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パートⅡ 使い魔は今すぐ逃げ出したい 宝石店に行く。勿論彼女も一緒だ。 なぜならば彼女ために指輪を買いに来たのだから。 彼女は美しいが指輪で着飾れば益々美しくなるだろう。 美しい彼女との一時はとても楽しい一時だ。 彼女と語らい、触れ合い、一緒に寝て、一緒に起きて…… そんな想像をするだけで頬がにやけてしまいそうになる。そして彼女が一つの指輪を指し示す。 「ん?この指輪がいいのかい?」 それはあまり飾り気のない安い品物だった。 「何を言ってるんだ。君はこれが相応しいよ」 そう言って彼女の指に似合いそうな高い指輪を指差す。 「何、遠慮することはない。とてもよく似合うよ。君は値段なんか気にしなくていいんだ」 しかしそれでも彼女は遠慮しているようだ。 「よし、これにしようね」 そう言って強引に買ってしまう。 「指のサイズはわかってるよ。何時も君と一緒にいたからね」 指輪を買い彼女と一緒に車へと乗り込む。 「指輪は家に着いたら嵌めてあげるよ」 笑いかけながら彼女にそう言ってあげる。 いい彼女だ。彼女なら一番長く保ってくれるかもしれない。 私はこの平穏がいつまでも続くと信じていた…… 光が目に差し込み目が覚める。立ち上がり体を伸ばす。 何か夢を見ていた気がするな。よく憶えてないがそこには安息があったような気がする。 気がするだけで夢なんて実は見てないのかもしれないが気分がいいことだけは確かだな。 身支度を整えキュルケから貰った剣を持ち部屋から出る。剣の訓練のためだ。 前の訓練は体を少し慣らす程度だったが今回からもう少し力を入れてやる気なのだ。理由は左手の甲に刻まれたルーンだ。 フーケの事件から2日後にルーンの正体は判明した。 伝説の使い魔といわれる『ガンダールヴ』の印だとか。オスマン曰く私は現代のガンダールヴになったらしい。 『ガンダールヴ』とは始祖ブリミル(魔法使いの祖だったか?)の伝説の使い魔で、ありとあらゆる武器を使いこなしたらしい。 そのおかげでロケットランチャーや剣を自在に操れたのも納得がいった。 ところでこの世界には危険が溢れている。 魔法使いは当たり前として動物類ですらいともたやすく人を殺せるようなのもいる(他の生徒の使い魔を見ればわかることだ)。 だから単純に武器が使いこなせるようになったからといって慢心してはいけない。 慢心でこの世界に来たのだ。二度と同じ過ちは許されない。 だから剣を振るう。経験上ルーンはあくまでブースターだ。 力を一定以上上げてくれる。なら自分自信が強くなればもっと強くなれる。 強くなる分だけ危険は減る。 もうすぐここから逃げ出すのだ。逃げ出せば一人で危険に対処しなければならない。 なら安全対策を今のうちにしておこう。 21へ
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反省する使い魔! 第十話「インテリジェンス◆ビート」 キュルケの誘惑を振り切った次の日。 音石は今、学院の広場にいた。 つい10分程前に彼は目を覚まし、 昨日と同じようにルイズを起こそうと(もちろんギターで)したが 「今日は『虚無の曜日』だからゆっくり寝かせて・・・」 そう言われ、ルイズは再び眠りに落ちてしまった。 『虚無の曜日』………、つまり日本でいう日曜日のような 休みの日のことを言っているらしい…………。 そういうことならと、音石ももうひと眠りしようとしたが 窓から差し込む快晴の光や鳥の鳴き声。 とても二度寝できるような状況じゃなかった。 以前も述べたかもしれないが、音石は刑務所にいた為 その規則正しい生活習慣が完璧に体に染み付いたおかげで いやでも朝早くに目を覚ましてしまう。なんとも難儀な話である。 仕方なく音石は藁の上から立ち上がり、昨日と同じように 服にこびりついた藁を払い落とすと、ルイズの部屋を後にした。 ルイズの部屋を出ると、音石がまず最初に向かったのは シエスタとはじめて出会った水汲み場だった。 音石はそこで顔を洗うと、清々しい風を肌で感じていた。 肌でモノを感じる。音石はギタリストとして 常に音やリズムなどを肌で感じている。 そのため音石にとって、肌でモノを感じるというのは とても重要で素晴らしいことなのである。 そして現在に至る。 音石はその後、水汲み場からそのまま広場へと移動した。 そしてさらにそのまま、学院の男子寮、女子寮から 出来るだけ離れた広場の隅のところへと移動した。 「………さてと、ここら辺でいいか」 なぜ音石が男子寮、女子寮からできるだけ離れたかというと 彼なりの気遣いの配慮である。 なぜなら音石が寮から離れていったのにはわけがあったのだ。 「学院なんかでゆっくりと『コイツ』を堪能できる場所なんざァ 限られてるからなぁ。ここらへんなら寮にいる連中に 聞こえることもなけりゃあ文句言われることもねぇだろ………」 そして音石はそのまま『コイツ』こと、愛用のギターを手に持った。 ドギュウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!! 「YEAH!」 弦を指で弾き、発する音に合わせて体を激しく動かし、髪がなびく。 音石にとって、ギターを奏でている時間こそが何よりも幸せであった。 たとえ嫌なことがあってもギターさえ弾いてしまえば その嫌なことを忘れさせてくれる。 既に音石の頭の中には派手なステージでスポットライトを浴び、 歓声が降り注いでいる自分の姿が出来上がっていた。 彼は今、最高に満足している。 今振り返ってみれば、彼はこの世界でゆっくりと 心ゆくままにギターを演奏するのは今が始めてである。 召喚された最初の日にはライトハンド奏法、一回だけ。 その次の日にはルイズのお目覚めリサイタルや ギーシュの決闘の時に軽く弾いた程度である。 次第に音石の顔に大量の汗が溢れ出した。 しかし彼のギターのボディの材料、 中南米ホンジュラス産の1973年のマホガニー材が 彼の汗を呼吸するかのように吸い取り、 音石が汗をかけばかくほど、ギターの音が良くなっていった。 ネック部の弦には狂いがなく、100年間暖炉に使われてきた 超乾燥のくるみ材(盗品)を使用しているため、 音がビビることなく、音響的な渋い味わいを出している。 そしてなによりその渋い味わいの音を正確に 鳴り響かし引き出してるのは、ギターの材質関係なく 彼のギタリストとしての実力だろう。 ギュウウウーーーーーーーーーーンッ………… 「万雷の拍手をおくれ、世の中のボケども」【うっとり?】 【パチパチパチパチパチパチッ】 「おっ?」 ギターで一通り演奏し、ラストは自分の気に入っている 決め台詞で締めくくると、万雷とまではいかないが 小さな拍手の音が音石の耳に入った。 音石がその拍手のするほうへ振り向く。 そこに居たのは、ルイズと同じくらい小柄で水色の髪、 片手にはその小柄な体よりもはるかに長い杖、 もう片手には三冊の分厚い本をもっている少女だった。 音石はその少女に見覚えがあった。 確か召喚された日にギーシュに魔法で浮かされたとき キュルケと一緒にいた記憶がある。 その次の日には、シエスタが落としそうになった食器を 拾い戻す前に空を見上げていたとき、ドラゴンの上に 跨っていた記憶もあった。だが名前は知らない。 「お前は………確かキュルケと一緒にいた………」 「………タバサ、あなたは?」 「音石明だ……、いつからそこにいたんだ?」 「だいぶまえから」 「そうなのか?コイツ(ギター)に夢中だったから気付かなかったぜ。 なあ、……さっきのオレの演奏どんな感じだった?」 音石としては、ギターが存在しないこの世界の人間に、 どんな印象を持たれるか興味深かった。 「初めて聴く音……、変わってたけどなかなかユニーク」 「ふむ、まぁそんなモンだろうな。 それでタバサ、こんなとこでなにしてたんだ? 寮からだいぶ離れてんのに………」 「……どちらかといえばそれは私のセリフ」 「ははっ、ちがいねぇな」 「わたしは図書室に借りていた本を返しにいって あたらしい本を借りて、部屋に戻る途中に 奇妙な音が聞こえたから、気になって来てみたら貴方がいた」 「オレは随分と早く目が覚めちまってよぉ~~~………、 気晴らしついでに、腕が鈍ってないか確かめていたんだよ」 「腕が鈍っていないか?」 タバサが知る限りでは、音石はルイズに召喚されたときから ずっとギターを決闘中だろうと肌身離さず抱えていた。 そんな彼がまるで久しぶりに演奏するかのような 物言いに疑問を感じたのだ。 「………ん、ああ。ワケあって牢屋の中にぶち込まれててな。 ちょうど出所したところをルイズに召喚されたんだよ」 「………そう」 なぜ牢屋の中に入っていたのか………。 気にならないと言えば嘘になる。 しかし無理に相手の詮索するようなことはタバサはしたくなかった。 人はそれぞれにいろんな『過去』を背負っている。 楽しかった思い出、悲しかった思い出、悔しかった思い出、 そしてそんな思い出には必ず理由が存在する。 だからこそタバサは、目の前の男が牢屋の中に 入っていた人間であろうと、少なからず何か理由があるのだろう。 そう解釈したのだ。 他の生徒や教師がこの事実を知れば音石に対して 強い警戒心を抱くだろう。 しかしタバサは違った。ワケがあって『過去』を 知っている彼女だからこそ 音石に対して、警戒することもなかった。 「………ひとつ、質問がある」 「ん?」 だがタバサにはまだ気になることがあった。 それは…………。 「ギーシュとの決闘のときに見せた あれは…………………………何?」 「マジックアイテムを使った魔法だ」 当然嘘である。 音石は食堂でのマルトー達とのやりとりをもとに 自分のスタンドのことを誰に尋ねられたら マジックアイテムと言って誤魔化そうと 昨日の夜から考えていたのだ。 実は言うと音石はタバサが自分を尋ねたときから 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことを 聞いてくるんじゃないだろうかと予想はしていたのだ。 なぜならここの生徒たちは決闘のこともあり ほとんどが確実に音石にビビッている。 それは昨日すでに音石も確信している。 (まあ、もともとそのつもりでの決闘なのだが) そのため、そんな生徒が自分に話しかけるなんて よほどの物好きか、プライドの高い馬鹿、 チリ・ペッパーの謎を探ろうとしている命知らず。 音石はそう考えていたのだ。 当然、スタンドのことを話しても音石に得はない。 ルイズやオスマンに話したのは彼らを自分なりに 信頼しているからだ。 仮にキュルケにスタンドのことを聞かれても 音石は絶対に岸辺露伴の名言『だが断る』と言い切るだろう。 「嘘」 「なにィ?」 音石の答えをタバサがバッサリと否定した。 「あんな亜人を呼び出す魔法は私は知らない」 「おいおい、世界は広いんだぜ? それに比べ、人間一人が脳みそにぶち込む記憶なんざ たかが知れてるんだ。世の中お前が知らないことなんて 腐るほどあるんだよ……………」 「…………………」 音石は知らないがタバサは俗に言う『本の虫』である。 授業中はおろか、出歩くときも本を凝視している。 今日のような休みの日は一日中部屋に篭って本を 読むのが彼女の楽しみである。 それ故に彼女は成績も優秀、あらゆる魔法の知識を読破している。 マジックアイテムも例外ではない。 だから音石に知らないこともあると言われて プライドが少し……だいぶ……ちょっと傷ついた。 「ならこれだけは教えてほしい」 「………なんだ?」 「あなたは…………どこの出身?」 (痛いトコつくなァーおい) 「ここからずっと遠い所だよ」 「遠いところ?」 「正直言ってオレにもわかんねーんだわ だいぶ離れているせいでな………… だからオレもここら辺の地理をよく知らねぇんだよ」 「そう…………」 音石が今答えられるのはこのくらいが精一杯である。 音石としてはいちいち答えてやる道理はないが、 もしもというときがある。 音石はあとでルイズにこの世界の地理や国のことについて 色々と教えてもらおうと考えていた。 ついでになぜ道理もないのにタバサの質問に答えたかというと 単なる気まぐれである。 「あ、オトイシさん!」 すると突然だれかに名前を呼ばれ、音石は振り返った。 やって来たのはシエスタである。 どうやら昨日と同じように洗濯をしていたようだ。 しかしなぜ水汲み場から広場の隅にきたのだろうか? 音石はそれが気がかりだった。 「おお、おはようシエスタ」 「あ、おはようございます!………あ、そうじゃなくて。 オトイシさん、ミス・ヴァリエールが探していましたよ」 「ルイズが?チッ、仕方ねーな。 んじゃあタバサ、そういうことだから…………いねェ」 音石が振り向きなおってみると いつの間にかタバサはその場を去っていた。 まるで雪みてーな奴だな、現れたと思ったら いつの間にか消えてやがる。 音石はタバサにそんな印象を感じながら、 シエスタと別れ、女子寮のルイズの部屋に帰っていった。 音石は知らない。タバサの二つ名がその印象どおり 『雪風』であることを…………。 そんなこんなで現在音石はルイズの部屋へと辿り着き ルイズの部屋のドアノブに手を掛けた。 【ガチャ】 「あ、オトイシ!ちょっとアンタどこ行ってたのよ!?」 「ギターの練習だ。つーかよ~~… どこに行こうがおれの勝手じゃねーか」 「もうっ!あんた、わたしの使い魔って自覚ある!?」 「はっ、オレにも人権ぐらいあってもいいと思うが?」 「ふん、まあいいわ。それはそうとオトイシ! ゆっくり寝て気分もいいことだし、 今日は街に買い物に行くわよ!」 「お!街か~、いいねぇどんなのか楽しみじゃね~か~ なにか買いたいモンでもあんのかルイズゥ~?」 音石からしてみれば召喚されて以来 この学院を一歩も外に出ていなったので この世界の街というのがどのようなものなのか かの有名なルーブル美術館を観光するかのようで 非常に楽しみで心が躍った。 しかしそれはそうとして、なぜ急に街に行くなどと 言い出したのか。そこに小さな疑問を感じていた。 「わたしじゃないわ、オトイシ。アンタのよ」 「オレの?」 「そっ、さすがに自分の使い魔をずっと藁で 寝かしておくのもなんだし。 今日はアンタ用の枕やモーフを買ってあげるのよ!」 そのルイズの言葉に音石は目を見開かせ、 やがてその顔に笑みが浮かび上がった。 「おいおいおい!なんだなんだァ~ルイズ! 随分とメチャ嬉しい事してくれんじゃね~か~~! こりゃ明日は空から槍が降ってくるぜェ、はっはっは」 「一言多いのよアンタは! そ、それと勘違いしないでよね! 使い魔の面倒を見るのは貴族として 当たり前のことなんだから!」 はいはい、笑みを浮かべながら音石は言葉を返し、 街に行くための支度を手伝い、 部屋を出る際に小さな袋を手渡された。 袋の中を見てみると、音石は「おおっ!」と声を上げた。 小さな袋の中には輝かしい金貨がギッシリと詰まっていた。 「財布を持って守るのも使い魔の役目よ」 「なるほどな」 「あ、それから。街に行くんだからスリとかに気をつけなさいよ?」 「わかった、任しとけ」 音石の頼りがいがあるような態度に ルイズはどこか安心したが、この時彼女は気付かなかった。 自分の使い魔が主人である自分の目を盗んで、 いつの間にか袋の中の金貨を四枚ほど抜き取り、 ポケットにいれていたことを。 音石明。この男、やはり悪党である。 ルイズはそのまま忘れ物がないか確認した後、 音石とともに自室を後にした。 学院の庭をルイズの後に続いて歩いていると 音石はあることに気付いた。 「おいルイズ、学院の門はあっちだろ? どこにいくんだ?」 「街までは結構距離があるから 乗り物を取りにいくのよ」 「乗り物?」 音石の頭に?マークが浮かび上がると 奇妙な小屋に辿り着き、中からシエスタが出てきた。 「シエスタ?」 「ミス・ヴァリエール。頼まれていたモノは 用意しておきました」 「そう、ありがとう。それじゃあここまで連れてきて頂戴」 「かしこまいりました」 貴族であるルイズの前では シエスタも給仕としての顔を覗かせており、 いつものシエスタからは想像も出来ない真剣な顔で ルイズに対処していた。 音石はそんなシエスタにどこか感心していたが、 次に彼女が連れてきた『モノ』を見て、体がぴたりと止まった。 「………馬?」 そう、馬である。二頭のでかい馬。 その小屋は貴族用の馬を置いておく厩舎小屋なのである。 「なあ、まさか……こいつに乗って?」 「そうよ、当たり前でしょ?」 あっさりと返答するルイズに音石の頭と肩はガクッ下がった。 (マジかよ~、なんかもっとこう…… 魔法を使った乗り物を想像してたぜ、 『アラジンの魔法のランプ』に出てくる 空飛ぶ魔法の絨毯(じゅうたん)的なモノをよ~~ うわァ~、一分前のおれ殴りてェ………) 「ちょっとオトイシ。どうしたのよ?」 「なぁルイズゥ~、オレ馬なんて乗ったことねぇんだけど」 「そうなの?あんたがいたトコって馬がいないの?」 「別にいねぇーわけじゃねぇんだが………」 そこで音石は、シエスタに聞かれると面倒だと判断し ルイズの耳元で小声で話しかけた。 「オレの世界じゃ自動車や自転車やらの 移動手段があるから、馬なんて普通つかわねぇんだよ」 「そうなの?」 「別に馬がいないってわけでもねぇんだが………、 趣味とかスポーツぐらいでしか生の馬自体みかけねぇんだよ」 「え、じゃあオトイシ。 あんた馬を直接見たのコレが初めてなの?」 「当たり前だ。こんなのテレビぐらいでしか見たことねぇーよ!」 はあっ、とルイズに口から大きな溜め息が出た。 「もう、仕方ないわね。ええっと…確かシエスタだったかしら? 悪いけどその馬たちを門の外まで連れてきて頂戴。 オトイシ、さすがに学院内じゃなにかとあれだし 学院の外で私が馬の乗り方を教えてあげるわ」 (ご親切ありがてぇんだが、すっげー乗りこなす自信がねぇ……) その後、音石はルイズのご教授の下、 乗馬についてとりあえず基礎から教えてもらい 貴族用の馬だけあってか、馬自身も利口でおとなしく 一時間半かけて音石は少しずつ順応していった。 しかしまあそれでもぎこちないのはお約束。 だがそれでも、わずか一時間半で 馬を走らせる程にまで扱えるようになれるのは、 成長性の高いレッド・ホット・チリ・ペッパーの本体である 音石本人の驚異的な順応性や学習性の高さあってのものだろう。 そんなこんなでやっとの思いで何とか馬に乗って 走らすなどのある程の技術を使えるようになった音石は ルイズの後に続いて壮大な草原を馬で走らせていた。 「はっはー!乗れるようになっちまうと 意外と楽しいじゃねーか!YES!GO!GO!」 「ちょっとオトイシ!あんまり調子乗ってると おっこちちゃうわよ!落馬ってとっても危ないんだから! あ、音石。そこを右に曲がって!」 ルイズよりも先行し、音石は馬を走らせ はじめての乗馬経験でテンションが上がっており 落馬の危険も顧みず、お構いなしに馬のスピードを上げていた。 しかし音石は知らない。 目的地であるトリスティン城下町は 馬で走らせても三時間かかるほどの距離にあることを……。 790 名前:反省する使い魔代理[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 12 41 40 ID d/YP6Vt0 [12/27] そして一方こちらは、所戻ってトリスティン魔法学院。 そこはタバサの部屋である。 彼女は虚無の曜日を読書で費やすことを日課としており、 音石と出会う少し前に借りていた本を物静かに読みふけっていた。 【コンッ……コンッ……】 その静寂を小さく突き破ったのは 部屋のノック音だった。しかし誰かは見当がつく。 学院の教師に呼び出されるような心当たりはないし、 自分の部屋に尋ねてくる人物など『彼女』以外考えられない。 本来ならせっかくの読書の時間を無駄にしたくないので このまま無視するにかぎるのだが、タバサを違和感を感じていた。 扉のノック音に『彼女』らしい、活発で元気な感じがなかったのだ。 「………どうぞ」 タバサがそう言うと、部屋の扉はゆっくりと開かれ 入ってきたのはキュルケであった。 キュルケを見たとき、表情には出さなかったものの タバサは内心驚いていた。 キュルケの顔が見ているだけでわかるほど とても暗い表情をしていたからだ。 いや、表情だけじゃない。目の下にクマが出来ており よく見ると目元に乾いた後がある。泣いていたのだろうか? 791 名前:反省する使い魔代理[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 12 42 25 ID d/YP6Vt0 [13/27] 「タバサ……、お願いがあるの…」 「……………何?」 とても暗い声、普段元気活発溢れる彼女からは 想像も出来ない声の低さにタバサは只ならぬものを感じた。 キュルケはタバサのかけがえのない親友だ。 その親友がこんな姿になっているなんて 余程のことがあったのだろうとタバサは察した。 「ルイズと……その使い魔のオトイシが 城下町に買い物に行ったの(シエスタから聞いた) 急いであの二人を追いかけないといけないのよ だからお願い。貴方の風竜、シルフィードの 力を貸してほしいの、わけは………聞かないで」 「…………………」 タバサは無言のまま部屋の窓を開き、口笛を鳴らした。 するとどこからか青い肌をした竜、タバサの使い魔 シルフィードが現れた。 「ありがとうタバサ」 タバサがシルフィードに跨ると、キュルケもタバサの後ろに跨り 学院から飛び上がった。向かう先はトリステイン城下町……。 一方その二人、ルイズと音石は トリステイン城下町の大通り、ブルドンネ街に辿り着いていた。 「…………………………………」 そして音石は、その一角の壁に手でもたれかかり 背中の腰辺りをさすっていた。 「もう!言わんこっちゃないわね! 乗馬初心者のあんたがあんな長い距離を 馬でとばしまくったら、そりゃ腰も痛めるわよ!」 「…………面目ない」 さすがに音石も言い返す言葉も見つからなかった。 調子に乗って墓穴を掘ってしまうのは彼の悪い癖である。 実質、三年前の杜王町の一件でも この癖が原因で散々な目にあっている。 音石自身もこの癖には反省しようと努力してはいるのだが 元々彼の性格上の問題もあってか、なかなか直せるものでもない。 しかし言い換えれば、そこが彼の魅力のひとつなのかもしれない。 「………もしまだ痛むんだったらここで待ってる? 私ひとりで買い物済ませるから………」 「……いや、大丈夫。だいぶマシになった」 「無理してないでしょうね?」 「無理なんてする必要があるかっての」 音石は大きく背中を仰け反ると、背中からポキポキッと 気持ちのいい音がなり、それと同時に腰の痛みを引いていった。 「そう、ならいいわ。それじゃいくわよ! はぐれて迷子とかにならないでよね」 ルイズが街中を歩き出し、音石もその後に続く。 しかし人ごみを進んでいるうちに音石はあることに気が付いた。 「それにしても随分と道が狭いな。ここって大通りなんだろ?」 音石が向こう側の壁とこちら側の壁を 目で測ってみると、だいたい5mぐらいしかない。 「そうよ、あんたの世界に比べたら狭いかもしれないけど こっちの世界のわたしたちからしてみれば コレぐらいが普通なのよ」 「まっ、そんなもんなんだろーな。認識の違いなんて」 「そんなもんなんでしょーね。あ、それはそうとオトイシ! ちゃんと財布持ってるわよね?まさか取られて無いでしょうね? いくらアンタでも魔法を使われたら一発なんだから 気をつけなさいよ」 「魔法?おいおい、魔法を使うって事は 貴族なんだろ?なのに盗みなんてするのかよ?」 「貴族にもいろいろいるのよ。 いろんな事情でその地位を追いやられて 傭兵や犯罪者に成り下がる奴もいるのよ」 「つまり没落貴族ってやつか? やれやれ、この世界の世も末だな」 何気ない会話を繰り返していると 一軒の建物に辿り着いた。服などが飾られてる ところから予想するとどうやら衣服店のようだ。 なぜ服屋に?とルイズに聞いてみると どうやら音石のための変えの服も注文してくれるそうだ。 「いらっしゃいませ貴族様」 店に入ると、早速店員がルイズに 貴族相手の丁寧な接客を行いはじめた。 「今日はどのような御用で?」 「使い魔のための服をいくつか注文したいの」 「こちらの御方ですか、かしこまいりました どのような衣装をご希望で?」 「そこは彼に任せるわ。オトイシ、どんな服がほしいの?」 「そうだな………」 音石は顎に手を置き、店にある衣装を眺め考えるが この世界の時代が時代なだけあってか はっきりいって、これだ!とくるようなモノはなかった。 「オレが今着てる服と同じやつは作れるか?」 音石がそう言うと、その店員は音石に 「失礼」と呟き、音石が着ている服を 手触りで調べ始めた。 「………なかなか変わった作りと材質ですね」 「ワケあって遠い地方から来てんだよ で、作れんのか?」 「ええ、少し手間取るかもしれませんが これならなんとか作れるでしょう。 ですが材質が材質のため少々値が張るかもしれませんが……」 「いいかルイズ?」 「ええ、お金はある程度多く持ってきてるから大丈夫よ でもいいのオトイシ? せっかくなんだしなんか別の服を買っても……」 「いらねぇよ、それにコイツ(今着てる服)には けっこう愛着があんだよ。これからなにが起こるかわかんねーし 予備に何着か持ってたって損はねーだろ」 「まっ、あんたがそれでいいなら もう何も言うことはないわ。 ………それじゃ、服が出来次第ここに送って頂戴。」 「かしこまいりました」 ルイズがなにかを書き記したメモと一緒に代金を支払い、 音石と共にその店を後にし、 今度は別の店で枕やモーフを購入し、 服と同じように学院に送るようにと注文した。 やることも一通り終え、二人は現在街を出ようと移動していた。 すると音石はあることに気が付く。 「なあルイズ、この裏路地抜けていけば 近道になるんじゃねぇのか?」 音石の言葉に、ルイズは脳裏にいままで記憶している この街の構図を展開し、道を辿らせる。 「確かに………、行けるかもしれないわね 事が早く済ませるのには越したことないわ 行きましょオトイシ」 ルイズ自体はその裏路地に入った経験はないが 記憶している街の間取り的に考えると なかなかの時間短縮になると予想したからだ。 しかしこのような薄汚い路地裏に足を入れるのは なにがおこるかわからないと抵抗はあったが、 自分にはオトイシという優秀な使い魔がいる。 そう考えると些細なことだと自然に思ったのだ。 そして路地裏を進んでいくと、四辻の道に入った。 「えっと、この道があーであの道があーだから……」 ルイズがその四辻でどの道に進めば 一番の近道になるか考えている一方、 音石はあくびをしながら路地裏の周りを 興味深そうに見回していた。 薄汚い野良猫、道端に散乱しているゴミ屑 そして殺風景な風景。 こうも絵に描いたような路地裏も逆に珍しい。 するとだ、音石の目にとある看板が目に入った。 その看板はファンタジーの剣の様な形になっており なにか文字が書いてあったが、 生憎音石はこの世界の文字が読めないためルイズに質問した。 「なァなァルイズ」 「ん、なによ?」 「あそこの看板、剣みてぇーな形してっけど ……もしかして武器屋か?」 「あら、よくわかったわね? 確かに武器屋だけどそれがどうかしたの?」 「行ってみよーぜ!」 「はぁッ!?なんでよ!? あんたなんなに強い能力もってるくせに 剣なんて持ってどうするつもりよ!?」 「別にほしいなんて一言も言ってねぇーだろー? 俺の世界っつーか国にはあんな武器屋なんて どこにもねぇからよ。興味あんだよ なあルイズいいだろぉ?ちょっと見るだけでいいからさ~」 「……はァ、仕方ないわね。 まっ、まだ時間には少し余裕あるし今回は特別よ?」 よっしゃ!と音石は歓喜の声を上げ、 早歩きでその武器屋に向かった。 店の中に入ると、壁に剣や槍が飾ってあり つぼの様な容れ物にもあらゆる武器が収納されている。 おお!すげェ!っと日本ではまず見れない光景に 音石は興奮を隠せず、店の見渡した。 すると店の奥からどこか胡散臭そうな主人が現われた。 797 名前:反省する使い魔代理[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 12 47 10 ID d/YP6Vt0 [19/27] 「これはこれは貴族様! いらっしゃいませ、当店に一体どのようなご用件で?」 「別に用って程じゃないわ、ウチの使い魔が どうしても見たいっていうから連れてきただけよ」 「は、はァ。さようでございますか………」 店主は内心舌打ちをした。 (ウチの店は見世物じゃなく、商売をやってんだ! せっかくの貴族の客だってのにこのまま帰してたまるか! この世間知らずの貴族からたっぷりと金を搾り取ってやる!) 悪巧みを考えている店主の視線がルイズから 店に飾ってある武器を眺め回っている音石に変わる。 (このにいちゃんがこの貴族の使い魔だってんなら この貴族よりもこっちをうまく口車に乗せたほうが 効率がいいかもしれねぇな…………… 見たところ武器に興味があるようだし うまくいきゃあこの使い魔を通してあの貴族から ありったけの金を搾り取れるぜ!!) 「お客様、武器に興味がおありで?」 「ん?ああ、俺がいたところじゃあ 剣みてぇな武器なんて売ってねぇからな」 「ほっほー左様で……、どうです? せっかくですしなにかご購入なさってはいかがです?」 「必要ないわよ」 店主のあくどい接客にルイズが横槍を入れた。 さすがにその言葉に店主も戸惑ったが、 逆にそれを止めたのは音石だった。 「まぁまてよルイズ、このおっさんが 言ってることも一理あるぜ? せっかく来たんだし、なにか記念に買って帰るのも 悪くはねぇだろ」 「あんたに武器が必要だとはとても思えないんだけど…」 「世の中『もしも』って時がいくらでもあるんだ その『もしも』に備えとくのもありだと思うぜ?」 音石が言う『もしも』とは スタンドの射程距離のことである。 レッド・ホット・チリ・ペッパーは 電線などによる発電物がない限り、 その射程距離は一般の近距離パワー型と ほとんどかわらない。 ついでに近距離の場合の レッド・ホット・チリ・ペッパーの パワーの源である電力は音石の 精神力(スタンドパワー)によって補われている。 それ故にこの先この世界でどんなことが 起こるかわからない以上、ソレに備える必要がある。 例えば何らかの原因でまた貴族と対峙したとしよう、 彼らは基本、距離を置いての魔法を行使する。 コレが致命的であり、こちらのスタンドの射程距離に 相手が入らない限り、こちらは打つ手がない。 つまり音石は遠距離に対応できる武器がほしいのだ。 これはSPW財団から聞いた話なんだが かつて自分が『弓と矢』を使って生み出した二匹の鼠、 その二匹はどうも遠距離のスタンドを使っていたそうだが 仗助はどうもベアリングとライフルの弾を使って スタンド射程を補い、コレを撃退したそうだ。 その例もなる。用心に越したところで 別に損もないだろうと判断したのだ。 問題はどんな武器にするかだ。 「弓……いや、ナイフとかないか? こう……投げる用に有効なやつ」 「かしこまいりましたお客様、少々お待ちを」 店の奥に移動した店主は影で音石たちを嘲笑った。 (やりぃー!うまくいったぞ! この勢いでどんどんせしめ取ってやるぜ!!) 「これぐらいしか置いてありませんが如何でしょう?」 店奥から戻ってきた店主は、 木箱のケースに収納されているナイフを持ってきた。 音石はへぇ…っと呟き、ナイフを手に取り ダーツを投げるような仕草でナイフを動かした。 「お気に召しましたかな?」 「ああ、なかなかいいじゃねぇか。気に入ったぜ」 「そいつぁよかった。どうですお客様? そのナイフのついでにこちらの剣も如何です?」 すると店主はカウンターの下から、大剣を取り出してきた。 「我が店一番の業物で、かの高名なゲルマニアの 錬金魔術師シュペー卿の傑作で。 魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさあ どうです、美しい刀身でしょう? 今ならお安くしておきますよ?」 確かに見事な大剣である。宝石などもちりばめられ その美しさを引き出している。 しかし少々度が過ぎる感じがある。 その大剣を見た瞬間、特に興味もなく 退屈そうにしていたルイズがはじめて その大剣に興味を示した。 「あら、ほんとに綺麗な剣ね。一体いくらなの?」 「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千ってところでさ」 「高すぎるわ。立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの もっと安く出来ないの?」 「貴族様ぁ~、勘弁してくだせぇ ウチも生活がかかっているんですよ」 (別に剣はいらねぇんだがなぁ) いつの間にか店主の交渉対象がルイズに変わってしまい 音石は何気なく陳列している武器を1つ1つ見ていると とある一振りの剣に目が止まった。 鞘の形状からすると日本刀のように反りの入った剣だった。 音石はなにか引き寄せられるかのように その剣に手を伸ばし……その剣を掴み取った。 「こいつはおどれぇーた、声もかけてねぇのに 俺をこの大量の武器の山から選び取るとは……」 すると突然、どこからか低い男の声が聞こえた。 音石は周りを見渡すが、自分とルイズと店主以外 この武器屋にはだれもいない。 「どこ見てんだよ……、あ~なるほどな 選び取れる筈だぜ。お前使い手か」 音石は耳を澄まし、声の発信源を探ってみたが その声はどうやら自分が持っている剣から放たれているようだ。 「剣が………しゃべってんのかッ!?」 「おうよ!オレはデルフリンガー様だ!!」 「それってインテリジェンスソード?」 「なんだそりゃ?」 「簡単に言えば魔法で人格が宿ったマジックアイテムよ」 「ふ~ん。インテリジェンスソードね~」 「こらデル公!!お客様に変なこと吹き込むんじゃねぇ!!」 「うっせえクソおやじ!!おいお前! 出会ってばっかでなんだが、お前オレを買え!!」 「はっはっは!こいつはおもしれぇー。 剣が売れ込みをしてるぞ!!」 「ちょっとオトイシ、あんたまさかその剣 買うつもりじゃないでしょーね!? インテリジェンスソードなんてやめなさいよ!! うるさくてかなわないわ! それにこの剣、よく見たら錆だらけじゃない そんなのよりこっちの大剣のほうがよっぽどマシよ!」 「世間知らずの貴族の娘っ子には 俺様のすばらしさなんてわかんねーだろーよ!! あんな見かけだけのデカイ剣なんかより オレを買ったほうが絶対得だぞ!!」 剣と人間との口論のなか、音石は少し考え あるいい方法を思いついた。 「なぁおやじ、この大剣は鉄も一刀両断できるんなら 当然それなりに頑丈なんだよな?」 「え?……あ、ええああそりゃあもちろん! なんたってこの剣は【パキィンッ!】かの有名な……え?」 店主は一瞬何が起きたのか理解できなかった。 しかし次第に何が起きたのか理解していった。 そう、高値で売りつけようとしていた大剣が 突然真っ二つに折れてしまったのだ。 「どうやらなまくらだったようだな」 「な、な、なァァーーーーーーーーッ!!? な、な、なんで!?け、剣が勝手に!?」 店主はせっかくの品物が使い物になれなくなった現実に 理解できないまま悲痛の声をあげていたが ルイズは音石がなにをしたのかしっかりと理解していた。 レッド・ホット・チリ・ペッパーを発現させ 中指で大剣をでこピンするかのように打ちつけたのだ。 その結果、大剣は真っ二つに折れたのである。 「ちょ、ちょっとオトイシ。あんたなんで」 「おいおいルイズゥ~。剣を買う買わない以前に オレにはコイツ(スタンド)があるんだぜ~~? 仮に剣を使うんなら、コイツの攻撃に 耐えられるような剣じゃねぇと意味がねぇだろ~?」 「お、おめー、今のは一体?」 手に持つデルフリンガーからも驚きの声が上がった。 「さすがに魔法で作られた剣だけあって 見えるようだな?さ~て…果たしてお前はどうかな?」 音石のレッド・ホット・チリ・ペッパーは デルフリンガーの傍に近寄り、 中指を親指で押さえ、でこピンの体勢にはいる。 「え!?お、おい!ちょっとまて…」 【ガァアアアンッ!!】 「いってえええええええっ!!!」 レッド・ホット・チリ・ペッパーの強烈なでこピンで デルフリンガーの刀身は大きな悲鳴を上げたが なんと剣は折れることなく、それどころかヒビも入っていなかった。 「………なるほど、上出来だ」 「あ、あんた。時々怖いぐらい無茶するわね……」 「褒め言葉として受け取っておくよ」 「で、でもやっぱりわたしの使い魔として もっと見栄がいいモノがいいわよ~、例えばそうね~…」 するとルイズが許可もなく店の奥に ずかずかと入っていった。 「え?ちょ、ちょっと貴族様!?」 ショックで落ち込んでいた店主も ルイズの勝手な行動に我に返り ルイズに制止の声をかける。 それでもルイズは足を止めず更に店の奥へと入っていった。 自分が貴族であることを鼻にかけているのだろう。 「しっかし汚い店ねぇ~~、掃除くらいしなさいよねぇ」 ルイズは自分のことを棚に上げながら 店に罵倒を浴びせ、店の奥の貯蔵庫を見回りはじめた。 するとだ……、散乱してる武器の中から 一本の剣がルイズの目に止まった。 ルイズはその剣を見た瞬間、一直線にその剣に歩み寄った。 「こういった薄汚いところに上等な掘り出し物があるって 以前だれかに聞いたことあるけど、 案外その通りなのね…。この剣、とても美しいじゃない こう言った剣こそ私の使い魔の持つものとして 相応しいわ…………。でも本当に美しいわね…… いっぺん抜いてみようかしら………」 ルイズはそのままゆっくりと その剣に歩み寄り、手に取ろうと手を伸ばした。 「ちょっと貴族様!さすがに困りますぜ!! ………ッ!?あァーーやばい!!! その剣を手に持っちゃだめだァーーーーーッ!!!」 ルイズを止めようと追いかけて姿を現した店主が ルイズがその剣を手に取ろうとした瞬間、 大声で静止の声をあげた。 しかし…………時既に遅し!! 店主が声を上げたときには ルイズはその剣を『引き抜いていた』! 店主に続き音石もデルフリンガーを手に ルイズを追いかけたが音石はルイズの顔を見た瞬間息を呑んだ その顔はまるで別人で、目には殺気が充満していた。 ルイズはその剣を手に振り返り 音石に向かってある言葉をささやいた。 「お前の命………、貰い受ける」 その剣にはデルフリンガーのように名前があった。 その名はアヌビス それ以上でもそれ以下でもなく それがその剣の名前だった。
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なんだ、このタイミングの悪さは。 まぁ、なんだかんだと機嫌を直したから良いものの―― まったく、子供のお守りも楽じゃない。 宵闇の使い魔 第伍話:錆びた剣 「あ――」 キュルケの部屋を出た虎蔵は、そのタイミングの悪さを呪った。 なにせルイズもまた、丁度自室から出て来たところだったからだ。 「――――よぉ」 そして尚悪いことに、ベッドに押し倒しながら緩めたネクタイはそのままだった。 ルイズは怒り狂った。 1時間ほどだろうか。 ルイズが延々とヴァリエール家とツェルプストー家の確執について語ったのは。 あまりに喋り続けてぜぇぜぇと荒い息になったルイズに、虎蔵が水を注いだグラスを差し出す。 ルイズはそれを受け取ると喉を鳴らして飲み干して「そういう訳だから、キュルケは駄目。絶対」と、 どこぞの標語のようなことを言い切った。 虎蔵は殆どを右から左に聞き流してから、 「まぁ、その辺りは置いておくとして、今日は何もして無いぜ」 と注げる。 キスはしたが、まぁあの程度は何もして無い範疇だ。 「ほんとかしら―――って、"は?"、"今日は?"って言った?」 「煙草吸いに出て行って、戻ってくるまで大体どんくらい掛かったよ」 と、後半は華麗にスルーして逆に問い返す。 ルイズはあっさりとそれに乗ってしまい、虎蔵が出て行った時間を思い出して―― 「1時間はかかって無いと思うけど」 「だろう。実際になにかイタしてたら、そんなもんじゃすまんだろうよ」 といって肩を竦める。 ルイズはイタしてという物言いに僅かに顔を赤くして、「そんなの解らないじゃない」と口を尖らせる。 それを聞くと虎蔵は、ルイズの方に手をやり、ベッドの方軽く押しながら、 「んじゃ、試して見るか」 と注げた。 するとルイズはその言葉を咀嚼するかのように固まり、次には一瞬にして茹蛸のようになって、夜にも拘らず 「ッッ―――馬鹿ぁぁぁぁッ!このエロ犬ッ!」 と怒鳴って、ベッドに飛び込んでは頭から布団を被ってしまった。 翌朝。 キュルケは昼前に目が覚めた。 ガラスの無い窓を見ると昨日の失態を思い出して、軽く溜息をつく。 だが同時に、胸の情熱の温度が上がった気もする。 昨夜、フレイムを使って呼び出した時点では、彼女の情熱は微熱から変わったばかりのもので、 言ってみれば今まで他の男子生徒に抱いていた思いとそれほどの差は無かった。 ――もちろん、それらの思いも立派な情熱ではあったのだけど―― 心中でそう呟いて、ベッドから降りて化粧を始める。 ただ、今までのと決定的に違ったことが一つある―――彼の引き際だ。 あんなにあっさりと帰られたことは無い。 あの状況――キスを、契約の物よりも情熱的なキスを交わして、ベッドに押し倒されて――で、特に惜しくも無さそうに帰られたのは、屈辱でもあるが、それ以上に彼女の情熱に薪をくべてしまった。 もし、その時の表情がダブルブッキングを責めるような表情であったりすれば、こんなことにはなっていないだろう。 だが、 ――そう、まるでふらっと入った喫茶店が満席だったから諦めた程度のような―― そんな表情であったのだ。 良いだろう、ならばなんとしてでも彼に思い知らせてやりたい。 このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが、そんじょそこらの喫茶店では無いということを。 彼女は生まれながら狩人なのだ。 そう心に決めると、姿見で完璧に彩った自らを確認して、意気揚々とルイズの部屋へと向かい、ノックした。 虎蔵が出てきたならば、抱きついてキスをしよう。 キュルケはそう決めて、なかなか反応の無いドアに《アンロック》を掛けて、ドアを開け放った。 結果として、キュルケは5分後には別の部屋のドアを叩くことになる。 キュルケが《アンロック》でルイズの部屋に乗り込んだ頃、タバサは自分の部屋で読書を楽しんでいた。 虚無の曜日は彼女が只管読書に没頭できる日である。 他人、自分の世界に対する無粋な闖入者を排除して、ただただ趣味に没頭して痛かった――が、 その降伏を打ち破るようにドアが激しくノックされる。 最初は無視を決め込んだが、しばらくするとさらに激しくなったので《サイレント》を掛けた。 しかし、その闖入者は諦めることをせず、《アンロック》を使ってまで部屋に入ってきた。 此処までするのは彼女――キュルケしかいない。 キュルケはタバサの本を取り上げてまで、切実に"恋"を訴える。 どうやらルイズと虎蔵がそろって出かけたのを目撃したらしく、シルフィードで追いかけて欲しいとのことだ。 なるほど、確かに馬で出て行ってしまったならば、ウインドドラゴンにでも乗らないと追いつけまい。 ならば仕方が無いかと、タバサはゆっくりと立ち上がる。 友人のキュルケが、自分にしか解決できない頼みを持ってきたのだから、面倒ではあるが受けるまでだ。 それに、キュルケとベクトルは違うが、あの使い魔に興味があるのは自分もなのだ。 「ありがとう!」と抱きついてくるキュルケを押しのけて、窓を開けて口笛を吹く。 そして彼女に「行く」と声を掛けると、椅子を踏み台に窓枠によじ登って、外に飛び降りた。 タバサが《レビテーション》で減速したのを見ると、キュルケもそれに続く。 その二人を「きゅぃきゅぃ」と鳴きながら受け止めたのはウインドドラゴンの幼生体。 タバサの使い魔、シルフィードである。 「どっち」 「んー、解らないのよね――慌ててたから」 そう言って肩を竦めるキュルケに対して、タバサは怒るでもなくシルフィードに告げた。 「馬二頭。食べちゃ駄目」 シルフィードは短く鳴いて了承の意を示すと、青い空へと舞い上がった。 その数時間後、虎蔵とルイズはトリステインの城下町を歩いていた。 事の起こりは今朝、着替えと朝食を終えたルイズが藪から棒に「街に行くわよ」と言い出したのだ。 なにやら、今日は虚無の曜日といって休日らしい。 ――休みなのに虚無て―― と思った虎蔵だったが、この世界での虚無という物が、既に失われた伝説の呪文系であることを思い出して突っ込みを自重した。 なにやら武器を買ってくれるということらしいので、わざわざ機嫌を損ねる事も無いだろうと判断した為だ。 虎蔵の戦い方は、比較的刀を"消費する"ため、幾らあっても損は無い。 ルイズの思考としては、昨夜のキュルケとの件で幾許かの焦りを感じ、とりあえず何か主らしいことを――と考えたといったところなのだろうが。 そんな訳で、二人はトリステイン最大の通りであるブルドンネ街から汚い裏路地へと入っていく。 ルイズは顔をしかめながら歩いているが、虎蔵は慣れたものだ。 「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りのはずなんだけど――」 まるでルイズの方がはじめて来たのでは無いかといった感じできょろきょろと辺りを見回す。 「アレじゃねえか?いかにもな」 虎蔵がルイズの肩を叩いて示したのは、剣の形をした看板の店だった。 昼間だと言うのに薄暗い店内には、壁一面に所狭しと様々な武器が並べられていた。 店の奥にはパイプを咥えた50がらみの店主。 彼はルイズを見ると 「うちは真っ当な商売してまさぁ。お上に目を付けられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」 と警戒心を露にしていたが、二人が客であるということを理解すると、突然商売ッ気たっぷりに愛想を使いだした。 ルイズは虎蔵を促して、「ほら、なんか好みとかあるなら言ってみなさい」と告げる。 壁の武器を眺めていた虎蔵が店主の前にやってくると、鍛えられた長身に見慣れない黒ずくめの服と隻眼という出で立ちに、 店主は僅かに怯みながらも「どういったものを――」と問う。 「あー、ま、これ位の長さで片刃の剣だな。反りは控えめのだな」 と、虎蔵は割りと適当な感じで普段使っている刀に近い物を求める。 すると、店主はいそいそと奥に引っ込んでいった。 「どうせならもっと大きくて太いのにすれば良いのに」 「大きければ良いってもんじゃないってのは、お前の持論だと思ってたんだがな」 呟くルイズに虎蔵はそう答えて肩を竦める。 思わず怒鳴り返そうとしたルイズだが、店主が戻ってきたため睨むに留めた。 ――あいつのペースに乗ったら負け、負けなのよ―― 心中で葛藤するルイズを尻目に、虎蔵は何本かの剣を手に取っては軽く振り回してみる。 刀使いとはいえ、虎蔵ならば剣を持ってもそこらの剣士に引けは取らない―――が、 「いかんね。強度も切れ味もわるか無いが、バランスが悪い」 そういって全て突っ返してしまった。 店主はどれも名のある錬金魔術師が――などと言って勧めてくるが、先程見事な太刀筋を見せた虎蔵に素人が、 などと言う訳にも行かずにすごすごと剣を倉庫へとしまいに行くのだった。 「全部駄目って、じゃなんなら良いのよ」 と、ルイズは不機嫌そうに虎蔵を睨む。 折角買ってあげようと言うのに、これでは意味がないではないか。 と、そこへ――― 「よぉ、兄ちゃん。好みのがねえなら俺なんてどうだい」 乱雑に積みあがった剣の方から、低い男の声が聞こえた。 なんだろうかと二人が視線を向けるが、誰も居ない。 すると店主が戻ってきて「あ、こらデル公。てめぇ何言ってやがんだ。てめぇはサイズとかバランスとか以前の問題だろうが!」と怒鳴って、 剣の山の中から1.5メートルほどの薄手の長剣を取り出した。 「ほぉ――」 「インテリジェンスソード?」 虎蔵が感心した声を、ルイズが当惑した声を上げた。 虎蔵は興味深げに「見してみ」と言って、店主から長剣を受け取る。 「へぇ―――お客様のお求めとはサイズも違いますし、なんせこんななりですが――」 なぜか興味を示した虎蔵に、今度は店主が困惑の声を漏らす。 なにせ表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えが良いとは言えないのだから。 「ふむ――五尺の大太刀だと思えば――」 と言いながら店や他の品に傷を付けないように験し振りをしてみる。 すると、今度はその長剣が大げさな声を上げた。 「おでれーた。あんた《使い手》か!どおりでどえらい迫力――が―――いや、まて。なんだこりゃ―――あんた、一体何もんだ!?」 最初は単純に賞賛の響きがあったのだが、途中から何かに驚愕し、ともすれば怯えすら感じられる様子になった。 それにはルイズと店主も困惑するが、虎蔵だけがくくっと笑って、 「なぁ、これ。なんやら混乱してるようだが、黙らせる方法はねえのか?」 と店主に問う。 店主は「へぇ――鞘に収めればとりあえずは――」と虎蔵に鞘を手渡した。 虎蔵はまだ何か叫んでる様子の長剣を鞘に収め、黙らせる。 「気に入った。こいつは幾らだ?」 「よ、よろしいので?」 「そうよ。もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」 ルイズだけでなく、売りたいはずの店主までが当惑して問い返した。 「なに真っ当に使うとすると、此処の武器は相性が悪い。なら、ちぃとでも面白いほうが良いだろう」 結局、虎蔵とルイズはその長剣――名をデルフリンガーというらしい――を買って店を出た。 と、店を出るとタイミングが良いのか悪いのか、 「あ、いた」 という声が聞こえたかと思うと、路地の向こうからキュルケとタバサがやってきた。 ルイズはあからさまに「げッ――」と言って嫌そうな顔をする。 しかしキュルケはルイズの様子などお構い無しに「探したのよー、ダーリン♪」と虎蔵の腕に抱きついてきた。 そしてそれを「ちょっと、往来で人の使い魔に何してくれてんのッ!」とひっぺがそうとするルイズ。 虎蔵は面倒そうに肩を竦めると、タバサになんとかしてくれ――といった視線を向けるが、彼女は首を横に振るだけだった。 「で、何買ったの?」 暫くしてルイズによって虎蔵から離されたキュルケは、しぶしぶといった様子で虎蔵が手にしていたデルフリンガーを覗き込む。 「喋る剣をな。今は鞘に入れて黙らせてるが」 「インテリジェンスソード」 タバサが呟く。 だが、それほど興味を引いた様子はない。 キュルケにいたっては、そんなのよりもっと綺麗で強そうなのにすれば良かったのに、と言ってくるほどだ。 どうやら、この世界では喋る武器はそれほど珍しくもないらしい。 とはいえ、どうも虎蔵の中の何かに気付いた様子だった。 《使い手》という言葉も、多少は気になる。 「ま、あれだ。ありがとよ」 虎蔵は未だに「もっと良いのでも買ってあげたのに」とぶつぶつ言っているルイズの頭を撫でて、そういってやるのだった。 その後、キュルケが虎蔵がいつも咥えている物――すなわち紙巻の煙草に興味を示したり、それの残りが少ないので葉巻でも良いからほしいと言う虎蔵に、キュルケがやたら高級そうな葉巻を買ってきたりと、 四人で――正確に言えば、賑やかだったのはルイズとキュルケで、虎蔵とタバサは引っ張りまわされた感が強いのだが――街中を歩き回った。 そして帰り道。 シルフィードで飛んでいくキュルケとタバサを追う様に馬を走らせながら、 ――やっぱり物じゃ駄目ね。魔法で、魔法を使えるようになってトラゾウに主としての威厳を示さないと―― ルイズはそんな決意をしていたのだった。
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前ページ次ページサイヤの使い魔 地平線から登ってきた太陽が、夜のうちに冷やされた大気へと地面が放出した霧状の水分をきらきらと照らしている。 朝もやに包まれたトリステイン魔法学院の馬小屋には人気が無く、鼻腔から白い息を吐き出す馬やグリフォンらの他には、人間が2人いるだけだ。 そのうちの1人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが口を開いた。 「ゴクウ、きつくない?」 「大丈夫だ。けどちょっと左に偏ってんな」 「わかった。調整するわ」 ルイズは、馬小屋から失敬した馬具を分解して、革紐の部分を悟空の身体に縛り付けていた。 アンリエッタから仰せつかった任務の目的地、アルビオンは浮遊大陸である。 通常の手段で行くとなると、まず港町ラ・ロシェールに行き、そこからアルビオン行きの定期便に乗り換える必要がある。 しかし、ラ・ロシェールまでは馬に乗って行っても優に2日はかかる上に、定期便もアルビオンがトリステインに最も近く時期でないと出港しない。 一刻も早くアンリエッタの悩みを解決したいルイズは、そんな悠長な手段でアルビオンに行く気は更々無かった。 何といっても、自分には悟空がいる。 タバサの風竜をも上回る速度で大空を自由自在に翔ける彼に乗っていった方が余程早い。 そのため、悟空の背中に自分を括り付けて飛べるよう、あれこれ試行錯誤しているのだった。 「今度はどう?」 「良さそうだ」 悟空が分解してできた金具の余りをひとつ摘み上げ、両腕の付け根をぐるりと回すようにして通された革紐を胸の前まで手繰り寄せ、金具を指先で押し潰すようにして2本の紐を繋ぐジョイントに加工した。 それを確認すると、ルイズはサドルホルダーを悟空の背中側に取り付けた。適当な金具で仮止めし、悟空にずり落ちないよう金具を締め上げて固定させる。 ルイズは頭絡を取ると、輪になっている部分に両腕を滑り込ませ、手綱の余った部分を悟空と自分に何度か巻きつけ、飛行中に体勢がずれないよう数箇所で縛った。 グローブをはめ、頭絡とサドルホルダーを余った金具で固定し、最後にデルフリンガーを悟空の身体に袈裟懸けにすると、出発準備が整った。 デルフリンガーを胸の前に抱え、不恰好な負ぶい紐でルイズを背負ったような格好である。 「浮いてみて」 悟空が舞空術で地面と平行に浮くと、ルイズはちょうど悟空の背中に腹ばいに寝そべる体勢になった。 がっちり身体が固定されていることを確認すると、ルイズは悟空の脇の下から手を通し、悟空の胸の下にある革紐を掴んだ。 ついでに悟空の背に顔を埋め、使い魔の匂いを胸いっぱいに吸い込む。 「んふ~」 無意識のうちにルイズの頬がほころんだ。本能的に頬を悟空の背にすりすりする。 「おい、くすぐってえよ」 「あ…、ご、ごめん」我に返ったルイズの顔が真っ赤に染まった。「…じゅ、準備できたわ」 「よーし、じゃ、行くぞ!」 浮遊大陸アルビオンを目指して、悟空とルイズは飛び立った。 馬小屋に係留していたグリフォンにワルドが跨ったのは、それから20分後の事だった。 魔法学院を一望できる高さまで飛び上がると、ルイズを捜し求めて周囲をぐるぐると旋回する。 しかし、何処を探してもルイズの姿が見当たらない。 まだ部屋に居るのだろうかと、サイレントでグリフォンの飛翔音を消し、無礼を承知で彼女の部屋を覗き込むが、部屋はもぬけの殻だった。 再び馬小屋に戻り、馬の数が減っていないか確認する。馬は減っていないようだったが、代わりに分解されたと思われる馬具の残骸が落ちているのに彼は気付いた。 グリフォンから降りて金具の一つを拾い上げ、これがルイズと何か関係するのだろうかと考えていると、生徒が1人凄い勢いで走ってきた。 ワルドは昨日、品評会でその生徒を見たのを思い出した。確かギーシュ・ド・グラモンとかいう名だ。 グラモン家は戦場で何度か見たことがある。いつも実力不相応な戦力を率いては、見栄えを優先した戦陣を敷き、それなりの戦果を挙げてはいた。 ただ、どう考えても金の使い方を間違ってるとしかワルドには思えなかった。自分なら、もっと安上がりに同等の結果を出せる。 とはいえ、金の払いはいいので、傭兵たちからの評判はそう悪くなかった。実際、ワルドもグリフォン隊を率いる前に一度グラモン元帥の元で働いた事がある。 その時の報酬は、今の地位についた彼の給料――役職手当を含む――を若干上回っていた。 あんなに羽振りが良くて、よくもまあれだけの領地でやっていけるものだとその額を数え終わったワルドはその時舌を巻いた。 「はあっ、はあっ……、…くそ、遅かった…」 「おはよう。どうかしたのかね?」 「こ、これは…、子爵、どの……」相手がワルドだと気付いたギーシュは、息が上がっているのも構わず、敬礼の動作を取った。 「休んでくれ給え」形式的に敬礼を返したものの、ワルドはすぐに相好を崩した。「もしや、ルイズの事かね?」 「そうです。ぼくの使い魔が彼女らを見たので、急いで馳せ参じたのですが……」 「彼女ら、だって?」 「使い魔も一緒です。彼女は、使い魔に乗って飛んで行きました」 「確か、彼女の使い魔は…」 「ソンゴクウ、という……」ギーシュは言いよどんだ。「…平民です。生徒の中には『天使』という者もいますが」 ワルドは昔読んだ『イーヴァルディの勇者』を思い出した。 その本に出てくる主人公の頭にも、光る輪が浮いていた気がする。そしてその本で主人公は『天使』と呼ばれる存在だった。 それが何を指すのかワルドには判らなかったが、後にその本が焚書の憂き目に遭った版だという事を知ると、恐らくブリミル教の信奉者にとって目の上の瘤となる描写があったのだろうと彼は結論付けた。 「随分と古い表現だな。昔読んだ本に、そんな事が書いてあった気がする」 「『イーヴァルディの勇者』ですか?」ギーシュは微笑んだ。「貴方のような方が、あんな御伽噺をご存知とは思いませんでした」 「誰にだって子供時代はあるさ。それより、ルイズの事だが、何で君がそれを知っている?」 「ぼくのヴェルダンデが目撃したんです」 「君の…誰だって?」 ギーシュは足で地面を数回叩いた。すると、叩いた場所の地面が盛り上がり、やがて小さい熊ほどもある大きさのジャイアントモールが姿を現した。 ふにゃっと表情をだらしなく緩めたギーシュがモグラの傍らに膝をつき、ほおずりしながらモグラの喉元を撫でさすった。 まるで○ツゴロウさんだ。 「よーしよしよしよしよしいい子だヴェルダンデ! ああ、ぼくの可愛いヴェルダンデ! やはり君は最高の使い魔だあーッ!」 「…………」 「ごほーびをやろう! よくできたごほーびだ! どばどばミミズ2匹でいいかい?」 モグモグモグ、とヴェルダンデと呼ばれたモグラが鼻を鳴らす。 「3匹か? どばどばミミズ3匹欲しいのか! 3匹! このいやしんぼめッ!」 「…あの………」 「いいだろう3匹やるぞ! レッツゴー3匹!」 「おーい……」 懐から太さが2サントはありそうな巨大なミミズを取り出すと、ギーシュはそれを宙に放った。 ヴェルダンデが図体に似合わぬ俊敏さで飛び上がり、空中で全てのミミズを一息で咥える。 着地と同時にねちょねちょと咀嚼するヴェルダンデに、再びギーシュが擦り寄った。 「よーしよしよしよしよしよし! 立派に取れたぞヴェルダンデ!!」 再びモグラの喉元をナデナデし始めたギーシュに、ワルドは無言で杖を抜くと、軽いエア・ハンマーをかました。 「ぶぎぉッ!?」 「そろそろ本題に入りたいのだが」 「はっ、申し訳ありません」 「…なるほど。では私は相当出遅れてしまったようだな」 ギーシュを介してヴェルダンデから一部始終を聞いたワルドは、再びグリフォンに跨った。 拍車をかけ、グリフォンが一声鳴いて学院の門の方向へ向き直ると、ギーシュが遅れじと追いすがった。 「子爵! ぼくも連れて行って下さい!」 「君を?」 「アンリエッタ姫から仰せつかった任務の事でしょう?」 「何の事だね?」 「隠し立てする必要はありません。ぼくも昨夜、ルイズやアンリエッタ姫と一緒にいました」 ワルドは考えた。アンリエッタ姫からは、この貴族の少年が同行するとは聞かされていない。 かといって、今から姫の所に行って問い質すわけにも行かない。そんな事をしている間にも、ルイズとその使い魔はアルビオンに刻一刻と近づきつつある。 とりあえず連れて行っても邪魔にはならないだろう。いざとなったら捨てればいいだけの話だ。 「……なるほど。そういう事なら一緒に行こう。だが残念ながら僕のグリフォンは一人乗りでね。君には馬に乗って行ってもらわなくてはならない」 「ご安心を! 乗馬には自信があります!」 「いやそういう問題じゃない。僕のグリフォンとそこいらの馬とじゃ、航続力に差があり過ぎると言いたいんだ」 「…ぬ、ぬう……」 「僕は一刻も早く2人に追いつきたい」 「そういう事なら、考えがありますわ」 不意に、頭上から声がした。 ワルドとギーシュがその方向を仰ぎ見ると、青い風竜に乗った燃えるような赤毛と透き通る水のような青毛の生徒がこちらを見下ろしていた。 キュルケとタバサである。 「キュルケじゃないか! 何でここに!?」 「あんたと同じよ。ルイズとゴクウが何かやっていたのを見たから、急いでタバサを叩き起こしてやって来たのよ」 結局間に合わなかったけどね、とキュルケは手のひらを上にして肩をすくめた。 いつもなら、キュルケの頼みとあれば自分の着衣など二の次で協力してくれるタバサが、悟空絡みだと知るや、自分の身支度が済むまでは頑としてシルフィードを呼ぼうとしなかったためだ。 更なる闖入者の出現に、ワルドは自分のペースが崩されていくのを感じた。何か、こいつらを都合よく置き去りにする手段はないものか、と熟考する。 やがて一つのアイデアが浮かんだ。 ラ・ロシェールで待機させている『偏在』に、足止めのための傭兵を雇って送らせる。 幸い、ラ・ロシェールで傭兵に事欠くことはない。とりわけ、ここ最近はアルビオンの王統派に就いていた連中が、雇い主の敗北によって職にあぶれ始めている。 それでも駄目なら、当初の滞在予定地であったラ・ロシェールに一旦全員を集めておき、そこをマチルダに襲わせて時間稼ぎをさせよう。 ワルドは『偏在』に「思令」を送った。 少々回り道になるかもしれないが、ルイズ達だってアルビオンに辿りつくまでには数日かかる。 それに、ラ・ロシェールはアルビオンに行く上で――空から行くのではない限り――地理的にどうしても避けては通れない町だ。上手く行けば、合流できるかもしれない。 くいくい、とマントを引っ張られる感覚に、ワルドは我に返った。 ヴェルダンデが、ワルドのマントを引っ張って注意を引いていた。ギーシュ達がこちらを見ている。 「子爵?」 「あ、ああ、すまない、考え事をしていた。何だい?」 「ぼくはタバサの使い魔に乗って、『彼女らと一緒に』行く事になりました。同行を許可願います」 「それは構わない。確かに、風竜なら僕のグリフォンに遅れを取ることもないだろうね」 ギーシュがヴェルダンデに擦り寄り、涙と鼻水を垂らしながら別れを惜しむ。シルフィードに乗っていく以上、ヴェルダンデは一緒に連れて行けない。 ルイズに遅れること30分、ワルド達一行がトリステイン魔法学院を後にした。 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。 出発早々、早くも足並みが揃っていない。しかも余計な荷物付きときた。 あの3人の身柄と実力はオスマン氏が保証してくれた。なるほど、ルイズと一緒にあのフーケを捕らえた生徒たちとあれば、戦力として多少は心強い。 だが、任務の目的は戦う事ではない。隠密裏に手紙を回収する事だ。 派手に立ちまわってしまい、王族達に目をつけられてしまってはたまったものではない。 そして、そんなアンリエッタの頭を更に悩ませる報告が、コルベールによってもたらされた。 捕らえた筈のフーケが、脱獄したというのだ。 取り乱し、禿頭を汗で光らせるコルベールとは対照的に泰然自若としたオスマン氏が、アンリエッタには羨ましく感じられた。 「大丈夫かしら、本当に……」 「既に杖は振られたのですぞ。我々にできる事は、待つ事だけ。違いますか?」 「そうですが……」彼女の心中を察したかのようなオスマンの問いかけに、アンリエッタの顔に浮かぶ憂いの色が濃くなった。 「なあに、彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」 「彼とは…?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔。…姫は、始祖ブリミルの伝説をご存知かな?」 「通り一辺のことなら知っていますが……」 「では、『ガンダールヴ』のくだりはご存知か?」オスマン氏がにっこりと笑った。 「始祖ブリミルが用いた、最強の使い魔の事? 確かにルイズの使い魔は力がありそうですが、だからといって彼が…?」 「いやなに」 おほん、とオスマン氏は咳払いをした。 『ガンダールヴ』の事は自分の他には数えるほどしか知るものはいない。アンリエッタが信用できない訳ではないが、まだ王室のものに話すのは早い。 少々喋り過ぎたとオスマン氏は思った。 「とにかく彼は『ガンダールヴ』並みには扱えると、そういうことですな」 「はあ」 「それにここだけの話、彼はどうも異世界から来たようなのです」 「異世界?」 「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。 そこからやってきた彼ならばやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。 余裕の態度も、その所為なのですじゃ」 「そのような世界があるのですか……」 アンリエッタは、遠くを見るような目になった。 異世界。何とも不思議な魅力に満ちた響きがある。 (そこでは魅力的な殿方同士がくんずほぐれつイヤンバカンそこはアッー!な世界だったり……。うふ、うふふふふふ…………) アンリエッタの妄想力が10上がった。 アンリエッタの腐女子度が17上がった。 アンリエッタの威厳度が3下がった。 「見えてきたわ。あれがアルビオンよ」 「へーっ、でっけえなぁー!」 見渡す限りの白い雲海。右を向いても左を向いても真っ白けっけじゃござんせんか。 時おり見える切れ目の向こうに、浮遊大陸アルビオンが姿を現した。 巨大な島だ。それが、文字通り空中に浮かんでいる。 「驚いた?」 「ああ、オラのいた所にも似たようなのはあったけど、こんなにでっけえのは初めて見たぞ」 「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。 でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」 「よく知ってんなあ」 「前に、姉様たちと旅行で来た事があるのよ。だからここの地理には明るいわ」 悟空はアルビオンの上方へと移動した。陸地の広さから、神様の神殿とは比べ物にならないサイズである事が見て取れる。 ただし、神殿はカリン塔から如意棒を用いてこの世と接続しない限り、普通に飛んでいっても跳ね返されてしまい、辿りつくことはできない。 そもそもあの神殿は単に浮力で浮いている訳ではないので、このアルビオンとは比較のしようがなかった。 「それで、どうすんだ?」 「とりあえず王党派に接触しないとね。でも問題はそれをどうやるかなんだけど……」 その時、何かに気付いた悟空が再び移動を始めた。 大陸の外周を海岸線に沿って回っていく。 「どうしたの?」 「あっちの方から変な音が聞こえんだ」 「変な音……? …あ、本当だ」 確かに悟空の言う通り、時おり地鳴りのような音が聞こえてくる。 この先には何があったっけ、と考えたルイズは、程無くしてそれがニューカッスル城である事に気付いた。 アンリエッタによれば、ウェールズ皇太子はあの城の付近に陣を構えているらしい。 嫌な予感がする。 やがてニューカッスル城が目視できる範囲に近づいて来たとき、その音の原因を知ったルイズは息を呑んだ。 巨大な船が、大陸から突き出た岬の突端にあるニューカッスル城目掛けて砲撃を加えている。 帆を何枚もはためかせ、無数の大砲が舷側から覗いており、艦上には竜騎兵が徒党を組んで舞っていた。 再び一斉射。夥しい量の火薬を瞬時に消費するため、大気がビリビリと震え、顔面に見えない壁がぶつかってくるような錯覚を覚える。 「妙だな…大して効いてねえみてえだ」 「え?」 放出された熱に当てられて火照った顔を手のひらで拭ったルイズは、悟空の言葉でニューカッスル城を見た。 確かに悟空の言う通り、一斉射の割には被害が軽いように見える。 城壁や尖塔の頂点など、戦略的にあまり意味のない所ばかりを狙っているように思える。何処にも着弾せず、空しく空を切って行く弾もあった。 「そうね…。もしかしたら威嚇のつもりなのかもしれないわ」 「あの船に行ってみるか?」 「……いえ、やめましょう。もしかしたら貴族派の連中かもしれないし」 ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 レキシントン と名を変え、艦隊登録番号もNCC-61832に書き変えられ、貴族派の力の象徴としてその身を大空に誇示している。 と、悟空の腹が鳴った。 「ルイズ~、オラ、腹減った」 そういえば、起きてから何も食べていない。 言われて初めて、ルイズは自身も空腹を覚えている事に気付いた。 「もう少し我慢しなさい。手紙を皇太子に渡して、姫さまの手紙を貰えば後でいくらでも…」 ぐう。 今のはルイズの腹の虫だ。 「…………」 「…わ、わかったわよ! わたしもお腹空いてるのは認めるからそんな道端に捨てられた哀れな子犬のような目で見ないで!! しょうがないわね、は、腹が減っては戦ができぬとも言うし…。ひとまず降りて。近くにラ・ロシェールの町があるから、そこで何か食べましょう」 魔法学院を出て以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっ放しであった。 随伴するギーシュ達が乗っているのが風竜だったのは僥倖だった。馬なら、とっくの昔に置き去りにされている。 先程『偏在』から、マチルダが無事に傭兵を雇ったと報告を受けた。二個小隊分の人数を、しかも言い値でだったので流石に値が張ったが、致し方あるまい。 ひとまず、片方をラ・ロシェールの入り口付近の峡谷に待機させておく。 あの辺りの崖は高い。風竜に乗っていても、谷底を縫うように移動させていれば上からの攻撃には対処できないだろう。 今のペースで行けば、夕刻にはラ・ロシェールに到達できそうだ。 「ん?」 その時、再び『偏在』から報告が入った。 内容を聞いたワルドは、驚きのあまりグリフォンから転げ落ちそうになった。 ルイズと使い魔が、ラ・ロシェールに現れたというのだ。 馬鹿な。いくら何でも速過ぎる。 ワルドは地面を見た。伸びた影の長さから推測するに、まだ昼飯時にもなっていない。 自分の風竜でさえ、こんなにも短時間でトリステインからラ・ロシェールまで飛んで行くことはできない。 昨日、あれほど心構えをしていたにも関わらず、未だにルイズの使い魔の能力を過少評価していた事を思い知ったワルドは身震いした。 何という男だ。常にこちらの予想の数手先を行っている。あの使い魔については、どんなに過大評価してもし過ぎる事はないようだ。 頭の中で練っていたプランに変更を加える。今ある手駒を最大限に活用し、最も有効と思える手を見出さなくてはならない。 こういった事はワルドの専門外だったが、今更悔やんでも仕方ない。 ワルドは、『偏在』に再び「思令」を出した。 ラ・ロシェールの一角にある居酒屋『金の酒樽亭』。 その名の通り、酒樽を模した看板と、いつも喧嘩によって壊れた椅子の残骸が、入り口の扉の隣にうず高く積み上げられているのが目印だ。 中はいつも、傭兵や、一見してならず者と思われる風体の連中でごった返している。 特に最近は、内戦状態のアルビオンから帰ってきた傭兵達で満員御礼であった。 そして、その酒場の隅にある席に、この場に似つかわしくない二人組がいた。 一人は長身の男で、白い仮面を着け、全身を黒いマントで覆っている。 もう一人は女で、目深に被ったフードにより表情はわからないが、そこから覗く顔の下半分だけでもかなりの美女である事が見て取れる。 女はフーケであった。そして相対する男は、彼女を脱獄させた張本人である。 男が仮面を外した。その下から覗く素顔を初めて見たフーケは、ほう、と感嘆の息を漏らした。 「あんた、意外と美丈夫じゃないか」 「計画が変わった」 男はワルドだった。正確には、ワルドの『偏在』だった。 「何があったんだい?」 「ルイズとその使い魔が、この町に来ている」 「ごぶ!」 フーケは口に含んだエールを吹いた。炭酸が鼻腔を刺激する。痛い。 向かい合って座っていたために、飛沫を顔面に浴びたワルド(偏在)は、無言で懐からハンカチを取り出し、顔を拭った。 「汚いな」 「しゃがますね!」ついアルビオン訛りが口をついて出る。「…予定より随分と早いじゃないか」 「手違いがあった。あの2人は一足先にトリステインを出発していたらしい」 「それにしたって、この早さは尋常じゃないよ」 そこまで口にしたところで、フーケはあの使い魔の能力を思い出した。 いくら逃げても、フーケの向かう先に必ず回り込んでくる超スピード。 例えフライを唱えていたとしても、詠唱混みであの速度で動き回る事は不可能に近い。 「…で、どうするんだい?」 「先手を取って迎えに行く。土くれ、貴様も一緒に来い」 「わたしも?」 「足止めのためだ。世間話でもして気を引け。貴様は今からこの私の保護観察下に置かれている事にする」 「傭兵はどうするのさ?」 「そっちの計画は変わらん。いざとなったら頃合を見計らって始末してしまえばいい」 「……しょうがないねえ」 席を立ったワルド(偏在)のあとをついて歩きながら、フーケは考える。 (こいつ、平静を装っていながら意外と行き当たりばったりで動いてんじゃないだろね?) 悲しい事に、その考えは正しかった。 NGシーン ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 エンタープライズ と名を変え、艦隊登録番号もNCC-1701-Eに書き変えられ、未知の世界を探索して、新しい生命と文明を求め、 人類未踏のサハラへ勇敢に航海している。 ルイズ「って作品変わってるし!?」 前ページ次ページサイヤの使い魔
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>>next 東京には人が集まる。 全国から才能を持った様々な人間が集まり、日々切磋琢磨しているのだ。 そんな世界へ挑戦してみないか。 お前は年を取ったわしとは違う。お前には若さがある。 若さとは力。冒険心。可能性への挑戦。歳月を経て懐かしむ得難い宝。 かの老人はそう言った。少年はそこに自分の未来を見た。 そして東京へ行ってみたいと考えた。己の身一つで何処までやれるのか。 行く道には幾多の困難があるだろう。それでも逃げずに精一杯ぶつかってやる。 少年のこれまでの人生。それは、贔屓目に見ても幸福とは呼べないものだった。 だが彼は挫けなかった。屈しなかった。前を向いて歩き続けた。 踏まれても、蹴られても、石を投げつけられ、唾を吐き掛けられても。 心無い者達の嘲りや誹りを受けても、折れる事無くまっすぐに。 それは まるで 厳しい冬を乗り越え 太陽の下 青麦が実るように はだしの使い魔 「あんた、誰?」 気がつくと、目の前に少女が居た。 少年は首を傾げた。ついさっきまで、彼は汽車に乗っていたのだから。 それとも、うたた寝してしまい、気がついたら東京に着いていたのか。 ……東京。ここが? 「のう」 「何よ?」 状況が分からないので、現地の(?)人間に訊いてみる事にした。 「ここは東京か?」 「トーキョー? ここはトリステインよ。って、そんな事はどうでもいいわ。 あんたねえ、私が質問してるんだから先に答えなさいよ。あんたは、誰なの?」 ――トリステイン? 目の前に居る桃色髪の少女が口にした、トリステインという地名。 彼は混乱した。どう考えても外国の地名だ。ついでに少女も外人だ。 「のう」 「……何よ?」 自分の問いに答えず、逆に続けて質問された少女はむっとした表情になる。 というか、何故か最初から不機嫌なのだが、少年の方はそれどころではなかった。 「わしゃ、何で、こんとなところにおるんじゃ!?」 訳が分からなくなり、少年は声高に叫んだ。 東京行きの汽車に乗っていたら外国に着いてしまった。意味不明だ。 焦る少年の周囲には少し離れて人だかり。目前の少女と似た服装の男女の集団。 目に映る景色は、夕暮れ時の草原。遠くには御伽噺や歴史書にあるような城。 「何でって、私が「サモン・サーヴァント」で呼んだからよ」 「呼んだ……じゃと?」 呼んだ、とはどういう意味だろう。そして聞き覚えのない単語。 説明を聞いた分だけ、新たな謎が増えていく。 そんな風に、彼は深まる疑問に頭を抱えていたので、 唇に触れる生暖かい感触に反応が遅れた。 「……んうわあーっ!」 少年は驚いて真後ろに2メートルくらい飛び退った。 口吸い。ちゅー。チッス。所謂KISS。 桃髪の少女が自分にくちづけをしてきたのだ。 「お、お、おのれはいきなり何をするんじゃ。 わしには光子さんがおるけえ、そんとな誘惑にゃ負けんぞ」 既に亡き恋人を思い浮かべ、顔を真っ赤にしながら邪念を振り払う。 「うるさいわね、私だって初めてだったのよ! うぅ、いやだって言ったのに……」 抗議する少年に対し、逆上する少女。あまりにも理不尽だ。 泣きたいのは自分の方だ、と彼は溜息を吐いた。 と、その瞬間、彼の身体中を熱と痛みが駆け巡る。 「グググググ!」 「少し我慢しなさい。使い魔のルーンが刻まれてるだけだから」 また、分からない単語。彼の心にふつふつと怒りが込み上げてくる。 方法は知らないが、自分をここへ呼んだのはこの少女。 戸惑う暇もなく、ファーストキスを奪われた。想い人とすらしてなかったのに。 そして、この原因不明の痛み。目前の少女の、横柄な物言い。 納得のいかない事が多すぎる。 やがて、身体を巡っていた熱は収束し、左手の甲へ集まり、紋様となって消えた。 少年は痕の刻まれた手を見て、わなわなと震える。 その様子を見届けた、一団の中でただ一人の頭頂部の禿げ上がった中年男は、 満足そうな顔で前へ進み出て桃髪の少女に語りかけた。 「どうやら、コントラクト・サーヴァントも上手く出来たようだね」 男は少女を褒め、痛みで蹲っていた少年に近づいて手の甲の紋様を確認する。 「ふむ、これは珍しいルーンギエェェーーッ!!!」 呟きは途中から絶叫に変わった。 少年が、突進し頭突きで男の股間を打ち砕いたのだ! 「はおおおお…………っ!」 苦しみにのたうち回る四十男。周りの男子達も思わず何かを堪えた顔になる。 女子達はあまりの事態に手で顔を覆って、でも指の隙間からしっかり覗いていた。 「お、お、おどりゃ、よくもわしの手ぇに彫り物してくれたのう。おどれら、 わしを捕まえて鉄砲玉にでもする気か、わしゃお前らの言いなりにはならんぞっ!」 彼は理解した。こいつらは、自分を拉致し、入れ墨を施した上、 体のいい遣い走りとして扱き使うつもりなのだ。 ……そして、その認識は悲しいかな、強ち誤解とも言い切れないのであった。 だから、彼は吠えた。獣のような雄叫びだったが、 それはまさしく彼の人間としての尊厳を賭した、魂の叫び声だったのだ。 >>next
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前ページ日本一の使い魔 「ダーリーン。」 ルイズにとって忌々しい声が聞こえる。早川に飛びつくキュルケ。キレるルイズ。我関せずで読書のタバサ。 「なによツェルプストー。何してるのアンタ?」 「あらヴァリエール、いたの?私はダーリンに会いたくて来たの」 早川は苦笑いを浮かべキュルケを見ると、背中に見事な見た目の剣を背負っている。 女性が持つにはかなり不釣合いな為、早川は尋ねた。 「この剣はどうしたんだい?」 「これは何処かのケチな貴族が、ケンにみすぼらしい剣を贈ったって言うじゃない? 私はケンにはこの剣がふさわしいって思ったから。この剣は差し上げますわ」 ケンは贈り物を受け取り礼を言うと、これから起こる事を考えそっと移動する。 「だ、誰がケチな貴族でっすって?何で人の使い魔に許可無く渡してるの?」 早川は両手を広げ肩をすくめる。 すると、タバサが早川の隣にやって来て何かを渡す。 「なんだい?くれるってのかい?」 コクリと頷き呟く。 「シルフィードがお世話になった」 二人の様子にルイズとキュルケは言い争う事を忘れる。 「ほぉー、きれいなペンダントだ。ありがとう。」 タバサの手をとり、軽くしゃがみ手の甲にキスをする早川。頬を染めるタバサ。 「「えぇぇぇーっ」」 「そろそろ帰りましょうかツェルプストー」 「そ、そうねヴァリエール」 二組はそれぞれ学院に帰るのだが、キュルケは思った。 「(私にはキスしなかったはね。ケンはタバサみたいなのが好みなのかしら、でも私がダーリンを)」 そしてルイズは考えるのをやめた。 そしてデルフリンガーは鞘に入れられたまま忘れられていた。 学院についた早川は二本の剣を交互に握り、自分の体の変調を確かめるように振るっている。 「なぁ相棒よ」 「なんだデルフリンガー」 「俺の事はデルフって呼んでくれ、それよりもよ相棒だって気が付いてるんだろ?その剣がナマクラだって」 「まぁな、でも言ったらレディが可哀想だろ?」 「相棒はキザだねー」 遠くから徐々に争う声が聞こえ肩をすくめる。 「お客さんだ」 「大変だな相棒」 ルイズとキュルケの二人が杖を相手に向け、叫ぶ。タバサは早川の横で興味無さそうに立っている。 「「決闘よ!」」 なぜこうなったかと言えば、早川には二本も剣は要らない。どちらの剣を使うのが相応しいのか 言い争い、それが拗れて決闘騒ぎになったのだ。 キュルケは『ファイヤーボール』を唱え、 ルイズは火球をかわし、『ファイヤーボール』を唱えるが火球は現れず見当違いの場所に爆発が起こる。 自分のファイヤーボールが避けられた事にムキになったキュルケは、もう一度火球をルイズ目掛け撃つ。 キュルケは後悔していた。このままだと自分がムキになって放ったファイヤーボールがルイズの顔に命中してしまう。 しかし、何かが目にも留まらぬ速さで火球を掻き消した。 早川はこのままではと思い、煌びやかな大剣を投げる。左手のルーンが光り、 想像していた勢いを上回る速さで飛んでいく。 投げた大剣が火球を掻き消し勢い衰える事なく学院の壁に亀裂を作り大剣が砕ける。 その様子に四人は 「(やりすぎたか、それにしてもこの力)」 「(ダーリン凄いわ!)」 「(あそこは宝物庫……)」 「(えぇー100%変身いらないじゃん)」 その様子を陰から見ていたロングビルは驚愕した。 「なんなんだい、あの使い魔。まぁ、せっかくのチャンスだし、利用させて貰うよ。出ておいでゴーレム!」 ロングビルが杖を振ると巨大な土人形が現れ、宝物庫の壁を殴る。 「な、何なのよアレ?」 「私に聞かれたって知る訳ないでしょ?タバサは何か知ってる?」 「おそらく『土くれのフーケ』のゴーレム。そして狙いは宝物庫」 「止めなくちゃ!」 ルイズが杖を振るうと、壁を殴るゴーレムの右腕に爆発が起きる。それに続けとばかりに、 タバサが『ウィンディ・アイシクル』、キュルケは『フレイム・ボール』を唱える。 しかしゴーレムの一部を吹き飛ばすが、すぐに修復してしまう。 邪魔者に気付いたゴーレムは三人を踏み潰そうと足を上げる。 タバサとキュルケは状況を冷静に判断し、退却という選択をする。 しかし、手柄を立てようと躍起になっていたルイズは判断を誤り退却が遅れた。 「ルイズのバカ!何やってんの!」 無常にもゴーレムは虫けらを踏み潰すかのように踏みつける。 顔をしかめるキュルケとタバサ。しかし、この男が黙って見ているはずが無い! 「チッチッチ、無茶はいけませんぜ。」 ルイズが目を開けると、ゴーレムが踏み潰した場所から数歩離れた所で早川に抱きかかえられている。 早川がデルフリンガーを片手に構え、テンガロンハットのつばを上げ 「デルフ、デビュー戦だ」 「おうよ!相棒!」 フーケは早川の処分が先決と考え、早川を始末するようゴーレムに命じる。 振り下ろされる巨大な拳、踏みつける足。なぎ払う掌。 その全てを後方宙返り、バックステップ、前方宙返りなどと華麗にかわしながら切りつける。 しかし、剣で切りつけただけでは再生するゴーレムには焼け石に水であった。 その様子を後方で見ていたルイズは、前に出てゴーレムに向かって杖を振る。 丁度、ゴーレムが早川を払おうと振り回した腕がルイズのいる場所に、ルイズの目線に土の塊が迫ってくる。 土の塊が徐々に大きくなり、もうダメだと目をつぶると横から衝撃を感じる。ふと目を開けると早川が放物線を 描き飛んでいく様が見えた、地面に叩きつけられ転がっていく自分の使い魔。 とっさに早川の元へと走る。キュルケもそれに続く。 「「ケーーーーン!」」 邪魔者がいなくなったゴーレムは壁を数発殴り穴を空ける。ぽっかりと空いた穴に黒いフードを被った 人物が入り、何かを抱えてゴーレムの肩に乗る。三人への攻撃を警戒していたタバサは、シルフィードを呼び ゴーレムを追いかける。しかしゴーレムが学院の壁を越えるとゴーレムはただの土くれに姿を変えた。 ゴーレムの主は森の木々に隠れ姿を消していた。 ─────ボツネタ───── ゴーレムに吹き飛ばされ、意識が飛びながらも立ち上がる早川。 敵を正面に保ったまま、両手を右側へ水平にピンと伸ばす。 そして、伸ばした腕を左斜め上までゆっくりと回し、静止させる。 そこから右腕のみを引き拳を握り元の場所へと突き出しなだら左腕を腰に構える。 高らかに叫ぶ 「変ー身!V3ァーーーー!」 ルイズ「絶対ダメーーーー!あんた(作者)!絶対叩かれるわよ!反応良かったら 使って見ようかなとか思ってるんでしょ!ダメだからね!!」 前ページ日本一の使い魔
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浮かぶ雲によって太陽が遮られた草原の真ん中で、少女は呆然と目の前の地面を見つめていた。 周りからは先程までの喧騒が消え、異様な静寂で満ちている。 何回も失敗を重ね、他の生徒に嘲笑されながらもやっと「サモン・サーヴァント」に成功した その少女、ルイズ・フランボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの前には、彼女が今召喚したばかりの使い魔がいた。 しかしその使い魔は、彼女が望んでいたドラゴンやサラマンダーなどの幻獣の類ではない。 また、烏や梟、猫や大蛇などの普通の動物でもなかった。 彼女が使い魔として呼び出したもの、そう、それは―――― 植木鉢に植えられた、一本の『草』だったのだ。 「…………何なのよ、これ」 彼女の呟きは、静寂の中を悠々と横切る風に流されていった。 使い魔はゼロのメイジが好き 第一話 何故使い魔を呼ぶ神聖なる儀式「サモン・サーヴァント」で単なる『草』が召喚されたのか、 そしてこれは、一体何なのかというルイズの疑問は、 「…………ぶあっははははははははは!!」 彼女の召喚を見ていた生徒の一人が発した笑い声によってかき消された。 ガラガラ声で笑い続ける彼はその手でルイズを指さし、可笑しくてたまらないというような声で喋り出す。 「流石は『ゼロ』のルイズだぜ!召喚の儀式でただの草を呼び出すなんてよ!」 その声で我に返ったほかの生徒は、彼に同調するように笑い出す。中には、ルイズに罵声を浴びせる者までいた。 「そうよ、珍しく成功したと思ったらこれだもの」 「使い魔ぐらいきちんと呼べよ、ゼロのルイズ!」 「どういう事だよッ!クソッ!草って、どういう事だッ!魔法ナメやがってクソッ!クソッ!」 「……ちょっと間違っただけよ!失敗なんかしてないわ!」 彼らの嘲笑混じりの罵声に、彼女は耳まで真っ赤にして反論する。 そして後ろを振り返り、儀式の監督を行っていた教師に叫んだ。 「ミスタ・コルベール!召喚のやり直しをさせて下さい!」 すると、生徒達の間からローブを纏った頭髪が寂しい男が姿を現した。その表情は困惑しきっている。 彼こそが儀式を監督していた教師、コルベールだった。 「うむ……これは……」 滅多に見ない彼の困った表情を見て、ルイズはもう一度チャンスが貰えるかもしれないという淡い期待を抱いた。 だが、その期待は次の言葉により砕かれることになる。 「いや、それは駄目だ。どんなものを呼び出そうと、召喚だけはやり直す事は出来ない」 その返答に、ルイズは少し苛立つ。やり直せないならどうすればいいのだ。こんな草が使い魔になっても、一体何を してくれるというのだろうか。 いつのまにか出てきた太陽に照らされて、強く輝く彼の頭。それを見るも無残な事にしてやろうか、そんな事を考えている間も コルベールの話は続いていた。 「君も分かっているだろうが、今回呼び出した使い魔で今後の……」 そこまで話したところで、唐突に彼の言葉が止まる。 想像の中で彼の頭の焼畑農業を行っていたルイズも、それに気付いて顔を上げた。 「どうかしましたか?ミスタ・コルベー…」 「み、ミス・ヴァリエール!君、あの『草』に何かしたか?」 その視線はルイズの方には向いていない。ルイズの後ろ、さっき召喚した草の方に向けられていた。 コルベールの顔からはさっきまでの困惑が吹っ飛び、ただ驚きと狼狽の色だけが浮かんでいる。 「『草』ですか?別に私は何もしてませんけど」 急に変わった彼の表情を、彼女は訝しみながら質問に答える。あんな草の何に驚いているんだろう、この人は。 「ならッ!ならあれは何なんだミス・ヴァリエール!答えなさい!」 彼の表情が「驚き」から「焦り」に変わった。まるで、信じられないものでも見たかのように。 その表情に圧倒され、ルイズも後ろを振り返る。半分はこの男に対する呆れの気持ちで、そしてもう半分は恐れの気持ちで。 そして彼女は、本当に信じられないものを見る。魔法を自由に扱うメイジでさえ、思わずうろたえるものを。 後ろを振り返って草を見たルイズ、その鳶色の瞳が瞬時に驚きと困惑、そして恐怖に塗り替えられた。 彼女が呼んだ『草』――――さっきまで確かに萎れて土の上に倒れていたはずの『草』が、起き上がっていた。 言葉さえも出ないルイズとコルベール、そして事の異常さに気付いた生徒達が見守る中、その草はゆっくりと起き上がる。 乾いた地面に水が染み込むように、ゆっくりと、だが力強く。 そして完全に起き上がった『草』は、一度大きく震えると、人間でいう『頭』のような部分を持ちあげる。そこには、猫のような 目と口が存在していた。 不意に、生徒達の一群がどっと崩れた。未知の植物に恐怖した生徒が、この場から逃げ出そうとしたらしい。 逃げようとした生徒と留まろうとした生徒が入り乱れ、たちまち辺りは混乱した。 そんな混乱を愛らしい二つの瞳で見つめながら、この世界に召喚された『猫草』は、そんなの関係ないねとでも言うように 小さな欠伸をして、ウニャンと鳴いた。 To Be Continued...?
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前ページ次ページネコミミの使い魔 マミお姉ちゃんに聞いたことがある。 国境のトンネルを抜けると、で始まる有名な小説があるって。 魔女との戦闘中に、結界内で鏡が現れて、次の階層へと向かうドアと思って飛び込むと、そこには抜けるような青空と、草原が待っていました。 周りには中世ヨーロッパのような建物が並んで、様々な生き物たちが、そこには非生物や何から何までわたしを注目しているのでした。 「あんた誰?」 その中でも一番注目をしていたのでしょう、ブロンドの桃色がかった、ふわふわの長い髪を持つ綺麗な女の人。私をまじまじと見つめながら口を開いていました。 織莉子お姉ちゃんとの戦闘で共闘したあと、唐突にいなくなってしまった色白のほむらお姉ちゃんと同じような肌を持つ女の人。 でも、おそらく日本人じゃない。 沢山の人から注目されてわたしは泣きたくなってしまいました。もともと心が強くない私はこういうふうに注目されることに慣れてはいないのです。 「うう……」 涙が出そうになるのを一生懸命我慢をします。 口を一生懸命に閉じて涙を出ないように。 すると桃色の髪の人が近づいてきて、頭をゆっくりと撫でるようにします。 やさしくやさしく。 「ああ、もう、あんた泣かないの……お名前は?」 「ゆまは……千歳ゆま」 キョロキョロと周りを見渡す。 桃色の髪のお姉ちゃんと同じ制服を着た女の子や、男の人たち。 そんな人達をきゅっとした厳しい瞳で、睨みつけている青色の短髪の眼鏡の人がいた。 とりあえず今はありがたい。 そういえばソウルジェムが曇っている。 使い魔との戦闘中に多少曇ってしまっていたらしい。 「お姉ちゃんの、名前は?」 「ルイズよ、あなた、平民?」 平民と言われちゃった。 平民といえばどんな人? と聞かれれば、キョーコやマミお姉ちゃんはなんと答えるのだろう。 キョーコはゆまの一番最初に出会った魔法少女。ママが魔女に殺された時に、その魔女を倒してくれたのがキョーコ。 それ以来ずっと一緒にいろんなことをした。 キョーコならきっと、「アタシは平民かもしれないけど、あんたにそんな事言われる筋合いはない」っていうだろう。 ゆまをキョーコと同じ魔法少女へ導いたのが織莉子お姉ちゃん。わたしにはその人の何をしようとしたのか、そういうのはよく分からないけれど。戦っている最中にほむらお姉ちゃんの大事な人を殺されてしまったし、織莉子お姉ちゃんも死んでしまった。 その織莉子お姉ちゃんとの戦闘の時に(本当はもうちょっと前に会っているんだけど)マミお姉ちゃんと仲良くなって、それ以来、マミお姉ちゃん、キョーコ、わたしっていうパーティを組んで魔女退治をしていたんだけど。 「これじゃあ、拉致があかないわね……ミスタ・コルベール!」 ルイズお姉ちゃんが怒鳴った。 たくさんの生徒たちの間から、中年のおじさんが現れた。 頭がちょっと寂しい感じ。 大きな杖を持って、真っ黒なローブに身を包んでいる。 「なんだね、ミス・ヴァリエール」 「あの、もう一度召喚をしなおさせてください!」 召喚? なんだろう。 ゆまは召喚されたんだろうか。 あ、そういえば戦ってたはずなのに今は普通の格好をしている。 ソウルジェムも胸元にあるし。 「それは駄目だ、ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 「決まりだよ、二年生に進級する際、君たちは使い魔を召喚する、今やっているとおりだ」 使い魔? ゆまは使い魔として召喚されたの? 「それによって現れた使い魔で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した使い魔は変更することはできない、なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式なんだ。好む好まざる……このような幼子を使い魔にするのは心が痛むかもしれないが、彼女を使い魔にするしか無い」 「でも、平民を使い魔にするなんて聞いた事無いですよ!」 ルイズお姉ちゃんがそう言うと、周りがどっと笑う。 その際雪風が吹いてクラスメートが凍った……なんでだろ? 魔法かな? 「コレは伝統なんだミス・ヴァリエール、例外は認められない、彼女は」 コルベールと呼ばれた先生らしき人は一息ついて、 「ただの平民の子どもであるかもしれないが、呼び出された以上君の使い魔になるしか無い。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する、彼女には君の使い魔になってもらわなくては」 「そんな……」 ルイズお姉ちゃんは失望したように肩を落とした。 ゆまのせいでこうなっちゃったの? お姉ちゃんを見上げる。 ルイズお姉ちゃんは首を振って、きっと前を向いた。 「さて、では儀式を続けなさい」 「はい」 その返事は力強かった。 「ゆま、あなたは平民でありわたしは貴族、本来ならばこんなことはありえないの」 お姉ちゃんはわたしに語りかけるようにつぶやいた。 そうして体を屈め、 「我が名はルイズ・フランソワーズル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。{{英数字}}5つの力を司るペンタゴンこの者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 朗々とゲームで見たような呪文を唱え始める。 そして、杖をゆまの額へとおいた。 ゆっくりと、唇を近づけて……重ねられた。 「わたし、女の子とキスをしたの初めて!」 「そう、私も小さい子でよかったわ」 そういって二人で笑う。 ひとしきり笑ったあと、ルイズお姉ちゃんは先生の方へ向きなおして。 「終わりました」 彼はまじまじと眺めて、わたしの方を向き直り。 「サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」 と、嬉しそうに言った。 「相手方だの平民だか!?」 「そいつが行為の幻獣だ!?」 野次を飛ばそうとした生徒たちの口に雪が詰められる。 いったいさっきから誰がやっているんだろう? 「いたたたたたた!」 わたしの全身が熱くなり、特に左手が熱い! 熱い痛い熱い痛い! 「あらあらあら。可哀想に、ゆま、大丈夫よすぐに終わるわ」 そういって頭を撫でてくれる。 こうされていると我慢が出来そうな気がする。 「うん……左手に宝石と、ルーンか……珍しい形だね」 「本当……ゆま、綺麗な宝石ね」 ソウルジェムのことを褒めてくれてる。 痛かったけど、こうして左手にはめ……はまっちゃったよ!? しかもなんだかソウルジェムの汚れまで払われちゃってる!? 「平民がもつようなものじゃないけれど、ハマっているんじゃしょうがないわ」 「そうなの?」 「ええ、貴族のわたしから見ても、素晴らしい出来の宝石ね」 「さてと、皆教室に戻るぞ」 といって、先生が空を飛んだ。 他の皆も飛んで何処かへといってしまう。 空を飛べるの? あの人達も魔法少女なの? でも、男の人もいたし? 何かマジックでも使ってるのかな? 「ルイズ、お前はあるへぶぅ!」 「あいつフライはおろか、レビィゲボォ!?」 またしても野次を飛ばそうとした人に雪が飛ばされる。 「……ルイズ、その子、きっとあなたにお似合いよ」 最後に飛んでいった胸の大きな褐色のお姉ちゃんが冷や汗をかきながら言った。 残されたのはわたしとルイズお姉ちゃんだけだった。 「ゆま、行きましょうか」 「ルイズお姉ちゃんは飛んで行かないの?」 「飛べないのよ……悔しいけどね」 その横顔は本当に悔しそうで、これ以上何もいえなかった。 「ねえ、お姉ちゃん、ここはどこ?」 「分からないの?」 「うん、ミタキハラってところから来たんだけど……」 「聞いたこともないわ……そのような田舎から来たなら、トリステイン魔法学院のことも知らないでしょうね」 トリステイン魔法学院とは、魔法を学ぶ場所。 今行われたのは春の使い魔召喚試験、二年生になると行われるみたい。 だからルイズお姉ちゃんは二年生ということになる。 そして私はその使い魔。 で、ルイズお姉ちゃんはご主人様ということになる。 「あ、そうだ、あの人達飛んでたよね、魔法少女なの?」 「魔法少女?」 「変身したほうが分かりやすいね」 そういってソウルジェムを前に差し出して変身する。 「姿が……変わった……? あなた、メイジなの?」 「ゆまは魔法少女だよ」 「……(ちょっと変わった平民といったところか)そう、わかったわ」 わたしは元に戻る。 「とにかく、平民とメイジ、貴族との間には絶対的な差があるの」 「差?」 「そう、私以外の貴族には気を許してはいけないわ、いいわね?」 注意される。 コレは気を付けなければいけない。 「うん、ゆまわかったよ!」 「ええ、いい子ね」 ただその表情は不安そうだった。 わたしたちは歩いて次の授業の場所へと向かい、一日中魔法のことについて学んだ、当然だけど平民のわたしにはよく分からない授業だった。 魔女との結界の中に突然に現れた鏡。 次の魔女へと続く道だと思ってくぐったらトリステイン魔法学院というところへやって来てしまった。 キョーコやマミお姉ちゃんとは別れて。 「それ、本当?」 「うん」 「……魔女に使い魔……あなたも戦って……ふうむ」 そういって腕組み。 何かを考えている様子だ。 わたしたちはテーブルを挟んだ椅子に座っていた。 ここは、ルイズお姉ちゃんの部屋。キョーコと入ったことのあるホテルよりも広い部屋だ。南向きの窓に、西側に大きめのベッド、ちょうど二人で眠れそうなくらいだ。 「ああ、一つ注意をしなければいけないことがあるわ」 「他の人と仲良くしちゃいけないっていう?」 「それもあるけれど、あなたの田舎へ返す呪文はないわ」 「ゆま……帰れないの?」 涙目になる。 そうするとルイズお姉ちゃんがよってきて頭を撫でてくれた。 「本当はね、サモン・サーヴァントはこのハルケギニアの生物を呼び出すの、決してチキューだのミタキハラだのから呼び出す魔法じゃないわ」 ここで、一息ついて。 「それに、本当は幻獣や動物なんかを呼び出すの。人間を呼び出すなんて初めてよ、しかも変身する小さな子供なんてね」 ため息混じりにそういうのだった。 「サモンサーヴァントをもう一度使うには、あなたが死なないといけない、でも、私はあなたを殺したくなんて無い……そして、使い魔として扱うのも難しい」 「ゆま、できることをするよ!」 「使い魔は主人の目となり耳となる、けれど無理ね」 わたしもルイズお姉ちゃんが見えている景色は分からなかった。 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくることができる」 「望むもの?」 「ふふ、いいのよ気にしないで」 そういう横顔は悲しそうだった。 ゆまができること、治癒魔法。 そして変身した時に使うハンマー。 戦闘くらいしか無いかな。 「そろそろ眠くなってきたかな、一緒に寝ましょう、ゆま」 「いいの?」 「あなたをわらで寝かせる訳にはいかないじゃない」 そういって布団に入る。 すぐにルイズお姉ちゃんの寝息が聞こえ始めた。 魔法というのは思ったより体力を使うみたいだ。 「ゆまが治してあげる」 治癒魔法を使う。 普段は治癒魔法を使うと、ソウルジェムが曇るけど、そんなことはない。 ルーンと一緒に入ってしまったソウルジェム、どうしてこうなったかはよく分からないし、私の能力もよく分からない。 「頑張るよ、キョーコ、マミお姉ちゃん」 そういってわたしも目を閉じた。 前ページ次ページネコミミの使い魔
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本来は良識の府の象徴的存在としてあるべきなのだが、トリステイン魔法学院の学院長室は、部屋の主と同じくどこまでも軽かった。 秘書が本の整理をすれば背筋に指を這わせ、秘書がかがめばネズミを走らせ、秘書が横にいれば臀部へと手が伸び、三度に一度秘書からの反撃が受ける。 このように乱れた部屋が権威を持とうはずもないのだが、今日の学院長室は気まずくも重い雰囲気に包まれていた。 原因はただ一つ。「遠見の鏡」に映し出された平民の女だ。 後ろを振り返らず、すれ違う者の目を気にもせず、全力で手と足を振り、廊下を真っ直ぐに駆けていく。 「オールド・オスマン」 「うむ」 「あの平民、逃げてしまいましたが……」 「うむ」 「あの逃げ足! そして躊躇の無さ! 主人への気遣い皆無! あんな使い魔見たことない!」 「うむむ……」 真面目と不真面目、ハゲとヒゲ、好一対の二人は苦い顔を見合わせた。 「まさかあそこまでアレな使い魔とは予想外でした。やはり参加者はある程度絞っていくべきかと」 「まぁ待て。結論を出すのはまだ早かろう。あの使い魔にしても何かしらの考えがあってやっておることかもしれん」 万事に拘泥しないオールド・オスマン個人としては、なるだけ門戸を広く開いておきたい。 だが使い魔の自覚が無いただの平民を晒し者にしては、使い魔本人も主のメイジも気の毒だろう。 しかし開始前から爪弾きにするというのも問題だ。どうすべきか、慎重に事を決める必要があった。 「平民の使い魔はもう一人いたはずじゃな。それを見て決めるのもよかろう」 「はあ」 「それにじゃ。君の意見を汲むとすれば総合的な評価をつけることになる。臆病さを打ち消すだけの長所があれば問題あるまい」 「なるほど」 「私としても実現させたいと思っておるよ。君の提案した『使い魔大品評会』を」 お父さま、今までお世話になりました。 お母さま、わたしの死体に怒りをぶつけるのはやめてくださいね。 ちいねえさま、悲しませてごめんなさい。 もう一方姉さまがいたような気もするけど、たぶん気のせい。そうですよね、エレオノール姉さま。 ……ここまで悲観的なこと考えておいてなんだけど、あれ当たったからって死にゃしないわよね。 医務室行きは確定だろうけど。あーあ、秘薬って高いのよね。顔に傷でも残ったら嫌だから使わなきゃならないし。 以上、時間にして一秒半。あ、今二秒になった。 人間の潜在能力というのは大したもので、ワルキューレがわたしに振り下ろした拳を見ながらここまで色々と考えることができた。 殴られる覚悟を決めて、その百倍はグェスをぶん殴ることも決めて、わたしは頬を差し出したけど、今日のわたしは良くも悪くも全てが裏目で、望んでもいない助けが入った。 わたしの頬と青銅で作られた拳の間に一枚の掌が差し込まれた。 人を殴り飛ばそうとするだけの勢いがあったはずなのに、ぴたりその場で静止する。 「勇気と無謀とは似て非なるもの」 厚く、傷だらけで、でもほんのりとした暖かさを持つ掌の持ち主は……。 「蚤の無謀をとるか、人の勇気をとるか。当人次第じゃな」 ぺティ! いきなりのお説教にムカッときたものの、どうやらその相手はわたしじゃなかったらしい。 ぺティの目は食堂の一隅を占める大釜へと向けられていた。 わたしは退いた。殴られる気こそあれ、退く気なんてさらさらなかったのに、それでも一歩退いた。 半ば以上はよろけていたと思う。これを認めるのはとんでもなく悔しいんだけど、わたしを襲ったワルキューレではなく、助けてくれたぺティに圧されていた。 よろけ、転びかけたところを後ろの誰かが受け止めてくれた。 「老師、よろしくお願いします」 その誰かは見なくても分かった。あんたまた人の見せ場とる気? かわいい女の子に容赦しないくらいだから、老人のぺティにだって容赦するわけがない。 ワルキューレの拳がぶんぶん振るわれる。当たれば死ぬ。嘘。でも大怪我はするでしょ。 そんな攻撃が降りそそぐ中、ぺティのフットワークは羽根のよう。すげー。 その左手には、たぶん荷運びしていた中から失敬してきたんだろう、ワインが一瓶握られていた。 右手には、いつも着ている使い古したコートが提げられている。 そのコートで暴れる牛をあしらうようにして、左足で一撃、ワルキューレの足首へ蹴りこんだ。 さらに避けたところでもう一撃、椅子の上から着地しなに鋭く蹴り刻み、青銅の足首が大きく変形する。 流れるように三撃目が決まり、青銅の足首がポキリといった。 さっすが修行者、やってくれるわ。ギャラリー含むわたし、歓声。 「ふむ。あきらめは悪いようじゃな」 釜の中でくぐもった詠唱が乱反射している。ぺティを取り囲み、ワルキューレが全部で三体練成された。 ギャラリー含むわたし、ブーイング。修行者だからって平民相手にやりすぎでしょ。 周囲が騒ぐ中、当のぺティと、わたしの後ろの誰かさんは、慌てる様子も見せない。 ぺティにいたっては右手のワインのコルクを飛ばし、喉を鳴らして飲む始末。落ち着いてるっていうか混乱してるのかしら、ひょっとして。 ギーシュがワルキューレをけしかけようとした時には、すでにワインが一瓶空になっていた。速っ。 あーあ、あの飲み方は悪酔いするわよ。殴られて痛くて、起きたら頭も痛いって最悪じゃない。 「それではいくかの」 行くってどこに行くのよ。酒飲みの行くとこっていえば一つしかないけど。 ぺティは大きく息を吸い込んだ。大きく大きく吸い込んだ。どこまで吸うの? 吸った分だけ吐き出した。大きく大きく吐き出した。吐きすぎじゃない? 内臓出るわよ? ぺティの呼吸はどこまでも大きくなる。息遣いがここまで聞こえてくる。変なの。 その息遣いに合わせて口から赤い何かが出てきて、うええっ内臓……いや内臓じゃない。内臓は青銅を切断しない。濡れてる……液体? ワイン? 口から出てきた赤い液体が……っていうと血みたいね。 ワインか血か分からない何かが、形を変え、矢継ぎ早に噴き出された。見た目はともかく、威力に関しては血やワインなんてものじゃない。 ゴーレムの末端を狙い、液状の円盤が次々に命中した。足首を断ち切られ転ぶもの、頭を削り取られるもの、腕が落ちるもの。 あらゆる方向へ飛び、かといって狙いは過たず、真紅の散弾がワルキューレを斬りさいなむ。 直線で飛ぶならともかく、あきらかに不自然な軌道を描くものもある不思議。これ、魔法? ギャラリーは喝采を通り越して呆然、ただ一人空気の読めない誰かさんだけが拍手を送る。 もう這いずる事すらできないくらいズタボロにされたワルキューレを避け、ぺティが大釜へと進み出た。 足を踏み出すたび、手を差し伸べるたび、床に飛び散った赤い飛沫がダンスを踊る。何これ。 どうやら魔法ってことは間違いないみたいだけど、原理はこれっぽっちも分からない。 釜の底に指をかけ、返した。息を呑むギャラリー含むわたし。 重そうな釜を軽々とひっくり返したから驚いたわけじゃない。 中のギーシュが幽鬼のように痩せこけていたからというわけでもない。 わたし達が驚いた理由は、釜の中にいたのがギーシュだけじゃなかったから。 二体のワルキューレがギーシュの両脇、一体だけ突出したワルキューレが小脇に剣を携えていた。 その剣を前へ突き出し、ギャラリーの呑んだ息が悲鳴として吐き出されんとしたその時。 ぺティが、ぺティのコートが、ゆらめいた。その動きは、例えるとしたら意地の悪い蛇。 蛇が、その身を縮ませ、思い切り伸ばす。反動でぺティは縦に一回転、横に半回転、半秒ほどで天井近くに跳び上がった。 ワルキューレの剣はコートを突き刺し、なぜか抜けなくなったみたいでもがいているけど、誰もそちらは見ていない。 上。滞空速度は異常なほどに遅い。混乱するギャラリーが身を乗り出し、輪をかけて混乱しているはずのギーシュが撃墜を命じる時間は充分すぎるほどあった。 左からワルキューレ。右からも同じタイミングでワルキューレ。 迎撃されることを知りつつ、正しい放物線を描いてただ前へ落ち、左右から襲いくるワルキューレに向けてそれぞれ一本ずつ脚を伸ばした。 打撃をくわえようって蹴りじゃない。その証拠にワルキューレは削れもへこみもしていていない。 ぺティの脚はあくまでも遮蔽物を排除するために伸びていた。 二体のワルキューレに挟まれる形で落ちてきたぺティが、両の脚でワルキューレを押しのけた。 ということは、つまり、ギーシュは丸裸でぺティの前に身を晒すことになる。 ワルキューレに脚をかけたままで、十字に組まれた手刀がギーシュの喉元へと突きつけられた。 なんて早業! 始まった、と思った次の瞬間にはもう終わっている。まるで稲妻ね。 壁に押し付けられた格好でギーシュは動けない。動いてみようがない。 怒りのためか、それとも焦りのためか。青ざめていた顔に赤みが差してきた。そしてこけた頬に柔らかな肉が……ってええええっ!? 充血し、濁っていた目に一条の光が差した。だらしなく半開きになっていた口元に力が戻る。 視線はしっかりと定まり、くたびれていた髪は艶やかさを取り戻し、一匹の幽鬼がわたし達の知るギーシュ・ド・グラモンになった。 モンモランシーは驚き、戸惑い、そこから喜び、喜びを隠すように口を一文字に引き結んだ。 彼氏彼女で百面相してりゃ世話無いわ。 「もういいようじゃな、お若いの」 右のワルキューレを蹴り、その反動で左を蹴り、誰かさんの隣に着地した。悔しいがお見事。 支えを失ったギーシュは壁を背にして尻餅をついた。 モンモランシーは「馬鹿馬鹿大馬鹿」とギーシュを叩く。その瞳からは滂沱と流れる涙がって見せ付けんじゃないわよ。 「お嬢様、そうむやみに殴っては頭が馬鹿になってしまいます。ゲ……ゲ」 そう思うのなら止めなさいよ。だいたい馬鹿に関してはもう遅いわよね。 「よかった、よかった。仲直りできた。ねっ」 ……誰? 「お疲れ様でした老師」 よくよく考えてみると、あんた何もしてないじゃない。 いつの間にか殺伐だった空気が微笑ましいそれに変わり、ギャラリーはなぜか拍手。わたしも拍手。 確実に見せ場をとられた。絶対に気のせいじゃない。ちょっと涙目でわたしも拍手。グェス何処行った。見つけたら皮剥いでやる。
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前ページ絶望の使い魔 自らの髭をさすりながら古い本を読んでいる老人がいる。 本の題名は『始祖ブリミルの使い魔たち』。 老人─オールド・オスマンはちらりと傍らにある鏡に映し出されている光景を見る。 森の中で一人のピンクの髪の少女が巨大なオークと本を挟んで向かい合っているのだ。 何か話しているようではあったが音声は拾えない。 話し合いがひとしきり終わると森の開けた場所までオークと移動し、 そして向かい合うと少女は背負っていた剣を抜く。 ここで少女を映していた鏡はただ老人の顔を写すだけとなる。 ここ最近オスマンはこの少女の様子を観察することが多くなっていた。 先程見た一連の動きはパターン化されているといってもいいほど毎日のことである。 分かるのは少女が戦闘を行おうとすると遠見の魔法は常に見えなくなることと、 彼女が人間を食べるはずの凶悪なオークと意思疎通を行っていることだ。 前者は何らかの阻害魔法を使うことでできそうである。 しかし後者はモンスター心通わせる能力を持っていることになる。 魔物を従える──まるで始祖ブリミルの使い魔の一匹、ヴィンダールヴの能力ではないか。 彼女の使い魔のルーンはガンダールヴであったはずだ。 手にしている本を見ても間違いなくガンダールヴであることを示している。 伝承では虚無の呪文は詠唱が長く、その時間を稼ぐために使い魔がいたと聞く。 ルイズ本人の戦闘能力の上昇はガンダールヴと言える。 ここにきてヴィンダールヴの能力まで保持していることがわかった。 始祖の使い魔2体の能力を有するメイジ。 ここで問題なのは『使い魔ではなくメイジである少女がその能力を持っていること』だ。 結論としては少女が扱っている力はけっして始祖の力ではないということだ。 おそらく使い魔の先住魔法か何かであり、その魔法の副作用のようなものでルイズの性格、 性質が変化してしまったのだろう。ルイズが力を得る前、召喚した直後の危険と判断したときに 亜人を始末して置けばよかったと何度も考えたが過ぎたことは仕方がない。 使い魔を始末するための魔法の選定は終わった。すべては計画通り。 あとは彼女の行動次第である。 _________ 夜が更け、ろうそくの灯りに照らされながらルイズは手紙を書いていた。 誘拐未遂からもうすでに3週間ほど時が経っており、 噂されることの中心はルイズの行ったことから離れている。 その中には土くれが牢からまんまと逃げ果したという話があった。 あの怪我でよく逃げられたものだ。 現在書いている手紙は実家のほうに金を無心するためのものである。 今、ルイズはお金の重要さを実感しているのだった。 というのも、人を動かすということに金がかなりかかることに気付いたのだ。 ルイズが作らせた組織は少しずつ不必要な構成員を減らしているとのことで出費は減るだろうが ルイズの小遣いだけではいささか不安であった。そしてこのたびの報告内容だ。 アルビオンの方面への輸送経費が恐ろしくかかると手紙に書いてあった。 浮遊大陸であるアルビオンへの交通の便は恐ろしく悪い。 そこに行くには大量に風石を積んだ船で空を駆けなければならないのだ。 風の力を溜め込んだ風石は高価であり、できるだけ消費を少なくするのが当然である。 よってアルビオン─トリステイン間の航路はアルビオンがもっとも近づいてきた時に活発となる。 しかしルイズはアルビオンの位置に関係なく連絡を密にするように言っていたので その交流時期の外れた数少ない貴重な便に乗せてもらうために余分に金が必要となったのだ。 こうしたことにより、普段から使わず大量に貯めてあった財布の中身が警告を発し始めたのだ。 ルイズ自身が組織を作れと言っておいて金払いがよくなくなるのは信頼の失墜に繋がってしまう。 リーダーの男はともかく他の連中は金が切れれば離れていくだろう。 よって金の工面は優先事項となった。 当初、ルイズはこの組織にはアルビオンのことを調べてもらうだけのつもりであった。 すでにアルビオンの反乱が成功することは確定している。ここで切っても痛手はない。 しかし、上げてくる報告書は思っていたよりも広く調べられており、 この間読んだときには注目すべきおもしろい情報が載っていたのだ。 それはトリステイン貴族にアルビオンの貴族派の仲間と思われる者がいるというのだ。 すでに何人かリストになっている。確実であると判明しているのはどこも中小貴族ばかりだが 大貴族の中にも怪しい者がいるようだ。アルビオンの反乱軍、レコンキスタの手が思ったよりも 伸びていることに驚いた。これならトリステインとの戦争になるのはそう遠くない。 こうしたことからルイズは切らない方が有益であると判断した。 この2週間にあったことをゆっくり思い出す。 あの後、オークに魔道書を説明してもらった。 やはり身振りだけでは難しかったが少しづつ分かる文字を増やしていき、 だいたいの概要を把握するまでになった。 魔道書に載っていた魔法陣は契約するためのもので、契約をすることで先住魔法が使えるようになるらしい。 その日からルイズはオーク監修の元、魔道書に載っていた魔法と契約し始めた。 初めて呪文の契約をした時、ルイズは喜び勇んで呪文を唱えた。 るいす”のこえは やまびことなって あたりに ひびきわたった! とりあえずオークの胸倉を掴んで思いっきり引き寄せ睨みつけたが、その光景はデルフリンガーから見れば 体格差により詰め寄ると言うよりぶら下がって遊んでいるように映ったという。 もちろんからかってきたデルフリンガーには仕置きをしておいた。 さらに詳しく理解してくるとなぜ使えないのかがわかった。 まず、この先住魔法にも適性と言うものがあるらしい。適性がないと契約しても使えないらしい。 次に魔法を唱える術者の力量。系統魔法のようにメイジを明確にランク分けしているわけではないがやはりそれなりのレベルと言う区切りがあるらしい。 今回の魔道書に載っていた先住魔法はほとんどが戦闘用の魔法であることがわかったが その中でルイズがほしかったものがあった。 回復魔法である。 誘拐時にオークが唱えたその効果を見て以来、ルイズは期待していた。 しかし無残にもその適正はルイズにはなかったのである。 回復呪文の中で、もっとも簡単だと思われる「ホイミ」が使えなかったのだ。 ヒャドなどの水系統を唱えられるのなら回復魔法もいけると考えていたルイズは 1時間ほど膝を抱えて地面に座り込んでしまった。 しかし神は救いも与えている。幾つかの攻撃魔法と便利な補助魔法が少しだけ使えたのだ。 補助魔法も闇の衣で効果がないと考えていたが試してみると重ね掛けができ、ルイズは興奮して 淑女にあるまじき狂態を見せてしまった。 それを見ていたのは一本の剣と一匹のオークだけであった。 忠実なオークはもちろん剣の方も再三ルイズをからかって酷い目に合わされていたので その時のことは一匹と一本の記憶の片隅にしっかりと保存されることになる。 実戦経験の少なさを補うことと、新しく覚えた魔法を用いた戦闘に慣れるために ルイズはデルフリンガーが言っていたオークとの剣の修練を行うことにした。 とはいえ、補助魔法の影響下で滑らかに動けるようになることが目標としていたため、 ただ実戦さながらに戦うだけであった。 デルフリンガーの期待に添えたかははなはだ疑問であるが、 オークと戦っているとデルフリンガーは剣の扱いがどうのとうるさく言ってこなくなったので 諦めたのだろうと思う。彼にはこれからも剣という名の鈍器としてがんばってもらいたい。 羽ペンを置いたルイズは書き上がった手紙を読んでいく。 その文面は己の使い魔を出汁にしたものだ。 大筋の内容は『寝たきりの使い魔を起こすために水の秘薬を買ってみたが効果がない。 もっといろんな薬を試したいのでお金を送って欲しい』となっている。 使い魔に関わることなのできっと大丈夫だろう。 手紙をしっかりと封蝋したルイズは部屋から出て、兵の詰め所に行く。 これは普段なら手紙の宛名方面に行く荷馬車に任せるのだが、 早く手紙を送るならここにいる衛兵に頼めばよいと聞いたことがあったからだ。 詰め所にいた兵士にしっかりと明日の朝一番で送るように告げるが胡乱な目でルイスを見てくる。 兵士は気だるそうにしていたがルイズが金貨を5枚ほどテーブルに置くと 馬の使用の手続きをいきなり始め、緊急だ!と奥の兵士に声を掛ける。 掛けられた者はテーブルにあった金貨を確認した後、 3枚取るとルイズの手紙を丁寧に懐に入れてそのまま厩に向かってしまった。 手続きを行った兵士は残った金貨を懐に入れながらできるかぎり急がせましたとルイズに報告する。 やはりお金は大事だと再確認したルイズであった。 ───────────── 夢を見た。 身体が揺れている感覚がする。視界は少し暗いだけ。 小さな小船の上で毛布を被り泣いていたようだ。 目を手で覆い、身体を縮めて震わせている。 これは小さい頃の夢だ。ヴァリエール公爵領の本邸で叱られて逃げ出した時、 自分だけの秘密の場所―庭の池に浮かぶ小船に隠れて過ごす。 「泣いているのかい、ルイズ」 その声に顔を上げる。 被っていた毛布を頭から外すが、その人物は日を背負い逆光になって顔が見えない。 泣いている顔を見られたくなかったルイズはすぐに顔を毛布に埋める。 これは違うとルイズは感じていた。こんなものはだめだ。 次の瞬間、ルイズの手にはデルフリンガーが握られており、体からは力強い躍動を感じる。 目の前の優しく声を掛けてくる敵を袈裟切りにする。 さっきまで優しげな顔をしていたその人物は何が起こったのかわからないといった顔で血を吐く。 裏切りを受けた者の表情とはなんと甘美なのだろう。 そして視界すべてが闇に塗りつぶされ、闇がルイズを包んでくれる。 毎晩与えられる優しく抱きしめてくれるような感覚にルイズは溺れてしまっていた。 ──────── その日の最初の授業は風の盲信者ギトーの講義であった。 久しぶりに授業に出たというのにギトーの授業がくるとはなんと運の悪いと自らを嘆きながら ギトーが熱弁をふるう様を半目で見ているとそれが耳に入ってきた。 皆、ギトーの演説には辟易しているのであまり真剣に聞かずに話していたのだが、 その中の使い魔品評会という単語をルイズの耳は拾ってしまった。 そういえばもうすぐそんな季節である。授業どころか最近はいつも外に出ていたため全く気付かなかった。 使い魔品評会・・・毎年行われる新しく召喚された使い魔に芸をさせるというものだ。 最近使い魔にしつけをする場面に出くわすことが多かったがそれが理由か。 ルイズの使い魔は眠ったままである。しかも行われるのは明日らしい。 使い魔が動かなければ、どうすることもできないではない。 ルイズはメイジとなったというのに学院の他のメイジと同じようにこなせない自分に怒りを覚える。 そのとき手元でメリっと音が鳴り、前後や近くの生徒がこちらを見てくる。 彼らは一様に顔を青くした後、授業中であるにも関わらずゆっくり席を立ち、ルイズの近くから離れていく。 ルイズも自分の手を見やると机の天板を握りつぶしてしまっていたことに気付いた。 この机の修理や片付けはどうなるのだろうかとルイズが考えていると 教室全体の雰囲気が慌しくなる。何事かと思うが原因はキュルケが炎を出していた。 どうやらギトーが挑発し、それにキュルケが応えようとしているようだ。 結果はギトーがキュルケの炎を吹き飛ばして終わり。 「諸君、風の前ではすべての者は立つことはできない。火、水、土そして伝説の虚無さえもなぎ払うだろう。 私はここに風の最強の証を君たちに見せよう!ユビキタス・デル・ウィンデ・・・・」 詠唱が終わった後、教壇には三人のギトーがいた。 「これは風の遍在だ」 ギトーの二体の遍在はそれぞれに向かって風の魔法を使う。風の魔法エアハンマーがぶつかり合う。 生徒の注目が集まっているのを見てから遍在2体が消滅する。 「風は遍在する!いかに相手が強かろうが数の力には適わない!これが風最強の証明だ!」 そのとき戸口が開いてコルベールが入ってきた。ずいぶん慌てているように見える。 生徒に強さを見せつけたことで機嫌のいいギトーは朗らかに対応する。 「どうしました?ミスタコルベール。今は授業中ですぞ」 「授業は中止です、はやく外に出て準備をしてください。 急な話ですが明日の使い魔品評会ですが王女、アンリエッタ姫がご観覧なさるのです。 ゲルマニア親善訪問より戻られた足でこちらに向かわれており、本日到着予定だそうです」 それだけ言うとすぐに扉より出て行ってしまう。 そして少しずつ伝えられた内容が頭に染み込んでいくと、生徒たちの間でざわめきが起こった。 生徒たちが整列し道を作り、目の前を騎士に護衛された馬車が通っていく。 時折馬車の中から微笑みながら手を振る少女に歓声を上げていた。 その少女は馬車の外から見えない位置に座ると大きくため息をついた。 「姫様。ため息をつくのはこの馬車の中でだけですぞ」 頭に小さなティアラを乗せた少女、トリステインの王女であるアンリエッタ・ド・トリステインは 自分に話しかけてきた目の前に座る人物に目を向ける。 トリステインの政治で辣腕を振るうマザリーニ枢機卿。権力の集中により彼はよく悪く言われるが 間違いなくトリステインのために行動している。 このたびのゲルマニア訪問も彼が調整したものであった。 今回の訪問によりアンリエッタの将来が決まってしまったことで恨み言の一つも言いたいが トリステインのためを思うなら一番の選択肢であろう。しかし今回のこと問題を残していた。 その問題を知るのはおそらく自分だけだろう。そしてこの問題は公にすることができないため、 アンリエッタは目の前の人物に相談することもできない。だからこそ自分は気分転換にかこつけて 親友がいるこの学院に来たのだ。この問題を解決できるであろう人物に会うために。 「此度のことで姫様は何か悩んでらっしゃるようですが大丈夫です。 私がすべて取り計らいます。何も心配はいりません」 マザリーニ枢機卿の言葉にさらに自分がなんとかせねばなるまいとアンリエッタは決心した。 学院の生徒たちが王女に注目していたとき、ルイズはその隊列の中でも魔法衛士隊を観察していた。 一人ひとりがトライアングル以上のメイジであり、かなりの剣の腕前まで持っている。 最終的にトリステインを平らげるにはこいつらが立ちふさがるであろう。 だがこのルイズを相手にグリフォンに乗っているのは失敗である。いつか来るそのときが待ち遠しい。 歓迎式典が終わり、授業が無いことを確認したルイズは図書室にいた。 読んでいるのはマジックアイテムの本。魔法陣については分かったがそれ以上に気になるものがあった。 それは夢で見た光る玉だ。まさに夢で見た効果は天敵と言えるほどではないだろうか。 これについては調べるにしても他の者に知られるのはまずい。 なんと言ってもルイズにとっては危険な物である。 例え信用が置ける者であっても知られるわけにはいかない。 同じく図書室にいたタバサも誘わず黙々と探し続けた。 ────────── 今日、使い魔品評会が午後から行われる。 すでに中央広場にちょっとした舞台会場が設置され、学園内は魔法衛士隊の面々が巡回を行っている。 昼食の時間になった頃に使い魔の目が覚めていないことを確認し、 ルイズは使い魔品評会を辞退することにした。 ぎりぎり間に合うのではないかと考えていたが、そんな都合のよいことは起きなかった。 落胆の念がかなり強く、立ち上がるだけなのに苦労する。 医務室を出てすぐに会ったコルベールに使い魔品評会を辞退することを告げると、 コルベールも使い魔が起きない現状を知っていたので了承し、 握りこぶしを作って報告するルイズが落ち込まないようにと励まそうとする。 「あなたの使い魔はすばらしい力を持っています。 心無い人は眠っているだけだと言ってくるかもしれませんが、優れていることは間違いありません。 メイジの実力は使い魔を見ればわかると言います。 優れているが眠っている使い魔と同じく貴方の力もまた使い魔と同じくまだ眠っているだけなのです。 あなたは間違いなく最高のメイジですよ」 コルベールがルイズをメイジとして持ち上げるように話すのを聞き、ルイズは少し冷静になることができた。 魔法が使えるようになってから自分がメイジだと変に意識しすぎていたことにルイズは気付いたのだ。 もともとルイズが剣を持ち始めたのも、型に当てはめずに自分を強くしようと思ったからである。 コルベールに礼を言って別れると図書室に向かうことにする。 今回のことで初心を思い出し、自分に精神的な未熟さを実感した。 それにまだまだ振り回されるかもしれないことに頭を痛める。 致命傷にならないうちになんとかしないといけない。 使い魔品評会はタバサの風竜が最優秀賞を勝ち取ったそうだ。 その夜、ルイズが部屋でデルフリンガーと先住魔法について話していた。 普段なかなか喋らせてもらえないデルフリンガーは機嫌がよさそうだ。 「お前さんのは契約はしているがエルフとかが使う先住魔法とはちょっと違うんだよなぁ」 「エルフがどんな先住魔法を使っているか知らないけどオークが持ってきた奴だからね。 でも回復魔法が使いたかったわ。あれほど恐ろしい魔法はないわよ。 死んでなければ大怪我を負っても回復できるとかありえないわ」 「確かにありゃすげぇよな。あいつとおめえさんとの剣の修練の名を借りた殺し合いで どちらも死んでねぇのは間違いなくあの「べほまら」とかいう魔法のおかげだ。 戦うのはいいけど心臓に悪いぜ」 「あんたのどこに心臓があんのよ」 「ひでえな。こんなに心配してやってんのによ。 こんなことならおめぇさんが失敗した時にもっとからかってやればよかったよ」 「あんた息の根止めるわよ?」 「俺は剣だから息なんてとうの昔に止めてらぁ。むしろ息なんてしたことねぇ」 「それは私への挑戦と受け止めたわ」 そう言うとルイズはデルフリンガーを手に取り、折るように力を加える。 「あ、ごめん、言い過ぎました。申し訳ございません」 すぐに謝罪してきたデルフリンガーに半目を向けながら、床に放り出す。 床に投げられたデルフリンガーは先程の殊勝な態度はどこへやらすぐに文句を返してくる。 「ったく。剣の扱いが荒いぞ。もっと丁寧に扱えよ」 「あんたの減らず口が減ったら考えてあげるわよ」 デルフリンガーの不満にしっかりとルイズは返す。 「嬢ちゃんとはこんだけ馬が合うってのになぁ。相棒じゃねぇのが残念だよ」 ルイズはふと気になる言葉を聞いたので眉を動かす。 「また剣の振り方がどうとか言い始めるんじゃないでしょうね。そんなの習得するのに何年かかるのよ。 戦闘への慣らしの方が重要でしょ。技術ってのは後から付いてくるって聞くしね。 ところで、相棒じゃないってどういうこと?あんたは私の剣でしょ?」 ルイズは少なからずこの剣に心を許していた。現段階でルイズの裏側を一番知っていると言える存在だ。 しかしここでそれが否定されるように感じてルイズは不安を抱いた。 「いや、それはもういいよ。おめえさんには必要なくなった。 それと相棒ってのはな、持ち主とか使用主ってことじゃねぇよ。 ええっと、・・・なんだっけ?忘れちまったなぁ」 マヌケなデルフリンガーの返答があったとき、ルイズの部屋にノックが響いた。 デルフリンガーへの追求を抑え、軽く闇の衣を纏う。 先程の会話を聞かれていたかもしれないことに背筋が寒くなる。 ルイズは慎重に扉を盾にしながら開ける。そこにはローブを纏った不審人物がいた。 部屋に入ってこようとするので、肩を掴み壁に押し付け、精一杯ドスを効かせた声で話しかけた。 「どちら様でしょうか?不審な動きをすると唯ではすみませんよ?」 「ル、ルイズ?」 どこかで聞いたたことあるような声に首を捻る。言葉に焦りが混じるローブの人物がフードを外した。 下から現れたのは頭にティアラを乗せた同年代くらいの少女。 その顔を見てやっとトリステイン王女であるアンリエッタだということに気付いた。 まさかの訪問客に思考が停止しそうになったが被り振りながら冷静になろうと努める。 なぜ王女がこのように人目を忍んでくるのかが疑問に思うが、 とりあえず部屋に入りたそうにしているので入れてやる。 部屋に入った王女はディテクトマジックで部屋を探索した後、懐かしそうに話始めた。 うれしそうに昔話に興じる王女の相手をしながら考える。 様子からしてルイズとデルフリンガーの話は聞いていなかったように見えた。 ルイズと王女はそれなりに親しかった事もあり、会いにきただけということもあるかもしれない。 宮廷で言えないような愚痴でも言いにきたのだろうか? さっさと本題に入りたいルイズはアンリエッタに質問をする。 「姫様。それで今日は旧交を温めに来られたのでしょうか?」 ルイズが促すとアンリエッタは途端に浮かない顔をしてきた。 「私、結婚するの」 合点がいく。アンリエッタはこの事で愚痴を言いに来たに違いない。 確かこの娘はアルビオンの王子が好きだったはずだ。 いつぞやは逢引のために抜け出す時に身代わり役として寝床に潜っていたこともあった。 アルビオンの戦況ではその王子の属する王党派が終わろうとしている。 今入っている情報は反乱軍の兵士によって城の包囲が完了しそうであるとのことだ。 その暗い表情のアンリエッタに口の端で笑いながらもしっかり手で隠して事情を伺う。 「おめでとうございます。それでお相手の方は?」 「ゲルマニアの皇帝です」 それを聞きルイズはなるほどと頷く。 「今回のゲルマニア訪問の目的はそれでしたか。 まあ今のアルビオンでの内乱で、貴族派の反乱が成功すれば次はトリステインですからね。 ゲルマニアとの同盟は賛成します。王族としての責務大変であろうことをお察しします」 ゲルマニア─トリステイン間の婚姻による同盟。 当然考えられることであった。しかしこれはまずいことになってきた。 同盟が成立すれば反乱軍が攻めにくくなってしまう。この婚姻は妨げなければならない。 どうしたものか・・・ しかしアンリエッタはその言葉に絶句する。おそらくルイズならゲルマニアの皇帝との婚約に怒りを感じて そんな境遇の自分に同情すると思っていたのだ。 部屋に入る時といい、冷静なルイズの言葉に戸惑いが生まれる。 「その通りです。ですが、問題があるのです。 アルビオンのウェールズ様を覚えておりますか?」 「覚えてますよ。あのアルビオンの凛々しい王子様ですね?」 「そう、そのウェールズ様に私はある手紙を出してしまったのです」 「手紙を出すくらいで問題にはなりませんよ」 「いいえ、違うのです。 その手紙にはゲルマニアに送られれば婚約は解消されるほどのことが書かれているのです。 ・・・はっきり言ってしまいましょう。手紙私からウェールズ様への恋文です。 婚約解消となればトリステインは独力で反乱軍と戦わねばならなくなります。 この国のためにもなんとしてもその手紙を回収しなければなりません。 それも絶対の信頼の置ける者でなければこんな任務を拝命させるわけにはいかないのです。 しかし私が信頼できるような者は宮廷にはいません。どうすればいいのでしょう。 誰か罪深い私を助けてくれるような者はいないのでしょうか」 アンリエッタはちらちらとルイズを見ながら事情を説明してくる。 話し方からして、ルイズが自分から志願してくれるのを待っているようであった。 まさに渡りに船の申し出であった。この任務に失敗すれば同盟の話はなくなる。 その様を思い浮かべたルイズはアンリエッタににっこりと微笑みを送る。 「姫様!ここに私がいるではありませんか。私にどうか命令してください。 手紙を見事手に入れてこいと。それだけで動く貴方の友が宮廷にはいなくともすでに目の前にいます」 驚いているような顔を作りながらアンリエッタは言葉を返す。 「いけません!貴方をそのような危険な場所に行かすなどどうしてできましょうか」 「姫様のためならば危険なぞ省みない覚悟です」 「本当に行ってくれるのですか?」 「もちろんです。私以外にこれほど適任な者もいないでしょう。 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、トリステイン貴族として、 そして何よりあなたの親友として!この任務果たしてみせます」 「ああルイズ!私はなんとよい友を持ったのでしょうか」 「任せてください。すべてうまく行きますよ。すべて、ね・・・」 アンリエッタは最初に感じた違和感を忘れ、 ルイズの微笑みと自信のこもった言葉に大きな安心を覚えていた。 自分の指から指輪を抜いてルイズに手渡す。 「ルイズ。これは王家の宝、水のルビーです。これをあなたに。 もし路銀が足りなくなればそれを売り払ってください」 ルイズはありがとうございますと言いながら受け取り自分の指に嵌めた時、 突如大きな音をたててその扉が開いた。そこにいたのは金髪の優男。 その名をギーシュ・ド・グラモンという。 ずいぶん前にルイズに決闘でフルボッコにされた男だ。 「話は聞かせていただきました!その任務、私にも任せてもらえないでしょうか?」 どうやら聞き耳を立てていたようだ。 ルイズはため息をついてからアンリエッタに視線を送る。 アンリエッタは純粋に驚いているだけのように見える。 とりあえず提案だけでもしてみる。 「この女子の宿舎に忍び込んだネズミは始末したほうがよいですね?」 「それは少し過激です。でも聞かれた事が事ですし仕方ないのかもしれませんね」 その会話を聞いてギーシュは失敗という言葉が頭をよぎる。 トリステインの一輪の花、アンリエッタ殿下に名前を覚えてもらい、 もしかすれば親しくなれるかもしれないチャンスに舞い上がり、 部屋に突入してしまったが窮地に立たされてしまった。 ギーシュはルイズの恐ろしさを文字通り身に染みて理解していた。 決闘での悪夢はいまだに夢に見てしまう。 そして土くれのフーケを学院長室まで引きずっていったのをギーシュはしっかりと見ていた。 なんのためらいも無くやると言ったらやる性格。 使い魔を召喚してから変化した凶悪なルイズが今は口封じという口実を手にして ギーシュに視線を向けている。顔から血の気が引き、手がぶるぶる震え始める。 「お、おお、お待ちください。私、ギーシュ・ド・グラモンはトリステイン貴族の一人として 姫殿下のお役に立ちたいのです」 その言葉にアンリエッタが反応する。 「グラモン?あなたはグラモン元帥の身内の方ですか?」 「息子であります!」 「あなたも私の力になってくれるのですか?」 「このギーシュ。姫殿下のためならばどのようなことでもやり遂げて見せます」 二人のやりとりを横から見ながらルイズは考えていた。 危機を脱しようと思っているギーシュはなかなか饒舌である。 しかしギーシュを連れて行くとどうなるだろうか。連れて行くなら先住魔法は使えない。 打算の結果、不可との結論が出る。 「だめよ。貴方じゃあ足手まといにしかならないわ。身の程を知りなさい」 しっかりと釘を刺すがアンリエッタがにっこりと微笑む。嫌な予感しかしない。 「ルイズ、そう言わずともいいじゃない。彼は彼で私のために動こうとしているのです。 そんな貴族の忠誠を無碍にはできません。ぜひ彼も連れて行ってください」 「そ、そうだ!ドットとはいえメイジだぞ。ゼロの君とは違う!」 どうやらアンリエッタは本当に足手まといとなるとは考えていないようだ。 そして彼女に支持されたギーシュはかなり勢い付いてしまっている。 その言い草にルイズは静かに怒りを覚える。 「そのゼロにボロクズにされたのは誰かしら?ミスタグラモン? まあいいわ付いてくるのはいいけどこの任務は非公式だから死んでも名誉の戦死とはいかないわよ?」 「の、望むところだ。表に出なくとも貴族としての行動ならば誰が謗ろうとも恥じることはない」 名誉がない。そのことを聞いてギーシュは唾を飲み込んだがアンリエッタがこの場にいることを思い出し、 見栄をを張り通してきた。 仕方がない。ギーシュには途中で死んでもらうことにしよう。 それよりこのような任務を任せるほどアンリエッタが自分を信頼していることにルイズは注目する。 信じれる者が近くにいないとはなんとおもしろい姫だろうか。 もっとも信頼しているのが昔いっしょに遊んだだけのルイズであるというのが一番の笑い話である。 ルイズはアンリエッタが小娘である自分にこのような任務を与えることを馬鹿にするように考えていた。 しかし、貴族王族といった権力の渦の中でそのようなものに煩わされない友であり、 最近、トリステインで暴れていた土くれのフーケを捕まえるという偉業を達成しすることで 実力を示したルイズはアンリエッタからしてみれば今回の任務にまさに打ってつけの人材であったのだ。 アンリエッタよりウェールズへ宛てた手紙を受け取り、ギーシュとアンリエッタが帰った後、 一通の手紙を書く。その手紙を持ってタバサの部屋に行く。 扉をノックしたが返事がないので勝手に入ることにした。 部屋にはベッド、机、本棚だけであり、かなり殺風景と言えるだろう。 タバサは机に向かい椅子に座って本を読んでいたが、 ルイズが視界に入ると本にしおりを挟み机に置いて向き直ってきた。 「タバサ、今からちょっと付き合ってくれない?」 タバサが頷いて了承を示したのを確認するとルイズは使い魔で近くの森まで運ぶように頼んだ。 すぐにタバサは窓まで行き、口笛を鳴らす。ルイズとタバサはすぐに飛んできた風竜に乗り込み、 森の入り口に向かった。ルイズ持っていた手紙を手近な木の枝に結びつけるとすぐに学院へ帰る。 もちろん魔法衛士隊の巡回に見咎められたが、今日行われた使い魔品評会でタバサとその使い魔は よく知られていたためすぐに開放された。 何事もなく終わったがタバサの風竜がずっとこちらを睨んでいたことが気にかかった。 元々使い魔には避けられていたが明確な敵意を向けるのはシルフィードだけだ。 タバサの風竜はアルビオンへ渡るのに使えるだろうが、タバサを完全に支配下に置いていないことから 協力を断念せざるを得ない。まだ彼女には光があるのだ。 タバサの母はおいしいネタだが、シルフィード然りまだルイズを裏切る余地がある。 それを完全に消すまでは弱みをみせることはできない。 朝が来る。 ルイズはすぐに寝巻きから旅装に整えてデルフリンガーを背負い、使い魔のいる医務室に向かう。 ルイズが使い魔に会いに行くのは毎朝の日課となってしまっていた。 今だに寝続けている使い魔に変わった様子は観られない。 今日から少し長く使い魔と離れることになる。 魔法が使えなかったルイズが始めて成功した魔法で呼び出された使い魔。 ゼロと陰口を叩かれていたルイズに新しい価値観と力を与えてくれた存在。 そして毎晩のように夢の中で安らぎ教えてくれている。召喚してからルイズは与えられてばかりである。 これでは主人とはとても言えないだろう。 いつまでも使い魔におんぶに抱っこでは格好がつかないではないか。 せめて目覚めさせなければ。 使い魔がいままで夢の中でルイズに伝えていたことを考える。 とにかく人間が負の感情を抱くようにすればよかったはずであった。 希望を見出せない世界を創ることはルイズ自身も望むことである。 「言っとくけどあんたのためにアルビオンに行くんじゃないんだからね。 私は私がやりたいから行くのよ。勘違いしないようにね」 使い魔には感謝をしているというのに口をついて出たのは憎まれ口であった。 眠っていて聞いてないであろう相手とはいえどうにも素直にはなれない。 そんなルイズの目に一瞬だけ黒く輝いた使い魔の左手のルーンの光が飛び込んだ。 返事は期待していなかったルイズは激励を受けたように気分が高揚してくる。 「あら?このルーン。もしかしてこのすごいのが相棒だったのか? じゃあ嬢ちゃんは・・・」 デルフリンガーが何かを言っているがルイズは無視して使い魔を見つめる。 「ついでだしあんたも叩き起こしてあげるわ!感謝しなさい!」 堂々と啖呵切ったルイズは医務室から出る。 まだごちゃごちゃ言っているデルフリンガーは鞘にしっかり入れて黙らせた。 ルイズはそのまま集合場所に着いたときすでにギーシュが馬を用意して待っていた。 「ルイズ、馬の用意をしておいたよ」 ギーシュがルイズに話しかける。 この任務で大事なのはすばやく手紙を奪取し、それをゲルマニア皇帝に送ることだ。 確かにゆっくりと旅して間に合わなくなり、貴族派の手に手紙が渡っても 高確率でゲルマニアの皇帝に送られるだろう。 しかし少ない可能性だがアンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻がアルビオン側に伝わることになれば ウェールズ王子が自ら手紙を処分することもあるかもしれない。 できるかぎりの速さが必要なのだ。 馬の具合を確かめているとギーシュが話しかけてくる。 「あの、つ、使い魔を連れて行ってもいいかな?」 メイジの使い魔を連れて行くことは別段おかしいことではない。 疑問に思っていると地面が膨らみ、何かが顔を出す。 それは1メートルを超えるでかいモグラだった。ルイズから隠れるようにギーシュの後ろに行くが 鼻をすんすん鳴らしながらつぶらな瞳でルイズの方を見ている。 ルイズはその使い魔が自分の手元を見ていることに気付き、右の眉を上げる。 その反応を敏感に捉えたのかギーシュは反対されると思ったのかまくし立て始める。 「ごめんよ。急ぎの任務であるのに地面を進むジャイアントモールを連れるなんてだめだろう。 馬鹿なことを言っていると僕だってわかってる。でも僕とヴェルダンテは一心同体なんだ!」 いきなり使い魔を抱き始めたギーシュは放っておき、手を動かす。動く手に沿ってジャイアントモールの 瞳も動く。どうやら指輪を嵌めている手を見ているようだ。指輪をはずしポケットに入れる。 視線がポケットに向けられているのを確認し、もう一度付け直す。 「ギーシュ、このモグラ、私の指輪を見ているようだけど?」 「え!・・・そ、それはヴェルダンテの習性だよ。彼はよく鉱石を見つけ、集めてくれる。 土メイジとしてはすばらしいパートナーだろ?」 使い魔を自慢するギーシュは本当に殺したい。 「連れて行ってもいいわよ」 「ほ、本当かい?ありがとう!」 地獄に仏を見つけたかのような顔をするギーシュに釘を刺す。 「ジャイアントモールは土の中を移動するけれどその潜行速度は馬並みよね? ただし遅れたら放って行くわよ」 ベルダンテベルダンテと騒いでいるギーシュはこの旅の中でその短い生涯を遂げることになるだろう。 今の内に騒いでおくといい。 そのときルイズはギーシュの後ろにこちらに近づいてくる影を見つけた。 見たところ年齢は二十台後半といったところか、かなりの美形で体格もよい。 騎士の一人なのだろう。こんな朝早くから騒いでいるので様子を見に来たのかもしれない。 足音が聞こえるようになってやっとギーシュもその騎士に気付いた。 「ええと、朝から騒いでしまい失礼しました。特に問題はないので・・・」 「いや、僕は君たちの護衛を任されたのだよ。 私は魔法衛士隊グリフォン隊隊長のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」 ルイズはそれを聞いて歯噛みする。護衛を付けられてしまった。 それもそうだ。普通に考えてこれは当たり前の処置。 いくらアンリエッタがルイズを信頼していてもこれは国家の大事なのだ。護衛が付くのは当然だろう。 だがルイズから見れば護衛ではなく監視でしかなかった。 魔法衛士隊と言う実力でしか入ることのできない部隊。 その隊長を務めるからにはこのワルドはかなりの実力者なのだろう。 だが予定は特に変わらない。『貴族派の刺客』に殺されるのが二人に増えるだけだ。 しかしこのワルドの実力がどれほどのものであるかがわからなければうかつなことはできない。 「久しぶりだね。僕のルイズ」 微笑みながら話しかけてくるワルドに不審な物を見る目を向ける。 「おや?僕のことを忘れてしまったのかい。婚約者に忘れられるなんて僕は悲しくて死んでしまいそうだよ」 そう言われてルイズは自分に婚約者が居たことを思い出す。 たしかにワルドはルイズの婚約者であった。そういえば憧れていたような気もする。 最近いろいろあったので綺麗に忘れていた。死んでしまいそうならそのまま死んでくれたらいいのに。 「すっかり忘れていました。それに婚約は親が勝手に決めたことです。 それに振り回されてはいけませんわ」 ワルドはルイズの綺麗な笑顔での忘れていました宣言に対しても全く動揺した様子を見せない。 なかなかに面の皮が厚い。 「なんと言うことだ。でもこの旅できっと二人の間を縮めてみせるよ」 ワルドが口笛を吹くとグリフォンが空から降りてくる。 それにワルドが騎乗し、ルイズに向かって手を差し出してきた。 「ルイズ、こちらにおいで」 ルイズが素直に寄っていくと突如グリフォンが暴れだした。 ワルドは不意を突かれてグリフォンから落とされたが、きれいに受身を取って起き上がる。 グリフォンは威嚇音を出しながらそのままワルドに爪を向けようとした。 「止めなさい」 それをルイズが止める。グリフォンはワルドから目を離さないように動きながら ルイズの横にくると従者であるかのように伏せる。このグリフォンの動作に笑みを堪えきれず、 ルイズは手で釣りあがる口元を隠す。 これがルイズが始めて魔物を従えるということに成功した瞬間であった。 オークは最初から従順であったのでルイズはしっかりと自覚できていなかった。 これまで学院の使い魔たちには避けられ、本当に魔物を操れるのか不安であったが、 そんな悩みを一掃してしまった。使い魔となった魔物だけが従わないのだと理解できた。 ルイズは愛おしそうにグリフォンの鼻先をなでてから馬に乗せようとしていた荷物をグリフォンに付け直す。 ギーシュとワルドはそれを見て絶句していた。 しっかり飼いならされ、訓練を受けたグリフォンが騎士に逆らい、初めて会った少女に従っているのだ。 「ワルド子爵。この子、貴方を乗せたくないみたいよ?嫌われたわね。 この子には私だけが乗っていくから貴方は用意した馬に乗って頂戴」 あっさりとそう宣言した後、自分の荷をくくり付け終わり、ルイズはさっさと出発しようとしている。 「ヴィンダールヴ?いや、しかし使い魔はガンダールヴのはず・・・ 始祖の魔法か?・・・・」 ワルドの呟きは誰にも聞かれず空に解けて消えた。 魔法学院の学院長室。 オールドオスマンはその出発の様子をしっかりと見ていた。 隣にいる王女にはよくぞルイズを国から離してくれたと喝采を送りたい。 「しかし大丈夫なのでしょうか。頼んだのはいいですがやはり不安です」 「そのためにグリフォン隊の隊長殿を付けたのでしょう? それに貴方が思っているよりもミスヴァリエールは強いですぞ」 「そうですね。さっきも騎士のグリフォンを奪うなんてことして・・・ あの子は昔から変わっていたけど、ここでも変わらないのね」 アンリエッタが微笑ましそうに見ていたその光景はオスマンから見れば異常としか言いようがない。 訓練を積んだグリフォンが主人に攻撃したのだ。異常でなかったらなんだというのだ。 「彼女らに始祖ブリミルの加護のあらんことを・・・」 祈る王女から視線をはずしこれからのことを考える。 アルビオンに行くには浮遊大陸がもっとも近づいてきたときでないと航行便は出ないだろう。 3日以上はまだトリステインにいる計算になる。 王党派と連絡を取るのに手間取ると任務終了までにどれだけ時間がかかるかわからない。 亜人を滅するのは彼らがアルビオンについてからでいいだろう。 前ページ絶望の使い魔