約 439,916 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2436.html
とは言ったものの……マジにどーしたもんか。 吼えるミノタウロスを見たが、この勝負、かなり分が悪いのは間違いなさそうだ。 考えられるほぼ全ての攻撃パターンを予測しながら殴り合いをしなければならない。 さらに、こちらの攻撃はダメージにならず、向こうの攻撃のほとんどは防御ができない上、即死攻撃ときたもんだ。 とんだハンデ戦だが、一度やると言った以上はやらねばならない。 ……やっぱ、昔と比べると甘くなったな。 この手の事に関して後先考えないのは何時もの事だが、それはあくまで自分一人での話だ。 ペッシもペッシで気が弱いだけで、スタンド自体は強力だったから、直接的な戦闘面まで面倒見なくてよかったが 今のところ、スタンドのように飛び抜けた特徴の無いメイジと組むという事は、スタンド使いとしては実のところ結構やりにくかったりするのだ。 もちろん、汎用性はメイジの方がダントツで高いので、援護役としてなら打って付けだが 逆にメイジを主体にして、こちらが援護役に徹するとなると甚だ厄介だ。 特にグレイトフル・デッドのような能力特化型で汎用性もクソもない、能力の幅の狭いスタンドなら余計に向かない。 使い方が難しいという意味ではパープルヘイズと良い勝負だ。 ともあれ、五分だ。 それを過ぎれば、タバサがミノタウロスを倒せなくても老化で始末する事ができる。 だが、その五分が長い。 普段ならなんでもないような僅かな時間だが、得てして死が隣り合わせの状況ではその五分が数倍にも長く感じてしまうものである。 たかが五分。されど五分。その間、ミノタウロスを引き付けながら一発も貰わずに切り抜ける。 報酬も出ないのだから、負傷などもっての外だ。 もっとも、負傷で済めばおつりがくる方だろうが。 「なるように……なりやがれ!ド畜生がッ!!」 後の事なんざ、考えるだけ無駄だ。 半ばヤケクソ気味にプロシュートが叫ぶと全力で、ミノタウロスの鼻っ面をブン殴った。 殴ったと同時に、スタンドを介してその感触が手に伝わってきた。 相変わらずの、生物を殴ったような感触じゃあなかったが、そのまま拳を振り抜く。 殴られた勢いで、涎を撒き散らしながらミノタウロスの顔が横を向いたが目が合った。 殴られながらも、いやに光る血のような赤い目だけは、こちらを凝視している。 瞬間、冷たい物が背中を伝った。 ――ヤベェ、避けねぇと殺られる。 ミノタウロスの顔がゆっくりと正面へと戻ったが、頭では分かっているのに、時間でも止まったかのように身体の動きがやたらと遅い。 ――なにやってやがる。動け。 棒切れでも持ち上げるかのように、緩やかに大斧が上へと上がっていっても、身体が動くまでに妙に時間が掛かる気がする。 ――動けっつってんだろうが。 持ち上げられた大斧と、赤い月とが重なった。 ――もう見慣れた色だが、今日は血の色みたいに染まってやがる、クソったれが。 「ゴフ、ヴオオオオオオオォォォォムッ」 月と重なっていた大斧が消えると、それと同時に、雪が溶けるかのように身体が動くようになった。 どうやら、ボクサーとかが相手のパンチが超スローモーションで見えたりするようなやつだったらしい。 アドレナリンやなにやらが分泌されて 一瞬が何秒にも感じられるというあれだ。 なら、斧がどこに行ったか?決まってる、そんな事考えるまでもない。 バックステップで飛び下がると同時に、大斧の刃先が額を掠めた。 地面に大斧がめり込むと同時に、額が裂け、そこから派手に血が噴き出る。 「――ッ!クソがッ!掠っただけでこれかよ!」 それでも、声に出すより身体が先に反応してくれてなによりだ。 あと少しでも退くのが遅れていれば、真っ二つか、中途半端に頭を割られていた。 生憎と、どこぞの吸血鬼みたいに、縦に真っ二つに掻っ捌かれても平気で、『ンン~?』とか言いながらズレを直したりするような特技は持ち合わせていない。 額に手をやったが、血は止まりそうになかった。 傷自体は大した事はないが、額からの流血は結構流す量が多い。 目に血が入ったりで視界が奪われるというのが最悪なパターンだ。 「にしても、マジで殴ったのにダメージ無しか……。人間なら首の骨がヘシ折れてるとこなんだがよ」 死ぬとまでは思っていなかったが、ダメージを受けた素振りも見せず反撃してこられたのは、スタンド使いとしての自信が失せそうだ。 血で塗れた手を一度払ったが、鉄臭い嫌な臭いがプンプンする。 血の中にメタリカでもいりゃあ、まだ使い道はあるんだがな。と、思わないでもないが、こればかりは無い物強請りなので考えるだけ無駄だろう。 ミノタウロスの注意は完全にタバサからプロシュートに切り替わったものの、面倒なのはこれからだ。 滅多にない貴重な体験させてもらったが、そうそう何度も体験したいものでもない。 プロシュートの記憶にあるうちでも、似たような経験はブチャラティ諸共列車の外に放り出された時と、リゾットがマジでキレた時だ。 普段、キレないやつが一度火が付くと手が付けられなくなる良い見本だろうか。 ギアッチョなんかより遥かに性質が悪かった事は今でもはっきりと覚えている。 原因まではよく知らないが、ギアッチョとメローネがカミソリと針の山に沈み、黄色い血液を流してブッ倒れていた。 傍に立つリゾットの目を見た時も、さっきみたいな状態に陥った。 ただでさえ黒いリゾットの眼が、いつもよりドス黒くギラギラと光っていたのは、後にも先にもあの時だけだ。 後で、鉄分を戻してもらいなんとか病院送りにはならずに済んだものの あのギアッチョとメローネが借りてきた猫のように大人しくなっていた程だ。……一月と持たなかったが。 とにかく、あの目が拙い。 殺意丸出しのギラついた目だけは、プロシュートですら慣れるものではなかった。 そもそも仕事は暗殺なのだから、そんな物は邪魔なだけだ。 何時も言っていたが、ブッ殺すと心の中で思ったなら、その時にはもうスデに相手を殺っちまって終わっている。 殺しをあくまで仕事の手段として割り切るか、殺し自体が目的になってるかの違い。対比するなら暗殺者とトチ狂った殺人鬼というところか。 もっとも、傍目から見ればどちらも似たようなものだろうが。 この場合、プロシュートは前者で、ミノタウロスは後者になる。 獣相手に殺人鬼というのも妙な話だが、あの赤く染まった目を見てからやたら違和感を感じ、変な具合だ。 強いて言うなら狂気とでもいうのか。薬キメて頭のネジが二、三本ブッ飛んだジャンキーのやつとよく似ている。 違和感を気にしている余裕は無いのだが、歯の隙間に挟まったトマトの皮みたいに妙に引っかかっていた。 ちらりとタバサを見たが、少し首を横に振られた。 「ちッ……まだか。五分持たねーぞ、こいつは」 なにせ、今ので三十秒足らずというところだ。 さっさと、ミノタウロスをぶち殺してくれればもっと早く済むのだが、それはあまり期待できそうにはない。 さて、次はどう出るか。 プロシュートが地面から大斧を引き抜くミノタウロスを注意深く観察したが、大斧を引く抜くとミノタウロスがそれを地面に捨てた。 大きな音を立てて大斧が地面に落ちたが、大斧を捨てた理由を察したプロシュートの顔が歪んだ。 「ッ!この……ド畜生がァァァァアア!」 半ば、から完全にやけくそ気味に叫ぶと、ミノタウロスから一気に離れる。 次の瞬間には、ミノタウロスが叫びながら拳を固めて突っ込んできた。 今まで大斧だったからこそ、大振りで避けるのも難しくはなかったが、得物を捨て素手で向かってきたという事はそれも難しくなった。 ミノタウロスが拳を繰り出し、それが空を切る度に風がプロシュートを襲う。 風自体はそう大した事はないが、風が届く程のパンチだ。マトモに食らえばミンチより酷い結果が待っているに決まっている。 今ほど、グレイトフル・デッドに脚が無いのを恨めしく思った日はない。 一般的な近距離人型スタンドならスタンドの脚力を生かして跳ぶ事も可能だが、グレイトフル・デッドにあるのは、うねうねと動く触手だけだ。 移動に関してのスピードは本体に付いてくる程度、つまりは人間並みなので、猛然と突っ込んでくるミノタウロスとどっちが早いかなど答えるまでも無い。 それでもグレイトフル・デッドでラッシュを辛うじて凌いではいるから、あるだけマシというところだろうが 早々に限界に達したのか、反らしながら凌いでいたスタンドの腕が弾かれプロシュートへと一気に突っ込んできた。 「生身でスタンドを弾きやがっただと!?バケモンがッ!」 もう分かりきっていた事だが、それでも生身でスタンドを弾くなどスタンド使いの常識では考えられない。 焦りながら後ろも見ずに下がっていたせいか背中に硬い物が当たり、それ以上後ろに下がれなくなった。 「このクソヤバイ時に……!」 多少開けている場所とはいえ、森の中である。そんな場所をろくに見もしないで動いているのだから、木にぶつかるのは当然の事だ。 注意不足と言えばそれまでだが、この状況下でそんなもん気にしてられる方がどうかしている。 動きが止まったプロシュートを逃がすまいと、ミノタウロスが涎を垂らしながら殴りかかろうとしてきている。 舌打ちをしながらプロシュートが側転するかのように横に跳んだが、それと同時に爆発でも起こったかのような音が鳴った。 ミノタウロスの拳と、木の幹がぶつかった音だ。 メリメリと音を立てながら殴られた箇所から折れていったが、 それなりの太さの木を、HBの鉛筆をボキリとヘシ折るかのように軽く折った事には、さすがのプロシュートも舌を巻かざるを得なかった。 もっとも、今はただ驚いているわけにはいかない。 避けたはいいものの、転がるように飛んだせいで今の体勢が非常に悪いのだ。 咄嗟という事もあってかスタンドも出してはおらず、なんとか地面と熱いキスをする事なく前転着地をするので精一杯だった。 当然、それをミノタウロスが見逃すはずがない。 ごふ、ごふ、と白い息を吐くと、転がっているサッカーボールでも蹴り上げるかのように突っ込んできた。 狙いなぞろくに付けていないだろうが、あのデカブツの蹴りをマトモに食らったら良くて再起不能、悪ければ死ぬ。 だが、下手に避ければ余計に状況が悪くなる。ここは突っ切るしかない。 「ぶぅぅぅるぁぁぁぁぁああ!」 ミノタウロスの蹴りが完全に振り抜かれるより先に、プロシュートがあえて前へと突っ込んだ。 並みの近距離人型スタンド使いなら、当たる瞬間後ろにでも飛ぶのだろうが、移動はあくまで本体依存。 精密動作に関してもEなのでそこまで器用な芸当ができるわけじゃない。 なら、蹴りが振り抜かれるより先に突っ込んで、完全に威力が出し切られる前に食らった方がいくらかマシだと賭けたのだが どうやら、規格外な相手には規格外な出来事ばかり起こるらしく、ガードした腕に当たった瞬間、鈍い音がするとプロシュートの体が勢いよく飛んでいった。 衝撃で意識がぶっ飛びそうになったが、サッカーボールよろしく蹴り飛ばされた事でそれは耐えられたものの 今更ながらミノタウロスを少し甘く見ていた事を盛大に呪った。 老化使えばすぐなんだが……使わなけりゃあこのザマかよ! 並大抵の相手なら、老化抜きでもどうにかなると思っていたが、見通しが甘かったらしい。 「っぅ……がぁ!……っはッ!…はッ!……パワー馬鹿が……!スタンド使いじゃなけりゃあ死んでたぞ、今のは!」 右腕を押さえながらなんとか立ち上がったが、間違いなくバキバキにヘシ折れている。 スタンドでガードして、その上から一本持っていかれた。 おまけに、喉の奥から熱いものが込み上げてくればなにかと思い、口の外へと出してみれば酒と胃液混じりの血だった。 生身で受けていれば、腕どころか内臓破裂コースで致命傷を受けていた可能性が高い。 「腕、大丈夫?」 後ろからタバサの声が聞こえてきたが、そこまで一気にふっ飛ばされた。 そういえば、吹っ飛ばされてる途中に勢いが弱まって地面への激突のダメージも無かったから、レビーテーションあたり使ったのかもしれない。 「クソ……!マリオやってる気分だ。キノコ食って増えるわけでもねーのによ」 ミスれば一発で死ぬ。状況は似ているが、こっちは残機1でコンテニュー不可能である。 スターよこせ、スター。とか髭面のおっさんにたかりたくなってきたが、そんなくだらない事を考えられるあたり、まだ余裕はあるようだった。 「オレの事より、お前はどうなんだよ。腕もこうだし、悪いがそろそろリミット近いぜ」 時間的な限界ではなく、腕の負傷と予想以上にミノタウロスの力が上だった事も加えて、プロシュートとて能力抜きでは抑え切れそうにない。 「突破口は見つけた。……でも、成功するかどうかは、やってみないと分からない」 「そんだけ分かりゃあ上出来だ。それに、ミスるかもってんで何もしねーマンモーニだったか?オメーは。ここまでやられたんだからな、後始末ぐらいオレがしてやる」 タバサが失敗すれば、腕の礼も含めて全開の老化を叩き込むだけの事だ。 いいからやれ、と言われタバサも腹が決まったのか、小さく頷き了承の意を見せる。 「出来れば、少しの間動きを止めておいて欲しい」 メイジでもない人間にミノタウロスの動きを止めろなどとは随分と無茶な要求だが、止めるだけならやり様はある。 「二度目はねーぞ、一発で決めろ」 もうミノタウロスがこっちに向かって突っ込んできている。 同じ手は通用しない。足止めも攻撃も文字どおり一発で決めねばならなかった。 魔法を詠唱される事を察知してか、向かう先がタバサになっている。 素手で怪我したメイジでもない人間など相手するまでもないという事だろうが、人間でも獣でも手負いというのが一番厄介だ。 プロシュートがミノタウロスの前に躍り出ると、ミノタウロスと接触する前に隠し持っていたナイフで折れている右手の動脈を深く切った。 「ハッ!どうだ、この血の目潰しはッ!」 勢いよく吹き出た血がミノタウロスの目にかかると、目を押さえて暴れだし動きが止まった。 どうせ使い物にならないのだから、今更動脈の一本や二本切ったところで大して悪化はしない。 このまま、『勝ったッ!死ねぃッ!』とでも言おうものなら、逆にやられそうだが後はタバサの仕事だ。 目を押さえ、暴れていたミノタウロスがどうにか血を拭い目を開けてみると、目の前には氷の矢が形成されている。 その光景は、どことなくジェントリー・ウィープスを彷彿とさせるものがあったが、違うのは防御に使うか攻撃に使うかというとこだろう。 音も立てずに飛んだ氷の矢がミノタウロスの目に突き刺さると、何か潰れるような嫌な音が聞こえた。 いくらミノタウロスの皮膚が硬くても、目だけは硬いはずはない。 そして、その目の後ろにあるのは脳。眼底をウィンディアイシクルでぶち破り、一気に脳をシェイクする。 動き回るミノタウロスの目という小さな場所に寸分違わず命中させるのは少し難しく、一瞬動きを止める必要があった。 「ブヴルゥ……オ…オオオオオオオムッ!!」 咆哮。血に染まった氷の矢をミノタウロスが引き抜こうとしている。 首を飛ばしても動くと言われているだけの事はある。 それでも半分頭ブチ抜いてるのならまぁ及第点というところか。あれで死なないのなら、大したものだ。 「さっさとくたばんなッ!ダメ押しに、もいっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつッ!」 残っている左腕で、引き抜こうとしている氷の矢を杭を打ち込むかのように殴りつけると、少しめり込むと同時に砕けた。 「ぶご……オバァァ……」 ミノタウロスの残った目から赤い光が消えると、呻く様な声を出しながら倒れていった。 ようやく動かなくなったミノタウロスを見て一先ず息を吐いたが、得た物より払った物の方が大きい。 腕一本と引き換えに得た物はタバサの経験と三エキューに満たない報酬。 ヘシ折れた腕を見て思わず溜息を吐いた。そのぐらい出したって誰も文句は言わないはずだ。 「今のは悪くねぇが、こういうのとは最初から戦らねぇか他のやつに任せとけ。ったく…相性が悪いやつと戦っても何の得にもなりゃしねぇ」 「善処する」 「どんだけ分かってんだかよ」 相変わらずの調子で返してきたタバサを見て、こいつひょっとして狙ってやってねーか?とか浮かんだが、たぶん考えすぎだろう。 それに、こうなったのは誰のせいでもなく、自分の責任である。 能力を使わずとも足止めぐらいならどうにかなると甘く見ていた。 その結果がこれだ。 まさか伝説上のバケモノとやりあうハメになるとはほんの数時間前までは思いもしていなかったし、生身でスタンド以上のパワーを持つなどとは頭の中にすらなかった。 つくづくブッ飛んだ世界だと改めてそう思う。この先もこんなのが出てくると思えば今のうちにこういうのに出会えてよかったかもしれない。 ここは、タバサの経験も踏まえて、自身も良い経験を得たという事で納得しておく事にした。 「にしても、この腕どうすっか…」 腕の状態はかなり悪い。数箇所から折れていて普通なら病院送りコースである事は容易に理解できる。 もちろん、魔法で治せばすぐだろうが、少なくともこの辺りでは治療できないだろうし、最悪リュティスまで戻る事も考えねばならなかった。 「……心配しなくても…いい。わ、わたしが治…そう」 突然どこからか聞こえてきた声に、誰だ?と疑問符が浮かんだが、考えるより先に体が動いた。 「この…ッ!まだくたばってねぇのかッ!」 また動き出したミノタウロスを見て、すぐさまスタンドを出した。 ここまでくるとプラナリア並みの生命力だといっそ賞賛したいぐらいの気になれるが、ただ感心しているわけにもいかない。 直触りで確実に仕留める。念には念を入れて千年分ぐらいは叩き込むつもりだったが、それをやる前にさっきの声がまた聞こえてきた。 「イル・ウォータル……」 特に魔法には興味無かったが、一通りの呪文の詠唱はプロシュートも覚えている。 詠唱の種類さえ分かればどんな攻撃がくるか事前に察知できるのだから、多少面倒だがやっておいて損は無い。 それで現在進行形で聞こえてくる魔法は水系統の治癒の魔法だった。 わざわざ秘薬も使わず精神力削ってまでそんな魔法を使おうとしてるのは誰かという事になるのだが どうも、この声は聞いたような事がある気がする。 それもごく最近……というより聞いたばかりという具合だ。 さっきまで暴れていたミノタウロスが大人しいというのも妙だった。 いつの間にか大斧を拾っているのだが、手負いの獣といったら普通の時より暴れまわるというのが相場である。 その不自然さもあってか、すぐに直を叩き込まないでいたものの、詠唱とミノタウロスの口の動きが合致している事に気付いた。 「おい……こっちの牛も韻竜ってやつみたいに話せんのか?」 言葉尻に、そこまで常識外れじゃねーよな、という意味を含ませてタバサに聞いた。 タバサもこいういうのは見たことないようで、知らない、と小さく呟くと首を横に振っている。 プロシュートが知る限りでは、一番物知りっぽいタバサが知らないのなら、本来ミノタウロスは喋らないものなのだろうという事にした。 だが、現実にミノタウロスの口から呪文の詠唱が聞こえてきている。 どういう事か分からず、少しの間思考回路がフリーズしていたが、呪文の詠唱が終わりミノタウロスが近付いてくると流石に我を取り戻して身構えた。 「ああ……少しの間…ごふ!…動かないでくれ。すぐ終わる」 咳き込むような声をミノタウロスが出すと、手に持った大斧をプロシュートの腕に向ける。 これが刃先だったら、ド畜生がッ!とでも言われながら直を叩き込まれるところだったが、幸いにして大斧の頭の方だったのでそういう事態にはならずに済んだ。 それから少しすると、腕の中の方で骨が繋がっていく感覚が理解できる。 正直言うと気色悪い。それでも治るのであれば遠慮なく受け取っておくとしても、問題なのはこのミノタウロスの正体だった。 人の言葉を話し、おまけに魔法まで使う。秘薬無しでここまでの治癒の魔法を使えるという事はトライアングルかスクウェアか。 となると、こいつは新種か突然変異の類である事は明白。生け捕りにでもして売り飛ばせば金になる。そういえば、アカデミーとかで実験とかしてたな。 一瞬本気で始末するのを止めて、生け捕りにしようかとも考えた。 今のミノタウロスを見るプロシュートの目は、きっとあの人攫いたちと同じような目をしているに違いない。 「この姿を見て不思議…に思うだろうが……時間も残り少ない…ようだし簡潔に、は、話そう。わたしは、元は……いや、今もだが、貴族だ」 「ほー、牛にも貴族が居んのか、そりゃあ驚きだ」 ものスゴク適当に返したが、ぶっちゃけ、この牛の正体なぞ知った事ではない。 さっきまで、文字どおり獣のように暴れ回っていたくせに、今はその気配すら微塵に感じられない。 どちらにしろ、サッパリ分からん。 いっその事、始末して喋らなかった事にしちまおう。 そんな物騒な考えが頭の中で鎌首をもたげた。 さっきまであれだけ好き放題やらかしていたのだから、始末しても問題ないな、と行動に移すためにスタンドを出す。 腕は治ったものの、あれだけやられて、ハイ、そうですかと黙って話を聞くようなタマではないのである。 それでも、辛うじて思いとどまったのは、直を叩き込む前にタバサが言った言葉だった。 「……禁術。恐らくあなたの系統は水」 それを聞いて、ミノタウロスの口元が少しだけ曲がった。 たぶん、笑ったのだろうが、一般的に笑うことのできる動物は人間だけだと(あくまでも地球基準で)言われているだけあって、少々分かり辛い。 「そうだ…十年前、村を襲っていたミノタウロスを倒した当時のわたしは、不治の病に侵されていた……その時、この身体を見たわたしは人間を止める決意をしたよ…」 妙な仮面を被った男が、俺は人間を止めるぞ!ジョジョォーーーッ!とか叫んだような気がしたが、気のせいだ。 「禁忌とされる脳移植を、わたし自身の手…で行ったのだ」 随分とブッ飛んだ告白だが、タバサはともかくプロシュートはもうスデにろくに聞いちゃいなかった。 脳移植とか、普段絶対にありえない事をやったと聞いて、拒否反応云々とかに関しては、もう考えるだけ無駄だと考えるのを止めただけだったが。 「それで、さっきまでのありゃあなんだ。能書き垂れるのはいいが、答えによっちゃあ消すぞ」 兎にも角にも、こいつが元人間であるという事は理解できた。 そこで重要なのはこいつが始末すべき対象か、そうでないかだ。 「……三年程前からかな。それまでわたしは、この身体の事を心底素晴らしいものだと思っていた。 この身体を得てから、体力、生命力はおろか、精神力も強くなり、スクウェアクラスにまで成長した」 どうりで秘薬も無しに腕が治るわけだと、その点に付いては納得できたものの、まだ答えになってはいない。 「で、それがどうした」 長ったらしい前置きはいいから、結論を先に言えと促すと、咳き込みながらミノタウロスが答えた。 「だが……違った。わたしの人としての心は強くは無かった。だんだん、自分の精神がミノタウロスに近づいていくのが分か…ったよ。 耐え難い頭痛がわたしを、お、襲う…と、意識が途切れ、気付いた時には、足元に子供の骨が散らばっていた……」 「ああ、あれは誘拐じゃなくて、オメーが食ってたのか」 酒場で聞いた子供の誘拐の犯人は、このミノタウロスだったらしい。 ついでに原因が分かって、そっちの件も一件落着というところだが 子供を食べたという事に特に何の感情も表さなかった事に、ミノタウロスが逆に驚いていた。 「驚かないの…か?」 「オメーなんぞより、ろくでもねぇ連中なんざ五万といるし、オレもその中の一人だ。これでいいか?」 生きるために食ったのなら、それはそれで仕方ない。例え自我を失っていてもだ。 仕事で巻き込んだやつなぞ数え切れるものではない。大人子供老人性別の区別無く巻き込んできた。 そんな仕事をしていたからこそ、このミノタウロスがやった事に関して特に感情を表す必要は無かった。 例えあったとしても、やっちまったもんは仕方ねぇな、ぐらいなものだろうが。 「奇妙なものだな。お前のような人間は初めて見る……、ごふ!ごほっ!……ああ、頼みと言ってはなんだが、決闘を、貴族同士の決闘をしてくれないか?」 貴族同士という事は、決闘を申し込んだ相手はタバサという事になる。 この期に及んで決闘とはどういうつもりか真意を測りかねたが、その理由は尋ねる前にミノタウロス自身の口から 「頭痛が起きるようになって…から、自分で死ぬことも考えた。しかし、己で自分の命を絶つ勇気がわたしには無かった。 おかしなものだな……十年前、不治の病に侵されていた時は、ミノタウロスと戦って死ぬ事にこれっぽっちの恐怖も感じなかったというのに…… この傷は、君が付けたものだろう?それ程の腕があるなら、さぞかし名のある貴族と見た。獣ではなく……わたしが…わたしでいられるうちに戦ってもらいたい…」 自分勝手と言えば自分勝手な申し出だが、あくまで申し込まれたのはタバサだ。受けるかどうかは本人次第で、やると言えば止める理由も特に無い。 今ならさっきと違って、少なくとも一発でミンチみたいになりはしないという事で、どうするかタバサに聞いた。 「どうする、やんのか?」 小さくタバサが頷くと、杖を構える。 それを見ると、ミノタウロスも大斧を杖のようにし、タバサの真正面に対峙した。 「礼を言…うぞ、少女よ。わたしの名は……ラスカル。名を聞かせても…らおう」 名を聞かれ、少し目をつぶると、タバサが小さく己の本名を呟いた。 「……シャルロット」 「よい…名だな……。いざ勝…負だ」 巻き込まれては洒落にならんと、プロシュートは少し離れて決闘の様子を眺めていた。 トライアングルのタバサと、妙ななりとはいっても、スクウェアクラスのラスカル。 魔法勝負ならどうなるかと見物とシケ込んでいたが、いつまでたっても互いの杖から魔法が放たれる事はなかった。 面白くもないので、石でも投げ込んでやろうかと思った時、不意にタバサが杖を下げてこちらに歩いてくるのが見えた。 「選手交代には早ぇんじゃあねーのか?」 あくまで、タバサが受けた決闘である。一度受けたのなら一度ぐらいやり合えと言おうとした。 「もう終わった」 どこか、ぼんやりとした声でタバサが終わったと言った。 一度も魔法が出てないのに終わったと言われてもどういう事か分かるはずはない。 だが、タバサに説明を求める前に、プロシュートにも終わったという、その言葉の意味が理解できた。 ラスカルの残った片目からは光が完全に失われ、口や鼻からは血を流し微動だにしていない。 「こ、こいつ……立ったまま……死んでやがる…!」 目に刺さった氷の矢を押し込んだ、あの一発。やはりあれが致命傷だったのかと確信した。 恐るべきは、脳を貫かれても生きていたという事だ。 もしかしたら、その時点でスデに死んでいたのかもしれない。賞賛すべきはラスカルの貴族としての執念と言うべきか。 ともあれ、これで任務完了。 そう思うと急に疲れが押し寄せてきた。 なにしろ今日の日程は相当な強行軍である。 早朝は学院でメンヌヴィルを相手にし、そこからガリアまで一気に移動。おまけに人攫いとミノタウロスを相手にした。 休んだのは酒場で飯を食った時ぐらいで、酒も入っているのでさっさと寝たい。 ここから村に向けて三十分歩くとなると気が重くなって仕方ない。 それでも、こんな所で寝るわけにもいかず仕方ねぇとする事にしたが、青い頭がゆらゆらと揺れると、すとん、と擬音がしそうな程に下に下がって動かなくなった。 「おい、どーした」 特に攻撃を食らったわけでもないから、怪我ではないと思いつつタバサに近寄る。 そうすると、動かなくなった訳がプロシュートにも分かった。 「こいつ……寝てやがる」 酒こそ飲んでいないが、タバサとてプロシュートとほぼ同じ日程をこなしたうえ、魔法も使っている。 精神力と言うか、この場合は体力的に限界に達したらしい。 今ならば、やれやれだぜ、と言っても何の不思議も無かった。 こっちも頭から血を流し、さっきまでは腕もヘシ折れていたというのに、手間ばかりかせさせてくれる。 それでも置いていくわけにもいかず、大きくため息を吐くと、プロシュートがタバサを背負った。 シルフィードとタバサは似てないと思っていたが、撤回せねばなるまい。 無頓着というか、こういう所は世界が二、三巡した感じで似ている。 村に戻る前に、立ったまま息絶えたラスカルと目が合った。 杖代わりの大斧を貴族のように構えたまま遠くを見ている。 脳を移植して、精神がミノタウロスに近付いていく様など、プロシュートに理解できるはずもない。 それでも、自己の崩壊というものがどれだけヤバいものかというぐらいは知っている。 麻薬の打ち過ぎで廃人になった人間なぞ見れたものではない。 死ぬ間際でも、己を取り戻せたのだから、ラスカルは運が良かった方だ。 「ハタ迷惑なヤローだったが……良かったな。くたばる前に貴族に戻れてよ」 動かなくなったラスカルにそれだけ言うと、プロシュートが村へと戻っていった。 ←To Be Continued
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2321.html
沈みかける太陽をバックに何時ものようにシルフィードが進んでいる。 ただ、何時もと違うのは二人ほど余分に……元ギャングと現役盗賊が乗り込んでいる事である。 タバサは相変わらず本に視線を落とし、他二人はやる事も無いので……適当にしている。 しばらく何事も無かったが唐突にかつ盛大に『ぐぎゅるぅぅぅぅ』という音がした。 「……予想は付くが、一応聞いてやる。こいつは何の音だ」 地の底の亡者の声もとやかくというか、今居る下の方から聞こえてきたのだ。九割九分あの音だろう。 「おねえさま、おにいさま、シルフィはおなかがすいたのね。きゅいきゅい!」 予想的中。シルフィードの腹の虫が盛大に抗議声明文を発表したようだ。 なおも喚きたてるシルフィードにようやくタバサが本から目を少しだけ離すと あらかじめ用意してあったのか、なにやら妙な形の塊をシルフィード口目掛け放り投げた。 シルイフィードがパクリとそれを飲み込むと全身が揺れる。 「ッ!……っぶねぇな。落とされんのはゴメンだぜ、オレはよ」 ヴェネツィア超特急ですら本来なら致命傷のはずだったのに ここから落とされれば、怪しい中国人に言われなくともまず間違いなく死亡確認である。 無論、そんな事知らないシルフィードは気にせず騒いでいるのだが。 「お肉かと思ったのに騙されたぁ~~~!偽物なのね!紛い物なのね!おねえさま酷いのね!」 べっ!と口の中からモノを前足で器用に取り出すと本を読んでいるタバサの前に突き出す。 しかしながら、御主人から帰ってきた言葉は淡々かつ簡潔なものだった。 「食べられる」 「でも、まずいのね!おいしいわけがないの!お肉の味はするけど、お肉じゃない!偽物なのね!」 「それって確か、最近出回ってる魔法で肉の味を付けたっていうやつじゃあなかったっけ」 「……マジでなんでもあんな」 モノを見てフーケがそう言ったが、魔法が生活面にそこまで直結してる事に本気で呆れてきた。 「やっぱり偽物だったのね!おねえさまもおにいさまも食べてみれば分かるのね!」 ……それはひょっとしてギャグで言ってるのか? 一応、さっきまでシルフィードの口の中に入っていたモノであり つまりは、結構ッ!そのモノはシルフィードの涎でベトベトだァ!なわけで美味い不味い以前の問題である。 「おい……オメー食ってみろ」 「……わ…わたしが…?……か…い…今まで、こいつの口の中に入ってモノを?絶対にイヤ!おにいさまが食べてやりゃあいいじゃあないか!」 「オレだって嫌に決まってるだろーが」 そうキッパリと言い放つが相変わらずだ。 「さっきもそうだったけど自分が嫌なものを人にやらせるなッ!どおーゆー性格してんのさあんたはッ!」 泣きそうなフーケと平然としたプロシュートを背景に、タバサがモノを少し千切って食べた。 「食べられる」 それでも淡々としたタバサに抗議を続けているが、なしのつぶて、ぬかに釘、のれんに袖押し、という具合に全く手応えが無いようだ。 「食べる、食べられないとかいう問題じゃなくて シルフィは美食家なのね!主人は使い魔の食べ物に責任を持つべし。使い魔として当然の権利を要求するのね!」 そのやり取りを見て、どーもどっかで知ったような情報だと思ったが、ブチャラティチームの略歴とスタンド情報を見ていた時だと気付いた。 確か、ミスタのピストルズが飯食わさないと働かないとかいう記述があったはずだ。 特に戦闘に直結しない事項だったので、さして気にも留めなかったのだが、今頃思い出した。 「む!おねえさま。風韻竜はあそこに街を発見 尖塔とか寺院とかあってなかなか素敵な街なのね。という事は、素敵な街には素敵な名物があるのが常識なのね~~」 「時間とお金が無い」 不味くなけりゃあ特に何でもいいプロシュートとてイタリア人である。 イタリアと言えばご存知イタ飯で有名な土地であり美味い物など、それこそ星の数ほどあるのだ。 だからまぁ、シルフィードの言わんとする事も分からんでもないし、相応の仕事をさせるには相応の対価が必要だという事は何より自分が一番知っている。 「ピストルズかオメーは。だがまぁ、連中みてーに途中で働かなくなるってのもオレが困る。食った分はキッチリ働けよ」 「きゅい!?さすがおにいさまなのね!そこの本の虫娘とは大違いなの。シルフィおにいさまの使い魔になりたかったのね!」 「あまり甘やかすと後で色々と困る」 そうタバサが言ってきたが、当のプロシュートは涼しい顔で返した。 「……アメと鞭って言葉知ってるか?」 (こいつ、一体どんな無茶な事させるつもりだろう……) アメと鞭。言い換えるなら貸しがシルフィードに出来たという事で一体何倍にして返すハメになるだろうかと理解したフーケが少し同情した。 まぁ自分も同じような状況にあるのだが。 もっとも、悲しい事に今のところアメは無く鞭のみで負債を返し続けているような状況だ。 あっれあれー?それってもしかして今のわたしって韻竜といっても畜生以下の扱い? おっかしいなぁ……なんだか目から水が出てきたや。ハハハハ…… ますますダークサイドへ突っ走っしっているが、今ならばどこかで犬と呼ばれている少年と一発で仲良くなれるだろう。 なにせ、今のところ報酬は『取られるはずの自分の年』であり、他は何も無い。 一度ならず二度までも攻撃を仕掛けたというツケの代償が高く付いた結果なので残念な事に中途解約もできないのである。 魔法学院に盗みに入った結果がこれだよ!!! まんじゅうのようなナマモノがそう叫んだような気がしたが、たぶんいつもの幻聴だ。 もういっその事『ヘヴン状態!』とでも叫びながら現実から逃げたくなってきたのだが、そんな事をやらかせば間違いなく周りから『少し可哀想な人』という称号を頂いてしまうし、まだそこまで堕ちたくはないのだ。 それに短い間だが、一つだけ確実に分かった事があった。 こいつは全体的に他の人間を、特に年下を自分より下に見る傾向がある。 見下すとかそういうのではなく、ただ単に実力や精神的覚悟が足りてねーと思っている節が見てとれる。 こういう奴と対等な立場になるには一つしかない。 実戦やらで実力を認めさせるか、タイマン張って互角以上の勝負をするとかそういうやつだ。 後、一度敵と判断すれば誰であろうとものスゴク容赦ない。おまけにドSだ。それも自覚が無いという一番性質の悪いやつの。 その割りに、案外甘いというか面倒見が良いところがあるから分からないもんである。 まぁそれが元敵である自分に一片の欠片も向けられていない事に、この先精神的に無事にアルビオンまで戻れるかとメチャ不安ではあるのだが。 「おい、なに縮こまってやがる」 上の方から聞こえてくるやたら高圧的な声がしたが、どうやら無意識のうちに膝を折り曲げ顔を埋めた、いわゆる体育座りのポージングになっていたらしい。 その声にギギギと錆付いた機械のような音が鳴らんばかりにゆっくりと首を上に向け口を開いた。 「……一体誰のおかけでこうなってると思ってるのさ」 「少なくともオレじゃねーな」 やっぱ自覚無しかこいつ……半分死んだ目でプロシュートを見たが、恐らく文句を言ったところで『てめーの自業自得だろボケ』で済まされてしまう。 そう確実!オスマンがセクハラをするぐらい確実! そんな分かりきった事に労力を使うぐらいならまだ言わない方が遥かにマシだ。少なくとも現状より状況が悪くなる事は無い。 ……きっと。 最高と最悪という言葉があるが、この二つはかなり違う。 フーケ自身、最高にはある程度上限はあるが、最悪という状況に際限は無いという結論に達していた。 というのも、ほんの半年前までは『土くれのフーケ』としてハルケギニア中の貴族から恐れられていた大盗賊だったのである。 それがこいつに捕まった上に二目と見れないような姿にされ、ワルドに半強制的にレコン・キスタへ入れられ、挙句またこいつに捕まった。某連邦の外部組織のエリート中尉も真っ青な転落っぷりだ。 クロムウェルの事があるから一応自主的に協力する事にはなったが、もう少し待遇というか扱いを良くしてもらいたい。元敵とはいえせめて人並みに……。 また少し丸まっていると、後ろから首根っこを掴まれブン投げられた。 「へ……?いや、ちょっとここ竜の上……」 やっぱり始末する気か。いやこいつの事だから『オメーら空飛べるんだから問題ねーだろ』ぐらいにしか思ってないのか。 メイジだって急にこんな事されれば対応できないんだぞー。このドグサレがァァァァァァァ!! と0.5秒の間にそんな走馬灯めいた事を一気に考えたが、予想より遥かに早く、そして柔らかい衝撃を受けて落下が止まった。 「呆けてねーで早く降りろ」 その言葉に辺りを見回したが、どうやらシルフィードはとっくに地面に降りていたらしい。 「……だからって投げることないじゃないか」 「草の上なだけマシだろーが。それとも土くれだけあって堅い地面のが好みか?」 「そりゃどうもありがとよ」 消耗しない…こいつはこういう奴なんだからマチルダお姉さんはこの程度で消耗しない……。 この程度の事で消耗していたら、そのうち何も無いのに定期的に血反吐とか吐く羽目になる。 中の自分にそう言い聞かせながら、少々力なく立ち上がり身体に付いた草を払っていると後ろから呪文が聞こえてきた。 『我を纏いし風よ。我の姿を変えよ』 例によってシルフィードの周りを青いつむじ風がまとわりつくとその姿を人間へと変えた。 「それが先住魔法ってやつか。さすがのわたしも生で見るのは初めてだね」 「この際だから説明するけど、わたし達は先住なんて呼び方はしないのね。精霊の力をちょっと借りてるだけなんだから」 そう説明しながら相変わらずすっぱだか状態でふらふらしているシルフィードを見て一つ気付いた。 「……って事は、あんたのも精霊とかの力を借りてるって事?」 となれば、さし当たって生命を操る水の精霊あたりかと検討を付けたが、もちろん違う。 「どっちかっつーと、オレ自身から力を引っ張り出してるっつった方がいいな。兎に角、別モンだ」 「あんなえげつない能力持った理由が今分かったよ」 理屈は分からないが、こいつの性格なら生物を無差別に老化させるような洒落にならない能力が付いても不思議ないととりあえず納得しておく。 「オメーらも頭にあの矢でもブッ刺せばスタンドが出るかもしれねーな」 まぁ別に頭でなくてもいいが、サバスが掴んで刺してきた印象が強いのだからそう言ったが、聞いた方は何やら誤解を強めたようだ。 「……頭に……矢……?」 ああ、そーか。人間じゃないのかこいつ。そりゃあ、あんな妙な能力持ってるわけだ。 やっぱり正真正銘の悪魔だ。人の皮を被った悪魔っていうし。 「聞こえてんぞ、てめー」 そりゃあ悪魔とかの類じゃなけりゃあ人を老化させるような能力が……聞こえてぇ!? どーやら、衝撃というか驚きが大きすぎて頭の中だけにおさまらずに声に出ていたらしく、一気に血の気が引いてフーケの顔が思いっきり青くなった。 「……い、一応聞くけど、どの辺りから?」 「人間じゃねぇとかその辺りだ」 ok。完璧に弁解の余地無し。思いっきり最初から聞かれていたようである。 そこで問題だ! このゴイスーなデンジャーが迫っているマチルダはどうやってこのピンチを切り抜けるか? 答え①-美人怪盗フーケは突如スクウェアクラスに進化する 答え②-そこのタバサかシルフィードが助けてくれる 答え③-老化する、現実は非情である わたしがマルをつけたいのは答え②だが期待は出来ない… 本にしか興味なさそーなタバサと食べ物の事にしか興味ないようなアホ竜は正直なところ助けになりそうにない…… となれば①を選びたいが何かの弾みでスクウェアになったとしても、こいつの力に敵うとは思えない…… で、一方のプロシュートの方は、さすがに人外扱いされるのも何なので『これでも、まだ人間だ』と言おうとしたが、全員そうだったから気にしないでいただけで、普通ならそれだけで死ぬなと思い直し、一応説明はする事にした。 「……あー悪ぃ。矢ってのは、こっちで言うマジックアイテムみたいなもんだ。っておい」 フーケの様子が何やらおかしい。目を明後日の方向に向け同じ事をブツブツと言っている。 「答え③、答え③、答え③……」 答え③と古くなったテープレコーダーのように小さく繰り返す姿を見たが、アルビオンに行ってもいないのに、まだこんな所で壊れてもらっては困る。 めんどくさそーに息を吐くと懐からある物を取り出し、それをフーケの顔の横まで持っていくと街外れの森に大きな音が響いた。 「~~~~○XX▲▽○ッ!?」 耳を押さえながら理解不能な言葉をわめいているが、鼓膜まで破れていないから大丈夫だろう。 たぶん。 「目ぇ覚めたか」 「……いつつ……雷が横に落ちた気分だ。というかなんでそんなモン持ってるのさ」 手に持ってる『銃』を見てそう言ったが答えは至極簡単だ。 「そりゃあギったからな」 それでフーケも理解した。銃士隊の装備だこれ。銃身にトリステインの紋章入ってるし。 盗られた方は今頃大慌てというやつだろうが、知ったこっちゃあない。例によって盗られた方が間抜けなのである。 「ま……弾も火薬もねーし、第一込め方なんて知らねぇから、今撃ったやつで最後だがよ」 「じゃあ、あんな事で撃つ事ないじゃないか」 一発しか撃てない以上もっともだが、それは撃つ方がただの平民とかである場合だ。この場合根底から使い方が異なる。 「分からねーか?」 「?」 分かっていないようなので、そのまま銃口を額に突きつける。まぁつまりそういう事だ。 「見えねースタンドと、見える銃。脅しに使うならどっちがいいか分かんだろ?」 わたしからすればどっちも変わらない。てか、まだ誰か脅す気かお前。と言いたげだが スタンドの事を知らないヤツからすれば銃の方に注意がいく。 武器として使う気はあまり無いが、牽制か脅しとして割り切れば十分利用価値はあるとしてアニエスから拝借してきたのだ。もちろん無断で。 後、新式だけあって売れば金になる。 「んで、矢ってのは普通の矢じゃあねーぞ。そいつを刺すとスタンド、オレが持ってるような能力が身に付く」 それを聞いた瞬間久々にフーケの目が光った。 こいつの言う『スタンド』とやらが刺すだけに手に入る、いわば魔法の矢。売るにしろ使うにしろ土くれとしては聞き逃せるものではない。 しばらくアレやらコレやらと考え少々顔がニヤけていたのか、横の方から呆れ半分の声で突っ込みが入ってきた。 「なに考えてるか大体想像付くが……死ぬかスタンド能力が付くかだからな。万が一見つけて使うってんなら遺書ぐらい残しとけよ」 「つまり?」 「矢に選ばれなかったヤツってのは確実に死ぬんだとよ。オレもあん時の事はあまり思い出したくねーな」 パッショーネ恒例の入団試験だが、見えないサバスに掴まれて矢を思いっきり刺されるのである。さすがに回想したいものではないわけだ。 「はぁ……そんなロクでもないモンよく使う気になったって感心するよ」 「知っててやったわけじゃあねー」 ライターの火を消して再点火するとポルポのスタンドが発動するなど、知らなければ今でも再点火しそうなのにスタンドの事すら知らなかった、まして入団が掛かっていた当時の場合はどうするかなぞ推して知るべしかなというところだ。 大体、あのド畜生が自殺したなどとは今でも信じられない。 名前が示すとおり、自分の手足喰ってでも生き残るようなヤツだと思っていたのだが。 あの面と体でナイーブとかふざけた事ぬかすなら、恐竜の絶滅原因は神経衰弱かPTSDだ。 そんな事を考えていると、後ろから急かすようなわめき声がしてくる。 「そんな事どうでもいいから、早くご飯を食べに行くのね!」 いつの間にやら服を着たシルフィードに腕を思いっきり引っ張られた。 一方のタバサはというと、座って本を読んでいる。 正直、見た目の年齢と精神年齢が全く逆である。 だがまぁ確かにあるかどうかすら知れない矢の事なぞどうでもいい事だ。 もちろん、メイジ兼スタンド使いなんぞが量産されては洒落にもならないから無い方がいいのだが。 とにかく、さっさと飯食ってクソくだらねー任務終わらせる方が先だ。よくよく考えたら戦闘の後始末やらで飯食ってない。 片手で回していた銃を懐に仕舞うと、まだ座り込んでいるフーケを片手で引っ張り上げた。 「お前らの方が詳しそうだからな。内容は任せる。………オメーはいつまでも本読んでんじゃあねーよ」 その言葉にきゅいきゅいと頷くシルフィードを見てタバサもやっとこさ本を閉じて立ち上がったが臨時北花壇チーム、現在四名。 その内訳、常時強気な元ギャング。食べ物に目が無く、この前ご主人に『脳が足りてないとまで言わないけど近い』と言われた伝説の韻竜 苦労人属性と不幸属性が付きはじめてきた現役盗賊、本ばかり読んでいて何考えてるんだかよく分からない正規隊員。 内容だけ見ると暗殺チームにも負けないぐらい個性的な面子揃いだが、プロシュートからすれば冗談じゃねー。という面子である。 暗殺チームの時はリゾットが仕切っていてくれていたからまだ良かったが こと戦闘以外に関しては他の連中があの具合なので自分で仕切らねばならないのだ。 戦闘になればそれぞれそれなりの実力があるんだから楽でいいんだが、まぁ全部順調に進めば苦労なんぞ起きないだろう。 にしても、あん時のミスタの拳銃捨てんじゃあなかったな。とかマジに思っているときゅいきゅいと声が聞こえてきた。 「ここね!このお店がこの街で一番良い匂いがするのね!」 その声で顔を上げたがシルフィードが一軒の酒場を指差している。 色々考えてるうちに街の中まで入っていたらしい。 シルフィードを先頭にして残りも店の中に入っていったが 「ボロいな」 「ボロいね」 「ボロい」 ものの見事に三人揃えて同じ感想を叩き出した。 実際、木でできた粗末なテーブルと奥にカウンターがあるぐらいでボロいと言われても仕方が無いが言われた方はたまったもんではない。 口を揃えてボロいと酷評してきた三人を見て太った中年の店主が思いっきり眉をひそめた。 「旦那、うちの店が上品な店じゃないって事ぐらいは知ってますがね。冷やかしなら別の店行ってくださいや」 「悪りーな、口が悪いのは生まれつきだからよ。客だ」 口だけじゃなくて性格も悪いだろーが。と後ろの方で一人そう思ったが決して口には出さない。だってそれが世渡りというものだと思うから。 まだ機嫌悪そうな店主だったが、タバサの杖と五芒星を見て一気に態度を変えた。 「貴族のお客様ですかい。これはボロいと言われても仕方ありませんや。お付の方も空いてる席におかけください」 というより、他三人をタバサの付き人か何かと判断したようである。 お付と言われて少々サバイバーな気分になったが、ここで騒ぎを起こしても一文にもなりゃあしないし 確かに貴族でもメイジでもなんでもありゃあしないのだからそう見られても仕方ない。価値観の違いとして処理する事にした。 フーケもメイジだがタバサみたいにデカい杖じゃあないのでお付扱いだが気にしていないらしい。 店主が料理を運んでくると、まずシルフィードがガッつき始めた。 タバサもそれに続いたが、早い。なんでこんなに喰うやつがこんなに小さいのか。 こいつでこの小ささならポルポはもっとデケーぞ。と思わざるを得ない。 「食ってるとこ悪いんだが本題だ。そのタマゴってのはどういう場所にあるんだ?」 料理いう名の要塞から早々に撤退し酒の攻略を開始したプロシュートがそう質問したが期待した答えは返ってこない。 「ほふはくひょうほはまほは、はひゅうはんはふ。ひはふふははんひはふほへ」 「食うか喋るかどっちかにしろよてめー」 「……………」 と、シルフィードが料理を優先させたためである。タバサも似たようなもので次々と料理を始末していっている。 フーケの方も己を失わない程度に酒を飲んでいるため、まぁ折角の休息だという事でもう少し時間を置くことにした。 「で、場所は」 「極楽鳥のタマゴは、火竜山脈。いわゆる火山にあるのね」 ワインの瓶を三本空けた頃ようやく料理攻略作戦が一段落付いたので再度質問したが、厄介な場所だという事が理解できた。 「そりゃあ、無理だな」 「おにいさまの言うとおりなのね。おねえさまは竜族の恐ろしさが分かってないの」 「こいつじゃあ、んな場所に行きたくねーわ。ったく……代わり探さねーとな」 「きゅい?代わりって他に誰かいるのね?」 「誰?服の事に決まってんだろーが」 そう言った瞬間、シルフィードが盛大に顔をまだ残っている料理の中へと突っ込んだ。 だが、そのまま何か食っているので大丈夫だろう。 「確か極楽鳥の巣って火竜の巣にも近いんじゃあなかったけか」 そのフーケの問いにタバサが頷くが、その横のシルフィードはいつの間にか空になった皿に顔を埋め泣きそうな声で文句を垂れている。 「あまり行きたくねーがな。火山ならオレの得意戦場だ。射程外から攻撃されない限りどうでもなるだろ」 「きゅい!あの力を使うのね?」 四本目のワインのコルクをスタンドで捻り取り瓶のまま飲みつつそう言うと、シルフィードが少々汚れた顔を上げたが、まだ途中だ。 「ただし、オメーらも巻き添え食って死んでもいいっつーんならな」 火山帯というからには外気温は相当なはずだ。恐らく氷で体を冷やす間もなく即死確定である。 「もう、おにいさまったらシルフィ達も巻き込むなんて冗談が過ぎるのね」 シルフィードは笑って流したが、横のフーケは気が気ではない。 (本気の眼だ………!) さっきまで体の中に入っていたアルコールはどこへブッ飛んだのやら一気に冷や汗が背中を伝う。 こいつ、場所を火竜山脈に限定すれば弱点が無い。 なにせ歩いているだけで半径200メイルの生物は全て枯れ木のように朽ち果て死に絶える危険物へと成り果てるのである。 放っておけばハルケギニアから火竜が居なくなる可能性の方が高いし、そんな爆弾の横に居るのは御免被りたい。 その対照的な二人を余所に今まで黙っていたタバサが口を開いた。 「その作戦は使えない」 「理由は何だ?」 「目的はあくまでタマゴ。タマゴまで壊したら意味が無い」 どういう事かと少し考えたが、答えを見つけて指を鳴らした。 「オレの能力、ザ・グレイトフル・デッドは無差別に生物を老化させる。動物だろーが、植物だろーが……例え卵だろーが、って事か」 「そう」 タバサは短く答えたが、プロシュートからすれば予想外である。 まぁ、卵なぞ進んで老化させようとした事もないしやろうと思った事もない。巻き込んだとしても気に留めた事すらないからだ。 殻に覆われた卵とて中身は不完全ながら生物である。老化する可能性の方が高い。 「確かにな。ブツを見つけてもそいつが化石になってたんじゃあ洒落にもならねぇ」 少なくとも極楽鳥の巣付近での能力発動は限定されるという事だ。 直で対処するか離れたとこまで敵を引っ張るしかなくなり、予測難易度が一気に跳ね上がった。 たまには能力全開でやらせて欲しいものだが、どうやら始祖ブリミルというのはスタンド使いには優しくないらしい。 もっとも、それを言うならローマの世界三大宗教の内の一つである神様も彼ら暗殺チームには優しくはなかったのだが。 「気付いたか?」 「そりゃあね」 突如プロシュートが小声でフーケに話しかける。 何に気付いたかというと、こちらへの視線である。 一瞬、フーケに感付いた賞金稼ぎかなにかと思ったが、視線の質が明らかに違う。 視線の元を辿ると、隅の方で一人座っていた老婆が思いっきりこっちを見ていた。 「……絶対目ぇ合わすんじゃあねーぞ」 「いぇっさー」 軽い返事だがフーケも目を合わせるとロクな事にならない事ぐらい理解できる。 色んな人間を見てきた二人だから分かるが、あれは『自分の力ではどうしようもなくなり他人にすがるしかない』という人間の目である。 目を合わせた瞬間形振り構わず厄介事を持ち込んでくる、ある意味捨て身の人種だ。 正直、こういうヤツが一番怖い。保身を考えずに動く人間は怖い物知らずだから、この場合相手が誰だろーとダメ元で頼み込むに違いない。 早急に撤退するべく勘定を済ませるべく店主を呼ぼうとしたが、何も知らないというか能天気なシルフィードが明るい声で言った。 「そこのお婆さん、さっきからこっち見てどうしたのね?お腹がすいてるのなら一緒に食べるのね。きゅい」 その声に反応したのか、老婆がよろよろとこっちのテーブルに近づいてくると、タバサの足元にひざまづいた。 「違います、違います、わたしは物乞いではありませんのじゃ。騎士様をこれと見込んで、お頼みしたい事がありますのじゃ」 もうスデに直触りを食らったような姿で泣きながら訴える老婆だったが、大人二人からすれば老婆の姿をした厄病神に他ならない。 「クソ……ッ!言わんこっちゃあねー」 「ごめん!……ってわたしのせいじゃあない!」 小声とアイコンタクトでそんな会話をする二人をよそに老婆がなおも泣きながら足元で泣いている。 そうしていると、店の奥から店主が出てきて、老婆の肩を掴んだ。 「商売の邪魔だ!余所でやってくれ!」 ベネ。そのまま摘み出せ。という期待を抱いていたが、そこに割り込むようにしてタバサの長い杖が入ってきた。 「騎士様?」 「かまわない」 タバサがそう言った瞬間、プロシュートもこの事に関しては諦めた。 事実上の移動手段はシルフィードのみであり、移動の決定権はタバサにあるためだ。 物なら最悪『ころしてでも うばいとる』が可能だが、シルフィードは生物であり高度な知能を持っている。 少しだけベイビィ・フェイスの息子の教育に苦労しているメローネの気持ちが分かったかもしれない。 「ったく……厄日だ」 そんな呟きを無視してタバサが老婆を促すと事の顛末を涙声で話し始めた。 「ミノタウロスねぇ」 「牛の化けモンだったけか?大昔だが、オレんとこもいたらしいな」 東地中海にある小さな島。クレタ島のミノタウロスの迷宮と言えば有名どころだ。 とにかく話を纏めると、十年ぐらい前にもミノタウロスが住み着いたが、その時は今と同じように旅の騎士に頼んで退治して貰った。 今回は領主に訴えたが、この界隈で子供の誘拐事件が流行っているらしく エズレ村の事に構っている暇が無いようで十年前と同じように頼みまわっている……という事だ。 頼むほうはいいだろうが、頼まれた方からすれば厄介事以外の何物でもない。 第一、最良の解決策がある。 「んなもん、逃げりゃあいいだろーが。話聞く限り何もねーとこだろ?化けモン以前に村捨てた方が身のためってもんだ」 超現実的な意見にタバサと老婆を除いた全員が同意するかのように首を縦に振っている。 その様子に絶望したのか、遂に老婆が泣き始めた。 「あの罰当たりな怪物は、最初の生贄にわたしの孫娘のジジを選んだのでございます……」 搾り出すようにそう言うとさらに大きな声で泣き始めた。 切れ切れにミノタウロスがわざわざ指名してきたからには村を捨てても狙われると言っているようで、村を捨てる気は無いようだ。 にしても、よくもまぁ直食らったような体でこれだけ泣けるモンだと感心したが、そう感心してばかりもいられない。 第一、こっちにも用がある以上は構ってられない。 何考えてるか知らないが、そのぐらいタバサも理解しているはずだと思ったが、どうも今日は予想が裏目裏目に出る日らしい。 唐突にタバサが立ち上がると「どこ?」と呟くと老婆を促し歩き出したからだ。 もちろん、シルフィードはきゅいきゅいとわめいて止めようとしているが、一度決断したタバサは断念する気配は無い。 「お、おねえさま!ダメなのね!風使いには危険な相手なのね!ああ、もう!二人とも説得して欲しいのね」 「なっちまったモンは仕方ねー」 「きゅい!?」 「わたしに決定権は無いから無理だね」 「きゅいきゅい!?」 完全に諦めたのか、金を机の上に置くとプロシュートとフーケも同時に席を立ち上がっている。 「どうせ修行とでも考えてるんだろうが……その、何だ。ミノ……モンタだったか?」 「タウロス」 一瞬『奥さん!』と声高らかに叫ぶミノタウロスの姿がその場に現れたが気のせいだ。 「ああ、ミノタウロスってのは火竜より強いのか?」 「それは……火竜のブレスはミノタウロスも一瞬で灰にするぐらいの威力があるのね」 「ってぇ事はだ。牛程度に手間取るようじゃあ火竜山脈なんぞの攻略は無理ってこった」 「まぁそうだね。諦めなよ」 まだ不安なのか色々言いたそうだったが、プロシュートが一つ提案を出してきた。 「少なくとも、オメーらが危なくなったらどうにかしてやるよ。この際だ、条件としてそうなったら先にアルビオンに飛んでもらうぜ」 無差別老化という能力の持ち主と、土のエキスパートであり三十メイル級のゴーレムを造りだせるフーケ。 この二人がいれば、少なくとも命はなんとかなる。そう思いシルフィードもタバサを追いエズレ村に向かい始めた。 臨時北花壇ご一行――本人の知らない所でタバサだけで倒せるか倒せないかのミノタウロス討伐賭けゲーム発生。 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/395.html
フーケ捕縛から数日経ったが未だイタリアへ戻る手段は見つかっていない。 左手のルーンは『ガンダールヴ』の印というもので始祖ブリミルの使い魔で武器全般に精通していたらしく パンツァーファウストの使い方が分かったのもこれの効果らしかった。 グレイトフル・デッドを使い敵を排除してきたため今まで気付けなかったのだが武器なら特になんでもいいらしく発動するらしい。 「ふん…スピードとパワーが上がっているが…本体に上乗せされる形みてーだな」 デルフリンガーを持ち試してみて確認できたのは 1.本体のスピードとパワーの上昇 2.武器の使用方法が理解できる この二つだ。 スタンドも同時に発動させてみるが、グレイトフル・デッドの破壊力と精密性とスピード自体は上がっていない。 直触りに関しては、本体が直触りを仕掛ければ済むが片手が塞がってしまう事で攻撃は弾いたりする事は可能だが直は片手のみで行う事になる。 「本体のパワーアップか…スタンドの能力を重視するか…か。両方できりゃあいいんだが、そう都合よくはいかねぇもんだな」 錆を落としながら (リゾットならメタリカですぐ落とせるんだろうがな) と思っているとデルフリンガーが口を開いた。 「兄貴ィ、兄貴の横に居る化物は何なんだ?」 「……オメー、スタンドが見えているのか?」 「見えてるというより感じていると言った方が正しいぜ」 「まぁ剣が話してる事自体異常だからな…感じ取れても不思議じゃあねぇが」 「それにしてもおっかねぇよなぁ…夜に他のヤツが見たらぜってー茶ァ出すね」 「違いねぇな」 茶の部分はスルーし、己のスタンドを改めて見る。 下半身は存在せず胴から下は触手が『ウジュルジュル』と言わんばかりに蠢き無数の眼を持ちそこから煙を出しながらにじり寄ってくる化物を夜に見れば誰だってビビる。 ペッシが初めてグレイトフル・デッドを見た時なぞ本気で泣いていた事を思い出す。 もちろん説教に突入したのは言うまでもないが。 錆落としと印の効果を試し終えると、爆睡かましているルイズを叩き起こし授業へと向かう。 正直興味は無いが『護衛』継続中であるからには一緒に出ておかねばならない。 適当にルイズの近くの席に座る。 さすがにこの段階になって誰もその行為にケチ付けようとする者は居ない。 そこに新手の教師が現れる。 長めの黒髪に漆黒のマントを纏い冷たい外見と不気味さを併せ持った男だ。 「…雰囲気がリゾットに似てるな」 「リゾット?誰それ」 「オレ達のリーダーだ」 男が『疾風』のギトーと名乗った。 外見に反して結構若いらしく、その辺りもリゾットに似ている。 だが、性格そのものはリゾットとは大違いで一々人を挑発するような言い方をする。 (夜道に後ろから刺されるタイプだな) 率直にそう思う。 プロシュート自身、些細な恨みを積もらせ殺されたヤツを腐る程見てきた。 挑発に乗ったキュルケが直系1メイル程のファイヤーボールを作り出しギトーに向け放つが ギトーは腰に差した杖を引き抜きそのまま剣を振るような動作で烈風を作り出し火球を掻き消す。 その烈風に吹っ飛ばされキュルケがこっちに吹っ飛んでくるが避けるのも何なので一応受け止めた。 それが元でルイズとキュルケが睨み合いを始めるがギトーはそれを無視するかのように解説を続ける。 「『風』は全てをなぎ払う。『火』も『土』も『水』も『風』の前では立つことすらできない 試した事は無いが『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。つまり……『風』が最強だぁぁぁ!はらしてやるッ!!」 もちろん様々なタイプのスタンド使いと戦ってきたプロシュートはそうは思わない。 地形、相性、策、他にも色々あるが様々な要因で勝敗が変わる事を身を以って知っている。 グレイトフル・デッドの老化がギアッチョの氷に通用しないがリゾットの磁力では氷を突破できる事を。 そしてまたリゾットが姿を消したとしても自分の能力ならば見えなくとも攻撃できる。 ホルマジオがよく言っていたが要は使い方次第で幾らでも変わるのだ。 ギトーがヒートアップしながら 「カスのくせによォォ~~ええ!ナメやがって、てめえ!」 と呟いているがそこに妙な格好をしたコルベールが乱入してきた。 プロシュートが思わず(どこのルイ14世だ)と突っ込みを入れたくなるぐらい不似合いな格好で。 その慌てている様子から見てかなりの大事なのだろうと予想を付ける。 コルベールが授業の中止を告げると教室が歓声が上がった。 「本日先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニア御訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸されます」 早い話偉い人が来るから出迎えの準備を生徒全員で行うという事である。 魔法学院の正門を通り王女を乗せた馬車を含めた一行が現れるのと同時に生徒達全員が杖を同時に掲げる。 北の将軍様も驚きのタイミングだ。 オスマンが馬車を出迎え絨毯が敷かれ馬車の扉が開き先に男が先に外に出て続いて出てきた王女の手を取った。 同時に生徒達から歓声が沸きあがる。 「随分と人気があるみてーだな」 「当然じゃない、トリステインの花って言われてるのよ」 だがプロシュートの興味は王女より鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に乗った羽帽子の男を見ていた。 (マンティコア…いやグリフォン…だったか?メローネがやってるゲームで見た事あるが 貴族ってのはマンモーニばかりだと思っていたが…やりそうなのも居るじゃあねーか) ルイズやキュルケもその男に視線がいっているのだがプロシュートも見ているため気付いていない。 三者三様の視線が浴びせられている事も気付かず男は去っていった。 夜になり部屋に戻ったルイズとプロシュートだがルイズがベットに腰掛けたまま動こうともせずポケーとしている。 別にプロシュートにとってはどうでもいいのだが何時もと違う様子にはさすがに違和感を感じていた。 しばらく何もしないでいると、プロシュートの顔が瞬時に暗殺者のそれに変化したッ! (……一人だが…抜き足差し足でこっちに向かってきてるな) その時ドアがノックされた。 規則正しく長く2回、短く3回ノックされそれを聞いたルイズがハッと気付いたかのように反応した。 だがスデに警戒態勢に入っていたプロシュートの方が早い。 急いで着替えているルイズを尻目にドアを慎重に開ける。 真っ黒な頭巾を被っていた人が部屋に入ってきたのを見た瞬間――― 「きゃ……ッ……ッ…!」 プロシュートが流れるような動きで叫ばれないように口を押さえ押さえ込むようにそいつを地面に押し付けていた。 「…オメーみたいにあからさまに怪しいヤツってのも今時珍しいが そんな格好で人の部屋に入ってくるって事は賊とみなされても仕方ないって『覚悟』してきてるんだろうな」 言いながら、頭巾を剥ぐがそれより先に何かの魔法を使われた。 「ーーーッ!グレイトフル・デッド!」 何かの魔法を使われたからには老化させるしかない。その結論に達し直触りを仕掛けようとした刹那―― 「やめてプロシュート!そのお方は姫殿下よ…!」 慌ててそう叫んだルイズが膝を付いた。 その声に瞬時に反応し直触りを中止する。 頭巾を剥いだ顔を見る、興味が無かったためあまりよく見ていなかったが確かに昼間見た王女だった。 それを確認し、拘束を解くがまだスタンドは何時でも触れられるようにしてある。 アンリエッタが多少苦しそうに、だが凛とした声で言った。 「お久しぶりね…ルイズ・フランソワーズ」 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/357.html
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨ 「『直』は…素早いんだぜ」 崩れ落ちるようにして倒れるフーケとは対照的に老人が徐々に若くなっていく。 「え…あ…プ、プロシュートだったの…?全然気が付かなかった…!」 偽装するために廃屋にあった服に着替え髪の編みこみも解いているがその老人は紛れもなくプロシュートだった。 「まさか自分自身をも自由に老化させる事ができるなんて…」 キュルケなぞ半分放心した様子でそれを見ている。 「こいつ…やはり袋の中身見てやがったな」 プロシュートが倒れているフーケから馬車で渡された袋を取り出したのだが見事に封が破られていた。 「…なにこれ?何かのマジックアイテム?」 袋の中の石のようなものを見てルイズが聞いてきた。 「ああ、そいつはその辺に落ちてた石ころだ」 「………はい?あの時確かに『老化防止薬』って言ったわよね?確かに言ったわよね?」 「言ったな」 「小屋に入る前に『グレイトフル・デッド』っていうんだっけ?あれ使った時わたし達誰も老化しなかったじゃない」 「オレの周りだけ直に老化させたからな」 ああ、つまりこいつは―― 「使い魔が主人を騙したって思っていいのかしらね…!」 小刻みにルイズが震えておりこれは間違いなくキレかかっている。 「中身見られるの分かってて対抗策渡すマヌケが居ると思うか?」 「…なに?それじゃあ最初からミス・ロングビルがフーケって分かってたの?」 「完全な確証は無かったが、大体はな」 「どうして分かったのよ」 「窃盗ってのはどれだけ早く現場から遠くに逃げるってのが成否を分けるもんだ それをしないでたかだか馬で四時間程度で辿り着けるような小屋を潜伏先にするって事自体怪しいからな。オレなら夜通してでもしてでも遠くに逃げる」 プロシュートは暗殺チームだがパッショーネには窃盗チームも存在する。 そいつらの手口と今回のケースを比べてみれば『土くれのフーケ』と呼ばれる程のプロが単純な窃盗目的でこんな事をするはずが無かった。 「それに、こいつの目だ。オメーらや他の貴族達みたいな目をしてなかったからな。どちらかというと…オレ達に近い」 フーケもプロであり、それを貴族連中からなら隠し通す自信もあっただろうが、己と同類項ともいえる世界を生きてきたプロシュートには通用しない。 「確証が無かったからしばらく泳がせたが案の定って事だ」 「…わたしに破壊の杖を使わせてゴーレムを倒させたのは?」 「オレが倒したらこいつが出てこねーだろ。近付かれるとヤバイってのは知ってたみたいだしな」 プッツン 「こ、こここの犬ーーーーーッ!!そ、そそそれってわたしを囮にしたって事じゃない!!」 「成長できたって事でよしとするって事で、こらえろ」 「ご主人様を囮にする使い魔がどこの世界にいるのよ!こ、ここの生ハムーーーーーーーッ!!!!」 もう、今にも杖を取り出し爆破しそうな勢いだがギアッチョをなだめさせる時のように諭す。 「ゴーレムを倒したのはオメーにその『覚悟』があったからなんだぜ? その『覚悟』がなけりゃあゴーレムだって倒せてないし、フーケだってここに転がってねーんだからな」 まだ、納得できてないのかフーケを見たりプロシュートを見たりしている。 ゴーレムを自分の手で倒してそれがフーケ捕縛に直接繋がったという達成感と使い魔に囮にされたという思いが激しく戦っているようだった。 「ま…マンモーニから少し成長できたってこった」 「仲良さそうにしてるとこ悪いんだけど…これどうするの?」 そうキュルケが指差す方向にあるものははもちろんカラッカラに干からびたフーケだ。 「…任務は捕縛だからな、殺すわけにもいかねーし…杖ヘシ折って縄で縛っとけばいいだろ」 「あー…いや、それもあるんだけど……戻るの?これ」 「老化した後、戻すかどうかってのはオレの自由だな」 安堵したかのようにため息を吐くキュルケだが、別にフーケの事が心配なのではなく自分が万が一これに巻き込まれた場合の事を想定しての事だ。 そうこうしているうちにいつの間にかタバサが干からびたフーケを縛っていた。 スゥー というような音がして縛られたフーケが元の姿に戻り始める。当然気を失っているため起きはしない。 「戻しちゃってもいいの?」 「捕獲すりゃあ別に老化させる必要もねーからな。スタンドパワーも無駄に使う事になる」 「…スタンドパワーってなによ?」 「使い手の精神力みてーなもんだ」 「よく分からないけどダーリンの不思議な力の源、つまりわたし達が魔法を使う事と同じって事でいいのかしらね」 「まぁそんなとこだ」 言いながらフーケを担ぎ馬車に戻るが、軽くするためにもう一度老化させた事は言うまでもない。 学院長室でオスマンが事の顛末を聞いていた。 「ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……美人だったもので何の疑いもせず秘書に採用してしまった」 早い話、居酒屋で飲んでるとこにフーケが給仕をしておりそれにセクハラをしても怒られなかったので秘書に採用したという事である。 コルベールが 「死ねばいいのに!」 と呟やいた気がするがプロシュートを除く三人は聞こえないふりをする事にした。 その後も続くオスマンの弁明だが曰く「あれがフーケの手だった」だの「尻を撫でても怒らないから惚れてる?」だの正直弁明どころか墓穴を掘っている。 ――がコルベールもそれに同調してるあたり同じ手に引っかかったらしい。 三人がホワイトアルバムよりも冷たい視線を送っている事に気付きオスマンが咳払いをして話の流れを変えようとする。 「さ、さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り返してくれた」 プロシュートを除いた三人が誇らしげに礼をした。 「フーケは、城の衛士に引き渡した…が何かしきりに鏡を見せてくれと言ってたようじゃが、『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」 オスマンがその手で三人の頭を撫で話を続ける。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろうな」 タバサはスデにシュヴァリエの称号を持っているらしく精錬勲章になるという事だが三人の顔が一斉に綻んだ。 だが、ルイズが興味なさそーに突っ立っているプロシュートに気付いた。 「……オールド・オスマン。プロシュートには何も無いんですか?」 「残念ながら、彼は貴族ではない…がこの前の決闘の処置が宮廷よりきてな」 「本当ですか?」 「うむ…処刑は免れたようじゃが流け…嘘!嘘じゃ!ジジイの愉快なジョーク…って痛い、痛いから」 『流け…』と聞いた瞬間放心したように杖を落としたが嘘と聞いて杖をオスマンに向け殴りつけた。 「…で、どうなったんですか?」 「う、うむ、何とかなりそうじゃの」 貴族が平民に決闘を仕掛け敗れたという点がグラモン家の『生命を惜しむな、名を惜しめ』という家風に反する事と そしてこれが一番の事だが、マルトー経由で 『二股かけそれが発覚。八つ当たりにメイドに魔法を使おうとし、それを止められ決闘になった』 これが決定打になった。 ただでさえ、貴族が平民に敗れて殺されたという事が平民の間で噂になっているというのに 平民のメイドに八つ当たりしようとして止められた事が噂として流れればグラモン家としては甚だ不名誉な事であり 最悪、他の国の貴族からの嘲笑の的になってしまう。 その恐れが『決闘の事は無かった事にしてください』という事にさせていた。 それを聞いたルイズが心底安心したようにため息を吐いた、ルイズなりに心配はしていたようだ。 「破壊の杖も戻ってきた事じゃし予定どおり『フリッグの舞踏会』を執り行う 今日の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ。着飾っておくようにな」 キュルケが顔を輝かせながら着替えるべく外にでていく。やはりこの手の行事は大好きなようだ。 「オレは爺さんに聞きたい事があるから先に行け」 「まだ、心は少年なんじゃがのぉ…」 「…身も心もさらに老化させてろうか?」 ルイズが心の中で(どこがだ!)と突っ込むが時に気にせず外に出る。 「さて…何を聞きたいのかね?」 「あの破壊の杖は確かにオレの世界のもんだ。パンツァーファウストっつーもんで魔法の杖とかじゃあねぇ」 「やはりドイツと言うのはお主の世界のものじゃったか」 「ああ、それと、パンツァーファウストを掴んだ時に その使い方までもが瞬時に理解できた。その時にオレの左手の文字みてーなのが光ったんだがこれが何か分かるか?」 左手に刻まれたルーンをオスマンに見せる。 「変わったルーンじゃの…コルベール君に調べさせておくからルーンを写させてくれんかの」 「そいつは構わねーが…この世界から元居た場所に戻れる方法はあるのか?」 「別の世界から召喚されたという事自体が無い事じゃからの…わしなりに調べてはみるが掴めんでも恨まんでくれ」 (まだ戻れそうにねーか…) リゾット達がボスの娘を奪取しボスを倒していれば問題は無いが自分が戻った時にチームが全滅などという事態になっていては洒落にもならない。 その焦りがプロシュートに珍しくため息を吐かせていた。 プロシュート兄貴―未だ帰還手段不明。 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2421.html
「UURRRRUUUOOOOOOOOOO!」 その場に聞こえてきた物は、人が出す物ではなく明らかに獣の物。 それも人の命なぞ、簡単に刈り取ってしまう猛獣の如き荒々しさがある。 普通の人間ならば、それだけで逃げ出しそうなものだが 生憎とここに居るのは、常時無反応なタバサと、常時唯我独尊なプロシュートである。 「てめー……仲間は居ねぇって言ったよな?」 メイジに向けそう言ったが、一足先にラリホーと夢の世界へ旅立っているので当然聞こえるはずもない。 であるからには、続け様にゴーレムに捕らえられている男達を見たのだが「ひぃ!」と叫ばれる始末。 彼らの目に映るその姿は、きっとミノタウロスと同じぐらい恐ろしい地獄の処刑人に違いない。 暗がりから、のっそりと巨体が姿を表したのは、子供の体ほどもある大斧を持った人の形。 ただ違うのは、人の頭たる部分に角が生えた紛れもなく雄牛のそれ。 近距離パワー型スタンドと言ってもいい程に人間離れした生物の正体は、いわゆるミノタウロスだ。 思わぬ本物の出現に身構えるタバサとフーケを他所に、乾いた炸裂音が一発その場に鳴ると ミノタウロスの額に銃弾が当たったが、分厚い皮に阻まれ勢いを無くして地面に落ちた。 「ちッ……やっぱ本物か」 さっき男達が捨てていった拳銃を拾って、ミノタウロスにぶち込んだのだが、魔法すら通さないのだから当然の結果だ。 銃を放り投げるとスタンドを発現させたが、間髪入れずにブッ放した事にさすがのフーケも呆れ気味だ。 「……本物でも偽者でもどっち道、撃ち殺すつもりだったな」 なにせ、いきなり額に弾をぶち込んだのだから、この人攫いのように偽者なら脳漿ブチ撒かれて即死である。 『やっぱ』とか言っているあたり、例え人でも構わないと思っているところが、一般的な常識からズレている証拠だろう。 一歩ミノタウロスが踏み出したが、それをガン無視してプロシュートが指でフーケを呼ぶと、一つ言った。 「オメー、先に戻れ」 「……は?あんた、さっき全員でやるって言ってたじゃないか」 自分勝手なのは今更分かりきった事だが、それでも、いきなりこう言われたのではどういう事か分かるはずもない。 予定通りなら役割は足止めなるはずが、いきなり帰れときたもんだ。 二体目のゴーレムを作ったとはいえ、それぐらいの精神力は残っている。 こいつが、わざわざ一番楽な方法を捨ててまで先に帰すような真似はしないだろうと 今一つ腑に落ちないのだが、もしやこいつ……と、しょーもない理由に気付いたような気がした。 「オメーがガス欠になったら、誰がそれ運ぶんだよ。オレはそいつ背負うぐらいなら今ここで始末するからな」 軽く言ったが、間違いなく本気だ。 そりゃあ、誰だって野郎……それも失禁したヤツなんて触りたくもない。 早い話、そのままゴーレムに運ばせようという魂胆だ。 さっきといい、わたしゃ何時から盗賊から運び屋になったんだー。 と、文句たれそうになったが、まぁ考えてみれば確かにミノタウロス相手に余力を残して戦うというのが無理な話である。 風系統のタバサはもちろんの事、今日スデにゴーレムを二回も作っている自分も このままゴーレムを長く操る事もできないし、足止めをやるとしてもそれで打ち止めだ。 そーなってくると、人攫い総勢七人を自力で連れ帰らねばならなくなる。 生憎、縛るような物は無いし、下手すれば精神力が切れたとこを攻撃されかねない。 案外、後の事も考えてるのかと少し関心したが、肝心の本人からすれば、純粋に汚ねぇから嫌だというだけでそこまで考えてはいない。 そもそも、手間をかけさせるならマジに一人だけ残して死体にしちまおうかとも考えていたりするわけで、知らぬが仏というのはこの事であろうか。 「分かってんだろーが……」 「はーい、はいはい。分かってるって」 溜息混じりにそう答えたが、この残虐超人に追われる事になるかもしれないなぞ考えたくもなかった。 朝起きたら……年をとっていましたなんてのは、はっきり言って性質の悪いホラーである。 いや、まだグールが襲ってきた方が撃退できるだけマシってやつだろう。 「それじゃあ、わたし達は先に戻りましょうか」 相変わらず縮こまっているジジをゴーレムの肩に乗せ、まだ夢の中のメイジも掴むと村へと動かしたが 途中、ジジがおそるおそるといった様子でフーケに問いかけてきた。 「あ、あの……」 「どうしました?」 今、このやり取りを見て、土くれのフーケだと気付くヤツが居たら是非とも拝みたいものだが 他とのやり取りに多少の差異はあるものの、ロングビルの仮面が剥がれる程ではないし、第一それはジジには関係無い。 「本当に先に戻って大丈夫なんでしょうか……、あんな小さいお方と……」 そこまで言ってジジが息を飲み込むと言葉を止めた。 メイジを手玉に取り、かなり荒い手段だが結果的に助けてもらったとはいえ、残されたもう一人はジジにとっては同じ平民である。 もしかしたら、メイジ殺しなのかもしれないが、ミノタウロス相手に丸腰でどうするのかと心配しているのだ。 「それでしたら、心配する事はありませんよ。一人はガリアの高名な騎士ですし、それに……」 今度はフーケが言葉を止めた。 なんと言っていいか、説明がつかないからだ。 性格は極めて自分勝手で、目的のためなら遠慮なく無関係のヤツをも巻き込み無差別老化とかいう訳の分からない能力を使う裏家業の住人。 これを、そのまま言うのはただの村娘のジジには少しばかり刺激が強い。 んー、と額に指を当てて考えたが、考えるだけ無駄なので適当に誤魔化す事に決めた。 「まぁ、とにかく大丈夫です。それより少し急ぐので落ちないようにしてくださいね」 当初の予定と違い、ガチでやるならば絶対無差別に老化させるはずと踏んだまでだ。 巻き込まれる前に射程外に出ないと、えらい事になりそうなので、少しだけゴーレムの速度を上げた。 遠ざかっているゴーレムを見送ると、再びミノタウロスの姿を見る。 体は灰色で全身筋肉ダルマ。おまけに、でっかい鼻と口から吐き出されている息が夜風に当たり、白く濁っている。 人間基準からすれば規格外もいいところだが、スタンド使いからすれば、まだ辛うじて規格内だ。 当然、分類は近距離パワー型で、得物が斧なあたり射程距離も似たようなものだろう。 したがって、取り乱したりする必要が全くなく、とりあえず破壊力はAだな。と思っているぐらいである。 横目でタバサを見たが、例によって無表情だ。 やる気があるのか、それとも緊張で固まっているのか判断付かないので、一応聞いておくことにした。 「さて、こうなってくると取るべき選択は二つある。①―この場所から速やかにバックレる。②―この牛野郎を始末する。オメーどっちだ?」 「②」 間髪入れずに返してきたあたり、腹は決まっているようだ。 それにしたって、ミノタウロスを始末するつもりが、実は偽者で、その偽者を捕まえ終わったと思ったら、わざわざ本物が出張ってきてこのザマだ。 なんというか、ただでさえ割りに合わなかった物がさらにレイズされて、さらにやる気になれない。 「ったく…追加報酬モンだぜ、こいつは。大体…報酬自体がシケて……いっその事、こいつの皮剥いだら売れねーか?硬いんだろ?」 こんな労働条件下では愚痴の一つや二つこぼしたって罰は当たらない。むしろ、利益は自分で確保しねーとと思うようになってきた。 弾や魔法を通さないんだから、鎧かなんかの材料で金にならねーかと考えてみる。 ただ、普段であれば直をブチ込んで始末するところだが、今回はどうもやる気になれない。 あの牛頭で体温の事に気付くはずはないだろうし、このパワーは脅威だが、射程距離が短いだけに何時でも殺れる。 でも、やっぱりやる気が出ない。ただ、銃とかで撃ち殺せるのならとっくにやっている。 この場合のやる気というのは、老化で始末する気が起きないという事だ。 もちろん、いよいよとなればブチ殺すのだが、あくまで他に手が無くなった時だ。 さて、他の手だが老化抜きとなるとグレイトフル・デッドで力一杯ブン殴るぐらいしか無い。 破壊力Bであの筋肉ダルマにダメージを与えるのも面倒だし、かといって銃弾が通らないって事は刃物も通らねーだろうし どーしたもんかと考えたが、そもそもこの横の青粒がやると言った仕事だ。 足場と視界の悪さが消えた現状、どこまでやれるか分からんが予定通りに任せてみるのがよさそうだ。 しかし、それは建前。 実際のところ、老化させたら皮なんぞボロボロになって金になんねーしなー。とか、割と本気で売る事を考えていたりもする。 現状、金には困っていないが、金なんて代物は手に入れられている時に手に入れておかねば必ず底を尽く。 手に入れられるか分からない明日の十万より確実に手に入る今日の一万を選ぶ。 少し貧乏臭いが、それが厳しい現実を生きてきた暗殺チーム故の考え方だった。 「それじゃあ、オレはそこで見物してっから仲良く殺ってくれ。マジに死にそーになったら手ぇぐらいは貸してやるが、一発でミンチになんなよ」 手を借りたいっていうのであれば、向こうから言うだろうし、言わないでくたばったら、それはそれで向こうの勝手だ。 欠伸を噛み殺しつつ言うと、適当な木に背中でも預けようと後ろを向いたが、一つ溜息を吐くと後ろへと振り向いた。 「牛公が……お前の相手はあっちだろーが」 ミノタウロスがメンドクセー事に大きく振り上げた斧をタバサではなくこっちに向けている。 一応スタンドの目で(どれで見ているかは本人もよく知らない)後ろは見ていたが 人がせっかく譲ってやろうという獲物を放置してこっちに向かってこられるのも少しばかり気に入らない。 まぁ、牛頭の考える事などいくら考えたところで理解できないだろうし、理解する気もない。 とにかく、こっちとしては相手する気は無かったが、このまま放置して掻っ捌かれるというわけにもいかず 振り向くと同時にスタンドを割り込ませたが、グレイトフル・デッドの腕がミノタウロスの腕に触れると同時にプロシュートが顔をしかめた。 グレイトフル・デッドの腕を割り込ませ大斧を反らそうとしたが、想像以上に重い。 そのまま腕を弾き飛ばして避けるつもりが、予想より動かず力任せに振り下ろされてきている。 老化にエネルギーを使っているとはいえ、それなりの格闘戦能力を有し こちらから干渉しているとはいえ、本来干渉されないはずの実体相手に明らかにパワー負けしている。 精々オーク鬼より多少強い程度と思っていただけにナマモノ相手にこうなるのは予想外だ。 「ヤッベ……!」 咄嗟に体を捻ると、さっきまで右肩があった場所を半端ない速度で大斧が通っていった。 (このパワー……スティッキィ・フィンガースどころじゃあねぇな……) 抉れた地面を見たが、体を捻るのが少し遅れていれば、間違いなく腕を一本もっていかれているところだった。 スティッキィ・フィンガースに一度切り離されかけたものの、射程距離外に出たせいかよく分からんが とにかく、せっかくくっついていたモンを、また無駄に飛ばされたりしたのでは洒落にもならない。 近距離パワー型にもステイッキィ・フィンガースやパープルヘイズのように、拳を食らえば決着ゥ!のような能力を持つタイプが多いので それに対応する為の癖もあってか受けてガードせず割り込ませて反らしたのだが、それも幸いした。 下手に受けていれば腕どころか、綺麗に真っ二つたったはずだ。 「やってくれるじゃあねぇか……牛公が、上等だ」 「不注意」 「ルセーぞ」 悪態を吐く横からタバサが突っ込んできたが、それに関しては返す言葉は無い。 どうやら殺し合いで余計な色気出すとろくな結果にならないというのは、どこの世界でも同じらしい。 最近そういう戦いを全くしていなかったので余計な考えが混ざるようになったのかもしれない。 こっちではワルドとやったのが最後でそれ以来ご無沙汰だ。 メンヌヴィルは、ギャング的に考えるならそれに値しない。 当の本人が油断しきっていてくれていたというのもあるし、なにより楽しんでいたというのが問題外だった。 その点、このミノタウロスはそういう余計な事を考えずに、本能だけの漆黒の意思だけで殺しにかかってきている。 もっとも、獣みたいにストレートに殺意をぶつけてくれた方がスタンド使いのように影から狙ってくるより余程有難い。 そもそも、色気を無駄に出すから、ヘンに曲がった所で殺し合うのが人間という生き物だ。 やはり世の中一番怖いのは人間である。 例えば、相手を小さくして蜘蛛の入ったビンに詰めるヤツとか、鏡の中に引っ張り込んで一方的に攻撃するヤツとか 息子を寄生させて栄養源にさせるヤツとか、鉄分操作して体の中からカミソリやハサミをブチ撒けさせるヤツとか数え上げたらキリが無い。 マジ、どいつもこいつもろくでもねー野郎ばっかだな。とか今更ながら呆れてきたが 何処かの誰かの『お前が言うな、お前が!』とかの抗議は、これまたどこかの風邪っぴきのような自虐などという高尚な趣味なぞ持ち合わせていないため全力でスルーだ。 とにかく、売られた喧嘩は買わねばならないし、貰った物はきっちり利子付けて返すというのが礼儀というものだ。 改めてミノタウロスを見たが、地面にめり込んだ斧を引き抜くと、何が起こったのか理解し難いような様子で斧の柄を見ている。 渾身の力を込めて放った一撃が、僅かだが勝手に逸れたのだから獣なりに理解できないというところか。 「死にたくなけりゃあ、今のうちに氷作っとけよ」 特に氷が必要な状況でもないのだが、あの牛相手に動き回って体温が上がれば老化する。 正直なところ、あの筋肉ダルマを正面から相手するのはスタンドを以ってしてもヤバイ。ディ・モールトヤバイ。 攻撃が決まれば決着が付くという点では、ミノタウロスもプロシュートも同じだが、他の二つ。 つまり、防御力と速度は向こうの方が圧倒的に上回っている。 スタンドで防御して紙一重というザマだ。 下手すりゃホワイト・アルバムの装甲でも耐え切れるかどうか分かったもんではない。(もちろん、その前に凍らせるだろうと思っているが) 老化で弱らせていくにしても、能力者本人としては関係無いし影響も受けないのだが問題はミノタウロスがタバサを狙ってくればどうかという事になる。 付かず離れずの距離で動き回らせ、少しづつだが確実に老化させ十分なところで直を叩き込む。 その過程で、タバサの方が先に老化して動きが鈍ったところにあの大斧が飛んできたら、さすがに拙い。 防御するにしても、前にワルドに食らった風の塊程度で、あの筋肉の塊が吹き飛ぶはずはないし、ダメージには繋がりはしない。 タバサぐらい小さければ避けに徹すればそうそう当たらないだろうが、そうなってくるとどちらが不利かは一目瞭然だろう。 喩えるなら、ミノタウロスが人間でタバサが蚊というところだ。 蚊がいくら人の血を吸おうと、直接的なダメージにはならず 対して、人間は多少梃子摺る事はあるだろうが、蠅如きは一撃で叩き落せる。 もちろん、そこまでタバサを過小評価しているわけでもないが、実際のところ実戦闘を見たわけでもないので、どの程度なのか今一つ把握できていないのだ。 そういう意味では良い機会かもしれないが、一発貰えば再起不能を通り越して名前の横に『――死亡』とかが付いてしまう。 なにせ、将来的な観点からすれば、かなりの大口のクライアントである。 パッショーネという看板を背負っていた頃は、報酬はともかくとして仕事はあったが、こっちではそんなツテなど全く無い。 悪い意味で古い世界だけに、裏の組織とかも探せばあるだろうが、そんな所に属しても前の二の舞だ。 色々条件は付くが、王位を追われた元王女という肩書きのタバサに乗った方が、何十倍かはマシだろう。 一瞬のうちに、七割の打算と三割の妥協が混じった考えを終わらせると指をゴキリと鳴らすと それと連動してグレイトフル・デッドも片腕を中に上げ、その鉤爪のような指を動かした。 後は、久々に老化ガスを垂れ流すだけだ。 錆び付いてなけりゃあいいがな。と、少し思わないでもないが、精神力の具現なのでたぶん大丈夫だ。 さて、準備はできたかとタバサを見たが、思わずその青い頭をグレイトフル・デッドの手で思いっきり掴んで持ち上げたくなった。 そうしなかったのは、そんな事やってる場合じゃないからだろう。 「言ったよな?氷作れってよ。話聞いてねぇってのが最もムカつくって知ってんのか?お前は」 もう、どこまでそのポーカーフェイスが保てるか、笑顔で一時間ぐらいアイアンクローを叩き込みたい。 なにせ、わざわざ氷作れつってんのに、何もしてなかったんだからそう思いたくもなる。 ギアッチョみたいに気が短い方でもないが、長い方でもないのだ。 そろそろ額のあたりに血管の一本や二本浮き出てきてもおかしくなくなってきたがタバサは一向に動じず近づいてきた。 見る人が見れば、脱兎の如く逃げ出すであろう状況下でも平然としているあたり、やはり大したタマである。 「わたし一人で大丈夫」 杖を握り締めながらタバサが言ったが、プロシュートは、なに寝惚けた事言ってんだ、というような顔をしている。 「まさかだろ?こいつはお前じゃあ無理だ。実力以前に相性が……チッ!」 言い終える前に二人が逆方向に飛んだ。 二人が飛んだ瞬間、轟ッ!という音と共にあの大斧が振り下ろされてきた。 「……悪りぃんだよ!」 獣に空気読めと言ったところで無駄だろうが、全くどいつもこいつも勝手ばかりしてくれる。 なんだか煙草でも欲しくなってきたが、もうストックは使い切って補充もきかない。 この際、安煙草だろうが葉巻だろうがニコチンが補充できれば何でもいい。 麻薬こそやらないが、世の禁煙の流れなぞクソ食らえだ。 肝心のミノタウロスの攻撃速度は大降りで、スティッキィ・フィンガースの拳には劣るものの、破壊力がケタ外れで避けるしか方法が無いというのがまた厄介だ。 日本には、『当たらなければどうという事はない』という諺があるらしいが、逆に言えば当たればヤバイという事の裏返しである。 それが分かっているから、さっさと老化ぶち込んでケリ付けちまおうとしているのに、片意地張ってるのか知らないが大丈夫だときた。 攻撃が効くならともかく、精々足止めぐらいしか手段を持たないタバサが出張ってもあまり役には立たない。 だから、ちと強情なタバサに対して皮肉が混じった文句が出た。 「なにが大丈夫だ?避けるだけで手一杯じゃねーかよ」 言いながらも視線はミノタウロスからは外さない。 獣の本能に満たされた目を赤く光らせ、涎を垂らしながら深々と刃先が地面に埋まった大斧を地面から引き抜いている。 そのミノタウロスの向こう側から、タバサの少しばかり感情の篭った感じの声が聞こえてきた。 「これは確かに危機でもあるけど好機でもある。 このミノタウロスを倒す事ができれば、自分の手で仇が討てる確率が上がる」 「…ったく……勝手にやってろ」 ここまで言って聞かないなら、何を言っても無駄だ。 その上でくたばってもそう選んだのだから関知するところではない。 激流に身を任せたような声を出すと、その返礼として呪文が返ってきた。 「ラグース・イス……」 タバサが持つ魔法の中では、単体に対しては特に大きな攻撃力を持つ魔法『ジャベリン』だ。 精神力を集中させ、詠唱を完成させようとしていたが、ミノタウロスとて獣とはいえ馬鹿ではない。 いや、獣だからこそ本能で危機を察知する能力には優れている。 「ヴォォオオオオオオオッ!」 ミノタウロスの咆哮で、周辺の空気が揺れたと同時に、大斧をタバサへと振り下ろすべく突進を始めた。 「イーサ………ッ!」 一直線に突っ込んでくるミノタウロスを目にしてタバサの顔色が一瞬変わり 瞬時にどう対応すべきかと選択肢を選ぶことを余儀なくされ呪文を詠唱するどころではなくなった。 ミノタウロスが取った行動は獣らしく実にシンプルッ! 魔法が放たれる前に仕留めてしまえばいいという簡潔極まりない、まさに本能の塊とでもいうべき行動だった。 もちろん、それだけではなく、万が一魔法が放たれても並大抵の魔法なら己のブ厚い皮膚で止められるという確固たる自信もあるはずだ。 体格差からすれば、爆走する機関車にも等しい。 これを止める事ができるのは、全てが静止する世界を創り出す事ができるギアッチョぐらいのものだろう。 タバサもジャベリンは放たずに避けるだけで精一杯だ。 放とうと思えば放てるが、それより前に頭の中であらゆる可能性をシュミレートしている。 仮にジャベリンを放ったとして、あのブ厚い皮膚に阻まれば精神力の無駄遣いになるし なにより、ミノタウロスが距離を離すまいと大斧を振りながら間合いを詰めてきている。 当たればタバサの華奢な体など一撃で粉々にできそうな、人の身では決して叶わぬ圧倒的な筋肉の暴力。 君がッ!死ぬまでッ!斧を振るのを止めないッ!と言わんばかりの無尽蔵かとも言えるスタミナ。 相手を殺し喰らうという、純粋なまでの漆黒の殺意。 襲い掛かる大斧を避け続けながら、このミノタウロスをそう評価したが、額を汗が伝う。 攻撃するにしろ、このまま避けるにしろ、今のままではタバサには打つ手が全く無い。 逃げるという事を頭をよぎったが、それはまだだ。 だが、考える時間が欲しい。三分、いや一分でもいい。 予想していたより遥かに強靭なミノタウロスを突き崩す事のできる方法を考えるだけの時間が。 そんな思いなぞ知らぬミノタウロスが何度目かの大斧を振り降ろそうとした時、重い音が届くと同時にその巨体が傾く。 突如として起こった異変にタバサも動きを止めると、視線の先には上着を脱いだプロシュートが立っていた 「ブルァァァァアアアア!」 後ろからの不意打ちによって、ミノタウロスが叫び声を上げたが、プロシュートとてそれで仕留めたとは毛頭思っていない。 無防備な脇腹に拳を叩き込んだのだが、返ってきたのはブ厚いゴムでも殴ったかのような手応えだった。 なんというか、生物を殴ったような感覚が全くない。 大抵のモノならそのまま殴り抜けれるが、手を抜いていれば弾き返されていたかもしれない。 「クソ…ッ!硬ってぇな……」 予想はしていたが、実際殴ってみるとバケモンだなと、まざまざと思い知らされる。 破壊力Bとはいえ、列車に備え付けられている固定された備品(椅子や運転室のパーツ)程度なら余裕で破壊できるグレイトフル・デッドである。 それのフルパワーで殴ったのに全く手応えがないのだから、紛れもないバケモノというやつだ。 ホワイト・アルバム相手にするのとどっちが厄介かと天秤にかけたが、今のところ針は拮抗状態というところか。 それでも、無防備なところを付いたおかげで、その巨体が傾むいただけマシだ。 派手に音を立ててミノタウロスが倒れていったが、ダメージが皆無なのは殴った本人が一番承知している。 「三……いや五分老化抜きで稼いでやる。その間に始末しろよ」 老化抜きで、あのミタウロスを相手できるリミットは多くて五分。 それ以上はスタンドパワー以前に本体の体力が持つかどうか分からず、老化を使うしかなくなる。 「どうして?」 タバサが短く言ったが、何故老化抜きでやる気になったのかという問いが含まれている。 今のが殴るのではなく、直触りを決めていれば決着は付いていたのだからそう思うのも無理は無い。 珍しく腑に落ちない様子のタバサを見て、プロシュートが少しだけ笑みを浮かべると、だが、あくまで真剣な声で言った。 「オメーが勝手にやんのなら、オレも勝手にやらせて貰うだけだ。 だが、ハッキリと言っておくぜ。この間に『成長』できなけりゃあ、お前が仇を討とうなんてこたぁ到底不可能だ!」 例え無茶な任務でも、血反吐吐くような思いをしながら任務をこなしてきたのが暗殺チームだ。 否が応でも、成長しなければ(スタンド能力的にも、精神的にも)ボスを暗殺する事などできはしないという事は誰よりもよく知っている。 目標が組織のトップという同系統の相手だけに、面倒な事に付き合ってやる気になったのだ。 「LSSON3。無敵のスタンド能力なんざねぇ。無敵に見えても穴の一つは二つは絶対にある!あの牛も同じだ、気合入れろよ~」 ホワイト・アルバムにもマン・イン・ザ・ミラーにも形こそ違うが不得手な部分や穴はある。 自分のスタンドを無敵などと言うヤツは、大抵自信過剰が仇になって自滅するようなヤツが多い。 汎用性の低い能力なら、なおさら不得意な部分は把握しておく必要がある。 そうすれば、相性が最悪な相手に出会っても、少なくともいきなり突っ込むという事は無い。 「ヴルァァォオオオオオオッ!」 のっそりと巨体を起こしながら、ミタノウロスが天に向け咆哮する。 振動によってリビリと空気が揺れたが、タバサが小さく何か呟いたような気がした。 「……りが…う」 元々、声のボリュームが小さい事と、ミノタウロスの叫びによって聞こえなかったが、そんな事気にしている余裕は無い。 「五分だ。その間にオメーの氷をブチ込め!いいな!」 プロシュートがそう言うと、タバサも杖を構えた。そして、それを見てプロシュートも構える。 ただし、構える物は武器や杖でもなく、人の精神の具現化。傍に立つもの。又は立ち向かうもの。 数あるスタンド能力の中でも異形と言うに相応しい姿が、その全身を出現させ その足代わりの手を付くと、跡を浮き出させるかのように地面に穴が開き、見えざるものがその場に現れた事を告げた。 「ザ・グレイトフル・デッド!」 ←To Be Continued
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2266.html
4話 朝食を終えたルイズは教室に入った。 教室ではすでに多くの生徒が着席していて、その脇には各々の使い魔を侍らせている。 だが、今ルイズの後ろにホワイトスネイクはいない。 きっと朝食のことを腹にすえかねてるんだわ、と考えたルイズは自分の使い魔の名を呼んだ。 「ホワイトスネイク、出てきなさい」 だが出てこない。 聞こえていないわけではない。 ホワイトスネイクは今のところルイズのスタンド「のようなもの」なので、 ルイズに見えたり聞こえたりしたものはホワイトスネイクにも見えているし、聞こえている。 これはプッチ神父の時と同様だ。 つまり何が言いたいかというと……無視したのである。 「ホワイトスネイク、出てきなさい!」 口調を強めて、再び使い魔の名を呼ぶルイズ。 だがホワイトスネイクは出てこない。 その様子を見た教室の生徒たちは、最初はきょとんとしていたものの、次第にニヤニヤし始めた。 「『ゼロ』のやつ、早速使い魔に見放されちまったのかぁ~?」 「まあトロールみたいにバカな亜人じゃなくて、ちゃんと言葉が話せる亜人だったからなぁ。 ルイズが『ゼロ』だってこと、すぐに分かったのかも」 「にしても、召喚されたのが昨日の午後だろ? 1日と立たずに使い魔に見限られるってのは、さすが『ゼロ』のルイズというか……」 その陰口はルイズにも届いていた。 恥ずかしさでルイズの顔が赤くなる。 「ホワイトスネイク!」 三度目の呼びかけは教室中に響くような声だった。 一瞬、教室がシンとなる。 ホワイトスネイクが現れたのは、そのときだった。 ルイズの背後の空中に、浮かびあがるように。 ――――――――――――首だけで。 もっとも首だけで出てきたのにはちゃんとした意味がある。 「お前なんかのために自分の全身をいつも出しとくのはもったいねー」というホワイトスネイクなりの意思表示であり、 朝食で受けた屈辱の「ほんの一部」を返すためでもある。 ルイズに何度呼ばれても出てこなかったのも、同じ理由だ。 そして―― 「呼ンダカ、ルイズ?」 さも今気付いたかのような口調でホワイトスネイクが言った瞬間―― ドンドンドンドンッ! 4本のツララがホワイトスネイクに襲い掛かったッ! 「何ダトォーーーッ!!」 突然の攻撃にホワイトスネイクは驚いた。 だが20年に渡って続けた殺し合いで培われたカンは、ホワイトスネイクを瞬時にこの事態に対応させたッ! 間髪入れずに全身を発現、そして向かってくるツララを全て手刀で叩き落とすッ! ツララが無数の氷の破片になって床に散らばったとき、ツララを撃ち込んだ犯人が発覚した。 犯人は小柄なメガネの少女。 少女の髪の色は青、手には身の丈より大きい杖を携え、荒い息でそれをホワイトスネイクに向けていた。 「ちょ、ちょっとタバサ! あんた一体何して……」 キュルケが大声を上げる。 無論、攻撃されたホワイトスネイクも黙ってはいない。 「小娘……オ前、何ノ」 「ちょっとあんた! わたしの使い魔にいきなり攻撃するなんてどういうことよ!」 ホワイトスネイクの声を遮り、凄まじい剣幕でルイズが怒鳴る。 「それに『ウィンディ・アイシクル』みたいな強力な魔法を使うなんて! ホワイトスネイクを殺す気だったの!?」 「……ごめんなさい。勘違いした」 タバサと呼ばれた少女は額に冷や汗を浮かばせながら、謝罪した。 「勘違いって何よ勘違いって! 取り返しのつかなくなるところだったじゃないのよ!」 「……ごめんなさい」 カンカンになって起るルイズと、弁解もなくただただ謝るするタバサ。 これでは全く事態が進展しそうにない。 周りの生徒もどうしてよいか分からず、互いに顔を見合わせるだけだった。 そしてホワイトスネイクは、被害者のはずの自分が蚊帳の外にいることに気づいた。 気づいて口を開いたその時、ガラリと扉が開いて教師が入ってきた。 「皆さん、ご機嫌よ……あら、どうしました?」 きょとんとした顔で教師がルイズに問いかける。 「わたしの使い魔が攻撃され」 「いえ、何でもないです!」 ルイズの言葉を遮り、キュルケが大きな声で教師に答える。 「ちょっとキュルケ! その子の肩を持つつもり!?」 ルイズが強い口調で言うと、キュルケは席に座ったままのタバサを捕まえると、 彼女を引きずるようにしてルイズのところまで素早く連れて来た。 「いいから、ここは無かったことにして。ほら、タバサも謝ってるじゃない?」 「でも、せめて理由ぐらい聞かせてくれなきゃ納得できないわよ」 「……お化け」 「「……は?」」 「彼が……お化けに見えた。く、首だけ、だったから……」 「それで……攻撃したの?」 タバサはこくりとうなずいた。 つまりお化けが嫌いなタバサが、 ルイズの後ろに「首だけで」出てきたホワイトスネイクをお化けと勘違いし、攻撃した……と。 ルイズとキュルケは、思わず脱力してしまった。 「ごめんなさい」 そう言ってタバサはぺこりと頭を下げた。 「だったらそうと言ってくれればいいのに……」 キュルケはため息をつきながら席に戻った。 「……次からは勘弁してよ」 ルイズはそれだけ言うと、さっさと歩いて行って席に着いてしまった。 後にはタバサと、怒っていいのか、感心していいのか、よく分からない気分のホワイトスネイクが残った。 使い魔(とルイズは思っている)のことを自分のことのように怒ったルイズは評価すべきだが、 自分がそっちのけにされたまま解決されてしまったのは腹立たしかったのだ。 ホワイトスネイクがそんなもやもやした気分でいると、タバサがホワイトスネイクを見上げて言った。 「あなたには、悪い事をした」 「……当タリ前ダ。アト少シ対処ガ遅レテイタラ、タダデハ済マナカッタ」 「でも……できれば首から下を隠すのはもうやめてほしい」 「是非トモソーサセテモラウ。毎回アンナ攻撃デ襲ワレルノハタマラナイカラナ」 「……ありがとう」 「礼ヲ言ワレルヨーナ事デハナイ。小娘ノ自制心ガ信用デキナイカラ、自分デ対策スルダケノ事ナノダカラナ」 ホワイトスネイクは不機嫌全開でそう言うと、フッと姿を消した。 「き、消えた!?」 またもや教室が騒がしくなる。 が、すぐに皆が静まった。 どこからか現れた赤土の粘土で口をふさがれてしまっているのだ。 「いつまで騒いでいるのですか! もう授業を始めますよ!」 教師の言葉を聞いて、生徒達はいそいそと授業の用意を始めた。 タバサもいつのまにか自分の席に戻っていたが、授業の用意はせずに本を黙々と読んでいた。 「さて、授業を始める前にほんの少しだけお話をさせていただきますわね。 このシュヴルーズ、新学期にこうやって皆さんの使い魔を見せていただくのをとても楽しみにしているのです。 今年もみなさんが自分の使い魔の召喚に成功したようで、なによりですわ」 そう言って教室を眺めると、 「ミス・ヴァリエールはとても変わった使い魔を召喚したものですね」 「へ?」 シュヴルーズのとぼけた声を聞いて横を見ると、ホワイトスネイクがいつの間にかルイズの横に座っていた。 「ちょ、ちょっとあんた! いつの間に!」 「ツイサッキダ。ソレヨリ教師ガ何か言ッテルゾ。答エテヤッタラドウダ?」 「え? えー、はい。とても……変わって、ます」 混乱した頭でルイズが答えると、シュヴルーズはにっこり笑った。 「では、授業を始めますよ」 シュブルーズがこほん、と咳払いして杖を振るう。 すると教卓の上に石ころがいくつか転がった。 授業が始まる。 (中々分カリ易イ説明ヲスル教師ダ) 授業を聞きながら、ホワイトスネイクはそんな事を思った。 シュヴルーズの授業は以下の通りである。 魔法には火、風、水、土の4つの系統と、 今は失われた(使えるヤツがいないということだろうか? とホワイトスネイクは思った)虚無を合わせて、 全部で5つの系統があるということ。 そしてシュブルーズが言うには、土の系統は5つの系統の中で最も重要らしい。 その理由として、土の属性が重要な金属を作り出し、加工することが出来ることとか、 大きな石を切り出して建物を建てることが出来るということ、 それに土の系統が農作物の収穫にも関わっているということを挙げた。 ホワイトスネイクにとってはどれもこれも初めて聞くことばかりなので、 熱心にシュブルーズの説明に耳を傾けていた。 スタンドのデザインに耳は無いけど。 そして説明が丁寧な分、他の事を考える余裕も出てくる。 (ダガ手間ヲ考エナイナラ貴金属ヲ手ニ入レルコトモ、加工スルコトモ可能ダ。 建物ヲ建テルコトモ、農作物ノ収穫率ノ向上モ同様ニ。 『暮らしを楽にする』トイウ観点デハ、火ヲ楽ニ起コセルデアロウ火ノ系統ノヨウニ、他ノ系統モ重要ダロウ。 スタンドト同様、各系統ニ優劣ノ関係ハ無イト考エルベキダロウナ) そうこうしているうちに、シュヴルーズが教卓の上の石ころに向かって、 小ぶりな杖を振り上げた。 そして短く何かを呟くと、石ころが輝き始める。 数秒後、光が収まると、ただの石ころは光を反射してキラキラ輝く金属に変わっていた。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 キュルケが身を乗り出して言う。 シュヴルーズはやさしく微笑んで、 「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの……」 と、ここでもったいぶった咳払いをして、 「トライアングルですから……」 と言った。 (『トライアングル』? ソレニサッキハ『スクウェアクラス』トカ言ッテタナ。 メイジトシテノレベルヲ表スモノナノカ?) 初めて聞く二つの単語にホワイトスネイクは頭を捻る。 (『トライアングル』……地球デハ『三角形』ノ意味。ソシテ『スクウェア』ハ『四角形』ノ意味。 『3』ト『4』……カ。一体ドレクライ違ウンダ? アノ教師ハ『スクウェアならゴールドを錬金出来る』トカ言ッテイタガ……ヨク分カランナ) 「ねえ」 そんな事を考えていると、ルイズから声がかかった。 「ドウシタ?」 ルイズにだけ聞き取れる程度の声でホワイトスネイクが答える。 「授業、そんなに面白いの?」 「私ニトッテハ真新シイ事バカリダカラナ」 「ふーん……」 「ルイズハ退屈ソーダナ」 「そうよ。知ってることばかりだもの」 「予習シタノカ?」 「自分で調べたのよ。魔法が……いや、なんでもないわ。 とにかく知識だけはたくさんあった方がいいと思ったの」 「ソウカ……ジャア質問サセテモラオウカ。『トライアングル』ト『スクウェア』ハドレダケ違ウンダ?」 「全然違うわよ。トライアングルは属性を3つしか足せないけど、スクウェアは4つも足せるのよ?」 「一ツ違ウダケジャアナイカ」 「全然違うのよ。足せる数は最大で4つ。低い方から順にドット、ライン、トライアングル、スクウェア。 足せる数が多くなればなるほど、より強力な魔法が使えるの。 現にトライアングルスペルとスクウェアスペルじゃ天と地ほどの差があるわ」 「具体的ニハ? 金ヲ作レルトカ作レナイトカ、ソーイウレベルデハ話ガ掴メナイ」 「そうね……」 そう言ってルイズが考え込んだ時だった。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 「今は授業中ですよ。 使い魔とお喋りするのは後になさい」 「すいません……」 「お喋りするヒマがあるなら、あなたにやってもらいましょう」 「へ? な、何をですか?」 「ここにある石ころを、あなたの望む金属に変えるのです。 さあ、やってごらんなさい」 そう言われたものの、ルイズは行こうとしない。 何やら困っているような、戸惑っているような、そんな様子だ。 そして、周囲の生徒達もざわつき始める。 だがホワイトスネイクはその理由が分かっていない。 周囲の様子から「ルイズは練金が苦手なのだろうか?」と若干的を外した事を考えたぐらいだった。 そして少しした後、ルイズは意を決したように立ち上がり、 「やります」 とだけ言った。 それを聞いた教室の生徒全員が、一斉にさっと青ざめる。 「ミセス・シュヴルーズ! ルイズに魔法を使わせるのは危険です!」 キュルケがすぐに抗議の声を上げた。 「あら、どうしてですか? ミス・ツェルプストー」 「……ミセス・シュヴルーズはルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ、でもミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。 さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」 ダメだ。 「ルイズが失敗する」ことまでは察してくれたようだが、 ルイズが魔法を使うことの危険性はさらにその先にある。 この教師にはそれが分かっていない。 そのことが、キュルケには理解できた。 「ルイズ、やめて」 キュルケが顔を青くして懇願する。 しかし教壇の方へ向かうルイズが振り向くことは無かった。 ホワイトスネイクはその後ろ姿を眺めた後、教壇と今の自分の位置を目測で測った 距離、約17メートル。 問題なく射程内であることを確認すると、ホワイトスネイクは指を組んでルイズの実習を見守った。 「ではミス・ヴァリエール、やってごらんなさい。 錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと頷いて杖を振り上げる。 そして呪文を唱えて、杖を振り下ろすと―― ドッグオォォォン! 爆発したッ! 爆風をモロに受けたシュヴルーズは吹っ飛ばされて黒板に叩きつけられる。 そして教室にいた生徒達も、やはり同様に被害を受けた。 悲鳴が教室中に巻き起こる。 生徒達の使い魔は爆発に驚いて暴れ始め、そのうち共食い(厳密には共食いではないが)が始まりかけた。 そして爆発を起こした張本人であるルイズはというと……。 「マサカ、爆発スルトハナ……」 呆れた口調で言いながら教壇の上に浮かぶホワイトスネイクに抱えられていた。 爆発からは無事に逃れていたのだ。 だが―― 「教室ノ後片付ケカラハ、流石ノ私デモ逃ガシテヤレンナ」 「うるさい」 「キュルケ……ダッタカ。アノ女ガオ前ヲ『ゼロ』ト呼ンデイタノハコウイウコトダッタノダナ。 『成功率がゼロ』ダカラ……ダッタワケダ」 「うるさい!」 教室の隅っこからルイズが大きな声を上げた。 ルイズは後片付けをしていない。 ただ膝を抱えて座っているだけだ。 爆発で大破した教卓や割れた窓ガラスはホワイトスネイクが片づけていた。 そして教卓の残骸が片付いたあたりで、ホワイトスネイクがルイズに声をかけた。 「ルイズ」 「何よ?」 「不貞腐レルノハ勝手ダガ、自分ガシタコトノ片付ケクライハ自分デヤルベキダ」 「……主人の失敗は使い魔の失敗でもあるの だから片付けもあんたがやるのよ」 「ソウ言ウト思ッテイタヨ。コノ甘ッタレガ」 「な、なんですってえ!」 ルイズは思わず立ち上がったが、すぐにもといた場所に座り込んだ。 自分が「ゼロ」だってことは、自分がいちばん目を背けたいことだったからだ。 そしてそれが「甘ったれたこと」だってことも、ルイズには分かっていた。 分かっていても、眼を背けずにはいられないことだったから。 だから、それ以上言い返せなかったのだ。 「ルイズ」 「……何よ?」 「教卓ガアッタトコロマデ来イ」 「……何で?」 「私ハルイズカラ20メートル以上離レル事ガデキナイノダ」 「……どういうことよ? それに『メートル』って何?」 「メートルハ単位ダ。……1メートルガコノグライダナ」 そういって手で幅を作るホワイトスネイク。 「それ、『1メイル』じゃないの?」 「『メイル』?」 「ええ。1メイルが今あんたが示したぐらいの大きさ。 ついでに言うと、それの100分の1が1サント、それの400倍が1リーグ」 「覚エテオク」 「あんたって、相当辺鄙な場所から来たのね」 「国ガ変ワレバ法モ変ワル、トイウヤツダ。 別ニド田舎暮ラシダッタワケジャアナイ」 「ふーん、まあいいわ。そういうことにしといてあげる。ってそうじゃないわ! 何であんた、わたしから20メイルより遠くに行けないのよ!?」 「ソレガ私ノ性質ダカラダ、トシカ答エヨウガナイナ」 「……要するに、よく分かんないけどあんたの中で決まってること?」 「ソンナモノダ。分カッタラ早ク来イ」 渋々ホワイトスネイクが示した場所まで行くルイズ。 ホワイトスネイクはそれを確認すると、ルイズがさっきまでいたところとは反対側の窓を片づけ始めた。 そして手を動かしながら、ホワイトスネイクはルイズにまた声をかけた。 「ルイズ」 「……今度は何?」 「今ノ自分ノ才能ガ、自分ニ適シテイルト思ウカ?」 「……そんなこと、思うわけないじゃないの!」 「ナラバオ前ニ適シタ才能トハ何ダ?」 「そんなの……そんなの分かるわけないでしょ!? 一体いつからわたしがこんなだと思ってるのよ? わたしがどれだけ普通の魔法を使いたいって思ってきたか、あんたに分かるの!?」 ルイズの中の抑えきれない感情が、堰を切ったように溢れ出した。 「選べるなら選んでたわよ! だけど選べないのよ! 生まれたときから決まってて、ずっと押し付けられて生きてきたのよ!? 自分が火の魔法で暖炉に火をつけるところ! 水の魔法でお花に水をあげるところ! 風の魔法で風車をまわすところ! 土の魔法で石ころを銅に変えるところ! 何度だって夢に見たわ! 普通の魔法を使える自分を、何度だって夢に見たのよ! だけどできないのよ! どれだけ頑張ったって、どれだけ勉強したって! これ以上……これ以上、わたしに何を夢見ろって言うのよ!!」 それが、ルイズが16年間溜め込んだ感情だった。 頭の中はかまどのように熱くなって、滲んだ涙で視界はぼやけた。 まだ吐き出し足りなかった。 でも、これ以上は言えない。 何か言ったら、涙声になってしまいそうで―― 「同情スルツモリハナイ」 ホワイトスネイクの唐突な言葉に、ルイズはきょとんとした。 「ダカラトイッテ知ラヌフリハシナイ。 コレハ私ニモ関ワルコトダカラナ」 「え?」 「オ前ガ望ムナラ……私ハオ前ニ『普通の魔法』ヲ与エルコトガデキル。 『適材適所』トハ逆行スル形ニナッタトシテモ、ダ」 「どういう、こと……?」 「……見セタ方ガ早イナ」 ホワイトスネイクはそう言うが早いがルイズに歩み寄ると―― ドシュンッ! ルイズの額を切断せんばかりの勢いで、手刀を水平に振るったッ! 「ひゃあっ!」 突然の暴挙にルイズは思わず目をつむって叫ぶ。 …しかし、 「…あ、あれ? なんとも…ない?」 痛みらしい痛みが何も無いことに気づくと、ルイズは恐る恐る目をあける。 すると―― 「な、ななななな何これ! わたしの頭から何が出てきてるの?」 ルイズの額から、一枚のDISCが飛び出ていた。 「ちょちょ、ちょっとホワイトスネイク! ああ、あ、あんた一体、わたしに何したのよ!」 ルイズが色々と喚いているが、ホワイトスネイクは無視する。 そしてルイズの額から出てきたDISCを抜き取る。 「わっ! と、取れた!」 ルイズが何か言うが、やはりホワイトスネイクは無視した。 そして抜き取ったDISCの表面に目を通すと……そこに現れていた文字は、「ゼロ・オブ・ドットスペル」。 早い話、「ゼロのドットスペル」ということだ。 今ホワイトスネイクが抜き出したのはルイズ自身の魔法の才能。 正確にはホワイトスネイク自身、スタンドや感覚と同様に抜き出せる自身が無かったので、こうしてルイズで試したのだ。 試したのだが…… (DISCニマデ『ゼロ』ト書カレテイルノデハ救イガ無サスギルナ。 ココニハ触レナイデオク方ガイイダローナ……) 「サテ……『何をしたのか』……ダッタナ。君ノ『魔法の才能』ヲ抜キ出シタノダ。 魔法ガ果タシテ他ノ感覚ナドト『才能』トシテ抜キ出セルモノナノカ、確証ガ無カッタノデナ」 「才能を……抜き出す? あんた、何言ってるの?」 「分カラナケレバ、ソウダナ……モウ一度サッキノ錬金ヲヤッテミルトイイ」 「さっきと何も変わらないと思うけど……」 そう言いながらルイズは杖を抜き、ルーンを唱え始める。 そして手ごろな場所にあった木の破片目掛け、杖を振り下ろす。 だが―― 「……あれ? 爆発……しないの?」 さっきとは違い、何も起きなかった。 「当然ダ。今ノルイズハ魔法ノ才能ヲ失ッテイルノダカラナ」 「魔法の才能って…もしかしてさっきの!」 「ソウダ。先ホドルイズカラ抜キ取ッタDISCガ、ルイズノ魔法ノ才能ダ」 「ちょっとあんた、何してんのよ! これじゃただの平民と同じじゃない! 返して!」 「返シタトコロデ、使エルノハ爆発ダケダゾ?」 「……っ!」 事実だった。 ホワイトスネイクが手にする才能が自分に戻ってきたところで、 結局できるのは失敗魔法の爆発だけ。 自分が「ゼロ」であることに何も変わりは無い。 「そ、それでもよ! それでも、それさえなかったら、本当に何も無くなっちゃうじゃない!」 そんなルイズの苦渋に満ちた訴えに対し、 「……ルイズハ存外ニ察シガ悪イナ」 ホワイトスネイクはあくまで冷淡に、さらに別のベクトルの意味を加えて答えた。 「ルイズカラ今ノヨウニ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ハ……他ノ者カラモ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ダ」 「……あんた、まさか!」 「ヨウヤク理解シタナ」 ホワイトスネイクは口の端に笑みを浮かべると、話を一気に結論に持っていく。 「ツマリ君ハ他ノ誰カカラ魔法ノ才能ヲ奪イ取ル事ガデキルノダ」 「…ち、ちょっとあんた、自分が何言ってるか分かってるの!?」 「当然ダ」 「じゃあ何でそんな事!」 「私カラスレバ、何故ルイズガソレヲ拒ムノカガ理解デキナイナ。 私ガ言ッテイルノハ、魔法ヲ使エナイオ前ヲ救済スルタメノ方策ダゾ?」 「そんなやり方で魔法なんか使えるようになりたくないわ! 私だって分かるわよ。魔法の才能をあんたに取られたら、その人はもう魔法を使えなくなるって事ぐらい!」 「ダガ魔法ヲ使エナクナルノハオ前ヲ『ゼロ』ト呼ンデ侮辱スル者ダ」 「それは! そう、だけど……」 「昨日ノ広場……今朝会ッタキュルケ……ソシテ授業前ノ教室……。 私ガ見テキタ限リデハ、ルイズハ余リニ多クノ者カラ蔑マレテイル。 オ前ヲ『ゼロ』ト呼ンデ蔑ム事ヲ当タリ前ニシテイル奴等バカリダッタ。 ナノニ、ドウシテ拒ム理由ガアル? 何故躊躇ウ?」 ルイズはホワイトスネイクの言葉を唇を噛み締めて聞いていた。 ホワイトスネイクの言っていることに間違いはなかった。 自分は吐き出した。 これまでの鬱憤を、苦しみを、絶望を。 それを聞いた上で、その上で自分が「ゼロ」の汚名から抜け出す道を作った。 でも…そうだとしても…… 「わたしは…やらないわ」 ルイズには、その道を選ぶことはできなかった。 ホワイトスネイクは、すぐさま問いを投げかけるような事はしなかった。 ルイズが言葉を続けるのを待っていたのだ。 「貴族らしくない……と、思うの」 「貴族はね、背を向けないものなのよ。逃げちゃいけないものなの。 貴族には領地があって、領民がいて、それでみんなを支えてるから。 だから逃げちゃいけない。どんなことに対しても、自分の才能に対してでも、絶対に」 ホワイトスネイクは黙ってそれを聞いていた。 そして口を開く。 「例エ魔法ガ使エナクトモ、例エ『ゼロ』ト蔑マレヨウトモ……ソレデ構ワナイノダナ?」 「あんたが示した方法を使うぐらいならね」 「……ソウカ」 ホワイトスネイクはこのことに関して、それ以上は何も聞かなかった。 「ダガ……モウ一ツ、理由ガアルンジャアナイノカ?」 「え?」 「ルイズガ私ノ提案ヲ退ケタ理由……ルイズガサッキ言ッタモノトハ別ニモウ一ツ、アルヨウニ思エルノダナ……」 ルイズは、ホワイトスネイクの洞察力に背筋が冷える思いがした。 確かにその通りだった。 貴族らしくないからやりたくない、というのは事実だが、実際のところそれは建前にすぎない。 そんなことよりも、もっと大切な理由があったのだ。 だが―― 「言いたくないわ」 ホワイトスネイクにはまだそれを言いたくなかった。 それはルイズにとって、とても大事なことだったから。 「……ソウカ。ナラバ無理ニハ聞カナイ」 ホワイトスネイクはそれだけ言って、手に持っていたルイズの魔法の才能――『ゼロ』のDISCを、ルイズの額に差した。 DISCは静かな音を立てて、ルイズの中に戻っていった。 「人間ハ…時ニ『納得』ヲ必要トスルモノダ。 『納得』ノ無イ道ニ対シテハ、ソコカラ一歩モ先ヘ進メナイ。 ソレハ人間ガ自分ノ精神ニ強イ芯ヲ必要トスルカラダ」 「ソレニ私ハタダ、ルイズガドノ道ヲ選ブノカヲ見テイルダケダ。 ルイズガ納得出来ナイ、選ベナイト判断シタ道ハ、遠慮ナク捨テ行ケバイイ」 ホワイトスネイクはそう締めくくると、音もなく姿を消した。 ホワイトスネイクは言った。 自分が必要ないと判断した道は、遠慮なく捨てていけばいい。 自分は本当に心から、納得できないと、そう思っているのか? 本当に、あの「魔法の才能を奪う力」に未練は無いのか? いや……きっと、ある。 それどころか、喉から手が出そうなくらいに、魔法の才能を欲しがってる。 あんな奴らが、自分をいつもゼロ、ゼロと呼んでバカにする奴らが魔法を使えて、何で自分が使えないのか。 勉強なら誰よりもした。 魔法が使えるようになるためにどんな努力だってした。 なのに…なのに、自分は魔法を使えない。 こんなの、あんまりだ。 ろくすっぽ努力もしない貴族のボンボンに魔法が使えて、自分にはできないなんて……。 でも、とルイズの中で何かが囁く。 そんなやり方、「あの人」は絶対に喜んでくれない。 ホワイトスネイクの提案は、今までの自分の努力を全部フイにしてしまうものだからだ。 「あの人」が応援してくれたのは、そんな提案を呑む自分じゃないはずだ。 それに自分の根っこの方でも、ホワイトスネイクの提案を拒んでる。 でも魔法は使えるようになりたい。 でも、ホワイトスネイクの提案を受け入れたくは無い。 でも。 でも。 でも。 でも…………。 胸中に渦巻く思いを抱えながら、ルイズは重い足取りで教室を出た。 スタンド使いは、自分のスタンドを選べない。 しかし、誰もそのことに不平不満を並べたりはしない。 なぜか? どんなスタンドにも必ず「最良の使い道」が存在するからだ。 そしてその「最良の使い道」は、スタンド使い達が心の奥底で望んだもの。 だから見つけることが出来るのだ。 では、これをルイズの問題に置き換えることは可能だろうか? ルイズは魔法を使えない。 使えるのは爆発を起こす失敗魔法だけである。 結論から言えば、「最良の使い道」はルイズの失敗魔法には存在しないだろう。 何故ならルイズは自分の失敗魔法が大嫌いで……そして、普通に魔法が使える事を、心の底から望んでいるからだ。 にもかかわらず、ルイズはホワイトスネイクの申し出を断った。 口では「貴族であるため」とかなんとか言っていたが、本当の理由はそんなんじゃあない。 多分、いや確実に……誰か他の人間のためだ。 どんな人間でも心の拠り所にするものは、地位か誇りか人だけ。 ホワイトスネイクが20年間で得た考えがそれである。 ルイズに地位はなく、そして誇りがよりどころではないのだから……残るは人のみだ。 だからそう判断した。 とはいえ、そんなことはホワイトスネイクにとってどうでもよかった。 重要なことは、「つまらない理由のためにルイズが望みを捨てたこと」だ。 自分のプライド、そして人とのつながりのために念願を放棄する。 実にくだらない。 かつてプッチ神父と戦い、あと一歩のところまで追いつめた徐倫も、 父親とのつながりのためにプッチを仕留め損ねた。 人と人のつながりなど、足枷にしかならないのだ。 だがルイズは足枷を選んだ。 ホワイトスネイクはそのことに少なからず失望した。 そして、ひとつの確信を得た。 ルイズは、「ホワイトスネイク」というスタンドを扱うことに、決定的に向いていない。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1421.html
「ルイズ、起きてる?」 「ん……ふにゃ……」 育郎はルイズが寝ている事を確認すると、音を立てないように気をつけながら部屋を出て、今日キュルケの友人のタバサに渡された手紙に書いてある通り、ヴェストリ広場に向かった。 「相棒!俺!俺忘れてる!」 その前にもう一度部屋に戻った。 「またなのか…」 「相棒も忙しいね」 先日、同じように呼び出され、何人かの生徒に戦いを挑まれた事を思い出す。 まさかあの小さな少女、タバサが自分と戦おうとするとは思えないが、誰かに頼まれて自分を呼び出したのかもしれない。どちらにしろ戦いを好まぬ育郎にとって、心の重くなる話である。 育郎が広場に着くと、そこに居たのはタバサ一人だった。 周りからも敵意のにおいはしない。 安堵するが、しかし疑問も湧き上がってくる、何故彼女は自分を呼び出したのだろう? バババババッ! そんなことを考えていると、タバサが奇怪な踊り?を始めた。 「…僕に何か」 「天地より万物に至るまで、気をまちて以って生ぜざる者無き也」 「え?」 踊りながらボソボソと何かをつぶやき、少しずつ近づいてくる。 「邪怪禁呪、悪業を成す精魅…」 すぐ目の前まで来てその動きが止まる。 見ればこちらに向けられた指先に、何かが書かれた紙を挟んでいる。 「………しゃがんで」 「は?」 「しゃがんで」 「わ、わかった…」 言われたとおり育郎がしゃがむと、タバサが手に持った紙を育郎の額に貼り付ける。 そのままでは届かなかったようだ。 そしてタバサは、やはり何か不思議な踊りをしながら、再び何かをつぶやく。 「天地万物の正義をもちて微塵とせむ………!!」 カッ目を見開き、ポーズを決めて彼女は叫んだ。 「禁!!」 「………えっと」 育郎が額にはられた紙をはがし、何が書かれているか確かめる。 『悪霊退散』 タバサを見ると、先程のポーズのまま固まっている。 と思えば、自分の服の中に手をいれ、なにかモソモソと探りだした。 しばらくして、さっきと同じような紙、いや、多分お札なのだろう、それを何枚か取り出してから、その一枚を育郎の額に貼り付ける。 剥がしてみると、今度は『邪気消滅』と書かれていた。 その後『超力招来』や『安産祈願』等様々なお札を次々と貼っていき、程なくしてタバサの手の中には何も無くなってしまった。 「その…君…」 育郎が心底困惑した表情でタバサに話しかける。 「…効かない」 「え?」 「…どうして?」 「どうしてと言われても…」 なんとなくタバサが、自分のことを悪魔や妖怪の類とみなしていることに気付くが、だからといって、どう説明すれば誤解を解けるものやら。 そう考えている最中、タバサは次の行動に出た。 「……ッ!」 突如後ろに飛び、杖を抜こうとする、だが育郎はその動きに追いつき、杖を奪い取る。 なんという事だろう… 自分が必死で練習した悪魔祓いがまったく通じないなんて! (注・このタバサは寝てません) あろう事か杖まで奪われてしまった。 「その、僕は決して…君、聞いてる?」 このまま自分はこの悪魔に魂を抜き取られてしまうのだろうか? (注・もう一度言いますがこのタバサは寝てません) いや、仇も討てないまま、こんな場所で朽ち果てるわけには行かない! どんなことをしても生き残るのだ!母の為に! 「………きゅう」 秘 技 ・ 死 ん だ フ リ !! (注・しつこいようですがこのタバサは寝てません) 「ちょっと、君大丈夫かい!?」 必死になって悪魔が自分を揺さぶっている。 どうやらうまくいった様だ。死んでしまえば魂をとろうとはしまい… (注・重ねて言いますがこのタバサは寝てないせいでちょっとおかしいです) 「きゅいきゅい!そこの悪魔!お、お姉さまをはなすのね!」 しまった、自分の使い魔が!上空で待機しておくように言ったのに… 「こ、恐くなんか無いんだから!きゅいきゅい!」 「な!?この竜はいったい!?」 薄目を開けて、様子を確認しようとするタバサ。しかし ウォォォォォォォオム!バルバルバルバル!! 「きゅい!やっぱり恐い!食べないでぇ!!」 なんという迫力か!間近でバオーの変身を見てしまったタバサは、 「………きゅう」 今度こそ本気で気を失ってしまった。 バル!?(訳・君、大丈夫か!?) きゅいきゅい!?(訳・お姉さまが!お姉さまの魂がぬかれちゃった!?) バルバル!?(訳・こ、この竜が何かしたのか!?) きゅいきゅい!(訳・こっち見てるのね!今度はわたしの番なの!?) きゅいきゅいバルバルきゅいバルウオオオムきゅいきゅい 「あーなんだ…とりあえず相棒もそこの竜も落ち着け」 きゅい? バル? 「シャルロット!」 「おとーさま!」 幼いころのタバサが、屋敷に帰ってきた愛する父親に抱きつく。 「暫く帰らなくてすまなかった、寂しかったかい?」 「だいじょうぶ、おかーさまがいるもん」 「そうかい、タバサは良い子だね」 そう言ってタバサの頭をなでる。 この温かく、大きな手になでられるのがタバサは大好きだった。 「前にあったときはまだ赤子だったが、これは愛らしく成長したものだ! いや、こんな娘を持ててお前は幸せだな!」 タバサが父の隣に佇む人物に気付く。 「おとーさま、この方は?」 「この人は私の兄さんだよ」 「おとーさまのおにーさま?えっと…おじうえさま?」 「そうだよシャルロット嬢。いやはや、愛らしいだけでなく頭も良いようだな。 まったくもって羨ましい!」 「そんな、兄さんの娘のイザベラだって良い子じゃないか」 「おお、そうだイザベラだ!シャルル、すまんがイザベラを呼んで来てくれんか? 二人を合わせるために来たようなものだからな!」 「わかったよ、兄さん」 父が部屋を出て行くのを確認した後、タバサの叔父が笑顔で口を開く。 「そうだ我が姪よ!おもしろい話を聞きたくないかね?」 「うん!聞きたい!」 無邪気に答えるタバサ。 「そうか!聞きたいか!うむ、それでは………」 「兄さん、イザベラを連れて…どうしたんだいシャルロット?」 タバサが部屋の隅で震えている。 「はっはっはっ!我が姪にはちょっと刺激が強すぎたかな?」 「兄さん?」 「話をせがむので恐い話を少々な。しかしこんなに恐がってくれる相手も久しぶりだ!」 「兄さんも好きだね」 大人二人が話しているのを尻目に、父が連れてきた女の子がタバサに近づく 「アナタだれ?」 「わたしイザベラ、アナタとはイトコなんだって。 こわかったでしょ?おとーさまったらわたしにもしょっちゅうあんな話するの ほら、もうだいじょうぶよ」 「ホント?イザベラおねーさま」 「お、おねーさま…?」 「………命からがら逃げ出した男が、やっと人影を見つける。 『おや、どうかしましたか?』『恐ろしい怪物があそこに!』 『その怪物というのは、こんな顔をしてませんでしたか』そう言った男の顔は…」 「やぁ!おねーさま!」 「おねーさま…(ゾクゾク)」 まどろみの中で声が聞こえてくる、どうやら夢を見ていたらしい… どんな夢かは忘れてしまったが、なんとなく不快な夢だったような気がする。 「わかってくれたかい?」 「きゅい!つまり貴方は悪い悪魔じゃないのね?」 「いや、だから悪魔じゃねーって」 「わかってるの!悪魔がとりついてるのね!でも人間の意識が消えてないの! きゅいきゅい!カッコイイ!!」 「だからそうじゃねーって」 「ん?君、目が覚めたのかい?」 あの使い魔が、自分が目を覚ましたことに気付く。 とっさに辺りを見回し、自分の杖を探す。 「オメーの杖ならここだぜ」 声のほうを向くと、使い魔の足元に杖が転がっているのが見えた。 「きゅい!大丈夫なのお姉さま!この悪魔さんは悪い悪魔じゃないの!」 「だーから悪魔じゃねえって、さっきから言ってるだろ!」 一匹と一振りをおいて、育郎がタバサに杖をわたす。 「話は聞いたよ…君のお母さんが病気なんだって?」 思わずシルフィードを見るタバサ。 「きゅい…お姉さまごめんなさい。しゃべっちゃった! で、でもこの悪魔さんなら大丈夫なの!わたしの事も秘密にしてくれるって!」 「しっかしまぁ、韻竜が生き残ってたぁな。もう絶滅したかと思ってたぜ」 その言葉で、もし誰かに自分の使い魔が喋る所を見られたらと気付き、辺りを見回す。 「大丈夫、今この周りに人はいないよ。シルフィードの声はだれも聞いていない」 「…どうして?」 「なにが?」 「ひょっとしておめーも相棒が悪魔だなんて言うんじゃねーだろーな?」 デルフリンガーの言葉に答えず、育郎を警戒した目で見るタバサ。 「…しかたないな」 「いいのかい相棒?」 「じゃないと彼女も安心できないだろ?君、信じられないかもしれないけど…」 「信じられない」 育郎の話を聞いたタバサがそう答えた。 「だろうね…」 「ま、異世界なんつってすぐに信じるような奴はそーはいねえやな」 「きゅい!異世界って魔界のこと?ホントにそんな世界あるの?」 「だからな…」 「とにかく僕は悪魔じゃない。こことはまったく違う世界の技術で、僕の身体はこんな風になってしまったんだ…化け物なのは変わりないかもしれないけどね」 そう言って寂しげに笑う育郎を、黙ったまま見つめるタバサ。 「それと、僕は病気を治した事は無いから、君の母さんを治せるとは言い切れない。それでもいいなら」 「どうして?」 「え?」 「私の頼みを聞く理由が無い」 「何故といわれても…」 「それに私は貴方を倒して、力づくで言う事を聞かせようとした」 「倒すって…ああ、あの変な踊りか。笑いを堪えるのに必死だったぜ」 「いや、その…なかなか可愛かったよ」 「きゅい!そうなの!お姉さまとっても可愛かったの!」 「………それはそれ」 思い出したら恥ずかしくなってきたのか、頬がわずかに赤くなった。 「何故?」 「何故って…」 育郎が暫く考え込んでから、自分に言い聞かせるように答える。 「そうだな…僕は自分の中の力を恐れている、あの怪物の力、人殺しの力を…けど、その力で誰かを助ける事が出来るのなら」 「あーなんだ、要は相棒はびっくりするほど人が良いんだよ」 デルフが育郎の言葉をさえぎった。 「……そうかな?」 「そうだって。俺6千年生きてっけど、相棒ほどのお人よし、そうはいなかったぜ」 「6千年!?すごいのね!」 「だろ?もっと褒めて良いぞ」 きゅいきゅいと騒ぎ出すシルフィードとデルフ。 「信じる…」 「え?」 唐突にタバサが口を開いた。 「貴方を信じる」 「…ありがとう」 微笑む育郎に、首を振るタバサ。 「礼を言うのはこっち…それと、ごめんなさい」 そう言って頭を下げる。 「良いんだよ。誰も怪我をしなかったし、それに大きな友達も出来たしね」 「友達?」 育郎がまだ騒いでいるシルフィードとデルフリンガーに目を向ける。 「だから、ありがとう…」 そう言って育郎はタバサの頭をなでた。 温かい手だった、友人のキュルケに撫でられている時に似ているが、少し違う。 しかし随分と昔に、こんな風に頭をなでてもらった気がする。 「あ、ごめん。つい…」 貴族に軽々しく触れてはいけないと言うルイズの言葉を思い出し、育郎は手をはなす。 「…気にしてない」 というか、もう少しそのままでもかまわなかった。 「何か言ったかい?」 「なんでもない…」 「そういえば…」 寮に帰る途中、育郎と並んで歩くタバサが、ふと頭に浮かんだ疑問を口に出した。 「どうやって治療を?」 少し困った顔をして、育郎が答える。 「変身した僕の血を飲ませ」 ズササササササササッ! 「あーなんだ、あんま気にすんな相棒」 「いやいいよ…確かに少し引かれても仕方ない気がするし」 「…ごめん」 思わず凄い勢いで後ずさり、柱の影に身を隠してしまったタバサであった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1391.html
「きゅい!そうなの、あの使い魔が死にそうなギーシュ様を治したのね!」 「そう…」 育郎とギーシュの決闘があったその日、魔法学園の上空でタバサが自分の使い魔の竜、 周りには風竜と説明してあるが、実は伝説とまで言われる、人の言葉や先住魔法まで操る風韻竜と呼ばれる種族のシルフィードに、決闘の顛末を聞いていた。 キュルケからほとんど同じ内容の話を聞いていたが、それでも彼女にとって、 最も重要な事が確認できたので無駄にはならなかった。 だがまだまだ確認すべきことはある。簡単に喜ぶわけにはいかない。 「先住魔法?」 「うーん、ちがうと思うの。精霊の力は感じられなかったの」 先住魔法とも違う力…彼女の瞳に小さな希望が宿る。それは彼女のもっとも大切な人間、先住魔法の薬で、心を狂わされてしまった母を治す可能性。 だが簡単に喜ぶわけにはいかない。相手が自分の頼みを簡単に了承するとは限らない。 そもそもその相手は… 「あの使い魔…なにかわかる?」 相手は知識を求める事に余念が無い、自分ですら知らない亜人なのだ。 たぶん亜人なのだ。 知らないけど亜人に違いない。 とにかく、もしかしたら自分の使い魔なら、ひょっとしてあれが何か、知っているかも知れないと期待して聞いてみる。 「知らない、見たことも聞いた事もないのね!」 使い魔の答えに心を重くするタバサ。 「きゅいきゅい!お姉さま、わたし思うの!あれはきっと悪魔なのね!」 その言葉にタバサの体が一瞬ビクリと震えるが、シルフィードは気付かずに続ける。 「ギーシュ様を治したのもきっと油断させる為なの! ミス・ヴァリエールの使い魔をやってるのもたぶんそうなのね! そしてある日、キレイな女の人の魂を食べちゃうの!恐い! そうだ!カワイイからきっとお姉さまも狙われるわ! お姉さまが食べられちゃう!きゅいきゅい!」 ぺしぺしぺし 「きゅい!イタイ!どうして叩くのお姉さま!?」 そんな恐ろしいことを言うからだ。 次の日、彼女は授業を休んで密かに図書館に向かった。 先日の夕食時、あの使い魔は東方の亜人であると、学院長の秘書が言っていたという話を聞いた彼女は、確認のため東方に関する書物を調べに来たのだ。 一応病気という事になっている彼女は、ありったけの書物を借りていく。 中には教師にしか閲覧が許されない、フェニアのライブラリーに収められた書物まで含まれていた。 もちろん、無断である。 「ない…」 自分部屋の中で、大量の本に囲まれたタバサが一人つぶやく。2日徹夜してまで書物を読みふけったが、ルイズの使い魔に該当するような亜人の記述は無かったのだ。 「………」 チラリと部屋の片隅に追いやった2冊の本を見る。 それは念のため、ありえないと思うが、可能性はゼロに限りなく近いが、それでも一応図書館から持ってきた本であった。 シーゲル・ミズキ著『ヨーカイ大図鑑』 カズ・マ・カネコゥ著『万魔殿』 どちらも悪魔や妖精等、伝説とされる存在について詳しく図説された書物である。 意を決して、2冊の本を手に取る。 無論、悪魔や幽霊なんて存在するわけは無いのだが、存在するはずが無いのだが、頼むから存在して欲しく無いのだが、 それでも中には元となる話、生き物等がある可能性があり、 自分が求めるあの使い魔についての、何らかの情報が存在しているかもしれない、そう考えて図書館から持ってきたのであった。 決してあの使い魔が悪魔だなんて思ってないのである。 思ってないんだってば。 例え悪魔であろうとも、自分の母親を救う為ならば、魂の一つや二つドーンと捧げるぐらいの覚悟はある。 まあ、あの使い魔が悪魔なんて、そんな非常識な事があるわけないので、そんな覚悟をする必要は無いのだが。 オバケなんていないのである、オバケなんてウソなのである、寝ぼけた人が見間違えただけなのである。 だけどちょっと、だけどちょっと… 「…………!」 フルフルと首を振って、危険な方向に向かった自分の思考を打ち消し、気を取り直して、 彼女は本を開いた。 ベシッ! テッテッテッテッ フルフルフルフル 「あった…!」 何度か恐ろしい項を見る度に、本をその場に叩きつけ、部屋の隅で震えることを 繰り返した後、タバサはあの使い魔に当てはまる記述を見かけた。 『青白い者』 異教の終末の予言にはこう記されている。 「見よ、青白い者が出てきた。その者の名は『死』と言い、それに黄泉が従っていた」 その力は凄まじく、雷を呼び、手で触れるだけで人々を消滅させたと言われている。 また呼び出した者の願いを叶えるとも伝えられ、その際望むものと同じ価値の宝や魂を要求するという。 なお、彼が願いをかなえるのは、その人間の生涯一度だけである。 「…そんな!?」 思わず声をあげてしまう。彼女の脳裏には、先日食堂でハシバミ草とローストチキンを交換した光景が浮かんでいた。 なんという事だろう…自分の軽はずみな行動で母を救う望みが… なんのかんのいって、結局育郎を悪魔と信じているタバサであった。 族長(タバサ)! 族長(タバサ)! 族長(タバサ)! 族長(タバサ)! 『 知 は 生 命 な り ! 』 タバサの脳内で、そんな愉快な光景が広がっていてもおかしくない様子で、彼女が一冊の本を高々と掲げ上げる。 本にはこう書かれていた。 『実践!ブリミル式悪魔祓い』 見れば周りにも様々なおまじないや、民間信仰の本が積みあげられている。 この時点で徹夜4日目であった。 To be continued…… 18< 戻る
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5360.html
サモンナイト2よりマグナを召喚 ゼロの超律・序「召喚・前」 ゼロの超律・2「召喚・後」 ゼロの超律・3「二つの月」 ゼロの超律・4「夜、明けて」 ゼロの超律・5「ルイズとキュルケ」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1931.html
遂に艦隊出撃し、どこか人が少なくなったような首都トリスタニアをお馴染みのローブで身を包み歩いているのは、ご存知…もとい久しぶりのフーケだ。 「はぁ…わたしもヤキが回ったかね」 そう呟いたのは、今頃部隊を率いてある場所に向かっているある男のせいだ。 フーケ自身は、裏の情報を生かしトリステインの内情を探るという事で別に動いていたが、正直乗り気ではない。 一応の義理はあっても義務は無いし、あの男を嫌悪しているというのが大きいだろうが、それでもやらなければ己の身が危ないのだ。 そろそろ、合流するかとして人通りの少なくなった通りを歩いていると、後ろから肩に手を置かれた。 ロングビル時代の習慣で蹴りが飛びそうになったが、目立つと不味いので耐える。 「悪いけど、わたしはあんたみたいなヤツは知らないよ。向こうへ行きな。蹴り殺すよ」 少なくともこんなヤツに肩に手をおかれる覚えは無い。 適当にあしらったつもりだったが、その手に力が篭る。 杖を引き抜き、追い散らそうかと思ったが、そうする前に相手が声を出したが…フーケの頭の中に絶望ォォォォだねッ!という妙な髪形の男の声が響いた。 「よォーーー会いたかったぜぇ~?フーケェ」 その声がフーケには地獄の門番の声に聞こえた程だ。 恐る恐る後ろを振り向きフードを被った相手の顔を見て、相手がそれを外した瞬間、息が止まる。 胃が痙攣し反吐を吐く一歩手前だ。 だが、それでも反吐の代わりに声を吐き出そうとするが巧くいかない。 「で、で、で、で、ででででで…」 「あ?何だよ」 「出たァーーーー!!」 「ルセーな。人を化物みたいに扱うんじゃねぇ」 やっとの思いで叫びと共に息を吐き出したが、想定外にも程がある。 「な…なんで、こんな所に…あの娘と一緒にアルビオンに……あぐ!」 「こんな所で何叫んでんだてめーは。そういう事は向こうで話しようや……な?」 かなりうろたえていたフーケが大人しくなったが腹が少し凹んでいる。 グレイトフル・デッドで殴ったためだ。 本気で吐きそうなフーケを半分引き摺りながら人気の無い場所へ連れて行く。 さながら事務所の奥に連れて行かれる債権者のようだ。 人は居たが、全員関わる気は無いようで誰も寄ってこない。 都会が寒いのはどこでも同じである。 「ゲホ…!…いきなり何すんだい!」 「あんな場所で騒いだら困るのはオメーだろ?感謝しろよ」 確かにそうだ。未だフーケの首に掛けられた懸賞金は解かれてはいない。 もっとも、殴る必要も無いのだが。 「…そもそも、なんであんたがこんな所に居るのさ」 「使い魔ってのクビになったからな。仕事探してんだよ」 言いながらスデにルーンの消失している左手を見せたが、半信半疑っぽい。 「馬鹿言うんじゃないよ。契約ってのは死なないと解けないんだ。見たところ、死体ってわけでもないし」 「死人か。ま…似たようなもんだろ」 実際の所イタリアでは死亡扱いなので一回死んでいると言ってもいい。 「で、仕事って何さ」 「クロムウェルって奴を殺りに行くんだが…ワルドと組んでたって事は『レコン・キスタ』だよな。アルビオンの道案内しろ」 「…は?」 「いや、アルビオンに行く方法は分からねーわ。行けたとしても地理が分かんねーわで、お前に会えて助かったぜ」 何言ってんの?この人。という目を向けてきているが、無理も無い。 「聞こえなかったか?オメーの組織の頭を暗殺するから案内しろ。って事だ」 「…何言ってるのか分かってるのかい?つまり、あたしは敵って事だよ」 最初こそテンパっていたものの、そこは一級の盗賊。 暗殺という言葉を聞いて顔付きが変わった。 「その態度、聞く耳持たない。…って事か?」 「他を当たりなよ。せいぜい無駄な努力でもするんだね」 まぁ無理も無い。 敵にいきなり協力しろと言ってするやつは居ない。 「仕方ねーな……ああ、言い忘れたが肌の手入れはしといた方がいいぞ。『歳』取ると…シワが出るって言うからよ……」 「わたしはまだ23だよ!シワなんて……ハッ!」 そこまで言うと思い出した。 こいつの…!この男の魔法を越えた能力をッ! (ま…まさか…) 急いで杖を取り出し、錬金で鉄板を作り覗き込んだが本気でヤバイと思った! 「と…歳を取っているッ!」 「じゃあな。『そのまま』元気でやれよ」 半ば唖然とするフーケを後にとっととその場を後にする。 無論、直で適度に老化させただけとはいえ、永久持続するわけではない。 スタンド能力を詳しく知らないからこそ通用する…ハッタリである。 「ま、待ちなよ!話は最後まで…」 やっとこさ我に返ったが、ぶっちゃけもう居ない。 スデにフーケの遥か先を後ろ手を振りながら歩いている。 一分後 「どうした?そんぐらい走っただけで息切れするたぁスタミナ不足だな」 「ハァー…ハァー…待ちな…って言ってるだろ…!」 「おいおい、聞く耳持たないんじゃあねぇのか?」 程よく50手前ぐらいまで老化していたフーケが猛ダッシュでプロシュートを追いかけていたが やはり老化の影響でもうバテて息が上がっている。 広域老化進行中なら死んでもいいぐらいなのだが、そう考えるとまだ運が良い方だろう。 「き、気が変わっただけだよ。案内するよ。アルビオンをね」 職業柄、多少の脅しや尋問などには意にも介さないだろうが この場合は別だ。 キュルケにおばさんと言われてはいるが、まだ23。 言わば『絶好調ッ!誰も僕を止める事はできないッ』的な年齢である。 だからこそ、この老化の能力はキツイ。女性であるならなおさらだ。 『レコン・キスタ』にもそれ程拘っていないのもあるが、あったとしても多分結果は同じだ。 「いやいや、オレとしても無理言ったと思うしな。オメーにも都合があるだろうし、残念だが他を当たるよ」 多少演技掛かっているが、追い込む為の一手だ。 普段のフーケなら通用しないだろうが、ディ・モールトパニくっているので、こうなればトコトン追い込んで利用しやすくすることにした。 まさに外道…いや、まさにギャング! 「……あ……ない……」 「何ィ?聞こえねーなァーーー」 なおも先へ進もうとしたが フーケの呟くような言葉に対し、某六聖拳伝承者のように返す。 女だろうが、敵であるならば手加減無用というだけに一切の容赦は無い。 スト様もビックリだ。 「わ…わたしに、アルビオンを案内させてくださいッ!!」 「そこまで言われちゃあな。しっかり頼むぜ」 逆に向こうから頼んできたところで、あっさりと承諾の意を示す。 テープがあれば録音しておくとこだが、無いので仕方ない。 手のひら返したように態度を変えたプロシュートにハメられた事に今更気付いたフーケだがもう遅い。 強要され渋々承諾したというのなら、途中で反抗する機を窺う気にもなるが ハメられたとはいえ自分から頼み込む形になってしまったのでは、精神的な残り方が違う。 黄金や漆黒と呼ばれるような精神を持っていれば別だろうが、生憎とフーケはそこまでは持っていない。 「こ、この…悪魔が憑いてるんじゃなくて悪魔そのものだよ……」 地面に手と膝をつき、力なく顔を地面に向けているフーケがやっとの思いで言葉を吐き出したが 敵組織を広域老化でまとめて潰した時なぞ、悪魔はもちろん死神だの何だの言われているので今更気にしたりはしない。 当の『悪魔』は淡々と返すだけだ。 「ああ、よく言われる」 猫に弄ばれる鼠と同じだ。 相手の気分しだいでどうにでもなる。 窮鼠猫を噛むと言うように、隙を見て魔法で攻撃ぐらいはできるだろうが 所詮、鼠の攻撃。少しひるむぐらいですぐに追いつかれる。 そうすれば老化という、ある意味死ぬより最悪な能力が待っている。 まして、射程は200メートル程もある。到底逃げ切れるものではない。 完全に何かを諦めたような目でこっちを見てきているが、全く悪いとは思っていない。 一応、殺る、殺られるを体験した仲なので、殺らないだけマシというヤツだ。 「で…案内するのはいいとして、アルビオンへはどうやって行くつもりだい?」 「その辺りも期待してんだがな。どうやってここまで来たんだよ」 「こっちはワルド連れての隠密。行きだけの一方通行だよ」 「あのヤローか…オメー確か盗賊だったよな。裏のルートとかで無いのか?」 「無理だね。あったとしても、これからドンパチやろうって国に好き好んで行くやつが居るもんか」 「あ?オメーの帰りはどうすんだ。大体、何しにきたんだよ」 戦時とはいえ、フーケが出たとなれば追われる事は確実である。 そんな国に目的も無しにやってくるとは思えない。 「ヤボ用だよ。あんたが気にする事じゃないさ」 「まぁいいがな…仕方ねぇ、ジジイに頼むとするか。あんだけ歳食ってりゃ何か知ってんだろ。行くぜフーケ」 あのジジイになら知られても、何とかなるだろうという事からだったが言いながら後ろを振り向くと、見た瞬間速攻でフーケの肩を掴んだ。 「おい、テメー…言った傍から何逃げようとしてんだ」 「い、いや…あの学院に行くのはちょっとね」 あの場所で一犯罪やらかしたのだから、行きたくないのは当然だが少しばかり様子が妙だ。 「…何か妙だな。何かあんな?おい」 「あー…いや」 ハッキリ言わないので、顔を近付け尋問する。 正直距離が近いが、ペッシ的対応である。 「……メンヌヴィルって聞いたことないかい?」 「知らねーな。誰だよ」 「白炎のメンヌヴィル。伝説とまで言われてる傭兵で戦場とは言え楽しみながら人を焼き殺すような外道さ。そうさね、あんたがあの森の中でわたしの腕を掴んだ時のような目をしてたよ」 そうは言ったがフーケ自身はメンヴィルとプロシュートが似ているっちゃあ似ているが、全く同じだとは思っていない。 メンヌヴィルというのは、人を笑いながら殺せるようなヤツと見たが、プロシュートはそうではないと見ている。 必要があれば老若男女区別なく殺るという点では違い無いだろうが、少なくとも楽しんだりはしていない。 もっとも、『ブッ殺す』と心の中で思った時点で足元に死体が転がっているような男とどっちがマシと言われれば迷うとこだが。 「あいつは、こっちに来る前に、オーク鬼を20匹焼いたんだ。 楽しそうに話してくれたよ、人が好きだから焼く。その焼ける匂いが興奮させるんだと。わたしとした事が背筋が寒くなったよ…あれは」 「で?そのメンヌヴィルがどうした」 「……あー、もう仕方ない、言ってやるよ。 …今、学院を襲ってるのがメンヌヴィルの部隊なんだ。人質にするつもりさ」 そう聞いたが、中々良い手だと思う。 戦争なんだから、何でもアリだ。卑怯もクソも無い。やられた方が悪いという価値観だけに、全く敵対心というものが沸いてこない。 「そうか。ならすぐに人が死ぬ心配はねーな。行くぜ、おい」 「…やめときなよ。助けに行くつもりなんだろうけど」 「誰が助けに行くなんざつったよ。アルビオンに行く為にジジイの手を借りたいが敵が居るから排除する。シンプルで良いじゃあねーか」 「行きたいなら一人で行っとくれ。わたしは死ぬ気は無…」 踵を返そうとしたフーケだが、何かにガッシリと掴まれて動けないでいる。 プロシュートの両手は空いているし、周りに人は居ない。 「そうか、なら選ばせてやるよ。オレと学院に乗り込むか…ここで老化するかだ。オレはどっちでもいいぜ?」 「…ッ!」 選択とあるが、行くも地獄、退くも地獄というやつだ。 ベネ(良し)という選択肢は一切存在しない。 「こ…このドSめ…」 ドSと言ったが、ギャングであるからには自然とそうなるものである。 ブチャラティでさえ、必要があればジッパーを使い尋問をしている。 フーケがカタギであれば別にこうもしないが、メイジであり、敵であるからには容赦はしない。 第一、存在を知られたからには、余計な事を…特にワルドあたりに知られたらやりにくくなる。 一段落付くまで手放す気は全く無い。 「分かったよ!行けばいいんだろ!行けば!」 半ばヤケクソだが、まだ学院に乗り込むほうが先があると判断したようだ。 「心配すんな。白炎って事は火だろ?なら一瞬でカタが付く。オメーの出番はねーよ」 無論、巻き込むだろうが仕方の無い犠牲というやつだ。 巻き込むとは言っても馬鹿みたいに火を放っていなければ、解除すれば十分助かる。 敵が死ななくても、倒れている間に杖をヘシ折るか殺ってしまえば何も問題無い。 (火だと都合がいい…どういう事だ?あの宿の時、偏在はともかく一緒に居たタバサって娘は老化してなかったね。確か二つ名が…) 「雪風…か。そうか、あんたの妙な力は温度で変わるんだ。周りの温度が低ければ効かない。そうだろ?」 「50点ってとこだな。だが、流石だな。名うての盗賊ってだけあった中々の洞察力だよ」 「ま、まだ何かあるのかい…」 「何、そんな大した違いじゃねーよ。周りの温度じゃあなくて、体温ってとこだがな」 「どう違うんだよ」 「体温だからな、氷かなんかで冷やせばそれでいい。ま…動き回っちまえば関係なくなるが」 「…そんな弱点話していいのかい?情報持ってクロムウェルのとこに駆け込むかもしれないよ」 「困るのはオレだしな。オメーを巻き込んで足手まといになられる方が厄介だ。それにだ…」 「へぇ、言ってくれるね」 手の内をある程度晒した事に多少安堵し、メンヌヴィルと組むよりは良いかと思ってきたフーケだったが…甘かった。 フーケの肩をガッシリとグレイトフル・デッドで掴み、スゴ味と冷静さと殺意が混じった声で言い放つ。 「裏切ろうとしたら直を叩き込めばいいだけだからよォ。直触りは…関係無いんだぜ…?」 「あ…あ…」 なおも続けるが、フーケは聞いちゃいない。 「オレに直を使わせないようにしてくれる事を期待してんぜ。えぇ?おい」 そう言ってグレイトフル・デッドの手の力を強めた瞬間、人気の無い裏路地に若い女の叫びが響た。 プロシュート兄貴&フーケ ― チーム『はぐれ犯罪者コンビ』ほぼ一方的に結成 戻る< 目次 続く