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クリフトのアリーナの想いはPart12 435 名前 我が女神 1 Mail sage 投稿日 2011/10/22(土) 08 53 21.73 ID kQSjYgH30 …実は、以前から気になってはいた…。 俺は目の前で着替えているクリフトの胸元を、それとなく見つめる。 あの痛々しい…あれは多分火傷の痕、あれは一体… そんなに新しい傷ではない。俺と出会う前、いやアリーナにつき合わされて旅立つことになる前に負ったものであることはまず間違いないだろう。 けど、神官なんか名乗ってて戦いとは縁遠い存在だったであろうクリフトが、何だってあんな派手な火傷を…じろじろ見ちゃ悪いけど、やっぱり気になるな…。 「…何か?」 寝巻きに着替え終えたクリフトがこっちを向く。 「あ、いや…」 俺は視線をそらした。そしてそれでもまだ何か言いたげな顔のクリフトに 「俺やライアンさんとついてる筋肉の質が違うっていうのかな、しなやか…っていうか、柔らかい…っていうか、そんな感じだなって…」 と言ってみる。 「そうですかね…」 「でも顔は綺麗なんだよね」 「そうですか?」 「…俺ちょっと誘惑してみたいかも…」 自分にしてみてもたちの悪い冗談、そんな言葉を俺は吐いてみる。 お戯れを、そんな言葉がすぐ返ってくると思った…が、クリフトは不意ににやりと笑って 「実は…」 と、妙に妖しげというか挑発的な視線を俺に投げてくる。 「は?」 「その言葉を待っておりました」 「…は…?」 「神学校は、完全寄宿制の男子校といったところでしてね…」 「……は……?」 ぞわっ。不意に背筋に何とも言えない悪寒が走る。 「…私もそこに6年おりましたから…その手のことはひととおり仕込まれているのですよ…」 じ、自分で言い出した冗談とはいえ…まさか真に受けて…というか、クリフトはアリーナ一択じゃなかったの…? 「そうですね、いかがです、今晩あたり…」 妖しげで挑発的な視線を投げかけながらじりっと迫ってくるクリフトに、俺は身の危険を感じて思わず後ずさる。あ、アリーナ恋しさが高じてついに壊れたか、クリフト…。 …アリーナの可愛らしい顔が頭をよぎる。お、俺真剣にアリーナに助け求めに行こうかな…。 後ろ手にドアノブを握る俺の肩に、クリフトの手がかかる。 「満足していただけると思いますが…?」 クリフトの端正な顔が近づいてくる…ちょ、アリーナ助けて…! 額をぶつけられ、その鼻先が俺の鼻先をこする。 うわ、こういう時に限ってドアノブがうまく回せなかったりするんだよね、というか、ここで誰かがドア開けてきたらそれはそれでやばい展開だ、自分で言い出した冗談が発端とはいえ、俺どうしよう…。 …クリフトが手を握ってきて…どれだけそうしていたか……突然吹き出した。 「…え?」 「…ごめんなさい」 クリフトがくすくす笑いつつ、俺からその身を離す。 「冗談ですよ」 「…ほんと?」 「試してみます?」 「冗談きついって!本気で驚いたろ!」 脱力して俺はドアの前にへたり込んで、それでも笑い出してしまった。 「お願いだから柄に合わないことはやめろよな!」 「すいません、ちょっとやってみたくなりまして」 …でもその笑顔は本当に綺麗だったりする。女性に例えるならアリーナみたいな可愛い系やマーニャみたいな妖艶系とは違う、どちらかというと正統派美人というか何というか…あえて言うならミネアさんが一番近いかな…。 「何か…」 笑い疲れたらしいクリフトが、床に座り込んで俺を見つめてくる。 「でもお世辞抜きで綺麗な顔してるよね」 「そう…ですかね。顔を褒められてもあまり…」 クリフトが頬に手を当てて考え込んだ。そして 「今でこそこのようななりですが、子供の頃は母そっくりの女顔で…それが幼心に嫌でしたね…」 と呟く。 「へえ」 改めてクリフトを見つめる。言われてみれば精悍で凛々しい中に、ほんのり女性っぽい面影もあるような…。 「お母さん綺麗だろうね」 「姫からは…よく、お世辞でしょうが、お綺麗で素敵なお母様と言われていますね」 「だろうね」 多分、それはお世辞でも何でもないだろう。子供の頃のクリフトの顔、ちょっと見てみたかったりするな…。 「変な話だけどさ…」 「はい?」 「もてたんじゃない?」 「どなたに…」 「気持ち悪い話だけど、神学校にいた時…そんな綺麗な顔してるし、あんな冗談しれっとやってのけるし…」 「…もてる…」 クリフトがまた考え込んで…苦笑して首を横に振った。そして 「むしろ嫌われていましたか…」 と呟く。 「嫌われてた?」 「ええ…」 「クリフトが?」 「生意気な子供でしたのでね…」 「そういえばえらい飛び級で神学校に入ったとかって…」 「普通に勉強して15とか6、早くても13ぐらい…そこに10歳などという歳で入学を決めましたので、神童だの何年に一度の逸材だの何だのと周囲にもてはやされて…今思い出してみても、天狗になっておりましたね。生意気 そのものだったのではと思っております」 「10歳でそんなに言われちゃ天狗にもなるってもんだよね…」 「まあ…入ってどれぐらいか経って、したたかに鼻をへし折られて目が覚めましたがね」 無意識にだろうか、クリフトがふっと胸元の、火傷の痕があるであろう辺りに手をやって呟く…それでふと俺の中で「鼻をへし折られた」と「火傷」がつながってくる。 「鼻をへし折られた…って…それって…その火傷のこと?」 俺は言葉をなるべく選びながら押し出す。 「火傷…」 クリフトが反射的にといった風情で呟いて…しばらく考え込んで、やがて、小さくうなずいた。 「やっぱり…ずっと気になってた。すごい火傷だよね。よく助かった…っていうか…」 「ホイミごときでは歯が立たない火傷でした…あと少ししかるべき手当てが遅かったら命に関わった旨を後で聞かされております」 「アリーナはその傷知ってるの?」 「ご存知ですよ。ミントスで私が倒れた時に、体を拭いてくださろうとして…その時に…命に関わる怪我だったということだけは伏せてありますが…」 「言えないよね…何でそんな怪我したか…訊いていい?」 「…嫌われておりましたのでね、言ってみれば…苛めですよ。私の態度がよっぽど鼻についたのであろう一部の先輩に、風呂場で熱湯をかけられましてね…」 苛め…。 息を呑む。 「姫にミントスで白状させられていなければ、ごまかしていたところです。お恥ずかしい話ですのでね…」 クリフトが小さく、重く、ため息をつく。 「ひどい目に遭ってきたんだ…」 「私など全然…自業自得な一面もありますからね。子供なりに謙虚に振る舞えばそのような目にも…」 「どうだろうね、そういう手合いって、謙虚に振る舞ったら振る舞ったで、子供らしくなくて可愛くないとかっていちゃもんつけてきそうじゃない?」 「どうでしょう、もう、今となっては…知るよしもありませんし、知る気もありません」 クリフトはかぶりを振ると 「ただ…神学校などという場所に身を置きながら、私なりに悩んではおりましたね。私は神に背かれているのか、どうなのかと…」 と呟く。 「聖職者目指してながら神に背かれてるかもしれないと思うってつらくない?」 「まあ…つらいと言ってもね、アレン殿ほどではありませんよ…」 クリフトはそう言うけれどどうだろう。俺も神に背かれていると思ったくちだけど、クリフトにとっての「神」と、俺のそれは重みが違うのではないだろうか。クリフトから「神」を取ったら…一体何が…。 「何が足りない、どこがよくないとずっと悩んでいるうちに、もう往診の必要がなくなって、自分で医者のもとに赴くことができるようになった頃でしょうかね、何をお思いになったのか突然姫が手紙をくださったのです。短 いですが、私を気遣う手紙を…無理しないで、頑張り過ぎるな…そのような旨でしたか…」 …アリーナ。 「その時に居直れましたかね…たとえ神に背かれても、私には女神がいると」 アリーナがその台詞聞いたら何て言うかね。喜ぶか…いや、彼女ならむしろ照れて、馬鹿神官のひとことも投げつけるか。 「彼らが神ならこちらは女神…そう思ったらふっ切れたといいますか、脱落して惨めな姿は見せられない、神官を名乗れる身の上でお仕えさせていただこうと居直れましてね…返事を出すために医者の帰りに絵葉書を買ったの ですが、その時の夕焼けがとても綺麗でしてね、このような夕焼けを今度はあの方と一緒に見ようと…」 クリフトがその時のことを思い出したのか微笑んだ。穏やかな、いい笑顔だ。 「今、見てる?」 「今ですか…見て…いるかもしれませんね…」 「…いてっ!」 不意にドアが開いて、俺は頭をしたたかに打つ。 「なあんでそんなとこ座ってんのよおアレン、ぶつけちゃったじゃない。あたしのせいじゃないわよ」 …これが女神ってか…今日もしっかり泥酔して…どんだけマーニャに飲まされたんだかね…せっかくいい話になってきたってのに…。 「何しに来たの…」 「はいっ」 ぶどう酒が三分の一ほど入った瓶を押しつけられる。 「俺たちに飲めっての?」 「あたしももうだめだし、マーニャも潰れちゃったしね」 「明日マーニャともどもこき使ってやるかんな、覚悟しとけよ」 「しーらないっと」 アリーナがふくれっ面でそっぽを向いた。 …視界の端でクリフトが頭を抱えている。 「クリフト…」 俺は横目でクリフトをながめやる。 「はい…」 「アリーナに何か言ってやったら…?」 「諦めました…」 「何ふたりでごちゃごちゃ話してんのよ」 「いいじゃんか別に。女性陣に女の子同士でしかできない話があるように、こっちにだってそれなりに男同士でしかできない話ってのがあんの」 「ま、仲がいいのはいいんだけどね。アレンとクリフトが仲良くしてるの見てると、あたしも嬉しいよ」 アリーナがクリフトと俺を見比べて、不意にいたずらっぽい笑顔を見せた。酔っぱらっててもそこはそれ、クリフトとは系統の違う明るいいい笑顔だ。 「ご機嫌なのはいいけど…」 「たまにはつき合いなさいってマーニャが言ってたよ」 アリーナがいたずらっぽい笑顔を崩さぬまま、じゃあね、おやすみなさいと去っていく。 「クリフト…」 俺は呆れてため息をつく。 「また醜態を…」 「あれがクリフトの女神…?」 「酒の神というのもおりますのでね…」 「酒の女神ってか…ところで女神云々の話は聞かれてたと思う…?」 「お聞きになっていたところで、明日の朝にはお忘れなのではありますまいか…」 「だろうね…」 俺はコップを二個出してきて、瓶の中身を半分ずつあける。 「…飲もうか…」 「いただきます…でもこんなに大丈夫かな…」 …とりあえず、何にかわからないけれど、俺たちは乾杯する…。 …もともと下戸だとは言ってたけど…確か、儀式的に酒に口をつける機会ぐらいはあるようなこと言ってたよね…まだ少し残ってるってのに…しょうがない、これは俺があけるか…しかし明日はちょっと考えなきゃな…。 俺は、くらくらしてきたと言い出して一足先にベッドに入ってしまったクリフトをながめやってため息をつく。 女神か…女神に仕えるために神官にね…。 クリフトがアリーナにやたらキスをするのは、神官として女神にキスをする…そういう感覚なんだろうかね…それなら何となく理解できなくはないけど…それでも…。 「女神」か…。 そう呼べる存在が…俺には…。 羽根帽子をかぶって明るく笑っていた、あのまぶしい笑顔が脳裏をよぎる…。
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クリフトとアリーナの想いはPart10 388 名前 名前が無い@ただの名無しのようだ Mail sage 投稿日 2009/10/02(金) 00 59 37 ID qislUYpkO ROMっておりましたが、初SS投下します DS版ピサロ加入後と言うことで… * 【似ている二人】 「ピサロとクリフトって似てるね」 アリーナの言葉にクリフトは困惑した よりにもよって、憎き敵でもある魔族の王と似ているというどういうことか 「あの、姫様…どういうところが似ているのでしょうか?」 「笑った顔よ。笑顔」 クリフトは更に困惑した 似ていると言われても『死の呪文と治癒の呪文を使うことが出来る』くらいしか思い付かないのだから 「笑顔が…ですか?」 「うん。ピサロってね、ロザリーさんといるときはすごく優しい笑顔になるの。 そのときの表情がなんかクリフトに似てるなーって思ったの」 考えてもいない答えが返ってきたのか、クリフトは顔を少し赤くした 「そ、そういうことでしたか…! てっきり私の笑顔は恐い笑顔なのかと思ってしまいました…」 お恥ずかしいです、とクリフトは笑った その少し照れた笑顔を見て、アリーナも笑った
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クリフトのアリーナへの想いはPart6 717 :【女勇者ソフィア】1/12 ◆cbox66Yxk6 :2006/12/30(土) 03 34 38 ID LIewVEuF0 「ソフィアさん、先程の件なのですが、このような形でいかがでしょうか」 ――クリフトの穏やかな物言いが好きだ。 「ソフィアさん、こちらをご覧になっていただきたいのですが」 ――彼の声は、草原をそよぐ風にも似ていて、耳に優しく、心に沁みる。 「ソフィアさん、そのような格好をなさっていらっしゃるとお風邪を召しますよ」 ――優しい微笑と共に紡がれる言葉の数々は、傷ついた心を癒してくれたけど。 「ソフィアさん……」 ――けど、丁寧すぎる口調は突き放されているようで、少し切ない。 「ソフィアさん、どうかなさいましたか?」 顔を上げると、廊下からクリフトが心配げにこちらを見ていた。 「あぁ、いや、ちょっと考え事してた」 そう言って窓の外に視線を向けると、夕日がもろに目に入ってきた。 そのあまりの眩しさに思わず顔をしかめ、ソフィアはため息混じりに呟く。 「もう、夕方なのか」 魔導書を読もうと机に向ったというのに、随分長いことぼんやりとしていたらしい。 気がつけば体の節々が不自然に強張っており、軋む首を動かせば、ぱきっという景気の良 い音が響いた。 「あ、痛っ」 思いのほか鋭い痛みが襲い首を押さえて呻くと、クリフトがくすくすと笑った。 「大丈夫ですか?」 「うぅ、あまり大丈夫でない……」 筋、違えたかも。 半分涙目でそう答えると、彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。 窓越しに降り注ぐ夕日に照らし出された、彼の端整な面立ちと、しなやかで優美なその姿。 戦いに身を置く姿としてはこれ以上ないくらい違和感を醸し出す彼だが、その実、ひとた び彼が本気を出せば、辺り一面が死という静寂に満たされる事も旅の中で知った。 そして、彼が本気を出す時が「いつ」であるかも―――。 ――こいつは『姫様』のこととなると見境がなくなるから。 ちくりと痛む胸を自覚しながら、ソフィアは彼の腕が己に向って伸ばされるのをぼんやり と見つめていた。 「ホイミ」 指先が淡く光り、優しい波動がソフィアの首を包む。 回復呪文はその術者によって感じが異なるというが、クリフトのそれは彼の人柄が反映し たかのごとく、優しく穏やかで温かい。 そのあまりの心地よさに猫のように目を細め、ソフィアはクリフトに向って微笑みかけた。 「回復呪文なら、オレだって使えるよ。……でも、ありがと、な」 照れながらそう言うと、彼は少し困ったようにソフィアを見た。 「ん?どうしたよ?」 不思議に思って問うと、クリフトは片手で目を覆い、軽く頭を垂れた。 「まだ、直りませんか」 告げられた言葉の意味を悟り、ソフィアは、はっと口許を押さえる。 「あっ……ごめん」 ソフィアが短い謝罪を述べると、クリフトは指の間からちらりとそのきれいな双眸を覗かせ、 深々とため息をついた。 クリフトが指摘したのは、ソフィアの一人称のこと。 山奥の村で男女の区別無くおおらかに育てられたソフィアは、昔から自分のことを「オレ」 と表現して憚らなかった。 共に育ってきた幼馴染が女の子らしかった分、比べられるのを避けるために自分は男っぽ さを求めていたのかもしれない。村人もそれを薄々感じ取っていたのか、別段咎めだてす ることもなかった。もちろん、ソフィア自身、女性の一人称に相応しいとは思っていない。 しかし取り立てて不自由を感じることもないので、旅に出てからもそれを変える事なく過 ごしてきた。そして今の仲間に出会った。 マーニャは「オレ」という一人称も個性のうち、と言って艶やかに笑った。 ミネアはその美しい声で「時がくれば変わるわ」と占い師らしい、謎めいた言葉をかけた。 他の仲間は、もともと男口調であるソフィアに違和感を覚えない、気にならないというこ とで、黙認してきた。言い換えれば、『勇者』をやるのに言葉遣いは関係ないということな のだろう。それどころか、強いものに憧れるアリーナなどは「勇者のソフィアが『オレ』 なら、私も『ボク』って言おうかな?」と言い出す始末で、それを耳にした教育係のブラ イが青褪めたぐらいだった。 そんな中で、クリフトだけは最初からソフィアの口調を気にかけ、折に触れ注意を促して きた。 「ソフィアさん、女性が『オレ』という一人称を用いるのはあまり感心できませんね」 ちょっと困ったように告げられるその言葉。 ――『勇者』に言葉遣いは関係ない。 自分自身そうは思うものの、ソフィアを『女性』として気遣ってくれているクリフトに悪 い気はしない。 だからその指摘を受けるたびに、ソフィアは素直にそれを受け入れてきた。 彼の気持ちが嬉しかったから。 だけど、クリフトの優しさは純粋にソフィアに向いているわけではなかった。 彼の頭の片隅…いや、大半は、大切な姫君アリーナに己の言動が悪影響を及ぼさないよう にという配慮で満たされている。そう、クリフトがソフィアに向けてくれる優しさそのも のすら、根底にあるのは『彼の最愛の人のため』なのだ。 事実、彼はソフィアを『女性』として扱うものの、『女性』として意識してはくれない。 ソフィアの淡い気持ちに気づいてくれようともしない。 なのに彼は、彼が大切に思う人のために、ソフィアを変えようとする。 ――それはひどく残酷な仕打ち。 心の奥底にしまっておいたはずの暗くどす黒い澱みがゆっくりと染み出してきた。 ソフィアはその苦しさに眩暈を覚え、知らず拳を握り締める。 胸が――痛かった。 治まらぬ胸の痛みに、そっと瞳を伏せてひとつ息をつく。と、クリフトの憂いを含んだ声 が耳朶を打った。 「私の言葉は、貴女になかなか届かないようですね」 深い意味はないのだろう。しかしソフィアはその言葉に唇を噛み締める。 ――お前だって、オレの気持ちをわかってない。 だが、それをクリフトに悟られたくなかったので、努めて明るい口調で反論を試みた。 「長年、ずっとこの調子でやってきたんだ。そんなに簡単に直せるわけないじゃないか!」 するとクリフトは目を覆っていた手をどけ、ソフィアをまっすぐ見つめ頷いた。 「それは、わかりますよ。ですが、口調全般を、と申し上げているわけではありませんし、 それほど難しい事だとは思えないのですが……」 クリフトの言い分にソフィアは、口をへの字に曲げて言い募った。 「あのな、自分の口調を変えるのって、すっげー気恥ずかしいんだぜ?」 第一、幸せ者のアリーナのために、なんでオレがこんな気恥ずかしい思いを!! 喉先まで出かかった言葉を無理矢理飲み込み、ソフィアはクリフトを恨めしげに見上げる。 その視線に含まれた思いに気づくはずもない、目の前の鈍い男は「そのようなものなので しょうか」などと暢気に首を傾げる。 ソフィアは無性に腹が立ち、「じゃあ」と睨みつけた。 「お前、オレの事、呼び捨てにできるか?」 深い考えがあってのことではなかった。 ただ、無性に悔しくて、腹立たしくて、気がついたら言い放っていた。 「お前がオレの言葉遣いに物言いをつけるってなら、オレだってお前の言葉遣いに口を出 す権利があると思う」 何となく言いたい事と違うような気がしたけれども、考えるより先に言葉があふれ出ていた。 「年下の女に敬語つかうって言うのも十分変だよな」 クリフトが口を開く前に、言葉を重ねる。 「だったら、オレの事呼び捨てにしてくれ」 挑戦的な眼差しでクリフトを見据えると、ソフィアは言い切った。 「お前がこちらの言い分を聞かないっていうなら、オレもお前の言い分を聞く気はないね」 胸を支配していた痛みは、いつしかムカムカへと変貌していた。 「なるほど……」 長い沈黙の後に、クリフトが感心したように口を開いた。 「確かに、理にはかなっていますね」 そう続け、口許に手をあてたクリフトは何かを推し量っているようだった。 ―――どうせ、断る口実を考えているんだろ。 ソフィアは頬を膨らまし、薄暗くなった窓の外に視線を移した。 クリフトの性格からして異性を呼び捨てにする事は考えにくい。まして、想いを寄せる相 手の前で他の女性を呼び捨てにすることなどもってのほかだろう。 となれば、あとはいかに断るかだ。 ―――ま、それならそれでいいけどさ。 一抹の寂しさはあったものの、言葉遣いに口出しされなくなると思えば、アリーナのため に自分を変えなくていいと思えば、それはそれで納得できる。 横目でちらりと見やれば、クリフトは彫像のように固まったまま佇んでいた。 ―――しかたないな。 助け舟でも出してやるか。 ソフィアは小さくため息を漏らすと、机に手を置き立ち上がった。 「だから、さ……」 このままでいいじゃないか。 そう続けようとしたソフィアをクリフトの決然たる声が遮った。 「わかりました。ではそのように」 一瞬何を言われたのか掴みかねソフィアは目を丸くする。 「は?」 そんなソフィアの様子を気にすることなく、クリフトは胸の前で握りこぶしを作ると虚空 を睨んだ。 「そうですよね。いくら姫様のためとはいえ、貴女だけに変化を求めるのは不公平という ものです」 自分の言葉に酔っているのだろうか。 滔々と語るクリフトの瞳は明らかに違う世界に向いているようだ。 「え?あの、ちょ……クリフト?」 「えぇ、これもまた試練でしょう。呼び捨て、というのは私の信条に反しますが、それで 貴女のその粗悪な言葉遣いが直るのでしたら、お安い御用です」 何気に失礼な物言いをしつつ、クリフトは僅かに眉根を寄せた。 「そう姫様に与える影響を思えば、瑣末な事……」 「あの……もしもし?」 どうやら姫様のことを大切に思うあまり、箍がはずれてしまったようだ。 「姫様の可憐な唇から『ボク』などという言葉が漏れた日には……いや、それだけは駄目 だ。断固阻止しなくては……」 「ちょっと、クリフトってば」 あまりの陶酔ぶりに、少々気味が悪くなったソフィアが恐る恐るクリフトの腕を叩くと、 彼ははっと我に返った。 そしてソフィアを見下ろすと、いつもの穏やかな微笑を浮かべて告げた。 「では、私が貴女を呼び捨てにさえすれば、貴女もその口調を改めてくださるのですね?」 「えっと、とりあえず『オレ』はやめる…よ」 「結構です」 その有無を言わさぬ迫力に気圧されつつ、ソフィアが頷くとクリフトは満足げに微笑んだ。 「では、お互い頑張りましょう。よろしいですね、ソフィア」 クリフトの姿が扉の向こう側へ消えると、ソフィアは力尽きたように椅子に腰掛けた。 そして片手で眉間を押さえると、僅かに頭を振った。 「クリフト……」 あまりの事に言葉が続かない。 先程の妄想垂れ流しの台詞の数々から、姫様大事、お役目大事で、ソフィアの申し出を受 けたことはわかる。 だけど、彼は根本的に間違っている。 確かにソフィアの言葉遣いを直す事は、アリーナの言動を指導するにあたって、かなり有 益な事だと思う。 だが、それ以前に、彼は男としてとても軽率な事をしている。 「クリフト……お前、気づいてないのか?」 鈍い、鈍いとは思っていたが、ここまでひどいとは思いもしなかった。 「いくらなんでも、まずいだろ」 ―――アリーナはお前のこと好きなんだぞ。 一緒に旅を始めて数ヶ月。その間に誰もが思い知った事がある。 『クリフトはアリーナのことを、アリーナはクリフトのことを想っている』 これは本人たちを除いて誰もが了解している。 それはそうだ。 アリーナが倒れた時のクリフトの変貌――悪鬼豹変――を見て、そこに主従以外の感情を 見出すのは難しい事ではない。 逆もまた然り。 クリフトが倒れた時のアリーナの狂戦士ぶりを見れば、彼女が彼にひとかたならぬ想いを 抱いているのは火を見るより明らかだ。 だからソフィアは己の想いが如何に不毛かよく知っていた。 なのに、この事態は一体なんだと言うのだ。 「……アリーナにどう言い訳すればいいんだ?」 生真面目なクリフトのことだ。一度約束したからには、アリーナの前であろうともその態 度を崩すとは思えない。 真面目、堅物、融通が利かないもここに窮まれり。 ソフィアは天を仰ぐと、深々と嘆息する。 「鈍さもここまでくると、犯罪だな」 かといって、胸に灯ったほのかな想い、そして『ソフィア』と呼ばれた瞬間に感じた、痺 れるような甘さはそう簡単に手放せるものでもなさそうだ。 「アリーナ、ごめん」 決して、彼らの幸せを壊したいわけではない。 だけど、『ソフィア』という響きが己を縛って離さない。 「ごめん……」 報われない想い。告げる事のない想い。 それでも。 ―――わたし、クリフトが好きなんだ。 「みんなー、ご飯だってさー」 二階へあがるのが面倒だったのか。 階下からマーニャのはつらつとした声が響いた。 「ごーはーんー」 貸しきり状態の宿とはいえ、彼女の傍若無人振りに思わず苦笑する。 「早く来ないと食べちゃうぞー」 彼女の明るい声は、魔法のようだと思う。沈みかけていた気分が一気に浮上した。 ソフィアはゆっくりと立ち上がると、大きく伸びをする。 ――ま、なるようになるさ。 そう結論付け、階下に怒鳴った。 「マーニャ!オ…じゃない、『わたし』の分食べたら承知しないぞ!!」 (終)
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世界のあらゆる場所には、聖職者と呼ばれる者たちが存在する。 神父、神官、シスターなど、その呼称はさまざまだが、 自らが信ずる神に仕え、慎ましい生活を日々送っているという。 やがてその身を捧げた彼らは、いかなる者とも婚姻を結ぶことなく、 清い身のままで終生を全うする。 しかし、ここサントハイム王国では、聖職者が配偶者を有し、 その者との間に子をもうけることが、特例として認められている。 はるか昔、わが国は宗教大国としてかつてない栄華を誇っていた。 敬虔な聖職者たちは、さらなる高みを目指して日々精進に励んでいた。 当時の記録では、聖職者、またはそれに準ずる職に就く者の割合が 全国民の七割強を占めていたと記されている。 ところが、原因不明の流行り病が突如発生し、瞬く間に国の全土に広がった。 聖職者たちの治療も空しく、抵抗力の弱い老人や子供が次々と倒れ、 やがて病の魔の手は、働き盛りの男や子育てに勤しむ女にも、容赦なく襲いかかった。 翌年になって、ようやく病の勢いが沈静化の兆しを見せ始めたが、 サントハイムの人口は、発生前の十分の一にまで落ち込んでしまった。 他国から移民を募ろうにも、恐ろしい疫病が蔓延した国になどに 自ら望んで入る者など、皆無に等しかったのである。 そこで、当時の国王は、暗黙の不文律を打ち破る型破りな令を出した。 本来独身であるべき聖職者の婚姻を、承認するというものである。 無論、他に家督を継ぐ者がいないなど、特別な理由がある場合に限るとの 但書が付け加えられていたが、壊滅的な人的被害を受けた当時のわが国では、 聖職者たちのほとんどがこの条件を満たしていたそうだ。 恋愛とは程遠い生活にあった聖職者たちは、当初はかなり困惑したという。 だが、国家の存続のため、子孫を残さねばならないという使命感と、 国王の強い勧奨もあってか、彼らの大多数は王命に従って婚姻を結んだ。 そのため、翌年、翌々年と高い出生率を維持することができた。 「———かくして、わがサントハイムは滅亡の危機を免れたのである、と。 なるほど、やっと理由がわかりました。貴国で聖職者の結婚が認められて いるのには、こういう事情があったのですか。実に興味深い歴史ですね」 「ええ。しかし私の場合、家督を継ぐというよりは———」 「王族であるアリーナ姫様のご夫君となられたからですよね、クリフト様」 「は、はい。そういうことになります」 クリフトが席についた机の真向かいで、金髪の若者は読誦していた 分厚い書物をそっと閉じ、屈託のない笑みを浮かべた。 一方のクリフトは、若者の無邪気にすっかりたじたじといった様子だ。 この若者は、交換研修のため、隣国エンドールの教会から派遣された新米の神官。 かつてのクリフトと同様、首席で母国の神学校を卒業した優秀な逸材で、 まだ十九歳と若いが、彼の国での将来を嘱望されたエリートだ。 彼が読んでいた書物は、サントハイム王国の歴史を綴った古文書。 年月が経っているせいか、表紙は擦り切れ、文字の一部は消えかかっていた。 この日は夜遅くまで、若者が読み上げた文章をクリフトが写本するという、 気が遠くなるような長い作業を付き切りで続けていた。 「少し休みましょうか。今お茶を用意しましょう」 「はい。ありがとうございます、クリフト様」 クリフトは席を立ち、静かに部屋をあとにした。 彼の姿が消えた直後、若者は凝った首と肩をほぐし始める。 偉大な先輩の足は引っ張るまいと、彼なりに必死に頑張ったのだが、 やはり慣れない作業での疲れは隠せないようだ。 少し経って、クリフトが二つのカップを携えて戻ってきた。 渡されたカップに顔を近づけ、若者は上品な茶の香りと口当たりを楽しむ。 クリフトも紺青の瞳をゆっくりと閉じ、夜のしじまを満喫した。 はかなげな白い湯気も、真冬の寒い部屋を温かな癒しの空間へと変えていく。 カップに口をつけながら、クリフトは先に寝室で眠っているであろう、 愛しい新妻のことを考えていた。 この調子では、今日もまた帰りは遅くなるだろう。 後進の指導に当たるべき立場上、やむを得ないと自身を納得させるが、 結婚して間がないというのに、早くも寂しい思いをさせている現実。 クリフトの心は、すまないと思う気持ちで一杯になっていた。 だからといって、現在進めている作業を中断するわけにはいかない。 束の間の休息のあと、覚悟を決めたクリフトは、ペンを握る右手に力を入れた。 「あの……クリフト様」 「どうしましたか?疲れているのでしたら、もう少し休憩を…」 「いえ、そうではありません。もう夜も更けましたので、 ここからの写本の続きは、私が一人で行おうかと思いまして」 「それは無茶です。まだ半分も終わっていないというのに」 「ですが、クリフト様は、明日はお休みの日ではありませんか。 せっかくの休日なのですから、ご夫婦水入らずの日になさるべきですよ」 「しかし、赴任してきたばかりの君には、あまりに量が多すぎます」 ご心配なく。幸い私は、今日は泊まりがけの勤めです。夜は繁雑な業務が ほとんどないので、じっくりこれに専念できますから」 「し、しかし、新任の君を一人置いて帰るわけには…」 「アリーナ姫様もきっとお待ちかねですよ。さあ、遠慮なさらずに!」 後輩より先に帰るのをあくまで渋るクリフトに、 若者は会心の一言で、事態の収束に持ち込もうとかかった。 「本当に…よろしいのですか?」 「はい!自慢ではありませんが、私も母国エンドールでの厳しい試験を経て、 貴国に派遣されたという自負があります。どうか心置きなくお任せを」 嬉々とした表情で、若者はクリフトに早く勤めを上がるよう強く促す。 が、突如愛妻の名を出された彼の顔は、なぜか少し赤くなっていた。 もしかして、熱でもあるのだろうか。 若者はクリフトの体調を心配するも、善行を積んだという自画自賛の念で 頭が一杯になっていたため、それ以上の詮索はしなかった。 「わ、わかりました。では…お言葉に甘えて、私は先に失礼します」 「お疲れさまでした。翌日中を目標に必ず完成させますので、 ゆっくりお休みください!」 若者は胸を叩き、自信ありげな表情でクリフトを見送る。 くれぐれも無理をしないように、と何度も念を押しつつ、 クリフトは彼の厚意を謝し、ひっそりとした夜の大聖堂をあとにした。 浴場で一人身体を清め、クリフトは静かな足取りで自分の部屋へと戻った。 ほっとため息をついたと同時に、一週間分の疲れがどっと肩にのしかかる。 (よかった。ぐっすり眠っているみたいですね) 寝室に向かうと、アリーナがクリフトのベッドで小さな寝息を立てていた。 実はベッドは二つあるのだが、こちらの方が居心地がいいという理由で、 いつも彼のベッドで眠っているのだ。 そのため、隣にあるアリーナのベッドは、シーツにしわ一つない状態だ。 本来の目的を果たせてもらえないせいか、どことなく寂しそうにも見える。 (こうして寝姿だけ見れば、まこと見目麗しき貴婦人なのですが) クリフトは一人苦笑し、アリーナを起こさぬよう、そっとベッドに潜り込んだ。 もし、空いている隣の方でうっかり就寝でもしようものなら、 一人寝をするのは自分を愛していない証拠だ、といわんばかりに たちまち責め立てられてしまうのは明らかだからだ。 「お帰りなさい、クリフト。今日もお疲れさま」 「!」 耳元で突然声をかけられ、クリフトは思わず飛び起きてしまった。 止まりそうな心臓を抑えるべく、とっさに胸に手を当てる。 しまった。またも眠ったふりをしていたのか。 寝たふりはアリーナの常套手段だが、あまりにも心地よさそうな寝顔のため、 連日の勤めで疲れきっていたクリフトの判断力を鈍らせてしまった。 「ちゃんと起きて待ってたわよ。それに、今夜は…」 「今夜は……?」 半身を起こしたアリーナは、クリフトの寝具の裾を軽く引っ張り、 何かをねだるような視線で、目の前の夫君の顔をじっと見つめた。 潤んだ緋色の瞳と唇は月明かりに照らされ、妖艶さを醸し出している。 声もいつもの溌剌なそれとは一味違う、妙齢の女性特有の艶気があった。 しかし、アリーナがそれ以上言葉を発することはなかった。 クリフトが、彼女の唇を自分の唇で塞いでしまったからだ。 二人はそのままの状態で、ゆっくりベッドの上に倒れ込んだ。 これから紡ぐ二人だけの時間に、言葉の駆け引きなど必要ない。 言葉にならない声や互いの甘い吐息が、そのまま会話の続きとなるのだから。 ◇◇◇ 翌々日の夕方。 さらにもう一日休みを取り、心身ともに英気を養ったクリフトは、 勤めに出るべくいつものように大聖堂の門をくぐった。 今夜は泊りがけになるため、右手にはアリーナ手作りの夜食を携えている。 書庫の前では、写本を手伝ってもらった若者が書物の整頓に勤しんでいた。 彼はクリフトの姿を見るや否や、あわてて踏み台から降りてきた。 「はっ、クリフト様!…い、今からお勤めの時間ですか?」 「ええ。一昨日はご苦労でしたね。一人で大変だったでしょう」 「と、とんでもありません。とても…よい勉強になりました」 「それはよかったです。おや?顔が赤いですね。熱でもあるのでは…?」 「だ、大丈夫です!何でもありませんからっ!」 心配したクリフトが額に手を当てるが、顔の赤さほどの熱はないようだ。 慣れない地での初仕事ゆえ、気負いから疲れが出たのだろうか。 やはり新任の身では、膨大な量の写本は負担だったに違いない。 気の毒なことをさせたな、とクリフトは少し後悔した。 「おや?これは…」 ふと自分の机に視線を移すと、丁寧に揃えられた原稿の束と、 傷みが進まないよう布をかぶせた古文書の原本が置かれていた。 手間のかかる作業だっただろうに、大したものだ。 クリフトは驚きで目を丸くさせ、原稿と若者を交互に見続けた。 「何と。これを全部仕上げたのですか?」 「は、はい。何とか昨日中に終わらせることができました」 「ありがとう、本当に助かりました。さすがは隣国の精鋭ですね」 「いえ、クリフト様。お褒めに預かり、光栄です…」 「君は明日から二日間お休みでしたね。連日の夜勤、お疲れさまでした。 あとは私が代わりますので、そのままにしておいてください」 「は、はい!で、では…お先に失礼いたしますっ!」 若者は深々と礼をし、即座に部屋をあとにした。 身体をあちこちにぶつけ、何度も悲鳴を上げながら走り去っていく。 一昨日の夜とは打って変わり、若者の様子はどこかよそよそしい。 どこか自分を避けている風にも見えるが、クリフト自身には 思い当たる節はない。 不思議なこともあるものだ、とクリフトは首をかしげた。 それもそのはず。その要因は彼の側には全くなかったのだから。 若者の動揺の原因は、彼がクリフトに代わって行った写本の続きにある。 聖職者が配偶者との契りを許された日は、勤めが休みの日の前夜のみ。 いくら婚姻が認められるとはいえ、夫婦の契りを交わしたその日に、 大聖堂など神聖な場所に足を踏み入れるわけにはいかない。 それゆえ、契りの機会は必然と限られ、さらに、子をもうけるためには より綿密な計画性が要求される、というわけだ。 作業を終え、結末を知った純情な若者は、善意で行ったはずの 自分の行為に赤面し、クリフトの顔を直視できなかったのである。 やはり気の毒なことをさせた、とクリフトは改めて悔やんだ。 サントハイムには、現在クリフトを含め、一割ほど既婚の聖職者がいるが、 そういう事情から、彼らは休日を優先的に決める権利が与えられている。 長旅を終えて以後、重要な地位にあるクリフトにそんな余裕は ほとんどなかったが、最低でも週に一度の休みは取らされていた。 一つは、後進を育成する立場上、体調管理が必要不可欠なため。 クリフトは、妻であるアリーナに比べ、身体があまり丈夫な方ではない。 もし彼に倒れられれば、たちまち他の神官たちの負担が倍増してしまう。 それを熟知しているからか、彼の体調を親身に気遣ってくれるそうだ。 サントハイムの政治は、国王の力量により安定が続いているが、 同国の宗教界の勢力は、クリフトの尽力によって均衡が保たれている。 今や彼は、この国になくてはならない存在の一人なのだ。 そしてもう一つは、将来この世に生まれるであろう次の王位継承者の 父となり、サントハイムの繁栄にその身をもって貢献するため。 クリフト自身、アリーナが頭の上がらぬ数少ない人物であるがゆえに、 彼女の歯止め役も同時にこなさなくてはならない。 痩身の肩にのしかかった重圧は、まさに鋼鉄の鎧のごとくである。 自室に戻った若者は、ようやく心の平静を取り戻した。 瞬間的な心労でぐったりした身体をベッドに横たえ、ため息をつく。 「いててて。ああ、疲れたなあ……」 若者は独り言を呟いたあと、天井を見据えたまま考え事をしていた。 自分がまだ、天才と呼ばれた神学生の頃のことだ。 世界を救った八傑の一人であるクリフトは、他国でもその名声は高い。 もちろんそれは、当時エンドールの神学生だった若者にも耳に入っていた。 いつしかクリフトは、自分の目標かつ憧れの的となっていた。 合格確実といわれた交換研修の選抜試験にも、決して手は抜かなかった。 実際に会って、まさに評判どおりの人物だと確信した。 そして、端から見れば順風満帆そのものの人生に隠れた、 切実な現実も同時に知ってしまった。 夢と希望を胸にサントハイムに入国した時、若者は三年を目標と定めて クリフトに追いつこうと目論み、緻密な努力と精緻な分析を重ねてきた。 だが、偉大なる先達の底知れぬ苦悩に接し、彼の浅はかな考えは 意味を成しえなくなった。 賢明で思慮深いあの方の責務は、周囲の者が考えているより はるかに大きく、過酷なものなのだ。 それを数年で超えるなどとは、思いあがりもいいところだ。 神童と褒めちぎられ、挫折どころか他人に追い越されることすら 経験したことのない若者にとって、自戒を促す苦い薬となった。 学問も人生も、学びに王道なし。 既得の能力に奢ることなく、今自分が出来うることを確実に実行し、 着実に身につけてゆこう。 若者は自分の慢心を恥じ、更なる精進に励む決意を固めた。 (完)
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クリフトのアリーナへの想いはPart5 205 :【神官服】1/5 ◆cbox66Yxk6 :2006/05/12(金) 19 14 48 ID 6M0hqCC90 「隣、よろしいでしょうか?」 夜の酒場に場違いな神官服を、これでもかというほどきちんと着込んだ青年が、穏やかな微笑を浮かべて訊ねてきた。 「・・・・・・いいわよ」 どうぞ。 琥珀色の液体で満たされたグラスを手に、少し身体をずらして見上げると、彼は生真面目に「ありがとうございます」と言いながら、優雅に腰を下ろした。 鄙びた町の酒場は人気が少なく、彼ら以外は数えるほどしかいない。それ故、さほど注目を浴びるということはなかったものの、こういった場で神官服は妙に浮き上がって見えた。 マーニャは鼻の頭にしわを寄せると、カウンターの隣の席に座る青年に向けて呆れたように呟く。 「クリフト・・・こういっちゃなんだが、その神官服はどうかと思うよ」 「そうですか?」 マーニャの抗議を柔らかな笑みでさらりとかわし、クリフトは目の前に運ばれてきたグラスを手にした。そしてマーニャの方へ向き直ると、グラスを目の高さに掲げる。そのままグラス越しにマーニャを見つめると、穏やかな声色で続けた。 「でも、似合っているでしょう?」 クリフトの言葉に思わず吹き出しかけたマーニャだったが、クリフトの真摯な瞳に何を思ったのか、ふいに視線を逸らすと僅かにうつむいた。 長く艶やかな紫色の髪がさらりと流れ、マーニャの顔をベールのように包み隠す。 クリフトはゆっくりと身体をカウンターに向けると、一口だけ飲みグラスを置いた。 そして視線をグラスに固定したまま優しく語りかけた。 「泣いても・・・。泣いてもよろしいのですよ」 クリフトの言葉にマーニャは小さく肩を震わせ、心もち顔を上げた。いつも勝気な姉御といったマーニャが、奇妙に顔をしかめていた。 「なんで、あんたが、そんなことをいうのよ」 しかめられたその顔の中で瞳だけがかすかに揺らいでいた。それはひどく儚げで、頼りなげだった。 しばし沈黙をまもっていたクリフトだったが、やがて澄んだ青い瞳を伏せると、ふうっと吐息を漏らした。 「それは、私が、神官だからです」 そう言い切って双眸を開くと、マーニャの瞳を覗き込んでやんわりと微笑んだ。 「よく、頑張りましたね」 その穏やかで透明な微笑を見つめていたマーニャだったが、ふいにクリフトの神官服を掴むと己の顔を彼の胸に押し付けてきた。 「迷惑なら言って。でないと、私・・・」 大泣きするわよ。 食いしばられた歯の間から漏れた言葉に、クリフトは瞳を和ませるとマーニャの背に手を回し優しく擦ってやった。 「辛かったですね」 よく頑張りましたね。 繰り返される言葉と優しい抱擁。 マーニャはこらえきれず溢れた涙もそのままに、クリフトの胸に身を預けていた。 「父さん・・・父さん・・・・・・・・・バルザッ・・・ク・・・」 嗚咽と共に吐き出される魂の叫び。 本当はずっと泣きたかった。 父が殺された時も、キングレオでオーリンを失った時も、そして今日、サントハイムの城で、変わり果てたバルザックと対峙した時も。 涙が溢れることはあった。だけど、声に出して泣くことはできなかった。 (ずっと、ずっと・・・・・・) 緑の神官服にいくつものシミを落としながら、マーニャは幼子のように泣きじゃくった。 バルザックは父の仇だった。父の弟子でありながら、父を殺し、そしてその研究を奪った。 憎んでも憎み足りない男。それがバルザックだった。 だが、同時に彼は、マーニャが初めて本気で愛した男だった。幼かった自分にとって兄であり、そしてかけがえのない人だったのだ。 「・・・・・・愛していたのよ」 どんなに極悪人になろうとも、どんなに醜悪な姿になろうとも。己自身が命がけで憎み、そして全身全霊で、愛していた。 でも、ミネアには・・・ミネアには言えなかった。 多分、自分の気持ちを知っていたと思う。でも、それでも自分からミネアに告げることはできなかった。言えば、彼女が苦しんだであろうから。 だから、泣けなかった。どんなに辛くても、悲しくても、・・・恋しくても。 ずっと、なんでもないかのように、そっけなく振舞ってきた。 (なのに・・・) 濁流のように押し寄せる様々な感情に翻弄されながら、マーニャはクリフトの神官服を握り締めていた。 どれくらいの時間が経ったのだろうか。 マーニャはそっとクリフトの胸を押して身体を離すと、ぐいっと目元を拭い破顔した。 「ありがとう」 すっきりしたわ。 いつもの調子でそう告げたマーニャにひとつ頷くと、クリフトは、いつもは見せない心からの笑みを浮かべた。 「ね?神官服が役に立ったでしょう?」 イタズラっぽく片目を瞑ってみせる。 その少し得意げな様子に目を丸くしたマーニャだったが、クリフトをまじまじと見つめるとぷっと吹き出した。 「そうね。そうやってみると、意外とイケているわね」 ま、踊り子の服には敵わないけどね。 声を立てて笑うマーニャに気付かれないように、ほっと息を漏らすとクリフトはゆっくりと立ち上がった。 「さてと、神官の役目はここまでです」 そう言うと、少しだけ躊躇ったものの、マーニャの頭にそっと手をのせた。 「もう、大丈夫ですよね?」 思っていたよりも大きくて温かい手の感触にマーニャは不思議な心地よさを覚えながら、大きく頷いた。そして背の高い神官を見上げると、まぶしげに目を細めた。 「あんたが・・・神官でよかったわ」 本当は少し苦手だった。クリフトが、ではなく、心の深淵までも見抜くような聖職者がマーニャは苦手だった。それは、自分の気持ちを悟られまいとする己の防衛本能だったのかもしれない。 酒場のランプに照らし出された緑の神官服が妙に鮮やかで、目に沁みて。マーニャは瞬きを繰り返していた。 そんなマーニャをやさしい微笑で包み込みながら、クリフトは一度だけ、幼子をあやすかのように頭をくしゃりと撫で、そして静かに手を離した。 「あ・・・」 離れてゆくぬくもりにかすかな寂しさを覚え、マーニャは思わず声を上げた。 慌てて口元を押さえたものの、クリフトの耳には届いてしまっていたようで。 「え?」 マーニャの声を聞いたクリフトが振り返った。 その顔はいつものクリフトのもの。自国の姫を恋い慕う青年のもの。 マーニャはそのクリフトの顔に、心の奥が軋むのを感じながらも、精一杯何気なさを装い笑った。 「ごめん。アリーナのこと心配だったろうに」 私のために時間を割かせちゃってごめん。 そう言ったマーニャにクリフトは頭を振ると、春の日差しのように優しい微笑を浮かべた。 「姫様にはブライ様がついていらっしゃいますから。それに・・・・・・」 真っ直ぐに向けられる視線にほんの少しだけ優しい痛みを覚えながら、マーニャはクリフトの言葉を遮った。 「クリフト。アリーナの前では、神官服を脱ぎなさいね」 神官としてではなく、一人の男としてアリーナと向かい合いなさい。 マーニャの言葉に僅かに目を見開いたクリフトだったが、踵を返すと無言で扉の前に歩いていった。そして立ち止まると半身だけ振り返り、目を伏せた。 「姫様が、それを望むならば」 クリフトの消えた扉をじっと見つめていたマーニャは大きく息をつくと、紫の髪をかきあげた。 「あんた、いい男だわ」 ふと漏れた一言に自嘲しながら、マーニャはクリフトの手の感触を思い出す。 大きくて温かい手。それは父のような・・・・・・否、恋人のような心地よさ。 「あんたが神官服を着ていなかったら」 私は、どうしていたのだろう。 新しい恋に落ちていたのだろうか? 脳裏を過ぎった考えに、マーニャは僅かに睫を震わせた。 「馬鹿ね」 クリフトはアリーナを・・・。 マーニャはグラスから滴り落ちていた水滴を指でなぞり、その冷たさに微笑む。 緑色の神官服。いつもは趣味が悪いと思っていた。でも、その神官服に救われ、そして阻まれた。 (アリーナ、あんたちょっと贅沢よ) 望めば手に入るんだから。 それは、誰の耳にも届かない心の声。 マーニャはぬるくなったグラスの中身を呷ると、口の端をあげた。 「バルザック・・・・・・私ってとことん男運がないと思わない?」 (終)
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クリフトのアリーナの想いはPart12.5 312 名前 名前が無い@ただの名無しのようだ Mail sage 投稿日 2012/04/01(日) 13 03 59.57 ID WA38+uyd0 「どうしたんだ?クリフト、そんなに凹んで」 「ソロさん…実は先程、姫様から『私、クリフトのこと大嫌いなんだ』と言われてしまいまして…」 「…」 「もう生きる希望も何もかも失ってしまいました…私はどうしたらよいのでしょう」 「…」 「なあマーニャ、今日が4月1日だってクリフトに言ってやった方がいいと思う?」 「面白いから放っておいたら?」 「どうしたの?アリーナさん、そんなに凹んで」 「ミネアさん…実はさっきね、クリフトに『大嫌いなんだ』って言ったらすっごく凹んでどこかに行っちゃって…」 「…」 「今日は4月1日なんだよって言いそびれちゃった…やっぱり今からでも言いに行ったほうがいいよね」 「…」 「姉さん、またアリーナさんに変なこと吹き込んだんでしょう」 「何でいつもあたしなわけー?ま、でも面白いことには変わりないから放っておきなさいよ」 翌日 そこには元気に走り回るアリーナとクリフトの姿が! 「なんだ、結局マーニャがクリフトにばらしたのか?」 「べ、別にクリフトのためじゃなくて辛気臭いのは嫌だったからよ!」 「…姉さん、もう少し素直になればいいのに…」
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クリフトとアリーナの想いは Part4.2 長編1/12 506 :1/10:2006/03/09(木) 20 15 43 ID 3amH8IjL0 サントハイムの若いメイドたちの間で流行っているという恋愛小説がある。 その小説はスタンシアラに住むある小説家が書したものであり、サントハイムだけでなくエンドールやガーデンブルグでも大流行中なのだとか。 今ではお城の中でそれなりに『お姫さま暮らし』をしているアリーナも、その程度の噂や流行くらいは知っている。 仲のよい何人かのメイドたちに薦められ、その小説を読むことにしたアリーナ。 今まで散々読まされてきた作法や歴史の分厚い本とは違う、手のひらに収まってしまうほど小さくて軽い本は、外側だけでなくその内容も当然今までのそれとは違っていて、アリーナの読書に対しての意欲を高まらせた。 『姫様には少々、つまらないかもしれませんけれど』 まさか自分が仕えている姫君に対して嫌味を言うようなメイドなどいない。 ただ、そう言って本を渡したメイドに『姫様に恋愛はわからない』と言われているような気がして、どこか悔しく思ったのも事実。 アリーナは少しむきになって、日当たりのいい窓辺のテーブル席でひとり読書に励んでいた。 「おや、姫さま。ご機嫌麗しゅうございます」 「クリフト」 そこへ偶然、クリフトが通りがかった。 サランの町の教会で神学の授業をした帰りだろう、専門の本を数冊手にしていた。 教会に戻る途中なのだろう。勇者たちとの冒険が終わった後、クリフトは元の王宮付きの神官として忙しく働きアリーナの元に仕えていた。 「読書とは、よい心がけですね。何を読んでいらっしゃるのです?」 「うん。これ、イリナとメロが面白いっていうから」 自分にその小説を教えてくれたメイドたちの名前を告げながら、アリーナは本の背表紙を脇に立つクリフトによく見えるよう軽く掲げるようにして見せた。クリフトも城の中の流行と言うものを多少は耳にしている。 アリーナが手にしている小説は最近、若いメイド達を虜にしているものだとか。 「これは…姫さまにしては、珍しいですね。私はてっきり、武術の本かと」 「もう、クリフトまでそんな風に言うのね。あたしだってたまにはこういう小説を読んでみたいと思うわ」 「ああ、申し訳ありません姫さま。決してそんなつもりで言ったのではないのですよ」 「じゃあどんなつもりよ」 「姫さまも、…恋愛に興味をもたれておかしくないお年頃です」 「子ども扱いして欲しくないわ」 「はい、申し訳ありません」 アリーナはふて腐れてそっぽを向いた。両手に持った本をテーブルの上に乗せたまま。 でもその本はまだ3分の1も読めている様子はない。 こんなとき、アリーナの機嫌を直す方法をたちまち思いつかないクリフトはいつも困ったように微笑んでいる。視界の隅にその表情を盗み見て、しばらくしてから再びクリフトを見上げる。 「一生懸命読んでるけど…、あんまりよくわからないわ」 しばらく黙った後、アリーナは素直にそう呟いた。 勇者たちとの旅の中で、アリーナは多くの人々に出会ってきた。 サランのマローニ、ボンモールのリック王子など、多くの女性に慕われている男性とも関わってきた。そのときのことを思い出してみても、今アリーナが手にしている小説に書かれているような気分の高揚感や切ない気持ち、相手をひたすら想ってやまない感情の在り処を自分の中に見出すことはできなくて。 「どうやったら、あたしにもわかるようになるのかな」 そう続けるアリーナに、クリフトは苦笑するしかない。胸の奥がキシキシと痛む。 世界を救った英雄のひとりが、ある国のお姫様と結ばれるなど、昔々の御伽噺。 時々自分でも嫌になるほどの冷静さでその場に立ったままのクリフトは、アリーナに促されようやくテーブルの向かい側の椅子に腰を落ちつけた。 「姫さまも誰かを好きになれば、きっとおわかりになりますよ」 クリフトはそんな風にうわべだけの言葉をかけることで精一杯だ。 揺らぐ気持ちが声に表れないように注意を払いながら。 「誰かって誰よ。そんな曖昧な言い方じゃわからないわ」 「恋愛は人に決められてするものではありません。その『誰か』とは、姫さまが出逢われたときにおわかりになるはずです。…神に仕える身である私が恋愛を語るなど、本来はおこがましいのでしょうが…私はそう思っていますよ」 「出逢うって言っても…じゃあ、いつ? 前みたいに世界中を冒険していたなら違うけど、こうやってお城の中で過ごしていたら決まった人にしか会えないじゃない」 「大臣殿が姫さまにふさわしいお相手をお探しでらっしゃいますよ。 以前からお見合いの話があるではありませんか」 「それは、そうだけど…」 言葉に詰まったアリーナはまたふい、と視線をはずした。 お見合いの話をまともに聞こうともせず王や大臣たちを困らせていることをたしなめられると思ったからだ。クリフトはいつも冷静沈着で耳の痛いお説教をする。 王様を困らせてはなりません。 ブライ様のお話はきちんと聞いてください。 大臣殿の言うこともおわかりになるでしょう。 「………」 アリーナはすっかり黙り込んでしまった。自分が説教を始めるといつもそうだ。 黙りこくったままでこちらの話が終わるのをただ待っているのだ。 しかしクリフトにはわかる。わかるからこそ『聞いてらっしゃるのですか?』とは言わない。 アリーナは自分の立場や国のことをよくわかっている。わかっているから黙っているのだ。 わかっているからクリフトの当たり前の説教をおとなしく聞いている。 旅に出る前まではまったく聞く耳を持たずにただひたすらに自由だけを追い求めていたアリーナだったが、世界を見てきてさまざまなことを知ってからは一国の姫としての自覚を認識している。 「お見合いしたら、あたしはその相手のことを好きになるのかな」 アリーナは本を閉じてため息混じりに言った。 クリフトは何も言わずに哀しげに微笑むだけ。 「好きになったらどうなるのかな。この本みたいに、毎日会いたいと思うのかな。 毎日おしゃべりしたいと思うようになるのかしら」 そういうアリーナの言葉を聞きながら、クリフトは相槌のような生返事のような返答をするだけ。 そんなことは想像すらしたくない。いつか来るだろう現実を受け止めるのはまだ早すぎる。 あとわずかな時間であっても、アリーナのそばでひとりの家来として静かに想っていたいのだ。 いつかアリーナが、どこかの国の王子と結婚をするそのときまでに、もっともっと優秀な神官にならなくては。 その時風のない湖面のように少しのざわめきもない心で、アリーナを祝福しなくてはならないのだから。 「その時になったらきっとわかりますよ、姫さま。私はそろそろ失礼しますね。 もう戻らないといけない時間です」 「ねぇ」 「はい」 「クリフトには、わかるの?」 椅子から立ち上がったクリフトにアリーナは声をかける。 幼いころから一緒に過ごすことの多かったクリフト。いつしか自分の教育係りとなり、神学や歴史の勉強を教えてくれてきたもっとも身近な兄のような存在の彼は、恋する感情を知っているのだろうか。 「いえ…私は、神に仕える身なので……恋愛ごとは、あまり…」 澄んだ瞳でまっすぐに見つめてくるアリーナに、嘘をつくことの罪悪感が倍になる。 失礼します、と頭を下げて教会へと続く道を歩き出そうとしたその時。 「きゃ…」 「きゃあ! 誰か…!」 女性の悲鳴が重なり合った。それはクリフトとアリーナの上からのもの。 吹き抜けになっている2階をつなぐ渡り廊下を歩いていたメイドのひとりが、運んでいたリネン類の重さのためか脚をとられ、バランスを崩しまさにその身体が落ちかけているところだった。運の悪いことにその渡り廊下は修理中で、一方にはまだ手すりが設置されておらず頼りないロープが渡されているだけの状態。 2階からの高さとは言え落ちたらただでは済まされない。 「危ないっ…!」 アリーナも弾かれたように立ち上がる。勢いで椅子が後方に倒れ派手な音を立てる。 上から降ってくるシーツやカバー。次の瞬間にはそのあたり一面が真っ白で洗いたてのそれに覆われていて。 「クリフト…」 その中には落ちてきたメイドを地面に落ちる前に何とか抱きとめたクリフトの姿があった。 手にしていた本はとっさのことに投げ出すように床の上に落ちて散らばり、衝撃のためにかぶっていた帽子も散らばったシーツの上に飛ばされていた。 クリフトの髪が跳ねる。 「大丈夫ですか?」 そのメイドはアリーナがあまり目にしたことのない者だった。 おそらくはまだ城に仕えだして間がないのだろう。アリーナよりもまだ年下の小柄で華奢な少女だった。名前も知らない。クリフトに抱きかかえられ、何も言えず真っ赤になってしまっている。何が起こったのかもまだはっきりとわかっていない様子で、自分が散らかしてしまった辺りの様子にどうしたらいいのかわからないらしい。 「申し訳ありません、クリフト様!」 渡り廊下のほうから声がする。一緒に仕事をしていたらしい先輩のメイドが大慌てで頭を下げている。 「いいえ、私は平気です」 空を仰ぐように2階を見上げそう言うと、クリフトは腕の中のメイドを静かに立たせた。 その手をとったときに見つけた傷に、低く優しい声で回復呪文を詠唱する。 落ちる際にロープの結び目で擦ってしまったのだろう。メイドの手の甲に生々しい皮の裂けた傷があった。クリフトが手をかざすと見る間に滲んでいた血が薄らいで皮膚が再生していく。 「もっ、申し訳、ありませんでした!」 そう言うとメイドはあせった様子でリネン類を拾い始めた。クリフトもそれを手伝う。 とくん、とくん。 アリーナは人が恋に落ちる瞬間を目にしたのだ。恋に落ちたのはあのメイドなのに、なぜかアリーナの鼓動は早くなる。あの瞳あの表情、あれが小説にあるような想いを抱くと言うことなのだろうか。 とくん、とくん。 いつもと変わらないクリフト。みんなに優しいクリフト。毎日顔を合わせるその存在が、今この瞬間別人のように見えた。あふれたシーツの海の中、クリフトの横顔が一瞬だけ。 2階から降りてきた先輩メイドも手伝い、その場はあっという間に片付いた。 あたりは少しの間騒然としたが、事態の収拾が早く大きな騒ぎにもならずすぐに落ち着いた。 未だに顔の赤みが引ききらないメイドは両手いっぱいにシーツを抱え、クリフトに頭を下げた。そしてその後方にいるアリーナにも気づくと更に身を正してより深く一礼し、エプロンの裾を翻してその場を去っていった。 「申し訳ありません、姫さま」 「あ、うん。あの子は大丈夫だったの?」 「ええ、たいした怪我もないようでした」 クリフトは帽子をかぶり直し、アリーナのそばへと近づくとその足元に散らかした本を拾い上げる。その表情は先程見たものとは違う、もう何年もの間見続けてきたそれだった。 さっきのあの一瞬は夢か幻か、そう思えてしまうほどに。 「ごめんね、わたし、手伝えばよかったね」 「いいえ。驚かせてしまって申し訳ありません」 「ううん、そんなことないわ」 すぐそばに立つクリフトをまっすぐに見据える。 「姫さま、読書をするなら、栞があったほうがいいでしょう」 「栞?」 「ええ、途中でやめなくてはいけないときに本の間に挟むのですよ。 栞とはカードのような感じの、小さな厚紙です。ページを折るなどして、悪戯に本を傷めてはいけませんからね」 そう言うとクリフトは拾い上げた本の間から挟んでいた栞を取り出してアリーナに手渡した。 「ありがとう、クリフト」 「いえ。姫さまの本に対する熱意はずっと続いて欲しいですからね」 栞を挟むクリフトの指の、なんと長くしなやかなことか。 こんなに大きな手をしていたのかと、心の中にめぐらせながら栞を受け取る。 もうずっとずっと前に、自分の手を引いて歩いてくれたあの少年の手はこんなにも大きくなり、身体もたくましくなり、ひとりの女性を抱き上げるくらいなんと容易いことだったのかと。 自分が成長するのと同じようにクリフトもまた成長してきたのだ。 一生懸命大人になりたいと思っていても、恋愛のことすらまともにわからないただのこどものままの自分。 「ねぇ、クリフト」 「はい」 「わたしのこと、おいていかないでね」 「え…?」 「わたし、なんだか自分がいつまでたっても大人になれないような気がするの」 急に大きな不安に襲われた。遅ればせにやってきた思春期とでも言おうか。 周りに親しく何の隔てもなく話せる友達などいない、それが当たり前のアリーナは抱え込んだ大きな不安をひとりでどうにかするしかない。 うまく言葉にすることすらできない漠然さを、ずっとそばにいたクリフトならきっと理解してくれる。 アリーナはそっと静かにクリフトに近づいた。 その肩口に額を乗せ身体を預けるようにして彼の大きな手をとった。 優しい暖かさが伝わってくる。 「大丈夫ですよ、姫さま。私がずっとおそばにおりますから」 首筋に触れるアリーナの髪がくすぐったい。クリフトは片手でその髪を撫でる。 ざわつきだしたアリーナの心が静まるように。 自分がどのようにあればいいのかまだわからず、ただ月日だけは流れた。 何にも変化しないように感じる自分自身に突然不安になったのだろう。 アリーナのことなら手に取るようにわかる。 「そんなの思いつめなくても、大丈夫ですから…」 想いは決して悟られぬように。打ち明けるなどもってのほか。 ただたまらなくいとしいあなたが、姫として、一国の主として、そしてひとりの無邪気な娘として幸せに生きていけるように。 その一生を添い遂げられるお方に出会うまで、私はそばにいますから。 武術を好み強さを求めるおてんば姫の心の内側は繊細だ。 ひとりの男として守ることは許されない。だからひとりの家臣として。 「お守りしますから、姫さま」 低く優しい声にはただお幸せに暮らして欲しいという切ない願いが込められている。 しばらくして落ち着きを取り戻したアリーナは、少し照れくさそうに自室へと戻っていった。 そろそろブライの講義が始まる時間だ。 その後姿をクリフトは穏やかな笑顔で見送る。泣きだしそうな心を隠して。 クリフトの鼻をくすぐったアリーナの髪の匂い。しなやかなその手触り。 それは身体に刻み付けられた傷のように、いつまでも離れなかった。 END 続き2006.04.26
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imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (ここにアップロードした画像ファイル名) 種族: 人間 年齢:17歳 性別: 男性 身長:166cm 体重:53kg 役職: 亡国の王子 イメージCV: 宮野真守 「ボクは、ボクは・・・・、一体どうすれば・・・。」 属性:氷 筋力: C 耐久力:C 魔力: S 素早さ: SS 持久力: C 運: D 戦闘スタイル: 剣のグリップを媒体に氷魔法で刃を生成し、接近戦を中心とした戦い。 設定 亡国【リシュテンブルグ】の王子。性格はおとなしく、礼儀正しく、生真面目すぎる程だが、箱入りだった事もあり抜けていて世間知らずなところもある。 国王である兄「イディオ・アマルティア」と幼い頃から暮らしてきたが、年齢を重ねるごとに兄の政治下に置かれた国民の悲痛な叫びを知ることとなり なにか出来ないかと自ら自警団を設立、「クリフ」他メンバーを率いて兄の目の届かぬよう飛躍してきた。 しかしある日、国内に突如として現れた魔族、ウィズダムの奇襲を受け、自警団のメンバー大半を失い、兄・イディオにも見つかり、一時拘束の身となる。 後、ボロボロの身体でウィスダム奇襲時に手を貸したザカート・ザーヴェイトに「依頼」として国を出たいと願い成立の元「スチーム・バイス」に身を潜めることとなる。 兄と暮らしてきた彼は鬼畜と言わんばかりの兄の行動の末に、感情を抑え込む癖があり、度々その感情の不安定さを見せる。 ザカート・ザーヴェイトに全福の信頼を寄せており、アリス・ザーヴェイトを羨ましく思っている。(自分の得られなかった兄と言う人物像を二人を見ることで重ねている。) 関係者 イディオ アーロンの実兄。アーロンを愛していると言う情報以外殆どが謎に包まれている ザカート(創作者:ダンタリオン平賀) アーロンが身を潜めているスチーム・バイス幹部の男性。なぜかアーロンは彼が女装趣味を持っていると勘違いしている。 クリフ(創作者:シーモン) 自警団メンバーの生き残りの一人。アーロンへの忠誠心は固く、熱い男。謎の呪いによりアレがこうなりヤバイ事になる。 カノレア(創作者:シーモン) アーロンが唯一まともに接触できる女性。理由はわからないが、いつも構ってくれる彼女に少々気にかけている 小ネタ 女性という存在はアーロンにとって未知であり、その女性に迫られると点で弱い。 一応、経験済み。(なにがとは言わない) 創作者 アメミヤ ショーコ
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クリフトとアリーナの想いはPart8 長編12/12 1へ2006.03.09 850 :1/12 (506):2008/03/11(火) 18 16 39 ID 3yeYWf0g0 魔法の力で重力から引き離され強烈な浮遊感を感じたその後、アリーナたちの身体は瞬時にしてサントハイムへと運ばれた。靴の裏がしっかりと大地を踏み締める。一瞬意識が途切れた後にはもう、アッテムトは遥か彼方。目の前にはサントハイムの城がどっしりと構えていて、西側にはサランの街が見えていた。 ブライの魔法によりアリーナたち4人を柔らかな光が包み込んでいく。 その大きな光の球の中に必死で手を伸ばしたクリフトがアリーナの手首を捉えた。クリフトの身体にも魔法の効果が伝わり、気がつけばそこは二度と戻れぬはずの故郷サントハイムだった。 「アリーナ姫様、ブライ様! よくお戻りになられました!」 城の警護にあたっていた兵士たちがアリーナたちを出迎える。深々と頭を下げてアリーナたちを迎えたあと、ブライに同行した同僚の兵士ふたりにも言葉はないまま、視線だけで労いの意を伝えた。そうしてその後、このサントハイムから追われたクリフトの姿を見つけると、その笑みも消えて表情が瞬時にして曇った。 「ブライ様…」 状況が理解できないでいる見張りの兵士は、もの言いたげにブライを見つめた。兵士たちの様子にブライはただ視線を向けるだけで、続くはずの言葉を封じた。 クリフトが去った後、サントハイムでは様々な憶測が流れていたが、確かな真実は明らかにされないままだった。しかし、何者かの口からこぼれた不確かな情報がまた別の誰かの耳に伝わり、クリフトの印象は決してよいものではなくなっていた。兵士たちの表情がクリフトを見るなり変わってしまったことも致し方のないこと。国王もその件については明言を避けており、今となっては彼の印象を悪い方へと向かわせてしまった要因のひとつだった。 「姫様のお帰りじゃ。侍女を呼べ」 「…は、はいっ」 「お前たち、長旅につき合わせて…ご苦労じゃったな。今日はもう休んでよいぞ。陛下にはワシの方から伝えておく」 「はい」 アッテムトまでの旅路を共にしたふたりの兵士を労い、ブライはサントハイムに帰るや否や暇を与えた。兵士たちは深く一礼をした後、宿舎へと向かいその場を立ち去った。 「……クリフト、姫様の手を離さぬか」 ブライに指摘されて初めて、クリフトはアリーナの手首を無礼にも掴んだままにしていることに気づいた。はっとしてクリフトは弾かれたようにアリーナの手を放した。 「も、申し訳ありません…!」 「………」 ブライもアリーナも何も言葉を発さなかった。アリーナはクリフトから勢いよく遠ざけられてしまった自分の手を軽く胸元に引き寄せたのみで、俯いたままクリフトの方を見ようともしなかった。そんなアリーナの様子をクリフトは黙って見下ろしていた。アリーナの手首を放したその手をやり場のないままに掲げた状態。俯いており目元の隠れたアリーナの表情を確かめられないでいる。それでも彼女の頬に残る一筋の涙の痕を見止め、クリフトはいたたまれない気持ちになりアリーナから視線を外した。 程なくして兵士に呼び寄せられたメイドに連れられて、アリーナは城内へと姿を消した。その後姿をクリフトは黙ったまま見つめていた。宙にさまよわせていた手をゆっくりと下ろし、ぎゅっと拳を握った。 そうして静かに声を発した。 「……ブライ様」 「……なんじゃ?」 「今更、こんなことをお願いできる立場ではないと承知しております」 「………」 「ですが、……お願いします。陛下にお目通りをさせていただきたいのです。陛下にどうしてもお伝えしたいことがあるのです。お願いします!」 そう言うとクリフトはブライに腰を折り深く深く頭を下げた。 ブライはそっとそのクリフトの肩に触れ、軽く叩いてその顔を上げるよう促した。 「クリフト、ついてまいれ」 「……ありがとう、ございます」 クリフトが何を国王に伝えたいと願うのか、それをブライは察していた。 もう今更、それを咎めることのできない状況にまできていることは、この度のアリーナ失踪事件からも明らかだった。 ただどうなろうとも、サントハイムにおいて今では誰にも守られない状況であるクリフトを、最悪の決断からは遠ざけてやらねばならぬと思い巡らせながら、ブライは王の間へと続く階段を上っていった。 クリフトが裁かれたあの日と同じように、王座の間の空気は酷く張り詰めていた。意識して息を細く吐き出さねばならぬほどの重苦しい雰囲気ではあったが、クリフトは俯くこともなくまっすぐに前を見据えていた。その視線の先にはサントハイム国王の姿があり、隣には上品なワンピースに身を包んだアリーナが鎮座していた。王の少し後ろのお決まりの位置には大臣の姿もあった。大臣はこの場所に相応しくない、みすぼらしい姿のクリフトがアリーナと共に戻ってきたことを酷くいぶかしんでいる様子で、険しい顔つきでクリフトの様子を窺っているようだった。 「久しいな、クリフト」 対照的に国王はと言えばその声も表情も穏やかで、クリフトの緊張がわずかに緩む。 「またもやアリーナが迷惑をかけたそうじゃな……ブライから手紙で知らされておる。真に…すまなかったな」 「いえ……とんでもございません」 「……アリーナが戻ってきて、正直なところほっとしておる。突然わしに何の断りもなく城を飛び出しおってからに、まったく誰に似たのか……頑固な娘に育ったものだ」 そう言うと国王はちらりと横目でアリーナの様子を窺った。アリーナは泣き顔こそ消して再びクリフトの目の前に現れたが、俯いたままクリフトの顔を見ようとはせずにいる。視線は床を這うばかりで膝の上に手を重ねて置き、ただしおらしく座っているのみだ。国王の言葉にも反論はない。 その後しばらく誰も何も喋らない、静けさだけがこの空間に漂った。クリフトの横に立っているブライも何も言わず、ただその沈黙が破られる時を待っている様子だった。 「……陛下…、いえ…王様…」 クリフトの低く柔らかな声音が優しく静寂を解き放った。 「以前にも申し上げました。私はずっと、姫さまのことをお慕いしてきました。サントハイムを去ってからも変わってはいません。私は今でも変わらず、姫さまのことを愛しております」 国王の少し後ろに控えていた大臣が一歩踏み出す。すぐに大臣の前に国王の手が伸ばされる。国王は無言で大臣を制した。 「私の方へ、姫さまのお気持ちが傾いてくれることなど、夢にも思っていませんでした。全ては私の、一方的な想いに過ぎないと……。ですが、姫さまは私などを追ってアッテムトまで……」 勢いよくはっきりと言葉を連ねていたクリフトの声が詰まった。声が途切れてしまい、ぐっと胸の内にこみ上げてくるものがクリフトの饒舌さを奪う。 ひとつ息を吐き出してから、クリフトは今まで積み重ねてきた想いの全てを言葉に表した。 「ブライ様から、姫さまがどのようなご苦労をされて私の元へと来られたのかを聞きました。長旅で少しお痩せになられ、不慣れなことをして手にはいくつものあかぎれを作って、満足のいくお食事すらとられなかったことでしょう。そんな風にされてまで、私に会いに来て下さいました。私のような者がこんなことを言うのは、僭越甚だしいとわかっております。それでも姫さまのお気持ちにお応えしたいのです。姫さまが私を求めてくださるのであれば……私はこの生涯を捧げます」 そこまで言うとクリフトは床に片膝をついて頭を垂れた。絨毯の上に手も添えるようについて、恭しく忠誠を誓う騎士さながらの姿勢を作る。 「お願いします。私に姫さまにふさわしい身分や肩書きが必要だとおっしゃるのであれば、どんな努力もいたします。エンドール王宮付きの神父にでも、聖なる地ゴッドサイドの司教にでもなりましょう。どうか、私に時間をお与え下さい。必ずや、姫さまとサントハイムにふさわしい人間になってみせます。ですから……」 姫さまと結婚させて下さい。 そう言葉にすることはできなかった。声が酷く震えて。 それでも精一杯、自分の気持ちを言葉に乗せることができた。誰にも言えずに押し込めてきた感情が、全て震える声となってその場にいる全ての人の耳へ響いた。無論、アリーナの耳にも。 アッテムトまでやってきたアリーナに対して、何も言わないで二度と会わなくなってしまうのはあまりにも不誠実な気がした。そもそもは自分が告げてはいけないことを言ってしまったことに始まるのだから。あの夜城壁で、深く思い悩むアリーナに打ち明けてしまった恋心が、こんな騒動のきっかけとなってしまったことは事実。 身分とか、血筋とか、それら全てに目を瞑り、ただお互いの感情だけを結び付けたいとクリフトは思った。一国の姫君とは思えぬようなことをしてまでアリーナはアッテムトに、ただクリフトに会うためだけに来た。再会した後、戸惑いや自責の念が先行したが、なんとも言えない幸せな気持ちを確かに感じ取ることができた。 大切に想う人から、同じように想われることの幸せ。 身体中に染み渡るようなその温かさ。 「……アリーナ、お前はどうなのじゃ?」 国王はアリーナの方へ視線を向けぬまま、そう問いかけた。クリフトの言葉に呆然としていたアリーナは、その声にはっとして父のほうを見た。 「……わたしは…」 「クリフトはお前のそばに居りたいと申しておるが……アリーナよ、お前にはクリフトが必要か?」 「陛下! そのようなこと、認められませぬぞ!」 アリーナが国王の問いかけに答える前に、大臣の震える声が発せられた。 「アリーナ姫にはエンドールのラスダ殿とのご縁談があるのですぞ。陛下もご納得の上で進めた話ではありませんか」 「うむ、そうじゃったな……」 「姫にふさわしい、これ以上ないお相手なのです。クリフトは今やサントハイムとは何の縁もない、罪人同然の男ですぞ。お気は確かですか!」 「……大臣、まぁ落ち着いてくれぬか。そなたがそういきり立っていては話ができぬ」 「……は…」 大臣は国王にたしなめられてひとつ呼吸を置いた。その後ちらりとクリフトの方を見遣った。表情は険しく眉間に深い皺を刻んで、鋭い視線を向けている。 国王は王座に身体をゆったりと預け、髭に触れつつ言葉を紡ぐ。 「大臣よ、いつもそなたには助けられておる。感謝しているのだぞ。長らく秘書を務めてくれた。この国のことを本当に、そなたはいつでも深く考えてくれている」 「陛下……」 「サントハイムのことを思えば、そなたの言うように素性の知れたそれなりの身分の男子を国に迎え入れた方がよいのだろう。この国の姫であり、ただひとりの王位継承者であるアリーナと釣り合いの取れるような。だがわしは、アリーナが心から望む相手と添い遂げさせてやりたい。国王としての資質を問われそうだが……ただ、娘には幸せになって欲しいのだ」 立派に蓄えた髭に触れさせていた手を膝の上へ下ろし、そこまで喋り終えた国王はすぐそばに立つ大臣を見上げた。優しげな表情で、言葉を発せずにいる大臣をじっと見つめていた。言葉の通り大臣を責めるでも正すでもない様子で、古くからの友人に心情を吐露するかのようなものだった。 「大臣よ、許してくれぬか。愚かであると、笑うても構わぬ」 「………」 大臣は何も言えず俯いた。 ブライ共々サントハイムには長らく仕えてきた。自分の主君が自分に許しを請うと言う、素面では受け止めがたい国王の言葉に大臣はただその場に佇むだけだった。 サントハイムの国を守り、民が皆平穏に暮らせるようにと地道な努力を重ねてきた。真面目で少々頭の固い大臣は、王族にはそれ相応の身分の由緒ある人物との結婚が当たり前で、他の選択肢などまるで考えられずにいた。いくら国王の言葉とはいえ、素直には納得できない。 「ですが…、ですが……」 「大臣殿」 それまでずっと沈黙を守っていたブライが口を開いた。年齢を重ねてかすれ気味な声が大臣へと届く。大臣はまだ曇り空のような表情のままでブライの方を見た。 「クリフトは優秀な神官じゃ。無論未熟なところは多々ある。親なし子で素性も知れぬ。大臣殿が認められぬのも当然じゃ」 「ブライ殿……」 「長く共に旅をしてきて、ワシは感じてきた。少し気の弱いところもあるが、穏やかで優しく人を見る眼に長けておる。大臣殿もわかっておるじゃろう? 幼いころからクリフトがとても賢く聡明だったことを」 「………」 「陛下のおっしゃられていることを受け入れてはもらえぬか? 必ず、将来のサントハイムのためになる男じゃと見込んでおる」 クリフトは隣で語るブライの言葉に胸が詰まり、じんわりと瞳に熱いものが集まっていくのを感じていた。日ごろ褒めてもらうことなど皆無に等しく、手厳しい言葉を受けることが茶飯事であったのに、今こうしてブライは自分をただひたすらにかばうかのように言葉を選んでくれている。叶うはずもなかったこの願いを叶えようと取り計らってくれている。それがとてもありがたく、ただただ嬉しく、言葉にならない感情を抱く。 「……姫は、どうなさりたいのですか…?」 それぞれがそれぞれに思いを口にする中で、それをただ聞いているのみだったアリーナにその心を問い尋ねたのは大臣だった。その声は幾分か落ち着きを取り戻したものとなっていた。 「……わたしは…」 アリーナはクリフトへと視線を向けた。 こくん、と喉が鳴った。なかなか声を作れない。小さく開かれた唇が微かに動いた。 「……わたしは、クリフトと一緒に居たいわ。だって、今までずっと一緒だったんだもの。クリフトがいなくなる日が来るなんて、考えたことなかった」 母を亡くし、泣いて泣いて暮らしていた日々の中に、差し込んできた一筋の青い光。表情を硬くしたまま警戒心剥き出しでいるアリーナに、少年はそっと優しく微笑みかけてくれた。全身で拒絶を表していてもクリフトは毎日アリーナに会いに来て、どんなにわがままな態度をとってもクリフトが怒ることはなかった。 大きすぎる喪失感をひとりで抱え込み、周囲の大人たちにはそれを打ち明けることもできず、それに気づいている者に対しては無用な心配をさせたくなくて自ら距離を作ってしまった。たったひとりで耐え忍ぶあまりに笑顔を忘れてしまったアリーナの心を、同年代の少年たちよりも賢く少し大人びていていたクリフトは優しく丁寧に包んでくれたのだ。 ゆっくりと近づいてきてくれたクリフトに、小さなアリーナも徐々に自分の内側に閉じこもることをしなくなっていった。抜け出すことのできなかった沼地から、そうっと掬い上げられたかのように。 「ずっとそばにいて欲しい。……小さい頃から、そうだったように」 青い髪、更に深い青の瞳。海のような印象のクリフトを、アリーナはじっと見つめていた。涙の膜が瞳を覆う。揺れる緋色の瞳にクリフトの今にも泣き出してしまいそうな顔が映る。 「……大臣よ。アリーナの願いを、叶えてくれぬか?」 国王が再び大臣にそう問い尋ねた。 大臣は軽く俯くと口元に拳を宛がい、軽く咳をした。 「……エンドールには私めが直接、お断りの訪問をさせて頂きます故、陛下からも書状をお書きになっておいてください」 「…よいのか?」 「書状が出来上がりましたらすぐに、明日にでもエンドールへ発ちます。 しばらく留守に致しますので、何かありましたら秘書にでも申し付けて下さい。こういうことは早くしておかねば、先方にも失礼ですので」 大臣は少し早口にまくし立てるように言った。周囲に説得される形となり頑なであった姿勢を崩したことに対して、怒りの感情とすれ違うように湧き上がった気恥ずかしさがそのような態度を取らせたのだろう。 「クリフト」 「は、はい……」 クリフトは自分の名を呼んだ大臣のほうへとその顔を向けた。涙をこぼすまいと必死で堪え、喉を詰まらせながら返事をした。 「アッテムトでの働きぶり、キングレオの国王から書面にて伝えられておる。……よくやっているようだな」 「……ありがとうございます」 「しかし、まだやることが残っているのだろう? 全てをやり遂げてから、サントハイムに戻りなさい。お前の力をまだアッテムトの人々は必要としているはずだ」 「……はい」 「アッテムトの復興のために、その力を惜しむことなく尽くしてきなさい。 それまで姫には花嫁修業と女王になるための勉強に、しっかりと励んでもらいますからな。……そういうことでよろしいですか、陛下」 大臣はそう言って、視線をクリフトから国王へと移した。国王は何も言わずにひとつ深く頷いた。大臣の言葉には素直さが足りていなかったが、それが大臣の性格を表しているようで少しおかしい。 「クリフトよ。大臣の言ったとおりじゃ。あとどのくらいかかるかのう。 半年か…、1年か…。待っておるぞ」 「はい……、はいっ…!」 クリフトは国王の言葉に力強く返答した。途端に涙が瞼から溢れて頬を伝い落ちた。ずっと長い間、堪えていたものが一気に解放された。臆することなくこの場でアリーナへの想いを口にしたのと同じように、涙が全ての感情となりクリフトの内側から湧き出していた。 国王は隣で肩を小刻みに震わせて涙を落とす、娘アリーナへと視線を移ろわせた。昔のことに目を細めながら思いを馳せる。幼い頃に母を亡くした娘に対して、一国の王であると言う多忙な身故に父としての勤めを満足に果たせなかった後悔が常にあった。おてんばで頑固な娘になってしまったが、明るく健康に成長してくれたことには感謝の気持ちが耐えない。クリフトの存在があったからこそ娘アリーナの今があるのだと、一国の王としての葛藤の中、まるで身分の違う主従関係であるふたりの結婚を許すと言う結論に達したのだ。 ――それ以前に、やはり娘には嫌われたくないものじゃな。 小さな小さな独白は、誰の耳にも届かなかった。 降り注ぐ日差しは温かく、眼下にはサランの街と広大な麦畑が広がっている。小麦の穂先が風に揺れてさわさわと立つ音が聞こえてくるようだ。 緑に溢れ肥沃なサントハイムの大地、豊富なその恵み。眺めている限り、今年も大きな天災等に見舞われることもなく豊作なように思われた。 ゆっくりとした歩調で城壁を移動していく。クリフトとアリーナは確かに近づいたお互いの想いを悟りながらも、会話のきっかけがつかめずに黙ったまましばらくの時を過ごしていた。 「……あの、姫さま…」 アリーナの少し後ろを歩いていたクリフトは足を止め、少し遠慮がちにそう言葉を紡いだ。クリフトの声にアリーナも立ち止まり振り向いた。 「……ありがとうございました。アッテムトまで、来て頂いて…。な、なんだか少し変な感じですけど……私は本当に、ただ姫さまが私に会うためにあんな遠いところにまで来たと知って、嬉しかったです」 「ううん、わたしのほうこそごめんね。クリフトが、知らないうちにサントハイムからいなくなっちゃったから……びっくりして」 「アッテムトでの仕事に目処がつきましたら、サントハイムへ戻ります。 そんなにすぐには戻って来られないと思いますが……、どうか、私を待っていてください」 「……うん」 「私はずっと、姫さまのおそばにいますから」 「うん。ありがとう、クリフト……」 気恥ずかしくてクリフトの顔が見られないアリーナは、視線を彼の胸元あたりへと向かわせて答えた。ふたりの頬にはまだ微かに涙の跡が残っていて、ひどく妙な感覚だった。 南方には海。砂浜に寄せては返す白い波を、あの夜と同じようにふたりで眺める。10年以上も昔から、夜の闇に紛れて息を潜めるように抱き続けてきた愛情は、今となってはこんなにも太陽の光溢れる青空の下、高らかに叫ぶことすらできるのだ。 クリフトは長い足を一歩踏み出してアリーナのほうへと近づいた。少しの緊張と躊躇を纏いながらも長い腕を伸ばし、アリーナの身体を両腕の中にやんわりと閉じ込める。 「……姫さま、私はあなたのことを…」 クリフトの囁きは城内の喧騒に紛れながらも、アリーナの耳へと吸いこまれて行く。穏やかで優しい声に、アリーナは小さく頷いてクリフトの胸元へ額を預ける。 サントハイムの温かく優しい風が、ふたりの髪を悪戯にくすぐって遠くへと吹き抜けていった。 御伽話の夢が叶う。 そして人々が後に語る幸せな物語に。 HAPPY END. 前2008.01.12
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ジョシュア・ラドクリフ →(汎用台詞) 通常(OG2) 攻撃 アクイラ「行くぞ、アクイラ!」 「邪魔をするな、アクイラ!」 イグニス「イグニス……「炎」のメリオルエッセ……!」 「イグニス、お前の思い通りに 事が運ぶと思うな……!」 ウンブラ「ウンブラ、お前が何を言おうと……!」 「ウンブラ、 お前がいう運命など受け入れはしない!」 エグレッタ「青い羽根付きか……!」 エルデ「AI1……止めてみせる! ここで、必ず!」 ガイアセイバーズ「こんな内輪喧嘩が 何になるっていうんだ……!」 ガルベロス「MODEL-X…… TEアブゾーバーの最終機か……!」 ガルムレイド「ガルムレイド…… 動きは、こっちの方が速いはずだ!」 ガンエデン「ガンエデン! 地球の封印など、絶対にさせない!」 「俺達は、 お前のような神など必要としていない!」 グラキエース「くっ、この感じ……!」 コンターギオ「行くぞ、コンターギオ!」 「コンターギオ……お前達に屈するものかよ!」 ジンライ「あの特機、いったい何者なんだ……!?」 ペルフェクティオ「終わらせてやる…… ここから始まった、全ての災いを!」 「親父……今、解放してやる。 奪われたあんたの身体、俺が消してやる!」 メリオルエッセ「メリオルエッセ……これ以上はやらせない!」 ユーゼス「ユーゼス…… 世界をリセットする力があると言うのなら、 今すぐ俺達の存在を消してみせろ!」 ルイーナ「あのルイーナ機は、俺が叩く!」 四凶「四凶相手でも、やってやるさ!」 孫光龍「孫光龍……どこまでも人を見下して!」 「光龍、お前の言葉に惑わされるものかよ!」 超機人「相手が超機人でも!」 「お前達の導きなど願い下げだ!」 妖機人「相手が化け物だろうと!」 量産型ジンライ「あんなものを量産して……!」 回避 アクイラ「無駄だ、アクイラ!」 エルデ「お前の邪念は届かない!」 ガイアセイバーズ「ガイアセイバーズ、お前達などに!」 「ガイアセイバーズの好きにやらせるか!」 グラキエース「くっ、この感覚は……!」 「あいつに気を取られ過ぎると……!」 ユーゼス「ユーゼス、お前が創り出す世界など!」 ペルフェクティオ「未来と希望……それを信じる想いがあれば!」 ルイーナ「ルイーナに捕まってたまるか!」 「ルイーナなどに!」 「ルイーナの標的にはならない!」 夏喃「無駄だ、夏喃!」 四凶「動きをよく見れば、四凶と言えど!」 被弾 アクイラ「アクイラ……この程度で!」 ウンブラ「ぐうっ、ウンブラめ……!」 ガンエデン「ぐっ! ガンエデン……これ以上やらせるかよ!」 四凶「四凶の名は伊達じゃないな……!」 援護攻撃 ウェントス「ウェントス、後は任せろ!」 グラキエース「いいタイミングだ、ラキ」 援護防御 ラトゥーニ「下がるんだ、ラトゥーニ!」