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前ページ次ページゼロのイチコ 「うぎぎぎぎ・・・たぁ!」 気合の入った声と共に、剣先が握りこぶし一個分ぐらい浮いた。 そして重力に引っ張られて剣が落ちる、その勢いでイチコが地面に埋まった。 学院の中庭に剣を握った手が生えている。 シュールだ。 一旦剣を離すとイチコがヨロヨロと地面から浮き出てくる。 「やりました、ご主人様! ちょっとだけ浮きました」 「振れるようになるまで何年かかるのよ」 ため息が出る。剣を買ったのは無駄な出費だっただろうか? まだ買ってから一日だから分からないが、そもそも剣を振り回す筋力がない。 幽霊とは鍛えれば筋力は上がるんだろうか。 一般的に強力なゴーストやスプライトはその想いの力によって力も変わると言う。 それが憎しみでも愛情でもなんでも構わない。 彼女の場合は『お姉さま』に再び会いたいがために幽霊をやっているわけだ。 しかし、落ち着きの無い彼女を見るとそう強力な想いを募らせてそうには見えない。 思い込んだら一直線な節はあるけれど。 「もうそろそろ授業なんだけど」 「あ、すいません。もうちょっとで出来そうなので練習してても良いでしょうか?」 「いいけど、学院の外にでるんじゃないわよ」 「はい!」 本人はコツを掴んだと思っているようだが、あれはまだまだ先が長そうだ。 午後はコルベール先生の授業だった。 相変わらず話が少々脱線する事が多い、しかもその話を興味ありそうに聞いてる生徒は一人も居ない。 私もその一人で、何か必死に語りだしたコルベール先生の話を右から左に受け流していた。 ふと考えるのは使い魔のイチコの事。 お姉さまと再び会いたいというだけで幽霊になった女の子。 そんなに何度も話を聞いたわけじゃないけど、彼女がどれだけお姉さまを好きだったかはなんとなく分かる。 すぐにとは言えないが。まあそれなりに使い魔として仕事をすればお姉さまを探してやっても良いかもしれない。 ドジは多いけれど基本的に上下関係を理解して尽くそうとしてくれている。 ちゃんと働くものにはちゃんとした褒美を与えないといけない。 今のところ先日のイタズラでマイナス評価なのだけど。 探すと言えば、彼女がどこの国の出身なのか聞いたことが無かった。 顔つきが大分違うし、かなり遠い国なのかもしれない。 確か「セイオウジョ学院」と言っていただろうか。トリステインにある学院ならさほど時間は掛からないと思うのだが。 もし東方だとするならかなり無理がある、そうで無いことを祈ろう。 しかし、そのお姉さまに会ったとたんに成仏してしまわないだろうか。 イロイロと考えた。 わたし、高島一子はただいま猛特訓中です。 というのも昨日ご主人様から剣を頂いたからです。 どうも使い魔というのはイザと言う時はご主人様を守らなければならないらしいです。 確かに、フレイムさんやシルフィードさんを見ると私ってば頼りないなぁとは思います。 しかし、私には他の方々には無い二足歩行、武器を握れる手があります! いえ、歩けませんけど…… ともかく、その利点を十分に活かしていきたいと考える次第です! 「たぁ!」 掛け声一閃、剣先が地面からこぶし二つ分ぐらい浮き上がりました。 「デルフさん、今けっこう浮きませんでした?!」 「ぉお、最高記録の二倍はいったな」 「大分感覚が分かってきました」 剣を振ると言うと、腰を落として重心を低くして。とかイロイロあると思われます。 しかし私は重心がありません。いやあるにはあるのですが地面に対して踏ん張ることが出来ません。 ですから宙に浮こうとする力と剣を振り上げるタイミングでなんとか持ち上げるわけです。 そして、こう見えても幽霊ですから疲れたりはしないんです。 「はぁ、はぁ……」 「相棒、休憩にしたらどうだ?」 と思ってたんですけど結構疲労します。それに夜になると眠くなります。 私って本当に幽霊なのでしょうか? 火の玉も飛ばせませんし、ラップ音も鳴らせません。幽霊としてのアイデンティティーが揺らぎそうです。 デルフさんを芝の上に横たえると、私は手足を投げ出しました。 「デルフさん、何か良いアドバイスは無いですか?」 「ねぇなあ。なんせ俺も幽霊を相棒にするのは初めてだからよ」 「ですよねぇ」 一応上達はしてる、と思いたいです。 小休止し、再びデルフさんを持ち上げようと手を伸ばしました。 すると人影が見えたので顔を上げると、そこにメガネをかけた女性の方が立っていました。 「こんにちは」 とニッコリ微笑まれました。長い髪をした綺麗な方です。 「ごきげんよう、どうかされました?」 「あなたが噂の幽霊の使い魔さん、よね?」 「はい、高島一子……ではなく、イチコ・タカシマと言います」 「私はロングビル。ここの学院長の秘書をやらせてもらってるわ」 さすが秘書の方というか、とても上品な物腰です。笑顔もとても穏やかですし。こういうのが本当の淑女という方なのでしょう。 よく暴走してしまう私としては見習いたいと思います。 「それで、ご用件は?」 と聞くとロングビルさんは少し顔を曇らせてこう言いました。 「実は、少し頼みたいことがあってね。少し時間をいただけるかしら?」 「構いませんけど、どうしたんです?」 「ちょっと付いてきて貰えるかしら」 そう言って建物のほうへと歩いていきます。 私は慌ててデルフさんを持ち上げ、地面に突き刺しました。 「すいませんデルフさん、ちょっと待ってて貰えます?」 「ぉう、早くしてくれよ。あんまりなげぇと錆びちまう」 途中何人かの先生方とすれ違い、挨拶しつつ私たちは薄暗い塔へと入りました。 そこは入ったらいきなり右方向に折れて螺旋階段が続いています。 わたしはその後ろをふわふわと浮きながら付いていきました。 そこは窓も無く明かりもロングビルさんが出した灯りの魔法だけが頼りでした。 その灯りも蛍光灯のような明るさは無く、ふらふらと揺れるランタンのよう。怖い雰囲気が出ています。 こんな所で幽霊でも出たら思わず叫んでしまいそうです。 「付いたわ」 と階段の先にあったのは大きな鉄扉。 大きな魔方陣が描かれています。 「実はね、私はこの宝物庫の管理を任されているのだけれど……」 ロングビルさんの話によると鍵のような物を紛失してしまい、一度魔法を解いて鍵を掛けなおさないと防犯上危ない。 だけど予備の鍵も無いため困っていた。 しかし中に入って内側にどんな文字が書かれているかさえ分かれば熟練の魔法使いになら簡単に開けることができる。 それで私の壁抜けで中に入って文字を教えて欲しいという事だそうです。 「なるほど、分かりました」 「文字は分かる?」 「いえ、その……ごめんなさい」 この世界は私の住んでいた世界とはまるで違う文字が使われている。 もしかしたら何処かの国の文字かもしれないけど私には分からなかった。 「いいのよ、それじゃあ意味が分からなくても良いから丸暗記してきて」 「はい、いってきます」 もしかしたら魔法ですり抜けられないんじゃないかと思いましたが。 案外あっさりと抜けることが出来ました、ご主人様の話では私のような幽霊が他にも居るという事ですが、防犯上大丈夫なのでしょうか。 使役できる魔法使いがほとんど居ないとか? 部屋の中は薄暗い、字は読めないけど足元が分かる程度の照明で照らされていました。 宝物庫の中は金銀財宝、と思ってましたが兜や鎧や剣、杖に書物がほとんどで指輪などもありましたが宝石類が多いというわけではありませんでした。 表面に複雑な文字が書かれているものが多いので何かの魔法が掛かっているのだと思います。 魔方陣はドアの裏側に書かれており、外と同じ円陣なのですがかなりの量の文字が書き込まれていました。薄暗い部屋なので文字がよく見えません。 四苦八苦しながらギリギリの光源で文字を凝視し、覚えて、外で言葉と空書きで中に書かれている魔方陣を伝える、そしてまた中に入る。これを繰り返しました。 文字が多くて何十往復もする事になってしまいましたけど。 時間が結構たってしまいましたがデルフさんは大丈夫でしょうか? 「これで間違い無い?」 「はい、こんな感じだったと思います」 最後の確認を二回ほどして、いよいよ開錠になりました。 ロングビルさんが杖を振り私には意味がわからない呪文を唱えます。するとドアからカチリと音がして音も無くドアが開きました。 「ありがとう、助かったわ」 「いえいえ、どういたしまして」 苦労したけど無事に開くことが出来て良かった。 もし私が魔方陣の文字を間違って爆発でも起こしたらどうしようかと思ってました。 「今はちょっとお礼になるものを持ってないのだけど、また後でお礼に伺うわね」 「いえいえ、本当に気にしないで下さい。そんな大したことはしてないので」 「奥ゆかしいのね」 と微笑まれた。私もとっさに微笑み返した。ちょっと顔がぎこちなかった気もします。 淑女の道は果てしなく遠いです。 「それでは、デルフさんを待たせているので失礼します」 「ぇえ、本当にありがとう」 そう言ってロングビルさんと別れた。帰り道は建物の壁を突き抜けて一直線で戻りました。 次の日、宝物庫から破壊の杖が盗まれた事が判り。 犯人は生徒やメイドの証言により学院長の書記、ミス・ロングビルであることが判明した。 前ページ次ページゼロのイチコ
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前へ / トップへ / 次へ 午後の授業は無事終わった。 いや、授業とは無事終わるのが普通なんだが、普通のことが起こらないゆえにゼロの名を冠しているのだろう。 なんだか禅問答のようだがとにかく授業は終わり楽しい放課後である。 食事に関してはマルトーが今日のお礼だといって保障をしてくれた。これで食事抜きということはなくなったし、あのスープとパンという 19世紀の囚人のような扱いをされることはなくなった。 ルイズは「うちの使い魔を甘やかさないでください!」と不満そうだったが、マルトーの耳打ちで素直に方針を転換した。 バビル2世は聞いていた。「胸の大きくなる特別料理を毎食サービス」という甘言を。 男なら(不適切なため削除)が大きくなる料理をサービスする、と言われるようなものである。断る人間など居るはずがない! なにしろ(不適切な表現のため削除)は大事な息子である。 というわけで主従ともどもスペシャルな料理を振舞われることとなった。 バビル2世が一番気に入ったのは元の世界で言うカルパッチョと、たたきを混ぜたような料理であった。 スズキに似た味の魚を薄く切る。 それを遠火で軽く炙る。 上に、酸味のある果物を凍らせたものをたまねぎの千切りのように切って、かける。 そこに醤油によく似た調味料を元に作ったソースをかければ「トツァカッツォ」の完成である。 これの一晩かけて良く冷やしたものは、焼酎によくあい絶品なのだが、残念だがバビル2世は未成年であるし焼酎は存在していない。 「これは旨い!旨いですな!」 単純な料理であるため誤魔化しが効かず、ほんの少しでも身が厚すぎたり炙りすぎたりすれば味が変わってしまう。 「これは白いご飯にも合いそうだな。」 舌鼓を打つバビル2世。 ルイズはというと、先ほどから一種類の料理だけをおかわりしつづけている。非常にわかりやすい。 食後、 「あれだけ食べたんだから明日にでも効き目があるわよね!」 と言っていたが、ないんじゃなかろうか。 「ん?」 洗濯を終えて戻ってくると、部屋の前になにやら赤い物体がうずくまっていた。 バビル2世に気づくと顔を上げ、てててと近づいてくる。 「たしかこれはキュルケの使い魔の、フレイム……うわっ!」 とびかかってこられて、思わず精神動力で弾き返してしまう。 廊下に転がったフレイムが何が起こったのかと目をパチクリさせてこちらを向きなおす。 「あ、しまった。」 だが懲りずにまたすぐ寄ってきたところを見ると気にしていないようである。ただたんに何が起こったのか理解していないだけ かもしれないが。 ズボンを咥えて引っ張る動作をするフレイム。 「ついて来いと言っているのか?」 相手はサラマンダーである。心を読んでも何を言いたいのかわかるはずもないだろう。 使い魔同士の夜の懇談会でもあるのだろうか? 「ルイズの友人の使い魔だ。別に不審なことはないだろう。」 素直についていくことに決めた。 「うん?」 連れられて訪れた部屋は妙に暗かった。 床には火のついた蝋燭が幾本か燃え、壁にゆらゆらとバビル2世の影法師が映し出されている。 全体に甘い香りが漂う。どことなく女性の体臭も混じっている。 「いらっしゃい」 なまめかしい声。聞き覚えのある声だ。 闇になれた目に飛び込んできたのは扇情的な格好をした女性。 キュルケであった。 「げえっ、キュルケ!」 むむむ、と汗を流すバビル2世。 「そんな孔明を見た仲達みたいな反応をしないでよ、ダーリン。ようこそ、私たちのスイートルームへ、ビッグ・ファイア…………。 ギロチン大王だったかしら?」 どこをどうすればそんな間違いをするのだろうか。 「ギロチン大王は違うんじゃないかな?」 「あら、そうだったかしら?わかったわ、ビッグ・ファイア……」 髪をかきあげ、なまめかしい視線を送る。 「いけないことだとは思うわ。でもわたしの二つ名は『微熱』。たいまつみたいに燃え上がりやすいの。」 「ふむ」 つまり、ぼくは誘惑われているのだな。のんびりと確信するバビル2世。 戦闘の場数は踏んでいても恋愛の場数は踏んでいないのが弱点である。ヨミ様に教えたい。 「おわかりにならない?恋してるのよ、アタシ!貴方に!」 妙に芝居がかった仕草をするキュルケ。バビル2世によりかかり、首に手を回してしなだれかかる。 「貴方がギーシュを倒したときの姿……かっこよかったわ。あれを見て微熱のキュルケは情熱のキュルケになってしまったの……」 身体を密着させてくる。学生服のボタンを一つ一つ丁寧に外していく細い指。 吐息が耳にかかり、言葉が直接耳をくすぐる。 されるがままのバビル2世。ようやく、 「じゃ、じゃあ外の彼は誰だい?」 「……え?」 窓へ振り向くキュルケ。 それとほぼ同時に、 「キュルケ!」 と叫ぶ男の声。 ふわふわと宙に浮いて、窓の外に男がいた。 「待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば!………ってあれ?」 キュルケの奥にいるバビル2世に気づいたのだろう。「げぇっ!関羽!」と言い出さんばかりの表情で驚く。 「君は……昼に広場で決闘をしていた。」 ずかずかと乗り込んでくる男。 「いや、会えて光栄だよ。僕の名前はスティックス。以後お見知りおきを。」 腕を出し握手をねだる。バビル2世も握手を返す。 「いやあ、驚いたよ。ドットクラスが操っていたとはいえ、まさかゴーレムを触りもせずに手玉にとるなんて。」 熱っぽく語りだすスティックス。目がきらきら輝いている。 「君はエルフらしいが、よほど場数を踏んでいるんだろうね。僕も将来は魔法衛士隊を目指している身。ぜひとも教えを請いたいと 思っていたところなんだ。なに、そのうち模擬実戦を一手お手合わせ願いたいと思い……」 「キュルケ!」 別の声が窓の外からする。 「その男たちは誰だ!今日は僕と激しく燃え上がるはずだったのに複数にも興味が出てきたのか!混ぜるんだ!」 なぜか服を脱ぎながら入ってくる。何か大きく勘違いをしているようだ。 「「「キュルケ!」」」 今度は3人だ。 「「「恋人はいないって言ったじゃないか!」」」 一斉に強引に入ろうとするため窓で閊えている。なんとか部屋に入ってきたがすでにボロボロだ。 「キュルケ!どういうことな「いつが空いている?そういえば明後日は虚「僕はどこを使えばいいんだ?口でもい「なんなんだこいつらはいった いどういうこ「落ち着け、これは孔明の罠「君の主人には僕が許可をと「裏切ったな!父さんと一緒で僕を裏「実は後ろの穴にも興味が「キュ… 「フレイム!」 サラマンダーがキュルケの命令で炎を吐く。炎と一緒に外へ投げ出される5人。 「さあ、邪魔者はいなくなったわ……」 目をギラリと光らせて、獲物を狙う虎のように迫るキュルケ。 その迫力に、修羅場馴れしているバビル2世が思わず後ずさる。史上最強の敵に違いない。 ガルルルルルと唸り声を上げ、ついにバビル2世を壁際まで追い詰めた。 「愛してるわ……ビッグファイア……」 「ま、待つんだ。ぼくはまだ使い魔としての用事が。」 「ほっときなさいよ……ゼロのルイズなんかよりアタシのほうがよっぽどいいわよ……」 目と目の距離が近づく。唇と唇が今まさに交差しようとするそのとき――― 「キュルケ!」 バタン、とドアを開ける音でキュルケの野望は阻止された。 「あら?」 「る、ルイズ。」 姿を現した少女の背中に、後光が見えた。 「取り込み中よ、ヴァリエール。」 「ツェルプストー、誰の使い魔に手を出してるのよ。」 ずかずかと部屋に入ってくるルイズ。両者の空間がねじれ、歪む。 フレイムが怯えて部屋の隅で縮こまり、丸まっている。 ガルルルル、ギシャーと威嚇しあう二人。まるで犬とサル、ハブとマングース、ゴジラとデストロイヤーである。 この後のことをあえて記述する必要はないだろう。 爆発と炎が学院を揺らし、寝入りばなの教師生徒をたたき起こした。 オスマンは曖昧なまま徘徊しはじめ、使い魔はふたたび混乱して暴れまわった。 学院が落ち着きを取り戻したのはすでに日も高くなってからで、その惨状は寄宿舎がほぼ半壊、負傷者12名、壊れたアイテムが7個、 セクハラの被害者2名、マルトーの抜け毛13本という惨憺たるものであった。 むろん、その日の授業が取りやめになったことは言うまでもない。 また、キュルケの部屋が消滅したため、キュルケはタバサの部屋へ移動のうえ2ヶ月の異性交流禁止がかせられた。 ルイズとバビル2世は、バビル2世がガンダールヴかもしれないということで厳重警戒中につき、寄宿舎の瓦礫撤去で済んだ。 前へ / トップへ / 次へ
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前ページ次ページゼロのデジタルパートナー 「――――――――! ―――――ン! ―――ラモン! ――ドラモン!!」 遠くから声が聞こえる。 それは今までに何度も何度も聞いてきた、とても大事な奴の声だった。 「メガドラモンッ!!」 確かに自分の名を呼ばれ、意識が覚醒する。 目の前には大事な自分のパートナーと、どうやら刺し違えたらしい、ムゲンドラモンの死体が転がっていた。 ムゲンドラモンの身体は既に分解が始まっていた。その隣には、ムゲンドラモンを操り、このファイル島を我が物としようとしていた男が尻餅をついている。 俺の身体を抱きかかえ、涙を流しながら俺の名前を叫んでいるのは、今まで苦楽を共にしてきた、パートナー。 だがどうやら……その楽しくも苦しかった時間に終わりが来たらしかった。 「俺とした事が……ドジッち、まった、ぜ…………」 「喋るな! 今、今ケンタル医院に連れてってやるから!!」 「良いんだ……。自分の身体の事は、自分が一番分かってる。…………こんな形になってすまねぇがよ……」 既に分解が始まっている身体を一度だけ見下ろし、確りと目の前のパートーナーを見つめる。 「お前に育てラれた、俺ノ人生…………ワるく、なかッタ、ゼ…………」 最期の言葉を、ちゃんと発せたろうか。 それだけが気がかりで、俺の意識は、闇に飲まれていった――――――。 ゼロのデジタルパートナー 一話 ルイズは思わず息を飲んだ。 サモン・サーヴァントの魔法で何故か巻き起こった爆発の中から現れたその姿に。頭らしき物が僅かに俯いているが、翼を広げれば4メイル程に達するだろう、その『竜』に。 しかし教師であるコルベールを含め、誰も見た事の無い種類の竜だ。 上半身は逞しく、巨大な腕と頭。しかしそれに反して伸びる下半身には足の様な物は無く、ひょろっとした蛇の様な体がうねうねと動いている。 そしてよく見ると、羽ばたいても居ないのに宙に浮いているではないか。 誰もがルイズ同様に息を飲んでいた。 「ゼロのルイズが成功した……」 「おいおい、嘘だろ……?」 「ま、負けた……ゼロのルイズに……」 煙が晴れ、その姿が完全に現れる。そしてまたしても、誰もが息を飲んだ 腕と頭についているのは、漆黒に煌く金属。体の色は赤く、所々に生えている体毛は群青に染まっている。 誰がどう見ても、立派な竜の(大きさからして)幼生であった。誰も知らない種族ではあるが。 と言う事は、ルイズは竜を召喚するのと同時に、非常に珍しい種族を召喚した事にもなる。 召喚を行った当人は、あまりにの感動に気を失いそうだった。 漸く今まで自分を「ゼロ」と馬鹿にしていた奴等を見返せる。そう思うと自然と笑みが零れるルイズだった。 そして、 「や、やったわ!!」 高らかに叫ぶ。 コルベールも柔らかに微笑んで―自分の生徒の成功に心から喜んで―促す。 「さあ、ミス・ヴァリエール。契約を」 ルイズが頷き、自分の使い魔になる竜に向かって歩を進めた。 メガドラモンは、正直かなり混乱していた。 理由一。まず自分は、デジタルモンスターとしての死を迎えた筈である。 理由二。周りの人間の多さ。 こんな所だ。 メガドラモンは目だけを動かして辺りの様子を窺う。皆が皆、驚いた表情で自分を見ている。 次に自分の身体。 今さっき正に致命傷を受けていた筈なのに、見事に完治している。 分かっている事と言えば、どうやら自分が現実世界に来たらしい、と言う事くらいだ。 ともかく、自分だけでは答えを導き出すのが不可能。と結論を出し、こちらに向かってくる人間の子供に聞いてみる事にした。 「ここは何処だ?」 「ッ!!」 その場に居た全員―と言ってもメガドラモン以外だが―が怯む。 「しゃ、喋った!?」 「ま、まさか……ゼロのルイズが……」 「韻竜だ! 韻竜を召喚しやがった!!」 周りの生徒からソンナバカナーとか、ウオースゲーとか、色々と歓声や喚声が上がる。 その様子に一度だけビクッとしたメガドラモンだったが、改めて目の前の人間の子供に目を向ける。 ルイズはまたしても感動のあまりに意識を手放しそうになったが、主人としての威厳を持って答えた。 「こ、ここは、トリステイン魔法学院よ!」 「トリステイン……?」 パートナーに聞いていた「ニッポン」と言うのとは随分違う。 それに周りの人間が着ている服も、自分のパートナーが着ていたのとはかなりの差があった。 ……そう言えば現実世界では国によって、同じ人間でも色々違うと言っていた。そんな事を思い出し、メガドラモンはこう結論付けた。 まず自分は、何らかの理由で現実世界に飛ばされた(パートナーがデジタルワールドに来たのだから、その逆もあるだろう)。 そして此処は、自分のパートナーが住んでいた国とは違う国だ。 あながち間違ってはいないのだが、メガドラモンは一番大事な部分を間違えてしまっていた。 「そうか。……それで、お前は?」 「私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! わ、私があんたを呼んだのよ!」 ……彼女が自分を呼んだのか。 俺が死にかけている所を、彼女が呼んでくれたおかげで助かった。 つまり、命の恩人だな。 メガドラモン、賢くはあるがちょっと抜けていた。 「そうか。……それじゃあ、お前は俺の恩人だな」 「……? そ、そうよ!」 何を言っているのか分からなかったが、とりあえず同意をしておくルイズであった。 その後、外見に似合わず非常に大人しいメガドラモンと、ルイズは見事契約を交わした。 メガドラモンの左手に現れたルーンをコルベールが興味深く見ていたが、軽くスケッチすると直ぐに皆を解散させた。 各々が魔法で飛んでいくのを目にし、メガドラモンは少しギョッとした。 「人間は飛べないと、言っていたと思うんだがなぁ……」 皆が居なくなったのを確認すると、ルイズはいきなりメガドラモンに抱き付いた。 いつもゼロのルイズと蔑まれて来た彼女だ。立派、いや立派過ぎる使い魔を召喚出来て、心底嬉しいらしい。 「あんた、名前は?」 「メガドラモンだ」 「メガドラゴン? 聞いた事ない種族ね……。って、あんたの名前を聞いているのよ。種族名じゃないわ」 そう言われ、メガドラモンはちょっと考え込んだ。 言われてみれば、自分は自分だけの名前で呼ばれた事が無かった。 数秒思案して、メガドラモンが口を開いた。 「メガで良い」 「分かったわ。メガね。……わ~、めがめが~」 素晴らしい変わり身であった。今までは高貴なカンジ! と言うのを体現していたと言うのに、いきなり母に甘える赤子モードである。 だがそんなルイズの至福の時を、メガドラモンが悪意無い発言でぶち壊してしまう。 「お前は飛ばないのか?」 ビシッ。とルイズが固まる。 そして、絞り出す様に言った。 「飛べないのよ……」 それが恥ずかしいとか悔しい事なんだろうと直ぐに察して、メガドラモンは、 「そうか」 とだけ言って、尻尾でルイズを巻き取り、背中に乗せた。 「な、何!?」 「掴まってろ」 メガドラモンがそう言うや否や、風竜顔負けの速さで空を駆け始める。 「わー、わー!」 あまりに速さにルイズがまたしても、感動で気を失いそうになるが、頑張って堪える。 そしてメガドラモンの後頭部に生えている毛に顔を埋め、にやにやとだらしなく笑っていた。 この使い魔となら、上手くやっていける。誰も自分を「ゼロの」ルイズなんて呼ばなくなる。 そう確信し、今までの級友が見た事も無い笑みを浮かべ、ルイズは空を駆けていた。 前ページ次ページゼロのデジタルパートナー
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 「やれやれ、できればもう少しスマートにやりたかったんだがねえ……ま、すぐにバレるだろうが、逃げる間ぐらいは時間が稼げるだろ。ったく、ホントあのクソジジイのセクハラったら……!」 学院より四半日ほど離れた街道を、ロングビル―――『土くれ』のフーケは、ゆったりと幌付きの馬車で進んでいた。 周囲に人影が無いのを確認して、懐から何かを取り出し、しげしげとそれを眺める。 泥のついていない小奇麗なマツタケ。そんな風に見えるキノコだった。綺麗すぎて、どこか蝋細工のようでもある。 「"食べた者に、烈火の如き勇気と力を与えるキノコ"……ま、あたしはそんなんいらないし、いつものように、適当なルートに売り払おうかね」 自らを匪賊に貶めた連中に対する復讐、なんて感情も、とっくの昔に擦り切れてしまった。 話によれば、近いうちに自滅するみたいだが……たぶん、あの時にああしなかった貴族―――王族なんて、皆無だろう。良い意味でも悪い意味でも、王というのはそういうものだ。王弟だからと言って手心を加えなかったのは逆に高潔であるとも言える。 そういう意味では、最初から、別段、特定のどこかや誰かを殺したいほど憎いという訳ではない。代わりに、貴族、なんていうもの全てが嫌いにはなったが。 高慢ちきなお貴族様が宝物を盗まれてあたふたするのを眺めて楽しむ。そのぐらいで十分溜飲は下がった。 「さって、珍しく安定してた収入はなくなっちゃったし、これからどうしますか……」 キノコを懐にしまい直して、うららかな陽気に一伸びする。 目の前では街道が交差し、分かれ道になっていた。 「……キナ臭い話もあるし、秘書の仕事が忙しかったしね。久しぶりにテファのところにでも顔出そうかしら」 そう呟いて穏やかな笑みを浮かべると、フーケは馬車を北に向けた。 § 学院は、上へ下への大騒ぎだった。 「ふぅむ……まさかこの宝物庫に賊が侵入していたとはのう……」 衛視から報告を受けたオスマンは、確かに"烈火のキノコ"が無くなっている事を確認して、大きくため息をついた。 「土くれのフーケ! 貴族達の財宝を荒らしまくっているという盗賊か! この魔法学院にまで手を出すとは、随分とナメられたものですな!」 「衛兵は一体何をしていたんだ!」 「フーケは盗賊とはいえメイジ、平民の衛兵など当てになるか! そもそもいつ盗まれていたのかすらわからないんだぞ!」 集まった教師連中は、口々に好き勝手な事を喚き散らしている。話は紛糾するばかりで、実のある方向に向かっていく様子はなかった。 オスマンはもう一度ため息をつき、現場を検分していたコルベールに話しかけた。 「ミスタ・コルベール、書き置きを発見したのは彼等二人なのじゃね?」 「はい。足を滑らせて扉にぶつかった折、鍵が掛かっているはずの扉が開いてしまったので驚いて報告したと。間違いないかね?」 「ま、間違いありません」 「ふぅむ……教師諸君! ここ最近、宝物庫に入ったものはおるか?」 ざわついていた教師が一瞬静まり返り、顔を見合わせた。 その内の一人が、おそるおそると手を上げる。 「に、二ヶ月ほど前、授業に使うための『遠見の鏡』を持ち出しましたが……」 「その時には?」 「こ、こんなものはありませんでした。ハイ」 「では、二ヶ月以内に入った者は?」 再び顔を見合わせる。今度は、手を上げるものはいなかった。 「おらんか。犯行は少なくとも二ヶ月以内に行われた……手がかりナシに等しいの」 「あ、あの」 衛視の一人が、こわごわと言葉を紡いだ。 「なにかあるのかね?」 「ほ、本日は、ミス・ロングビルがいらっしゃいました。宝物庫の目録を作る、とかで……お昼前ぐらいだったでしょうか。半刻ほどして、何事もなく出て行かれましたが……」 「ふむ……そういえば、そのミス・ロングビルはどこじゃ?」 見渡してみても、あのぷりんとした尻は見当たらなかった。 「見当たりませんね」 「そのようじゃな。あー、君々、ちょっとミス・ロングビルを探してきてくれんか」 「わ、わかりました」 所在なさげに教師達を見やっていた衛兵の一人が頷き、早足で駆けていく。 「やれやれ。ガンダールヴといいフーケといい、新学期早々厄介事が続きおるわい」 オスマンは眉間に皺を寄せて、ため息をついた。 そのすぐ後、ロングビルの私室から『学院長のセクハラに耐えられないので辞めさせていただきます』という書置きが発見され、オスマンの眉間の皺がさらに深くなる事となったのだった。 なお、彼の秘書に対するセクハラは公然の事実であったので、ロングビルの予想に反し、誰も"ロングビルがフーケであり烈火のキノコを盗んで逃げたのだ"と言い出さなかったのは余談である。 § 「明日のフリッグの舞踏会が中止ですって? なんで?」 「さあ? 中止っていうだけで、理由は誰も教えてくれないのよ。もう! せっかく特製のドレスでダーリンを悩殺しようかと思ってたのにぃ!」 「……はぁ。ツェルプストーはろくな事を考えないんだから」 学院に帰ってきたルイズ達を待っていたのは、何やら慌しい雰囲気だった。 「まったく、今日は厄日かしらね、打つ手打つ手が全部裏目に出ちゃうわ。ルイズには先を越されるし、タバサもどこに行ってたのか話してくれないし」 「…………」 食堂で夕食を取った後、ルイズはキュルケ、タバサと食後の紅茶を飲むのが日課のようになってしまっていた。 キュルケは自分にとっても一族にとっても天敵だったはずなのだが、耕一が召喚されてからというもの、なんとなく印象が柔らかくなった気がして、話が続いてしまうのだ。(タバサの方は、キュルケが引っ張り込んで一緒に居るだけのようで、ほとんど喋らないが) その当人たる耕一は、いつもの通り厨房に行っていて、食堂内にはいない。そろそろ入り口に現れる頃だろう。 「なんでも、宝物庫に盗賊が入ったらしいわよ。あの『土くれ』のフーケ。先生が総力をあげて探してるから中止って話だけど」 「それ本当なの? モンモランシー」 今日は、長いブロンドの髪を豪奢な巻き毛にした少女―――モンモランシーも、その輪に加わっていた。 浮気者の恋人をワインボトルでしばき倒した、あの少女である。 紆余曲折の末によりを戻した恋人が級友の使い魔に妙に傾倒しているので、彼女もその主人と交友を持つようになっていた。 彼女自身、ルイズの事を内心バカにしていた一人で、使い魔とギーシュの決闘というのも見ていないのだが、プライドはえらく高い方であったあのギーシュが、あれ以来ルイズにも酷く丁寧に接するので、なんとなくそんな気持ちは薄れていたのだった。 「『土くれ』のフーケ……今日街でもその名前を聞いたわ。貴族の屋敷から宝物を次々と盗んでいる怪盗だって」 「トライアングル相当って聞いてたけど……ここの宝物庫から盗み出したとなると、スクウェアクラスかもしれないわね」 「スクウェアの土メイジなんて、エリート中のエリートじゃない。なんで盗賊なんてやってるのかしら」 フーケの件は厳重に緘口令が敷かれていたが、人の口に戸は立てられぬもの。 舞踏会の中止が告知されるや否や、それとほぼ同時に、その理由として噂の口に昇っていた。 「ま、ともかく作戦は最初から練り直しかぁ。どうしようかしら」 「もう、ホントに盗賊が入ってたとしたら、そんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ。色ボケもいい加減にしときなさいよ」 「て言ったって、あたし達がピリピリしたって犯人が捕まるわけじゃないわよ」 「それは、そうだけど……」 「…………餅は、餅屋。ルパンに、銭形」 「そういう事。捕り物なんて、先生とか衛士隊とかに任せておけばいーのよ」 うー、と黙ってしまったルイズを見て、難儀な性分ねぇ、とキュルケは苦笑し、紅茶のカップを傾けた。 「っていうかタバサ、るぱんとぜにがたって何?」 「…………あなたの、心です」 § 「学院長の方も、タバサちゃんの方も、手がかり無し、か」 本来ならば絢爛な舞踏会が行われていたはずの夜は、しかしいつもの静けさのまま、人々を安らぎの闇に包んでいた。 『すまんのう。図書館の文献を当たらせてはおるが、まだ手がかりと言えるようなものは見つかっておらんのじゃ』 『仕事で遠くに行っていて、もうしばらくは会わせる事が出来ない』 先程続けてもたらされた話を思い出して、耕一は肩を落とした。 秘書が辞めてしまったらしく、書類に忙殺されていた老人に無理を言うのは憚られたし、基本的に善意で言ってくれているタバサに至っては言わずもがな。 元々誰かに当たり散らすような性格ではないが、未だ慣れぬ異邦の世界ではうまく解消する術も無い。耕一は、肩を落とした姿勢のまま、腹に溜まった物を静かに吐き出した。 「ま、そう気を落とすなって、相棒」 「気が利くねえ、デルフ」 「任せな。相棒のためなら気ぐらいいつでも利かせてやるさ」 腰に差した剣―――デルフリンガーの鍔飾りが、カタカタと鳴る。 陽気な彼とのお喋りは決して嫌いではなかったので、耕一は鯉口を締める事はせず、常に彼を喋る事の出来る体勢に置いている。 それを気に入ったのか、彼は耕一を、相棒、などと呼んでいた。 「しっかし、別の世界から召喚された、ねえ。相棒も難儀なこったな」 「まったくだよ。なあ、お前は何か知らないのか? 六千年も生きてるんだろ?」 「残念ながら、そーいう細けえ事まで覚えちゃいねーよ。六千年つったって、最初の頃以外はホントつまんねえ事ばっかりだったしな。何十年も埃の被った棚に放置されたり、何百年も真っ暗な倉庫に入れっぱなしにされたりしてみ? ありゃ気が狂うね。マジで」 「はは、つかえねーの」 「ひでえ。でもま、相棒なら許してやる」 「そりゃどうも」 広場に出ると、月明かりの中、まだ仕事を片付けている奉公人がちらほらと残っている。 「あ、それで一つ思い出した」 「何を?」 「相棒、俺を抜け」 言われた通りに鞘から抜き放つと、錆びついていたその刀身が、微かに光り始めた。 「デルフ?」 「最初の持ち主が死んじまってから、ホントつまんなくてよ。世を儚んで、こんな格好にしてたんだが」 「う、おっ……!」 その光は徐々に強くなっていき、やがて夜を切り裂き、視界を覆うほどに膨れ上がる。 それが収まった時……耕一の手には、錆び一つ無く銀色に光り輝く、見事な名剣が握られていた。 「最初の頃は、こんなだったんだよ、俺」 「……先に言ってくれ。結構びっくりしたぞ」 「悪ぃ悪ぃ。驚かしたくてよ」 「こんにゃろ」 広場に残っていた奉公人達が何事かと目を向けてきたので、慌てて女子寮の塔に飛び込む。 「ま、お前さんといると面白そうだからな。俺なりの誠意ってヤツだ。よろしく頼むぜ、相棒」 「ああ、よろしく。デルフリンガー」 何千年という時を過ごしながらどこまでも陽気な剣の声に、少しだけ気持ちが軽くなった耕一だった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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部屋に帰ってきたメローネには、新たな試練が待ち受けていた。 それは・・・自らの主ルイズを起こすこと! 「たたき起こすのは・・・駄目だな。後でひどい目に遭いそうだ。 だがただでは起きそうにない・・・。こうするか。」 そう言うとメローネはタイツの中からイヤホンを取りだし、ルイズにつけた。 そしてパソコンに繋げるとiTunesを起動した。 「ん~~・・・悪霊退散~~zzz」 「駄目か・・・これならどうだ?」 「ん~~・・・がちゃがちゃきゅ~と・・・ふぃぎゅ@~~zzz」 「ばかな・・・!起きろよ・・・!これでッ!!」 「やっつぁっつぁっぱり りっぱりらんらん~zzz」 「こいつ・・・!化け物か・・・!仕方がない、最後の手段だ!」 「わひゃあ!あ・・・頭がぁあああ!」 「おはようお嬢様。どうしたんだ?」 「あ・・・メローネか。なんかものすごい音楽が頭の中に・・・」 (チーズのうた 作詞・作曲ジャイロ・ツェペリ・・・いつの間にかiTunesに入っていた。 とんでもない電波ソングだ・・・うかつには聞けん。) ゼロの変態第四話 余の仇名はゼロ 「着替えさせて。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 「着替えさせてって言ってんの。貴族は使用人がいるときに自分で着替えたりしないのよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった・・・」 メローネは着替えさせている間中自分の中の獣(発情中)を押さえるのに必死だった。 着替えをすませると、2人は食堂へ向かった。 「うほっ、いい食事!」 豪華な朝食をみてのメローネの一言である。もうすこしまともな台詞を吐け。 「そういやここ最近ろくな文句って無かったもんなァ~」 なぜかって?あなた達には理解できるはずだ。 「なにいってんのよ。あんたの食事はこっち。」 ルイズの指さした先は・・・床だった。 そこには堅そうな黒パンとお茶と見間違えそうなスープ。 「感謝しなさいよ。使い魔は普通は外だけど、私のおかげであんたは中で食べられるんだから。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 さすがの彼もこのときはプッツンしかけた。 「・・・外で待っている・・・」 怒りのこもった声でそう言うと、スープを一気飲みしてパンをもって外に出た。 「さ・・・さすがにやりすぎたかしら・・・?だ・・・ダメよルイズ! ここで弱気になったら、ますますあの変態につけこまれるわ!」 一方メローネは使い魔達の中で反省中であった。 あのような仕打ちを受けると、彼らのチームがかつて『組織』から受けていた仕打ちを思い出す。 (こんなことではダメだ・・・冷静さを欠くことは死に直結する・・・。どんな世界でも・・・ この世界ではこれが普通なんだ・・・逆に考えろ・・・ 『他の使い魔達はもっとひどい食事なんだ』そう考えろ・・・) メローネは他の使い魔が肉やらなにやら食べている中で怒りを静めようとしていた。 食堂から教室へ向かう途中、メローネ達の前に1人の少女が現れた。 萌えるような赤い髪、健康そうな褐色の肌。さらに巨乳。 「あらおはよう、ルイズ。」 「あらキュルケ。おはよう。」 「聞いたわよルイズ。変態を召喚したんですってね。さすが『ゼロ』ってとこかしら? それがその使い魔?・・・ふぅん。格好以外はまともそうだけど。」 「ちょっとキュルケ!なに人の使い魔じろじろ見てんのよ!」 言い争いをしている2人を尻目にメローネは彼女とルイズが知り合い、しかも仲が悪いこと、 キュルケという少女、みくるタイプかと思ったが気が強いことなどを理解した。 彼は長門派だし、セクシーな女性よりもかわいい女の子の方が好き(無論両方とも好きだが)なので 特に必要な情報ではなかったが。 「それよりも私、昨日使い魔を召喚したのよ。ま、誰かさんと違って1発で成功したけどね。」 「へーそう。」 「お・・・お前は・・・!」 メローネはキュルケのそばに現れた火トカゲに驚愕した。なぜならそれは先刻メローネが 使い魔達の中にいたとき、親切にも自分が食べていた肉を分けてくれた張本人だったからだ! 「この子の尻尾を見て。ここまで大きくて美しい炎は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよぉ。」 「そうかおまえは火トカゲか~。道理で燃えてたはずだ。火トカゲだもんな~」 サラマンダーと聞くと嫌な記憶が蘇るのでやたら火トカゲを連呼するメローネ。ちなみに彼はゼニガメを選んだ。 「あら、あなたもこの子の魅力がわかるのね。そういえばあなた、名前は?」 「メローネだ。・・・それよりもうすぐ授業が始まるんじゃあないのか?」 「あ、そうね。貴方気が利くわ。じゃね、ゼロ。」 そういうと彼女は赤髪をかきあげ、火トカゲと共に去っていった。 「きー!!なによあの色情魔!火竜山脈のサラマンダー召喚したからって調子に乗っちゃって!!」 「まぁ落ち着けよ。あの火トカゲに罪はない。実際アレすごいよ?」 「うるさいっ!あんたご飯全部抜きにするわよ!」 「う・・・それは困る・・・」 あんな粗食あってもあまり変わらないのだが、ご主人様の好感度を下げないためにこういっといた。 さすがは三択恋愛の王者である。 教室にはいると生徒達の視線がいっせいにルイズとメローネに集まった。 メローネは大方ルイズを馬鹿にしているのだろうと予想した。そのうち三割はメローネに向けられていたのだが。 ルイズの言動を予想し、メローネは床に座ると他の使い魔達が集まってきた。 「なんだお前ら、そんなに俺が好きか?じゃあここは一つゲームをしよう。」 メローネはイヤホンをつけるとパソコンを起動させた。授業聞く気はゼロである。 そうこうしているうちに教師が入ってきたようである。メローネはゲームをし始めていたが。 「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですね。ひとり妙な使い魔を召喚したようですが。」 教師のその一言に教室は笑いの渦に包まれる。 「おい『ゼロ』!『サモン・サーヴァント』ができなかったってそこら辺歩いてた変態つれてくるなよ!」 「違うわよ!召喚したらたまたまこの変態が出てきちゃったのよ!」 「嘘付け!」 メローネは我関せずといった態度で画面を見てにやけていた。ほかの使い魔も釘付けである。 教室が静かになった。どうやら授業が始まったようだ。 教師の名は『赤土』のシュヴルーズというらしい。 メローネはゲームをしながら、魔法には4つの属性があり、メイジにも四つのランクがあること だけは聞いていた。 だが彼も暗殺者の端くれ、教室の空気が一変したのを見逃さなかった。 「バカなっ!ヴァリエールに魔法を使わせるつもりか・・・!」 「退避ー!総員退避ー!」 「はっ!ここはどこだ・・・?次は何が起こるんだ・・・?」 ルイズが魔法を使うことになったのだろうが、生徒の脅え方が尋常ではない。ん?あのオッサンは誰だ? とりあえずメローネは生徒達に習って床に伏せることにした。その顔からは笑みが消えていた。 そのとき、大爆発が起こった。 「ちょっと失敗しちゃったわね・・・。」 そのちょっとで教室は半壊、シュヴルーズは気絶。謎のオッサンは消し飛んでいた。 「「「どこがちょっとだ!」」」 「まったく・・・今日は一段とひどいわね・・・」 そう言いつつキュルケはある疑問を感じていた。あれだけの爆発である。てっきり使い魔達が暴れて 大事になるかと思ったのだが・・・ するとキュルケの隣にいた少女が彼女の服を引っ張った。 「どうしたの、タバサ?」 「・・・あれ」 タバサと呼ばれた少女が指さした先には、使い魔達が恐怖に震えている姿があった。キュルケのフレイムは気絶している。 そして、その中心にいたのは・・・ 「は・・・はは・・・このゲーム、オレの勝ちだ・・・はは・・・」 笑いと恐怖が入り交じった顔をしている変態がいた。 ちなみに彼らがしていたゲームは「誰が『ひぐらしのなく頃に』を見て最後までリタイアしないかチキンレース」である。 「おい・・・ちょっとは手伝ってくれ。というかお前がやれよマスター。」 「ご主人様の不始末は使い魔の不始末よ。さっさと手を動かしなさい。」 ルイズ達はシュヴルーズの遺言により教室の後片付けを命じられていた。 「それにしても・・・『ゼロ』とはそういうことか」 「そうよ・・・。魔法の成功率ゼロ。だから『ゼロ』。」 メローネはルイズの態度で彼女が怒っていることを理解した。 しかもこの怒り方は戦友、ギアッチョと同じタイプだということを。 どんな言葉でも怒りを爆発させるトリガーになりかねない。彼は経験でそれを理解していた。 「・・・いけよ。」 「な、何?」 「ここは俺に任せて先に行け。昼飯を食い損ねたくはないだろう?なぁに、すぐに追いつく。」 「わ、わかったわよ・・・。」 (やっと使い魔というものがわかったのかしらこいつ・・・昼ご飯少しふやしてあげようかしら?) ルイズが去るとメローネはベイビィフェイスの手足を伸ばし掃除を始めた。 端から見るとヘンな機械がぷかぷか浮いている用にしか見えない。ルイズの前では使えないので 独りの方が作業がはかどる。 (・・・彼女は怒ると見境無いタイプだ。自分すら傷つける怒り方をするタイプだ・・・ ああゆうタイプは下手に励ますと怒り出しかねん・・・傷つけても悪いしな・・・) そしてメローネは掃除を手早く済ませると食堂へ向かった。 さらなる厄介ごとを引き起こすことも知らずに・・・
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召喚されたのは、煤汚れた2つの鉄くずだった。 何らかの魔法がかけられているようではあったが、少なくとも"生き物"ではない。 異例の事態であったため、判断は保留。本来は使い魔召喚の儀が完了しなければ足切りされるものなのだが、 学院長の判断を仰ぐ、という形でうやむやになった。 周囲の視線から避けるように自室へと戻ったルイズは、召喚されたガラクタを力任せに床に叩きつけると、 声にならない声をあげながら泣き叫び続けるのだった。 --- それは現実味のない"夢"だった。 ここでない場所、今でない時。 そこでくりひろげられる、戦い。 『お前は誰だ』 繰り返される問いかけ。 『俺か?俺は、通りすがりの――』 目が覚めると、朝だった。 どうやらそのままずっと眠ってしまっていたらしい。 襲ってくる空腹に気だるげに身を起こすと、床には昨日投げ捨てた"それ"が転がっているのが目に留まった。 煤汚れていたはずのそれは、窓からもれる朝日を、白い光沢の表面と中央の赤い輝石で反射させて輝いていた。 「君の軽率な行いのせいで、可憐なるレディを傷つけてしまった。それは理解できるかな?」 人だかりが出来ていた。 なんでも、二股がバレたギーシュがメイドに八つ当たりしているらしい。 人ごみを掻き分けて前に出たルイズは顔をしかめた。 「やめなさい。下品にもほどが有るわ」 ギーシュは悪趣味なフリル付きの服をしならせ、手にした薔薇の花を突きつける。 「物の道理というやつを、愚鈍な平民に諭していたところだ」、と。 ギーシュにとって不運だったのは、そのメイドがルイズの"お気に入り"だったということであろうか。 「あんたのそれは、ただの言いがかり。道理もなにもない、駄々こねてわめいてる赤ん坊と同じよ。 気分が悪いからいいかげんやめて。あなたは罪のない平民に嫌がらせをすることで、トリステイン全ての 貴族の誇りを汚しているのよ。今すぐモンモランシー達とシエスタと、ここにいるすべてのみんなに謝罪しなさい」 だが彼は、赤ん坊と同じ、ではなかった。不幸なことに彼は、正真正銘の赤ん坊だったのだ。 「決闘だ!!」 そういうことになった。 決着は一瞬だった。 『アタックライド!ブルァァァスト!!』(※若本ボイスでお楽しみ下さい) ガンモードへとその形状を変えたライドブッカーから射出される弾丸は、クラインの壷から生み出される 無尽蔵の50口径エナジー弾。 原型を留めぬほどに粉砕されたゴーレムを目の当たりにして茫然自失のギーシュに、空間を破砕して 唐突に出現したマシンディケイダーが突撃し、全く見せ場のないまま決闘は終わった。 その後ルイズは、学院長と交渉してシエスタをヴァリエール家専属とし、以後誰も彼女にちょっかいをかける者は いなくなった。 その日のうちにルイズの個室にはベッドとクローゼットが運び込まれた。シエスタは後にこのことを振り返り、 "クックベリーパイの奇跡"と家族に語ったという。 使い魔が得られなかったルイズはこの思わぬ同居人に顔を緩ませ、トリステインの城下町まで買い物にさそう。 2つ返事で了解したシエスタと虚無の休日を満喫し、途中乱入したキュルケ、タバサとともに風竜に乗って帰還した ルイズを待っていたのは、30メートルを超える巨体の土のゴーレムだった。 翌朝、4人に徴集がかけられた。 ルイズは目の下にくまを作ってフラフラと揺れて立っていた。昨日城下町のゴミ捨て場で拾った喋る剣のせいで 寝不足だったのだ。 目撃したゴーレムについて話をしていると、ミス・ロングビルがあわただしく駆け込んでくる。 「フーケの潜伏先を発見しました」 馬車に揺られながら眠りこけるルイズ。 鎖でぐるぐる巻きにされたデルフを抱えて寄り添うシエスタ。 黙々と本を読むタバサ。 無意味にハイテンションなキュルケ。 御者をしながら我関せずのロングビル。 やがて一行は森の前の小屋に到着した。 目を覚ましたルイズは、警戒もせずずかずかと小屋に歩み寄り、中へと入っていく。 あっけに取られて固まっていた4人は、あわててあとを追った。 「これが『破壊の杖』?」 ルイズは苦笑した。 「とても杖には見えないわねぇ」 「・・・・・・ユニーク」 「あれ?ミス・ロングビルは?」 シエスタのつぶやきと被るように、轟音とともに小屋が倒壊した。 ・ ・ ルイズはキレていた。 シエスタがぐったりとしたまま動かない。 必死に魔法を撃ちながら後退するキュルケとタバサ。 しかし、騒ぎで馬が逃げ出していた為、逃走手段がない。 風竜が助けに飛んできたのだが、ゴーレムの動きが激しく近づけないでいる。 ・ ・ ルイズはキレていた。 ・ ・ ルイズはぶちキレていた。 『破壊の杖』に『カード』をセットしてゆらりと立ち上がると、タバサに向けて引き金を引いた。 抗議の怒鳴り声をあげるキュルケにも、問答無用で引き金を引く。 風竜をあしらったゴーレムが、ルイズ達に向かって振り向いた。 フーケは口元を醜悪にゆがめて哂っていた。恐怖のあまり狂ったか、と。 『破壊の杖』の形状から、使い方には想像がついていた。 だが、いくら引き金を引いても何も起こらなかった。 その疑問もどうやら解消したようである。 フーケは哂っていた。自分のゴーレムが崩れ去るその瞬間まで。 そのゴーレムの左肩は高熱で溶け出し、足は地面と融解していた。右半身は無数の氷の槍にで砕かれて散った。 あっけない結末。 フーケのゴーレムは再生不可能なまでに破壊されていた。 『疾風のサヴァイヴ』と『烈火のサヴァイヴ』 それが、ルイズが二人に撃ち込んだものの正体だった。 ただ大きいだけのゴーレムは、短時間ながらスクウェアクラスの力を発揮した二人の敵ではなかった。 わめき散らして文句を並べ立てるキュルケを完全に無視して、ルイズはシエスタを介抱していた。 タバサが黙ってそれに従い、治療を施している。 キュルケが怒鳴り疲れる頃、ロングビルが戻ってきた。 どうやって倒したのか、不自然なまでに執拗に聞いてくる。 ルイズは顔を顰めながら『破壊の杖』にカードを1枚セットし、ロングビルに渡した。 後ずさり、飛びのいて杖を構えるロングビル、いや、土くれのフーケ。 銃口を自身に向けると、ためらいも無く引き金を引いた。 「ふんふんふんふふ~~ん。答えは聞いてない!」 パニックを起こし、そのまま続けて引き金を引いたフーケは、胸を真っ赤な血に染めて事切れた。 彼女の最後の言葉は、哀れにも多くの人の知るところとなる。 学院に戻り、報告を果たした4人。 ルイズとキュルケにはシュバリエの称号が、タバサには精霊勲章が授与されるよう、取り図らわれた。 また、『破壊の杖』は宝物庫に戻されることなく、ルイズに管理が委ねられた。 フーケ討伐の報は、翌日には王宮にまで届いていた。 これ幸いと学院を訪問し、こっそりとルイズに会いに来たアンリエッタは、アルビオンへの潜入任務を持ちかける。 ルイズは二つ返事で引き受けると、親書と指輪を預かった。 『ファイナルフォームライド!リュリュリュリュウキ!!』 ルイズは面倒ごと(ギーシュ)を避ける為に、アンリエッタが帰った直後にアルビオンへ出発した。 毛布にくるまり、ドラグレッダーの背でシエスタと交代で仮眠をとる。 明け方にはラ・ロシェールの町並みが見えていた。 三日後でないとアルビオンに渡る便が出ない。それは極めて深刻な問題だった。 ルイズは脱力していた。だが、何日も足止めをくらうつもりもなかった。 ウェールズ皇太子がニューカッスルに陣を構えているというのは既に小耳に挟んでいた。 ディエンドライバーに『ナイト』をセットしてシエスタを撃つ。自分はディケイドライバーで『リュウキ』に。 かくして二人はミラーワールドを通って堂々とアルビオンに渡り、襲撃も場内の警戒も無視して、 陽が傾く頃にはウェールズの部屋に忍び込むことに成功した。 「華々しく散る」 そう言ってウェールズは笑った。 ルイズはそこにかつての自分を見た。 もし自分がディケイドライバーを手にすることがなければ、それにまつわる戦いの記憶に触れること がなければ、どうなっていただろう。 きっと貴族の誇りの為にフーケに挑み、無様な屍を晒していたに違いない。 今すぐにでもこのバカを昏倒させて、アンリエッタのおみやげにするのは簡単だ。だが、ルイズもまた "貴族"であった。 自国を危険に晒してまで個人の感傷を通すわけにはいかない。悩むルイズの心をさらにかき乱したのは、 使者としてやってきたワルドであった。 彼は謁見を申し出ると、人払いを申し出た。自室にワルドを招くウェールズ。 表向きいないことになっているルイズとシエスタは、ずっと隠れたままだった。 思いがけない人物との再会に気を緩め、姿を見せようとするルイズ。だが、その好意は無残な形で 裏切られる。ワルドの風がウェールズを貫いたのだ。 ウェールズにすがるシエスタ。睨み付けるルイズ。 一瞬愕然としたワルドだったが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。ディエンドライバーの銃口を突きつけるルイズ を前に、4体の偏在を生み出して取り囲んだ。 ワルドは微塵も慌てていなかった。小娘二人、始末するのは造作もないと思っていた。 だから、ウェールズがワルドを伴って部屋に入って来たとき、念のために、とカードをセットした状態で隠れ ていたことも知らなかった。まあ、知っていてもそれが何なのか、彼は知らなかったのだが。 『カメンライド!ディケーィド!!』 腕を横なぎに振るい、サイドハンドルが押し込まれると、風の攻撃魔法を吹き飛ばし、 "仮面ライダー"がハルケギニアに降臨した。 『アタックライド!イリュージョン!!』 現れた4体の分身に、ワルドの偏在は驚愕する暇もなく切り捨てられた。 狭い室内である。確かに個室としては破格の広さではあるが、それでも回避できる空間の余裕がなかった。 残ったワルドの本体も、反撃も回避すら許されずひれ伏した。かませ犬退場の瞬間であった。 『アタックライド!タイムベント!!』 ウェールズを蘇生したルイズは、レコン・キスタ5万の軍勢の前に立っていた。 ゾルダを召喚し、エンドオブワールドで先制攻撃。その後も様々な仮面ライダーを召喚してたった一人で戦っていた。 交錯するドラグレッダーの火球と竜騎士の魔法。 ウェールズは奇襲にあわてて軍を編成していたが、まだ出撃には数分かかるだろう。 ルイズはその前に決めるつもりだった。 手にしたのは無銘のカード。 「覚えておきなさい!その目に焼き付けなさい!私が!この世界の!仮面ライダーよ!!」 ・ ・ 虹色の光とともに描かれたのは、自身が最もよく知る戦士 『カメンライド!ルイズ!!』 ・ ・ ・ それは変身前の姿と同じ。 ヒロイック・サーガ 『アタックライド!英雄の歌!』 ・ ・ それは自分自身のもうひとつの仮面 『カメンライド!サン!!ナノーハ!!コトノハ!!シタターレ!!ルフィ!!オーフェン!!アドバーグ!!』 ・ ・ 暴食する"可能性"の使い魔。得られなかった自分とは違う自分が共に在ったはずのものたち。そして―― 『――ゼットン!!』 ・ ・ ・ ・ 自分以外のこの世界の仮面ライダー。 「終わりにしましょうか。オリバー・クロムウェル」 『ファイナルアタックライド!!ルルルルイズゥ!!』 「エクスプロォォォォォオジョン!!!」 その日、ハルケギニアに"ゼロの破壊者"が降臨した。
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前ページ次ページゼロの使い魔人 ――鼓膜をつつき回す電子音が、沈み込んでいた彼の意識を『現実』へ引き揚げる。 (う……) ぼやけた目を一、二度しばたたかせた龍麻は、更に指で軽く瞼の上から揉んで視界をはっきりさせる。 「…俺は、――そうだったな」 回転を始めた脳細胞が、彼自身が置かれた状況を余す所無く伝えて来る。 龍麻はその事実に一つ溜め息を付くと、腕時計のアラームを止め、その場で上体を伸ばした。 被っていた毛布を畳んで側に置くと、ブーツの紐を締め直し、相棒たる黄龍甲を腕に着け、立ち上がるとおもむろに部屋を見回した。 ――十二畳程の室内。机に本棚、来客用の椅子と小テーブルやクローゼット、天蓋付きのベッド…。 そのどれもが、手の込んだ細工と意匠が施された、上質な代物であるのは一目で解る。 そして…寝台で穏やかな寝息を上げている、龍麻にとっての疫病神といえる、部屋の主たる少女。 …時刻は5:30過ぎ。以前なら中距離走を始め、瞑想も含めた体力、技倆維持の各鍛錬に当る時間なのだが―― 「――洗濯しろとか言ってたな。場所は…、適当に誰か捕まえて聞くか」 床に散らばった服と自前の洗面具を手に、龍麻は静かに部屋を出た。 廊下を通り、階段を降りた所で、視界の端に人影を見つけ龍麻は足を止めた。 「…ん?」 即座に後を追いかけ、視線の先…10m程前を歩く後ろ姿を確認する。 ――肩で切り揃えた黒髪に、エプロン姿の少女である。両手に抱えた籠には、洗濯物らしき一杯の荷物。 渡りに船とばかりに、声を掛ける龍麻。 「待ってくれ。忙しそうな所を悪いが、少し聞きたい事があるんだが」 「はい?」 すぐに立ち止まり、こちらへと振り向いた少女に龍麻は歩み寄る。 「――どなたですか?」 「色々あってな、昨日から此処で厄介になる事になった者なんだが」 それを聞いた少女の顔に、何か閃いたかの様な色が浮かぶ。 「――もしかして、あなたミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「前に、やむにやまれずが付くけどな。…知っているのか?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますから」 「そりゃまた…」 悪名なんとやら、かと内心ぼやく龍麻。 「それで、何かご用件でも?」 「ああ、洗濯をしろとか言い付かったんだが、それに使う道具やら場所がわからなくてな。出来たら、教えて欲しいんだが」 「それでしたら、私の後に付いて来て下さい。私もこれから洗濯を始める所ですから」 「そうか。なら宜しく頼む」 「はい」 笑みを浮かべつつ、頷いた少女は踵を返し歩き出すと、龍麻もそれに続く。 「――っと、まだ名乗ってなかったな。俺は緋勇龍麻。緋勇が姓で、龍麻が名前だ。宜しくな」 「変わったお名前ですね……。私はシエスタといいます。あなたと同じ平民で、貴族の方々を お世話する為に、ここでご奉公させて頂いてるんです」 「そうなのか」 それで会話は終わり、建物の裏手に置かれた、洗い場に案内される。 井戸から汲み上げた水を洗濯桶に張り、洗濯板と石鹸で汚れを落としに掛かる。 そういった作業をシエスタを始めとする大勢の使用人達と共に、黙々とこなし終わりが 見えかけた頃には、結構な時間が経過っていた。 後片付けも含め、一切を終わらせた所で、ルイズの居室へ戻る。 「入るぞ。起きてるか?」 ノックをし、呼び掛けるを何度か繰り返すも反応は無く、中へと入れば、当の部屋主は龍麻が起き出した頃と変わらず惰眠を貪っていた。 「……。ぐうたらしてないで、さっさと起きろ」 肩を掴んで強く揺すりつつ、(抑えた)声を掛ける。 「もう、なによ…。朝からうるさいわねぇ……」 「うるさいも何も、起きる時間だ。遅刻したいのか?」 「はえ? それはこま…って、誰よあんたは!?」 と、半ば寝ぼけた顔と声で叫ぶルイズに、ジト目を向ける龍麻。 「誰も何も、アンタに召喚ばれたばかりに人生棒に振った、不運な男だ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日、召喚したんだっけ」 ……そこから着替えに関する意見と認識の相違で、両者はまたも舌鋒を交えたが、 ともあれ、着替え終えたルイズと龍麻が部屋を出た所で、隣室のドアが開いた。 ――鮮やかな赤髪と彫りの深い顔立ちに長身、褐色の肌と恵まれたスタイルが特徴的な若い女性である。 服装はルイズと同じ…つまりは貴族であり、この学院で学ぶ魔術師であろう…と、龍麻は見て取る。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 前者は愉快そうな笑みを見せつつ、後者は露骨といっていい嫌悪を込めての挨拶である。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 龍麻を指差し、ルイズの返事を聞くや、遠慮もなにも無い笑声を廊下に響かせる。 「ほんとに人間なのね! 凄いじゃない!」 (まるきり珍獣扱…否、晒し者だな、こりゃ…) 「『サモン・サーヴァント』で、平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 「うるさいわね」 最後の一言に、只でさえ不愉快そうなルイズの顔に、更に皺が寄るのを龍麻は見た。 「あたしも昨日、召喚に成功したのよ。どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。来なさい、フレイム」 との、キュルケの自慢気な声に合わせたかの様に、室内から這い出したのは…。 「――只のでかいトカゲ…、な訳無いか」 コモドドラゴン以上の体躯を持ち、それ自体が炎の塊で出来ている尻尾に、口腔の端からも時折、炎が洩れ出している。 (流石にあの旧校舎地下や天香遺跡でも、こんな奴は棲息でなかったな……) 「これって、サラマンダー?」 凝視する龍麻を余所に、ルイズが悔しそうに聞くや、そうよー、火トカゲよー、と、ひとしきりキュルケがその火 トカゲの出自や価値を自慢し、そこからやり取りを重ねる度に、ルイズの表情と声はますます不機嫌さを増す。 と、不意にキュルケは龍麻へと視線を向けた。 「あなた、お名前は?」 「緋勇龍麻だ」 「ヒユウタツマ? ヘンな名前」 予想通りの答えに、小さく肩を竦めてみせる龍麻。 ここに居る間、際限無く掛けられるだろう台詞に、逐一反応するだけ精神エネルギーの無駄である。 「じゃあ、お先に失礼」 そう言ったキュルケは外套を翻し、颯爽たる足取りでフレイムを引き連れ、部屋を後にする。 その姿が廊下の向こうに消えると、ルイズは憤懣やるかた無しな顔で叫ぶ。 「悔しー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう!」 「………」 無言を保つ龍麻だが、ルイズの癇癪は治まらない。 「あんたは知らないだろうけどね、メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」 「そりゃお互い様だ。しかしな、召喚のやり直しが出来ん現状、今居る奴が人間だろうが何だろうが、 そいつと組むしかないだろう。無い物ねだりしても、仕方無い」 「メイジや幻獣と平民じゃ、狼と駄犬程の違いがあるのよ」 ルイズは憮然たる表情で言い捨てる。 「駄犬呼ばわりかよ。…そういや、さっきゼロのルイズとか言われてたが、何か曰くでもあるのか?」 「ただの渾名よ。…あんたは知らなくていい事だわ」 ルイズはバツが悪そうに言う。 「そうか。忘れろっていうなら、忘れるさ。ゼロだなんだの、俺にはどうでもいい事だしな」 深く突っ込まない方がよし、と見て取った龍麻は、その単語を意識の隅へと放逐する。 「ほら、食事に行くわよ。さっさと付いて来なさい!」 「了解」 ――龍麻を引き連れたルイズは、学院の敷地内で一際大きい本塔の中に作られた、『アルヴィーズの食堂』へと入った。 ルイズが道々、説明する所によると、総ての学院生と教師陣は此所で食事を取るのであり、 又、『貴族は魔法をもってしてその精神と為す』をモットーに、魔法に止どまらず、貴族としての 教養や儀礼作法等も学ぶ…と、いった事を龍麻に語る。 「わかった? ホントならあんたみたいな平民は、この『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「別段、入れなくとも一向に構わんけどな。食うだけならどこも同じだ」 「そう。なら次からは外で食べなさい。使用人達にはそう伝えておくわ。――ほら、椅子を引いて頂戴。 気の利かない使い魔ね」 「そいつは失礼。……で、俺の分はどこにある?」 既にテーブルに並べられ、湯気と芳香を立ち昇らせる質と量を満たした料理の群れに目もくれず龍麻が尋ねると、 着席したルイズは、無造作に床を指す。 「あんたのはそこ。何を騒いでも、それ以外は出ないし出さないから」 床に置かれた皿には、黒パン半切れと薄いスープが一皿だけである。 「……やれやれ」 口にしたのはそれだけで、龍麻は床に胡座を掻く。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ、今日も…」 と、室内に祈りの声が響く中、龍麻は龍麻で… (予め、マトモなモノなぞ出ないと予想はしてたが、残飯で無いだけマシか。…しかし、 『コレ』が続く様なら、外で現地調達でもして、食い扶持は自力で確保すべきだな……) 祈りを済まして食事を始める生徒達だが、龍麻もさして時間を掛けず空にした皿を手に、立ち上がる。 「ご馳走さん。外で待っているぞ」 卓上に空にした皿を置いた龍麻は、ルイズの返事を待たずに食堂を後にした。 前ページ次ページゼロの使い魔人
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 「―――かふっ」 口が勝手に、鉄の味がする液体と一緒に、湿った空気を吐き出した。 ルイズは、ぼおっと熱くなっていく体が、急速に自らの制御から離れていくのを感じ取っていた。 「―――くっ!」 ルイズの腹部を貫いた『エア・ブレイド』はそこで止まり、ターゲットであるウェールズには届いていない。 一つ舌打ちして、ルイズの体から『ブレイド』を抜く。噴出す血糊に、ワルドの心が小さな、ほんの小さな衝撃を覚える。 ワルドはすぐにそれを揉み消し、ようやく驚きの表情を浮かべたウェールズに閃光の突きを放とうと腕を振りかぶった。 しかし、その一瞬の躊躇が―――エルクゥには十分な時間だった。 「ぐぅっ!!」 ばしゅっ、と水の詰まった風船が弾け飛ぶような音がして、ワルドが吹き飛んだ。 空中に投げ出されたワルドは、くるりと回転して危なげなく地面に降り立つ。 同時に、力を失ったルイズの体が床に倒れ伏した。 「ぐ……ふふ、ははははは! それが貴様の本気か!! ガンダールヴ!!!」 ワルドは右肩を押さえながら、目を爛々と輝かせて哄笑する。 押さえた右肩から先の腕は、丸々なくなっていた。 「…………」 ルイズとウェールズを背に庇うように立った耕一。その右手の手首から先が、大きく肥大していた。 その手の肌は、黒曜石のような硬質な輝きを放っている。禍々しい光が見る者全てを畏怖させる、鬼の腕。 それが、怒りに力の制御を忘れた耕一の神速の飛び込みと共に、ワルドの右腕を吹き飛ばしたのだ。 「……ワルドさん、あんた」 「くく、まさかルイズがウェールズを庇うとはね。全く計算していなかったよ。おかげで、当初の目的は一つしか達成できそうにない」 「ワルド子爵! 貴様、『レコン・キスタ』かっ!」 ウェールズが吠え、杖を構える。 「いかにも。未熟な大使殿の護衛としてウェールズ殿下に近付き、その命を頂戴するお役目を受けていたのだがね。今しがたしくじったところだ」 「なんと大胆な……だが、最早逃げられると思うな!」 周囲のアルビオン貴族は、既に一人残らず杖を抜き放ち、ワルドに向けている。 「スクウェア・メイジと言えども、その負傷でこの数を振り切る事など出来はしまい! 覚悟せよ!」 「くく、確かに。このままでは、私は逃げる事すら叶わぬだろう」 そう嘯くワルドの顔から、笑みは消えていない。 はっと、ウェールズが何かに気付いた。その視線は、そこから先が吹き飛んでしまったワルドの右肩で止まっている。 「気をつけよ! 腕から血が流れておらぬ! 『偏在』だ! 本体がどこかにいるぞ!」 ウェールズの一喝にアルビオン貴族が反応する前に、どごーん! という爆発音と共に練兵場が大きく揺れた。 天井の一部が大きく破壊され、ガラガラと建材が落ちてきた。真下にいた貴族が慌てて回避する。 「くくく」 その混乱と土煙の中、片腕を失ったワルドが、ひゅうんと開けられた穴まで飛んでいく。見咎めた貴族達から散発的に火の玉や氷の矢が放たれるが、ヒラヒラとそれをかわし、ワルドは穴の縁に立つ。 そして、右肩を押さえていた左手をひらひらと振った。その手には、一枚の便箋らしき紙がある。 「アンリエッタの恋文、確かに頂いた。これでトリステインはゲルマニアとの同盟結ぶ事叶わぬ。貴様の命は貰い損ねたが、なに、すぐに押し寄せる『レコン・キスタ』の軍勢によって始祖の御許に行けるであろうさ!」 その横に、なんとワルドがもう一人現れる。 もう一人の五体満足なワルドが手紙を受け取ると、片腕のワルドは、まるで空気に溶けるようにして消滅してしまった。 「……分身?」 「風の『偏在』という魔法だ。風の吹くところどこでも、実体とそれぞれ独立の意思を持つ分け身を作り出す事が出来る」 ウェールズが唇を食みながら、飛び去っていくワルドを見上げる。 「その通りさ、ウェールズ。ではな、ガンダールヴ! せいぜいお役目通り、主人を守ってあげたまえ! もしかしたら、守る前に死んでしまうかもしれないがね!」 ワルドがマントを翻すと、姿は見えなくなった。 「ミス・ヴァリエール!」 ワルドの言葉にウェールズがしゃがみ込み、倒れ伏すルイズを抱き起こす。 その胸元に耳を当て、キッと表情を引き締めると、杖を振った。 青く優しい光が、ルイズの体を覆う。 「まだ息はある! 今居る水のメイジは全力でヴァリエール嬢の治療を! 僕では気休めにしかならない!」 「は、はっ!」 「城中から秘薬と水のメイジをかき集めよ!! 後の戦に残そうなどと思うな! 我ら王軍が最後にもてなした大使を死なせたとあっては、歴史の恥ぞ!!」 ウェールズの檄の下、アルビオン貴族達は迅速に行動を開始した。緊急事態に心を切り替えられない者は、ここまでついてくる事も出来なかったのだ。 「…………」 「う、うおっ、な、なんだこの心の震え! あ、相棒っ!」 耕一は、じっと、ワルドが飛び去ったその穴を見つめている。 ドクン、ドクン、と。その黒曜石の腕が大きく拍動しているのに気付いた者は、その逆の手に握られた物言う剣のみであった。 「ミスタ。どうか安心してくれ。ヴァリエール嬢の命は、アルビオンの名に掛けて必ず救い上げてみせる」 「……ウェールズ王子、少し、お願いがあるんですが」 「……どうか、したのかね?」 「王子の……ここにいる貴族達の名誉ある敗北に泥を塗る事を、お許しいただきたい」 「どういう、事だね?」 そのただならぬ様子に、ウェールズが息を呑む。 膨れ上がる鬼氣。自らの意志により、荒れ狂う激情により……エルクゥの遺伝子が発現し、体がそれに沿うように作り変えられていく。 「名誉あるあなた方の敵を、鬼の晩餐と貶める事、お許しいただきたい」 足が膨れ上がる。履いていたズボンが無残に破け散り、黒曜石の輝きを持つ筋骨隆々とした二本の足が、大地を踏みしめる。 腕が膨れ上がる。服が同じように破れ、右手の先から侵蝕されるように、黒く、大きく膨れていく。 体が膨れ上がる。その体躯全てが、二回り大きなそれへと変化していく。瞬時に伸びたたてがみが逆立ち、突き出た牙が唸り、伸びた爪が空を凪ぐ。 「ミスタ、君は……!」 同盟など、どうでもいい。 亡命など、どうでもいい。 全ての元凶を潰してしまえば、煩わしい事など考えなくていい。 麗しき王女が別れに苦しんでいるのも、優しき王子が諦めに苦しんでいるのも……勇敢な主人が、今死の床に苦しんでいるのも、全て。 ―――元凶である『レコン・キスタ』とやらを悉く鏖にすれば、何も考えなくていい事ではないか。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」 今ここに生誕した『エルクゥ』が、大きく産声を上げた。 § 「……あ……」 全身を暖かな光に照らされているような心地で、ルイズはふと目を覚ました。 滲む目をゆっくりと開ける。そこには、真っ黒なシルエットがあった。 巨大な背中だった。トロール鬼をもっと筋肉質にしてスリムにしたような、どう見ても恐ろしげな化け物のようであるそれは―――少女の目には、どこまでも優しく、頼もしく思えた。 「エル……クゥ……」 そう、あれこそがエルクゥ。 鬼。化け物。狩猟者。そして……それを飼い慣らした、人間。 あれの主人たる自分には、何の説明もなくともそうだと理解できる。それが酷く心地よかった。 「ミス・ヴァリエール!」 王子が整った顔を歪めて、必死に自分に呼びかけている。 ああ、無事だったのですね。よかった。これで姫さまが悲しまないで済みます。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」 咆哮。生きとし生ける者全てを畏怖させる鬼神の声は、とても心地よい子守唄のようで。 黒き鬼神が天井に開いた穴から外へ飛び出していくのを見送ったルイズは、ゆっくりとその瞳を閉じた。 § 「宣戦布告で時間を指定して、それより前に奇襲か。さすが生臭坊主、お偉い騎士様にゃ立てられん作戦だな」 「ま、矢面に立たされる俺らにとっちゃ、ありがたい事だよ。馬鹿正直に正々堂々やって平民傭兵がメイジに勝てるかっての」 「まったくだ。こんな地形、そうじゃなきゃ入り込みたくもねぇや」 進軍する『レコン・キスタ』の先陣を務める傭兵達は、細い岬の先端に立つニューカッスル城を眺め、ため息をついた。 真正面から相対しては、細く平坦な地面の上を歩く歩兵など、城壁からの魔法で一蹴されてしまう。 城に篭るメイジ達の精神力が尽きるまでそれを繰り返させ、美味しい所だけ貴族連中が持っていく。攻略戦に当たってそんな光景がありありと想像されて、逃げ出す算段までしていた傭兵達だったが、現在の士気は高かった。 彼らの目にニューカッスルの城壁が見えてきた頃。どずん……と軽い地響きが響き渡った。 「なんだぁ? もう大砲でも撃ち込んでんのかぁ?」 傭兵の一人がそんな風に笑い、周囲もそれに倣った。 彼らの所属する貴族派と眼前の城に篭る王党派には、あまりに圧倒的な戦力差がある。そんな楽観的な考えの方が、むしろ当然の判断であると言えた。 しかし、その地響きは、自軍からの援護射撃などではなかった。 「おい、なんだあれ?」 どれ大砲をどこに撃っているんだと前方に目を凝らしていた兵の一人が、訝しげな声を上げた。 その視線の先には、城壁の前に立つ黒い影。 距離があるからか随分と小さく見えるが、幾多の戦場を渡り歩き、遠目での距離感に慣れた傭兵の目には、その巨体ぶりが理解できた。 優に人間の1.5倍はある。もしかしたら、2倍に届くかもしれない。 「オーク鬼? 一体だけか?」 「王党派の偉そうな連中が亜人兵なんか使うか?」 「真っ黒いオーク鬼なんかいるかよ」 「じゃあなんだってんだよ。トロール鬼だって黒くなんてねぇぞ」 動揺、とまではいかない、軽い戸惑いのような空気が広がっていく。 黒い影は彼らの方を向き、発見したとばかりに身をよじると、その丸太のような腕を大きく横に開き、天を仰いだ。 さあ、今この時より、この場は名誉の掛かった戦場などではない。 人を狩る鬼、呪われし狩猟者により、命の炎が歌い踊る―――神楽の舞台。 「■■……■■■…………■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」 エルクゥは、大きく牙の光る口を開いて鬨の声を上げると、『レコン・キスタ』陸戦部隊五万の命をことごとく散らさんがため、竜族の飛翔など遥かに凌駕する速度で疾駆を開始した。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの女帝 「最も優れた者、ですか? 道化が?」 「その通りだ、使者殿。 道化とはいわばおどけて周りのものに侮辱されるのが仕事だ。 しかし一方で王や貴族を、許容される範囲内で侮辱する権利を持っている。 ならばその『侮辱』は的を射たものでなければならない。 的をはずした物や単に場の空気を読まず、ただ悪口を言っただけ、では道化とは言えない。 そして相手が我慢できる容量を見切って、限界ぎりぎりを見極めなければいけないのだ。 そして、使者殿のように大抵の者が道化を軽く見ているからその前では口が軽くなる。 密談を聞かれても道化なら気にしない、というのも多いのだ。 わかるかい、道化とは城で最も自由で何にも縛られず、最も情報を持ち 最も賢明でなければ生きていけない存在なのだ」 「そしてジョゼフ王は『無能王』として周囲に軽視されながら策略を練っている」 「そこまで言い切る理由は?」 キュルケの質問に、肺の空気すべてを吐き出すようなため息をついて答えるウェールズ。 「ここまで追い詰められてから、ようやく情報というものの価値を理解出来るようになってね 周辺国家の反応や様々な出来事を調べるようになったんだよ。 結果ね、数年前『無能王』ジョゼフが『サモン・サーヴァント』を行った事(結果は不明) その直後腹心の如く彼の周りでちらりほらりと姿を見せるようになった謎の女性、 そしてその女性と同一と思われる人物がレコン・キスタ首領、オリヴァー・クロムウェルの傍で見かけた との情報がある。 たったこれだけの情報を得るのにどれだけの犠牲を払ったことか・・・・・・ まあいい、とりあえず今夜は城で宴だ。 我がアルビオン最後の宴、使者殿ご一行も参加してくれるね」 「それは命を捨てて戦う決意の宴ではないのですね」 「誇りを捨ててでも戦い続ける、という決意の宴さ では後ほど」 一行が出て行こうとした時、ワルドが話し掛ける。 「恐れながら殿下、お願いがございまして・・・・・・」 パーティーは、城のホールで行われた。簡易の玉座が置かれ、 玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰掛け、集まった臣下たちを目を細めて見守っている。 これが最後とやけくそのように、ずいぶんと華やかなパーティーであった。 王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なご馳走が並んでいる。 キュルケは幾人もの殿方を老若関わらず侍らせ、タバサはテーブルを一人で掃除せんとするが如く食べ漁り (にもかかわらず下品さが感じられないのは一体どういうわけなのだろう) ギーシュは何人もの女性に声をかけていた。 「むむっ」 「どうしたの、モンモランシー」 「今、何処かでギーシュが浮気をしてるような気配がしたわ」 「ここ数日授業サボって出かけてるわね、そういえば」 「まったく……見下げ果てたわ」 「と言いつつ講義のノート、きっちり取ってあげてるのね」 「こ、これは、べべべべべべつにギーシュの為に取ってる訳じゃないのよ」 「でもそれにしちゃあなたが選択してない授業の分まで取ってるようだけど?」 「・・・・・・・・・放っといて!」 ヴェルダンデは蜂蜜をぺちゃぺちゃと舐め、フレイムはシルフィードと共にお肉を沢山パクついてご機嫌である。 「セトは・・・・・・なにやってんのかしら」 なにやらテーブルを渡り歩いてごそごそしている。 そんな情景を見ながら、 ぼんやりと先ほどの光景を思い出す。 「血痕 けっこん ケッコン kekkon・・・・・・・結婚かぁ」 ワルドは嫌いではない、むしろ好きといっていいだろう。 だがそれは本当に男女の愛なのだろうか。 そもそも自分はワルドを愛しているのか そしてワルドは自分を愛しているのだろうか 何かが引っかかる。 そして、先ほど自分を見つめたワルドの目。 女性に愛を語る目というのはあんなものなのか シエスタと一緒に読んだ○○○本では、殿方はもっとロマンチックに見つめ、かつステキに囁きかけていた。 それに・・・・・・・・・ そんなルイズを横目で見た瀬戸はにっこりと(他者から、特に彼女をよく知る者からすればにんまりと)微笑んだ。 「悩みなさい、ルイズちゃん。 悩んで悩んで悩みぬいて、自分で考えるというのはどんな結果になっても無駄ではないのだから」 朝。ルイズとワルドは、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で皇太子の到着を待っていた。 ルイズはワルドとの結婚を受け入れていいのか、いまだ結論を出せぬまま。 ワルドはそんなルイズの頭に、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をのせる。 そんな様を、式に出席している新婦の友人一同が眺めていた。 (どう思う、キュルケ) (ワルドさまも、いい男の割に女の扱いがなってないわね。まだルイズは迷ってるわ。 その迷いを包み込んで一時的にしろ忘れさせるのが殿方の器量だってのに) そんな一同を、瀬戸はにっこり(にんまり)見守っていた。 扉が開き、皇太子が姿を見せる。 今にも先端が開かれんとするハヴィランド宮殿において、一種奇妙な結婚式が始まろうとしていた。 「では、式を始める」 (私は何を迷ってるの?) 「新婦?」 ウェールズの言葉に意識を現実へと戻す。ルイズは慌てて顔を上げた。 どうやら式はクライマックスのようだ。新婦が夫に永遠の愛を誓う場面。 「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときはどんなことでも緊張するものだからね」 ウェールズはにっこりと笑って、ルイズを落ち着かせようとした。 「ごめんなさい、ワルドさま。 わたし、あなたと結婚出来ません」 「え?」 「・・・・・・新婦はこの結婚を望まぬか?」 「はい、そうでございます。大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」 「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかない」 「何故だ!」 ワルドは、今にもルイズに掴み掛からんばかりに血相を変えてルイズに詰め寄る。 「何故君は僕との結婚を受け入れないんだ!」 「ごめんなさい、ワルドさま。でも駄目なの。 わたしはまだあなたの妻となる程の人間じゃない。 学業でも魔法でも、それ以外でもあまりに未熟なの」 「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!」 豹変したワルドに怯えながら、ルイズは首を振った。 「……わたし、世界なんかいらないもの」 ワルドは両手を広げると、ルイズに詰め寄った。 「僕にはきみが必要なんだ! きみの魔法が! きみの力が!」 「わ、わたしにはそんな能力も力もないわ」 ワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなした。優しかったワルドが怖い。ルイズは思わず後ずさった。 「ルイズ! きみの才能が僕には必要なんだ!」 「だから、わたしはそんな才能あるメイジじゃない。系統魔法ところかコモンすら碌に使えないのよ」 「何度言えばわかるんだ! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」 ルイズの頭がワルドから離れろと命じてくる。 が、ワルドの手を振りほどこうとしても、物凄い力で握られているために、振りほどくことができない。 「そんな結婚、死んでもいやよ。あなたはわたしをちっとも愛してないじゃない。わかったわ、あなが愛しているのは、 あなたがわたしにあるという、在りもしない魔法の才能だけ。ひどいわ。そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱ないわ!」 「子爵、今すぐラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃がきみを切り裂くぞ!」 時が流れるのを拒絶したかと思われた永劫の数秒間の後、ワルドはルイズから離れた。 「……どうやら目的の一つは諦めなければならないようだ」 悲しげな表情を浮かべてワルドは天を仰いだ。 ルイズは首を傾げる。 「目的?」 ワルドは唇の端をつりあげると、その端正な顔ににやりと不快感すら催す笑みを浮かべる。 「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」 「達成? 二つ? どういうこと?」 ワルドは右手を掲げると、人差し指を立てて見せた。 「まず一つはきみだ。ルイズ。きみを手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 「真っ平ごめんだわ!」 「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ。そして三つ目……」 身の危険を感じたウェールズがとっさに杖を構えて呪文の詠唱を始める。 しかし、ワルドはそれを上回る速さで杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させるとウェールズの胸に突き立てる。 「そして、これが三つ目だ!」 「き、貴様……まさか……『レコン・キスタ』……」 前ページ次ページゼロの女帝
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前ページ次ページゼロの魔獣 唸りを上げる弾丸が、慎一の左肩の肉を半ば以上削ぎ飛ばす。 その一撃を受け、慎一は直ちに冷静さを取り戻す。 体を丸め、デルフリンガーを盾に機関砲の直撃を避ける。 「ダダダダダダダ!! 無理だッ! シンイチィ!! 折れちまう!?」 「なんだと!! テメエ! それでも伝説かッ!!」 だが無理もない。彼の役割はあくまで対魔法戦を想定した武具である。 近代兵器の弾除けではない。しかも慎一は、デルフの力を活かせる『使い手』ではなかった。 弾丸の隙間を縫って、距離を取ろうと翼を広げる。 その眼前に、サイボーグ風竜の巨大な顔が現れる。 (クッ!!) 思ったときにはもう遅かった。 鋼鉄の壁越しですら深刻なダメージをもたらした振動波が、至近距離で炸裂する。 不快な金属音と空気が破裂する音が全身に鳴り響き、慎一の体を細胞単位で震わせる。 衝撃は数瞬であったが、慎一は全身の自由を奪われ、緩やかに落下していく。 無防備になった標的に、ワルドが左手の照準を合わせる。 「・・・イチ シンイ・・・」 朦朧とした意識の中、慎一は痺れる両翼をバタつかせ、声のする方へと必死で体を伸ばす。 「シンイチイイイーッ!! どいてええええ!?」 因果応報であろうか。 真横から滅茶苦茶なスピードで飛んできたイーグル号のボンネットに跳ねられ、コクピットの防弾ガラスに磔になる。 慎一は歯を食いしばって機体にしがみつき、そのまま横一直線に流されていく。 直後、ワルド銃弾が空を切る。 「殺す気かァッ!? 俺じゃなきゃ死んでたぞ!!」 「文句は後ろを見てからいいなさいよおおお!!」 確かに痴話ゲンカをしている場合ではなかった。 後方から追いすがるバドが、ミサイルの発射体制に入っていた。 「・・・二人がかりでかわすぞ! タイミングを合わせろ ルイズ!」 言いながら、慎一が機体の天井に張り付く。 「そんな事・・・」 できるわけがない、と言おうとして、ルイズが頭を振るう。 どの道ルイズにミサイルを避ける操縦時術は無い。 慎一を信じるしかない。 メイジは使い魔と五感をリンクさせる事ができる。 できる。 できる。 できるハズだ。 ルイズは大きく深呼吸すると、頭上にいるであろう慎一に意識を集中させる。 エンジン音、空気を切る音、バドの咆哮、ミサイルの飛来音・・・ 雑音が徐々に消えていき、聞こえるのは、魔獣の心音と息使いのみとなる・・・。 ミサイルが後部スレスレまで接近してくる。 「今だあアアアッ!!」 魔獣の意識が精から動へと変わる一瞬を捉え、ルイズが思い切り操縦桿を引く。 同時に慎一が全力で羽ばたき、機体を上空へと持ち上げる。 イーグル号が鮮やかなトンボ返りを決め、目標を失ったミサイルが前方へと消えていく・・・。 「なっ!?」 ワルドに驚いている暇は無かった。 眼前から忽然と消えたイーグル号が、頭上から太陽をバックに迫ってくる。 「ワアアァルドオオオォォォ!!!」 叫びながら、ルイズがしっちゃかめっちゃかにバルカンを浴びせる。 弾丸の一発がバドの左翼を貫通し、ドラゴンが恐慌をきたす。 ワルドは暴れるバドを抑えながら、かろうじてイーグル号の体当たりをかわす。 咄嗟に反撃しようと銃口を構え、気付く。 魔獣が乗っていない。 「ここだぜええ!!」 頭上から急降下してきた魔獣が、ワルドの体に取り付いた。 獅子の俊敏さと、熊のパワーを併せ持ち、あらゆる部位から相手を『喰う』事ができる魔獣。 慎一が普通の状態であらば、接近戦に持ち込まれた時点で決着であろう。 だが、被弾によるダメージと、二度に渡る振動波の直撃で、慎一はまともに体を動かせる状態ではない。 ワルドが機械化した左手でギリリと押し返し、銃口を額に擦り付ける。 「決着だな 魔獣 言い残す事はあるか?」 「バカヤロウ! テメエとの決着はとっくの昔についてるんだよおお!!」 瞬間、二人の足元がガクンと沈み、弾丸が慎一のこめかみを掠め、彼方へと飛び去る。 咄嗟にワルドが足元を見る。 バドの様子がおかしい。 何者かが首に巻きついている・・・。 それは、大猿のような尻尾であった。 臀部から伸ばした慎一の尾、その先端に巻き付いたデルフリンガーが 鋼で覆われた翼竜の首の隙間に、深々と突き刺さっている。 「ムンッ!!」 慎一が尻に力を入れ、大猿の尾を一回転させる。 空中でデルフが踊り、次いで鮮血の大輪が咲く、 首を半ば以上切断された半鉄の竜が、機械音を挙げながら落下していく。 「くうっ!」 自由落下に入ったワルドが詠唱を唱える。 たちまち落下が緩やかになり、その身が宙に浮く。 ― 慎一は、既に眼前にいない・・・。 「おらあああ!!」 背後から慎一に体を押さえつけられる。 空中戦で、人間が鷹に抗えるはずも無い。 長い尾がワルドの全身を絡め取り、猛禽の鉤爪が左肩を締め上げていく。 「グオオオオオオオオオ!!!!」 「往生際が悪いんだよオオオッ!!」 拘束から逃れようと、ワルドが左の機関砲を乱射する。 慎一が暴れる左腕をがっちりと極め、喰いこませた右足を思い切り蹴り上げる。 銃口のついた肘先ごと、ワルドの左手が肩から千切り取られる。 激痛で精神が乱れ、ワルドが再び落下する。 不屈の精神で、尚、体勢を立て直そうとするワルド、その右手を慎一が捕らえる。 「答えろッ!! ワルド! テメエの左手にこいつを付けやがったのは どこのどいつだッ!!」 「・・・・・・・・・」 ワルドは答えず、小声で詠唱を完成させる。 至近距離で発生した真空の刃が、掴まれた自身の手首を切断する。 「・・・ッ!! ワルドオオオ!!!」 ワルドは答えない、ただ、慎一の大嫌いな笑顔を浮かべて落下していった・・・。 ― 慎一は追わなかった。 今の彼には、やらねばならぬ事が残っていた。 それに―。 慎一が『箱舟』を見下ろす。 全ての答えは、そこにあるはずだった。 「なっ!? なんだァ!!」 再び戦場へと戻った慎一が、驚愕の声を上げる。 イーグル号が、戦えている・・・。 相変わらず猛スピード且つ変則的な飛行と、滅茶苦茶なバルカン掃射であるが 恐慌をきたした竜騎士隊の中央へと突撃し、着実に撃破していく。 「うおっとォ!!」 流れ弾を避けつつ、慎一はかろうじて機体に張り付き内部へと戻る。 「随分とやんちゃしてるじゃねえか お嬢様?」 「な な なんとか上下左右の打ち分けは覚えたわ・・・ けど・・・ もう弾がない・・・」 「お前はよくやったさ! 後は姫様のところへ行ってな」 言いながら、慎一がデルフを降ろす。 「お前は留守番だ ルイズを守ってやれ」 「無茶言うな シンイチ 俺は使い手がいねえと・・・」 「ウダウダ言ってんじゃあねえ」 「シンイチ」 再び外に出ようとする慎一を、ルイズが引き止める。 「シンイチ 無茶だけはしないでよ」 「・・・行ってくる」 再び上空へと飛び上がった慎一が、箱舟の甲板目掛け、一直線に降下する。 迎撃しようと機銃を向ける敵兵に、慎一が、千切れかけていた自らの左腕を投げつける。 「久々に暴れてやれや!! ゴールド!!」 投げ込まれた左腕が空中で獅子へと変化し、敵兵の顔面を引き裂く。 そのまま甲板を飛び回りながら、敵兵の混乱を煽る。 慎一が甲板へと緩やかに着地し、ワルドの左腕を、自らの左肩へとあてがう。 直ちに傷口から現れた熊の大顎が左手を縫いつけ、徐々に神経が繋がりだす・・・。 「新たな魔獣を紹介するぜえ!! 『コブラ』だ!!」 くだらない台詞を吐きながら、慎一がジャキリと銃口を構える。 使いようによってはメイジの一個師団にも匹敵するであろう兵器が、最高の舞台で牙を剥く。 直ちに鉛玉の嵐が船上を襲い、眼前の兵士たちがハードなダンスを踊る。 近づく敵を切り裂き、遠くの群れを撃ち殺しながら、凶暴な魔獣が駆け抜ける。 目指すは箱舟の内部・・・。 ―と、 突如慎一の眼前で火球が生じ、混乱をきたした兵士たちが消し飛ばされる。 一箇所だけではない、船上のあちこちで、ドワオズワオと核熱が巻き起こり、恐慌を起こす兵士を吹き飛ばしていく。 ―いかに混乱し、用をなさなくなったとは言え、たった一人の敵のために、味方を焼き払う者がいるだろうか・・・? ましてや、船上にはアルビオンの貴族も多数いたハズである。 慎一は確信する。 これをやったのは、こちらの世界の人間ではない・・・。 「フフ 躾のなっていない部下たちで失礼したね ここまでのもてなしは楽しんで貰えたかな? 慎一君・・・?」 慎一の眼前に、聞き覚えのある声を響かせ、一人の男が現れる・・・。 ガッチリとした体躯の恰幅の良いスーツ姿。その上からさらに白衣。 褐色の肌に白髪、分厚い唇に特徴的なサングラス・・・。 「こんなところで再開できるとはな・・・ 嬉しすぎて涙が出そうだぜ テメエが黒幕だったかァッ! シャフトオオォ!!」 ― かつての十三使徒のひとり。 来留間源三の右腕にして気象兵器のスペシャリスト。 そして、慎一の母親に直接手を下した男・・・シャフト。 遙かな異世界にあって、慎一は憎むべき仇との再会を果たした・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣