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頭の中が真っ白だった。 考えられるのは、あの指に首を絞め上げられること。 口は顔の飾りになる。水から揚げられた魚のようにあがいて意識が途絶えるのを待つ。 そうすれば楽になれる。 だけど彼女がそれを許してくれなかった。 ギイ、と叫び声をあげて扉が開いた途端、胸が詰まる。 いくら息をしても気管に穴が空いているのか漏れ出し、運良く通り抜けても石になってしまった。肺には届かない。 頭痛が、悪寒が、目眩がした。 なにもこれは今日に限ったことじゃなかった。毎日毎日同じように私を苛んだ。 靴を鳴らす音が止む。 膝にうずめた顔を上げたくなかった。 薄暗い牢内で表情がはっきりしなくても、据わった瞳に射貫かれていることはわかった。 視線が体中を這いずり回って、まるで針先で撫でられているようだった。 影が覆い被さり、それから逃れたくて後ずさりしたけれど、背中はすでに岩壁。 剥き出しの肌に浅い傷ができた。 痛みに呻く気力はない。 やっとの思いで私は固く目をつぶった。 このまま瞼が縫いつけられればいいと思った。 なにも見たくなかった。 世界から遮断されることを望んだ。 でもそれは許されないから、私は弱いから、視界に彼女を受け入れる。 目と鼻の先に白無垢の──ああ、もう白なんかじゃない。 赤だ。 赤でほとんど塗り潰されている。 足が折れたように彼女は膝をついた。 布が擦れてぬちゃっと音がする。 しばらくしても水音は消えなかった。ボタボタとずっと続いている。 それは彼女からするようだった。 指先から滴るだけじゃない。腕から足から首からも落ちていく。 色々なところからこぼれていてどこなのかわからない。 手には冷たい光を放つものがあった。 肉厚ナイフ。これも塗り潰されている。 「ここにもいたんだね、『魅音』」 怖いとか悲しいとかいう感情はなかった。 ついにその日がきたんだと実感するだけ。 ただただ私の頭は働いている。 彼女が泣いてることしかわからなかった。 だから抱きしめた。 冷たさが刺さっても、ドロドロとした熱が広がっても抱きしめた。 ……もう、いいよね。私、がんばったよ。 …おねえ…ちゃん…………
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SIDE 圭一 明朝4:00に48時間作戦が開始される。 梨花ちゃんの命を狙う……いや、そうじゃない、雛見沢の命を狙っている鷹野さん達との戦いが始まる。 俺達は戦いに備えて、魅音の家に寝泊まりすることにした。 朝は早い。それまでに少しでも睡眠を取っておくというのが魅音の指示だった。 それは分かっている。……しかし、俺はなかなか寝付けないでいた。 時計の針は夜の11:00をまわったところ。 いつもならまだ起きている時間なのだから当然だといえば当然なのだろうが……。 畜生。最高のコンディションを整えなくちゃいけないってのに、こんなんじゃ明日になってみんなの足を引っ張りかねない。 寝返りを打って、目を開ける。 あれ? 障子の向こうに誰かいないか? 月明かりに照らされて、人影が映っている。 誰だろう……こんな時間にやってくるっていったら、それは―― 1,レナかもしれない 2,魅音かもしれない 3,沙都子かもしれない 4,梨花ちゃんかもしれない 5,羽入かもしれない ========================================== rァ レナかもしれない 俺以外にまだ眠れない奴がいるのかと思い。そっと布団から抜け出し、障子へと移動する。 「レナ? ……どうしたんだよ? こんな時間に」 戸を開けると、そこにはレナが立っていた。 「あ…………その。ゴメンね圭一君。起こしちゃった?」 「いや……別に構わないぜ? 俺は寝付けなかったから、まだ起きてた」 「そうだったの? 圭一君も眠れなかったんだ……」 そう言うとレナは照れくさそうに笑った。 「っていうことはレナもか? じゃあ、ひょっとしてみんなも……?」 「ううん。みんなはもう寝ちゃったよ。布団に入ってすぐだった。魅ぃちゃんと沙都子ちゃんなんて凄いいびきなんだよ?」 俺は苦笑した。なんとなく容易にその様子が想像できたからだ。 同時に、彼女らの強さを少し羨ましくも思った。 「……そりゃ確かに眠れないよな。それでレナは部屋を抜け出してきたっていう訳か」 レナは頷いた。 「出来たら圭一君とお話し出来ないかなってここまできたけど、よく考えたら圭一君だって休んでるんだから邪魔しちゃ悪いよねって……」 「仕方ないから部屋の外に突っ立ってたっていうわけか? なら、取り敢えず部屋に入れよ? いくら夏だからって、いつまでも夜風に当たっていると風邪引いちまうぞ? 魅音の言葉を忘れたのかよ?」 そう言うと、レナはくすくすと笑った。 「そうだね。……それじゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらうね」 レナが部屋に入って、俺は障子を閉めた。 二人して布団の上に座る。 でも話す切っ掛けが見付け出せなくて、俺達は互いに無言だった。 庭園に流れる水の音しか聞こえない静寂。 月明かりしかない暗がりで、レナがどんな顔をしているのかよく見えない。 でも、俺の隣にレナがいる。それだけで、なんだか少しほっとする。 「レナ。……話ってなんだよ?」 「ん? ……何だっけ。もう忘れちゃった」 「おいおい。なんだよそれは。……別にいいけどさ」 わしわしとレナの頭を撫でてやる。 「でも俺は、レナが来てくれてよかったと思う」 「え……?」 「……あっ」 慌てて口を押さえたがもう遅い。頭の中だけで言うつもりだった……かなり恥ずかしい台詞を、俺は既に口にしてしまっていた。畜生、俺の馬鹿、俺の馬鹿……。 きっと、この暗闇の中でも俺が顔を真っ赤にしているのはレナに丸見えだったと思う。 でも……そうだよな。ここまで言ってしまったんだから、もう隠す必要も無い。 「ホント言うとさ……俺、ずっと考え事してしまってて……それで眠れなかったんだ」 「…………うん」 「みんなと一緒なら絶対に勝てるって分かっているし信じてる。さっきみんなの前で言ったように燃えていて、興奮しているから寝付けないっていうのもある。 ……けど、みんなと別れて一人っきりになると……不安も湧いてきてしまって……。男のくせに情けないって思うけどさ」 「……圭一君…………」 「怖いんだよ。レナも魅音も沙都子も梨花ちゃんも羽入も、みんな俺の大切な、かけがえのない仲間なんだ。誰一人だって欠けるのはイヤだ。……俺達部活メンバーがそんなことになるはずがないことは分かってる。……けれど…………」 そんな考えたくもないイメージが次から次へと湧いてきてしまう。 レナがいない世界。魅音がいない世界。沙都子が、梨花ちゃんがいない世界。羽入がいない世界。そんな世界は……駄目だ、想像しただけで涙が出てくる。何故だか分からないけど……どうしようもなくリアルにイメージ出来てしまう。 「…………レナ?」 いつの間にか、俺は俯いていて……レナが俺の両肩に手を置いていた。 「大丈夫だよ。……レナは死なない」 俺は顔を上げて、右手をレナの頬に添えた。 「ああ、分かってる。……レナは死なない」 何故なら、俺が絶対に守ってみせるからだ……。 「私もね。……圭一君と同じこと考えてた」 「レナ……?」 「私の大切な仲間達が……私の大好きな圭一君がもしもいなくなっちゃったらって……そしたら、胸が痛くて……」 そっ とレナは俺の右手を掴み……自分の胸に押し当てた。 「レナっ?」 「ほら……分かるでしょ? 私の胸もドキドキしてる。……そして私も、そんな風に悩んでいたのが私だけじゃないって知って、少しほっとしたの」 俺は静かに目をつむって、レナの鼓動に集中した。 レナの温かみ。レナが生きているという確かな証拠。 「どうしても眠れなくって……そうしたらどうしても圭一君と会いたくなって……」 俺は閉じていた目を開けた。 そして……何も考えないうちに、いつの間にかレナの顔へと自分の顔を寄せていた。 レナも……目を閉じていた。 俺は再び目を閉じて……レナと唇を重ねた。 互いに互いの唇を押し付け合い、存在を確認する。 どれくらい……ひょっとして一分ぐらいか? 長いキスをして、唇を離す。 右手の中のレナの鼓動は、より強く激しいものとなっていた。 俺の息も激しいものとなっていた。 プツリと上着のボタンを外す。ゆっくりと右手をずらし、レナのパジャマの中へと差し込んでいく。 レナは……抵抗しなかった。 レナの胸に直接触れる。そこは柔らかく、そして温かかった。優しく揉みしだくと、その分優しく手を押し返してきた。……そして、その乳首は固く尖っていた。 「んんっ はぁっ」 レナの甘い吐息。 レナは目を閉じたまま、俺の愛撫を黙って受けていて……ときおりそのまぶたがぴくぴくと震えていた。 ごくりっ 生唾を飲む。 俺の頭の中は、既に沸騰していた。 右手をレナの胸から離し、余った左手をレナへと伸ばすと、気配を感じたのかレナが目を開けた。 「……圭一君? …………きゃっ」 俺はレナの両肩を掴んで、力いっぱい引き寄せ……そして、布団へと押し倒した。 俺はレナの上で四つんばいになっていた。 はあ~っ はあ~っ はあ~っ はあ~っ 俺の息が荒い。レナの息も荒い。 二人の呼吸が、月明かりに照らされた部屋に響く。 そして、ただそうして見つめ合っていて……。 「…………いいよ。圭一君となら……」 その言葉を聞いた瞬間、俺はレナに覆い被さっていた。 夢中でレナの唇を貪る。レナもまた俺の首に腕をまわして、舌を絡めてくる。 左手をレナの胸の上に置いて、中指と人差し指の間で乳首を軽く押さえる。 右手をレナの下着の中に突っ込んで、柔らかい恥毛とその中にある秘部を撫で回す。そこは既に熱を帯びていて、仄かに潤っていた。 レナは軽く喘いで、俺の首から右腕を離し……俺のズボンの中へと手を入れた。俺の胸を撫でて……、その手は徐々に下半身へと移動していく。そして、するすると俺の下着の中にその手を入れて……俺のものに添えた。 互いに互いの性器を刺激し合う。 それは決して激しいものじゃないけれど、それでも俺のものはこれ以上ないほどに固くなっていった。 レナもまた同じらしい。レナの秘部の潤いもまた、俺の手の動きに応じて増していった。 俺はレナから唇を離し、上半身を起こした。 「…………圭一君?」 とろんとしたレナの瞳。 「レナ……脱がすぞ?」 そう言いつつも、レナの返事を聞く前に脱がしていく。 レナの秘部を覆うものが無くなると、そこから濃密に淫蕩な……俺の雄としての本能を刺激する匂いが立ちこめてくる。どこかすえたような、それでいて甘いようなレナの匂い。 俺は無言のまま、下着から自分のものを取り出した。 「レナ……もう、いいか?」 レナが俺を見つめ返す。その時間が、途方もなく長く感じる。 「うん。……来て、圭一君」 俺は頷くと、レナの秘部に俺のものをあてがった。亀頭にレナの愛液をまとわりつかせながら、膣道を探す。 「……はうっ」 レナが軽く身悶えする。この刺激で感じたらしい。俺も、正直言ってこれだけでイってしまいそうだった。 やがて亀頭の先が手で触っていたときと同じようにくぼんだ位置にくる。ほっそりとしたレナの入り口。 「レナ…………いくぞ?」 レナは何も言わず、ただ頷いた。 俺はレナの腰を掴んで、一気に自分のものをレナの中へと挿入した。 「んっ …………んんん~っ」 レナの処女膜を破り、その奥まで突き入れる。 結合部に愛液とは違う温かいものが流れた。 俺のものを押し出すように、レナの中は固くきつく締め上げてくる。 と、俺の下でレナが目を閉じて小刻みに震えている。 「レナ。大丈夫か?」 しかしレナは答えない。パジャマの袖を噛んで、黙って痛みに耐えている。 「レナ。……ごめん。無理ならすぐに抜くから」 畜生。何やっているんだ俺は……いくら頭に血が上っていたからって、これはないだろ。 「…………えっ?」 レナは俺の腰に両脚をまわして、首を横に振った。 「私は……大丈夫だから。痛いけど……もっと、圭一君を感じていたいの」 その上……ゆっくりと、レナは腰を上下した。 「レナ……」 「お願い。……圭一君が気持ちよくなってくれないと、私はヤダよ?」 レナは泣いていた。痛みよりも、俺との繋がりが無くなることを恐れて泣いていた。 俺の目からも、一筋の涙が流れた。レナのその想いが胸にいたいほど伝わったから。 「じゃあレナ。……俺、ゆっくり動くからな」 「うん」 俺がそう言うと、レナは嬉しそうに微笑んだ。 くちゅ くちゅ くちゅ 宣言通りに、ゆっくりとピストン運動を開始する。レナもまた、俺の腰に脚をまわしたまま、俺の腰の動きに応じて腰を振る。 くちゅ くちゅ くちゅ その動きはとても遅いけれど、それでも互いの想いが伝わる、優しい営みだった。 互いが互いの温もりを伝え合い、互いを包み込みそして包まれる幸福感を味わう。 俺は文字通り身も心もレナと一つになっているということを実感していた。 「…………圭一君」 「なんだよ? レナ」 「あのね。……レナ、ちょっとだけ気持ちよくなってきた☆」 レナは幸せそうに呟いた。 「レナ……」 「何? 圭一君」 「俺も……レナの中、温かくて気持ちいいぜ」 そう言うとレナは、満面の笑顔を浮かべた。 「じゃあ、……もっと気持ちよくなろ?」 「ああ、そうだなっ」 もう少しだけ腰の動きを速くする。 レナの中を入り口からその奥まで満遍なく出し入れして、その奥を小突く。 俺が出し入れするたびに、レナは軽く呻いた。 「レナ?」 レナは再び袖を噛んでいた。 「……ゴメン。こうしてないと声が……出ちゃうの。……はうっ」 それは俺も同じだった。 レナの中にあるひだが締め付けて、俺の男性器にある性感帯のすべてをあますところなく、しかも休み無く刺激し続けているのだ。 何度となく俺も呻き声を漏らしていた。 でも、お互いに腰の動きを止めることが出来ない。快楽を貪ることを止められない。 あともう少し……あともう少しと、限界まで登り詰めていく。 「ごめん。レナ、俺……もうイク」 だめだ……もう腰が言うことを聞いてくれない。 レナもいつまでもしがみついて離れてくれない。 「私も……私ももうイっちゃうからっ……」 がくがくと腰が震える。ダメだ……もう、限界だ……。 「あっ ああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」 「うああああああああああああっ!!!!」 レナがイクのとほとんど同時に、俺はレナの中に精液を流し込んでいた。 どろどろの精液がレナの中を満たしていく。 レナは力無く大の字になったまま、それを受け止めていた。 俺はその様子を見ながら……いつのまにか自分から不安が消えていることを自覚した。 翌日。 「おっ持ち帰り~っ☆」 ドッゴオオオオオオオオオオオオオンンッ!! レナの萌える拳によって山狗が吹き飛ばされてくる。 そして、その落下地点には俺が一本足打法で待ち構えていた。 「うおおおおおっ! バスターホームランッ!!!」 カキイイイイイイイイイィィィィィィィンンッ!!! 寸分のタイミングのズレもなくジャストミートした山狗は再びレナの方向へと飛んでいき、挙げ句レナの頭上を飛び越えて落下していった。 「よっしゃあっ! 次行くぞレナあっ!」 「うん。ガンガン行くよ圭一君っ!」 威勢よくハイタッチを交わす俺とレナ。 結局あの後、後先考えずに汚してしまったシーツやパジャマやらを誤魔化すために色々と大変ではあったけれど……別れ際にレナともう一度キスをして、それぞれの部屋に戻ってからは、短い時間だったけれどよく眠れた。コンディションは最高だ。 「なんだか、今日の圭一さんとレナさんは見ていて震えが来ますわね。コンビネーションがもう芸術的でしてよ?」 「……まったくだね。おじさんちょっと嫉妬しちゃうよ」 指揮官としてコンビネーションには参加していない魅音が口を尖らせる。 「まったく、あの二人に何があったのやら…………。知ってる? 羽入?」 「さあ? 僕は何も知らないのですよ? きっと愛の力なのです。あぅあぅあぅあぅ☆」 そう、互いの絆をより深いものにした俺とレナのコンビはもはや無敵だった。レナと一緒なら怖いものなんかありはしない。俺達のいる部活メンバーに敗北なんてありはしない。 魅音から次の指令が下る。 どうやらまた俺達のコンビネーションに出番が来たらしい。 俺はレナと目を合わせて、一緒に次の標的へと駆け出した。 ―レナEND―
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私、前原圭一は、操を狙われていました。 なぜ、どうして、操を狙われたのかはわかりません。 ただひとつ判る事は、 オヤシロさまの祟りと関係があったと言う事です。 どうしてこんなことになったのか、私にはわかりません。 これをあなたが読んだなら、その時、私は廃人になっているでしょう。 意識があるか、ないかの違いはあるでしょうが。 おかしい、何かがおかしい。 俺の名は前原圭一。東京からこの雛見沢へ引っ越してきたばかりの、村のニューフェイスだ。村のみんなは優しくて、初めての田舎暮らしに慣れない俺をあれこれと面倒を見てくれた。 よく耳にする、田舎は余所者を受け付けないなどという事もなく、俺はこの数ヶ月間を都会に居た頃とくらべて雲泥の差といってもいいほどにリラックスして送ってこられた……。 だけど、あの晩……綿流しのお祭りを境にして、世界は豹変してしまった。別に、レナや魅音といった俺の親友がおかしくなったとか、そんな話じゃない。もっと直接的で、体感的な事だ。 それは…… 「探しましたよ、お兄ちゃん!」 ジャーン! ジャーン! 「げぇっ富竹さん!!」 俺の背後に、やたらとダンディな声と鍛え抜かれた逞しいボディをビキニパンツ一丁でグググ! と誇示する、フリーカメラマンの富竹さんが現れた。いや、現れてしまったというべきか。 というか追いつかれたのだ。なぜなら俺は、今この男から全速力で逃げてきたのだから。俺は息がすでにあがっているが、富竹さんは余裕でとびっきりの笑顔を貼り付けたままだ。半裸で。 レナの宝探しに付き合っていた時に始めて会った富竹さんは、フリーのカメラマンを名乗る気弱そうな、どこにでもいそうなおっさんだった。ただひとつ、鍛え抜かれたボディを除いて。 富竹はいつも鷹野さんという綺麗なおば……女性と一緒にいて、綿流しのお祭りの時もそうだった。だけど、一夜明けてみれば鷹野さんは失踪し、そして富竹さんはビキニパンツ一丁の半裸という格好で俺の前に現れる様になってしまった。 それも、彼はどこをどうトチ狂ってしまったのか、この雛見沢をトミタケアイランド呼ばわりし始めた上に、俺の妹を名乗って大好きですとかいって追いかけまわしてくる。彼がこんな変態だったとは……。 いや……だけど、富竹さんはそういえば、初めて会った時にも君のような美少年がどうのこうのと言っていた。もしかしたら、いや、もしかしないでもそうだ、そうに決まっている。 富竹さんはガチホモの上にショタコンなんだ。救われないぜ……。俺が。 そうさ、これが富竹さんの本性だったんだ。だから鷹野さんはきっと、それに気づいて*されてしまったんだ。くそ、これ以上この場にとどまったら俺もどうなってしまうか解らない……!! 「あんなに約束したのに、ひどいじゃない!」 「うるせぇ来るな、来るんじゃねぇぇぇぇっ!!」 俺は言う事を聞きたがらない脚に鞭を打って再び駆け出す。今、富竹さんに捕まってしまったら、きっと俺は二度と戻る事のできない深みに落ちていってしまう気がする。 だから、逃げる! 全速力で! きっと今なら、カール・ルイスにだって競争して勝てるだろうと思えるほどの速度で、あぜ道を走る。走って走って、走り抜ける。目的地は魅音の家だ。俺の家は恐らく、すでに特定されてしまっているから危険だ。 魅音なら訳を話せばきっと俺を匿ってくれるはずだと親友を信じて走る。 これだけの速度だから、さすがの富竹さんも俺に追いついてはこられなかった。というかあの人、はだし、だから……。そしてようやく魅音の家にたどり着いた。 相変わらず大きな家だ……珍しいインターホンを押して、魅音に取り次いでもらおうとする。 しかし、俺がインターホンに手をかけるまえに、重そうな門戸がぎぃーっと開かれる。そして中から現れたのは…… 「待ってたよ、兄ィ!」 張り裂けんばかりの笑顔の富竹さんだった! いやもうさん付けなんていらない、こんな変態、トミタケで十分だっ。しかも兄ィなんて、異様に気持ち悪い呼び方をされた。やめてくれ。 「ぎゃあああっ! なんであんたがここにいるんだ!!」 「それは運命さ! 兄ィと私は運命の赤い糸で……」 「うっせぇええええ! 俺の魅音を返せよぉぉぉ!! うわああああっ!!」 もうだめだ、ここにトミタケがいるって事は、きっと魅音は*されてしまったに違いない。俺は号泣しながら身を翻すと、他に俺を匿ってくれそうな家を考える。 どこだどこだ、どこに逃げればいい……! ……そうだ、沙都子と梨花ちゃんの家なら! ちょっと遠いが、あの二人なら奇想天外な方法で俺を助けてくれるはずだ。小さな女の子に助けを求めるなんて男として情けない話だが、今はそんな事を気に掛けている場合じゃない! 「あ、兄ィ、待ってよぉ!!」 やっぱり後ろから追いかけてくるトミタケを尻目に、俺は二人の家へまっしくらだ。梨花ちゃんの策略と沙都子のトラップがあれば、あんな筋肉ダルマなんて一網打尽にできるはず。とにかく急げ。 しかし俺が疲れてきたせいか、さっきよりも脚の速度が上がっている気がするトミタケをなかなか振り切れなかった。それでも、林を通ったり田んぼを突っ切たりしてなんとか撒いて走ると、二人の家が見えてくる。 「お、おぉぉい! 沙都子ー! 梨花ちゃーん! 頼む、開けてくれ!! 今は何も聞かずに俺を匿ってくれ!!」 そんなに大きい家じゃないから、叫べば聞こえるはずだ。すると俺の願いは叶ったようで、すぐに上の階からどんどんと二人分の足音が降りてくるのが聞こえる。俺の悲壮な声に緊急性を感じてくれたのだろう。 しかし。 「兄君様、どうなさいました!?」 「どうしたのですか、兄上様……」 俺の目の前に現れたのは、可憐な二人の少女ではなく……鍛え抜かれたボディが逞しいトミタケだった! それも二体……二体だと!? 俺の眼が点になる。いやまて、トミタケはトミタケであって、唯一無二の存在のはずだよな。生き別れの双子がいたなんて話、聞いた事もないぞ……いやもうそんな事はどうでもいい。大事なことは、悪魔が二匹になったって事だ! そして梨花ちゃんと沙都子まで*されてしまったということだ! なぁんてことだ……ええい、こうなればここもデンジャーゾーンでしかねえ! 涙も枯れ果たて俺は、生きるために踵を返して最後の希望であるレナの家へ向かって飛び出した。 レナは自分の家に俺をあげるのをを嫌うが、だけど、これだけの事態だ……話せば解ってくれるはずだ! ……でも、魅音が*されて、沙都子と梨花ちゃんも*されたとなると……いや、まさか、そんな。レナに限って、そんなはずが……! 俺はレナの無事を願って彼女の家へと走ったが、しかしそんな願いは無惨にも打ち砕かれる事となった……俺の悪い予感が的中する。 そう、息も絶え絶えにたどり着いた竜宮家の玄関から出てきたのは、あのかいがいしく可愛いレナではなくて―― 「はぅ~~~兄チャマ見つけた! お持ち帰りィィィィィイ!!」 トミタケだった。 俺は絶望と怒りの余りに絶叫する。天をも突かんばかりに怒りの声を空へ放つ! 「くそぉぉおおおお! 俺の大事な人をみんな*しやがってぇええ! しかも気持ちの悪い真似まで……もう許さねぇぞ!! 大石さんに援軍を頼んで、てめぇを一五〇〇秒で雛見沢から消し去ってやる!!」 だけど結局、どこまでも他力本願な俺は玄関に置いてあったレナの形見の自転車を奪って輿宮の町を目指す。亀有のお巡りさん並の勢いでペダルをこぎまくる! たぶん、時速一〇〇キロは出ているはずだ、もの凄い勢いで景色が流れていく。この調子ならすぐに輿宮の町につくぞ! そして、あっという間に輿宮の町へ着いた。なんだか人気が感じられないが、構わず真っ先に警察署を探して駆け込んでいく! 俺の名を出せばすぐに捜査一課に通されるはずだ。 大石さんは俺を貴重な情報源と思っているらしいからな……! ちょっとしたVIP待遇みたいなもんだぜ。うぇっww だが、署に入ってみて違和感を感じた。おかしい――静かすぎる。まさか、いやそんな馬鹿な。 それに大石さんは別に大切な人じゃないぞ……んっふっふ、なんて笑いが気に障る程度のおっさんに過ぎないんだ。 というか俺の頭を踏んづけてくれた恨みは忘れねぇぞ。 だ、第一、トミタケといえど警察署の人間をまるごと**してしまうなんて、できるはずがない……。 なんて思っていると、俺の背後から聞きなれた笑いが飛んでくる。それにほっと安心した俺がいけなかった……。 「んっふっふ。来てしまいましたか、お兄ちゃん……」 お兄ちゃん、だと。まさ、か…… 俺は、錆び付いた歯車みたいにギギギと音がなりそうな程にぎこちなく首を後ろに回す……見たくない見たくない、見たくない……そう願ったが、やはり俺の眼に入ってきたのはトミタケだった。 悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、しかしこのトミタケは俺を追いかけようとはせず、むしろ諭すような口調で俺を呼び止める。それは大石さんの喋り、そのものだった。 それに違和感を感じた俺は、勇気を振り絞って立ち止まる。 ……よし、トミタケは動かないみたいだ。他のトミタケとは違う……? そんな問いを俺は謎のトミタケに投げかける。すると、謎のトミタケは静かに語りはじめた。 「こんな姿をしてはいますが……私は大石です。あなたの敵じゃあありません」 「だ、だけど! どう見ても大石さんじゃなくてトミタケじゃないか!」 「いいから話を聞いてください、いいですか。今、この辺り一体には恐ろしいウィルスが蔓延しているんです」 「な、なんだって? ウィルス!? もしかして、トミタケの豹変と関係があるのか!?」 「そうです。そのウィルスの名前は「T-ウィルス」……ちなみにTは、トミタケのTです」 「んな事どうでもいいよ! そのウィルスがどうしたっていうんだよ!」 「このウィルスは、鷹野三四によって人為的に散布されたものです。いわば、生物兵器……!」 「な、なんだって? 鷹野さんが? なにがどうなってるんだ……」 訳のわからない俺に、謎のトミタケが勝手に核心に迫っていく。俺はもはや、呆然と立ち尽くしてその話に耳を傾けているしかなかった。 「そしてこのウィルスがヒトに空気感染すると、皆このようなトミタケになってしまうのです……身も心も!」 「なんてことだ……あのトミタケは、レナや魅音の成れの果てだったっていうのかよ……そんなのって……! ……・じゃ、じゃあなんで俺は大丈夫なんだよ……あんたも、心はトミタケじゃないみたいじゃないか」 「……私は、今しがたこの町に帰ってきたばかりです。まだ症状の進行が浅い……鷹野三四の陰謀をつきとめ、危機を知らせようとしたが遅かった……! だけど、お兄ちゃん! う、ぐぐぐ……! 違う、前原さん! あなたは違う、あなたは奇跡的にT-ウィルスへの耐性が備わっていた! だから前原さん、あなたは今すぐ町を脱出して遠くへ逃げ延びるんです。 そしてこの危機を、雛見沢大災害の事をどうか全世界に伝えて欲しい! このウィルスが世界中にばら撒かれたら、この世の終わりが来る……! だからだかだかだか……うぅ、お兄ちゃーん!」 く、くそ! とうとう大石さんまで感染しちまった……なんだかよく解らない。 なんでトミタケ化すると俺をお兄ちゃんと呼ぶのかも解らないが、とにかく俺は世界の命運を握っているらしい。 だけど鷹野さんが全ての黒幕だっていうなら、皆のカタキを取ってやる。泣いたり笑ったりできなくしてやる!! よし、逃げるぞ! そうだ、東京へ戻ろう! 金がないなら歩いてでも行ってやる! そうして復讐に燃える俺は警察署を飛び出した。 だが、警察署から出た瞬間に俺の進路を一二人ものトミタケが塞ぐ! くそ、こいつら待ち伏せてやがったな!! 「お兄ちゃん!」 「お兄ちゃま!」 「兄ィ!」 「お兄様~!」 「おにいたま~」 「兄上様!」 「にいさま!」 「アニキぃ!」 「兄くん……」 「兄君様ぁ!」 「兄チャマー!」 「兄やぁ~」 野太い声でおぞましいセリフを吐くトミタケ軍団が俺を襲う……! 「ぐわあああっ!! てめえら、俺をどうするつもりだぁああっ!!」 俺は必死にトミタケたちを払おうと抵抗するが、鍛えられたトミタケのボディから繰り出される肉体的接触は、俺などではとても抗えないレベルで……! く、くそ、こんな所で、こんなところでぇぇぇぇ……!! 俺はトミタケまみれになり、意識がブラックアウトしてい、く…… ごつん、と頭になにかが当たる音がした。頭をふっと上げると、青い髪の女の人が怒ったような顔で俺を見ていた……。 「あ……知恵、先生……」 「前原くん。授業中ですよ!」 「ゆ、夢だったのか……良かった、良かったぁああああ!!」 悪夢から救われた事に身が打ち震えて、俺はついがばぁっと知恵先生に抱きついてしまう。 知恵先生、おしりがイイよなうぇへへへへなんて邪な感情は一切抱いてなどいない。 ただ、まともな人間を久しぶりに見た様な感覚に安穏を得ようとする体が言う事を聞かないだけで。あぁ、良いニオイ~。 「ま、前原くん! やめなさい、そんな、まだ心の準備が……いやそうじゃなくて」 「先生ぇ~~俺怖かった、怖かったよぉぉぉ」 どさくさに紛れて先生の胸の谷間に顔をうずめてぐりぐりする俺を遠目に、他の生徒たちがひそひそ話をする。 「みー。なんだか今日の圭一は様子がおかしいのです。まるでセクハラオヤジなのです」 「圭一さんって年上好きでしたのね……それにしても大胆ですこと」 「そんなぁ……け、圭ちゃ~ん……」 「先生~~!」 「前原くん、放しなさいっ、あ、いやっ、そんな所さわっちゃダメぇ!」 何か興奮してしまって止めるに止められない状態になってしまった俺は、だから背後に近づく巨大な殺気に気づく事ができなかった。 その手が肩に触れてはじめて気づき、自身の愚かな行為を悔いるまでは――。 「あはははははははは。圭一くん……見損なったよ。そんなハレンチな人じゃないと思ってたなぁ……卑劣漢。恥知らず! これが前原流のやり方なの?! 私ばっか喋り尽くめ? 黙ってんじゃないわよッ!! 聞いてんの前原圭一ッ!!」 レナが、どこから取りだしたかの大きなトマホークを構えて鬼の様な形相で俺を睨んでいた。 あの、レナさん? それってもしかしてゲッタートマ…… 「うっさいなああぁぁぁッ! 黙ってろって言ってんでしょおおおぉぉッ!!」 「ちょ、待て、何も言ってねぇえええ!」 「あはははは! お前は汗の代わりに血を流せばいいやぁぁっ!」 あ、だめだ聞いてない。 そうして俺は暴走したレナのゲッ○ーストラングルを喰らいながら、意識を飛ばしていく。くそー……なんであんな夢を見ちまったんだよぉ。 そして、まさかレナに引導を渡されて人生を終わるとは思ってもいなかったぜ……。 あぁ、もうすぐ七夕だな……それまで生きていたかったなぁ。 ……でも、もし生きながらえたら、短冊の願い事は絶対にこう書いてやる! 「トミタケが喉を掻き毟りますように」 これを読んだあなた。 どうか真相を暴かないでください。 どうかそっとしておいてください、思い出したくありません。 それだけが私の望みです。 前原圭一 プリンセス・オブ・トミタケ ~究極 男の妹~ 完
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魅音が居なくなってからというもの、 俺たちの周りでは不可解なことばかり起きていた。 梨花ちゃんと沙都子が失踪したのだ。 恐怖におののく俺に、レナが優しく言った。 必ず私が犯人を見つけてみせる、と。 きっと、これは俺への罰だった。 俺が魅音を裏切ったから……だからって、こんなことが許されるのか? あいつは……人を消して喜んだりするやつだったのか? 「圭一くん、ごめんね」 「……謝らないでくれ、俺が……惨めだ。卑怯ものなんだよ……うそつきで、卑怯者で……最低なやつだよ」 「そうだね、圭一くんは最低だね。人の気持ちも考えないで、傷つくこと平気で言うし、今もそうやっていじけてる」 俺は、何にも言い返せなかった。 「……圭一くん、だから、がんばろ?」 レナにはたかれた頬が、痛かった。そんなに力いっぱい殴られたわけでもないのに、 レナのそれは、効いた。 「……ありがとう、レナ。俺も決心した。行こうか、魅音のところ」 「うん、大石さんにはもう連絡してるから……後は、圭一くん次第だよ」 俺が行かなくちゃ、どうにもならない。俺が魅音に謝って……その後、どうなんだろう? 魅音は認めてくれるだろうか? 自分の犯した罪を。俺だけに制裁を加えるならわかる。 でも、俺以外の皆に……理不尽すぎる。 「圭一くん、魅ぃちゃんのこと、好きだった?」 「……うん」 言うか言うまいか、迷った。俺はたぶん、好きだった。仲間だとか、そういうことじゃなくて、それよりもっと親密な…… 勉強漬けだった俺に、遊びを教えてくれた人。本当に楽しむということを教えてくれた人。 本気で物事に当たることを……教えてくれた人。 それと多分……異性を好きになるということを、教えてくれた人。 「余計にがんばらなくちゃね、ふぁいと、おーだよ? だよ?」 レナは強いやつだ。こんな状況でも、俺を元気付けてくれる。 「本当、ありがとう」 俺は、レナの頭をくしゃくしゃとやった。 「はぅ……」 レナは赤面する。さっきまでの怖かったレナとは別人みたいで…… でも、今の俺にはどっちもがレナなんだって分かる。 そして魅音も……残虐な鬼の魅音と、俺が……好きだった魅音…… 俺の、勝手な思い込みだったのかもしれない。 魅音は魅音で、あの残虐行為を好んでやったんじゃないだろう。 その一線だけは、どうしても譲れない。 「魅ぃちゃんの……家だよ」 馬鹿でかい門だった。噂には聞いていたが、実際に見ると圧倒される。 木造瓦屋根の、古めかしい門だ。 俺とレナは、インターフォンを押す。返事は無かった。 「勝手に……はいろ」 「緊急事態です、仕方が無いでしょう。 少々面倒なことですが……ま、上手くやりますよ」 大石さんは、笑顔で背中を押してくれる。 この人たちにとって、魅音が逮捕できれば、家宅侵入なんて些細なことなんだろう。 俺とレナは、鍵が掛かっていないことを確認して、門を開いた。 門は、ぎぃぃときしみながら巨体を滑らせていった。 門から実際に住んでいるであろう家屋まで、大分あった。 広い庭だ。 「たぶん、魅ぃちゃんは中に居ないね。私たちが来るだろうから、気付いたのかもね。 ちょっと危ないけど、二人で手分けして探そうか? 三十分ごとにここに戻ること。はい、腕時計と防犯ブザー」 大石さんが念のためと用意したものだだ。 腕時計は、中で色々なことが起きたときに、一度目を落として欲しいと言っていた。 「おう、レナも気をつけろよ」 大石さんとその部下たちは、集音機の調整をしていた。 これが、万一の時に俺たちの命を救ってくれるかもしれないものなのだ。 俺は門から左回り、レナは右回りに捜索を始めた。 庭の半分ずつだから途中でかち合うことは無い。かち合ったのなら、 俺が道に迷った証拠だ。それぐらい魅音の家の庭は広い。 しばらく歩いていると、鬱蒼と木が茂る、林のようなところへと出た。 俺の体は、そこで止まる。あの長い髪は……魅音? 魅音は、白装束姿でうつむいて林をさまよい歩いていた。 まるで、牛の刻参りでもするかのような格好だ。 声をかけるかどうか、迷った。でも、かける。 「おい、魅音か?」 「けっ、圭ちゃん!」 魅音が一瞬、明るくなったように見えた。 それぐらい、魅音の表情は憂鬱が多くを占めていた。 「魅音……」 俺は、魅音の名前を呼びながら、ゆっくりと歩いていく。 魅音は、何かにおびえるように後ずさり、すぐに背後の木に当たってへたり込んだ。 「魅音?」 「来ない……で……いや、来て」 魅音が、耳の辺りを触って言葉を訂正した。 俺は、無言で魅音に近づく。 「梨花ちゃんや……沙都子を探しに来たんでしょ?」 「……ああ、魅音……お前、なんだろ?」 「……そうだよ」 「謝る、魅音……俺は、お前のことを喋っちまった…… でもよ、なんで……俺に最初に手をつけなかったんだ?」 魅音が、また耳の辺りを撫でた。髪、だろうか。髪をかくようなしぐさだった。 「そのほうが……圭ちゃんが怖がると思って……」 「何だって!」 「ひっ!」 魅音は、さらにずるずると地面に倒れこんでいく。 「ご、ごめん……」 「っく……ひっく……ごめん、ごめんなさい、罰ゲームだよね? これ……圭ちゃんが、私の罰ゲーム、半分持っててくれたから…… こんなことになっちゃったんだよね?」 魅音の言っていることが、よくわからなかった。泣いた魅音を前に、 俺はどうしようも無い気持ちになっていた。 「あははは、ころ、殺しちゃった、あははは、梨花ちゃんは逃げちゃったけど、 沙都子はこの手で確実に殺したよ、あははは」 魅音は、錯乱しているのだろうか? 俺を見ていない気がした。 「魅音ッ! いい加減にしろよ! ちゃんと話せよッ!」 俺は、かまわず魅音の胸倉を掴んだ。そうすることで、正気を取り戻すことを願って。 「ばーかばーか、遅かったね、圭ちゃん、沙都子を助けられなかったね」 「魅音んんんんッ!」 力強く引きすぎて、白装束がはだけだ。魅音の体が露になる。 「け、圭ちゃっ」 「お前、お前のせいで! 何で、何であんな程度で殺すんだよッ! 人の命を何だと思ってんだ、おぃッ! 聞いてんのか?」 「人の命なんて……大したもんじゃないよ」 俺は、完全にキレていた。魅音に平手をお見舞いしてやる。 「ひゃうっ!」 「拳で無かっただけ……感謝しろ……魅音、警察に行くぞ?」 俺は、魅音を殴ってようやく冷静さを取り戻した。 「誰が行くもんですか。圭ちゃんも殺してやるよ」 そうは言っても、魅音が襲いかかってくる様子も無い。 「……魅音、俺を舐めてんのか?」 殺人を犯さなくても、殺人と同じぐらいの苦しみを与える方法を、 俺は一つだけ知っていた。俺は、制裁を与えなくてはならない。 沙都子の無念を晴らすためにも。それと……詩音の無念も…… 「け、圭ちゃ、な、何すんの?」 俺は、魅音の胸を乱暴にわしづかみにした。 無言で、俺は自分のズボンのファスナーを開ける。 「へ、へぇ、犯すんだ。私が殺人犯だから、圭ちゃん私を犯すんだ?」 神経を逆なでする魅音の声も、今はもう聞こえない。 「……やってみなよ、その代わり圭ちゃんも警察に捕まっ」 俺は、魅音を黙らせるために、無理やり挿入した。 魅音の膣は、めちゃくちゃきつかった。 それもそうだ。ロクに愛撫もしていない。 本に書いていた知識だが、俺でもそれは相当の苦痛を与えるものだと知っていた。 魅音は、ただ口をパクパクさせていた。 「ひっうぅっ、ひたひぃぃぃぃ」 魅音は泣き出した。俺もさすがに痛いから、 ちょっとだけ自分でしごいた。魅音の性器も、軽く撫でる。 今さらそんなことをしたところで、魅音の痛みが無くなるはずも無かった。 拷問は続く。 さっきよりは若干きつくは無いが、それでも隙間が無いんじゃないかというぐらいの狭さで、 俺も気持ちいいというよりは、痛い。 でも、魅音の痛みは俺の比ではないはずだ。 数センチも入っていなかったペニスを、半分……五センチぐらい突っ込んだ。 「ぬ、ぬひぃてぇぇ、けっ、ちゃん、ご、ごめんなしゃひ、いた、いたい」 「魅音、分かったかよ? 沙都子や詩音の痛みは、こんなもんじゃなかったはずだ!」 俺は、無理やり……全部挿入した。何かを突き破る感触が伝わる。 「あうっ……」 魅音は、気絶した。 俺の中の暴力性は、衰えることが無い。こいつは人を殺すことに、何の躊躇も無い悪魔だ。 近くの泥水をかけてやる。白い衣装が茶色く変色し、魅音の体に砂利が一杯ついた。 「おい、起きろよ」 「……はい」 妙に素直になった。 「なぁ、分かってんのか? 自分の立場がよ。お前は人を殺したんだぜ?」 「はい」 魅音は全く、俺を見ようとしない。駄目だ、こいつは分かっていない。 出血している魅音の膣を、魅音の服で拭いた。まだ白い部分が残っていた装束も、さすがに白を残せないでいた。 「おらッ!」 俺は、それが終わったあと、一気に挿入した。今度は、信じられないぐらいの快感があった。 俺の目の前に、軽く火花が散る。腰が、第二撃目を勝手に行っていた。魅音はもう、何も言わない。 でも、意識を失っている様子は無かった。四往復したところで、俺は魅音の一番奥で射精した。 今まで自分でしたときとは、比べ物にならないぐらいの脈動を感じる。 魅音の中から抜く時も、腰が引けた。 魅音が、四つんばいになった。 「あぁ? 何だ? 犬の真似か?」 抜いた俺のモノは、全く衰えなかった。この魅音の格好が、たまらなくいやらしい。 俺は、魅音の髪を思いっきり後ろに引っ張った。 魅音の顔が空を見るほどに。その瞳に光宿っていない。 やった、敵をとったぞ、沙都子、詩音。 俺はこいつの心を殺した。 俺は歓喜に震え、魅音の尻を両手で思いっきり掴んで、後ろから犯す。 魅音が、なにやらぼそぼそと喋っていた。 「これも……罰ゲームなの? 圭ちゃん?」 「ああ、そうだよ! お前は反則したんだ、だから罰ゲームだッ!」 自分で何を言っているのかわからない。 とにかく、俺は自分の行為を正当化した。 もはや、制裁は済んだのだ。 俺はこのまま、快楽をむさぼるため、この雌を犯す権利がある。 俺の親父が持っていたビデオに、こういうのがあった。 後ろから激しく突いているコレを見て、いつか自分もやってみたいと思っていた。 それを今、自分でやっているのだ。 射精を我慢することも無く、二回目の射精を魅音の中でした。 妊娠しようが関係ない。こいつは悪だ。 「け、ちゃ、いた、い……」 「ごめんなさいって言ってみろ! 沙都子にッ! 詩音にッ! ごめんなさいって言ってみろよぉぉッ! 「ごめ……なさい……詩音、ごめん、なさい、沙都子……ごめん、なさい……」 目の端から落涙する魅音の声を聞いて、俺は三度目の射精をまた、 後ろから突きながらした。快感、怒り、悲しみ、あらゆる感情がない交ぜになって、 俺の体を支配した。もう、自分だって痛い。 それでも、魅音の体はたまらなく気持ちよかった。 昔、興味本位で雑誌に乗っていた、 豚骨ショウガ味のカップラーメンに穴を開けてそこに入れるというのをやったことがあるが、 そんなものとは比べるべくもない。 あの魅音を犯しているという事実もあり、 俺は三度目の射精をしても、まだ魅音の中に入れたままだった。 もう中はぐちゃぐちゃで、一体どうなってしまっているのか想像もできない。 「……から……だから、圭ちゃんを……圭ちゃんを、殺さないで……」 え? 俺は、そう言おうとした。 だが、言葉が出なかった。 炎に触れたような感覚。 針が侵入していくような感覚。 筋肉が震え、脳の機能が遮断される。 俺は、意識を失った。 「圭ちゃん、起きましたか?」 「……魅音?」 魅音、じゃない。魅音は、もっと奥に居た。 「詩音ですよ、覚えてます?」 「うう……」 俺は、体を起こそうとして気付く。 拘束されていた。 木製の台座に、金具と皮のバンドでしっかりと手足が固定されていた。 「面白かったですよ、お姉の格好。 犬と同じ格好しろっていったら、本当にするんですから。 圭ちゃんのためにね?」 詩音が、うなだれ座り込んでいる魅音に言った。 白装束や体はあのときのままで、汚れていた。 「しお……ん、お前……お前が指示してたのか?」 「いや、犯したのは圭ちゃんでしょ? 本当、何しですかわかったもんじゃないですね。 せいぜい、お姉をボコボコにするぐらいかなーと思ってたんですが」 何も、言い返せない。 「とにかくですねぇ、お姉を一番苦しませるなら、 今この場で圭ちゃんを殺しちゃうのが一番なんですよ。 死んでもらいますね?」 「い、い、いやあぁぁぁぁぁ! やめてぇぇっ! け、圭ちゃんを殺さないでぇっ!」 俺、あれだけ酷いことしたのに……魅音…… 俺は、悔いても悔いても足りないほどの後悔をし、 反吐が出るほどの自分の不甲斐なさを……呪った。 「殺せ、詩音。俺にとっちゃ……生きるのが一番つらい」 「そういう人は居ますよ? でもね、釘が指に刺さったら違うんですよ。実際ね」 詩音は、力一杯木槌を俺の人差し指の爪めがけて叩き下ろした。爪が割れる。 「っぐ!」 「どうです? 痛いでしょう? 今から足の指もあわせて、全部やってあげますよ」 「ああ、頼む」 詩音は無言で、俺の右手の指全てに対して、同じことをした。 そのたびに激痛が走ったが、魅音の痛みに比べたら、全然マシだろう。 「なかなか、頑張りますね。次は指折っちゃいましょうか?」 「やめ……てぇえ……詩音、お願い……」 「……そうですね、条件付でやめましょうか……お姉? お姉が好きなゲームですよ。ゲームをしましょう。負けたら罰ゲームです」 詩音はそう言って、さも愉快そうに笑った。 「うん……なんでもする」 「じゃあ、オナニーして五分以内にイってください。知ってますよね? やり方? 私が前お姉の部屋行ったとき、やってましたもんね? 圭ちゃん、圭ちゃんって」 「無……わかり……ました」 「ほら、五分ですよ、お姉! 今から五分です」 「……詩音、やめろ。魅音は……痛いんだ。無理だ」 「そうですよね、知ってますよ? でも、圭ちゃんへの愛が本当なら、お姉も出来ますよねぇ?」 俺は、なりふりかまわず暴れようとする。 が、皮と金具が邪魔をして、そんなことできるはずも無い。 「ちょっと圭ちゃんは黙っていてください、今はお姉の番ですから」 詩音は、こちらも見ずに腕組みをしたまま、魅音の方を向いていた。 魅音は相変わらず、涙を流しながら、痛みに震える体をなんとか動かし、 気持ちのいいはずのない自慰を続けていた。 待ってろよ、魅音、俺の最後の罪の償いをさせてくれ。 俺は、なんとなく気付きつつあった。この手の複合部品を使った道具は、 手入れされてこそ作りが頑丈なのだ。これがたとえば、 木の台にそのまま削りだされた木のわっかに俺の腕がはめられていたのなら、 まずはずせなかっただろう。 俺の右手は……さっきの暴走で自由になっていた。左手の止め具は普通にはずせた。 ごく自然な動きで、両足の止め具もはずす。 ここまでで約二十秒。音を一切立てなかった。上出来だ。 「うぉぉぉぉぉぉ!!!」 「!」 詩音がやっと、こちらの存在に気付く。 もう遅い。 俺は、詩音に組み付いたまま、牢屋の柵に向かって思いっきり突き進んだ。 がしゃんと派手な音が鳴り、牢屋が開く。 「くっ!」 何とか踏ん張って押しとどめようとする詩音だが、 その程度で俺の動きを止められるはずもなかった。 なぜ、今になって詩音が動いたのか分かった。 その先にあるのが……奈落。 異常事態を察した魅音の声が、聞こえた。聞こえた気がした。 最後の最後で、俺の名前を、呼んでくれた気がした。 落下時間は短かったと思う。衝撃というのは一瞬だったし、 苦痛もそれほど長くは続かなかった。 ただ、俺の自分勝手な行動で、詩音には悪いことをしたかなとも思う。 詩音が俺の腕の中でうずくまっていた。 全てを許せる気がした。 全てを受け入れられる気がした。 だから、来いよ。 オヤシロ様か? それとも死神か? 誰かは知らないけど、死ぬべき俺は、死ぬべき時に死ねた。 だから、かかってこいよ。 俺が昔読んだ小説の一説が浮かぶ。 さあこい、モンキー野郎ども。 人間一度は死ぬもんだ。 平成。 バブルの熱狂の時代は過ぎ、急激な景気の冷え込みと共に人と人との間の関係も、 同時に冷たくなっていく時代。 そんな時代を知らない人間が、一人居た。 「園崎さん? 園崎魅音さん?」 初老……いや、もう老人なのだろうか。 白髪交じりの男が、病院のベッドに身を起こした魅音に、話しかけた。 魅音だった。間違いなく、魅音だった。 あれから十年以上の月日が経ったというのに、魅音は魅音のままだった。 「そろそろ、話してくれませんかねぇ? 園崎……詩音さん?」 詩音という言葉に、魅音は体を震わせた。が、それはすぐに収まる。 「圭ちゃん……来てくれたの? この前のりんご、おいしかったよ」 「それはよかった。さぁ、魅音さん。話してくれますか?」 「ちょっと待ってね、さっき皆も来てたんだ。おーい、皆ぁ……」 ぼそぼそと、魅音はつぶやいた。 「魅音……さん」 「へへ、今日はあの、圭ちゃんが貰ったゲームしようね。傾注傾注。ルールを説明するよ……」 「魅音さん」 老人……大石は、カードをディールしようとする魅音の手首を掴んでとめた。 老人といっても、大石の力は相当なものだ。 「あ、あの、圭ちゃんさ、その、今度するときは……やさしくしてって、言ったじゃない…… 「魅音さん!」 今まで大石の顔と魅音の顔をさえぎっていた髪の毛を、大石は横へと分けた。 「刑事さん、やめてあげてください」 看護士が大石を制止する。それでも大石は、かまわず話を続けた。 「事件は、終わって無いんですよ! まだなぁんにも終わって無いんです! 魅音さんの証言が必要なんです! 話してください、魅音さん! 一緒に事件を終わらせましょう!犯人を……野放しにしておくわけにはいかないんですよ!」 「終わってない?」 魅音の顔に、疑問の色など一つもなかった。 「終わって……無かったの?」 かたかたと魅音は震えだし、両肩を掴む。 「終わって、無いんですよ」 大石も興奮していた。 あまりにもいたたまれない魅音の状態を見て、 より一層事件解決への情熱に、燃料が投下されたからだ。 今の大石は、幾分か落ち着きを取り戻したものの、 魅音の手をしっかり握って、話さないでいた。現実逃避をさせないためだ。 「圭ちゃん……罰ゲームが……多いよ……一つだけにしてよ…… 圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん……」 魅音は、大石の手を振り解き、突っ伏して泣き出した。 これ以上の話は無理だと思い、見舞いの果物を置いた。 「また、来ます」 「お願いです……患者だって、人間なんですよ……」 「わたしゃあね、この子を救えたんです。 でも、救えなかったんですよ。この子だけじゃない。 村のみんなの命を救えたんです。私がつまらない誤解をしていなかったら…… すみません……また、日を置いて来ますよ」 看護士はただ、黙って大石の去り行く背中を見ていた。 一層大声で泣く魅音に、やっとのことで意識を取り戻し、魅音を落ち着かせるようにした。 魅音を落ち着かせるには、それほど苦労しなかった。ゲームの相手をしてやればよかったからだ。 「ご、ごめんね、レナ。なんでもないよ。続きをしよう……」 後日、大石と魅音が再び会うことはなかった。 お日様を見たいという魅音の訴えに、看護士が答えたからだ。 一瞬だった。止める暇なんて無かった。 ずっと寝たきりの人間とは思えないスピードで、地球の重力に吸われた魅音は……そのまま…… その日のうちに、魅音の遺書らしきものが見つかった。 みんなの居るところへ行きますとだけ書いていたそれは、 大石の魅音への見舞いの中に入っていた紙の裏側に記されていた。 しかし、それを見た大石は、瞬時に気付いた。刑事の勘だろうか? 遺書を書くような人間が、これだけ残して死ぬわけが無いと思ったのだ。 今から死のうという人間というのは、実は未練が一杯ある人間なのだ。 全てを失った魅音の未練は、たった一つ。 大石は、十分もしないうちに、それを見つけた。 一冊の日記帳のようなもの。 魅音の見たこと、聞いたこと、したこと、されたことが、そこに克明にかかれてあった。 中には見るのもおぞましいものがあったが、 やっぱり、魅音も事件を解決したいと思っていたのだと思うと、 大石は勇気付けられた気がした。 本当なら、これを生きているうちに見せてもらいたかったものだが…… 大石には、それを乗り越える強さがあった。 日記帳の文は、この一文で締めくくられている。 今までお見舞いに来てくださって、ありがとうございます。 大石さん、私が望むことはただ一つです。 どうか、事件の真相を暴いてください。 盥回し 壊 ―完―
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前回 鬼畜王K1 〜鬼誑し編・其ノ伍〜<家畜> 鬼畜王K1 〜鬼誑し編・其ノ陸〜<聖職者> その27からその30まで収録 最も強い力で婦人を護り得るものこそ 婦人の愛をうける値打があるのです。 ゲーテ『ファウスト』第二部第三幕より 婦に長舌(ちょうぜつ)あるは、維(こ)れ厲(れい)の階(はし)なり。 【女のおしゃべりは、世の中を乱す階段である】 『詩経』大雅(たいが)・蕩之什(とうのじゅう)・瞻卬(せんぎょう)より さて。 レナに魅音攻略の秘策を授けた、次の日のことだ。 「あれ~?圭一くん、目の下にクマさんが出来てるよ?なんでかな?かな?」 いつもの待ち合わせの場所に着いた後、レナが俺の顔を見て訊いてきた。 俺は完全に寝不足だった。 夢を見た。それも、『悪夢』と言って差し支えないような内容の。 …俺が殺される夢だ。いや、正確には——俺が死ぬ夢だ。 俺は自分が殺される瞬間を、まるで傍観者のように見ていた。霊魂だけが肉体を離れたように、自分の死を眺めていたのだ。 夢の中で客観的に自分を眺めている、というのは時々ある。だが、昨晩の夢が異様に感じられたのは、俺の死に方だった。 俺は夢の中で、包丁を手に、喉を貫いていた。キッチンに血溜まりを作りながら、何度も何度も。 やがて包丁が喉に突き刺さったまま、前のめりに倒れる。それをずっと、もう一人の——意識が有る方の俺は見続けていた。 そして、死んだ俺を茫然と見ていた時だ。キッチンに入ってくる人影が、二つ。 レナと、魅音だった。 彼女たちは死んだ俺に歩み寄って、無表情のまま見ていた。 しばらくすると、レナがしゃがみ込んで、死んだ俺の頭を撫で始めた。そして、ぼそりと言った。 「…あーあ、圭一くんも駄目だったかぁ」 抑揚の無い声で。まるで、実験に使ったモルモットが予想通り死んだ時のように。 その時、俺は——彼女たちを見ている、意識が有る方の俺は、戦慄を覚えた。 夢の中で寒気を覚えた瞬間、目が覚めて——悪夢から解放されたのだ。 時計の針は三時半を指していた。その後、なかなか寝付けずに——陽が登ってしまったというわけだ。 こんな夢を見て。気分がいいはずがない。 「…昨日は遅くまでテレビ観てたんだよ…」 レナにはこう弁解しておく。 「はぅ~…夜更かしはいけないんだよ、だよ?ちゃんとお眠りして、明日のために元気を蓄えなきゃ」 「あぁ…そうだな…ふあぁぁぁ~」 欠伸で返答するが、レナは心配そうに俺の横顔を見ていた。そのうちスッと視線を落とし、ボソボソと何か呟いている。 「…レナが圭一くんの…めさんなら、テレビで夜更かしなんてさせないのに…」 「は?レナが俺のなんだって?」 「!…う、ううん!何でもないよ、只の独り言だよ、だよ!」 …まぁいいか、今の俺はマジでパワーダウン中だ。学校でも大人しく居眠りさせてもらおう。 …『弓』こと知恵先生が、指に挟んだチョークを飛ばしてこないことを祈るが…。 眠気眼をこすりつつ、今度は魅音と合流する。 「レナに圭ちゃん、おはよ!…って…なぁ~んか圭ちゃん眠そうだねぇ?」 「…夜更かししちまったんだよ…悪いが今日は大人しくさせてもらうぜ…」 「ありゃ、つまんないなぁ。…じゃあ、おじさんのぱふぱふ攻撃で起こしてあげようかな?」 「はぅ、魅ぃちゃん…そんなことはいけないんじゃないかな、かな?」 「じょ、冗談だってレナ!そんな構え取らなくても…って、もう8の字ウィービング始めてるし!?」 俺は眠気に襲われつつ、コントを演じる二人を眺めていた。 …ミンミンゼミのなき声に混じって、「まっくのーうち!」「まっくのーうち!」と連呼する声が聞こえた気がした。 …こうやって、微笑ましいやり取りをしている二人だが、夢の中でのこいつらは、その瞳に冷ややかなものを秘めていた。 …あれは俺の意識の底にある、彼女たちへの「恐れ」が夢の中に表れただけに過ぎないのだろうか。 それとも…脳内の未知なる部分にあるという、「予知能力」が見せた、俺の未来だったりするのか。 …そんなのあってたまるか。俺が死んでたまるか。 何より——こいつらに殺されるのも、まっぴら御免だ。 そもそも、「殺す」だの「殺される」だの、そういう話が俺たち『仲間』の中にあってはいけないんだ。 …俺はこいつらを、自らの愉悦のために使いたいとは思うが。命のやりとりなど、あってはならない。 ——ん?ということは…つまり。こいつらの命が危険に迫った時は、守らねばならないという論理も成り立つな。 ——それはそれで、いいかもな。 レナと魅音のじゃれあう様を見ながら、俺は知らないうちに微笑していた。 学校に着いても、俺の調子は上がらなかった。 昼休みになっても机の上でゴロゴロする俺に沙都子がちょっかいを出そうとするが、梨花ちゃんに諭されて離れていった。 窓際では、レナと魅音が二人で何か話しているようだ。 深い眠りに落ちそうなのを耐えていると、不意に思いもよらなかった単語が聞こえてきた。 「綿流しの晩に失踪したらしいよ」 …ナニヲイッテイルンダ? 声の主は魅音だ。まさか…レナに、富竹と鷹野のことを話しているのか!? 「…けさん、…たけさんなの?」 「…知る限りではね」 「…他にもいるんでしょ?」 「彼女が祟りにあったのか…『鬼隠し』にあったのかはわかんないけどね」 やっぱり魅音の奴…! よりにもよって、レナに今年の『鬼隠し』のことを不用心にベラベラと…! 俺は今すぐにでも起き上がって魅音の口を塞ぎたい一心だったが、それはマズい。 なぜなら、表向きとして雛見沢においては、俺はまだ『鬼隠し』も知らない新入り扱いである。 その立場を崩さずに真相を探らねばならないのだから、畢竟『無知』を装わねばならない。 ゆえにこの場は大人しく会話の内容を探るしか出来ないのだ。大それた発言も動きも、今は許されない。 俺は居眠りしているふりをしつつ、二人の会話に耳を傾ける。 「いずれにせよ、もう一人いるんだよね…だよね?」 「オヤシロさまなら…ね」 「じゃあレナたちが知らないだけで…誰かが…たかもしれない…ってこと?」 「…かも、ね…」 「…次は…レナ、かな…」 「…大丈夫だよ、レナはちゃんと帰ってきたよ」 「…でも…くんは駄目だったんでしょ?」 「昔の話だよ…もうやめよ、この話」 …まずい。やはり、レナに今年も起こってしまった『オヤシロさまの祟り』を教えるべきではなかったのだ。 あいつの祟りに対する恐れは尋常ではない…それは大石に言われたことでもあるが、俺自身もレナと交わりながら感じたことでもあった。 レナを心底から服従させるためにも、今年の祟りのことは絶対にレナの耳に入れてはならない。…それが俺が出した結論だった。 …なのに、魅音はそれをベラベラと喋ってしまった。 散々レナの恐怖心を煽っておいて、「もうやめよ、この話」はねぇだろうよ、魅音…! しかし、今やレナが知ってしまった以上、早く『オヤシロさまの祟り』の正体を暴いてあいつの不安を払拭してやらねばならないだろう。 そのためにも、やはり…魅音を俺の意志に沿うモノに仕立て上げねばならない。 今回のような、空気を読まないことを平気でやらかす奴だ。俺が御しなければ、いずれどんな動きを見せるか分からない。 …そもそも、何故魅音が『今年のオヤシロさまの祟り』が起きたことを知っているのか? おそらく園崎家の情報網があるからだろうが、警察内部の機密まで入手出来ているとはな…さすがに雛見沢の暗部を司る一家はあなどれないということか。 やはり園崎家が黒幕に近いのか…あるいは、黒幕自身なのか。 そうであるならばリスクの高い正面対決ではなく、園崎家次期当主を俺の配下にすることが上策だろう。 『オヤシロさまの祟り』の正体を暴き、雛見沢における俺の名声を高め、影のフィクサーとしての前原圭一=雛見沢の『神』としての地位を安泰にする…。 ならば俺とレナの手で、園崎魅音を「陥落」させることが先決だ。計画を早めねば…! 俺は眠気をようやく一蹴し、「あー、よく寝たぜ」とぼやきながら立ち上がる。 …その瞬間、みんなの外履きが俺の頭上にポコポコと落ちてきた。沙都子のトラップに引っかかったらしい。 …まったく、今日は散々だぜ…。だが、魅音を堕とすことだけは失敗しないさ。 …そう、俺には頼もしい『仲間』…いや、『配下たち』がいるからな…くっくっくっく! 俺はレナを廊下に呼び出し、こう耳打ちする。 「…今日の放課後。魅音を『俺たちの部活』にご案内する」 「…ッ!」 息を飲むレナに構わず、俺は口元を歪めながら言葉を続ける。 「…いつもの『部活』は今日だけ中止にする。レナは魅音を××し、その後…」 「…」 「…という風にな。…首尾良く行ったら…レナにかぁいい『ご褒美』をやろう」 俺はレナの胸をむにゅっと掴む。 一瞬「んうっ」と声を上げるレナ。だが喘ぐ声を押し殺しつつ、俺に囁く。 「…分かったよ、圭一くん…。レナ、魅ぃちゃんをうまく『部活』に誘うよ…」 「クク、その意気だ…楽しい楽しい『部活』にしような、レナ」 最後に乳首をつまみ上げ、俺とレナは教室へ戻る。 …平静を装って俺の後ろを歩くレナ。だが、俺だけは知っている。 牝狗としてのスイッチが入ったレナが、顔を紅潮させてしまっていることを。 …そして、その牝狗が明日には『二人』に増えることをな…あははははははははははははは!!!! 放課後。 「さて、いつもの部活の時間でございますわね」 「今日は負けないのですよ、み~☆」 沙都子と梨花ちゃんが、俺たち上級生組の机に集まってきた。 だが、そこで魅音が顔の前でパンッと手を合わせてこう切り出す。 「あ~、三人ともごめんね~。おじさんさぁ、これからレナと行かなきゃいけないところがあるんだよ」 突然の部活中止に、沙都子と梨花ちゃんがきょとんとしている。 「ごめんね、みんな。今日は魅ぃちゃんと、興宮まで行かなくちゃいけないの。 レナのお家で家具を買うことになって、魅ぃちゃんのお知り合いの家具屋さんで選べることになったから、魅ぃちゃんにも付き添いを頼んだの…」 レナも二人に謝る。 …いいぞレナ。こういう理由なら、沙都子と梨花ちゃんが入り込める余地はない。 俺が指示した通り…全ては俺の計画通りだ。 「なぁんだ、そういうことがあるなら仕方ねぇなぁ。んじゃ、今日の部活は中止だな。 …ま、明日は今日の分も含めて盛り上がればいいさ」 俺は何も知らないふりをする。 沙都子と梨花ちゃんも「そういう事情なら、仕方ありませんわね」「レナと魅ぃなら、きっといい家具を選べるのですよ。にぱ~☆」と部活中止を受け入れ、荷物をまとめて帰宅した。 …年少組には悪いが。ここから先は俺たちの『部活』の話なんだよ…。 沙都子と梨花ちゃんが帰ったのを確認すると、俺も荷物をまとめてレナたちに「じゃあな」と手を振り、教室を出る。 …昇降口に出ると、知恵先生が待っていた。 「知恵先生。…俺たち以外は、もう学校には誰もいませんよね?」 「ええ、全員帰宅しました。校長先生も、今日は興宮で教育委員会の会議があるために出かけられていますから、戻ることもありません」 「じゃあ、学校の鍵も、今は知恵先生が持っていることになるんですね?」 「ええ。…校舎と校門の鍵なら、ここに」 知恵先生が、ワンピースのポケットからキーホルダーについた鍵を取り出した。 俺はそれを受け取ると、ニヤリと笑う。 「…くっくっく。…よくやったぞ、『知恵』」 演じていた『生徒』の仮面を引き剥がす。それは俺だけではない。…目の前にいる『女』も、『教師』の仮面を引き剥がした。 「…ありがとうございます、前原くん」 知恵留美子…表向きは、雛見沢分校のただ一人の教師。 だが、もう一つ…俺が雛見沢で最初に――転校初日に――堕とした『女』としての顔も持っている。 …レナたちは牝狗として従えるつもりだが…こいつは別枠だ。 教師としての立場がある以上、あまり露骨に接すると周りに勘ぐられてしまうかもしれないからな。 あくまでも『協力者』であるが…それでも俺にとって大事な手駒であることに変わりはない。 …命令を忠実にこなす点でも信頼出来る上、本当に素直で可愛い奴だ…。 「知恵、感謝するぞ…お前の協力が無ければ、今回の策は破綻するからな」 俺は口元を歪めつつ、知恵の白いワンピースの上から形の良い乳房を揉んでやる。 「あ…ん、あ、ありがとうございます…私が、前原くんに『ご奉仕』出来て…むしろ光栄です…」 愛撫に耐えながら、知恵は息遣いを荒くしていく。 俺は右手で乳房を愛撫しながら、左手をワンピースの下から突っ込み、知恵の秘部をヌチャヌチャといじくる。 「んんッ、ああんッ!…前原、くんッ」 「くくくく、知恵…ちゃんと言い付け通りに、毎日ノーパンで教壇に立ってるようだな」 そう、俺は初めてこの女をモノにした後、ある条件を出した…「これからも俺に抱いてほしければ、毎日ノーパンで教壇に立て」と。 「は…はい、今日も、明日も…んくぅッ!…前原くんの言い付け通り、ノーパンで教壇に立ちます…あぅッ!!」 「クク、お前はとんでもない淫乱教師だな!聖職者でありながら、純真な子供達を導く立場の教師でありながら、ノーパンで感じる変態だとはな!! 生徒に見られるかもしれない、気付かれるかもしれないというスリルでオマンコを濡らしてるんだろ、お前はッ!!」 「ひぁッ!!…あ、あんッ、そ、そうです…!知恵留美子は、子供達に気付かれたらどうしようって思うだけで濡れてしまう、変態でドスケベな淫乱教師なんです…んんうッ」 俺は胸への愛撫と秘裂への責めを激しくしながら、知恵の唇を塞ぐ。 無理矢理舌を侵入させ、口内を蹂躙する。それに応えるように知恵も舌を絡め、お互いの唾液が混ざり合う。 「…ぷはッ!…くっくっくっくっく!大変良く出来たで賞、だな!…いい子にはご褒美あげようか、そらぁ!」 「んん、んふッ!…ん、あ、あああ、イ、イク!イッちゃいます…ッ!!」 知恵は俺にしがみつき、崩れ落ちそうになるのを堪える。だが俺は手を休めず、むしろ激しく手を動かし、知恵を責め立てる。 「ははは!いいぞ、ここでイっちまえ!ただし声はあんまり上げるなよ、レナたちに気付かれたらヤバイからなぁ!!」 「ん、あ、あ、んん、あああ、イ、イク、イク!んんんんんーーーーッ!!!」 知恵は俺の胸に顔を押し付け、なんとか声を大き過ぎない程度にして果てた。 俺は知恵の身体を抱きとめ、ビクビクと身体を震わせる知恵が落ち着くまで待ってやった。 …息が落ち着いてきた知恵は、俺を潤んだ瞳で見つめてくる。…哀願する牝狗の瞳。…やはりこいつも、そこまで堕ちている女に変わりないか…! 俺はニタリと笑みを浮かべ、知恵に囁く。 「くくくく、知恵…。レナが魅音で『遊んで』いる間…もうちょっとだけ『ご褒美』をやってもいいぜ…?」 知恵は瞳の奥で欲情の炎が点いたようだった。 …それは、さらなる快楽を得るためなら狗にでもなんでもなろうというスイッチが入った証拠。 「…はい、ありがとうございます…前原くんのコレで…私の膣内を存分に楽しんで下さい…んっ」 知恵はズボンの上から俺の逸物を擦りつつ、唇を重ねてきた。 俺は知恵とキスしつつ、レナたちのことを思った。 うまくやれよ、レナ…こいつへの『ご褒美』後になっちまうが、お前たちにもちゃんと『ご褒美』くれてやるからな…! はは、はははは、あはははははははははははははははははははは!!!!! 次回 鬼畜王K1 〜鬼誑し編・其ノ漆〜<反転>
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前回 鬼畜王K1 〜鬼誑し編・其ノ弐〜 鬼畜王K1 〜鬼誑し編・其ノ参〜<捕食> その9からその13まで収録 幸福とは愛することであり、また愛する対象へ、 時としてわずかに心もとなく近づいてゆく機会をとらえることである。 トオマス・マン『トニオ・クレエゲル』より 情欲の血が燃え立つと、心はむやみに 誓いの言葉を並べたてるものだ。 シェイクスピア『ハムレット』第一幕第三場より 「あ…ん、あぁ…」 俺の下で股を開き、だらしなく愛液を滴らせるレナの秘裂に、俺の怒張が緩慢な動きで侵入する。 初めて男を受け入れるそこは、レナ自身の慰めによって十分な下地は出来ていたが、 処女特有の閉塞感がまず俺を襲う。 「ク…ッ!フフフ、さすがに初めてだからキツいなぁ…レナのココは」 「はうぅ…け、圭一くん…」 「済まないな、最初は少し痛みを感じるだろう…けどな、最初さえ乗り切れば後は楽になる…緊張せずに力を抜けよ、レナ」 「う…うん…。レナ、まだよくわからないから…圭一くんの言う通りにしてみるよ…」 「クックック…それが一番だ。もう少し奥に進むからな…」 俺はレナに促しつつ、レナの身体を引き寄せつつズズッと一段深く挿入する。 「んんん…ッ!!」 さらに内部は狭くなっていたが、なおも緩慢に俺自身を侵入させる。 締め付けがまたもきつくなってきたところで、一段と深く前へ進んだ瞬間、何かが割れるようなプツンとした感触を得た。 「い、痛…ッ」 レナが苦痛の表情を一瞬浮かべると、秘裂から鮮血が愛液と混ざり合って流れ落ちた。 …レナの純潔を、俺が獲得した瞬間だ。本当に、儚く処女を散らす時の女の表情というのはいつ見ても最高だな…! だが、その征服感を露にしてはならない。あくまでも、処女を捧げた女に対して配慮する、紳士を演じねばな…。 「だ、大丈夫か、レナ…。やっぱり苦しかったか?」 レナは眉間に皺を寄せ、下に敷いたタオルケットを強く掴んだままだが、潤んだ瞳で俺に微笑む。 「う…うん。レナは…大丈夫だから。…レナはね、ずっと…圭一くんに、レナの初めてを貰ってほしかったんだよ…だよ」 タオルケットを掴んでいた右手が、俺の頬にそっと触れる。親指で俺の唇をなぞる艶かしいその仕草に、不覚にも俺は胸中でゾクリとしてしまった。 レナは穏やかな表情になって、俺の頬を撫でながら話す。 「こうやって、圭一くんと一つになれて…レナは、今までで一番幸せなの。 『自分は穢れている』…そう信じ込んで、自分を壊してしまいたいと思って、自分を傷つけたりもした。 やがてオヤシロさまがやって来て、雛見沢に戻って…みんなと出会い、そして圭一くんと出会った」 …俺は何故だか、神妙な気持ちでレナの言葉を聞いていた。 『らしくないな、前原圭一…お前はこの女を蹂躙しているんだろ?その相手の情にほだされてどうする、今さら言葉なんてのは肉体の前では意味を成さない』 心の声は、そう言っている。だが、それでも俺はレナから目を逸らせなかった。 「レナは部活のみんなのおかげで、楽しい毎日を送ることが出来てるの…もう、みんながいない世界なんて… 圭一くんがいない世界なんて…レナには考えられない。だからね」 レナは俺の首に手を回し、ゆっくりと引き寄せ、静かに口付ける。舌を交わらせ、つうっと唾液が糸を引く。 「圭一くんと、こうして一つになって、レナはもう大丈夫なんだって思えるの。 圭一くんに守ってもらって、レナの幸せがやっと見つかったんだって、そう思えるの。 レナはオヤシロさまの祟りが恐くてたまらないけど…圭一くんが側にいてくれるだけで、その不安を乗り越えられる、そう思えるの」 レナの瞳から涙が一筋流れ落ち、それはやがてポロポロと頬を濡らしていった。 「…圭一くん。…私は、大丈夫だよ…だよ?だから…圭一くんの好きなようにして。 圭一くんがやりたいように…して?レナは、もう圭一くんのものなんだから」 …この女は…レナは…紛れも無く、本心から俺を慕っている。俺のことを疑いもしないで、全てを委ねてきている。 『前原圭一は、竜宮レナを救わねばならない』…これは運命だ。そう思うしかないし、そう決められている気さえしている。 『…その運命を、受け入れるのか?』 心の中の俺が、聞いてくる。…どうするんだ、前原圭一。 …今までのお前なら、こんな女の気持ちなんか無視してきた。だが…レナの本心に触れた今の俺は… …いや。そうだ…こいつは既に俺の『モノ』なんだ…だったら、そいつを活かすも殺すも俺の思いのまま… …クックック、なんだ、悩み抜くことなんてないじゃないか…! レナが自分で望んでいるというなら…俺はそれを使わせてもらうだけだ…! 「ああ…嬉しいよ、レナ。俺のことを、そこまで想っていてくれたなんて」 俺は喉の奥で笑いを堪えつつ、感動を装いレナに微笑む。 今度は俺の方から口付け、にっこりと笑い、瞳を見つめる。 「レナを守ると、俺は誓う。オヤシロさまの祟りも、俺たちを襲うことはない…俺が側にいる限り、レナは幸せでいられるんだ」 「圭一、くん…!」 「二人で幸せになろう。これからはオヤシロさまでさえ、俺たちを引き離すことは出来ない…俺とレナの『想い』が、祟りを打ち破るはずだ」 「圭一くん…ありがとう、圭一くん…!」 俺たちは強く抱き合う。…その時の俺の口元は、この上なく醜く歪んでいたのだろう…だが、レナに気付かれてはいなかった。 「…じゃあ、レナ…少しずつ、動くからな。痛かったら、ちゃんと言うんだぞ」 「…う、うん。レナ…頑張るからね…」 俺は腰をゆっくりと引き、深く、しかし刺激を与え過ぎないようにレナの中へ再び俺自身を送り出した。 「うぁう…っ!」 レナの中に、再び打ち込まれる怒張。 心の準備はしていたとはいえ、初めての感覚にレナの身体がビクリと反応する。 俺はそのまま出し入れを開始し、前後のピストン運動を緩慢に始めた。 「あッ…はぁ…はぁ…あん…」 処女を失い、緊張をほぐし始めたレナも、寄せては返す波のような快楽を感じ始めたようだ。 「…んん…はあ…あぁ…ん…け、圭一く…ん…ッ!」 「…どうだ、レナ?…さっきよりは、楽になってきたか?」 「はあ…はぁ、う…うん…。…レナ、圭一くんにいじってもらった時より、ふわふわした感じになってきたよ…」 「はは…そりゃあいい。もう少し動くからな…さらに気持ち良くしてやるよ…!」 言葉と同時に、腰の動きを大きくする。より強い衝撃に、レナの身体がさらに跳ね上がる。 「ああんッ!」 秘裂の入り口付近までペニスを戻し、一気にズンと打ち込む。 長さも太さも日本人の平均をゆうに上回るだけでなく、多くの女を虜にし使い込んだ俺の砲身。 押し込むだけでも敏感な女ならオルガスム寸前までもっていける…。 レナ、良かったなぁ!初めてでこんな大物を体感出来て!もう並の男のモンじゃあ満足出来なくなるだろうよ…あははははは!!! 「はぁっ!んあぅッ!あんッ!…す、凄いよ圭一くんの…!レナの中で、動いてるのが分かるの…!」 「ふははは、満足か、レナ!?」 「うあぅッ!う…うん!…け、圭一くんのが出たり入ったりするたびに、レナのアソコがビクビクしちゃうのッ!!」 「そうか、やっぱりなぁ!!レナのオマンコは、俺のオチンポを銜え込んで離してくれないもんなぁ!!」 「ひッ!んんっ!ああんっ!そんな、レナ、そんな…」 「今さら隠すなよ、レナ!素直になれ、お前は淫乱でかぁいいオチンポ奴隷だろうが!! 『前原圭一くんのオチンポを、オマンコで銜え込むのが好きで好きで堪らない、スケベで淫乱な竜宮レナです』と、認めてしまえ!!」 俺は更にスピードを上げ、レナを責め立てる。 突かれるたびにレナの身体から汗と愛液が飛び散り、レナの嬌声が大きくなる。 いよいよ小刻みに腰を打ち付ける。レナが快楽の果てまで到達するのはもう少しだった。 レナは意識を飛ばす寸前…そして、さっきの俺の言葉がレナの最後の理性を吹き飛ばした。 「そ、そうですッ!!竜宮レナは、前原圭一くんのオチンポが大好きですッ!! オマンコで大きなオチンポを銜え込むのが好きで好きで堪らない、スケベで淫乱なメス犬ですッ!! 圭一くんの大きなオチンポで、レナをイカせて下さいッ!! どうかレナのだらしないオマンコに、オチンポ汁をいっぱいいっぱい注ぎ込んで下さいッ!!!」 「上出来だ、レナッ!!お望みどおり、お前の中にくれてやるッ!!!存分に味わえッ!!!」 ラストスパートを掛け、俺はレナの下半身に自らを打ち付ける。 レナは俺の腰の後ろに足を絡め、背中に手を回し、離そうとしない。 そして、レナの締め付けがさらに増し、俺自身の限界も近付いた。 「イクぞ、レナッ!!俺のをお前の中に全部出してやるからなッ!!!」 「うんッ!!出してぇ!!圭一くんのオチンポ汁、レナのオマンコに全部頂戴ッ!!」 「ぐ…うおおおおおぉぉぉッ!!!」 「イ、イク…ッ!!!レナもイっちゃう、あああぁぁぁぁッ!!!」 同時に俺たちは絶頂を迎え、レナの膣内の一番奥で精を放つ。 ドクンドクンと送り込まれた精液の量は尋常ではなく、入り切らない分が外に溢れ出した。 これは新記録だな…ここまでの量、俺は出したことが無い。レナとの相性が良すぎるからかな…かな?クックック…。 レナは身体をビクンビクンと痙攣させ、俺の身体にしがみついたあと、ぐったりとした。 意識が一瞬だけ飛んだだろうが、再び肩で息をしながら俺の顔を見つめていた。 「はあ…はぁ…はぁ…ん、は…。け、圭一、く、ん…」 「…はぁ…はぁ…。…レナ…」 俺たちは抱き合ったまま見つめ合い、同時に口を近付ける。 情事の後のキス…今まで、抱いてきた女には何度もしてやった…だが、この気持ち…。 レナと一つになっている時の、この気持ちは…今までとは違う、温かさのようなモノを感じる。 またしても、俺らしくない…そう思いつつも、レナと甘くキスを交わし、お互い果てた後の余韻をいつまでも味わっていたかった。 「レナ…」 「圭一くん…」 言葉をこれ以上重ねる必要は無い…そう目で交わす、無言のやりとり。 レナは再び俺の頬に手を触れ、安心しきった笑顔を浮かべた後、眠りに落ちた。 意識が薄れる直前、俺は思った。 『レナは完全に、俺のモノになった…だが、レナは俺にとって、ただの奴隷なんだろうか…? …今まで出会った女と違う特別な女だとしたら…奴隷としてでなく、どう扱うべきなんだ、前原圭一…?』 そこで意識は途切れ、俺もまた深い眠りに落ちていった。 五年目の綿流しの晩…オヤシロさまの祟りを恐れるべき夜は、何事も無く過ぎ去ったかのように思われた。 だが…俺とレナが知らない所で、事態は進行していた。 前原圭一の、そして竜宮レナの運命は、やはりこの晩から転がり落ちていったんだ…。 ただ一人の男の、奇怪な死が引き金となって…。 次回 鬼畜王K1 〜鬼誑し編・其ノ肆〜<怪異>
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それは、存在しない世界。 或いは、存在しても書き留められる事のなかった世界。 それは穏やかで、ルールは閉じ込めれていて、だから何も起こらなくて、誰も涙を流さない世界。 「悟史君、ホワイトデーって知ってますか?」 「何だいそれ」 「何年か前から出来たらしいですよ、バレンタインデーの対になる日」 「対…?」 「バレンタインデーに女の子がチョコをあげるでしょう?そのお返しを一ヵ月後の3月14日に男の子があげるんです」 「へぇ、じゃあ僕が詩音に何かあげるんだね」 「そうなんです。期待してますよー?」 「ええっ! そ、そうだなあ…むぅ…」 本気にして眉を顰める悟史君が愛おしい。 「うそうそ、あんまり気負わないでください。一緒にいられるだけで嬉しいんですから」 「むぅ…」 先月のバレンタインデーに私は悟史君に輸入物のチョコレートをあげた。 私のお小遣いはそんなに多くはないから、6粒入りのそれでも大奮発だった。 「あのチョコ、美味しかったですか?」 「美味しかったよ!中がとろーっとしてた…」 幾つかは沙都子の口に入ったのかなと苦々しい邪推をしたが、その無邪気に細められた目を見ていると 悟史君が私のプレゼントに喜んでくれた事を純粋に喜ぶ余裕が生まれてきた。 悟史君の唇が好きだ。ピンク色で女の子みたいにぷるんとしていて、笑うとぴんと張る。 「詩音は何がほしい?」 一瞬思いを巡らす。 可愛い人形? ふわふわのぬいぐるみ? ちらちら光るアクセサリー? 抱えきれない程の花束? 「だーから、何にもいらないんです。悟史君と一緒にいられれば良いんです。」 私には予感があった。いや、記憶と言った方が正しいかも知れない。 悟史君が私に笑いかけてくれなくなる記憶。私の頭を撫でてくれなくなる記憶。 だからその言葉は真実だった。 悟史君は、むぅ、と呟いてまた喫茶店の大きな窓の外に目をやる。 「お姉だけですって、そんなのお願いするの」 『そっかなー? 普通なんじゃないの、若い二人だったら…」』 電話の向こうのお姉はうひゃひゃひゃと少し下品に笑った。わざと。 『でもさ、何かくれっつったって欲しいモノってそれ以外ないんだよねー』 溜息を吐きながら圭ちゃんを少しだけ不憫に思う。 「お姉はガンガン押せるタイプじゃないと思ってましたが」 『そりゃ園崎家次期頭首、此処一番には押さなきゃねえ』 この年頃の女の子のお喋りは取り留めなく続く。殊それが恋人の事ともなれば尚更だ。 『ま、とにかく詩音も私みたいに押してみるこったねー!」』 「はいはい、参考にさせていただきます」 いつものように挨拶して受話器を置く。 葛西が用意してくれた食事をつつきながらも悟史君にどう言おうか悩んでいた。 気のない様子で切ったハンバーグを転がす私を葛西が心配そうに覗き込んでいる。 私の不安を消す方法。叔母の所に厄介になっている悟史君の負担にならない私へのプレゼント。 「一緒にいるだけ」と呟いてみる。限りなく正答に近い回答だと確信する。 ご飯をよそっていた葛西が怪訝そうに私の方を振り返るので、私はにっこり笑って、 このハンバーグ美味しい! と言ってあげる。 「私ね、悟史君がいいです」 「…ふぇ?」 「だから、ホワイトデー。悟史君がいい」 悟史君の目はよくわからないと言っている。これ以上直接的に言いたくない。 「あと一週間しかないでしょう? 私からのリクエストです。」 「う…うん…」 悟史君のシャツの袖を軽くつまんで、少しだけ手を触れさせる。 色とりどりのショーウィンドウを眺めるふりをして、私は鏡越しの悟史君の顔を見る。 ぽんやりと視線の定まらない顔。半歩後ろを歩く私から見える悟史君の耳は赤かった。 その赤さがたまらなく愛おしくて、指先を悟史君の手の平に回してみる。 包んでくれた悟史君の手はとても温かかった。 「じゃあ、また」 「はい」 悟史君の自転車のブレーキが軋んだ。 「次はいつかな」 「一週間後に」 「…むぅ、遠いなあ」 「私も早く会いたいです」 「……むぅ。僕も。」 「きっと一週間なんてすぐですよ。じゃあ」 「詩音、またね。」 自転車に腰を入れてこぎ始める悟史君を見送る。 夕日が照って悟史君のシャツを染めていた。 悟史君が毎日雛見沢に帰らなくて済むようになればいいのに。 そうしたら夕暮れが大好きになるのに。
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<前編> ヤンデレレナ レナ。 竜宮レナ。 名前が思考の中で飛び交う。 急き立てるように頭を叩くお湯。両耳を、絶え間なくノイズが走り抜けている。視界にまとまる湯の塊で、見えるものが少なくなっていた。秒数を刻むよりずっと早く、次々に足元に落ちる様子は、まるで世界が崩れていくような感覚を起こさせる。しかし、そんな中にもレナだけは居た。翳る瞳。その過程を俺は理解できなかった。一体何が、レナの暗い感情を引き出し瞳に宿しているのか。一瞬で、そう、何をと思う間もなく俺はいつも息を呑んでいる。底抜けに明るかったり、底も見えず無表情だったり。好意というには抵抗がある。 ……誰かに、相談したほうがいいだろうか。 シャワーを浴びている間ずっと考えていた。レナは今せっせと夕食を準備しているのだろう。もしかして、扉越しに突きつけていたかもしれない包丁を片手に。好きなメロディーでも奏でながら。 髪の毛でも詰まっているのか、身体の汚れを流した湯に両足が少しずつ浸されていく。崩れ行く世界が目の前にあるのなら、それは残骸だった。縋りつきたかった。実際に膝をついて、そこここの波紋で歪む水面を見つめた。背中に当たるお湯が冷たさと痛みを誘う。レナにつけられた傷だ。 「……」 排水溝を開けゴミを取り除く。シャワーも止めた。 深刻に考えすぎだ、と頭を振る。今ここにある現実は、気が滅入るほどに酷いものではない。雛見沢に来る直前に俺が身をおいていたものと比べれば……。そこでふと思いつく。話してみようか。俺がなぜ都会を離れることになったのか。親父の仕事で、というには、画家の肩書きは一般的な知見からすると謎めいていて都合がいいのかもしれない。寂れつつある雛見沢にあって、都会から田舎へという構図も案外あっさりと受け入れられる。しかし親父がたびたび家を空けることを皆知っている。都会に住んでいたほうがよかったのではないか、と思わない人はいないだろう。 体を拭いていく。シャワーで済ますと体の冷えは早かった。後ろ髪から垂れる水滴に、背中が震えそうになる。 忘れたい過去のはずだった。人を、それも幼い子どもを傷つけて爽快感を得ようとした。溜まるばかりだったストレスのはけ口を人として最低なところに求めた。俺が犯人だと知ったときの、両親の驚きと怒りと悲しみと軽蔑を今もはっきり覚えている。何をどう思って俺がそんな行動に出たのか。要求されて話したら理解をしてくれたが、仮に親以外の第三者に話そうとしたのなら、ほとんど客観的事実を並べるだけになる。そうして、俺は完全に嫌われる自信があった。だから、封印していた。ずっと。仲間と呼べる者たちと出会ってから。 懺悔のつもりだろうか。許しを得たいのだろうか。しかしそんなことは自己満足に過ぎない上、レナに話したところで十字架が軽くなるはずもない。ならばどうして。どうして今更になって、俺はほとんど思いつきに近い形で過去を曝け出そうと思ったのか。わかっている。 わかっていた。俺は、レナに軽蔑されたかった。そうして遠ざけたかった。俺から距離をとることができないのなら、レナの意思でその行動をとってくれればいい。そう考えたんだ。 ただ、日々の楽しさに埋もれていたはずの過去の露呈が、今の俺にどこまでの影響を与えるかは想像もつかない。平静を保とうと努めても、受け止めきれない反応がレナからくるかもしれない。そう思うと怯える。 結局どっちつかずの考えを胸に抱えたまま、俺は食卓についた。 「圭一くんって子どもは男の子がいい? それとも女の子?」 どきりとした。思わず動作を止めてしまい、箸の先端のご飯粒が離れがたそうに落ちる。残りを口に含み咀嚼した。そのたびに溶けて舌に馴染み、粘り気をもっていく。レナの激しいキスを思い出し急いで飲み込んだ。やはり昨日の行為のことを指して聞いているのだろうか。そう考え答えようも無く沈黙していると、レナのほうが口を開いた。 「レナはね。男の子がいいかなぁ」 「……どうして」 「だって、女の子だったらパパに恋しちゃうかもでしょ?」 微笑みながら、俺が掬うより半分以上も少ない白飯を口に運ぶ。 「そしたら、レナ困っちゃうなーと思って」 俺は昨日の行為を指して質問されているのかと考えて、内心で焦っていた。しかしレナの口ぶりと態度は、そんなこととは関係なくただ純粋に話題として出しただけのようだった。……それもそうか。昨夜のことはお互いに一言も触れていないのだから。だがそうであるなら余計に気になることがあった。 何で、そんなに心から困ったように溜息をつくんだ? その答えはすぐに返された。 「圭一くんはレナのものだから」 「――ッ」 自然だった。その一言まで。レナは俺が料理に向かうフリをして視線を合わそうとしないことに何も言わず、ろくな返答がなくても止めた箸をすぐに動かしたり俺のコップにお茶を注いだりと、途切れそうな間を辛うじて繋げていた。一方で、俺が顔を上げたときは下を向く。そうして交わらない視線の応酬が続いていた。しかし――。 「とても、困るよ」 今は俺を捉えている。瞼の重量感に震える。鉛のような瞳孔。それが沈まぬようにと、俺を焦点から外さぬようにと必死に支えているのが瞼だった。なのに瞳は一瞬たりとも揺らぐことなく、鈍い光を携えてただ俺を凝視していた。瞬きもしない。無意識に腰が浮きかけた。 この態度の豹変は何を意味している? さっきまではお互いに探り探りでコミュニケーションをとっていたはず。手当てをしたときのぎこちない空気はそれを暗に証明するものだろう。 一歩、さらに一歩と踏み込むような行動はなかった。しかしここにきて。レナは無遠慮に俺を見据え、激情というにはあまりに静かすぎる感情の奔流を、臆すことなく向けている。そのせいか食卓の空気は完全に凍り付いてしまった。食事など続けられる雰囲気ではない。こうなることは分かっていたんじゃないのか? 分かっていた上であえてそんな目で俺を見るのなら――。 この先レナがどんな行動をとっても不思議ではなかった。 「俺っ、が……レナのもの、だって……?」 針を持つ手がわかりやすく震えるように、その言葉は怯えと警戒とをあっさりレナに伝えてしまっていた。それに対してレナは何も言わなかった。ああ、さっき手当てをした際の、レナの気持ちがよく分かる。沈黙は、耐え難いほどの圧力を俺の肩に乗せている。あの後レナは何事もなかったように笑顔になっていたが、俺にはとてもできそうにない。――沈黙は肯定。そう無理やり納得させられるほど、レナの箸をすすめる所作は自然だった。 「おかしい、ん…じゃないのか……?」 よせばいいのに、言葉を紡ぐ。 レナの肩がぴくりと動いたのを、沈黙の裂け目だと勝手に解し、俺はかすかに声を荒げて続ける。 「だいたい子どもなんてっ。存在すらしていない者にッ――!」 抱く、おそらく嫉妬。異常だ。そうなじろうとして俺はある事実に気づく。簡潔だった。単純明快。俺は今のレナを理解している。異常な嫉妬。であるならば、なぜ学校では普通に振舞えているんだ? あまりにも普通な日常こそが違和感の元だった。魅音や沙都子や梨花ちゃんと、俺は変わらず同じ態度で接することができている。それは、レナがそうだったから。ところが今はどうだ。心臓が針の筵にされるような、焼けた鉄に両足を置くような、反射的に逃げ出したくてたまらなくなる感情が、際立って目に映る。それは二人でいるときだけ。 『存在すらしていない者にッ――!』 たった今発した言葉が頭の中に響いていた。 正確に言うならば。あの電話があってから、だ。 『うん。誰か、知らない女の人』 そうレナが形容した電話の相手。不自然に女という単語が強調されていた。それに、女の子だったら困るというあの一言。魅音たちと笑いあうレナ。俺が、レナ以外と過剰に接することになっていても、そのときどきでまるっきりレナらしいと思える反応をしていた。……こう言うと何か思惑があってわざとそう振舞っていたようにも感じられるが、そうは見えなくて、本当に自然だった。 『暗闇の中で感じるのって、自分だけなんだ。見えないもの触れないもの聞けないものを信じることなんて、できっこないよね?』 昨晩のレナの言葉が脳裏を過ぎる。混乱していた頭でもちゃんと聞き取れていたようだ。 容易に推測できた。レナが何より恐れているのは、存在しない誰かだと。赤ん坊の話はそういうことだろう。電話の相手は厳密に言えばどこかに生きているが、ただ声を聞いただけだ。 俺ならすぐに忘れるだろう。間違い電話ならなおさらそうだ。しかし、レナの心にはいつまでも引っかかっているのかもしれない。 「……」 俺から目を離さないレナ。もしも今、再びコール音に空間が震えたならば――。 はっ、と短い息を吐きそれ以上に吸い込んでしまった酸素に肺が悲鳴を上げかけた。 ――考えてみればいい。人間と霊というものを。どちらを恐れるかということを。確実に存在を感じられる者と存在があやふやな物。大半が後者を選択するはずだ。俺とレナはまだ子どもで人生経験もほとんど積めていない。きっとそう選択する。なぜなら。 はっきり分かる形で存在さえしていれば。 どうにだってなるだろうから。どうということはないだろうから。 つまりレナは。 俺と魅音たちとの間に何かあったとしても、どうにでもなるし、できると考えている……? 瞬間、背筋をざわりと覆うものを感じた。その気配は流れる冷や汗を、速度に合わせてじぃっと凝視しているかのようだった。 「座ろうよ、圭一くん」 「……ぁ」 芽生えた疑問があまりにも恐ろしく、その恐怖のままにレナを見たからかもしれない。そんな気配、感じるはずもないのに。レナの声は穏やかだった。少なくとも、俺の創りだした幻影が醸し出す雰囲気よりは。 ふっと足の力が抜けた。椅子の冷たさがジャージ越しに伝わる。レナの言葉で初めて気づいたが、俺はいつからか立ち上がっていたらしい。小声で謝りつつ箸をとった。夕食は、まだ半分以上も残っている。腹は一杯だった。それも料理の匂いすら留める空きがないほどで、一体何にここまで満たされたのかと思う。 しかし満腹からくるものではない脱力感が肩から脚にかけてあった。ほぼ普段と同じ生活様式で衣食住を行っているにも関わらず、常に気を張っている。そのせいで色々考えてしまう。 そうしなければ変わらず心安らげる一日であったろうに、足元に線引かれている境界から目が離せない。すぐ目の前に日常があるという認識が、帰りたいというもどかしさと何故こっちにいるんだという恨めしさを生んでいる。 端的に言うなら俺は疲れ始めていた。だからだろうか。 「レナは……俺のこと、好きなのか?」 独り言のように、気がつけばそんなことを聞いてしまっていた。表面上、紛れもなく平和な日々を再現している今に縋りつこうとしたのか。それともただ単に諦めただけなのか。声にどんな感情を込めたのか自分でも計りかねた俺は、喉の震えの余韻だけを静かに感じていた。 「……」 レナはきょとんとした表情で俺を見ていた。 だがすぐに頬が緩む。色づき始めの花のように控えめで未成熟な笑みは、それが照れを表しているものだと、少しして気づく。目を伏せて一度大きく頷くと。 「うんっ、大好きだよっ!」 と元気に叫んだ。その後はしおしおと肩を窄め、子犬のような鳴き声を時折小さく発しながら、飯をつついていた。俺はしばし呆然とする。何より純粋、想いの全てがその一言に込められていたような気がして、レナは本当に恋をしているだけなのだと思わざるを得なかったからだ。体裁も生活も何も気にしないでいい、相手と自分さえ居れば成り立つこの瞬間。俺たちはそんな時代を生きているのだと。……しかしだからこそ、子どもでもあるんだろう。 少しだけ腹の空きを感じた俺は、再び料理に手を出した。 レナはなかなか帰ろうとしなかった。もう夜の九時を回ろうという時間なのに、何かと理由をつけては俺の言葉をのらりくらりとかわしている。茶碗を洗いたいから、という。宿題を見てほしいから、という。そして今度は。 「ねぇ圭一くん。お風呂お借りしてもいいかな、かな?」 「わざわざうちで入ることはないだろ」 テレビのチャンネルを変えながら、きっぱりと言う。身構えることなく片手間で拒絶できるほどに、そのお願いへの俺の態度ははっきりしていた。後ろにいるレナもそれ以上は何も言ってこない。 「本当に……そろそろ帰らないとまずいだろう、レナ」 「うん……うん」 「……レナ」 諭すように言う。 「あ、あのね圭一くん、今日、その……泊まっちゃ、ダメかな……」 「……」 風呂に入りたいといった時点で、ある程度は予想していたことだった。そのときは遠まわしに体の関係を望んでいるのだと、瞬時に思い浮かんだ。が、必ずしもそうと断定できない、考えてみるべき他の可能性が、風呂に入るといった行為くらいならいくらでもあると思ったので、特に意に介していない素振りをすることができた。しかし一泊するということなら話は別だった。 「圭一くんのこと、大好きだよ」 俺が口を開こうとするのに被せてレナは言った。 「好きかって聞いてくれて嬉しかった。当たり前のことだけど、確認し合うって大事だよね。でもレナ謝らなくちゃいけない。そう確認したのは、圭一くんが不安になっていたってことだもんね」 思惑が筒抜けであることを理解し、その前提で喋っているように見える。さらには俺の意思がレナのそれと合致しているものだと、勝手に思い込んでいる節もある。だからさっきまでのようなこちらの言い分に気を遣う様子は一切感じられない。別人だ。まるで俺に好きだと伝えることがレナにとっての魔法であったかのように。 「……不安?」 俺は訊き返す。 「やっぱり嘘はだめだなぁ、あはは。圭一くんにはすぐバレちゃうよね。分かっていたことなのに、レナって本当馬鹿だよね」 嘘。その不吉な響きのせいかレナの声に冷たさを覚え始めた。本人は嬉々として喋っているように見えるのに。聴覚だけが異常を察したのだろうか。 「電話、男の人からだったんだよ。圭一くんが心配するかと思って嘘ついたんだ。関係ないことだけど、女の人からだって嘘つくだけでレナは少し恐くなっちゃった」 前髪から覗く瞳一杯に俺を映してレナが近づいてくる。 わけが分からなかった。心配? そんな要素は電話にはない。いつだってお前に向いていたんだ。曝け出したい本音はしかしその意に沿わず、端から見れば俺は大人しくレナの言葉を待っているだけの情けない男に違いない。 「大丈夫だよ、レナが一番好きなのは圭一くんだけだから。心配しないで、ね? 他の誰より、何より一番だよ。圭一くんにならどんなことをされてもいいと思ってる。壊されたって構わない。圭一くんのもので喉を乱暴に突かれて声が出なくなっても、きっと好きって言えるよ」 「何を、言っているんだ……」 「だってレナは圭一くんのものだから。そして……圭一くんもレナのものだよ」 語尾は囁くようだった。それで十分だったのだ。何故なら既に目の前にいるのだから。 もうそれは声よりも吐息のほうが強く感じられて、半ば強制的に脳内へと染み込んでくる。 「してみようよ。昨日はレナばっかりがしちゃったから。今日は圭一くんの好きなようにしてほしいよ。邪魔は入らないから。ね?」 「……」 レナが俺に覆いかぶさる形で、二人ソファーに寝る。昨晩と全く同じ状況なのにも関わらず俺はあまり警戒していない。部屋が明るいからだろうか。レナが破壊的ともいえる女の行動を起こしてこないからだろうか。またそうしない保証がされたからだろうか。所詮、俺も雄。身の安全に重きを置きながらも、同級生からの一線を越えた甘美な誘惑に動かされないはずがなかった。昨晩の記憶には快感だけしかなかったと都合よく解釈し始めて、いよいよ思考はひどく感情的な性欲のみによって埋め尽くされていこうとする。 そのときになって周囲の有様を強く感じたのは、その本能の侵蝕を、辛うじて危険だと判断できたからかもしれない。だがそれもすぐに掻き消える。俺は鋭敏になった五感覚にただ身を奮わせていただけだった。 テレビの音量は、気づかぬうちにほとんど聴き取れない程度に調整されており、轟く秒針の足音は時が進むことの重さを部屋に刻み込む。どこまでも冷静でいながら心の奥底はつかみどころのない炎に燻っていた。いつ燃え上がってもその果てに燃え尽きてもおかしくなかった。 そんな感覚でレナを見る。 たくし上げられたスリットの奥で、俺以外の男には秘められた熱が宿り始めている。それが感じられたのは、布を数枚隔てたところで男と女の象徴が触れ合っていた、から。何を求めているのか頭で理解せずとも、体が率先して動いた。凍り付いたようだった四肢は嘘のように流動し、体勢を整えていく。半身を起こした俺の目の前に、レナの胸があった。薄い紫のリボが左右均等に見事な蝶を作っており、まるで俺のために設えられたかのように映る。丁重に扱えということでもないだろう。壊してもいい、とレナは言うのだから。乱暴に剥ぎ取り、その勢いでスリットの裂け目まで通り道を作るのもいいかもしれない。さすがにまずいだろうか、そう思ってレナを仰ぎ見たが本人もそれを望んでいるようだった。期待に満ちた表情が、俺の手元を見つめている。 「……」 右手を、腰からお尻にかけた敏感なラインに絡ませる。そのままぐいっと僅かに力を入れて引き寄せた。猛る性器とさらに密着度が高まると、レナが喉奥から小さな声を漏らした。空いた左手でリボンを緩めた。はらりと床に落ちる。ひらけた胸元から、一気に女の匂いが溢れてきた。その白く滑らかな肌に顔を埋める。下着の覆わない双丘の膨らみ始めを、舌先で幾度も昇り降りする。もどかしそうな嬌声が押し損ねた鍵盤から発せられるような控えめさで、頭上から降ってくる。舌を休めぬままふと見ると、乳房の大きさに比して下着のそれが合っていないように思った。成長途上であるのだろう。そのとおりレナの体はまだ熟し始めだが、ここから息が長そうな、男を虜にする魔性の魅力を放っていた。 「圭一、くんぅ…」 肩にレナの重さを感じて、胸から口を離した。香りよい茶髪のさざ波に頬を撫ぜられながらしばし乱れる吐息に耳を傾けていた。その最中、看過できない匂いのあることに気づく。ガーゼだった。手当てをした頭の怪我。つんと鼻を刺激する。勘違いかもそれないが、かすかに血の匂いも混じっていたような気がする。ほぼ同時に、背中の傷が疼いた。 「……」 ぐっと目を閉じる。 それから無言でレナを引き剥がし、今度は俺が上になるように寝かせた。情欲のうねりは留まることを知らず、あとは丸ごと吐き出すだけのはずだったのに。 「レナ、聞いてくれるか」 「なんでも、聞くよ」 躊躇いのない返答に一瞬だけ気後れしたが、決心が鈍るほどではなかった。 「……俺は、雛見沢に引っ越してきた」 姿勢は変えないまま話し始める。最初はゆっくりと、徐々にペースを上げて。 俺がモデルガンを遊びのおもちゃにしていたこと。そのおもちゃで幼い女の子を傷つけたこと。罪は社会的にはお金で許され、事件は解決をみたこと。ただのストレス解消というには大仰すぎたその事件名も、ただの馬鹿ガキだった俺と世間との認識の違いを示すため、話に出した。とにかく迷惑をかけた。謝罪してもしきれないほど。それなのに、俺はまるで逃げるようにして都会を離れた……。 「……」 割と冷静に話せた。第三者の視点からそうしたからだろう。もしも過去を追体験するよう振り返っていたのなら話はまったく進まず、レナにとっては訳の分からない状況になっていたに違いない。しかし話の途中で目を合わせることは、終ぞできなかった。レナは一片も身じろぎをせず、ずっと耳を傾けていたようだった。反応があったとしても困ったが、逆に何もないのも嫌だった。……自己中心的だ。だから所々同情を引くように語った部分も、多分あった。 本当に、情けない。軽蔑に値するほど。小さい人間だ。 唇を噛む。喉が渇いていた。普通に会話をするのとは違う後味が口の中に残っている。もしかしたらと思ったがやはり、すっきりとした感覚もありはしなかった。一生消えることはない、それはこういうことなのだろう。 「圭一くん」 拒絶された、と反射的に思った俺は、上半身をずっと支えていた両腕から力を抜きすぐにレナと距離をとる。とはいってもソファーの端による、といった程度のものだったが。恐るおそるにレナを見た。 瞳は――暗かった。 ……当然だろう。一体何を期待していたというのか。汚い部分を曝け出してもなお俺を好きといってくれるなら、と悲劇の主人公にでもなったつもりだったのか? 百人居れば百人とも、俺を蔑視するに決まっている。くそっ……。そう考えている癖に、ほんの少しでも落胆の色を隠せていない自分に心底腹が立つ。次に投げかけられる言葉はどんなものだろうか。仲間に裏切られたという感情が言葉に乗れば、相当にきついものに違いない。俺はそれを待った。 「その女の子が悪いんだよね?」 「え?」 一瞬、呆ける。 「圭一くんは悪くないよ」 「いや……俺が、悪いんだよ……」 「こんなに苦しんで……。レナ、許せないよ……」 頬が優しく包まれた。人肌のぬくもりが、無条件に安らぎを与えようとする。しかしレナの瞳は俺に向けられたものではなくて、違和感を覚えた。 一体誰に? 考えるともなく脳をついた答えに、俺は恐ろしく震えた。 「違うっ。悪いのは俺だっ。俺が傷つけてしまったんだっ」 「本当に? 傷つけられる理由があったんじゃないのかな? 圭一くんは悪くないよ」 「……っ! 話聞いてたのかよっ!? 原因は全部俺なんだよ! 女の子もその家族も、不幸にしたのは俺なんだよっ!」 「……じゃあ、悪いのは、……ご両親なのかな?」 瞬間、俺の中で何かが弾けた。心臓の半分ずつがそれぞれ別々の火打石のように。痛いほど鋭く音を立て炎を上げた。すぐに頭に血が昇った俺は、右手に添えられたレナの手を思い切り振りほどいていた。 「違うって言ってるだろ!」 声が反響する。 「そうかな? 圭一くんがストレスで苦しんだのはそういうことじゃないのかな」 「なっ……」 「だいたいおかしいよ。昨日も今日も圭一くんを一人残して。レナならずっと一緒にいるのに。だから圭一くん、悪くないよ。自分を責めないでね?」 「……誰が、悪いっていうんだよ……」 半ば脱力しかけた状態で俺は立ち上がり、レナを見下ろす。 「圭一くんじゃない誰か」 首を傾げてにっこり笑う。我なんてとっくに忘れていた。脱力したのはこれから爆発させる感情に、体を備えるため。じりじりと背を焼くような我慢をしながら、俺は声を絞り出した。 「それ、なら……。俺が悪いっていうんじゃないのなら……っ!」 近づいてこようとするレナを睨んで。 「レナが悪いんだろっ!」 「え……?」 「そうだろっ!? 俺が悪いに決まってるっ! なのに悪くないなんて言う、レナが悪いんだろっ!? だいたい……一体なんなんだよ昨日から! いい加減にしてくれよ!」 「圭一、くん?」 喉が張り裂けそうなほどに叫んだ。 俺の怒号を受けたレナは、茫然自失とした表情で固まり俺が息を落ち着ける頃になってわなわなと震えだした。心底怯えた様子だった。みるみるうちに涙が溜まっていき、瞳の頼りなさに信じられない者を見る色を掴んだが、なおそれに縋り付こうと手を伸ばしてもくる。 「もう帰れよ!」 「ど、どうしたの……? 圭一くん、どうして、どうしてそんなひどいこと……?」 「帰れって言ってる!」 「圭一くん…圭一くん……圭一くん……。そんなひどいこと言わないで。お願いだから…レナ謝るから……圭一くんのこと大好きだから……」 やり切れない思いを抱える。 俺は足音荒く自室に向かった。 レナのむせび泣きが背に聞こえたが拒絶した。 もう一度、帰れと叫ぶことによって。 寝てしまおう。胸糞の悪さを寝て忘れよう。 俺は敷きっぱなしの布団にもぐりこんだ。 目覚めたら朝、ということにはならなかった。時計は深夜二時を指している。同時に空腹を感じた。ふらつきながら歩く。一階に下りてもレナはいなかった。冷蔵庫を開けると、見慣れぬ皿に盛られたデザートのようなものが目に入った。その下に挟んであった掌ほどの紙切れが開けた拍子に一度揺らいだ。 手に取る。 『明日の朝、食べてね。 レナ』 可愛らしい文字でそう書き記してあった。 不意に、目頭が熱くなった。抑えた指がじわりと濡れる。 意識が覚醒していく。これは夕食と一緒に作ったものを予め入れておいたのだろうか。それとも、帰る直前に作ったものだろうか。分からない。どちらにしろ、俺はレナに対して罪悪感で一杯になるのを防ぎようがなかった。 嗚咽が漏れる。 どうしてこんなことになってしまったのか。これ以上、一人でどうにかするなんて考えられなかった。俺とレナの問題なのだろうが、それほどに俺は参っていた。 「相談、しよう……」 しばらくその場で泣いてから、呟いた。 真っ先に浮かんだのは、雛見沢分校の委員長にして俺たちの部長、魅音だった。 <続く>
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■昼の非日常:前原 圭一 1. ――部活メンバーみんなで川へ遊びに行こう。そう最初に言いだしたのは、魅音だった。 ここ最近急激に高まってきた暑さで、普通の部活をやる気力も削がれてしまっていた俺は、その提案に迷うことなく即賛成。他のメンバーらも、たまには変わったことをやりたいからと、全員賛成。結果、その週の日曜に早速行くこととなった。 そして当日。午後に入ってから学校に全員集合して、今まさにその川への道を歩んでいるところである。 「……あぢぃ。おい魅音、川はまだなのか? いい加減、歩き疲れたぞ……」 正面に大きく広がっている山と、辺りにある無数の田んぼ以外、周囲には何も無いあぜ道。そこを延々と歩くという作業に嫌気がさし、俺は汗だくになりながら魅音に文句を投げた。学校から出発して、もう二十分は歩きっぱなしだ。 いくら川へ涼みに行くと言っても、その道中までもが涼しくなる訳ではない。頭上に大きく浮かぶ灼熱の太陽。最近の雨で湿った空気や、土の匂い。更に、自身が流した汗で濡れた衣服。それらが実に見事な不協和音を奏で、嫌がらせかと思うほどの不快感を全身に塗りつけてくる。せめて周囲に木々でもあれば、その陰でこの不快感もいくらか緩和できるだろうが、困ったことにそういう類の遮蔽物は皆無で、この場は正に太陽の独擅場と言えた。 「ま、まだだよ。も、もう少し山の中に入らないと……」 魅音は、少しどもりながら言った。相変わらずのその様子に、俺は多少の訝しさを覚える。 何故か今日の魅音はずっとこうだった。午後に集合した時からやけに緊張した様子で、口を開けばいちいちどもり、目をこちらへ合わせようともしない。強引にこちらから詰めよれば、赤面して黙りこくってしまうといった具合で、明らかにいつもと様子がおかしい。 あの天下無敵の魅音がここまで変だと、心配な上にこちらの調子まで狂うので、途中でレナにそのことをこっそり相談したのだが、レナもよくわからないらしい。梨花ちゃんからは、何故か意味深な笑みを貰った。沙都子は、風邪なのでは? と魅音を心配していたが、特に辛そうな訳でもないので違うだろう。 どうも約一名から煙に巻かれた気がしたが、俺には理由を探りようがない。だから、とりあえず何か起こるまで魅音は放っておこうと自分の中で既に結論していた。 よって、何事もなかったかのように俺は会話を続ける。 「山って、正面にあるアレか? おいおい、後どれだけ歩くんだよ……」 「ん、ん~、い、一時間ちょいかなぁ」 「……溶けちまう」 だらしなく舌を出しながら、俺は膝を付いて項垂れた。 「をーほっほっほ! 圭一さんは本当にだらしないですわねぇ」 そんな俺に、この炎天下上にも関わらず平気な面をした沙都子が、いつも通りの挑発をする。だが、俺にいつも通りの反応をする気力は残っていない。 同じ状況に置かれた同じ人間で、何故こうも様子が違うのか。 「……はぅ、圭一くん大丈夫なのかな、かな?」 「みー。圭一はなんじゃくものなのです☆」 ……いや、沙都子だけではなかった。この場を歩く俺以外の人間全員が、太陽の直射日光に対して涼しい顔をしている。魅音も様子こそはおかしいが、それはこの暑さから来たものではないようで、汗の一筋も垂らしていない。どうやら、生粋の田舎育ちと都会のもやしっ子では、こうも体力に差がつくらしい。 「圭一くん、一旦休憩する?」 レナが、心配の色で濡れた瞳をこちらに向けながら言う。が、俺はそれを断った。メンバー中唯一の男子であるこの俺が、こんなことでギブアップしていては格好が付かないからだ。それに、途中で休憩したことに対する罰ゲームを魅音から吹っかけられる可能性も……と思ったが、今日の魅音の様子だとそれはないのかもしれない。 ともかく、俺は気合を入れ直して、再び川へ通ずる道を歩み始めた。 「ところでよぉ……、その川ってのは、こんな思いをしてまで行く価値のある場所なのか?」 しばらく歩いて、俺は疑るように今みんなで向かっている川について聞いた。回答者は特に指定しなかった。何故なら、別に純粋にそのことが聞きたかった訳ではなく、暑さから気を紛わすための会話のネタ振りに過ぎなかったからだ。……まぁ、要は単なる愚痴に過ぎないのだが。 「うん。去年の夏休みくらいにも魅ぃちゃん達と行ったけど、奇麗で涼しくて、本当に良いところなんだよ、だよ」 隣を歩いているレナが、笑顔で言った。続いて、沙都子と梨花ちゃんも、レナと同様の意見を述べる。行った当時の事を思い出しているのか、みんなとても楽しみな様子だ。 「ま、まぁ、圭ちゃん。み、みんなが言う通り良い所だから、もう少し我慢しなって」 そして、最後に魅音が相変わらずのどもり口調で閉めた。 「……そうするかな」 本当に楽しそうなみんなの様子を見て、暑さで消えかけていた俺の気力は、少し回復していた。 俺は、今までの人生の大半が都会暮らしな上、ほとんど旅行にも行かなかったため、いわゆる大自然の名所という物を体験した事が無い。だから、そういう未知の領域がこの先にあるらしいという事に、好奇心と期待感が高まってきたのだ。 最初は軽いネタ振りのつもりで出した話題だったが、俺への影響は大きかった。気づけば、足取りは嘘のように軽くなり、いつの間にか山の入口が目の前に見えてきた。 入り組んだ山道を進み、どんどん奥へ入ってゆく。周囲からミンミンゼミの鳴き声が忙しなく聞こえる。山の中だけあって道は木々に覆われていた。それが盾のように太陽の直射日光を防いでいるため、暑さは先ほどと比べてかなり和らいでいる。それどころか、流れてくる風が冷たくて心地よい。微かに、水が流れる音も聞こえる。もう、目的の川はすぐそこのようだった。 そしてしばらく歩き、――視界が一気に開けた。 「さぁ、着いたよ。圭一くん」 横を歩いていたレナがそう言い、ここが俺たちの目的地であることを理解する。学校から歩いて一時間半ほど。遊び場への移動時間としては少々長すぎる気もするが、ようやく到着したのだ。 だが、俺はその達成感を味わう余裕も無かった。疲労が原因ではない。……何というか、目の前の光景に圧倒されていた。これが、大自然の力という物なのだろうか。 山の中の川と言えば、狭くて浅いというイメージがあったが、岩に囲まれたその川は横幅が学校のプール程に広く、深さも人間が泳げるほどにはあるようだった。流れる水は、濁りがほとんどなく、硝子のように透き通っている。周囲には、何本もの背の高い広葉樹が、この場を空から覆い隠すが如く生い茂っており、その枝々の隙間から淡い太陽の光がスポットライトのように射しこんでいた。そして、それが透き通った川の水で水晶のように輝き、ここがまるで現世離れした場所であるかのように錯覚させる。 「良い所だな……」 感じた通りの言葉が、思わず口から零れる。レナたちは、そんな俺を見て笑った。自分たちのお気に入りの場所が、別の土地の人間である俺に受け入れられて、嬉しかったのかもしれない。 「それじゃ、早速水着に着替えますわよっ!」 突然そんな声が聞こえたと思えば、沙都子が着ている服を脱ぎ始めた。 「へ? ……んぁ? ちょっ?!」 俺は一瞬の思考の後、目の前で起きているとんでもない事象を理解し、一気に混乱に陥る。思わず沙都子から目を背けるが、視線を投げた先ではレナや梨花ちゃん、魅音も自らの衣服に手をかけていた。 「お……、お前ら何をっ……?」 部活メンバーらのあまりにも大胆すぎる行動に、俺は顔から蒸気を発しながら素っ頓狂な声を上げた。が、そうこうしている内にもみんなはどんどん服を脱ぎ、その中身が露出されてゆく。 こいつらには羞恥心って物が無いのか? それとも、田舎の女の子ってのはこれがデフォルトなのか? そんな疑問を次々と頭の中に浮かばせながら、俺は思わず目を瞑った。いくら何でも、これは健全な思春期の少年である俺には刺激が強すぎる。 しかし、本当に健全な思春期の少年であるからこそ、目の前で繰り広げられていると思われる未知の光景――楽園ともいう――に、底知れぬ興味が湧くのも事実だった。そもそも、俺は女の子の一糸纏わぬ姿なんて、ブラウン管を通じてしか鑑賞したことが無い。それも、大事な部分に非道なモザイク処理がされた中途半端な物だ。まやかしと言っても良い。だが、目の前にあると思われる光景はどうか。下着を付けたまま水着を着る愚か者などいない。つまり、男なら誰もが思いを馳せる胸の突起物のみならず、モザイク処理を乗り越えた向こう側の世界、女性の神秘が目の前で待っているのだ。これをわざわざ見逃すのは、馬鹿がすることではないのか――? 二つの考えが頭の中に同居し、ぶつかり合う。数秒間が数時間に思える葛藤の末、頭の中に生き残ったのは、男子として極めて健全的な考えの方だった。 俺は、ゆっくりと目を開ける。瞬間、眩い光と共に、服を全て脱ぎ終わったみんなの姿が飛び込んできた。 「……あれ?」 だが、そこにあったのは、俺が期待していたのとは全く別の光景だった。紺色の布。つまり、何故かみんな既にスクール水着に着替え終わっているのだ。まぁ、これもある意味では悪くない光景だが……。 「……? 圭一さん、目を瞑ってましたけど、どうしたんですの?」 茫然としている所に、沙都子の声が耳に入り、何となく事実を察する。要は、みんな予め服の下に水着を着て来たのだろう。こんな更衣室も無い場所で泳ぐのだから、当然と言えば当然だ。 「……あ、いや、何でもない。ちょっと目にゴミが入っただけさ。お、……俺、下に水着着てないから、ちょっと向こうで着替えてくるわ。ははは」 そう言いながら、俺は大きな茂みを指さして歩き始めた。 「け、圭一くんこんな所で着替えるの?」 「全く、はしたないですわねぇ……」 「うるせぇ……。忘れてたんだから仕方ないだろ」 悪態を付きながら、さっきの恥ずかしい思い違いをレナたちが気付いていないことに、俺は安堵した。背後から梨花ちゃんの満面の笑みを感じる気がするが、多分気のせいだろう。 俺は茂みの中で用意してきた学校用水着に手早く着替えると、すぐにみんなの元へ戻った。 2へ続く
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前回までのお話 それぞれの愛し方 「おい。魅音、大丈夫か?もう外は真っ暗だしさ、そろそろ帰ろうぜ?」 そう言う圭ちゃんの声が耳に微かに届く。 ボーッとする頭で、さっきまでの事を思い出す。 ああ、そうだ・・・私は圭ちゃんのペットになったんだよね? いや彼女かな? それとも両方だっけ?分かんないや・・・。 悲しい、悔しい、嬉しい、どれか分からない涙が一滴頬を流れた。 力の入らない手を支えにして、ゆっくりと身体を起こし、足首にかかっているショーツを履き、乱れた制服を直しながら口を開く。 「うん。そうだね・・・。早く帰らないと圭ちゃん怒られちゃうね」 ちなみに婆っちゃは今日からお母さんとお父さんに連れられて北海道に旅行に行っている。 確か三泊して帰って来る予定だったはずだ。 だから遅く帰っても大丈夫だが、圭ちゃんの両親が心配するだろう。 「それは大丈夫だ。俺の両親は、昨日から一週間程東京に行ってるんだ。何か大きなイベントに作品を出品するらしいから、落ち着いた環境で仕上げたいんだとさ」 なんだ。圭ちゃんも似た様な状況か。 そして深い意味も無く婆っちゃが旅行に行った旨を話した。 「くっくっく!そうか、そうか!じゃあ明日は俺の家で泊まり込み調教だな!」 内心、しまったと思った。 だが、それ以上に何か期待してしまう自分がいた。 たった数時間で、こんなに濃密な体験をしたのだ。丸一日も一緒にいたら、どうなってしまうのだろう? 恐らく私に拒否権は無いだろうし、圭ちゃんと一緒に居たいという気持ちの方が強い。 「分かったよ。おじさんは明日の何時頃に行けば良いの?」 そして何か考えてた圭ちゃんが開口一番こう言った。 「そうだなあ、朝の九時に来てくれるか?」 「了解!んじゃ帰ろう?」 「おう!その前に済ましておく事が有るけどな!」 「へ?・・・っ!?」 私は急に抱き締められ、思考がフリーズする。 「魅音に俺の印を付けておいてやるよ」 そう言い、私の首元に圭ちゃんが吸い付く。 くすぐったくて、少し痛い。でも全然嫌じゃない。 一分程、そうしていただろうか。 圭ちゃんが私の身体を解放した。 「これでよしっ!ああ、それとこの体操服洗っといてくれ」 と言われ、体操服の入った袋を渡された。 そこからの事は、よく覚えていない。 気が付いたら自分の部屋の布団の上で、以前圭ちゃんがくれた人形を抱き締めていた。 圭ちゃんと途中まで一緒に帰りながら、色々話した気がする。 そして帰ってきて、ボーッとしながら夕食を食べ風呂に入ったのだろう。 寝間着代わりにしている白い着物まで着ていた。 ふと横を見ると圭ちゃんの体操服の袋が目に入る。 「そうだ洗濯しなきゃ。明日の朝までに乾くかな?」 時間を見ると夜の九時を周った所だった。 今から洗って干せば朝には乾くはずだ。 袋を持って洗濯機のある脱衣所に向かう。 そして袋から体操服を取り出した時、汗臭い男の体臭が鼻をつき、無意識の内に体操服のシャツに顔を埋めていた。 「んっ・・・」 濃厚な圭ちゃんの匂いに包まれ、私の『女』の部分が熱を帯びる。 ゴクッ。 生唾を飲み込み、自分に言い聞かすように口を開く。 「す、少しだけなら良いよね?・・・うん。ほんの少しだけ・・・」 体操服を洗濯機の上に起き、私は恐る恐る胸に手を伸ばす。 「んっ・・・はぁ・・・」 胸元の隙間から手を差し入れ胸をまさぐる。 匂いを嗅いだだけで興奮したのだろうか? 手の平にコリコリとした感触があり、乳首が早くも硬くなっていた。 親指で転がす様に刺激すると甘い吐息が口から洩れる。 洗濯機の上に置いた体操服に顔を埋め、胸をまさぐる私は圭ちゃんの言う通り『匂いフェチの変態』そのものだ。 「はあはあ・・・圭ちゃん・・・。んっ・・・ひぅっ!」 私はショーツの上から指でクリトリスを擦った。 その瞬間ピリピリした刺激で腰が抜けそうになる。 そしてハッと我に帰った。 急に自分が情けなくなり涙が溢れ出すのを感じる。 「ふぇ・・・。グスッ圭ちゃんゴメンね・・・。私、変なのかな・・・?うっうっ・・・ふわああああん!!!!!」 床にへたりこみ、激しく泣いた。 その後落ち着いた私は洗濯機で体操服を洗った後、外に干して布団に入った。 泣き付かれたのか、目を閉じるとすぐに意識が遠くなっていくのを感じた。 ピピピピ! 「・・・・・・んん~っ?」 目覚ましの電子音で目が覚め、重たい瞼を開いて目覚ましを止める。 時計を見ると朝の6時。普通の休日なら二度寝タイムに突入する時間だが、今日は九時までに圭ちゃんの家に行かないといけない。 「ふわあ~~~・・・」 大きな欠伸をして布団から抜け出す。 圭ちゃんの家にお泊りするのだから、身体は綺麗な方が良いだろう。 それに調教と言いつつ、その・・・あの・・・。 あ、あああ愛してもらえるかもしれないのだ! でも、その場合私の背中の鬼は見られてしまう・・・。 期待と不安と恐怖で混乱しそうになるのを堪え、替えの下着を持って風呂場へと向かった。 念入りに髪と身体を洗った後、風呂からあがった。もちろん歯磨きもした。 そして自分の部屋の鏡の前で悩みだした。 「軽めに御化粧した方が良いのかな?」 少し考えた後、リップだけ塗る事にした。 そして詩音から貰った香水を少し付け、服を着る。 時計を見ると八時半前だったので、着替えを適当に見繕い、財布やお泊りセット、乾いた体操服と一緒にトートバックに詰め込み、圭ちゃんの家へ向かった。 圭ちゃんの家に向かいながら、私って単純なヤツだなと思った。 圭ちゃんに一喜一憂して喜んだり落ち込んだり・・・。 ポジティブな考え方をすれば『過程はどうあれ、結果は圭ちゃんと恋人になれた』 ネガティブに考えれば『玩具の様に弄ばれる』 そんな事を考えてるとダウナーな気持ちになってくる。 そういえば、レナにはどう説明すればいいのか? レナも圭ちゃんの事が好きだと言っていた。 そんなレナに『圭ちゃんの体操服でオナニーしてたらバレちゃって、紆余曲折を経て彼女兼ペットになっちゃった☆てへ☆』と説明しろとでも? ・・・・・・駄目だ、馬鹿にしてると思って確実に怒るだろう。 私はアホの子じゃない、一般常識くらい分かる。 ましてやレナは私にとって親友だ。 相手を怒らせたり悲しませる様な真似はしたくない。 気が付いたら圭ちゃんの家の玄関先に着いていた。 私は深呼吸をして、気持ちを切り換える。女は度胸!なるようになれ!! そう自分に喝を入れてチャイムを鳴らした。 ガチャ。 「お、おおおひゃようっ!!圭ちゃん!!」 恥ずかしい。噛んでしまった・・・。 圭ちゃんは気にして無いのか 「おはよう。まあ魅音、立ち話もなんだ。入ってくれ。」 と私を促し家の中に入っていった。 その後「部屋に行っててくれ」と言われたので、部屋の中で圭ちゃんを待ちつつ辺りを見回す。 ちなみに圭ちゃんの家に入るのは二度目である。 前回は皆と来たので気にして無かったが、今日は引きっ放しの布団がやけに生々しく感じる。 数分後、麦茶を持って来てくれたので美味しく頂く。 圭ちゃんは麦茶を啜った後、喋り始めた。 「今日は調教の前に興宮に行くぞ。ちょっと買い物したいんだが良いか?」 「別に良いけど、何買いに行くの?」 「まあ食材やら色々だ。魅音の手料理も食べたいしな」 「ふぇ?て、て手料理!?む、無理だよ!」 「何で?」 「・・・失敗したら恥ずかしいよ・・・」 私は俯きながら話す。 「大丈夫だ。俺はどうしても魅音の手料理が食べたいんだ。」 少し考えた後 「・・・作ったら全部食べてくれる?」 と私は聞いてみた。 「当り前だ!むしろ残す訳無いだろ?」 「・・・ん。じゃあ、おじさん頑張って作るよ!」 素直に嬉しかった。 圭ちゃんの優しい言葉が私の胸を暖かくしてくれる。 「楽しみにしとくぜ!んじゃ行くか!」 荷物を部屋に置いて外にでて気付く。 「・・・あ!おじさん歩いて来ちゃったよ。興宮に行くなら自転車持って来ないと」 「俺のMTBの後ろに立ち乗りで良いなら乗るか?」 「う、うん・・・。けど良いの?おじさん重いかもよ?」 「昨日抱え起こした魅音は軽かったぞ。大丈夫だから乗れよ?」 そう言われた私は、圭ちゃんの肩に手を乗せて、後輪のシャフトを固定している長いナットに足を乗せた。 「乗ったか?じゃあ行くぞ!」 一時間後、私達は興宮に到着した。 途中『あらあら?デートかしら?若いっていいわ~♪』と生暖かい視線で何回も見られて照れてしまった。 「遅いな~。何してるんだよ。」 ちなみに今、今日の買い物でアドバイスをくれる助っ人という人を待っている。 「ねえ、助っ人してくれる人て、どんな人?」 「ん?お前の良く知っているヤツだ。」 「?」 「お!来た!来た!」 私は顔を上げた後、ビックリした。 「し、詩音っ!?」 助っ人とは私の双子の妹の詩音だったのだ。 「はろろ~ん☆お姉に圭ちゃん☆お待たせしました♪」 「おう、おはy「な、なな何で詩音がここに来るのさ!!」 「お姉~そんな酷い言い方ないじゃないですか?私は圭ちゃんに昨日、ある事を頼まれたから来ただけですよ?」 「・・・ある事って何よ?」 「内緒です☆じゃあ圭ちゃん行きましょうか?私、お昼からバイトなんでサクサク終わらせちゃいましょう♪」 「ああ。分かった。それとな魅音。このメモに書いてある物を買って来てくれ。終わったらここで待っててくれよ?」 そう言って、二つ折りのメモ用紙と一万円札を私に渡した後、二人は何処かへと行ってしまった。 圭ちゃんが詩音に頼む買い物って何だろう? まあいいや。 それよりもメモの方が気になる。 私はメモを見てみて、そして固まった。 書いてある内容を理解した瞬間、その場に倒れてしまいそうになる。 ははは・・・。これを買って来いと? しかも親類の経営する店で? うん。無理。 しかし買って来なければ恐ろしい事になりそうだ。 私は重い足取りで商店街へと向かった。 私は今、親類の経営する薬局のレジで叔母さんと世間話をしている。 これはある話を切り出す隙を窺っているのだ。 そして、その時が訪れ私は叔母さんの耳元に口を近付け小さい声で話した。 「お、叔母さん。そ、そのコ、コココンドームとマ、マッサージ・ローションか、買いたいんだけど・・・」 顔から火が出そうになる。恥ずかしすぎて逃げ出したくなる。 「フフフ♪魅音ちゃんにも、とうとう彼氏が出来ちゃったか~☆両方一個づつで良いのかな~??」 とニヤニヤしながら紙袋にブツを入れてくれる。 「あとこれはオマケだよ。頑張りなさい!」 と何か入れて渡してくれた。 私は代金を急いで払い、その場から逃げる様に早歩きで店を出て、待ち合わせ場所へ向かった。 ここまでに二時間近く掛かっている。 待ち合わせ場所では、圭ちゃんが既に待っていた。 「よう。ご苦労様。ちゃんと買って来たか?」 私は圭ちゃんに紙袋を押し付けながら言った。 「おじさん本当に恥ずかしかったんだから・・・」 圭ちゃんは紙袋を開いて中身を確認した後、私の頭を撫でながら言った。 「くっくっく!よしよし、ちゃんと買って来た様だな。これも調教の一環だ。しかし御主人様を気遣って栄養ドリンクまで買ってくるとはな?早くも肉奴隷としての自覚が付いてきたのか?ん?」 圭ちゃんは、そう言いながら頭を撫でていた手をお尻に移動させ、やらしく撫でてきた。 「ひゃっ!し、知らない!お、おじさん栄養ドリンクなんて買って無いよ!ちょ・・・。こんな所でお尻触らないでよ!」 「可愛いヤツめ!そうそう詩音からの伝言だ『今度、感想聞かせてくださいね♪言わなかったら【腸】流しちゃいますから♪』だとよ?」 と言い終わると、お尻を撫でるのを止めて紙袋を、大きめなオレンジ色の袋の中に入れる。 さっきまで持っていなかった物だ。 ブティック店の名前が入っている。 「ハァ、ハァッ・・・ん・・・。ねぇ圭ちゃん?その袋が朝言ってた買い物ってヤツ?」 私は乱れた呼吸を整えつつ、そう問い掛けた。 「まあな。これは帰っての御楽しみって事で。そういや腹減ったな。俺、朝飯食って無いんだよ」 そういえば私も朝食は食べて無いので、お腹が空いた気がする。 圭ちゃんに預かったお金の釣り銭を渡して、近くの喫茶店に向かった。 喫茶店で軽めだが昼食を食べて、帰りにセブンスマートに寄って買い物をした後、圭ちゃんの家に着いたのは昼の二時過ぎだった。 一休みした後、少し早いが夕食の準備をする。 メニューは和風ハンバーグとサラダ。そう手間が掛かる訳では無いので下拵えして冷蔵庫に入れておく。 圭ちゃんは部屋の掃除と、お風呂の準備をしてくれている。 さて休憩しよう。リビングのソファーに座って、今宵行われるだろう痴態について考える。 調教なのだから普通にSEXして終わりな訳無い。 その証拠に避妊具はともかく、マッサージ・ローションは何に使うのか分からない。 名前のごとくマッサージでもさせられるのか? ローションを使ったマッサージなんて性知識が人並みな私には想像がつかない。 あとはブティックの袋だ。 そのブティックは何度か買い物した事がある店なので、調教に関係するような物は無かったはずだ。 よって、これは考えから除外する。 一番の問題は、今夜は『恋人』としてなのか『主従関係』としてなのか。どちらの関係が強くなるか、だ。 私だって女だ。初めては好きな人に捧げたい。 いや、それ以前にキスすらしていない。 決めた。キスすらしてくれずに何かしようとしてきたら、この関係をキッパリ清算しよう。 そのかわり、ちゃんとしてくれたらペットでも恋人でも何だってなってやる。 私の全てを捧げてやる。 これが私の覚悟である。 私は賭けに出たのだ。 その瞬間まで自然体でいよう。 そこまで考えたところで、圭ちゃんが顔を出す。 「部屋の掃除もしたし、風呂の準備も出来たぜ!晩飯にしようぜ!」 「あ、うん!じゃあ準備するね!」 私は料理を仕上げるため台所に走っていった。 夕食が終わり後片付けをしている。 約束通り圭ちゃんは残さず『美味しい』と言いながら食べてくれた。作った甲斐があったと思う。 そして件の圭ちゃんは今、お風呂に入っている。 そして後片付けが終わる頃、圭ちゃんはお風呂からあがった。 私にも入る様に促し、リビングでテレビを見始めた。 私は圭ちゃんに一言声をかけ、着替えとお泊りセットを持って風呂場へと向かった。 熱いシャワーを浴びた後、備え付けの鏡で昨日圭ちゃんに付けられたキスマークを見つけ、手でそっと触れてみる。 この印が嘘じゃなかったら圭ちゃんは、きっと優しくキスしてくれる筈。 「大丈夫。圭ちゃんを信じろ園崎魅音。私は賭けに勝つんだ」 そう呟いた後、私はボディーソープを手で泡立て両手を使って全身に優しく擦込む。 自分で言うのも変だがスタイルは悪くないと思う。 豊満な胸部、薄く陰毛の生えている陰部、程よい大きさの尻部。 私は女の武器たるこれらの部位を重点的に綺麗にする。 そして泡を洗い流し、自慢の長い髪を洗う。ここも身体と同じく優しく丁寧に洗ったあと、唇のリップを洗顔して落としてゆく。 その後、熱めのお湯がはってある湯船に身体を沈め、これから酷使されるだろう身体をほぐす。 三十分ほど湯船に浸かっただろうか、私は浴室を出てバスタオルで水気を拭き取り、下着を身に着け、白い着物に袖を通し帯を締める。 そしてお泊りセットの歯ブラシで歯磨きし、化粧水を肌に浸透させた。 準備は完璧だ。 あとは覚悟を決め圭ちゃんの所に向かうだけ。 だが覚悟は既についている。 私は圭ちゃんの所に向かった。 <続く> 後編 兎の様に(後編)