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前ページ次ページゼロの魔獣 ニューカッスル アルビオン王家終焉の地となった、かつての名城は、今や見る影もない。 王党派最後の砦は、物理的な意味で文字通り『壊滅』していた・・・。 百倍以上の敵に囲まれ、完全に進退が窮まった事で、王軍三百はその悉くが死兵となった。 城門に迫る敵を薙ぎ払い、一人でも多く道連れにせんと、烈火のごとく逆襲をかける。 その裂帛の気合は、生き延びて勝利の美酒を味わいたい雑兵達に耐えられるものではなかった。 前線の思わぬ崩壊に『レコン・キスタ』首脳部が採ったのは、考えうる中で最も単純かつ頭の悪い策であった・・・。 瓦礫の山に悪戦苦闘する火事場泥棒どもに侮蔑の視線を投げかけつつ、羽帽子の長身が進んでいく。 向かった先は、レコン・キスタ旗艦-『レキシントン』・・・今回の戦いの趨勢を決定付けた艦であった。 「首尾はどうだったかね? 子爵」 「・・・今 手の者に回収させているところですよ しかし いまさら『彼』に何の用です? ミスタ」 「フフ・・・ 適材適所というヤツさ まあ 私のちょっとした趣味といった所だよ」 『ミスタ』と呼ばれた白衣の男は、そう言ってニヤリと笑う。 「それにしても」 と、辺りを見回しながら、羽帽子の男・ワルドが話題を変える。 ―改修前、『王権(ロイヤル・ソヴリン)』の名を冠し、王家の守護神とまで謳われた名鑑の名残はどこにも無い。 優美なマストは取り払われ、物々しい砲台と無骨な計器類が立ち並ぶ・・・ 明らかに既存のハルケギニアの『船』のルールを飛び越えた、空の要塞であった。 「実に閣下の好みそうなデザインだ まったく・・・異界の技術とは恐ろしい物ですな・・・」 この『異物』がハリボテで無いことを、ワルドは既に知っている。 先の戦いにおいて、この艦は単独で城門に突撃し、 逃げ惑う味方と必死の形相で踏みとどまる敵を、城ごと吹き飛ばして見せたのである。 「なに・・・ 私の知人が構築した技術を この世界の魔法技術で応用してみただけのことだよ もっとも その友人は 既にこの世の者ではないがね・・・」 「・・・魔獣・・・ですか」 ワルドの指摘に、男の瞳が黒眼鏡の底で怪しく光る。 -ややあって、男が口を開く。 「魔獣といえば・・・ 慎一くんに噛まれた傷の具合はどうかね?」 「すこぶる良好ですよ いまだったらオークと殴りっこしても勝てそうだ」 そう言いながら、ワルドは永遠に失われたハズの左腕- その肘先に取り付けられた銀色の篭手を巧みに動かしてみせる。 「それは長上 介抱祝いといってはなんだが ひとつ贈り物を用意させて貰うよ ― 子爵は乗馬は嗜むのかな?」 「一応は 乗りこなせない幻獣など存在しないと自負していますが」 「結構 だが こいつは予想以上のじゃじゃ馬だよ 覚悟して置きたまえ」 白衣が指を鳴らす。 ひとつの巨大な影が現れ、二人の頭上を高速で飛び去っていく。 突風に煽られる羽帽子を押さえながら、ワルドはまず驚愕の色を浮かべ・・・ 次いで子供のように瞳を輝かせた。 トリステイン南方、ラ・ロシェールのさらに先、タルブ―。 広大な草原に囲まれた寒村、その近くに建てられた簡素な寺院を 慎一はシエスタを連れ立って訪れていた。 「・・・ これが 『竜の羽衣』 なのか・・・?」 「ええ おかしな話でしょう? こんな鉄のカタマリが 空を飛ぶはずなんてないのに」 「・・・・・・」 「あの・・・ シンイチさん・・・?」 ―ここに来るまでの道中、慎一は一つの仮説を立てていた。 シエスタの祖父は、何らかの事故に巻き込まれ、 飛行機に乗ってこの世界にやってきた『地球人』なのではないかと・・・。 その予想、半ばまでは当たり、残りの半分は外れていた。 目の前にある鉄の塊は、間違いなくこの世界の物ではない。 おそらくは『飛行機』であり、シエスタの祖父は、ほぼ間違いなく『異邦人』であろう・・・。 ― おそらく、と言ったのは、それが慎一の知る一般的な飛行機では無かったからである。 慎一が古い記憶を辿る。 子供のころ見た特撮ヒーロー番組。 地球を跳梁する宇宙怪獣、 巨大な敵に立ち向かう地球防衛軍。 ピッチリとした近未来的なスーツ、 ビビビーッと音の出るスーパー光線銃。 ― 慎一の眼前にあるのは そんな世界から飛び出してきたかのような『戦闘機』だった・・・。 慎一は『竜の羽衣』 の周囲をゆっくりと回り、その全体像をあらためて確認する。 外見は上履きを巨大化させたかのような流線型、 塗装の類は施されておらず、全体が地金の渋い銀色で覆われている。 翼は無く、機体後部にモヒカンのような尾翼が申し訳程度に一本。 後方にはジェット機のようなブースター。 特徴的なのは、コックピット前方、機体の上部に取り付けられた防弾ガラス。 半透明の黄色と緑、六角形の窓が組み合わさって、亀甲模様を作っている。 ガラス内部には人が入れそうなスペース。一瞬複座型かとも思ったが、シートは無い・・・。 そこまで調べた時、慎一は機体表面に、引っかき傷のような文字が彫ってあることに気付いた。 「・・・『試作壱号機 ― 荒鷲』」 「えっ?」 慎一の言葉に、シエスタが驚きの声を上げる。 「シンイチさん その字・・・読めるんですか?」 「・・・爺さんの遺品を見せてくれるか?」 程なく、シエスタは二冊の本を持ってきた。 とりあえず慎一は、辞書のように分厚い一冊を開く。 中には頭痛がするような大量の数式と、やたらと細かい図面・・・。 一目で機体の仕様書である事が分かったが、それ以上の事は慎一には分からない・・・。 ひとまず本を閉じ、小さい手帳の方を開く。 それは、シエスタの祖父の手記であった・・・。 【昭和49年 4月4日】 慎一はそこで首を傾げた。 シエスタの論述が正しいならば、彼女の祖父がこの世界に来たのは終戦の前後であるはずだ。 来る途中で時間軸が捻じ曲がったのか、地球とハルケギニアでは時間の流れが違うのか 或いは・・・彼の住んでいた『地球』は、慎一の知る『地球』とは、似て異なる世界なのか・・・? 「・・・・・・」 「何か 分かりましたか?」 「・・・この機体は、宇宙開発用に作られたものだったんだ」 「宇宙・・・?」 「コイツでお月様まで飛ぼうとしてたって事さ・・・」 「そんな事・・・?」 慎一にとっても、にわかに信じられる記述では無い。 だが、ここに書かれている事が事実ならば、 このマシーンは十三使徒・・・慎一の知る科学者達が作り上げたものではないだろう。 十三使徒の科学力は自然のコントロール ― 地球の『内』を向いた保守的な思想に乗っ取っていた。 この機体にはその逆 ― 地球の『外』を目指した技術が詰まっていることになる。 ページを進める。記述は徐々に、男の身辺の話へと移っていく。 三体の変形合体により高い汎用性を持たせるスーパーロボット計画。 その合体テストの際に発生した事故。 中央の機体がサンドイッチになって大破し、臨界状態となった炉心が爆発、 先頭の機体に乗っていた『彼』は、強烈な爆発に巻き込まれ― ― 気が付いた時には、ハルケギニアの空を飛んでいた・・・。 それは、筆者の心の痛みが伝わってくる文章であった。 -事故に巻き込まれた仲間の安否 -プロジェクトを失敗させてしまった無念 -日々募っていく望郷の念 いつしか慎一は、タルブの草原で夕焼けを望む『彼』の横顔をそこに見ていた。 『この手記を手に取ってくれたあなたに・・・』 最後のページに書かれていたのは、『彼』から慎一にあてたメッセージであった・・・。 『この手記を手に取ってくれたあなたにお願いがある。 あなたにこの、竜の羽衣を託したい。 私はもう、生きて故郷の地を踏むことは無いだろう。 技術や手段の問題ではない。 私はこの地で愛する家族を手に入れ、すっかり根を下ろしてしまった。 故郷に帰るための翼を失ってしまったのだ。 だが、この機体は違う。 この機体には、無限の未来を託して散っていった仲間たちの想いが宿っているのだ。 不躾な頼みである事は承知だが、是非、この機体を本来あるべき場所へ 虚空の彼方へと、解き放ってやって欲しい・・・。』 慎一は静かに手記を閉じた。 「・・・シエスタ この『羽衣』の事なんだが」 「ええ 私には 難しいことは分かりませんが・・・ でも シンイチさんに預けることで 祖父もきっと喜ぶと思います!」 「ありがとう」 慎一は機体の上に四つんばいになると、ゴリラの筋肉を纏い、鷹の翼を広げた。 「え! ええっ!? ここから?」 「一足先に学院に戻る 休暇明けには迎えに来るさ 家族水入らずで 骨休めしとくといいぜ!」 重厚な銀色の機体がズズッと持ち上がる。 慎一は緩やかに、夕焼けのタルブの草原へと飛び立った―。 ― 元の世界に戻るための手がかりを得た慎一ではあったが、問題はいまだ山積みであった。 この機体は、専門知識を持つシエスタの祖父にも動かせなかったのだ。 半世紀以上もブランクのある骨董品を、ド素人の慎一が治さねばならない。 慎一としては、一縷の望みにかけるしかなかった・・・。 学院に戻ったときには、既に太陽が頭上へと来ていた。 機体の置き場に困り、とりあえず、かつて決闘を行った広場へと着陸する。 衆人が注目する中、慎一はある人物を待っていた。 ―やがて、人込みを掻き分けながらこちらに向かってくる禿頭・・・。 「シ シ シ シンイチくーん! その素晴らしいマシーンはどうしたんだい!?」 学院一の変人 ジャン・コルベール ―― 慎一の一縷の望みが、気持ち目玉をグルグルさせながら現れた。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページ次ページゼロの魔獣 「・・・で 何でお前がここに居るんだ?」 「フッ このギーシュ・ド・グラモン トリステイン王家の一大事と聞きつけ 及ばずながら尽力しようと駆けつけたのさ!」 「ルイズならとっくの昔に出発したぞ とっとと追いかけたらどうだ?」 主の居ない一室では、男二人の不毛な会話が続いていた・・・。 ギーシュが今朝になってルイズの部屋を訪れたいきさつはこうである。 昨夜、奇妙な来訪者の姿を目に留め、『たまたま』アンリエッタの依頼を耳にしてしまったギーシュは すぐさま義侠心を奮い立たせ、アルビオン行きに名乗りを挙げようとした― ―が、突然室内に怒声が響き渡り、次いで物凄い剣幕のルイズが飛び出して来たため 出るに出られなくなってしまったのだ・・・と。 「まったく シンイチは貴族の意地ってもんが分かってないな・・・」 タメ息をついてギーシュが続ける。 「今から馬で追いかけて 一緒に連れて行ってくれなんて そんなミソッカスみたいな真似ができるかい? ここは密かに先回りして ルイズのピンチに颯爽と現れるのがベターってワケさ」 「・・・そのために 俺の力を借りにきたのか?」 あまりの虫の良さに腹も立たない。 あれ程最悪のファースト・コンタクトであったのも関わらず 実は慎一は、この金髪の若者が嫌いでは無かった。 お調子者であるという一点において、彼は、慎一がかつて共に旅をしていた少年と似ていた。 それに実際、この話は渡りに船だった。 真理阿やアンリエッタにも頼まれていたし、命を救われた恩もある。 慎一にはルイズを守らねばならない、それなりの責任がある・・・のだが 昨夜の大喧嘩の後、ノコノコとルイズについて回る気にはどうしてもならなかった。 ギーシュを送ったついでに、アルビオンに物見遊山と洒落込む、と言えば かろうじて、かろうじて男としての面子も保てるのでは無いだろうか? (キュルケに言わせれば、慎一のそういうところが『可愛い』のであろう。) 「よく分かった じゃあ早速出発するか!」 「そう タバサに頼んでシルフィードを借り・・・ええッ!!」 慎一はギーシュの首根っこを捕まえると、一息に窓から飛び立った。 力強く翼をはばたかせ、みるみる上空に舞い上がると、ピタリと急停止した。 「・・・おい ラ・ロシェールってのはどっちだ?」 ギーシュは声にならない。顔が青紫に鬱血し、口からあぶくを吹いている。 震える指先で、かろうじて目的地を指差した。 「なんだ 逆方向じゃねぇか・・・ 早く言えよ」 そう言うと、慎一は風竜もかくやというスピードで、一気に雲のかなたへと飛び去った。 「タバサ! 今すぐシルフィードを出して!!」 自室に物凄い勢いで駆け込んで来たキュルケに対し、窓の外を見ながらタバサが言った。 「・・・あのスピードは 無理」 ―ラ・ロシェールに向け快調に飛ばし続けていた慎一ではあったが ふと、前方の異変に気づき、翼を大きく旋回させて乱暴に着地した。 ぶつけた尻をさすり、朝食を幾分戻しながらギーシュが抗議する。 「シンイチ 休憩するならもっとエレガントに・・・」 「敵がいた」 慎一の飼っている『目のいいヤツ』は、1キロ先の獲物を捉えていた。 それは、通りすがりの旅人を襲うには、あまりに物々しい一団だった。 「情報が筒抜けじゃねぇか 白土三平の漫画でもありえねえ・・・」 「だ だが チャンスじゃ無いか・・・ 奇襲を企むものは 自分達が奇襲を受けることは想定していないものさ・・・」 「ほう」 慎一は素直に感心した。死に掛けの若者に兵法を説かれるとは思ってもいなかった。 「いい機会だ・・・ ここは ボクの親友の力を借りるとしよう・・・」 ギーシュが指を鳴らす。 たちどころに何者かがもこもこと地面を盛り上げ、高速でこちらに迫ってきた。 慎一は括目した。 その使い魔の巨体にではない。 その生物が地面を掻き分けながら、自分のスピードについてきた、という事実にである。 哀れな襲撃者たちは、文字通り足元をすくわれた。 彼らは元アルビオンの傭兵であった。といっても、今は金で雇われているワケでは無い。 ラ・ロシェールの街の酒場『金の酒樽亭』で飲んだくれていた所、 店に入ってきた目つきの悪い女に、いきなり仲間の一人が椅子で叩き伏せられたのだ。 彼らにも傭兵の意地がある。突然の乱入者相手に果敢にも立ち向かったものの 酒の回った体でどうにかなる相手ではなかった。 酒瓶でどつき回され、テーブルで押し潰され、ウォッカで火ダルマにされ 遂に彼らは暴力に屈するところとなった・・・。 殺らなければこちらが殺られる・・・ 全身に生傷を負い、悲壮な決意を持って襲撃計画に望んでいた彼らの一人が、 突然大地に飲み込まれた。 背後からの悲鳴に全員が振り返った。それが新たな悲劇の始まりだった。 前方の大地が裂け、そこから出現した悪魔に、瞬く間に半数がぶちのめされた。 前歯を折られ、みぞおちを打たれ、睾丸を蹴り飛ばされ 後から出てきた金髪の若者が名乗りを上げる頃には、既に大勢が決していた―。 ギーシュがワルキューレを使い、事後処理にあたる。 次々に身ぐるみを剥ぎ、縛り上げていく。 慎一が魔獣を使わなかったのは、優しさからではない。 彼らの知る情報を、聞きだす必要があったからである。 ―と、 傷の浅かった傭兵の一人が、後方で何かゴソゴソとやっている。 「おい テメー! 妙な動きしてんじゃねえ!!」 言いながら近づいた慎一の前で、異変は起こった。 突如、男の体がビクンと震え、その全身が痙攣する。 全身の筋肉が異常に盛り上がり、着ていた服が裂ける。男が天を見上げて咆哮する。 とっさに身構えた両腕の上から拳が跳んできた。 ダンプカーでもぶつかったかのような衝撃が走り、 慎一の体はサッカーボールのように大きく跳ね飛ばされた。 悲劇の場は惨劇の場へと姿を変えた。 男の瞳は、既に正気のそれではない。 両手を縛り上げられた傭兵達は、まともに抵抗することも出来ず。 かつての仲間に抉られ、絞られ、叩き潰されて、断末魔の悲鳴を上げる。 「クッ! ワルキューレッ!!」 ギーシュの叫びに、近くの戦乙女が槍を繰り出す。 男は避けない。青銅の槍は腹筋で止まり、飴細工のように捻じ曲げられる。 ギーシュは男を包囲すべく、ワルキューレに同時に指示を出す、 と、男が突然、猿の如く飛び跳ね始めた。 男はその巨体からは想像もつかない動きで飛び回り、紙人形でも相手にするかのように 次々とワルキューレを引き裂いていく。 「な 何なんだよコイツはァ!?」 「下がってろギーシュ! コイツは俺の獲物だ!!」 ペッと奥歯を吐き捨てながら、慎一が叫ぶ。 その瞳がただちに猛禽のそれへと変わり、飛び回る男の姿を捉える。 飛び交う男の軌道にあわせ、慎一が跳ぶ 中央で両者が交錯し、動きが止まる。 両手を絡め、互いの額を擦り合わせながら、戦いは純粋な力比べとなる・・・。 ずずっ、と慎一の体が徐々に後退していく。 勝利を確信した男が雄叫びを上げ、慎一の首筋に齧り付く。 「ウオオオオオオオオオ!!!! この俺をッ ただで喰えると思ってんじゃねえええええ!!」 大きくのけぞりながら慎一が吼える。 その額から、ズルリと鷹のクチバシが飛び出す。 「うおおおおおおおお!!!」 慎一がその尖った頭部でヘッドバットを繰り出す。 ビキッと鈍い音がして、男のこめかみが大きく穿たれる。 奇声を上げてよろめく男を、慎一は絡めた両手で引き起こす。 その右腕が獅子の頭部に、左手が熊と頭部へと変化し、男の両手を噛み千切る。 「噛み付きってのはこうやるんだよおおオオオ!!」 慎一が大口を開け、男の頚動脈目がけて牙を剥く。 ぞしゅっという炸裂音と共に、周辺の頚骨、鎖骨ごと一口でそぎ落とされる。 歯形上に開いた風穴から、噴水のように血がふき出し、遂に男は倒れこんだ。 「アンタら・・・いくら相手が賊だからってやりすぎよ」 木陰で頭を抱えながら、気分が悪そうにキュルケが言う。 シルフィードで追ってきた彼女達は、惨劇を遠目で目撃することとなった。 「・・・・・」 タバサも脂汗をかいている。若くして数多くの修羅場をくぐり抜けて来た彼女ではあったが これ程までに酷い現場に立ち合ったことは無い。 「―信じてもらえないとは思うが コレをやったのは慎一じゃない 彼らの仲間の一人さ」 足元で怯えている使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデを抱きしめながらギーシュが弁護する。 慎一は気にした風も無く、黙々と遺留品を漁っている。 「バチが当たるわよ ダーリン」 「どうせ死人にゃいらん」 そんなやり取りをしながら、慎一は目当ての品物を発見した。 「お前らの国の傭兵は、こんな物を持ち歩いてるのか?」 「なんだい? それが男を怪物にしたマジックアイテムなのかい?」 「・・・いや そんな大層な物じゃねえ」 そう言いながら、慎一は、是が非でもアルビオンに行かねばならない事を悟った。 男を変貌させた道具は、おそらくは慎一の世界から持ち込まれた物 ―1本の注射針。 そのガラス管の中には、まだ半分ほど、透明な液体が残されていた・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページ次ページゼロのアトリエ その夜。ヴィオラートは一人、部屋のベランダで月を眺めていた。 ギーシュたちは一階の酒場で大いに盛り上がっているらしい。 キュルケが誘いに来たが、断った。どうにも飲む気分じゃなかった。 「ヴィオラート」 振り向くと、ルイズが立っていた。 「今日の、手抜きの理由について聞きたいの。」 ルイズは真剣な眼差しでヴィオラートを見つめる。 「そうだね。」 ヴィオラートはいつもどおりの微笑で答える。 「あの人に、あんまりはっきりと手の内を見られたくないんだ。」 その答えを聞いたルイズは、哀愁を帯びた顔でヴィオラートに問う。 「ワルドを疑ってるの?」 ヴィオラートは少し迷った後、小さく、しかしはっきりとした声で答えた。 「…うん。」 その答えに、ルイズは何を思うのか。 「ワルドと結婚するわ。」 ヴィオラートをしっかりと見据えたまま、そう言い放った。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師18~ 思わず口を突いて出た言葉を、ルイズは後悔していた。 後を押して欲しかった。考えすぎだよって言って欲しかった。 あの夢。そして思い出とは違う、ワルドの不自然に積極的な態度。 自分でも、何となく不安に思っていたのだ。 ヴィオラートの言う事はいつも正しい。 正しいヴィオラートに、この不安を打ち消して欲しかったのに。 「あたしは…結婚したこともないし、あの人のことを知ってるわけでもないけど。」 やめてほしい。その後に続く言葉は決まりきっている。言われなくてもわかっている。 「最後に会ったのは何年前かな?その間のワルドさんのこと、何か知ってる?」 正しくて優しいヴィオラートの言葉が、ルイズの逃げ道を塞いでいく。 「あの人は…ルイズちゃんを見てないよ。」 哀しげな目で告げるヴィオラートの言葉に、ルイズは何も反論できない。その通りだから。 重苦しい沈黙がベランダに流れる。 「ヴィオラート…」 とにかく何か言わなければ。そう考え顔を上げたルイズの眼に、 月を背負い、腕を振り上げる巨大な影の輪郭が飛び込んでくる。 それは、岩で作られたゴーレムだった。こんなものを作るのは… 「フーケ!」 ルイズが叫び、ヴィオラートが振り返ると、 ゴーレムの肩に乗った人物が、嬉しそうな声で言った。 「感激だわ。覚えててくれたのね。」 「あなた、牢屋に入ってたんじゃあ…」 「親切な人がいてね。出してくれたのよ。世の中の為になることをしなさい、ってね!」 フーケが叫び、巨大ゴーレムが拳を振り上げて、 「危ない!」 ベランダが粉砕される直前、ヴィオラートはルイズの手をつかんで部屋の中へと転がり込む。 「合流しよう!」 ルイズの返事を待たずヴィオラートはそのまま駆け出し、空いた手でデルフリンガーをつかむと、 部屋を抜け、一階への階段を駆け下りた。 降りた先の一階も、修羅場だった。 いきなり現れた傭兵の一隊が、一回の酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったらしい。 魔法で応戦しているが、多勢に無勢。 どうやらラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。 キュルケたちはテーブルを盾に傭兵達に応戦していた。 メイジとの戦いに慣れた歴戦の傭兵達は、まず、魔法の届かない遠くから矢を射掛けてきた。 闇にまぎれた傭兵達に地の利があり、屋内の一行は分が悪い。 魔法を唱えようと立ち上がると、矢が雨のように飛んでくる。 ようやく合流したヴィオラートがフーケの存在を伝えようとするが… 吹きさらしからゴーレムの足が見えていたので、やめた。 「参ったね」 ワルドの言葉に、キュルケが頷く。 「精神力が切れるまで魔法を使わせて、安全になったところで突撃…ってとこかしら。」 「そ、そうなったらぼくのワルキューレが何とかする!」 ギーシュがちょっと青ざめながら言った。しかし、タバサがあくまでも淡々と宣告する。 「無理」 「やってみなくちゃわからない!」 「そんなことは無理」 重ねて宣告する。 その知ったような顔にか、あるいは小さな女の子に軽く見られたという事実に対してか。 「僕はグラモン元帥の息子だぞ!卑しき傭兵ごときに遅れは取らない!」 ギーシュが激昂し、立ち上がって呪文を唱えようとした。 それをワルドが、シャツのすそを引っ張って倒し、押さえつける。 「いいか諸君」 ワルドは低い声で話し始める。一行は黙ってワルドの話を聞いた。 「このような任務は、半数が目的地にたどりつければ成功とされる。」 ワルドがそう言うと、こんなときも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向く。 自分と、ギーシュと、キュルケを杖で指して「囮」とだけ言う。 それからタバサは、ワルドとルイズとヴィオラートを指して「桟橋へ」と呟いた。 「時間は?」ワルドがタバサに尋ねた。 「今すぐ」とタバサが答える。 「聞いての通りだ。裏口に回るぞ。」 「え?え?」 ルイズは驚いた声を上げた。 「彼女達が敵を引きつける。囮だ。その隙に僕らは桟橋に向かう。以上だ。」 「で、でも…」 ルイズはキュルケたちを見た。 キュルケが魅力的な赤髪をかきあげ、つまらなそうに言った。 「ま、仕方ないわね。あたし達は何も知らないんだし、あんたが行くしかないのよ。」 ギーシュは薔薇の造花、のように見える杖を確かめ始めた。 「うむむ、ここで死ぬのかな。死なないのかな。死ぬ、死なない、死ぬ、死なない…」 タバサはルイズに向かって頷いた。 「行って」 「でも…」 ワルドとヴィオラートの双方がこっちにいるのは、バランスに欠けているのではないか? ルイズはそう考え、自分の言葉で意見を表明しようとするが… 「それじゃ、あたしの道具をいくつか渡しておくね。」 ヴィオラートは先手を打ったかのように、何かの道具を用意していた。 「キュルケさんにはこれ。一見効果なさそうに見えても叩き続けてね。」 そう言って、キュルケに太鼓のようなものを手渡す。 「タバサちゃんにはこれ。」 タバサに手渡したのは三叉音叉。その威力は折り紙つきである。 「ギーシュくんは…魔法のパン。怪我した人に食べさせてあげてね。」 日持ちしそうなデニッシュをむっつ、籠ごと受け取るギーシュ。 ルイズの考えは、宙に浮いた。ヴィオラートはちゃんと考えていたのだ。 「さあ、早く行こう。遅くなればこちらが不利だ。」 ワルドがルイズを促す。全くその通りだった。 ルイズは、何もしなくて良かった。 酒場から厨房に出て、ワルドたちが勝手口にたどりつくと、 酒場の方から規則正しい太鼓の音が聞こえてきた。 「始まったようだな。」 ワルドはぴたりとドアに身を寄せ、向こうの様子を探る。 「誰もいないようだ。」 ドアを開け、三人は夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。 「桟橋はこっちだ。」 ワルドが先頭を行く。ルイズが続く。ヴィオラートがしんがりを受け持った。 月が照らす中、三人の影法師が遠く、低く伸びた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのイチコ 「学院長!」 学院長室のドアを開き、部屋の中央で立ち止まる。 引っ張ってきたイチコを床付近に置くと、自らも頭を下げる。 「申し訳ありません、昨日の宝物庫盗難に私の使い魔が関わっていました!」 顔を下げているので学院長の顔は窺い知れない。 けれどもこれだけの事態を引き起こしたのは事実。 どんな処罰も受けるつもりだ。 朝の食堂は昨日の盗難事件の話で持ちきりだった。 あの頑丈な宝物庫から宝を盗み出されたのだ。金銭以前に学院の誇りに関わる事だ。 しかも犯人は学院長の書記のミス・ロングビル。 間違いなく学院の歴史に残る大事件である。 そんな事件も生徒にとって直接に実害のある話ではない、噂話の格好のタネになっていた。 特に女生徒の間では根も葉もない噂が飛び交っている。 ロングビルは脅されてやったのでは? というモノから 学院長が色仕掛けで宝物庫の鍵を取られたんじゃないか、などという酷いものまであった。 私自身は大変な事態だとは思った。けれど、噂話に花を咲かせる気も無かったし。事件に首をつっこむ気も無かった。 「ご主人様、もしかして私が共犯者かもしれません」 なんてイチコが青い顔で言うまでは。 どういう事かと食堂から連れ出して問い詰めると、昨日の夕方ミス・ロングビルに頼まれて宝物庫の解呪作業を手伝ったらしい。 宝物庫は基本的に外からの侵入を防ぐための魔法をかけてあったらしく。 中から見る事が出来ればただの小難しいパズルだったのだろう。 そうか、イチコにそんな便利な使い方が。 じゃなくて大問題だ。 使い魔がしでかした事は主人である自分の責任。 ロングビルがなんのつもりで盗み出したか知らないけれど、悪党に貴重な魔法道具を盗まれたのである。 悪くいけば絞首刑も免れない。 私はイチコの首根っこを掴むと学院長室へと向かった。 「昨日の夕刻、私の使い魔が宝物庫を開けるさいに内側の魔方陣の内容をロングビルに伝えた事が分かりました」 反応の無い学院長に、さらに詳細な報告をする。 「覚悟は出来ております、なにとぞ処罰を。もし許されるのであればロングビルから宝物を取り返してきます!」 「え、えと。あの、ごめんなさい」 隣で同じようにイチコが謝る。 それに対して学院長は 「まあ顔をあげなさい、ミス・ヴァリエール」 顔を上げる、髭をなぞり、眉根をひそめた学院長が目に入った。 「今回の件で問題があるとすれば、ろくに調べもせずにロングビルを雇ったワシの責任じゃ」 そう言って大きな椅子から立ち上がる。 「だから、そんなに気に病むことは無い。もうすぐ授業の時間であろう。もう行きなさい」 「しかし!」 「すでに数名の教師たちが捕獲に向かっておる。じきに犯人は捕まるだろう」 そう私の肩を優しく叩くと元の席に戻る。 そしてタバコを吹かしはじめた。 「それでも、何の処罰も無いのは納得が……」 「何度も言うように、今回はワシの失態じゃ。そう老人をいじめんでおくれ」 「――っ、分かりました失礼いたします」 隣で正座していたイチコの髪を掴むと、早足で学院長室を出た。 早足で自室に戻るとイチコを宙に放り投げる。 そして、床に転がってたデルフリンガーを拾うと背中に括りつける。 何も無いよりはいくらかマシだろう。 「痛いですよご主人様~」 「なに? 今あなたは何か反論できる立場にあるのかしら?」 そもそもの原因を睨みつけると、へなへなと小さくなった。 「い、いえ。ごめんなさい」 「なんだぁ、随分と機嫌がわりぃじゃねぇか。なんかあったのか?」 喋る剣に関しては無視する事にした。 イチコとはよく喋っているようだが、私は剣と親交を深める気は毛頭ない。 「じゃあ行くわよ」 扉を開けて廊下に出る。 「あの、デルフさんは私が持ちますよ?」 「アンタに任せてたら日が暮れるわ」 階段を降りる。 「何処に行くんですか?」 「ロングビルを追うのよ」 「ぇええ?!!」 「声が大きい!」 頭を軽く叩いた。空中を前回転した。 そして頭を抑え、また早口で喋りだした。 「ど、どど、どうしてそうなるんですか?! 教師の方が追ってるのでは? いえいえ、それ以前にいくらご主人様が学校の成績が良いと言う事は存じています。 しかし相手は元教師。私たちだけでは捕まえられるとも…… あぁ、ご主人さま死なないでください~」 まだ戦うどころか建物すら出てないのに涙ぐむイチコ。 相変わらず忙しい子である。 「イチコ、なんでオールド・オスマンが私を処罰しなかったか分かる?」 足を止め、イチコの顔を正面から見る。 「ぇ、ぇえと。私が原因でご主人様のせいじゃないから……ですか?」 それはない、過去の例をみても使い魔が起こした事件はすべて主人の責任となっている。 「違うわ、私が公爵家の娘だからよ」 しかもトリステイン王国でもトップに位置する。自治領がある大公爵家の娘。うかつに処罰できないのも分かる。 だからと言ってそれが逆に権力を傘にしているようで我慢ならない。 正当な処罰なら受ける覚悟はあるし、それを権力で回避するなどプライドが許さない。 プライドは誇りだ。貴族が真っ先に守るべきものである。 「だから、私は自分で自分を罰する。宝を取り返してくれば多少なりとも罪の清算はできるから」 「で、でも危ないですよ。死んじゃうかもしれないんですよ。死んだら私みたいになっちゃいますよ」 「誇りが汚されるぐらいなら死んだほうがマシよ」 「ぇ、でも……」 「いいから、行くわよ!」 再び階段を降りはじめた。 けど、イチコが付いてこない。 「どうしたの?」 「い、いえ。すいません」 ふわふわと、私の後ろ斜め。いつもの位置へと付いた。 馬を出し、裏門からこっそり学園を抜け出る。 食堂でいくらでも噂話は耳に飛び込んできていた。 話によればロングビルは学園を出て東へと馬を飛ばしたらしい。私も同じ方向へと馬頭を向ける。 天気はこれでもかというぐらいの快晴だった。 イチコは私の腰に捕まり、馬の振動に合わせてふわふわと揺れている。 珍しく何も喋ろうとはしなかった。 先ほどの会話を最後に一言も喋らない。それにあの時イチコは悲しそうな顔をした。 何故だろう。 貴族である限り死と隣り合わせであるのは当たり前。 ゆえに誇りを保つことは死を回避するよりも優先されることだ。 学院に通っていたというイチコだ、あなたも生前に貴族だったなら分かるはずだ…… しばらく進むと小さな集落があった。 そこで話を聞こうと思ったのだけど。 「あれは……」 馬を茂みに隠す。集落の一番大きな家に運び込まれている怪我人。よく見ると見覚えのある顔がいくつか見える。学院の先生だった。 今は授業中、どうやらロングビルを捕まえに来た先生のようだ。 みんな酷い怪我を負っていた。 よく見ると片腕を失ってる人も居る。その事実に少し背中が寒くなった。自分も一歩間違えれば、ああなると言う事だ。 先ほどのイチコの声が頭の中を流れる「死んじゃうかもしれない」と、確かにそうだ。 そんなに甘い相手だとは思っていない。 それでも私は引くわけにはいかない。 命を懸けてでも守らなければならない。イチコが原因だとかそういう事はもはや関係なかった。 私が貴族であり続けるために、たとえ魔法が使えなくても。たとえ片手を無くしても、命を落とすことがあっても。 「私は……」 絶対に背を向けたりはしない。 ちょうどこちらへと歩いてくる女性が居た。 「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」 女性の話によると森の奥、昔きこりが住んでいた小屋に盗賊が住み着いたらしい。 それを退治しようとやってきた先生たちが返り討ちにあったと。 つまりロングビルはそれだけ手練の魔法使いという事だ。スクウェアか最低でもトライアングルクラスの魔法使いだと予想できる。 ともかく馬をそのきこり小屋に向けた。 再度出発してもイチコは何も話さなかった。 「何か言いたい事があるなら言いなさい」 「え?」 急に話し掛けられて、何のことか分かってないようだ。 馬にのった辺りからまったく喋っていない。 いつも騒がしいから静かだとなんか不気味だ。 「ずっと黙りこくって、何か言いたい事があるんでしょ?」 「そ、その……」 「宝物庫の事だったら今は忘れなさい。罪が無いとは言わないけど、騙されてもしょうがない状況ではあったわ」 ロングビルは他の先生や生徒たちにも信頼がある人だった。騙されてもおかしくはない。 「は、はぃ……」 と肯定したものの、まだ何か言いたそうにしているようだ。顔が全然戻っていない。 そこにデルフリンガーが口を挟んだ。 「相棒は優しいからねぇ、さっき死ぬだの言った事を気にしてるんだろ?」 「そうなの?」 誇りを汚すぐらいなら死んだほうがマシ、とは確かに言ったけれど。 「はい。わたし……」 伏し目がちだった視線がまっすぐ私に向いた。 「ご主人様に死んでほしくないんです!」 手を握りこぶしにするぐらいに主張した。 その言葉にキョトンとした顔になった、と思う。 「えと、貴族が誇りが大事ってのはなんとなく分かるんです。でも死んじゃったら何も出来ないじゃないですか。 死んじゃったらご主人様と話せなくなっちゃいますし、こんなにご迷惑をかけていますのにご恩返しが出来ていません。 いえ、私みたいに幽霊になるかもしれないんでしょうけど私のほうがきっと奇特な方だと思いますし。 普通は死んだらそのまま天国へぱーっと行っちゃうと思うんです。 もうそう考えたら一子は悲しくて悲しくて、うぅ」 と涙目になってこちらを見てくる。 もっと深刻なことで落ち込んでいると思ったのに、そんな勘違いでうじうじしていたのか。そう思うと少しおかしくなった 「バカ、私だって死にたくは無いわよ」 少し肩の力が抜けた。 やはりイチコはのんきに笑っているのが良いと思う。 「絶対生きて帰るわよ」 その言葉に呼応するように、イチコは想いっきり首を縦に振った。 「はい!」 前ページ次ページゼロのイチコ
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前ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁 エピローグ「その後の皆様」 カトレアが上機嫌で花壇の花に水をやっていると、馬車の音が聞こえたのでそちらを振り返る。 見慣れた馬車は正門をくぐり屋敷の入り口まで辿り着くが、 馬車の中の人物が降りる前に屋敷の扉が開き、喜色満面のエレオノールが飛び出してくる。 恐らくエレオノールは彼が屋敷に戻る時間が近いので、窓から外を延々伺っていたのだろう。 そわそわする姉の姿を想像して思わず笑みが零れる。 領地は人に任せ、ヴァリエール一家は今ほとんど全員がトリステインの屋敷で暮らしている。 カトレアの体調が良くなった為、その婿探しをする意味でも王都に居るのが一番と父は言っていたが、 むしろ忙しすぎる父の都合のような気もする。 アルビオンから戻ったエレオノールは、それまでが嘘のように謙虚になった。 一度カトレアがその理由を尋ねた所、自分の無力さを思い知ったと恥ずかしげに呟いていた。 エレオノールらしい元気さが失われてしまったのが少し残念ではあるが、もっと嬉しい事があった。 グラモン家の息子さんがエレオノールのお婿さんとして迎えられた事だ。 最初は伯爵の血筋とはいえ、三男なぞ冗談ではないと渋っていた父も、彼の温厚な人柄と、 心に秘めた情熱にほだされ、遂に結婚を認める事になった。 今では、必ずやヴァリエールを継ぐに相応しい男に育て上げてみせると鼻息も荒い。 母は最初から厳しく接していたが、これは誰にでもそうであるし、 より以上に厳しく当たるのはきっと彼が気に入っているからだとカトレアは思っている。 家族がもう一人増えてくれた。それがカトレアには何より嬉しかった。 外出も苦にならなくなったカトレアは、父やエレオノールの紹介で何人か友人を得る事が出来た。 にぎやかすぎる彼女達に付き合うのは疲れる事でもあったが、常に新鮮さがそれに勝った。 こうして生活は劇的に変わったが、皆が皆元気でいてくれるので、カトレアはそれだけで幸せだった。 しかし、たった一つだけカトレアにも気がかりがある。 愛しい愛しい大切な妹ルイズは、今日もまた何処かで危険の最中を駆け抜けているのだろうから。 エルフの森深くまで踏み入ったルイズ、キュルケ、タバサの三人は、木のうろに隠れるように身を潜める。 「あっちゃー、まずったわ。エルフってやっぱり強いのね」 そうぼやくルイズの襟首を引っ掴むのはキュルケだ。 「あったりまえでしょうがああああああ! だから止めとけって言ったのに人の話聞かないから!」 むっとなったルイズもキュルケの襟首を掴み返す。 「何よ! 残らず燃やし尽くしてやるなんて息巻いてたのアンタでしょ!」 そんな二人を無視して周囲を探っていたタバサは、ぽつりと呟く。 「……退路も断たれた。これ……本気でマズイ」 木々が生い茂る森の中は、まるで静止画のように動きを見せず、時折聞こえる鳥や獣の声が響くのみだ。 しかし、ルイズもキュルケもタバサ同様周囲を探ると、その先に潜むエルフ達の影を捉える。 「百……かしら。キュルケ、いざとなったらここら一帯アンタの魔法で消し飛ばしてやりなさい」 「こっちも一緒に吹っ飛ぶわよ。言っとくけど1リーグ超える範囲は調節なんて効かないわよ。 そこ越えたら後は3リーグ四方全部消し飛ばすしかないし、そんな悠長に魔法唱える暇なんて与えてくれないでしょうに」 「相変わらず雑ねぇ」 「うっさい、そもそもエルフのインチキ魔法相手に通用するかどうかもわかんないんだから、今回爆炎はナシよ」 「連中がインチキならアンタのはデタラメじゃない。触れただけで蒸発する炎とか卑怯の域よそれ」 タバサは油断無くエルフ達の動きを探る。 「……私が偏在使えば不意打ちで五人は倒せる。ルイズは?」 キュルケだけでなく、風特化でもないのに偏在使えるタバサも充分デタラメである。 背負った二本の剣を見ながらルイズはやる気無さそうに答えた。 「私も同じぐらいかしら。本当鬱陶しいわねぇ、魔法だけじゃなくて体術もしっかりしてるわコイツ等」 エルフは常識では考えられぬ魔法を用い、相手によっては通常の魔法や剣で触れる事すら難しい者も居る。 しかし彼女達は事も無げにこんな台詞を吐く。 「私がその間に魔法で吹っ飛ばしたとしても、まあ半分は残るわ。んで生き残りの一斉魔法でオシマイっと」 今まで相手にしてきた人間とは根本的に違う、そんな存在であるとわかっていたのだが、 目論見が甘かったと言われれば正にその通りである。 キュルケはルイズのピンクの髪を眺めながらぼやく。 「ま、コレに付き合ってここまで生き延びたんだから、それで良しとするしか無いわね」 タバサもまた危機に似合わぬ微笑を浮かべる。 「こんなキツイのはハヴィランド宮殿攻防戦以来。でも今回は……」 ハルケギニアに後生まで語られる三人の物語は、ここで幕を下ろす。 天蓋の付いたベッドで気だるげに身を起こすアンリエッタは、 隣に寝ていたはずの者が既に衣服を身につけている事に気付き、寝巻きを身にまとう。 「もう……お出になるのですか?」 男は帽子を被りマントを羽織る。 「トリステインの至宝を狙う間男は、それらしく退散すると致しましょう」 ぷっと吹き出したアンリエッタは、ベッドから起き上がり男に寄り添う。 男は軽く彼女を抱きとめ、耳元で小さく囁く。 「……少しだけ、心の内を曝け出してもよろしいでしょうか」 「なんでしょう」 「私は、ウェールズ陛下を忘れさせる事が出来ているのでしょうか」 アンリエッタは今度こそ声に出してくすくすと笑う。 「私の心は、とうに貴方に捉えられておりましてよ、ワルド」 恋文を返せ、そう伝えた相手が九死に一生を得たからとて、では再び元の鞘にとは易々と出来ぬもので。 苦しい想いを抱える日々が続く中、アンリエッタの心を慰めたのはトリステインに次々訪れる朗報と、 事情を察し、事ある毎に気を配ってくれるワルドの存在であった。 満足気に頷くと、ワルドは部屋の窓を開き、窓枠に飛び乗り器用にバランスを取る。 「まあ」 「では、姫君のお心を見事頂戴できましたので、わたくしはこれにて……」 マントを一振りすると、ワルドは影も形も消えてしまった。 ワルドが魔法のマントを用いて転移した先では、オールドオスマンが苦々しげな顔をしていた。 実はこれ、タバサがアルビオンに行った時ネコババしてきた物である。 あの魔法の物品の素性を調べる度、あまりのレアリティに腰をぬかしかけたのも随分前の話だ。 オールドオスマンにこんな顔をされてはワルドも苦笑するしかない。 「お説教ですかな」 「最近は頻度も多くなったでな。年寄りをあまり困らせるものではないぞ」 「美姫に惹かれるは男の悲しい性ですよ。ですが、何度も言っておりますように、私は不実を働くつもりはありません」 オールドオスマンは大仰に両手を広げる。 「いっそ一夜の火遊びにしておいてくれ。本気で彼女を娶るつもりだとか、 話を聞いた時は全てを忘れて隠居しようかと思ったぞ」 「はははっ、まだまだオールドオスマンのご助力無しには私も独り立ち出来ませぬ故、今後も何とぞよしなに」 今ではオールドオスマンはワルドの良き協力者となっていた。 しかし、そんなオールドオスマンにも、ワルドが本心で彼女に惚れているのかどうか、見極める事は出来なかった。 それ程ワルドという人物は奥が深く、容易に計り知れぬ心を持っていたのだ。 彼がうろたえる様を見たのは、オールドオスマンも数える程しか無い。 内の一つ、ルイズとの決闘は何とも衝撃的であった。 「私が勝ったら婚約解消。負けたら煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」 そう言い放って、スクウェアメイジでありトリステイン最強の騎士であるワルドに挑んだルイズは、 魔法を吸収する剣をかざし、ワルドに勝利を治めたのだ。 既にルイズとの結婚にそこまでの利は無かったので、わざと負けたのかとも思ったが、 敗北した後のワルドの茫然自失とした様は、それが真剣であったのではと思わせる程であった。 それ以降、ルイズ達の奔放っぷりは最早誰の手にも負えぬ程暴走して行った。 ガリア王ジョゼフを退位に追い込んだり、ゲルマニア皇帝をたらしこんだりとやりたい放題である。 何でもロマリアとも揉めたらしいのだが、そこはもう聞きたくないとオールドオスマンは関わるのを拒否した程だ。 今は何処で何をやっているものやら。 「では、私はこれにて」 そう言って立ち去るワルドを見送りながら、オールドオスマンは深く嘆息する。 「ワシの人生って、もしかして悪ガキ共の後始末で終わってしまうんではないのか?」 既にトリステインの重鎮となったワルドを、平然と悪ガキ呼ばわりする自身の稀有な感性と能力は知らんぷりらしい。 のんびりと夜道を散歩するワルドは、ふと、その手に残るぬくもりを思い出す。 思慮が足りない、分別も不足してる、 おおよそ国家を担うに相応しい器ではないと馬鹿にしていたのだが、彼女にも美点はあった。 相手が嫌がる事を出来れば避けたいと思う弱さと紙一重の優しさ、 一つ事に集中すると他が見えなくなる視野の狭さにも繋がる一途さ。 王として全ての民を分け隔て無く愛すべきであるのに、 心寄せた相手に強く惹かれ、一心に何かをしてやろうとする健気さ。 彼女は決して王には向いていないが、こうして肌を重ねて初めてわかった。 妻として、そしておそらく母として、これ以上に素晴らしい女性は居ないのではないだろうかと。 そこまで考え、ワルドは自らの様を振り返り苦笑する。 「何と、これではまるで私が恋をしているようではないか」 それが真実なのか否か、ワルドならば答えを出すのも容易かろうが、もう少しだけ、考えずに置こうと決めたのだった。 ウェールズは正装に身を包み、落ち着かない様子で控え室に向かう。 最初に一目見ておけば動揺してしまう事も無かろうと、その部屋の扉を開く。 ちょうど中に居た女性が外に出ようと扉に手をかけた所であった。 彼女は真っ白なドレスを身に纏っていた。 胸元が大胆に抉れているのは、豊満な胸を持つ彼女の美しさをより際立たせてくれる。 そしてきゅっとしまったウェスト回りは、白のレースがぐるっと一周しており、 大人びた雰囲気の中にも初々しさを残すよう花の柄があしらってある。 その下は大きく膨らんだスカートだ。半透明なレースと、真っ白な生地が交互に折り重なっており、 幾重にも重ねた生地は相互に柄を引き立てあい、奥深い造りになっている。 「マチルダ? 一体何を……」 部屋の中から女中の悲痛な声が聞こえてくる。 「ああっ陛下、良い所に。どうかマチルダ様をお止め下さい」 事情のわからぬウェールズに、マチルダはドレス姿のままぴっと指を突きつける。 「ウェールズ、貴方言ったわよね。結婚しても仕事は続けていいって」 「あ、ああ確かに言ったが……」 「じゃあそうするわ。風石相場の値崩れが始ってる。 まーたしょうこりもなくあんの性悪ワルドが仕掛けて来てるのよ。今すぐ対応しないと……」 「ちょ、ちょっと待て! これから式だというのに何を言ってるんだ! 列席者は随分前から待っているんだぞ!」 「そんなの待たせておけばいいわよ! どーせ酒飲んで騒ぎに来ただけでしょうに」 「ば、馬鹿言うな! 仮にも国王の結婚式がそんな適当で済むはずが無いだろう!」 「そんな事どうでもいいわよ。それよりすぐに対応しないとまた派手に損失被る事に……」 そこまで言ってマチルダは口を紡ぐ。 扉の辺り、ウェールズの居る更に後ろからただならぬ瘴気が漂って来ている。 「へ~~~い~~~か~~~、ま~~~ち~~~る~~~だ~~~」 憤怒の表情で姿を現したのは、マチルダ、ウェールズ共通の友、アニエスであった。 「げっ! アニエス! いえね、違うのよこれは……」 「ま、待てアニエス! まずは落ち着け、これは所謂あれだ、まりっじぶるーとでもいうかだな……」 二人が揃って言い訳を始めるが、直後の一喝でぴしゃりと黙る。 「やかましい! お前達にわかるか! ようやく! そうさんざ苦労に苦労を重ねてようやく辿り着いた晴れの日に! やっと私も肩の荷が降ろせると一息ついたその息も出し切らぬ間に! これで私もようやく恋人との時間を、将来を考えられると安心した矢先に! こんな所で無様にケンカしてる二人を見た私の気持ちがわかるかああああああああ!」 二人が自分の気持ちに気付き、お互いの気持ちに気付き、自分の気持ちに素直になれるまで。 その全てを延々フォローし続けてきたアニエスは、あまりの情けなさに涙すら浮かべているではないか。 二人共、めっちゃくちゃアニエスに世話になった自覚はある。 というかアニエスが居なければこの日は絶対に来なかったと確信出来る。 その立場とアンリエッタへの未練から、自らの想いにすら気付けなかったウェールズ。 アルビオンの王族!? 親の仇じゃ死にさらせボケええええええええええ! なマチルダ。 この二人をくっつけるのにアニエスが払った労苦は並大抵のものではなかっただろう。 「すまんアニエス! ほらっ! もう大丈夫だ! 私達はふぉーえばー仲良しだぞ!」 「そうよそうよ! もー目に毒すぎて逃げ出すぐらいラブラブなんだから!」 速攻で肩を組んでにこやかスマイルを見せる二人。 それで一応は納得したのか矛先を収めるアニエス。 「……頼みますよ陛下。皆様もうお待ちなんですから…… マチルダもだぞ! 馬鹿なわがまま言ってないでさっさと行け!」 はいっと元気良く返事をし、二人は並んで式場へと向かう。 ウェールズは隣を歩く、これから妻になる人を見下ろす。 昨晩は「本当に私でいいの?」と不安気に震えていたというのに、夜が空ければすぐこれである。 よくもまあこんなの妻にもらう気になったもんだが、ウェールズにとっては彼女以外考えられなかったのだ。 出自の定かならぬ女性である。嵐のような反発を押し切っての式となった。 ウェールズは既にマチルダから王家との因縁を聞いていたので、逆に出自を明らかにする事も出来なかったのだ。 国家再生の只中、何代にも渡ってアルビオンを支えてきた貴族達は、 そのほとんどが様々な形でアルビオンを去って行った。 最早新たに国を作るのと大差ない労苦を共にしてきた彼女。 今アルビオンに必要なのは血筋ではなく、アルビオンの屋台骨となりうる強い女性でなくてはならない。 と、説得して何とか式にこぎつけたが、ウェールズにとってはまあ、それは言い訳の一つ程度の認識でしかない。 どんな逆境にあっても、逆に平穏な日々の中でも、いつでも必死になって駆け回り、 きらきらと輝いて見える彼女が、愛おしくてたまらないだけなのだから。 「さあ、行こうか」 廊下の終わり、光に満ちた場所へとマチルダを誘うと、少し照れながら、マチルダはウェールズの手を取った。 黙ってやられるだけは性に合わぬ、 踏み込んで一人でも多く道ずれにしちゃるとばかりに飛び込もうとするキュルケとタバサを、ルイズが止める。 「何よ? 何か言い残した事でもあんの?」 「心残りなんて、ギーシュとモンモランシーの式ぐらいだと思うけど……」 「……いや、ね。ずっと前から考えてた事なんだけど……」 珍しく自信無さそうな口ぶりでルイズは話し始めた。 「ほら、使い魔召喚のゲートってあるじゃない。あれってさ、向こうから来るのはいいとして、 ゲートって言うぐらいだし、こっちからは行けないのかしら?」 通常使い魔召喚の儀式で発生するゲートは、ハルケギニアの獣が呼び出される事から、 ハルケギニアの何処かしらに繋がっていると考えられている。 燦を故郷に帰した時、使い魔である燦と何かが切れた感覚があったとルイズは言っていた。 使い魔の契約が途切れるのは使い魔が死亡した時のみであるが、 存在を感知出来ぬ場所に行った故、死亡したと認識されたのだろう。 以後新たな使い魔を召喚しなかったルイズは、これを移動手段として使えないかと言っているのだが、 そんな利便性の高い魔法であるのなら、今まで誰も確認していないというのはおかしい話である。 案の定タバサは幾つかの事例を聞き知っていた。 「召喚が目的であるし、ゲートにはこちら側に引き寄せる力が働いている」 ルイズも調べてあったのだろう、すぐに反論する。 「だからさ、その引き寄せる力以上の勢いでゲートに突っ込めば、向こうまで突き抜けられるんじゃないかなって」 むむぅと頭を捻るタバサだが、すぐに首を横に振る。 「でもダメ。ゲートの先がどうなってるかわからないし、使い魔は大抵危険な場所に生息している。 火山の中や空の上に繋がっててもおかしくはない」 「うん、でも召喚する相手が人間だったならどう? それなら周辺の安全はほぼ確保されてると思わない?」 キュルケはルイズが考えていた事をようやく察する。 「……つまり、実験してみようって事よね。サンに繋がるかどうかもわからないけど、 死ぬしかない今なら、うまくいけば儲けものって事でしょ」 にまーっと笑うルイズ。 タバサはやはり苦々しそうな顔のままだ。 「戻ってくる手段は存在しないかもしれない」 「死ぬよかマシよ。それに、どうせ賭けるなら夢のある未来に賭けたいじゃない」 森の奥の方で微かに動く気配がした。 タバサは即座にプランを立てる。 「ルイズはゲートの維持、私が風で三人を覆う。キュルケは魔法で私達を吹っ飛ばして」 「了解!」 「そうこなくっちゃ!」 ルイズが懐かしき召喚魔法を唱え、タバサが風の守りを用意し、キュルケはありったけの魔力を込め、炎の魔法を放った。 満潮家は何時もの喧騒に包まれていた。 今日は何故か都合が合い、瀬戸組の面々がぞろぞろと満潮家に揃ってしまったのだ。 燦の父豪三郎は、娘を奪った憎き男、満潮永澄に憎憎しげな視線を送るが、燦の手前なので一応我慢はしている。 永澄の父、母、そして許婚としてこの家にやっかいになっている燦、 その付き人であり小人のように小さい蒔が共にこの家に住んでいる。 更に今日は瀬戸組の瀬戸豪三郎、妻の蓮、若頭の政が一緒に来ている。 豪三郎は酒をかっくらいながら吼える。 「大体、三年前に政がこのボーフラ助けんかったら良かったんじゃ! 何でその時きっちりトドメ刺しとかんかったんじゃ!」 「……燦ちゃんのお父さん、当人前にそーいう事言うのはどうかと思うんだ……」 「すいやせんおやっさん。 しかしまさかその三年後にまた永澄さんが同じ場所で溺れるなんて思いもしなかったもんで……」 馬鹿丁寧に謝る政に、酒の勢いか普段の鬱憤か、豪三郎は更に八つ当たりする。 「そもそも燦に結婚はまだ早い! というか後一年でこんボーフラぁ結婚出来るようになってしまうやないか! 早よぶち殺しとかんと取り返しのつかん事になってまうで!」 「……一年後て、僕まだ高校生なんですが……」 「もう、お父ちゃんお酒はそのぐらいにしてっ! 永澄さん困ってる!」 最近は永澄の両親も慣れたもので、豪三郎の罵声にもにこにこと笑っているだけである。 「……二人共両親の責任きちっと果たそうよ……」 さっきから延々永澄がつっこんでいるのだが、誰もがガンスルーである。 全てから逃げたくなって永澄は天井を見上げる。 何故か、そこに真っ黒い楕円があった。 「うっひゃー!」 「ぎゃーー!」 「っ!」 三様の悲鳴と共に、天から女の子達が降って来た。 一同が静まり返る中、痛たたと顔を上げたルイズは、すぐそこに、懐かしいあの顔を見つけた。 「久しぶりねサン、元気だった」 三人の物語は、まだまだ終わってはいないようだ。 ゼロの花嫁 完 前ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの社長 「諸君!決闘だ!」 ギーシュが普段人気の無いヴェストリの広場の真中で、周りを囲む生徒達に宣言する。 杖である右手に持ったバラを高く掲げ声を上げるのと同時に、周りの生徒達から歓声があがった。 だが、対峙する海馬はといえば、特に怖気づく様子も無くまっすぐこちらを見据えてくる。 「逃げずにここまで来たのは誉めてあげよう。」 「………」 海馬は無言で返す。 その態度が気に入らなかったらしく、ギーシュはいつものきざな表情を濁す。 「何とか言ったらどうなのかな?いや、平民に貴族の礼儀を期待する方が間違っているか。」 ドッと周囲から笑い声があふれる。 だが海馬は、対峙して入るものの、実際には目の前のギーシュそのものは見ていなかった。 青銅のギーシュ レベル2 地属性 魔法使い族・効果 毎ターン自分フィールド上に、青銅ゴーレムトークン(攻・守1200)を7体まで召喚できる。 攻撃力700 守備力500 そう、目の前に表示されたギーシュの能力を再確認していたのである。 (ふむ…ルイズとの数値から見るに一般的な人間の守備力は600程度か… しかし、当たり所や全部の攻撃が攻撃力どおり来るわけでは無い…、 しかも普通のデュエルとは違い、俺自身が直接攻撃されるだけでも致死にいたる可能性はある。 条件はなかなか厳しいものではある…が、それはこちらが攻撃を受けなければ済む事だ。 しかし、ルールだけで考えれば、ギーシュの能力はなかなかのカードだ。生け贄要員でしかないがな。) フッっと笑いを漏らす海馬。 その余裕に見える態度に更に苛立ちを覚えたギーシュは、さっとバラを振りかざす。 そして、その振るった花びらが、1体の青銅ゴーレムとなる。 「僕はメイジだ。故に、魔法で闘う。まさか文句はあるまいね?」 ガチャッと音を立てて、ゴーレムが構えを取る。 「かまわん。だが、俺からも一つ言っておく事がある。」 そう言うと、海馬は左手のデュエルディスクを展開させ、デッキから5枚のカードを手札として引き抜く。 「俺もこの世界でのルールがまだ把握しきれていない。故に…」 キッと強い意志をもった視線を向ける海馬。 その強い意志に、ギーシュは気圧される。 「故に、どうなっても知らんぞ?」 「バッ…馬鹿にしているのか!?平民が!」 ギーシュは怒りに任せてゴーレムを突進させる。 青銅で出来たゴーレムのスピードは、そこまで速くはない。 だがそれでも、人体で当たれば即死は無いもののダメージは大きい。 そしてその拳が海馬の顔面へと当たると思われた瞬間。 「俺のターン!ドロー!手札より、サファイアドラゴンを召喚!」 海馬の目の前に、藍色のドラゴンが姿をあらわし、ギーシュのゴーレムの攻撃を受け止めた。 「なっ…なにぃ…!?」 ギーシュは驚愕した。 いや、それは周りの生徒達も同じだった。 目の前にいきなりドラゴン、大きさで言えば、先日タバサが召喚した風竜と同じくらいの大きさだろうか。 それがいきなり目の前に現れたのだ。 傍で興味なさげに本を読んでいたタバサでさえも、珍しく驚きの表情を見せていたが、周りが皆ドラゴンに目を奪われていたため、 誰も気づかなかったが。 「なっ…なんだそれは…!」 「ふむ…メイジである貴様がそこまで驚くほどの事は無いだろう?」 「くっ!卑怯な!そんなのを隠していたなんて…」 「貴様がメイジであるから魔法で戦うというのなら、俺はデュエリストとして闘うまでだ。 どうした?怖気づいたのか?地面に頭をこすりつけ貴族だからと調子に乗って申し訳ありませんでしたと泣いて許しを請えば、 許す事を考えてやっても良いぞ?」 「…貴族を…そんなドラゴンごとき従えただけで貴族をそこまで侮辱するか!?」 「ふん…魔法ごときを使えるだけで他者を愚弄する貴様に言われる筋合いはないな。さて?どうする?」 サファイアドラゴンの前にいたゴーレムを戻し、ギーシュは更に杖を振り、計3体のゴーレムを召喚する。 1体ではサファイアドラゴンには勝てないと判断したのだろう。 数で押し切る作戦に切り替えたようだ。 「どうやら、君は貴族の力を過小評価しすぎている。その認識を誤りだと教えてやる! いけっ!ワルキューレ!あのドラゴンを叩きのめすんだ!」 3体が立て1列となりサファイアドラゴンに向かってくる。 「蹴散らせ!サファイアドラゴン!」 サファイアドラゴンは、その長い尻尾で1体目のゴーレムをこなごなにする。 だが、そのときサファイアドラゴンの動きが鈍った。 サファイアドラゴンのいる足元がドロと化し動きを封じていたのだ。 「土の魔法でその場をドロにしたんだ!これでそのドラゴンは動けまい!ワルキューレ達よ!」 そう叫ぶと、2体のゴーレムが一斉にサファイアドラゴンに襲い掛かる。 身動きが取れないため、そのままゴーレムたちの攻撃を受けたドラゴンは破壊され、爆発した。 「ぬぁッ…」 海馬は謎のダメージを受けた。 いや、デュエルモンスターズでのルールとおなじく、モンスターが破壊されたときの超過ダメージを受けたのだ。 (しかし、相手のほうはそう言うダメージはあるようには見えない…ふん、こちらにのみ都合の悪いルールか、っ?これは…) みると、デュエルディスクのカードのところが光っている。 (ドローしろという意味だろうか…なるほど、さっきドローしてから約2分が経過している。 1ターンというのは約2分ということか。) カードをドローする海馬。 「どうだ。これがメイジの闘い方さ!どうやってドラゴンを従えたかは知らないけど、ただ呼ぶだけならペットと同じ! メイジはそこに魔法をプラスして戦う!どうだね?君のご自慢のドラゴンはもういない!泣いて許しをこうなら、許してやっても構わないがね?」 「ふっ、なかなか姑息だがいい戦い方だ。だが、俺のカードがあれで終わりだとは思うなよ…?」 所は変わって学院長室。 コルベールとオスマンが、ガンダールヴのルーンを持った青年について話していた所に、ノックが響いた。 扉の向こうから、慌てた声が聞こえてくる。 「オールド・オスマン。大変です!ヴェストリの広場にて、生徒が決闘をしているのですが…」 「まぁ、とりあえず落ち着いて、中に入って説明したまえ。ミス・ロングビル。」 ドアが開き、学院長の秘書であるロングビルが入ってくる。 走ってきたのか、少し顔が紅くなっている。 「生徒同士の決闘など、遊びのようなものだ。そんなに慌てるような事でもあるまい。」 「それが…決闘をしているのがギーシュ・ド・グラモン…」 「…あの女好きのグラモンの馬鹿息子か…大方女の取り合いじゃろ。」 「そっちは問題じゃないです!相手は先日、ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔の青年なのですが…何でも、いきなりドラゴンを呼び出したとかで…」 『なんじゃと!(ですと!)』 オスマンだけでなく、横で聞いていたコルベールまでもが大声で驚いた。 ドラゴンを呼び出す使い魔など聞いた事が無い。 そして先ほど、コルベールが持ってきた、ガンダールヴの話… 「ミス・ロングビル、直ちに現場へ向かってください。 必要があれば、眠りの鐘の用意を。」 「わかりました。」 足早に部屋を出て行くロングビル。 オスマンが杖で呪文を唱えると、ヴェストリの広場の様子が映し出された。 丁度ドラゴンが土に足を取られ、ゴーレムに破壊される瞬間だった。 「なんと…本当にドラゴンを呼び出している。しかし、とっさの機転であのドラゴンを倒すとは。 ミスタ・グラモン、意外ですね。」 コルベールが感嘆の声を上げる。 だが、オスマンは 「いや、あのドラゴンはそこまで強い種ではないようじゃ…。 彼は更に強いものを持っているようじゃ…」 「ふむ、最後まで諦めが悪いのは、かえって美しくないよ?素直に負けを認めたらどうだい?更に…」 そう言うとバラの花が地に落ち、7体のゴーレムが姿をあらわした。 「わかるかい!これでチェックメイトだ!さぁ、素直に負けを認め…」 「負けを認める…?それは自分のことを言っているのか?」 「なにっ?」 「サファイアドラゴンを倒したのは誉めてやる。貴様のゴーレム程度では倒せないと思っていたのだから、 俺の予想を越えたことは認めてやる。だが、所詮貴様はそこまでだ。 最強の力を持った、俺の僕の前では所詮無力だったということを、その身に刻むが良い。」 「なっ…何を…」 海馬は手札から2枚のカードを抜き出した。 「おれは手札より!古のルールを発動する!」 瞬間、海馬の頭上に古い巻物のようなものが現れる。 「このカードは、手札の上級モンスターを生け贄無しで召喚する事ができる魔法カード! ちなみに、貴様がさっき倒したサファイアドラゴンは、下級モンスターだ。」 「ハッ・・・ハッタリを!」 「ハッタリかどうかはその目で確かめるんだな。 出でよ!ブルーアイズホワイトドラゴン!」 巻物から飛び出すように、全身純白にして光り輝くようなドラゴンが飛び出した。 そのドラゴンの瞳は澄んだ宝石のように青く美しく。 それを見た誰もが、その姿に見惚れていた。 「これが最強のドラゴン!ブルーアイズホワイトドラゴンだ! ブルーアイズよ!そのガラクタ人形を蹴散らせ! 滅びのバーストストリーム!」 ブルーアイズの最強必殺技、滅びのバーストストリームが放たれる。 その波動はゴーレム一体どころかまとまっていたため7体全てのゴーレムを消し飛ばし、その場所に巨大な爆発を起こした。 その爆風により観客の殆どが吹き飛ばされ、そこに残っていたのは、運がいいのか悪いのか、ギーシュのみであった。 「さて、まだ続ける気があるか?」 死刑を宣告するような声で、海馬はギーシュに告げた。 「僕の…負けだ…。」 「貴様の敗因は驕りにある。だが、サファイアドラゴンを倒した機略はなかなかのものだったぞ。」 そう言うと、海馬はカードをデッキにまとめデュエルディスクを畳み、広場を去っていった。 その後姿を見ながら、ギーシュは呟いた。 「…完敗だ。」 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 九話 ルイズに召喚された日の晩にタバサたちと別れた後、ブラムドは確信と共に一つの魔法を使う。 それは自らを探知する魔法を打ち消し、魔法の種類と術者の居場所を探る魔法。 『感知対抗(カウンターセンス)』 確信通りその身を探る術者の存在を知り、ブラムドは再び『飛翔』を唱えて術者のもとへと飛ぶ。 突然、鏡が本来の姿を取り戻す。 そこに映るのは年老いた男、学院の長であるオスマンの姿だ。 「はて?」 とつぶやき、オスマンは再び鏡を働かせて先刻の場所を映させる。 しかしそこにはすでに人影はない。 「むぅ……」 眉根に皺を寄せながら、オスマンは辺りを映して目標を探す。 『解錠(アンロック)』 窓の鍵が外から開かれ、そこから輝くような銀髪を持つ一人の女が姿を現した。 「どこの世界にも、似たような品物があるのだな」 窓の開く音、そしてかけられた声に、オスマンは頭をかきながら顔を向ける。 それはまるで、いたずらを見つかった子供のように見えた。 銀髪の女は笑みを浮かべながら室内を見渡し、視線の先にあった応接用の座席へと座る。 オスマンもまた、銀髪の女の向かいに腰掛ける。 「似たようなもの、というと鏡ではないのですかな?」 「魔術師たちが持っていたのは、遠見の水晶球という品だ。鏡を見た後であれば、その方が広く見渡せそうだがな」 銀髪の女は自らの身長ほどある鏡を指差しながら、不意に顔をしかめる。 「いかがなさいました?」 「いや、思い出したくないものを思い出してな」 オスマンはこの偉大な竜をして不快にさせるほどの何かに、強い興味を引かれたようだった。 「差し支えなければ、お聞かせ願えまいか」 銀髪の女の姿をした竜、ブラムドは大きなため息をつき、訥々と語り始める。 自らが、かつて一つの魔法の品に囚われていたこと。 その身を縛る魔法によって、ことあるごとに激痛にさいなまれていたこと。 いくつもの命を、激痛のため意に沿わず奪ったこと。 そしてその縛り付けていた魔法の品が、真実の鏡ということ。 「真実の鏡?」 「うむ。どのような場所でも映し出し、人を映せばその心までもあらわにするといわれておった」 「なんともはや、恐ろしい代物ですな」 オスマンは、額ににじむ汗を袖口でふき取る。 「我のような竜と違い、お前たち人間にとっては喉から手が出るような品ではないのか?」 微笑みながらいうブラムドに、オスマンは苦笑を返す。 「否定することは出来ませぬがな。人の心を暴くような品は、あってはならぬものです」 苦笑を浮かべながらも、オスマンの言葉も目も、真意を語っている。 それは『虚言感知』を使うまでもない。 その様子に、ブラムドは改めてこの老人を信頼することに決めた。 「オスマン、我はルイズに感謝しておる。故に、ルイズの生ある限りは忠誠を誓おう」 その言葉を聞くまでもなく、オスマンもまたブラムドを信頼している。 この強大な竜が、何の利があってルイズに従うだろう。 たとえどんな利があったとしても、人が地を這う蟻に従うようなことはないだろう。 ブラムドにとっては地を這う蟻の一種でしかないオスマンに、こうまで礼を尽くす意味はない。 その行動は、ブラムドのオスマンへの信頼をあらわしている。 何よりもこの竜は、人を殺したと口にしたとき、はっきりと苦悶の表情を浮かべていた。 それをわかっていながら、オスマンはブラムドを監視せざるを得ない。 オスマンの力では、どうやったところでブラムドをとめることが出来ないからだ。 そしてこの学院に通う生徒たち、いや教師も含め、選民意識に凝り固まった人間たちは、ブラムドの逆鱗に触れかねない。 たとえどれほど強くオスマンが言ったところで、可能性をなくすことなどできないだろう。 いっそのこと、一度ブラムドに力を振るってもらうか。 しかしそれをしてしまえば、ミス・ヴァリエールはさらに孤立することになりかねない。 であれば。 「頼みが、あるのではないか?」 口を開こうとした瞬間、オスマンはブラムドに先手を打たれた。 それは、あたかもブラムド自身が真実の鏡を使ったかのように、オスマンの心を見抜いていた。 「かないませぬな」 オスマンはどこか諦めたような、それでいてどこか晴れやかな表情を浮かべる。 「はっきりいいまして、この学院にいるメイジたちは幼い。それは実際の年齢ではなく、精神のありようとしてです」 カストゥールの時代を生きたブラムドにとって、オスマンのいいたいことの予想はついていた。 「確かに、メイジと平民との間には決して越えられぬ壁があります。だがそれは絶対に、人間として上等か下等かということではありません」 魔術師たちが、それ以外の存在を奴隷として扱った歴史を見ていれば、力を持った人間の醜さを知らぬはずもない。 「しかし、そうとは思わないメイジがこの世界の大半を占めています」 それでもブラムドは、その醜い面が人間の一面に過ぎないことを確信している。 「無論、ミス・ヴァリエールをはじめとして、メイジも平民も等しく人間だと知っているものもおります」 カストゥールの時代に生まれながら、自らに魔法を教えたアルナカーラがいた。 オスマンのいうように、平民を人と思わぬ人間が大半を占める世界で、シエスタという平民を大切な友と呼んだルイズがいる。 「もしブラムド殿の機嫌を損ねる人間がいたときには、たしなめる程度にとどめていただきたい、というのがわしの望みです」 オスマンは、私闘を禁じないと明言した。 ただし、その言葉には別の意図も含まれている。 増上慢をたしなめられるのも、一つの勉強だと。 ブラムドはオスマンの言葉を正確に理解し、どこか人の悪い笑みを浮かべながら首肯する。 「尻を叩く程度に我慢すると、約束しよう」 その言葉に、オスマンは自身の言葉がことのほか正しく伝わったことを理解した。 つまり、決して殺すような真似はしないと。 二人の年経た存在が、鏡に映したかのようにどこか人の悪い笑みを浮かべていた。 ルイズが石を爆発させた後、教室をでたブラムドはオスマンの部屋を目指していた。 しかし、その歩みは確信を持ってはいない。 さらにいえば、最短の道を進んでもいない。 端的に言えば、迷っていた。 昨晩一度いっているため場所の見当はついていたが、基本的に洞窟や洞穴で生活する竜ににとって、人間の住む建物の構造はどこか理解しがたい。 かつて魔術師に囚われていたときも、移動の際には案内役がついていた。 ……まぁいざとなれば飛べばよいか。 そんなことを考えるブラムドの行く先に、見覚えのある薄い頭の男が現れる。 「やや、ブラムド殿。ミス・ヴァリエールは一緒ではないのですか?」 「ルイズと授業に出ておったが、中止になった。ルイズは教室を片付けておる」 授業の中止、そして教室の片付けという言葉に、薄い頭の男は表情を曇らせる。 「もしやミス・ヴァリエールが……?」 「うむ。石を爆発させた」 「そうですか……、もう爆発することはないかと思っていたのですが……」 その言葉に、ブラムドは目の前の男がルイズに気をかけていたことを知る。 「そのことでオスマンに話がある。おぬし、名はなんと言う?」 「私はジャン・コルベールと申します。コルベールとお呼びください」 コルベールは朝食の際、オスマンに言われたからか、それとも元々そうなのか、どこか緊張したような動きでブラムドへ挨拶する。 「ではコルベール、オスマンのところへ案内を頼む」 「は、や、あの……」 「どうかしたか?」 言いよどむコルベールに、ブラムドは怪訝な表情を浮かべる。 「ミス・ヴァリエールの片付けの手伝いなどは?」 その言葉に、ブラムドはコルベールに笑顔を向ける。 コルベールはブラムドの正体を知っているとはいえ、現在の姿は妙齢の女性であり、自分が見た中でも一、二を争うほどの美女である。 それゆえ、異性とあまり交流のないコルベールは二の句を飲み込んでしまう。 「それは我が従者がしておる」 「は?」 とっさに言葉を返すことの出来ないコルベールを尻目に、ブラムドは自ら言葉を継ぎ、オスマンの部屋へと歩みを進める。 「それにな、ルイズを手伝う人間もいる」 教室内で孤立していたルイズを思い返し、コルベールは頭に疑問符を浮かべて立ち尽くしてしまう。 「案内はどうした?」 ブラムドの言葉に、コルベールはあわてて先導する。 ……従者? 昨日はそんなものはいなかったはずだが。使い魔に従者か…… 「おぉ!!」 先導しながらも、どこか考え事をしている風情だったコルベールが突然立ち止まった。 不意に声を上げて立ち止まるコルベールに、ブラムドは不審な顔をする。 「ブラムド殿、使い魔のルーンを見せていただけないでしょうか?」 「使い魔のルーン?」 「ミス・ヴァリエールとの契約の際、体に刻まれているはずなのですが」 契約といわれたブラムドは、そういえば、と左手をあげる。 そこには刻まれたルーンが、鈍い光を放っていた。 「これか?」 「おお、珍しいルーンですな」 いいながらブラムドの手を取ったコルベールは、手のひらの感触に違和感を覚える。 そしてその違和感の通り、ブラムドの手のひらには傷がついていた。 「これは!?」 「先刻の事故の折であろう。大したことはない」 「いや、そういうわけにもいきません」 とはいうものの、火のメイジであるコルベールに怪我の治療は出来ない。 手近な布を破ろうにも、メイジの服には固定化がかかっている。 困り果てて辺りを見回すコルベールは、窓の外に二人のメイジがいるのを発見した。 一人はギーシュ・ド・グラモン、シュヴルーズと同じく土を司るメイジ。 人間関係、特に男女関係に課題を持つが、土のメイジとしての能力は低いものではない。 だが彼はコルベールの助けにはならない。 少なくとも今は。 しかしもう一人、その向かいで笑顔を浮かべる長い金髪を縦に巻いた少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、コルベールにとってまさに天の助けといえた。 「ミス・モンモランシ!!」 窓から呼ばれる声に、二人の年若いメイジはどこか不機嫌そうな表情を浮かべて振り向く。 もちろん、呼んだ人間が教師であるコルベールだとわかり、不機嫌そうな表情だけは押し隠していたが。 かすかに笑顔を浮かべながらコルベールに近づいたモンモランシーは、その傍らにいた人間がブラムドであることを見て取り、ほんの一瞬その身を固めた。 咆哮による恐怖が、払拭されていなかったのだろう。 その後ろから歩み寄るギーシュもまた、表情や態度に表すことはないものの、瞳ににじむ畏れを隠しきれてはいない。 二人のおかしな態度に、気付いていながら気付かぬ風を装うブラムドと違い、コルベールはまったく気付いていない様子だった。 その観察力のなさに、ブラムドはコルベールの教師としての能力に疑念を抱く。 教師というものは、ただ生徒のことを心配していれば良いというものではない。 そしてその疑念は、直後に形となって現れる。 「彼女はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、彼はギーシュ・ド・グラモン、二人ともミス・ヴァリエールと同じクラスです」 モンモランシーはスカートの裾を摘んで少し広げ、小首をかしげるように挨拶をする。 「モンモランシとおよびください」 ギーシュは右手を前に、左手を後ろにし、軽く腰を曲げる。 「グラモンとおよびください」 貴族らしい優雅な挨拶に、コルベールは満足げに微笑む。 「ミス・モンモランシ、ブラムド殿が左手に怪我をしているようなので、みてやってもらえるかな?」 コルベールはモンモランシーに事情を説明し、ブラムドへ歩み寄るその背中越しにブラムドへと説明する。 「水のメイジは怪我の治療などを得意としまして、彼女はその使い手としてなかなか優秀な生徒なのです」 「ほぉ、水はそういった力を持つか」 ブラムドがかつていたフォーセリアでは、神に仕える司祭がその役目を果たし、魔術師は回復や治癒に属する力、他者を癒すような力を持つことはない。 対象の精神力を奪うような魔法もあるが、それは相手に精神的な打撃を加えるのが主な目的であって、自身の精神力を回復させるのはあくまで副次的なものだ 四大属性の内で水に関する魔法も、氷雪によって敵を凍らせる『氷嵐(ブリザード)』くらいしかない。 ハルケギニアで常識的な水の力も、ブラムドにとっては興味深いものにうつる。 傷の状態を確認したモンモランシーは驚かされる。 裂けているのは手の平の中心だが、少しずれれば骨に食い込むような深さだったからだ。 しかもその傷の深さに比さず、異様に出血が少ない。 したたり落ちるではなく、あふれるように流れ出ていてもおかしくないはずだ。 だが、その出血は手の平ににじむ程度に過ぎない。 おそらくルイズの爆発で傷付けられたのだろうが、モンモランシーは頭に疑問符を浮かべた。 四人が今いるこの場所と教室、そして医務室は延長線上にはない。 それをこの深い傷を放置したまま、何故こんなところに? 「どうかしたか?」 傷を見た瞬間に動きを止めてしまったモンモランシーに、ブラムドが声をかける。 「い、いえ。傷が随分と深いので」 「大したことはあるまい。骨にも筋にも問題はない」 こともなげに手を握ってみせるブラムドに、モンモランシーは目を見張る。 「と、とりあえず治します」 マントの内側に入れてある緊急用の水の秘薬と杖を取り出し、モンモランシーはルーンを唱え始める。 不思議そうな表情を浮かべるブラムドに、説明好きのコルベールが言葉をかけた。 「小さな傷であれば無用ですが、大きなものになると水の精霊の力を秘めた水の秘薬が必要になるのです」 水の精霊、という言葉に反応し、ブラムドもまた魔法を使う。 『力場感知(センスオーラ)』 それは魔法の源であるマナだけではなく、精霊力をも感知する魔法。 傷口に垂らされた水の秘薬には、確かに水の精霊力が感知できた。 しかしその力は異常なほど強い。 身近な周囲に満ちる下位の精霊ではなく、自然界の法則を司る上位精霊の力だ。 あまりにも無造作に巨大な力を振るう水メイジの姿に驚くブラムドの表情を、コルベールは怪我の治癒に対しての驚きと勘違いする。 「東方にはこのような魔法はないのですか?」 問われた言葉で勘違いに気付くブラムドだったが、勘違いを正すのも面倒と思って話を合わせる。 「うむ。我のいた場所では、破壊の魔法ばかりだった」 破壊の魔法ばかり、という言葉に、コルベールの表情にわずかな影が差す。 ブラムドだけがその影に気付いたが、生徒たちに聞かせたい話でもないだろうとあえて問うことはなかった。 やがて、モンモランシーの治療が終わる。 「終わりました」 「ほぉ、跡形もないのう。礼を言おう、モンモランシ」 傷の様子を確かめ、ブラムドは微笑みながらモンモランシーの頭をなぜる。 「その水の秘薬とやらも、安いものではあるまい? いずれこの借りは返そう」 「や、私が頼んだことですので」 コルベールは慌ててその言葉に応えたが、ブラムドは笑みを消して反論する。 「コルベール、我はオスマンのいうように客分ではあるが、出された食事をただはむような真似をしているつもりはない」 そしてブラムドはモンモランシーに向き直り、笑みを浮かべて言葉を重ねる。 「今すぐに、というわけにはいかぬが、この借りは我の力で返させてもらおう」 その言葉には高い誇りがうかがえ、コルベールは反駁することができない。 一方でブラムドは、一つの疑問を抱えている。 コルベールの言葉からすれば、自身の傷は浅いものではなかったといえる。 しかしそれほど強い痛みは感じていなかったし、出血も激しいものではなかった。 人の体はそれほど痛みに強く、強靱なものだっただろうか。 答えを見出せないブラムドを笑うように、左手のルーンが鈍く輝き続けていた。 前ページ次ページゼロの氷竜
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編集する。 カウンター - 2021-12-08 18 32 01 (Wed) 主人公ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 平賀才人(ひらが さいと) デルフリンガー トリステイン学園関係者シエスタ ティファニア・ウエストウッド トリステイン王室関係者 リンク 主人公 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 声優・釘宮理恵 ヴァリエール家の三女で平賀才人を使い魔にしている。 魔法が使えないので「ゼロのルイズ」と呼ばれていた。 才人に対してツンデレにあたっている。 平賀才人(ひらが さいと) 日本の秋葉原からこの世界に召喚された。 デルフリンガー トリステイン学園関係者 シエスタ ティファニア・ウエストウッド トリステイン王室関係者 [[]] [[]] リンク コメントログ 名前 コメント 編集する。 出典、参考
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前ページ次ページゼロの双騎士 教室へ一歩踏み込んだ瞬間、教室の空気がガラリと変わったのが感じ取れた。 自分への視線が集まっている。 あるいは奇異、あるいは恐怖、あるいは不審。 人間の使い魔という時点で既に前代未聞なのだ。 更にギーシュ相手にあれだけの実力を示した後と来れば、当然の反応だろう。 とりあえず気にしないことにして、席へと向かう。 「私はどこにいればいい?」 「使い魔の席は無いんだけど…人が立ってるのもアレだしね…座ってなさい」 幸い、席には余裕があったのでルイズの隣に腰を下ろす。 こちらが平然としているので興味が移ったのか、生徒達は友人たちとのお喋りを再開していた。 周りを見ると、使い魔と思しき生き物が多くいる。 ネズミ、蛙、鳥、犬、猫などなど。 竜、サラマンダーなど大型の使い魔は流石に教室にはいなかったが。 …私もこいつらと同じ立場なのだ、と思うと少し複雑になる。 「さぁ皆さん、お静かに。講義を始めますよ」 教師と思しきローブ姿の女性が入ってきた。 「皆さん、春の使い魔召喚は無事成功したようですね。 私は、毎年生徒達の使い魔を見るのを楽しみにしているのですよ」 慈愛に満ちた目で教室内を見回す。 教師に向いた人格者のようだ。 ふと、私の方へ目を向けたところで視線が止まる。 「随分と変わった使い魔を召喚したようですねぇ、ミス・ヴァリエール」 別段悪意のある口調ではなかったのだが、そこで生徒が茶々を入れる。 「ゼロのルイズ!召喚に失敗したからって剣士だかメイジだか分からん妙なヤツを連れてくるなよ!」 「私はちゃんと召喚したわよ!」 「嘘つけよゼロのルイズ!魔法を失敗してばかりのお前だ、サモン・サーヴァントだって出来ないに決まってる!」 教室内に大きな笑い声が起こった。 「ミセス・シュヴルーズ!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱しました!」 「事実を言って何が悪い!それに僕はかぜっぴきじゃない、"風上"のマリコルヌだ!」 「アンタの鼻声は風邪引いてるようにしか聞こえないのよっ!!」 全く、ルイズももう少し悪口を受け流すことを覚えるべきだな。 しかし他人を笑いものにしている人間を見るのはやはり不愉快だ。 相手の成長を促すためにあえてキツい言動を取るとかいうならまだしも、この言葉にそんな意思は毛頭感じられない。 「…ククッ、浅い男だな」 「何だと!?平民が貴族に向かって何と言った!」 ほら、また乗ってきた。 ギーシュという小僧もそうだったが、貴族のボンボンはこうも沸点が低いのか。 あぁ、そういえばルイズもプライドばかり高い子供だな…などと考えつつ、言葉を継いだ。 「貴族?それが何だと言うのかね。 君が貴族であることに関して、君はどれほど寄与したと言うのだ? 君の貴族の称号は君自身の力でもぎ取ったものか?違うだろう。 敬意を払われるべきは貴族の称号を手に入れた君の先祖であって、君自身ではない。 大体、地位や家柄を尊んでいる時点で君の考えはズレている。 尊ぶべきは地位や家柄に相応しい人間であるよう努力することだろう。 翻って君の行いはどうだね? 他者を貶めて笑いものにしている。それも、年端も行かぬ少女を相手に、だ。 君はそれが貴族とやらの正しい在り方だと思うのか? 貴族の称号を手に入れた君の先祖に対して恥ずかしくない行いだと、胸を張って言えるかね? …君もだぞルイズ。他人を侮辱しても自分が貶められるだけだ」 『うっ…』 二人揃って口を噤んだ。 全くの正論、まともな良心と倫理観を持っていれば言い返せるわけがない。 子供相手にここまで言うのは少々大人気ない気もしたが…これは言わねばならぬことだと思った。 子供の規範になることは大人の義務だ。 ふと、かつて向けられた憧憬の視線がフラッシュバックした。 あれはキャンベル征服を成し遂げた時の事だったろうか。 町長の屋敷に本営を置いて宿泊した際、身の回りの世話をしてくれた少年に、こんなことを言われたのだ。 『パルパレオス将軍!僕もいつか将軍のような強い男になりたいんです!』 男なら誰しも幼心に感じるであろう強さへの憧れ。 それを色濃く映し出した憧憬の視線は、私には余りに眩しすぎた。 憧れを向けられるには、私は血に塗れすぎていたからだ。 強さとは、剣の腕や魔法の才能のことを言うのではない。 決して折れぬ心、他者を思いやることのできる心の力を言うのだ。 ―お前ならきっとできる。強い男になれ― 彼がいつかそれに気づいてくれることを願いながら。 自分のようにはならないで欲しいと願いながら。 私は、少年の憧憬に応えた。 あれから数年、あの子はどんな風に成長しただろう…。 「…感服しました。ミス・ヴァリエール、貴方の使い魔は見事な見識をお持ちですね。 貴族ではないようですが、貴族よりも貴族らしい考えを持っている。 ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ以外も、彼の言葉をよく肝に銘じておきなさい。 学ぶことは多いはずですから」 「しかしミセス・シュヴルーズ!ルイズのゼロは事実ですが僕が言われたことhガボッ」 唐突に途絶えた言葉。 見れば、マリコルヌの口が赤土で塞がれている。 「…貴方はそのまま講義を受けなさい、ミスタ・マリコルヌ」 マリコルヌに杖を向けたシュヴルーズが冷たい声で言い放った。 …彼女は怒らせない方が良さそうだ。 パルパレオスは背筋が寒くなるのを感じながら心に刻んだ。 「さて、講義を始めますよ」 +++++ 「改めて、私は"赤土"のシュヴルーズ。本日から一年、このクラスの土系統の講義を担当します。 ミス・ツェルプストー、四大系統はご存知ですね?」 「もちろんですわ。四大系統とは『火』『水』『土』『風』のことですわね」 「その通り。この四つのうち、土系統ほど人々の生活に密着したものはありません。 例えば金属の精錬。これは土魔法によって行われているものがほとんどです。 あるいは石材の加工。これも土魔法を使うことで、かかる労力と時間は大幅に削減できます。 農業にも土魔法は使われています。これで土壌改善を行うことで、収量にも野菜や果実の質にも雲泥の差が生まれるのです」 (何と…) パルパレオスは素直に感心していた。 彼は、異郷へやってくることになってから、この土地の文化や歴史を学ぶ機会はこれまでほとんど無かったのだ。 まさか、魔法がこのような使われ方をしているとは。これは、オレルスでは有り得ないものだった。 オレルスにも魔法は存在したが、ハルケギニアの系統魔法ほど生活に密着したものではなかったのだ。 魔法医療は発達していたが、他は大抵が軍事転用が前提の魔法だった。 最も、魔法医療も多くは軍事に使われていたのだが。 オレルスの魔法は、系統魔法のように金属の精錬や資材の加工などはできない。土壌改善など言わずもがなである。 この世界では恐らく、工業や農業といった主要産業の代わりに魔法が発達したのだろう。 確かに工学よりも遥かに容易に済みそうだ。 最も、魔法で物を作るとなると、製品の精度は術者の技量や感性に依存することになる。 同じものを大量に作り出したりするのは難しいだろうから、そこから機械工学へ発展させることは難しいかもしれない。 オレルスには、格段に発展しているとは言えないまでも、機械工学は存在していたのだ。 特に帝国では軍事転用のために研究・開発が盛んに行われていた。 魔法使いは数が限られているし、戦争に出れば死者も出る。 先天的な才能に左右される上、戦力になるまで訓練するにも時間がかかるため、補充が利きづらいのだ。 そのため、カタパルトやランチャーなどの機械兵器が生産された。 運用次第で魔法以上の威力を発揮できるその火力を見込まれて制式採用されていたのだ。 さほど発展していないためサイズも重量も大きく、動かすのに相当な労力と時間が要るのが難点だったが。 そのため、移動式は少なく陣地・要害に設置する形式の砲戦力(迎撃砲台)が多かったのだが、それは余談である。 ともあれ、こういう特徴を持って発展してきた以上、メイジが社会的絶対優位を確立したのは当然のことかも知れない。 それが正しいかどうかは別にして、だ。 「…このように、土系統は万物の組成を司り、様々な形で人々に恩恵をもたらしているのです さて、講義はこの辺にして実技に移るとしましょうか。 今日は土系統の基礎、『錬金』の魔法を練習します。まずはお手本を見せましょう」 そういって懐から取り出した小石に向けて杖を振りながら魔法を唱える。 見れば、ただの石ころだったはずが黄色く光っている。 「まさか…ゴ、ゴールドですか!?ミセス・シュヴルーズ!」 キュルケが目を丸くして驚いている。 金にしては少々色合いが薄く見えるが。 「いいえ、ただの真鍮ですよ。金はスクウェアクラスのメイジにしか錬金できません。 私はトライアングルですからね」 少し恥じ入ったように言うが、大したものだとパルパレオスは思った。 錬金の魔法はさほど長い詠唱ではない…というか、ほとんど一言だ。 たったあれだけで、ただの石ころを真鍮へと変化させてしまった。 ハルケギニアの系統魔法がいかに便利か、その一端を肌で感じた。 しかし、スクウェアとかトライアングルとか言うのは何だ…? いや、図形というのは知っているが、それでは意味が通らない。 そうルイズに聞いてみた。 「メイジが高度な魔法を使う場合、複数の系統を同時に操って掛け合わせる必要があってね。 いくつの系統を同時に使う必要があるかが魔法の等級や難易度を示すわ。 例えば火の攻撃魔法を使う時ね。 『着火』の前に『油の錬金』という工程を加えればより強力な炎を作れるでしょう? 『油の錬金』を二度行って、より純度の高い油をより大量に作れば、もっと強力にできるわね。 前者は火と土の二系統だからラインクラス、後者は火、土、土でトライアングルクラスの魔法になるわ。 いくつの系統を同時に使えるかがメイジの等級を表すの。 系統を一つしか使えないならドット、同時に二つ使えるならライン。 三つでトライアングル、四つでスクウェアと呼ばれるの」 理路整然としていて、しかも分かりやすい。 ふむ、ルイズは少なくとも座学は優秀なようだ。 「ミス・ヴァリエール、講義中の私語はおやめなさい。 そんなに暇なら、貴方にやってもらいましょうか」 「え…私がですか!?」 「そう、貴方ですよ。この石を好きな金属に錬金してみなさい」 …説明を頼んだせいでルイズが当てられてしまったか。 ちょっと可哀想なことをした。 当のルイズは、何やらためらっているようだ。 「どうしたルイズ?私も君の魔法を見てみたいのだが」 そこへ、キュルケが困ったように口を開く。 「あの…ミセス・シュヴルーズはこのクラスを受け持つのは初めてでしたよね? 危険ですから止めた方がいいと思いますけど…」 キュルケの言葉に何故かクラス中が頷く。 危険とはどういうことだ? 便利な魔法ではあるだろう、しかし危険とは程遠い魔法に見える。 「錬金の何が危険だと言うのです? さぁミス・ヴァリエール、失敗を恐れずやってみなさい」 「…やります」 ルイズの顔には強固な意志が見てとれた。 いや、意志というより意地のようにも見える。 キュルケに止められて逆にやる気になったのか? しかし、キュルケは何をしているんだ?机の下に潜りこんだりして…。 諦めたような表情が浮かんでいる。 見れば、他の生徒も同じようなことをしていた。 そんな様子に気づかぬシュヴルーズは、教壇の前まで来たルイズを促す。 「さぁ、錬金する金属を強く思い浮かべて魔法を唱えるのです」 「はい…錬金!」 その瞬間。 轟音が鼓膜を揺さぶった。 濃い黒煙が教室を包む。 「な、何が起きた…!?ゲホ…ゲホッ!」 煙を吸い込んで咽てしまう。 なんだこの煙は…?異常に濃い…! ただの煙ではない。 使われていない部屋で壁や床を思い切り叩いた時に舞った埃を吸い込んだような感覚。 …まさか、あの石が完全に粉砕されたのか? それほどまでに凝縮されたエネルギー…。 一つ、心当たりがあった。 オレルスにおいて既に忘れ去られた闇の力。 万物を押し潰し、破壊し、灰燼へ帰すエネルギー。 『暗属性』と呼ばれる技・魔法の結果に、それは酷似していたのだ。 フェニックスが司る『聖属性』と対を成すとされる暗属性を、パルパレオスはかつて見たことがあった。 神竜王アレキサンダーが放った「天空の裁き」と呼ばれる雷である。 雷の形を取っていたが、その力は雷と呼ぶには余りに禍々しく、破壊力は比べ物にならなかった。 直撃を避けるためとっさに避雷針代わりにしたバスタードソードは、黒い塵と化して跡形も無く破壊された。 折れたのとも壊れたのとも違う。文字通り「黒い塵になった」のだ。 さっきの小石と全く同じである。 …そうだ、ルイズは!? 「ルイズ!無事か!?」 教壇へ目をやると、煤けた姿のルイズが平然と立っている。 「…ちょっと失敗しちゃったわね」 こともなげに言うところを見ると、怪我はしていないようだ。 あれだけの爆発が一番近くで起こったのに、この教室で一番元気そうにしている。 シュヴルーズは吹っ飛ばされて気絶しているし、他の生徒も多くが目を回している。 爆発に驚いた使い魔たちも騒ぎ出していたが、そちらは殺気をぶつけてとりあえず黙らせておいた。 「ケホ…ケホッ、全く、だから言ったのに…あぁもう、服も髪も煤だらけじゃない!」 何とか机の下から這い出してきたキュルケに医療担当者を呼ぶよう頼んでから、私はルイズと共に他の者を起こしにかかる。 ―パルパレオスが初めて見た『虚無』の魔法であった― +++++ 前ページ次ページゼロの双騎士
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作者別 ■ゼロの飼い犬 15-181 #1 事の発端? 15-593 #2 天使の指先 15-828 #3 微熱の唇 16-203 #4 口付けの理由 16-282 #5 メイドの温もり 16-433 #6 黒い瞳の彼 16-720 #7 月の涙(前編) X00-05 #8 月の涙(後編) 18-46 #9 月夜の晩に X00-07 #10 雨降りの後 19-20 #11 人形姫の溜息 20-72 #12 水兵服とメイドの不安 (前編) X00-10 #13 水兵服とメイドの不安 (後編) X00-11 #14 お医者様でも草津の湯でも (前編) 24-5 #15 お医者様でも草津の湯でも (後編) X00-27 #16 夏休みの前 X00-28 #17 真夏の雪風 ■完結SS 13-28 湯けむり協奏曲(前編) 13-232 湯けむり協奏曲(後編)