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前ページ次ページ残り滓の使い魔 ────その日、少年は選択を迫られていた。 長々と引き延ばしてきた決断であったが、2人の少女の決意と、 少年へと向けられている思いに真摯に向かい合わなければならない。 (振り返ってみれば、本当に色々あったよなあ) 半年前唐突に訪れた非日常。炎髪をなびかせる少女に告げられた“この世の本当のこと”、 『本物の坂井悠二』が既に死んでいるという現実。 そして、自分がその残り滓から作られた代替物『トーチ』であるということ。 (あの時から全部始まったんだよな) 一人ビルの屋上で、喧騒に包まれている街を見下ろし、彼は一つ小さなため息をついた。 本来は残された“存在の力”を徐々に失い、全てを忘れ去られてしまうはずだった。 しかし、幸か不幸か、毎夜零時にその日失った“存在の力”を回復させる永久機関『零時迷子』という宝具を身の内に宿している。 その為今まで存在することが出来ていた。 (と、そんなことより待ち合わせ場所に行かなきゃな) 少年を待ち焦がれているであろう少女を思い出し、ひとつ大きく白い息を吐いた。 「───よし」 少年が踵を返した先には、光る大きな鏡のようなものがあった。 (ん? 鏡なんかさっきまではなかったよな) 少年は鋭敏に“存在の力”を感じることが出来たが、このときばかりは何も感じることは出来なかった。 (自在法とかじゃあないみたいだよな) 近くに“紅世の徒”やフレイムヘイズの気配もない。 突如として現れたこの鏡のようなものに少年は警戒していた。 (マージョリーさんかカルメルさんに聞いてみたほうが良いかな) すぐに、自在式に詳しい知り合いのフレイムヘイズを呼ぼうとも考えた。 (差し迫った危険もなさそうだし、少し僕なりに調べてみるか) そう思い、鏡に手を触れた瞬間少年の姿はビルの屋上から消えてしまった。 ────少年が来ることを信じて待つ二人の少女を残して。 この日、澄み渡る青空の下トリステイン魔法学院では春の使い魔召喚の儀式が行われていた。 生徒たちが各々自分の使い魔と戯れている中、今日何度目かの爆発音が響いた。 「ミス・ヴァリエール、もし次の召喚に失敗してしまったら今日はもう終わりにしましょう。明日もあるんですから大丈夫ですよ」 禿頭が眩しい教師コルベールが言う。 彼自身としては、全ての生徒たちが無事に使い魔を召喚して終わりにしたいと思っている。 しかし、ただ一人の生徒のためだけにあまり時間を使ってもいられない。 彼としては、これが最大限の譲歩であった。 「……はい。わかりました」 ただ一人使い魔を召喚できていない桃色の髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは落ち込んでいた。 いままでは魔法が使えずゼロのルイズと馬鹿にされていたが、今日は誰にも負けない使い魔を召喚しようと意気込んでいた。 しかし実際、使い魔も召喚できない本物のゼロではないか。 やはり自分には魔法の才能がないんだ。と、既にルイズは半ば諦めかけていた。 「ルイズ、がんばりなさいよー」 遠くからキュルケの声援が聞こえてくる。 (いいえ、これは声援じゃないわ。 憎きツェルプストーめ、あんたの前ですっっっっごい使い魔召喚してほえ面かかせてやるわ。 そうよ、私は出来るのよ。ううん、違うわルイズ。できる、じゃなくてやるのよ。 さあ、今に見てなさい。驚いて腰を抜かしても知らないんだから!) 「宇宙の果てのどこかにいる私の下僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心から求め、訴えるわ! 我が導きに応えなさい!」 いままでよりも一際大きな爆発音が鳴り響いた。 立ち上る土煙の中、ルイズは今までにない手ごたえを感じ、成功を確信していた。 しだいに土煙がはれ、使い魔の正体が明らかになっていくと周囲の疑念の声は嘲笑になった。 土煙の中心にいたのは、一人の少年だった。 悠二はいつの間にか土煙の中にいた。 先ほどまでビルの屋上にいたはずなのに、鏡に触れた次の瞬間、そこは見知らぬ場所だった。 「くっ、封絶」 悠二が封絶を展開したとき既に土煙はほとんどはれていた。 比較的大きな封絶を展開したが、“紅世の徒”の気配もフレイムヘイズの気配も感じ取ることは出来なかった。 周囲を見回してみると、奇妙な格好をした同年代の少年少女たちや、ゲームや漫画でしか見たことがないような生き物がいた。 当然のことながら、封絶内なので全ての生き物が止まっていた。 周りの少年たちの顔立ちを見ると外国人のようだ。 それにみんなマントのようなものを身に着けているのでどうやら学校か何かのようだった。 戦闘体勢の人もいないようなのでひとまず敵ではないようだ。 そこまで確認して悠二は封絶をといた。 周りからは明らかに馬鹿にした笑い声が聞こえてきた。 まだ警戒はしているが、気分のいいものではなかった。 「あんた、誰?」 目の前にいた桃色の髪の少女に話しかけられた。 「……誰って、僕のこと?」 「あんたに話しかけてるんだからそうに決まってんでしょ。まあいいわ、あんた変な格好してるけど平民ね」 悠二が答える前に、目の前の少女が矢継ぎ早に話し始めた。 悠二自身は、ジャケットに厚手のズボンだったので変という格好ではないと思った。 季節にあってはいないようだったがそれはこの際どうでも良かった。 (変なのはそっちじゃないか。しかも平民って何だよ。どこの国の人間だ?) 悠二はそんな余計なことも考えられるほど警戒心はなくなっていた。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 周囲の誰かが目の前の少女にそう言うと、少女は顔を真っ赤にし反論する。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 しかし、少女の反論も周りからの揶揄に取って代わってしまう。 「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」 「さすがはゼロのルイズだ!」 どうやら目の前の少女はルイズといい、自分は『サモン・サーヴァント』なる自在式でルイズに呼び出されここにいるようだ。 相手に敵意がないことと呼び出された方法はわかったが、まだまだわからないことがある。 悠二はそう思い、ルイズに話しかけようとしたが、突然ルイズが声を張り上げた。 「ミスタ・コルベール!」 そうルイズが怒鳴り、現れたのは中年の男性だった。 この男性も奇妙な格好をしていた。手には木の杖のようなものも持っていた。 悠二は、ひょっとするとここは外界宿なのかもしれないと思った。 ただし呼ばれた目的は皆目見当がつかなかったが。 「もう一回召喚させてください!」 ルイズは、いままで何度も失敗してようやく召喚できたのも忘れ、コルベールに詰め寄った。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか?」 「一度呼び出した『使い魔』は変更することは出来ない。 何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。 好むと好まざるとにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」 そんなのはルイズも頭ではわかっていた。 しかし、平民を使い魔にするというのは貴族としてのプライドが許さなかった。 「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」 ルイズがそういうと周りの生徒が笑う。 コルベールは諭すようにルイズに言う。 「確かに前例はないかもしれないが、それでも君が呼び出した使い魔なんだ。 それとも君はせっかくの魔法成功をふいにするつもりかな?」 そう言われてルイズははっとした。 (そうだ、平民といえども初めて自分が成功した魔法なんだ。 せっかく成功したのにこれを無駄にするわけにはいかない。) 「では、儀式を続けなさい」 コルベールが促すとルイズは先ほど召喚した平民の少年に向き直る。 少年は辺りを見回していたが、ルイズが近づくと振り返った。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 そう言うと、若干唖然としている少年を一瞥したあと、目を瞑る。 「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 呪文を唱え、杖を少年の顔の前に掲げる。 そして、覚悟を決めると一気に少年の唇に自分の唇をくっつけた。 「終わりました」 ルイズがそう言うと、悠二の体が燃えるように熱くなり、左手の甲に激痛が走る。 その突然の痛みに悠二は封絶を展開することも出来ない。 「ぐううおおおおおお」 痛みはすぐに治まったが、悠二は攻撃に備えるためにルイズから距離をとる。 「使い魔のルーンが刻まれただけよ。そんなに警戒する必要はないわ」 少年の警戒する様子を見てルイズは説明する。 「使い魔のルーン?」 「そ、使い魔のルーン。ところで、あんた名前は?」 「僕は、坂井悠二」 「ふーん、変な名前ね。まあいいわ、あんたは今日から私の使い魔だから」 当たり前のようにルイズは宣言するが、悠二にはさっぱり意味不明であった。 「ちょっといいかね」 そう言ってコルベールと呼ばれていた男性が悠二の手を取る。 「ふむ、珍しいルーンだな」 そう言いつつ悠二の左手の手の甲に刻まれたルーンをスケッチしていく。 そのときになって初めて悠二は自分の手の甲に何らかの紋様が刻まれていることに気がついた。 「これが使い魔のルーン? 自在式じゃあないみたいだな」 「ジザイシキ? ま、これであんたが私の使い魔だってわかったでしょ?」 「ちょ、ちょっと待って! まず使い魔って何? それとここどこ? どうして僕はここにいるの?」 とりあえず悠二は現在疑問に思っていることを口に出してみると、ルイズはめんどくさいというかのように大きくため息をついた。 「さて、じゃあみんな教室に戻ろう。ミス・ヴァリエール、彼は混乱しているようだから色々説明してあげなさい」 そういうと、コルベールという男性は中世欧州の建造物のような城に向かって飛んでいってしまった。 それの後を追うように他の少年たちも飛んでいった。 非日常に足を踏みいれて半年ほど経つ悠二であったがこれには驚いた。 「飛んだ?」 悠二は、他の人が飛んでいるのはさまざま見たことはあったが、何も使わずに飛んでいるのを見るのは初めてであった。 「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」 「『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないからな!」 飛んでいく生徒たちがそう揶揄していたが、悠二にはまったく聞こえていなかった。 「あれって、どうやって飛んでるの?」 「ああもう、うるさいわね! いまからそれを全部説明するからついてきなさい!」 ルイズはそう言って城に向かい歩き出した。 悠二を伴ってルイズは自分の部屋に戻ってきた。 「それで、あんたの質問は何?」 若干いらいらしながらも悠二に質問を促した。 「えーと、まずここどこ? 使い魔って何? 何で僕をここに呼んだの? それから」 「うるさいうるさいうるさい! 質問は一つずつにしなさい!」 「……あ、ああごめん。じゃあまず、ここどこ?」 「ここはトリステイン魔法学院。そんで私、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの部屋」 悠二の頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。 トリステイン? そんな地名聞いたことない。 それに魔法? 魔法なんかあるのか? いや“紅世”さえもあるんだ、魔法があっても不思議じゃあないのかもしれない。 「他には?」 「トリステインってどこにあるの?」 「トリステインはガリアとゲルマニアに挟まれてる国よ。ちなみに王都はトリスタニア。あんた、そんなことも知らないなんて、どんな田舎から来たのよ」 ため息を交えながらルイズは答えた。 「日本って国知ってる?」 「ニホン? どこそこ、そんな地名初めて聞いたわ」 悠二は頭を抱えたくなってきた。日本がわからないなんてありえない。 でも、ルイズが嘘をついているようには見えなかった。 ふと窓の外を見てみると月が出ていた。 悠二が常の夜の鍛錬で見慣れていた月ではなく、二つの大きな月が輝いていた。 (ん? 月が二つ?) 「あの、月が二つあるんだけど」 そう悠二が言うと、おかしいものでも見るように悠二を見てルイズは言った。 「月が二つあるなんて当たり前じゃない。あんた、大丈夫なの?」 「たぶん大丈夫だと…… アメリカってわかる?」 「わからないわ。ねえ、もういい?」 頭痛がした。悠二はここで直感した、ここが異世界であると。 それでもまだわからないことはあった。 その後も悠二は様々なことを聞いた。メイジのこと、使い魔の仕事、自分の立場全てが頭を抱えたくなることばかりだった。 「元の場所に戻る方法ってあるの?」 「ないわ。使い魔の契約は一生だもの」 悠二は今度こそ頭を抱えた。 元の世界で長い時間、世界を守っていくと決めたのに、何より二人の少女との約束も守れない、たくさんの人に心配をかけることになる。 「どうにかして戻れないのか? 僕は戻らないといけないんだ!」 今までにない悠二の気迫にルイズは圧倒された。 「さ、探してみるわ。それと、あんたも図書館を使えるようにするから」 「ああ、わかった。代わりに使い魔の間は必ずルイズを守ると誓うよ」 「まあ期待しておくわ。ふう、しゃべったら眠くなっちゃった」 考え事している悠二の頭に何かが乗っかった。 「? って下着!?」 「それ、明日になったら洗濯しといてね。じゃあ、おやすみ」 この瞬間、悠二の悩みの種がまた一つ増えた。 ルイズが寝てしまってから悠二は部屋を出ていた。 洗濯をする場所などの確認をするって理由もあったが、もう一つ気になっていることがあった。 零時に自身の“存在の力”が回復するか否かであった。 この世界に召喚される前に、“紅世の徒”との戦闘があり“存在の力”をだいぶ消費していた。 だから、回復できないとなると、まさに生死にかかわる問題であった。 学校の周りを歩いていると、人影を見つけた。 近づいてみると、どうやらメイドさんのようだ。 初めて見る生メイドさんに少しばかり感慨を覚えつつ話しかけた。 「あの、すみません」 「ひゃぅい」 メイドさんは驚いたようだった。 (誰もいないと思っていたのにいきなり後ろから声をかけられれば驚くのは当たり前か、しかも夜だし。) 「驚かせてすみません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」 「はい。何なりとお聞きください……あの、もしかして、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「え? 知ってるんですか?」 「ええ。召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になってますよ」 彼女の話を聞いても、やはり人間が召喚されるのは稀のようだった。 あんまり噂されるのは気分良くないな、と思いながら本題を切り出した。 「日付ってもう替わりましたか? それと、洗濯ができる場所を教えてほしいんだけど」 悠二がそう言うと、彼女は時計を見てから答えた。 「日付はもう少しで替わります。洗濯場でしたら案内しますよ、ちょうど着くころに日付も替わると思います」 こうして悠二はメイドさんに案内されて洗濯場に連れて行ってもらった。 向かう途中の話で彼女はシエスタという名前だということがわかった。 「ここが洗濯場です。あと、日付も今替わりました」 彼女がそう言うのとほぼ同時に自分の“存在の力”が回復するのを感じた。 「わざわざありがとうございました、シエスタさん」 そうシエスタにお礼を言い、ルイズの部屋に戻った。 部屋に戻ってから、悠二は今日一日を振り返った。 (ひとまず大きな危険はなくなったけど、元の世界に戻るまではまだまだ問題は多そうだ。 さしあたっては、寝る場所かな。とりあえず、ここにいるのは一種の鍛錬ということで、なるべく封絶は使わないようにしよう) と、悠二はこれからの生活に不安か感じつつ床に寝転がり目を閉じた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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前ページ次ページ死人の使い魔 第一話 ルイズにとって今日は待ちに待ったサモン・サーヴァントの日だった。 不名誉な二つ名であるゼロを返上できるかもしれないのだ。 素晴らしい使い魔さえ召喚できれば。しかし彼女の希望はあっけなく潰えた。 何度かの『サモン・サーヴァント』のあとついに彼女が召喚したのは、 大きな、非常に大きな箱だった。箱というには少しおかしな形だったが。 箱というよりは変わった小屋といったほうがいいかもしれない。 特徴としては直方体のような形で、材質は金属だろう。 一部ガラス張りになっている前部分と全面金属で覆われている 非常に長い後ろ部分とで構成されている。 そしてタイヤがいくつかついている。 トレーラーと呼ばれるものだったがルイズには知るよしもなかった。 「ミスタ・コルベール」 彼も驚いているようだった。声に反応がない。 もう一度強く呼びかけるとやっとルイズの方を向いた。 「もう一回召喚させてください」 『サモン・サーヴァント』は生物を呼び出す魔法だ。 決してこんなものを呼び出すものではない。 願いはあえなく却下されたが、希望になることも言ってくれた。 これは檻ではないかと。 言われてみればそうかもしれない。 それならば中には高位の幻獣がいるかもしれない、 いやいるに違いない。 その横でコルベールが魔力の反応は無いようだと呟いていた。 まずは前部分をのぞく。ガラス張りになっているため、のぞきやすい。 中には何もいない。 今度は後ろ部分の開け口を探す。 どうやら真後ろが開け口のようだ。取っ手がみつかった。 乱暴に取っ手を引くがなかなか開かない。 突然コルベールに止められる。 考えもしなかったが中には凶暴な獣がいるかもしれない。 金属製の檻で閉じ込める程の。 コルベールが先頭に立ってくれ、杖を構える。 扉が開く。 中から何かが飛び出してくる、というようなことはなかった。 冷たい空気が開いた扉から流れてくる。 おそるおそる中をのぞきこむルイズとコルベール。 中は結構広く生物の気配はない。 奥に視線を向けると上の方から太いパイプが伸びているのが見えた。 ふとそれを目でたどっていく。 イスの背もたれにつながっているようだった。 そしてあることに気づき、息を飲む。 イスに人が座っているのだ。 その人物は黒い服を着ておりまったく動かない。 まるで眠っている、いや死んでいるかのようにみえた。 コルベールはこれのつくりに驚いていた。 外側も異質だが中はさらに異質だった。 そして何よりこれらを作るのに魔法を使っている 痕跡が一切感じられない。 いったいどのようにして作られたのか。 ルイズは奥に座っている人に声をかけてみたが反応はない。 少しイライラし中に入っていく。 ゆっくりと奥のほうへ歩き出す。 イスの前に立ち再び呼びかける。 突然明かりがついた。 恐くなりそこから飛び出す。 コルベールも警戒している。 しかし何かが起きるわけでなく、機械の音が響く。 しばらくたち機械の完了音とともにイスのパイプがはずれる。 イスに座っている男が目を開ける。 同時にトレーラーの中に備えつけられていたモニターから 声が流れはじめた。 それは浅葱ミカからビヨンド・ザ・グレイヴへの別れの言葉。 天寿を全うしグレイヴを残していく彼女からの最後の挨拶だった。 グレイヴ以外にはその言葉は理解できなかったが、 ルイズもコルベールも黙って聞いていた。 驚きのあまり声も出ないのかもしれなかった。 モニターからの声の終わりとともにルイズが口を開いた。 あんたは誰? これは何なの? さっきの声は? 疑問はつきない。しかし男は無言だった。 「もう一回召喚させてください」 再びこの台詞を言う。いろいろ気になることはあるが 彼はきっと平民だろう。平民の使い魔など考えられない。 しかし先ほどと同じ言葉で却下される。 「でも平民を使い魔にするなんて」 伝統とルールそして彼はただの平民ではないかもという言葉、 そして進級がかかっているという現実にルイズは折れた。 へんてこな箱の中にいたし、もしかしたらすごい力があるかも という淡い希望も抱いていた。 「感謝しなさいよ、貴族にこんなことされるなんて」 そう言い『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え イスに座ったままの彼と唇を重ねる。 そして彼の左手に『使い魔のルーン』が刻まれる。 相変わらず彼に変化はないように見えた。 コルベールはまず生徒を帰らせた。 授業は全員使い魔を呼んだので終了である。 ただ個人的興味としてさきほど召喚された平民の彼に話しかけた。 『ディテクトマジック』をし彼が平民ということはわかった。 しかし彼の入っていた箱は興味をひいた。 何か話しかけているルイズとともにコルベールも 質問をしてみるが彼は何も答えない。 喋れないのか? 疑問が浮かぶがそれにしてはおかしい。 「体を調べても?」 とグレイヴに尋ねる。 少ししゅんじゅんしたように見えたが、首が縦にふられる。 調べてみて驚いた。平民とかそういうレベルではなく 彼は人間ではないのかもしれない。 それを伝えられたルイズは驚いた。 「では彼はなんなんですか?」 「わからないですがガーゴイルのような存在かも。それにしては 魔力を感じないですが。 東方か、もしくはエルフの技術でつくられたのかも。この箱もね」 驚きグレイヴをみながら答える。 「エルフのガーゴイル……。でも彼は人間にしか見えません」 「おぞましいことだが、人間を材料に作ったのかもしれません」 聞こえているだろう言葉にグレイヴは反応しなかった。 「まあいいわあんたがガーゴイルなら平民よりは使えるかも」 内心の怯えを隠しながらルイズは言う。 「あんた歩けるの? とりあえずついてきなさい」 グレイヴは黙って立ち上がり彼女についていく。 トレーラーから降りる際グレイヴは “ケルベロス”――二丁の巨銃――の入ったアタッシュケースと “デス・ホーラー”――重火器を多数搭載した棺桶――を持ち出す。 「何それ、持っていくの?」 鞄のようなものはともかく髑髏の刻まれた 金属の棺桶は不気味だった。 うなずくグレイヴをみてまあややこしいことは 後回しだわ、と学院に歩き出す。 コルベールも後からついてきている。 オスマンにコルベールがルイズの召喚したトレーラーと グレイヴについて報告している。 オスマンから質問されるもやはり無言のグレイヴ。 「あの箱を調べれば何か分かるかもしれません、 是非とも私に調べさせてください」 コルベールがオスマンに頼んでいた。 ルイズとしても異論はなかった。少しでも彼のことが分かればと。 「ところでそれは何かね? 鞄と棺桶にみえるが」 「わかりません。彼があの箱から持ってきたんです」 「中を見せてくれんかね?」 グレイヴはアタッシュケースを開き中を見せる。 「何かねこれは?」 コルベールが好奇心からケルベロスの片割れを 手に取ろうとするが、グレイヴに止められた。 「そっちにも何か入っているの?」 棺桶を指差しルイズが尋ねる。 首を横にふるグレイヴ。 「マジックアイテムではないようだし大丈夫じゃろ。 ミス・ヴァリエールにも従っておるようじゃし。 それから彼は喋れない平民ということにしておいてくれると ありがたいんじゃが、少なくとも詳細が分かるまでは」 ルイズは心の葛藤はあったものの同意した。 人間を材料にしたガーゴイルというのが真実だとしたら、 とてもじゃないが言いふらせることではない。 「今日はいろいろあって疲れたわ。細かいことは明日にしましょう」 グレイヴと部屋に戻ったルイズは寝る準備をしながら言った。 使い魔の役割はさっき伝えた。内容を理解しているのか していないのか反応はあまりなかった。 ただ最後に伝えた一番重要な役割 「使い魔は主人を守る存在であるのよ!」 その言葉にはうなずいていた。 寝る準備が終了する。 「あんたの寝場所はイスでいい?」 ルイズの部屋には使っていないイスが一つあった。 入学祝いとして家族が買ってくれたものの一つだが、 ルイズには大きかったため自分の使うイスは別に用意したのだ。 今までイスで眠っていたのだ構わないだろうと、ルイズは言った。 グレイヴは何も言わず、指定されたイスに座った。 言うことには素直に従うのよね。 そこで重要なことに気づく。 彼の名前はなんなのかしら? そもそも名前はあるの? どういうわけか箱の中に流れていた声を思い出した。 なんて言っていたかは理解できなかったが最初に聞こえてきた 単語はこいつの名前だったのでは? 確かこう言っていたはずだ。 「ビヨンド・ザ・グレイヴ」 彼がこちらを向いた、今までとは少し違う反応に思えた。 「あんたの名前?」 首を縦にふった。やはり彼の名前なのだ。 「これからはあんたのことグレイヴと呼ぶわ、いい?」 再び首を縦にふる。 「じゃあグレイヴ、おやすみなさい」 前ページ次ページ死人の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 その日、学院の校門前でやり取りをする男女が一組。 「なぁ、本当にこれに乗って行かなくちゃいけないのか?」 「当たり前でしょ。ぶつくさ言ってないでさっさと乗るの!」 話はその昨晩に戻る。部屋でルイズはギュスターヴに話した。 「明日は虚無の曜日よ。外出するわ」 「外出?」 「王都まで行って買い物するの。あんたも着いて来なさい」 つまり、ギュスターヴに荷物持ちをしろということだ。女性の買い物とはそういうものだと分かっているギュスターヴは、また一方で、 この世界の街というものを見たことが無いから興味を刺激された。 「それに……ホラ、決闘で勝ったご褒美、まだ、してないし……」 視線を泳がせて段々先細りの声でルイズが言う。ルイズはギュスターヴに何かを与えるつもりらしい。 ルイズの心遣いに素直に感謝するギュスターヴ。 「すまないな」 「……いいの!ちゅ、忠誠には酬いるところがあって当然よ!」 気恥ずかしかったのか、もう寝る!と言ってベッドにもぐりこむルイズだった。 翌日、早朝。学院校門前に立つギュスターヴ。 ルイズは学院付の厩番から二頭の馬を受け取り、校門で待つギュスターヴの前につれてきた。 ギュスターヴはルイズがつれてきた黒毛の馬をみて目を白黒させて驚いた。 「な、なんだ?!このでかくて黒い四本足の生き物は?」 「何って、馬じゃない。これに乗って行くのよ」 さも当然のように行って馬を宥めるルイズ。ギュスターヴは恐る恐る手を伸ばし、馬の腹を撫でてみた。ブルルル、と馬が鼻息を荒く吐く。 改めてここが異世界なのだと感心するギュスターヴなのだった。 「こんな動物がいるなんてな……やっぱりここはサンダイルとは違うんだな」 「馬に乗って3時間も行けば王都トリスタニアよ。早く出発しないと、夕方までに帰ってこれないわ」 同時刻、女子寮の自室でキュルケは目覚めた。魅惑的な肉体に心もとないほどの布を纏っている。 昨晩は激しかったわ。一度に4人も呼んじゃったけど、いつもと違った経験が出来て悪くなかったわ……。 眠りに着く前の時間を思い出して、口元が艶っぽく綻ぶ。 こういう気分がいいときは、隣部屋のルイズをたたき起こして遊んでやるのが一番楽しいと、キュルケは思っている。 早速着替えて隣の部屋に向かうのを、使い魔のフレイムが部屋の隅で見守っていた。 一応ノックしてみる。返事が無いのを確認すると、杖を握って『アンロック』をかける。 部屋の鍵が落ちる音がする。キュルケは当然のようにドアを開け、ルイズの部屋に入り込んだ。 しかし休日でのんびりと寝ているものと思われた部屋の主人とその使い魔は影も形もなく、ルイズの鞄もまた消えていた。 「どこに行ったのかしら……」 当ての外れたキュルケは、窓辺に近寄って外を見てみる。すると校門から先に二頭の馬がいて、学院から離れていくのが見えた。 馬の一方に乗っているらしき人物の姿は窺いきれないが、辛うじて分かるのは、特徴的なチェリーブロンドであること。 「あら、出かけるみたいね……」 キュルケに一つの考えが浮かんだ。そして階段を登って行く。 タバサの部屋の前に着くと、先ほどと同じようにノックする。返事が返ってこないと、再びノックする。ルイズの部屋とは扱い方が違う。 「タバサいる~?」 声をかけても返事が無い。仕方ないわ、と再び『アンロック』をかけてドアを開けた。 タバサはいた。机の上に積んだ本に埋もれるように本を読んでいた。不意の来訪者を見て、それから視線を本に戻した。 「タバサ。今日はいい天気だし、一緒にお出かけしない?」 「虚無の曜日」 手馴れた風情のタバサ。友人はタバサをよく気に掛けてくれるが、今日は少し面倒だと、タバサ自身の黙する空気が語っている。 「わかってるわ。あなたが休みの日は陽が落ちるまで本を読んでいたいって事くらい。でも、たまには外の空気を吸いに行かないと体に悪くてよ?」 ね、ね?とタバサの背中に張り付いてご機嫌を取ろうと肩をもみ始める。 タバサは引っ付かれるままに振り回されている。後頭部になにか柔らかいものが当たっている気がするが全力で無視した。 「別に今日でなくてもいい」 「またそんな事言って……。いいわ。あのね、ルイズと使い魔の彼が休みの朝早くから出かけているのよ。からかい甲斐もないし。 使い魔の彼のこともちょっと気になるかしら?悪くないわよね、こう大人の色気があって。そう思わない?」 「知らない」 つまり二人を追いかけるのに協力してくれということ。 タバサの脳裏に昨日のギュスターヴが浮かぶ。異界からやってきたという男。私の知らない知識の持ち主。 「あなたの使い魔じゃないと今からじゃ追いつけないのよ~。お願い、タバサ。協力してくれたら書店で本を贈ってあげるから」 ぴくり。タバサの気がキュルケの言葉に引かれる。 タバサは立ち上がると本を棚に戻し、窓を開けて口笛を吹いてから、窓から飛び降りる。 続くキュルケが飛び降りた時、窓の下には薄青い鱗の竜が翼を広げて、空中を静止していた。 「いつ見ても貴方の使い魔は素敵ね。愛してるわ、タバサ」 困った友人だな、とタバサが小さなため息をついてから、使い魔―――シルフィード―――の首を叩く。 「ここから出て行った馬二頭を追いかけて。食べちゃ駄目」 シルフィードはきゅいーっと一声鳴いて、二人を乗せて遠く空に向かって飛んでいく。 『剣と盗賊』 王都トリスタニアの城下町は、休みとあって人でごった返している。そんな通りをルイズとギュスターヴは歩いていた。 歩きながらギュスターヴは何度か腰を摩っている。 「慣れないものに乗って腰が……」 「これだから中年はいやねぇ」 ほーほほ、と優秀な使い魔から一本取れたと優越にルイズが笑った。 通りは5メイル程で、幅一杯に人が行きかう。通り沿いの店は幌を張って影を作り、軒下を露天商に貸し付けて場所代を取っている。 「思ったより狭いな…」 「狭いって、ここが一番大きな通りなんだけど」 「そうなのか…」 ギュスの目がいつもと少し違うのがルイズには分かった。それは王の目なのだが、ルイズには分からなかった。 (露天商の方が店を持つ商人より遥かに多い……経済市場はそれほど大きくないのかな。それにこの道幅だと出征などの変事の対応力はあんまりないのか。 ……それほど大事のない平穏な国なのか……) きょろきょろしながら歩くギュスターヴをルイズが窘めた。 「そんなに周りを見るものじゃないわよ。おのぼりさんに見えるじゃない。田舎者と思われるとスリとかが目をつけるわよ」 ルイズ曰く、食い詰めもののメイジが犯罪者になって、裕福なものから金を掏り取ったりするらしい。 どうやらメイジというメイジが貴族として生活しているわけではないらしいとギュスターヴは知った。 「……で、買い物をするんだろう。どうするんだ?」 「こっちよ。あんまり行きたい所じゃないんだけど」 ルイズにつられて路地に入る。そこは表の清潔さとは対照的にゴミが積まれて悪臭を放っている。その匂いに顔をしかめた二人。 匂いを我慢して歩くルイズについていくギュスターヴ。やがてある建物の前でルイズの足が止まった。 「……ピエモンの秘薬屋の近くなら、ここね」 そこは看板に盾と剣の掘り込まれた店だ。 「剣を買ってあげる。あんたの荷物に空の鞘があったし、本当はもっと大きな剣を使うんじゃないかな、と思って」 武器屋と思われる建物の中に入ったルイズとギュスターヴ。昼間だというのに店内は暗く、あちこちに蝋燭やランプが置かれていて灯りになっていたが、出来がよいもので はないらしく、部屋のあちこちが陰になって薄暗い。 入ってきた二人が見えたらしい武器屋の主人は、カウンターの前で恭しげに頭を下げた。 「貴族の旦那。ここは全うな商売しかしておりませんぜ。お上の御用になるようなことは何も……」 「客よ。剣を見せて頂戴」 「おおこれはこれは。貴族様が下々の武器などご利用になるとは、驚きでさ」 「私じゃないわ。こいつに用立てるのよ」 ルイズは後のギュスを指す。立派な体格のギュスターヴに目を見張る主人。 「なんと!これは貴族様の護衛か何かで?」 「そんなところよ。良さそうなのを選んでやって頂戴」 へい、と主人が返事をし、ギュスターヴに駆け寄り腕の長さを巻尺で計り始めた。 一般に剣を扱う時は腕の延長として捉える。したがって使用する人間の腕の長さが一種の指針として使われるのだ。 店の奥に入って暫く時間が過ぎた。持ち無沙汰なルイズは飾られた武器を珍しそうに眺めていた。 主人が戻ってくると、布に包まれた一本の大剣をカウンターに置いて見せる。 「最近は貴族の方が下僕に剣を持たせるのが流りでございましてね。大抵は細いレイピアなんて御所望されるのですが、そちらの方では物足らぬでしょう」 「剣を持たせるのが流行って?」 「城下を荒らす盗賊が貴族様方を狙って出没するそうですよ。既に某の貴族様が家宝なりを盗まれて面目をなくされたらしく、他の貴族の方々が恐れてるあまり、奉公の下 僕らにも武器を持たせて歩く始末で、へぇ」 世話話に精を出しながら主人は出した剣を油布で丁寧に拭いている。 「こちらは高名なゲルマニアの錬金の大家とされるシュぺー卿の作。特殊な魔法が施されて鉄だろうがなんだろうが一刀両断でございます。もっとも安くはありませんが。如 何でございましょうか」 大剣は見事な装飾が鞘や柄や鍔に施されている。柄尻には玉のようなものまでついている。 「ふむ。いいわね。おいくら?」 「エキューで二千、新金貨で三千でございます」 「庭付きの屋敷が買えるじゃないの!」 ちなみに一般的な平民が一年暮らすのに120エキューほど掛かる。都会で部屋を借りて生活するとしても、大体四、五百エキューは住まいを借りるのに用立てなければな らない。 ルイズは主人の提示した金額をうんうん唸りながらつぶやき、主人と剣を交互に見て、またうんうんと唸るのを繰り返している。 ギュスターヴはそんなやり取りをするルイズを見てため息をついた。 「ルイズ、ちょっといいか」 「何よ?」 耳を貸すように手招きしてルイズに耳打ちする。 「手持ちはいくらなんだ?」 「……エキューで100よ。これ以上は手持ちがないわ」 本当は財布の中身を知られるのは嬉しくないが、買い物が買い物だけにそうは言っていられない。そうか、と言って、ギュスターヴは主人に話しかけた。 「試しに握らせてくれないか」 「どうぞ」 シュぺーの剣を受け取りそれらしく構えてみせるギュスターヴ。ルイズはそれが様になっていて満足したが、ギュスターヴにとってそれは剣の出来を見るものだった。 (…鍛造が甘い。管理もあまり上手とはいえない。拵えは豪華だが、肝心の刀身も研がれているようでもないな。 魔法がかかってるとはいえ、値段に相応するようには見えない……) 「主人、本当にこれが二千かね?」 「……ええ。こちらの儲けと仕入れ値、あわせて二千。これほどの名剣はそうはありませんぜ。何であればこちらの証文にサインしていただければ 割賦にさせていただけますぜ」 証文は役所が発行している特殊な紙に書かれた一種の契約書である。これに書いたものを反故にすると貴族でも処罰される。 ギュスターヴは主人をじっと値踏む。こちらが貴族だと知って高い品を売りつけようとしているのは間違いないが、問題は値段に合ったものを買うことだ。 (……吹っかけてるな。これは) ギュスターヴは見抜いた。シュぺーの剣を主人に返し、一拍置いて聞く。 「主人。一番安い剣はどれかね?」 その言葉に真っ先に反応したのは、お金を払うルイズであったのは当然の事だろう。 「ちょっと!私に安物買わせる気?!」 主人が貧乏だと思われたのではないか、とルイズはギュスターヴを見た。ギュスターヴの目は暖かいが、自分を見下げているわけではないらしい事はわかった。 まぁまぁ、と一応ルイズを宥めて武器屋主人の回答を待つ。主人は渋々とシュぺーの剣をしまい、何やらぶつぶつとつぶやきながら カウンターから出て店の隅に積まれたものを指差した。そこには大きな樽が置かれていて、樽の中に雑多な武器が差し込んである。 「そこにあるのがうちで扱ってる一番安い剣だよ。一律値段じゃあないが、大体50から80エキューくらいのが入ってる。剣の流通相場が200エキューちょいだから、 ガラクタもいいところさ」 「ギュスターヴ~!わ、私にガラクタを買わせるつもり?!」 不安になって地団駄を踏み始めるルイズを再び落ち着かせて、ギュスターヴは樽の中を覗いた。 樽の中の剣はどれも使い古しのボロ剣ばかりだ。中には鞘もなく、折れ曲がっているものもあった。 ギュスターヴはめぼしい剣を一本一本引き抜いては丁寧に見て、樽に戻してを繰り返す。 その内、剣の中にきっちりと鞘に納められた片刃の長剣が一本、押し込まれているのを見つけ、それを樽から抜き出し主人に見せた。 「こいつも50?」 「あ、や、それは……」 なにやら答えに窮した主人。ギュスターヴは答えを待たずに鞘から抜いてみた。 「……やい!親父!よくもこの俺様をあんなぼろっちい剣の中につっこみやがったな!今日という今日は俺様もあったまきたぜ!」 とたんにギュスターヴの手元から何者かの怒鳴り声が発せられ、ルイズがびっくりしてたたらを踏む。ギュスターヴも驚いて剣を落としそうになるのをどうにかこらえた。 武器屋の主人はというと、頭を抱えてうつむいてしまった。 「インテリジェンス・ソード?」 ルイズが主人を起こして聞いてみる。 「へ、へぇ。誰が作ったか知りませんが、魔法で剣に意思を込めた魔剣、インテリジェンス・ソードでございまさ。あいつは特に口が悪くて客と口げんかばかりして 参ってるんですよ。鞘にきっちり入れておけばしゃべれなくなるんで、ああやってガラクタに紛れ置いてたんですが…」 ついに主人がルイズに対してなにやら愚痴を言い始めた。ルイズは聞く気がなかったがまくし立てられて二の句が告げられず困り始めている。 ギュスターヴはそんな二人のやり取りには参加せずこのしゃべり出す剣をじっくりと眺めた。 (拵えは最低限、鍔もある。片刃だと少し慣らしがいるな。砥ぎが大分落ちているが、よく鍛えられている……) ぎゃあぎゃあと喚いていた剣が何かに気付いたように静かになり、ギュスターヴに話しかけた。。 「ぁん?なんだおめぇ。『使い手』じゃねえか。それにしては妙な雰囲気だけどよ」 「『使い手』?なんのことだ」 「お前さん、自分が何なのかもしらねえのかい。まぁいいや。おい、俺を買え」 愚痴が収まってギュスターヴと剣そのやり取りを見ていたルイズがちょっと引いている。 「剣が自分で売り込みやってる……」 ふむ、と一言言って、武器屋の主人の顔色を見たギュスターヴに、一つの面白い作戦が浮かんだ。 「主人、よっぽどこいつに迷惑をかけられたらしいな」 「そりゃあもう!口ばかり達者でとんでもねぇ剣でさ」 「け!あんな節穴親父に上手な商売ができるかっての!」 「あんだとこのボロ剣が!鋳潰して金床にされてぇのか!」 「まぁまぁ主人。……そこでだ。この剣、俺達が引き取ろうと思う」 えぇ!とルイズは露骨に嫌な顔をしている。 「達、って…、もっと綺麗な奴選びなさいよ~。何なら割賦で払ってあげるから」 「いや、これでいい。飾りものの剣は俺の趣味じゃないし」 そりゃ、そうでしょうけど、とルイズはどうしても納得がいかず、シュぺーの剣に後ろ髪引かれる思いをした。 「こいつはいくらだ?」 「70でさ」 ギュスターヴの口元がすこし歪むように笑う。 「高いな。50にしろ」 「ちょっと待ってくだせぇ」 「迷惑してるところを引き取ってやるんだ。それくらいはしてもらいたいな」 当然のように言い放つギュスターヴ。しゃべる剣を持ってカウンターをトントンと指で叩く。 「……68」 「55」 「65だ。これ以上は駄目だぜ」 「ふむ…。じゃ、一つ賭けをしよう」 ギュスターヴは腰の短剣を抜き、武器屋主人の前、カウンターに突き刺した。 「こいつに刃こぼれ一つでもつけることが出来たら、100であれを買う」 「ギュスターヴ!」 こんなボロ剣で全財産が飛んでしまうのではないかと気が気でないルイズに、あくまで余裕のギュスターヴ。 「大丈夫だ。……どうだ、主人。悪い話じゃないだろう?その代わり、出来なかったら」 「出来なかったら?」 「40であれを買う。それといくらかおまけしてもらうぞ」 正午を向かえ、お昼時とあって一層の繁盛を迎えようとするトリスタニア、ブリトンネ街。 その中で、中・上流向けの小綺麗なレストランで、ギュスターヴとルイズは昼食を取っていた。 「それにしても呆れたわ。本当に40エキューで買い物できちゃった」 瓶詰めの水をグラスに注ぎながら関心するルイズ。 あの後、結局武器屋はギュスターヴの短剣に刃こぼれどころかかすり傷ひとつつけられず降参し、しゃべる妙な剣とナイフ、あと手入れにつかう研ぎ石と油布などを 纏めて40エキューで売ってくれた。その後は、ルイズの欲しがっていた細々としたものを買いに回り、出費は予算内に見事に収まった。 「まぁ、年の功ってやつだな。あのままだと鈍らを買って借金しそうだったし」 「う……」 ギュスターヴは何故自分があんな事をしたのか丁寧に説明した。ルイズは一等、騙されていたことを激しく怒ったが、ギュスターヴ曰く『見抜ける眼力がないと思われたからそうされたに過ぎない』と言い含めた。 手前のスープに白パンを千切って浸し、口に放り込むギュスターヴ。学院の賄いとは違い、ハイソな趣の店内は、出す料理もそれに見合った上品なもので、 賄いに慣れたギュスターヴには少し物足りない気がした。 「でも本当によかったの?こんなボロ剣で」 「ボロ剣とはひでぇ扱いだな嬢ちゃん。俺様にはデルフリンガーっていう立派な名前があるんだぜ」 布に包まれたデルフリンガーと名乗る剣は、鍔口をカタカタ鳴らしてしゃべる。 「デルブリンガー?」 「デルフリンガーだよ!デルフって呼んでくれ」 そんなやりとりを食後の紅茶まじりにしていると、店内に新たな客が入ってきた。壺惑的な色気を振りまいている赤毛の女性と、その後ろをついてくる 背の低い青髪の少女、ともに杖と何かしらの荷物を持っている。 「ハァイ、ご機嫌いかがかしらお二人さん」 「キュルケ!なんでここに居るのよ」 「あら、どこにいようと私の勝手でしょ」 キュルケとタバサは二人を追いかけて王都に入った後、武器屋から出てくる二人を見てから、自分達も武器屋に入って買い物をした。 主人から二人が剣を買ったと聞くとキュルケも剣を所望し、主人から一振りの剣を買うことに成功した。その後タバサに約束の本を買ってあげたキュルケは、 昼食のためにこのレストランに入ったのだ。 キュルケの後にいるタバサに手を振るギュス。 キュルケはギュスターヴのそばに立てかけてあるデルフを見て鼻で笑った。 「ところで、剣を買ったみたいだけど、そんなボロ剣で済ますなんてヴァリエールもケチね」 「うっさいわね」 「そんなボロ剣より、こっちの方が素敵よ」 腕に抱えた包みを開くキュルケ。中から出てきたのは煌びやかな装飾の施されたレイピアだった。 「高名な錬金魔術師の名剣よ。割賦だけど新金貨で4000もするのよ。どう?この剣が欲しかったら、私のところに来ない?」 自信たっぷりにキュルケはウィンクして、ギュスターヴを誘う。剣を使うならより良い剣を贈った方が好印象のはず。 ギュスターヴの秘かに漂う高貴なオーラがレイピアに映えてすばらしい光景になるだろう、とキュルケは考えていた。願わくば褥に誘えれば、とも思っている。 しかしギュスターヴの反応はキュルケの予想したものとは大いに異なったものだ。喜んでいるというより、むしろ、呆れていた。 向かいに座るルイズは、キュルケの自信満々の素振りがおかしくてなにやらニヤニヤし始めている。 予想外の反応で困るキュルケ 「……あら?どうかした?」 キュルケは場の空気に困惑し始めた。こんな反応なんて考えていなかったから。 本当なら目を輝かせてくれるギュスターヴと、悔しげに歯噛みするルイズが見られると思ったのに。 しかし現実の二人はどこまでもキュルケの予想から遠い。ルイズに至っては紅茶に興味が移ってしまっているし、ギュスターヴも明後日の方向を向き始めている。 くいくい、とキュルケの袖をタバサが引いた。 「クーリングオフ不可」 その腕の中にはキュルケに買ってもらった本を抱えている。 タイトルは『落ち着かぬ赤毛』。書店での価格は96スゥであったという。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ蒼炎の使い魔 ギーシュからの(謝罪の為の)呼び出しを受けたルイズは、以前カイトが戦った広場に来ていた。 「遅いわねえ…」 ルイズが苛つきを隠せない表情でそういった。 ちなみにその頃カイトは何をしていたかというと… 「おいしいですか? カイトさん♪」 「…ハアアアアアアアア」 「それは良かったです」 すっかり慣れたシエスタから食事をご馳走してもらっていた。 ちなみにルイズはその事を知らない。 カイトがデルフを使い、「用事がある」と告げただけだったのだ。 ルイズもまさか女の所へいくとは考えなかったのだろう。 何せ、以前言いつけられた『キュルケに近づくな』をしっかりと守っているのだから。 …もっとも、キュルケから近づいてきた場合はどうしようもないのだが。 異性に関する認識などカイトはよく分からないように出来てある。 まあ、そういった理由でカイトはここには居なかった。 …何気にギーシュの約束を破ったカイトだった。 そんなこんなで数分後。 「やあ、待たせてごめんよ。」 ようやく待ち人であるギーシュがやって来た。 「遅いわよ。」 ルイズはやっと来たかと言わんばかりにギーシュのほうに顔を向けた。 「ゴメンゴメン。女性を待たせるのは悪かったね」 ギーシュは何時もの調子で謝ってくる。 「それで? 一体何のようなのよ。」 ルイズは本題に入る。 ギーシュもその言葉を聴いて、真剣に、それでいて何処か申し訳なさげな顔になった。 「以前の決闘の時…君を侮辱した発言をしてすまなかった。 本当に申し訳ないことをしたと思うよ。」 ルイズはその言葉を聴いて、少し驚いた。 まさかギーシュの口から、女性関係以外の場で本当に謝罪の言葉が出てくるとは。 驚くルイズを他所にギーシュは続ける。 「言い訳になるかもしれないが…、本当にあの時はどうにかしていたんだ。 心無い言葉をかけて本当にすまなかった…」 ギーシュは嘘を言っていないようだ。 「はあ、まあ別にいいわよ。 それより貴方に聞きたいことがあるんだけど。」 ルイズは頬を掻きながらもギーシュの謝罪を受け入れた。 心から謝られる事なんて今まで少なかったのかもしれない。 平民からも何度かあったのだが、その言葉の全ては殆どが自分への『保身』の為だ。 相手を傷つけてしまった、というよりも、相手を怒らせたとばっちりが自分に帰ってくるんじゃないかという恐怖。 何度もやられると、段々と分かって来る。 (いけないいけない) 暗くなってしまいそうな思考を無理やり別のことに変えた。 ルイズは聞きたいことがあったのだ。 それは… 「あの時、何か『黒い点』が見えたんだけど、心当たりは無い?」 ギーシュがビクリと体を振るわせた。 やはり心当たりがあるらしい。 ルイズもあの時のギーシュは異常だと思っていた。 それに核心を覚えたのはカイトが放った『データドレイン』という光をギーシュが受けた時。 「あ、ああ。君はアレがなんなのか知っているのか? 僕はアレに触れてしまった時に、ああなったと思うんだが。」 ギーシュは以前自身に起こった話をした。 それは完全に怯えた目だった。 「詳しい事は知らないけど… カイトが知ってたのよ。」 「君の使い魔が…? そういえば見当たらないけど…」 「それは…」 ルイズが言葉を話そうとした瞬間。 ドオン!! 何処からか轟音が聞こえた。 「な、なに!?」 二人は慌てて周りを見回す。 その時何かに気がついたのかギーシュが叫んだ。 「あれは…ゴーレムだ!」 彼の言うとおりそれは小山もあるんじゃないかと言うほどのゴーレムだった。 そして、その側には… 「あれは…宝物庫!?」 そう、ゴーレムは宝物庫の入り口を破壊していたのだ。 しかも、魔法が掛けられてある扉をだ。 離れた場所にいたため、よく見ることは出来なかったが黒い影が中に入っていくのが見えた。 「盗賊…か!?」 「早くとめないと!」 ルイズが掛けようとしたがそれはギーシュによって止められる。 「離して!」 「待つんだ! 僕達じゃあいつには勝てない!」 「だからって!」 「落ち着くんだ! 僕たちには今使い魔が側にいないんだぞ!」 その言葉にルイズは少し冷静さを取り戻した。 同時に自分の無力さにルイズは歯噛みする。 そうしてる間にゴーレムに乗った黒い影は学園の外へ逃げていった。 死神の大鎌 頂戴しました。 土くれのフーケ そう書かれたメモを置いて… 一方… 「おかわりですか?カイトさん」 「…ハアアアアアア」 こっちは平和な時間を過ごしていた…。 前ページ次ページ蒼炎の使い魔
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――息が苦しい。 と、リキエルは思った。 またぞろパニックに陥ったのかといえばそうではない。顔色がいいとはいえず、冷や汗も少し出ているが、今のリキエルはどちらかといえば平静だった。 リキエルは瓦礫を拾う手を止め、今開いている右目を、息苦しさの理由へと向けた。 「……」 教卓のあった場所から離れた、比較的きれいなままの机で、ルイズが悄然と俯いている。 リキエルのいる場所からではその表情までは窺えなかったが、消沈した面持ちであろうことは、まあ予想がつく。 ――さっきからずっとあのままだからな。 教卓を爆破し、教室をひっちゃかめっちゃかにしたルイズはその罰として、魔法の使用を禁止された上での掃除を命じられた。窓拭きや箒がけのほか、窓ガラスを運ぶなどといったことだ。 「主の不始末は使い魔の不始末」 オレがやることになるんだろうな、とリキエルが思っていたとおり、ルイズは不機嫌にそれだけ言うと、足裏を床に叩きつけるようにして教室を出て行ってしまった。 リキエルはひねたような顔になりながらも、掃除用具を用意し、適当に瓦礫拾いから始めたのだが、意外なことに、それから程なくしてルイズは戻ってきた。身奇麗になっているところを見ると、着替えをしてきただけらしい。 しかし、かといって別段リキエルを手伝うでもなく、ルイズは目視できんばかりの濃い陰鬱をかもし出しながら、手近な椅子を引いて座り込み、もうそれきり動かないのだった。 髪の長きは七難隠す。などといい、実際に美人と呼ばれる女性は七難どころか、例え、腹の中に一物や二物の猛毒を溜め込んでいても、人前でさらすことはないものである。が、同じ美人でもルイズのように年端もいかぬ少女では、いささかその長さが足りないようだった。とりたてて人の心情に敏くもないリキエルにも、ルイズの気持ちが落ち込んでいることがよくわかった。 時たま不機嫌な空気を織り交ぜながら、陰鬱な雰囲気を撒き散らすルイズから視線を外し、リキエルはまた、飛び散った瓦礫を拾い集める作業に戻った。 こういった場合、慰めるなりなんなりするべきなのかもしれないが、何を言えばよいかリキエルにはわからない。半端な慰めは、却って神経を逆さに撫でるだけだろう。なにぶんルイズは、そうでなくともデリケェトな年頃である。迂闊に声をかけて逆鱗に触れることを考えると、リキエルにはそれがためらわれた。 かといって、捨て置くにはやはりこの空気は重い。沈黙が痛い。リキエルの胃袋の内壁の強さは、そこいらの人となんら変わらないのだ。 リキエルは気を紛らわすためと、状況打開を図るため、ルイズがこうなった理由から考えてみる。授業での『ちょっと失敗』発言の時ように、馬鹿にされて怒りを露にしても、終始不遜な態度は崩さなかったルイズが、ここまで沈み込む理由は何か。 ――あれか? 片づけを命じられたときの、魔法禁止で――の件である。魔法の使えないルイズへのこれは、リキエルにはたいそーな皮肉に聞こえた。ルイズもそう受け取ったのかもしれない。 しかし、それは違うような気もする。教室中から散々に馬鹿にされながらも言い返していたルイズの胆力を考えると、それが皮肉程度で動じるものかは、リキエルには甚だ疑問だった。 ただ、案外そうやって散々馬鹿にされたことが効いていたのかもしれず、皮肉は止めの一刺しだったのかもしれない。そして、それもまた違うのかもしれなかった。 詰まるところ、リキエルにはサッパリこんと見当がつかないのである。 リキエルは早々にさじを投げた。こんなことをするのは、心理学をお修めになったカウンセラー様に万事任せるに限る、というわけだ。それでなければ教師の仕事だ。友達の少なそうなルイズだが、相談事のできる気の置けない教師の一人くらいならいるだろう。 とかとか等等etc、適当なことを考えながら、あらかた瓦礫を片付けたリキエルは箒を手に取り、掃き掃除を始めた。息苦しさは、少し解消されていた。 「それ、貸しなさい。手伝ってあげるから」 「おおあっ!」 考え事をしていたのがまずかったか、背後から唐突に声をかけられたリキエルは驚きで頓狂な声を出した。ルイズは、ブスっとした顔でリキエルを睨み付ける。 「何よ。この私が、ご主人さまがラドグリアン湖のように広い心でもってわざわざ手伝いをしようっていうのに、その反応は。文句でもあるの」 「いや、そういうわけじゃあないんだが、なんというか、意外だったんでな。全部オレに押し付けるかと思ってたんだが」 「押し付けるって何よ! あんたが掃除するのは当然なの。むしろ自ら進んでやるべきだわ、あんたはわたしの使い魔なんだから!」 ルイズの言い様にリキエルは眉を顰めたが、気に留めないことにしようと思った。なんにせよ、手伝うというなら、そうしてもらって損はない。 ただ、気になることはもう一つあった。 「しかし……なら、どうして手伝いなんかする気に?」 「あんたに任せてたらいつ終わるかわからないもの。なんか鈍くさそうだし。牛みたいな服だから余計にね」 言いながら、ルイズはリキエルから箒を奪い取るなり背を向けて、細かいゴミを掃いていく。一貫性の無い掃き方で、掃き残しの塵が目立った。 ――く、く……くぉのッ! リキエルは苦虫エキスを三日分飲まされたかのような、苦りきった表情で固まっていた。 手際が良いとは自分でも思わないが、それほど悪くもないはずだ。朝の洗濯にしても、場所さえ分かっていれば朝食までには終わっていたのだ。多分恐らくそう思う。 そもそもが、リッチマン所有の別荘の使用人だったわけでもなんでもない人間に、日常生活に必要な技能以上の働きを求める時点で無理があるというものだ。 ――だってのに、顔洗えだの着替えさせろだの、そんなことまでオレの仕事だって? 自分でやれ自分でェ! ほったらかしで出て行くな? 朝起こせって? なんなら日の出を拝ませてやってもよかったんだぞッ! ええッ!? 挙句に鈍くさいと言うのか! 小一時間も重苦しい雰囲気ばら撒くだけ撒いて、口を開けばいきなりこの憎まれ口ッ! こんなガキを慰めようだとか無駄なことッ! 少しでも考えてたオレは馬鹿もいいところだったなアァァ――ァ! リキエルは思わず、こういったことをブチまけそうになったが、 「それにちょっとしたミスでも、失敗したのはわたしだわ」 キッパリと、しかし肩を落としながら言うルイズを見て、そんな気も不思議と失せた。 そう、ガキなのだ。異様にプライドが高くとも多少傲岸の気があっても、ルイズはまだまだ少女なのだ。むしろ喜怒哀楽が目に見える分、年不相応に子供っぽく思える。そんなルイズを怒鳴りつけるのも大人気ないと、リキエルは思ったのである。 勿論、そんなことを言えばどうなるかわかったものではない、という理性も働いている。 怒鳴ろうという気はもう霧散していた。それよりも、本人の口から出た失敗という言葉で、リキエルには先ほどの生徒達の叫び声が思い出された。 『魔法成功率ゼロ』『魔法を使えば爆発』『魔法が使えないゼロ』『学院辞めちまえ』 あの様子では毎日のように、いや、毎日言われ続けだろうか。だとすればなかなか酷い話で、もし自分であれば耐え切れるものかどうか自信がない。 ――いや……。 自分をその立場に置いて考えると、また思考が悪い方向へとどんどん流れそうになったので、リキエルは机を拭く雑巾を絞りながら、別のことを考えようと努めることにした。 ――魔法といえば。 昨晩の話し合いによれば、自分を呼び出した『サモン・サーヴァント』と、契約を行ったという『コントラクト・サーヴァント』も、やはり魔法であるらしい。先ほどの授業を聞くところによると、系統によらないものだそうで、コモン・マジックとか言っていただろうか。 なんにせよその二つの魔法、前者はともかくとして、直接自分に作用した『コントラクト・サーヴァント』である。こちらがもし失敗していたらと思うと、ゾッとしない話だった。魔法成功率が本当にゼロならば、コモン・マジックとやらを使っても、ルイズは爆発を起こすのだろう。 自分が先ほどの小石のように吹き飛ぶ光景を思い描いてみて、リキエルは身震いした。 これはこれで後ろ向きな考えである。 「失敗。そう、失敗なのよね」 リキエルが、自分の骨の破片がマリコルヌに突き刺さるところを――これまた卑屈な考えである――イメージしたあたりで、ルイズが手を止め、独り言のように言った。 その、小さいながらも重々しい声に、リキエルは一瞬強烈な薄ら寒さを感じて顔を上げた。先ほどまでの陰鬱とは一線を画す、思わずぞっとするほどに暗然とした面持ちになった少女がいる。 リキエルは目を瞬かせて、詰めた息を吐いた。 ――なんだ? 今の、夢遊病罹患者みたいに虚ろな声色に、遺書でもしたため始めそうなキツイ顔はァ。尋常じゃあなかったぞ。 見間違いとも思えなかった。既にもとの勝気な表情に戻っているが、一瞬だけ垣間見えた、暗さを突き詰めて、さらに濃縮したものを貼り付けたようなルイズの顔は、何かに憑かれているようでさえあった。 「……失敗が、どう――」 「失敗だって証明されたのよ。今までのは全部失敗。だけど、それがいいのよ。わたしは魔法が使えないわけじゃなかったッ。わたしの努力は無駄になってなかった!」 「あ? なんだ?」 「平民のあんたを召喚したのは失敗だけど、魔法の失敗じゃないってことよ!」 「……は~、なるほど」 なにをか自己解決したらしく、暗い雰囲気から一転、唐突にハイになったルイズを訝しく思いながら、リキエルは雑巾を絞ってぞんざいに相槌をうった。筋道がいまいち掴めないが、秋の空は変わりやすいのだと思い直した。 ただ、一抹の不安は、存外に強くリキエルの胸にこびりついた。 どうにも釈然としないリキエルを文字通り尻目にして、ルイズは箒をばさばさと振り回しながら、今度は何やら怒りの感情をむき出しにしている。 「今まで散々馬鹿にされたわッ! もうッ! 思い出すだに腹立たしいッ!」 顔が見えないのは先ほどと同じだが、表情が安易に予想できるのも変わらなかった。喜怒哀楽の間をせわしなく行き来するルイズは、客観的に言えば面白かったが、今はその怒りの矛先が自分に突きつけられぬよう、リキエルは内心恐々としながら、今度は相槌も省いて聞き流した。 ルイズは完全な躁状態に入ったようで、今何か言えば、リキエルは確実に何がしかの被害を被ることになるだろう。雇い主には逆らわないのが堅実な生き方、というのが今のリキエルの考えである。君子危うきに、とはよく言ったものだ。 「生まれてこの方、いっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもさっきも馬鹿にされてェッ! キィ――ッ!」 「……ッ」 と、緩慢な動きで机を拭いていたリキエルの耳に、またも唐突に、聞き流せない言葉が入った。怒りのあまり本気で「キィ――ッ!」と叫ぶ人間を、リキエルは初めて目の当たりにしたが、そのことについての感慨は何もない。 今、リキエルの意識は全く別の場所に、それこそルイズの怒りなどまるで意に介せない程度には離れている。 ――生まれてこの方って言ったのか? 今まで努力はむくわれず、ずっと馬鹿にされ続けてきたとそう言ったのか!? トリステイン魔法学院だったか、ここに入ってからじゃあなかったのか! そいつはッ! リキエルは、自分の顔が強張るのを感じた。いやに、変に、奇妙なほどに熱を持った汗が一粒、頬を伝って首に流れ落ちていくのがわかる。 ルイズは当然のごとくそんなリキエルの様子には気づいていない。昂ぶった気持ちを抑えるためなのか、幾度も幾度も同じ床を掃いているだけである。 「……」 リキエルは無意識に手を止めて、埃を落とした机のひとつを意味もなく凝視していた。 瞬きほどの間か、あるいは三分ほどかもしれない。ルイズが落ち着いた様子で掃き掃除をしているところを見れば、もっとだろうか。リキエルはそうして固まっていたのだが、気づけばルイズに問いかけていた。 「思ったことはないのか? ……諦めるとかよォ~」 言って後悔する。この話題こそ流すべきだろうに、自分は全体、今何を言ったのか。それこそ本当に爆破されかねないではないか。 少なくとも、ルイズが気を悪くすることは必至だった。それが何より、大分に気が咎める。爆発がどうのこうの以前に、いたずらに他人の泣き所を中傷することは、それが例え意図的なものでなくとも、一般論としてリキエルの望むところではなかった。 「ないわ」 返答は存外に早く、そしてどこか鋭さを秘めていた。怒りといった類の気配はないが、耳朶を打つその声は、何故かリキエルを少し不安定にした。眩暈にも似た感触をこめかみのあたりに覚えながら、リキエルはノロノロと顔を上げる。 ルイズは手を止めていて、リキエルに視線を向けていた。粗方怒りは発散し終えていたらしく、仏頂面ながら、理性的な声音で後を紡いだ。 「悔しいことならいっぱい、いくらでもあるわよ。でも、そんなときは家のことを考えるの。私の『誇り』でもある、ヴァリエールの『血統』のことをね。平民のあんたに言ってもわからないでしょうけど」 「血統……」 「ヴァリエールの名に恥じない立派なメイジになる。例え苦しくても、その目標、今の私の生きる目的がある限り、諦めようなんて考え、起きっこないわ」 当たり前のことを言うようにルイズは言った。事実当たり前なのだろう。その顔に、一切の躊躇や負い目はない。自分の言葉に陶酔するような、薄っぺらな気色もない。当然を当然として実践してきた厚みのある、思い切っている人間の瞳をしていた。 リキエルは何度か、その瞳に出会ったことがある。 テレビの向こう側で、街頭のインタビューに答える同年代の若者。あまり話さなかったが、一週間ほど一緒に働いたバイト仲間。比較的長続きしたバイト先の喫茶店で、毎日来るのに金欠でコーヒーしか頼まない中年の女性。彼らが、確かにそんな目をしていた。皆が皆、前を向いて生きていた。 「……あとはオレがやる。多分だが、もうすぐ昼食なんだろう?」 先ほどのように、気づけば口をつついてそんな言葉が出ていた。言いながら、箒を受け取るために手を差し出す。こちらは意識的な動きだった。 「へ? 何よいきなり。まだそんな時間じゃないわよ」 言われるまま箒を手渡しながら、しかしルイズは訝しげにリキエルをじろじろ見た。脈絡もなしに、しかも面倒な仕事を一手に引き受けるなどと言われれば、奇妙に思い勘繰ってしまうのも、当然といえば当然である。 暫し沈黙したあと、リキエルは微妙に眉をしかめながら言った。 「窓ガラス運んだりするような力仕事がお前にできるか? それか、男のオレでも苦労しそうな机をその細腕でか? そうは見えないんだがな。それに、せっかく着替えたってのにまた汚れたいのか? どうせ長くはかからないんだ、オレ一人で事足りる」 「…………じゃあ、やっときなさいよ? さぼったりしたら承知しないからね」 ルイズはまだ浮かない顔をしているが、早口気味にリキエルが言ったことにも頷けたので、念を押しながらも教室を出て行く素振りを見せる。 階段を上るルイズに、今度はリキエルが背を向け、無言で手を動かす。バサバサと振り回すようにルイズが掃いた床は、むしろ塵が飛び散っていて余計に掃き難くなっていたが、リキエルはそのことにも何も言わない。 「……」 教室の扉に手をかけたあたりで、ルイズはなんの気なしに振り向いた。そこから見えるリキエルの背は心なしか、単なる遠近の問題以上に小さくなったように見えたが、気にするほどのことでもないと、ルイズは少し早足で教室を出て行った。 乾いた大きな音を教室に響かせる扉の音にも反応せず、リキエルはひたすらに手を動かし続けた。 ◆ ◆ ◆ 「いあ~、あ~……あ痛たッ!」 トリステイン魔法学院、本塔最上階にある学院長室。 そこから望める雄大な自然を眺望しながら、オスマン氏は鼻毛を抜いていた。時折うめき声を発して、その度に涙目で鼻を揉んだりしている。 「オールド・オスマン。そのように暇がおありなら、この書類にサインをお願いします」 オスマン氏の秘書、ミス・ロングビルが溜息混じりに言いながら羽ペンを振り、数枚の羊皮紙をオスマン氏に向けて飛ばす。 オスマン氏は鼻を鳴らし、肩越しに飛んできた紙をヒラヒラさせながら言った。 「どうせ、王室からきたものじゃ。中身もない紙切れじゃよ。破り捨てたところで同じようなもの、堅っ苦しいことは言いっこなしじゃよ、ミス。それと私の秘書を務めるからには、もう少しユーモアを持ちなさい……む!」 「どうかなさいましたか?」 先ほどまでとは少し違う、くぐもった感のあるうめき声に、こめかみを押さえて瞑目していたロングビルも少し眉根を寄せる。 何事かと思っていると、オスマン氏が少し興奮したように振り向いた。 「ミス! 珍しいことじゃよ、黒い鼻毛じゃ! もうすっかり白一色になったと思うとったんだが!」 「……」 ロングビルは、今度は深く溜息をついて眼鏡を外し、レンズを拭いてかけ直した。そして、こめかみを押さえなおす。いっときばかりそうしてから、また小さく溜息をつき、顔を上げた。 「オールド・オスマン。そのように暇がおありなら、この書類にサインをお願いします。書類の束で、溺れたくはないでしょう?」 今までの不毛な流れをなかったものとするためか、ロングビルは同じことを繰り返す。申し訳程度ながら冗談も織り交ぜ、ついでに、上級の部類の笑顔もくれてやった。 オスマン氏は怪訝そうな顔をした。 「ミス、何を言っとるのかね? 人は紙では溺れん。しかもそれは王室からのものではないか。茶化さず、もっと真面目に仕事をしていただきたい」 「…………」 「ま、まあまあ落ち着きなさいミス。そんなに青筋を立てず、な? 悪かった悪かった」 能面のような顔になったロングビルにクルリと背を向けて、オスマン氏は椅子に座って小さくなった。その肩に、いつの間にやらロングビルの机の下に潜んでいたらしい、白いハツカネズミが這い上がっていく。 「おおモートソグニル。気を許せる友達はお前だけじゃ。ナッツでも食うか? ん? 誰かさんは行き遅れとるせいか気が荒くてな。老体の話し相手もしてくれん」 ロングビルの眉が左右同時にピクリと跳ね、能面がボロボロと崩れ始める。 オスマン氏は呑気にハツカネズミとのヒソヒソ話に鼻、もとい華を咲かせ続ける。聞こえよがしなのは勿論、ロングビルをからかってやろうという意図あってのことだ。 オスマン氏の辞書は『反省』『自重』の項目が擦れて読めなくなっているらしかった。ので、何事も度が過ぎれば碌なことにはならないことを、オスマン氏はウッカリ忘れた。 「さて、報告じゃ……なるほど今日は純白か。しかしミス・ロングビルは黒に限る……そうは思わんかねモートソグ――ハッ!」 やりすぎた、とオスマン氏が思い、振り返ったときには大分遅かった。音もなく背後に立ったロングビルからは、あちらの世界の空気が立ち上っている。 オスマン氏を見下ろすロングビルの眼鏡がキラリと輝き、その奥の瞳はギュロォリと濁る。一睨みで、カブトムシくらいなら殺せそうだった。 「言わなくてもいいことを言った者は! 見なくてもいいものを見た者は!! この世に存在してはならないのですよッ!」 「いや、それは言いすぎでばふぁっ! 痛い痛い! つむじを的確に狙って拳骨ってきみ! 響く! 頭蓋に響くぞィってちょっと……蹴りはまずいよほんと、ほんとにィ!あだだだだ! ちょっ踵が! ピンがめり込む! わしって年寄りよ? じじいなんだけど!? それをぐォぼばばばっ! 連打に乱打は洒落にならんよミス! ごめん! 後生だから許して! イイィィイ痛たたたた!」 回し蹴りから続く見事な二枚蹴りをロングビルは繰り出し、椅子からオスマン氏を叩き落す。間発の後に脳天突きを三発ほど食らわせ、そこから流れるような動きで、鋭い連続蹴りへと移行した。 「女の敵! あんたは敵よ! 敵だ、敵だっ! この! このっ! セクハラ上司に物申すッ! 今日という今日はッ!」 ロングビルの剣幕は、収まる鞘をとうの昔に放っぽってしまったようで勢い衰えず、激しくなっていくきらいさえある。オスマン氏は切実に、自分の後任について考え始めた。 ロングビルの蹴りが、さらに鋭さを増しはじめたそのとき、オスマン氏にとって幸運なことに、鞘が向こうからやってきた。 「オールド・オスマン! 大変で――大丈夫ですか? な、何があったのですか? 捨てられる半歩手前の雑巾のようになって」 ノックもせずに学院長室の扉を開けたのは、最近研究がとみにはかどり、抜け毛の本数が六日ぶりに減少するなどでいささか上機嫌な、ミスタ・コルベールである。どういうわけか血相を変えて飛び込んできたコルベールだが、ボロクソになってうち捨てられたオスマン氏を目の当たりにし、ポカンとした表情で立ち尽くした。 「身体を若返らせるという画期的な魔法を、秘薬も使用せずに開発せんとした結果ですわ、ミスタ・コルベール。失敗にもめげず、オールド・オスマンは魔法の新たな境地を拓かんがため、幾度となく自らに魔法をかけ、奮闘なさったのです。メイジの鑑といえますわね」 そんなコルベールにロングビルが、眼鏡のつるにかかった卸したての絹のように肌理細やかな薄緑色の頭髪を、小指でちょいと払いながらニコリともせずに答えた。いったいどんな方法を使ったものか、何事もなかったかのように、大量の書類をやっつける仕事に戻っている。 コルベールは、そんな馬鹿な、と思ったが、ロングビルの言葉の端々に見え隠れする、察せ察せ察せ……、という声ならぬ声を肌で聞き取り、おおよその自体を飲み込んだ。 コルベールはやれやれといった風に首を振り、視線をボロクズ――オールド・オスマンに戻す。 「オールド・オスマン、お話があります。あ~、耳と口が残っているのなら問題ありませんね? 大変なことがわかったのです」 「問題なして……なかなかに外道じゃの、君。えーとなんじゃったか、ミスタ……コンスタンティン?」 首だけをもぞもぞと動かして、オスマン氏は恨みがましい目でコルベールを見上げる。 「コルベールです! なんだか響きのいい名前で間違えないで下さい! 実質が伴わなくて微妙に理不尽にミジメですぞ。まったく、そんなよことりもこれを見てください」 「んん? 『始祖ブリミルの使い魔たち』……か」 コルベールの差し出した古びた書物の背表紙を、オスマン氏は読み上げた。鼻の奥を、かびの臭いがツン、とついた。 ややあってからオスマン氏は目を細め、「ふむ」と頷くと背伸びをするように立ち上がった。マントについた埃を適当に払ってから、ロングビルに顔を向ける。 「ミス・ロングビル、ちょっといいかね?」 「なんでしょう」 「今朝の二年生の授業で、教室がひとつ吹っ飛んだそうじゃ。ちょろっと様子を見てきてくれんか? 酷いようなら人を呼ばねばならんしの。そうじゃ、できるようであれば、あなたの『錬金』で修繕してくれるとありがたいのう。安上がりじゃし? ほっほ」 「わかりましたわ。……その後は、お先に昼食をとっても?」 「昼休みには時間があるが、いいじゃろう。そうしなさい」 鷹揚に言ってオスマン氏は微笑み、髭を撫ぜる。 ロングビルも自然な微笑を返し、軽く頭を下げ、細やかな足配りで学院長室を後にした。 さきの狂態がまるで嘘だった。髪の長き云々の手本も手本である。 オトナの女性ロングビルを、口の上をデレンと伸ばした顔で見送ったオスマン氏は、ふうっ、と息をつき、コルベールに向き直った。 「うまく空気を読んでくれるのう、惚れそうじゃ。なんつってな……で、コルベール君、そのように古さとカビと胡散さで臭くなった書物などひっぱり出して、どうしたというのかね?」 飄然とした態度を崩さず、しかし今はどこか超然としているようにも見えるオスマン氏は、ゆるゆるとした口調でコルベールを促した。その声でしばしの間忘れていた興奮をコルベールは思い出し、それを隠しもせずに声を張り上げる。 「はい、そのことです! このページとそれから、これ……をご覧下さい!」 コルベールは『始祖ブリミルの使い魔たち』の中ほどを開き、そこに挟まっていた一枚の紙片を取り出して、古書と合わせてオスマン氏に手渡した。 「ほほゥ……これはこれは」 手渡された紙片をカサカサと広げたオスマン氏は、どこか面白がるような、感嘆ともとれる吐息をこぼした。 「昨日の使い魔召喚の儀式で、一人の生徒が平民の青年を召喚しました。その手の甲に刻まれたルーンをスケッチしたものがこれです。このページの、伝説の使い魔『ガンダールヴ』のものと酷似している! いや、寸分と違わないッ!」 「そのようじゃな。……コルベール君」 口角泡を飛ばすコルベールに顔をしかめながらオスマン氏は頷き、若干の厳しさをはらんだ眼差しを、改めて紙片へと注ぐ。 「昼食は、大変遺憾ながら後回しになりそうじゃな?」 そう言って、オスマン氏はゆるりと自らの椅子に腰掛け、さきほどのように鼻毛を抜き始めた。どれだけ引き抜いても、もう黒い毛は見つからなかった。
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Dora どーら 銀の魔女の手下。その役割は主張。 体についたパイプから近所迷惑な爆音を撒き散らし気まぐれな砂嵐のように移動する。 嫌いなものは磁石。 7話の佐倉杏子の回想シーンにて登場。 魔法少女になりたての杏子に襲いかかるも、その槍で一刀両断にされる。 一瞬しか登場しない上、TV放映版では親の魔女Giselaと区別がつかなかったことから、更新された魔女図鑑を見て「こんな奴いたっけ?」と首をかしげる人が続出した悲劇の使い魔でもある。 外観 TV放映版では、親の魔女Giselaから顔にあたるハンドルバーとヘッドライトのような部品を取り除き、無数のライトをつけたような姿だった。 しかし、BD/DVD版で作画が修正され、Giselaとの差別化が図られた。 Giselaの流用だった腕は独自のマジックハンド状のものにかわり、「主張」の役割にふさわしいラッパ状の部品が追加された。 ポータブル版では姿をタイヤ状に変化させられることが判明した。 ポータブルでのドロップアイテム どの形態でもSTR強化ポイントをドロップする。マミルートでの攻撃強化にも利用できる。 名前 コメント
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『ザ・グレイトフル・デッド』 あれ?さっきと一寸ちがうような? まっ・・・いいか 「お待たせ」 お待たせって・・・キュルケ? 「何しにきたのよ!」 「助けにきてあげたんじゃないの。朝方、窓からみてたらあんたたちが 馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを起こして後をつけたのよ」 キュルケは風竜の上のタバサを指差した パジャマ姿なのを見ると寝込みの所を叩き起こされたのだろう タバサ・・・あなた、キュルケの使い魔なの? 「ツェルプトー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」 「お忍び?だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。 とにかく感謝しなさいよね。あななたちを襲った連中を捕まえたんだから」 キュルケは岩陰を指差した 「少し待ってろ、ヤツ等に聞きたいことがあるんでな」 プロシュートが岩陰に入るのを見届けると、キュルケをにらみつける 「勘違いしないで。あなたを助けにきたわけじゃないの。ねえ?」 キュルケはしなをつくると、ワルドさまに、にじり寄った 「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」 キュルケ。今度はワルドさまなワケ? 文句を言おうとした時、頭の中に声が聞こえてきた 『ブッ殺す』と心の中でおもったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ! ちょっと!なにやってんの?
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「機神飛翔デモンベイン」より、二闘流&アナザーブラッドを召喚 二闘流とアナザーブラッドの本名は『大十字 九朔』となりますが 完全同名で混乱を招きますので二闘流を『九朔』、アナザーブラッドを『紅朔』と表記して分けております 汝等、虚無の使い魔なり!-01 汝等、虚無の使い魔なり!-02 汝等、虚無の使い魔なり!-03 汝等、虚無の使い魔なり!-04 汝等、虚無の使い魔なり!-05 汝等、虚無の使い魔なり!-06 汝等、虚無の使い魔なり!-07 汝等、虚無の使い魔なり!-08
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マリコルヌは同志を求めていた。 女の子に尻尾を振り、彼女の機嫌一つに一喜一憂する人生。実に嘆かわしい。 男として、誇りある貴族としての矜持を保ちたいと思うならば、 そんなわがままな女は始めから近寄らせずに、まず自らを磨く事に専念すべきだ。 そう、これは決して妬みや僻みから発した思想ではない。 軽佻浮薄な世の風潮に警鐘を鳴らすのはぼくしかいない。 そのような真理にたどりついたマリコルヌは、一つの団を立ち上げていた。 未だ彼一人の孤独な団だが、いつか世界にその名を轟かせる日を信じて……。 軽薄な男女交際を敵とし、世界中の男達を紳士とするための団。 その名を、SOS団と言った。 マリコルヌは、昼の食堂に姿を現した使い魔……ルイズの呼び出した平民をじっくりと観察する。 さえないという形容が最も似合った風貌であろう、とてももてるようには見えない。 人目がある場所であるにもかかわらず、どうやら夜着そのままで皿を運んでいるようだ。 ―――――――――――――――――仲間か。 平民だとて、思想を広める事ぐらいはできる。 彼が仕事を終え、ぼくが食事を終えた時、誘いを掛けてみよう。 団員一号、なんと響きのいい言葉か! 肉を口に運びながらも、マリコルヌの観察は続けられる。 団員一号(仮称)はギーシュの脇で足を止め、何かを拾ってギーシュに手渡した。 ギーシュはマリコルヌの理想を鼻で笑い、SOS団の殺すリストに最初に掲載されると言う栄誉を得た男だ。 あの使い魔とギーシュが意気投合するか、それとも敵対する事になるか。 そこで団員一号(仮称)の紳士としての真価が問われることになるだろう。 「君のおかげで、二人のレディの名誉を傷つけてしまったよ。どうしてくれるんだね?」 「ああ、すまん。何せ俺は産まれてこのかた、一度ももてたためしがないからなあ。 そういう男女の機微は全く理解できんのだ。この哀れな凡人に少しでも憐憫の情を抱いてくれたのなら、 今日の所はこれぐらいで勘弁してもらえるとありがたいんだが」 「ふうん、まあ、仕方ない。君のような平民に僕に匹敵するほどの男女の機微に対する理解を求めるのが無謀か……」 間違いない。もてたためしがないという発言を自らしてしまうほどの自虐、屈辱に涼しい顔で耐えるタフな心――― 彼こそ、SOS団員一号に相応しい逸材だ! ついに同志に巡り合った高揚を抑えきれず、マリコルヌは食事を口に運ぶ速度を加速させる。 隣の席の奴が訝しげな顔をしたが、そんなことより一刻も早く彼を勧誘しなければならない。 期待と喜びに胸躍らせ、マリコルヌは既にSOS団の活動スケジュールを組み立て始めていた。 だが、しかし。マリコルヌが鶏肉の皿を平らげサラダに取り掛かろうとしたちょうどその時、それは訪れる。 「やあ、キョン」 「佐々木か」 マリコルヌはフォークをくわえたままぴたりと停止し、目を見開いた。 落ち着け。落ち着けぼく。まだ彼が敵だと決まったわけではない。 彼にも社会生活というものがあるのだから、偶然女の子と会話することぐらいあるさ。 ぼくだって昨日ケティと会話した、会話したじゃないか。 (ギーシュ様がどこにいらっしゃるか、ご存知ですか?) (え、あ、ああ、教室にいたと思うけど) (そうですか。ありがとうございます) ぼくだって女の子と会話しようと思えばできるんだ。 そう、今のぼくはまだ見ぬ未来の花嫁のために貞操を守っているに過ぎない。 紳士に不純異性交遊は厳禁だからな! 「この先ずっとその服で過ごすつもりかい?そのままだと、二・三日で目も当てられない惨状になると思うけど」 「そう言われればそうだな。しかし、あてがあるわけでもなし……」 「何、ないのなら買いに行けばいい。こっちにだって休日はあるんだ、何なら僕が見繕ってあげてもいいよ?」 嫌な予感がして、マリコルヌはフォークを置いた。この感覚には覚えがある。 幾多の男女を観察してきた彼の本能が警鐘を鳴らす。 そう。それは女が男を連れ出すために完成させた独特の言い回し、男に誘わせるための策謀――― 「そうか?だが金がないしな……元々金持ちってわけじゃないが、こっちに来てからは一文無しだ」 「いいさ。僕が言い出したんだ、君が何か収入の道を見つけるまでは僕が立て替えておくよ」 「それはいくらなんでも悪い。いくら親友と言ってもだ、ただより高い物はないという慣用句もあることだし……」 「それじゃあ貸し一つということにしておこうか?頃合を見計らって返してもらうことにしよう」 「……余計な事言ったか?俺。まあいい、それじゃあ、今度休みをもらって買いに行くとするか」 二人はなおも何か喋りながら、食堂を後にした。 その後姿を眺めつつ、マリコルヌはテーブルの上の手を小刻みに震わせる。 マリコルヌが、キョンの主張する所である「勘違い」の被害者となった瞬間だった。 裏切られたという一方的な感情と怒りが目から血涙、歯茎から血の泡となって噴き出す。 デートだ。あれは間違いなくお、お、おデートって奴だ! しかも、女の子から……女の子の方から誘いを掛けられるなんて! 敵だ。もはや千言を尽くしても奴を許す事などできない。我らSOS団の怒りが天を突き、審判を下すであろう! 我らって言っても、一人しか居ないけどな!ぼく一人で、我らとか言ってるけどな! 呪ってやるとか思うだけで、具体的に何をするわけでもないけどな! 「ぐふっ、ぐふっ、ぐふっ……」 マリコルヌは泣いた。他の生徒達が指をさしてこそこそ笑うのも気にせずに、くぐもった声を上げて泣いた。 午後の授業中は、先生に怒られないようにすすり泣く声で、泣いた。 部屋に帰った後は枕に顔を埋めて、泣いた。 悠々と……いや、無駄に行動力のある誰かさんのせいで充実しすぎた夏休みを送っていた俺が、 目が覚めたらそこは戦乱の異世界だった、などというフレーズが似合いそうな状況で召喚されて三日が過ぎた。 虚無の曜日とかいう休日を服や雑貨の購入に費やすことを決めた俺は、 その発案者である佐々木と共にトリステインの城下町にやってきたわけだが。 「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ」 観光ガイドよろしくこの通りがブルドンネ街という名であることを解説してくれたのは、 この俺のご主人様……ということになっているルイズ。彼女は休日を要求した俺と、 その俺の案内役を申し出た佐々木に対し、自分の使い魔の面倒は自分で見ると言い放って同行を決めた。 「当然でしょ?使い魔の面倒は、それを召喚した貴族が見るの。従者に完全に任せる人もいるけど、私そういうの嫌い」 なるほど。彼女には彼女なりの矜持というものがあるらしい。 貴族だのヴァリエール家だのうるさい分、その権利に相応する義務は果たすという所か。 「貴族ってのも大変なんだな」 「そうよ。だから尊敬しなさい」 「へいへい」 その気の抜けた返答にルイズはちょっと不満げな顔をしたが、俺が彼女への理解を深めた様子を見せた事で満足したのか、 ちらりと佐々木をうながし、前を向いて歩き始めた。俺達も後に続こうとして……佐々木が、あることに気づいた。 「ミス・ヴァリエール。彼が着るような服を売ってる店、わかりますか?」 その問いかけにルイズは足を止める。 「よろしければ、私がご案内しますけど」 「と、当然よ!貴女についてきてもらったのはそのためなんだからね!」 ぎこちなく振り返って虚勢を張るルイズだが、 無駄にふんぞり返った胸と真っ赤な顔がその虚勢を完全に無益なものにしている。 どうやら、彼女の使っていた服屋に無意識のうちに向かっていたらしい。 「くっくっ、それじゃあ私についてきてくださいな、ミス・ヴァリエール」 ルイズは不承不承ながらも頷いて、佐々木の後を追う。 俺もその後を追おうと足を前に進め、雑然と並ぶ露店を三つほど通り過ぎたあたりで声が掛けられた。 「おうおう、見覚えのある奴がいるじゃねえか」 思わずあたりを見渡す俺に更に声が掛けられる。 「どこ見てんだよ。こっちだこっち」 声のした方向を見ると、露店に置かれた剣がカタカタと動いて声を発しているようだ。 「ちょっと、どうしたの……って、インテリジェンスソードじゃない」 インテリジェンスソード?何だそれは。 「喋る剣のことさ。この世界じゃ別に珍しくもない」 「そんなもんかね。まあ、剣なんて使ったこともないしな。必要ないか」 「そうね。さ、早く行きましょ」 結論が出たようなので、俺はその剣に別れを告げ、先を急ぐ事にした。 本当は少し惜しい気もしたんだがな。 「というわけだ。じゃあな」 俺達が立ち去ろうとした時、新しい客がその露店に足を止め、その剣を手に取った。 ちょうどタイミング良かったな。そう思って再び足を前に進める俺達に、 今度はその客がお声を掛ける。 「……佐々木さん!」 ん? 「会えると……きっと会えると信じてました!」 「確か……橘さんだったね。君もこの世界に?」 「知り合いか?」 「ああ、正に知り合いだよ。友達、とまではちょっと言えないからね」 「さ、佐々木さん、それはちょっとひどいのです。せめてその、知己とか」 知り合いも知己もそんなに変わらないような気がするんだが……。 とりあえず、こいつも俺たちと同じ世界にいた、というのは間違いないのだろう。 「ちょっと、お話できませんか?」 橘は通りの通行人を気にしつつ、何か答えを待っているようだ。 その様子から何かを読み取ったのか、佐々木は俺とルイズに目配せをして、言った。 「親戚のやってる店があるんだ、そこで……」 『魅惑の妖精亭』と描かれた看板をくぐり、俺達はテーブルについた。 佐々木が厨房の方角を向いて手を振ると、何だかテカテカしたおっさんと、 鶴屋さんに良く似た黒髪の女の子が手を振り返す。あれが、佐々木の言う親戚とやらか。 「で、どうして橘さんはこの世界にいるの?」 「それが、この国のお姫様にその、召喚されて」 「姫様の使い魔になったってこと?」 「ええ、珍しい事だって騒がれましたけど」 それは本当に珍しい事なのか?俺に続いての珍しい話って、それは本当に例外と言えるものなのだろうか。 「で、何でまた姫様の使い魔がこんなところにいるんだ?」 「そ、それはその、姫様に貰った剣が、ええと……その、間違って捨てられちゃって、それで、」 「リサイクルショップに……」 リサイクルショップ、ねえ。 そんな橘に曖昧な視線を向けつつ、佐々木は腕を組んでなにやら思考をめぐらせていた。 「姫様は……君を、つまり人間を召喚した」 俺と、この橘とかいう奴と。人間を召喚したから、つまりどういうことなのだろう。 異常事態と言うなら、そこから何か分かっても良さそうなものだと思ったりもするのだが。 「人間は例外なんだ。そうですね、ミス・ヴァリエール?」 「ええ、そうね。今までの歴史の中でも……私以外に人間を召喚したなんて今まで聞いたことがないわ」 と、いうことはつまり……どういうことだ? 「姫様とミス・ヴァリエールは共通点を持ってる、ってことじゃないかな?」 「でも、姫様は水のトライアングルだって聞いたわ。私はフライさえ……使えないんだし、同じだなんてとても」 「共通している部分が存在することと魔法の腕前は全く関係ありませんわ」 きっぱりと言い切った佐々木は、少し考える素振りを見せてから、橘に視線を向ける。 「橘さん、何か隠してない?」 「え、ええと、何のことでしょう」 問いかけられた橘の目は、露骨なまでに泳いでいる。案外分かりやすい奴だな。 問い詰められた橘が値を上げるよりも早く、 今の今まで黙り込んでいた剣が唐突に声を上げた。 「おう!相棒、この兄さんはお仲間だ、話しちまってもいいんじゃねえか?」 「相棒?」 佐々木はつかつかと歩み寄って、その剣を目線の高さまで抱え上げて問いかける。 「相棒って何だい?」 「俺の相棒!虚無の使い魔、神の盾ガンダールヴってことさ」 「ガンダールヴ?」 「ミス・ヴァリエール。知ってるんですか?」 「ええ、伝説の使い魔。六千年前から今日まで、その存在が確認されたって記録は見たことがないわ、少なくとも私は」 その言葉に皆は橘に視線を集め、無言の圧力を掛ける。 注目を集めた橘は佐々木をちらと見た後、諦めたのかため息を一つついて話し始めた。 「話します。でも、先にお姫様と『誰にも話さない』って約束したんですから、 あたしが話したってことは誰にも言わないで欲しいのです」 「約束するわ。僕達は知らなきゃいけない。そうだよね、キョン?」 ああ、その通りだ。何か手がかりがあるというなら教えて欲しい。 「んんっ……わかりました。じゃあ、絶対に秘密ですよ……」 橘はテーブルの中央に皆を寄せた後、意味ありげに、無駄に重々しい声で話し始めた。 「その剣の言った通り、あたしと、おそらくキョンさんも、虚無の使い魔なのです……」
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前ページ次ページ紙袋の使い魔 ミスタ・コルベール。二つ名は炎蛇のコルベール。 その名の通り火系統の魔法を得意とするメイジである。 トリステイン魔法学院にて、かれこれ20年間は教師をしている 先日行われた使い魔召喚の儀式の際、彼の生徒の一人であるルイズは前例が無い 人間を召喚し、使い魔とした。 その際、使い魔契約の証として刻まれたルーンは彼の見た事が無いものであった。 魔法学院で教師をやってはいるが、本来は人に物を教えるよりも自分の知識欲を満たす 事を望む研究員肌の人間である。 そんな彼の好奇心を刺激する何かが、その使い魔とルーンに感じれた。 彼はその好奇心を満たす為にあの日以来、図書館にてルーンについて過去の文献を 調べる毎日を送っていた。 図書館内にある、教師クラスのみが閲覧できる区間にてその日も本を漁り続けた。 彼の日々の努力か・・・はたまた、研究員としての本能が悟ったのか。 彼はついに自分の目当ての物を見つけたのである。 自分の好奇心が満たされていく事を感じると共に、その書物に書かれている内容に 冷や汗を流し、彼は文献を読み続けた。 思いもしなかった内容に、彼はその書物を手に取り学園の長。偉大なるオールド・オスマン の下へと向かった。 その日も、トリステイン魔法学院の長。オールド・オスマンは自室にて退屈を持て余していた。 白い口ひげに長く伸びた白髪。魔法のローブを着たその姿はまさに魔法使いである。 齢300歳は越えるとも言われる、彼からは有無を言わせない迫力がある・・・・筈なのであるが・・・。 彼は沈黙を破ると、近くに居る秘書風の女性へと話しかけた。 「ミス・ロングビル。今日は何色かね・・・?」 「オールド・オスマン。申し訳ありませんが意味が分かりかねます」 「ワシは何色と聞いておるのじゃよ・・・。ミス・ロングビル。ワシくらいの男児が色を聞いたら一つしかあるまいて?」 ミス・ロングビルと呼ばれた女性は軽くプルプルと震えた後、呟いた。 「・・・・・黒ですわ」 「ヒャッホウ!!ワシの勝ちじゃよ!モートソニグル!」 イヤラシイ目で笑った後、自らの足元の鼠へと話しかけた。 彼の使い魔と思われるその鼠は、主と同じ様な目つきでニヤニヤと笑っている。 「オールド・オスマン。朝からそのような下卑た事ばかり仰るのでしたら・・・私にも考えがありますよ?」 彼女の周りからドス黒いオーラの様な物を感じる。 窓や机が振動しているような気もする・・・。 「・・・・ごめんちゃい・・・。寂しいジジイの言う戯言じゃよ・・・ボーナス1割増しするからアレだけは止めて欲しいのじゃ・・・」 「そうですか。反省されているのなら私も今日の所は水に流しましょうボーナス2割増しして下さる事ですし」 「え・・・?1わ・・・・・」 「何かおっしゃいましたか?」 人のものとは思えない殺気が部屋を支配した。モートソニグルにいたっては泡を吹いて意識を失っている。 セクハラに対する女子の怒りはギアをも打ち滅ぼすのだ。 「ナンデモナインジャ・・・ナンデモ・・・」 コルベールが学院長室の前へと到達すると、扉一枚隔てた向こうから言い知れない殺気を感じた。 炎蛇のコルベールと呼ばれた彼にさえ感じた事の無い種類の殺気である。 呼吸を整え、いざ扉を開く。 「失礼します。オールド・オスマン・・・」 部屋のドアを開けると、軽く意識を手放しているオールド・オスマンと自らの席に鎮座している ミス・ロングビルが彼を出迎えた。 「ど、どうかしたのですか?オールド・オスマン・・・。何かあったのでしょうか?」 「大丈夫・・。大丈夫じゃよ。ワシはオスマン。オールド・オスマンじゃ・・・」 大丈夫と言う彼の目はあからさまにコルベールを見ていない。そんな様子を見た後、ミス・ロングビルの方へ目を向けると、彼女は我、関せずといった様子で自分の仕事をしていた。 少し考えたコルベールであったが、先ほどの自分の調べた内容の重大さを思い出すとオスマンへと 話しかけた。 「オールド・オスマン。報告があります」 その言葉と彼の雰囲気にオスマンは曖昧な状態から我へと帰る。 「ミスタ・バストール。何かあったのかね?」 「はい。先の召喚の儀式に関してなのですが・・・。ちなみに私はコルベールです。オールド・オスマン」 「ふぉっふぉっふぉ。すまんのう。そうじゃったな。それは昨日夢で見た妖精の名前じゃったわい」 「夢と現実を一緒にしないで頂きたいものです・・・」 「して、何があったのじゃね?」 コルベールは、図書館で見つけた自分の探していた内容の本を彼へと手渡す。 「その本と、この絵を見てください。これは召喚の儀式の際、私の生徒が召喚した人間に刻まれていたルーンと同じものです」 オールド・オスマンは眼光を鋭くし、その姿に相応しい威圧感を発するとミス・ロングビルへと声を出した。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 先ほどまで、自分の怒りのオーラに震えていた人物とは同一人物とは思わせぬ迫力を感じ取ると 2人へと一礼し、彼女は無言で部屋から出て行った。 「詳しく説明をするのじゃ。ミスタ・コルベール」 先日、魔法の失敗の原因が分かるかも知れないと言ったファウストとルイズは部屋で語り合っていた。 「・・・・そうですね。法力の主な理論としてはこんな所ですかネ」 「それにしてもすごいわねぇ・・・。理論化した法力を学べば、平民でさえ扱う事が出来るだなんて・・・」 「まぁ、それでもきちんと扱うにはそれ相応の努力が必要なんですけどね・・・。ルイズさんの頑張りならすぐにでも修める事が出来るでしょう」 「私の魔法の為ならいくらだって努力してやるわ!それで、私が法力について知識を深めた方がいい事は分かったけどあんたの方はどう?この世界の魔法については?」 ルイズの自室に広がっている書物を見渡し元にあった場所へと返却していく。 「大体は理解しましたヨ。この世界の魔法は実に奥が深い。ここにある書物に書き記していない事がまだまだあるでしょうね」 「もう全部覚えたの・・・!?私が必死に覚えた内容をここ数日で・・・文字も最初は読めなかったのに・・・」 「これでも医者ですので・・・ネ?」 「関係ないと思うけど・・・・。それなら後は私があんたから法力を覚えればいいのね・・・・」 ぐぅぅぅぅぅぅぅ・・・・とファウストの方から音が鳴り響く。 どうやらもう正午のようだ。魔法の事になるとついつい周りが見えなくなってしまう癖が 自分にはあるようだ。 ファウストの方へと向きなおす。 「今日はここまでにしましょうか。もうお昼だもの。お腹すいたわよね?」 「ハイ、ルイズさん!ごはんー!ごはんー!」 「分かったわよ。それじゃぁ食堂へ行きましょうか?」 学院のメイドであるシエスタは、その日も忙しい昼の時間帯をきりきり舞いになりながら仕事をしていた。 最後のメニューであるデザートを貴族へと運んでいた。 食堂の一角で、貴族の少年たちが声を上げていた。 どうやら金髪のキザな少年に対し、周りが冷やかしの言葉をかけているようだ。 「なあギーシュ! お前、今は誰と付きあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」 ギーシュと呼ばれた少年は口に咥えていた薔薇を右手へと持ち直した。 「何をいっているのだね君たちは?僕は薔薇だ・・・そう・・・薔薇は皆を楽しませる為に自分を美しく咲かせる・・・。そんな僕が特定の女性と付き合うなどと・・・」 優雅に舞う様に踊りながら語る彼のポケットから、ガラスの小瓶が落ちた。紫色をした液体が中に詰まっている。 彼らはそのことに気付かず、話に夢中になっていた。 「貴族様、こちらをお落とされましたよ」 ギーシュへとそれを差し出したが、彼は一瞥しただけですぐに話へと戻っていった。 「こちらへ置いておきます。失礼致します」 シエスタは、彼らの近くの席へとそれを置いて仕事へと戻ろうとした。 「ん?その香水はモンモランシーの香水じゃないのか?」 「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分の為だけに調合している香水だぞ!」 「それが、ギーシュ。君のポケットから落ちたという事は・・・君のお相手はモンモランシー と言う事になるな?」 彼が反論を言おうと席を立った時、後ろのテーブルに座っていた少女も立ち上がった。 栗色の髪の、可愛らしい少女である。彼女はギーシュの前へ出ると。 涙を流した。 「ギーシュ様。やはり、ミス・モンモランシーと・・・」 「ケティ、待ちたまえ。それは誤解だよ。話を聞いてくれたま・・・・」 キッとギーシュを睨み付けると、思い切り彼の頬へ平手打ちを放った。 「言い訳なんて聞きたくありません!さようなら!!」 走って食堂を出て行った彼女と入れ替わりに見事な巻き髪の女の子が ギーシュの元へとやってきた。 「モンモランシー!誤解だ!待ってくれ!!話を・・・」 「聞くまでもないわ。貴方があのケティって子に手を出していた事実は変わらないもの・・・」 近くにあったワインボトルをギーシュの頭上へと持っていくと、ドボドボと中身を頭にかけた。 「浮気者!!」 と、怒鳴り散らすと彼女もその場から立ち去っていった。 暫く、呆然としていたギーシュであったが、ハンカチで顔を拭くと芝居がかった言い回しで喋った。 「フフフ。どうやら彼女たちは薔薇という花の真の美しさを知らぬようだね」 一部始終を見ていたシエスタは、残りの仕事を思い出しその場を離れようとした。 「そこのメイド。待ちたまえ。黒髪の・・・君だよ」 「貴族様。何か御用でしたでしょうか?」 「君が軽率に香水の壜なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」 「私は、この学院に雇われているメイドとして、貴族様がお困りになられないように落し物を拾って差し上げただけで御座います」 ギーシュはこの言葉に面食らってしまった。自分の考えていた事と全く違う反応である。 沈黙しているギーシュを見て 彼の周りの少年達はどっと笑った。 「そうだぞ!ギーシュ!そもそも君が二股なんかかけるからこういう目にあうんだぜ?」 「そうだそうだ!俺たちモテナイ男のしっと心に対して失礼だぞ!!」 なんやかんや少年たちが言った台詞をギーシュは全く聞いていなかった。 シエスタへ向き直ると低い声で言った。 「君は、貴族に対しての態度がなっていないようだね。君達平民・・・」 「なっていないと言われようと、自分の正義を曲げる事は出来ません。これは祖父から日々教えられた事ですから。それが貴族様のいう事であろうと、私は自分を曲げる事は出来ません」 この言葉に、食堂は静まり返った。特にギーシュと親しく、彼が貴族としてのプライドは人一倍強い事を知っている生徒達は息を呑んだ。 当然、この様子をみていたのは貴族達だけではない。他の給仕をしているメイド達やコックもこの喧騒を見つめていた。 ただでさえ冷や冷やと見ていた者達もシエスタの台詞は予想外すぎた。 貴族が白と言えば、黒い物でも白いといわなければいけない。それが貴族と平民の関係だ。 シエスタはそのルールを破ったのだ。 誰もが、声も発することなく成り行きを見つめ続けていたその時。 彼女達は現れたのある。 「おや?どうかしたのですかねぇ?人だかりが出来ていますよ」 「何かあったのかしらね?そこのメイド。何か見せ物でもやっているのかしら?」 シエスタの同僚であるメイドは、ルイズへと事の成り行きを説明した。 「あのギーシュの女ったらし・・・。完全に自分が悪いじゃないの。それを平民になすりつけるなんて貴族の風上にもおけないわ。それにあの黒髪のメイド・・・以前ファウストに食事を頼んだ子じゃない」 「そうです。アレはシエスタさんに間違いありません。ルイズさん・・・」 「えぇ。言われなくても分かっているわ。止めに行くわよ」 ギーシュがシエスタの方へ杖を突きつけ、声を発しようとした時 目の前にルイズと背の高い異様な男が現れた。 「・・・何か用かね?ルイズ。僕は今から礼儀がなっていないメイドに躾をしなきゃいけない所なんだ。退き給え」 「何言ってるのかしらギーシュ?事情は聞いたわよ。完全にあんたが悪いじゃないの。確かにそこのメイドは礼儀はなってなかったかも知れないわ。でも間違ってもいない。アンタは自分の腹いせに彼女に絡んだだけじゃない」 「ルイズ。君まで僕を馬鹿にするのかい?いいだろう・・・。そのメイドを庇うというなら・・・・決闘だ!!」 「上等よ!!」 ギーシュの発言に、食堂は騒然となった。貴族同士の決闘はご法度だ。それを彼は宣言したのである。 ギーシュの周りの少年も彼を諌めようと話しかけた。 「ギ、ギーシュ。気持ちは分かるけども決闘は行きすぎじゃないか・・・?それに貴族同士の決闘はご法度だぜ?先生に見つかりでもしたら・・・」 頭に紙袋をつけた背の高い男が、彼らの前へと歩いてきた。 「まぁまぁ。みなさん。落ち着いて下さい。それに貴族同士の決闘は禁じられているのでしょう?」 突如、話に参入してきた謎の男にギーシュを始め少年たちは彼の顔を見上げた。 「誰かと思ったらルイズの使い魔じゃないか。紙袋を被っているなんてふざけている。貴族の前で失礼だとは思わないのかい?」 ギーシュはファウストを一瞥すると鼻で笑うようにそう言った。 「それとも何かね?君がご主人様の代わりに僕と決闘でもする気かい?それなら貴族同士の決闘ではなくなるがね」 「いいでしょう。聞き分けの無い子にはオ・シ・オ・キが必要のようですからね。戦う気はありませんでしたがそれも大人の務め。私がお相手いたしましょう」 「ちょっとファウスト、何を勝手に・・・!!」 「ハハハハハっ!!貴族でもない使い魔の・・・しかもルイズの使い魔の君が僕にオシオキすると!?いいだろう!その思い上がり・・・僕がたっぷりと後悔させてあげよう!!決闘だ!!!」 彼は目を怒りの色へと変えて叫ぶと食堂から出て行く。 「ヴェストリの広場へ来たまえ!!そこが決闘場だ!!」 出て行った彼を追うように周りの少年たちもその場を後にした。 前ページ次ページ紙袋の使い魔