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前ページ次ページゼロのエルクゥ ニューカッスル城の港は、大陸の真下に存在した。 雲と大陸そのものに覆われて真っ暗な中を空飛ぶ船が進むのは、さすがの耕一もいささか肝を冷やした。 「なに、我が王立空軍の航海士には造作もないことさ。真に空を知る者は、奴らのような恥知らずどもに与したりはせぬよ」 ウェールズは耕一の正直な感想を、そう笑い飛ばした。 二隻の船は、大陸の真下にぽっかりと開いた鍾乳洞のような洞窟に、するすると滑り込んでいく。 ヒカリゴケで十分に明るいそこには多くの兵士達が待機していて、イーグル号に続いてマリー・ガラント号が港に入ってくると、割れるような歓声を叫び出した。 網の目のようなたくさんのロープに繋がれ、並んだ丸太の上にどすんと腰を下ろした船に、まるで飛行機から偉い人が降りてくる時のような木製のタラップが取り付けられ、ウェールズがそれを降っていく。 「ほほ、これはまた、大した戦果ですな、殿下」 「喜べパリー。積荷は硫黄だ! 硫黄!」 「ほほう、硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も守られると言うものですな!」 近寄ってきた老人と、手を叩いて喜び合うウェールズ。 老人は戦果であるマリー・ガラント号を見て、おいおいと泣き始めてしまった。 「先の陛下よりお仕えして六十年……こんなに嬉しい日はありませんぞ、殿下。反乱が起こってからというもの、苦汁を舐めっぱなしでございましたが……なに、これだけの硫黄があれば」 泣くのをやめた老人とウェールズが、朗らかに笑った。 「王家の誇りと名誉を、余すところなく叛徒どもに示す事が出来るだろう。始祖にも胸を張って拝謁賜る事が出来るというものだ」 「くく、この老骨、武者震いが致しますぞ」 洞窟を歩きながらひとしきり笑いあう。 始祖に会う―――つまりは、死後の世界へ行くというハルケギニアの言い回しに、ルイズと、なぜかそれを理解できてしまった耕一の顔が強張った。 「状況は?」 「きゃつらは数に任せて包囲を敷きながら、未だに沈黙を保っておりまする。総攻撃は近いと思われますが……」 「布告もなく仕掛けてくるほど恥知らずではないと思いたいものだな」 「全くです。ところで、後ろの方々は?」 皮肉げに一つ笑みを浮かべた後、老人がウェールズの後ろについていたルイズ達を、興味深げな視線で見つめた。 「トリステインからの大使殿一行だ。重要な用件で、我が王国に参られたのだ」 老人は、一瞬だけ、ぱちくりとまばたきをすると、次の瞬間には柔らかい仕草で敬礼をしていた。 「これはこれは大使殿。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。わたくし、殿下の侍従を務めさせてもらっております、パリー・ベアと申しまする。大したもてなしは出来ませぬが、どうぞゆるりとなさっていかれませ」 「パリー・ベア? その名、どこかで聞いた事が……」 侍従だと言うその老メイジに、ワルドの瞳がキラリと光った。 「防衛戦を特に得意とし、『鉄壁』のパリーと呼ばれた名将軍だ。じいやがいなければ、とっくの昔に王党派は蹴散らされていただろうな!」 「ほう! 『鉄壁』と言えば、アルビオンのイージスとまで謳われた、あのベア元帥ですか! ご高名はかねがね」 「かっかっかっ。誉めすぎですぞ殿下に大使殿。昔取った杵柄というやつですわい」 「敵の策にはまって本陣が奇襲を受けた際、前王ジェラール一世の盾となり、襲いくる剣戟や魔法を全て剣一本で捌ききったという逸話は、士官学校では必ず話題に昇りますからな。いや光栄です」 ワルドも混ざった軍人連中が話に花を咲かせながら連れ立っていくのに、ルイズと耕一は所在なげに付いていくのだった。 § ウェールズの居室は、まがりなりにも城の天守に存在する部屋にしては、質素そのものと言っていい部屋だった。 粗末なベッドに椅子とテーブルが一組。飾りらしきものは、壁にかけられた戦の様子を描いたタペストリーのみ。よっぽど、魔法学院の寮の方が豪奢と言える。 ウェールズは椅子に腰を下ろし、引出しを開いた。中には、宝石をあしらった、小さな小箱が一つ。 それを、またあの―――清冽な諦めの目で見据えると、身につけていたネックレスについていた小さな鍵で、その箱を開けた。 中には、端々が擦り切れた手紙が一通入っていた。蓋の裏には、この前見た本人よりは少し幼い面影を持つアンリエッタの肖像が描かれている。 「……宝箱でね」 3人の視線が箱に集まっている事に気付いたウェールズは、はにかむように言った。 手紙を取り出し、愛おしそうな、それでいて―――やはり、届かぬものを見やるような目でそれに口付け、手紙を開いて読み始めた。 端がぼろぼろなのは、何度もそうやって読み返されたからなのだろう。 何度目かもわからない、まるで一つの儀式のようでもあったそれを終えると、ウェールズは丁寧に手紙をたたみ、封筒に戻した。 「これが件の手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」 「……ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を受け取った。 「貴族派からの攻撃予告があり次第、例の隠し港から、非戦闘員である女子供を乗せてイーグル号とマリー・ガラント号が出港する手はずになっている。おそらくは今日明日中になるだろう。それに乗って帰るといい」 「はい……」 「部屋を用意させよう。大使の任、ご苦労だった。今日はゆっくり休んでくれ」 「…………」 「どうか、したのかね?」 ルイズは、しばらくの間、手紙を見つめるようにじっと俯いていたが、やがて顔を上げ、潤んだ目をウェールズに向けた。 「殿下。失礼ですが、少し聞かせていただいてもよろしいですか? 「なんなりと答えよう。明日にも滅ぶ王国に、何も隠し事などないからね」 ルイズの顔が歪む。そのウェールズの言葉が、ルイズの聞きたい答えであるらしかった。 「……やはり、勝ち目はないのですか」 「ないよ。我が軍は三百。対して反乱軍は五万を下らぬ。どれほどの奇跡が起これば勝てるのか、見当もつかないな」 「死ぬ、おつもりなのですか」 「ははは。負け戦こそ武人の華。死ぬつもりも負けるつもりも毛頭無いが、いつでも覚悟はしているさ」 「……殿下」 先程の侍従の老人とのやりとりといい、この戦いで真っ先に散るつもりなのだ、というのは、ルイズにもわかった。 「……恋人を置いて、ですか?」 「こ、コーイチ?」 何も言えなかったルイズの次を、耕一が続けた。 「…………アンリエッタから聞いたのかい?」 「いいえ。……同じような境遇の人を、見知っているので。お姫さまも、あなたも……その人達に、よく似た表情をしていました」 「そうか。まあ、珍しくもない話だからね」 ウェールズは、特に感情もなく微笑んだ。 「姫さまの、お手紙をしたためる時の切なげな表情と……殿下の、お手紙を読まれる時の物憂げな表情は、そういう事だったのですね」 ルイズは、どこか納得したように頷いている。 「では、この姫さまから贈られた手紙というのは……」 「……想像の通り、恋文だよ。始祖の名の元に愛を誓っている、ね」 「始祖ブリミルへの誓いは、婚姻の際に行われる永遠のもの……なるほど、確かに、政略結婚とはいえこれから結婚する相手が別の男にそんなものを贈っていたとなれば、ご破談になる可能性は少なくないでしょうな」 ワルドが捕捉すると、ウェールズは重く頷いた。 「殿下と姫さまが恋仲であったというのなら……なぜ、なぜ死のうとなさるのですか?」 「もう昔の話さ」 「嘘です! 姫さまも殿下も、昔の事だなんていう表情ではありませんでした!」 ルイズは、熱っぽく声を荒げた。 「殿下! トリステインに亡命なされませ! 殿下さえご健在なら、きっとアルビオンを再興する事も……!」 「ルイズ」 ワルドがその肩を掴む。しかし、ルイズは止まらない。 「お願いです。姫さまは、愛する人が死ぬとわかっていて見捨てるような方ではありませぬ。きっと、先程の封書にも、亡命を勧める一文があるはずでございます……あの時の、あの時の姫さまが、お苦しそうに最後に書き付けたのは、それのはずでございます!」 搾り出すようなルイズの言葉は、正鵠を射ていた。密書の最後に、付け足されたように掛かれた一文は、彼に生き延びて欲しいと言う嘆願であった。 「私の知っているアンリエッタは……自分の情のために、民を危険に晒すような人ではないよ。ミス・ヴァリエール」 「で、殿下?」 「反乱軍……『レコン・キスタ』の大義は三つ。我らテューダー王家は統治者として相応しくないという事。ハルケギニアは一つに統一されるべきであるという事。そして……『聖地』を奪還するという事だ」 ウェールズの真剣な顔に、ルイズは言葉を呑む。 「王家に対する反乱である以上……その一員である私が亡命するという事は、亡命先の国は、統治者に相応しくない王家をかくまった国であるという事になる。戦争を仕掛ける口実としては、十分だ」 「そんな……あんな恥知らずどもの言う事なんて……っ!」 ウェールズがトリステインに亡命すれば、間断無くトリステインまでもが戦渦に巻き込まれる。言葉では反論するが、ルイズの目はウェールズの言葉の正しさを悟っていた。 「ハルケギニア統一を謳っている以上、時間の問題ではあるかもしれんが……少なくとも私の亡命は、その何よりも大切な時間を限りなくゼロにする効果しかない。私も、アンリエッタも、王家に産まれた者として、守るべきものがある。わかるかい、大使殿?」 「…………殿、下」 そこまで言われて、ようやくルイズにも気が付いた。彼は、アンリエッタを庇っているのだと。ここで果てるつもりなのは、アンリエッタを想う故でもあるのだと。 「我ら王家は、内憂を払う事叶わなかった。今ここでこうしている事そのものが、我らが統治者として相応しくないという貴族派の主張が正しい事の裏付けなのだよ。ならば、王が守るべきもの―――国の民達の為、戦いなど一刻も早く終わらせるべきなのだ」 「殿下……」 ウェールズの語る覚悟の深さに、ルイズとワルドが神妙に頭を下げる。 どうしようもなく正しい言葉だった。ハルケギニアの人間ならば、誰にも二の句が告げないような。 ―――しかし。彼は、柏木耕一は、ハルケギニアの人間ではなく。 その正しい選択がもたらす悲劇を、知り抜いていた。 「少し、昔話をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」 目を閉じ、酷く静かな―――どこか、怒っているような、それとも泣いているような―――平坦な口調で、耕一はそう切り出した。 「……コーイチ?」 ルイズは、これまでどこかのんびりとした態度を崩さなかった自らの使い魔が初めて見せる雰囲気に、目をパチパチと瞬かせた。 「ふむ。そう長くならないのなら、聞かせてもらおう。どんな話なのかね?」 ウェールズは、微笑みで答えた。 「そうですね。題は―――『雨月山物語』」 耕一は目を閉じたまま……何かを思い出すように、口を動かし始めた。 「"それは、遠い遠い昔の事。遥か東の地にある雨月という山に、何処ともなく現れた悪い鬼の一族が住み着きました―――"」 § 鬼は、人を狩る事が生き甲斐の化け物でした。 人が死ぬ間際に、蝋燭の炎のように一瞬燃え上がる生命の炎を何よりも好み、その為だけに人々を殺して回りました。 大木を次々と薙ぎ倒して山中を進み、妖しき数多の術を用いて村々を焼き放ち、強靭なる体躯を以って人々を引き裂き、その地に住んでいた人々を震え上がらせました。 時の領主は討伐隊を派遣しますが、二度組織された討伐隊は、二度とも散々に討ち滅ぼされてしまいました。 それは、二度目の戦いの事でした。 次郎衛門は、第二次討伐隊に参加していた剣士でした。 戦いの前夜。彼は近くの河原で、一人の少女と出会います。 言葉が通じない、異国の出で立ちをした少女。不器用な身振り手振りだけの、しかし心温まるやりとりは、これから戦に向かう次郎衛門の心を明るくさせてくれました。 しかし、鬼達の妖術によって炎を浴びせかけられ、炎の中を押し寄せた鬼の群れに襲われ、討伐隊は全滅を喫します。辛くも生き延びた次郎衛門も、辿り着いた河原に倒れ、生死の境を彷徨います。 その時、炎の中から現れたのが、その少女でした。 少女は、鬼達のお姫さまであったのです。 鬼の姫は、河原で倒れている次郎衛門に、自らの血を飲ませました。 すると、今にも死ぬ寸前であった次郎衛門の体が、みるみると回復していきました。 鬼の血を飲んだ次郎衛門の身は鬼と化し、鬼の強靭な肉体を手に入れたのです。 鬼の姫の名前は、エディフェル。鬼と変えられた事で、言葉が通じるようになっていました。 近くの小屋で目を覚ました次郎衛門は、しかし、呪わしい鬼へと体を変えられてしまった怒りを、ずっとそばで看病してくれていたエディフェルにぶつけました。 怒りと恨みにむせび泣く次郎衛門を、エディフェルは優しく抱きしめ続けました。 エディフェルは、次郎衛門との触れ合いで、彼を愛してしまっていました。 次郎衛門も、自分の怒りを優しく抱きとめ続けられるうちに、一時会っただけのこの少女に一目惚れしていた事に気付きました。 二人は愛し合い、夫婦となります。 人里離れたところでひっそりと暮らすしかありませんでしたが、二人は互いさえ居ればそれだけで幸せでした。 しかし、幸せは長くは続きませんでした。 人間を助け、人間と夫婦になったエディフェルは、人を狩る事が生き甲斐の鬼からすれば、許されない裏切り者だったのです。 彼女の姉である一番上の鬼の姫、リズエルの手によって、エディフェルは殺されてしまいます。鬼の掟では、裏切り者は身内の手によって罰せられなくてはなりませんでした。 今際の際、エディフェルは、姉を恨まないでと言い残しました。全てわかっていた事だからと。 次郎衛門は、いつまでも泣き続けました。そして涙が枯れ果てた頃、その心にあったのは、愛する者を奪った鬼に対する、激しい怒りでした。 そんな次郎衛門の元に、一人の少女が訪れます。 彼女の名前はリネット。エディフェルの妹でした。 末娘である彼女と、妹であるエディフェルをその手にかけた長女のリズエル、次郎衛門達とは別に、一人の人間の少女と交流を持った次女、アズエル。 三女であるエディフェルを亡くした鬼の皇女の四姉妹達は、それぞれの理由で、人を狩るだけという鬼の在り方に疑問を持ち、復讐に燃える次郎衛門に力を貸しました。 彼女達の助力もあり、次郎衛門がリーダーとなって組織された3回目の討伐隊によって、鬼達は見事退治されました。 しかしその中で、リズエルは敵の大将に殺され、アズエルはその人間の少女を庇って死んでしまいました。 リネットは生き残り、次郎衛門の妻となりました。彼女が力を貸したのは、次郎衛門を愛しているからだったのです。 しかし、共に暮らす次郎衛門の心からエディフェルの事が忘れられる事は、生涯なかったのでした……。 § 「―――めでたし、めでたし」 「…………」 「…………」 「…………」 3人は、耕一の話をじっと聞いていた。それぞれに思うところがあるのか、退屈そうな顔は誰もしていなかった。 ふうっ、と、緊張をほぐすように、ウェールズが小さく息を吐く。 「……なかなか興味深いお話だったよ。でも、それをなぜ私に?」 「いえ。ただ、参考になればと思っただけです……残される者の想いと物言わぬ優しさが、さらなる悲劇に繋がる事もあると」 「……そうか」 ウェールズはさっと目を伏せ、すぐに顔を上げた。窓から、とっぷりと日が暮れた外を見やる。 「少し話が長くなったようだね。今日はもう休みたまえ」 § 「…………」 窓から覗くアルビオンの空は、どことなくトリステインのそれよりも高い気がした。実際高いのだから当たり前だが、目に見えて違うわけでもないなあ、とかそんなどうでもいい事を考えながら、ワイングラスを少しだけ傾けた。 以前に家族と旅行で来た時は、そんな事を思った記憶もない。空なんて気にもならなかった。 「窓辺で物思いに耽る姿もなかなか様になっているね、ルイズ」 「からかわないで、ワルド」 「……本気のつもりなんだがね」 向かいの椅子に座るワルドが、同じくグラスを傾けながら苦笑している。 「…………ジローエモン、エディフェル」 聞き覚えのあるその名前を、小さく呟く。 確かに覚えている。その名前を。燃え盛る炎の中、再会を誓って死出の口付けを交わした男女の夢を。 ―――あの夢は……一体、何? コーイチ自身の過去なのだろうか? ……いや、あの時の男の声は、コーイチのものとは違っていた。夢の中では男そのものになっていたのだから、間違えるはずはない。 自分の声は、自分で聞くものと他人に聞こえたものとでは違う、という話は知っていたが、それでも違いは明らかだ。夢の中のそれは、野太く逞しく、熟しきった男の声だった。コーイチの声も太い方ではあるが、どこか清潔感というか、少年っぽいところが残っている。 では、本当に、ただのおとぎ話? いや、そんなはずはない。だって―――。 ぞくり、と背筋が震えた。あの、真っ赤に溶けるような激情を思い出す。 話をしていたコーイチからは……だいぶ穏やかになってはいたものの、同じ色のシグナルが感じられたからだ。 それは、ルイズと意識を通じあわせようとしていたわけではなく……溢れる感情を自分でも抑えきれずに周りに放出していたとか、そんな感じのものだった。 でも、じゃあ、何なのだろう。 あの夢は。あの昔話は。コーイチ自身は。エルクゥとは。そしてあの……想いは。 「……考えてわかる事じゃないわよね」 ルイズは頭を振り、そこで考えを打ち切った。夢は夢だ。あの光景が、耕一の語った昔話の実話だという証拠は何にもないのだし。 それでも……知りたいと思った。事実を知りたいと。 「考え事は済んだのかい?」 「ひゃっ!」 「おっ?」 ワルドがタイミングを見計らったかのように声をかけると、ルイズはびくっと椅子を引きつらせて驚いた。 「ず、ずっと見てたの? 趣味が悪いわ」 「はは。なに、話があったのだがね。物思いに沈む君も、存外に魅力的だったよ。驚く顔もね」 「……もう」 ルイズは唇を尖らせた。 ワルド子爵。この旅が始まってから、常に好意的に接してくれている貴族の青年。 本人は婚約者だからというけれど……その態度にはどこか違和感が付きまとい、素直に受け止められないでいた。 まだ子供扱いされているのだ、とルイズは考えている。事実、彼の振る舞いは、恋人にというより、甥や姪、友人の子供に対する親愛の態度のように思えた。自分自身より、自分に付随する親への親愛が先にあって、自分へのそれは二次的なもの。そんな感じだ。 それが不満か、と言われると、曖昧だ。 恋人に半人前扱いされたら普通は悔しくなるものだと思うが、特にそんな事は感じなかった。 歳と実力の差が開き過ぎていて、悔しいと感じるのも通り過ぎているのかもしれない。 物心ついた頃には憧れていた子爵様。長らく会う事もなかった彼がいきなり積極的になるなんて、まるで夢のようで、実感がないのかもしれない。 「ルイズ」 「なあに?」 「トリステインに帰ったら、僕と結婚しよう」 「ー――へっ?」 思わずワイングラスを取り落としそうになり、慌てて受け止めた。幸い、中身が零れる事はなかった。 「い、いきなり何を言い出すのよっ!?」 「いきなりじゃないさ。僕達は婚約者だろう?」 「そ、そうだけど……」 それでも、いきなりだ。ルイズはそう口を開きかけたが、なぜか言えなかった。 全て言葉の先を越されて言おうとした事を封じられる。そんな気がした。 「僕の事は嫌いかい?」 「そんな……嫌いなわけないじゃない」 「好きでは、ないのかい?」 「それは……」 ワルドの問いに、ルイズは答えられなかった。 嫌いではない。それは間違いない。 けれど、好きかと聞かれると、わからない。恋人として、夫として愛する、という事に、全く現実感が湧かなかった。 ルイズの成長は、いつも魔法の事と隣り合わせだった。『ゼロ』の二つ名を払拭する為の不断の努力。それが、ルイズを育んできた原動力だ。 周囲の女のように恋とか愛とかに現を抜かしている暇はなかったし、周囲の男なんて自分を侮蔑して罵倒するか侮り混じりに同情するかの二択だ。恋心なんて経験出来るはずもなかった。 「……恋とか、したことないの。だから、ごめんなさい。わからないわ」 「そうか……婚約者として、喜べばいいのか悲しめばいいのか、微妙なところだね」 言いながらも、ワルドの表情は、まるで貼り付けたかのように、優しい貴族のもののままだった。 「いや、これまで放っておいたのは僕だから、どちらもその資格はないかな。でも、僕は本気だ。僕には君が必要なんだ。それだけはわかってほしい」 「……『ゼロ』の私が、必要なの?」 なぜワルドはこんなに自分に固執するのだろう、と浮かんでいた疑問を、そのまま言葉にした。 わざわざゼロでちんちくりんで可愛げのない自分じゃなくても、魔法衛士隊の隊長のスクウェア・メイジともなれば、女の子には苦労しないだろうに。 「君は『ゼロ』なんかじゃない。僕にはわかっていた。あの、魔法を失敗ばかりして池の小舟の中で泣いていた君の姿に、僕は確かな才能を見つけていたんだ」 「才能……?」 自分からは一番遠い言葉だ。そんなもの、あるわけがない。 「そうさ。君はいつか偉大なメイジになる。始祖にも肩を並べるほどのね」 「……冗談はよして」 お世辞にしてもあまりにあまりだ。逆に気分が悪くなりそうだった。 「冗談なんかじゃない。普通のメイジには、亜人なんて使い魔に出来ないだろう。それも、あんな強力な亜人を、だ」 「それは……」 「彼はガンダールヴさ」 「ガンダールヴって……始祖ブリミルの」 聞き覚えのある単語だった。デルフリンガーが口走ったそれは……。 「そう。始祖が率いたという伝説の使い魔だ。彼に刻まれているルーンは、ガンダールヴのルーンなんだよ」 「そ、そんなの……」 聞くなり、荒唐無稽と斬り捨てた話。 あのボロ剣の言っていたそれが、本当だったとでもいうのだろうか? 「私は……」 ワルドの事。耕一の事。自分の事。世界の事。 何が嘘で何が本当か、お世辞なのか冗談なのか本気なのか事実なのか。ルイズはまるっきりわからなくなってしまった。 情報が足りない。推測する経験が足りない。あれだけ勉強したのに、頭の中に渦巻く言葉をまとめることも出来ない。どこに歩いていけばいいのか、わからない。 しかし、その混乱の中で……ただ一つ、わかった事があった。 「……時間をちょうだい、ワルド」 「時間?」 「帰ったらなんて、やっぱり急過ぎるわ。せめて、学院を卒業するぐらいまで……考えさせてほしいの」 答えを知りたい、とルイズは思った。 私は本当に『ゼロ』なのか。それとも、ワルドの言う通り、コーイチを真に使役できるような才能が眠っているのか。 これまで、『ゼロ』なんて嫌だと、目を閉じ耳を塞いでひたすらに走り続けてきた。『ゼロ』なんて認めない。ヴァリエール公爵家の娘がそんな事なんてありえない。必ず使えるようになってやると。使えるはずだと。 今、がむしゃらにでも進んでいた方向が、全くわからなくなった事で……ルイズは初めて、真実を知りたいと、強くそう思った。『ゼロ』である事が確定してしまうかもしれない恐怖より、事実ありのまま、本当の事を知りたいという欲求が勝ったのだ。 そうしてこそ、初めて前に歩き出せると。 それは奇しくも―――目の前の狂える求道者と、同じ結論であった。 「……そうだね。すまない、僕が急ぎ過ぎていたようだ。待っているよルイズ。君が君の答えに辿り着くのをね」 神妙な声でルイズから窓の外へと向けられたワルドの瞳は、しかし何者をも映していなかった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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ヴェストリの広場は、噂を聞きつけた生徒たちによって活気に満ちていた。 ギーシュが決闘をするということが学院中に広まってしまったのだ。 決闘を楽しみたい者、賭けを始める者、決闘相手の月の精霊を見たいがために足を運んできた者とかなり多くの人間が集まっている。 しかし、観客たちがここに集まった理由はただ一つ。 みんなヒマなのだ。 ただでさえ娯楽の少ない学院なのだから、滅多に無い『イベント』でヒマを潰そうと考える生徒も少ないない。 さて、こうなってしまうともう後には引けない人物が一人いる。ギーシュだ。 頭に上った血が下がると共に、自分のやらかしてしまった事態を-非常に運が悪いことに-理解してしまったのだ。 自分のやらかした不始末を二人の女性のせいにして八つ当たりしたどころか、月の精霊に決闘を挑んでしまった。 しかもこんなに人が集まってしまっては「全部僕が悪かったです。ごめんなさい」なんて言い出せっこない。 (あぁ、お願いだからここへ来ないでくれ・・・) ギーシュは強くそのことを願うが、広場に近づいてきた人影によってその願いが砕かれる。 「挑戦者が来たぞー!!」 その一言で、広場に集まった人間の視線が一人の少女-シャオ-に向けられる。 「よ、よく来たじゃないか。別に来なくてもよかったし、今から帰ってもらってもかまわないんだよ?」 引きつった顔でギーシュは本音を漏らすが、この場でその発言は挑発にしかならない。 現に月の精霊を相手に挑発する姿を褒め称えているヤツもいる。 「諸君、決闘だ!」 このセリフにギーシュはぎょっとなる。 「決闘をするのは『青銅』のギーシュと、ゼロのルイズが召喚した月の精霊だ!!」 声がした方を見てみると、なんとマリコルヌが高らかに宣言しているではないか。 「マ、マリコルヌ。君は一体なにをやってるんだ!?」 ギーシュは青ざめた表情でマリコルヌに詰め寄る。 「なにって司会進行に決まってるじゃないか。決闘、がんばれよ」 マリコルヌは当然だと言わんばかりの表情で言いのける。 「では、決闘のルールの説明だ。勝利条件はいたって簡単。相手が戦闘不能になるか降参を宣言した時点で終了だ」 この宣言により、広場は更にヒートアップする。 「二人とも、準備はいいか?」 マリコルヌが最終確認をすると、シャオは黙って頷いた。 「あぁ、もうやけだ!来い、ワルキューレ!!」 完全にやけくそ状態でギーシュは自身の二つ名『青銅』の名にふさわしい青銅のゴーレム『ワルキューレ』を魔法で作り出しシャオに突っ込ませる。 ワルキューレは動きこそは単調だが、金属で出来ているという特性からか並の攻撃にはビクともしない。 その上、たとえジャブであっても生身の人間を相手にするにはそれだけで必殺の一撃ともなり得るのだ。 シャオは見た目だけなら普通の女の子と大差ない。 女性を傷つけるのは忍びないが、きっと一発でも当てることが出来ればそれで終わるはずだ。 ギーシュはそう信じてワルキューレに襲わせる。 あぁ、なんでこんなことになっているんだろうか。 本当はわたしが受けるはずだった決闘を、今こうしてシャオが引き受け、彼女が危険な目に遭ってしまっている。 今のところ、シャオはワルキューレの猛攻を全て受け流しているがきっとそれも時間の問題だろう。 単純な話、ゴーレムはいくら動こうと疲れを感じることはないが、生身のシャオはそうではないのだ。 今は凌ぎ切っているが、いつかは疲労でそれも出来なくなってしまう。 そうなってしまったら傷つくのはシャオだ。 自分ならまだいい。痛いのはイヤだけど・・・。 だが、自分のためにシャオが傷つく姿を見たくない。 そんな葛藤を繰り広げていたルイズは意を決し、この決闘をやめさせるために人垣を分け入っていった。 少し話が逸れるが、そこは勘弁していただきたい。 不幸というヤツはつねに団体行動をしている。 例に挙げてみると、浮気がばれてしまい二人の少女から手痛い仕打ちを受けた挙句、シャオと決闘をするハメになっているギーシュがまさにそうだ。 まぁ彼の不幸はもう少し続くのだが、その辺りは今は置いておこう。 そして、今度の団体行動をしている不幸たちの次のターゲットは、どうもルイズのようだ。 「えぇい、ちょこまかと!これでも喰らえ!!」 ギーシュはそう叫ぶとワルキューレは大きく溜めを作り、一気にシャオに向かって突進する。 だが、この攻撃もシャオは軽く回避したのだが、その先を見て騒然となる。 「ご主人様、危ない!!」 元々ギーシュは人間の身体の作りについて詳しいわけではない。 それゆえにワルキューレは動きが単調になり受身も取ることができない。 だからなのだろう。 勢いの乗ったワルキューレが石に躓き、前方にすっ飛んでしまったのは。 そして不運にもその直線状には、その場の空気に支配された観客によって押し出されてしまったルイズがいたのだ。 「え?」 ルイズは自身の身に起こる未来を理解できずにその場で立ち尽くしてしまい、自分に向かってすっ飛んできたワルキューレを避けることができなかった。 「ぐぼぁ!!」 すっ飛んできたワルキューレの頭突き-俗に言うフライング・ヘッドバット-を喰らったルイズは、くぐもった悲鳴を上げた。 「ご、ご主人様!!」 シャオは慌ててルイズに駆け寄る。 「しっかりしてください、ご主人様!」 シャオは目に涙を浮かべながらも、ルイズの状態を確認すると治療専門の星神『長沙』を呼び出す。 「長沙、ご主人様をお願い」 シャオはそう言いつけると、再びギーシュに向かい合う。 今のシャオにはそれまであった甘さは一切無く、あるのはただ一つ『怒り』の感情のみ。 「ぼ、僕は悪くない。僕は悪くないぞ。ルイズが勝手に突っ込んできただけだからな!」 その雰囲気に怯えたギーシュは慌てて弁解をする。 だがな、ギーシュよ。そのセリフは更に相手を怒らせるためにあるんだぞ? 「たとえどんな理由があろうとも、ご主人様を傷つけましたね」 静かに言い放たれるその言葉には、怒りの色が強く滲んでいた。 「許しません」 シャオは支天輪をヴィンダールヴのルーンの輝く右手でかざし、高らかに謳い始める。 「天明らかにして星来たれ」 ルーンの輝きに合わせるかのように支天輪が輝き始める。 「鉤陳(こうちん)の星は召臨を厭わず 月天は心を帰せたり」 彼女は呼び掛ける。自身に仕える星神に。 「来々 北斗七星!!」 シャオが詠唱を謳い終わると同時に、貧狼、巨門、禄存、文曲、簾貞、武曲、破軍の7人からなる最強の『攻撃用』星神が現れる。 「ひっ!ワ、ワルキューレ!そいつらをなんとかしろ!!」 ギーシュはそう叫ぶと、さらに6体のワルキューレを作り出す。 数で言えば7対7で互角。それにドットとは言えメイジの作り出したのは金属性のゴーレム。 もしかしたら相殺しきれるかもしれない。その未来に一縷の希望を託した命令をギーシュは下す。 だが、その希望はワルキューレごと無残にも砕かれる。 一瞬にして全てのワルキューレが破壊されてしまったのだ。 北斗七星は、対抗するためには学校クラスの巨大な建物をゴーレムにしなければならない程強力な星神。 更に、今の彼らはヴィンダールヴの効果により普段の倍以上の力を発揮できる。 そんな連中に囲まれてしまってギーシュにできることは一つしかない。 「ま、まいっ「私はご主人様を傷つけたあなたを許すわけにはいきません」」 腰を抜かしたギーシュは降参しようとするが、無常にもシャオはその言葉を遮り、北斗七星が攻撃態勢をとる。 「ひっ!!」 ギーシュは次の瞬間に来る現実に耐え切れず目を強く瞑った。 「待って!!」 治療の終えたルイズがシャオのやろうとしたことを止めるために、彼女の前に立ちはだかる。 「ご、ご主人様?」 ルイズの行動に、流石にシャオも困惑としている。 「待って、シャオ。これ以上のことはもういいわ。わたしはもう大丈夫だから。ね?」 少しの沈黙のあと、北斗七星は攻撃態勢を解き姿を消した。 「わかりました。ご主人様がそうおっしゃるんであればそうします」 そういうとシャオは支天輪をしまう。 「そうそう、ギーシュにお礼をするのを忘れてたわ」 ルイズはそう言うとまだ腰を抜かしているギーシュに近寄る。 なんの好意もない笑顔が怖い。 「な、なにを言ってるんだ、ルイズ。お礼を言うのはむしろ僕のほっ!?!?!?!?!?!!!!!!」 キーン!!という擬音と共にギーシュが倒れる。集まった生徒たちのうち男の生徒だけが悲痛な表情で股間を押さえている。 「さ、行きましょうか、シャオ」 そう言うと、ルイズたちは広場を後にした。 『遠見の鏡』を通してこの出来事を見ていたオスマンとコルベールは脂汗を流し、股間を押さえながらシャオのことを王宮に報告することを禁止し、閉口令を下すのであった。
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前ページ次ページゼロの花嫁 瀬戸を離れて夕波小波 人魚呼び出すゼロのルイズ 義理を立てりゃ、道理が引っ込む 笑ってやって下せぇ 苦い不幸の始まりでございます ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは追い詰められていた。 使い魔を呼び出すサモンサーヴァントの儀式。 これに成功しなければ彼女は進級出来ないのだ。 仮にもヴァリエール家の人間が落第するなどという事があってはならない。 正に祈るような気持ちで呪文を唱えた。 呪文は完璧、失敗による爆発も起きない。 ゲートは召喚された、ここまでは問題無い。 ぼて。びちびちびちびち。 楕円状のゲートから何かが落っこちてきた。 最初に目に入ったのは見事なその尻尾、鱗に覆われたそれは魚の尻尾と思われる。 しかし、その上半身は美しい少女の姿をしていた。 「これ……もしかして……人魚?」 以前読んだ伝承に、確か人魚の記述があった。だが、あれは作り話ではなかったか? 呆気に取られるルイズ、それは隣で見ていたコルベール先生も同様で、二人はその美しい人魚の姿に見入っていた。 人魚は、最初周囲を探るように見渡す。 すぐにルイズとコルベールに気付き、数秒の間の後、物凄い勢いで騒ぎ出した。 それは、遠くからこちらを囲むようにしてみているほかの生徒を見て、更に激しくなった気がする。 話す内容は支離滅裂で何を言っているのか良くわからなかったが、最後に叫んだ声だけはルイズにも聞き取れた。 「人魚エンシェントリリック! 眠りの詩!」 ラァリホエ~~~~~~♪ そしてみんな意識を失った。 最初に意識を取り戻したのはルイズだった。 「む~、頭痛い……」 「大丈夫?」 そう問いかけてきた声に聞き覚えが無かったので、ルイズはちらりとそちらを見る。 腰まで伸ばした後髪、年は十四、五ぐらいであろうか。 清楚な佇まいを持つ、美しい少女であった。 「あなたは?」 「瀬戸燦言います。よろしゅう」 そう言ってにぱっと笑う彼女は、本当に美しいと思えた。 何故か赤面してしまうルイズだったが、首を横に振って意識をはっきりさせる。 「そ、そう、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「ルイージマリオズッケェロ? 首だけになって拷問とかされてそな名前やね」 「何処のマフィアよそれ!? ルイズよルイズ!」 勢いでそうルイズがつっこむと、燦はまた笑った。 「そか、ルイズちゃんか。私も燦でええで」 再度赤面するルイズ。 これが、二人の出会いであった。 ようやく起きたコルベールを交えてお互いの状況を確認するルイズと燦。 他の生徒は既に教室へと戻っている。 その際、彼らが空を飛ぶのを見て燦はえらく驚いていた。 「サンは魔法を知らないの?」 「そないに当然な顔して言われても……大体ここ何処なん?」 「トリステイン魔法学園」 「……瀬戸内魔法学園に変えん? それなら少しは親しみのある名前になりそーやし」 「いや歴史有る魔法学園の名前をそんな理由で変えられても」 二人のやりとりに、コルベールがわざとらしく咳をしてルイズを促す。 ルイズは助けを求めるようにコルベールに問う。 「あ、あのーコルベール先生。流石に平民の使い魔は……」 「駄目です、ミスヴァリエール。使い魔召喚の儀式はそうほいほいとやりなおせる類の事ではありません」 がっくりと項垂れるルイズ。 燦は不思議そうにルイズに聞いた。 「なあなあ、それ何なん?」 「使い魔よ使い魔。あなたは私の使い魔として召喚されたの」 「ようわからんけど、私そろそろ家に戻らんとお父ちゃんに怒られるねん」 そこでルイズは初めて気付いた。 そう、平民、人間を使い魔にするという事は、その人間を家族から引き離すという事なのだ。 今度はさっきよりも強い口調でコルベールに言う。 「ミスタコルベール、彼女には家族も居ます。それを無理矢理使い魔にするのはいくらなんでも非道がすぎるのでは?」 ルイズは、もちろん燦の事も心配しているが、これでうまい事再挑戦をさせてもらおうという計算があったのも事実である。 コルベールも少し悩んでいるようだ。 「それはそうだが……いや、前例も無い事だしやり直しは認められない。その場合はミスヴァリエールは留年という事になる」 留年、という言葉にルイズは身を硬くする。 が、それ以上に燦がその言葉に大きく反応した。 「ちょっと待ってや! 留年て何なん? ルイズちゃん留年してしまうん?」 返答に困ってコルベールはルイズを見る。 ルイズは俯いて肩を震わせている。 燦はルイズの肩を掴む。 「なあ、ルイズちゃん。留年て本当なん?」 それが引き金であった。 激昂して燦を怒鳴りつけるルイズ。 「そうよ! あんたみたいな平民が召喚されたせいで私は留年するかもしれないのよ!」 燦は青い顔をしてコルベールに確認する。 「そうなん? なんとかならへんの?」 コルベールも心苦しそうだ。 「ああ、ミスヴァリエールが誰よりも努力している事は私も良く知っている。出来る事ならなんとかしてやりたいが、使い魔との契約が出来ないのであれば留年扱いとなる……」 コルベールの言葉に燦はコルベールの腕の裾を掴む。 「そしたら、私はルイズちゃんに召喚とかいうのされたんやろ? なら私がルイズちゃんの使い魔になれば留年しないで済むん?」 「そ、それはそうだが……」 燦は力強く頷く。 「じゃったら私がルイズちゃんの使い魔なる!」 ルイズは燦とコルベールとのやりとりを黙ってみていたが、そう言う燦の言葉に首を横に振る。 「私の使い魔になるって事は、ご両親とも会えなくなるって事よ?」 燦はわかっているのかいないのか、拳を握って答えた。 「お父ちゃんもお母ちゃんもきっとわかってくれる! それに、困ってる人を見捨てたりするんわ瀬戸内人魚の名折れじゃ!」 何故か燦の背後で津波が岸壁へと叩きつけられ、白い波頭が舞い上がる。 「任侠と書いて人魚と読むきん!」 燦のあまりの迫力に気圧されるルイズとコルベール。 ふと、ルイズは気になった事を口にした。 「そういえば、貴女さっき足が魚じゃ……」 突然燦が慌てだす。 「そ、それは夢じゃ! そんな白昼夢私知らん!」 「そう、人魚よ。自分でも今咆えてたし……」 「それはドリームじゃ! そんなデイドリーム私知らん! そそそ、それよりルイズちゃん! はよその契約せんと!」 大慌ての燦はとても怪しかったが、契約を早く済ませた方がいいのは確かである。 「そ、そうね。でも、本当にいいの?」 「もちろんじゃ! 瀬戸内人魚に二言は無いきに!」 「……人魚?」 「ル、ルイズちゃん! はよー契約や契約!」 「わ、わかったわ」 深呼吸一つ、ルイズは意を決して燦の両肩に手を乗せる。 「ちょっと、かがんで……そう、それで、目をつぶって」 「わかった。どんと来てや」 言われるままに目を閉じる燦に、ルイズは呪文と共に口づけを交わす。 ルイズが口を離し、そっと目を開くと燦は驚いたのか目を大きく見開いてこちらを見ている。 何か言いたいようだが、言葉にならないようだ。 その様子に、ルイズの頬も紅潮する。 「こ、これは契約なの。だから回数には含まれないんだからね。わかった……」 みなまで言わせず、燦はその特技である『ハウリングボイス』を放っていた。 ルイズが目を覚ましたのは医務室のベッドの上であった。 目を覚ますなり、隣で寝ていた燦が飛びついてくる。 「ごめんな~ルイズちゃん、本当にごめんな~。ウチ驚いてしもてつい……」 びーびー泣きながらそう言う燦を宥めつつ、自分の身に降りかかった出来事を思い出す。 「あー、何かこー謎の衝撃波によって全身裂傷、耳血を大量に噴出し、血だるまになってた記憶が……」 「堪忍や~、堪忍してつか~さい~」 どうやらアレはやっぱり燦の仕業らしい。 「何はさておき、事情の説明をしなさい。一体アレは何?」 燦は、頭をかきながらこう答えた。 「いや~、私昔から声大きゅうてな~」 「人一人ぼろ雑巾にするぐらいの大声って何よ!?」 至極真っ当なルイズのつっこみに燦は脂汗を流す。 「そ、それは……」 ルイズから顔を逸らす燦。 「それは?」 「ま、魔法じゃ……こう、杖振ったり箒に乗ったりするはりーぽったー的な……」 「魔法!? でも呪文も唱えてなかったわよ!」 「そ、それは……その……そういう特別な魔法なんよ」 そこまで言って、自分の無茶言い訳さかげんに更に脂汗が流れる。 しかし燦の言葉にルイズは飛び上がって喜んだ。 「凄い! 凄いわサン! それってもしかして先住魔法!?」 『うっわ、めちゃめちゃ信じとる!?』 今更引っ込みはつかない、無理矢理話を合わせる燦。 「そ、それ、その長寿魔法言うやつ。長生き出来るんや、きっと」 ルイズはベッドから飛び降りて燦の手を取る。 「やったわ! これでみんなを見返してやれる! 私だってやれば……やれば出来るんだからっ!」 感極まって涙目になるルイズ。最早修正は不可能と思われる。 物凄く心苦しい燦をさておいて、一人テンションを上げるルイズ。 そこにノックの音と共にコルベールが入ってくる。 「おお、起きたかねミスヴァリエール」 コルベールの顔を見るなり、ルイズは嬉々としてこの事を報告する。 「聞いてくださいミスタコルベール! サンは先住魔法の使い手なんです! この間私を吹っ飛ばしたアレも魔法なんですって!」 その言葉に驚くコルベール。 「なんと!? 確かにアレには呪文の詠唱も無かった。だとすればミスヴァリエール、君の努力が遂に実ったという事か! 素晴らしい! 私も心から祝福させてもらうよ!」 「ありがとうございます、ミスタコルベール……これで、もう誰にもゼロだなんて呼ばせない……うぅっ」 「良く頑張った、君は良く頑張ったよ」 医務室で感涙にむせぶルイズとコルベール。 ちなみに燦は、二人が何か言う度に心に鋭い何かが突き刺さるような衝撃を受け続けていた。 この空気に耐えられそうに無い燦は話題をそらしにかかる。 「それはそれとして……なあルイズちゃん、使い魔って何するもんなん?」 まだ半泣きであったルイズだが、燦の問いかけに少し首をかしげる。 「そうね……とりあえず、燦は炊事洗濯掃除とかは出来る?」 「もちろん、得意分野じゃ」 「んじゃ後は、私を守るんだけど、それもサンの先住魔法なら大丈夫よね! ねえ、他にはどんな事出来るの?」 そう問われた燦の動きが止まる。 『他のて、後は歌とか……イカン、眠りの詩教えたら人魚姿誤魔化したのがバレる。詩系はダメとなると……後は……』 ぽんと手を叩く燦。 「そしたらルイズちゃんヤッパ持ってへん? 出来れば長ドスがええんじゃけど」 二人には全然理解出来ない単語である。 「何それ?」 「えっと、刃物や。それも1メートルぐらいの長い奴がええ」 「剣の事? もしかして剣使えるの?」 「うん、私それ得意なんよ」 少し期待外れの答えであったルイズ。燦の体格では武器を使えたとしても、さほどの強さは期待出来ないであろう。 「魔法は他には無いの?」 「ごめんな、私まだ子供やからハウリングボイスだけなんじゃ」 残念ではあるが、それでもあのハウリングボイスの威力は身をもって知っている。あれだけでも十二分である。 「構わないわよ。それじゃあ、そろそろ部屋に行きましょうか」 そう言って燦の手を取るルイズ。 だが、それをコルベールが止めた。 「ミスヴァリエール、実は君に話さなければならない事がある」 ルイズが振り返ってコルベールを見ると、コルベールは眉間に皺を寄せていた。 あまり良い話ではなさそうだと思ったルイズは少し身構える。 「なんでしょう、ミスタコルベール」 コルベールはルイズから目線を逸らし、僅かな躊躇の後、思い出したように陽気に言った。 「そうだ、君の治療の件があった。今回の件は授業中の事故という扱いにしておいたから、治療にかかった水の秘薬は経費で落ちたよ」 すっかり忘れていたが、治療もタダではないのである。 気を失う最後の瞬間、自分が全身血まみれになっていた記憶がある。 今は何処も痛くない事を考えるに、治療するのにはかなりの量の水の秘薬を必要としたであろう。 「助かります。結構かかりましたか?」 あらぬ方を見ながら指折り数えるコルベール。 「そうだね、全身36箇所の裂傷と耳からの大量出血。特に裂傷はどれも放っておいたら傷が残るようなものばかりだったから、通常の治療の倍の秘薬が必要だった」 改めて聞かされて冷や汗をかくルイズ。 「……結構、危険だったんですね」 「ああ。でも傷を残すなというのは学院長の指示でもあるし、君は気にしなくていいよ。確かにあれは事故だったんだから」 「本当にありがとうございます。サン、今後は気をつけてよね」 「大丈夫! もー二度とせん!」 「よろしい」 ルイズは深く頷いた後、コルベールに向き直る。 「では先生、失礼します」 そう言って二人は医務室を出ていった。 残されたコルベールは笑顔でそれを見送った後、その場にひざまずく。 「先住魔法……アカデミーにバレたらまずいですよね……しかし、ああも嬉しそうにされると……言い出しずらいです、はい」 この事は明日一番に伝えよう、それまでにサンの手に浮き出た紋章も調べておこうと心に決めたコルベールであった。 二人はルイズの部屋に入る。 ぼろぼろに引きちぎれた制服の代わりに医務室備え付けの寝巻きを着ていたルイズはさっそく服を変えようと燦に命ずる。 「サン、着替えるから下着と寝巻き取ってちょうだい」 「ん、わかった」 燦ががさごそと服を漁っている間にルイズはさっさと服を脱ぐ。 すぐに寝巻きと下着を見つけ、それを手に振り返る燦。 「ルイズちゃん、これでええん……っっ!!!!」 ルイズの姿を見た燦はその場に硬直する。 ルイズは下着も脱ぎ、一糸纏わぬ姿であった。 「そうそう、それよそれ。早く着させてちょうだい」 燦はそんなルイズの姿を指差し震えている。 「る、ルイズちゃん……やっぱり女好き好きアマゾネス……」 明らかにおかしい燦の様子に、ルイズは数歩歩み寄る。 「どうしたのよ?」 「イヤーーーーーーー!!」 悲鳴と共に放たれたハウリングボイスは、ルイズを紙くずのように吹き飛ばし、壁面へと叩きつける。 再び刻まれる全身への裂傷、そして壁面に叩きつけられた事による打撲、ほとばしる耳血。 「……二度と、何だって?」 辛うじて残った意識のままそんな事を呟くルイズ。 燦は大慌てでルイズへと駆け寄ってくる。 「ご、ごめんルイズちゃん! 大丈夫か!?」 「……無茶言わないでよ……」 「しっかり! しっかりしてルイズちゃん! 一緒に瀬戸の海を見ようって約束したじゃろ!」 「……してないし……」 「嘘じゃ……こんなん嘘じゃルイズちゃん……嘘じゃーーーーー!!」 「……そりゃ、嘘にしたいでしょうけどね、アンタは……」 「誰か! 誰かおらんの! 衛生兵! 早く来てくれんとルイズちゃんが……ルイズちゃんが死んでしまうっ!!」 「……誰かじゃなくて、アンタが助け呼んで来なさいよ。いや、ワリと本気で……」 「誰か助けて! ルイズちゃんを! ルイズちゃんを助けてーーーー!!」 「……お願い、悲鳴はいいから、早く医務室に……」 結局、たまたまルイズの部屋に来ようとしていたキュルケがこの悲鳴を聞きつけ、医務室へと連絡する。 すぐさま駆けつけた医療スタッフにより、タイヤの付いたベッドに乗せられたルイズ。 「患者は!?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、上から76、53、75、系統ロリツンデレ、裂傷多数、大量の耳血に全裸です」 「出血がひどい、水の秘薬をありったけ持って来い!」 何やら騒がしい医療スタッフと、それに突き従うように後を追う燦とキュルケ。 「ルイズちゃん! しっかり! 今お医者さんが助けてくれるき!」 「……全裸で血だるまって、一体何したのルイズは?」 ベッドに横になった事で安心したのか、ルイズは静かに目を閉じる。 同時にルイズの全身がびくんびくんと跳ね出した。 「くそっ! 痙攣だ! 手術室へ急げ!」 「ルイズちゃん! ルイズちゃん!」 いきなりのルイズの変貌に真っ青になってルイズにすがりつこうとする燦。 それを医療スタッフが遮る。 「邪魔をするな! テンブレードと……」 突き飛ばされ、その場に座り込む燦。 移動ベッドと医療スタッフはそのまま正面の扉を開き、手術室へと消えていく。 扉が閉まると同時に輝く手術中のランプ。 燦はその扉にすがるように張り付く。 「お願いじゃ! ルイズちゃんを助けてあげて! ルイズちゃんを……ルイズちゃんを……」 そのまま泣き崩れる燦。 キュルケはそんなルイズの肩に手を置く。 「後は医療スタッフに任せましょう。ほら、そこのイスにかけて」 しばらくの間、泣いている燦を宥めるキュルケ。 そして落ち着いた頃を見計らって事情を尋ねた。 「一体何があったの?」 「ひっく……ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスなんにびっくりして、つい……ぐすっ……」 「わかったわ、もう少し落ち着いてからにしましょう」 早々に事情を聞くのは諦めるキュルケ。 そこに話を聞いたコルベールが駆けてきた。 「ミスツェルプストー! ミスヴァリエールが大怪我を負ったと聞きましたが!」 「はい、今手術中です」 「何故そんな事に、怪我はどんな感じです?」 「全身に裂傷、後耳血ですわ」 それだけで状況を察するコルベール。 「……サンさん、どういう事ですか?」 燦はまだしゃくりあげながらだが、すぐに答える。 「やきに、ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスやったんよ。私、それに驚いてしもて、つい勢いでハウリングボイスを……」 ため息をつきながらコルベールはキュルケの方を向いて問う。 「ミスツェルプストー、貴女はそんな話を聞いた事がありますか?」 「……今のでわかったんだコルベール先生は。申し訳ありませんけど、この子が何を言ってるのか私にはさっぱりです」 「ですから、ミスヴァリエールに女性を愛好する性癖があったのかと」 「あるわけありませんわ。ルイズの部屋に誰か女の子が出入りしているというのは聞いた事がありませんもの。そもそも、プライドの塊みたいなヴァリエールがそんな真似するとは思えませんわ」 「なるほど、確かにそうかもしれないな。なら詳しい事はミスヴァリエールが意識を取り戻してからだな」 不意に手術室から怒鳴り声が聞こえてくる。 どうやら手術室では何らかの展開があった模様。 「ドクター! あなた一体何処触ろうとしてるんですか!?」 「ええい離せ! 漢には人間失格とわかっていてもやらなければならん事があるのだ!」 「うおっ!? ブレード挿した状態からそんなに動いたら……ぎゃー! 傷口がー! 止血を! 止血剤を!」 「かくなる上は止む終えまい。三年生にも協力を要請する。水魔法が得意な生徒へ伝えてくれ。ロマンが君達を待っている、魂に賭けて誓おう! お触り自由であると!」 ドガン! 「水系統の三年女子に限定します。よろしいですね」 「イエスマム!」 手術室の扉が開き助手の一人が出てくると、中の様子が見える。 一人の男性医師が頭部から間欠泉の様に血を噴出して倒れ、その他の医師達は黙々と治療に専念している。 医療スタッフの配慮か、どうやら女性スタッフのみでの手術になっている模様。 「峠は越したみたいですわね。ルイズ、貴女の純潔と誇りは守られそうよ」 「それは何より」 冷静にそう呟くキュルケと、あの医師はオスマン菌にでも冒されたかなどと考えながらそっぽを向いている律儀なコルベールであった。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 十四話 トリステイン魔法学院の中心にある本塔、その西側に位置するヴェストリの広場は昼間でもあまり日が差さない。 必然的に植物の生育などは遅れがちになり、草地の合間を縫うように土が見えている。 そのヴェストリの広場で、決闘が行われていた。 暇をもてあまし、物見高いはずの魔法学院の生徒たちの姿はほとんどない。 その場にいるのは決闘をしている二人。 立会人たる年かさのいった男が二人と少女が三人。 そして裁定人たる銀髪の女だけ。 そのブラムドの視線の先で、決闘者の一人、ギーシュ・ド・グラモンが呆然と立ちつくしていた。 ギーシュは驚愕していた。 目の前の惨状に。 広場の土に掘り返された跡はない。 学院を構成する本塔も支塔も、何一つ変わりなくそびえ立っている。 さらにギーシュ自身も、決闘の相手も、ブラムドにも立会人にも傷一つない。 今この場で行われているのが決闘だと理解していても、当事者以外はその最中だと思わないだろう。 だがたとえそれがギーシュの主観でしかないとしても、彼の目の前に広がる光景は紛れもなく惨状だった。 その何も起こっておらず、誰一人傷ついていないという惨状を見ながら、ギーシュは心の中で誰へともなく問いかけた。 ……なぜ、こんなことになったのだろう……? と。 人間に限らず、ある程度高等な頭脳を持つ生物は、思考と反射を繰り返している。 だが想像もつかない状況に陥ったとき、思考も反射も瞬間的に止まってしまう。 恐怖によって体を縛り付けられるのではなく、怒りや喜びや悲しみに心の全てを支配されるのでもなく、思考と反射の間に隙間が生じてしまう。 似たような状況に置かれることで学ぶことは出来るが、それが初めての体験であれば経験など存在しない。 自室の扉を開いた瞬間、慣れ親しんだ部屋の中に猛り狂うマンティコアやワイバーンがいたとしたら。 朝目覚めた瞬間、カッタートルネードやファイヤーボールの餌食になりかけていたら。 第三者が安全な場所で見ていたとすれば、喜劇となりえるかもしれない。 当事者に生命の危険がなければ、その可能性はより高まるだろう。 しかし、そんな不条理さに直面した人間にとってはどうか。 ギーシュにとって目の前の状況は、正にそんな理不尽さに満ち溢れていた。 十数年間生きていれば、様々な状況は体験している。 関わり合うのが両親だけであれば、理不尽さは成長する一時期に限られるだろう。 自身の成長に従い、両親の正しさが理解できるようになる。 だが兄弟姉妹がいれば、大きく話は変わってくる。 幼きものが組み上げた独自の規則は、往々にして余人が理解できるものではない。 とはいえ幼き日に受けた苦痛など、今ギーシュが直面している事態とは比較の対象としてすら不足している。 太陽とランプの明かりを比べる人間がいないように。 メイジにとってはその存在の全てともいえる魔法の力が、初めからなかったかのように消えてなくなる。 それを理不尽や不条理以外の何といえばよいだろう。 傍らに立つ数人のメイジも、驚愕の表情を顔に貼り付ける以外にできることはない。 ギーシュを教導する立場のコルベールや、その上に立つオスマンも含めても、対処を思いつくものは存在しなかった。 そんな、あまりにも超越した事態に呆然と立ち尽くすギーシュの前に、決闘の相手である一人の少女が立っていた。 長い棒を持った、髪の短い少女が。 怒声を発したキュルケの前で、シエスタとギーシュを取り囲む人垣の一部が割れる。 必然的に、ルイズを抱きかかえるキュルケへ視線が集中していた。 普段華やかな表情や態度を崩すことがないキュルケが、こうまで怒気をあらわにする理由がなんなのか、気付くものは非常に少ない。 それはつまりギーシュの本質を見抜いているものが、その程度しかいない証でもある。 「やぁ、ミス・ツェルプストー」 ギーシュが声をかけ、挨拶を口にしようとした瞬間、キュルケのゆるんだ手から解放されたルイズが膝をつく。 「ヴァリエール様!?」 ギーシュの口と喉の境目まで、その声が出かかっていた。 口を半開きにしたギーシュは不機嫌さを隠そうともせず、ルイズの元へ駆け寄るシエスタの背中をにらみつける。 ……どうしたというのだろう。 と、キュルケは疑問を浮かべた。 普段のギーシュであれば、そういった表情は極力隠そうとする。 おそらく教育のたまものだろうが、女性に嫌われる要素は廃すように行動していたはずだ。 「大丈夫よ、ちょっと疲れただけだから」 ルイズの言葉に、シエスタは胸をなで下ろす。 会話の隙間を確かめながら、ギーシュはキュルケへの挨拶を続けようとする。 「そんなに不機嫌な顔をするなんて……」 「シエスタ!! その膝はどうしたの!?」 再びギーシュの言葉を遮ったのは、ルイズの言葉だった。 高い声の方がよく通ることは自明だが、ギーシュとしては面白いはずもない。 キュルケと視線を合わせていたため、辛うじて表情に出すのは抑えていたが、口の端が引きつるのは止められなかった。 当然、キュルケがそれを見逃すはずもない。 「少し打っただけで大したことはありません」 遠慮がちなシエスタの言葉に、ルイズは心配そうな表情を浮かべるが、自身ではどうすることもできない。 ふとした沈黙が落ちたことを見やりながら、ギーシュは三たび話し始める。 「ミス・ツェルプストー、君らしくも……」 「タバサ!?」 表情が変化しようとしている最中というものは、基本的に間抜けなものだ。 無表情から笑みを浮かべようとし、しかも話しながらであったために口を半開きにしたギーシュの表情は、お世辞にも麗しいとはいえなかっただろう。 ただし、それだけで笑い声を上げるのは貴族としての気品にかけると言っていい。 我慢できずに口元を抑えた人間が人垣の中に何人かいたとしても、愛嬌というものだ。 だが笑顔を向けられるのではなく笑われかけている状況に、ギーシュの機嫌が良くなる道理はない。 ルイズの顔の横から長い杖を差し出し、タバサがシエスタの膝へ治癒の魔法をかける。 その様子を見ながら、表情を殺したギーシュのこめかみがわずかに痙攣していた。 そんなギーシュの様子に気付かないまま、礼の言葉や紹介の言葉を交わす三人の少女に、キュルケは心の中で呆れる。 ……人がせっかく適当に納めようとしてるっていうのに……。 三人の少女が、その中の一人の無表情さを除いて和気藹々としている。 ギーシュは自分をないがしろにする少女たちを眺め、制裁を加える方法を考えていた。 不意に、天啓がギーシュへと舞い降りる。 事実は悪魔のささやきに過ぎないが、今のギーシュに気付くことはできない。 気付かぬ故に、踏みとどまることもできなかった。 「メイド君」 つぶやくようなギーシュの言葉に、シエスタがはっと振り向く。 「あ、も、申し訳ありません」 「君が僕の言葉を取り下げるチャンスを与えよう」 ギーシュの顔に、歪んだ笑みが浮かんでいた。 「どうすれば、よろしいのでしょう?」 表情の裏側にある悪意を透かし見ていながら、シエスタは友のために問いかける。 かつて友が流した涙を、自らの手で受け止めるために。 「僕と決闘してもらおう」 貴族と平民との決闘。 二者の能力が決定的に違う以上、貴族にとっては一時の暇つぶしに過ぎない。 だが平民にとっては無理や無茶といった度合いではなく、死刑宣告にも等しい。 一瞬の沈黙が場を支配した直後、声を上げたのはルイズだった。 「ば、馬鹿なことをいうのはよしなさい!!」 「何が馬鹿なことなのかな? ミス・ヴァリエール」 慌てるルイズと、それを嘲笑うかのようなギーシュの温度差は対称的だ。 「学院内での決闘は禁止されているはずよ!!」 「確かに、貴族同士の決闘であればね。しかし、彼女は貴族ではない」 貴族同士の決闘は、殺し合いになりかねない。 近隣諸国に名の知れたトリステイン魔法学院は、他国からの留学生も多数抱えている。 メイジとしての能力故に、殺し合いにもなりかねない貴族同士の決闘が禁止されるのは、至極当然だろう。 一方でギーシュのいうように、明確に禁止されているのは貴族同士の決闘でしかない。 ルイズの心情はともかく、貴族と平民の決闘が禁止されていない以上、彼女にはそれが間違っているとはいえなかった。 「そして僕のためにモンモランシーが作ってくれた香水を、その足で踏み砕いてくれた彼女には、それなりの罰が必要じゃないかな?」 香水の調合には、手間と技術が必要となる。 多くの貴族にとっても、決して安いものではない。 さらに個人用に調合されたものとなれば、値段だけの問題ではなくなるだろう。 だが、それでもルイズに友を見捨てることなど出来はしない。 ギーシュを翻意させるためになんといえばいいのか、ルイズは必死で頭を巡らせる。 「平民の失敗を許すのは、貴族の度量を示すことではないかしら?」 ルイズは非常に真面目な人間だ。 だからこそ、それを知っている人間は予想しやすい。 その言葉は、ギーシュの予想の範囲内でしかなかった。 「あの粉々に踏み砕かれた香水瓶と、僕のこの有様を見て、なおも罰は必要ないと?」 言葉通り、頭から大量のケーキをかぶったギーシュの姿は、酷いとしかいいようがない。 見かねたキュルケが声をかける。 「その服を洗うのもメイドの役目じゃない? 今すぐ彼女にやらせればいいでしょう」 この一時、ギーシュの普段のそこはかとない頭の悪さはなりをひそめていた。 神がかっている、もしくは悪魔が乗り移ったかのように。 「ゲルマニアではそうかもしれないが、ここはトリステインなんだよ」 国を盾にされ、キュルケは思考の転換を図るのにわずかな時間を必要とした。 その間隙を、ギーシュが突く。 「それともミス・ヴァリエール。トリステインの名だたる名家であるヴァリエール家の息女が、グラモン家の僕に命じるかな?」 家名でもって言葉を封じる。 仮にその魔力が弱かったとしても、ルイズがまともなメイジであればそうすることが出来たかもしれない。 しかし少なくとも今、ルイズはメイジの名に値する力を持っていなかった。 その自身が、どうして貴族として、メイジとして名高い自身の家名を使うことが出来よう。 ルイズの足には楔が打ち込まれ、踏み出すことなど望めない。 シエスタはルイズの青ざめた表情を見やり、自らの本心を知る。 自分で思っていた以上に、ルイズを大切な友と考えていたことを。 殺されないまでも、手足が不自由になれば仕事を失うことになる。 実家への仕送りが途絶えてしまえば、家族を飢えさせる結果にもなりかねない。 そしてもちろん、シエスタ自身が死ぬ可能性もある。 一歩を踏み出してしまえば、後戻りは出来ない。 「決闘を、お受けします」 若さが、そうさせた。 愚かさが、そうさせた。 その両方が、シエスタの口を動かした。 友への気持ちが、シエスタの心を動かした。 嘲笑うものもいるだろう。 だがその行動に感じ入るものも、少なからず存在した。 「その決闘、我が預かる!!」 声の持ち主を、無数の視線がさがす。 やがて一つの視線が定まり、他の視線もそれに追随する。 次の瞬間、再びコルベールに杖を借りたブラムドの姿が、その視線の先から掻き消える。 『転移』によって目前に現れた使い魔の姿に、ルイズがつぶやく。 「ブラムド?」 その言葉に、幾多の目線が再び移動させられる。 不安げな主の頭をなぜながら、背後のオスマンに声をかける。 「構わぬかな? オスマン」 視線が、オスマンへと突き刺さる。 「よろしいでしょう。ただし、わしも見届けさせてもらいます」 厳格そうなその声と違い、オスマンの瞳には面白がるような光が浮かんでいた。 「当然だな。コルベール、お前はどうする?」 「は? や、む、無論私もいかせていただきます!」 是とも非ともいわず、ブラムドは自らの主へと顔を向ける。 「ルイズ、キュルケ、タバサ、お前たちは?」 「いくわ」 ルイズは、一瞬の躊躇すら見せない。 「こんな面白そうなこと、見逃せるわけがありませんわ」 キュルケが、彼女らしい返事をする。 「いく」 タバサも、彼女らしく短く答えた。 「グラモン、立会人の当てはおるのか?」 ブラムドの言葉に、ギーシュが眉根に筋を刻む。 ギーシュはブラムドがことさらに聞くことで、自分に恥をかかせたいのだと邪推する。 ギーシュに心を寄せていたケティとモンモランシーがこの場から立ち去った今、それを期待できる相手はほとんどいないからだ。 それを裏付けるように、ギーシュが周囲を見渡してみても、顔を背けるか下卑た笑いを浮かべるような輩しか存在しない。 失望が、ギーシュをいらだたせる。 「無用です!」 不機嫌さを隠そうともせず、ギーシュが答えを返した。 無論、ギーシュの邪推は的外れなものに過ぎない。 ブラムドは単に釣り合いを考えただけだ。 シエスタ側だけ立会人がおり、ギーシュ側にいないのでは決闘の公平さが保てなくなる。 「ではオスマンとコルベールはグラモンの立会人としてもらおう」 ブラムドの視線の先で、二人の教師が頷いた。 上位者である二人の様子を見て、ギーシュは拒絶を断念する。 うなだれるように頷いた少年を見やり、ブラムドは周囲に向かって宣言した。 「では双方の立会人は決まった。他のものの立会いは許さぬ」 小さな、さざ波のような不平の声を、ブラムドに耳がとらえる。 よく言えば好奇心、悪くいえば野次馬根性といわれるそれを、完全に抑えられる自制心を持つ貴族は数少ない。 まして精気に溢れた若者たちが集まっていれば、稀少というにふさわしいだろう。 とはいえブラムドの思惑通りに事を運ぶためには、人払いをする必要がある。 ……幼子を脅かすのは性に合わんな。 困ったようなブラムドの様子に、一人だけ気付いたオスマンが助け船を出す。 「諸君、客人の言われたことへの返事をせぬのか?」 声に滲む威圧感を背中に受けた生徒の一人が、慌てて杖を掲げる。 決闘者と立会人、そして裁定者となったブラムド以外の貴族が持つ杖が、天井へ向けて掲げられた。 「杖にかけて!!」 唱和する声が凪いだあと、ブラムドがギーシュに声をかけた。 「その姿で決闘もあるまい。身を清めるが良かろう」 ブラムドの言葉に、ギーシュは改めてその有様を自覚する。 「では、申し訳ありませんがしばし失礼いたします」 そういいながら、ギーシュは食堂に背を向けた。 食堂を出たギーシュは、ひとまず自室へと向かう。 道すがら、その有様に顔をゆるめかける人間もいたが、ギーシュの怒りに歪む表情を見てあわててその顔を引き締めた。 恥をさらされていることに、ギーシュの怒りはさらに増すこととなる。 自室に入ったギーシュはひとまず鏡で確認し、はり付いていたフルーツを落とし、クリームをタオルで拭う。 油で撫でつけられたように潰れた髪を見て、着替えを掴んで大浴場へと足を向ける。 脱衣所に着いたギーシュはマントを外し、服を脱ぎ、それらを腹立ち紛れに籠へと力一杯投げ込む。 怒気を吐き出すようなため息を一つして、浴場の扉を開いた。 昼を少々過ぎた程度のこの時間、当然大浴場の火は落とされている。 昨晩湯を沸かすのに使われた火石の残滓はあるが、暖かいとはとてもいえない。 ギーシュはぬるま湯というにも足りないそれを、頭からかぶる。 拭うだけでは取り切れなかったクリームを、石鹸を使って丁寧に落とす。 泡を流すために、再び冷たくはない水をかぶる。 体から熱が奪われると同時に、茹だっていた頭も冷まされていく。 怒りによって短絡化していた思考が、にわかに覚醒し始める。 再び香水瓶を踏み砕かれたことに怒りを覚え、ケティとモンモランシーの態度に困惑し、決闘のことを思い出したギーシュは、ため息をつくようにつぶやく。 「……僕は何をしてるんだ?」 一度覚めてしまった頭は、先刻ほどの怒りを再現することは出来ない。 元々ギーシュに、平民に対しての差別意識はほとんどなかった。 それがなぜ露骨に見下すようなことをいったのか、本人にとっても疑問になる。 ケティやモンモランシーと親しく、友人たちと楽しく過ごしていたはずの自分に、これほど鬱屈した感情が眠っていたとは。 そのことを、ギーシュ自身が強く驚いていた。 後悔という名の長いため息が、大浴場に響く。 しかし貴族が一度口にしたことを、しかも大勢の前でいったことを覆すのは簡単ではない。 平民を下に見ることはなくとも、貴族としての誇りはギーシュの身に宿っている。 唯一の救いは、決闘を見届ける人間が少ないことだろう。 その考えがブラムドの思惑通りであることに、ギーシュは気付けなかった。 気付く必要のないことでもあったが。 とはいえ、見届け人が少ないことを突破口にするにもどうしたらよいのか。 先刻までルイズやキュルケを翻弄した頭の冴えが、泡沫のように消え去っていた。 無論怒りに身を任せるような人間が、それほど犀利なはずもない。 怒りに赤く染まっていたはずのその顔が、今度は見る間に青ざめていく。 当然、ぬるま湯に体を冷やされたことが原因ではない。 急転直下というに相応しく、ギーシュの頭は混乱を極める。 決闘となれば、魔法を使わないわけにはいかない。 だがギーシュが得意とするゴーレムで、怪我を負わせずにどうやって納めればよいのか。 戦いのために技術を磨いてきたギーシュには、残念ながら数をもって穏便に取り押さえるという発想がない。 頭を抱えながら大浴場を歩き回るギーシュに、光り輝く救世主が現れる。 「ミスタ・グラモン」 決闘の場所を伝えるため、大浴場の扉を開いたコルベールだ。 教師である彼は、大浴場の中で青ざめ、頭を抱えるギーシュの姿を目の当たりにする。 「や、ど、どうしたのですか?」 心配そうなコルベールに、ギーシュは青ざめた顔で助けを求める。 「ぼ、僕はどうやって彼女を傷つけずに決闘を収めれば良いでしょう?」 今にも泣き出しそうなギーシュの言葉に、コルベールは教師としての喜びを噛みしめる。 同僚の教師のみならず、生徒からも研究馬鹿と見られているコルベールは、生徒から質問をされたり助言を求められることがほとんどない。 それがこうまで面と向かって助けを求められれば、その喜びもひとしおだろう。 ゆるみそうになる口元を無理矢理引き締め、対応策を講じ始める。 「そうですね……」 と考えるコルベールは、ギーシュにとっての救世主に相応しい輝きを見せる。 「これで、どうでしょう……」 前ページ次ページゼロの氷竜
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前へ / トップへ / 次へ 敷地に入るときょろきょろしながら歩くルイズの姿を見つけた。 何故こんなところにいるのだろうかと思い、声をかけると、 「使い魔のくせに主人を置いてどこ言ってたのよ!」 と怒られた。どうもバビル2世を探してここまで来たようだ。 「罰として昼食は抜き!」 と自分の空腹をバビル2世にぶつけるルイズ。もっともバビル2世はあんな朝食を見た後なので、あまり罰には感じなかったのだが。 ルイズに連れられて教室へ向かう。 教室は石造りの、古いイギリスの大学のような階段教室である。石の一つ一つに歴史が刻まれているような風格ある部屋で、 なるほど魔法使いを教育するにふさわしい。 2人が中に入ると教室のあちこちから、 「おい、ゼロのルイズが召喚したのは平民じゃなかったらしいぜ」 「エルフらしいじゃないか」 「エルフっていうと臭作の?」 「というかエルフって金髪で耳がとがってるんじゃないのか?」 などという会話が始まった。あの二人が言いふらしたのか(タバサという少女は言いふらすような雰囲気はなかったが)誰かが 偶然話を聞いていたのか、バビル2世がエルフであるという誤解は教室中に広まっているようであった。 ゼロと呼ばれるルイズにはある意味心地よいのだろう。その中を颯爽と歩き、席に着く。隣にはキュルケとシャル……いやタバサが 座っている。 「さて、ぼくはどこに座るべきだろうか?」 朝の調子だと、普通に席に着けばまた一騒動起こりかねない。ここは素直に…。 童話やゲームの中に出てきそうな使い魔が並んでいるところへ移動する。ちょうどフレイムがいたのでその上に腰をかけさせてもらう。 このときキュルケはフレイムがバビルを素直に背中に乗せているのを見て感心していたのだが、バビル2世自身は周辺にいる 使い魔に気をとられ気づくことはなかった。 ざわめきが消え、教師らしき少し年配の女性が教室に姿を現す。 女性教師は赤土のシュヴルーズと名乗った。 「ふむ。二つ名というのは面白いな。」 タバサのときにも思ったのだが、この世界のメイジが持つ「二つ名」というのはなかなか面白い。 自分ならなんという二つ名をつけるだろう。衝撃の、幻惑の、激動たる、暮れなずむ……。 赤土は生徒の顔を見回し、満足そうに頷く。 「皆さんが無事に『春の使い魔召喚』を済ませたのを見て、私も誇りに思います。中には珍しい使い魔を召喚した方もいるようですが。」 教室中の視線がルイズとフレイムに乗ったバビル2世に集まる。 「ミス・ヴァリエール、私もエルフを使い魔にしたというメイジについては寡聞にして知りませんが……」 どうやら教師にもエルフという誤解が伝わっているようだ。いったい誰が広めているのだろうか? 「使い魔は術者の術の表れ。そして召喚した使い魔はメイジにとって己の半身に等しい存在なのです。ミス・ヴァリエールには エルフを召喚した意味を考えて今後の勉学に励んでいただきたいものです。他の生徒も、自分の使い魔を召喚した意味を よく考え、勉学に励んでいただきたいですね。」 いいことを言う。ヒステリックなタイプかと思ったが、案外教育熱心なタイプかもしれない。 「では授業を始めます。皆さんは私とこれから一年間『土』属性の魔法について学んでいきましょう。」 もっともバビル2世は心の奥が見えるようになって以来、立派なことをいう人物でも滅多なことでは信用しないようにしていたので 評価は保留しておいたのだが、少なくともルイズは多少なりとも好感を持ったようであった。 「では、まずは基礎のおさらいです。」 それにバビル2世にとっては人物評よりも、始まった魔法の系統に関する授業のほうがよほどおもしろかった。 風や火といった単語は頭に入ってきていたのだが、我々が普段空気について考えないのと同じで、それがどういうものか という知識はまだほとんど持っていなかった。魔法の四大系統と、失われた虚無。使い魔の役割と意味。 複数の系統魔術、ドット、ライン、トライアングル、スクウェア…… バビルの塔で得た知識とは全く異なる情報に、バビル2世の好奇心はぐいぐいひきつけられていった。 そして事件は起こった。 散々言い尽くされていることなので省略するが、つまり爆発したのである。 あらかじめルイズの魔法は爆発するということを知っていたバビル2世であったが、その爆発の程度に今更ながら驚いた。 赤土教師は爆発の影響で人語不肖に陥り、一部の使い魔は驚きパニックになって教室で暴れまわる。主であるメイジも基本は まだひよっこなので上手い具合に暴走する使い魔を抑えることができず、最終的には数名の教師の手伝いを借りてやっとの思いで 混乱は抑えられたのであった。 結局、午前中の授業はうやむやのうちに消滅し、生徒は三々五々散り散りに食事へと向かって行った。 ルイズが罰として命じられたのは、教室の後片付けであった。 後片付け、と言ってもあの風格ある建築はいずこへ行ったのかすでに廃墟と化しているので、掃除ではなく撤去を行なう必要がある だろう。 「壊すのは一瞬だが、積み重ねるのは難しいことだな」 感慨深げなバビル2世。うるさいわね、と箒をバビル2世に投げつけるルイズ。 「ほら!使い魔なんだからあんたが掃除しときなさいよ!」 念動力を使えばあっという間に終わるだろう。が、能力を使っていることを知られるようなことは極力さけるべきである。 「これはキミにあたえられた罰だろう?シュヴルーズ先生は何か考えがあってキミにこの罰を言いつけたのかもしれないのに、 使い魔にやらせたせいで一人前のメイジになる機会を逃すことになってもぼくは知らないよ。」 「う…わ、わかったわよ、わかってるわよ、そんなの!じゃあ手伝いなさい!」 掃除道具を投げつけてしまったために、あらためて道具入れに向かうルイズ。 「でも掃除がいったい魔法技術上達にいったいなんの関係があるのかしら」と訝しげだが、それなりに一生懸命掃除を行なっている。 バビル2世は簡単なことはルイズに任せ、瓦礫の撤去や整理など力仕事を担当する。念動力を使っていないとはいえ超人的身体 能力を有しているため、瓦礫はあっという間に片付いていく。 気づくと、ルイズがその様子をぽかんと見ている。 「どうしたんだい?」 しまった、と内心思うがしょうがない。ここは平然と対応することにしよう。 「アンタ、いま、あの大きな石を持ち上げてなかった!?」 「ええ。持ち上げていましたよ。」 「知らなかった…。エルフって力持ちなのね。」 あくまでエルフと思い込み続けるルイズ。エルフが力持ちというイメージはないが、いわゆるバイアスがかかっているのだろう。 てきぱきと片付けていくバビル2世。 強がってはいたものの内心ショックを受けていたルイズは、なんとなく気持ちが落ち着いていくのを感じていた。 エルフを召喚し契約したにもかかわらず、当然のように失敗する魔法。だが、召喚したエルフはやはり頼りになる。 おそらく魔法の教え方が悪いのだ。自分は大器晩成タイプなのだ。サカつくなら早熟よりも晩成型のほうが使いやすいじゃないか。 えらくポジティヴな考えである。ある意味現実逃避と言ってよい。 だがいくら失敗しても、ゼロと嘲笑されようと今まで修行を続けているのはこのポジティヴさがあればこそだろう。 掃除が終わるころには授業の失敗など忘れてしまったかのようであった。 一方で、バビル2世は違う見方をしていた。 全員の心を読むと、ルイズは今まで魔法が一度として―バビル2世を呼び出し契約したことは除くのだが―成功したことがない、 らしい。いつもいつも、どんな魔法を唱えても必ず爆発するのだという。 だがそれは逆に言えば「必ず爆発させることができる」ということではないだろうか。 赤土の教師は、失われた虚無の系統があると言っていた。 もしもルイズが虚無の系統ならば、あらゆるつじつまが合わないだろうか? 失敗したように見えるのは、その系統の魔法ではない魔法を使うからではないか。あるいは、どんな呪文を唱えても爆発するという 魔法なのではないだろうか。 もしも本当に魔法が使えないならば、自分がここにいるはずはない。自分はルイズによって確かに召喚されたのだから。 そして、ルイズの二つ名――ゼロは虚無に通じる。 はたしてこれは偶然なのだろうか? もしも、ルイズが虚無系統のメイジだとするならば、元の世界に帰る鍵は虚無の魔法に関わっているのではないだろうか? 『いずれにしても、もう少し様子を伺う必要がありそうだな。』 少し時系列を遡る。 爆発があり、授業が大混乱に陥っていた時刻。 どさくさにまぎれて、宝物庫周辺を伺っていた黒ずくめの女性がいた。 黒いローブを着た、緑髪の美しい女性である。 『どうやら、かなり強力な固定化の魔法がかかっているようね』 おそらくスクウェアクラスのメイジが数人がかりでしかけたのだろう。外壁を力任せに破壊するならともかく、個人が魔法を用いて 封印を解除するのは不可能に近いだろう。 力任せに破壊するにしても、自分のゴーレムで果たして可能かどうか。 この壁一枚を隔てて、破壊の杖をはじめとする財宝が鎮座せしめているのだ。もし盗み出すことができれば、国中がひっくり返るような 騒ぎになるだろう。 『それにしても……』 朝に見たあの少年はなにものだったのか。 話によると新2年生の呼び出した使い魔で、エルフであるらしい。だが、 『あんなエルフがいるはずがない。』 ということをフーケは知っていた。 元々、この身分に落ちたのはエルフがらみである。この学園ではエルフの知識については1,2を争って持っているはずだ。 そんな自分だからこそ断言できる。あれはエルフではない。 では、いったい何者だろうか? 宝物庫周辺にいるにもかかわらず、朝の光景が気になり、いまいち注意力が散漫になっているフーケだった。 「おい」 完全に油断していたフーケに、突如かけられた声。 『警備!?』 驚いて振り返り、あわてて仮の姿、ミス・ロングビルをとりつくろおうとする。 だがそこにいたのは警備ではなく、黒マントに白仮面という怪しい男であった。もっとも、仮面が顔全体を覆っているせいで男か どうかははっきりと断言できない。ただそのたたずまいが一流の武芸者や軍人を連想させるものであったため、男に違いないだろうと 判断したに過ぎない。 薄暗い宝物庫周辺では、まるで仮面だけが宙に浮かんでいるように見える。 マントからメイジの証である杖が飛び出していた。 「ど、どなたでしょうか?ここは部外者以外立ち入り禁止ですよ?」 異様な気迫に声が思わず上ずってしまう。大人の女性としては不本意だが、漏れてしまいそうだ。 「土くれ、だな?」 取り繕ったにもかかわらず、あっという間に正体を看過される。 声の調子は男である。よかった予想通りで、となぜか全く関係ないことを考えていた。人間、切迫した場面ではこういうものなの かもしれない。 「な、なんのことかしら?私の名前はロン…」 「本名、マチルダ・オブ・サウスゴータ。」 フーケの身体がピクッと反応する。目が座り、顔から表情が消え、能面のようになる。 「なぜ、その名を……?」 サウスゴータ、消えた名前。サウスゴータ、過去の名前。サウスゴータ、誇りある名前。 それを突きつけられ、フーケの雰囲気が一瞬で変わる。浮つきというものが一瞬で消え、触れれば切れる剃刀のようになった。 杖を軽く握り、一瞬で魔法を使い迎撃できるような態勢になる。並みのメイジならば先に魔法を唱えようとしてもカウンターで やられてしまうだろう動きであった。 「なるほど。さすがにただ一人で国中を荒らしまわる盗賊だけのことはある。」 感心したように白仮面が言う。そして杖を壁に立てかけた。 敵対するものではない、という意思表示である。 それをみてフーケもわずかに警戒を緩める。とはいっても、白仮面がどう行動しようと、いつでも攻撃できるだけの態勢は維持している。 フーケは、杖を持っていないこの白仮面が、この状態でも下手をすれば自分と同等の強さを誇ることを本能的に察知していた。 「なに、すこしアルバイトをしてもらいたくてね。報酬は出そうじゃないか。」 マントから袋を握った腕を突き出す。袋の紐を外すと、口からボタボタとエキュー金貨が零れ落ちる。 「まず、前金として20エキュー。仕事が終われば、あと200エキューだそうじゃないか。」 袋に残っていた金貨を取り出し、フーケに渡す仮面の男。フーケはそれを取り上げ、鑑定し、 「どうやら本物のようね。でも、こんなに報酬をよこすなんて、どんな仕事だというの?」 「なに、簡単な仕事だよ。汚れ仕事でもない。特殊な技能も必要ない。きみの目的の片手間にできる仕事さ。」 男は懐から小さな紙片を取り出し、そこに描かれている非常に鮮明な絵を見せる。 「きみも気になっているこの少年、バビル2世を、観察し報告してくれるだけでいいんだ。」 男は、嗤ったようであった。 前へ / トップへ / 次へ
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テレ朝系火曜ドラマ マルス-ゼロの革命- 共通事項 基本の放送時間…火曜21 00~21 54 全社絨毯の上にカラー表記 固定スポンサー P G NISSHIN OilliO 日清オイリオ タマガワエーザイ Moisteane 2024年1月23日 ♯1 [新](21 00~22 00) 1’00”…P G 0’30”…RIZAP、NISSHIN OilliO 日清オイリオ、タマガワエーザイ、Moisteane、佐川急便、COSMO(コスモ石油) 2024年1月30日 ♯2 0’30”…タマガワエーザイ、アサヒビール、Moisteane、NISSHIN OilliO 日清オイリオ、RIZAP、ニトリ、P G、Family Mart 2024年2月6日 ♯3 0’30”…NISSHIN OilliO 日清オイリオ、JOYSOUND、Moisteane、ソニー銀行、アサヒビール、P G、タマガワエーザイ、永谷園(PT) 2024年2月13日 ♯4 1’00”…SUNTORY 0’30”…Moisteane、タマガワエーザイ、NISSHIN OilliO 日清オイリオ、JOYSOUND、COSMO(コスモ石油)、P G 2024年2月20日 ♯5 0’30”…P G、SUNTORY、ニトリ、タマガワエーザイ、ライフネット生命、NISSHIN OilliO 日清オイリオ、Moisteane + AC JAPAN(PT) 2024年2月27日 ♯6 0’30”…ライフネット生命、P G、NISSHIN OilliO 日清オイリオ、Moisteane、Japanet、SUNTORY、タマガワエーザイ、ソニー損保 2024年3月5日 ♯7 0’30”…NISSHIN OilliO 日清オイリオ、Qoo10、P G、SUNTORY、タマガワエーザイ、アサヒビール、SECOM、Moisteane 2024年3月12日 ♯8 1’00”…SUNTORY 0’30”…Moisteane、アサヒビール、P G、NISSHIN OilliO 日清オイリオ、タマガワエーザイ、アリナミン製薬(PT) 2024年3月19日 ♯9 [終] 1’00”…P G 0’30”…NISSHIN OilliO 日清オイリオ、タマガワエーザイ、SUNTORY、Moisteane、アサヒビール、アリナミン製薬(PT)
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《ゼロの革命 ドギラゴンΩ》(レアリティ)LEG(文明)無色(コスト)8 クリーチャー:(種族)メガ・コマンド・ドラゴン/サバイバー(パワー)13000 ■革命チェンジ コスト5以上のドラゴンまたはサバイバー ▲スピードアタッカー ▲ブロックされない ■サバイバー(自分の他のサバイバーすべてに上の▲能力を与える) ■ファイナル革命 このクリーチャーが「革命チェンジ」によってバトルゾーンに出た時、そのターン中に他の「ファイナル革命」をまだ使っていなければ、自分の山札の上から5枚を表向きにする。その中からサバイバーを好きな数バトルゾーンに出す。 作者:カキ
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁7話「アニエスとロングビル」 事の発端はいつもの酒場でのちょっとした会話であった。 ロングビルとアニエスの二人は、何時ものようにお互いの近況などを話しながら楽しい時を過ごす。 そこで、アニエスの仕事の話題が出た。 ここ最近になって街に入る麻薬の量が格段に増えたと。 先だっての暴動、ルイズも巻き込まれたあの騒ぎも、それが原因の一つと考えられている。 当局も必死に摘発に当たっているが、急激な増加である為、検挙の人手が足りていないという話らしい。 おかげで半ば黙認に近い形が成立してしまっている。 新しい犯罪組織が出張ってきた。そう考えるべきなのだろうが、その影も形も捉えられずでは打つ手が無い。 これには強気のアニエスも流石に参っていた。 ロングビルはグラスを傾けながら、何の気無しに呟く。 「何処かで派手な値崩れでも起こしたのかしらね?」 ロングビルの言葉の意味がわからず問い返すアニエスに、意外そうにロングビルは答える。 「麻薬なんて元々貴族連中でもなきゃ手が届かないぐらい値が張るじゃない。 その値段が落ちたから平民達も手に出来るようになったんじゃない?」 違法な植物である麻薬は、当局の摘発を逃れる為、細々と隠れるように栽培されているのが常だ。 生産量も当然少なく、値段も張るというわけで。 「大きな産地でも出来たのかしら」 まるで商人のような事を言うロングビルを、アニエスは目を丸くしながら見ていた。 「そういう発想は無かった……凄いなロングビル。お前は賢い。そうだ、その通りだ。 何処かで大量に作っている場所があるからあれだけの量が入り込んで来る」 宝石類並みの希少価値であった麻薬に対し、そこまで考える人間は今まで居なかったようだ。 周囲の目もあり、大規模な麻薬栽培は現実的ではないと考えられていた。 そもそも麻薬の市場というものが統治側である貴族に限られていた今までとは、明らかに状況が違うのだ。 新しい犯罪のあり方を今アニエスは目にしているのかもしれないと思うと、背筋が薄ら寒くなってくる。 「そうだ、あれだけの量を栽培しているとなれば産地は限られてくるはず。国中に人をやって調査すれば必ず……」 「産地がトリステインとは限らないんじゃない? いえ、むしろトリステインだったら既存の組織が関わってないはずないし、それなら貴方達の耳にも入るんじゃないかしら」 ロングビルの指摘で言葉に詰まるアニエス。 殊更に陽気に言うロングビル。 「私だったら……そうね、国境に網を張って怪しそうな連中片っ端から当たるわ。 運んでる人間押さえれば、幾らなんでも何の情報も得られないって事はないでしょ」 尊敬に満ちた視線でロングビルを見るアニエス。 「こんな身近に賢者が居たとは、もしよければもう少しお前の考えを聞かせてはもらえないか」 快く承諾すると、ロングビルは考えを整理する時間をもらい、一つ一つ確かめるようにしながら発言する。 「どの国が臭いかって話だけど、まずアルビオンは却下。あそこから物運ぶのは目立ちすぎるわ。 それにあの国に居たら今は麻薬で遊んでる暇無いでしょ」 真剣な表情でロングビルの発言に一々頷くアニエス。 「後はゲルマニアかガリアかだけど、これは根拠が薄いけど勘弁してね。私の読みだとガリアよ」 「何故だ? ゲルマニアの方がよほどらしい気がするが」 ロングビルはトリステインと国境を接する領地を治めるゲルマニアの貴族、ツェルプストー家の反応がそれっぽくないと理由を述べる。 先日、学園で騒ぎを起こしたキュルケが実家に家族呼び出しの連絡を送られたのだが、ツェルプストー家からは冷淡と言っても過言でない程おざなりな使者が来ただけであった。 ロングビルもオールドオスマンに従い使者の話す様を見ていたが、目の肥えたロングビルの目から見ても、いかにも重要度の低い使者が頭を下げに来たのみ。 それも早々に引き上げていってしまった。 自国内で大規模な麻薬栽培の気配があったとして、国境を治める領主がそれを知らぬはずがない。 そこに来て理由を付けての呼び出し、もしトリステイン側にゲルマニアが疑われていると考えていれば、もっと気の効いた人物をよこしてこちらの状況を探るはず。 もちろんツェルプストー家当主がボンクラの可能性も否めないが、実力主義のゲルマニアにおいて代々国境を任されるているかの一族を、ロングビルは過小評価してはいなかった。 そんな気配すら感じぬツェルプストー家の対応は、必然的に残るガリアへの疑惑となっていく訳だ。 大きく頷くアニエス。 「ありがとうロングビル、早速私も対応しよう! 皆この件をどうにかしたいと悩んでいた所だ、きっとすぐに動いてくれる! 犯罪者共に目に物見せてくれる!」 「少しでも力になれたんなら嬉しいわ。頑張ってね」 随分長い事犯罪者やってきたが、治安組織にその知識をもって協力したのはこれが始めてだ。 人生何がどう役に立つかわからないものね、と暢気な事を考えながらも、友人からの敬意の眼差しがこんなにも気持ちの良い物とは思いもよらなかったロングビルは、上機嫌でグラスを傾けるのだった。 アニエス率いる調査隊が国境付近に着いたのは、夜も更けた頃だった。 十人程の兵は全員徒歩で移動しており、指揮官であるアニエスと、協力者でありメイジであるロングビルのみが騎乗していた。 「すまないロングビル、貴女にまで手間をかけさせてしまった」 これで六度目であろうか、そんな謝罪の言葉を口にするアニエス。 ロングビルは内心苦笑しながらも、アニエスへの配慮を失わぬ朗らかな笑みで答えた。 「元々これは私が考えた策よ、だから最後まで面倒みさせてちょうだい」 アニエス自身が国境付近に出張って密輸の調査に当たると上司に上申した所、国境警備の者に任せれば良いという上司と意見が対立してしまった。 アニエスは渋る上司を半ば脅すようにして兵を出させたのだが、メイジを手配する事も出来ず、数もたったの十人のみ。 その話を聞いたロングビルはオールドオスマンに話をつけ、こうして協力出来るよう手配を頼んだのだ。 ロングビルはもしアニエスが当たりを引いた場合、間違いなくメイジが護衛に付いていると踏んでいた。 事と次第によってはそれ以上に厳しい護衛に囲まれているという事も在り得る。 そして運んでいる物が物なだけに、密輸犯は強行突破も辞さぬであろう。 そんな場所にアニエスと僅かな手勢のみで乗り込むと聞いて、ロングビルは居ても立ってもいられなかったのだ。 ロングビルが地図から引き出した密輸犯の予測移動ルート。 幾つかあるルートの内、それらが一番多く交差するポイントにテントを張り、通る行商人達を片っ端から調査する。 輸送のタイミングがわかるわけでもなく、確証を得ての行動でもない。 持久戦の覚悟で必要な物を全て揃えていた一行は、途中見かけた行商人にも都度調査を行っていた。 アニエスの叱咤とロングビルの助言を繰り返す事で、兵達は次第に調査のコツを覚え始め、 ポイントに辿り着く頃には、二人が何を言わずとも手際よく確認を済ませられる程になっていた。 「思ったよりしっかりした兵達みたいね」 ロングビルの賞賛に、しかしアニエスは渋い顔である。 「まともに動ける奴を選んだからな。……が、まだまだ甘い。先に出会った商人達が密輸犯であったなら、何と思う間も無く斬り臥せられていただろう。全く、警戒心が無さ過ぎる」 本当、らしいわね。そう思いながらも兵達に疲労を溜めぬためにも一言言っておくべきと感じたロングビルは苦言を呈する。 「貴女の基準が高すぎるのよ。彼等が一生懸命な所は認めてあげなさい。 訓練じゃない実戦だからこそ、疲労を溜めるようなやり方は感心出来ないわよ」 兵達の前では決して見せない、口をへの字に曲げたアニエスの顔。 「……お前がそう言うのなら、少し手加減するとしよう」 「よろしいっ」 鉄面皮の裏側に隠されたこんな表情を知っているのは自分だけ。 密かな優越感と、妙に可愛らしいアニエスの様子に、ロングビルは満足気に頷くのだった。 街道からは見えない場所にテントを張り終え、物陰に隠れるようにして通行する商人達を待ち構える。 まるで野盗のようだが、相手に対応する隙を与えぬ為の処置だ。 こちらの身分は鎧に描かれている紋章で明示出来るし、その上で逆らうようなら強硬するまで。 実際の所そこまで大事にはならず、荷物に被害を与えるような真似さえしなければ、商人達は従ってくれる。 もちろん彼等を信用している訳ではない。 一箇所に留まり続ければ商人達のネットワークにより、すぐに意味の無い検問となってしまう為、数日滞在したらすぐに別の場所へと移動する予定である。 だが、どうやら幸運の女神はアニエスとロングビルに微笑んだようだ。 最有力ルートを押さえていたせいもあろうが、夜中に到着しテントを張って明け方を迎える頃に、奇妙な一行を捕捉した。 積荷の量に比して明らかに護衛の数が多すぎる。荷馬車一台のみにも関わらず護衛の人間が十人以上は居る。 積んでいる物がそれこそ黄金だとでも言わんばかりの護衛体制。 街道側に隠れながらロングビルがアニエスに囁く。 「……アニエス、護衛の人間達見れば多分私なら雰囲気でわかる。後は手はず通りに」 「了解した。頼むぞロングビル」 アニエスの合図と共に街道から兵士達が飛び出す。 「止まれ!トリステイン警備隊による検問だ!」 荷馬車の一行は人影が飛び出してきた事に反応し、緊張した面持ちで荷馬車を守るような位置取りを計る。 一行のリーダーらしき男が2メイル程の杖を片手に前へ進み出る。 「これは……警備隊が一体何事ですかな」 年の頃は三十台半ばだろう、杖を持っている所からメイジであると思われるが、簡素な衣服では到底隠し切れぬ鍛えぬいた体をしている。 ロングビルからの合図は未だ無し。アニエスは通常通りの段取りに乗っ取って男を詰問する。 「禁制品の密輸が行われているとの通報があった。荷物を改めさせてもらう」 男は懐から一枚の紙を取り出し、アニエスに向け広げて見せる。 「こちらはトリステイン国通商認可証です。ガリア側の物もお見せしましょうか?」 通商認可証は通常、商取引に携わる貴族の後ろ盾が無くば入手出来ない。 つまりはこれを持つ者の身分は、認可証を発行した国に保障されているという事だ。 彼等を相手にゴリ押しなどしては後々確実に面倒な事になる。 しかしアニエスは引かない。 「了解した。だが積荷の確認は全ての商人に行っている、すぐに護衛を下がらせろ」 「貴女様のお名前をお伺いしても? 私共も遊びでこれを手に入れた訳ではございませぬ故、行使出来る力は当然利用させていただきますが」 「アニエス・ミラン。トリスタニアで警備隊副長をやっている」 「その地位も我々がトリスタニアに着くまででしょうな」 男は脅すでもなく、強がるでもなく淡々と述べる。 幾多の修羅場を越えた事のあるアニエスをして底冷えのするような寒々しさを覚える程、男の慇懃無礼な態度は薄気味の悪いものであった。 「私めがお与え出来る機会は一度きりです。我が主は見くびられるような真似を何より嫌います故」 丁寧な口調は当人交渉のつもりなのであろう。 しかし、アニエスは表情一つ変えず言った。 「積荷から離れろ。三度は言わんぞ」 男はアニエスをじっと見つめ、そこに冷静さと尊大さが同居していると認める。 覚悟あっての事ならば是非も無しと言う事であろう。すっと一歩引いて見せる。 「……いいでしょう。部下達を下がらせます」 男の合図で荷馬車から護衛達が離れると、アニエスは迷う事無く指示を下す。 「良し、何時もどおりだ。取り掛かれ」 アニエスの号令に従い、配下はただちに荷物の検査に入った。 幾らアニエスとて貴族相手に勝算も無しにケンカを売るような真似はしない。 ロングビルから合図が無ければゴリ押したりはしなかっただろう。 部下達とは予め打ち合わせをしてある。 アニエスが「何時もどおり」という言葉を用いて検査を行うよう指示した場合、「多少積荷を傷つけてでも、全てを確認して決して麻薬が存在せぬと確証が得られるまで調べろ」という意味だ。 アニエスと男のやりとりは部下達にも聞こえていたが、その程度で怯むようなシゴキ方をアニエスは部下に施していなかった。 部下達は二人一組となって、遠慮呵責の無い積荷検査を行う。 積荷の中身は、何と黄金であった。 山と積まれたそれを見れば、これほどの警備も納得出来よう。 検査は部下に任せ、アニエスは男の前に立ったまま報告を待つ。 男の僅かな表情の変化も見落とさぬ、そんなアニエスの視線を男は飄々と受け流す。 ロングビルは内心この男の腹の座りっぷりに舌を巻いてした。 『こいつらはおかしい、それは間違い無いわ。これだけのトラブルにも関わらず、まるで動じる様子の無い護衛達といい、異常に統制の取れた動きといい。そしてこの男。アニエスのプレッシャーを受けてるのに、まるで怯えの影が見られない。信じられない。犯罪者だっていうのなら、兵士の姿を見ただけで何かしらの反応を示してしまうものなのに』 この荷馬車は怪しい。それはロングビルにとって確定事項である。 この道を通る時間帯、規模、そして何より護衛達のレベルの高さだ。 長年犯罪に携わってきたロングビルの勘が、これらの要素から犯罪臭を嗅ぎ取っていたのだ。 だからこそギリギリのタイミングでアニエスに合図も送ったのだ。 しかし解せない部分もある。 この護衛達からは裏街道を生きてきた者特有の腐臭が感じられない。 先のアニエスにすら通じる通商認可証といい、積荷の黄金といい、どこかロングビルの考えと咬み合わない部分がある。 今まであった情報を元に、様々な可能性を考えるロングビルの脳裏に、突如閃光が走る。 『まさかっ!? そうよ! そう考えれば全ての辻褄が合う!』 ある発想に思い至った時、荷馬車の中からアニエスの部下の叫び声が聞こえてきた。 「ありました! 黄金の下に山と隠されています!」 男は微動だにせず。 しかし、代わりに別所に居た痩せぎすの男が号令を出した。 「殺せ!」 その男を見たロングビルが眼を剥く。 何という事か、その男も又杖を翳すメイジであったのだ。 『メイジが二人ですって!? こいつらどれだけ用心深いのよ!?』 痩せ男は号令と共に呪文を唱えだす。 兵の数は五分だ。ならば、このメイジはロングビルが何とかしなければならない。 もう一人のメイジも居るのだ、メイジでないアニエスには荷が重かろう。 その事も考えるに、速攻でこの痩せ男を倒す必要がある。 ロングビルもすぐに魔法を唱え、眼前に土壁を作り上げ盾とする。 思ってた以上の音が土壁から轟く。 土壁は痩せ男の放った魔法の一撃で崩れ去るが、ロングビルは既に次の呪文を唱え終わっている。 十体の人間大土ゴーレムがロングビルの周囲を取り囲むように現れる。 普段作っているものより軽量にする事で、コントロール精度もスピードも格段に上がっているタイプだ。 痩せ男を取り囲むように移動させ、袋叩きを狙う。 剣撃と怒号が支配する空間で、アニエスは男と対峙していた。 どちらも動けない。 アニエスは先制ではなく、後の先を取るべく様々な思考を巡らせていた。 ここで自分が倒れると残された者達が大きく不利になる為、確実に、慎重に、動く必要がある。 しかしそれは相手も同様で、やはりアニエスを凝視したままピクリとも動かない。 二人共、お互いの動きを見逃さぬよう対峙しておきながら、当然自身の周囲にも気を配っている。 『くっ、動けん。これでは部下達次第だが……』 相手がただのメイジならば、間違いなく踏み込んでいただろう。 増長したメイジならば付け入るべき隙は幾らでもある。 しかしこの男は違う。 僅かに前傾した姿勢、杖を両手に持って前へと突き出しているのは、おそらくそれを魔法以外にも利用するつもりだからだろう。 アニエスをして隙の見出せない程のこの男は、魔法だけではなく、体術にも優れていると思われた。 一手打ち間違えば、即、死に繋がる。 アニエスの額を冷汗が伝った。 ロングビルは戦場の全てを観察しながら痩せ男と戦っていた。 どうやらアニエスは身動きが取れぬ模様、ならば自分が指揮を執るしかない。 だがそれもこのような混戦となってしまっては難しい。 既にこちら側の兵士は三人斬り倒されている。 複数のゴーレムはそれをカバーするつもりもあったのだが、痩せ男はロングビルにそんな余裕を与えてくれなかった。 せめても兵士達と連携が取れれば、最大サイズのゴーレムで一気に戦況を変えてやったものを。 詠唱の時間と、ゴーレム使い最大の弱点であるメイジ本人への直接攻撃を防ぐには、この状況では命を賭した兵士が数人必要だ。 直接の上司でもないロングビル相手にそれをしろというのは、兵士達には酷な命令であろう。 四人目の兵士が斬り倒された所で、完全に戦況は商隊側へと傾いた。 兵の練度がまるで違う。これはロングビルの推理を裏付ける証拠となるが、だからといって嬉しくも何ともない。 「アニエス! 一度引きなさい!」 退却の援護をすべく他の護衛達にも数体のゴーレムを差し向ける。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの夢幻竜 ゼロの夢幻竜 第十四話「紅の誘い」 キュルケはタバサの使い魔が懸命に急いでいる事は分かっていた。 タバサはそれに加えて、その理由がルイズの使い魔ことラティアスに対しての、並々ならぬ対抗心からである事も見抜いていた。 それ故に自分達があと少しで街に着きそうだといったその時に、ルイズを乗せたラティアスとすれ違った時は言葉も無かった。 その次の瞬間、タバサの使い魔は背中に人を二人乗せているのも忘れたかのように、急転進して後を追い始める。 「こいつぁおでれーた!娘っ子が変身できるのもおでれーたが、こんな速さで飛べるのもおでれーたぜ!」 ルイズに抱かれているデルフは素直にラティアスの持つ力に驚嘆した。 風竜と競争するなら、例え数百リーグ差をつけていたってあっという間に追い抜いてしまうだろう。 いや、それ以前に比べる事さえもおこがましい。 途中何かとすれ違ったが、相手も相当な速度を出していた為か視認は不可能だった。 萌黄色の草原を一陣の風の如く疾走するラティアス。 その視界には早くも魔法学院の立派な校舎が入ってきた。 翼の角度を変えて徐々にスピードを落としていき、ゆっくりとアウストリの広場に着陸する。 その時ラティアスはふっと時間の事が気になった。 まだそんなに時間は経っていない筈―恐らくはまだ午前中―だから、ご主人様ことルイズに許可を貰い、シエスタを背中に乗せてまた街へ行くのも良いかもしれない。 彼女は自分がどれくらいの速度で飛ぶのか知らないだろうから、かなり加減しなければならないだろうが。 そう思いつつラティアスはルイズに向かって訊ねた。 「ご主人様。あの……シエスタさんと一緒に出かけたいんですけど良いでしょうか?」 「シエスタ?……ああ、あのメイドね。えーと、そうねぇ……良いわよ、行っても。 但し、帰ってきたら使い魔としての仕事をちゃんとするのよ?それとあんまり遅くなっちゃ駄目。街中って結構日も暮れる頃になったら物騒だから。それも忘れちゃ駄目よ。」 「はいっ!有り難う御座います!ご主人様!」 ルイズは忠告しつつ答える。 もし行き先がブルドンネ街なら、大通りにある多種多様な店等については先程口が疲れてしまうほど説明をしたから分からないという事は無いだろう。 ラティアスはかなり物覚えが良い方でもある。 そもそも元々この地に住んでいて、尚且つ何回かそこへ足を運んだ事のあるであろうメイドがいるのならあまり心配する事は無いと思えた。 ラティアスは一礼をすると、喜び勇んでシエスタのいるであろう使用人宿舎へと向かおうとした。 その時である。強烈な風を吹かせながら一匹の竜が殆ど同じ場所に降り立った。 ルイズはその姿を一目見て、自分と同じ学年の子が召喚した竜だと気づいた。 確かその名前は……思い出そうとして失敗する。 何分影の薄い生徒だった事と、使い魔の印象の方が大き過ぎたからかもしれない。 その竜ことシルフィードは相当参ったらしく、地に足を付けると同時にその場に崩折れてしまった。 そしてその背中から召喚した本人ともう一人、ルイズにとっては何時だろうとあまり顔を合わせたくない人物が現れた。 「キュルケ!何であんたがここに?!」 「あなたを追ってたのよ。正直に言うとラティアスをね。でも……信じられないわ。 この子の風竜も目一杯頑張ったんだけど、まさか街まで半分も行かない内に行って帰って来るなんて。」 それを聞いたルイズは少し得意げな声になって胸を張って言う。 「そ、そうよ!凄いでしょ?!やっぱり私に相応しい使い魔なのよ!風竜なんかと比べたらこの子が可哀相だわ!」 「おめでたい人ねえ~。使い魔とその主の魔法的な才能と力は平均される物なのよ。 ラティアスは爆発ばかりで何の魔法も出来ない『ゼロ』なあなたの大きな穴埋めと同じなの。 肝心の実力、ついてきてると本気で思ってるの?素敵なご本を読む事だけが魔法じゃないのよ?」 が、キュルケは呆れた調子できりかえした 傍で聞いていたラティアスは黙ってその様子を見ていたが、僅かに腹を立ててしまう。 そりゃあご主人様であるルイズは、通常の授業において魔法の実技をやろうとすれば爆発ばかりで上手くいった試しは無い。 だが先生からの質問には満足に答えられているし、毎日夜遅くまで勉学に励んでいるのを彼女は知っていた。 握っているデルフそっちのけでルイズの言葉の応酬は続く。 「な、何よ!そう言うあんたの使い魔は只のサラマンダーじゃない!只の!」 「只のって言うのは違うんじゃない?火竜山脈のサラマンダーよ。尻尾の火なんて好事家に見させたら値段の付きようもないわね。 それに使い魔としての条件もちゃんと全部満たしてるし。それに……」 「それに何?色ボケしたあんたにこっちの国でのお相手ホイホイつれて来るって言うの?」 冷ややかな笑みを浮かべて挑発するルイズ。 流石にその台詞にはキュルケもかちんと来たのか震えた声で答えた。 「言ってくれるわね、ヴァリエール……」 「何よ。本当の事でしょう?」 正に一触即発の状況。触れれば直ぐにでも火花が飛びそうだった。 暫く睨み合った後、最初に動いたのはルイズの方だ。 「あたしはねあんたの事が大っ嫌いなのよ。いい加減決着つけない?」 「あら、凄く奇遇ね。私もあなたと同じ意見よ。」 「それじゃ……」 「それなら……」 「「魔法で決闘よ!」」 怒りが剥き出しになった二人は遂に互いに怒鳴る事となった。 しかし、この世界の現行法ではメイジ、ひいては貴族同士が互いに決闘を行う事は出来ない。 それを思い出したキュルケの前に険しい表情をしたラティアスが現れる。 「事情は分かりました。あの、私がご主人様の代わりにお相手しても宜しいですか?」 「ちょっと!ラティアス?!」 突然割って入るラティアスにルイズは驚いた。 その様子を見てちぐはぐな間だと思いつつキュルケは言う。 「あらあら。私はルイズと決闘をするのよ。それも魔法を使ってね。まあ、この国の法律じゃ貴族同士の決闘は禁じられているけど。」 「だったら尚更です。誰も知らないからといって決まり事を破ったらいけません。あと、ご主人様とあなたが戦ったら圧倒的にご主人様には分が悪いです。使い魔の私でなら問題は無いでしょう。」 その言葉を聞いてキュルケは小さく吹き出した。 使い魔にまでそう思われているのでは可哀相どころの話ではないと思ったからだ。 だがラティアスは眉一つ動かさずに続ける。 「それとこの間の私の言葉覚えていますよね?」 「え?ああ、覚えているわよ。この間あなたが見当をつけた通り、私も相当な使い手だから覚悟しておきなさいね。今更謝ったって許さないわよ。」 キュルケは意地悪そうに笑ってみせる。 ラティアスはそれに対して、特に意に介した素振りを見せるわけでも無く続けた。 「許して頂かなくて結構です。時間は……今すぐですか?」 「今から?まさか。今日は虚無の曜日よ。私だって色々とやりたい事があるの。そうねえ、今夜にしましょう。それなら良いでしょ?」 「私もやりたい事があるんで……その条件のみました。」 「結構。場所は中庭。異論は認めないわ。」 「どこがその場所でも構いません。」 「大変結構。それじゃ私一旦部屋に戻るわ。せいぜい良い作戦たてておきなさい。」 そう言ってキュルケは、離れて顛末を見ていたタバサと共に寮塔の方へ向かっていった。 その姿をじっと見ていたラティアスにルイズは少々厳しい口調で話しかける。 「私が決闘の相手なのよ。どうして代わったの?」 「決まりは決まりです。誰も見ていなかったとしても守らなきゃいつか必ず罰が当たりますよ。」 「罰って……あんたねぇ……それと、キュルケはギーシュなんかとは力の差があり過ぎるのよ。幾らあんたが凄い力持っていても勝てるかどうか……」 「ご主人様は私があの時全力全開で戦ったと思ってらっしゃるんですね……」 その言葉にルイズは眉を顰める。 と、同時に心の中では大きな好奇心が沸いていた。 そうでなかったとしたら、彼女はまだ本領を発揮していない事になる。 それも踏まえて彼女は恐る恐るその理由を訊いてみた。 「どういう事なの?」 「私にはまだ隠しているちょっと面白い力があるって事です。」 ラティアスは返事と共にふっと不敵な笑みを浮かべた。 残っている隠し玉は一つや二つではないのだ…… その日の夜、本塔に程近い中庭には4人の人影があった。 元の姿のラティアス、それと対峙するキュルケ。 面白い物見たさで連れて行けと駄々をこねたデルフを抱えるルイズ。 そして相も変わらず本を読み続けているものの、キュルケの事が気になったタバサ。 双月の光は彼女達を包み込む様に照らし続けている。 ラティアスはあの後シエスタを連れて街に出ようかとしたが、大事を前に遊んでいたら負けてしまうと思い取りやめることにした。 というよりもシエスタはラティアスがルイズと出かける前から『一緒に出かけるのはまた今度』という事で納得していた訳なのでどう動いても大きな変更点は無かった訳だが。 かなり冷めた視線で見つめるラティアスにキュルケは杖を構えつつ話す。 「勝敗の決め方は?私は杖を奪われたらそこまでだけど……あなたはどうするの?」 「そうですね。飛べなくなったら……という事にしましょうか。」 「分かったわ。」 ラティアスは臆す事も無い。 その様子にキュルケの胸は鼓動を速くし始める。 ギーシュの時も大立ち回りをやってのけた彼女は、果たして自分に対してどんな責め方をしてくるのか。 「そっちからどうぞ。」 「それじゃ、いくわよ!」 その言葉を合図に遂に両者の衝突が始まった。 キュルケは先ず得意な『ファイヤーボール』で様子見を行ってみる。 素早い呪文の詠唱はメロン程の大きさもある大きな火球を幾つも作り出し、ラティアスに対してそれらを撃ち放つ。 ラティアスはそれらを素早く避けてキュルケに接近しようとする。 しかし、キュルケは炎の壁を自分に近い四方に展開させ、ラティアスの侵入を防いだ。 暑さもかなりのものがあるためラティアスは一旦後退って距離を取った。 それを見計らったかのように炎の壁は一瞬の内に解かれ、 中から現れたキュルケが自分の周りに予め作って滞空させておいた『ファイヤーボール』を、弾道を変えながら再び幾つも間断無く放ってきた。 その瞬間的な速さは目を見張る物で、やっと相手との間を詰められるような距離になっても避けるだけで精一杯である。 次にその距離になって攻撃しようとすれば、あっという間に炎の壁を展開され近づけなくされてしまう。 後はその繰り返しである。 ラティアスもギーシュに対して繰り出した物と同じ技を用いて対抗する。 確かにそれは一時的にせよ効果を齎した。 しかし、キュルケが編み出す炎の勢いの方が些か勝っているのだろうか、防壁とも呼ぶべき炎という名の牙城を崩すに至っていない。 一進一退の攻撃は尚も続く。 悟られぬようにしてキュルケに近づくしかないと考えたラティアスは、精神を集中させて全身の羽毛を震わせた。 これこそがラティアスがルイズに話した隠し玉の一つであった。 そしてそれと同時に炎の壁を消したキュルケ、事の成り行きを見守っていたルイズとタバサは自分の目がおかしくなったのかと思う一瞬を見た。 目の前で一瞬にしてラティアスがその姿を消したからである! 何が起きたのか把握するのに一瞬戸惑ったキュルケは慌てて炎の壁を展開する。 そして自分が暑さを苦痛に思わない範囲にまで壁の幅を狭めた。 その中で彼女は今自分の目の前で起こった出来事について必死で考える。 光の粒子が彼女の周囲に取り巻き、一際強く輝いたかと思ったら消えたのだ。 ラティアスは確かに素早い動きを繰り返していたが、それは見えなくなるほどの物ではなかった。 ならば光を利用したのだろうか? 双月の光と自身が繰り出した『ファイヤーボール』の光を使って? しかしその答えが出る前に勝敗は決した。 キュルケの背中を、いきなり強力な風と猛烈に濃い霧が襲ったからである。 バランスと集中力を崩した彼女は前につんのめる形で地面に転ぶ。 それと同時に彼女の周囲にあった炎の壁も、滞空状態にあった『ファイヤーボール』も一偏に消えた。 キュルケは一体何が起きたのか把握しようとすると大変な事に気づく。 自分の右手に杖が無いのだ。 探そうとして身を起こそうとすると、自分の眼前に探そうとしている杖がその先を向けられた。 それを持っているのは、人間形態に変形したラティアス。 彼女は息一つ荒げる事無く、すっぱりと言い切った。 「あなたの、負けです……!!」 前ページ次ページゼロの夢幻竜