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前ページ次ページゼロの賢王 「決闘なんて今すぐ止めなさい。これは命令よ」 ルイズは目の前の使い魔にビシッと言い放つ。 食堂での一件から何故か決闘する流れとなってしまったが、平民であるポロンがメイジである貴族に勝てる筈が無い。 それに体つきこそ多少はがっちりとしているみたいだが、それでもポロンはお世辞にも強そうには見えなかった。 このまま負けると分かってる戦いに使い魔を向かわせるのは、その主としても望ましいことではない。 だが・・・ 「悪ぃなルイズ。その命令だけは聞けねえ」 ポロンはそう言ってヴェストリの広場へ向かおうとするのである。 ルイズは憤慨した。 「何よ!?ご主人様の命令が聞けないの!?それとも」 (それともあんなメイドの何処がいいの!?) 喉まで出掛かったその言葉を言わない様にするのに精一杯であった。 それを言ってしまうと、ポロンを引き止める理由が自分の中で変わってしまう気がしたからだ。 あのシエスタというメイドをポロンが抱き締めたのを見た時は胸の何処かにチクリと針が刺さった様な痛みを感じた。 そのことが頭の中に残っているから、こんなに必死になって決闘を止めようとしているのかも知れない。 「もう一度言うわ。決闘なんて止めて彼に謝りなさい!」 しかし、ポロンはそれでも目を閉じて、ただ首を振るだけだった。 ルイズはポロンの顔を睨み付けることしか出来ない。 ふとポロンは優しく微笑み、先程教室内でしたようにルイズの髪をわしゃわしゃと撫でた。 「キャッ!な、何するのよ!?」 「お前は優しいな」 「・・・お願いだから止めて。今なら謝れば許してくれるわ」 ルイズは何時の間にか涙声になっている自分に気が付いた。 ポロンは笑いながら、再び首を振った。 「何度でも言うが、いくらルイズの頼みでもそいつは出来ねえ」 「どうしてよ!?やっぱりあのメ・・・」 「アイツはルイズを虚仮にしやがった・・・。俺をダシにしてな」 「え?」 ルイズはポロンの言葉に思わず耳を奪われた。 頬がどんどん紅潮していくのが自分でも分かる。 「ポ、ポロンはあのメイドを守ろうとしたんじゃないの?それで・・・」 「勿論、それもある。だがよ・・・」 ポロンの目は途端に厳しいものになった。 「俺はそれ以上に俺自身が許せねえんだ!俺のせいでお前が必死こいて大事に守ってきたものが傷付けられそうになっちまってることが!!」 ルイズは気が付いた。 ポロンは怒っているのだ。 それも普段の様な不平不満による怒りではなく、純粋に大切なものを守る為の怒り。 あの少年はルイズの貴族としてのプライドを貶めようとしていた。 それもポロンという存在を使って。 自分のせいでルイズが悪く言われてしまう。 ポロンにはそれが何よりも許せなかった。 「だからよ・・・俺は証明しなきゃなんねえ。お前が『無能』でも『ゼロ』でも無いってな」 ルイズはこれ以上何も言えなかった。 ポロンは再び優しく微笑むと、そのまま背を向けてヴェストリの広場へと歩き出した。 「諸君、決闘だ!」 まるでオペラ劇の主人公の様に大袈裟な身振り手振りを交えて少年は声を上げた。 少年は酔っていた。 雰囲気に、そして自分に。 広場にはこの騒ぎを聞きつけ、既に多数の生徒たちが集まっていた。 「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの使い魔だ!」 周りから歓声か上がり始めるとギーシュと呼ばれた少年は腕を振ってそれに応える。 ポロンがその場に現れると、すぐに彼の方へと向き直った。 「平民風情が・・・逃げずにここへ来たことは誉めてやろうじゃないか」 「てめえに誉められても嬉しくねえな。寧ろ虫唾が走るぜ」 「相変わらず口だけは達者だな・・・!!」 ポロンの言葉で不機嫌な顔になるが、すぐに気を取り直すと再び大仰な動きで、 「僕の名はギーシュ!ギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』!! 」 と名乗り上げた。 観客たちはギーシュに歓声を送る。 「で、決闘のルールは?」 ポロンはその様子を興味無さそうに見つめながら言った。 ギーシュはフンと面白く無さそうに鼻を鳴らす。 「基本的には相手に“参った”と言わせたら勝ちだ。だが、君は平民だからね。普通にやれば君に勝ち目は無い。 それでは面白くないからハンデを付けてあげよう。僕のこの薔薇を取り上げるか地面へ落とすかすれば君の勝ちとしようじゃないか」 そう言うと、ギーシュは一輪の薔薇をポロンへと向けた。 ポロンはペッと唾を吐いた。 「そうか・・・。じゃあ追加ルールだ。敗者は勝者の言うことを何でも聞くってのはどうだ? そうでもしねえと盛り上がんねーだろ?」 「ほう・・・平民にしては気の利く提案だ。悪くない。それで行こう」 「言ったな?てめえも一応は男だし、二言はねえな?」 「くどい!君が勝ったら、僕は何でも君の言うことを聞いてやる!」 (まあ、勝てるわけがないのだけどね) ギーシュは内心ほくそ笑んでいた。 これは決闘ではない。 ただ一方的に平民をいたぶるだけのショーなのだ。 ある程度嬲った後に土下座でもさせて、二度と逆らえないようにしてやる。 ギーシュの目には最早その未来しか見えていなかった。 「最初に言っておくよ」 「何だよ?」 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。・・・よもや文句はあるまいね?」 「決闘だろ?いちいち相手にお伺い立ててんじゃねえよ」 「フン、減らず口が聞けるのもそれまでだ!!」 ギーシュは手に持った薔薇を振った。 「ワルキューレ!」 そう言うと、宙に舞った一枚の花弁がその姿を変えていく。 するとその場に女戦士を模った青銅のゴーレムが現れた。 「これが僕の魔法さ」 ギーシュはニヤリと笑う。 ポロンは何も言わずにじっとその様子を見ていた。 (・・・まるでジパングで見た神仙術みたいだな) ギーシュのワルキューレを見たポロンが抱いた印象はそれだった。 かつて、神の金属オリハルコンを求めて向かったジパングにてポロンは神仙術を目の当たりにした。 それは神社の狛犬をまるで本物の犬の様に動かしたり、巨大な岩をまるで小石の様に投げ飛ばしたりと、 人智を超えた正に神の術であった。 それらを見てきたポロンにとって、ギーシュのワルキューレは特に驚く様なものではなかった。 一方のギーシュも余裕の笑みを絶やさない。 (驚いて声も出ない。といったところかな?ククク) そんな風にポロンを見下していた。 「行け!ワルキューレ!」 ギーシュの号令と同時にワルキューレはポロンへ向かって突進していく。 ポロンは素早く右側へ飛んでそれを交わした。 ワルキューレは一旦停止すると、すぐに向きを変えて再びポロンへと突進する。 ポロンもまたそれを見て取ると、先程と同様に交わしていく。 (思ったより速くねえな。それに動きも単調だ。これなら・・・) 「へー、ルイズの使い魔もなかなかやるじゃない。ねえタバサ?」 その様子を遠くから見ていたキュルケが髪をいじりながら言った。 キュルケの隣には食堂でも一緒だった空色の髪をしたメガネの少女もいる。 タバサと呼ばれた少女は本を読みながらチラチラと決闘の様子を伺っていた。 「彼はただの平民じゃない」 「あら?タバサがそんなこと言うなんて珍しいじゃない?まあ、確かにただの平民なら貴族と決闘なんて起こす気も無いでしょうけどね」 「(こくっ)・・・でも、このままなら彼は負ける」 タバサはそう呟くと、興味なさそうに本のページをめくった。 タバサの言った通り、戦況はギーシュに傾きつつあった。 ワルキューレの単調な攻撃がポロンに当たることは無かったものの、それは確実にポロンの体力を削っていった。 持久戦になれば体力に限りのあるポロンの方が不利である。 (こいつぁ、あまり旗色が良くねえな) ポロンの当初の計画としてはワルキューレの攻撃を交わしつつギーシュの元へ向かい、隙を見て杖を奪うというものだった。 だが、そういった動きが出来る程ポロンの身体能力は高くなく、寧ろギーシュとの距離は遠ざかっていた。 (ヤオなら簡単に実行してアイツから杖を奪っただろうな。いや、ヤオならそもそも素手であの人形を壊せるか) ポロンは心の中でそう愚痴ると、再び目の前まで迫って来るワルキューレを紙一重で避けた。 「ポロン・・・」 ルイズも遠くからこの決闘を見守っていた。 ルイズはただ祈っていた。 自分の使い魔が・・・ポロンが無事に自分の元へ帰って来ることを。 (始祖ブリミルよ・・・ポロンをどうか、どうか守って!!) その時であった。 周りの観客からの歓声が大きくなる。 ルイズは慌てて確認すると、そこには倒れたポロンとそれに遅い掛かろうとするワルキューレの姿があった。 「ポロン!!」 「・・・失礼します」 「誰じゃ?」 オスマンが訊ねると、扉の向こう側から声が聞こえて来た。 「私です。ロングビルです。オールド・オスマン」 「入りなさい」 オスマンの言葉と同時に扉が開かれ、ロングビルの姿が現れた。 ロングビルの姿を見とめるとオスマンは吸っていた水キセルを置いた。 「どうしたんじゃ?」 「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がおられる様です。止めに入った教師も生徒たちに邪魔されて止められない様です」 「フム・・・しょうがないのう。で、誰と誰が決闘なんぞをしとるのかね?」 ロングビルは掛けていたメガネの位置を直す。 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「・・・ああ、あのグラモンとこのバカ息子か。で、相手は誰じゃ?」 「相手はミス・ヴァリエールの使い魔の男だそうです」 オスマンの顔色が変わる。 ロングビルはそれに気付きながらも淡々と報告を続けた。 「・・・教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが?」 「『眠りの鐘』・・・?わざわざ秘法を使う様なことでもない。放っておきなさい」 「分かりました」 ロングビルはオスマンに一礼すると、そのまま去ろうとする。 オスマンはロングビルを呼び止めた。 「ああ、そうだ。ミス・ロングビル。ついでと言っちゃなんじゃが、コルベール君をここへ呼んで来て貰ってもいいかね?」 「ミスタ・コルベールをですか?・・・はい、分かりました」 ロングビルは再び一礼をすると、今度こそ学院長室から出て行った。 オスマンはそれを確認すると杖を取り出して振った。 すると、壁に掛かっている大きな鏡の鏡面が変化し、ヴェストリの広場の様子が映し出される。 オスマンは水キセルを掴むと、それを咥えて鏡の中の映像を見つめた。 (やべえ!!) ポロンはしくじったと歯軋りする。 目の前に迫るワルキューレを避けようとして、足がもつれてそのままこけてしまったのだ。 倒れて無防備となったポロンへワルキューレが容赦なく襲い掛かってくる。 ポロンは自分の右手を見つめた。 (くそ、使えるかどうか分からねえものだから、使うつもりは無かったけどよ・・・。 この状況じゃ四の五の言ってられねえよな!!ぶっつけ本番だこの野郎!!) ポロンは覚悟を決め、素早く構える。 「バギマ!!」 しかし、何も起こらない。 それを見たギーシュが嘲笑う。 「ハーハッハッハ。それは何かのまじないかい?・・・貰ったぞ平民!」 ワルキューレはすぐ目の前まで来ている。 「チッ!ならば・・・」 ポロンは再び構える。 「バギ!!」 すると、ポロンの右手から真空の刃が放たれた。 次の瞬間、ポロンの目前にまで迫っていたワルキューレは真ん中から真っ二つに割れ、そのまま地面へ倒れた。 「な、何だって!?」 驚いたのはギーシュだけでは無かった。 観客席にいた他の生徒たちも色めき立ち、広場は騒然となった。 キュルケも感心した様に手を叩く。 「驚いたわ・・・平民が魔法を使うなんて。まさかあんな隠し玉があったなんてね。・・・あれはウインド・カッターかしら?」 「違う。あれはウインド・カッターじゃない」 タバサが即座に否定する。 「それに・・・」 (それに彼は杖を使用していない) タバサは風の魔法の使い手として、今のポロンの魔法が自分たちの使うそれとは性質が違うものだと感覚的に見抜いていた。 するとタバサは読んでいた本を閉じ、決闘を食い入る様に見つめ始める。 そんな今まで見たこと無い友人の様子にキュルケは面食らっていた。 (この子がこんなに興味津々に・・・?なるほど、彼は確実にただの平民ではないわね) キュルケは自分の胸の中に何か昂ぶるものを感じ始めていた。 ルイズもまた今の様子に面食らった者の1人であった。 「嘘・・・でしょ?」 今までただの平民とばかり思っていたポロンが魔法を使用した。 あまりの衝撃に頭が回らなかった。 (ポロン・・・どうして黙っていたの?私が『ゼロ』だから?) 突如湧き上がる感情にルイズはポロンの顔を見るのが辛くなっていた。 それでも、目を逸らそうとはしない。 (見届けなくっちゃ・・・。主として、この決闘を見届けなくちゃ!!) 「く、クソ!これは何かの間違いだ!」 そう言うと、ギーシュは再び花弁を宙に舞わせて、新たに1体のワルキューレを作り出す。 「行くんだ、ワルキューレ!」 再びワルキューレがポロンへ向かって直進する。 ポロンは今度はその場から動かずに右手を突き出した。 「ベキラマ!」 また何も起こらない。 「ならギラだ!」 ポロンの右手から熱を帯びた閃光が放たれた。 ワルキューレはそれに飲み込まれると、上半身を砕かれてその場へ崩れ落ちる。 「ぐ、ぐぬぬ・・・」 ギーシュは歯軋りする。 ただの平民だと思っていた男が魔法を使ったのだ。 これは明らかな想定外の出来事であった。 「・・・なるほどな、貴族崩れの平民だったというわけか」 貴族の中にはその地位を剥奪され平民にまで落ちぶれた者も少なくない。 彼らは平民でありながら、当然魔法を使うことが出来る。 ポロンもそういった連中と同じなのだろうとギーシュは当たりをつけた。 杖を使っていない様にも見えたが、それも気のせいだろうと決めつける。 「君も魔法を使うならば、遠慮はいらないな!」 そう言うとギーシュは7枚の花弁を宙に舞わせた。 すると、それらは全てワルキューレと化し、7体のワルキューレがポロンの目の前に立ちはだかった。 「このギーシュ・ド・グラモン、全力を以って貴様を潰す!」 「・・・なるほど、数で攻めやがるか」 ポロンは舌打ちする。 (こんなんじゃ、当然ヒャダルコもイオラも使えねえと見た方がいいな。 今の手持ちの呪文じゃ火力が足りなさ過ぎる・・・。1体ずつ破壊していくなんて チンタラしたことやってたら確実に他のにやられるぜ!) 「どうした?魔法が使えるからといっていい気になるなよ平民が!!」 ギーシュが薔薇を振ると、ワルキューレが一斉に襲い掛かってきた。 ポロンは必死に打開策を考える。 その時、この世界へ来る少し前に酒場で知人と交わした会話を思い出した。 「・・・師匠、覚えていますか?俺たちがガキだった時、アリアハンの森の中でゴールドオークに会ったこと」 「ああ、あったなあ、んなこと」 「あの時、師匠は俺とアスリーンを置いて真っ先に逃げたんですよね」 「んだよ、今更その時のこと責めんのか?」 「まさか!・・・あの時の師匠は本当にカッコ良かったなあって話ですよ」 「つまり、今はカッコ良くないってことだな?」 「アハハハ・・・勘弁して下さいよ師匠」 「ったくよお。・・・実は、あの時のこと俺あまりよく覚えてねえんだよなあ」 「本当ですか?何か凄い呪文使ったことも?」 「呪文?」 「そうですよ、こう右手から・・・」 (・・・そうか!!) ポロンは打開策を思いついた。 (ちっ、何時までも若いつもりだったけど俺も相当耄碌してやがったな。 たかだか3年呪文が使えなくなっただけでこんなことを失念してたなんてよ!!) 「おい、てめえ」 ポロンはギーシュに声を掛ける。 「何だい?命乞いかい?」 「・・・避けろよ」 「はあ?」 ギーシュはポロンが何を言っているのか理解出来なかった。 ポロンは目を閉じた。 次の瞬間、ポロンの両手に魔力が集中し始める。 「右手にバギ・・・」 「左手にギラ・・・」 ポロンは目を見開き、両の手を合わせた。 「合体呪文、バギラ!!」 前ページ次ページゼロの賢王
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「ゼロのルイズ」(前編) ◆LXe12sNRSs 「……ミス・ヴァリエール! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」 教員の怒鳴り声に刺激され、ルイズは机に突っ伏していたその身をがばっと引き起こした。 涎の垂れた口元を拭おうともせず、ぼやけた頭を振って周囲の光景を確認する。 そこは、無数の椅子や机と黒板の置かれた教室内。タバサやキュルケ、ギーシュやモンモランシーといった級友の姿が窺える。 ……どうやら、こともあろうに授業中に居眠りをしてしまったらしい。 恥ずかしさに口を噤みながら、ルイズはクラスメイトたちの笑い声を浴びせられて顔を赤面させる。 その笑いの渦中に、やたらと聞き慣れた男の声が混じっていた。 異変を感じ取るように訝しげな顔で横を向くと、隣の席には黒い短髪に平凡な様相を構えた、平民の少年がいた。 「ルイズは相変わらずドジだな。迂闊者っていうかさ」 「な、なんでアンタがここにいるのよ!」 「いちゃ悪いかよ。俺はルイズの使い魔だぞ」 「いちゃ悪いのよ! アンタは私の使い魔で平民! ここは貴族の学び舎よ! 犬は外で洗濯でもしてなさいよ!」 晒してしまった失態からくる恥ずかしさを怒りに変えて、まるでその少年が全ての元凶であるかのようにルイズは非難を浴びせた。 少年はちぇっ、と言い捨て、素直に教室を退出していく。 そうなのだ。使い魔は主人の命令には逆らえない。 召喚された時点でその主従関係は絶対であり、例外が生まれることはないのだ。 「だから、アンタはこの私に絶対服従でいなければいけないの! 分かった!?」 「はいはい分かりましたよ御主人様。俺は平民であって使い魔、ルイズは貴族であって主人。近いようで遠い関係だよなコレ」 場所を寄宿舎の外に移し、少年は洗濯をしながらあーあと空に向けて溜め息を吐く。 その横顔を見て、ルイズは自分の頬が薄紅色に染まっていることも気づかずこう発言した。 「で、でもまぁアンタも使い魔にしちゃ結構やるほうだし、そんなに遠くはないんじゃないかしら」 「? 遠くないってなにが?」 「だ、だからその…………カ、カ、カカカカンケイ…………とか」 「カンケリ? ルイズ、カンケリがしたいのか? つーかこの世界にもカンケリなんて遊びあるんだ……」 「な、なななななななななな違うわよ耳腐ってんじゃないのこのバカ犬!」 「イタっ、イタタタタ!? 耳引っ張るなよ!」 茹蛸みたいに顔を火照らせて、ルイズは少年の耳を力いっぱい引っ張った。 ……何故だろう。この少年の前に立つといつもこうだ。 言いたいことが言えなくて、発言を失敗するたびに胸が締め付けられるように苦しくなる。 病のようで怪我のようで、そのどちらでもなくて。 ルイズは純真な瞳に笑う少年の素顔を映し、正体の掴めぬ感情に胸を焦がすのだった。 「……ったく、こんなガサツで乱暴な性格だから、みんなに『ゼロのルイズ』なんて呼ばれるんだよ。少しはシエスタとかを見習えよな」 「そ、それは昔の話じゃない! っていうかなんでそこでシエスタの名前が出てくるのよ!」 「え? い、いやぁ~なんでだろうなぁ……ハハハ」 冷めた笑いではぐらかす少年の胸ぐらを揺さぶりながら、ルイズはまた怒り出す。さっきから顔を真っ赤にさせっぱなしだった。 ……少しは素直にならないとね。 表の思考ではなく、本能でルイズはそう思った。 このまま意地を張ってばかりでは、いつかきっと後悔してしまう……そんな予感を本能が感じ取っていたから。 「……もう、ゼロのルイズなんかじゃない」 「分かってるよ。ルイズはもう立派な――」 「そうじゃない! そうじゃなくて……その……私には…………才人、がいるから」 「へ? オレ?」 おどけた表情で言葉の意味を探る少年に、ルイズは依然赤面したまま、思いの丈をぶつける。 「……私には、『才人』がいるから! だから……だからもう『ゼロ』じゃない。才人が、才人さえいれば私は……」 意を決した反動で涙まで流す健気な少女に、少年――平賀才人は優しく微笑み、その小さな頭にそっと手を置いた。 ◇ ◇ ◇ 今宵の城は、漆黒ではなく真紅に染め上がることだろう。 爆砕か、炎上か、血染か、それとも――真紅を超越した『虚無』か。 「我が名はルイズ! ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール!」 杖である戦鎚を振り、唱える。 「宇宙の果てのどこかにいる私のしもべよ!」 サモンサーヴァントだけは自信があった。 「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!」 あの召喚の儀式の日が、全ての始まりだった。 「私は心より求め、訴えるわ!」 ルイズと、才人の。 「我が導きに、答えなさい!」 運命の出会い――。 『…………まずは悲しい知らせから――!』 バトルロワイアル会場の中心地に位置するホテルという名の巨城。 その最上階にて、ルイズはグラーフアイゼンを振るい、破壊の力を行使する。 爆音が木霊し、壁が、天井が、床が崩壊。ほぼ同時に始まったギガゾンビの定時放送すら、その轟音で掻き消した。 横に、縦に、斜めに自由自在に振り回し、まるでウサ晴らしをするようにありったけの魔力をぶち撒ける。 これまでの激戦で損傷が進んでいた巨城はすぐにその身を揺るがし、ボロボロと破片を零していく。 『――涼子、前原圭一、竜宮レナ、古手――』 放送は既に、ルイズの耳には入っていなかった。 ギガゾンビの声を掻き消すほどの音も原因の一つだが、ルイズにはもはや、誰が死のうがどこが禁止エリアになろうがどうでも良かったのだ。 ホテルを壊して、目に入った人間は殺して、グリフィスの下へ、才人と一緒に帰る。 それだけ。たったそれだけで、才人は帰ってくる。 誰にも邪魔はさせない。朝倉涼子も問題じゃない。 才人と一緒にいれば、なんだって出来る。 だって才人は、ルイズが召喚した世界でたった一人の平民の使い魔だから。 神聖で、美しく、そして強力なゼロの使い魔だから。 「私はもう――ゼロじゃない!」 懐に忍ばせておいた才人の眼球を取り出し、屋外へと飛翔する。 天高く舞い上がったルイズは手の平に才人を転がし、同じ視点で崩壊していくホテルを見下ろした。 未だ鳴り止まぬ轟音は、依然として破壊が続いている象徴でもある。 スプーンで半分だけ掬ったアイスのように、ホテルは中途半端な半壊状態を迎えたところで鳴動を止めた。 このコンクリートの巨城は、ルイズにとっては砂の城だ。 そう形容するくらいに脆く、崩れやすく、壊しやすい。 才人と再び出会うための、単なる糧に過ぎない。 「見て、才人。お城が崩れていくわ」 地上から舞い上がってくる突風を受けて、ルイズの桃色の髪が揺れた。 生気を宿さない眼球は何も言わず、ただ死んだ瞳に崩壊寸前の巨城を映す。 「召喚魔法は一生で一度きりのもの。使い魔は生涯添い遂げるべきパートナー。私にはもう、才人しかいない」 ルイズが召喚した使い魔は、人間だった。 ルイズが召喚した使い魔は、平民だった。 ルイズが召喚した使い魔は、才人だった。 「もう一度やり直そう、才人。あの召喚の儀式から、私たちの出会いから――」 グリフィスはそれを叶えてくれる。 壊して、殺して、ぶっ壊して、皆殺しにすれば、才人は戻ってくる。 ルイズはグリフィスの虚言に一欠けらの疑念も持たず、ただ単純に――すごい、と思った。 「帰ろう、才人」 ――そこにはいないはずの才人と交わす、二度目のファーストキス。 突き出した唇は空を捉え、ただ唯一といえる彼の象徴は、何も返してはくれなかった。 今は、まだ。 でも、これが終われば、きっと。 グラーフアイゼンを頭上高く振り上げ、彼女の内に眠る潜在魔力を解放させる。 生み出された特大の鉄球の数は、一発。その一発に、ルイズの魔法の特性である『虚無』の力を加える。 「これが、決まれば!」 鉄球を狙い、グラーフアイゼンを当てんと振り被る。 虚無により強化された、本来の使い手であるヴィータのものを越えるシュワルベフリーゲン。 命中すれば半壊状態のところで食い留まったホテルも爆発と共に弾け、辺り一帯は焦土と化すことだろう。 そこに、ルイズ以外の生存者はいない。 「――っぉわれろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」 呂律の回らない口ぶりで叫び、ルイズはグラーフアイゼンを振り下ろした。 「やめなさあぁぁぁぁぁぁいっ!!」 「――ッ!?」 鉄槌が鉄球を穿つ――その直前だった。 ルイズの横合いから飛び込んできた黒い斧が、振り下ろされたグラーフアイゼンを弾き、同時に鉄球を空高く打ち上げた。 ホテルを狙うはずだったシュワルベフリーゲンは空中で花火のように霧散し、黒味がかってきた空を茜色に染める。 バランスを崩したルイズはなんとか体勢を立て直し、謎の乱入者へと矢庭にハンマーを向けた。 その場にいたのは、ルイズと同様に魔法の杖を持った、飛翔する女の子。 白を基調としたロングスカートは、平凡な小学三年生の女子児童が思い描く、典型的な魔法少女の兵装。 胸元で結ばれた大き目のリボンが際立ち、またそのリボンのイメージとは対極に位置する厳格な瞳を、ルイズに向ける。 「なによ……なんなのよアンタ!」 歳相応とはいえない殺気の込めれらた睨みを利かせ、ルイズは少女を牽制する。 だが少女はそれをものともせず、怯むでもたじろぐでもなく真っ向から視線を合わせていった。 純白の清楚なバリアジャケットに、使役するは親友が愛用していたインテリジェントデバイス。 闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧――その名は、バルディッシュ・アサルト。 そして使い手は、『魔砲少女』、『管理局の白い悪魔』など、呼び名を悪名の如く周囲に認知させ、若輩を意識させないほどの実力を持った一流の魔導師。 「高町なのはとバルディッシュ・アサルト――これ以上の破壊は見過ごせない!」 杖とは形容しがたい戦斧を構え、飛翔する少女は高らかにその名を宣言した。 ――狂った。邪魔が入って、何もかもが狂ってしまった。 直感でなのはを外敵と捉えたルイズは、奥歯を噛み締め、憤怒の思いを逆巻く風に乗せた。 あと少し、あと少しで終わったのに。いつも、いいところでいつもいつもいつも、邪魔が入る。 「どうしてホテルを破壊しようとするの? それに、なんであなたがヴィータちゃんのグラーフアイゼンを……」 「……キュルケにシエスタに、アンリエッタにタバサ……こっちに来てからは朝倉涼子! みんな、みんな才人と私の邪魔をする!」 慟哭を鳴らし、ルイズが雄叫びを上げた。 子供とも女とも思えない、獣性を帯びた咆哮はなのはを唖然とさせ、身を引き締めさせた。 同時に、虚無の力を更に行使する。 グラーフアイゼンにこれでもかというくらい魔力を込め、その形状を変えていった。 ハンマーヘッドの片方に推進剤噴射口が現れ、もう片方にはスパイクが取り付けられる。 通常のハンマーフォルムに比べ、近接戦闘に特化した変形形態ラケーテンフォルム。 『鉄の伯爵』と呼ばしめる戦鎚型アームドデバイス、グラーフアイゼンのもう一つの姿である。 「殺して、壊すだけで終わるの! だから、だから……だから大人しく殺されなさいよぉぉぉぉぉ!!!」 『Raketenhammer』 貴族の優雅さなど欠片も見せず、ルイズは感情のままになのはへと突進した。 ロケット噴射による推進力がルイズの速度を加速させ、回転。遠心力も味方に付け、グルグルと円盤のように回りながら大気を巻き込む。 なのはは咄嗟に防壁を張るが、グラーフアイゼンのラケーテンハンマーは基礎的なプロテクションなどで防げるものではない。 (すごい勢い……! ひょっとしたら、ヴィータちゃん以上――!?) 絶大な威力を防ぐには敵わず、魔力防壁はガラスのように砕け、飛び散った。 破壊力は強大でもそのコントロールはまだ不完全なのか、空中でグルグル回り続けたままのルイズの隙をつき、なのはは距離を取る。 「バルディッシュ、お願い!」 『Haken Form』 なのはの声に答えた機械音声がスイッチとなり、バルディッシュ・アサルトの形状を変えていく。 変形前を斧と言い表すならば、この変形後のハーケンフォームはその名の通り鎌。 グラーフアイゼンのラケーテンフォルム同様、近接戦闘に特化した直接攻撃タイプの形態である。 「うわぁあぁああああぁぁあぁあああぁぁぁあぁぁあぁぁあっぁぁ!!」 力任せに突っ込んでくるルイズはグラーフアイゼンを使いこなしているというより、武器として利用しているだけのように思えた。 デバイスと意思疎通を図り、共に戦略を組み立てるなのはとレイジングハートのような関係とは違う。 グラーフアイゼン本来の使い手であるヴィータ以上にムチャクチャな攻撃方法――それを見て、なのはは再度思う。 ヴィータは、いったいどうなってしまったのだろうか。 主である八神はやての死亡と同時に、彼女の守護騎士であるヴィータとシグナムの二人も消滅したものだと思っていた。 しかし先ほどのホテル倒壊と同時期に行われた放送――告げられた死亡者の中には、確かにヴィータの名前があった。 真相が分からない。シグナムはまだこの世界に存在しているのか、ヴィータは誰かに殺されてこの世から消えたのか。 ルイズの持つグラーフアイゼンに訊けば、何かが分かるかもしれない。が、今はまだ。 そもそも、悲しんだり考えたりする暇はないのだ。 (ホテルには、まだみさえさんやガッツさんがいる。これ以上壊させるわけにはいかない……全力で止めてみせる!) なのはは向かってくるルイズと真っ向から対峙し、加速するハンマースパイクをバルディッシュの刃で受け止めた。 圧し掛かってくる力は過去ヴィータと交戦した時と等しく、重い。 でも、挫けたり諦めたりすることはできない。普通の少女みたいな甘えは、なのはには許されない。 守りたいものがある。友達と、仲間の、大切な命。失うわけには、いかない! 「死ね! 死ね! 死になさいよォォォォォ!!」 「……ぜったい、ダメェー!」 何度も何度も打ち込まれる鉄槌を、バルディッシュの一薙ぎで全て振り払った。 どうにかしてルイズからグラーフアイゼンを奪取し、無力化しなくてはならない。 故になのはは不得手な近接格闘戦に挑むが、使い慣れない鎌は振るうだけで疲労が溜まる。 そのため、隙も生じやすい。 「!」 がむしゃらに振り回され続けてきたグラーフアイゼンが不意に軌道を変え、なのはの顎下を狙ってきた。 バルディッシュの間合いを縫うように潜り込まれた一撃は、バリアジャケットに包まれていない頭部を掠めようとしている。 反射的に身を引いてそれを回避するが、そこからさらなる隙が生まれてしまった。 横合いから、真っ直ぐな軌道で振るわれるグラーフアイゼン。 バルディッシュのか細い柄がそれを防ぐが、発生した衝撃はなのはの小柄な身体を容易く吹き飛ばした。 流星のように煌びやかに、暗闇を帯びてきた市街地へとなのはが落下する。 受身として即席の防御魔法を展開するが、それでも落下の勢いを減少させるほどの効果しかなく、音を立ててビルの壁へと衝突した。 「――っいたた……大丈夫、バルディッシュ?」 『Yes, it is safe』 「にゃはは……やっぱり、フェイトちゃんみたいにうまくはいかないね」 コンクリートでできた壁に激突――常人、しかも小学三年生の少女ともあれば、笑って済ませられるものではない。 だがなのはは、普通なら大怪我のところを掠り傷程度で抑え、バルディッシュも目立った損傷はなかった。 戦いは始まったばかり、これからが本番。泣き言を言う暇も、言うつもりも、なのはとバルディッシュにはない。 (接近戦で対応するのは不利……かといって遠距離攻撃を仕掛ければ、あの子はシュワルベフリーゲンで攻撃してくる。 もし流れ弾が一発でもホテルに命中すれば、中にいるみさえさんたちが危ない……なら!) なのは立ち上がり、再び飛翔した。 空中で待ち構えていたルイズは未だ牙を剥き出しにした状態。 戦意を治めず、むしろ高ぶらせて、まずは目の前の邪魔者を排除しようと躍起になっていた。 ホテルからの注意は逸れている――引き離すなら、今がチャンス。 「あとで絶対、お話は聞かせてもらうから。でも今は――」 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 再び突進してきたルイズに対し、なのははバルディッシュで受けようとも範囲攻撃で反撃しようともせず――身を翻し、急加速で撤退した。 頭に血が上っているルイズは逃げる敵に意識を奪われ、闘争本能のままになのはを追跡していく。 高速で飛行する魔法少女が二人、戦地をホテルの外周へと移す。 ――これは、序章のほんの一部。 【D-6・上空/一日目/夜】 【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔】 [状態]:精神完全崩壊/グリフィスへの絶対的な忠誠/全身打撲(応急処置済み)/左手中指の爪剥離 [装備]:グラーフアイゼン(ラケーテンフォーム)(カートリッジ二つ消費)@魔法少女リリカルなのはA s [道具]:平賀才人の眼球 [思考・状況] 1.殺す(なのはを) 2.壊す(ホテルを) 3.生き返らせる(才人を) [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【高町なのは@魔法少女リリカルなのはA s】 [状態]:全身に軽傷(掠り傷程度)、友を守るという強い決意、やや疲労 [装備]:バルディッシュ・アサルト(ハーケンフォーム)(カートリッジ一つ消費)@魔法少女リリカルなのはA s、バリアジャケット [道具]:グルメテーブルかけ@ドラえもん(回数制限有り:残り18品)、テキオー灯@ドラえもん、支給品一式 [思考・状況] 1:ルイズをホテルから引き離し、無力化する。 2:グラーフアイゼンを奪取し、ヴィータがどうなったかを訊く。 3:シグナムが存在しているかを確認する。 4:フェイトと合流。フェイトにバルディッシュを届けたい。 5:はやてが死んだ状況を知りたい。 6:カズマが心配。 ◇ ◇ ◇ 破壊神が通り過ぎた跡は、それはそれは無残なものだった。 八階建てという、高く堅牢な誇りを掲げていたホテルという名の巨城は面影もなく崩れ落ち、今や元の半分、四階フロアまでを残すのみとなっていた。 五階から上は既に残骸として地に落ち、周囲に散らばっている。 ガッツや野原みさえがホームとしていた三階フロアも、上の階層から雪崩れ落ちてくる天井やら何やらによって、凄惨な有様となっていた。 壁に穴が空いているのも別段珍しくはなく、中からでも日の落ちた世界が一望できる。 崩れゆく鳴動は止まった。だが、これで崩壊が終わったとはとても思えない。 三階フロアの天井は現在進行形でパラパラと崩れ落ち、なおも残骸の数を増していっている。 いつのことだったか――野原みさえは、家族の住まうマイホームがガス爆発により崩壊した時のことを思い出した。 あれは一瞬の内に弾け飛んだ分ジリジリと迫る恐怖は感じ取れなかったが、このホテルの状況は違う。 いつ来るかは分からないが、いつか必ず来るであろう完全倒壊の時。一秒後か、一分後か、一時間後か、考えるほどに怖くなってくる。 関東大震災などがこんな感じだったのだろう。日頃テレビのニュースで見る被災者の方々の気持ちになり、みさえはその身を震わせた。 「ガッツ……それに、ゲインさんやキャスカさんは……?」 身体が満足に機能するのを確認した後は、改めて周囲を見渡した。 確認できるのは、乱雑に散りばめられた瓦礫の山々のみ。ベッドやら電話やら冷蔵庫やら、室内にあったはずのものは全て埋もれ、その姿を隠している。 見当たらないのはホテルの備品ばかりではない。ガッツやベッドで寝ていたはずのゲインもまた、その影をどこかに潜めたままだった。 まさか、彼等も生き埋めになってしまったのだろうか……渦巻く嫌な予感に駆り立てられ、みさえは足場の整わない残骸の上を歩く。 「あっ……痛ッ!?」 そこでようやく、自分の足が負傷しているという事実に気づいた。 瓦礫の破片に足を躓かせ、転倒。原因となった左足は青く膨れ上がり、今頃になって痛みを訴えかけてくる。 どうやら軽い打撲のようだ。これしきの怪我、ホテルの負った被害状況を考えれば随分と程度が低い。 みさえは意識を奮い立たせ、立ち上がろうと力を込める。その背後から、 「フリーズ。動くなです人間」 土埃に塗れた人形が、銃を突きつけてきた。 「あなた……どうして!?」 「まったく、あんな大爆発が起こったっていうのにしぶとい人間ですぅ。まぁ、そのおかげで翠星石も自由になれたわけですけど」 その人形――翠星石は、取り上げたはずの銃を構え、今にもみさえの後頭部を撃ち抜かんと牽制している。 「爆発……? 爆発って……あ」 翠星石の言葉で、みさえはようやく思い出す。 あれはたしか六時丁度、ギガゾンビの声がしたと思った瞬間の出来事だった。 凄まじい怒号と地震のような波に襲われ、すぐに天井が崩壊してきたのだ。 おかげでみさえも翠星石も、放送での死者や禁止エリアの情報を聞き逃してしまった。 しんのすけは無事なのだろうか、蒼星石は無事なのだろうか、考える暇もなく、自分の命を拾うことに精力を注がなくてはならない状況に陥る。 結果として、二人はホテルの倒壊にあっても即死は免れた。その際翠星石は意識を回復させ、同時に強奪された銃も奪還することに成功したのだ。 みさえは微かに振り向き、翠星石のやや後方に目を向ける。 そこに転がっていたのは、引き裂かれ、使い物にならなくなっていた誰かの四次元デイパック。 おそらく翠星石は、あのデイパックから零れた銃を回収したのだろう。だとすれば、あのデイパックは銃を取り上げていたガッツのものに他ならない。 彼のデイパックがあのような無残な姿を晒しているということは、つまり―― 「ガッツ……ねぇ、ガッツはどうしたのよ!」 「あんなデカ人間しらねーです。ま、大方この瓦礫の下のどこかで野垂れ死んでるんじゃないですか。翠星石には関わりのないことです。それよりも」 翠星石は突きつけた銃口をみさえの旋毛にグリッと押し付け、覇気を込めた声で言う。 「よくも! よくも翠星石をあんな目にあわせてくれやがりましたねぇ! 人間如きにあんな仕打ちを受けるなんて屈辱ですぅ!」 「仕打ちって……あなたがトンチンカンなことを言ってるからお仕置きしただけよ! それの何がいけないわけ!?」 「あーもう! これだから知能の低い人間の相手をするのは嫌なんですぅ! 今の状況が分かっていないですか!? お前は今から翠星石に殺される運命にあるのです!!」 癇癪を起こしたように顔を染め上がらせ、翠星石は力の限り銃の引き金を引いた。 銃声が鳴り、黒く開いた口から殺意の弾丸が飛ぶ――が、それは狙っていたみさえの後頭部を逸れ、天井へと放たれる。 何が起こったか理解できない翠星石は、同時に自分の身体がみさえの手によって乱暴に振り回されていることを知った。 隙を突き、小さな人形の身体を捕縛した――このまま投げ飛ばし、抵抗するつもりか。 翠星石は考えたが、答えはまるで見当違いであり、みさえの行動の真意も一瞬が過ぎる内に知ることとなる。 「――危ない!」 時間差で届いたみさえの危機を知らせる声は、翠星石に事態を把握させた。 振り回された体勢のまま、視覚でも確認する。 翠星石とみさえの後方に、剣を振るう褐色肌の女剣士がいた。 みさえに気を取られている間に、この女は翠星石の背後に忍び寄っていたのか――ようやく自分がとんでもない窮地にあったことを自覚した翠星石は、遅すぎる恐怖に身を震わせる。 あと数秒遅れていたら真っ二つという状況だった。げんこつの恨みは消えないが、この時ばかりはみさえの機転に感謝せざるを得ない。 というか、この女剣士はいったい誰だ。翠星石は一瞬考え、すぐにキャスカという名のミニ人間がいたことを思い出した。 「……スモールライトの効果が切れたのね。それにその剣も……最悪」 「うっ…………ぐぅぅぅ……」 キャスカが握っているのは、翠星石の銃と同じくガッツが預かっていたはずのエクスカリバーだった。 あれが彼女の手に渡っているということは、やはりあのズタズタに引き裂かれたデイパックはガッツのものなのだろう。 だとしたら、なおさら彼の安否が気に掛かる。みさえは未だ姿の見えぬ仲間を捜したい衝動に駆られるが、どうやら眼前の女騎士はそれを見逃してはくれないようだ。 獰猛な獣のように声を漏らし、現状が把握できていないのであろうキャスカは、混乱気味にみさえと翠星石を襲った。 グリフィス以外は敵。これはキャスカが定めたルールのようなものであり、目に付く人間、殺せるチャンスがあれば、深く考えずに襲えという本能からくるものだった。 女と人形のように小さな子供……戦力的に見てもなんら問題ない。左足は骨折により使い物にならなくなっていたが、腕さえ動けば十分に殺せる。 キャスカはエクスカリバーの柄を握る力を強め、片足で跳躍してみさえに飛びかかった。 巻き起こる剣風は、みさえのような平凡な主婦には到底回避し切れぬ代物だったが、キャスカが満身創痍なこともあってこれは難なく回避する。 「ねぇ、ちょっと落ち着いてよ! おち……落ち着きなさいってば、ねえ!」 攻撃を回避しつつキャスカを宥めようとするみさえだったが、混乱の度合いが強いのか、彼女は剣を収めようとしない。 朝比奈みくるという少女を殺害し、ゲインやセラスに手傷を負わせた凄腕の女剣士――ガッツは保護対象として捉えていたが、やはりセラスの言うとおり彼女は殺し合いに乗ってしまったようだ。 相手が刃物を持っている以上、翠星石のようにげんこつやぐりぐり攻撃で鎮圧することは難しい。大人しく逃げるのが得策かと考えたが、みさえ自身も怪我人の身。 いつ崩壊するとも分からないホテル内を、キャスカの剣をかわしつつ負傷した足で脱出する自信はなかった。 何より、ここにはまだガッツやゲインがいるはずである。彼等の安否を確かめるまでは、安心して避難などできるはずがない。 「くあああああああああああああッッ!!」 「――ッ!?」 気合の咆哮と共に、キャスカはエクスカリバーを大きく振り上げた。 その奇声に一瞬怯んだみさえは瓦礫の足場につんのめり、転びそうになった身体を寸でのところで制御する。 その間、回避行動はままならず、停止したみさえの上空から真っ直ぐな一閃が振り下ろされた。 「――――」 目を瞑り、覚悟を決めた。 これはもう避けようがない。恐れから来る痺れが身体を固めさせるが、死にたくないという強い意識はまだ保っている。 たとえどうしようもない窮地だとしても、みさえは願った。 助けを。ピンチを救ってくれる、ヒーローみたいな誰かを待ち望んだ。 ――その脳裏に荒くれた大男の姿がよぎったのは、否定しない。 「お前はッ!」 (……え?) 突如、キャスカの驚きに満ちた声を耳にし、みさえはそっと瞼を開けた。 気づけば、両断されるはずだった我が身は五体満足のまま存在している。 いったいどうして――答えを求めた視界の先で、キャスカの剣を一心に防いでいる男の姿があった。 「ガ――」 その名を呼ぼうとして、みさえは異変に気づく。 目の前で自身を守る障壁のように君臨している男は、脳裏をよぎった彼ほど大柄な体躯ではない。 晒した上半身に包帯を巻きつけ、荒い息遣いでなんとか立っているその男は――ゲイン・ビジョウだった。 「ゲイン・ビジョウ!」 「よぉキャスカ。一度は撤退したかと思ったが出戻りか? そんな傷まで負って、そこまでして生き残りたいか?」 ――昼に起こった闘争を再びなぞるかのように、ゲイン・ビジョウとキャスカの二人は対峙する。 ゲインはみさえがベッドの傍に立てかけて置いたバットを得物とし、キャスカの剣を防いでいた。 調子が万全ならば両断することも容易かったであろう代物だったが、キャスカ自身もいっぱいいっぱいらしい。 エクスカリバーを握る手はどこか弱々しく、数多の兵士を率いていた頃の力強さは感じられない。 「驚かせてしまってすまない、ご婦人。少し尋ねたいんだが、君はシドウヒカル、もしくはセラス・ヴィクトリアの知り合いか?」 「両方よ! 二人は今外に出てていないけど、あなたの看病をしていたら突然ホテルが崩れ出して、っていうか今も崩れてる真っ最中で……」 「なるほど……なんとなくだが、状況は把握した。ここにキャスカがいる理由は後でゆっくり聞くとして、とりあえず彼女には眠ってもらわないと……な!」 降りかかる刃の切っ先をバットで流し、ゲインはキャスカを沈静化させようと腹部に蹴りを放つ。 だが負傷している身とはいえ、剣を持った傭兵に安易に隙が生まれるはずもなく、ゲインの一撃は空振りで終わった。 「相変わらず鋭いな。女性のものとは思えぬ剣捌きだ。……それだけの力を持ちながら、自分のことしか考えていないってのがマイナスだがな」 見た目にそぐわぬ豪快さもまた、女性のステータスの一部。ゲインはそう捉えていた。 だがその力を自分のため『のみ』に使うとあっては、とても褒められたものではない。 血気盛んなレディは嫌いではないが、少々痛い目を見てもらう必要がありそうだ……ゲインは疼く脇腹を押さえ、キャスカの剣とバットを交わした。 (自分の命に、興味などはない……。私は決めたんだ。グリフィスを優勝させ、鷹の団を再興する) 囁くように発した言葉は、ゲインの耳には届いていなかっただろう。 ゲインは思い違いをしている。キャスカは決して自分が生き残りたいがために戦っているのではなく、ただ一人、敬愛した男の無事を祈り剣を振るっているだけなのだ。 (グリフィス……ジュドー……ピピン……リッケルト……コルカス) 誰にも思いつかないような知略と、カリスマ性溢れる指揮でみんなを率いてくれたグリフィス。 投げナイフを得意とし、何事もそつなくこなす参謀役でもあったジュドー。 巨体を盾にして何度も敵兵の強襲を食い止め、白兵戦の要として活躍していたピピン。 幼いながらも常に皆のことを思い、鷹の団を支えていてくれたリッケルト。 身勝手ではあるが、いざという時には誰よりも果敢に敵に攻めていったコルカス。 何ものにも変えがたい、鷹の団の戦友たち。 (……ガッツ!) 一年前に鷹の団を去り、仲間を、グリフィスを裏切り我が道を進んだ――今はもういないガッツ。 (ガッツも、私も、いらない。グリフィスが、いれば……) ふと、自分でも驚くくらい仲間に対して献身的な思いを抱いていることに気づく。 その正体は、あの一年を無駄にしたくないという意地か、未だ潰えぬグリフィスへの思いか、傍を離れていったガッツへの怒りか――。 (深く……考えるなキャスカ。私はただ、敵を斬る。それ、だけでいい……!) エクスカリバーの握り手に再度、力を込める。 グリフィス以外の敵を消す。ガッツであろうと、誰であろうと。そのためにもまず、この場を生き延びてやるんだ。 「いくぞ……ゲイン・ビジョウ!」 「やれやれだな……」 鷹の団の千人長たる女戦士は、たった一人の男と残してきた仲間のために剣を振るう。 黒いサザンクロスの通り名を持つエクソダス請負人は、その肩書きの誇りに掛けて、脱出を願う者たちでのエクソダスを目指す。 観戦するしか道が残されていなかった主婦は、自分にでき得る最善の行動を模索し、そして速やかに取り掛かる。 他者を恨んでばかりの人形は、いつの間にか姿を消していた。 ――これは、序章のほんの一部。 【D-5/ホテル3階(倒壊寸前)/1日目/夜】 【キャスカ@ベルセルク】 [状態]:左脚複雑骨折+裂傷(一応処置済み)、魔力(=体力?)消費甚大 疲労大、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、軽い混乱症状 [装備]:エクスカリバー@Fate/stay night [道具]:なし [思考・状況] 1:目に付く者は殺す 2:他の参加者(グリフィス以外)を殺して最後に自害する。 3:グリフィスと合流する。 4:セラス・ヴィクトリア、獅堂光と再戦を果たし、倒す。 [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】 [状態]:疲労大、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった) [装備]:悟史のバット@ひぐらしのなく頃に [道具]:なし [思考・状況] 1:キャスカを止め、ホテルからエクソダス。 2:市街地で信頼できる仲間を捜す。 3:ゲイナーとの合流。 4:ここからのエクソダス(脱出) [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【野原みさえ@クレヨンしんちゃん】 [状態]:中度の疲労、全身各所に擦り傷、左足に打撲 [装備]:スペツナズナイフ×1 [道具]:なし [思考・状況] 1:ガッツ本人と、戦闘中のゲインの援護になるような物を掘り起こし、キャスカを止める。 2:ホテルが完全に崩壊する前に逃げる。 3:セラスら捜索隊と合流。 4:契約によりガッツに出来る範囲で協力する。 5:しんのすけ、無事でいて! 6:しんのすけを見つけたら、沙都子の所に戻る。キャスカを監視。グリフィス(危険人物?)と会ったらとりあえず警戒する 基本行動方針:ギガゾンビを倒し、いろいろと償いをさせる。 [備考]:第三放送を聞き逃しました。 【翠星石@ローゼンメイデンシリーズ】 [状態]:全身に軽度の打ち身(左肩は若干強い打ち身)、頭が痛い、全身各所に擦り傷 服の一部がジュンの血で汚れている、左肩の服の一部が破れている、人間不信 [装備]:FNブローニングM1910(弾:4/6+1)@ルパン三世 [道具]:無し [思考・状況] 1:あんなバカな人間共は放っておいて、さっさとここから逃げるです! 2:真紅や蒼星石と合流するです。 3:まずは魅音を殺してやるです。 4:水銀燈達が犯人っぽいから水銀燈の仲間は皆殺しです。 5:水銀燈とカレイドルビーを倒す協力者を探すです、協力できない人間は殺すです。 6:庭師の如雨露を探すです。 7:デブ人間は状況次第では、助けてやらないこともないです。 基本:チビ人間の敵討ちをするため、水銀燈を殺してやるです。 [備考]:第三放送は聞き逃しました。 ※ゲインのデイパック: 【支給品一式×2、工具箱 (糸ノコ、スパナ、ドライバーなど)】 みさえのデイパック: 【糸無し糸電話@ドラえもん、銃火器の予備弾セット(各40発ずつ)、ウィンチェスターM1897の予備弾(30発分)、石ころ帽子@ドラえもん、スモールライト@ドラえもん(電池切れ) 】 バトーのデイパック: 【支給品一式(食糧ゼロ)、チョコビ13箱@クレヨンしんちゃん、煙草一箱(毒)、 爆弾材料各種(洗剤等?詳細不明)、電池各種、下着(男性用女性用とも2セット)他衣類、茶葉とコーヒー豆各種(全て紙袋に入れている、茶葉を一袋消費)】 ロベルタのデイパック: 【支給品一式×6、マッチ一箱、ロウソク2本、9mmパラベラム弾(40)、ワルサーP38の弾(24発)、極細の鋼線@HELLSING、医療キット(×1)、病院の食材、ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)、クラッシュシンバルスタンドを解体したもの】 翠星石のデイパック: 【支給品一式×4、オレンジジュース二缶、ロベルタの傘@BLACK LAGOON、破損したスタンガン@ひぐらしのなく頃に、ハルコンネン(爆裂鉄鋼焼夷弾:残弾5発、劣化ウラン弾:残弾6発)@HELLSING、ビール二缶、庭師の鋏@ローゼンメイデンシリーズ】 パチンコ、パチンコの弾用の小石数個、トンカチ、ウィンチェスターM1897(残弾数3/5)、支給品一式、空のデイパック、スペツナズナイフ×1、銃火器の予備弾セット(各120発ずつ)、首輪 がホテル内、もしくはホテル周囲の瓦礫の下に埋もれています。全て破損状況は不明。 ※ガッツの持っていたデイパックが崩落により損傷、中身が全て吐き出され、使い物にならなくなりました。 時系列順で読む Back 【背中で泣いてる 男の美学】 Next 「ゼロのルイズ」(後編) 投下順で読む Back 【背中で泣いてる 男の美学】 Next 「ゼロのルイズ」(後編) 195 【黒禍】 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 207 「ゼロのルイズ」(後編) 190 魔法のジュエル ほしいものは 高町なのは 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ キャスカ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ ゲイン・ビジョウ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ 野原みさえ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ 翠星石 207 「ゼロのルイズ」(後編) 195 【黒禍】 アーカード 207 「ゼロのルイズ」(後編) 190 魔法のジュエル ほしいものは 園崎魅音 207 「ゼロのルイズ」(後編) 190 魔法のジュエル ほしいものは 獅堂光 207 「ゼロのルイズ」(後編) 189 鉄の鎧纏った僕を動かしてく Going on フェイト・T・ハラオウン 207 「ゼロのルイズ」(後編) 189 鉄の鎧纏った僕を動かしてく Going on タチコマ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 189 鉄の鎧纏った僕を動かしてく Going on ゲイナー・サンガ 207 「ゼロのルイズ」(後編) 200 へんじがない。ただのしかばねのようだ。 ストレイト・クーガー 207 「ゼロのルイズ」(後編) 200 へんじがない。ただのしかばねのようだ。 セラス・ヴィクトリア 207 「ゼロのルイズ」(後編) 194 復讐少女 ~rachen Sie Madchen~ ガッツ 207 「ゼロのルイズ」(後編)
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前ページ次ページゼロのエルクゥ トリステイン魔法学院、学院長室は、中央本塔の最上階にある。 学院長であるオスマンは、がっしりとした造りの執務机に腰掛け、白くはなっているが美髭と呼んで差し支えない見事な長髭をさすりながら、 『朝っぱらからそのハゲ頭に似合わぬ真面目くさった顔をしやがってからにわしの朝はミス・ロングビルの魅惑の三角地帯を拝まんと始まらんのじゃあ』 という内心を押し殺して自らの使い魔であるハツカネズミをそっと秘書机の下に送り込みつつ、目の前の一人の教師に相対していた。 「して、こんな朝早くから何用じゃ、ミスタ」 「昨日の、春の使い魔召喚の儀に関してなのですが」 机を挟んでオスマンの前に立っているのは、コルベールだった。 「一人、人間……いや、亜人の青年を召喚した者がおります」 「ふむ。確かに珍しい事ではあるが……それだけでこんな朝っぱらから押しかけてきたわけではあるまい?」 「これを」 コルベールは、手に持っていたスケッチブックと古ぼけた本を机に広げ、それぞれ栞を挟んであるページを開いた。 「これは……!」 オスマン老人の顔が引き締められる。 「青年の左手の甲にこのルーンが現れました。また、召喚された折、私ですら気圧されるほどの迫力を放ち、次いで学園までの道を召喚者を抱えたまま30秒ほどで走り抜け、その途中『フライ』で飛行する生徒達の高さまでジャンプで跳び上がる、といった行為を見せています」 「……なんじゃそれは。神の左手にしても無茶苦茶じゃな」 同じルーンを示した、スケッチと、古本―――『始祖ブリミルの使い魔たち』を見るその目が、鋭い光を湛える。 それは奇しくも、耕一達の世界に存在する『ルーン文字』と全く同じ形をしていた。アルファベットに直せば、それは―――gundalfr、と読める。 「神の左手ガンダールヴ。あらゆる武器を使いこなし、魔法を唱える始祖を護る神の盾」 本に書かれた説明書きを、無感情に朗読するオスマン。 「召喚者の名は」 「ミス・ヴァリエール。ルイズ・フランソワ―ズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」 名を聞いて、暫し目を瞑る。 「……公爵の娘か」 「実際に相対した者としましては、伝説の再来、と素直に喜ぶ事は出来かねますな。あの迫力を持ってなお、それを『子供のしつけ』と言っていました。本気の殺気を向けられたら対処する自信がありません」 「伝説なんぞ、会わずとも存在するだけで厄介じゃわい」 自身が三百年生きたとも言われる十分伝説級の人物である事を棚に上げて、オスマンは机の上に置いてあったキセルを口に含む。 ぽこぽこ、と水が気泡を湛える音が、暫しの間部屋に響いた。 「いかが致しますか。王室に連絡を?」 「ばかもん。結論を急ぐでないわ。よしんばその青年が本当にガンダールヴであったとしても、王室なんぞに報告する必要はないがの」 「な、なぜですか?」 「さっき言ったじゃろう。伝説なんちゅーもんは、存在するだけで厄介なんじゃよ」 「はあ……」 意図を測りかねてコルベールが気のない返事をした、その時。 ずがーん。 と、学園中に炸裂音が響き渡った。2年生の教室塔から発せられたその音と振動は、本塔の学院長室にも届き、それを揺らした。 「何事じゃ?」 「……おそらく、ミス・ヴァリエールです」 「なんじゃと?」 「彼女は、その……魔法があまり上手ではなく、魔法を使おうとすると爆発してしまうのです」 「ふぅむ。爆発とな?」 「はい。火、水、土、風、そしてコモンマジックに至るまで、使おうとすると全て爆発してしまうらしいのです。『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』は成功したのをこの目で見届けたのですが」 「……魔法の失敗が爆発とは、果て面妖じゃな。身の丈に合わぬ呪文を使おうとすれば精神力が足らずに気を失うかそもそも認識すらされずに何も起こらず、詠唱が不完全であればそれこそ何も起こらぬはずじゃが」 「言われてみれば、そうですね」 「ま、そういう奴もおるかもしれんの。それで、その魔法を使えぬ落ちこぼれの使い魔が、始祖の従えた伝説の使い魔であると、そういうわけじゃな?」 「そういう事になりますか……」 「さて、不可思議じゃな」 オスマンは再びキセルを口に含み、ぽう、と煙を吐き出した。 「とりあえず判断は保留としよう。事実は伏せ、ミスタは出来る限り彼らの観察を行い、気が付いた事は報告するように」 「わかりました」 「うむ」 コルベールが一礼して去っていくと、ビリビリと振動していた建物が、ようやく静けさを取り戻した。 「興味深いお話でしたわね」 秘書席でずっと我関せずと書き物をしていた女性が、穏やかに切り出した。 「うむ。わかっておるとは思うが、他言無用じゃぞ、ミス・ロングビル」 「はい。可愛い生徒をアカデミーに解剖されでもしたら、たまりませんものね」 ロングビルと呼ばれたその女性は、簡素に結わえてあるその草色の髪を揺らし、ころころと笑う。 「カッカッカ。しかねんの」 「ところでオールド・オスマン」 「なんじゃね、ミス・ロングビル」 「このネズミは、このまま窓から投げ捨ててしまってよろしいですね?」 ロングビルはそう言って、机の下から、簡素なバネ仕掛けのネズミ捕りの中で、チーズのかけらを咥えてバタバタともがいているハツカネズミを取り出した。 「おお、おお! モートソグニル、可愛い我が使い魔や、しくじったか! 可哀想に!」 「オラァ!」 「あーれーっ! モートソグニルやーっ! ゆーきゃんふらーいっ!」 学院長室は、今日も平和であった。 その日のルイズのクラスの授業は、空いている教室に移動して行う事となった。 ルイズは罰として教室の後片付けを命じられたが、授業中の事故として、それ以上のお咎めはなしとなった。 『土』属性のメイジであれば小一時間と掛からず終わる上に修繕までしてみせるであろうその作業も、メイジなら誰でも使える共通魔法とも言うべきコモンマジックの『浮遊』や『念力』すら使えないルイズが行うのでは、ほぼ手作業である。 一日作業は見ておくべき教室の惨状だったが、彼女の使い魔たる耕一は、エルクゥたる膂力を遺憾なく発揮した。 「……あんたの力って、改めてとんでもないわね」 「お褒めに与り光栄で」 教室の端まで吹き飛んでいた教卓を片手でひょいっと持ち上げて運んできた耕一に、ルイズは呆れたように呟いた。 単純に重い物を運ぶ、というだけなら、トン単位にでもならない限り、エルクゥの身体能力にとっては児戯に等しい。 人を狩る鬼の力を土木作業なんかに使うのはどうかとも思うが、そんな悩みはこの一年でとっくに割り切っていた。あるものなら使って人の役に立てばいいだろう、と。 今では、押しも押されぬアルバイト先でのエースだ。いや、しばらくバイトには出れないであろうから、だった、と言うのが正しいか。 「……はぁ」 力仕事は耕一に任せ、机などについた爆発のススを拭いていたルイズの手は、止まりがちであった。 「……あんまり気にするなって。先生も言ってただろ? 失敗は成功の母ってね」 「……ずっと失敗しかない私はどうなるのよ」 押し殺したように呟く様子に、だいぶ重症だなあ、と頭を掻く耕一。 「『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』には成功したから、今度こそ出来るかもって思ってたのに……」 「魔法成功確率ゼロ……あのあだ名は、そういう意味だったんだな」 「……そうよ」 「ま、その二つは確実に成功してるんだ。当事者である俺が言うんだから間違いない。他の魔法もだんだん出来るようになるさ」 キッ、とルイズが目を剥いて耕一を睨みつけた。 「簡単に言わないでよっ! 魔法の事を何にも知らないくせにっ!」 「……そう言われると、その通りだから何も言えないけどね。でもま、ゼロじゃないのは確実だと、このルーンが出てきた時の俺の痛みに免じて認めてやってくれよ。結構痛かったんだぞ、あれ」 「ふんっ……」 鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったルイズに、落ち着くのを待つしかないか、と耕一は肩をすくめ、無言で作業に戻った。 ルイズはしばらく俯いたままだったが、やがて顔を上げ、 「……まぁ」 「ん?」 「……かばってくれたのは……ありがと」 蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、雑巾を洗ってくると言って教室から走り去っていってしまった。 「はは。なんだか、野良猫が少しだけ撫でさせてくれたような感じだな。―――っし! 頑張りますかっ」 苦笑しつつも和んでやる気の出た耕一の奮戦により、なんとか昼休みの前には片付けを終わらせる事が出来たのであった。 「やれやれ、なんとか昼メシには間に合ったか」 「…………」 先生への報告を終え、食堂へ向かう最中、ルイズは口を開かなかった。 まだ機嫌が悪いんだろうか、と耕一もそれ以上は喋りかけないが、その実は……。 ―――ヴァリエール公爵家の三女ともあろう私が、ちょっとぐらいかばってもらえたからってこんな正体不明のヤツにお礼なんて、お礼なんてっ……! ……ただ恥ずかしがっているだけであった。 「それじゃ、また厨房で食ってくるな」 「…………」 無反応のルイズに苦笑しながら、耕一は食堂の裏手に回る。そこには、ちょうどゴミを捨てに出ていたシエスタがいた。 「あ、コーイチさん。お昼ですか?」 「うん、またご馳走になりにきたよ」 「はい、わかりました。どうぞ」 勝手知ったる3回目。端のテーブルに腰かけ、出てきた賄い料理をいただく。 「どうもマルトーさん、ごちそうさま。今日も美味しかったです」 「おう。いつでも来いよ!」 膨れた腹を一撫でして、ちょうど通りがかったマルトーに一礼して退出。 まだ2日目だが、人間関係は悪くない。一から人と触れ合うなんて、母さんが死んで大学に入ったばかりの頃以来だな、と、耕一は少し懐かしくなった。 「さて、昼からも授業に出なきゃいけないのかね。出来ればコルベールさんか校長先生と話したいんだけどな……」 食堂の入り口でルイズを待つ間、これからの方策を練る思索の時間があった。 「……もし、ルイズの言う通り、そんな方法はないとか言われたらどうしよ」 ぞっとしない想像だが、しておかなくてはならなかった。 諦めるという道はない。この身は、常に楓と共にあると誓ったのだ。何を置いても戻らなければならない。 ……とはいえ、いざ何かを置いていかなくてはならなくなった時、基本的にお人好しの耕一がそれに背を向けられるか、というと、耕一自身もあまり自信はなかったが。 これまでも、最優先で教師に話を聞くべきなのに、ルイズに付き合ったりしているし。 「あてもなく旅に出るのは最終手段として……」 なんとか、大人連中の協力を取り付けたいところだ。 しかし、例え善意溢れる人達だったとしても、異邦人で立場も弱い自分のあてもない頼みを熱心に探してくれるわけもない。 本気で探してもらうには、相応の代価を払わなくてはならないだろう。そして、一介の大学生でしかなかった耕一が持てる代価は、ただ一つ。 「……交渉の材料が、この力しかないってのがなぁ」 右手を見つめて、一人ごちる。 現在の事態を先に進めるには、何にせよエルクゥの力を振るうしかない。 割り切ってはいるし、それが都合のいい借り物でもなく、耕一自身の意志によって得た力だと言う事も理解しているし、実際アルバイトの肉体労働でも大活躍させているのだが、やはりこう、釈然としないものは残るのだった。 「祖父さんなら、もう少しスマートにやったんだろうか」 一代で鶴来屋を立ち上げた祖父、柏木耕平。 自分が生まれた頃には既に故人となっていたから話だけしか知らないが、彼も鬼を制御した雄のエルクゥの一人らしい。 おそらくその興業史には、召喚されたばかりの頃耕一がやったような、鬼氣によって人を威圧する、みたいな行動も織り交ぜていたんだろう、と推測していた。 まっすぐ脅しに使っては、『社会での影響力を持つ』というその目的に添わなくなってしまうから、あくまでもさりげなく、交渉を有利にする程度、だろうが。 「……ま、何とかするしかないよな」 何とか出来なければ楓ちゃんに会えなくなるかもしれないのだ。うまくやるしかなかった。 「…………」 思索が一段楽して、耕一の横を幾人もの生徒たちが通り過ぎていっても、ルイズは現れなかった。 「……ルイズちゃん、遅いな」 昨夜も朝も、こんなに時間は掛からなかったと思うんだけど。 昼食はメニューが違ってとりわけ時間が掛かる……とは、厨房を見る限り思えなかった。 入り口を覗き込んで、中の様子を窺ってみる。 「うーん、あのピンクの髪かな」 2年生の食卓である真ん中のテーブルには、それらしき桃色の髪が見える。 隣には背の高い、赤い髪の女性がいる。確か、キュルケと言ったか。彼女と何がしかを話しているらしかった。 「友達と話してるのか。うーん、どうしようかな」 まだ時間があるようだったら、一言断って、先生に話をしに行ってみようか。 「……そうだな、そうするか」 拙速は巧遅に如かず。まぁルイズに従っている時点で既に拙遅なのかもしれないが、大人の協力を取り付けるための処世術と言う事にしておく。 耕一は食堂に入り、ルイズに近寄っていく。 その途中。 「なあギーシュ! お前、今は誰と付きあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」 「付きあう、か。僕にそのような特定の女性がいてはいけないのだ。薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだからね」 そんな会話が聞こえてきて、耕一は身体中が痒くなる感覚に襲われた。 プレイボーイをキザに気取ったナルシストなんて、現代日本じゃ芸能界でもまずお目にかかれない人格だ。さすがファンタジー世界。 輝くような金髪のクセっ毛、確かに整った目鼻立ち、ドレープが親の仇のごとく付いた飾りシャツに、手に持った薔薇―――と、そのシャツと薔薇には見覚えがあった。 さっきの授業で、ルイズをからかっていた一人だ。隣には、反論したらあわあわと泡を食っていた小太りの男子もいる。そう、確かにあの時も、彼はギーシュと呼ばれていた。 ああいう人種に関わるとロクな事がない、と現代で培った人を見る眼で察知し、そそくさとルイズの所に向かおうとする耕一だったが、運命は彼を見放さなかった。 耕一が視線を外そうとした時、ぽとり、と、ギーシュ少年の懐から、小さな小瓶が落ちるのを見つけてしまった。 本人も友人も、小瓶に気付かずお喋りに興じている。やれやれ、と肩をすくめながら、ころころと転がってきたそれを拾い上げた。 「はい、これ、落としたよ」 ギーシュに向かって差し出す。 しかし、ギーシュはそれをさっと視線で一瞥しただけで、すぐに視線を外してしまった。顔は向けてすらいない。 「どうしたんだ? 君のじゃないのか?」 「……ああ、そうだ。それは僕のじゃない」 どこか潜めた声で、視線をキョロキョロさせながら、ギーシュは言う。 その様子に、耕一は察知した。これを持っている事が、視線の先にいる誰かに知られたらまずいんだな、と。 「うーん、そうなのか。確かに君の懐から落ちたのを見たんだけどな」 本気で困らせるつもりもないが、クラスメートの女の子にあんな態度を取るような男には少し意趣返ししてもバチは当たらないよな、などと自分を正当化しつつ言って、それを目線の高さまで掲げ、光に透かしてみる。 背の高い耕一の目線の高さは、おそらく食堂中の全員に見える事だろう。中には紫色の液体が入っていて、ゆらゆらと揺れていた。 ギーシュは、それを下げろそれを! と必死に目で訴えかけてくるが、丁重に気付かないフリをした。 「それじゃあ、これは先生にでも届けておくよ。呼び止めてごめんな」 「あ、ちょ、ちょっと待ちたま」 ギーシュが慌てた様子で言う前に、バン! と甲高い音が食堂に響いた。 それは、豪奢な巻き髪の少女が、立ち上がりつつ両手でテーブルを思いっきりぶっ叩いた音だった。 そのまま無言で、つかつかと耕一達のところに歩いてくる少女の周囲には、青白いオーラのようなものが幻視出来たであろう。 「ふーん。そう。これ、あなたのものじゃないんだ?」 「ああ、モンモランシー。今日も美しいね。君の宝石のような髪が、陽に照らされて輝いているよ」 耕一の手から小瓶をひったくり、ギーシュの目の前に突きつける少女。その鬼気迫る声(となりに本物の鬼がいるのだから、まさに文字通りだ)に、隣の太っちょ男子などは震え上がっている。 ギーシュは芝居がかった仕草で少女を誉めそやすが、それを見た100人中100人は、それを言い逃れと断ずるであろう。事実、その額には冷や汗が一筋伝っていた。 「紫の香水をあげた意味、あなたならわかっているんでしょう? ギーシュ」 「ああ、そんな顔をしないでおくれ、我が宝石たる『香水』のモンモランシー。そんな怒りの表情で、薔薇のようなその顔を曇らせないでおくれよ」 「それを、自分のものじゃない、というのね? そう……あなたの気持ち、よーーーっくわかった、わっ!」 「ご、誤解だモンモランぴぎぃっ!?」 モンモランシー、と呼ばれた巻き髪の少女は、ギーシュの並べ立てるおべっかを丸無視して自らの言葉を紡ぐと、テーブルにあったワインの瓶を引っ掴み、バットのようにギーシュの側頭を一撃の元にしばき倒した。 ゴキーンという鈍い音と、ガシャーンという甲高い音が同時に響き渡り、ギーシュはひっくり返って昏倒し、ガラスの破片とワインの海に沈んだ。 「さようなら。残念だわ」 そして、足音を響かせ、肩をいからせて、モンモランシーは食堂を出ていってしまった。 呆然とする耕一とギーシュの友人達。 ギーシュ本人は、頭からワインの染み込んだ絨毯に突っ伏していてピクピクと数回引きつるような痙攣を起こした後、むくりと立ち上がり、 「……やれやれ。キレイな薔薇にはトゲがあるものだね」 そう大仰に頭を振って、ワインに濡れて真っ赤になった頭を、どこからか取り出したハンカチで拭き出した。 ……あのルイズといいこのギーシュといい、なんで吉本新喜劇みたいなオチをつけたがるんだ、と耕一は思わずズッコケたくなった。なんだ、この世界の貴族は、何かチョンボをやらかしたらオチをつけて周囲をズッコケさせなきゃいけない決まりでもあるのか。 だが、騒動はそれでは終わらなかった。 別のテーブルに座っていた、茶色のマントを羽織った少女が、弱々しくギーシュ達に近寄ってきて、 「ギーシュさま……」 その栗色の髪をふるふると震わせ、涙を流し始めてしまう。 「やはり、ミス・モンモランシと……」 「誤解だよケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、あの清浄なる森の中での君の笑顔だけなんぷべらっ!?」 ばちーん! といい音がした。 先程モンモランシーに対していたのと変わらぬ調子で美辞を並べるギーシュの頬を、ケティと呼ばれた少女は思いっきり振りかぶった平手でしばき倒した。 ぐちゃっ、と、濡れた音を立てて、再びワインの海に沈むギーシュ。 「その香水があなたの懐から落ちるところ、私も見ておりました! さようなら!」 涙を止めないまま、ケティは走り去っていった。 「だ、大丈夫かギーシュ?」 太っちょ男子が、崩れ落ちているギーシュを足の先で突っつきながら心配した声を上げる。 ギーシュは、まるで幽鬼のように、ゆらり、と立ち上がると、大仰に頭を振り、肩をすくませた。 「……どうやらあのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだね」 この期に及んでプレイボーイを気取るつもりらしい。 愛憎の修羅場を特等席で見させられてお腹いっぱいの耕一は、ため息と共に肩を落とし、ルイズの元に向かおうと踵を返した。 「待ちたまえ」 「……何か用かい?」 呼び止められて、仕方なく振り向く。 ギーシュは、モンモランシーに殴り飛ばされるまで座っていた椅子に優雅に座って回転し、すちゃっ! と器用に足を組んで、薔薇を構え、 「君が軽率に、香水の壜など拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついたではないか。どうしてくれるんだね」 びしぃっ! と、耕一に薔薇の先を突きつけた。 「…………意味がよくわからないんだが」 本気で意味がわからず、眉をひそめてそう聞き返すしかなかった。 ギーシュは、これだから学のない平民は、とやはり大仰な仕草で頭を抱えるフリをした。 「まったく、僕が知らないフリをした時に事情を察し、話を合わせて壜を目に付かないところにしまうぐらいの機微を持ってから学院に奉公したまえ。レディたちの涙は、君の不甲斐なさのせいだぞ」 ものすごい言い草だった。周囲の友人連中も、ぽかんとしている。 ―――ああ、つまり、八つ当たりなのか。 耕一は、ギーシュの顔が(頬に出来た大きな紅葉は別として)赤くなっているのに気付いて、そう思った。 「……いや、どう考えても二股をかけてたお前のせいだろうが」 「な、なに?」 子供の八つ当たりぐらいは受け止めてやるが、さすがに二股男の八つ当たりを受ける気にはなれなかった。 「たまたまバレただけで、俺が香水を拾ったのはただのきっかけだろう。もっと言うなら、二股とは言え恋人に貰ったプレゼントを、気付かずに落とすようなところに仕舞っておいた上に、誠実に対処せず誤魔化して切り抜けようとするような奴のせいだな」 「な、な、き、貴様っ! 貴族を侮辱するかっ!?」 「阿呆。侮辱してるのはお前だ。お前。貴族扱いされたいなら貴族らしい事をしてからにしろ。それとも、ここでいう貴族ってのは、二股がバレたら必死に誤魔化そうとして女の子を泣かすような奴の事を言うのか?」 耕一が言い捨てると、ギーシュの顔が真っ赤になった。食堂内が騒ぎに気付いて騒然となってくる。 反論が浮かばないのか、耕一を睨み付けていたギーシュが、何かに気付いたように口を開く。 「……君、どこかで見た事があると思ったら、思い出したぞ。さっきの授業にいた、ゼロのルイズの使い魔だな」 「ま、そういう事になってるね」 「ふん。学院への奉公人ですらない平民に、貴族への礼儀を説いても無駄だったか」 「二股がバレたら必死に誤魔化そうとして女の子を泣かした後に他人に八つ当たりするような子供に対する礼儀ってのがあったら、是非教えてくれ。俺には、張り倒して躾るぐらいしか浮かばないんだ」 ギーシュの顔が、剣呑に歪んだ。 「……よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」 ギーシュは、右手を覆っていた白い手袋を外すと、持っていた薔薇と共に耕一に投げつけて、大きく宣言した。 「決闘だ!」 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁12話「品評会EXステージ」 ルイズが地獄を見た日から、半月程日々が流れた。 真っ白な灰となり、風が吹けば飛び散ってしまいそうな程にか細い存在と成り果てていたルイズも、既に何時もの調子を取り戻している。 宮廷は王位継承で連日大賑わい、ルイズ達の罪状も恩赦で無かった事に。 晴れ晴れした気分になれるはずのそんな日々を、より満ち足りた物にするイベントがルイズ達を待っていた。 「私達に芸を披露しろと?」 ルイズが呆気に取られた顔で問い返すと、コルベールは満面の笑みで頷いた。 「ああ、この間の品評会が特に好評でね、あれを王位継承祭の時に披露して欲しいと宮廷から打診が来たんだ。光栄な事だ、是非頑張ってくれたまえ」 その宮廷を散々騒がせた当人達に頼む事じゃないのでは。とか思ったが口にはしないルイズ。 上位三人、タバサとキュルケとルイズの使い魔を王都特設ステージで披露するという趣旨だ。 派手すぎるイベントはそもそも好まないタバサは無表情のまま、拒否オーラを出している。 キュルケは評価された事自体は嬉しいようで、面倒そうにしつつも悪い気はしてない模様。 そしてルイズ。声をかけてもらったのは嬉しいのだが、宮廷で目立つのはもう避けたいと思っていた矢先であるので、返答に困る。 「色々あったけど、それも含めての依頼だ。気にせず全力で披露してくるといい」 コルベールのそんな勧め言葉に、ルイズ達は頷くしかなかった。 「ふれいむうううううううううう!!」 泡を噴きながらぴくぴくと震える愛する使い魔を抱きかかえながらキュルケが絶叫する。 すぐ隣ではタバサの使い魔シルフィードが、同様に痙攣しながら引っくり返っていた。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人はそれぞれの使い魔を伴い早めに会場入りしていた。 引率のコルベールが王室付きの医師を呼んできて、倒れた二体の使い魔の症状を見てもらうと、何らかの薬物中毒であるとの事。 すぐに治療した為大事には至らなかったが、魔法を持ってしても回復には丸一日かかるそうだ。 ひとしきり憤慨した後、さてどうするかとなった。 使い魔抜きでは芸の披露など出来ない。 コルベールは運営委員会に事情の説明をして、今回は出場を見合わせるといった旨の発言をするが、三人は納得しなかった。 あれから更に練習を重ねて練度を上げてきた珠玉の芸である。 何より、これが事故ではなく誰かの故意によって引き起こされた事態であると思われた事が四人を頑なにしていた。 ルイズは額に皺を寄せっぱなしである。 「冗談じゃ無いわ。何処の何方様か知らないけど、そんなに私達の芸が嫌だっていうんなら、絶対にやりきってあげる」 完全に戦闘体勢のキュルケ。 「犯人消し炭に変えるのは後よ。今はステージを成功させて奴の鼻を明かしてやるわ」 タバサもまた薬物の使用が余程気に入らなかったのか、顔に出さず激怒していた。 「……許さない」 誰一人止まってくれそうにない。それ以前にコルベールは剣振り回しながら犯人探しに行こうとする燦を止めるので手一杯である。 コルベール抜きのまま、どうするかの相談は続く。 たまたまその場に居合わせてしまった不幸な王室付き医師も巻き込んで、何とかステージのアイディアは纏まる。 細かい詰めに入る頃にはようやく燦も落ち着いてくれ、コルベールと燦も交えて突貫作業の準備が始った。 「な、何とか間に合ったわね」 肩で息をしながらルイズがそう呟くと、キュルケも壁にもたれかかって荒い息を吐く。 「間に合ったっていうのコレ? いやそれでももう、やるしかないんだけどさ」 「大丈夫よ、きっとウケるとは思うわ。というかこれだけやってウケ無かったら私暴れるわよ」 「そんな元気が残ってればね」 タバサと燦の方もどうやら終わったらしい。 最後の打ち合わせを終えると、コルベールは舞台天井に登ってスタンバイ。 「……何で私もココに居るのよ」 お祭りという事で遊びに来ていたモンモランシーが何故か付帯袖に居る。 ぶちぶち文句を言うモンモランシーを、逃げたら燃やすの一言で連れてきたキュルケはぴしゃっと言い放つ。 「うっさい、ギーシュはお兄さんと一緒なんでしょ? だったらどうせ暇なんだから付き合いなさい」 「もう充分付き合ってあげたでしょ! 何で私が大工仕事なんてしなきゃならないのよ……」 ぐちゃぐちゃ言った所で、既に会場は満員御礼。 前席の貴族席はもとより、外野席に当たる平民用の席も立ち見が出る程の大賑わいである。 モット伯の件は宮廷のみならず平民達の間でも有名で、そんな連中が一体何をやらかしてくれるのかと皆興味津々なのである。 モンモランシーもここまで付き合ってしまった為、引っ込みがつかなくなってしまっているのだ。 大きく深呼吸一つ。 ルイズは舞台袖で皆に気合を入れる。 「行くわよ!」 まずはルイズとキュルケの二人がステージへ出る。 この二人こそモット伯晒し者事件の主犯である。自己紹介が済むと後席の平民達がわっと沸く。 平民を守って悪徳貴族を懲らしめた、そう街中に広まっているせいかエライ人気である。 思わぬ好感触に、二人は気をよくしつつ芸の準備に入る。 二人が引っ張ってきたのは巨大な箱である。 下に車輪がついているおかげで、スムーズな移動が可能なそれを観客達の前で一回転させ、タネも仕掛けも無い事を示す。 何をするつもりかと観客達が見守る中、ルイズがその箱の中に入ってしまう。 箱の上部にある穴から首を出し、準備完了。 箱の大きさはちょうどルイズの体全体がぴったり収まる大きさで、中で身動きする余裕もほとんどない。 そこでキュルケが取り出だしたのは一本の剣。 ルイズとキュルケ、二人の視線が絡み合う。 「い、いいわよっ!」 「おしっ、遠慮無しでいくから覚悟決めなさい」 ぶすーーーーーーーーっ!! 宣言通り遠慮呵責無しに、深々と箱に剣を突き刺した。 箱の上部から飛び出しているルイズの顔が、見るも無残に変形する。 観客席、特に貴族の多い前席からは小さい悲鳴が上がるが、すぐにルイズがにこっと笑ったおかげで皆が安堵する。 もちろん芸はこれで終わりではない。 アシスタントモンモランシーが、舞台袖から剣を十本、重そうにしながら持って来る。 「ちょ! ちょっとキュルケ!」 洒落にならぬ気配を感じ取ったルイズは、顔中から嫌な汗が垂れるのを堪えながらキュルケに抗議する。 「一本や二本じゃ誰も納得しないでしょ」 「だったら最初っから言っときなさいよ!」 「何言ってるの。最初に言ったらアンタ嫌がったでしょうに」 小声でぼそぼそと言い合いながらも、キュルケは剣を受け取り、早々に構える。 「いや、それ死ぬから! 本気で死んじゃうってばあああああああっ!」 「舞台袖に王宮付き医師揃えてるんだから、即死以外は何とかするわよ」 「人事だと思って……ぎゃあああああああああああ!!」 ルイズの悲鳴に重なるように、キュルケはもうこれでもかという勢いでぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすと剣を突き刺していく。 都度貴族のご息女とも思えぬ、もぬすごい顔になるルイズ。 そう、この手品。タネも仕掛けも本当に無いのである。 気合で耐えて、ステージが終わるなり舞台袖に控えている王宮付きの優秀な医師達に魔法で治してもらうつもりなのだ。 箱の底板から赤黒い何かがじわっと染み出てくる。 上部の板にはルイズが吐き出した血が放射状に飛び散り、舞台上まで血しぶきが舞っている。 キュルケは全ての剣を突き刺し終わると、一礼をしようとするが、箱を振り返ってこんこんと叩き、ルイズにも礼をするよう促す。 当然、剣が十一本も刺さってるルイズはそれどころではない。 頭がぐでーっと穴の縁によりかかるように寝転び、反応すら出来ない。 それを見たキュルケは肩を竦めて見せ、観客達に大きく礼をして締めた。 観客達の大爆笑を背にステージ袖まで箱のままルイズを引っ張っていく。 誰も大貴族ヴァリエール家の娘が、本気で自分に剣刺してるなんて思ってもみないのだ。 奥にはサイレントの魔法で音が外に漏れぬようにしてある、簡易手術室が用意されていた。 「早く! 顔が土気色になってきてるわ!」 医師達は呆れすぎて文句を言う気にもならないらしい。 「……すげぇ……本気でやりやがった……」 「馬鹿! ぼさっとしてる場合か! すぐに手術にかかるぞ! バカバカしいとか思うなよ! むしろその勇気を称えろ! そうとでも思わなきゃ治してやる気になんてなれんからな!」 「急所外せばいいってもんでもないだろ……うっわ、ひでぇなこりゃ。この出血でまだ息があるとかそれが既に奇跡だろ」 次なるはキュルケの出番である。 フレイムがやる予定であった火の輪くぐりをキュルケ自身で行うのだ。 流石に品評会の時のような精度を維持しつつアクションは無理なので、火の輪はコルベール作成の鉄の棒に藁を巻いて油を浸し、火を付けるようになっている。 が、実際に火をつけてみたモンモランシーは確信する。 『……こんなのくぐったら自分も燃えるわよ、絶対』 コルベールが油の量を誤ったのか、凄まじい勢いで燃え盛る炎。 実はこれ、自分だけ痛いのが許せないと思ったルイズが、油の量を倍に増やしていたのだ。 曰く「このぐらいスリリングな方がきっと盛り上がるわ! キュルケも私の配慮にきっと感謝するわね!」だそうである。 モンモランシーが舞台袖に戻ってくると、キュルケが水を頭から被っている所であった。 この時体に纏わり付いた水を、モンモランシーとタバサが魔法で操り、火からキュルケを守るというのがこの芸のタネであった。 「キュルケ、多分無理」 炎の勢いを見たタバサは即断する。 「何言ってるのよ! 今更引っ込みつかないでしょ! 二人共頼りにしてるんだから頑張ってよね!」 モンモランシーとタバサは顔を見合わせる。 「……あの氷の矢に耐えたキュルケだし、きっといけるわよね?」 「耐えられるとは思う。患者が一人増えるだろうけど」 三つ程用意されていた火の輪は、その全てが紅蓮の炎で燃え上がっている。 キュルケは、舞台袖から走り出して行った。 モンモランシーとタバサの目には、その背中がうすらぼんやりと透けて見えたような気がした。 いきなり飛び出してきたキュルケは、まず一つ目の火の輪に頭から飛び込んでくぐり抜けると、すぐに立ち上がって観客達に礼をする。 にこやかに笑うキュルケであったが、内心それ所ではなかった。 『何よこれ! 滅茶苦茶熱いじゃない! どうなって……』 一応危ないからと厚手の服を用意していたのだが、その随所から火が上がっている。 水の幕なぞ一瞬で蒸発してしまった模様。 『たばさもんもらんしいいいいいいいいいい!!』 一度引っ込んで再度水の魔法を、そう思ったのだが、観客達は先の芸と同じ芸風かと大笑いで迎えている。 既に引っ込みはつかない。 『ああもうっ! やればいいんでしょやれば!』 豊満な肉体を誇るキュルケの衣服が、炎で焼け焦げ、瑞々しい皮膚が外に晒される。 服の端から燃え尽きていく形になっているので、長めのスカートの端から少しづつ艶やかな太ももが姿を現す。 アクションの大きさもあって、絶対領域は確実に失われていく。 上着は端からではなく、はち切れんばかりに漲った胸部の上から黒ずみ、下の柔肌を露出させていく。 アクションのみではなく、得意の扇情的な仕草を交え、時に淫らに、時に激しく動いて観客達に応える。 キュルケはもう色んな意味でヤケになっていた。 きっちり台座に固定してあった火の輪を素手で掴んで、逆上がりまでしてみせる。 のんびり火の輪の中に座り込みながら欠伸をするなんて真似までやったキュルケは、最後にステージの前に出て会釈をした。 その頃にはもう全身が燃え盛っており、余りに派手な演出は、観客を存分に驚かせ、満足させてくれた。 ロクに前も見えない状態で何とか舞台袖に引っ込み、簡易手術室に駆け込むと、すぐさま全身に水をぶっ掛けられた。 「馬鹿か!? こいつら揃いも揃って発狂してるのか!?」 「普通熱くて動けなくなるだろ! 何で平気な顔してアクションとかやってられんだよ! おかしいだろコイツ!」 信じられぬといった顔の医師達を前に、キュルケはか細い声で言い放つ。 「……き、きあいとこんじょーよ……」 手を上げ、親指立てようとしたが、指が半ばから炭化していて動いてくれなかった。 「アホかあああああああ!! 気合も根性も使いどころ間違えすぎだろ! 誰が得すんだこれ! いやマジで教えてくれって!」 「何という病人。コイツが将来どうなっちまうのか、不安すぎて笑いが止まらん」 ちなみに魔法が無ければ間違いなく死亡である。 いかに火に慣れているとはいえ、全身に二度から三度の熱傷とか医師が匙を投げても誰も責めないレベルだ。 キュルケのステージ直後、大慌てで舞台の天井から降りてきたコルベールに、タバサは冷静に言った。 「あれならまだ治療が間に合う。ミスタ・コルベールがもしもの為に医療スタッフをと言った時、二人が反対しない所か諸手を挙げて賛成した理由をもっと考えておくべきだった……」 「しかしっ!」 「何を言ってももう遅い。次のステージは安全だから安心して」 キュルケもルイズも、この芸にはタネがあるとコルベール、タバサ、燦を騙くらかしていた訳で。 既にステージもラスト、今更中止した所で状況は変わらない。 「説教は私もする。とにかくこれを終わらせないと」 との言葉に渋々コルベールは従った。 最後は燦とタバサのステージだ。 直径3メイルを越える巨大な水槽を、タバサと燦の二人でえっちらおっちらとステージに引っ張り出していく。 コルベールは天井で待機。 しかる後、モンモランシーが人間サイズの箱を引っ張り出してくる。 箱の上部にはロープがついており、その上端は天井裏の簡易な滑車に繋がっていて、ハンドルはコルベールが握っていた。 極めて単純な芸だ。 箱の中に燦が入り、滑車を使って水槽の中に落とす。 箱には穴が空いており、観客の見ている前で箱の中へ水が入っていく。 水槽は箱より高い水位である為、水は箱の中を満たしてしまい、中の人間は溺れてしまうだろう。 が、中に居るのは人魚の燦だ。水を被ると人魚になってしまうが、溺れるという心配だけはない。 確実に中の人間は溺れ死ぬだろうという所まで放置した後、箱を引き上げ、タバサが魔法の布と言って乾いたタオルを箱の上から差し入れる。 それで水気を拭いた燦は人に戻り、扉を開ければ万事おーけいという訳だ。 最後の最後でまともな芸、これを見事に成功させステージで締めくくった二人は、協力者二人と共にステージ前面に並ぶ。 すぐに舞台袖からタンカに乗せられたままのルイズとキュルケも現れる。 それを見た観客達の爆笑を受けながら、六人は礼をし、ステージを終えた。 「ねえキュルケ。何かこう不条理じゃないこれ?」 「理不尽よね。私達だけこんな目に遭ってるのって」 どう考えても自業自得な二人の愚痴を聞いてくれる者は誰も居なかった。 後日、王都トリステインにとある噂が流れた。 例のステージ、あれ実は本当に大怪我を負っていたという噂だ。 出所も確かであったその噂は、しかし一笑に付された。 緊迫感もあり、スリリングなステージであった事は認めるが、まさか本当に刺したり燃やしたりする馬鹿が居るわけがない。 ましてや相手は貴族だ。そんな愚かな行為をどうしてしなければならないのか。 手品の世界では、まさか、という事を本当にやるからこそ客は驚き喜んでくれるという考えがある。 正にそれを地で行く展開であった。 命を賭した決死の芸は、長くトリステイン貴族に限らず平民にまで語り継がれる素晴らしいステージとなったのであった。 当然その後も出演依頼が殺到したのだが、生徒達に伝わる前に学園側が断固としてこれを拒否した。 無理からぬ事であろう。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ/ゼロの使い/次ページ 瓦礫一つ、動くもの一つ無い、ニューカッスル城跡地に三体の鉄像が立ち尽くしていた。 しばらくすると、鉄像が徐々に元の姿に戻っていった。 「驚きましたね。」 「ああ、まさかワルドが自爆するとは・・・」 「そうじゃなくて、あれほどの大爆発の中で生き残った事に驚いたんですよ。」 あの時、マホカンタでは間に合わぬと判断したメディルが鋼鉄変化呪文・アストロンを唱えたお陰だった。 後、0.1秒判断が遅ければマホカンタを使用しているメディルはともかく、他の二人は城の者と運命を共にしたであろう。 「あれは自爆ではない・・・恐らく何者かに爆破させられたのだろう。」 「では、ワルドの他に文と私の命を狙う刺客がいたと?」 「そう考えるのが妥当だろう。傭兵や山賊の一件と言い、奴一人で全てをやったとは思えぬ。」 「とにかく、ここを離れましょう。その刺客が確認に来るかもしれません。」 「さっきも言ったが、僕はここで死ぬ。だから君たちは・・・」 ウェールズは台詞を言い終わることができなかった。 背後から突き出された槍に、心臓を貫かれ、断末魔すらあげる事の出来ぬまま即死したからだ。 「念の為来てみれば・・・道連れにすら出来ぬとは、つくづく役に立たぬ男だ・・・」 槍の主が、得物を死体から引き抜く。そいつは傭兵と山賊を雇ったあの髑髏の騎乗兵だった。 すかさず、メディルが五指爆炎弾を見舞うが、華麗な槍捌きによって、全て弾かれた。 「いきなり、メラゾーマ5発とは随分な挨拶じゃないか。」 「貴様が、もう一人の刺客か。」 「いかにも。呪いのかかった金貨で傭兵と山賊をけしかけたのはこの私だ。」 「よくも、皇太子を・・・!!」 ルイズが失敗魔法を放とうとするのを、メディルが制す。 「止せ。お前の適う相手ではない。」 メディルは無意識のうちに悟った。間違いなくこいつはワルドより格上。 1体1ならともかく、主を守りながら勝てるかどうかは五分五分だった。 「そうそう。私はたださっき吹っ飛んだ役立たずの尻拭いに来ただけなんだ。そしてそれはもう済んだ。 私が君たちと戦う理由は無い。」 「文はどうする?」 「さっき、上層部から連絡があってねぇ。もう文は要らぬと仰りだ。」 「ほう。」 「まあ、私自身が戦う理由は無い・・・だけだがね。」 言われて、メディルはようやく気づいた。いつの間にか周囲が紫色の霧に覆われ、そこから骸の兵士や 中身の無い血まみれの甲冑の群れが這い出してきていることに。 「我が名は死神君主・グレートライドン。冥土の土産に、覚えておいてくれたまえ・・・」 それだけ言い残して、グレートライドンの姿は消えた。 「どうするメディル?」 「この霧、恐らくこの近くで冥界の入り口が開いたのだろう。」 「それって・・・」 「恐らくこの亡者どもは無限に湧いて出るはず。相手にするだけ無駄だ。」 「じゃあ・・・」 「答えは一つ。ルーラ!」 しかし、不思議な力でかき消された。 「やはりそう甘くは無いか。・・・なんてな。」 メディルは手近な魔物にマホカンタをかけた。 「ルイズ、皇太子の死体と私の服の裾を掴め、早く!!」 「わ、わかった。」 言われるがままにするルイズ。 「生憎、着地がうまく行くかどうかは運次第だ。バシルーラ!!」 先程の魔物にかけたバシルーラが、跳ね返ってくる。 その結果、三人はニューカッスル城跡を脱出することに成功したのだが。 「この後はどうするの!!?」 「柔らかい場所か、海上か、その辺飛んでる船の上に落ちることを祈るしかない。ルーラはまだ発動できないんだ。」 「いやあああああああああああ!!!」ルイズの絶叫がアルビオン領空に木霊した。 ルイズ達が一生に一度しかしないであろう、スカイダイビングをしている頃、 アルビオン大陸軍港施設・ロサイスの一室に司祭姿の細い男が玉座に座っていた。 「閣下。」 馬に乗った死神君主が、その男の元へやってきた。 「君か。皇太子はどうした。」 「心臓を一突きに。他2名は取り逃がしましたが・・・」 「冥府の入り口まで開いておきながら・・・か?」 「あのメディルと言う男・・・かなりの切れ者のようで・・・」 「そうか。それにしても、子爵で作った花火は美しかったな。遠くからでも良く見えたよ。」 「皇太子一人吹き飛ばせない、完全な娯楽専用の花火でしたがね。」 「まあ、あれだけ綺麗ならあのお方も満足なさるだろう。それより・・・」 「分かっております。その準備を兼ねて、この世とあの世を繋げたのですから。」 「楽しみだな。トリステインが血と炎に染まる日が。」 「全く持ってその通りで。制圧の暁には閣下はまず何をなさるおつもりで?」 「・・・トリステインにはそれは美しい姫がいるという。ぜひ一度食したいと思っていたのだ。」 「相変わらずですね。百人もの美女を食べておきながら・・・」 ルイズ達は幸運にも、トリステイン国近海に不時着(落下直前、メディルが硬化呪文スクルトを連発し衝撃を和らげた)した。 彼曰く、岩場などの硬い場所ではアストロンを使う予定だったとの事。 事ここに至って、ようやくルーラが使用可能となり、ルイズ達は海水と海藻にまみれたまま、 死体を引っさげて姫に謁見と言う、トリステイン始まって以来の暴挙を成し遂げた。 死体を見せ、事の仔細を説明すると、姫は壊れたかのように号泣し、天もまた、惜しみない涙を流した。 1時間ほど泣いただろうか。ようやく涙の収まったアンリエッタが言った。 「ごめんなさい・・・つい取り乱してしまって・・・手紙奪還の件、有難うございます。 褒美にそなたが望むがままの地位を与えましょう。皇太子の遺体はわが国で手厚く葬ることに・・・」 「とんでもない。私はただ、友人の頼みを聞いたに過ぎません。」 「僭越ながら、姫様に申し上げたい義がございます。」 「何でしょう。」 「姫様はゲルマニアに嫁ぐべきではありません。」 「何故ですか?」 「最愛の男が目の前にいるのに、何故ですか?はないんじゃないか、アンリエッタ。」 ルイズとアンリエッタ、メディル以外は聞き覚えの無い声に、その場にいる者は皆振り向き、目を見開いた。 確かに死んだはずのウェールズ皇太子が立って喋れば誰でもそうしたであろう。 「どどど、どういう事!!?」 「どうもこうも無い。私の魔法で生き返らせたのだ。」 「だって、あれは・・・」 「一部を除き人は無理。確かに私はそう言った。しかし、幸運にもウェールズはその一部だったのだ。」 「一部の人間ってどういう定義で決まるの?」 「黄泉の国から舞い戻るほどの強い意志、または神や精霊などの何らかの助力。 どちらかを持ち合わせた者のみは蘇生が可能だ。」 「でも、いつの間に・・・もっと早く復活させたって・・・」 「愛しの姫の前に来れば、皇太子の死の淵から生還しようとする意志は強くなるだろうし、 敵には皇太子が死んだと思ってもらったほうが好都合だ。 そう判断し、王室へ戻り次第蘇生を行うはずだったのだが、姫が泣き出したお陰で、 タイミングを逃し、30分待っても泣き止む気配が無いので、復活させたが、 皆姫に気を取られていて気が付かなかった。で、今ここに至るわけだ。」 「ミスタ・メディル、その術で、我が王党派の者達の復活を依頼したいのだが・・・」 「残念だがそれは無理だ。あの爆発で全員、跡形も無く消滅してしまったし。時間も経ちすぎた。 灰や消し炭となった者、死後一時間以上経った人間はいかに私とて救えない。前述の助力を持つ者は時間に関係なく死体と意志さえあれば蘇生出来るが、 残念ながら、あの城の者達にそういう物は感じられなかった。 あの城の者達の毛髪でも肉片でもいいから、死体の一部があれば姫が泣き止む前に蘇生出来たかもしれぬのだが・・・」 「そうか・・・やはり叶わぬ願いだったか・・・」 「でも、良かったですね。姫様。」 「ええ・・・でも・・・」 「なりませぬぞ、姫!」 突如口を挟んだのは民から鳥の骨と呼ばれているマザリーニ枢機卿であった。 「一通の手紙でさえ、危うく国を危機に貶める所だったのに、事もあろうに・・・」 「この場の全員が口を閉ざし、皇太子は外部から見えぬ所で・・・ たとえば地下牢や隠し部屋で生活していただく。これならばどうと言うことはあるまい。」 「ききき、貴様。一国の姫に、不倫しろとでも言うつもりか!!?」 「敵から身を隠すためとはいえ、地下牢は勘弁してもらいたいな。」 「不倫しろといった覚えは無いし、さほど長い時間隠れていろという訳でもない。」 「どういう事?」 「間もなく、レコン・キスタが攻め込んでくるだろう。そもそも政略結婚の発端は奴らを倒すため、 同盟を結ぶしかなかったから。逆に言えば、奴らを倒せば晴れて堂々と結婚できると言うわけだ。」 「そんな簡単に倒せるわけが・・・」 「私なら倒せる。否、倒して見せる。」 「枢機卿殿、彼は緻密な策を用い、ワルド子爵を死闘の末、打ち負かしたのです。」 「他にも城一つ吹き飛ばす爆発から守る術を使ったり、凄まじい嵐を吹き飛ばしたり・・・ 正に彼の実力は桁外れです。国一つと戦わせても決して引けをとらぬはずです。」 「マザリーニ。私からも頼みます。私の友人とその使い魔を信じてやってはくれませぬか?」 使い魔、公爵の娘、皇太子、そして主君の眼差しに流石の枢機卿も折れた。 「では即刻、軍議に移るとしましょう。」とウェールズが切り出す。 「そうですな。敵の兵力は?」とマザリーニ。 「少なくとも5万。しかし、トリステイン侵攻の際はさらに多くの兵を率いてくるでしょう。」 「我が国の兵では太刀打ちできぬ。メディル殿に頼るしかないか・・・」 「ルイズ、ミスタ・メディル。ちょっと・・・」 二人は君主に言われるがままに、一冊の書の前に来た。 「これは始祖の祈祷書。指輪を嵌めた特定の者のみ、読めると言われています。メディル、あなたのルーンは始祖ブリミルの使い魔の物。 すなわちルイズ、あなたは始祖の使い魔の後継者を呼び出したと言えるのです。」 「なるほど。そのルイズならその書を読めるかも知れぬと。」 「はい。ミスタ・メディルの力を疑うわけではありませんが、保険は多いに越したことはありません。 あわよくば、この書にはこの戦を左右することが記されているかもしれないのです。」 「わかりました。」 返事と共に、書を手に取り、ゆっくりと読み上げるルイズ。その手には水のルビーが嵌められていた。 現段階で祈祷書から得られた情報はルイズが失われた虚無の使い手であり、彼女の爆発は失敗ではなく 虚無の初歩の術・爆発によるものであったこと。 そしてルイズは初歩の魔法『爆発』を覚えた。 「それはさておき、この度女王陛下のお耳に入れておきたいことが。」 「何ですか?」 「実は―」 「何と、そのような。」 「従わぬようなら国家反逆罪で処刑すればいいでしょう。」 「しかし、それは・・・」 「私も黙ってやるつもりでしたが、姫様の仰った通り、準備は多いに越したことはありません。」 「・・・分かりました。後ほど部隊を派遣します。」 「さて、これでお前と私はこの国の命運を左右する存在となったわけだ。」 「そんな・・・」事の重大さに、流石のルイズも腰が引けているようだ。 「人間とは死ぬ気になれば、誰かの為ならば、我ら魔族にも勝ることがある・・・認めたくは無いがな・・・」 その時ルイズは、使い魔の仮面の中に切なげな表情を見た気がした。 「ごめんなさい・・・」 「・・・謝る事は無い。お前が魔王様を殺したわけではないし、そもそも先に手を出したのは我らだ。 予想外の結果に終わったとは言え、戦と言うものの真理だと割り切っている。」 以前の自分では到底考えられぬ言葉に、彼は少しだけ自分の変化を自覚した。 ―ここへ来てまだ、数日しか経っていないと言うのに、随分といろんな目にあい、丸くなったものだ。我ながら。 前ページ/ゼロの使い/次ページ
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もくじを見る 商品情報 概要 追加ポケモン 追加わざ 追加とくせい 関連項目 商品情報 商品情報 タイトル 『ポケットモンスター スカーレット ゼロの秘宝』(後編・藍の円盤)『ポケットモンスター バイオレット ゼロの秘宝』(後編・藍の円盤) 配信開始日 2023年12月14日(木) 公式サイト 後編・藍の円盤 概要 主人公はアカデミーの姉妹校であるブルーベリー学園へ交換留学をしに行く。ブルーベリー学園は海の中にある新しい学校で、特にポケモンバトルの教育に注力している。主人公は授業に参加したり学生たちと交流したりして、アカデミーとは異なる学園生活を体験することになる。 追加ポケモン いずれもパルデア図鑑に掲載されるようになる。 No. 名前 分類 タイプ 特性 タマゴグループ 性別 備考 通常特性 隠れ特性 ♂ ♀ 1018 ブリジュラス ポケモン はがね ドラゴン じきゅうりょく がんじょう すじがねいり 鉱物 ドラゴン 50% 50% 『後編・藍の円盤』解禁により追加 1019 カミツオロチ ポケモン くさ ドラゴン かんろなミツ さいせいりょく ねんちゃく 植物 ドラゴン 50% 50% 『後編・藍の円盤』解禁により追加 1020 ウガツホムラ ポケモン ほのお ドラゴン こだいかっせい - 未発見 50% 50% 【パラドックスポケモン】『後編・藍の円盤』解禁により追加 1021 タケルライコ ポケモン でんき ドラゴン こだいかっせい - 未発見 50% 50% 【パラドックスポケモン】『後編・藍の円盤』解禁により追加 1022 テツノイワオ ポケモン いわ エスパー クォークチャージ - 未発見 50% 50% 【パラドックスポケモン】『後編・藍の円盤』解禁により追加 1023 テツノカシラ ポケモン はがね エスパー クォークチャージ - 未発見 50% 50% 【パラドックスポケモン】『後編・藍の円盤』解禁により追加 1024 テラパゴス ポケモン ノーマル テラスチェンジ(ノーマルフォルム時)テラスシェル(テラスタルフォルム時)ゼロフォーミング(ステラフォルム時) - 未発見 50% 50% 【伝説のポケモン】『後編・藍の円盤』解禁により追加 1025 モモワロウ ポケモン どく ゴースト どくくぐつ - 未発見 50% 50% 【幻のポケモン】『後編・藍の円盤』解禁により追加 追加わざ わざ名 タイプ 分類 効果・備考 エレクトロビーム でんき かえんのまもり ほのお きまぐレーザー ドラゴン サイコノイズ エスパー サンダーダイブ でんき じゃどくのくさり どく じんらい でんき タキオンカッター はがね テラクラスター ノーマル ドラゴンエール ドラゴン ハードプレス はがね はやてがえし かくとう パワフルエッジ いわ みわくのボイス フェアリー やけっぱち ほのお 追加とくせい とくせい名 所持ポケモン ゼロフォーミング テラスシェル テラスチェンジ どくくぐつ 関連項目 ゼロの秘宝 コンテンツ 碧の仮面 藍の円盤 番外編
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前ページ次ページゼロの軌跡 第十話 蝕、繋がる世界 「ヴァリエール様、レンちゃん。ようこそ、タルブ村へ!」 「久しぶり、シエスタ。元気そうで嬉しいわ」 「紅茶とデザートが楽しみで飛んできたのよ」 「今日は村を挙げて歓迎しますから。覚悟しておいてくださいね」 タルブ村に着いたルイズとレンはシエスタの歓迎を受けた。 覚悟?と首を捻る二人だったが、それを問う間もなく腕を引かれ彼女の家へと押し込まれる。村人の歓声が、二人の後ろで閉じた扉をこじ開けんばかりに揺るがした。 「来たぞ、われら平民の救世主!」 「ミス・ヴァリエール!気高くも偉大な公爵令嬢!」 「ミス・レン!可愛らしくも異才の天才戦士!」 「新しい貴族。平民を守る女神の来訪だ!」 「村の人達に一体何て伝えたのよ、シエスタ」 「いえ、私のせいだけではないんですよ。だけ、では…」 恰幅のよい女性がいきなり抱きついてくるのをかわすことも出来ず、ルイズは右腕にレンは左腕にそれぞれかき抱かれた。二人よりも遥かに豊満な胸。濃厚な木と草の香りが立ち込める。 ひとしきり揉みくちゃにされながらもどうにか解放されたルイズとレンの周りにはたちまち人垣が出来る。口々に褒め称える村人への対応に苦慮しながら、後でシエスタを問い詰めようと固く決意する二人だった。 遠いところを旅されてお疲れだから、とシエスタのとりなしの甲斐あってかやっと落ち着くことの出来たルイズとレン。客間へとあがり、淹れてもらったお茶を飲みながら話を聞くことにした。 「で、シエスタ。どんな英雄譚を村中にばら撒いたのかしら?レンは何匹のドラゴン相手に大立ち回りをやってのけたことになってるの?」 「そんな人聞きの悪いことを言わないで、レンちゃん。あの、ルイズ様もそんな目で見ないでください。 ありのままを話しただけですよ。他の貴族が徒党を組む中で彼らに喧嘩を売って、平民の私を助けてくれたんだって」 悪びれずに答えるシエスタ。思わず頭を抱えるルイズ。一人優雅にカップを傾けるレン。 「それにしたってあの熱狂振りはねぇ…。なんでも私は気高くて偉大な公爵令嬢らしいじゃない」 「レンは天才戦士なんですって。まあ間違いじゃないけどね」 「そうですよ、ルイズ様ももっと堂々と振舞ってください」 ゼロであることを認めたとはいえ、ルイズから劣等感が完全に払拭されたわけでは無論なかった。 最後まで一人で彼らに立ち向かえたのならばまだしも、レンに助けてもらったと認めているルイズは素直にその賛辞を受けることが出来なかった。しかも、肝心の決闘は全てレン一人の実力ではないか。 そう考えるとやはり自分はその賞賛に値しない。ルイズは懊悩する。 結果、行き場のない戸惑いは糾弾にその姿を変えて矛先をシエスタに向けた。 「それだけでああも歓迎されるとは思えないけど。大方、覚えのない善行を二、三十創りあげたでしょう。今なら正直に話せば許してあげるわよ」 「そんなことしてないですって。本当ですよ。ヴァリエール様。 もう一つの理由は、あれです。ヴァリエール様とレンちゃんが町や村を周って平民の力になってるっていうじゃないですか。その話を何人もの旅の方が触れ回ってるらしくて。うちの村にも来て熱く語っていましたよ」 その答えにルイズは目を見開き、レンはカップを持つ手を止めた。 二人ともそこまで評判になることをやっていたという自覚はなかったのだ。 メイジではなくとも立派な貴族としての、その自らの修行の一環としてそれを行っていたのだし、 レンはといえばその理由の多くを、帰還の手がかりを探すことが占めていた。無論のこと、ルイズとの旅は楽しかったし、行く先々で感謝されるのには確かに喜びを感じてはいたが。 「あのね、シエスタ。私別にそんなつもりでいたわけじゃ…」 「なら更に素晴らしいじゃないですか!意図しての人気取りでなく、その自らの望む姿にかくあろうとした、無為から生まれた行為だなんて。流石はヴァリエール様です。これはみんなに伝えないと!」 「…もう何を言っても駄目みたいよ、ルイズ」 早速新たなルイズ伝を広めようと立ち上がったシエスタを押し留める。 尾ひれ背びれをつけないよう厳重に釘を刺し、給仕のために下に降りていくシエスタを見送る二人。 「大丈夫かしら…」 「レンはシエスタが大騒ぎする方にナサロークの皮三枚賭けるわ」 「私も同じ方にペレグリンの羽五枚」 賭けにならないじゃない、とレンが口を尖らせた時、階下の拍手と喝采が床を震わせた。 「なんていうか…」 「良くも悪くも田舎よねぇ…」 夕食までの時間を釣りや散策でのんびり過ごしたルイズとレンを待っていたのは、シエスタが腕によりをかけた料理だった。 ヨシェナヴェという奇妙な語感のそれは名前と同じく二人の舌には馴染みのないものであったが、美食を食べなれているルイズをも存分に満足させた。 が、久方ぶりの村の宴がそのまま大人しく終わりを迎えるはずもなく。 「なるほど。覚悟、ね」 思わずレンは一人ごちる。 皿に大盛りにされた具もなくなり鍋の底が見え始めた頃には、場は惨状を呈していた。 周りに赤い顔をしていない人間は一人もいないし、既に足元には酔いつぶれた男たちで立錐の余地もない。 誰も彼もが相手を選ばずに踊り狂い、歓声と嬌声は途切れずに広間を飛び交う。誰かが歌を口ずさめばたちまちソロはデュエットになり、コーラスへとその場の人間を巻き込み広がっていく。 主人も客も上座も下座も貴族も平民もなく手を鳴らし足を打ちつけ、笑顔で開かれた口は決して閉じることはない。 その喧騒の中でも一際大きく響くのはグラスが打ち鳴らされる音。乾杯の声は一瞬たりとも途切れてはいなかった。 レンは年齢を理由に差し出される酒を断ることも出来たが、ルイズはそうもいかず。一杯飲み干せば二杯の酒が、二杯を空にすれば五杯のグラスが、息つく暇もなく更に多くのワインが注がれた。 シエスタにいたっては完全に出来上がって、先ほどから少佐もかくやという演説をぶちかましていた。 「私はレンちゃんが好きだ。私はレンちゃんが好きだ。私はレンちゃんが大好きだ」 酒と料理で熱く火照ったレンの身を貫く悪寒、首に冷たく氷の柱。夜のシエスタには気をつけろと囁く本能に従い、倒れる寸前のルイズを引き摺って外に出る。 その背中に突き刺さる、シエスタの恐ろしいまでにうららかな宣誓。 「我が家の名物特製ヤムィナヴェ、行きますよー!」 魔女の釜はまだまだその蓋を開けたばかりのようだった。 「有難う、レン。助かったわ」 「ルイズがまたアンロックでも唱えるのはいただけないからよ」 涼しい風が二人を優しく撫でる。回った酒も心地いい冷気に醒めていくようだった。 そういえば数日前にもこうやってレンと歩いたことをルイズは思い出す。 その時はレンが少しだけ、その外見に相応しい少女らしさを垣間見せた気がする。 もしかすると今夜も彼女の話を聞けないだろうか。 「ねぇ、レン」 「なあに、ルイズ」 「その…、元の世界にはやっぱり帰りたいのよね」 直接的に聞くことも躊躇われ、かといって話の接ぎ穂にも困り、ルイズは今まで隠してきた自分の願望交じりの言葉を吐き出してしまう。 今のルイズにとって、レンはかけがえのない親友でもあり盟友でもある。少なくともルイズはそう思っていた。レンがルイズのことをどう思っているかは未だ確たる答えを得てはいなかったが。 これを聞いてしまうと、ルイズは自分の心が覗かれてしまうような気がしていたのだ。 「どうかしらね。よくわからないわ」 返ってきた声は冷静で、以前見せた緩みはなかった。 レンなりに先日の失態を、勿論ルイズは失態などとは思っていないが、気にしているのかもしれなかった。 「トリステインでの暮らしも悪くないし、リベールに戻って何かするわけではないのだけど」 レンの答えはそこで途切れる。 否定で終わったその言葉の続きが気になったが、ルイズにそれを問うことは出来なかった。 会話がとまり、不自然な沈黙から目をそらす様に向けた視線の先。村の外れ、一角だけ不自然に整理された木立がルイズの目を引いた。 そこにまるで祀られているかのように、石碑が置かれていた。 「あれ、なにかしら?タルブ村の守り神か何「…ッ!!」」 ルイズの言葉に視線をそちらに向けた時、レンのつぶらな瞳は大きく見開かれた。 そしてレンはルイズの言葉を聞かずに石碑に向かって走り出した。 間違いない。あれだ、あの石碑だ。 アンカー。アーティファクトによって作られた揺らぐ虚構世界の中で、庭園と星層を繋ぎとめていたそれ。 あれこそが、トリステインを含むこの世界とリベールを含むあちらの世界を結ぶ鎖。 遂に見つけた、元の世界に帰るための通行証。 レンは脇目もふらずに石碑に走り寄る。 「ちょっと、レン。どうしたのよ」 「ティータ、クローゼ。聞こえる?レンはここよ。オリビエ、アガット、ジン。誰か返事をして」 ルイズの声も耳には入らないのか、闇に佇む石碑に向かってレンは必死に呼びかける。 「シェラザード、ミュラー、ユリア、リシャール、ケビン、リース」 それでも石碑は何の反応も見せなかった。 それをわかっていながらも、レンは叫ばずにはいられなかった。 「…エステル!ヨシュア!」 かそけきその祈りが女神に届いたのか、その名前こそに込められていたものがあったのか。 石碑は青い輝きと共に、佇む人影をを映し出した。 中空に描き出されるスクリーンにはエステルとヨシュアの姿があった。 場所はどこかの湖畔だろうか。雲一つない青空の下、釣り糸をたれるエステルと少し離れて火を熾すヨシュア。 しかし、姿は見えども声はせず。届けられるのは映像だけで、魚の跳ねる音はおろか、火の爆ぜる音も二人の声一つすら聞こえてはこなかった。 「あの人がエステル…」 「ねぇ、エステル!こっちを向いて!」 叫べども叫べども、声は辺りの闇に吸い込まれるばかり。 石碑が青い光を失い、次第に朧げになっていくその姿に耐え切れず、遂にレンは悲鳴のように彼女にすがった。 「助けて!レンを助けて!エステルッ!!」 その時、エステルが振り向いた。 無邪気なその顔には驚愕が彩られ、レンに手を伸ばす。 レンもその短い腕を、あらんかぎりに伸べる。 しかし、その手は繋がることなく、石碑が光を失うと同時にエステルとヨシュアの姿も溶けるように消えていった。 伸ばしたその腕を力なく下ろし、レンは膝をついた。 ルイズもまた、言葉もなく立ち尽くすばかりだった。 このままではいけないと、一歩踏み出したルイズにレンは一言、彼女を拒絶した。 「来ないで。…しばらく一人にしておいて」 前ページ次ページゼロの軌跡
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前ページゼロの写輪眼 イタチは自分の名を言うと共に全身に力をこめた。……弟のことを考えれば今すぐにでも自分の手で命を絶つべきなのかもしれないが、今は状況が見えなさ過ぎる。 自分の身に何が起きたのかを知るまでは、様子を見ることに腹を決めた。 しかし予想に反して、少女は何の反応も見せなかった。むしろ、 「なんで、なんで私が呼び出した使い魔がこんなのなのよ!」 と不満げに愚痴を漏らしている。だがその反応に、イタチは眉を上げた。 (……俺のことを知らない? それに使い魔だと?) 自分で言うのもなんだが、『うちはイタチ』の名は各国に名が知られすぎている。属している組織、『暁』のせいもあるのだろうが、何より自分がしてきたことがあ まりにも罪深すぎる。手配帳も人相書きも出回っているはずだし、この反応はどうもおかしい。しかも使い魔とはどういう意味だろうか? まさか、口寄せの術で呼び 出される者たちのことを言っているのだろうか? 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民呼び出してどうするの?」 「しかも妙な格好をしているし。さすが『ゼロ』のルイズだ!」 イタチがそこまで考えたとき、周囲の人垣から目の前の少女に向かってそんな声がかかってきた。少女、ルイズというらしい、は顔を真っ赤にして 「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」 と反論した。 「ミスタ・コルベール! もう一回召喚をやり直させてください!」 そして、人垣の中にいるローブを纏い、大きな杖を持っている禿頭の中年男に向かって叫ぶ。しかし男は首を振った。 「だめです。ミス・ヴァリエールも知っているでしょう? 春の使い魔の儀によって現れた『使い魔』で今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進みます。一度 呼び出した『使い魔』は変更することができません。なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからです。好むと好まざるに関わらず、彼を使い魔にするしかないのです。 ……それより早く、『コントラクト・サーヴァント』を済ませてしまいなさい」 「? ミスタ・コルベール?」 突然変わった口調にルイズという少女は困惑した体だ。しかしコルベールはこの上なく真剣な顔をしており、視線はイタチに向けられたまま動かないでいた。 ルイズはその様子に首をかしげながら、同時に顔を真っ赤にしてイタチを見てくる。そしてあきらめたかのようにため息をついてからイタチに近づき、屈んで 顔と顔を合わせるようにしてきた。 「か、感謝しなさいよ。貴族が平民にこんなことするなんて、普通じゃ有り得ないんだから」 イタチには言っていることの意味が分からない。だがそんなイタチの困惑などお構いなしにルイズが顔を近づけてくる。そして「我が名はルイズ・フランソワ ーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」と言った。 その直後、イタチの姿がルイズの前から消える。 「え?」 そのことに呆然とするルイズだが、それだけでは終わらない。突然ルイズの首に腕が巻きつけられ、体が浮き上がる。そして、クナイが横から押し付けられた。 「!? な、何!? 何なの!!」 あまりのことに混乱するルイズ。しかし、それは周囲にいる人間も同じだった。 「な、なんだ今の!?」 「まったく見えなかったぞ! いつの間に移動したんだ!? いや、それよりもルイズが捕まってるぞ!」 ルイズと同じ様に混乱し、騒ぎ始める。 一方ルイズは自分に何が起こっているのか分からずに手足をじたばたさせていたが、後ろから声がかかってきた。 「さっき何をしようとした」 「! こ、この声、あんたまさか、使い魔!?」 首に腕が巻きつけられていたが、それを無理してまげて後ろを見る。果たして、そこにあったのは彼女が呼び出したイタチの顔であった。 「な、何よ、平民のくせに! こ、こんなことして許されると」 「質問に答えろ。さっき何をしようとした?」 ひ、とルイズは喉を鳴らした。先程までとはまるで違う、凄まじい殺気をイタチが発しているのに気付いたからだ。同様に周囲にいた人間も、水を打ったように 静まり返る。 イタチはルイズが言葉を発して顔を近づけてきたとき、イタチの眼、チャクラを見切る写輪眼は彼女に流れるチャクラ(どこか普通のチャクラとは違う様な感じは したが)から何らかの術をかけようとしていた事を見抜いていた。 そこでイタチは、ルイズが行おうとしていた使い魔の儀というのが口寄せの術のように何かを使役して戦わせるものではないかという考えを持ったのだ。 (ならば、俺がこの状態で蘇っているのも頷ける……) 死者を蘇らせて戦わせる口寄せ、『穢土転生』という術もあるくらいだ。自分が知らないだけで、他にそのような術があったとしてもおかしくない。自分を蘇らせ、 口寄せの術で呼び出されるものたちのように使役し、戦わせようとしているという可能性がイタチの頭をよぎったのである。そしてもし自分を蘇らせる目的が、弟や 木の葉を危機に、さらには世界を戦乱の時代に陥れようとするものであれば、 (子供とはいえ、容赦はしない) 先程までの考えを改め、イタチは必要であればこの場にいる全員を殺す覚悟を決めた。これほどの術を行使する者がいる組織である。それを行使する者が例え相手 がまだ年端も行かない少年少女であろうと、愛するもの、大事なものを守るためには、どんな非道なことであろうとやり遂げてみせる。そうイタチが思ったときだっ た。 写輪眼がチャクラの動きを伝えてくる。どうやら性質変化らしい。そちらの方向に視線を向けると、そこには杖を構えてこちらを睨みつけている先程コルベールと 呼ばれた男がいた。 「ミス・ヴァリエールから手を離しなさい! さもなければこの『炎蛇』のコルベールが相手になりますぞ!」 イタチの殺気にも怯まず、毅然とした様子で叫んでくる。 男は中々の性質変化、どうやら火属性らしい、の使い手のようだが、それでも自分との実力にはかなりの開きがあった。男の方でもそれは自覚しているらしく、手 の震えや首に流れている冷や汗からそうと分かる。無謀と知りつつも、この場にいる人間を身を挺して守るつもりなのだろう。 丁度いいとイタチは考えた。腕の中にいるルイズという少女は自分の放つ殺気に震えながらも睨みつけてきている。だがそれは明らかに強がりでまともな受け答えが できるとは思えない。そしてそれは他の少年少女、イタチの殺気に怯えて呆然と突っ立っている者が殆どだった、にも同じことが言えるだろう。ならば、この男に答 えてもらえばよい。いざとなれば、幻術を使ってでも問いただすが。 イタチはコルベールに向き直り、口を開いた。 「ならば、あなたに質問に答えて頂こう」 「質問……ですと?」 「そうです。この娘を守りたいのでしょう? 質問に答えていただき、俺が得心するような答えであれば、この娘には手出しはしません。ただ、もし得心の行かない ものであれば」 「……あれば?」 「……最悪、この場にいる者の皆殺しは覚悟して頂く」 その脅迫も混ぜた言葉に、ざわりと人垣が揺れた。 「舐めた口、た、叩きやがって……」「平民の、く、くせに、なんてこと……」などというイタチの実力も分かっていない者の戯言も聞こえてきたが、それもイタチ の圧倒的な殺気の前にすぐに消えうせる。 コルベールは口をかみ締め、悔しさを飲み込みながらゆっくりと頷いた。それを見たイタチは、一つ目の質問をする。 「ではまず、何の目的で俺をここに呼び出したのかを答えてもらいます」 「……我々の使い魔召喚の儀のためです。我々メイジの眼となり耳となり、手となり足となる。それが使い魔です。それを呼び出すために、この儀を我々は執り行い ました。」 「成程。……それは詰まり、あなた方の意のままに俺を使い尽くすつもりだったということですか?」 眼を細め、コルベールに問い返す。 びくりと身を震わせ、コルベールは慌てた口調で答えてきた。 「いやいや、そんなつもりはありませんぞ! た、確かに使い魔は主人の僕となり、尽くすものなのですが、しかし使い魔とはメイジのパートーナーでもあるのです。 決してそのような無体な真似などいたしませんし、人であれば尚更だ! そ、それに言いにくいのですが、この儀で人が呼び出されるというケース事態私は見たこと も聞いたこともありません。正直、どうすればいいのかは我々も迷っていまして……」 最後の方は言いよどみ、コルベールの口の中で消えていった。 イタチは考えを巡らせる。どうやらこの男の言葉に嘘は無いようだ。それに話の前半だけを聞いている分には到底承諾できないような内容だが、後半部分から察する にどうやら自分目当てではなく、無作為にその使い魔とやらになるものを呼び出す儀式らしい。周囲を見回してみれば、成程、確かに普段口寄せで呼び出されるよう な者達がいる。悪意あっての召喚ではないようだ。 (どうやら俺にとっても最悪のケースは避けられたらしい。……しかし、確かに死んだはずの俺をこの状態で呼び出すだと……?) 腕の中で震えつつも、こちらを睨んでくるルイズにイタチは眼を向ける。先程の説明では死んだ人間を蘇らせて召喚などということとはまったく関係していない。 一体どういうことなのだろうか? それとも、術を行使したこの少女が特別だったということか……? 疑問に思いつつも状況把握が先だと結論付け、質問を再開した。ルイズはもう放してもいいのかもしれないが、いざというときのためにこのままでいてもらうこ とにする。 「では次に、ここがどこの国の、何と言う場所なのかを答えていただく」 「……この国の名はトリステイン王国。そしてここはその魔法学院です」 そこでイタチは眉をひそめた。『トリステイン』などという国など聞いた事が無い。任務の都合上、国外の国の名も諳んじていた筈なのだが。 (俺の知らない海外にある国か? そう考えれば俺のことを知らないのも何とか納得できるが、魔法……? 学院ということは木の葉の忍者アカデミーのようなも のなのだろうが、忍術ではないのか? だがもし海外だというのなら、何故言葉が通じる?) 初めて聞く国名や通じる言葉を怪訝に思いつつも、イタチは再度質問する。しかしそこから本格的に会話がかみ合わなくなってきた。 「五大国外の国なのか」と聞けば「五大国?」と鸚鵡返しのように尋ねられ、魔法とは忍術の別称、もしくはそれに類するものなのかと聞けば「忍術? 魔法で はないのですか?」と聞き返される。ますます怪訝に思いならばせめて五大国の中でも最も栄華を誇った火の国、そして木の葉隠れは知っているだろうと聞いてみ るも、またしても「火の国? 木の葉隠れ?」と鸚鵡返しのように聞き返された。 ここに至って、明らかにお互いの認識に食い違いがあることにイタチは気付いた。 (いくら国外とはいえ、火の国の名すら知らないのはおかしい。国外とは言え情報ぐらいは伝わっているはずだ。それに忍術を知らないのもそれと合わせて考えて みれば……) コルベールの様子を見ると、彼も明らかに困惑しているようだった。彼からしてみれば自分が話していることの方が彼にとっての常識とかみ合わないのだろう。 イタチはしばしの間考えを巡らせた後、コルベールに声をかけた。 「……どうやら、俺たちは少し腰をすえて話さなければならないようです」 前ページゼロの写輪眼
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 「ついに来たか!」 アルビオン国王、ジェームズ一世は、部下からの報告にしわがれた声で気勢を上げた。 「はっ! 『レコン・キスタ』総司令官、オリヴァー・クロムウェルの名で、明日の正午に全面攻撃を開始するとの次第、伝えて参りました!」 片膝を付いた衛兵が、威勢良く報告の声をあげる。 「恥知らずの坊主風情めが。言いおるわい」 「その連中にここまで追い詰められているのは僕達さ、パリー」 「腹立たしい事この上も無きですな。しかし、こちらには殿下のもたらした硫黄がございます。せめて死に際の恥ぐらいは雪ぐ事が出来ましょうぞ」 「めでたい事だ。これは今夜の宴が楽しみだな!」 「ほほ、早速準備させませぬとな。ほれ! 祝宴の支度じゃ! ぼやっとしとらんと各部に通達せい!」 「は、はっ!」 パリーの一喝に衛兵が慌てて駆け出していくと、玉座の傍らに立つウェールズとパリーは朗らかに笑った。 時は朝。アルビオンの寝ぼすけな太陽は、いまだ地平線に姿を見せていなかった。 § 「そう、明日にはもう……」 「ああ。先ほど向こうから宣戦布告があったそうだ。それに応じ、明日の朝にイーグル号とマリー・ガラント号が出港する。僕達はそれに乗って帰るわけだ」 与えられた客室で、ルイズは何をするでもなく外を見たり、貰った手紙をいじくったりしていた。耕一はその横で、手紙を奪おうとするような刺客が窓の外あたりから来ないかどうか目を光らせながら、デルフリンガーと雑談をしたりしている。 ワルドが報告を持ってきたのは、そんな折であった。 「ついては、今日の夜に祝宴が開かれるそうだよ。是非大使殿一行にも参加してほしい、だそうだ」 「祝宴……」 出陣前の宴席。 他の所の適当な戦争ならそれはさぞ華々しいパーティになるのだろうが、玉砕が目に見えている今この状況では、それは物悲しさ以上のものをルイズの心にもたらす事は出来なかった。 いや―――他のそういうパーティだって、華々しさなんて表面だけで、実はこんなに悲しいのかもしれない。 ノブレス・オブリージュ。力ある者の義務と誇り。 少し前までルイズの存在の基盤であったそれは、昨夜の思索とも相まって、随分ともろい物のように感じられた。 「さて、その余興というわけでもないのだが、ミスタに一つお願いがあるんだ」 「俺にですか?」 「ああ。……一手、お手合わせ願えないか、とね」 「ワルドッ!?」 ルイズが目を見開いて立ち上がる。耕一は、一手? はて暇潰しの将棋―――じゃなくてチェスか何かか。と首を捻っていたが、その反応でふと、学院にいる時の事を思い出した。 「決闘……ですか?」 ワルドは答えず、ニヤリと口元だけに笑みを浮かべた。その通りであったらしい。 「なに、他意はないよ。純粋に、現在のルイズのナイトである君と技をぶつけ合いたいだけさ。これでも、杖一本で衛士隊隊長まで昇りつめたという自負があるものでね。武人としての心が疼くのだよ」 決闘というより、組手だね。そう言ってワルドはまた笑った。 「……俺、亜人なんで、使えるのは持って生まれた力だけですよ。そういう武を競うみたいな戦いを期待されても困っちゃうんですが」 「構わんさ。僕のけじめでもあるんだ。そう固く構えてくれなくてもいい」 婚約者として他の男には負けられん、という事だろうか。なるほど、同じ男としてわからなくもない。 熟した男性の雰囲気を漂わせているが、案外熱い奴なのかもしれなかった。 「……まあ、そういう事なら。怪我しないようお手柔らかにお願いしますよ」 「ふふ。武装した夜盗の集団を秒で蹴散らす男の言葉じゃないぞ? 本気でやらせてもらうから、怪我をしたくなければ気張りたまえ」 ふっふっふ、と含んで笑いながら腕を合わせる男二人に、ルイズは付き合ってられないわ、とばかりに視線を外した。 空に一筋の流れ星でも駆けてやしないだろうか。それとも、稲光が荒れ狂っているか。 「ルイズも立ち会ってもらえないか?」 「ええ? 私も?」 しかし、そんな男の世界に入りきれないルイズを知ってか知らずか、ワルドは引き込もうとしてくる。 「男と男の決闘だ。両者に縁のある女が見てくれていれば気も張るというものさ」 すかした事を言いながらもどこか子供っぽいワルドの口調に、ルイズはやれやれ、と肩を竦めた後、仕方なさげに立ち上がった。暇だったのは確かであるし、彼らの実力自体にも興味があったからだ。 「わかったわよ。二人とも、そんなお遊びで怪我なんてしたら承知しないんだからね」 ワルドが、誰にも気付かれないぐらいに小さく、ニヤリと口元を歪めた。 § ニューカッスル城は、岬の突端に位置する。 それは陸の要所を守る砦ではなく、空の要所を見張る港だ。規模は小さくとも、そこは贅を凝らした貴族の邸宅ではなく、実用一点張りの軍施設の一つだった。洞窟の隠し港などはその最たる仕掛けだろう。 よって、練兵場などの施設には事欠かない。今回の戦の準備には使われないその一つを借り、ワルドと耕一は静かに対峙していた。 「音に聞くトリステイン魔法衛士隊の隊長と、亜人の使い魔殿との立会いとは!」 「なかなか粋な見世物をなさる! さすがは大使殿よ!」 「おやグレッグ候、もう飲んでいらっしゃるのか? 宴は夜からというのに、気が早いですぞ」 「かっかっか! こんな最高の肴を前にして、酒がなくっちゃ始まらんじゃろうが!」 「違いない! わっはっは!」 その周囲には、アルビオン貴族達が緩やかな輪を作って笑いあい、宴の準備からくすねてきたのか酒を持ち込んでいる老貴族までいた。 ルイズは、向き合う二人の真ん中に立って頭を抱えながら……隣に立っている、王立空軍大将、本国艦隊司令長官に目を向けた。 「……もう、ウェールズ殿下までこんなところにいらっしゃって。しかも介添人だなんて」 「ははは。この死地までついてきてくれた皆、生粋の武人だ。技を競う決闘と聞いてじっとしていられる者などおらんよ。その介添人になれるとあらば、これ名誉の一言だ」 端整な顔に人好きのする笑みを浮かべて、ウェールズは笑った。 明日の昼にはその死地の真ん中に飛び込むというのに、どうしてこんなに笑っていられるのだろう。 ルイズは、アンリエッタにアルビオン行きを誓った時の自分の心を思い返しながら、そんな事を思っていた。 あの時は、何の迷いも無かった。いや、今だって、この任務は何より大事のはずだ。命に代えてもと思う気持ちは変わらない。 なのに……この、彼ら誇り高きアルビオン王党派の、真に貴族の誇りたるべき場面を前にしての、この寂寥感は……何なのだろう―――。 「両者、よろしいか」 杖を高く掲げたウェールズの声と静まり返る場に、ルイズは思索から引き戻された。 ざり、と、どちらかもわからない靴が砂を噛む音がする。 ゆっくりと、金属と金属が擦れあう音がして、ワルドがその細身の突剣に見立てた自らの杖を抜き放ち、フェンシングのように構えた。 耕一は、足を軽く開いた自然体のまま、じっとそれを見据えている。 「―――はじめッ!」 ウェールズが杖を振り下ろす合図とほぼ同時に、ワルドが翔けた。 その迅さはまさに風。スピードだけなら、エルクゥにも遜色のない突進だった。 「『閃光』のワルド、参る!」 「くっ!」 二つ名通りの閃光のような突きが走る。 剣に見立ててあるとはいえ、あくまでも杖であるそれの突端は丸く、青銅ゴーレムの全力パンチですら平然と受け止める耕一には牽制の効果すら見込めない。 「相棒! 避けろ!」 「っ!?」 デルフリンガーの一喝で、耕一はざっと飛び退り、ワルドから距離を取った。 「よく見破った」 びゅうん、とワルドの杖の周りに風が渦巻く。目には見えない空気の刃がそこにある。 「『エア・ブレイド』だ。いつの間に唱えたんだ」 『ブレイド』。杖の周りに、地水火風四属性の刃を纏わせ、己が剣と成す魔法。 風のスクウェア・メイジであるワルドの使うそれは、『エア・ブレイド』。目に見えぬ風の刃は、距離を狂わせ、回避を困難とする。 「僕の『閃光』の二つ名は、詠唱の速度から来ているのだよ。さあ、この切っ先、触れれば斬れるぞ!」 ワルドが構える。 「……どんな装甲だろうと撃ち貫くのみ。とか言えばいいのかな、ここは」 右手の指を猛獣の爪のように見立ててパキパキと動かしながら、耕一は目を細めた。 じり、じり、とお互いに円を描き、目配せで牽制しあい……先に飛び出したのは、耕一の方だった。 神速で懐に飛び込み、腕を真横に一閃。 「速いな! だが、当たらぬ!」 「くっ!」 しかし、ヒラリと身軽にそれをかわしたワルドが『ブレイド』を袈裟懸けに振り下ろす。 耕一は真後ろに跳躍して回避し、二人は先程と同じ位置に戻った。 その一合で、周囲を囲むアルビオン貴族の喧騒はぱたりとやみ、皆顔を引き締めた。この試合、一瞬たりとも見逃しては恥だとその顔が心境を表していた。 「だああっ!」 「ふんっ!」 再び耕一が突撃し、ワルドがかわす。もう一度。しかし当たらない。 エルクゥの致命的なパワーもスピードも、当たらなければ意味は無かった。 「力だけでは風のメイジに当てる事は出来んよ。其は風に舞う木の葉の如く。落ちる木の葉を掴もうと力をこめればこめるほど、その力の起こす風に木の葉は飛ばされ、掴む事叶わぬ」 そんな事を言いながら、ヒラリヒラリと耕一の腕をかわして『ブレイド』を振るうワルド。反射神経で『ブレイド』をかわす耕一。 距離を離し、三度、遠目に対峙する。 「…………へへ」 知らず、耕一の顔に笑みが浮かんでいた。 魔法という反則が存在するとはいえ、エルクゥに比肩しうる技術と速度を持つヒト。 それは、耕一の心を躍らせた。 人なる身でエルクゥを打倒する。それが可能ならば―――呪われた一族は、ただの猛獣に過ぎなくなるのだから。 耕一は、笑みを隠さないまま、デルフリンガーをスラリと抜き放った。その左手のルーンが淡く輝き出すのを、ワルドが目を細めて見つめている。 「お、俺の出番かい? 相棒!」 「アレに武器なしじゃちょっと辛いもんでね。力を貸してくれ!」 「おう、任せな! へへ、やっとの出番だ。これはオイラ活躍フラグじゃね!?」 構えるは、八双の型。次郎衛門の記憶から、というより、体が勝手にこの構えを取っていた。 体が軽い。ワルドの微細な動きに合わせて自然に対応してくれる。まるで剣の達人にでもなったかのようだ。 「不思議な構えだな。だが隙は無い。君の故郷の技か……ふふ、興味深い。その力、見せてもらおうっ!」 ワルドが跳ぶ。 「相棒っ! 『ブレイド』に俺を当てろっ!」 「っ!」 「なにっ!?」 デルフリンガーの叫びに答える事が出来たのは、この不思議な体の軽さのおかげだっただろう。 長剣は杖の先に巻きつく風に当たり、そのまま鍔迫り合い―――をする事なく、何の衝撃も起こらずにその風の刃が掻き消えた。 「うおっ!?」 「くっ!」 てっきり剣同士のぶつかりあう衝撃があるものと思っていた耕一は、思いっきり剣を振り抜いてしまった。 ワルドも、なぜか消え失せてしまった『エア・ブレイド』を再び纏わせるのが精一杯だったのか、その隙の追撃はなく、二人はお互いに跳び退って距離を取る。 「へへっ、どーよ。チャチな魔法だったらいくらでも吸収してやるぜ!」 「先に言えっ!」 耕一の簡潔な抗議に、周囲を囲んでいたアルビオン貴族の中でまだ余裕のある者は、然りと頷いた。めんごめんご、と謝るデルフリンガーに、あまり謝意はなさそうだ。 「……魔法を吸収するとはね。城が一つ買える値段がつくぞ。ヴァリエール家の宝物か何かかい?」 ワルドが涼しげな笑みを浮かべながら、杖を構える。 「場末の武器屋で金貨100枚で買った、って言ったら信じる?」 「それは……掘り出し物もいいところだね。―――さて、やはり、まともに叩くのは無理か。二つで満足しておくしかあるまいな」 ワルドの笑みが、徐々に獰猛なそれに変わっていく。 「くるぞっ! 相棒っ!」 ワルドの『エア・ブレイド』が不意に解除されたかと思った瞬間、ぶおん! と大きな音が鳴った。 台風の中、暴風に煽られたかのような衝撃。『ウィンド・ブレイク』の魔法が耕一を襲う。足を踏ん張ってなんとか踏み止まり、本能的に剣を掲げた顔の正面だけに緩やかなそよ風が吹いた。 「横だっ!」 その隙に、ワルドは耕一の側面に回りこみ、『エア・ブレイド』を構えて突進してくる。 迎え撃つように耕一が跳ぶ。今度は振り切らないように、デルフリンガーを風の刃に当てて迎撃―――。 「フッ……」 「なにっ!?」 ぶぅん、と、ワルドの刃が振られるはずの場所を迎え撃とうとした耕一の剣が空を切った。ワルドは杖を微動だにさせないまま、耕一の横をそのままの勢いで通り過ぎていく。 その先には―――介添人である、ウェールズとルイズが立っていた。 § 二人の顔が驚愕に歪む前に、ガンダールヴが振り向く前に、周囲のボンクラどもが事態に気付く前に……自らの『ブレイド』はその使命を全うする。ワルドはそう確信して、疾駆する速度を上げた。 その使命とは―――彼の所属する『レコン・キスタ』の敵、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーの命。そして、その傍らに立つルイズの持つ、アンリエッタの恋文。 その二つがあれば、『レコン・キスタ』は瞬く間にアルビオンとトリステインをその版図に含める事が出来るだろう。 もう一つの目的は、ルイズ自身であったが……手紙と一緒に気絶させて持ち帰り、もう一度話をすればいい。どうしても反抗するのであれば、その首を手折るまでだ。 そんなワルドの計算は、9割9分までが正解だった。 唯一の誤算は―――ルイズの心を、無力な子供と舐めすぎた事だった。 § コーイチの横をすり抜けて、ワルドが向かってくる。その顔には、見た事もないような獰猛な笑み。 心が真っ黄色に染まる。それは、エルクゥの警告信号。 『敵に、気をつけろ』 それまでのルイズであれば、きっと何も出来ずにいた。 事態を把握できず、事実を認識できず、状況の動く様子を眺めるだけであっただろう。 しかし、今のルイズは、違う。 事態を把握し、事実を認識し、状況を見据える。そうあろうと決めたルイズの心は、明確に判断を下した。あれは敵。狙っているのは、自らの傍らに立つ、おともだちの大事な人。 振り向きつつあるコーイチの足では間に合わない。周囲の貴族達もまだ事態に気付いていない。唯一間に合うのは―――自分だけだ。 ルイズは、とんっ、と軽く床を叩く靴音を残し、兇刃と、刃の狙う先との間に、その小さな体を滑り込ませた。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの騎士 なにが起こった? トリステイン魔法学校二年ギーシュ・ド・グラモンは焦っていた ギーシュは二股がばれ メイドに罵声をあびせ そのメイドを庇った男と決闘をすることになった 娯楽に飢えていた貴族の子弟達にとって恰好のイベントとなり、集まった人だかりの前で高らかに決闘を宣言 ところが相手は杖を使わないという 男がメイジではなかったことにギーシュは安堵した 決闘開始と共に一体の青銅でできたゴーレムを作り出す それに対し男が困惑の反応をみせる 自分の魔法に男が怯んだと思い余裕を見せていたギーシュだったが、次の瞬間ゴーレムが目の前で弾け飛んだ 男が地面に向かい拳を打ち付けていた ……………………… 久しぶりの戦闘だ イヴァリースではチョコボの森にいたのだが、チョコボは懐いていたし、森には他の魔物がいなかったためなかなか戦う機会がなかった だが一度体に叩き込んだ技はそうそう忘れるものではない …まぁ多少さびついているかもしれないが それにこちらの魔法を見てみたいという気もあった なにしろ未体験な事が多すぎる 情報はいくらあっても困ることはないのだ 広場につくと既に人だかりができていた 決闘を挑んできた彼は<青銅>のギーシュ・ド・グラモンというらしい ながながと口上をたれた後決闘は開始された こちらが出方を伺っていると、ギーシュはなにかつぶやきながら手に持つ薔薇の造花をふり、落ちた花弁が地についた瞬間、おそらく青銅で出来ているであろう女騎士の象が現れた 見たことのない技だ 未知の技法に警戒しつつ、小手調べにこちらから手を出してみた 「大地の怒りがこの腕を伝う! 防御あたわず! 疾風、地裂斬!」 青銅の象<ワルキューレ>はたった一撃で動かなくなってしまった あっけにとられているギーシュ 神界の戦乙女の名を冠する割に、たいしたことはなかった それがラムザの感想だった だが敵を侮り油断するほどラムザは愚かではない そうでなければ先の獅子戦争を生き残ることなんてできなかった しかしあの耐久性じゃ…牛鬼一体倒せないな… ギーシュが再び薔薇をふると、今度は7体のワルキューレが現れた 「すこしばかり…君を見くびっていたよ。だが、これで終わりだ!」 ギーシュはそう叫ぶと、ワルキューレに陣形をとらせた 二体を自分の守りとし、あとの五体が近寄ってくる 守りの内一体が剣、一体が槍 残りの五体は内二体が剣、一体が槍、残り二体がハルバードだ ラムザは数を見て即座に呪文を唱える 「たゆたう光よ、見えざる鎧となりて、小さき命を守れ... プロテス!」 ラムザの体がほのかな光に包まれる それを見たギーシュは即座にワルキューレを走らせた 槍とハルバードをもつワルキューレが少し間を開けて取り囲み、剣をもつ二体が接近してくる ラムザはワルキューレの射程圏に入る前に剣の一体に拳を放つ 「渦巻く怒りが熱くする! これが咆哮の臨界! 波動撃!」 拳の波動を受けたワルキューレは身をひしゃげさせたままつっこんでくる それを軽くいなし瞬時に十数発の拳を打ち込んだ、ワルキューレは轟音をたて吹き飛ぶ 「な、なんなんだよぉ!」 焦るギーシュは続く四体を突撃させる 「ひるがえりて来たれ、幾重にも その身を刻め... ヘイスト!」 ラムザの周りに先程とは違う光が現れた それが消えると、その場にいたはずのものが……いない ………………… 「消えた? またあの移動術?」 先程まで見ていたはずのラムザがいない 食堂で騒ぎを起こし、そのまま広場で決闘をするというラムザとギーシュをみていたキュルケだったが、突然の事にあっけにとられていた 「違う、今度のは…」 「…! 速い!」 さき程まで本に向かい興味を示さなかったタバサも、未知の事象に目を奪われていた 得体の知れない…魔法? しかしギーシュのワルキューレをほふっているのは魔法ではない、しかも武器を使っているわけではない、ただの拳だ その拳でもう一体の剣をもつワルキューレを地に伏せさせた 三体のワルキューレによる刺突をよけたラムザは、的確に、比較的弱い関節部を狙いまた一体行動不能にした 残りのワルキューレはあと四体 ………………… 「なんと…」 ラムザとギーシュの戦いを見ていたのは、広場にいた生徒達だけではなかった 教師からの報告を受けたオスマンと、そこに居合わせたコルベールも、遠隔地を覗く魔法 遠見の鏡でそれを見ていたのだ 「ガンダールヴとは…あらゆる武器を使いこなすのではなかったかね?」 「私が聞いたのはその通りです、オールドオスマン」 「しかし、彼は武器を使っていないようだのう」 「そうですね…いや、オールドオスマン、ラムザ君が剣に手をかけましたよ!」 …………………… なんだ? ラムザは自分が倒したワルキューレの持っていた剣に手をかけた その瞬間左手のルーンがほのかに光ったかと思うと、体が軽くなるのを感じた 突然の事に驚くラムザに、ワルキューレがハルバードを振り下ろす ラムザは一旦考えるのをやめ、最小限の動きでその一閃を避けワルキューレにきりかかる 同じ青銅同士がぶつかりあったのだ 普通ならどちらも使い物にならなくなるだろう しかし、ラムザの予想を裏切られた ワルキューレは真っ二つに引き裂かれたにもかかわらず、ラムザの持つ剣はその状態を変える事はなかった その事にも驚かされたが今は後回しにし、ラムザは返すひとふりでもう一体のワルキューレも地に沈めた ワルキューレ、残り二体 ………………… ルイズは開いた口を閉じることができなかった 確かに自分の召喚した人間は強い なんとなくだがそう感じていた しかし、これほどまでとは… 確かにギーシュはドットクラスのメイジだ メイジのランクで言えば最下級になる とはいえ、メイジに対して素手で太刀打ちできるかと聞かれれば、答えはNOだ しかし目の前で起きていることは現実だ メイジを素手で圧倒している 最初は途中で止めに入る気だったルイズだが、もうそんな気はおきなかった ただ見ていることしかできなかったのだ ラムザは残りの二体のワルキューレも斬り伏せる …もうギーシュを守るものは何もなかった 「これで終わりかな…?」 ラムザによる降伏勧告がなされる 「うあぁぁああああああ!」 追いつめられたギーシュが薔薇をふり再びワルキューレを呼び出す その瞬間その薔薇をラムザが切り落とす 「この薔薇から魔力を放出していたのか、それがないと魔法は使えないみたいだね」 杖が切り落とされた瞬間、錬成されかけていたワルキューレは中途半端な状態で止まってしまった 「こ、降参だ……」 膝をつくギーシュ 「僕の負けだよ…」 「じゃあ勝者として僕から要求させてもらってもいいかな?」 「あぁ…敗者である僕に断れる理由はないよ」 「まず最初に…シエスタに対して謝ってもらおう、そして平民に対してあまり差別的な行動をしないよう気をつけてほしい 二つ目に君の二人の彼女に対する謝罪と誠意ある行動 二股だなんて紳士のすることじゃない 三つ目に、君はルイズをバカにしてるようだね?それをやめてもらおう、あと僕は使い魔じゃない、ルイズを守る騎士だ」 「わ、わかった。あのメイド君にも二人にもルイズにも謝ろう」 「最後に…」 「ま、まだあるのかい!?」 「いや、これは僕からのお願いだ」 「お願い?」 ラムザの言葉にギーシュは顔を曇らせた 「僕と友達にならないか? これは僕からのお願いだから僕のことが気にくわないなら断ってくれてもいい」 「友達?」 「あぁ、どうだろう?」 ギーシュは戸惑っていた まさかそんなことを言われるとはおもっていなかったからだ だが、ギーシュはラムザに対して一種の憧れのような感情を抱いていた それは決闘に負けた悔しさや惨めさに隠されギーシュ自身気付いていなかったものだが、ラムザの誇りだかさ、騎士としての強さ、男としての器量に確かに惹かれていたのだ 数秒の間をおいてギーシュが話し出す 「まさか決闘の相手にそんやことを言われるとはね…。いいだろう、今日から僕達は友達さ、むしろこっちこら頼みたいくらいだ!」 そう言ったギーシュに対してラムザが手を伸ばし、立つ手助けをした そして二人は握手をして言葉を交わす 「ありがとう、改めて紹介させてもらおう、僕はグラモン家の三男、ギーシュ・ド・グラモンだ」 「僕はラムザ、ラムザ・ベオルブだ。僕も三男なんだよ、奇遇だね」 それまで電撃的な速さで進む戦いに静まり返っていた観衆がざわめきだした そこに予鈴のチャイムの音が聞こえた為一部の生徒達が授業に向かい、残った観衆も熱をもちながらもしぶしぶといった感じでそれぞれの場所に散っていった そんな中でラムザはたくさんの声をかけられた 中には平民がドットを倒したくらいで粋がるなだとか非難めいたものもあったが、大半はラムザの戦いぶりを讃えるものだった いくら貴族といっても、若い彼らの心をうつだけの力がラムザにはあった そこにシエスタが走ってきた 「ラ、ラムザさん。だ、大丈夫ですか!? お怪我とかありませんか? あぁミスタグラモン私のせいで申し訳ありません!」 顔に涙を浮かべながら救急箱をもってきていた どうやらラムザが決闘に負けて怪我をしたと思っていたようだが、怪我のないラムザとギーシュの様子に混乱しているようだ そこにルイズが歩いてきた 「薬箱は必要ないのよ、えーっと…」 「あぁ、シエスタですミスヴァリエール」 「あぁメイド君、先ほどはすまなかったね、紳士としてあるまじき態度だった、グラモン家のものとして女性にあのような態度をとった事は恥ずべき事だ、許してほしいミスシエスタ」 「いえ、あの、え、えええ!? 顔を上げてくださいミスタグラモン!」 頭を下げるギーシュを慌てて止めるシエスタ 「許すだなんてとんでもない! わ、私がですか!?」 「あぁそうさシエスタ君、それにルイズ、君にも謝ろう、すまない」 「な、なによ、あんた私になにかしたっていうの? 」 「君の使い…いや、君の騎士に迷惑をかけたからね」 「別に問題ないわ、むしろ私の言うことを聞かないラムザの方が問題だわ!」 「すまない、今後気をつけよう」 ルイズの言葉に苦笑するラムザ 「そろそろ行かないと授業に遅刻するわ! もう行くわね。ラムザ、行きましょう」 そう言ってルイズは歩いていく ギーシュも授業に向かうようだ シエスタから後で伺うという旨を聞き、ルイズの後を追うラムザ 「授業は僕も出ないといけないのかい?僕は調べ物がしたいんだけど…図書室でもあればそこにいきたい」 「図書室は貴族専用だからあなたが入れるよう先生にお願いしておくわ、今はとりあえず授業に一緒にでてちょうだい」 「そうか…わかったよ」 ルイズの言葉を聞いたラムザはそう返事すると、ルイズについて教室にむかった ………………… 「むぅ…」 学長室でオスマンがうなる 「あれは剣と本人を強化したんでしょうか?」 「いやぁ…あれは剣自体にはなにもなかったのじゃろう、剣の扱いに長けた物は一刀の下に全てを両断すると聞く。あれは彼の技術…もしくはガンダールヴに付加される技術なのかのう」 かなりの年を重ね見た目は老人であるが、やはり学長になるだけの人物だ 見ているところは見ている 「しかし決闘相手に対して友達になろうとは…のう、面白い奴だのう、コルベール君」 「いや、本当に。あれにはルーンによる干渉が影響しているのでしょうか?」 「いや、きっと彼の本来の気質じゃろう。そうじゃコルベール君、君授業はいいのかね?」 「おお! 忘れていました! でわオールドオスマン、また後で来ます!」 そう言うとコルベールは早足で部屋を出て行った 「ガンダールヴか…」 学長室の中、一人になったオスマンの声が静寂の中に消えていった 第四話end 前ページ次ページゼロの騎士