃色髪の少女が口にした、トリステインという地名。 彼は混乱した。どう考えても外国の地名だ。ついでに少女も外人だ。 「のう」 「……何よ?」 自分の問いに答えず、逆に続けて質問された少女はむっとした表情になる。 というか、何故か最初から不機嫌なのだが、少年の方はそれどころではなかった。 「わしゃ、何で、こんとなところにおるんじゃ!?」 訳が分からなくなり、少年は声高に叫んだ。 東京行きの汽車に乗っていたら外国に着いてしまった。意味不明だ。 焦る少年の周囲には少し離れて人だかり。目前の少女と似た服装の男女の集団。 目に映る景色は、夕暮れ時の草原。遠くには御伽噺や歴史書にあるような城。 「何でって、私が「サモン・サーヴァント」で呼んだからよ」 「呼んだ……じゃと?」 呼んだ、とはどういう意味だろう。そして聞き覚えのない単語。 説明を聞いた分だけ、新たな謎が増えていく。 そんな風に、彼は深まる疑問に頭を抱えていたので、 唇に触れる生暖かい感触に反応が遅れた。 「……んうわあーっ!」 少年は驚いて真後ろに2メートルくらい飛び退った。 口吸い。ちゅー。チッス。所謂KISS。 桃髪の少女が自分にくちづけをしてきたのだ。 「お、お、おのれはいきなり何をするんじゃ。 わしには光子さんがおるけえ、そんとな誘惑にゃ負けんぞ」 既に亡き恋人を思い浮かべ、顔を真っ赤にしながら邪念を振り払う。 「うるさいわね、私だって初めてだったのよ! うぅ、いやだって言ったのに……」 抗議する少年に対し、逆上する少女。あまりにも理不尽だ。 泣きたいのは自分の方だ、と彼は溜息を吐いた。 と、その瞬間、彼の身体中を熱と痛みが駆け巡る。 「グググググ!」 「少し我慢しなさい。使い魔のルーンが刻まれてるだけだから」 また、分からない単語。彼の心にふつふつと怒りが込み上げてくる。 方法は知らないが、自分をここへ呼んだのはこの少女。 戸惑う暇もなく、ファーストキスを奪われた。想い人とすらしてなかったのに。 そして、この原因不明の痛み。目前の少女の、横柄な物言い。 納得のいかない事が多すぎる。 やがて、身体を巡っていた熱は収束し、左手の甲へ集まり、紋様となって消えた。 少年は痕の刻まれた手を見て、わなわなと震える。 その様子を見届けた、一団の中でただ一人の頭頂部の禿げ上がった中年男は、 満足そうな顔で前へ進み出て桃髪の少女に語りかけた。 「どうやら、コントラクト・サーヴァントも上手く出来たようだね」 男は少女を褒め、痛みで蹲っていた少年に近づいて手の甲の紋様を確認する。 「ふむ、これは珍しいルーンギエェェーーッ!!!」 呟きは途中から絶叫に変わった。 少年が、突進し頭突きで男の股間を打ち砕いたのだ! 「はおおおお…………っ!」 苦しみにのたうち回る四十男。周りの男子達も思わず何かを堪えた顔になる。 女子達はあまりの事態に手で顔を覆って、でも指の隙間からしっかり覗いていた。 「お、お、おどりゃ、よくもわしの手ぇに彫り物してくれたのう。おどれら、 わしを捕まえて鉄砲玉にでもする気か、わしゃお前らの言いなりにはならんぞっ!」 彼は理解した。こいつらは、自分を拉致し、入れ墨を施した上、 体のいい遣い走りとして扱き使うつもりなのだ。 ……そして、その認識は悲しいかな、強ち誤解とも言い切れないのであった。 だから、彼は吠えた。獣のような雄叫びだったが、 それはまさしく彼の人間としての尊厳を賭した、魂の叫び声だったのだ。 >>next
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「言ってる事は……よくわかったよ… だけどはっきり言わせてもらう…」 ”彼”、いや…『パンナコッタ・フーゴ』の顔には興奮気味なのか 玉のような汗が浮かんでいるし、唇もブルブル震えている。 目も躊躇いがち。心ここにあらずと言った様子だったが ついに決心した彼は、目の前の少女と向かい合って叫ぶ。 「ど~して!ぼくが君の下着を洗わなくちゃならないんですかーッ!?」 彼の手には小さな布が握られていた…。 『紫霞の使い魔』 第二話 【使い魔フーゴ;主人からの第一指令】 「やっぱり理解してないんじゃないの!?案外頭が鈍いのね、あんた!」 ネグリジェ姿のルイズがベッドに腰掛けて 怒鳴り散らす。 「わかっていますよ!ここがぼくの居た世界じゃないことは!」 フーゴの指さした先には地球ではありえない『二つの月』…。 しかも、『草原』においても人が宙を浮く様を見せつけられてしまったのだ。 無いと信じていた『鏡の世界』に引きずり込まれたこともあったので ここが『魔法の世界』だと認める事はできた。受け入れたくはなかったが…。 「あんたのいう『ぼくの居た世界』のほうがわからないけどね…。 ま、いいわ。続けなさい…」 上から見下すような態度に心の天秤が傾くが、まだ耐えられた。 「それでっ!貴女達が『魔法使い』だという事も! ぼくが『使い魔』になったのも 帰る方法も無いことも、理解できました!!」 彼の『左手』には奇妙な文字が描かれていた。契約の印『ルーン』。 『珍しい形』といわれたが、そんなことは些細な事。 ”フーゴ”が”ルイズ”の『使い魔』になった証であることが重要なのだ。 使い魔は死ぬまで変えることができない。 つまり、彼が帰れるとすれば『物言わぬ屍』になってから…。 帰還計画は遙かに絶望的である。 「なーんだ。よくわかっているじゃない…。偉い…偉い…」 やるきの欠片もない、だらけた拍手を送るルイズ。 送られた方のフーゴは当然イイ気がするわけない…。 その証拠に、こめかみがピクピク動き始めている。 「けれども!何でそれが君の洗濯物を洗うことになるんですか!!」 しかし、理性が必死に殺意を押さえてくれたおかげで 『まだ』会話を続けることができた。 「そこまで解っていて何で『消去法』ができないのかしら?」 ルイズは、『やれやれだぜ…』と言いたげな様子で指を折り曲げながら話し始めた。 「あんたみたいな露出狂じゃあ 1,『主人の目となり耳となること』はできなかったし 2,『主人の望む物を探してくること』もできそうにないし 3,『主人を敵から守ること』は絶対不可能だわ! というよりもそんな格好しているあんたの方が 圧倒的に『女性の敵』よッ!この変態男!」 フーゴの手が痙攣でも起こしたかのように震え始め、 その閉じられた口の裏で、歯が両顎に押しつぶされかけながらも 彼はじっと耐えて聞いていた。 「そんなあなたでも掃除、洗濯みたいな雑用ぐらいはできるでしょ! それぐらいやって貰わなくちゃ、わたしが困るのよッ!」 突然だが、時限爆弾が目の前に置いてあると仮定してほしい…。 そこには お決まりの『赤』と『青』、二本のコードがある。 残り時間は刻一刻と削られていく…。 早くどちらかを切らなければならない。 普通は爆破コードがどれなのか不明なのだが 今回はわかっている! 『赤』を選べば爆発し、『青』を選べば爆弾解除。 そう聞けば、大体の人は『青』を切るだろう…。 でも自分が『狂気の爆弾犯』だとしたら…? 『切れ!』というのならば当然『赤』を切るしかないッ! 己の中の殺意が囁くままに… そう!『いつものフーゴ』ならば間違いなく『赤』を選ぶはず! だが彼は… 「り…了解しました…。ご主人…様」 『青』を選んだ! (そうだ…耐えるんだ…。元の世界に戻るとしても! このままこの世界に残るとしても! しばらくはここで生活していくしかないんだ…。そのためにも この『忌まわしき自分の欠点』は乗り越えなければならないッ!) 「やっとわかったようね…。」 ルイズが優越感に満ちた笑みをうかべた。 「じゃあ洗濯物はまかせたわ。 あんたの寝床は…この毛布で充分ね。 あと、朝はちゃんと起こすこと!いいわね!」 「…了解しました」 その言葉を聞き、ルイズは満足げにベッドに潜る。 彼女が小さな指をパチンと鳴らすと、辺りは闇に包まれた。 フーゴも毛布を被って床へ横になり この昂ぶった心を落ち着ける事にした… が、無理だった。しばらくすると『怒り』は収まりつつあったが 代わりに『不安』という感情が浮かび上がってきた。 自分のことではなく、仲間に対する『不安』…。 彼らには『亀』があるが、敵に見つからないという保証は …無い。今も危険と隣り合わせで過ごしているのだ。 果たして、今も無事でいるのだろうか? そう考えると異世界にいるとはいえ…いや、絆を断ち切ったといえ 『平和な夜』を過ごしている自分が嫌な奴のように思えてきた…。 ふと、ベッドの方を向くと『新しいボス』が寝息を立てているのが見えた。 まだ中学生くらいなのだろうか?とても小柄で華奢な体つきをしている。 もはや彼女への『怒り』は湧いてこなかった…。 彼女にしてみれば召喚されてきたのが『ただの人間』だったのだ。 機嫌が悪いのも仕方がないことだろう…。 そもそも初めて出会ったばかりで、うち解けあうほうが無理な話。 こういうのは少しずつ分かり合っていくものだ。 (『死』か『殺』の狭間で悩んでいたぼくに この子は『生』の道を開いてくれたのだ…。 この世界で新たな繋がりをつくっていくためにも! そして、この『新しいボス』から『信頼』を得るためにも! 『使い魔』として、できる限りのことをしよう…!) そう考えたフーゴは暗闇の中から起きあがり、洗濯物を抱えて部屋を後にした。 To Be Continued…
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ギーシュ・ド・グラモンの朝は爽やかに始まる。 誰に起こされる訳でも無くすっきりと目覚め、彼が溺愛する使い魔に朝の挨拶と抱擁を与えてから 清潔感漂う(正し少しばかり趣味が悪い)白の制服に袖を通して、自分の身体に特別違和感の無い事を確認する。 正直一昨日はどうなる事かと思ったけど、まあそこは僕だし どんな逆境へ追い込まれようと平民に返り討ちにされたと揶揄されようと、華麗に立ち直るのが僕のいい所さ。 調子は悪くない。毟ろ少しばかりの空腹感が健康を感じさせる。 実家に泣き付いて取り寄せた高価な回復薬だけではない、 僕に劣らず優秀な水属性のメイジ、モンモランシーによる献身的な看病のお陰だろう。 こればっかりは、僕の日頃の行いの賜って奴だな。フフ、人徳人徳ゥ! 朝食を食いに行く前にまず身嗜みを整えようと洗面台の前に立ち、ヘアブラシに手が伸びた所で全身が硬直した。 鏡に映る人影は二つ。 振り返る、誰もいない。 再び鏡を見る。先ほどより少し接近した男は、忘れもしない一昨日の『平民』の―――― 目が合うと、鏡の男はニヤッと笑った。 「っぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁヒィッ」 ルイズはいい加減激昂していた。 昨日自分がちょっとカッとなったばかりに、イルーゾォは結局丸半日寝込むハメになってしまって、 それについては素直に謝罪してもいい、と思っていた。 それだけでは無い。 どうやら『魔法』を知らないらしい彼に詳しい説明を聞かせてやろうとも思っていたし、 粗末な食事(もっとも、イルーゾォはそれを見た事すら無いが)も改めるつもりだった。 それに、彼は「『尊敬』出来ない奴の為に働く気は無い」と言った。今までは『使い魔は私のために働く』のが当然と思っていたけれど、 ああも真直ぐに主張されてはね除けられる程、私は自分に自信が無い。 『尊敬』に足る人物になりたい。その為に、『今の私』を知って貰うのが誠意だと思った。 『ゼロ』とは何か、打ち明ける気でいた。 まあそれでご推察の通り、意を決して訪れた医務室はもぬけの殻だった訳で。 「あァァの野良使い魔ァ!今度こそ絶対、絶ッッッ対取っ捕まえてやるんだk 「ダーリン!お見舞いに来・・・・あれ?」 私の心の叫びを遮る声の主は、ドアを勢い良く開け医務室に飛び込んできた見るからに健康そうな女性。 まあキュルケさん、ごきげんよう、何か御用ですか?つーかダーリンって何ぞ。 「・・・・ダーリンは?」 「ダーリンは知らないけどイルーゾォは逃げたわ」 「(イルーゾォって言うのね?変わった名前)もう、何してるの!自分の使い魔ならちゃんと見張ってなさい。ずっと居られたら邪魔だけど」 「何か言った?!」 キュルケは意外とあっさり引き下がって、脇にいるタバサ(静かにしてただけで、ちゃんと居たのよ)に向かって ねえ~一緒に探すの手伝ってくれるう?と語尾をだらしなく延ばして頼んでいる。 タバサがチラッとこっちを見た。 ――――『頼むべき。口だけ。協力する』 あの名前も知らないメイドを除けば、逃げ出したイルーゾォを見たのはキュルケだけだった。 どうやら捕まえようとしていたらしいし、食堂でタバサが彼に気づいたのも『キュルケの手鏡』を見たせいだ。 私が意地を張らなければ・・・・ ・・・・ううん、違う。1人よりも3人の方がいい、それだけよ! 一つ息を呑んで、心を決めて。歩き出す二つの背中に声をかけた。 「きゅ、キュルケがイルーゾォを探すっていうんなら、協力してあげてもいいわ!」 「何言ってるのよ、貴方の使い魔でしょう。」 「協力するのは私たち・・・・」 キュルケとタバサは、顔だけ振り返って私を迎える。 「何処から探す?」 世界が少し広がった、気がした。 こんなに天気がいいんだからとりあえず中庭を探そう、というキュルケの提案を半ば直感で却下して(天日に当てたら溶けかねない) 室内を重点的に探す事で話がまとまった。 イルーゾォは私の知らないうちにあのメイドに懐いていたから、まずは厨房だ。 「イルーゾォさんですか?はい、今朝いらっしゃいましたよ。」 屈託のない絵顔で私を迎えるメイド(キュルケが小さい声で「勝った!」って言ってたけど私には何の事だかさっぱり!)は、 やはり頻繁にイルーゾォと会っているらしい。というか、餌付けしているらしい。 一瞬帰ってこないのは彼女のせいじゃあ?と思ったけれど、使い魔の世話をして貰っておいてそれは筋違いだと思い直す。 「何処へ行ったか判らない?」 「あの・・・・申しあげにくいのですが。」 メイドはたっぷり逡巡した後、申し訳なさ気な表情で私を見下ろして、小さく「『暫くアイツの来ないところへ』・・・・と。」 ・・・・どうせ小さく言うなら、キュルケ達に聞こえないようにして欲しかった。 「あの、乱暴はやめてあげてください。」 「確約は出来ないッ・・・・!」 自分はギーシュのワルキューレと真正面から戦ったくせに、こんなか弱い女の子捕まえて何言ったのよう! 「むぐう!ん゛――――――!ん゛――――――!!」 「五月蝿いな騒ぐなよ!どうせ誰にも聞こえやしないんだ」 見えない掌に顔面を掴まれる感触のすぐ後に、まるで水面に沈むように鏡の中に引き入れられた。 目の前には昨日の平民、爽やかな朝は一転パニック日和。この感覚は初めてじゃあない、一昨日体験したばかりで 『見えない力』を感じたすぐ後に周囲の雰囲気ががらりと変わるのも、やはり同じだった。 唯一違うのは、頭を掴んだ掌が離れる事なく、(一昨日はサッと離れて、次いで背後から衝撃が降って来た) そのまま僕の口を塞ぎ、がっしり掴んで離さない事だ。 「落ち着けって」 無茶言うな!見えない相手に殴られるのがどれほど恐いかわかるかい?! ・・・・あれ?わかるかな。良く考えれば、多分こいつの魔法だよ。これ。 何故平民が魔法を使えるのかは知らないけれど(そもそも平民が『使い魔』になる時点で意味がわからない) もがく僕を面白くも無さそうに見ているこいつが原因って事でまず間違い無いだろう。 「・・・・むぐぅ」 「よし、気が済んだか?」 僕が抵抗をやめると、案外すんなりと『見えない力』は離れて、それきり何もしてこない。 景色全体に薄く灰色をまぶしたような死んだ雰囲気の部屋は、しかし確かに僕のものだ。 左右が綺麗に反転されているせいで違和感が付きまとうが、部屋中に僕の私物が溢れている。 ヴェストリ広場もそうだった。急に薄ら寒くなって、ギャラリーが消失し僕一人取り残される。 「ぼ、僕の部屋に何をした?!」 「『お前に』何かしたんだ。『引き入れた』んだよ、見えなかったのか?」 引き入れる。そう、僕は洗面台の鏡に頭から突っ込んだ。産まれて初めての体験だ。 振り返ると僕が引きずり込まれた鏡があり、そのむこうにはやはり洗面所が映り・・・・『僕と平民が映っていない』?! 「ど、どういう事なんだよこれはッ」 何か起こっている!けど、これがどんな魔法なのか、何のためなのか、一つもわからないじゃないか! 「五月蠅いな、騒ぐなって言うんだ・・・・おい」 「な、何さ」 「『マジで見えない』のか?」 平民は僕の目の前でふわふわと手を振って見せた後、人差し指だけ突き出して、つんと一度空振りさせる。 「だから何が・・・・あだっ」 額を小突かれた。まただ!また見えない攻撃が―――― 「マジだ・・・・」 おい平民!何驚いたような顔で見てるんだよ!一体何がしたいんだよッ!!
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その日、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは娯楽に飢えていた。 タバサと二人で暇をつぶしていた彼女は、騒ぎを聞きつけると、タバサを伴い真っ先に駆けつけた。 騒ぎを見物するなら、特上席で。 そう考えた彼女は、シルフィードに乗せてもらうことにしたのだ。 タバサはお気に入りの本を読んでいた。 タイトルは 太公望書房刊「今日からあなたも漢方マスター!」(観余頭尼屠尼瑠无(ミョズニトニルン))著 である。 タバサ本来の目的の役にこそ立たなかったものの、素晴らしく実用的な本であるのは間違いなかった。 惜しむらくは、この本が数千年前に書かれたものであり、著者その人に会って話を聞けないことくらいだ。 他の誰でもない、自分の親友のキュルケの頼みだからこそ腰を上げたのだ。 そして彼女達は聞いた。そして見た。 天をも揺るがすようなエールを。 そして、素手でありながら、ついにはメイジをも倒してしまった少女の姿を。 最後の瞬間二人は思わず目を見張った。 メイドの少女が、実際の何倍にも大きく見えたのだ。 そして…… シエスタが目覚めたとき、見知らぬ天井と、心配そうにこちらを見つめている多くの視線があった。 (あれ?ここは?) 確か自分がギーシュという貴族に勝利して、歓声を受けたところまではおぼえている。 しかし、その後の記憶がない。 そこで、シエスタは近くにいた無精ひげを生やした男に声をかけることにした。 その男は、確か自分を応援してくれた男の一人であることにシエスタは気づいていた。 「あの、すいません……」 その声に気がついた男は、慌てて大きな声をあげた。 「おーい!お嬢さんが起きたぞ!!」 その声と共にルイズが、そして応援してくれていた男達が一斉にこちらを振り向いた。 無事に起き上がった姿を見たルイズは、何か言おうとして、そして言葉をなくした。 彼女が背負って闘ったものには、ルイズの名誉も含まれているのだ。 今は、照れ隠しに怒鳴る時ではない。 貴族として、感謝をする時だ。 だからルイズは行動にでることにした。 ただ、黙ってシエスタを引き寄せて、ありがとう、とささやいた。 そうして少し間時間がとまる。 男達も何も口を出さない。 今、主役はこの二人であると分かっているのだ。 その行動に呆然としていたシエスタではあるが、当初の目的を思い出した。 そこで、どうして自分がここにいるのか、そして大怪我をしていたはずなのにどうして治っているのかを尋ねることにした。 そうして、彼女達の会話が一段落したところで、今度は男たちも会話に加わることにした。 彼らのうち大半は普段女性と接触する機会がまったくなく、扱いに慣れていない。 そのため、あらかじめ飛燕が質問係として選ばれていた。 男塾一号生の中で、もっとも女性受けしそう、という理由だけでだが。 「シエスタさんでしたね。私は飛燕といいます。はじめまして。 そこにいるヴァリエール嬢の使い魔として働いているうちの一人です。」 などと、和やかに自己紹介を行った後、男達の一人一人を簡単に紹介した。 そうしていよいよ話は本題に入る。 「シエスタさん。あなたの祖父は、もしかして、大豪院邪鬼と名乗っておられませんでしたか。」 どうして祖父の名前を知っているのですか、と逆に聞き返したシエスタは気がついた。 男達がみな涙を流していることに。 不思議とその涙は美しかった。 その後、彼らは夜遅くまで話し込んだ。 彼らが祖父の後輩であると聞いた彼女は驚いた。 ただ、話しているうちに、彼らの纏う空気が祖父のそれに似ていることに気がついたシエスタは納得した。 年代が違う、世界が違う、そういった違いを跳ね除けて納得したのだ。 いつしかルイズも加わり、話は進んでいった。 彼らは、この世界に来てからの祖父の話に、時には涙を流し、時には大笑した。 一方、ルイズとシエスタもまた、彼らの破天荒な日常や戦いを楽しんだ。 そして夜がふけていった。 同じ夜、キュルケは自室のベッドで静かに横になっていた。 普段の彼女ならば、今頃恋人の一人でも自室に招いて、微熱に身を焦がしていただろう。 しかし、ここ数日はそういう気分にはなれなかった。 ギーシュと決闘したときのシエスタの姿と、まさしく全身全霊をかけて声援を送るルイズの使い魔たちの 姿が頭の中にこびりついて離れないのだ。 あれ程までに誰かを思いをぶつけることができるのだろうか。 キュルケの悩みはそこにある。 自分が今までしてきた恋に悔いはない。 全て、自分をいい女にするために必要なことであったからだ。 ただ少しだけ寂しいのだ。 (まあ、恋人ではないけどタバサがいるからいいか。) そう結論付けた彼女は、今日はタバサのところで女同士の会話でもしよう、と考えて立ち上がった。 タバサの興味は、実務的なところにあった。 具体的にはシエスタの使った真空殲風衝だ。 あの時、彼女からは魔法の力をまったく感じなかった。 (人は鍛えればあそこまでできる。) その現実に、タバサは希望を持った。 自分もあそこまでできれば、母を治す薬を取り返すことができるかもしれない。 普段のタバサなら考えないような過激な考えではある。 そう本人も自覚はしているが、止めるつもりはない。 少なくとも、希望は見えたのだから。 そこまで考えが及んだとき、部屋のドアから声が聞こえた。 キュルケだ。 そうして夜はゆっくりとふけていった。 男達の使い魔 第3.5話 完
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前ページ次ページ鋼の使い魔 ヴェストリ広場は本来、野外で行う実習等のために設えられた場所で、四方を学院の壁に仕切られてはいるものの、それは かなり広く場所がとられている。 敷石が広場の地面を覆い、部分的に植え込まれた樹木が影を作っている。 昼食後の和やかな時間。本来であればヴェストリ広場にもそのような時間が訪れるが、今日は熱気を伴った野次馬が 輪を作って何かを期待している。そして、その輪の中心にギーシュが立っていた。ご丁寧にパイに塗れたシャツを着替えている。 キュルケもまた、他の野次馬と同じように『ルイズの使い魔とギーシュのやり取り』に興味を持ち、広場にやってきたのだが、 野次馬の中に混じることはなく樹木の陰に寄りかかり、騒がしい喧騒を眺めていた。 キュルケの傍には空色の髪を短く揃えた少女が座り、自分の身長よりも長い立派な杖を樹木に立てかけ、静かに本に目を落としている。 彼女の名は、タバサ。キュルケとは友人の誼を持ち、この度もギーシュの騒ぎについてくるようにキュルケに引っ張り出された次第だ。 彼女はこのとき、ギーシュのやり取りにも、ルイズの使い魔の男にも興味がなかった。彼女にはそんなことに時間をとられたくは なかったのだが、他ならぬキュルケの頼みであれば無碍にも出来ないのだった。 やがて広場に一人の人影が入ってくる。華奢な体躯に流れるチェリーブロンドが誰の目にも、それがこの騒動の一端を担う ルイズ・ヴァリエールであることが知られた。 「ハァイ?」 キュルケは野次馬の団体にルイズが飲み込まれる前に声をかけて呼び寄せた。キュルケからすればあの野次馬と化した生徒たちは、 無粋に過ぎてつまらない。それくらいなら自分でルイズの相手をする。そう考えるのだ。 「随分な騒ぎになっちゃったわね。使い魔の彼は?」 「知らないわよ!聞く耳持たないんだもの」 ルイズとて本当は気が気ではないのだ。ギュスターヴは明らかに激昂していた。それはギーシュに見下されていた私や、 無抵抗のまま言葉に打ち付けられたシエスタを庇い、守ろうとしたことが原因であると思っていたから。 もしこのままギーシュにギュスターヴが殺されかねないようなことがあれば、ルイズは身を挺してギュスターヴを守るつもりだった。 何も出来ない主人としては、それくらいしか出来ないという後ろ向きな理由もあった。 広場出入り口から人影が二つ。一方はうつむいたまま歩くメイドと、その後をついて歩く男の二人。 「ごめんなさい……」 「気にするな」 「ごめんなさい……」 シエスタはただただ謝った。それはギーシュに対してなのか、ギュスターヴに対してなのかわからない。 広場の中心に達した二人。ギーシュは手で払ってシエスタを下がらせる。シエスタが観客の輪から締め出されると、いよいよ待ちに待ったと 観客の生徒たちが沸き上がった。 「逃げずに来たことを褒めてあげよう平民の使い魔君。準備をするらしいと聞いていたけど、まさかその腰のものでどうにかしようというのかね?」 ギュスターヴは食堂を出てルイズの部屋に行き、自分の部屋から短剣を引っ張り出し腰のベルトに挿していた。 鎧は付けず、布服のままだった。 「さて、ただ弄りつけられるのも不愉快だろうから、ルールを決めようじゃないか。簡単なことだ。僕から参ったといわせるか、 杖を奪うかできれば、君の勝ち。どうだね?」 「お前の勝ちはどうやって決めるつもりなんだ」 憤怒のまま話すギュスターヴが滑稽だとばかりに観客から笑い声が沸き起こる。 「平民がメイジに勝てるわけがないだろ!」 「生意気な平民を懲らしめろ、ギーシュ!」 ギーシュは観客の声を後に冷淡に答える。 「そういうことさ。貴族の前で出しゃばった真似をしたことを後悔するといい」 ギュスターヴは深く息を吸い、吐き出す。今、心静かに屹立する。亡き大将軍ネーベルスタンは、怒りの剣を諌め、剣を振るう時は 無心にならねばならないと、嘗てギュスターヴに話していた。 腰の短剣に手をかける。持ってきてはいたが、これを本当に抜くかどうかは未だ決めかねていた。こちらの魔法とはアニマの術と大きく違う。 アニマのそれであれば鋼の刀身を盾として間合いを詰めればよいが、ハルケギニアの魔法が戦闘でどのように使われるのか、 ギュスターヴはまだ知りえていないのだから。 「では、始めようか!」 あくまで格好付けて構えるギーシュの声に、観客が応える。 対してギュスターヴは構えない。 「僕は魔法を使う。君がその腰の剣を使うようにね。文句はないだろう?」 「一向に構わん」 ギーシュが手の造花を振ると花弁が敷石に落ちる、すると敷石が花弁と共に盛り上がって人形を成していく。 「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュ。君の相手は僕のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう」 ワルキューレと呼ばれた青銅の人形は、甲冑を固めた女性の姿をし、拳を構えて素立ちのままに見えたギュスターヴに突進した。 恐らく重さにして普通人の3倍はあるだろうワルキューレの拳がギュスターヴの鳩尾を狙って振り込まれる。 ワルキューレの拳がギュスターヴの前方一歩半まで迫った時、ギュスターヴは動いた。左足を踏み込み腰を落とし、握りこまれた ギュスターヴの素拳が無防備に晒されたワルキューレのわき腹に叩き込まれる。 攻撃に失敗したワルキューレは、ギュスターヴから受けた打撃により吹き飛ばされ、2メイルほどの距離を開けたが、たたらを踏むように よろめくも踏ん張った。その腹にはギュスターヴの拳の痕がくっきりと残っている。 (『カウンター』ではしとめられないか……) ギュスターヴはギーシュが『自分は青銅を使う』と暗に示し、ゴーレムを精製した時に剣を抜かずに仕留めることを考えた。 以前よりギュスターヴは剣技を補う程度の体術を師シルマールから習っていた。青銅の人形が一つ程度なら剣を抜かずに 倒すことができると踏んだのだ。 ついに始まったギーシュとギュスターヴの決闘――いや、本質的には私闘(リンチ)であるが、ギーシュも、観客の生徒たちも そのような自覚はなかった――を、少し離れた場所から見ているキュルケ、ルイズ、タバサ。キュルケは決闘から視線を外すと、 広場の出入り口の影に隠れるようにしている若草の髪を見つけたが、興味もなかったので視線を戻した。 「彼、どうして腰の剣を抜かないのかしら?まさか素手でメイジに勝てると思ってるわけ?」 「知らないわよ。ギュスターヴは荷物のことでなにも教えてくれなかったし」 以前からルイズはギュスターヴの身に着けていた品々についてギュスターヴに聞いてみたことがあったが、いくつかの貨幣らしき コインを見せてくれたくらいで、身に着けていた武具、特にあの短剣については、何も聞き出すことが出来なかったのだ。 「きっと何か特別な武器なのね。切り札を残して戦うなんて余裕があるのね」 そうだといいんだけど。ルイズにはそうは見えなかった。 ギュスターヴとワルキューレが何合か打ち合って、既に決闘開始の声から数分が経過した。 ギュスターヴは突進してくるワルキューレに対してその重さを利用するように『カウンター』を何度か叩き込み、その度にワルキューレは 弾かれてよろめくのだが、痛み感じぬ人形であるがために何度も同じように突っかかり、また同じように弾かれてを繰り返していた。 そのためワルキューレは既にギュスターヴの拳でぼこぼことへこみを体のパーツのあちこちに作っていたが、それ以上に ワルキューレを操っているギーシュを苛つかせた。 (なんなんだこの男は…武器を持ってきたかと思えば、ワルキューレに素手で戦い、しかも持ちこたえている) 本来なら弄りに弄って気分爽快といきたかったのに。予想外のフラストレーションが溜っていく。そしてそれが徐々にワルキューレの 操作を単調な大振りなものに変えていくのだが、ギュスターヴはそれを見逃さなかった。 三度ワルキューレの突進。今度は助走距離が長い。振りかぶった拳は石壁を易々と砕き、五体に当たれば最悪死が待っているだろう。 しかしそれゆえにそのモーションは単純過ぎた。ギュスターヴは初めて自分から接近した。初めてだからこそ、ワルキューレは対応できずに そのまま動いた。青銅の拳が虚しく宙を斬り、振り切った上体が戻るまで全身を無防備に晒した。 「……『正拳』!」 間合いはまさに乾坤一擲の距離。握りこんだギュスターヴの拳がワルキューレの胸を突く。戻りかけの上体の運動が合さり、 『正拳』の威力によってワルキューレの上体が吹き飛んだ。既に数度の『カウンター』を受けてワルキューレを構成する青銅自体が 脆くなっていたためである。吹き飛んだワルキューレの上半身は小さな放物線を描いて落下、その衝撃で粉々に砕け散った。 一拍置いて残された下半身がどさりと倒れる。 おお、とどよめく観客。何も出来ぬ平民が素手でゴーレムを倒したことに率直な驚きが巻き起こった。 「これで勝負あったな」 ギュスターヴの言葉にすこし笑い声が反応として観客から返ってくる。訝しむギュスターヴ。 その証左にギーシュの目から戦意が消えていない。むしろ静かに、燃えていた。 「……いやぁ。ご苦労ご苦労。平民の分際で、しかも素手で僕のワルキューレを破壊するとは。正直驚いているよ。しかしだ……」 ギュスターヴは嗅ぎ取った。さっきまでの洟垂れ小僧とは少し様子が変わった。今までの遊んでいた気分がなくなり、目に鋭さが混じっている。 「それもここまでだ。言い忘れていたが、僕が連続で作り出せるワルキューレの数は1体だけじゃない。したがって……」 ギーシュは始めと同じように造花を振るった。落ちる花弁は三枚。即ち。 「次は3体でお相手しよう。まぁ、頑張りたまえ。平民君」 オスマンはその時、学院長室のデスクで食後の一服を肺腑に行き渡らせながら書類の字列を眺めていた。書類は在校生、及び卒業生の 親元へ届ける授業料の督促状に関するものだった。貴族というのはとかく外見を気にかけ、そのために財政を逼迫、没落させることも珍しくない。 煌びやかな見た目とは裏腹に生活は慎ましいものだったりするが、組織経営のためには無慈悲といわれようと厳格に徴収せねばならない。 でなければ、所詮公機関のひとつでしかない学院の中立性は財政支援の美名に損なわれてしまう。 そんな具合にオスマンが灰色の頭脳を巡らせていると、部屋のドアをドンドンと激しく叩く音がする。オスマンの脇にいて 応対等雑務を担当している秘書、ミス・ロングヒルが尋ねた。 「ここはトリステイン魔法学院で最も静かでなければならない場所です。そこを不躾に問い叩くものは誰ですか」 「コルベールです。火急の用件です。どうか中へ入れてください」 どうしますか、というロングヒルの視線に応えるオスマン。 「入りなさい。コルベール君、火急の用事とはなんじゃね」 ばったん、と勢い良く両開きのドアが開かれ、息切って駆け込むコルベール。その広くなった額には玉の汗が浮かんでいる。 「ヴェストリ広場で生徒たちが決闘騒ぎを起こしています!教師達が『眠りの鐘』の使用許可を貰いたいと言って来ております」 「子供の喧嘩如きで何を騒いでおるのかのぅ、コルベール君。それよりも、授業料を滞納する親達からうまい具合に財布を開かせるための 名文句の一つでも考えてもらいたいもんじゃ」 オスマンは興味無さ気に言うと、再び書類と向き合おうとした。教師達は概ね優秀だが、いかんせん魔法の力を過信しすぎる面、自らの属性を過大評価する面があり、 そういった意味でオスマンはコルベールを買っていた。 そのコルベールが所在無くデスクの前に立っている。気のいい彼のことだ。何らかの言質が無ければ他の教師達から非難されるのは間違いない。 オスマンはコルベールから言葉を引き出す。 「しょうがないのぅ。で、決闘騒ぎの中心は誰じゃ?」 「2年のギーシュ・ド・グラモンです」 はぁ、と口から煙を吐いてげんなりとした様子でオスマンは言う。 「グラモンの子倅か。あそこの一族は色恋が好きな連中じゃからのぅ。おおかた女の取り合いか何かなんじゃろ。相手は誰かね」 「そ、それが……」 言葉を濁すコルベール。その視線はオスマンとロングヒルを往復しながら、額の汗が増えていく。 「ミ、ミス・ヴァリエールの……使い魔です…」 少し震える声で答えるコルベールの言葉に、オスマンの眉尻が上がった。 「ほぅ。例の彼か」 「はい。……それで、『眠りの鐘』は…」 それっきりオスマンは少し黙りこんだまま、パイプを何度か吹かした。パイプを置いて肺の中の煙を吐き出すと、ロングヒルの目を見て言った。 「ミス・ロングヒル。教師たちに伝えてきてくれんかの。『眠りの鐘はひとまず使わぬ』と。コルベール君。君はここに残りなさい」 「はい」 「わかりました」 ロングヒルは立ち上がって学院長室を出て行き、それを見送るオスマンは杖をとり、ドアを閉めた。 「ミスタ・グラモンはドットとはいえ同じレベルでは優秀なメイジです。魔法の使えぬ彼では危険です」 「しかし彼はガンダールヴである『かもしれない』といったのは、君じゃったろう」 しかし、と言葉を続けようとしたコルベールを制止して、オスマンは部屋に飾られた鏡に向かって杖を振る。 鏡はやがて像を結ぶが、それは部屋の風景ではなく、ヴェストリ広場を比較的近くから鳥瞰するものだった。 「彼がガンダールヴかそうでないか。それがわかるかもしれぬ。それを判断してからでも『眠りの鐘』は遅くはあるまいて。違うかの?」 オスマンの深い瞳に、言葉の出ぬコルベールであった。 ヴェストリ広場で始まった決闘は、一度はギュスターヴに勝利が握られたかに見られたが、観衆の予想通り、ギーシュのワルキューレ3体が ギュスターヴをいたぶる光景になろうとしていた。 ギーシュが精製した新たなワルキューレ3体の内、一体は始めと同じ素手だったが、一体は槍を番え、一体は棍棒を握っていた。ギーシュは学習した。 あの男は並みの平民より強い。そして恐らく頭もいい。であれば、こちらは手数で攻めてしまえばよいのだ。たとえ多少腕に覚えあろうと 三対一の連携攻撃を受け続ければ疲弊の果てに無防備な肉体を晒し、彼が倒した最初のワルキューレのように吹き飛ばすことができる。 ギュスターヴは迫り来る三種の攻撃を避け、すり抜け、捌く。何度か『カウンター』を決めるが、その度に視界の外側から迫り来る他二体のワルキューレの攻撃を 紙一重でかわす。それが次第に蓄積し、つい一瞬前には棍棒の先端が腋を掠って布生地を持っていった。 鬱陶しい。平民の分際で。この僕を虚仮にした罰だ! 「やれ、ワルキューレ!『槍』と『棍棒』の連携だ!」 槍を水平に構えたワルキューレが、敷石を打ち鳴らして突進する。槍の重さを合わせればまさに恐怖すべき威力がそこに秘められている。 (立ち止まると危険だ!) ギュスターヴも駆けた。短剣を抜けば勝機はある。しかし抜いて構えるまでこの小僧は待ったりなどしないだろう。ならばこちらから踏み込んで 少しでもダメージを減らすしかない。 槍がギュスターヴの腹を狙って飛んでくる。ギュスターヴは斜めに飛び、速度を殺さずに避けようとしたがその時、槍のワルキューレの影から飛び出してきた 棍棒のワルキューレが上体を捻って構えているのが見えた。 フルスイング。棍棒のヘッドスピードは槍の威力にも負けないだろう。ギュスターヴも速度が乗っている状態、姿勢が安定しない。『正拳』で肩を叩けば スイングに負けてワルキューレが明後日の方向に飛ぶ筈だが、上半身が浮き上がっている今は無理だ。間合いが足りないのを承知してギュスターヴは拳を握って 『カウンター』を突き出す。 衝撃音が二つ。一つはギュスターヴの拳が棍棒のワルキューレの頭部を打った音。しかし間合いがわずかに足りず、ワルキューレの顔が無様にへこんだのみ。 もう一つは、ワルキューレが振った棍棒がギュスターヴのわき腹を打ち据えた音だ。柔らかい何かが詰まった袋を叩いた音の中に硬いものが砕けた音が混じる。 幸いだったのは、『カウンター』で踏み込んだため、加速の乗った先端をかわしたことだろう。 「ぐぅ!」 ギュスターヴの口から呻きが漏れた。その時ギーシュ・ド・グラモンは、湧き上がる黒い喜びに耐えられず。嗤った。そして傍に控えていたワルキューレを動かし、 腰を折ったギュスターヴに蹴りを入れようとするが、とっさにギュスターヴが飛びのき、それは不発に終わった。 後ろへ飛んだギュスターヴ。それに合わせて輪を作る観衆が退き、輪が乱れる。飛んだ先には壁だ。いよいよと差し迫ったかと余裕を浮かべ、ワルキューレの陣形に 守られたギーシュが近づく。 「君も強情な男だ。参ったといえば許してやろう。それとも、腰のものを抜いてまだやるかね」 「……お前のような糞餓鬼に、使うものじゃない」 「なら、なぜこの場に持ってきたのだい」 「……ごろつきと会わなきゃいけない時の、お守りだからさ」 なんて、男だ。 ギュスターヴは笑った。まるでなんて事は無い、というように。 それがギーシュの、高ぶった黒い感情を逆撫でた。この男はこの場において尚、僕に、貴族に怯んだりしていない。 苛々する。 「魔法も使えぬ平民如きが、これ以上貴族を馬鹿にするなら、命を覚悟してもう!」 三体のワルキューレが構える。もう一度連続で攻撃すれば、もはや物言うことも叶わぬだろう。 ギュスターヴも呼吸が苦しいものの、黙って攻撃されるつもりもない。拳を握って構えるが、不安げな空気が漂う。 と、張り詰めた二者の間に小さな影が飛び込んでくる。なびくチェリーブロンド。 「もうやめなさい!ギーシュ、もう気は済んだでしょ?」 ルイズはもう、我慢の限界だった。このままではギュスターヴが死んでしまう。自分が呼び出した無二の使い魔がなぶり殺しにされてしまう。その一念が ルイズの体を跳躍させ、二人の視界に割って立つ。 「おや、ゼロのルイズ・ヴァリエール。お気に入りの使い魔が傷つけられてご立腹かね?」 「そんなんじゃ……ないわけでもないけど、弱者をいたぶるなんて貴族のすることじゃないわ」 ギーシュは顔のぬくもりが引くような気がした。 「それは違うぞ、ヴァリエール」 ちっちっち、と指を振る。 「これは『懲罰』さ。平民は貴族を敬うべきであり、軽蔑や、あまつさえ軽視の念を持つようなことは許されないのさ」 もっとも、と冷ややかな目で、 「魔法の使えない君に貴族の何たるかを問うのは、無駄かも知れないがね」 観客から起こる笑い声。観客となった生徒達は、どこまでも無責任な気持ちでギーシュに追従した。屈強な平民が斃れるのを期待していた。 湧き上がる声の中、言葉がでないルイズ。何が体を張って守るだ。私は何も出来ない。 本当にただの、ゼロ……。 がさり、とルイズの背後から聞こえる。肩に置かれた大きな手。そこに血の通ったぬくもりが感じられる。 「ギュスターヴ!」 「下がっていろ、ルイズ」 ギュスターヴは腰を伸ばしてすっくと立っていた。 彼にも意地がある。もとよりこんな小僧に負ける気など最初から無かったが、目の前に少女が身を出して自分の身を案じてくれた。それがたとえ『使い魔と主人』だから、 という理由だったとしても、彼の矜持はますます負けられないと、燃えている。 右手で短剣を握る。左腕は動かすと叩かれたわき腹が呻って苦しい。鞘から抜き取り、斜に構える。そしてルイズに離れろと目で言った。 「やっとやる気になったかね?精々、平民が精一杯鍛えた牙で抗うがいいさ!」 ギーシュにしてみれば、今更短剣一本でどうにかなるものではあるまい。主人の前で格好付けやがって、と大いにたかをくくっている。 ルイズが飛び込んだことで、観衆の輪が裂けた。木陰に腰掛けていたタバサの視界に、ギュスターヴの姿が初めて映る。 「……鉄の、剣?」 タバサの目に入り込んだのは、不安に腰砕けんか、というルイズの表情でも、ギーシュのゲロ以下の匂いがするような笑い顔でもなく、ギュスターヴの握る、 研ぎ上げられた鋼の刀身だった。正午を過ぎた陽光に照らされて、その光沢は磨かれた鏡の様だ。 「行け!ワルキューレ!」 ギーシュの号令にワルキューレはどこまでも忠実だ。三体のワルキューレは半包囲の形でギュスターヴに飛び掛ったが、構えたギュスターヴもまた、 短剣を構えて飛ぶように駆ける。 「『払い抜け』……」 正面にいた棍棒のワルキューレとニアミスしたかとギーシュには見えた。しかし棍棒のワルキューレは飛び上がったまま着地できなかった。 『落下』と同時に分断されていた人形は、受身が取れるわけも無く砕け散った。 そして振り返ったギュスターヴは、2体のワルキューレが体勢を立て直す前に飛びつく。槍のワルキューレは辛うじて身を守ろうと槍を構えたが、 袈裟斬りにて槍が折れ、絶え間なく二度目の袈裟斬りで胴が割れた。 「『切り返し』……」 残された素手のワルキューレは、自身の間合いに持ち込むべく飛び掛かるが、ギュスターヴは構えを変え、縦横に剣戟を振ると、ワルキューレは 着地する前に砂礫のようになって崩れた。 「『みじん切り』だ」 鍛え上げられたギュスターヴの短剣はまるでバターを切るように青銅の人形に滑り込んでいく。しかしその感覚にギュスターヴはわずかな違和感を覚える。 (青銅にしては当たりが軽すぎる……) 若い頃から剣技の修練を絶えず続けてきたギュスターヴの経験は、かつてこれほどたやすく金属を断った事が無いことを知らせるのだった。 一方、ギーシュは目の前に起こった出来事を認識するのに数拍を要した。先ほどまでの勝利気分が嘘のように、自慢のゴーレムは跡形も無く崩れ去った。 それは最初のワルキューレが倒されたのとはまったく比較にならないほど、完璧に。 「な……なかなか、やるじゃないか……だが、まだだ!」 ふたたび落とされる三枚の花弁、敷石を喰い作り出された青銅人形の手に握られたのは斧、槌、そして剣。 ギュスターヴは踊りかかるワルキューレ達の攻撃を剣で受け、側方へ素早く流した。矢継ぎ早に連携を繰り出すギーシュだったが、ワルキューレの攻撃は どの方向からギュスターヴを襲おうとも、ギュスターヴの握る短剣から逃げられず、その力を散らして虚空を抜けた。 剣の防御技『ディフレクト』でいなし、ギュスターヴは徐々に移動する。それを追いかけるようにワルキューレが迫るが、短剣に阻まれ二度と ギュスターヴに傷をつけることは無い。 「おい、糞餓鬼」 ワルキューレとギーシュは少しずつ追いやられた。壁際まで追い詰めていたものが、また広場の中央まで戻ってきてしまった。 いや、既に……ギーシュの背を見守る観衆のすぐ後ろには、反対側の壁があったのだ。 ギーシュは完全に形勢が逆転しているのを認めなかった。認めたらどうなるか判らない。 散々追い立てた。無慈悲に攻撃した。その報復の影をギュスターヴに感じてならない。それはどこまでもギーシュの妄想でしかないのだが。 「な、なんだ、平民」 ワルキューレがギーシュを守る。密集し、ギュスターヴとギーシュの間に立つが、ギュスターヴは既に相手にする気がない。次の一手が、詰みだからだ。 「お前は魔法に頼りすぎだ……『残像剣』!」 技独特のステップを踏む。闘気が作り出す半実の残像がワルキューレを翻弄する。その光景は、ギュスターヴが幾人にも増えてギーシュには写った。 「へ、遍在?!」 ギーシュの情報処理能力がパンクする寸前、瞬間に全てのワルキューレが唐竹割りに真っ二つになる。 「ひぃ!」 無防備になった恐怖がギーシュを襲う。残像が消えたと同時にギュスターヴが迫る。 とっさにギーシュは手に持つ造花の杖で庇うように腕を伸ばす。ギュスターヴの覇気がギーシュの目に巨大な風を吹きつけるように感じられ、目を瞑った。 ヒュン、鼻先を鋭い風が触れた。 ぽとり、と何かが落ちた気がした。造花を持つ手が軽くなった気がする。 一拍待って、ゆっくりと目を開けたギーシュに写ったもの。それは断ち切られた造花、剣先を突きつけるギュスターヴ。 そして地面に落ちた切り落とされた小指。高ぶった肉体と鋭利な断面は、ギーシュに切断の痛みに泣く瞬間すら奪い取った。 声が出ない。肺がまるで膨らんでくれる気がしない。静かに剣を向けているギュスターヴの瞳をじっと見て、やっと紡げた言葉一つ。 「ま……まいった」 観衆から地鳴りのように湧き上がる声。それはメイジの敗北に驚く声と、平民の健闘を賞賛する声が交じり合った不思議なものだった。 目の前の恐怖が去ったことを認識して、ギュスターヴにルイズが駆け寄ってくる。 「ギュスターヴ!」 「ああ、ルイズ……」 ルイズの姿を見て、短剣を収めるギュスターヴ。 「こんな騒ぎになってしまって、すまなかった」 「へ?」 何を言ってるんだろうこいつは?ギュスターヴの言葉にルイズは即答できなかったが、一拍置いて怒鳴りつけた。 「あ、あんた!騒ぎの殆ど終わってからそういうこと言うわけ?!謝るなら最初からするんじゃないわよ!」 いきなり大きい声を叩きつけられて困惑するギュスターヴは、ほろりと微笑んで 「すまない」 と、一言だけ。 勝者とは一転、緊張の解けたギーシュを最初に襲ったのは、切断された小指の痛みだった。鋭利な切断は本来より与える痛みをいくらか減じているはずなのだが、 そのようなことはギーシュに窺えるわけもない。 落ちた指を恐る恐る拾って広場を後にしようとするギーシュを、後ろからルイズが引きとめた。 「待ちなさい、ギーシュ」 「……なんだね」 ギーシュは振り返らない。ゼロの使い魔に負けたということは、その主人に負けたと同義と見ていい。顔を見せることができようものか。 「負けた以上、あんたには色々と責任をとるべきことがあるんじゃないかしら」 「何のことだか判らないな」 精一杯の虚勢で嘯く。 「とぼけないでよ。発端はあんたの浮気とメイドへの責任転嫁でしょ。ケティって子とモンモランシー、あとシエスタってメイドに謝ってきなさい」 「……分かったよ。敗者に断る道理はないさ……」 とぼとぼと広場を後にする。反故には出来ない。証人が多すぎる。それにもう色々と懲りたギーシュは、これでモンモランシーの溜飲が下がってくれることを祈りつつ、 医療室へ歩いていった。 それを見送ると、ルイズは振り向いてギュスターヴを見上げた。 「それにしてもギュスターヴ。あんたって、強いのね。ドットとはいえギーシュがあっという間だもの」 そう、それだけがルイズの誤算だった。精々剣の腕があるくらいだと思っていたルイズは、ギュスターヴが先刻見せた剣技の一部始終に最も衝撃を受けていた。 「まぁな。……これで、少しは使い魔らしい働きになったか?」 ギュスターヴは少し困ったような顔をしている。ギュスターヴにしてみれば、今回の騒ぎは自分から飛び込んだようなところがある。 一応、主人の名誉を守るという大義名分があったにせよ。 「……そうね。礼を言うわ。これからも至らないだろうけど」 ルイズは笑った。私は魔法が使えない。どこまでも至らない貴族だけど、遣わされた使い魔の彼は、誰にも負けない『可能性』を携えていた。 そのやり取りを、ギュターヴの左手の刻印が、仄かに光って見守っていた……。 覗き鏡から広場を見ていたコルベールとオールド・オスマン。 彼らにとってはギーシュが負けた程度のことは正直どうでもよかった。杖は直せる。切り取られた指も然り。問題はいかにしてギュスターヴが勝ったか、それだけだ。 「さて、勝っちまったのぅ、彼」 「はい」 オスマンの杖が再び覗き鏡に振られる。鏡は像を崩し、やがて戻った時は室内の風景を写しこんでいた。 「やはり彼はガンダールヴなのでしょうか」 パイプを手に取ろうとして葉を切らした事に気付き、皿の上に戻してオスマンは、どうかのぅ、と一言言ってから、 「ガンダールヴはあらゆる武器を扱う事が出来るという。平民でありながら彼はドットメイジとしては優秀な部類のギーシュ・ド・グラモンを下した。となれば、 ガンダールヴと見て恐らく間違いはないじゃろうな」 「しかし彼は左手に武器を持ちませんでした。もしかしたら、あれは彼の本来の実力である可能性もあります」 「その場合は、優秀なメイジ殺しを学院内に住まわせている、と言う事になりゃせんかね?ミスタ・コルベール」 コルベールの仮定に突きつけられたものは意外にして背筋を寒くする。 メイジ殺しとは4大魔法に寄らずにメイジに匹敵する戦闘能力を持ちえた人間の呼称であるが、メイジが畏怖をもって呼ばれるのに対し、メイジ殺しはそうではない。 特に後ろ暗い事情を持っている貴族やメイジにとっては先住魔法を使うエルフ以上に現実的な脅威であり、その多くが傭兵であることから、金さえ積めば 教皇すら手にかける、などと揶揄されるアウトローの世界の住人達である。 「どちらにしてもこの件は宮廷には伏せておく。ガンダールヴであれば彼奴等は彼を政治利用するじゃろう。メイジ殺しとあれば生徒父兄から非難が来よう。 ヴァリエール公と他の貴族達の暗闘の矢面にわざわざ立つなど、するまでもあるまい」 口寂しいオスマンはデスクの引き出しから友人用に備え置いているナッツを摘み口に放り込んだ。 「少なくとも彼がいかなる人物なのか、もう少し探ることになりそうじゃな。頼んだぞコルベール君」 「はい」 陽の高い時間が過ぎ、少しずつ日光が赤らんで、窓から差し込んでくる。 「しかし、ガンダールヴとはな……」 オスマンの目は窓を遠く見ていた。窓の先には学院をなす塔の一つが望めている。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ蒼炎の使い魔 翌朝、学院長室ではそれはもう大変な事になっていた。 「土くれのフーケ! 宝物庫を荒らした盗賊が!」 「随分とナメた真似をしてくれる!!」 「衛兵達は何をやっていたんだ!!」 「平民なんぞ当てにはならん!」 ワーワーギャーギャーと教師連中は大声を上げる。 そんな大騒ぎの中、ルイズと使い魔のカイト、 そしてギーシュ達3人と今朝、生徒の話を聞いたコルベールは呆気に取られた表情でその光景を見ていた。 昨晩の事を報告しに学院長室に来たと思ったらこれである。 朝からテンション上がりまくりの教師陣は更にヒートアップしていく。 (あ、倒れた。) とうとう、頭の血管でも切れたのか教師の一人がドサリと倒れた。 しかしその教師は生徒のルイズに影口を叩くような人間だ。 別にいいかと思いながら、皆が冷静になるのを待っている。 さて、この教師陣は一体何をしてるのかというと… 「当直は誰だったんだね!?」 「ミセス・シュヴルーズ! 貴方ではありませんか!」 所謂責任の擦り付け合いである。 こんな事をしてる暇があればさっさと何らかの対策を立てればいいのに。 ルイズはともかくギーシュまでもがそう考えていた。 ミセス・シュヴルーズという女性はあまりの剣幕に泣きながらも謝罪の言葉を述べる。 ギーシュがそれを見て足を出そうとしたが、それはルイズによって止められた。 「何をするんだ?」 「オールド・オスマンが来たわ」 ルイズの言うとおり、奥からオールド・オスマンが登場した。 彼はこの学院の最高責任者だ。 決めるときには決める。 決まらない時はエロイ。 きっとクーンが年を取ったらこんな感じになるのではないだろうか。 …多分。 そんなオスマン氏は今は決まっているらしく、騒ぐ教師陣を宥めはじめた。 そして、昨夜の状況をルイズたちに聞き始めた。 「お主達じゃな、土くれのフーケを目撃したのは。」 ルイズは答える。 「はい、正確に言えば私とギーシュの2人だけですが。」 「ん? 使い魔の…カイト君はどうしたのかね?」 オスマン氏はカイトを不思議そうに見ながらもルイズに問いかけた。 「用事があったとかで一緒には居ませんでした」 ルイズの言葉に周りの教師陣の様子が変わる。 彼女は少し失望した。 何が何でも今のうちに責任者を見つけたいのだろう。 ルイズは小さくため息を吐いてカイトに話しかけた。 「ほら、あんたも言いなさい。」 カイトはその言葉にコクリと頷いて背中からデルフリンガーを取り出した。 「…ハアアアアア」 「ん、ああ。 えっと、自分は昨夜はシエスタって言うメイドの所へ行っていた、ってさ。」 「「なっ!」」 ルイズとギーシュは同時に驚愕の言葉を出した。 「ふうむ…、ならばミスタ・グラモンの方は…?」 突然話を振られたギーシュは驚きつつも努めて冷静に言葉を返した。 「ぼ、僕の使い魔は昨夜は寝ていました。」 オスマン氏はその言葉を聞いてそっと目を閉じる。 そして、謝罪の言葉を2人に掛けた。 「ふむ、すまんかった。疑いを掛けるような真似をして。」 オスマン氏の言葉に2人は頷く。 ルイズは握りこぶしを作っていたが… きっとその握りこぶしはカイトに対する物に違いない。 室内に沈黙が下りる。 そこでふとコルベールが、思い出したかのように口を開いた。 「そういえば…ミス・ロングビルは?」 言われてみれば彼女がいない。 どうしたのだと話を始めた矢先に、扉が開いた。 「土くれのフーケの所在が分かりました!」 それはミス・ロングビルだった。 その瞬間カイトの様子が変わった。 「…!」 いきなり警戒の姿勢になったカイトを横の2人は不思議に思う。 そして、右腕がスーっと光り始めた。 ルイズは慌てながら、カイトを止めた。 「ちょっと馬鹿! 何やってるのよ!」 飽くまで小声でカイトの腕をつかむ。 カイトは少し黙った後、腕の周りに浮かび始めていた光を消した。 そんなやり取りをしてる間に、教師陣の様子が変わった。 「では土くれのフーケはそこに…」 「はい、証言者の話を聞けば間違いないと思います。」 「それでは、早速王室に報告に…」 「しかし、それでは逃げられてしまうぞ!」 騒がしくなってきた教師陣をオスマン氏は止める。 「おほん!!」 そして、ある策を出した。 ならば、こうしよう。 学院内の不始末は学院でつけると。 だから、こちらから少数で奪還しよう。 オスマン氏はそう提案して、有志を募る。 「では、これから捜索隊を編成する。自分がというものは杖を上げよ! 貴族として名を上げたいと思うものはおらんのか!」 オスマン氏が声を出しても教師連中は顔を見合わせるだけだ。 ルイズはそれを見て、杖をあげた。 「ミス・ヴァリエール! ここは教師に「誰も上げないじゃないですか!」…っ!」 堂々と言い放ったルイズにミス・シュブルースは口を閉じた。 そしてそれを見て、ギーシュも杖をあげた。 「ミスタ・グラモン! 貴方まで!」 「な、何考えてるのよ!」 ルイズもこれには戸惑うばかりだ。 ギーシュはその言葉を聴いて、堂々と反論する。 「僕はミス・ヴァリエールとその使い魔君に多大な借りを作ってしまった。 だから、僕は彼女達に力を貸したい!」 本当は名も上げたいのだが、そこら辺は流石に空気を読んだらしい。 ギーシュの顔は所謂、漢の顔になっていた。 「ふむ、では頼むとしようか。」 オスマン氏は志願した2人(カイトは強制)を捜索隊に編成した。 だが、それに異を唱えるものがいた。 コルベールである。 だが、オスマン氏はコルベールを含め全ての教師に口を開いた。 先の決闘でギーシュとカイトの実力は知っている。 圧倒的に負けたとはいえ、あの時のギーシュの力は教師陣に引けを取らないほどの強さだったのだ。 それに、メイジの価値は使い魔を見よという言葉があるように、またルイズの力も未知数だ。 そんな3人相手に勝てる者はいるのか? そう言えば、異を唱える者は誰も居なかった。 「ふむ、ミス・ロングビル。3人を手伝ってやってくれたまえ」 ミス・ロングビルはそれに頷いて、部屋から出て行った。 「さて、決行は今日の夕方じゃ。ミス・ロングビルに迎えに行くように指示を出しておく それと今日の授業は休んでよい。 ただし、準備を怠らずにの。」 授業免除を受けても3人の顔は真剣そのものだった。 オスマン氏はそれに満足げな顔を浮かべると、解散の言葉を放った。 「では、これにて解散じゃ!」 数十分後… 「サボってるみたいで気持ち悪いわね…」 ルイズは学院の外にある野原に座っていた。 部屋にいると落ち着かないのだ。 そんな彼女に一緒に居たギーシュは声を出す。 「まあ、たまにはいいんじゃないかな。」 ギーシュは寝転んで学院を眺めている。 そんなギーシュに彼女は当然の疑問を出した。 「でも、なんであんたまで?」 「決まってるだろ? ここで逃げたら名が廃る…ってね」 彼は命よりも名を惜しめと教えられてきた。 しかし、今の彼にとってそれは言い訳だった。 「僕は力を手に入れて調子に乗った。 それを止めてくれたのは君たち二人だ。」 「…」 「だから本当は、君たちに力を貸したい。 ただそれだけの事だから安心してくれ。 僕だって戦えないわけじゃない。女性を傷つけるのは流儀に反するからね」 それは何時ものような口説きの姿勢ではなく、社交辞令的なものだった。 何時も女性の事と自分の名誉ばかり考えているわけではないらしい。 彼女もそれに好感を覚えたのかギーシュに言葉を掛けた。 「ま、期待してるわ。」 「任せたまえ。」 さて、と2人が立ち上がったのはほぼ同時だった。 2人は後ろの人物に目を向ける。否、睨んだ。 カイトはその様子に?マークを頭に浮かべた。 「さ~て、カイト。少し聞きたいことがあるんだけど。」 「ああ、僕も聞きたいことがあったんだ」 「…?」 「あんた、何でシエスタのところに行ってたのよ!」 「そうだ! 僕の方が先に君と約束しただろう!!」 「それに、あんた何でミス・ロングビルに攻撃しようとしてたのよ!!」 あまりの剣幕にカイトは一歩後ろに下がった。 作戦まであと7時間… 本当に大丈夫なのだろうか… 前ページ次ページ蒼炎の使い魔
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ようやく一日が終わる。無駄に疲れたな――― 荒事はまだ良いが、やたらめったら喋らされるのはもう勘弁願いたいところだ。 そう思っていても、厄介事は向こうからやってくるんだがな。 宵闇の使い魔 第玖話:王女との友情 「それで―――トラゾウ、あなたは帰りたいの?」 舞踏会の後、虎蔵はルイズの部屋にキュルケとタバサを招き、オスマン達にしたのと同じような説明を行った。 三人とも驚くほど素直にその事実を受け入れた為、逆に虎蔵の方が戸惑った位である。 その後、主にキュルケから元の世界について様々な質問を受けては適当に答えていたのだが、 唐突に真剣な声でルイズが発したのがこの問いである。 「トラゾウ。ちゃんと答えて。元の世界に返りたいわけ?」 ルイズの表情は真剣そのものだ。 当初は完全にハズレだと思っていたが、今では他のどんな使い魔よりも強いと確信している。 だがその彼が帰りたいと言いだしてしまったら、私はどうするのだろうか、と考えていた。 引き止めはするだろう。 多くの知人から素直ではないと称されるルイズだが、その点は既に認めている。誰かに告げたりしている訳ではないが。 だが――― ―――私が引き止めたとして、留まってくれるのだろうか―― 人に認められることの少なかったルイズには自信が無かったのだ。 しかし虎蔵はいんやと前置きをして、オスマン達にしたようにこれといって帰りたいという欲求・理由は無いこと、 しかし場合によっては強制的に呼び戻される可能性があることを説明した。 「それじゃ、ある日突然帰るかもしれないって事?」 キュルケが首を捻る。 そんな事ができるのだろうか、といった様子だ。 「―――変なタイミングだったら迷惑」 タバサはどんな状況を想像しているのか分からない調子でキュルケに続いた。 だが虎蔵に、 「いや、あの状況で呼び出したお前らに言われてもな――」 と半目で言われてしまえば、「呼び出したのはルイズ―――」と視線をそらす。 そして当事者であるルイズは虎蔵の裸を思い出してしまってしどろもどろになり、 「いや、だって―――こっちだって狙った訳じゃないわよ!」と逆ギレした。 それをニヤニヤと笑いながらも「ま、そういうことでな。之ばっかりは俺にゃどうにも出来んよ」と肩を竦めた。 あの魔女相手には、なにをしたって無駄だ。 ルイズはまだ納得がいっていない様だが、その様子を見たキュルケがパンパンと手を叩いて、 「まぁ、なんにせよ今日はこの位ね。何度も踊ったから、流石に疲れたわ――トラゾウと踊れなかったのが残念だけど」 と話題を打ち切った。 確かに、舞踏会が終わってから話し始めたためかなりの時間になってしまっている。 キュルケとタバサが出て行くと、ルイズは寝る仕度をしてベットに上がったのだが、虎蔵は何故か部屋から出て行こうとしていた。 「え、ちょっと――何処行くのよ」 先程の話のせいか、思わず虎蔵の上着の裾を掴んでしまうルイズ。 なぜかこのまま何処かに消えてしまう気がしたのだ。 「ん?あぁ、トイレとタバコ」 虎蔵はそういって胸ポケットから一本用のシガーケースを出して見せる。 そう言われれば、ルイズは手を離すしかない。ゆっくりと名残惜しげになってしまったのは仕方がないことだった。 「行かないで」と素直に言えない自分に、少しだけ嫌気が差した。 ルイズの部屋を出た虎蔵はくるくるっとシガーケースを回して胸ポケットに戻すと、ロングビルの部屋へと足を向けた。 かなり遅くなったのだが、特に気にすることも無くドアをノックすると「遅い」と不機嫌そうなロングビルが出てくる。 「さっさと入って。誰かに見られると厄介だからね」 「へいへい」 ロングビルの部屋へと入る虎蔵。 既にドレスは着替えており、ゆったりとした普通の格好をしている。 「ネグリジェ辺りを期待してたんだがな」 虎蔵が本気か冗談か区別しにくい口調で言うと、ロングビルは「残念だったね―――過剰サービスはしない主義なの」と肩をすくめた。 「ほら、ジョークは十分だよ。さっさと本題に入ろう。夜更かしは美容の敵だからね」 そういって椅子を椅子を勧めてくる。 虎蔵は肩を竦めてその椅子に腰を下ろし、話し始めた。 「あいよ。まぁ、一応確認なんだが―――快盗なんてやってたってことは、裏社会にもそれなりに精通してるよな?」 「そりゃね」 ロングビルが問いに頷くのを見ると、彼は「死人を操る業を使うような奴が居ないか調べてくれ」と続けた。 「死体を、操る―――」 「ゾンビー、グール、リビングデッド―――どう呼ばれているのかは分からんが、まぁ、そんな感じの物だ。 実際は違いもあるんだろうが、俺にゃよく差が分からん」 「グールだね―――なんだい、吸血鬼に用があるの?」 「いや、この世界のじゃなくてだな――ー元の世界に居たときに、そういう業を使う奴が俺のもってるある物をしつこく狙って来てたんよ」 「あぁ、なるほど。そいつがアンタや《破壊の杖》と同じように、こっちに来てるかもしれない―――ってことね」 理解が早くて助かる、と虎蔵が頷く。 ロングビルとしては、個人的な頼みとしては問題はないが、仕事として引き受けるのは考えてしまう内容である。 なにせ"居るかどうかも分からない人物を探す"訳だ。 悪魔の証明である。 「――一旦引き受けるのは吝かじゃないよ。ただ、本当に居るのかどうかも分からない奴を調べるってのは、 十中八九終わりが無いんじゃないかい?」 「だろうな。だから、常に全力で調べてくれってんじゃない。休日に街に行ったときにでも情報屋を使うだとかな。 生憎と、俺にゃそれも困難でね」 言葉は通じるが文字は読めないし、元々そういった行為は性格的に得意ではない。 ならば本業―――という訳でもないだろうが、精通した人間を使うのが道理であろう。 しかし――― 「いや、それにしたって―――アンタ、私が何時までも此処で秘書やってるつもりだと思ってる?」 ロングビルの言葉に、虎蔵は「あ゛ッ」と声を漏らした。 ロングビルが魔法学院でオスマンのセクハラに耐えながら――と言っても派手に反撃しているのだが―― 秘書をしていたのは、あくまで《破壊の杖》を盗むためだ。 今となっては、此処に留まっている理由は無いのである。 ぽかんと口を開けて間抜け面を晒す虎蔵。 もし煙草を銜えていたとしたら落としていただろう。 「ッ――あはははッ――アンタ、面白い奴だね。ふふッ――妙に鋭い割りに、変な所で抜けてる」 「五月蝿ぇなぁ――」 ロングビルは虎蔵の表情が何処かのツボに入ったのか、相好を崩さんばかりに笑い出した。 虎蔵は珍しく苦虫を噛み潰したような表情を見せる。 良い所を邪魔され、やり込められ、随分とからかわれもしたが―――きっとあの三人娘はさっきの様な間の抜けた表情や、 今のような苦々しい表情を見てはいないだろう。 何処までも頼りになる、クールな男とでも思っているのに違いない。 なぜだろうか。変な優越感を感じてしまった。 「もう、仕方がないね。良いよ、引き受けた。どっちにせよ、今日の明日で止めるのはおかしいからね。 暫くは此処に居るつもりだったんだ」 相変わらず笑ったまま、パンパンと楽しげに虎蔵の肩を叩いてくる。 虎蔵はうざったそうにその手を払いのけて肩を竦めた。 暫くしてようやく彼女は笑いをとめた。 「あー、久しぶりに笑った。じゃあ、まッ――これから二人の時にはマチルダって呼んで頂戴」 突然そんなことを言い出したロングビルに「は?」と虎蔵が視線を向ける。 「私の本名さ。アンタがアタシにまで色々と説明してくれた事もあるしね。だから、アタシも秘密をひとつ明かすって訳。 それとも何かい。こんな仕事を本名でやってるとでも思ってた?」 確かに、そういった仕事をするのに本名は使わないだろう。 虎蔵も幾つも名前を持っている。 もっとも、その場で適当に名乗ったことも少なくないが。 「貴族だった時の名前って奴か?なんでまた唐突に」 首を傾げる虎蔵に、そういうこと、と頷いたロングビル――マチルダは虎蔵のまねのように肩を竦めて答えた。 「さて、なんでだろうね―――まぁ、やられっぱなし、教えられっぱなしなのが気に障ったとかそんな感じかもね。 仕事を引き受けるんだから、その辺り位は対等で居たいとかさ。まぁ、ほとんど気まぐれみたいな物だと思って良いわ」 「なるほど。まぁ、人前で呼ばんように注意せにゃならんがな」 笑いこそ収まったがいまだに楽しそうにしているマチルダに、虎蔵も口元に笑みを浮かべつつ「よっこらせ」と声を出して立ち上がった。 「年寄りじゃないんだから―――お帰り?」 マチルダは座ったままそれを見上げて問う。 「朝になっても戻ってなかったりすると、ご主人様が五月蝿いんでね」と肩を竦める虎蔵。 「使い魔生活も楽じゃないみたいね。もし首にされたら私の使い魔にでもなる?あんたならそこらのドラゴンなんかより役に立ちそうだよ」 マチルダの言葉に「考えとくよ」と答えながらドアへと向かう虎蔵だったが、ドアのノブに手をかけた所で何かを思い出して振り返った。 「っと、忘れてた。こいつを貸すつもりだったんだな―――」 翌日。 なにやらトリステインの王女がやってくるらしく、学院はちょっとした騒ぎになっていた。 学院生は正装をしてに正門の内側に勢ぞろいしている。 その王女、アンリエッタは国民からかなりの人気があるようで、殆どがトリステイン国民である生徒達は我先にと集まっていた。 とはいえ、真に全員がそうであるかと言えば、当然例外も居る。 ゲルマニアからの留学生であるキュルケ、こういったことに興味が無いらしいタバサ―――そして虎蔵である。 学院としての正式な歓迎式典との事であるから、面倒そうにしながら列の一番後ろに並んではいるが、 馬車から降りてきたアンリエッタを見ては、 「あれがトリステインの王女?ふん、あたしの方が美人じゃない。ねぇ、ダーリン」 「あー、まぁ―――トントンじゃないか?」 などと話をやめる気配が無い。 それどころか、キュルケが不満そうに「えー」と虎蔵の腕に抱きついては、 「ほらほら、絶対あたしの方が"ある"わよ~」 と言って、その豊かな胸を押し付けてきた。 だが、普段ならこういった状況になればまっさきにルイズが引き剥がしに来るのに、なぜか何時までたっても反応が無い。 二人は思わずその体制のまま顔を見合わせて、何事かとルイズの方を見た。 なにやら頬を朱に染めて、王女とは異なる誰かを見ているようだ。 その視線を追うと、そこには見事な羽帽子を被った凛々しい貴族がいた。 「あら――――」 キュルケもその貴族を見て目を奪われてしまう。 虎蔵の腕を抱きかかえたままで、だ。 虎蔵は「一目惚れは結構なんだが、出来れば手を離して欲しいぞ――」とぼやくが、彼女の耳には届かない。 彼はため息をついて、地面に座り込んで本を読んでいるタバサに「助けてくれんか」と声をかけてみるが、 「無理」と素気無く断られたのだった。 そしてその日の夜。 ルイズは昼間から変わらずぼーっとベッドに座っていた。 一目惚れにしてはあまりに長くこんな状況が続いているので、虎蔵にもかすかながら疑問も浮かんだが、問いかけた所で反応が無い。 ちなみに午後は、平民ということで王女御一行への対応から外れて暇そうな――もっとも混ざりたくも無かっただろうが―― マチルダに捕まっては、貴族に対する嫌味と愚痴を散々聞かされた。 結構な厄日かもしれない。 こういう日はさっさと寝てしまうかとソファー―――床の上から改善された――に向かおうとした所で、ドアが規則正しく叩かれる。 始めに長く二回、それから短く三回。 ルイズはそれを聞くとはっとして立ち上がり、急いでブラウスを身につけてドアを開いた。 そこに立っていた真っ黒な頭巾を被った少女は、そそくさと部屋に入ると魔法の杖を取り出して《ディテクトマジック》を唱える。 虎蔵は僅かに警戒を示してルイズの傍に立つが、彼女はその黒い頭巾の少女の正体に気付いたようだ。 「まさか―――そんな――――」 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 そういって頭巾をとる。 少女の正体は、あろうことかアンリエッタ王女がその人であった。 「姫殿下!」 ルイズは慌てて膝をつく。 虎蔵は当然それに習うはずもなく、どうしたもんか――といった感じでソファーに腰を下ろした。 「あぁ、ルイズ、ルイズ。懐かしいルイズ」 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて――」 「ああ!ルイズ、ルイズ・フランソワーズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだいな!あなたとわたくしはお友達じゃないの!」 「もったいないお言葉でございます。姫殿下――」 なにせこんな調子だ。 とうとう抱き合いだした。 正直、見ているほうが疲れる。 どうやらルイズはこの王女の――アンリエッタの子供の頃の遊び相手だったようで、昔話に華をさかせている。 だが、あまりにも芝居がかった様子に虎蔵は ――なんの寸劇だ、これ―― などと思ってしまう。 だが芝居がかってはいるのに演技をしている様子は無い。 これが素なのだろうが、正直見ていて微妙な気分にならざるをえない。 「あー、席外すか?」 とうとう話題が王女という身分の不自由さにまで及ぶと、思わずそう声をかけてしまっていた。 するとアンリエッタは今気付いたとでも言うように虎蔵に視線を向ける。 「あら、ごめんなさい―――お邪魔だったかしら?」 「お邪魔?どうして?」 「だって其処の彼、貴女の恋人なのでしょう?嫌だわ、私ったら、懐かしさにかまけてとんだ粗相をしてしまったみたい」 どうやら姫様はたいそう思い込みが激しいようだ。 一人でどんどんと妄想の翼を広げていっている。 ルイズやギーシュにも多少その気が見えることもあるし、もしかしたらトリステイン貴族の特徴なのかも知れない。 「違います!」 「あら、では何でこんな時間に――?」 「トラゾウは―――彼は私の使い魔なのです」 ルイズの言葉に、しげしげと虎蔵を値踏みするアンリエッタ。 ――流石王女様、遠慮がありませんな――― そう思った虎蔵だが、ルイズの手前、一応黙っておいた。 なんだろう、最近大雑把になってきたかと思えば、稀に余計な気遣いをするようにもなった気がする。 「ルイズ・フランソワーズ、貴女って昔から変わっていたけれど、相変わらずなのね」 ため息交じりで呆れた様子のアンリエッタ。 嫌味にも聞こえるが、口調や表情は柔らかい。 外面は兎も角、根は悪くは無いのかもしれない。 「好きでこうなった訳じゃありません―――けど、実力は保障します。 火竜山脈のサラマンダーよりも、ウインドドラゴンの幼生体よりも、"土くれ"のフーケのゴーレムよりも、です」 ルイズもそこだけは譲れないのか、力強く言い切った。 アンリエッタはそれに頷くと「良い使い魔を呼び出したようですね」と微笑んだ。 「で、どうするよ。こんな時間に、そんな格好で一人尋ねてきたんだ。昔話だけって事はないだろ?」 虎蔵はソファーにゆったりと座ったまま声をかけた。 ルイズは「姫殿下になんて態度を取ってるのよ!」と顔を赤くするが、 アンリエッタは多少気を害した様子を見せながらも表情と雰囲気を切り替えた。 真面目な話のようだ。 「構いません、ルイズ・フランソワーズ。確かに彼の言うとおり。私は昔話だけをしに来たわけではありません。 そして使い魔さん、貴方も同席なさい。主と使い魔は一心同体。これから話すことは、貴方にも関係することになります」 要約すると話はこうだ。 アルビオンという国でクーデターが起こり、どうやら成功しそうであるらしい。 クーデターが成功した場合、その国とトリステインはほぼ確実に敵対するが、現在のトリステインの軍事力では対抗できない。 そこで、彼女がゲルマニアの王と政略結婚をすることになった。 だが、その政略結婚を行うに当たって致命的な障害になりえる手紙をアルビオンの皇太子が持っており、 クーデターが成功する前にそれを返してもらわねばならない。 しかし彼女の臣下、トリステインの貴族たちを当てにするのは、アルビオンのクーデター派と内通している可能性が否定できず、リスクが高い。 そこで彼女は信用できる人物としてルイズを頼りに来た、と。 「このような"お願い"をすることは、本当に恥ずかしいと、情けないと思っています、ルイズ。 貴女の友情を利用しようとしているのです。軽蔑してくださっても構いません」 寂しげな様子で目を伏せるアンリエッタ。 ルイズはゲルマニアに嫁ぐという話が出たところでこそ憤慨していたが、今は何も言うことが出来ない。 「そしてこの"お願い"を成功させたとしても、公に褒美を与えることは出来ないでしょう。 またしても貴女に何の称号も与える身とは出来ないのです。 ですが―――ですが国のために、国民のためにはどうしてもあの手紙を安全に、確実に返して貰わなければならないのです」 《破壊の杖》奪還時の《シュヴァリエ》授与の申請が却下されたことは既に聞いている。 ルイズは複雑そうな表情で虎蔵を見た。 気持ちとしては引き受けたいのだろう。 そんな様子が見て取れる。 だとすれば、虎蔵が取る反応はフーケの時と同じだが、 「クーデターの――戦争の真っ只中に乗り込むんだ。それなりの覚悟はあんだな?」 とだけは告げた。 大規模な戦闘に巻き込まれれば、虎蔵といえども絶対に守りきれるとも限らない。 そして、戦争という狂気を目の当たりにする可能性もあるのだ。 ルイズは彼に頷いた。 ―――本当に覚悟があるとは思えんが、まあ良いか―― 虎蔵はルイズを見てそう思うが、わざわざこの場で口にすることもあるまい、と口を噤んだ。 ルイズはそのお願いを引き受けるためにアンリエッタの前に跪こうとしたが、それはアンリエッタ自身によって止められる。 「これは命令ではありません、ルイズ。友達へのお願いなのです。 こんな酷いお願いをする私を、まだ友達だと思ってくれるのならばですが――」 「はい、姫様。お引き受けいたしますわ。友達の、それだけの決意を含んだ頼みごとですもの」 ルイズは立ち上がり、アンリエッタの手を両手で包み込んで、 「私とトラゾウに任せてください」 と微笑んだ。 虎蔵はそれを見るとソファーへと立ち上がり、ドアへと向かうと、 「さて、と―――んじゃ後は―――こいつ如何するよ」 と言って行き成りドアをあける。 すると、「うわぁっ!?」と情けない悲鳴を上げて倒れこんで来たのは、 虎蔵に敗れて以来プレイボーイとしてのなりがすっかり身を潜めた《青銅》のギーシュであった。 「此処までで結構です」 アンリエッタは足を止め、振り返る。 あの後ギーシュへ事の説明を終え、ルイズの命で虎蔵が送っている最中だ。 虎蔵がへいへいと適当な様子で答えると、やはりムッとした様子だが、ふぅっとため息をついて口を開いた。 「使い魔さん。いえ――トラゾウで良かったかしら?ルイズは根は優しいのですが、 魔法が使えずに苛められていた事もあって少し素直ではない所があります。 ですが、そのルイズが貴方に決定を委ねるかのような視線を送って居たということは、 よほど深い絆で結ばれているのでしょうね。 少し、羨ましく思います。私には、其処までの忠臣がおりませんもの」 虎蔵はさよか、肩を竦めて先を促す。 彼女の身分であれば、色々と思う所もあるのだろう。 「ですから、改めて王女としてではなく、ただのアンリエッタとしてお願い致します。ルイズを守ってあげてください」 アンリエッタが真剣な表情で告げると、虎蔵はぽんぽんと頭を撫でては、「そいつが使い魔の仕事だからな」と言って踵を返すのだった。 「本当に不思議な使い魔だこと。時と場合によっては不敬罪だわ――」 アンリエッタの呟きだけが廊下に残った。
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使い魔について書いていくよ 使い魔の新機能追加 ※アップデートされた新機能は、LV70以上にて解放されます。 -使い魔覚醒・・・・・・・・・進階に必要なアイテムは「挑戦の道」などで獲得できます。 -使い魔契約・・・・・・・・・未出撃の使い魔を利用できる機能が追加されました。 英雄と契約によって、使い魔のステータスを英雄に加算させることができます。 (英雄と契約を結べるのは未出撃の使い魔のみ) -形態進階・・・・・・・・・・・使い魔「情報」タブの「形態進化」ボタンより確認できます。 形態させるとステータス上昇だけでなく、使い魔の見た目も変化します。 【ガルーダ】 -ランダムだからちょっと難しいよ。 -最初から使うから戦力は一番高くなれるよ。 【イフリート】 -前列だからセレスティアと相性がいいよ? -脳筋におすすめだよ。 【フェアリー】 -連れているとかわいいよ -育てるの大変だよでも最終候補にしてもいいSSRのお花ちゃんだよ セリフ お花こと好き~? 【ウンディーネ】 -なにげSP減少あるよ。 -全ターゲットだからSPは減少あるけど結局増やしてることになるよ。 -R上がったら使えるかもしれないよ?