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前ページ次ページゼロのアトリエ ラ・ロシェールを挟む峡谷の上。険しい岩山のわずかな平地に人影がある。 フーケが、大の字になって倒れていた。 「あの女どころか…あんなガキどもにまでやられちまったよ!くそっ!」 もはや満身創痍、体中傷だらけではあるが致命傷は一つも食らっていない。 飛ばされている途中に『フライ』をかけて『アイス・ストーム』の向かう方向へ飛んだ。 簡単に言ってしまえば、死んだフリをしてやり過ごしたのだ。 「私にトライアングル二人の足止めさせといて、自分は愛しいルイズ様の騎士役だって?ハッ!」 あの女とガキどもは当然として、あまりに自己中心的な仮面の男に対しても怒りがこみ上げてくる。 仮面の男に限らず、組織そのものがフーケには肌に合わなかった。 フーケは自己の判断で自分の気に入らない貴族を襲ってきたし、それを変えるつもりも無かったのだが、 ご立派なお題目を掲げたレコン・キスタは勝手な行動を許してくれない。 せいぜい手駒として役に立てとばかりに、休みなしに勝手な命令を伝えてくるだけだ。 少し休もう。いい機会だ。自分が『アイス・ストーム』に飛ばされる姿は何人もが目撃している。 杖を握れぬほどの怪我を負ったので静養していた、とでも言えば何とかなるし、 気が向かなければこのまま消えるのもいいかも知れない。 「誰も知らない所で…あの娘の所にでも行こうかねえ」 フーケは懐の宝石を確認し、ゆっくりと、助かった事を確認するかのように立ち上がる。 あいつらがいなくなった後、次の船あたりでこっそりアルビオンに向かおうと計画を立てた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師20~ その木の中は吹き抜けになっていて、各枝に通じる階段が所狭しと並んでいた。 ワルドたちは目当ての階段を見つけて駆け上る。 木の階段がきしむ音を聞きながら、途中の踊り場に差し掛かった時。 ヴィオラートは、きしむ音にもう一つの足音が混じっている事に気付く。 さっと振り向くと、黒い影が翻りルイズの背後に回る。 先ほどフーケのゴーレムに乗っていた、白い仮面の男だった。 (え?) その男には見覚えがあった。見覚えのある男が仮面を被っていた。 だって、髪の色も、気取った仕草も、走る姿だって同じなのだから。 ヴィオラートは杖を向けると同時にルイズに怒鳴った。 「ルイズちゃん!」 ルイズが振り向く。一瞬で男はルイズを抱え上げた。 (まさか…まさか!) 男は軽業師のようにジャンプする。そのまま地面に落下するような動きだった。 即座にワルドが杖を振り、風の槌に打ち据えられた仮面の男は思わずルイズから手を離す。 ワルドは仮面の男を無視し、ルイズに向かって急降下していく。 ヴィオラートは一つの実験を試みる。 あるものが他のあるものと同一であるかどうか、同一条件で試し実証する。 対象は仮面の男、条件は杖の火球。 「えーい!」 仮面の男に向かって飛んだ火球は、予想通り… 風の魔法に散らされて、逆にヴィオラートを襲う。 だが、ヴィオラートは今度は額のルーンを光らせ、ほんのわずかデルフリンガーに顔を出させた。 「やいこら、またおめえはこんな時だけ急に―――」 背中のデルフリンガーに火球の全てが吸い込まれる。 「どぅあちぃぃぃぃ!!」 デルフリンガーの付け根あたりが黒いすすで覆われ、 その間に、ルイズを受け止めたワルドが『フライ』の呪文で階段に戻ってきた。 そして、仮面の男にもう一度『エア・ハンマー』を叩きつける。 仮面の男は力を失い、地面に向かって落下していった。 しばらく経っても、戻ってこなかった。 階段を駆け上った先は、一本の枝が伸びていた。 その枝に沿って一艘の船が停泊している。 ワルドたちが船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。 「なんでえ、おめえら!」 「船長はいるか?」 「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝改めて来な。」 船員は、酒の瓶を啜りながらそう言い放った。 「貴族に二度同じことを言わせる気か?僕は船長を呼べと言ったんだ。」 ワルドは杖を抜き、船員に照準を合わせて脅す。 「き、貴族!」 船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んでいった。 「何の御用ですかな?」 船長はうさんくさげにワルドを見つめる。 「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ。」 「これはこれは。して、当船へどういったご用向きで…」 相手が身分の高い貴族と知って、船長は急に相好を崩す。 「アルビオンへ。今すぐ出航してもらいたい。」 「無茶を!」 「無茶でもだ。僕の『風』も力を貸す。僕は風のスクウェアだ。」 船長と船員は顔を見合わせる。 「ならば結構で。料金は弾んでもらいますが…」 「積荷全てと同額出そう。」 商談は成立し、船長は矢継ぎ早に命令を下す。 「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」 帆が風を受けてぶわっと張り詰め、船が動き出す。 「アルビオンにはいつ着く?」 ワルドが尋ねると、 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」 と船長が答えた。 ヴィオラートは舷側に乗り出し、地面を見た。『桟橋』大樹の枝の隙間に見える、 ラ・ロシェールの明かりがぐんぐん遠くなってゆく。結構な速さのようだ。 小さくなる桟橋を見つめながら、ヴィオラートは深い思索の海に沈みこむ。 ワルドはルイズにとっての敵だ。それは間違いない。 しかし、それをルイズに納得させるだけの材料は残念ながらない。 ヴィオラートが見つけた根拠は全て主観で、あるのは経験則による自己流の判断だけ。 例えそれが正しくとも、気のせいと言われれば返す言葉はない。 それにルイズは今、信じたいものを信じようとしている。そんな時の人間に届く言葉は、ない。 もしかしたら、最悪の状況でワルドと対峙することになるかもしれない。 そこで、あるいはその前に何としてもルイズの目を覚ます。 ヴィオラートはひそかに覚悟を決めて、前を向いた。 その隣にはルイズが立ち、同じように地面の方をじっと見つめている。 二人は一言も発せず、遠ざかる地面を同じように眺め続ける。 そんな二人の元に、ワルドが近寄ってきた。 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ。」 ルイズがはっとした顔になった。 「ウェールズ皇太子は?」 ワルドは首を振った。 「わからん。生きてはいるようだが…」 「どうやって…連絡を取ればいいかしら。」 「…陣中突破しかあるまいな。」 ルイズは緊張した顔で頷いた。それから尋ねる。 「そういえば。あなたのグリフォンはどうしたの?」 ワルドは微笑んで、口笛を吹いた。グリフォンは甲板に着地し、船員達を驚かせる。 ヴィオラートは舷側に座り込んだ。とりあえず今は機会を待つしかない。 延々と続けられているルイズとワルドの会話を子守唄に目を閉じる。 どうやらまた危険な事になりそうだ、そんな予感を胸中に抱えて。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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★今日のアクセス数★: - ★いままでのアクセス数★: - オリジナルでのPT しぷゼロ おにこんぼう ダークドレアム レオパルドorクイーンガルハート おにこんは疾風突きでダークドレアムは捨て身で行動早いがラウンドゼロ・・・こんな戦法 一番よくあるスキル おにこんぼう 攻撃力アップSP 攻撃力アップ3 ふうらいの剣技 多彩な技を使う用 攻撃力アップSP エスターク ふうらいの剣技orバウンティハンター ダークドレアム 攻撃力アップSP 攻撃力アップ3 侍 レオパルドorクイーンガルハート HPアップSP オムド・ロレス 竜神王orエース オリジナルの捨てゼロ グラブゾンジャック ダークドレアム レオパルドorクイーンガルハート
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ゼロのアルケミスト 1 ゼロのアルケミスト 2 ゼロのアルケミスト 3
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しばらくして、朝食を終えた生徒達が教室へ移動を始めた。 キレた目をしているルイズもディアボロを連れて教室へ向かった。無言なのが怖い。 教室には、生徒達が召喚した様々な使い魔が居た。 しかし、教室の椅子は貴族の席であり、ディアボロが座る席など存在しない。 仕方なしに、ディアボロは教室の一番後ろに行き、壁を背に立ち続ける。 その後シュルヴルーズという土系統のメイジの教師がやって来て、 生徒達が一年生の時、学んだ魔法の基礎をおさらいさせる。 魔法には四大系統というものがある。 『火』『水』『土』『風』 そして失われた伝説の『虚無』 等の話はディアボロの興味を心地よく刺激しており。 それに、教師が石ころを真鍮に変えた時はさすがに目を剥いた。 (そう言えば…使い魔が選ばれる理由は…) 召喚された直後にU字禿教師が言っていた事を思い出す。 『…現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、専門課程へ進む・・・』 キュルケのサラマンダーはどう見ても『火』以外ありえない……ならばキュルケは『火』の系統なのだろう。 (どおりで嫌な感じがしたわけだ) とすると、あの教師の言う通りならば。 ここに召喚されている生物は、ほぼ全てが四系統の属性に分類されるはず。 (では……私は何系統なのだ?) 火・水・土・風・虚無。ディアボロの持ち物はほぼ全ての系統に当て嵌まっていて。どれか一つに分類する事が出来ない。 「ふむ」 ディアボロが考え込んでいる最中、教室が突然騒がしくなった。 その原因は、ルイズが前に出て錬金をやる事になったからである。 (……あれが何系統なのか判断できれば、私の系統も逆説的に分かるはずだ) ディアボロのちょっとした興味。 何系統として呼ばれたのか。ほんのちょっとした好奇心 だが、ルイズの一挙一動を見守るディアボロは、生徒達や使い魔達が机の下に入ったり、教室から飛び出たのを見えていなかった。 ルイズは石に向かって杖を振り―――― ドッゴオォン! 爆発が起きた。 反応が遅れたディアボロは、その爆発をまともに……くらわなかった。 起きた爆風は、ディアボロの体に到達する前に和らぎ。 散弾銃のような小石は体に接触する寸前、燃え尽きた。 ほんの掠り傷程度ですんだディアボロだが。 彼は呆然としていた。 「な、んだと?」 爆心地はルイズ。 それを見た彼は、記憶の中のトラウマの一つが浮かんできた 『何かのアイテムが爆弾になったかも…う~むどうだったかな……?自信がない…』 この後、ディアボロはルイズの二つ名を脳裏に刻み込む事となった。 ドット!ライン!トライアングル!スクウェア!そのランクの中で、 一番下のドットにすら及ばない、魔法は使えるが何時も爆発を起こすメイジ。 成功率ゼロ!だから『ゼロ』のルイズと呼ばれている事。 そして――メイジの実力は召喚される使い魔にも反映されるらしい事。 それを聞いたディアボロは、何故ルイズに召喚されたのか納得した (私も最初は無能だったからな) ディアボロは、奇妙なダンジョンに初めて潜った時の事を思い出した。 無装備状態で手探りしながら迷宮を進み、罠や敵の手、それに自分のちょっとしたミスで何回も何回も死んだ記憶。 …………それでも、遅々とした足取りの中で実力を着け、ダンジョンを制覇した誇らしい記憶。 (これからの成長に期待と言う事か) 授業終了後、ディアボロがキュルケからそのルイズの話を聞いていると、 噂をすれば影とばかりに、その本人が不機嫌ですと顔に書いてやってきた。 「ちょっと!私はキュルケに近付いちゃ駄目って言ったわよね!?」 「硬い事言わないでよルイズ、私はアンタの二つ名を懇切丁寧に説明して上げてただけだから」 「よ、余計な事しないで!こいつは私の使い魔!あんたは関係無いでしょ!」 自分の不名誉な二つ名が知られた事を知って、顔が赤くなるルイズ。 面白そうな顔でそれを見つめていたキュルケだが。 さすがに、飽きたのか颯爽とその場を離れて行った 「じゃあね、食事に遅れるから私はそろそろ行くわ」 そして残されたルイズは、いきなりディアボロの足に蹴りを入れた しかし、その一瞬、ディアボロの周囲に砂が集まって、ルイズの蹴りを明後日の方向に受け流した。 ズダン。 滑ったルイズは華麗に転倒した。 「…何をする?」 「うるさいッ!」 不思議そうに尋ねるディアボロに罵声を返すだけのルイズ。 頭に血が昇ったルイズは、さっきの砂が集まった異常な事には気付いていない。 何も無いところで滑って転んだと言う無様な記憶だけである。 そのまま、体の埃を払うと教室を出るルイズとディアボロ。 食堂への途中、ルイズはディアボロの表情の変化に気付いた。 含み笑いをしている。それがルイズの勘に更に障った。 「なに笑ってんのよ!」 「何も笑ってはいないが?」 「笑ってた!」 「ふん?……まあ、いい。話は変わるが… お前は昨日メイジの誇りを熱心に語ってくれていたな…… それでだが、自分が魔法を使えないのはどう思っているんだ?」 言葉に詰まるルイズ。 「魔法が使えない無能の癖に、お前が言う平民で変態の私から貴族として尊敬されると思っているのか?」 「私だって…私だって努力はしてるわよ!ディアボロ!あんた、ご飯抜きだからね!覚悟しときなさいよ!」 涙が滲む目を向けながらも、捨てゼリフを残すとそのまま目の前の食堂のドアに飛び込んで行った。 「さっきの言葉は流石に厳しかったか?」 ディアボロなりに発破をかけたつもりだが、ルイズは想像以上に痩せ我慢をしていたようだ。 そしてディアボロは、食堂に入らなくては昼食を食べられないという事に溜め息をついた。 このままだと餓死する。さりとて、DISCの無駄な消費は避けたいとディアボロが悩んでいる時。 「あの……どうかなさいました?」 声がかけられた。 振り向くと、そこには夜空に輝く無数の星と同じ数ある男のロマンの一つメイドさんの姿をした少女。 「何でもないが……」 「もしかして、貴方はミス・ヴァリエールの使い魔になったって噂の平民の変態の……」 平民の変態発言を軽くスルーするディアボロ。指摘してもどうにもならないって事もあるが。 「お前もメイジなのか?」 「いえいえ、私は違います。普通の平民です。 貴族の方々をお世話するために、ここでご奉仕させていただいてるんです」 普通のと言う所を強調して発言するメイド。 そこまでして、ディアボロと同じだと思われたくないのだろうか。 「…………」 「私はシエスタっていいます。貴方は?」 「ディアボロだ」 「そうですか…それで、ディアボロさん。 こんな所でどうしたんです? 本当に何もお困りでないんですか?」 シエスタの目を見るディアボロ 腹に一物を隠し持ってはいないようだ。純粋な親切心から彼に声をかけたのだろう。 (これは、昼食の代わりを用意してもらえるか?) 「昼食を抜かれてしまってな」 「まあ!それはお辛いでしょう、こちらにいらしてください」 ディアボロがこっちに来て初めて出会った貴族以外の人間。 シエスタの対応を見て、何となく利用できそうだと外道チックな事を考え始めていた。 <<前話 目次 次話>>
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前ページ次ページゼロのエルクゥ トリステイン魔法学院、学院長室は、中央本塔の最上階にある。 学院長であるオスマンは、がっしりとした造りの執務机に腰掛け、白くはなっているが美髭と呼んで差し支えない見事な長髭をさすりながら、 『朝っぱらからそのハゲ頭に似合わぬ真面目くさった顔をしやがってからにわしの朝はミス・ロングビルの魅惑の三角地帯を拝まんと始まらんのじゃあ』 という内心を押し殺して自らの使い魔であるハツカネズミをそっと秘書机の下に送り込みつつ、目の前の一人の教師に相対していた。 「して、こんな朝早くから何用じゃ、ミスタ」 「昨日の、春の使い魔召喚の儀に関してなのですが」 机を挟んでオスマンの前に立っているのは、コルベールだった。 「一人、人間……いや、亜人の青年を召喚した者がおります」 「ふむ。確かに珍しい事ではあるが……それだけでこんな朝っぱらから押しかけてきたわけではあるまい?」 「これを」 コルベールは、手に持っていたスケッチブックと古ぼけた本を机に広げ、それぞれ栞を挟んであるページを開いた。 「これは……!」 オスマン老人の顔が引き締められる。 「青年の左手の甲にこのルーンが現れました。また、召喚された折、私ですら気圧されるほどの迫力を放ち、次いで学園までの道を召喚者を抱えたまま30秒ほどで走り抜け、その途中『フライ』で飛行する生徒達の高さまでジャンプで跳び上がる、といった行為を見せています」 「……なんじゃそれは。神の左手にしても無茶苦茶じゃな」 同じルーンを示した、スケッチと、古本―――『始祖ブリミルの使い魔たち』を見るその目が、鋭い光を湛える。 それは奇しくも、耕一達の世界に存在する『ルーン文字』と全く同じ形をしていた。アルファベットに直せば、それは―――gundalfr、と読める。 「神の左手ガンダールヴ。あらゆる武器を使いこなし、魔法を唱える始祖を護る神の盾」 本に書かれた説明書きを、無感情に朗読するオスマン。 「召喚者の名は」 「ミス・ヴァリエール。ルイズ・フランソワ―ズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」 名を聞いて、暫し目を瞑る。 「……公爵の娘か」 「実際に相対した者としましては、伝説の再来、と素直に喜ぶ事は出来かねますな。あの迫力を持ってなお、それを『子供のしつけ』と言っていました。本気の殺気を向けられたら対処する自信がありません」 「伝説なんぞ、会わずとも存在するだけで厄介じゃわい」 自身が三百年生きたとも言われる十分伝説級の人物である事を棚に上げて、オスマンは机の上に置いてあったキセルを口に含む。 ぽこぽこ、と水が気泡を湛える音が、暫しの間部屋に響いた。 「いかが致しますか。王室に連絡を?」 「ばかもん。結論を急ぐでないわ。よしんばその青年が本当にガンダールヴであったとしても、王室なんぞに報告する必要はないがの」 「な、なぜですか?」 「さっき言ったじゃろう。伝説なんちゅーもんは、存在するだけで厄介なんじゃよ」 「はあ……」 意図を測りかねてコルベールが気のない返事をした、その時。 ずがーん。 と、学園中に炸裂音が響き渡った。2年生の教室塔から発せられたその音と振動は、本塔の学院長室にも届き、それを揺らした。 「何事じゃ?」 「……おそらく、ミス・ヴァリエールです」 「なんじゃと?」 「彼女は、その……魔法があまり上手ではなく、魔法を使おうとすると爆発してしまうのです」 「ふぅむ。爆発とな?」 「はい。火、水、土、風、そしてコモンマジックに至るまで、使おうとすると全て爆発してしまうらしいのです。『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』は成功したのをこの目で見届けたのですが」 「……魔法の失敗が爆発とは、果て面妖じゃな。身の丈に合わぬ呪文を使おうとすれば精神力が足らずに気を失うかそもそも認識すらされずに何も起こらず、詠唱が不完全であればそれこそ何も起こらぬはずじゃが」 「言われてみれば、そうですね」 「ま、そういう奴もおるかもしれんの。それで、その魔法を使えぬ落ちこぼれの使い魔が、始祖の従えた伝説の使い魔であると、そういうわけじゃな?」 「そういう事になりますか……」 「さて、不可思議じゃな」 オスマンは再びキセルを口に含み、ぽう、と煙を吐き出した。 「とりあえず判断は保留としよう。事実は伏せ、ミスタは出来る限り彼らの観察を行い、気が付いた事は報告するように」 「わかりました」 「うむ」 コルベールが一礼して去っていくと、ビリビリと振動していた建物が、ようやく静けさを取り戻した。 「興味深いお話でしたわね」 秘書席でずっと我関せずと書き物をしていた女性が、穏やかに切り出した。 「うむ。わかっておるとは思うが、他言無用じゃぞ、ミス・ロングビル」 「はい。可愛い生徒をアカデミーに解剖されでもしたら、たまりませんものね」 ロングビルと呼ばれたその女性は、簡素に結わえてあるその草色の髪を揺らし、ころころと笑う。 「カッカッカ。しかねんの」 「ところでオールド・オスマン」 「なんじゃね、ミス・ロングビル」 「このネズミは、このまま窓から投げ捨ててしまってよろしいですね?」 ロングビルはそう言って、机の下から、簡素なバネ仕掛けのネズミ捕りの中で、チーズのかけらを咥えてバタバタともがいているハツカネズミを取り出した。 「おお、おお! モートソグニル、可愛い我が使い魔や、しくじったか! 可哀想に!」 「オラァ!」 「あーれーっ! モートソグニルやーっ! ゆーきゃんふらーいっ!」 学院長室は、今日も平和であった。 その日のルイズのクラスの授業は、空いている教室に移動して行う事となった。 ルイズは罰として教室の後片付けを命じられたが、授業中の事故として、それ以上のお咎めはなしとなった。 『土』属性のメイジであれば小一時間と掛からず終わる上に修繕までしてみせるであろうその作業も、メイジなら誰でも使える共通魔法とも言うべきコモンマジックの『浮遊』や『念力』すら使えないルイズが行うのでは、ほぼ手作業である。 一日作業は見ておくべき教室の惨状だったが、彼女の使い魔たる耕一は、エルクゥたる膂力を遺憾なく発揮した。 「……あんたの力って、改めてとんでもないわね」 「お褒めに与り光栄で」 教室の端まで吹き飛んでいた教卓を片手でひょいっと持ち上げて運んできた耕一に、ルイズは呆れたように呟いた。 単純に重い物を運ぶ、というだけなら、トン単位にでもならない限り、エルクゥの身体能力にとっては児戯に等しい。 人を狩る鬼の力を土木作業なんかに使うのはどうかとも思うが、そんな悩みはこの一年でとっくに割り切っていた。あるものなら使って人の役に立てばいいだろう、と。 今では、押しも押されぬアルバイト先でのエースだ。いや、しばらくバイトには出れないであろうから、だった、と言うのが正しいか。 「……はぁ」 力仕事は耕一に任せ、机などについた爆発のススを拭いていたルイズの手は、止まりがちであった。 「……あんまり気にするなって。先生も言ってただろ? 失敗は成功の母ってね」 「……ずっと失敗しかない私はどうなるのよ」 押し殺したように呟く様子に、だいぶ重症だなあ、と頭を掻く耕一。 「『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』には成功したから、今度こそ出来るかもって思ってたのに……」 「魔法成功確率ゼロ……あのあだ名は、そういう意味だったんだな」 「……そうよ」 「ま、その二つは確実に成功してるんだ。当事者である俺が言うんだから間違いない。他の魔法もだんだん出来るようになるさ」 キッ、とルイズが目を剥いて耕一を睨みつけた。 「簡単に言わないでよっ! 魔法の事を何にも知らないくせにっ!」 「……そう言われると、その通りだから何も言えないけどね。でもま、ゼロじゃないのは確実だと、このルーンが出てきた時の俺の痛みに免じて認めてやってくれよ。結構痛かったんだぞ、あれ」 「ふんっ……」 鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったルイズに、落ち着くのを待つしかないか、と耕一は肩をすくめ、無言で作業に戻った。 ルイズはしばらく俯いたままだったが、やがて顔を上げ、 「……まぁ」 「ん?」 「……かばってくれたのは……ありがと」 蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、雑巾を洗ってくると言って教室から走り去っていってしまった。 「はは。なんだか、野良猫が少しだけ撫でさせてくれたような感じだな。―――っし! 頑張りますかっ」 苦笑しつつも和んでやる気の出た耕一の奮戦により、なんとか昼休みの前には片付けを終わらせる事が出来たのであった。 「やれやれ、なんとか昼メシには間に合ったか」 「…………」 先生への報告を終え、食堂へ向かう最中、ルイズは口を開かなかった。 まだ機嫌が悪いんだろうか、と耕一もそれ以上は喋りかけないが、その実は……。 ―――ヴァリエール公爵家の三女ともあろう私が、ちょっとぐらいかばってもらえたからってこんな正体不明のヤツにお礼なんて、お礼なんてっ……! ……ただ恥ずかしがっているだけであった。 「それじゃ、また厨房で食ってくるな」 「…………」 無反応のルイズに苦笑しながら、耕一は食堂の裏手に回る。そこには、ちょうどゴミを捨てに出ていたシエスタがいた。 「あ、コーイチさん。お昼ですか?」 「うん、またご馳走になりにきたよ」 「はい、わかりました。どうぞ」 勝手知ったる3回目。端のテーブルに腰かけ、出てきた賄い料理をいただく。 「どうもマルトーさん、ごちそうさま。今日も美味しかったです」 「おう。いつでも来いよ!」 膨れた腹を一撫でして、ちょうど通りがかったマルトーに一礼して退出。 まだ2日目だが、人間関係は悪くない。一から人と触れ合うなんて、母さんが死んで大学に入ったばかりの頃以来だな、と、耕一は少し懐かしくなった。 「さて、昼からも授業に出なきゃいけないのかね。出来ればコルベールさんか校長先生と話したいんだけどな……」 食堂の入り口でルイズを待つ間、これからの方策を練る思索の時間があった。 「……もし、ルイズの言う通り、そんな方法はないとか言われたらどうしよ」 ぞっとしない想像だが、しておかなくてはならなかった。 諦めるという道はない。この身は、常に楓と共にあると誓ったのだ。何を置いても戻らなければならない。 ……とはいえ、いざ何かを置いていかなくてはならなくなった時、基本的にお人好しの耕一がそれに背を向けられるか、というと、耕一自身もあまり自信はなかったが。 これまでも、最優先で教師に話を聞くべきなのに、ルイズに付き合ったりしているし。 「あてもなく旅に出るのは最終手段として……」 なんとか、大人連中の協力を取り付けたいところだ。 しかし、例え善意溢れる人達だったとしても、異邦人で立場も弱い自分のあてもない頼みを熱心に探してくれるわけもない。 本気で探してもらうには、相応の代価を払わなくてはならないだろう。そして、一介の大学生でしかなかった耕一が持てる代価は、ただ一つ。 「……交渉の材料が、この力しかないってのがなぁ」 右手を見つめて、一人ごちる。 現在の事態を先に進めるには、何にせよエルクゥの力を振るうしかない。 割り切ってはいるし、それが都合のいい借り物でもなく、耕一自身の意志によって得た力だと言う事も理解しているし、実際アルバイトの肉体労働でも大活躍させているのだが、やはりこう、釈然としないものは残るのだった。 「祖父さんなら、もう少しスマートにやったんだろうか」 一代で鶴来屋を立ち上げた祖父、柏木耕平。 自分が生まれた頃には既に故人となっていたから話だけしか知らないが、彼も鬼を制御した雄のエルクゥの一人らしい。 おそらくその興業史には、召喚されたばかりの頃耕一がやったような、鬼氣によって人を威圧する、みたいな行動も織り交ぜていたんだろう、と推測していた。 まっすぐ脅しに使っては、『社会での影響力を持つ』というその目的に添わなくなってしまうから、あくまでもさりげなく、交渉を有利にする程度、だろうが。 「……ま、何とかするしかないよな」 何とか出来なければ楓ちゃんに会えなくなるかもしれないのだ。うまくやるしかなかった。 「…………」 思索が一段楽して、耕一の横を幾人もの生徒たちが通り過ぎていっても、ルイズは現れなかった。 「……ルイズちゃん、遅いな」 昨夜も朝も、こんなに時間は掛からなかったと思うんだけど。 昼食はメニューが違ってとりわけ時間が掛かる……とは、厨房を見る限り思えなかった。 入り口を覗き込んで、中の様子を窺ってみる。 「うーん、あのピンクの髪かな」 2年生の食卓である真ん中のテーブルには、それらしき桃色の髪が見える。 隣には背の高い、赤い髪の女性がいる。確か、キュルケと言ったか。彼女と何がしかを話しているらしかった。 「友達と話してるのか。うーん、どうしようかな」 まだ時間があるようだったら、一言断って、先生に話をしに行ってみようか。 「……そうだな、そうするか」 拙速は巧遅に如かず。まぁルイズに従っている時点で既に拙遅なのかもしれないが、大人の協力を取り付けるための処世術と言う事にしておく。 耕一は食堂に入り、ルイズに近寄っていく。 その途中。 「なあギーシュ! お前、今は誰と付きあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」 「付きあう、か。僕にそのような特定の女性がいてはいけないのだ。薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだからね」 そんな会話が聞こえてきて、耕一は身体中が痒くなる感覚に襲われた。 プレイボーイをキザに気取ったナルシストなんて、現代日本じゃ芸能界でもまずお目にかかれない人格だ。さすがファンタジー世界。 輝くような金髪のクセっ毛、確かに整った目鼻立ち、ドレープが親の仇のごとく付いた飾りシャツに、手に持った薔薇―――と、そのシャツと薔薇には見覚えがあった。 さっきの授業で、ルイズをからかっていた一人だ。隣には、反論したらあわあわと泡を食っていた小太りの男子もいる。そう、確かにあの時も、彼はギーシュと呼ばれていた。 ああいう人種に関わるとロクな事がない、と現代で培った人を見る眼で察知し、そそくさとルイズの所に向かおうとする耕一だったが、運命は彼を見放さなかった。 耕一が視線を外そうとした時、ぽとり、と、ギーシュ少年の懐から、小さな小瓶が落ちるのを見つけてしまった。 本人も友人も、小瓶に気付かずお喋りに興じている。やれやれ、と肩をすくめながら、ころころと転がってきたそれを拾い上げた。 「はい、これ、落としたよ」 ギーシュに向かって差し出す。 しかし、ギーシュはそれをさっと視線で一瞥しただけで、すぐに視線を外してしまった。顔は向けてすらいない。 「どうしたんだ? 君のじゃないのか?」 「……ああ、そうだ。それは僕のじゃない」 どこか潜めた声で、視線をキョロキョロさせながら、ギーシュは言う。 その様子に、耕一は察知した。これを持っている事が、視線の先にいる誰かに知られたらまずいんだな、と。 「うーん、そうなのか。確かに君の懐から落ちたのを見たんだけどな」 本気で困らせるつもりもないが、クラスメートの女の子にあんな態度を取るような男には少し意趣返ししてもバチは当たらないよな、などと自分を正当化しつつ言って、それを目線の高さまで掲げ、光に透かしてみる。 背の高い耕一の目線の高さは、おそらく食堂中の全員に見える事だろう。中には紫色の液体が入っていて、ゆらゆらと揺れていた。 ギーシュは、それを下げろそれを! と必死に目で訴えかけてくるが、丁重に気付かないフリをした。 「それじゃあ、これは先生にでも届けておくよ。呼び止めてごめんな」 「あ、ちょ、ちょっと待ちたま」 ギーシュが慌てた様子で言う前に、バン! と甲高い音が食堂に響いた。 それは、豪奢な巻き髪の少女が、立ち上がりつつ両手でテーブルを思いっきりぶっ叩いた音だった。 そのまま無言で、つかつかと耕一達のところに歩いてくる少女の周囲には、青白いオーラのようなものが幻視出来たであろう。 「ふーん。そう。これ、あなたのものじゃないんだ?」 「ああ、モンモランシー。今日も美しいね。君の宝石のような髪が、陽に照らされて輝いているよ」 耕一の手から小瓶をひったくり、ギーシュの目の前に突きつける少女。その鬼気迫る声(となりに本物の鬼がいるのだから、まさに文字通りだ)に、隣の太っちょ男子などは震え上がっている。 ギーシュは芝居がかった仕草で少女を誉めそやすが、それを見た100人中100人は、それを言い逃れと断ずるであろう。事実、その額には冷や汗が一筋伝っていた。 「紫の香水をあげた意味、あなたならわかっているんでしょう? ギーシュ」 「ああ、そんな顔をしないでおくれ、我が宝石たる『香水』のモンモランシー。そんな怒りの表情で、薔薇のようなその顔を曇らせないでおくれよ」 「それを、自分のものじゃない、というのね? そう……あなたの気持ち、よーーーっくわかった、わっ!」 「ご、誤解だモンモランぴぎぃっ!?」 モンモランシー、と呼ばれた巻き髪の少女は、ギーシュの並べ立てるおべっかを丸無視して自らの言葉を紡ぐと、テーブルにあったワインの瓶を引っ掴み、バットのようにギーシュの側頭を一撃の元にしばき倒した。 ゴキーンという鈍い音と、ガシャーンという甲高い音が同時に響き渡り、ギーシュはひっくり返って昏倒し、ガラスの破片とワインの海に沈んだ。 「さようなら。残念だわ」 そして、足音を響かせ、肩をいからせて、モンモランシーは食堂を出ていってしまった。 呆然とする耕一とギーシュの友人達。 ギーシュ本人は、頭からワインの染み込んだ絨毯に突っ伏していてピクピクと数回引きつるような痙攣を起こした後、むくりと立ち上がり、 「……やれやれ。キレイな薔薇にはトゲがあるものだね」 そう大仰に頭を振って、ワインに濡れて真っ赤になった頭を、どこからか取り出したハンカチで拭き出した。 ……あのルイズといいこのギーシュといい、なんで吉本新喜劇みたいなオチをつけたがるんだ、と耕一は思わずズッコケたくなった。なんだ、この世界の貴族は、何かチョンボをやらかしたらオチをつけて周囲をズッコケさせなきゃいけない決まりでもあるのか。 だが、騒動はそれでは終わらなかった。 別のテーブルに座っていた、茶色のマントを羽織った少女が、弱々しくギーシュ達に近寄ってきて、 「ギーシュさま……」 その栗色の髪をふるふると震わせ、涙を流し始めてしまう。 「やはり、ミス・モンモランシと……」 「誤解だよケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、あの清浄なる森の中での君の笑顔だけなんぷべらっ!?」 ばちーん! といい音がした。 先程モンモランシーに対していたのと変わらぬ調子で美辞を並べるギーシュの頬を、ケティと呼ばれた少女は思いっきり振りかぶった平手でしばき倒した。 ぐちゃっ、と、濡れた音を立てて、再びワインの海に沈むギーシュ。 「その香水があなたの懐から落ちるところ、私も見ておりました! さようなら!」 涙を止めないまま、ケティは走り去っていった。 「だ、大丈夫かギーシュ?」 太っちょ男子が、崩れ落ちているギーシュを足の先で突っつきながら心配した声を上げる。 ギーシュは、まるで幽鬼のように、ゆらり、と立ち上がると、大仰に頭を振り、肩をすくませた。 「……どうやらあのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだね」 この期に及んでプレイボーイを気取るつもりらしい。 愛憎の修羅場を特等席で見させられてお腹いっぱいの耕一は、ため息と共に肩を落とし、ルイズの元に向かおうと踵を返した。 「待ちたまえ」 「……何か用かい?」 呼び止められて、仕方なく振り向く。 ギーシュは、モンモランシーに殴り飛ばされるまで座っていた椅子に優雅に座って回転し、すちゃっ! と器用に足を組んで、薔薇を構え、 「君が軽率に、香水の壜など拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついたではないか。どうしてくれるんだね」 びしぃっ! と、耕一に薔薇の先を突きつけた。 「…………意味がよくわからないんだが」 本気で意味がわからず、眉をひそめてそう聞き返すしかなかった。 ギーシュは、これだから学のない平民は、とやはり大仰な仕草で頭を抱えるフリをした。 「まったく、僕が知らないフリをした時に事情を察し、話を合わせて壜を目に付かないところにしまうぐらいの機微を持ってから学院に奉公したまえ。レディたちの涙は、君の不甲斐なさのせいだぞ」 ものすごい言い草だった。周囲の友人連中も、ぽかんとしている。 ―――ああ、つまり、八つ当たりなのか。 耕一は、ギーシュの顔が(頬に出来た大きな紅葉は別として)赤くなっているのに気付いて、そう思った。 「……いや、どう考えても二股をかけてたお前のせいだろうが」 「な、なに?」 子供の八つ当たりぐらいは受け止めてやるが、さすがに二股男の八つ当たりを受ける気にはなれなかった。 「たまたまバレただけで、俺が香水を拾ったのはただのきっかけだろう。もっと言うなら、二股とは言え恋人に貰ったプレゼントを、気付かずに落とすようなところに仕舞っておいた上に、誠実に対処せず誤魔化して切り抜けようとするような奴のせいだな」 「な、な、き、貴様っ! 貴族を侮辱するかっ!?」 「阿呆。侮辱してるのはお前だ。お前。貴族扱いされたいなら貴族らしい事をしてからにしろ。それとも、ここでいう貴族ってのは、二股がバレたら必死に誤魔化そうとして女の子を泣かすような奴の事を言うのか?」 耕一が言い捨てると、ギーシュの顔が真っ赤になった。食堂内が騒ぎに気付いて騒然となってくる。 反論が浮かばないのか、耕一を睨み付けていたギーシュが、何かに気付いたように口を開く。 「……君、どこかで見た事があると思ったら、思い出したぞ。さっきの授業にいた、ゼロのルイズの使い魔だな」 「ま、そういう事になってるね」 「ふん。学院への奉公人ですらない平民に、貴族への礼儀を説いても無駄だったか」 「二股がバレたら必死に誤魔化そうとして女の子を泣かした後に他人に八つ当たりするような子供に対する礼儀ってのがあったら、是非教えてくれ。俺には、張り倒して躾るぐらいしか浮かばないんだ」 ギーシュの顔が、剣呑に歪んだ。 「……よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」 ギーシュは、右手を覆っていた白い手袋を外すと、持っていた薔薇と共に耕一に投げつけて、大きく宣言した。 「決闘だ!」 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの剣士 #1 ギ―シュ・ド・グラモンはその日、遊びに興じる仲間達を尻目に特訓に明け暮れていた。 汗の滲む手に青銅の剣を握りしめ、ひたすら同じ動きを繰り返す。 毎日セットを怠らない髪は今や汗に濡れ、前髪が額に張り付いていた。 彼お気に入りの造花の杖は脱いだマントの上に置かれ、今はただじっと主が剣を振るう姿を見つめている。 ヴェストリの広場での敗北は、彼のこれまでの思想を根底から覆すような重大事だった。 ギ―シュはこれまで魔法の力を絶対のものと考え、自らの肉体を以って戦うことを軽視していた。 剣を振り回し、汗を流して戦うことを野蛮なこととさえ考え、そんなものは杖の一振りで一蹴できるものと思いこんでいたのだ。 しかしそこで――あの『ゼロ』の使い魔。 一介の剣士であるヒュンケルが、ギ―シュの思いこみを粉々にぶち壊した。 流れるようなあの動き。 多方向からの攻撃も華麗にいなすあの技術。 そして何より超人的な運動神経。 鍛えたからといって、自分があのようになれるとは思わない。 自分がメイジであるという誇りだって失ってはいない。 しかしそれでも……最後に頼れるのは己の身一つであることをギ―シュは痛感したのだ。 自分を負かしたヒュンケルに対する悪感情はもはやない。 ギ―シュはあの後、ヒュンケルに剣を教えてくれと頼んだが、その願いは言下に断られた。 剣の技量以前に、基本的な筋力を鍛えてこいとヒュンケルは指摘したのだ。 そこでギ―シュはひとまず自分で青銅の剣を錬金し、ひたすら素振りを繰り返すことから訓練を始めた。 八体目のワルキューレ。 ギ―シュは、自分自身がそれになるべく歩み始めた。 「ふう、今日はここまでにしておこうかな。モンモランシ―も退屈して行っちゃったし……」 今日のノルマを達成すると、ギ―シュは濡れた前髪を掻き上げてひとりごちた。 恋人のモンモランシーは最初こそギ―シュの特訓を見ていたが、そのうち退屈して帰ってしまった。 基本的にずっと同じことを繰り返すばかりだったのだから仕方ないが、ちょっとばかりの寂しさは感じる。 どうせ三日坊主で終わるでしょなんて言ってたモンモランシ―の顔を思い返し、 ギ―シュは「彼女も僕が構ってくれなくて寂しがってるのだ」と思って――というか願って、自分を慰めた。 疲れで軋む腕をさすりながら、ギ―シュは後で彼女をお茶にでも誘おうと心に決める。 木陰に置いておいたマントを羽織り、杖を手に取った時、ギ―シュは見慣れない感覚を覚えた。 足元が安定しないこの感じ、地震だろうか? しかし遠くから聞こえる、奇妙は地響きは――。 不意にギ―シュは、辺りが急に薄暗くなったことに気がついた。 視線を上げた彼は、落ちかかった太陽を巨大な『何か』が隠しているのを目撃した。 #2 「それにしても随分買いこんじゃったわねえ」 王都からの帰りの道中、馬車に揺られながらキュルケが言った。 ルイズやキュルケの足元には、ぱんぱんに膨れ上がった袋がそれぞれ二つ。 主にヒュンケルの洋服が詰まったものが置かれていた。 ルイズの隣りに座ったヒュンケルは、珍しく疲れた顔で目を閉じている。 武器屋を出た後、あれこれ仕立て屋を連れ回され、これを着ろだのこっちがいいだの着せ替え人形のような目にあわされたのだ。 初めは使い魔を甘やかすのはどうとか言っていたルイズも次第に熱くなり、結局こんな大荷物になってしまった。 ちなみにデルフリンガ―、愛称デルフは結局ルイズが買ったが、 キュルケの魅惑の交渉術のおかげで、買い叩いたも同然の出費で抑えられていた。 我に帰ってヒュンケル達を見送る店主の顔を思い出し、ヒュンケルは一つ、同情の溜め息をついた。 「気にすることないぜ相棒。別に食いっぱぐれるでもないし、小ずるいあの親爺にはいい薬だぜ!」 ヒュンケルの心情を察したのか、デルフがそう言った。 この陽気な剣は今、鎧の魔剣と並んでケースの中に鎮座している。 今日一番の収穫と言えば、このワケありそうな剣に出会ったこと。 そしてこの剣を通じて、鎧の魔剣が完全復活することが分かったことだろう。 不死身の異名をとっていたヒュンケルだったが、まさか愛用の武器までそうだとは思わなかった。 魔剣に向かって何故か「俺の方が年上なんだぞ」と喚くデルフを見ながら、 そんなことをヒュンケルは思い、そして笑みを浮かべた。 しかしそこで―― 「あっ、学院が見えたわよ! でも……なにか変ね」 外を眺めていたルイズが振り返ってそう言い、少し眉根を寄せた。 気になったヒュンケル達がそれぞれ馬車の小窓から顔を出して覗いてみると、遠目に魔法学院の姿が映った。 ヒュンケルにとってはまだ見慣れない場所ではあったが、たしかにルイズの言うように様子がおかしい。 出発した時とは何かが――学院にそびえる塔の数が違っているように見えた。 「――あれはゴーレム。巨大なゴーレムが学院に侵入しようとしてる」 遠見の魔法を使ったタバサが、そう呟いた。 馬車が学院に近づくにつれ、ヒュンケル達の目にもそれが手足を持った巨大なゴーレムであることがはっきり分かる。 30メイルはあろうかというそれは学院の外壁をのっそりと跨いで、まさに今学院を襲おうとしていた。 「まさか、土くれのフーケ?」 キュルケが囁くようにその名を口にし、ヒュンケルはオスマンの言葉を思い出した。 土くれのフーケ。 それは巨大なゴーレムを使役する、凄腕の盗賊の名だったはずだ。 「急いで学院に向かって!」 ルイズが馬車の御者を急かし、一行は全速力で学院に向かった。 #3 馬車が学院に着いた時、ゴーレムは既に中央の本塔の前に達していた。 ゴーレムの目標を素早く察したタバサが一言、「宝物庫」とつぶやく。 どうやらあそこに学院の宝は眠っているらしい。 となると、やはりゴーレムを操っている犯人は土くれのフーケか。 よく見れば、ゴーレムの上にはフードをかぶった、見るからに怪しい人物が佇んでいる。 「あそこ! 誰かいるわよ!」 ルイズの指さす方を見ると、ゴーレムの陰に金髪の少年が立ち尽くしていた。 ヒュンケルとヴェストリの広場で戦ったメイジ、ギ―シュ・ド・グラモンだ。 妙にゴーレムがまごついていると思ったが、それは進路上にあのギ―シュがいたせいかもしれない。 ゴーレムが立ち止まったのは、ギ―シュに逃げる猶予を与えるためだとヒュンケルには思えたが、 恐怖したギ―シュは逆にそれを自分が標的にされたからだと受け取った。 ギ―シュは震える手で杖を振るうと、巨大なゴーレムに対抗して 大きなワルキューレを錬金してみせたが、それは如何にも無謀なことだった。 錬金されたワルキューレは大きく見積もってもせいぜい5メイル。 フーケのゴーレムとは子供と大人以上の差があるそれは、 剣を片手に果敢に斬りかかったものの、文字通り即座に蹴散らされた。 ギ―シュの背後の壁にぶち当たり、粉々に壊れる大きなワルキューレ。 もはやギ―シュは足が震えて逃げることも叶わず、へっぴり腰で青銅の剣を構えた。 ゴーレムの巨体を前にしては、ギ―シュの剣など針みたいなものだ。 やはり選択を間違えたかなと自信をなくすギ―シュに向かって、ゴーレムが虫を振り払うかの如く腕を動かした。 良くて骨折、悪ければ――。 「貸しだからねギ―シュ!!」 死を覚悟しかけたギ―シュに、ルイズが叫んだ。 キュルケ、タバサと共に、ルイズはゴーレムに向かって杖を振りかざす。 しかし三人の杖の先から魔法が発射された時、ゴーレムの巨大な腕はそこにはなかった。 ――アバン流刀殺法・海波斬。 アバン流最速の秘剣によって巻き起こった剣圧が、ゴーレムの腕を既に刎ね飛ばしていたからである。 「さっそく俺っちのお披露目かと思ったら、そいつを使うのかよ……!」 魔剣を構えたヒュンケルの後ろで、馬車に置いてけぼりにされたデルフリンガ―がぶうたれた。 そして哀れ、無傷で助かったはずのギ―シュは、 目標を見失って壁にぶつかった三種の魔法――特にルイズの爆発の余波を食らって吹っ飛ばされた。 紙きれのように中空に浮かんだギ―シュは、地面に激突しようかという寸前、ヒュンケルにキャッチされる。 「ヒュ、ヒュンケル……ぼ、僕がレディだったら、君にほ、惚れる……ところだね。 しかし君の主人の失敗魔法はし、しどい……」 ギ―シュはそこまで言うとグフッと呻いてそのまま気を失った。 ま、まあ死ぬよりかはマシよねと目顔で頷き合ったルイズとキュルケは、すぐにきょろきょろ辺りを見回し始める。 少し目を離した隙に、さっきまでゴーレムの肩口にいたフーケが姿を消していた。 「あれ、フーケは?」と困惑するルイズ達に、タバサが本塔の壁を指し示した。 強力な固定化の魔法をかけられていたはずの壁は、三人の魔法を受けて大穴を空けていた。 「……もしかしてあそこ、宝物庫の壁?」 顔を引きつらせるルイズとキュルケに、タバサがこくりと頷く。 やっちまったとばかりに天を仰いだ二人は慌てて宝物庫に駆け寄ろうとしたが、 ゴーレムが穴をふさぐようにしてその前に立ちはだかっていた。 もはやフーケはルイズ達のことを完璧に敵だと認識したのか、 ゴーレムは無防備に近づいたルイズとキュルケに向かって、大木のような腕を容赦なく振り下ろした。 ルイズ達の目前に大質量の塊が迫る――。 「くっ、ルイズ!!」 インパクトの瞬間、すんでのところでヒュンケルが二人の前に割り込んだ。 合わさった魔剣と拳の力は一瞬拮抗したが、不安定な体勢もあってさすがにかなわず、 ヒュンケルは背後の二人を巻き込んで吹っ飛ばされる。 平衡感覚を失ったルイズ達の前に地面だか壁だかが迫り、ルイズは自分の見目麗しい顔がハニワになるさまを想像した。 (わたしは胸のみならず、顔までぺったんこになるのね……) ルイズが想像だけで気を失いそうになった瞬間、タバサが咄嗟に魔法で風のクッションを作った。 衝撃を和らげられたルイズ達は、なんとか打ち見程度の怪我でことなきを得る。 しかしルイズ達が立ちあがったその時、既にフーケは用事を済ませ、学院の外壁をまたぐゴーレムの上にいた。 大きな歩幅でどんどん遠ざかるゴーレム。 もはや追いつけはしないだろう。 いや、追いつけたとしても、あんな巨大なものをどう壊せばいいのか――。 悠然と去っていくゴーレムを睨みつけるしかないルイズの横を、タバサとヒュンケルが駆け抜けた。 宝物庫に入った彼らはやがてそこから出てくると、一枚の紙を手にして戻ってくる。 ヒュンケルが手渡してくる紙を見てみると、そこにはこんな言葉が書かれてあった。 『悟りの書、たしかに領収致しました。 土くれのフーケ』 そのふざけた領収書をびりびりに破いてやりたい衝動を堪え、ルイズは沈んでいく太陽を見つめる。 楽あれば苦あり。 今日という一日を振り返り、ルイズはそんなことを思った。 前ページ次ページゼロの剣士
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁12話「品評会EXステージ」 ルイズが地獄を見た日から、半月程日々が流れた。 真っ白な灰となり、風が吹けば飛び散ってしまいそうな程にか細い存在と成り果てていたルイズも、既に何時もの調子を取り戻している。 宮廷は王位継承で連日大賑わい、ルイズ達の罪状も恩赦で無かった事に。 晴れ晴れした気分になれるはずのそんな日々を、より満ち足りた物にするイベントがルイズ達を待っていた。 「私達に芸を披露しろと?」 ルイズが呆気に取られた顔で問い返すと、コルベールは満面の笑みで頷いた。 「ああ、この間の品評会が特に好評でね、あれを王位継承祭の時に披露して欲しいと宮廷から打診が来たんだ。光栄な事だ、是非頑張ってくれたまえ」 その宮廷を散々騒がせた当人達に頼む事じゃないのでは。とか思ったが口にはしないルイズ。 上位三人、タバサとキュルケとルイズの使い魔を王都特設ステージで披露するという趣旨だ。 派手すぎるイベントはそもそも好まないタバサは無表情のまま、拒否オーラを出している。 キュルケは評価された事自体は嬉しいようで、面倒そうにしつつも悪い気はしてない模様。 そしてルイズ。声をかけてもらったのは嬉しいのだが、宮廷で目立つのはもう避けたいと思っていた矢先であるので、返答に困る。 「色々あったけど、それも含めての依頼だ。気にせず全力で披露してくるといい」 コルベールのそんな勧め言葉に、ルイズ達は頷くしかなかった。 「ふれいむうううううううううう!!」 泡を噴きながらぴくぴくと震える愛する使い魔を抱きかかえながらキュルケが絶叫する。 すぐ隣ではタバサの使い魔シルフィードが、同様に痙攣しながら引っくり返っていた。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人はそれぞれの使い魔を伴い早めに会場入りしていた。 引率のコルベールが王室付きの医師を呼んできて、倒れた二体の使い魔の症状を見てもらうと、何らかの薬物中毒であるとの事。 すぐに治療した為大事には至らなかったが、魔法を持ってしても回復には丸一日かかるそうだ。 ひとしきり憤慨した後、さてどうするかとなった。 使い魔抜きでは芸の披露など出来ない。 コルベールは運営委員会に事情の説明をして、今回は出場を見合わせるといった旨の発言をするが、三人は納得しなかった。 あれから更に練習を重ねて練度を上げてきた珠玉の芸である。 何より、これが事故ではなく誰かの故意によって引き起こされた事態であると思われた事が四人を頑なにしていた。 ルイズは額に皺を寄せっぱなしである。 「冗談じゃ無いわ。何処の何方様か知らないけど、そんなに私達の芸が嫌だっていうんなら、絶対にやりきってあげる」 完全に戦闘体勢のキュルケ。 「犯人消し炭に変えるのは後よ。今はステージを成功させて奴の鼻を明かしてやるわ」 タバサもまた薬物の使用が余程気に入らなかったのか、顔に出さず激怒していた。 「……許さない」 誰一人止まってくれそうにない。それ以前にコルベールは剣振り回しながら犯人探しに行こうとする燦を止めるので手一杯である。 コルベール抜きのまま、どうするかの相談は続く。 たまたまその場に居合わせてしまった不幸な王室付き医師も巻き込んで、何とかステージのアイディアは纏まる。 細かい詰めに入る頃にはようやく燦も落ち着いてくれ、コルベールと燦も交えて突貫作業の準備が始った。 「な、何とか間に合ったわね」 肩で息をしながらルイズがそう呟くと、キュルケも壁にもたれかかって荒い息を吐く。 「間に合ったっていうのコレ? いやそれでももう、やるしかないんだけどさ」 「大丈夫よ、きっとウケるとは思うわ。というかこれだけやってウケ無かったら私暴れるわよ」 「そんな元気が残ってればね」 タバサと燦の方もどうやら終わったらしい。 最後の打ち合わせを終えると、コルベールは舞台天井に登ってスタンバイ。 「……何で私もココに居るのよ」 お祭りという事で遊びに来ていたモンモランシーが何故か付帯袖に居る。 ぶちぶち文句を言うモンモランシーを、逃げたら燃やすの一言で連れてきたキュルケはぴしゃっと言い放つ。 「うっさい、ギーシュはお兄さんと一緒なんでしょ? だったらどうせ暇なんだから付き合いなさい」 「もう充分付き合ってあげたでしょ! 何で私が大工仕事なんてしなきゃならないのよ……」 ぐちゃぐちゃ言った所で、既に会場は満員御礼。 前席の貴族席はもとより、外野席に当たる平民用の席も立ち見が出る程の大賑わいである。 モット伯の件は宮廷のみならず平民達の間でも有名で、そんな連中が一体何をやらかしてくれるのかと皆興味津々なのである。 モンモランシーもここまで付き合ってしまった為、引っ込みがつかなくなってしまっているのだ。 大きく深呼吸一つ。 ルイズは舞台袖で皆に気合を入れる。 「行くわよ!」 まずはルイズとキュルケの二人がステージへ出る。 この二人こそモット伯晒し者事件の主犯である。自己紹介が済むと後席の平民達がわっと沸く。 平民を守って悪徳貴族を懲らしめた、そう街中に広まっているせいかエライ人気である。 思わぬ好感触に、二人は気をよくしつつ芸の準備に入る。 二人が引っ張ってきたのは巨大な箱である。 下に車輪がついているおかげで、スムーズな移動が可能なそれを観客達の前で一回転させ、タネも仕掛けも無い事を示す。 何をするつもりかと観客達が見守る中、ルイズがその箱の中に入ってしまう。 箱の上部にある穴から首を出し、準備完了。 箱の大きさはちょうどルイズの体全体がぴったり収まる大きさで、中で身動きする余裕もほとんどない。 そこでキュルケが取り出だしたのは一本の剣。 ルイズとキュルケ、二人の視線が絡み合う。 「い、いいわよっ!」 「おしっ、遠慮無しでいくから覚悟決めなさい」 ぶすーーーーーーーーっ!! 宣言通り遠慮呵責無しに、深々と箱に剣を突き刺した。 箱の上部から飛び出しているルイズの顔が、見るも無残に変形する。 観客席、特に貴族の多い前席からは小さい悲鳴が上がるが、すぐにルイズがにこっと笑ったおかげで皆が安堵する。 もちろん芸はこれで終わりではない。 アシスタントモンモランシーが、舞台袖から剣を十本、重そうにしながら持って来る。 「ちょ! ちょっとキュルケ!」 洒落にならぬ気配を感じ取ったルイズは、顔中から嫌な汗が垂れるのを堪えながらキュルケに抗議する。 「一本や二本じゃ誰も納得しないでしょ」 「だったら最初っから言っときなさいよ!」 「何言ってるの。最初に言ったらアンタ嫌がったでしょうに」 小声でぼそぼそと言い合いながらも、キュルケは剣を受け取り、早々に構える。 「いや、それ死ぬから! 本気で死んじゃうってばあああああああっ!」 「舞台袖に王宮付き医師揃えてるんだから、即死以外は何とかするわよ」 「人事だと思って……ぎゃあああああああああああ!!」 ルイズの悲鳴に重なるように、キュルケはもうこれでもかという勢いでぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすと剣を突き刺していく。 都度貴族のご息女とも思えぬ、もぬすごい顔になるルイズ。 そう、この手品。タネも仕掛けも本当に無いのである。 気合で耐えて、ステージが終わるなり舞台袖に控えている王宮付きの優秀な医師達に魔法で治してもらうつもりなのだ。 箱の底板から赤黒い何かがじわっと染み出てくる。 上部の板にはルイズが吐き出した血が放射状に飛び散り、舞台上まで血しぶきが舞っている。 キュルケは全ての剣を突き刺し終わると、一礼をしようとするが、箱を振り返ってこんこんと叩き、ルイズにも礼をするよう促す。 当然、剣が十一本も刺さってるルイズはそれどころではない。 頭がぐでーっと穴の縁によりかかるように寝転び、反応すら出来ない。 それを見たキュルケは肩を竦めて見せ、観客達に大きく礼をして締めた。 観客達の大爆笑を背にステージ袖まで箱のままルイズを引っ張っていく。 誰も大貴族ヴァリエール家の娘が、本気で自分に剣刺してるなんて思ってもみないのだ。 奥にはサイレントの魔法で音が外に漏れぬようにしてある、簡易手術室が用意されていた。 「早く! 顔が土気色になってきてるわ!」 医師達は呆れすぎて文句を言う気にもならないらしい。 「……すげぇ……本気でやりやがった……」 「馬鹿! ぼさっとしてる場合か! すぐに手術にかかるぞ! バカバカしいとか思うなよ! むしろその勇気を称えろ! そうとでも思わなきゃ治してやる気になんてなれんからな!」 「急所外せばいいってもんでもないだろ……うっわ、ひでぇなこりゃ。この出血でまだ息があるとかそれが既に奇跡だろ」 次なるはキュルケの出番である。 フレイムがやる予定であった火の輪くぐりをキュルケ自身で行うのだ。 流石に品評会の時のような精度を維持しつつアクションは無理なので、火の輪はコルベール作成の鉄の棒に藁を巻いて油を浸し、火を付けるようになっている。 が、実際に火をつけてみたモンモランシーは確信する。 『……こんなのくぐったら自分も燃えるわよ、絶対』 コルベールが油の量を誤ったのか、凄まじい勢いで燃え盛る炎。 実はこれ、自分だけ痛いのが許せないと思ったルイズが、油の量を倍に増やしていたのだ。 曰く「このぐらいスリリングな方がきっと盛り上がるわ! キュルケも私の配慮にきっと感謝するわね!」だそうである。 モンモランシーが舞台袖に戻ってくると、キュルケが水を頭から被っている所であった。 この時体に纏わり付いた水を、モンモランシーとタバサが魔法で操り、火からキュルケを守るというのがこの芸のタネであった。 「キュルケ、多分無理」 炎の勢いを見たタバサは即断する。 「何言ってるのよ! 今更引っ込みつかないでしょ! 二人共頼りにしてるんだから頑張ってよね!」 モンモランシーとタバサは顔を見合わせる。 「……あの氷の矢に耐えたキュルケだし、きっといけるわよね?」 「耐えられるとは思う。患者が一人増えるだろうけど」 三つ程用意されていた火の輪は、その全てが紅蓮の炎で燃え上がっている。 キュルケは、舞台袖から走り出して行った。 モンモランシーとタバサの目には、その背中がうすらぼんやりと透けて見えたような気がした。 いきなり飛び出してきたキュルケは、まず一つ目の火の輪に頭から飛び込んでくぐり抜けると、すぐに立ち上がって観客達に礼をする。 にこやかに笑うキュルケであったが、内心それ所ではなかった。 『何よこれ! 滅茶苦茶熱いじゃない! どうなって……』 一応危ないからと厚手の服を用意していたのだが、その随所から火が上がっている。 水の幕なぞ一瞬で蒸発してしまった模様。 『たばさもんもらんしいいいいいいいいいい!!』 一度引っ込んで再度水の魔法を、そう思ったのだが、観客達は先の芸と同じ芸風かと大笑いで迎えている。 既に引っ込みはつかない。 『ああもうっ! やればいいんでしょやれば!』 豊満な肉体を誇るキュルケの衣服が、炎で焼け焦げ、瑞々しい皮膚が外に晒される。 服の端から燃え尽きていく形になっているので、長めのスカートの端から少しづつ艶やかな太ももが姿を現す。 アクションの大きさもあって、絶対領域は確実に失われていく。 上着は端からではなく、はち切れんばかりに漲った胸部の上から黒ずみ、下の柔肌を露出させていく。 アクションのみではなく、得意の扇情的な仕草を交え、時に淫らに、時に激しく動いて観客達に応える。 キュルケはもう色んな意味でヤケになっていた。 きっちり台座に固定してあった火の輪を素手で掴んで、逆上がりまでしてみせる。 のんびり火の輪の中に座り込みながら欠伸をするなんて真似までやったキュルケは、最後にステージの前に出て会釈をした。 その頃にはもう全身が燃え盛っており、余りに派手な演出は、観客を存分に驚かせ、満足させてくれた。 ロクに前も見えない状態で何とか舞台袖に引っ込み、簡易手術室に駆け込むと、すぐさま全身に水をぶっ掛けられた。 「馬鹿か!? こいつら揃いも揃って発狂してるのか!?」 「普通熱くて動けなくなるだろ! 何で平気な顔してアクションとかやってられんだよ! おかしいだろコイツ!」 信じられぬといった顔の医師達を前に、キュルケはか細い声で言い放つ。 「……き、きあいとこんじょーよ……」 手を上げ、親指立てようとしたが、指が半ばから炭化していて動いてくれなかった。 「アホかあああああああ!! 気合も根性も使いどころ間違えすぎだろ! 誰が得すんだこれ! いやマジで教えてくれって!」 「何という病人。コイツが将来どうなっちまうのか、不安すぎて笑いが止まらん」 ちなみに魔法が無ければ間違いなく死亡である。 いかに火に慣れているとはいえ、全身に二度から三度の熱傷とか医師が匙を投げても誰も責めないレベルだ。 キュルケのステージ直後、大慌てで舞台の天井から降りてきたコルベールに、タバサは冷静に言った。 「あれならまだ治療が間に合う。ミスタ・コルベールがもしもの為に医療スタッフをと言った時、二人が反対しない所か諸手を挙げて賛成した理由をもっと考えておくべきだった……」 「しかしっ!」 「何を言ってももう遅い。次のステージは安全だから安心して」 キュルケもルイズも、この芸にはタネがあるとコルベール、タバサ、燦を騙くらかしていた訳で。 既にステージもラスト、今更中止した所で状況は変わらない。 「説教は私もする。とにかくこれを終わらせないと」 との言葉に渋々コルベールは従った。 最後は燦とタバサのステージだ。 直径3メイルを越える巨大な水槽を、タバサと燦の二人でえっちらおっちらとステージに引っ張り出していく。 コルベールは天井で待機。 しかる後、モンモランシーが人間サイズの箱を引っ張り出してくる。 箱の上部にはロープがついており、その上端は天井裏の簡易な滑車に繋がっていて、ハンドルはコルベールが握っていた。 極めて単純な芸だ。 箱の中に燦が入り、滑車を使って水槽の中に落とす。 箱には穴が空いており、観客の見ている前で箱の中へ水が入っていく。 水槽は箱より高い水位である為、水は箱の中を満たしてしまい、中の人間は溺れてしまうだろう。 が、中に居るのは人魚の燦だ。水を被ると人魚になってしまうが、溺れるという心配だけはない。 確実に中の人間は溺れ死ぬだろうという所まで放置した後、箱を引き上げ、タバサが魔法の布と言って乾いたタオルを箱の上から差し入れる。 それで水気を拭いた燦は人に戻り、扉を開ければ万事おーけいという訳だ。 最後の最後でまともな芸、これを見事に成功させステージで締めくくった二人は、協力者二人と共にステージ前面に並ぶ。 すぐに舞台袖からタンカに乗せられたままのルイズとキュルケも現れる。 それを見た観客達の爆笑を受けながら、六人は礼をし、ステージを終えた。 「ねえキュルケ。何かこう不条理じゃないこれ?」 「理不尽よね。私達だけこんな目に遭ってるのって」 どう考えても自業自得な二人の愚痴を聞いてくれる者は誰も居なかった。 後日、王都トリステインにとある噂が流れた。 例のステージ、あれ実は本当に大怪我を負っていたという噂だ。 出所も確かであったその噂は、しかし一笑に付された。 緊迫感もあり、スリリングなステージであった事は認めるが、まさか本当に刺したり燃やしたりする馬鹿が居るわけがない。 ましてや相手は貴族だ。そんな愚かな行為をどうしてしなければならないのか。 手品の世界では、まさか、という事を本当にやるからこそ客は驚き喜んでくれるという考えがある。 正にそれを地で行く展開であった。 命を賭した決死の芸は、長くトリステイン貴族に限らず平民にまで語り継がれる素晴らしいステージとなったのであった。 当然その後も出演依頼が殺到したのだが、生徒達に伝わる前に学園側が断固としてこれを拒否した。 無理からぬ事であろう。 前ページ次ページゼロの花嫁
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ほぼゼロの手がかり (怪盗L……あの時、死んだはずなんじゃ?) 黄色い探偵服の少女―――【譲崎ネロ】が椅子の上に座り考える。 こんな状況でも……いや、こんな状況だからこそ冷静になろうとする。 ひとまず、デイバックの中に入っていたお菓子の箱が一つだけ入っていた。 彼女の見たことのない銘柄のチョコ菓子であったが、一口だけ口に入れ、頬張る。 (毒は入っていないようだね……うん、美味しい) これから、頭を使うのだから、彼女にとって糖分補給は重要だった。 まずは連れて来られたこの状況―――直前までの記憶がない。 記憶を操作するトイズか何かを使われた可能性がある。 (怪盗Lの持つ『精神操作のトイズ』なら可能かも知れない。 けれど、これだけの人数に同時に精神操作のトイズを掛けるのは流石の怪盗Lでも不可能だろう。 ……あるとしたら、【協力者がいる可能性】だが、それはない) 怪盗は基本徒党は組まない。 特に伝説的大怪盗と呼ばれていた怪盗Lなら自身のプライドが許さないだろう。 (それに本物の怪盗Lだったら、自分の娘―――アルセーヌまでこんなことに巻き込む必要があるのかな?) 次に考えるのは支給されたこの名簿。 自分が知っている名前は…… ・シャーロック・シェリンフォード ・エルキュール・バートン ・コーデリア・グラウカ ・アルセーヌ そして、自身を入れて五人。 (……シャロもエリーもコーデリアもこんな殺し合いには乗らないだろうし。 アルセーヌは怪盗だけど、殺し合いには乗らないだろうしな) 「……さてと、試してみるか」 ネロのトイズは電子機器からの情報取得・制御のトイズ。 所謂、【ダイレクトハック】というものである。 (……ダイレクトハックが効かない……? 首輪だけがトイズを受け付けないのか……) 部屋の中の電子機器は問題なく全て動かすことは出来た。 そして、それと同じようにこの首輪に触り、感触を確かめる。 見た目は普通の金属製の首輪、爆発するということは機械制御式かもしれないと思い試した。 しかし、この首輪にはどういうわけかそのトイズの操作を全く受け付けない。 (と、なると考えられるのは……) 考えられるのは最初の場所にいた怪盗Lが【怪盗Lの名を借りた偽者】の可能性。 だが、これだけじゃまだ証明完了には至らない。 (でも、まだ足りないな、小林が言うところの【そう、これは重要なファクターだ!】って奴が) と、今までの自身の考察を軽くまとめる。 捜査は地道なことからコツコツとが、基本である。 そして、ネロが自身の考えをメモにまとめ上げた時であった。 「……ったく、えげつねェよな…………」 「うわ!?」 気配もなく背後に立っていて、自身のメモ書きを読まれていた。 ネロ自身、集中していたこともあるが、警戒は怠っていなかった。 それでも、突然ゴリラのような男が現れ、声をかけられたのだから、驚くのも仕方ない。 「アンタ、誰?」 「オレの名前はゴレイヌ、プロのハンターをしている」 「プロの……ハンター……?」 このゴリラのような男の名は『ゴレイヌ』。 本人の言う通り、ハンターライセンスを持つ正真正銘のプロハンターだ。 「おっと警戒しなくていい、オレはこんなゲームには乗っていない」 「僕が信用できないって言ったら、どうする気?」 「まあ、何も言わずにずっと見ていたことは詫びよう、すまなかった」 「……………」 見た目毛深いゴリラな割に割と紳士的な態度を取るゴレイヌ。 「見たところによるとお前はあの怪盗Lとかいうやつを知っているようだしな」 「…………つまり、情報のギブアンドテイクってことでいいの?」 「ああ、そうだ。話が早くて助かる」 一先ず、ネロは彼の話を聞くことにした。 情報集めは犯人探しの基本であるのだから。 【E-6・ヨコハマ警察/一日目・深夜】 【譲崎ネロ@探偵オペラ ミルキィホームズ】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、チョコロボ君(一個消費)@HUNTER×HUNTER、考察メモ [思考・行動] 基本方針:首輪の解除及び脱出 1:シャロ、エリー、コーデリアとの合流 2:アルセーヌはひとまず保留 3:(まだ信用しきれないが)ゴレイヌと情報交換をする [備考] ※探偵オペラ ミルキィホームズ2本編終了後からの参戦です。 【ゴレイヌ@HUNTER×HUNTER】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム品1~3 [思考・行動] 基本方針:殺し合いからの脱出 1:ゴン、キルア、ビスケとの合流 2:ヒソカ、クロロ=ルシルフルは警戒する 3:少女(ネロ)と情報交換をする [備考] ※少なくともグリード・アイランド編終了後からの参戦です。 チョコロボ君@HUNTER×HUNTER 一個150ジェニーほどのお菓子。ネロに一ケース分支給された。 時系列順で読む Back 帝王VS反逆者 Next 歪曲少女 投下順で読む Back 帝王VS反逆者 Next 歪曲少女 GAME START 譲崎ネロ [[]] GAME START ゴレイヌ [[]]
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「ゼロのルイズ」(前編) ◆LXe12sNRSs 「……ミス・ヴァリエール! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」 教員の怒鳴り声に刺激され、ルイズは机に突っ伏していたその身をがばっと引き起こした。 涎の垂れた口元を拭おうともせず、ぼやけた頭を振って周囲の光景を確認する。 そこは、無数の椅子や机と黒板の置かれた教室内。タバサやキュルケ、ギーシュやモンモランシーといった級友の姿が窺える。 ……どうやら、こともあろうに授業中に居眠りをしてしまったらしい。 恥ずかしさに口を噤みながら、ルイズはクラスメイトたちの笑い声を浴びせられて顔を赤面させる。 その笑いの渦中に、やたらと聞き慣れた男の声が混じっていた。 異変を感じ取るように訝しげな顔で横を向くと、隣の席には黒い短髪に平凡な様相を構えた、平民の少年がいた。 「ルイズは相変わらずドジだな。迂闊者っていうかさ」 「な、なんでアンタがここにいるのよ!」 「いちゃ悪いかよ。俺はルイズの使い魔だぞ」 「いちゃ悪いのよ! アンタは私の使い魔で平民! ここは貴族の学び舎よ! 犬は外で洗濯でもしてなさいよ!」 晒してしまった失態からくる恥ずかしさを怒りに変えて、まるでその少年が全ての元凶であるかのようにルイズは非難を浴びせた。 少年はちぇっ、と言い捨て、素直に教室を退出していく。 そうなのだ。使い魔は主人の命令には逆らえない。 召喚された時点でその主従関係は絶対であり、例外が生まれることはないのだ。 「だから、アンタはこの私に絶対服従でいなければいけないの! 分かった!?」 「はいはい分かりましたよ御主人様。俺は平民であって使い魔、ルイズは貴族であって主人。近いようで遠い関係だよなコレ」 場所を寄宿舎の外に移し、少年は洗濯をしながらあーあと空に向けて溜め息を吐く。 その横顔を見て、ルイズは自分の頬が薄紅色に染まっていることも気づかずこう発言した。 「で、でもまぁアンタも使い魔にしちゃ結構やるほうだし、そんなに遠くはないんじゃないかしら」 「? 遠くないってなにが?」 「だ、だからその…………カ、カ、カカカカンケイ…………とか」 「カンケリ? ルイズ、カンケリがしたいのか? つーかこの世界にもカンケリなんて遊びあるんだ……」 「な、なななななななななな違うわよ耳腐ってんじゃないのこのバカ犬!」 「イタっ、イタタタタ!? 耳引っ張るなよ!」 茹蛸みたいに顔を火照らせて、ルイズは少年の耳を力いっぱい引っ張った。 ……何故だろう。この少年の前に立つといつもこうだ。 言いたいことが言えなくて、発言を失敗するたびに胸が締め付けられるように苦しくなる。 病のようで怪我のようで、そのどちらでもなくて。 ルイズは純真な瞳に笑う少年の素顔を映し、正体の掴めぬ感情に胸を焦がすのだった。 「……ったく、こんなガサツで乱暴な性格だから、みんなに『ゼロのルイズ』なんて呼ばれるんだよ。少しはシエスタとかを見習えよな」 「そ、それは昔の話じゃない! っていうかなんでそこでシエスタの名前が出てくるのよ!」 「え? い、いやぁ~なんでだろうなぁ……ハハハ」 冷めた笑いではぐらかす少年の胸ぐらを揺さぶりながら、ルイズはまた怒り出す。さっきから顔を真っ赤にさせっぱなしだった。 ……少しは素直にならないとね。 表の思考ではなく、本能でルイズはそう思った。 このまま意地を張ってばかりでは、いつかきっと後悔してしまう……そんな予感を本能が感じ取っていたから。 「……もう、ゼロのルイズなんかじゃない」 「分かってるよ。ルイズはもう立派な――」 「そうじゃない! そうじゃなくて……その……私には…………才人、がいるから」 「へ? オレ?」 おどけた表情で言葉の意味を探る少年に、ルイズは依然赤面したまま、思いの丈をぶつける。 「……私には、『才人』がいるから! だから……だからもう『ゼロ』じゃない。才人が、才人さえいれば私は……」 意を決した反動で涙まで流す健気な少女に、少年――平賀才人は優しく微笑み、その小さな頭にそっと手を置いた。 ◇ ◇ ◇ 今宵の城は、漆黒ではなく真紅に染め上がることだろう。 爆砕か、炎上か、血染か、それとも――真紅を超越した『虚無』か。 「我が名はルイズ! ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール!」 杖である戦鎚を振り、唱える。 「宇宙の果てのどこかにいる私のしもべよ!」 サモンサーヴァントだけは自信があった。 「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!」 あの召喚の儀式の日が、全ての始まりだった。 「私は心より求め、訴えるわ!」 ルイズと、才人の。 「我が導きに、答えなさい!」 運命の出会い――。 『…………まずは悲しい知らせから――!』 バトルロワイアル会場の中心地に位置するホテルという名の巨城。 その最上階にて、ルイズはグラーフアイゼンを振るい、破壊の力を行使する。 爆音が木霊し、壁が、天井が、床が崩壊。ほぼ同時に始まったギガゾンビの定時放送すら、その轟音で掻き消した。 横に、縦に、斜めに自由自在に振り回し、まるでウサ晴らしをするようにありったけの魔力をぶち撒ける。 これまでの激戦で損傷が進んでいた巨城はすぐにその身を揺るがし、ボロボロと破片を零していく。 『――涼子、前原圭一、竜宮レナ、古手――』 放送は既に、ルイズの耳には入っていなかった。 ギガゾンビの声を掻き消すほどの音も原因の一つだが、ルイズにはもはや、誰が死のうがどこが禁止エリアになろうがどうでも良かったのだ。 ホテルを壊して、目に入った人間は殺して、グリフィスの下へ、才人と一緒に帰る。 それだけ。たったそれだけで、才人は帰ってくる。 誰にも邪魔はさせない。朝倉涼子も問題じゃない。 才人と一緒にいれば、なんだって出来る。 だって才人は、ルイズが召喚した世界でたった一人の平民の使い魔だから。 神聖で、美しく、そして強力なゼロの使い魔だから。 「私はもう――ゼロじゃない!」 懐に忍ばせておいた才人の眼球を取り出し、屋外へと飛翔する。 天高く舞い上がったルイズは手の平に才人を転がし、同じ視点で崩壊していくホテルを見下ろした。 未だ鳴り止まぬ轟音は、依然として破壊が続いている象徴でもある。 スプーンで半分だけ掬ったアイスのように、ホテルは中途半端な半壊状態を迎えたところで鳴動を止めた。 このコンクリートの巨城は、ルイズにとっては砂の城だ。 そう形容するくらいに脆く、崩れやすく、壊しやすい。 才人と再び出会うための、単なる糧に過ぎない。 「見て、才人。お城が崩れていくわ」 地上から舞い上がってくる突風を受けて、ルイズの桃色の髪が揺れた。 生気を宿さない眼球は何も言わず、ただ死んだ瞳に崩壊寸前の巨城を映す。 「召喚魔法は一生で一度きりのもの。使い魔は生涯添い遂げるべきパートナー。私にはもう、才人しかいない」 ルイズが召喚した使い魔は、人間だった。 ルイズが召喚した使い魔は、平民だった。 ルイズが召喚した使い魔は、才人だった。 「もう一度やり直そう、才人。あの召喚の儀式から、私たちの出会いから――」 グリフィスはそれを叶えてくれる。 壊して、殺して、ぶっ壊して、皆殺しにすれば、才人は戻ってくる。 ルイズはグリフィスの虚言に一欠けらの疑念も持たず、ただ単純に――すごい、と思った。 「帰ろう、才人」 ――そこにはいないはずの才人と交わす、二度目のファーストキス。 突き出した唇は空を捉え、ただ唯一といえる彼の象徴は、何も返してはくれなかった。 今は、まだ。 でも、これが終われば、きっと。 グラーフアイゼンを頭上高く振り上げ、彼女の内に眠る潜在魔力を解放させる。 生み出された特大の鉄球の数は、一発。その一発に、ルイズの魔法の特性である『虚無』の力を加える。 「これが、決まれば!」 鉄球を狙い、グラーフアイゼンを当てんと振り被る。 虚無により強化された、本来の使い手であるヴィータのものを越えるシュワルベフリーゲン。 命中すれば半壊状態のところで食い留まったホテルも爆発と共に弾け、辺り一帯は焦土と化すことだろう。 そこに、ルイズ以外の生存者はいない。 「――っぉわれろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」 呂律の回らない口ぶりで叫び、ルイズはグラーフアイゼンを振り下ろした。 「やめなさあぁぁぁぁぁぁいっ!!」 「――ッ!?」 鉄槌が鉄球を穿つ――その直前だった。 ルイズの横合いから飛び込んできた黒い斧が、振り下ろされたグラーフアイゼンを弾き、同時に鉄球を空高く打ち上げた。 ホテルを狙うはずだったシュワルベフリーゲンは空中で花火のように霧散し、黒味がかってきた空を茜色に染める。 バランスを崩したルイズはなんとか体勢を立て直し、謎の乱入者へと矢庭にハンマーを向けた。 その場にいたのは、ルイズと同様に魔法の杖を持った、飛翔する女の子。 白を基調としたロングスカートは、平凡な小学三年生の女子児童が思い描く、典型的な魔法少女の兵装。 胸元で結ばれた大き目のリボンが際立ち、またそのリボンのイメージとは対極に位置する厳格な瞳を、ルイズに向ける。 「なによ……なんなのよアンタ!」 歳相応とはいえない殺気の込めれらた睨みを利かせ、ルイズは少女を牽制する。 だが少女はそれをものともせず、怯むでもたじろぐでもなく真っ向から視線を合わせていった。 純白の清楚なバリアジャケットに、使役するは親友が愛用していたインテリジェントデバイス。 闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧――その名は、バルディッシュ・アサルト。 そして使い手は、『魔砲少女』、『管理局の白い悪魔』など、呼び名を悪名の如く周囲に認知させ、若輩を意識させないほどの実力を持った一流の魔導師。 「高町なのはとバルディッシュ・アサルト――これ以上の破壊は見過ごせない!」 杖とは形容しがたい戦斧を構え、飛翔する少女は高らかにその名を宣言した。 ――狂った。邪魔が入って、何もかもが狂ってしまった。 直感でなのはを外敵と捉えたルイズは、奥歯を噛み締め、憤怒の思いを逆巻く風に乗せた。 あと少し、あと少しで終わったのに。いつも、いいところでいつもいつもいつも、邪魔が入る。 「どうしてホテルを破壊しようとするの? それに、なんであなたがヴィータちゃんのグラーフアイゼンを……」 「……キュルケにシエスタに、アンリエッタにタバサ……こっちに来てからは朝倉涼子! みんな、みんな才人と私の邪魔をする!」 慟哭を鳴らし、ルイズが雄叫びを上げた。 子供とも女とも思えない、獣性を帯びた咆哮はなのはを唖然とさせ、身を引き締めさせた。 同時に、虚無の力を更に行使する。 グラーフアイゼンにこれでもかというくらい魔力を込め、その形状を変えていった。 ハンマーヘッドの片方に推進剤噴射口が現れ、もう片方にはスパイクが取り付けられる。 通常のハンマーフォルムに比べ、近接戦闘に特化した変形形態ラケーテンフォルム。 『鉄の伯爵』と呼ばしめる戦鎚型アームドデバイス、グラーフアイゼンのもう一つの姿である。 「殺して、壊すだけで終わるの! だから、だから……だから大人しく殺されなさいよぉぉぉぉぉ!!!」 『Raketenhammer』 貴族の優雅さなど欠片も見せず、ルイズは感情のままになのはへと突進した。 ロケット噴射による推進力がルイズの速度を加速させ、回転。遠心力も味方に付け、グルグルと円盤のように回りながら大気を巻き込む。 なのはは咄嗟に防壁を張るが、グラーフアイゼンのラケーテンハンマーは基礎的なプロテクションなどで防げるものではない。 (すごい勢い……! ひょっとしたら、ヴィータちゃん以上――!?) 絶大な威力を防ぐには敵わず、魔力防壁はガラスのように砕け、飛び散った。 破壊力は強大でもそのコントロールはまだ不完全なのか、空中でグルグル回り続けたままのルイズの隙をつき、なのはは距離を取る。 「バルディッシュ、お願い!」 『Haken Form』 なのはの声に答えた機械音声がスイッチとなり、バルディッシュ・アサルトの形状を変えていく。 変形前を斧と言い表すならば、この変形後のハーケンフォームはその名の通り鎌。 グラーフアイゼンのラケーテンフォルム同様、近接戦闘に特化した直接攻撃タイプの形態である。 「うわぁあぁああああぁぁあぁあああぁぁぁあぁぁあぁぁあっぁぁ!!」 力任せに突っ込んでくるルイズはグラーフアイゼンを使いこなしているというより、武器として利用しているだけのように思えた。 デバイスと意思疎通を図り、共に戦略を組み立てるなのはとレイジングハートのような関係とは違う。 グラーフアイゼン本来の使い手であるヴィータ以上にムチャクチャな攻撃方法――それを見て、なのはは再度思う。 ヴィータは、いったいどうなってしまったのだろうか。 主である八神はやての死亡と同時に、彼女の守護騎士であるヴィータとシグナムの二人も消滅したものだと思っていた。 しかし先ほどのホテル倒壊と同時期に行われた放送――告げられた死亡者の中には、確かにヴィータの名前があった。 真相が分からない。シグナムはまだこの世界に存在しているのか、ヴィータは誰かに殺されてこの世から消えたのか。 ルイズの持つグラーフアイゼンに訊けば、何かが分かるかもしれない。が、今はまだ。 そもそも、悲しんだり考えたりする暇はないのだ。 (ホテルには、まだみさえさんやガッツさんがいる。これ以上壊させるわけにはいかない……全力で止めてみせる!) なのはは向かってくるルイズと真っ向から対峙し、加速するハンマースパイクをバルディッシュの刃で受け止めた。 圧し掛かってくる力は過去ヴィータと交戦した時と等しく、重い。 でも、挫けたり諦めたりすることはできない。普通の少女みたいな甘えは、なのはには許されない。 守りたいものがある。友達と、仲間の、大切な命。失うわけには、いかない! 「死ね! 死ね! 死になさいよォォォォォ!!」 「……ぜったい、ダメェー!」 何度も何度も打ち込まれる鉄槌を、バルディッシュの一薙ぎで全て振り払った。 どうにかしてルイズからグラーフアイゼンを奪取し、無力化しなくてはならない。 故になのはは不得手な近接格闘戦に挑むが、使い慣れない鎌は振るうだけで疲労が溜まる。 そのため、隙も生じやすい。 「!」 がむしゃらに振り回され続けてきたグラーフアイゼンが不意に軌道を変え、なのはの顎下を狙ってきた。 バルディッシュの間合いを縫うように潜り込まれた一撃は、バリアジャケットに包まれていない頭部を掠めようとしている。 反射的に身を引いてそれを回避するが、そこからさらなる隙が生まれてしまった。 横合いから、真っ直ぐな軌道で振るわれるグラーフアイゼン。 バルディッシュのか細い柄がそれを防ぐが、発生した衝撃はなのはの小柄な身体を容易く吹き飛ばした。 流星のように煌びやかに、暗闇を帯びてきた市街地へとなのはが落下する。 受身として即席の防御魔法を展開するが、それでも落下の勢いを減少させるほどの効果しかなく、音を立ててビルの壁へと衝突した。 「――っいたた……大丈夫、バルディッシュ?」 『Yes, it is safe』 「にゃはは……やっぱり、フェイトちゃんみたいにうまくはいかないね」 コンクリートでできた壁に激突――常人、しかも小学三年生の少女ともあれば、笑って済ませられるものではない。 だがなのはは、普通なら大怪我のところを掠り傷程度で抑え、バルディッシュも目立った損傷はなかった。 戦いは始まったばかり、これからが本番。泣き言を言う暇も、言うつもりも、なのはとバルディッシュにはない。 (接近戦で対応するのは不利……かといって遠距離攻撃を仕掛ければ、あの子はシュワルベフリーゲンで攻撃してくる。 もし流れ弾が一発でもホテルに命中すれば、中にいるみさえさんたちが危ない……なら!) なのは立ち上がり、再び飛翔した。 空中で待ち構えていたルイズは未だ牙を剥き出しにした状態。 戦意を治めず、むしろ高ぶらせて、まずは目の前の邪魔者を排除しようと躍起になっていた。 ホテルからの注意は逸れている――引き離すなら、今がチャンス。 「あとで絶対、お話は聞かせてもらうから。でも今は――」 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 再び突進してきたルイズに対し、なのははバルディッシュで受けようとも範囲攻撃で反撃しようともせず――身を翻し、急加速で撤退した。 頭に血が上っているルイズは逃げる敵に意識を奪われ、闘争本能のままになのはを追跡していく。 高速で飛行する魔法少女が二人、戦地をホテルの外周へと移す。 ――これは、序章のほんの一部。 【D-6・上空/一日目/夜】 【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔】 [状態]:精神完全崩壊/グリフィスへの絶対的な忠誠/全身打撲(応急処置済み)/左手中指の爪剥離 [装備]:グラーフアイゼン(ラケーテンフォーム)(カートリッジ二つ消費)@魔法少女リリカルなのはA s [道具]:平賀才人の眼球 [思考・状況] 1.殺す(なのはを) 2.壊す(ホテルを) 3.生き返らせる(才人を) [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【高町なのは@魔法少女リリカルなのはA s】 [状態]:全身に軽傷(掠り傷程度)、友を守るという強い決意、やや疲労 [装備]:バルディッシュ・アサルト(ハーケンフォーム)(カートリッジ一つ消費)@魔法少女リリカルなのはA s、バリアジャケット [道具]:グルメテーブルかけ@ドラえもん(回数制限有り:残り18品)、テキオー灯@ドラえもん、支給品一式 [思考・状況] 1:ルイズをホテルから引き離し、無力化する。 2:グラーフアイゼンを奪取し、ヴィータがどうなったかを訊く。 3:シグナムが存在しているかを確認する。 4:フェイトと合流。フェイトにバルディッシュを届けたい。 5:はやてが死んだ状況を知りたい。 6:カズマが心配。 ◇ ◇ ◇ 破壊神が通り過ぎた跡は、それはそれは無残なものだった。 八階建てという、高く堅牢な誇りを掲げていたホテルという名の巨城は面影もなく崩れ落ち、今や元の半分、四階フロアまでを残すのみとなっていた。 五階から上は既に残骸として地に落ち、周囲に散らばっている。 ガッツや野原みさえがホームとしていた三階フロアも、上の階層から雪崩れ落ちてくる天井やら何やらによって、凄惨な有様となっていた。 壁に穴が空いているのも別段珍しくはなく、中からでも日の落ちた世界が一望できる。 崩れゆく鳴動は止まった。だが、これで崩壊が終わったとはとても思えない。 三階フロアの天井は現在進行形でパラパラと崩れ落ち、なおも残骸の数を増していっている。 いつのことだったか――野原みさえは、家族の住まうマイホームがガス爆発により崩壊した時のことを思い出した。 あれは一瞬の内に弾け飛んだ分ジリジリと迫る恐怖は感じ取れなかったが、このホテルの状況は違う。 いつ来るかは分からないが、いつか必ず来るであろう完全倒壊の時。一秒後か、一分後か、一時間後か、考えるほどに怖くなってくる。 関東大震災などがこんな感じだったのだろう。日頃テレビのニュースで見る被災者の方々の気持ちになり、みさえはその身を震わせた。 「ガッツ……それに、ゲインさんやキャスカさんは……?」 身体が満足に機能するのを確認した後は、改めて周囲を見渡した。 確認できるのは、乱雑に散りばめられた瓦礫の山々のみ。ベッドやら電話やら冷蔵庫やら、室内にあったはずのものは全て埋もれ、その姿を隠している。 見当たらないのはホテルの備品ばかりではない。ガッツやベッドで寝ていたはずのゲインもまた、その影をどこかに潜めたままだった。 まさか、彼等も生き埋めになってしまったのだろうか……渦巻く嫌な予感に駆り立てられ、みさえは足場の整わない残骸の上を歩く。 「あっ……痛ッ!?」 そこでようやく、自分の足が負傷しているという事実に気づいた。 瓦礫の破片に足を躓かせ、転倒。原因となった左足は青く膨れ上がり、今頃になって痛みを訴えかけてくる。 どうやら軽い打撲のようだ。これしきの怪我、ホテルの負った被害状況を考えれば随分と程度が低い。 みさえは意識を奮い立たせ、立ち上がろうと力を込める。その背後から、 「フリーズ。動くなです人間」 土埃に塗れた人形が、銃を突きつけてきた。 「あなた……どうして!?」 「まったく、あんな大爆発が起こったっていうのにしぶとい人間ですぅ。まぁ、そのおかげで翠星石も自由になれたわけですけど」 その人形――翠星石は、取り上げたはずの銃を構え、今にもみさえの後頭部を撃ち抜かんと牽制している。 「爆発……? 爆発って……あ」 翠星石の言葉で、みさえはようやく思い出す。 あれはたしか六時丁度、ギガゾンビの声がしたと思った瞬間の出来事だった。 凄まじい怒号と地震のような波に襲われ、すぐに天井が崩壊してきたのだ。 おかげでみさえも翠星石も、放送での死者や禁止エリアの情報を聞き逃してしまった。 しんのすけは無事なのだろうか、蒼星石は無事なのだろうか、考える暇もなく、自分の命を拾うことに精力を注がなくてはならない状況に陥る。 結果として、二人はホテルの倒壊にあっても即死は免れた。その際翠星石は意識を回復させ、同時に強奪された銃も奪還することに成功したのだ。 みさえは微かに振り向き、翠星石のやや後方に目を向ける。 そこに転がっていたのは、引き裂かれ、使い物にならなくなっていた誰かの四次元デイパック。 おそらく翠星石は、あのデイパックから零れた銃を回収したのだろう。だとすれば、あのデイパックは銃を取り上げていたガッツのものに他ならない。 彼のデイパックがあのような無残な姿を晒しているということは、つまり―― 「ガッツ……ねぇ、ガッツはどうしたのよ!」 「あんなデカ人間しらねーです。ま、大方この瓦礫の下のどこかで野垂れ死んでるんじゃないですか。翠星石には関わりのないことです。それよりも」 翠星石は突きつけた銃口をみさえの旋毛にグリッと押し付け、覇気を込めた声で言う。 「よくも! よくも翠星石をあんな目にあわせてくれやがりましたねぇ! 人間如きにあんな仕打ちを受けるなんて屈辱ですぅ!」 「仕打ちって……あなたがトンチンカンなことを言ってるからお仕置きしただけよ! それの何がいけないわけ!?」 「あーもう! これだから知能の低い人間の相手をするのは嫌なんですぅ! 今の状況が分かっていないですか!? お前は今から翠星石に殺される運命にあるのです!!」 癇癪を起こしたように顔を染め上がらせ、翠星石は力の限り銃の引き金を引いた。 銃声が鳴り、黒く開いた口から殺意の弾丸が飛ぶ――が、それは狙っていたみさえの後頭部を逸れ、天井へと放たれる。 何が起こったか理解できない翠星石は、同時に自分の身体がみさえの手によって乱暴に振り回されていることを知った。 隙を突き、小さな人形の身体を捕縛した――このまま投げ飛ばし、抵抗するつもりか。 翠星石は考えたが、答えはまるで見当違いであり、みさえの行動の真意も一瞬が過ぎる内に知ることとなる。 「――危ない!」 時間差で届いたみさえの危機を知らせる声は、翠星石に事態を把握させた。 振り回された体勢のまま、視覚でも確認する。 翠星石とみさえの後方に、剣を振るう褐色肌の女剣士がいた。 みさえに気を取られている間に、この女は翠星石の背後に忍び寄っていたのか――ようやく自分がとんでもない窮地にあったことを自覚した翠星石は、遅すぎる恐怖に身を震わせる。 あと数秒遅れていたら真っ二つという状況だった。げんこつの恨みは消えないが、この時ばかりはみさえの機転に感謝せざるを得ない。 というか、この女剣士はいったい誰だ。翠星石は一瞬考え、すぐにキャスカという名のミニ人間がいたことを思い出した。 「……スモールライトの効果が切れたのね。それにその剣も……最悪」 「うっ…………ぐぅぅぅ……」 キャスカが握っているのは、翠星石の銃と同じくガッツが預かっていたはずのエクスカリバーだった。 あれが彼女の手に渡っているということは、やはりあのズタズタに引き裂かれたデイパックはガッツのものなのだろう。 だとしたら、なおさら彼の安否が気に掛かる。みさえは未だ姿の見えぬ仲間を捜したい衝動に駆られるが、どうやら眼前の女騎士はそれを見逃してはくれないようだ。 獰猛な獣のように声を漏らし、現状が把握できていないのであろうキャスカは、混乱気味にみさえと翠星石を襲った。 グリフィス以外は敵。これはキャスカが定めたルールのようなものであり、目に付く人間、殺せるチャンスがあれば、深く考えずに襲えという本能からくるものだった。 女と人形のように小さな子供……戦力的に見てもなんら問題ない。左足は骨折により使い物にならなくなっていたが、腕さえ動けば十分に殺せる。 キャスカはエクスカリバーの柄を握る力を強め、片足で跳躍してみさえに飛びかかった。 巻き起こる剣風は、みさえのような平凡な主婦には到底回避し切れぬ代物だったが、キャスカが満身創痍なこともあってこれは難なく回避する。 「ねぇ、ちょっと落ち着いてよ! おち……落ち着きなさいってば、ねえ!」 攻撃を回避しつつキャスカを宥めようとするみさえだったが、混乱の度合いが強いのか、彼女は剣を収めようとしない。 朝比奈みくるという少女を殺害し、ゲインやセラスに手傷を負わせた凄腕の女剣士――ガッツは保護対象として捉えていたが、やはりセラスの言うとおり彼女は殺し合いに乗ってしまったようだ。 相手が刃物を持っている以上、翠星石のようにげんこつやぐりぐり攻撃で鎮圧することは難しい。大人しく逃げるのが得策かと考えたが、みさえ自身も怪我人の身。 いつ崩壊するとも分からないホテル内を、キャスカの剣をかわしつつ負傷した足で脱出する自信はなかった。 何より、ここにはまだガッツやゲインがいるはずである。彼等の安否を確かめるまでは、安心して避難などできるはずがない。 「くあああああああああああああッッ!!」 「――ッ!?」 気合の咆哮と共に、キャスカはエクスカリバーを大きく振り上げた。 その奇声に一瞬怯んだみさえは瓦礫の足場につんのめり、転びそうになった身体を寸でのところで制御する。 その間、回避行動はままならず、停止したみさえの上空から真っ直ぐな一閃が振り下ろされた。 「――――」 目を瞑り、覚悟を決めた。 これはもう避けようがない。恐れから来る痺れが身体を固めさせるが、死にたくないという強い意識はまだ保っている。 たとえどうしようもない窮地だとしても、みさえは願った。 助けを。ピンチを救ってくれる、ヒーローみたいな誰かを待ち望んだ。 ――その脳裏に荒くれた大男の姿がよぎったのは、否定しない。 「お前はッ!」 (……え?) 突如、キャスカの驚きに満ちた声を耳にし、みさえはそっと瞼を開けた。 気づけば、両断されるはずだった我が身は五体満足のまま存在している。 いったいどうして――答えを求めた視界の先で、キャスカの剣を一心に防いでいる男の姿があった。 「ガ――」 その名を呼ぼうとして、みさえは異変に気づく。 目の前で自身を守る障壁のように君臨している男は、脳裏をよぎった彼ほど大柄な体躯ではない。 晒した上半身に包帯を巻きつけ、荒い息遣いでなんとか立っているその男は――ゲイン・ビジョウだった。 「ゲイン・ビジョウ!」 「よぉキャスカ。一度は撤退したかと思ったが出戻りか? そんな傷まで負って、そこまでして生き残りたいか?」 ――昼に起こった闘争を再びなぞるかのように、ゲイン・ビジョウとキャスカの二人は対峙する。 ゲインはみさえがベッドの傍に立てかけて置いたバットを得物とし、キャスカの剣を防いでいた。 調子が万全ならば両断することも容易かったであろう代物だったが、キャスカ自身もいっぱいいっぱいらしい。 エクスカリバーを握る手はどこか弱々しく、数多の兵士を率いていた頃の力強さは感じられない。 「驚かせてしまってすまない、ご婦人。少し尋ねたいんだが、君はシドウヒカル、もしくはセラス・ヴィクトリアの知り合いか?」 「両方よ! 二人は今外に出てていないけど、あなたの看病をしていたら突然ホテルが崩れ出して、っていうか今も崩れてる真っ最中で……」 「なるほど……なんとなくだが、状況は把握した。ここにキャスカがいる理由は後でゆっくり聞くとして、とりあえず彼女には眠ってもらわないと……な!」 降りかかる刃の切っ先をバットで流し、ゲインはキャスカを沈静化させようと腹部に蹴りを放つ。 だが負傷している身とはいえ、剣を持った傭兵に安易に隙が生まれるはずもなく、ゲインの一撃は空振りで終わった。 「相変わらず鋭いな。女性のものとは思えぬ剣捌きだ。……それだけの力を持ちながら、自分のことしか考えていないってのがマイナスだがな」 見た目にそぐわぬ豪快さもまた、女性のステータスの一部。ゲインはそう捉えていた。 だがその力を自分のため『のみ』に使うとあっては、とても褒められたものではない。 血気盛んなレディは嫌いではないが、少々痛い目を見てもらう必要がありそうだ……ゲインは疼く脇腹を押さえ、キャスカの剣とバットを交わした。 (自分の命に、興味などはない……。私は決めたんだ。グリフィスを優勝させ、鷹の団を再興する) 囁くように発した言葉は、ゲインの耳には届いていなかっただろう。 ゲインは思い違いをしている。キャスカは決して自分が生き残りたいがために戦っているのではなく、ただ一人、敬愛した男の無事を祈り剣を振るっているだけなのだ。 (グリフィス……ジュドー……ピピン……リッケルト……コルカス) 誰にも思いつかないような知略と、カリスマ性溢れる指揮でみんなを率いてくれたグリフィス。 投げナイフを得意とし、何事もそつなくこなす参謀役でもあったジュドー。 巨体を盾にして何度も敵兵の強襲を食い止め、白兵戦の要として活躍していたピピン。 幼いながらも常に皆のことを思い、鷹の団を支えていてくれたリッケルト。 身勝手ではあるが、いざという時には誰よりも果敢に敵に攻めていったコルカス。 何ものにも変えがたい、鷹の団の戦友たち。 (……ガッツ!) 一年前に鷹の団を去り、仲間を、グリフィスを裏切り我が道を進んだ――今はもういないガッツ。 (ガッツも、私も、いらない。グリフィスが、いれば……) ふと、自分でも驚くくらい仲間に対して献身的な思いを抱いていることに気づく。 その正体は、あの一年を無駄にしたくないという意地か、未だ潰えぬグリフィスへの思いか、傍を離れていったガッツへの怒りか――。 (深く……考えるなキャスカ。私はただ、敵を斬る。それ、だけでいい……!) エクスカリバーの握り手に再度、力を込める。 グリフィス以外の敵を消す。ガッツであろうと、誰であろうと。そのためにもまず、この場を生き延びてやるんだ。 「いくぞ……ゲイン・ビジョウ!」 「やれやれだな……」 鷹の団の千人長たる女戦士は、たった一人の男と残してきた仲間のために剣を振るう。 黒いサザンクロスの通り名を持つエクソダス請負人は、その肩書きの誇りに掛けて、脱出を願う者たちでのエクソダスを目指す。 観戦するしか道が残されていなかった主婦は、自分にでき得る最善の行動を模索し、そして速やかに取り掛かる。 他者を恨んでばかりの人形は、いつの間にか姿を消していた。 ――これは、序章のほんの一部。 【D-5/ホテル3階(倒壊寸前)/1日目/夜】 【キャスカ@ベルセルク】 [状態]:左脚複雑骨折+裂傷(一応処置済み)、魔力(=体力?)消費甚大 疲労大、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、軽い混乱症状 [装備]:エクスカリバー@Fate/stay night [道具]:なし [思考・状況] 1:目に付く者は殺す 2:他の参加者(グリフィス以外)を殺して最後に自害する。 3:グリフィスと合流する。 4:セラス・ヴィクトリア、獅堂光と再戦を果たし、倒す。 [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】 [状態]:疲労大、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった) [装備]:悟史のバット@ひぐらしのなく頃に [道具]:なし [思考・状況] 1:キャスカを止め、ホテルからエクソダス。 2:市街地で信頼できる仲間を捜す。 3:ゲイナーとの合流。 4:ここからのエクソダス(脱出) [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【野原みさえ@クレヨンしんちゃん】 [状態]:中度の疲労、全身各所に擦り傷、左足に打撲 [装備]:スペツナズナイフ×1 [道具]:なし [思考・状況] 1:ガッツ本人と、戦闘中のゲインの援護になるような物を掘り起こし、キャスカを止める。 2:ホテルが完全に崩壊する前に逃げる。 3:セラスら捜索隊と合流。 4:契約によりガッツに出来る範囲で協力する。 5:しんのすけ、無事でいて! 6:しんのすけを見つけたら、沙都子の所に戻る。キャスカを監視。グリフィス(危険人物?)と会ったらとりあえず警戒する 基本行動方針:ギガゾンビを倒し、いろいろと償いをさせる。 [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【翠星石@ローゼンメイデンシリーズ】 [状態]:全身に軽度の打ち身(左肩は若干強い打ち身)、頭が痛い、全身各所に擦り傷 服の一部がジュンの血で汚れている、左肩の服の一部が破れている、人間不信 [装備]:FNブローニングM1910(弾:4/6+1)@ルパン三世 [道具]:無し [思考・状況] 1:あんなバカな人間共は放っておいて、さっさとここから逃げるです! 2:真紅や蒼星石と合流するです。 3:まずは魅音を殺してやるです。 4:水銀燈達が犯人っぽいから水銀燈の仲間は皆殺しです。 5:水銀燈とカレイドルビーを倒す協力者を探すです、協力できない人間は殺すです。 6:庭師の如雨露を探すです。 7:デブ人間は状況次第では、助けてやらないこともないです。 基本:チビ人間の敵討ちをするため、水銀燈を殺してやるです。 [備考]:第三放送は聞き逃しました。 ※ゲインのデイパック: 【支給品一式×2、工具箱 (糸ノコ、スパナ、ドライバーなど)】 みさえのデイパック: 【糸無し糸電話@ドラえもん、銃火器の予備弾セット(各40発ずつ)、ウィンチェスターM1897の予備弾(30発分)、石ころ帽子@ドラえもん、スモールライト@ドラえもん(電池切れ) 】 バトーのデイパック: 【支給品一式(食糧ゼロ)、チョコビ13箱@クレヨンしんちゃん、煙草一箱(毒)、 爆弾材料各種(洗剤等?詳細不明)、電池各種、下着(男性用女性用とも2セット)他衣類、茶葉とコーヒー豆各種(全て紙袋に入れている、茶葉を一袋消費)】 ロベルタのデイパック: 【支給品一式×6、マッチ一箱、ロウソク2本、9mmパラベラム弾(40)、ワルサーP38の弾(24発)、極細の鋼線@HELLSING、医療キット(×1)、病院の食材、ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)、クラッシュシンバルスタンドを解体したもの】 翠星石のデイパック: 【支給品一式×4、オレンジジュース二缶、ロベルタの傘@BLACK LAGOON、破損したスタンガン@ひぐらしのなく頃に、ハルコンネン(爆裂鉄鋼焼夷弾:残弾5発、劣化ウラン弾:残弾6発)@HELLSING、ビール二缶、庭師の鋏@ローゼンメイデンシリーズ】 パチンコ、パチンコの弾用の小石数個、トンカチ、ウィンチェスターM1897(残弾数3/5)、支給品一式、空のデイパック、スペツナズナイフ×1、銃火器の予備弾セット(各120発ずつ)、首輪 がホテル内、もしくはホテル周囲の瓦礫の下に埋もれています。全て破損状況は不明。 ※ガッツの持っていたデイパックが崩落により損傷、中身が全て吐き出され、使い物にならなくなりました。 時系列順で読む Back 【背中で泣いてる 男の美学】 Next 「ゼロのルイズ」(後編) 投下順で読む Back 【背中で泣いてる 男の美学】 Next 「ゼロのルイズ」(後編) 195 【黒禍】 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 207 「ゼロのルイズ」(後編) 190 魔法のジュエル ほしいものは 高町なのは 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ キャスカ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ ゲイン・ビジョウ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ 野原みさえ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ 翠星石 207 「ゼロのルイズ」(後編) 195 【黒禍】 アーカード 207 「ゼロのルイズ」(後編) 190 魔法のジュエル ほしいものは 園崎魅音 207 「ゼロのルイズ」(後編) 190 魔法のジュエル ほしいものは 獅堂光 207 「ゼロのルイズ」(後編) 189 鉄の鎧纏った僕を動かしてく Going on フェイト・T・ハラオウン 207 「ゼロのルイズ」(後編) 189 鉄の鎧纏った僕を動かしてく Going on タチコマ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 189 鉄の鎧纏った僕を動かしてく Going on ゲイナー・サンガ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 200 へんじがない。ただのしかばねのようだ。 ストレイト・クーガー 207 「ゼロのルイズ」(後編) 200 へんじがない。ただのしかばねのようだ。 セラス・ヴィクトリア 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ ガッツ 207 「ゼロのルイズ」(後編)
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前ページ / ゼロの騎士 / 次ページ その日ラムザは気苦労を重ねていた。 街に行った日から2日が過ぎている。ルイズにはなんとか機嫌をなおしてもらっていた。 そして夕食を済ませた後、部屋に戻り支度をしてデルフリンガーを携え図書館に行こうと部屋の扉を開けた。 正確には開けようとした、だ。 手をかけようとした扉はラムザの手が届く前に開いてしまったのだ。 開いた扉の前にはなにやら包みを抱えた褐色の肌の女性が立っていた。 「あら、ダーリン。私の為に出迎えてくれたのかしら?」 扉の前の女性はキュルケであった。その後ろにはタバサも控えている。 といってもこちらはなにか用事があるのではなくキュルケに連れて来られたというのがありありとみてとれた。 そんなキュルケを見てだまっていないの部屋の主である 確かにノックもせず勝手に入ってきているのだからその怒りももっともなのだがその目的がさらにルイズをいらだたせることとなる。 その目的とはキュルケの抱える包み、これをラムザに渡すというものだったのだがその中身が問題だった。 なんと中身は先日街で見た立派な大剣、例のルイズが店主に勧められた剣だったのである。 もともと受け取る気もなかったのだがルイズの手前更に受け取る訳にはいかないとこれの受け取りを断ったラムザにキュルケは言う。 「あら、ならダーリン。これを受け取ってくれたら先日の貸しを無しにしてあげるわ」 先日の貸しとは街でルイズに置き去りにされた際にタバサの風竜によって学園までつれてきてもらったことだ。 こう言われてはラムザも無碍に断ることもできなくなった。 しかし受け取ろうとしたラムザに、それまでキュルケに向けて発せられていたルイズの罵声がとぶ。 曰わく「ラムザはすぐ色香に惑わされる発情魔」だとか 曰わく「結局立派な剣が欲しかったんじゃない」だとか 本来なら剣をうけとらざるをえなくなった原因が言う事に耳を貸すこともないのだがここでルイズの機嫌を損ねてはまた面倒くさいことになるのは目に見えている。ラムザは受け取るか受け取らないかを選択できずに時間だけが過ぎていく。 そうやっている間にキュルケとルイズによる受け取るか受け取らないかの問答がだんだんとラムザの手を離れたところで行われるようになり遂には決闘で進退を決めることになってしまった。 止めるラムザの声は虚しく響くだけで助けを求めタバサに視線を送るも彼女は彼女で我関せずの態度を固めてしまっているようだった。 そして現在- 学院の中庭においてキュルケとルイズが対峙している。 「覚悟はいいわねツェルプストーっ!」 「あら、そっちこそ今ならまだ止めてあげてもいいのよ?」 どうやらどうあってもお互い退く気はなさそうだ。全くもってお互いに難儀な性格である。 そしていよいよ決闘が始まろうとしている。 「ルールはこの中庭からあの壁の的に向かって魔法を撃ち先に当てた方が勝ち、ってことでいいかしら?」 ラムザ達四人とタバサの風竜の他には誰もいない中庭、そこから見える壁にタバサがキュルケの言う的を貼ってきていた。 無論そんな所にただ壁だけがあるはずもなくそれは建物の壁なのだがキュルケ曰わく壁には固定化の魔法がかけられていてちょっとやそっとじゃ崩れないらしいが…。 「異論ないわ! さぁ始めましょう!」 もうラムザには止めようがないのである。 「はぁ…」 「相棒も大変だねぇ…」 今ラムザの苦労を分かってくれるのはこのデルフリンガーだけだ。 あれから短い間しか経っていないがそんな一人と一振りの間には幾何かの連帯感が生まれていた。仲裁を諦めたラムザが二人から離れると一斉に呪文を唱える。 「「ファイアーボールッ!」」 次の瞬間キュルケの前に人の頭ほどの火球が現れ的に向かって飛んでいく。 一方同じ呪文を唱えたはずのルイズの前には何も現れていない。 「さすがはゼロのルイズね、この勝負もらったわ!」 キュルケが勝ち誇った声をあげると同時に凄まじい爆裂音が鳴り響いた。 「え?」 先程まで自分の勝ちを確信していたであろうキュルケが気の抜けた声を出す。 そう、爆裂音はキュルケのファイアーボールで起きたものではなかったのだ。 吹き荒ぶ土煙の向こうにキュルケの放った火球が飲み込まれていく。 「だぁーれがゼロですって?」 うってかわって先程まで泣きそうな顔をしていたルイズが勝ち誇った顔でキュルケに相対する。 「引き分け」 「「え?」」 タバサの一言に二人が声をあげる。 「二人とも魔法が当たっていない」 そういって煤けた紙を取り出す。 それは先程まで壁に貼られていた的であった。 「爆風で飛んできた」 それを見せられては二人とも自分の勝ちを主張することはできなかった。 押し黙る二人を後目にタバサが次の言葉を紡ぐ。 「そして壁が壊れた、早く逃げないと音に気づいて人が出てくる前に…」 しかしそのタバサの言葉を遮る轟音が鳴り響いた。 「こ、今度は私じゃないわよ!?」 「分かってるわよ! なに…あれ…ゴーレム…?」 ………………………… 「して、君らは犯行を目撃したのかね」 白く長い髭を蓄えた老人、オスマンは問うた。 「はい、オールドオスマン」 オスマンの前に立つルイズが静かに答える。 視界が晴れた後その場を去ろうとした一行は駆けつけたオスマンに捕まり現在任意という形で質問をうけている。 「そうか…。それでは君達が一番犯人について詳しいということになるかのう…?」 「…オールドオスマン?」 いつもの明るさと違う雰囲気を纏う老人にルイズが声をかける。 「ここに来る前に壊された棟をみてきた。知っての通りあそこには宝物庫があるからのう。そして、じゃ。こんなものをみつけた」 そう言うとオスマンは一枚の紙を出した。それを受け取り読み上げるルイズ。 「審判の宝珠頂戴しました。土塊のフーケ…これって…」 「そう、犯人は都を賑わせている盗賊のフーケらしいのう。そして確かにそこに書かれているものがなくなっておったわ。これは由々しき事態じゃ、学院としてはすぐに追跡を開始しようと思う」 周りでは何の騒ぎかと出てきた生徒や教師が出てきていた。そんな中でなにかもったいつける様な含みのある言い方がラムザは気になっていた。 「それで、僕たちに追跡をしろと…?」 「そうじゃ、事は一刻を争う。すぐにむかってもらいたい」 このオスマンの申し出に対しラムザは疑問を抱かざるをえなかった。そしてこの申し出だけでなくラムザには気になっていることがある。 何故学生に盗賊追討を命じるのか、何故オスマンは駆けつけてすぐ自分達のもとへ来たのか。この疑問をぶつけようとした時、ラムザの隣にいたルイズとキュルケが口を開いた。 「わかりました。オールドオスマン! すぐに出立いたします!」 「私に任せていただければ賊の一人や二人、すぐに捉えてきますわ」 そう言うと二人はタバサの風竜の背に乗る、そしてタバサもそちらへむかっている。 それを見てラムザが声を上げようとするがそれはオスマンによって止められた。 「ラムザ君、不満はあるだろうが何も言わず今はむかってくれ、盗まれたものは普通のものではないのじゃ」 「普通のものじゃ、ない…?」 オスマンに対しラムザは訝しげな目を向ける。 「行けばわかる、君なら。賊がどっちに向かったのかはわかっているじゃろう? 急いでくれ、わしはここを纏めなければならん。」 「何をいって…」 「ラムザ早くしなさい! 置いて行くわよ!」 オスマンを問いただそうとするラムザにルイズから声がかかる。ルイズ達だけで向かわせることはできないとラムザはオスマンを一瞥してルイズ達の方へ走った。 「頼んだぞ、ラムザ君」 風竜が飛び立つのを見るとオスマンは人集りが出来始めている壊された建物へむかって歩いていった。 ………………………… 「まだ賊が逃げてからそう時間は経っていない。が、向こうも素人じゃない。必ずしも逃げた方角に向かっているとは限らない。全景をみて近くを動いてるものを探し出す!」 「わかったわ!」 ラムザの声にキュルケとルイズが応える。 こうは言ったものの正直ラムザはフーケ探索は難航するだろうと考えていた。 森の中で息を潜められたら空から追う自分達がみつけるのは困難である。 しかしその時、ラムザは妙な感覚をうけ辺りをみた。 この感覚は以前にも感じたことが… 「ルイズ、さっきの決闘、引き分けじゃあ納得できないわよね?」 「ええ、私もあなたと同じことを考えていたところだわ、今からフーケを見つけ出し捕らえた方が勝者よ!」 そんな事を言い合うキュルケとルイズの横でラムザは記憶を辿った。 忘れていたわけではない、しかしこの感覚はまさか… 「タバサ、ここから南西の方角にむかってくれ!」 「…わかった」 タバサの合図で風竜は旋回、加速した。 突然のことにキュルケとルイズは小さく悲鳴をあげる。 そして驚きの声をあげた。 「ダーリン、フーケを見つけたの!?」 「見つけたのかはわからない、しかしきっとそこにいるという感覚がある、忘れもしないよ、これは…」 そこで言葉を止めるラムザを三人は見た。 しかしラムザはそのあとの言葉を継がないうちに風竜から飛び降りた。 「え?」 「ラムザ!」 ルイズが三人の視界から消えた人物の名を呼び、キュルケは突然の事に驚き声をあげた。タバサはすぐに風竜に合図を出しラムザの消えた場所へと向かう。 三人がラムザを見つけた時、彼は何者かと対峙していた。 暗闇の中で黒いローブを着込み顔はフードで覆われていて確認できない。 だがこれが目的の人物であろうことを全員が確信していた。 「観念しろ、賊」 ラムザが黒ローブの人物に投げかける。 「まさかこんな早く追っ手が出るとはねぇ…、だがこの土塊のフーケ、子供相手に捕まるような小物じゃないよ!」 そう言ってフーケは杖を振った。すると突如足下の土が盛り上がりラムザ達とフーケの間に瞬く間に巨大な土の人形が現れた。 「くっ! そう簡単にはいかないか! デルフ!」 「あいよ相棒! ようやく俺の出番だな!」 デルフリンガーに手をかけるラムザの左手のルーンが光を放つ。 足の筋肉を引き絞り、解放- 土塊に向かって駆けるラムザの後ろから火球とそれを後押しするような空気の壁が飛ぶ。 一瞬早くたどり着いた火球、できた皹に滑りこむ刀身。 切り抜けたラムザはそのまま距離をとる。抜けた軌跡から光がこもれ、閃く。 光が消えるとそこに何もなかったかのように空いた空間が残る。 タバサの風に支えられたキュルケの火球を頼りにラムザが切り抜け、とどめのルイズの爆発、狙いすましたかのような流れが起きる。 だがそれでも土人形は倒れない。 空いた隙間に地面から土塊がねじ込まれる。 一瞬バランスを崩すものの倒れることはしない。 不安定だからこそ安定している、矛盾しているような表現であるが確かにその人形は留まらないからこそ見た目には留まっているのだ。 上空から魔法を放つ三人の淑女に地を駆ける剣士、そして人形はまるで夜の闇の中を一人不格好に踊るピエロのようである。 「けど、これじゃ埒があかないわ」 呟くルイズにキュルケが応える。 「えぇ、いずれどちらかの精神力が尽きるまで続きそうね、それか…」 「ラムザが持たない」 キュルケの言葉を継いだタバサの一言によってルイズの心臓が早鐘のように拍動しだす。 それはルイズにもわかっていたことだった。 この世界で平民は貴族に勝てない。そう言われるのは必然といえる力の差があるのだ。 「ラムザ…」 ルイズの言葉は風竜の切る風の中に消えていく。 ……………………………… 切っては走り、転回、跳びまた切る。 ただ繰り返しているだけの動きの中でラムザは思考を巡らせていた。 タバサとキュルケの魔法では傷はついても土塊の動きに大きな支障を出させるには厳しいものがある。 ルイズの爆発は確かなダメージを相手に与える、しかし命中率が悪い。先ほどから中空に閃光を瞬かせるだけで肝心の土塊にあたっていない。いくら強力な魔法でも当たらなければ意味がないのだ。 かといって当たるまで待つわけにはいかない。 単調な動きといえど激しい動きだ、疲れで先に潰れるのは自分だろう、ではどうすれば… 一瞬の隙 切り抜けた後に草に足をとられ地に伏すラムザ。 … …………………………. 「あ…」 思わず漏れ出たルイズの声、次の瞬間少女は空に身を投げ出していた。 「ちょっと、ルイズ! あー、もう! あの子ったら!」 キュルケの声も今のルイズには聞こえない。地面が近づく中ルイズは呪文を唱え続ける。 呪文を結んだルイズは次の事を考えた。着地のための魔法が使えない。 自分が ゼロ である事を悔やむ。 自分が助かりたいから魔法を使いたいのではない。誰かを守れる力が欲しかった…。 地面が自分を呼んでいる。重力のままに叩きつけられ、その華奢な体はバラバラになるのか? そんな思考が頭をよぎる。しかしルイズはその考えを信じてはいなかった。 そして目の前に現れた影に確信をもつ。 ルイズは地面に叩きつけられることはなくラムザの腕の中にいた。 地に伏したラムザがルイズの落下を見た瞬間すぐさま疲れた体に鞭打ち立ち上がり駆けだしていた。 しかしいくらラムザといえど倒れた状態から落ちてくる少女を走って受け止めにいくような真似は本来なら不可能だ。 そこはキュルケ、タバサの迅速な行動の賜物であった。 ルイズが飛び出た瞬間キュルケはそれまで唱えていた魔法の詠唱を中断、浮遊の呪文を唱える。 そしてタバサはキュルケを欠いた弾幕の穴を埋めるべくさらに広範囲の魔法を展開する。 これにより落下速度を落としたルイズを受け止めることができたのだ。 そしてルイズがその身を投げ出した理由。 彼女は風竜からただ飛び出したわけではない。 彼女は土塊の前へ、確実に自分の爆発を当てるために飛んだのだ。 その行動はラムザを土塊の手から守るために咄嗟に行ったことであり後先を考えておらず非常に危険ではあったが、なんとか彼女は無事であった。 そして彼女の結んだ魔法は確かに土塊の片足を吹き飛ばした。 閃光とともに消滅した人形の右足をみてフーケが嬌声をあげる。 「はっ! 決死のダイブだったようだが残念だねぇ! そのくらいでゴーレムは倒れないよ!」 言葉通りに右足を再構築させるフーケ。ルイズはの眼前で元通りに組み上げられる土人形。 「さて、この新しい足でまずはお二人さんから踏み潰してあげようか!」 そういって動き出す土塊。 この土塊に近づくために飛んだルイズの落下点は言うまでもなく至近距離でありとてもよけきれるものではない。 ルイズは踏み潰されることを覚悟した。 しかし土塊の右足が持ち上がることはなかった。 「なんだいこれは!?」 思わずフーケも声を上げる。 土人形の右足から蔦のようなものが生えその動きを抑えているのだ。 「風水、蔦地獄」 ルイズが呟くラムザの顔を見る。 「今の、ラムザが…?」 「ルイズまだ戦いは終わっちゃいないよ。ここは危ない、走って逃げるんだ」 そういうとルイズを下ろしラムザは再びデルフリンガーを構え駆け出す。 取り残されたルイズも呪文を唱える。 ラムザの言葉に反発するようにルイズは大きく引くことはしなかった。至近距離からの爆発により土塊の体が崩されていく。 切り崩され、爆発。上空から降り注ぐ火球と氷柱。しだいに削られてゆく人形、しかも土を補充すればそこからは蔦が突出し動きが縛られていく。 そうして人形の表面が覆われ動けなくなるのも時間の問題であった。 しかし完全に動きが止められる直前、急に土塊が形を崩した。 「はっ!ゴーレムが動けなくなれば負けを認めるとでもおもったのかいっ!?」 そういうとフーケは杖を振り魔力を解放した。 次の瞬間土でできた壁が噴出。 蔦をまきこみながらラムザ達の前に聳え立った。 吹きあがる土煙に巻き込まれ視界を失うラムザとルイズ。 「キュルケ! タバサ!」 ルイズが上空の二人に追撃を求める。 しかし帰ってきた答えはルイズの予想に反したものだった。 「いないわ、どこにもいない。フーケがどこにもいないわ!」 「そんな…」 キュルケの声に動揺するルイズ。 逃げたのならすぐわかる。 「こりゃぁ、まだ近くにいるな」 デルフリンガーの言葉にラムザがうなづく。 不意を打ってくる気か、それとも…。 キュルケとタバサには上空からの監視をつづけてもらうよう言った。 そしてルイズを引き上げてもらうようにいうがそれを頑なに拒否するルイズ。 周囲に気をはりながらルイズを諭すように言う。 「ルイズ、ここは危険だ。タバサの風竜のところへいくんだ。」 しかしルイズは頑として譲らない。 「ここで私だけ安全な場所からあなたが戦うのを見ていろというの? 私は貴族よ! 貴族とは、魔法を使えるだけの者を言うんじゃないわ。 誇りをもって決して何事からも逃げないものを貴族というの! ここであなただけ危険な目にあわせるわけにはいかないわ!」 「君の考えは素晴らしい、ただ血筋だけで貴族を名乗る脆弱な者もいる中でその意志は本来の貴族の在り方を知る者の誇り高きものだ。 しかし、今僕が言っているのは君の考えには反しない。これは背を向けて逃げ出すことじゃない、敵を知りリスクを減らしているだけだ。 僕がここに残るのに適役で君にはやれることがほかにあるだろう?」 「…私がここにいると邪魔になるから? ゼロのルイズだから?」 「違う」 「違わないわ、さっきから私あなたの邪魔しかしてないわね…。飛び降りたとき助けてくれたのもあなた、ゴーレムの動きを封じたあの蔦も、あなたなんでしょ?」 「ルイズ!」 後ろ向きな発言を続けるルイズが突然のラムザの大声に驚き顔をあげる。 そこで彼女が見たものは予想していた叱責の強張った表情ではなく慈愛を感じさせるようなとても優しいものだった。 「ルイズ…、僕は一度だって君を邪魔だなんて思ったことはないよ。君のさっきの命をかけた行動のおかげで僕は助かったんだ。君にはできることがある。 できないことを見て悲観してはいけない、君にしかできないことがあるんだから。できることさえせず背を向ける事を君の誇りは許すことができるのかな?」 「ラムザ…。」 目の前の男から発せられる言葉にルイズは自らを恥じた。これではまるで駄々をこねる子供ではないか、自らの発言を矛盾させる行動をして今の私こそ彼を困らせている。 涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。下を向き、再び顔をあげたルイズはラムザに告げた。 「わかったわ、地上はあなたに任せる。でも…無茶はしないでね?さっきみたいなことになったら私…」 言葉を紡ぐ最中、ルイズの体が浮き上がった。 それがタバサがルイズを引き上げるために行使した魔法によるものだとわかるとルイズは何かに気づいたかのようにハッとしたかと思うと顔を真っ赤にしながら声を大きくしていった。 「べ、べつにあんたのこと心配してるわけじゃないんだからね! あんな賊に後れをとったら承知しないんだから!」 それだけ言い残しルイズは引き上げられていった。 ラムザは苦笑いしたがすぐに思考を巡らせる。 フーケはここにまだいるのか、まさか地下に仕掛けを施し逃げたのではないか、そんな考えが一瞬頭をよぎったがすぐに否定した。 先ほどからラムザが感じている感覚、それがフーケがまだここにいることを伝えている。正確にはフーケの所持物が、だが。 フーケはこの土壁を使って隠れている、ではどこに? 地下か、壁の中か、それとも木の上にでも潜んでいるのか。 感覚を研ぎ澄ませるがその詳細な位置を把握することができない。 このまま留まることはフーケにとって不利な状況を招くことは分かっているはずだ。それでも姿を表さないということはフーケの狙いは不意打ちか、もしくは… 「これじゃ埒があかないな」 「ああ」 デルフリンガーの声に答えるラムザ。 ラムザは己が体に走る焦燥を押さえ込み思考を巡らせる。 フーケが姿を眩ませてから幾分かの時間が経った。しかし一向に動きを見せない様に風竜に乗る三人も不安を覚えていた。 その視界の中になにか異変はないか懸命に探す。下に居る青年も常に気を払いながら行動している。その彼の為に今自分たちができる事をやらなければならない。 そんな中、風による探索をかけていたタバサがゆっくりと動く物体を見つけた。 「森の中で動くものがある、野生動物ではない」 タバサの言葉を聞きそれを下にいる青年に伝えるためルイズが声を上げた瞬間 「ラムザ!」 その青年に向かって数多の矢が射かけられた。 四方八方から飛ぶ矢に対して回避行動をとるラムザ。 しかしいくらなんでも同時に放たれた矢を全て避けることはできずその命を狙う矢をはじき落とすも何本かががラムザの体を傷つけた。 受けたのはかすり傷程度だがそれよりも矢に気を取られた一瞬が痛かった。 矢を放ったのは森の中、巧妙に隠匿された固定弓。 フーケが動かなかったのはその固定弓を密かに錬金し配置していたからだった。 矢が放たれたと同時に土壁がはじけあたりに土煙をあげる。それに乗じてその場を離れようとする者がいるのをラムザは感じていた。 フーケの矢はラムザを討つためのものではない、ラムザの隙をつくるためのものだったのだ。 一瞬絶望的な考えがラムザの頭をよぎる。 そしてフラッシュバックする光景。 辺りを血の臭いと死の気配だけが包む城、全ての恐怖を体現した存在。 二度と…あの悲劇を引き起こす訳にはいかない……! ラムザの感情が燃え上がる。それに呼応するように左手のルーンが輝きを増す。 「ああああああああああああっ!!」 「相棒っ!」 疾走する叫び,それはデルフリンガーの呼びかけさえ消し去る。 フーケが振り返るとそこには居るはずのない声の主がその身に迫っていた。 「返してもらおうか」 「ヒッ」 フーケの口から漏れ出る声。 そのまま後ろから肩を掴まれ地面に押し付けられる。草地に顔が飲み込まれるように叩き付けられその衝撃にフーケは意識を手放した。 「はぁ、はぁ……」 「相棒、大丈夫か?」 「あぁ、ちょっと、うん、はぁ、気持ちの整理が、はぁ、うん、もう大丈夫」 デルフリンガーの心配そうな声、呼吸を乱していたラムザもどうにか息を整える。 なんだ?今のは…? 力への渇望が、確かにあった。しかしそれが形に現れるなんて都合のいいことが起こるはずがない。自分に起きた異変。ありえない速さ。 ヘイストの呪文をかけられた時のような加速度。いや、それ以上かもしれない。しかし自分は呪文など唱えていない。 「……?」 不思議に思うラムザの手の中でデルフリンガーの中にも疑問が生まれていた。 前にも見たことのあるようなその光景、しかしその既視感に対する答えが出ないでいた。 「ラムザ!」 そんな一人とひと振りのところにルイズ達が駆け寄ってきた。 「フーケを捕まえたのね」 その声にラムザは思考から復帰し答える。 「ああ、気絶しているうちに杖と盗品を取り上げて縛っておこう」 「そうね。とりあえず杖を、そしてこれが審判の宝珠?」 そういってルイズがフーケの懐から取り出したもの、それはラムザの予想通りのものであった。 「何故これがここに…」 「? 今なんて?」 ラムザの呟きにルイズが聞き返す。 「いやなんでもない」 しかしラムザは答えはしない。 「?」 一瞬どこかつらそうな表情を見せたラムザをそれ以上追及するのははばかられた。 しかしそこはルイズ、疑問をそのままにしておけるたちではない。もう一度聞こうとしたしたがそれは偶然キュルケの声によって押しとどめられた。 「ねぇ、これって…」 「え?」 フーケのローブを脱いだ顔をみるとそこには見知った顔があった。 「ミス・ロングビル?」 そう、それはオスマンの秘書ロングビルその人であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 驚きと疑問の尽きない一同であったが夜も更け一度学院に戻ることにした。 学園に着いたとき、騒ぎはある程度沈静化していたようだ。普通ならこれだけの騒ぎがあればもっと人が出ていてもおかしくないものだが、これはオスマンによるものだろう。 そうあたりをつけまだ人の残るあたりに向かう。 予想通りそこには教師らしき人物が数人とオスマンがいた。 ラムザ達に気づいたオスマンはそれまでしていた話を切り上げ駆け寄ってきた。 「無事じゃったか、さすがの手際じゃな。して、盗まれたものは…?」 「ここにあります、オールドオスマン」 「おお! よくやってくれた!」 そういってルイズによって差し出されたものに手を伸ばすオスマン、しかしそれは先に手を出したラムザによってさえぎられる。 「ちょっと! ラムザなにやってるのよ!」 訳が分からないルイズは非難と疑問のまじった声をあげる。しかしそんなこと意に介さずラムザはオスマンに向かって話しだした。 「これが何か知っているようですね、ならばそうやすやすと渡すわけにはいきません」 「ラムザ?」 毅然と構えるラムザの様子にルイズ達は気圧される。 「ルイズ、それを僕に」 いわれるがまま手に持っていたものをラムザに渡す。 その間もラムザはオスマンに対し注意を向けている。 そんなラムザに対しオスマンはそれまでの厳しい顔を崩し話す。 「ほっほ、たしかにそうじゃの。君にとってこれは忌まわしき物じゃろうしのう、べオルブ君。それは君に預けよう。君なら心配ないじゃろう、しかし仕掛けをほどこさせてもらう、それに君に話さなければならないこともある。来てくれるかね?」 「行かなければならないようですしね、詳しく聞かせていただきましょう」 ふたりの会話についていけない周りは押し黙ったまま立ち尽くしていた。 そんな彼らにオスマンは声をかける。 「君たちはフーケを拘束し王院にその旨を連絡…、む、フーケはミス・ロングビルであったか…。残念な事じゃ…彼女には期待しておったのにのう……。 あぁ、それが終わり次第部屋に戻ってくれてかまわん。君たち生徒は今夜は部屋に戻りなさい、今日は本当によくやってくれた。 おってまた話を聞かせてもらうと思う、またその時に褒美も出そう。」 そういうとオスマンはラムザをつれて自室に向かっていこうとする。 教師たちは言われたとおりに動きだした。 フーケの正体に関しても自分たちの活躍にしてももっと言及されると思っていたキュルケは唖然としている。 タバサも表情はあまり変わらないが驚きはあるようだ。そしてルイズは連れられていく自分の使い魔を黙って見送ることができずオスマンに駆け寄っていった。 「待ってくださいオールドオスマン!」 その声を聞きオスマンは振り向く。そしてこういった。 「おお、そうじゃった。ミス・ヴァリエール、君の使い魔は今夜はわしのところに来てもらう、話すことがあるのでのう。後々君にも話すことがあるのじゃがそれは今夜は無理じゃ、今夜は部屋に戻ってもらえるかのう?」 やさしく話すオスマンに対しルイズが不安そうに尋ねる。 「あの、ラムザがなにかしたのでしょうか?」 それに対し帰ってきた言葉はこうであった。 「そういうわけではない、君は心配せずに部屋に戻り明日の授業に備えなさい。それに明日は大事な日じゃろう?」 そこまで言われれば食い下がるわけにもいかずルイズ達は気にかけるように幾度もふりかえりながら寮塔に向かっていった。 「では、わしらも行こうかのう」 そういって歩き出したオスマンの後ろをついていくラムザ。 長い夜はまだ終わらない。 第7話end… 前ページ / ゼロの騎士 / 次ページ