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前ページ次ページゼロの答え 「うぅ、腰が痛い……」 そう呟きながらルイズは街を歩いていた。 なにせ馬に乗ったことはあるものの、あんな速度で走り続けた経験はない。 なのに初めて馬に乗った上にルイズ以上の速度で駆っていたデュフォーは平然としていた。 恨めしげに横目で睨むものの、文句は言えない、馬で行こうと言ったのは自分である。 まさか初めて乗る馬ですら、あんな完璧に扱うとは思っていなかった。 そのデュフォーはというと、初めて街にきたはずなのにルイズの先を歩いていた。しかも迷いなく。 「ちょっと待ちなさいよ。あんた武器屋の場所わかってるの?」 「お前、頭が悪いな。武器屋はどこだ?の答えも出せるからアンサー・トーカーだろ」 ルイズはその場で深呼吸をして怒りを静めた。街中でキレるわけにはいかない。 「ふぅ……ま、まあそれはいいとしてスリには気をつけ」 ギロリ。そう言いかけた所でデュフォーが横を睨んだ。 「きゃっ!な、なによ急に?」 デュフォーが睨んだ方を見ると一人の男が恐れをなした表情でこそこそと退散するところだった。 「……もしかして今の」 「スリだ」 「……あっそ」 その後、数回同じことがあり、デュフォーに対してスられる心配は杞憂だったとよくわかった。 そうこうしている内に武器屋にたどり着いた。本当に場所がわかっていたことに今更ながらルイズは驚いた。心底得体の知れない使い魔だと思う。 武器屋に入るとルイズはまず店の主人のところに向かった。一方デュフォーはちらりともそちらを見ず、乱雑に積み上げられた剣のところに行った。 そして主人とルイズが話している間にその中から一本の大剣を掴み出した。 「おでれーた!いの一番に俺を選ぶなんていい目をしてるじゃねーか坊主」 デュフォーが掴み出すと同時に剣が叫んだ。が、デュフォーはまったく動じず、まだ話をしている最中のルイズと主人のところへ持ち込んだ。 「おいおい無視すんなよ。てかその体で俺を扱えんのか?悪いことは言わねぇからもっと体に合った武器にしろよ。いくら俺が名剣でもよー」 「ルイズ。この剣でいい」 「へ?ってあんた何勝手に決めてるのよ!それになによその剣は!錆が浮いてボロボロじゃない!みっともない!」 「若奥さまの言うとおりですぜ。そんな剣よりもっと良い剣がうちには」 「この剣以上の物はないだろう?」 「へへっ、その通りだぜ。だけど坊主、お前の体じゃ俺を扱うのはちーとばかし……」 そう剣が喋ったところでデュフォーが左手を見せた。 「これなら問題はないだろ」 「おでれーた!おま『使い手』か!流石俺を一目で選ぶだけのことはあるぜ!俺の名前はデルフリンガーだ。これからよろしくな、相棒!」 何かに引っかかったのかぴくりとデュフォーの眉が動いた。だがデュフォーが口を開くより早くルイズが怒鳴った。 「だーかーらー、勝手に話を決めるなって言ってるでしょうが!何よ、その変なインテリジェンスソードは!」 しかしデュフォーと変な喋る剣は一向に話を聞こうとしない。疲れた溜息を吐くとルイズは主人に告げた。 「……あの剣はいくら?」 「へぇ、あれなら百で十分でさ」 デュフォーはルイズの財布を懐から出すと、その中からきっちり百枚をカウンターに置いた。 「毎度」 鞘に入れられたデルフリンガーをデュフォーは受け取った。肩から提げるようにして身に着ける。 そんなデュフォーを横目に主人とルイズが話をしていた。 「若奥さま。俺がこういうのもなんですが下僕の躾はちゃんとしたほうがいいですぜ」 「……できるならとっくにやってるわよ」 こうして無事(?)目的の剣を購入し、店から出て、学院へと戻るデュフォーとルイズ。 その様子をキュルケたちが見ていた。 「ふふっ、これはチャンスね。あんな剣よりもっと良い剣を買ってあげれば一気に好感度アップよ」 「それはないと思う」 「む、何でよタバサ」 「彼、まったく迷いもせずにあの剣を選んでた。きっとよっぽど気に入ったんだと思う。他の剣をプレゼントしてもあれ以上に気に入られる可能性は低い」 「う、そう言われると。……うーん、確かにあなたが言うとおりね、他の剣を贈っても気に入られなきゃ意味がないわ」 そう言うとキュルケは大きく溜息をついた。せっかく親友に無理やり付き合ってもらってまで街にきたのに収穫は何もないのだ。 タバサごめん、と謝るとキュルケは学院に帰ることにした。勝負は夜だと考えて。 寮に帰るとすぐにルイズはベッドの上でうつ伏せになって枕に突っ伏した。帰りも行きと同様に馬に乗ってきたため、更に腰を痛めたらしい。 患部に水でぬらしたタオルを置いて冷やしてながら恨みがましい目でデュフォーを睨みつけていた。 だがデュフォーはそんなルイズを無視して、さっそく鞘からデルフリンガーを抜いて話しかけた。 「おい」 「なんだ相棒?」 「いつまでその姿でいる気だ」 「は?何言ってんだあいぼぐっ!」 デュフォーは問答無用でデルフリンガーを石造りの壁に叩き付けた。 「思い出したか?」 「いきなり何しや―――」 再び壁に叩きつける。 「思い出したな?」 「は……はい。思い出しました……」 「そうか、なら次だ。ガンダールヴという名前に聞き覚えは?」 「ん、あー……なーんか頭の隅に引っかかる名前だな」 それを聞くとデュフォーは呆れた表情になった。 「……忘れていることが多すぎるな。仕方がない、思い出させてやる」 「お、おい、ちょっと待てよ、相棒。ら、乱暴はよ……」 「この角度で強い衝撃を与えると思い出しやすい」 しばらくの間、金属を石に叩きつける音とデルフリンガーの悲鳴が響いた。 ―――そして小一時間後。 「思い出したな?」 「あ、ああ。ばっちりだぜ相棒……だからもう石に叩きつけるのはよして……お願い……」 ボロボロになったデルフリンガーがそう懇願するのを聞いてデュフォーはこう告げた。 「なら早く元の姿に戻ったらどうだ?」 「わ、わかった。今すぐ戻るぜ!だ、だから岩に叩きつけるのはもう勘弁して……」 デルフリンガーがそう叫ぶと、突然その刀身が光り出した。 そして光が収まるとそこには錆の浮いた大剣ではなく、まるでたった今、研がれたばかりのように光り輝く大剣があった。 「これがほんとの俺の姿さ。ど、どうだい相棒、おでれーたか?」 多少びくびくしながらデュフォーの反応を見るデルフリンガー。だがデュフォーは無反応。 「くぅ~。相棒、そんなんじゃガンダールヴとしちゃ役立たずだぜ!良く聞け!ガンダールヴの力はな」 「心の震えで決まるんだろう」 「なっ!?知ってるのか、相棒。だったら俺の言いたいことも」 「問題はない。心の力を込めることなら慣れている」 「へ?慣れてるってどういうこった」 「他に言いたいことはあるか?」 「いやだからちっとは俺の話を……」 「ねえ、デュフォー。さっきからあんたがこの剣と喋ってるガンダールヴって何?」 デルフリンガーの言葉をさえぎるようにしてベッドの上からルイズがデュフォーに話しかけた。 「名前なら聞いたことがあるはずだが?頭が悪いから忘れてたのか?」 「っの!始祖ブリミルが使役していた伝説の使い魔の一人でしょ!それくらい知ってるわよ!わたしが聞きたいのは何であんたが『ガンダールヴ』とか言ってるのかってこと!」 「お前、頭が悪いな。俺が『ガンダールヴ』だからに決まっているだろ。この使い魔のルーン。これが『ガンダールヴ』の証だ」 そういうとデュフォーはルイズに左手のルーンを見せる。 そしてルイズに対してガンダールヴについての説明を始めた。 デュフォーの説明に対し、最初はうさんくさげな顔をしていたルイズだったが、話が進むにつれ、徐々に顔色が変わってきた。 「理解できたか?」 一通り説明を終えると、デュフォーがそう訊ねる。 「……証拠」 「お前、頭が悪いな。証拠なら」 「違う。ルーンじゃなくて、実際にそんな力を持ってるって証拠を見せて!でないと信じられないわ!」 強張った表情でそう叫ぶルイズ。 仕方ないなと言ってデュフォーはデルフリンガーを持って立ち上がった。 「ついてきて、中庭に行くわよ」 そういうとルイズはドアを開け、部屋の外に出た。 「きゃっ!?」 ちょうどデュフォーに会うためにルイズの部屋の前に来ていたキュルケが、目の前でいきなりドアが開いたことに驚いて悲鳴を上げた。 「ちょっとルイズ!急にドアを開けないでよ、びっくりするじゃない!」 キュルケがルイズに対して文句を言うが、ルイズはそちらを向こうともせず表情を強張らせていた。 それに訝しげな表情を浮かべるキュルケ。だがルイズに続いてデュフォーが出てきたのを見ると相好を崩し、ルイズのことは頭から消え去った。 「あら、ダーリンじゃない。こんな時間に部屋から出るなんて……ひょっとして私の部屋に来る気だったとか?」 デュフォーは違うと一言でキュルケを切って捨てるとルイズの後を追った。 前ページ次ページゼロの答え
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 九話 ルイズに召喚された日の晩にタバサたちと別れた後、ブラムドは確信と共に一つの魔法を使う。 それは自らを探知する魔法を打ち消し、魔法の種類と術者の居場所を探る魔法。 『感知対抗(カウンターセンス)』 確信通りその身を探る術者の存在を知り、ブラムドは再び『飛翔』を唱えて術者のもとへと飛ぶ。 突然、鏡が本来の姿を取り戻す。 そこに映るのは年老いた男、学院の長であるオスマンの姿だ。 「はて?」 とつぶやき、オスマンは再び鏡を働かせて先刻の場所を映させる。 しかしそこにはすでに人影はない。 「むぅ……」 眉根に皺を寄せながら、オスマンは辺りを映して目標を探す。 『解錠(アンロック)』 窓の鍵が外から開かれ、そこから輝くような銀髪を持つ一人の女が姿を現した。 「どこの世界にも、似たような品物があるのだな」 窓の開く音、そしてかけられた声に、オスマンは頭をかきながら顔を向ける。 それはまるで、いたずらを見つかった子供のように見えた。 銀髪の女は笑みを浮かべながら室内を見渡し、視線の先にあった応接用の座席へと座る。 オスマンもまた、銀髪の女の向かいに腰掛ける。 「似たようなもの、というと鏡ではないのですかな?」 「魔術師たちが持っていたのは、遠見の水晶球という品だ。鏡を見た後であれば、その方が広く見渡せそうだがな」 銀髪の女は自らの身長ほどある鏡を指差しながら、不意に顔をしかめる。 「いかがなさいました?」 「いや、思い出したくないものを思い出してな」 オスマンはこの偉大な竜をして不快にさせるほどの何かに、強い興味を引かれたようだった。 「差し支えなければ、お聞かせ願えまいか」 銀髪の女の姿をした竜、ブラムドは大きなため息をつき、訥々と語り始める。 自らが、かつて一つの魔法の品に囚われていたこと。 その身を縛る魔法によって、ことあるごとに激痛にさいなまれていたこと。 いくつもの命を、激痛のため意に沿わず奪ったこと。 そしてその縛り付けていた魔法の品が、真実の鏡ということ。 「真実の鏡?」 「うむ。どのような場所でも映し出し、人を映せばその心までもあらわにするといわれておった」 「なんともはや、恐ろしい代物ですな」 オスマンは、額ににじむ汗を袖口でふき取る。 「我のような竜と違い、お前たち人間にとっては喉から手が出るような品ではないのか?」 微笑みながらいうブラムドに、オスマンは苦笑を返す。 「否定することは出来ませぬがな。人の心を暴くような品は、あってはならぬものです」 苦笑を浮かべながらも、オスマンの言葉も目も、真意を語っている。 それは『虚言感知』を使うまでもない。 その様子に、ブラムドは改めてこの老人を信頼することに決めた。 「オスマン、我はルイズに感謝しておる。故に、ルイズの生ある限りは忠誠を誓おう」 その言葉を聞くまでもなく、オスマンもまたブラムドを信頼している。 この強大な竜が、何の利があってルイズに従うだろう。 たとえどんな利があったとしても、人が地を這う蟻に従うようなことはないだろう。 ブラムドにとっては地を這う蟻の一種でしかないオスマンに、こうまで礼を尽くす意味はない。 その行動は、ブラムドのオスマンへの信頼をあらわしている。 何よりもこの竜は、人を殺したと口にしたとき、はっきりと苦悶の表情を浮かべていた。 それをわかっていながら、オスマンはブラムドを監視せざるを得ない。 オスマンの力では、どうやったところでブラムドをとめることが出来ないからだ。 そしてこの学院に通う生徒たち、いや教師も含め、選民意識に凝り固まった人間たちは、ブラムドの逆鱗に触れかねない。 たとえどれほど強くオスマンが言ったところで、可能性をなくすことなどできないだろう。 いっそのこと、一度ブラムドに力を振るってもらうか。 しかしそれをしてしまえば、ミス・ヴァリエールはさらに孤立することになりかねない。 であれば。 「頼みが、あるのではないか?」 口を開こうとした瞬間、オスマンはブラムドに先手を打たれた。 それは、あたかもブラムド自身が真実の鏡を使ったかのように、オスマンの心を見抜いていた。 「かないませぬな」 オスマンはどこか諦めたような、それでいてどこか晴れやかな表情を浮かべる。 「はっきりいいまして、この学院にいるメイジたちは幼い。それは実際の年齢ではなく、精神のありようとしてです」 カストゥールの時代を生きたブラムドにとって、オスマンのいいたいことの予想はついていた。 「確かに、メイジと平民との間には決して越えられぬ壁があります。だがそれは絶対に、人間として上等か下等かということではありません」 魔術師たちが、それ以外の存在を奴隷として扱った歴史を見ていれば、力を持った人間の醜さを知らぬはずもない。 「しかし、そうとは思わないメイジがこの世界の大半を占めています」 それでもブラムドは、その醜い面が人間の一面に過ぎないことを確信している。 「無論、ミス・ヴァリエールをはじめとして、メイジも平民も等しく人間だと知っているものもおります」 カストゥールの時代に生まれながら、自らに魔法を教えたアルナカーラがいた。 オスマンのいうように、平民を人と思わぬ人間が大半を占める世界で、シエスタという平民を大切な友と呼んだルイズがいる。 「もしブラムド殿の機嫌を損ねる人間がいたときには、たしなめる程度にとどめていただきたい、というのがわしの望みです」 オスマンは、私闘を禁じないと明言した。 ただし、その言葉には別の意図も含まれている。 増上慢をたしなめられるのも、一つの勉強だと。 ブラムドはオスマンの言葉を正確に理解し、どこか人の悪い笑みを浮かべながら首肯する。 「尻を叩く程度に我慢すると、約束しよう」 その言葉に、オスマンは自身の言葉がことのほか正しく伝わったことを理解した。 つまり、決して殺すような真似はしないと。 二人の年経た存在が、鏡に映したかのようにどこか人の悪い笑みを浮かべていた。 ルイズが石を爆発させた後、教室をでたブラムドはオスマンの部屋を目指していた。 しかし、その歩みは確信を持ってはいない。 さらにいえば、最短の道を進んでもいない。 端的に言えば、迷っていた。 昨晩一度いっているため場所の見当はついていたが、基本的に洞窟や洞穴で生活する竜ににとって、人間の住む建物の構造はどこか理解しがたい。 かつて魔術師に囚われていたときも、移動の際には案内役がついていた。 ……まぁいざとなれば飛べばよいか。 そんなことを考えるブラムドの行く先に、見覚えのある薄い頭の男が現れる。 「やや、ブラムド殿。ミス・ヴァリエールは一緒ではないのですか?」 「ルイズと授業に出ておったが、中止になった。ルイズは教室を片付けておる」 授業の中止、そして教室の片付けという言葉に、薄い頭の男は表情を曇らせる。 「もしやミス・ヴァリエールが……?」 「うむ。石を爆発させた」 「そうですか……、もう爆発することはないかと思っていたのですが……」 その言葉に、ブラムドは目の前の男がルイズに気をかけていたことを知る。 「そのことでオスマンに話がある。おぬし、名はなんと言う?」 「私はジャン・コルベールと申します。コルベールとお呼びください」 コルベールは朝食の際、オスマンに言われたからか、それとも元々そうなのか、どこか緊張したような動きでブラムドへ挨拶する。 「ではコルベール、オスマンのところへ案内を頼む」 「は、や、あの……」 「どうかしたか?」 言いよどむコルベールに、ブラムドは怪訝な表情を浮かべる。 「ミス・ヴァリエールの片付けの手伝いなどは?」 その言葉に、ブラムドはコルベールに笑顔を向ける。 コルベールはブラムドの正体を知っているとはいえ、現在の姿は妙齢の女性であり、自分が見た中でも一、二を争うほどの美女である。 それゆえ、異性とあまり交流のないコルベールは二の句を飲み込んでしまう。 「それは我が従者がしておる」 「は?」 とっさに言葉を返すことの出来ないコルベールを尻目に、ブラムドは自ら言葉を継ぎ、オスマンの部屋へと歩みを進める。 「それにな、ルイズを手伝う人間もいる」 教室内で孤立していたルイズを思い返し、コルベールは頭に疑問符を浮かべて立ち尽くしてしまう。 「案内はどうした?」 ブラムドの言葉に、コルベールはあわてて先導する。 ……従者? 昨日はそんなものはいなかったはずだが。使い魔に従者か…… 「おぉ!!」 先導しながらも、どこか考え事をしている風情だったコルベールが突然立ち止まった。 不意に声を上げて立ち止まるコルベールに、ブラムドは不審な顔をする。 「ブラムド殿、使い魔のルーンを見せていただけないでしょうか?」 「使い魔のルーン?」 「ミス・ヴァリエールとの契約の際、体に刻まれているはずなのですが」 契約といわれたブラムドは、そういえば、と左手をあげる。 そこには刻まれたルーンが、鈍い光を放っていた。 「これか?」 「おお、珍しいルーンですな」 いいながらブラムドの手を取ったコルベールは、手のひらの感触に違和感を覚える。 そしてその違和感の通り、ブラムドの手のひらには傷がついていた。 「これは!?」 「先刻の事故の折であろう。大したことはない」 「いや、そういうわけにもいきません」 とはいうものの、火のメイジであるコルベールに怪我の治療は出来ない。 手近な布を破ろうにも、メイジの服には固定化がかかっている。 困り果てて辺りを見回すコルベールは、窓の外に二人のメイジがいるのを発見した。 一人はギーシュ・ド・グラモン、シュヴルーズと同じく土を司るメイジ。 人間関係、特に男女関係に課題を持つが、土のメイジとしての能力は低いものではない。 だが彼はコルベールの助けにはならない。 少なくとも今は。 しかしもう一人、その向かいで笑顔を浮かべる長い金髪を縦に巻いた少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、コルベールにとってまさに天の助けといえた。 「ミス・モンモランシ!!」 窓から呼ばれる声に、二人の年若いメイジはどこか不機嫌そうな表情を浮かべて振り向く。 もちろん、呼んだ人間が教師であるコルベールだとわかり、不機嫌そうな表情だけは押し隠していたが。 かすかに笑顔を浮かべながらコルベールに近づいたモンモランシーは、その傍らにいた人間がブラムドであることを見て取り、ほんの一瞬その身を固めた。 咆哮による恐怖が、払拭されていなかったのだろう。 その後ろから歩み寄るギーシュもまた、表情や態度に表すことはないものの、瞳ににじむ畏れを隠しきれてはいない。 二人のおかしな態度に、気付いていながら気付かぬ風を装うブラムドと違い、コルベールはまったく気付いていない様子だった。 その観察力のなさに、ブラムドはコルベールの教師としての能力に疑念を抱く。 教師というものは、ただ生徒のことを心配していれば良いというものではない。 そしてその疑念は、直後に形となって現れる。 「彼女はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、彼はギーシュ・ド・グラモン、二人ともミス・ヴァリエールと同じクラスです」 モンモランシーはスカートの裾を摘んで少し広げ、小首をかしげるように挨拶をする。 「モンモランシとおよびください」 ギーシュは右手を前に、左手を後ろにし、軽く腰を曲げる。 「グラモンとおよびください」 貴族らしい優雅な挨拶に、コルベールは満足げに微笑む。 「ミス・モンモランシ、ブラムド殿が左手に怪我をしているようなので、みてやってもらえるかな?」 コルベールはモンモランシーに事情を説明し、ブラムドへ歩み寄るその背中越しにブラムドへと説明する。 「水のメイジは怪我の治療などを得意としまして、彼女はその使い手としてなかなか優秀な生徒なのです」 「ほぉ、水はそういった力を持つか」 ブラムドがかつていたフォーセリアでは、神に仕える司祭がその役目を果たし、魔術師は回復や治癒に属する力、他者を癒すような力を持つことはない。 対象の精神力を奪うような魔法もあるが、それは相手に精神的な打撃を加えるのが主な目的であって、自身の精神力を回復させるのはあくまで副次的なものだ 四大属性の内で水に関する魔法も、氷雪によって敵を凍らせる『氷嵐(ブリザード)』くらいしかない。 ハルケギニアで常識的な水の力も、ブラムドにとっては興味深いものにうつる。 傷の状態を確認したモンモランシーは驚かされる。 裂けているのは手の平の中心だが、少しずれれば骨に食い込むような深さだったからだ。 しかもその傷の深さに比さず、異様に出血が少ない。 したたり落ちるではなく、あふれるように流れ出ていてもおかしくないはずだ。 だが、その出血は手の平ににじむ程度に過ぎない。 おそらくルイズの爆発で傷付けられたのだろうが、モンモランシーは頭に疑問符を浮かべた。 四人が今いるこの場所と教室、そして医務室は延長線上にはない。 それをこの深い傷を放置したまま、何故こんなところに? 「どうかしたか?」 傷を見た瞬間に動きを止めてしまったモンモランシーに、ブラムドが声をかける。 「い、いえ。傷が随分と深いので」 「大したことはあるまい。骨にも筋にも問題はない」 こともなげに手を握ってみせるブラムドに、モンモランシーは目を見張る。 「と、とりあえず治します」 マントの内側に入れてある緊急用の水の秘薬と杖を取り出し、モンモランシーはルーンを唱え始める。 不思議そうな表情を浮かべるブラムドに、説明好きのコルベールが言葉をかけた。 「小さな傷であれば無用ですが、大きなものになると水の精霊の力を秘めた水の秘薬が必要になるのです」 水の精霊、という言葉に反応し、ブラムドもまた魔法を使う。 『力場感知(センスオーラ)』 それは魔法の源であるマナだけではなく、精霊力をも感知する魔法。 傷口に垂らされた水の秘薬には、確かに水の精霊力が感知できた。 しかしその力は異常なほど強い。 身近な周囲に満ちる下位の精霊ではなく、自然界の法則を司る上位精霊の力だ。 あまりにも無造作に巨大な力を振るう水メイジの姿に驚くブラムドの表情を、コルベールは怪我の治癒に対しての驚きと勘違いする。 「東方にはこのような魔法はないのですか?」 問われた言葉で勘違いに気付くブラムドだったが、勘違いを正すのも面倒と思って話を合わせる。 「うむ。我のいた場所では、破壊の魔法ばかりだった」 破壊の魔法ばかり、という言葉に、コルベールの表情にわずかな影が差す。 ブラムドだけがその影に気付いたが、生徒たちに聞かせたい話でもないだろうとあえて問うことはなかった。 やがて、モンモランシーの治療が終わる。 「終わりました」 「ほぉ、跡形もないのう。礼を言おう、モンモランシ」 傷の様子を確かめ、ブラムドは微笑みながらモンモランシーの頭をなぜる。 「その水の秘薬とやらも、安いものではあるまい? いずれこの借りは返そう」 「や、私が頼んだことですので」 コルベールは慌ててその言葉に応えたが、ブラムドは笑みを消して反論する。 「コルベール、我はオスマンのいうように客分ではあるが、出された食事をただはむような真似をしているつもりはない」 そしてブラムドはモンモランシーに向き直り、笑みを浮かべて言葉を重ねる。 「今すぐに、というわけにはいかぬが、この借りは我の力で返させてもらおう」 その言葉には高い誇りがうかがえ、コルベールは反駁することができない。 一方でブラムドは、一つの疑問を抱えている。 コルベールの言葉からすれば、自身の傷は浅いものではなかったといえる。 しかしそれほど強い痛みは感じていなかったし、出血も激しいものではなかった。 人の体はそれほど痛みに強く、強靱なものだっただろうか。 答えを見出せないブラムドを笑うように、左手のルーンが鈍く輝き続けていた。 前ページ次ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 体の中心が引き裂かれるような衝撃。 スクウェアの風の刃は、容易く臓腑を貫き……痛み、なんて言葉では到底表せない致命傷の苦痛に、ゼロのメイジの意識は闇に落ちた。 ―――死ぬのかな。私。 ―――任務を果たせず申し訳ありません、姫さま。 ―――ワルド様が、なんで……。 ―――ああ、ウェールズ様。私などに構わず、お早くお逃げください……。 麻痺した意識とも夢の中ともつかない闇の中に、そんな言葉が浮かんでは消える。 ―――コーイチ。 最後に浮かぶのは、変貌した自らの使い魔の、大きな背中。 あれが、エルクゥ。なんと恐ろしい生き物だろう。なんと力強い生き物だろう。 命を賭してようやく人一人をなんとか一度庇えるぐらいでしかない『ゼロ』が、なぜあんなものを使い魔にできたのだろう。 わからない。なぜだろう。なぜ―――。 「―――?」 思考が螺旋に入り込んだところで、周囲の闇がゆっくりと晴れていく。 目に映ったそこは、街並み……おそらく、街並みであろうという風景だった。 見た事もない風景が流れていく。 灰色で幾何学的に窓がついている四角い建物。 魚の鱗のような奇天烈な屋根がついた三角の建物。 色とりどりの不可思議な……そう、コーイチと同じような、てぃーしゃつ、とか、じーんず、とかいう服を着た人々。 道の端には四角い建物と同じ灰色の柱が幾本も立ち並び、そのてっぺんには黒いひもが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。足元は固い何かで綺麗に覆われ、舗装されていた。 やがて到着したのは、大きな邸宅だった。 魚鱗屋根のついたタイプで、周囲を大きく塀で囲まれている。 ヴァリエール家の本邸に比べれば猫の額に等しいが、これまで見てきた建物の中では、随一の広さを誇っていた。 木とガラスで出来た引き戸を開けて中に入ると、板張りの廊下の先に、なんと紙で出来た扉があった。 徹頭徹尾見慣れない、異国と言うのもおこがましいほどの異風景。 しかし、怪我のために意識の薄いルイズは気にもせず、足が歩くに任せていく。 靴を脱ぎ、廊下に上がり、見た事のない木々が生え揃う庭を眺めながら廊下を抜けて、紙の扉を開けた。 「おかえりなさい、耕一さん」 「おかえり、耕一」 「おかえりなさい! 耕一お兄ちゃん!」 「……おかえりなさい」 4人の女性が、そこにはいた。 優しげな微笑みを浮かべながら、どこか自らの長姉を思わせる鋭さを持つ女性。 活動的な短髪をヘアバンドでまとめたボーイッシュな外見のくせに、けしからん胸部装甲を持つ女。 それとは違ってかなり親近感の持てる体型の、ぴょこんと一本髪の毛の飛び出した、一番小さな女の子。年下っぽいのに雰囲気が次姉に近く、不思議な感じ。 そして……どこか陰を背負ったような、残りの一人。 「ど、どうも。お邪魔します……」 そこは『ただいま』と言うべきじゃないのかしら、と思ったが、『私』の口から出たのは、そんな他人行儀な挨拶だった。 彼女達は四姉妹であり、『私』の父の兄の子……つまりは従姉妹だった。 『私』の父は彼女達四姉妹と住んでおり、『私』の住んでいるところは、ここ―――隆山ではなく、遠くの東京というところで。 その父が死に、その葬式のために、この家に厄介になりに来た、というところであるらしい。 色々と複雑な事情でそうなっていたようだが、『私』にはそれ以上の事を彼らの会話から聞き取る事は出来なかった。 ……これは、コーイチの記憶。 流れるように時間が過ぎていく中でルイズが思ったのは、まずそれだけであった。 § 「きゃああああああああっ!!」 ニューカッスル城客室から、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。 「ぐ、う、あああっ……!!」 「コーイチっ!? カエデ、あなた何を!?」 耕一が腕を抑えて膝をつき、キュルケが目を剥いて叫ぶ。 ―――耕一の左の手首から先が、すっぱりと切り落とされていた。 「……! 左手の、使い魔のルーンが?」 「……こりゃ、おでれーた」 「やっぱり、これが耕一さんを……っ!」 どくどくと床が赤く染まっていく。 床に落ちた左手の甲から、スゥッと使い魔のルーンが消え失せるのを見ていたのは、タバサと楓の二人と腰に差さっているデルフリンガーだけだった。 「使い魔のルーン? どういう事よ、説明して……ああもう! その前にコーイチを治さないと! ほらあんた! 混乱してないで早く治療して! ルイズの方は落ち着いたんでしょ!?」 「あっ、は、は、はいっ!」 あまりの光景に、最初に金切り声を上げたまま放心していた水メイジの女性は、キュルケの一喝に、慌てて耕一に向かって杖をかざす。 先ほどまで血を吐いて苦しんでいたルイズの呼吸は、うって変わって落ち着いていた。 落ちた手首を切断面に当て、杖をかざして呪文を唱える。 水色の光が患部に灯り、じわじわと出血が止まっていった。多量の出血のためか、苦悶に歪んでいた耕一の顔がふっと緩み、床に倒れ込んで眠り始めてしまう。 「……すいません。残っていた精神力では応急処置が精一杯で……見た目だけはくっつけられましたけど、中身は全然……」 「ありがとう。とりあえず命が助かったんならそれでいいわ。さあカエデ、説明してもらうわよ」 女性がふらつきながら言うのに頷いたキュルケは、騒動を引き起こした張本人―――今しがた、その手刀で恋人の手首を切り落とした少女に視線を向けた。 「……はい。ですが、その話は、行きがてらにしましょう」 「? どこへ行くのよ?」 「……耕一さんとルイズさんを、治せる人のところへ」 § どうやら、『私』はあまり父親の事が好きではなかったらしい。 お葬式の間、四姉妹達はひどく悲しみに暮れていたというのに、『私』の態度は平静そのものだったからだ。 式も終わり、しばらく父親の傍にいてやって欲しい、という姉妹の長女の頼みで、『私』はその家―――柏木家に滞在する事となった。 ブツダン、という、おそらく死者を弔うためのものであろう祭器におざなりに手を合わせ、やる事もなく退屈を持て余して日々が過ぎていく。 そして、夢を見る。 今の『私』が夢を見ているような状態なのに、その中でまた夢を見るというのは不思議な体験だったが、その夢は、そんなものを吹き飛ばすほどの衝撃だった。 怪物が、自分を乗っ取ろうとしてくる。 乗っ取られれば、その怪物は圧倒的な力で、周りの人間と言う人間を殺し尽くすだろう。 そんな事をさせるわけにはいかない。 少しでも気が緩めば、怪物は表へと出てくる。 気を張り詰め、心の中の檻を抑え付け、じっと目が覚めるのを待つ事しかできないのだ。 朝になれば、怪物は大人しくなる! 朝だッ! 朝はまだか! アサだあッ! アサあッ! 朝はまだかあぁーッ!! § 少しの後、未だ眼を覚まさないルイズと、出血の為に眠っている耕一を連れた5人は、空の上の人となっていた。 困憊していたシルフィードは一度ぐずったものの、特に急がなくていい&帰ったら好きなだけ肉を食べさせるという(彼女の主人にしては)破格の約束を取り付け、今は上機嫌で翼を広げていた。 「違和感はあったんです。エルクゥの力ではない、何か別のものが、耕一さんを動かしている……と」 「それが、使い魔のルーン?」 キュルケの答えに、こくりと楓は頷いた。その膝の上では、少し青い顔で、耕一が寝息を立てている。 「耕一さんが鬼となって暴れていた時と、先ほどルイズさんをエルクゥにしようとした時……何か金属の刃のような、熱いような、冷たいような感じがして……その時に、ルーンが光っているのが見えたんです」 「ルーンがコーイチの意志を無視して体を操り、ルイズの仇を取るために暴れさせて、ルイズの命を助けようとさせた……って事? そんな強力な強制効果、使い魔のルーンには無いわよ」 「でも、そうとでも考えないと……耕一さんが、他の人間をエルクゥに変えようとするなんて、するはずがないんです……」 「……と、言ってもねえ」 楓の言葉に嘘はないとはわかる。しかし、『コントラクト・サーヴァント』によって刻まれる使い魔の証の紋章にそんな強い服従の効果があるというのも、またキュルケの知識ではあまり考えられない事だった。 「……考えられなくはない」 「タバサ?」 風竜の背びれに背中を預け、本に目を落としていたタバサが、ぽつりと呟いた。 「『コントラクト・サーヴァント』は、危険な魔獣であっても主人に友好的にしたり、小さな小動物が人間の言葉を理解出来るようになったり、主従で感覚のやりとりが出来るようになったり……かなり強く、頭の中身を変えてしまう魔法とも言える」 最後の言葉を語る際、タバサの声がほんの少しだけ沈んだが、気付いた者はいなかった。 「人間に掛けられた例は、少なくとも記録にはない。人、もしくはそれに類する思考や意志を持つ者に掛けられた場合、その者の意志を、主人に友好的なように誘導、強制する効果は、どちらかと言えば、あると考えるのが自然」 そして、少しだけタバサの言葉が熱を帯びる。 「何かしらの行動が使い魔本人の性質や信条に著しく反するようなものであり、尚且つ、その行動をしなければ主人の命が危ない、というような極限の場合には……もしかしたら、無理矢理に体だけを強制させる、と言うような事もあるのかもしれない」 例として、通常の動物の使い魔が自発的に主人を庇って死んだと言う話は枚挙に暇がない、と付け加えた。 「……なるほどね」 「特に……彼についていたのは、ガンダールヴのルーン。どんな効果があっても不思議ではない」 タバサの言葉に、カチリ、と耕一の差している剣が微かな金属音を立てた気がした。 「がんだーるぶ? 何それ?」 「始祖ブリミルに仕えたという4体の使い魔の一人。神の左手ガンダールヴ」 「始祖ブリミルの使い魔って……ちょっとちょっと、初耳よ?」 「……どちらにしろ、今は消えてしまったもの。もう意味は無い」 「……はあ。もう、つれないんだから」 打ち切るように言葉を切ったタバサに、キュルケは髪を書き上げて溜め息を付いた。 「それにしても、珍しく饒舌ね、タバサ」 「……機会があって、調べた事があるから」 ふい、と、まるで照れて顔を背けるかのように、タバサは本に目を落とす。 それを見て、キュルケはくす、と小さく含み、楓に向き直った。 「話を戻すと、だからルーンのあった左手を切り落とした、って事?」 「はい。耕一さんにあんな事をさせるものを、放ってはおけなくて……」 「……無茶するわねえ。消えてくれたから良かったようなものの、右手とかに新しく出てきたりしたらどうするつもりだったの?」 呆れたような、微笑ましいような、そんな複雑そうな感情を滲ませて、キュルケは苦味を含んで笑った。 ……右手だったらヴィンダールヴ、とタバサが本に目を落としたまま小さく呟いた言葉は、風に消えていった。 「……ごめんなさい。衝動的にしてしまった事ですから、そこまでは考えていませんでした」 「私に謝られてもね。ま、後でゆっくりコーイチに謝っておきなさいな」 「はい……」 耕一のあまり整えられていないざんばらな髪をそっと手櫛で梳いて、楓はそっと顔を伏せた。 § ……うわぁ。コーイチって、ロリコンだったんだ。 目の前に展開されるピンク色の光景に浮かんだ感想は、ただそれだけだった。 滞在して数日。あれよあれよという間に、四姉妹の三女―――少し陰のあるカエデという少女といい仲になってしまい、その部屋で男女の関係を築いてしまっているのだから。 ―――いや待て。待つんだルイズ。そうじゃない、そうじゃないぞ。 だって、今この状況をロリコンだと認めてしまったら、このカエデとかいうあまり発育の良くない少女よりさらにヤバイ私は、ロリータなどという言葉では表しきれない幼児体型という事になってしまうではないか。 それはない。ないから、コーイチはロリコンではない。これ既定事項ね。破ったら殺すから。ここ、殺すから。 『私』が現実逃避をしている間に、二人は行為を終えて身なりを整え、真剣な顔で話し込んでいた。 それはいつか聞いたお話だった。そう、確か……『雨月山物語』。 剣士の男と鬼の娘の、悲しい恋の物語。 それはこの地方に伝わる昔話であり、コーイチとカエデはその二人の生まれ変わりだというのだ。 なるほど、と疑問が氷解した。それは、スッキリと心地よい感覚だった。エルクゥと、ジローエモンと、コーイチの関係。本人ではないが同一人物であったと。 何はともあれ、来世で再びと誓った二人は今ここに結ばれ、めでたしめでたし。 ―――とはいかなかった。 エルクゥとは、紛れも無い『鬼』であるのだから。 § そして数刻。シルフィードの背に乗った一行の目に、大きな森が見えてくる。 「あの森の中です。しばらく行ったところに森を切り開いた小さな村があります」 楓の指示通り、タバサはシルフィードを下降させ始める。 「そんなところに、腕のいい医者がいるっていうの?」 「……医者、というわけではなくて」 どう言ったものだろう、と思考を巡らせたところで、ふと気が付いた。 「……そういえば、お二人とも、エルフと言うのはご存知ですか?」 彼女は、この世界では迫害、敵対種族であるらしい、という事に。 「そりゃ知ってるわよ。この世界のメイジでエルフの事を知らない奴なんていないわ」 「ん」 二人ともが、肯定の意を示した。 彼女はきっと、そういう事に敏感だ。先に言っておくべきだろうと楓は判断した。 「怪我を治せる人というのは、エルフ……いえ、人間とエルフの間に生まれたハーフエルフらしいんです。見ても驚かないであげてください」 「ええええええええっ!!?」 見てもどころか、聞いただけで、キュルケが素っ頓狂な声を上げた。 「ちょっ、ハーフエルフっ? 何それ、なんでエルフがこんなところに? いや、そんな事より、エルフとの間に子供なんて出来るものなの? ああもうっ、今日は驚いてばっかりだわあたしっ!」 自棄になったかのような言葉だが、その語調は、どこか愉しげですらあった。 世界は、まだまだ新鮮な発見と驚きに満ちている! ゲルマニアの、ツェルプストーの血は、学院で楓に出会ってからというもの、騒ぎっぱなしだった。 「……そのハーフエルフが、治療を?」 「はい。耕一さんの痕跡を追っていた私を偶然召喚した方なんですが……私を送り出す際、誰かに怪我があれば戻ってこい、完全に死んでいなければ治す事が出来るから、と」 「エルフの治療、か。確かに良く効きそうではあるわね。オーケー、機嫌を損ねないようにしとくわ」 キュルケが爛々と目を輝かせて頷き……タバサは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。 「……一つ、いい?」 「タバサ?」 「その人が治せるのは……怪我だけ?」 「……何を治したいのかは知りませんが、ごめんなさい、わかりません。私も、そう言われただけですから」 「……そう。……降りる」 特に何の感慨もないように言い、小さく宣言した通り、ばさっばさっと翼のはためく音が響き渡って、シルフィードは地に降り立つ。 そこは、港町ロサイスの近郊、ウエストウッドと呼ばれる森だった。いきなり村の広場に竜が舞い降りてきたので、遊んでいた子供達は驚きつつも、興奮を隠そうとせずにはしゃぎまわる。 ちょうど子供達の遊び相手をしていたティファニアは、最初こそ戸惑っていたものの、その背に乗っている人影の一人を見て、ぱあっと顔を綻ばせた。 「カエデさん!」 「テファさん、いきなりですいません、この人の治療をお願い出来ますか?」 眠ったままの耕一を抱えて風竜の背から降りた楓は、挨拶をするのももどかしいというように、耕一を地面に横たえた。 「この人は……わ、わ、手、手がっ!?」 ティファニアはその人物をぐるりと眺め回し、その左手首を見て仰天した。赤黒く幾筋もの血線が走っており、くっつききっていないところから向こう側の地面が垣間見える。 「水の魔法で外だけはくっつけたらしいのですが、中までは駄目だったと……」 「わ、わ、わかりました」 ティファニアは深呼吸をして気を落ち着けると、その指にはまっている指輪をかざし、目を閉じた。 「……お願い、お母さん。おともだちの大事な人を、助けてあげて……っ!」 その小さな願いの言葉が届いたのか、指輪と耕一の体が青く光りだし、みるみるうちに左手首の傷が無くなっていく。 光が消えた時には、手首だけでなく耕一の体全体が、すっかりと血色を取り戻していた。 すがりつくように、楓がその体を一度抱きしめる。続けて風竜の背から降りてきたキュルケ達が、その光景をほっとした様子で見守っていた。 「ありがとうございます……テファさん」 「う、ううん。治療したのは私じゃなくて、この指輪だし……そ、それに、わ、私達、おともだちでしょ?」 「……はい」 その透き通るような白い肌を朱に染めながら、ティファニアは言う。二人はじっと見つめあい、ほんわかとした雰囲気が流れ始めた。 入りにくい空気ねえ……と淑女らしくなくぽりぽり頭を掻いて、キュルケが一歩進み出た。 「あー、再会を喜んでるところ悪いんだけど、こっちも治してもらえるかしら?」 「は、はいっ!?」 「ご、ごめんなさい、キュルケさん」 ティファニアが飛び上がるように驚き、楓が我に帰って頭を下げた。 「あちらの桃色の髪の子も治してあげてくれますか。お腹を刺されたそうなんです」 「う、うん。わかったわ」 戸惑いつつも、ティファニアは同じように指輪をかざす。ぽうっとルイズの体に青い光が灯り、消えた。 「どうもありがとう。貴女がカエデを召喚したっていうハーフエルフのお方? 随分と可愛らしい方ですのね」 キュルケが一礼して胸を張ると、そのメロンのような双子の山が、まるでその正面にあるスイカに対抗するかのように、健康的に跳ねた。 「…………エイケニスト」 タバサは、じーーーーっと、そのティファニアの胸元のスイカだけを見つめ、誰にも聞こえないほど小さく何事かを呟いた。 「あ、あの、あ、あなたがたは? というか、ハーフエルフって……ええええっ!? わ、私の事、怖くないんですかっ!?」 「……なんだか、本当に可愛らしいわね。エルフって、皆こんなのなのかしら?」 夜に出歩く悪い子はエルフが来て食べられちゃうぞ、と母親が子供を躾るぐらいにハルケギニアで怖れられている種族を目の当たりにしたキュルケは、どこか気の抜けたような、安堵したような顔で、ほっと溜め息を付いた。 § 長く艶やかなその黒髪が、風もなく、自然と舞い上がる。 吹き付ける冷気が、彼女―――四姉妹が長女、千鶴の『鬼』を示していた。 そして、それに呼応するように、『私』も『鬼』を目覚めさせる。 目の前の千鶴は人の姿をとったままだが、『私』は違う。 目覚めた鬼の遺伝子が、体を作り変えていく。 人間の域を越え、骨と筋肉が増殖、再構成されていく。 膨張する体が内側から服を破り、膨れ上がった腕の先に刃のような爪が伸びた。 体の奥底から溢れ出る力。 『私』は目覚めた殺戮の本能のまま、近くにいた楓に爪を振るい、それを庇う千鶴との殺し合いを始めた。 何合も何合も、腕と爪を交差させる。 そのたびに風が舞い、地は震え、水を揺らし、火が身体中を駆け巡る。 人智を越えた戦いの神楽の中、『私』は思った。 ―――ああ。私も『これ』になってしまったのだ、と。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの斬鉄剣 ゼロの斬鉄剣 1話 ―使い魔の初仕事― ルイズの部屋に案内された五ェ門 「サムライ・・・ニッポン・・・きいたことないわね。」 五ェ門はひとまず自分がどういう場所から来たのか説明していた 「にわかには信じられないけど、あんたみたいな風体の人間はハルケギニアじゃ見ないものね」 「無理に信じろとは言わない、なにせ今の状態でそれを証明できるのは拙者の刀のみなのだ。」 と、五ェ門は自らの命でもある斬鉄剣をルイズに見せる 「・・・・見たことも無い、美しい剣ね、カタナ・・というのかしら?」 「左様、拙者は剣に生きる身、これが拙者の命ともいえるのだ。」 ルイズに斬鉄剣を褒められ多少気をよくする五ェ門。 「ふーん・・とにかくゴエモンはその”サムライ”で剣をあつかえるのね。」 ルイズはひとまず目の前の使い魔はある程度使えるようだと、僅かばかりの希望を見出した 「ところで、拙者が使い魔とやらになったのは分かった、だが具体的に何をすればよいのだ?」 ふう、と一息つくルイズ 「じゃあ、使い魔について説明するわね。」 ルイズは五ェ門の眼を見据える 「使い魔とは主人と感覚を共有できる・・・んだけど、ゴエモンからは何も感じないわ。」 「感覚の共有?」 「つまり使い魔が見ているものや触れているものを感じることができるはずなんだけど、無理のようね。」 うむ、とうなずく五ェ門 「次に秘薬など主人が望む物探す能力、これはどう?」 「地理さえ覚えればある程度は出来ると思うが、期待はしないほうがいいな。」 そう、しかたがないわねという態度でゴエモンを見るルイズ、 「最後にご主人様であるあたしを一生守り続ける、あんた剣士なんだからこれくらいはできそうよね?」 一瞬五ェ門の背筋が凍った 「一生・・・と言ったか?」 「そうよ、そもそも使い間と主人との契約はどちらかが死ぬまで有効で、召還もその間はつかえないの」 「(これも・・・試練か・・・。)」 五ェ門は沈痛な面持ちとなった 「じゃあとにかく今日はもう終わり!」 そういうとルイズは五ェ門の前で服を脱ぎだし 「まっまて!ルイズ!」 なによ、という顔で五ェ門の制止に反応する 「る、ルイズ!女性がみだりに肌をみせるものでは・・・・」 狼狽する五ェ門を見て意外だという顔をするルイズ 「いいじゃない、使い魔如きに見られたところでどうということはないわ。」 顔を真っ赤にする五ェ門、剣の天才といわれた男も女性の免疫はそれほど無いのだ。 「じゃあ、これ明日洗っておいてね!」 脱いだ服を五ェ門に投げ渡す 「(なななな・・なまあたたか・・いや!違う違う!)」 必死で煩悩を鎮める五ェ門、しばらく理性との格闘が続くのだ。 夜中 あたりを静寂が包む 「(なんと静かなのだろうか)」 五ェ門がこの世界に召還されて初めての夜はご満悦のようだ。 「それにしても月明かりが明るい」」 ふと、部屋の窓から月を覗く そしてここに至りはっきりとした異世界の証拠を眼のあたりにした 「月が・・・二つ・・・」 もはや驚きの声もでない五ェ門。 「(いったい何故拙者はこのような所にいるのだろうか・・・。)」 五ェ門は今朝からの出来事を回想していた 光の壁があらわれ、迂闊にも触れたこと、突然視界が開けたと思ったら目の前には桃色の少女 そして・・・・・ うっ と五ェ門は鼻を押さえ懐のちりかみを当てる。 「(いかんいかん!仮にもこれから仮とはいえ主人になる人間にふしだらな・・・)」 今日は休もう、ここが異世界というのならば少なくとも刺客の類は現れないだろうと 普段よりは警戒を解いて睡眠をとることにした、立ったままで。 チュン・・チュン 朝 といってもこの時間であれば生徒は殆ど誰も起きていない時間だ。 「(さて、洗濯・・・・見ないように・・みないように・・)」 と思っていたがよく考えれば洗濯場の場所を教えてもらっていない 「(物はついでだ、探索も兼ねて屋内を歩き回ろうか。)」 ひとまず洗濯物をまとめ、ルイズの部屋を出る五ェ門。 「(それにしても、ずいぶん立派な建物だ)」 五ェ門は壁の厚さや構造をみてここが本当に学び舎なのかと訝しげに見て回る。 歩き回るうち五ェ門は今までの生徒とは違う顔立ちの人間を見つけ、声をかける。 なんとなく日本人に近いような・・・という理由だったが。 「またれよ、そこの給仕。」 呼ばれた給仕、もといメイドの少女は振り返る 「は、はい!なんでしょうか。」 「すまないが洗濯場を探している。」 ああ、とメイドは頷く 「それでしたら私もこれから向かうところなのでご案内いたします。」 「かたじけない。」 そう言ってメイドの後ろを歩く五ェ門。 「ところで、貴方様はミス・ヴァリエールの使い魔さんですか・・?」 ふと、声をかけられる五ェ門。 「いかにも、何故そなたが知っているのだ?」 「はい、平民を使い魔として呼び出したともっぱら・・・あ!すみません・・失礼な事を。」 「構わぬよ、元々身分など無いのだからな。」 そうこうしているうちに洗濯場へ到着する 「こちらが、洗濯場として利用している場所です。石鹸はこちらにあるのでご自由にお使いください。」 なるほど、この世界にも洗濯板があったとはと関心する五ェ門 ふと、五ェ門は洗物を分別する際気がついた、下着にシルクのような物があったのだ。 「すまぬ、ええと・・・」 クスッとはにかむ少女 「シエスタです、貴方様のお名前は?」 「これは無礼を・・。拙者の名は石川五ェ門。」 「ゴエモン様でよろしいでしょうか?」 「いや、様などと仰々しい呼び方は結構だ。」 「じゃあゴエモン”さん”」 それでいいというように頷く五ェ門 「では早速だがシエスタ・・」 言いかけたところでシエスタは 「呼び捨てで構いませんよ、皆からそう呼ばれてます。」 にっこり笑って五ェ門に顔をむける 「(・・・可憐な・・・)」 と思考を巡らせたとき己に渇を入れる。 「・・・?どうかなされましたか?」 「い、いやなんでもない、それより・・・」 五ェ門は持っているシルクと思われる下着を差し出す 「拙者はシルクの類を手洗いしたことが無いのだ、繊細な生地を洗うのを手伝ってほしい。」 ああ、とシエスタは頷き了承する。 「かたじけない、他の生地の物は自分で洗える。」 そういうとせっせと洗濯を始める五ェ門 なるほど、男の一人暮らしで身についた技はここ異世界でも通用するようだ。 てきぱきと洗濯をこなす五ェ門をみて 「(負けられない・・!)」 シエスタが妙に対抗意識をもったのは秘密だ。 しばらくして、洗濯が終わる 「シエスタのお陰で洗濯が早く終わった、感謝いたす。」 ふかぶかとお辞儀をする五ェ門 「い、いいんですよ。これもお仕事ですから。」 かえって恐縮してしまうシエスタ。 「あの・・・よろしければ洗濯物があれば私にお申し付けください」 おもいがけない申し出だったが 「いや、これも使い魔の仕事らしいのだ」 「いえいえ、洗濯物は基本的にメイドのお仕事ですから。」 なんだか申し訳ない気持ちになった五ェ門だがそれが仕事というのならばいたし方が無い 「・・・何から何まですまない、シエスタ。」 「それより後ほど食堂の厨房でいらしてくださいな、一人分ぐらいの賄い食なら出せますよ。」 そう言われ、おもわず昨日から何も食べていないことを思い出す。 「かたじけない。」 そう礼をのべ、そろそろ時間だろうかと思い 「拙者はこれでもどるが・・・」 「洗濯物は乾いたら届けます、ご安心ください!」 「ではそなたの荷物運びを手伝おう。」 「い、いいえとんでもございません、使い魔さんにそんな・・」 といいつつも五ェ門がさっさと洗濯物を持ち上げてしまったため一緒に運ぶこととなった 「(それにしてもスラリとしてて格好いい人だなあ・・・)」 五ェ門の身長は元の世界で180センチ程、ここトリスティンでも比較的大柄なほうである。 「ここでよろしいかな?」 「はい!ありがとうございました!」 シエスタは感謝の言葉をつげる 「それでは拙者はこれにて。」 そうシエスタに告げて主の部屋へ。 「(ルイズもあれほどお淑やかならば、周りの評価も違ってくるだろうに・・・)」 と考えていた。 部屋へ戻るとまだ主人たるルイズは眠りこけていた 「(さて、そろそろ起こすか)」 そう言うなりルイズを揺さぶる五ェ門。 「ん~~。もうたべられにゃい・・・」 何の夢を見ているのだと半ばあきれる五ェ門 「ルイズ、ルイズ、朝だぞ。」 う~んと起き上がるルイズ 「ん~・・・あ!あんた誰よ!」 なるほど、そうきたかと 「お主が使い魔として呼び出したのであろう。」 はっとするルイズ 「そ、そうね・・・そうだったわ。」 平民をみてテンションを下げるルイズ 「じゃあ、着替えさせてよ!」 五ェ門は驚く、だが落ち着いて 「自分で着替えるのだな。」 と言い放つ 「な、なによあんた!使い魔は下僕なの!さっさときがえさせ・・・」 言い切る前に視界が突然変わった いくら主とはいえ子供(年齢はそうでもないが)、ここは教育が必要と五ェ門も怒った。 「御免!」 ルイズをひざに仰向けに乗せてをふりかざし、ルイズの尻をたたき始める 「きゃあ!」 「痛い!」 「お主には!」 「やめて!」 「仮にも主としての」 「痛い!痛い!」 「自覚が!」 「許して!」 「足りない!」 パンパンと叩かれルイズはベソをかいている。 「ぐすっ・・ひっく!」 「少しは主人としての気概をもて、自分で出来ることは自分でするのだな。」 「お父様やお母様にもここまでされたこと・・ぐすっ!」 ギロリとルイズをにらむ。 「ひっ!わ・・わかったわよぅ・・」 思いもよらない仕打ちにすっかり萎縮する そうすると笑顔になる五ェ門 「そうだ、聞き分けのよい子だな、お主は。」 「ふ・・ふん!なによ・・・使い魔のくせに・・」 廊下がざわざわとしてくる 「そろそろ朝食の時間ね・・・。いくわよ、ついていらっしゃい」 そう告げると五ェ門をつれ、廊下にでるルイズであった。 前ページ次ページゼロの斬鉄剣
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前ページ次ページゼロの夢幻竜 ゼロの夢幻竜 第十五話「盗賊の狙い」 『土くれ』。この言葉である人物を想像する者がトリステインに一体どれだけいるだろうか? 恐らく粗方の人間がこの言葉を一つの単語として用いるだろう。『土くれのフーケ』。 正体不明で神出鬼没な事で名を馳せるその怪盗は、魔法を用いて貴族の屋敷等を襲いお宝をまんまと奪っていく事で有名である。 その存在に貴族達の大半は怯え、名前が一度でも出ようものなら戦々恐々としている。 というのも、彼等がどんなに厳重な警備網を布こうがフーケは鮮やかに突破し、気づいた時には時既に遅しという状況が度々あったからだ。 加えて、そんな風に犯行を犯す事もあれば、屋敷自体を吹っ飛ばしたり等かなり荒っぽい事もやってのける時がある。 出方と手段の多様化の為に、警備の者達もめっぽう降り回されっ放しというのが現状だった。 分かっているのは次の三点。 男女かどうかも分からぬフーケは、時たま犯行の際大きさにして30メイルはあろうかというゴーレムを使う事が鍵となり、少なくとも土系統のトライアングルクラスメイジという事だけは分かっていた。 それと犯行現場に『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ。』という被害者にとっては非常に鼻持ちならない文面のサインを残していく事がお決まりになっていた事。 そして狙う獲物の大半はマジックアイテムに集中していた事だった。 さて、その当のフーケは今魔法学院本塔の壁に垂直に立っている。 彼女の狙いはこの塔の5階にある宝物庫に隠されているという『深海の宝珠』だった。 地道に調査を続けた結果、ここにある事は間違いないと踏んだのだが、実際その場の近くへ来てみると大きな問題が発生した。 足の裏で探ってみても分かるが壁は厚く、またかなり頑丈に作られている為に早々簡単な方法では破壊する事は出来ないと分かる。 フーケは悔しそうに歯噛みした。 「『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど、これじゃ私のゴーレムでもどうしようもないね! やっとここまできたっていうのに……かと言って手ぶらで戻る訳にはいかないからねえ。『深海の宝珠』はもう目の前にあるっていうのに……ん?」 そんな時彼女は壁の一部にそこまで小さくはない真新しい窪みを見つけた。 何か大きな衝撃波によって削り取られた様な……そんな感じだ。 先程まで中庭の辺りで大きな音が引っ切り無しに聞こえていたがそれと関連性があるのだろうか? まあいい。外壁の他の部分を見ても目立つ傷はそこぐらいな物だ。 言い換えれば物理的に脆弱なものになっていると言う事。 そこを攻めない手は無い。 フーケは自分の幸運さに小唄でも歌いたくなったが、そこはぐっと堪え一言だけ呟いた。 「ツキは最後の最後でお出まし……って事ねぇ。」 自分に自分の杖が向けられている。 魔法が使える事が前提である貴族にとってこれ程屈辱的な事は無い。 だがキュルケは少しでも余裕を見せる為に、無理矢理にでも僅かな笑みを捻り出しながら言う。 「やるじゃない。取って置きの隠し玉には少し驚いたけど。」 すると当のラティアスは杖をくるっと一回転させてキュルケの方に差し出した。 「私もです。攻撃と防御の連携をあれだけ上手く組み立てられたら、普通は攻め込めないですよ。実際途中まで上手く立ち回れませんでしたし。……手合わせして良かったです。」 ラティアスがそう言ってふっと微笑む。 キュルケもその様子に微笑みながら話を続ける。 「んで?あなたは私にもうご主人様にちょっかいを出すなとか言い出すのかしら?」 「二度と……とは言いません。……偶になら許します。」 その言葉を聞いてキュルケはきょとんとする。 ちょっと、それってあまり変わってないんじゃないの、と。 しかし、ラティアスの発した言葉の裏に隠された意図を読み取ると、キュルケは小さく吹き出した。 ラティアスの手に掴まり、彼女は立ち上がりつつ短く答える。 「ありがと。」 ところで、二人が交わしている会話が聞こえずとも、遠くから見ていたルイズはこれまでに無い充足感を感じていた。 使い魔であるラティアスが家の宿敵とも言えるキュルケを打ち破ったからである。 最初こそ苦戦を強いられるように見えたものの、新たに見せた能力……不可視化を使って勝利したのだ。 最早今なら、スクウェアクラスの騎士を乗せた火竜を相手にしたって負ける気が起きない。 気づけばラティアスはキュルケに杖を渡し、こちらに向かって歩いていた。 ルイズはその身をひしと抱き締め、嬉々とした声を上げる。 「凄い!いいえ、もう凄いなんて物じゃないわ!そんな言葉も霞んじゃうわ、ラティアス!」 ラティアスはその言葉に照れたようで軽く頬を掻いた。 しかし、直ぐにいつもの表情になってルイズに囁く。 「有り難う御座います、ご主人様。でも、もしキュルケさんの隣にいるちっちゃい人が相手だったら私は多分負けていたでしょう。」 「え?」 その言葉にはっとしたルイズは、キュルケの隣に佇む青髪をした小柄な少女、タバサに目をやった。 特に先程の結果に取り乱す事も無く黙々と本を読み続けている彼女が相手だったならラティアスは勝てないと? 怪訝そうな表情でタバサを見つめ続けるルイズにラティアスはその理由を述べる。 「あの人の属性で、あの人の知性で勝負になっていたら多分私は手も足も出なかったでしょう。 空を飛べる事や技を出す事は言うまでも無く、今初めて使った不可視化も対抗策はあっという間に練られていたでしょうね。」 信じられないといった目でルイズはラティアスとタバサを交互に見た。 勿論ルイズとてタバサの力量がある程度見切れないほど愚かではない。 彼女が使い魔召喚の儀において風竜を召喚した事から彼女は風系統であり、且つ相当な力量を持つメイジであると察しはついていた。 しかし、ラティアスが自分の事をそこまで卑下するほどの実力を持っているのだろうか? そう思っていた時、地面が小さく震えた。 何かと思ってキュルケが背後に向かって振り返ると…… 「な、何よ、これ!」 たっぷり30メイルはありそうな巨大な土ゴーレムが立っていた。 しかもそれが大きさに合わない機敏な動きでこちらに迫ってきている。 突如現れたその存在に平常心を保てる者が果たしてどれだけいるだろうか? 少なくともその場にいる者達の中には誰一人としていなかった。 「逃げるわよ!」 「言われなくてもそうするわ!!」 ルイズの言葉に否応無く反応するキュルケ。 ラティアスは一瞬で元の姿に戻り、ルイズを両腕で掴んで空中へ舞い上がる。 タバサはシルフィードを呼び出してそれに乗るとほぼ同時に、走っていたキュルケも乗せた。 「ご主人様。あれは一体何なんですか?」 「土ゴーレムよ……あんな大きな物を操れるなんてきっとトライアングルクラスのメイジだわ。」 ルイズはラティアスの質問に的確に答える。 その言葉を聞いたラティアスは小さく呆ける様に呟いた。 「流石はご主人様です。」 フーケはゴーレムの肩に乗ったまま、壁にある窪んだ所に向かって拳を打ち振るうよう操る。 衝突の瞬間、彼女はゴーレムの手を鉄へと変化させていたが、それでもまともに人一人通れる穴が出来るまでに3~4回は叩かなければならなかった。 何とか開いたその穴へ、フーケはゴーレムの腕伝いで入っていく。 中をざっくばらんに見渡す事もせず、フーケはある一画を目指し走り出す。 行動は全てにおいて、俊敏且つ狡猾に行わなければならない事がフーケの考え。 そして目指した一画にはいかにも高価そうな宝石箱がずらっと並べられていた。 が、フーケはそれらには目もくれず、一番右端にある木彫りで装飾も少ない質素な箱に手をつける。 鍵がかかってはいたものの、特に『固定化』の魔法が施されている訳でもなかったので『錬金』でその鍵を土くれにし、一応中身の確認をする。 自分の視界に映ったものを見てフーケはつい薄ら笑いを浮かべてしまう。 箱の中には目も覚めんばかりに青く、そして美しく輝く『深海の宝珠』があったからだ。 それにしても随分と古参なやりくちではないか。 一番重要な秘宝という物は一番それらしくない外見、若しくはそれに準じる物に収められているなど。 しかしこれが一体どういう形でマジックアイテムという力を発揮するのだろうか? が、それについて考えている時間は無い。 箱の蓋を閉めた後でそれをローブの下にしまった彼女は去り際、壁にこんな書置きを刻んでいった。 「『深海の宝珠』、確かに領収いたしました。土くれのフーケ」 ゴーレムは本塔より離れ、魔法学院の城壁を一跨ぎで越す。 異常なまでの地響きをたてながらそれは草原を進んでいたが、あるポイントまで辿り着くと一気に崩れ小さな小山となった。 そこから少し離れた場所で旋回するタバサの風竜とルイズを背中に乗せなおしたラティアスはその様子を特に何をするというわけでも無く見つめていた。 「ご主人様、あのゴーレム壁を壊してましたけど、一体何をしていたんでしょう?」 「宝物庫。」 ふいに口をついて出たラティアスの質問に答えたのはタバサだった。 その言葉にぎょっとしつつ、ルイズはゴーレムを操っていた者に関しての特徴を必死で思い出していた。 「そう言えばゴーレムの左肩辺りに見えた黒ローブのメイジ、壁の穴から出てきた時に何かを抱えていたわ。」 「じゃあ泥棒じゃないですか!急いで追いかけましょう、ご主人様!」 「無理よ。もうその本人が見えなくなっちゃったもの。」 そう言ってルイズは小山の辺りを指差す。 成程。そこには人っ子一人、鳥の一羽も見当たらない。 犯罪が正に行われた場面に鉢合わせたにも拘らず、何も行動に移す事が出来なかった。 出来る事は限られていることぐらい分かってはいても、その事をラティアスは内心歯噛みしてしまった。 前ページ次ページゼロの夢幻竜
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前ページ次ページゼロのエルクゥ アルビオンの朝は、楓の目には不思議な風景が広がる。 空は明るくなってくるけれど、陽は昇っていない……元の世界なら明け方に束の間垣間見えるような光景が、空が真っ青に染まるまで続く。 アルビオンが、ハルケギニアの大地より遥か上空に浮かぶ浮遊大陸だから、という事だが、それは、夜に浮かび上がる双子の月と並んで、ここが異世界であると楓に実感させてくれるものだった。 「んん……ぅ」 楓が目を覚ましたのは、太陽が姿を見せはじめてからだった。 前日に慣れないワインを嗜んだせいか、心なし頭が重い。 「はふ……」 上半身だけを起き上がらせ、その重さを吐き出すように息をつく。 幸い、痛みというほどの物でもなかった。ティファニアから借りている寝巻きを脱ぎ、洗濯しておいたセーラー服に着替える。 ……その寝巻きの胸の部分だけがダボダボなのには、未だに慣れない。スタイルにあまり興味のない自分は違和感だけで済んでいるが、これが千鶴姉さんや梓姉さんだったら、きっと落ち込むか暴れるかしていたであろう、と楓は何気に酷い事を考えていた。 「マチルダ姉ちゃーん! 山作ってよ、山!」 「やまー!」 「やれやれ、お前達も好きだねぇ」 ベッドに座って、何をするでもなく窓の外に目を向けると、薪束に腰を下ろしたマチルダが子供達とじゃれ合っていた。 マチルダが苦笑しながら、少々わざとらしく面倒そうな素振りを見せて、杖を振る。 すると、もりもりと地面が盛り上がり、小学校の校庭にあるような土の小山が現れる。子供達がはしゃいだ顔でそれに駆け上ったり、滑り降りたりを始めた。どこの世界も子供というのは変わらないらしい、微笑ましい光景だった。 「魔法……魔法学院、か」 昨日聞いた事が、脳裏に思い出される。 『あんた……"エルクゥ"かい?』 ティファニアが楓を『サモン・サーヴァント』で呼んでしまった事を話し、自己紹介を終え、マチルダが数秒固まった後に言ったのは、そんな言葉だった。 思わず身構えてしまって、座っていた椅子を壊しそうになったのはご愛嬌だ。 『なに、カマかけたのはこっちだから気におしでないよ。あんたのいい人は、トリステイン魔法学院ってところにいる。生徒の一人に使い魔として呼ばれたのさ。……はは、なに照れてんだい。こんなところまで男追っかけてくるなんざ、丸分かりもいいところじゃないか』 続けて言われたそれは、その前以上の衝撃だった。 一番知りたかった事がいきなり転がり込んでくるなんて、どんな偶然なのか。思わず、『ドッキリ』とか書かれたプラカードが出てこないかと心配になったぐらいだ。 マチルダは、この間までその魔法学院の学院長秘書をしており、使い魔として人が呼び出された珍しいケースの調査をしたから覚えていた、という事情だそうだ。 ……しかし、いい人、などと言われて思わず赤面してしまったのは不覚だった。 歳も、学校も、住んでいるところも違うから、姉妹以外に冷やかされる事など皆無であり、耐性がなかったのだ。 もし、耕一と自分が同じ学校の同級生であったりしたら、こんな事が日常であったりしたのだろうか―――。 そんな事を考えて、楓は熱を持った頭をふるふると振った。 『コーイチ君も元の場所に帰ろうと努力はしてたみたいだけどね。残念ながら、使い魔を送り返す魔法なんてのは存在しないんだ。まだ向こうで使い魔やってるんじゃないかい?』 それは、出来すぎなんじゃないかと思うぐらいの希望と―――落胆だった。 耕一に会える可能性は飛躍的に高まったが、帰る事が出来ないのでは片手落ちにも程がある。 「……ふぅ」 とりあえずは耕一と会わなければ。元々帰れるかどうかわからない状態だったのだから、マチルダの情報は大きな前進と言っていい。 それに……帰る方法なら、ほんの少しだけ、手がかりを見つけた事だし。 「……うん」 行こう。トリステイン魔法学院へ。 § 「そう、行くのかい」 「はい。明日の朝、出発しようと思います」 夕飯が終わり、子供達がそれぞれの家へと帰った後、楓が切り出すと、二人は対照的な表情を浮かべた。 「ありがとうございます、マチルダさん」 「はン、どうせ誰に言ったって信じてもらえないような話さ。売れない情報なんかに興味はないさね」 そう嘯くマチルダの頬はかすかに赤く、楓は薄く微笑んだ。 「ティファニアさんも、ありがとう。どうもお世話になりました」 「あ、う、うん……」 俯くティファニアの顔は暗く、何かを考え込んでいるようでもあった。 「テファ、どうかしたのかい?」 「う、ううん! なんでもないの。あの、恋人さんの手掛かりが掴めて良かったですね、カエデさん!」 「……?」 慌てたように、ティファニアは笑顔を作る。 ―――はーン。なるほどねえ。 不思議そうに首を傾げる楓の横で、マチルダが下世話な―――しかし確かな慈愛を感じさせるような、妙齢の女性の強かさが滲み出る笑みを浮かべていた。 「テファ」 「な、なに? マチルダ姉さん」 「言いたい事があるなら今の内に言っときな。もう会えないかもしれないと思ってるなら、特にね」 「…………でも」 「もう会えないから言ってもしょうがない、てんなら、所詮その程度の関係さ。でも、そこから一歩踏み出したいなら……もう会えないからこそ、その時点での全てを相手に伝えるんだよ」 「…………」 「全てはそこからさ」 楓には意味のわからないマチルダの言葉に、ティファニアは再び俯いてしまう。 「やっぱり、姉さんにはわかっちゃうんだね」 「はン、いくつの時からあんたを見てると思ってんだい。マチルダ姉さんにはね、何でもわかっちまうのさ」 「……うん。そうだね、やってみる」 はにかむような微笑みを浮かべて、ティファニアは楓に向き直った。 その顔は、何か困難に立ち向かっていくかのように精悍なものであった。 「あ、あの、カエデさんっ!」 「は、はい」 語気には勢いが付き過ぎており、楓は少し気圧されてしまった。 ティファニアは、荒ぶる何かを抑えるように一つ深呼吸をすると、かっと目を見開いて口を開いた。 「わ、私と、おともだちになってくれませんかっ!?」 「……えっ?」 楓が目をぱちくりさせる。 ティファニアは口を引き結んで真面目な顔のままだ。 マチルダはこりゃたまらんといった風に失笑していたが、何も言わずに事態を見守っている。 「…………」 楓は、言葉の意味を理解しようと頭を回転させ始めて……途中でやめた。 彼女、ティファニアの性格は、この数日間でかなり掴めている。一言で言えば……『純粋培養』。妹の初音をもう少し煮詰めた感じだ。 つまり、言葉に裏はない。本当に文字通りの意味しかないのだろう。 「……『サモン・サーヴァント』ね、本当は、おともだちが欲しくて唱えてみたものなの。人は私を怖がるけど、動物ならもしかしたらって。そしたらあんな事になって……カエデさん、優しくて、強くて、賢くて、私なんかじゃおともだちになれないかもしれないけど……」 へにょん、と、ティファニアの釣り上がっていた眉毛がハの字に下がる。 楓は困ってしまった。 妙に過大評価されてしまっている事もそうだが、普通に比べて人付き合いの苦手な楓でも、友達というのは、なりませんかなりましょうという言葉ひとつでなるものではないという事ぐらい知っている。 もっとこう、自然にというか。 ……いや、たぶん、そういう事もわからないのだろう。ここはファンタジー世界の隠れ里で、彼女は敵対種族とのハーフだ。昨日聞いた話では、小さい頃もずっと家に匿われていたということだし、環境が特殊すぎる。 楓は頭を切り替えた。どうせ自分も彼女に何か言えるほど交友関係が広いわけでもないのだ。彼女のまっすぐな問いに、同じように答えればいい。 そして、どう答えるかは……数日間寝食を共にしたこの優しい少女を前にして、考えるまでもなかった。 「……いいえ。そんな事はありません。私でよければ、喜んで」 「い、いいの?」 「はい。これから私とあなたは"おともだち"です」 言葉に出すと、正直とても恥ずかしいものだった。ある意味、告白より恥ずかしいかもしれない。 「あ、ありがとう、カエデさん!」 「お礼を言うものではありません。……"おともだち"でしょう?」 「う、うん!」 頬を染めながら微笑みあう二人の少女を、マチルダは満足げに見守っていた。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの英雄 ルイズの手記-2 ×月△日 シルフィから私たちの特訓を聞いてタバサがやる気になったらしい、使い魔品評会は私とスピノザ組とタバサとシルフィード組のガチンコバトルの様相を呈した。 兎に角、タバサは風竜の得意分野であるスピードを何処まで極める方向に行ったらしい。 風の魔法を利用した鋭い刃物のような飛翔、燕のような動きで超高空から地面スレスレへと一気に落下し校舎に当たるぎりぎりで壁に沿って再び上空へ。 異常とも言えるアクロバット飛行は私には出来ない。 けど私にだって意地がある、スピノザの背に乗って宙に舞う。 その速度はタバサとシルフィード組よりもずっと穏やかだ、あんな凄いものを魅せられた後ではきっと退屈に映るだろう。 「見てなさいよ」 私は獰猛に笑った。 「うん、みんなにとっておきの魔法見せてあげようじゃないか」 スピノザの言葉に従って失敗魔法が花開く、あっけに取られる地上のみんなの顔を横目に見ながら失敗魔法で青い空に 爆発 と言う絵を描いて行く。 親愛なる私のアンリエッタ姫様へ。 ハートマークも忘れない。 暫く宙を舞った後、最後に懐から取り出した大量の花びらを空中に撒き私たちは地上に降りた。 地上では誰を優勝にするかの喧々囂々の協議中。 私も頑張ったけど、タバサの競技も凄かった。 高鳴る胸、不安な気持ち。 その時、スピノザが大丈夫と私の肩を叩いた。 「あっ、僕は韻竜ですので、それも得点に加味してもらえます?」 ――何言い出すのー!? 呆気に取られる審査員、そりゃそうだ私も呆気に取られたわよ。 雰囲気的に僅差ぽかったから、スピノザがいらない気を使ったのね。 「まったくしょうがないわね、これまでずっと秘密にしてたのに」 「なかなか好きな時にルイズと話せないのは、ストレス溜まるからねー」 竜のくせになんてこと言い出すのか、スピノザ自重しろ! 暫しの間があって結果発表。 ――優勝! 思わず涙が零れる、タバサもおめでとうって言ってくれた。 キュルケはなかなかやるじゃない、ギーシュはさっきからずっとモグラと戯れているので無視。 頑張って良かったと、私はスピノザの胴体に顔を埋める。 スピノザは私の魔法は失敗なんかじゃない、と言ってくれた。 「良かったね、僕を呼びだした君ならきっと出来るはずだと思ってた」 何言ってるのよ馬鹿竜、そんなこと言われたら涙が止まらないじゃない。 思い出す訓練の日々、ああ、あれだけ酸っぱい思いをしたけど頑張って良かった! 「ルイズ、素敵なあなたの魔法もう一度見せて貰えますか?」 「はい、姫様。このようなもので宜しければ」 私が杖を振る、ぼんっと爆発する。 失敗でしかないそれが、今は凄く嬉しかった。 私の魔法は失敗だ、それでも ゼロ なんかじゃない。 スピノザを呼び出せた、使い魔にだって出来た。 そしてこんな風に姫様に喜んでもらうことだって出来たんだ! 品評会が終わった後、私はベットのなかで考える。 即ち、私の失敗魔法とは一体なんなんだろうかと? 特訓のおかげでだいぶ造詣が深まったけど、一体全体なんなのかさっぱり分からない。 コルベール先生の 爆炎 ともまったくプロセスが違うみたいだし…… 色々と悩んでいると、扉をノックする音が耳響く。 三回、二回、三回と言う、何かを伝えようとするかのようなノックの回数。 ――まさか姫様! うきうき気分でベットから這い出して、扉を開ける。 「久しぶりね、ちびルイズ」 あまりのことに真っ白になる。 長い金髪と、間違いなく私の姉さまだと言う平らな胸、きつそうな目と、似合いすぎてる三角眼鏡。 ――エレオノール姉様がやってきた。 でもなんかおかしくない? いまいちほっぺを抓む手にも、口調にもキレがない。 「あの素敵な殿方は、一体どなた?」 は? エレオノールは怒っていた。 ルイズが、あの心配ばかりかける末の妹がもう何日も学院の授業を欠席していると言うのだ。 聞けば春の使い魔召喚で巨大な黒竜を呼び出したと言う。 魔法が使えないのにそのような希少な使い魔を召喚し、挙げ句授業を欠席する。 あの可愛らしいちびルイズは同級生に虐められているのだろう、そのようなことヴァリエール長姉として見過ごしておくことが出来るはずがない。 その黒竜が韻竜であること、ルイズが品評会で優勝したことを知り、ついに我慢できなくなった。 アカデミーに黒韻竜調査の名目で休暇を取り、馬車に揺られて、魔法学院を目指す。 しかし妹が呼び出した黒韻竜とはどんなのだろう? ドラゴン、しかもあのルイズが召喚した奴で、しかも品評会で優勝? エレオノールの想像は物凄い方向に加速していく。 主にモスラーヤモスラー的な意味で。 エレオノールが魔法学院に降り立つ時には、彼女の頭のなかの黒韻竜は、体長が四十メイルもあり、色々と巨大で、その上絶倫でガラが悪く、おまけに頭が三つに分かれていて、ルイズを見るたびに「うへへへ、さぁ可愛らしいご主人様、この仮面のブラックドラゴンが貴様にご奉仕してくれるわ!」と天に向かって業火を吐く言う訳の分からない状態になっていた。 「ルイズ……」 焦る気持ちのままエレオノールは魔法学院の土地に降り立ち。 そしてそこで信じられないものを見た。 ――ドラゴンが畑を耕している。 眼鏡を絹布で擦ってエレオノールはもう一度目の前の光景を見た。 ――ドラゴンが巨大な如雨露で畑に水をやっている。 嗚呼、きっと自分は疲れているのだ、頭痛のする頭を撫で、目頭を揉みほぐし、たっぷり五分ほど経ってからエレオノールは再び目を開ける。 ――ドラゴンがシーツをタオル代わりに首に掛け炎のブレスで風呂を湧かしている。 「いやぁこれはこれは、アカデミーの主席研究員殿が参られるとは……」 ハゲの教員が駆け寄ってくる。 「ええと、まさかひょっとして……」 「その通りです、あそこにいるのがミス・ヴァリエール嬢が召喚した韻竜…… 思わず眩暈がする、頭痛がする。 「そ、そうですか……ええと、悪いですけれど少し気分が悪いのでこれ頂きますわ」 だからエレオノールが机の上に置いてあったワインを一気したことはけして責められることではないのだ。 たとえそれがモンモランシーがギーシュに飲ませるために用意しておいた、ほれ薬入りのワインだったとしても。 ×月□日 エレオノール姉さまがモンモンのモンモンする薬を飲んだ。 「しっかりしてください姉さま!」 私の言葉も言葉も届かない、エレオノール姉さまコルベール先生に迫る迫る。 キュルケはヴァリエールの惨状を笑う笑う。 くそぅツェルプストーめぇ…… モンモンはとんでもないことしちゃったと青褪めるは、ギーシュはそんなモンモンに涙目の君も可愛いよと落としに掛かるはカオス過ぎ! コッパゲは困ります、困りますぞ! と言いながらもすげー嬉しそうだった。あんなのが義兄様なんて絶対にやだ! おまけに騒ぎのせいでモンモンの薬がぶちまけられ、それが使い魔の餌箱のなかに。 使い魔同士が盛りの季節を迎えた、異種姦的な意味で。 きゅいきゅいも飲んでしまったらしい「シルフィにスピノザさまの子供く・だ・さ・い・きゅい!」 とか、どう見ても子供とは思えない誘惑の仕方をしてスピノザを狼狽させている。 これでもまだ呑んだ量が少なかったから効果が薄いとか、全量呑んだら一体どうなるのよ!? 解毒剤作らせる為にモンモンの首根っこひっつかんで精霊の涙を手に入れる為に例え火のなか水の中、雲の中森の中。 スピノザの背に乗ってそのスピードと寒さに泣き喚くモンモンを無視してラグドリアン湖に出発。 あまりの早さにモンモンが吐いた…… 「スピノザさまとシルフィはいつも一緒なのね、きゅいきゅい」 ルイズは自分の予想が甘かったと歯噛みする、恋する乙女は盲目なのだ。 タバサに与えられた任務など知らぬとばかりにシルフィがスピノザを追いかけてくるなど予想してしかるべきだった。 スピノザはスピノザで困っているような満更でもないような感じだった。 「と言うか精神年齢十歳くらいの子供に言い寄られて動揺するとかどうなのよ、そこんとこ……」 そんなことを愚痴っている間にラグドリアン湖に付いた。 馬車でこそ三日掛かるが、風竜の背に揺られて向かうのなら半日も掛からない。 さっそく水の精霊を呼び出そうとした一同は湖の真ん中に以外な相手を見いだす。 深紅の鱗深紅の瞳深紅の翼、しなやかな肢体をラグドリアンの水に晒し一匹の雌竜が水浴びをしていた。 「――アタラクシア? スピノザはルイズが初めて聞く声音で、そう呟いた。 「スピノザ?」 赤竜が驚いたように振り向き。 「その子、誰?」 ぞっとするような声で呟いた。 スピノザがゆっくりと振り向くと、いつの間にか引き離した筈のシルフィがゆっくりとスピノザの首に頭を擦りつけていた。 「きゅいきゅい、スピノザさま。好き大好き、シルフィだけを見て!きゅい!」 「いや、アタラクシアこれはね……」 「へぇ、そうだったんだ……」 アタラクシアの声音はいつもと変わらない、変わらないことがスピノザには恐ろしい。 「人間の雌餓鬼に欲情するような変態だと思ってたら、小さい子なら誰でも良かったんだ……」 「ちっ、違う。これは……」 「嫉妬は見苦しいのね、おばさん。きゅいきゅい」 アタラクシアは魂すら消し飛ばすような咆哮を放った。 あまりにも恐ろしすぎたせいで体がこわばった為に下着がほんのちょっとしか濡れなかったことに、ルイズとモンモランシーは始祖ブリミルに感謝した。 「女の嫉妬は恐ろしいわね……」 今日のお前が言うなである。 モンモランシーの呟きに、ルイズは心底から嘆息した。 ×月◇日 「湖の上の騒ぎをなんとかして欲しければ涙寄こせゴルァ」と、ほとんど脅迫まがいに涙を奪取。 ――本当にこれでよかったのだろうか? 考えても答えは出ない、せめてお詫び代わりに盗まれた指輪くらいは取り返して上げないとヴァリエールの名誉に関わるわ。 ちなみにアタラクシアと言う赤竜はスピノザをひっぱたくと「この浮気者!」と泣きながら南の空へと消えていった。 モット伯がドラゴンに食われたと言うのはひょっとして…… エレオノール姉さまは薬の効果が切れるとスピノザを調査に来たことすら忘れるくらいにどんよりとした空気を纏わせて帰っていった。 「いくらなんでもあのハゲに……」そう呟く言葉があまりにも痛々しい。 シルフィのほうは「きゅい、シルフィったらなんてはしたないのね!」と恥ずかしがってスピノザと顔も会わせようとしない。 そのせいか目に見えて落ち込んでいる、ただ一人でひたすら陶器を焼いて――間違って自分の手まで火傷したり、延々と野菜に話しかけてメイドに慰められたりしてる。 重傷だと分かってるけど、私にはどうしたらいいのか分からなかった。 スピノザは落ち込んでいた。 勿論、アタラクシアのことである。 彼女までこの世界に来ているなんて思ってもみなかったのだ。 かつて体を重ねたこともある、大切な友人。 だが今更どの面下げて会えと言うのか? 大切な友人である彼女より、スピノザは種族の違うエチカのことを選んだ。 選んでしまった。 その選択を前に、アタラクシアに再び仲良くしてくれなどとは言えない。 けれど…… 「泣いてたな……」 記憶にあるアタラクシアはいつも粗野で勝ち気で乱雑で、魔王竜の代名詞みたいな奴だった。 それでも彼女は雌なのだ、女の子なのである。 最後にあった時の姿を思い出す、アタラクシアとは思えないほど自分に甘えてくれたあの竜を。 そのアタラクシアが涙を流して居た。 他ならぬこの自分のせいで…… 「ごめん、アタラクシア」 償う方法を持たない竜の言葉が、二つの月が浮かぶ夜空に消えた。 「スピノザー!」 そんなスピノザに足元から声を掛ける人物が一人。 「泣いてないで、とっとと行くわよー」 何処にと聞き返したスピノザに、ナイムネを張ってルイズは言った。 「女の子泣かせたら、謝りにいくのが筋でしょうが!」 そう意地を張ってみたルイズはとても ゼロ とは思えないほどに輝いていた。 彼女はまだ知らない。 これから先に待ち受ける運命を。 出席不足で成績優秀だと言うのに単位が ゼロ と言う恐怖の未来を! ジョゼフの手記-2 ×月○日 サイトの持って来たパソコンと言う奴は凄い、物凄い勢いで暇が潰れる。 潰れてはいけない時間まで潰れている気もするがそれはそれ、今でさえ凄いのだが回線を繋いでこそ真価を発揮するらしい。 ネットに繋がっていないパソコンなどただの箱、って一体どれほど凄いんだ!? なんとかしようと巨額の費用を投じて研究させる――が、なかなか成果が上がらないらしい。 サイトが言うには無線LANと言うものをが使えるかもとのこと。ううむ、線を繋ぐのに無線とはこれ如何に。 研究者呼んで研究させていると市政の研究者の興味深い論文を発掘したとか、魔法学院のコルベール? まぁ気が向いたら招聘してみるか、パソコンに入っていたマジックザギャザリングとやらの体験版とやらで遊ぶ。 くくく、我がスリヴァーデッキの前にはもはやNPC如きでは相手にならんか。 待っていろまだ見ぬ猛者よ、とっととハルケギニア統一を終わらして貴様に会いに行く! しかし今はパソコンパソコン……と アルビオンではいつぞやのクロムウェルとやらが頑張っているらしい、いいことだ、あまり忙しくなると遊ぶ時間が減る。急ぐわけでもなし泥沼の消耗戦でもやらせておこう。 って、ちょっと待て、何故命中率5%で……ぬわぁぁぁぁ、イデがぁぁぁぁ!? 「なんか最近ジョゼフ王丸くなったな……」 「と言うか、あまり部屋から出てこなくなっただけの気が……」 「おお怖い、一体次はどのような策謀を……」 噂話に華を咲かせる騎士や侍女達の間をすり抜けながら、サイトはプチ・トロワへと急いでいた。 原因はただ一つ、とても王族とは思えないおでこの眩しい王女様のせいだ。 「遅い!」 息を切らせて駆けつけたと言うのに、イザベラは実に不満顔だった。 「なんだよ、いきなり呼ばれてすぐ来れる訳ねーだろ!」 「うるさいね、使い魔が主人に口答えするでないよ!」 ひゅんと音を立てて鞭が翻る、乗馬用の棒状の鞭ではなく主に召し使いが粗相をしたときに使われる先が細かく分かれた型の鞭である。 「わひぃ!?」 「あ、こら、避けるんじゃない!」 イザベラ様叩く叩く、サイト避ける避ける。 しかしガンダールヴ補正の付いたサイトに攻撃が当たるはずもなく、イザベラ様ヘタるヘタる。 「はぁ……はぁ……まったく……この……馬鹿…使い……魔が……」 激しく息切れするイザベラ様、その頬が微妙に赤いのは息切れのせいかそれとも他の要因か。 「第一俺はジョゼフの使い魔だろ、イザベラには自分で呼び出したドラゴンがいるじゃねぇか」 もっともそのドラゴンは召喚されたと同時にイザベラを食べようとするわ、それに失敗して逃げるわ散々だったが。 サイトがそう言った途端、イザベラはそのおでこまで茹で蛸のように真っ赤になった。 「うっ、うるさいうるさい、とっとにかくだね。あたしものはあたしのものだけどお父様のものも当然にあたしのものだから、あんたはあたしの使い魔なのよ!」 真っ赤になりながらもの凄い理屈を宣うイザベラ、以前サイトに全裸を見られたのがよっぽど心の傷になっているらしい。 「それが嫌なら、あの赤いドラゴンを探すのを手伝うんだね!」 どうやら最初からそれが言いたかったらしい、サイトは溜息を吐くと仕方なしと言った感じで頷いた。 「はいはい、分かりましたご主人様っと……ところでお前さ」 「なんだい?」 「お前って、性格の割に随分可愛らしい下着……」 青と白のしましま。 最後まで言う事無く、サイトの顔面に思いっきり鞭の柄がめり込んだ。 「こんの、馬鹿犬がぁぁぁぁ!」 顔を真っ赤にしながらイザベラは怪鳥の如き悲鳴をあげた。 内股でドレスの裾を抑えながら眉を吊り上げるその姿は、年相応の女の子のようだった。 ×月×日 娘が脱走した。 カステルモールと言う騎士が様子がおかしい事に気づいた時には、既にスキルニルと入れ替わっていたらしい。 しかもサイトまで連れ出している。 ふざけんな。 あの馬鹿娘はともかく、サイトにはまだまだ働いて貰わねばならない。 パソコンに入っていた『クラナド』とか言うソフトを遊ぶためには、サイトの国の言語を理解する必要があるからだ。 なにやらサイトの世界ではたかがゲームであるはずのこのソフトは『人生』とか言われているらしい、そんなこと言われたら興味が沸いてしょうがないではないではないか。 配下のエルフを使って追跡させてみると、どうやら姪のシャルロットを使って逃げ出した使い魔を追っているらしい。 いくらなんでもそんなもの追いかけられる訳もないか…… 仕方なしに久々に放っておいたアルビオンに介入しようかと思ったら、王党派が逆転勝利したらしい。 うそーん。 しかしあれだけ緻密に描いた我がチェスの盤上が此処まで狂うとは、思わずぞくぞくしてきたぞ。 元はただの暇つぶしに始めたハルケギニア統一だが、そろそろ本腰を入れて取り組むことにしよう。 しかしやはりパソコンに気を引かれるのも事実だったりする。 あ、あと五分だけ…… 「本当にアルビオンにいるんだろうねぇ!」 隣でぎゃーぎゃー騒ぐ望まぬ客に閉口しつつタバサはシルフィードの背中の上でいつものように本を読んでいた。 「報告通りなら、そう」 「しっかし良かったのか、勝手に出てきて」 「いいのよ、お父様に言ったら自分も行きたがるに決まってるんだから」 「子供みたいな人だもんな、あの人」 タバサが眉間を抑える、どうやら現実とイメージの摺り合わせに苦労しているらしい。 「そんでもってあたしのことをさんざん馬鹿にするわけよ、自分の娘って言うのにさ」 そしてちらりとイザベラはタバサを見る。 「その点、ガーゴイルは随分とお父様のお気に入りだからねぇ」 きょとんとタバサは目を丸くした。 「あいたっ、ちょっとあんたご主人様に手を挙げるとは随分えらくなったもんだね」 「こんな可愛い子にガーゴイルとか言うお前が悪いんだろ」 「あんだって、この馬鹿犬が!」 シルフィは溜息を付くと、さらに羽ばたく速度を早めた。 背中の上で姦しく騒ぐ者達を乗せ、向かうは浮遊大陸アルビオンである。 カステルモールの手記 カステルモールですが、宮殿内の空気が最悪です。 どうやらあの簒奪者が召喚した使い魔であるところのサイトはとことん空気の読めない人間であるらしい。 平民であると言うのに宮殿内を我が物顔でのし歩き、あちこちでトラブルを起こす。 それだけならまだしもわがまま姫までセットでついてくる、胃に穴が空く日は近いと思う。 しかもサイトが持ってきたパソコンとやらに入っている“強制的に劣情を催させる絵画”と言うのがまた恐ろしい。 オルレアン公派であったはずの者たちが、毎日のように犬の如く簒奪者の私室へと入り浸っているのだから。 一度なんとか正気を保って帰ってきた同僚に聞いてみたところわけの分からない答えが返ってきた。 「びっくりするほどユートピア、やっぱコミックL○はいいよな!」 なにがなんだかわからない…… ――最後の一人になるまで戦い抜く決意をする。 しかし何か引っかかるのだ、あのサイトと言う少年が持っている剣、前にどこかで見たことがあるような…… 「子供の頃の筈……それなら見たのはガリア、だよな?」 考えても考えても答えは出ない。 そうこうしているうちに、件の同僚が現れた! 「お前も行こうぜ新世界!」 「ちょ、おまっ」 わたしはにげだした。 「いざイザベラ様ツンデレ萌えの世界へ!」 しかしまわりこまれてしまった! 「アッー!」 ――ざんねん、わたしのぼうけんは、かゆっ、うま。 前ページ次ページゼロの英雄
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前ページ次ページゼロの夢幻竜 アルヴィーズの食堂の上には大きなホールがある。 フリッグの舞踏会はそこで催されていた。 着飾った生徒や教師達が豪華な料理が並べられたテーブルの周りで歓談している。 その様子を人間形態のラティアスがバルコニーから眠たげに見つめていた。 眠たいのには理由がある。 学院長室から出て直ぐにラティアスはシエスタ経由で厨房からお呼ばれがかかったのだ。 何でも『猫の手も借りたいほど忙しい』との事で、もし時間と主人からの許可があれば来て欲しいとの事だった。 時間なら幾らでもあるし、ご主人様は恐らく二つ返事で了承してくれるだろう。 そう思ったラティアスはルイズの元に飛んだ。 ルイズは『死ぬほど忙しくなるんじゃないの?』と不安そうだったが一応許可は出してくれた。 そしてルイズが心配した通り、舞踏会が始まる頃にはラティアスは完全にのびていた。 今はそこまでではないものの、ともすれば立ちながら眠ってしまわないかと思うほどだ。 そんなものだから、気を紛らわせる為にシエスタが持ってきた料理を口にしている。 シエスタはおいしいからと言ってワインも持ってきてくれたが、ラティアスは一口飲んだだけでその場に倒れてしまいそうだったのでそれを持っているだけに留めた。 「嬢ちゃんはあそこには行かねえのかい?着飾ったら誘いの一つや二つは来るんじゃねえの?」 「一度体に覚えこませた幻術を一部でも変えるって結構大変なのよ。それに、私踊りの踊り方なんて知らないもん。」 「教えてもらってないから知らない……ってえ言葉は進歩の無い奴がするもんだぜ?出来ない事ってのは誰かの見よう見真似でも、相手に合わせる形でも次第に出来ていくもんだ。 最初からその可能性を投げ出してるんじゃ、出来るものだって何時まで経っても出来ねえぞ?」 「そうだけど……」 バルコニーの枠にはフーケ逮捕の陰の立役者、デルフが抜き身の状態で立てかけられている。 別にこの場所に持ってくるつもりは無かったし、デルフ自身が行かせててくれと言った訳でもない。 ただ、主人以外あまり親密になって話せる相手がいないラティアスにとっては丁度いい話し相手だったからだ。 眠気も紛れるし孤独感に襲われる事もないのが何より良い。 そんな折、彼女は『こころのしずく』に触れた時の事をふと思い出していた。 あの時自分の技の力は確かに上がった。 それは誰かから聞いた事があったから、取り立てて驚いたり騒いだりするほどの事ではない。 しかし肝心な事はそんな事ではない。 何か、正確には誰かの声が自分の心の内奥に聞こえてきた。 一体あれは誰の声だったのだろうか? そして最後には自分の声まで聞こえてきた。 兄様と叫んでいたが自分には兄でもいるのだろうか? よくよく考えてみれば、自分はこの世界に召喚される以前の事はよく覚えていない。 ルイズに話したような元いた世界の常識的な事はすらすらと出てくる。 しかし、ごく個人的な事、例えば両親や兄弟がいたのかといった事は雲がかった様に思い出せない。 学院長は褒美なら何が良いと訊いてきたが、今にして思えばきちんと『こころのしずく』と答えておけば良かったとラティアスは思った。 まあ、正直にそう言ったところで彼が首を縦に振ってくれるとは思えないが。 そんな事を思っているとホール奥の壮麗な扉が開いた。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなあありいぃ!!」 扉の近くに控えていた衛士がありったけの大声でルイズの到着を告げた。 主人の名が聞こえたので、扉の方を見たラティアスは驚いた。 そこにいるのは可愛らしさと高貴さの両方を存分に引き出したドレスを身に纏った一人の淑女だったからだ。 やがてホール内に楽士が紡ぐゆったりとした舞曲の旋律が満ちていく。 ルイズの美しさに見惚れた男子学生達が挙って彼女をダンスの相手にと誘うが、当の彼女は彼らを毛ほども気にかけはしない。 いつも、ゼロだ、ゼロだって馬鹿にしてるからでしょ、とラティアスはぼんやりと思いつつ料理を口に運ぶ。 するとルイズは誰にも何にも目をくれる事なく、真っ直ぐにラティアスの元にやって来た。 「服、やっぱり駄目だった?」 「すみませんご主人様。色々頑張ったんですけど無理でした……。」 開口一番聞かれるのは身なりの事。 変身できる事を悟られた時から言われる度に耳が痛い事だったが、こればかりはどうしようもない。 簡素なメイド服と、宝石の様な輝きを持つパーティードレスじゃ一緒にあるだけで不釣合いにも程がある。 おまけに他の者達は皆異性の相手がいるというのに、女同士で踊ったらおかしい事この上ない。 口調と表情から察するに、どうやらルイズは舞踏会で上手く相手を見つけて踊れているのかが気がかりだった様だ。 「はあ。そうよね。そんな直ぐ簡単にどうにかなるものじゃないわよね……」 落胆するルイズの声が消えない内にラティアスは呼びかけた。 「ご主人様!踊りましょうっ!」 「えっ?だっ、ダメよ!女同士で服もつり合わないのにどう考えたって変じゃない!第一、あなた踊った事あるの?」 「無い……です。」 「それじゃやっぱりダメじゃない!」 「でも!何とかしてみせます!ご主人様の真似でも何でもしますからご主人様に合わせます!」 「でも……」 ルイズはつい口ごもってしまう。 そんな時、バルコニーのデルフが口を開いた。 「娘っ子。嬢ちゃんは嬢ちゃんなりに頑張ろうとしてんだ。ご主人のお前さんがそれを無碍にしてどうするんだい?」 「五月蝿いわね。余計なお世話よ。」 「おほっ。こりゃ強気だねぇ。けどよ嬢ちゃんは真剣だぜ。やってる事が真っ当で当人が真剣にやってりゃ体裁が悪くったって笑われないものなんだよ。見てる連中にそれ以上の何かを訴えるからな。」 「何かって何よ?」 「さあ。その答えは実際踊ってみりゃ分かるんじゃねえのか?」 いまいち要領を得ないデルフの言葉に首を傾げるルイズ。 そしてラティアスは今だ!とばかりにルイズの手を引きホールの中央に進んだ。 そしてそれと全く同時に流れている音楽が軽快な物へと変化する。 場の空気に呑まれたルイズは何とも言えない表情でラティアスの手を取る。 「仕方ないわね……ほら、最初は右足、次は左足……」 「ええと、最初は右足、次が……」 「痛ッ!……ちょっと足踏んでるわよ!」 「あっ、すみません。」 「落ち着いて。リズムに合わせればその内慣れるわ。もう一度いくわよ。せーの……」 繰り返されるぎこちないステップ。 周りの者達はその様子に含み笑いをしていた。そしてそれと同時に軽い驚きも持った。 あの『貴族のプライドが服を着て歩いている』ようなルイズがあんなちぐはぐな事をやるだなんて! ……そんな感じだ。 だが二人の踊りが息の合った軽やかな物になるにつれて、その含み笑いは収まっていった。 実際ラティアスはただ踊っている訳ではない。 ルイズのステップに合わせながら、どうやったら上手く見えるか他の者の足運びを見て真似しているのだ。 始め、唐突な調子の変化に戸惑ったルイズだったが、今は上手く合わせられていた。 気づけばホールにいる大半は彼女達を見ていた。 何かを食べる者も、歓談する者もいない。 その様子を見ていたバルコニーのデルフはぼそっと呟く。 「良かったな。上手くいって。ダンスのお相手を使い魔がやるのもだが、あれだけ早く覚えこむのも……おでれーた。本気でおでれーたよ……」 空では二つの月が寄り添うようにして地上を照らし続ける。 そしてホールに立てられた幾つもの蝋燭の光は、月光と溶け合い幻想的な空気を醸し出す。 泡沫とも言える饗宴は始まったばかりだった。 前ページ次ページゼロの夢幻竜
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前ページ次ページゼロの工作員 図書館で許可証と名簿を記入し、いつも奥の席に座っている、 顔なじみとなった青く見える黒髪を持つ少女、タバサに話しかける。 「こんにちわ」 「・・・うん」 フリーダはオスマン達から正式に異世界の人間であると認められ、この世界の教育を受けている。 講師となるのは『雪風』の二つ名を持つ、眼鏡をかけた十代の小さなメイジだ。 齢は14歳、背は140cmほどで、魔法学院2年。無言、無表情。 発育が遅れ、背が小さく大人しいために12歳ほどに見える。 生徒の中では特別優秀な存在らしく、<トライアングル>の称号を貰っていた。 フリーダはタバサの元へ通い詰め、文字や文章の読み方といった基本的なものや、 地理政治文化、歴史といったものまで、ハルケギニアについて様々な知識を学んでいる。 魔法や魔道具などの異世界の知識は、物語の中に居るようで彼女にとって面白かった。 映画や小説の設定資料や使われた道具を生で目にするようなものだ。 彼女は真綿に水を染み込ませるように知識を吸収していった。 「問題、正式名称は「王立魔法研究所」。トリステインの王都トリスタニアにあって…」 「通称アカデミーね」 「正解」 タバサは非常に無口なものの、聞けばちゃんと答えてくれる。 教えてもらう代わりに、フリーダはトリステインでは未発達と思われる自然科学や数学の知識を教えていた。 レベルの低い学院の授業に半ば飽きていたのでタバサにとっても有意義な時間であった。 「tanθ = sinθ / …」 「飲み込みが速いわね、なら…」 古風な紙媒体の本を使い、鉛筆で紙に書き取り、覚える。 脳に埋め込んだ 記憶領域 経由で覚えてきたフリーダにとって、 手で覚えるのは古臭く非効率極まりないことである。 それでも彼女は嫌いではなかった。 図書室の壁に掛けてある時計を見ると、とっくに夕食の時間は過ぎていた。 熱が入りすぎて夕食を抜かしてしまったようだ。 一段落したのでタバサと一緒に休んでいると、 いつものようにキュルケが林檎やサンドイッチの入ったバスケットを持ってきた。 タバサと図書館に夜遅くまで入り浸るようになって以来、毎晩彼女は差し入れを持って来てくれるのだ。 彼女はタバサの体調が心配だから持ってきているのだそうだ。 服や男はだらしないように見えて、実はマメで世話焼きなのかもしれない。 「それにしても、たった一週間でずいぶん懐いたわね。タバサ」 「・・・・たぶん、違う」 タバサの頬が微妙に動いた。 表情が乏しいので判りづらい、多分喜んでいるのかもしれない。 「林檎。食べる」 タバサがバスケットから林檎とナイフを取り出し皮を剥く。 危なっかしい手付きで皮ごと身を剥ぐ。 角ばった林檎が出来そうだったので。 「貸して」 不器用な姿にフリーダは見ていられなくなり、手を貸した。 慣れた手で林檎の皮を剥く。 「へえ、上手いわね」 皿の上には林檎の兎が乗っていた。 遊び心で、瞳や毛の細工を無駄に凝ってみた。 「刃物の扱い、慣れてるの?」 「ええ、昔レストランで働いてたから」 「・・・そう」 キュルケは林檎の兎を頭から食べた。シャクシャクと子気味よい音がする。 「・・・もったいない」 タバサは残念そうに兎を食べる。 無表情に見えて、可愛いもの好きなのかもしれない。 「・・・・・・」 タバサがじっとフリーダの顔を見ている。 視線は眼鏡に注がれている。 放っておいたら黙っていつまでも見つめていそうなので、問いかける。 「…掛けたいの?」 「うん」 フリーダは眼鏡を外し、渡した。 タバサは歪みのないレンズの向こうでどんな世界を見ているのだろうか。 付けた心の仮面が外れそうで、ぎこちない微笑みを返した。 「・・・度が入っていない」 「レンズを一枚通したら、世界が綺麗になって見える気がするの」 彼女はレンズと同じ、薄っぺらい『自分』に対して苦笑いする。 「今週の休み、みんなで一緒に街にいかない?」 「あたしとタバサとルイズつれてさ、買い物に行くの。案内したげるわよ」 「そうね。この国を知るいい機会かもね」 「・・・シルフィード」 「どうして私がツェルプストーなんかと」 ビルの2階ほどの大きさがある羽を広げた蒼い竜の背で、 ルイズがぶつぶつ小声で文句を言っている。 三人はタバサの使い魔、シェルフィードの背に乗り、 ハルケゲニアの王都トリスタニアへ向かっていた。 タバサが魔法で風の障壁を張るおかげで、 高度にも関わらず生身で外に出ても快適である。 ルイズはフリーダとの付き合い方を考えていた。 朝はルイズが着替えるのを手伝った後、洗濯に行き、 ルイズの授業がある昼間は平民のシエスタと共に雑用、 食事も別で、授業後はタバサと勉強、忌々しいツェルプストーとも仲がいい。 其処まで考え、気付く。自分は存在感がゼロのルイズではないのかと。 会話する暇がないじゃない! そういえば、まだ学校から貰ったフリーダの下着の替えや 制服以外の服は用意していなかったなと思い出した。 先日、ツェルプストーがフリーダと一緒に買い物に行こうと粉をかけていた。 先祖代々寝取られてきたツェルプストー家に使い魔まで取られては堪らない。 焦ったルイズは主人の懐の深さと、偉大さを示すため、 街で物でも買い与えようかと思っていた。 その矢先の出来事であった。 「壮観な光景ね」 上空のシルフィードから街を見下ろす。 街の中央に聳え立つ、白い石造りの尖塔。 王城を中心に整備がなされた街路は巨大な人口を抱える都市にも関わらず、 一様に入り組み細く狭い。 街を二部する巨大な河を隔て、街と城に分かれている。 どうして街路を広くとらないのか彼女は不思議に思った。 旅なれた彼女には一目で判る。 こうした不自然な景色は、たいてい設立初期に戦争があったためだ。 「トリステインの王都よ。ここらじゃ一番大きな町なんだから。特産品は…」 ルイズが誇らしげに説明している。 だが、フリーダの冷静な目に映るそれは、ただの街だ。 そして人殺しの専門家、暗殺者であるである彼女は、 無価値なものを美しく飾ろうとするすべてが嫌いだった。 トリスタニアの大通りを歩く。 休日の通りには露天が出展し、元々5mほどしかない道を更に狭くしていた。 「狭いわね。これでも大通りなの?」 ルイズが怪訝な顔をする。 「アンタどんなとこに住んでたのよ」 「私の住んでいた街はこれの3倍はあったわ」 「ゲルマニアでもそんなものないわよ」 「…そう」 トリステインの王都、トリスタニア。 街の中央には、王城を始め石造りの白い美しい建物が立ち並び、多くの貴族が暮らす。、 街一番のブルドンネ通りの路地には色とりどりの安物の衣服や帽子をずらりと並べた露店や、 手製の首飾りや指輪を売る立ち売りの商人や、タライや包丁フライパンを置いた金物屋、 箱売りしている果物やザルに無造作に詰まれた野菜を売る露天商、 試験管に入った妖しい色の秘薬を売る屋台が立ち並ぶ。 肉を焼く臭いや、店主と客の競り合う声が聞こえ市場は騒々しい。 商品を搬入する台車や、忙しそうな買出し業者、子供連れの夫婦や学生、 空には風竜やグリフォン、ヒポグリフなどの使い魔や風船が飛び交い、混雑を通り越し猥雑だ。 「ほら、そんなに物珍しげにしてると、スリに狙われるわよ!」 フリーダはルイズに注意されるも、街の姿に気もそぞろだった。 様々な星の、街を見てきた彼女であったが、 本の中でしかなかった街の光景が現実のものとなっているのだ。 本好きな彼女としては実に魅惑的だ。 「アンタの服を買いに来たんだからね!」 今日の予定は学院から出て、街へフリーダの服を買いに行くことになっていた。 召還時の服はボロボロで替えの服や下着がなかった為だ。 当初はキュルケがフリーダの服の金を出すといっていたのだが、 ルイズが使い魔の面倒を見るのは主人の務めと首を縦に振らなかったため 全額、ルイズ持ちとなっている。 「摺られて私に恥をかかせないでよ!」 財布は金貨が一杯に詰まっていて、重い。 スリが嫌なら私に財布を持たせるなとつきかえそうと思ったが、面倒なので止める。 ルイズの言葉に一々反応していたのでは日が暮れるから。 「いいじゃないの。楽しんでるんだから」 隣に歩いているキュルケがフォローを入れた。 「ルイズだって初めて街に来たとき同じだったでしょうが」 自分の身長ほどもある長い杖を抱え物静かに歩くタバサが首を縦に振った。 「あ、あれは子供のころの話しで」 ルイズがキュルケにからかわれている。いつもの通りだ。 そのうちルイズが一方的に興奮しだして杖を抜いて爆発させるだろう。 ほら、予想通り爆発させた。 それをキュルケが軽くあしらい、タバサが無言で被害が広がるのを抑える。 三人の日常風景だ。 服を大量に買いすぎたルイズがキュルケに 「シェルフィードじゃそんなに持ってけないわよ」 と諭されたり、ご主人様と使い魔の関係に気の大きくなったルイズが アクセサリーを大人買いしようとしたのを 「・・・無謀」 とタバサに止められたり、彼女オススメのハシバミ味のアイスを食べて 「に、苦っ」 とルイズが悶絶したりと三人は買い物を楽しんでいる。 フリーダは目をそらし、眼鏡を直す。 はしゃぐ彼女達の中にいるのが、たまらなく場違いで、恥ずかしくなる。 「少し、辺りを見てきていいかしら?」 アイスを食べて一人を除き全員で悶絶した後、フリーダが切り出した。 「いいわよ。私達は店で待ってるから」 「待ってる」 「苦あいいい」 三人から離れ路地を歩く、中央通りから一本離れただけで街の本来の姿が見えた。 表通りとは反した整然と並んだ店舗は店主やその他の人々が数人、寒々と店番をしている。 客や騒々しい商品の搬入は少なく静かで活気のない市場。 早々と店仕舞いする店主や無人の店舗が所々に見える、 中には一区画丸ごと無人の地域もあった。 「…いろんなお店があるのね」 「どう?楽しかった」 ルイズは好物のクックベリーパイを口いっぱいに頬張っている。 「……………ええ」 「それにしてもフリーダって意外よね。何でも知ってるくせに何にも知らないもの」 タバサもキュルケに同意する。 「・・・アカデミーでも教えられる知識を持っているのに、普通のことで珍しがる」 からかわれているようだからフリーダは訓練して身に付けた不自然でない笑顔を作る。 「…………私の国ではこんな光景、なかったから」 「フリーダの国に私も行ってみたいわ」 ルイズの『フリーダの国』の言葉は彼女を不機嫌な現実へ引き戻す。 「無理をして外に出る必要もないわ。……ここは、平和だもの」 彼女は思う。少女達はこのトリステインという国が病んでいることを知らないのだろう。 同じ街で、同じ空気を吸いながら、彼女達は違う世界を生きている。 ここも、フリーダの居場所ではないのだ。 トリステインは彼女の故郷だ。 メイジと平民に見放され徐々に寂れつつあるけど、ルイズにとって守りたい場所である。 乱立する店の隙間から王宮の尖塔が見える。 その下には綺麗な白い石造りで出来た貴族達の屋敷と平民たちの街が広がっていた。 街は雑多で敷き詰まっていて、汚い。 それでも彼女は街が好きだった。 「落ち着いた街ね」 「もっと派手なのがいいわ。トリスタニアは地味すぎるわよ。」 ツェルプストーはゲルマニア生まれで派手好きだからトリステインの愚痴ばかりこぼす。 伝統と格式を守ってこその貴族なのに。 フリーダがじっと短剣を付けた平民の腰元を見ている。 完璧で、何事にも無関心に見えた外国の少女。 そんな彼女にも人間らしいところがあるのがわかって嬉しい。 「危うく忘れるとこだったわ」 「服も靴も下着もお菓子も買ったわよ」 まだ買うつもりかとツェルプストーが非難する。 いいじゃない。私だって久しぶりに街に来たんだから。 本当はまだまだ買いたかったが、シェルフィードが運べないのなら仕方がない。 「・・・武器」 タバサが店を指差した。 前ページ次ページゼロの工作員
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前ページ次ページゼロのアトリエ 二つの月に照らされた、夜のトリステイン魔法学院。 その光が、宝物庫の外壁を歩く人影を浮かび上がらせる。 「ふん。物理攻撃が弱点、とはよく言ったものだわ。」 強力な『錬金』で全てを土くれに変える、というその手口から 土くれのフーケと名づけられた、メイジにして大怪盗。 「かかってるのは固定化だけみたいだけど、この厚さは私のゴーレムでも無理ね…」 苦労して手に入れた情報も、決定的なものではなかったということか。 「さて、一体どうしたものかね。」 考えながら外壁を降りるフーケ。 瞬きする間に、土くれのフーケはその存在を消し去っていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師10~ 錬金術の勉強を始めたルイズ達は、心持ち以前より良好な関係になっていた。 「何をしてるの?」 「あ、ヴァリエール。いや、ちょっと魔法の練習をね。」 ほんの少し、魔法に関するものごとを除いては、だが。 「…」 たしかにルイズに対して侮蔑の感情をあらわにすることはなくなったが、そのかわり、 キュルケの言葉にあわれみのようなものが混じるようになったことが気に入らない。 実に気に入らない。 「私もやる。」 「でも。」 「やるって言ったでしょ。」 ルイズの固い決意を読み取ったキュルケは、諦めたように両手を腰に当てる。 「しょーがないわねえ。じゃ、とりあえず空にファイヤーボールでも飛ばしてみる?」 「…やるわ。」 杖を構え、ファイヤーボールのルーンをよどみなく詠唱するルイズ。 「ヴァリエール。強力なファイヤーボールが飛ぶ所を心に強く思い浮かべるのよ。」 今度こそ。何百度目かのルイズ渾身のファイヤーボールを天に向かって放った、のだが。 なぜか、脇の宝物庫が大爆発を起こす。 ルイズ達の周りに重苦しい空気が漂う。 中庭の植え込みで、その一部始終を見ていた者がいる。フーケだ。 ルイズの魔法で宝物庫の壁にヒビが入った。一体あの呪文は何だろうか? 疑問が浮かぶが、ともあれ今がチャンス。 フーケは長い詠唱を完成させ、地面に向けて杖を振る。 轟音を立てて、巨大なゴーレムが立ち上がった。 「ゴーレム!?」 最初に気付いたのはルイズ。 ゴーレムは一目散に宝物庫へ向かい、巨大な拳で宝物庫を攻撃する。 「ちょ、ちょっと、何これ!?」 キュルケが思わず頓狂な声を上げると、ゴーレムがこちらの頭上に足を持ち上げた。 間一髪、タバサの使い魔、ウィンドドラゴンが滑り込み、 キュルケ、ルイズ、最後にタバサをつかんで、ゴーレムと足の間をすり抜ける。 「ふふ、頑張ってね…」 既に目的は達したのか、フーケは何かのルーンを呟くと、どこかに飛び去った。 (…ラート、ヴィオラート…!) 「ルイズちゃん?」 溶鉱炉の内部で仕上げに取り掛かっていたヴィオラートは、 ルイズの声を聞いた気がして我に返る。ルーンが光り、 ゴーレムに襲われるルイズ、という光景が眼前に飛び込んできた。 「ルイズちゃん!」 フライングボードに飛び乗り、宝物庫に急行する。 すぐに、巨大な土のゴーレムを確認したヴィオラートは三叉の音叉を取り出し、 フライングボードの勢いを生かしたまま、ゴーレムの頭に思い切り撃ちつけた。 あたりに澄み切った重低音がこだまする。 三叉音叉が、ヴィオラートの額のルーンと同じ色の輝きに包まれ、光が溢れ… 土のゴーレムは跡形も無く崩れ去った。 「大丈夫だった?ルイズちゃん!」 そう言ったヴィオラートの顔は汚れ放題で、服は土まみれ。 でもルイズはそんなヴィオラートの姿を認めた瞬間、何かが溢れそうだったので かわりに、微笑んだ。 翌朝。魔法学院では、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。 巨大なゴーレムで壁を破壊する、などという派手な方法で「破壊の像」が盗まれたのだ。当然である。 破壊された宝物庫の周りには学院中の教師が集まりざわめいていた。 壁には、土くれのフーケの犯行声明が描かれている。 「破壊の像、確かに領収いたしました。土くれのフーケ。」 教師達は好き勝手に責任を擦り合っているようだ。 「土くれのフーケ!ついに我が学院にも現れたか!」 「衛兵は一体何をしていたんだね!」」 「平民など当てにならん!それより当直の貴族はどうしていたんだね」 「当直など、誰も真面目にやってなかったではないか!」 (なんで、こんなみっともない貴族ばかりなの!ヴィオラートに、貴族のこんな姿を見せたくない…) ルイズはふがいない貴族の実態に憤りを感じ、せめて自分だけは貴族たらんと決意を新たにする。 「さて」 教師達が集まりきるのを待っていたのか、オスマン氏が悠々と姿をあらわした。 「犯行の現場を見ていたというのは、君達かね?」 「は、はい!」 ルイズ、キュルケ、タバサ。そしてヴィオラート。 「ふむ、君達か。」 オスマン氏は興味深そうにヴィオラートを見つめた。 「詳しく説明したまえ。」 ルイズが進み出て、見たままを述べる。 「あの、大きなゴーレムが、ここの壁を壊して…たぶん「破壊の像」を、盗み出したんです。」 「それで…肩に乗ってたメイジはゴーレムを飛び越えて、そのままどこかに…」 「ゴーレムは、ヴィオラートが破壊しました…」 「ふむ。後を追おうにも、手がかりはなしか…」 「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその…朝から姿が見えませんで…」 「この非常時に、どこに言ったんじゃ?」 「どこなんでしょう」 そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。 「申し訳ありません、朝から、急いで調査をしておりまして。」 「調査?」 「ええ。土くれのフーケの情報を。」 「仕事が速いの。で、結果は?」 「はい、フーケの居所がわかりました。」 「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル。」 「はい。近所の農民からの情報です。森の廃屋に、黒いローブの男が入って行くところを見たと。」 ルイズが叫ぶ。 「黒いローブ?フーケです!間違いありません!」 オスマン氏は目を鋭くして、ミス・ロングビルにたずねた。 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日、馬で4時間といったところでしょうか。」 「ふむ…」 周囲が、オスマン氏の次の言葉を待つ。 「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ。」 周囲が、静まり返る。 「おらんのか?」 教師達は静まり返り、誰一人としてオスマン氏に向き合おうとすらしない。 ルイズはうつむいていたが、すっと杖を顔の前に掲げた。 「ミス・ヴァリエール。君は生徒じゃないか。」 「誰も掲げないじゃないですか。」 ルイズはまっすぐな目で、オスマン氏を見返す。 ルイズが杖を掲げているのを見て、キュルケも杖を上げた。 「ふふ、ヴァリエールには負けられませんわ。」 それを見て、タバサも杖を掲げた。 「タバサ。あんたはいいのよ?」 そう言ったキュルケに、タバサは 「心配」 とだけ告げ、ちらりとルイズを見る。 キュルケは嬉しそうに、タバサを見つめた。 ルイズも感動した面持ちで、タバサにお礼を言った。 「ありがとう…タバサ…」 そんな三人の様子を見て、オスマン氏は破顔する。 「そうか。では、頼むとしようか。ミス・ロングビル、案内役を頼む。」 「はい」 そう命じられたミス・ロングビルの顔には、場違いなほど妖艶な笑みが浮かんでいた。 前ページ次ページゼロのアトリエ