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【クリアリ】クリフトとアリーナの想いは Part13【アリクリ】 513 名前 きゅうりの人 Mail sage 投稿日 2013/12/19(木) 05 34 47.09 ID 0k7Dbh3j0 「今年のクリスマスの予定もつまらないわ! ミサなんて誰が喜ぶのよ!」 「姫様、クリスマスのミサは大切な儀式なのですよ?」 「ああもう、そんなの何度も聞いて分かってるわ! でも苦手なのよ!」 クリフトはため息をついた。 「では、姫様はどのようなクリスマスをご所望ですか?」 アリーナは少し考えてから答えた。 「そうね…ささやかなホームパーティーかしら。」 一瞬不思議そうな顔をしたクリフトが、微笑みを浮かべて聞く。 「ささやかな、ですか?」 「そうよ、お城の盛大なパーティーじゃなくて、家族だけの。」 「ああ、そういう、家族の団欒のようなパーティーですね。」 「堅苦しいパーティーはもう嫌なの!」 アリーナは家族の温もりを感じられるパーティーをしたことがないのであろう。 そんなアリーナの心中を察し、クリフトは少し切なくなった。 「そうですか…でも、そういうお立場ですからね。」 「分かってるわ。」 少しの間、沈黙が流れた。 「クリフトって、クリスマスは忙しいのよね?」 「ええ、朝からずっと仕事です。クリスマスですから。」 「夜に会えない?」 「え?」 「2人でパーティーできないかな、ちょっとだけでもいいから。」 クリフトは少し考えて、穏やかに答えた。 「せっかくですが、あらぬ誤解を招きますゆえ、ご遠慮申し上げます。」 「誤解って何よ!」 「私とて男です。そんな夜更けに2人きりで…」 「そんなの、気にしないわ!」 「しかし・・・」 煮え切らないクリフトに、アリーナはもどかしくなる。 「もう、クリフトと結婚できたら解決なのにね!」 「えっ…」 「でも、クリフトは弱いから無理ね! 私、自分より強い男じゃないと結婚できないわ!」 突然のアリーナの言葉に叩きのめされたクリフトは、言葉を失っていた。 「もういいわ。無理言って悪かったわね。 お仕事がんばってね!」 去っていくアリーナの後姿を見ながら、クリフトは呟いた。 「せめて…ザキでも使えれば…」 かくして、神官はザキへの思いを募らせていった。 そして殺戮神官の伝説は始まった!
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クリフトのアリーナの想いはPart12.5 120 名前 この命尽きようとも Mail sage 投稿日 2012/01/24(火) 01 56 30.25 ID ZDvbHHfr0 その日、サントハイムの城内に緊張に満ちた囁きが走った。 魔王が倒されて以来、王宮にここまでの緊迫感が漂ったのは久しいことである。 そしてその噂はやがて、城内の教会で暮らすクリフトの耳にも伝わった。 「何…ですって…。」 その噂を聞いて、衝撃のあまりクリフトは思わずよろめいた。 肌が髪と同化して見えるほどに、顔面蒼白になっている。 クリフトに話を伝えにきた城の従者は、わななきながら頭を垂れた。 「…クリフト様…何と申し上げれば…。」 クリフトは従者を諌めるように手を上げた。 しかし、その手がわずかに震えているのに気づき、それを隠すように握りこむ。 自分を落ち着かせるように、クリフトは軽く深呼吸した。 「…以前は、私もひ弱な神官でしたが…あの辛い旅の中、 それなりに修行も積んできました。薬草の知識も、癒しの技も覚えました。」 ぐっと唇を引き結び、無理に笑顔を作ると、クリフトは従者に告げた。 「…大丈夫です。私のことは、心配なさらないでください。 今日は私が生を受けた日です。神様も憐れみをかけてくださるでしょう。」 「…っ、クリフト様…っ!」 従者はそれ以上続けることができず、涙にくれた。 「ほらほら、泣くんじゃありません。そのような態度は姫様に失礼ですよ。」 その日。 朝起きたアリーナが 「今日はクリフトの誕生日ですもの! 腕によりをかけて、特別製のケーキを作ってプレゼントするわ! 誰も手伝ったら駄目だからね!私一人で作るんだから!」 と宣言したのであった…。
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本当はクリアリが好き PART2 881 歩兵 :03/12/14 10 04 ID hKmcQaRF それぞれの道 サントハイム王は悩んでいた。 もちろん、アリーナ姫のことである。 アリーナは勇者たちとともに旅をし、魔王デスピサロを見事打ち破った。 そのおかげでサントハイムは、いや世界中に平和が戻った。だから王は アリーナにはいくら感謝してもしすぎることはない。それはわかっていた。 充分わかってはいたのだが…。 「王様、また姫様が壁を蹴破って外に出ていきました」 王はため息をつく。いずれは女王としてこの国を治めなくてはならない身、 もう少し王族らしい身だしなみ、振る舞いを身につけてもらわなくてはならぬ。 しかし、相変わらずアリーナは城を抜け出し、あちこちへ出かけている。 行き先はかつて冒険をともにした仲間のところらしい。まあおかしな所 でないだけ安心ではあるが…。 「ブライ、どうしたものだろうな」 「さよう。困ったものです」 相談を受けたブライは眉をしかめる。 「ただ、姫様も本当に好きで仲間の元を訪れてはいないと思います」 「ほう」 「姫はあくまでも自分の力で思う存分戦うことを何よりも好んでおります。 他にやることがないからそれで我慢しているのでしょう」 「それはそれで気の毒だが、かといってずっとそれでも困る。何かいい 案はないかの」 「ひとつ考えはあるにはありまする」 「運動大会?」 城に戻るやいやな王のもとに呼ばれ、「また説教か」とうんざりしていた アリーナは、予想もしない言葉に戸惑った。 「そう。サントハイムのみならずエンドール、バトランド、その他あらゆる 国の代表選手を招き、そこで一ヶ月にわたって大会を開く」 「すばらしいですわ、お父様」 「今回は世界が平和になった記念大会として行うが、今後は何年かおきに 定期的に行いたいと思っている。魔物がいなくなった今、国同士が戦争 ではなく平和的に運動によって日ごろの鍛練の成果を発揮する、そんな 大会こそ必要になる」 「ええ、おっしゃる通りですわ」 王はブライと目配せする。予想通りだ。しかし、こんなアリーナの目の輝きを 見たのはいつ以来だったか。 「ついては、アリーナに実行委員長をまかせたい」 「わ、私ですか」 「そう。世界を救った英雄の一人であるからこそ説得力がある。これは アリーナこそ適任だよ」 「わかりました、お父様」 王とブライは笑った。予定通りだ。この役目ならはアリーナは喜んでやる だろうと思ってはいた。しかしこの実行委員長という仕事は、他の国の 王や大臣たちとの折衝がメインとなるはずだ。アリーナは嫌でも会食や 舞踏会などに出ざるを得ない。そうすればいつかはアリーナも女らしい 振る舞いが身についてくるだろう…。 「でも当然、武術部門では私も参加しますわ」 王とブライは耳を疑った。 「実行委員長が自ら参加するのか? そんなこと前例がない」 「あらお父様、前例も何も、今回が最初の大会じゃないですか」 「そ、それはそうだが」 「私も出場します。そうでなかったらこの役目、辞退しますわ」 「…わかった。好きにせい」 「運動大会の実行委員長だってさ」 「それはそれは、おめでとうございます」 クリフトはアリーナのためにハーブティーを入れながら言った。 「このところ退屈してたし、まあいいけどね。クリフトもこの仕事手伝って くれるよね」 アリーナの言葉に、クリフトはせつなげな表情になる。 「申し訳ありません、姫様。私は私は今度ホフマンタウンの教会への 短期派遣の赴任が決まってまして、ちょっとの間留守にします。それに 私は運動については素人、多分お役にはたてないかと」 「そうなんだ。まあ元気でね」 「ありがとうございます」 ハーブティーを飲み終えたアリーナが部屋を出ていくのを、クリフトは 寂しげに見送っていた。 ホフマンタウンの教会の執務室で、一人になるとクリフトはしばしば ため息をつく。 短期の派遣のはずが、いつの間にかサントハイムを出て2年がたっていた。 その間、クリフトは神官として日々人々に神の教えを説き、夜は教会で 仲間と書物を囲んで学びあい、ときには地元の人々に回復魔法を施したり 病身の者などの生活の糧を得るための手助けをしたりもした。 そんな暮らしは、実はクリフトが望んでいたものだった。そうやって人々と 接し、手助けすることで心がひとつになっていく。クリフトは毎日充実感と 幸福感に満ち溢れていた。 にもかかわらず、一面ではクリフトは物足りなかった。理由ははっきりしている。 アリーナに会えないからだ。 傲慢で生意気で自分勝手で、しかし炎のような生命力に満ち溢れていた。 クリフトのアリーナへの愛は、会えない日々が過ぎていっても少しも 衰えることもなかった。 ある日、いきなりアリーナがクリフトの元を訪れた。 クリフトは驚き、そして2年ぶりの再会に心をふるわせた。 2年の時は、アリーナを少女から成熟した大人になりつつある女へと変えた。 以前と違い、激しさの中にも落ち着きが見られるようになった。 「姫様、ご無沙汰しております」 「ホント、久しぶりよね」 2人きりの控え室でハーブティーを飲みながら、アリーナはため息をつく。 「今日はホフマンさんと運動大会の打ちあわせに来たんだけど、大変だわ」 「先日の大会は大成功だったようですね」 そう、昨年サントハイムで行われた「平和記念 世界運動大会」は見事な 成功をおさめた。充分な準備期間もなかったが、世界各国から優れた 代表選手が集まり、日夜熱戦を繰り広げた。客席は常に人があふれ、 人々は熱狂し、平和を享受した。 クリフトはホフマンタウンでずっと執務を行っていたため、その模様を見る ことはできなかったが、人々の噂やブライからの手紙などで大成功だと 知り、嬉しく思っていた。 「そうなの。大成功だった。でも、成功しすぎたかも」 「しすぎたとおっしゃいますと?」 「第2回はぜひともわが国で開催したい、って各国が名乗りをあげてるのよ。 熱戦をぜひうちの国の人間の目の前で見せてあげたい、という気持ちなら わかるんだけど、ただお金が儲かるから、って考えてる国も多いわ」 「運動でお金を儲けようとするのですか」 「まあ運動にもお金はかかるわけだし、奇麗事言うわけじゃないけど、露骨 なのはちょっとねえ。4年おきに各国で開催って決まったから、これから 意見を擦りあわせて決めなきゃならない」 「各国のエゴとなると簡単にはいかないですね」 「他にも問題は山ほどあるわ。直前に力の種とか素早さの種を食べることは 禁止なんだけど、一部の選手はこっそり食べてるみたいなのよ。どうやって それを防止するかとか」 「それは不公平ですね」 「後はどの競技を採用するかとかね。各国で独自に発達した種目も 結構あるから、全部採用したらそれこそきりがない。歴史、広まってる度合い なんかを考慮して決めるつもりだけど」 「はあ、いろんな問題があるのですね」 「大変なのよ」 そう言いながらも、アリーナの目が輝いているのをクリフトは見逃さなかった。 アリーナは本気でこの大会実行委員長という仕事を気に入り、取り組んでいる。 「そう言えば、武術部門では姫は結局参加なされなかったのですね」 「ええ。私が出たら優勝しちゃうじゃない。実行委員長が優勝したりしたら、 やっぱ勝手に疑う人が出てくるだろうなと思って」 いささかクリフトは驚いた。自分が出たら優勝すると決め付けているあたりは 以前のままだが、人目を気にして辞退するなどというのは考えられない ことだった。やはり、アリーナは2年で世間にまみれ、大人になりつつある。 「それでクリフト、いつまでここにいるの?」 「さあ…。私も短期間だと思ってここに赴任したのですが、この分だと 長期になりそうですね」 「神官やめてさ、私の仕事手伝わない?」 クリフトは驚いてアリーナを見た。 「やっぱり、気心がしれたクリフトがそばにいてくれた方が、私も何かと やりやすいのよね」 「…ありがたいお言葉ですが、私は運動については素人。きっとお役には 立てないかと思います」 「大丈夫よ、クリフトなら。私だって2年前は何も知らなかった」 「それに、私は神官としての執務が…」 「神官てそんなに楽しいの? 古ぼけた建物にこもって、カビくさい本に 囲まれ、毎日説話しているだけの毎日が」 「私はその毎日をおくることが幼い頃からの夢でした」 クリフトが穏やかに言うと、アリーナは目を伏せ、そしてつぶやいた。 「ごめんなさい」 クリフトは驚いた。アリーナが彼に謝ったことなど、今まで一度だってあった だろうか。 クリフトの戸惑いを知ってか知らずか、さらにアリーナは続ける。 「この私がこんなに頼んでも、私の側にはいてくれないのね」 クリフトは混乱する。「こんなに頼んでも」というほど頼まれてもいないような 気もするが、それよりもアリーナの口調が「仕事の手伝い」から「側にいて 欲しい」に変わったことに気をとられていた。 「あなたは理想の男でもないけど、とにかく私が必要とし、側にいて欲しいと 思った唯一の男なのよ。それなのに、私に勝手に一人で生きろって 言うのね」 「そ、そんなつもりは」 「私のファーストキスを奪っておきながら」 クリフトは頭が真っ白になった。 いきなり、あんな爆弾を投げつけるなんて…。 クリフトの脳裏を数年前の出来事がよぎった。まだアリーナ、ブライと旅を 初めて間もない頃、勇者たちとも出会う前だ。 「姫さま、ここは一旦ひきあげましょう」 「何よクリフト、意気地なしね」 「しかしブライ殿がやられた今、まずは教会に戻った方がよろしいのでは」 「最上階はすぐそこなのよ! もう少しでさえずりの蜜が手に入るのに。 クリフト、それでも男なの?」 「そうおっしゃられても。私はブライ殿の棺桶を引きずって歩いているし、 荷物も全部運んでいるし、疲れました。喉もカラカラで、唇も渇ききってます」 「もう! だらしないわね」 アリーナはそう言うと、クリフトに顔を寄せた。とまどうクリフトの顎を つかむと自分の方に引き寄せ、唇と唇を重ねた。 愕然とするクリフトに、アリーナは尊大に笑う。 「どう? 元気になった?」 「は、はい」 「じゃあ行くよ。めざすはさえずりの蜜!」 実は、あれがクリフトのファーストキスだった。 そして、その後二度と機会はなかった。 あれは姫の気まぐれだったのか。それとも、キスという意識はなく、ただ クリフトの唇を湿らそうとしただけだったのか。 もちろん確かめる勇気もなはなかった。 その後、二人が唇を交わしたことはなかった。 クリフトにとっては忘れられない思い出だった。クリフトは冒険中時として、 水分をわざと取らず、唇が乾ききった状態でしばしばアリーナの前に 顔を見せた。もしかしたらまた唇を重ねてくれるのでは、といういじらしくも 姑息な思い付きからだった。しかしその機会はなかった。 もちろん、自分からアリーナにキスするなどという勇気はない。 クリフトはその思い出を何年も胸にしまっていた。 ファーストキスを奪ったなんて、むしろ奪われたのはこっちじゃあ…と言いたくも なったが、とにかくアリーナはあれをキスだと認識していた。しかも、それが 初めてだったとは…。 「まあ、昔の話はいいわ」 爆弾を投げておいて、今度はなかったことにするのか。クリフトは完全に アリーナのペースにのせられつつあった。いや、そもそもクリフトこそ アリーナを愛し、その側で仕えたいという欲求があった。だから、アリーナの 申し出は嬉しかった。ただ…。 「私は神官として神の道を選んだ身。姫様のおそばにいるのは無理です」 クリフトは自らの思いを断ちきるように言った。言った瞬間、切なさと寂しさとで 押しつぶされるような錯覚を味わった。 「そう…」 「お許し下さい。私だってずっと姫様にお仕えしたいと思ってます。でも、 それをしたらきっと後悔すると思います」 アリーナはいきなりクリフトの顔を引き寄せた。そして無言で見詰め合う。 アリーナはキスするつもりだろうか。それを受け入れたら、きっと俺は姫から 離れられなくなるだろうな。そんな思い、期待と恐怖がクリフトを襲った。 永遠に続くかと思われた数秒間が過ぎ、しかしアリーナはそのまま顔を 遠ざけた。 「わかったわ」 先に口を開いたのはアリーナだった。 「まあそれでこそクリフトだしね。私は私の道を行く。クリフトも神官としての 道を歩むのね」 「はい…」 「じゃあ、お互い元気でやりましょ」 「姫様、ありがとうございます」 こうしてアリーナは去っていった。クリフトはいつまでもその後ろ姿を 見送っていた。2年前と同じように。 クリフトはぼんやりと思う。 あの時、姫からキスされていたら、きっと姫の誘いを断れなかっただろう。 でも、逆に俺の方からキスしていたら、あるいは姫も大会委員長の仕事をやめ、 神官の俺のそばにいてくれたかも知れない…。根拠はないが、クリフトは そんな気がしていた。 でもアリーナは自分の生き甲斐を選んだ。 クリフトも、幼い頃からの夢を捨てられなかった。アリーナへの思いと引き換え にしても…。 クリフトは思う。この先何度もこの日のことを思い出し、これで良かったのか どうかを自問自答することになるだろう。でも、今の自分は思いに流れず すべき選択をしたと思う。後悔すまい。 クリフトは頭を振り、彼を待つ参拝者の集まりへと足を進めた。
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キース・グリーンは始終不満げだった。 「まったく……なんで僕が……」 拗ねた子供のように口を尖らせながら、壁に手を付いて嘆いている。 この世の終わりが来たわけでもあるまいし、なにからなにまで大げさな奴だ、とレッドは嘆息した。 「見損なったよ。あれだけ大見得切っておきながら、僕の瞬間移動能力を当てにするなんて」 「うっせーよ。オレたちは急いでるんだ。馬があれば馬を使う、電車があれば電車を使う、 キース・グリーンがいればキース・グリーンを使う。勝手に見損なってろ」 「あのなあレッド、僕は……」 「それにな、これはブラックの命令なんだぜ」 それが彼にとってのマジックワードだったらしく、はあっ、と溜息をついて壁から離れた。どうやら諦めがついたようだった。 「グリーン兄さま、ごめんなさい」 セピアが恐縮して頭を下げるのへ、グリーンは苦笑しながら肩をすくめた。 「いや……いいんだ。僕と君とは兄妹なんだ。助け合うのは当然のことさ。 それより本当にいいのかい? 君のARMSは戦闘向きじゃないんだよ。 他の任務ならいざ知らず、シルバー兄さんの戦闘領域に割って入るなんて正気の沙汰じゃない」 「ありがとうございます。でも、大丈夫です。レッドがいますから。それに」 「それに?」 「レッドはわたしがいなとダメダメですから」 なんの衒いもなく、セピアはそう言ってのけた。 あまりにもきっぱりと断言したので、グリーンは「そうなのか?」とレッドにお鉢を回す。 「……オレに訊くな、オレに」 その時、慟哭するようなARMSの共振波がその場の三人に走る。それは間違いなくキース・シルバーのものだった。 「──ボヤボヤしてる暇はないみたいだ。レッド!」 グリーンは両手を二人に向けて差し出した。この手をつかめ、ということらしい。 レッドとセピアは互いにうなづき、それぞれに手を重ねた。 グリーンの手は少し汗ばんでいた。 「レッド、これは貸しだからな。こればっかりは必ず返してもらうぞ」 「……ま、期待しねーで待ってろや」 そして、グリーンのARMS『チェシャキャット』特有のARMS共振波が直に伝わってくる。 先ほどのシルバーのそれとは違って、攻撃的な感触は無かった。 「グリーン兄さま」 「え?」 「優しいんですね」 その言葉を最後に、セピアとレッドはグリーンの視界から消える。 一人になった廊下で、キース・グリーンはぎこちなく肩をすくめた。 「優しい……僕がか?」 目を開けると、そこはもうカリヨンタワー下層域だった。 グリーンの能力を体験するのは初めてだったが、これほど奇妙な能力もないだろう。 空間それ自体に干渉し、空間転移や空間断裂を操るARMS……どれだけ大掛かりな装置を使っても、 現在の科学技術では再現不可能な現象だ。 ARMSとは一体なんなのか。それはレッドのような下っ端には知らされていない。 理解できないものを身に宿し、それを使う。その不気味さを今更ながらに思う。 セピアも似たようなことを考えていたのか、 「すごいね、グリーン兄さまのARMSって」 「……グリーンには『兄さま』付けなんだな」 ぽろっと口にしてから激しく後悔した。 それはなんの気なしの感想だったのだが、それでもセピア本人に向けて言うことではなかった。 案の定、セピアは満面にいやらしい笑みを浮かべてレッドの肩をばしばし叩く。 「えぇ? なーに、それ? もしかして嫉妬してるの? もーやだー、レッドってば意外と可愛いとこあるんだー? お望みならそう呼んであげましょうか? 呼んで欲しい? ねえねえ、ねーってば」 言うべきではなかった。その思いを新たに、レッドは例によってうめく、 「勘弁してくれ──」 最後の「よ」は言えなかった。 鼓膜を破かんばかりの轟音とともに、フロア全体が上下に揺さ振られたからだった。 レッドは浅く舌打ちし、セピアを振り返る。 「セピア、二人の位置を割り出せ」 「うん、やってる……シルバーお兄さまはこっちの方向。だいたい七〇メートル向こう。 クリフはほとんど正反対のあっち……ちょっと遠いかな、三〇〇メートルくらい」 あっちとこっちで指差し、セピアはさらに詳しく探ろうとARMSを解放した。 胸元から放射状に走る幾何学紋様が、頬のあたりまで伸びてくる。 「今はお互いに見失ってるみたい……二人ともうろうろして、ときどき出鱈目な方へ攻撃してるみたいなの。あ、ほら」 遠くから、ずしんと微かな震動。 「クリフの精神フィールドが不安定気味になってるわ。なんていうか、不整脈みたいな感じ? このままだときっと、シルバーお兄さまよりクリフが先にダメになっちゃうと思う」 セピアからもたらされた情報を元にレッドはしばし考え込み、 「……分かった。クリフを先に押さえるぞ。あんまりはっちゃけられて死なれても困るからな。 もしかしたらシルバーも、攻撃対象がいなくなれば暴れるのを諦めるかも知れない」 「もし、諦めなかったら?」 「そんときは──」 レッドが言いかけた瞬間、セピアがいきなり膝を付いた。 「あ──!」 自分の身体をきつく抱き締め、苦しそうに声を漏らす。 「シ、シルバーお兄さまが……こっちに気が付いた……」 それに遅れて、レッドの『グリフォン』もシルバーのARMS共振をキャッチする。 それは非常に激しく攻撃的で、痛みすら感じた。尋常ではない雰囲気を、そこから受け取る。 額に玉の汗をかきながら、セピアが喘ぎ喘ぎ、続ける。 「うぅ……す、すごく怒ってるわ…………邪魔……排除……障害……出来、損ない……」 それはシルバーの思っていることなのか、という疑問を差し挟む余地はなかった。 セピアはその口にする言葉ひとつひとつに傷つきながら、それでも懸命に言の葉を零す。 「獲物(ヴィクティム)……被害者意識(ヴィクティム)……」 はあっ、と引き攣った息を吐き、セピアが背を折り曲げた。 『実験体(ヴィクティム)風情が……!!』 その声は重なっていた。 振り返ると、髑髏の亡者がほんの十メートル向こうにいた。 戦の神のごとき無慈悲さを全身から放ち、『マッドハッター』の凶眼はレッドに定まっていた。 「──が……オレの邪魔をするのか……!?」
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クリフトとアリーナの想いはPart7 202 :シンシアのこと1/7 ◆XJ3Ut0uuQQ :2007/03/20(火) 00 47 26 ID XNCrYX/d0 クリフトが倒れた。 先日の戦闘で、クリフトはアリーナをかばい、ちょっとした怪我を負ったが、 その後も、連日の戦闘続きで、皆、体力、気力ともに限界の状態であったため、 クリフトの怪我が完治していなかったことに、誰も気がつかなかったのだ。 戦闘中、最後の魔力でアリーナにべホイミをかけると、そのまま地面に倒れ込んだクリフトに、 戦っていたアリーナ、勇者、マーニャは驚愕した。 彼らが魔物達をものすごい勢いで片付けている間に、馬車から飛び降りたミネアが クリフトに懸命に回復呪文を施した。 それでどうやら怪我は癒えたようであるが、今度は熱がひどく、起き上がれない。 結局、一行は手近な街を目指すと、クリフトを宿に担ぎ込んだ。 心配顔でクリフトの枕元に集まった仲間達だったが、医者の 「怪我から少々ばい菌が入って弱っていたところに、風邪を引いたんじゃよ。 ま、いずれにせよ、しばらく安静にしていれば大丈夫じゃろ。」 との診立てに、ほっと胸をなでおろした。 「…申し訳、ありません…。」 高熱にうなされながら、途切れ途切れに謝るクリフトに、ブライが真っ赤な顔をして怒った。 「こんのアホ神官めが!ミントスの時の教訓が全然生きとらんではないか!」 その横で、ミネアが安心したようにため息をつく。 「でも、今回は大したことにならなくて、本当によかったですわ…。」 「まーったく、あんたは人騒がせなんだから!怪我くらいちゃんと治しときなさいよ!」 マーニャはクリフトにびしっと指を突きつけると、 迷惑だから、とっとと寝て早く元気になりなさい、と、皆を誘って部屋を出ようとした。 しかし、1人だけ、クリフトの枕元から離れようとしない者がいた。 「アリーナさん…お医者様もああおっしゃってるんだから、大丈夫ですよ。」 トルネコに声をかけられても、アリーナはうつむいたまま動こうとしない。 「今回は、ミントスのときとは違うのよ、アリーナさん。」 ミネアに覗き込まれて、ようやくアリーナは顔を上げたが、その目には涙が光っていた。 「…本当に、大丈夫?今回は、パデキアはいらないの?」 涙に潤んだアリーナの声を聞いて、クリフトが体を起こそうとした。 「姫様、ご心配を、おかけして…。」 「ああもう、あんたはいいから寝てなさい!」 マーニャがクリフトを殴り倒すようにしてベッドに押し戻す。 「ほれ、姫様…。姫様がおられては、こ奴もゆっくり休むことができませんじゃ。」 ブライの言葉に、アリーナはしぶしぶ腰を上げた。 「そうそ、後の世話はソロに任せて。」 マーニャに言われて勇者が「げ。」と声を上げたが、マーニャはそれを無視した。 「アリーナ、私達は、下の食堂でおいしーいもの、いっぱい食べてましょ!」 皆が部屋から出て行くと、勇者はやれやれ、とクリフトの向かいのベッドにごろりと横になった。 「ソロさん…。あなたも、風邪が、うつりますから、他の部屋に…。」 クリフトがかすれ声で勇者に呼びかけたが、勇者は起き上がろうとしない。 「お前じゃあるまいし、そんなへなちょこ風邪なんかうつるかよ。 大体、今日は宿は満室だぜ?アリーナと相部屋してもいいなら、出てくけどな。」 勇者の答えに、クリフトが黙り込む。 しばらくの間、部屋にはクリフトの苦しげな息遣いだけが響いた。 勇者は、そのまま天井を見つめていたが、やがて、ポツリと呟いた。 「…お前さ。もうちょっと自分を大切にしろよ。」 「…?」 クリフトが、いぶかしげに顔を勇者の方に向けた。 勇者は、上を向いたままクリフトの方を見ずに続ける。 「どうせ、お前、アリーナへの回復呪文を優先して、自分の怪我放っておいたんだろ。」 「…。」 「自分を犠牲にして、アリーナを守ろうなんて、考え違いもいいところだよ。」 「…それは。」 言いかけたクリフトを、勇者が強い口調でさえぎった。 「残された方の気持ちも考えてみろってんだよ!」 クリフトは、その口調の激しさに驚き、片肘をついて半身を起こした。 見ると、勇者の手には、小さな羽帽子が握られていた。 クリフトは、その羽帽子をこれまでにも何度か見たことがあった。 何に使うかも分からなかったが、荷物が増えても、決して勇者が手放さないアイテム…。 「…ソロさん。」 勇者の答えはない。 「よろしければ…その、羽帽子の、方のこと、お話、いただけますか…?」 そういうと、クリフトは激しく咳き込んだ。 「ああ、もう、寝てろっつんだよ、この馬鹿。」 勇者が慌ててクリフトに駆け寄ると、その背中を支えて寝かせ、額にタオルを乗せる。 クリフトは、世話を焼かれながら、懇願するように勇者を見上げた。 「…そんな目で見るんじゃねえっての。…仕方ねえな。」 泣く子と病人には勝てねえよ、と勇者は頭をかくと、アリーナが座っていた椅子に腰掛けた。 「そんじゃ、ま、子守唄代わりにでも聞いてくれ。」 勇者は、どこか遠い目をすると、語り始めた。 故郷の村で、自分を育ててくれた桃色の髪のエルフの乙女。 もの心ついたときから、いつも一緒だった。 幼い頃は、母親のように、その後は、姉のように… そして気がつけば、自分は彼女の背を越すほどに成長していた。 ずっとずっと、誰よりも、大切な存在だった。 いつもまでも、彼女と一緒にいられれば、それだけで幸せだと思っていた。 ところが、あの日。 魔物達の咆哮、村人達の怒号と悲鳴が聞こえてくる中で ―――あなたにもしもの事があったら 私……。 心配そうに自分を見上げるシンシア。 ―――でも大丈夫。あなたを、殺させやしないわ。 その言葉を最期に、彼女は目の前から去っていった。 この、羽帽子だけを残して…。 淡々と語る勇者を、クリフトは、瞬きも忘れたように見上げていた。 勇者は、ふと気付いたようにクリフトの額の上のタオルを取り上げる。 「ああ、温まっちまった。ひどい熱だな、お前。」 クリフトは、タオルを洗面器に浸して絞る勇者に問いかけた。 「…ソロさん。あなたは、その、シンシアさんの、ことを…?」 「好きだったかって?まあ、好きだったのは確かだよ。」 勇者がさらりと答える。 そして、絞ったタオルを広げると、小さい声で付け加えた。 「だけど…女性として、好きだったのか、よく分からないんだよな。 だいたい、シンシアだって、俺のこと男として見てたのかどうか…。」 誰よりも、大切に思っていたのは、事実。 誰よりも、大切に思ってくれていたのも、分かる。 でも…。 ―――私達、大きくなっても、ずっとこのままでいられたらいいね―――。 ―――ソロのことが大好き!だから、いつまでも一緒よ、ソロ! 笑顔と共に言われた言葉が、恋心の表れだったのか、単なる親愛の情だったのか、 それを確認する前に、その機会は永遠に失われてしまった―――。 そして、それと一緒に、自分の気持ちも永遠に宙に浮いたまま…。 「なんで、お前が泣いてるんだよ。」 勇者は、クリフトを見ると、畳んだタオルをその目元にポン、と軽く叩きつけた。 クリフトは、そのタオルを上から押さえると、すいません、と謝る。 「…なんで、謝るんだよ…。」 「…いえ、ソロさんが、泣かないのに、私などが、泣いていいものでは、ないのに…。」 「…泣くのに、資格なんかいらないだろ。」 勇者は呟くと、声の調子を変えた。 「俺の話を聞いて泣くくらいなら、自分を犠牲にしてアリーナを守るなんてこと、やめろよ。」 「…。」 「俺は絶対に認めないからな。残された者の気持ち、考えろ。」 クリフトはタオルに手をやったまましばらく黙り込むと、低い声で答えた。 「シンシアさんと、私とでは、立場が…。私が、いなくても…姫様は、大丈夫です。」 クリフトの言葉に勇者はカッとなった。 「馬鹿ヤロ、お前、さっきのアリーナの様子、見ただろ! どうあれ、お前がアリーナにとって大切な存在であることは確かだよ!」 どこまでも自分の価値を認めようとしない神官に、勇者の苛立ちは募る。 「お前が自分を卑下するのは勝手だけど、それで辛い思いをするのはアリーナなんだ! 分かってくれよ…俺みたいな状態に、アリーナを置きたくないんだよ…!」 勇者は、もどかしげに叫んだ。 その声に含まれた悲痛な響きに、クリフトが目の上からタオルをどけて見上げると、 勇者は、背中を丸めて両手に顔を埋め、肩を震わせていた。 クリフトは、無言で起き上がると、勇者の肩にそっと手を回した。 勇者は頭をクリフトに持たせかけると、弱々しい声で呟いた。 「頼むよ…。もう、あんな思いをするのも、あんな思いを誰かがするのを見てるのも、 俺は嫌なんだよ…。」 誰よりも、大事な人が。 目の前で。 自分のために。 クリフトは、初めて、勇者の心の傷の深さを思い知った。 そして、自分の行動が、知らず、勇者を傷つけていたということも。 それは裏を返せば、勇者が、自分やアリーナをそれだけ心に受け入れてくれている証でもあり。 クリフトは、嬉しさと申し訳なさが入り混じった思いで、勇者の肩に回した手に力を込めた。 「ソロさん、すいません。…ありがとう、ございます…。」 勇者は、しばらく黙ったまま動かなかったが、やがて、ふっと笑い声をもらした。 「謝ったり礼を言ったり、ややこしい奴だな。……お前、また泣いてるのかよ…。」 「…泣いて、ません…。」 「ま、いいけど…それより、俺、男と抱き合う趣味はないんだけどな…。」 そうぼやきながらも、勇者は、クリフトから離れようとはしなかった。 翌日、すっかり回復したクリフトの隣のベッドでは、勇者が熱で赤い顔をして横たわっていた。 「ちょっとちょっと、何なのよ~。風邪なんかうつらないって言ってたくせに。」 マーニャがベッドの横で呆れ顔をするが、勇者は反論する元気もない。 「…そもそも、風邪がうつるほど近くに寄ったというのは、どういう状況ですの?」 ミネアがドスのきいた声で勇者に歩み寄る。 勇者は本能的に身の危険を感じ、思わず助けを求めるように辺りを見回した。 それを見たクリフトは、勇者の枕元に走り寄ると、その場をとりなすようにミネアの前に立った。 「ミネアさん、ソロさんは私の看病をしていて、風邪がうつってしまったんです。 ですから、こんどは私が責任を持って看病いたしますから…。」 「……これは、由々しき問題ですわね…。」 今にも懐から銀のタロットを出しかねない雰囲気のミネアに、勇者はシーツの中に潜り込んだ。 そこに、 「でも、ソロのおかげで、クリフトは元気になったのよね?ありがとう!ソロ!」 アリーナの元気な声が響いて、勇者はシーツから顔を覗かせた。 アリーナがクリフトの隣で、花が咲いたかのような笑顔を見せており、その横ではクリフトが、 優しい目で幸せそうにアリーナを見つめていた。 ―――ああ、ほら、こうじゃないと。 勇者は、満足そうな吐息をついた。 それにクリフトが気づき、小さく頭を下げる。 勇者は、目を瞑ると、アリーナとクリフトの会話を遠くに聞きながら、心の中で呟いた。 ―――シンシア…俺達の身代わりにするわけじゃない。だけど…こいつらだけは、幸せに…。 意識が途切れる直前に、笑顔で微笑むシンシアが見えたような気がした。
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クリフトとアリーナへの想いはPart9 クリフトとアリーナの想いはPart10 951 名前 1/14 ◆e.sLpeggy2 Mail sage 投稿日 2009/05/16(土) 11 07 00 ID hFO5/clX0 一行が、コーミズ村のその話を聞いたのは、モンバーバラでのことだった。 モンバーバラに来る前にコーミズ村に立ち寄ったという旅人の話によると、 最近、コーミズに悪質な詐欺集団が横行していると言うのだ。 聖職者らしき格好をしたその一団は、村人たちに対し、 「魔王の復活により世界は破滅する。ただし、我らに捧げものをすれば、 教祖である魔道士様があなたの魂を守ってくれる」 と、まことしやかなでたらめで金品を巻き上げているらしい。 最近はアッテムト鉱山での出来事もあり人々の不安はピークに達していたから、 純朴なコーミズ村の人々を騙すのは容易いことだっただろう。 「連中に抵抗した人達もいたみたいだが、何故か皆、次々に魔物に襲われてるらしい。」 声を潜めた旅人の言葉に、クリフトは首をかしげた。 クリフトの表情を見て、勇者も片眉を上げて見せた。 「何だか妙だな、クリフト。」 「ソロさんも、そう思われますか?」 「え?何?何が妙なの?」 テーブルに手をついて伸び上がるアリーナに、クリフトが向き直った。 「彼らに抵抗する者だけを魔物が襲うなんて、偶然にしてもできすぎています。 かといって、人間に魔物を操ることはそうそうできるものではありません。 …ということは…連中の裏に、人型の魔物がいる可能性も…。」 その言葉に、それまで黙って話を聞いていたマーニャとミネアが立ち上がった。 「ソロ。旅の途中に寄り道させて悪いけど、コーミズに行ってもらえるかしら。」 「故郷が魔物に蹂躙されているとしたら…見捨てておくわけには行きませんわ。」 勇者は、黙って一同を見回した。皆、勇者の目を見返して頷く。 勇者はにやりと笑った。 「ここにいる連中は、みんな同じ考えみたいだな…よし、コーミズ村に進路変更だ!」 一行は、夜になってから闇にまぎれてコーミズ村に入った。 幸い、マーニャとミネアの家は村はずれにある。誰にも見咎められずに家にたどり着いた。 「旅人の話では、連中は村の家々から酒や食べ物を『捧げもの』と称して取り上げては、 村長の家の前庭で、宴会を開いて酔っ払っている、ということでしたわね。」 ミネアの言葉にマーニャは憤った。 「村長や村の大人達は何をやってるのよ、情けない!」 「いずれにせよ、まずは、村長宅に行ってみなければ、どうにもならんようだな。」 ライアンが、髭をなでながら呟いた。 クリフトは、皆があれやこれやとアイディアを出し合っている中、黙って座っていた。 普段なら、ブレーンであるクリフトは、作戦会議の中心となることが多い。 しかし、今日のクリフトは、時々必要な指摘をする意外はほとんど口を開かなかった。 そんなクリフトをアリーナがいぶかしげに見つめていた。 その日の夜遅く、クリフトは1人、村を見渡せる小高い丘の上に佇んでいた。 目の前の村には明かりも見えない。 クリフトは、胸に手を当てると小さく祈りの言葉を呟いた。 と、背後に気配を感じ、弾かれたように振り向いた。 そこには部屋着にマントを羽織ったアリーナの姿があった。 「姫様!このような時間にそのような格好で、お1人で出歩くなど!」 慌てて駆け寄ると、アリーナはクリフトの叱責の言葉にむっとした顔をした。 「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。クリフトこそ、1人でどうしたの? 今日は、ずっとふさぎ込んでたじゃない。」 腰に手を当てて自分を見上げてくるアリーナに、クリフトはハッとした。 「姫様、もしかして、私の後を追って出ていらしたんですか…?」 申し訳ありません、と謝るクリフトにアリーナは苛立った声を出した。 「んもう!そんなこと聞いてるんじゃないわよ!私の質問に答えてよ!」 アリーナは本気で怒っているようだ。 きちんと話さなければ部屋に帰ってもらえそうにない。 クリフトは、しばらく沈黙した後、低い声で語り始めた。 「考えごとを、しておりました。」 「考えごと?」 「はい。…お城で暮らしていた頃、私は、神官の使命とは、一心に神へ祈りを捧げること、 それが全てだと、そうすれば皆を幸せにできると、真剣にそう思っていました。」 アリーナは、口を挟まず黙ってクリフトを見つめていた。 「しかし、この旅を始めて…祈るだけでは平和は来ないかもしれないと思うようになりました。」 クリフトは暗い目で、眼前に広がる暗い村を眺めた。 「私は間違っていました。聖職者達が、教会の中で安穏と祈りを捧げて過ごすうちに 世の中は、人の心は、こんなにも荒れ果ててしまっています。 このままではいけないんです。祈るだけでなく、…行動しなければ、戦わなければ。」 クリフトは両手を硬く握り締めた。 自分は、戦うため、大切なものを守るために教会の戒律を破って禁呪を覚えた。 しかし、自分ひとりではどうしようもない現実が目の前に広がっている。 「神官として、自分は、いったいどうすれば良いのか…それを考えると眠れなくて。」 「…クリフト。」 アリーナが、つと歩み寄ると、クリフトの手をしっかりと握った。 「ひ、姫様?」 「クリフトは、えらいね。…いつも人のことを考えて悩んでる。」 「え、いえ、そんな…。」 「…私には、クリフトの悩みの答えは、難しすぎて分からないけど…。 でもね。だったら、できることから、始めればいいんじゃない?」 「…え?」 クリフトは、ぽかんとアリーナを見返した。 「私も、お城の皆が消えてしまったとき、最初、どうしたらいいか分からなかった。 でも、できることから1つ1つやってきて、今は確実にお父様に近づいてるって思えるの。」 アリーナはクリフトを見て、にっこり笑った。 「大丈夫。クリフトならできるって。」 クリフトはしばらく呆然とアリーナを見つめていたが、やがて小さく笑った。 「姫様は…本当にお強い…太陽の申し子ですね。 姫様を見ていると、何だか、うじうじと悩む自分が情けなくなります。」 アリーナが、握ったクリフトの手をぶんぶんと振り回した。 「何言ってるの、クリフト。 私が強くいられるのは、クリフトやブライがいてくれるからじゃない。 それに、クリフトは人のために悩んでるんだから、情けなくなんかないの!」 「…。」 「もう、いいから部屋に戻りましょ。体が冷えちゃう。」 くるりと背を向けて先を行くアリーナを、クリフトはしばらく見つめていたが、 その後ろ姿に向かってゆっくりと頭を下げた。 翌朝。 すっきりした顔のクリフトは、アリーナと顔を合わせるとにっこり笑って見せた。 クリフトの表情からは、昨日の憂いはすっかり消え去っていた。 それを見て、アリーナも嬉しそうにうなずいた。 「行きましょう。」 一行は家を出ると、堂々と、村長の館に通じる村道を歩き始めた。 「昨日は夜だから気づかなかったわ。こんなになっていたなんて…。」 ミネアが暗い顔であたりを見回した。 春も半ば、本来であれば新芽が顔を出す頃のはずの畑は、手入れもされずに荒れ果てており、 村人は、大人も子供も生気のない目をして、玄関横のチェアや庭のベンチにうずくまっていた。 その中で、生気溢れる勇者達の道行きは、異質な光を放っていた。 いぶかしげに一行を眺める村人達は、マーニャとミネアの顔を認め、はっとしたように腰を浮かした。 そんな村人達を力づけるように、マーニャとミネアは笑顔を返す。 村人達は、何かに惹かれるように立ち上がると、よろよろと一行の後を追い始めた。 村長の館に着く頃には、一行の後ろには、村人達の長い行列ができていた。 村長の館は惨憺たる有様だった。 前庭に並べられたテーブルの上には、空になった酒瓶が乱雑に転がり、その周りには へべれけになっている男達が十数人ほどたむろっていた。 男達が、近くに控えている疲れた様子の男に「村長、酒が足りねーぞ!」とわめくと、 村長と呼ばれた男は、びくりと体をすくませ、もたもたと新しい酒瓶を奥から持ってきた。 聖職衣をだらしなく着崩した男達を見て、クリフトはさも不快そうに眉をしかめた。 「彼らは、どう見ても人間のようですが…。」 そのとき、男達の一人が、一行に気づき、ゆらゆらと立ち上がった。 「なんだぁ。お前ら。」 勇者がクリフトをちらりと見、クリフトがうなずき返して前に進み出た。 「私は旅の神官です。魔道士様の噂を聞き、ありがたいお話をお聞きしたいと思いまして。 …魔導士様にお会いすることはできますでしょうか?」 「ふん。魔導士様は奥の館におられるが、お前らがお会いできるようなお方じゃねぇよ。 お前らには、俺が代わりに祈ってやるって。」 男はそう言うと、酒に汚れた口をぬぐったその手でふざけて十字を切った。 クリフトの顔色が変わった。 「これは、話して分かる相手じゃなさそうねえ。」 「はい…そのようです。」 腕組みするマーニャに、クリフトは男達に険しい目を向けたまま答えた。 「お前ら、何を言ってやが…っ、ぐっ!」 クリフトの胸倉をつかもうとした男は、逆にその手をねじ上げられて呻いた。 「物騒な神官さんだなぁ。」 呆れたように呟いた勇者は、自分でも殴りかかってきた男を蹴り倒した。 「人に対する力の行使は望むところではありませんが、こうなれば致し方ありません。」 決然と答えるクリフトの前方では、マーニャとライアンを中心に乱闘が始まっていた。 アリーナも目を輝かせて前へ出たが、ブライに襟首をつかまれた。 「姫様の相手として、このような者達はふさわしくありませんじゃ。」 いずれにせよ、アリーナが出る幕もなく、男達は全員その場にのされてしまった。 一行についてきた村人達は、皆、声もなく事態を見守っていた。 村を蹂躙してきた男達が退治されたというのに、その表情には喜びの色は見えない。 村長が、恐怖の色を浮かべて自分の館を振り返ると、勇者に詰め寄った。 「あんた達…なんてことをしてくれたんだ…!」 「は…?」 意外な反応に、勇者が戸惑った顔をする。 「こんなことをして…魔道士様の怒りに触れたら、我々は…!」 村長の言葉に、他の村人達も口々に同意する。 「こんなこと、誰もあんた達に頼んでないのに…!」 「俺達は、このまま、ただ静かに最期のときを待ってるだけで良かったんだ…!」 村人達の言葉に、勇者がすっと目を細め、クリフトが口を開いたそのときだった。 村の入り口辺りで悲鳴が上がった。 「大変だぁぁぁ!魔物の大群が現れたぞぉぉお!」 振り返ると、村の境界を示す木々の向こうに、砂埃を上げて向かってくる魔物の群れ。 その中心には、凶悪な顔をした巨大なドラゴンが、火を噴いてこちらに向かっていた。 村人達は、恐ろしげなドラゴンの姿を見て、力なくその場に座り込んだ。 「あああ、あんた達のせいだ!魔道士様のお怒りに触れてしまった!」 「俺達は魔物にやられて地獄をさまようことになるんだ!」 そんな村人達に檄を飛ばすようにマーニャが大声で叫んだ。 「泣き言を言ってる場合じゃないでしょう!」 魔物は、四方から押し寄せて来ている。 「あれだけの魔物、さすがにあたし達だけじゃ手に余るわ。みんな一緒に戦うのよ!」 しかし、マーニャの言葉にも、村人達は動こうとしなかった。 「何よ、どうしたのよ!自分達の故郷が魔物に踏みにじられてもいいって言うの!?」 激昂するマーニャに、ポツンと村人の1人が言った。 「今、戦ったって、どうせ、近いうちに世界は終わっちまうんだ。」 「そうだ、俺達はみんな、死んじまうんだよ!遅いか早いかの違いだ!」 「何をやっても、無駄なんだよ!神様は、この世を見限ったんだ!」 クリフトは叫んだ。 「そんなことはない!神は、決してあなたたちを見捨てたりはいたしません!」 しかし、その言葉は絶望した村人達の耳には届いていないようだった。 ―――もはや神の御心は、彼らには届かないのか…! クリフトは、絶望的な気持ちで唇を噛んだ。 そのとき、クリフトの後ろから低い声がした。 「ふざけるなよ…。」 「ソロさん?」 振り向いたクリフトは、勇者の形相に思わず息を飲んだ。 ここまで怒りを露にした勇者は、今までに見たことがなかった。 勇者は、怒りの表情のまま、無言で剣を抜くと、その手を空にかざした。 勇者の体から青白いオーラが立ち上る。 「…これは…!?」 クリフトは、自分や仲間達の体力が勇者に向かって吸い取られていくのを感じた。 「ちょっと、何よこれ、ソロ!」 マーニャが叫んだ。 凄まじいエネルギーが勇者の右手に集約されていく。 勇者は、掲げた剣を両手で握り直すと、空に向かって叫んだ。 「―――ミ ナ デ イ ン―――!!」 辺りを切り裂くまばゆいばかりの閃光と鼓膜が破れそうな轟音が辺りに響き渡った。 その場にいた者は、皆、思わず地面にひれ伏した。 そして、閃光と轟音がやんだ後、おそるおそる顔を上げた者達は、目を疑った。 先ほどまで火を噴いていた巨大なドラゴンは、たった一撃で動かない骸と成り果てていた。 生き残った魔物達は、恐れをなしたようにいったん後ろに引いている。 「これが、天空の民の本当の力か…!」 ブライが、喉に絡まったような声で呟いた。 勇者は、両手を降ろすと、村人達に向かって叫んだ。 「お前ら、ふざけんな!世界が終わるかどうかなんて、そんなこと、 ぎりぎりまで頑張って見なきゃ分からないだろうが!」 まだ、勇者の周囲には青白いオーラが漂っていた。 翡翠色の瞳を煌かせ、顔の回りを縁取る同じ色の髪は、漂うオーラに揺らいでいる。 「何でもかんでも、そう簡単にあきらめるんじゃねえ!」 その神がかかった美しい姿に似合わない、乱暴な口調。 クリフトには、勇者の考えていることが痛いほどに分かった。 今、勇者の脳裏に浮かんでいるのは、きっと、魔物に襲われた彼の故郷。 花1つ咲かぬほどに蹂躙されても、彼の村の人々は決してあきらめなかった。 彼らは皆、最後の瞬間まで、勇者が世界を救うのだと信じて戦ったのだ。 そんな勇者にとって、コーミズの村人達のこの姿は、決して許せないに違いない。 ―――そうだ…ソロさんのためにも、ここでくじけてはいけない…! そのときふいに、昨日のアリーナの言葉が、クリフトの胸に浮かんだ。 ―――できることから始めればいいんじゃない? クリフトは、自分の手を眺め、周囲を見回した。 「私に、できること…。」 小さい声で呟く。 自分には勇者のような特殊な能力もない。アリーナのような地位も力もない。 自分は、ただ心をこめて、人々に説くことしかできない。 それは容易には受け入れてもらえないかもしれない…けれど。 ―――それでも、あきらめずに、私のできることから、1つ1つ…! クリフトは、自分に言い聞かせると、声を張り上げた。 「お願いです、皆さん、あきらめないで下さい! 皆さんは、ともに生きてきた、愛するこの土地を見捨てるのですか!」 クリフトの言葉に、村人達がはっと顔を上げた。 「皆さんは、長い冬にも日照りにも耐えて、この土地を愛し、慈しんできた。 そのときの気持ちを思い出してください!あきらめずに頑張ることの大切さを、 皆さんこそ、一番良く知っているはずじゃないですか!」 クリフトは、心を込めて、村人達一人ひとりに語りかけた。 「そして、大地は、必ずいつも、その努力に報いてくれてきたはずです! 同じです!あきらめずに努力すれば、報われないことなどない! あなた方が慈しんだ大切な土地を守るためにも、戦うのです!」 祈りを込めて叫ぶクリフトの声は、清冽たる響きを持っていた。 「大丈夫、神は、必ず我々を見ています!」 勇者の起こした奇跡と、クリフトの言葉に触発され、村人達の目に光が戻り始めた。 「そうよ!」 明るい声が、クリフトの言葉を引き継ぐ。 アリーナは、満面の笑みでクリフトに笑いかけると叫んだ。 「たとえもしも、明日世界が終わるとしても、最後の瞬間まで私は戦うわよ! いいえ、その前に、世界を終わりになんかさせやしない!」 アリーナのソプラノに続き、ライアンのバリトンが朗々と響き渡る。 「武器を取れ!戦う前から闇雲に恐れてはならぬ!おぬしらは強い!自分の力を信じるのだ!」 一行の励ましに、村人達は、1人、また1人と、その手に武器を握り締めて立ち上がった。 「そうだよ…歯を食いしばって、あのリンゴの木をここまで育ててきたんじゃないか…。」 「大切な畑を魔物に踏み荒らされたんじゃ、あの世に行っても爺様に会わせる顔がねえ。」 「んだな…俺達の大切な村を、俺達が守らなきゃ、誰が守るんだ…!」 村長は、立ち上がった村人達を見回すと、震える手で顔を覆った。 トルネコが、村長に近寄ると、励ますようにその肩を叩いた。 「1人ひとりの力は小さくても、皆で力を合わせれば、何とかなるものですよ。」 村長はトルネコを見上げて小さく頷くと、倒れていた男の腰から剣を引き抜いた。 頬を紅潮させて目の前の光景を見ていたクリフトの肩を、勇者が叩いた。 「さすがは神官だ。やるじゃねーか。」 「そんな、私は…。むしろ、これはソロさんのおかげで。」 慌てて手を振るクリフトに、勇者は厳しい顔を向けた。 「クリフト。外の魔物の方は、もう、皆と村の連中に任せて大丈夫だろう。 俺達は例の魔道士とやらにご挨拶に行くとしようぜ。」 「…はい!神を冒涜した魔物を、決して許してはおけません!」 クリフトは、勇者に向って力強く頷いた。 「私も行くわ!」 そのとき、後ろから、アリーナの声がした。 「クリフトが行くんだったら、私も行くわよ!」 「いや、姫様ここは…!」 クリフトは、アリーナをこの場に留めようと口を開いたが、 「…よし、クリフト、アリーナ、行くぞ!」 既に勇者は身を翻しており、アリーナもすぐに勇者を追って駆け出していた。 クリフトは首を振ると、仕方なくアリーナの後をついて走り出した。 村長の館は、村の外の騒ぎが嘘のように、ひっそりと静まり返っていた。 しかし、その静けさには得体の知れない圧迫感があり、3人は知らず息を殺していた。 と、入口が音もなく開き、3人はいっせいに身構えた。 「これはこれは、勇者様。我が館に、ようこそおいでいただきました。」 暗闇の中から、魔道士の衣装を身にまとった男がぬるりと滑り出てきた。 にこやかな表情とは裏腹に、男が発する凄まじい悪意の奔流に、3人の背中が総毛立つ。 魔道士の手には、聖職者の証である指輪が嵌っていた。 それを見たクリフトは、はっと息を飲んだ。 「まさか―――。」 残りの2人が驚いたようにクリフトを振り向き、魔道士も表情を改めた。 「ふむ…どうやら、我の正体を知っている人間がいるようだな…。」 「なに、どういうことだ?クリフト。」 勇者が混乱顔でクリフトに尋ねた。 クリフトは、魔道士から目を離さずに、答えた。 「サントハイムの大神官様から聞いたことがあります。 昔、非常に優秀な神官であったにもかかわらず、闇に堕ちた男がいたことを…。 男は教会で身につけた聖なる力を、人の心を苛むため、邪悪な業に用いていると…。」 「貴様、大神官の愛弟子と言う訳か…。」 魔道士は、ふん、と鼻を鳴らした。 「教会の聖なる力、か。だが教会は、その聖なる力をもって何をしているというのだ?」 魔道士の問いに、クリフトがぐっと言葉に詰まった。 「己の持つ力の使い道さえ分からぬ教会なぞに、我が見切りを付けたのは当然のことよ。」 言いつつ、クリフトの左手に目を留めて、魔道士が含み笑いを漏らした。 「それに…見たところ、貴様も我と同じ道をたどっているようだが?」 クリフトの表情がこわばった。 「お前のようなものと、一緒にするな…!ザキ!」 しかし、魔道士にはザキは効かなかった! 魔道士は、ヒステリックに笑った。 「愚か者め!闇の大魔道士である私に、闇の呪文が効くものか! まあよい、この村では充分に人間の心の操り方を研究できた。 もはやこんな田舎に用はない。我が目的に向けて、退散させてもらおう。」 そう言うと、その姿が徐々に空に融け始めた。 「目的…!?待ちなさい、お前、いったい何をするつもり!?」 アリーナの問いに、半分透き通った魔道士は不気味な笑みをもらした。 「…今に分かる。人間どもは、欲に弱い。それを少し煽ってさえやれば…。 人間どもは自ら滅びの道へと足を踏み出すであろう…我が手を汚さずともな。」 「くっ。」 勇者が剣で切りかかるが、その切っ先は残像を切り裂くのみであった。 「しばしのお別れだな。貴様らにはまだ使い道があるから生かしておいてやるが…。 …今度貴様らに会うときが、本当に世界の終わりだと思え!」 もう一度高笑いを残して、魔道士の姿は完全に消え去った。 3人はしばらく、その場にぼんやりと立ち竦んでいた。 やがて、アリーナがぽつりと呟いた。 「…逃げられちゃったね…。」 「…ああ。」 「…クリフト、大丈夫?」 青褪めた顔で魔道士が消え去った跡を黙って見つめているクリフトに、 アリーナが心配そうに声をかけた。 クリフトはビクリと肩を震わせると、アリーナに弱々しい笑みを返した。 「ああ…、いえ、失礼しました、大丈夫です、姫様。」 勇者が忌々しそうに、魔道士のいた辺りの壁を殴りつけた。 「くそ…っ!ああいう人の心を弄ぶような奴は、絶対に許せねえ…! 今度会ったら終わりなのは、奴の方だ!」 そのとき、村の外れの方から、歓声が上がった。 クリフトは、ぼんやりと歓声の上がった方に顔を向けた。 「…あちらは、首尾よく行ったようですね…。」 「ああ…。もう、この村は大丈夫そうだな…。」 クリフトと勇者は、浮かない顔で言葉を交わした。 クリフトの心の中は、勝利の歓喜とは程遠い境地にあった。 と、2人の前に、腰を手に当てたアリーナが仁王立ちになった。 「もう!クリフト!ソロ!そんなにへこたれた顔しないの! 2人のおかげで、村の皆は、立ち上がることができたのよ。 あいつだって、このまま旅を続けていけば、絶対にまた会う敵だわ!」 「姫様…。」 アリーナの瞳には、諦めの色はかけらもなかった。 ―――一つ一つ、できることから…。 アリーナの言葉が再び胸によみがえる。 ―――そうだ…私は…。 クリフトは頷いた。 「…そうですね。姫様の言うとおりです。 あんな奴をのさばらせておくわけには行きません…!」 勇者も、2人に向って唇を引き結んだ。 「そうだ、俺達は、絶対にあきらめない。今度こそは、必ず…!」 「その意気よ!あんな奴らに、世界を終わりになんてさせないわよ!」 笑顔でうなずくアリーナを、クリフトは眩しい思いで見つめた。 いったい、このひとは、どうしてこんなに強くいられるのだろう。 どんな逆境でも希望を失わない、強く光り輝く少女。 仕え、支えているつもりが、気がつけばいつも支えられているのは自分の方だ。 ―――こんなことではいけない…。 クリフトは、自分の左手に目を落とし、ぐっと歯を食いしばった。 この姫を守るために。そして、世界を守るために。 もっと自分は強くならなければならない。 自分の力はほんの小さなものかもしれないが、それでも、 自分にできる全てのことに力を尽くしていけば、きっと何かが変わる。 そう、自分にできるのはそれだけだから。 姫のためにできるのは…それだけだから。 ―――貴女の住む世界を、決して終わりになんてさせやしない…! クリフトは、誓うように固くこぶしを握りしめた。
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クリフトとアリーナの想いはPart7 225 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2007/03/29(木) 19 35 18 ID fD0wWhMX0 「よっしゃー、お題!初めてのキス!」 酔っ払ったマーニャが叫んだ。 宿屋で皆で酒を飲みながら、いつの間にかゲームが始まっていた。 お題を決めて、カードを皆で一斉に引き、ジョーカーを引き当てた者が お題についての自分の体験を告白する、という他愛もないゲームである。 カードを引いた勇者が、げっ、と声を上げた。 「あ、ジョーカー引いたわね!さあ、初キスについて語ってもらうわよ!」 「マジかよ、勘弁してくれよー。」 と、勇者が目を上げると、教会に行っていたクリフトとアリーナが戻ってきた。 「パス!俺、このお題クリフトにパスする!」 「そんなルールは、ありませんじゃ。」 「男らしくありませんぞ。」 ブライとライアンは抗議したが、マーニャはしばし考え、にまりと笑った。 「よし、採用!そっちの方が面白そう!」 マーニャに呼び止められたクリフトとアリーナは、面食らった顔をした。 「はあ?初めてのキスの思い出?」 「何なの、いきなり?」 「いいから!そういうゲームなの!クリフト、とっとと話しなさいよ!」 酔っ払ったマーニャ姐さんに叶う人間はいない。 「なんで私が。どういうルールですか、それは。」 ぶつぶついいながらもクリフトは昔を思い出しているような遠い目になった。 皆は、興味津々でクリフトを見守っている。 アリーナも、息を詰めるようにしてクリフトを見上げていた。 ふいに、クリフトがほっこりと、幸せそうな笑みをもらした。 「おお!!!」 皆が激しく反応する。 「何、何ですか今の!クリフトさん、何を思い出したんですか!?」 「【初キス】お題であんたにそんな楽しい思い出があるわけ!?」(←大失礼) 「クリフト殿も隅に置けませんな。」 「相手はどんな女だ、どんな!」 アリーナは、言葉を失っていた。 (クリフトの初キス…?私、そんなの知らないよ?) 急に周囲の空気が薄くなったように、息が苦しくなった。 皆の大騒ぎに、思い出に浸っていたクリフトが我に返った。 「どんな女とは、失礼な。私は母のことを思い出していたんです。」 「・・・母?」 一気に下がった周囲のテンションに気付かずに、クリフトは懐かしげに語った。 「はい。私の母は早くに亡くなりましたが、毎晩寝る前に、良く眠れるようにと、 優しくおでこにキスをしてくれたことは、今でも良く覚えてます。」 「いい話ですねえ。」 トルネコが家族を思い出したのかしんみりうなずいた。 「いや、いい話なんだけど、ちょっと違う…。」 勇者が横から小さく突っ込みを入れた。 アリーナは、ほっと息をついた。 また、普通に呼吸ができるようになっていた。 そこに、クリフトから声がかかった。 「さあ、姫様。もう夜も遅いですし、寝る時間ですよ。」 クリフトに連れられて2階に上がりながら、アリーナは首をひねった。 (さっきは、何で急に息ができなくなったんだろう?) 考えたが、答えは分からなかった。 アリーナが、自分の気持ちに気づくのは、まだだいぶ先のことになりそうだ。
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レベル制限B地区 パック:滅びの呪文詠唱(P) 03136426 永続魔法 フィールド上に表側表示で存在するレベル4以上のモンスターは全て守備表示になる。 ホルスの黒炎竜 LV6やサイレント・ソードマン LV5、 絶対魔法禁止区域発動下における通常モンスター等には通用せず、すり抜けて攻撃される。 このカードだけでなく、グラヴィティ・バインド-超重力の網-、平和の使者をすり抜ける黒蠍-罠はずしのクリフには要注意。その他、お注射天使リリー、不意打ち又佐にも注意が必要になる。これらの★3以下攻撃力1500未満のモンスターには、光の護封壁を使用することでシャットアウトできる。
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クリフトとアリーナの想いはPart7 698 :1/6:2007/09/12(水) 06 13 25 ID vm6sdHgY0 サントハイムの城につづく石畳の道は、丘の急な斜面を蛇行しながら通っていた。 クリフトは、その道を汗をぬぐいながら、登っていた。 季節は初夏。 道に根を張らぬよう周囲の木は伐採されている為、日の光を遮るものも無い。 丘の上には、まだ城は見えない。 クリフトは青い空に浮かぶ積雲を見つめながら、一歩一歩踏みしめるようにして歩いた。 幼い頃に両親をうしなったクリフトは、教会の運営する孤児院で育った。 慈善活動とはいえ天から金が降ってくるわけでもなし、収容されている子供の数が増えれば食事も寝床も行き渡らなくなる。 そうなると年長の者から順に、孤児院から去っていく事になる。誰が言うでもなく。 クリフトはそんな不問律を幾度も見てきた。 そして、クリフトもまた同じようにして孤児院を出たのだった。 しかし、彼は幸運である。行く当てがあるのだから。 彼は、孤児院にいる間、神父の説教を熱心に聴き、またその意味をよく理解した。 彼の利発さに気付いた神父は、様々な儀式の執り行い方や、より深い教義や、生命に作用するいくつかの呪文を彼に教えた。 クリフトはたちまちそれらを飲み込んだ。 そして、若干15歳にして神官として認められたのだった。 しかも、初めての任地はサントハイムの城。 孤児院を出たばかりの少年には、信じられない出世である。 だが、彼にとってはそんなことはどうでも良かった。 彼は生まれて初めて、自由というものを実感していた。今まで孤児院の塀の中の世界しか知らなかったのだ。 知らない道を歩き、知らない人間とすれ違う。それだけで嬉しかった。 新しい生活の不安も、照りつける太陽も、彼の足取りをとめることは出来なかった。 やがてクリフトの眼前に大きな門が姿をあらわした。高さは3m以上はあるだろうか。 クリフトは傍らの門番に声をかけた。 「あの、すいません」 「うん?」 門番は気だるそうに返事をした。 この炎天下に厚い甲冑を身に着けているのだから無理もない。 「城内の聖堂につとめるよう陛下と教会より仰せつかったクリフトという者ですが」 「あぁ。話は聞いてる。今、門を開けてやる。」 そう言うと門番は、ドンドンと門を叩いた。内側からかすかに返事が聞こえる。 「例の神官が着いたぜ。門を開けてやってくれ。」 それからしばらくすると、ガラガラと大きな音を立てて門が開いた。 クリフトは門番に礼を言って、城内へと足を踏み入れた。 そこは広大な庭園だった。 庭師の手入れが行き届いた木々や花がそこかしこに並び、噴水は涼しげな水音を立てていた。 クリフトはゆっくりと歩き出した。 辺りには人がまったくいない。 懐の時計は、2時を指していた。最も暑い時間だ。 皆、日光を避けて城の中にいるのだろう。 先ず王様に赴任の挨拶をしなければならない。 建物はいくつもある。どれに王様がいるのだろう。クリフトには皆目見当もつかなかった。 門の所まで戻って聞こうか?いや、自分で探そう。 別に急ぐわけでもない。それに、もう少しこの庭園を歩き回ってみたい。 そんな子供っぽい好奇心にクリフトは従う事にした。 夏の重たい空気の中を、花から花へと蝶が舞っていた。 静かだった。噴水の音も、遠くから聞こえるセミの鳴き声も、音として認識するにはあまりに景色に溶け込みすぎていた。 「あなたね?今日ここに来るって言う神官は」 少女の声が、静寂を破った。 クリフトは声のしたほうを見上げた。 傍らのヒノキの太い枝の上に声の主がいた。 その少女は、麻のワンピースに身を包み、木漏れ日に照らされながらこちらを見下ろしていた。 歳は自分よりも2つか3つは下のようだ。 栗色の髪に赤い瞳が印象的なかわいらしい少女だ。 「ああ、僕の事です。君もここで働いているの?」 「わたし?」 彼女は少し驚いた風に目を見開いた。 「私は・・・うーん。働いてるって言うのはちょっと違うような。まあ、でもそんなようなものかもね。」 身格好からして身分は高くなさそうに見える。 「僕が来る事、よく知ってましたね。」 「それはそうよ」 少女はさも当然というように答えた。 「この城にはこれまで何人も神官がいたけど、皆おじさんばかりだもの。若い子が来るっていうんで何日も前から噂の種になってたのよ。」 「そういえば、人が見えないけれどもどうなってるんでしょう?」 「アフタヌーンティーよ。皆でお茶を飲みながらくだらないおしゃべりしてるわ。」 彼女はそう言って悪戯っぽく笑った。 こんなことを言って大丈夫なんだろうか。 「王様に会うにはどこに行けばいいかわかります?」 「あっちよ」 彼女はヒノキの枝の上で立ち上がると、尖塔がいくつも並ぶ大きな建物を指差した。 「わかりました。色々と教えてくれてありがとう。」 クリフトは彼女の指差した方へと足を向けた。 すると少女がクリフトを呼び止めた。 「ねえ、あなた名前は何ていうの?」 「え、ああ、クリフトですけど・・・。あなたは?」 「私の名前?それは、秘密。」 「?」 「そんな事より行かなくていいの?王様を待たせたりしたら一大事よ。」 彼女の言葉を聞いて、クリフトは慌てて走り出した。 宮殿の入り口で名を告げると、クリフトは謁見の間に通された。 少女が冷やかしたような事態にはならなかった。王様はまだ部屋には居なかったのだ。 クリフトはそこで立ったまま待ち続けた。 王様が謁見の間にやってきたのは10分ほど経った頃だった。 左右に控えていた近衛兵は、田舎から出てきたばかりの少年などには視線もくれてやるものか、という風に澄ましていたが、 王様自身はクリフトにねぎらいの言葉をかけてくれた。 クリフトが王族と直に会うことなど、もちろん初めての事だったが、 今までに、王様というものに持っていた威圧的なイメージはそこには無かった。 クリフトは、抱えていたいくつかの不安の中の一つが杞憂に終わったことに安心した。 それからクリフトは聖堂に行き、同僚となる神父にも挨拶を済ませた。 少女の言うとおり、神父は50近い中年の男だった。 彼から神官が被る縦長の帽子を授けられた。 それを被った時、クリフトは身が引き締まるのを感じたのだった。 城内を歩くと、侍女や使用人の女が遠巻きに自分の事を見たり話したりしているのが気になった。 神父が言うには、彼女たちは常に退屈しているのだというが、クリフトにはよく解らなかった。 新参者がせねばならない面倒な種々の物事を片付けた頃には、太陽は西の空に沈もうとしていた。 ようやく一段落つけると、クリフトは宮殿のテラスで夕日を見ながら涼んでいた。 彼方に見える黒い林からヒグラシの物憂げな鳴き声が聞こえてくる。 この城でやっていくためには、神学や呪文に長けているだけではダメだということをクリフトは1日目にして痛感していた。 もっと世間を知らなければ・・・。 空が紅から群青に変わろうという時、ひとりの老人がクリフトに声をかけてきた。 「おぬしが赴任してきた神官かな?」 老人は、緑色のローブを身に纏い、その右手には樫の杖が握られていた。 禿げ上がった頭と、豊かなあごひげを持ち、小柄ながらも威厳を感じさせる男だった。 「わしは魔法使いのブライ。この城では姫様の教育係を任されている。」 「はじめまして。クリフトといいます。」 クリフトは背筋を正して答えた。今日何度目の挨拶だろうか。 「(最近の若者にしては悪くない返事だ、感心感心。)実は、我らが姫君、アリーナ様がおぬしに興味がおありでな。 おぬしと話がしたいと仰っている。すまぬが、姫様の部屋までご足労願えぬかの?」 「喜んで。」 クリフトは、そのブライに付き従って城内を歩いていった。 城内は夕食の準備で慌ただしく人が往来していた。 姫の部屋は、最上階の一角にあった。ブライが手の甲でドアをノックした。 「どうぞ」 中から返事がした。それから二人は部屋へと入っていった。 さすがは一国の王女の部屋である。壁には趣向を凝らした装飾がなされ、天井にもキラキラと輝くシャンデリアが吊ってあった。 例の姫は、正面のソファーに腰掛けていた。 彼女を目にした時、クリフトは度肝を抜かれた。 そこにいたのは昼間、ヒノキにのぼっていた少女だったからだった。 あの栗毛の少女が、今度は膨らみ袖のついた豪奢なドレスを着て目の前に座っているのだ。 「ブライは席をはずしてくれる?」 少女、いやアリーナが言った。 「わかりました。・・・しかし、姫様。私が見ていないからといって粗相をなさってはいけませんぞ。」 ブライはそう言って、部屋から出て行った。そうするや否や、アリーナはクスクスと笑い出した。 「驚いた?」 アリーナはさも楽しそうだ。クリフトは呆然としていた。 「驚いたなんてもんじゃありませんよ・・・。」 クリフトは思わず汗をぬぐった。これは昼間の汗とは違う。冷や汗である。 「あんな所で何をなさっていたんです?あの時言ってくれれば好かったのに・・・。」 「あはは。それじゃあ詰まんないわ。あなたを驚かせようと思ってたんだもん。」 「人が悪いです。」 クリフトはムスッとして言った。 「この事、お父様やブライには内緒よ。あんな格好で城外を歩き回ってたなんて知れたら大目玉だから。」 「それは・・・約束しかねます。」 「イジワル!」 アリーナは口をへの字に曲げて、声を上げた。 「そういう問題じゃないでしょう・・・。」 そう答えたクリフトだが、自分をじっとにらみつけているアリーナの妙な真剣さに思わず笑いがこみ上げてきてしまった。 これではもう、まじめに話など出来そうもない。 彼女の前では、肩肘を張って、大人ぶってみても全く通用しないようだ。 「わかりました。この事は、ブライ殿には黙っておきます。」 クリフトの言葉に、アリーナは笑顔で返事をするのだった。 そんなアリーナに微苦笑を禁じえないクリフトであったが、同時にこれほど愛らしい人もいないとも思うのだった。 出会いが人生を変えることは往々にしてあることだが、この出会いが二人の人生をどのように変えるかを知る者は誰もいないのだった。 窓の外に広がる初夏の夜空には、天の川が輝いていた。
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クリフトとアリーナへの想いはPart9 114 名前 歩兵  Mail sage 投稿日 2008/05/18(日) 00 28 16 ID cIC2pNtt0 はるかなる思い 1 アリーナ15歳 「すまん、アリーナ」 王は深々とわが子に頭を下げた。 「いいのです、お父様」 アリーナは穏やかに笑みを浮かべる。 「私だってこの国の王女。どれだけおてんばでわがままと言われようと、この国の ために何をすべきかわかってます」 「しかし、お前はこの国、いや世界を救ってくれた。すでに充分すぎるほどのことをして くれている。お前がイヤだと言うなら、わしは…」 「もうやめましょう、お父様」 アリーナの瞳は澄んでいた。迷いのない人間のもつ不思議な穏やかさをたたえていた。 「でも、約束ですよ。2年間は私の好きなようにさせてもらうって」 「うむ。好きにするがよい。夜な夜な男遊びを繰り返すとか、犯罪を犯さない限りは 私はもう何も言わん。思うがままに行動してよい」 「ありがとう。男遊びの趣味はないから安心していいわよ」 一瞬だけ、アリーナはかつての表情と口調に戻った。 翌日、アリーナはサントハイムを発った。 アリーナは世界中を旅した。モンバーバラで流行の芝居や踊りを堪能し、アネイルで 温泉に浸かり続け、エンドールで武術大会に飛び入り参加し、ミントスで水揚げ されたばかりの魚料理を食べつくし、ガーデンブルクで女性衛兵たちに武術を師範し、 ソレッタで村おこしの一環として「アリーナ」という名のパデキアの売り込みに協力して キャンペーンの先頭に立ったり…。 しかし、アリーナが一番輝いていたのは、やはり勇者、ライアンらとともに遠征軍を組織し、 デスパレスでの残党たちを討伐したことだった。自ら魔物たちと戦うアリーナの姿は、 まるで残りわずかな青春を燃やし尽くそうとするかのような激しさがあった。 そして、アリーナの傍らには、常に護衛として随行するクリフトの姿があった。 はるかなる思い 2 アリーナ 17歳 「エンドールのマイケル王子、サントハイムのアリーナ王女と結婚」 この知らせは世界中をかけめぐった。 マイケル王子はエンドールを離れ、サントハイムに婿入りする。 世界の強国であるエンドールとサントハイムが婚姻関係で結ばれたことで、世界は ますます平和なものになるだろうと、世間では好意的に受け止められた。 式典は両国で大々的に行われた。 マイケル王子は20歳。エンドールでは「図体はでかいが、頭が弱いんじゃねえの」と しばし陰で笑われていた。しかし式典ではアリーナが気品ある振る舞いで夫をたて 各国からは「似合いの夫婦」と好評を博した。 サントハイムに住居を移してからも、アリーナは一歩下がって夫を立て続け、仲睦まじい 夫婦として国民から愛された。 クリフトはサントハイムを離れ、ホフマンタウンの教会に赴任した。 自らの希望だった。 クリフトはそこでずっと神の教えを説き続けた。信心深い者もそうでない者もいたが、 クリフトは誰にでも分け隔てなく接し、人々から慕われた。 はるかなる思い 3 アリーナ 20歳 アリーナは男女の双子を出産した。 世界中はその知らせに喜び、平和を実感した。 夫マイケルは喋るのが苦手で、語彙が極端に少ない上にどもるくせがあった。 しかし公の場ではアリーナが終始夫をカバーし、惜しみない献身ぶりで立て続けた。 各国からは「美しく聡明な王女」と賞賛された。 クリフトはアッテムトの教会に異動した。 そこは想像以上に過酷な場所だった。 モンスターこそいなくなったものの、ガスは相変わらず噴出して人々を蝕んでいた。 クリフトが最初にしたことは、聖書を机の引き出しの奥に仕舞いこむことだった。 次の日から、クリフトの過酷な日々が始まった。 朝暗いうちから起きだし、鉱山に入る。そこでガスが噴出してくる場所に行って 土砂で埋めるのだ。この過酷な作業でクリフトの体調もかなり悪化したが、クリフトは やめなかった。 昼になると診療所を訪れる。今もガスで身体を悪くした者は多いが、それを治療する 人手が全くいなかった。クリフトは彼らを見舞い、勇気付け、出来うる限りの治療を 行った。 その後は近くの林に向かい、木を切り倒す。クリフトはここを開墾して畑にするつもり だった。危険な鉱山での仕事に頼らなくても、農業で何とか生活が成り立つように なれば、との思いだった。暗くなるまで斧や鍬を振るい続けた。 すっかり暗くなると、クリフトは教会の小部屋に戻る。そこで粗末な食事をし、 神に祈りをささげ、寝台に倒れこむ。それがクリフトの毎日だった。 過酷な献身を続けるクリフトの姿は、アッテムトの人々を驚かせるに充分だった。 周囲からは「そこまでしなくていい、あなたが倒れてしまう」と何度も忠告を受けたが、 クリフトは「困っている人を救うことが神の意思であり、私の喜びです」と穏やかに 微笑んだ。誰もがクリフトのその態度に感動した。 はるかなる思い 4 アリーナ 22歳 サントハイム王が崩御し、アリーナがサントハイムの女王に即位した。 アリーナは、わずか1日で喪服を脱ぎ捨て、翌日には政務についた。 「私は女王。悲しみに伏せっている状況ではありません」 その毅然とした態度はサントハイム国内のみならず、各国からも絶賛された。 国葬、即位式でもアリーナは完璧に自らの役割を果たした。 それに対して、夫マイケルはあまり公の場に顔を出さなくなった。 宮廷での噂によれば、ノイローゼ気味であるらしい。 クリフトの労苦が、徐々に実りつつあった。 アッテムト鉱山から有害なガスはほとんど出なくなり、体調を崩していた人々も 一人二人と社会へ復帰してきたのである。 クリフトの開墾した畑も、収穫があがりはじめた。おそらく来年か再来年のうちに 農業で生活していける者も出てくるだろう。 人々はみなクリフトに惜しみない感謝を送った。 クリフトもまた、人々を救えたことで感動していた。 「やっとアッテムトの人々の暮らしが落ち着いてきた。そろそろ、神の教えを説く という本来の職務ができそうだ」 そう考えていたクリフトだが、彼はほどなくロザリーヒルズへの赴任を命ぜられる ことになる。 はるかなる思い 5 アリーナ 25歳 夫マイケルは、宮殿にこもって全く外に出てこなくなった。 精神面でまいってしまったという。 アリーナは多忙な政務の傍ら、時間をみつけては夫のもとを訪れた。一切文句は 言わず、ただひたすら優しい笑顔で励まし続けた。 まるで天使のようだ、と宮廷での評判だった。 ロザリーヒルズに移ってすぐ、クリフトは病に倒れた。 アッテムトで無理を重ねた反動が来たらしい。 エルフたちの手厚い看護がなかったら、おそらくその生命の火は消えていただろう。 クリフトが数年後、やっとおきあがった時には、クリフトの体から肉は削げ落ち、 顔は痩せこけていた。 それでもクリフトは、再び職務を再開し、毎日献身的に教会の仕事をこなした。 エルフ、ホビットたちがその信者になった。 はるかなる思い 6 アリーナ 30歳 アリーナの治世により、サントハイムはますます繁栄した。 すでにエンドールとの間には絆が生まれていたが、アリーナはさらに世界中を飛び回り、 各国と友好関係を築き、平和を守った。 経済政策でも、王宮の役割を縮小し民にまかせる方針を掲げ、それにより民間に 活力がわきあがり国は栄えた。 しかし、いいことばかりではなかった。 アリーナの夫マイケルは、もはや宮廷の自室から一歩も出なくなっていた。 もともとエンドールでも精神薄弱の傾向があったらしく、年を経るにつれそれが 加速してきたようだ。 世間では「最高の女王、最低の婿」とはやされた。 それでもアリーナは夫に愛想を尽かすでもなく、少しでも時間があれば夫のもとに おとずれ、こまごまと世話を焼いた。 クリフトはエンドールに赴任した。 体はまだ充分癒えたとは言えないが、早朝から深夜まで精力的に職務をこなした。 エンドールは世界一の商業都市であり、「金さえ儲ければいいよ。宗教など知らん」 という拝金主義者が多かった。しかし、「それでいいんだろうか」と疑問をもつ者も 少数ながらいた。クリフトは辛抱強く神の教えを説き、人はお互い助け合う存在で あることを日夜語り続けた。 少しずつではあるがその教えは、エンドールの民の間で広まっていった。 はるかなる思い 7 アリーナ 35歳 サントハイムで、アリーナは5年後の議会の設立を宣言した。 王政はそのまま保存するが、実権を徐々に国民の手に移管していくのがアリーナの 考えだった。 国民は王室を慕っており、特に民主化の希望があがっていたわけでもないが、 あえてアリーナはそれが近代国家への道だと考え決断した。 世界からはその英断を称えられた。 その一方では、健康を害していた夫マイケルが、ついに病死した。 国葬が行われ、アリーナは全てを取り仕切った。 この時もアリーナは国葬の時以外は喪服をつけず、政務を執り続けた。 国中を飛び回って政務に勤しみ、夜は子供たちを育てるその姿に、近習たちは涙した。 クリフトはデスパレスに赴任し、司祭となった。 魔物の本拠地が取り壊され、ようやく人が住み始めたこの地方には、そもそも 教会すらなかった。 クリフトは自分で教会を建てることから始めなくてはならなかった。 さらに、奥深くには魔物の生き残りがまだおり、しばしば人を襲う事件が起こっていた。 クリフトはそのたびに剣を抱えて討伐に赴いた。以前の健康なクリフトだったら、目を つぶってでも倒せたような魔物たちと、クリフトは青色吐息で戦った。 そんな毎日に、クリフトの肉体はすっかり傷ついていた。 それでもクリフトは、魔物が出るたびに剣を手に取った。 人々はそんなクリフトを敬愛した。 掘っ立て小屋同然の教会の中で、信者は増える一方だった。 はるかなる思い 8 アリーナ 40歳 息子リチャード王子の成人を期に、アリーナはリチャードに国王の座を譲り、自身は 摂政となった。 ちょうど議会が設立され、サントハイムは議会君主制へと歩み始めた。 混乱もあったが、アリーナは改革には痛みを伴うものだと知っていた。 国の近代化のためには、それが必要なことだと信じた。 少しずつ、国は落ち着きを取り戻していった。 クリフトの今度の赴任地は、サントハイムだった。 20年ぶりの帰郷だった。 クリフトは司教となった。しかしクリフトに変化はなかった。ただひたすら、体の 不調に耐え神の道を人々に説き続けた。 王宮には一度も近寄らなかった。 はるかなる思い 9 アリーナ 45歳 アリーナは摂政職を退き、一切の公職から身を引くと宣言した。 国民からも国外からも、それを惜しむ声はひっきりなしに寄せられた。しかし国政では すでに新国王リチャードのもと、議会に権力が移り始めており、大きな影響は なかった。 アリーナは1人、静かに王宮の片隅へと移っていった。 クリフトは健康不良を理由に、神官職を辞した。 実際、この頃のクリフトは歩くのも困難なほどまで悪化していた。 大司教からも慰留されたが、クリフトの決意は固かった。 クリフトは1人、数十年をおくった教会を後にした。 はるかなる思い 10 季節が秋から冬へ変わろうとしている頃。 エンドール近くの小島、すっかり緑の消えた山道を、1人の男が歩いていた。 「今年の冬は寒くなりそうだな」 クリフトだった。しばらくの療養生活の後、ようやく外を歩ける程度には回復していた。 かつての精悍な顔立ちと頑健な肉体は、今はまったく面影をとどめていない。 ただし、瞳に宿る知性と誠実さはいささかも失われてはいなかった。 クリフトは足をひきずるように、王家の墓へと向かった。 「クリフト、来たのね」 入り口に先約がいた。アリーナだった。護衛もつけず、おしのびで来たようだ。 「陛下…」 「陛下はやめて。私はもう女王でも何でもない、ただのおばさんよ」 アリーナはころころと笑った。彼女もまた年相応の皺と脂肪をたくわえていた。 しかし、若い頃にはなかった落ち着きと深みもまた備わっていた。 「随分久しぶりね」 「あれから、もう30年がたっているのですね」 30年前。2人は何かにとりつかれたかのように世界中を飛び回っていた。 夢がまもなく終わり、現実が待っていると知っていたから。 せめて、今だけは短い夢を楽しみたいと思っていたから。 それから30年。2人は国のために、人のために、自らを犠牲にして働き続けた。 2人はその過ぎていった歳月に、しばし思いをはせた。 はるかなる思い 11 ここは王家の墓。エンドールの王族及び皇族たちの眠りの場。 アリーナはそれぞれの墓前で祈りを捧げた。クリフトもそれにならった。 「お父様…私、女王として精一杯尽くしました。褒めていただけますか」 「マイケル…子供たちは立派に育ったわ」 「ブライ…おてんば姫だった私だけど、国を思う気持ちは負けなかったわ」 墓参りを終え外に出たときは、すでにすっかり陽は落ちていた。 「じゃあ、帰ろうか」 2人は船着場まで向かい、そこからサントハイム向けの船に乗った。 夜の帳の中、船はゆっくりとサントハイムに向かう。2人は船上で備え付けの 椅子に並んで座り、しばらく無言で暗い海を見つめていた。 「クリフト、これからあなたどうするの」 サントハイムの街の灯が近づいてくる頃、アリーナが口を開いた。 「はい、しばらくは療養に専念するつもりです。体調のいい時には教会に来て、 神の教えを広める手助けができればと」 「私も、そろそろ王宮を出ようと思うの。国はリチャードと議会にまかせておけば 大丈夫」 「そうでしょうか。まだまだアリーナ様は必要なお方だと思いますが」 「いつまでも、私がいたんじゃ皆のためにならないわ。子供たちも成人したし。 それに、必要な時にはいつでも会えるしね」 はるかなる思い 12 そして、アリーナはクリフトの方へ向き直って言った。 「どう、クリフト。私と暮らさない?」 クリフトの目は点になった。 「わ、わわわ私とですか」 「何驚いてるの。私を好きだって言ってくれた気持ちはもうないの?」 アリーナの悪戯っぽい言葉に、クリフトはあわてて首を振る。 「そんなことはありません。私の気持ちはずっと変わりません。でも、私でよろしい のですか?」 アリーナは直接は答えず、海を見ながら言った。 「マイケルとは政略結婚だったけど、それは最初から決まっていたこと。あの人は 弱い人だったけど、やさしかった。愛してはいなかったけど好きだった。もしも 病気で死んだりしなかったら、ずっと添い遂げるつもりだった。だけど、子供たちも 立派に育ったし、もう10年たった。あの人も許してくれると思う。 私がクリフトを愛してたのかどうかは、正直自分でもよくわからない。でも、ずっと 私にとっては一番大切な存在だった。マイケルには悪いけどね。辛い時には いつも、あの結婚前の旅を思い出してた。あれが心の支えだった。クリフトは 私でいいの?」 「いや、いいも何も、私はアリーナ様にお仕えすることが最大の喜びでした」 「じゃあ決まりね。小さな家を借りて2人で住もう。あ、一応言っておくけど籍は 入れないわよ。子供も無理、跡目争いにでもなったら大変だから」 「はい、それはもちろん」 「しばらく静養していいお医者にかかれば、きっとクリフトの体調もよくなるはず。 そうなったらまた2人で、世界を旅行しようよ。これまで2人とも身を犠牲にして 働いてきたんだから、少しくらい楽しんでもいいよね」 「はい、姫さま」 20年ぶりにクリフトがアリーナをそう呼んだ時、ちょうど船がサントハイムに 到着した。 アリーナは立ち上がって手を伸ばした。クリフトがおずおずとそれを掴んだ。 こうして2人は、遅れてきた青春の光に向かって歩き出した。 (了)