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前ページ次ページサイヤの使い魔 「タバサどうしたの? まだ体調が優れないの? ねえ、大丈夫?」 トリステイン魔法学院、教室。 それまで黙々と本を読んでいたタバサが、突然本を持ったままの体制で机に突っ伏した。 親友の異常事態にいち早く気がついたキュルケが付き添い、心配そうな様子で声をかけている。 本で顔を隠したまま、震える手で教室への出入り口を指差すタバサ。 「…あいつが来た」 「どいつ?」 タバサの指す方を見ると、遠くからでもよくわかる薄桃色のプラチナブロンドと、その後ろから白い輪を頭上に携えた男が教室に入ってきたところだった。 他の生徒たちも悟空に気付き始め、あちこちから声があがる。 「おい、ゼロのルイズが来たぞ」 「あの天使も一緒だ…」 「ゼロの使い魔の天使が来たぞ…」 「おい、お前ら愛想よくしろよ!」 実際にその姿を見たものは無く、本や伝承でしか存在を知らないそれが今、彼らの眼前を悠々と闊歩していた。 ルイズも視線には気付いていたが、使い魔の正体を明かすつもりなど更々無かった。 本当は天使ではなくただの平民の幽霊(ルイズ主観)だなんてことがバレたら、また以前のようにプライドと劣等感の板ばさみで押し潰されそうになる毎日が戻ってきてしまう。 でもこの使い魔を従えているだけで、いつも自分を小馬鹿にしているあいつらが、今はある種の畏怖の目で自分たちを見ている。それだけでルイズは上機嫌だった。 食堂で見せた怒りも何処へやら。 「なあなあ、あれがバグベアーってやつか?」 「そうよ。見たことないの?」 「オラあんなもん見るの初めてだ」 「へえ」 好奇の視線に晒された悟空が、他の生徒が従える使い魔を見て感嘆の息を漏らす。 悟空の知っている動物もいれば、見たこともない一つ目の化け物なんてのもいる。 それらをひとつひとつ、ルイズの知識と照らし合わせていく。 「しっかし世の中には色んな動物がいるもんだなー。オラおったまげたぞ」 「ちょっとよろしくて?」 キュルケが割り込んできた。 「おめえ…キュルケだな」 「あら、あたしをご存知? …ああ、ルイズに聞いたのね」 彼を知るものがこの場にいれば、今の一言にかすかな敵意が含まれているのを察知しただろう。 キュルケとお世辞にも仲がいいとは言えないルイズ。そのルイズフィルターを通して彼女の事を知った悟空。 乙女心というものを知らない彼は、昨夜の一騒動がなければ、彼女をルイズの敵だと認識していたからだ。 気は悟空に比べれば微々たる物だが、悟空がそうであるように、平常時は単に抑えているだけかもしれない。 「オラに用か?」 「用ってほどでもないんだけど…授業の後、ちょっと顔貸してほしいのよね」 「ちょっと! わたしを無視して勝手に話を進めないでよ! これはわたしの使い魔なのよ!!」 「すぐに返すわよ」 「そういう問題じゃない! 第一わたしの使い魔なんだからまずわたしに話を通すのがスジってもんでしょう!?」 「あたしが『使い魔貸して』って言ったら、あんた貸してくれるの?」 「んなわけないでしょ!」 「ならどっちにしたって一緒じゃない」 「コホン」 いつからいたのか、教壇の上には恰幅のいい中年の女性が立っていた。 そそくさと席に戻るキュルケ。 「みなさん始めまして。今年度からみなさんを教えるミセス・シュヴルーズと申します」 授業が始まった。 あんたはあっち行ってなさい、と悟空を他の使い魔のところへ追いやるルイズ。 キュルケがルイズからは見えない角度で手招きしているので、とりあえずそっちへ行った。 「何だ?」 「あそこにいるタバサって子、覚えてる?」 自分の名前が呼ばれているのに耳ざとく気付いたタバサは、本の陰からそっとキュルケの方を盗み見、彼女があの幽霊と内緒話しているのを見て、人知れず気を失った。 「ああ」 「でね、」 「気絶してっぞ」 「え゛」 キュルケが慌ててタバサの方を振り向くと、気丈にもタバサは顔を青ざめさせながらも、机に立てた本を支えにして授業に復帰しているところだった。 しっかりと革装丁の本に食い込んでいる爪が痛々しい。 「…で、でね、あの子に一言謝ってきて欲しいの」 「オラが驚かせちまったからか」 「まあそんなとこ」 親友の名誉のためにも、幽霊が死ぬほど怖いから、という理由は伏せておく。 「わかった」 「よろしくね」 ウインクを送り、悟空を開放する。 教室の隅に去っていく悟空を見送りながら、キュルケは、死んでいる事に眼を瞑れば案外いい男じゃない、と考えた。 何よりも貴族であるこの自分に媚びたり、むせ返るような色気に翻弄されたりする様子が微塵も無い。 これはかなりの難関ね。仮にもヴァリエールの使い魔、横取りしない手は無いわ。 ふと視線を感じたのでそちらを見ると、恋敵を盗られたような顔をしてこちらを睨むルイズと目が合った (何よ) 視線で問いかける。 (わたしの使い魔に何吹き込んでたのよ) とでも言いたそうな目つきが返ってきた。 (あたしの勝手でしょ) (どうせまたわたしの悪口とか言ってたんでしょ、この色ボケ女) (そういう発想しか出てこないなんて、ヴァリエールの女は胸だけじゃなくて頭の中も貧相なのね) 「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー。授業中ですよ」 よそ見を咎められた。 流石に後半は身振り手振りが混じったので、気付かない方が不思議というものだ。 「元気が有り余っているのでしたら、二人とも前に出て今私が実演して見せた『錬金』の魔法をやってもらいましょう。ここにある石ころを、金属に変えてごらんなさい」 キュルケが血相を変えて抗議する。 「せ、先生、私はともかくルイズにそれをやらせるなんて無理です!無駄です!無謀です!ていうか危険です!」 「失敗を恐れていては何も始まりませんよ」 「いやそういう問題ではなくて」 「やります」 ルイズがとことこと前に出る。その視線はキュルケを捉えて離さない。 「わたしを焚きつけたこと、後悔させてやるわ」 「とっくにしてるわよ、『ゼロ』のルイズ」 ルイズが杖を振り上げたのを見て、キュルケも他の生徒に倣い、机の陰に隠れた。 生まれも育ちも山奥育ち、見知った野獣は数知れず。例え世界は違えども、ケモノの魂中身は同じ。 悟空は教室の隅で、さっそく目新しい使い魔たちと打ち解けていた。 言葉は通じないが、心は通じている。 そして使い魔の様子がおかしいのに気付き、悟空は教室が絶望と緊張感に包まれているのを感じた。 「何だ?」 次の瞬間、耳をつんざく爆音が轟いた。 ミセス・シュヴルーズが再起不能になったため、以後の授業は中止となった。 生徒たちは口々にルイズに対し罵詈雑言を浴びせながら教室を出て行く。 キュルケは「じゃあ後でお願いね」と悟空に言い残し、ルイズを鼻で笑って行った。 タバサは、ルイズが教壇に立った時点でさっさと授業をエスケープしていた。 現在ルイズと悟空はめちゃめちゃになった教室の後始末をしている。 (仙豆がありゃ、あのばっちゃんの怪我も治せるんだけどな~) 無いものをねだってもしょうがない。 ルイズは力なく机を拭いている。ボロボロの制服と相俟って、痛々しい。 その様子を「落ち込んでる」と思った悟空は、元気付けようとルイズに声をかけた。 「まあ気にすんなって。死ぬような怪我じゃなかったんだしよ」 「……何、言ってるのよ」 「魔法は失敗しちまったけどよ、修行して成功できるようにすりゃいいじゃねえか」 「…あんたにはわかんないのよ! 私が魔法を失敗することがどれだけ悔しいことか!!!」 思わず、ルイズは絶叫していた。 さっき、去り際に「ゼロのルイズ!」と罵倒していった生徒は少なくない。 何故自分が「ゼロのルイズ」よ呼ばれるのか、自分の記憶を探った悟空にはわかっているはずだ。 悟空が、自分が「ゼロ」である理由に触れないことで、彼なりに気を使ってるのだと嫌でも感じられた。 でも今は、尚のことそれが重荷に感じる。 ルイズは知らないが、勿論、当の悟空にそんなつもりは微塵も無い。 「まあ気にすんなって。修行すりゃそのうち身につくさ」 「やってるわよ、何度も何度も! 皆に馬鹿にされないように、一杯勉強して学年で1番の成績もとった!」 涙がこぼれる。 「でも魔法はいくらやっても爆発爆発爆発で、しまいには手の皮が裂けて骨が見えた事だってあったわ!!」 「……………」 「わかる!? わたしは落ちこぼれなの! いくら頑張ったって魔法が使えないメイジはただの落ちこぼれなのよ!!!!!」 エリートに生まれながらも、自身にとって最も重要な要素が欠落しているために感じる、耐え難いまでの焦燥感。 ルイズを苛んでいるのは、そんな自分自身への怒りにも似た絶望だった。 悟空は何故か、その姿に生涯最高のライバルの姿を重ね見ていた。 「わかるさ…。オラだって落ちこぼれだったんだ」 「え…?」 「でもよ…落ちこぼれだって必死に努力すりゃ、エリートを超えることがあるかもよ?」 それは悟空がかつて、その生涯最高のライバルに向けて放った言葉だった。 全宇宙一の強戦士族、サイヤ人。 産まれてすぐに戦士の素質を検査され、「下級戦士」と判断された結果、間引きによって地球へ送り込まれた悟空。 その実力は、仲間内で密かに『弱虫』と馬鹿にされていたラディッツにも劣るものだった。 だが、圧倒的な力の差にも、悟空は決して諦めることはなかった。 必死に努力し、修行を重ね、ついにはラディッツをも遥かに上回る力量を持つベジータですら圧倒するまでになった。 落ちこぼれがエリートを圧倒する。 ルイズの目の前にいるのは、正にそれを体現した存在だった。 「だからよ、これからも努力して魔法を使えるようになりゃいいじゃねえか。オラがおめえくらいの頃は、まだまだてんで弱かったぞ」 「…ふ、ふん! つ、使い魔が偉そうにご主人様に対して説教垂れるんじゃないわよ!」 ぐしぐしと涙を拭くルイズ。 「いや、オラそんなつもりで言ったんじゃねえんだけど…」 「だいたい、てんで弱かったって言っても、あんたがどのくらい強いのかわたし、知らないわよ」 「そういやそうだっけな。じゃあ、そのうち見せてやるよ」 「…どうだか……」 やがて、後片付けが終わった。 教室を出ると、悟空を待っていたキュルケに出くわす。 「はぁい」 「キュルケ!? 立ち聞きしてたの!?」 「何の話? 今来たところよ」 「な、何でもないわ…。で、何の用よ」 「さっき言ったでしょ。そちらの使い魔さんに用事があるの」 「駄目。どうしてもと言うなら用件を教えなさい、そしたら考えてあげてもいいわ」 「…タバサの件よ」 「あ…」 その一言で、ルイズも事情を呑み込んだ。 「彼に一言謝ってきて欲しかったの。どっちみち貴女にもこの事は教えるつもりだったんだけど、さっきはタバサもいたから……ね」 「……私も行くわ、それなら貸してあげる」 「交渉、成立ね」 図書館。 あれから扉の前で眠りこけていたコルベールは、重ねがけした「ロック」を解いて入ってきた司書から延々30分間に渡る小言を食らって頭皮に多大なストレスを与え、やや萎えた気合に活を入れ直してオールド・オスマンの元へ向かった。 コルベールと入れ違いにやってきたタバサは、書架から悪霊祓い関連の本をしこたま引っ張り出してきて、片っ端からそれを読み漁っていた。 親友も籠絡されてしまった今、あいつは自分ひとりで対処しなくてはいけない。 いずれ決着のときが来るだろう。 それまでに何とかして対処法を見つけなければ、この学院に安息の地は無い。 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。 ―ピシュン …今、聴くも忌まわしい音がしたのは幻聴だろうか、いやそうだと思いたい。 恐る恐る、タバサは音のした方を見た。 「オッス」 ゴクウ が あらわれた! タバサ は にげだした! しかし まわりこまれてしまった!! 前ページ次ページサイヤの使い魔
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前ページ次ページゼロの使い魔人 …時に西暦2004年12月24日深夜。 日本国東京都、新宿区私立天香學園高等學校…の地下深く。 「うおおぉぉぉぉっ!!」 一瞬前迄、自分の身体があった所へ一抱え程もある岩塊が落下し、砕け散る。 止む事無く聴覚を独占する、不気味な地鳴りと不快な振動音。 頭上より落ち続ける土くれと埃の量は増す一方。 そんな修羅場の直中を、振り返らず、足を止めず只駆け抜ける人影……。 何故、彼はそんな状況に陥ったのか……。 ――遥か昔。この地には、今は失われた文化と技術に支えられた文明が存在った。 それを神の力だのと思い上がった者達は、驕慢極まる振舞いの結果、自分自身すら制御の 出来ない存在を生み出し、処置に困った挙句、そいつを『臭い物には蓋を』の如く、地下深くに閉じ込め 『無かった事』にし、事態の収拾を謀り、それは上手くいったものと信じ込んだ。 …が、閉じ込められた方はそれで収まる訳も無く。千数百年に渡って憎悪と執念を抱き、 地上へと這い上がる日々を待ち、奥底にて密かに確実に蠢き続けていた。 刻に浸蝕され、かつては堅牢無比を誇った封印も衰え、至る所で綻び、歪みが生じつつあり、 仮に何も無かったとしても、遠からず封印は力尽きていただろうが、何よりもそれを助長したのは、 外部より訪れた一人の男だった。 巨大な墳墓といえる遺跡を探索し、そこに眠りし失われた叡智を探り、手にせんとする若き探求者。 人呼んで、トレジャーハンター…。 その一方で、彼はそこかしこに漂い、縛られていた過去の魂と念を払い、開放していった戦いの果てに。 遂に青年は、眠りより目醒めた遺跡の主であり、太古の荒ぶる神になぞらえた存在と対峙した。 一つ間違えばヒトの世の存亡にも関わる、語られる事無き熾烈な戦いは青年の勝利で終わり、 遺跡に封じられし存在は、積年の苦痛と妄念から開放されると共に、二度と醒める事無き眠りに付いた。 それと同時に、永い永い「役目」を終えた遺跡は崩壊を始め、青年は地上へ向けて懸命に脱出を計っていたのだった。 前方の地面に亀裂が走り、瞬く間にクレバスと化す。 勢いを落とさず跳躍し、一息に飛び越えて着地。走る。 壊れた扉を蹴破り、眼前に落ちる岩を避け、陥没を乗り越え、急激に盛り上がった地面に取り付き、身を押し上げる。 そんな、命賭けの障害物競走に最高の真剣さで挑み続ける彼の目に、地上へと繋がる 命綱が在る場所へ通じる扉が映ったその瞬間。 目と鼻の先に、鏡に似た光彩を放つモノリス状の物体が出現した。 (っ、な……!!) 衝突を避けようと、全力でブレーキを掛けるも間に合う距離でもなければ、咄嗟に左右へと跳び退く暇も無い。 彼の身体はその光の壁に触れた瞬間、見えざるロープに絡み捕られたかの様に、強引に引き摺り込まれた。 ――その光の壁の中は、まるで万華鏡の中の様だった。 ありとあらゆる色が入り交じり、瞬き、消えて、照らしつけて視界を蹂躙する一方、洗濯機に入れられた 衣類の様に、彼の身体を持ち上げ、落とし、回転させて、いいように意識と平衡感覚を翻弄する。 (な、何が、一体、どうなっ、ている、んだ………っ!!) そんな人間の三半規管の限界を試す、耐久力テストじみた光景と状況下にありながら、彼はそれ迄背負っていた背嚢とその 中身を放さぬ様に抱え込んでいたが、耳道へと流れ聴こえて来るモノが在った。 『――告げる! 我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール! 遍く宇宙のどこかにいる、我が従僕よ! 強く、美しく、そして生命力溢れる存在よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応え、その姿を顕し給え!!』 (く、う…! だ、誰だ、この、声は…!? お、れを、一体、何処、へ……!) 意識を繋ぎ止めるのも、限界に達した。視界が真っ白に漂白される間際、 彼自身が飛び込んだ鏡じみた物体が、再度眼前に現れるのを見取ったのだった……。 ――彼の背負いし宿星か、はたまた悪魔の悪戯か。二度に渡り、東京とヒトの世の安寧を護った青年は、 今また新たなる戦いへとその身を投じる。 ――その名は、ハルケギニア。 剣と魔法、人とヒトならざるモノ達が生きる、「極めて近く、限り無く遠い世界」へと。 ――ゼロの使い魔人、序章。 前ページ次ページゼロの使い魔人
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前ページ次ページ重攻の使い魔 第9話『勝利の代償』 背後で徐々に騒ぎが広まっているのを尻目に、一行は桟橋目指して走り続けていた。宿の主人には申し訳ない、本当に申し訳ないのだが、元はといえば酒場で襲ってきた暴漢共が悪いのだ。とにかくそういうことにしておいてでも、今自分達は逃げなければならない。もしも捕まったり、殺されでもしたら元の木阿弥だ。 ワルドを戦闘とした一行は、建物に挟まれた階段をなだれ込むようにして駆け上がる。余り幅広とは言えない削り出しの階段を上りながら、ルイズはもしやライデンは通ることが出来ないのではないかと後ろを振り向いたが、かろうじて通行できているようだった。 延々と走り続け、ワルドとライデンを除く一行は完全に息が上がっていた。足ががくがくと振るえ、壁を支えにどうにか階段を上りきる。階段を抜けた先は広い丘の上であり、そこには天を突くかのような巨木が悠然と聳え立っていた。広大な範囲へ四方八方にわたって広げられた枝には、まるで木の実のように幾つもの船が係留されている。 「追っ手の姿は見えるか?」 「はぁっ、はぁっ、いえっ、今の所、それらしい、影は、見えないわ……」 待ち伏せと奇襲を受けた以上、敵は組織的に行動している可能性が高い。今は先刻の混乱で追撃がないだけかもしれないのだ。一刻たりとて気を緩めることはできない。 もう数百年も以前に枯れてしまった大樹をくりぬいて造られた内部は、遥か上方まで完全な吹き抜けとなっている。ワルドは目当ての階段を見つけると、急かすように手振りをする。とはいえ先程から足の筋肉を酷使しているルイズたちにすればもう走れない所まできていたが、そこではたとフライを使えばいいことに気がついた。焦るあまり基本的なことを失念していたのだ。そのフライが使えないルイズはライデンに抱えてもらおうとしたその時、ワルドが叫んだ。 「まずい、上だ!」 ルイズ達が声に釣られて、はっと見上げると20メイルほど上空に白い仮面を被った男が浮遊し、あろうことか詠唱に入っているのが見て取れた。男が黒塗りの杖を頭上に振り上げると、周囲の空気が急速に冷却されていく。仮面の男がどのような魔法を使おうとしているのか気付いたワルドは全員に警告する。 「全員逃げろ! 奴が使おうとしているのは……!」 「『ライトニング・クラウド』!」 ライデンが魔法の棍棒を仮面の男へ向け、迎撃しようとしたが、半瞬の差で間に合わなかった。何かを鞭で打ち付けるような鋭い音が聞こえたかと思うと、男の周囲から敵を噛み殺さんとばかりに稲妻の竜が伸びる。さしものライデンとしても光速の攻撃を回避することはできず、赤い鎧を纏った巨体は超高圧の電流に蹂躙される。 直撃を受けたライデンは全身を帯電させながら、地面へと膝を突いた。神の使途の如く、強大な力を振るっていた巨人が初めて敵の攻撃に屈した瞬間であった。 「ライデンっ!」 ルイズが思わず駆け寄るが、鋼の巨人はクリスタルをせわしなく点滅させ、一向に動き出す気配がなかった。そんな馬鹿な、この強力な使い魔が打ち倒されるなどと。この困難な任務において最後の頼みの綱であったライデンを失い、主人であるルイズもその場に崩れる。 「くっ、すばしっこいわねぇ!」 「敵はスクウェア・メイジ。私たちでは勝てないかもしれない」 キュルケやタバサ、ワルドらが魔法で応戦するが、攻撃が敵の体を捉えることはない。ひらりひらりと、寸での所で回避し続ける男は時折空気の塊を打ち据えてくる。ワルキューレを盾にすることで、どうにか凌いでいたが、一発が盾をすり抜けワルドたちに直撃した。 敵の攻撃で一瞬足並みが乱れた隙を、白仮面は目ざとく認識すると、ライデンの傍で呆然としているルイズの背後に降り立つ。 「ルイズっ!」 「……え? っきゃああぁぁぁっ!!」 抵抗する間もなくルイズは抱え上げられ、男は空中へと上昇する。 「おのれぇっ! 『エア・ハンマー』!」 ワルドは高速で詠唱を行い、三連続で圧縮された空気弾を男目掛けて放つ。ルイズを抱えたことで若干動きが鈍った男は、ワルドの渾身の攻撃を完全に回避しきることができなかった。空気塊の一つに足を取られ、体勢を崩すと思わずルイズを手放してしまう。拘束から開放されたものの、空中に投げ出されたルイズは地面へ向けて真っ逆さまに落下していく。 「ワルキューレ、ルイズを受け止めろ!」 薔薇を振りかぶり、一体のワルキューレに命令を出すと、ワルキューレは装備していた武装を放棄し、落下してくるルイズの元へ一目散に駆け寄る。跳躍しながら衝撃を吸収するようにルイズを受け止めると、即座にその場から退却する。 体勢が崩れたことで、今度は逆に隙を作ってしまった男はキュルケとタバサによる集中攻撃を受け、地面へ墜落することとなった。一瞬倒れ伏すものの、即座に起き上がり再び攻撃に移ろうとした所で、残り二体のワルキューレが突進してくる。練成する数を減らしたことで、個体の膂力・防御力・速度が飛躍的に向上したワルキューレは、とどめを刺すことこそできなかったが、連携攻撃により男を転倒させることに成功した。それでもなお立ち上がろうと身を起こした男の目に映ったのは、先程から詠唱を続けていたワルドの姿だった。周囲の気温が急激に下がっていく。そしてワルドは一切の躊躇いなしに己が使用できる最大級の魔法を放つ。 「『ライトニング・クラウド』!!」 先程仮面の男がライデンに膝をつかせた風系統最強の魔法は、相手のそれよりも更に太い雷撃であった。男が身動きするにも間に合うはずがなく、胴体の中心を打ち抜かれる。身を起こしかけていた男は全身を焦がしながら再度、地面に倒れ伏すこととなった。 「はぁっ、はぁっ、倒したか……?」 しばらく警戒していたが、男が再び動き出す気配は見られなかった。どうにか突然の襲撃者を倒すことができたが、こちらも相当に消耗してしまった。これから先、またも不測の事態が発生しないとも限らない。ここでの消耗は一行にとって痛手となった。しかも最大の攻撃担当であったライデンが機能不全に陥り、任務の成功率はがた落ちしたといっても過言ではなかった。 「まさか敵がスクウェア・メイジを投入してくるとはな……。間違いなく反乱軍の一員だろう」 ルイズは先程と同じように、やはりライデンの傍に座り込んでいた。表情からは感情が抜け落ち、完全に放心している。そんなルイズにワルドは苦々しい口調で話しかける。 「おそらく、昨日今日の戦いをどこかで眺めていたんだろうな。奴は真っ先に最大の脅威となる君の使い魔を潰しに来た。あの魔法で先手を打たれた時点で結果は決まっていたんだ。『ライトニング・クラウド』に耐えられる者などいはしない。残念だが、君の使い魔は……」 「……っ! 子爵、奴が!」 同じように苦しげな表情をしていたギーシュは、黒焦げとなって転がっている男の異変に気がついた。その場にいた全員が一斉に振り向くと、男は驚いたことによろめきながらも立ち上がっていたのだ。懐から小さな手の平に収まる程度の球を取り出すと、こちらに向けて放り投げる。ワルドたちがまずいと考えた瞬間、球は盛大に煙を吐き出し、周囲の視界は全く効かなくなる。敵の攻撃が来るかと身構えていたが、結局煙が晴れるまで何も起きなかった。そしていつの間にか、男は姿を消していたのである。 「馬鹿な……。奴は本当に人間なのか……?」 『カッタートルネード』とならんで風系統魔法の最高位に位置する『ライトニング・クラウド』の直撃を受けて尚も生きていられる人間が存在するなど信じがたい光景であった。あれだけ常識離れした能力を持っていたライデンですら一撃の下に倒してしまう魔法なのだ。姿を消した男が人間であるとは思えない。一同はまるで神か悪魔を見たような表情となる。 しかし、そんな中ルイズだけは相変わらず呆然自失となっていた。ワルドが見やると、左手の薬指にはめられた『水のルビー』を動かなくなったライデンに押し付けている。 「どうして、どうして直せないのよ……。これで直せなかったら、どうすればいいのよっ……」 必死でライデン修復を試みる婚約者の姿に、ワルドは悲しげな表情となる。一瞬躊躇ったあと、言いにくそうに話しかけた。 「……ルイズ、君はどうしたい? おそらく君の使い魔が元に戻ることはない、と思う。それに僕達はここに留まっているわけにはいかないんだ。動かない以上足手纏いにしかならない。残念だが置いていく他ないと思うが……」 「いや……いやよ……。ライデンはわたしの使い魔なんだもん……。初めての使い魔なんだもん……。置いていくなんてやだっ……、うっ、ううぅ……」 遂に泣き出してしまったルイズに、一同は掛ける言葉がなかった。 たとえ感情を持たない人形であっても、異質な力が少し怖くても、それでもライデンは自分にとって家族以外の初めての味方だった。自分が危ない時には真っ先に身を盾にして庇ってくれたのだ。確かにライデンに頼らないメイジになるとも決心したが、いなくなっても構わないということではない。徐々に点滅の感覚が長くなり、最後には完全に光を失ってしまったライデンの前で、ルイズは泣き崩れた。 その時、それまで黙っていたタバサが口を開いた。 「あなたがその使い魔を置いていきたくないと言うのなら、シルフィードに運ばせればいい」 青髪の少女はそう言うと、甲高く指笛を吹いた。すると吹き抜けになった上層部から主人と同じように青い鱗を持った竜が降下してきた。その口元には、どこに行ったか分からなくなっていた巨大モグラが咥えられていた。苦しげな鳴き声を上げ、じたばたと手足を動かしている。己の使い魔の無事を知ってギーシュは思わず抱きついた。 「ああっ、無事だったんだねヴェルダンデ! どこにいってしまったのかと心配していたんだよ!」 感激してヴェルダンデに頬ずりしているギーシュは放っておき、キュルケが流石に労わるように声を掛ける。 「ほら、ルイズ。タバサもこう言ってるし、ね。大丈夫よ、きっとライデンを直す方法が見付かるわ」 実際にはそんな保障はなかった。気休めだとしても、そう言う他になかったのだ。ワルドとキュルケ、タバサの三人でレビテーションを使い、どうにかライデンをシルフィードの背に載せると、一行は急いで船が係留してある桟橋へと向かう。未だ力の抜けているルイズはワルキューレに抱えられていた。 階段を駆け上った先の桟橋として機能している巨大な枝を走り抜けると、そこに停泊していた船へと飛び込む。突然集団で乗り込んできた闖入者に、それまで甲板で寝こけていた船員が飛び起きる。船員はワルドたちの格好を見て、顔から血の気を引かせた。 「君、船長を呼んでもらおうか」 「へへへへいっ! 船長、せんちょおー!」 船員は泡を食ったような勢いで船長室へと飛んでいった。しばらく待っていると、つばの広い帽子を被った初老の男性を連れて戻ってきた。船長らしい男性は、ワルドの格好を頭からつま先まで一通り眺めると、一応の敬意を払いながらも胡散臭そうな表情をした。 「して、なんの御用ですかな?」 「女王陛下直属のグリフォン隊隊長のジャン・ジャック・ワルド子爵だ。この船はアルビオンへの定期船なのだろう? 今すぐに出航してもらいたい。これは姫殿下直々の勅命だ。君達に拒否権は与えられていないことを伝えておこう」 突然無理難題を押し付けられた船長は、勅命だと言われたのも関わらず反論してしまう。 「ちょ、ちょっと、無茶を言わんで下さい! 今この船にはアルビオンへの最短距離分の風石しか積んでおらんのですよ! 風石の予約は一杯で、今から新たに風石を確保するなんて無理です!」 「もちろん、こちらとしてもそのことは認識している。僕は風のスクウェアだ。足りない風石の分は僕が補おう。料金は言い値を払う」 「はぁ……、まあそれなら」 その後、ワルドから積荷である硫黄の分も上乗せして料金を支払うとの言質を取り、思わぬ商談の成立に気分を良くした船長は、何事かと甲板に上がってきていた船員達へ矢継早に命令を出していく。気分よく眠っていたところを叩き起こされた船員達は、ぶつぶつと文句を零してはいたものの、船長の命令に逆らうこともなく、桟橋に括りつけられている舫い綱を解き放ち、横静索によじ登り帆を張った。 繋留が解かれた船は一瞬空中に沈んだかと思いきや、風石の力を如何なく発揮してアルビオンへ向けて出航した。到着予定は明日の昼過ぎであることを聞くと、ワルドは糸の切れた人形のように壁を背にして座り込んでいるルイズへ足を向ける。その傍には主人と同じように赤いゴーレムが力無く足を放り出して座らされていた。 「ルイズ……、任務の話なのだが……」 ワルドの言葉にもルイズは完全に無反応であった。仕方無しに三人固まって難しい顔をしていたギーシュを呼んで、今後の方策を練ることとする。あまり頼れる人物ではないが、出身がゲルマニアとガリアのキュルケとタバサに秘密任務を話す訳にはいかない。手招きに気付いたギーシュが小走りに近付いてくる。 「どうしました、子爵?」 「船長から聞いた話だが、ニューカッスル付近に陣を敷いた王軍は攻囲されて苦戦しているらしい」 「……ウェールズ皇太子は無事なのですか?」 「わからんよ。まだ存命ではいるらしいが……」 二人は同じように苦い表情となる。思っていた以上に戦局は厳しいものだった。本陣付近まで攻め込まれているとなると、最早一週間ともつまい。更に手紙の回収を行うには分厚い敵陣を突っ切る以外に手段はない。この任務にタバサの風竜を使うわけにはいかないのだ。非常に困難な局面となることが予想された。 「反乱軍としても一応は無関係のトリステイン貴族に公然と手出しする訳にはいくまい。ただ、間違いなく検問を設けているだろうな。そこは隙をついて突破する以外に手段はない」 ワルドの言葉にギーシュは緊張した表情を作る。トリステインの今後の命運を分けるこの任務、最大戦力であったライデンを失ってしまったのは余りにも痛かった。 様々な人間の意志が交錯する中、船はアルビオンへ向けて一直線に飛行する。 「空賊だ!」 夜が明け、下半分が真っ白な雲に覆われたアルビオンを視界に入れたところで、甲板に船員の切羽詰った叫び声が響く。緊急事態を表す鐘ががらんがらんと打ち鳴らされ、それまで眠っていた船長と船員達が慌てて飛び出してくる。 ワルドたちの乗る船の右舷上方に位置取る船は、所属する国家の端を掲げておらず、甲板から身を乗り出してこちらを眺める男達の格好は、どう見ても空賊以外にありえなかった。 「今すぐ逃げろ! 取り舵いっぱぁぁいっ!!」 船長は船を空賊船から遠ざけようと命令を下すが、時既に遅し。高度を落として並走し始めていた空賊船は定期船の進路を遮るかのように大砲を放った。 その後、マストに旗流信号を示す四色の旗が掲げられる。停船しなければ攻撃を行う。敵船の意思表示を受け、船長は一瞬悩む。今この船にはグリフォン隊の隊長と、数人のメイジが乗船している。助けを期待するかのような視線をワルドへ向けるが、ワルドはどうしようもないといった身振りをすると、溜息を付きながら告げた。 「魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだ。それに彼女達も相当魔力を消耗していてね。あの船に従うしかない」 これで破産だと頭を抱えて呟くと、観念したのか船長は停船命令を出す。 空賊船は完全に定期船へと横付けすると、鉤付のロープを渡して次々とこちらへ乗り込んできた。日焼けして粗野な雰囲気を隠そうともしない男達が拡声器を片手に命令する。 「てめぇら、抵抗すんじゃねぇぞ! もしも逆らってみろ、すぐさま首を切り飛ばしてやる!」 弓やフリントロック銃で武装した空賊は手馴れた様子で抵抗する船員を拘束していく。ギーシュやキュルケが思わず魔法を使おうとした時、目の前にすっと手を出されワルドに制止された。 「やめたまえ。いくら平民といえど、あれだけの数を相手に消耗した状態で戦うのは無謀だ。大砲がこちらを狙っていることも忘れてはいけない。……今はとにかく機を待つんだ」 突然ずかずかと歩き回り始めた空族たちに、甲板で大人しくしていたグリフォンやヴェルダンデら使い魔が喚き始めた。空賊の一人が仲間の一人に身振りをすると、その男は杖を取り出し短く呪文を唱える。すると使い魔たちの頭上に小ぶりな雲が現れ、次の瞬間には纏めて寝息を立て始めてしまった。 「眠りの雲……、メイジまでいるのか」 抵抗する人間がいなくなったところで、空賊の頭と思わしき男が乗り込んでくる。汗とグリース油で真っ黒に汚れたシャツの胸をはだけ、そこから覗いた胸板は逞しく、赤銅色に日焼けしていた。ぼさぼさに乱れた長髪は赤い布で適当に纏められ、口元は無精髭に覆われている。丁寧に左目は眼帯が巻かれ、まるで作り話に出てくるような男は乗り込むやいなや、船長を出すように命令する。 「ほう、てめぇが船長か。船の名前と積荷を答えろ。嘘をついたらいいことねぇぜ」 曲刀で頬をなぜられ、震える足を押さえながら何とか立っている船長は正直に白状する。積荷が硫黄であるということを聞くと、空族たちは割れんばかりの歓声を上げる。男は船長の帽子を取り上げると、躊躇いなく自分の頭に被せた。 「マリー・ガラント号、いい船だ。全部丸ごと俺達が買ってやる。料金はてめぇらの命だがな。異論はねぇだろう?」 がくりと船長が崩れ落ちるのを確認した所で、空賊の頭は座らせられている真紅のゴーレムに気付いた。値踏みするかのように下卑た笑を顔に貼り付けると、悠然とした足取りで近付いていく。 「ほほぅ。こいつは随分と変わったゴーレムだな。どこぞの悪趣味な貴族に売りつけたら結構な値段が付くかも知れねぇ」 そう言ってライデンに触ろうとした時、隣で座り込んでいたルイズが猛然と立ち上がった。 「わたしの使い魔に触るんじゃないわよっ! あんたらなんかね、ライデンが無事だったら、無事だったらっ……!」 頭は一瞬驚いたものの、少なくとも美少女といって差し支えないルイズの顔を見ると上機嫌になった。敵意を込めた視線を向けるルイズの顎を取ると、舌なめずりをした。 「へぇ、随分と別嬪な小娘だな……。お前、俺の嫁にしてやるぜ」 「触るなっ!」 鋭く頭の手を払うと、銃を向けられるのも構わずに血走った目で睨み付ける。 頭は面白そうに笑おうとして、はっとした表情になった。その視線はルイズの左薬指にはめられた指輪に集中している。しばらく考え込み、ふんと鼻を鳴らすと部下へ命令を下す。 「硫黄に加えて貴族様ときたか。おい! てめぇらこいつらも運び込め。あとでたんまりと身代金をふんだくれるぜ! それとそこのデカい人形も忘れるなよ!」 ライデンがメイジの手で空賊船に運び込まれるのを見て、またしてもルイズは抵抗する。空賊に拘束され、身動きが取れなくなっても、ルイズは喚き続けた。 一足先に船長室へと引き上げた頭の顔は、とても空賊とは思えない程に引き締まっていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔
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前ページウサギの使い魔 「……え?」 ルイズがサモン・サーヴァントの呪文を唱えた後に現れたのは、ターバンを巻いた金髪の少年だった。 「ルイズが平民を召喚したぞ!」 「いやいや、さすがはゼロのルイズ。まさか平民を召喚するとはな」 「ちょっと失敗しただけよ!」 「失敗っていつもの事じゃないか」 とまあ、召喚された当人はそっちのけで話が進む中、その当人は少し困惑していた。 「おいおい、いったいどこの田舎に上がっちまったんだ? 約束の時間に間に合わないぜ」 そう、この少年は友人達との待ち合わせの場所に行く途中だった。 本来なら、いや“いつも”なら街中に現れるはずだったのだが、それがよくわからない城の様な建物の前に現れてしまった為に、その“移動”に失敗したのだと思ってしまった。 と言っても、彼はこういう事態には割りと慣れている。 すぐさま周囲を確認し、現在位置の確認をしようとした。 「はぁ~、俺もまだまだ未熟……え…………ええええぇぇぇぇぇ!?」 その少年が空を見た瞬間、突然叫び声を上げた。 その声に周囲の人々もまたその声に驚き、ビクっと体を震わせて彼の方を見た。 「ビ、ビックリするじゃないの! いきなり変な大声出さないでよ!」 「おい……嘘だろ?」 ルイズの声も今の彼には届いていない。 彼が驚いている理由は二つ。 一つは、そこにあるはずの物がなく、ないはずの物があった事。 もう一つは、そこにあるものがありえない状態になっている事。 「どうして月があそこにあんだよ……しかも……二つも!」 まず一つ、彼がいた場所から見えるのは月ではなく地球のはずだった。 彼のいた場所こそが月であるはずなのだ。 そしてもう一つ、月は二つも存在しない。 ここが地球だとするのなら、見える月の数は一つしかないはずだ。 だがしかし、確かに空には二つの月が浮かんでいる。 「じゃあ、ここはどこなんだよ……」 と、本人が悩んでいる間に、ルイズの方もまた悩んでいた。 「ミスタ・コルベール、召喚のやり直しをさせてください! こんな変な奴が使い魔だなんて絶対に嫌です!」 「ミス・ヴァリエール、我侭を言ってはいけません。サモン・サーヴァントのやり直しが出来ない事はあなたも知っているでしょう」 そう言われてルイズは口をへの字に曲げて「むぅ~」っと唸った。 一度召喚した使い魔は死なない限り新しい使い魔を召喚することは出来ない。 それは授業で散々言われた事だ。 不愉快な顔をしながらも納得したルイズは彼の前に立った。 「ねえ、あんた名前は」 「あぁ?」 彼がルイズの方に振り向いた。 (!か……かわいい……) 「いやあ、ごめんごめん。驚かせちゃったかな。つい取り乱しちゃってね」 と、急にさっきまでとは打って変わってキザったらしい口調に変わった。 この少年、可愛い女の子には目がないのである。 「ああ、もういいわ。とりあえず契約だけすませるからちょっとしゃがみなさい」 「契約?」 頭に?をつけたまま、その少年は顔を彼女と同じ位置まで下げた。 「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」 呪文を唱えたのち、その少年はいきなり唇を奪われた。 (……え?) 少年の顔が一気に赤くなる。 そのキスに耐えれなかったのか、少年はルイズを突き放した。 「いいいいいいいやいやちょっと! こういうのはまず友達からはじめ……うっ!?」 突然、少年が左手を抑えて蹲った。 「な……なんだこれ……ぐっ!!」 「大げさよ。すぐ終わるわ」 ルイズの言った通り彼の左手に走った痛みはすぐに引いた。 が、その後には焼印で押し付けられたような文字が手の甲に残っていた。 「なっなんだこれ!? クソっ! こすっても取れねえぞ!」 「当たり前じゃない、使い魔のルーンがそんなんで取れるわけないでしょ」 「つ……つかいま?」 「そうよ、あなたは私の使い魔になるために呼ばれたの。つまり私に一生仕えるのよ」 「はぁぁぁぁぁ~~~~~~!!??」 少年の顔が怒りに歪み、口調も乱暴なものに戻る。 「ふざけんな! とっとと元いた所に戻しやがれ!!」 「それが出来るならとっくにやってるわよ!」 「んな勝手な事があるか!」 「私だって出来る事ならあんたみたいなのを使い魔なんかにしたくなかったわよ!」 「んだとぉ~!」 「何よ!」 売り言葉に買い言葉を何度か繰り返していくうちに取っ組み合いに発展していき、もはやただの子供の喧嘩になってしまった。 「おいおい、自分の使い魔と喧嘩するなよ」 「はは、使い魔とのコミュニケーションもまともに取れないのかよ」 「所詮ゼロはゼロだな」 周囲の野次を気にする事なく、二人の喧嘩はさらにエスカレートしていき、お互い涙目になりながら頬を抓ったり引っ張ったりしている。 「ひいはへんにひうほほをひひなはいよ!(いい加減言う事を聞きなさいよ!) 「ひいははほえをほほのはひょにほほへ!!(いいから俺を元の場所に戻せ!!) と、その喧嘩の最中にルイズが彼のターバンを掴んで、そのまま引っ張って外してしまった。 その刹那、周りの野次がピタリと止んだ。 「……あ」 「あ」 「あ」 「あ」 「あ」 「あ」 「あ」 「「「「「「「「「「「あああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」」」」 周囲の生徒達、およびコルベールはそのターバンが外された頭を見て仰天した。 「うわ、しまった!」 ターバンを取られた少年が頭を押さえた。 最も、手で押さえただけで完全に隠せるほど“ソレ”は小さくはないのだが。 「あ……あんた亜人だったの!?」 「へ?」 亜人とは、ハルケギニアの世界において人に似た人間以外の種族の者達の事を言う。 彼の場合、この世界ではまさにその部類に入るであろう。 なにせ、そのターバンに隠されていた頭部には両の耳とは別の『ウサギの耳』があったのだから。 「亜人って何だ?」 「あんたみたいなのの事よ。う~ん、ウサギ耳の亜人だからウサギ人間かしら?」 「ウサギ人間って言うな!」 と、少年は叫んでその呼び名を否定した。 「何よ、ウサギの耳だからウサギ人間でいいじゃない」 その言葉を聞いたとき、その時少年は奇妙な違和感を覚えた。 (コイツ、ウサギ人間って呼び方自分で思いついたのか?) 彼の様な者をウサギ人間と呼ぶ人々は彼のいた世界にも存在した。 むしろ彼が行くはずだった場所ではそちらの呼び方でしか呼ばれないのだが。 が、少なくともウサギ人間を亜人などと呼ぶ人間は一人もいないはずだ。 (ってことはウサギ人間って呼び方の事も俺達の事も本当に知らないのか? どうにもコイツはややっこそうだぜ) そう結論付けると、少年は「はぁ」と一呼吸置いて、そしてぶっきら棒に言い放った。 「いいか? 俺は耳長族のラビってんだ。よ~く覚えとけ」 ラビルーナでの長い生活は、彼に耳長族としての自覚をしっかりと植え付けた様だ。 前ページウサギの使い魔
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朝起きて、まず一番にすべきことがある。 顔を洗う? 伸びをする? あくびをかみ殺す? 水差しの水を飲む? 用足し? 違う違う。 髪を梳く? 頬をはたく? ランニング? 意地汚くまどろむ? そうじゃないんだよね。 着替える? それはちょっと近いかも。でも正確には違うかな。 正解はまっさらなパンツを穿くこと。 睡眠という束の間の快楽を髄の髄までむさぼるために、わたしは就寝時パンツ穿かない派を通している。標榜はしていない。こっそりと続けている。 本来ならば、パンツを穿かないという行為は、メイジが杖を持たず戦場へ出るに等しい。 手荷物が一つ減るわずかなメリットに対し、自分の命を実質捨てているという高すぎるリスクを伴うんだけど、寝る時ばっかりは別。 どんな格好で寝てたって文句言われる筋合いは無いし、同衾するような相手がいたとしても、パンツが無くて恥ずかしいなんてことにはならない。 すでに臥所を共にしている時点で見るべきものは全部見られてるだろうしねえへへへへへ。 パンツという最強の防具かつ人間が持つ業の結晶ともいえる拘束具から解放されることにより、わたしはどこまでも深く深く潜っていく。 現実では本来の自分を見せることができないわたしに唯一許された箱庭――夢――の中、わたしは楽しむ。 時に○○○○○を×××××し、ほほほ、また時には□□□□□が△△△△で、むふっ、わたしとしては☆★☆★☆★☆★☆★……うっひっひっひ。 そう、夢は楽しい。寝る前につらつらと妄想に浸ることはもっと楽しい。だからといって現実を疎かにしていい理由にはならないけどね。 朝、目が覚めればパンツを穿く。その行為こそが現実への帰還、戻ってくる意思をあらわす。 パンツ一枚隔てた先にはファンタジーがある。それでもわたしは現実へ帰る。強く雄雄しく生きるために。 夢の世界を後にし、わたしは現実で戦う。走っても、風が吹いても、脚を上げても、見苦しいものが見える心配は無い。 あ、パンツ自体が見苦しいとかそういうことはないからね。わたしに似合う可愛らしさと金糸一本一本に丁寧な仕上げがなされた装飾性、家常茶飯邪魔にならない機能性、これらパンツに要求される全てを備えたクィーンオブパンツ。 キュルケ辺りに言わせればお子様パンツと言われるかもしれないけど、わたしに似合うという点で考えればやはりこれに落ち着くと思う。ちょっと悔しいけど、パンツの名誉のためにもわたしはそう思うんだったら。 しっかりと洗濯され染みの一つもないそのパンツを……別に洗濯しなくたって染みはないけど、穿く。 見事にジャストフィット。わたしのためだけに作られた芸術品ともいえるオーダー品を見て、パンツなんてただの布と言える人間がいるかしら。いるわけがないわよね。美しい物は美しい者にこそ相応しいってこと。 自分の容姿を鏡で確認し、自信をつける。明晰な頭脳を抜きにすれば、数少ないわたしの自慢できるものだもんね。これなら現実とだって戦える。 ちょっとポーズをつける。親指を噛んでみたり。四つんばいになって後ろを振り向く。両の腕で挟むようにして無い胸を強調。 「……何やってんのルイチュ」 鏡の向こうにわたしを見つめる一組二つの眼があった。振り向けばそこには一人の女。 「……誰?」 「誰ってねェ。昨日の今日でもう忘れたっての。あんたの使い魔だってば」 「あ、グェスか。……あんた今の見てたの?」 「大丈夫大丈夫、ご主人様の恥になるようなことは誰にも言わないって」 恥になるってことは理解してるのね。へえ。ふーん。ほお。くそっ。 昨日寝た時はサイズが合わないにもほどがある寝巻きを着ていたはずだ。そりゃグェスは細身だし、ネグリジェはゆったりした作りになってるけど、いくらなんでもわたしのは無理がある。 それでも本人は満足だったようで、サイズはギッチギチで膝小僧が隠れなくてもぐっすり寝ていた。 でも今は昨日もらった古着を着ている。ってことは……わたしはいつから見られてたんだろう。 問題ないよね? わたしの頭の中まで読まれたわけじゃないもんね? ね? 「ねえ、なんかアクセサリー的なモンない? できたらヘアバンド。この服じゃちょっとアレでさー」 昨日と同様に、グェスは許可も無く引き出しやクローゼットを漁っている。 この女は本当にもう余計なことばっかりで。こいつのせいで寝る前のおっぱい体操もできなかったし。背中と同じ胸になったらどう責任とってくれるのよ。 「あのねグェス。他人の部屋を勝手に探し回るってどういうことかしら?」 「気にしないでいいよ。昨日言ってたじゃん、使い魔とご主人様は一心同体って」 ああ言えばこう言う。たしかに言ったけど。何か釈然としない。ま、別に見つかって困るようなものはないからいいけどね。 男子達が楽しそうに語る失敗談でもっとも多く見られるものが「隠していた破廉恥な本を親ないしそれに近い誰かに見つかってしまった」というもの。 だけどそれは自業自得。何のために、首の上にご大層な頭が乗っかっていると思っているんだか。 わたしは違う。性的なものに興味を持ちながら、人に倍する、三倍、四倍、十倍もの煩悩を持ちながら、そのようなものを隠したりはしない。 絵を見れば、脳裏に焼き付けた後で燃やす。本を読めば、一語残らず暗記してから燃やす。一流の犯罪者は証拠を残す愚を犯さない。頭脳という書庫があれば、いつでも引き出すことができるもの。 バタフライ伯爵夫人の優雅な一日八十五頁では何が行われていたかと問われれば、主人公が夫の股間に顔を埋めながら昼間見た騎士のことを思っている場面だと即答できる。 メイドの午後二百二十七頁では何が行われていたかと問われれば、主人のお仕置きと称する陵辱が最高潮に達し、ついにメイドの……。 「ねえルイチュ、これ何?」 チェストの奥から取り出されたそれは、 「首輪よ。見て分からない?」 朝の支度をしながらわたしは答えた。グェスは親指と人差し指でつまみ上げ、胡乱なものを見る目で首輪を眺めている。失礼な。 「何で首輪なんてあるのさ。ひょっとして」 「勘違いしないでよね。使い魔を召喚したらつけてみようかなって思ってただけ」 これは本当。何か惹かれるものがあったのよね、使い魔に首輪って。 「ねえグェス。あんたアクセサリー探してたんでしょ。それ、どう?」 「それ……って首輪ァ?」 「ペット扱いするとかそういうのじゃないの。単なる装飾品としてどうかってこと」 けっこう値段のはる品物だったのよね。革は綺麗になめされてるし、艶を殺した金属部分も格好いい。箪笥の肥しじゃもったいない。 「首輪ねえ」 鏡の前で色々と試しているみたい。付属のチェーンをじゃらつかせたり、首輪をゆるゆるにしてつけてみたり。 けっこう似合うように思えるけど、グェスはご不満なようだ。 全身から立ち昇る、隠しきれないアウトローっぽさが強調されていいと思うんだけどな。 「これってさ。あたしよりもルイチュに似合うんじゃないかな」 「はあ?」 何を言ってるのこいつは。 「わたしに似合うわけがないでしょ。そんなものをつけてる貴族なんて一人もいないわ」 「違う違う、そのギャップがいいんじゃない。清楚で可憐な貴族の美少女にゴツイ首輪って組み合わせがさ」 うっ。そ、それは……イイ……かも。 「でもでも、お品が無いわよ」 「首輪なんてかわいいもんじゃない。あたしの頃は顔面にタトゥ入れたりインプラント埋めたりなんてのが当たり前。学生なんだからそれくらいやらなきゃ」 「そんな話聞いたことない」 グェスはわたしの肩に手を回し、耳元で囁いた。 「ちょっとでいいからさ。試しにつけてみようよ。似合わなかったらやめればいいじゃん。ね」 「でも」 「ルイチュが首輪してるとこ見たいなー。かわいいだろうなー。キレイだろうなー」 「……ちょっとね。ちょっとだけだからね」 強引に押し切られたふうを装いながら、わたしはちょっとだけ期待していた。 期待と言い表せるほどはっきりしたものではなくて、露天で買った安っぽい宝石を指につける時みたいな、そんな感じ。 えっと、ここをこうして、こう、かな。 きっちり締めると鉄の感触が気持ち悪いし、圧迫感がある。かといって、緩く留めたらだらしなく見えそう。 でも首輪にだらしないも何も無いか。鎖骨にかかるかかからないかくらいに垂らしてみた。ふむ。 鏡の前でくるっと一周。ちょっと不敵な表情で決め。ふむふむ。 「か……カッワイイイイイイイイイ! とってもとっても! 予想以上にいいじゃないルイチュ!」 「そ、そう?」 「すごいわこの倒錯感! 小宇宙的な背徳性! 食べちゃいたいくらい! まさに一枚絵って感じ! ドジスン先生が涙流すわ! ネズミの着ぐるみ必要なし! アニメ化決定! お人形にして遊びたいィィィッ!」 鳴り止まない拍手とよく分からない褒め言葉で讃えられて、正直ちょっといい気分。 わたしの目から見ても似合っているように見えた。 ブラウスの襟やマントで隠れるんじゃないかと思ってたけど、そんなものじゃ隠せない暴力的な存在感がある。 でもそれがきちんと全体に溶け込んでいるのよね。わたしという素材のおかげってとこかしら。ふふん。 「さて、それじゃ朝ごはんね。お腹ぺこちゃん。行きましょルイチュ」 「えっ、こ、このまま行くの」 「ごはんの前に何かすることでもあるの?」 「そりゃ……その……あの」 左見右見、戸惑うわたしに脱ぎ散らかされた衣類が目に入る。 「そうだ、洗濯はあんたがやってね」 「……ねえルイチュ」 グェスの声が優しさを帯びた。この声、昨晩も聞いたような……。 「今まではあなたが洗濯物をしていたのよね」 「ええ」 「他の連中は使い魔にやらせているの?」 「してないけど……でも、でも、わたしは人間召喚したんだからそれくらいいいじゃない。下僕がいればそれくらいさせたっていいの。着替えの手伝いさせなかっただけ感謝してほしいくらいよ」 グェスは微笑んだ。この微笑、昨晩も見たような……。 「あなたは貴族だけどまだ学生。洗濯一つにだって先生が込めた意味があるの」 「いや、でも」 「たしかに貴族はそんなことしないでしょう。平民がするべきことで、召使にやらせること。でも、だからこそ今やっておく意味があると思わない?」 グェスはわたしを抱きしめた。この胸の感触、昨晩も味わったような……。 「この世の全てに敬意を持つこと。平民や貴族だけじゃない。豚肉の一切れ、小麦の一粒にも感謝を捧げること。自分のために失われた命があったことを忘れないこと。豚や小麦を育てた人を思うこと。これって大切だけどとても難しいことなのね」 「……」 「貴族だって平民がいなくては生きていけない。平民の苦労を知れば、自然と感謝の気持ちも湧いてくるわ。それでこそ筋を通すことができる。先生達もそれを学んでほしいの」 ……そうよね。わたし達が面倒くさいと思ってやってることにも意味はあるのよね。 筋を通す、か。なんか懐かしいな。昔誰かが言ってたような……まさか使い魔に教えられるとは思わなかったわ。 「ふん。何よ偉そうに。わたしだってそのくらい分かってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない」 「ありがとう、ルイチュ」 「御礼言われる筋合いなんかないって言ってんの! ほら、いつまでも抱き締めてないでさっさと行くわよ。あんた暑苦しいのよ」 グェスを従えて部屋を出る。廊下に続く窓の一つ一つから、同じ形に朝日がこぼれていて、光の中では小さな埃がふわふわと踊っていた。 いつもと同じく安っぽいだけの風景なんだけど、なんとなく神々しく見えるのはなんでだろ。これが感謝の心ってやつ? わたしは静謐な気持ちで廊下を歩いていたんだけれども、おかまいなしに首の飾りは揺れていて、その重量がわたしの心を現実に呼び戻した。 「そうだ。これ、外さなきゃ」 「大丈夫だって、似合ってるもん。おどおどしてるとかえっておかしく見えるよ。堂々としてれば大丈夫」 そういうもんかな。いいのかな、これで。 「ほら、あの子こっち見てるよ。かわいいから驚いてるのね、きっと」 そう言われるとそんな気もしてくるなあ。洗濯の負い目も無いわけじゃないし、グェスの顔を立ててやりますかね。 背中で鎖をじゃらつかせ、わたしは歩く。 「ねえルイチュ。この鎖の端、持っててもいい?」 「は? なんで?」 「もしはぐれたりしたら困るじゃない。昨日来たばかりのとこで一人なんて考えたくもない」 「仕方の無い使い魔ね。本当頼りにならないんだから」 後ろの鎖をグェスに持たせ、わたし達は食堂へと入る。 みんな注目してるみたいね。平民の使い魔が珍しいってわけでもないみたい。わたし見てるし。 アクセサリー一つでここまでわたしを見る目が変わるとはねぇ。しょせんは見た目なのかしら。 マリコルヌうつむいてる。こっち見なさいよこっち。 キュルケもびっくりしてる。眼鏡の顔は変わってないけど、内心ではきっと驚いてるに違いない。 くふふふふふ、皆わたしにあてられちゃったみたいね。今年のルイズちゃんは一味違うのよ。 「なあ」 「なんだよ」 「ゼロのルイズがあの女を召喚したんだよな? あの女がゼロのルイズ召喚したわけじゃないんだよな?」 「たぶん」 「じゃあ、あれ何だ。あの犬の散歩みたいなのは」 「さあ。そういう趣味なんじゃないの」
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どっと疲れた。もう何が何やら。 わたしがため息をつくとキーシュもため息をついた。 わたしが顔を上げるとキーシュも顔を上げた。 わたしが右手を上げるとキーシュも右手を上げた。 こ、の、お、と、こ、は、あああああああああ……。 ……いや違う。冷静だ冷静だ冷静にならなきゃダメ。こうやって怒らせるのがこいつのやり口。 深呼吸を数度、真似するキーシュを無視して続けると、頭の血も降りてきた。 落ち着こう。毛布の上に寝転がると、キーシュも隣に寝転がった。 あんたねぇ、見る人が見たら絶対に誤解されるわよ。でも指摘したら負けだ。スルー、スルー。 「ねえキーシュ」 「キーシュだなんて。せっかくヒミツを分かち合ったんですから本名で呼んでください」 グググ……耐えろ。苛立たせるのが狙いなんだ。 「そうね、やたら長い上に語呂が悪いからミキタカでいい?」 「とてもいいですね」 名前馬鹿にされてんだから怒りなさいよっ、間抜けっ。 「ねえミキタカ。わたしが失敗した理由はわたし自身が一番よく知ってる」 マリコルヌにさえ馬鹿にされるゼロのルイズだからね。情けない話だけど、事実だからどうしようもない。 「だけどなぜあんたがサモン・サーヴァントを誤魔化そうとしたの。ペットの二十日鼠でどうこうしようって、いくらあんたでもそりゃ無理よ」 「ルイズさん、私はサモン・サーヴァントができないんです」 は? 「私はできる魔法とできない魔法がしっかりと別れているんです。私にサモン・サーヴァントは使えないんです。これは超数学で求めた真理です。間違いありません」 超数学云々はともかくとして、前半部分は理解できた。 そうだ、キーシュ――もうミキタカでいいよ馬鹿――ミキタカは、初歩の初歩が使えなかったり、応用中の応用が使えたりと、とてもちぐはぐなメイジだった。こいつならサモン・サーヴァントが使えないということも……あるかな? 「ですが、あなたは違います。爆発を起こしたことがそれを証明しています。絶対成功不可能な私と違って、ほんの少しの後押しさえあれば問題なく使い魔を呼び出すでしょう」 え……そ、そう? そうかな? やだなぁもう褒めたって何も出ないからね。 「私がその後押しをします」 「後押しってどうするのよ。二人で召喚するわけにもいかないでしょう」 「いいえ、断固として二人で召喚します」 「あのね、妄想もほどほどにしておかないといつか脳みそ爆発するわよ。コルベール先生が許すわけないでしょう」 「まずはルーンの詠唱に合わせて煙幕を焚き、先生の視界を塞ぎます。もちろん魔法は使いません。ルイズさんも私も特殊なメイジとして覚えられているでしょうから、特有の現象ということで納得してもらいましょう」 人の話聞かないのはもう慣れたもんね。だから悔しくなんかないもんね。 「そしてその後、ルイズさんは私を使ってサモン・サーヴァントを唱えます」 ぼうっとしていたせいじゃない。 モットーに従い、疲れきっていながらも頭の中ははっきりとしていた。 はっきりとしていてなお、目の前で何が起きたのか理解することができなかった。 隣で寝転がっていたミキタカの身体が解けた。 「召喚ができないとはいえ、私にも魔力はある。二人の力を合わせれば魔力も、成功率も二倍です」 私はどんな間抜け面でその光景を見ていたんだろう。 徐々にではなく、一斉にばらけていく。ミキタカの身体が、長い金髪が、鼻ピアスが、服が、全てが解け、一つの物体を形作っていく。 わたしは半開きで口を開けてそれを見る。口の中が乾き始めたことにも気づかない。 「二倍の魔力で二倍の使い魔を召喚し、煙の中で私とルイズさんが一体ずつ契約する。二人で呪文を行使する形になりますから、どちらも使い魔と契約できるわけです」 杖だ、これは。メイジの杖だ。 口も消え、耳も目も鼻も消え、ミキタカの痕跡が一切無くなっているのに声は聞こえる。 魔法じゃない。絶対に魔法じゃない。ベッドの上に寝た時点で、すでに杖は手放していたはず。それに一語の詠唱も無かった。それなのに、それなのに発動するなんて、そんな。ありえない。 「これが私のたてた作戦です」 「これ、幻覚?」 やっとの思いで声を出した。発言も発声もどちらも間抜けに聞こえたのは気のせいじゃないと思う。 「幻覚ではありません。現実です」 くっ、こいつに現実とか言われると無性に腹が立つな。 待てよ……そうだ、そういえば。 突然の怪現象に見舞われて混乱していたわたしの頭脳に一筋の光明が差し込んだ。 そうだそうだ、ミキタカの出自だ。母親がエルフという噂があった。 つまりこれは先住の魔法? だから杖が必要なかった? 詠唱も? そうか、ミキタカは先住の魔法を使えるんだ。だから使える魔法に偏りがあった。 特定の魔法のみ天才的に使いこなしたのもそういうことか。 うわ、すっごい腑に落ちた。納得。正体が分かると急に親しみを感じてくる不思議。 いいなぁ先住の魔法かぁ。ちょっとだけ格好いいよね。すっごい強いんだっけ。わたしも使ってみたいな。 「だけど……見れば見るほど本当に杖ね」 「もちろん杖ですよ。ただし振り回したり殴りつけたりはやめてくださいね。感覚はそのまま残っていますから」 何という事はない気持ちで杖に触れた。軽く握り、構えてみる。途端、 「おっおっおっおおおおおお!」 すごいすごいすごいっ。これはすごいよ。わたしの中にとめどなく魔力が流れ込んでくる。 この部屋の風景が、小物の一つ一つから毛布、ベッド、箪笥の裏の埃にいたるまで、全てが輝いて見える。 熱い。身体が熱い。熱風が吹き、吹き返し、わたしの中で轟々と吹き荒れている。 今ならできるような気がする。使うことができなかった、使えないせいで散々馬鹿にされてきた、どうしようもなく手の届かない存在だった、魔法を使えるような気がする。 「私の部屋で魔法はやめてくださいね」 分かってるわよ。何よ、人の心でも読んでるのかしら。 「読んでませんよ」 だったらいいけど。 「お願いします、ルイズさん。私と一緒に使い魔召喚の儀式をやりましょう。助けてほしいんです」 「……助けてほしい?」 「はい。助けてほしいんです」 その言葉には真実味があった。そう、ミキタカにしたってここで退学するわけにもいかないんだよね。 それに。ふうむ。これ、案外いけるかもしれない。それだけの説得力がある。先住の魔法ってやつは。 「どうしてもっ、助けてほしいっ……ていうなら手伝ってあげてもいいけど」 「そうですか。ありがとうございます」 同情ではなく、わたしからの手助けという形なら、ごく自然に協力することができるって寸法ね。 ミキタカめ、ルイズ使いがなかなか上手くなってきたじゃないの。どうせ偶然だろうけど。
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ヴェストリの広場は昨日とは打って変わり熱気に包まれていた。 「諸君!決闘だ!」 薔薇の造花を掲げ上げたギーシュに呼応し、歓声が沸き起こる。 「頼んだぞ平民!オレ達の分までぶちのめしてやれー!」 「平民っ!ギーシュをぶっ殺せー!オレが『許可』する!!」 「お前の背中はオレ達が守ってやる!思う存分戦えーー!!」 「あ~~ん…頼もしいわ~。私のサイトさん」 「そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやれーー!!」 「年齢=童貞を舐めんなーー!!!」 モテるギーシュに対する嫉妬と好きな子に告白をして「私、ギーシュ様が好きなの…御免なさい」と断られた 恨みによって、決闘ではなく処刑を期待する男達の怒号で広場は溢れかえっていた。 ちなみにギーシュのファンと彼氏彼女持ちの連中は、広場入り口でモテない男達によって阻まれている。 「お前…随分嫌われてるんだな」 「う、うるさい!彼らは別だ!!」 キザな男ではあるが交友関係が広く、誰に対しても気軽に話しかける事ができるギーシュは周りから好かれる タイプの男であるが、浮いた話も多く(その多くは噂だが)女生徒からの人気も高い事から、一部の生徒からは 蛇蝎の如く嫌われていた。(かつてはマリコルヌもその一人だった) ギーシュにしてみれば言い掛かりも甚だしい事だが、それを口にしたら最後、広場から生きて出られない事は 嫌でも理解できた。 ホームグラウンドで試合に臨んだら観客席が全て相手側のサポーターで埋まってました。 そんな絶望的な状況下で顔を青褪めながらも闘志を燃やそうとサイトを挑発する。 「とりあえず、逃げずに来たことは誉めてやろうじゃないか。本当にありがとう」 「いえいえ、どういたしまして。逃げたら後が怖そうだし」 ギーシュが心の底から感謝を述べ、サイトがそれに答える。一瞬ほのぼのとした雰囲気が漂うが、それも束の間 薔薇の造花をあしらった杖を振り、ギーシュは青銅の騎士を錬金する。 「君の相手はこのワルキューレだ。さあ!掛かってきたまえ!」 余裕綽々でサイトに宣言するギーシュに対し周囲から非難の声が上がる。 「このタマナシヘニャチンがぁーー!!素手でやれ!素手で!!」 「平民相手に恥ずかしくないのか!!」 「サイトさ~ん。眼の中に親指つっこんでグリッ!とやっちゃえー」 「任せろ平民!お前ら魔法で援護するぞ!!」 流石にギーシュも非難の嵐に耐え切れず、もう一度杖を振りサイトの前に両刃の剣を作り出す。 「その剣を取りたまえ使い魔君。いや、マジでお願いするよ」 ギーシュが手を合わせて懇願して、サイトも素手では不安なので剣を手に取ると、何故か身体が軽くなった気がした。 「さあ勝負といこう。行け!ワルキューレ!!」 今まで剣など持った事がないサイトは見よう見まねで構え、青銅の騎士を迎え撃つ。 瞬閃、青銅の皮膚を軽々と斬り裂き、ワルキューレは宙を舞う。 自慢のゴーレムを一撃で葬り去られたギーシュと一撃で葬り去ったサイトの二人は、全く同じ表情を浮かべ呆然と 二つに裂かれて落下するワルキューレを見つめた。 「見ましたか学院長!やはり彼はガンダールヴに間違いありません!!」 「ふうむ……」 遠見の鏡に映された光景に興奮するコルベールと神妙な面持ちでそれを見つめるオスマン。 コルベールがサイトに記された見慣れぬルーンを調べた結果、かつて始祖ブリミルに仕え、盾となりて守り通した 伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンに類似している事を突き止め、それが本物かどうかを確認する為に 二人が考え出した結論はサイトと誰かを戦わせると言うものだった。 無論、生徒の使い魔であるので死なせたり重傷を負わない様に配慮し、その為ギーシュに白羽の矢が立った。 彼の作り出すゴーレムならば、頑丈で手加減もできるのでサイトを試すには丁度良い相手なのである。 渋るギーシュをオスマン秘蔵の金髪ロール娘の卑猥な画集で釣り、なんとかそれを承諾させたのであった。 「あの三文芝居が始まったときは、どうなるものやら冷や冷やしたもんじゃがの」 「まあ、結果的に決闘になったから良いでしょう」 遠見の鏡には二体、三体と作り出されその都度サイトに破壊されるワルキューレの姿が映る。 「確かに強いが…まだガンダールヴと決まった訳ではない。それに…」 「はい。仮に彼がガンダールヴだとしても王宮に知らせる訳には参りませんね」 国民から『鳥の骨』と揶揄されるマザリーニ枢機卿が、腐敗しきった貴族連中に睨みを効かせてはいるが、 彼自身、その忠義にも関わらず仕えている王族に嫌われ、砂糖に群がる蟻の様に甘言で用いて王族を惑わし、 利を貪ろうとする貴族達が住まう宮殿に知らせればどうなるか、それは火を見るより明らかである。 「この事はワシらだけのヒ・ミ・ツじゃぞ」 「判っております。」 五体目のワルキューレが真一文字に断ち割られ、広場に歓声が轟く。 「まだやるか?」 「当たり前だ!」 強がってはみても、ギーシュの残りの精神力を総動員しても武器を持ったワルキューレを二体錬金するのが 関の山、それでは到底サイトには勝てない。 オスマンからは手加減する様に申し付けられたが最早そんな状況ではなかった。 ギーシュは周りの自分を囃し立てる声も聞こえないほど集中し、如何にしてこの強大な敵に勝つかを考えた。 そして一つの案が浮かび、それを実行に移した。 「行くぞ!出てこいワルキューレ…ああっ!」 ギーシュの錬金したワルキューレは上半身は原型を留めないほど醜く膨らみ、バランスを崩して地面に倒れこみ、 身体を支えようと腕を伸ばすが自重を支えきれずに腕が潰れる。下半身は形こそ変わらないが上半身とは 反対の方向を向き歩くことさえままならない。誰が見ても明らかな失敗にギーシュの顔が情けなく歪む。 「ギーシュ!負けを認めちまえー!!」 「お前もコッチに来い。ここは居心地いいぞ」 「サイトさーん!相手が泣くまで殴るのをやめちゃダメですよ~」 「平民!チャンスだギーシュを斬り殺せー!!」 錬金に失敗したギーシュが泣きそうな顔で自分が戦うと手招きする。サイトにはもう戦う気はないが、決着を着けねば 場が収まりそうにないので、仕方なく失敗したワルキューレを飛び越えギーシュの前に立つ。 「もういいだろ?オレの勝ちだ」 「ああ、恐れ入ったよ。僕では相打ちがやっとだ」 ギーシュが両手を挙げて首を振る。不審に思ったサイトが問い詰めようとすると、背後の失敗したワルキューレが 動き出し、醜く膨らんだ上半身を内側から破って通常のワルキューレが姿を現してサイトに槍を突きつける。 「なんだ?!どうなってんだ!」 「…そうか。あれは失敗じゃない!錬金したワルキューレの上に失敗した様に見せかける為に 薄い膜の様な青銅を被せたんだ!オレ達はまんまとダマされたんだよ!!」 「クソッ!一杯食わされたぜ!!」 騒ぎ立てる観客に華麗に一礼し、ギーシュはサイトを見る。 「と、言う訳さ。使い魔君」 「……参ったな。勝ったと思ったんだけど」 困った様に頭を掻くサイトに、ギーシュは手を差し出した。 「僕の名は、ギーシュ・ド・グラモン。君は?」 サイトは差し出された手を見て逡巡した後、その手に自分の手を重ね合わせる。 「サイト。平賀才人だ」 お互いの健闘を称え握手する二人を見て、観客達も毒気を抜かれて拍手を持って祝福する。 ここに貴族と平民の垣根を越えた友情が生まれようとしたその時、突然爆発が起きて二人は吹き飛んだ。 「このバカ犬!御主人様に逆らってなにしてんのよー!!」 「ちょっとルイズ!ギーシュまで巻き込まないで!!」 ルイズとモンモランシーが言い争いながら乱入し、片方は襟を掴んで広場から退散して、もう片方はその場で 手当てを始めてハートが飛び交う空間を作り出す。 状況が掴めず呆然とする観客達が次第に引き上げ、締まらない形で決闘イベントはお開きとなった。
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夜になりルイズの部屋に戻ったのだが、どうも2~3点相違点があったので改めて問いただす事にした。 「…あの二つの月は何だ?」 「何って…月は二つあるものよ?」 クレアと火を囲んでテレサについて話した夜を思い出すが、月というものは一つだ。間違いない。 「どうも、相違点があるな…そもそも、エルフというのは何だ?」 「あんたの居たとこじゃ『クレイモア』って呼ばれてるんだっけ?先住魔法を行使する種族よ」 「…私は魔法など使えんぞ」 エルフなのに魔法が使えないんだー、そう、それって私と同じ『ゼロ』って事ねーーー…… …… ………… 「ここ、この馬鹿ぁーーーー!」 「五月蝿いぞ、静かにしろ」 「魔法が使えないエルフなんて平民と同じじゃない…!こんなのを使い魔にするなんてぇ~~…」 契約の時の喜びはどこにやら、思いっきり凹んでいる。 ぶっちゃけ、エルフなぞより数倍厄介な連中なのだが、魔法が使えない=平民というのが常識のこの世界では、その反応は当然と言えた。 (まぁ一般人からすれば妖力解放も一種の魔法のようなものか) 上位Noの戦士でも抜き身すら見えない高速剣、クレアを追っていた奇妙な太刀筋の剣を使う女のようにアレも一般人から見れば、魔法みたいなものだろう。 もっとも、今の腕では高速剣は使いたくても使えないのだが。 「そもそも、私が居た場所では魔法などというものは存在しないのだが…どうも、お前達と我々の間で認識に違いがあるようだな」 「失敗ばかりで…サモン・サーヴァントで…やっと成功したと思ったのに…」 聞いてない、そりゃあもう、イレーネの話なぞ全く聞いていない。 (どうも、思っていたより事は厄介なようだな) 妖魔が居ない事やそれに変わるオーク鬼のような化物が居るという事は大陸が違うという事で納得できないこともないが 月が二つあるなどという事は、それだけではありえない事だ。 「で、私は何をすればいいんだ?」 「うう…一つは、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるんだけど…無理みたいね。わたし何も見えないもん」 「『無理みたい』という事は他の者は見えるという事か。まぁ私の視界に映ったものを他人に見られるというのは、あまりいい気はしないがな」 「二つは、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。秘薬とか。」 「モノによるが、この辺りの地理を知らんから無理だな」 二つ目も早々に否定されさらに凹んだルイズが搾り出すかのように三つ目を言う。 「これが一番大事なんだけど…使い魔ってのは主人を守る存在なわけで、使い魔の能力で主人を守るのが一番の役目なんだけど…」 ちらちらとルイズの視線が左腕に注がれている。 それを見て、まぁ無理も無いとは思う。 右腕もどれだけ使えるか試さない事にはどうしようもないが、限界近くまで妖力解放してせいぜい元の1/10以下の高速剣だろうと予測を付けている。 ここでは、魔法という物が幅を利かせているらしく、一割程度の妖力解放でどれだけやれるか、まだ分からない事が多すぎるのだ。 最初に契約されそうになった時の反応を見る限り、一割でもこちらの動きについてこれなかったようだが、所詮人間の学生だ。 ドラゴンやその他の化物にどれだけ通用するか分かったものではない。 「並の人間なら、遅れは取らんと思うがな」 「いくら速く動けるたって、メイジに対抗できなきゃ意味無いのよ…」 「メイジというのは何だ?」 「ホッント何も知らないのね…系統魔法が使える者達の事で、ここの学生は全員貴族の子弟よ」 飛んでたのはそういう事かと納得しかけたが、一つ疑問が浮かんだ。 「お前は、飛んでなかったがメイジじゃないのか?」 痛い。そりゃあもう痛いところを突いた。 だが、構わず第二撃が加えられる。高速剣の異名は伊達じゃあない! 「全員と言っていたからには、お前も貴族の子弟なんだろ?」 ルイズが固まっていたが、時間が経つにつれブルブルと震え始めた。 「ままま、魔法も使えない使い魔が、ごご、ご主人様をお前呼ばわりするんじゃないのーー!あんた、しばらくご飯抜きよ!」 もちろん原因は、『お前』呼ばわりされた事ではない。 常人なら死活問題だが、そんな事はクレイモアにとっては一週間近く飲まず食わずでも問題無いが、やはり急にキレた事は気になった。 「なにか要らん事でも言ったか?…お前だけ魔法とやらが使えな「さてと!しゃべったら、眠くなっちゃったわ!」」 イレーネの言葉を思いっきりルイズが遮る。それはもう、焦った様子で。 墓穴を掘るとは、まさにこの事だろう。 その様子を見て、ルイズは魔法が使えないのだろうと確信した。 「まぁ、気にするな。我々の中にも『色つき』という不完全な…」 そこまで言ってボフっと何かが投げられてきた。 一般的に言う下着というやつだ。 「こ、これ、明日になったら、洗濯に出しとくのよ!ホントなら、あんたにさせようと思ってたんだけど、その腕じゃ無理そうだし!」 まだ、何か焦っているが、イレーネからすれば、洗濯は腕一本でも十分にできる範囲だ。 戦士時代は黒服が着替えを持ってきていたが、隠遁してからは一人で暮らしていたのである。 半分妖魔とは言え、半分人間だ。 食事は性質上いいとして、やはり掃除、洗濯はそれなりに自分でしなくてはならない。 クレアと再び出会った頃には、下手な主婦などより、その方面のスキルは磨かれていたりする。 まぁ、その場はルイズの温情だろうと判断して何も言わなかったのだが、魔法云々に関してはあまり言わないようにした。 「了解、ボス」 テレサがオルセから指令を受けていた時、こう返していたなと思いつつ返事をすると毛布が一枚投げられてきた。 「ベッドは一つしか無いから寝る場所は床ね」 別段異存は無い。というか戦士にとっての寝床というのは大体床がメインだ。 ベッドで寝るにしても簡素なものだったし、貴族が使うようなベッドは逆に気持ち悪い。 欲を言えば大剣が欲しいとこだったが、腕を無くしたままの逃走劇途中だったため、さすがに持ってきていない。 壁に背を預けると、ルイズが指を弾きランプの灯りが消えた。 便利なものだな。と思いつつ目を閉じ静かに眠りに入った。 朝になり目覚めてすぐ妖力を探るが、思わず苦笑した。 昨日、この地に妖魔は居らず組織の力は及んで無いと思ったばかりだというのに、妖力を探った自分に。 「さすがに、朝日は一つだけか…」 近いうち、この学院の最高責任者に接触しなければならないが、それにはルイズの手を借りねばならない。 したがって、当面は従順にしておく事にした。 何の事は無い。組織に比べれば赤子のようなものだ。 (それにだ…どうも私を恐れている者達は私をエルフと呼んでいたな) 『クレイモア』と『エルフ』何か類似点があるのかと思ったが、そこら辺の情報は皆無なため判断のしようがない。 (それなら、それで最大限に利用させてもらおう) 恐れられているという事は、無用なトラブルを回避できるという事だ。 こういった意味合いでは、クレイモアと一般人の間で揉め事が少なかったと言う経験がある。 まぁ、例外もあるが。 「ヘックシ!」 「風邪か?ヘレン」 「冗談じゃねー…誰かが噂でもしてるんだろ」 ベッドの上のルイズを見るが、あどけない寝顔を晒しグースカ寝ている。 「寝顔は、あの時のクレアと大して変わらんものだな」 改めて言うが、年齢は、ちびクレア<<ルイズである。聞いたら絶対怒る。 「ルイズ、朝だ」 「うぅ~~~ん…」 起きないので思いっきり毛布を剥ぐ。 放っておいてもよかったが、起こさないままにして、責任問われるというのも御免だ。 「ふにゃ…!なに?なにごと!」 「朝だ」 単調に返すが、瞬間ルイズの顔が一気に青ざめる。 「えええええ、エルフーーーーー!?なんでわたしの部屋にエルフがぁーーー!?」 そう言えば、ノエルも寝起きが弱かったなと思いつつ目を覚まさせる。 「イレーネだ。顔でも洗え」 「…ああ…そうだった…わたしが召喚したのよね…」 朝一番から一気に、心臓が最大稼動し覚醒したルイズだが、思い出したかのように命じた。 「ふ、服と下着」 「下着の場所はどこだ?」 「クローゼットの一番下」 さすがに、片腕では着替えさせる事もできないので自分で着替えたのだが、当の本人は釈然としていない。 「なんで使い魔が居るのに自分で着替えなくちゃいけないのよ…」 もちろん、イレーネには聞こえない程度の呟きだ。 そうこうしていると、扉が開き部屋に誰かが入ってきた。 「なな、何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ。キュルケ!」 相手を睨みつつ、心底嫌そうな声で言葉を放つ。 「朝一番に『エルフ』って叫びがしたから見に来てあげたんじゃないの、ルイズ」 「そ、そうよ!私の使い魔はエルフなんだから!!」 当然違うし、魔法なども使えないのだが、意地もありルイズもエルフで通す事にしたようだ。 キュルケと呼ばれた女がイレーネをまじまじと見るが、ちょっと恐れを含んだ口調で言った。 「ほんとにエルフね…凄いじゃない」 どの辺りでエルフと見なしているのかと問いただそうと思ったが止めた。イレーネ自身、エルフと思われていた方が動きやすいのだ。 「あなたも使い魔を召喚したんじゃなかった?」 「ええ、そうよ。いらっしゃい。フレイムー」 後ろから、真っ赤な巨大なトカゲが現れ熱気が辺りを包むが、それを見たイレーネが思わず妖力解放しかけたのは内緒だ。 (下位Noの覚醒者がこんな形をしていたな…) イレーネの価値観では一般的な動物以外の形をしている生物=覚醒者なのだから、まぁ当然なのだが、やはりここは元居た場所とは何かが決定的に違うらしい。 「それってサラマンダー?」 「そうよ、ここまで鮮やかで大きい尻尾は、絶対に火竜山脈のサラマンダーね。好事家に見せたら値段なんかつけられないぐらいのブランドものね」 「これは…こいつ自身が熱を出しているのか」 「『火』属性の微熱のキュルケぴったりでしょ?ささやかに燃える情熱は微熱。それで男の子はイチコロなのよ。あなたと違ってね。」 キュルケが得意げに胸を張るとルイズも負けじと張り返すが、その差は歴然。 あまり例えにしたくないが、妖力解放したテレサと自分ぐらいの差がある。 それだけ、妖力解放した時のテレサの妖力が化物じみていたという事だが。 「あなた…お名前は?」 「イレーネだ」 改めてキュルケがイレーネを見つめる。 身長180サント前後。銀色の綺麗な長髪。髪の色と同じ銀色の目。マントから覗く生の脚の付け根。ルイズとは違い出るとこ出ている胸。 自分とはタイプ的に違うが…こう一言で言えば… 「…ライバルになるかもしれないわね」 「なにか言ったか?」 「いえ、何も。じゃあ、お先に失礼」 赤い特徴的な髪をかきあげ、キュルケとフレイムがルイズの部屋から出るが、ルイズは拳を握り締め喚いていた。 「くやしー!なによ!ちょっと胸が大きいからってーーー!!」 「個人差だ。気にする事もあるまい」 当のルイズは、ジト目でイレーネを、特に胸の辺りを凝視している。 「あんたはいいわよそりゃあ!」 「お前はまだ成長してないだけだろう。これかというところだな」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、現在16歳。この年齢から成長するかと言われれば微妙なところである。 もっとも、その見た目故、イレーネは13歳ぐらいに思っているのだが。 ともかく、プンスカ怒りながらのルイズを先頭に『ルイズの』朝食を摂りに食堂へ向かう事になった。
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 ────その日、少年は選択を迫られていた。 長々と引き延ばしてきた決断であったが、2人の少女の決意と、 少年へと向けられている思いに真摯に向かい合わなければならない。 (振り返ってみれば、本当に色々あったよなあ) 半年前唐突に訪れた非日常。炎髪をなびかせる少女に告げられた“この世の本当のこと”、 『本物の坂井悠二』が既に死んでいるという現実。 そして、自分がその残り滓から作られた代替物『トーチ』であるということ。 (あの時から全部始まったんだよな) 一人ビルの屋上で、喧騒に包まれている街を見下ろし、彼は一つ小さなため息をついた。 本来は残された“存在の力”を徐々に失い、全てを忘れ去られてしまうはずだった。 しかし、幸か不幸か、毎夜零時にその日失った“存在の力”を回復させる永久機関『零時迷子』という宝具を身の内に宿している。 その為今まで存在することが出来ていた。 (と、そんなことより待ち合わせ場所に行かなきゃな) 少年を待ち焦がれているであろう少女を思い出し、ひとつ大きく白い息を吐いた。 「───よし」 少年が踵を返した先には、光る大きな鏡のようなものがあった。 (ん? 鏡なんかさっきまではなかったよな) 少年は鋭敏に“存在の力”を感じることが出来たが、このときばかりは何も感じることは出来なかった。 (自在法とかじゃあないみたいだよな) 近くに“紅世の徒”やフレイムヘイズの気配もない。 突如として現れたこの鏡のようなものに少年は警戒していた。 (マージョリーさんかカルメルさんに聞いてみたほうが良いかな) すぐに、自在式に詳しい知り合いのフレイムヘイズを呼ぼうとも考えた。 (差し迫った危険もなさそうだし、少し僕なりに調べてみるか) そう思い、鏡に手を触れた瞬間少年の姿はビルの屋上から消えてしまった。 ────少年が来ることを信じて待つ二人の少女を残して。 この日、澄み渡る青空の下トリステイン魔法学院では春の使い魔召喚の儀式が行われていた。 生徒たちが各々自分の使い魔と戯れている中、今日何度目かの爆発音が響いた。 「ミス・ヴァリエール、もし次の召喚に失敗してしまったら今日はもう終わりにしましょう。明日もあるんですから大丈夫ですよ」 禿頭が眩しい教師コルベールが言う。 彼自身としては、全ての生徒たちが無事に使い魔を召喚して終わりにしたいと思っている。 しかし、ただ一人の生徒のためだけにあまり時間を使ってもいられない。 彼としては、これが最大限の譲歩であった。 「……はい。わかりました」 ただ一人使い魔を召喚できていない桃色の髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは落ち込んでいた。 いままでは魔法が使えずゼロのルイズと馬鹿にされていたが、今日は誰にも負けない使い魔を召喚しようと意気込んでいた。 しかし実際、使い魔も召喚できない本物のゼロではないか。 やはり自分には魔法の才能がないんだ。と、既にルイズは半ば諦めかけていた。 「ルイズ、がんばりなさいよー」 遠くからキュルケの声援が聞こえてくる。 (いいえ、これは声援じゃないわ。 憎きツェルプストーめ、あんたの前ですっっっっごい使い魔召喚してほえ面かかせてやるわ。 そうよ、私は出来るのよ。ううん、違うわルイズ。できる、じゃなくてやるのよ。 さあ、今に見てなさい。驚いて腰を抜かしても知らないんだから!) 「宇宙の果てのどこかにいる私の下僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心から求め、訴えるわ! 我が導きに応えなさい!」 いままでよりも一際大きな爆発音が鳴り響いた。 立ち上る土煙の中、ルイズは今までにない手ごたえを感じ、成功を確信していた。 しだいに土煙がはれ、使い魔の正体が明らかになっていくと周囲の疑念の声は嘲笑になった。 土煙の中心にいたのは、一人の少年だった。 悠二はいつの間にか土煙の中にいた。 先ほどまでビルの屋上にいたはずなのに、鏡に触れた次の瞬間、そこは見知らぬ場所だった。 「くっ、封絶」 悠二が封絶を展開したとき既に土煙はほとんどはれていた。 比較的大きな封絶を展開したが、“紅世の徒”の気配もフレイムヘイズの気配も感じ取ることは出来なかった。 周囲を見回してみると、奇妙な格好をした同年代の少年少女たちや、ゲームや漫画でしか見たことがないような生き物がいた。 当然のことながら、封絶内なので全ての生き物が止まっていた。 周りの少年たちの顔立ちを見ると外国人のようだ。 それにみんなマントのようなものを身に着けているのでどうやら学校か何かのようだった。 戦闘体勢の人もいないようなのでひとまず敵ではないようだ。 そこまで確認して悠二は封絶をといた。 周りからは明らかに馬鹿にした笑い声が聞こえてきた。 まだ警戒はしているが、気分のいいものではなかった。 「あんた、誰?」 目の前にいた桃色の髪の少女に話しかけられた。 「……誰って、僕のこと?」 「あんたに話しかけてるんだからそうに決まってんでしょ。まあいいわ、あんた変な格好してるけど平民ね」 悠二が答える前に、目の前の少女が矢継ぎ早に話し始めた。 悠二自身は、ジャケットに厚手のズボンだったので変という格好ではないと思った。 季節にあってはいないようだったがそれはこの際どうでも良かった。 (変なのはそっちじゃないか。しかも平民って何だよ。どこの国の人間だ?) 悠二はそんな余計なことも考えられるほど警戒心はなくなっていた。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 周囲の誰かが目の前の少女にそう言うと、少女は顔を真っ赤にし反論する。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 しかし、少女の反論も周りからの揶揄に取って代わってしまう。 「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」 「さすがはゼロのルイズだ!」 どうやら目の前の少女はルイズといい、自分は『サモン・サーヴァント』なる自在式でルイズに呼び出されここにいるようだ。 相手に敵意がないことと呼び出された方法はわかったが、まだまだわからないことがある。 悠二はそう思い、ルイズに話しかけようとしたが、突然ルイズが声を張り上げた。 「ミスタ・コルベール!」 そうルイズが怒鳴り、現れたのは中年の男性だった。 この男性も奇妙な格好をしていた。手には木の杖のようなものも持っていた。 悠二は、ひょっとするとここは外界宿なのかもしれないと思った。 ただし呼ばれた目的は皆目見当がつかなかったが。 「もう一回召喚させてください!」 ルイズは、いままで何度も失敗してようやく召喚できたのも忘れ、コルベールに詰め寄った。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか?」 「一度呼び出した『使い魔』は変更することは出来ない。 何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。 好むと好まざるとにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」 そんなのはルイズも頭ではわかっていた。 しかし、平民を使い魔にするというのは貴族としてのプライドが許さなかった。 「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」 ルイズがそういうと周りの生徒が笑う。 コルベールは諭すようにルイズに言う。 「確かに前例はないかもしれないが、それでも君が呼び出した使い魔なんだ。 それとも君はせっかくの魔法成功をふいにするつもりかな?」 そう言われてルイズははっとした。 (そうだ、平民といえども初めて自分が成功した魔法なんだ。 せっかく成功したのにこれを無駄にするわけにはいかない。) 「では、儀式を続けなさい」 コルベールが促すとルイズは先ほど召喚した平民の少年に向き直る。 少年は辺りを見回していたが、ルイズが近づくと振り返った。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 そう言うと、若干唖然としている少年を一瞥したあと、目を瞑る。 「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 呪文を唱え、杖を少年の顔の前に掲げる。 そして、覚悟を決めると一気に少年の唇に自分の唇をくっつけた。 「終わりました」 ルイズがそう言うと、悠二の体が燃えるように熱くなり、左手の甲に激痛が走る。 その突然の痛みに悠二は封絶を展開することも出来ない。 「ぐううおおおおおお」 痛みはすぐに治まったが、悠二は攻撃に備えるためにルイズから距離をとる。 「使い魔のルーンが刻まれただけよ。そんなに警戒する必要はないわ」 少年の警戒する様子を見てルイズは説明する。 「使い魔のルーン?」 「そ、使い魔のルーン。ところで、あんた名前は?」 「僕は、坂井悠二」 「ふーん、変な名前ね。まあいいわ、あんたは今日から私の使い魔だから」 当たり前のようにルイズは宣言するが、悠二にはさっぱり意味不明であった。 「ちょっといいかね」 そう言ってコルベールと呼ばれていた男性が悠二の手を取る。 「ふむ、珍しいルーンだな」 そう言いつつ悠二の左手の手の甲に刻まれたルーンをスケッチしていく。 そのときになって初めて悠二は自分の手の甲に何らかの紋様が刻まれていることに気がついた。 「これが使い魔のルーン? 自在式じゃあないみたいだな」 「ジザイシキ? ま、これであんたが私の使い魔だってわかったでしょ?」 「ちょ、ちょっと待って! まず使い魔って何? それとここどこ? どうして僕はここにいるの?」 とりあえず悠二は現在疑問に思っていることを口に出してみると、ルイズはめんどくさいというかのように大きくため息をついた。 「さて、じゃあみんな教室に戻ろう。ミス・ヴァリエール、彼は混乱しているようだから色々説明してあげなさい」 そういうと、コルベールという男性は中世欧州の建造物のような城に向かって飛んでいってしまった。 それの後を追うように他の少年たちも飛んでいった。 非日常に足を踏みいれて半年ほど経つ悠二であったがこれには驚いた。 「飛んだ?」 悠二は、他の人が飛んでいるのはさまざま見たことはあったが、何も使わずに飛んでいるのを見るのは初めてであった。 「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」 「『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないからな!」 飛んでいく生徒たちがそう揶揄していたが、悠二にはまったく聞こえていなかった。 「あれって、どうやって飛んでるの?」 「ああもう、うるさいわね! いまからそれを全部説明するからついてきなさい!」 ルイズはそう言って城に向かい歩き出した。 悠二を伴ってルイズは自分の部屋に戻ってきた。 「それで、あんたの質問は何?」 若干いらいらしながらも悠二に質問を促した。 「えーと、まずここどこ? 使い魔って何? 何で僕をここに呼んだの? それから」 「うるさいうるさいうるさい! 質問は一つずつにしなさい!」 「……あ、ああごめん。じゃあまず、ここどこ?」 「ここはトリステイン魔法学院。そんで私、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの部屋」 悠二の頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。 トリステイン? そんな地名聞いたことない。 それに魔法? 魔法なんかあるのか? いや“紅世”さえもあるんだ、魔法があっても不思議じゃあないのかもしれない。 「他には?」 「トリステインってどこにあるの?」 「トリステインはガリアとゲルマニアに挟まれてる国よ。ちなみに王都はトリスタニア。あんた、そんなことも知らないなんて、どんな田舎から来たのよ」 ため息を交えながらルイズは答えた。 「日本って国知ってる?」 「ニホン? どこそこ、そんな地名初めて聞いたわ」 悠二は頭を抱えたくなってきた。日本がわからないなんてありえない。 でも、ルイズが嘘をついているようには見えなかった。 ふと窓の外を見てみると月が出ていた。 悠二が常の夜の鍛錬で見慣れていた月ではなく、二つの大きな月が輝いていた。 (ん? 月が二つ?) 「あの、月が二つあるんだけど」 そう悠二が言うと、おかしいものでも見るように悠二を見てルイズは言った。 「月が二つあるなんて当たり前じゃない。あんた、大丈夫なの?」 「たぶん大丈夫だと…… アメリカってわかる?」 「わからないわ。ねえ、もういい?」 頭痛がした。悠二はここで直感した、ここが異世界であると。 それでもまだわからないことはあった。 その後も悠二は様々なことを聞いた。メイジのこと、使い魔の仕事、自分の立場全てが頭を抱えたくなることばかりだった。 「元の場所に戻る方法ってあるの?」 「ないわ。使い魔の契約は一生だもの」 悠二は今度こそ頭を抱えた。 元の世界で長い時間、世界を守っていくと決めたのに、何より二人の少女との約束も守れない、たくさんの人に心配をかけることになる。 「どうにかして戻れないのか? 僕は戻らないといけないんだ!」 今までにない悠二の気迫にルイズは圧倒された。 「さ、探してみるわ。それと、あんたも図書館を使えるようにするから」 「ああ、わかった。代わりに使い魔の間は必ずルイズを守ると誓うよ」 「まあ期待しておくわ。ふう、しゃべったら眠くなっちゃった」 考え事している悠二の頭に何かが乗っかった。 「? って下着!?」 「それ、明日になったら洗濯しといてね。じゃあ、おやすみ」 この瞬間、悠二の悩みの種がまた一つ増えた。 ルイズが寝てしまってから悠二は部屋を出ていた。 洗濯をする場所などの確認をするって理由もあったが、もう一つ気になっていることがあった。 零時に自身の“存在の力”が回復するか否かであった。 この世界に召喚される前に、“紅世の徒”との戦闘があり“存在の力”をだいぶ消費していた。 だから、回復できないとなると、まさに生死にかかわる問題であった。 学校の周りを歩いていると、人影を見つけた。 近づいてみると、どうやらメイドさんのようだ。 初めて見る生メイドさんに少しばかり感慨を覚えつつ話しかけた。 「あの、すみません」 「ひゃぅい」 メイドさんは驚いたようだった。 (誰もいないと思っていたのにいきなり後ろから声をかけられれば驚くのは当たり前か、しかも夜だし。) 「驚かせてすみません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」 「はい。何なりとお聞きください……あの、もしかして、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「え? 知ってるんですか?」 「ええ。召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になってますよ」 彼女の話を聞いても、やはり人間が召喚されるのは稀のようだった。 あんまり噂されるのは気分良くないな、と思いながら本題を切り出した。 「日付ってもう替わりましたか? それと、洗濯ができる場所を教えてほしいんだけど」 悠二がそう言うと、彼女は時計を見てから答えた。 「日付はもう少しで替わります。洗濯場でしたら案内しますよ、ちょうど着くころに日付も替わると思います」 こうして悠二はメイドさんに案内されて洗濯場に連れて行ってもらった。 向かう途中の話で彼女はシエスタという名前だということがわかった。 「ここが洗濯場です。あと、日付も今替わりました」 彼女がそう言うのとほぼ同時に自分の“存在の力”が回復するのを感じた。 「わざわざありがとうございました、シエスタさん」 そうシエスタにお礼を言い、ルイズの部屋に戻った。 部屋に戻ってから、悠二は今日一日を振り返った。 (ひとまず大きな危険はなくなったけど、元の世界に戻るまではまだまだ問題は多そうだ。 さしあたっては、寝る場所かな。とりあえず、ここにいるのは一種の鍛錬ということで、なるべく封絶は使わないようにしよう) と、悠二はこれからの生活に不安か感じつつ床に寝転がり目を閉じた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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反省する使い魔! 第六話「ゼロの反省、使い魔の空腹」 ルイズの教室爆破で授業は中断され、シュヴルーズ含め気絶した生徒たち計三名は 医務室に運ばれた。後から来た教師たちは爆発の張本人ルイズに教室の掃除を 言い渡し、ほかの生徒たちを引き連れ教室を後にした。 「『ゼロのルイズ』……「魔法」が「使えない」から『成功率ゼロ』… くく…うまくいったもんだ」 「うるさいッ!はやく片付けなさいよ!」 どこぞの殺人鬼と似たような台詞を吐き捨てながら 音石は雑巾や箒を手に教室を片付けていた。 しかし元凶であるルイズは机に腰を下ろし掃除の様子を窺っているだけだった。 それどころか 「ちょっと!ここまだ埃ついてるじゃない!やり直し!」 などと言ってくる始末である。 「少しは手伝えってくれたっていいんじゃねぇーのか?…ってゆーか、 これ元々お前がやらかした罰だろーがよ?」 「主人と使い魔は一心同体!主の不始末は使い魔の不始末でもあるのよ!」 「そーかよ(ま、そんな事だろーと思ったぜ…)」 音石のぶっきらぼうの態度が癪に障ったのか、ルイズは爆発で散らばった石や木の破片を 投げてくる。音石がソレをかわすと続けて大量に投げてくる。 しかし所詮ルイズのような小柄な女の子が投げてくるモノの威力、スピードなど たかが知れている為、音石はちりとりでソレ全てを余裕でガードする。 「避けるんじゃないわよッ!!」 「いやに決まってるだろ~~がよ~~、オレはともかくギターが傷付きかねねェからな 大体おめーも余計散らかしてんじゃねーぞコラ!自分の尻拭いくらい自分でしろ!」 「うるさいうるさい!どうせアンタも私が『ゼロ』だから見下してんでしょう!! 私だってね!こんな自分にうんざりしてんのよ! 一生懸命勉強して練習しても全然魔法が成功しないからって周りから… 平民すらからも見下されバカにされるこの気持ち!アンタにわかる!」 「………」 「私の実家にいる家族はみんな優れたメイジなのよ! お姉様たちも!お母様も!お父様も!みんなみんなそこら辺にいるメイジとは ひと味もふた味も違った!!でも…わたしには何も無かった…実家の使用人ですら そんな私を小さい頃から影で馬鹿にした…ほかの姉上様方は あれだけ優秀なメイジなのにってね!!」 「お前は自分の事しか考えちゃいねーのか?」 「え?」 ルイズは目を見開きながら音石の顔を見た。 そして、息を飲んだ…、その時の音石の目は今まで見てきた 誰よりも殺気立った目をしているからだ。 「この際だからオレの事について少し話してやるぜ… オレはよぉ、…三年前にある罪を犯したんだ」 その時ルイズは音石を召喚したとき彼が 出所して自由になれたのに と言っていたのを思い出した。 「ジジイくさい事を言うようだがな、あの時のオレは若かったぜ 自分のしてー事がうまくいかなくて、そんな世の中にイライラしてたんだ そんな時だ…オレが罪を犯したのは…」 「…一体、なんなのよ?」 「殺人だ」 「!!」 ルイズは耳を疑った、そして理解した… 音石のあの目は、本気で人間を殺したことがある人殺しならではの目なのだと… 「殺した奴に特に恨みがあったわけじゃねー…、ただそいつがあるおもしろいモノを 持っていてよぉ、ソレさえあればオレの人生はずっとおもしろくなる… 自分のことしか考えてなかったオレは初めて人を殺した…、 だが、そんなオレを裁いてくれた奴らがいたんだ…、 牢屋に入ったオレは初めて自分がどれだけ馬鹿だったか気付くことができたんだ マジでバカみてーな話さ、人生を面白くする以前に オレ自身がオレの人生を狂わせちまってたんだからな…」 「………」 「お前さんの気持ちはわからなくもない、できる家族と比較されるなんてよくある話だ、 だがな…今お前がやるべき反省はもっと違うところにあるんじゃねーのか?」 「……え?」 「確かにお前は自分の失敗を人一倍に反省しているかもしれねェ… だがお前、あの爆発で周りに迷惑をかけたことに対しての反省をした事あんのかよ? 例えば…お前をゼロと馬鹿にしたクラスの連中とか…」 「!」 「それどころかお前こう考えたことがあるんじゃねーのか? 『いい気味だ』ってな」 「……ッ!!」 図星である、ルイズは自分がクラスメイトに迷惑かけていることに自覚はあった しかしルイズは自分をバカにした相手が自分の爆発で痛い目にあえば いい気味だ、と心のなかで無意識に呟いていた。 音石に告げられルイズは初めてそれに気付いた。 しかし…、ルイズにも譲れないプライドがあった。 「そうね、確かにアンタの言うとおりだわ…、認めてあげる…、反省するべき所は ほかにあったのかもしれない…………でもね!!」 ビシッ!とルイズは音石を指差し睨み付けた。 「私が自分の事しか考えていない…、それだけは絶対に認めないわ!! そんなもの、私が目指す貴族なんかじゃない!私は私の為だけに 魔法が使えたいわけじゃない!病を患っているカトレアお姉様を 救いたいからでもあるのよ!!」 ルイズには二人の姉がいた、エレオノールとカトレアである。 しかし次女のカトレアは幼い頃から体が非常に弱く、メイジでも手の施しようが無い とまで言われるほどである、しかし長女エレオノールはルイズ以上の頑固者で そんなカトレアを救いたいという思いの一心で魔法を学び、 魔法研究機関アカデミーに勤めるほどのまでの実力者である。 ルイズもまたそんな姉を慕い、カトレアを救いたいが為に この魔法学院にいるのだ! 音石はそんなルイズの強い思いが宿った眼差しに感心していた。 ただのわがままなガキだと思ったが…下手したら化けるぜぇコイツ と考えながらも何かが納得した音石は掃除を再開しようとする、 しかしルイズから意外な一言が飛んできた。 「ありがとうオトイシ、あんたのおかげで私…大切なことを見落としてたかもしれないわ」 「…いいって事だぜ~~、ルイズ」 「でも、ご主人様に対して偉そうにしたからお昼抜きね」 「おいコラァッ!!?」 これがこの二人がはじめて互いの名を言った、ほんのひと時… しかしこのひと時は、ルイズにとっても音石にとっても とても貴重なモノだった…………。 教室の掃除が完了するとルイズはちょうどいい時間と言って食堂に向かおうとしたが さすがに音石も昼飯抜き空腹状態であの豪勢な食事が置いてある食堂に 行きたくはなかった、追い討ち同然である。 その為、音石はルイズに許可をもらい、昼休みの間だけの自由時間をもらった。 そんなわけで現在音石は学院の食堂になるべく近づかないように 学院内や中庭、広場などを散歩していた。それでも空腹を紛らわすことはできない。 「まさか、あんな味気ない刑務所の飯が恋しくなるなんてよぉ… こいつはますますやばいぜぇ、ガリガリの俺なんて俺じゃねぇ! う~ん、でもどうすっかな~…こんな遅れた文明の世界じゃあ 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を使っての盗みもできねーし…」 一度、学院を抜け出して野生の動物でも狩るか? 却下!こんなファンタジー世界じゃあ動物以上のもっとやばい生き物に 出くわす可能性があるし、そもそも素人のオレが狩りができるか怪しいもんだ。 思考と空腹を張り巡らしながら音石は空を見上げた。 すると一匹の巨大なドラゴンのような生き物が学院を飛び回っているのがわかった、 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の目を使い、よく観察してみると その背中には一人の小柄な少女が跨っているのがわかった。 (つまりアレも使い魔なのかよ?やれやれ、ルイズの奴が期待するのも無理ねーな) 彼が納得すると同時に、彼の体に一人の少女がぶつかった。 「キャッ!!」 小さな悲鳴と同時に、少女が持っているコップや皿の山がぶつかった衝撃で 空中に散らばった!音石は即座にソレを認識する。 (な~んか、すんげーデジャヴ感じんだけど…仕方ねぇな) 【シュバババババババババババッ!!!】 彼は落ち着きながら『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の手だけを発現させ その自慢のスピードで今朝の洗濯物と同じように空中に散らばった 皿やコップなどの食器類をすべて掴み取り、一瞬で少女の体と食器を まるで時を戻したのかのように一寸の狂いなしに元に戻した! 「あれ?あれれ!?ま、また……」 「…通りでデジャヴ感じるはずだぜ、またお前かよ」 音石は半分呆れた様子でその少女が今朝と同じ少女だと理解した、 その少女、シエスタも音石の顔を見た瞬間、あっ!と声を上げた。 「あ、あの…ありがとうございます、使い魔さん!また助けていただいて…」 「そういう呼び方はダサいからやめてくれよ、音石明だ」 「ご、ごめんなさい!わたしったらつい……、えっと…わたしシエスタと申します あ、あのそれでオトイシさんはここでなにを?」 「いやよぉ、ご主人様が随分とご立腹でな~ 飯抜きにされちまったんだよ」 「まあ!それはひどい…あの、よろしければ 余りモノでよければお料理をお出ししましょうか?」 「おお!こいつは思ってもない救いが来たぜ! 是非ともそうさせてもらうぜ!」 「フフッ、ではこちらにいらしてください」 シエスタは上機嫌になった音石に微笑みながら 彼を厨房に案内した。 貴族が食事を楽しむ食堂の裏の厨房 食堂でコックやメイドが忙しそうに働いている、 シエスタに聞いた話だがついさっきまではもっと忙しかったらしく、 これでもまだ落ち着いたほうであるらしい。 厨房の隅の椅子に案内され席につき、音石は彼らの働きぶりを眺めていると すぐにシエスタがうまそうなシチューを持ってきてくれた。 「あまりものですが…どうぞ召し上がってください」 「マジ助かるぜシエスタ、んじゃま…お言葉に甘えていただくとするか」 匂いからしてこれは確実にうまいと思いながら、音石は シチューを一口たいらげるが予想通り!その味は絶品だった! 「あ~~~こいつはうめぇ、こんなうまいもん食ったのは久しぶりだな」 「ふふ、どうぞいくらでも召し上がってください おかわりもありますので」 お言葉に甘え、音石はおかわりを要求しそれをさらにたいらげる。 「オトイシさんはトリスティンの出身なんですか?」 「…いや、ここからもっと遠く離れた別の国からだな」 「やっぱり…」 「?」 「あ、いえ!その…オトイシさんが持っているソレ、楽器みたいですけど ここら辺じゃ見たことありませんから、つい…」 またそれか、と音石はシエスタに軽くギターの説明をすると シエスタだけでなく周りのメイドやコックもいつの間にか感心していた。 「ありがとよ、うまかったぜ」 「どういたしまして、お腹がすいたらいつでもいらしてくださいな、」 「助かるぜ、改めて感謝するぜシエスタ」 音石はそう言い残すと厨房を後にし、 そろそろルイズのところに戻ろうかなと彼女を探すことにした。 食堂にいるのだろうと予測していたが、ルイズの姿はどこにも無い。 教室で見かけたルイズのクラスメイトが何人かいたが どうせ尋ねても使い魔の平民と見下されている自分など相手にされないだろう、 すると後ろからシエスタがデザートを乗せたトレイを手に厨房から やって来たので彼女に尋ねることにした。 「シエスタ、ちょっといいか?」 「はい、なんですか?」 「ルイズの奴を探してんだが、食堂にはいないみたいなんだ…心当たりねーか?」 「ひょっとしたら外にいるかも…、外にもテーブルが置いてあるんですよ」 「なるほどな、それって何処だ?」 「あちらの扉から外に出て右に行ったところですよ」 「わかった、感謝するぜ」 シエスタはデザートを配りに行き、音石は外にでる。 右側を見てみると、確かに大勢の生徒が使い魔を引き連れて 紅茶やデザートを楽しんでいた。 音石がそこへ向かうと生徒たちが音石の存在に気付き、騒ぎ始めた。 先程の授業での件もあるが、もともと音石の格好はかなり目立つため いやでも注目を浴びてしまう。 「おい、見ろよ…『ゼロのルイズ』の使い魔が来たぞ」 「あの使い魔、改めて見ると変な格好してるよな…、大体なんだ、あのぶら下げてるの?」 「キュルケから聞いた話じゃあ、楽器の一種らしいわよ」 「楽器?あいつ音楽家かなんかなのか?」 「まあ、どうせ『ゼロのルイズ』の使い魔じゃ、たかが知れてるわね」 「はっはっは、違いない!」 そんな生徒たちの会話が聞こえてきたが、音石は所詮ガキの寝言だ、と相手にせず ルイズを探すことに専念した。 ルイズみたいな派手な髪色ならすぐに見つかると考えていたものの 見つからない。どうやらアテが外れたらしい。 一旦、先程の食堂に戻ろうと考えたが 周辺の生徒たちが騒ぎ始めているのに気付いた。 音石にではない、ソレは向こうのテーブルで なにやら怒鳴っているギーシュに対してのものだった。 しかもよく見ると、ギーシュが怒鳴っている相手となんとシエスタだった! どうやら音石がルイズを探している間に、外にいる貴族にもデザートを 配ろうといつの間にかやって来ていたらしい。 怒鳴るギーシュとは対照的に、シエスタは異常なまでにビクビクし、 半泣きになりながら頭を下げている。 (シエスタが何かやらかしたのか?) と考えたが、それでも今にも泣きそうな恩人を黙って見ているほど 音石は落ちぶれてはいない、笑って眺めている野次馬を無理やり通り抜け 二人の間に割って入った。 「なんだね君は?…ああ、ルイズの使い魔の平民か 僕は彼女に用があるんだ、そこを退きたまえ…一体なんのつもりだい?」 「そいつはコッチの台詞なんだよ小僧、理由は知らねーが こいつはこんなになってまで頭を下げてるんだぜ、 いい加減許してやってもいいんじゃねーのか?」 「そういうワケにはいかない、そこのメイドはこの僕に恥をかかせた挙句 二人のレディの名誉を傷つけたんだ、ただで許すわけにはいかないよ」 「……本当なのかよシエスタ?」 音石がシエスタのほうを見る、シエスタはおびえながらも恐る恐る答えた。 「わ、私はただ…ミスタ・グラモンが香水を落としになったので それを拾ってグラモン様にお届けしようと……」 「やれやれ、低脳な平民はコレだから困る… いいかい?僕はあの時、コレは僕のじゃない、と言ったんだぞ 君はその時点で場の流れを察し、その香水を手に早々に去るべきだったんだ」 「そのせいであのケティって娘にモンモランシーとの二股がバレちゃったもんな!」 周囲の野次馬の一人が大声でそう言うとほかの生徒もドッと笑い始めた、 ギーシュは周りを睨み付けながら怒鳴った。 「今言ったのは誰だ!?出てきたまえ!!」 周りがシンっと静まり返るが当然、出てくる者などいなかった。 ギーシュは舌打ちをすると、シエスタを見たまま音石が静かに口を開いた。 「つまりおめーは二股がバレた罪をシエスタに無理やりなすりつけてるわけか……」 「口の利き方に気をつけたまえ!…まあ、所詮『ゼロのルイズ』が呼び出すような平民に言ったところで無駄【ドゴォッ!】うがぁっ!!?」 「関係ねー奴の話なんて引っ張り出してんじゃねーぞクソガキ!!」 ギーシュは最後まで言い切らなかった。否、音石が突然ギーシュの腹に強烈な蹴りを 炸裂させ遮られたのだ!ギーシュはそのまま蹴られた衝撃で学院の壁に激突した。 平民が貴族を蹴り飛ばした、この事実だけでも 周りのギャラリーたちは大いに盛り上がった。 なぜなら、この世界では平民が貴族に手を上げるのは絶対的タブー それがこの世界の法則なのである。 当然、周りの生徒もそんな音石の行動を黙ってはいなかった。 「お、おい!あの平民、ギーシュに蹴りをかましたぞ!」 「平民が貴族にこんな事をしてタダで済むと思っていますの!?」 「ギーシュ!大丈夫!?」 「おい平民!さっさと地に這いつくばって謝罪したほうが身のためだぞ!」 生徒たちの殺気が音石に襲い掛かった、既に杖を抜いている者までいたが 所詮、音石からしてみれば彼らなど 「ロクに人を殺したことも無いくせに馬鹿みてーにいきがっているガキ」 である。人殺しの壁を越えている音石にはどことなく余裕があった。 音石は黙ったまま壁に激突し、倒れこんでいるギーシュに歩み寄る。 ギーシュは腹に蹴りをモロに受けてしまったため、さっきからずっとむせているが 音石が近づいてきていることに気付き、力を振り絞り何とか立ち上り音石を睨む、 それでも、やはり苦しいらしく目からちょっと涙が流れている。 「グッ…たかが平民の分際で…ゲホッ…、よくもこのギーシュ・ド・グラモンを…! どうやら君には…貴族に対しての礼儀を身をもって教える必要があるようだな!!」 「クックック、コイツは傑作だ、貴族って肩書きがなきゃ ロクに威張れもしねークソガキがオレに何かご教授してくれるのかよ?」 「……先程、君はモンモランシーを救ってくれた、その働きに免じ 多少は加減してやろうと思ったが……、もう許さん!!」 ギーシュは屈辱と怒りで煮えくり返っている震えた手で 手袋を投げつけた! 「決闘だ!貴様に決闘を申し込む!!半殺しで済むと思うなよ!!」 そのギーシュの発言に、周りの生徒がオオーーーッ!! と歓声をあげた。 「おもしれぇ、ロクに反省もできねぇ物分りの悪いガキには 鉄拳制裁が一番だな、ちょうどいいぜ……ここでやんのか?」 「貴様のような野蛮で礼儀知らずな平民の血で食堂を穢せるか! ヴェストリ広場へ来たまえ!そこを貴様の墓場にしてやる!!」 ギャラリーがギーシュの道筋を割って作り、ギーシュの後に続く。 ほかの生徒たちも移動を開始した。 おもしろい余興が始まる、と一同はワクワクしている様だ。 しかし中には、貴族としてのプライドが高く、平民の分際で貴族に楯突いた音石に 敵意を向けている者も何人かいるようだ。 そして、そんな人ごみの中から飛び出してきたのが探していたルイズである。 どうやら騒ぎに気付いてやってきたようだ。 「ちょっとオトイシ!アンタ自分がなにやらかしたかわかってんの!? いきなり貴族を蹴りつけて、あまつさえ決闘なんて…」 「そ、そうですよ!オトイシさん……こ、殺されます! 謝りにっ……!元々私がすべて悪いんです!だ、だから…… 私がミスタ・グラモンに謝りに行きます!わ、私さえ罰を受ければいいだけの話ですから」 ドギュアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!! 「「!!?」」 音石が無言のまま、ギターを力強く弾き、 完全に興奮混乱状態だった二人を止めた。 いや、無理やり落ち着かせたと言ったほうが正解かもしれない、 「落ち着いたかぁ?な~に、心配することぁねーよ ようは勝てばいいだけの話なんだろ?」 「はぁ?アンタ本気で言ってんの!?…あのね? 平民が貴族に勝つなんて絶対にありえないのよ!」 「そ、そうですよオトイシさん!そんなの無茶です!!」 「だから落ち着けっての、 まあまずはそのヴェストリ広場ってのは何処か教えてくれよ」 「あんた、本気で死ぬわよ……」 「……死なねーよ、まあ見てろよルイズ もしかしたら…面白いものが見れるかもしれねーぜ?」 To Be Continued →