約 1,871,389 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1332.html
「・・・・・・ふぅ」 夕焼けの赤が夜の闇に侵食されている時間帯。 シエスタは纏めた荷物を宛がわれた部屋の床に、ドサリと置いた。 「・・・・・・まったく、運が無いですね・・・・・・私も」 モット伯。 平民の娘を雇い入れては、食い散らかしていると言う黒い噂を持つ、 学院に近い土地に領地を持つ一流貴族だが、シエスタは前々から彼に目を付けられていた。 方々に手を回して、自分に対しての興味を逸らそうとしたが、今日、とうとう、モット伯の所で働くと言う事で話がついてしまった。 「貴族の方に毎夜、身体を求められる生活なんて・・・・・・平穏じゃないです」 不満げに呟くシエスタは、整理整頓されている荷物から、一つのバスケットを取り出す。 そこそこの大きさのバスケットを開くと中には、何かを包んだ薬包紙が大量に入っている。 薬包紙の一つに一つに、シエスタしか意味の分からないように組み合わせた文字で名前が書いてあり、 どう見ても一介のメイドが持つべき物で無い事が見て取れる。 「ここから才人さんの所へ戻るのは、ちょっと大変そうですけど・・・・・・仕方ないです」 なるべく早く戻りたい所であるが、急いでは事を仕損じる可能性がある。 しかし、だからと言って、ゆっくりしていたら自分の貞操が、あんな手の汚い貴族に奪われてしまう。 「それだけは嫌ですね」 初めては好きな人と決めているシエスタは、即効性と隠匿率の高い薬を手に取り、なんとかしてこれを飲ませる方法を模索し始めるのだった。 「くそっ! 頼む! もっと早く走ってくれよ!」 焦れたような才人の声に、彼を乗せて走っている馬は嘶きを上げて答えるが、今ひとつ速度が遅い。 「その馬、今日は街まで行って帰ったきた奴だから、疲れているのよ」 それに私も乗ってるしね、と才人の腰に捕まり、馬に乗っているルイズが喋るが、才人の耳に届く事は無い。 「頼む、頼む、頼む! 間に合ってくれ! お願いだ!」 必死なのも無理は無い。 マルトーからシエスタが、モット伯と言うルイズが言っていた貴族の下へ奉公に言ったと聞いて、ルイズの部屋へ戻った才人は、彼女に、モット伯がどんな人間なのかを聞いたのだ。 曰く、その者の屋敷へ行ったら、少女は貞操を奪われるだろう。 曰く、世話をするのは昼だけでなく、夜のベッドの上でも世話をしなければならない。 曰く、嬲るだけ嬲って飽きたら、そのまま金だけ握らせ路上に捨てられる。 主に少女に対する、様々な黒い噂・・・・・・と言うよりは、事実を告げられた才人は、真っ青な顔で部屋を飛び出した。 自分の恩人の、貞操の危機に才人は、この世界に来てから初めて本気で焦っていた。 使用人のそんな様子に、部屋に残ったルイズは、どうやらモット伯絡みで何かあったのだろうと推測し、才人の後を追うのであった。 そして、現在に至る。 すでに夜も大分更けてきた中、もうに床に入り、一戦始めている恋人達も居るだろう。 もしも、モット伯が、そんな連中のように床に入って準備をして、シエスタを待ち構えているのならば・・・・・・・・・・・・ 才人は、自分の頭に浮かぶ悪い考えを、首を振って否定し、ただ、早く屋敷に着けるように馬を走らすだけしか出来なかった。 一方、ルイズも才人程では無いにしても焦っていた。 モット伯の行為は、女として何よりも許せない行為であるし、何より誇り高いトリステインの貴族がすることでは無い。 そんな者が平然とした顔でのさばり、あまつさえ犠牲者を増やそうとしている事実が、ルイズの堪忍袋の尾に直撃していた。 才人の知り合いのメイドとやらが手篭めにされている現場に、もしくは事の終わった後とかに踏み込んだとしたら、間違いなく後の事を考えず、モット伯を文字通りこの世から消してしまうだろう。 勿論、そんな事をやって一番困るのはルイズであるが、困ると分かっていても、その事態に陥ったとしたら、確実にプッツンいくだろうし、ルイズ自身、それを止める事は出来ない。 故に、そのような困った事態にならないように、シエスタとか言うメイドが犠牲になる前に着いてくれるよう、ルイズは、疲れてへばっている馬の尻を、自前の鞭で酷く叩くのであった。 理由違えど、焦る才人とルイズの間で、買われてから一度も抜かれていない剣は、尻を叩かれて暴れる馬の揺れに合わせて、寂しそうにその身を揺らしていた。 「次はこの料理をお願いします」 「は~い、今行きます」 「ワインの数が少し足りないみたいだから、誰か倉庫に行ってとってきてくれない?」 「あっ、私、行きます」 厨房に飛び交う少女達の声に雑じり、聞く者に安堵の感情を抱かせる少女の声が響く。 シエスタがこの屋敷に来て最初の仕事となる厨房の手伝いに来て、まず始めに驚いた事は、厨房で料理している人が全て女性・・・・・・しかも、皆、年若い、少女と言っても差し支えない者達だったことだ。 組んだ人の話では、ここの雑用は料理から力仕事まで全て女性が行っており、男性は護衛の為のメイジと衛兵だけらしい。 ほんと、良い趣味してるわよね、と憎々しげに呟く女性の雰囲気から、恐らく全てのメイドがモット伯の夜のお世話をしているのだろう。 なんとなく、メイド達の活気が無いのも無理はないなぁと、シエスタと一人頷いた。 ともあれ、食事と言うのは口から摂取し、尚且つ料理の味で薬の苦味なども誤魔化しやすい。 幸いにして、シエスタと組んだもう一人のメイドは、愚痴を溢しながら自分の仕事に集中しており、何をしようが気付かれる事は無い。 適当に相槌を打ちながら、シエスタは薬包紙の中身を少しずつ、モット伯の料理へと混ぜていく。 シエスタが、何故このような薬を、大量を持っているのか。 それは、彼女の曽祖父が残した手記によるものだ。 東の地から来たとシエスタが聞いている曽祖父は、博識であり、 彼が暇な時に戯れに残した手記には、様々な豆知識にも似た生活の知恵が記されていた。 他人から嫉まれず、馬鹿にされないように生活していたシエスタは、曽祖父の残した手記を読むのが何よりの楽しみとなっていた。 手記の中には、自分がこれまで知らなかった事や、当たり前のように思っていた事の真実など、幼いシエスタの好奇心を満たす様々な事柄が書いてあった。 手の大きさで対象との距離を測る方法。 卵を片手で一気に三つ割る方法。 そして・・・・・・一つの言葉。 何故、曽祖父がその言葉を手記に記していたのかは、今となっては分からない。 ただ、曽祖父の手記に一貫して書いてあるその言葉は、 シエスタにとって、金銀細工の装飾品より、彼女の心を掴んで放さなかった。 ―――私は、ただ植物のように平穏に生きたかっただけだ――― 平穏に生きる。 言葉にすると単純だが、実際問題実践するとなると、案外大変なものだ。 それも、平民のような貴族のさじ加減一つで、死ぬような者は特にだ。 シエスタは、薄々気付いていた。 手記に記されている、この言葉を実行するには、何者の干渉を吹き飛ばす『力』が必要になると。 故に、彼女は『力』を準備していた。 非力で魔法も使えない自分の『力』 子供の頃から野山に入り、茸や薬草に関しての知識を高めていったシエスタは、その『力』の在り処を薬に求めた。 それが、この薬の山だ。 だが、準備をしていたこの薬の山も、今までは、まったくと言っていい程、役には立たなかった。 それもこれも、彼女には『立ち向かう意思』と言うものが、根本から欠落していた為だ。 平民にとって、一種の洗脳とも言える貴族へと畏怖は、平穏に生きると言う目標を持っているはずのシエスタからも、貴族に対する反抗心を奪っていた。 例え、薬の効力が100%だろうと、貴族ならばどうにかしてしまうのでは無いか? そんな疑念がシエスタの心にはあった――――――この間までは。 そう、平賀才人と言う少年が、ギーシュと言う学生だが、れっきとした貴族を倒してしまった時から、シエスタの心から、疑念も畏怖も消え去らしてしまった。 簡単な話だ。 自分と同じ身分の者が、貴族を倒した。 その事実がシエスタに、欠落していた『立ち向かう意思』を作り上げ、貴族が畏怖の対象では無い事を教えてしまったのだ。 こうなると、もはや彼女に怖いものは無い。 自信が付いたと言えば聞こえが良いが、簡潔に言えば、シエスタは調子に乗っていた。 普通の人間ならば、調子に乗った所で、貴族に対してのどうしようもないパワーバランスに、やがては気付くだろうが、シエスタの場合は、その限りでは無い。 何故なら、彼女は用意していた『力』があり、性質が悪い事に、その『力』は半端な貴族には太刀打ちできない程に強力であったからだ。 「どうぞ、メインディッシュでございます」 ソテーされた牛肉に濃厚なソースが絡められている料理をモット伯の目の前に出したシエスタは、テーブルに腰掛けている他の貴族を見渡した。 どれもこれも、下駄な笑みを浮かべて自分の事を――――――より正確に言うなら自分の体を見ている。 明らかに好色が見受けられるその目に、シエスタは吐き気をするのを堪えて、さっさと厨房へと引き返す。 彼女の耳には、聞く事すらおぞましい会話が流れてくる。 「ほぅ、あれが今日入った娘ですか。 なるほど、気立てのよさそうな娘ですなぁ」 「発育も中々で、これは味見のし甲斐があるのでは?」 「はて、味見とは何の事かな、私には何の事かさっぱりなのだが」 「これは失礼、伯爵。失言でしたな」 ガハハ、と耳に残る笑いにシエスタは無表情で口元を押さえる。 ふと、押さえている手に目がつく。 (嫌だ・・・・・・もう爪がこんなに・・・・・・) こまめに切っているはずのシエスタの爪は、何故か今日に限って異様に長くなっている。 伸びすぎた爪は、まるで獲物探して回る猛禽類の鉤爪のように、鈍い光を燈していた。 ルイズと才人がモット伯の屋敷へと着いたのは、彼らが食事を終え、酒を片手に談笑をしている最中であった。 途中、『疲労』のDISCを抜けば良い事に気がついたルイズが、馬の頭からDISCを抜き、凄まじい勢いになったので、予定よりも遥かに早く着く事が出来た。 その所為で、乗ってきた馬が(疲労を忘れさせていただけで、無くした訳では無いので)潰してしまったが、彼女にとってそれは些細過ぎる問題であった。 門番に、ヴァリエールの名を出し急ぎモット伯へ取り次ぐように言うと、彼女達は応接間へと通され、そこで待つように告げられた。 待つ事、十数分・・・・・・・・・・・・奇抜な衣装に身を包むモット伯と衛兵二人がルイズと才人の前に現れた。 「これはこれは、夜分遅くに一体何の用ですかな?」 もったいぶったようにゆっくりとした喋り方で、訪問の理由を問い掛けるモット伯にルイズは、フンッ、と鼻を鳴らすと手早く目的を告げる。 「今日、引き取ったメイドが居るでしょう」 「んっ? ・・・・・・あぁ、あの娘ですか。 確かに、居りますが・・・・・・何か御用でも?」 「あんたの犠牲者をこれ以上増やすのは、女として、貴族として許せたものじゃない。 だから、そいつは私が引き取るわ」 ルイズの発言に、モット伯は驚きのあまり目を丸くしてルイズを見ていたが、やがて、くすくすと忍び笑いをし始めた。 眉を顰めるルイズに、いやいや失礼と言いながらモット伯は口を動かす。 「はて、犠牲者とは一体何の事でしょうか? 私には皆目検討もつきませんが」 とぼけるモット伯の様子に思わず、プッツンしそうになったルイズであるが、彼女よりも辛抱ならない人物が、今、この場に居た。 「とぼけるな!! シエスタは何処だ!? 何処に居る!?」 自分自身驚く程の剣幕で、才人はモット伯に詰め寄るが、近づく前に衛兵の槍がその行く手を遮る。 「威勢が良いのは褒め所だが・・・・・・見た所、君は平民のようだな。 下がりたまえ。貴族相手にその態度・・・・・・命が幾つあっても足りないぞ?」 「うるせー!! 貴族貴族、そんなに貴族が偉いのかよ!! シエスタを返せ!!」 貴族が偉いのかよ、の件でルイズの眉が動いたが、まぁ、使用人の教育は後ですれば良いと、とりあえずルイズはその発言をスルーしたが、モット伯は違った。 彼も一応はトリステイン貴族。傲慢と自尊心の塊である彼は、貴族全般に言える事だが、侮辱に対して敏感である。 「・・・・・・貴族に対して、私に対して、その態度、気にいらんな」 「そりゃ良かった。立場を利用して女を嬲る奴に気に入られたら、鳥肌が出ちまう」 ルイズは思った。 もしかして、この使用人。人を怒らす事に関しては、かなりの腕を持っているのでは無いのか、と。 事実、モット伯は、明らかに怒りを抑えている表情をしている。 公爵家の娘である自分が連れてきた平民で無ければ、今すぐに八つ裂きにしているだろう。 「サイト、少し落ち着きなさい」 「俺は十分、落ち着いて――――――」 「いいから! 少し黙ってなさい!!」 幾ら挑発をして貰っても構わないが、戦闘になるのはマズい。 自分の怪我は、まだ完全に治っていない。 それはつまり、ホワイトスネイクもまた普段通りの性能を出せないと言う事だ。 これが、どうしようもないドットやラインクラスの連中ならば歯牙にも掛けない事なのだが、相手は、あの娘と同じトライアングルのメイジ。 なるべく戦闘は避けなければならない。 「君の所の平民は、どうも躾がなっていないようだね」 憮然とした顔で告げるモット伯に、ルイズは、えぇと頷きながら、一歩前へと進んだ。 ホワイトスネイクは、今は消えている。 あの奇妙な格好は見る者の警戒心を煽り、今からルイズがすることの邪魔になると考えたからだ。 「躾が出来ていないと言うのは同意しますが・・・・・・」 言いながらルイズは、モット伯へと近づいていく。 10メイル 「立場を利用して女を嬲る・・・・・・の件は、私も同意するところですね」 ゆっくりと、しかし確実に歩を進めるルイズ。 8メイル 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」 険悪な表情で、自分の耳に入った言葉を聞き返す、モット伯。 6メイル 「ですから、自分が貴族であることを利用して女性を言いなりにするなんて 誇り高いトリステインの貴族がすることではございませんね」 くすり、と蔑みの笑みを溢す。 4メイル 衛兵の槍がそこから進むのを拒む。 どうやら、ここまでが限界のようであったが、もう十分に近づいた。 「なんという謂れ無い侮辱だ!! 幾ら公爵家の娘であろうが、これ以上の横暴は命を縮める事となるぞ!!」 「命を縮める? 縮めてるのは・・・・・・あんたの方でしょう!!」 瞬間、ホワイトスネイクが槍衾を越え、モット伯の眼前へ出現し、その魔手を振り上げ一気に振り下ろす。 誰も彼も、あまりにも突然過ぎる闖入者に反応できず、結果、ホワイトスネイクの手はモット伯の顔面に喰らいついた。 「サイト!!」 才人は、ルイズの一声に呆気に取られていた顔を切り替え、背中の剣を振り抜く。 間合いには、すでに入っている。 「キタキタキター!! やっと抜いてくれたな、相棒!!」 「あぁ、抜いたからには役に立てよ!!」 振り抜いた勢いのままの袈裟懸けで、槍を打ちつける。 槍越しに伝わってくる衝撃に堪らず手を放して、武器が無くなった衛兵にデルフを突きつけ 「まだやるか?」 戦闘の継続を確認する才人に、彼らは両手を挙げ降参のポーズを取った。 元より、はした金で雇われた連中だ。自分の命を危機に晒して戦う忠誠など無いに等しい。 「よくやったわ、とりあえず、そのままそいつらを見張っておいて」 手早く衛兵を無力化した才人に褒め言葉を口にし、ルイズはモット伯の頭に手を突っ込んでいるホワイトスネイクの隣に立つ。 「どう?」 「反吐ガ出ルトハ、コノ男ノ為ニアル、ト君ハ言ウダロウナ」 何時も通りの感情の揺れがまったく感じられない声を発しながら、 ホワイトスネイクはモット伯の頭から一枚のDISCをルイズへと差し出した。 「視テミルカ? 中々ニ刺激的ダト思ウガ」 差し出されたDISCを頭部へ挿しこむと同時に、モット伯の『記憶』がルイズへと流れ込んでいく。 泣き叫ぶ少女。 笑う男の声。 血に塗れたシーツ。 虚ろな目から零れる涙。 助けを求め、動く口。 あまりのおぞましさに、ルイズは乱暴にDISCを抜き取った。 「何よ、これ・・・・・・何なのよ、これ!!」 どうしてこんなに惨い事が出来るのか。 例え、平民の娘だとしても、このような扱いをして良いはずが無い。 湧き上がる不快感と嫌悪感から、ルイズは『記憶』DISCを抜かれ呆然としているモット伯を思いっきり、蹴っ飛ばした。 『記憶』DISCを抜かれた者は軽度の者ならば、自分が何者であるかを見失う程度であるが、今のモット伯のように全ての『記憶』を抜かれた者は、まさに生まれたばかりの人間のようになり、自分がどのように寝て、どのように起きて、どのように食べて、どのように生活していたかを全て忘れる。 つまり、今の彼のように心神喪失状態になり、何も考えられないようになるのだ。 だが、生温い。 あれだけの事をしていたと言うのに、たかだか生きる屍と化しただけでは生温い。 ルイズの考えを察したのか、ホワイトスネイクは、もう一枚、『記憶』では無く才能のDISCを抜き取ると、全力でモット伯の股間を蹴り上げた。 プチリ、と男性が聞くと発狂しそうな音が周囲に響く。 才人も、衛兵も、咄嗟に自分の切ない部分を押さえて、痛みを堪えるように顔を顰める。 それだけの事をやったのは確かなのだろうが、それでも憐れだと感じてしまうのは、同じ男性としての性だろうか。 どさり、と倒れこむモット伯の頭にルイズは『記憶』DISCを戻す。 「アグウワァァァァァァァァァ!!!!」 意識が戻ったモット伯は獣のような雄叫びを上げ、両手で股間を押さえ込む。 「無能ならぬ不能なんて、貴方らしい末路ね」 小馬鹿にしたかのように、フンッ、と鼻を鳴らし、今度は衛兵へと向きを変える。 凍りつく衛兵だったが、次の瞬間に始まった、醜い命乞いならぬ、息子乞いにうんざりとした顔でルイズはホワイトスネイクに命じる。 軽く頷いたホワイトスネイクは、DISCを二枚取り出し、それぞれの衛兵の頭に挿しこむ。 それっきり、彼らの口が開く事は無かった。 それどころか、彼らは無言で叫び声を上げるモット伯を抱え、応接室を出て行ってしまったのである。 「何したんだよ」 暫く呆気に取られていた才人であったが、明らかに挙動がおかしくなった衛兵の事を問い詰めるとルイズは、ふふん、と自慢げに口元を吊り上げる 「・・・・・・男として機能しなくなったんだから、今度は女として教育してあげるように『命令』しただけよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うげぇ」 めくるめく官能的な男色を思い浮かべてしまい、思わず喉から胃液が出そうになる。 ホワイトスネイクが命令したのなら、容赦など欠片も存在しないだろう。 となると、良くて朝まで、下手をすると丸一日、掘られる事態に陥るに決まっている。 「自分が行った行為が、どれだけ苦痛な事か・・・・・・身を持って知りなさい」 ルイズにしてみたら殺されるより酷い仕打ちをしているつもりなのだが、実問題、不能にされた挙句にカマを掘られるのが、死ぬ事より辛いかは才人には分からなかった。 付け加えるなら、分かりたくも無い。 「さてと、さっさとメイドを連れて帰るわよ」 「良いのかよ、勝手に連れていって」 「良いのよ。向こうが難癖付けてくる頃には、私の怪我も治ってるから」 怪我が治ったのなら、別に騒動でも何でもござれだ。 まぁ、魔法の才能を奪われたと言うのに、その事を表立たせるような動きを、あの能無しが見せるはずも無いと思うが。 「ともかく、私が良いと言ったら良いのよ。ほら、分かったら、早くメイドの所に行って帰れるって事を知らせてあげなさい。きっと泣いて喜ぶわよ」 急かすルイズの言葉に、才人は今頃不安な気持ちで一杯であろうシエスタの事を思い出し、応接室から飛び出していく。 その後姿にルイズは、 「・・・・・・ご主人様に感謝の言葉ぐらい吐いてから行きなさいよ」 誰一人、自分とホワイトスネイク以外居なくなった応接室で、不満げにそう呟いた。 唐突に屋敷に響き渡った悲鳴に、爪きりをしていたシエスタは、薬が効く時間にしては少し早い事に首を傾げた。 (おかしいですね・・・・・・もう少し後に効能が出るはずなんですけど) おまけに、こんな叫び声をあげるなんて、予定には無い。 混ぜる分量でも間違えたか? いや、それは無い。 分量も確認したし、混ぜた料理を全て平らげたのも確認している。 どこにも、不手際など無く、完璧のはずだ。 しかし、そうなると、この叫び声は一体? 疑問と不安が織り交ざったような、言い知らぬ焦燥感に顔色が変わっていく。 「違う・・・・・・分量も完璧・・・・・・確認もした・・・・・・私は失敗なんてしていない。 だから、この悲鳴は私とは無関係・・・・・・」 呟きながら、シエスタは爪を噛んでいた。 ガリガリと、強く血が出る程に。 「・・・・・・タ・・・・・・ど・・・・・・・・・・・・シ・・・・・・」 ふと、耳に届く声に、シエスタは爪を噛むのを止めた。 聞き覚えのある声が、どたどたと足音を伴わせて、この部屋に近づいている。 シエスタは、その声の主が誰なのかに気がつくと、半ば呆然として立ち尽くしてしまった。 それは、ここに居るはずの無い、愛しい人の声。 忘れたくとも忘れられない、蠱惑的な手を持っている、自分に『立ち向かう意思』を教えてくれた人。 「シエスタ!」 「サイトさん!」 扉を凄まじい勢いで開き、聞き慣れた声と見慣れた姿で現れた少年に、シエスタは思わず抱きついてしまった。 先程の焦燥が嘘のように無くなっていくのが、シエスタにはまざまざと感じられた。 顔を見るだけで、声を聞くだけで、心の平穏が保たれる。 そんな心の拠り所が、目の前の少年である事を、シエスタは再認識することとなった。 「遅い」 屋敷の外に出た才人とシエスタに、ルイズが投げ掛けた言葉は、時間に対する文句であった。 「無茶言うな。シエスタの事を探すのにも時間が掛かったり、見つけてからも、二人で必要な荷物を見繕ったりとか、大変だったんだぞ」 「ふ~ん」 才人の反論に不承不承ながら、ルイズは納得した。 シエスタが、今持っている荷物は、手提げのバスケットと旅行カバンが一つ。 あれだけの時間で、それだけ荷物を纏めてきたのなら、むしろ褒めるべきが正しい形である。 「ところで・・・・・・どうやって帰るんだよ。 乗ってきた馬は、へばってもう走れないんだろ?」 「それなら大丈夫よ・・・・・・ここにも馬は居るから、それを借り――――――る必要は無さそうね」 何処と無く、緊張したような声色で告げるルイズの横で、ホワイトスネイクが何時も無表情であるはずの顔に憤怒を張り付かせ、空を見上げていた。 それに釣られて、才人とシエスタも空を見上げる。 二つの月が輝く空には、全長が6メイルもある竜がゆっくりと羽ばたきながら、ルイズ達へと下降していた。 地面へと降り立つ最中、竜の背中から少女の顔が覗く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙のまま見つめあう二人に、薄ら寒いものを感じた才人は、一歩どころか、五歩程度ルイズから遠退く。 「何の用?」 竜が完全に地面へと降り立つと同時に、地面へと降りた少女へ、油断無く問うルイズに、 少女は、自分の背より大きな杖を地面へと落とす。 「話がある」 杖を落とすと言う事は、メイジにとって戦う手段を放棄すると言う事だ。 動物で言うならば、腹を見せ、降伏を誓う動作に等しい行為に、ルイズは少女の、話があると言う言葉の重さを悟る。 「話なら後で聞くから、今は学院に送ってくれる?」 地面に落ちた杖を拾い、訊ねるルイズに、少女は頷き自らの使い魔へと言葉を掛ける。 主の言葉に従い、その身を伏せた竜の背に乗るルイズに続き、才人とシエスタは少女へと軽くお辞儀をしながら、竜の背中へと乗り込む。 最後に少女が竜の首の部分に乗り、手でトントンと頭を軽く叩くと、竜はキュイキュイと鳴きながら、大空へと羽ばたくのだった。 初めて竜に乗ったシエスタは、馬では味わえない感触に興奮しながら、モット伯の屋敷の方を見る。 「サイトさんが来るのなら、お薬使うんじゃなかったなぁ」 あれも、結構高かったのに、と惜しむように呟く言葉は、風の音に紛れ、虚空へと消え去るのだった。 ベッドの上に寝かされているモット伯は、屈辱と怒りでごちゃまぜになりながら、下半身から絶えず発せられる痛みに悶えていた。 自分の事を運んできた衛兵達は、今は部屋の外で声を張り上げている。 聞こえてくる内容は、不手際から怪我をしたモット伯、即ち自分が、自らの魔法で治療している為、誰も彼もこの部屋に入っていけないと言うものだった。 最初、何を言っているのか分からなかったが、次第に状況が読めてくると、いますぐに違うと叫びたかったが、先程まで叫び声をあげていた喉は枯れ果てており、もはや単音すら満足に発音できない。 部屋の外に出ようとしても、今の自分は動くだけで激痛を伴い、立ち上がる事さえ儘ならない やがて、部屋の外に集まっていた気配が、次々と消失していく。 恐らく、衛兵の説明に納得して部屋の前に集まっていた人々が散っていったのだろう。 完全に人の気配が消え失せると、二人組みの衛兵が、部屋の扉を開け、モット伯が寝ているベッドの近くまでやってきた。 二人は、まるで死人のように虚ろな表情で、自らの服を脱いでいく。 (なんだ! こいつら、一体何をするつもりなんだ!?) 脳で理解はしているが、本能はそれを認める事を拒絶するモット伯であったが、二人がベッドの上に這い上がってくると、流石に認めるしかなかった。 (私の・・・・・・私のそばに近寄るなああ――――――ッ!!!!) あまりのおぞましさに喉が張り裂けんばかりばかりに叫ぶが、やはり、声は出ない。 最後の最後まで、手で掴まれ、服を無理矢理剥ぎ取られても、モット伯は叫ぶ努力をしたが、結局、それは実る事が無かった。 結局、彼は30分間、シエスタ特製のお薬によって心臓が停止するまで、自分がしてきた行為を味わう事となったのであった。 第七話 戻る 第九話
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5902.html
前ページゼロと波動 ゼロと波動 BONUS STAGE① 「あのときは助けてくれてありがとね」 シエスタの注いでくれたワインでほろ酔いになったルイズは、普段なら言えないことが言えるようになっていた。 ”土くれのフーケ”に襲われたとき、飛んできた大木からルイズを助けてくれたのは、今隣でワインを注いでくれているシエスタだった。 彼女はリュウに勝るとも劣らない、信じがたいほどの腕力を発揮してルイズに直撃するはずだった10メイルにも及ぶ大木を受け止めてくれたのだ。 それ以来シエスタはルイズが心を許す数少ない人物のうちの一人になっていた。 「いえ、とんでもないです。わたし、ちょっと人より力が強いみたいで・・・ 力の強い女の子なんていやだなと思ってたんですけど、ミス・ヴァリエールのお役に立てたし、 そのおかげでミス・ヴァリエールには仲良くしてもらえるようになりましたし、今では良かったと思ってます」 はにかんだ笑みを見せるシエスタ。 ――いやいやいや、アンタの怪力はちょっとどころの騒ぎじゃないから―― 思わず口にしそうになるが、かろうじて自重する。 命の恩人であるシエスタを傷つけない程度の常識はルイズにもあった。 「それにしても、なんであんな場所にいたの?」 使用人であるシエスタは朝が早い。にもかかわらずあんな真夜中に外にいたことが不思議だった。 「あれ?ミス・ヴァリエールは気づいてらっしゃらなかったんですね」 シエスタが恥ずかしそうに続ける。 「わたし、毎晩建物の陰からリュウさんの『カタ』を見様見真似で練習してたんですよ。 そしたら突然大きな音がして、皆さんが走っていっちゃうんで、こっそり後をつけてたんです。 そしたらミス・ヴァリエール目掛けて木が飛んできてたんで、無我夢中で止めたんです」 「そうだったんだ・・・っていうか、なんで隠れて練習なんてしてたの?わたしたちと一緒に練習すればいいじゃない」 ルイズが疑問に思う。 「だって、女の子が”ブドー”だなんて恥ずかしいじゃないですか」 シエスタがもじもじしながら言う。 ルイズはさらに不思議に思った。 「ねえシエスタ、あんた、なんか”ブドー”について詳しそうね?なんでリュウのいた国にしかない”ブドー”に詳しいの?」 もしや自分の知らないところでリュウとなにかあったんじゃないのかこのおっぱいメイドめ!とシエスタにジト目を向ける。 「わたし、始めてリュウさんが”ブドー”してるのを見たとき、驚いたんです。だって、わたしのおじいちゃんも”ブドー”してたんですもの」 死んだ祖父を思い出したのだろう、寂しそうな笑顔を見せるシエスタは話始めた。 ある日、突如としてタルブの村に現れ、そのまま居座った筋骨隆々な壮年の男。 はじめ、怪しげなこの男を家に泊めてやる親切な村人は一人もいなかった。 男は気にすることもなく村のすぐ傍に野宿すると、毎日毎日『カタ』と『メイソウ』を続けた。 村人も始めの頃は気味悪がっていたが、やがて変わり者ではあるが害はないと判断すると徐々に男に警戒心を抱かなくなった。 いつ頃からか、村人は男に食べ物を分けてやるようになった。 食べ物を分けてやると男は深く感謝し、率先して村の仕事を手伝ってくれた。 男は村人のどんな頼みでも聞いた。 子守から畑仕事、なんでもやった。 男は10人がかりでもびくともしないような岩をあっさりと運んだし、野盗の一団が現れたときも簡単に追い払った。 いつしか、村人が協力して村の中に一軒の家を建てた。 男のために建てた家だった。 男は深く頭を下げ、村の中で生活するようになった。 男は村の中で生活するようになっても、毎日暇さえ見つけては『カタ』と『メイソウ』を続けていた。 あるとき、村人の一人がいつもやってるそれは何だと尋ねた。 男は”ブドー”だと答えた。 また別の村人は男が強いのは何故かと訊いた。 男は自分が強いかどうかは知らないが、もしそうだとしたら”ブドー”のおかげだと答えた。 だが村人は同じ動作をただひたすら繰り返す『カタ』という踊りと、ただ座って目を瞑るだけの『メイソウ』で本当に強くなれるのか信じられなかった。 あるとき、村を十数匹にも及ぶオーク鬼の集団が襲った。 こんな小さな村など、1匹のオーク鬼にでも潰されてしまいかねない。 村人は村が全滅することを覚悟しながらも、女子供を家の中に押し込み、若い衆は皆、手に鍬や鍬を持って迎え撃とうと玉砕する覚悟をした。 そんな村人たちとオーク鬼の間に、男が立ちはだかった。 男が静かに睨み付けると、オーク鬼の集団は恐慌状態に陥った。 やがて、男に向かって突撃してくる十数匹のオーク鬼。 男はそれを素手で迎え撃った。 闘う男の姿はまるで舞いを舞っているようだった。 それはいつも繰り返していた『カタ』という踊りと寸分違わない華麗な、しかしあまりにも荒々しい舞。 瞬く間にオーク鬼が倒れていく。 ほんの僅かな時間で全てのオーク鬼たちが倒れ伏した・・・ 「その後、村の若い男の人たちは皆こぞっておじいちゃんに『ブドー』を教わるようになったんだそうです。 で、村の若い女の人と結婚して、わたしのお母さんが生まれたんですよ」 とはいっても、おじいちゃんとリュウさんの強さは別格ですけどね。 そう付け加えると、シエスタは祖父を思い出したのだろう、一筋流れた涙を拭うと満面の笑みで誇らしげに言った。 「それ以来、タルブと言えば”ブドー”なんです」 前ページゼロと波動
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1034.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 当麻はその日の夜、早速購入した水兵服をシエスタのサイズに合わせようと思ったので、彼女の部屋に訪れた。 メイド長から居場所を教えてもらい、ドアに二回ノックをする。 すると、「どうぞ~」という言葉が聞こえたので、当麻はとくに何も考えず扉を開いた。 そこには、金髪の子とオレンジ色の髪の子が、のんびりと寝転がっている。女の子として、いろいろまずいんじゃないかと思ってしまうような態勢で。 当麻は、早くここから出ろと体が訴えているのを感じた。一瞬の内に上手く回避できる言葉を吐き出す。 「あー、部屋間違いちゃいました。すみません、では……」 百八十度躊躇いもなく振り返り、全力で逃げようとしたが、 「待ちな、ここはシエスタの部屋だぞ?」 どうやら間違いではないようである。さらには、金髪の子ががっしりと腰に手を回し、オレンジ色の子が足を掴んでいる。 「……あのー、わたくしはここにいなければならないのでしょうか?」 当麻の問いに、「うん」と満面の笑みで二人は迎えてくれた。 夜はまだ始まったばかり…… 「それで! シエスタとはどういう関係になったのよ!?」 演技なのか、ドン! とちゃぶ台を叩いた。なぜだろう、当麻は全てを話さなければならないと錯覚を覚える。 二人は、シエスタから当麻について何回も聞いたのだが、その度にお茶を濁してこられたのだ。ここで本人がきたのに、なにもしないわけがない。今のうちに全て洗いざらいするつもりであった。 いやー、と本題に入ろうとしない当麻に、オレンジ色の子がボソッと呟く。 「早く言わないと生きて帰れなくなるぞこのチキン野郎」 待って、なんでそんな顔からは想像できない言葉をすらりと言っちゃうんですかー!? 当麻はただならぬ恐怖、悪寒を感じて、再び平和な廊下へと逃げ込もうとするが、 「だから逃がさないって言ったでしょ?」 瞬間移動ともいえるスピードで周りこまれた。 はやっ!? と呑気に感想を述べてる時間はない。背後からはなにやら尋常ではない殺気のオーラが漂っている。 おかしい。いつからここは国に捕まったスパイな気分を味わうアトラクションに変わったのだろうか? 早く言った方があなたのためよ そう脅されている気がした。 「すみません、あなた達は一体全体何者なんですか!?」 「ただのメイド」 ハモる二人に、嘘だろ! ってとりあえず突っ込んだ。 「断ったぁぁああああ!!?」 金髪の子が、鼓膜によろしくない甲高い高音で叫んだ為、当麻は素早く耳を塞いだ。 結局この二人に逆らえないと踏んだので、何も隠さず全て話した。 もっとも、自分が異世界の人間である事は伏せたが…… 「おのれ貴様ッ! 貴様は貧乳好きだったのか!? それとも安定した収入か!? それともロリコンかぁぁああああ!?」 「ふむ、顔からして巨乳好きだとは思ったがどうやらそれは間違いだったようね」 「なんであんたらがそんな言葉を知ってるんですか! というか待て、物凄い誤解する発言はやめい!」 当麻は、二人のおでこにR指定のスタンプを押すつもりで右拳を振るう。 しかし、幻想殺しという名を持つ少年でも、彼女らの抱く幻想は殺せない。金髪の子が正拳で迎撃し、オレンジの子が蹴りを鳩尾に追撃としてめり込んだ。 グフッ! と肺から吐き出し、体がくの字に折れ曲がる。ゴロンゴロンと転がっていく少年を見下ろして、ふん! と満足げな表情を浮かべる。 「甘いわね! わたし達に勝とうなんて百年早いのよ!」 「てかこれだけじゃ終わらない」 ずいっ、と一歩踏み込んでくるのが、まるで死へ向かう階段の一段のように感じる。 ひょっとして俺ピンチー!? と、当麻は内心悲鳴をあげるが……。 そこへ、ようやくお目当てのメイド、シエスタが部屋の中に入ってきた。 「今日も疲れたぁ……って。なんでトウマさんが倒れて二人が勝ち誇っている姿がいるんですかー!?」 いきなりの急展開にうろたえるシエスタ。金髪の子が髪をかき上げると、まるで大物を吊り上げたかのような口調で言った。 「おうシエスタ、あんたの純粋なる思いを踏みにじった者に罰を与えたのさ!」 ピキィ、とシエスタのこめかみから不吉な音が聞こえた。 なぜ彼女が二人に言わなかったのかというと、きっと二人は勘違いして当麻を襲うと思ったからだ。 だから今の今まで黙ってきたのに……。 しかし、現実に起きてしまった。おそらく二人は、当麻を連れ込んで全て吐かせた結果、このような状況へとしたに違いない。 そんな風に、他人の言えない事を無理矢理聞き出して、尚且つ暴力を振るう事が、シエスタは許せなかった。 「へえ……どんな罰を与えたのですかぁ?」 「え……? いやさ、あんたの告白断ってあの貴族を選んでしょ……? って待って、なんでそんなに怒っているの!?」 顔をやや伏せて、髪で目線を隠す。ユラリと、まるで何かが乗り移ったかのように緩急を入れて、シエスタは二人に近づいた。 やっぱりね、と小さく呟いたのが幽霊のような感じで怖い。 トドメとして、背後に何やらオーラが浮かび上がっている。 「いえー、別に怒っていませんよ?」 二人との距離がなくなった時、少女は顔をあげる。シエスタよ、目が笑っていないぞ。 「いやいや、あいつはあんたを捨てたんでしょ!? だったら――――」 「別に捨てられた覚えはないです! 話がややこしくなるから出てってください!!」 隣の部屋まで聞こえそうな怒号を、シエスタは珍しく叫んだ。 シエスタの剣幕に負けた二人は、はい、としょぼくれながら去って行った。 シエスタは素早く鍵をかけて、これ以上侵入させないようにする。そしてようやく、当麻に駆け寄った。 「だ、大丈夫ですか……?」 「吹寄さんのおでこクラッシュと同威力だぞありゃあ」 腹を押さえながらも、なんとか起き上がる。喧嘩慣れしている当麻にここまでのダメージを与えるのは凄いの一言に尽きた。 「す、すみません。わたしの同室の人が」 「あー気にすんな。なんというかこの類は慣れちゃってるから」 苦笑いを浮かべる当麻に、シエスタはもう一度ぺこりと頭を下げた。 「えと……お帰りになりますか?」 そうするか、と立ち上がったその時、当麻ははっとなる。まずい、まずい。危うく忘れるところだった。 「ああそうそう。頼みがあるんだ」 「頼み、ですか?」 ?マークを頭に浮かべるかのように、小首を傾げるシエスタに向かって、当麻は両手を胸の前へ合わして頭を下げる。 「一生のお願いだから測らせてシエスタ!!」 時が、止まった。 「…………………………………………………………はい?」 「いや、だから測らして欲しいんだけど……無理と言われても困るんだ。頼む!」 え……と、とシエスタは困る。 測らして欲しいという事はあれなのだろうか? いや、きっとそうだろう。そこまで頼み込むのだから。 頬が赤く染まる。測る理由はわからないが、やはりそれはちょっと恥ずかしい。 「えと……どうしてもですか?」 「ああ、シエスタの大きさがちょい気になるからどうしても測りたいのよ!」 「全くシエスタは何を考えているんだか……」 「きっとシエスタは再び当麻君をゲットしようとしているのだ」 「なるほどねえ~やはりあのお風呂の一件から積極的になってくれたからね」 二人は、シエスタが当麻と二人っきりにさせる為、ぶらぶらと廊下を歩いていた。 彼女の発言から、きっとまだ当麻は誰も選べんでいなく、これからゆっくり選ぶようである。 それならば、二人のやった事はお門違いだ。後で謝らないとなーと二人は思う。 「シエスタとトウマが何をしたんだって?」 「ん~? だから一緒にお風呂に入ったのさ、我ながらよくあそこまで育てたと思うよ」 「そう……あのメイドとトウマはお風呂に入ったのね……」 「ってあんた誰?」 二人は振り返る。 そこには、絶対に知られてはならない人間がいた。いや、人間の仮面を被った鬼がいた。 夜は、まだまだ続く。 「え……と……」 それはー、やっぱりわたしの……胸? と口ではやはり言えない。 できる事なら断りたい。断りたいのだが、当麻が頼み込んでいるのだ。 やはりここは一肌脱ぐべきなのだろう。 というか別に測るだけなのだ。別に問題はない。やましい気持ちなど当麻にはないはずなのだ。そう言い聞かせて、自分を落ち着かせる。 「あ……はい、大丈夫ですよー」 「マジか!? んじゃあちゃちゃっと終わらせるから」 当麻はどこから出したのか、メジャーをいつの間にか手に持っていた。事細かに刻まれたテープを引っ張りながら、シエスタに近づく。 それに反応するかのように、ぴくっとシエスタの体が震える。 心臓の鼓動が激しくなる。 心なしか、体が熱くなっている。 (このままじゃはしたない子に思われちゃう……かも?) 未知なる体験に怯えながらも、目をつむる。なぜだろう、目の前の少年が急にキャラが変わったような感触を覚えた。 しかし、 「えーっと、五フィートと四インチか……。オーケー、ありがとなシエスタ!」 目的を終えた少年は颯爽と扉の鍵を開けて、部屋から出て行った。 シエスタは一人、部屋に取り残される。 「……………………………………………………………………あれ?」 もしかして大きさって身長のこと? 己が考えていた展開にならず、落ち着いてきた頭がゆっくりと状況を理解する。 ってことは、もしかしてわたしの勘違い? かぁーと、己の恥ずかしさを表すかのように赤くなっていく。別にちょっと考えればわかるのに、なぜ自分は胸の事だと思ってしまったのだろう。 (うぅ……バカバカバカバカバカバカ、わたしのバカー!) ポカポカと、自分の頭を殴りつける。羞恥心と後悔で一杯になったシエスタの思考は、しばらくの間正常には働かないようだった。 「さてと、スカートはルイズから拝借して……んでもって水兵服の丈を合わせて完成だなっ!」 当麻は、これからの予定を立てながら部屋へと戻った。 夜遅くなのだろうか、他の人とすれ違うような事はなかった。寮、といっても当麻の知る寮とはちょっと違う。基本的に、自分の部屋に閉じこもっている人が多いのか、他の貴族と会うような事はそうそうない。 あるとしても、仕事をしているメイドさん、ギーシュにキュルケと言ったごく僅かな人達だ。 それとも、夜更かしせずに早く寝る人達で一杯なのだろうか? といっても、気にした所で答えがわかるわけでもないし、わかったとしてもタメになるわけでもない。 直ぐさま頭の中で、どうでもいい事ですよシールを貼りつける。 (うう……ねむ……) 朝早くから起きた故の眠気と、戦勝祝いで賑わっていた人込みをかきわけた疲労から襲いかかる欠伸を噛み殺す。 今日は早く寝て明日作業に取りかかるかーと、眠気に耐える気力もない少年は部屋の扉を開くと……。 鬼がいた。 わかりやすく言うならば、言葉では到底あらわす事ができない程怒っているルイズが、腕を組み、仁王立ちしていたのである。 「ひめ、わたくしは何か悪いことをしたのでしょーか?」 殺される。このルイズは、なにか後一つの衝撃を与えたら確実に飛びかかってくる。 当麻の主であるルイズは、怒ると傷害事件として書類送検されてもおかしくない程の暴力を振るう。 自分が前にいた世界で味わった頭噛み付きよりかは、後遺症が残る心配はないのだが、 その分を上乗せするかのように痛みも増す。 しかし、今回は違う。 なんというか、今までとは比べられない程怒っている。そう、アンリエッタ王女と出会う日の前にあった時よりも数倍……。 ともかく、今の状況は非常にまずい。下手したら死ぬ。死ななくても半殺しには間違いなくされてしまう。 だから、ここは穏便に解決せねばならない。 できる限り丁寧に、丁寧に当麻はルイズに尋ねたのだ。 「とりあえずそのメジャーを持って何しに言ったのかを説明してくれる?」 空気が震えた。一言一句が刃と化して、当麻に襲いかかるような勢い。 これならば、問答無用で迫ってきた方がまだ怖くない。いや、だからってボコボコにされたくはない。 全身から嫌な汗が吹きでる。背中は既にびっしょりであった。 今のルイズには、嘘を言ってもすぐにばれてしまうような印象がある。残された当麻の手は、ちゃんと何をしたか話すという事だ。 「いや、えっと……シエスタの大きさを測るのに使ったんだが?」 ブチッ、と音がしたわけでもないのに、なぜか耳に入った。それはまるで、血管がちぎれたような音であった。 ルイズは、出来る限り平常心で貫き通すつもりであった。自分のためにプレゼントを買ってくれたし、自分のことを守ってくれたし、それは感謝している。 だからこそ、シエスタと一緒にお風呂を入ったと聞いても、ギリギリ耐える事ができた。もっとも、ストレス発散のために情報提供者である二人をボコボコにしてやったが。 そして、二人が部屋でなにかやっているのを聞いた時も、本当にギリギリの中のギリギリで耐える事ができた。 本来ならば虚無の魔法を使って当麻を本気で殺そうとしたが、踏み止まった。 使い魔を信頼することもまた、主の仕事の一つである。案の定当麻はすぐに戻ってきた。 そこまでは許せた。まあ土下座して何度も謝れば半殺しぐらいで済ませようとも思った。 しかし、当麻はシエスタに何をしたのか? 『いや、えっと……シエスタの大きさを測るのに使ったんだが?』 その瞬間、へーじょーしんなどどこかへ吹き飛んだ。同時に、こめかみにくっきりと浮かび上がった血管がキレそうになった。いや、もうキレている。 これはダメだ。いや、これだけだったらもしかしたら許せたかもしれない。でも、ダメだ。 この使い魔には一度死んでもらう必要がある。きっと自分の中に取り巻くもやもや感はこれで解消されるに違いない。 ルイズの中で、当麻が殺害候補に見事採用された瞬間であった。 ルイズは杖を振るい、扉にロックをかけた。ガチャリという音がして、慌てて当麻は扉に駆け寄りドアノブを回したが、開く様子はない。 (やばいやばい!) なぜかわからないが、ルイズの逆鱗に触れてしまったようだ。 恐怖が、体を支配していく。焦りが思考を妨げる。 「知ってる? 『虚無』が使えるようになってコモン・マジックは成功するようになったのよ。これも神がわたしのためにと思って授けてくれたのね」 ルイズの口調、音量は至って普通であった。普通であるからこそ、余計に怖い。 絶対怒っているのに平然とした態度をとる、というギャップによるせいだ。 「待って、待って下さい! ここまで怒っちゃう程のことをした覚えがないんですけど!?」 瞬間、ルイズの肩から立ち上るドス黒いオーラが膨れ上がった。 火に油を注ぐとはこういう事を言うのだが、当麻にはもちろん自覚などない。 「覚えがなくても大丈夫、どのみち全てを忘れることになるのだから」 会話のキャッチボールが成立しない。当麻が優しく投げても、ルイズがそれを投げ返さなければ意味がないのだ。 交渉する余地がないと判断した当麻は、再びノブを回すが、うんともすんともしない。 「無駄よ。ロックがかかっているもの。力任せで開くわけがないわ」 絶体絶命とはこの事を言うのだろう。 (まずい、まずい! このままじゃデッドエンド直行ルート……じゃなくてデッドエンド迎えてるから! なにかなにか回避する術はないの!) いっその事、ダメ元でこの魔王と戦うべきだろうか。いや無理だ。間違いなく数秒で負けてしまう。 あらゆる魔術も超能力も打ち消す事ができる右手の幻想殺しも、魔王少女ルイズに対しては何の役にも立たない。 (ん……? 幻想殺し……?) 絶望の果てに希望を見出だした瞬間であった。 「な、なあルイズ……」 「なに? 遺言なら言っても構わないわよ?」 当麻は告げる。ただし遺言ではないが。 「俺、まだ死にたくないから今回は勘弁ッ!」 そう言って、再びノブを回した。 今度は、右手で。 パキン、と何かが割れたような音がすると、ドアは普通に開いた。当麻は廊下に出ると、後ろを振り返ることなく全力で逃げ出した。 そう、幻想殺しを持つ当麻は、極力ここの物に触らぬようにと左手を使ってきたのだ。彼の右手にかかれば、このような包囲網など簡単に突破できる。 しばし呆気にとられていたルイズは、口元に笑みを浮かべた。 「うふ、うふふ。うふうふうふうふふふふふふふ!」 それ危険すぎる笑みだった。ルイズの怒りのゲージは頂点を越して、新しい境地に入ったようである。 なるほど、どうやら使い魔は主に喧嘩を売ったようだ。 「まあいいわ、あんたが逃げても……あの子はどうかしら?」 魔王は標的を変える。少年(主人公)の事を好きである少女(ヒロイン)に。 眠れない夜はまだまだ続く。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3783.html
104 :220 1/4 :2006/12/30(土) 01 13 50 ID ies/KQEv 虚無の呪文。四系統とも、先住魔法とも異なる呪文である。以上。 要するに誰にも解き明かせておらず、その分何が何起きても不思議ではないのだ。 ルイズはそんな気まぐれな「虚無」の犠牲者となっていた。 「…で?俺にどうしろと?」 「そんなのわからないわよ!」 サイトはルイズの凄い剣幕にも関わらずのんびりと対応していた。いつもの迫力がルイズにはない。その理由は… 「だったらどうしようもねえだろ!」 「そ、そんなに大きい声出さないでよ…ふ、ふぇ…」 ルイズはうずくまって目に涙を浮かべ始めた。どうやらこの状況のせいで気弱になっているらしい。 もちろん、相手がサイトだからこそ喜怒哀楽がはっきりしているのだが。 「わ、悪かったよ…」 「わ、わかればいいのよ」 袖で目を拭い、胸をそらす。 …小さい。胸だけでは無い。短くなった腕、プニプニとした肌と頬。自慢だった脚は確かに美しいが、以前よりデフォルメ化されている。 何より、全身が幼児のそれに匹敵する大きさになったのはただ事では無かった。 「なんでそうなったんだ?」 「朝起きたらこうなってたのよ」 「…とりあえず、いつもみたいに待つしかないんじゃ…」 「…」 この二人の意見が一致する時は、ろくでもない場合が多い。 105 :220 2/4 :2006/12/30(土) 01 14 49 ID ies/KQEv 今回もその例に漏れず、幼児となったルイズはとりあえずサイトと共に居ることにした。 オストラント号ではルイズとサイトは同室である。使い魔だからと言うのもあるが、実際はお節介をしたキュルケの働きも大きい。 窓からは雲の流れが見え束の間の休息をサイトは楽しんでいた。紅茶やクッキーなどを食堂に取りに行き朝の空気を楽しむ日本人の、サイトらしからぬ光景である。 同じ一つのテーブルについているルイズを楽しそうに眺めながら。 「カップが大きいんじゃないのか?」 「大丈夫よ!」 と、言いつつルイズは片手ではこぼしそうなサイズのカップを両手で持っていた。 そんなルイズを見てサイトは自然に笑みがこぼれてしまう。 「こぼすなよー」 「大丈夫って言ってるでしょ!」 飲み込むときの んくっ、んくっ、という音は今のルイズに似合っていた。 「クッキー、あーんしてやろうか?」 「ふざけないで!」 ルイズは自分で小さなクッキーを口に運ぶものの、口が小さい為にくわえる様にしか食べられなかった。サイトはますますからかいたくなる。 「小さく割ってやるぞ?」 「う゛〜」 再び涙を浮かべるルイズを、サイトはなだめにかかっていった。 106 :220 3/4 :2006/12/30(土) 01 15 58 ID ies/KQEv 「食堂で椅子にも座れ…」 「ふっ…ふぇ」 「いや、馬鹿にしてるんじゃないって!」 事あるごとにルイズは涙を浮かべた。サイトに馬鹿にされるのがやはり悔しいのである。 サイトはルイズの頭を撫でながら言う。 「ほら、だからメシは俺がとってきてやるから、お前は部屋から出なくていいぞ」 「…わかったわ」 「あんまり外にも出たくないよな?」 「…うん。きっとからかわれるもの」 やることが無くなってルイズはベッドの上に寝ころんだ。幼児の習性かルイズはそのまま寝息をたてていく。 「やれやれ…」 サイトはため息を一つつき廊下に出た。 「あれ?サイトさん?」 「シエスタ?」 シエスタとサイトが出会ったのはサイトがドアを閉めて直後だった。 いくら巨大船とは言え船は船である。狭い廊下ではばったり他人鉢合わせる可能性は高い。 「おはようございます」 「あ、おはよう…ってもう昼じゃん!」 「でも今日は初めて会いましたもの?」 「あ、そっか。おはよう、シエスタ」 こんな状況でもルイズとサイトは一緒に居る時間が長いのに比べ、シエスタはサイトと話す時間が最近少なくなっていた。 ここぞとばかりに二人に進展があったのかと思い、問い詰めていく。 107 :220 4/4 :2006/12/30(土) 01 17 20 ID ies/KQEv 「ミス・ヴァリエールは?」 「いまちょっとな…」 目をそらしたサイトを見て不審に思ったのか、シエスタは身を乗り出した。 「ちょっと、何です?」 何か疑ってんのかな…シエスタは俺の事好きだってはっきり言ってるし… 疑ってくる時のシエスタには慎重に言葉を選ばなければならない。 サイトは平静を装い言葉を返す。 「そうだな、きっとどこかに…」 「どうされたんですか?私、今朝何度かここを通りましたけどミス・ヴァリエールを見かけていないのですが?」 シエスタはさりげなくプレッシャーを掛けていく。 こんな昼間近くまで部屋の中で何をしていたのか、と。シエスタの監視は凄まじかった。 「いや…その」 「どうされたんですか?」 三度目、すでにプレッシャー以上の物がシエスタからは出ていた。 苦し紛れにサイトは言う。 「疲れて、寝てるんだ」 ここ一週間、戦いらしい戦いは起きていない。 シエスタの目に炎が宿るのを確認し、サイトは顔を真っ青にした。 シエスタはサイトをはねのけ、素早く扉を開ける。 扉の開いた音は少々大きく、ルイズを眠りの世界から呼び戻すのに充分だった。 「ミス・ヴァリエール?!まさかもう…」 シエスタが部屋の中を見回すとベッドの一部が膨らんでいる。サイトの取り付く島もなくシエスタはそこへ直行して、シーツに手を掛ける。 「や、やめろシエスタ!」 「ミス・ヴァリエ…」 そこでシエスタの動きが止まった。 恋の炎で頭に血が上ったシエスタには、その「幼児」が、ルイズ本人であるとは微塵も思えなかった。有り得ない方向に誤解していく。 「ま、まさか…」 「シ、シエスタ…」 夢の世界から戻ったばかりのルイズはまだ寝ぼけており、一言こう呟いた。 「お母様…?」 211 名前:220 1/4[sage] 投稿日:2007/01/01(月) 15 31 30 ID 9tAm7A7k ルイズが寝起きに放った一言はサイトにとって最悪のものであった。 覚めたばかりの目をこすりながらルイズはようやく現実の世界に戻っていく。 「あれ…メイド?なんで?」 「サイト…さん」 ベッドから身を起こすルイズを無視し、シエスタはサイトの方に向き直った。 「思いもよりませんでした…二人の仲が…こんな…こんな」 「いや、だから」 「もうこんな…愛の結晶になっているなんて!」 シエスタはショックを受けた風にその場に打ち伏せた。サイトが誤解を解こうとする前に、シエスタの考えは益々独り歩きしていく。 「そうですよね…あれだけ一緒に居たんですもの。そんな事があっても…」 「違うんだって」 「ミス・ヴァリエールは素敵でしたか?子供の居る部屋でそんな事はあまり良くありませんよ?」 「だから何もして」 「今度そういう事をなさる時はおっしゃって下さい。私、面倒くらい見れますから」 そう言うとシエスタはすくっと立ち上がり、ドアを開けた。 「負けてしまった以上、これ以上闘うのはみっとも無いですよね。何か入り用の物があったらおっしゃって下さい。私は応援させていただきます」 本職のメイド行儀の言葉を並べ、シエスタは部屋を後にした。 212 名前:220 2/4[sage] 投稿日:2007/01/01(月) 15 32 36 ID 9tAm7A7k 結局誤解が解けていないまま、シエスタを自分の部屋に返してしまったのである。 それがどういう結果となるか、あまりよく無い想像がサイトの頭をよぎった。 再び寝直すと言ったルイズを部屋に置きサイトは食事を取りに行った。どうやらぼーっとしていたらしく先程のシエスタとの会話は覚えてはいない様だった。 「ったく…なんなんだ?」 独りごちながら厨房に料理を頼んでいく。 あんまり肉は食べさせない方が良いよな…後硬い物とか… なんとなくそんな事が思い浮かび、メニューを幾つか訂正していく。 このままじゃ本当に親父じゃねぇか、と自分にツッコミを入れルイズの事を考えた献立にすると… 「…なんだコリャ」 お子様ランチとなっていた。流石に日の丸の旗は立っていないがオムレツ、温野菜、パンも柔らかな白パンを選び、柔らかなデザートを幾つか並べていく。 同時にこのメニューは人目を引いた。 「やあサイト、具合でも悪いのか?」 こういう時に絡みたくない相手、ギーシュが構ってくれば、 「そうだサイト。そのメニューが昼食だとは僕には信じられない」 とマリコルヌが脂っこい料理を満載しているトレーを持ち、話しに乗ってくる。 213 名前:220 3/4[sage] 投稿日:2007/01/01(月) 15 33 41 ID 9tAm7A7k 「ルイズの分だよ」 「ほぉ。そう言えば今日はルイズをみかけていないな」 「気分が悪いんだと」 これ以上は構ってられないと言わんばかりにサイトは二人を振り切ろうとする。が、それは余計に不審がられたらしい。 「なにかあったんじゃないのか?」 マリコルヌが食い下がった。 「そうだな。何故かサイトの顔色も悪い様な気がする」 ギーシュも同調してサイトの背中を目で追う。 このままついてこられたらまずいな… サイトは駆け足で部屋に向かった。 「ただいま…」 ルイズは未だに寝息を立てていた。サイトはテーブルの上に料理を起きベッドの端に腰掛ける。 「…」 ルイズの寝顔はいつもの激しい気性を隠し、無防備な表情を見せていた。今のルイズが幼い姿になっていても、サイトはこういうルイズを見るのが好きだった。 むしろ幼い姿になっている分ルイズの事がわかりやすくなった気がして、嬉しかった。 いつもより小さな唇がむずむずと動いている。 「ルイズ…」 サイトは〇リコンでは無い筈だがルイズの唇が魅力的に見えて、キスがしたい、と思ってしまう。 「今やったらやばい気がするけど…でも」 相変わらず窓からは昼の明かりが差し込み、穏やかな昼間を演出していた。 214 名前:220 4/4[sage] 投稿日:2007/01/01(月) 15 35 12 ID 9tAm7A7k 殆ど無意識にサイトはルイズに顔を近づける。あどけない顔を見ると罪悪感どころか、するのを待っているんじゃないかとさえ思ってしまう。 そして 「…」 サイトは甘い香りに包まれながら幼い唇を味わっていった。 「なあ?」 「うん?」 「ノックも無しに…」 「何を言ってるんだ?ノックなんかしたら意味がないだろう?」 「それはそうだけど…二人っきりで部屋に居るんだ。何をしてるかわからないじゃないか」 扉の前で言い争っていたのはギーシュとマリコルヌである。結局二人で部屋に行き、気になったからサイトを探ってみようという意見が一致したのだった。 「早くしないと時機を逃してしまうぞ?」 「時機って何だよ。もしかしたら僕達が思いもよらない所まで事態が進んで…」 「それはそれで見ものだろう?」 妙な所で臆病であり、妙な所で積極的だったのがギーシュだった。今回は積極的である。 扉に耳を当てても部屋はしんとして、人の気配は感じ取りにくかった。 「二人ともどこかに行っているんじゃ…」 「逢い引きか?入って見ればわかるだろう。とにかく僕は行く」 「ま、待ってよギーシュ!」 ギーシュはそっと、なるべく音を立てない様に扉を押した。 「…なあギーシュ」 「…なんだい、マリコルヌ」 「僕は見てはいけないものを見た気がする」 「ああ、僕もだ」 二人に気付いたサイトが扉を何度も叩いているが、その音を気にせず語らいを続けていた。 「あれは…ルイズだったかい?」 「いや…もっと幼かったよ。目には自信がある」 「そうか…」 背中で扉を抑えつけながら二人は、頭の中に部屋の中の光景を焼き付けていた。 「…違っ…ルイ…」 扉越しのサイトの悲鳴を聞いて。 323 名前:220 1/5[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 14 26 59 ID fk6ZSF4H 214 ギーシュとマリコルヌが入り口を塞いでいる以上サイトに逃げ場はなかった。目を覚ましたルイズは鬼のような形相でサイトに歩み寄る。 …実はそれほど迫力が無いのだが。 「なんか息苦しいと思って目ぇ開けたら…アンタは何やってんのよ!」 「いや、ルイズの寝顔が可愛くって…」 問答無用と言わんばかりの蹴りが、サイトの股間にクリーンヒットした。 「ぅ…ぉぉ」 いくらルイズの体が小さいとは言え、ここへのダメージは大きい。 「それで?扉の外は誰?」 「ギーシュと…マリコルヌ…」 吐き気をこらえながらサイトが言う。ルイズはうつ伏せるサイトを素通りし、扉を叩いた。 …手応えが無い。 ルイズはため息を付くと、サイトに何が起きていたのかを聞き出していった。 「で、どうなんだ?」 ギーシュが問う。 「ええ、あの子は…」 シエスタが答えた。 ギーシュとマリコルヌはメイドの給仕室に来ていた。あの衝撃的な光景が何だったかを確認する為である。マリコルヌの進言で 「今一番あの二人と親しいのはメイドじゃないか?」 と言う言葉にギーシュも同調し、シエスタを訪ねる事にしたのだ。 もちろんシエスタの誤解は解けていない。 324 名前:220 2/5[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 14 28 57 ID fk6ZSF4H シエスタは何か悟ったような笑みを浮かべ、さらりと言ってのけた。 「お子さんですよ?」 「誰のだ?」 「サイトさんとミス・ヴァリエールの…」 「…」 「…」 「「何ー!」」 ギーシュとマリコルヌが声を揃えて驚く。 「い、何時の間に…」 マリコルヌに至っては声も発せないようだった。この二人も性に関する知識が乏しいのか、ルイズが子供を産める筈が無い事に気づいていない。 どうすれば子供が出来るのか。その程度である。 「サイトは大人になったのか…」 男として二歩も三歩も先に行ってしまったと感じ、二人はがくりと肩を落とした。 「ん?じゃあキスの相手は誰だ?」 「親子なんだからそれ位するだろう?」 「そんな感じじゃなかった様な…」 もう少し、今度はサイトに聞いてみたいと言う思いが膨らんでいく。 二人の話を聞いていたシエスタはここにいる貴族より遥かに、想像力が豊かであった。目の前でギーシュとマリコルヌが話している内容を聞いて、自分なりの解釈をしていった。 …そう言えば母親はミス・ヴァリエール。よって似ている。 サイトさんはミス・ヴァリエールが好きだから、似ている人を好きになるかも知れない。 325 名前:220 3/5[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 14 30 29 ID fk6ZSF4H 娘=母親似。 サイトさんは異常では無い筈だけど、父親によっては異常な程娘を愛すと聞いたことがある。 そして、深いキス… 「サイトさん!人の道を外れては行けません!」 何もない空間に向かってシエスタは声を張り上げた。両手でテーブルを叩いた音に他の二人は驚いて、体を縮み込ませる。 「な、なんなん…」 「行きましょう!そんな事をするサイトさんは生きてはいけない人です!」 「い、一体…」 「止めて下さい!サイトさん!」 疾風の様にシエスタはドアを跳ね飛ばし、サイトの部屋へと向かった。体を起こしたギーシュとマリコルヌも顔を見合わせた後、シエスタの後を追う。 シエスタの誤解は深まっていた。 ルイズはフォークでサイトの取ってきたオムレツをつついていた。空腹には勝てないようだ。 「アンタ、何やってんのよ!」 「俺だってわかんねぇよ…シエスタもギーシュもマリコルヌも何を勘違いしたのか…」 食事中に会話をする事がよろしくない事をルイズは知っているが、怒りで頭が回らないらしい。サイトは意気消沈して同じテーブルに腰掛ける。 「俺の話を聞いてくれないんだよ」 「…はっきり言うしかないじゃない。私がルイズだって」 326 名前:220 4/5[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 14 32 27 ID fk6ZSF4H ルイズも半ば諦めのため息が出始めていた。 「…早く戻りたいわ」 「ああ」 「…ねぇ?」 「何だよ?」 「あまり考えたくは無いんだけど…私がこのままだったらどうする?」 デザートをつつく手を止めてルイズが聞いた。 確かに戻れると言う保証は無く、今までのルイズの考えなど希望的観測に過ぎない。戻れないなど、あまり考えたくは無かった。 ルイズの声にもいつもの強気が感じられない。 「さあな」 「なんでそんなに平然と答えられるのよ…ご主人様の一大事なのに…」 「だってさ」 サイトはすくっ、と立ち上がるとルイズに近付いた。見下ろす形になって、ルイズをじっと見つめる。 「な、なによ?」 「お前はお前だし、俺のご主人様だし…」 「…」 「と、とにかくルイズはルイズだろ?これからも俺は何も変わんねえよ」 自分の言ったセリフにサイトは赤面した。 「…そう」 同じ様にルイズも赤面して目をそらす。 いつもならこのまま口付けを交わし、少しだけの間思いを繋げる事が出来る。 しかし、身長差が大きくルイズから仕掛ける事が出来ない。 恥ずかしさをこらえてルイズが言った。 「ちゃ、ちゃんと使い魔の自覚が出来ているようね?」 327 名前:220 5/5[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 14 37 15 ID fk6ZSF4H 出来れば素直にキスがしたいと言いたいのだが、ルイズの方からは言えないのだ。 「ほら…たまにはご褒美よ」 「え…ご褒美って?」 「時々してあげてるじゃない…もう…」 唇に指を当てる仕草を見て、サイトはそれを悟る。 「この体でも…それ位できるわよ…」 「そ、そうか?…じゃあ…」 「背が届かないからアンタが抱えて」 サイトはルイズの小さな体を両手で抱きかかえた。同じ目の高さまで持ち上げ接近して見るとはっきりルイズと分かる。 唇という目標も小さくなっているが、その分愛らしくも見えた。 「…」 「…」 しばし唇を合わせた後、沈黙する。 「いつまでもこの体だと…」 「…何だよ?」 「…いつまでもキスまで…ね」 ルイズの言っている意味を、サイトは理解した。 「お前…それ…」 「ア、アンタとだってそういう事あるかも知れないわよ?」 「…いいんだよ。ルイズが俺のご主人様だったら、それでいいんだ」 「じゃ、じゃあもし私の体が戻って、私が良いって言っても…しないの?」 「そ、それは…」 サイトは答えに詰まった。もしルイズが自分の事を一生愛してくれるのならば、状況によってはしてしまうかもしれない。それどころか底無しに求めてしまう可能性もある。 オロオロするサイトを見て、ふっとルイズは笑みを浮かべた。 「…冗談よ」 「…何だよ。冗談か」 「…」 「…」 今頃になってルイズは自分が言った事の重大さに気付いた。サイトに許してしまう、と言う可能性を本人の前で言ってしまったのだ。キス以上をルイズが望んでいる。とも取れる。 サイトの方も幼い姿のルイズに、一瞬ではあるがキス以上の事を望みそうになってしまった。しっかり「ルイズ」と確認したせいで、衝動的にこのルイズでも良い、と思ってしまったのだ。 「…い、いまは無理なんだから!」 「…うん。頑張る」 「何を頑張るのよ!」 「ルイズが良いって言うまで」 「こ、この体じゃ無理なんだからね!」 「ルイズは?」 「…」 「ルイズは?」 サイトの暴走が始まった。サイトに抱えられているせいでルイズはもがくしか無く、気持ちが高ぶってしまったためサイトをはっきりと拒否出来ない。 「…私は…その」 「ルイズ」 「え?」 「ごめん。頑張って」 「…本気?」 サイトは首を縦に振り、幼いルイズを大きく見えるベッドに押し倒した。
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4125.html
「うちのぶどうは最高なんですっ!」 だん、とシエスタがテーブルを叩く。いつもならそういう態度を真っ先になじるルイズも、酔ったシエスタに文句を言うほど馬鹿ではない。ルイズとサイトは顔を見合わせて溜息をついた。 今日は新物ワイン解禁の日で、シエスタの村はこの日、新ワインをブリミルに捧げて皆で飲むワイン祭が毎年開かれる。そんなわけでシエスタに誘われたサイト達が村にやってきたのだが、ほんの1時間も経たないうちにシエスタがいつものように悪酔いし始めたというわけだ。 「赤は飽きたんらろ?ならー、白飲もー」 シエスタは広場の真ん中に山と積まれたワインの瓶にふらふらと寄っていき、一本の瓶を引っこ抜く。酔っているくせに器用にコルクを抜くと三人のグラスになみなみと注いだ。 「ミースー・ヴァリエール!勝負れす!」 ルイズは眉をひそめて流そうとする。だがシエスタの言った内容は放置できるものではなかった。 「ワインのー飲みっ比べでー、勝った方はー、明日サイトさんを独占でー」 「私もやる」 明後日の方向から冷静な声がした。タバサだ。 「ちょっと!勝手に決めないでよ!」 「挑まれて逃げる貴族は不戦敗」 「ふーせんぱーい!」 タバサとシエスタの言葉にルイズも冷静さを失った。 「ななななによ!お子様と酔っ払いに負けるほどラ・ヴァリエール家は弱くないわ!」 叫んで。賞品の意思を無視した女三人の戦いが始まった。 「お互い苦労するわね」 酔い潰れたギーシュの頭を撫でながら、モンモランシーはサイトに声を掛けた。サイトの周りには引き分けた三人の女たちが倒れており、時折「水……」と呻いている。モンモランシーは水差しをサイトに渡して言った。 「水魔法の使い手として、こんな子たちには水なんてやりたくないけど」 言いつつも水差しに数滴、二日酔いを楽にする薬をおとしてくれる。 「で、誰が本命なの?」 「本命って……」 モンモランシーも酔っているのか、悪戯っぽく笑って三人を指差した。 「だらしないのよ、あんた。しゃきっと決めないからややこやしくなるの」 「んなこと言ったって」 「言い訳無用。ほんとのことなんだから」 サイトは苦笑して椅子にもたれかかる。と、モンモランシーはテーブルに載せられたフルーツの山を指差した。それは様々な果物を美しい銀の皿に飾り盛ったものだった。 「何か一つ選んで」 サイトは迷った末、桃をつかんだ。モンモランシーはその桃を受け取ると皮を剥き、コップの中で潰した。次いで飲み残した白ワインを加えて掻き混ぜる。よく混ざったのを確認すると一口飲んで味を確認して、サイトの目の前に置いた。 「飲んでみて」 言われるままに一口含む。桃の甘味と白ワインの酸味が混ざって心地よい。 「その色と味はだれ?」 言われてサイトはぼんやりとルイズに目を向ける。くすっ、とモンモランシーが笑ったのに気付き、サイトは慌ててルイズから目を逸らした。だがモンモランシーは満足そうに言う。 「桃髪のルイズが一番好き、なのね」 「いや一番とか何とかは……」 誰も訊いてないのに、とまたモンモランシーは笑う。サイトは溜息をつくと、モンモランシーに諦めの表情で頷いた。モンモランシーは頷き返す。 「あんただけ恥ずかしいのは卑怯よね。だから」 言ってモンモランシーはギーシュの髪をかきあげ、そっと額に口付ける。 「秘密ね、お互い」 「だな」 桃入りの白ワインのグラスと、ほんのわずかに赤ワインの入ったグラスを二人はかちり、と鳴らしあった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9099.html
前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 「もうしない、もう絶対しないから。 あだっ! 君、年寄りにそんな乱暴じゃから婚期を……あいだっ!」 ここはトリステイン魔法学院本塔・最上階。 暇を持て余したオスマン学院長が秘書のミス・ロングビルにセクハラを行い、反撃を受けている。 いつもの光景だ。 そこへ早足で向かってくる足音が聞こえ、続いて扉をノックする音が響いた。 ロングビルはさっと机に戻ると、何食わぬ顔で業務の続きを始める。 オスマンも素早く起き上がって軽く服を整え直すと、腕を後ろに組んで重々しく威厳のある態度を装う。 これもまたいつもの事で、二人とも手慣れたものだ。 「誰かね?」 「私です、オールド・オスマン」 「ああ、ミスタ・ゴートゥヘル君か、はいりたまえ」 「私はコルベールです!」 コルベールは仏頂面で扉を開けて部屋に入ってきた。 これまた、よくあるやり取りだ。 どうもわざと名前を間違うのは、この学院長の持ちネタであるらしい。 「お邪魔して申し訳ありません、学院長。 実はヴェストリの広場で、決闘を始めようとしている生徒がおりまして……」 「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんな。 ……で、君は止めなかったのかね?」 「その、情けない話ですが……、 止めようにも生徒たちの熱狂がひどくて、どうも」 オスマンはそれを聞いてひとつ溜息を吐く。 「やれやれ、君はそういうことになるとどうにも気弱でいかんの。 それで、誰が暴れておるんだね?」 「はい……、すみません。 その、一人は、二年生のギーシュ・ド・グラモンです」 「ああ、あのグラモンのとこのバカ息子か。 オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きと見えるわい。 大方他の男子生徒と女の子の取り合いになって、といったところかの?」 「いえ、それが………」 コルベールはそこで、言いにくそうに言葉を濁した。 「む? ……なんじゃ、違うのか?」 「相手は男子生徒ではありません、というか生徒でもなければメイジでもなく――メイドです」 「………、なんじゃと?」 「そのため、私以外の教師もどう対応していいものか戸惑っているようで。 中には止める必要はないと生徒に混ざって傍観している者も……」 オスマンはそれを聞いて、困惑したように眉間に皺を寄せた。 「……平民と決闘……? 何を馬鹿な事をしでかしておるんじゃ。 性質が悪いにもほどがある」 興味深げに横合いで聞き耳を立てていたロングビルの目がきらりと光った。 「学院長、でしたら大事にならないうちに止めた方がよろしいのでは。 私に宝物庫の鍵を貸していただければ、急いで『眠りの鐘』を用意してきますわ」 「むう、そうじゃな……、」 オスマンが考え込みながら杖を振ると、壁にかかった『遠見の鏡』にヴェストリの広場の様子が映し出された。 なるほど、周囲を熱狂した観衆に取り囲まれたギーシュとメイドらしき少女が、今まさに決闘を始めようとしている。 オスマンはその様子を見てますます顔をしかめたが、少女の後ろに昨夜この部屋を訪れた亜人の姿を見つけると表情を変えた。 視線を止めて、少し首を傾げながら数秒ほどじっと鏡を見つめる。 「……学院長、どうされるのです?」 ロングビルに怪訝そうに声を掛けられて、オスマンははっと我に返った。 見ればコルベールも似たような顔をしている。 「む……、ああ、そうじゃな。 ひとまず用意はしておいてくれ、使うべきかどうかはもう少し様子を見てから判断するとしよう」 オスマンはそう言ってロングビルに鍵を渡すと、困惑したような顔のコルベールをよそに鏡の光景をじっと見つめ続けた。 一方ロングビルは、鍵を受け取ると一礼して学院長室を足早に立ち去った。 その顔に怪しげな笑みを浮かべながら……。 ヴェストリの広場では、いよいよ決闘が開始された。 シエスタはディーキンの『勇気鼓舞の呪歌』の演奏を背に受けながら、剣を構える。 そして小細工も何もなく、ぐっと姿勢を低くして勢いをつけると、真っ直ぐワルキューレに斬りかかっていった。 対するギーシュは余裕の姿勢を崩さない。 普通に考えれば青銅製のゴーレムを剣で、それも素人の女性が斬り付けたところで大した傷が与えられるはずもないのだから、当然と言えよう。 しかもワルキューレは硬いのみならず、屈強な成人男性以上の腕力と素早さを持っている。 その気になれば防御も反撃も容易いことだ。 (よし、まずは振り下ろしてくる剣を余裕で弾いて見せて……、 体勢が崩れたところへ、可哀想だが軽く一撃叩き込んでやるとしよう) 実際に力の差を痛感させれば、あのメイドも目を覚ます事だろう。 ギーシュはそう考え、余裕たっぷりに薔薇の杖をくいと持ち上げてワルキューレに指示を出した。 ――――が、しかし。 「え……?」 シエスタの剣はギーシュがその足の速さから想像していたよりもずっと速く、力強く振り下ろされていた。 ワルキューレが主の命令を受けて拳を持ち上げる遥か前に肩口を鋼鉄の刃が捕え、青銅をまるで粘土のように容易く斬り裂いていく。 斜めに両断されたゴーレムは瞬く間に形を失って、ぐしゃりと地面に崩れ落ちた。 「……!? お、おい、あのメイド、ゴーレムを倒したぞ?」 「せ、青銅ってあんなに簡単に壊れるもんだったのか? なあ、お前土メイジだろ、どうなんだよ?」 「そ、そりゃあ……、出来具合にもよる。けど、まさか女の子の力で………」 「あのメイド、実は剣の達人だったのか!」 予想外の展開に、観衆が一斉にざわめきだす。 シエスタ自身もまた、自分の攻撃がもたらした結果に少し目を丸くしていた。 ある程度想像はしていたが、まさか自分のような素人同然の娘に、ここまでの力を……。 「……な、なかなかやるじゃないか! どうやら、丸っきりの素人というわけではないらしいね」 ギーシュは若干顔をひきつらせながらも精一杯余裕のある態度を装い、薔薇の杖を大きく振った。 複数の花びらが舞い落ちて、今度は同時に六体ものワルキューレが、しかも盾を装備した状態で構成される。 全部で七体のワルキューレがギーシュの武器なので、これで数の上では全力を出したことになる。 盾を持たせたのは一撃でワルキューレを斬り倒した攻撃力を警戒したのと、流石に殺傷力の高い武器を持たせて殺し合いにするわけにはいかないためだ。 「おおっ、ギーシュが本気を出したか?」 「これで勝負は決まったな」 「そう? でもあのメイド、同じゴーレムをさっき一瞬で斬り倒していたじゃない」 「いや、どんなに力があってもあれだけの数に囲まれたら、魔法が使えない平民じゃ対応できないさ。 それに今度は、盾を持たせてるしな……」 「着てる鎧は粗末なもんだし、一度殴られて体勢を崩したら殺到されて終わりだな」 わいわいと沸き立ちながら今後の予想などを話し合っている観衆をよそに、ディーキンは内心少し感嘆していた。 駆け出しのメイジが中型サイズのアニメイテッド・オブジェクトに類似する人造を簡単に作れるだけでも大したものだが、同時に六体とは。 しかもどうやら、任意の武具を装備した状態で作ることも可能らしい。 ただ、呪歌でサポートしたとはいえシエスタに一度斬られただけで倒れるあたり、強度や耐久性は少し低いようだ。 青銅ならもう少し硬くてもよさそうなものだが……。 そういえば先程の授業で、錬金の魔法はどうしても不純物が混じったりするものだ、と言っていたか。 ならば作成者の腕もまだ未熟なのだろうし、見てくれはよくても中身が炉でしっかりと精製した青銅には劣るのは仕方ないのだろう。 瞬殺されるのを見た以上、数を増やすよりもより強い大型のゴーレムを出した方が良さそうな気もするが……、それはできないのだろうか。 そのあたりのことも後でまた、しっかりと調べておこう。 「まずは褒めよう、ここまでメイジに楯突く平民がいることには感激したよ。 レディーとはいえ手加減は無用のようだ、僕も本気を出すとしよう。 悪いが君の活躍はここまでだ」 「………はい、私も、最後まで全力でお相手します」 ギーシュは一時の動揺から回復して、新たに呼び出した忠実な僕たちにシエスタを囲ませながら、一斉攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっている。 シエスタは少し険しい顔をして周囲を囲むゴーレムに視線を走らせつつ、いつでも動けるように身構えている。 ディーキンは数秒ほど思案に耽っていたが、ギーシュとシエスタのやりとりを聞いて我に返った。 考え込みながらも演奏に全く乱れが無いのは流石といったところだろうか。 まあ、激しく戦闘しながら演奏を続けなければならないこともあるバードがこの程度で演奏を乱していたら、それこそお話にならないのだが。 ……この状況は、『勇気鼓舞の呪歌』だけでは少し厳しいかもしれない。 この呪歌では攻撃力は上がっても、耐久力や回避力まで上がるわけではないのだ。 これだけの数に囲まれれば、周りの観衆も論じている通り、恐らくかわし切れずに攻撃を喰らってしまうだろう。 数発も殴られれば、一般人と大差ないシエスタの体では持つまい。 たとえそうでなくとも、シエスタにこんなことであまり痛い思いをさせたくはないし……。 ならば。 「オオ、いよいよ決戦なんだね? ちょっと待って、ディーキンもそれに相応しい音楽で応援するよ!」 そう宣言して周囲の注目を集めると、歌うようにして素早く二、三の音節を呟き、今まで演奏していたリュートから手を離した。 するとリュートはその場で宙に浮かび、今までと変わらない演奏をひとりでに続ける。 おおっ、と驚きの声を上げる観衆をよそに、続けて更にもう一つ呪文を唱えた。 呪文が完成するや、ディーキンの手の中にバイオリンが出現する。 それをさっと構えると、今まで以上に心を高揚させる荘厳で勢いのある旋律を、浮かぶリュートの演奏に重ねて奏で始めた。 《動く楽器(アニメイト・インストゥルメント)》と《楽器の召喚(サモン・インストゥルメント)》という、2つの呪文を使用した芸当だ。 「せ、先住魔法だ!」 「精霊の力を借りる恐ろしい技だって聞いていたけど……、こんなこともできるの!?」 「いや魔法もすごいが、演奏も……」 普段は畏怖している“先住魔法”による楽しい演出と、お抱えの宮廷詩人のものだと言っても通用しそうな勇ましく荘厳な演奏。 観衆の興奮は、最高に高まっている。 一見するとただ注目を集めて気分よく歌っているかに見えるが、実のところディーキンの負担は、ある意味戦っているシエスタ自身よりも大きかった。 2つの呪歌を立て続けに“強化”して歌った反動で、ディーキンの喉には鈍く熱い痛みが走り始めている。 もしシエスタの体にこれと同じ反動を負わせたら、耐えきれずにたちまち昏倒してしまうだろう。 だがその苦痛を少しも表情には出さず、胸を張って楽しげに、誇らしげに、歌い続ける。 ここで苦しそうな顔などしていたら演出が台無しだし、何より実際、ディーキンはその表情通りの気分なのだから。 英雄の活躍に立ち会えて、その手伝いまでできる。 観衆も、最高に沸いてくれている。 この状況で楽しさと誇らしさとを感じないバードがいようか。 これで、決戦に向けての準備は整った。 「おおっ、何とも気の利いた音楽と演出じゃないか! ワルキューレたちの総突撃に相応しい調べだな、感謝するよルイズの使い魔君!」 「…………」 ギーシュは先程の焦りなどすっかり忘れて、自分の活躍を引き立ててくれる(と自分では思っている)勇ましい調べに気を良くしていた。 一方シエスタは、自分の中に湧き上がってくる更なる力に驚愕して言葉を失っていた。 今までの力でさえ信じられないほどだったのに……。 しかも今度のは、ただ力が漲っているというだけではないような気がする。 何か、感じたことのないような――――。 「さて場も整ったことだし、今度こそ覚悟をしたまえ」 「……………! はい、行きます!」 ギーシュがワルキューレの布陣を終えて、いよいよ一斉突撃を命じようと余裕ぶって杖を構えたあたりで、シエスタはハッと我に返った。 間髪入れずにばっと駆け出すと、一番手近のワルキューレに向けて先程と同じように剣を叩きつけようとする。 囲まれて不利な立場に追いやられる前に、先手を打って数を減らそうとしたのだ。 明らかに数で不利な状況だというのに、敵がこちらを囲んで突撃してくるまでただ漠然と構えて待ち受けるほど愚かではない。 「えっ……!?」 先程まで少しぼうっとした様子だった少女があまりにも唐突に、素早く行動に移ったことで、宣言をしたギーシュの方がかえって不意を突かれた。 ワルキューレは所詮ギーシュの指示を受けて動くもの、ギーシュ自身の命令よりも素早い反応はできはしない。 そして今のギーシュの反応速度は、シエスタよりも明らかに遅かった。 突撃を命令しようとしていたのを慌てて防御の指示に切り替えるが、既にシエスタはワルキューレの眼前に迫っている。 しかも重い盾を持たせたためにかえって腕の動きが鈍り、先程以上に速いシエスタの剣を防御するのには全く間に合っていない。 盾に遮られない角度から横薙ぎに斬り付けた長剣が、そのワルキューレの胴体を両断して仕留めた。 「くそっ!」 ギーシュとて全くの素人ではなく、軍人の家系であるがゆえにゴーレムを運用する戦闘の訓練はそれなりに受けている。 自分が命令しようとしていた個体がもう駄目なのを悟ると、悔しげに呻きながらもすぐに残りのワルキューレに指示を出して体勢を立て直させた。 もしシエスタが真に凄腕の剣士だったなら、間髪おかず手近のワルキューレに連続攻撃をかけて、体勢を立て直す前に更に一、二体は仕留められただろう。 だが呪歌の効果で大幅に攻撃が素早く、力強くなっているとはいえ、シエスタの技量自体はやはり素人に毛が生えた程度でしかないのだ。 数秒の内に三体も四体も敵を倒すというような真似は無理だった。 「これ以上はやらせない、いけワルキューレ!」 ギーシュの命令が飛ぶのを聞くと、シエスタはさっと視線を巡らせて周囲のワルキューレたちの動向を確かめた。 残った五体全てがこちらへ向かってきているが、二体はまだ若干距離が遠い。 早急に対峙しなくてはならないのは正面に二体、そして背後に一体。 シエスタはそれだけ確認すると、攻撃される前に素早く正面右側のワルキューレの懐へと飛び込んで行った。 今度はワルキューレの側も既に攻撃に対する備えができており、向かってくるシエスタに反応してさっと盾を構える。 しかしシエスタは強引に盾の上から斬り付けるような事はせず、ワルキューレの前で踏み止まると下から構えられた盾を思い切り蹴り上げた。 予想外の方向からの衝撃に盾を弾かれて体勢を崩した隙に、腰をすかさず全力で斬り付けてまた一体倒す。 ワルキューレはギーシュの指示によって動いている関係上、事前に想定していなかった状態になると立て直すのが遅れるのだ。 一見して見事な戦い方のようだが、見る者が見れば速さと力は並外れているが動作自体はあまり洗練されていない、ということにすぐに気が付くだろう。 呪歌の効力によって攻撃の素早さや力強さは段違いに上がっているが、技量自体が高まっているわけではない。 戦い方も実に大味だが、それに関しては単に未熟だからというだけではないちゃんとした理由があった。 仮に剣技を身に付けた人間相手なら、シエスタも未熟なりに牽制や受け流しなどを交えてもう少し技巧的に戦おうとしていただろう。 だが、今戦っている相手は人間とはまったくその性質が違う。 ワルキューレは基本能力はそこそこ高いが剣技などの技巧は皆無で、その代わりに人間と違って痛覚も恐怖もなく、体は金属製で硬い。 人間相手なら鎧の隙間を突けば軽い攻撃でも有効打となるし、それゆえにフェイント気味の素早いが軽い突きなどで牽制することもできる。 だが全身くまなく青銅製のワルキューレ相手では力の乗っていない攻撃は有効打になり得ないし、当然それに怯むこともない。 それに数が多いので丁寧に一体ずつ相手にしていては不利になるばかりであり、その間に囲まれて集中攻撃を受けてはたまらない。 ここはできる限り素早く倒して数を減らさなければならない。 ならば躊躇わずに一気に防御を崩しに行き、多少強引にでも隙を作ってそこを全力で斬り付け、一撃で倒すことを狙っていく……。 それがシエスタが自分なりに考えて選択した戦い方だった。 そのためにフェイントなどの技巧を駆使しない、全力で振り抜く攻撃ばかりの大味な戦い方になっているのだ。 シエスタは敵を仕留めた余韻に浸る間もなく、すぐに残る二体に対峙しようと体の向きを変えた。 しかし振り向いた時には既に一体が目と鼻の先にまで迫っており、今まさに殴りかからんとして盾を振り上げていた。 「………っ!」 慌てて地面に転がるようにしてどうにかその攻撃は避けたが、そこに残る一体がすかさず拳を繰り出す。 シエスタはとっさに革鎧の小手の部分をその腕の内側に叩きつけるようにして拳の軌道を逸らし、どうにか凌いで体勢を立て直した。 だがその時には既に距離の離れていた二体もシエスタの後ろに回り込んでおり、すっかり体勢を整えたワルキューレたちに取り囲まれてしまっていた。 これでは、もうこの囲みから抜けるのは難しい。 今と同じことをやろうとしても、一体に飛び掛かればすかさず残り三体が背後から襲ってくるだろう。 (よ……、よし! 少し冷や汗をかかされたが、これで何とかなる!) ギーシュは内心で安堵する。 まさか平民の、それもただのメイドがこれほどの使い手だとは思ってもみなかったので、ワルキューレを次々と撃破された時は少々焦った。 だが先程ワルキューレ二体がかりでの攻撃を切り抜けた時は相当際どい様子だったから、こうして四体で囲んで攻撃すれば流石に避けきれはしまい。 いかに動きが速かろうが太刀筋が鋭かろうが、革鎧を着ただけの生身の人間。青銅の拳や盾が直撃すれば痛みで動きが鈍るはずだ。 そこへ周囲から数発追撃を入れてやれば一気に逆転、勝負を決められる。 だが、ここで気を抜いてまたワルキューレを失えば今度こそ勝利が危うくなるだろう。 ギーシュはここまでの反省から今度は余裕ぶった態度も取らず、周囲を取り囲み終えると即座に杖を振って一斉に攻撃を仕掛けさせた。 シエスタは正面から盾で殴ろうとしてきた一体のワルキューレの懐に、姿勢を低くして飛び込んだ。 攻撃を仕掛けようと盾を掲げたために隙だらけになった脚から腰に掛けて、一気に斬り上げるようにして倒す。 そしてその勢いのまま、身を捩るようにして横へ飛んだ。 シエスタに迫っていた一体のワルキューレの拳は間一髪で脇を掠め、今倒した相手の体を打つ。 だが、身を捩りながら飛び退いた先に向かってきた、もう2体の攻撃はかわせない。 シエスタは咄嗟に体を捻って、斜め前方から向かってきたワルキューレの拳をかろうじて防具の硬い部分で受け止めた。 しかし、背後から迫っていたもう一体が、脇腹を盾で強く殴りつけた。 たかが革の防具などでは殺しきれない威力の、常人なら体を折って悶絶するような強烈な一撃だった。 シエスタは攻撃を受けたと悟った瞬間、思わず目をぎゅっとつぶって襲ってくるであろう痛みを必死にこらえようとした。 だが。 (……………、えっ?) シエスタは、覚悟していた苦痛が無い事に気が付いた。 受けた攻撃が決して弱いものでなかったことは間違いない、それは感じ取れた。 だが、その攻撃は実際のダメージをまるで伴わない、形ばかりの痛みと衝撃しかもたらさなかったのだ。 まるで毛布を何重にも分厚く体に巻き付けた、その上から殴られたかのように。 (これも、あの人の歌の………?) シエスタはワルキューレたちがここぞとばかりに追撃を掛けようと向かってくるのに気が付くと、困惑を振り捨ててぎゅっと剣を握り直した。 自分を殴りつけた背後のワルキューレを蹴り退け、正面で拳を振り上げたワルキューレの脇をその勢いで駆け抜けざまに斬り捨てる。 相手は苦痛で身動きが取れまい、と油断しきっていたギーシュは、まるで痛みなど感じさせないその素早い動きに全く反応できなかった。 「ばっ……、馬鹿な!?」 シエスタはギーシュが狼狽して指示を出せないでいる間に、素早く踵を返して先程自分を殴りつけた背後のワルキューレも袈裟懸けに斬り捨てる。 ギーシュは我に返ると、慌てて最後に残ったワルキューレを戻らせ、自分をガードするよう命じた。 だが、今更守りを固めたところで、ワルキューレは既に残り一体。 連携作戦も取れない以上、もうギーシュに勝ち目はない。 血気に逸ったシエスタはそう確信し、一気に片を付けようと突進していった。 今の自分に勝てるものなどいるのだろうか? 歌のもたらす高揚感も手伝って、そんな考えさえ、心に浮かんでくる。 つまるところシエスタは、やはり素人であった。 一流の戦士ならば、単純な動きしかできないゴーレム同士での連携よりも、ゴーレムとメイジの連携の方がずっと脅威であることを失念したりはするまい。 加えて、後がない状況に追い詰められた敵は往々にして覚悟を決めて、最後の激しい抵抗に出てくるもの。 そこへ攻め込んでいかねばならないこの状況は、先程までと同様心してかかるべき正念場であり、決して消化試合などではないのだ。 敵に対する然るべき敬意、すなわち警戒心を忘れたものは、往々にして手痛い代償を支払わされることになる。 シエスタはギーシュの前で盾を掲げて防御姿勢を取ったワルキューレに突撃すると、盾で守られていない側面から一気に斬り裂きにかかった。 狙い過たず、刃は防御姿勢を取ったまま棒立ちのワルキューレに食い込んでいく。 事前に防御の態勢を整えていたにも関わらず、全く反応せずに棒立ちで両断されていくワルキューレを見て、シエスタは一抹の不安を覚えた。 今のは、攻撃に対する反応が間に合わなかったのではなく、最初から対応させる気が無いように見えた。 最後に残った一体のゴーレムで必死に対抗しようとせず、操作を放棄した? と、すれば、 それは、つまり………。 「……あ……、っ!?」 はっとして顔を上げたシエスタの目に、倒れていくワルキューレの陰からこちらに向けて薔薇を突きつけているギーシュの姿が飛び込んでくる。 その目には今までのような余裕も、気取りも、女性への遠慮も……、そして焦りも、狼狽も感じられない。 シエスタが駆け寄るまでの数瞬の間に、ギーシュは相手の強さを認め、これまでの自分の数々の慢心と自惚れを反省した。 そして勝敗はどうあれ、ただ最後まで全力を尽くそうという覚悟と決意とを固めた。 その、闘志の炎だけが燃えていた。 何か対応せねばとは思えど、全力で振り下ろした刃がまだワルキューレの体に食い込んだままで、満足に身動きが取れない。 背後のギーシュの動向に対してまるで無警戒であったために、完全に意表を突かれた。 「――――この時を待っていた! くらえ、『石礫』だァーー!!」 杖の先から飛び散った多数の薔薇の花びらがそれぞれ石礫に変化し、高速の散弾となってシエスタに襲い掛かる。 ギーシュが最後に残ったワルキューレを囮として、残る精神力を振り絞って勝負をかけた攻撃だ。 シエスタは咄嗟に剣から手を離し、飛び退きながら顔などの急所をガードしようとしたが、間に合わない。 石礫は容赦なくシエスタの体を叩きつけ、何発かは鎧に覆われていない剥き出しの部分に命中した。 普通なら致命傷にはならないまでも打たれた場所が内出血を起こし、骨にはひびが入り、大きな被害を受けるであろう攻撃だ。 だが、ギーシュの顔には快哉の笑みは無く、緊張した面持ちのままシエスタの様子を伺っている。 つい先程同じような状況で油断して反撃を受け、ワルキューレを壊滅状態にさせられた件を忘れるほど愚かではない。 もっとも、これに耐え抜かれたらもう油断もくそもなく、精神力もほぼ尽きているしこれ以上打つ手もない自分の負けは確定なのだが……。 例えそうなるとしても、油断した無様な姿を晒して負けたくはなかった。 果たして彼が懸念したとおり、シエスタは無事であった。 石礫にまともに撃たれても顔をしかめて一瞬怯んだだけで、やはり倒れなかったのだ。 ギーシュの最後の攻撃も、ディーキンの『武勇鼓舞の呪歌』による守りを打ち破るには至らなかった。 苦痛に怯まないだけならまだしも、剥き出しの肌をあれだけ打たれても傷ついた様子さえないのは不思議だったが……、 どうあれ、この期に及んで抗議や言い訳などは無様なだけだな。とギーシュは自嘲して、疑問を頭から追いやった。 「……まいった、僕の負けだ」 ギーシュは杖を捨て、降伏した。 それを見た周囲の観衆からどよめきや歓声、野次などの様々な反応が巻き起こる。 ディーキンもひとつ頷いてにこりと笑みを浮かべると、クライマックスを弾き上げて演奏を終えた。 だがシエスタは呆然とした様子で打たれた部分を撫で、それから捨てられた杖と手放した剣とを交互に見て……、 やがて、ゆっくりと首を横に振った。 「………、いいえ……、いいえ、ミスタ・グラモン。 私の負けです、ありがとうございました」 そう言って深々とギーシュに頭を下げ、次いで背後のディーキンの方を振り返って、同じように頭を下げた。 せっかく応援してもらったのに勝てなくて申し訳ありません、というように。 ギーシュは呆気にとられ、ディーキンは二、三度まばたきして首を傾げた。 周囲の観衆も、あまりに思いがけない展開の連続にがやがやと騒ぎ、首を傾けながら決闘の当事者たちを見守っている。 「……い、いや、何を言っているんだね? 誰が見ても君の勝ちだよ、残念だが僕にはもう、戦う力は残っていないんだ……」 「いいえ、私はミスタ・グラモンが杖を捨てられるより先に、思わず自分の剣を手放してしまいました。 杖を失ったメイジが負けとなるのなら、剣を手放した平民も同じのはずです」 シエスタはそう言って静かにギーシュの方に歩み寄ると、先程彼が落とした杖を拾って、もう一度頭を下げてからそれを差し出す。 その敗者らしい礼儀と顔に浮かぶ力のない微笑みを見て、ギーシュにもシエスタがおためごかしなどではなく、本心からそう言っているのはわかった。 だが、それであっさり納得して喜べるほどには彼のプライドは安くない。 ギーシュは差し出された杖を受け取らずに、悔しげに顔をしかめてシエスタを睨んだ。 「待ちたまえ、そんなことは事前に決めていなかったはずだ。 剣を手放したと言っても君は無傷で、僕にはもう、戦える力が残っていない。悔しいが、素手で君に勝てないのは、やってみなくてもわかる。 誰が見ても君の勝ちさ。君が勝者として僕の降伏を受け容れてくれない限り、その杖を返してもらうわけにはいかないよ」 「いいえ、私がミスタ・グラモンと戦えたのは、ディーキン様が応援してくださっていたからです。 それなのに……、それに最後まで全力で戦うとお約束したのに、それを忘れて、私は、……」 シエスタは口篭もって俯いた。 悔しさに唇をかみしめ、少し震えて、目に涙まで浮かべている。 彼女がこの戦いを自分の負けだと感じたのは、本当を言えば剣を手放したから、などという形式的な理由からではなかった。 ギーシュは、誰が見ても自分の負けだと言った。 だがそれ以前に、もしディーキンの歌による援護がなければ、自分はとっくに倒されている。 他の誰が知らなくても、自分にとっては明らかなことだ。 他人の援護のお陰で戦えているだけだと知りながら、最後には慢心し、自分のものでもない力に思い上がってしまった。 虚栄と傲慢の罪に塗れてしまった。 その結果が、あの被弾である。あれは、歌の力によって守られていなかったら、致命的だっただろう。 苦痛こそ殆どなかったが、精神的なショックは大きかった。 最後まで全力でお相手しますなどと約束しておきながら、あんな不義で、恥知らずな考えを胸に抱いてしまった自分が許せなかった。 望外の助力まで得ておきながら、なんという無様な体たらくか。 こんなことで、どうして他人の不義を咎める事などできようか。 「……………、」 ギーシュは神妙な面持ちで、そんなシエスタの姿を見つめた。 何故ここまで彼女が落ち込んでいるのか、どうして勝ちを受け容れないのか、彼ははっきりと理解はしていなかった。 ただ一つだけ確信したのは、このメイドが高貴な心を持っているという事。 おそらくは、貴族である自分以上に――――。 「……分かった、それではこの戦いには勝者はいないということだ。 それでも、たとえ君が勝者でなくとも、僕が敗者である事は変わらない事実だ」 そうきっぱりと宣言すると、人ごみの中にモンモランシー、ケティの姿を見つけて、詫びの言葉を述べてから深々と頭を下げた。 それからシエスタとディーキンにも向き直って、同じように。 「すまない、2人とも、僕が悪かった! ……君たち2人に責任を負わせようとしたのは、僕が間違っていた。この通りだ!」 それを聞いてシエスタはハッと顔を上げると、慌てて自分も礼を返した。 「そ、その……、私の方も、貴族様に逆らうような事をしてしまって申し訳――――」 「いや、あれは悪いのは僕の方だった。君に否はない」 ギーシュはその言葉を押し留めると、剣を拾ってシエスタに差し出した。 「君は自分が敗者だと言うが、今、僕が否を認められたのは君の……、いやあなたのお陰だということを忘れないでほしい。 そのあなたが堂々と胸を張っていてくれないと、僕がますます惨めになるだろう?」 「あ………、は、はい!」 2人がそれぞれ剣と杖を差し出して交換すると、誰かが拍手を始めた。 それを皮切りに、すっかり静まり返って事態を静観していた観衆から満場の拍手と喝采が沸き起こる。 ディーキンは何か場に会った演奏をしようかとリュートに手を掛けたが、周りの様子を見てもうその必要もないと悟ると、自分も拍手に加わった。 こうして、誰も傷つかず、誰もが勝者であり敗者であるという、奇妙な決闘は幕を閉じた。 後にディーキンによって詩の形にされ、永く歌い継がれることになる物語を残して………。 前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6035.html
前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 十三話 トリステイン魔法学院では、多くの貴族の子弟や教師である貴族が生活している。 当然、生活に携わる様々な雑事を行う平民、つまりそれら貴族にかしずくものも数多い。 家具などをはじめとする調度品の修繕、管理をする執事やフットマン。 町から離れているため馬や馬車もあり、その世話をする下男や馬丁、馬車があれば無論御者もいる。 そして、食事の際の給仕や掃除洗濯を担う多くのメイド。 ルイズの唯一の友人であったシエスタは、そのメイドとして魔法学院に所属する立場だ。 そのシエスタの心は、今ほとんどが驚きによってしめられている。 魔法学院に通うギーシュ・ド・グラモンから、激しく問いただされながらも、シエスタは恐怖ではなく驚きを感じていた。 大半の貴族は、いついかなる時も平民を意識しない。 かしずかれていることが当然だからだ。 シエスタ達が会釈をしながら給仕をしたところで、何か言うこともない。 だがルイズをはじめとする幾人かの貴族、そして一部の教師達は平民を人間として認識している。 ギーシュが入学して最初の食事で、給仕をしたシエスタは礼を言われたことを覚えている。 同級生にはやし立てられ、以降は給仕する人間にだけ聞こえる程度に声をひそめるようになってしまったが、礼の言葉を聞いたのはシエスタだけではなかった。 「親の躾がいいのか、とんでもない女好きかのどっちかだな」 という料理長マルトーの言葉に、そのとき厨房にいた全員が笑っていた。 それは至極好意的なもので、決して悪意の込められたものではない。 だからこそ、だからこそ今、トリステイン魔法学院のアルヴィーズの食堂で、自分を罵る男がギーシュだと、シエスタは信じることが出来なかった。 ゆえに、シエスタの心は驚きによってそのほとんどがしめられている。 転んだ拍子に膝を床で打ち、手に持っていたトレイをその上のケーキごと放り投げた。 トレイを投げ込んだ先で悲鳴があがったとき、シエスタの心に浮かんだのは一縷の希望。 顔を上げる前に、どうか被害にあったのが同僚であるように、という願いは叶わない。 救いをもたらす蜘蛛の糸は、貴族の証であるマントを見た瞬間に掻き消えた。 だがその貴族がギーシュであると認識し、シエスタの目の前に再び蜘蛛の糸が姿を見せる。 恐怖ではなく、深い謝罪の気持ちがシエスタの心をしめた。 シエスタが謝罪の言葉を口にしようとした刹那、それはギーシュの言葉に遮られる。 「なんてことをしてくれるんだ!?」 怒りをあらわにし、口から怒気そのものといった言葉を投げ放つ。 「平民は最低限の礼儀作法すら知らないのか!?」 赤みが差したシエスタの膝を気にすることもなく、足下の砕かれた香水瓶だけに注視する。 シエスタと同じようにデザートを配っていたメイドたちも、平民を人間扱いしてくれていた普段と、あまりにもかけ離れたその態度に驚きや失望の表情を浮かべていた。 その理由は明白だ。 やはり貴族は貴族でしかないのだと。 しかしシエスタはそんな言葉を投げかけられても、まだ失望にはいたっていなかった。 自分がしでかしてしまった不始末に対しての叱責も、甘んじて受けている。 貴族たちが持つそれとは違うが、平民たちにも誇りというものが存在していた。 料理長のマルトーが、自らの料理に自信を持つように。 メイドたちは給仕の際、空気のように振舞うことを当然と思っている。 誰からも意識されることのない空気どころか、衆目の関心を集めている今の状況は、シエスタにとって恥ずべきものに他ならない。 であるからこそ、自らの失態に対するギーシュの酷な物言いも必然と受け止められる。 うなだれシエスタの心は、口から出る謝罪の言葉と等しかった。 ギーシュの詰問が、たった今シエスタが起こした失態のみ、もしくは過去に遡ったとしても個人に対してであれば、それほどの時間を必要とせずに事は収束しただろう。 知らぬうちに平民たちから得ていた人望を、どぶに投げ捨てるだけですんでいたはずだ。 ところが今、ギーシュは心の平衡を失していた。 ある種喜劇のように、ギーシュは自らの足場を切り崩していく。 ギーシュ・ド・グラモンは心の平衡を崩していた。 いくつかの要因があってのことではある。 一つはつい先刻、ブラムドに圧倒的な力の差を見せ付けられたこと。 自身の予想の甘さが、そして余計な挑発が招いたことでもあったが。 そして今一つは、その後モンモランシーに慰められたことだ。 無論、慰められたことに喜びもある。 しかしそれでも、貴族としての誇りが、男としての矜持が、ギーシュの心を揺らし続ける。 モンモランシーが近くにいれば、笑顔を浮かべる程度の虚勢は張れた。 だが食堂に入り、席が離れてしまえばその必要もなくなってしまう。 普段であればくだらない話をする友人たちから話しかけられても、気のない返事をするか無視するといった有様だ。 陰鬱な黒さが、ギーシュの心を塗り潰しつつあった。 往々にして大きな出来事というものは、小さな因子が積み重なった上に起こる。 ギーシュの様子に、その他愛もない友の一人、マリコルヌ・ド・グランプレが幾度か呼びかけていた。 ところが何度呼んでも真っ当な返事は得られない。 貴族である誇りからか、重ねてきた経験の少なさからか、彼ら貴族が持つ自制のたがは小さく、しかも外れやすいものだ。 「おい、ギーシュ!」 マリコルヌの手がギーシュの肩を掴み、振り返らせる。 そのはずみで、ギーシュの懐から一つの香水瓶が零れ落ちた。 モンモランシーから送られた香水瓶が。 床に落ちた衝撃でも運良く割れなかったそれも、シエスタの踵と床に挟まれてはひとたまりもない。 香水瓶によって体の平衡を失ったシエスタは、抗うこともできずに転んでしまう。 いくつものケーキが乗せられたトレイを放り投げながら。 マリコルヌに振り向かされた横顔に、ケーキごとトレイが投げつけられる。 声をかけようとしていたマリコルヌは二の句が継げない。 ケーキや皿が落ちる音に周囲の人間も振り向くが、同じくとっさに言葉は出なかった。 当のギーシュにしても、すぐに事態を把握することなどできるはずがない。 ケーキのクリームで一時的に張り付いていたトレイも、自重で床へと落ちる。 その下から現れるのは、フルーツやクリームで彩られたギーシュの姿だ。 トレイが落ちた一瞬のあと、マリコルヌは笑いがこみ上げるのを感じた。 二瞬のあと、怒気に色付けられたギーシュの表情に、その笑いを飲み込む。 三瞬のあと、第一声を放ったのはギーシュだった。 「なんてことをしてくれるんだ!?」 その身に貼り付いたフルーツやクリームは、ギーシュの視界を遮っていない。 トレイがぶつかった衝撃で麻痺しているのか、大した痛みも感じていない。 ギーシュの目には、砕けた香水瓶だけが映っていた。 一年前、魔法学院に入学した当日、ギーシュは余所見をしていて誰かを転ばせてしまった。 謝罪をしながら振り向いたギーシュは、転ばせてしまった少女の可憐さに呆然とする。 その少女、モンモランシーが立たせてもらうために上げた手に、一瞬気付かないほど。 「女の子には、優しくするものよ?」 手を貸されて立ち上がった後、モンモランシーが戯れにいった言葉を、ギーシュは今でも律儀に守っている。 二人は自己紹介を交わして打ち解け、それから一年が経つうちにとても親しくなった。 そして今日、ブラムドとの事件のあと、モンモランシーが香水瓶を差し出していう。 「あなたのために、作ったのよ」 白皙の頬を染めながら、つぶやくような一言を、ギーシュは心に留め置いている。 その大切な香水瓶を踏み砕かれ、しかも心を黒く塗り潰していたギーシュは、自分の口から溢れ出る言葉を止めることができなかった。 「平民は礼儀作法も知らないのか!?」 口に出していながらも、ギーシュは常からそう思っていたわけではない。 あまり裕福とはいえない領地では、当然平民との距離も近しくなる。 平民たちと食卓を囲んだこともあった。 だが今ギーシュの口から次々と溢れる言葉は、同級生たちに影響されたためか、平民への蔑視に満ち溢れている。 そしてギーシュは、悪魔に囁かれたかのような自身の変貌に、まだ気付いていない。 「モンモランシーが僕のために作ってくれた香水を、一体どうしてくれるんだ!?」 この言葉で、ギーシュは奈落へ続く階段を一段下りた。 不意に、人垣を分けて一人の少女が姿を見せる。 「ケティ?」 ギーシュに名前を呼ばれた少女は、目に涙を浮かべながらつぶやく。 「ギーシュ様、やはりミス・モンモランシーと……」 ギーシュにとって、この一言はあまりにも思いがけないものだった。 思いもかけず、あまりに当然すぎる問いかけをされたため、返事をすることもできない。 ケティはその態度を、不実が暴露されたことによる狼狽だと誤解する。 そして怒りと悲しみに心を染め、それ以上何を言うこともなく人垣の中へと消えた。 取り残された形のギーシュだが、ケティの態度の意味が理解できない。 態度を決めかねていることが、致命的な誤りだということにも気付けない。 さしたる時間も経ないまま、ケティが消えた先とは違う人垣が開かれる。 そこに立つのは、怒りを押し殺し、笑顔を浮かべたモンモランシーだ。 察しの良いものならば、その表情に秘められた感情に気付いただろう。 ところがギーシュはひどく鈍かった。 「ギーシュ、あの子はだあれ?」 言い方だけは甘やかだったが、人垣の大多数はそれに含まれる恐ろしさに気付いている。 「一年のケティ・ド・ラ・ロッタだよ。先日ラ・ロシェールの森へ遠乗りに誘われてね」 ざわついていた人垣が静まりかえる中、ギーシュは奈落へ続く階段の二段目を踏んだ。 「そう……。喜んでくれた?」 「ああ、とても喜んでくれたよ」 ギーシュの表情は、むしろ晴れやかだった。 ただし、彼は決して開き直っているわけではない。 とある方面で非常に優秀な父親や兄の影響で、女性への態度が非常に洗練されていること。 そしてその整った顔で非常に、非常に誤解を招きやすかったが、ギーシュ自身はとても純朴な少年だった。 彼にとって不幸なことは、魔法学院内でその事実に気付いているのが極々少数だという事実と、モンモランシーが大多数に含まれていることだったろう。 モンモランシーが無言でギーシュに近付き、フルーツとクリームで彩られたその頭に、鮮やかな赤を振りかけた。 愕然とするギーシュと、無表情になったモンモランシーは視線を合わせる。 「さようなら」 とだけ告げ、ケティと同じようにモンモランシーは人垣の向こうへ消えた。 ギーシュは混乱の極みにある。 彼にとって、ケティの誘いを受けたのはモンモランシーとの約束を守ったことだ。 女の子に優しくするという約束を。 ケティの態度で起こった混乱に、モンモランシーの態度が盛大な拍車をかける。 年若く経験の少ないギーシュは、偉大と信じてやまない先人の言葉に頼ろうとした。 つまり、とある方面で非常に優秀な父親と兄のそれに。 ……ワインを引っかけられたぐらい、笑って許すのが男の度量だ。 どんな名言も価値のある至言も、使う時を誤れば、呆れるほど容易に世迷言へ姿を変える。 しかも悪いことにギーシュが心の中から拾い上げた言葉は、名言でも至言でもなかった。 それを言った当人でも、なぜ今その言葉を使うのかと首をかしげたに違いない。 そもそも引っかけられたという程度ではなく、ぶちまけられたというのが正しいだろう。 「仕方のない人だ」 とギーシュが笑ってつぶやいたところで、人垣の構成員たちは狂ったのかと思うだけだ。 幸か不幸か、ギーシュはその事実に気付くこともなかったが。 黒く染まっていたギーシュの心が、二人の少女がもたらした混乱によって、いつの間にかぬぐわれていた。 しかしこびりついていた残りかすが、暗く口を開ける奈落へ向けて、少年の背中を押す。 ギーシュがシエスタにいった最後の言葉には、嫉妬が含まれていた。 かつて偶然見かけた光景、ルイズがシエスタに屈託なく笑いかけていたその光景に、ギーシュは深い嫉妬を覚えていた。 ギーシュには、素顔の自分をさらけ出せるような相手は学院には存在しない。 小さなことを、平民への礼の言葉をあげつらうような同級生しか。 モンモランシーならばと思ったこともあるが、男としての矜持と若さがそれを許さない。 その嫉妬が、悲劇の幕を開く。 「もういい。せいぜいあのゼロに慰めてもらいたまえ」 いつの間にか人垣の外に、状況を見守る三つの視線が増えていた。 ルイズたちに先んじて食堂に到着していた、ブラムドと二人の教師たちだ。 ともあれギーシュを止めようとするコルベールを、ブラムドとオスマンが押しとどめる。 「ひどいことにはならぬようにする」 というオスマンの言葉に、コルベールも不承不承ながら従う。 ただし、オスマンの目に浮かんでいた面白がるような光を見逃してはいなかったが。 「眠りの鐘を準備しますか?」 「いらん。魔法の力で有耶無耶にしても、後顧に憂いが残るだけじゃ」 提案をしたコルベールも、オスマンの正しさに首肯する。 二人の教師を横目に、ブラムドはシエスタへと視線を送っていた。 主であるルイズが自ら紹介した、身分の違う友人へ。 ブラムドが友と呼ぶ一人の魔術師、アルナカーラでさえ、魔術師が蛮族と呼ぶものたちに友はいなかった。 時代が、そうさせなかったのかもしれない。 今、別の世界にいるブラムドは、友と呼ばれたシエスタがルイズをどう思っているのか、この一件を一つの秤にしようとしていた。 ギーシュの一言で、うなだれていたシエスタの頭が持ち上がる。 その瞳には光が差していた。 それは詰問から開放された喜びでも、貴族に対する恐れでもない。 友を侮辱されたことへの怒りが、その目に宿っていた。 シエスタは知っている。 いや、シエスタだけが知っている。 ゼロという言葉が、彼女の友人をどれだけ傷付けてきたか。 ゼロという言葉が、彼女の友人の涙をどれだけ流させてきたか。 シエスタは、自分を友といってくれたルイズへの侮辱を、看過することなどできなかった。 腰を伸ばしたシエスタの顔から、表情が抜け落ちている。 その中で、目だけが光を放っていた。 「今のお言葉、取り消していただけませんか?」 炯々と光る目に気付き、ギーシュが問おうとした瞬間、口火を切ったのはシエスタだった。 さすがに、ここまで真正面から平民に楯突かれた経験は、ギーシュにも、人垣の構成員たちにもない。 「なんだって?」 余裕を持って応じたつもりだが、ギーシュの声は大きな驚きとささやかな怒りによって、わずかに震えていた。 「ヴァリエール様をゼロと呼んだことを、取り消していただけませんか?」 ギーシュの心を占める、驚きと怒りの比率が徐々に変化する。 少年の心を、再び黒さが塗りつぶしていく。 「なぜだい?」 「あの方は、昨日使い魔を召喚されました。少なくとも、ゼロではありません」 ギーシュの心を塗りつぶす黒は、嫉妬という名前だ。 平民が貴族に楯突くことは、自らの首を処刑台に据えるに等しい。 貴族の気分で殺された平民は決して多くはないが、探すのが難しいほどでもなかった。 殺されないまでも、手足を折られたり切られたりといった程度であれば、探す必要もない。 そんな危険をおかしてまでも、たかだか一つの言葉を取り消させる理由が何か、もちろんギーシュは気付いている。 気付いているからこそ、自分の傍らにそんな友がいないからこそ、その嫉妬は強い。 「ゼロが一になったところで、大して変わりはないさ」 ギーシュの言葉は、ある意味で助け舟に等しい。 うなずきさえすれば、もう一度謝りさえすれば、ギーシュの暗い喜びは満たされただろう。 だがシエスタはかたくなだ。 「いいえ、ゼロと一では大きな違いがあります」 それゆえにギーシュの嫉妬は強く、自身の卑小さを悟らざるを得なくなる。 今、自らを犠牲にしても悔いはないというほどの友がいないこと、もし友を王家や有力貴族に侮辱されたとして、自分は同じことができるだろうかと。 その感情が、ギーシュの口を滑らせる。 「君は、平民の分際で貴族に楯突くつもりか?」 食堂へ入ろうとしていたキュルケと、食堂から駆け出そうとしていたモンモランシーがぶつかった。 ひとまず文句を言おうとしたキュルケだったが、モンモランシーの目に滲む涙に気付く。 「どうしたの?」 モンモランシーの様子に、そして食堂の一角に作られた人垣に、三人の少女が気付いた。 前からモンモランシーに恋の相談を受けていたキュルケは、何とはなしに事態を把握する。 「ギーシュ?」 こくりとモンモランシーがうなずく。 「浮気?」 再び、モンモランシーがうなずく。 そのまま声を殺して泣くモンモランシーに、キュルケはその豊かな胸を貸す。 事の次第が理解できないルイズとタバサは、不思議そうな顔を見合わせるだけだ。 だが人垣の中から上がったギーシュの声に、ルイズは表情を凍らせる。 「もういい。せいぜいあのゼロに慰めてもらいたまえ」 怒気をみなぎらせるルイズの様子を眺めながら、キュルケはモンモランシーへ自室へ戻るように促す。 一歩、二歩と人垣に近寄るルイズの耳に、聞き慣れた声が聞こえた。 「今のお言葉、取り消していただけませんか?」 それは友の声だ。 ルイズの足が止まる。 その肩に手を置きながら、キュルケがつぶやく。 「いい友達じゃない」 キュルケへ振り返ったルイズの顔には、誇らしげな笑顔が浮かんでいた。 そこではっと気付く。 ギーシュの声に続いてシエスタの声が続いたということは、人垣の中心にいるのが二人だということだ。 しかも会話から状況を考えれば、シエスタがギーシュに楯突いている形になる。 貴族の機嫌を損ねた平民がどうなるのか、ルイズもキュルケもタバサもよく知っていた。 慌てて走り出そうとするルイズを、キュルケの腕が絡め取る。 さらに文句を言おうとする口を、空いた片手で塞いだ。 「ちょぉっと、様子を見ましょうよ」 煌めく少年の瞳でつぶやいたキュルケの様子に、ルイズは説得をあきらめかける。 だが友人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。 それは自らを支えてくれたシエスタに対する恩義と、平民を守る貴族たらんとするルイズの誇りが許さないからだ。 なおも軛から脱しようとするルイズに、キュルケが声をかける。 「ひどいことになる前には止めるから」 その言葉に説得された訳ではないが、ルイズは四肢から力が抜けていくのを感じていた。 ついさっき、朝食の栄養分を使い果たしていたことへ、ルイズは思い至らない。 もどかしくうごめきながら、ルイズはシエスタとギーシュのやりとりを聞くことしかできなかった。 そのルイズを抑えながら、キュルケは人垣の中から聞こえる声に耳を奪われる。 平民と貴族を隔てる垣根の低いゲルマニア、その母国と魔法学院があるトリステインの違いを、キュルケは一年間のうちに学んでいた。 歴史や伝統というものがどれだけ人の心を蝕むのか、増長する貴族とひれ伏す平民の姿に表れる。 そのトリステインにいながら、友のために貴族へ楯突く平民がいることが、キュルケの心を震わせた。 その感動を、ギーシュの言葉が切り裂く。 「君は、平民の分際で貴族に楯突くつもりか?」 キュルケはギーシュを知っていた。 それはただの同級生としてではなく。 立ち居振る舞いとは裏腹な純朴さを見抜いていた。 平民を人間として見ていたことも知っている。 そのギーシュが、よりにもよって権威を振りかざした。 鋭く、熱く、純粋な怒りが、キュルケの口から放たれる。 「そこまでにしておきなさい!!」 人垣が、二つに割れた。 前ページ次ページゼロの氷竜
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2189.html
魔法学院の朝は静寂に包まれている。 食事の準備のため、厨房で働く平民が水を汲む音。 夜の警備を担当していた衛兵が、詰め所に戻って交替するなど、朝の物音などせいぜいその程度だった。 シエスタの朝は早い、魔法学院としてメイドで働いていた彼女は、朝食の準備が始まる前に一度目を覚ます。 早起きして体をほぐすと、日課となっている波紋の鍛錬をしたり、系統魔法の勉強などをする。 時々、二度寝をして布団の中でまどろみに包まれ、幸せを堪能している事もあるが、おおむね彼女は勤勉で働き者の「生徒」だった。 この日も、シエスタの朝は早い。 彼女は、ベッドの上に座り、朝日にに照らされながら、ボロボロの日記帳を読んでいる。 その日記は彼女の曾祖父、ササキタケオの残した日記だった。 シエスタは、曾祖母の血を最も濃く受け継いでいる。 曾祖母であるリサリサはハルケギニアの系統魔法とは違う、独自の技術、すなわち「波紋」の継承者だった。 オールド・オスマンは、吸血鬼に襲われた時、リサリサの波紋に助けられた、その時見た波紋の輝きはオスマンの脳裏に鮮明に焼き付いている。 命を助けられたオスマンは、東方から歩いてやって来たというリサリサと情報を交換し、互いの立場を明らかにした。 驚くべき事に、リサリサはハルケギニアでも東方でもない、まったく別の世界からやって来たのだと言う。 オスマンは、自身の立場を使ってリサリサの立場を保証する代わりに、「波紋」の技術を教授された。 そして一年後……タルブ村に、大きな鉄の塊で降り立った男性が居ると、風の噂を耳にした。 その男性はササキタケオといい、ニッポンという国の出身だと言う。 リサリサと同じ世界の出身だということは分かったが……リサリサと、ササキタケオの間には、十年以上の時間のずれがあったらしい。 元の世界に変える手がかりを掴むため、二人は情報を交換し合い、行動を共にするようになり……そしていつしか、二人は共に暮らすようになっていた。 同じ世界の出身だから二人は惹かれたのだろうか? シエスタは日記を読みながら、曾祖父と曾祖母の二人が、どんな生活をしていたのか想像した。 曾祖母は人前では厳しい態度を崩さず、ハルケギニアの貴族に引けを取らないどころか、それを凌駕するような凛とした迫力を持っていた。 しかし曾祖父は、リサリサの時折見せる笑顔がとても可憐であったと日記に書き残している。 一方、リサリサもまんざらではなかったようで、時折曾祖父の仕事を手伝ったり、互いの故郷の話をしあい、笑いあい…… とにかく、二人は両思いだったらしい。 日記を読み進めていくと、何度もめくられ、縁はボロボロになり、水に濡れた跡が残るページがあった。 それは、リサリサが妊娠したと分かったときのページ。 リサリサは、波紋の影響か、五十代半ばを過ぎても二十代前半の若さを保っていた。 そのことを告白した時、曾祖父は『それでも貴方が欲しい』と言ったらしい。 そして二人は結ばれ、リサリサは妊娠し、10ヶ月後待望の赤子を授かった。 それからは幸せな生活だったのだろう、日記には赤ちゃんのこと、タルブ村で育てた葡萄畑のこと、他の村民との交流などが書かれている。 ……だが、子供が生まれて一年も経たないうちに、リサリサの姿は消えてしまった。 それは突然だった、曾祖父とリサリサが、子供をタルブ草原で遊ばせていた時、大人がすっぽりと収まるほどの、大きな楕円形の鏡が現れた。 子供の間近に現れたそれを見て、リサリサは血相を変え、呟いた。 『ヴェネツィア…!』 狼狽えるリサリサの目の前で、子供がその鏡に手を出そうとした、いや、既に手を差し込んでいたかもしれない。 リサリサは慌てて子供に駈け寄り、鏡から引き離したが……まるで子供の身代わりになるように、リサリサの体は鏡へと吸い込まれ始めた。 曾祖父がリサリサの手を掴み、鏡から引っ張り出そうとするが、リサリサの体は鏡へと吸い込まれるばかりだった。 一分も経たぬうちにリサリサの体は首まで吸い込まれ、鏡もその大きさを半分以下にまで縮めていた。 最後の最後で、リサリサは、絞り出すような声で、必死の思いを乗せて叫んだ。 『私は、私の本当の名前は………』 「エリザベス・ジョースターか…」 ぱたん、と本を閉じる。 シエスタはそのまま本を枕元に置くと、窓から外を見た。 早朝の日差しは、澄んだ空気と相まって鋭さを感じさせていたが、朝食が近くなる頃には鋭さは影を潜めている、柔らかい印象を与えているとも言えよう。 シエスタは両腕を上に上げて背伸びをすると、制服へと着替えて部屋を出た。 ドアノブをひねると、ガチャリと音が立つ。 内向きに開く扉を引くと、扉の前に立っていた誰かがハッと息を呑むのが分かった。 「…キュルケさん?」 そこに居たのは、ラグドリアン湖で分かれた、キュルケだった。 「はぁい、シエスタ、元気だった?」 そう言ってキュルケは、ほんの少しだけ気まずそうに笑う。 自分の頬に右手を添えて、何かを誤魔化すように微笑んでいる。 シエスタはキュルケの仕草から、気まずそうな雰囲気を感じ取ると、どうぞと言って部屋へとキュルケを促した。 「キュルケさんは、いつ魔法学院に戻られたんですか?」 「昨日の夜よ。シエスタは?」 「私は一昨日でした」 屈託のない笑顔で答えるシエスタ、それとは対照的に、キュルケの表情は沈んでいた。 「ごめんなさいね、まさかラグドリアン湖にいるとは思わなかったし」 「いえ、いいんですよ。それよりキュルケさんに怪我が無くてほっとしました」 椅子に座ったキュルケと、ベッドに座ったシエスタが向き合う。 キュルケはラグドリアン湖でシエスタ達…実際にはカリーヌ・デジレとだが…と敵対し、水の精霊を襲撃しようとしていたのだ。 「ホントはね。貴族同士なら…まあ、特にツェルプストー家とヴァリエール家は昔から敵対してたから、戦うのは当たり前なんだけど……その後のことよ」 「その後、ですか?」 シエスタが首を傾げて、ラグドリアン湖での出来事を思い出そうとする、脳裏に浮かぶのはカリーヌによって拘束されたキュルケ・タバサ・シルフィードの姿。 むしろ自分がキュルケ達に謝るべきなのか、と思ったところで、キュルケが口を開いた。 「貴方、水の精霊に、タバサの母のこと聞いたでしょ? タバサも私もね、あれがショックだったわ」 「え…ッ」 思いがけない言葉にシエスタが口ごもった。 「ああ、誤解しないで。感謝してるのよ、でも、タバサがそれで自分を責めちゃって…」 「タバサさんが?」 「そうよ、敵対していたはずの水の精霊、それと交渉してまで、母を直す手だてを探そうとする貴方を見て……タバサが落ち込んじゃって」 「どうしてタバサさんが落ち込むんですか、だって、タバサさんは命令されて仕方なく水の精霊を退治しようとしたんでしょう?」 「私もそう思ったんだけど。でも、自分を心配してくれる人と敵対した事実が、どうしても許せないみたい」 シエスタの顔が自然と上を向いた。 何を言って良いのか、一瞬では思いつかない、十秒、二十秒、三十秒と時間が流れていく。 一分を過ぎたところで、ふと、キュルケがこの部屋に来た理由を思いついた。 「……私が怒ってないか、確かめに来たんですか?」 「それだけじゃないわ、タバサに会ってあげて欲しいの。それで、よかったら、怒ってないって直接言ってあげてくれる?」 キュルケの台詞が終わるやいなや、シエスタはベッドから立ち上がった。 「タバサさんの部屋ってどこでしたっけ」 「行ってくれるの?」 「はい!」 大切な友達だから当然だ、と言わんばかりのシエスタを見て、キュルケの顔にも自然と微笑みが浮かんだ。 * タバサは、ベッドの中で小さく丸まっていた。 普段のタバサならば、任務を終えた次の日でも疲れを見せることなく起床し、朝食を取り、授業に参加するのだが、今日ばかりは気分がすぐれず、ベッドから起き出すのが後れてしまった。 シルフィードに乗ってキュルケと共に帰ってきたタバサは、キュルケの心配する声にも答えず、じっと黙っていた。 原因は自分でも理解している、ラグドリアン湖でシエスタは、母を蝕んでいる毒を取り除く方法を探そうと、水の精霊に問いかけていた。 ガリアの北花壇騎士として困難な任務を与えられていたタバサは、かつて父を祭り上げていた一派を暗殺するという、悪趣味な任務をこなしたこともあった。 その時は相手がどんな気持ちで自分と相対したのか、よく理解していなかった。 何年も任務をこなすにつれて、タバサはいつしか『シャルロット』を取り巻く環境がどのようなものか、目の当たりにすることになる。 タバサにとって、無能と呼ばれた叔父は、父を謀殺し、母の意識を奪った許し難き人。 それだけのこと、それだけのことだ。 復讐したいという気持ちはある、けれども今更、復讐をしたところで父は帰ってこない、だから権力闘争などに首を突っ込むつもりはない。 タバサの願いはただ母のため、せめて母の意識だけでも治したい、子供の頃のように、『タバサ』でなく『シャルロット』に笑顔を向けて欲しい、その一心で今まで戦い続けてきた。 王権など眼中に無い、ただ母のため。 母の笑顔のためにタバサは戦い続けてきた。 それなのに周囲は、『シャルロット』がジョゼフを打倒することを期待している。 シエスタは、タバサを『シャルロット』としては見ない。 ただ一人の友人として接してくれる。 母を治すために、自らの体に多大な負担をかける深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)を使い、一瞬だけでも母の意識を取り戻してくれた。 何年もの間人形を娘だと思いこんでいる母、実の娘であるタバサを見ても政敵の刺客にしか見えぬ母、そんな母が一瞬でも笑いかけてくれたのは、シエスタのおかげだと理解している。 そんなシエスタと『敵対』してしまった後味の悪さが、タバサをベッドに縛り付けていた。 * コンコン、と扉を叩く音が聞こえる。 タバサはその音に気づき、びくりと体を震わせた。 返事をせずにベッドの中で丸まっていると、再度ノックの音が響く。 「タバサさーん」 ノックの次に聞こえてきたのは、シエスタの声。 タバサはゆっくりとベッドから体を起こすと、深呼吸して、寝ぼけ眼のまま扉へと近づいていった。 ガチャリと音を立てて扉が開くと、目の前には自分を見下ろすシエスタの姿があった。 「あっ、おはようございますタバサさん」 「……」 屈託のない笑顔で挨拶されると、かえって言葉に困ってしまう。 先ほどまでタバサは、シエスタに嫌われたのではないかと思いこみ、悩んでいた。 それなのに、シエスタはいつもと変わらない様子を見せている。 「あの……お怪我とか、ありませんでしたか?」 「…………」 その上自分の怪我の心配までしている。 タバサは、思いもがけないシエスタの言葉に戸惑っていたが、何とか一言絞り出すことができた。 「ごめん、なさい」 シエスタは、きょとんとした目でタバサを見つめた。 「ごめんなさい」 タバサの瞳から涙が溢れたのを見て、シエスタはタバサの部屋へと足を踏み入れた。 後ろ手で扉を閉めると、シエスタはほんの少し腰を落として、タバサの両肩にそっと触れた。 「あの……謝るのは、私の方です。タバサさんに与えられた任務を、私達が邪魔しちゃったんですから」 シエスタの言葉に、タバサは困惑した。 謝るべきなのは自分だ、シエスタが謝る事なんて無い、そう言おうとしたが言葉にならない。 ただ、嗚咽だけが漏れてくる。 シエスタはそんなタバサの肩をぐいと引っ張り、抱きしめた。 年の離れた妹を世話するときとそう変わらない、少し強引で、誰よりも優しい抱擁でタバサを包み込んだ。 両腕に軽く力を込めてタバサを抱きしめつつ、シエスタは思った。 タバサはどれだけ我慢してきたのだろう、感情を押し殺して、どれだけの任務を果たしてきたのだろうか。 今まで思い切り泣くことも出来ず、我慢し続けてきたに違いない。 リサリサも、どんな事情があって『リサリサ』と名乗っていたのか分からない。 本名を隠す必要がどこかにあったのだろうか、もしかしたら東方にはジョースターという家があり、そこから出奔してきたのかもしれない。 しかし最後にはちゃんと名前を曾祖父に告げてくれていた。 タバサも、シャルロットという名前を隠して、魔法学院で過ごしている。 そこにはどんな苦難があったのだろう、肉体的な辛さもだが、精神的な辛さは、シエスタの想像を超えている。 シエスタは生まれついての貴族ではない、波紋が使えても魔法は使えない、けれども抱きしめることはできる。 シエスタはタバサが泣きやむまで、優しく、その小さな体を抱きしめていた。 * オールド・オスマンの机の上には、何十枚の紙をつなぎ合わせて作られた地図らしきものが散らばっている。 椅子ごと体を浮かせて窓際に移すと、太陽の光が徹夜明けの瞳に差し込み、思わず目を細める。 「朝日が眩しいとは…」 朝日が特に眩しく感じられるのは、体が疲労している証拠である。ふとそんな言葉が頭をよぎった。 「ミス・ロングビルがいれば多少は楽なんじゃがのう」 ミス・ロングビルは今、吸血鬼に関する情報と、アルビオンに関する情報を集めるため学院を離れている。 その原因になった一枚のメモが、地図上に描かれたアルビオンの脇に貼り付けられており、そこには殴り書きで『鉄仮面』『巨馬を操る騎士』とだけ書かれていた。 アルビオンのニューカッスル落城の際、ウェールズ皇太子を連れて脱出した騎士がいると、巷で囁かれていた。 五万の大軍を単騎で駆け抜けたという、剛の騎士。 オスマンがその話を出入りの商人から耳にしたとき、そんなものが存在するはずはない、果敢に戦ったニューカッスル城のメイジ達を称えるために、故意に歪められた噂話だろうと思っていた。 しかし、その騎士は、俗にタルブ戦と呼ばれる戦争において、トリステインに味方し戦ったという。 三枚、いや七枚の翼を持った異形の竜を従えて、最強と呼ばれたアルビオンの竜騎士隊を屠り、戦艦に突入し敵の戦列を混乱させ、アンリエッタ王女とウェールズ皇太子の同時詠唱までの時間を稼いだが…… その騎士は落下する戦艦の爆発に巻き込まれ、死んだと言われている。 どう考えても、メイジの戦い方とは思えない。 泥臭い、あまりにも力任せなその戦い方は、魔法を主体とする貴族ではとても考えられぬ戦い方だと思えた、むしろミノタウロスやサイクロプスなどの亜人種の戦い方に近いだろう。 リサリサの言う『石仮面によって吸血鬼になった存在』ならば、そのような活躍も可能なのではないか…… 確かめてみる価値はある、そう思ってオスマンは、ロングビルに『騎士』の調査を命じた。 ロングビルにとっても、アルビオンに住む親族の安否は気がかりだったので、この提案は渡りに船であった。 「うーむ…すこし休むかの」 オスマンはそう呟くと、大きく欠伸をした。 よいしょと声を上げて立ち上がると、杖を片手にぼそぼそと何かを呟く、すると机の上に置かれた地図やメモがひとりでに折りたたまれ、机の中に収納されていった。 机の引き出しに『ロック』をかけると、オスマンは椅子の背もたれを大きく後ろに倒し、そのまま目を閉じ、頭を休めようとしした。 折りたたまれた地図の上には、いくつものメモが貼り付けられている。 それらは吸血鬼、ミノタウロス、オーク鬼の群れなど、人間に害をなす存在の目撃情報や噂が書かれていたが、どれもオスマンが探している『石仮面による吸血鬼』とは異なっているように思えた。 しかし、ヴァリエール家からの依頼を終えて、魔法学院に戻ってきたシエスタは、一つの大きな手がかりを持ち帰ってきた。 トリスタニアの『魅惑の妖精亭』で回収されたブラシ。 そこには、染料で茶色く染められた髪の毛が数十本絡みついていたのだ。 シエスタがそのうち一本に波紋を流すと、髪の毛はジュウジュウと音を立てて溶け、霧散した。 オスマンはそれを見て血相を変えた、波紋を受けて溶解する髪の毛など、吸血鬼のものに他ならない。 『魅惑の妖精亭』の人間は、既に食屍鬼にされているのではないかと危惧するのは当然のこと、しかしシエスタは店員全員に声をかけ、波紋を流し、食屍鬼ではないと確かめたという。 オスマンは、学院長室から下へと降りる階段を踏みしめつつ、シエスタの言葉を思い出した。 『誰の血も吸わなかったんですね……よかった』 それは『魅惑の妖精亭』の人間が、食屍鬼にされなかったことへの安堵だろうか。 おそらく、違うだろう。 今回、ブラシに絡みついた髪の毛が発見されたことで、オスマンはルイズが吸血鬼であると確信を持つに至った。 その確信はオスマンに『危機感』を与えたが、シエスタには『安堵感』を与えていた。 シエスタはルイズに憧れを持っている、シエスタはルイズを尊敬している。 もし、シエスタがルイズを『無差別に人を襲わない誇り高い吸血鬼』だと認識したら、吸血鬼退治に支障をきたすことになるだろう。 その結果、吸血鬼の動きに遅れを取り、シエスタは殺され、食屍鬼の増殖を防ぐことができなくなる。 シエスタが、ルイズを殺すのを躊躇ったとしたら、それは人類にとって途方もない損失に繋がるだろう。 「吸血鬼が人を襲わなかったとしてもじゃ…吸血鬼の“血”をこの世界に存在させておくわけにはいかんのじゃよ……」 オスマンの呟きは、広い学院長室の中で、響くことなく消えていく。 使い魔のモートソグニルだけが、その言葉を聞いて、ちゅぅと鳴き声を上げた。 * ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、不機嫌そうに顔を歪めていた。 ウェストウッド村の孤児院、その裏手で一人、ふぅとため息をついては空を見上げ、ハァとため息をついては目の前に置かれた薪を割っていた。 「随分不機嫌だねえ」 「別に僕は機嫌を悪くしているわけじゃない」 「そうやって反論するのが子供っぽいのさ」 「……フン」 切り株の椅子に座り、薪を割っていたワルドに声をかけたのは、マチルダだった。 魔法学院の秘書として働く時と異なり、ポニーテールにしていた髪の毛を降ろし、土くれのフーケとして好んで着用していた藍鼠色の服を着ている。 マチルダは、ふて腐れているワルドの顔を覗き込むように腰をかがめた。 「そんなに置いて行かれたのが不満かい?」 「不満? 悔しいが、確かにそれもあるさ。だけど僕が心配しているのはそんなことじゃない」 「へぇ」 「僕は顔を知られている、僕を連れて首都に潜入するのには、些(いささ)かの不安がある。それは仕方ない。だからといってルイズ単独で潜入するのは……」 ワルドの愚痴は、とどのつまりルイズの身を案じているだけであった。 気を取り直して傍らに積み上げられた薪を手に取り、直径30サント、厚さ15サントほどの切り株の上に立てる。 義手になった左手のリハビリを兼ねて、ルイズが帰ってくるまでの間、ワルドは手作業で薪割りを続けていた。 「アタシはレコン・キスタとやらが心配だけどねえ。あの娘ならアルビオンだって転覆できるんじゃないの。仲間(食屍鬼)を作ればね」 マチルダがそう呟いた途端、ワルドは閃光の二つ名に恥じぬ神速の呼吸で手斧を振り下ろした。 スコン、と軽い音がして薪が真っ二つに割れる。 手斧を握りしめたまま、ワルドはマチルダを睨む。 「二度とそんなことを言うな。この薪のようになりたいのか?」 「……冗談よ。悪かったわ。軽率だったよ」 ワルドはフンと鼻で息をし、視線を薪に戻した。 「ずいぶんと素直に謝るんだな。拍子抜けだ」 「あら、アンタはアタシのことどんな女だと思ってたのさ」 「トリステインで君がしていたことを聞く限りでは、てっきり毒婦かと思ったが、毒婦と呼ぶには色気が足りないな」 「ハッ、マザコンにそんなこと言われるなんて、そりゃ光栄だね」 「優しいお姉さんじゃないか」 「……………」 マチルダは呆気にとられたのか、ワルドに視線を向けたままきょとんとしてしまった。 ワルドはそれに構わず、薪を取ってはそれを割っていく。 「なっ、何を言い出すのさ、何を」 「君は僕を“マザコン”だと言っただろう?光栄だね。だから分かるのさ。ミス・ティファニアはこの孤児院の母親だ。君はそのお姉さんと言った感じだな」 マチルダはハァーと長いため息をついた、ワルドの言葉に呆れたのか、張っていた肩をがくんと落としている。 「マザコンって言われて、光栄だとか言う奴は初めて見たよ、あんたの年でさ」 「何、僕はマザコンだけじゃないぞ、ファザコンでもある。なにせ父に理想を教わり、母に固執した僕は、結果として一度トリステインを裏切ったのだからな」 喋りながらも、ワルドは左手に持ち替えた手斧を振り下ろす。 シュッ、と空気を斬る音がしたと同時に、薪は真っ二つに割れた。 マチルダはしばらく無言でそれを見続けた、時間にしてほんの五分だろうか、マチルダはワルドに向かって小声で、こう呟いた。 「なんで、トリステインでもなく、アルビオンでもなく、ルイズなんだい?」 「クロムウェルは、人の死を弄ぶ。ルイズは人の死を背負う。それだけだ」 「僕は父と母を尊敬している。もちろんルイズもだ。その人に仕えると決めたら、いちいち他人の評価など気にしていられん。 僕が子供の頃、魔法衛士隊に憧れたのは、栄誉のためじゃない。それが最強だと呼ばれるからこそ、主君を守る立場だからこそ憧れたんだ」 また一つ、薪に向かって手斧を振り下ろす。 「主君に仕えるとはそういうことだ」 必要最低限の力で振り下ろされた手斧は、吸い込まれるように薪に食い込む。 パコッと小気味の良い音を立て、薪は真っ二つに割れた。 * アルビオンの首都、ロンディニウムに繋がる街道を、数台の馬車が連なって走っていた。 馬車は幌もなければ座席もない、荷物を積むだけの荷馬車であったが、今は人間を運ぶために使われている。 頬や頭に傷を負った、いかにも荒事の得意そうな男達を乗せて、馬車は首都へと走っていく。 荷物を載せる馬車なので定員など決まっていないが、詰めれば八人まで乗れる馬車の上で、一人の女が下卑た視線を浴びていた。 その女性は身長は172サントほど、鎖帷子を着こみ、黒く短い髪の毛を風になびかせている。 童顔ではあるが、ほんの少し張った顎とエラ、そして厳しい視線が幼さを覆し、強い意志を感じさせていた。 隣に座るスキンヘッドの男は、女の姿を見てにやにやと笑みを浮かべた。 この馬車は、盗賊や犯罪者を、腕に覚えのある者を傭兵として集めるために、アルビオン中に手配されたものだった。 そのため、乗っている男達は9割以上がすねに傷を持った者達であり、中には女を襲うことばかり考えている者もいる。 女の隣に座っている男も、そのような考えを持っていたのか、女の体をじろじろと舐めまわすように見つめ、舌なめずりをした。 「なあ、おめえ、男か?女にしちゃ胸が薄いなぁ」 スキンヘッドの男は、隣に座る女に話しかけつつ、手首を握った。 その手首は、細さとは裏腹に、極限まで鍛えられた筋肉の力強さに満ちていた。 どんな仕事をしてきたのだろうか、細い指はカサカサに荒れ、ほんの少し茶色っぽく染まっている。 もしかしてこいつは、本当に男かも知れない、と思った。 「へへ、可愛い顔してるじゃないか。おめえの顔なら男でも慰み者になれるぜ」 スキンヘッドの男は、上玉なら男でも悪くないと思ったのか、手首から手を離して細い顎に手を添えようとした。 「……!?」 瞬間、全身に悪寒が走る。 今まで掴んでいた女の手が、自分の股間に伸びていたのだ。 ゆっくりと、じわりじわりと、粘度の高い液体が服に染みこむ如く、女の手が股間のモノを締め付け始めた。 「ま、待って、まって!」 女の腕力は思ったよりも遙かに強く、手を払おうとしてもビクともしない。 様子を見ていた他の傭兵達が、男のあわてふためく様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべているが、当の本人はそれどころではなかった。 「た、助け」 スキンヘッドの男が助けを求めようとしたその時、股間を握る女は、恐ろしく冷たい声でたった一言だけ呟いた。 「黙れ」 男は、人さらいでもあった。 今まで何人もの女を浚い、時には男を使って欲望を吐き捨てることもあった。 さんざん好き勝手をやって来たのだ、その分危険な目にも逢い続けた。 商隊を襲って、返り討ちにあい、命からがら逃げ出したこともあるし、同業者に殺されそうになったこともある。 命の危機に陥ると、体は危険から離れようと足掻く。 悪あがきだと分かっていても、逃げるために必死で手足を動かす。 今回はそれが無かった。 ああ、俺はココで殺されるのかと納得し、意識はどこかへと飛んでいった。 男が自我を取り戻すのは、それから二時間は後のことだった。 ロンディニウムの前にたどり着いた時き、馬車から降りろと衛兵に言われ、呆けていた意識がやっと元に戻ったのだ。 スキンヘッドの男は、隣に座っていたはずの女がどうしたのか、とても気になったが……妙な詮索をして殺されるのは嫌なので、傭兵として登録される前に前に逃げ出した。 * 夜、ロンディニウムの、とある安宿で、件の女傭兵はベッドの上に座っていた。 あぐらをかき、不機嫌そうに両手を握りしめると、万力のような拳で膝の上に置かれた剣をゴンゴンと叩いた。 「言うに事欠いて男ですって!? あたしが!? しかも人の胸じろじろ見て……ああもう、握りつぶしてやれば良かったわ」 『いっそ男だって事にすればいいじゃねえか』 ハハハ、と剣が楽しそうに笑う。 「……(ニコッ)」 『ヒィ!』 黒髪の女傭兵は、剣の柄と先端を握ると、ぐいぐいと力をかけていった。 「どこまで曲がるかしらね」 『ちょっ、待て、待てって』 その日以降、謎の悲鳴が聞こえる宿として、この宿はちょっとした人気が出たらしい。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/moejinro-log/pages/105.html
デジュー は言った 夜まで時間がありません 皆様今日の尊い犠牲をお選びください(会話はストップです) デジュー は言った 投票は私に直Tellでお願いします デジュー は言った 日が沈み始めました よい子も悪い子も寝る時間です デジュー は言った 役職の方は私にTellお願いします 2 (三矢の刺客) エルレイナ どうしましょう jinjahime は デジュー に言った 初日犠牲者もぐもぐ 2 (三矢の刺客) エルレイナ 狂人占い対抗してほしかったなぁ オペこ は デジュー に言った 初日行動がある役職は占いだけですか? シエスタXX は デジュー に言った MBさん占うかな 3 (ピットガレージ) シキワロス 投票先が見えればわざわざ軸作る必要ないしなー デジュー は jinjahime に言った へいへい 3 (ピットガレージ) こるくびん どうせならNavi子が役強奪してほしいと思ってしまう 2 (三矢の刺客) エルレイナ じんじゃさんいる? 2 (三矢の刺客) jinjahime ん~ 2 (三矢の刺客) エルレイナ 困ったなこれ デジュー は シエスタXX に言った MBさんは村人 2 (三矢の刺客) jinjahime 占い出ちゃおうかw シエスタXX は デジュー に言った やべーな 2 (三矢の刺客) エルレイナ じんじゃさんでる? サイア は デジュー に言った 妖狐です。占われないように祈っておきます 2 (三矢の刺客) エルレイナ どっちでる? 2 (三矢の刺客) jinjahime エルさん囲むか 2 (三矢の刺客) エルレイナ k 2 (三矢の刺客) jinjahime でます 3 (ピットガレージ) シキワロス Navi子役強奪⇒騙り軸⇒村オワタ デジュー は オペこ に言った あるとしたらなびこが村人? 2 (三矢の刺客) エルレイナ ただ最初にシエスタさんがわたし黒だしたら 3 (ピットガレージ) Jareky 自分は初日犠牲者ということばと絶望先生がダブる。 2 (三矢の刺客) エルレイナ どうしたもんかw デジュー は サイア に言った 今回狐いないよww 2 (三矢の刺客) エルレイナ 霊しかないか デジュー は言った あと1分 サイア は デジュー に言った そこで覚醒ですね デジュー は サイア に言った しません! オペこ は デジュー に言った あ つまり今日は 狩人の仕事は無いですよね サイア は デジュー に言った ちょっとごめん、投票ないよね? デジュー は オペこ に言った ごめん、霊媒と勘違いしてた 3 (ピットガレージ) シキワロス 初日犠牲者のイメージは名探偵コナンの犯人像(全身黒のあれ) デジュー は言った 20秒前 サイア は デジュー に言った あ、なんでもないです オペこ は デジュー に言った おおすいません狩人です 無ければ大丈夫~どうもです 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- デジュー は言った 朝になりました。小屋には誰もいません。Navi子はLDしてしまったようです。 デジュー は言った 間違いなく狼の仕業です。 デジュー は言った 村人の皆様、今日もがんばってください デジュー は言った 昼の部スタートです 1 (でじ村) シエスタXX 占い結果:MBさん○ 占い理由:いや語りかなと・・・いやほんとすいません 1 (でじ村) MB おはようございます【改めて霊COします】 1 (でじ村) jinjahime 占いCO「エルレイナ 村人白○」 1 (でじ村) jinjahime 発言多めなところ。寡黙よりはこちらとおもい占い。 1 (でじ村) エルレイナ LDww 1 (でじ村) MB なにやってんですか 1 (でじ村) すねすき おはようおはようです 3 (ピットガレージ) シキワロス 回線絞ったか狼www 1 (でじ村) イクさん おはようございます? 1 (でじ村) BBL 占い二人!? 1 (でじ村) オペこ ふむ2-1か 1 (でじ村) サイア はい。おはよーございます 1 (でじ村) シエスタXX いやいや 1 (でじ村) エルレイナ シエスタさんはなぜ霊COしてたMBさん? 1 (でじ村) MB てっきり昨日はいつものまったり進行でCOは無しかと思ってましたがCOしてもよさげな流れでしたので 1 (でじ村) エルレイナ 初日にCOしてるよ~MBさん 3 (ピットガレージ) Jareky サイバー空間にも狼の魔の手がwww 1 (でじ村) MB 無駄占い防ぎでCOさせていただきました。2-1なら私が軸になって2-2なら霊ロラからの占決め打ちでいいでしょう。 1 (でじ村) ソラモニー ぉー 1 (でじ村) シエスタXX 理由のとおりなんだけどね 1 (でじ村) MB っていう文をおとそうとしたら変な占い結果が出てきた 1 (でじ村) jinjahime 時間なくて、まとめることもできなさそうだったから、COは今日に回したよ 1 (でじ村) エルレイナ ああ偽疑いか… 1 (でじ村) BBL エルレイナさん真だと神社さんが偽で 1 (でじ村) シエスタXX おおい 1 (でじ村) エルレイナ 白もらっておいてなんだけど 3 (ピットガレージ) こるくびん 実はプロバイダが狼だった可能性も… 1 (でじ村) MB 私が偽でも騙りが出るか偽の場合をケアで吊るかするので占う理由が全くないですよ 1 (でじ村) BBL 神社さん真だとエルレイナさん狂人でいいんだよね 1 (でじ村) サイア んと、シエスタさんはMBさんのCOを見逃してたわけでもないんだよね 3 (ピットガレージ) デジュー ふう、ちょっと一息 1 (でじ村) エルレイナ じんじゃさん相方と話し合って出た可能性もあるよね狼で 1 (でじ村) すねすき 役職のローラーの余裕って無いかなぁ 1 (でじ村) シエスタXX ・・・ 3 (ピットガレージ) シキワロス 最近の狼は進化してるなー 1 (でじ村) イクさん 今日対抗が出ればロラでしたし村としてはシエスタさんが真なら凄くもったいない占いを消費したと言えます 5点減点です 1 (でじ村) BBL ちょっと急展開だから確認していです 1 (でじ村) エルレイナ ただシエスタさんがいきなりの役職占い… 1 (でじ村) jinjahime 2-1だと、MBさんが偽の可能性もある 1 (でじ村) シエスタXX ん、ああそうです>サイア 1 (でじ村) BBL 可能性はありますね 1 (でじ村) オペこ MBさんってMBさんだったのか・・・ 1 (でじ村) jinjahime 狼狂-真なら占いロラでみるか? 1 (でじ村) エルレイナ 役欠けありだから万一の霊初日もあるのか… 1 (でじ村) MB 今日灰つるとしたらシエスタさんの意味のある占い結果が1つしかないことになるのでシエスタさんが真だとかなりつらい 1 (でじ村) オペこ 1人のCOだからと言って真確定は出来ないんですかねこの場合 1 (でじ村) すねすき 今2-1なのだっけか 1 (でじ村) エルレイナ なびこが霊だった可能性が一応あるのかなぁ 1 (でじ村) BBL シエスタ狂MB狼だと厳しいですね 1 (でじ村) MB 明日シエスタさんが噛まれるとしたら意味のある占い結果が一つもないことになる 1 (でじ村) jinjahime 今2-1です。MBさん真ならまとめてもらいたい 1 (でじ村) サイア BBLさんの「エルレイナさん狂人」って勘違い系? 1 (でじ村) シエスタXX MBさんは狼ではない 1 (でじ村) エルレイナ BBLさんは 1 (でじ村) エルレイナ そそ 1 (でじ村) エルレイナ 同じこときこうとした 1 (でじ村) BBL あ 勘違いです 1 (でじ村) ソラモニー 二人が○っていってないひと誰かローラーがいいんじゃないかなー 1 (でじ村) サイア おけー 3 (ピットガレージ) シキワロス 投票先が見れなくて初日役欠けありなんてやっぱ厳しいかー 1 (でじ村) BBL シエスタさんでした 1 (でじ村) エルレイナ 了解っす~ 1 (でじ村) ソラモニー はーい 1 (でじ村) シエスタXX えー 1 (でじ村) MB 今日は灰吊りで明日占いが噛まれないなら決め打ちでいいでしょう 1 (でじ村) BBL 誰か状況を整理してもらいたい 1 (でじ村) すねすき クマー 1 (でじ村) BBL いろいろな可能性が考えられるので 3 (ピットガレージ) Jareky バランスどうでしょうね 1 (でじ村) オペこ ちょっとパターンが変わるだけでとたんに難しくなるな 1 (でじ村) サイア とりあえずグレー狭めて生きたいけど 3 (ピットガレージ) デジュー 厳しかったかなぁ・・・ 1 (でじ村) BBL 私は先ほど述べた考え方も一応あるとは考えています 1 (でじ村) サイア MBさん軸でいいんじゃろか。対抗出なければ 3 (ピットガレージ) シキワロス うかつに霊1だから真目なんて悠長なこといえば 1 (でじ村) BBL 一応真でみていいのかな 1 (でじ村) すねすき 狼2匹、吊り余裕は3回? 1 (でじ村) MB 私にまとめまかせていいんですかね 一応聞きますが 初日霊もあり得ますよ 客観視点で 3 (ピットガレージ) シキワロス 実は狂とか狼でしたーできついことに 1 (でじ村) オペこ ぐれー:おぺ BBL すねすき そらもに さいあ いくさん 1 (でじ村) オペこ うんまぁ 初日霊媒も早々あるとは思えない デジュー は言った 5分経過(あと2分) 1 (でじ村) サイア ありじゃないかな 1 (でじ村) イクさん MBさんはあって狂でしょうし任せていいかと 1 (でじ村) オペこ その少ない可能性を気にするなら 1 (でじ村) エルレイナ みんなで話し合ってMBさんが最終的に指定かしら。明日から白進行だった場合 1 (でじ村) オペこ もう軸にしちゃってもいいと思う 1 (でじ村) MB なんか安易に私にまとめ任せようとしてる人が気になる 私が真だと知っているのか 3 (ピットガレージ) シキワロス だからといって軸なしだと組織票だけですごいとこ吊れたりする可能性あり 1 (でじ村) BBL 一回グレー吊って結果見た方がいいのかな? 1 (でじ村) jinjahime 多弁占いたいから、吊るなら寡黙お願いしたい 1 (でじ村) サイア 無駄占いを回避するためにCOしたんだよね 1 (でじ村) イクさん 狼ならロラを恐れずにきたということですからね 1 (でじ村) シエスタXX 少なくともMBさんにまかせていいかと 1 (でじ村) すねすき 吊り指定とかあるんだろうか 1 (でじ村) オペこ いいと思うって言った人、人外の数以上にいると思うから とりあえずのまとめ役お願いします 1 (でじ村) エルレイナ みんなで話し合ったうえでMBさん判断ならいいと思う 1 (でじ村) ソラモニー 霊さん今でないと偽物だったら村ほろんじゃうよー 1 (でじ村) サイア 投票は非公開だよね?指定がいいかもよ デジュー は言った あと1分 1 (でじ村) BBL グレランできないので指定ですね 1 (でじ村) jinjahime シエスタさん狂目かな。MBさん占いね・・・ 1 (でじ村) エルレイナ 今日は時間ないのでさくっと指定してくだされ~ 1 (でじ村) サイア というか、じんじゃさん本物じゃないん? デジュー は言った 20秒前 1 (でじ村) オペこ もうCO出るところも無いよね 1 (でじ村) MB イクさん指定します 1 (でじ村) オペこ 時間無いので早めに~ 1 (でじ村) イクさん シエスタさんは真寄りだと思いますよ 1 (でじ村) シエスタXX いくさん 1 (でじ村) すねすき なびこがただの村人の可能性も無くは無いのだよねクマ 1 (でじ村) イクさん COなし 1 (でじ村) サイア なんか気になるセリフ 1 (でじ村) BBL 指定了解しました 1 (でじ村) オペこ 憂い了解です ムラナラすいません 1 (でじ村) ソラモニー はーい 1 (でじ村) シエスタXX 把握 1 (でじ村) jinjahime 本物ですよ。シエスタさん狂で狼潜伏で見てる 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- デジュー は言った 夜まで時間がありません 皆様今日の尊い犠牲をお選びください(会話はストップです) デジュー は言った 投票は私に直Tellでお願いします 2 (三矢の刺客) エルレイナ イクさんかな 2 (三矢の刺客) jinjahime イクさん 2 (三矢の刺客) エルレイナ k エルレイナ は デジュー に言った イクさんに投票します~ シエスタXX は デジュー に言った イクさんで ソラモニー は デジュー に言った イクさんー BBL は デジュー に言った もう潜伏するか後で霊媒COだな イクさんに投票します オペこ は デジュー に言った いくさんに投票します。 イクさん は デジュー に言った すねすきさん jinjahime は デジュー に言った 投票>イクさん サイア は デジュー に言った 頭数合わせで参加してくれたイクさんをいきなり切るらしー サイア は デジュー に言った んま。イクさんに投票しまっす すねすき は デジュー に言った イクさん投票 2 (三矢の刺客) jinjahime さぁさぁ初日占いか? 2 (三矢の刺客) エルレイナ どうなんだろ~~ 2 (三矢の刺客) エルレイナ サイアさんか霊抜きたいが… MB は デジュー に言った あー 変なところ指定しちゃった… イクさんに投票します デジュー は言った あと1分 デジュー は言った 20秒前 イクさん 9票 すねすき 1票 デジュー は言った さよならイクさんさん…あなたの勇姿は忘れない デジュー は言った /chjoin ピットガレージ デジュー は言った 日が沈み始めました よい子も悪い子も寝る時間です デジュー は言った 役職の方は私にTellお願いします シエスタXX は デジュー に言った BBLさん占う 3 (ピットガレージ) イクさん おtかれ様でした 3 (ピットガレージ) シキワロス おつかれさまです。。 MB は デジュー に言った どうせ村でしょうがイクさんの色教えてください デジュー は シエスタXX に言った BBLさんは村人でした! 2 (三矢の刺客) jinjahime あした、サイアさんに白だします。 2 (三矢の刺客) エルレイナ 噛みは? オペこ は デジュー に言った 狩人です。jinjahimeさんを自慢のカマで守ります。 3 (ピットガレージ) イクさん 村に貢献した発言ばかりなのに釣られる理不尽w デジュー は MB に言った イクさんは村人でしたよー オペこ は デジュー に言った ああああ シエスタXX は デジュー に言った 何か色々やべーw オペこ は デジュー に言った すいません 2 (三矢の刺客) jinjahime ん~BBLさん当たりいくか オペこ は デジュー に言った 取り消せますか? 2 (三矢の刺客) エルレイナ 了解~ 3 (ピットガレージ) シキワロス ワンチャン真狼-狂! デジュー は オペこ に言った はい、あらためてどうぞ 3 (ピットガレージ) Jareky おつかれさん。占いが怪しくてグレイの発言吟味の余裕なしですな オペこ は デジュー に言った MBさんを護衛、でおねがいします。すいません。 デジュー は オペこ に言った ゆっくり護衛していってね! 3 (ピットガレージ) イクさん 占い先が悪かった真狂と見てます オペこ は デジュー に言った はい~ありがとう。 3 (ピットガレージ) シキワロス 真だからこその霊媒占いか・・・ 2 (三矢の刺客) jinjahime あ、送った? 2 (三矢の刺客) エルレイナ おくってないよ~ 2 (三矢の刺客) エルレイナ ああ占いいそがしいだろうしおくるね jinjahime は デジュー に言った 役職行動>BBL噛み 3 (ピットガレージ) イクさん jinjaさんが狂なら●打ちこんできてよかったですね 先に二人COしてましたし 2 (三矢の刺客) jinjahime あ、今日は送っときました 2 (三矢の刺客) エルレイナ は~い デジュー は jinjahime に言った がぶがぶ噛んでね! 2 (三矢の刺客) jinjahime BBL噛み デジュー は言った あと1分 3 (ピットガレージ) シキワロス んー 2 (三矢の刺客) エルレイナ 現時点でのSG候補はだれだろう 2 (三矢の刺客) jinjahime 銃殺対応内と楽でいいわー オペこは腰を掛けた 3 (ピットガレージ) シキワロス 自分が狂ならあえて霊媒にでるか占いで○出しといて次の日●かな 2 (三矢の刺客) jinjahime ん~囲い疑惑でサイアさん、潜伏目ですねすきさんあたりかな デジュー は言った 20秒前 2 (三矢の刺客) エルレイナ なるほど~ 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 1 (でじ村) デジュー ---------------STOP--------------- 2012-3-17 でじ村Part2(3)
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1647.html
土下座しているシエスタを発見、即座に突撃する。 「シエスタ、シエスタ。何を這い蹲っているんだ」 空気を読まず露伴はシエスタをひっぱり起こす。 「え……あ、ロハンさん……あの、えっと……」 シエスタがロハンと誰かを見比べているが、ロハンは意に介さずに静をシエスタに渡した。 「すまないが赤ん坊を洗ってやってくれないだろうか」 訳がわからないままにシエスタは静を受け取る。 タオルケットの中からの異臭に、全てを察する。 「急ぎで頼むよ、朝に洗った服もそろそろ乾いているだろうからね」 「ちょっと君! 急に割り込んできてなんだ! 彼女はぼくと話しているんだ」 後ろから駆けられた声に、露伴は始めてそれに気付いて振り返る。 が、興味が無さそうにシエスタに向き直る。 そんな露伴の態度に、少年。ギーシュ・ド・グラモンは激昂した。 「どうやら君は貴族に対する礼儀を知らないようだね!」 「尊敬するに値するかどうかはぼく自身が決めさせてもらうよ。少なくとも君は該当しないな。尊敬するに値しない人物に向ける礼儀はあいにく持ち合わせていないんだ」 露伴の言葉に、ギーシュの顔が一瞬にして紅潮する。 「貴様ッ! 突然出てきてなんという言いぐさだ」 「あいにく状況が判らないんでね。シエスタに土下座させた正当な理由があるならともかく」 露伴の言葉に、ギーシュは鼻を鳴らす。 「彼が軽率に香水を拾ってしまったのだよ。そのため二人の女性を傷つけてしまった。その罰を与えていたのだ。わかったらどきたまえ。君には関係ない」 「本当なのか?」 露伴がシエスタに訊くが、シエスタは何も言わずにうなだれるだけ。 「さぁ、わかったのならどくんだ!」 『ヘブンズ・ドアァーーーーー』 露伴がそう叫んだ途端、ギーシュの体が崩れ落ちる。 「読んだ方が早いな、さてさて……」 ギーシュ・ド・グラモン。四男。女好き。薔薇。香水。二股。モンモランシー。ケティ。誤魔化す。 メイド。なすりつけ。ヴェルダンデ。ドット。土。ワルキューレ。青銅。錬金。決闘。 なんだこいつは、二股してたのがばれてその責任をシエスタになすりつけているだけじゃないか。 典型的なクズ男か、しかも女性のためにと言いながらシエスタを貶めている。何が薔薇だ。 使えそうにないな。 こんな奴を主人公にしても人気が出るはずもない………が……ちょっと気になることがある。 ケティは一年生でモンモランシーが同学年の女子か。二股の相手がケティらしいが、付き合ったのは馬で遠乗りした事以外には書いていない。 それ以外はモンモランシー一色。 さすがに露伴は眉を怪訝そうに顰める。 典型的な噛ませ犬タイプだ、主人公としては軽薄すぎて扱えないが、愛すべき脇役としては使えるかもしれない。 元の世界にもいた、玉美や間田のようなタイプとして活かせるだろう。 把握した、まぁ予想通りギーシュの言いがかりだ。 ………そう言えば決闘とあったな。面白い………古式伝統のある決闘、中世ヨーロッパ辺りでは当たり前にあった風習だったか。 ぜひ体験してみよう。そうだな………ギーシュを適当に挑発してみようか。 この記憶から判断するに、挑発されたら答えずにはいられない、典型的なクソガキだからな。 ルイズのように貴族の対面にこだわるタイプだろう。 それに、錬金とワルキューレ、それに青銅を実際に見てみたい。 見てみよう。 露伴にお願いされて、シエスタはその腕に静を抱いていた。 漂ってくる異臭に顔をしかめることなく、ただ呆然と、ふらふらと。 「………と………ちょっと………」 「はっ、はいぃっ!?」 突然呼びかけられてシエスタは心臓が飛び上がるような気持ちだった。 目の前には、キュルケがいた。 「み、ミス・ツェルプストー。も、申し訳ありません、考え事をしていたもので………」 貴族を無視なんてしたら打ち首どころじゃないところだが、それよりキュルケには重要なことがあったのでさらっと流した。 「ルイズ知らない?」 「は……ミス・ヴァリエールですか? 存じ上げませんが」 「ふぅん………そう、じゃぁ見落としたのね」 そう言ってキュルケは立ち去ろうとしたが、何か思うところがあったのかピタリと足を止めた。 「ところであんた、その手何?」 「えっ?」 何って、静のことだろうか。 シエスタが視線を下に降ろすと、その腕の中には何もない。 「!!!!!!?????」 シエスタの目が驚愕に見開かれる。 そう、キュルケはシエスタが何かを抱いているような腕の形をしていたから不思議に思ったのだ。 しかしすぐに興味が無くなったようでその場を後にした。熱しやすく冷めやすい性格である。 そして一人残されたシエスタはその腕の中の重みをそっと確かめる。 『いる』 見えないけれど。確かにその腕の中にいる。 「きゃ………は………ぶ……あ……だー」 「メイジ………こんな赤ちゃんが………?」 「諸君! 決闘だ!」 露伴の思惑通り、適当に煽ったら激昂してギーシュは決闘を仕掛けてきた。 場所はヴェストリの広場、娯楽が少ないのだろう、人だかりが出来ている。 さて、青銅のゴーレム、ワルキューレとやらを見せてもらおうか。露伴は心の中でほくそ笑む。 「………何がおかしいんだね?平民君」 どうやら顔に出ていたらしい、ギーシュが不快そうに眉を顰めて言った。 「ふん……自己主張が激しいと思っただけさ」 コレも挑発、所詮相手は子供、この程度の挑発に楽に乗ってくる。 「ぼくの二つ名は青銅。よって青銅のワルキューレがお相手する。メイジを相手に無礼を働いたんだ、異存はないね」 「ああ」と言おうとしたところでルイズの邪魔が入った。 「待ってギーシュ!」 思わぬ邪魔に、露伴の方が眉を顰めた。 「おやコレはコレは。ゼロのルイズじゃないか。君の使い魔をお借りしているよ」 「お願い、謝るから決闘なんてやめてちょうだい!」 「あやまる? 君の使い魔がこうなるようにし向けたんだよ? 最も、君が謝っても彼は謝る様子はないみたいだけどね」 ギーシュの言葉にルイズは振り返り露伴を睨む。 「ロハン。ギーシュに謝って。メイジに平民が勝てるはず無いわ。怪我で済めば良い方なんだから」 「怪我か……それは辛いな、特に利き腕が使えなくなるのは非常に痛い」 露伴の言葉にルイズはパあっと表情を明るくした。 「そ、そうよ、痛いし不便なのよ。だからね、ほら頭を下げて………」 「だ が 断 る」 露伴の明確な拒否の言葉に一同は凍り付く。 「この岸辺露伴の好きなことの一つは。自分で強いと思っている奴に『NO』と断ってやることだ!」 そう言って露伴はルイズの方を軽く、トン。とつついた。 「だからルイズ、余計なことをしないでくれ、ぼくのためにも君は邪魔だ」 ぼくのためにも、と言われてしまってはルイズはもはやどうすることも出来ない。 自分が口を挟むことが露伴の邪魔になるなら、露伴に『協力』することが出来ない。 ふらふらと三歩後じさって、その場にペタリと座り込んだ。 「何……言ってんのよ………平民が………メイジに……勝てるわけが………」 もはや露伴はルイズから視線を外し、ギーシュと相対していた。 「遺言は済んだかい」 「面白いジョークだな」 相変わらずわかりやすい。この程度の挑発で真っ赤になるとは程度がしれる。 ギーシュは薔薇の造花で出来た杖を振り、落ちた花弁から青銅のゴーレムを作り上げる。 フォルムは女性形、鎧を纏った細身の戦乙女。 「最後のチャンスをやろう。両膝を付いて頭を地面にこすりつけるようにして謝るんだ。「薄汚い平民が高貴なるメイジに刃向かってごめんなさい」と。そうすれば勘弁してやらんことも……」 「うるせーな~~~~~~、やってみろ!」 つくづく変わらぬ露伴の態度に、とうとうギーシュはワルキューレを突撃させた。 厨房でお湯をもらって、水場のタライに注ぐ。 そして水と程よく混ぜて人肌ほどの温度に調整する。 赤ちゃんはシエスタの腕の中で嬉しそうに笑っている。 ぺちぺちとシエスタの頬を触ったり、みみたぶをつまんだり頬をすり寄せたりしている。 しかしそんな風に静の世話をしているシエスタは、何処か上の空だった。 気になるのは露伴のこと。自分の不注意でによる貴族からの怒りを全て持って行ってしまった。 ヴェストリの広場ではもう決闘は始まってしまっているだろう。 「あぁ………っ」 どうかご無事で。と願うばかり。 どうか露伴が死ぬ前に、メイジの気が晴れますように。 殴りかかってきたワルキューレの拳を露伴は避けもせずに頬で受ける。 がつん、と重厚な音が広場に響く。 避ける様子もなかった露伴に、ギーシュは得体の知れないモノを感じ、一旦ワルキューレを引かせた。 「……なぜ避けない」 「なぜ下げる………まったく………」 ギーシュの言葉にさらりと応え、露伴は上着のポケットからメモ帳とボールペンを取りだした。 そしてほんの十秒足らずで、そのメモ帳にワルキューレをドシュドシュとスケッチする。 「フォルムはスタンドに近いか……しかしずいぶん軽いな。仗助のCダイヤモンドの方が強い。破壊力はCランクと言ったところか………」 メモに「能力者:ギーシュ」「能力名:ワルキューレ」その他攻撃力やスピードなどの数値がサラサラと書き込んで、またポケットの中に仕舞い込んだ。 「なんの………つもりだい」 「ん? あぁ職業柄こう言うモノは自分の体で体感しないと気が住まない質でね。良い体験をさせてもらった」 さて、と言って露伴はギーシュに向かって無造作に歩み寄った。 「確認も済んだし。そろそろ終わりとしようか」 「くっ」 近づいてくる露伴に、ギーシュは己の最大の数、七体のワルキューレを召喚した。 露伴は頭の中のメモに「ワルキューレは七体まで」と書き込んだ。 学院長室で、遠目の鏡で広場の光景を見ていた二人はどうしたモノか考えあぐねいていた。 「……勝ちましたね」 「勝ってしまったのう……」 「素手でしたね」 「素手じゃったのう」 「ガンダールヴかどうかわかりませんね」 「…………」 露伴はゆっくりとした動作でギーシュに近づき、ギーシュは召喚したワルキューレを突撃させる。 そしてワルキューレの拳が届こうかとしたその瞬間、ソレは何もないところで蹴躓いたようにくるんと回転して吹っ飛んだのだ。 ギーシュも誰も何が起こったのかわからない、突然ワルキューレが空中で回転したようにしか見えなかった。 「どうした。もう終わりか? メイジとはその程度なのか、だとしたら期待はずれも良いところだな」 ふん、と鼻を鳴らされては応えざるを得ない。 残りのワルキューレをまったく同時に攻めさせる。 しかし次のワルキューレは頭を吹き飛ばされ。その頭がギーシュの頭横20サントの位置をかっ飛んでいった。 ぞわっと鳥肌が立ったギーシュにお構いなしで。ワルキューレがポンポンと吹っ飛んでいる。 「………リアリティのある物を書くためには想像力だけじゃダメなのさ。少なからず自分で体験する必要がある」 そう、漫画家としてデビューしている岸辺露伴は、リアリティを追求するため、いろいろな武術を齧っていたのだ。 もちろん本職は漫画家であることは変わりなく。真面目に武術に取り組んでいる人からみれば笑われてしまう程度だが。 それでも、愚直に突っ込んでくるワルキューレを倒すには十分なモノだった。 全てのワルキューレが破壊され、露伴はいまギーシュの正面1mの位置に立っている。 そしてその右手をゆっくり伸ばした。 「ひっ」 みたこともない方法でワルキューレを飛ばす露伴に、ギーシュがおびえを抱くのも仕方ないだろう。 しかし露伴はギーシュに手を下すことなく、その手から薔薇の造花の杖を抜き取って、そっと匂いを嗅ぐ仕草をした。 「どうだい、まだやるか?」 杖を奪われては、メイジはもはや為す術がない。 ギーシュは悔しそうに唇を噛みながら、小さく「まいった」と宣言した。