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ギーシュ・ド・グラモンは武門の生まれである 父も、長兄も次兄も三兄も、常に戦の先頭に立って活躍している 「生命を惜しむな、名を惜しめ」とは 幼い頃から父に聞かされてきた家訓であった そして、今ここで彼は 「…ぐ、ううっ」 腰が引けていた ために一歩出遅れたのが彼の幸運であったのだろう 召喚したての使い魔、大モグラ(ジャイアント・モール)のヴェルダンテを あのおかしな平民にけしかけずにすんだのだから 向かっていった使い魔のことごとくがブッ飛ばされたのを見て 彼のファイティングスピリットはさらにくじけていた (冗談じゃあないぞ… なんなんだあれはぁぁぁ~~ 戦列艦が服着て歩いているのかぁぁ~~ッ 無理、絶対無理ッ あんなの勝てない、近寄りたくもないッ) 心の叫びが顔に出る 必死に隠したところでバレバレ 彼はそういう男だった だが そっと後ろを見る おびえ、ふるえる愛しい女子生徒達が告げていた 今こそグラモンの武勇を見せよと 「く、く、くぅッ…」 (くそぉぉ~~ッ 行くしかないのかぁ~~ッ ぼくが一体何をしたっていうんだぁ~~ッ) 彼はナンパ男だった しかも無類のミエッ張りだった ドバァッ しかし、流れる冷汗はやっぱりウソをつかなかった 足下の震えは武者震いだと自分で自分に言い張っていた 「およしなさいな」 後ろから呼ばれて振り向くと、額の汗がボダタァッと芝生に滴った そこにいたのは褐色肌のボンッキュッバンッ キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー グンバツのボディーを持つ女ッ!! 「ととと止めないでくれたまえよ、ミス・ツェルプストー ご婦人には、きッききき危険すぎるッ」 「逃げなかったのはホメてあげるけど、あなたのそれは『無謀』よ、タダの…」 「ぶっ侮辱はやめてもらおうッ!! このボクとて武門のはしくれッ 惜しむ生命などッ」 「はいはい、ゴタイソーな前口上はいいから下がってなさい …勝ちたいんでしょ?」 「あるのか勝算がッ!?」 「落ち着いて観察なさい」(つーかナンもカンガえてなかったのねアンタやっぱり) キュルケは鳥の巣頭を指し示す 生徒用の、教鞭状の魔法の杖の先端で ドッ ガズッ ドバ ちょっとだけタフな使い魔達が最後の戦いを挑んでいたが 全員コロリと昼寝するのは時間の問題だった 「見てわからない? あいつを中心に半径2メイルか3メイル」 キュルケの眼には見えていた 鳥の巣頭を中心とした、キレイな球形のシルエットが 最初にたくさん襲いかかっていったとき すでに観察を終えていたのだ 「アッ!!」 ギーシュにも、今見えた 鳥の巣頭がわざわざ相手に「走り寄った」のをッ 「1(アン)」 人差し指を立て、数字の1を示すキュルケ 「あいつは遠くの敵を殴れない」 次に別方向を示す まずは衛兵の方向を、続いてルイズの胸元を 衛兵の兜は頬と醜く混ざり合い、ルイズのマント留めもまたオカシな形に変わっていた キュルケは人差し指に加え中指を立てる 「2(ドゥー)、あいつに殴られたものは変形する」(リクツはゼンゼンサッパリだけど) 「ちょっと待て、ミス・ツェルプストー」 ブワァッ ギーシュの冷汗はスゴイ勢いで復活していた 改めて鳥の巣頭が恐ろしかった 「それは、つ、つまり……こういうことじゃあ、ないのかい 『殴られたら終わり』」 「ええ、その通り でも、『殴られなければいい』とも言えるわよね」 キュルケも決して恐ろしくないわけではなかった だが彼女の中で勝算は限りなく100%に近づいていた 「『殴られなければいい』だって? キミの目は…フシ穴なのかい?」 「あら、どうして?」 ビシイッ ギーシュは鳥の巣頭を指さしたッ 「あいつを見ろよ 怒ってるぞ――ッ 女王陛下のドレスの裾を踏んづけても気づかないくらい怒ってるぞ――ッ」 ムッ!? 鳥の巣頭は直感的に気がついた 誰か自分を指さした 笑われたような気がする ムカつく ぶっ飛ばす!! ズザザッ 駆け足ッ ギーシュの目の中で鳥の巣が次第に巨大化してくるッ 「ま…待て、こっちに、こっちに来るぞッ あんなのをキミはどうするつもりなんだぁぁ―――ッ」 「いいから落ち着きなさいな、みっともない…」(どうみてもアンタのせいでしょアンタの) 「これが落ち着いていられるかッ 父上、母上、兄上、ああっ先立つ不孝をお許し下さいッ」 ギュッ 胸元に指を組むギーシュは始祖プリミルの元に予約席を取りに走っていた ドドドドドドドドド 迫り来る死神 その名は鳥の巣ッ キュルケは他人事のように赤い髪を掻き上げ、 魔法の杖の先端を右手人差し指でピンピン弾いていた 「あなた、そんなにアレが恐ろしいの」 「恐ろしいさッ 怖いに決まってるだろ――ッ」 「でも安心なさい、もう恐れることはないわ」 「えッ なんでッ!?」 ビククゥッ 思わず縮めた身を伸ばし、キュルケの顔を見るギーシュ 自信満々の表情に今すぐ答えを求めていた 「なぜなら」 「な、なぜなら?」 グワッ キュルケの杖がピンと跳ねた瞬間に炎の塊が飛んでいく 鳥の巣頭に寸分違わず飛んでいく 「鳥の巣頭」に飛んでいく そして ボソァッ ボロッ ドザァッ 「…3(トロワ)!!」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「私がもっと怒らせるからよ、ギーシュ・ド・グラモン」 炎の塊は頭上をそれて飛んでいった 「鳥の巣頭」の前半分が、かすれた炎にえぐり取られて消えていた 今やそれは鳥の巣ではなく、前に飛び出たボンバーヘッドであった 「…う、うう、ウソ、ちょ、マ、マジ、そ、そんな ば…ば、ば…バカなぁぁ―――――ッ!?」 呆然とする鳥の巣男を前に、ギーシュの絶叫だけが響いた 「さぁて―――手合わせ願おうかしら? この、微熱のキュルケがッ」 ドンッ 決闘の手袋を叩きつけるがよろしく、 キュルケが前に、進み出たッ 3へ
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わたしの目の前に男が現れた、やっと成功したサモン・サーヴァントだというのに 唯の平民を召喚してしまったようだ。 「あんた誰?」 とりあえず名前を聞いてみることにする 「・・・俺はプロシュートだ」 この目の前にいる男はプロシュートというらしい 「けっこうイイ男じゃない、ルイズあんた使い魔じゃなく恋人を召喚したの?」 キュルケがそう言うと、みんながどっと笑う・・・腹立つ 「違うわよ!」 すぐそっち方面に話が跳ぶキュルケに否定する 「さて、では、儀式を続けなさい」 コルベール先生が続きを促してくる。そうだった、まだ儀式は途中だったんだ 今まで、わたしは使い魔にはモンスターが召喚されるとずっと思ってた だから契約のキスもファースト・キスじゃないとおもってたけど目の前には男の人がいる。 これってつまり、これがファーストキスになるってこと? 召喚した使い魔、プロシュートをよく見る、キュルケの言うとおり ちょっとだけど、渋くてイイ男じゃない。 わたしは覚悟を決めプロシュートに唇を重ねる 「いきなり何をするんだ?」 わたしがキスをしたっていうのに冷たい口調のままでプロシュートが質問してきた 「何って、契約したの、わたしがご主人様であんたが使い魔」 「ぐあ!ぐぁあああああ」 プロシュートの左手にルーンが刻まれていく 「ふざけるな!」 ビシィ プロシュートがいきなり平手打ちをしてきた 「なにをするの?主人に手を上げる使い魔なんて聞いたことないわ」 わたしが睨みつけるとプロシュートは自分の頬を押さえていた 何よ、痛いのはわたしのほうでしょ 「どういう事だ?」 プロシュートは、今度は反対側の頬をつねり上げてきた」 「いたい痛い、やめなさいよ、やめて、やめてください」 ようやく、つねるのを止めたと思うと1人でブツブツ言い始めた 「ご主人様のダメージ、イコール使い魔のダメージってコトか」 「あんた、なんなのよ!」 「ルイズと言ったな、理解したぜ、お前がご主人様で俺が使い魔だってなあ」 あっさりと言われた怒りが何処かにいってしまった 「わっ解ればいいのよ、教室に行くわよ付いて来なさい」 プロシュートはだまって後を付いて来る 納得はできねえがな 頭の中に声が響いてきた To Be Continued
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前ページ次ページ時の使い魔 決闘の後、授業が終わり夕食を済ませた後、ルイズと時の君は学園から少し離れた平原 に来ていた。 「さあ、まず何からやるの?」 時の君の術の力を目の当たりにし、これなら魔法を使う上でのアドバイスを受けられる と思ったからである。 「そうだな、何でもいい。魔法を使ってみろ。」 「何でもいいって…爆発しか起こらないわよ…わかったわ。」 短く詠唱し、ファイヤーボールを唱える。自分が想像していた位置よりも少し反れた場 所に爆発が起き、地面を抉った。 「…もう一度だ。」 「これで何か判るのかしら?」 ブツブツと文句を言いながら、もう一度ファイヤーボールを唱えた。やはり爆発が起き、 大地に小規模なクレーターを作る。 「もう一度。」 「な、何なのよ…」 その後も魔力が尽きるまで何度も繰り返され、辺りはさながら戦場の様に荒れ果ててい った。 「も、もう無理…限界だわ…何なのよ、もう…」 ルイズはその場にへたり込み、うつむきながら肩で息をしている。 「…この爆発は、燃焼や魔力の暴発と言う訳ではなさそうだ。まだ確証はないが、おそら く御主人様の魔力が粒子を振動させる事によって爆発という結果になっているのだろう。」 「は?何?どういうこと?」 「推論が当たっていれば、制御さえできれば色々な事が出来そうだという事だ。」 「ほ、本当!?爆発するんじゃなくて。他のことも出来るの!?」 時の君の解答に一度に疲れが吹き飛ぶ。暗闇に一筋の光明が見えてきた気がする。 「物の根源を操れる可能性があるからな。…今日はここまでにしよう。帰るぞ。」 そう言うと、ルイズの体の下に手を差し込み、抱え上げた。 「な、何するのよ!?」 これは俗に言うお姫様だっこではないか、突然の時の君の行動に動揺し、ばたばた暴れ た。 「暴れるな。疲れたんだろう?部屋まで運ぼうとしているだけだ。」 「そ、そう…し、しょうがないわね、部屋まで運ばせてあげるわ!」 今なら歩けと言われれば歩ける気もするが、せっかくの使い魔の申し出を無碍にするわ けにもいかないので、時の君の腕に体を預け、頬を赤らめながら部屋へと戻っていった。 「水を持ってくる。明日も授業があるんだろう?飲んだら寝るんだな。」 「そ、そうね、お願いするわ。」 時の君は部屋に戻って来ると、ルイズをベットに下ろし、水差しを手に再び部屋より出 て行った。まだ召喚されてから二日目だが、予想以上に環境に適応出来ている気がする。 決闘騒ぎは起こしたが… 「あ、時の君!お怪我は…無いようですね、よかった…」 水を汲んでいると、偶然シエスタが現れた。おそらく昼の決闘の事を言っているのだろ うが、そもそも触れられてもいないので怪我をするはずもない。 「大丈夫だ。」 「後から決闘の事を聞きました。貴族に勝っちゃうなんて、本当にお強かったんですね、 そうだ!今度、厨房までいらっしゃって下さい!マルトーさんも会ってみたいって言って ました!」 「いいのか?妖魔は恐れられているんだろう?」 ギーシュや他の貴族はそこまで恐れている様には見えなかったが、やはり今朝のシエス タの反応を見るに、特別な力を持たぬ平民には恐ろしい存在なのだろう。 「確かに、皆が大丈夫なわけじゃないんですけど、今朝、洗濯を手伝ってくれた事とか説 明したら、マルトーさんとか他の人も、面白い妖魔だ一度話してみたい、なんて言ってま すよ。」 「そうか、では今度行くとしよう。」 時の君としても人間は襲う気はないので、今後の事を考えると、怖がられない程度には 関係を築いておかないと生活に差し障りがでるかもしれない。 「はい!ではお待ちしておりますね!」 シエスタは時の君へにこやかな笑顔を向け、一礼し去っていった。時の君もとっくに水 は汲み終わっていたので、部屋へと足を向ける。 階段を上りルイズの待つ部屋へと歩いていると、前方に割りと大きめのトカゲが道を塞 いでいた。 「邪魔だ、どけ。」 時の君の言葉に一瞬怯み後ずさるが、気を持ち直したのかマントの端を咥えどこかへ引 っ張っていこうとする。 「きゅるきゅる…」 「何だ?離せ。」 ここに唯のモンスターが出現はずもない。ということは誰かの使い魔であろう、ならば 下手に怪我を負わせて無理やり振り解くと、後にルイズがこのトカゲの主人と揉めるかも しれない、そう考え、仕方なくこのトカゲについていくことにした。 「きゅるきゅる!」 不穏な空気を察知していたのか、明らかに安堵した様子のトカゲが、ルイズの部屋の一 歩手前で止まり、開いていた扉の中へと入っていった。部屋の中にはトカゲの尻尾の炎だ けが光を灯している。 「何か用か?」 「扉を閉めて入っていらして?」 部屋の中の声の主がトカゲの主人であろう。部屋に入れと言っているが、部屋には入ら ず言葉を続けた。 「時間が掛かるか?」 「え?フフ…そうね、今夜は長い夜になりそう…」 時の君の問いに甘い声をだす。 「そうか、では御主人様へ確認を取ってくる。」 「え!?ちょっ…」 時の君は外側から扉を閉め、ルイズの部屋へと戻っていった。 「遅かったじゃない?何かあったの?」 「隣の部屋で呼び止められてな、何か用事があるらしい。長くなるそうだが、行ってきて もいいか?」 「隣の部屋って…キュルケじゃない!あ、あの万年発情猫…!!!駄目よ!ここに居なさ い!!」 言い終わると同時に、ルイズは豪快に扉を開け放ち、部屋から飛び出して行った。隣の 部屋へ入って行ったのであろう大きな音がし、ギャンギャン言い争っている声がする。 「…という訳なんだから、ほいほいキュルケに着いて行っちゃ駄目よ!わかった!?」 子一時間言い争った後に戻ってきたルイズは、ヴァリエール家とツェルプストー家の歴 史を子一時間、時の君に説明した。 「判った。ところで、自由時間が欲しいんだが。」 「へ!?何突然?たまには休みをくれっていう事?」 脈絡のない申し出に変な声を出してしまった。 「夜は自由時間にして欲しい。ご主人様が寝てからでいいんだが…朝までには戻る。」 「ま、まままさかキュルケの所に…い、いいい言った事が伝わってなかったのかしら!?」 どうりで物分りがいいと思った、何も聞いていなかったらしい。これはお仕置きせねば なるまい。 「違う。私は基本的には睡眠は取らない。ご主人様が寝ている間はどうしても暇なんだ、 部屋の中で術の研究をするわけにもいかないしな。だからこの辺り(ハルケギニア全体)を 見て回ろうかと思ってな。」 「そ、そうなの…ま、まぁいいんじゃない?使い魔の仕事を疎かにしなければかまわない わ。」 勘違いだったらしい。だろうと思っていた、忠実なる使い魔である時の君がキュルケご ときになびくはずはない。 「でも、どこにいくの?この辺(精々、街まで)のことなんて全然知らないでしょう?」 「知らないからこそ、色々見て回らないとな。」 「ふーん。でも、あんまり遠くに行き過ぎて迷子にならないでよね。」 「わかった。」 ルイズの寝息を確認した後、時の君は移動するべく精神を集中させ始めた。妖魔特有の リージョン移動である。一度行った場所なら、リージョン内でもリージョン外でも思うが ままに瞬間移動出来る。もしくは他の妖魔を索敵し、その妖魔の元へ移動するという方法 もある。前に聴いた話だが、この索敵能力のせいで、アセルスも随分苦労したらしい(追 っ手が間断なく攻めてきていた。)。 「さて、どこの妖魔の所へ行くか…」 どうせ知り合いもいないので、適当に妖魔を選んで移動することにした。直後、時の君 の姿は完全にルイズの部屋より消えていた。 ―――ガリア サビエラ村付近――― 時の君が移動した場所は、村外れの紫のヨモギが密集した森の中だった。妖魔が、人間 の敵であるという認識がある以上、不用意にここに住む妖魔の目の前に現れる事は、自分 と同じように人間と共生いている場合、迷惑になる可能性があるという配慮の為、妖魔の いる位置より少し離れた場所へ降り立った。 「…あっちか。」 時の君は、妖魔の気配のする方へ向けて歩き出していった。相手も妖魔である以上、時 の君の存在には気付いているだろう。自分より格下の妖魔の様だし、コンタクトを取って きてもおかしくはない。 「これは、高貴なお方。このような辺境にどういったご用件でしょう?」 やはり、数分歩いた所で声を掛けられた。どうやらここに住む妖魔らしい。ルイズなど よりもはるかに幼い容姿の少女が片膝をついていた。 「お前は、魔法は使えるか?人間が言う所の先住魔法について聴きたい。」 時の君は単刀直入に、用件を伝える。黙々とこなす術の研究に飽きてこの世界に来たよ うなものだが、術とは体系の異なる魔法というものにかなりの興味を抱いていた。 「…はい、わかりました…多少は扱えますので私の知っている範囲でよろしければお答え 致します。」 明らかに格上である妖魔からとは思えない質問に、疑問を抱いている表情をしていたが、 淡々と話しはじめた。 「人間の使う魔法の様に理を曲げるのではなく、自然の理に沿う形で精霊の力を…」 話を聴くにどうやら、術はどちらかといえば人間の使う魔法に近いらしい。人間の使う 魔法と先住魔法とは全く違う物のようだ。 「…という訳ですが、これ以上のことならエルフなどでないと解らないと思います。」 「エルフ?」 「はい、人間の異種族で先住魔法の事では右に出る者はいません。…失礼ですが、貴方様 はどちらからいらっしゃったのでしょう?」 不審は解けなかったのであろう、妖魔は当然の疑問を口にした。 「この世界ではない遠くからだ。」 時の君は、人間の異種族なら、索敵で探し当てることも出来ないな…などと考えていた。 「はぁ…よく判りませんが、とりあえずお食事はお済でしょうか?近くに人間の村があり ます。あまり上等なお食事とは参りませんが、ご案内致します。」 納得はしていないようだが、時の君がこの妖魔より上位に位置するのは間違いないので、 丁重に扱っている様だ。 「食事か…お前は人間と共生しているのか?だとしたら、こんな夜中の来客では不審に思 われるだろう。」 「大丈夫です。確かに人間の振りをして暮らしてはいますが、餌である人間にばれたとし てもまた他の村へ移りますので。ささやかながら、おもてなしをさせて頂きます。」 「…そうか、ではよろしく頼む。」 二人の妖魔は村へと歩いていった。 村に着き、家の中へと案内する。 「ここでお待ちください。今、人間を間引いて来ますので。」 そう言い、外へ出ようとするが呼び止められた。 「待て、その必要は無い。私の餌はお前だ。」 冷たい物言いに、背筋に悪寒が走る。 「ど、どういうことでしょう?何か気に障るような事でも…」 「しいて言えば人間を餌にしている事だ。今は人間の味方でな。」 後退しようとするが、既に後ろは扉だ。恐怖で、扉を開けるという動作が出来ない。 「どうしたんじゃエルザ?何かあったのか?……だ、誰じゃ!?」 村長である白髪の老人が、他の部屋からつながっているドアを開け中に入ってきた。 「も、物取りか!?ま、まさか吸血鬼!!?エルザから離れるんじゃ!!」 老人は、手の近くにあった物を手当たり次第にこの妖魔に向けて投げつけている。 「やめろ、吸血鬼はこいつだろう。」 そう言われ指をさされたが、この老人とは一年近くの付き合いになる。どちらを信じる かと言われれば明白だろう。もう少し時間を稼げば何とかなるかもしれない。 「た、助けておじいちゃん!」 「今、助けてやるからな!エルザ!」 言いながらも、もはや老人の手元には投げる物は無く、後は体当たりをする位しか残っ ていなそうだが、どうやら間に合ったようだ。 「ど、どうしたんですか!?村長!大きな物音がしましたが!」 扉が開き、屈強な大男が部屋の中へと飛び入ってきた。 「おお!アレキサンドル!そいつじゃそいつが吸血鬼じゃ!」 妖魔の視線が村長とアレキサンドルの方へと向けられる。やるならば今しかない。 「枝よ。伸びし木の枝よ。彼の腕をつかみたまえ」 窓を割り外より伸びてきた枝がこの妖魔を拘束する。何故かこの妖魔からは逃げられる 気がしない。位の違いのせいだろうか?ここで確実に仕留めなければならない。 「屍人鬼!そいつを仕留めなさい!」 声を荒げ、元はアレキサンドルと言う名前だったグールに命令する。グールは雄たけびを 上げると、目の色を変え妖魔へと突進していった。 「エ、エルザ!?どういう事なんじゃ!?」 老人が視界の端で狼狽しているが、今、気にしている余裕は無い。 殴られながら観察していたが、どうやら、このアレキサンドルと呼ばれたこの男は死人 の様だ。助けられるものなら助けようと思っていたがどうしようもない。 「秘術《剣》」 三本の魔法剣が寸分違いなくグールの首を切り落とす。グールは腕を振りかぶったまま 床へ崩れ落ちた。 「な、何!?どこから剣が…」 魔法剣は、時の君へ絡みついた枝を切り払うと消滅した。 「逃げられない事は判るだろう?終わりだな。」 時の君がエルザと呼ばれた妖魔との距離を詰めると、エルザが口を開いた。 「なぜです!?私が人間を餌にする事と、人間が食べ物を口にする事は同じ事ではないで すか!それに貴方は同族…」 「今は人間の使い魔でな。人間に仇名す存在なら消さねばなるまい。それに、私が妖魔を 餌にする事と、お前が人間を餌にする事は同じだろう?」 硬直し動けなくなっているエルザへ、いつの間にか握られていた剣を刺す。 「そ、そん、な…」 「人間と妖魔以外ならこの剣に憑依するが、妖魔であるお前は私の生命力になってもらう。」 剣へと向けてエルザが飲み込まれるように消えていき、後には何も残らなかった。 「エ、エルザが吸血鬼じゃったのか…そんな馬鹿な…わしは今までいったい何を…」 残された老人ががっくりと膝をつき、うな垂れている。 「さて、帰るか…」 「あ、あなたも吸血鬼?」 もし、吸血鬼なら、吸血鬼であるはずのエルザをものともしないこの男に勝てる道理な ど、少なくともこの村には存在しないだろう。 「吸血鬼ではないが、妖魔だ。心配せずとも襲いはしない、用件も果たした事だし帰ると する。」 言うが早いか、声をかけようとした時には影も形も無くなっていた。結局、何だったの か…荒れ果てた部屋の中で、ただ老人は考えを纏めようとしていた。 ―――――後日 「あのいじわる姫、お姉さまを吸血鬼と戦わせようなんていじわるにも程があるのね、き ゅいきゅい!」 北花壇騎士七号であるタバサは、従姉妹であるイザベラから受けた命により吸血鬼退治 へと行くことになっていた。人間に比べて高い身体能力を持ち、先住の魔法を使い、血を 吸った相手を一人だけとはいえ屍人鬼として操る、人間とまったく見分けがつかない姿を した妖魔。既に九人のメイジが犠牲になっている。確かに、シルフィードが憤慨している 様に今回の相手は最悪だ。 「お姉さま一人で吸血鬼に立ち向かうなんて無謀なのね、どうせならあの使い魔の妖魔に も手伝ってもらえばよかったのね、きゅい。」 シルフィードには何の返答もしないが、確かにあの未知の魔法は吸血鬼を倒す上で魅力 的ではある。しかし、彼を連れ出すのは難しいだろう。出掛けにも見掛けたが、常にルイ ズと一緒にいる。ルイズと離れて行動する事を由とするだろうか…それに既に、タバサは サビエラ村へ向けシルフィードと共に空を駆けていた。 「まったく、本ばかり読んでないでシルフィの相手もしてほしいのね!」 相変わらず、シルフィードの意見はスルーし、本を読み続ける。何せ、今読んでいる本 は吸血鬼関連の本である。この本を読み込む一秒が明暗を分けるかもしれない、まだ死ぬ 訳にはいかない。 そうこうしている内に、サビエラ村へと到着した。タバサはシルフィードを村から少し 手前の場所へと降下させた。林の中へと降りると、タバサは鞄から衣類を取り出しシルフ ィードへ向けた。 「これを着て。」 「変身しろっていうのね!?しかも布を体につけるなんていやいや!」 シルフィードはその長い首を左右に振るが、タバサは無言で睨みつけている。 「うぅ…終わったら何かご褒美が欲しいのね、きゅい…」 ぶつぶつと文句を言いながらも、詠唱を唱え、見る見るうちに変化していく。 「これを持って。」 そう言い、着替えが終わった所で、タバサはシルフィードに杖を渡すと、スタスタと村 へと歩き出した。 「お姉さま待って、二本足は歩きにくいのね。」 やがて村へ着き、まずは詳しい話を伺うべく、村長の家へと向かうが、何やら村民の反 応がおかしい…吸血鬼退治に来たメイジに希望を見出した様子ではなく、子供を連れて来 たメイジに落胆した様子でもなく、なにやら何故来たんだという様な、困惑したような表 情を一様に取っている。 「な、何なのね?何か様子がおかしいのね…」 遠巻きにしていた村民の中から白髪の老人が走りよって来た。 「こ、これはこれは、貴族様…ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。」 どうやら村長らしい。案内されるまま、近くの民家へと移動した。 「すみません、ただ今我が家は荒れていまして…」 「何で、村人の様子がおかしいの?何かあったのね?」 メイジの格好をしているシルフィードが、タバサの代わりに問いかける。 「どうやら入れ違いになってしまった様で…なにせここから首都リュティスは遠いのでご 容赦頂きたいのです。」 ふかぶかと礼をされるが、何の事を言っているのかまだ把握できない。 「どういうことなのね!?なんで謝るの?」 「いえ、もう吸血鬼は退治されましたので…」 思いもよらぬ返答に、タバサは思わず口を出した。 「誰に退治されたの?」 あの従姉妹がこんな手の込んだいたずらをするとは思えない。という事は、本当に入れ 違いになって誰かに倒されたということだろうか? 「それが…妖魔が現れまして…」 村長の言うところによると、突如現れた妖魔が、村長と共に暮らしていた吸血鬼とこの 家に住んでいた屍人鬼を一撃の元に倒し、また何処かへ消え去ったという。 「それで、この家に住むマゼンタというばあさんの事を、重い病気で部屋から出られない ものですから、前から皆が疑っておりましてな…もし、あの妖魔が来なければ、無実のこ のばあさんが吸血鬼に仕立て上げられていたかもしれませんのじゃ。息子は残念な事にな りましたが…」 しかも、吸血鬼を倒すだけでなく、村人の命まで間接的に救っていったらしい。どこの 勇者だ。 「エルザが突然消えただけでは吸血鬼に攫われたのだと勘違いをしていたかもしれません、 それも計算していたんでしょうかのう…私の目の前でエルザを退治したのは…同じ妖魔で も力の差は歴然でした。突然何も無い所から剣が出てきたのには驚きました。」 タバサは学園ヘ向けシルフィードの背に乗り、移動していた。 「おかしい。」 「何がおかしいのね?でも、吸血鬼と戦わなくてよかったのね!きゅいきゅい!」 もはやシルフィードの言葉は耳にも入っていない。…妖魔…突如現れる剣…この符号を ただの偶然だといえるだろうか?しかし、村長の話を聴くに、妖魔が現れたのは三日前だ という。三日前といえば、決闘騒ぎの日であり、そして次の日もちゃんと学園にいたはず だ。 「やはり、興味深い。」 どう考えても、距離的におかしいので、確定したわけではないが、どうもあの使い魔な ような気がする。学園に戻ったら確認してみようか… タバサとシルフィードは月夜を移動していく。 前ページ次ページ時の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 その日、学院の校門前でやり取りをする男女が一組。 「なぁ、本当にこれに乗って行かなくちゃいけないのか?」 「当たり前でしょ。ぶつくさ言ってないでさっさと乗るの!」 話はその昨晩に戻る。部屋でルイズはギュスターヴに話した。 「明日は虚無の曜日よ。外出するわ」 「外出?」 「王都まで行って買い物するの。あんたも着いて来なさい」 つまり、ギュスターヴに荷物持ちをしろということだ。女性の買い物とはそういうものだと分かっているギュスターヴは、また一方で、 この世界の街というものを見たことが無いから興味を刺激された。 「それに……ホラ、決闘で勝ったご褒美、まだ、してないし……」 視線を泳がせて段々先細りの声でルイズが言う。ルイズはギュスターヴに何かを与えるつもりらしい。 ルイズの心遣いに素直に感謝するギュスターヴ。 「すまないな」 「……いいの!ちゅ、忠誠には酬いるところがあって当然よ!」 気恥ずかしかったのか、もう寝る!と言ってベッドにもぐりこむルイズだった。 翌日、早朝。学院校門前に立つギュスターヴ。 ルイズは学院付の厩番から二頭の馬を受け取り、校門で待つギュスターヴの前につれてきた。 ギュスターヴはルイズがつれてきた黒毛の馬をみて目を白黒させて驚いた。 「な、なんだ?!このでかくて黒い四本足の生き物は?」 「何って、馬じゃない。これに乗って行くのよ」 さも当然のように行って馬を宥めるルイズ。ギュスターヴは恐る恐る手を伸ばし、馬の腹を撫でてみた。ブルルル、と馬が鼻息を荒く吐く。 改めてここが異世界なのだと感心するギュスターヴなのだった。 「こんな動物がいるなんてな……やっぱりここはサンダイルとは違うんだな」 「馬に乗って3時間も行けば王都トリスタニアよ。早く出発しないと、夕方までに帰ってこれないわ」 同時刻、女子寮の自室でキュルケは目覚めた。魅惑的な肉体に心もとないほどの布を纏っている。 昨晩は激しかったわ。一度に4人も呼んじゃったけど、いつもと違った経験が出来て悪くなかったわ……。 眠りに着く前の時間を思い出して、口元が艶っぽく綻ぶ。 こういう気分がいいときは、隣部屋のルイズをたたき起こして遊んでやるのが一番楽しいと、キュルケは思っている。 早速着替えて隣の部屋に向かうのを、使い魔のフレイムが部屋の隅で見守っていた。 一応ノックしてみる。返事が無いのを確認すると、杖を握って『アンロック』をかける。 部屋の鍵が落ちる音がする。キュルケは当然のようにドアを開け、ルイズの部屋に入り込んだ。 しかし休日でのんびりと寝ているものと思われた部屋の主人とその使い魔は影も形もなく、ルイズの鞄もまた消えていた。 「どこに行ったのかしら……」 当ての外れたキュルケは、窓辺に近寄って外を見てみる。すると校門から先に二頭の馬がいて、学院から離れていくのが見えた。 馬の一方に乗っているらしき人物の姿は窺いきれないが、辛うじて分かるのは、特徴的なチェリーブロンドであること。 「あら、出かけるみたいね……」 キュルケに一つの考えが浮かんだ。そして階段を登って行く。 タバサの部屋の前に着くと、先ほどと同じようにノックする。返事が返ってこないと、再びノックする。ルイズの部屋とは扱い方が違う。 「タバサいる~?」 声をかけても返事が無い。仕方ないわ、と再び『アンロック』をかけてドアを開けた。 タバサはいた。机の上に積んだ本に埋もれるように本を読んでいた。不意の来訪者を見て、それから視線を本に戻した。 「タバサ。今日はいい天気だし、一緒にお出かけしない?」 「虚無の曜日」 手馴れた風情のタバサ。友人はタバサをよく気に掛けてくれるが、今日は少し面倒だと、タバサ自身の黙する空気が語っている。 「わかってるわ。あなたが休みの日は陽が落ちるまで本を読んでいたいって事くらい。でも、たまには外の空気を吸いに行かないと体に悪くてよ?」 ね、ね?とタバサの背中に張り付いてご機嫌を取ろうと肩をもみ始める。 タバサは引っ付かれるままに振り回されている。後頭部になにか柔らかいものが当たっている気がするが全力で無視した。 「別に今日でなくてもいい」 「またそんな事言って……。いいわ。あのね、ルイズと使い魔の彼が休みの朝早くから出かけているのよ。からかい甲斐もないし。 使い魔の彼のこともちょっと気になるかしら?悪くないわよね、こう大人の色気があって。そう思わない?」 「知らない」 つまり二人を追いかけるのに協力してくれということ。 タバサの脳裏に昨日のギュスターヴが浮かぶ。異界からやってきたという男。私の知らない知識の持ち主。 「あなたの使い魔じゃないと今からじゃ追いつけないのよ~。お願い、タバサ。協力してくれたら書店で本を贈ってあげるから」 ぴくり。タバサの気がキュルケの言葉に引かれる。 タバサは立ち上がると本を棚に戻し、窓を開けて口笛を吹いてから、窓から飛び降りる。 続くキュルケが飛び降りた時、窓の下には薄青い鱗の竜が翼を広げて、空中を静止していた。 「いつ見ても貴方の使い魔は素敵ね。愛してるわ、タバサ」 困った友人だな、とタバサが小さなため息をついてから、使い魔―――シルフィード―――の首を叩く。 「ここから出て行った馬二頭を追いかけて。食べちゃ駄目」 シルフィードはきゅいーっと一声鳴いて、二人を乗せて遠く空に向かって飛んでいく。 『剣と盗賊』 王都トリスタニアの城下町は、休みとあって人でごった返している。そんな通りをルイズとギュスターヴは歩いていた。 歩きながらギュスターヴは何度か腰を摩っている。 「慣れないものに乗って腰が……」 「これだから中年はいやねぇ」 ほーほほ、と優秀な使い魔から一本取れたと優越にルイズが笑った。 通りは5メイル程で、幅一杯に人が行きかう。通り沿いの店は幌を張って影を作り、軒下を露天商に貸し付けて場所代を取っている。 「思ったより狭いな…」 「狭いって、ここが一番大きな通りなんだけど」 「そうなのか…」 ギュスの目がいつもと少し違うのがルイズには分かった。それは王の目なのだが、ルイズには分からなかった。 (露天商の方が店を持つ商人より遥かに多い……経済市場はそれほど大きくないのかな。それにこの道幅だと出征などの変事の対応力はあんまりないのか。 ……それほど大事のない平穏な国なのか……) きょろきょろしながら歩くギュスターヴをルイズが窘めた。 「そんなに周りを見るものじゃないわよ。おのぼりさんに見えるじゃない。田舎者と思われるとスリとかが目をつけるわよ」 ルイズ曰く、食い詰めもののメイジが犯罪者になって、裕福なものから金を掏り取ったりするらしい。 どうやらメイジというメイジが貴族として生活しているわけではないらしいとギュスターヴは知った。 「……で、買い物をするんだろう。どうするんだ?」 「こっちよ。あんまり行きたい所じゃないんだけど」 ルイズにつられて路地に入る。そこは表の清潔さとは対照的にゴミが積まれて悪臭を放っている。その匂いに顔をしかめた二人。 匂いを我慢して歩くルイズについていくギュスターヴ。やがてある建物の前でルイズの足が止まった。 「……ピエモンの秘薬屋の近くなら、ここね」 そこは看板に盾と剣の掘り込まれた店だ。 「剣を買ってあげる。あんたの荷物に空の鞘があったし、本当はもっと大きな剣を使うんじゃないかな、と思って」 武器屋と思われる建物の中に入ったルイズとギュスターヴ。昼間だというのに店内は暗く、あちこちに蝋燭やランプが置かれていて灯りになっていたが、出来がよいもので はないらしく、部屋のあちこちが陰になって薄暗い。 入ってきた二人が見えたらしい武器屋の主人は、カウンターの前で恭しげに頭を下げた。 「貴族の旦那。ここは全うな商売しかしておりませんぜ。お上の御用になるようなことは何も……」 「客よ。剣を見せて頂戴」 「おおこれはこれは。貴族様が下々の武器などご利用になるとは、驚きでさ」 「私じゃないわ。こいつに用立てるのよ」 ルイズは後のギュスを指す。立派な体格のギュスターヴに目を見張る主人。 「なんと!これは貴族様の護衛か何かで?」 「そんなところよ。良さそうなのを選んでやって頂戴」 へい、と主人が返事をし、ギュスターヴに駆け寄り腕の長さを巻尺で計り始めた。 一般に剣を扱う時は腕の延長として捉える。したがって使用する人間の腕の長さが一種の指針として使われるのだ。 店の奥に入って暫く時間が過ぎた。持ち無沙汰なルイズは飾られた武器を珍しそうに眺めていた。 主人が戻ってくると、布に包まれた一本の大剣をカウンターに置いて見せる。 「最近は貴族の方が下僕に剣を持たせるのが流りでございましてね。大抵は細いレイピアなんて御所望されるのですが、そちらの方では物足らぬでしょう」 「剣を持たせるのが流行って?」 「城下を荒らす盗賊が貴族様方を狙って出没するそうですよ。既に某の貴族様が家宝なりを盗まれて面目をなくされたらしく、他の貴族の方々が恐れてるあまり、奉公の下 僕らにも武器を持たせて歩く始末で、へぇ」 世話話に精を出しながら主人は出した剣を油布で丁寧に拭いている。 「こちらは高名なゲルマニアの錬金の大家とされるシュぺー卿の作。特殊な魔法が施されて鉄だろうがなんだろうが一刀両断でございます。もっとも安くはありませんが。如 何でございましょうか」 大剣は見事な装飾が鞘や柄や鍔に施されている。柄尻には玉のようなものまでついている。 「ふむ。いいわね。おいくら?」 「エキューで二千、新金貨で三千でございます」 「庭付きの屋敷が買えるじゃないの!」 ちなみに一般的な平民が一年暮らすのに120エキューほど掛かる。都会で部屋を借りて生活するとしても、大体四、五百エキューは住まいを借りるのに用立てなければな らない。 ルイズは主人の提示した金額をうんうん唸りながらつぶやき、主人と剣を交互に見て、またうんうんと唸るのを繰り返している。 ギュスターヴはそんなやり取りをするルイズを見てため息をついた。 「ルイズ、ちょっといいか」 「何よ?」 耳を貸すように手招きしてルイズに耳打ちする。 「手持ちはいくらなんだ?」 「……エキューで100よ。これ以上は手持ちがないわ」 本当は財布の中身を知られるのは嬉しくないが、買い物が買い物だけにそうは言っていられない。そうか、と言って、ギュスターヴは主人に話しかけた。 「試しに握らせてくれないか」 「どうぞ」 シュぺーの剣を受け取りそれらしく構えてみせるギュスターヴ。ルイズはそれが様になっていて満足したが、ギュスターヴにとってそれは剣の出来を見るものだった。 (…鍛造が甘い。管理もあまり上手とはいえない。拵えは豪華だが、肝心の刀身も研がれているようでもないな。 魔法がかかってるとはいえ、値段に相応するようには見えない……) 「主人、本当にこれが二千かね?」 「……ええ。こちらの儲けと仕入れ値、あわせて二千。これほどの名剣はそうはありませんぜ。何であればこちらの証文にサインしていただければ 割賦にさせていただけますぜ」 証文は役所が発行している特殊な紙に書かれた一種の契約書である。これに書いたものを反故にすると貴族でも処罰される。 ギュスターヴは主人をじっと値踏む。こちらが貴族だと知って高い品を売りつけようとしているのは間違いないが、問題は値段に合ったものを買うことだ。 (……吹っかけてるな。これは) ギュスターヴは見抜いた。シュぺーの剣を主人に返し、一拍置いて聞く。 「主人。一番安い剣はどれかね?」 その言葉に真っ先に反応したのは、お金を払うルイズであったのは当然の事だろう。 「ちょっと!私に安物買わせる気?!」 主人が貧乏だと思われたのではないか、とルイズはギュスターヴを見た。ギュスターヴの目は暖かいが、自分を見下げているわけではないらしい事はわかった。 まぁまぁ、と一応ルイズを宥めて武器屋主人の回答を待つ。主人は渋々とシュぺーの剣をしまい、何やらぶつぶつとつぶやきながら カウンターから出て店の隅に積まれたものを指差した。そこには大きな樽が置かれていて、樽の中に雑多な武器が差し込んである。 「そこにあるのがうちで扱ってる一番安い剣だよ。一律値段じゃあないが、大体50から80エキューくらいのが入ってる。剣の流通相場が200エキューちょいだから、 ガラクタもいいところさ」 「ギュスターヴ~!わ、私にガラクタを買わせるつもり?!」 不安になって地団駄を踏み始めるルイズを再び落ち着かせて、ギュスターヴは樽の中を覗いた。 樽の中の剣はどれも使い古しのボロ剣ばかりだ。中には鞘もなく、折れ曲がっているものもあった。 ギュスターヴはめぼしい剣を一本一本引き抜いては丁寧に見て、樽に戻してを繰り返す。 その内、剣の中にきっちりと鞘に納められた片刃の長剣が一本、押し込まれているのを見つけ、それを樽から抜き出し主人に見せた。 「こいつも50?」 「あ、や、それは……」 なにやら答えに窮した主人。ギュスターヴは答えを待たずに鞘から抜いてみた。 「……やい!親父!よくもこの俺様をあんなぼろっちい剣の中につっこみやがったな!今日という今日は俺様もあったまきたぜ!」 とたんにギュスターヴの手元から何者かの怒鳴り声が発せられ、ルイズがびっくりしてたたらを踏む。ギュスターヴも驚いて剣を落としそうになるのをどうにかこらえた。 武器屋の主人はというと、頭を抱えてうつむいてしまった。 「インテリジェンス・ソード?」 ルイズが主人を起こして聞いてみる。 「へ、へぇ。誰が作ったか知りませんが、魔法で剣に意思を込めた魔剣、インテリジェンス・ソードでございまさ。あいつは特に口が悪くて客と口げんかばかりして 参ってるんですよ。鞘にきっちり入れておけばしゃべれなくなるんで、ああやってガラクタに紛れ置いてたんですが…」 ついに主人がルイズに対してなにやら愚痴を言い始めた。ルイズは聞く気がなかったがまくし立てられて二の句が告げられず困り始めている。 ギュスターヴはそんな二人のやり取りには参加せずこのしゃべり出す剣をじっくりと眺めた。 (拵えは最低限、鍔もある。片刃だと少し慣らしがいるな。砥ぎが大分落ちているが、よく鍛えられている……) ぎゃあぎゃあと喚いていた剣が何かに気付いたように静かになり、ギュスターヴに話しかけた。。 「ぁん?なんだおめぇ。『使い手』じゃねえか。それにしては妙な雰囲気だけどよ」 「『使い手』?なんのことだ」 「お前さん、自分が何なのかもしらねえのかい。まぁいいや。おい、俺を買え」 愚痴が収まってギュスターヴと剣そのやり取りを見ていたルイズがちょっと引いている。 「剣が自分で売り込みやってる……」 ふむ、と一言言って、武器屋の主人の顔色を見たギュスターヴに、一つの面白い作戦が浮かんだ。 「主人、よっぽどこいつに迷惑をかけられたらしいな」 「そりゃあもう!口ばかり達者でとんでもねぇ剣でさ」 「け!あんな節穴親父に上手な商売ができるかっての!」 「あんだとこのボロ剣が!鋳潰して金床にされてぇのか!」 「まぁまぁ主人。……そこでだ。この剣、俺達が引き取ろうと思う」 えぇ!とルイズは露骨に嫌な顔をしている。 「達、って…、もっと綺麗な奴選びなさいよ~。何なら割賦で払ってあげるから」 「いや、これでいい。飾りものの剣は俺の趣味じゃないし」 そりゃ、そうでしょうけど、とルイズはどうしても納得がいかず、シュぺーの剣に後ろ髪引かれる思いをした。 「こいつはいくらだ?」 「70でさ」 ギュスターヴの口元がすこし歪むように笑う。 「高いな。50にしろ」 「ちょっと待ってくだせぇ」 「迷惑してるところを引き取ってやるんだ。それくらいはしてもらいたいな」 当然のように言い放つギュスターヴ。しゃべる剣を持ってカウンターをトントンと指で叩く。 「……68」 「55」 「65だ。これ以上は駄目だぜ」 「ふむ…。じゃ、一つ賭けをしよう」 ギュスターヴは腰の短剣を抜き、武器屋主人の前、カウンターに突き刺した。 「こいつに刃こぼれ一つでもつけることが出来たら、100であれを買う」 「ギュスターヴ!」 こんなボロ剣で全財産が飛んでしまうのではないかと気が気でないルイズに、あくまで余裕のギュスターヴ。 「大丈夫だ。……どうだ、主人。悪い話じゃないだろう?その代わり、出来なかったら」 「出来なかったら?」 「40であれを買う。それといくらかおまけしてもらうぞ」 正午を向かえ、お昼時とあって一層の繁盛を迎えようとするトリスタニア、ブリトンネ街。 その中で、中・上流向けの小綺麗なレストランで、ギュスターヴとルイズは昼食を取っていた。 「それにしても呆れたわ。本当に40エキューで買い物できちゃった」 瓶詰めの水をグラスに注ぎながら関心するルイズ。 あの後、結局武器屋はギュスターヴの短剣に刃こぼれどころかかすり傷ひとつつけられず降参し、しゃべる妙な剣とナイフ、あと手入れにつかう研ぎ石と油布などを 纏めて40エキューで売ってくれた。その後は、ルイズの欲しがっていた細々としたものを買いに回り、出費は予算内に見事に収まった。 「まぁ、年の功ってやつだな。あのままだと鈍らを買って借金しそうだったし」 「う……」 ギュスターヴは何故自分があんな事をしたのか丁寧に説明した。ルイズは一等、騙されていたことを激しく怒ったが、ギュスターヴ曰く『見抜ける眼力がないと思われたからそうされたに過ぎない』と言い含めた。 手前のスープに白パンを千切って浸し、口に放り込むギュスターヴ。学院の賄いとは違い、ハイソな趣の店内は、出す料理もそれに見合った上品なもので、 賄いに慣れたギュスターヴには少し物足りない気がした。 「でも本当によかったの?こんなボロ剣で」 「ボロ剣とはひでぇ扱いだな嬢ちゃん。俺様にはデルフリンガーっていう立派な名前があるんだぜ」 布に包まれたデルフリンガーと名乗る剣は、鍔口をカタカタ鳴らしてしゃべる。 「デルブリンガー?」 「デルフリンガーだよ!デルフって呼んでくれ」 そんなやりとりを食後の紅茶まじりにしていると、店内に新たな客が入ってきた。壺惑的な色気を振りまいている赤毛の女性と、その後ろをついてくる 背の低い青髪の少女、ともに杖と何かしらの荷物を持っている。 「ハァイ、ご機嫌いかがかしらお二人さん」 「キュルケ!なんでここに居るのよ」 「あら、どこにいようと私の勝手でしょ」 キュルケとタバサは二人を追いかけて王都に入った後、武器屋から出てくる二人を見てから、自分達も武器屋に入って買い物をした。 主人から二人が剣を買ったと聞くとキュルケも剣を所望し、主人から一振りの剣を買うことに成功した。その後タバサに約束の本を買ってあげたキュルケは、 昼食のためにこのレストランに入ったのだ。 キュルケの後にいるタバサに手を振るギュス。 キュルケはギュスターヴのそばに立てかけてあるデルフを見て鼻で笑った。 「ところで、剣を買ったみたいだけど、そんなボロ剣で済ますなんてヴァリエールもケチね」 「うっさいわね」 「そんなボロ剣より、こっちの方が素敵よ」 腕に抱えた包みを開くキュルケ。中から出てきたのは煌びやかな装飾の施されたレイピアだった。 「高名な錬金魔術師の名剣よ。割賦だけど新金貨で4000もするのよ。どう?この剣が欲しかったら、私のところに来ない?」 自信たっぷりにキュルケはウィンクして、ギュスターヴを誘う。剣を使うならより良い剣を贈った方が好印象のはず。 ギュスターヴの秘かに漂う高貴なオーラがレイピアに映えてすばらしい光景になるだろう、とキュルケは考えていた。願わくば褥に誘えれば、とも思っている。 しかしギュスターヴの反応はキュルケの予想したものとは大いに異なったものだ。喜んでいるというより、むしろ、呆れていた。 向かいに座るルイズは、キュルケの自信満々の素振りがおかしくてなにやらニヤニヤし始めている。 予想外の反応で困るキュルケ 「……あら?どうかした?」 キュルケは場の空気に困惑し始めた。こんな反応なんて考えていなかったから。 本当なら目を輝かせてくれるギュスターヴと、悔しげに歯噛みするルイズが見られると思ったのに。 しかし現実の二人はどこまでもキュルケの予想から遠い。ルイズに至っては紅茶に興味が移ってしまっているし、ギュスターヴも明後日の方向を向き始めている。 くいくい、とキュルケの袖をタバサが引いた。 「クーリングオフ不可」 その腕の中にはキュルケに買ってもらった本を抱えている。 タイトルは『落ち着かぬ赤毛』。書店での価格は96スゥであったという。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ無情の使い魔 「待ちなさい!」 そこへやってきたのは、今まで教室で泣き崩れ、今になって食堂へとやってきたルイズだった。 騒ぎの原因は他の生徒の話によると、ギーシュが落とした香水の瓶をシエスタが拾い、それによって彼が一年の女子と同級生のモンモランシーとで二股をかけていたのがバレてしまった。 そして、その責任を瓶を拾ったシエスタに擦り付けようとしたら桐山が介入し、あろう事かギーシュを殴り倒してしまった事でここまで騒ぎが発展してしまったという。 「ギーシュ! 馬鹿な真似はやめて! 学院での決闘は禁止されているはずでしょ!?」 「それは貴族同士の話だよ。使い魔とではない」 鼻で笑うギーシュはさらに続け、 「君の使い魔の躾がなっていないから、この僕が代わりに躾けてやろうというんだ。少しは感謝してもらいたいね」 そう言って食堂から去っていった。 唇をかみ締めるルイズは未だに平然と立ち尽くしている桐山の方を振り返り、彼に詰め寄る。 「あんた、何を勝手な事やってるの! 貴族であるギーシュを殴り倒すなんて!」 「あ、ああ……キリヤマさん。申し訳ありません……わたしのせいで、こんな事に……」 ルイズが喚き散らし、シエスタが泣き崩れて詫びているがやはり桐山は全くの無表情である。 すると、桐山は持っていた本をシエスタに手渡す。 「ヴェストリの広場はどこだ?」 彼が発した言葉にシエスタは蒼白になり、首を横に振る。 「いけません、キリヤマさん! 貴族と決闘なんかしたら、殺されてしまいます!」 「主人の許可もなく、そんな事をするのは許さないわ!」 しかし、桐山はすぅと目を閉じ、二人を無視して食堂を後にしていく。 慌ててその後をルイズは追った。 「ちょっと、どこへ行くの!」 「ヴェストリの広場を探す」 即座に返され、ルイズは唖然とした。桐山はやる気だ。 彼は怒りや屈辱などといった感情を抱いている訳でもない。なのに、何故決闘を受けようとするのか。 「貴族に平民が勝てる訳ないじゃない! そんな事は許さないわよ!」 桐山の正面に立ち塞がり、必死に叫ぶルイズ。 メイジである貴族には魔法があるのだ。対して、桐山は明らかに平民。勝算は無きに等しい。 「ちょっと……!」 桐山はルイズの脇を通り、さっさと立ち去ってしまう。 桐山は他の生徒達が自分を見つつ血相を抱えて移動するのを見て、 その方向からヴェストリの広場の場所を勘で推測し、そこへと辿り着いていた。 「諸君、決闘だ!」 ヴェストリの広場にギーシュは薔薇の造花を模した自らの杖を掲げ高らかに宣言をする。 集まってきた群集から歓声が湧き上がる。 「逃げずに来たとは、その勇気は褒めてやろう!」 目の前に佇み、こちらを見つめてくる桐山に杖を突きつけるが、やはり無表情のままだ。 「何とか言ったらどうだね? ……いや、平民に貴族の礼儀を期待する方が間違っているか」 鼻で笑うギーシュ。 恐怖で声が出ないのか、とも思いたいが残念だがそうではなさそうだ。では、何も考えていないのか。 だが、どうであろうと決闘は続ける。そして、貴族の力を平民に思い知らせてやるのだ。 「あんたの使い魔、大丈夫なの?」 やってきたルイズの隣に立つのは、寮生活において隣部屋同士であるキュルケだった。 「大丈夫な訳ないでしょ。……もう、何であんな決闘なんか受けるのよぉ」 額を押さえ、ルイズは顔を歪めていた。 「でも彼、とても落ち着いてるわね」 ルイズから見れば落ち着いている、というよりは何も考えていないようにも見えた。 「だからって、平民が貴族に勝てる訳がないでしょ!」 ルイズの願いとしては、桐山がわざと負ける事によりそれでギーシュが満足してくれる事だけだった。 今、ここで使い魔を失う訳にはいかない。 使い魔が負けたと、恥をかくことになってもそれだけは避けなくては。 「あなたはどう思う?」 キュルケは自分の脇で無関心そうに本を読むタバサに語りかける。。 「結果をは見ないと分からない」 (彼……ただの平民じゃない) タバサはちらりと桐山へ視線を向けていた。 先日、ルイズが彼を召喚した時から彼から異様な威圧感を感じ取っていた。 恐らく他の生徒達はそれで恐怖などしか感じられていないだろうがタバサは違った。 (……血の臭いがする) それは祖国からの過酷な任務をこなし、時には血を流し、実戦経験が豊富なタバサだからこそ嗅ぎ取れるものだった。 あの少年は、その手を血で濡らしている。人を、殺めた事がある。 彼がここに召喚される前、一体何をやっていたのかは知る由もない。 だが、確実に彼は自らの手で、しかも事故などではなく実戦で人を殺めている。 それも一切の躊躇いも、容赦もまるで無く。 (わたしと……同じ?) 「雪風」の二つ名を持つ自分よりも遥かに冷たい、一切の感情が宿っていない凍りついた瞳……。 まるで人形のようなその瞳が、自分とそっくりに思えた。 学院長室へとやってきていたコルベールは学院長であるオスマンと会話をしていた。 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を呼び出し、そして彼に刻まれたルーンが見た事がないものであったことを話していた。 オスマンは、コルベールが描いたルーンのスケッチを見つめた。 「あの少年の左手に刻まれているルーンは……伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります……」 「つまり、君は彼が伝説の使い魔、『ガンダールヴ』であると、そう言いたいのかね?」 「……まだ憶測の域を出ませんが、その可能性は大いにあります……」 普段なら何かを新しいものを発見すれば子供のようにはしゃぎだすはずのコルベールであったが、今度ばかりは様子がおかしい。 何やら、酷く思い詰めた様子だった。 「どうしたのだね? そんな顔をして。お主らしくないではないか」 「……いえ、何でもありません」 苦々しい表情のままコルベールは首を横に振る。 何か訳ありのようだ。オスマンは問いただすのを中断する。 「ふむ……。――誰かね? 入りたまえ」 その時、コンコンッっとドアがノックされた。 扉の向こうから現れたのは、オスマンの秘書ミス・ロングビルだった。 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。 教師達は、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」 「たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい。 ……で、誰が暴れておるのかね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あのグラモンとこのバカ息子か。血は争えんのう。……それで? 相手は誰じゃ?」 「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」 その返答とともにコルベールの顔が蒼白になった。 「いけない……! すぐに止めなくては!」 「どうしたと言うのかねミスタ・コルベール、そんなにあわてて…さすがにグラモンの馬鹿息子も平民を殺したりはせぬよ」 そうまくしたてるコルベールをなだめながらオスマンは言う 「……使い魔のことを言っておるのです。……あの少年は、普通ではない」 人を殺める事に何の躊躇もしなさそうな無情の瞳。 彼が誰かと争わなければ良いと願っていたのが早々に打ち砕かれる。 それで誰かを傷つけでもしたら……。 「私が止めてきます」 意を決したコルベールは踵を返し、学院長室を後にした。 「それで……本当によろしいのですか?」 「うむ。まあ、放っておきなさい。子供同士の喧嘩じゃ」 と、言いつつ彼女の尻に手を伸ばそうとするオスマン。 手が触れる寸前で、ロングビルの肘鉄が彼の頭に叩き込まれていた。 「僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」 しかし、やはり桐山は無言である。 構わずにギーシュは杖を振り、造花の花びらを一枚地面に落とす。 零れ落ちた花びらは光と共に、甲冑を纏った女性を模したゴーレムへと変化する。 「僕の二つ名は「青銅」のギーシュ。よって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手をするよ」 桐山はワルキューレを見て、くくっと小首を傾げていた。 ギーシュが杖を振ると、ワルキューレは桐山に向かって前進し始める。 桐山はガチャガチャと音を立てて走りこんでくるワルキューレを、そしてギーシュを交互に見比べていた。 (ふっ……一瞬で片付くな) ボーっとしていて隙だらけに見える桐山にギーシュが勝利を確信して笑みを零す。 だが、それだけではこちらの気が済まない。わざと急所を外して少し甚振ってやらねば。 自分の顔をあれだけ思い切り殴った代償を払ってもらう。正直、まだズキズキと痛む。 ワルキューレが拳を突き出し、それは桐山の顔面を強打するはずだった。 (何……!?) 確かに、その一撃は彼の顔面に入った。 しかし、桐山は顔を殴られた方向に向かって動かす事で衝撃を受け流し、全くの無傷だった。 「どうしたギーシュ!」 「さっさとやっちまえー!」 その光景を目にした多くの生徒達は桐山が無傷である事に一瞬、唖然としたが一部からそのような野次が飛ぶ。 ワルキューレはギーシュの命令により、次々と連打を繰り出す。 パンチが、蹴りが、目の前にいる平民を地に伏させるべく容赦なく繰り出されていく。 (……何故だ?) ギーシュはその光景を見て、顔を顰める。苛立ちが湧き上る。 (何故、奴は無傷なんだ?) 桐山はワルキューレの猛攻を常人とは逸脱した絶妙な、そして優雅な動きで次々と回避している。 その際、彼はかすり傷一つも負ってはいない。 そして、その間にも彼は相変わらずの無表情だった。 「……な!」 ギーシュは目を疑った。 何が、起きたのだ。 桐山がワルキューレの攻撃を体を横へ捻って回避した途端、ズガッという音と共に突然ワルキューレが大きく吹き飛ばされていたのだ。 10メイルは吹き飛ばされたワルキューレは群集達に向かって飛んでいき、彼らは慌ててそれをかわした。 そして、学院の壁に激突し、バラバラに崩れ去る。 今まで桐山の神がかりな回避に静かだった群集が、今度は完全に沈黙する。 「な、何が起きたんだ」 「いや……平民が攻撃をかわした途端に……」 「な、あいつ……何をしたの」 今、目の前で起きているのは現実だ。 先程からルイズは唖然とし、口を開けていた。 平民であるはずの桐山が常人離れした動きで攻撃をかわし、挙句の果てにゴーレムを吹き飛ばしてしまったのだ。 何をしたのか、全く見えなかった。 (あいつ……あんなに強かったの?) 驚きと共に、何故か嬉しさが生じてくる。 極めて寡黙で雑用くらいしかできない平民だと思っていたのが、まさかあれ程にまで強いなんて。 決して、役立たずな使い魔ではなかったのだ。 「……ほう、平民にしては中々やるな」 一瞬、口端を痙攣させて笑ったギーシュは杖を振り、今度は七体のゴーレムを召喚する。 「……僕も調子に乗りすぎていたようだ。本気でいかせてもらう!」 剣や槍、メイスなどで武装したワルキューレ達が佇む桐山を取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。 だが、桐山の姿は忽然とその場から消えていた。 「……ど、どこに?」 ギーシュが狼狽する中、ワルキューレの一体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。 桐山はいつのまにかワルキューレが手にしていた剣を握り、囲みの外へと出ていた。 ワルキューレ達が次々と桐山に突進していく。 桐山は手にしていた剣を投げつけ、二体をまとめて串刺しにした。 倒れようとするワルキューレの一体へ瞬時に駆け寄り、その手から今度はメイスを奪い取る。 体の遠心力を活かして振り回し、一体を殴打。さらにもう一体へと衝突させた。 その背後、左右からワルキューレが武器を振りかぶって襲い掛かる。 しかし、振り下ろされた武器は桐山ではなく、彼が手にしていたメイスを捉えていた。 軽やかに蜻蛉を切り、瞬時にしてワルキューレの背後へと着地していた桐山は一体の背中に掌低を繰り出し、吹き飛ばす。 そして体を思い切り捻り、落ちていたメイスを再び拾って最後の一体の頭へと叩き付けた。 この時、光るはずであった彼の左手のルーンは、一切の光を発さず力を発揮してはいなかった。 (……すごい) あまりにも常人を逸脱した桐山の戦闘に、タバサは感嘆とした。 どんなに鍛えられた手練のメイジでもあそこまでの動きをとる事はできない。 多くの修羅場を巡ってきた自分でさえ、彼の動きは初めの一瞬だけを見るので精一杯だった。 そして、その間に垣間見ていた彼の表情は、全くの無だ。 焦りも、恐怖も、余裕も、何一つ伝わってこない。 まるで今、行っている戦闘ですら彼にとってはただ機械的にこなしているだけのようにも見え、戦慄する。 そして、タバサは感じ取った。 (……やっぱり、わたしと同じ) 「そんな……馬鹿な……」 自分の精神力の全てを注ぎ込んで作り出したゴーレムを全滅させられ、ギーシュは力なくへたり込んだ。 彼は、ただの平民。そのはずだ。 なのに、こんな事があって良いのだろうか。 あり得ない光景にギーシュは恐怖する。 「ひっ……」 ちらりと、桐山はギーシュへ視線を向けてきた。 戦闘中も全く変化のなかった表情、瞳――それを目にしたギーシュは蒼白する。 そして、即座に感じ取る。 (こ、殺される……!) 桐山はギーシュを見つめていたが、しばらくするとつかつかと歩き出し、向かってくる。 ガクガクと震えるギーシュは尻餅をついたまま、後ろへ下がる。 「ま、まいった! 降参だ!」 しかし、桐山の足は止まらない。 何故、止まらない。 ギーシュは自分がまだ杖を持っている事に気付き、それも放り捨てる。 だが、桐山は杖に目もくれる事も無く止まる様子は全くない。 何故だ。何故、止まらない。 自分はもうワルキューレを作り出す事もできない。悔しくはあるが降参もした。杖も捨てた。 それで勝敗は決まったはずだ。なのに―― そして、はたと気付く。 自分は彼に、その事を言ったか? 貴族同士の決闘の勝敗は、本来ならどちらかが降参するか杖を落とされた時。……しかし、今回はその事を一度も口にしていない。 この決闘、自分が一方的に勝つものだと思い込んでいた。だから、ルールの説明なんてしていなかった。 平民に貴族のルールを説明しても、意味などないと思っていた。 だがそれでも、自分はもう戦えない。 いくら平民の彼でもそれに気付けない程、愚かではないはず。 なのに、何故止まらない。 (逃げないと……逃げないと……) しかし、恐怖に全身を支配され、もはや立つ事はおろか動く事さえできないギーシュ。 突然、腹部に突き刺さるような激痛が走った。 「う、ぶ――」 ギーシュはその場で嘔吐し、胃にまだ残されていたものを吐き出す。 それを見ていた生徒達が悲鳴を上げる。 (痛い! ……何で、こんなに痛い! この決闘で、彼からは何も受けていないのに!) 腹を押さえて蹲り、悶え苦しむギーシュ。 「……ある男が、健康診断を受けた」 突然、立ち止まった桐山が口を開き始める。 「その男が帰りに、車で子供を轢いた。男は数分と経たない内に腹部に激痛を覚え、病院で再検査を受けた」 (何を、言っている) 「検査の結果、男は重度の胃潰瘍と診断された。もちろん、先の検査では健康そのものだった。 男は短時間で胃に穴が開いていた。……つまり。 ――極度の恐怖や緊張で、人間の体はすぐに壊れる」 何を言っているのか、恐怖に支配されるギーシュに理解する事はできない。 ただ、このままでは自分が殺されてしまう。それだけしか考えられなかった。 そして、桐山が目の前まで来た所で意識を手放した。 「もうやめてっ!!」 白目を剥いて気絶するギーシュの前に立つ桐山の背中に、悲鳴を上げて飛び掛るルイズ。 「決闘は終わったの! あんたの勝ちよ! もう戦わなくてもいいの!」 「どうすれば終わる」 (え……?) 「決闘は、どうすれば終わる」 「何を……言ってるの?」 「俺は決闘が終了する条件を聞いていないんだ」 「だって、ギーシュが散々降参していたじゃない!」 意味不明な言葉にルイズは喚く。 「それが終了の条件であると、彼は言っていない」 確かに、ギーシュは一度もそんな事は説明していなかった。 しかし、もう戦う事すらできないのだ。いくら平民でもそれは判断できるはず。 それが、桐山は分からないのか? 「……いいから! もう決闘は終わりよ! 主人の命令よ!」 そう叫ぶと、桐山はすっと目を閉じて大人しく従い、その場を後にしていった。 既に気絶しているギーシュに対する興味も失っていた。 (まさか……!) ヴェストリの広場へと向かう道中、桐山とそれを追いかけるルイズとすれ違ったコルベール。 そして、そのすぐ後気絶したギーシュが他の生徒達にレビテーションの魔法をかけられて医務室へと運ばれていくのも見届けた。 生徒が無事である事を知って、ホッと息をつく。 ただ、あの様子からしてギーシュは彼に殺されかけたのだと察する。 危害そのものは加えていないようだが、決闘が続いていたら確実に彼はギーシュを殺していたのだろう。 一切の躊躇も、罪悪感も、後悔も、何一つ感じる事はなく。 何故、あんな少年があそこまで冷酷になれるのか。 コルベールには分からなかった。 前ページ次ページ無情の使い魔
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反省する使い魔! 第十三話「土の略奪●雷鳴の起動」 「ねぇタバサ、あなたはどう思う?」 「………?」 食事を終え、ルイズに付き添って医務室にいるキュルケとタバサ。 メイジの女医師に音石からもらった金を支払い、 治療をしてもらっているルイズの後ろで キュルケがタバサの耳元で、ルイズに聞こえないように呟いた。 「……何が?」 「オトイシの『アレ』の事よ」 『アレ』とは言うまでもなく 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことである。 「彼の能力のこと?」 「そうよ、あたりまえでしょ? あららァ~、それともなにィ?もしかして変の意味で考えちゃったァ~?」 「………あなたと一緒にしないでほしい」 「ふふっ、それもそうね。そう睨まないで頂戴 それで、どう思う?」 「………どう、とは?」 「なんでもいいのよ、いろいろと疑問はあるでしょ? いくつか聞かせてくれるだけでいいの、 わたしも考えたんだけどさァ~、 いろいろと疑問が多すぎて逆にサッパリなのよ」 ある意味キュルケらしいとタバサは思った。 次にタバサの口から小さくやれやれと溜め息が出る、 なんでもかんでも自分に意見を求めるのはキュルケの悪い癖だ。 でもそれはそれでキュルケらしいと、妙に納得もいった。 そしてそんな親友キュルケの為に、頭の中で疑問点をまとめる。 「彼は……ただの平民じゃない」 「そりゃそうよ、あんな強い亜人を操れる彼が 『ただ』の平民だったら、私たちメイジの立場がないわ! あ……でも、それならあの亜人は一体何なのかしら? やっぱり、あのギターって楽器がマジックアイテムになってるのかしら?」 「………たぶん、ちがう」 「どうしてそう言い切れるの?」 「正直言うとこれは勘。でも少しだけ思い当たるところはある。 以前彼自身もマジックアイテムを使っていると言っていた でもあれはたぶん嘘、態度があまりにも素っ気無かったし それに彼が『能力の正体がマジックアイテムを使っている』と すんなり答えたところがとてもひっかかる」 「…確かに、彼の性格から考えてそんなに自分の能力の秘密を すんなり他人に教えるなんて奇妙で不気味ね…… でもじゃあそれって………」 キュルケが顎に手をあてて考える仕草をとる。 そしてそんなキュルケの考えを予想できたタバサは 彼女のために結論を口にした。 「あれは……マジックアイテムとも……魔法ともまるで違う わたしたちの常識を遥かに超越したナニか」 「……もしかして、未知の先住魔法とか?」 「それも考えにくい、彼はエルフには見えないし そもそもあの亜人には、魔力の流れを感じなかった」 「そう…よね…、ギーシュとの決闘のときは 距離があったからわからなかったけど、 昨日の戦いでは彼と彼の亜人のすぐ傍に私いたけど そんな感じ全然しなかったわ………」 なにやら更なる疑問が増えてしまった気がして、 キュルケは両手でわしゃわしゃと頭を掻き回した。 「あァーーもうッ!わっかんないわねぇ!! 一体彼って何者なのよ!!」 「病室では静かに!!」 (まったく、仮にも貴族がなにやってんだか…) 後ろで突然叫んだことで、医務室の専属メイジに 元気よく怒鳴り怒られたキュルケにルイズは胸の中で溜め息をついた。 【ガチャリ】「失礼します」 するとキュルケたちのさらに後ろで、 医務室の扉が開く音と同じくしてモンモランシーが入ってきた。 「あら、モンモランシーじゃないの 一体どうしたのよ?熱でもあるの?」 「はァ?な、なんでそうなるのよ?」 キュルケの挨拶に続いた質問にモンモランシーは首を傾げた。 しかしキュルケは別に皮肉で言っているわけじゃない。 本当にモンモランシーを心配して質問したのだ。 なぜなら………、 「だって…あなた顔すっごい赤いわよ?」 「え、ええぇッ!!?」 モンモランシーはすぐさま両側の頬っぺたに手を当てた。 ………熱い、とても熱い。熱と勘違いされて当然の熱さ。 原因はわかってる、わかってはいるけど…… まさかここまで自分は顔を紅くしているとは思わなかった。 そんな自分の顔をルイズたちがまっすぐ見ている。 実際は純粋にクラスメイトを心配している視線なのだが、 モンモランシーはそんな視線をとても直視できなかった。 「ちょ、ちょっと!ひ、ひ、人の顔をまじまじ見ないでよ!?」 くるり、っとモンモランシーは顔を隠すために体ごと後ろを向いた。 しかしそこに最高のタイミングで…………、 【ガチャリッ】「よー、ルイズいるかァ?」 「キャアアアアアアアアァァァァァッ!!!??」 「おわァッ!!?」【ビックゥッ】 原因である男、音石明が入ってきた。 モンモランシーの壮大な絶叫が鳴り響く。 当然この後、医務室専属メイジに 「病室では静かにッ!!!」 とキュルケと同じように怒鳴られたのは言うまでもない。 まあこの医務室専属メイジ自身もけっこう大概のような気もするが……… 「てめぇ一体どういうつもりだァ? 俺が日頃大音量に慣れてるギタリストじゃなかったら 今頃耳の鼓膜がブチ破れてるぜ!」 「あ、あなたがいきなり現れるからいけないんでしょう!?」 「てめぇの頭は間抜けかァ? ついさっきまで一緒にここまで来たんだから当たり前だろーが!!」 また怒鳴られないために結構セーブした声で音石がモンモランシーに抗議する。 ついでに言うとこの医務室は貴族専門で、 給仕以外の平民は立ち入り禁止されている。 その証拠として、医務室専属メイジに怒鳴られた後 「ここは平民の立ち入りは禁止よ!」と睨まれたが ルイズの計らいのおかげで、 今は問題なく医務室内でモンモランシーに講義できている。 そんなドアの前の二人のやり取りに、キュルケとルイズは意外そうな顔をした。 毎度のコトながら、そんなキュルケとルイズに対して タバサはいつものように本を読んでおり、 モンモランシーの絶叫の際も一切動じなかった。 「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったのかしら?」 キュルケの口から当たり前の疑問がこぼれた。 まあ無理もない、はたから見れば実に奇妙な光景だ、 外見的にも十分奇妙。 顔に古傷を持ち、学院の女子生徒にも引きを取らない長髪の男。 ロールヘアーと大きなリボンとロール頭が特徴的な少女。 絵になってるようでなってないような組み合わせだ。 当然外見だけじゃない、その人間関係的にも実に奇妙。 方や不思議な能力を使い、この学院の生徒一人を半殺しにし、 生徒たちの間でお尋ね者扱いされているなぞが多い男。 方やその半殺しにされた生徒の恋人関係にあった香水の少女。 『奇妙』、実にシンプルにひと言である。 そんなひと言が、この二人にはとてもよく似合っていた。 「で?ふたりして一体何しに来たのよ? しかもオトイシ!なんであんたがモンモランシーと一緒にいんのよ!?」 「治療してもらったばっかなんだろルイズ? 傷が治ってすぐにそうカッカすんなよ、気分がダルくなるぞ?」 (誰のせいだと思って………!!) ルイズが心の中ではき捨てた。 彼女からしてみれば、自分の使い魔が よその女の子(しかもクラスメイト)と仲良くしているのは あまりいい気分ではない。 普段こういう感情の対象はキュルケだと相場が決まっているが、 とうの本人は奇妙な事に音石に対して そういうアプローチは今のところ一切していない。 おそらく二日前、音石がキュルケの部屋から出てきたあのとき 自分の知らないなにかがあったのだろう…… 少なからず、キュルケを人間的に変えるなにかが……。 「でもまあ勘違いすんなよルイズ おれはお前らが医務室にいると思って様子見に来たんだよ でも肝心の医務室の場所がわかんなかったんだが そこをこいつが親切に案内してくれたっつ~なりゆきよ~」 「そういうことよ、変な勘違いしないでよね まったく、これだから『ゼロ』のルイズは……」 「だれが『ゼロ』よ!!」 「たくっ、お前ら二人そろってカッカしてんじゃねぇ! また怒鳴られちまうだろうがッ!! まったく、ルイズの性格考えて、変な勘違いして怒らねぇように わざわざわかりやすく簡潔に説明してやったってのによぉーー、 これじゃ無駄骨もいいとこだぜ……… モンモランシー!頼むからルイズをしょうもねぇことで 怒らせんのはやめてくれ、ルイズが怒りのまま爆発起こして その後片付けっつー二次被害受けんのは俺なんだぞ!? ルイズもルイズだぜぇ~?いちいち相手の挑発にのるようじゃ 周りが見えなくなって、おまえ自身が一番損する羽目になるぜぇ?」 「「…………………う~~…」」 ルイズとモンモランシーは小さな唸り声をあげる。 (普段の俺ならこういううっとおしい状況はとりあえずギター響かせて 押し黙らせるんだが……、まあ場所が場所だしな… てゆーかよ~、他人に説教すること自体俺らしくもねぇな 他人に説教できるほど立派な人間ってわけでもねぇぞ俺) いろいろと呆れた仕草を音石は髪を掻くことで表した。 「そうよ、よく考えてみればこんなことしてる場合じゃないわ! え~~とっ【ガチャリッ】……………あれ?」 モンモランシーがルイズたちを通り過ぎると、 医務室に設置されてあるいくつかの扉のうち、 手前から二番目の扉を開いた。しかしその扉の先には、 窓から太陽の光に照らされた高級そうなベッドや 棚などの家具が置いてあるだけで そのベッドにもその部屋にもだれもいなかった。 (さすが貴族の学校の医務室だぜ この医務室だけでもこんなに豪華な個室が設置されているとは。 個室ひとつひとつがまるで高級ホテルの宿泊部屋だぜ、 なんだってたかが医務室にこんな無駄な作りするかねぇ~~~) 音石がその無駄に豪華な医療用個室にも呆れるが モンモランシーはなぜか少し混乱していた。 しかし、モンモランシーのその混乱の正体を察した 医療室専属メイジがモンモランシーを助けた。 「ああ、ミスタ・グラモンなら一番奥の部屋ですよ」 「え?ですが前はここに………」 「なんでも『奥のほうが静かで落ち着く』だそうです それで今日の朝、部屋を移したんです」 「あ…、そういうことですか。ありがとうございます」 トテトテとした足どりでモンモランシーは 医務室の一番奥の扉に向かっていった。 こう見ると扉まで意外に距離があった。 音石がそんなモンモランシーを眺めていると モンモランシーはそのまま扉をノックし、個室の中へと入っていった。 するとルイズが急に音石の上着の袖を引っ張ってきた。 「なんだよ?」 「はいこれ、言われたとおり残りは返すわ」 手渡されたのは彼がルイズに託した金貨が入った袋だった。 音石が中身を確認すると、まだある程度の量は残っていた。 「はっ、意外だな」 「…なにがよ?」 「自分でもわかってるくせに聞くなよ、俺を試してんのかァ?」 使い魔の責任は主人の責任、主人の責任は使い魔の責任。 これがメイジと使い魔の間での鉄則だ。 音石が言う意外とは、 『使い魔のものは主人のもの』という理由で ルイズが金を没収してこなかったことに対してだ。 「フフフッ、でもルイズの気持ちなんとなくわかるわ、 わたしだって仮にオトイシが使い魔だったら同じことしそうだもの」 「どういうこった?」 「あなたがそれだけ『特別』だってことよ 使い魔らしくないって言ったほうが正しいかしら?」 「あー…、なるほどな」 音石が袋を懐に仕舞う。 『特別』―――――――、たしかに音石は『特別』だろう。 使い魔らしくないというのもそのまま的を射ている。 サモン・サーヴァントで前例のない召喚された人間。 『忠実』とまで主人に従わない使い魔らしくない使い魔。 不思議で奇妙な『特別』な能力・スタンドを扱う人間。 その上、そんなスタンド使いのなかでも あの『弓と矢』を手にしていた『特別』なスタンド使い。 ここまで特別だとかえって清々しいものだ。 その特別のおかげで、ルイズは本来の使い魔の扱い方を 特別な音石に同等に扱うのが滑稽に感じているから すんなりと金を返してくれたのだ。 (ん?まてよ………) 袋を懐に仕舞い終え、上着から手を出したときに 音石はあることに気がついた。 医務室専属メイジが口にしたとある名前だ。 「ミスタ・グラモン?おいおいおい、 それって俺が決闘で半殺しにしてやった小僧のことか? あの野郎、あれからだいぶ経ったのにまだ治ってねぇのかよ どれどれぇ、おれも様子を見に行ってみるか」 「あ、ちょっとオトイシッ!?」 急に奥へと向かっていった音石に ルイズは驚いて声をかけたが、 音石はそれを無視しモンモランシーの後を追った。 (ふっふっふっ、ベッドで安心して寝ているところに 寝かした理由の張本人が突然現れたら…………… ギヒヒッ、あいつ慌てふとめくぜ!) 早い話タチの悪い嫌がらせである。 22にもなるいい歳した大人なのに どうもこういう子供じみた嫌がらせをするのは どちらかというと音石本来の性格の悪さにあるのだろう。 【ガチャリ】「おらァ、入るぜ」 ノックもせず、モンモランシーが入っていった個室のドアを開ける。 部屋の構造は最初の個室と大して変わらず、 中央の壁際にベッドが置いてあり、窓がひとつ、 ドアの近くに花瓶がのった小さな机と椅子。床にしかれた絨毯。 どれもこれもが気品溢れる豪華な代物だった。 そしてその豪華なベッドの上で横になっている ギーシュが入ってきた音石を見た瞬間 顔を蒼白にし、全身がガタガタ震え始めた。 そしてその音石もギーシュが自分に完全に恐怖する様を見て 気分がいいのか、悪どい笑みを浮かべはじめる。 「ようクソガキ、思ったより元気そうじゃねぇか さすが魔法だな。あれだけぐちゃぐちゃにしてやったってのに たった数日でほとんど治ってるじゃねーかァ。ええおい?」 「き…き、き、き、君は!? な、な、なぜ!?き、き、きみがここにィ!!?」 ギーシュの体は魔法の治癒のおかげで音石の予想以上に回復していた。 半殺しにされた当初こそは、バイクで事故って間もない墳上裕也を 余裕で上回る包帯やギブスなどでの施されようだっただろうが 数日経った今となっては片手と片足を包帯でぶら下げているだけの この世界の治癒の魔法の凄さを思い知らされる傷の治りようである。 「ちょ、ちょっとオトイシさん!? 一体なんのつもり、きゃあっ!?」 モンモランシーが二人の間に割って出ようとしたが 音石がすかさずモンモランシーの腕につかみかかり 彼女を自分の傍に引き寄せ、彼女の耳元で話しかけた。 「べつになんもしやしねぇよモンモランシー ちょっとばかしからかってやるだけさ」 普段のモンモランシーならそれでも止めに入るだろうが 今の彼女の状況が彼女をそうさせないでいた。 その状況というのが………、 (か、顔が!……あわわ、か、か、顔が近い……) そう、モンモランシーの耳元で呟く必要があったため 二人の顔の距離が必要以上に接近しているのである。 それこそ、鼻息の生温かさまで感じ取れる程の ウェザー・リポートといい勝負であった。 しかもモンモランシーは異性にここまで顔を近づかれた経験など ギーシュのときですらなかったため、 モンモランシーの顔にどんどん赤みがかかっていく。 【ボォンッ!】 そしてとうとうその赤みが限界値に達したのか モンモランシーの頭の上で小さな噴火が起こり、 次に湯気が立ち昇り、彼女はそのまま硬直してしまった。 立ったまま赤面で硬直してしまったモンモランシーを通り過ぎ 音石はさらにギーシュのベッドに接近した。 「ぼ、ぼ、僕をどうするつもりだッ!?」 ギーシュはこのとき、 自分をこんな目に合わせた元凶に対する恐怖のせいで その元凶に対するモンモランシーの態度の異変に気付かないでいた。 まあその元凶本人もモンモランシーの態度に気付いちゃいないが…… 「さてなァ…、どうすると思うよ?」 ギーシュの恐怖からくる冷や汗と心臓の鼓動が増す、 普通なら平民が貴族に対して手を出すことは絶対的なタブーだ。 今だってそうだ、互いの承諾の元で行われる決闘とはワケが違う。 だが目の前の男は…………『例外』すぎる!! 平民でありながら自分を凌駕したチカラを使い、 平民でありながら自分をここまでボコボコにした例外者である。 (ま、まさか……こんな大怪我で動けない僕を さらにボコボコにする気かァーーッ!!?) ギーシュはあわてて枕元においてある 自分の杖の薔薇に手を伸ばした。 しかし虚しいことに、その伸ばした手は薔薇を掴むことはなかった。 なぜなら薔薇を掴む寸前に、音石に横取りされてしまったからである。 「おいおい、物騒なことすんなよなァ~~ ここは医療室だぜ?静かにしねぇと駄目じゃねぇか 俺みたいに、ここ担当してるメイジの女に怒られちまうぜ?」 希望が奪われたことにギーシュは泣きそうになった。 いや、これから泣かされるのだろう。 できればその程度であることを願った。 「へ、平民の君が貴族である僕に手を出したらどうなるか わかっているのか!?決闘のときは運良く問題にならなかったが 今回はそうはいかないぞ!?君がどれぐらい強くても 世界中のメイジが君を追い、間違いなく処刑するぞッ!?」 ギーシュの混乱した様を眺めながら 音石は内心でおおいに爆笑していた。 ギャハはァーーッ!なにもしねぇってのにバカが吠えてやがるぜ!! 音石からしてみればギーシュのその姿は滑稽でしかなかった。 包帯で手足を固定されているためベッドから動くことができず 頼みの綱であった杖も手元になく、ただ自分に威嚇するその姿、 動物園の檻の中で観客に威嚇する小動物、まさにそれである。 音石はそのまま、ギーシュの虚しい威嚇を眺めていると ある人物が部屋に入ってきた――――――。 「ちょっとオトイシ!やめときなさいよ さすがにギーシュに悪いわよ!」 治癒のおかげで完全に回復したルイズである。 音石は首だけ後ろに向け、それを確認する。 そのルイズに反応して硬直していたモンモランシーも 別の意味で帰ってきたようだ。 まあ、ルイズがそういうならここらあたりで勘弁してやるか 音石は満足そうに息を吐き、ギーシュから背を向けようとした しかしまさにその時だった。ギーシュが言葉を発したのは…… 「お、おいゼロのルイズ!! はやくこの使い魔をなんとかしてくれ!! 主人なら使い魔の管理ぐらいちゃんと【グイッ!】ひ、ひィッ!!?」 言葉の途中に音石は瞬発的にギーシュの胸倉を掴みかかった! そしてそのまま手足の包帯での固定もお構いなしに ギーシュを無理やり力尽くで自分のほうへと引き寄せた。 「おいテメェ……、マジで入院期間先延ばししてやろうか……?」 「う、……うう、…うああ…あ………」 とうとうギーシュの目から涙が溢れる。 その音石の行動にすぐさまルイズとモンモランシーが止めに入った。 「なにやってるのよオトイシ!?いくらなんでもやりすぎよッ!?」 「そ、そうよオトイシさん!さっきなにもしないって言ってたでしょう!?」 「てめぇらは黙ってろッ!!!」 【ビクゥッ!!】 音石の怒鳴り声にその部屋にいた全員がびびった! そこには先程までの年下の小僧に嫌がらせをする大人気ない姿ではなく、 なにか怒りに触れた悪鬼の如き、威圧ある姿があった。 「う、う………ゆ、許してくれ……」 涙で顔を濡らしたギーシュから謝罪の言葉が出る。 しかしその言葉は音石の怒りにさらに触れるだけだった。 「決闘の時もそんなこと言ってたなァ~~~~、ええおい? お前は謝ることしかできねぇのか?よぉ、どうなんだ小僧?」 「う………うう…それ以外なにをすれば……… お、お金が……う、う……ほしいんなら幾らでも払う……だ、だから……」 「このボケがァッ!! 金で治まるよーな問題なら俺もここまでマジになりゃしねぇよッ!! 俺が頭にきてんのはな~、てめぇがやるべきことに気付いていねぇことだッ!!」 胸倉を掴んでいた手を離し、ギーシュをベットに叩きつけた。 ギーシュは喉を押さえて咳き込みながら、 音石を恐る恐る見上げ、そして呟いた。 「やるべき……こと………?」 「……………………………」 音石は何も言わず黙り込んでいる。 聞かずとも自分で考えろ。そう示しているのだろう。 そしてギーシュは考える…………。 一体自分のなにが悪かったのだろう? 二股をしていたこと事態はあくまで自分の個人的な問題に過ぎない。 ならばその罪を無関係な給仕になすりつけたことだろうか? いや、近い気もするが一番の理由はそうではないような気もする。 考え方を客観的にしてみよう………、 一番重要なのは『目の前の男が何に対して反応した』かだ………。 ・ ・ ・ ・ ・ 『ゼロのルイズ』!! ギーシュは一気に理解した! 目の前の男はルイズを侮辱したことに怒りを表しているのだ! だが何故だ?使い魔としての本能がそうさせているのか? それとも彼の元からの性格がただのお人よしなのか? いいや、そんなものはどうでもいい!問題はそこではない!! 一番の問題は、自分がルイズを今まで侮辱し続けたことにある! 自分の誇り高き家柄、グラモン家の教訓はなんだ? 薔薇である女性を守る棘であることだろう!? それなのに自分は今まで彼女になにをしてきた!? 魔法が使えないから!?確かに彼女は魔法は使えない、 だがそれでも魔法が使えるようにと必死で努力している 事実彼女は筆記試験では常にトップだ。 ……………だからこそ尚更なのかもしれない。 魔法が使えない故に実技では常にルイズはゼロ点だ。 それに対して筆記試験では常にルイズはマン点だ。 それがものすごく気に入らなかったんだ………、 ゼロに嫉妬している自分に苛立ちを覚えてしまっていたのだ。 自分だけじゃない、ほとんどのクラスメイトがきっとそうだ。 だからみんなルイズを罵倒したのだ、見下していたのだ、 侮辱していたのだ、『ゼロのルイズ』と……………。 刹那、個室の外の廊下から足音が聞こえてきた。 このタイミングでやってくるような人物は大体予想できる。 扉が開かれる、予想通り医務室専属のメイジの女性だ。 「一体なんの騒ぎですか!?」 「え……あッ!?い、いえ!これは………その…事情がッ……」 ルイズは焦った、自分の使い魔がまた同じ生徒相手に しかも重症の状態で暴行を働こうとしたなどと 学院側に知られたら今度こそ退学になる恐れがあったからだ。 なんとか誤魔化そうとルイズが必死で思考を廻らせる。 「……いいえ、なんでもありませんよ」 ルイズは自分の耳に届いた声を疑った、 何を隠そう、その声は間違いなくギーシュの声だったのだ。 「お騒がせしてすみません 急に窓から虫が入ってきたので、つい慌ててしまって……」 「む、虫ですか?」 「ご心配なく、もう追い払いましたので…… 本当に申し訳ない、ご迷惑をお掛けしてしまい……」 それならいいんですが……、と言い残し そのメイジの女性は扉を閉め、部屋を後にしていった。 足音が遠退いていくにつれ静寂が部屋を支配する。 しかしその静寂のなか、ギーシュは深く息を吸い、目を閉じた。 そして静かに吸った息を吐き捨てると、開いた彼の目はルイズを見た。 「な、なによ……?」 「ルイズ……………すまなかった……」 「………え?」 足が動けないせいで ベットの上で横になっている状態の体を精一杯前に傾け ギーシュはルイズに向けて頭を下ろした。 「僕は、いままで君に酷い事をしてきた…… だが今更僕がなにを言ったところで、言い訳にしか感じないだろう いままで君に対しての侮辱してきたのは事実なんだからね…… だが一言、これだけは言わせて欲しい………、本当にすまなかった」 「ギーシュ………」 モンモランシーから彼の名が零れた………。 ルイズ自身もどこか複雑な表情を浮かべながら、 何を言うべきか考えているといったところだろう。 (ここまでくりゃあ、後はこいつら自身の問題だな せいぜい達者にやんな、時間はたっぷりあるんだからよ) 自慢の長髪をなびかせながら、音石は静かにその個室を後にした。 医務室を出る途中にキュルケたちに何があったのか質問されたが、 音石は「でけぇお邪魔虫が部屋を出て行ったんだよ」とだけ述べ 扉を開き、そして閉め、医務室を後にしていくのだった…………。
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魔法学院の教室の1つ。 ルイズ達二年生は、今日はここで『土』系統の魔法の講義を受けることになっていた。 皆、様々な使い魔を連れていた。 キュルケのサラマンダーをはじめとして、フクロウや、カラスや、ヘビやドラゴンや…実に多種多様だ。 召喚が終わってから初めての授業、本来なら使い魔の見せ合いで騒がしくなるはずなのだが、 彼らは今日は一段と静かだった。 皆、1人の生徒の登場を待っていた。 『ゼロ』のルイズ。 魔法を全く使えない彼女が、サモン・サーヴァントでとんでもない化け物を呼び出し、挙げ句の果てにコルベール先生に重傷を負わせたらしいという噂が、まことしやかに囁かれていた。 目撃者の証言によると、彼女が召喚したのは化け物ではなくて『死体』…それもバラバラの… だそうだが、彼らの叫びは他の生徒の、常識という箱に入れられ、蓋を閉められた。 大体の生徒は、化け物説を信じ、期待とスリルに胸をふるわせていた。 ギイと、重々しく講義室の扉が開いた。 他の生徒は皆そろっていたので、残る1人は必然的に噂の『ゼロ』ということになる。 果たして、入ってきたのはルイズであった。 皆の視線がルイズに向けられていた。 そして、ルイズに続いて入ってきた、1人の男に。 だれもかれもが、あっけにとられていた。 "なんだ。どんな化け物かと思ったら、ただの平民じゃないか" 1人また1人くすくすと笑い始める。 だが、キュルケとタバサは鋭い視線を男に向け、 そしてルイズの召喚を間近で見ていた一部の生徒は、困惑しながらも怯えていた。 そしてさらに一部の生徒は、その男が自分達と同じ食卓についていたことを思い出し、眉をひそめた。 ルイズは不機嫌そうにドカっと席についた。 そしてルイズが男と一言二言、言葉を交わすと、男は生徒達の間をゆっくりと通り抜け、後ろの壁にもたれかかり、腕を組んだ。 初めは興味深そうに生徒達の使い魔を観察していたが、 やがて飽きたのか、その手に抱えていた本を読み始めた。 先日ルイズが与えたものなのだが、どうみても子供向けなそのタイトルが、 ますます生徒の笑いを誘った。 そうしているうちに扉が開いて、先生が入ってきた。 優しげなおばさんの雰囲気を漂わせている彼女は、ミス・シュヴルーズといった。 彼女は教室を見回すと、満足そうにほほえんで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 私はこうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは皮肉気な笑みを浮かべた。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。 ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが後ろで本を読んでいる男を見て、とぼけた声で言うと、教室はどっと笑いに包まれた。 「おい『ゼロ』!召喚に失敗したからって、その辺歩いてた平民 を連れてくるなよ」 ルイズはだんまりを決め込んだ。 それをどう誤解したのか、クラスメイトの嘲りはますますひどくなっていった。 『かぜっぴき』のマリコルヌが、ゲラゲラ笑った。 「あの『ゼロ』だぜ? 失敗に決まってるじゃんか。 皆、知ってるよな?今までルイズがまともな魔法に成功した回 数は?」 "『ゼロ』だ!"と、他の生徒が唱和した。 再びゲラゲラ笑い。 調子に乗って歌まで歌いだした。 "♪ルイルイルイズはダメルイズ~♪魔法が出来ない魔法使い♪…" みんなして調子を合わせられているところを見ると、影で結構歌われているようだ。 ルイズは拳を握りしめて屈辱に耐えていた。 爪が食い込んで血が垂れる。 どうせ、言ったってわからない奴らなのだと、必死にそう自分に言い聞かせた。 シュヴルーズは、厳しい顔で教室を見回した。 そして、杖を振ると、ゲラゲラ笑っている生徒の口に、どこから現れたのか、ぴたっと赤土の粘土が押しつけられた。 「お友達を侮辱するものではありません。 あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 教室の笑いが収まった。一見するとシュヴルーズの懐の深さが示されたように見えるが、 そのキッカケを作ったのは間違いなくシュヴルーズであったし、マリコルヌたちの狼藉をしばらく見過ごしていたのも、シュヴルーズであった。 楽しんでいるのだ、結局。 ルイズは思う。 自分が笑われているところを楽しむだけ楽しんでおいて、 キリのいいところで、どこかの聖者よろしく 「貧しい者こそ救われる」とばかりに手を差し伸ばすのだ。 とんだ自己満足だ。 貧しいのはそっちの脳みその方だ、この偽善者め…! ルイズは心の中で吐き捨てた。 そんなルイズの胸中を知らずに、シュヴルーズは授業を再開した。 彼女が杖を振ると、机の上に石ころがいくつか現れた。 そして、この授業のメインである、『錬金』の講義をはじめた。 知識だけは他の生徒よりはあるルイズは、耳タコなその内容に飽き飽きして、ボーッとしていた。 「私はただの、『トライアングル』ですから…」 そんなシュヴルーズの声が聞こえた。 えぇカッコしぃめ…! と思いながら、ルイズは後ろを振り返った。 後ろでは、自分の使い魔であるDIOが、本に目を注いでいたが、シュヴルーズが石ころを真鍮に変える魔法を使っている時には、しげしげと前を向いていた。 (一応聞いてはいるんだ…) 案外好奇心旺盛ね、とルイズが考えているところに、シュヴルーズからの呼び声がかかった。 「ミス・ヴァリエール! よそ見をしている暇があるのなら、あ なたにやってもらいましょうか」 「え、わたしですか?」 突然のことに、ルイズは焦った。 話を全く聞いてなかった。 「そうです。ここにある石ころを、あなたの望む金属にかえてご らんなさい」 あっさり話の内容をネタバレしたシュヴルーズを小馬鹿に思いつつ、ルイズは俯いて、密かにほくそ笑んだ。 一発かますチャンスだ。 そして、これ以上ないってほどの作り笑顔で、立ち上がった。 「わかりました、ミス・シュヴルーズ! わたし、失敗するかも しれないけど、精一杯やってみますわ…!」 キラキラと瞳を輝かせる様が嘘くさかった。 ルイズの恐ろしいほくそ笑みをしっかり見ていたキュルケは、空恐ろしいものを感じ取り、止めに入った。 『ゼロ』ネタでからかわれた後のルイズは、何をするか分からない。 「ミス・シュヴルーズ。やめたほうがいいと思いま…ひっ!」 ルイズはギロリと、シュヴルーズには分からないようにキュルケを睨んだ。 "邪魔するならあんたから吹き飛ばす"ルイズの目がそう言っていた。 そしてルイズは、目尻に涙を蓄えながら、よよと嘆いた。 「そうですわね。ミス・ツェルプストーの言うとおりですわ。私 なんかがやったら、皆さんの大切な授業の妨げになってしまい ます……」 そうして、悲しそうにうつむいて席に座ろうとするルイズを、シュヴルーズは引き止めた。 「いいえ、いいえ、ミス・ヴァリエール。誰にだって失敗はあり ますとも! さぁ、やってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も出来ま せんよ」 (………計画通り…!) ハナから勝負にならなかったのだが…。 ルイズはいかにも可憐な笑顔を浮かべて立ち上がった。 しかし、彼女の背中には、目にもの見せてくれてやると、どす黒いオーラがただよっていた。 キュルケの横を通り過ぎるとき、ルイズはドスのきいた、低い声で呟いた。 「友達のよしみよ。さっさと消えなさいな、ツェルプストー」 もうダメだ。おしまいだ---顔面蒼白でキュルケは戦慄した。 そうして、わざわざ教壇の側に回り、石が全員に見えるようにして、 離れた所から錬金の魔法にしては異常な量の魔力を石の全てに込めだしたルイズを尻目に、 キュルケはじっとDIOに視線を向け続けるタバサをひっつかんで教室を脱出した。 ―――次の瞬間、教室の中で、学院全体が揺らぐほどの大爆発が起こっていた。 間一髪だ……、キュルケは己の生を始祖ブリミルに感謝して、床にへたり込んだ。 to be continued…… 19へ
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前ページ次ページ鮮血の使い魔 「マコトを捨てて」 「それはもう死んでる」 「埋葬してやった方が彼のためだ」 「正直言って気持ち悪い」 「というか怖い」 などと言えるはずがない。言ったら言葉はノコギリで襲い掛かってきそう。 そうしたら魔法の使えない自分に勝ち目なんて無い。 だからルイズは我慢するしかなかった。 我慢できた理由は、責任。 自分が言葉を召喚してしまったからとか、コルベールの腕切断とか。 そういうものの責任を、使い魔の主として背負っているから、我慢できている。 つまりルイズ以外の人にとっては到底我慢できる問題ではない、という事。 ――ファイヤーボール等で鞄ごと焼却処分すればよくね? ――オールド・オスマンが固定化かけたらしいから無傷じゃね? ――あのジジイ、余計な事しやがって。油かけて燃やせばいけるんじゃ? ――仮に燃やせても、黒コゲ生首か頭蓋骨を持ち歩くだけじゃね? ――相手は平民なんだからシンプルに命令すればよくね? ――じゃあお前が命令してこい。腕を落とされてもいいならね。 ――風の魔法で鞄を奪って、中身をどっかに埋めちゃおうよ。 ――あ、それいい。そうしようそうしよう。 マコトを捨てて、とは言えなかったけれど、床で寝なさい、は言えた。 言葉は文句ひとつ口にせず、毛布一枚で床に横たわる。 「床は硬いですね。でも大丈夫、誠君は私が抱いていて上げますから痛くありませんよ」 どうやら言葉は自分がどんな扱いを受けようと構わないようだ。 『誠と一緒』という条件さえ満たしていればの話だが。 床で寝なさい、がうまくいったから、誠を鞄に入れっぱなしに、と言ったら断られた。 「部屋にいる時は、誰の視線も気にする事なく、誠君と一緒にいられますから」 私の視線も気にしてよ、とルイズは嘆く。 とはいえ、これで寝起きにいきなり目覚まし生首を目撃しなくてすむ。 安心して眠ったルイズは、完璧に油断していた。 「ルイズさん、朝ですよ。起きてください」 起きた。 目の前に言葉がいた。 縦にふたつ、顔が並んでる。 上は言葉、下は誠。 「……そう来たか」 言葉は誠を抱いたままルイズを起こしたのだ。 ルイズは朝の洗顔のついでに、ほろりと涙をこぼすのだった。 朝食や部屋の掃除など、滞りなくすませた言葉は、 ルイズの授業に同席するため教室に向かっていた。 言葉は授業が楽しみだった。 異世界の魔法学院で、魔法の勉強をするというのもそうだが、 何より誠と同じ教室で勉強できるというのが嬉しかった。 以前はクラスが違ったせいで学校ではあまり一緒にいられず、 お互いのクラスには、言葉と誠を引き離そうとするクラスメイトがいた。 西園寺世界。清浦刹那。澤永泰介。加藤乙女。他にも、他にも、他にも。 でもここにはそんな邪魔者はいない。いないから、安心していられる。 「ウインド・ブレイク」 背後から突然の突風。 風は鞄を狙って吹き飛ばしたため、言葉はその場に転ぶ程度ですんだ。 だが。 「きゃっ……ま、誠君!」 言葉は教室に向かう廊下では他に人がいなかったため、 鞄を開けたまま持ち歩き、中にいる誠とお喋りしていたのだ。 だから、開いたままだった鞄から、誠の、首が。 「うわぁっ!?」 予想外の事態に、風の魔法を使った生徒が驚く。 言葉はその生徒には目もくれず、吹き飛んだ誠の首を拾いに走る。 だが廊下の前方の曲がり角に待機していた別の生徒が、再び風で誠を吹っ飛ばす。 教室とは反対方向に転がって行く誠。 言葉は、理解した。 ココニモ邪魔者ガ、イル。 濁った双眸が鋭さを増し、言葉は放置された鞄を掴みながら角を曲がって走る。 誠の首は宙に浮いて移動していた。 きっとレビテーションという魔法だと言葉は判断し、誠の首を奪おうとするメイジを探す。 敵は複数。背後からの一人、曲がり角の一人、今レビテーションを使っている一人。 計三人。 殺す。 背後からの一人と曲がり角の一人は顔を見ていない。 でも殺す。 レビテーションを使っている一人は進む先にいる。 まず殺す。 言葉は、鞄の中に右手を突っ込んだ。 そして鞄をその場に捨て去る。 右手には、誠の首と一緒に鞄に入っていた、ノコギリ。 左手には、ルイズによって刻まれた使い魔のルーンが、輝いて。 疾風の如く言葉は廊下を駆ける。 その速さに驚愕したレビテーションの使い手は、慌てて次の奴にバトンを渡す。 あらかじめ開けておいた窓から、誠の頭を放り出したのだ。 予定では、これでもう言葉は追いかけてこれないはずだった。 後は広場にある植木の下に掘ってある穴にこいつを放り込んで埋めるだけ。 「あ、来た」 金髪ロールの愛らしいモンモランシーは、窓から放られた鞄をキャッチしようとした。 そこで、あれ? と首を傾げる。 鞄にしては、ちょっと小さい、というか丸い。 クルクルと回転しながら飛んでくるそれに向けて、何となく手を伸ばすモンモランシー。 すると吸い込まれるように鞄(?)はモンモランシーの腕の中におさまった。 何だろうこれ? 見る。 灰色の顔。 「ひっ、ひぃ……ひゃぁあああぁぁぁっ!?」 悲鳴が学院に響いた。 今日の授業は何だか妙だった。 授業を休んでる生徒が四人もいる。 その中にモンモランシーも含まれている事もあって、 彼女と友達以上恋人未満な関係の男、青銅のギーシュはちょっと心配していた。 すると。 「ひゃぁあああぁぁぁっ!?」 悲鳴。この声は、モンモランシー? 真っ先に反応したのはルイズだった。 そろそろ来てもいいはずの言葉が来ていない。そして悲鳴。 また何かやらかしてしまったと直感的に悟ったルイズは教室から飛び出して行く。 それを見てギーシュも危機を察知し、窓からレビテーションを使って飛び降りた。 レビテーションも使わず二階の窓から飛び降りてきた言葉を見て、 モンモランシーの顔は蒼白に染まる。 言葉は、じっとモンモランシーを見つめて問いかけてきた。 「誠君はどこですか?」 「え?」 その時ようやく、モンモランシーは自分が何をしたかに気づく。 生首をキャッチしてしまった彼女は驚きのあまり、それを全力で放り投げてしまった。 結果、伊藤誠行方不明。 首を返してごめんなさい、という逃げ道は断たれた。 モンモランシーが首を隠したと完全に勘違いされている。 「誠君はどこですか?」 「あの、その」 「誠君はどこですか?」 「れ、れ、レビテーション!」 逃げよう。モンモランシーが杖を振ると同時に、その身体が宙に浮く。 相手は平民だから、宙に浮かれたらどうにもできないはず。 だが二メイルも浮かんだ頃だろうか、いきなり下腹に何かがぶつかってくる。 「え」 「誠君はどこですか?」 言葉が、腰にしがみついていた。二メイルの高さを己の脚力で跳んで。 そして、モンモランシーの背中を、ノコギリの冷たい感触が叩く。 「イヤァァァッ!!」 恐怖に精神を掻き乱されたモンモランシーはレビテーションを解いてしまい、 地面に向けて背中から落下する。言葉はというとモンモランシーを離して軽やかに着地。 そして、背中を打ち付けられて咳き込んでいるモンモランシーの隣に立ち、 首に、ノコギリを、当てる。 「誠君はどこですか?」 壊れた人形のように同じ事を繰り返す言葉。 眉は不機嫌そうに寄せられていて、虫けらを見下すような冷たい視線を向けられる。 「ひっ、ゆ、許して……」 貴族のプライドなど一瞬で切り捨てられた。 モンモランシーは瞳いっぱいに涙を浮かべる。 「駄目です」 死刑宣告。 直後。 「ワルキューレ!」 モンモランシーを挟んだ対面から青銅のゴーレムが植物のように生え、 右手に持った短槍で言葉のノコギリを弾き飛ばす。 言葉は不快な表情を浮かべて、声のした方を見た。 青銅のギーシュが、薔薇の杖を持って立っている。 「無事かい!? モンモランシー!」 「ギーシュ!? ああ! ギーシュ、来てくれたのね!」 「僕が来たからにはもう大丈夫! 誇り高き美の戦士ワルキューレがその平民を」 言葉はノコギリを腰の横に構えると、そこから水平に一閃した。 耳が痛む甲高い音がして、ワルキューレの胴体が両断される。 言葉の持つ居合いの技術とガンダールヴの力の前では、 例え得物がノコギリだろうと青銅のゴーレムでは話にならなかった。 ギーシュもモンモランシーの仲間と判断した言葉は、矛先をギーシュに変えた。 「誠君はどこですか?」 「マコト? 何だそれは、僕は知らないぞ」 「誠君はどこですか?」 「知らないって言ってるだろ。平民の癖に、貴族に対して無礼じゃないか! 今すぐモンモランシーに謝罪しろ!」 「誠君はどこですか?」 「僕の話を聞いているのか!?」 「誠君はどこですか?」 「だから……」 「誠君はどこですか? 誠君はどこですか? 誠君はどこですか?」 「話を……」 「誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君誠君……」 「わ、ワルキューレェェェッ!!」 言葉の狂気に耐え切れなくなったギーシュは、 薔薇の花弁を大地に舞わせ新たなワルキューレ六体を出現させる。 しかもそれぞれのワルキューレは異なる武装で言葉に対峙していた。 「アイスソード!」 「オートクレール!」 「カムシーン!」 「デルフリンガー!」 「ヴァレリアハート!」 「ガラティーン!」 六体のワルキューレ! 六本の剣! 「それ以上抵抗するなら容赦しないぞ!」 六体は列を成して言葉へと肉薄していった。 対する言葉は正面からワルキューレ達に向かって疾駆する。 一体目とすれ違い様に胴を両断する言葉。 二体目とすれ違い様に首を刎ねる言葉。 三体目とすれ違い様に肩から脇腹まで両断する言葉。 四体目とすれ違い様に剣もろとも腕を切り落とす言葉。 五体目とすれ違い様に下腹部を開腹する言葉。 六体目とすれ違い様に頭から股間まで一刀両断する言葉。 「そ、そんな馬鹿な……」 六体のワルキューレの残骸を背に、恐怖に腰を抜かすギーシュの眼前に、言葉。 「誠君はどこですか?」 「し、知らない」 「……」 青銅のワルキューレを次々に屠ったノコギリが、ギーシュの首へ。 モンモランシーが叫ぶ。 「や、やめて! ギーシュを殺さないで!」 言葉は振り返って、問う。 「誠君はどこ――」 「コトノハー!」 ぜいぜいと息を切らしながら、ルイズが広場に駆け込んできた。 誠の首を抱えて。 「ま……誠君!」 「はぁっ、はぁっ、間に、合った……」 ルイズに駆け寄り、誠を渡されると愛しそうに頬擦りする言葉。 それを見て、助かったと胸を撫で下ろすギーシュとモンモランシー。 だがその二人に、ルイズがうんざりとした表情で言う。 「ちょっと。あんた達コトノハに何したのよ? 私が偶然植木の陰に落ちてたマコトを見つけなかったら殺されてたわよ?」 「ぼ、僕はただモンモランシーの悲鳴が聞こえたから……」 ルイズとギーシュの視線がモンモランシーに向く。 殺されかけたギーシュとしても、なぜこうなったのか知りたいようだった。 まさかここで「あの首を奪って埋めちゃうつもりでした」なんて言えない。 そこでモンモランシーはこう答えた。 「わ、私はただ、授業に出る気になれなくて、散歩してただけよ。 そうしたらいきなり窓から、その、アレが落ちてきて、悲鳴を……」 「じゃああなたは、私から誠君を奪おうとした人達の仲間じゃないんですね?」 誠との頬擦りをやめた言葉が、疑わしげな視線をモンモランシーに向けた。 「ちょっとコトノハ、マコトを奪おうとした人達って何よ?」 「……ルイズさん。今日の授業、誰か欠席してませんでしたか?」 「え? えーと、そういえばモンモランシー以外にも三人くらい……」 「それは誰ですか?」 質問されて、ようやくルイズは事態を把握した。 モンモランシーも関わっているかどうかは解らないが、 欠席した三人は言葉から誠を奪って処分してしまおうと考えたに違いない。 だって自分も処分できるものなら処分したいから。 「……誰だったかしら。あまり気にしてなかったから」 ここで名前を教えたら、多分、その三人は殺される。 どう誤魔化そうかと悩んでいると、言葉は感情の無い声で言う。 「そうですか。解りました、もういいです」 「え? そ、そう?」 呆気なく言葉が引き下がり、安心するやら不気味やら、ルイズの心中穏やかではない。 そして言葉は、ノコギリと誠を持ったままモンモランシーに歩み寄った。 「な、何よ」 「あの人、あなたの彼氏ですか?」 「え……?」 意外な問いにモンモランシーは目を丸くする。 言葉は小声で話しかけているため、ルイズとギーシュには聞こえない。 どう答えたものかと一瞬迷って、助けに来てくれたギーシュを思い出して。 「そうよ。ギーシュは私の恋人。それが、どうかしたの?」 「……いえ。ただ、忠告して上げようと思って」 「忠告?」 言葉の唇が、笑う。 「恋人を、誰かに盗られたりしないよう、注意した方がいいですよ」 「それって、どういう……」 「誠君みたいに、なっちゃいますから」 何とか殺害をまぬがれたモンモランシーだったが、言葉の重く心に響く忠告は、 確かにモンモランシーの根深いところに植えつけられた。 それが発芽するのは、まだ先の話。 そして言葉は、今日の授業を欠席した人が誰かを教師に訊ねに行った。 でも。 すでにこの事件を知っていた、この時限の教師は、それが誰かを教えなかった。 だから言葉は思った。 この教師は生徒をかばっている。もしかしたらこの教師が黒幕かもしれない。 炎蛇のコルベール。やっぱりこの人は……。 前ページ次ページ鮮血の使い魔
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夜になりルイズの部屋に戻ったのだが、どうも2~3点相違点があったので改めて問いただす事にした。 「…あの二つの月は何だ?」 「何って…月は二つあるものよ?」 クレアと火を囲んでテレサについて話した夜を思い出すが、月というものは一つだ。間違いない。 「どうも、相違点があるな…そもそも、エルフというのは何だ?」 「あんたの居たとこじゃ『クレイモア』って呼ばれてるんだっけ?先住魔法を行使する種族よ」 「…私は魔法など使えんぞ」 エルフなのに魔法が使えないんだー、そう、それって私と同じ『ゼロ』って事ねーーー…… …… ………… 「ここ、この馬鹿ぁーーーー!」 「五月蝿いぞ、静かにしろ」 「魔法が使えないエルフなんて平民と同じじゃない…!こんなのを使い魔にするなんてぇ~~…」 契約の時の喜びはどこにやら、思いっきり凹んでいる。 ぶっちゃけ、エルフなぞより数倍厄介な連中なのだが、魔法が使えない=平民というのが常識のこの世界では、その反応は当然と言えた。 (まぁ一般人からすれば妖力解放も一種の魔法のようなものか) 上位Noの戦士でも抜き身すら見えない高速剣、クレアを追っていた奇妙な太刀筋の剣を使う女のようにアレも一般人から見れば、魔法みたいなものだろう。 もっとも、今の腕では高速剣は使いたくても使えないのだが。 「そもそも、私が居た場所では魔法などというものは存在しないのだが…どうも、お前達と我々の間で認識に違いがあるようだな」 「失敗ばかりで…サモン・サーヴァントで…やっと成功したと思ったのに…」 聞いてない、そりゃあもう、イレーネの話なぞ全く聞いていない。 (どうも、思っていたより事は厄介なようだな) 妖魔が居ない事やそれに変わるオーク鬼のような化物が居るという事は大陸が違うという事で納得できないこともないが 月が二つあるなどという事は、それだけではありえない事だ。 「で、私は何をすればいいんだ?」 「うう…一つは、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるんだけど…無理みたいね。わたし何も見えないもん」 「『無理みたい』という事は他の者は見えるという事か。まぁ私の視界に映ったものを他人に見られるというのは、あまりいい気はしないがな」 「二つは、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。秘薬とか。」 「モノによるが、この辺りの地理を知らんから無理だな」 二つ目も早々に否定されさらに凹んだルイズが搾り出すかのように三つ目を言う。 「これが一番大事なんだけど…使い魔ってのは主人を守る存在なわけで、使い魔の能力で主人を守るのが一番の役目なんだけど…」 ちらちらとルイズの視線が左腕に注がれている。 それを見て、まぁ無理も無いとは思う。 右腕もどれだけ使えるか試さない事にはどうしようもないが、限界近くまで妖力解放してせいぜい元の1/10以下の高速剣だろうと予測を付けている。 ここでは、魔法という物が幅を利かせているらしく、一割程度の妖力解放でどれだけやれるか、まだ分からない事が多すぎるのだ。 最初に契約されそうになった時の反応を見る限り、一割でもこちらの動きについてこれなかったようだが、所詮人間の学生だ。 ドラゴンやその他の化物にどれだけ通用するか分かったものではない。 「並の人間なら、遅れは取らんと思うがな」 「いくら速く動けるたって、メイジに対抗できなきゃ意味無いのよ…」 「メイジというのは何だ?」 「ホッント何も知らないのね…系統魔法が使える者達の事で、ここの学生は全員貴族の子弟よ」 飛んでたのはそういう事かと納得しかけたが、一つ疑問が浮かんだ。 「お前は、飛んでなかったがメイジじゃないのか?」 痛い。そりゃあもう痛いところを突いた。 だが、構わず第二撃が加えられる。高速剣の異名は伊達じゃあない! 「全員と言っていたからには、お前も貴族の子弟なんだろ?」 ルイズが固まっていたが、時間が経つにつれブルブルと震え始めた。 「ままま、魔法も使えない使い魔が、ごご、ご主人様をお前呼ばわりするんじゃないのーー!あんた、しばらくご飯抜きよ!」 もちろん原因は、『お前』呼ばわりされた事ではない。 常人なら死活問題だが、そんな事はクレイモアにとっては一週間近く飲まず食わずでも問題無いが、やはり急にキレた事は気になった。 「なにか要らん事でも言ったか?…お前だけ魔法とやらが使えな「さてと!しゃべったら、眠くなっちゃったわ!」」 イレーネの言葉を思いっきりルイズが遮る。それはもう、焦った様子で。 墓穴を掘るとは、まさにこの事だろう。 その様子を見て、ルイズは魔法が使えないのだろうと確信した。 「まぁ、気にするな。我々の中にも『色つき』という不完全な…」 そこまで言ってボフっと何かが投げられてきた。 一般的に言う下着というやつだ。 「こ、これ、明日になったら、洗濯に出しとくのよ!ホントなら、あんたにさせようと思ってたんだけど、その腕じゃ無理そうだし!」 まだ、何か焦っているが、イレーネからすれば、洗濯は腕一本でも十分にできる範囲だ。 戦士時代は黒服が着替えを持ってきていたが、隠遁してからは一人で暮らしていたのである。 半分妖魔とは言え、半分人間だ。 食事は性質上いいとして、やはり掃除、洗濯はそれなりに自分でしなくてはならない。 クレアと再び出会った頃には、下手な主婦などより、その方面のスキルは磨かれていたりする。 まぁ、その場はルイズの温情だろうと判断して何も言わなかったのだが、魔法云々に関してはあまり言わないようにした。 「了解、ボス」 テレサがオルセから指令を受けていた時、こう返していたなと思いつつ返事をすると毛布が一枚投げられてきた。 「ベッドは一つしか無いから寝る場所は床ね」 別段異存は無い。というか戦士にとっての寝床というのは大体床がメインだ。 ベッドで寝るにしても簡素なものだったし、貴族が使うようなベッドは逆に気持ち悪い。 欲を言えば大剣が欲しいとこだったが、腕を無くしたままの逃走劇途中だったため、さすがに持ってきていない。 壁に背を預けると、ルイズが指を弾きランプの灯りが消えた。 便利なものだな。と思いつつ目を閉じ静かに眠りに入った。 朝になり目覚めてすぐ妖力を探るが、思わず苦笑した。 昨日、この地に妖魔は居らず組織の力は及んで無いと思ったばかりだというのに、妖力を探った自分に。 「さすがに、朝日は一つだけか…」 近いうち、この学院の最高責任者に接触しなければならないが、それにはルイズの手を借りねばならない。 したがって、当面は従順にしておく事にした。 何の事は無い。組織に比べれば赤子のようなものだ。 (それにだ…どうも私を恐れている者達は私をエルフと呼んでいたな) 『クレイモア』と『エルフ』何か類似点があるのかと思ったが、そこら辺の情報は皆無なため判断のしようがない。 (それなら、それで最大限に利用させてもらおう) 恐れられているという事は、無用なトラブルを回避できるという事だ。 こういった意味合いでは、クレイモアと一般人の間で揉め事が少なかったと言う経験がある。 まぁ、例外もあるが。 「ヘックシ!」 「風邪か?ヘレン」 「冗談じゃねー…誰かが噂でもしてるんだろ」 ベッドの上のルイズを見るが、あどけない寝顔を晒しグースカ寝ている。 「寝顔は、あの時のクレアと大して変わらんものだな」 改めて言うが、年齢は、ちびクレア<<ルイズである。聞いたら絶対怒る。 「ルイズ、朝だ」 「うぅ~~~ん…」 起きないので思いっきり毛布を剥ぐ。 放っておいてもよかったが、起こさないままにして、責任問われるというのも御免だ。 「ふにゃ…!なに?なにごと!」 「朝だ」 単調に返すが、瞬間ルイズの顔が一気に青ざめる。 「えええええ、エルフーーーーー!?なんでわたしの部屋にエルフがぁーーー!?」 そう言えば、ノエルも寝起きが弱かったなと思いつつ目を覚まさせる。 「イレーネだ。顔でも洗え」 「…ああ…そうだった…わたしが召喚したのよね…」 朝一番から一気に、心臓が最大稼動し覚醒したルイズだが、思い出したかのように命じた。 「ふ、服と下着」 「下着の場所はどこだ?」 「クローゼットの一番下」 さすがに、片腕では着替えさせる事もできないので自分で着替えたのだが、当の本人は釈然としていない。 「なんで使い魔が居るのに自分で着替えなくちゃいけないのよ…」 もちろん、イレーネには聞こえない程度の呟きだ。 そうこうしていると、扉が開き部屋に誰かが入ってきた。 「なな、何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ。キュルケ!」 相手を睨みつつ、心底嫌そうな声で言葉を放つ。 「朝一番に『エルフ』って叫びがしたから見に来てあげたんじゃないの、ルイズ」 「そ、そうよ!私の使い魔はエルフなんだから!!」 当然違うし、魔法なども使えないのだが、意地もありルイズもエルフで通す事にしたようだ。 キュルケと呼ばれた女がイレーネをまじまじと見るが、ちょっと恐れを含んだ口調で言った。 「ほんとにエルフね…凄いじゃない」 どの辺りでエルフと見なしているのかと問いただそうと思ったが止めた。イレーネ自身、エルフと思われていた方が動きやすいのだ。 「あなたも使い魔を召喚したんじゃなかった?」 「ええ、そうよ。いらっしゃい。フレイムー」 後ろから、真っ赤な巨大なトカゲが現れ熱気が辺りを包むが、それを見たイレーネが思わず妖力解放しかけたのは内緒だ。 (下位Noの覚醒者がこんな形をしていたな…) イレーネの価値観では一般的な動物以外の形をしている生物=覚醒者なのだから、まぁ当然なのだが、やはりここは元居た場所とは何かが決定的に違うらしい。 「それってサラマンダー?」 「そうよ、ここまで鮮やかで大きい尻尾は、絶対に火竜山脈のサラマンダーね。好事家に見せたら値段なんかつけられないぐらいのブランドものね」 「これは…こいつ自身が熱を出しているのか」 「『火』属性の微熱のキュルケぴったりでしょ?ささやかに燃える情熱は微熱。それで男の子はイチコロなのよ。あなたと違ってね。」 キュルケが得意げに胸を張るとルイズも負けじと張り返すが、その差は歴然。 あまり例えにしたくないが、妖力解放したテレサと自分ぐらいの差がある。 それだけ、妖力解放した時のテレサの妖力が化物じみていたという事だが。 「あなた…お名前は?」 「イレーネだ」 改めてキュルケがイレーネを見つめる。 身長180サント前後。銀色の綺麗な長髪。髪の色と同じ銀色の目。マントから覗く生の脚の付け根。ルイズとは違い出るとこ出ている胸。 自分とはタイプ的に違うが…こう一言で言えば… 「…ライバルになるかもしれないわね」 「なにか言ったか?」 「いえ、何も。じゃあ、お先に失礼」 赤い特徴的な髪をかきあげ、キュルケとフレイムがルイズの部屋から出るが、ルイズは拳を握り締め喚いていた。 「くやしー!なによ!ちょっと胸が大きいからってーーー!!」 「個人差だ。気にする事もあるまい」 当のルイズは、ジト目でイレーネを、特に胸の辺りを凝視している。 「あんたはいいわよそりゃあ!」 「お前はまだ成長してないだけだろう。これかというところだな」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、現在16歳。この年齢から成長するかと言われれば微妙なところである。 もっとも、その見た目故、イレーネは13歳ぐらいに思っているのだが。 ともかく、プンスカ怒りながらのルイズを先頭に『ルイズの』朝食を摂りに食堂へ向かう事になった。
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前ページ次ページ紙袋の使い魔 決闘の日から一週間程の時間が流れた。 ファウストの自室はルイズしか入らなかったが、人の出入りが多くなった。 あの日以来、ギーシュは平民だからといって高慢な態度を取る事は無くなり、モンモランシーとの中も好調であるらしい。ときおりファウストの下へ話をしにきたりしているようだ。 シエスタ、マルトー、コックやメイド達は、自らの体を張ってシエスタを守ってくれたファウストを「我等が槍」、「紙袋の名医師」、「お茶目なお医者様」と呼び慕っている。 キュルケは今まで以上にルイズをからかい、タバサはちびファウストくんと共に遊びに来ては彼に病の事について話をしにきている。 ルイズはと言うと・・・・。 決闘以来、今まで自分に対して馬鹿にした態度を取っていた生徒たちが、畏敬の視線を浴びせてくるようになった事を疑問に感じていた。 ファウストのおかげかしら?と自分に優位な考えで解釈していたが。 今まで通り、ファウストと自身の魔法について意見を交わし、裏庭なんかで実験を繰り返す。 そんな日々である。 あっという間に一週間が立ち、虚無の曜日がやってくるのであった。 「ファウスト。今日は虚無の日よ。街へ買い物に行きましょう」 「虚無の日?お休みの日ですか?」 「ええそうよ。前に言ってたでしょ?武器が無いって。この前の決闘の時の槍ってニセモノだったんでしょ?街でちゃんとした物を買ってあげるわ」 「別に武器が欲しい訳じゃないんですがねぇ・・・。まぁ、折角のご好意。断る訳には行けませんねー」 その日も、普段どおり部屋にて勉強、そして練習を行うと思っていたファウストであったが、今日は違うようだ。 この世界の町というものを見たことが無かったので、準備をし、ルイズへと着いていった。 「ルイズさん、街は遠いのですか?」 「そうね。馬に乗って三時間くらいね」 「案外かかりますねぇー。ルイズさん、詳しい場所は分かるのですか?」 「大丈夫よ。何故かしら?」 「それならコレを使って行きましょう」 鞄をガサゴソと漁ると、とても大きな扉が出てくる。 「何処○もどあ~」 少ししゃがれた声で高らかに言った。 あの鞄の中身はどうなっているのであろうか?気になってしょうがない。 「・・・・それは何なのかしら?」 「コレを使えば知っている場所へすぐ着きますヨ。さぁルイズさん、場所を思い浮かべて下さい」 「気にしない気にしない。一休み一休み・・。気にしたら負けね。行きましょうか」 考えるのを止めたルイズはファウストと共に、扉へと入っていった。 その日もタバサは、朝早く起きて読書をしていた。庭の木の下でだ。 隣にはちびファウストくんと彼女の使い魔である、シルフィードが遊んでいる。 「きゅいきゅい!ちびファウストくん!そこはダメなのね!」 タバサは無言で杖の頭でシルフィードを叩いた。 「喋ってはダメ。だれが見ているか分からない」 「お姉さまのイジワル。だってちびファウストくんがシルフィの変なとこ舐めるのね」 「喉元を舐められただけ。そういうサービス発言はいらない」 彼女の言っている意味が分からないシルフィードはそのままちびファウストくんとじゃれあっていた。 「そろそろ時間。ちびファウスト。あなたのご主人様の所へ行きましょう」 彼女はお昼過ぎのこの時間、いつもファウストの元へと向かうのであった。 自分が知らない未知の魔法について、そして医者だという彼に病についての質問をしている。 頷いたちびファウストくんを引き連れ、彼女はファウストの元へと向かった。 「いってらっしゃいなのねー。お姉さ・・・痛っ・・・・」 シルフィードに軽いエアハンマーでオシオキした後、ファウストの部屋の前に着いた。 しかし、ノックをしたが反応が無い。彼女は一応断りの台詞を入れて部屋を開けた。 「・・・・誰もいない。ルイズも。虚無の曜日だから出掛けた・・・?」 部屋の前で考えているとキュルケが自室から出て来たらしく話しかけてきた。 「どうしたのタバサ?何、今日もミスタ・ファウストへ質問タイム?熱心ねぇ。それで、部屋の前で何してるのかしら?」 「居ない。どこかに出掛けたらしい」 彼女の台詞を聞いたちびファウストくんが服を引っ張っていた。 「・・・場所が分かるの?着いて来い?」 こくこくと呟くちびファウスト君。 「すごいじゃないのタバサ!話が分かるの?」 「何となく」 「それで、行くのかしら?私も着いてっていいかしら?」 こくりと頷くと、部屋の窓を開け、口笛を吹いた。 窓枠によじ登り、そのまま外へと飛び降りた。 何も知らない者が見たら頭を疑うであろうその行動にキュルケは全く動じず、自身もその身を空へと躍らせた。 ばっさばっさと力強く翼を羽ばたかせ、シルフィードは彼女等を受け止める。 「いつ見ても貴女のシルフィードは惚れ惚れするわねぇ」 そう、タバサの使い魔、シルフィードは竜の幼生なのであった。 「どっち?」 ちびファウストくんはその問いに、東の方へと指をさす。 「あっちは街のほうね。虚無の曜日だから街に買い物にでも出かけたのじゃないかしら?」 キュルケの恐ろしいまでの推理にタバサは頷き、シルフィードを街の方へと急がせるのであった。 扉から出ると、そこには街が広がっていた。 「ほんとーに何でもありねあんた・・・。驚かないって決めてたのに驚いちゃったわ。その内奇跡の一つでも平然とおこしそうね・・・」 「ルイズさん・・・奇跡とは、待つものではないのです。日々の努力が奇跡へと繋げるのです。そして奇跡を起こさなきゃいけないのが医者なんですよ。例え1%を切っている確率でも、我々医者は成功しなきゃいけない。いえ、させるのです」 「これはお医者様とは何の関係無いでしょう!?ごまかそうとしたってそうはいかないんだから!」 「あひゃ!バレましたか!細かい事気にしてたらハゲちゃいますよぉ~ルイズさん!」 もう付き合ってられないとばかりに、ファウストへと背を向けると、街の奥へと歩いていった。 途中、ファウストは何度も人とぶつかっていたが、その度に相手から何とも言えない声がしていた。 「ルイズさん。ここはスリが多いですねぇ~」 「え!?あんたもしかしてスラレたの!?」 「そんな訳無いじゃないですかー。スロウとしてたのでぶつかって来た時に体を少し弄ってあげただけですよぉー」 その日、町でスリをしていた連中は、変な被り物をしている貴族の連れから財布をスロウとしたが ことごとく失敗に終わった。その際、体に軽い違和感を感じ意識を失ったのだが、目が覚めるとニキビが治っていたり、水虫が治っていたり、体のありとあらゆる異常が治っていた。 紙袋を被ったあの男は始祖の使いに違いない、そう信じ、あの男に救って貰ったこの体。悪さをすることは出来ぬと改心し、まっとうな職を探すのであった。 その日以来、街での犯罪件数が激減したのであった。 ルイズは目的の店の看板を見つけると嬉しそうに呟いた。 「あったわ。中に入りましょう」 店の中は薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。周りを見渡すと、甲冑や剣、大きな出刃包丁のような剣など様々な武器が置いてある。いかにも武器屋といった様子だ。 店の奥でパイプを咥えていた50がらみの店主らしき男は、店に入って来た人物が貴族であると気付くと低い声で喋った。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてますぜ。貴族様に目をつけられる様な事は一切合財しておりませんや」 「違うわ。客よ」 「これはこれは!貴族様が剣を!こりゃおったまげた!」 「違うわ。私のを買いに来たのではないわ。ファウスト。入ってらっしゃいな」 店主は黙ってその様子を見ていたが、入ってきた男に驚き声を出すことが出来なかった。 なんせその男扉を狭そうにくぐったかと思うと部屋の中で立ち上がった。 自分が見上げる程の大男。店主は自身の体格で見上げる程の男に出会うのは武器屋生活25年間の中で初めてである。 「貴族様・・・こちらの方用の武器で御座いますか?」 「ええ。そうよ。私の使い魔のファウストよ。槍を探しに来たのだけども・・・」 主人はいそいそと店の奥へと消えると、次々と槍を並べていった。 「貴族様、そちらの方にあうような武器になりますと当店にはこのくらいしか御座いません」 そういうと店主は槍の説明をしていった。 「右から、かつて伝説の白い魔人が使ったと言われる「テックランサー」、何度倒されても決して諦めずに姫を救った騎士アーサーの使ったと言われる槍、ナイトと呼ばれた騎士が使ったとされる全てを貫く「ミストルテイン」で御座います」 「どれも強そうな槍ねぇ・・・どれがオススメなのかしら?」 「どれもオススメで御座いますよお客様。これらの武器なら世間を騒が盗賊を見事撃退できますぜ」 「盗賊・・?」 「ええ。何でも土くれとか呼ばれているメイジの盗賊が、貴族のお宝を盗みまくってるらしいですぜ」 ルイズは盗賊へはあまり興味は無かったが、見れば見るほど素晴らしい武器たちに目移りしてばかりである。 「どう?ファウスト。この中にあんたに使えそうな槍はあるかしら・・・?」 「う~ん。私は別に凄い武器が欲しいって訳じゃないんですがねぇー。どれもこれも強い何かを感じるのですが」 その時、乱雑に積み上げられた剣の中から、声がした。渋く、若本御大のような声が。 「何言ってるんだ?オメェ。武器屋に来て武器をいらないとはどういう要件でぇ」 ルイズとファウストは、声のする方へ近づくがそこには人の影はない。 「何~処見てんだいお前さんたち?俺ぁ、目の前に居るゼェ~?」 どうやら声は目の前の剣から発せられているらしい。 「面白いデスね。剣が喋るとわ!実に興味深い!あ・・・そういえば鍵も喋ってましたね・・・」 ファウストがそういうと、店主は剣へと怒鳴りかけた。 「デル公!大事なお客様に変な事言うんじゃない!」 「お客様だぁ?そいつ武器を求めていないじゃないのさぁ~!」 剣と店主の間で険悪なムードが広がる。 少し考えるとファウストは、間へと割って入った。 「まぁまぁ。抑えて下さいお二人さん。デル公さんあなた面白いですよぉー実にね」 「武器がいらねぇ奴に褒められても嬉しく無いッつーの!それに俺の名はデルフリンガーって名があらあなぁ!」 「それはすみません。私の名はファウスト。以後お見知りおきを・・・」 剣は黙ると、じっとファウストを観察するように声一つ発しなかった。 しばらくし、剣は小さな声で喋り始めた。 「こ~いつはおでれぇたぁ!おめぇ使い手じゃないのさぁ~」 「使い手・・・と申しますと?」 「自分の事も把握してないのかいぃ?まぁいい。俺を買いな。武器屋に来たって事は一応なりにもそれ相応の物を探しに来たんだろう?損はさせないゼェ?」 剣を手にし、沈黙していたファウストはルイズへと話しかけた。 「ルイズさん。私、このデルフリンガーくんでいいです」 「ちょっとファウスト。あんた槍がいいんじゃないの?」 「まぁそこの所は何とでもなりますヨ。それに面白いじゃありませんか。喋る武器・・・。デルフリンガーくん?」 「何だぁ?使い手」 「君を買いましょう。ただし、条件が一つあります」 「何でも聞いてやるぜぇ。こんな場所で朽ち果てていくくらいならどんな条件でも受け入れてやらあなぁ!」 「それは重畳。ではルイズさん。お願いします」 ルイズは多少不満げな顔をしていたが、自分の使い魔のいう事を素直に信じる事にした。 本人がこれでいいと言っているのだ。無理に止める事もないだろう。 「あれ、おいくら?」 「あれなら百で結構でさぁ」 「あら安いわね。今日は家が買えるくらいのお金は持って来てたのに」 「あっても邪魔ばっかするんで、こちらとしてもいい厄介払いでさ。ちなみに先ほどの槍なら一本でお客様の手持ち分程で御座いまさぁ」 ルイズは財布から、金貨百枚を店主へと手渡すとファウストと共に店を出て行った。 店を出ると、ファウストは喋る剣へと話しかける。 「それではデルフリンガーくん。先ほどの話、聞いていただきますよ?」 「おう!ど~んと来いやぁ!男に二言は無いゼェ!」 「では、あなたを私の使いやすい様にイジらせて貰いますネ!」 「・・・・は?何の話をして・・・」 「それでは!オペ開始デス!」 ルイズの目の前で嬉しそうなファウストと泣き叫ぶ剣の狂宴が始まった・・・。 ルイズは何が行われているかをあまり見たくないので、耳を塞ぎながら 後ろを向いてしゃがみこんだ。 「ちょ・・・何をぉ・・・あっ!そこはダメ!」 「大丈夫デス。すぐ済みます。ほら段々と・・・」 「そんな所までぇ・・・ダメだぁ・・・バカになるぅ!」 剣が喘ぎだした・・・ルイズは今朝あまり御飯を食べてこなくて良かったと 本気で思った。 「らめぇぇぇぇぇ!俺は・・・俺は・・・アッー!!」 どうやらそのおぞましい何かが終わったようだ。 ルイズはゆっくりと振り返る・・・。 「オペ完了デス。お疲れ様でしたデルフリンガーくん」 めそめそと小さい声で呟く。 「ううっ・・・ブリミル・・・オレァ・・・汚されちまった・・・。6000年間生きてきたがこんな使い手初めてだ・・・。ところでブリミルって誰っけか?」 「フフフ・・・あなたは生まれ変わったのですよデルフリンガーくん!そう!私の使う万能文化メス・・・デルフちゃんとして!」 デルフリンガーは既に剣では無かった・・・。この世界には存在しない武器(?)ファウストのメスとして生まれ変わったのだ。初めてみる形にルイズは興味を持つ。 「へぇ・・・これがアンタが言ってたメスってやつなんだ?」 「そうですよ。あるときは手術時の最愛のパートナー・・・またあるときは私を守る武器・・・そしてオシオキ兵器」 デルフリンガーを掲げながらうっとりとする。 「どうです?ルイズさん・・・いい輝きでしょう?フフフ・・・フフ・・」 ファウストがいつにもなく怪しい。 「そ、それは良かったわね。目的の物も手に入った事だし帰るとしましょうか」 「・・・そうですね。何処で○どあ~」 それから程なくして街へと着いたタバサとキュルケであったが、目的の人物たちが既に帰った事を武器屋の店主から聞くと・・・。 「タバサ・・・私たちって・・・完全に・・・」 「それは言わない方がいい。自分たちが傷つくだけだから」 「そうね・・・・」 彼女等は素直に学院へと帰っていった・・・。 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