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前ページ次ページゼロの大魔道士 シャナク――破邪呪文の一種で、アイテムや武具、もしくは生命体にかけられた呪いを解除する魔法である。 解除の成功率、そして解除後の影響に関しては使い手の力量がそのまま影響する。 呪いとは何か? ポップの世界において呪いという言葉の定義はない。 何故なら、原因がわからない不都合を起こす現象はほぼ全て呪いとされているからだ。 ただ、一説によれば呪いとは総じて魔法の別に形ではないかと言われている。 不思議な現象に魔法が絡んでいなければおかしいというのが根拠だった。 コントラクト・サーヴァント――術者と受術者の間にルーンを刻むことによって主従契約を生み出す魔法である。 始祖ブリミルが生み出したとされるこの魔法はメイジであれば大抵のものが扱える。 いわゆる初級魔法に分類されるこの魔法は、ある種の強制力を持つ。 ルーンを刻まれ、使い魔とされた生物は主人に対するある程度の忠誠心を代表とする色んな能力が強制的に付加されてしまうのだ。 さて、ここで話は本題に戻る。 前述の通りシャナクは呪いを解除する魔法だ。 そしてコントラクト・サーヴァントは魔法ではあるが、その効力上呪いといっても差し支えはないものだろう。 つまり、シャナクはコントラクト・サーヴァントに対して十分効力を発揮すると言っても良いのである。 (くっ!? 思ったより強固な…っ!) 話を聞く限りでは初級魔法のようだから解除も簡単だろうと臨んだポップだったが、意外な苦戦を強いられていた。 効力は外道といえども、そこは始祖ブリミルの魔法である。 戒めという呪いを砕かんと襲い掛かるポップの魔力を押し返さんとばかりに抵抗力を発揮する。 (こりゃ、師匠のアレ並だな…) アレ、つまりポップがマトリフのお下がりでもらった、バックルにマトリフの顔が彫ってあるダサいベルトのことである。 装備すると外れなくなるという呪いがかかっていた恐るべき一品。 なお、バーン打倒後ポップが必死にシャナクの修得に励んだ理由がここにあるのは言うまでもない。 「ちょっとアンタ、何してるの!?」 ポップが悪戦苦闘しているその時、ルイズがその様子に気がついた。 流石に契約を解除しようとしているとは気がついていないが、ルーンが激しく光り輝いているとなれば主人としては気になるのは当然。 同様の心境のコルベールと共にルイズはポップへと近づいていく。 と、その瞬間。 「こっ…の……消えろぉぉーっ!!」 ポップの渾身の叫びと共に後押しされた魔力がルーンへと襲い掛かる。 シャナクの力がルーンよ砕けろと奔流。 しかしこの瞬間、ルーンが自己防衛とも言うべき力を発した。 始祖ブリミルが使役したといわれる伝説の四なる使い魔の一体の力は、己の存在の消滅を防がんと動いたのである。 バシュゥッ! そして次の瞬間。 ルーンは砕け散ることなく、ポップの体から出て行き――そして『乗り移った』 「なっ…!? ぐっ、ぐあ…!?」 ここで不幸だったのは、彼が一番位置的にポップに近かったということがある。 周囲の生徒たちは既に彼自身の言によって解散していたということも不幸の一因だっただろう。 ルイズも同程度の位置だったのだが、彼女はコントラクト・サーヴァントの行使者。 条件的には当てはまらなかった。 それはつまりどういうことかというと―― 「こ、コルベール…先生?」 炎蛇のコルベール。四十二歳。独身。 ポップから追い出されたルーンをその体で受け止める羽目になった彼は ――この日、この時を持って教え子の使い魔になることが確定した。 『………』 痛いほどの沈黙が場を包んでいた。 場にいる人間は五人。 ぽかん、と口を大きく開けて固まっているルイズ。 自身の左手をまるで悪夢を見るかのように眺め続けるコルベール。 とある事情によりこの場に残っていた微熱と雪風の二つ名を持つ二人の生徒。 そして、どうコメントしていいのかわからず目をそらすポップだけだった。 「じゃ、そういうことで!」 キッカリ三秒後、最初に動き出したのはポップだった。 ぶっちゃけ、ルーンが砕けずに他人に移ったのは予想外の出来事だった。 しかし話の限りでは命にかかわることではないらしいし、そもそも自分は火の粉を払っただけである。 自己欺瞞を完成させたポップは素早く身を翻すと飛翔呪文を唱え 「あ、ま、待ちなさい!」 背に降りかかるルイズの罵声を無視して逃走を開始するのだった。 「随分と…め、珍しいルーンだね。私の左手にあるルーンは…」 ひゅうう、と風がコルベールの少なくなった髪の毛をなびかせる。 彼の目の前には罵声を上げ続ける桃色の少女の姿がある。 ミス・ヴァリエール。 いや、ご主人様? どちらで少女を呼ぶべきかコルベールは闇に染まりそうな思考の中、他人事のように考えるのだった。 「さて、これからどうしたもんだか…」 ポップは一度ルイズ達の視界から消えた後、こっそりと身を隠しつつ近くに戻ってきていた。 まだ完全に確信したというわけではないが、ここが異世界である可能性が高い以上無闇に動き回るわけにもいかない。 言葉が通じて人間がいる以上、町なども存在はしているであろうが、法律や常識が大幅に違う可能性は大いに高い。 となると下手すればうっかり犯罪者になってしまうということも考えられる。 現時点ではハルケギニアの知識がないに等しいのだから。 「お、移動するようだな」 ポップの視線の先には、宙に浮いて移動を開始するルイズ達の姿があった。 何故かコルベールがピクリとも動かないルイズを抱えて飛んでいたのだが、そこは気にしてはいけない部分だろう。 「トベルーラ…じゃないよなぁ。やっぱ異世界となると魔法体系も違うのか?」 少なくともポップの知る限りではサモン・サーヴァントやコントラクト・サーヴァントなどという魔法は存在しない。 類似している魔法や現象はあるにはあるのだが、彼らの様子を見た感じでは広く浸透している魔法のようだ。 となると、自分の知る魔法と、ルイズらの扱う魔法は全く別のものである可能性は高いといえる。 「とりあえず、あいつらに着いて行ってみるか。まずは情報を集めないことにはどうしようもないしな」 またぞろ厄介なことになったぜ、とポップは髪をガシガシとかきむしりながら飛翔呪文を唱える。 (ま、流石に大魔王を倒すよりはマシだろ) そうポジティブに考えることができたのはポップの成長の証だったのかもしれない。 それが楽観的な考えだったのかは、未来のポップのみが知ることではあったのだが。 前ページ次ページゼロの大魔道士
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前ページ次ページゼロのアトリエ 夕日の差す学院長室に、二人の姿があった。 「そうですか…マザリーニ卿がの。」 「ええ。彼の有能さは買っているのですが…」 アンリエッタ王女とオスマン氏が相談を続けている。 「いいい、一大事です!オールド・オスマン!」 そんな中に、慌てた様子のコルベールが飛び込んできた。 「君はいつでも一大事だな。どうした、ミスタ・コルベール?」 「城からの知らせです!土くれのフーケが脱獄したと!手引きした者がいると!」 「わかったわかった。その件についてはあとで聞こう。」 オスマン氏がコルベールを退室させた後、ようやくアンリエッタが口を開く。 「アルビオン貴族の手の者でしょうか…城下に、裏切り者が…」 「そうかもしれませんな。」 オスマン氏は、まるで人事のように言い放った。 「トリステインの未来が掛かっているのですよ?もう少し、真剣に…」 「なあに、フーケならば、もう一度捕まえてもらえば良い。」 「彼女たち、ですか。」 「それよりも…何か、姫殿下には心配事がおありのようですな。」 見抜くような視線で、オスマン氏は言った。 「丁度良い、ヴァリエール嬢とヴィオラート嬢、双方にご相談なされたらいい。」 「しかし…いくらフーケを捕らえたとはいえ、この任は少々…」 言葉に詰まるアンリエッタ。これは、軽率に広めてもいい類の話ではない。 その様子を一瞥したオスマン氏は、一つ、話を始める。 「姫殿下は始祖ブリミルの伝説はご存知かな?」 「通り一遍の事なら知っていますが…」 「では、『ミョズニトニルン』のくだりはご存知か?」 「始祖ブリミルを導いた使い魔のことですか?まさか彼女が…」 オスマンはそれには答えず、言葉を接ぐ。 「彼女は、異世界から来た錬金術師だと。そう名乗っておりました。」 「異世界の、錬金術師…ですか?」 見たことも聞いたこともない職業、錬金術師。 「そうですじゃ。彼女ならやってくれると、私は信じております。」 その錬金術師に、多大な信頼を寄せているオスマン氏。 「なれば祈りましょう。異世界から吹く風に。」 やってみる価値はあるかもしれない。 アンリエッタは一つの決断をした。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師15~ その日の夜。ルイズは心ここにあらずで、部屋の中を徘徊していた。 「おーい、ルイズちゃーん。」 そう言って目前で掌をふるヴィオラートの呼びかけにも全く反応を示さない。 仕方なく、ヴィオラートは錬金術書を書くための作業に戻る。 そのまま、ノートの1ページがびっしりと文字で埋まるほどの時間が経過したその時。 規則正しいノックの音が、静かな部屋の中に浸み渡った。 「誰かな?」 ヴィオラートはルイズを促すが全くの無反応。 仕方なくヴィオラートは作業を中断し、深夜の客人を迎えに出た。 そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾を被った少女。 少女はそそくさと部屋に入り、小さく杖を振った。光の粉が部屋の中を舞う。 「どこに目が、耳が光っているかわかりませんからね。」 光の粉がルイズの全身に付着した時、ようやくルイズが反応を示した。 「…ディティクトマジック?」 ルイズが向き直り、それを確かめた少女が頭巾を取る。 現れたのは、なんとアンリエッタ王女であった。 「姫殿下!」 ルイズが慌てて跪く。 ヴィオラートはとりあえずルイズのまねをした。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ。」 涼しげな、心地よい声が耳に届く。 次の瞬間、アンリエッタ王女は感極まった表情を浮かべ、ルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所にお越しになられるなんて」 ルイズは、かしこまった声で言った。 「ああ、ルイズ!そんな繁文縟礼を体現するような振る舞いはやめてちょうだい!」 「姫殿下…」 「ここには枢機卿も、母上も、友達面した宮廷貴族もいないのです!私達はお友達!お友達じゃないの!」 ルイズは顔を持ち上げた。 「幼い頃、宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの!泥だらけになって!」 はにかんだ顔で、ルイズが答える。 「ええ、お召し物を汚してしまって。侍従のラ・ボルト様に叱られました。」 「そうよ、そうよルイズ!ケンカになると、いつもわたくしが負かされたわね!」 「いえ、姫様が勝利をお収めになったことも一度ならずございました。」 ルイズが懐かしそうに言った。 「思い出したわ!わたくし達がほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一戦よ!」 「姫様の寝室で、ドレスを奪い合ったときですね?」 「そうよ、お姫様役の奪い合いで取っ組み合いになって、あなたのおなかに一発…」 「姫様の御前で私、気絶いたしました。」 それだけ言うと二人はあははは、と笑いあう。 「その調子よルイズ。ああいやだ、懐かしくてわたくし涙がでてしまうわ。」 アンリエッタはそう言って目を潤ませ、一つ息をついた。 怒涛の再会劇が終わり、ようやくヴィオラートが口をはさむ。 「どんな知り合いなの?」 ルイズは懐かしむように目をつむって答えた。 「姫様がご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたのよ。」 王女は深いため息をついて、ベッドに腰掛けた。 「あの頃は楽しかったわ。何にも悩みなんかなくって。」 アンリエッタは窓の外の月を振り仰ぐと、本題を切り出す。 「ルイズ・フランソワーズ。結婚するのよ、わたくし。」 「…おめでとうございます。」 その声に悲しみを感じ取ったルイズは、沈んだ声で答えた。 「そして…これはヴィオラートさんにも。シュヴァリエの授与が、できなくなりました。」 ルイズとヴィオラートが、顔を見合わせる。 「従軍必須、貴族の忠誠心…理屈はありますが、結局の所管轄したいのでしょう、あの男は。」 あの男。玄関先で見た、あの痩せこけた男のことだろうか。 「あれの思い通りになるのは癪ですが…残念ながらわたくしには対案がないのです。」 「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になるでしょうね。」 「ゲルマニアですって!あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」 「野蛮?そうかなあ…」 ゲルマニアと聞くとキュルケが頭に思い浮かぶ。野蛮と言うか、 自由すぎるという点ではその通りかもしれないなと、ヴィオラートは思った。 「そうよ。でも仕方ないの。同盟を結ぶためなのですから」 アンリエッタは、ハルケギニアの政治情勢を説明した。 「そうだったんですか…」 「いいのよ、ルイズ。物心ついたときから覚悟はしていました。今日、ここに来たのは…」 それだけ言うと、ほんの少し…戸惑った後、透き通った声で呟いた。 「手紙です。」 そして、堰を切ったように目的の全てを告げる。 「アルビオン王家のウェールズ皇太子から、手紙を取り返して欲しいのです。」 前ページ次ページゼロのアトリエ
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第二話 白のアルビオン 前ページ次ページゼロの影 翌日ワルドがミストバーンに手合わせを申し込んできた。伝説のガンダールヴの力を試したいらしい。 彼もワルドの力を見たいためあっさり了承した。ワルドが杖を構えるが彼は武器を持たないままだ。 「剣は?」 「不得手だ」 「いいから使いたまえ。何事も慣れだよ」 彼が地に刺していたデルフリンガーを引き抜くとワルドが疾風のごとき速度で突きを繰り出しつつ呪文を紡ぎ出していく。 詠唱が完成し、巨大な不可視の槌が横殴りに彼を吹き飛ばした。風に身をゆだねるようにふわりと着地する。 「君では僕に勝てないようだね」 せっかくワルドが格好つけて挑発したのに彼は全く聞いておらず、デルフリンガーを眺め首をかしげている。 まだ本気を出していないと知ってワルドは続けようとしたが、ルイズが必死に止める。 機嫌を取っておくべきだと判断したのか、肩をすくめると去ってしまった。 その後部屋のベランダに佇んで月を眺めているミストバーンへ、ルイズが声をかけた。 「あんたの世界では月が一つなんでしょ?」 「正確には、私の暮らす世界の上で見られる」 帰りたいという熱は感じられなかったが、見せようとしないだけだろう。言ったところで今の彼女にはどうしようもないのだから。 月のように冷たく凍えた光を放ち、決して手の届かぬ存在だと思わせる姿。 「この任務が終わったら帰る方法を探すわ。もし、もし帰れなかったら……」 そこから先は言えなかった。彼の表情がかすかにゆがんだためだ。 「……お前には必要としてくれる者がいるのだろう」 アンリエッタやワルドのことを言っているのだろう。ルイズは頷いたが、慌てて言葉を吐きだした。 「わ、わたしだってあんたを――」 「お前は私を必要としていない」 今ここにいるのは自分でなくともかまわない。戦う者として役に立てば、強ければそれでいい。それならば代わりの誰かで十分だ。 彼の心の言葉が流れ込んでくる。否定するより先に彼が口を開く。 「だが、大魔王様は忌み嫌っていた私の能力を……他でもない、この私の力を必要としてくださったのだ」 (本当に大切な“ご主人様”なのね) 悔しくてたまらなかった。この青年に少しでも認められる日など来ない気がしたためだ。 そして決意する。 (あんたはわたしが責任持って送り返すんだから……!) 意気込んだ彼女は、胸に沈みこむ言葉の中にふとひっかかるものを覚えた。 「能力を? それってまるで――」 道具だ。彼自身の心などどこにもなく、必要とされていないような言い草だ。 言葉を続けられぬルイズに対し、ミストバーンはためらいなく頷いた。 「そうだ。私はあの御方の道具……お役に立てるならばそれでいい」 自身をも道具と言い切る口調は誇らしさに満ちている。それは力を必要とされている、認められているということだから。 ただの使い捨ての道具、取り換えのきく武器ではなく、唯一無二の道具、最高の武器としての自負がある。 「確かに力を認められたいって思うけど……できればわたし自身を認めてほしいわ」 ミストバーンは意味を掴みかねたようだが、彼なりに理解した。 ルイズはルイズとして認められたがっている。力に加え魂をも含めて認めてほしいのだろう。 彼にとっては能力を必要とされるだけで十分だが、魂をも認めてくれる相手と出会えたらきっと手ごたえを感じるだろう。 切り離せず忌避してきた力か、求めても手に入らぬ力か。 力が全ての魔界の住人か、人間か。 その差が考え方の違いを生み出しているが、共感できた。根底にあるものは似ているのだから。 「あの男はお前を必要としているのだろう」 恋愛と主従関係は違うがワルドが彼女を必要としていることは確かだ。 「そう、ね。やっぱり――」 その時、巨大な影が月を隠すように現れた。岩でできたゴーレムの肩に乗っている人物は囚われたはずのフーケ。その隣に白い仮面で顔を隠した貴族が立っている。 フーケが復讐の予感に笑うと、ゴーレムの拳がベランダの手すりを粉々に破壊した。 一階に駆け降りた二人だったがそちらは傭兵の集団に襲われていた。テーブルを盾に応戦しているが、魔法の射程外から矢を射られてしまう。 やがてワルドが立ち上がり、半数に分かれることを低い声で指示した。 タバサがそれに応じ、自分とギーシュとキュルケを指して囮、ワルド、ルイズ、ミストバーンを指して桟橋と呟いた。 ルイズが何か言おうとするのをキュルケが押しとどめる。 「勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだから」 わかってる、と言いつつもルイズはキュルケ達に頭を下げ、歩きだした。 キュルケ達の奮闘によって傭兵達は炎に焼かれ混乱に陥った。 舌打ちするフーケに仮面の男は好きにしていいと告げ、素早く姿を消した。彼女は面白くなさそうに鼻を鳴らし、入口へとゴーレムの歩を進めた。 (まったく……得体の知れないところがあるからただの傭兵はやめとけって言ったのに) 倒す必要はなく分断すればいいということだったが、どうも仮面の男は彼らを甘く見ているようだ。 ゴーレムがどうやって倒されたかはっきりとはわからなかったため、一行の――特にミストバーンの実力をフーケも測りかねている。 まさか巨大なゴーレムを片手で殴り飛ばし、手刀で切り裂いたなどと彼女が考え付くはずもない。 「まあいいか……。あの不気味な男はいないし、借りを返させてもらうよ!」 高らかに哄笑を響かせていたキュルケがゴーレムを見て苦々しく呟く。 「どうする?」 男らしく玉砕だと唱えるギーシュへ、タバサは大量の花びらを出すよう命じた。 フーケは花弁がゴーレムに纏わりつく様子を見てバカバカしいと吐き捨てたが、異臭に鼻をうごめかせる。 花びらが『錬金』によって油に変わっていると気づいた時には炎球がゴーレムに飛び、包みこんでいた。 かろうじて命を落とさずにすんだものの、髪は焦げ煤で真っ黒だ。 「素敵なお化粧ね。普通のお化粧でもダーリンのすべすべお肌には敵わないから、ちょうどいいんじゃない、おばさん?」 フーケもキュルケももう魔法は使えない。怒りに燃える盗賊は杖を捨て、殴りかかった。 「あの顔面神経痛男より劣るですってえ!? ちょっとばかり顔と肌はきれいかもしれないけど恋愛経験はこのフーケ様の方が断然上だよッ!」 そもそも本体には性別が無いことを知らぬフーケの台詞を聞き、キュルケも負けじと殴り返す。 「そりゃ年だからでしょ!」 「違うッ! 勘だけど、あいつ絶対恋人いない歴イコール年齢だね! そんな男をダーリンと呼ぶあんたも大概――」 「あらそっちの方が燃えるじゃない! 永久凍土の心を融かす初めての女になるのよ!」 「僕は? ねえ僕の玉のようなお肌は?」 ギーシュの問いかけは二人に完全に無視された。タバサがポンと肩を叩き一言呟く。 「お呼びじゃない」 ギーシュの存在を忘れて元気に殴り合う二人であった。 その頃ルイズ達は桟橋へと走っていた。ある建物の階段を上ると丘の上に出た。そこには巨大な樹が枝を伸ばし、船がぶら下がっている。 樹の内部の階段を上っていくと彼らは後ろから追いすがる足音に気づいた。黒い影がルイズの背後に立ち、抱え上げる。そのまま地面へ落下するように敵は跳躍し、ワルドが空気の槌で打ち据える。 ルイズから手を離した男は手すりをつかんだが、彼女は落ちていく。それをワルドが階段から飛び降り抱きとめた。 仮面の男は体をひねりミストバーンの前に立った。杖を振ると空気が冷える。 魔法が、来る。 反射的に左手を振るった瞬間稲妻が彼の体を貫いた。フェニックスウィングでも完全には弾き切れなかったのだ。 「ぐああ……っ!」 駆け巡る痛みに耐えながら疾走する。後退した仮面の男に向けてワルドが杖を振ると風の槌が男を吹き飛ばし、叩き落した。 それを見たミストバーンが殺気も露にワルドに向き直る。 「何だい? 獲物を横取りしたことは謝るよ」 痛いほどの沈黙と緊張が両者の間に流れるが、そこへルイズが慌てて駆け寄ってきた。 「だ、大丈夫!?」 彼女の言葉にワルドから視線を外し、傷を確認する。左腕全体が焼け焦げ、青白い衣が無残な姿を晒していた。 それを見た彼が震え出す。 「大変、何とかしないと――」 「何と……何という失態を! わ……私のせいだあああッ!!」 「……は?」 ミストバーンはこの世界にいない主へ詫びている。完全に取り乱しているのは苦痛ではなく主への申し訳なさのせいだ。 せっかくの心配が無駄になり、ルイズは頭痛と苛立ちを覚えた。 「今のは『ライトニング・クラウド』。風系統の呪文だ」 そう説明したデルフリンガーにワルドが続けた。 「本来ならば命を奪うほどの呪文だぞ。腕だけですんでよかったな」 ミストバーンは会話を完全に無視して異世界の主にひたすら詫び続けていた。 風石を動力としている船に乗り込むとようやく気分を変えたようだ。 青空に浮かぶ白い雲の上を飛ぶなど魔界では絶対に不可能だ。魔界の空にはかすかな偽りの光と厚い黒雲しかない。 ルイズにアルビオンだと指差された方を見た彼は硬直した。巨大な陸地が空中に浮かんでいる。いくら絶大な魔力を誇る大魔王といえども同じことはできないだろう。 「浮遊大陸アルビオン。通称『白の国』よ」 名の由来は大陸の下半分が白い霧に包まれているためだ。 (この地ならば、陽光を遮るものなど永遠に現れないだろう……) 珍しく感傷に浸る彼とは対照的に船長は顔を蒼くしている。どうやら空賊が接近しているらしい。逃げ切れず、結局停船命令に従うこととなった。 太陽に祝福された地に見とれていた彼は、船倉に閉じ込められてからずっと物思いに耽っていた。 ミストバーンが傷を確認すべく袖をたくし上げ、鋼鉄の籠手を外すとルイズが悲鳴を上げた。左腕の掌から肘まで酷い火傷が広がっている。 ほとんど傷が癒えていないため再生能力もかなり衰えているらしい。 彼の顔がかげり、どんより曇った声で呻きつつ頭を抱える。 「ああ、バーン様からどのようなお叱りを受けるか……」 「何言ってんのよ! 誰か、誰か来て! 水を……メイジはいないの!? 怪我人がいるの!」 ルイズの必死の叫びとミストバーンの暗い姿で船倉内にはいたたまれない空気が充満した。ワルドが内心溜息を吐きながらルイズをなだめ、落ち込むミストバーンを励ます。 ルイズが落ち着きを取り戻し、ミストバーンが立ち直ると心の底から問いかける。 「何で君が怒られるんだい?」 「私の身体はバーン様のものだからだ」 答えてしまってから己のうかつさに気づき、顔から血の気が引いた。 この世界に着てからずいぶん警戒心が弱まっていると今更ながらに痛感した。そもそも、いきなり大勢の人間に素顔を見られ、そのまま放置せざるを得なかったのだ。 素顔を普段から隠しておけばいいのだが身に纏う衣は主から授かったもので、できれば常にその格好でいたかった。それに、額を隠すと視界が制限されてしまう。 ハルケギニアが完全に別世界であり、戻る見込みは今のところ全くないことも原因の一つだ。 だが、いくら精神的に不安定だとはいえこれほど危険な真似をしてしまうとは。 悟られたら殺すしかないため拳を握り締めるミストバーンだったが、特に引っかかってはいないようだ。 「大事にされているんだな」 勝手に納得している。安堵しかけたが、続くルイズの言葉に表情を変えた。 「バーン様と何か深い関係があるんでしょ? ミストバーンって名前で口を開けばバーン様のことばっかり。何かありますって言いふらしているようなものだわ」 反論できずに彼は黙り込んでしまった。 そこへ空賊が水とスープを運んできた。自分で応急処置をしようとしたが、動きはぎこちない。 肉体が傷ついても治す必要などなく、主の体を預けられてからは怪我をすること自体なかった。回復呪文や再生能力の存在もあり、手当ての経験など皆無だ。 見かねたルイズが布を奪い取って傷口を冷やしていくが、手つきは幾分マシな程度だ。 「慣れているそちらの男に任せればよかろう」 突然ふられたワルドは頭を抱えた。 (この男、わざと言っているのか?) 乙女心を粉々に踏み潰す言葉を聞き流し、ルイズは淡々と処置を進める。彼女の神経もかなり強靭になっているようだ。 それから空賊の頭の前に連れてこられ、貴族派につくよう勧められたルイズは一蹴した。震えながらも、頭を真っ直ぐに睨んで。 すると頭は豪快に笑い、変装を解いて本当の姿を現した。その正体はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー。 確認を求められ、指輪を外して近づけると虹色の光があふれ出した。それはアルビオン王家に伝わる風のルビーであり、ウェールズ本人だと示していた。 ニューカッスル内の彼の居室へと向かい、手紙を受け取る。 明朝非戦闘員を乗せたイーグル号が出発することをウェールズは告げ、帰るように促した。彼の軍は三百、敵軍は五万。彼は真っ先に死ぬつもりだ。 ウェールズとアンリエッタが恋仲であることを悟ったルイズは悲痛な面持ちで叫んだ。 「閣下、亡命なされませ! 姫様は末尾で亡命をお勧めになっているはずですわ!」 「……ただの一行たりともそのような文句は書かれておらぬ」 苦しげな口調が真実を告げている。アンリエッタの名誉を守ろうとしていると知って、ルイズはそれ以上何も言えなかった。 やがて彼は最後となるであろうパーティーにルイズ達を招待した。 前ページ次ページゼロの影
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前ページ次ページゼロのアトリエ 青い髪の少女。タバサが、本を読んでいる。 授業を終えた後、タバサにとっては貴重な一人の時間。 「タバサ、いる?」 ドアがノックされた。 「タバサ、おーい、タバサちゃーん?」 無視したら、ノックの音が3倍に増えた。 仕方がないので扉へと向かう。こんな事をするのは決まっている。 「ねえ、面白そうなもの見つけたんだけど。」 満面の笑顔を浮かべながら飛び込んできたのは予想通り、キュルケだった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師9~ ヴィオラートが召喚されてもうすぐ一ヶ月。 ルイズはたまには話でもしようと探す事もあるのだが、使い魔としての仕事をこなした後は、どこかに出かけているのか姿が見えない。 「まったく、なんていうの、自由時間はきっちり取る使い魔ってのはどうなのよそこんとこ。」 少し憤りを感じながら広場を歩いていると、キュルケとタバサのコンビが顔を出した。 「ねえ、ヴァリエール。」 「何の用?」 「あなたの使い魔さんがどこにいるのか、わかる?」 「別に。やることやった後は、自由にさせてるもの。」 「あら。気にならないの?あたしちょっと心当たりがあるんだけど。」 「…知ってるの?」 「ええ、噂に聞いたのだけれど、何だか面白いことやってるって。」 「面白い事?」 「なんだか壁の外で土遊びをしてるみたいよ?」 学園を囲む壁の外では。 「それーっ、いけいけー!」 ヴィオラートが、地中から半分体を出したヴェルダンデにまたがって、土を掘り返していた。 ルイズたちは呆然と、掘り返された地面を疾走するヴィオラートonヴェルダンデをただ見つめる。 「…何してるの?」 「あ、ルイズちゃん。見て、いっぱいとれたよ!」 体中が土で汚れているが、気にする様子もない。 収穫の喜びが、汚れの不快感を上回ってるようだ。 「じゃじゃーん!錬金術専用菜園~!」 菜園。なるほど。錬金術専用菜園。 「あれは何?」 「まめだよ。」 なるほど、まめである。これでもかというくらいまめだ。 「あれは?」 「ぶどうだよ。」 なるほど、ぶどうである。ぶどうとしか言いようがない。 「じゃ、あれは?」 「さんごだよ。」 なるほど。畑から生えたももいろさんごが、これ以上ないほど雄雄しく屹立している。 (さんごって、畑に生えるものだったのね…) ルイズの常識が、また一つ書き換えられた。 「手伝ってもらってたんだよねー。」 ヴェルダンデは誇らしげに鼻を振って、ルイズたちを睥睨する。 「へえ、すごいじゃない。畑からさんごが生えてくるなんて。これがあなたの…『錬金術』?」 興味を示したキュルケが、ヴィオラートに質問する。 「うん、錬金術で畑を作ると、普通じゃできないようなものができたりするんだよ!」 (え?錬金術じゃないと、畑からさんごは生えない?) ルイズの常識が、元に戻る。 菜園の隅に視線を移すと、乱雑に積み上げてあるレンガが目に入った。 「で、あっちの隅のほうにあるレンガはなんなの?」 「ああ、あれはヨーコーロ用のレンガ。」 「ヨーコーロ?溶鉱炉を1から作ってるってわけ?」 「うんそうだよ。土とか、がらくたとか使って。ちょっと時間かかったけどね。」 信じられないものを見たといった風情でヴィオラートを見るキュルケ。 「あなた、何者?」 そう問いかけられたヴィオラートは自信満々にこう答える。 「えへへー、あたしはヴィオラート!錬金術師だよ。」 「錬金術師…へえ、なんか面白そうね。」 興味深げにレンガを触るキュルケ。 こつこつと音をさせ何かを試しているようだ。 タバサは食い入るように畑にそびえ立つさんごを見つめる。 しばらく誰も言葉を発せず、各人何かに興味を引かれていたその時。 「こ、困るねえ、一体何をしているんだ?」 なんだか、いかにも命じられてきましたといった感じのコルベールがおっとり刀で駆けつけた。 やはり、大人数で騒いだのはまずかっただろうか。 コルベールは地面を見渡し、しかるのちに正当なる問いを発する。 「これは何だね?」 「錬金術の、菜園です!」 「じゃあ、あのレンガは何かね?」 「ヨーコーロを作ろうかなー、って思って。」 「溶鉱炉?君が、ここで?」 コルベールは信じられないといった面持ちで、ヴィオラートの真意を探ろうとする。 「設計図はあるかね?」 促されたヴィオラートは、設計図を取り出すと、コルベールに手渡す。 「ふむ、ちょっと見せてもらえないかね?ふむ。」 手渡されたコルベールはしきりに感心して、設計図を指差しながら構造を確認する。 「ほー、これは…ゲルマニア式?いや、それよりも効率そのものは良くなっているようだな、ふむ。」 「あの、先生?」 「いや、これはこれは。」 「素晴らしい!」 「はい?」 「火の司るものは破壊の力ばかりではない!私は常々そう考え、その実践の方法を模索してきた。」 「は、はあ。」 「いや実は私も、溶鉱炉の設置は考えてはいたんだが、金がなくてね。」 「ええと…」 「いや、しかし原材料からほぼ全て手作りでここまでの施設を!錬金術師とは、本当に凄い存在なのだね!」 「そ、そう、ですね。はい、あはは…」 禿頭がゆだるような熱さで、伝えきれない感動を表すコルベール。 コルベールが、火の力とその民生における社会的有用性についての考察に熱弁をふるうこと小一時間。 燃料が切れてきたのか、話の方向がようやく現実レベルの話へと回帰する。 「…ものは相談なんだが、私が、学院長への根回しやら他の雑事をしておくからだね…」 コルベールは見せ付けるようにわざとらしく咳払いをすると、 「君の作る施設を、使わせてもらってもいいだろうかね?」 取引をもちかけた 「え、ええと。いいですよ、はい…」 「そうか!いやー、今日はいい日だ!長年の念願がこんな形でかなうとは!」 いやー感動した!としきりに呟きながら、コルベールは去っていった。 その様子をただじっと見ていたルイズは、ヴィオラートに視線を向けると、何かを決意するように語り始める。 「ねえ、ヴィオラート。」 「ん?」 「その錬金術って。私にも、魔法の使えないこの私にも…できるかな?」 「うん。勉強すれば、必ず答えてくれると思うよ。魔法は、必要ないから。」 「そう。それなら、ちょっと…一日一時間くらい。」 「やっても、いいかな。」 「あら。あなたがやるならあたしもやろうかしら?」 ルイズに対抗意識を燃やしたのか、キュルケも錬金術師に立候補する。 そして静かに手を上げるタバサ。 「いいかしら?ヴァリエール。あたしたちも参加して?」 「い、今私が拒否したらなんか、なんか。けちくさいじゃない。」 ちょっと不満げな顔をして、ルイズはヴィオラートに向き直る。 「いいよね、ヴィオラート?」 問いかけられたヴィオラートは、お日さまのような笑みを浮かべ、高らかに宣言した。 「よーし、じゃあ、皆で色々作ってみようか!」 ハルケギニアの錬金術師、その起源。 この瞬間は後の世にそう記される事になるが、彼女達は未だその事実の重みに気付いてはいなかった。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのアトリエ 天井が見える。僕は…どうなったんだろう?不思議な音を聞いて、それから… 「あ、気がついた?」 そこにあるのは、真の意味で穏やかな笑顔をしたヴィオラートの姿のみ。 「君は…」 記憶を手繰り寄せ、ギーシュは自らの敗北を悟る。 「君が、看病してくれていたのか…」 何かを磨く作業を止め、ヴィオラートは静かに頷いた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師8~ 「ええと、つまり、君はヴェルダンデにあの岩を探してもらっていただけだと。そういう訳かい?」 「そう。あの岩を割るとね、中からこんな…」 「原石?」 「そうだよ?このあたりだとあんまり使わないみたいだけど。」 ヴィオラートは磨いていた原石を布で拭き、表面を光らせる。 「磨けば、こんなにきれいな宝石になるんだから。」 そこには、美しく輝く猫目石の姿があった。 「ああ、こんな宝石があるなんて知らなかったな。君は職人か何かだったかい?」 「錬金術師。職人といえばそうだけど、ちょっと変わってるっていうか…」 「なるほど。僕が負けるのも当然かもしれないね。謝罪しよう、ヴィオラート。」 ギーシュはたっぷり間を取ると、これ以上ないくらいの気障な態度でなめらかに言い放つ。 「可愛らしい貴女が、このように美しい宝石を創り出す…まことに、これは天の配材と言う他はないね。」 ヴィオラートを見つめ、熱視線を送り始める。 「…わかってくれれば、それでいいよ。」 しかし、当のヴィオラートはだんだんギーシュから離れているようだが。 「そうだ!勘違いの贖罪として、次の虚無の日に一緒に出かけるってのはどうだい?」 ヴィオラートは全てをスルーすると、無言で猫目石を磨く作業に没頭する。 たぶん猫目石を磨く作業に没頭するふりをしている。 「黙られるとそこはかとなく怖いんだが…。あの、調子に乗りすぎたかもしれないね、その、」 「もう大丈夫みたいだし、あたし用があるから…じゃあね、ギーシュくん。」 有無を言わせぬ勢いで退出するヴィオラート。 ギーシュの積み上げてきたものは、ヴィオラートには何の効果ももたらさなかったようだ。 部屋の扉を開けると、廊下の向かいにルイズが立っていた 「別に、待ってたわけじゃなくて…その、帰りが遅かったから。」 それだけ言うと、ルイズは早足で部屋の方へ歩き出す。 「ねえ、ヴィオラート。」 「ん?」 「聞いてなかったから…あなたの世界のこと。」 それだけ言うと、ルイズは下からヴィオラートを覗き込む。 ヴィオラートは、少し考えた。 お店はロードフリードさんに任せてあるから、なくなってたりはしないだろうけど。 でも、ずっと任せっぱなしにもできないし、結局はあたしがいないと駄目なんだろうなあ… 思索に沈んでいたヴィオラートに、ルイズが怪訝な顔を浮かべて質問する。 「ロードフリードさんって誰?」 「へっ?何でルイズちゃんがロードフリードさんのこと知ってるの?」 「アンタさっき、ロードフリードさんが…って言ってたじゃない。」 どうやら、知らぬ間に声が漏れていたらしい。 「ええと、ロードフリードさんには…お店を任せてあるんだ。」 「ふーん。お店をねえ。お店、か。」 ルイズは、考えて 「明日は虚無の曜日だし、町に行くわよ。何か買ってあげるわ。」 明日の予定を決めた。 「わあ、町があるの?良かった。材料とか買える所が欲しかったし。」 「そ、そう。良かったじゃない。優しいご主人様に感謝しなさいよ?」 最後に、これだけは小声で、こう付け加える。 「…別に、ホウキを使いたいとか、そんな、そんな子供っぽいことは。」 そして翌日。 朝早く目を覚ましたルイズは、それでも既に起きていたヴィオラートに理不尽な怒りをぶつけ、 空を飛んで町に向かった。 おおはしゃぎで、ヴィオラートのフライングボードに競争を挑みながら。 「ここかな?」 「ここよ」 ついたところは、魔法の道具を扱っている店らしい。 ドアを開けると、薄暗い店内に怪しげな道具が山と積まれ、どこからか独特の香りが漂ってくる。 「ここは…見た目怪しいけど、色々素材とかも揃ってる…らしいわ。聞いた話だけど。」 「そうなんだ。」 (何だか、あたしの店に似てるような…タネとかあるかな?) ヴィオラートは店内を漁り、なんだかしょぼくれたものばかりをカゴいっぱいに詰め込んでゆく。 「けっ!しょぼくれた娘っ子が、しょぼくれたもん集めやがって!」 なにかが聞こえた気がしてあたりを見渡すが、声のした方には誰もいない。 気をとりなおして今度はいらなそうなものを集め始めると、 「そんなものいらねえだろ!俺買え俺!」 また声がする。声の方角を確かめると、一振りの剣ががらくたの山に刺さっているようだ。 「俺だよ俺!俺俺!」 「あ、喋った。」 「へえ、インテリジェンスソードね。結構錆びてるのがアレだけど。」 「デルフリンガーだ!おぼえとけ!」 そう名乗ると、ヴィオラートを観察するように伸びようとして、ぶっ倒れた。 「おでれーた!お前さん『使い手』か!ええと…そう、名前の長え奴だな!」 「あ、あたし?」 「そうだ、てめ、俺を買え!」 「剣、使えないし…」 「なぬ!?」 「あたし剣使えないから…ちょっと残念だけど、使えないんじゃ買っても意味がないよね。」 (ピンチだ。折角のチャンスが水泡に帰す5秒前って所だ。ようやっと日の目を見れると思ったら、 見つかった『使い手』は名前の長い奴、しかも剣が使えねえときた。何だそりゃ。 だがそれでも、ここで逃したらまた何年となく道具屋の隅でほこりを被ることになるかもしれねえ。) 「ま、待て待て!俺を買ったほうが何かとお得だぜ!」 「おとくなって、どんなお得がついてくるの?」 「お前さんならわかるはずだ。ちょっとでいい、触ってみちゃくれねえかな?」 ヴィオラートは気の抜けたような顔になり、まあ、触るぐらいは…と、デルフリンガーの柄に手をかける。 額のルーンが輝き、しばらくすると何かを納得したように両手でデルフリンガーを抱え持った。 「これは…そっか。デルフリンガーくんって魔法の剣なんだね。」 「ん?おう、魔法で動いてるぜ?」 「そういう意味じゃないんだけど…まあ、いいや。これもください」 「へい!まいど!」 主人はデルフリンガーを鞘に入れると、ヴィオラートの集めたがらくたと一緒に清算する。 デルフリンガーはヴィオラートの背中に収まることになった。 「別に、無理に買う必要はなかったんじゃないの?そんなの…」 「色々お得ってのは本当みたいだし…そなえあればうれいなし、って言うでしょ?」 「???」 「あたしには、デルフリンガーくん自身の知らない事までぜーんぶわかっちゃったからね。」 本当に良かったのだろうか?デルフリンガーは、感じないはずの悪寒を感じたような気がして、何かに祈った。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの社長 上空3000メイル。 見下ろせば世界がとても小さくなるような高さのこの空中に2匹のドラゴンが舞っていた。 2匹とも背中にそれぞれの主を乗せ、目的地へと向かって風を切り飛んでいた。 普段ならば、シルフィードは無口な主人に対して楽しげな言葉を放つものだが、今日に限ってはやけに静かだった。 と、いうのも、主人であるタバサはいつもどおり黙々と本を読んでいるが、 隣にいる海馬瀬人もが沈黙を守っているため、なにやら口を開いてはいけないような気まずい空気が流れていた。 こうなると普段は気にならない周りの風も、妙に冷たく感じるから不思議である。 何か喋りだすきっかけを探そうと、うずうずしながら海馬とタバサに視線を移すも、その微妙な空気に口を開けずにいた。 「そっ、そうなのね!確か貴方はこの間ギーシュ様と決闘をした人なのね!」 「……」 無言の返答。取り付く島も無い。 だが、シルフィードは、この嫌な空気を脱するために、何とか次の言葉を繋げる。 「最初のドラゴンもかっこよかったけど、やっぱりその白いドラゴンは凄いのね! シルフィびっくりしたのね!きゅいきゅい!」 「……」 再び無言の返答。 沈黙に耐えられなくなったシルフィードは、大声でわめきだした。 「もーいやなの!シルフィこんなくらーい雰囲気嫌い!お姉さまもお姉さまよ! いつもの事だけどじーっと本ばっかり読んでないで、たまには自主的にお話に加わるべきなのね!きゅいきゅい!」 「五月蝿いぞ、お喋り竜。ドラゴンならドラゴンらしくもっと知的に寡黙に振舞ったらどうだ。 口が軽いと頭が悪く見えるぞ。」 口を開いたかと思えばこの調子である。 「お、お喋り竜じゃないのね!シルフィは風 韻 竜 ! ただのドラゴンと違って、高い知性と高度な魔法を使い、人間の言葉も喋れる古代種なのね!褒め称えるのね!大喝采なのね! そのシルフィを捕まえて頭が悪いとはなんと言う言い草なのね!」 「そこは間違ってない。」 ボソッと的確に突っ込みを入れるタバサ。 「お姉さままでひどいのね!ぐれてやるのね!」 「そんなことよりもだ。」 自分の事をそんなこと呼ばわりされて、きゅいきゅい怒鳴っているシルフィードをよそに、海馬は続けた。 「吸血鬼退治といったが、そもそも吸血鬼とはどういうものだ? 俺は実際に目にしたことが無いから伝承程度しか知らん。 血を吸う人間の形をした化物で、太陽の光と十字架とニンニクに弱い…そんなところか。」 「吸血鬼も知らないような人間が、よくもシルフィを頭悪いとか言えたのね! 第一、吸血鬼には太陽の光以外の弱点なんか無いのね! ニンニクなんかで倒せるなら、わざわざお姉さまが出張るような事じゃないのね! ってお姉さま!?」 シルフィードは驚愕した。いや、それは海馬も一緒だった。 タバサがすっと立ち上がると、シルフィードの背中からジャンプしてブルーアイズの背中へと飛び移ったのだ。 そして、さっきまで読んでいた本を海馬へと差し出した。 「大まかな事はこれに載ってる。読んでおいて。」 そういうとタバサはまたジャンプしてシルフィードの背中に戻った。 そして、どこに隠し持っていたのか、別の本を取り出し読み始めた。 「危ないのねお姉さま!いきなりあんな事して落っこちでもしたらどうするのね!」 「……」 必死なシルフィードの言葉も右から左へ流し、タバサは本へと視点を固定した。 海馬は、受け取った本のタイトルを確認した。 コルベールから文字を習っておいたとはいえ、2日で他国…どころか他世界の の文字を読めるようになるのは、 幼少期からの英才教育による知能の高さゆえであろうか。 本のタイトルは、『ハルキゲニアの多種多様な吸血鬼について』 なるほど、今回の相手を知るのにこれほど間違いの無い本も無いだろう。 所変わってこちらはアルヴィーズの食堂。 海馬がタバサと共に空のかなたへと旅立ってからそんなに経っていないものの、 海馬に置いてけぼりにされてしまったルイズは、とりあえず食堂に来ていた。 海馬を追いかけようにも、目的地はわからない上に、たとえわかっても馬ではブルーアイズには追いつけないだろう。 途方にくれているルイズに、後ろから声がした。 「あら?ルイズ。今日はセトは一緒じゃないの?」 声の主は、赤く美しい髪をなびかせたキュルケであった。 「うるさいわねぇ…。今朝早くからブルーアイズに乗ってどっかにいっちゃったわよ。 全く…ご主人様をほっぽり出してどこにいったのやら。」 「なに?逃げられたの!?」 「違うわよ!!!ちょっと出かけてるだけよ!!」 ものすごい大声で怒鳴られたキュルケだが、もう慣れたのかどうということも無く、言葉を続けた。 「そういえば、タバサもどっか行っちゃったのよねぇ。あの子、気づいたらふらっとどっか行っちゃうし。 もしかして、セトといっしょにデートだったりして?」 「冗談。あのタバサとセトよ?どう考えたって一緒に出かける要素がないわ。」 「全くね。あの二人が会話してる図が想像できないわ。」 けらけらと笑いながら、キュルケはルイズの傍を離れた。 (…あれ?でもあの時『2匹』ドラゴンが飛んでたような…?もしかしてあれタバサの使い魔の風竜? まさか。さっきも言った通りタバサとセトが一緒なんてありえないわ) とりあえず何も解決していないが一通り納得がいった様で、手元にあった飲み物に口をつけるルイズ。 だが、その後も度々 「あれ?セトは一緒じゃないのかい?」 と、ギーシュが。 「あれ?海馬君とは一緒じゃないのかい?」 と、コルベールが。 「あの、瀬人さんは今日はご一緒じゃないのですか?」 と、シエスタが。 同じような事を繰り返しているうちに、ルイズの怒りは頂点に達していた。 「セト…私に何も言わず勝手にいなくなるなんて…帰って来たら絶対に許さないんだからー!!!」 オシリスのサンダーフォースのようなの怒りの雷が、帰ってきた海馬に降り注ぐのは、もはや確定のようだ。 ハルキゲニアでの『吸血鬼』とは、人間の血を吸う怪物、『妖魔』と分類される生命体である。 外見は人間と全く変わらず、牙も血を吸うとき以外は隠しておける。 その上魔法でも正体を暴くことはできず、その狡猾さとあいまって最悪の妖魔と称されるのであった。 人間よりも強い力と生命力を持ち、先住魔法をも扱う。 弱点は太陽の光のみと、厄介この上ない生き物である。 現実世界では、昔話など本や映画の中にしかいない伝説上の存在だが、このハルキゲニアには普通に存在する。 そして、今回その吸血鬼が存在する舞台となるのは、ガリア首都リュティスより南東に500リーグほどにある片田舎の村。 このサビエラ村に吸血鬼の被害者が出たのは、2ヶ月ほど前であった。 森の入口で死体となった12歳の少女をはじまりに、1週間おき程度に1人、犠牲者が増えていった。 現在の被害者は計9名。 いずれも全身から血を吸い取られ、その首筋には吸血鬼に襲われた証である牙の跡があったのだった。 そして、その中にはガリア正騎士も混ざっていた。 トライアングルメイジの火の使い手である彼もまた、タバサと同じように命を受け、吸血鬼退治へと向かい、 3日後その怨敵に血を吸われ枯れ枝のように喰い捨てられていた。 そして、今海馬たちが降り立っている森こそが、最初の被害者が出たという、サビエラ村より少し離れた森であった。 「なるほど、吸血鬼の生態と事の顛末は理解した。で?どうやってあの村から吸血鬼を探し出すのだ?」 タバサはシルフィードの方へと向き直り、命令した。 「化けて」 首を左右に振りながら拒否するシルフィード。 「いやいや!」 「化けて」 「いやいや!」 何度か同じ問答が繰り返された後、しぶしぶシルフィードは呪文を口にした。 「むぅ~…我を纏いし風よ。我の姿を変えよ。」 シルフィードの体を風が包み、青い渦が纏い、そして晴れたときには巨大な知るフィードの姿は消え、 替わりに20代くらいの青い髪の女がそこにいた。全裸で 「う~~~~やっぱりこの体嫌い!きゅいきゅい」 シルフィードは文句をいいながらも、準備運動に勤しんでいた。 子供のように走ったり飛んだり無邪気にそこらじゅうを動き回っていた。全裸で 「ほう…あれが風韻竜の魔法という奴か。がっ!何をする!」 走り回るシルフィードを興味深く眺めていた海馬の頭に、タバサの杖がヒットした。 「向こうを向いていて。」 言いたい事を察した海馬はシルフィードから視線を変え間逆を向いていた。 故に音声だけでお伝えします。 「なにこれ?」 「服」 「!?やだやだ、動きづらいから着たくない!きゅいきゅい!」 「人間は服を着る。」 「う~…ごわごわするのね。」 「!?」 「お姉さま?どうかしたのね?」 「まちがえた。」 「きゅい?」 「しかたない。このままいく。」 とんとん、と海馬の肩を叩かれる。 「もういい。」 海馬が振り向くと、シルフィードは水色のローブを…ではなく、タバサと同じ魔法学院の制服を着ていた。 サイズが若干小さいのか、プリーツのついた白いシャツは、その大きい胸によって閉じれず、胸元が大きく開いている。 また、スカートの丈も若干短く激しく動けば、中身が見えてしまいそうである。 「で、その格好にどういう意味があると言うのだ?」 当初の予定では、タバサはシルフィードに「まさにメイジ!」といえるような格好をさせ、吸血鬼の油断を誘う作戦であった。 が、どこをどう間違ってしまったのか、もって来たのはサイズ違いの制服であった。 とりあえずタバサは当初の目的どおり、自分のマントをシルフィードに付け、杖をシルフィードに持たせてみた。 が、どうみてもちょっと発育のいい魔法学校の生徒にしか見えず、 騎士としてだますには若干無理があった。 タバサはマントと杖をシルフィードからマントと杖を戻すと、海馬をじっと見た。 海馬はその視線の意図を察し、その杖を奪い、マントを纏った。 「いいだろう。貴様の三文芝居に、俺の一役買ってやろう。」 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロのアトリエ 早めの出席を旨とする生徒達がようやく集まり始めた、朝の教室。 とある四人が、彼女達にしかわからない会話を続けていた。 「ガラス玉?そんなもの作ってどうするの?」 キュルケが問う。たしかにガラスは高価だが、手に入らないほど高いというほどでもない。 「ガラス玉は基本だよ?宝石の代わりにもなるし、メリクリウスの瞳とガラス器具はいつか必要になるし…」 「それに、これを錬金術で作る事に意味があるんだから。」 ヴィオラートが、ガラス玉製造の必要性を強調する。 「ガラス玉でも、宝石の持つ魔力を代用できるの?」 ルイズが質問する。魔法の授業とは違い、そこに理不尽なハンデは存在しない。 「うん、一応効果は発動するし、品質そのものはいいものが…」 授業前の、四人が揃う最初の時間は、放課後の錬金術教室の企画立案の場となっていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師14~ 教室の扉がガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れる。 長い黒髪に黒いマントを纏ったその姿は不気味であり、 その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒達には全く人気がない。 「では授業を始める。知っての通り私の通り名は『疾風』。疾風のギトーだ。」 教室中が静寂に包まれ、ギトーは満足げに頷いて授業を続ける。 「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー。」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ。」 何かを期待するようにキュルケを見るギトー。 キュルケはその裏に気付いたが、気付かないフリをしてギトーの求める言葉を吐いてあげた。 「…『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー。」 キュルケはうんざりしながら、ギトーの幼稚な証明につきあうことにする。 「ほほう。どうしてそう思うね。」 「全てを燃やしつくせるのは炎と情熱。そうじゃありませんこと?」 「残念ながらそうではない。」 ギトーは腰の杖を引き抜いて、言い放つ。 「試しに、この私に君の得意な火の魔法をぶつけてみたまえ。」 「火傷じゃ済みませんわよ?」 キュルケは、目を細めて言った。 「かまわん、本気で来たまえ。その有名なツェルプストーの赤毛が飾りでないのならね」 キュルケは杖を振り、小さな火の玉を生み出す。 その玉を一メイルほどに成長させると、適当にギトーへ向けて押し出した。 ギトーはその火の玉を避ける動作もせずに、杖を横薙ぎになぎ払う。 烈風が巻き起こり、火の玉をかき消し、その向こうにいたキュルケを吹っ飛ばした。 悠然として、ギトーは言い放った。 「諸君。風が最強たる所以を教えよう。風は全てをなぎ払う。」 キュルケが気だるげに起き上がり、両手を広げた。気にすることもなく、ギトーは続ける。 「不可視の風は、諸君らを守る盾となり、敵を吹き飛ばす矛となるだろう。」 「そしてもう一つ、風が最強たる所以…」 ギトーは杖を立てた。 「ユビキタス・デル・ウィンデ…」 低く、呪文を詠唱する。 しかしその時、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔のコルベールが現れた。 「ミスタ?」 ギトーは眉をひそめた。 コルベールは妙にめかしこんでいたのだ。 頭に金髪ロールのカツラをのせ、ローブの胸にはレースの飾り。 ご丁寧に靴まで趣味の悪い金箔で飾り立てていらっしゃるようで。 「あやや、ミスタ・ギトー!失礼しますぞ!」 「授業中です」 「おっほん!今日の授業は全て中止であります!」 コルベールは重々しい調子で告げた。教室から上がる歓声に、コルベールが手を振って答えたまさにその時。 金髪のカツラが「しゅるっ」という軽妙な音を立てて滑り落ちた。 教室中の生徒が、コルベールから目をそらして必死に笑いをこらえる。 一番前に座ったタバサが、コルベールの禿頭を指差してぽつりと呟いた。 「滑落注意」 教室が爆笑に包まれた。 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴った。 「黙りなさい!ええい、黙りなさいこわっぱどもが!」 とりあえずその剣幕に、教室中がおとなしくなった。 「えーおほん、本日は恐れ多くもアンリエッタ姫殿下が、この魔法学院にご行幸なされます」 教室がざわめきに包まれる。 「そのために本日の授業は中止。正装し、門に整列する事。」 生徒達は、緊張した面持ちで一斉に頷く。 コルベールはたっぷりと生徒達を見渡してからようやく満足し、重々しげに首を縦に振った。 整列した生徒達は杖を掲げ、しゃん!と小気味良い音を響かせる。 魔法学院の正門をくぐって、王女様ご一行が姿をあらわした。 馬車が止まり、玄関と馬車の間に非毛氈のじゅうたんの道が作られる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーりーー!」 そのように告げられたのだが、しかし、最初に姿を現したのは四十過ぎの痩せこけた男であった。 がっかりである。 生徒達の落胆を見て取った男は、意に介した風も無く馬車の横に立ち、続いて降りてくる王女の手を取る。 生徒達の間に歓声が沸き起こった。 「あれがトリステインの王女?ふん、あたし達とそう変わらないんじゃない?」 キュルケがつまらなそうに呟く。 「そ、そうかな?綺麗な人だと思うけど…」 問われたヴィオラートはそう答え、何気なくルイズに視線を送るが… ルイズは顔を赤らめ、惚けたように何かを見つめている。 その視線の先には、羽帽子を被り鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に跨った、りりしい貴族の姿があった。 脇を見ると、キュルケもいつの間にか赤い顔で羽帽子の貴族を見つめている。 そんなにいいのかなあ、と思いつつ、ヴィオラートはその貴族をじっくりと観察してみる。 ヴィオラートはその貴族に違和感を感じた。何かと似ているのに違う、本物とそれを装っているものの違い。 何が本物でなにが装っている…偽者なのか。具体的な言葉が、なかなか思い浮かばない。 その貴族が通り過ぎ、従者の列も通り過ぎ、生徒達も散会し始めた後になってようやっと思い至る。 (どこがというわけじゃなくて、全体的に…ロードフリードさんと雰囲気が似てるんだ。) 礼儀正しい振る舞い、隙のない動作、そしていつも浮かべる微笑。 (似ているけど違う。それも何か、致命的な違い…) ヴィオラートは、穴の開くほど観察したその微笑を何回も思い出して、手がかりをつかもうと考えた。 ルイズを見たときの微笑、アンリエッタを見たときの微笑、学院に向けた微笑… そして、ルイズがわずかにその貴族から視線を外し、アンリエッタを見た瞬間の彼の表情にたどりつく。 特別に、違和感を持って観察して見なければわからないような刹那。ルイズに向けられた酷薄な眼差し。 彼は何かを装っている。もしかしたら、全てを。 ヴィオラートは一抹の不安を抱えながら、人気の消えた玄関先をあとにした。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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「ドスペラード」のエイジを召喚 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-01 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-02 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-03 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-04
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前ページ次ページゼロの社長 「待ってくれたまえ、海馬君。」 ギーシュとの決闘の後、廊下を歩いていた海馬を呼び止める声がした。 振り返るとそこにはコルベールが息を切らせながら追いかけてきていた。 「疲れているとは思うが、ちょっと学院長室まで来てもらえないだろうか。 オールド・オスマン…この学院の学院長が、君に話したいことがあると。」 「ふん。用があるなら自分で来い…といいたいところだが、俺にも貴様らに聞きたい事がある。いいだろう、案内しろ。」 「よく来てくれた。私がこの学院の学院長を務める、オスマンじゃ。 さっきの戦い、ここで見させてもらった。」 学院長室にはオスマンがいた。 ロングビルには席をはずすように言っておいたのだ。 オスマンがすっと杖を振るうと、さっきと同じようにヴェストリの広場の様子が映った。 さっきと違うところは、夜であることと大きなクレーターができている事だ。 「覗き見とは趣味が悪いなじじい。」 「じじい…まぁ、よい。君にいくつか聞きたい事と伝えたい事があってな。 わざわざ来てもらったわけだ。早速じゃが、これを見て欲しい。」 オスマンが合図をするとコルベールが手に持っていた本のページを開く。 大きく特徴的なルーンとその説明文が書いてあるのだが、残念な事にハルキゲニアの文字は海馬には読めなかった。 「悪いが、この世界の文字は読めん。言いたい事があるならわかりやすく言え。」 「この世界…やはり君は異世界から来たのかい!?」 「ミスタ・コルベール。興味が湧くのはわかるが、こちらの話を伝えるのが先じゃ。 海馬君。君の左腕には、その本に載っているのと同じルーンが刻まれている。 それは伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンじゃ。」 「『ガンダールヴ』とは伝説の存在でね。あらゆる武器を使いこなすという。 今回の戦いでは、君は武器を使うまでも無かったけど、戦闘中君のルーンはずっと輝いていた。 つまり、その腕輪は武器として認識されたということじゃないだろうか?」 「ふむ…つまり、モンスターの実体化はこのルーンのおかげだと?」 「うん、おそらくは、それこそがガンダールヴのちから…」 「いいや、違う。」 オスマンは低い声で否定した。 「少し場所を変えよう。海馬君、ちょっと宝物庫まで付き合ってくれんかね。 ミスタ・コルベール。ここまで話したついでじゃ、君もついてきたまえ。」 魔法学院本塔5階にある宝物庫。 オスマンは鍵を使い厳重な扉を開けた。 そして、衛兵達に聞かれないように、その扉を硬く閉じた。 「かび臭いところだな?なんだここは?ガラクタ置き場か…?」 宝物庫とは言え、宝物だけでなく、ハルキゲニアでもガラクタ扱いされているものまでまとめて突っ込んでいるような場所である。 海馬がガラクタ置き場と評するのも無理は無かった。 「見てもらいたいのは、これじゃ。」 オスマンが取り出したのは、ショットガンくらいのサイズの銃に見えるものと小さい箱だった。 箱は丁度、トランプを収めて置けるくらいのサイズだった。 オスマンがそれを開くと、その中にはデュエルモンスターズのカードが入っていた。 「なっ…これはデュエルモンスターズのカード!なぜこんなものがここにある。」 「これは…海馬君の腕にあるのと同じカードですね。」 海馬はカードを受け取り、デッキの内容を見ていく。 デッキの内容は炎属性に特化していて、永続魔法を主体に戦うデッキのようだった。 海馬はあらかた見終わると、それをコルベールにも渡した。 コルベールはそのカードそのものもさることながら、印刷技術にも魅力があるようだった。 「昔話に付き合ってもらえるかな?30年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、そのカードの持ち主じゃ。 彼は召喚銃と後に呼ばれる事になるアイテムにそのカードを入れて、炎に包まれたモンスターを呼び出した。 そして、ワイバーンを倒したのじゃが、そのまま倒れてしまった。 怪我をしていてな。すぐに私は学院に彼を連れ帰り、手厚く看護をした。 だが、看護の甲斐なく…」 『……』 3人の間に重い空気が流れた。 「わしは彼を墓に埋葬した後に、この召喚銃を恩人の形見として宝物庫にしまったのじゃ。その際に銃から出てきたのが、そのカードじゃ。」 「ふむ…俺以外のデュエリストがこの世界に現れたというのか…。 それにこの銃…どうやらデュエルディスクのようだな。」 「デュエルディスク…?」 「俺の左手にあるものと同じものという事だ。つまり、俺以外の人間でもモンスターを召喚できるという事だな。」 「そう言いたいのじゃがな、わしも触ってみたのじゃが、彼のようにモンスターを出す事は出来なかった。 使い手を選ぶのかのう…」 「ふむ…」 そういいながら召喚銃を触ってみる海馬。 突然左手のルーンが輝き、そのデュエルディスクの情報が頭に入ってくる。 「そうか…これは…」 「どうしたのかね、海馬君。」 「なるほど、ガンダールヴのルーンの力というのが今理解できたようだ。 武器としてイメージされるものの使い方を情報として得る事ができる。 ふむ、こいつはいまストッパーがかかっている状態のようだ。 このようにすれば…」 カチカチと弄ると、それはデュエルディスク形態になった。 「これを左手にはめ、デッキをセットすれば召喚できるはずだ。じじい、ちょっとやってみろ。」 「いや、しかし…この狭い中では危険じゃろう。」 オスマンは、ボロボロになっていたルイズの部屋や、あのクレーターを思い出した。 「固定化の魔法がかかっていますので、物自体は大丈夫かと。 それに、さっきの戦闘で見たところ、召喚するモンスターは自分で引いた5枚の手札から選べるようですし、 モノはためしということで。」 二人にいわれオスマンはそのデュエルディスクをつけた。 「枠が黄色、もしくはオレンジ色のカードがモンスターカードだ。」 「これかの…?」 と、ここでオスマンはさっきの海馬の姿を思い出しすっと息を吸い… 「いでよ!ヴォルカニックロケット!」 叫び声とともにパシッとデュエルディスクのモンスターゾーンにカードを置くオスマン。 …しかし、なにもでてこない。 微妙な空気が3人の間に流れた。 「ぬ?」 「おかしいですね?私にやらせていただけませんか?」 そういってコルベールも同じ要領でデュエルディスクを受け取り、手にセットしてみた。 「えっと…これって叫ばないといけませんか?」 「相手に召喚するカード名を説明するために、俺たちはカード名を言っている。 そのルールに乗っ取ってみる方がいいんじゃないか?」 「そうじゃ、私なんか叫んだ上に出なかったんじゃぞ。超恥かしいわい。ミスタ・コルベールも叫ばんかい。」 じじい…恥を人にも押し付ける気だな…と、おもいながらコルベールはしぶしぶ言う事にした。 「えーっと、黄色かオレンジのカード…」 「ちなみにモンスターカードでもレベル5以上のモンスターには生け贄が必要だ。また特殊な召還条件が必要なものもある。 さっきじじいが出そうとしたヴォルカニックロケットはレベル4。召還条件もないから、召喚できるはずだが?」 「ふむ、ではこれにしますか。出でよ、ヴォルカニックラット!」 刹那、デュエルディスクが光を放ち、床の上に火に包まれたネズミが現れた。 確認のためにコルベールが手を伸ばすと、そのネズミは熱を持っており、確かにその場に存在していた。 「おおおおおおおおおおお!これはすごい!」 「ふむ…なぜ私にできず、ミスタ・コルベールには召喚できたのか…」 チッと誰にも聞かれないような舌打ちをしつつぼやくオスマン。 「おそらくは魔法の属性の問題ではないか?コルベールは火属性のメイジと聞いた。デッキも火属性メインのデッキだ。 詳しく調べるにはカードが足り無すぎるが、この世界の人間がモンスターをデュエルディスクで召喚するには、 その属性とあったものじゃなければならないなどの制約があるのだろう。」 おおーなどといいながら、ヴォルカニックラットと戯れているコルベールをよそに話を進める海馬とオスマン。 「じじい、俺の力も自覚できていない部分がある。 おもに召喚や魔法を使うルールについてだ。 そこでだが、あのデッキとデュエルディスクを、コルベールに預けては置けないか? デュエルは相手がいなければ成立せんし、2人のほうが効率よく調べられるだろう。」 ふむ、とオスマンは返した。 「じゃが、あれがもし別の、炎を使うメイジに奪われたら面倒な事にはならんか? 近頃は土くれのフーケとか言うこそドロが、この界隈をうろうろしている。」 「この世界で今のところ、デュエルディスクの使い方を知っているのはこの場にいる3人だけだ。 なおかつデッキは、俺のものとあの炎属性のデッキの二つだけ。 俺のものは盗ませんし、あのデッキを奪った奴がいたのなら、おれがデュエルをして倒せばいいだけの話だ。」 「ふむ、ミスタ・コルベール」 「はっ!はい?なんでしょう。」 いろいろデュエルディスクを弄ろうとして、そのプランを頭の中で膨らませていたコルベールが、はっと我に帰る。 「そのカードと召喚銃を君に預ける。」 「はい…はいィ?いまなんと?」 「それを君に預けるといったのだ。」 「いや、しかし…」 「デッキも、デュエルディスクも、全てはデュエルのためにあるものだ。埃を被らせておくなど、カードが泣くぞ。」 「結果的に、このデュエルディスクを君が扱える事がわかったのだ。 宝物庫の中で眠らせておくより君のもとにあったほうがいいだろう。」 コルベールは迷っていた。 確かに魅力的なものではある。 しかしこれは同時に恐ろしい兵器になりうるものだ。 もし自分が使い道を誤ったら、また『あのとき』のような事になるのではないか…? その時、オスマンに肩を叩かれた。 「君が危惧している事は大体わかる。この力が恐ろしいものであることも。 だが、力は使うもの次第で善にも悪にも変わる。 そして私は、君がそれを正しいように使えると知っている。」 「オールド・オスマン…わかりました、召喚銃。確かにお預かりします。」 「話が長引いてしまったようじゃな。ふむ、今日はこの辺にしておこうか。 何か気になる事があったら、わしかミスタ・コルベールに聞くといい。 わしらは君の味方だ。」 「私も力になれるように努力するよ。さしあたっては、デュエルディスクの能力の解明についてかな?」 「ふむ、では近いうちにデュエルの基本ルールを覚えてもらうか。 ぬう、こちらの文字がかけないというのは不便だな。 ルールブックを渡しても意味が無い。」 「ははっ、そうだね。昼間とか目立つ時間、それに学内でやるのはまずいから、 夜にでも学外に出て検証するとしようか。」 そう喋りながら、3人は宝物庫の扉を出た。 だが、扉の外には… 「セト…何か言いたい事があるなら先に聞くわよ?」 なぜかボロボロのルイズと 「オールド・オスマン?今日中に終わらせなければならない仕事の山がたっぷり残っているんですが?」 おなじくボロボロのロングビルが、怒りの表情で宝物庫の入口の前に仁王立ちしていた。 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロの魔獣 私は夢を見ていた。 その光景が夢であるとハッキリと認識できるのは、周囲に漂う妙な雰囲気によるものだ。 目の前に広がるありふれた雑木林は、同時に、この世界の何処にも存在しない場所ような、ある種の違和感を伴っていた。 周辺で何事か喚いていた獣の片割れが、不意に断末魔の悲鳴を上げる。 死を撒き散らしながら飛び込んできたのは、一匹の魔獣だった。 「―ッ!? 目を開けろッ!! お前がそう簡単に死んでたまるかッ!!」 むせ返るような血の臭いが立ち込め、熱い物が頬を伝う。 これは―涙だ。 驚いて目の前の顔を覗き込む。 魔獣が哭いていた。 ―死ぬ? 私が・・・ あらためて自らの体を確認する。 全身に矢尻のような針が突き刺さり、何本かは腹部を突き抜けている。 成程、これは死ぬ。 「うるせえ! お前が死ぬわけはねぇッ!! お前は お前は お前は俺のすべてだ!! 俺のおふくろであり!! おれの体であり 俺の血 目 耳 鼻だ!!」 嗚呼・・・。 私の知る魔獣は、こんなにも悲しい顔をする男では無い。 彼はいつだって不遜で、不屈で、傲慢で、激しい怒りの炎と、無限の闘争心を宿した男のハズだった。 宇宙の真理が、全てのカラクリが、頭の中に沸きあがっては消えていく。 伝えなければならない。世界はどう動き、彼は何処へ行くのか・・・。 そして・・・ 私が彼に、何を望んでいるのか・・・。 「私は・・・ 私はあなたのもの・・・」 「おらぁっ! 起きやがれ!」 使い魔に足蹴にされながら、ルイズは目を覚ました。 反射的に抗議しようとして、異常に気付く。 「・・・あんた、何でそこにいるのよ?」 「あん? パレードだか何だかの準備があるから起こしに来いっつたのは テメーだろうが!」 聞きたいのはそこではない。 何で窓際にいるのか? 彼のいた世界には、外壁をよじ登って窓から入らなければならないというマナーでもあるのか? 「・・・ったく 何なのよ」 ルイズが頭を掻く。最悪の夢に最悪の朝だ。 何だってあたしがこの・・・ この、目の前の魔獣に・・・ 食べられたい、などと―。 ふっと慎一の口元を見ると、彼はもごもごと何かを頬張っている。 「こんな朝から 何食べてんの?」 「ああ お前も食うか? 精がつくぜ」 膝元に投げられたそれを、ルイズは寝ぼけまなこで拾い上げた。 成程、こいつは活きがいい。 ルイズの指先で、爬虫類の物と思しき尻尾が、ピョコンピョコン跳ねている。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」 叫びにならない叫び声を上げ、ヴァリエール家の令嬢は完全に目を覚ました。 その日、トリステイン魔法学院では、アンリエッタ王女の歓迎式典が行われていた。 華やかに彩られた街道と、歓声を上げる人々、その中を通り過ぎていく馬車を 慎一は丘の上から退屈そうに見ていた。 「・・・お前さんはいかなくてもいいのか?」 慎一が、傍らで本を読んでいるタバサに話しかける。 余程熱中しているのか、単に完全無視なのか、タバサは答えない。 だが慎一は悪い気がしない。 慎一は反骨と反逆の男である。封建制度の枠の中にいたならば 史上最悪の反乱者として歴史に刻まれるであろう。 異郷の事と割り切っているからこそ口には出さないが 理由もなく偉い奴も、深く考えもせずにそれを賞賛する輩も大嫌いなのだ。 ルイズの頭の中では 【王女】>【自分】>【慎一】 という図式が成り立っているのも 腹立たしさの一因だった。 タバサの傾(かぶ)いた行動は、彼にとって一服の清涼剤であった。 それにしたって退屈な世界である。 いっそどこかの国で革命でも起らないものか、などと不謹慎な事を考えていた慎一だったが ふと、パレードの中心で目を留めた。 「なあ 嬢ちゃん・・・ あの 馬車の周りにいる奴は何なんだ?」 「・・・魔法衛士隊 城と王女を守る近衛兵」 「へえ・・・」 おそらくは衛士隊の隊長と思われる羽根帽子の貴族をまじまじと見ていた慎一が、ボソリと言った。 「まさにカルチャーショックてやつだな この国じゃあ狼に番犬をさせてるのか」 ―その夜 慎一はいい加減辟易していた。 間近で見た王女がいかに気高く美しく大きく神々しい存在であったかを称賛するルイズの話が 小一時間ばかり続いていた。 『帰り道』が分かるまで、ずっとこんな日々が続くのかと思い 半ば真剣に革命の可能性を考え始めていた慎一だったが、 外からの物音に、ピクリと耳を動かした。 右手でルイズの話を遮りながら、クンクンと辺りの臭いを嗅ぐ。 「お客さんらしいぜ」 「・・・こんな夜遅くに?」 「こっちから仕掛けて見るか?」 「バカ 戦場じゃないのよ」 程なくしてドアが叩かれる。始めに長く2回、それから短く3回・・・。 ハッと何事かに気付いたルイズが、慎一に指示を飛ばす。 「シンイチ! 急いで変身して!! ライオンでも鷹でも熊でも何でもいいわッ!!」 「-ッ!! それ程の強敵なのか!?」 「違うッ!! 使い魔がアンタだなんて知られたくないのッ!!」 「ふざけんじゃねぇ!! 俺は歩く恥部かッ!?」 ― 扉の外の人物は、フードの上からでも分かるほどに動揺していた。 ノックの後、急に室内が騒がしくなり、「どうぞ」と言う声が聞こえたのは、その数分後だった・・・。 軽く深呼吸した後、意を決してドアを開ける。 彼女を迎え入れてくれたのは、桃色の髪の懐かしい顔。 昂ぶる心を抑えつつ、魔法で周囲を確認してから、頭巾を取る。 「姫殿下!」 「お久しぶりね ルイズ・フランソワーズ」 客人の名はアンリエッタ・・・ トリステインの王女であり、ルイズの無二の幼馴染であった。 互いの無事を喜びあいつつ、二人は思い出話に華を咲かせる。 魔法学院の一室は、いつしか懐かしの宮廷へと変貌を遂げていた。 輝ける思い出の日々は過ぎ去り、話は現在へと戻る。 ―アンリエッタの政略結婚 ―その外交戦略の妨げとなりうる、一通の手紙の存在 ―渦中の手紙の持ち主、アルビオン王国皇太子、プリンス・オブ・ウェールズ アンリエッタ訪問の真の目的は、内乱で揺れるアルビオンへの使者となり ウェールズに手紙の返還を求めてほしい、という依頼であった。 「お任せ下さい! 姫様の御為とあらば、このルイズ、何処なりとも・・・」 「このわたくしの力になって下さると言うの? ルイズ・フランソワーズ! ―これは あなたの想像する以上に危険な任務 けれども あなたと その逞しい あなたの使い魔なら・・・」 言いながら、アンリエッタは部屋の隅をちらり見る。 ―実のところ、麗しい思い出話の最中も、その異物の事が気になって仕方なかった。 アンリエッタは、あらためてルイズの使い魔を見つめた・・・。 筋肉はゴリラ! 牙はゴリラ! 燃える瞳は原初のゴリラ!! 見まごう事なき生粋のゴリラ、ゴリラの中のゴリラがそこには居た。 「これが・・・ あなたの使い魔・・・」 「ええ・・・とても・・・頼もしい相棒です」 何故、よりにもよってゴリラなのか? 慎一の中にある明らかな悪意に、ルイズはわなわなと震えていた。 「・・・風の噂では、あなたが平民の少女を召喚したと耳にしていたのですが・・・」 「雌です!」 「雌・・・ いえ でも 確かにこれほどの使い魔ならば・・・!」 「ええ! ですから今回の任務は安心して・・・」 「俺は反対だ」 突然割って入った男のセリフに、周囲の時間が凍りつく。 ルイズは使い魔に裏切られた事に、アンリエッタはゴリラが喋った事に驚愕していた。 我に返ったルイズが、慎一を咎める。 「なな何を言ってるのよアンタはッ!? 今回の任務には トリステインの運命がかかっているのよ!!」 「だからこそだ 軽々しくも修行中の学生に任せて良い任務じゃねえ」 これは建前である。実のところ、慎一はただ気に入らなかっただけである。 昔の友誼をダシに、唯一無二の親友から忠誠を引き出す王女のやり口も気に入らなかったが それ以上に、その手にまんまと乗せられている主人のことが気に入らなかった。 その身を獣に堕され、異郷で犬呼ばわりされながらも、人の矜持を捨てていない慎一に対し― 目の前の主人は、人の身に生まれながら、心は犬へと堕ちていた。 「それに・・・だ そっちの姫さんは 口で言うほど お前の事を信用してねぇ」 「そんな・・・!」「そんなこと無いわ! このバカ犬!!」 2人の反論に対し、慎一が言葉を重ねる。 「それなら教えてくれ 姫様 あんたが送った王子宛の手紙には 一体何が書かれているのか・・・?」 「・・・ッ!」 「確かにこれは重要な任務さ わずかな情報の食い違いが 作戦の成否 ひいては俺たちの命をも左右しかねない・・・ 知っている事を全て話すのは 忠誠に対する最低限の礼儀だと思うがね」 「・・・それは」 「知らぬままに忠誠を尽くすヤツなんざ 山田風太郎の忍者にもそうはいねえぞ」 「・・・あの 手紙には―」 「この バカ犬ゥッ!!」 怒声とともに、慎一の顔面に鞭が飛んでくる。 次々と鞭を振るいながら、ルイズが喚く。 「このバカ! 犬! サル! ゴリラ!! どうして! どうしてアンタはいつもそうなの! アンタには人の心ってものが無いの! 男の癖に姫様を困らせてるんじゃないわよ!!」 「効かねえぞ」 「知ってるわよッ!!」 言いながら、それでもルイズは鞭を振るうのを止めない。 ―数分後、大きく肩でしながらルイズが宣言した。 「今回は アンタの力は借りない あたし一人でやるわ! アンタは地球でもどこでも好きなところへ帰ればいいのよ」 言い終わると、ルイズはずんずんと部屋を出て行った。 「待って! ルイズ」 追いかけようとするアンリエッタを、慎一が引き止める。 「お忍びなんだろ? 今日は帰りな 姫さん」 「でも・・・」 「ああなったら もうテコでも動かねえさ 今回は俺のミスだ 俺の主人は任務を引き受けた だったら俺も 使い魔とやらの任務を果たすまでさ」 「それじゃあ」 「気には入らねえがな」 「ありがとう・・・ありがとう ゴリラさん」 ― 帰り際、アンリエッタはルイズの部屋を見上げ、深くお辞儀をした。 主の居ない部屋でそれを見届けた慎一は、右手に瞬くルーン文字を見ながらぼやいた。 「まったくよお ウチの姫さんがたは 面倒臭ぇ仕事ばっかり押し付けやがる・・・」 前ページ次ページゼロの魔獣