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悪魔―ファウストにも自我がある。この世全てを呪うほどの悪意が凝縮された妄執。それが形になったのが ファウストと言っても過言ではない。人間の暗部を具現化させてしまった男、溝呂木眞也の力の一端として 生み出されたこの巨人はかつて、姫矢准、ウルトラマンネクサスの手で葬られた。だが、数多くの悲劇をもた らし、その報いを受けたはずの暗黒巨人は今、確かに存在していた。 在り得ない状況の中、光の巨人と闇の巨人が再び対決する。 魔法少女リリカル☆なのは~NEXUS~ 第二話『暗黒』・前編 先手必勝。ウルトラマンネクサスは戦闘の構えを取るや否や、ファウストに跳びかかっていった。即座に 繰り出される拳。ファウストはそれを、 『ふっ!』 一笑と共に弾いた。ネクサスの空いた脇腹に強烈な膝蹴りを見舞うファウスト。僅かにネクサスの身体が浮く。 そこにさらにファウストは拳を叩きこんでゆく。一歩、また一歩とファウストがネクサスを攻め立てる。 ネクサスには二つの形態がある。今の形態は『アンファンス』と呼ばれるもので、ネクサスの初期形態だ。 十分な戦闘能力は持っているものの、エネルギー消費を極力抑えている、いわばリミッターの掛かった形態 とも言える。故にこの形態でならば長期戦が可能なのである。しかし、この形態では、ファウストとの力の 差は大きい。まだその力になれていなかった頃、姫矢は何度もファウストを相手に窮地に立たされたのだ。 しかし今はその時以上に、力量の差があるように見える。痛みに悶えながらも何とか立ち上がるネクサス。 その姿をファウストは嘲笑う。 『何故、今のお前が変身出来るのかと不思議に思ったが……』 満身創痍のネクサスの首を掴んで持ち上げながら、ファウストは言葉で責め立てる。 『どうやらもう満足にその姿すら維持できんようだな』 ファウストはネクサスを放り投げると同時に闇の光弾―ダーククラスターを放ち追撃する。何処までも 容赦の無い攻撃。砂の大地に叩きつけられて転がるネクサス。吹き上がる粉塵に逃げ遅れた管理局員が撒かれた。 ファウストは今更それに気付いた様子でそちらに目を向けた。再び竦む管理局員達。 『鈍いな。その魔法とやらも、お前達には過ぎた力だったろう』 嘲笑するとファウストは、硬直したままの管理局員達に向かってダーククラスターを撃った。腕のたった一振りで 、強力な光弾は具現化して放たれる。魔導師からしてみれば、何の予備動作もなく(しかもエネルギー充填に掛かる 隙も殆ど無かった)一瞬でA級の砲撃魔法が襲ってくるようなものだから堪らない。勿論、今の彼らにそれに対抗 する術はなく、ただ自分達の死を待つだけだった。 「―?」 一人の魔導師がきつく閉じた瞼を開いた。何時まで経っても予期していた衝撃はやってこない。そして彼が見たものは。 「っ!?」 その手を広げて、全身を使って自分達を護る巨人の姿だった。 『(……何時もより力が出せない)』 ネクサスと一心同体、というよりそのものとなって戦う姫矢は、常ならば満ちているはずの光の力の欠如に悩まされていた。 変身した瞬間には確かにあった膨大な光の力が、見る見る身体から抜け出していってしまった。ファウストも手強い相手では あるが、幾度の戦いを凌いだ今の姫矢ならば十分打倒できるはずだった。しかし力の源が欠如しているこの状態では どうすることも出来なかった。 『(このままでは……!)』 逃げ遅れた人間(やたらと凝った装飾を施した衣装を着ている)を咄嗟に庇う。頭が動き出すより先に身体が動いていた。 我ながら本当に損な性分だ。薄れゆく意識の中、姫矢は僅かに苦笑した。 ファウストの猛襲の前に崩れ落ちるネクサス。ダーククラスターの直撃を受けたその身体は、黒く爛れている。 胸の赤いクリスタル―エナジーコアから、白く輝く瞳から光が失われてゆく。力無く、砂漠の大地に沈んでゆく その巨体。 『弱者を庇って力尽きるとは、哀れな奴』 ファウストはそんなネクサスを執拗に嘲笑う。その声色は愉快気に弾んでいた。 『所詮は光の残り滓。お前にはやはり、輝く力は残されていなかったということだ』 そう言い残し、ファウストは去ってゆく。闇の巨人の姿が砂塵に塗れて消えてゆくのに合わせて、光の巨人の 姿も大地へと没した。 後には、何も出来なかった魔導師達だけが残された。 それから三日後の鳴海市、ハラウオン家。ここは管理局管理外世界の一つである地球の駐屯地(?)でもある。 この地で何かが起これば、必然的にここが司令塔になるわけだ。 「母さん、これが本当に?」 「えぇ、信じられないけどね」 司令塔は今、只ならぬ雰囲気に満たされていた。 アースラ艦長、リンディ・ハラウオンは久しぶりに取れた長期休暇を地球の自宅で満喫していた。そこにきた 管理局からの応援要請。休暇の身―しかも引退を控えた―に何のようだろうと思ったが。 「なるほどね、これじゃあ仕方ないわ」 「仕方ないって母さん……」 ……少なくとも『情報』が本当のことならば、そこらの魔導師では太刀打ち出来ないはずだ。リンディは得心が 行った。 もっとも、自分達でもこれを如何こう出来る自信は、彼女にも無かったのだが。 闇。何処まで進んでも広がる暗黒。姫矢はただ道無き道を走り、惑う。 「はぁはぁ……」 思い出すのは地獄のような戦場。その場で起こる真実を知りたかったから、彼は危険を承知で海を渡った。傷付き、 倒れる現地の住民達。そして姫矢自身も凶弾に倒れた。そんな彼に手を差し伸べたのは年端も行かぬ一人の少女だった。 名前はセラ。姫矢にとって彼女の笑顔は光で……― その死に様が彼の心を八つ裂きにした。 彼女は戦場で散った。彼女に罪は無かったのに、当然のように彼女は命を奪われた。 その時の光景が、今も彼を締め付ける。 「堕ちて来いよ姫矢。闇は、悪くないぜ」 ただ走り続ける。一度でも引き下がれば闇に呑まれてしまうから。 「何足掻いてるんだよ。お前もこっちへ来いよ」 あの男―溝呂木眞也に呑まれてしまうから。 「離せ!俺はお前とは違う!」 叫んだ瞬間、後ろから聞こえていたはずの溝呂木の呼び声が前から響いた。 「……なら見せてみろよ、俺とお前の違いってヤツを」 虚空から投げ入れられたのは光を纏いし短剣―エボルトラスター。デュナミストのみに与えられる神秘の秘宝。 これを鞘から抜くことで、彼は光に、ウルトラマンになることが出来た。 「……貴様」 「姫矢、この前の続きだ」 刹那、闇が膨れ上がって形を成した。 その姿はやはり巨人。しかし、メフィストとは違う。ファウストよりさらに深い闇をその懐に抱き、スタイルは さらにウルトラマンに近い。言うなれば、ウルトラマンの虚像。 『力は、他者を圧する為にある。それを理解できなかったお前が、俺に勝てる道理は無い』 第二の暗黒巨人、ダークメフィストがその姿を顕した。 背負うものは影。姫矢を多い潰さんと、立ち塞がる。 「このアイス美味しいね」 「そうやろ?うちのオススメやねん」 「こっちのチョコチップも美味しいよ」 和気藹々と学校の帰り道に買い食いしている我らが魔法少女三人組。この若さで途轍もない力を秘めている彼女達 だが、普段はあくまで普通の小学生である。……多分。 「今年のクリスマスは皆でお祝いしたいよね」 「そうだね、母さん……勿論、兄さんも読んで」 「ヴィーダ、飛んで喜びそうやなぁ」 ……平和なことである。 が、その平和は突然破られた。 管理局はこの時、鳴海市に起こった異変を早期に察知していた。 「アレックス!すぐに地球のリンディさんとこに繋いでっ!」 「は、はい!」 勿論、現地の彼らも謎の存在の胎動を感じ取っていた。というか視認すらしていた。 「母さん、行きます」 「えぇ。どうも止まりそうにもないから」 『黒い巨人、鳴海市上空に出現!』 というわけで、管理局の情報は遅れに遅れていたことになる。 墨汁のような濃い黒が空を覆って渦巻き始めた。それに篭った魔力、のようなものがなのは達の第六感を刺激する。 「フェイトちゃん、はやてちゃん!」 「まずいなぁこれ……」 「でもとても大きいよ、あれ」 三人が見上げる先―暗黒の空が、 割れた。 ダークファウストが、鳴海の空に現れた。 前へ 目次へ 次へ
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ゆのはな 99 :名無したちの午後 :エロゲ暦24年,2005/04/02(土) 22 21 11 ID n6+s+jN4 「ゆのはな」にわかばちゃんにチ○チンを洗ってもらいながら射精するシーン有り。 でも銭湯の娘で小さいときからチ○チンを見慣れているため、“性器を触っている”という感覚が本人にはない。 あくまで身体を洗っている行為の延長って感じ。 それを良いっていう人もいるかもしれないが。 関連レス 107 :名無したちの午後 :2005/04/03(日) 20 43 57 ID u10cykJP 99 勃起したチ○ポを見て、「洗い易くなりましたねー♪」なんて言う娘だからな。 103 :名無したちの午後 :2005/04/03(日) 11 08 40 ID w9bSBqpA いきなり液をぶっかけられてびっくりはするものの、そもそも射精のメカニズムすら知らない子だからなあ。 つまりは性的に無知。
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『問題の貨物車両、速度70を維持!』 『ガジェット反応!? 空から……!』 『航空型、現地観測体を捕捉! 進路は目標、リニアレールです!』 司令部からの情報が矢継ぎ早に伝えられる。 サーチャーが捉えた情報は、想定通り敵の増援を知らせるものだった。 数も多い。フェイトとなのは、空戦能力を持つ隊長陣がそれらの対処に割かれる形となってしまった。 「じゃ、ちょっと出てくるけど……」 輸送ヘリの後部ハッチが開き、広がる遠い地上と激しい風がカーゴに渦巻く中、なのははまるでちょっと散歩に出て行くようなリラックスした口調でルーキー達に言った。 初の実戦に緊張を隠せないスバルやエリオ、キャロを意識した笑みを浮かべたが、その傍らで普段通りの視線を向けるティアナの様子に苦笑へと変わる。 何かを確認するように小さく頷き、その意図を受け止めるようにティアナもまた頷くと、なのはの最後の不安は消え去った。 「皆も頑張って。ズバッっとやっつけちゃおう?」 「「はい!」」 頼もしい四つの返事が一つになった。 なのははキャロを一瞥する。 「―――エリオは、キャロのフォローお願いね。無理だと感じたら、すぐに二人で後方へ退いて」 「あ、はい」 「大丈夫です!」 気遣うようななのはとエリオの視線を振り切るように、キャロの少々気負った声が響いた。 戦意が漲っているのはいいことだが、気持ちが先行すると引き際を誤る。なのははそれを実感で熟知していた。 「うん、緊張で落ち込んでるよりはいい返事だよ。でも、現場での指示は厳守。リーダーの判断には絶対に従ってね」 「……はい、分かりました」 「ティアナ、現場でのリーダーは任せるよ。エリオは判断に迷ったら、ティアナの指示を仰いで」 「はい!」 「了解」 なのははこれまでの訓練から、ティアナの冷静な状況判断能力を買っていた。他の三人もそれに全く異論はない。 重大な責任を与えられたティアナはやはり普段通りの淡々とした口調で、しかし期待に応えるように強い意志を宿した言葉をなのはに返した。 最後になのはは四人の顔を一度だけ見回し、緊張と覇気に満ちた表情にこれ以上掛ける言葉は必要ないと悟ると、満足げな笑みを浮かべて降下口へ足を掛けた。 「―――高町隊長」 「うん?」 任務中の呼び名にも相変わらず壁を感じるティアナの声に、なのはは肩越しに振り返る。 「幸運を」 「ありがとう。皆にも」 航空部隊での礼節的な言葉だったが、そこに込められたティアナの偽りのない想いを感じ取り、なのはは喜びと奇妙なこそばゆさを感じながら敬礼を返した。 そして、高町なのはは大空へと飛び出す。 耳音で唸る風の音に、地面から解き放たれた三次元の自由と不安を全身で感じながら、自らの相棒に告げた。 「<レイジングハート>! セット、アップ―――!!」 光が瞬く。 四人の雛鳥が未だ憧れて見上げるだけの領域へ、エースは飛翔した。 魔法少女リリカルなのはStylish 第九話『Rodeo Train』 「任務は二つ」 緊急出動の為、現場へ向かう航路の最中でリインはティアナ達に任務概要を説明していく。 普段はマスコットよろしく愛らしい雰囲気を醸し出すリインも、今は仕事の顔だった。 「ガジェットを逃走させずに全機破壊する事。そして、レリックを安全に確保する事。 ですから、<スターズ分隊>と<ライトニング分隊> 二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かうです」 表示されたモニターの図解によれば、レリックは車両の丁度真ん中に位置する七両目に保管されているとのことだった。 複雑な地形や場所での戦闘ではないが、車両の外部も内部も合わせて限定空間となっている為、万が一の場合でも敵からの退避は難しい。 戦力同士の純粋な正面対決と言えた。 「わたしも現場に降りて、管制を担当するです。ただし、戦闘指示に関してはティアナに一任するですよ。何か質問は?」 現状把握と実戦での緊張を抑えるのに一杯一杯な三人と比べて随分冷静なティアナが早速口を開いた。 「リニアレールの停止は可能ですか?」 「遠隔操作では何度もやってみましたが受け付けません。完全にコントロールを奪われてます」 「なら、直接操作した場合は?」 「可能性はあります。わたしが担当しましょう、コントロールの中枢は左右の末端車両です」 「了解。では、リイン曹長はスターズ分隊への同行をお願いします。降下と同時に、まずは車両の制御奪取を」 「了解です!」 そして、矢継ぎ早に交わされる会話に、なんとかついていった残りの三人へティアナが視線を移す。 「というわけで、あたしとスバルのスターズ分隊はまずコントロールの奪還に回るわ。エリオとキャロのライトニング分隊はそのままレリック奪還とガジェット殲滅に集中して」 「了解っ!」 「了解!」 「了解しました!」 それぞれの特色を持つ返答が響く。実戦という何もかもが初めての状況で、そのやりとりだけは淀みなく行われた。 それは訓練で何度も繰り返した流れだからだ。 そうだ、全ては訓練通り。恐れることはない。ここには未知のものばかりではなく、築き上げたチームワークや頼れる仲間達が、いつものように存在するのだから。 四人の心に、共通して繋がる何かが蘇る。 そしてそれは、驚くほど緊張や不安を心から消し去ってくれた。 『隊長さん達が空を抑えてくれているおかげで、安全無事に降下ポイントに到着だ―――準備はいいか!?』 パイロットのヴァイスが作戦発動の秒読みを告げる。 まず最初に降下するティアナとスバルがカーゴハッチに身を乗り出した。 「……やっぱり、ティアはそっちのデバイスを使うの?」 自らの首に掛けられた待機モードのマッハキャリバーとは違い、普段通りのアンカーガンを両手に携えたティアナを見てスバルは不満そうな表情を浮かべる。 見慣れた銃身の下部には、バリアジャケットを構成する為の急ごしらえのオプションがレーザーサイトのように取り付けられていた。 「ぶっつけ本番って好きじゃないのよね」 「折角の新型なのに……使ってみたいと思わない?」 「好みより実効制圧力の方が重要だわ。別に信用してないわけじゃないけど、こっちなら安定性は確かだしね」 窮地での大胆さは兄貴分譲りだが、平常時での判断には地の性格が大きく出ていた。元々ティアナは理詰めの人間なのだ。 本音としてはティアナの新デバイス自体に興味のあるスバルが渋々納得する中、ティアナは使い慣れたアンカーガンを一瞥して小さく呟く。 「それに、ずっとコイツと一緒に戦ってきたんだしね。あっさりと乗り換えなんて出来ないわよ……」 理屈以外の想いが篭ったその言葉は、風にかき消されて誰にも届かなかった。 もちろん、聞こえたら困る。 淡白な態度とは裏腹な想い入れの強さを知られたら、またスバルがからかったり喜んだりするに決まっているのだ。 ティアナは思考を戦闘モードに切り替え、スバルに視線を向け直した。 「ところで、あんたこそソレ持ってく気なの? 使わないって言ってるでしょ」 「うーん、でもひょっとしたら使うかもしれないじゃない?」 スバルはクロスミラージュの収納された防護ケースを背負っていた。 ベルトでしっかりと固定され、重さも大きさも行動の邪魔になるほどではないが、既にアンカーガンがある以上使う可能性はほとんどない。 「それに初の実戦なんだしさ。こっちの方が性能がいいのは確かなんだし、頑張ってくれたシャリオさんにも悪いし」 「……好きにすれば?」 「うん! 必要になったら言ってね」 スバルの言い分に、ティアナは素っ気無く返した。 感情論や好みだけでなく、それなりに理屈の通った弁が立つからこの娘はやり辛い。内心で苦笑が浮かぶ。 そして、わずかな緊張感以外普段通りの二人のやりとりが続く中、ヘリはついに走るリニアレールの先端へ降下するのに最適の位置へと到達した。 互いに意識せず同時に、ティアナとスバルは会話を中止して眼下を睨み据える。 自分達の、初めての戦場が見えた。 「スターズ3、スバル=ナカジマ!」 「スターズ4、ティアナ=ランスター!」 一瞬だけ、二人の視線が交差する。そして。 「「行きます!」」 言葉と意思が同調し、スターズ分隊は大空へと飛び出した。 空中で二人分のバリアジャケットが展開される発光が瞬く中、ヘリは更に反対側の先端車両へと移動していく。 エリオとキャロ。 戦場へ降り立つにはあまりに小さな体が、風の唸るハッチの前へと乗り出された。 「……あの、ルシエさん」 眼下の戦場を眺め、エリオは傍らの少女が緊張しているであろう様子を伺った。自分と同じように。 それは不安を共に支え合いたいという弱気と、同時に少し無理をしすぎな感のある少女を支えたいという気持ちもあった。 しかし、エリオは反応を示さずに眼下を見下ろし続けるキャロの横顔に愕然とすることとなる。 「一緒に降り……」 「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」 囁くような言葉がエリオの気遣いを断ち切った。 恐れを何処かへ置き忘れてしまったような顔で、キャロが無造作に自らの体を宙に投げ出す。 「―――行きます」 そう言って空中へと消えていく少女の横顔に一瞬だけ見えたものを、エリオは現実なのか錯覚なのかしばらく悩む事になる。 エリオは飛び出したキャロの手を咄嗟に掴みそうになった。 降下の為の行動の筈なのに、キャロのそれがまるで屋上から身を投げ出す自殺者に等しい雰囲気を纏っていたからだった。 飛び出す一瞬、キャロは―――小さく笑ってはいなかったか? そのまま落ちて死ねば何かから解放される、と。戯れに夢想するような一瞬の表情を。 「……っ、ライトニング3! エリオ=モンディアル、行きます!!」 エリオは自分でも分からない焦燥に押されて、すぐさま降下に続いた。 ほんの少し先を落ちてくキャロの背中を見るのが不安で仕方ない。 彼女は、ひょっとしてこのまま着地の準備もせずに落ち続けるつもりなのではないか? という疑念すら湧いていた。 その不安を否定するように、エリオの横を小さな影が掠めて行く。 主の唐突な行動に、一瞬遅れて続いたフリードだった。 幼い竜は一瞬だけエリオと視線を絡ませると、翼をたたんで落下速度を上げてキャロの傍らに追いついた。 一瞬だけの視線の交差。 その中で、エリオは自分の中の不安を嘲笑われたような気がした。 ―――お前に心配されるまでもなく、そんなことを自分がさせるはずないだろう? と。 それを錯覚だと思う前に、並んだフリードを一瞥してからキャロが行動を起こした。 「<ケリュケイオン>、セットアップ」 空中でバリアジャケットが構成される光が瞬き、キャロの身を包み込む。 これで自分の根拠のない不安はなくなった。そう安堵すると同時に、エリオは僅かな悔しさを感じる。 一連の流れが、自分とキャロ、フリードとキャロとの関係の差を表しているような気がした。 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、自らもバリアジャケットを纏う。 キャロが車両の屋根に降り立ち、遅れてエリオが足を着いた。 「―――さあ、行きましょう?」 肩越しに振り返ったキャロの表情は、既に戦いを前にした引き締まったものへと変わっている。 飛び出した時の一瞬が、本当に錯覚だったように感じる顔だ。 「う、うん」 エリオは戸惑いながらも頷いた。 どちらが彼女の本当の顔なのだろうか? だが、いずれにせよ彼女は自分に本当の表情を見せてはくれない―――その確信が、エリオには酷く悔しかった。 そのリニアレールは物資運搬用の車両の為、内部は広く、人を乗せる余分な設備がない。 内部には複数のガジェットが警戒態勢で待ち構えていた。 それらに広域をスキャンするレーダーは搭載されていないが、車両に取り付く者があればすぐに迎え撃つようプログラムされている。 四人のストライカーが車両に降り立てば、ガジェットは迅速に行動を開始するだろう。 その警戒態勢の最中へ―――。 「どっせいぃぃっ!!」 車両への着地の過程を省き、屋根をぶち抜いてスバルが突っ込んだ。 唸りを上げるリボルバーナックルで車両を貫き、新生バリアジャケットに身を包んだスバルがその内部へと降り立つ。 ほとんど奇襲に近い敵の潜入に、無機質なCPUの判断にも僅かなタイムラグが生まれる。それは人で言うところの<動揺>に等しかった。 その僅かな間隙を、スバルの背後へ同時に降り立ったティアナが見逃す筈はない。 「ティア!」 「見えてるわよ!」 既にカートリッジをロードし、オレンジ色の電光を纏った両腕がスバルの肩から砲台のようにヌッと突き出される。 「真ん中だけ残す!」 「了解っ!!」 僅かなやりとりで十二分な意思の疎通を行い、二人は同時に攻撃を開始した。 雷鳴のような銃声が響き渡り、アンカーガンから吐き出された高密度の魔力弾がそれぞれの照準の先のガジェットへと殺到する。 弾丸はAMFを貫いて機体の奥深くに潜り込み、内部を破壊し尽くした。 二体のガジェットが爆発を起こす中、ローラーブーツに代わる機動デバイス<マッハキャリバー>の加速に乗ってスバルが突進する。 「うぉりゃああああっ!!」 ローラーブーツを上回る初速で、一瞬にしてインファイトの間合いまで攻め込むと、リボルバーナックルの一撃が抵抗する暇もなくガジェットの機能を奪い去った。 潜り込んだ右腕をそのままに、内部の部品やコードを鷲掴みにして機体を固定し、ガジェット一体をぶら下げたままスバルは車両内を滑走する。 最後に残った一体が放つ熱線を、掴んだガジェットを盾にして防ぎ、急接近しながらナックルに魔力を集中させた。 「リボルバー……ッ!」 マッハキャリバーが主の意思のまま、スバルを疾風へと変える。 至近距離まで接近して、掬い上げるように右腕を叩き付けると、二体のガジェットが密着したその状態で魔法を解き放った。 「シュート!!」 アッパーの軌道で放たれた衝撃波が二体のガジェットを貫き、更に屋根まで吹き飛ばして車両に大穴を空けた。 スバルとティアナが乗り込んだ二両目の敵勢力は、これで全滅したことになる。 しかし、狭い空間で放たれた高威力の魔法は、敵を破壊するだけに留まらなかった。 「うわわっ!?」 「バカ、スバル!」 爆風に加え、予想以上の加速に乗っていて十分な制動の掛けられなかったスバルの体は、そのまま吹き飛ばした屋根から外へと投げ出された。 高速で走るリニアレールの外、空高く舞い上がる。 不安定な姿勢で移動する足場に再び着地出来るか、保証はない。 ティアナが舌打ちし、スバルが顔から血の気を引かせる中、誰よりも早く正確にソイツは動いた。 《Wing Road》 マッハキャリバーがオートで発動させたウイングロードが落下の軌道上に生成され、その上で自らローラーを回転させ、重心をコントロールする。 慌ててバランスを取ったスバル自身の行動もあり、九死に一生を得る形となった。 『スバル、無事!?』 「なんとか……! マッハキャリバーが助けてくれたおかげだよ」 《Is it safe?》 「うん、もう平気!」 スバルの安否を確認したティアナが安堵と脱力のため息を吐く。 正直、肝を冷やした。 性能が良いことは必ずしも利になることばかりではない。感覚と実際のズレは時にミスを呼ぶ。これだからぶっつけ本番は苦手なのだ。 ―――とはいえ、自己判断で持ち主を助けるAIの高性能さに感心と興味を抱いたのも事実だった。 「新型、ね……」 アンカーガンに新しいカートリッジを装填しながら、何とはなしに呟く。 訓練の成果か、ガジェットのAMFに対してカートリッジ一つ分の魔力で一体を破壊できる割合にはなった。現状の戦力としては十分だろう。 しかし、先ほどのマッハキャリバーの活躍を見て、どうしても考えてしまう。 自分にも用意された新型デバイス。あれを使えば、戦力は更に増すのではないのか、と。 意地張らずに新しいの使えばよかったかな? いやいや、これは意地なんかじゃないぞ。カタログスペックと実績、プロならどっちを選ぶか言うまでもないだろう。 ティアナは迷いを吹っ切るように、自分に言い聞かせた。 「……でも、コイツ喋らないしなぁ」 冷静を装いながらも、つい本音が出るティアナだった。 思い入れが強いからこそ擬人的な要素を求めてしまう。実際のところ、スバルのマッハキャリバーを羨ましく思う原因もそれが主だったりする。 落胆を滲ませる子供染みた自分の台詞に遅れて気付き、ティアナは僅かに頬を染めた。 「ああっ、もうダメダメ! 任務中に考える事かっての―――スバル!」 『何?』 「そのまま三両目の制圧に向かって! こっちは先頭車両を押さえる! 敵が多かったら、無理せず合流するのよ?」 『オッケー!』 思考を戦闘モードに切り替え、スバルに指示を出すと、ティアナは馴染んだデバイスを両手に構えて前の車両へと移動を開始した。 「スターズ1、ライトニング1、制空権獲得!」 「ガジェットⅡ型、散開開始!」 「追撃サポートに入ります!」 二つの戦場をモニターする司令室も、戦闘さながらの慌しさで情報が飛び交っていた。 「―――ごめんな、お待たせ!」 そこへ、聖王教会の足で慌てて舞い戻ったはやてが駆け込んでくる。 指揮官不在の間代理指揮を執っていたグリフィスの顔から、ようやく僅かに緊張の色が抜けた瞬間だった。 「八神部隊長!」 御大将の登場に、待っていたとばかりにグリフィスが名前を呼ぶ。 「……」 しかし、返って来たのはシカトだった。 「ここまでは、比較的順調です!」 「……」 「……あの、部隊長?」 「……」 「えーと……」 まるで一時停止のように笑顔のまま、指揮官席を挟んでグリフィスと対峙するはやて。 何かを求めているような雰囲気は分かるのだが、それが何なのかグリフィスには分からない。 突然の事態にグリフィスは混乱し、高速で思考を巡らせ―――。 「おかえりなさい、ボス!!」 「待たせたな、皆」 オペレーターのシャリオの言葉を聞き、はやては唐突に動き出した。 呆然とするグリフィスを尻目に、指揮官の顔となったはやては腰を降ろして、モニターを鋭く見据える。 「状況はどうや?」 「ここまでは比較的順調です、ボス」 いや、それ自分言ったし。 頷いて返すはやての様子を見て、グリフィスは悲しくなった。でも涙は堪えた。 「ボス! ライトニング3、4が八両目に突入します」 「このまま何事もなければええんやけど……」 完全にプロの顔つきになったはやての傍らで、グリフィスが勇気を振り絞って声を掛ける。 「あのぉ…………ボス?」 「なんや?」 今度はあっさりと返事が返ってきた。 「エンカウント! 新型です!!」 今後何かとワリを喰う真面目な補佐官の苦悩を置き去りに、オペレーターの告げた報告が司令室に緊張を走らせた。 「フリード! <ブラスト・フレア>!」 『キュクルゥゥッ!!』 フリードの放った火球が崩壊した車両の天井の穴から内部へ飛び込んでいく。 しかしそれは、ガジェットの持つベルト状のアームに容易く弾き返されてしまった。 そのアームの出力一つ取っても、既存のガジェットとはパワーが桁違いの新型。 完全な球状の機体はこれまでの物より肥大化し、その分あらゆる性能が向上されている。 「うぉりゃぁああああっ!!」 ストラーダの穂先に魔力を集中したエリオの一撃も、AMFではなく純粋な装甲の強度によって遮られた。 幼いエリオの筋力の低さを差し引いても、防御力は通常のガジェットと比べ物にならない。 更に、ガジェットはAMFを発動させた。 奇妙な違和感が波打つように二人のいる空間を走り抜けた後、接近戦を仕掛けていたエリオのストラーダはおろか、車両の上にいるキャロの魔方陣すら解除されてしまう。 「こんな遠くまで……っ!」 身体的な戦闘力を持たない自分が魔法を失っては、戦力は激減する。 その事にキャロは戦慄し、遅れてエリオもまた同じ状態であることを思い出した。彼はその状態で敵の傍にいるのだ。 車両の穴の傍へ駆け寄り、中を覗き込んだキャロが見たものは、予想通り最悪の展開だった。 魔力光を失い、単なる頑丈な槍と成り果てたストラーダを盾に、エリオが必死で敵の攻撃を防いでいる。 魔力によって筋力を活性化させる肉体強化までは解除されていないようだが、それでもガジェットの大型アームのパワーの方が上回っていた。 「ダメです、下がってください!」 「だ、大丈夫! 任せて……っ!!」 キャロの制止の声を、エリオは聞かなかった。 自分の後ろに、守るべき少女がいることを理解していたのもある。 だがそれ以上に、少年には意地があった。 降下の時、手を伸ばそうとした自分を追い抜いて、いつもそう在るように少女の傍へ寄り添った一匹の竜に対して感じていた敗北感があった。 背後のキャロの自分を案ずる声が聞こえる。 それは彼女の優しさだ。自分も同じ戦場にいるというのに、他人を案ずる痛いほどの優しさだ。 ―――悔しいとは思わないか? あの娘は、今の情けない自分を見て不安を感じているんだぞ! 「うぉおおおっ!!」 感情の高ぶりはエリオに瞬発的な力を与えた。 二つの力の拮抗は一瞬だけ破られ、エリオがガジェットのアームを押し返す。 その刹那の空白の間に、ガジェットは攻撃をレーザーに切り替え、エリオもまた瞬時に危機を察知して跳んだ。 通常の物とは違う、長い連続照射時間を持った熱線が文字通り一本の線のように放たれる。 それは車両の壁や屋根を容易く焼き切ったが、しかし僅かに勝るエリオのスピードには着いて行けず、彼の居た場所を虚しく薙ぐだけだった。 敵の巨体を飛び越え、背後の死角へと着地する。 両足に魔力を集結し、筋肉が引き千切れる程の力を込めてバネのように全身を前に突き出す。 「刺されぇええええええーーーっ!!」 全身の力を推進剤に使ったストラーダの先端は、その瞬間確かに弾丸となった。 AMF下において、まさに奇跡とも言えるタイミングで全ての運動エネルギーが一点で合致し、新型ガジェットの強固な装甲に突き刺さった。 「やったっ!」 思わずエリオが歓声を上げる。 しかし、それは完全な驕りでしかなかった。 「まだです!」 「え……っ?」 傍で見ていたキャロだけが冷静だった。 ストラーダの穂先は確かに装甲を打ち破っていたが、ただ『それだけ』でしかなかったのだ。 その機能中枢に全くダメージが及んでいないガジェットは、細いアームケーブルを素早く動かし、動きの止まったエリオを捕らえる。 そもそも、エリオが『背後』だと捉えていた部分が本当に死角であったかすら疑わしい。 思い込みによる判断ミス。攻撃の手応えを見誤り、それが油断を招いた。 初の実戦における経験の不足が、最悪の結果を招いてしまったのだ。 「しまった……うぁっ!!」 ケーブルに締め上げられたエリオを痛ぶるように、ゆっくりと巨大なアームベルトが近づく。 「いけない!」 キャロが身を乗り出す。 魔法の使えない小娘が立ち向かったところでどうしようもないのは承知の上だ。 しかし、自分は違う。 キャロは自らの呪われた特性を、嫌というほど理解していた。 <召喚>のスキルとて、転移魔法の系統に連なる魔法には違いない。AMF下で無力化される対象だ。 ―――だが、あの<悪魔>の力は違う。 呼び出し、使役する過程は同じであっても、そこに働く力は全く異質なもの。 奴らにとって、自分は<門>に過ぎない。 <悪魔>には時も場所も関係なく、奴らはいつでもすぐ傍に潜んでいる。 それを現界させる為の少しの切欠。目の前の空間をトランプのように裏返す、本当に身近なのに決して不可侵な領域への干渉があればいいのだ。 他の人には出来ない。 でも自分には出来る。 だから、今こそそれをやるのだ。 その結果、この呪わしい力を彼に見られても。仲間に見られても。そして―――恐れられても。 「戦うんだ……」 キャロは自らの心に湧く様々な感情を全て黒で塗り潰し、車両内へ繋がる穴の淵に足を掛けた。 さあ―――戦って、死ね。 「戦うんだ!」 エリオを救うべく、勢いよく飛び込んだ。 ―――傍らの、フリードが。 「えっ!?」 突然の行動に呆気に取られるキャロを尻目に、竜は弾丸のように飛翔してガジェットへと襲い掛かった。 『キュァアアアッ!!』 幼さの残る甲高い鳴き声は、しかしまるで野獣のそれである。 正しく<雄叫び>を上げて飛来したフリードは、エリオを縛るアームケーブルに喰らい付いて噛み千切った。 「フ、フリード……っ」 体の痛みを堪え、自由になったエリオは幼い竜を見上げる。 普段の愛らしさを一切消し去った野生の眼光が、鋭く見下ろしていた。 そこには本能があった。戦う為の獰猛な高ぶりが。 そして、意志があった。自らの主の為、微笑む顔を見る為に戦う決意が。 「助けて、くれたの?」 『キュクルー』 エリオの問いに返された声色は普段通りのものだったが、込められている感情が剣呑なものであることは分かった。 フリードは、ただ主が悲しむのが我慢ならなかっただけだ。 その為に、この未熟でちっぽけな人間を助ける必要があるのなら―――そうしよう。彼女の痛みを和らげる為に。 それはエリオの錯覚でしかなかったのかもしれないが、もう一度見せ付けられたフリードとの差に感じた悔しさだけは本物だった。 自らへの無力感に、エリオは拳を握り締めた。 『キュァ』 自己嫌悪もいいが、足を引っ張るなよ? まるでそう言わんばかりに素っ気無く敵の方へ視線を戻したフリードを一瞥し、エリオもまた戦闘態勢を取り戻す。 数本のアームケーブルを失ったガジェットは、未だダメージらしいダメージも受けずに稼動を続けているのだ。 「フリード……」 その一方で、キャロは友といえる竜のとった行動に目を奪われていた。 フリードが取った行動は、キャロの決意を否定するものだ。 従うべき主の意思を蔑ろにして、その身を戦火に投げ出す決意をした自分を遮ったのだ。 それに対して裏切られた、などという気持ちはない。純粋な驚きと、同時に奇妙な喜びを感じる。 「……そうか」 <彼>の行動で気付かされたのだった。 決意などと言っても、結局自分は諦めていたに過ぎない。呪われた力ごと命を投げ捨てて、その結果敵を倒せればいいのだと。 その<諦め>を、フリードは否定したのだ。 「そうだよね……」 キャロ・ル・ルシエの傍らには常にフリードリヒがいることを、彼は声高に叫んだのだ。 「わたしは……一人じゃないっ」 そうだ、何を忘れていたんだ。 前に進む道しかないはずだ。その道を少しも進まないうちに、もう立ち止まることを考えてどうするんだ。 戦って、戦って、戦って―――だけど、一人で進む道じゃない。 そう言ってくれた人が、仲間が、いるじゃないか! 「フリード! エリオ君!!」 そして叫んだキャロの瞳には、全ての感情が蘇っていた。 「ルシエさん……?」 初めて自分の名前を呼ばれたような気がして、エリオは半ば呆然とキャロを見上げた。 喜びよりも驚きの方が大きい。 その隙を突いて繰り刺されるガジェットの攻撃を、慌てて避ける。 「考えがあります、こっちへ!」 『キュクルー!』 「えっ!? あ、はい……っ!」 出撃前にキャロに対して感じていた不安を吹き飛ばすような力強さに、呆気に取られそうになったエリオを尻目にフリードが主の下へ素早く戻る。 我に返ったエリオも慌ててそれに続いた。 再び足場を車両の上へと移す。 しかし、ガジェットにも移動能力が無いわけではない。すぐに追撃が来るだろう。 「ルシエさん、考えって?」 「エリオ君……」 キャロは、もう一度噛み締めるようにエリオの名を口にした。 「わたしを、信じてくれる?」 エリオの質問に答えはせず、ただ一つだけ何かを確かめるような問い。 答えなど決まっていた。 決して心を許してくれないと思っていた彼女が、自分から踏み込んでくれた―――その名前を呼ぶ声を聞いた時から。 「―――もちろんだよ、キャロ」 返事に迷いはなかった。 その言葉にキャロはほんの少しだけ嬉しそうに笑って、傍らのフリードが頷く代わりに鼻を鳴らす。 穴からガジェットのアームベルトが這い出してくるのを一瞥して、キャロはエリオに向かい手を差し出した。 その手を、迷いなく掴む。 「いくよ、フリード!」 そして二人は、小さな竜だけを伴って列車から崖下へと飛び出した。 「ライトニング4、ライトニング3と共に飛び降りました!」 司令室にオペレーターの声が悲鳴のように響いた。 山岳の絶壁に敷かれたレールを走る列車から飛び出す二人と一匹の様子がモニターされている。 「あの二人、あんな高硬度でのリカバリーなんて……っ!」 「いや、あれでええ」 突然の窮地に陥った展開を、むしろ逆に肯定したのははやてだった。 その顔に、先ほどまでの冗談交じり笑みは浮かんでいない。冷たさすら感じる不敵な微笑が代わりにあった。 『発生源から離れれば、AMFも弱くなるからね。使えるよ、フルパフォーマンスの魔法が!』 戦闘の片手間に司令室からの報告で新人達の状況も把握していたなのはが、はやての自信の根拠を補足する。 それはフェイトも同じだったが、三人に共通するのはいずれもキャロに対して感嘆と驚きを抱いていることだった。 「キャロ自身がそれを理解して飛んだんなら、相当な判断力と度胸やね」 『あの子は、元から強い子だったよ……』 フェイトの言葉が独白のように響く。 痛みを伴う力を与えられた故に、キャロは絶望しながらもそれに抗う意思の強さを身につけていた。 その心の力を全く間違った方向へ捻じ曲げいていたのが、彼女の心に巣食う<諦め>の感情だったのだ。 だが、今はどういうわけかそれが無い。 死ぬ為ではなく、生きる為にキャロは飛んだ。 『選んだんだね、信じる事を―――』 仲間を。 そして自分を。 呟くフェイトの顔は、満足そうに小さく笑っていた。 本当は、ずっと思っていた―――『守りたい』と。 「蒼穹を奔る白き閃光―――」 自分を救ってくれた人に、誰よりも憧れる気持ちがあった。 その人の持つ意思を、誰よりも尊ぶ気持ちがあった。 「我が翼となり、天を翔けよ―――」 だが、それは無理だ、と。 これまで積み上げてきた悲劇と罪。近づく者を傷つけた後悔と向けられた負の視線が、その望みを否定してきた。 神を呪ったこの<悪魔>の力で、恐れ疎んじられるこの手で、一体何を守れると? 何もかも傷つけるだけの闇の力に対して、自分の心すら守れず、いつしか諦めだけが募り……。 「来よ、我が竜フリードリヒ―――」 そして、今目が覚めた。 戦いたい。諦めたくない。戦って死ぬのなら、人としての気高さを持ったまま戦いたい。 まだ自分を信じてくれる友の為に。 まだ自分に笑いかけてくれる人達を守る為に。 自分の力で、戦いたい。 「<竜魂召喚>!!」 だから応えて、友よ―――! 小さな主の意思に応え、両腕のデバイスと竜は光と共に吼えた。 桃色の魔力光を放つ巨大なスフィアがキャロとエリオ、そしてフリードを包み込む。 膨大な魔力の奔流に指向性を持たせる魔方陣が眼下に展開され、その中で幼い竜の肉体が真の力を宿したそれへと変化する。 小さな肉体に封じ込められていた気高い竜の魂は、相応しい肉体を手にして、その大きな翼を力強く広げた。 『ギュアアアアアアッ!!』 真の咆哮が<白銀の竜>の産声となって響き渡る。 まるで新たに卵から生まれ変わるように、スフィアを内側から打ち破って、強靭な巨躯を手にした白竜<フリードリヒ>が空中に出現した。 『召喚成功!』 『フリードの意識レベル<ブルー> 完全制御状態です!』 司令室にも歓声が広がる。 しかし、キャロはその言葉を一つだけ否定した。 これは制御なんかじゃない。切欠をくれたのも、この力を望んだのも、フリードが最初だった。 この力はフリード自身が望んだもの。 そしてこの成果は、フリードが支えてくれたおかげなのだ。 「……ありがとう、わたしの友達」 力強い咆哮が、キャロの呟きに応える。 「そして、征こう! 今度はわたしがアナタに応えてみせる!!」 フリードの背に乗り、その手綱を握る手の力強さが全ての答えだった。 新しい翼をぎこちなく、しかし大胆に使い、フリードの巨体が再び戦場へ舞い戻るべく上昇を開始する。 その背に、キャロに抱きかかえられる形で乗ることを許されたエリオが一連の流れの中で呆然としていた。 目の前で展開された神秘の光景に圧倒されたのに加えて、今彼の眼を奪っているのはすぐ傍で見上げられるキャロの凛々しい顔だった。 何かを信じ、戦うことを決めた者の表情が、幼いキャロに大人びた美しさを与えている。 エリオはその美しさに見惚れていた。 「……エリオ君、大丈夫? 怪我でもしてるの?」 心此処に在らずのエリオを心配したキャロが見下ろしてくる。 エリオは慌てて首を振った。 「ち、違うよ! 全然平気! いやぁ、フリードの背は快適だなぁ!」 『ギュアキュア』 「……フリードが不機嫌そうだけど」 「……うん、分かってるよ。多分『調子に乗るな』って言ってるんだと思う」 言葉の壁を越えて意思疎通が出来るようになってしまったエリオは、フリードの意思を全く正確に表現していた。 少年と竜。一人と一匹の間で衝突する敵対の感情に気付かないキャロだけが不思議そうに首を傾げている。 「あっちは、もう大丈夫みたいね」 「うん」 車両のガジェットを全滅させ、コントロールの奪取をリインに任せたティアナとスバルが屋根の上からキャロ達の様子を見守っている。 視線を移せば、同じく列車の屋根に這い上がってくる新型ガジェットの姿があった。 上昇するフリードがそのままガジェットへ向かうのを確認して、二人はレリックの方を確保するべく移動を開始した。 「フリード、<ブラスト・レイ>!」 真の姿を手にしたフリードの口元に、覚醒前とは比較にならない程の魔力が集結し、膨大な熱量を伴って光り輝いた。 「ファイア!!」 それが炎の帯となって解き放たれる。 荒れ狂う業火はまさに怒涛の如く、大型のガジェットを丸々飲み込んだ。 しかし、全体を覆い尽くすほどの炎の波が過ぎた後には、AMFの範囲を絞ってその一撃を耐え忍んだガジェットの姿が残っていた。 僅かに飛び散る火花からダメージを確認は出来るが、それでも高出力のフィールドと、炎を受け流す曲線フォルムの機体も影響して致命傷には成り得ない。 「砲撃じゃ抜き辛いよ! ここは、ボクとストラーダが……」 『ギュアアアアアアアアッ!!』 AMFの範囲が狭まったことで戦闘力を取り戻したエリオが身を乗り出そうとして、それをフリードの咆哮が押し留めた。 それはキャロにとっても予想外だったらしく、鼓膜を通じて頭蓋骨を震わせるような雄叫びに二人は竦み上がる。 フリードの咆哮から感じた激情。それはただハッキリと―――怒り。 幼い竜は激怒していた。 敵の存在に。それを打ち倒せないと断ずる少年に。そして何より、力届かぬ自分自身に。 フリードは、キャロの未来を決定付けたあの運命の日から復讐を誓っていた。 現れた業火を纏う<悪魔>を前にして、全く歯牙にも掛けられなかった弱い自分。 脆弱な生物でしかなかった、ちっぽけな自分。 そして何より、強大な<悪魔>を前にして恐怖していた自分―――! あの時吼えたのは、主を守る為の行為だったか? ―――違う。 ただ自分は無茶苦茶に泣き喚いてただけ。 ヴォルテールという、竜としての高みにいる存在を殺して見せた化け物を前に、闘争心も忠誠心も消え失せて闇雲に叫び散らしていたのだ。 そして、目の前の<悪魔>に牙一つ突き立てられず、主であり友である少女に呪いが掛けられるのを見ているだけだった自分。 その愚かで卑小だった自分を殺す為に、フリードは絶対の復讐を誓ったのだ。 そして今。 真の姿と力を取り戻してなお今、力及ばぬ状況に成り下がっている。 フリードはそれが許せなかった。 言葉が話せるのならば喚き散らしていた。 ―――ふざけるな。何の為に月日を重ねたのだ? 自らの力に傷つけられる主を傍らで見続けながら、心に積み重ねてきた無念を晴らす瞬間が、この程度だというのか!? ふざけるなっ! 『グゥァアアアアアアアアアア――――ッ!!』 フリードは自身への怒りで吼えた。 一匹の獣としての雄叫び。眼下の森林にまで響き渡ったそれを聞いた動物達が、本能的に逃げ去ったのを誰も知らない。 彼らは察したのだ。 今、この地上で最強の生物が怒ったのだということを。 そして、その怒りを向けられた対象に心から同情した。 「フリード……!」 「もう一度、やる気か!?」 今度はキャロの命令ではなく、自らの意思でフリードが魔力を集束し始めた。 放出する魔力量は全く変わらない。むしろキャロの使役に逆らった無理な力は、先ほどのそれより僅かに減少すらしている。 しかし、その集束率だけは桁違いにまで上がっていた。 眼前で球状に練り上げられていく炎の魔力。だが大きさは半分にまで圧縮されている。 内側で荒れ狂う業火を現すように熱の塊が脈動した。 目指すのは、かつて高みであったヴォルテールすら超える炎。あの火炎の悪魔さえ焼き尽くせる業火だ。 「それ以上抑えたら暴発する! フリード、放って!」 キャロが悲鳴に近い声で叫ぶ。 そしてフリードの望むままに暴走寸前にまで圧縮された炎の魔力は、ついに再び解き放たれた。 ガジェットに向かって同じように放射される火炎。 しかし、その様相はもはや完全に別物となっている。 空中への僅かな拡散すらなく束ねられた熱量は、もはや炎というよりも巨大な熱線と化してレーザーのように空気を焦がした。 一本の赤い線がガジェットの装甲を舐めるように走り抜け、AMFどころか装甲すらも容易く貫通して機体を真っ二つに『切断』する。 真赤に灼熱する切断面だけを残して、二つに分けられたガジェットはついに沈黙したのだった。 「やったぁ!」 耳元で聞こえたキャロの歓声は、普段の静けさを忘れるような、純粋で年相応な喜びを表現していた。 視線の先にある完全に機能を停止したガジェットと、すぐ傍にある少女の笑み。それらがこの竜が成した結果だと悟って、エリオは苦笑するしかなかった。 「今回は負けだよ、ボクの……」 何が勝ち負けなのか、それはエリオとフリードの種族を越えた男同士の間でしか分からない意思の疎通だった。 スバルとティアナのチームからレリックを確保したという報告も入り、二度目の安堵を二人は感じる。 ここに、四人のルーキー達の初の任務が終結したのだった。 「車両内及び上空のガジェット反応、全て消滅!」 「スターズF、レリックを無事確保!」 緊張感に満ちていた司令室に次々と朗報が飛び交った。オペレーターの声も知らず安堵が滲んでいる。 サーチャーが車両内に転がるガジェットの残骸と、レリックの入った防護ケースを抱えるスバル達の姿を映していた。 なのはとフェイトが敵影の無くなった上空で合流している様子も見える。 敵は全滅した。戦いは終わったのだ。 「機動六課の初陣……何とか無事成し遂げたようですね。ボス」 「今が、<選択>の時や―――」 「いや、無理に難しい返事しなくていいですから」 口元で手を組んだお気に入りの姿勢で低く呟くはやてを、早くも対応に慣れ始めたグリフィスが冷ややかにツッコんだ。 冗談交じりのやりとりを許せる空気になったことが、何よりも任務の成功を表している。 演技染みた表情を解き、緩んだ笑みを浮かべながらはやてが見上げると、似たような表情のグリフィスが頷いて返した。 「列車が止まったらスターズの三人とリインはヘリで回収してもらって、そのまま中央までレリックの護送をお願いしようかな」 「ライトニングはどうします?」 「現場待機。現地の職員に事後処理の引継ぎをしてもらおうか」 「ですが、ライトニング3と4は車両に戻っています。竜召喚で予想以上に力を使い果たしたようですね」 「あらら。まあ、気張ったからしゃあないか。ほんなら同じくヘリで回収して―――」 的確に指示を出し続けていたはやては、モニターに映る違和感を察知して口を噤んだ。 新たな敵影を見つけたワケではない。 モニターに映るのは、未だ走り続けるリニアレールだけだ。 そう、コントロールを取り戻したはずの車両が、まだ走っている―――。 「……リイン曹長の様子は? 何で報告がないんや」 その問いに答えようとする誰よりも早く、突如鳴り響いたレッドアラートが緊急事態を知らせた。 「どうした、敵の増援か!?」 動揺を露わにしながらも、一番早く行動したのはグリフィスだった。 アラートと同時に乱れ始めたモニターの異常を見据えながら、状況の確認を急ぐ。 「しゃ、車両内及び上空に<何か>が出現しました! ガジェットではありません!」 「<何か>だと!? 報告は明確に行え!」 「特定できません! 記録にない魔力波です! まるで次元震のよう……っ!」 「馬鹿な! 作戦領域一帯が吹っ飛ぶとでも言うのか!?」 「感知される魔力量はそこまでのものではありません! ですが、複数出現しています!」 「サーチャーに異常! 現場、モニターできません!」 嵐のように入り乱れる報告は更なる混乱を呼ぶだけで、どれも要領を得るものでなかった。 任務達成の安堵感に満ちていた司令室が、一瞬で混沌の坩堝と化す。 「―――シャマルを呼べ。サーチャーを経由して観測魔法で状況をモニターするんや」 その混乱の中で、はやての落ち着き払った命令だけが何故かハッキリと全員の耳に届いた。 「通信の復帰は後回しでええ。私が念話を繋げてみる」 慌てて行動を開始するオペレーターの様子を一瞥し、更に指示を重ねていく。 はやてへの尊敬の念だけでなんとか平静を保っているグリフィスが、その猶予の間に素早く思考を整理した。 「……かなり長距離ですが、可能ですか?」 「新人は無理やけど、なのは隊長かフェイト隊長には波長を合わせ慣れてる。なんとか繋がるやろ。 それより、私の呼びかけにもリインが応えん。車両の状況を少しでも把握するんや。謎の敵以外にも何か問題が起こってる」 「了解。情報収集を急がせます」 落ち着きを取り戻したグリフィスの返答に頷き、はやては目を閉じて精神集中へと没頭した。 今この場ではやて以上に魔法技術に優れた魔導師はいない。 瞑想に近い意識の奥への潜行を経て、はやてはなのはと念話を繋げることに成功する。 これだけ長距離の念話は初めてだ。指揮官としての訓練の一貫として、念話の技術を鍛えていたのが幸いした。 『―――<なのは> 聞こえるか?』 『念話? よく通じたね』 振動するように聞き取りにくい声だが、はやてとなのはは互いの言葉をしっかりと捉えていた。 はやてがなのはを呼び捨てにすることが何を意味するのか、理解もしていた。 切迫した状況でありながらそれを打開する意思とその為の仲間への信頼を抱く時、はやてはいつも自分をただの友ではなく戦友として扱う。 なのはは念話越しでは見えない笑みを浮かべた。 『モニター出来ん。簡潔に状況を報告して。敵か?』 『たぶんね、友好的には見えないよ』 どうやら突如出現した謎の存在と対峙しているらしいなのはが答える。 『どんな<敵>や?』 多くの疑問を控えて、はやては単純にそれだけを尋ねる。 彼女の脳裏には、この事態に当て嵌まる事例が一つだけ思い浮かんでいた。 何もかも分からない状況だからこそ当て嵌まる―――今、管理局でも問題視されている謎の襲撃事件のことだ。 そして、それを裏付けるような返事が返ってくる。 『―――死神、かな?』 冗談染みた言葉を告げるなのはの声は、同時に薄ら寒くなるような真実味を帯びていた。 手袋の内側で、疼くような痛みと共にじんわりと熱い何かが滲んでくるのをフェイトは感じた。 3年前に刻まれた傷が、今また涙のように血を流している。 握り締めた右手の中の鈍痛を表情には出さず、静寂の広がる周囲の空を見回す。 この空を支配していたガジェットを一掃し、無粋な物のなくなった広々とした空間に浮かんでいるのはフェイト自身と相棒のなのはだけのハズだ。 「―――なのは、来るよ」 何が来るのか、どうなるのか、それは分からない。 だが分からなくとも、それが危険であることだけは理解出来た。フェイトはそう断じていた。 全ては異形の刻んだ右手の傷が教えている。 そして、ソレは来た。 《HAHAHAHAHAHAHA……》 不意に吹き抜けた冷たい風が、二人の魔導師の持つ歴戦の勘を身震いするほどに撫で付けた。 《HAHAHAHAHAHAHA……!》 初めは風の音かと思ったが、一瞬の悪寒が過ぎた後にそれは不気味なほどハッキリと聞こえた。 笑い声だった。 人影はもちろん鳥の姿すらない高度に、男とも女ともつかない奇怪な笑い声が響いていた。 一つであった声はいつの間にか二つに、そして三つに。互いが反響し合うようにどんどん増えていく。 「……死神、かな?」 はやてと念話が繋がったらしいなのはが、冗談交じりに笑って呟くのを、背中越しにフェイトは聞いた。 しかし、その額には冷たい汗が滲み出ている。 ―――いつの間にか背中合わせになったフェイトとなのはを囲むように出現したのは、冗談でもなくまさに<死神>としか形容できない者達だった。 薄気味悪い仮面と枯れ木のような腕。風の吹くまま揺れるボロ布のようなローブから伸びる下半身は無い。まるで幽鬼そのものだ。 黒い布が風に巻かれて漂っているようにしか見えない姿のせいか、ソイツらは警戒する二人の視界の隅から不意打つように突然現れた。 筋肉など削げ落ちた両腕に持つ巨大な鎌だけが異様なまでに人目を惹く。 実に分かりやすく闇の存在であることを体現し、<死神>の群れは狂ったに笑いながら空に浮かんでいた。 「話は通じそうにないね」 「敵だよ」 ホラー映画のワンシーンが現実となっている光景に戦慄するなのはに対して、フェイトはただ端的に断言した。 二人に共通して既視感を感じていた。 なのはは心の奥から滲み出る恐怖と、それを何時か―――炎の中で感じたことがあるような感覚を。 フェイトは右手の傷が蘇らせる記憶の中で、一人の少女の人生を狂わせた忌むべき化け物と同じ存在に対する明確な敵意を。 それぞれが感じ、そして確信した。 こいつらは紛れも無く<敵>だ。 『スターズ1、ライトニング1と共にアンノウンとの交戦に入ります』 もはや戦いは避けられないことを、恐怖とそれを凌駕する敵意から確信したなのはが報告する。 『交戦は避けられん事態か?』 『フェイトちゃんが珍しくやる気なの』 バルディッシュを構え、珍しい怒りの形相を静かに浮かべているフェイトを一瞥してなのはははやてに告げた。 加えて、周囲を漂う<死神>の数は20を超えている。すでに包囲網と化していた。 『それに、どちらにしろ逃がしてくれそうにはないよ』 『未だに列車内の状況は分からんけど、事態について少し把握出来た。知らせる事が二つある』 『まず、良い知らせから聞きたいな』 『あいにくやけど悪い知らせだけや』 答えるはやての言葉は、性質の悪いジョークのように聞こえた。 念話越しにも肩を竦める仕草が見て取れる。 『列車が止まらん。むしろ加速しとる―――』 そして、告げられた情報はまったくもって性質が悪いとしか言いようが無いものだった。 少しずつ間合いを詰めて来る<死神>の動きとは別の要因で、なのはの表情が歪む。 『既に速度は通常運行の倍まで上がった。終着の施設までの所要時間も半分に短縮、このままのスピードで突っ込めば車両は建物を破壊して月まで飛んでく』 『車両内の皆は大丈夫なの?』 『それが二つ目の悪い知らせや。 そっちに何が出たのか分からんけど、似たような反応が車両内にも複数出現した。ライン繋がっとるはずのリインからも応答が無い』 『分かった、こっちから念話してみる』 湧き上がった焦燥感を押さえ込み、なのはは周囲への警戒を怠らずに部下達の身も案じた。 未だ周囲に響く<死神>の哄笑。 狂ったように繰り返される壊れたラジオのノイズのようなそれを聞いていると、こっちの頭までおかしくなりそうになる。 目の前の存在が秘めた力よりも、その異常性と先ほどから消えない人として根源的な恐怖感がなのはを不安にさせた。 ティアナやスバル達を信頼はしている。 しかし、こんな奴らが彼女達の目の前にも現れていると思うと、焦りは消えない。 『―――任務続行、やで』 すぐさま念話を繋げようとするなのはを、はやての厳しい声が遮った。 一瞬だけ動揺で思考が止まり、息を呑む。 「……うん、分かってる」 元からそのつもりだった。 高町なのはは四人の教導官である以前に管理局員なのだ。そして、四人自身も。 皆が覚悟を持ってここにいる。 しかし、頭で理解していても釘を刺された瞬間に心と体が震えたことは隠せない。 それきり切られたはやてとの念話の後、一呼吸だけ間を置いてなのははリーダーのティアナへ念話を繋げた。 周囲を漂う無数の<死神>の群れは、獲物を逃がすまいと包囲の輪を縮めている。 少しずつ。 しかし、確実に。 「な、何が起こったの……!?」 突然の事態に、スバルは動揺していた。 レリックを無事確保して全身の緊張が抜ける中、車両の外へ出ようと屋根に空いた穴に手を伸ばした時、それを遮られたのだ。 唐突に発生した赤い障壁―――結界にも似た魔力壁が車両の中と外を完全に隔てている。 物理的なものではないが、肉眼でも確認出来るほどはっきりとした壁だ。 その表面は生物のように蠢いて、不気味な生気すら感じられる。 「スバルさん、どうしたんですか!?」 壁越しにもエリオの声はしっかりと通じている。 スバルが思わずその壁に向かって手を伸ばそうとして―――ティアナに強い力で引っ張り戻された。 「ソレに近づくな! エリオ、下がりなさい!!」 警告を発した声はスバル達には分からない危機感に満ちていた。 その声に反応するより早く、外ではキャロがエリオを壁の近くから引き離す。 二人が離れるのと同時だった。 結界から壁と同じ血のように赤い腕が亡霊のように生え出たかと思うと、つい先ほどまでスバルやエリオのいた位置の空気を掴み取って消えていった。 眼前で起こった一瞬の光景に、二人は中と外で同じように目を見開き、硬直している。 あのまま近づいていたら、どうなっていたか。 あの腕に捕らえられた後の展開をそれぞれが想像して青褪めた。 「何、この壁……?」 その壁自体が生き物のように錯覚する異常性に、スバルはようやく恐怖を感じ始めた。 何かがおかしい。何がおかしいのかは分からないが、漠然と本能が告げている。 この列車は、たった今<異界>となった。 「結界……分断されたか」 「ティア……」 「エリオ、キャロ! 見ての通りよ、その壁には近づかないようにしなさい」 「ティア、何かおかしいよ!」 「黙って。高町隊長からの念話よ」 得体の知れない不安に怯えるスバルとは対照的に、ティアナの様子は普段と全く変わりなかった。 そんな相棒の突き放すような冷めた態度に、スバルは別の不安とそれ以上の頼もしさを感じて、少しだけ落ち着く。 この異常の中で平静であることが『逆に異常である』ということには気付かず。 「―――はい、車両内の移動に問題はありません。……了解、現場に向かいます」 ただレリックを守るように抱えて待つしかないスバルを尻目に、ティアナは念話越しに情報を交わして指示を受け取っていた。 念話を切ったティアナが、ようやく視線をスバルに戻す。 「緊急事態よ。車両のコントロールがまだ戻ってない、このままだと終着の施設へ全速力で突っ込む」 「まだガジェットが残ってたの?」 「謎の襲撃よ。隊長達を襲ってるアンノウンがこの車両にも出現した可能性があるわ」 予想だにしない謎の敵の存在を知り、スバルの不安はいよいよ大きくなった。 しかし事態は、そして相棒のティアナは、そんな彼女の動揺が落ち着く猶予を与えてはくれなかった。 「先端車両に戻って、リイン曹長の安否を確認。その後、車両停止を目的として行動する。行くわよ!」 「あ、待って!」 「エリオ、キャロはその場で待機! 出来るなら回収してもらいなさい!」 指示もそこそこにティアナは踵を返して車両内を走り出していた。慌ててスバルが続く。 「キャロ達、置いてきてよかったの!?」 「二人は消耗しすぎたわ。キャロの状態もこれ以上は危険だと私が判断した」 「じゃなくて! あの結界を誰が張ったのかも分からないし……!」 「今はこれ以上気に掛けてられないわ。それにレリックを抱えてるこっちが危険なんだから、油断しないでおきなさい」 振り返らず、走りながらティアナが事務的に答えた。 謎の敵が現れる可能性があるということで、道中で襲撃を覚悟していたが、二人の走り抜ける通路にあるのは戦闘の跡とガジェットの残骸だけだった。 激しくなる列車の振動が、文字通り加速する異常事態を静かに告げている。 車両と車両を飛ぶように走り渡り、先端車両の入り口まで障害無く駆けつけると、ティアナは殴りつけるようにドアの開閉装置を押した。 意外にも、ドアは抵抗無く開く。 レリックのせいで片腕が塞がっているスバルを脇に控えさせて、操作機器の集中する内部を覗き込んだ。 「―――ッ、曹長!?」 ティアナはその光景に息を呑んだ。 コントロールパネルの前で浮遊しているリインを、奇怪な蟲が襲っている。 「な、何アレ!?」 驚愕するスバルの疑問に、さすがのティアナも答えることは出来なかった。 <蟲>と表現するのが最も近いのかもしれないが、実際にあんな種類の昆虫が存在するとは思えない。 六本の脚を広げれば人間の上半身を丸ごと覆ってしまいそうな蟲としては異常な大きさと、甲殻ではない皮膚のような肉感のある外面を持っている。 ソイツがどういう存在なのかは分からない。 しかし、生理的な嫌悪感を感じさせる外見で、リインを飲み込まんばかりに覆い被さる姿は無条件で敵と認識できるものだった。 「やっぱり、<お前ら>か……っ!」 スバルよりも遥かに早く動揺から抜け出したティアナがアンカーガンを向ける。 照準の先に見える標的を睨み据え、しかし舌打ちして襲撃を断念した。 リインと蟲との距離が近すぎる。 目も口も無い体で、一体どういう襲い方をしようというのかは分からないが、六本の脚で小さなリインを丸ごと包み込もうと密着している状態だ。 リイン自身はそれを魔力障壁で必死に押し返している。 小さな上司に襲い掛かる汚らわしい敵を、ティアナは嫌悪感以外の感情で憎悪した。 ティアナだけが理解している。この蟲は<悪魔>の一種だ。 そして、ただそれだけの事実がティアナにとって重要だった。 この私の目の前で、<悪魔>が蠢き、自分に近しい者を襲っている―――その事実だけで、もう全てが許せない。 「この蟲野郎ッ!」 訓練でも実戦でも、常に冷静冷徹であり続けたティアナが、明らかな憎しみを込めて敵に攻撃を行った。 不気味な外見を恐れもせず、その場に駆け寄ってデバイスの台尻で殴り払う。 肉の潰れる嫌な感触と共に、蟲はリインから引き剥がされた。 しかし。 「まだだよ、ティア! くっついてる!!」 叫ぶスバルの声は、もうほとんど悲鳴だった。 殴り飛ばしたと思った蟲は、素早く脚を絡めてアンカーガンに取り付いていた。 「この……っ!」 腕から全身へ走り抜ける嫌悪感と危機感と共に、ティアナは慌ててデバイスを投げ捨てた。 意外にもあっさりと蟲は手から離れ、デバイスに絡みついたまま床を転がる。 最悪腕を切り落とす悲壮な覚悟すらしていたティアナは思わず安堵した。 そして、すぐに後悔した。 起き上がった蟲がティアナに向かって『魔力弾』を撃ってきたのだ。 「クソッ!」 状況を理解するより早く体が動き、力無く倒れるリインを抱えて転がるように避ける。 這うような姿勢でもう一度敵を見据えれば、やはり信じがたい姿が眼に映った。 ティアナに向かって魔力弾を撃ったのは蟲が持つ能力ではない。つい先ほどまでは無かった無機質な銃身が蟲の体から突き出して照準を定めている。 その銃身は見覚えがあった。 いや、間違いなくそれはアンカーガンの銃身そのものだった。 蟲は、アンカーガンと半ば融合するような奇怪な姿へと変貌して、更にそのデバイスの能力で魔力弾を放っているのだ。 「まさか、カートリッジの魔力を!?」 さすがに驚愕を隠せないティアナの動揺を突いて、再び魔力が集束する。 しかし、それが放たれるより早く。 「このぉぉおおっ!!」 半ば恐慌状態のスバルが反射的に放ったリボルバーシュートが横合いから蟲を殴りつけた。 吹き飛んだ蟲は今度こそ空中でバラバラになり、肉片が床にばら撒かれる前に消滅して、同時に破壊されたアンカーガンの破片だけが散らばる。 幻のように消えた敵の姿に目を剥きながら、スバルは荒い呼吸を繰り返した。 「……ティ、ティア」 「スバル、後ろ!!」 敵を倒した安堵感よりもその得体の知れなさに恐怖を感じていたスバルは、ティアナの突然の叱責に一瞬反応できない。 次の瞬間、倒した蟲とは別の一匹が背後から襲い掛かった。 「う、うわぁああああっ!!?」 背中にへばり付いた蟲の感触に、スバルはパニックに陥る。 「ベルトを外すのよ!」 錯乱して事態が悪化する前に、今度はティアナがスバルを救った。 スバルに残った理性が行動に移すより早く、ティアナが自ら言葉の通りに動く。 胸元の留め具を素早く外して、スバルの体を引き寄せながら、背負っていたケースごと蟲を蹴り飛ばした。 距離を離し、蟲がこちらよりもケースの方に興味を持ったらしいことを確認すると、二人してようやく一息つく。 「……ごめん、ティア」 リインの時と同じように、ケースに取り付いてその中身を探ろうとする蟲の動きを見ながら、スバルが気まずげに呟いた。 あの蟲の生態が理解出来た以上、これから何をしようとするのかも予想出来る。 「まさか、デバイスを乗っ取るなんてね。多分リイン曹長も取り込もうとしてたんでしょう」 腕の中で気絶したリインを一瞥して、ティアナは舌打ちした。 あの蟲にとって予想外だったのは、物言わぬデバイスとは違い、管制人格たるリインが抵抗出来た事だろう。 おそらく車両のコントロールをガジェットに代わって奪ったのもあの蟲と同種のものだ。どうやら無機物に寄生する能力があるらしい。 何処に潜んでいるのかは分からないが、おそらく複数。それらを駆逐して車両を止めるのは骨が折れそうだ。 そうしてティアナが既に作戦の修正を行っている間、スバルは悲痛な表情でついにケースを抉じ開けられる様を見ていた。 「わたしのせいで、ティアのデバイスが……」 「バカ、あんたと引き換えにするような物じゃないわよ」 自分を責めるスバルに、ティアナは普段通り素っ気無く言った。 本当に、別段気にはしていないのだ。製作者のシャリオには悪いが執着するような物ではない。 それよりも乗っ取られた後が厄介だ。新型の性能が、どう裏目に出るか分からない。 「スバル、今のうちにデバイスごとあの蟲を……」 『破壊して』―――その台詞は、突然遮られた。 他ならぬ<クロスミラージュ>自身の意思によって。 《Error!》 拒絶するように発せられた電子音声の後で、デバイス自体が発生させた障壁によって蟲が弾き飛ばされた。 それは、明らかに抵抗だった。 ティアナとスバル、そしておそらく蟲自身も驚愕する中、<クロスミラージュ>の意思が語りかける。 《Get me―――》 ただ一人、自分が認めた持ち主に向かって。 《My master!!》 「―――スバル! お願いっ!!」 その無機質な声はティアナの心と体を突き動かした。 リインをスバルに預け、自らはクロスミラージュの元へと向かう。しかし、再び動き出した蟲が全く同じ行動を取っていた。 ティアナの瞬発力の方が明らかに上回っているが、距離的にはあちらの方が断然近い。 咄嗟に、残っていたアンカーガンを蟲の進路上に投げつけた。 狙い撃つことも不可能ではなかったが、何故か手放してしまった。自分の行動を頭では理解できないが、心は既に知っている。 その瞬間、ティアナは選んだのだ。自分を呼ぶ新しい相棒を。 「<クロスミラージュ>……!」 より容易く寄生出来るデバイスの方へ意識を移した蟲を尻目に、ティアナは真っ直ぐにクロスミラージュへと手を伸ばす。 アンカーガンに蟲が取り憑くのと、ティアナがクロスミラージュを掴むのは同時だった。 「セット・アップ!!」 発せられたキーワードにより、デバイスが起動する。 握り締めたグリップから生命の脈動が伝わり、銃身から息吹が聞こえた。 閃光を伴ってティアナのバリアジャケットが新たに再構成される。性能や細部のデザインは新型のそれへ。 真の意味でティアナのデバイス<クロスミラージュ>が誕生する瞬間だ。 その光景を打ち壊すべく、アンカーガンを完全に乗っ取った蟲が魔力弾を発射した。 装填されていたカートリッジの魔力を集中した一撃は先ほどの比ではない。 弾丸は一直線にティアナへと襲い掛かり―――。 「Eat this(こいつを喰らえ)」 クロスミラージュの銃口から放たれた魔力弾がそれを貫いて、そのまま蟲の肉体を粉々に吹き飛ばした。 《―――BINGO》 加熱した銃身からまるで紫煙のように煙を吐き出して、クロスミラージュが言い捨てた。 咄嗟に撃った魔力弾の、予想以上の威力に軽く驚き、ティアナは改めて新しいデバイスを見つめる。 魔法の発動速度に集束率、その負担の軽減まで、全てが既存のデバイスを凌駕していた。 「……なるほど、言うだけあってサポートは完璧ね」 《Yes. Was it unnecessary?(はい。不要でしたか?)》 「いいえ、ゴキゲンだわ」 《Thank you》 小気味良い返事を聞きいて満足げに笑った後、ティアナはもう一度視線を消滅した敵の跡へ向けた。 そこに残されたのは、バラバラになったデバイスの残骸だけだ。 感傷に浸るほど状況に猶予は無く、自分で感受性の強い方だと思ってはいないが、それでも胸に去来するものはあった。 あのデバイスで今日まで戦い続けてきた。 敵を倒し、挫折感も達成感も経験して、そして大切なこともあれを通じて教えられたのだ。 「…………さよなら、相棒」 囁くように別れを告げる。 未だ続く任務の最中で、その僅かな時間だけは許された。 「―――OK、それじゃあ<相棒> 早速だけど働いてもらうわよ? 弾が真っ直ぐに飛ばなかったら、溶かしてトイレの金具にするわ」 《All right, my master》 わずかな感傷の後に、普段通りのティアナ=ランスターが戻ってくる。 開いた眼には<悪魔>すら恐れぬ戦意が漲り、口元には兄貴分譲りの不敵な笑み。 どんな状況でも笑い飛ばす、それがクールなスタイル。 両手にクロスミラージュを携え、仁王立ちするティアナの背後でスバルの息を呑む音が聞こえた。 再び<敵>が現れる。 あの蟲が、今度は群れを成して車両の天井や壁から滲み出るように現れ始めたのだ。 この世の法則を無視したそれは、まるで悪夢のような光景だった。 しかしその中でただ一つ、失われない光がある。 「イカれたパーティーの始まりってわけね」 闇への恐怖を人間としての怒りで圧倒した少女は、悪夢を前にして怯みはしなかった。 両手の中で銃身が華麗に踊り、ピタリと止まった瞬間に胸の前で腕を交差させる。 今から撮影に臨むトップモデルのように、一分の隙もない、完璧に決まったポーズ。 醜悪な蟲の湧き出る地獄のような光景の中で、その陰鬱さを全て吹き飛ばす破壊的な美しさをハンターとなった少女は放っていた。 《―――Let s Rock!》 そして、新たな銃火と共に、ティアナは<悪魔>との戦闘を開始した。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ・インフェスタント(DMC2に登場) 力だけが全てを支配する悪魔の世界において、何も強い奴だけが生き残れるわけじゃない。その代表格がこの寄生生物だ。 文字通り、こいつは生物や悪魔はもちろん、機械みたいな無機物とも融合して自在に操る能力を持ってる。 特に自我を持たず、時代の進化によって強力になりつつある近代兵器なんかは、こいつらにとって格好の寄生対象になるわけだ。 戦車に戦闘機にデバイス、どれも乗っ取られれば凶悪な化け物へ変わる代物ばかりだ。 加えて、ただ宿主を使い潰すだけじゃなく、複数で取り憑ついてその性能や耐久力を底上げしちまうってあたりが厄介極まりないぜ。 他人の威を借りる寄生生物だけあって、それ単体ではノロマな虫けらに過ぎないからな。調子付く前に手早く害虫駆除といこうぜ。 前へ 目次へ 次へ
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昭和75年10月某日早朝 愛知県綾金市神宮司重工 それは一本の電話から始まった 「あい・・・もしもし神宮司重工開発部三課・・・あ、はい 菊島さん・・・主任、厚生二課の菊し・・・(ウルゥセー!!こちとら 三日寝て・・・代われ!)何ですこんな朝っぱらから、えぇ・・・はい!?IrDA用 の新型ウィルスとDAX―1の磁界情報の書き換え!?IrDAはともかくDAX―1は 新日本アビオ―共同で進めろ!?わかりましたよっ!!元プログラムはえぇ 入江さんが直接では」 乱暴に電話を切り主任と呼ばれる男は職員に対し朝礼を始める 「おら!全員起きろ!!たった今モーニングコールをいただいた!たった今から サービス残業決定だ!これから貫徹だ!!」 「「マジですか!?」」 昭和75年10月17日朝8時リンディ・ハラオウン宅前 秋風が舞い朝の空気が明らかに変わり始めリンディ・ハラオウンは今日も 主婦業に専念していた。朝食も終えクロノは管理局へフェイトは学校へと 向かい自分も家の掃除を終え管理局に出勤しようと玄関に出た。 すると清掃局の清掃車が止まる。それは日常の光景であったが― 「あら?今日はごみの――『綾金市清掃局!?』」 しかも一台ではない複数台が同時に制動をかけて道路を一気に占拠した 「ちょっと何のつもり!?」 抗議しようと踏み出そうとした瞬間 ばがんっ!! ごみの投入口のハッチが開き中から小銃で武装した集団が降りてくる 「――!?」 とっさに両手を挙げるリンディ・ハラオウン 「提督!!」 「待ちなさいアルフ!!なかなかの練度よ、その気ならとっくに・・・」 (この動き・・・ただの犯罪組織や治安部隊じゃないわね、戦闘規模・内容 はともかく修羅場をくぐったベテラン!) そして隊長格の人物[矢島]と名乗る人物が現れた 「ヤジマさんでしたか?あなたの部隊は隊長に敬礼をしないのですか?」 リンディは皮肉をこめたが 「あんた達はどんな隙でも見逃さない『連中』以上に危険だと聞かされているのでな」 と突っぱねにらみ合いが続いた。すると一機のヘリが近くに降下し、しばらくするとスーツ姿に丸眼鏡の男が歩いてきた 「私、厚生省衛生二課で人事を担当しています入江と申します」 と男はおもむろに胸ポケットから名刺をリンディにわたしあちらでお会いしたい方がおられますと近くの広場に小銃で小突かれるように向かうと一人の女性が待っていた 「初めまして、私は彼らのボスそうね・・・菊島とでも呼んで 『提督さん』」 リンディは苦虫を潰す思いで[キクシマ]に問う 「あなたたちの目的は何です、まさか魔導士が欲しいなんて――」 「違うわプレゼントを上げに来たのよ。うちの仕事はね『化け猫』の駆除なの。 数日前にね駆除したした化け猫が変なデータを持ってたの。出所は・・・ あら知ってるって顔ね、そうあなたの娘さんの携帯電話から内容は興味深かったけど まぁそれは置いといて・・・」 「何が言いたいんですかっ!?」 リンディは思わず声を荒げる 「そこでこれ、今うちが使ってるのと同じ最新型の『対化け猫用プログラム』をプレゼント。ただし起動チャンスは一度きり、徹底的に調べるもよし・実装するもよし」 菊島はリンディの目の前でディスクをちらつかせる 「でわ、それが安全である確たる保障は・・・」 「私が保証するわ」 リンディは菊島からディスクを奪い地面に叩きつける 「いい返事ね、協力関係は・・・」 「願い下げよっ!!」 菊島はディスクを拾おうともせずリンディに背を向けヘリに 乗り込もうとする 「「ヒュガッ!!」」 グラーフアイゼンとレヴァンティンが菊島の首を肉薄する 「大丈夫ですかリンディ提督!?」 はやての守護騎士二名が駆けつけた 「何者だぁこいつ?」 赤毛の少女は今にも噛み付かん勢いである。しかし菊島はさして驚きもせず邪魔くさそうに鎚と刃をどかせる 「ふぅん、部下の教育はよく出来てるわね負けたわ。 でも私に何かあったら、そうね・・・娘さんの学校に タンクローリーが突っ込む・・・なぁんて事があるかもね もちろん『娘さん』だけ助かるんでしょうね」 「――卑怯者」 「うちのモットーは『戦う前に勝利を得る』ですから」 そう告げると菊島は何事もなかったようにヘリに乗り込み その地を去った。それをただ唇を噛み締めただ見送る 「リンディ提督!!」 駆け寄る守護騎士とアルフ 「負けたわ・・・『今回』は完敗よ」 リンディはポケットから通信機を取り出し回線をアースらにつなげる 「たった今『厚生省衛生二課』と名乗る組織から挑戦状を 受けました!ただいまより交戦状態に移ります。管理局の 恐ろしさ『徹底的に教育します!!』」 「ヘリ内部」 「何とか勝てましたか」 入江は菓子パンをかじり 「あぁ怖かった。あんな非常識な連中が世界を跳梁してるなんてね」 菊島もポケットから小説を取り出すがすでに彼女たちの興味はなくしていた。ただ一言 「力の劣るものがあいて以上に優位に見せるのは骨ね」 一方残されたリンディは入江の名刺を力いっぱい引き裂・・・ ビッ!!「いたっ!?」 けたのは自分の指先であった 後日、材質を調べた結果「ケブラー繊維と呼ばれる防弾繊維」 が織り込まれていたのであった。 「なんて非常識な・・・」 昭和75年10月20日 愛知県綾金市神宮司重工上空 アースラ 「敵実働部隊『ハウンド』の展開を確認。敵部隊は施設を囲むように展開中。恐らく篭城戦を仕掛ける模様」 百名近い管理局局員が施設の前面に陣取る 「攻撃開始は五分後」 アースラから指揮を執るリンディ・ハラオウン提督。この数日いかに『厚生省』に「実力の差」を見せ付けるか 熟孝し「死者を出さずに壊滅させる」という結果に落ち着いた 「砲撃開始」 数百の魔法砲撃が施設を掠めるが、敵は反撃を仕掛けない現場指揮のクロノは陣形を組ませ無言で前進させる (彼らの武器は初歩的な質量兵器・・・バリアジャケットで防ぎきれる) 事実バリアジャケットは十分に銃弾を弾きその機能は働いていた 「隊長っ!!着弾してますが効果なし!!」 隊員は手を緩めることなく一斉射撃を続け隊長の矢島も自ら射撃しつつ指示を出す 「一斑はIrDAの起動させておけ!後、二十で榴弾を発射後に 前面のやつらに打ち込め!十五・・・十・・・五・・・てぇっ!!」 たたんっ!ばしっ!! バリアフィールドを展開する局員達 「IrDA撃て!」 (なんだあれは?見慣れな――) クロノが見慣れぬ武器に疑問を抱いたのもつかの間、前面の局員のバリアジャケットに赤外線が撃ち込まれ―― ばしぃぃっ!! 「なにぃ!!」 恐ろしい出来事が起こった。バリアジャケットの損傷、否「消滅」である。効果を確認したのはクロノだけでは無かった 「DAX―1起動!!」 ぶぅん・・・ 低音とともに大型車両二台が両サイドから局員を挟み込み背後からは―― 「オスプレイ!?馬鹿なこの国には配備され――」 ざりっ! 雑音と共に音声が途切れる 「クロノ!何が起きているの!?」 静かに映し出される画像は乱戦。しかも引き目にみて 「!?押されている?」 局員は一切反撃せず唯一クロノだけがなぜか威力を抑えて反撃しつつ後退を指示しているように見える。そんなことが数十秒続いた ざざっ! 「―ちらクロノ!こちらクロノ聞こえますか!!」 ようやく音声が回復する 「クロノ状況を!!」 「広域AMF(アンチ・マギリング・フィールド)を展開した模様。負傷者多数!損耗率も30%を超えました」 「そんな技術どこで!一時撤退!!急いでっ!!」 (総員撤退!急げ!!) バンッ!!怒りにませてキーボードを殴りつける 「今すぐ彼女たちを呼んでっ!!今度は容赦しないわ!!」 「敵撤退を確認・・・ぎりぎりでしたな」 副隊長から通信が入る。事実DAX―1が最後の切り札であった。しかしたった一人の黒髪の少年の猛攻で詰めを仕損じたのである 「今度は総力戦か」全く恐ろしい連中だ最後の言葉は口には出さなかった。 アースラ事後報告会「―以上が今作戦において判明した敵兵装です。おそらく以前に流出した情報を元に彼らなりに扱いやすい 武器に仕立てられたと思われます。特にこの大型車両と航空機から発せられる特殊な磁場です可動制限があるらしく 短時間ですが広域にAMFを展開する模様。そこで最優先破壊目標とします。シグナム班・フェイト班は車両の破壊 なのは班は航空機の撃墜。特になのはの航空機は速くは無いが機動性は高い、気をつけてたいしょするよう。以上!!」 「「「了解!!!」」」 戻る 目次へ 次へ
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ガジェットに、展性チタンが使われた。 こいつの意味は、あたしにだってすぐわかる。 対処方法をレポートにまとめてから現地の連中にあとをまかせて、 大急ぎであたしは新しい家に帰ってきた。 三年がかりではやてが作った、あたしたちの城、機動六課にだ。 やっぱし、あたしたちがいなきゃ締まるもんも締まらねーからな。 聞けばフォワード四人の選定も、とっくに終わってるって話。 なのはとフェイトが選んできたって、はやては電話で教えてくれたけど。 それに、あいつ…覚悟が帰ってきて、四人を早くも試し終わったとは聞いたけどよ。 これからあたし達が戦うのは、今までより数段強化されたガジェットに、 最近、各地に出没し始めた生物兵器人間。 それにヘタをしたら、零(ぜろ)みてーな強化外骨格も加わるっていうんだ。 生半なスパルタじゃ使い物になんねーぞ… 機動六課開設式より前に、そいつらの顔を一目見ておこうってことで、 あたしは眠たい目をこすりながら朝イチのレールウェイに乗り付けて、六課の朝メシに間に合ったわけだ。 …ガキの家出とカン違いしやがった駅員、てめーの顔は忘れねー。 てめーみてーなめんどくせーのを避けるためにわざわざ制服着てんのによ。 ま、あーゆーやつらを守るために戦ってんだよな、あたしたち。 うん。 おごってくれたジュースの味も、忘れねーでおくよ。 魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果 第十話『頂』 受付で用件伝えたら、はやてがすっとんで来た。 喰ってる途中だったらしーな…ケチャップついてんぞ。 「おかえりな、ヴィータ。 どこもケガ、してないな?」 「ただいま、はやて。 ケガとか、大したことねーよ。 今日からでも戦闘訓練できっぞ」 ちょっと恥ずかったけど、はやてにはイの一番に送ったからな。 展性チタンガジェットとの戦闘映像のコピー。 知らなきゃみんな、それだけマズイことになりかねねーから。 あたしの苦戦と、おんなじことの繰り返しになっちまう。 それよりも。 「ついに始まるんだな、はやて」 「せや。 わたしらが、わたしらの判断でする戦いや。 追うべき敵をある程度決められる立場に、わたしは立った。 そのための部隊運営を、わたしは任された…責任、重大やで」 拳を固めて、はやては隊舎の天井を見上げた。 負った責任を重荷に感じてる様子なんか、全然なくて。 それでも、重荷だってことはちゃんとわかってて。 今のはやては、むしろそれが望むとこ、っつーか、どんとこい、みたいな感じ。 「肝心の新入りどもはどうなんだよ」 知りたいことを早速聞く。 これからの仕事は、早いうちにわかっておくに限るからな。 はやても、それをわかってくれてた。 「んー、やっぱり、なのはちゃん達みたいなわけにはいかないわー」 「そりゃそーだろ」 「でも、将来有望やで。 今、会うてみる?」 「うん」 あうんの呼吸ってやつだな。 あたしとはやて、ダテに十年一緒じゃねぇーよ。 食堂に入ったら、その四人らしいやつをすぐに見つけた。 二人組に別れてメシを喰ってた、女二人とチビ二人。 …わかってるよ、人のこと言えてーってくらい。 育たねえんだからしょうがねーじゃねーか。 大人に化けるのも、このミッドチルダじゃれっきとした犯罪行為だしよ。 ま、んなこた、どーでもいいわけだ。 だけど、あの二人組ふたつはもとからコンビか? ずいぶん仲が良さそーで、そいつは何よりなんだけどな。 ああ、チビ二人の方は、ヤローの方がなんか気後れしてるけど。 女の方になつかれてんのか? 別にいいけどちゃんと仕事しろよ… 「みんな、こっち注目やでー」 一歩後ろから来たはやてが声を上げた。 四人とも気づいてこっちを見る。 隊長の声はちゃんと覚えてたか。 ん、さて。 何ごとも最初が肝心だよな。 咳払いひとつしてから、あたしはやつらの前に歩いていく。 「ひよっ子どもは、おめーらか」 「え、あ、あなたは?」 「上官の質問を質問で返してんじゃねえよ。 機動六課に入隊したてのひよっ子どもはおめーらかって聞いてんだ」 ちまっこいあたしだからよくわかる。 ナメられるのは厳禁だ、マジで。 これでも尉官で、場合によっちゃ指揮だって受け持つのによ、 エラさは体格で決まるみてーな勘違いしてるバカは本気で多い。 それでもまあ話のわかる奴は探しゃあいるんで、バカどもへの話はそいつを通すんだけどな。 ここでばっかりは、任務が終わってハイサヨナラとはいかねーもん。 これから長い付き合いになる。そうでなくっちゃならねー。 「返事はどうしたよ!」 「は、はいっ」 全員、あわてて起立した。 カチカチになりながら敬礼もだ。 「す、スバル・ナカジマ二等陸士です」 「ティアナ・ランスター二等陸士です」 「エリオ・モンディアルです、三等陸士です」 「き、きゃ、きゃ…キャロ・ル・ルシエ、三等陸士、ですっ」 「よーし、その調子で早いとこ顔を覚えてもらいな。 戦いは連携が命だからな、となりにいる奴の名前がわかんねー奴は死ね」 …ま、んなこた、ねーみてえだがな。 じゃ、あたしも名前を覚えてもらうか。 「あたしはヴィータ、三等空尉だ。 分隊の副隊長をやることになってる。 訓練教官としてバシバシしごいてやっからそー思えよ」 「はいっ」 「いい返事じゃねーか。だけど、返事だけで終わるアホはいらねーんだからな」 「はいっ」 「よし、好きにメシ喰ってろ。解散」 手応えはよかったと思ったよ。 好感触だな。 見た目だけであたしに反発する態度のやつもいなかったし。 そういうのがいないのはホント、面倒くさくなくていい。 訓練の効果、全然違って来っかんな。 …だけどな。 「ヴィータ」 「覚…」 サイテーのタイミングを零式以上にきわめてるよな、てめぇ。 そりゃあよ、三年ぶりだし、ちったぁ再会も楽しみにしてたよ。 おめーに貸したそれ、返してほしかったよ。 だけどよ、おめー、その… 「きみからの借り物を、今返そう」 空気読めよドチキショオぉぉ! 両手使って大事そうに差し出すんじゃねぇ! 「な、なに言ってんだか、全然わかんねーよ」 あたしはすばやくしらばっくれた。 我ながら上出来だったと思ったんだけどな。 うしろで誰か、肩をふるわせてる気配を感じる。 …笑うな、笑うなよぉ、はやて。 「返すやつ、間違ってねーか?」 「間違うものか。 きみが貸してくれたこれに、何度力をもらったかわからぬ!」 ぐあああああああああ! やっぱこいつわかってねぇぇぇぇ! 三年間なにやってたんだよ、てめっ。 脳ミソに筋肉詰めこんで、頭の中身は空ッポかよ。 「はやてにも聞いたのだ。きみがこれを、どれほど大切にしていたか… それほどのものを借りて、今おれがここに帰ってこられたこと、感謝は言葉に尽くせぬ」 ああああてめえ。 アツいセリフが途方もなくサムいんだよ。 あたしを凍え死にさせる気かよ。 見てんじゃねえよ新人ども。殺されてーのか。 ぽかんとした目であたしを見るな。 「ぷぷっ」 はやてが吹いた。 それから、盛大にむせて咳をしまくった。 …こらえきれねーほど、笑いこらえてたのかよぉ。 で、隊長が吹いたってのはな…隊長じゃなくても関係ねーかもしんねーけどよ。 ああ、そうだよ。伝染だよ。連鎖ゲロだよクソヤロー。 「ぷ」 「くくっ」 「ぐっ、ゲホッゲホッ」 「クス」 一斉に吹きやがったな、てめえら。 それでこらえたつもりかよ、おい。 いや、むしろ、ガマンしねーで笑ってくれよ。 なんだよこの微妙でいたたまれねーって空気は。 あたしが何したってんだよ。 ぬいぐるみが好きで何が悪いんだよ。 そんな困ったよーな目で見るんじゃねーよぉ。 …頼む、誰かあたしを殺してくれ。 いっそのことひと思いにやってくれぇ~。 「どうした、ヴィータ?」 「……」 あー、当然のようにフシギな顔して聞くよな、てめえ。 自分が何したか、わかってんのかな。 わかってねーよなぁ、絶対。 あたしがこんなに死にてぇのは誰のせいなんだろーなー。 なーなー、教えてくれよ… 「…つーか、殺す!」 「!?」 どうもあたしは、とびかかったらしい。 前後数秒の記憶が飛んだ後、あたしは全員がかりで取り押さえられていた。 あたしの、のろいウサギも…気づいてみれば、手の中にあった。 流れがよくわからなかったけど、モニター室に連れてこられて、 あたし達は覚悟さん…葉隠陸曹とヴィータ副隊長の実戦訓練を見学することになった。 部隊長が言うには、この際いい機会だから…だそうだけど。 「叩きのめしてやっかんな」 「機嫌を損ねたならば謝罪するが、訓練上で黙って屈する気などなし」 「それでいいんだよ、手加減できるとでも思ってたのか」 「思わぬ!」 訓練場では、二人とももう準備完了してた。 シチュエーションは市街戦。 ヴィータ副隊長は鎚型のデバイスをふりかざして、空から葉隠陸曹をにらんでる。 だからといって、素手の陸曹が負けるとは思わない。 あの人の強さは、あたしが一番知ってるんだからっ… 「思わぬゆえに、爆芯着装にてつかまつる」 「爆芯? 零(ぜろ)はいねぇのに?」 「カリム、ヴェロッサ姉弟より賜りしカスタム・デバイスなり」 「へぇ…おめーともあろー奴が、武器に頼ってなまってなきゃいいけどな」 「それは拳に聞いてみよ。 …征くぞ富嶽(ふがく)!」 陸曹が、制服の胸に留めてあったボタンを空にかざす。 一瞬、光ってから現れたのは、あたしと同じ、シューティングアーツのブーツ。 だけど、ちょっと見ればわかってくる。 異様に武骨にできたあれは、他に何か、別の仕組みを内臓していることを。 「デバイス? あの人、使えるの?」 横ですっとんきょうな声を上げたのはエリオ君。 キャロちゃんと一緒に陸曹と戦い試されたって聞いてはいた。 「使えると、おかしいの?」 すぐ、聞いてみる。 あたしもあの人のこと、あんまりくわしく知ってるわけじゃないから。 だけど、エリオ君の教えてくれた事実は、おどろくには充分すぎて。 「魔法の資質はゼロだって、フェイトさんが言ってたし… ぼくらと戦ったときも、魔法らしい攻撃はひとつも」 「資質ゼロ? そんなはず…」 あたしよりもティアが驚いてた。 驚くこと自体は当然だと思う。 だって。 「あの人、現に私達の前で、ブーツを使った加速を…」 「おしゃべりはそこまでや、始まるで」 そこで、部隊長の制止がかかった。 戦闘開始のシグナルが点灯する。 そっちを向いたときにはもう、戦いは始まってた。 正確に言うと、二人の姿が消えていた。 もっと正確に言うと…目で追えなかった。 鉄扉(てっぴ)を叩くみたいな音がちょっと聞こえたと思ったら、 気がつけばヴィータ副隊長が空から鉄球みたいなものを地面に撃ち込んで、 その先にいた覚悟さんが爆発の中から飛び出してきてローラーブーツで壁走り、 三角跳びから三角跳びでビルの間を飛び回ってヴィータ副隊長の頭上をとって、 で、それをヴィータ副隊長もだまって見てなくて、なんかグルグル回り始めて… もう、なにが起こってるんだか全然わかんないよぉ! 開幕直後より真っ向勝負をいどみ来たヴィータは、 おれの拳を柄にていなし、遠心力のままに脇腹へ打ち込んできた。 身軽ながらも一撃必殺、まともに受けるわけにはいかぬ。 左膝にて柄を蹴り上げ防げば、その威力をそのまま利用しヴィータは飛翔。 身体の軽さと得物の重さ、双方を活かしきった挙動は おれに三年間という時の流れを改めて教えるものであった。 当然なり、心技体練り上げたる戦士ならば! 富嶽(ふがく)を発動、ふりそそぐ飛燕(シュワルベ・フリーゲン)かいくぐりて壁を走る… カートリッジ一発消費。あと四発だが不自由なし。 壁から壁へと飛び…とったぞ、頭上。 「来るかぁぁ――ッ 覚悟ぉー」 「受けるかぁぁ――ッ ヴィータ!」 「てめーに背中を見せるかよッ」 「なれば勝負はこの一閃」 「あとで吠えヅラかくんじゃねぇぞ」 「零(ぜろ)の拳に二言無し!」 わが積極を迎えて撃つは、グラーフアイゼンが回転奥義。 かつて因果極めたりといえども、戦士三日見ざれば刮目して見よ。 おれが繰り出すと同時に放たれた一打はひとまわり遠く、だが先におれの下腹に到達せんと唸りを上げていた。 だが恐れぬ! ヴィータはおれに背を向けぬと言った! これに全力全開にて当たらぬほどの無礼無粋があろうものか。 零式積極正拳突 (ぜろしき せっきょく せいけんづき) 対 噴 推 打 法 ラケーテン・ハンマー 一打と一打、ここに激突。 「…ぐふっ」 「がはぁ、っ…」 おれとヴィータ、地に伏したるは共になり。 双方の一撃到達せしはまったくの同時、寸分の狂いなし。 水月と水月にめり込んだ拳と槌は、互いの威力の半ばを相殺。 残りの半ばで反吐を吐かせ、空中よりもつれ合うように落下。 勝負はすでについている。 仰向けにて見上げる蒼天が美しい。 「げふっ…あ、相打ちかよ」 「腹、突き破りて共に死したか」 「訓練で死ぬトコだったな」 「きみの強さが予想を超えた…」 「ンなこと聞いてもウレシくねぇーよ、勝たなきゃよ」 足を振りて勢いよく立ち上がるヴィータ。 おれも立つ。訓練場は寝転がる場所ではない… おもむろに話し始めるヴィータは、しかし空を見上げたまま。 「話聞いたか、新型ガジェットのこと」 「展性チタン精製技術の流出か」 「これから、あーゆーのばっかりになると思う。 新人どももそうだけど、あたしたちも強くならなきゃ死んじまう。 場合によっちゃ、『後ろから狙われる』覚悟だってなきゃいけねーかもしれねーんだ」 「うむ…」 「だからよ」 グラーフアイゼンを肩に担ぎ、場外に歩き出しながら、ヴィータは言った。 「おかえり」 「…ん?」 「味方は何人いても足りねぇって言ってんだよ。 だから、おかえり」 いつわることなく言うならば、その言葉は嬉しいものだった。 だが、おれは葉隠なり。 牙なき人の明日のためにあるこの身は、誰かのための戦士であってはならぬ。 平常の安息に居座ってはならぬ。非常心にて非情に立ち向かうのが、このおれの天命なれば。 なればこそ、言わねばならぬ。 「おれは、ここに…戦士として戻ってきたのだ、ヴィータ。 それ以上でも、それ以下でも…あってはならぬ」 好意をふみにじる発言である。 どのような蔑みも受け入れねばならぬが… ヴィータは、その場に立ち止まり。 「忘れたのかよ、おめー、シグナムになんて言われたのか」 そして、振り向くこともなく。 「どう思おうが、あたしたちの勝手だろ…」 また、何ごともなかったように歩き始めた。 決着がつくまで、時間にして三十秒くらいだった。 ほとんどあっという間に決着がついたのは確かだけれど、 それは瞬殺だったとか、そういう意味じゃ全然なくて… 「……」 みんな、黙ってた。 何も言えなかった。 だって、どっちが有利で、どっちが不利とか、 戦闘の経緯を把握できたのは、あたし達四人の中には誰もいなかったんだから。 レベルが、違いすぎる。 覚悟はしてたけど、実感する差が重すぎた。 これからあたし達は、あの人達と同じところで戦うんだ… 「あれが、みんなのいつかたどりつく場所や」 後ろから八神部隊長が、あたしとティアの肩を叩いた。 それから、エリオ君とキャロちゃんの肩も、同じように叩く。 「無理や、勝てっこない思うかも知れへん。 わたしかて、十年前なら同じこと言うたやろな」 正面にまわり込んで、あたし達ひとりひとりの目をのぞき込んでいく。 今、思っていることを包み隠さず言い当てながら。 「でもな、それは違うんよ。 みんな、ちょっと先を歩いているだけなんや」 語気を強める。 自信たっぷりに。 「立ち止まらなければ、いつか追いつく背中や」 そんな、簡単に言うけど… そんな風に思ったけど、そんな思いも見透かしたみたいに。 「わたしの目は確かやで? 高町一尉の目も、テスタロッサ一尉の目も。 もちろん、葉隠陸曹の目も、や…わかってるんやろ? スバルちゃん」 「…え、あ、あたし、ですかぁ?」 「覚悟しとくんやな、覚悟くんの意気込み、すごいで」 八神部隊長は面白そうに、にぃっと笑って。 あたし達に背を向けて、部屋を出ていこうとする。 すこし、ぽかんとしてから、あわてて続くあたし達。 その勢いというわけじゃないけれど、あたしは聞いた。 「ま、待ってください」 「んー、なんや」 「あの…八神部隊長と葉隠陸曹って、どういう関係なんです…?」 こんな立ち入ったことを聞いてどうするんだろう。 そう自分で思いながらした、ためらいがちな質問に、 部隊長は、ほとんど即答で答えてくれた。 「機動六課では上司と部下。 せやけど、個人としては…家族のつもりや」 前へ 目次へ 次へ
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唐突な襲撃。 自分よりも幼い襲撃者になのはは戸惑う。 何故、自分を襲うのか? 理由は? 真意は? 不意打ちの攻撃と共に現れたヴィータの攻撃をかろうじて防ぎ、襲撃の理由を問うなのはだったが、ヴィータは有無を言わせずに攻撃を続けた。 「教えてくれなきゃ、分からないってば! 話を聞いて!」 「話なんてする必要ねぇぇえーーーッ!!」 まさに問答無用。 なのはの呼びかけを意に介さないヴィータは返答の代わりに攻撃を繰り出す。 かろうじてシールドで受け止め、数メートル吹き飛ばされたなのはは―――。 「……そう」 "ド ド ド ド ド ド ド……" (……うっ!? な、なんだコイツ……急に、何か『凄み』が……!) ゆっくりと立ち上がるなのはの雰囲気が一変した事を、ヴィータは敏感に感じ取った。 地の底から湧き上がるような、奇妙な重圧感を放ちながらなのはがヴィータを見据える。その瞳から迷いは消え失せていた。 背筋を思いっきり反らした、物理的に不可能と思えるようなポーズで佇み、なのはは静かにヴィータを指差す。 「あなた……覚悟して来てる人……なんだよね。 人の話を聞かずに一方的に襲おうとするって事は、逆にやられても言い訳を聞いてもらえないかもしれないという危険を常に覚悟して来ている人ってわけだよね……?」 "ド ド ド ド ド ド ド……" 「う、うるせーッ! カートリッジ・ロード!!」 無力な少女から怪物へと変貌を遂げたような、なのはの変わりように圧されながらも、ヴィータは竦んでしまう自分自身を叱責して自らのデバイスに命じた。 グラーフアイゼンがラケーテンフォームへと変形し、魔力ジェットの噴射によって加速し始めた。 ロケットのような推進力を得たアイゼンは、ヴィータ自身を支点として回転を開始する。 なのは、その様子を冷静に見極めていた。 (『回転』だッ、『回転』の運動エネルギーを利用して威力を高めているッ! 遠心力の理論でハンマーの先端に生じる圧倒的破壊力は、まさに歯車的魔力の小宇宙!!) 「ラケーテン……ッ!!」 恐るべき回転の力! しかし、なのははそんな驚異的パワーを前にして……逆に思いっきり喜んだのだッ! 「それが『いい』のッ! その『回転』が『いい』んじゃない!」 「―――ハンマァ……あぐっ! 何ィ!!?」 回転しながらなのはに向かって突撃しようとしたヴィータは、突如全身を襲った激痛に、そして同時にアイゼンにかかった強い力に、攻撃の不発を余儀なくされた。 ヴィータの必殺攻撃を強制停止させたモノの正体! ソレは―――! 意外ッ! それはチェーンバインドッ!! グラーフアイゼンの先端にいつの間にか取り付けられた鎖状のバインドが、回転によってヴィータの体に巻き絡まり、回転の運動を利用して全身を強く締め付けていたのだ。 それはまさに、複雑に絡みついた釣糸とリール! 「こ、こんなモンいつの間に……ッ!?」 「最初の一撃を受けた時なの。チェーンバインドはユーノ君の得意技なんだけど……上手くいってやれやれ一安心といったところだね」 「う……ッ!」 自滅の形で身動きの取れなくなってしまったヴィータに対して、デバイスを構え、完全に戦闘形態を取ったなのはがゆっくりと目の前まで近づいて来ていた。 なのはの周囲には、すでに魔法によって具現したディバインシューターの魔力弾が四つ、発射台に設置されたミサイルのように待機していた。 「さっきの『カートリッジ』っていうヤツ? すごかったね……魔力が跳ね上がった。あれを使えば、こんなバインドすぐに解けちゃう……」 「……」 ヴィータを横目で流し見るなのはは、一見無防備に見えて凄まじい集中力を発揮している。 仕掛けるタイミングを、ヴィータは図りかねていた。 「そのバインドを解除するのに何秒かかるかな? 3秒、4秒? 外したと同時に『ディバインバスター』をテメーにたたきこむの! かかってきて! 西部劇のガンマン風に言うと『ぬきな! どっちが素早いか試してみようぜ』というやつなの」 「野郎……ッ! アイゼンッ!!」 激情に火のついたヴィータ。待ち構えるなのはの前で、カートリッジをロードし、爆発的に高まった魔力でバインドを引き千切り、そのままグラーフアイゼンを振り上げた。 その瞬間まで、なのはきっちりと待っていた。そして―――! 「ラケーテン・ハンマー!!」 「オラァッ!!」 一閃。 加速に入った筈のグラーフアイゼンを紙一重で回避し、逆にディバインシューターの弾丸が一発、カウンターとなってヴィータの腹に突き刺さった! 「ごはぁ……ッ!?」 「最初に、言ったよね……『覚悟』はいい? わたしは、出来ている」 バリアジャケットの防御力を削り取った弾丸は、なのはの操作するまま元の位置へと戻る。それと入れ替わるように別のディバインシューターが発射される。それが終われば、入れ替わりに次が。叩き込んで、再び次へ。次へ。次へ! もはやそれは、四方から連射される機関砲。怒涛のラッシュ! 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」 一発ではバリアジャケットを貫けない魔力弾も連続して打ち込めば、徐々にジャケットの防御を削っていく。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラァアアーーーッ!!!」 津波のように押し寄せる魔力弾の超ラッシュ。 ヴィータの悲鳴は爆発音と打撃音の中に埋もれていった。 「SHHOOOOOOOOTTT―――ッ!!!」 「ぐがぁあああああああーーーっ!!」 駄目押しのバスターが直撃し、ズタボロになったヴィータは『ドグシャァアアアッ』と高速でぶっ飛び、ビルに激突していった。 窓を突き破り、幾つもの壁を突き破って、ようやく停止した時、ヴィータの姿はすでに瓦礫の中に埋もれていた。 ―――決着ゥッ! リリカルなのはA s 第一話、完!! 「やれやれなの……」 バ―――――z______ン! 撃退成功! 騎士名―ヴィータ デバイス名―グラーフアイゼン (重傷。しかし、再起『可』能) to be continued……> 「……トモダチ」 ちなみに登場タイミングを逃したフェイトは数分後に普通に合流した。 前へ 目次へ 次へ
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――平凡な小学生だった私、高町なのはに訪れた突然の事態。 渡されたのは赤い宝石。手にしたのは魔法の力。 出会いが導く偶然が今、光を放って動き出していく。 繋がる想いと、始まる物語。 それは魔法と日常が並行する日々のスタート。 だけどそれは、決して私だけに訪れた事態じゃなかった。 彼に渡されたのは護符。手にしたのは自由な世界。 日常と冒険が並行する日々の始まり。 でも彼が手にした出会いは、本当に儚いもので。 その事を私達が知るのは、もっとずっと後のことで。 ――今はただ、この偶然が導いた出会いに、感謝するばかり。 魔法少女リリカルなのはThe Elder Scrolls はじまります。 「……ふむ。とすると君達は、そのミッドチルダとかいう場所からシロディールまで旅をしてきたのか」 「ええと、まあ……そんな所、なのかな?」 「聞いたことがない地名だが……モローウィンドよりも遠い所って言うんじゃ、仕方ないか。 それにしては旅慣れていないように見えるが……。 山賊やらカジートやらもいないような所なのかい、そのミッドチルダは?」 「にゃははは……うん。そんな所です」 それはまた随分と辺境なんだなと呟くアルゴニアンに、なのは達は苦笑いを浮かべた。 実に奇妙な一行だった、と思う。 女の子二人にアルゴニアンが一人。 タムリエル広しと言えども、好んでアルゴニアンと接したがる人はそういない。 かつては奴隷であり、未だに多くが泥沼の近くで原始的な生活を営んでいる、被差別種族なのだから。 勿論おおっぴらに差別される事は無いが、見目の悪さと相俟って潔癖症な帝国民からは嫌われている。 先ほど彼女達が出会ったカジートの山賊も知っていたように、レヤウィンの伯爵夫人に関する噂もある。 曰くレヤウィン城の地下には秘密の拷問部屋があるだとか、 曰く目をつけられたアルゴニアンやカジート達は生きて帰れないだとか、 曰く血の淑女なる人物が全ての拷問を取り仕切っているだとか、 まあ、多くの人は噂話だとして片付けているのだけれど。 そう言った噂が流布すること事態、如何に異種族を嫌う人間が多いかということの証明と言える。 なのはとフェイトが出会ったアルゴニアンは、奇妙なことに自らを行商人と名乗った。 何でもブラヴィルで仕入先の人と、取引をした帰りだったそうだが――……。 アルゴニアンの行商人なぞ、滅多にいるものではない。――人に嫌われている種族だからだ。 とはいえ、二人はその事を『奇妙』と思わずに受け入れた。世界の常識にはとことん疎い。 それに何よりこのアルゴニアン。不思議なことに人を惹き付ける何かがあった。 こうして共に並んで旅をしていると、それが良くわかる。 仕立ての良い緑色の衣服。動きやすそうな革のブーツ。 首から下げた宝石や、両手の人差し指に一つずつ嵌めた指輪も、 あまり自己主張をせず、綺麗に纏まっている。 背中に弓矢を背負い、腰に剣を吊るしているとはいえ―― 先ほどのように盗賊に襲われることを鑑みれば、当然と言えた。 「シェイディンハルまで品を運ばなきゃならないんだがね。 久々にレヤウィンから大回りしようかとも思ったが、まあ帝都に向かって良かったよ。 まったく、街道から離れたところを旅するなんて――女の子のやる事じゃあないぞ」 つまり二人にはブラヴィルもシェイディンハルもレヤウィンも、どんな都市なのか見当もつかない。 それにしても、話を聞くだに物騒な世界である。 山賊が蔓延り、怪物が闊歩し、世間に危険が満ち溢れていて。 ミッドチルダや地球といった、治安の良い世界に暮らしていた二人には、ちょっと想像できない。 「にゃはは……。道を五分も歩けば山賊に出会うって、ちょっと大げさな気もするけれどねー」 「大袈裟なもんか。私が旅に出たばかりの頃は、それはもう酷かったんだぞ。 まあ、さすがに帝都の近くまでくれば治安も良いが――衛兵が巡回しているからだな、結局は」 「……………あの、アルゴニアンさん?」 「うん? どうかしたか、フェイト」 「地図とかって、持って無いですか? シロディールの」 「そりゃあ私は持ってるが――そうか。二人は持ってないのか」 はい、と頷くフェイトに対し、ふむと考え込むアルゴニアン。 「別に見せるのも、渡すのも構わんが――どちらにしろ、もう少し後にした方が良いだろうな」 そう言って彼は、ちらりと視線を空に上げる。 つられて二人も見上げると、もう夕焼けも過ぎ去り、夜が迫ってきているのがわかった。 また、その空の美しさに息を呑む。 夕焼けが端の方から暗くなっていき、煌く星の瞬きが徐々に鮮明になっていく。 その数は、とてもではないがミッドチルダや海鳴の比ではない。 文字通り『満天の星空』と言ったところか。 そして何よりも目を引くのは――大きな二つの月。 彼女達が知っている月というのは勿論一つで、白や黄色なのが普通だったが、 このタムリエルで見える月は二つ。それも様々な色が混じり合った、奇妙な美しさを持っているのだ。 「う、わぁ……」 「凄い――綺麗」 「……もう遅い。この先に私の行き付けの宿がある。 どうせ今から帝都に向かうには夜通し歩くか、途中で野宿だろう。 其処に泊まろうと思うのだが、どうだ?」 二人から拒絶の言葉がでる筈もなかった。 ―――宿屋『不吉の前兆』。 あまりにも、あまりな名前である。 ましてや、かつてその宿で凄惨な殺人事件が起きたとなれば、だ。 何でも泊まっていた老人が、何者かによって刺殺されたのだとか。 その鮮やかな手並み、そして老人が何かに怯えたような素振りを見せていた事から、 此度の殺人事件は、ある集団の手によるものだと実しやかに囁かれている。 曰く――暗殺組織『闇の一党』の仕業だ、と。 だが、そんな事情があるとなれば、宿屋の辿る運命は二つに一つ。 つまり寂れるか、栄えるか、という至極当然の二択であり、 幸いにも『不吉の前兆』が辿ったのは後者であった。 近くにある宿屋『ファレギル』が街道から少し逸れた場所にある事も手伝って、 この小さな、個人経営の宿屋はそれなりに繁盛をしているらしい。 ランプの明るい橙色の光に照らされた室内は、活気に溢れていた。 食堂には数人の客が思い思いに食事を楽しみ、酒を飲み、 店主はその光景を楽しそうに眺めている――と言った具合だ。 新たな客の存在に意識を奪われた店主は、其の人物が常連客であることを認めると、 その顔に満面の笑みを浮かべ、両手を広げて迎え入れた。 「やあアルゴニアン、よく来てくれたね!」 「ああ、相変わらず盛況なようで何よりだ。――二部屋頼めるかい?」 「二部屋? そりゃ構わんが――ああ、後ろのお嬢ちゃんがたは、あんたの連れか」 「そういう事だ」 「…………娘か?」 「馬鹿を言え、アルゴニアンにインペリアルの娘がいるものか」 そんな和やかな会話の末、あっという間に宿泊の手続きが進むのを見て、 なのはとフェイトはある事実を思い出し、慌てて口を挟もうとした。 理由は明白だ。 『この国のお金が無い』 それを言うと、アルゴニアンは笑った。 「子供がそんな事を気にするものじゃあない」 という訳で、あっという間に二人は寝室に放り込まれていた。 『子供は寝る時間だ』という事らしい。 12歳ともなれば、九時や十時に眠るという事に多少なりとも抵抗は感じるのだが、 ――とはいえ、其処は女の子が二人。パジャマに着替えた後は自然にお喋りの時間となる。 寝台――小さなものが一つ。とはいえ少女二人ならば十分な大きさだ――の上に座り、 先ほどアルゴニアンから手渡されたシロディールの地図を広げ、興味津々といった様子で覗き込む。 「ええっと……帝都は、この真ん中の湖に浮かぶ島、だよね」 「たぶん。それで街道を南東に下って――川沿いのブラヴィル。海まで行くと、レヤウィン」 「其処から川の対岸に出て、ずーっと北上すると――帝都の東側に、シェイディンハル、かー。 アルゴニアンさんって、こんな長い距離を歩くつもりだったんだね」 大雑把な地形の上に街道と、各地の大都市の位置だけが記された地図を見ながら、 移動中に彼の語った土地の場所を確認していく。 『空を飛ぶ』という概念の無いらしいこの世界において、この距離を歩くのは中々に堪えそうだ。 とはいえ行商人ともなれば、やっぱり方々を歩き回るのだろうし、然程の苦労でもないのだろうか? 「……そうだ。ねえ、なのは。気づいてた?」 「うん? 何のこと?」 「あの人、行商人って言ってたけど――『売るほどの荷物』を持ってなかった」 「…………」 言われてみれば、だ。 仕入先の人と取引をした、という事はそれなりの『商品』を持っていなければならない。 だが――彼はそんなに大量の荷物を持っていただろうか? 否だ。勿論、旅人の常として背負い袋は持っていた。 だが……その中に売り物が入っているとは、到底思えない。 「……それに、助けてもらった時もだけど。 ただの行商人が、あんな風に気配を消せるのかな……」 「……でも、この世界は物騒だって言ってたよ。 それにアルゴニアンさんが何を売ってるのかにもよるんじゃないかな? ひょっとしたら、凄く軽い物なのかもしれないの」 「それは……そうだけど」 押し黙る二人。 やがて出た結論は『まだこの世界の事をよく知らないから』だった。 違和感は感じる。奇妙だと思う。 だがそれは、この世界では普通なのかもしれない。 ――それに悪い人じゃなさそうだし。 「……そう、だね。少し考え過ぎてたかもしれない」 「そうそう、一日歩いて疲れちゃったんだよ、きっと。 ――今日はもう、寝ちゃおうか」 「うん……おやすみ、なのは」 「おやすみなさい、フェイトちゃん」 フッと蝋燭の火が吹き消され、 二人にとって『初めての日』は、ゆっくりと過ぎて行った……。 戻る 目次へ 次へ
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「時間が凍りついた」という言葉がある。 間合い7m弱―――― 一瞬で間を詰める事の出来る距離で、互いは睨み合ったままピクリとも動かない。 その暗闇の中、まるで本当にその時間が静止したかのように。 先程までが「動」の戦いであるならば これは謂わば「静」の戦い。 言い得て妙とはこの事である。 その空間は二人の体から立ち上る冷気を受けて……確かに凍りついていたのだ。 ―――――― ??? ――― 「ヒトの身で英霊にここまで食い下がるとはな。」 光の無い双眸、抑揚の無い口調で感想を述べるのは黒き神父。 眼前に広がる光景に対し、相槌くらいは打ってやろうという感がミエミエの何の気無しの感想であった。 そのモニター内。その偽りの世界。 死力を尽くして闘う剣の英霊と空の英雄。 自分たちが盤上の駒――――闘鶏の類であるとも知らずに ソレらは噛み合い、潰し合い、凌ぎを削る。 「それはそうさ……何せ一番相性の良い者をぶつけたのだからねぇ。」 対面の白衣がしれっと答える。 沈黙は一瞬――― 「人を戯れの相手として引っ張り出しておきながら 私の話をあまり重要視していないと見えるな。」 ――― 恐らく勝負になどなるまい ――― 開戦前、この戦いを神父はこう評している。 が故に、(あくまで形だけは)憮然とした表情で非難めいた口を開く。 「怒らないでくれよ綺礼。そういう意味ではないのだよ」 言峰の見解では、セイバーに対し高町なのはのようなタイプをぶつけるという手は悪手である。 ほぼ全ての魔術的属性を中和・無効してくるこの騎士に対してそれなりの形を作るのなら やはり彼女の得意な距離でも何とか噛み合えるレベルにある近接系か どの距離でも闘える万能型を持ってきた方が良いはずだ。 対魔力の壁が薄くなったとはいえ、そのアンチマジックの効力は健在。 それが高町なのはの魔法を確実に半減させてしまっている。 砲撃特化型の彼女ではやはり厳しい…………… と、そんな神父の見解を受けてか――― 科学者が愉快げに手に駒を遊ばせながらに口を開く。 「見たまえ。これら3つと、そしてこの エース を合わせた4つの駒。 これが機動6課と呼ばれる特殊部隊における隊長格ユニットなわけだが……」 4者―――6課の隊長・副隊長陣のステータスが画面上に映し出されると それは総合的に見ると見事にダンゴ状態で、実力的にはほとんど差がない事を表していた。 「だがしかし! ミッドの空において、この エース の評価…… その存在感がどれほど圧倒的であるかキミは知らないだろう! 四つの中で突出すらしている! 何故だろうねぇ!?」 エースオブエース。ミッドの空の象徴。勝利の鍵。 確かに彼女、高町なのはを不世出の存在として評価する言葉は枚挙に暇が無い。 20歳という若さで、しかも女性の身でありながら 既にミッドチルダの人間にとって一つの指針―――到達点として見ている者も少なくは無い。 要は良くも悪くも人気者……スターなのだ。あの高町なのはという人物は。 「私は前回、別のモノに執心していたので一言も口を利いた事はないのだが うちの娘の一人がこの駒にえらく執心でね……少し興味が沸いたのさ。」 この人気と言う要素――言い換えればカリスマという言葉で変換される。 文明が過度に発達すると、その技術によって人の手に余るような強力な兵器が次々と開発されていき その兵器の運用を基盤にした組織戦・集団戦が主流となってくる。 こうした時代の流れの中では、オンリーワン―――とどのつまり「英雄」という存在は生まれにくい。 英雄とは人が人知を超えた領域に達し、偉業を成し遂げ、その時代に歴史を刻みつけた者たち。 アカシックレコードにその存在を記された達成者達の総称である。 だが大半の術式がデバイスやソフトによるサポート――― つまりは公用の技術力によって編まれるミッド世界の魔法世界では神聖、神秘なるモノが存在しないのは前述した通り。 そんな世界観によって戦闘行為や戦争自体の群によるシステム化が進み 個の歯車化が進んだ世界では一個人の無双は―――蛮勇の類としか写らない。 故に個の「武」が憧れや目標になる事はあっても、偶像や信仰の対象にまで昇華する事は稀であり もしそのような中で尚も英雄視される者がいるとするならば…… その者こそ現代の法や理念を飛び抜ける力を持った埒外の存在として 相手の世界の英霊と競い争って不足の無い駒になり得るのではないか? 「……そういう事か」 「そういう事さ!」 圧倒的不利を覆す力。 既我戦力差を覆す力。 勝利の運気を手繰り寄せる力。 高町なのはが英雄視されているその所以――その力に無限の欲望は目を付けたのである。 「どうかね綺礼!? 理屈を超えた力はヒトに夢を抱かせるっ! それを背負って雄雄しく立つ……否、大空を飛ぶ存在! 彼女こそ近代に蘇った英雄と呼ぶに相応しいんじゃないか?」 「科学者とは思えん言葉だな。 それが貴様の、あの魔法使いがセイバーに勝てるという根拠だというのか?」 「勝てるかどうかは知らないが楽しい勝負にはなるさ! なるに決まっている! 古代の英霊に対峙する現代の英雄! 彼女らの闘いは間違いなく理論・理屈を遥かに超えた激戦となる!!」 立ち上がり、虚空に視線を泳がせながら絶叫する科学者。 「英霊の圧倒的なスペックは英雄の奥に眠る底力を引き出し 英雄の脅威の粘りが英霊の真の力を覚醒させるのさ! ああ……素晴らしいじゃないか……!!!!」 その感極まった韻をあたり構わずに振り撒く様は 享楽的であり滑稽であり―――狂気そのものである。 声高らかに続く演説。その嬌声を言峰綺礼は表情を崩さぬまま、ただ眺めていた。 子供じみた愉悦だ。 虫箱の中でカブト虫とクワガタを突き合わせているのと何ら変わぬその所業。 英雄・英霊の持つ「奇跡」すらも数値として換算し 蹂躙し、犯し食らうつもりだと言うのか? この貪欲な、科学の生み出した怪物は。 「まあ、何にせよ今は黙って見守ろうじゃないか。 両陣営を代表する英雄同士の激突……その行方をっ!」 ヒトの希望、願い、想い。 もはや一つの想念であるソレを背負い、力と為す。 悪魔の天秤の測りの上に乗せられたエースとナイトが、自身が欲望の愉悦に晒されているとも知らず その英雄たる器の力を競い、ぶつけ合う。 戦いは――――加速し、収縮していく。 ―――――― 高層ビルの3F―――― 明かり一つ無い暗闇。 屋内の備品が破壊され、散乱する中で対峙する両者。 目視による認識すら難しい闇と静寂が支配する只中にて 互いは互いに相手をしっかりと知覚していた。 いや、認識出来ない方がおかしい。 視界が利かずとも、両者のその内に秘めた存在感―――闘気は消しようが無い。 なのはの、セイバーの、敵を視殺せんばかりの双眸が交錯し………空間が歪む。 制空圏という闘いにおいて絶対とも言えるアドバンテージを一度は確かに取った高町なのは。 油断もなく気を緩める事など有り得ない。 なのに、この騎士を打倒するどころか、卓越した身体能力に逆に振り回されて―― (挙句が………この始末か…) ―――「屋内」という最悪の状況に引き摺り下ろされてしまったのである。 致命的な失敗で主導権を取り返され、再び窮地に立たされてしまう高町なのは。 しかして――――やるべき事は決まっていた。 恐らくは次で最後となるであろうその攻防。 相手が出してくる技。次に出す技。その後の戦法。 全ての行程を脳裏に思い描き、実行する。 上手くいけば今の状況をそのまま引っくり返す逆転の一手になるはずだ! ―――――― 騎士の少女は魔導士の前方。 小さい体を更に低く構えて、いつでも相手に斬りかかれるスタンスを取っている。 それに対し、高町なのはは―――― (むう………) セイバーが感嘆の表情を浮かべる。 何と相手は同じような前傾姿勢で対峙。 槍に形状を変えた杖を前方に突き出して、攻防一致の正眼の構えを取っていたのだ。 自身の奇襲に浮き足立たず、咄嗟に建て直し この構えを取られたが故に彼女を一瞬で斬り伏せる機会を逸してしまうセイバー。 剣の英霊相手にそれをした高町なのはの技量こそ……鬼才の二文字を以ってより他に表す言葉がないというものだ。 残念ながらなのはには近接の素養は無い。 父や兄のそれを彼女は受け継ぐ事が出来なかった。 だが子供の頃より家族の鍛錬を見取り、常に目に焼き付けてきたその記憶。 それが――今もなのはの中では脈々と息づいている。 期せずして切り替わる「動」と「静」。 それは剣豪同士が半日、一日とまるで動かずに 僅かな隙を巡って対峙する光景そのものだ。 その長時間の対峙を可能とするには互いの力の拮抗 何よりも常識を遥かに超えた胆力が必須となる。 ここに剣の英霊を迎え―――空の英雄、高町なのはの尽きせぬ我慢比べが始まった。 ―――――― (ふ、ぅ………………) 肺腑から搾り出すようにゆっくりと息を吐く。 額から零れ落ちる汗が目に入り、それを鬱陶しそうに拭う高町なのは。 ――――それは額に限らず全身に 頬から、首筋から、うなじから、BJに隠された肢体から噴き出す玉の様な精神性発汗。 息も荒い……微かに上下する肩は、肺が足りない酸素を求めて蠕動している証拠だ。 激しい戦闘で消耗している、というだけでは無いのだろう。 それは―――剣の騎士が「その気」になってからの事。 戦場全体を制圧しつくすかのような強大な威。 鉛のような重圧が支配するそのフィールド全体。 空を取り、絶対優勢の追激戦でありながら――― 追い詰めているはずの彼女が逆に追い立てられるような感覚にさせられていた。 そう、なのはが……あのエースオブエースが 数十倍の魔力を持つ敵や巨大な怪物を相手にしてなお屈さぬ人間離れした胆力 不屈の闘志を持つこの女傑が―――今、明らかにセイバーに飲まれ始めていた。 (…………) これではいけない……… 今から自分が行うのは数瞬の遅れも許さぬ神域の連携だ。 一挙一足に最善を要求されるであろう次の攻防。 その最も要になるのが、初動――――― 自分から飛び込むなど論外。 恐らくは自身最強の近接武装でさえ、真っ向から斬り伏せられて終わりだろう。 だが当然の事ながら相手より遅れてもダメ。 一瞬の遅れで敵は既に鼻先まで侵入してくるのだ。 つまり相手とほぼ同時にスタートを切らなければ成功しないという、果てしなく難度の高い技。 それを、この埒外の実力を持つ騎士相手にやらねばならない。 出来るか出来ないかではない。 やらなければ―――倒されるだけだ。 (間髪入れずに襲い掛かってきてくれた方が楽だったんだけど 本当に凄い剣士だ……微塵も油断していない。 ここに来て確実に私を仕留める方を選んできたんだ…) 相手を射殺さんばかりの眼光で互いを睨み付ける両者。 ことになのはがここまで相手に剥き出しの戦意をぶつける事は珍しい。 相手が猛れば猛るほどそれを冷静に受け流し、常に一歩後ろに下がった視点から自分と相手を分析する。 それが戦技教導隊、高町なのはの本来のスタイルだ。 だが、この相手にそんな受けの姿勢を見せれば立ちどころに懐に入られて終わる。 全てを受け止め、流し、弾き返すには―――その相手はあまりにも速く、強すぎた。 故に相手の化け物じみた殺気をただ必死に懸命に押し返す魔導士。 攻撃の威嚇ではなく―――むしろ捕食者の牙からその身を守る防衛行動。 言うまでもなく状況は高町なのはにとって圧倒的に不利。 この静止空間はつまりは彼女にとっての必滅空間。 喉元に鎌を突きつけられ、いつ喉笛を掻き切られるか分からない―― 少しでも動いたり気を抜けば即、喉に食い込む死神の鎌。 そんな地獄の拷問に晒されているに等しい対峙……抜け出さなければ、一刻も早く! (余計な事は考えない。 集中して…… 最善のタイミングで最適な軌道…… それを出す事だけを考える……それ、だけをっ!) 僅かな可能性をものにする。 それだけを考えて必死に耐え続けるなのは。 セイバーはまるで彫像のように静止したまま動かない。 最後の一撃、一足に全てをかける気だ。 双方共――未だ時間は凍ったまま 静寂だけがゆっくりと空間をたゆたい、流れていく………… ―――――― SAVER,s view ――― 目の前の相手――――攻めるでもなく守りに入るでもない。 堅牢堅守の姿勢、一糸乱れぬ姿勢にて我が剣と対峙してくる。 ………この者も分かっているのだ。 みだりに動いたり逃げに入った時こそ、この戦いが終わる時だという事に。 故にこちらも下手に仕掛けず、相手の乱れを誘って討つ。 敵の崩れを待つまでもなく強引に攻めても問題はないが……万が一、という事もある。 改めて眼前の魔術師を見る。 暗くて相手の表情はよく見えないが、透き通るように洗練された闘志をひしひしと感じる。 特異に映ったのは、そこに殺意や殺気の類が感じられなかった事――― この身を貫き通すほどに強く、凝縮された戦意ではあっても 憎しみや憎悪といった負の感情は薄いように感じられる。 そう……初めから感じていた。 目の前の相手に邪念はない。 邪悪なるものでは―――決してない。 この者は罠を張り、私を窮地に陥れた敵ではあるが その事で悦に浸ったりもせず、常に全力でぶつかってきた。 今にしてもその優位が失われ、絶体絶命でありながら……何と心地よい戦気。 恐怖がないわけはないだろう。 ここが死地になるかも知れないのだ。 その恐怖をねじ伏せ、真っ直ぐにこちらを見据える姿――― 正直に言うと……私はこの者に対し、好もしさを感じ始めている。 初めは我が身を姦計に陥れた倒すべき敵としてしか見ていなかったが 向き合えば向き合うほど、彼女のその魂の在り方が……騎士のそれに似ているのだ。 今、私は一人の騎士として彼女と接したいと思っている。 殺し合い、滅し合う関係は変わらずとも このような相手に対しては憎しみや殺意だけで戦いたくはなかった。 故に―――「決闘」として初めからやり直したいという葛藤が…… 我が内に芽生えていたのだ。 ―――――― ―――――― 彼女達を無遠慮に盗み見る簒奪者は、この戦いを「英雄としての力の鬩ぎ合い」と断じた。 その言葉が正しければ―――高町なのはと言えど、セイバーを上回る事は難しい。 なのはの本質、その行動は間違いなく英雄と称されるに相応しいものである。 だがそれは管理局局員として、そこに所属する一人の魔導士としての行動に過ぎず 巨大な組織のバックアップ―――後ろ盾を持った者の行使である。 つまり彼女の力は、今はまだ人の下に付き、属する側の力なのだ。 だがセイバーはそれは人の上に立つ者の力。 その覇を以って国を統一し、その威を以って人を従わせ、その武を以って歴史に名を刻んだ。 自らの意思が、剣が、国の―――民の運命をも左右する。自らの弱さが即、祖国の破滅を導く。 その背負いし者の力の懐の深さは、仕える側の人間のそれとは明らかに一線を画すもの。 本来、個だけでは絶対に出せないような力を、その重みを彼らは持つに至るのだ。 それがセイバーの戦場を覆いつくす「威」の正体――― 大き過ぎる物を双肩に背負った者のそれは、あまりにも巨大な人間力。 ――― 負けぬ………王が将に、威で敗してなるものか ――― 高町なのはを圧して余りある力の正体がこれである。 個の意では到底届かない世界を生きてきたが故に――― 気迫でセイバーがなのはに劣る事は断じてない。 そしてセイバーとなのはとの間には絶対的な経験値量の差。 積み上げてきたものの差というものも存在する。 英雄同士の戦いと言ったが―――それは違う。 これは「英雄」と「英霊」の戦いなのだ。 「英霊」とは即ち、英雄の先にある者―――― 彼らがその生涯を終え、ヒトの世から昇華した、いわば上位の存在なのだ。 英雄としての激動の人生、その栄華と滅びを既に経験してきた者にとっては 高町なのはがどれほど人間離れした胆力を持っていたとしても、やはり20才の女性にしか映らない。 これは覆しようの無い差だ。 魔導士がこの先、10年20年と闘い続け―――― その生の果てに何かの答えに行き着いて生涯を終えるか。 それとも若くして非業の最期を遂げるかは分からない。 だが、その死に際において、なのはは「高町なのは」という存在を完成させる。 そこが高町なのはという英雄の到達点にして、タカマチナノハという英霊の出発点。 ならば今の時点での「英霊」との邂逅が、どれほどきついものであるかなど言うまでもないだろう。 敵は既に自分の先を往く者なのだ。 その「格」の違い―――どう足掻いても覆せるものではない。 故にスカリエッティの立てた方程式に乗っ取った勝負をすれば――― 結果は火を見るよりも明らかであったのだ。 ―――――― セイバー………未だ動かず。 瞬きすら忘れたように微かな揺れすら無い肢体。 当然、隙などを許してくれるわけも無い。 本来、セイバーはこのような待ちのスタイルではない。 そのパワーとスピードを頼りに攻めて攻めて切り崩す剛剣こそが彼女の身上である。 だがその剣が今、微塵も動かない事により―――かえってその不可視の刃に不気味なまでの重圧を与える事となる。 (まだ……動かないの…?) 流石に焦りを感じる魔導士。 目の前の騎士と自分との近接での差は歴然。 この得体の知れない重圧――― 敵を圧する力においても何か決定的な部分で負けているのは明白。 この「静」の戦いは―――魔導士の負けだ。 身体能力。速度。出力などが全く作用しない 即ち、自分を律し、相手を制する精神力の戦い。 この絶対不利の間合いにて、なのはの集中力の方が先に切れてしまったとしても何の不思議があろう? (エクセリオンバスターACS………) 破れかぶれの特攻など論外。 だが消耗し尽くして動けなくなって、何の抵抗もしないままに倒されるよりは遥かに良い。 例えそれを撃ったら―――高確率で詰まれるものだとしても、だ。 (このまま睨み合ってても確実にこちらが先に参る……… 限界が来て動けなくなる前に、いちかばちか………覚悟は決めておこう) 奇跡は、多分―――起きない。 その槍がどのような障害をも貫き通す彼女の願いが具現化されたものであれ 十分な余力と溜めをもって待ち受けるセイバーの壁はあまりにも確固。 踏み込んだ勢いそのままにカウンターで薙ぎ払われ、無残に躯をさらす結果に終わるだろう。 故にそれは自殺用拳銃と同じ――――死を承知の上で引かされる最後のトリガー。 その準備を極限の精神状態のままに用意せざるを得ない高町なのは。 (っ…………これまでなの…? みんな……) 散り散りになった仲間の安否すら分からないまま、こんな所で果てるなど許されない。 だが、このままでは………… デバイスの弾奏に、弾を込める。 決壊するダムのように、ぷつん、ぷつん、と―――集中力が崩れていく。 「はぁ、……はぁ、………レイジングハートッ…」 その我慢の極限に達し――― ストライクフレームのトリガーに手をかけた―――その時 ついに…………………セイバーが、動く! ―――――― SAVER,s view ――― 敵の呼吸――――心臓の鼓動の高まりを感じる。 気配がより濃密にせり上がってくるのが分かる。 恐らくは覚悟を決めたのだろう。 「…………」 私もだ、魔術師よ…… ――― 決着をつけよう ――― 着火寸前の火薬のように、危険で猛々しい雰囲気をかもし出す彼女。 本来ならそれを受けてこちらも全力で相手を斬り伏せるのみなのだが だが、敢えて私は自身の殺気を一旦、仕舞い―――― 「―――――勇敢なメイガスよ………今一度」 ――自身の構えを解いた。 「ッ!!!!!」 ピクンッと、反応する魔術師。 「互いに譲れぬ身である事は百も承知――なれど、せめて悔いの無きよう…」 所詮はこの身の自我――― 我侭な自己満足に過ぎないが…… 「我はサーヴァント・セイバー……… 真名は名乗れぬ身ゆえ―――」 だが例え自己満足だとしても私は騎士だ。 次の一撃でこの剣はかの者を両断し、彼女は物言わぬ躯になるだろう。 または相手の予期せぬ手により自分が打ち倒されるやもしれない。 それでも……いや、そんな互いの命を奪い合う間柄だからこそ――― 「無礼を許して貰えるのなら―――貴方の名を、教えて欲しい。」 ―――その命を我が記憶に刻み付ける事こそ騎士の義務。 礼を忘れたくはなかった。 突然の申し出に機先を制されたのか、それとも我が意図が見えずに狼狽しているのか。 しばらくの間を置いて、の事だったにせよ――― 「…………高町、なのは」 彼女は私に答えてくれた。 「高町なのはと………レイジングハートッ!」 はっきりと芯の通った声で自ら名乗り上げてくれた。 感謝する魔術師よ………… これでもはや―――憂いは無いっ!! ―――――― ―――――― 高町なのはが自らと相棒の名前―――「勇気の心」を冠するその名を紡ぎ出す。 それは迎える決戦にあたり、疲労の極みにした自らに叩き付ける発破のようなものだったのかも知れない。 今や彼女の思考はただ一つの事に向けられている。 故に極限の集中状態にあった彼女は、今の名乗り合いの不自然さを見逃してしまう。 それは「敵が自分を知らない」という不自然さ――― スカリエッティの部下であるのなら知らないはずの無い自分の名前を、である。 「では、タカマチナノハ」 それももはや後の祭り――― 騎士の眼がスゥ、と細くなり……その目が閉じられ、 「――――――いざ」 カッと見開かれる!!!! これ以上無いほどの 「静」から「動」に切り替わる合図。 最後の攻防が―――今、ようやく始まる!! ―――――― セイバーの行動―――その名乗り合いは明らかに敵に自分の飛び出すタイミングを教える行為。 それは真剣勝負においては邪道であると言えよう。 魔道士にとっては埒外の幸運だった。 堕ちかけていた集中力……あと数分もしないうちに高町なのはは相手に無謀な突撃を敢行し 為す術も無く討ち取られていたかも知れないのだ。 故に敵の踏み込みのタイミング――それが分かった事が彼女にとって何よりの幸運である。 ………………………… ………………………否、 そう考えるのは浅はかに過ぎた―――― 騎士は今、示したのだ。 これよりこの戦いは我が剣と誇りをかけた「決闘」である事を。 故に事を為したセイバーの剣にはもはや一片の迷いも無い。 その威力。迫力。疾る剣の鋭さは、今世一大の凄まじいものになるだろう。 命拾いどころの騒ぎではない。次の一撃こそは剣の英霊の渾身を超えた全霊の一撃。 元より防御も回避も不可能だった攻撃が―――人には視認や反応すら不可能な領域に入る! 同じ英霊であっても果たして防げるかどうか。 その剣を、人間であり近接主体でもない魔導士が……受けきらねばならないのだ! 一旦は引いたセイバーの闘気が爆発的に高まり、 なのはの集中力もまた極限まで研ぎ澄まされた。 それが開始の合図であるかのように――― セイバーがなのはに向かって…………その一歩を踏み出す! 足元からバチュンッッ!!!!、と火花が散ったのと同時――― 闇を切り裂く白銀の閃光となった騎士が高町なのはに向かって飛び込んだ! 一撃勝負。手数と重さが身上のその剣から敢えて手数を捨てる! そして放たれた一撃はバーサーカーもかくやという威容を以って魔導士の頭上を襲うのだ! そんな暴威の塊のような剣を前にして―――全く同時だった。 それは果たして防御か回避なのか? 魔導士も待ち焦がれたようにそのスタートを切っていた。 「……………!」 一瞬、目を疑う騎士。 全力のフルブーストによるスタートダッシュ。 セイバーとなのは、それは奇しくも鏡に映ったかのように同じ行動。 その間合いを犯される前に―――高町なのも自ら、セイバーに向かって突進していたのだ! (狙いは―――そうか…!) 騎士が戸惑うのも一瞬。魔術師の双眸を見て思い直す。 その目は破れかぶれでも、ましてや死に行くものの目でも無い。 己の行動に全幅の信頼を持つ者特有の強い眼差しだ。 そう、初めから後ろにも左右にも上にも逃げ場はない――― 故に前。 前に出てこそ―――生還の道がある! 近接系が本来、最も威力を発揮する距離。 それは獲物や闘法の差はあれど、十分な助走と体重を乗せられる中近距離とするのが一般である。 長物であるほどその制空権は広くなり、逆に小回りの利く武器ほどクロスレンジに強い。 だが最も小回りの利く「徒手」においてすら捕らえきれない、俗にいうクロスレンジの更に中―― 近接の攻防には台風の目と言われる安全地帯が確かに存在する。 分かり易く言えば完全密着状態―――――― 素手同士の戦い等でも、組み付き、抱きつけるほどの間合いにおいては打突系がまるで機能しなくなる例も珍しくはない。 ―――故にそこが死角! 止めを刺そうと迫る騎士の剣と合わせて行われた高町なのはの踏み込み。 それはセイバーと比べれば当然落ちるがそれでも高魔力のフルブーストをかけたロケットスタートだ。 並の戦士の踏み込みに勝るとも劣らない鋭い速度に加え、自らの踏み込み速度を利用される形になったセイバー。 タイミングは完璧だった。 これならば大概の相手が易々とその間合いの外――― 否、内側の死角を犯されて魔導士の侵入を許したであろう。 「……英断だ―――だがッ!」 「っくう!!」 しかしそれでも………一歩足りない! 並の騎士を引き合いに出す事など愚かしい――― 相手は万夫不当の剣の英霊なのだ! その魔導士の絶妙の踏み込み対してさえ、体を合わせ 自らの体勢、その剣を振るスピードを修正してくる。 なのはのドンピシャの踏み込みは結果、0.03秒、その剣筋を遅らせただけに過ぎない。 セイバーは止まらない。騎士の絶死の斬撃がついに――― 「――――――ッッッ!!!!!!!」 大気を切り裂いてなのはの右上方から放たれた!! それはあまりの猛撃故、逆に音にならぬほどの咆哮。 全霊――――二の太刀を視野にすら入れない勢いで放たれたセイバーの剣。 それはもはや音速を軽々と超え、ソニックブームを引き起こして魔導士の身に降りかかる。 右の袈裟斬り。そう……肩口を狙ったその軌道は、開戦時に一撃でなのはを行動不能にした剣筋だ。 西洋騎士の、空手における正拳中段突きに位置する基本にして最も得意とする技である。 半身を切り、剣を下段にだらりと下げた姿勢から上方に振りかぶり、真っ向から斬って落とす。 甲冑ごと斬り伏せるのが常の騎士にとっての謂わば常道技。 なのはは読んでいた。 否、カマをかけていたと言った方が良い。 騎士の突撃前の半身の構えに加え、五分以上の確率で騎士の初撃はこの技から始まる事。 あらゆる状況を視野に入れてのその思惑はドンピシャ―――決めの一撃は予想通りの大上段! 剣士の決め技・右袈裟に対抗する技。 戦技において遠距離型の魔導士が最も課題にするのが「近接戦のいなし」だ。 それは当然、彼らは敵を懐に入れないで闘うのが理想であるから。 とはいえ高ランクの騎士相手に終始、自分の距離を保ったまま戦うのは難しい。 故に右構えの剣士に対応できる返し技の習得は戦技教導隊においては必須。 近接で打ち勝つための技ではない。それはあくまで最悪の展開を凌ぎ、生き残るための教技――― 「やあああぁぁぁあああああッッッッッ!!!」 振り絞る闘志。 溜めに溜めた裂帛の気合。 筋肉の、魔力の一片までもを蠕動させて 全身を叩きつけるように出した高町なのはの―――セイバーの左の肩口を狙った打突 奇しくもなのはの利き腕である左の突きは数分違わずサーヴァントの肩口を狙い 攻撃をストッピングする役割を果たす。 突きの直線の軌道は振り被る騎士の剣よりも数段早く届くのだ! ジャンケンにおける「パー」に対する「チョキ」。 毎日、毎日、腕が上がらなくなるほどに修練を重ねた基本を踏襲した理想的な軌道。 高町なのはの返し技がセイバーの攻撃を凌ぐ――― 「……………!!!」 そう、チョキはパーに勝てるのがルールでありセオリー……… 屋内に金属と金属が激しく激突する苛烈極まりない音が響き渡ったのは――― 全てが終わった後の事。 理論上は一歩早く届くはずの教導官の突き。 パーに一方的に打ち勝てるはずのチョキ。 だが――― 「むううううッッ!!!」 「はっ!? くッ!!」 そのパーは―――――――強過ぎた! ルール・セオリーを全く無視してチョキを粉砕する反則なパー。 サーヴァントを常識の範疇で語るなど愚の骨頂。 人の世の論理を覆す程の剣技を持つが故に彼女は剣の英霊なのだ。 予想の十割り増し、などという生易しいものではない。 セイバーの、初動から肩口を引き絞り、叩き落す――その地点に到達したのが完全なるノータイム。 大振りでありながらまるで無拍子を思わせる、時間を止めたのではないかと錯覚させるほどの セイバーの必殺の袈裟斬りが空間を引き裂いてレイジングハートと激突したのだ。 聖なる剣と勇気を冠する杖――― 最強の騎士の全身全霊の剣戟と無敵の魔道士の全力全開の突き。 共に無双を誇る者同士の激突。 ことに騎士を凌駕する出力を誇る高町なのはならば あのセイバーが相手だったとしても決して劣る事は――― ―――――――ぎいぃぃぃいんッッッッ!!!!!!!!! 「くぁッ…!!!?」 ――――――勝負にすらならなかった 相殺。斬り払い。鍔迫り合い。その他一切の受け身を許さない。 なのはの顔が苦悶に歪み、左腕が有り得ない方向に弾き飛ばされる。 腕ごと爆薬で吹き飛ばされたかのような衝撃と共に、レイジングハートが全く一方的に聖剣に弾かれる。 なのはの体ごと放り込むような一撃は相手の攻撃を相殺どころか、剣筋を変える事すら許さなかったのだ! レベルが違うのは彼女自身、理解していたはずだ。 近接で拮抗出来るとは思っていない。 一撃………ただの一撃だけでも受けられればという想いからの返し技だったのだろう。 だがその願いすら空しく、彼女の全力は僅かに騎士の一振りを0.04秒、遅らせただけである。 完全に左半身を泳がされ、体勢を崩したなのはに叩き落される閃光。 発動する障壁、そして重装甲BJ―――それらが背水の盾としてセイバーの剣に接触する。 咄嗟に張ったものではない。先程の睨み合いにおける対峙時間 その間に十分な魔力を込めておいた、謂わばエースの最後の防波堤だ。 それらを―――――― 剣はまるで藁でも切断するかのように掻き分けていく!!! 主を守るべく立ちはだかった最後の壁はその役目を全うするどころか なのはの生身に到達するまでの騎士の剣を僅か0.02秒、遅らせただけである。 問題にすらならなかった。 高町なのはの決死の覚悟を乗せた突進、タイミングも抜きも最善だったそれは 踏み込み、打突、防壁を合わせてもセイバーの一撃を0.1秒足らず遅らせただけ。 全てをかけて稼げたのがコンマ一秒―――あまりにも無情なその結果…… これが―――――この攻防の結末 もはやセイバーの剣を阻むものはなく、なのはに一切の為す術も無い。 敗れた魔導士の肩に騎士の刃の先端が食い込み、彼女の脳裏を「死」という一文字が占拠する。 どうにもならない無力感。 どうしても覆せない絶望感。 これから全てを失うんだという喪失感。 そのような負の感情が心を支配していく中、その脳内を駆け巡るのは走馬灯――― (上出来……! 0.1秒「も」稼げた!) ―――などでは断じて無い! 不屈のエースはそんなものは見ない!! ヒザを抱えて無力感に泣いた幼少期はもはや過去の事。 早く皆の役に立とうと、大人になろうと頑張った―― そしてあの奇跡の出会い。 闘い続けた10年。 嬉しい事。悲しい事。 大事な人との思い出。 それは既に彼女の内にて彼女の確固たる力となる高町なのはの骨組だ。 死に際の走馬灯でひょっこり顔を出すような類のモノではない! (体ごとぶつかっても、まるで問題にならない相手の剣戟……!) そんな事は彼女自身が一番良く分かっていた。 この騎士の一撃を打ち落とす事など無理。 初めから分かっていた事だ。 それでも……負けると分かってても――――欲しかったのだ。 自身を僅かに捻じ込めるだけのその時間。 なのはの前進によって稼げた僅か0.1秒という、瞬きをする間も無い刹那の瞬。 振り絞るように稼ぎ出した、その0.1秒こそが―――彼女が生還出来るか否かの分かれ目だったのだ! ほんの一瞬でもいい……回避も防御も不可能な攻撃である事は依然変わりはないであろう。 だが一瞬でも視認、反応を辛うじて許す程度の減速さえ出来れば! 剣が肩に食い込み、今まさに自分を両断せんとする刹那――― 「フラッシュムーブッッッッ!!」 起死回生とも言える高町なのはの高速回避魔法が発動する! ―――――― ―― それは檻に入れられた人とライオンの闘い ―― 空を飛ぶ高町なのはを引き摺り下ろし その羽を封じるために共に屋内に身を移す事を選んだセイバー。 だが、奇しくもこの時、セイバーとなのは共に考える事は同じだったのだ。 この教導官もまた、速すぎる相手の足、その動きを封じるためにセイバーを檻に入れる事を考えていた。 先の攻防において、なのははライオンを檻に入れる事には成功したものの自らも引きずり込まれてしまったという状態だった。 まさに決死の思い。 目の前のライオンを撒いて自分が外に出れば理想の状況を作れる。 とはいえ、その牙を、爪を掻い潜って出口まで辿り着くのは至難――― まともに向かえば九分九厘、引き裂かれるのが必定。 故にライオンの意表を突く手品を最後まで取っておけた僥倖を――― 獅子との睨み合いに折れてしまう前に機会が訪れてくれた幸運を――― 彼女は天に感謝するより他に無かった。 ―――――― (捕らえた……!) 相手の反撃。その一撃を完全に弾き飛ばし、無双の剣を打ち込む。 人の体に到達する確かな感触。 肩口に叩き込んだ己が剣を、そのまま斜めに斬り降ろし――― (………!!?) ――そのまま…………セイバーの剣は、無機質なコンクリの地面に叩き付けられた。 極限まで目を剥くセイバー。 フロアを真っ二つに割る凄まじい衝撃が、剣風が前方に陳列してあった雑貨を余さず吹き飛ばす。 だがしかし、その最強無比の一撃を受けて両断され、真っ二つに転がる魔道士の姿が――――――無い!? (消えただと……バカな…!?) 確かに打ち込んだ。 手に馴染んだいつも通りの感触だった。 その手応えがいきなり、まるで霞を切ったように消失し、思わず前方にたたらを踏んでしまう。 そして消えた魔導士――高町なのはは 騎士の後方。 つまりはセイバーより窓に近い地点に瞬間移動じみた速度でその姿を現す。 きゅいん、!とアスファルトの塗装を抉るように着地した優雅なる白鳥の舞い。 その純白のブーツがしかと地面を踏み抜き、彼女の健在を確固たるものにする。 「ッッ!! はぁ、はぁッ…! ………よしっ!」 ―――――成功ッ! 会心の手応え。 この強い騎士の不可避であるはずの攻撃をギリギリまで引き付けて、一回限りの問答無用のエスケープ。 冷静が身上の彼女が思わず身震いしながら両手の拳をぎゅっと握り締める。 それ程の成功。まさに命懸けの綱渡りを渡りきった感触だ! フラッシュムーブ――― アクセルフィンに魔力を叩き込み、その圧縮された力が瞬間的に出力・移動速度を高め 通常の数倍、数十倍の加速を行う移動魔法である。 その瞬間最大速度は時にサーヴァントの視認すら超えるスピードを叩き出す。 重装甲故、決して機動性の高くない高町なのはの回避・ポジション確保の要となる魔法。 なのはの近接における主力武器になったはずのそれ。 流石に真正面からこの騎士と斬り合うには至らないまでも、完全な奇襲として一回。 視界の狭まった、至近距離での一回に限って使うならば――― 出し抜ける筈!この相手であっても! かくして見事、セイバーの後ろを取った高町なのは。 そこですぐに無謀な反撃を行うほど馬鹿ではない。 今の攻防でBJの左の肩の部分が鎖骨の辺りまで裂け、切り傷から出血が見られる。 まさに九死に一生を得たその身が求めるのは安易な反撃にあらず! 彼女は窓に向かい――――後ろも振り返らず、全速力で駆け抜ける! そう、彼女が求めるのは空! 自身の翼を最大限に活用できる尽きせぬ蒼天だ! ―――――― セイバーが後方の様子に気づき―――呆然とする。 (そ、そんな、バカな……!?) この剣の英霊をして心胆震え上がらせる、無様に前方にバランスを崩させるほどの それは完全無欠な―――透かし。 (私の視認すら許さぬスピードであの一撃を回避し あまつさえ、後ろを取ったというのか……!?) 技にも驚いた。だが真に驚嘆すべきはそのタイミング。 それは戦場にて幾多の白刃を切り抜けて来た者にしか身につかぬ刹那の呼吸。 本当にギリギリだったのだ。 必殺の刃が体に食い込んだ瞬間まで引き付けておいての相手の瞬間移動。 あの極限の邂逅の中で、自分を相手に、一歩間違えれば確実に絶命する作戦を見事成功させた。 見事の…………一言だった―――― (だが………逃がさぬッ!!) セイバーが踵を返し、すぐに魔導士の後を追う。だが―――――時すでに遅し。 最短距離をまるでスプリンターのように前傾姿勢で駆け抜けた教導官。 手を前方に十字にクロスさせ、ガッシャーーーン!!!という凄まじい音と共にガラスを突き破り 屋外へ勢いよくダイブ。その身を宙に躍らせていたのである! (……しまったっ!) 檻の中に囲んだ鳥を再び中空へ逃がすという有り得ない失態。唇を噛むセイバー。 そして、その彼女の全霊の一撃を凌いだ高町なのは。 抑え込まれていた羽を雄雄しく広げ、蘇る無敵の空戦魔導士。 風を体いっぱいに感じ、死地より生還した喜びと共に、解き放たれた気勢を一様に解放する。 「レイジングハートッ!! マルチタスク展開!! ここで全部出すッッ!!!」 宙に躍り出た不自然な体勢のまま、ムーンサルトのように体を反転させて方向転換。 彼女の細い指が戦意のままにセイバーに向く。 「アクセルシューターッッ!!!!」 3Fフロア内に打ち込まれる50弱のスフィア。 出し惜しみなどない! その全砲門を屋内の騎士に掃射した! 残った窓ガラスもこの大乱射にはひとたまりもなく全損。 密室の相手に機関銃を打ちまくったかのような轟音が闇夜の廃墟に響き渡る。 「うあっっ!!?」 寸でのところでなのはの方が早い。 その背中に追い縋ろうとしたセイバーがカウンターでシューターの掃射を貰う。 まさに蜂の巣状態の騎士王。屋内の狭いフロアに間断なく降り注ぐ魔弾。 逃げ場もなく全身に被弾するセイバーの内部にてぞぶり、!ぞぶり、!と魔力がこそげ落ちる感覚が襲う。 「うおおおおおおおっっ!!!!!!!」 だが彼女は獅子だ。雄々しき金の鬣を称えた百獣の王だ! その怒りが天を突き、聞く者を震撼させるような咆哮と共に己が爪を――― 手に持つ聖剣を縦横無尽に降りかざす! 振りかざしながらに前進――否、突進する! 360度、四方八方から襲い来る魔の弾丸を思うがままに斬り払いながらに突撃突貫! ブリテンの猛る赤竜の猛追をこのような豆鉄砲で止められると思うが浅はかの極みっ! 「ディバイィィン………」 否、浅はかだったのは獅子にして竜である剣の英霊の方! 堂に入らば―――鉄壁の砲撃城塞と化すこの不世出のSランク魔導士。 開始早々と違い、もはや不意を打たれるような事も無し! 「バスタァァーーーーッッ!!!!」 二度は抜かせないという確固たる意思の元に放たれる、なのはのフルチャージ砲撃魔法が―― 「くはッ……ぁ!!!?」 セイバーの前進を、その体ごと吹き飛ばして止めていた! 抜き打ちだったとはいえ、開始早々はゆうに耐えられた相手の魔術を踏み止まれなくなって来ている。 騎士の無尽蔵の魔力に銘打たれた打たれ強さも、ついに底を打つ時が来たのだ! 咄嗟に魔力を放出し、受身を取ったにも関わらず無様に吹き飛ばされたセイバー。 だがこれで終わりではない! 魔導士の逆襲はこんなものでは終わらない! 飛ばされ、地に背中を叩きつけられるその前に――― 周囲で舌なめずりしていた残りのシューター全てが騎士の四肢に食らい付き、その細い肢体に牙を突きたてる! ノックダウンすら許さぬ教導官の鬼気迫る追い討ちで騎士の体が浮いたままに弾け飛ぶ! 狭い屋内に閉じ込められた不利―――今度はセイバーが味わう番だった! (がっ――――こ、これ以上は……ッ) ―――――まずい! 強引に突破出来ると踏んだこの身の浅はか――― その不明ごと滅多打ちにされ、もんどり打ってフロアに倒れ付すセイバー。 彼女の攻撃も防御も、その要となるのは魔力。その魔力の減退をこれ以上許しては致命的。 倒れたまま地面を蹴ってフロアを転がるように――― 家具や雑貨の棚を蹴散らしながらビル内の柱の影に隠れるセイバー。 屈辱的―――何人の防衛網をも、その剣で撃破して来た騎士王がその前進を止められるとは……! 「続けてッッ!!!」 だが、当然ながらこれで終わりではない! なのはの足元の魔法陣が更に激しく猛々しく稼動する! master! 「大、丈夫ッ!」 魔法の連続行使に彼女の心臓が破裂するほどに踊り狂い、その口から苦しげな息が漏れる。 だが、ここが勝機! 勝負どころを違える彼女ではない。 これを逃がせばあの敵はまた息を吹き返し、何度と無く自分を窮地に陥れるだろう。 故にここで倒しきる! 高町なのはの魔力が大気内を駆け巡り、プラズマ現象を引き起こすほどに圧縮されていく。 それは大魔法の兆候――― 「行って……! スターダストォォフォールッッッ!!」 なのはの下方の地面。 そのアスファルトが次々にめくれ、砕けて上昇。 まるでスペースデブリのように彼女の周囲に展開する。 物質加速型射撃魔法・スターダストフォール――― 小型の隕石と化したそれらが対象に降りかかり打ち砕く物理ダメージによる攻撃魔法である。 (……!) だがセイバーは物陰から躍り出ようとする。 この誇り高き騎士が敵を前に、いつまでも物陰に隠れていられるはずがない。 ここが突破のチャンスと見たのだ。 怖いのは得体の知れない魔力ダメージ―――岩石の一つや二つ、が迫ってきたところで物の数ではない。 「そのような石くれで私を倒せるとでも――!」 柱の影から躍り出る騎士。 と同時に、なのはの手が前方の騎士の少女に向けて翻る。 それを合図に大小様々な岩石がセイバー目掛けて襲い掛かった。 しかし―――――― 「思ってないよ…」 「なにっ!!?」 冷静に言い放つ魔導士。セイバーが再び息を呑む。 その無数の石くれの軌道は―――彼女自身を狙ったものではなかった。 それらはセイバーに届く前に失速、もとい3Fの窓枠や出入り口に叩きつけられていく。 この岩は初めから出入り口を狙って打ち出されたものだったのだ。 岩石が叩きつけられ、砕ける炸裂音と共にそれはバリケートのように積みあがり――― 3Fの出入り口である窓全てを…………完全に塞いでいた。 ―――――― Floor 3 ――― 「閉じ込められたか………」 夜光すら差し込まぬ完全な静寂が支配する闇の中―――セイバーが呟く。 (手強い………タカマチ、ナノハ…) 流れが明らかにあちらへ向いている。 負ける気など毛頭ないが……やはり再び中空へ逃がしてしまったのは痛い。 もう一度やり直しとなるが、彼女を再び堕とす算段を立てなければならない。 (流れが傾いたのなら強引に引き戻せば良いだけの事。) 敵は常に数手先を読んだ戦いをしている。 そしてそれを実行できるだけのフィジカル・メンタル的な強さも持っている。 不意の事態においても全く崩れる素振りを見せない。 まるで騎士の魂と魔術師の狡猾さを併せ持つかのような相手――つくづく、強敵であった。 「何にせよ、こんなところでのんびりしている謂れは無いか。」 相当の手傷を負ってしまったらしい。体中が重くだるい。 ナカを抉られた感触がひたすら不快だ。 だが敵とて苦しいはずである。 せっかく今までプレッシャーを与え続けたのだ。 例えどのように策を練り、こちらを撒き続けたとしても―― その相手の容量を超える圧力を与え続ければ、必ず堕ちる。 立ち上がり、遥か前方の岩の壁を見やるセイバー。 閉じ込められたと言ってもそれは密室でも何でもない。 明かり一つない暗がりとはいえ、探せば非常用の階段くらいはあるだろうし そもそもあのような即席のバリケートでは自分の突破を阻むことなど出来ない。 今は霊体化出来ないセイバーであるが、古の堅固な城壁ならともかく あんな岩が積みあがって出来ただけの壁など一撃で容易く抜けるはずだ。 「狙いは時間稼ぎか……新たなる罠を張るための布石か) 相手とてこれで自分を完全に封じ込めたなどとは思っていないだろう。 では尚更、敵に一息入れさせるのは宜しくない。 飛び出した瞬間に狙われる危険はあるだろうが、階段を探して使っている暇も惜しい。 ここは正面突破で脱出を――― セイバーが思考をまとめ、突破を決意する。 その間――――――約十秒……… ―――― ラストカード ―――― なのはがセイバーを仕留めるために切る最後の手札――― その準備をするには十分過ぎる時間だった。 ―――――― ??? ――― 「ひっ……」 モニター上でその戦いを見ていたナンバーズの4女がくぐもった悲鳴をあげる。 高町なのは――エースオブエース 否、あまりの凄絶な戦闘力と徹底した詰めの厳しさから 次元犯罪者の世界で囁き続けられている彼女の―――もう一つの異名 ――― 管理局の白い悪魔 ――― 曰く、 空で白き翼に出会ったら大人しく縛られておけ 間違っても抵抗などするな 残酷なまでの自分の無力さと 一生消えないトラウマを同時に埋め込まれる 純白のローブが、栗色の髪が、膨大な魔力光によって翻る。 その表情―――見るものを凍りつかせる双眸が……檻に入れられた獅子に向けられる! ―――――― Floor 3 ――― セイバーが即席の密室から脱出しようと身構える――― 前方の岩の壁を一撃で抜こうと腰を落として力を溜める。 ここから脱した後の迎撃や罠の激しさは想像に難くないが その全てを噛み砕いて、再び相手の魔術師の喉笛に噛み付く覚悟は出来ている。 そんな決意を新たにした瞬間――――故にさすがのセイバーも気づけない。 その予想の遥か上を行く――― 「―――――――」 ――― 天よりの砲殺 ――― 抵抗も反応も出来ない空からの裁き。 その極大の砲撃がセイバーの直上―― 完全な死角から、その天井を突き破って―― 彼女を一方的に、一言も発せさせずに…………飲み込んでいた。 ―――――― Floor 8 ――― 高層ビルの8階部分――― その中央に魔導士はいた。 前足に体重を乗せて亀裂をつけんばかりに踏み込んだ姿勢。 足幅を広げ、地面に突き立てるレイジングハートは既に魔力充電マックス。 翻る法衣。逆巻く長髪。 その鬼気迫る表情のままに――― 「エクセリオォォォォン……バスタァァァーーー!!!!」 2発目の壁抜き―――否、天井抜きエクセリオンバスターが発動する! AMF内でさえ強固なる壁を容易くブチ抜くなのはの砲撃。 ベニヤとコンクリートで仕切った天井など物の数ではない。 破滅の光は7F、6F、5F、4Fを瞬く間に次々と蹂躙し3F部分に到達。 外にいるはずの魔導士の強襲に神経を裂いていたセイバーの、その無防備な頭上に降り注ぐ! 「サード・ブレイクッ! シューートッッッ!!!」 高町なのはの高らかな詠唱はもはや絶叫に近い。 狂ったように撃ち続ける。 悪魔の砲撃を、止めない――止まらない! 3発、4発! この敵を沈めるには1撃2撃ではぬる過ぎる。 檻に捕らわれた獣に一方的に銃弾……否、砲弾を撃ち込み続ける。 5発! 見ているものを震え上がらせるほどの咆哮。 それはあまりにも惨たらしい殺戮劇。 3Fではもはや袋のネズミと化した騎士が為す術も無く蹂躙され、叩きつけられ、弾け飛んでいるだろう。 それが完全に動かなくなるまで、この惨劇は続けられる――― 「バスタァァァーーーーーッッッッ!!!!」 ―――そのファイナルショットが……撃ち込まれた! 抵抗の出来ないセイバーに計6発のエクセリオンバスターの斉射。 それを以って――――鬼と化した魔導士の砲撃が………止まる。 ―――――― 桃色の魔力の残滓がそこかしこに漂う8Fフロア――― 砲身となったレイジングハート先端から硝煙が余韻のように立ち込めている。 高町なのはは杖を地に付き立てたまま動かない。 口からはゼェ、ゼェ、と――喉や肺が潰れたかと思わせるような呼吸音をひり出している。 恐らくは彼女の戦績においても間違いなく最強クラスの相手だった。 戦闘経緯を振り返れば振り返るほど、今、自分が倒されていないのが不思議な程だ。 極度のプレッシャーにその身を削られ、傷つき、そして最後の連続魔法の一斉解放――― 見るからにボロボロの、辛勝だった。 だが――そんな強敵を相手に困難な作戦を彼女は完璧にやりきったのだ。 その胸に去来するのは達成感か、それとも九死に一生を拾った歓喜か。 手先は震え、彼女の震える唇が勝利の言葉を―――紡ぎ出す。 「――――――何で、」 それは達成感、歓喜の響き―――― 「何で、」 ―――では、なく………? 「何で、…………嘘でしょう…?」 彼女の口から出た言葉は―――紛う事なき絶望の響き…… 「どうして……?」 否、それは純然たる疑問の響きだった。 数学の公式の解が、その仕組みがどうしても分からず 何故そうなるか教師にしつこく詰め寄る時のそれを 掠れた声で喉から搾り出すように彼女は―――繰り返し繰り返し、呟いていた。 ―――――― Floor 8 ――― Sランク魔導士のリミッター無しの全力砲撃。 天からの裁きの光を浴びせられ続けた3F。 蹂躙され、薙ぎ払われたそこにはもはや雑貨や家具の展示場たる面影はない。 そこには空襲が過ぎ去ったかのような大破壊の跡のみがあり どのような生物も等しく生存を許されないかのような惨状の只中である。 だが、そんな中―――― 「……………はぁ、……は、…」 息も絶え絶えながら、白銀の肢体が凛々しく雄大に――その存在を誇示している。 エクセリオンバスター6発――― 辛うじて、全弾回避――― セイバー健在。 天変地異じみた砲殺に晒されながら なおも、その光り輝く姿を地に付ける事は適わず。 「――――気づけなかった事が……幸いしたな。」 さすがの彼女も息が荒い。 額からは汗を滲ませている。 それは英霊の身をもってしても困難な肉体行使だったのだ。 「凄まじい攻撃だった……あの敵は私の想像を悉く超えてくる」 上の階に位置するであろう相手の魔術師。 恐らくは混乱の極みにある高町なのはに素直な賞賛を送りつつ、見上げるセイバー。 彼女には今、何が起こったのか理解できないだろう。 大火力による砲殺――その破壊的なイメージから大雑把で力任せな印象を受けてしまう彼女の戦闘スタイルは その実、緻密な計算と戦術、基本と理論の積み重ねによって成り立つ部分が大きい。 だからこそ今の回避だけは納得のしようがない。 相手の能力は今までも十分存外であったにせよ、それは卓越した剣技や身体能力の為せる業だと定義出来た。 だが今の砲撃は、頭上を取ったからと言って闇雲に撃ちまくったわけではない。 綿密なエリアサーチにて常に敵の死角―――斜め後方、絶対に避けられない角度から、しこたま浴びせ続けたのだ。 必中の軌道だった。 確実にクリティカルヒットの手応え。 数千数万と砲撃を撃ち続けた彼女だからこそ、その感覚だけは絶対の自信を持っていた。 現に騎士の五感はその攻撃に対応できてなかったはずなのだ。 その自信が―――粉々に砕けた…… 何故セイバーがこの攻撃をかわせたのか?どうやって回避したのか? もしなのはが今その真実を知ったら…… 「そんなのアリ?」と、流石のエースオブエースも天を仰いでいただろう。 この相手は、戦技の限りを尽くした彼女のファイナルショットを その積み上げてきたロジックを―― ただのカンと運で…………避けたのだから。 ―――――― Floor 8 ――― 「レイジングハート………こちらはサーチされてないよね…?」 聞くまでもない。 逆サーチの可能性は初めに調べてクリアしていた。 故になのはの戦術を破ったのは皮肉にも彼女が信じて磨き上げた、そのロジックの外にある力―― そう、圧倒的な火力と体術、剣技、はたまた対魔力。 個の戦闘能力としては十分に破格な性能ではあっても、それだけで12の会戦を無敗で勝ちつづける事など出来ない。 騎士王アーサーの不敗伝説を打ち立てたそれは――― 死の運命すら捻じ曲げるほどの神聖じみた「強運」 未来予知じみた危機回避能力、その「直感」 どれほど策を練り、罠にかけ、その「必中」のロジックを積み上げたとしても この騎士はそれを簡単に――運命ごと捻じ曲げてしまうのだ。 「…………弱ったな。 今ので、決められないとなると…」 本気でやばいかも知れない―――― 疲労から後方に崩れ落ちそうになる高町なのは。 魔力エンプティ寸前まで捻じ込んだラッシュをすら往なされたのだ。 その絶望感は彼女でなければ到底、立ち直れるレベルのものではない。 右の脇腹は既に内出血を起こし、加えて左の肩…… その傷も決して浅くない。純白のBJに血が滲んでいる。 英霊の放つ重圧に至近距離でその身を貫かれ、弾き返しながら闘い続けた。 その攻防の末、危険な賭けを凌ぎ、見事にハイリスクを乗り越えた。 その挙句の果てが―――見返り無しのノーリターン…… 「参った……本当に…」 流石の彼女の肉体も精神も既に限界にきていた。 ――――撤退 選択肢の一つに「逃げる」という手がある。 それを選ばせる相手自体が稀も稀であったが故に、不屈のエースは今まで滅多にその行動を取った事はない。 だが負けず嫌いではある彼女とて一線は踏まえている。 絶対に勝てない相手、実力が違う相手に挑み続けて作戦を完遂出来ずに命を散らすような真似をするほど愚かではない。 また彼女はそんな勝手が出来る立場にいないのである。 「でも……多分、無理だ…」 呟く彼女。 今となってはその逃走すらも難しい。 そもそも本部や母艦の位置が分からず、味方との連絡も取れない状況で――どこに逃げるというのか? あの敵の追い足では振り切る事も出来ないだろう。 向こうは当然、通信等を駆使して増援を呼べるのだから、こちらは苦も無く追い詰めてしまう。 相手の視認の許さない雲の上まで飛び上がり、地上の騎士を撒くケースも論外。 敵に対空砲や戦艦の主砲があったら撃ち落されて蒸発して終わりだ。 つまり今ここで逃げたとしても生存率は限りなく低い、絶望的なあてどもない逃避行になるのみ。 (厳しい……どう考えても) 相棒の杖の柄をぎゅっと握り締めるなのは。 絶望感と焦燥感で押し潰され兼ねない状況にて最悪の事態が脳裏をよぎる。 「ヴィヴィオ……」 彼女とて空の人間。 戦火に身を晒していれば、いつかはこんな日も来るだろうと覚悟はしていた。 だが…………今の彼女には死ねない理由がある。 愛する娘が出来たのだ――――― 戸惑いながらも不器用に、一生懸命その絆を育み合っている娘。 その娘の下へ帰るのが、今の彼女にとってのもう一つの任務。 「大丈夫………ママは必ず帰るからね…」 弱音など吐いている暇はない。今、出来ることを全力で考える。 彼女はいつだって―――そうしてきたのだ。 まずはあの敵を打倒しなくてはならない。 どう考えてもそれしか無い。 情報を聞き出せればよし……何も喋らせられなくとも、無力化して 追っ手として機能させないだけでも生存率は全く違ってくるのだから。 そうと決まれば彼女の行動は早い。 「よし………生きてる…」 3Fの様子を探ると、まだなのはの仕掛けは残っていた。 檻は未だ機能している。 まだ―――手札も残っている。 「レイジングハート……私がその体勢に入ったら、一定感覚で周囲を散開させて。 絶対に気づかれないように……」 all right 檻から抜けられてしまったらお終いだ。 もはやあの騎士に自分の攻撃が当たる事は無いだろう。 だから、ここで――――決める! なのはは最後の勝負に出る事を決意する。 「撤退ルートの確保、通信手段の復旧。 もしこれが通用しなかったら………その時に考えるとして…」 目を閉じ、酸素を肺一杯に吸い上げる。 「今はあの人を……倒す事だけを考えよう」 ゆっくりと目を開き―――体に染み渡った吐息を吐く。 と共に、体位を雄大に開いたような大きな構えを取る。 杖を上方に構え――― (あと少しだけ……少しだけ、動かないで……お願い!) 高町なのはは己が切り札の名を紡ぐ―――其の名は…… ――― スターライトブレイカー ――― ―――――― Floor 3 ――― 天罰覿面といった感すらある苛烈なる砲撃が――― 「――――止んだ、か…」 ――――ようやく止まる。 柱に寄りかかり重い息を吐くセイバー。 彼女をして心胆に極度の負荷をかけるほどの窮地であった事はもはや語るまでも無いだろう。 この剣が届かない以上、回避に全てを費やすしかないとはいえ―――このままでは一向に事態が好転しない。 「さて―――どうするか…」 敵が上の階にいるのは明らかだ。 階段をせこせこ登って彼女の元まで辿り着くか? …………いや、それは考えるまでも無く悪手だ。 階段はもちろん、上方に開いた穴を飛んでいくのもまずい。 先程の魔砲を再び撃って来られた場合、その規模から言って一本道ではとても逃げ場がない。 やはり岩の壁を突破――――― そんな思案にふけること数秒、やはり考えたところで埒があかない。 無策で突っ込めるほど容易い相手ではないが……… と、その時―――― 6発もの大爆撃に見舞われ、粉塵と埃に塗れた3階フロア。 その周囲の残骸から、爆音と共に桃色の弾丸が飛び出す! 「むうっ!?」 魔術師に先程打ち込まれた50近い魔弾。 それらは騎士の体や障害物に被弾して破砕したものを除き――未だ健在だった。 その数、20以上。密室内に閉じ込められた騎士の周りを高速で飛び 今、檻の中に更に檻を形作るかのように彼女を包囲していたのだ。 「またも遠隔操作――ちっ…」 こちらに考える隙を与えないつもりだろう。 間断なく繰り返される敵の攻撃。こちらは受け身の時間が長引いている。 騎士の力が、魔術師の技で凌がれている証拠――― 上手いと言わざるを得ない。 騎士の周囲を飛び回る魔力弾はまるで全てに意思があるかのように 速度、軌道すらまちまちに飛び、ランダムに2~3発ずつ彼女の体目掛けて襲来してくる。 それを体を裁いたり、斬り払ったりで往なすセイバー。 (常に正確に急所に飛んでくる…… 視認出来ない位置からでも、こちらの動きが見えているのか?) 兎に角、やっかいな相手だった。 反撃もままならず一方的に狙い撃たれ続ければ、いくら英霊といえど打倒されるのは必定。 天井の穴をキッと睨み据えるセイバー。 遥か上にいるであろう魔術師を仰ぎ見、どうにかしてあそこへ駆け上がる方法がないか考え――― 「なっっっっっ!!!???」 ――――――戦慄!!!!!!!!!!!!!!!! 騎士は、この闘いで初めて――その全身を貫くほどの戦慄に襲われる! ―――――― 見上げた遥かな上方―――― 暗がりで敵の姿は視認出来ない。 出来ないが、そんな事はどうでもよかった。 その明かり一つ無い、闇夜であるはずの上空を照らし出す―――桃色の光! セイバーの第6感による危機感知能力があらん限りの警鐘を鳴らしている。 否、セイバーでなくともおおよそ魔術をかじった者なら誰でも分かる異変。 それは膨大な………あまりにも膨大な…………魔力の渦っ! 荒れ狂う魔力が大気を、その空間を軋ませて、掻き混ぜ、歪ませ 一つの破壊の意思として具現化している。 それはまさしく―――― 「宝具ッ………!」 セイバーは今度こそ、その驚愕の表情を隠す事も忘れて 呆然と上の階の脅威を見上げるのだった。 ―――――― Floor 8 ――― 左手を天高く突き上げたその手には愛杖レイジングハート。 その左手首に右手を添えて耐える………… ―――その全身を食い破らんばかりの魔力集束の反動に (4秒、5秒……) リンカーコアと体内の魔力回路がフル稼動し、高町なのはの人としての機能を彼方に追いやる。 その巨大な弾頭を打ち出すためだけの装置―――砲身としての機能を形成していく。 ギチリギチリと軋む肉体に彼女の顔が歪む。 その廃墟。戦闘となったフィールド全域に散らばった魔力の滓が高層ビル8F――― 高町なのはの正面に集まっていく。 8階フロアは既に人の入れる空間ではなくなってしまっていた。 震える大気。溶鉱炉の如き熱量は景色をぐにゃりと歪ませ、そこはもはや高町なのはを中心とした―― 巨大な魔力炉と化していた!! ―――――― Floor 3 ――― 有り得ない、と……一概に否定は出来ない――― この騎士の少女自身がヒトの身でありながら聖剣を携え、幾多の伝説を作った英雄なのだ。 故に人間の魔術師が宝具を、その高貴なる幻想―― ノーブルファンタズムを携えている事も十分に有り得る事態だった。 (「その域」にすら達しているというのか……あの魔術師は!?) 英霊と互角に闘い、宝具すら所持し その勇猛なる魂。無双の力を世界に示す――時代に名を刻まれるべき英雄であると? 「…………」 騎士の手に収まる不可視の剣が――震えている。 「――――どうした……聖剣よ」 担い手である騎士に語りかける。 「答えたいのか……? アレに」 ――― 我を振るえ、薙ぎ払えと ――― 最強の幻想が牙を研いでいる。 眼前の脅威なぞ何するものぞと。 我が力の前では無力。その全てを灰燼と化さん、と……猛っている。 神秘の結晶たるこの至宝の剣が、恐らくは神秘と対の存在であろう目の前の脅威に対して。 「………………ふ、」 セイバーが微かに笑う。 実際には、やはり震えていたのは―――彼女の体の方だった。 その体内の昂ぶりが、魔力の震えが聖剣を共鳴させたに過ぎない。 あまりにも不意に、突然にして出会ってしまった予期せぬ好敵手――― その力。その勇気。 このような勇者を相手に英霊としての力を賭して闘える喜びに―― 「……魔術師よ。貴方にはつくづく驚かされる―――」 ―――震えていたのだ………この剣の英霊が。 ―――――― こちらが圧倒的に優位に立てる筈の魔術師。 しかも人間を相手にして。後の戦い――― 聖杯戦争を勝ち抜くための温存の意味も含め、躊躇していた。 ………………コレを使う事に。 だが、そう。 今となっては惜しくは無い。 初めから手加減など許される相手ではなかったのだ。 「格」の違いだなどと誰が言った? これはもはやサーヴァント戦と何ら変わりはない。 年若い女性ではあっても、相手のその力に何の不足も無し。 「タカマチ、ナノハ―――――貴方に…… その積み上げてきた力に敬意を表する。」 剣の柄に手をかけるサーヴァント。 「故に、我が剣の……真の姿を―――」 その全てを解放する事を決意するセイバー。 解き放て―――風よ 自らの誇りを以って、その魔術師の一撃を打ち砕こうと この闘い、初めて彼女は己が抜き身の刃を解き放つ。 8階部分に遅れる事、数秒――― 異変は3階フロアにも起こる。 窓は瓦礫によって閉鎖され、外からはその様相は伺えない。 だがその内部もまた、人の入れる空間ではなくなってしまっている。 密室の中、風の鞘の解放により雑貨・家具をまるで洗濯機のように巻き上げ振り回す暴風。 そこはもはやセイバーを中心とした――― 巨大な竜巻と化していた。 ―――――― 戦場となった無人の廃墟。 そこには一切の命が無く静寂の中でただ二人 とある世界の空の英雄と召還された剣の英霊が命を賭して戦っていた。 そしてその終局―――― 二人はついに切り札を……その真なる刃を抜き放つ。 今までの凄絶な戦いすら前戯だと言わんばかりのあまりにも巨大で暴力的な力。 かの暴威を前にして「それら」は確かに震えていた。 一切の命が無いと言ったが、とある異形の瞳を持つ者は鉱物や無機物の死が見えるという。 ならば命があるかどうかはさておき……彼らにも死の恐怖はあるのかも知れない。 だからこそ恐れている――― これから起こる事。 自分たちが、この周囲一帯が、どうなってしまうのかを―― コンクリートの建造物内、人の形をしたバケモノ2体が その真なる力を解放しようとしている。 彼女らを中心に起こる大破壊の予兆を前に――震えおののくセカイ 本来出会うことの無かった空の英雄と、剣の英霊。 幕引きのトリガー。 その引き金が静かに―――引かれようとしていた
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「なーんか、前にもあったような光景やねー」 直立不動で無言を貫くなのはを見つめ、はやては気だるげに呟いた。 目の前の親友を責めるつもりなどないが、こうも問題が立て続けに起これば頭の一つも抱えたくなる。 皮肉とも取れるはやての言葉を聞き流すなのはの表情は鉄のように固まっていたが、内心がどうなっているかは全く分からない。 ティアナとの模擬戦から半日――その経緯と結果を把握したはやては先日のように当事者を部隊長室へと呼び出していた。 未だ医務室で眠り続けるティアナだけが、以前と違ってこの場にいない。後は全て焼き回しのような状況だった。 「……報告書は全部読んだ。模擬戦の記録も見た」 淡々と告げるはやての傍らではやはり同じようにグリフィスが銅像のように立っていた。 後ろ手にデータ記録用の小型ボードを持っている。 「結論から言うと、まあ今回の出来事は模擬戦の延長――処罰与えるほどの内容ではないと判断したわ。 ティアナとなのは教導官にはもちろん負うべき罰もなければ、そもそも問題も無い。ティアナの行動に対して教導官がどう判断を下すかにもよるけどな」 「何も、問題ありません」 なのはは即答した。 以前の出撃のように実質的な被害や違反など無く、なのは自身、ティアナへの影響も考えて今回のことを拗らせるつもりはなかった。 しかし、その返答にはやては鋭い一瞥を返す。 「そうやね。問題があるとすれば、ティアナ自身が孕む今後の危険性といったところか――」 なのはは息を呑んだ。 今回のティアナの行動自体は問題にしなくても構わない。だが、其処に至る心理的要因をはやては指している。 部隊は複数の意思の統括によって成り立っている。歯車は狂ってはならない。全体の崩壊を招く。故に、その兆しが見えるものは――。 はやては暗にそれを告げていた。 「教導官、新人の教育はアンタの仕事や。実力を見極め、部隊の任務遂行に適切かどうかを判断する。分かってるな?」 「……はい」 「ティアナのことに関して、私は口を挟まん。それに関してはスターズ隊長の高町なのは教導官に一任しとる。 その責任の重さを理解した上で、今後の彼女の処遇について一考願いたい。下手な甘さはティアナ自身にも、何より機動六課の存続にも宜しくないんやからな」 「……了解しました」 鉄の仮面は消え失せ、苦悩の色が教導官としての顔に浮かび上がった。 力無く頷く親友の姿に、胃の痛くなるような罪悪感を感じながらも、しかし八神はやては機動六課の総責任者であった。 甘えや馴れ合いは許されない。自らの掲げた理念の下に集った者達を裏切る行為は決して許されない。 そして、そのはやての責務を知るからこそ、なのはにとって彼女の言葉は何よりも重く圧し掛かるのだった。 判断しなければならない。 ティアナは一度、故意にミスを犯した。その結果、仲間が傷付いたのだ。 二度目を許してはならない。今度は、自分達が守るべき者が傷付き、更にはそれよりも最悪の事態に陥らない為に。 その為に、ティアナをもう一度信じるのか、あるいは――。 「高町教導官」 グチャグチャな頭の中で悩み続けるなのはが無意識に退室しようとする足を、唐突にグリフィスが呼び止めた。 まるで銅像が動いたのを見たような小さな驚きで振り向くなのはの前に、持っていたボードを差し出す。 「……何?」 「念の為、目を通しておいてください」 受け取り、そのウィンドウに表示されるデータを流し見ていたなのはは徐々に顔色を変えていった。 そこに映る複数の人物の顔写真と個人情報が意味する、グリフィスの無言の意図を察して、思わず睨みつける。 「グリフィス君……何、これ?」 「ティアナ=ランスター二等陸士の後釜として適任と思われる管理局魔導師のリストです」 事も無げに告げ、グリフィスは眼鏡を押し上げた。 反射する光によって真意を映す瞳が隠される。それがなおの事、彼の淡々とした無感情な対応を助長させていた。 「いずれも六課設立に当たり、引き抜くメンバーとして次点にいた者達です。 能力的には多少劣りますが、十分に水準は満たしているでしょう。いずれも高町教導官の指揮下に入ることに積極的です。どうぞ、こちらも御一考ください」 「はやてちゃんっ!」 「いえ、これは自分の独断です。必要だと感じたので」 食って掛かろうとするなのはを平坦な声が制する。 なのはは目の前の青年がどうしてここまで冷淡になれるのか不思議でならなかった。 グリフィスとの付き合いは決して長く無いが、同時に短くも浅くも無い。彼がもっと若い頃から同じ仲間として過ごしてきた。ひたむきな青年だった。 そんな彼が別人に変貌したかのような無感情な顔を見せていることにショックを受ける。 そして、同時に湧き上がる怒りもあった。 同じ志を持つ機動六課のメンバーでありながら、グリフィスはティアナを既に切り捨てるべき部分だと認識しているのだ。 「必要ありません!」 それまでの苦悩が吹き飛び、なのはは迷い無くボードをグリフィスにつき返すと、肩を怒らせながら退室した。 普段温厚ななのはの怒声を一身に受けながら、やはりグリフィスは変わらぬ一貫した態度のまま、淡々とはやて傍まで戻る。 「……ちょっと煽りすぎたんちゃう? 好青年のグリフィス君の印象ガタ落ちやで」 「それでなのはさんの後押しが出来るのなら安いものです」 「顔で笑って、背中で泣いて。損な役回りやねぇ」 「誤解のないように言っておきますが、自分はコレも十分に考えに入れるべきだと思っています」 釘を刺すように、グリフィスは手に持ったボードを掲げた。 「確かにランスター二等陸士は優秀な人材ですが、機動六課の存続を脅かす不確定要素を抱えてはいられません」 「分かっとるよ。あまり悩む時間もあげられんしな」 どんな時でも、犯罪に『対応する』部隊である管理局にとって時間は敵だった。 与り知らぬところで事態は動き続けている。 何よりも、そういった事態に対して即対応する為に機動六課は作られたのだ。 「――それでも、他人が集まって一つの事を成そうと言うんや。摩擦の一つや二つ起こるやろう」 頭を悩ます問題がズラリと並ぶ中、はやてはあえて笑って見せた。 人間関係、摩擦、衝突――大いに結構。それに苦悩しながら対応するのも大将のお仕事だ。その為の地位と高給だ。 ある種、開き直りにも似た心理で、今回のなのはとティアナの問題を受け入れている。 「判断は二つに一つ。『信じる』か『信じない』か――。 個人的には前者を選びたいなぁ。仲間っていうのは、信頼し合ってこそナンボやろ? ムラも人間的な成長の一つやん。誰かて最初から完璧な人間なんておらんし、そんなんおったら規格化された部品と一緒や。悩んで、迷って、それでも歩いていけるのは<人間だけの力>なんやから。 それこそが、機動六課の持つ真の強みや」 そう呟くはやての言葉には、人間の可能性を信じる希望が込められていた。 「やはり、機動六課の大将はアナタです」 組織としての人間的な部分を任せ、自らが機械的な部分を担うと決めた上司の真意を再確認して、グリフィスは満足そうに頷いた。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十七話『Tear』 まず見慣れない天井が眼に入った。 「……あれ?」 「あら、もう目が覚めたの?」 一瞬自分の置かれた状況を理解出来ないティアナの傍らで、驚いたような声が聞こえる。 跳ねるように上体を起こし、室内と眼を丸くする白衣姿のシャマルを見渡して、ティアナはようやくここが医務室なのだと把握した。 同時に、此処に至る経緯が鮮明に思い起こされる。 「そうか、あたし訓練で……」 混乱していた頭が急速に冷えていく。それは諦めにも似ていた。 「負けたんだ」 皮肉なことに、敗北し、頑なだった意志を砕かれた今、落ち着きを取り戻すことでティアナには正常な思考力が戻っていた。 あの時の自分が、性急過ぎたことを――認めていた。 だが、心身に感じるのは落ち着きというよりも、むしろ脱力だった。 一つの答えが出た。そして、何かが終わった。失うという形で。 それは余りに多すぎたのではないだろうか。信頼していた相棒、案じてくれた仲間、諭してくれた上司、自分の居場所――全て自らの意志で振り払ってしまった。 これから、自分は一体どうなるのか――。 自嘲の笑みしか出てこなかった。 その表情をあえて見ないふりをして、シャマルは訓練着のズボンを持ってくる。今のティアナは半裸も同然だった。 「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから、体にダメージはないと思うけど」 「……訓練用じゃなかったら、きっと今頃あたしは火星まで吹き飛んでますよ」 「あははは」 話でとはいえ模擬戦の結果を知ったシャマルは苦笑いを浮かべるしかない。 ティアナの表現が冗談にしては笑えないものだからだった。実際は、きっと跡形もなく消し飛んでいたに違いないだろう。 大型ミサイルの爆発に巻き込まれたのに生き残れたようなものだ。 非殺傷設定とはそれほどまでに慈悲深く――そして、同時に残酷なものでもあった。 完膚無きまでに叩きのめした敗者を、どうあっても生かすのだから。 「……外、暗いですね」 簡単な質問で診察するシャマルに生返事で受け答えながら、ティアナは窓の外を見ていた。 昼前の模擬戦で意識が途絶え、今はもう完全に日の落ちた夜となっている。 「すごく熟睡してたわよ、死んでるんじゃないかって思えるくらい」 「すみません。それ、シャレになってませんから」 「あははっ、ごめんね。でも、魔力ダメージ以外に疲労による衰弱も原因してるわ。最近、ほとんど寝てなかったでしょ? その疲れが、まとめて来たのよ」 「そうですか……お世話になりました」 「よかったら、もう少し休んで――」 言い終える前に、いつの間にかズボンを履いたティアナは医務室のドア前まで移動していた。 足取りはしっかりとして、とてもさっきまで気絶していた動きではない。 呆気に取られるシャマルを尻目に、ティアナはさっさと部屋から出て行った。 「……ホント、驚きなんだけどねー」 穏やかな笑みを消し、真剣そのものの顔つきでシャマルはティアナの背中を見送った。 なのはのディバインバスターを受けたティアナは、本来は丸一日は目が覚めないはずだったのだ。だが、あの模擬戦からまだ半日も経っていない。 体力や精神力云々の問題ではない。 魔力ダメージへの耐久性の高さ――ティアナのそれは一般魔導師の範疇を軽く超えている。 訓練校での成績からBランク試験の結果に至るまで、計測されたティアナ=ランスターの能力値ではありえないものだった。 「人間離れに近いわね……」 シャマルは呟き、デスクに備えられたコンピュータ端末に目を向けた。 模擬戦のデータからも感じた違和感を確かめる為に、ティアナが気絶している間に生体データを記録しておいたのだ。 これを調べることで、どんな事実が判明するかは分からない。 ただ、予感がする。良いものか悪いものは判断がつかないが。 「……なんだか、不穏なフラグ立ててるみたいで嫌ねぇ」 頭の中に思い浮かぶ懸念を、独り言で茶化しながらもシャマルは端末へと向かっていった。 『巡洋艦隊より入電。巡洋艦隊より入電』 ボギッ。あまり宜しくない音を立てて、割り箸が変な所からへし折れた。はやては眉をひそめて、カップの上に箸の残骸を置く。 カロリーブロックで済ませた夕食に比べれば幾分まとな食事とも言えるカップ麺がようやく三分経ったというに。実際に食うのは、今度は30分くらい先になりそうだ。 『東部海上に未確認飛行物体が都心に向けて高速で多数接近中。ガジェットドローンと思わしき機影。直ちに迎撃へ向かわれたし』 「しっかり夕食食べて、適度な休息を挟んだから、そろそろ犯罪起こしましょってか? こっちの事情も考えてや」 端末から告げられる報告に悪態を吐き、はやては椅子を蹴って立ち上がった。 上着を羽織り、食べ頃のカップ麺を泣く泣く放置して司令室へ向かう。 隊舎内は緊急警報が鳴り響き、滑り込んだ司令室はおそらく三度目の実戦となるであろう前兆に緊迫感が満ちていた。 「詳細を報告!」 部屋に入り、開口一番にはやては叫ぶ。 「ガジェットドローン、機体数は現在12機。旋回飛行を続けています」 「レリックの反応は?」 「今のところ、付近に反応はありません」 「挑発行為か……」 オペレーターとグリフィスのやりとりの間で、はやてはすぐさま敵の目的を推測した。 「敵は新型か?」 「飛行機能を強化した<Ⅱ型>です。ですが――」 報告の最中でモニターが海上を飛行する敵影を映し出した。 それを眼にした途端、司令室に僅かなどよめきが湧き上がる。さすがに三度目ともなると比較的落ち着いたものだ。 「……なるほど、また<寄生型>か」 映し出されたガジェットには、航空的な曲線フォルムの装甲に奇怪な肉片がへばり付いていた。 巨大な眼球を持つそれは、無機質な戦闘機であるガジェットを未知の飛行生物へと変貌させている。 鳥でも飛行機でもないソレが夜空を舞う姿は、ある種の悪夢にも見えた。 「奴さん、ホテルでの一件以降<アンノウン>との繋がりを隠さんようになったようやね」 一般局員の手前、敵が<悪魔>であることは隠して話す。 「ジェイル=スカリエッティと<アンノウン>が、これで繋がったわけですか。どうします?」 「どう見ても、こっちを燻り出すのが目的やろ。囮か、データ収集か。いずれにせよ、出撃せんわけにはいかんな」 憂鬱なため息が漏れた。 積極的な犯罪への行動力を求めて設立した機動六課だったが、どうも思うように動けていない。先手ばかり取られている。 焦りすぎか。強者が集まれば何もかも上手くいくなどと思いはしないが……ええい、くそっ。テレビのヒーローのようにはいかない。 爪を噛むはやての元へ、いつの間にかなのはとフェイトが駆けつけていた。 一見普通に見えるが、なのはの表情は相変わらず陰鬱な色を滲ませている。 ティアナが眼を覚ました報告はシャマルから密かに受けたが、やはりまだ問題解決には至っていないらしい。おそらく、顔も合わせていないだろう。 良くない傾向だ、時間はあった筈なのに。珍しく消極的になっている。 「はやて部隊長、出撃しますか?」 逸るなのはを、はやては無言で制した。 その積極さが彼女自身の焦りを隠す為のものだと、はやての中の冷たい思考が推測している。 彼女は任務に逃げ込むことで、自らの苦悩から目を逸らそうとしていた。 そして、待ち人はすぐに現れた。 なのは達とは遅れて司令室に入って来たのはヴィータと、 「ダンテさん!?」 意外な人物の登場に、二人の間から驚きの声が上がった。 会釈代わりにウィンクするダンテを尻目に、はやては淡々と指示を下していく。 「今回の敵襲は何らかの作戦の囮か、あるいはこちらの戦力調査の意味合いが強いと思われる。 よって、空戦能力を持つ少数戦力で出撃、撃破。不測の事態に備えて新人を含む残りの戦力を出動待機とする」 有無を言わさぬ視線で、はやては一同の顔を見回した。 「ヴィータ副隊長は負傷のこともあるから、今回は待機に回ってな」 「了解」 当然の処置か、とヴィータは不満を漏らさずに受け入れた。 「それから、なのは隊長」 「はい」 「アンタも待機な」 「……え?」 ヴィータとは反対に、その全く予想しなかった命令をなのはは一瞬理解出来なかった。 自分の出撃は順当なものだと思っていた。 手の内を見せない少数戦力による敵の迎撃には、空戦能力と基本攻撃力に優れたなのははまず鉄板となる配置の筈だ。 そんな戦術観を無視し、はやては出撃にはフェイトとシグナムで当たるよう指示を追加している。 「ま、待ってください! さすがに二人だけでは……」 「もう一人付ける」 慌てて意見するなのはを半ば遮るようにはやては忽然と告げた。 「ダンテさんを加えた三人で出撃してもらう」 予め聞いていたダンテ本人以外が息を呑んだ。 「そんな……民間人ですよ!?」 「対<アンノウン>の有効な技能と知識を持つ外部協力者として、既にダンテさんとは契約が済んどる。今回は、その有用性がどの程度か測る意味合いも含めて、出てもらうんや」 「はやてちゃん!」 「高町なのは一等空尉」 はやては有無を言わさぬ険しい視線でなのはを睨み付けた。 沈黙がその場を支配する。数寸すぎたあたりで、なのはがぽつりと言った。 「……何故、わたしを出撃から外すんですか?」 「自分で言っててわからへんか? なら、出動待機からも外れてもらう」 はやては全く優しさを含まない固い声で応答し続けた。 「目の前の問題から逃避する為に任務に徹するなら、それは冷静とは言わん。足元を掬われるで……『以前』のように」 フェイトとヴィータが何か言いたげな顔をしていたが、堪える。ダンテは既に傍観に徹していた。 周りの局員達も口を出せなかったが、状況だけは刻々と進み続けている。 モニターに映る敵の姿を一瞥して、はやてはどこまでも事務的な声で命じた。 「フェイト隊長はシグナム副隊長と共に出撃準備。ダンテさんはフェイト隊長のサポートを受けてください」 俯いたなのはを心配そうに横目で見ながら、フェイトは命令に応じる。ダンテも同じく了解の返答をした。 「なのは隊長は、新人を連れてヘリポートへ集合」 「……了解」 なのはの返答は、はやてと何より自分自身への悪態が混じり苦々しいものとなっていた。 ヘリポートに集まった新人達の間には奇妙な空気が漂っていた。 チラチラと隣の様子を伺うスバルの消極的な態度や、鉄の表情で隣の様子に一切頓着しないティアナの無視。それを伺うエリオとキャロには不安そうな表情が浮かんでいる。 そして、そんな四人を尻目に――特にティアナを意図的に視界から排しているなのはが、頑なとも取れる直立不動で出撃するメンバーと向かい合っていた。 「今回は空戦だから、皆はロビーで出動待機ね。特別参加することになったダンテさんの処遇はこの戦闘の結果によって決まるから、後日詳細を教えます」 「そちらの指揮は高町隊長だ。留守を頼むぞ」 フェイトとシグナムの言葉に、ライトニングのメンバーは声高く、スターズのメンバーは覇気無く応えた。 ――なるほど、問題は思ったよりも深刻なようだ。 当事者ではないシグナムは一人納得する。 問題を起こしたティアナと巻き込まれた相棒のスバル、それを管理すべきなのはも含めて、今やチームワークどころかまともな交流すら成り立っていない。 出動待機とは言うが、実質こんな状態のチームを戦闘に出すのは不安が残るだろう。 デリケートな問題は苦手だ。ならば、自分にすべきことは彼女達に時間を与えること。問題に向き合える猶予を与えることだ。 シグナムは自分の性分とスタンスを十分に理解した上で、そう結論を出した。 「……まあ、私ではあまり言葉が回らんからな」 「シグナム?」 「私達には私達のすべきことがあるという話だ」 なのは達の様子を心配そうに見つめていたフェイトの肩を叩くと、シグナムは一足先にハッチからカーゴへと入って行った。 その言葉と、叩かれた肩の意味を考え、フェイトはずっと抱えていた何かを言わなければならないという焦燥感を飲み込んだ。 言えることなど無いのだ。 『……頑張って、なのは』 内心の思いを念話に乗せて飛ばし、フェイトは未練を振り切るようにシグナムの後へ続いた。 発進準備の完全に整ったヘリの前で、ダンテだけが残される。 予想外の展開を見せた模擬戦に始まり、ティアナの敗北、自らの出撃、そして今なのはとティアナの確執を前にしながらも平静な態度を保ち続けていた彼は、やはり落ち着き払って周囲を見回した。 この場で唯一、自分と同じようにどこか達観した様子で構えている赤毛の少女へ視線を向ける。 「それじゃあ、後はよろしく頼んだぜ。ヴィータ」 「オイコラ、なんであたしに言うんだよ?」 「世話好きそうだしな。俺がいない間、こっちを一度も見ようとしない頑固な妹分を上手くフォローしてやってくれ」 苦笑混じりに呟くダンテの言葉に嫌味な響きは無かったが、ジョークとも皮肉とも取れないそれにティアナの肩が僅かに震えた。 彼女が意図して自らの感情を胸の内に封じ込め、誰にも見せようとしない態度は確かに頑なそのものだ。 スバルとなのはの無意識な非難の視線を受けても気にしないダンテのふてぶてしい態度を見つめ、ヴィータはやれやれと肩を竦めた。 「せいぜい上手くはやてに売り込めよ。――オラ、新人ども。ロビーに行くぞ」 戸惑うスバル達を半ば強引に引き連れ、ヴィータはヘリポートから去って行く。 なのはだけが、自然とその場に残る形となった。 なのは自身、ヴィータがそれを意図していたことは無言のやりとりの中で理解している。その気遣いに感謝した。 全てを察しているかのように、まだヘリへ乗り込まないダンテへ視線を向けた。彼と話すことは、今はティアナのこと以外に無い。 「……ティアと打ち解ける為の話題を探してるなら……まあ、何かネタを提供しようか? 好きな食べ物とか、趣味とか」 ダンテが茶化すように言った。のんびりした口調だが、力のこもった声だった。 彼は、ティアナの問題について決して軽く見ているわけではない。この軽薄さは彼なりの気遣いなのだと、なのはは気付き、力無く笑いながら顔を上げる。 「わたしより、ダンテさんが話した方が良いかもしれない」 「何故、そう思うんだ?」 「わたしはティアナを傷つけました」 「アイツは昔から危険なやりとりが好みだ」 「きっと嫌われてます」 「俺も最初はそうだったさ。此処に来るまでの6年間、本当にいろいろあったんだ」 なのはの吐き出す弱音をダンテは穏やかに受け止め続けた。 ただ一つだけ、彼は拒否し続ける。なのはに代わって、ティアナに語りかける事を。 「……わたしは、ティアナの決意を否定してしまった」 おそらくそれがなのはにとってティアナと向かい合えない一番の理由を、沈痛な面持ちで呟いた。 戦う時、自分はいつだって自らの信念を貫いてきた。 だが、久しく忘れていたらしい。自らの意思を通すことは、他人の意志を砕くことなのだと。 同じく忘れていた本気の戦いと対立を経て、思い出していた。 かつて、そして今かけがえのない親友であるフェイトやヴィータ達ともそうだった。しかし、肝心のところが思い出せない。傷つけた相手と、どうやってもう一度手を取り合えるのか。 苦悩するなのはの表情を見つめ、ダンテは頷いた。 「ああ。だからナノハ、お前しかいないんだ。今のティアと話し合えるのは」 驚き、なのははダンテの顔をジッと見つめた。 「ティアの決意が、間違ってると思ったから立ちはだかったんだろ? 俺も止めるべきだと思った。力だけを求める先にあるのは、孤独だ。俺はその前例を知ってる。アイツを独りにはしたくない」 「でも……わたしにとって正しいことが、ティアナに当て嵌まるとは限らない。押し付けているだけなのかも……」 「人としてティアを想った行動だ。正しいかどうかは分からないが――胸を張るべきだと思うぜ。 家族や仲間だと思っているからこそ、間違った道を正してやらなくちゃいけない。魂がそう言うんだ。止めなきゃならない……例えそれが、相手を傷つける結果になっても」 ダンテの最後の言葉は自分自身にも言い聞かせ、心に染み渡らせているようだった。 悲しげで、しかし後悔を抱くことを否定する強い確信に満ちていた。 その瞳が一瞬、なのはを通して遠い過去を見据える。 「……ひょっとして、ダンテさんも?」 なのはの曖昧な質問を、ダンテは正確に捉え、そして曖昧に笑うだけで答えた。 家族や仲間だと思っているからこそ――。 なのははその言葉を何度も心の中で呟き、噛み締め、そうすることで少しずつ自分の中に10年前から変わらず在り続ける信念を思い出し始めていた。 「実の兄貴でね。お前さん達みたいに仲良くなんてお世辞にも言えなかったが……昔、ソイツを斬った」 呟きとため息を同時にダンテは漏らした。 頭の中にどんな光景が回想されているのか。そこに抱く感情はどんなものなのか。察することは出来ない。 「――だが、ティアには出来なかった」 悔いるような声だった。 先ほどのダンテの言葉を聞いた以上、今の彼が抱く感情ならなのはにも分かる。 家族だからこそ。 だが同時に、家族だからこそ『傷つけなかった結果』に悔いなど抱いて欲しくはないとも思っていた。 「だから、俺には今のティアを偉そうに諌めることなんて出来ない――。 とんだ弱味になっちまった。もう俺には、アイツを殴ってでも道を修正してやることなんて出来ないだろう。 『その時』にアイツがどんな眼で俺を見るのか、俺の手に伝わる感触はどんなものなのか。情けないが、怖くてね。少し長く、近くに居過ぎたんだな」 「それって、いけないことですか? ……わたしは、違うと思いますけど」 肯定を求めて縋るようななのはの言葉に、ダンテは苦笑しながら首を振るしか出来なかった。 「俺には、何とも言えない」 気まずげに言葉を濁したダンテを救うように、痺れを切らしたヴァイスが搭乗を急かす声が響いた。 背を向ける。 「ティアを頼む。勝手な押し付けだが」 「……いいえ」 カーゴの中へと消えていく、どこか小さく見える背中を見つめながら、なのはは静かに呟いた。 「わたしにとっても、ティアナは他人じゃないから」 未だ僅かな迷いのある瞳の中、しかし一つの意志が蘇っていた。 足早に皆の――ティアナの待つロビーへと向かっていく。 それまであったティアナを避ける気持ちは驚くほど薄れていた。 まだ何を話せばいいのか分からない。ただ、これは自分がやらなければならない――そんな使命感のようなものを胸に、なのははティアナ達がテーブルを囲うロビーへと足を踏み入れる。 シャリオやシャマルを含めた、全員の視線がなのはに集中した。ティアナの視線も。 ただ一人、ヴィータだけが何もかも分かっていると言うように頷くのが見えた。 「――ティアナ」 臆すことなく口を開く。 「お話、しようか?」 「……はい」 ティアナは静かにその言葉を受け入れた。それだけのことが酷く嬉しい。 「なのはさん、ティアナへの説明なら私から……」 「いいよ。ありがとう、シャーリー」 シャリオの気遣うような言葉をやんわりと断る。 模擬戦の苛烈さを見た者なら不安を感じるのも仕方が無い。 だが、その不安を一身にティアナへ向ける誤解があるまま任せたくはなかった。 ぶつかり合ったもの同士でしか分からない。理解し合えない。あの時の互いの意志は。 だからこそ、自分が向き合うべき問題なのだ。 無言で立ち上がるティアナを傍に控え、なのはは一度だけシャリオに振り返る。 「シャーリー、いつもわたしを信頼してくれてありがとう。 ……でも、今回はそれを裏切る形になっちゃった。ごめんね」 「そんな、なのはさんは間違ってなんて……」 「片方が間違ってれば、もう片方が正しいなんて単純な物事は無い。間違ったんだよ、わたしも。……間違えることだって、あるんだよ」 納得のいかない顔をするシャーリーから感じる信頼を半分喜び、半分辛く感じながら、なのははティアナを伴い、ロビーから立ち去った。 残された者達に出来ることは、ただ待つことだけであった。 「考えてみたら……」 「はい?」 眼下に溢れていた街の灯火が消え、月明かりを反射しながら蠢く黒い海面だけになると、おもむろにダンテは呟いた。 「ヘリに乗るのは初めてだ。無料でベガスのツアーが味わえるとはね。ちょいと景色が殺風景だが」 「呑気な奴だ。緊張は無いのか?」 「緊張ならしてるさ。とびきりの華を両手に、夜空のデートなんだからな」 こうして面を向かい合うのはシグナムにとって初めてだったが、僅か数言交えただけで目の前の男の人となりがなんとなく分かってしまった。 このダンテという男が先のホテル襲撃事件で多大な貢献をしたことは聞いていたが、空中戦を行う技能は無いと自己申告している。 空を飛べない彼が、先の空中に待つ敵との戦闘をどうするつもりなのか? 「肝が据わってるのか、バカなのか」 皮肉るようなシグナムの呟きに、ダンテは肩を竦めるだけ。 自信を込めた無言の笑みが何よりも語る――『まあ、見ていろ』 「面白い奴だ」 初めてシグナムは苦笑を浮かべた。心を許した者だけに見せる表情だ。 どうやら、この軽薄だがどこか憎めない男を堅物な剣士は気に入ったらしい。 その理由が何となく分かってしまうフェイトもまた苦笑を禁じ得なかった。 離陸する前とは比べて、幾分軽くなった空気を感じながら、ヘリの三人は待ち構える戦いに集中していく。残してきた者達は気になるが、それは今は雑念だ。 『間もなく現場空域に到達します。隊長さん方、準備は良いですかい?』 タイミング良くヴァイスの報告がカーゴ内に響く。 三人は顔を見合わせた。 「さて、ダンテ。お前は飛行能力を持たないのだったな?」 「さすがにスーパーマンの真似事は出来なくてね」 「ならば、丁度デバイスも射撃型だ。我々が近接戦闘を行う間、遠距離からの援護という役割でいいか?」 フェイトも同意する妥当な作戦を聞き、ダンテは腕を組んで考える振りを見せた。『振り』である。 もちろん、考えるまでも無く――彼という人物を知る者ならやはり疑い無く、ダンテの答えは決まっている。 「無難だな。だが、止めとこう」 そいつは<スタイル>じゃない。 「もっと良い考えがあるぜ。――Hey! ヴァイス!」 『何か用ですかい、旦那?』 コクピットに繋がるマイクへ声を掛けると、意外なほど気安い返事が返ってくる。 シグナムとフェイトは思わず顔を見合わせた。 「……ヴァイス君と知り合いだったんですか?」 「ああ、もうすっかりオトモダチさ。趣味も合う方でね」 「そういえば、同じ射撃型デバイス持ちだったな」 「それに、うちの妹分が世話にもなった。切欠はそこからだな」 『お節介を焼いただけですよ』 「ついでに色目も使ったな。手を出したら殺すぜ」 『……肝に銘じときますよ』 「GOOD」 途端に神妙になる声に、ダンテは満足げに頷いた。 確かに、短い時間でも十分な友好関係は築けているらしい。その力関係も含めて。 「OK、気を取り直して俺のプランだ。 このまま敵の固まってる場所より上空を飛んでくれ。出来れば真上がベストだ。見つからないように距離を取れよ」 『了解』 気を取り直してダンテが告げる。 この場で彼にヴァイスへの命令権など無いが、誰もが自然とそれに違和感や反感を感じなかった。 その態度と言葉から溢れ出る根拠の無い自信が、不可解な期待を抱かせるのかもしれない。この男は何かやってくれる、と。 『目標地点に到着。ピッタリ、敵の真上です』 「ハッチを開いてくれ」 程なくしてヘリは上昇と移動を終え、敵にすら気付かれない遥か高高度へと到達する。 ハッチが開くと同時に強烈な風がカーゴ内を巻く中、ダンテは涼しい顔をして眼下を見下ろした。 ガジェットと思わしき光源が羽虫のように飛び回っている。 「――それで、次は?」 シグナムの問いに、身を乗り出していたダンテは振り返った。 風がダンテの体全体を煽り、月光に鈍く輝く銀髪が乱れる。形ばかりのバリアジャケット代わりとして羽織った六課制式のコートがはためいた。 「OK、次はこうだ。しっかり踏ん張って、掛け声を掛ける」 「掛け声?」 ニヤリ、と。不安になるような悪戯っぽい笑みが浮かんだ。 「ああ、そうだ。こうやってな――ジェロォォニモォォォッ!!」 景気付けとばかりに大声を張り上げ、両手を広げてダンテはそのまま夜空へ向けてダイヴした。 「えええええっ!?」 「バカか!」 慌ててハッチから下を覗き込めば、あっという間に小さくなっていくダンテの背中があった。 スカイダイビングの要領で、両手足を広げて速度を調節しているようだが、飛行魔法もパラシュートも持たない彼を最後に待つのは地面との熱烈なキスとその後のミンチだ。 もちろん、これがダンテの単なる自殺行為なハズはないだろう。 「何か考えがあるのだろうが……クソッ、それでも正気か?」 シグナムの悪態の答えなど分かり切ったものだった。 少なくともダンテの旧知ならば、ティアナを代表として全員が口を揃えて言うだろう。 ――『いいや、イカれてる』 「とにかく、私達も行かないと……! ライトニング1、行きます!」 近くにいれば最悪の事態にも対処出来る。そう判断し、フェイトはすぐさま自らも出撃を決意した。 待機モードのバルディッシュを取り出し、ハッチに足を掛ける。 それから何故か少し躊躇う姿を、シグナムは訝しげに一瞥して、 「じぇ、じぇろにもぉー!」 律儀にもダンテの行っていた掛け声をたどたどしく真似しながら、フェイトは空中へと飛び出した。 「……ライトニング2、出るぞ」 その素直さと天然の入ったライバル兼親友の姿にため息を吐きながら、シグナムもまた追うように飛ぶのだった。 耳元を空気が唸り声を上げて通り過ぎていく。 重力に引かれるまま、徐々に加速していく落下に対してダンテは僅かな恐怖も抱いていなかった。 このまま地面に激突するなんてヴィジョンは脳裏に欠片も浮かんでいない。 問題ない、高い所から落ちるのは慣れている。 暗黒の空をダイビングしながら、ダンテは視線の先に飛び交う敵影を捉えた。 落下し続け、距離の詰まりつつある現状でもまだ豆粒程度にしか見えない敵に早速先制攻撃を開始する。 広げていた両手を体に沿って伸ばし、頭から弾丸のように落下する体勢で加速を得ると、そのまま一回転して器用に頭の位置を下から上に変えた。 足から落ちていく形。その下に蠢く敵へ向けて、デバイスの銃口を向ける。 「Let s Rock!」 お決まりの台詞を吐き捨てると、両腕の銃口が火を吹いた。 超高速・高圧縮の魔力弾が動き回る小さな的を、狙い違わず貫通する。爆発、そして散華。夜空に開戦の花火が広がる。 「BINGO!」 文字通り、一気に火が付いた。 ダンテの顔に浮かぶ笑みは深く、獣が牙を剥くそれへと一瞬で変貌し、暗い闘争心が燃え上がる。 今、この夜空に存在するのは家族同然の少女を案じる兄貴分の男ではなく、悪魔を狩ることにおいて右に出る者はいない最強の狩人であった。 旋回する集団のど真ん中で起こった爆発に、敵の意識が一斉に上空から迫るダンテへ向けられる。 無機質な戦闘機でありながら、表面にへばり付いた生体部分でギョロギョロと動く眼球から感じられるハッキリとした<視線> 常人ならばその薄気味悪さに背筋の凍りつくような感覚も、ダンテにとってはむしろ馴染み深く、得体の知れない機械を相手にするよりは幾分やりやすい。 奴らの狩り方は熟知している。 「Show time!」 旋回行動を止め、回頭して機首をこちらに向けた敵へダンテはすぐさま第二射を放った。 しかし、さすがはこちらと違って空を飛ぶ為の体。ガジェットの群れは弾幕へ飛び込む形で上昇しながらも各々回避行動を取る。 撃ち返される熱線、無数。超派手。 「Fooooow!!」 ナイトスタジアムで出すような歓声。迫り来る脅威を目の前にして、ダンテの理性が弾ける。最高のスリル。 何も無い空間をキック。だが、靴底には確かな手応え。 無意識に発生した瞬間的な魔方陣の足場を蹴って、落下する軌道を強引に捻じ曲げる。 急激な横移動の一瞬後には、傍らを掠めるように熱線が通り過ぎていった。 続けて迫り来る熱線。キック。別の熱線。キック。熱線。キック。キック。 <エアハイク>の文字通り、空中を歩くような自在な動き。小刻みに跳ね回ることでダンテは敵の弾幕をすり抜けていく。 ティアナが使用する魔法の応用とは違う、完全なスキル。いちいち術式を組み直す必要などないからタイムラグもずっと短い。 それでも空中で高度を維持できるほど連続は出来ない為、ダンテの体はどんどん落下してく。縮まる敵との相対距離。互いの速度も反応の猶予もどんどんシビアになっていく。 「Yeaaaaaah!」 その刹那のスリルがたまらない。 ダンテは嬉々として敵中に飛び込んでいった。 狭くなる視界の中を超高速で飛び回る敵影。かすんで見えるそれらの影から一つを選んで、舌なめずり。 距離が縮まる。 ――3 またも器用に体勢を変えて、狙った標的に体当たりするような軌道と加速で接近する。 ――2 標的のガジェットもこちらの狙いに気付いたか、すぐさま回避行動。衝突しない軌道を取る。 ――1 そしてダンテ、直前で、キック。 驚異的な動体視力でガジェットの機動に追従したダンテは、狙い違わず標的を捉えた。 ――コンタクト。 激突。 「失礼、ちょいと便乗させてもらうぜ」 船体に蹴りを加えるような着地を成功させたダンテは、自分を睨みつける寄生型ガジェットの眼球にウィンクを返して見せた。 思わぬ重量を背負ってふら付きながらも、ガジェットは張り付いた敵を振り落とす為に無茶苦茶な機動を始める。 「Wow.Ho,Hooooo!!」 ダンテはそれをまるで荒波に揉まれるサーフボードよろしく乗りこなしていた。 バランス感覚だけではどうにも出来ないようなでたらめな動きの中で、振り落とされるどころか他のガジェットへ向けてデバイスをぶっ放す。 超高速の空中サーフィンをこなしながら、歓声すら上げて周囲の敵を次々と撃ち落してく様はクレイジーとしか表現できない光景だった。 しかし、その狂った曲芸も唐突に終わる。 熱線がダンテの足元を貫いた。味方を斬り捨てる機械的な判断により、足場となっていたガジェットが同じガジェットの攻撃によって破壊される。 機体の爆発に煽られ、吹き飛ばされたダンテは当然落下するしかない。 「なかなかクールな判断だ」 落ちていく感覚を他人事のように感じながら、ダンテは呟いた。 飛行能力が無い以上、ガジェットの跳ぶ高度より下に落ちてしまえば、あとは地面に激突するまで止まらない。 「何をやってるんですか!?」 全身をリラックスさせて落ちるがままに任せるダンテの元へ、金色の光が瞬時に駆けつけた。 ガジェットの敵中をすり抜け、フェイトは落下するダンテの腕を掴んですぐさま上昇する。 「後先考えずにバカな真似をしてっ! あのまま落ちたらどうなるか分からないんですか!?」 ぶら下がった体勢のまま激昂するフェイトの整った顔を見上げて、少し思案するように乾いた唇を舐める。 「信じてたよ」 「そ、そんな取り繕った言い訳してもダメです!」 赤面するフェイトを視界の隅に収めながら、ダンテは後続のシグナムと交戦を始めたガジェットの残りを確認した。 かなり撃墜したはずだが、まだ数は多い。 「まだ食べ放題ってわけだ。フェイト、敵に向かって飛んでくれ」 「もうっ、人の話を聞かないんだから!」 不満そうに頬を膨らませながらも、戦闘中であることを理解しているフェイトはダンテをぶら下げたまま敵中へ突っ込んだ。 「ベイビー、俺のやり方は分かってるな? 適当な獲物に向かって投げてくれ!」 「もうっ、滅茶苦茶!」 呆れたような悪態と共に、加速をつけてダンテを一体のガジェットに向けて投げつける。 高速で飛来するダンテの弾丸のような蹴りを受けて、船体が大きく軋んだ。そのままゼロ距離でデバイスを足元に撃ち込む。 機体の爆発を利用して、ダンテは跳んだ。 追いついたフェイトが再度伸ばされた腕をキャッチする。意図せぬ完璧なタイミング。以心伝心。互いに意識せず体がシンクロする。 向かい合った二人。一瞬だけ視線が交差した。 「ターンだ!」 背中から迫る敵を感覚で、フェイトの肩越しに背後から迫る敵を視界で捉えたダンテが繋いだ手を強く引いた。 お互いに位置を入れ替えるダンスのようなターンを決めて、フェイトの斬撃とダンテの射撃が各々の標的を撃破する。 二つの爆光を受け、ダンテは思わず口笛を吹いた。 腕を引き、フェイトの体を引き寄せると、もう片方の手を腰に回す。 「いいね、危険な女は嫌いじゃない」 鼻が触れ合うほどの距離で恋人にそうするように囁くと、フェイトの顔が一瞬で沸騰した。意味不明な音が口から漏れる。 「いいい、今は戦闘中ですよっ!?」 「分かってるさ。ダンスの再開だ」 「ならば、こちらのダンスにも付き合ってもらおうか」 死角から迫っていたガジェットをレヴァンティンで貫き、何食わぬ顔でシグナムがダンテの首筋を引っ掴んだ。 「OH、強引なお誘いだ」 「生憎と踊りを嗜む趣味はないのでな。せいぜい振り回すだけだが、構わんな?」 聞いたことのある台詞だった。目の前の美女の半分くらいの背丈の少女が同じ笑みを浮かべていたのを見た気がする。 何処か凄惨さを感じさせる戦士としての笑み。だが、危険な匂いのする女の笑みは得てして男を魅了するものだ。 ダンテも思わず笑みを返すと、シグナムの方を向いたままあらぬ方向から迫るガジェットを正確に撃ち抜いた。 「もちろん、喜んで。やっぱり今夜は両手に華だな」 「お前の性格は大体把握した。合わせてやるから、適当にやれ」 「シグナム! ダンテ! 来るよ!」 いつの間にか随分と気安い口調になってしまったのを、フェイト自身は自覚していないだろう。 反転し、一斉に襲い掛かるガジェットの残党を視界に納め、各々が自らの武器を構える。 「来いよ、ベイビー! キスしてやるぜ!」 両手に美女。夜空でダンス。最高の機嫌とテンションで、ダンテは迫り来る敵を嬉々として迎え撃った。 普段訓練に使う人工の浮島がある沿岸沿いを、なのはとティアナはゆっくりと歩いていた。 まだそう長くは歩いていないが、隊舎を出てからここまで一言も交わしていない。二人とも相手に掛ける第一声とそのタイミングを測りかねているのだった。 歩く先に目的地など無い。きっとこのまま歩いていたら、夜が明けるまで隊舎の周りをグルグル歩き回る羽目になるんだろうな、と。 そこまで考えて、なのはは自分の想像に思わず吹き出しそうになった。 笑いを堪えるなのはの横顔をティアナが不審そうに見ている。 なのはは誤魔化すように咳払いをして、視線を夜空に泳がせた。 「……この空の先で、もうフェイトちゃん達は戦ってるんだろね」 何気ない呟きだったが、それが話の切欠になるのだと気付く。 散々思い悩んだ挙句、あっさりと話を切り出せたことに苦笑しながらなのははティアナに視線を移した。 「……教導官は、出撃に参加すると思ってました」 「うーん、ちょっとね。駄目出し受けちゃった。今のわたしじゃ不安で任せておけないって」 なのははおもむろに歩みを止めた。それに合わせるようにティアナも。 「自分が何も出来ない無力感って、ホント嫌なものだね」 「はい」 「ティアナが感じていたものが、その時の焦りが、何となく分かった。だから、力が欲しいっていう気持ちは……」 そこまで舐めらかに話していたなのはは、突然何かが喉に支えたかのように言葉を閉ざした。 口の中で何度か言葉を反芻して、それから困ったように笑う。 「……なんだろうなぁ、実はいろいろ考えてたんだよ? ティアナと面と向かったら、どういう言葉で話を進めようか。頭の中にたくさん用意しておいたのに」 「ポケットの中にスピーチ用の紙があるなら、どうぞ使ってください。気にしませんから」 「ダンテさん仕込みのジョーク? ティアナって結構毒あるよね」 「すみません」 二人は苦笑し合った。間にあったぎこちなさが薄れていく気がする。 こうして、当たり障りの無い会話をしながら、模擬戦での出来事を全て曖昧にしてしまいたい欲求になのはは駆られた。 だが、それは逃げである、と。 あの時ぶつけ合った言葉は、意志は、確かに本物で本音だったのだ。もう誤魔化すことは出来ない。 いつの間にか、二人の笑い声は消えていた。 顔を見合わせ、お互いの痛ましく感じる笑顔を一瞥すると、どちらが促すこともなく道沿いの斜面に腰を降ろす。 「……用意していた言葉が、どれも軽く感じるよ」 すぐ隣に座るティアナを見れず、なのはは彷徨わせていた視線を結局空に向けた。 「結局、あの時模擬戦で思うままに叫んだ言葉が何よりも本音だった気がする。 今回のことで、自分の教導の甘さに気付いたよ。人が人に教えるんだもん、教える相手にも色んなタイプがいるよね。 誰も不満を言わなかったからって、全部同じ手順で済ませようとしたわたしの未熟だよ。ティアナと同じ目線に立って、ようやくそれが分かった」 「私も、あの時自分は頭を冷やすべきだったと思います」 「お互い、まだ未熟だったってことだね」 「でも、あの時起こったことが……無ければよかったとは、思いません」 そこで、なのはは初めてティアナの眼を見た。 「私の本気に、本気で応えてくれた。嬉しかったです」 「憎んでるんじゃない? 理由はどうあれ、わたしはティアナの本気の想いを否定したんだよ」 「私のことを想って、ですよね。今なら、それがどれ程幸せなことなのか分かります」 「お節介じゃない?」 「あの時は、迷惑だとか言ってすみませんでした。部下として信頼してくれてるから、あそこまでしてくれたんですよね」 「仲間として、想ってるよ」 「あ、いや、それは……恐縮です」 にっこり笑って断言するなのはの顔を直視できず、ティアナはそっぽを向いて鼻の頭を掻いた。 伝え合った本音が、お互いの心へ清流のようにスッと染み渡っていく。 二人して再び空を見上げる形になり、しばらく間を置いてそっとティアナの様子を伺った。 なのはは彼女が考えに耽っているのを見て取った。初めて会った時からずっと、思慮深く、感受性の強いティアナはその冷静な態度の奥で多くのことを考え、想い、悩んでいる。 自分はその一端に触れる貴重な経験をしたのだ、と。何か妙な誇らしさを感じずにはいられなかった。 あらゆる弱味や問題を自身の力のみで解決してしまう程決断力の高い少女が、こうして僅かにでも心を曝け出す人間はそう多くないだろう。 「あの」 不意にティアナが切り出した。 「もう必要ないのかもしれないけれど……もうちょっと話したいことがあるんです」 「うん」 「今更なのかもしれないけど、死んだ兄のことで。特に意味は無くて、ただの昔話なんですけど。別に同情を買おうとか、変な意味じゃなくて、ただ……」 「うん、わたしも聞いておきたい。ティアナのこと、少しでも知りたいから」 「……ありがとう、ございます」 恥ずかしそうに俯くティアナの頬は少しだけ赤かった。 そのまま地面を見つめ、なかなか口を開こうとはしなかったが、なのはは根気強く待った。 やがて顔を持ち上げ、その視線を遠い昔に向けたティアナは静かに語り始めた。 「ある晩、兄が夕食の時に言ったんです。『お前に義姉が出来るかもしれない』 とんでもない発言でしたが、当時の私にもその意味は分かりました。 兄は、その発表に私が喜ぶ反応しか見せないと信じ切っていて、とにかく分かりやすくだらしない顔でしたね。 両親が亡くなってから、ずっと仕事と私の世話でそういう……兄に女性の影なんて全然見えなかったら、ショックでした。 その女性についていろいろ話すんですけど、どんな良心的なイメージを思い浮かべても、その人が自分の姉になるなんて、信じられなかった。兄が取られると、子供らしく単純に思いました」 ティアナは時折懐かしむような笑いを混ぜながら語り続ける。 「相手の女性は同じ管理局員で、自分が局員になった後に顔を知りましたが、キャリアウーマンって感じの美人でした。防衛長官の実娘だそうです。秘書をやってるとか。 完璧なエリートで、今思えばどうやってヒラである兄と知り合ったのか疑問ですが、兄がそんなに女性に対して強くないことを考えれば、そこまで行き着いた努力はかなりのものだったんでしょう。 そもそもどんな切欠で女性に声を掛けようと思ったのか……。まあ、時期を考えれば、影響しそうなのは一人しかいないんですけどね。 丁度、兄とダンテが知り合ったらしい時期でした」 あの女性に対して特に好意的で気安い態度を思い浮かべて、なのはは容易く納得出来た。出来すぎて、思わず笑ってしまうほどだ。 「そしてその夜は、奇跡的にデートの約束まで取り付けた日だったとかで。 兄は調子良く私に話すんですけど、もちろん当時の私は全然面白くなくて、ただ不機嫌さに気付いてもらえるよう表情に出して相槌をするだけでした。 そこで、兄にその女性から電話が繋がったんです。多分、その当日の話か何かで。 私はチャンスだと思い、通話する兄のすぐ傍でこう叫んだんです。『お兄ちゃん、その人も恋人なの? さっきの女の人は違うの?』って」 「悪い妹だね」 顔を顰めながらも笑いの堪えられないなのはに、ティアナは意地悪く微笑んで見せた。 「最悪のガキだったと思います。 怒鳴り声はなくて、何か数言聞こえたかと思ったら、電話が切れました。 呆然とした兄が残されて、それからどうなったかは……分かりません。ただ、しばらく兄は落ち込んでましたけど」 長い話を終えると、ティアナは大きく深呼吸して追憶の余韻を味わった。 掘り起こされた思い出が心を暖かくする。 しかし、浮かんでいた柔らかい笑みは気が付けば元に戻っていた。 「……その次の月でした。兄が死んだのは」 ティアナが静かに告げた。 「あの時、私が邪魔をしなければ兄は、ずっと私の世話で味わえなかった人生の楽しみを少しは味わえたかもしれない――。 そう考えて後悔を感じることが、度々あります。ほんの些細なことなのに、思い出して悔いに繋がる。 失った人に対して、もっと何かしてあげられたんじゃないか? でも、もう絶対に何もしてあげられない。それを実感する度に人の死の重さを感じます」 「ティアナ……」 「兄が好きでした。父親の姿をよく覚えていないから、憧れも、誇りも、全部兄の背中に感じていた……」 僅かに聞こえた鼻を啜る音に、なのはは敏感に反応した。泣いている? だが、伺ったティアナの横顔はただ何かを堪えるように慄然としていた。彼女は頑なに弱味を見せようとしない。 「その兄が死んだ時――その死に対して『役立たず』『無能』と烙印が押された時、私の人生は決まりました」 「……お兄さんは、それを望んでいたかな?」 ティアナを怒らせることになるかもしれない。しかし、問わずにはいられない。 なのはの言葉をティアナは意外なほど呆気なく受け入れ、疲れたように首を振った。 「分かりません」 「スバル達は、そんなティアナの生き方を心配してる」 「私は、恵まれてると思います。本当に、そう思います。だけど……」 少しずつ、ティアナの声に余裕が無くなり始めていた。 何かが沸々と腹の底から湧きあがってくる。そのワケの分からない感情のうねりが、熱となって鼻と目を刺激した。 ティアナは必至でそれを堪えようとした。 「だけど……っ」 なのははティアナの膝の上に手を伸ばして彼女の手を取った。 ここで話すのを止め、打ち明けようとした感情と言葉を全て封印しようかと考えていたティアナはその手の暖かさに背を押された。 「兄は殺されたのだという事実を、忘れられない……っ。その死が無駄だったと、悼まれもしなかったあの時の光景が忘れられないっ」 嗚咽を噛み殺し、溢れそうな涙を押し留めながら、ティアナは必死で想いを吐き出した。 「悔しいんです……っ! 兄の無念に、何でもいいから報いたい。この気持ちを時間と共に少しずつ忘れながら、のうのうと生きていくなんて耐えられない。 許すことなんて出来ない。例えこの命を賭けてでも、あたしは……誓いを果たす! 絶対に! それだけの意味があるっ!!」 「……だから、強くなりたいんだね?」 「なりたいです……強くなりたいですっ。あたしは、強く、なりたいです……<なのはさん>」 なのはは胸の詰まる思いだった。 彼女がきっと誰にも見せたくないだろう弱さに崩れた本当の素顔を隠すように胸に押し付け、抱き締める。強く。 ティアナはただ黙ってなのはの背中に手を回した。なのはも、ただ強く抱き締める以外のことが出来なかった。 経歴からティアナの力を求める理由を理解したつもりだった。 だが、所詮『つもり』だったのだ。 彼女の吐露した痛く、苦しく、その命を賭けるほど決死の意志に対して、諭す言葉など何も思い浮かんでこない。 ただ無力と共にティアナを抱き締めるしかない。 「ああ……強くしてあげるよ。ティアナ、わたしがアナタを強くしてあげる。絶対に!」 「なのは、さん……」 「でも、一つだけ約束して! 命を賭けるほどの覚悟は分かる。もう止めない。だけど、その瞬間まで……お願いだから自分の命を惜しんで。 わたしは、ティアナに死んで欲しくない。本心だよ。わたしだけじゃなく、スバルも、他の皆もティアナの幸せを願ってる。それぞれがそれぞれを想い合ってる。 その絆の中にティアナがいるっていうことを……絶対に、忘れないで」 ティアナは目に涙を溢れさせながら頷いた。 「お兄さんがアナタの心に遺したように、ティアナの死は絶対に他の誰かの心に傷を遺すから。わたしにも――」 「はい……はい……っ」 それ以上、何も言えなかった。押し寄せる感情のうねりに胸が詰まって、言葉が出てこなかった。 ただ、その時。なのはの腕に抱き締められながら、今この場で彼女以外の誰も自分を見ていないことを悟ると、ティアナは何かに許されたような気がして。 数年の時を経て、自らに泣くことを禁じていた少女は初めて、ただ――泣いた。 to be continued…> <ティアナの現時点でのステータス> アクションスタイル:ガンスリンガーLv2→ LEVEL UP! →Lv3 NEW WEAPON!<クロスミラージュ・ダガーモード> 習得スキル <ファントムブレイザー>…遠距離用精密狙撃砲。最大クラスの攻撃力だが、魔力消耗量も激しい。 <オプティックハイド>…幻術魔法の一種。短時間だが姿と気配を消すことが出来る。修練不足の為、他のスキルとの併用は不可。 <フェイクシルエット・デコイ>…本来は幻影を生み出し、操作する高位魔法。修練不足の為、自分自身の幻影を一体のみ、しかも数秒しか維持できない。用途は主に攻撃のミス誘発。 <ガンスティンガー>…銃剣タイプのダガーモードで突進し、魔力をチャージした刃を敵に突き刺す近接技。障壁貫通効果もある。 <ポイントブランク>…ガンスティンガーの後にゼロ距離でチャージショットを叩き込むクレイジーコンボ。ダメージ大。 <???>…デバイスの新モードが解禁された。技能は発展する、更なる経験とオーブを集めよ。 前へ 目次へ 次へ
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ノイズ交じりの念話からは、もう悲痛な同僚の悲鳴しか返っては来なかった。 出来ることなら、出せる限りの悪態を吐いてしまいたい気分だ。『畜生』『くそったれ』『ファック』……汚らしいスラングは山と湧いてくる。酷い状況の時こそ人間は負の感情を吐き散らしたくなるのだ。 しかし、それさえも過ぎれば―――もうあとは誰も彼もこう言うしかなくなる。 ああ、『神よ』―――と。 「神よ……」 ティーダもまたそうだった。 右手に握る銃型のデバイス。数々の修羅場を共に潜ってきた長年の友を、手のひらから噴き出す汗で取り落としそうになる。 銃身は小刻みに震え、あたかもティーダ自身の今の心境が相棒にまで伝わっているようだった。 今、ティーダが感じているのは、紛れもない『恐怖』だった。 「畜生! 化け物、化け物めっ!!」 「来るなぁ、来るなよぉおおーーー!」 「助けて、たすけ……!」 空戦魔導師の舞台である空は、今や血染めのダンスホールと化していた。 飛行魔法で高速移動するティーダの耳に届く、文字通り四方八方からの悲鳴。 それらが全て同じ部隊の戦友が生きながら喰われる声だと理解して尚正気でいられるのが、彼自身にも不思議でならなかった。 違法魔導師を追跡、捕縛する任務を受けた数時間前に、こんな地獄の光景を部隊の誰一人として予測し得なかっただろう。 出来るはずがない。 こんな光景が、この世に実現するはずがないのだ。 夜空一体を覆うように浮遊する、おびただしいまでの『人間の頭蓋骨』―――それが、自分の武装隊を襲った者の正体だった。 淡く光る亡霊のような虚ろな輪郭と、頭だけの存在でありながら人間を一飲みに出来るサイズが、それを尋常ではない存在であると証明している。 仲間達は、突如出現したこのおぞましい存在達に次々と喰われていった。 「化け物め……!」 恐怖を悪態で噛み殺し、襲い掛かってくる頭蓋骨の眉間に向かって引き金を引く。 この亡霊としか表現出来ない怪物が人間を襲う瞬間だけ実体化するパターンを、魔力の浪費を経てようやく理解できていた。 「この……っ」 人の頭が弾けるようにソイツは消滅する。 しかし、眩暈のするような数の同種の存在が、今やティーダとわずかな生き残りを完全に包囲していた。 「―――<悪魔>めぇぇ!!」 今度は数体、同時の襲撃を決死の射撃で迎え撃つ。魔力弾は悪夢を吹き飛ばし、消える傍から新しい悪夢がティーダに襲い掛かった。 回避というより逃走に等しい動きで飛行し、この悪夢の原因へ視線を走らせる。 誰もが錯乱し、発狂しそうになる中、彼は最も冷静だった。 まだ視認できる距離にいる、逃走中の違法魔導師。 (奴だ! 『あの男』がこの化け物どもを……!) それが分かりながら、決して追跡不可能ではない距離をその間に浮遊する無数の人骨の化け物が絶望的に遠くしている。 しかし、あの魔導師をどうにかしなければ、自分達はこの悪夢に食い尽くされるしかない。 「うぉおおおおおおおーーーっ!!」 ティーダは残された魔力を全て結集し、最大速力で死の道筋に乗り出した。 群がるように動き始める無数の悪夢。 回避などという余分な行動を取る事は出来ない。あまりに絶望的な前進を、彼は選択した。 「ティアナァアアアアアアアアーーーッ!!!」 断末魔の如き叫びが夜空にこだまする。 それがこの世に遺すことになってしまうであろう、愛しい妹の名であることを、彼に襲い掛かる悪魔どもが知る由などもちろんありはしなかった。 ティーダ=ランスター一等空尉―――逃走違法魔導師追跡任務中に殉職。その死因はもちろん他殺だが、原因だけは依然として判明していない。 ティーダの殉職の知らせを聞き、駆けつけた男の名は<トニー>と言った。 同じ空戦部隊に所属していたわけではなく、むしろ魔導師ですらない。お互いにごく私的な付き合いのある友人だった。 当然、親類や部隊の同僚が出席するティーダの葬儀に招待されるワケもなく、トニーがようやく目的地の墓地に辿り着いた時には、すでに棺が地中へ収められた後だった。 最後の死に顔も拝めなかったことを残念に思い、大きくため息を吐くと、乱れたコートの裾を直して静かに参列者の傍へ歩み寄った。 整然と並ぶ喪服や軍服姿の参列者達の中で、黒いコートで申し訳程度に正装した彼は酷く浮いていたが、厳かな空気の中それを指摘する者はいなかった。 長身のトニーは参列者の最後尾から、祈りの言葉を捧げる神父と棺の収まった穴を見下ろす。 そして、一人の少女を見つけた。 最後に死者へ捧げる為の花と、オモチャの銃を胸に抱いた小さな少女。今年で10歳になったはずだ。 ティーダの、この世に遺された唯一の肉親である妹<ティアナ>だった。 天涯孤独となったティアナは、兄の亡骸の納まった棺を前に、泣くこともなく決然とした表情で前を見据えていた。 トニーの瞳が痛ましいものを見るように細まる。 親しい部隊の仲間は共に殉職し、両親もとうの昔に他界して、この葬儀に立ち会っているのはティアナにとって他人のような遠い血縁と、他人同然の軍人や職員だけ―――。 ティーダ=ランスターの死を、本当に悲しんでいるのは彼女しかいないというのに、その少女自身が涙を流さぬ姿が、トニーには酷く悲しいものに映るのだった。 出直すべきか……。 トニーが気まずげに踵を返した、その時。 「―――名誉の殉職には程遠いな」 囁くような声が、トニーの耳に障った。 参列者の内、軍服を着た者達の間から漏れた言葉だった。小声のつもりだろうが、静寂の中でそれは酷く耳障りに響く。 「航空隊の魔導師として、あるまじき失態だ」 「無駄死にだな。最後の通信を聞いたか? 『悪魔に襲われている』だそうだ」 「状況に混乱し、あまつさえ目標すら取り逃がすとは」 「部隊の面汚しめ」 誰がどれを言っているのかは、もはやどうでもよかった。 ただ、彼らの心無い侮蔑の囁きが、死者とその家族を限りなく傷つけていることだけは確かだった。 彼らの言葉に反応するように、小さな肩を震わせるティアナを見つめ、トニーは返した踵を再び反転させた。その歩みに怒りを宿して。 「おい」 「ん? なんだ君は? ここは関係者以外……」 全て言い切る前に、男の顔には鉄拳がめり込んでいた。 男が意識を手放し、鼻血を噴出して昏倒すると同時に、トニーの周囲を敵意が取り囲む。 「な、なんだ貴様!? 我々は時空管理局の―――」 「さっきのふざけた言葉を言ったのが誰か、別に探し出すつもりはないぜ」 怒りで脳の煮え滾ったトニーは全てを無視して、ターゲットを軍服を着たその場の全員に決めた。 「あの毎朝トイレで聞くような腐った言葉を聞き流した、テメエら全員が同罪だ。一人残らず顔面整形して帰んな」 「取り押さえろ!」 周囲が騒然とする中、トニーは厳かに告げる。その場の管理局員全てを敵に回し、彼は拳を振り上げた。 数分をかけて、トニーは自分が言ったとおりの事をやった。 「な、何のつもりですか……! この静粛な場で、アナタはなんという……っ」 死屍累々と横たわる管理局員達。彼らの顔面を一つ残らず陥没せしめた元凶の男を震える指で指し、神父は恐怖と怒りを向けていた。それ以外の参列者はほとんどその場から逃げ出してしまっている。 トニーは神の使いに中指を立てて応えた。 「死者を罵るのが静粛かい? とっとと失せな。ここはティーダが眠る場所だ」 言って、周囲を睨みつけるトニーの凄みに、残った者達も慌ててその場から逃げ出した。 静寂を取り戻した墓地に残されたのは、トニーと、彼の友人の眠りを妨げた愚か者の末路、そしてただ黙って事の成り行きを見守っていたティアナだけだった。 「悪いな、余計に騒いじまって」 「いい……ありがとう」 バツの悪そうなトニーに、再び棺に視線を落としたまま、ティアナは小さく礼を言った。 ティーダの眠る棺の前。トニーとティアナは肩を並べて佇む。 「……あなた、お兄ちゃんの知り合い?」 「個人的な友達さ。趣味が合ってね、コイツには『こっち』に来てから世話にもなった」 答える声に哀愁の色は無かったが、この男が兄の死を悼んでいることが幼いティアナにはなんとなく理解出来た。 トニーが持参した酒瓶を棺の横に添える。それに倣うように、ティアナが花を放る。 そして、沈黙が流れた。 沈痛なそれではなく、ただ穏やかな静けさが。 周囲が兄を『無能』『役立たず』と評する中、ただ静かに悲しんでくれる目の前の男の存在が、初めて救いのように思えた。 「……ねえ、お兄ちゃんは『役立たず』でも『嘘吐き』でもないわ。お兄ちゃんは頑張った。そして、頑張ったお兄ちゃんを殺したのは、<悪魔>なのよ」 「ああ、そうだ」 独白のようなティアナの言葉を、当然のようにトニーは肯定した。 それは、彼女への慰めでも相槌でもなく、歴然とした事実だったからだ。 「<悪魔>は実在する。 そして、ティーダはそいつらを命と引き換えに倒したのさ。さっきのクソどもが呑気にバカを言えるのも、全部そのおかげなんだ」 断言するトニーの決然とした横顔を、ティアナは見上げた。 妄言を吐く狂人を見るような眼ではなく、ただ真摯に見据える少女の瞳がそこにあった。 「―――俺は、ここに誓いに来た。ティーダ、お前を殺った奴は、この俺が必ず切り裂いてやるってな」 「なら、それはあたしに誓わせて」 今度はトニーがティアナを見る番だった。 「ティーダ=ランスターの仇は、妹のティアナ=ランスターが取る。そして、お兄ちゃんの果たせなかった『執務官』の夢を引き継ぐ!」 少女の誓いの叫びが、静寂の中に響き渡った。 激情と共に湧き上がる涙を拭い、しかしもう二度と泣かぬと決める。 その少女の尊く痛ましい姿を、トニーはかつての自分を見るような瞳で捉えていた。 胸中に去来する感情は酷く複雑で、しかし唯一つ言えることは―――自分が亡き友人の為に出来ることは、この少女の行く末を見守り、支えることだけだということだった。 諦めと安堵の中間のような苦笑を漏らし、トニーはそっとティアナの頭に手を添えた。 「OK。聞いたぜ、お前の誓い。それが良い事なのかは分からんがね」 「後悔はしないわ」 涙を止めたティアナは、トニーの手をそっと取り払った。 「……ねえ、ところであなたの名前はなんていうの?」 そして、兄よりも高い位置にある顔を見上げ、改めて尋ねた。 トニーがニヤリと笑う。それは彼の生来持つ、お得意の不敵な笑みだった。 「トニー。トニー=レッドグレイヴだ、お嬢さん(レディ)―――だけど、お前には特別に『本当の名前』を教えておいてやるよ」 不思議そうな顔をするティアナに、彼は悪戯っぽくウィンクしてから答えた。 「俺の名は<ダンテ>だ―――」 魔法少女リリカルなのはStylish 第一話『Devil May Cry』 『<ダンテ>について何か教えろって? あんた、奴の何が知りたいんだ? 生憎、俺はあいつが何を考えてるのかすら分かりゃしねえよ。 この間だってそうさ。 いきなり事務所をおっ建てるとか言い出して、いい物件を探しといてくれ、ときた。 しかもできるだけ物騒な場所にしてくれとかぬかしやがる。商売する気があるんだかないんだか……。 ま、俺も仕事だからちゃんと物件は探してやったがね。 廃棄都市街の一角さ。無断居住者がゴミみてえに集まる無法地帯。ミッドチルダに点在する黒染みみたいな場所だな。まあ、その住人の一人である俺の言えたことじゃねえが。 管理社会のミッドチルダで物騒な場所と言えばこれくらいしかねえ。時空管理局の管理から零れた肥溜めだ。 お気に召したらしく大層喜んでたよ。 ミッドチルダじゃ見たこと無いタイプの人間だ。社会に適応できないはぐれ者の溜まり場の中で、アイツだけがギラギラとやけに光って見える。 笑うとガキみたいな顔をしやがるくせに、仕事となりゃ魔導師でもねえのに魔力弾の雨の中を妙な剣一本で駆け抜けていく―――そういう奴さ、ダンテってのは。 ―――家族? ああ、最近小さなお嬢ちゃんを連れて回るようになったみてえだが。 死んだダチの妹らしいが、しかし引き取ったとは聞いてねェな。さっきも言ったが、奴が何を考えてるかなんて俺には分からねえのさ。 まあ、奴の家族らしいものなんてそれくらいしか思いつかねェ。何も分からねェんだ。 1年前、フラッと現れていつの間にか居座っていた。誰も気付かなかったのに、今は誰もが奴に目を向ける。 付き合いの長い俺から見ても謎の多い奴さ。 そんなに気になるなら、直接会ってみな。とびっきり物騒な場所に、奴の<店>はある。 どんな店かって? そりゃ行ってみれば分かるさ。 暗闇の中でバカみたいに派手なネオンの看板を見つけたら、それがそうだ。 店の名前は奴が考えた。ダンテにピッタリさ、何せ奴が相手ならきっと『悪魔だって泣き出す』だろうからな。 ―――その店の名前は<Devil May Cry> この世からあの世に渡りをつけられる、唯一の場所だ』 とある情報屋の証言より。 シャワーの音に紛れて事務所の方から電話のベルが聞こえた。 念願の仕事の到来に、ダンテは口笛を鳴らす。 ポンコツボイラーの湯の温度は常に熱すぎるか冷たすぎるかで、毎度の事ながらお世辞にも快適なバスタイムとは言い難かったが、自分を呼びつけるベルの音に機嫌はよくなっていた。 未だに事務所の借金を抱える身としては、金になる仕事はありがたい。 何より、怠惰な日常は度を過ぎれば苦痛だ。人生を楽しくするには刺激が必要なのだ。 汚れ物のバスケットの中から最もマシと思えるタオルを選んで体を拭き、半裸の肩から湯気を上げながらダンテは扉一枚隔てた事務所へと顔を出した。 途端、電話のベルが止む。 「デビル・メイ・クライよ」 店主以外の少女が、電話を取っていた。 電話の対応をする不法侵入者に対するリアクションを軽く肩を竦めるだけに留める。店に鍵など掛けた試しはなかったし、シャワーやトイレを貸してやるくらいの度量はある。 何より、その少女はダンテの数少ない知人だった。 「―――いえ、悪いけどウチはもう閉店時間よ」 受話器越しに数言聞いただけで、少女は素っ気無く電話を切ってしまった。 「ヘイヘイ、お嬢さん。店主の俺の意見も聞かずに切るなよ」 「『合言葉』がなかったわ」 「余裕があれば、そういう選り好みもするんだがな。このままじゃ干上がっちまう」 「それで、また前みたいに小銭で女の子の猫探しを引き受けちゃうんでしょ?」 「いい男は女に優しいからな。第一、あれはお前が受けたんだぜ―――ティア」 じゃれ合うような軽口の応酬の後、ダンテと月日を経て13歳になったティアナは笑い合った。 「今日は一体どうしたんだ? しばらく試験とかがあるから、こっちには寄り付かないって言ってなかったか?」 「うん、その事で結果を報告に来たんだけど……」 「おっと、その前にこっちの用事を済ませてくれ。いい知らせは後で聞いた方がいい」 ティアナの顔に浮かぶ喜色の笑みから、それが朗報であることを悟ると、ダンテは苦笑しながら台詞を遮った。 乱雑な調度品の中で唯一事務所らしい備品である机の上に無造作に放られた銃型のデバイスを手に取る。 弾丸こそ入っていないが、頑強なフレームで構成されたそれは武器としての凶悪さを表していた。 「最近コイツの調子が悪いんだ。ちょっと見てくれ」 ダンテは手馴れた仕草でデバイスを振り回すと―――おもむろに銃口をティアナの眉間に突きつけ、ぶっ放した。 炸薬を使用した弾丸とは違う、高密度の魔力弾が空気の炸裂音と共に飛び出す。 それは絶妙のタイミングで首を逸らしたティアナの頬を横切り、いつの間にか背後で大鎌を振り被っていた黒い影に直撃した。 人ならざる影は、見た目どおりの怪物染みた悲鳴を上げて魔力弾に吹き飛ばされる。 「―――本当ね、魔力の集束率が落ちてるみたい」 何の前触れもなく撃たれた事にも得体の知れない敵が出現した事にも関心を示さず、影が再び立ち上がろうとする事だけにティアナは頷いて返した。 ダンテの魔力はカートリッジの使用なしで絶大な威力の攻撃を可能にする。普段なら仕留め損なうなど在り得ないのだ。 「フレームの歪みかしら? 結構気合い入れてチューニングしたのに」 ぼやきながら、ティアナは自分のデバイス<アンカーガン>で立ち上がろうとした影の頭らしき場所を無造作に撃ち抜いた。 致命傷を与えられた影の怪物は、そのまま最初からいなかったかのように消滅していった。 ―――闇が凝固し、人の形を取って人に襲い掛かる。 そのおぞましい光景が現実に起こることを、知る者は少ない。 日常を侵食する異常―――『それら』を知り得るのは、『それら』を駆逐する者達だけである。 ダンテと、この数年間彼の傍にいたティアナの、この二人しか知らない。 それらは<悪魔>と呼ばれることを―――。 「それにしても、相変わらず『こいつら』はダンテに引き寄せられるみたいに現れるわね」 ダンテからデバイスを受け取り、椅子に腰を下ろしながらティアナは先ほどまで影が凝固していた場所を見た。 今はもう跡形も無い。 「熱いアプローチは大歓迎だが、別の場所でお願いしたいね。そうすりゃ仕事になる。ぶっ殺すのには変わりないんだからな」 「でも、出現頻度はなんだか最近上がってるみたい。公にはされてないけど、クラナガンの方でも『出た』らしいわ」 「管理局も忙しくなりそうだ。<悪い魔法使い>の次は、<悪魔>が相手と来た」 「あたしも、もう他人事じゃなくなるけど……」 ダンテのデバイスを弄りながら小さく呟いたのを、相手は聞き逃さなかった。 「へえ。じゃあ、やっぱりいい知らせかい? 陸士訓練校ってヤツの試験に受かったんだろ?」 「うん、まあね」 「ハハッ、やったじゃねえか! 来いよ、キスさせてくれ」 「バカ」 大仰に両手を広げるダンテに対して素っ気無く返しながらも、それが照れ隠しであることはティアナの赤い顔を見ればすぐ分かる。 肉親を失い、兄の夢であった執務官を目標に努力してきた。その孤独な奮迅を、目の前の男だけがずっと見守り続けてきてくれたのだ。 その彼からの祝福の言葉に胸から込み上げるものを、ティアナは何気ない表情の下に押し隠した。 「しかし、そうなると俺の愛銃を整備する人間がしばらくいなくなるな。まいったぜ」 「そう思うなら、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ。アマチュアの自作とはいえ、単純な簡易デバイスだからその分頑丈に作ったのに……」 ティアナのアンカーガンもそうであるが、ダンテの銃型デバイスは、同じ変則ミッド式を扱うよしみとしてティアナが自作したものだった。 ただ魔力弾を放つだけのシンプルな機能しかない分、フレームの強度はアームドデバイス並のはずだが、それすらダンテの酷使に耐え切れずにダメージを負ったのだ。 「せいぜい気をつけるさ」 返答とは裏腹に、ダンテは性に合わないとばかりに肩を竦めた。 「いざとなったら、裏に仕舞ってある『本当の銃』を使うしな。相棒はいつでも準備万端さ」 「質量兵器が違法なのは分かってるわよね?」 「おいおい、別にミサイルや爆弾を使わせてくれって言ってるわけじゃないんだぜ?」 「大小は関係ないのよ。あたしも今年からそれを取り締まる側に回るんだからね」 「大丈夫さ、もし取調室で目が合っても他人のふりをしてやるよ」 「そういう問題じゃないっての……はい、終了」 メンテナンスを終え、ティアナがデバイスを手渡す。 ダンテはここ数年で第二の相棒として大分手に馴染んだそれを軽く玩び、クイックドロウのパフォーマンスを決めた。 ティアナに言わるとこの「頭の悪いカッコよさ」にこだわるのが、彼のスタイルだった。 「―――それじゃあ。報告も済ませたし、もう行くわ。またしばらく顔は出せなくなると思う」 「なんだ、随分と急ぐな? 馴染みの店でパーティーしようぜ」 「訓練校も寮制だから、準備とかもあるし……。訓練が始まったら、休みもなかなか取れないと思うから」 急くように立ち上がり、店を出ようとするティアナだったが、その言葉が全て言い訳に過ぎないと自覚していた。 素直になれない少女を数年間見続けてきたダンテは、心得たものだと苦笑する。 「なるほど、長居すると余計恋しくなるってワケか」 「な……っ! ち、違うわよ、バカ!」 反論の説得力は赤面する顔が全て台無しにしていた。 ニヤニヤと笑うダンテに何か言おうとして、それが無駄だと悟ったのか、あるいは図星を突かれたと認めたのか、ティアナは顔を赤くしたまま背を向けた。 そのまま出て行こうとするティアナに、ダンテは笑いながら声を掛ける。 「―――がんばれよ。お前ならやれるさ」 不意打ちだった。 普段の調子のいい口調ではなく、優しい言葉だった。 「……っ」 熱いものが目元まで沸きあがってくる。 それを堪え、ティアナは精一杯の気持ちで素直じゃない自分の口を開いた。 「……あたしの兄弟は、死んだ兄さん以外いないって……そう思ってる。でも……っ」 同情でも哀れみでもなく―――ただ、いつも傍で見守っていてくれた。 「頑張ってくるわ……兄貴」 その言葉を口にした一瞬だけ、ティアナにとって兄は二人になった。 「<兄貴>ねぇ……」 気に入りの椅子に身を預け、ダンテは楽しそうに呟く。 ティアナの立ち去った後の扉を眺めているだけで、ニヤニヤと思い出し笑いが口の端を持ち上げた。 「呼ばれるのは新鮮だな」 悪くない。悪くない気分だ。 あの少女と共にいた数年間。特別意識したことなどなかったが、あれでなかなか可愛げのある妹分ではないか、と思う。 なんとなく他人のように思えなかったのも事実だ。 あれで器用そうに見えて不器用にしか生きられないところなど、自分とよく似ている。 <この世界>に来てから、以前とはまた違った出会いと別れの連続だ―――。 「悪くないね。刺激があるから人生は楽しい……そうだろ?」 応えるように電話のベルが鳴った。 投げ出した足が机を叩き、反動で受話器が宙を舞う。 それをキャッチすると、ダンテは受話器越しに相手が震え上がるようなクールな声色で囁きかけた。 「デビル・メイ・クライだ―――」 その日、多忙な筈の無限書庫司書長は珍しく優雅な午後の紅茶を楽しめていた。 未開の無限書庫のデータベースに手をつけて以降、圧倒的な仕事量とそれに反比例する人手不足に忙殺され続けているが、ふと嵐が過ぎるように休暇が取れる。 その貴重な時間を彼は食堂の片隅で安息と共に噛み締めていた。 「ユーノ君!」 「なのは! 久しぶり」 そして、そんなささやかな時間に二人が顔を合わせられたのは、ちょっとした幸運ですらあった。 ユーノ=スクライアと高町なのは。 互いに働く部署が分かれて以来、再会が数ヶ月越しになる事すらある、未だ友人以上恋人未満のラインに留まる幼馴染の久方ぶりの対面だった。 珍しく誰も同伴していない二人は、向かい合って再会を喜び合う。 「ユーノ君、休み取れたんだ?」 「休憩ってレベルのものだけどね。相変わらず本を相手に大忙しだよ」 「大変だね。でも、その割りに休憩時間まで本と一緒なの?」 苦笑しながらなのははユーノの手元を指差した。 飲みかけのレモンティーと、古ぼけた本が一冊がページを開いて置いてある。 「うん、ちょっと珍しい本を見つけてね。仕事とは関係ないんだ」 ユーノの指がなぞる先には、とても文字とは思えない難解な模様が何行も描かれている。 専門外のなのはにはワケが分からない代物だったが、しかしそれはユーノにも言えることだった。 「見つけたのは偶然だったけどね、これは僕にも読めないよ。読書魔法の解読も効かない。どうやら文字ですらないみたいなんだ」 「ふーん。でも、何の魔力も感じないみたいだけど」 「うん、この本自体はただの記録媒体に過ぎない。魔道書の多い無限書庫では珍しい本なんだ。 だけど、内容は見たことも無いほど複雑に出来てる。文字に見えるのは、実は伝説を主張するレリーフの集まりみたい。だけど比喩が深い。これを読み解くには、純粋に膨大な知識が必要になるだろね」 「へぇ……」 そんな物を休みの時間まで使って解読しようとするあたり、根っからの学者肌であるユーノらしかった。 だが、なのはにも何となくその気持ちが分かった。 ページの破れや染みに長い歴史を刻んだ、いかにも伝説の書物と言った風情のそれが纏う雰囲気は、人を惹きつける魔性のようなものを感じる。 「『されど魔に魅入られし人は絶えず』―――」 「え?」 不意に呟かれた言葉に、なのははドキリとした。 「本にあった一説だよ。この一行を解読するだけでも、すごく時間がかかったけど……どうやらこれは<悪魔>について記した本らしい。よくある神話の本さ」 「<悪魔>……」 <悪魔>という言葉を完全にゴシップとして捉えたユーノとは反対に、なのははその単語が酷く心に残っていた。 管理局内で囁かれる噂を思い出したのだ。 実際に被害が出ているのに、それ自体はまるで与太話のように信憑性を失っている、奇妙な噂。 ―――魔導師たちの中に<悪魔>に襲われた者たちがいる。 被害記録は確固として残りながら、誰もが被害者の報告を信じない。まるで人の無意識が、それから目を逸らそうとしているかのように。 「……続き」 「うん?」 「他に、読める所はないの?」 なのはの中で、その本への興味が大きくなりつつあった。 「そうだな、まだ手をつけたばかりだから……そう言えば、少ないけど共通して使われてるフレーズがあるね」 「それって?」 「<スパーダ>っていう単語だよ」 スパーダ―――。 なのはは自分でも知らぬ内に、その言葉を深く心に刻んでいた。 不意に時計が時刻を告げるアラームを鳴らす。昼の休憩時間が終了したのだ。 なのはは思考を切り替え、ユーノとの別れを惜しみながら立ち上がった。 「―――そう言えば、なのは。この本のタイトルなんだけど……」 立ち去るなのはの背に声を掛け、ユーノはその名を告げた。 その名を<魔剣文書>という―――。 後に、高町なのはにとって重大な事件に発展する、これがその最初の一端に触れた瞬間であった―――。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> サルガッソー(DMC1に登場) アフリカ大陸の西に広がる広大な海域は、計器や通信技術の発達していない昔に航海の難所として有名だったらしい。 いわゆる船の墓場。その海域の名こそが<サルガッソー>ってワケだ。 それと同じ名を持つこの悪魔は、海と魔界の狭間を行き来する低級な連中で、近くに生命を感じると反射的に実体化して喰らいついてくる。 見た目は捻りの無い『しゃれこうべ』の亡霊だが、必ず集団で現れる脅威と不気味さだけは十分な恐怖だな。 前記した特性の通り、距離を取った状態での攻撃は効果が無い。 だが、その特性を知ってるだけで敵の怖さは大分違ってくる。近づいて、実体化したところを好きに料理してやるといい。 知能も耐久力も並以下だが、唯一数だけが脅威だ。サルガッソーの遭難で帰れなくなった船みたいにならないよう、せいぜい油断はしないことだぜ。 目次へ 次へ