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前ページ次ページゼロの夢幻竜 アルヴィーズの食堂の上には大きなホールがある。 フリッグの舞踏会はそこで催されていた。 着飾った生徒や教師達が豪華な料理が並べられたテーブルの周りで歓談している。 その様子を人間形態のラティアスがバルコニーから眠たげに見つめていた。 眠たいのには理由がある。 学院長室から出て直ぐにラティアスはシエスタ経由で厨房からお呼ばれがかかったのだ。 何でも『猫の手も借りたいほど忙しい』との事で、もし時間と主人からの許可があれば来て欲しいとの事だった。 時間なら幾らでもあるし、ご主人様は恐らく二つ返事で了承してくれるだろう。 そう思ったラティアスはルイズの元に飛んだ。 ルイズは『死ぬほど忙しくなるんじゃないの?』と不安そうだったが一応許可は出してくれた。 そしてルイズが心配した通り、舞踏会が始まる頃にはラティアスは完全にのびていた。 今はそこまでではないものの、ともすれば立ちながら眠ってしまわないかと思うほどだ。 そんなものだから、気を紛らわせる為にシエスタが持ってきた料理を口にしている。 シエスタはおいしいからと言ってワインも持ってきてくれたが、ラティアスは一口飲んだだけでその場に倒れてしまいそうだったのでそれを持っているだけに留めた。 「嬢ちゃんはあそこには行かねえのかい?着飾ったら誘いの一つや二つは来るんじゃねえの?」 「一度体に覚えこませた幻術を一部でも変えるって結構大変なのよ。それに、私踊りの踊り方なんて知らないもん。」 「教えてもらってないから知らない……ってえ言葉は進歩の無い奴がするもんだぜ?出来ない事ってのは誰かの見よう見真似でも、相手に合わせる形でも次第に出来ていくもんだ。 最初からその可能性を投げ出してるんじゃ、出来るものだって何時まで経っても出来ねえぞ?」 「そうだけど……」 バルコニーの枠にはフーケ逮捕の陰の立役者、デルフが抜き身の状態で立てかけられている。 別にこの場所に持ってくるつもりは無かったし、デルフ自身が行かせててくれと言った訳でもない。 ただ、主人以外あまり親密になって話せる相手がいないラティアスにとっては丁度いい話し相手だったからだ。 眠気も紛れるし孤独感に襲われる事もないのが何より良い。 そんな折、彼女は『こころのしずく』に触れた時の事をふと思い出していた。 あの時自分の技の力は確かに上がった。 それは誰かから聞いた事があったから、取り立てて驚いたり騒いだりするほどの事ではない。 しかし肝心な事はそんな事ではない。 何か、正確には誰かの声が自分の心の内奥に聞こえてきた。 一体あれは誰の声だったのだろうか? そして最後には自分の声まで聞こえてきた。 兄様と叫んでいたが自分には兄でもいるのだろうか? よくよく考えてみれば、自分はこの世界に召喚される以前の事はよく覚えていない。 ルイズに話したような元いた世界の常識的な事はすらすらと出てくる。 しかし、ごく個人的な事、例えば両親や兄弟がいたのかといった事は雲がかった様に思い出せない。 学院長は褒美なら何が良いと訊いてきたが、今にして思えばきちんと『こころのしずく』と答えておけば良かったとラティアスは思った。 まあ、正直にそう言ったところで彼が首を縦に振ってくれるとは思えないが。 そんな事を思っているとホール奥の壮麗な扉が開いた。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなあありいぃ!!」 扉の近くに控えていた衛士がありったけの大声でルイズの到着を告げた。 主人の名が聞こえたので、扉の方を見たラティアスは驚いた。 そこにいるのは可愛らしさと高貴さの両方を存分に引き出したドレスを身に纏った一人の淑女だったからだ。 やがてホール内に楽士が紡ぐゆったりとした舞曲の旋律が満ちていく。 ルイズの美しさに見惚れた男子学生達が挙って彼女をダンスの相手にと誘うが、当の彼女は彼らを毛ほども気にかけはしない。 いつも、ゼロだ、ゼロだって馬鹿にしてるからでしょ、とラティアスはぼんやりと思いつつ料理を口に運ぶ。 するとルイズは誰にも何にも目をくれる事なく、真っ直ぐにラティアスの元にやって来た。 「服、やっぱり駄目だった?」 「すみませんご主人様。色々頑張ったんですけど無理でした……。」 開口一番聞かれるのは身なりの事。 変身できる事を悟られた時から言われる度に耳が痛い事だったが、こればかりはどうしようもない。 簡素なメイド服と、宝石の様な輝きを持つパーティードレスじゃ一緒にあるだけで不釣合いにも程がある。 おまけに他の者達は皆異性の相手がいるというのに、女同士で踊ったらおかしい事この上ない。 口調と表情から察するに、どうやらルイズは舞踏会で上手く相手を見つけて踊れているのかが気がかりだった様だ。 「はあ。そうよね。そんな直ぐ簡単にどうにかなるものじゃないわよね……」 落胆するルイズの声が消えない内にラティアスは呼びかけた。 「ご主人様!踊りましょうっ!」 「えっ?だっ、ダメよ!女同士で服もつり合わないのにどう考えたって変じゃない!第一、あなた踊った事あるの?」 「無い……です。」 「それじゃやっぱりダメじゃない!」 「でも!何とかしてみせます!ご主人様の真似でも何でもしますからご主人様に合わせます!」 「でも……」 ルイズはつい口ごもってしまう。 そんな時、バルコニーのデルフが口を開いた。 「娘っ子。嬢ちゃんは嬢ちゃんなりに頑張ろうとしてんだ。ご主人のお前さんがそれを無碍にしてどうするんだい?」 「五月蝿いわね。余計なお世話よ。」 「おほっ。こりゃ強気だねぇ。けどよ嬢ちゃんは真剣だぜ。やってる事が真っ当で当人が真剣にやってりゃ体裁が悪くったって笑われないものなんだよ。見てる連中にそれ以上の何かを訴えるからな。」 「何かって何よ?」 「さあ。その答えは実際踊ってみりゃ分かるんじゃねえのか?」 いまいち要領を得ないデルフの言葉に首を傾げるルイズ。 そしてラティアスは今だ!とばかりにルイズの手を引きホールの中央に進んだ。 そしてそれと全く同時に流れている音楽が軽快な物へと変化する。 場の空気に呑まれたルイズは何とも言えない表情でラティアスの手を取る。 「仕方ないわね……ほら、最初は右足、次は左足……」 「ええと、最初は右足、次が……」 「痛ッ!……ちょっと足踏んでるわよ!」 「あっ、すみません。」 「落ち着いて。リズムに合わせればその内慣れるわ。もう一度いくわよ。せーの……」 繰り返されるぎこちないステップ。 周りの者達はその様子に含み笑いをしていた。そしてそれと同時に軽い驚きも持った。 あの『貴族のプライドが服を着て歩いている』ようなルイズがあんなちぐはぐな事をやるだなんて! ……そんな感じだ。 だが二人の踊りが息の合った軽やかな物になるにつれて、その含み笑いは収まっていった。 実際ラティアスはただ踊っている訳ではない。 ルイズのステップに合わせながら、どうやったら上手く見えるか他の者の足運びを見て真似しているのだ。 始め、唐突な調子の変化に戸惑ったルイズだったが、今は上手く合わせられていた。 気づけばホールにいる大半は彼女達を見ていた。 何かを食べる者も、歓談する者もいない。 その様子を見ていたバルコニーのデルフはぼそっと呟く。 「良かったな。上手くいって。ダンスのお相手を使い魔がやるのもだが、あれだけ早く覚えこむのも……おでれーた。本気でおでれーたよ……」 空では二つの月が寄り添うようにして地上を照らし続ける。 そしてホールに立てられた幾つもの蝋燭の光は、月光と溶け合い幻想的な空気を醸し出す。 泡沫とも言える饗宴は始まったばかりだった。 前ページ次ページゼロの夢幻竜
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前ページ次ページゼロの剣士 #1 「起きなさいヒュンケル! すぐに出かけるわよ!」 その日の朝は、ルイズのそんな言葉から始まった。 まだ眠っていたヒュンケルが気だるげに目を開けると、ルイズはとっくに制服を着こんで彼を見下ろしていた。 部屋はまだ薄暗い。 宵っ張りで朝に弱いルイズにしては異常な早起きである。 「どうした? 今日は休みではなかったのか?」 今日は虚無の日――ハルケギニアの休日のはずだった。 額に手を当てながらヒュンケルが聞くと、ルイズはひっくりかえりそうなほどふんぞり返って答えた。 「休みだから出かけるのよ! さあ準備して!」 ルイズは、早くしないとキュルケが云々とぶつぶつ言っているが、 殆ど身一つで召喚されたヒュンケルにはさほど用意することもなかった。 軽く身づくろいをし、「では行くか」と言って部屋を出て行こうとすると、ルイズに慌てた声で呼び止められた。 「忘れ物よ」と言ってルイズは、ヒュンケルに楽器のケースのようなものを渡してくる。 「この中にアンタの剣が入ってるわ。しっかり護衛してよね!」 そう言うとルイズはヒュンケルの背を押して、早く早くと急き立てた。 #2 トリステイン魔法学院には大きな厩舎がある。 王都トリスタニアに行くのに徒歩で二日はかかるここでは、移動に馬の存在が不可欠なのだ。 そんなわけで何処かに出かける段にあっては、同じ目的でここに来た者と遭遇することはそう珍しいことではない。 今朝も例のごとく、厩舎に近づくルイズ達に向かって先客が手を上げた。 「御機嫌よう。君もお出かけかね?ミス・ヴァリエール」 「おはようございます。オールド・オスマン」 厩舎の前にいたのはこの学院の長、オールド・オスマンだった。 傍らには緑髪の美人秘書、ミス・ロングビルも立っている。 オスマンは馬車の御者に少し待つよう命じると、いそいそと二人のところにやってきた。 「そちらが噂の使い魔君かな、ミス・ヴァリエール?」 オスマンはちらりとヒュンケルを見ると、ルイズに聞いた。 ヒュンケルの目にはオスマンの瞳が、不思議な親密さを漂わせているような気がした。 「ええ、こちらが使い魔のヒュンケルです。オールド・オスマンもこんなに早くにお出かけですか?」 ルイズはまだ太陽も昇りきっていない空を見上げて言った。 先に述べたように厩舎で人と会うこと自体は珍しくないが、この場合は時と相手がいささか特殊だ。 ルイズが言うのもなんだが、学院長がこんなに早く出かけるとは火急の用かといぶかしむ。 しかしオスマンは、眉をハの字にして子供のような表情を作ると、少年が友人にするような調子で愚痴った。 「それがのう、『土くれのフーケ』対策がどうので王宮の連中に呼び出されちまったんじゃよ。 あいつら忙しいとかなんとか言って昼前には来いとか言ってきおった。おかげでこんな早起きする羽目に……」 そこまで言ってオスマンはオヨヨと泣くと、ミス・ロングビルの胸に抱きついた。 そのままオスマンは「かわいそうなワシ……」などと泣き真似をして頬をスリスリしている。 ルイズはおそるおそるロングビルの顔を見上げたが、 かの辣腕秘書はピクリとも眉を動かさずにオスマンを張り手で一蹴すると、眼鏡を掛け直して通告するように言った。 「オールド・オスマン。駄々をこねてないで早く行ってください。遅刻しますよ」 どうやらロングビルの方は王宮に行かず、学院に残るらしい。 彼女は害虫を追い払うように手を振って急かしたが、オスマンがいなくなるのが嬉しいのか、その口元はほころんでいた。 まあ、あんなセクハラされてりゃそうなるわよねとルイズも内心同情する。 片頬を腫らしたオスマンは「つれないのう」と嘆きながら馬車に乗りかけたが、思いついたようにぴたりと足を止めた。 「そうじゃ、ミス・ヴァリエール。もしや君も王都に行くのかね?」 「え、ええ。そのつもりですけど?」 なんだか悪い予感を感じつつルイズが答えると、オスマンはにやりと笑って言った。 「それならせっかくじゃから、ワシと一緒に行かない?」 #3 馬車で街へ向かう道中、ルイズはどうにも落ち着かずにモジモジしていた。 ――オールド・オスマン。 齢三百とも言われるこの老メイジは、ある意味貴族の位階などを超越した偉大なメイジだ。 オスマンは気さくなエロジジイとしても有名であるが、重々しい肩書きと裏腹のそんな振る舞いがルイズにとってはまた妙な緊張を強いた。 オスマンは今、ルイズの隣で両の頬を赤く腫らして使い魔のネズミを撫でていた。 馬車に乗りこむ際に、使い魔の目を通してロングビルの下着を覗いていたのがバレたのだ。 ロングビルの必殺の張り手を二発も食らったオスマンはそれでもさほど堪えた様子も見せず、 ネズミ――モートソグニルに「白かあ。黒の方が似合うのにのう」などと呟いている。 ちなみにこの馬車は一つの席に二人ずつ乗れる四人乗りなのだが、 オスマンの希望でルイズとオスマンが隣同士、ヒュンケルは一人で座っていた。 ルイズにとってなんとなく気に入らない配置だったが、 学院長に異議を唱えるもはばかられ、ルイズはそわそわと膝を動かしていた。 「ところでオールド・オスマン。『土くれのフーケ』とは?」 意外なことに、最初に話題を出したのはヒュンケルだった。 土くれのフーケ。 それはオスマンが王都に行く理由として挙げた人物だ。 どうやらヒュンケルが学院長の相手をしてくれそうだと安堵の吐息をつくルイズの横で、オスマンがその白眉を持ち上げた。 「フーケといえば有名な盗賊よ。巨大なゴーレムを操り、強力な防御魔法がかけられた壁をも錬金して 土くれに変えてしまうことからその二つ名が来ておる。なんじゃ、君は新聞を読まんのか?」 長い顎鬚を揉みながらからかうように笑うオスマンに、ヒュンケルは文字が読めぬことを伝えた。 ヒュンケルは不思議なことにこの世界の言葉は使えたが、文字の読み書きまではできなかった。 当然新聞も読めず、この世界にきて日が浅いこともあってまだまだ世事には疎い。 そしてそんなヒュンケルを、オスマンは珍獣でも眺めるようにまじまじと見つめた。 「学がなさそうな顔でもないがのう。一体、君はどこから召喚されてきたんじゃ?」 「……遠いところです」 ヒュンケルは未だ誰にも、自分が異世界から召喚されたことを告げていなかった。 言って信じてもらえるか疑わしかったこともあるが、本心のところは自分でも分からない。 あるいはまだ、自分の過去と向き合う覚悟ができていないからだとも思う。 それきり沈黙したヒュンケルの様子をどう感じたか、オスマンは話題を変えるように明るく言った。 「そういえば君は、ミスタ・グラモンを剣で一蹴したそうじゃな。 随分な名剣だぞうじゃが、ちょっとワシにも見せてくれんか?」 無邪気に両手で拝んでみせるオスマンに、ヒュンケルはルイズの様子を窺った。 安心したら今度は退屈になったのか、ルイズは心なしか苛々している様子だった。 自分の愛剣を見世物のように扱うのは気が引けたが、ルイズの手前、学院長の頼みを断るのも角が立つ。 ヒュンケルは魔剣を入れていたケースを開けると、オスマンにそれを差し出した。 「ほうほう、コレがその剣か。見たことのない、珍しい金属で出来ているのう。 それに土メイジの魔法とも違う、不思議な力を感じるが?」 土系統のメイジは物の材質の見極めに秀でている。 卓越した土のスクウェアであるオスマンは、魔剣を少し触っただけでその特異性を言い当てた。 心なしかこちらを見つめる目にも鋭いものを感じて、ヒュンケルはその身を引き締めた。 オスマンが言う不思議な力、それは魔剣に潜む能力「鎧化」の力に他ならないだろう。 さて、なんと答えたものかとヒュンケルは頭を悩ませたが、なにを考えたかオスマンはまたネズミの方に耳を傾けた。 「なんじゃモートソグニル。ん、ピンク? いやいや、見るのはバスト80サント以上に限ると言ったじゃろうに」 つい先ほど閃かせた眼光はどこへやら、オスマンは再びただの好々爺に戻っていた。 一体、この小さな使い魔は何を見たのか? ささやかな謎はすぐに暴かれる。 こいつめーなどと言ってネズミをツンツンつつくオスマンの隣で、何かがぶちりと切れる音が聞こえたから――。 「こ、こ、こ、このエロジジイ~~っ!!!」 沈黙を守っていたルイズが、顔を真っ赤にしてぶちぎれた。 初めこそ緊張で忘れていたが、ルイズからしてみれば今日は使い魔との初めてのお出かけ。 絶対口に出したりはしない――というより、 彼女自身そう思う自分を目いっぱい否定していたが、ルイズは今日という日を楽しみにしていたのだ。 乗っていく馬も事前にチェックし、道中の会話もシミュレーションし、 ルイズの手綱さばきに感心するヒュンケルの声まで脳内で再生されていたのに、 オスマンはそれを初っ端から邪魔したばかりかルイズのNGワード「お乳」を見事に踏みつけた。 ――この恨み、晴らさでおくべきか。 もはやルイズは、立場も場所も失念していた。 馬車の中、誤解じゃ~と喚く声と同時に、爆発音がヒュンケルの耳をつんざいた。 #3 どこかから愉快な音が聞こえた気がして、キュルケは髪をいじっていた手を止めた。 少しメイクに力を入れすぎて、予定より遅い時間になってしまった。 そろそろ寝ぼすけのルイズも起きてしまうかもしれない。 キュルケはマントを羽織ると使い魔のフレイムを撫で、「今日はお留守番よ」と言いつけた。 忠実な使い魔は少し寂しげな声をあげたが、結局またのそのそと寝床に戻って二度寝を始めた。 キュルケは部屋から出ると、慣れた手つきで隣室に解錠の魔法をかけた。 鍵が開いたのを確かめ、ルイズを起こさぬよう静かにドアを開ける。 「ヒュンケル~? 起きてる~?」 ドアから顔だけ出したキュルケは、そのままの姿勢で固まった。 阿修羅のごとく怒り狂うルイズが待ち伏せしていたならまだマシだったが――部屋はもぬけの殻になっていた。 ルイズもヒュンケルもおらず、壁にかかっていた剣もない。 まさかと思いつつ部屋に入ったキュルケは、テーブルの上に自分宛ての置き手紙を見つけた。 震える手で取って読んでみるとそこには、 「や~いや~いバ~カ!ヒュンケルはわたしのものよお!」といった趣旨のことがルイズ独特の高慢ちきさで書いてあった。 キュルケは手紙をグシャッと潰してついでに焼き払うと、猛ダッシュで外へ駆けだした。 前ページ次ページゼロの剣士
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前ページ次ページゼロのイチコ 「さて、貴女は今どうするべきかしら?」 ここはトリステイン魔法学院、女子寮の私ことルイズ・ド・ヴァリエールの部屋。 そして目の前で両足を折りたたんで座っている、もとい浮いているのが私の使い魔であるイチコ・タカシマである。 「勝手なことをしてごめんなさい、ご主人様」 と手を前に突き出し、頭を下げた。 ギーシュとの決闘後、イチコが帰ってきたのはその日の夕方だった。 その間に起こった事と言えば、いつもどおりの授業といつもどおりの昼食、そしてモンモランシーが放った水の魔法の爆音だけである。ギーシュは午後の授業に出てこなかった。 イチコが帰ってきたのはそんな一連の出来事が終わった後、私が寮に戻って探しに行こうかと思案していた頃であった。 幽霊だし、誰もイチコを殺せない。既に死んでいて死なないのだからそのうち帰ってくると思っていた。 だけれども昼食の時間になっても帰ってこないので心配になってきていた。それでも授業をサボるわけにもいかないので探しに行くわけにもいかない。 おかげで午後の授業はまるで頭に入らなかった。たびたび窓の外に視線がいった。 そろそろ窓からひょこひょこと入ってくるのではないかと考えが浮かんだ。 つまり、ここまでご主人様を心配させた罪は重く、それゆえに使い魔は罰を受けなければならない。 「『私のワガママで勝手に決闘したあげくにギーシュに負けたイチコをお叱り下さい、ご主人様』でしょ」 と鞭を振るってイチコの目の前を叩く。乾いた音が響いた。 イチコは「ひっ」と小さい声を出して青い顔をした。 「わ、わわ私のワガママで勝手に決闘してギーシュさんに負けてしまった私をお叱りください~」 良いことをした使い魔には飴を、悪いことをした使い魔には鞭を。 これは躾である。使い魔はパートナーであるが主従関係であることを忘れてはならない。 ご主人様の命令を無視する使い魔には鞭をくれてやらなければならない。 とは言え、イチコには鞭が効かない。 それじゃあご飯抜き――と考えたがイチコはご飯を食べない。 「それじゃあ、今日は反省して廊下に立って……じゃなくて浮いてなさい」 「はぃ」 消え入りそうな声でイチコは扉をすり抜けて廊下に出て行った。 手を下に垂らし、頭を下げて去っていく様は分かりやすいぐらいに落ち込んでいた。 しかし、その姿は同情を誘うと言うよりは 「誰か呪い殺したりしないわよね?」 幽霊ゆえにそんな考えが浮いてしまった。 「うぅ、ご主人様を怒らせてしまいました」 わたくしこと高島一子はたいへん落ち込んでいます。 思い起こすこと今日の朝、食堂でギーシュさんの香水を拾い――もとい落ちたのを教えて上げた事がきっかけでギーシュさんが二股をしていることが発覚しました。 それはもう許されないことです、何が許されないかというと倫理観とか道徳とか乙女心とかそんな感じのいろんなものがミックスされて 私の怒りメーターはマックス、最大限の臨界点まで急上昇してしまいました。 許されません、許されるわけがありません。 そりゃあこの世界は私の居た世界とは違います。しかし愛はどの世界でも守られるべきです、尊い盟約なのです。それを(以下略) まあ、そんなこんなでギーシュさんと決闘することになってしまいました。 しかしながら今になって落ち着いて考えれば争いは何も生みません、あぁ、神よ。お許し下さい―― ともかく私は決闘に赴きました。 最初は死んだ、と思ったのですがよく考えたら私は幽霊ですので死ぬ訳もなく。 逆にギーシュさんを追い詰めた! そう思ったのですが、わたくしどうやら無機物には触れませんが生物には触れる模様。 ギーシュさんの突き出した手に吹き飛ばされて遥かかなた雲の上までふきとばされてしまいました。 調子にのっていた私はギーシュさんの反撃にびっくりして気絶してしまいました。 さすが魔法使い、すさまじい突き飛ばしでした! ともかくそれで学院に戻ろうとして近くを飛んでいた渡り鳥さんに話を聞こうとしたのですが皆さん私を見たとたんに猛スピードで逃げていきます。 やはり、幽霊は世間の風当たりが厳しいようです。 おかげで迷って迷って、やっと学院に帰ってきたときにはお日様が茜色に染まってしまいました。 ご主人様はカンカンに怒っていました、帰ってきたとき。 「ごめんなさいご主人様、ちょっと雲の迷路で迷ってました……あはは」 と軽く謝ったのがいけなかったのでしょう。何時間も行方不明になったのですから誠心誠意あやまるべきでした。 反省、反省します。深海魚になったように深く深く反省しています。 今日はこの廊下で寂しく一夜を過ごして、使い魔がなんたるかを見つめなおしたいと思います。 「あら、貴女は……ルイズの使い魔じゃない」 反省の念に包まれていると周りがよく見えてませんでした。赤い髪をした女性の方がすぐ傍に立っていらっしゃいました。 「はい高島一子と申します。あなたは?」 「私はキュルケ、微熱のキュルケ。あなたのご主人様の友達よ」 「そうだったんですか。よろしくお願いします」 「ぇえ、こちらこそヨロシク……にしても本当に幽霊なのねぇ」 とキュルケさんの視線が私の足元に向きます。 こう改めて他の方から幽霊だと言われるとちょっと悲しいような、諦めのような感情が沸いてくるように思えます。 「ねぇ、幽霊っぽく何か台詞言ってみてよ」 「ぇ、ぇ~っと??」 幽霊っぽく? というと真っ先に浮かぶのが 「う、うらめしや~」 「あははは、意味わかんないけどソレっぽい。上手い上手い」 「はぁ、どうもありがとうございます」 褒められて、いるのでしょうか? どうにも物珍しさで遊ばれているような気がします。 「そうだ、頼みがあるんだけどいいかしら?」 と片目をつぶってウィンクを投げかけてきました。 スタイルの良い方ですし、そういった仕草も自然に感じられました。 「な、なんでしょう?」 直感ですが、あまり良い頼みとは思えません。 「私の友達でタバサって子が居るんだけどね。その子っていつも無表情なのよ」 「そうなんですか」 「そうなのよ! おかげで友達も私だけだし、コミニケーションが不足してるの。分かるでしょ?」 「そうですね、お友達は多いほうが良いですよね」 「そう、だからタバサに会って欲しいのよ」 とキュルケさんは私の目の前で手を合わせて来ました。 友達のため、そんなキュルケさんの頼みに私は先ほどの失礼な考えを心の中で謝罪しました。 見かけはとても派手なかたですが友達想いの良い方のようです。 「分かりました、また明日うかがわせていただきます」 今日はもう日が暮れたので明日のほうが良いと思います。 「いや、今から行きましょう」 「え?」 「ちょうどタバサの部屋に遊びに行くところだったのよ、さ、行くわよ」 「ぇ、いや。私はここに居ないといけま、って、キュルケさん?!!」 手を取られると、引きずられるように私はその場を後にしました。 またご主人様に叱られそうです。 「で、ここがタバサの部屋よ」 連れてこられたのは階段をひとつ降りて、おおよそご主人様の部屋の真下に位置する部屋でした。 「しかし、こんな夜遅くにお尋ねするのはよろしくないのでは?」 「いいの、いいの。タバサ居る?」 キュルケさんが重厚な木の扉を叩きます、ですが何の返事もありませんでした。 もうお休みになったのでしょうか? 「やっぱり魔法かけてるわね」 「魔法ですか?」 「ぇえ、あの子って読書の邪魔をされるのが嫌いで。部屋に居る時はずっとサイレントの魔法をかけてるのよ。音がまったく聞こえなくなるの」 魔法と一口に言っても日常生活に便利な魔法もあるのですね。 てっきり魔法と聞くと炎を出したり風を巻き起こしたり、何か巨大な蛙を呼び出したりするのばかりだと思ってました。 「だから、あなた壁抜け出来るんでしょ? 中に入って扉を開けるように言ってくれない?」 「え、でも……」 「いいの、私に言われたって言えば良いから」 「は、はい……分かりました」 勝手に入るのが多少戸惑われたのですが、キュルケさんの言葉に後押しされるようにドアの脇の壁から部屋にお邪魔します。 「失礼しま~す、タバサさん起きてらっしゃいますか?」 恐る恐る壁から上半身だけ出して部屋の中を覗き込みました。 部屋の中にはランプの明かりを頼りに本を読んでいる方がいらっしゃいました。ベッドに腰掛け壁を背に座っています。 メガネをかけていますけど、こんな暗がりで本を読んでるとさらに目が悪くなるのではないでしょうか? ずいぶんと小柄な方でこんな暗がりでも目を引く青い髪が特徴的です。 「あの~」 と声をかけるものの反応がありません。よっぽど集中してらっしゃるのでしょうか。 と思ったら目だけが動いてこちらを見ました 「夜分遅くすいません、わたくし高島い……」 自己紹介をしようと思ったのですが、タバサさんは驚いた顔をされました。傍にあった杖を取り、こちらに先端を向けます。 そこで私は自分が壁に半分埋まった状態で止まってる事を思い当たりました。驚かせてしまった、と思う間もないほど彼女の動きは早かったように思います。 彼女は素早く呪文を唱えると宙に氷の矢を生成しました。 矢は強烈な風を伴って壁に突き刺さり、逸れた矢と狭い密室で行き場を失った風が天井にぶつかり穴を開けました。 「ぇええ?!」 と言う声と供にご主人様が上から落ちてきました。 タバサさんはこちらを凝視すると、そのままベッドに倒れこんでしまいました。 「ちょっと何があったの?!」 とキュルケさんが駆け込んで来ました。 私も改めて部屋を見渡すとキョトンとした顔で座り込んでいるネグリジェ姿のご主人様、杖を握り締めたまま気絶しているタバサさん。 自分の姿を確認すると氷の矢が頭から突き刺さっていました。もちろんすり抜けているので平気なのですが。 そして天井には直径1メートルほどの穴。 「……本当に何があったの?」 おそらく、タバサさんが幽霊である私に驚かれたのが原因かと思います。 「ふ、ふふふ……」 とご主人様が下を俯き笑っておられます。 「そう、イチコったら。使い魔のくせに、使い魔のくせに」 ふふふ、と笑うご主人様。でも目が笑っていません。 「廊下に立たされただけで、こんなイタズラを思いつくなんて。ど、どど、どうしてくれようかしら……」 「ぇ、いや。違うんですご主人様」 「問答無用!」 「あぅう、ごめんなさい~」 この日は夜半までお説教を受けることになりました。 前ページ次ページゼロのイチコ
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食堂に向かう道の途中、一人の使用人が尻餅をついていた。 名はシエスタと言い、身に着けたメイド服がよく似合っている、可愛らしい少女だ。 その彼女は今、尻餅をついたまま何かを探しているように、 困惑した表情で何度も何度も同じ風景を見回していた。 「あれ? おかしいなぁ……?」 ポツリと呟いて首をかしげる。 頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、脳裏についさっきの出来事を再生し始めた。 ~ゼロの平面4~ 少し前――食堂に向かって足を速めた際、不意に『何か』とぶつかった。 しっかりと前を見て、障害となるものが何も無いと確認したにもかかわらず、 シエスタは正面から縦に細い『何か』にぶつかり、2、3歩とよろめくと重力にしたがって尻から床に落ちた。 「いたたたたた」 腰をさすりながら、シエスタは考える。 感触から、ぶつかった物は一本の棒みたいに細いものだったが、 道先に棒みたいなものはどこにも無かったはずだ。 もし、悪戯好きの貴族がわざと低級な魔法で転ばしたとしたらたちが悪い。 何かしらの因縁をつけ、貴族の立場を利用して虐めるに決まっている。 ぶるっと肩が震え、途端に畏怖の念が真摯なシエスタを襲った。 背筋に凍るような寒気を感じ、顔から血の気が引くのが自分でわかる。 早急に、謝らねば! しかし……一つ、問題があった。 自分とぶつかったはずの何かが、どこにも見当たらない。 呆けた顔で何度も何度も辺りを見回すが、相手の影も、形も、何処にも無いのだ。 「気のせいだったのかな……?」 それにしては、やたらと現実的な衝突を実感した。 でも、今はそんな疑問以上に湧き上がる安堵の念が胸を埋め尽くす。 (きっと疲れていたんだ。幻覚を見るくらいに) 目を閉じて、頭の中に染み渡るように反芻すると、 解ったとばかりにうんうんと頷く。 『ビ――――ッ』 耳を劈くような音が、足元から聞こえてきた。 次の瞬間、シエスタが足元を覗くよりも素早く、 両足に踏まれていた黒い影が滑るように抜け出した。 「え、きゃあっ!?」 足を取られ、再び尻餅をついてしまう。 そして、間髪居れず落ちて低くなったシエスタの視覚を、真っ黒いものが映り、覆い尽くした。 「え? え……? なに、これ……?」 ややおびえたように未知なる物を見つめる。 目の前の黒すぎるそれをシエスタは理解できなかった。 鼻の先すぐにあるそれは、近すぎて輪郭すら見えない。 ただ、それが『貴族』でも『平民』でもないことだけは解った。 ビ――――ッ!! ビ――――ッ!!! 黒いものから、さっき聞こえた音がうるさく響いた。 聞いていたら頭の痛くなりそうな音の襲来に、シエスタは思わず耳をふさぐ。 しかし、音は鳴り止まない。 その代わりに、黒いものはスッと身を引いた。 音がやや遠くなって、じょじょに輪郭が姿を現す。 『それ』は、意外にも人の形をしていた。 ただその上背はかなり低く、人間の子供以下。一メイルもないだろう。 丸々とした頭にはポコッと膨れた団子鼻がついていて、それでなぜか顔のバランスが取れている。 よくよく見てみれば、なかなか可愛らしい形をしている。 そして、体色は頭のてっぺんから足先まで黒一色だ。黒い。 黒すぎる。 身体的特徴から、シエスタはこれに対する一つの情報を導き出す。 これは、つい先日から話題となっていた『ミス・ヴァリエールの使い魔』ではないか? ――と。 そう思うと、ほんのわずかだが恐怖が和らいだ。 未知の魔物ならともかく、メイジの使い魔ならむやみに人を襲うことは無いからだ。 ……だが、どんな見てくれだろうとやはり貴族の使い魔。 しかもあの気の短くてプライドの高いことで有名なミス・ヴァリエールの使い魔。 下手をすれば何を言われるか解ったものではない。 「えっ、と。あなたはミス・ヴァリエールの使い魔ですよね……?」 シエスタはなるべく下手に出て、気分を損ねないようにと気を使った。 尤も、この使い魔に言葉が通じるのかわからないが。 ……ビ――――ッ! くるりと使い魔は背を向けた。 といっても、両面が等しく黒すぎるため、どっちが正面なのかは図りかねる。 「――――あっ!」 シエスタは異変に気づいた。 と同時に、これがこの使い魔をうならせている原因だと、 それは私のせいなのだといっぺんに理解した。 使い魔――Mrゲーム&ウオッチの背面真ん中辺りに、白い足型が スタンプのようにはっきりくっきりへばり付いていた。 「す、すみません! あの、私の不注意で……」 持ち合わせの布でゲーム&ウオッチの背(腹?)を拭きながら、 使い魔ことゲーム&ウオッチの、あまりのぺらぺらさに、シエスタは胸の内で驚嘆していた。 何で立てるんだろう? とか、 何で歩けるんだろうか? とか、 何で音が鳴るんだろうか? とか 何で動きがかたくて、一々ピコピコ言うのだろうか? とか、 何食べるんだろうか? それ以前にものを食べれるんだろうか? とか そんな疑問の数々でさえ、彼(性別もあるのか……?)の立ち振る舞いを見ていればたいした意味など無く、 ただ、『彼は歩けるから歩いてるんだよ』としか答えようが無かった、思いようが無かった。 彼に対するシエスタの第一印象は、不思議とか仰天とか通り越して、もはや『謎』の一言に尽きた。 「こぉ~ら~っ!!」 パタパタとした慌しい足音に2人が同時に振り向くと、 そこには杞憂だったと頭をかがめ、ばらばらと息を吐くルイズの姿があった。 ビ――――ッ♪ 確認するなりゲーム&ウオッチはどこかうれしそうに体をぴこぴこ鳴らし、 横向きのままやや歩きにくそうにルイズに駆け寄ったところで…… 「こぉの、バカッ!!」 ビィ――――ッ!!? ……ルイズに首根っこをおもいっきりつかまれてる。 ご主人(と思っているかは不明。)の突然の出来事に理解不能と必死に手足をバタつかせるゲーム&ウオッチだが、 いかんせん小柄で、しかもぺらぺらな彼はやはり見た目どおり軽いらしく、 首根っこをつかまれたまま人としては小柄で非力なルイズに軽々と宙に持ち上げられてしまった。 「あ、あの~。ミス・ヴァリエール……」 完全に腰が引けつつも、事態を飲み込めないシエスタが恐る恐るルイズに話しかける。 ルイズはやや怒気を含んでいるものの、比較的常識のある言葉でメイドを追い返した。 「あ――、アンタがここでこいつを捕まえてくれたんでしょ?一応お礼は言っておくわ。…………ありがと」 「えっ、ど、どうも。光栄です!」 最後の言葉は彼女が背を向け、やや照れくさそうにもぞもぞとしていた為か、あまり聞こえなかった。 ただ、それはしっかりとシエスタの耳に届いていたらしく、 シエスタはルイズの予想外な答えに驚き、このときだけは貴族への恐怖をどこへやらに投げ捨てた。 「さぁ行くわよ! 全く、私はまだ朝食とってないんだからね!!」 ビ――――ッ! 背を向けたまま、ごまかすように速いペースですたすたと歩き出す。 ルイズに引きずられた真っ黒い使い魔は片手をカタカタ細かく振ってビ――ッと鳴いた。 多分バイバイと言っているのだろう。 なんとなくおかしい光景に、自然と微笑みが漏れた。 片手を控えめに振って応えると使い魔はうれしいのか、 幼子のようにはしゃいで見せると余計にビ――ッとうるさく鳴き、今度は両手をカタカタと振り始めた。 やがて角を曲がってその姿が見えなくなるまで、シエスタは手を振り続けていた。
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前ページ次ページゼロのアトリエ 二つの月に照らされた、夜のトリステイン魔法学院。 その光が、宝物庫の外壁を歩く人影を浮かび上がらせる。 「ふん。物理攻撃が弱点、とはよく言ったものだわ。」 強力な『錬金』で全てを土くれに変える、というその手口から 土くれのフーケと名づけられた、メイジにして大怪盗。 「かかってるのは固定化だけみたいだけど、この厚さは私のゴーレムでも無理ね…」 苦労して手に入れた情報も、決定的なものではなかったということか。 「さて、一体どうしたものかね。」 考えながら外壁を降りるフーケ。 瞬きする間に、土くれのフーケはその存在を消し去っていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師10~ 錬金術の勉強を始めたルイズ達は、心持ち以前より良好な関係になっていた。 「何をしてるの?」 「あ、ヴァリエール。いや、ちょっと魔法の練習をね。」 ほんの少し、魔法に関するものごとを除いては、だが。 「…」 たしかにルイズに対して侮蔑の感情をあらわにすることはなくなったが、そのかわり、 キュルケの言葉にあわれみのようなものが混じるようになったことが気に入らない。 実に気に入らない。 「私もやる。」 「でも。」 「やるって言ったでしょ。」 ルイズの固い決意を読み取ったキュルケは、諦めたように両手を腰に当てる。 「しょーがないわねえ。じゃ、とりあえず空にファイヤーボールでも飛ばしてみる?」 「…やるわ。」 杖を構え、ファイヤーボールのルーンをよどみなく詠唱するルイズ。 「ヴァリエール。強力なファイヤーボールが飛ぶ所を心に強く思い浮かべるのよ。」 今度こそ。何百度目かのルイズ渾身のファイヤーボールを天に向かって放った、のだが。 なぜか、脇の宝物庫が大爆発を起こす。 ルイズ達の周りに重苦しい空気が漂う。 中庭の植え込みで、その一部始終を見ていた者がいる。フーケだ。 ルイズの魔法で宝物庫の壁にヒビが入った。一体あの呪文は何だろうか? 疑問が浮かぶが、ともあれ今がチャンス。 フーケは長い詠唱を完成させ、地面に向けて杖を振る。 轟音を立てて、巨大なゴーレムが立ち上がった。 「ゴーレム!?」 最初に気付いたのはルイズ。 ゴーレムは一目散に宝物庫へ向かい、巨大な拳で宝物庫を攻撃する。 「ちょ、ちょっと、何これ!?」 キュルケが思わず頓狂な声を上げると、ゴーレムがこちらの頭上に足を持ち上げた。 間一髪、タバサの使い魔、ウィンドドラゴンが滑り込み、 キュルケ、ルイズ、最後にタバサをつかんで、ゴーレムと足の間をすり抜ける。 「ふふ、頑張ってね…」 既に目的は達したのか、フーケは何かのルーンを呟くと、どこかに飛び去った。 (…ラート、ヴィオラート…!) 「ルイズちゃん?」 溶鉱炉の内部で仕上げに取り掛かっていたヴィオラートは、 ルイズの声を聞いた気がして我に返る。ルーンが光り、 ゴーレムに襲われるルイズ、という光景が眼前に飛び込んできた。 「ルイズちゃん!」 フライングボードに飛び乗り、宝物庫に急行する。 すぐに、巨大な土のゴーレムを確認したヴィオラートは三叉の音叉を取り出し、 フライングボードの勢いを生かしたまま、ゴーレムの頭に思い切り撃ちつけた。 あたりに澄み切った重低音がこだまする。 三叉音叉が、ヴィオラートの額のルーンと同じ色の輝きに包まれ、光が溢れ… 土のゴーレムは跡形も無く崩れ去った。 「大丈夫だった?ルイズちゃん!」 そう言ったヴィオラートの顔は汚れ放題で、服は土まみれ。 でもルイズはそんなヴィオラートの姿を認めた瞬間、何かが溢れそうだったので かわりに、微笑んだ。 翌朝。魔法学院では、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。 巨大なゴーレムで壁を破壊する、などという派手な方法で「破壊の像」が盗まれたのだ。当然である。 破壊された宝物庫の周りには学院中の教師が集まりざわめいていた。 壁には、土くれのフーケの犯行声明が描かれている。 「破壊の像、確かに領収いたしました。土くれのフーケ。」 教師達は好き勝手に責任を擦り合っているようだ。 「土くれのフーケ!ついに我が学院にも現れたか!」 「衛兵は一体何をしていたんだね!」」 「平民など当てにならん!それより当直の貴族はどうしていたんだね」 「当直など、誰も真面目にやってなかったではないか!」 (なんで、こんなみっともない貴族ばかりなの!ヴィオラートに、貴族のこんな姿を見せたくない…) ルイズはふがいない貴族の実態に憤りを感じ、せめて自分だけは貴族たらんと決意を新たにする。 「さて」 教師達が集まりきるのを待っていたのか、オスマン氏が悠々と姿をあらわした。 「犯行の現場を見ていたというのは、君達かね?」 「は、はい!」 ルイズ、キュルケ、タバサ。そしてヴィオラート。 「ふむ、君達か。」 オスマン氏は興味深そうにヴィオラートを見つめた。 「詳しく説明したまえ。」 ルイズが進み出て、見たままを述べる。 「あの、大きなゴーレムが、ここの壁を壊して…たぶん「破壊の像」を、盗み出したんです。」 「それで…肩に乗ってたメイジはゴーレムを飛び越えて、そのままどこかに…」 「ゴーレムは、ヴィオラートが破壊しました…」 「ふむ。後を追おうにも、手がかりはなしか…」 「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその…朝から姿が見えませんで…」 「この非常時に、どこに言ったんじゃ?」 「どこなんでしょう」 そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。 「申し訳ありません、朝から、急いで調査をしておりまして。」 「調査?」 「ええ。土くれのフーケの情報を。」 「仕事が速いの。で、結果は?」 「はい、フーケの居所がわかりました。」 「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル。」 「はい。近所の農民からの情報です。森の廃屋に、黒いローブの男が入って行くところを見たと。」 ルイズが叫ぶ。 「黒いローブ?フーケです!間違いありません!」 オスマン氏は目を鋭くして、ミス・ロングビルにたずねた。 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日、馬で4時間といったところでしょうか。」 「ふむ…」 周囲が、オスマン氏の次の言葉を待つ。 「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ。」 周囲が、静まり返る。 「おらんのか?」 教師達は静まり返り、誰一人としてオスマン氏に向き合おうとすらしない。 ルイズはうつむいていたが、すっと杖を顔の前に掲げた。 「ミス・ヴァリエール。君は生徒じゃないか。」 「誰も掲げないじゃないですか。」 ルイズはまっすぐな目で、オスマン氏を見返す。 ルイズが杖を掲げているのを見て、キュルケも杖を上げた。 「ふふ、ヴァリエールには負けられませんわ。」 それを見て、タバサも杖を掲げた。 「タバサ。あんたはいいのよ?」 そう言ったキュルケに、タバサは 「心配」 とだけ告げ、ちらりとルイズを見る。 キュルケは嬉しそうに、タバサを見つめた。 ルイズも感動した面持ちで、タバサにお礼を言った。 「ありがとう…タバサ…」 そんな三人の様子を見て、オスマン氏は破顔する。 「そうか。では、頼むとしようか。ミス・ロングビル、案内役を頼む。」 「はい」 そう命じられたミス・ロングビルの顔には、場違いなほど妖艶な笑みが浮かんでいた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのアトリエ ラ・ロシェールを挟む峡谷の上。険しい岩山のわずかな平地に人影がある。 フーケが、大の字になって倒れていた。 「あの女どころか…あんなガキどもにまでやられちまったよ!くそっ!」 もはや満身創痍、体中傷だらけではあるが致命傷は一つも食らっていない。 飛ばされている途中に『フライ』をかけて『アイス・ストーム』の向かう方向へ飛んだ。 簡単に言ってしまえば、死んだフリをしてやり過ごしたのだ。 「私にトライアングル二人の足止めさせといて、自分は愛しいルイズ様の騎士役だって?ハッ!」 あの女とガキどもは当然として、あまりに自己中心的な仮面の男に対しても怒りがこみ上げてくる。 仮面の男に限らず、組織そのものがフーケには肌に合わなかった。 フーケは自己の判断で自分の気に入らない貴族を襲ってきたし、それを変えるつもりも無かったのだが、 ご立派なお題目を掲げたレコン・キスタは勝手な行動を許してくれない。 せいぜい手駒として役に立てとばかりに、休みなしに勝手な命令を伝えてくるだけだ。 少し休もう。いい機会だ。自分が『アイス・ストーム』に飛ばされる姿は何人もが目撃している。 杖を握れぬほどの怪我を負ったので静養していた、とでも言えば何とかなるし、 気が向かなければこのまま消えるのもいいかも知れない。 「誰も知らない所で…あの娘の所にでも行こうかねえ」 フーケは懐の宝石を確認し、ゆっくりと、助かった事を確認するかのように立ち上がる。 あいつらがいなくなった後、次の船あたりでこっそりアルビオンに向かおうと計画を立てた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師20~ その木の中は吹き抜けになっていて、各枝に通じる階段が所狭しと並んでいた。 ワルドたちは目当ての階段を見つけて駆け上る。 木の階段がきしむ音を聞きながら、途中の踊り場に差し掛かった時。 ヴィオラートは、きしむ音にもう一つの足音が混じっている事に気付く。 さっと振り向くと、黒い影が翻りルイズの背後に回る。 先ほどフーケのゴーレムに乗っていた、白い仮面の男だった。 (え?) その男には見覚えがあった。見覚えのある男が仮面を被っていた。 だって、髪の色も、気取った仕草も、走る姿だって同じなのだから。 ヴィオラートは杖を向けると同時にルイズに怒鳴った。 「ルイズちゃん!」 ルイズが振り向く。一瞬で男はルイズを抱え上げた。 (まさか…まさか!) 男は軽業師のようにジャンプする。そのまま地面に落下するような動きだった。 即座にワルドが杖を振り、風の槌に打ち据えられた仮面の男は思わずルイズから手を離す。 ワルドは仮面の男を無視し、ルイズに向かって急降下していく。 ヴィオラートは一つの実験を試みる。 あるものが他のあるものと同一であるかどうか、同一条件で試し実証する。 対象は仮面の男、条件は杖の火球。 「えーい!」 仮面の男に向かって飛んだ火球は、予想通り… 風の魔法に散らされて、逆にヴィオラートを襲う。 だが、ヴィオラートは今度は額のルーンを光らせ、ほんのわずかデルフリンガーに顔を出させた。 「やいこら、またおめえはこんな時だけ急に―――」 背中のデルフリンガーに火球の全てが吸い込まれる。 「どぅあちぃぃぃぃ!!」 デルフリンガーの付け根あたりが黒いすすで覆われ、 その間に、ルイズを受け止めたワルドが『フライ』の呪文で階段に戻ってきた。 そして、仮面の男にもう一度『エア・ハンマー』を叩きつける。 仮面の男は力を失い、地面に向かって落下していった。 しばらく経っても、戻ってこなかった。 階段を駆け上った先は、一本の枝が伸びていた。 その枝に沿って一艘の船が停泊している。 ワルドたちが船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。 「なんでえ、おめえら!」 「船長はいるか?」 「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝改めて来な。」 船員は、酒の瓶を啜りながらそう言い放った。 「貴族に二度同じことを言わせる気か?僕は船長を呼べと言ったんだ。」 ワルドは杖を抜き、船員に照準を合わせて脅す。 「き、貴族!」 船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んでいった。 「何の御用ですかな?」 船長はうさんくさげにワルドを見つめる。 「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ。」 「これはこれは。して、当船へどういったご用向きで…」 相手が身分の高い貴族と知って、船長は急に相好を崩す。 「アルビオンへ。今すぐ出航してもらいたい。」 「無茶を!」 「無茶でもだ。僕の『風』も力を貸す。僕は風のスクウェアだ。」 船長と船員は顔を見合わせる。 「ならば結構で。料金は弾んでもらいますが…」 「積荷全てと同額出そう。」 商談は成立し、船長は矢継ぎ早に命令を下す。 「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」 帆が風を受けてぶわっと張り詰め、船が動き出す。 「アルビオンにはいつ着く?」 ワルドが尋ねると、 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」 と船長が答えた。 ヴィオラートは舷側に乗り出し、地面を見た。『桟橋』大樹の枝の隙間に見える、 ラ・ロシェールの明かりがぐんぐん遠くなってゆく。結構な速さのようだ。 小さくなる桟橋を見つめながら、ヴィオラートは深い思索の海に沈みこむ。 ワルドはルイズにとっての敵だ。それは間違いない。 しかし、それをルイズに納得させるだけの材料は残念ながらない。 ヴィオラートが見つけた根拠は全て主観で、あるのは経験則による自己流の判断だけ。 例えそれが正しくとも、気のせいと言われれば返す言葉はない。 それにルイズは今、信じたいものを信じようとしている。そんな時の人間に届く言葉は、ない。 もしかしたら、最悪の状況でワルドと対峙することになるかもしれない。 そこで、あるいはその前に何としてもルイズの目を覚ます。 ヴィオラートはひそかに覚悟を決めて、前を向いた。 その隣にはルイズが立ち、同じように地面の方をじっと見つめている。 二人は一言も発せず、遠ざかる地面を同じように眺め続ける。 そんな二人の元に、ワルドが近寄ってきた。 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ。」 ルイズがはっとした顔になった。 「ウェールズ皇太子は?」 ワルドは首を振った。 「わからん。生きてはいるようだが…」 「どうやって…連絡を取ればいいかしら。」 「…陣中突破しかあるまいな。」 ルイズは緊張した顔で頷いた。それから尋ねる。 「そういえば。あなたのグリフォンはどうしたの?」 ワルドは微笑んで、口笛を吹いた。グリフォンは甲板に着地し、船員達を驚かせる。 ヴィオラートは舷側に座り込んだ。とりあえず今は機会を待つしかない。 延々と続けられているルイズとワルドの会話を子守唄に目を閉じる。 どうやらまた危険な事になりそうだ、そんな予感を胸中に抱えて。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのアトリエ 学院長室で、オスマン氏は戻った四人の報告を聞いていた。 「ふむ、ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな。」 「一体、どこで採用されたんですか?」 脇に控えたコルベールが問いかける。 「町の居酒屋じゃ。彼女は給仕をしとっとのじゃがな、この手がついっと、その、尻を。」 「で?」 コルベールが先を促す。 「それでも怒らなかったんじゃよ。だからつい、秘書にならないかと言ってしまった。」 「なぜです?」 本当に理解できないといった表情でコルベールが言った。 「うむ、今思えばあれもフーケの手じゃったに違いない。全く、女は魔物とはよく言ったものじゃのう。」 コルベールはその時、今更ながらフーケのその手にやられ、宝物庫の弱点について語った事に思い至った。 「そ、そうですな!美人はそれだけで、いけない魔法使いですな!」 あの一件は自分の胸だけに秘めておこうと思いつつ、オスマン氏に調子を合わせる。 「その通りじゃ!君はうまいことを言うな!コルベール君!」 ヴィオラートとルイズ、タバサとキュルケの四人は呆れ返ってそんな二人の様子を見つめていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師12~ 生徒達の冷たい視線に気付くと、オスマン氏はことさらに厳しい顔を作って見せた。 「フーケは捕らえ、破壊の像は無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ。」 オスマン氏は、一人ずつ頭を撫でる。 「君達三人の『シュヴァリエ』の爵位と、ミス・タバサの『精霊勲章』の授与を宮廷に申請しておいた。」 ルイズ・キュルケ・タバサ、三人の顔がぱあっと輝いた。 「本当ですか?」 キュルケが、驚いた声で言った。 「本当じゃ。君達はそれぐらいのことをした、当然の結果じゃよ。」 ヴィオラートが、怪訝な顔で尋ねる。 「それって、あたしもですか?」 「うむ、見事な魔法でフーケを捕らえたという功績があれば、何も問題あるまい。」 そういうと、オスマン氏はウインクをして見せた。 「なあに、駄目だとぬかしよったらこの私がねじこんでやるわい。」 何というかごめんなさいだった。 「さてと。今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。」 キュルケの顔の輝きが、さらに強くなった気がする。 「そうでしたわ!フーケの騒ぎですっかり忘れておりました!」 「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ。」 三人は、礼をするとドアに向かう。 ヴィオラートだけが、微動だにせずオスマン氏に視線を送る。 「先に行ってていいよ。」 ヴィオラートは言った。三人は心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行く。 「なにか、私に聞きたいことがおありのようじゃな。」 オスマン氏は、コルベールに退室を促す。 わくわくしながらヴィオラートの話を待っていたコルベールは、しぶしぶ部屋を出て行った。 「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。」 コルベールの退室を見届けた後、ヴィオラートが口を開く。 「あの、『破壊の像』は、あたしが元いた世界の道具です。」 オスマン氏の目が光った。 「ふむ、元いた世界とは?」 「あたしは、こっちの世界の人間じゃないんです。」 「本当かね?」 「本当です。あたしは、ルイズちゃんの『召喚』でこっちに呼ばれたんです」 「なるほど、そうじゃったか…」 「あの、破壊の像…あれをここに持ってきたのは、誰なんですか?」 オスマン氏は目を細めた。 「もう…何年も昔の話じゃ」 「森を探索していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのがその「破壊の像」の持ち主じゃ。」 「彼は、ワイバーンの最後の一撃で怪我を負い、それがもとで命を落とした…」 「死んでしまったんですか?」 オスマン氏は頷いた。 「フィンデン王国に帰りたい、元の世界に帰りたいと繰り返してな。彼は君と同じ世界から来たんじゃろう。」 「俺の不幸な人生を、考えさせる…そう言い残して彼はこの世を去った…」 オスマン氏は虚空を見つめる。珍しく澄み切った瞳で、しばし黙考し。 オスマン氏は、次にヴィオラートの額を見つめた。 「おぬしのこのルーン…」 「はい、これについても聞きたかったんです。」 オスマン氏は、話そうかどうかしばらく悩んでから、口を開いた。 「これなら知っておるよ。ミョズニトニルンの印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ。」 「伝説の使い魔のしるし?」 「そうじゃ。その使い魔はあらゆる『魔法の道具』を使いこなしたそうじゃ。」 ヴィオラートは、首をかしげた。 「どうして、あたしがその伝説の使い魔なんかに?」 「…わからん。」 「…そうですか。」 「おぬしがどういう理屈でこの世界にやってきたのか、私なりに調べようと思う。しかし。」 「わかるとは限らない。とくに初めてのことなら、手がかりなんてあるわけがない。」 ヴィオラートの指摘に、オスマン氏は驚愕の表情を浮かべる。 「だから、帰る手段は、あたし自身で創り出そうって。そう思います。」 「おぬしは…」 オスマン氏はヴィオラートをしばし見つめると、万感の思いを込めて言葉を贈る。 「うむ。おぬしならきっといつの日か、帰る手段を見つけ出せるであろうよ。」 ヴィオラートはぺこりと頭を下げ、退室する。 「神の頭脳、か。やはり、それに相応しいものに与えられた、ということじゃろうか…」 オスマン氏はヴィオラートの消えた扉の先を、いつまでも見つめていた。 食堂の上の階が、大きなホールになっている。舞踏会の会場である。 ヴィオラートはバルコニーの枠にもたれ、バッグに溜め込んだ料理を粛々と平らげていた。 「ここにいたの。」 「あ、ルイズちゃん。」 いつもの服のままのルイズが、近寄ってきた。 「ヴィオラート、あなた魔法が使えること隠してたのね。しかもあんな強力な、先住魔法」 非難するように問いかける。 「え、べつに隠してたわけじゃ…」 「隠してた。」 頬を膨らませたルイズが、ヴィオラートに詰め寄る。 「でもでも、あたしのいた世界だと、珍しい事じゃないし…」 「そうなの?」 「うん。皆一つくらいは、不思議な特技が使えるから。」 「変わってるのね。まあ、私は信じてあげる。皆は、そうは行かないだろうけど。」 強力な魔法を使い、フーケを撃退した。それは既に周知のものとなっている。 「だから人前では、杖を使うふりくらいしなさい。じゃないとエルフだって勘違いされちゃうからね。」 「エルフ?それは、さすがにまずい、かな。」 とりあえず、明日からは杖の素振りでも始めないとダメかな? ヴィオラートがちょっとブルーになったその時、 「あ、いたいた。」 ようやくノルマ…『つきあっている』男性の相手を終えたキュルケと、 何かに満足した顔のタバサが顔を出した。 「こんな所にいたのね、準備、できてるわよ。」 「…入場。」 「え?え?」 ヴィオラートはキュルケとタバサに腕をつかまれ、連れ出された。 その後を、ルイズがしてやったりの笑顔で追いかけていく。 ホールの壮麗な扉が、音を立てて開いた。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢!」 「そしてその使い魔、ヴィオラート・プラターネ嬢の、おな~~り~~~」 会場の喧騒が途切れる。 ルイズは長い桃色掛かった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティードレスに身を包んでいる。 肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、 胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせていた。 ヴィオラートは基本的にルイズに合わせた服装、ただし胸元が強調され、 七色に輝く不思議なアンクが首筋を彩っている。そして、キュルケに施された薄化粧が、 普段のヴィオラートからは想像もつかないような美しさを見事に引き出していた。 主役が全員揃ったことを確認した楽師たちが、小さく、流れるように音楽を奏で始めた。 ルイズとヴィオラートの周りには、その姿と美貌に驚いた男達が集まり、盛んにダンスを申し込んでいた。 今までゼロのルイズとからかい、また土まみれの田舎娘と馬鹿にしていたノーマークの女の子の美貌に気付き、 いち早く唾を付けておこうというのだろう。 「ど、どうしよう、ルイズちゃん~!」 ヴィオラートが困った顔で、珍しくルイズを頼った。 「あなたのそんな顔が見れただけで、私の見立てたこの服の倍の価値はあるわね。」 ルイズがニヤニヤしながら、ヴィオラートの困窮顔を鑑賞する。 見かねたキュルケが、老婆心ながらの忠告をヴィオラートに与えた。 「大丈夫、適当にエスコートしてもらえばいいの。身元も割れてるから安全よ。」 それだけ言うと、キュルケは人の波の向こうに消える。 仕方ない、覚悟を決めたヴィオラートがおそるおそる発言し… 「え、えーと、ダンスとか、あんまり得意じゃないんだけど…いいかな?」 男達の何かの回路に、盛大に放火してしまった。 「ぜひ僕と!」 「いやいや、初々しいレディのエスコートにはこのギーシュ・ド・グラモンこそが相応しい!」 「僕にだって権利はあるはずだ!」 「マリコルヌは自重しろよ!」 「どうかこの僕にお慈悲を!」 ブリギットあたりなら、さっさと相手を選んで華麗に踊るところなんだろうなあ。 そんなことを考えながら、誰を選べばいいのかヴィオラートは悩んで、天を仰いだ。 そんな様子をバルコニーから眺めていたデルフリンガーがこっそりと呟く。 「おでれーた!」 二つの月の光がロウソクのそれと溶け合い、ホールの中に幻想的な雰囲気を作りあげる。 「相棒、てーしたもんだ!」 踊る相棒とその主人を眺めながら、デルフリンガーは、おでれーた!と繰り返した。 「ご主人様と一緒に舞踏会の主役を張る使い魔なんて、始めて見たぜ!」 前ページ次ページゼロのアトリエ
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食堂に入るなり、私たちは一斉に奇異の目を向けられた。 他愛ない世間話や自慢話などに花を咲かせていた者たちが皆、 一瞬だけぴたりと言葉、そして動きを失った。 しかし、ルイズとその使い魔が食堂内を一歩一歩と歩く内に、 彼等の態度はじっくりと変わっていく。 横目でこちらを覗きつつ、隣の者とくすくす笑い話を始めるのだ。 それも、『わざと』ルイズに見えるように、聞こえるように。 もちろん。全員が、と言うわけではない。 中には呆けた馬鹿面で、口に食べかけたチキンを咥えたままルイズたちを 見送る間の抜けた小太りの少年などもいた。 「…………」 ルイズは当てられる視線の全てを無視するように目を閉じ、 先の見えない双眸で自分の席へと性格に歩を進めている。 ピコピコ変な歩き方で追いかける使い魔の騒音すら、耳に入ってない様子だ。 「…………ふぅ」 席に着き、眼前に広がる料理を見る。 料理は数十分前とほぼ同じ形で皿の上に並んでいた。 半分ほど注がれているワインも、並べられた多種多様なフルーツも全て出された状態でそこにあり、 唯一メインデッシュの大きな鶏肉に、一口ほど皮をかじった後が点のように張り付いているだけ。 当たり前だ。この使い魔を探すために、ルイズは食前の祈りも半ばにここを飛び出したのだから。 ぎしっと椅子を軋ませ、背もたれに圧し掛かる。 たまらず、息が漏れた。ため息に近かった。 「(……疲れた。なんだか、この歩きなれた短い距離が、何千メイルにも思えたわ……) やはり、というか、予想していたことだったが、 依然として注がれる他者の視線とは、こうも痛いものなのかとルイズは改めて思った。 若干頬が赤く染まっているのは紛れもなく恥ずかしさゆえなのだろう。 ちらっとテーブル上に一瞥をくれてやる。 料理はもう、とっくに冷めていた。 ~ゼロの平面5~ 「(さあ……アンタはそれを食べるの……?)」 冷めた料理は食欲を誘わなかった。幸い、おなかは減っていない。 それに、今ルイズの興味と関心を大いに誘うのは目の前の冷めた料理やその他大勢の視線でもなく、、 床に広げられた薄いスープと硬いパンの乗せられた皿を食い入るように見つめては 不思議そうに顔を傾ける真っ黒くて薄っぺらな使い魔だった。 ――――このぺらぺらの使い魔は、果たして何を食べるのだろう? 今朝方に浮かんだ疑問が、今一度ルイズの頭をよぎっていた。 コトッ…… 真っ黒の使い魔は興味無さ気に、それにしては音を立てないように、静かに皿を床に置いた。 続いて硬いパンに手を伸ばすと、全くパンを見もせずに大きく開いた口に躊躇無く投げ入れる。 一口だった。もむっと柔軟な音がしたかと思うと、使い魔は体をぶるっと震わせた(恐らく咀嚼だろう)が、それだけだった。 使い魔がルイズと、テーブルの上の料理を順番に見上げた。 だが、興味が無いのか? 直に視線を外すと風に飛ばされて机から落ちた紙のように、 ぺちゃりとその場に倒れこんだ。 『パンは食べた、でもスープは飲まなかった。』 こっちの料理を見ても興味が無い(無さ気?)と言うことは、現状で出される料理に不満は無いらしい。 ルイズは相変わらず自分の料理には手が進まなかったものの、 頭だけはこの使い魔のことを知ろうと彼女なりにフル回転させていた。 「え!?」 ルイズが皿を覗き込んだとき、一つの変化に気づいた。 使い魔が手を付けてなかったはずのスープが、いつの間にか飲み干されていたのだ。 空となったボロ皿を、使い魔は口に付けてすらいないのに。 一体いつ飲み干したのだろうか? 私に気づかれずに………… 疑問を孕んだ視線を投げ掛けるも、 使い魔は床にだらりと寝そべったまま、視線に気づくことさえない。 しばらくしても、当然答えが返ってくるわけは無かった。 朝食を終え――ルイズは殆ど食べていない――、ルイズは使い魔の足を掴んで引きずりながら教室に入った。 すぐさま視界に飛び込んできたのは他の生徒たちと、そのそれぞれが有するファンタジー溢れる使い魔たち。 ルイズのような変てこな使い魔はおらず、ちゃんと種族が確定しているものばかりだった。 当然のごとくここでも注目を集め、早速何人かのお調子者軍団にからかわれた。 悔しさに身を震わせながらも、いつか見返してやることを心に強く決め込む為に、 ルイズはあえて、甘んじて言葉を受けいれていた。 中には使い魔――ゲーム&ウオッチそのものに対する嘲笑やからかいもあったが、 当の本人は何食わぬ顔……もとい、何食わぬ動きでお気楽にビ――ッと鳴いて見せた。 ゲーム&ウオッチはきょろきょろと珍しいものを見るように、 やや興奮気味で、せわしなく顔を左右に動かしている。 誰かと目が合うたびにその誰かはクスクスと押し殺し気味に笑うのだが、 ゲーム&ウオッチはそんなこと全く気にせず(ただ解ってないだけだろう)、 ぶんぶんと大きく手を振って、そのたびにビ――ッと鳴いた。 そんなのんきな使い魔の様子を、ルイズは何も言わずに、頭を抱えて苦しそうに見ていた。 教員が教室に入ると、ざわざわしていた空気がピタリと止んだ。 やや癖のある歩き方で教壇の前に立つと、わざとらしい咳払いを一つする。 シュヴルーズの、恐らく悪気の無い嫌味の後、授業が始まった。 何時もなら真面目に受けるはずが、ルイズの視線は横目だったが相変わらず使い魔のほうに注がれていた。 自分でも理由は解らない、しいて言うなら、こいつは目を離した隙に何をするのかわからないから、 厳しく言うなら監視のために。 この使い魔は自分に懐いている様なのだが、好奇心が強いのか、 初めておもちゃ売り場につれてこられた子供みたいにやたらと自分勝手に動き回る。 事実、教室にくるまで何回逃げられたことか。掴んでいても、 持ち前の細さと平べったさで気づかないうちに脱出しているのだ、こいつは。 ……まぁ、動くたびにピコピコ鳴るので『気づかれない内に』ということは無かったのだが。 ルイズはさらに食い入るように使い魔を見た。 今のところ、おとなしく座っている……いや、正確に言うと、ぼーっとした顔でただじっと、 しかし、シュヴルーズの説明、一挙手一挙動を顔で追っている。 意外なことに、この使い魔は授業の内容にかなり興味を抱いているようだった。 真っ黒くて薄い、威圧感の欠片も無いはずの体から、見逃すまいとでも言出だしそうな無言の圧力をルイズは感じとる。 自分にとってはこんな今更で、コレまでのおさらい同然の授業など、 乗馬と同じくらいに得意分野だし、嘗てのおさらい等教科書に穴が開くほど勉強したのだ。 聞かなくてもたいした問題にはならないので、特に気負いすることは無かった。 が、しかし、それはあくまで個人の意見。 教師にとって、授業をまともに聞かず、余所見ばかりしている生徒など 罰を与えなければならない小憎たらしい存在でしかない。 「ミス・ヴァリエール! 私の授業はそんなに退屈ですか? それとも……いくら珍しいからと言って、そんなに自分の使い魔が気になりますの?」 ルイズはバッと顔を振り向かせ、頬を染めながら教壇上のシュヴルーズを睨む。 同時に、周りからざわざわとした空気が漂い始めた。 シュヴルーズは叱責のつもりで言ったのだろうが、 周りの生徒の忍び笑いを誘うには十分すぎるほど嫌味でねちっこかった。 お調子者どものつぼを刺激するのは、まぁ、あたりまえだろう。 「は、はい……すみません」 教師に逆らうわけにもいかず、目をきゅっと閉じ合わせたルイズは素直に謝った。 しかし、そこで許してやるほど、教師と言うのはそう甘くない。 「余所見をする……ということは、授業の内容など聞くにも値しないと言うことですね? よろしい! なら、この『錬金』をミス・ヴァリエール! あなたにやってもらいましょう」 目が見開かれ、呆然とした顔になる。 途端に周りの生徒たちが、先程以上に騒ぎ出し、 とうとう声を上げて一方的に異論を唱え始めた。 「無茶です! 絶対いヤ、……ムチャ」 「先生!? 気は確かですか!!?」 「む、無理だ。ヤムチャがフリーザに戦いを挑むくらい……無謀だ」 「『勇気』と『無謀』は違うぞ!! 先生!」 「『失敗』を恐れることは『進歩』への侮辱です! それ以上無粋な口を開くなら口に赤土を、 それも私が直々に突っ込みますよ? ……さ、ミス・ヴァリエール!」 しかし、シュヴルーズは意見を無視してルイズを手招きする。 ルイズはルイズで覚悟を決めたらしく、椅子から立ち上がるとゆっくり教壇に向かい、 その動きに対をなすように、生徒たちの大半は教室の出入り口に殺到した。 まるで、地震災害でも起きたみたいにパニック状態で逃げ惑っている生徒たちを見て、 流石のシュヴルーズも、ついでに言うならそれまで能天気に拍手していたゲーム&ウオッチも、 何かがやばいことに感づき始めて顔を青ざめさせたのだが………… ――――――――もう、遅かった。 石ころは見事に大爆発を巻き起こし、教室内にあった殆どのものを吹き飛ばした。 何とか廊下に逃れることが出来た生徒たちは爆発に頭をかがめ耳を塞ぎながらも、 自らの命がここにまだあったことに隣のものとだれかれかまわずに抱き合って喜んだ。 残念ながら逃げ遅れた生徒たちは、ほぼ全員が頭等を打ちつけ気絶。 ぶっちゃけ、それだけですんだのが奇跡だし、 さらに近くにいた、というか殆どゼロ距離にいたシュヴルーズが、 肌が少し焦げたのと、体のあちこちを打ちつけたことと、それによる気絶。 爆心地にいたにも拘らず、それだけですんだのはこの日最高の奇跡だろう。 別名を、不幸中の幸いという。 「あ、あはっ……失敗しちゃった……」 真っ黒こげ一歩寸前の状態のルイズがてへっと謙虚気味に口を開く、 たちまち口からもわっと黒い煙が出てきたが、一切気にはしなかった。 ――というより、なんで無事なのだろうか? ボム兵にも匹敵するかもしれない爆発によって、 縦のまま頭から壁に突き刺さったMrゲーム&ウオッチはきっとそう思ったに違いない。 彼の体が力なくペロンとうなだれた後、 壁の中からビィィィィィィッィヅ!! と濁った濁音が聞こえてきた。
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前ページ次ページゼロのイチコ 「ちょっとタバサを驚かそうと思っただけだったんだけどね、ごめんなさい」 と笑顔で謝るキュルケとその横に立っているタバサ。キュルケのその態度はあまり反省してるように見えなかった。 三者三様、それぞれに非のある事もあったため。部屋の穴の修理費は三等分になった。 私の部屋の香水やランプなども被害にあったが、あまりツェルプトーに金を出してもらうのも癪であったため断った。 タバサも自分の部屋の修理は自分で金をだすらしい。 「ごめんなさい」 とタバサが頭を下げる。 「いいのよ、あなたはどちらかというと被害者だし」 今回の元凶はキュルケで、実行犯がイチコになる。 イチコは部屋の隅で足を折りたたんで座る、彼女が言うには「正座」という座り方、をしている。 昨夜にみっちり叱りつけたので反省しているようだ。 今日は虚無の日、授業は休みなのでみんな思い思いに過ごす日だ。 私はと言うと普段は部屋で本を読んだり、郊外で魔法の練習をしたりするのだけれど。 部屋の修理のため今日は部屋にいるわけにもいかない。 それに香水とランプを買いに街までいかないといけない。 私はイチコを連れて街に出かけることにした。 トリステインの城下町は今日も大勢の人間でごった返していた。 ここは貴族も平民も入り乱れ生活している。さすがに位の高い貴族はこんなところには来ないが、家名の低い貴族は平民と変わらない生活をしている者たちもいる。 「あの、ご主人様……」 「あによ?」 「なんだか、周りから見られているように思うのですが」 「そりゃ、杖も持ってない変な格好の人間が浮いてたら不信に思うわよ」 ふと間違えればエルフが街に紛れたと思う――慌て者はさすがに居ないにしても、さすがに不審者には見えると思う。 だからと言って、使い魔を留守番させてては意味が無い。常に主人のそばを付き従うのが使い魔だ。 別にやましい事をしているわけじゃないのだから、堂々としてれば良いのだ。 仮に兵士がやってきたとしても説明すれば分かってくれる、と思う。たぶん。 「やっぱり、わたし歩きましょうか?」 「周りの目なんか気にしなくて良いわよ、浮いてたほうが楽なんでしょう?」 歩くことはできる、というよりは足を動かして歩いている振りが出来るのだ。 だけれども、そんな事をしたらせっかくゴーストを使い魔として従えてるのに普通の人間を呼び出したみたいで嫌だ。 ほとんど見得なのだけれど、初めて成功した魔法なのだ。このぐらいは誇示したいと思う。 「あら、おかしいわね。ランプ屋は確か……」 この通りにあると聞いたのだけれども見当たらない、見過ごしたのだろうか。 キョロキョロと見回す。イチコも少し浮き上がって周囲を見渡している。 そこでピンと思いついた。 せっかく召喚した使い魔を使わないでおく事は無い。 「イチコ、あなた飛べるのだからランプ屋と香水を売ってる店を探してきなさい」 「あ、はい。分かりました」 ふわふわと浮き上がるイチコ、まる見えになる純白のパンツ。 「待ちなさい!」 「はい? どうしました」 「やっぱり二人で探しましょう」 「は、はぁ?」 主人の恥は使い魔の恥、逆もまたしかり。 イチコに無闇に高く浮き上がらないように言いながら街の散策を続ける。 その後、ランプ屋は簡単に見つかったのだが香水がなかなか見つからない。 いや、香水自体は露天などにも売っているのだが。普段使っているモノが見つからない。 家に居た頃は買い物などは使用人の仕事であったし、学院にも定期的に必要な雑貨は送られてくる。 今回のような事故など起こらなければわざわざ買い物など来なかったのだが。 一瞬学院のメイドに頼もうかと思ったが、あれの雇い主は学院長のオスマン氏となっている。 学生としての領分を越えた頼みは出来ない。 たまに無茶を頼む学生もいるとは聞くが…… 「おい、そこの嬢ちゃん。どうだ、何か買っていかねぇか?」 歩き疲れた頃、そう声をかけられた。 振り返るとそこは武器店だった。姿は見えないが中から声はする。 「おいっ! デル公、勝手に喋るなっつってるだろ!」 と奥から店主らしき男が出てきた。 その男はこちらに気づくと 「これは貴族様、とんだ失礼を」 と似合いもしない笑顔をこちらに向けた。 それよりも最初にわたしたちに声をかけた人間の姿が見えない。 イチコを見ると、彼女もわたしのほうを向いた。よく状況が分からないといった顔だ。 「おう、ココだココ。どうだ、貴族っつっても剣が使えて損はねぇぞ」 よく聞くとその声は無造作に木桶につっこまれた剣の一つから発せられていた。 なるほど、インテリジェンスソードだったのか。 「こらっ、黙ってろっつっただろ。大体お前みたいな大剣を扱えるわけ無いだろ!」 確かに護身用よりは実戦用の大きな剣だった。 女性に扱えるようには見えない。 「商売ベタのオマエさんの変わりに客引きしてやってるんじゃねぇか。どうせヒマなんだろ」 確かに店内はガランとしてる。といっても戦争が無い時期は普通こういうものなんじゃないだろうか。 「ぇええ?! 剣が喋ってます、お化け?!」 「お化けはアンタでしょ!」 イチコが随分と反応遅れて驚いていた。 「へぇ、お化けに取り憑かれている貴族様とは珍しいな」 と、その剣は失礼なことを言った。 「この子はわたしの使い魔よ」 「あ、でも憑いてるというのもあながち間違ってない気がしますね。幽霊になって日も浅いですからうっかりご主人様を呪い殺してしまわないかと最近不安で不安で」 何か恐ろしいことを言っている。だがこの底抜けに明るい幽霊が呪いとか言ってもまるで緊張感が無かった。 「どうも、はじめまして。わたくし高島一子と申しまして。訳あって幽霊しながらご主人様の使い魔などをさせてもらっています」 「おぅ、俺の名前はデルフリンガー。デルフとでも呼んでくれや」 「はい、デルフさん」 幽霊と剣が目の前で交友を深めている。シュールだった。 ふと目を逸らすと店主と目が合った。 「それで貴族様、剣などのご入用はございませんでしょうか? いえ、もちろん魔法があれば剣など入用では無いかもしれませんが……」 魔法があれば、という所が引っかかる。だがわざわざ自分から魔法が使えないとも言えない。 店主は装飾として杖としての剣も取り揃えている、などとと熱心に説明をしている。 しかし私は剣を買う気など毛頭無かった。 「そうです、いかがですか使い魔の方にも剣を持たせると見栄えが上がりますよ」 「悪いけどあの子幽霊だからモノが持てな――」 「本当に重いですね、う、腕が……」 「ま、お嬢ちゃんの手には余るわなぁ……って嬢ちゃん使い手か?」 モノが持てないはずのイチコが剣を持ち上げていた。 あまりの出来事に言葉を失くす、武器屋の主人はそんな私を首をかしげて見ていた。 「……イチコ」 「は、はい。ななんで、しょう。ご、しゅじんさ、ま」 インテリジェンスソードが重いのか、プルプルと震えながら話す。 「取りあえずソレを置きなさい」 「は、はぃ」 元の木桶の中に剣を戻す。そして改めて向き直った。 「なんでしょう、ご主人様?」 「アンタ、なんで剣が持てるの?」 「いえいえ、あれは重くて重くて持てるものではありませんでした。やっぱり少しは鍛えないといけませんねぇ」 「そうじゃなくて、なんで生き物じゃないものが触れるのよ」 「……あれ?」 振り返って手じかにあった棚を触ろうとする、しかし手がすり抜ける。剣を取ろうと手を伸ばすが突き抜ける。 順々に触れるものは無いかと探って横移動、何をしてるのかと呆然としていた店主に行き当たって握手をする。何をしているのか。 そうして店を一周して再びインテリジェンスソードの所まで戻った。 柄に触れるが突き抜けない、そのままガシリと持つと不安定ながらも持ち上げた。 「えぇ?! なんで持てるんですか? はっ、もしや私ついに幽霊としてパワーアップを成し遂げたのでしょうか? しかし、そうなるといよいよご主人様を呪い殺してしまわないか心配になってきますね。でもでも、触れるようになったのは大変喜ばしいことですし。 なにより、ご主人様のお世話が出来るようになるかもしれませんし」 う~ん、と悩みはじめるイチコ。 幽霊としてパワーアップ? そうじゃないと思う、だったら他の剣にも触れるようになって無いとおかしい。 さっき私は「生き物ではない」と言った。 しかしインテリジェンスソードは無生物だろうか、それとも生き物だろうか。 もしかしてインテリジェンスソードは生き物だから触れたのではないだろうか。 「ねぇ、この店にあるインテリジェンスソードはあれ一本なの?」 「へ、へぇ。すいやせん。インテリジェンスソード自体が希少なもので」 それもそうだ、実際剣が喋っても得なことなどほとんど無いのだ。 実験的に作られはしたものの需要が少なくほとんど量産されなかったのだ。 この機会を逃せばインテリジェンスソードなんてほぼ見つからない。 「分かった。それじゃ、あの剣を買うわ」 使い魔は主人を守るもの。 せっかく使える武器を見つけたのだから買っておいて損は無い。 重さに問題がありそうだけど、練習次第でどうにかなるだろう。 「へぇ、まいどありがとうございます」 もともと腰が低かった店主の腰がさらに低くなった。 さっさと支払いをすませると私は背中に剣を背負って、まだ悩んでるイチコを伴って外に出た。 ちなみにやっぱり重かった。肩が痛い。 「す、すいませんご主人様。一子はご主人様を呪い殺してしまうかもしれません」 「アンタまだそこで思考が止まってたの」 馬を駈けて街を出てからやっと悩んでいたイチコが出した台詞がこれだった。 この暴走思考はきっと頭をすげかえでもしない限り治らないのだろうと思う。 「アンタ用の剣を買っておいたから、せめて振れるようにしておきなさいよ」 「はい? 剣ですか?」 まさかとは思ったけれど、剣を買った事すら気がついていなかった。 「おぅ、よろしくな相棒」 「デルフさん。なぜそのような所に?」 「いいかげん店の中飽きたんで適当な奴に買ってもらおうかと考えてたが、使い手に出会えるたぁ俺も運がいいねぇ」 とこの喋る剣はよく分からない事を口にした。 「あの、ご主人様」 「なによ?」 「香水は買ったんですか?」 「あ……」 馬の頭を反転させた。 前ページ次ページゼロのイチコ
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前ページ次ページゼロのアトリエ 心配そうに二人を見守るヴェルダンデ。 そこから正三角形を描くように対峙するギーシュと、ヴィオラート。 ルイズがヴェルダンデの鳴き声に気付いた時には、既に周りを生徒達が取り囲んでいた。 「ヴィオラート!」 ルイズの声に反応し、人垣が通路を作る。 「何で、あんた決闘なんか…ギーシュも、女の子と決闘なんて何考えてんの!?」 「ミス・ヴァリエール。男には絶対に引けない時ってものがあるのさ。」 「ルイズちゃん…ごめんね。あたし、努力しないで後悔するのは嫌だから。」 二人はそれだけ答えると、ルイズの到着を合図にしていたかのように動き始める。 「ああもう! 使い魔のくせに、ちっとも私の思うとおりに動かないんだから!」 ルイズは、諦めの言葉を吐いた。 ヴィオラートなら何とかするだろう、そう思ったから。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師7~ 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 創り出した『ワルキューレ』の後方で、自信満々に宣言するギーシュ。 だが、ヴィオラートの反応はギーシュの、いや集まったギャラリー全員にとって予想外のものだった。 「かわいいゴーレムだね。」 「なっ…!! このうえ、僕のワルキューレを愚弄するか!」 かわいいゴーレムと言い放ったヴィオラートの言葉に、周囲の空気が変わる。 数々の石人ゴーレムや、鉄人ゴーレム…金剛ゴーレムまで屠ってきたヴィオラートにしてみれば、実に自然な、むしろ好意的な評価であったのだが…ギーシュ達が、その事実を知るよしもない。 「かわいそうだが、痛い目にあわないと理解できない性分のようだね。」 ヴィオラートに向けてそう言い放つと、ギーシュはワルキューレを突進させる。 「あたしは、錬金術師だから。」 ヴィオラートはバッグからトゲだらけの何かを取り出し、ワルキューレに狙いを定める。 「錬金術師の戦いを、見せてあげるね。」 ヴィオラートの額のルーンが、輝きを放ち始めていた。 所変わって、ここは学院長室。コルベールの長い長い説明が、ようやく山場を迎えたようだ。 「つまり、あの使い魔は、始祖ブリミルの…何じゃったかな?」 「『ミョズニトニルン』です! このルーンはミョズニトニルンの証に他なりません!」 コルベールは、禿頭に光る汗を拭きながらまくし立てた。 「ふむ、確かにルーンは同じじゃ。しかし、それだけで決め付けるのも早計かもしれん。」 「それは…そうですが。」 コルベールもようやくオスマンとの温度差を感じたのか、学院長室に微妙な空気が流れる。 ちょうどその時、ドアがノックされた。 「誰じゃ?」 「私です。オールド・オスマン。」 扉の向こうから、ミス・ロングビルの声が聞こえてきた。 「ヴェストリの広場で、決闘している生徒がいるようです。」 「全く、暇な貴族ほど性質の悪い生き物はおらんな。で、誰が暴れておるんだね。」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。」 「あのバカ息子か。親に似て女好きな奴じゃ、どうせ女の取り合いじゃろ。相手は誰じゃ?」 「それが、メイジではなく…ミス・ヴァリエールの使い魔だという話で…」 オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。 「教師達は、決闘を止める為に『眠りの鐘』の使用許可を求めています。」 オスマン氏の目が、鷹の様に鋭く光った。 「ふん、子供のけんかじゃ。放っておけと伝えよ。」 「わかりました」 ミス・ロングビルが去っていく足音が聞こえた。 「オールド・オスマン。」 「うむ。」 オスマン氏が杖を振ると、壁の鏡にヴェストリ広場の様子が映し出された。 ヴィオラートは驚いていた。ウニを持った瞬間、ウニの成分・能力・産地までもが手に取るように判った。 そしてまるで、ウニが体の一部、手の延長にでもなったかのような一体感。 「うにー!!」 ヴィオラートの叫びが、ヴェストリの広場に響き渡った。 (栗だ) (栗だよな) (くり。) (それは栗だ) (どう見ても栗だ) (どちらかといえば栗だな) その瞬間、ギャラリーの心が一つになる。 ウニと名づけられた何かが、迫るワルキューレに接触したその瞬間――― ウニは、ワルキューレを巻き込んで大爆発し、ワルキューレごと粉みじんになった。 (ウニって、こんなに強かったっけ…) ヴィオラートは、額のルーンに関係あるのかな? と、ほんの少し考えを巡らせた。 「ば、爆弾!? どこからそんなものを手に入れ…いや、決闘に爆弾を使うなど、卑怯…」 ギーシュの発言は、そこで止まった。ヴィオラートがほんの少し、真剣な顔に変わったから。 「言ったでしょ?あたしは錬金術師。これはあたしが自分のために、自分の力で用意したんだよ?」 ヴィオラートが一歩前に出る。ギーシュが一歩下がる。 「ギーシュくんも、冷静になって、ちゃんとお話できれば、誤解だってわかると思うんだけどなあ。」 ヴィオラートは歩を止め、あくまでも穏やかな笑顔でギーシュに語りかける。努力のあとは認められるが、意識して穏やかな笑顔を作っているというのがまるわかりな、威圧感たっぷりの笑顔で。 「ね? お話を聞いて?」 「く、来るな!」 ギーシュは慌てて薔薇を振る。花びらが舞い、新たなゴーレムが六体あらわれる。 「どうして、わかってくれないのかな…」 ヴィオラートは哀しげにそう呟き、バッグの中から渦巻状のハーモニカを取り出す。 「あんまりはりきりすぎると、こうなるんだよ…ギーシュくん。」 額のルーンが輝きを増し、渦巻状のハーモニカが不思議な旋律を奏でる。 「あ…れ…? こんな、ちかりゃが、はいらにゃ…」 まるで心そのものを削られたかのように、ギーシュは脱力し、地面に倒れ伏す。 広場に、歓声が轟いた。 オスマン氏とコルベールは、遠見の鏡で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。 「オールド・オスマン。」 「うむ」 「あの平民、勝ってしまいましたが。」 「うむ」 「見ましたよね!? 不思議な道具を使いこなす、これぞミョズニトニルンの証ではありませんか!」 「うむむ…」 「オールド・オスマン! 早速王室に報告して、指示を仰がないことには…」 「それには及ばん」 オスマン氏は、重々しく頷いた。白いひげが、厳しく揺れた。 「どうしてですか!? これは世紀の大発見ですよ? 現代に蘇ったミョズニトニルン!」 「ミスタ・コルベール。大発見だからこそ、慎重にならねばならん。」 「はあ」 「王室のボンクラどもに過分の力を与えて、どうしようというのだね? 戦争でもしようと言うのか?」 「そ、それは…」 「そしてまあ、間違いの可能性もまだ無いとはいえん。報告するにしても、拙速に過ぎる。」 「ははあ。学院長の深謀遠慮には恐れ入ります。」 「この件はわしが預かる。他言は無用じゃ。」 「は、はい! かしこまりました!」 オスマン氏は杖を握ると窓際へと向かった。歴史の彼方へと、思いを馳せる。 「伝説の使い魔『ミョズニトニルン』か。どんな姿をしておったのかのう…」 夢見るように、そう呟いた。 前ページ次ページゼロのアトリエ