約 1,205,861 件
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/10.html
2006/06/30(金)投稿 「おいで、強姦魔……。 遊んであげるわ」 いつもの梨花ちゃんとは思えない大人びた口調。その目には、艶やかな光があやしく灯っていた。 こんなにも幼いのに、その瞳にはまるで熟女のようないやらしさが感じられる。 「り、梨花ちゃん……」 ゴクっと生つばを飲みこむと、俺は我慢できずにズボンを降ろしていった。 めったに人の来ない校舎裏とはいえ、ここは学校の敷地内。 おまけに遠くからはまだ鬼ごっこを続けている生徒……レナや魅音の声もしているというのに。 迷うことなく、その色っぽい少女の前に勃起したペニスを露出させる。 「ハァ、ハァ……梨花ちゃん、お、俺……」 息を荒げながら、すでに大きくなっているものをググっと梨花ちゃんの顔に近づける。 彼女の吐息がかすかに亀頭にかかり、くすぐったいような刺激が走る。 「ふふ……まさかほんとに出すとはね?」 信じられない男……とでも言うように、梨花ちゃんはフンッと鼻を鳴らした。 そして俺を見下すような目つきで、目の前に迫ったペニスをジロジロと見つめてくる。 「もうビンビンじゃない……見られただけで、こんなにおっきくさせちゃって……」 「……う……」 まるで女王様のような目で、言葉で……俺の勃起したペニスを罵倒する梨花ちゃん。 その熱っぽい瞳で視姦され、いやらしい言葉で罵られるだけで……それがピクピクとうごいてしまう。 「ふぅん……圭一は罵られて感じるの? こんなにヒクヒクさせて……」 「う……うぅぅ……」 「こんな小さな女の子に罵倒されてるのに、それでも興奮してるのね……このマゾのドスケベ」 「あぁ……り、梨花ちゃん……もっと……」 更に汚く罵られて、ペニスがビクビクと喜びに打ち震える。 もっと見て欲しい、もっとイジメて欲しいと思いはじめたとき……ペニスにシュルリと細いものが巻きついてきた。 柔らかくしなやかな、指の感触。 梨花ちゃんのもみじのようにかわいい手が、俺の大きくなったペニスを握り締めていた。 「あぁ……り、梨花ちゃんの手が……ちっちゃな手が……」 「こうして欲しかったんでしょ? スケベな圭一……」 大人っぽい声でささやくと、彼女は手にしたペニスの感触をニギニギと確かめる。 ガチガチに硬くなったそれは指を飲み込まず、ただ血管をドクドクと浮き立たせて張り詰めているだけだった。 「すごくカッチカチ……もう出ちゃいそうに見えるわよ? もう出るの? 射精しちゃいそう?」 「あぁ……そ、そんなふうに言われたら……」 「だってもうこんなにパンパンなんだもの……ほんとはピュッピュッってしちゃいそうなんじゃないの?」 何度も聞き返してくる梨花ちゃんに、おもわずほんとに出しそうになるのをこらえる。 歯を食いしばってグっと絶える俺を、主導権をもっている彼女がクスっと笑いながら見ている。 「ふふ……ところで圭一は、『どっち』の方がいい?」 「…………?」 『どっち』というのはつまり、普段の梨花ちゃんと今の大人びた梨花ちゃん。 そのどっちでされるのがいいか、ということなのだろうか。 気持ちよくしてくれればどっちでも……と思った俺はこう答えた。 「……両方」 「ふふふ♪……欲張り」 まるで姉がわがままな弟にするように言うと、梨花ちゃんはだんだんと表情をやわらげていった。 いつものような子供の顔つきになって……俺のペニスを弱々しく見つめてくる。 「とってもおっきいのです……。 圭一はボクみたいな子にハァハァする、悪い子さんだったのですか……?」 何事もなかったように、梨花ちゃんはそのままペニスに添えた手を小さく動かし始めた。 つかんでいる指をやんわりと上下に動かし、ペニスの竿をシュッシュッシュッと擦る。 「う、うあ……き、きもちい……」 「こう……? こうすればいいのですか? こうして……おちんちんをクニュクニュすればいいのですか?」 何も知らない少女のふりをしても、手つきはちょうどペニスがきもち良くなる速さでシゴかれている。 おまけにプニプニした未成熟な手の感触も、たまらない快感をもたらしている。 「く……そ、そう、梨花ちゃん……そうしてもっと早く、こ、こするんだ!」 「み、みぃ……圭一、少し怖いのです……」 興奮してつい大きくなった声に、梨花ちゃんは怖そうにフルフルと震えはじめる。 自分の腕ほどもある醜悪なペニスを、怯えるように手でシゴいていく……。 「ボ、ボク、ちゃんと言うとおりにシコシコするのです……だから怒らないで……」 少し涙目になりながら、がんばってシュッシュッとペニスをしごく梨花ちゃん……。 わざとやっているのかもしれないとは思ったが、それでもそのか弱い仕草はどことなく背徳感をそそられる。 そのまま彼女の体の目線を下げていくと……凹凸のまったくない、ぺったんこな体操着が目に入った。 「梨花ちゃん……こ、ここも見せて……」 変質者のような気分になり、俺は彼女の体操着に手をかけていた。 「み、みぃぃ……圭一、そ、そんなとこ見てはダメなのです……」 嫌がる梨花ちゃんの手を払いのけ、ピラッと体操着をめくる。 ブラなんてまだしてるはずもなく、ツルツルの素肌とその上の突起がすぐに現れた。 まったく膨らんでいない胸に、もうしわけない程度にちょこんと乗った……ピンク色のかわいい乳首が。 「あぁ……とってもかわいいよ、梨花ちゃんのおっぱい……」 その誰も触れたことのないような美しさに、我慢できずに手を伸ばしていく。 「みぃ! さ、さわっちゃダメなのですよぉ……あ、あぁん……」 両手の人差し指で、コリコリっと両方の乳首を転がしていく。 かすかに硬くなっているそこは、指の先にしっかりと反応するように刺激を返してきた。 「ひゃん! ……ダ、ダメです、そんなに弄ったらイケナイのですよぉ……」 「でも梨花ちゃんのおっぱい、すごくピンピンになっちゃってるよ?」 「み、みぃみぃみぃ! そ、そんなことはないのです……圭一のイジワル……あ、あん、あん!」 俺の恥ずかしい言葉に、イヤイヤと首を振る梨花ちゃん。 そのかわいらしい仕草に、俺は更にたまらない興奮をおぼえていく。 それに合わせてドクドクとペニスも動き増していく。 「あ……け、圭一のおちんちん、またおっきくなったのです……」 いまにもおヘソに付きそうなほど反り返るそれを、梨花ちゃんは両手でいっしょうけんめい握りなおす。 右手で亀頭のすぐ下を、左手を根元のほうに添えてグッグッグッと上下に動かす。 「うく! り、梨花ちゃん……い、いいよ……もっともっと強くして!」 「みぃ……でもこれより強くしたら……ズキズキで痛い痛いなのですよ?」 「い、いいから……痛いくらいにしていいから、も、もっと……」 俺のお願いに、梨花ちゃんは更に手の動きを速めていく。 ペニスを包んでいる包皮を亀頭の上にまで伸ばし、それを今度は一気に根元まで降ろす。 それを短い間隔で何度も何度も……シュコシュコシュコと卑猥な音をさせながらペニスをシゴいていく。 「ん、はぁ、はぁ……け、圭一……おちんちんがピクピクでドキドキなのです……」 「う、うん……梨花ちゃんの手がきもちいいから……お、おちんちんからミルクが、で、出ちゃいそうだよ」 徐々にペニスの根元に集まってくる疼きに、亀頭の先がビクビクと震えていく。 梨花ちゃんは激しくなる手の動きに息をはずませて、そのハァハァとペニスにかかる吐息も射精を近づけていく。 「はぁ、はぁ……こ、ここから……このさきっぽの割れたところから出るのですか? 圭一のミルク……」 「そ、そう……だからこのまま、このまま梨花ちゃんの手で……手の中で!」 下半身を震わせながら、射精まぢかの快感におもわず腰を前に突き出していく。 目の前の梨花ちゃんも興奮したように顔を赤らめ、ペニスの射精をいまかいまかと待ちわびているように見えた。 「はやく、はやく見せてほしいのです……。 圭一のおちんちんがピュッピュッってするとこ……ボクに見せて……」 「で、でるから……もうすぐ俺のミルクで、でるから!り、梨花ちゃん、み、見てて!」 根元に集まっていたものが尿道をかけあがり、亀頭の中をドクンッと突き抜ける。 そして、いますぐ射精するといった瞬間……梨花ちゃんは俺の目を見ながらそっとささやいた。 ゾクッとするような……きつい目つきで。 「…………ほら……とっととイっちゃいなさい。 このロリコンのド変態……」 「!?……あ、あうぅぅぅ!で、でるぅぅぅ!」 最後の最後でまた罵られ、俺は最高の興奮の中で達していった。 ペニスが上下にビクンビクンと動き回り、亀頭の割れ目から溜まっていたものを射精していく。 ピュ!ピュピュゥ!ピュウゥゥッッ! 最初にピュッピュッと透明な液が排出され、その後にドパドパとゼリーのような濃い精液がせめぎ合うように飛び出してきた。 ドビュゥ!ドビュゥッ!ドビュウゥゥッ! 「あ、あぁ! 梨花ちゃん!梨花ちゃん!梨花ぁ!りかぁぁ!」 射精の快感から、俺は狂ったように彼女を恋人のように叫ぶ。 その梨花ちゃんは、目の前で行われているペニスの射精をとても落ち着いた目つきで見つめていた。 「ふふ……圭一の、たくさんザーメン出してる……」 自らの体にドロドロとした臭い液体がかかっていくのもかまわず、青い髪の毛、愛くるしい顔、桃色の唇、ぺったんこな胸。 体操着やブルマにまで飛び散る精液を、避けることなくビチャビチャと全身に浴びていた。 「すごい……圭一の匂いが……たくさんついちゃう」 「う、うぅ……あぁ……梨花、梨花……ちゃ……ん……」 「……終わった?」 しばらくして射精がおさまると、梨花ちゃんは体に付いた精液に目を移していく。 胸に付いたひときわ大きな塊をすくうと、そのヌルヌル感を味わうように指と指で擦り合わせる。 「こんなにいっぱい濃いの出しちゃって……圭一、よっぽど興奮したのね?」 「…………うん」 射精後の気だるさと恥ずかしさから、俺はただそれしか口にできなかった。 こんな小さな女の子に、イタズラして手コキをしてもらった……。 その背徳感と快感が入り混じった感覚に、俺はめまいのような余韻に浸っていた。 「ねぇ……今度は、口でしてあげようか?」 そう言って妖しく微笑むと、梨花ちゃんはペロリっと唇についていた精液を舐め上げた。 そのしぐさ……そのいやらしいしぐさだけで、俺の余韻はふたたび熱いものに包まれていくのを感じた。 「ぜ、ぜひおねがいしまっ……!」 「ああごめん、やっぱりもう無理みたい」 「え、ええ!?……そ、そんな……」 「だってほら……聞こえるでしょ?」 梨花ちゃんがチラっと遠くを見るような合図をする。 するとどこからか、聞いたことのあるような声が聞こえてきた。 「圭一くぅ~ん! 梨花ちゃ~ん、どこ~? もう鬼ごっこ終わりだよぉ~~!」 遠くから、レナの俺達を呼ぶ声が聞こえる。 時間になっても帰ってこないので、心配して探しにきたらしい。 いまほどレナが恨めしく思えたことはない……。 「……もし……」 がっかりしている俺に、梨花ちゃんが何かを思いついたように口を開く。 「もし私が……これから泣きながらレナのところに走っていったら、どうなると思う?」 イタズラっぽく微笑みながら、梨花ちゃんは俺をじっと見据えて言った。 もし……もしいま梨花ちゃんが泣きながら……レナのところに行ったら? 彼女の言った言葉を、そのまま頭の中で想像してみる。 怯えるようにみぃみぃと泣きながら、レナの胸に抱きついていく梨花ちゃん。 何事かとレナがその体を見ると、体じゅう汚されるように付着した液体……。 半脱ぎにされた体操着に、泣きじゃくる顔にまで真っ白な精液が張り付いている。 そのツンとくる独特の匂いに、何かを思い出すレナ……。 「梨花ちゃん……そ、それって……」 「そう、圭一は晴れて性犯罪者ね……クスクスクス♪」 「じょ、冗談……だよ、ね……?」 冷や汗をかく俺に、梨花ちゃん……梨花?はクスクスとただ笑うだけだった。 二重人格なのか、それともどちらかが演技なのかはわからない。 でも俺は、いつのまにかこの二つの梨花ちゃんに翻弄されるのを望んでいるようになっていた。 特に梨花の罵倒してくる言葉は……思い出すだけでゾクゾクとしたものが背中を駆けめぐる。 「あ、あのさ……梨花ちゃんって……」 「ほら、圭一♪ はやく行かないと、レナがみぃみぃ泣いてしまうのですよ?」 うってかわり、にぱにぱ笑顔を見せる梨花ちゃんが俺の言葉をさえぎる。 そしてそのまま校庭の方へと、グイグイと俺の手を引っ張っていった。 この日以来……俺の梨花ちゃんを見る目が変わったのはいうまでもない。 Fin
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/328.html
2007/11/09(金)投稿 睡眠薬入りシュークリームが必要です。 d オレンジ色の黄昏を過ぎ、夜の暗闇に包まれたゴミ廃棄所。 ゴミ山と呼ばれたこの地にぼんやりと浮かぶ一つの光源。 「みぃー・・・。レナ、ボクはもうおうちに帰らなくてはならないのですよ。」 「ダメダメ、ダメーっ!今日は、梨花ちゃんをずーっとお持ち帰り続けるって決めたんだから!」 「・・・みぃー・・・。」 まるで駄々をこねる子供のようなレナの態度に梨花は辟易していた。 そう、ここはゴミ山にある一台の廃車の中。レナの秘密の隠れ家として使われていたこの車に、梨花は連れて行かれたのである。 「それにね梨花ちゃん、今日の部活はレナがトップで梨花ちゃんがビリだったんだよ?勝者の言うことは絶対服従、じゃなかったのかな?」 この日の部活は、レナの1人勝ちであり、梨花はレナに持ち帰られるという罰ゲームを下されたのだ。 「それはそうなのですけど・・・もうこんな時間なのです。家で沙都子が待っているのです。早く帰らないと、心配を掛けてしまうのですよ。」 梨花は独りで住んでいるのではないのは周知の事実。沙都子と梨花は2人で暮らしているため、一人が帰ってこないと家にいるもう1人に多大な迷惑がかかってしまうのだ。 「大丈夫だよ梨花ちゃん!今日の炊事の当番は沙都子ちゃんなんでしょ?だったらもう少しぐらいはここにいてもいいでしょ?」 「みぃー・・・」 どうして今日の炊事の分担なんか知っているのだろう。梨花はもう少しここに拘束されるだろうと悟り、心の中で沙都子に謝罪した。 「・・・分かりました。もう少しだけなのですよ。レナ。」 「それじゃあ、次は何して遊ぼうかなぁ。」 「レナが決めてくださいです。もうこの際ボクはレナの従順な奴隷になるのです。」 「はうぅ~もう梨花ちゃんはレナの奴隷さんなんだね。……じゃあ梨花ちゃんにはこれを付けてもらうね。」 レナが取り出したのは黒色の猫耳のカチューシャだった。隠れ家と化したこの廃車の中にはどうやら学校にもないコスプレグッズが数多く存在しているようだった。部活にも使うことないようなグッズをレナは大量に隠し持っていたのである。 「・・・よくもまぁ、こんなにも。フッ、少し呆れてしまうわね・・・」 「…えっ・・・り・・かちゃん?」 「・・・何でもないのですよ。・・にぱ~。」 梨花の目にわずかに宿る漆黒をレナが感じ取ったのは定かではない。 「はうぅ~。猫耳てのはちょっとオーソドックスだけど、やっぱり梨花ちゃんは何を付けてもかぁいいねぇ~!!」 観念したかのように猫耳を梨花は付ける。その目にわずかな軽蔑の色を澱ませながら。 それに気が付かないレナは恍惚の表情で目の前の黒い子猫を見つめる。その視線はまるで罠にかかった小動物を見るかのような欲情に溢れたものであった。 「・・・みぃー。そんな目で見ないでくださいです。もうボクは捨てられた可哀想な子猫さんなのです。にゃ~にゃ~。」 「・・ん、はぁぁ・・・梨花ちゃんすごい・・・いいよ。」 厭らしい目つきで梨花の一挙手、一挙動をなまめかしく視姦するレナ。 「梨花ちゃんのこんな姿をこんな近くで見れるなんて・・・」 その姿に学校で見るような快活さはもはや無かった。 「やだ・・・レナ・・・もうこんなに・・・」 これまでの世界で見てきた健勝な青い炎は微塵も見られない。 「はぁ・・ん、り、かぁ・・・はぁ・・・ダメ・・もう耐え・・られ・・」 下半身に言い表せない程の熱い血潮の奔流を感じる。 じっとりとしたそれはレナの心身を徐々に蝕んでいく。 そこにあるのは剥き出しになった漆黒の濁った欲求だけだった。 「・・・世界が一つ変わるだけでこんなにも変わってしまうのね‥。」 目の前にいる自らの欲望に支配された少女を冷徹な目で見つめ、つぶやく梨花。 「ぇ・・・あっ、り、梨花ちゃん、ご、ごめんね。」 さすがに梨花の視線に気が付いたの平静さを取り戻すレナ。 「はうぅ~・・梨花ちゃん・・・あの・・・機嫌損ねちゃったかな・・・ごめんね!こんな遅くまで引き止めちゃって・・・もう家に帰らないとね・・・沙都子ちゃんが心配するもんね・・・」 梨花の目に宿った冷たい色、初めて見るそれに戸惑いを隠せないレナ。 早く帰りたい、そんな思いが梨花にそうさせたのだとレナは感じた。 梨花の真意など知るはずも無く。 「にぱ~。大丈夫なのですよレナ。・・・……ボクはそんなこと少しも思ってないのですよ。」 子供を諭すような目で梨花は言った。 「さぁレナ。」 表情を変えるレナ。 「…早く続きをやりましょうです。」 レナの表情は再びあの漆黒の欲求に染まり始めていた。 「それじゃあ、どうしようかなぁ・・・。・・・はぅ~、いいこと思いついたよ梨花ちゃん。」 「何ですかレナ?」 「レナ、梨花ちゃんのお母さん役の猫さんになるね!」 黒い視線を投げか掛けるレナ。 「みぃー・・・」 席を立ち、廃車の奥から梨花の付けているものとは対照的な真っ白な猫耳持って来るレナ。 「んしょっと、どう梨花ちゃん、似合うかな?」 白い猫耳カチューシャを付け、梨花に見せびらかす。 「とってもとっても似合ってますのですよ。」 白猫から黒猫が果たして生まれてくるのであろうか。梨花の疑念は泡沫の様に浮かび、そしてすぐに消えていった。 「…とってもとっても美人のお母さんを持ってボクはうれしいのです。にゃーにゃー。」 「は・・・うぅ、梨花ちゃん、…すごい・・・。・・・て、えっ!?」 レナは虚を突かれた。いきなり梨花がレナの胸元へ飛び付いてきたのである。 「にゃあん・・・大好きなのですよ・・・お母さん・・・」 「あぅ、・・・梨花ちゃん・・・あっ、はぁ・・・はぁぁ・・・」 目の前には黒の猫耳をつけた小さな少女。 自分の胸元にある小さな紅葉の様な手。 自分を呼ぶ甘い少女の声。 流水のような黒い艶のある黒髪。 学校帰りでまだ風呂に入っていない梨花から放たれる甘美な体臭。 触覚、視覚、聴覚、嗅覚。 味覚を除いたレナの五感は目の前にいる小さな子猫に奪われていた。 「・・・はぁ・・はぁはぁ、くぅぅぅ・・・んん・・・。り、梨花・・・ちゃん・・・」 潤んだ目で自分に抱きついている梨花を厭らしく視姦するレナ。 それと同時にレナの手は欲望に導かれるまま梨花のか細い首筋や小さな背中を撫で回す。 シュル、スッ、シュルル 梨花の制服のブラウスが衣ずれの音を放つ。艶めかしい音がレナの耳孔を犯していく。 同時に顔を、梨花の髪の毛側頭部付近、耳の上側の比較的においが強いであろう部分にうずめ、しきりにそのにおいを嗅ぐ。 梨花の、未成熟の青い果実のにおいをレナは焼き付けようとする。 その鼻腔に、その脳裏に。 「・・・にゃーにゃー、お母さん、ボクはお腹がすいたのです。にゃーにゃー。」 突然の梨花の問いかけに少なからず狼狽するレナ。 「・・・はぁはぁ・・・!?えっ、お腹、が・・・って。」 快楽に浸っていたレナを見つめながら梨花は問いかける。 「ボクは・・・お母さんのミルクが飲みたいのですよ。・・・・にゃあ・・・・にゃあ。」 「・・・り、かちゃん。ミルクを飲みたいって、どういう・・・ことかな・・・」 自分の性癖が発覚したのではないかと感じたレナだったが、そうではないことを悟り自分の欲求を抑えながら梨花の問いの真を求めた。 「言ったとおりなのですよ。ボクはレナのミルクを飲みたいのです。」 一段と早まりつつある心臓の鼓動を抑えながら、レナは声を震わせながら言った。 これから起こるであろう甘美な光景を思い描きながら。 「・・・子猫ちゃんは・・・どうやって・・・ね・・・梨花ちゃん。お母さんの・・・ミルクを飲むのかな?」 「みぃー・・・そんなことも分からないのですか?・・・ダメな母猫なのです。」 梨花の言葉を一つも逃さないように聞き入るレナ。 やがてプルプルとした小さな唇から紡ぎ出されていく魅惑の言葉。 「小さな黒い子猫さんは」 頬を上気させ食い入るように梨花を見つめる。 「お母さんの・・・」 「はぁ・・・はぁ・・・お、お母さんの・・・?」 「おっぱいからミルクを飲むのですよ。にゃーにゃー。」 にんまりとした笑顔を見せる梨花。 欲望にまみれた笑いを貼り付けるレナ。 「・・・そうだね、お母さん猫はちゃんと・・・・・ お腹のすいた、かぁいい娘におっぱいをあげなくちゃね・・・・」 レナは自らのセーラ-服たくし上げ、レモンイエローのブラを上方にずらしていった。 あらわになる小ぶりだが形の整った白色の乳房。今から始まるであろう享楽のためであろうか。レナの荒い息遣いとともに二つのふくらみは大きく収縮している。 二つの丘にちょこんと付いたピンク色の突起は、すでに痛々しいほど隆起していた。 「・・・さあ梨花ちゃん、いっぱい、・・・ハア・・・ん、ハア・・・いっぱい吸っていいんだよ」 自分の胸をさらけ出しながら、梨花を催促するレナ。その眼は既に艶やかに潤んでおり、レナの肉欲にまみれた心情を鮮やかに映し出していた。 「・・・それじゃあ、遠慮なくいただきますのです」 そう言うと梨花は即座にかつ直接、左の乳首に吸い付いた。 「・・・っはぁぁあ!・・・んん、くぅぅん・・・!」 躊躇のない梨花の行動に、体を震わせて喘ぐレナ。彼女を襲う強烈な快感は痺れとなって全身を駆け巡って行った。 「とってもおいしいのですよ、お母さんのミルク。・・・・・・にゃあ、にゃあ」 ちゅく、・・・ちゅっちゅうぅぅ、・・・ちゅぽちゅぷん・・・ 授乳とは決して思えない卑猥な音を立てながら、レナの洋梨形の乳房にむしゃぶり付く。 「・・・んんん・・・ん・・・はあ、はあ。そう、でしょう。いっぱい、もっと・・・はぁん・・・強く、吸ってもいいんだよ・・・」 「もっと強く吸ったら、ミルクいっぱい出てくるのですか?」 上目遣いにレナを見る梨花。黒い大きな瞳に見つめられてレナの快感はいっそう深いものになる。 「・・・はあ、はぁ。そうよ梨花。だからもっと・・・ね?」 我が子を呼ぶように梨花を呼び捨てにするレナ。更なる快楽を味わいたいと願うレナの精神が無意識のうちにそうさせたのかもしれない。 「・・・・・・・・・」 しかし一瞬、梨花の目が冷酷な光を携えた。全てを見透かすような漆黒の光。 眼に漆黒を宿すとともに、再び梨花は目の前にある双丘の一つにむさぼった。 「ううっ、ん・・・!!、うふぅう!・・・んん、あっくぅはぁあああんっっっ!!!・・・」 先ほどとは段違いの快楽がレナを襲う。 ちゅうううう、ちゅるっ!ちゅぱぱ、ずちゅちゅ・・・ちゅぼぉぉう! 梨花は先ほどよりも強く吸い、レナの乳首をコロコロと舌で転がしていく。 乳頭の周りの乳房には目も暮れずただ乳首だけを重点に攻めていく。・・・ちゅく、ちゅく 愛撫している乳房から漏れる水音とは別の場所からもう一つの淫靡な音が聞こえる。 見るとレナは内ももをこすり付けて、疼く下半身の快感を得ているようだった。 「フフフ・・・もう耐えられないのね、私の愛撫が・・・いいわ連れて行ってあげる・・・」 梨花がそうつぶやくと、乳房から口を離し、右手をレナのスカートの中にさっと潜り込ませる。 「んんん?!り、梨花ちゃん・・・?」 「もういいでしょ・・・?レナ・・・。それにしても・・・あなたがこんな淫乱の変態女だったとは・・・思いもしなかったわ。しかも、あきれちゃうぐらいのねぇ・・・」 豹変する梨花の態度に明らかに狼狽を見せるレナ。 「り、梨花ちゃん・・・いきなりどうしちゃ・・・・ひゃあん?!」 潜り込んだ梨花の手がレナの秘所をパンティ越しに蹂躙する。 「もう本性をさらけ出しなさいな・・・レナ、あなたのここが雄弁に語っているわよ・・・。・・・フフ・・・もうこんなに漏らしちゃって」 梨花の指はぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てている。 「んくぅ!!・・・はぁぁぁあ・・・ん梨花ちゃんそこはだめ・・・えぇ・・・」 冷たい目でレナを見据えたまま、今まで溜まっていた疑問を投げかける。無論、手を休めることなく。 「そのまま聞きなさい・・・レナ。あなたそうして私を執拗に追い回すの・・?学校にいるときだってそう・・・授業中、私のことを舐め尽くすような目で視姦したり・・・かわいいかわいい連呼して私の体にやらしく触って来て・・・そういえば沙都子にも同じようにしていたわね・・・」 「んん・・はあ・・・はぁ、そ、れは・・・」 ぐしゅ、ぐしゅり・・・ 梨花はレナを激しく攻め続けた。言葉と指で。 「フン、気が付いていないと思っていたの?・・・で、まさかあなた、私や沙都子みたいな女の子に発情するロリコンだったの?」 「はっ・・・ふぁあ・・・り、梨花ちゃ・・も、もっと・・・」 自分の性癖が発覚してしまった羞恥と容赦なく注がれる軽蔑が混在し、レナはあろうことか、今までで最大の快感を覚えるようになった。 「・・・早く言いなさいよ、・・・この淫乱。」 冷徹かつ静かに梨花は貶した。同時にパンティ越しだった愛撫は布地の横から指を探りいれ秘所に突き立てる愛撫へと変化していた。 「・・・あ、くううぅん!!!…レ、レナは…!」 「…レナは…何?」 レナを嘲笑しながら、いたづらっぽく問いかける。 「・・・はぁん!レナは・・梨花ちゃんみたいな…小さな・・・あっ、女の子にしか・・・・・興味の無い・・・い、い、淫乱なのぉぉ!!」 「アハハ!…そう。恐ろしい子ね・・・同年齢の男子が聡史しかいなかったからって、私や沙都子みたいな小さな…しかも自分と同じ女に興味を持つなんて…学校のみんなが知ったらどうなる事やら・・・。んふふふ・・・」 「・・・はぁ、はぁ。り、梨花ちゃんもっと・・・んくぅっ!・・・も、もっと罵って・・・ね?」 恍惚な表情を浮かべる梨花。その目に漆黒を携えながら・・・黒い猫耳のカチューシャが妙にこの場に映えている。 もうレナには自らの快感貪ることしか頭に無い様子であった。 「欲張りな子…フフ・・・いいわ。正直に言ったご褒美ね・・・、イかしてあげる」 「り、梨花ちゃん・・・」 梨花はレナのスカートをめくり上げるとびしょ濡れになった秘所に顔を近づける。 「すごい洪水ね、こんなの漫画や小説の世界の事だとしか思っていなかったわ」 事実、レナのレモンイエローのパンティはすでに濃黄色へと自らの愛液によって厭らしく変化していた。 愛撫していた指を引き抜き、レナの目の前に掲げる。指を擦り付けるようにし、そのまま指を開く。 ぬらぬらと光る粘液が梨花の指の中で怪しく糸を引く。 レナはもはや焦点の定まらない瞳でぼんやりと自分の垂れ流した愛液を見つめている。 梨花はレナのクリトリスに触れてしまうほど自分の顔を近づける。 「ここがあなたの・・・フフ・・・すごい充血してるわ・・・まるで今にもはちきれそうなぐらい・・・やらしい…」 わずかに漏れる梨花の吐息がレナのクリトリスをくすぐる。繊細となったレナのそれはわずかの刺激も逃そうとはしない。 ピクリ、ピクリとレナの萌芽が震える。 「そんなにヒクつかないでもいいのよ・・・レナ。ちゃんとしてあげるから・・・」 「梨花ちゃん・・・もう、もうレナ・・・・ん・・・く、が、我慢できないの。だから・・・」 レナは涙を浮かべながら懇願する。 梨花は動きを止めていた指を急激に動かし始める。これまでに無い激しいピストン運動がレナを襲う。 「!!ん、くはぁぁぁぁぁっ!ん!ん!あん!あぅ・・・くううううううんん!!」 「もっとしてあげるわ・・・レナ・・・!!」 充血したクリトリスに突然梨花は吸いついた。先、レナの乳房を吸ったよりも強くしなやかに。 「!?んああああああああ、いやああっ、もうだめええええ吸っちゃ駄目え!!!レ、レナ、もう・・もう・・・!!」 レナの願いを無視し梨花は愛撫を行い続ける、執拗にかつ気味が悪いほど丁寧に。 「ん!ん!んんんん!!!!駄目っ来ちゃう!!梨花!!来ちゃううううう!!!」 「・・・・とっととイきなさいよ・・・このロリペドの変態レズ女・・・」 レナの耳元で鋭利で冷淡な最大限の罵りを投げ掛ける。 「やぁっぁあぁあっぁ!!イくぅう!イっちゃうううっぅうぅっぅう!!!!」 プシャアアアアアアアアアアアアアアア!! 大量の潮を吹き、腰を痙攣させながら横ばいに倒れていくレナ。 絶頂の瞬間に罵られ、その快感が何割にも増したのである。それがレナを失神たらしめた。 「失神するほど良かったのね・・・レナ・・・」 頬をわずかに上気させた梨花が倒れたレナを見下す。 梨花の指にたっぷりとついた付いた愛液を嘗め尽くす。 「ちゅ、ちゅぷ…フフフ・・・快楽に身を任せるのも面白いものね・・・また遊んであげるわ、さよなら・・・この世界のレナ・・・」 その深夜、梨花は窓枠の淵に座り真っ暗な闇を静かに見据えていた。 「薄々は気が付いていたけど、まさかレナがあんな風になるなんて・・・さすがの私も思いもしなかったわ・・・前の世界ではあんなに鉈を振り回していたのに・・・・・・・」 性欲の奴隷と成り果てていた自分の仲間に思いを巡らす。 「・・・・・・でも・・・自分の欲情のままに身を曝け出すのも、フフ・・・案外悪いものではないわね・・・」 レナを陵辱した自分の両手のにおいを嗅ぎながら、自分の心が黒色に高揚していく感覚を梨花は感じていた。 「・・・・・・梨花、そんなに自棄にならないでください。・・・もうこの世界は駄目なのかもしれませんけれど・・・」 静かに羽入が梨花のそばに立ち諭すようにつぶやく。 この世界、何千回も転生を繰り返して辿り着いたこの雛見沢に圭一が引っ越してくることは無かった。 運命を変える鍵となる圭一がいないこの世界は、梨花にとって何の味気の無いものになってしまっていたのである。 「圭一が来ないのは久しぶりだったけど、その中でもこの世界は最悪だった・・・でも・・・」 梨花の心が黒に染まっていく。真っ白な心という名のカンバスを濁った黒が蹂躙していく・・・ 「フ、ウフフフ…自分の欲情に溺れるのが…アハハ…あんなにも…良いなんて…あんなに快楽に浸れるのなら…同じ世界を繰り返して……それを貪り続けるのも悪くは無いわね…」 自分の理性の大半が大きく侵食されていくのを梨花は感じた。 「…梨花、悲観しないでください。必ず好機が訪れますから…!」 今まで見たことも無い表情の梨花を憂いて、羽入は必死に説得試みる。・・・だが・・・ 「フフ、好機ねえ…そんなものがこの世界に…ハハ…本当にあるものかしら……快楽に塗り込められた…この世界にねぇ。フフフフ…!アハハハッ……アッハハハハハハハハハハ…!!」 「…り…か…」 梨花の心が塗り潰される。 雲一つ無い雛見沢に浮かぶ新月。放たれる漆黒の光は惨劇の少女を色濃く照らし出していた。 Fin -
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/280.html
見てはいけないものを見てしまったことがあるだろうか。 見てはいけない、すなわちタブーとされる物事を見てしまうということがその定義であるとするならば、私は今、その見てはいけないものを見てしまっているということである。 「お、や、じ・・・。」 「あ、圭一くんの、お父さん、かな、かなぁ・・・?」 私の目の前には二人の人影がある。 一人は私の愛すべき家族であり、一人息子の圭一。もう一人は、その女友達である竜宮礼奈ちゃんだ。 驚いたようにこちらを振り向き、完全に固まっている。 二人とも膝をつき、圭一の手は礼奈ちゃんの両肩に優しく置かれていた。 キス・シーン(はぁと おお、おおお、おおおおおおおっっっっつ! テレビと漫画以外で、初めて見たっ!! しかも、あどけなさが残る、自分の息子のキスシーンだぞッ! 私の心にズキュゥゥーン!とか、ドォーーーン!とかいう効果音が聞こえてきた。 もしこの場面を漫画的表現で表すと、私の背景にそんな文字が飛んでいるに違いない。 藍子に頼まれて、しぶしぶ差し入れに上がったところが、とーんでもないものを見つけてしまった、どーしよー。 と、何処かの警部さんみたいな台詞を吐いてしまったが、どうしたものか。 個人的には、このまま固まった二人の顔を見続けているのも一興なのだが、この年頃の少年たちは、恋愛事情に親が介入してくるのを極端に嫌う。 見ると、圭一の顔が真っ赤に染まり、目線が見る見るうちに釣り上がってきた。逆噴射5秒前といったところだろう。 しかし、甘いぞッ、息子よ! 私は圭一から「出てけぇーっ!」という声が飛び出すその前に、素早く駆け寄り、力強くその肩を叩いた。 無論、エンジェルモートで買ってきたチーズケーキと、セイロン紅茶が置かれているお盆は、足元に置いてある。 電光石火の動きを何事かと思い、仰天する二人の顔を横目に、私は目を閉じて首を振った。 そして次の瞬間!私は無言で目を見開くと、満面の笑みで右手の親指を『ビシッ!』と伸ばした。 ・・・・・・・・・。 数秒間の沈黙。 そして私は身を翻し、颯爽と息子の部屋を後にした。 クソ親父ぃぃぃぃぃぃ!! 息子の絶叫が家中に響いたのは、階段を下り終えた直後のことであった・・・。 「あら?圭一の声がしたけど?」 食卓に戻ると、妻の藍子が紅茶を入れ終えているところだった。 食べ終えて空になっていたデザートの皿は片付けられ、部屋にはセイロン紅茶の馨しい香りが漂っている。 「ん、あぁ。紅茶でもこぼしたんじゃあないか?」 私は笑みを浮かべて席に座った。 藍子の入れてくれた紅茶に口をつけると、先程の光景が思い返され、再び笑いがこみ上げる。 「どうしたの?そんなに笑って。」 「いや、それがね・・・。」 私は先程の顛末を面白可笑しく、多大な脚色を交えて話した。 息子に恋人が出来たと知った時、母親がどんな顔をするのか見てみたいという気分があったが、以外にも藍子の表情は変わらなかった。 「あら、知らなかったの?」 むしろ、私が二人の仲を知らなかったことが意外らしい。くすりと笑って、藍子は紅茶に口をつけた。 「最近、遊びに来るレナちゃんが、どんどん綺麗になっていっているのよ。恋する女の子って、雰囲気まで変わるものなのよ。」 「そうなのかぃ?」 「えぇ。それに、シャンプーもエメ○ンに変わったり、透けて見える制服の下着も、良い物になっていたしね。」 ミステリーマニア恐るべしといったところか、それにしてもよく見ているものだと、私は今更ながら妻の推理力に舌を巻いた。 「初恋、か・・・。私にもそういう時期があったわ・・・。」 藍子が遠い目をして窓の外を見る。窓の外には中天の太陽が赤々と輝いていた。 強い日差しが藍子の頬を照らす。 その時、私は今更ながら妻の美しさに心を奪われた。 圭一を産んで十数年。三十も半ばの藍子だが、その外観は、大学時代に比べても変化に乏しい。 ワンピース越しに見える肢体も、女性らしくメリハリがつき、オバサンなどとは到底呼べないだろう。 ・・・・・・・・・。 そういえば、ここに越してきてからは仕事で忙しく、ご無沙汰だったな・・・。 久々にもたげる男としての欲望。しかも、私はその欲望を高い形で昇華出来る、魔法のアイテムを手に入れているのだ。 それは、この雛見沢に越してきて見つけた理想郷へと至る崇高な品物。 そうか、使えというのか。 この私に、あのビックリ・ドッキリメカを!! 「そろそろ晩御飯の用意を」 藍子が席を立とうとするその瞬間、私はその手をしっかりと握り締めた。 「どうしたの・・・?」 「あ、うん。ちょっと、いいアイデアが浮かばなくてね。『打ち合わせ』しないか?」 我が家での『打ち合わせ』とは、無論腰の打ち合わせのことである。 藍子の顔が、真っ赤に染まる。 「え、うん、良いけど・・・。」 視線を逸らして答える。藍子も少し欲求不満だったらしい。 「今夜?」 「いや。」 そう言って、私は藍子の耳元に口を近づけて囁いた。 「今から。」 「え、でも、圭一も、レナちゃんもいるじゃな・・・」 文句を言う唇を自分の唇で塞ぐ。 「アトリエでするから大丈夫だよ。」 私のアトリエは防音加工してあるため、物音が響き渡ることはない。しかも、私たちはちょくちょくそこに篭るため、急に姿が見えなくなったとしても圭一が怪しむことはないだろう。 「それに、いいモノもあるから・・・。どうだ。」 藍子が戸惑いに視線を泳がせる。しかし、この顔をする時の彼女には既に答えが出ていることを、私は経験上知っていた。 「はい、あなた・・・。」 広い板張りのアトリエは、空調が効いているためか、夏だというのにむしろ寒々としていた。 私は仕事机の傍にある、大きな籐の安楽椅子に座り、腕を組んでいた。 私のアトリエはカンヅメ状態にも耐えることが出来るよう、一部屋にバス・トイレ・シャワーが付いている。 『打ち合わせ』は私の作品ジャンルにも影響する重大事項だ。 絵画だけでなく、同人世界にも生きているこの私にとって、新ジャンルの開拓は生命線の確保に等しい。 だが、作品を作る上において、リアリティを欠かす事はできない。 そのため、私は最愛のパートナーである藍子の体を張った『打ち合わせ』により、常に新ジャンルに挑戦しているのである! 看護婦・メイド・スチュワーデス・OL・仲居さん・・・。 食堂のおばちゃんから果ては電撃鬼娘まで、その挑戦は飽くことを知らない。 先にシャワーを浴びた私は、白いバスローブに身を包み、脱衣所で着替えているであろう藍子が来るのを心待ちにしていた。 もうすぐだ、もうすぐ、私に理想郷が訪れる・・・! 「で、できました・・・。」 恥ずかしそうな声で、藍子がドアの向こうから声をかける。 「ああ、入ってくれ。」 私は意識してぞんさいに答えを返す。 返答を聞いて、ドアがゆっくりと開かれる。 キタキタキタキター!! 濃紺の水着。いや、各所にフリルの着いた制服に身を包んだ藍子が、ドアの向こうに立っていた。 羞恥心のために顔を真っ赤に染め、もじもじと胸元を隠すように左手を持ってきている。 お盆に乗せられた残りのスイーツであるチョコレートパフェが、右手に支えられていた。 藍子が身を包んでいるのは、エンジェルモートの制服である。 通い倒して数ヶ月。 店長の園崎氏を口説き落とし、破格の値で購入したこの最終兵器! 想像通り、いや、想像以上の破壊力である。 ドレスと水着の核融合。人類の辿り着いたエロスとフェティズムの境地。 誰もが「お~持ち帰りぃ~☆」を夢見てやまないこの制服を、私はッ!私はアァッ!! 「あ、あの・・・あなた・・・?」 すっかり陶酔しきっていた私に、藍子の声が当惑した様子で声をかけた。いかん、いかん。 私は正気に戻って藍子の姿を見た。 成熟した大人の女性しか似合わない制服のはずだが、藍子の大きな胸のせいか、胸元がきつく見える。 下手に肉が付いていると途端に魅力を失うビキニラインもしっかりと整い、フリルが可愛く揺れていた。 「うん、綺麗だよ、藍子。」 正直にほめると、藍子は顔を伏せて恥ずかしがった。 「でも、ここでは『あなた』じゃない。ここはお店なんだ。『お客様』じゃないとね。」 「はい、お客様・・・。」 この『お客様』というのが重要なところだ。 メイドならば『ご主人様』・『旦那様』。女生徒ならば『先生』と、そのジョブに合わせた呼び方をしなければ魅力が薄れるというものだ。 「じゃあ、ウェイトレスさん。そのパフェをもらおうか。」 「はい。どうぞ、お客様。」 藍子が私の前にひざまづき、パフェをスプーンで掬う。 おずおずと差し出したパフェを、私は口に含んだ。さすがはエンジェルモート、味にも手抜かりはない。 二・三度同じことを繰り返すと、私はスプーンを優しく藍子の手から奪った。 「お客様?」 「ウェイトレスさん。これじゃ冷たい。口移しで食べさせてくれないかな?」 一瞬、藍子は驚いたようだが、この要求が意味することを察してか首を縦に振った。 茶色のパフェを一口含み、唇を私に近づける。 「んん・・・。」 唇が触れ合って、冷たい感触が広がった。藍子が舌で押し出すパフェを受け取り、飲み込む。 私は全て注挿された後も、藍子の口腔へ向けて強く口を吸い、舌を伸ばした。 「ふ、う・・・っ。」 藍子の舌が絡まり、私のそれと絡み合った。お互いを求めて強く引かれ合い、口腔内で踊り狂う。 「・・・ウェイトレスさん。」 私は藍子の顔を離して指を下に差した。見ると、茶色のパフェの一部が、バスローブの股間の位置に落ちている。 「綺麗にしてくれないか?」 「はい・・・。」 藍子の手が股間に触れる。私の分身は既にいきり立ち、ローブの中で自己主張していた。 お絞りで茶色の液体を拭き取ろうとすると、自然に硬くなったその部分に当たる。 強すぎないよう、藍子が慎重に周りをぬぐっているのがもどかしい。 生殺しのようなその感覚に耐えられず、私は藍子の耳元に囁いた。 「今度は、口でしてくれないか?」 藍子は上目遣いで私を見ると、上唇をそっと、舌で舐めた。 瞳には淫らな光が宿り、欲望の火が体に灯ったことを、私に告げていた。 ローブの前がはだかれ、分身が晒される。その分身に藍子は口付けし、うやうやしく口に含んだ。 「うっ・・・。」 瞬時に駆け抜ける射精への欲望。 性感帯を知り尽くした藍子の動きに、私は翻弄されていた。 口で含むだけでなく、手でもてあそび、舌を入れ、歯で甘噛みをする。 貞淑な妻が淫乱なメス犬に変わるこの瞬間が、男としての征服欲をそそるのだ。 私は藍子の頭を両手で押さえつけ股間に固定すると、その顔を撫で回した。 愛撫に興奮しているのか、藍子は驚くことなく行為に集中し、更に口の動きを強めた。 「くおおぉぉぉっ!」 敏感な部分を舌でもてあそばれ、私は限界を迎えようとしていた。 自ら腰を動かし、最後の瞬間まで導く。 「出、出るっ!出るぞっ!!」 先端から出る欲望の液体が、藍子の口腔を犯した。凄まじい勢いに、藍子がむせる。 しかし、藍子は顔を引くことなく、私の全てを飲み干した。押さえきれなかった残滓が糸を引いて、唇から流れる。 手を離しても藍子は分身から離れず、私の全てを飲み干そうと舌を動かしていた。 「もう、いいよ。ウェイトレスさん。」 十分に分身が硬さを取り戻したことを確かめると、私は藍子の口から分身を引き抜いた。 「あ・・・。」 名残惜しそうに藍子が呟く。 「今度は、ウェイトレスさんを頂くよ。」 宣言して藍子を体の上に抱き寄せると、私は制服の布をずらして、分身を一番敏感な部分にあてがった。 思ったとおりに、その部分には見なくてもぬめり気があった。 「ふああぁぁっ!」 一気に刺し貫く。二・三度律動するだけで、最奥まで至った。 「思ったよりも、すんなりいったな。ウェイトレスさん、こういうのに慣れているんじゃないか?」 「い、いや・・・。そんなこと・・・。」 「でも、ほらッ!こんなに濡れて、咥え込むなんて、一度や二度じゃ出来ないモンだぞっ!」 「あ、ふうっ!そ、それは、お客様、があっ・・・!」 「くっくっく。そうだよなぁ、出来の悪いウェイトレスに、俺がたっぷり教え込んでやったんだからなぁ!!」 「は、はひぃ・・・。わ、わたしは出来の悪いウェイ、ト・・・レスですぅ!!」 「じゃあ、もっと、もっと教えてやらないとなぁ。男の味ってやつを!」 「お、教えて、教えてくださいお客様ぁぁ!」 いつの間にか創造していた役割に、私たちは没頭していた。 私の求めたものに、創造以上のの反応を返してくれる最高のパートナーである藍子。 改めて、私は彼女の全てを欲しいと思った。 制服の前をはだけさせて豊かな胸に唇を這わせる。 藍子も私の頭をしっかりと抱いて、話さない。 安楽椅子がきつそうにギシギシと音を立てる。その音と私たちが生じる粘着音が、不思議なハーモニーを奏でていた。 「あ、あなたぁ・・・!わ、わたし、もう、もうダメ、もうダメええっ!!」 快楽によって素に戻った藍子が、限界を告げる。 私も同じく限界だった。強く腰を動かして、最後まで密着した。 「藍子、藍子!私もいくぞ!」 「あなたっ!あぁ、あぁ、あぁぁぁぁ!ダメええええええぇぇぇぇぇぇ!!!」 「あいこおおおおおおおおっっっっ!!」 再び大量の白濁液が、藍子の中に打ち込まれた。 『打ち合わせ』の終わりを告げるその流れはいつまでも名残惜しく、私の意識が途切れるまで続いた・・・。 「親父、話がある。」 数ヵ月後のある日、圭一が真剣な面持ちで、私と藍子を食卓に呼び出した。 隣には礼奈ちゃんが、同じように真剣な表情をして立っている。 「どうしたの?藪から棒に。」 藍子が怪訝な顔で、それでも優しい微笑を浮かべて答えた。 あの日の事を気にすることなく、礼奈ちゃんは我が家に来て一緒に食事をしたり、圭一の部屋で過ごしていた。 私もあの日の話題は避けていた(と、いうより触れようとすると圭一が噛み付かんばかりに起こるのだ)のでこれまでどおりの関係だったのだが、何か大事なことでもあったのだろうか。 はっ! 私は最悪のケースを想定した。 最近の学生の進み具合は半端ではないらしい。しばらく前にあった「3年○組」では、中学生同士の妊娠がテーマとなっていたではないか・・・! 自然と、私の顔はこわばった。 KOOLになれ、前原伊知郎・・・! 息子の全てを受け止めるのが父親じゃあないか。モデルガン事件の時と同じだ。痛い目に合わせて自分の過ちを後悔させた後、助けてやればいい。 しかし、それに反して圭一の口から出たのは拍子抜けする言葉だった。 「俺、前原圭一は、ここにいる竜宮レナさんと付き合っています。」 一瞬、力が抜けた。 そ、そうか・・・。考えすぎだったか。 「わ、私、竜宮レナです。圭一君、いや、圭一さんとお付き合いをさせて頂いています。今日は、圭一さんのご両親に、交際を認めてもらいたく、お伺いしました。」 恥ずかしそうに、圭一の隣で控えていた礼奈ちゃん、いやレナちゃんが顔を赤くして頭を下げた。 その瞳を見ると、圭一を見つめていた。 圭一のことを信頼しきっている。その意思が強く感じられる良い瞳だった。 わざわざ、交際宣言に来てくれたのか。そう思うと、二人の律儀さと初々しさに、自然と頬が緩んだ。 藍子を見ると。同じように微笑んでいる。 これならば、告げてもよさそうだ。 私は藍子の手を握る。 「うれしいわ。それなら、レナちゃんは私たちの娘になるのね。」 「歓迎するよ、レナちゃん。こちらこそ、圭一を頼むよ。」 そして、私は藍子のお腹をさすり、二人に告げた。 「ほら、お前も挨拶しなさい。お兄ちゃんとお姉ちゃんだよ・・・。」 終わり
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/258.html
バラバラと、破裂するような爆発音を響かせる真っ赤なバイクが、高速道路の広い道を、矢の如き勢いで加速する。 先端に丸いヘッドライトが張り出し、車体中央に鎮座するガソリンタンクが両脇から優雅な網目状になったフレームに支えられ、その手前にシートが置かれ、それが流れるように後尾へと続くようなバイクだった。 上に跨るライダーは、まるでレーサーのようにバイクのガソリンタンクの上に腹を乗せるような形で伏せ、前方から襲い来る猛烈な突風をしのぐ。 だいぶ運転に慣れているのであろうか、マナーはともかく、そのバイクは周囲の車が歩いているかの様に感じられる速度で、間を縫って駆け抜ける。 稲妻のごとき勢いで進んでいき、やがて進路を最左車線に寄せると、ぽかりと口を開けた出口へ吸い込まれて消えていくのだった。 バイクは街に出ると、いくつかの交差点を曲がると細い路地へと入り込み、その先は舗装もろくにされていない、でこぼこした道へと進入していく。 気づけばバイク以外に車両は見あたらなくなり、周囲の風景からも人工物が消えさり、いよいよ舗装路も途絶える。 砂利や砂・埃ばかりの不整地が現れると、その上を回るタイヤが小石を拾い上げてはまき散らし、それが車体に当たってカンカンと響く。 道を間違えたのであろうか? しかし、それにしてはバイクを操っているライダーにためらいが見られなかった。 普通、こういう整地向けのバイクでガレた道を走れば、激しい振動が襲うし、タイヤを砂に取られ、ずるずると滑って極めて不安定にならざるを得ない。 それでも時々落ちている巨大な木の枝をひょいと避けながら、どんどん突き進むのだから、やはり相当に習熟しているのであろう。 そうしてしばらく獣道のようなところを走っていくと、やがて、だいぶ朽ち果ててはいるものの、再び舗装された道へと乗り上げる。 一旦停止して、ライダーは首を回して、道を思い出すかのように周囲を見渡した。 すると、ちゅん、と一羽の小鳥が誘うかのように真上を通過して、そのまま道の上を飛んでいった。 追いかけるようにして、バイクは軽く砂塵を巻き上げて発進する。 すぐに小鳥は見えなくなってしまうが、だんだんと人工物が多くなってくる道を往く。 しかし人工物とはいえ、そのどれもが道と同じくして朽ち果てているところを見ると、この周辺から生活を営む人間が既に去って久しいのは確実であろう。 ある程度進むと行き止まりのようになっていたが、そこには一台の車が止まっていた。 どうも周りの朽ち果てた物とは違って、真新しいようだった。 それを認めたライダーは、ヘルメットのシールドを片手で上げるとバイクを車に寄せるようにして停車する。 サイドスタンドを蹴り出して地面に固定すると、右足を振り上げてバイクから飛び降り、ヘルメットを脱ぎ去った。 汗で少しへばりついていた髪の毛が、そよかぜに乗せられてふわりとたなびく。 「ふう」 ヘルメットから現れたのは三〇代前半ほどに見える男性であった。 線が細く、やや儚げだったが、眉から鼻筋にかけてくっきりとした造形と、爛と輝いた瞳の奥からは、秘められた熱い意志が感じられる。 それは成熟した男の色気を感じさせる顔立ちで、皮のライディングスーツを身にまとった姿は、すらりと流れるかの様だ。 相当の美形といっていいだろう。 男はその目を泳がせて、車を見やった。すると、 「お待ちしてましたよ、前原さぁん ……おんや、ずいぶん高価そうなオートバイに乗っておいでじゃないですか! それ、イタリィの奴でしょう?」 助手席側から、間延びした声ではやし立てながら、よく太った老人が這い出てくる。彼は男の事を前原と呼んだが…… 「もっとジジイになってると思ったが……変わってねぇな、大石さんよ」 そう、ライダーの正体は前原圭一であった。 雛見沢大災害が発生し、村民のほとんどが死に絶えた中の、数少ない生き残りである。 「なっはっはっは。私は不変・不滅ですからねぇ!」 「まるでジェームズ・ボンドだな」 そして圭一に親しげに話しかけるこの老人こそ、かつて雛見沢連続殺人事件を追った刑事、大石蔵人そのひとであったのだ。 その大石が有名な映画のイギリス諜報員の例えに「そりゃあ光栄ですねえ」と喜ぶと、こほんと咳払いをひとつ、態度を改めた。 「今日あなたを呼びつけたのは他でもない、この雛見沢の生き残り、前原圭一さんとコンタクトを取りたかったからでして」 「ああ、何度も聞いてるぜ……もう二度とこの地を踏むことは無いと思っていたんだがな」 圭一はいう。 もっとも多感な少年時代に、自分を形作る環境の全て――それこそ人から虫まで――を失った彼は、それからしばらくの時間、心を閉ざして雛見沢の事も忘却の彼方へと追いやっていた。 しかし、心も体も社会的にも大人となるにつれる過程で筋肉のように痛んだ分だけ精神力を鍛えた彼は、治らない傷を抱えつつも一人前の男として生きてきた。 無論、それは彼一人だけで成し遂げたものではない。 全てを失った圭一を支えたものは行政による援助でもあったが、それ以上に目の前の大石が存外に彼を助けたのだ。 その理由だが、 「私ゃ死ぬまで、あの事件は追い続けるんですよ」 と、雛見沢との最後の繋がりである圭一を失うのは避けたかった事にある。無論、感情をもつ一己の人間として彼を見放せなかったのもあるが。 そしてもう一人。 今度は運転席側から、圭一よりも一回り年上と見える男がゆっくりと現れる……ラフな服装をしているが、その体は服の上からでもしなやかな筋肉に覆われているのが解るほどで、顔は戦士と表現したくなるほどに精悍さが溢れ出ているものだった。 その男は、やかましい大石とは対照的に、静かに口を開いた。 「やあ、前原君。突然すまないね」 「赤坂さん。どうもお久しぶりです。いや……良いんすよ」 赤坂衛。彼もまた、大石と共に刑事として雛見沢に深く関わった人間の一人であった。 彼は大石が圭一の後見人的役割を果たしていることを知ると、時々ではあるが仕事の手を休めて時間を共有していたのだった。 「それで……いまさら俺への用事って一体なんなんです」 「君に会ってもらいたい人物がいるんだ」 赤坂は問いにそう答えた。 「俺に? こんなところで?」 怪訝な表情になり、聞き返す圭一。 「なに、人目のつかないところの方が都合がよくてね」 「一体、誰なんです」 「会えばわかるさ」 赤坂はそこまで言うと、車に戻ってエンジンをかける。反応して大石も同じように助手席へ座り込むと「付いてらしてください」と、圭一を誘う。 その言葉を残して車は後退していく。 二人の意図がつかめない圭一は釈然としなかったが、黙っていても進展しないので、仕方なくバイクへ跨ってヘルメットを装着すると、アクセルを吹かして砂利の上をくるりと回って大石達を追う。 やがて、いつか見た記憶のあるバス停を過ぎ去り、どんどん村の深部へと入り込んでいく。 懐かしい空気が圭一の体に当たり、様々な記憶を思い起こさせる。 「……」 ハンドルグリップを持つ手に力が入った。 だが、想いを払うかのように頭をぶんぶんと振るうと、運転に集中する。 すると、目の前を走っていた車はウインカーを出して路地へと入っていくので、それに従って続くと…… 「あ、学校……」 そこには、朽ち果てた校舎があった。しかしその姿を圭一は忘れもしない。彼が雛見沢においてもっとも記憶に残る場所、雛見沢分校。 大石と赤坂が圭一を導いた場所は、その廃墟だった。 大災害から全ての時が止まったままの校舎は、長く人の手を離れて、色褪せ風化していた。 その姿は、退廃的ながらも精霊がいるのではないかと思わせるほどに神秘的なだったが、それは同時に、もはや現世の者が住まう場所では無い事を静かに物語っていた……。 大石達は校庭に車を停めると、降りて圭一を手招きする。 従って、再びヘルメットを脱いでサイドスタンドを蹴り出すとバイクから降りて二人へ続く。 どうやら校舎の中へ入っていくようだった。 「ごめんくださぁい」 一行は廃墟となった学校へ足を踏み入れる。古い木造の校舎は長い年月の経過によってあちらこちらが腐食しており、一歩あるくごとに、ぎしぎしと苦しげな音をたてる。 内部に立ちこめる空気はしん、と冷たく、ところどころに木やコンクリートを突き破って生えた草木が茂っていた。 まるで建物全体が、侵入者を拒んでいるかのようだった。 しかし構わず奥へと進むと、もともとそれほど広くはない建物である。すぐに行き止まり近くへと達してしまう。 だが、そこは、 「俺たちが居た教室だ……」 「ええ、この中で待ち合わせている人がいるんですよ」 そういうと、大石は教室の中へと目をやる。 その視線の先に、ガラスが砕け散り、枠だけとなった窓際の椅子に腰掛けている人影があった。 三人が来たことに気づかないのか、こちらに背を向けている。 ゆえに顔を覗くことは叶わなかったが、朱色のレディーススーツをまとった細い背から、女である事はうかがわれた。 あまりにもおぼろげに見えたその背に、かつての教師だった知恵の亡霊でも見ているのではないかと、圭一は一瞬戦慄を覚えたが、栗色の長く伸びた後ろ髪が風にそよぐのを見てすぐにその考えを打ち消す。 それと同時に、その髪の色に見覚えがあるのを思い出した。 「まさか」 思わず独りでに声が出てしまう。 それに大石がちらりと目配せすると、赤坂が応じた。 「ええ、そうです。彼女は竜宮礼奈……君の」 「レナ!!」 赤坂の言葉を遮って圭一が叫ぶ。その声色に反応したレナが、ふっと後ろに顔を向ける。すれば、その先の映像を捉えた彼女の表情が、みるみる内に驚愕の色へ染まっていく。 鈴のような眼はかっと見開かれ、小さな口にはぽっかりと大きな穴が開いた。 「……まさか」 つぶやいたレナが陽炎のように立ち上がると、触れれば崩れ去ってしまう砂の城を扱うかのごとく、そっと細い腕を伸ばしていく。 「レナ」 その腕を、圭一がはっきりと力強く手に取った。 目の前の映像が信じられないというふうに、触れる手をきょとんと見つめるレナ。それに圭一が柔らかく話しかける。 「どうしたよ、レナ。まさか俺を忘れたとか言うんじゃねえだろーな」 その話しぶりに、レナがぶるりと震えた。おずおずと頭ひとつ高くなった圭一の顔を見上げて、 「……圭一くんなの?」 と、問う。 「これなら信じるだろ」 そういうと、圭一はふわりと彼女の頭に手を乗せて軽くなでてやった。彼が親しくなった相手に見せる、昔からの癖である。 かつてレナも同様に頭をなでられたものだった。 これではっきりと圭一であると認識したのであろう、レナはまた震えると、声もなくその瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼした。 彼女は、圭一が死んだものと思っていたのだ。圭一ですら、同様にレナが死んだものと思っていたのだから。 思いもよらぬ再会のショックに感情のコントロールが効かなくなる。 「……二〇年ぶりだな」 「け、圭一くん! 圭一くんっ!!」 圭一の言葉に、それまで蜃気楼のような儚さをまとわせていたレナが堰を切ったかのごとくして彼へ抱きつく。 雛見沢での思い出が一気に噴きだしてきたのか、彼女は目の前に大石と赤坂がいるのも構わず、圭一の胸へ顔を埋めてわっと号泣する。 そんなレナを圭一がまた、やさしく撫でた。 「あのぅ……」 そのように完全に二人の世界になっていた空間に、大石がおずおずと割って入る。 頭をぽりぽりとかきながら、 「感動の再会のお邪魔をしては申し訳ないんですがぁね、ちょっとよろしいでしょうかぁ?」 といった。 圭一はレナの頭を撫でながら、振り向かずに答える。 「その前に……あんたら、最初からレナの行方を知っていて今まで隠してたんじゃねえだろうな。もしそうだったら」 そこまで言って振り向き、ぎろりと鋭い眼光で大石達を射貫く。 「い、いやいや! 竜宮さんが生存していたのを知ったのは、つい最近の事です、本当です!」 修羅の様な迫力にあわてて見繕う大石。 その言葉を圭一はいまいち信用できなかったが、レナが助け船を出した。 「圭一くん、大石さんは嘘をいってないよ」 「そうか」 うなずく圭一を見て、大石はやれやれといった感じで肩を降ろす。 「んっふっふぅ……ふぅ。信用ありませんねぇ」 そう言う肩に、ぽんと赤坂の手が乗る。大石に目配せして「この先はまかせてください」と伝えたのだ。 ずい、と一歩出て口をひらく。 「前原君、驚かしてすまなかった。あまり先に彼女の事をいうと、君の性格だから、突っ走って事故でも起こしかねないと思って言わなかったんだ。その逆もまた然りって事で。許してほしい」 「それ謝罪になってませんよ赤坂さん……まあ、確かにそうでしょうけど」 「すまない。まあ、少し説明しよう……彼女が事件のあと退院してから、行方をくらませていたのは君も知って通りだ」 「ええ」 「それが、たった一ヶ月前の事だ。ふらりと骨ヶ鹿市に帰ってきたんだよ。どうやら私たちが出版した、例の本を見かけたのが原因らしいが……」 そこまでいうと、赤坂はいったん区切った。そのもったいぶる様な仕草に、苛立った圭一が急かすようにいった。 「らしいが、なんです」 「彼女は失踪前、輿宮で鷹野三四を見たというんだ」 「なんだって」 鷹野三四。雛見沢の綿流しの夜、行方不明になった後に焼死体で発見された村の看護婦であった。 だが、生前において彼女の言動は不可解きわまることが多く、また、三四号文書といわれる遺されたノートには、雛見沢大災害の予言と真相ともいうべき内容が、オカルト的な記述で記されていた。 たとえば宇宙人の仕業だとか、寄生虫の仕業だとか、およそ非科学的なものばかりであったがロジックを読み解いていくと、どれもが大災害は「人為的な何かによって起こるもの」と、予言する内容だったのだ。 加えて、後年になって彼女の勤めていた入江診療所がただの医療機関ではなく、なんらかの研究機関も兼ねていた場所であった事が、明らかになっている。 そこで赤坂は仮説を立てた。 「三四号文書にあった「研究」が、御三家ではなくあの診療所によるものだったとしたら、どうだろうか?」 大災害を事故でなく事件とみなす向きは、なにも赤坂たちだけでなく、当時に興味のある人間たちにもあった。 しかし彼らは、多少の意見の相違はあれども、黒幕を雛見沢の支配者たる御三家に求めた。 というのも御三家の内に、その筆頭の園崎が極道の家柄にあり、それにつづく公由、古手も当然、園崎と深い繋がりがあったからだった。 海外マフィアと結びついた兵器研究の事故によって、あの大災害は起こったというのだ。 しかし。 その後になって赤坂達は当時の雛見沢の状況をくまなく調べていったが、とうとう御三家に奇妙な研究の形跡は発見できなかった。 家柄のため、大災害とは関係の無いであろう、殺人から武器や薬、果ては人身売買などはいくらでも浮かび上がったが、いくら調べても、雛見沢の御三家が未知の研究に手を出していたという証拠はつかめなかった。 それに対して、大災害の直前、所長が服毒自殺という謎の死をとげた、研究機関としての役目も備えていた入江診療所である。 そのわりにはほとんどの記録が残っておらず、謎が多かった。 「外面で怪しく見える御三家を、隠れミノに使ったんじゃないでしょうねぇ。三四号文書は、そのミノがばれないよう、かく乱するため真実を含めたかのように見せかけたトラップだったんじゃあ……」 と、大石も仮説を立てた。 「新種の生物兵器か何かの研究だったのでは……雛見沢村は、その実験場にされた……」 雛見沢以外にも、近年ではSARSなどで同様の噂がささやかれたものである。 いずれにせよ、ガスの噴出跡が見られないのに政府が発表した 「大災害は火山性ガスによるもの」とする説明よりも、つじつまが合った。 そして、いよいよである。 レナによれば、災害発生の数日前には死亡しているはずの鷹野を見かけたというのだ。 本物の死人が歩き回るのは、ゾンビ映画の中の世界だけである。 ならば、 「この鷹野って女、医師免許があってなお、看護婦に甘んじていたそうじゃないですか。こりゃあ絶対に何かあります。もし本当に竜宮さんが見かけたのが鷹野だったとしたら……クロか、それに近い存在だと思いますね」 赤坂が大石に言った事だった。 実際、かつて焼死体で見つかった鷹野は鑑識の誤認だったという事が明らかになっており、さすがに一般公開はされていないものの、極秘に鷹野は内乱罪の被疑をかけられて、公安にマークされる存在となっていた。 公安としても、表向きはともかく、実際はかつての雛見沢大災害を自然災害とは見なしていないのだ。 「しかし、仮に鷹野がクロだったとしても、今も生きているのかどうかすら、わからないんですからねぇ。下手をすりゃ竜宮さんが幻覚を見たって可能性も……」 少しでも情報の欲しい彼らは、そこでレナに詳しく記憶をたどってもらおうとしたが…… 「やめて!!」 深く踏み入ろうとすれば、心に傷を負ったせいか彼女は激しく拒否反応をしめした。 精神科などにカウンセリングを受けさせたが、どうにもならない。 「埒があかないな。彼女の心の鎖を解く事のできる人間がいれば……」 「……そうだ赤坂さん、うってつけの人物がいるじゃあないですか!!」 それが、前原圭一であった。 大災害の当日、誤って河原へ落ちて気絶していたことで、運良くか、はたまた悪くか、ともかくも生きながらえた雛見沢の数少ない生き残りだ。 彼と竜宮礼奈を接触させることで彼女の錆び付いた心の錠前を外してもらおうという算段である。 「と、まあ……そんなところだね」 「結局全部、あんたらの都合じゃねえか」 「身も蓋もない言い方だが、そうなる」 「……ま、生きてレナと再会できただけでも、あんたらには感謝しなきゃならないか。その頼みも、今の説明でよおく解った」 そこまで言うと、控えていた大石がぱっと明るく笑う。 「いやあ、そうですかぁ! そりゃあよかった……」 と、そこまで言いかけたが圭一は、その先は聞き飽きたと遮るかのように、 「しばらくレナは預からさせてもらうぜ。あんたらの監視がついてたら、とてもじゃないが落ち着けねえ」 と、啖呵を切るように言い放つ。 相変わらずの気性に大石はまた、やれやれと肩をすくめると頭をかいて、 「当初からそのつもりでしたから、もちろん構いません……が、しかし、国内からは出ないでいただけると我々も安心できるんですがねぇ」 と、冗談めいて言う。 しかし圭一には冗談に聞こえなかったのか、あえて気づかないふりをしたのか、「そんなつもりはねえよ」とだけつっけんどんに返す。 「ともかく、あんたらの頼みは承知した。なんか判明したら連絡する……どれぐらい掛かるかは保証できないがな」 そういって、そっとレナの腰に手を回すと、 「行こうぜ」 柔らかくいった。 眼前で彼らの企みを聞かされたレナだったが、圭一には拒絶反応をしめす事もなく素直に導きに従い、朽ちた教室を後にするのだった。 その後ろ姿をみつめる二人の刑事は頭をぽりぽりとやりながら、なんとも表現しにくいような顔をつくって見合う。 「大丈夫でしょうか」 「なぁに……ああ見えても、前原さんはこの二〇年で、すばらしく成長しました。もう一人前の立派な男ですよ、大丈夫」 「そうですか……しかし、あてつけてくれますね」 「ロミオとジュリエットみたいなものですからねぇ」 「まったく、妻に先立たれた男には酷な光景ですよ」 「……久しぶりに飲みにでも行きましょうか。おごりますよ」 赤坂がふと歪んだ窓枠から見上げると、既に空は紅く染まっていた。 ・・・ 圭一は愛車の背にレナを乗せて、雛見沢を飛び出した。 後ろに聞こえた大石の「レナさんのヘルメットを買ってくださいねぇ」の声にしぶしぶ従ってバイクショップで適当なものを見繕った後は、そのまま道を飛ばしはじめると、すぐに陽も落ちて、世界はとっぷりと闇に浸かってしまう。 道を通過していくバイクを、今度は美しく輝くネオンが照らす。圭一には、それがいやにまぶかった。 やがて街の繁華街に入ると適当な駐輪場所を見つけて、バイクを駐める。 ひょいとレナが飛び降りると、つづけて圭一がひらりとまたいで降りた。 案外にうるさいバイクのエンジン音が消えると、すぐに夜の街の喧噪が二人を包む。圭一はさっさとヘルメットを脱ぐと、さっきやったのと同じように、レナの細い腰に手を回す。 レナも艶やかに顔を赤らめて、じんわりとした期待の視線を圭一におくる。 密着したバイクでの二人乗車の間に、すでにお互いの体温を肢体で感じあっていた二人である。 同じ場所で、同じ時間を深く過ごしたつながりを持ちながら別れ、永い時間を経て再開した男女が、肉欲の猛りを感じずにいられないのは、自然のことであろう。 そして寄り添って歩くかたわら、圭一が前を見たまま口を開く。 「レナぁ」 と、甘えるような調子で呼びかけるのだ。 ガラは悪くとも、こういう気取らぬところが変わらぬ純朴さであった。 「ん、なに」 対するレナは、案外に冷静である。 冷静ではあるが圭一の純朴さに応えるように、かつてのように優しく、そして今は多分に官能的な響きも含めている。 両者とも心の奥底は激情的であり人情的なのだが、しかし表面に出てくる、この普段の姿は、まさに陰と陽であるといえた。 共感しあえるものと、お互いに無いものを、両方持っている二人が惹かれあうのは必然のことといってよかったかもしれない。 それだけに…… 「二〇年ぶりだよなぁ、こうして歩くのも」 「そうだね……」 「それにしても、うーん。ちょっと太ったか?」 「け、圭一くん、それはちょっとひどいなぁ。圭一くんだって、すっかりおじさんだよ?」 「お互いさまかぁ」 「お互いさまだよ」 などと、他愛もないが久しくしていなかった、人間的な会話を交わすうちに二人を包む雰囲気は、いよいよに柔らかく、そして艶を帯びたものになっていった。 そうして街をゆるゆると歩いていったが、ひときわ毒々しく輝くネオン看板 の前に立つと、ひたと足を止める。 その看板を圭一がちらりと見やった。 するとホテル・ドラゴンナイトと妙にファンタジックな施設名と、休憩が五〇〇〇円、宿泊が八〇〇〇円とする案内が施されていたが、しかしこのホテルを休憩にしても宿泊にしても、文字通りの利用をする人間は少ないだろう。 「あ」 「うん……」 ふと、レナと目があった。 二人とも、目の前の施設がどういうものか解らぬ様な年齢ではない。いや、今時はかつての彼らの年齢くらいの子供であっても、よく知っているほどだ。 そのまま何も言わぬまま入り口へ足をかける。いまだ人混みの耐えぬ通りからは幾多の好奇の視線が飛びかかるが、そんなものがはじめから無いかのように、二人は通路の奥へ溶けていくのだった。 やがて、宿帳を無視して部屋へたどり着いた二人を出迎えたのは、外の看板にも負けず劣らずの妙に毒々しい内装を施された部屋だった。 なにやら西洋の宮殿をイメージしたもののようではあったが、しょせんはコストを可能な限り抑えてあつらえられた部屋で、見た目と質感のギャップが異様なまでの貧相さを生み出している。 しかし事に及ぶには十分だろう。 圭一は備え付けられたベッドに寄ると、シャワーも浴びぬままレナを押し倒す。 記憶の中の恋人が現世に再び舞い降りたのであるから、肉欲の衝動を抑えきれないのも仕方のないところではあったが……。 「圭一くん、ふく、服だけは……」 と、あわや朱色のスーツをめちゃくちゃにされかけたレナが弱々しく抗議する。 「す、すまねぇ」 あわてて手を離した圭一が、今度はゆっくりと手を掛けて一枚一枚、丁寧にはぎとっていく。 さきほど彼が太ったとレナをからかったが、確かに二〇年前の記憶の中のレナに比べれば肉がついた肢体が現れる。 しかし醜く肥えているのではなく女の色気を、最大限に押し出すような形でほどよくついた肉は、圭一の劣情をむわりと誘うのだ。 後はその肉欲にまかせてレナを貪るだけだった。 レナの艶めかしい声色が部屋を包むと、圭一は興奮に身を任せて勢いのたけを彼女にぶつけていく。 一度引き裂かれた絆が今になって再び、肉と肉の交わりという形で結ばれていくのだった。 「ねぇ」 「なんだ」 「なにも聞かないの?」 「野暮な事いうもんじゃない、今は今だ」 「ふふ、さすが圭一くん……」 やがてお互いを味わい尽くした後は、ゆっくりとシャワーを浴びて湯船につかると何事も無かったかのようにホテルを後にする。 しかし、どちらも美丈夫であるし、美女である。 レナを連れ添って出てくる圭一を舐めるように見つめる視線がまとわりつくが、気にせずバイクの駐めてあったところへ戻ろうとする。 そのまま歩を進めたが、しかし、 「け、圭一くん……あ、あれ、あれっ……!」 「なんだよレナ……うっ」 しきりに腕を引っ張るレナが視線を送る先に、見覚えのある人間が車へ乗り込もうとしていた。 「あいつは、まさかっ」 「鷹野三四……だよね」 「歳くっちゃいるが、間違いねえ。なんでこんなところに……いや生きていたのか!? レナ、お前の言ってた事は……」 「そんなことより圭一くん、追いかけなくていいの!?」 「あっ……く、くそ、レナ、バイクの後ろに乗れ! 悪いが、飛ばすぞ」 「う、うん!」 走り去った車を追いかけるため、圭一のバイクが始動する。エンジンが掛かると共に灯るヘッドライトが、獲物を射貫く眼のように輝いた。 アクセルを捻り、クラッチを乱暴につなぐとフロントタイヤを高々と上げて急発進する。 レナが振り落とされまい、と必死に圭一にしがみつく。 「待ちやがれぇっ!!」 爆音を上げて圭一のバイクが加速していく。 重さにしてわずか二〇〇キロ前後の車体をリットル級排気量のエンジンが押し出す力はすさまじく、まるでレーシングカーのごとき勢いで飛ぶ。 タイヤを横に滑らせて躍り出た道は、空いた幹線道路だった。遠くに見える鷹野の乗った車の方も相当なスピードが出ていたが、圭一のバイクはその倍近い速度で走り、あっという間に追いついてしまう。 だが、走っている以上はこちらよりも体の巨大な車を止める事はできない。ハリウッド映画のヒーローの様には、いかないのだ。 しかし圭一はあきらめることなく追走を続けると、やがて四方に他の車が増えてきて大きな交差点へと差し掛かる。 赤信号だった。 きちんと停車するのを見届けると同時に、圭一はバイクのサイドスタンドを蹴り出して停まると、ひらりと舞い降りた。レナがそれに続く。 もし、人違いだったらどうするか――。 その考えは圭一にも、レナにもなかった。車に乗り込む姿を見た瞬間、それが鷹野であると根拠もない確信があったのだ。 なんとも頼りない確信であったが、ほどなくして、それは実証されることになる。 鷹野の車に駆け寄った圭一は、運転席のドアをばっと開く。ロックは掛かっていなかったようだ。 いきなりドアを開けられて運転席の金髪の女は驚愕するが、圭一はそれを許す間もなく、彼女の胸ぐらを掴んで引きずり降ろし、べしゃりと地面に叩きつけてしまう。 辺りが騒然となった。それもそうであろう、傍目から見ればバイクに乗った男が突然、車のドアを開けてドライバーの女に暴挙に及んだようにしか見えない。 「おい、ちょっとあんた、何やってんだ!!」 多くの他のドライバー達は見て見ぬふりをしていたようだが、一人、勇気のある男が車から降りて圭一に抗議へ向かう。 だが、この勇気が逆目に出てしまう。後ろから、レナがひたひたと近づいていく。 「邪魔したら許さない……」 「あんた何だ……ウッ」 レナはポケットから取り出したナイフを、男の背に突きつけて脅しかけた。 圭一と交わしていた時とは一八〇度回って氷のような冷たさを含んだ声色は、男を硬直させるに十分であった。 そして圭一。 「鷹野三四だな……」 「ど、どうして私の名前を」 「やっぱりそうか……雛見沢の恨み、忘れやしねえ」 「まさか、あなた」 「そうよ、俺は前原圭一だ。あの晩以来だなぁ……!?」 「わ、私は何も悪い事はしてないわ! 誰かっ助けてちょうだい!!」 そう鷹野が叫んだ時、誰かが通報したのであろう。交差点の向こう側から御用提灯ならぬ、パトランプを十重二十重と光らせた緊急車両が現れると、こちらへ向かってきた。 そして瞬く間に警官が数人降りてくると、圭一達を取りかこむ。 「くそっ……!」 これだけの大通りで騒ぎを起こしたのだから自業自得なのだが、圭一が毒づく。その様を見てほくそ笑む鷹野。 しかし、すぐにその笑いはかき消されることになる。 「待て」 圭一を取り囲む警官たちの前に、ベージュの背広を着た中年の男と、それにつづいてよく太った老人が現れる。 「なんですか、公務執行妨害になりますよ!」 「私は……」 といって、警察手帳を見せる。 「公安部外事第二課の者だ。その連中は我々が確保する……すまんが、退いてもらいたい。苦情は公安部長が受け付ける」 「は……はっ、了解いたしました」 そういうと、警官の中のリーダーが「だから公安の連中は嫌いなんだ」といった表情を隠しもせず、しぶしぶ音頭を取って撤収作業に入る。 公安警察は、国民よりも国家の治安を維持するという性質上、一般市民はもとより、一般警察に対しても情報的に隔離されており、その構成員から扱う事件の内容にかけてまで、情報がやりとりされない事が多い。 ゆえに共同戦線が張られなかったり、場合によってはお互いが脚を引っ張ってしまう事もあり、一般警察の人間が公安部や公安課に対して、良い感情を抱いていない事は少なくない。 交通整理のために残った一部の警官達以外が撤収すると、公安の刑事……すなわち赤坂が組み合ったままの圭一と鷹野に近づいていく。 「赤坂さん……あんた、俺たちをつけてたな」 「……」 赤坂は答えなかった。 「ちっ、まあいいさ。しかし釣れた魚はでかかったな」 「放してちょうだい、私はただの一般市民よ」 「鷹野三四さんですね……あなたには内乱罪の被疑がかけられている。任意同行をお願いしたい」 赤坂はその細い両眼をかっと見開き、らんらんと輝かせて鷹野の瞳をのぞき込む。その迫力はまるで仁王のようであり、鷹野のような女でも萎縮させるに十分であった。 任意同行というが、事実上の無令状逮捕のようなものである。とはいえ一応は被疑者の同意が必要であるし、鷹野のような相手の場合、多少の脅迫めいた演技は必要であっただろう。 結局鷹野は折れて、赤坂と大石に連れられて用意されていた車に乗り込んでいく。 圭一たちはその後ろ姿をただ見つめているしかなかったが、途中で大石がふりむくと彼はにこやかに笑って見せた。 「いやぁ、ついに積年の執念が実りましたよ。まさか前原さんと竜宮さんが再会した夜に成るとは思いませんでしたがねぇ……ご協力、感謝しますよ」 「あんたも今は警官じゃねえだろ」 「ああ、そうですねぇ!! 私も単なる善意の協力者ってことで。はっはっは……しかし、今夜はちょっと、出来すぎているような気もしますがね」 「え?」 「いやなに、独り言ですよ……また、なにかあったら連絡します。竜宮さんを大切にしてあげてくださいよ? さっ、行きましょうか赤坂さん」 それだけいうと、赤坂と大石はさっさと車に乗り込んで行ってしまった。 後に残された圭一とレナに、夜の生暖かい風が吹きすさぶ。 「これで、終わったのか……?」 「私は難しい事は解らないけど……もしかしたら、鷹野さんも被害者なのかもしれないよ」 「なんだって?」 「仮にあの悪夢を引き起こした犯人なら、許せないけど……大石さんも言ってたでしょ、出来すぎてるって」 「ああ……」 「大災害が人為的なものなら、彼女のバックにはもっと大きな組織がついている可能性が高いもの。魅ぃちゃんや、みんなの本当のカタキがいるとしたら、たぶん、そいつらだと思うな。鷹野さんはその操り人形に過ぎなかった……」 「レナ……おまえ」 「ふふ、なんてね。私たちが今更あがいても、どうになる事じゃないよね。後は大石さんたちに任せよ」 そこまでいって、レナが一呼吸おいた。 そして、ふっと圭一に振り向いて微笑む。 「こんな事いったらあの世のみんなに恨まれるだろうけど……私は圭一くんが生きていてくれただけでも、幸せ……かな、かな」 「例えこれが間違った未来だったとしても、俺たちはそこに生きている、か」 「……うん」 「行こうぜ」 「行こうか」 圭一はエンジンが掛かってアイドリングのままだった愛車に跨って、レナを後ろに乗せた。 軽くアクセルを吹かすと、ウワァン……と、バイクは咆吼のようなエンジン音をあげて、闇夜に紅いテールランプの灯火を残して消えていく。 バイクが見えなくなっても未だ聞こえるそれは、さながら戦場で孤立した兵士をも奮い立たせる、勇壮な唄のようであった。 それが奏でられ続ける間、二人も強く有るはずであろう。 終
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/146.html
白い肌が、華奢な身体が、女の子らしいところが、羨ましかった。 「…おじさん、完璧に負けてるねぇ…」 私、―――園崎魅音は、そう呟いた。 視線の先にいるのはクラスメートの竜宮レナ。 かぁいいものが大好きで、料理が上手で、優しくて、しっかりしてて…… そして何より、圭ちゃんの心を射止める事が出来た女の子。 圭ちゃんとレナが付き合い始めてもうしばらく経つけど、未だに心の傷は癒えない。 2人が笑い合ってるのを見るたび心がチクチクと痛む。 性格が悪い、なんて自分でも思うけど、心の中の黒い感情は一度芽生えたらなかなか収まらないものだ。 ふとレナと交わした約束を思い出す。 “どっちが選ばれても恨みっこ無し!正々堂々と勝負しようね!” その約束通り、私は正々堂々戦った。そして、敗れた。 圭ちゃんはレナを選んだのだ。 …私は恋愛対象どころか、女の子としてさえも見てもらえなかった。 「…うん、大丈夫。気にしない、平気!」 そう自分に言い聞かせるように呟く。 辛くない、といえば嘘になる。 けど、圭ちゃんを好きなのと同じくらいレナも好きなのだから。 ―――大丈夫。応援出来る。 うまく笑える。 今までのように、そしてこれからも普通に接する事が出来る。 …そう、思っていた。 あんな現場を見るまでは。 その日は珍しく部活が無かった。 梨花ちゃんと沙都子が、夕飯の買い物をすると言ったからだ。 ちょうど私もバイトがあったから、ダッシュで帰った。 …レナと圭ちゃんを、置いて。 猛スピードで廊下を走り抜けて、階段を飛び降りて、下駄箱に上靴を押し込んで。 校門を出ようとしたちょうどその時、ふと鞄がいつもより軽い事に気付く。 ……まさか。 ごそごそとカバンを探る。やっぱり無い。 「お弁当袋、置いてきちゃった…」 ポツリと言葉を漏らす。 言ったところでどうにかなるわけでもなく、魅音は大きく溜め息を吐いた。 ああ、もう、せっかくここまで来たのに! ぶつくさと文句を垂れながら魅音は回れ右をした。 このままでは完璧に遅刻だ。 詩音、怒るかな…そう思いながら教室のドアに手をかける。 と、そこでドアが少し開いてることに気づいた。 「もー、最後の人はドアくらいちゃんと………、…」 そこで見た光景。 最初はよく見えなかった。 それがだんだんと輪郭を帯びてくるにつれ、私の心臓の鼓動は速くなっていく。 「あ、ま、待って圭一く…ッ! は、ふ…っ…あうっ、あぁぁあぁあッ!!!」 「レナ、レナ、レナッ…!俺、も…出る……ッ!!」 一瞬にして頭が真っ白になった。 チカチカと、頭の中に閃光が走っている。 そこにいたのは顔を真っ赤にして小刻みに震えるレナと、無心に腰を降り続ける圭ちゃんだった。 「あ、…… 圭ちゃ… れ、な…?」 驚いた私の声も聞こえないほど2人は行為に没頭していた。 だらしなく口を開け涎を垂らすレナ。普段の清楚なあの子からは想像もつかないほどいやらしい顔。 それは圭ちゃんも同じで、2人して獣のように深く、深く、交わりあっている。 いけない事だとは分かっているが、目が反らせない。 「あ、ふ…」 くちゅり。 おもむろに自分の下着の中に手を入れた。 そこはほんのりと湿っていて、ずくずくと疼いている。 指を縦に擦るように数回往復しただけで、そこからは液が溢れてきた。 「っふ、…… んっ… ぁ」 あまり大きな声を出すと聞こえてしまう。 そう思い片手で口を塞いだ。くぐもった声がかすかに聞こえるが、あの2人にはきっと聞こえないだろう。 「ん、あふっ… は、ふぁ… っ」 そのうち秘部だけでは満足出来なくなり、同時に胸も弄った。 その大きい豊かな乳房に手を沿え、やわやわと揉みしだく。 時折固くいきり立った頂点をピンと指で弾くと、電撃でも走ったかのように身体を反らした。 「あぁう… んぅ、 っ…!」 股間と胸をまさぐりながら、圭ちゃんとレナの嬌声をBGMに1人よがっている自分。 …無様だ。カッコ悪くて恥ずかしくて変態だ。…そして、何よりみじめ。 そんな状況にも関わらずこんなにも興奮してしまうなんて。 「あ、あぅ、…ん、ふぅ…っ!や、ダメ、止まんな…!」 だんだんと指が加速していく。止まらない止められない。 口を塞ぐのも忘れ、両手で乳首を強くつまむ。ねじる。ひっぱる。 ドア越しからレナの喘ぎ声が聞こえてきた。 「け、圭一くん、レナ、もうイくっ、イっちゃうッ、ッあぁ―――っ!!」 「ふぁぁああぁああっ!!!」 イく、と言ったのはレナだったのだろうか、それとも私だったのだろうか。 どちらかは定かではないが、恐らく同時にイったのだろう。 壁にもたれてハァハァと息を荒げる。ひんやりしていて気持ちいい。 頭がボーっとする。廊下には小さな水溜りが出来ていた。 …やった。やってしまった。 圭ちゃんとレナ。2人がしているのに興奮したとはいえ、まさかこんなところで――― 「レナ、立てるか?」 「…うん、だいじょぶ… ありがと、圭一君」 「!」 やばい――― 圭一とレナが魅音のいるドアの方に向かってきた。 咄嗟に隠れ場所を探すが隠れようにも場所が無い。 魅音は隣の教室に飛び込んだ。ドアを閉める余裕なんてない。 かと言って今更閉めにもいけないので、必死に身を丸めて隠れた。見つかったらどうしよう…! 「あったぜレナ。ホラよ」 「ありがと、圭一君」 …どうやら圭一たちは散らばった衣服を集めていただけらしい。 安堵の溜息が漏れた。 …何も隠れる事、なかったかな。 そろそろとドアから顔を出す。 …このまま流れで中へ入ってって、弁当袋を取れないだろうか。 おじさんモードで、ごめーん見ちゃったデヘヘ☆なノリでいけば、なんとか… そう思い、魅音は教室をチラリとのぞく。 そこで見た光景に凍りついた。 お互い無言で、だけど微笑みを浮かべて心地良さそうに。 唇を重ね合わせ、ぴったりと抱きしめ合っている圭一とレナ。 2人は本当に幸せそうに寄り添いながら、笑っている。 言葉なんていらない。 気持ちが通じ合ってるもの。 ……2人の顔が、そう言っている気がした。 なんだ、最初から私の入る隙間なんてありゃしなかったんだ。 先程のシーンを見るのもなかなかキツいものではあったが、なんとか我慢する事が出来た。 …我慢するどころか2人をオカズに自慰までしてしまったぐらいだ。 だけど、今この目の前にある光景は……もう耐えられない。 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! ぷつんと、何かが切れたような音がした。 なんで圭ちゃんとレナのこんなシーンを見なくちゃいけないの。なんで2人が愛し合っているところなんて見なくちゃいけないの!? だいたい学校なんかでするのは間違ってる。私じゃなくて先生や他の生徒が通りかかったらどうするつもり?! ……ああそうか。レナの作戦なんだね。こうやって2人がバカみたいに夢中でセックスしてるところを見せつけて、公認のカップルになろうって魂胆?! すごいねーレナは。策士だよホント、かなわないわ! すごくて策士でずる賢くて、汚くて卑怯で浅ましい! くっくっく…。 気づけば自然に笑みがこみ上げてきた。 握りしめた拳に爪が食い込み、血が流れる。 そうだよ。 入り込む隙間が無いのなら。 ………壊せばいい。 ただ、それだけのこと。 魅音は薄く微笑みを浮かべ、歩き出した。 ………2人のいる教室へと。
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/376.html
2007/12/22(土) 「先生、さよなら~!!」 「はい、さようなら。みなさん帰り道には十分気を付けるんですよ」 からりと晴れ上がった初夏の土曜日。私の生徒たちと帰りの挨拶を終える。授業は昼で終わるということもあり、子供たちは目をらんらんと輝かせて各々帰路について行く。 「ふふふ……昔を思い出すわね……」 授業が午前中で終わる土曜日に、何年か前の私も同じように目を光らせて過ごしていたことを思い出す。 平日の下校の雰囲気とは違うさんさんとした太陽を感じながら、お昼のカレーを自宅で食べて友達のところに遊びに行く…… そんな良き土曜の一日の思い出が私の中で反芻されていった。 職員室に戻った私は残りの業務に励む。その途中、日直の子から日誌を受け取りそれに判を押す。日直の子は早く帰路に着きたいのだろうかそわそわしながら私の返事を待っていた。 「はい、確かに受け取りました。気をつけて帰ってくださいね」 元気の良い日直の子の挨拶を受けて、私の顔が思わず綻んでいく。 午前中で終わった土曜日も相まって、一時間も経たないうちに私は今日の全ての業務を終えた。 「知恵先生。お疲れ様です」 「お疲れ様です。校長先生」 分校のもう一人の教師もある校長が私に声を掛けた。 「どうやら、業務は全て終えられたようですな。帰宅されてもよろしいですぞ。 学校に残っている生徒たちは私が見送りますからな」 「そうですか……じゃあお言葉に甘えさせてもらって……」 デスクの上の書類を片した後、教室の様子を伺いに戻る。『部活』に精を出していた 委員長たちに一声掛けて私は分校を後にする。私の中の土曜日もまた始まろうとしていた。 自宅のキッチンに足を運ぶ。芳しいカレーの匂いがほのかに香っていた。今日の朝、私は早起きして既にカレーを作り上げていたのだ。もちろん、今日はいつもより早く帰ることができると見越していたから。久しぶりにカレーで自宅の昼を過ごすことができる。幼少の頃の土曜のお昼が思い返されて、私の心がいやおうにも高揚していくのが分かる。 朝作り上げた時間から数えて数時間、熟成させていたカレーを弱火にかけて温めていく。その間に私は炊き上がった私の米飯の様子を見に行く。もちろん、これも洗米を済ませて私が帰ってくる時間に合わせてキッチンタイマーを仕掛けていたものだ。 「……うん、ご飯、いい感じに炊き上がってますね……」 ふっくらとやや硬めに炊き上がったそれを見て、次第に私の胸か高鳴っていくのを感じた。炊飯器でできた米飯にしてはなかなかの出来に仕上げることができた。私が炊くお米も吟味を重ねて選択したものだ。粘りが少なくお米同士のくっつくことの無い、それでいてルーの染み込みやすいお米……長年の研鑽を重ねて発見した業とお米の集大成が目の前で煌々とした湯気を放っている。 「んんん……はぁ……いい匂い……」 目を瞑り、私の米飯の匂いに酔う。十二分にそれを堪能した後にカレーの様子を見に行くことにする。 「ごめんなさいね……すぐ戻ってくるから……」 名残惜しそうな私の米飯にしばしの別れを告げて炊飯器から離れた。 後ろ髪を引かれつつカレーの鍋を覗き込む。ふつふつと静かに煮立っているそれは、私の特製のスパイスの香りを放っている。控えめにその匂いを主張していた先ほどの米飯とは違い、私の煮立っているカレーはその存在をダイレクトに私の鼻腔と視覚に訴えかけてくる。わずかに照りの乗っていてとろとろとしたルーの中にジャガイモの白色と人参の赤色が見え隠れしていた。そしてそれを取り巻くように繊維ほどの細さになるほど煮込まれた鶏肉が周りに点在している。 「ふふふ……我ながら良い出来ですね……」 私の得意カレーの一つであるチキンカレーが出来上がった。この出来なら一流のレストランのカレーにも遜色の無いものだと私は思う。しかし私の作ったカレーを売るような真似だけは出来ない。心を込めて作った私のカレーをどうして売るような ことが出来ようか…… 私はお鍋にかかっていた火を止めた。そして、カレー皿を棚から取り、炊飯器の所へ足を運ぶ。 「待たせてしまってごめんなさいね……」 私のことを待っていた私の米飯に声をかける。しゃもじを持ち余計な圧力をかけないように注意を払いながら形良く米飯を皿に盛っていく。残りのご飯を米びつに移した後、炊飯器のふたを閉める。そのままカレー鍋のもとに行き、お玉でルーをかける。多すぎず少なすぎず……細心の注意を払いながらルーを落としていった。この作業を怠ってしまうとルーとカレーのバランスが崩壊してしまう。 「ルーだけがいたずらに残るというような、致命の痛手は何としても避けないと……」 うまくいったようだ。バランス的に完璧なカレーライスを見て思わず自分の口角が釣り上がってしまうのがわかる。 「もうすぐ……もうすぐですからね……」 テーブルの中心に私のカレーが鎮座している。そのちょうど右側にスプーン、やや左上方にお冷を置く。後は食べるだけ。 「いたただきましょう。……!!」 スプーンで切ったご飯に断面にはルーが十二分染込んでおり、私の目が釘付けになる。私のカレーを口に運んだ瞬間、芳しい香りと舌を突付くようなスパイシーな味が口内に広がった。あまりの美味しさの衝撃に私の背中がぞわっと総毛立っていくのがわかる。 「はぁぁ……なんて美味しいの……」 私のカレーがもたらしてくれた何にも代えがたい喜びに体が震えていく。十分に一口目を堪能した後に二口目を頬張る。今度はカレーのもたらしてくれる喉越しを楽しむ。こくりと喉を震わせると、熱いカレーとご飯の塊が私の体の底に降り立っていく。体の奥から感じる熱さに悶えながらスプーンを進めていく。 「はぁ……はぁ、ん、んく……か、カレー……私の……んん」 私はスプーンでルーとご飯をきれいに形作り、口に運び続けていく。かちゃりとスプーンとお皿が立てる音にもまた小気味良さを感じてしまう。自分の口内と耳腔を楽しませてくれる私のカレーに、何か言い表せない崇高さのようなものを覚える。無意識に感じてしまうカレーへの想いに自分の心臓が高鳴っていく。 「はぁ……はぁ……はあ……んっん……熱いぃ」 息が続かなくなるほど夢中で貪り続けていたために自然と呼吸が荒くなっていく。私の熱くなった口内に冷たい空気が入り込んでいく。心地よいその感触にしばらく身を晒す。 「ふう……まだいっぱい残ってますね……」 半分ほど残ったカレーを一瞥し、私はまだしばらく続くであろう享楽に身を委ねる。その思いが私のお腹の奥をさらに刺激していく。 「さぁ、行きましょう。一緒に」 私はスプーンの動きを再開させご飯の一角に向かっていく。次はルーを多めに取り口に入れた。中にいた小さな私のジャガイモの塊をころころと舌を使って転がしていく。糸切り歯を使って半分に割り、その断面の感触を味わう。ジャガイモ特有の素材の甘味が染み出て私の舌を染め上げていく。さらなる唾液の分泌が促されていくのがわかる。 「……やっぱり良いですね。私のジャガイモも…………んんっ!!」 私はジャガイモに気を取られすぎていた。並々にスプーンに盛られたルーから一滴がこぼれてしまったのだ。私の胸元へとしずくが落ちていく。スローモーションのようにゆっくりと落下する私のカレー。胸元に達する直前に空いていた方の手の平を咄嗟に出した。ぎりぎりのところで手に平に収まりほっと胸を撫で下ろす。 「はあ、はあ。危なかった……」 今着ている白のワンピースが汚れなかったというよりも貴重なカレーを犠牲にせずに済んだという思いのほうが強かった。しかし、これからは着ている服にこぼさない様に食べなければならないという邪念が取り巻いてくるだろう。カレーの時間を 邪魔されるのはなんとしても避けないと…… 意を決した私は着ているワンピースを脱いだ。私としては他人より少し大きいほうではないかと思う、ブラに包まれた双丘が顔を出す。脱ぎ終えた白色のブラとパンティだけを身に付けている状態になる。衣服に篭っていた体熱が開放されて私の気分が爽快に一心された。もうこれで私とカレーの邪魔をするものはいない。 カレーを次々に口に運ぶ。ご飯多め、ルー多め、50:50、にんじん盛り、ジャガイモ盛り、ダブル盛り……スプーンという小さなステージを彩り、時には形を変え繊細さと大胆さを味わわせてくる私のカレー。そのギャップに翻弄され、私はカレーを食べているのではなくて、食べられているのではないかと錯覚する。カレーから受けるその多彩な責めを受け、私のむき出しになったからだが汗ばんでいく。 「あぁぁ、駄目……私のお腹の底に……カレーが、染み込んで……」 「んん!駄目、スプーンが止まら……」 もはや、私のカレーはスプーンを止めてくれようとはしない。残ったカレーを貪りつく様に食べていく。口の周りにルーがまとわり付こうが、カレーのしずくが落ちようがカレーに魅入られた私にとっては、もはや関係がなかった。 気付いたときにはカレー皿は空になっていた。名残惜しくなった私はスプーンを使ってさらに残ったルーを掬い上げていく。そして唇に付いたわずかに付いたルーを舌を使って舐め取る。その傍から見れば卑しい行為を終えた私はお冷を手に取る。内側から火照っていた私の体がすっと冷やされていくのを感じた。 私の胸元に違和感を感じ視線を下ろす。先ほどこぼれてしまったカレーの一しずくが私の双丘の間に吸い込まれつつあった。 「まだ……いたんですね……」 汗ばんだ谷間にいた最後のルーを指を差し入れ掬い取る。我慢できずにそのままルーに包まれた指にしゃぶりついた。私の指から未だ火照りの取れない唇とぬらぬらとした舌の熱さが感じられる。最後のぬくもりを味わいきり、私はちゅぷりと口から指を抜いた。 「ふふふ…………ご馳走様……」 Fin
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/360.html
眠れぬ夜にの続きです。 「なななっ…なんですのー!?」 「……ん…どうしたの、ですか……?」 鳥のさえずりをかき消す勢いで耳に飛び込んできたのは沙都子の慌てふためく声。 まるで私たちのようにくっついて離れたがらない瞼をこじ開けると、眩い朝日が目に痛い。 沙都子の狼狽の理由を知るためにどことなく重い身体をゆっくりと起こすと、ツンと鼻の奥にくる刺激臭。 …これは血の匂いだ。 突然生臭い話で申し訳ないのだが私はこの鉄の匂いというものが好きだったりする。 古来から女性は何かと血液との付き合いは多く、月経もそうだが破瓜や出産の時も出血がある。 月経と呼ばれる女性特有の生理現象は、その名称の通り毎月訪れるのだから男性よりも血に対する抵抗は少ないと思う。 それに以前破瓜の際に沙都子の秘所から流れ出た血液を舐めてからというもの、一度それを覚えてしまってからは敏感に血の匂いに反応してしまうようになっていた。 「り、梨花ぁ~……」 「…沙都子、これは……」 ぼやける視界から目を凝らして見つめると、今にも泣きそうな声をあげる沙都子の秘所から溢れるドス黒い…血。 辺りを見渡せば布団はまるで殺人事件が起こったかのような惨状で、呆然とこの光景を眺めていたけれど 我に返ればくっついて寝ていた私にも沙都子の血が身体のそこかしこにこびりついている。 …これはこれで非常に扇情的だと思うのは私の歪んだ性癖のせいではないだろう多分。 「ど、どうしましょう…!?」 「みー…どうしようもこうしようもないのです、沙都子準備はありますか?」 「じゅ、準備…?」 「はいなのです。誰かにきっとこういう事が来ると教えてもらったりはしていないのですか?」 「?? …何の事ですの?」 「…何も知らないのですか、沙都子?」 「え、ええ…」 きょとんと涙目で首をかしげる沙都子の様子からして、 どうやら男女の性行為HOW TOを教えてもらった割には初潮が来る、 という性行為よりも先に教えなくてはいけないだろう事柄は全く知らないようだった。 「みぃ…それは予想外だったのです」 「何がですの?」 「こっちの話なのですよ、にぱー☆」 ――とは言え結果的に言えば私が全て教えてあげる事になるのだし問題は何一つないのだけど♪ 予想もしなかったタナボタ状況に浸る私を訝しげに見つめる沙都子は、顔面蒼白でこれはこれで可愛らしい。 …う、うるさいわね! 沙都子は何をやっても可愛いんだから仕方ないでしょ。別に惚れた弱味とかなんかじゃないんだから! 「梨花…どうしましたの?」 「みー! まずこの血を洗い流さないといけないのです。昨日の残り湯がまだありますからそれで身体を洗ってくるのですよ」 「…でも、梨花はどうしますの?」 ちらりと私の身体に付いている血痕を見つめる。こんな自分の一大事の時なのにも私の事を心配してくれる沙都子…なんて優しい子なのかしら! 「ボ、ボクは先にお布団の方をどうにかしますです、血液はぬるま湯で洗うと落ちやすいのです」 ちなみに念のため言っておくけど私はまだ初潮なんてものは一度も経験した事がないため、 この予備知識は羽入からの受け売りだったりする。 「あら、それでしたら一緒にお風呂に向かった方が早いですわね」 「みー☆ 朝から沙都子は入浴シーンをボクに見られるなんてかわいそかわいそなのです♪」 「そう思うんでしたら見ないでくださいましー!」 「みーみーみー☆」 そんなこんなで鳥のさえずりなんて何のその、 スプラッタよろしくな血まみれの私たちはどたばたじゃれ合いながら浴室へ向かっていったのだった。 ――身体が重い。 今朝梨花に教えてもらって初めて知ったのだけど、これはどうやら「生理」というもので大人の身体になるために体内が準備をするという事らしい。 ここ数日なんとなく身体の調子がおかしく感じたのもひょっとしたらそれが原因なのかもしれないと、レナさんや魅音さんに教えてもらった。 初めての「生理」を初潮と呼ぶようで、それが訪れるのは人それぞれ個人差があるらしい。背の高い人や少しふっくらとした体型の人は 一般的に早くくると言われているそうで、私はどうやら同年代の子達よりも発育が早い方らしい。…確かに梨花と比べてみれば…その、まあ…少し胸とかは…その……あの…。 ……体調が悪くなるのは人それぞれ千差万別で、今現在の私は腰とお腹に鈍痛が走り、頭もなんだかぼんやりと靄がかかっているようで、 あまり鮮明に物事を捉えられない事から私の状態は結構重い方になるらしい。話によると吐いたり貧血のあまり動けなかったりするくらい酷い人もいるらしく、 そう考えるとこうやって何とか授業を聞いてられる私は重い方とは言えまだマシな方なのかもと少し安堵した。 だからと言って体調が優れないという事実は拭い去る事が出来るわけではなく、身を案じて先生に保健室で休むように言われたのだが断固としてその申し出を断った。 授業に遅れを取りたくないなんて立派な事を言ったものの、実際のところ調子が悪い時は心細く休み時間になれば様子を見に来てくれる、 と分かってはいても授業時間であるほんの数十分ですら、梨花の傍から離れて一人でいるのがとても寂しかったから、なんて恥ずかしくて言えない。 そして保健室への誘いを断って教室にいる現在、正直授業の内容は頭に入ってくる気配はなく、 隣にいる梨花は終始不安げな表情で私を見つめているため、却って梨花を心配させる羽目になってしまった。 大丈夫ですわと上っ面だけの言葉を投げかけるしかない自分の判断ミスを、悔やむ気持ちと申し訳ない気持ちで自己嫌悪に陥っていた。 机に身体を突っ伏した時に流れた髪の透き間からちらりと梨花を覗き見る。細いラインで描かれる輪郭や日光に当たっていても透き通るような白い肌、 近づくとパサパサと音が聞こえるくらいの長い睫毛、漆黒の吸い込まれるような瞳、薄く色づく唇、何もかもが綺麗で、愛しい。 いつもなら緩やかに弧を描いて存在するはずの眉毛の頭は少し中心に寄っている。眉間に皺を寄せながら私の身を案じている、 そんな梨花を見ているとその表情が生まれる根源が私である事が嬉しい反面、あの日私を救ってくれたあの花のような笑顔が見れないのが少し寂しくもある。…なんて自分勝手なんだろうとは思うけれど。 伏せている上半身を起こして梨花を安心させようとするも下腹部には鈍痛が、腰には言葉に出来ないだるさが纏ってなかなかいうことをきいてくれない。ひょっとして腰がだるいのは 昨日我を忘れて梨花を求めてしまったからかもしれない、と昨夜の出来事を思い返して少し体温があがった気がした。 生理の期間というものもまた人それぞれ個人差があり、3日で終わる人もいれば1週間続く人もいるそうだ。私は今日が1日目、とするならば最悪一週間はこんなに辛い思いを我慢しなくてはいけないという事か、 ああ…考えるだけでも嫌気が差す。 この生理痛とやらを男の人が味合わうと痛みに耐えられないらしい。それなのに偉ぶる男の人なんて…思えば私のお母さんを泣かせたのも男の人が悪いんだ、 きっとお母さんをたぶらかす男の人がいなければ何も問題はなかったんだ、最初の「お父さん」がお母さんが泣かせたりしなければ、にーにーだってあんな事をせずに済んで、 いなくならなかったのではないだろうか。 どす黒い内なる思考が私を覆い始めた頃、頬が柔らかく包まれる。この優しさの持ち主は愛してやまない梨花のもの。 少し顔をあげて梨花を見ると相変わらず眉間には皺が寄りがちだけれど、励ますためにいつもの笑顔を振りまいてくれた。 あぁ……なんて馬鹿馬鹿しいことを考えていたんだろうか、もしそれが現実なのだとしたら今私は梨花の隣にいないかもしれない。 寧ろ梨花が私の隣にいてくれないかもしれない。好きな人に、梨花に想いが伝わってこんなに毎日が幸せなのに、それ以上を望むなんて …なんて馬鹿げているんだろう。私の幸せは梨花が私の傍にいてくれる事、ただそれだけなのに。自分の浅はかで自分よがりな考えにうんざりする。 黒い思いを断ち切るかのようにブルブルと頭を振ると、遠くの席にいる圭一さんと目が合った。どうやらレナさんと魅音さんが取り組んでいる問題が終わるのを待っているようだった。 体調の悪さを気遣ってくれてはいても、冗談交じりに心配しておどけて来てくれるのが圭一さんらしくて、そんな不器用なところがにーにーを思い出させてくれる。 いつもはそれで元気な自分を取り戻せていたのだけれど、何でだろう? 今日はそんな圭一さんの気遣いにすらイラついてしまう。 そしてそれは圭一さんだけではなく、休み時間での富田や岡村の騒いでる声がいつもなら気にならないはずなのに、今日はやたらと癇に障る。 他のクラスメイトが後ろの方でドタバタやっている振動が、ただでさえ痛む下腹部と腰部に刺激を与えて苛つきは更に増す。今日は何もかもが私を不快にさせるためのもののように思えて面白くない。 気分もなんだか滅入ってる気がする。 もしこれも生理からくる現象であり、梨花の言う「大人になるための準備」なんだというのなら、私は大人になんてならなくてもいい。 どんなに自分を励まそうとしても心がざわついて落ち着かない。こんな時は誰の目も気にせず梨花と手を繋いで一緒にくっついていれば安心出来るのに―…。 私より先に沙都子が初潮を迎える―それは過去の世界から判断して想定内の範囲だったから特に問題はなかった。 沙都子の生理痛が重い方だというのも何度目かの世界で知っていた事だったし、今私が存在している世界のように 沙都子とは「恋人関係」になっていなかった世界では、私はただそれを気遣うだけの関係だったから何も問題はなかったのだ。 それなのに私と沙都子が肉体関係をも築いている恋人関係であるこの世界は、前提時点で想定外であるためループの世界と全く同じ、 または相似しているところはあるけれど前提が前提なだけに過去の経験を生かす事はなかなか難しい。 それでもなお過去に縋って考えるとするなら迎える季節が少しずれていたというくらいが挙げられる。 あともう一つ、一番重要な事。それは――私の欲求不満が積もりに積もっているという事、それが一番の問題であった。 リーリーと遠くで鈴虫の鳴く音をかき消すように衣擦れの音が聞こえた。音のする方を見れば沙都子が一間の布団に包まってすやすやと寝息を立てて寝ている。 今夜はお腹も出すほど暴れて寝てないので布団をかけ直す必要はない、そう分かっているのについお節介に似た世話を焼いてしまうのは、かけがえのない沙都子だから。 薄く口を開き息を漏らして眠っている沙都子の幸せそうな寝顔を見つめ、うっすらと雲がかっている月の光を浴びながら掛け布団の上に一つ、ほんの小さな溜息をつく。 初日の朝を除いて沙都子の精神状態は明らかに不安定だった。幾度となく見てきた沙都子の状態異常の中で今回のは特別酷く、少しでも思い通りに事が進まないと語尾が 刺々しくなったり物に当たったりと少し乱暴な節も見えた。かと思えば、ほんの些細な事に対して過敏に反応し大した事でもないのに怯えたりする。 それは月経の際に起こるホルモンバランスの崩れから寄るものらしく、そういう事もあるんだと以前羽入から聞いていたし、今回の件でレナや魅音が教えてくれたのもあってかさほど気にしてはいない。 けれどいくらどうしようもない事とは言え、沙都子がまるで雛見沢症候群発症に近い状態になっているのを間近で見ているのは正直辛かった。 よくよく数えてみれば沙都子が初潮を迎えてから今日で5日目、日数的にもそろそろ生理痛も落ち着いてきてもいい頃ではないのだろうか? …こういう時自分が経験していない事があると 私自身で判断を下せず少し歯痒い。ましてや他の何にも変えられない沙都子の事となれば尚更だった。 そして沙都子を思えば思うほど不謹慎だとは頭で分かっていても身体が疼いてしまうのもまた事実だった。 身体の調子が悪い沙都子の動きはいつもより淑やかで、生まれて初めての経験なので通常時とは違う 下着事情に今ひとつ慣れていないため、普段とはまた違う雰囲気を醸し出しそれがまた私の心を駆り立てる。 先日の乱れた沙都子に当てられてからというもの身体の疼きが奥底で燻っていて、 どうにかしなくてはと思ってはいても現状の沙都子に相手をしてもらうのは無理に近いというのは明確だった。 今日に至るまでは迫れば沙都子だって受け入れてくれたからそれに甘んじていたところもあったが、 女性特有の痛みにぐったりしながら毎日を過ごしている沙都子を見ればそんな事出来るはずもない。 …それに大体生理中ってそういう事をシてもいいのかすらわからない。経験した事ないし。 話によると生理期間は通常なら最長でも一週間そこららしい、だとしたらあと数日の辛抱だし我慢出来ない状態でもない。 昼間は学校に居るんだから意識が沙都子にだけ集中しないようにする事も出来るし、夜は夜でこれもまたホルモンのバランスというものが関係してか沙都子はいつもより早く寝てしまうので、 自分もそれに倣って寝て誤魔化すしかないだろう。 例えどんなに自分が性欲に苛まれようが沙都子の身体に無理をさせるのだけは嫌だから、私が堪える事で全てが丸く収まるのであればそれを望むより他はないのだ。 「…その代わり、元気になったら凄いんだからね…」 「ん…梨花…ぁ……?」 不意打ちで声をかけられ身体が反射的にびくっと跳ねる。――もしかして聞かれていた!? 「み、…みぃー…沙都子、どうしましたですか?」 「もぅ…まだ起きてるんですの? 早く眠った方が…よろし、い…ですわ……ょ」 「…みーごめんなのです、もう寝ることにしますです」 寝返りをうった際に少し覚醒しただけなのか、寝ぼけた声でニ、三言葉を交わすとまた規則正しい寝息が聞こえ始めた。 この様子なら何も聞こえてなかったようね…ちょっと声が上ずってしまったわ。 少し癖のあるもふもふとした沙都子の髪を一房手にして軽く口付ける。シャンプーの匂いと一緒に仄かに香る沙都子の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。 カーテンの隙間から見えていた月がカーテンの奥に隠れてしまっている。もう夜も大分更けた。早く寝ないと明日の朝が辛いから寝る事にしよう。 起こしていた上半身を布団の中にするりと潜り込ませる。またあの日みたいな血の海に巻き込まれないように、 生理期間中は各自の布団で寝る事になったため潜り込んだ布団には私一人分だけの体温しかない。 ハタからしてみれば他愛もない小さな日常との違いが、沙都子に触れられない寂しさを益々増幅させて心に僅かながらの闇を作る。 その闇に囚われないように一生懸命目を瞑る。 ――大丈夫、あと数日の辛抱だからそれまで私は耐えられる。と、何度も何度も繰り返し心の中で叫び続けては怯えてしまう。 その不安を紛らわせてくれるかのように、すっと隣から伸びてきたぬくぬくした小さな手を握り締めて眠りにつくのだった。 からっと晴れた日曜日。部活メンバーで集まる話もなく平凡な休日なので宿題をしたり、溜まった洗濯物を片付けたり何があるか分からないでございましょう? という沙都子の言葉で部屋の片づけを手伝わされる羽目になったりと、一人では気が進まずついつい先延ばしにしてしまう事も、私とは逆の性質持ちの沙都子と 一緒にこなしてそれなりに充実した時間を過ごしていた。 午後には最近沙都子の体調が悪かったせいもあり二人一緒に買い物に出かけていなかったため、天気もいいことだし久しぶりに手を繋いで買い物に出かけた。 二人で貰ったお駄賃の飴を頬張りながら行き同様に手を繋ぎながら家へ戻る途中、普段は自転車で通り過ぎていた横道を見つけた沙都子がぺかーっといい笑顔を向けて私に言う。 「少し寄り道していきません?」 キラキラと輝く大きな瞳に見つめられては断れるはずもなく、二つ返事で了承し未開拓であろう山道をざくざく進む。 買出しに出てこれなかった理由が、沙都子の体調不良だったため村の人たちがみな気を揉んで心配していたのもあり、 二人仲良く買い物している姿を見れば栄養をしっかりつけんと、とあれやこれやと手に持たされて気づけば通常の買い物の量よりも遥かに超える買い物量となってしまった。 自転車ではなく徒歩での行き帰りなので少なからず体力は消耗しているはず、 更にこの体格に合わないだろうと言わんばかりのぱんぱんに膨れた買い物袋なんて何のその、そんなものはお構いなしにと沙都子は先を急ぐ。 「いつ何時何があるか分かりませんわっ、どんなところにでもトラップを仕掛けるようにしておきませんと。それにはまず地形を知ることからしなくてはいけませんものね!」 あの時、山狗達にトラップを存分に仕掛けたのがよっぽど気持ちよかったのか、それともまた私が狙われた時救ってくれるよう備えているのか、 念入りにチェックをしながら進んで行く。女の子らしい線で描かれた沙都子の背中に頼りがいを垣間見ると、袋の重みが少し指に食い込んできていたとしても不思議と堪えきれると思える元気を与えてくれる気がした。 …そういえば沙都子のトラップワークって番犬にスカウトされていたんだっけ、どう考えてもM属性の沙都子が人をトラップに陥れて悦ぶっていうそのギャップがまたいいわよねぇ。 「んみゅぅ」 ―そんな善からぬ事を考えたのを悟られたのかトン、という衝撃と共に鼻への刺激が不意に口からついた変な言葉と同時に生まれる。 「あらあらこれは…」 「ど…どうしたのですか沙都子…」 「梨花ぁ~思いもよらないところに出てきてしまいましたわよ?」 「みぃ?」 ガサッと大きな音を立てて草木を掻き分け立ち止まる沙都子の肩越しから景色を覗き込めば、そこには見慣れた人影が3つに少し離れて1つ。 それらはというと圭一を中心に左右の腕を引っ張り取り合う薗崎姉妹、それを見守るレナという図式である。 圭一達もまさかこの獣道に迷い込んで? なんて考えは一瞬で吹き飛び、辺りを見れば見慣れた景色…ここはダム工事現場へと向かう道。 どうやら沙都子と一緒に歩いてきた獣道はここへ繋がる近道だった様子。100年とちょっとこの雛見沢で生活してるけどこれは新発見だわ… この調子の沙都子なら他の近道でも探し出してしまいそうね。 「…こんなところで何やってるんですか、沙都子と梨花ちゃま」 「ボク達はたまたまこの道を進んだら詩ぃ達がいただけなのですよ」 「それに"こんなところ"にいるねーねー達は一体何をなさってるんですの?」 「はう…これからレナの宝探しに魅ぃちゃんや圭一くんが付き合ってくれる約束だったんだけど…」 訝しげに問いかける沙都子へのレナの返答を待たずして、まるで大岡裁きのような絵図で拮抗している魅音が声を荒げて言い放つ。 「この…っ詩音が突然どこからともなく現れてきたってわけー!!」 「もう、圭ちゃんもたまにはお姉やレナさんだけじゃなくて私にも付き合ってくださいよー」 「いでっでででで!! おいお前ら! オレが引きちぎれてもいいのかよッ!? ちょ、詩音も腕に胸とか…ああっレナそんな目でオレを見るなぁー!!!!」 ―と、言う事で私たち部活メンバーは話の流れでダム工事現場でありゴミ山…改め、レナの隠れ家にいる。 とある世界で発症したレナに会うためにここへ来た事があったけれど、中に入った事はなく外見とは裏腹に あまり広くない車内へこの度初めて入り込んだのだが、ところどころにレナが手直しした箇所があったり、 おそらく家から持ってきたものだろうものがあったりとこれはなかなか快適空間かもしれない。 レナが言うには扉を閉めれば大体の音は遮断できるそうで、何か考え事をしたい時はここに来るんだ、 なんて少し苦笑しながら私たちに伝える仕草は一瞬あの事件を思い出してしまった。 けれど今の世界はみんながみんなをちゃんと信頼している素晴らしい世界。そんなレナを見て必要以上に圭一と魅音、 そして詩音は騒ぎ立てる。…きっと大丈夫、そう信じてる。 そして沙都子はというと、レナの作った秘密基地がよっぽどお気に入りなのか「大好きな」圭一達が遊んでいても目もくれず、 車内を色々と詮索している。まるで犬が尻尾を振っておもちゃで遊んでいるようにも見えて可愛い。 「どうしたのですか、沙都子」 「え、あぁ…ちょっとにーにーの事を思い出したりしてまして…」 声をかけられ我に返ったのか、少し頬を赤らめて答える沙都子からなんとなく哀愁を感じる。 「悟史の事をですか?」 「えぇ…、よくにーにーと一緒に隠れ家のようなものを作って過ごした事がありまして」 「…そうなのですか?」 「あら梨花には言った事ありませんでしたっけ?」 自慢ではないが沙都子の事なら私に聞けと自負出来るくらいの沙都子マニア。 そんじょそこらの一般人では考えられないくらいの時間を(私一人だけど)共に過ごしているのだから、 知らない事を探す事の方が難しい。 …つまりこうも理屈ぶっている私が何を言いたいのかというと、そんなものが存在していたなんて初耳だと…"知らなかった"という事。 確かに悟史が沙都子の横にいる頃は私の知らない事があったって、不思議ではなく至極当たり前の事なんだから初めて聞くのは当然だ。 けれど伊達に100年とちょっとの期間沙都子の傍に一緒にいたわけではない、恋人という関係になれないものならば出来るだけ沙都子にとって 特別な存在でありたいと、さり気なく詮索をしたりもした。だから"普通に"沙都子の友達であり親友である状態なら知らない事も長い年月を 一緒に過ごして知ったものだってある。沙都子自身どうしてそんな事まで知っているんですの? と疑問を持たざるをえないくらいの情報、 例えばちょっと隠れたところにあるホクロの位置とかそういう類のものだって知っていたから、沙都子に関しては解らないものはないと 驕りがあったというのに――その驕りで掬われた私の足元はぐらぐらと不安定に歪み私を暗闇へと誘い始める。 「わ…、ぁ、ボ、ボクは沙都子と一緒に住む前の事はあまり分からないのですよ…」 「それもそうですわね、ごめんなさいですわ梨花」 私の言葉を受けてか、少し眉間に皺を寄せて申し訳なさそうにフッと笑顔を向ける沙都子の顔はなんだかとても儚く、 悟史の事を思い出して生まれただろう郷愁に近い感情が、陰り始めた日差しの影と重なってどこか寂しげだった。 その様子を俯いた顔を上げる事もなく、肩から流れ落ちた髪の隙間から受け止めるだけだった私の中で今日の買い物で消えかけていた心の闇がまた、 心の奥の奥の底の方でむっくりと頭をもたげ始めた気がした――その時だった。 「おーい、沙都子に梨花ちゃん! 雲行きが怪しくなってきたから解散するって話になってるんだけどどうするよー?」 コンコンと車体をノックしながら閉ざされた世界の外から少し篭った声が降ってくる、この声は圭一だ。 声の主の言葉通り車の窓から覗いて見れば、いつの間にやら空には雨雲が広がりつつあった。 「圭一の言う通りにして、そろそろ出ましょうなのです」 「そうですわね、買い物したものが濡れてしまっては困りますし」 身体を起こしてちょっと固いドアの取っ手を軽く握る。 圭一が今声をかけてくれなかったら、私はどうなっていたんだろう? もう過ぎ去ってしまったものに対してフツフツと湧き上がる黒い、嫉妬という醜い感情を沙都子にぶつけていた… いやきっとそれ以前に重苦しい空気に包まれて、沙都子にいらん気を遣わせてしまう羽目になっていたかもしれない。 100年「生」を繰り返して、擦り切れて壊れそうだった私の希望であり、叶うわけないって見捨てていた捨てきれない感情。凍らせて眠らせていたソレは私が今存在し続けるこの世界で 思いも寄らない形で実ったものだから、感情をもてあます事が度々あり、どう処理したらいいものか解らない事が多かった。 言葉で言ったら私のこの性格の事だ、沙都子は全然悪くないのにきっと語気を荒げてぶつけてしまうに違いない。上手く言い逃れる言葉回しや大人たちに可愛がられる言葉回し、 そういうものはループの世界で幾度となく学んできたから素直に言葉に出来たとしても、自分の感情というものを相手にはっきりと口に出す機会に恵まれたのは本当にここ数ヶ月の間のため、 相手に上手く伝えられるかが微妙なところ。それに怯える私はいつからかその思いを、お互いがお互いの身体を求める行為中の攻めの手が代価として沙都子へぶつけるようになっていた。 行為中の沙都子は快感にのまれながら私のいう事を何でも聞いてくれる、恥ずかしながらだけどなんでも従順に従ってくれる、だからどんなに意地汚い醜い感情だって受け入れてくれる。 例え私以外の誰とも口を利くな、なんて無理難題を言ってのけたってきっと受け入れてくれると思う。身体全体で私を受け止めてくれる沙都子に私は身体全体を使って与える、 それが普通であり当たり前になっていたから沙都子の身体が本調子でないだろう今、ぶつけるものがなく自分の中でただ膨らむだけの黒い感情を言葉で伝えていたら、 通常よりもっとひどい事になっていたと思う。 正直魅音も相当な空気を読めない人間だと思うが、圭一も魅音ほどまでいかなくてもそれなりに空気を読めない男だと思う。 だが魅音にしろ圭一にしろその少し鈍感であっけらかんとしたところが、魅力でありそれに救われる人もいるのだから不思議なものだ。 今、こうしてその無神経さに助けられているのだから。 少し息を止め、力を篭めて開けたドアの先には雲間から見える霞んだ夕焼けを背に、大好きな仲間たちが勢ぞろいで私たちを迎えてくれた。 その表情はとても穏やかで私と沙都子の間に一瞬生まれた不穏な何かも、さらりと拭い去ってくれたような気がした。 圭一達の提案通りにまた明日、と口にして別れた私たちはいつも通りに手を繋ぎ歩いて家路と辿り着く。 広くない台所に二人入るのは窮屈なため日々のお礼にと、買い物したものを沙都子が冷蔵庫にしまってくれたのだが、 それを畳の上に寝転がりながら見守る私の身体はなんだかだるく感じられた。 久しぶりの買い物で拭い去れたと思っていた黒い感情はあの一瞬で私の心を覆ってしまい、未だぐるぐると渦を巻いている気がする。 私は一体何に怯えているのだろう? 私には沙都子がいて、仲間がいて毎日を鮮やかに彩ってくれる。それだけで充分じゃないか。 今日だって突然ではあったけれどみんなに会えて楽しかった。だから不安に駆られる事なんて一切ない。 今日の様子からみて沙都子の体調は快復傾向に向かっている、私がどれだけ寂しかったかを 沙都子の身体に直接与えられるようになるのも時間の問題だ。また私だけしか見れない沙都子の可愛らしい声や表情を存分に楽しめる。 そう自分を励ましてみても根拠のない不安がその言葉を無に変えてしまう。 今日は一体どうしたというのか。台所から聞こえる少し音程の外れた沙都子の鼻歌が遠くに聞こえる――。 眠れぬ夜に3に続きます
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/243.html
「勘だ――――」 たった三文字の言葉なのに、私の心は大きく揺れ動いていた。 少し前まで組んでいたはずの腕も、いつの間にか離れていて、前原圭一は私の目をえぐるような視線で対峙している。 親族でさえ私と姉こと魅音の区別を明確にすることはできない。 幼い頃から『入れ替わることを茶飯事に行っていた私たち』なのだから、癖だとか仕草さえ同一なはずなのだ。 確かに私は二年弱の牢獄ばり学園生活――実体験からの比喩だから笑えてくる――を送ったし、魅音と言えば鬼婆のもとで、次期頭首としての教育を受けたのだろうから、空白の時間が生まれているのも事実だ。 だからと言って、雛見沢に戻ってきてからの一年間で、入れ替わりがバレたことは一度もないのに加え、この圭一と言う男はまだココにきて一ヶ月と言っていなかったか。 ある意味強固な自信とさえなっていた姉との入れ替わりが、『勘』なんて言う不明確な理由で看破されたことに、私はただうろたえるしかない。 ぎりっ、と歯ぎしりの音が頭に響く。 扉一枚の向こうには、この男に病みつきとなっている姉が居るのだ。今の前原圭一が存在する以上、姉は前原圭一のことだけを考えるようになるだろう。 口先八丁で、妙に仲間を強調し、部活の罰ゲーム常連のこの男に、姉は一層のめり込むだろう。 それを私は許してはいけない。 魅音と詩音が限りなく近い存在だからこそ、ミオンとシオンに狂いがあってはいけないのだ。 今回の場合正しいのは明らかに私。悟史くんはずっと雛見沢に住んでいるのに対し、都会から来た余所者に魅音が恋心を抱くのは困る。 周囲の人……、それは園崎家を含めてだが、私まで彼に恋愛の感情を抱いていると勘違いされかねない。 絶対に崩れていけない牙城を守るためなら、私は前原圭一を排除することさえ躊躇わない。絶対に。何が起きようとも。 圭一は不思議そうな表情を浮かべて、黙りこくった私を見つめていた。 くそ、これもだ。 この悟史くんと共通するような仕草の一つ一つが、私の感情を逆撫でにする。 何も知らないくせにすべてを知っているような行動。 知ったかぶりなら否定できるからまだしも、本当に知らないのだからタチが悪い。やり場のない怒りとはこのことだ。 とりあえず私は、姉に前原圭一が魅音と詩音の区別をつけることが出来る、なんて最高級の好材料を提供するわけにはいかない。 元々このぬいぐるみを買ってほしい、なんてのは話の流れで生まれたものだ。 スルーしたって圭一に問題が生じるわけではないだろう。 「へぇ……、圭ちゃんがそんなシックスセンスを持ってるなんて知りませんでした。私もおちおち圭ちゃんの前で、悪いことは出来ませんねぇ」 ぬいぐるみが並ぶショーウィンドウから離れつつ歩き出す。 圭一にとって『魅音と詩音の区別』は、それほど大きな事項であることに気づいていない。 会話に引き入れつつ無かったことにするのが得策だと判断した。 「おい、詩音。お前まさか魅音になりすまして、とんでもないことしてないだろうなぁ」 圭一は苦笑するような口調で私に返答する。きっとダム戦争時代の凶行がバレているのだ。 あの時は確かに姉を頻繁に使わせてもらった。 今でもそんなことをされては、圭一もおちおちと…………。 あれ……、私は今どう言う思考をしようとしたのだろう。 落ち着いて……冷静に……クールになって、いつもの詩音になって考える。 圭ちゃんは、詩音と魅音が違っては何か困ることがあるのか? 圭ちゃんが、詩音と魅音で対応の仕方が違うのか? こんなにも似ていて、同じと言ってもおかしくないほどの双子なのに、前原圭一はシオンとミオンを別個にする必要がある? 疑心暗鬼の渦がうごめいているのがわかる。 頭の中で前原圭一と園崎魅音が浮かび、消え、浮かび、消える。 腹立たしかったのは浮かぶのも消えるのも、常に二人は一緒だったことだった。 六月二十二日。教室には空いた席が四つ存在していた。 都会に居た頃とは比べものにならない濃密な時間。 俺にとって都会で過ごした十数年よりも、はるかにこの一ヶ月が重要な役割を占めるに違いない。 そしてその時間を作ってくれた大切な部活仲間(メンバー)。 その一人たりともこの教室には居なかった。 クラスの中心となっていたあいつらが居なくて、綿流しから数日経っていない、と言う事情。 この二つで充分、もう彼女らに会えないことが分かってしまう。 クラス中の子供たちが時々すすり泣くのも、当然これが原因であろう。 だが――――、俺にはまだかすかな希望を信じて、決して泣くことはしない。 まだ俗に言う『鬼隠し』など認めてたまるものか。 鬼に隠されたのなら、その鬼から何が何でも連れ戻してきてやる。 またあの『日常』を取り返すのだ。 スリルなどいらない。 変調も厭だ。 事件にも拒否権を行使する。 この『オヤシロ様』と言う盾を使った、すべてにケリをつけてやる。 終業のベルが鳴った。いつもなら隣にレナと魅音が居て、校門の所で沙都子と梨花ちゃんに別れを告げる。 他愛もないことで会話が盛り上がり、水車小屋で魅音と別れる。 週一ぐらいでレナの宝探しに付き合い、どちらにしろ夜となる前に帰宅する。 もう教室を離れたときから『日常』と乖離している。剥がれたモノはまたくっつけるんだ。 隣に誰も居ないまま俺は園崎家の正門に来た。 『日常』に帰られる方法があると言うなら、唯一ここに居る筈の鬼が知っているだろう。 しかし鬼に隠された……か。 魅音の字を指で手の平に書いてみる。 確か魅音のばあさんは『お魎』と言うらしいから、園崎には鬼がつきやすいのだろうか。 だけど詩音には鬼の字が入っていないし……。 帰ってきたら魅音に聞いてみよう。帰ってきた後のことを考えるのは希望になるってもんだ。 覚悟を決めた俺は呼び鈴を押す。俺の耳にも響くような大きな音が、門の奥から聞こえてくる。 砂利を踏みしめる静かな音が大きくなってきた。 一歩一歩踏みしめるかのように、ゆっくりと音が近づく。 そして音が止み、代わりに蝶番を外す音。 息を大きく吸って、門が開く様子を俺は直視した。 「前原圭一さんですね……」 想像していたのとは違う、落ち着いた声が耳に届いた。 門から現れたのも、俺の記憶にはない園崎家の人。 でも母親と言う割には、魅音や詩音との類似が見当たらないし、お魎とか言うばあさんにしては、若すぎる。 加え、俺みたいな若造に敬語を使うあたりも、失礼になるが園崎家にあり得ないように思えた。 「こちらへどうぞ」 俺の返答も聞かず、その女性は俺に付いてくるよう促す。 広い敷地内を歩く間、魅音はばあさんと二人暮らしをしていることを思い出し、使用人がいるとも言っていた。 思い出して改めて見ると、確かにあの落ち着いた様や、丁重な振る舞いにも納得がいく。 「そうなると、魅音は俺が来ることを……」 その思考に到達した所で、使用人の女性はある部屋の前で止まり、正座で正対しながら静かにふすまを開けた。 開けて本人は入らず、俺に一礼をし、俺の横を通り過ぎ戻っていく。 ここに魅音が居ることは、いかに鈍感と呼ばれる俺でも理解できる。 もう深呼吸する必要はない。覚悟は既に決め、腹もくくっている。 開かれているふすまを更に開けて、俺は部屋へと入った。 想像通り、緑色の髪を後ろでくくった魅音がそこに居た。 部屋にあるのは布団だけ。その布団の中で魅音は静かに眠っていた。 眠っている魅音に近づき、膝をついて魅音を眺める。 本当に静かだ。正直いびきのひとつでもするもんだと思っていたが、明らかにこの魅音は園崎家次期頭首の顔。 その顔に俺は指をそえる。こめかみからゆっくりと頬へ移動させ、細い顎のカーブを描き、唇で指を止める。 瞬間――――、ぴしっと俺の頭を電流が駆け巡った。 根拠がない。理由がない。原因も見当たらない。 それでも――――、俺は確信した。 静かに瞼を開ける…………『園崎詩音』を俺は見つめる。 「悟史くん…………?」 悲しい韻と共に、静かな崩壊が始まったのを俺は直感したのだった。 「あぁ、そうだよ、詩音」 魅音であるように振る舞う詩音。悟史のように振る舞う俺。 お互いに擬態している二人の目線が一致する。 俺はレナや梨花ちゃんから聞いた悟史の記憶を掘り起こし、詩音の頭をそっとなでてやる。 詩音の口から息が漏れて、耳たぶまで顔が紅潮した。恥ずかしいからなのか開いたはずの目も閉じられている。 構うこともなく、だがあくまでも優しく詩音の頭をなで回す。 さすがに恥ずかしさの限界に達したらしく、俺の腕を掴んで引きはがそうとする。 引き……はがそう……と…………? 万力にかけられたように腕に痛みが走った。両の腕でがっちりと掴まれた俺の腕を、詩音は離そうとしない。 圧迫して押しつぶすかの如く、詩音の手から痛みがダイレクトに伝わる。 必死に俺の方から脱出を試みる。それでも同年代の女の子に、俺は完全に力で主導権を握られていた。 予感がした時には、もう遅かった。 詩音の目は 完全に イカれていた。 「オマエ ハ サトシクン ジャ ナイ」 断定をこめた――――違う、断罪をこめた音声が脳を揺るがした。 揺れ動いた脳がピンボールにでもなったのか、急に視界が暗闇に染まる。 だが、その暗闇も一瞬のこと。すぐに意識が、痛みによって引き戻された。 バキッと派手な音を立てて、手首の方向が明らかに異常な方向を向いている。 「あああああああっっ!」 躊躇もなく俺の手首は破壊され、万力から解放されたのを感じ、俺は畳を転げ回った。 右の手が全く動かない。 いつもなら動くはずの『自分自身』が動かないと言うのは、なんとももどかしい感覚だ。 どうあがいても収まらない痛み。転げ回っていた目線の先に、白い靴下が映る。 鬼……。名前など所詮は人の決めること。園崎に流れる血には、やはり鬼が存在するのだろう。 瞳は絶対零度まで下がってるかのように、俺と言う存在を視線で否定する。 その目が――――、俺のすべてを否定する。 「圭ちゃんかぁ――――、うくくくくく、どうしたんですか、こんな要塞みたいな所に来て」 詩音が俺の横っ腹に蹴りを入れる。ためらいもない攻撃は体に大きく響く。 「寝て、いる、わた、しに、なに、しようと、したん、だ」 同じ場所を何度も何度も蹴り上げる。逃げようにも後ろは壁だ。 右手が使えないため、片手でカバーするにはあまりにも蹴られる場所が多すぎる。 ただただ攻撃を喰らい続けるだけの、あまりに試合にならない格闘技戦だ。 「やめ……ろ……詩音……、お……おねっ……お願いだ」 蹴られるたびに俺の懇願も遮られる。何度も何度も同じ言葉を俺は繰り返す。 何度も何度も何度も何度も何度も何度も俺は謝罪し、許しを乞う。 「寝取る……って言うんでしたっけ。 無理矢理寝ている子をレイプするのって。 不法侵入に、嘘ついて、強姦ですか。――――最低だよ、圭ちゃん」 違う、俺は違う。 ここに本当は魅音が居るはずで、その魅音を問いただして、レナの居場所を吐かせるつもりだったんだ。 なのに――――、なんでこんなことに…………。 詩音が俺に攻撃するのをやめて、俺と顔を近づけるようにしゃがみこむ。 強引に胸ぐらを掴まれて、鼻先が触れ合う距離まで顔を近づけられる。 度重なる蹴りの応酬で、俺の息が途切れ途切れになるまで疲弊していた。 「ほら、お望みのものですよ」 混乱の渦を巻く頭に、また新しい渦が追加された。 何が何だか分からないうちに、俺の顎を指でつねるように詩音は固定した。 そして隙間が数センチしかなかった俺の唇と詩音の唇を乱暴にくっつける。 「――――――――っ!」 唐突すぎる詩音の行動に、俺の思考は一気にフリーズした。 歯と歯がぶつかり合い、詩音の舌が俺の口腔を咀嚼しようと侵入してくる。 この状況の打破が最重要とした俺は、どうにか動く右腕の肘で、詩音を突き飛ばした。 俺の右腕は動かないもの、と詩音は思っていたのか、肘撃ちが綺麗にヒットする。 それによって俺と詩音には、一メートル弱のスペースがまた生まれた。 逃げることも考えたはずだが、俺の冷静じゃない頭は詩音との会話を優先させた。 「詩音――――、お前」 「気安く呼ぶな、畜生は黙ってろ」 刹那の間しか、詩音は俺に許さなかった。 たった一メートル弱。その隙間とすら言い換えても良い、距離を詩音は全力で突進してきた。 壁に俺の首を狙って打ち付け、そして肘鉄を加えた俺の右手首を、今度は横方向に捻りあげた。 「うぐああああぁぁぁっ!」 首を抑えられているのだから、酸素は少しでも大事に使うべきなのだろう。 だからと言ってこれ以上ない痛みだと思っていた痛みに、更に以上があったのだから叫ぶしかない。 「ねぇ、もしさぁ、もしもだよ? ある子にはだーい好きな男の子が居て、 だーい好きな男の子が、ある子にとってだーい嫌いな女の子に犯されていたら、 しかもその最中を録音でもされて聞かされたら、その子はどう思うのかなぁ」 何が何だか…………分からない…………。 「蹂躙されて咀嚼されて破壊されて、その子は…………み、お、ん、は、どう思うのかなぁ」 詩音の声はひどく嬉しそうだ。とても快楽に満ちている恍惚とした表情。 それでいて、まだこれから楽しみがあるかのような口元で、俺の首を締め上げる。 締め上げる首から上に酸素が届かない俺は、再び視界がフェードバックする。 詩音は俺をこのまま絞め殺す気はなかったらしい。 反応のない俺を見るや、俺を解放した。 手首の痛みもさることながら、息を長時間吸えなかったことから頭痛も激しい。 当然気管をふさがれるほどの圧迫を受けた首も、鈍痛が激しかった。 「ねぇ……、ど、う、思うんだろうね」 どう思う、って何をだ……? 録音……、犯されて……、魅音……。 魅音は……、俺のことが好きだった…………? 「あくまでも、も、し、も、の、話だよ、圭ちゃん。くけけけけけけけけ」 哄笑の表現がぴったりな詩音の笑い声。もう鬼としての詩音の姿すらそこになかった。 今度は後頭部を掴まれて、唇を触れさせられる。 触れ合った瞬間から、詩音の舌が俺の口内へ入ってきた。 淫靡な音が部屋中に響くのが分かる。 がっちりとホールドされている俺の顔は、ただ目をつぶり、目の前の光景が過ぎるのを待つしかなかった。 どれほどの時間が経ったか分からない。 俺の舌をぐるりとなめ回してから、詩音は俺から顔を離した。 荒い息づかいの俺とは違い、詩音の顔はひどく冷静だ。 口からこぼれた糸を指でぬぐい、俺のワイシャツへと手をかける。 一気に引きちぎられると思ったが、開いていた第一と第二ボタンの下、第三ボタンからゆっくり外していく。 その目の前で行われていることに、「犯す」と言われていながら、俺は鼓動が高鳴ってしまった。 まるで恋人との行為でするような作業に、俺は黙りこくって見つめてしまう。 「私、分かったんです」 第四ボタンに手をかけた所で、詩音は口を開いた。 この数分の間聞くことのできなかった、ひどく落ち着いた声。 「飴と鞭ってありますけど、鞭よりも飴の方が残酷なんじゃないかって」 言い終わって俺のワイシャツが脱がされる。 脇腹には蹴りのダメージを物語る、青みがかった赤色へと染色されていた。 「古手の巫女様はどう拷問しても命乞いしなかった。 ゴミ山に通い詰める変態は爪を剥がしても歯をもいでも、笑っていた。 どちらも最後まで見せたはずなのに、悟史くんの疫病神でさえ私に啖呵を切りやがった」 詩音の言ったことが何も分からない。 詩音のやったことが何も分からない。 「あの気弱な沙都子でもそうなんだ。 仮にも鬼婆のもとで鍛錬された魅音に、鞭だけじゃ絶望を与えられない」 悟史くんを失った私の痛みは教えられない。人間は飴を奪われた方が絶望する。 そう続けた所で、詩音はしゃべるのをやめた。 舌を出しながらゆっくりと俺の腹へと接近して、腫れ上がった部位を舐め回す。 傷口である場所を触られたことによる痛みと、女性に地肌を舐められると言う情報の交錯。 頭の中でそれは快感に置き換えられて、俺の拳……、左の拳にだけ力が入る。 舐めるだけでなく、口づけするように横腹へ吸い付く詩音の唇。 吸い付く度に響く音が、一層俺の思考を遮断する。 『録音』と、確かに詩音は言った。そして魅音に聞かせる……? 詩音の企んでいることを俺はようやく理解した。 そしてその謀略を俺は阻止するチャンスがある。 詩音の話ではレナと沙都子、そして梨花ちゃんは殺されてしまったのだろう。 その事実をさらりと宣言されたことで、俺は完璧に打ちひしがれた。 絶望の底に突き落とされたとさえ思えた。 だが――――、まだ救える仲間が居る。魅音はまだ詩音に殺されちゃいないんだ。 ならば俺はまだ落ちるわけにはいかない。 わらにすがってでも、魅音を救い出してみせる。 詩音からの仕打ちに覚悟を決めた俺は、口を一文字に結んで全身に力を入れた。 目をつぶって、少しでも眼前で行われている快楽に屈しないように集中する。 「うああぁっ?」 そう思ったのも束の間。舐められる部分が胸へと移ったことにより、無様に声を出してしまった。 反応しないことが俺に出来る抵抗――――――――――――っ! 左手で自分の口をふさぎ、少しでもあるかもしれない録音機に音を拾われないよう努力する。 その様を見たからか、詩音は執拗に俺の胸、そして敏感に反応せざるを得ない場所に接吻した。 固くなった乳首を舌で転がされ、もう片方の乳首も指で弄ばれる。 俺は経験がない以上、次に何をされるかもよく分からない。 快感がこれほど、覚悟を挫けさせようとするものだとは思わなかった。 だが声を漏らそうものなら、魅音を救うことなどできない。 少なくともこの手段での魅音による拷問は避けられるはずだ。 絶対に詩音の思惑通りに運ばせてたまるものか……。 「体が敏感な割には我慢しますねぇ、圭ちゃん」 冷酷な断罪の声とは違う、甘ったるい誘惑する声で詩音は耳元で囁いた。 その声にも俺は何も反応しない。意識しないことだけを考えて詩音の言葉攻めに耐える。 ふふ、と笑った声が聞こえてすぐ、一際大きい音がした。まるで脳に直接響いたような音。 耳の中に舌が侵入したのに気づくのは、少しだけ時間がかかった。 口と手で塞いでるのにも関わらず、息が漏れてしまう。 体勢がいつの間にか、後ろから抱きしめられている形に変わっていた。 逃げることを考えたが、詩音の足が俺の腹の前で交差されて、ロックしている感覚がある。 執拗に左耳を舐め、噛み、囁き、俺は溶けるような感覚さえ覚えた。 恐らくそこに油断があったんだと思う。 誘発された油断につけ込むように詩音は、俺の股間を布越しから掴んだ。 既にキスをされた時から反り立っていた俺の一物は、ずっと求めていた刺激に大きな快感を脳に伝える。 「っつぁ!」 遂に大きく声を漏らした俺を、詩音は休むことなく攻め続ける。 股間を手で刺激し続けるのに加えての、舌や指による愛撫。 たった数分で俺の覚悟は屈してしまい、詩音の手の上で文字通り遊ばれる格好になった。 いけないとは思いつつも、今まで実感したことがない快感に、声が漏れる。 ズボンのジッパーを下ろされても、何も抗わなかった。 快感が欲しい。これ以上の気持ちよさを味わいたい。 欲求に支配された雄に、成り下がった瞬間であったと思う。 それを理性が理解しつつも、脳が下す命令は性への欲求だった。 外気に触れて、俺の剛直はびくびくと痙攣する。 最初は自慰のように手でしごかれていたのが、また舌による攻撃へと移っていき、指も亀頭を中心に弄び始めた。 俺の体で一番敏感な部分を、ダイレクトに詩音は攻め続けた。 絶頂に達するかと思い始めると、詩音は俺から離れてじっと視姦だけを行う。 幸運か不運か、落ち着き始めた頃にまた詩音は、俺のモノへと手をかけて、快感を供給する。 その延々と続く刺激の繰り返しに、俺の頭は欲求のみで満たされて、耐えることを完全に忘れてしまった。 だらしなく漏れる声と唾液。少しでも欲求を満たそうと自ら腰を振り、詩音の愛撫や口淫に身を委ねた。 「フィナーレですよ、圭、ちゃん」 俺が目を開けると、詩音の下半身には既に衣服はなかった。 都会に居た頃見たビデオでは、モザイクがかかっていた部分。 そこはきらきら光っていて、陰毛の奥には桃色の陰部が俺の視線を釘付けにする。 ただでさえ敏感になっているのに、あのナカへ入れたら、どうなるんだろう。 雄としての思考が広がり、いっぱいになっていた唾液を俺は飲み込む。 詩音は俺のモノを抑えて、ゆっくりと自らの腰を下ろしていく。 先端が毛先に当たったもどかしさを感じた瞬間、一気に俺は詩音のナカへと入っていった。 「――――――――あああああぁぁぁっ」 フェラチオとは違う種類の快感。何よりも熱が俺の頭を更にかき乱す。 熱い熱い熱い――――――――! 陰茎に沿って広がるような詩音の膣。 腰を振る度に起こる、自慰の数倍の快感。 確か騎乗位とか言った名前の体位で、俺は詩音の快感に酔う。 少しでもこの時間を味わいたい――――――――! さっきとは違う、理性からかけ離れた理由で俺は必死に快感から耐えた。 次第と快感に慣れて、俺は詩音を瞳に映す。 どれほど淫らな姿に詩音はなっているのだろう。 そんな下劣な好奇心で、俺は目を開ける。 そこに居たのは、俺が求めた雌としての園崎詩音ではなく、鬼の姿になっていたソノザキシオンだった。 「さっさと、イっちゃいましょう? 圭ちゃん」 詩音の右手に握られていた包丁が、俺の首の付け根に突き刺さる。 骨のすぐ側を通った包丁は、きっと畳まで達して貫通したんだと思う。 致命傷となったその包丁で、俺はすべてのものから解放された。 耐えていたことからも解放されて、防波堤を失った精液は、詩音の膣の中で爆ぜた。 痛さも熱さも引いていった俺の頭。 死が目前に迫っていることを感じながら、詩音の最後の哄笑を俺は聞いていた。 「最っ高だよ、圭ちゃん! コレ見せたら魅音はどうなるかなぁ! 楽しみだなぁ! これで魅音も狂って崩れて壊れちゃうよねぇ! くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ――――――――…………」
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/164.html
前のお話 綿流し後日2 圭ちゃんが乱暴に私の身体に触れる。 「魅音」 私の名前を呼びながら、私の首や鎖骨の辺りに噛み付く。赤い痕を点々と残す。 ああ、体育の着替えの時に困るな。沙都子や梨花ちゃんには分からないだろうけど、レナなら気付くかもしれない。 そう心の隅っこで思ったけれど、口には出さなかった。 圭ちゃんの唇が徐々に位置をずらす。そしてそれは胸に辿り着く。 不意に、圭ちゃんが私の乳首に、がりっ、と歯を立てた。 「ひっ!…ぐぅ…」 思わず悲鳴を上げて身体を強張らせる。圭ちゃんは面白がるように言う。 「痛かったか?ごめんな魅音。俺慣れてないからさ」 そして指で、ぴん、と私の乳首を弾く。痛みに似た痺れが走って、私は羞恥に唇を噛んだ。 「うっわ、びしょびしょ。こりゃあもう履けねえな」 圭ちゃんが手をスカートの中に突っ込む。そしてパンツ越しに私の股間を触る。 「うあっ…」 「こんなの履いてたら気持ち悪いだろ」 圭ちゃんの指パンツの端を掴んでずり下ろした。スカートの中がすうすうする。 つぷ、と圭ちゃんの指が股間に入り込んだ。 「ああ?何だこれ。小便じゃねえよな」 笑みを含んだ声でぐちゅぐちゅと指をかき回す。私のそこは濡れていた。 「あっ…ひゃ、あぁあ…」 「気持ち良さそうだな、魅音」 圭ちゃんが指を増やして、私の中に突き入れる。その感覚にびくんびくんと腰が跳ねる。 「ん、や、あうっ…」 「すっげえ。とろとろしてる」 指でぬるぬるとその感触を確かめると、圭ちゃんはずるりと指を抜いた。 やがて、ジーッというチャックを下ろす音が耳に届く。 ああ、いれるんだ。 ぼんやりと思う。視界に入ってくる、赤黒くて大きなそれ。 圭ちゃんの手が私の太ももを押さえる。不意に、ずん、と身体の中心に衝撃が走った。 「うああぁああっ…!!」 「んっ…」 私の中心目指して、圭ちゃんの重量のあるそれが容赦無く抉り込む。 ぐちゅぐちゅという水音が、私と圭ちゃんが繋がるその時だと知らせる。 痛いのか苦しいのか熱いのか気持ちいいのか、もうよく分からない。脳みそが溶けてしまう。 やがて私の中に全てを納めてしまうと、圭ちゃんがはを伏せて、気持ち良さそうにはあ……と息を吐いた。 その吐息さえもが、繋がった部分から振動になって伝わってきそうに思える。 圭ちゃんはしばらくじっとしていたが、やがて動き出した。 ぐちゃぐちゃと音を立てて、出し入れが繰り返される。 「はあ…はあ、はあ」 「んあっ、やっ、ふわああっ」 息が荒い。熱い。苦痛と快感がごちゃまぜになって、ぞくぞくする。 下半身が揺さぶられる。結合部分がたまらなく熱い。お腹の底から圧迫される感覚が頭の後ろを痺れさせる。 ぐずぐずと、熱でその部分からとろけてしまいそうだ。 私と圭ちゃんの身体がひとつになり、別の物体になってしまうのではないかと、ありえない想像が浮かぶ。 別の物体?何それ。知らない。ありえない。 じゃあこれは何?これは汗。汗が飛び散る。ぐしょぐしょできもちいい。 どこまでが汗?知らない。知るわけがない。どれが汗でどれが唾液でどれが精液かなんて、知るものか。 「んっ……魅音、魅音っ…」 「圭ちゃん…けいちゃ、ん……」 圭ちゃんが私の名前を呼ぶ。私はそれに言葉を返す。私たちはちゃんと求め合えているのだろうか。 じくじくと痛む。性器じゃない。胸の奥が軋んで、痛みを伝える。 ……悲しい。どうしてこんなに悲しいんだろう。 理由は分かってる。 腕を拘束されて、身動きが取れない。私はその手を圭ちゃんの背中に回すことも、頭を寄せてキスすることも出来ない。 そして何より、圭ちゃんは私を憎んでいる。 ひとつになれそうで、ひとつになれない。憎悪の対象と溶け合えるはずはない。私はひとつになりたいのに。圭ちゃんと溶け合いたいのに。 圭ちゃんはきっと、いつまでも私を許してくれない。 「けいちゃん、けい…ちゃ……」 「魅音」 もうとっくに視界はぼやけていた。 圭ちゃんの髪が揺れる。床に広がる私の髪も揺れているんだろう。 ぽた、ぽた、と私の頬に何かが落ちる。圭ちゃんの頬が濡れているのが、うっすらと分かった。 さまざまな体液を流し合いながら、圭ちゃんと私の身体は繋がり、絡み合い、揺れている。 脳みそはとっくに使えなくなった。考えを巡らせることなんて出来やしない。 けれどこれだけは分かる。 私の眼と、圭ちゃんの眼から零れ落ちるのは、涙。 圭ちゃんが私の奥底に精液を注ぎ込んだその後も、私はさまざまな仕打ちを受けた。 圭ちゃんのものをしゃぶらされ、飲まされた。 圭ちゃんのものを触らされ、かけられた。 カーテンの隙間から差し込む光が完全に消え失せ、闇が部屋を満たす頃には、顔にも胸にもお腹にも太ももにも、圭ちゃんの精液がべっとりと付いていた。 圭ちゃんは私の身体をずっと嬲り続けながら、私の名前を呼び、私を嘘つきと罵り、私を許さないと怒鳴った。手に入らないのなら、殺してやるとも、言っていた。 いくつもの喘ぎが嘆きに変わり、嘆きが喘ぎに変わり、混沌とした感情が渦を巻き、圭ちゃんの唇から切羽詰った叫びを迸らせていた。 唯一私を犯すことで圭ちゃんの精神の均衡は保たれているかのようだった。 「魅音、誓え。自分は一生俺に背かないと。一生俺の奴隷として、俺の傍に居続けると、誓え」 それはもう何度目の挿入か分からなくなった時だ。圭ちゃんが腰を揺さぶりながら、私の髪をわし掴んで迫った。 私は言われるがままに、圭ちゃんの言葉を復唱した。呂律が回らない口調で、ただ繰り返した。私、園崎魅音は一生、前原圭一様の奴隷です、と。 そして圭ちゃんは私の奥底に、もう何度目か分からない射精をし、その行為に終止符を打った。 陵辱、と言えばいいのだろうか。 それが終わり、ずっと両手首を拘束していた手錠が外された後も、私は精液にまみれた身体をぼんやりと起こしたまま、放心していた。 変わってしまった。全てが変わってしまった。圭ちゃんは変わり、圭ちゃんと私の関係も変わり、そしてきっと私自身も変わったのだろう。 私たちは、あまりにも歪んでしまった。そして歪みの原因、諸悪の根源は、私の愚かな嘘だ。 もう涙も出て来ない。涙腺が麻痺して、悲しむという機能さえも壊れた。もう私は人間じゃない。 「……風呂、入って来いよ」 圭ちゃんはいつの間に取ってきたのか、バスタオルを私に差し出していた。 「立てるか?」 その表情は能面のようだった。 まるで感情をどこかに捨て去ったかのような、ああそうか、圭ちゃんも壊れてしまったんだ、私のせいで。 私は頷いて、のろのろとバスタオルを受け取った。 バスタオルを受け取る時に、拘束で擦れて出来た手首の傷痕が視界に入った。 圭ちゃんはそれを一瞥すると、ふいと視線を逸らした。 何とかひとりで風呂場に到着し、熱いシャワーを浴びているうちに、身体の麻痺した感覚が戻ってくるのが分かった。 石鹸で身体の隅々まで洗い、髪をシャンプーで念入りに洗う。中に出された以外の精液を全て流し落とす。 そうしているうちに、身体が恐怖を自覚し、私は今更震えが来るのを感じた。 腰が痛い。股間が痛い。乱暴に扱われたその部分が、終わった今も悲鳴を上げている。それだけじゃない。 思わず手首の傷を指でなぞる。赤くくっきりと残るその痕の痛々しさに、先ほどの行為をまざまざと思い出す。 持ち上げられた足。引きずられた髪。押し込まれた口。歯を立てられた喉。押し付けられた熱。精液の匂い。 私の身体を蹂躙した暴力が脳裏に鮮明に蘇る。恐い。恐い恐い。 裸の背中に覆いかぶさる恐怖と喪失感に、泣きそうになる。 圭ちゃん、助けてよ。 思わずそう呟きそうになった。 私はやっぱり馬鹿だ。私を陵辱した本人に、助けを求めるなんて。 けれどどうしようもない。どうしようもないほど、私の頭の中は圭ちゃんに占められていた。今までも、おそらくこれからも。 シャワーのざーっという音が風呂場に響く。この音が、この水圧が、今までのことを全て流してくれればいいのに。 もちろんそんなのは無理だ。けれど少なくとも、私の泣き声はシャワーの音にかき消される。だから私は心おきなく泣いた。 両手で自分の膝を抱え込んで、顔を歪ませて、かつての圭ちゃんの優しい笑顔を思って、ただひたすらに泣いた。 シャワーを終えて、とりあえず寝巻き代わりの浴衣を着て廊下に出た。 圭ちゃんは風呂場から出てきた私を見ると、何も言わずに風呂場に入っていった。この沈黙が心を更に抉る。 居間に戻ると、私は畳にぺたんと座り込んだ。やがて風呂場からはシャワーの音が聞こえてくる。 もう何も考えたくなかった。このまま泥のように眠ってしまいたい。 圭ちゃんは風呂場から出たら、とりあえず帰宅しようとするだろう。 その時にまだ起きている私と会うよりも、眠ってしまっている私を見る方が気が楽だろう。 そうだ、そうに決まってる。私は畳に身体を横たえて、目を閉じた。 慈悲深いまどろみが、私を包むべく近寄ってくるのを感じる………… 不意に、電話が鳴って私は飛び起きた。 婆っちゃかもしれない。もしくは青年会の用事とか。電話には必ず出なくては。 私は重い身体を何とか持ち上げ、電話を取るべく廊下に出た。 『お姉ですか?詩音です』 電話越しにその声を聞いた途端、背中が粟立つのを感じた。 圭ちゃんが知るはずのない事実を知っていたという事実に、詩音が関係していると、今更確信する。 「詩音…なの?」 思わず唇から零れた、その短い問いかけの意図をすぐに汲み取り、詩音はあっさりと肯定した。 『はい、そうです。私が圭ちゃんに教えました。お姉が悟史くんに抱かれたって。多少脚色もしましたけど』 身体中が強張る。 「……知ってたの?」 『知ったのはごく最近です。悟史くんに接触する機会がありまして。悟史くんは自分が抱いたのは私だと誤解してくれてるみたいですが』 「そっか……」 悟史は無事だったのかとか、悟史とどうやって接触したのかとか、いつから知っていたのかとか、聞きたいことは山ほどあった。 けれどそれじゃない。私が今言うべきことは、他にある。 「……ごめんね…詩音……私、詩音を裏切った…」 声に嗚咽が混じって掠れた。詩音は受話器の向こうで黙って聞いているようだった。 「本当に、ごめんなさい…ごめん……」 『もういいです。腹は立ちましたけど、許します。無事に悟史くんは帰ってきそうなことだし、それに私も圭ちゃんにバラしたし』 圭ちゃん、という言葉に身体がびくっと反応した。 『圭ちゃん、どうでしたか?怒ってました?』 詩音は興味津々といった感じで聞いてくる。けれど圭ちゃんにされたことだけは言いたくなかった。 「…ごめん、そろそろ婆っちゃが帰って来るだろうから切るね。また今度会おう」 『えっ…お姉?待っ…』 詩音の言葉を待たずに受話器を置く。 部屋に戻ろう。寝なくては。そう思い、身を翻そうとした矢先、また電話が鳴り始めた。 詩音だろうか。私はのろのろと受話器を取る。 『もしもし?魅ぃですか!?』 電話の相手は、梨花ちゃんだった。 「う、うん、私だけど…」 『よかった…殺されてはいないようですね』 「え…」 梨花ちゃんはひどく焦った口調だった。 『圭一はあの後大人しく帰りましたか?何かひどいことはされませんでしたか?』 核心を突かれて、思わず口ごもる。何で知ってるんだろう。 私は不可解に思いながらも、正直に言ってしまっていた。 「う…ううん、実はまだ家にいるんだ…」 梨花ちゃんが受話器の向こうで息を呑んだのが分かった。 『……魅ぃ、今すぐ逃げるのです。圭一は危険です。圭一は今、多分相当精神的に参っています。最悪、魅ぃを殺そうとするかもしれません』 梨花ちゃんは、知ってるんだ。 はっきりと悟る。梨花ちゃんは最初から気付いていたんだ。 放課後に告げられた、梨花ちゃんの警告が脳裏に浮かぶ。 ……もし危険を感じたら、すぐに逃げるのですよ… そうだ、梨花ちゃんはあんなにもはっきりと警告してくれたじゃないか。私を危険な目に遭わせまいとして、教えてくれた。 それを今更思い出すなんて、私は本当に馬鹿だ。 『魅ぃ、聞いてますか?一刻も早く、僕の家でもレナの家でも何でもいいから、避難するのです。圭一の傍は危険です、だから…!』 「もう、遅いよ」 自分でも驚くほど乾いた声だった。 梨花ちゃんの声が止まる。私は小さく笑って言葉を続けた。 「もう、駄目だよ。ごめんね梨花ちゃん。梨花ちゃんの警告、ちゃんと聞かなくて」 『……だ、駄目なんてことはないのです。今からでも十分間に合います』 必死に説得するように、梨花ちゃんは声の調子を強くする。けれど私は頑なに言う。 「ううん、無理なの。私、圭ちゃんを置いて逃げるなんて出来ない。だって圭ちゃんがああなったのは、全部私のせいなんだもの」 『そんな、そんなこと…』 「その様子だと、梨花ちゃんも知ってるんだ。私の罪、私の嘘」 梨花ちゃんが唾をごくりと飲み下す音が聞こえた。 『……知っています。けれどそのことに、こんなにも責任を感じる必要はありません! 魅ぃが辛かったのは分かります。ちょっと考えれば分かることです、魅ぃの気持ち、魅ぃの苦しみ!』 梨花ちゃんのその優しい言葉に、胸が少し軽くなるのを感じた。目頭が熱くなる。 「…ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。でもね、私はたとえ今日の放課後に戻れても、圭ちゃんからは逃げないよ」 『……どうしてですか』 「だって」 私は息を吸い込んだ。身体の緊張が、緩やかにほどけてゆく。 「私は圭ちゃんを、好きなんだもの」 我ながら凛とした言葉だったと思う。これだけは、私が心から自信を持って言えるセリフだから。 梨花ちゃんは少し黙って、そして続けた。 『魅ぃの気持ちは分かりました。でも、僕は魅ぃにひどい目に遭ってほしくない。お願いしますから、どうか…』 「あのね、梨花ちゃん。私約束したんだ」 ぐちゃぐちゃになりながら、どろどろになりながら、最後に交わしたあの約束。 私はそれを決して忘れない。誓ったのだ。 「一生圭ちゃんの傍にいるって、誓ったんだ。圭ちゃんがそれを望む限り、私はずっと約束を守るよ」 声が震えた。悲しみでも恐怖でもない。圭ちゃんを好きだと思う気持ちに、身体が震えた。 「だから、だから私は…私はっ、」 不意に、後ろから強い力で肩を掴まれた。そして受話器が奪われ、がちゃん、と切られる。 振り向かなくても分かる。 圭ちゃんだ。 私は処刑台に立ち、死刑執行を待つ囚人のように、目を閉じた。 羽入から無理やり、四年目に悟史と魅音の間に起こったこと、そして最近詩音が圭一に教えたことを聞き出し、急いで魅音に電話した数分後。 唐突に電話が切れた。 きっと圭一が現れたのだろう。こうしてはいられない。魅音が危ない。すぐに助けに行かなくては。 あの調子では、きっと魅音は死の危険に晒されても抵抗しないだろう。もしかしたら魅音も発症しているのかもしれない。 ところが、走り出そうとした私の目前に、羽入が立ちはだかった。真剣な眼差しを私に向けている。私は羽入を睨み付けた。 「…何のつもり?羽入」 「行ってはいけません。こればかりは圭一と魅音の問題です。僕らが干渉してはいけません…!」 「何言ってるの!ふたりを見殺しにする気!?」 「そうではありません!これはふたりの問題なのです。助けるとか救い出すとか、そういうレベルじゃないのです!」 「っ…何言ってっ…!」 私は頭に血が上るのを感じた。 大体、こんなに事態が悪化してしまったのは、羽入にも責任がある。ちゃんと私に教えてくれれば、もっと早い段階で手が打てたかもしれないのに。 「恋愛は、どうしようもないのです!」 「はぁ?」 私は思わず素っ頓狂な声を上げた。 けれど羽入は真剣な表情で言葉を続ける。 「好きになってしまったらもうどうしようもないのです。そういうものなのです。 きっと今圭一と魅音を引き離すことに成功しても、魅音はきっと悲しみます。 圭一を自らの手で受け止めようとしている、魅音の気持ちを、梨花はただ応援してあげるべきなのです!」 「黙ってろって言うの…あのままふたりを放っておけと……」 羽入は頷いた。 私は唇を噛んで、羽入から視線を逸らし、電話を見つめた。 魅音が助けを求める電話をしてくれることが、唯一の望みだった。 けれど電話はじっと黙り込んだままで、結局私の望みが叶うことは無かった。 手錠によって赤く傷付いた魅音の手首を見た瞬間、ずっと沸騰しっぱなしだった俺の脳みそに、一滴の冷たい水が落ちた。 当然の報いだと、罰せられて当然だと、俺は魅音を犯しながら思っていた。 精液にまみれたうつろな魅音の姿は、思ったとおりとても扇情的で、きれいで、もっと魅音をぐちゃぐちゃに壊してやりたいという欲望を起こさせた。 罪悪感なんてこれっぽっちも湧かない。これからも時間をかけて魅音を蹂躙し続けてやろうと、そう思っていた。 にも関わらず、その手首の様子は、否応無く俺の心を揺さぶるものだった。 どうしてか分からない。シャワーを浴びている間も、ずっと魅音の手首が頭にチラついて離れなかった。 風呂場から出て、そろそろ帰らないとまずいかもしれないと思っていたら、魅音が電話しているのが見えた。 最初はどこかに助けを求めているのかと思った。やはり俺から逃げる気なのかと。 そう思ったと同時に魅音への憎悪がぶり返し、そしてその憎悪を安堵が追いかけるのを感じた。 やっぱりこいつは最低の女なのだと、憎まれて傷つけられて当然の女なのだという、自分が行ったことへの安心感。 けれど違った。魅音は逃げるつもりはないと、電話の相手に高らかに宣言していた。 「…ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。でもね、私はたとえ今日の放課後に戻れても、圭ちゃんからは逃げないよ」 「だって」 「私は圭ちゃんを、好きなんだもの」 「あのね、梨花ちゃん。私約束したんだ」 「一生圭ちゃんの傍にいるって、誓ったんだ。圭ちゃんがそれを望む限り、私はずっと約束を守るよ」 約束。それは俺が魅音を犯しながら、言わせた言葉に違いなかった。 「魅音、誓え。自分は一生俺に背かないと。一生俺の奴隷として、俺の傍に居続けると、誓え」 もう何度目の挿入か分からなくなった時だ。俺は魅音を容赦無く揺さぶりながら、魅音の髪をわし掴んで強要した。 魅音は言われるがままに、俺の言葉を復唱した。呂律が回らない口調で、うつろな目をして、ただ繰り返した。私、園崎魅音は一生、前原圭一様の奴隷です、と。 ただ単に、魅音を辱めたい、その一心で言わせた言葉だ。約束だとか、そんなきれいなものじゃない。 馬鹿じゃないのか。 そう思った。魅音、お前は馬鹿だよ。 あんなのは、言わば強姦のうちのひとつだ。そんなくだらなくて薄っぺらい言葉を真に受けて、そんな義理立てする必要がどこにある?何のメリットも無い、ただお前が苦しいだけじゃないか。 こういう真面目なところが、かつて、俺が魅音を好きな理由のひとつでもあった。 けれど俺は、その真面目さは嘘だと思っていた。魅音はそういった純粋な真面目さを演じていたに過ぎない。俺に嘘をついていたのだから。 ……いや、それとも。 ひとつの疑問が胸に浮かんだ。 こいつはずっと真面目だったのか?俺が好きだった、その真面目さを持ち続けていたのか? その真面目さを持ち続けて、もしかしてあの嘘さえも、その真面目さから来たもので、その真面目さゆえの苦しみも、きっと抱え続けていて…… ……もしかして俺は、ものすごい勘違いをしていたのではないか? 魅音の赤く傷ついた手首が、再び脳裏に浮かぶ。 …冗談じゃない。 俺はそれを力いっぱい打ち消すために、魅音に近付いていった。 魅音の肩を掴み、受話器を奪って電話を切る。 一瞬身体を震わせたものの、魅音は抵抗しなかった。 「おい魅音、こっち向けよ」 魅音は一呼吸置いて、俺を振り返った。その顔には、緊張した笑みが浮かんでいる。 少しでも、ご機嫌取ろうってのか。そうだよな、俺の機嫌損ねたら、また何されるか分からないもんな。 お前はそういう、自分の保身が第一の奴なんだろ?そうだよな、魅音。 「よくもまあ、キレイごとばっかりペラペラと言えるもんだよな」 俺は微笑んでそう言った。魅音が困惑したような表情を浮かべる。 「きれい…ごと?」 「分かってねえフリしてんじゃねえよ。俺の傍に居続ける?ふざけんな。そんなこと、出来るわけ無いだろうが!」 口調を荒げると、魅音は怯えたように「ひっ」と声を漏らして身を竦めた。 「嘘はやめろよ。本当は逃げたいんだろ?あんなことされて、まだ俺のことを好きとでも言うつもりか?お前バッカじゃねえの」 魅音は身を竦めていたが、やがて俺を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。 「好きだよ。圭ちゃんのこと。嘘じゃないよ」 「このっ…!!」 頭に血が上る。苛立つ。胸の奥がざわざわと波立つ。不安。焦燥。俺は何でこんなに動揺してるんだ? 思わず両手を魅音の首にやった。もちろん本気じゃない。首を絞める真似だ。 魅音は微かに目を見開いたが、すぐに諦めたように目を伏せた。抵抗する様子は無かった。 「…逃げねえの?俺、本当に魅音のこと殺すかもしれねえぞ」 魅音は目を細めた。そして、口角を無理やり上げる。笑顔だった。 そしてその笑みを追いかけるように、涙がひとすじ、魅音の頬をすうっ、と伝った。 「……いいよ。圭ちゃんが殺したいのなら、殺して。私は大丈夫だから」 そして魅音は、吸い込まれるように目を閉じる。 ……何だよ、それ。 どうして、殺してもいいとか言うんだよ。大丈夫って何だよ。大丈夫なわけ無いだろ。 あんなにぼろぼろに痛めつけられて、どうしてまだそんな風に振舞えるんだよ。 おかしいだろ、こんなの。俺は心の中で叫ぶ。そして気が付いた。 俺が魅音を悪役に仕立て上げたい理由。 魅音が真面目な奴じゃ、困るんだ。魅音は俺を騙した嘘つき野郎じゃないと、駄目なんだ。 だってそうじゃないと、俺がしたことの理由がつかない。 俺が魅音にしたこと。罰だと思っていた。報いだと思っていた。 けれどそれがもし、間違っていたとしたら。 ……間違った俺は、どこに行けばいい?どう魅音に償えばいい? 「っ……!!」 背筋が粟立つ。俺が犯した罪。俺はどうやって罰を受けるんだ。 「嫌だっ…」 叫んで、魅音から手を放す。魅音は突然解放されて、不思議そうに目を開いて俺を見た。 こんなの、こんなの駄目だ。もう無理だ。手遅れだ。 「けい、ちゃ…」 「寄るな!俺は…俺はっ…」 罪、罪、罪、俺の罪、俺の罪、俺の罪、 「けい、ちゃん」 俺の俺の俺の罪罪罪罪罪罪罪罪、罪、罪、罪罪罪罪罪、罪!罪!罪! 「けいちゃん」 俺、俺俺俺俺おれ俺俺の俺の俺のおれの罪罪罪つみ罪罪罪罪罪罪、おれのつみおれのつみおれのつみおれのつみおれのつみ!!!!!! 「圭ちゃん!」 魅音の声が俺の声を遮った。 魅音の白い手が俺の頬を包んだ。 そして、魅音の唇が俺の唇に触れた。 それは温もりを落としたかのような、優しいキスだった。 魅音は唇を離すと、柔らかく笑った。花開くような笑顔だった。 「やっとキスできた。ずっと圭ちゃんにキスしたかったんだ」 それは魅音だった。 ありのままの、そのままの、魅音だった。 次の日、圭一と魅音は揃って学校を休んだ。 魅音の家と圭一の家に電話してみると、どちらの家にも帰ってきていないという答えが返ってきた。 突如姿を消したふたりに、村人は遅れて来たオヤシロさまの祟りとか噂していたが、何てことはない、一週間後にはふたりはけろりとした顔で戻ってきた。 聞くと、一緒に遠方までホビーショップめぐりをしに行き、ついでに温泉にも行ってきたという。 若い男女がふたりで一週間も姿を消すなんて、と先生も前原家も園崎家もふたりを問い詰めたが、圭一はあっさりと「別にいいじゃないですか。どうせ俺と魅音は結婚するんだし」と爆弾発言をしてみせ、さらに周囲を驚かせた。 もちろんその後ふたりともこってり絞られていたが、私は正直ほっとしていた。ふたりが無事戻ってきたことが嬉しかった。 羽入は「僕の言った通りなのです。オヤシロさまは縁結びの神様なのですよ」とか言っていたけれど、無視することにした。 そしてふたりが雛見沢に帰ってきた日の翌日。 体育の時間に、魅音が私に話しかけてきた。 「ごめんね梨花ちゃん。明日は皆で部活をするっていう約束、守れなかった」 「…どうでもいいのです、そんな約束」 私はため息を吐いた。空はどこまでも青い。太陽は果てしなく明るい。この下にまた皆で集まれたんだから、結果オーライというものだ。 見れば、校庭のど真ん中で圭一とレナと沙都子が遊んでいた。 一週間分のトラップご堪能あそばせ、と沙都子は嬉しそうにはしゃいでいる。圭一は既に水やらチョークの粉やらバナナの皮やらでけちょんけちょんにされていた。レナはもちろんお持ち帰りモード。 そこには拍子抜けするぐらいの、当たり前の日常が戻ってきていた。 「本当は一週間、何をやっていたのですか?」 「ん?言った通りだよ。ホビーショップめぐって新しいゲームを漁って、温泉行って浴衣着て卓球して」 魅音は楽しそうに言う。視線はもちろん、校庭の真ん中に向けられていた。 「あと、いろいろ話したりしたよ。今までのことや、これからのこと。いろんなことをね」 いろんなこと。きっとこの一週間はそれがメインだったのだろう。 どうやら私の警告は不必要だったらしい。それでいい。それがいい。 魅音が「おっ」と小さく声を上げた。どうやら校庭ど真ん中のバトルロワイヤルが面白い展開を見せているらしい。 「梨花ちゃん。そろそろ私たちも参戦した方がいいかもしれないよ。久々の部活、わくわくするねえ!」 「みー、負けないのですよ」 悪戯っぽく笑い合い、揃って駆け出した。 今日は快晴。多分明日も、あさっても。 終
https://w.atwiki.jp/when_they_cry/pages/304.html
2. トクンと、心臓が高鳴る。この距離ならば、その音は常識的にあいつには聞こえないはず。だが、あいつに見つからないように全身が緊張で満たされている今だけは、その物理法則が通じないような気がして、ますますに心臓の動きが早まってゆく。そして、その音が更に俺の心を焦らせる。所謂、悪循環を繰り返していた。 俺たちは今、ゾンビ鬼をやっている。そう、部活だ。着替えが終わった後、みんなの元へ戻ると、早速何かをやろうという話になり、紆余曲折を経てゾンビ鬼をやろうと決まったのだ。ちなみに、普通に泳いで遊ぶという選択肢は初めから無かった。戦い無くして我らが部活は存在しないということなのだろう。 ルールはいつも通り。鬼が他の人に触るとその人も鬼になり、最終的に全員を鬼にすれば鬼の勝ち。逃げる側は、あらかじめ決められた制限時間いっぱい逃げ切れば勝ちといった具合だ。もちろん、負けた側には罰ゲームが下される。内容は、一回だけ勝った側の言う事を何でも聞くという、オーソドックスながらも何をされるかわからないという点では一番怖いものだ。 正直、こんな川に来てまで何でゾンビ鬼をと最初は思った。だが、いざ始めてみればこれが中々面白い。学校のグラウンドとは広さが大きく違い、木や岩など隠れる場所がたくさんあり、また、音で居場所を知られないために、川を移動する場合は慎重に動かなければならず、所々でかなり神経を使う。もはや、鬼ごっこではなくかくれんぼに近かった。特に俺の場合は、この地形であいつらから走って逃げ切るのは、身体能力的な面で無理だと言って良い。つまり、見つかればそこで終わりなのだ。 そして今、俺が隠れている大木の向こう側にレナがいる。レナは鬼だ。他の人間なら、まずそいつが鬼かどうかを判断しないといけないが、レナの場合は最初のジャンケンで決まったので、絶対に鬼だと確信できる。 隠れている大木にピッタリと張り付き、陰からそっとレナの様子を伺う。レナは慎重に辺りを見回していた。鬼の行動開始から八分程度という時間を考えて、まだ獲物の索敵中だと予想する。この状態で不用意に動けばすぐに見つかってしまうだろう。 だが、このままここでやり過ごすというのもどうかと思った。レナは二分くらい前からあの場所にいて、ここを動くのがいつになるかわからない。それに、精神的なプレッシャーもあるが、何かの偶然でこちらの存在を気付かれるのを防ぐためにも、鬼の近くで長い間待機しているのは避けたかった。 何とか上手くこの場から逃げ出せないだろうか。そんなことを考えながら、体を木から少しだけ離した時、腰の方で木の枝の折れる音が小さく鳴った。 「……ぁ」 ――しまった! 大木に体を張り付けた時、水着に枝が引っ掛かってしまったのだ! それを理解した時には、既にレナがこちらへ足を進め始めていた。枝が折れる音自体は小さかったが、神経が過敏になっている今のレナにとっては、鐘の音のように大きく聞こえたのかもしれない。一歩一歩こちらへ近づいてくる足音には、その先に獲物がいるという確信が込められているように感じる。 ドクドクと心臓が更に脈を打ち始めた。あれやこれやと回避策を考えようとするが、レナがこちらの存在に感づいたという事実が、冷静な思考を妨害する。そして、考えている間にもレナの足音がどんどん近付いてくる。既に、大木の側面にまで足を進めたようだった。もう、三、四歩でこちらに辿り着く……! 「…………ッ!?」 その時、目の前にある茂みから突然何かが飛び出した。小さくて、丸い……石か? それが、大木の横をすり抜けて勢いよく飛んでゆく。そして、さっきレナが待機していた辺りの茂みに落ちたのか、俺が隠れている大木の向こう側でガサっと大きな音を鳴らした。 何が起こったのかわからずに、呆然としていると、すぐ横まで来ていたレナの足音が急に止まった。そして、間を置かずに今度は逆の方向へ慌てるように走りだす足音が聞こえる。つまり、何故かレナは俺から離れていったのだ。 一体どうして……? と、頭の中に疑問が浮かぶ。しかし、少し考えたらその疑問は解消された。 恐らく、レナは俺の目の前の茂みから石のような物が飛び出す瞬間を見ていないのだ。そして、そのせいで、大木の向こう側で鳴った音を、自分の狙っていた獲物が逃げ出した音だと勘違いしてしまったのだろう。要するに、ひとまず俺は助かったらしい。 しかし、そうなると頭にもう一つ当然の疑問が浮かぶ。一体誰がこんな俺を助けるような真似を? が、その疑問は、俺が考える間もなく解消された。 「み、魅音……!?」 目の前の、石が飛び出した茂みから、音を立てて姿を現したのは魅音だった。意外過ぎる人物の登場に、俺は声を出して驚く。 「な、何でおま……」 「こっち来て……!」 続いて浮かんだ疑問を魅音に投げかけようとしたが、言い終わる前に魅音が俺の手を掴んだ。掴まれる直前に、もしかしてこいつも鬼なのか? という考えが浮かんだが、どうやら違うらしい。魅音は掴んだ俺の手を引っ張り、何処かへ連れて行こうとしているようだった。 「お、おい何処に連れて行く気だよ?」 引っ張る魅音に抵抗するように、俺はその場で踏み留まる。 「こっちに、良い隠れ場所があるのっ!」 そんな場所が? と俺が驚いている間に、魅音は腕に更に力を加え、無理やりこちら引っ張ってくる。それによって俺は少しバランスを崩し、右足に履いていたサンダルが脱げてしまった。 「おいちょっと魅音、サンダルが」 魅音にそう言うが、耳にこちらの声が入っていないのか、反応すらしない。やけに力を込めて俺を引っ張り、ただ黙々と良い隠れ場所とやらへ歩を進めている。魅音の力は抵抗するのが無理な程で、俺は成されるがままに足を動かし、せめて魅音の言う場所が本当に良い隠れ場所であると信じるしかなかった。 「……ここ」 さっきの場所から三分ほど歩いたところで、魅音はようやく口を開いた。 「ここって……、何もないじゃねぇか」 辺りを見回してみても、木々が疎らに生えているだけで、とても隠れる場所があるようには見えない。 「一体、何処に隠れるって言うんだ?」 僅かの不満を込めながらそう言うと、魅音は掴んだままの俺の手を再び引っ張り、歩き始めた。こっちへ来いという意味らしい。 だが、魅音の進む方向に道は開けてない。行き止まりだ。あるのは、周りにある木より一回りだけ大きく、枝が少し変な形に曲がっていて、自身の大きな葉っぱが地面に付いている木だけだった。 「おい、まさかその木が良い隠れ場所って言うんじゃないだろうな?」 そう問いかけるが、魅音は何も言わない。ひたすら、それだけしか頭に無いかのように、足を進めているだけだ。 「……ほら、ここだよ」 魅音は急に足を止め、指をさす。俺はその指の方向に目を向け、驚いた。 「これは、……鍾乳洞か?」 そこには、成人男性一人分程度の大きさの縦穴が、ぽっかりと口を開けていた。奥の方は真っ暗で、結構な深さがあるように見える。 俺は狐に化かされたような気分になった。なぜなら、こんな穴、さっきは全く見えなかったからだ。これだけの大きさの穴が堂々と開いているというのに、さっき魅音が一旦足を止めた場所からは、全然わからなかったのだ。 一体どうして? 自分が妙な錯覚を起こしていなかったか確かめるために、俺はもう一度さっきの場所へ走った。すると、呆れるほどに単純なトリックがすぐに明かされた。 何の事は無い。周りより一回り大きいあの木が、妙な形をした枝から生えた葉っぱで、鍾乳洞の入口を隠していただけだったのだ。 だが、その単純かつ自然なトリック故に、隠ぺい能力はかなり高い。ここからではどう見ても、行き止まりと木があるくらいにしか見えないのだ。余程に注意力が高い者でなければ、こんな鍾乳洞があるとは思いもせずに、素通りしてしまうだろう。 俺は、大自然が作った要塞と言っても良いこの驚異に、ただただ唖然とするしかなかった。 「魅音、こんな場所いつ知ったんだ?」 鍾乳洞の前に戻り、俺はそこで待っていた魅音に聞いた。 「小学生くらいの頃、婆っちゃから聞いたんだ。元々は、戦時中にこの辺りに住んでいる村民の防空壕として使われていたみたい。戦争が終わってからは、ずっと放置されたままらしいけど」 「なるほど。こんだけ上手く隠れているんだから、当時は相当役に立ってんじゃないか?」 「さぁ、その辺りの話まではよく聞いてないから、わからない。でも、隠れる場所としての機能は私が保証するよ。去年みんなとここに遊びに来た時も、今日と似たような遊びをやっていて、私はここに隠れてたんだけど、最後まで鬼には見つからなかった」 「去年もこんな事やってたのか」 「うん。……あ、でも」 「どうした?」 「……う、ううん、何でもない。さ、さぁ、早く中には入ろ」 急かすような魅音の態度に、少々の訝しさを覚えるが、こんな所に突っ立っていたせいで鬼に見つかるのも馬鹿馬鹿しいので、魅音に続いて俺も鍾乳洞の中へ入って行った。 中の様子は、典型的な鍾乳洞そのものだった。入口の広さよりも内部は二倍程に広く、天井にはつららのような石灰岩が所々から垂れており、また地面には、タケノコのように盛り上がっている石が辺りに点々としている。耳に入ってくる音は、俺達の足音と、定期的に鳴る水滴が落ちるような音以外に何も無く、少し不気味だ。 十メートルも足を進めると、入口からの光が届かなくなり、辺りは完全に闇に覆われた。だが、用意の良い事に、魅音が手に収まるほどの大きさの懐中電灯を持っていたため、問題なく前へ進むことが出来た。何だか、洞窟の探検隊になったような気分だ。 さっきと同様に会話は無い。ただ、黙々と先へ進む。 そうして一分半程度歩いたところで、魅音の懐中電灯から放たれている光が、前方の壁に突き刺さった。辺りを見ると、これまで歩いてきた道よりも更に広く、丸い袋状の、広さにして六畳程の部屋になっているようだった。 もう、先に進めるような道は見当たらない。どうやら、この鍾乳洞の最深部に到達したらしい。長さは、大体八十メートル程度か。 魅音は行き止まりを確認すると、懐中電灯を地面に立て、その場に腰を下ろす。ここで待機をするという事なのだろう。それを確認して、俺も地面に腰を落ち着けた。サンダルが脱げたせいで、右足の底が少し痛かったので、この休憩はありがたかった。 傍らに立てられた懐中電灯は、その身に不釣り合いなくらい強い光を出していて、この袋状の部屋全体をぼんやりと照らすには十分だった。ひょっとしたら、魅音が改造を施してあるのかもしれない。 「懐中電灯の光、外に漏れたりしないか?」 俺は、懐中電灯を指さして、魅音に聞いた。確かに明るいのは良いのだが、それが仇にならないか少し心配だったのだ。 「大丈夫。この鍾乳洞、中で少し折れ曲がっているから、外には届かないよ」 「そうなのか。気づかなかった」 俺は納得した。 そして、洞窟内は静寂に包まれる。当然だ。そこで会話は完全に途切れてしまったのだから。 魅音はそれ以降、じっと洞窟の壁のただ一点を見つめていた。何か、考え事をしているのだろうか。何も喋ろうとしない。 魅音に聞きたい事はたくさんあった。これからどうするのか。このまま時間まで待機するのか。何故、俺にここを教えたのか。いや、そもそもどうして俺を助けたのか。 だが、今の魅音の様子に、奇妙な違和感を覚えてしまい、ただそれだけの事を喋るのにも躊躇してしまう。 いや、今だけじゃない。さっき俺を助けた時からだ。その時から、どうも魅音の様子に違和感を覚えていたのだ。だが、その後の状況に流されたせいで、しばらくその違和感を忘れていた。それが今こうやって落ち着いて、再び浮き彫りになっただけなのだ。 違和感と言えば、確かに今日の魅音は最初から変だ。だが、今の違和感は、それとはまた別の種類に思える。それが何なのかはわからない。が、ともかく俺を助けてからの魅音は、いつもと明らかに何かが違っていた。 静寂が、ひたすら空間を支配する。淡い闇が、永遠にこの時間が続くように錯覚させる。沈黙の闇に覆われた俺たちに時の刻みを教えてくれるのは、窟内に定期的に響く、水滴の音だけだった。 だが、この闇だっていつかは鍾乳洞の陥没と共に無くなる。この世に永遠なんて無いの だ。 「……ねぇ、圭ちゃん」 それを証明するかのように、静寂が魅音によって破られた。俺は突然来たその瞬間に、何故か少しの緊張を感じる。 「……ん?」 だが、沈黙で渇いていた俺は、その緊張を抑えつつ魅音の声に反応することが出来た。 「……圭ちゃんって、私のこと、……その、どういう風に思ってる?」 「え?」 つい、素っ頓狂な声を出す。 「どういう風って……、何が?」 質問の意味が少し理解できず、俺は魅音に聞き返した。だが、魅音はそれ以上何も喋らない。ただ、手で膝を抱えて俯いていた。まるで、今の言葉だけで真意を理解する事を望んでいるように。 しかし、懐中電灯の淡い光で照らされたその真剣な顔は、決してこれが不真面目な問いかけ出ない事を、十二分にこちらへ伝えてくる。真剣と言っても、勝負に勝つという真剣さではない。何か、とても大事な事を決心したような、そんな真剣さを魅音の瞳の奥から感じる。 それは、この部活の場にはひどく不釣り合いで、俺はどう反応すれば良いのかわからず、なかなか返答ができなかった。下手な事を言ってしまい、魅音を傷付けるような事はしたくなかったのだ。 しばらくの思考。魅音は微塵も動かない。俺の答えを待っているのだ。俺が答えるまで、魅音は何十分でもこの状態のまま待つつもりだろう。 魅音が何故こんな質問をしたのかはわからない。だが、何かに悩んでいて、誰かの言葉で救って欲しいと思って、俺に相談している事はわかる。だから、俺も魅音がどんな言葉を求めているのかを真剣に考えた。 その答えが、正しいかどうかはわからない。だけど、一人の仲間として、魅音の悩みを吹き飛ばすように笑顔で快活にそれを言ってやった。 「……最高の仲間の一人だと思ってる。お前が何を悩んでるのかは知らない。だけど、これだけは絶対だから、安心しろ」 俺の言葉を聞き、一瞬驚いたような顔をする魅音。だが、その後の反応は、俺の期待していた反応とは程遠い物だった。 「……そっ、か」 そう魅音は消え入りそうな声で言うと、膝を抱えていた両腕に顔を埋めてしまったのだ。直前にした、今にも泣きそうな魅音の顔を、俺は見逃さなかった。 誰がどう見ても、今の俺の返答で余計に魅音を傷つけてしまったのは明らかだった。理由はわからない。だが、俺の不用意な発言のせいで、仲間の一人が深く傷付いてしまったのは確かなのだ。その事実が、俺の胸を後悔という名の釘で抉る。これなら、何も答えない方が却って良かったのではないか……。 俺はそれ以上何も言えず、気まずい空気の中頭を垂れた。それは、さっきの魅音の姿勢と似ていたかもしれない。とんだ皮肉だ。 気づけば、今まで消えていた沈黙の闇が、再びこの場を支配していた。気のせいか、さっきよりも更に空気が重いように感じる。窒息してしまいそうだった。 そうして、無機質な時間がひたすら過ぎてゆく。水滴の落ちる感覚がやけに長い。 この空気をどうすれば拭い去る事が出来るのか。いや、どうすれば魅音の悩みを解決できるのか。 俺には見当も付かなかった。 3へ続く