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ゆのはな A heart-warming fairy tale of winter 機種:PC 作曲者:ノーブランドサウンズ(椎名治美、九十九百太郎)、ジャンゴマン 発売元:PULLTOP 発売年:2005 概要 収録曲 曲名 作・編曲者 補足 順位 まどろみの昼下がり 粉雪の踊る町 椎名治美編曲:九十九百太郎 月と星の見る夢 祠に棲む神さま 湯気の向こうの笑顔 ほろ酔い看板娘 やさしいうた 椎名治美 俺のテーマ 気まぐれ守銭道 椎名治美編曲:九十九百太郎 吶かぁぁぁぁぁん! つないだ手ぶくろ 椎名治美 恋ごころ 椎名治美 時の足音 伏せたてた瞳に映るもの 椎名治美 わらわのありがたいお話 雪のまほろば 椎名治美 おしえてゆのは 吐息の距離 椎名治美 あたたかい涙 椎名治美 満ちる季節 椎名治美 掘り出し68位 ゆのはな 冬だより ジャンゴマン オープニングテーマ歌:原田ひとみ 約束~resume~ ジャンゴマン エンディング歌:原田ひとみ サウンドトラック ゆのはな ORIGINAL SOUND TRACK ゆのおと PULLTOP MUSIC COLLECTION おとのかんづめ つめあわせ オープニングムービー
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「これは…ダメだよ」 高町なのはに提出した新兵訓練案、この一言にて却下されたり。 上官なれば否やも無しだが、己があやまち正すも当方の任務。 ために聞くは、問題点と、その程度。 「短期的に効果は上がるかも知れないよ? だけど、それだけ。これじゃ強くなるより、みんなをすり潰す方が先になっちゃう」 しかし、われらは『対超鋼』。機動六課が発足した今、いつ出撃命令が下るかわからぬ。 短期間で練り上げねば、皆を死にに行かせることになるではないか… 「覚悟くん」 「…はっ」 「身長130cmの男の子に、今すぐ180cmになりたいって相談されたらどうする? 覚悟くんなら、なんて言ってあげるのかな?」 「…………」 返す言葉、なし。 不退転の心構えをもってしても、どうにもならぬことがある! 可能な助言といえば、月並み千万な言葉しか並ばぬ。 だが、その180cm。今すぐ必要ならばどうするか。 「そのときのために、わたし達がいるんだよ。 あの子達の後ろで支えてあげるの」 「だがそれでは、他を頼った戦いが身に付いて…」 「戦えないうちはそれでいいと思うな。 まさかいきなり改造人間と戦わせるつもりは覚悟くんだってないよね?」 「うむ…だが、想定はすべきだ」 「そこが対超鋼戦術顧問、葉隠覚悟の腕の見せ所だよ。 他の部分は、教導官、高町なのはを信じてほしいな」 なるほど。勘違いをしていたか。 改造人間との遭遇時、新人四名が増援到着までこれをいかにしのぎ生存するかの手段を確立し、 これのための訓練、演習計画を提案し実行するのが当面おれに求められた役割というわけだ。 今の今まで、おれは新人四名にて生物兵器をいかに倒すかをばかり考えていた。 そのためには現行の訓練時間ではあまりにも足りぬから、時間外の特別訓練案をこの高町なのはの元に持ち込んだ次第であったが。 「それにね…この訓練案。時間外じゃなくても、みんな、すぐにまいっちゃうよ」 「かの生物兵器を倒すには最低限、これだけ出来ねばならぬ」 「これが最低限だとしても、みんなにはまだまだ遠い一歩だよ。 必要なのは強くなりたい気持ちと、地に足がついた自信。 わたし達があせったら、みんなもきっと無理をして…自分の立ってる場所を見失っちゃうから」 …だが、死狂いでなければ届かぬ場所もある。 現人鬼、散(はらら)。 きさまがこの世界にいるというのならば、おれは… 魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果 第十二話『焦り』 「どうした、打ってこい」 「はぁ、はぁ…」 息が荒いのは酸素が足りないからじゃない。 どちらかというとこれは、緊張。 四度目の突入角が、決まらない。 「臆したか、スバル!」 「ってぇぇぇりゃああああああ」 実戦じゃ、敵は待ってくれない。これ以上ぐずぐずできないんだ。 ウイングロードを展開。仰角およそ十五度の頭上から、あたしは突っ込む。 そして。 「積極」 葉隠陸曹の鉄拳が、あたしのお腹のやや上あたりをとらえたんだと思う。 まず衝撃。吹っ飛ばされて地面に墜落。 それから、耐えがたい吐き気と痛みが襲いかかってきた。 「うげぇぇっ…げほっ、ぐぅぅ」 「焦りのままに仕掛けるな、馬鹿者! シューティングアーツは一撃必殺にして一撃離脱。 道が通らぬままに打つは自殺だぞ」 口まで戻ってきたのを呑み下しながら、立つ。 …さすが、覚悟さんだと思う。 今は、攻撃せずに追いかけてくる覚悟さんを迎え撃つ形で、 後ろへ後ろへと引きながら、『道が通る』瞬間を見計らって打ち込む訓練の最中。 目標は、二十分以内に十発。 もう十五分経ってるのに、まだ一発も決められていないから、どうしても気が急いてくる。 この人相手だと、普段、通っているように見える道でも、雰囲気的に打ち込みにいけない場面がすごく多い。 というか多分、99%はそれなんじゃないかなと思う。 そんなだから、ごくごくたまに見える道もなかなか信じ切れなくて、 気がついたらあの人の回りをぐるぐる回ってるだけになってしまっている。 「受け身はしっかり取れたようだが防御魔法が甘い。 これが実戦であれば悶えているうちに止(とど)められよう」 「は、はいっ…」 「では来い! 十発打ち込めぬのであれば、十殺に匹敵する一撃を以てせよ」 「はいっ!」 ローラーブーツ、再加速。 旋回しながら間合いを開き、向かいの広い道路へと出る。 ここだったら、今までよりはいくらか道は通りやすくなる。 反撃する側の幅も増えるから、プラスマイナスで言えば微妙なところだけど… 覚悟さんは、乗ってきてくれた。 こっちに向かって駆け足で、あたしは頭上…見えた、道! ウイングロード、展開…いや、早い。早すぎた。 でも今更取り消せない。このまま突っ込むしかない。 だったら迷って打ち込んだりしない。決めたら、打ち込め… 「積極」 今度は左胸、少し下あたりに拳がめり込んだ。 ああ、実戦なら間違いなく即死だな。 痛みを感じるよりも前に、あたしはそう思った。 「ここまで」 「…………」 寝転んで青空を見上げていたところで、二十分、経ってしまったらしい。 まずはすぐに立ち上がる。こんな情けない格好、ずっと見せていたくもないし。 …にしても。 「一発も、入らなかった…」 これじゃあ、訓練以前の問題。 一発も入らなかったという結果だけの話じゃない。 打ち込みに行こうにも身体が動いてくれない所が多すぎた。 戦わずして負けたみたいなもので、これじゃあ、あんまりにも不甲斐なかったけど。 「おまえの『攻め』の気は伝わってきていた。 そう悪いものでもないと思う」 覚悟さんにそう言ってもらえると、散々だった今の訓練も、少しは誇らしく思えて。 だから、次はもっとうまくやる。 「良き師に学んだようだな」 「…はいっ、おかあさんと、ギン姉に」 あなたの背中を見たあの日から。 強くなりたいって願ったあの日から。 あたしはずっと、求めてきたから。 「でも、あたしの強さは、ぜんぜん足りない」 求める強さには届いていない。 もう二度と、あの子みたいな死を見たくなくって、 だからあたしはここにいる。 「鍛えてください。誰にも負けなくなるように」 「うむ…では征くぞ、今度はこちらの打つ番だ」 「はいっ」 「…で、今日も吐いたのね」 「うん、お腹だけ守ってるわけにもいかないし」 見てるだけで胸焼けがしそうな量を胃袋にかき込んでいくのは、 いつもそんな風に、いちいち中身を絞り出してくるからなんだろうか。 特盛り二人分のスパゲティをみるみるうちに減らしていくスバルを見ながら、 しょうもないことを私は考えていた。 「わかってはいるけど、よくやるわよ。葉隠陸曹」 「痛くなくば覚えぬ、って。あたし、間違ってないと思うから」 私やエリオ、キャロも身をもって経験しているからわかるけれど、 陸曹の訓練は『痛み』という一点で過酷さをきわめる。 シューティングアーツ…拳闘を主体とするこの子は、それをほぼ毎日やっているんだ。 今は制服を着込んでいるからわからないけど、 この子の服の下は、絆創膏と湿布だらけ。 一緒にシャワーを浴びに行くたびに、新しい青アザをこさえているのを見つけてしまう。 毎日毎日、生傷の絶えない子だ。 陸士訓練校で知り合ってから全然変わってない。 ドジで不器用なくせに、危険なことは一番最初に引き受けようとする。 一番前の、一番危険な位置に、進んで身体を張りに行く。 それをフォローする私の身にも、ちょっとはなってほしいけど、 だけど、私も負けていられなくて。 この子があの人の背中を目指してきたように、私にだって、ゆずれないものがある。 「ティアもよく食べるね」 「やかましいのよ、そういうこと言わないの」 「会った頃は、もっと食が細かったから」 「しっかり食べなきゃ務まらないでしょ、それだけよっ」 肉体と魔法をフルに行使するこの仕事だ。 身体をしっかり作っておかないと、続けられっこない。 それだけ…本当に、それだけ。 たくさん食べるようになったのだって、当然の流れで。 だって、そうでしょ? なんでこの子につられてたくさん食べなきゃいけないのよ。 むしろ私は指導する側。 何かにつけて限度を知らないこの子に、いつだってストップをかけてきた。 なんで私がこんなことをしてるんだろうって思ったことも一度や二度じゃない。 そんな私の気も知らないで、憧れの人を前に舞い上がって…いい気なものよ、ホント。 ふと、まわりを見回し、隣のテーブルの様子を目に留める。 あの二人…エリオとキャロが、仲良くご飯を食べていた。 詳しい事情は知らないけれど、キャロはやたらとエリオになついている。 エリオの方も気後れはしてるけど、まんざらじゃないみたいな様子で。 今だって、落ち込んでるキャロに頑張って話をふったり、元気づけようとしているみたい。 持ちつ持たれつはいいんだけど、私なんかの目から見たら、そうやって甘やかすのがいけないと感じてしまう。 そんな風に他人に頼った心を根付かせるから、戦闘訓練でも気後れするんじゃないのか。 …そこまで考えて、少し、むなしくなる。 だって、それを言ったら、私とスバルだって多分、似たようなものなんだから。 そろそろ考えなくちゃいけないと思う。 今は機動六課にいたって、みんないつまでも同じ道を歩くわけじゃない。 夢というのは結局、自分自身でしか面倒を見られないものだから… 「? どうしたの、ティア」 「どうもしないわよ」 「あの二人、仲、いいよね」 「…そうね。訓練もあの調子で順調ならいいんだけど」 「へ?」 目をまんまるにするスバル。 幸いにしてこの子にはまったく気づかれていないようだが、 我ながら大人げないにもほどがある発言だった。 …自己嫌悪、もとい、反省。 「明日はシグナム副隊長との模擬戦でしょ? 食べ終わったら作戦、詰めるから」 「ああ、それで」 別に、それで、でも何でもないのよ、スバル。 あんたはお人好しすぎて、たまにムカつくのよ。 ともかく、今の私に必要なのは、上司の誰かに「出来る奴だ」と認められること。 でなければ、実戦の一角にすら出してもらえないかもしれないのだ。 そして今の私達は四人で一人のようなもの。 全員で認められなければ意味がない。 私は、立ち止まりたくない。 今のポジションにあぐらをかいて、油を売ってるヒマなんか、ない。 多分、それはみんなも同じはずだ。 私達は、戦うためにここにいるんだから。 早く強くなって、早く誰かを助けに行って… 「作戦会議だったら、オブザーバーも役に立つと思うな」 そこにいきなり声をかけてきたのは、私の直属の上司にあたる人。 私を見込んで、機動六課に引き入れた人。 「た、高町一尉?」 「なのはさん、でいいってば」 スバルにとってはこの人も、自分の変化のきっかけで。 空港火災から救い出してくれた大威力が心の底に焼きついているから、 正面突破の砲撃魔法に同じ名前を借り受けて。 じゃあ、私にとっての、この人は? 「わたしも混ぜてもらっていいかな、ティア」 「…はい」 「元気ないなぁ。気合い、入れていこ?」 「はいっ」 機動六課、屋内訓練場。 第九十七管理外世界、日本国にある剣術道場を模して作られたこの場所は、 葉隠覚悟が好んで座禅を行う場所だと知っていた。 というより、おそらくはこの男の存在が無ければ、このような施設は作られなかっただろうと思う。 私、シグナムのみならず、大小様々の影響をこの男から及ぼされていることは確かだ。 そのようなこと、改めて感じるまでもないことだが。 「シグナム二尉」 案の定、私が道場に足を踏み入れると同時に敬礼を受けた。 常に感覚が研ぎ澄まされているのもあるだろうが、互いの足音を覚えているのだから当然か。 戦士が半年、一緒に暮らせば、そうなる。 「いい、楽にしていろ」 この言葉は合図だった。 楽にしろと言わない限り、部下で居続ける。 彼の最小限のけじめであり、ある意味で最大限の譲歩だ。 ほとんど誰もが九割九分、出会い頭にこう言うのだから、 もしかすれば彼も辟易しているかもしれないが、構うことはない。 「なのはから、聞いた。おまえが焦っているとな」 「新兵訓練案か。無理を心得ぬ浅慮であった」 「いや。私が聞きたいのはおまえ自身の問題だ」 「おれの…?」 大体、わかるのだ。 八神家の誰もが理解しているだろう。 私もそのことを、この身体を以て知っている。 「やはり、おまえは散(はらら)を見ている」 「む…」 「フォワード四人に、おまえ自身の姿を重ね見ているのだろう?」 いつ現れるかわからぬ改造人間。 立ち向かうべき新人達は、戦力と呼ぶには未だ頼りなく。 これは、未だ存在の確認できぬ散(はらら)と、 その姿を求める覚悟の関係に等しいものだと言えよう。 「…かもしれぬ」 「おまえの拳を何度受けたと思っている。 そのくらいは、わかるよ」 言葉にせねば伝わらぬ思いもあるが、 拳に乗せる重みは時として千の言葉に勝るのだ。 剣を合わせた者同士だからこそわかる。 「やはり、おれは未熟だ。 おれ自身の焦りが、訓練案にもにじみ出るとは」 平静そのものの表情ながらも若干うつむく覚悟に、 私は少し苦笑して。 「言っておくぞ、覚悟。 そんなおまえの姿が、私には嬉しい」 何を言っているのだかわからない。 覚悟の顔にそう書いてあるのに構わず。 「おまえ自身がいつも言っているはずだぞ。 痛くなくば覚えぬ、と。 おまえは今、自分の未熟さに痛みを感じているのだろう?」 「だが、おれ自身でそれに気づくことができなかった」 「そうでなければ、この世の誰もおまえの役には立たないだろうよ。 それとも、なのはや私、主はやては、おまえにとって無用の存在か?」 「そのようなことはない!」 鋭い目つきと声が帰ってくる。 固く揺るがぬ確固としたものを込めて。 何もそんな力んだ返事を返さなくともいいのに。 また思わず笑ってしまいながらも、私は目を合わせ、しっかり頷いた。 「…なら、それでいいということだ」 そうやって言い切ってくれる限り、私もそれに報いるとしよう。 今の返事、主はやてにも聞かせたかった。 「第一、おまえには可愛げが無さすぎる。 たまには隙を見せてくれなければ、共に戦う甲斐がない」 「隙を見せよと?」 「冗談だよ。困った顔をするな」 ともあれ、大丈夫そうだな。 慣れぬことをさせている自覚があるからか、 はやても覚悟のことを常に気にかけていて、 だから私もこうして仕事の合間を縫って話を聞いて回ることになる。 シャマルとヴィータも同じことだった。 いや、むしろ八神家ゆかりの人間全員が同じことだと言っていい。 だから、なのはの方から朝一番で私にコンタクトを取ってきたのだ。 不必要なまでの焦りが教練を行う上官から発せられては、肝心の部下が精神的に追い込まれかねない。 そういう実務的な面からも情報の共有を急いだというが、今回はそれが功を奏したと思いたい。 もっとも、覚悟に散(はらら)という宿敵ある限り、心の奥に潜んだ焦りはまたいつ顔を出すかわからないのだが、 それを本人に自覚させることができただけでも、今回は良しとするべきか… 「フォワードの四人だがな、明日は私との模擬戦だ」 「あなたの見立てはいかに」 「ここ十日を見る限り、キャロをどうにかしなければな」 「おれの、せいかもしれぬ」 魔法自体は遜色なく使えるのに、実戦形式の訓練になると、途端に失敗が込み始めるあの少女。 魔法を出すタイミングが早すぎて連携の足並みをバラバラに崩してしまうのだ。 特に、接近戦を挑まれるとその脆さはひどい。 最初のうちはそこまでまずいものでもなかったのだが、一度の失敗からどんどん軸がぶれるように悪化していき、 ここのところのフェイトの話題のほとんどがキャロの心配で占められてしまうような有様である。 「まあ、明日の立ち会いで確かめさせてもらおう。 おまえのせいかどうかもな」 「頼む」 覚悟に確かに頼まれてから、私は道場を後にした。 前へ 目次へ 次へ
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一歩、また一歩と自身に歩み寄って来る朱雀に対し フェイトはなのはの盾になりながら彼にどう立ち向かうべきかを思案していた (・・・こんな狭い場所では砲撃魔法は使用出来ない・・・。かといって近接戦闘では 以前のカレンさんの時の様に逆にこちらが追い込まれてしまう・・・ そうなると、バインドで彼を一時的に押さえ込んで、その隙に私の全ての魔力を込めた 一撃で彼を打ち倒す・・・それしか、無いか・・・) 「バルディッシュ、御願い。」 (Yes sir.Sealing Form. Lightning bind,get set.) 意を決したフェイトがバルディッシュに命じ、不可視型の拘束方陣を展開する 「・・・くっ・・・!」 その直後・・・ 朱雀はその拘束方陣に足を踏み入れ、両手両足を円環型のバインドで縛られ動けなくなってしまう 「・・・手を貸そうか・・・?」 ジェレミアが冷淡な笑みを浮かべて言う 「・・・いえ、大丈夫です・・・」 朱雀は冷静に彼の助けを拒否する 「・・・ここで仕留めるっ!ハァァァァァッ!!」 フェイトがバルディッシュの先端に有りっ丈の魔力を込めて朱雀に向け全速で突撃する (捉えた・・・!) バルディッシュの魔力刃が彼の胸元に迫り、勝利を確信した、その直後だった・・・ 「・・・えっ・・・?、キャァッ・・・!!」 突然朱雀の姿が自身の前から消えたかと思った刹那・・・ 朱雀はフェイトの左腕を掴み、足払いを仕掛けて彼女を投げ飛ばした・・・ 「・・・ああっ・・・」 宙を舞い背中を直で打ち付け悶絶するフェイト・・・ 朱雀はそんな彼女の上に乗り掛かり、彼女の両肩を押さえつける。そして・・・ 「・・・済まない・・・」 朱雀がフェイトにそう詫びた直後、彼は両腕に意識を集中し、光を発する。その光は 彼女の魔力を急速に奪い拡散させていく 「・・・・・・あ・・・・・・・・・あ・・・・・・」 急に魔力を奪われた事による身体の拒絶反応で痙攣を起こし、フェイトは 身動きが取れなくなってしまう・・・ 「そんな・・・フェイトちゃん・・・」 友を打ち倒され、恐怖に震えるなのは 朱雀は動けなくなったフェイトを置き去りにして今度はなのはの許へと歩み寄って行く 「・・・嫌・・・来ないで・・・」 なのはの言葉を前にしても朱雀は歩を止めず一歩、また一歩と彼女の許へ進んでいく 「来ないで・・・!来ないでぇぇぇぇっ・・・!!!」 (Accel shooter) 恐怖に駆られたなのはは無意識の内にアクセル・シューターの発動をレイジングハートに命じ、 朱雀に向けそれを放ってしまう・・・だが・・・ 「どうして・・・?」 朱雀はなのはの放つアクセル・シューターを避けようとも防ごうともせず 自身の身体で全てを受けきっていた 彼のバリアジャケットと”能力”で魔力的なダメージはほぼ皆無だったが それによって生じた物理的衝撃まで無効化出来る訳も無く、彼の身体に無数の裂傷を 負わせ出血させていく・・・だが、それでも彼は障壁を張る事無く 少しずつ、少しずつ彼女の所へと進んでいくのだった・・・ 「・・・ダメっ・・・ダメぇっ・・・!!」 朱雀の惨状を目の当たりにしたなのはは慌ててレイジングハートを待機状態に戻す やがて朱雀はなのはの目の前に到達し、屈みこみ・・・ 「・・・ごめん・・・」 朱雀はそう言ってなのはを抱きしめるのだった・・・ 「・・・朱雀さん・・・朱雀さんっ・・・!!」 これまでの恐怖が嘘の様に晴れ、なのはは朱雀の胸の中で泣きじゃくっていた・・・ 「ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!!私・・・私・・・!!」 朱雀を二度も撃った事をなのはは泣きながら詫びた 「いいんだ・・・!君は悪く無い・・・!」 「でも、私・・・!朱雀さんの事を撃った・・・!」 「大丈夫だ。僕も、シグナムさん達も、ちゃんと生きてる・・・!」 「朱雀さんに、辛くあたった・・・!」 「解ってる・・・!嘘をついていたのは僕の方だ・・・全ては僕の所為だ・・・!」 「朱雀さん・・・!」 なのはは朱雀の言葉を聞きながらも自分の気持ちを抑えきれず泣き続ける・・・ 朱雀はそんな彼女の後頭部に右手を当て、彼女の魔力を少しずつ奪っていった 彼女の頭部の魔力を奪い脳内の活動を弱め気を失わせようと、そう考えていた。だが・・・ (・・・何だ・・・?) 朱雀の魔力となのはの魔力が同調し、朱雀の頭になのはの記憶が浮かび上がる・・・ 朱雀の魔力がなのはの魔力の記憶を読み取り、朱雀の頭にそれを投影しているのだ (・・・なのはちゃん・・・) 朱雀の頭の中が真っ白になり、そこからなのはの記憶・・・思い出が彼の目の前に飛び込む 彼女の成長の記録、家族や友達とのふれあい、突然の”魔法”との出会い、 フェイトとの邂逅と親交、フェイトの”母親”が起こした事件の顛末、そして・・・ (そんな・・・僕が彼女を・・・こんなに苦しめていたなんて・・・!) 今回の事件で受けたなのはの余りに大きすぎる慟哭を、朱雀は一心に受け止めていた そして一方・・・ (えっ・・・何、これ・・・?) なのはもまた、同調した朱雀の魔力から彼の記憶を読み取っていた なのはの頭の中に、朱雀の記憶が浮かび上がる・・・ 彼とはやての闘病生活、シグナム達との突然の出会い、彼女達との楽しい時間、 はやての容態の急変、ランスロットとの出会いと彼女との不幸な再会 彼の二重生活と士郎や恭也、そして彼女に嘘をついた罪悪感、そして・・・ (そんな・・・はやてちゃんが・・・そんな・・・!) ルルーシュより語られた闇の書の本性、そして彼とはやての過酷な運命・・・ その事態の深刻さになのはは絶望し、そして・・・ 「済まない・・・!本当に済まない・・・!!」 「ごめんなさい・・・!私、朱雀さんの気持ちも知らないで・・・!」 二人は、溢れる涙を抑えきれず互いを強く抱きしめながら啼いて謝っていた・・・ 「私・・・朱雀さんや・・・はやてちゃん、シグナムさん達の事を・・・助けたい・・・!」 なのはは朱雀にそう嘆願する 「いいんだ・・・!君はもうこんな事をする必要は無いんだ・・・!」 朱雀は彼女にこれ以上迷惑を掛けまいと、それを拒否する 「でも・・・このままじゃ朱雀さんやはやてちゃんが・・・!」 「・・・大丈夫。僕が必ずはやてやシグナムさん達を助ける・・・!闇の書の事も 僕が必ず何とかする・・・!だからっ・・・!!」 「嫌っ!!私もっ・・・!!」 「・・・だめだっ!!!」 朱雀は後頭部にあてていた右腕を彼女の胸元に当て、意識を集中する・・・ そしてまばゆい光とともに彼女のリンカーコアを、ゆっくりと取り出していった 「・・・朱雀・・・さん」 「君はもう・・・こんな戦いに参加すべきじゃ無いんだ・・・!君には・・・師範や恭也さん 桃子さんに美由希さん・・・家族がいるんだ・・・!皆を苦しめる様な事は・・・してはいけない! 君は・・・まだ・・・引き返せる・・・!僕の様に・・・なったら・・・もう・・・戻れなくなる・・・!だから・・・!」 「朱雀・・・さ・・・・・・ダ・・・・・・メ・・・・・・・・・・・・」 「本当に済まない・・・!もし、出来たら・・・師範や・・・恭也さんにも・・・済まないと・・・言って・・・!」 その直後、なのはの身体からリンカーコアが引き抜かれ、やがてそれは朱雀の右腕に 収められていった・・・ 「うっ・・・ぐっ・・・あっ、ああああああああああああああああああああっ!!!」 朱雀の左腕の上で眠るなのはの顔に落ちる涙・・・ 朱雀は自らの犯した罪に対し只泣き尽す事しか出来なかった・・・ 「よくも・・・よくもなのはを・・・!貴方は・・・貴方だけはっ・・・!!」 朱雀の嗚咽の後ろでフェイトがおぼつかない足取りで涙を流しながら朱雀を睨みつける それを聞いた朱雀は自らの涙を隠さずに彼女の方に振り向く 「・・・彼女は・・・無事だ・・・」 「・・・えっ・・・?」 朱雀の言葉に驚くフェイト 朱雀はそんな彼女の前になのはを担ぎ上げ、そっと降ろす 「・・・彼女は君にとって心の支えであり、大事な人だ・・・その彼女の命を奪うなんて事・・・ 僕には出来ない・・・」 フェイトは朱雀に自分の心が鷲掴みにされた様な気分になり、呆然としていた・・・ 「君に・・・頼みがある・・・もう、彼女を・・・こんな事に、巻き込まないで欲しい・・・ 彼女には・・・家族がいる・・・どうか、普通の生活に・・・彼女を・・・!」 「・・・そこまでだ。これ以上は待てん、行くぞ。」 ジェレミアが朱雀の肩を叩きそう言い放つ 朱雀は涙を拭き、頷く 「・・・解りました・・・」 朱雀はなのはとフェイトに悲しそうな表情を向けた後、ジェレミアと共に 彼女達の許から走り去っていくのだった・・・ (他者の魔力との融合、情報の共有・・・”ユニゾン”も出来る様になったか・・・ ”デヴァイサー”の力、使いこなせる様になったか・・・?) 朱雀の横でジェレミアはそう考えていた・・・ そして一方・・・ カレンやクロノ達は負傷した局員たちを引き連れ救護室に向かっていたが、 朱雀の言葉にショックを受け呆けていたフェイト、そしてリンカーコアを抜かれ 倒れていたなのはを見かけ、慌てて彼女達を介抱する 「フェイト!フェイトっ!!一体、どうしたのさっ!?」 「フェイト!しっかりしろっ!!何があったんだ!?」 アルフとクロノが呆けていたフェイトの気を覚ます 「アルフ・・・クロノ・・・私・・・私・・・!」 二人の前で泣きながら詫びるフェイト アースラの通信機能が回復したのは、この直ぐ後の事だった・・・ 戻る 目次へ 次へ
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「姫矢さぁん!」 光の中に消えていくウルトラマン―姫矢准。僕はただ、彼の名を叫ぶことしか出来なかった……。 ダークメフィストこと溝呂木眞也と姫矢を包む消滅を告げる光が、異空間の暗い空を満たしていく。それはこの 一連の事件の終焉を示すものでもあり、また―……。 「ここは……何処だ?」 ウルトラマンで‘在った 者、姫矢准にとっては新たな始まりを意味していた。 鳴海の岸に流木と共に漂着していた彼の手には、デュナミストの証がしっかりと握られていた。それの僅かな鼓動と 共に、彼はこの世界で眼を覚ます。 手に入れたのは光の力。出会いと別れ。悲しみを知る彼が不屈の心を持つ少女と出会う時、新たな絆が生まれ来る。 魔法少女リリカル☆なのは~NEXUS~ 始まります 目次へ 次へ
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最近、考え込むことが多くなった。 ――あたしは、何を目指しているのだろう? こんな風に考える切欠は何時だったか。 訓練校に入った時? そこを卒業した時? それとも、Bランク魔導師の試験に合格した時? 違う。 <機動六課>に入隊した時だ。 そこから、自分の人生は大きく動き始めた。 一歩一歩の小さな歩みが、途端に大きく足を跳ね上げ、追い風に乗って走り始めた。 遠く仰いでいた『何が』見え始める。 だからだろうか? 自分の行き着く先を、とりとめもなく考える時間が増えた。 決まっている。決まっている筈だ。 漠然とした目的で、凡人の自分がここまで辿り着けるはずがない。 苦しみに膝を着き、悔しさで地を這った時、自分を支えたのは不変の誓いだった。 受け継いだこの<弾丸>で、兄の目指した正義を貫き通す。 その為の手段は明白で、目指すべき頂もハッキリと見えていた。 しかし、実際にその道を走って気付く――。 自分の行く道には、どうしようもなく多くのものが転がっているという事実に。 それは障害であり、足を引っ張るものであり、煩わしいものであり――また同時に、支え、導き、癒してくれるものでもあった。 それらに触れながら、時には抱えながら、少しずつ自分の荷物を増やしながら走っていく。 重くなどない。むしろ――。 「――ィアナさん。あの、ティアナさん?」 「え?」 我に返ったティアナの視界にキャロの心配そうな顔が映った。 物思いに耽っていたらしい自分の信じられない気の抜きようを戒めると、それを表には出さず周囲を見回す。 木々が並ぶ見慣れた訓練場の風景が目に入り、ティアナは自分の状態を冷静に理解した。 「ごめん、ボーっとしてたわ」 「ティアがボーっとするなんて、相当のことじゃない? やっぱり疲れが溜まってるんだよ」 自分と同じ分量の自主練習をこなしながらも、こちらはますますエンジンが掛かっているような高揚した様子の傍らでスバルがパートナーを案ずる。 「違うわよ、フォーメーションを考えてたの。アンタが物を考えないからあたしが脳みそ酷使することになるんでしょうが」 「ひどっ! まるでアホの子みたいに言わないでよ!」 「違うの?」 「何、その心底不思議そうな顔!」 「もしもし、入ってますか? ナカジマさん、お留守ですか?」 「痛っ! 痛い、やめてたたかないでノックしないでっ!」 叩くとコンコンいい音を立てる頭の中身を割りと本気で心配しながら、ティアナはスバルの追及をかわせたことに安堵していた。 無理をしているのは自覚済みだ。 他人の心配事となると勘の良いこの相棒には、あまり踏み込んで欲しくなかった。 彼女の好意が煩わしいなどとは思わない。 ただ、他人事の薄い言葉だと思えるほど、自分はスバルに心を許していないわけではないのだ。 その時ふと、ティアナはつい先ほどまで考えていたことを思い出した。 道を進む上で巡り合った、他人との数奇な出会い。 スバルと、そしてエリオやキャロ。高町教導官を始めとした、多くの先達たち……。 「ティ、ティアナさん……よろしかったら、その……これ」 弱弱しく差し出されたドリンクのボトルを一瞥し、ティアナはそれを持つ少女の小さな手を辿った。 ロクに相手の顔も見れないほどの緊張で真っ赤に染まり、それでも拒絶される恐れと純粋な好意でドリンクを渡そうとする健気な姿がある。 ティアナは時折見る、キャロのそういった人と関わろうとするささやかな勇気を微笑ましく思い、笑顔でボトルを受け取った。 「ありがとう。喉渇いてたのよ――ゲブォハッ!?」 スバルに言わせれば『デレ』であるらしい貴重な笑顔でボトルを煽り、次の瞬間ティアナは奇怪な声と共に口と鼻の穴からドリンクを逆流させた。 史上最悪の毒を含んでもこうはならないという凄惨な姿でのた打ち回り、スバルとエリオは硬直し、それを成した張本人のキャロは自らのへの恐怖で小さな悲鳴を上げた。 「ティアァァァーーー!? どうしたの、何が起こったの!?」 「……何コレッ!?」 鼻から奇妙な液体を垂れ流したティアナは鬼気迫る形相でキャロに食って掛かった。 その異様な迫力に哀れな少女は危ういところで失禁するところであった。 「ス、スポーツドリンクですぅ……オリジナルブレンドの」 「セメントでもブレンドしたっての!?」 「よく分からないですぅぅっ! シャーリーさんに教わったまま混ぜて……っ」 あのマッドメガネめ、スケボーのように隊舎内を引き回してやる! 罪の無い無垢な少女から確信犯へと怒りの矛先を転換させたティアナは強く誓った。 「あの……ごめんなさい。ティアナさん、疲れてるみたいだから、栄養が付く物をってわたしが頼んで……」 必死に言い繕うキャロの表情には涙と、自分の為したことへの深い後悔が滲み出ていた。 頭を抱えたくなるような理不尽な気持ちがティアナの心に湧き上がる。 何処か他人から一歩退いていようとする少女の歩み寄りを、自分は拒絶してしまったのだ。そこにやむを得ぬ事情があるにせよ。 ああ、畜生。やってらんない。そんな悪態を吐きながら、体は勝手に動く。 キャロの抱えるボトルを奪い取ると、その凶悪な中身を一気に喉の奥へ流し込んだ。 「ティア、死ぬ気!?」 「無茶ですよ!」 「ああっ、ダメです……っ!」 周囲が口々に止める中、ティアナは不屈の精神でその粘液を飲み干した。 「……キャロ」 「は、はい!」 「クソ不味いわ」 呻くように吐き捨てると、ティアナは空になったボトルをキャロに渡した。 「次は、普通のドリンクを頼むわね」 「……はいっ!」 そっぽを向いて投げ捨てられたティアナの言葉の意味を理解し、キャロは満面の笑顔で頷いた。 様子を見守っていたスバルとエリオの顔にも自然を笑みが湧いてくる。 それから、気分の悪さとは裏腹に体調は異常なほど回復したのは決してあの呪いのドリンクの効能などではなく偶然だと思いたい。 気が付けば暖かなものに囲まれていた。 同じ志を胸に宿す仲間達。 目指すべき指針となって、行く先の空を飛ぶ英雄。 この背を預ける唯一の相棒。 そして――。 『―――がんばれよ。お前ならやれるさ』 この出会いの数々はある種の幸運であると、認められる。 多くの大切なものに自分は恵まれているのだ。 ――だが、そうした優しい日々の中でも決して忘れられない過去があった。 兄は死んだ。 両脚と左腕を失い、酷く綺麗な死に顔が現実感を与えてはくれなかった。 残された右腕にはデバイスが握り締められていたらしい。最後までトリガーを引き続けて。 決して無くならない現実がある。 兄が命を賭して放った弾丸は届かず、撃たれるべき者が今まだこの世界でのうのうと生き続けているという現実が。 過去と未来。 どちらを優先させるべきか。 答えなど出ない。きっと誰にも。 ただ考えるのだ。 この満ち足りていく日々の先で、夢を叶え、頼れる仲間と共に自らの信じる正義を成し、いずれ兄の仇を正当な裁きの下で打ち倒す――そんな理想の傍らで、否定に首を振る自分がいる。 それも一つの選択なのかもしれない。 でも、ダメだ。 どうしても出来ない。 穏やかで優しい日々の中、まるでぬるま湯に浸かる自分を戒めるように脳裏を過ぎる兄の死を、ゆるやかに忘却していく事など。 それは愚かしいのかもしれない。過去に捕らわれているのかもしれない。 だけど。 ただ一つ。報われるものが欲しい。 『無能』『役立たず』と罵られ、その死を悼まれることも無く死んでいった兄の魂に捧げられる何かが欲しい。 その為ならば、仲間よりも、幸福よりも――これから続く優しい日々よりも。 ただ一発の<弾丸>が欲しい。 全てを貫く魔の弾丸が欲しい。 どちらの道が正しいかなど分からない。 ただ、どちらが幸福かは明白だ。 それでも尚、考え続ける。 そして今、一つの答えが出ようとしている――。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十六話『Shooting Star』 実出動僅か2回の新人魔導師と前線に立ち続け多くの新人を導いてきたベテラン魔導師。 Bランクにされて間もない飛行魔法未修得の陸戦魔導師とリミッター付きとはいえ実質S+ランクの空戦魔導師。 その二人が戦えばどうなるか? 予測など容易い。決着は火を見るより明らかであった。 少なくとも、その戦いを見守るほぼ全ての者達が予見していた。 ――しかし。では、この緊迫感は一体何だ? 誰もが固唾を呑んでいた。 空気が張り詰め、ピリピリと乾燥している。 戦闘の意志を明確にしたなのはとティアナの対峙に、全ての物事が息を潜めている。 緊張の糸は緩まず、切れもせず、ただギリギリのところでピンと張り詰めていた。 それは、この二人の拮抗を意味するのではないか。 『結果は見えている。しかし――』 誰もが予想し、しかし心の片隅でそれを疑う気持ちを抑えることが出来なかった。 「――いくよ、ティアナ!」 静かな対峙をなのはの宣告が崩した。 油断を戒めるような緊張感がなのはに全力で戦うことを忠告していた。そして、だからこそ確実な手段を取る。 先制攻撃として<ディバイン・シューター>の魔法を瞬時に展開した。まずは様子見だ。 <ウィングロード>の限定的な足場で、飛行能力を持たないティアナには誘導性を持ったこの攻撃さえも脅威となる。 油断ではない。が、上手くすれば一瞬でカタが付く。なのははそう思っていた。 なのはの周囲に桃色の光弾が幾つも形成される。 そして――次の瞬間<銃声>と共にそれら全てが弾け飛んだ。 「な……っ?」 なのはの驚愕は、状況を見る者全ての心を代弁していた。 形成とほぼ同時に他の魔力との衝突で相殺されたスフィア。桃色の残滓が空しく周囲を散っている。 なのはは、それを成したティアナの姿を凝視した。 突きつけられた二つの銃口から薄い白煙を上げ、不敵な笑みを浮かべる彼女の姿を。 「撃ち落とされたの!?」 《Positive.》 レイジングハートが無機質に肯定した。 ほぼ全ての射撃魔法に言えることだが、発射には『魔力を集束しスフィアを形成して放つ』という過程が存在する。誘導という術式を付加するならば尚更だ。 ティアナはその一瞬のタイムラグを突いたのだった。どんなに強大な力でも発生の瞬間は小さな点である。 「訓練で嫌と言うほど味わいましたから。高町教導官の誘導弾は、一度放たれれば飛べない私にとって脅威です」 しかし、その一瞬を見極め、正確に行動出来るかと問われればやはり疑わざるを得ない。 「だから、撃たせない」 目の前の現象が、ティアナの言葉のまま簡単な話でないことはなのはにも理解出来た。 可能にした要素は幾つか在る。 ティアナの魔力弾は魔導師の中に在って異質だ。どんな射撃魔法よりも弾が速い。 誘導性を一切捨て、過剰圧縮による反発作用を加えた実弾並の弾速を誇るティアナの魔力弾だからこそ、相手の行動に反応してから撃ってもなお先手を取れたのだ。 だが、数も出現位置もランダムな標的にそれを全て命中させたのはティアナ自身の磨き上げた腕前に他ならない。 それは魔導師ならば――どんな射撃魔法にも命中率に多少なりとも弾道操作による補正を入れている、なのはですら及ばない射撃能力だった。 その力に戦慄し、同時になのははそんなティアナを想う。 何故、その自分の力を誇ってくれないのか。 「溜めのある魔法は命取りだと忠告しておきます!」 駄目押しのように告げ、ティアナは魔力弾を発射した。 実弾に匹敵する弾速を人間の動体視力で捉えられるはずもない。魔力反応、銃口の向きによる弾道予測、反射神経、全てを使ってなのははそれを回避した。 防御ではなく回避。咄嗟の判断だったが意味はあった。あのまま場に留まって射撃の応酬をしていれば、近くにいたスバルを巻き込んでいただろう。 今のティアナは他人を配慮する余裕や甘さなど持ち合わせていない。あの<悪魔>を撃った時のように。 なのはは<ウィングロード>の足場から飛び出し、そのまま飛行してティアナの死角に回り込みながら狙い撃つ。 チャージ時間を短縮した<ショートバスター> さすがにそれを止める猶予は無かった。 しかし、ある程度威力を犠牲にしてなお脅威的なその砲撃を、ティアナは半身を反らした紙一重の動きで避けた。 髪を掠めて肌のすぐ傍を圧倒的な魔力の奔流が走り抜けていく。その瞬間に瞬き一つせず、表情はただ不敵に笑うだけ。 「――狙いが甘いですよ、教導官」 カウンターのようにティアナの魔力弾が放たれた。 威力も魔力量も遥かに劣る、しかしただひたすら硬く速い弾丸が、飛行するなのはの機動予測地点へ正確に飛来した。 成す術も無く肩に命中し、走り抜ける痛みと衝撃になのはは小さく呻いた。 なのはのバリアジャケットは長時間の展開を目的とした軽量の<アグレッサーモード>を取っているが、それでも魔力に底上げされた基本防御力は一般魔導師のそれを上回る。 その防御が砕かれていた。 直撃を受けた肩の部分が破れている。一見すると布のようだが、付加された特性を考えればそれは鎧を撃ち砕いたに等しい。 訓練の時とは違う。手加減も配慮も無い。 明確な意思と決意の下の戦いで、鉄壁の防御を誇る高町なのはが受けた久方ぶりのダメージであった。 「命中率を誘導性に頼りすぎです」 「……やるね」 ある種の快挙ですらあるその結果を誇りもせず、ティアナは油断無く銃口を突きつけたまま皮肉げに言った。 それが挑発であることは分かっている。しかし、なのはは悔しげに笑わずにはいられない。 油断しないと言いながら、心の何処かでタカを括っていたのだ。自分は有利だ、と。 そんな自分を嘲笑う。 そして認めた。 もはや目の前の少女は、完全に<敵>である、と。 自らも工夫し、力と技を駆使して打ち倒さなければならない相手なのだ、と。 そうでなければ、何を言ったって自分の言葉は彼女の決意を1ミリも動かせやしない。 「教導官の強さは認めますが、アナタの認識だけで何もかも測れると思わないことです。だからアナタのこれまでの訓練は……」 「ティアナ、今回はよく喋るね」 更に挑発を続けるティアナに対して、なのははむしろ嬉しそうでもあった。 「普段も、それくらい気安く話しかけてくれてよかったのに」 「……黙れ」 感情が露わになる前に冷徹な仮面を被り直し、ティアナは無慈悲な射撃を開始した。 《Accel Fin》 急加速。 初弾を回避した瞬間、移動先を読んだ第二射が正確無比に飛来する。 なのはは咄嗟にラウンドシールドを展開してこれを防ぐ。 更に数発の弾丸が障壁を叩いたが、さすがにその防御を貫くことは出来なかった。 やはり高町なのはの防御力は鉄壁。本気で守りに回れば、ティアナの攻撃力では突破出来ない。 その事実にティアナは舌打ちし、同時にすぐさま思考を切り替えて両腕に魔力を集束し始めた。 自分の射撃は一度なのはの障壁を抜いている。要は状況とタイミングだ。必ず一撃を通せる瞬間がある。それを捉える。 戦意を衰えず、むしろ集中力を高めるティアナの前でなのはがシールドを解除した。 もちろん撃たない。これは隙ではない。必ず何らかの意図がある。 その予想に従うように、なのはがレイジングハートをティアナに突き付けた。 「今度はこっちからいくよ」 当たるか。 直線射撃なら回避、誘導弾なら迎撃。いずれの行動にも瞬時に移れるようティアナは身構える。 そんな万全の態勢を前にして、今度はなのはが不敵に笑う番だった。 「――フェイントだけどね!」 《Accel Shooter》 目を見開くティアナの視界で三条の閃光が空を走った。 「何っ!?」 タイムラグ無しに<ディバイン・シューター>より更にチャージ時間を必要とする<アクセル・シューター>を放ったという事実。 集中して見ていたが、狙うべき魔力スフィアの形成は確認されなかった。 驚くティアナを尻目に、なのはの『背後』から鳳仙花の種のように飛び散った三つの魔力弾が空中で軌道を変更し、標的目掛けて一斉に襲い掛かった。 手遅れだと思いながらもティアナは答えを知る。 なのははシールドで防御した際、障壁の輝きで視認を妨害しながら、更に自らの背後で魔力を練り上げていたのだ。攻撃の前動作を隠し、同時に射線を体で遮れるように。 今更もう遅い。恐るべき誘導性を持つ魔法は放たれてしまった。 回避が不可能ならば、スバルのような機動性も持たない自分が逃げ切ることもやはり不可能。 クロスミラージュが自らの判断でシールドを展開し、そうと意図せず両腕に集束していた魔力を防御力の後押しとする。 「うわぁっ!」 シールドが魔力弾を受け止める。 しかし、カートリッジの魔力増加無しにしてもその威力は凄まじかった。 一発目がシールドごとティアナの体を揺るがし、二発目が盾に亀裂を入れ、三発目がついに砕く。 互いに相殺し合う形であったが、反動でティアナの体は<ウィングロード>から弾き出された。 咄嗟にアンカーを撃ち出し、頭上に走る別の足場まで移動する。 その間、致命的な隙でありながら、なのはは追撃を行わなかった。 それは、ティアナが最初の攻撃でスフィアを撃ち抜いた後、一瞬無防備になったなのはをそのまま撃たなかった理由と全く同じである。 「――視野を広く持つように、って教えたよね?」 睨み付けるティアナの感情的な視線を戒めるように、なのはは言った。 「一歩退いて、相手を観察することも重要だよ。魔力の動きにも気をつけて。ティアナは五感を鍛えてる分、その辺の感性が鈍いよ」 「う、うるさいっ!」 仮面が剥がれ落ち、苛立ちとそれに隠れた羞恥がティアナの顔に浮き彫りになる。 意外と激情家なんだな。やっぱりヴィータちゃんと気が合いそう。 クールな少女の新しい発見に、場違いな感心と納得を抱きながら、それを心の片隅へ追いやって、なのはは更なる戦闘の為に行動を開始した。 「お話――聞かせてっ!」 「驚いたな……。ティアナ、なのはとしっかり渡り合ってるよ」 ビルの屋上でキャロ達と共に上空の様子を見上げていたフェイトは思わず呟いていた。 思う事は多い。 二人の戦闘までの経緯はしっかり聞き及んでいた。ティアナの言い分も分かるが、なのはの普段の苦労を知る側としてはその意思を汲んで欲しいというのが本音だ。 だが今は、そんなどちらが正しいとか味方するとかいう話は置き、ただ純粋に感心せざる得ない。 ティアナの意志は、なのはの意志に決して劣らない。 彼女にはそれほどまでに強い決意があるのだった。 それ故にぶつかり合わねばならないという現実が、どうしようもなくやるせないものではあるのだが。 「……フェイトさんは、どっちが勝つと思いますか?」 フェイトの漏らした呟きを聞いたエリオが躊躇いがちに尋ねた。 「それは、どっちに勝って欲しいって聞きたいんじゃないかな?」 「……そうかも、しれません」 「エリオはどう?」 「ボクは……ティアナさんを、応援したいです」 意外にも、エリオはフェイトの眼を真っ直ぐに見返して明確な答えを告げた。 保護者であり恩師であるフェイトに対して、何処か一歩退くような遠慮を見せるエリオには珍しい我を貫く姿勢だった。 「勝てば、ティアナさんはきっと孤独になります。スバルさんに言ったことは本心じゃないって信じてますけど、でも望んだ結果だとは思います。 でも……それでもティアナさんが自分の目標の為にそれを本当に望むなら、ボクはそれを叶えて欲しい。 その上で、例えティアナさんが独りを望んでも、ボクが勝手について行くだけですから。あの人が、未熟なボク達を信じて、導いてくれたように」 「そっか……」 そのことにショックなど受けない。むしろ嬉しく思う。 エリオにも、そうして貫くべき意志と守るべき大切なものが見つかったのだ。 自分にとってなのはと過ごした10年がそうであるように、エリオにとってティアナや他の仲間と乗り越えた苦楽こそ、月日の長さを超えた大切な経験なのだろう。 人との付き合い方はそれぞれ違う。 確かに、自分やなのははティアナのことをエリオ達に比べて知らない。 だからこそ、二つの意志は相反するのだ。 「わたしは……」 ただ黙って、悲痛な表情で戦闘を見上げていたキャロが、震える声で呟いた。 「どっちにも勝って欲しくない。ううん、勝ち負けなんてどうでもいい。 なのはさんとティアナさんが無事なら……戦うのをすぐに止めてくれたら、それでいい……」 「キャロ……」 「だって! おかしいですよ、こんなの……だって二人ともいい人です。優しい人です。敵じゃないんですっ!」 キャロは涙を流し、誰にもぶつけられない訴えを嗚咽と共に吐き出していた。 親しい人達が戦い合うこと――キャロにとって、それ自体が既に<痛み>であった。 「どうしてですか、フェイトさん? 戦うって、悪い人を倒す為や、大切なものを守る為にすることでしょ? ティアナさんは悪い人じゃないし、なのはさんは何かを壊そうとしてるわけじゃないっ。じゃあ、戦わなくていいじゃないですか!」 「違うよ、キャロ。これは……」 「嫌だよ、エリオ君……こんなのやだ……」 縋り付くキャロを、エリオはただ弱弱しく支えることしか出来なかった。 フェイトもただ痛ましげに見つめ、告げる言葉が無い。 幼いながらも呪われた人生を経験してきた。その上で差し出された手に救われ、再び人を信じ、仲間の暖かさに癒された。その無垢な少女にとって、これがこの戦いへの答えだった。 キャロの言葉はあまりに純粋で、単純だ。 だが、真理でもある。 フェイトとエリオは目が覚める思いだった。 ああ、そうだ。どんな事情があれ――親しい人達が傷つけ合うのは嫌だ。胸が痛む。 なのはが、そしてティアナもきっとそうであると。 二人は改めてこの戦いの厳しさと悲しさを知った。 「そうだね、キャロ。痛いことだよ、戦うって……」 フェイトはキャロの頬を伝う涙を優しく拭った。かつて、初めて彼女と会った時そうしたように。 だが今流れるこれは悲しみの涙だ。 「嬉しい時にも流れるけど、やっぱり苦しい時や悲しい時に涙は出るんだ。私もそれを見たくない。でも……」 キャロの顔をそっと自分に向け、視線を合わせて囁くように告げる。 「それが<人間>だから――。 どうしても分かり合えなくて、気持ちはすれ違って……それでも感情をぶつけ合いながら歩み寄っていくのが、人間だけが出来る戦い方だから」 「人間だけが、出来る……」 「涙を流せるってことは、心があるってことだよ。 これは、その心の戦い。どっちが悪いとか良いとかを決めるんじゃない。多分正しい答えなんて無い、それ以外を決める戦いなんだ」 後はもう何も言わず、フェイトはただ黙って空を見上げた。 止めること無く、横槍を入れることも無く、ただ見届けなければならない。この戦いの決着を。 なのはとティアナ。 かつて、自分となのはが戦った時のように、この決着でこれまでの何かが変わる。 それがより良い未来への分岐なのか、最悪の道への一歩なのか。それは分からない。 10年前、自分が戦った時。向けられたなのはの想いを否定した。完全な拒絶と敵意を持って戦い合った。 あの日のことは、多分一生引き摺る負い目だ。それは似たような境遇で戦ったヴィータも同じだろう。 だが、あの戦いは必要だった。 あの時に、自分は岐路を得て、選び、そして今此処にこうして立っている。 だから後悔は無い。あの時の決着と出た答えに。それだけはハッキリと言える。 「なのは……」 フェイトは心苦しさと同時に、不謹慎ながら喜びも感じずにはいれらなかった。 今のなのはは、あの頃のなのはだ。そのものだ。 管理局としての正義ではなく、次元世界を統べる秩序でもなく――ただ一人の人間としての想いを信じて戦っている。 迷い、悩み、それでも自分なりに考えて、傷付きながらも信じ続けて前進する。まるでヒーロー。 子供の頃から、その眩しい姿にずっと憧れていた。 組織は多くの人々を助けられるかもしれない。 でも、たった一人の為に全身全霊を賭けて救おうとする君が好き。 「つらい戦いだね。でも……頑張って」 やっぱり君には――自分の信じるままに飛ぶ、自由な空が良く似合う。 「クソ……ッ!」 放った魔力弾が再び障壁に弾かれるのを見て、ティアナは悪態を吐いた。 これが本来の実力の差なのか。 あっという間に戦況は一方へ傾いた。 なのはは強力なシールドを前方に展開し、先ほどと同じ方法で背後から誘導弾を連装ミサイルのように撃ちまくっている。 ただそれだけ。魔法の運用一つで、戦闘は一方的な展開となりつつあった。 ティアナの魔力弾はシールドを貫けず、弾速を驚異的な誘導性で補ったなのはの魔力弾は目標を執拗に追い詰める。 硬い盾と高い火力があれば、つまりはそれだけで戦闘は決する。 理不尽を嘆かずにはいられない理論ではあったが、ある種の真理でもあった。だから高町なのはは強いのだ。 それに、まさにこれこそがティアナの求める純粋なパワーでもある。 それを手に入れる為に、負けるわけにはいかない。 「クロスミラージュ、少し無理をさせるわよ」 《No problem.Let s Rock,Baby?(お気になさらず。派手にいきましょう)》 無機質な電子音声のクセに随分と小気味のよい言葉が返ってくる。 思いの他頼りがいのある返答に、思わずティアナは苦笑した。 「OK! 火星までぶっ飛ばしましょ――カートリッジ!!」 《Load cartridge.》 消耗した魔力を一時的にカートリッジで補う。 再び放たれた数発の魔力弾が見えた。 自動追尾の誘導性は単純な回避運動では振り切り辛い。無理な軌道変更を何度も繰り返してようやく成功させたと思えば、次が来る。 何度かの攻防でティアナはそれを理解していた。 効率はともかく、反撃に転じれるだけの効果的な方法が必要だ。 魔力を消耗し、弱点が露見する危険性もあるが、これしかない。 ティアナは一つの魔法を選択した。 「フェイク・シルエット――<デコイ>!」 ギリギリまで魔力弾を引き付け、回避に移る瞬間に幻術魔法を発動させる。 ついさっきまっで居た場所に、残像のように残された幻影のティアナへ向かって誘導弾が殺到した。 視認と自動追尾さえ誤らせる幻術を使った、戦闘機のような文字通りの囮(デコイ)だった。 一瞬の回避には効果的である。しかし、結局はその程度の効果だ。 本来の<フェイク・シルエット>は幻影を動かしたり、複数行使することで戦術的な効果すらも見込める魔法である。 ティアナにとって、この魔法は未だ習得出来ぬ不完全な魔法だった。 今のでそれを、なのはに見抜かれたかもしれない。 リスクは大きかった。だからこそ、見返りは最大限に活かす。 「うぉおおおおおおっ!!」 獣のように駆け、吼えながらティアナは空中のなのはを狙い撃った。 シールドに弾かれるのも構わず、とにかく攻撃の手を休めずに移動しながら、防御のカバーが無い側面へと回り込む。 なのはは冷静に観察し、察知していた。 その動きがフェイクであることを。 本命は、撃っていない左手に集束し続けている魔力だ。二段重ねの<チャージショット>の貫通力はシールドすらも射抜く可能性がある。 固定砲台と化していたなのはは、ようやく移動を開始した。 しかし、ティアナの命中精度と魔力弾の弾速は全速飛行であっても逃れ切れるものではない。 「捉えた!」 確信と共に、ティアナは左手に宿した魔力の暴走を解き放った。 雷鳴のような雄叫びを上げて、凶悪な銃火が炸裂する。スパークを撒き散らしながら、弾丸が展開された障壁に殺到した。 「<バリアバースト>!」 狙い済ましていたなのはは、まさにその瞬間仕掛けを発動させた。 バリア表面の魔力を集束して爆発させる。 子供の頃から技術向上し、バリア付近の対象を弾き飛ばす攻性防御魔法へ昇華した代物だったが、なのはは今、あえて対象を無差別に設定して実行した。 魔力弾の激突と同時に発動し、障壁を貫かれる前に、爆発により自分自身を弾き飛ばして距離を取る。 無茶苦茶だが、その思い切りの良さが回避を成功させた。 吹き飛びながらも空中で姿勢を安定させ、近くにあった<ヴィングロード>の足場に着地する。 そして、すぐさま<ショートバスター>による反撃を放った。 砲撃の隙間をティアナは駆け抜ける。 そう、ティアナは攻撃が失敗しても走り続けている。 なのはは彼女の走る足場の先を目で追い、その<ヴィングロード>が自分の元まで一本の道で繋がっていると知ると、内心で戦慄した。 まさか、計算通りか? 回避し、ここに着地することまで狙ってのことか――! 肯定するように、接近するティアナの両手には銃剣型のダガーモードになったクロスミラージュがあった。 なのはは感嘆せざるを得ない。なるほど、大したものだ。 「でも、終わりだよ。ティアナ!」 なのはは余裕を持ってシールドを展開し、背中に魔力スフィアを形成した。 ティアナには一瞬でも高機動を行う手段が無い。確かに、接近戦には絶好の位置に追い込んだが、タイミングが速すぎたのか、ただの駆け足では全くスピードが足りなかった。 間合いに到達する前に、迎撃は十分間に合う。 シールドは接近戦の持ち込み方次第でどうにかなるかもしれないが、そもそも誘導弾が放たれれば近づくことすら不可能だ。 僅かに間合いに届かぬ位置でなのはは魔法を完成させ、全てを終結させるべく解き放った。 数条の閃光がティアナに殺到する。 「――Slow down babe?」 眼前に迫る決定的な攻撃に対して、ティアナは不敵に笑い返して見せた。 「そいつは、早とちりってヤツよ!」 右手を突き出す。 カートリッジ、ロード。薬室に弾丸を込めるが如く。 《Gun Stinger》 銃声代わりの厳かな電子音声。魔力を集中させた銃剣の切っ先を前に突き出し、ティアナ自身の炸薬が点火された。 脚部に圧縮して溜めていた魔力を爆発させた反動で、無謀な突進は凶悪なまでの加速を得る。 次の瞬間、ティアナの体は前方へ弾け飛んだ。 「でぇやぁああああああーーーっ!!」 自らを弾丸と化した突撃。残像を残すほどの加速で<ウィングロード>を滑走し、飛来する魔力弾の隙間を一直線にすり抜けて、先端の刃がついになのはのシールドを捉えた。 激突のインパクトが周囲の空気を震わせ、更に続く力の拮抗が火花を散らす。 矛と盾がせめぎ合い、魔力で構成されながらも金属的な悲鳴を上げ続けた。 「すごいね、ティアナ! いつの間に、こんな魔法覚えたのっ!?」 絶対的な魔力差を埋めるティアナの突進力に顔を歪めながら、それでもなのはは感嘆を抱かずにはいられなかった。 戦いが始まって以来、ティアナはあらゆる予想を覆し続けている。 「魔法じゃありません! それに、あまり誇れる力じゃない……!」 渾身の力で魔力刃を障壁の内側へと押し込みながら、ティアナは自身の限界を悟られぬよう、歯を剥いて笑った。 冷や汗が滲む。この技は、あまり長い間パワーを放出し続けるものじゃない。あくまで一瞬の爆発力を得る為のものだ。 拮抗は長くは続かないだろう。 「これは……<悪魔>の力です!!」 無茶を承知で、空いている左手のクロスミラージュにカートリッジのロードを命じた。 激しい魔力放出を行う中、強引な方法で供給された魔力が痛みを伴って全身を駆け巡る。 マグマが血管を通り抜けるような錯覚を味わいながら、その勢いを全て右腕に注ぎ込んだ。銃口から伸びる魔力の刃が輝きを増す。 凶悪なその光は、ついにシールドを打ち破った。 しかし、それだけだ。 刃が障壁を貫通し、銃口が抜けて銃身の半分も食い込んだところで、ついに力尽きた。 ダガーの刃はなのはの胸元で僅かに届かず止まっている。もはやこれ以上の後押しは無理だ。 その結果にティアナは――笑った。 そして間髪入れずに吼える。 「クロスミラァァァージュッ!!」 《Point Blank》 撃発。 シールドを突破した銃口から、このほぼ零距離でダガーに蓄えていた魔力を利用した<チャージショット>がぶち込まれた。 力を溜めた銃身を槍のように突き刺し、そのまま発砲するまさに狂気の連撃(クレイジーコンボ) 実銃の放つマズルフラッシュに等しい魔力光の炸裂が指向性を持って前方に噴出し、直撃を受けたなのはは声も無く後方へと吹き飛んだ。 バリアジャケットのリボンの部分がバラバラに弾け飛び、確実なダメージを引き摺って、なのははたたらを踏みながら後退を止める。 ティアナ、もはや狩りに集中する獣のように、一片の油断も躊躇も無くただトドメを刺すべく追撃した。 「ぁ……っ、あっ、あ゛あっ、あああああああああああっ!!」 躍動する体から荒い呼吸音と共に漏れるこの恐ろしい声は何なのか。ティアナ自身さえ一瞬気付かなかった。 この一撃がティアナにとっても全身全霊を賭けた勝負であったことは間違いない。 賭けには勝った。だが多くのものを支払った。 一瞬の爆発力に全てをつぎ込み、これを逃せば元々平凡な魔力量しか持たない自分に持久戦は出来ない。 接近戦で全てを決める。 「墜ちてもらいます!!」 「……っ、そうも、いかないよ!」 焦点の合わないなのはの視線が、僅かに戸惑いを見せた後、素早く接近するティアナを捉えた。 ダガーの刃が十字に交差する。ハサミと同じ構えを取ったティアナはなのはの首を刈り取るように腕を突き出した。 交差の一点にレイジングハートを差し出し、なのはは辛うじてそれを受け止める。 《Stop fighting! It is your obligation,Cross Mirage.(戦闘中止しなさい。クロスミラージュ、アナタの責務です)》 デバイス同士が接触した瞬間、レイジングハートとクロスミラージュも意思を交わしていた。 過剰な戦闘継続と、相手の危険な精神状態を考慮したレイジングハートが冷静な命令を下す中、クロスミラージュは変わらぬ電子音声で答える。 《Sorry,My senior.My answer is……Fuck you!(申し訳ありません。私の答えはこうです……糞喰らえ!)》 予想外の、機械的な発声にそぐわない痛烈な返答だった。 レイジングハートに顔があったなら、きっと面食らっていたに違いない。クロスミラージュに手があったのなら、きっと中指を立てていただろうから。 主の意思も、デバイスの意思さえも相反し合った。 二人は激突を続ける。 体格的にも二人の筋力は大差無い。力比べを無駄と切り捨てたティアナは、素早く刃を引いて攻め方を変えた。 拳銃にナイフの生えたような通常の短剣とは使い勝手の違うそれを、驚くほど滑らかに振り回して、小さく、細かく斬りつけて来る。 射撃戦主体とは到底思えぬ巧みさであった。 なのはは冷や汗を浮かべながら、迫り来る剣閃をかろうじてデバイスで捌き続けた。 ティアナの攻撃が技術に裏づけされたものなら、なのはの防御は経験によって支えられている。 決して理の通った動きでは無く、無駄もあり、しかし長年戦い続けてきた経験の中にあるヴィータやシグナムを含む接近戦のエキスパートとの記憶が、迫る刃に対応するのだ。 全身を緊張させ、それでいてくつろいだ動きは、シビアな判断の連続である近接戦闘において理想的な態勢である。 「ビックリだな、ティアナってばどんどん隠し玉出すんだもん!」 「アナタに対して有効だから付け焼刃で振り回してるだけです! でも、今は私の出せる力は全て出して証明すると決めましたから!」 「なるほど! じゃあ、この勝負はわたしの負けかもねっ!」 ガギンッ、と鉄のぶつかり合う音を立て、再びデバイスは噛み合い、一瞬の拮抗が出来上がった。 互いの武器を境に、二人の視線が交差する。 「――ティアナを甘く見てたのは認めるよ。 でも、だったら尚更どうして? こんなに強いのに、ティアナはまだ力が欲しいの?」 「欲しいですね。例え悪魔に魂を売ってでも……<悪魔>を殺す為に!」 「そんな矛盾を持ってる時点で、間違ってるって気付かないの? そんな考えは、ティアナを不幸にする! 孤独にしちゃうんだよ!!」 「独りで戦う、誰も助けてくれなんて言ってない! どうしてアナタは私を止めるんですか!? 私はただの部下です! 別にアナタの10年来の友人でも、家族でもない! お節介程度の気持ちで、私の生き方まで干渉されたら、いい迷惑なんですよ!!」 もはやほとんど罵声のようなティアナの訴えが、なのはの心を揺るがした。 「わたしは……」 心が痛い。だが、こんな痛みなど自分勝手な感傷だ。 そうだ、結局どこまでいってもティアナにとって自分の言動は余計なお節介に他ならない。 それでも――ここで引き下がれない理由は何だ? 目の前の少女を、このまま独りで行かせたくないと思う、自分を突き動かすこの衝動は一体何なのか? 自分の心を表現出来る言葉を必死で探すなのはの頭とは別に、その胸に宿る熱い何かが一気に込み上げて、口から突き出した。 「――ティアナが、好きだから」 「え?」 一瞬、激しい力と意思の衝突が何処かに消え失せた。 呆けたようなティアナの顔と、無意識に出た自分の言葉を認めて、なのはは今や完全に納得した。 そうだ。これだ。 「初めて会った時、相棒を見捨てずに背負って走り続けるティアナの必死な顔を、カッコいいと思ったから」 つらつらと、これまでの迷いが嘘のように想いが言葉となって流れ出た。 「初めての訓練の時、ティアナの撃った弾に宿った魂の強さに、憧れたから」 教導官としての責務。 上司としての責務。 そんなもの、どうだっていい。 「初めてわたしの訓練に意見してくれた時、自分だけの決意を持つ真っ直ぐな眼を見て、もっと知りたいと思ったから」 高町なのはという一人の人間として付き合いたいと、思ったのだ。 「だから、ティアナ――今のアナタの姿がわたしには我慢出来ないの」 それは正しいのか、悪いのか。 そんな考えはもはや空の彼方へ捨て去って。なのはは今、一人の少女として、断固として言い切るのだった。 「そんな、身勝手な……っ」 「ゴメンね。フェイトちゃんやヴィータちゃんの時もそうだったけど、わたしって結構わがままなの」 絶句するティアナの前で、なのははあどけない笑みを浮かべて言った。 「そう言えば、わたしが勝った時の条件って言ってなかったね。 ティアナが勝ったら、うんと強くなるように訓練メニューを変更する。 わたしが勝ったら――今度こそ<なのはさん>って呼んでもらうよ。親しみを込めてね!」 名案だとばかりに、得意げに言うなのはの顔はどう見ても管理局所属の一等空尉の顔ではなく、年相応の人懐っこい少女の笑顔であった。 思わず釣られて浮かべそうになった苦笑を噛み殺して、ティアナは鋭く睨みつける。 「だったら、まずは勝ってからにしてもらいましょうか!」 クロスミラージュの銃身とレイジングハートの持ち手が交差していた一点に向けて、膝を蹴り上げる。 全く想定していなかった方向からの衝撃に、力の拮抗は崩れ、二つのデバイスは弾けるように離れ合った。 両手は宙を舞い、互いに無防備な懐を晒した二人だったが、その一瞬を想定していたティアナだけが一手早く動いた。 下腹に向けてダガーの刃を突き入れる。擬似的にとはいえ人を刺す行為に一瞬の躊躇もない。 バリアジャケット越しに感じる手応え。ティアナは何故か取り返しのつかないことをしてしまったような絶望を感じながら、必勝の瞬間にほくそ笑む。 なのはの腕が、ティアナの腕を掴んだ。 「ジャケットパージ!!」 そう叫んだなのはの言葉の意味が一瞬理解出来ない。 だが、何か答えを出す前にティアナの体は突然の衝撃に後方へ弾き飛ばされた。 上着の部分を構成する魔力を瞬間的に解放することで周囲に衝撃波を放ったこの<ジャケットパージ>は、かつて親友のフェイトが使用していたものだった。 全く予想していなかった反撃に吹き飛ばされるティアナ。揺れる視界で、なのはの射撃体勢を捉える。 必死にクロスミラージュの銃口を突き付けた。 「く……っ!」 「レイジングハート!」 互いのデバイスの先端に灯る魔力の光。交差する視線。狙いは完璧。 放たれる、今。 「シュートォ!!」 「Fire!!」 二色の魔力光がすれ違い、互いの標的を同時に直撃した。 奇しくも、二人とってこの戦いの中で初めてクリーンヒットを相手に与えていた。 「ティア! なのはさん!?」 意識を刈り取るほどの互いの一撃に吹き飛ばされ、<ウィングロード>の足場から落ちていく二人を見て、それまで呆然としているだけだったスバルが我に返る。 深くなど考えない。二人を救う為、魔力を振り絞って更に<ウィングロード>を形成し、伸ばす。 二人の間を中心に一本の青い道が伸び、落下する二人の体を受け止めた。 スバルが安堵のため息を吐く中、二人は倒れ伏したまま動かない。 モニターには倒れたままのなのはとティアナが映っている。 息を呑むようなその場の静寂が、ヴィータの元にまで伝わってきていた。 「……信じられねえ。リミッター付きとはいえ、相手はあのなのはだぞ」 「先に言うなよ。正直、俺も信じられないってのが本音さ」 この時ばかりはダンテも茶化す事無く、神妙な様子でヴィータの言葉に同意していた。 ティアナと最後に会って約三年。 確かに彼女は魔導師として鍛える為の施設に入り、その為の日々を過ごしてきた。 だが、その日々を経たとしてもわずか三年という時間であそこまで人は変わるものなのか? 機動六課に入って以来の付き合いでしかないヴィータにとっては、この変貌はより衝撃的であった。 「努力だとか詰め込みの自主錬だとかでどうにかなるレベルじゃねえぞ。 特に、最後のあの銃剣使った突撃。瞬間高速移動とか肉体強化とか、完全にスバルやエリオみたいな近接戦型魔導師のスキルじゃねーか」 感嘆というよりも畏怖するような響きで呟き、ヴィータは傍らのダンテを睨み上げた。 「……おまけに、どっかで見た技だったな」 初めて共闘した夜、目の前の男が使った技をヴィータは鮮明に覚えていた。 突進と刺突を合わせた一撃。だが、威力や効果はそんな単純なものではなかった。まさに絶大だ。 爆発的な初動は、自分やシグナムでさえ反応することが難しいだろう。あれは一種の技だった。ダンテは自然体で近接戦型魔導師のスキルを備えている。 ティアナの使った技はまさにそれをベースに発展したものと言ってよかった。 「確かに、アイツには何度か見せたことがあるがね。だが、分かるだろ? 見よう見真似で出来るもんじゃない。おまけにアイツには向いてないんだ」 「……そりゃそうだよな。確かにアイツの体つきは格闘向けじゃねえ。けど、だったらますます解せねえだろうが」 言いくるめられ、渋々頷きながらもヴィータは合点のいかない表情を見せた。 「近接技の類は単純な魔法の習得で出来るもんじゃねえ。 機動力強化や筋力強化にしても、基になる部分の適応、その為の肉体改造――どれも一朝一夕で出来るもんじゃねぇんだ。 こりゃ、努力とか才能の問題ですらねーぞ。時間的に無理! ティアナの野郎、まさかヤベー薬でもやってんじゃねえだろな?」 ヴィータはさして考えもせず冗談染みた呟きを漏らしたが、ダンテの表情が僅かに揺れたのを彼女は気付かなかった。 そうしているうちに、モニターで変化が起こる。状況が動き出したのだ。 ヴィータは再びモニターに釘付けになり、戦いの結末に意識を集中させた。 その傍ら。ダンテはモニターから眼を離し、肉眼では見えない遠くの訓練場での戦いを見据える。 「……あのじゃじゃ馬、まさかここまで踏み込んでたとはな」 笑い飛ばしてみようとして失敗し、苦々しいものがダンテの口元に浮かんでいた。 「深入りするなよ、ティア。お前は<人間>なんだ――」 ダンテの言葉は風に溶け、遠いティアナの下へ流れていく。 状況を鮮明に映すモニターの中、ついに二人の戦いは終着へ向かおうとしていた。「くっ……ぁあ……っ」 力を振り絞り、なのはは両手を着いて上半身を持ち上げた。 腹のど真ん中にはティアナの魔力弾の直撃を受けた跡がしっかりと刻み込まれている。まったく、あの態勢で恐ろしい命中率だ。 「久しぶり、かな……こんなにキツイの」 苦笑しながら力の入らない両足を無理矢理立たせる。 ダメージは予想以上だった。 近接状態から逃れる為とはいえ、<ジャケットパージ>は発動と同時に無防備な状態を晒す危険な方法である。 上着部分を失ったことで大幅に防御力の落ちたバリアジャケットは、ティアナの魔力弾の貫通力を緩和し切れなかった。 模擬戦でここまで必死になったのは、本気のシグナムとの一戦以来だ。 「ティアナは……」 なのはは自分の立つ<ウィングロード>が一直線に伸びる先を見つめた。 ティアナは倒れたままだ。意識は戻っているらしく、両脚を震わせ、両腕を動かしながらもがいているが、立ち上がれていない。 ダメージはティアナの方が深刻だった。 砲撃魔導師とも呼ばれるなのはの<ショートバスター>の直撃は、それほどまでに脅威なのだ。 ティアナは言うことを聞かない自分の体に絶望した。 「あたしが――負けるの?」 悔しさと共に、弱音とも取れる言葉が漏れる。 それを見下ろすなのはは、手を差し伸べることもなく、ただ強く言い捨てた。 「どうしたの? それで終わりなの?」 言葉とは裏腹に、嘲りなど欠片も無く、叱責するような厳しさでなのはは告げる。 「立ちなさい! ティアナ、アナタの力はそんなものじゃないはずだよ?」 「うる、さい……っ!」 なのはの言葉にティアナの頭が一瞬で煮えくり返った。 湧き上がってきた怒りを両脚に注ぎ込み、力として立ち上がる。ここで這い続けることは、何よりも許せない屈辱だ。 「アンタなんかに、あたしの何が分かるってのよぉぉ!!」 折れた牙を剥きながら立ち上がった。 ティアナの仮面、もはや跡形も無く崩れ落ち、無残なまでの感情が剥き出しになっている。 怒り、妬み、焦り、悔い、憎しみ――ハッキリとした視線。だが、なのははそこから眼を背けない。 「分からない。でも、わたしはアナタを止めなきゃならない。例え、アナタを傷つけることになっても」 幾度目かの対峙。 しかし、二人は言葉も交わさずに確信し合った。 次が、最後だ。 「……クロスミラージュ」 「……レイジングハート」 下向きに構えられたお互いのデバイスが、お互いの主の意のままにカートリッジをロードした。 供給される一発分の魔力。 そう、次の一発で決める。 奇妙な沈黙が落ちた。 嵐の前の静けさが最も表現として合っている。更に適する状況を表すならば『銃を構える寸前で止まった決闘の瞬間』が最も正しい。 自分が最後まで信じる射撃魔法を武器に、二人は同じ盤上で賭けに出ることを同意していた。 張り詰めた空気が、限界に達する。 ティアナとなのはが、自らのデバイスを相手に向けて振り上げた。 一挙動、なのはが遅い。 疲れ果てて尚、ティアナの抜き撃ちは神速であった。クロスミラージュのガンサイトがなのはの眉間を捉え、ティアナは躊躇無く弾丸を解き放つ。 放たれた魔力弾は、その音速に達する速さで一直線に走り――なのはの手の中に吸い込まれた。 「あ――」 目を見開き、驚愕に支配されたティアナに許された発声はそれだけだった。 待ち構えていたかのように、発射と同時に動いたなのはの空手が飛来する魔力弾を防護フィールドで包み込み、受け止めていた。 虚しく四散する魔力の残滓が舞う中、瞬き一つしないなのはの眼光がティアナを捉えている。 右手のレイジングハートが、ティアナより一瞬遅れてその穂先を標的に向けた。 「シュート」 囁き、念じる。 轟音と共に砲撃が放たれ、なのはの最速砲撃である<ショートバスター>が為す術も無いティアナを貫いた。 魔力の奔流が過ぎた後、左半身のバリアジャケットを消失させ、ティアナが力なく膝を着いた。 もはや、戦いを続けられはしない。 戦闘は終了したのだ。なのはの勝利によって。 「ティアナ……」 僅かにふらつく足取りを叱咤して、なのはは今にも倒れそうなティアナの下へ歩み寄った。 ギリギリの勝負だった。元より、正面から撃ち合いなどして自分に勝機があるなど思っていない。 なのはがティアナの射撃を防げたのは、勘と、運と、何よりもその判断力によるものだった。 散々自身の魔力弾を撃ち込みながらもそれに耐えてきた自分のバリアジャケットをティアナは警戒していたはずだ。 狙うならば、一番ダイレクトにダメージを送り込める頭部を狙って意識を狩りに来る――そう踏んで、ティアナの射撃を誘導した。 後は自身の持ち得る感覚やセンサー全てを頭に集中して待ち構え、そしてなのはは賭けに勝ったのだ。 「わたしの、勝ちだよ」 ティアナの目の前で、なのははそう宣言した。 それを聞き、持ち上げた顔の中。ティアナはまだ笑みを浮かべていた。 「まだ決着なんて……ついてませんよ、教導官。私の意志は折れていない」 「何言ってるの、ティアナはもう戦えない!」 「なら、待ちます。このまま何もしないなら、少しずつ呼吸を整えて、体力を回復させて、動けるようになったらもう一回襲い掛かります」 「そんなこと……っ!」 「そんな面倒な真似をさせたくなかったら、しっかり決着を付けてください。高町教導官」 ティアナの言葉に、なのは息を呑んだ。 ドドメを刺せ――ティアナはそう言っている。 「……降参して、ティアナ」 「言いません。もうダメです、その段階は過ぎました。私はもう決めましたから」 「ティアナ、意地を張らずに……っ!」 「その気遣いは、一体何の為のものなんですか!?」 倒れる寸前とは思えないティアナの一喝が響いた。 彼女の瞳にだけは、いまだに激しい炎が燃え続けている。 「高町教導官! アナタは卑怯だ、そうやっていつも深く踏み込む決断を避ける! 優しさだと思ってるそれは、壁なんです! 私はアナタの笑顔には惑わされない! 私の本気に対して、本気で応えようという気がないなら最初から関わらないで下さい! 今は優しさなんて必要ないんですよ!!」 息も荒く、それでもティアナは血を吐き出すように言葉を投げつけた。 その全てがなのはの心を抉る。 ティアナを含めて、これまで多くの訓練生に教えてきた全てに自信が無くなっていく。 間違っていたとは思えない。でも――確かにわたしは、壁を作っていたのではないか。 「……さっき言ったことは嘘ですか?」 今度は静かに、ティアナが尋ねた。 「本当なら撃って下さい。 私は本気だから止まりません。本気なら止めて下さい。撃って下さい。この戦いの答えを決めて下さい――<なのはさん>」 なのははカッと眼を見開いた。 心が痛み続ける。苦悩が巡り続ける。だが今、迷いだけは抱いてはならない。 何かを堪えるように引き締めた口元。弱弱しくも立ち上がったティアナを睨み据え、レイジングハートを構えた。 「――全力全開でいくよ、ティアナ」 「望むところです」 コッキング音と共に二発のカートリッジがロードされる。 十二分な溜めによって、最大級の魔力が強大なスフィアを形成、凶悪な光を胎動させた。 その圧倒的な存在を前に、射線上のティアナはむしろ穏やかな表情すら浮かべていた。 今、この戦いから始まった全てが終わる。 「<ディバインバスター・エクステンション>!」 なのはの叫び、あまりに悲痛に響き。 「シュゥゥゥーーートォォッ!!」 渾身の力と想いを込めて、なのはは泣き叫ぶように絶叫した。 高密度で圧縮された魔力が一瞬でティアナの体とその意識を飲み込む。 多重構造物を貫通するほどの対物集束砲は光の帯を空の彼方まで届かせ、その凶悪な輝き知ら示した後、ゆっくりと消えていった。 斜線上にあったただ一人の対象物であるティアナは、バリアジャケットを跡形も無くに吹き飛ばされ、訓練着の状態に戻っていた。 意識などあの光に全て焼き尽くされ、そのまま崩れ落ちる。 もはや、立ち上がることはない。目を覚ますのに丸一日は必要だろう。 今度こそ、戦いは終わった。 勝者となったなのはは、倒れたティアナを呆然と見下ろしていたが、やがて踵を返してフラフラと歩き始めた。 「模擬戦はこれまで。二人とも、撃墜されて……」 誰に告げているのか分からない呟きは、そのうちすすり泣くような声に変わっていく。 数歩進んだところで力なく膝を着き、両手で顔を覆った。 様子を見ていたフェイトが飛び出し、いつの間にかバインドの解かれていたスバルが弾けるように駆け出した。 その戦闘を傍観していた者全てが、慌てて行動を始める。このあまりに痛ましい結末に。 もう、見ていられない。 ティアナ対なのは、決着――。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《剣》リベリオン ダンテの愛用する剣。父から譲り受けたもの。 長身のダンテ自身に匹敵する程の長さと肉厚の刀身を持つ巨大な剣。悪魔の頭蓋骨を連想させる装飾が特徴。材質不明。 頑強で切れ味もあるが、それ自体は単なる剣に過ぎない。 その真の特性は、ダンテの力を唯一完全に発揮出来る媒介であるという点である。 並の得物ならば伝播させるだけで崩れ落ちる真紅の魔力を刀身に宿し、更に強力な攻撃として具現化させることが可能。 ダンテの魔力を帯び続けていたせいか、彼の意思一つで手元に戻ってくる特性も兼ね備えている。 また、武器としてだけではなく、ダンテの<真の力>を発揮する為の鍵としても在るらしいのだが――? 髑髏の装飾は、ダンテの状態に応じて形状が変化するらしい。 前へ 目次へ 次へ
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マクロスなのは 第11話『地上部隊は誰がために・・・・・・』←この前の話 『マクロスなのは』第12話『演習空域』 「ファイア!!」 アルトの掛け声と共に100もの青白い航跡を残しつつ中距離ハイマニューバミサイル(以下、中HMM)が飛翔していく。 これは3メートルほどの全長を持ち、VF-1とVF-11、VF-25の4つある翼下ステーションのうち2つを使って1機につき8発ずつ装備していた。 敵との距離は約40キロ。 しかし魔導士部隊が亜音速、バルキリー隊がハイパークルーズ(超音速巡航)でマッハ2を出せば相対速度はマッハ3になる。この速度でも接触まで40秒かからない。加えて最高速度がマッハ5+を記録する中HMMならば相対速度がマッハ6になり、たった20秒弱で走破できる。彼らにとって40キロとはその程度の距離だ。 『着弾まで3、2、1・・・・・・今!』 ホークアイからの報告。しかしそれは驚愕に変わった。 『・・・・・・ん!? 全弾はずれた・・・・・・だと?』 アルトはモニターの倍率を最大にして戦果を確認する。確かにミサイルは突然目標から大きく逸れ、無益に自爆していく。 理由はすぐに知れた。 魔導士達は着弾の直前に、デコイとして大量に魔力弾を散布すると飛行魔法などを一瞬全て解除して魔力の探知を不能にしていたのだ。 『なんで奴らはミサイルの弱点を知っているんだ!?』 隊の1人が悪態をつく。 当初開発された中HMMの誘導方式はフォールド波・電波併用アクティブ・レーダーまたは赤外線画像ホーミングだ。 そのためレーダーに映らず、空気摩擦で生ずる熱以外まったく発熱のない彼らに対応して急遽作られたのがこの魔力スペクトル解析式画像ホーミングの中HMMだ。 しかしこのミサイルには大きな弱点がある。今のように魔力の使用を完全に止めたり、探知範囲(発射後はカメラのあるミサイル正面から45度以内)を過ぎると無力になる事だった。つまり一度デコイ(囮)にロックがかかると魔導士の再認識は難しいということだ。 『怯むな!ミサイルがダメならレーザーでもガンポッドでも使え!全機突撃!』 ミシェルの突撃命令に隊は編隊を維持して進撃する。 『『ホークアイ』からフロンティア基地航空隊。魔導士部隊は鶴翼陣形で包囲するつもりだ。気をつけろ!』 『了解。スコーピオン、アリース、ジェミニ小隊は俺と右翼へ。残りはサジタリウス小隊と共に左翼から挟み撃ちだ』 ミシェルの指示にバルキリー隊は2手に別れ、ミシェルの指揮するスカル小隊と上記3小隊は右翼へ。アルトは自身の指揮するサジタリウス小隊とアクエリアス、カプリコン、トーラス小隊を率いて左翼へ飛ぶ。 魔導士部隊との距離が10キロのところで彼らの迎撃が始まった。VF-25に装備されたバックミラーの端が一瞬光る。 『・・・っ!』 『大丈夫か、トーラス2?』 『はい、主翼にかすっただけで飛行に支障はありません』 彼は続けて『大丈夫です』とつけ加えたが、この距離での被弾を想定していなかったため転換装甲は全機最低出力になっている。殺傷(物理破壊)設定なら撃墜はなくても主翼を吹き飛ばされただろう。 やはりAランク魔導士。視認距離ギリギリでこの命中精度。砲撃の腕と威力は伊達ではない。 その火線は近づくにつれて幾何級数的に増えていき、回避のために隊としての進撃速度がガクンと落ちる。 「各機フォーメーションA。敵を一気に突破する!」 各機からの了解の声。 瞬時に編隊が組み直され、エンジン出力に余裕のあるVF-25とVF-1が先頭になり、VF-11が後方に。全体から見ればVF-25を頂点とした円錐の陣形だ。 先頭の部隊はMM(マイクロ・マジカル)リアクター(小型魔力炉)の魔力とエンジンのエネルギーをデバイスと機体のPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)に叩き込んで前方に展開。砲撃を弾き返しつつ進撃する。 しかし推進エネルギーの大半をPPBSに持って行かれるため、全体の進撃速度は時速1000キロ台に低下した。 前衛に守られる形となった後方のVF-11は必死に砲撃を行うが、魔導士達と違い4機しかいないため牽制にしかならなかった。 ダメージの蓄積するPPBSをハラハラしながら注視する十数秒間。それはあまりにも長く感じた。だがそれもこれで終わりだ。 「今だ!サンダーホーク、あいつらにクラスターミサイルをぶち込んでやれ!」 アルトの指示にVF-11のエンジンナセル側部のハッチが展開。マルチウェポンベイから1機につき1発づつ打ち出されて敵に殺到した。 この空間掃討用クラスターミサイルの内部には多数の魔力墳進(ロケット)弾が封入されており、親機で敵の目前まで進攻すると子機であるロケット弾が散布。広域に分散して目標空間を〝制圧〟することができる。 しかし射程が5キロ(親機の飛翔射程が3キロ。ロケットの最大飛翔射程がそこから2キロ)という致命的な短さ。それに加えてその機構ゆえにミサイル本体の大きさは大型反応弾頭に匹敵する。そのような重装備であったためペイロードに余裕のあるVF-11にのみ装備されていた。 4発のクラスターミサイル達は前衛魔導士部隊の迎撃で2発が途中で撃墜されるが、他はその役目を忠実に実行した。 親機から前方投射面にばら撒かれるロケット弾。それはそれぞれ指定された距離だけ飛翔を終えると、内包する大容量カートリッジ弾3発という莫大なエネルギーを開放した。 結果、彼らの真ん中で無数の青白い魔力爆発の花が咲き、勇敢な前衛魔導士部隊を一瞬で壊滅させた。 敵が後退していく。だが戦死者がその場に呆けたように浮いていた。アルトは急いでVF-25に内蔵された外部フォールドスピーカーを起動させ怒鳴る。 「お前ら死んだら早くどかないか!接触したら本当に死んじまうぞ!」 空気ではなくフォールド波を媒介にした声は光速より速いスピードで戦死者達の耳に届き、彼らを撤退させた。 そしてアルト達はそのまま敵に斬り込んだ。 「各小隊散開。各個に敵を掃討せよ」 指示を出しつつハイマニューバ誘導弾を生成し、敵を流し見る。するとHMD(ヘルメット・マウント・ディスプレイ。ヘルメットのバイザーに直接高度計や機体姿勢、進行方向など重要な情報が表示される形式)に映る敵に次々とロックオンレティクルがかけられていく。 その隙にも数人の敵がデバイスを照準してくるが、遠方より飛来せし極音速の魔力弾がピンポイントで命中。連携が乱れる。 「喰らえ!」 気合い一発。ハイマニューバ誘導弾はデバイス『メサイア』によって誘導され、HMMの純正も顔負けな速度で敵に食らいついていく。 ハイマニューバ誘導弾の射程は2000メートルほどしかないが、弾数制限が無いことと光学識別式(ロックオン時に物体の形を覚え、それを追う)なのが魅力的だった。 アルトは発射と同時にガウォークに可変し、敵の応射をロール機動で回避。返す刀で誘導弾に気を取られていた数人の敵を(Aランク魔導士に対しては)1発で即死判定という58ミリペイント弾で撃破した。 アルトには聞こえなかったが、超音速で飛んできたペイント弾に撃破された魔導士は鮮血のような真っ赤なペイント飛沫と共にその衝撃によって凄まじい悲鳴を上げたという。 そんなことツユとも気にせぬアルトは可変を駆使して加速、減速、推進・質量モーメント変化などによって複雑な回避運動を行う。 そしてそれが必然であるように魔導士部隊の火線を掻い潜り、必殺の反撃を行っていった。 (*) 「すごい!」 後方の大きな雲の中でホログラムによって光学擬装したVF-11Gの中でさくらが感嘆の声を上げる。アルトの機動は攻守が一体となった全く無駄のない動きだった。 しかし彼女とて彼らから2キロほど離れているのに援護射撃だけでなく、高速度で横方向に動く目標に狙って当てている事は十分すごいことだった。 だが彼女には今、そんな自惚れはない。彼女はアルトの見せる〝舞〟に心奪われていた。 彼女は再び狙撃をしようとカメラをズームすると、アルトの後ろにつくVF-1Bがだんだん遅れてきているのを発見した。 「天城さん、早くしないとアルト隊長行っちゃいますよ!」 『ま、まってくれぇ~』 そう言ってついていく天城も、アルトの切り開いた道を適度に維持し、後方からの敵を阻止する。 たまに危なく見えるが彼も自分と同じく1カ月間アルトに徹底的にしごかれた1人。実力は十分ついている。 『天城、混戦になるから俺の後ろを絶対離れるなよ!さくらはこのまま全体への支援狙撃を頼む。あと警戒を怠るな。特に後ろ』 アルトからの通信。さくらは 「了解!」 と応えつつ、ミシェル直伝の長距離スナイピングで敵を撃破していった。 (*) 演習空域、南西端 そこには2人の騎士甲冑姿の女性と彼女達を支える小さな妖精がいた。八神はやてとシグナム、そしてリィンフォースⅡだ。 シグナムは2人の護衛だが、今は敵がいないので静かにたたずんでいる。 『―――――敵の進撃速度が予想値を上回ってはいますが、ここまで〝予定通り〟進行しています』 画面の中の魔導士がはやてに報告する。 はやては中立である『ホークアイ』からリアルタイムで送られている戦況俯瞰図を流し見る。 余談だが中立の『ホークアイ』内部も二分され、それぞれにオペレーターがついていた。(これができるのは情報提供のみに特化し、指揮・火力管制任務が外されているからである) 図によると主戦場は演習空域のほぼ真ん中で、フロンティア基地航空隊が優勢だった。 「了解。こっからもこちらの立案した予定にしたがって動いてください」 「はっ!」 魔導士は敬礼してモニターを閉じた。そして隣で同じく通信の終わったらしいリィンを向く。 「マイスターはやて、各部隊の〝転送魔法〟は準備完了です」 彼女の通信していた部隊も仕込みが終わったようだ。 「じゃ、行ってみよか」 「はい!」 2人は息を合わせるとユニゾン。そして友軍全体への音声通信を放つ。 「こちら八神はやて。これより作戦をテイク2に移行します!」 そして彼女は自身の杖、アームドデバイス『シュベルトクロイツ』、本型ストレージデバイス『夜天の書』を出すと魔力のチャージに入った。 (*) アルトは不審に思っていた。 前衛突破後から強固な抵抗が無いのだ。まるで無理をするなと言いくるめられたかのように魔導士部隊は後退を続ける。 遂には右翼から進攻してきたミシェルの部隊とも合流し、現在20人程で円陣(三次元的に言えば球陣)を組んで抵抗する敵の包囲戦を行っている。 アルトは並進するミシェルに呼び掛ける。 「ミシェル、どうもおかしい。あまりにも簡単過ぎる」 『ああ。まだ六課が出て来てないしな』 「だが六課は範囲攻撃主体であの円陣の内側にいないと撃てないはずだ」 包囲しているバルキリー隊はほぼ円陣に密接するように攻めている。それゆえなのはの大火力砲撃や、はやての爆撃は友軍を巻き込むため使えないはずだ。 しかし円陣の内側にそんな魔力反応はない。レーダーによれば放出魔力量はすべてクラスA相当で、クラスSならすぐにわかる。 (まさか参戦してないのか?) そんな考えが頭をよぎるが、あのミサイルの回避法は紛れもなく自分がリークした情報を元にしている。はやてもいるようだし、参戦していない訳ではないはずだった。 その時、前線から切迫した声が入った。 『隊長!奴ら転送魔法を使う気です!』 『「なに!?』」 円陣に視線を投げると、その下に巨大なミッドチルダ式の魔法陣が展開されている。そして一瞬で敵の全てが消えてしまった。 「なんてこった!こんな無茶をするなんて・・・・・・!」 アルトは歯噛みした。 転送魔法は高ランクの魔法で、これほどの大量転送には相当な人数を必要としていたため自分達は想定していなかった。 しかし、相手の人数もわからないこの現状ではそれもあり得た。 「全機、何が来るかわからん。ミシェル隊長機を中心に集合。周囲の警戒に当たれ!」 アルトは急いで指示を出し、現場空域の撤退をはかった。 (*) しかし、すでに魔導士部隊の罠にかかった彼らに逃げ出すチャンスは少なかった。 (*) 「囮魔導士部隊の現場からの退避を確認。はやてちゃん、行けるですよ!」 精神内からリィンが報告する。ユニゾン中でも各個に動くことができるため、それぞれの仕事がやりやすくなっているのだ。 また、誰にも聞かれないので彼女の口調がいつものそれに戻っている。 「了解や。でもリィン、ごめんな。わたし長距離サイティングとか苦手やから―――――」 「なに言ってるですか!私はそのためにいるんです。私は祝福の風、リィンフォースⅡですよ!」 彼女が不服そうにその愛らしい小さな頬を〝ぷく〟と膨らます。 「そうやった、ごめんな。逆に失礼やったな」 はやては苦笑するとまぶたを開き、意志のこもったブルーの瞳をのぞかせる。そして夜天の書を開いた。 すると足元に大きな白いベルカ式魔法陣が。目の前には合計5つのミッドチルダ式の魔法陣が出現した。彼女は詠唱する。 『来よ、白銀の風、天より注ぐ、矢羽となれ!』 チャージは十分。あとは発射コードの打ち込みだけとなった。彼女は高らかに自身の技名としての発射コードを宣言する。 「フレース、ヴェルグ!」 するとミッドチルダ式の魔法陣から5発の光の奔流がバルキリー隊に向けて射出された。 (*) フロンティア基地航空隊は高度8000メートルで周囲の警戒をしつつ北に向かっていた。 『『ホークアイ』よりフロンティア基地航空隊。演習空域南西端からオーバーSランク相当の高エネルギー反応!砲撃又は爆撃と思われる!』 アルトは報告から瞬時にその方向をセンサーでサーチし、VF-25のコンピューターで解析する。結果はやての魔力爆撃と判明した。 「こちら副隊長、反応は八神二佐の魔力爆撃と認む!全機高度を2000メートル以下に落とせ!」 それ以下で魔力爆撃の効果が及ぶことは管理局の規定で特例がない限り禁止されている。アルトはそれを逆手に取ろうと言うのだ。 『了解!全機、俺に続け!』 ミシェルが急降下に入り、全機が続く。しかし敵は速かった。 『発射を確認!着弾まで3、2・・・・・』 ホークアイが秒読みを始める。だがまだ高度は6000だ。 シレンヤ氏 第12話 その2へ
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逆境をチャンスに変え、謎の襲撃者ヴィータを撃退したなのは。 結界は解除され、急行したフェイトやユーノ、アルフとも合流し、彼らは再会を喜び合うのだった。 しかし、団欒の時間も束の間。新たな結界が四人を戦闘空間へと隔離する。 そこで再び襲い掛かって来たのは、ヴィータの仲間であるシグナムとザフィーラであった。 今宵、二度目の死闘が開始される―――。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ 「仲間の敗北は、仲間が返す―――覚悟して貰うぞ、幼い魔導師」 「……こいつぁ、なかなかグレートな状況なの」 ブレイドタイプのデバイスを構えた女戦士が放つヴィータ以上のプレッシャーを前に、しかしなのはもまた顔色一つ変えずに佇んでいた。 普段の年相応な少女の顔を消し、歴戦の猛者の如き迫力を放つなのはを見て、ユーノとフェイトは既視感を覚えていた。 (この……なのはから感じる『凄み』! 普段のなのはじゃない! 私やアルフと戦った時と同じ、なのはの中にある『何か』のスイッチが入ったんだ……ッ!) それは、なのはが『覚悟』を決めた時の姿だった。 敵を倒す時、『必ずやる』と決めた時、いつもなのははやり遂げる『凄み』を持っていた。 フェイトは普段の優しいなのはの方が好きだったが、今この状況で、今の状態のなのはほど頼もしい存在はいないッ! そう確信もしていた。 「な、なのは……」 「フェイトちゃん。私はこの結果を破壊する為に『スター・ライト・ブレイカー』の用意をしなくちゃあいけない。 だから、ユーノ君達と協力してあの二人と戦って。もちろん、倒しちゃってもいいよ……」 シグナム達を睨んだまま、振り返りもせずに言い切るなのはの自信に満ち溢れた姿。 その姿を見る度に、フェイトは憧れを抱き、同時に自分がどうしようもなく弱気になるのを感じていた。 なのはは偉大だ。とても同い年の少女とは思えない。そんな彼女の『心の強さ』に、フェイトはいつも縋りそうになってしまうのだった。 「で、でも……なのはァ……。 あ、あんまり私に期待しないでよ……私なんかに。結界は私が壊すから、なのはが戦った方がきっと勝ち目も大きいと思うし……」 かつて『母親の為』ならば冷徹な戦闘マシーンのようになれたフェイトも、その母を失ってからはもはやあの時の仮面を被れなくなっていた。 すぐ傍に、なのはという大きな存在がいる事も原因だ。 泣き言を漏らすフェイトに振り返ると、なのははそっと手を伸ばす。 フェイトは殴られると思った。なのはが自分を叱責する時、いつもまず一発入れてから目を覚まさせるのだ。 しかし、なのはは殴る事などせず、フェイトの顔に両手を添えると、互いの額をコツンとつき合わせて視線を合わせさせた。 あまりに近いなのはの顔に、そして覗き込む思わぬ優しい瞳に、フェイトの頬は赤く染まる。 「フェイト、フェイト、フェイト、フェイトちゃァ~ん。 わたしはフェイトちゃんを信じてるの。わたしがいつも怒ってる事なら……『自信を持って』 フェイトちゃんのスピードや魔法は、その気になれば何者にも負けない能力なんじゃあない? そうでしょ? 『自信』を持っていいんだよ! フェイトちゃんの魔法をね―――」 「そ……そうかな?」 「そうだよ」 たったそれだけのやり取りの中で、フェイトの中にみるみる『自信』が湧いてくるのを感じた。 使い魔の自分を差し置いての会話に、面白くなさそうな表情をするアルフ。彼女はフェイトの支えになっているなのはという少女が苦手だった。 「……茶番だな。お前は戦わないのか? そこの情けない小娘に任せて、お前はどうする?」 なのはとフェイトの会話を聞いていたシグナムが嫌悪を露わに吐き捨てる。 自分の意思で戦えない者は、彼女にとって未熟者でしかなかった。 「フェイトちゃん、任せたよ」 「わ、わかったよ、なのは!」 なのははシグナムの挑発を無視し、SLBを撃つ為に手ごろなビルの屋上まで移動していく。 完全に背を向けた無防備な後姿を隠すように、バルディッシュを構えたフェイトが立ち塞がった。 「アナタの相手は、私です」 「貴様はあの魔道師の部下か?」 「違う! 私は……『友達になりたい』と、思っています」 「……茶番だ」 シグナムは吐き捨て、次に瞬間フェイトに襲い掛かった。 同時に、アルフとユーノもザフィーラと戦闘を開始した。 前へ 目次へ 次へ
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ティアナ、アンタの『誤射』の件もアリウス氏は穏便に済ませてくれるそうや」 ホテル<アグスタ>の襲撃事件から既に丸二日が経とうとしていたが、ティアナが部隊長室に呼ばれたのはこれが初めてのことだった。 ティアナが民間人を――しかも管理局にも尋常ではないほどの影響力を持った人物を撃った事実は、既にはやての元へ報告されたが処罰は先送りされていた。 あまりに予想外の事がこの一件で起こりすぎていた為だった。 謎の襲撃事件が多くの資産家を巻き込んだことで事件は一気に深刻化し、その最中でこれまでの記録でも一線を画す<アンノウン>が出現。Bランク魔導師二人を戦闘不能にした。 加えて一般警備員に死者と、空戦AAA+魔導師のヴィータ三等空尉が重傷を負い、機動六課スターズ分隊は実質壊滅寸前にまで追い込まれた――。 事件としても一大事であり、現場に当たった機動六課にとっては部隊の存続すら揺るがす状況だった。 そして現在、ヴィータ三等空尉の容態も安定し、危うい方向へ傾いていた天秤が元に戻り始めている。 傷が回復したばかりのティアナと上司のなのはが今更ながらに呼び出された背景はそれだ。 直立不動で総部隊長の言葉を待つ二人を、はやては普段の気安さを潜めた厳格な表情で一瞥する。 「……まあ、実際。当時現場には得体の知れん化け物が徘徊しとったわけやし、脱出を急いで無断で外に出た非も向こうは認めとる。混戦の中で誤射も止むを得ず……」 「誤射ではありません。自分は明確な意思と認識を持って撃ちました」 はやての説明を遮り、ティアナがハッキリと告げた。 傍らのなのはがティアナに制止の視線を送るが、それを分かっているのかいないのか、前だけを見据え続ける。 沈黙が走り、二人の視線が交差し合った。 「……実際、直後に強力な<アンノウン>が出現し、スターズ分隊はこれと交戦することでアリウス氏も無事……」 「敵が出現したのは撃った後です。それに、アレの出現は偶然ではありません。アリウスの仕業です。6年前の事件でも奴は……」 「ランスター二等陸士」 どこか呆れを含んだ声色ではやてが吐き捨て、静かな視線を向けると、その気だるい仕草からは想像も出来ないような圧力を感じてティアナは思わず黙り込んだ。 「少し黙れ」 ティアナと、なのはさえも僅かに息を呑んだ。はやての傍らに立つグリフィスだけが銅像のように一貫した態度と沈黙を貫いている。 今、この瞬間二人の前に立つのは間違いなく機動六課総部隊長八神はやてであり、たった四年で二等陸佐まで上り詰めた実績を持つ冷徹冷静な上司だった。 「ランスター二等陸士の話が全て本当だったとして――で、それが何や?」 はやては現実の厳しさを突きつけるように問う。 「その生態すら僅かにも知れない正体不明の敵との繋がりがアリウス氏にあるとして、それを証明する術は? そもそもそれを暴く権限が一介の管理局員にあると思うんか?」 「……ウロボロス社からの圧力があったんですか?」 「あったとして、だからそれが何なんや? 状況証拠も無しに民間人を、管理局員が自らの意思で撃った事態が明らかになって、その責任を自分一人で負い切れると思っとるんか。自惚れるな」 「はやてちゃん、もう少し言い方が……」 「高町一等空尉。私語は控えろ」 「……はっ」 気まずさを通り越して、軋んだ空気が部隊長室に漂い始める。 ティアナの事務的な態度に隠れた挑発的な言動に対して、はやてはあくまで厳格な上司として応じ、その狭間でなのはは沈黙するしかない。 親友とはいえ、互いに管理局で仕事に就く中でその関係が馴れ合いだけで成り立っているわけではないことをなのはも十分理解していた。 「……ティアナ、何故撃った?」 ほんの少し険の取れた声で、はやては純粋な疑問を口にした。 「私の経歴は、既に調べられていると思いますが」 「6年前の事件のことか。なら言い方を変えるけど――何故撃てた? 後先考えない復讐心だけで撃てるほど、アンタの心構えは脆いものなんか?」 ティアナは沈黙を貫いた。 実際に教導を行い、接しているなのはほどではないが、スターズ分隊のメンバーとしてティアナを選んだのははやてだ。 ティアナには正義に向かう意志が確かにあった。はやてはそれを直接眼で見ている。 単なる復讐者として生きるのならば、管理局に入る必要などない。 ティアナは人を守る生き方を選んだ。 その尊い事実が、どれほど暴走してもティアナの根底に残っていることを察したはやては、だからこそ彼女を庇うのだ。 一向に答えようとしないティアナの様子に、この問題は自分が解決するものではないと悟ると、何処か寂しげに眼を伏せてはやてはため息混じりに結論を告げた。 「……今回の件は『誤射』で片をつける。これは決定や。従え」 「……はい」 「処罰は追って知らせる。減俸か、誤射及び緊張状態でのトリガーミスに対する矯正訓練の徹底は覚悟せえ。謹慎させるほど暇も人手も余ってないんでな」 「分かりました」 「よし、下がれ」 敬礼し、ティアナは退室した。その態度と仕草だけは従順で完璧な対応だった。しかし、内心がどうなっているかは全く予想できない。 はやては憂鬱なため息を吐き、更にもう一つ目の前にぶら下がる悩みの種に視線を向けた。 「っちゅーわけで、今回の『事故』の責任は上司であるなのは隊長が主に負うことになる。……本当によかったんか? ティアナに教えんで」 「うん。ティアナには、気にして欲しくないから」 「独断行動の抑制と立場の自覚の為にも釘刺した方がええんやけどな。 あまり今回のティアナの行動を楽観的に解釈せん方がええよ。そら、何か事情はあるやろ。でも事情があれば何でもしてええというワケやない」 「……そうだね」 覇気の感じられないなのはの受け答えに、はやては更に頭を悩ませるしかなかった。 ティアナの暴走の報告を聞いて、一番ショックを受けているのはなのはだ。おそらく、彼女が最も想定していなかった事態だからだろう。 普段のティアナを考えれば、何らかの重大な事情があるのは確かだ。それを分かってやれなかったことで、なのはは自分を責めている。 はやてが親友として知る、なのはの欠点だった。 何もかも自分だけで抱えようとする。そして、他人ではなく自分を戒める優しさも。 「……なのはちゃん、ティアナはこれまで教えてきた子らとは違うよ」 はやては友人としての優しさと厳しさを持って告げた。 「優しく接すれば応えてくれる相手やない。 ティアナのいろいろなことに対する覚悟は相当なもんや。あの娘には漠然とした正義に従うだけやない、明確な意志がある」 それは、見慣れたものだからこそ分かるものだった。 なのはやフェイト、そしてはやて自身にも宿る、幾つもの大きな戦いと経験で失ったモノから受け継いできた<魂>だ。 経験の薄いルーキー達の中に在って、ティアナはそれを既に持ち得ていた。 そこに至る経緯に何があったのか。 少なくとも、出会って半年も経たない仲で理解できるほど容易いものではないと、なのは自身も理解していた。 自分の親友二人が背負うものを、この10年来の付き合いの中でも完全に理解しきれないのと同じように。 「曲げられない意志を持つ相手に、言葉だけで通じなければどうすればええか……なのはちゃんは知ってると思うけどな」 「……もう、子供の頃とは違うよ」 「そうか? 『たいせつなこと』は今も昔も変わらんもんや。人が理解し合うのに、気持ちをぶつけるのは必要やと思うけどな」 「……」 「一度、思いっきりぶつかった方がスッキリするんと違う? 模擬戦でも組んで」 ティアナの場合を再現するように、実感の篭ったはやての言葉に対して黙り込むなのは。 スターズ分隊は予想以上の問題を抱えているらしい。 憂鬱なため息の絶えない部隊長だった。 「まあ、その辺はベテランの教導官殿に任せるけどな。素人の意見や……下がってええよ」 「……失礼します」 一礼し、なのはも部隊長室を去って行った。 二人の居なくなった室内。閉ざされたドアの先をぼんやりと眺めるはやてと、これまで微動だにしていないグリフィスだけが残される。 「……あーもー! なぁーにぃーこぉーれぇー!?」 緊迫した空気から解放され、タガが外れたようにはやては頭を抱えてデスクに倒れ込んだ。 「二回! 出撃したの、これでたったの二回やで!? なのにもう問題が山積みや! 布団と違うんやから、なんでこう叩けば叩くほど埃出てくるかなぁ。うちの部隊ってそんなに問題あった?」 今にも床でのた打ち回りそうなほど苦悩全開なはやての傍らで、グリフィスは淡々とコーヒーの準備をし始めた。 「あんなギスギスフィーリング、私のキャラやないのに……。少数精鋭ってもっとアレやん、身軽に飛び回ってクールでスタイリッシュに事件を解決っていうイメージやろ? 何で一回動くごとにエンスト起こしとんねん」 ダラダラと文句を垂れ流す中、コポコポとお湯を注ぐ音だけがはやてに応える。 はやてはのんびりとしたグリフィスの仕草を恨めしげに睨み付けた。 「……ちょっと、グリフィス君! 聞いとる!?」 「ミルク入れますか?」 「砂糖もたっぷり入れて!」 「では、コーヒーブレイクです。落ち着きますよ」 本職のウェイター顔負けの流れるような動きでコーヒーカップを差し出し、グリフィスはスマイルを浮かべて見せた。 あっさりと毒気を抜かれたはやては、その笑顔を卑怯だと心の中でぼやく。 なんだか自分のあしらい方を十分に心得られているような気がしてならない。 拗ねたアヒル口で、コーヒーを啜る音だけがしばし部隊長室を支配する。 「……実際、機動六課自体にそう問題はないと思います。外的要因がほとんどかと」 カップの半分も中身を飲み終えたところで、計ったかのようにグリフィスが言葉を口にした。 「外因って?」 「例の<アンノウン>ですね。いずれの出撃も、アレらの乱入によって事態が悪化しています」 「……まあ、確かにティアナの問題にしてもアレが関わっとるみたいやしね」 はやてはカップを置くと、デスクの端末を操作して、つい先ほどまで調べていたファイルを表示した。 6年前の――ティアナの兄<ティーダ=ランスター>の殉職に関わる事件のファイルだった。 違法魔導師の追跡を行っていたティーダは、その最中で謎の襲撃を受け、部隊の仲間共々死んでいる。 映像も無く、事件自体の詳細な記録も不自然なほど欠けているが、その内容はこれまでの襲撃事件と酷似していた。 そして、彼の追っていた違法魔導師がアリウスである。 この『偶然』の襲撃によってアリウスは追跡から逃れ、そのしばらく後に冤罪が確定。 無実の罪で捕らわれる過ちは寸前で防がれ、当時の捜査チームは誤認逮捕の責を問われた。追跡した部隊は強引な行動を批判されこそすれ、死を悼まれることもなかった。 「現場責任者のティーダ一等空尉は露骨に『無能』『役立たず』と非難されたそうや。襲撃の痕跡も見当たらず、妄言扱いまでされかかっとったようやな」 その当時の批判には二重の意味が込められていることを二人は察していた。 免罪の者を追い回した強攻的な姿勢を責める世論に乗った糾弾。そして、それとは全く正反対に、逮捕にまでこぎつけた大物を現場から逃がし、根回しの機会を与えてしまったという管理局側の本音だった。 ――例え、死んでも取り押さえるべきだった。 事件に関わった高官達は、そう断言して憚らない。いずれもアリウスの強大な権力の前に返り討ちを受けた者達だった。 「ティアナにはああ言ったけど、アリウスが限りなく黒なのは当時の事件でも周囲が認めとる」 「やりきれない話です」 「これならティアナも思うところあるやろ。ただ、漠然とした<仇>の正体を随分とはっきり断定しとるところが解せんがな」 「彼女は<アンノウン>の正体を知っている、と?」 「で、その辺の鍵になってくるのがこの人――」 モニターが変化し、表示されたのはダンテだった。 「訓練校に入る前からティアナと知り合いやったそうや。 現場でも相手の正体を察するような言動あったらしいし、<アンノウン>の謎に対しては彼が重要な鍵を持っとるやろうな」 「しかし、彼から得た情報では……」 「それなんや」 続いて表示されたものは、ダンテから事情聴取によって得た情報だった。 物的証拠などほとんどなく、それらは全て<アンノウン>に対するダンテの独自の説明だけで成り立っていた。 「2000年前に一人の<魔剣士>によって封印された<魔界>と、そこから人間の世界へ現れ出る<悪魔>――か」 「正気を疑いますね。 彼自身の経歴も不鮮明なものです。戸籍は金で買ったらしい後付のものですし、現在の彼自身廃棄都市街で非合法の便利屋を請け負っています」 「といっても、あのにーちゃんから一番出難いタイプの妄言やと思うけどね」 「それは、そうですが……」 ダンテと一度でも直接顔を合わせた者ならば共通して抱く感想だった。 美しさとしなやかさを備えた容貌の中で浮かぶ不敵な笑み。何者にも従わない意志を宿した瞳は、真っ直ぐに迷い無く前を見据えている。 態度や立ち振る舞いの粗野さは、むしろ彼の一種独特な雰囲気を実に人間臭いものへと変えて、初対面の者の警戒を自然と解いてしまうのだ。 彼には生まれや身分など関係ない、存在そのものから発せられる強烈な力があった。 あの男から、思慮の浅い嘘や半宗教染みた妄想など飛び出してくる筈が無い――そう無意識に弁護してしまいそうな雰囲気がある。 そしてこれもまた根拠もなく無意識にだが、ダンテの語った内容は奇妙な説得力を感じさせるものだった。 「そうか、なるほど<悪魔>か……」 口の中でその言葉を反芻し、はやては思わず納得するように頷いていた。 自分も何度か無意識に比喩したが、確かにあの大きさも形も一定ではない奇怪な化け物どもを表現するのに、これ以上相応しいものは無いように思えた。 今回の事件で確信したことだが、奴らは場所にも時間にも縛られない。 あるいは塵からででも生まれているのではないか? そう思わずにはいられないほど、奴らは唐突に人間の前に現れ、等しく死を振り撒いてきた。 もし、今回襲撃されたのがホテルではなく管理局の施設だったら? あるいは本部であったなら? 軍隊では死ぬのにも順番がある。まず尖兵が戦いで死に、敵が進軍していくことで徐々に前線に立つ偉い者から死んでいく。そして最後は一番偉い奴が責任を取る。 しかし、この<悪魔>どもにとっては違うのだ。 全てが平等で、奴らの前では人間とは等しく獲物に過ぎない。 寝静まった夜、管理局の最高責任者の家のベッドの下から這い出してきて、あっさりとその命を奪ってしまいかねない存在なのだ。 子供が皆一度は暗闇の中で幻視して怯える、モンスター、悪霊――そう、そして<悪魔>と呼ばれる者達がまさにそれではないのか。 「……どうなさいますか? この情報」 「どうって、まさか六課の皆に正式な情報として公表するわけにもいかんやろ。敵は<悪魔>です、聖水と祈りを武器に戦いましょうって? ただ根拠や論理的な説明はないにせよ、ダンテさんがこの<悪魔>に対して有効な知識と力を持ってるのは確かや。正式に協力を取り付けて、情報は隊長陣にだけ報告。あとは状況の進行から見定めていくしかないな」 「事件担当の執務官に、一応この情報は送っておきます」 「相手にされんと思うけどね」 呟き、しかし直接ダンテから話を聞いたらどうだろうか? というとり止めもないことを考えていた。 もう一度、ダンテの証言に目を通す。 「<悪魔>……<魔界>……」 得られた情報の中でもキーワードとなりそうなものを一つ一つ、染み込ませるように口にしていく。 「<魔剣士>……そして<スパーダ>か」 魔法少女リリカルなのはStylish 第十五話『Soul』 「へい、お待ち! 機動六課食堂特製の特大ミックスピザだよ!」 「Wao! 待ってたぜ、こいつは美味そうだ!」 恰幅の良い、いかにも『食堂のおばちゃん』である女性が、本場イタリアも真っ青なピザを目の前に置くと、ダンテは歓声を上げた。 特製と言うだけだけあって、本来メニューに載っていないその代物はダンテの注文を全て座布団程もある大きな生地の上に載せている。 香ばしい匂いと共にチーズが音を立てて溶け続け、ダンテと同じテーブルを囲む者達の空腹感まで大いに刺激した。 彼の盛り上がりようも、決して大げさではない。 「事情聴取だの何だので、丸一日ロクに食ってないからな。こういうのを待ってたんだよ」 何かと微妙な立場にある身では隊舎をうろつくことも出来ず、気を利かせたフェイトが持ってきたカロリーブロック以外口にしていない。 ダンテは祖国の伝統ある栄養の偏った塊に嬉々として齧り付いた。 「ん~、いいね。最高だ」 「おいしそう……」 「スバルさん、涎出てますよ」 「キャ、キャロだって、食べたそうな顔してるじゃん!」 「あの、すみません。少しキャロに分けていただけますか?」 「エリオ君、恥ずかしいことしないでっ!」 食欲を誘うダンテの食事風景を見ているのは、同じテーブルのスバル達だった。 いずれもダンテからすれば子供も同然。三人の歳相応な様子に機嫌の良さも手伝って笑みが浮かぶ。 「ハハッ、いいぜ。遠慮するなよ、この幸せは皆で分け合わなきゃな」 「じゃあ、いただきまーす!」 誰よりも早くスバルが文字通り食い付いた。続いて、礼儀を弁えたエリオとキャロの年少組がおずおずと手を伸ばす。 「すみません、いただきます」 『キュルー』 「あ、うん。フリードのもあるよ」 奇妙な拮抗状態にあったテーブルは途端に賑やかになった。 自分の腹を満たしながらも、その和気藹々とした団欒の様子にダンテは穏やかな笑みを浮かべてしまう。 何処か懐かしい光景が、そこにはあった。 二切れ目のピザを炭酸飲料で飲み流すと、ようやく一心地ついたダンテは自分の傍らに浮く小さな人影を見上げる。 「ヘイ、お前さんは食べないのか?」 「……生憎ですが、リインはこんな油の塊好きじゃないです」 愛らしい顔を険悪に歪める行為が全く無駄に終わっているリインフォースⅡは、精一杯不機嫌を露わにしてダンテに吐き捨てた。 初対面から二日と経たずに、リインのダンテへの印象は最悪になってしまっている。 その理由は、この冗談を無意識に吐き続ける皮肉屋が絵本の妖精のようなリインを見てどんな態度を取るか考えれば容易に説明出来た。 「ああ、そうかい。妖精はピザなんて食わないよな。花の蜜とか砂糖菓子とか集めて食うんだろ?」 「リインは虫じゃないですー!」 つまりは、こういう態度だった。 「だったら、食ってみろって。ダイエットだの健康だのって考えが吹っ飛ぶぜ」 「むぅ……じゃあちょっとだけ」 トマトのスライスとチーズだけが乗った小さな切れ端を渡すと、リインは渋々齧り付いた。 ビヨーンと伸びるチーズの旨味と初めての食感に、カッと小さな目が見開かれる。 「こっ、これはああ~~~っ! この味わあぁ~っ、サッパリとしたチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさですぅ! チーズがトマトを! トマトがチーズを引き立てるッ! 『ハーモニー』っていうんですかあ~、『味の調和』っていうんですかあ~っ。 例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット! 田村ゆかりに対する水樹奈々! 都築真紀の原作に対する長谷川光司の『リリなのStS THE COMICS』!……っていう感じですよー!」 「……美味いって言いたいのか?」 「まいうーですよー!」 言葉の意味はよく分からないが、とにかく気に入ったらしい。 テーブルに腰を降ろして本格的に食べ始めるリインの様子を『まるでハムスターだな』と思い、幸いにも口にするのをダンテは自重した。 この小動物の分のピザを残して食事を終えたダンテは、ようやく一息つく。 窮屈な襟元を無意識に緩めた。 「ふう、それにしても制服姿ってのは窮屈だな。性に合わないぜ」 「そうですか? 似合ってますよ、機動六課の制服」 「いい男だからな」 そう言ってウィンクするダンテの仕草に、スバルは数年前に見た姿と同じものを感じ取って苦笑した。 着の身着のまま機動六課まで同行したダンテは、あの貴族服以外に持っておらず、未だ正式な立場も決まっていない身の為、目立たないように制服を着るよう言い渡されていた。 「でも、やっぱり目立ちますね」 エリオもまた実感を持って苦笑するしかなかった。 ダンテがリインを除くこの場の全員と面識があることは偶然だが、三人が共通して彼との初対面を印象強く覚えていたことは一致している。 必然だった。ダンテには整った容姿以上に、その存在を相手に刻み込むような特有の雰囲気があるのだ。 普通の人間の中に在って、目を惹き付けずにはいられない。一種のアイドル性のようなものだった。 それは服装程度で雑多な中に埋もれるような弱いものではない。 「いい男だからな」 それを自覚しているのかいないのか、ダンテは悪戯っぽく笑って繰り返した。 「でも、驚きましたよ。トニーさ……じゃなくて、本当はダンテさんか。わたし達三人と皆会ったことがあったんですね」 「ボクは、ダンテさんが魔導師だったことが驚きです。ミュージシャンの人だと思ってました」 「魔導師っていうほど学は無いがね。それに、ロックが好きなのも本当さ。聴いたことあるか?」 「あ、ボクは……その、音楽とかよく分からなくて」 「そいつはマズイな。見たところ坊やにはワイルドさが足りない、今度俺の世界の名曲を聞かせてやるよ」 「ダンテさんは、やっぱり別の次元世界の人なんですか?」 「次元漂流者って言うのか? 詳しくは知らなくてね。……オイ、いつまでも睨むなよ。まだ、あの時のこと根に持ってんのか?」 『グルルル……』 「あ、コラ! フリード! ごめんなさい……」 「いいさ、小動物にはあまり好かれない性質なんだ」 「むっ、今リインのことも含めませんでしたか?」 腰を据えて三人とダンテが向かい合ったのはこれが始めてだったが、会話は弾むように進んでいく。 子供特有の素直さは、彼の気安い雰囲気と相性がいいようだった。 「……あの、ダンテさん」 「うん?」 やがて会話がひと段落着いた時、不意に言葉数の少なくなったスバルが物言いたげダンテの様子を伺った。 ダンテは持ち前の勘の良さで、その『言いたい事』を察した。 この二日間、偶然のそれとは別に楽しみにしていた少女との再会が、未だ果たされていないのも気になっている。 「ティアの、ことなんですけど」 スバルは全くダンテの思っていた通りの名前を口にした。 そして、そのまま息を呑んだ。 僅かに見開いたスバルの視線を追って振り返れば、食堂の入り口を横切るティアナの姿がある。彼女はこちらを一瞥もしなかった。 「ティア!」 スバルがすぐさま駆け寄り、同時にダンテが立ち上がる。 その声にティアナは今気付いたとばかりに顔を向け、まるで義務のように足を止めた。 「ティア……やっぱり、部隊長に怒られた?」 スバルはティアナが部隊長室に呼ばれた理由を正確に理解している。 それでいて『処罰』や『修正』といった表現を使わないのは、ただ単に彼女の子供っぽい一面のせいだった。 そののんびりとした表現が、ほんの少しだけティアナの固まった心を解す。 自然と小さな笑みが浮かび、ただそれだけでスバルは安堵を感じた。 「そりゃあね。ま、何とか穏便に済みそうだけど」 「そっか。よかった」 「よくないわよ、二度と繰り返さないようにしなくちゃ。……スバル。あたし、これからちょっと一人で練習してくるから」 「自主練? わたしも付き合うよっ」 「あ、じゃあボクも」 「わたしも」 口々に告げる仲間達のそれが自分への気遣いだと分かり、ティアナは苦笑しながら首を振る。 「あれだけの激戦だったんだから、休むように言われてるでしょ? 二人とも体力面ではどうしても体格的に劣るんだから、十分休みなさい」 こんな時でも冷静なティアナらしい理屈でエリオとキャロに言い含めると、何処か不安げなスバルの顔を見た。 現場でティアナの隠された一面を垣間見たからこそ感じる不安だ。 「スバルも……悪いけど、一人でやりたいから」 「あ……」 しかし、ティアナの静かな拒絶の前にスバルはそれ以上何も言うことが出来なかった。 悲観的過ぎるかもしれないが、言う資格が無いとすら思っていた。 あの時、戦場で気を失い、次に目を覚ました時には怪我を負ったパートナーが隣で寝ていた。 何よりも自分の無力を痛感した瞬間だった。あの負い目が、ずっと足を引いている。 「……うん」 スバルは、そう力無く言葉を受け入れるしかなかった。 三人を置いて、立ち去ろうとするティアナ。 しかしその先に、見慣れた長身が立ち塞がる。 「――ヘイ、お嬢さん。何処かで会ったことないか?」 ナンパの芝居染みた台詞と仕草で、ダンテは彼なりに久しぶりの再会を喜んだ。 彼の冗談に対して肩を竦めるだけのリアクションを返すと、ティアナはそのまま無視して通り過ぎようとする。 「無視するなよ、傷付くぜ」 もちろん、ダンテにとっては手馴れたやりとりだった。 ティアナの行く先を片腕で遮ると、そのまま手を壁につけて、肩幅の広い体全体で壁と挟み込むように追い詰める。 周囲のスバル達の方が動揺するほど顔を近づけて見慣れた碧眼を覗き込むと、ダンテは恋人にそうするように囁いた。 「感動の再会っていうらしいぜ、こういうの」 「……らしいわね」 「本当に冷たいな、オイ。飛びついて来ることも考えて、胸は空けといたんだぜ?」 「悪いけど――」 誤解以外何物も生まない体勢にも関わらず、ティアナは軽口を聞き流して努めて冷静にダンテの腕を退けると、そこから抜け出した。 「立場上、気安く馴れ合えないから」 退けられた手を手持ち無沙汰にブラブラさせるダンテを一瞥して、ティアナは去って行った。 二人のやりとりについ先ほどまで騒いでいたスバル達も声を潜め、気まずげに残されたダンテを見上げている。 ダンテは、ティアナの触れた腕から伝わる違和感を感じていた。 別に彼女の手が震えていたわけでもない。だが、ダンテは文字通り肌でティアナの拒絶とそれ以外の何かの意志を感じ取っていた。 「……ヤバイな」 「ヤバイですか?」 いつの間にか、肩に降り立ったリインだけがダンテの呟きを聞く。 「ああ、ヤバイ……」 ダンテは自分でも理由の分からないその結論を、確信付けるようにもう一度呟いた。 やがて時は過ぎ、日が暮れる。 ティアナが隊舎近くの林で自主訓練を始めてから、既に4時間が経過していた。 ずっと同じ光景が繰り返されている。 直立不動のままの姿勢を維持するティアナ。その周囲を複数のターゲットスフィアが浮遊している。そして、その間を誘導魔力弾が忙しなく飛び回っていた。 クロスファイアシュートを意識した三つの魔力弾は、ターゲットを捉えながら渡り歩くようにティアナの周囲を飛び続けた。 しかし、時間の経過と共に体力と集中力は消耗し、魔力弾の誘導ミスも増え始めている。 それでも訓練を止めようとしないティアナの意識をあえて逸らすように、手を叩く音が聞こえた。 「4時間も魔力行使を続けられるパワー配分は大したモンだが、いい加減本当に倒れるぞ」 「……ヴァイス陸曹」 訪れた意外な人物に集中力は途切れ、片隅に追いやっていた疲労感が襲ってくるのを感じて、ティアナは恨めしげにヴァイスを睨んだ。 「ヘリから覗いてたんですか?」 「……あらら、気付いてたのかよ」 あっさりと言い当てられ、ヴァイスは末恐ろしいとばかりに内心青褪めた。 そんな様子を一瞥して、ティアナは何でもないように言い捨てる。 「ただのカマかけです。ヘリポート、ここから見えますし」 「……あっそう」 本当に恐ろしいね。突きつけられた答えに、ヴァイスは逆に顔を引き攣らせるしかなかった。 やはり、この少女は一筋縄ではいかないらしい。 先輩風を吹かせるつもりなど毛頭無かったが、何を思ってこの鉄壁少女に助言などしようとしたのか。ヴァイスは自らの無謀を悔いた。 しかし。ええい、かまうもんかとその場に居直る。 夜空の下、一人黙々と訓練を続ける少女の姿をどうしても見捨てて置けないのだった。 「しかし、お前さんにしちゃあ意外な訓練だな。ターゲットトレーニングの応用か」 本来は周囲を動くターゲットに対して、正確なフォームで素早く銃口を合わせることで、命中精度を高める訓練である。 射撃スキルの優れたティアナに適した訓練であり、だからこそ、それを誘導弾で行うことで弾道操作能力を向上させようという今のやり方には疑問が感じられた。 「お前さんの魔力弾の特性なら、命中精度の方を重視するべきだと思うんだがな」 ようやく助言らしきものを言えたヴァイスの安堵の表情を一瞥すると、ティアナはおもむろにガンホルダーからクロスミラージュを抜き出した。 周囲のターゲットが新しい配置へと変化する。ヴァイスは思わずティアナを凝視した。 次の瞬間、銃火を伴わない銃撃が始まった。 ステップを踏むように軽やかに足を動かし、ティアナの体がターゲットの間を舞う。 両手で左右別々の標的を正確に捉え、命中判定を示す音と瞬きが終わる前に、クロスミラージュの銃口は既に次の標的に向けて動いていた。 型に嵌らない滅茶苦茶なフォームだが、とにかく正確で速い。ターゲットの反応が連鎖するように次々と起こり、さながら電飾のように派手に光を散らした。 全てのターゲットを丁寧にも二回ずつ補足し、それらを僅か十数秒の間に終了させると、息一つ乱さないティアナは元の姿勢に戻っていた。 もはや、ヴァイスは気まずげに笑うしかない。 他に何か言うことは? 挑発的な視線と笑みを肩越しに向けると、ティアナはデバイスを手の中で一回転させて、ホルスターに滑り込ませた。 「……分かった、分かったよ。俺がでしゃばりだった。もう好きにしな」 ヴァイスは降参とばかりに両手を挙げる。 「でもな、そんだけ出来るお前さんなら分かってるはずだろ? 無理な詰め込みで成果が上がるもんじゃねえんだ」 「……すみません。焦ってるもので」 ようやく返ってきたティアナのまともな返答に、ヴァイスは意外そうな表情を浮かべた。 「おい、自覚してんなら……」 「でも――分かってても、止められない気持ちってありますから」 その言葉に、心臓を鷲掴みされたような気分になった。 頭では分かってるのに心では受け入れられない――そんな状態が、自分にとって実に身近なものだと、つい先日分かったことではないか。 「今夜は、何も考えられないくらい疲れないと、眠れそうに無いんです」 「……なあ、あのダンテの旦那に会いに行った方がいいんじゃねえか?」 ここまで来て結局他人に丸投げするしかない自分の不甲斐なさを呪いながら、ヴァイスは告げた。 一変して、ティアナの呆れたようなため息が返ってくる。 「食堂での一件まで見てたんですか?」 「あの旦那は何かと目立つからなぁ。焦ってる時ほど、聞きたい人の声ってのがあるもんだ。お前の場合、それがあの人なんじゃねえか?」 ダンテはもちろん、ティアナのこともよく知るワケではない。二人の間に気安く踏み込むつもりもなかった。 ただ、この一見冷静に見えるからこそ隠された危うさを持つ少女の心を動かせるのは、あの男しかいないと直感していた。 「……そうかもしれません」 ティアナの声から僅かに張りが失われた。 「これまで、何度も道を誤ろうとした自分を助けてくれたのは彼でした。 今も、訓練校でもいろいろ教わったけど、彼の傍に居た時が一番恵まれていた。焦りなんて当然のように感じなくて、強くなってく実感があった」 「だったら」 「でも、だからこそダメなんです」 強い語調が、それまでの穏やかな憧憬を断ち切る。 「これまでずっとそうだった。でも、これからもずっとそのままでいるということは、甘えのような気がしてならないんです。それに――」 自らを戒める程の厳しさを取り戻したティアナは、ヴァイスに背を向け、虚空を睨み据えながら決意を口にする。 「もう、彼からは十分たいせつなことを教わった。自分だけが持つ力の存在を信じさせてくれた。 その力が在ることを証明出来なかったのはあたしの不足――。 焦りかもしれませんが、自分の無力を突き付けられて、それでも余裕を持っていられるほどあたしは冷静じゃありません。ありたくありません」 頑なほどの断言を聞き、ヴァイスは今度こそ自分の言葉が無力であることを悟った。 お節介程度の気持ちで動かせるほどティアナの意志は軽くはなく、察せるほど浅くはない。 ヴァイスもかつては前線に立つ兵士であった。人は、愚かしいと理解していても戦場でただ前に突き進むしかない時があるのだ。 その覚悟の是非を、他人が決めることは出来ない。 ただ願うしかないのだ。自らが担いだモノの重みを苦と思わず、背負い歩き続けるこの少女の行く先に幸があることを。 「分かった、もう邪魔はしねえよ。でもな、お前らは体が資本なんだ。体調には気を使えよ」 根付いていた腰を上げ、ヴァイスは諦めたように踵を返した。 「……ヴァイス陸曹、どうしてあたしをそこまで気に掛けてくれるんですか?」 「お前のファンだからさ」 冗談とも本気ともつかない言葉を残し、ヴァイスはその場を去っていった。 ティアナはそれを見送ると、再び訓練を再開した。 すぐ傍の木陰から、一つの人影が同じように歩き去ったことを全く気付かぬまま。 幾つもの想定外の事態が重なって複雑怪奇になりつつあった報告書がようやく纏まり、夜も遅く隊舎の廊下を自室に向けて歩いていたなのはは、その行く先に見知った顔を見つけた。 「ダンテさん」 「ナノハか」 壁に背を預け、窓から外を見下ろしたままダンテは軽く手を上げた。 ダンテの視線の先を、なのはは自然と追い、そして夜の暗闇の中で瞬く魔力の光を見つけた。 「あれは……」 なのはの声に誰かを案ずるような色が混じった。 その誰かとは、もちろん視線の先で自分を追い込むように延々とトレーニングを続けるティアナに他ならない。 「今日は休むように言ったのに、一体何時から……」 「少なくとも一時間は続けてるな」 それは暗にダンテが一時間前からこの場にいたことを示していたが、なのははそれに気付くよりもティアナを見下ろすダンテの表情に心配の色が無いことに怒りを覚えた。 二人の関係がどんなものか、ある程度察することしか出来ない。 ただそれでも、ダンテがあの頑なな少女にとって自分よりもずっと心を許せる相手であることは何故か確信していた。 「見ていたなら、どうして止めなかったんですか?」 「思うところがあってね。アイツには好きにさせてやりたいのさ」 肩を竦めるダンテの返答はどこまでも素っ気無い。 しかし、彼が『思うところ』となった原因が何処にあるか――例えば数時間前にティアナを探して出歩いていた時の事を、なのはは知らなかった。 「でも、あんな無茶をしていたら……」 「まあ、アイツはよく自分を追い込むからな」 「分かってるのなら止めてください。アナタの言葉なら、ティアナもきっと聞き入れます」 責めるようななのはの視線を受け流し、ダンテは苦笑した。 「かもな。でも、だからこそ無責任なことを言いたくないのさ」 「無責任って……」 「ティアが暴走した話と原因は聞いたよ。俺にアイツを諭す資格なんて無いね」 自嘲の色が滲むダンテの笑みを見て、なのはは自分の迂闊な言葉を悔いて口を噤むしかなかった。 彼の言葉にどんな意味と過去が込められているのか、今は知る由も無い。 ―――そしてダンテにとって、それはまさに口を出す資格すらない話だった。 敬愛する実の兄を殺し、その魂と名誉を地に堕とした仇。それを前にして敗れ、地を這い、噛み締めた口の中に広がるのは土と屈辱の味――。 何処かで聞いた話だ。身に染みるほどに。 冷静になれ。復讐心など忘れて、前向きに生きるんだ――そんな戯言を、自分の事を棚に上げてどの口でほざけというのだ? かつて隠れて震えることしか出来なかった脆弱な自分を思い出す度に、今も鮮明に蘇る感情を知っているのに。 「俺の母親も<悪魔>に殺されてね。今のティアの気持ちは痛いほど分かる」 「ダンテさん……」 ティアナと自分、一体どう違うと言うのか。 人の命を玩ぶ<悪魔>は許せない。だが、奴らを狩る理由に暗い復讐心と、その断末魔を聞く度に少しずつ薄れるかつて母を失った時の無念が在ることも否定出来ないのだ。 互いが持つ危うさを、ダンテはその天性の力で薄れさせているに過ぎない。 違いがあるとすれば、性格と少しばかりの人生経験の積み重ねくらいのものなのだ。ダンテはそう思っていた。 「……でも、だからこそ今なんだ。ティアが変わるのに、今が一番最適なんだよ」 自嘲の笑みを全く種類の違う穏やかなものに変えて、ダンテはなのはを見た。 何かの期待を含むその視線を受け切れず、なのはは言葉を探してもごもごと迷うように口篭る。 「アイツは捻くれてるからな。人間関係でいろいろと心配してたんだぜ?」 「ティアナは、よくやってくれてますよ。仲間からも信頼されてます」 「ああ、会ったよ。いい仲間だ。そこが俺とは決定的に違う」 まるで自分には本当に仲間と呼べる者などいない、と言うような孤独を感じさせる独白だった。 あれほど他人に気安い態度を見せる目の前の男は、何か致命的な差異を他人との間から感じている。 なのはは何も言えず、ただ黙ってダンテを見つめた。 「だから、変われるんだ。ティアは俺とは違う生き方が出来る」 「……ティアナは、きっとダンテさんを尊敬してますよ」 「オイオイ、俺を赤面させるなよ。恥ずかしいだろ。まあ、嬉しいけどな。 だが、俺はアイツが俺と同じ生き方をすることなんて絶対に望まない。そんな不幸は願い下げだね。見た目よりもずっとキツいんだ」 ダンテはそう言って小さく笑った。普段のそれとは違う、見る者が痛みを感じる笑みだった。 「……でも、正直わたしはどう接したらいいのか分からないんです」 なのはは縋るような視線を向けた。ダンテの期待が、今はただ重い。 ティアナの間違いを諭せるほど自分も自分の正しさを信じていないのだと、今更ながらに痛感した。 人を想うのに、こんな苦しい気持ちは初めてだった。 あるいは10年前には経験したことがあるのかもしれない。でも、もうその時出した答えさえ忘れてしまっている。 「難しいことなんてないさ。ただ、アイツに人間として接してくれればいいんだ」 ダンテは不安げななのはの肩に手を置き、ポンポンと気軽に叩いた。 「アイツが何かしでかして、痛い目を見たとしても――それもいいさ。 感情を昂らせて流す涙は、他人を想う心を持つ人間の特権だ。<悪魔>は泣かない。人間だけが出来る。それが、ティアには必要なんだ……」 静かな実感を持った言葉を残し、ダンテはゆっくりとなのはの横を通り過ぎて行った。 その意味深げな言葉の真意を、なのはは半分も理解出来ない。ただ漠然と、ダンテが自分の背中を押したことだけは理解出来た。 そして同時に、彼が<人間>という言葉に自分自身を含まなかったということも。 謎の多い彼の正体に、その理由は隠されているのかもしれない。 なのはは振り返り、何か言葉を掛けようとして、しかし結局その背中を見送ることしか出来なかった。 酷く孤独で、悲しい背中だった。 「ティア、四時だよ。起きて」 繰り返される目覚ましのアラームとスバルの声が徐々に頭の中に入ってきて、それが覚醒を促した。 酷く活動の鈍い思考で、ティアナはまず疑問に思った。一日の始まりにしてはリズムがおかしい。 それが普段より早く起きた為だと気付くと、同時に早朝四時から自主錬の為にそうしたのだとも思い出した。 「ああ、ゴメン。起きた」 ティアナはそう言ったつもりだったが、実際は死者が目を覚ましたかのような呻き声だった。 本来は起床時間を体に刻み込んで時計にも頼らないが、前日の疲労に加えて睡眠不足が完全に足を引っ張っていた。 「練習行けそう?」 「……行く」 ティアナは不屈の闘志で立ち上がった。 事実、疲れ果てた肉体の欲求を押さえ込むのは戦闘のそれに等しい精神力が必要とされた。 トレーニングウェアを差し出すスバルの行為を疑問にも思わず、受け取ってノロノロと着替え始める。 昨夜、自らの発言どおりに使い果たした体力と精神力の影響か、普段のティアナが持つ凛とした仕草は欠片も無く、動きも緩慢で精彩さを欠いている。 それはそれで隙の無いパートナーの貴重な一面が見れた、と奇妙な喜びを感じながらスバルは自分の服に手を掛けた。 ようやく脳が回り始める中、隣で同じように着替えるスバルの行動にティアナは我に返る。 「って、なんでアンタまで?」 「一人より二人の方がいろんな練習が出来るしね。わたしも付き合う」 「いいわよ、平気だから。あたしに付き合ってたら、まともに休めないわよ」 「知ってるでしょ? わたし、日常行動だけなら4、5日寝なくても大丈夫だって」 それは全く事実であり、ティアナがスバルを羨む数少ない部分だった。 一時期は、その天性の優れた体力を妬んだこともある。自分に絶対的に足りないもので、そしてどう努力しても限界を感じてしまうものだからだ。 今、その時の感情が僅かに蘇っていた。 「……同情?」 眠気は吹き飛び、静かな激情が言葉に表れて険を見せていた。 しかし、スバルも慣れたもので、怯みもせずに笑みを浮かべて見せる。 「わたしとティアは、コンビなんだから。一緒にがんばるのっ」 一片の疑いも抱かない本音だった。 「……ねえ、スバル。あの戦闘の時、アンタが射線のすぐ傍にいること――あたし、知ってて撃ったわよ」 「うん、分かってる」 能面のような無表情で告げる真実を、スバルはやはり当然のように受け止める。 ティアナは目の前の少女が時折理解出来なくなる瞬間があった。今がまさにその瞬間である。 「悔しかったよ。あの時、ティアにとってわたしは邪魔でしかなかったんだよね」 スバルは自分の想いを確認するように頷いた。 「うん、悔しい。普段からずっとティアに頼りっぱなしだったけど、本当に必要な時に何も出来なかった自分が情けなくて仕方ないんだ」 「スバル……」 「だから、強くなりたい。ティアのパートナーとして、二人でちゃんと戦えるように。 その為にこの練習が必要だと思ったから、わたしは一緒に行くんだよ。お願い、一緒に練習させて」 最後は頼み込むことまでして見せたスバルの行為に、ティアナは無言で混乱するしかなかった。 本当に、彼女の考えは理解出来ない。 「アンタの、そういう……」 「ティア?」 「……いいわ。勝手にしなさい」 「うんっ!」 二人は練習の場へと向かって行った。互いに違う想いを胸に。 ヴィータが医務室のベッドで目を覚ましたのは、更に数日後のことだった。 怪我の影響とは違う全身を覆う酷い倦怠感を堪えながら、埃を被っていたかのように動きの鈍い頭を回転させる。 傍らで微笑むシャマルを見て、ああ自分は助かったのだとヴィータは実感した。 「ヴィータちゃん、気分はどう?」 覚醒後しばらくは呆けているだけだったヴィータを勝手にあれこれと診察した後、シャマルは尋ねた。 「だるい。頭がぼーっとする」 「ずっと寝てたからね。胃も空っぽだから、すぐに食欲も戻ってくるわよ」 「なんでこんなに寝てたんだ?」 実際の時間経過は長くとも、ヴィータにとって意識を失う直前の記憶は鮮明に残っていた。 腹を貫通した鋼鉄の冷たささえ思い出せる。 上着を捲って傷の場所を見てみるが、そこだけが数日分の時間の流れを表すように治癒されていた。包帯すら巻かれていない。 恐る恐るお腹を撫でて確認すると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。 「睡眠薬を使って、強制的に休んでもらってたのよ。ヴィータちゃん、安静にしてって言っても聞かないから」 「傷が塞がったんなら寝てる意味もねーだろ? やることなんて山ほどあるんだからよ」 「確かに、その日のうちに傷は塞いだけど、思った以上にダメージは大きかったのよ。外科的な手術までして、本当にようやく塞いだだけ」 「そうそう、シャマル先生ってば本当にすごかったんですよ!」 点滴を取り外す作業をしていた医療スタッフの一人が、興奮気味に割って入った。 「あの日はスターズFも含めて三人の負傷者が一気に運び込まれましたからね。 治癒魔法にも限界があるし、何より副隊長の傷は深すぎて、魔法による強引な再生だけじゃ体に負担が掛かりすぎる状態だったんですよ。脊椎までやられてて。 そこで、急遽、外科手術による治療も取り入れたんです。 魔法と外科手術を同時に進行させて。あの負傷がこの数日で後遺症も無く完治できたのはあの的確で素早い処置のおかげなんです。 いやー、あの時のシャマル先生はまさにプロって感じでしたよ! もうまさに『シャマル先生にヨロシク』って感じでしたね!!」 「そ、そうかい。説明ありがとよ」 ファンがアイドルについて語るような熱い視線と言葉を浴びせられたヴィータは、やや気圧されながらも引き攣った笑みを浮かべた。 その例外なく優れた容姿と能力のせいか、ヴォルケンリッターは管理局内で、特に若手の局員において人気が高い。支持者と言うよりもファンと称すべき者達が多数存在した。 とにかく、分かりやすい活躍が注目される戦闘担当のシグナムとヴィータは特に知名度が高かった。ザフィーラでさえ獣形態と幻の人間形態に分かれてファンが多い。 その中で、後方支援担当のシャマルは知名度こそ低いものだが、その分コアな人気と濃いファン層を所持していた。 特に彼らは、ヴィータ達のような能力や立場に憧れるのではなく、純粋にシャマルと言う人物像を崇める者が多い。 シャマルの城である医療室勤務の者達こそがまさにそれであり、目の前の若いスタッフも例外ではないようだった。 「……ま、とにかくそういうわけ。どんなに魔法が便利でも、人間の体には流れがあって、それに逆らうことはどうしても無理をすることだわ」 熱気冷めやらぬそのスタッフに別の用事を与えて退室させると、シャマルはヴィータに微笑んで諭した。 自ら戦いに臨むヴォルケンリッター達を抑える、こうした重要な役割もシャマルが担っている。 「必要な分だけ休ませる。これは、はやてちゃんからの命令でもあったの」 なのはちゃんの時の事、覚えてるでしょ? そのシャマルの言葉には、ヴィータも神妙に頷くしかない。 「確かに、体調は万全みたいだけどよ。……ありがとな」 「いえいえ」 自身の状態まで冷静に把握出来るほど意識の覚醒したヴィータは、シャマルの言葉の正しさと優しさを受け止めて、素直に礼を言った。 しかし、ふと訝しげな顔になって首を捻る。 「何? 動きの違和感なら、長い睡眠でまだ感覚が戻ってないからで……」 「いや、そうじゃなくてよ。いくら重傷って言っても、治るまでにちょっと時間掛かりすぎじゃねーかなと思って。あたしら、普通の人間とは違うんだぜ?」 ヴィータの何気ない呟きに、シャマルは沈黙した。 彼女の疑念が、治療の最中でシャマル自身が抱いていたものと全く合致するからであった。 ヴォルケンリッターを構成するものは、完全な肉体と生ではなく<守護騎士システム>と呼ばれるプログラムである。 現存する肉体の消滅すら再生可能なそのプログラム上にあって、一般的な負傷もまた人間とは違い、彼女らにとっては問題と成り得ない。 新陳代謝などの肉体の制約は無く、欠けた部分を埋め合わせることはパズルのように容易なことなのだ。 だからこそ、たった数日とはいえ治癒に掛かった時間は不可解な長さであった。 「……そうね。今度、暇があったら調べてみましょ。ヴィータちゃんも協力してね」 「ええっ!? なんだよ、ヤブヘビだったかな。シャマルって検査とか楽しんでやってるだろ?」 「あら、そんなことはないわ。仕事には大真面目よ。趣味と実益を兼ねてるけど」 冗談交じりに笑いながら、シャマルはその疑念を棚上出来たことに安堵した。 この問題について、シャマル自身が憶測している答えはすでに在る。しかし、それは容易く口に出来るほど軽い答えでもないのだった。ヴォルケンリッターの存続に関わる内容だ。 とにかく、二人は無事を喜び合った。 そうして談笑する中、医務室を意外な人物が訪れる。 来訪者を告げるブザーが鳴り、ドアがスライドすると凡百な制服の似合わない目立つ男が遠慮無しに足を踏み入れた。 「Trick or treat? 暇なんだ、お茶を出すか遊んでくれよ」 ベッドの中で目を丸くするヴィータに悪戯っぽい笑みを向けながら、ダンテは開口一番に言った。 「ダンテ!? え、本物かっ?」 「オイオイ、この甘いマスクの偽物なんて作れるかよ」 気絶する前の記憶が脳裏を過ぎり、無意識に身構えるヴィータを嘲笑うように、ダンテは彼自身を証明するような台詞を吐いてみせた。 安静の為眠っていたヴィータとは違い、既に再会を済ませてあるシャマルに愛想良く会釈すると、誰の許しも得ないまま勝手にベッド脇の椅子へ腰を降ろす。 その図太さと、何者にも遮られない行動は、間違いなくヴィータの知るダンテのものだった。 「……オメー、来てたのかよ」 「詳しい経緯は偉い奴に聞いてくれ。もう嫌って程説明したんでね、繰り返すのも飽きたぜ」 ダンテの格好を見て、ヴィータは何となく事態を察した。 「何しに来たんだ? ビョーキとかケガにゃ縁がなさそうだけどよ」 「眠り姫が眼を覚ましたって聞いてね」 「誰から聞いたんだよ? お前、関係者じゃねーだろ」 「シャーリーって言ったか。いい男がいい女に声を掛けたら会話は成立する、そういう法則があるんだ」 何処まで本気か分からないダンテの話を聞きながら、ヴィータは再確認した。そうだ、こういう奴だ。 実質二度目の顔合わせだが、既に旧知のような二人のやりとりを眺めていたシャマルは、意味深げな笑みを浮かべながら立ち上がった。 「じゃあ、私は奥で書類片付けてますね。カーテン引いておくので、ごゆっくり」 「あ、おい! 変な気を使うんじゃねーよ!」 ヴィータの言葉を聞き流して、『オホホホッ』と変な笑い方をしながらシャマルは去って行った。 苦虫を噛み潰したようなヴィータと愉快そうに笑うダンテがその場に残される。 「……マジで何しに来たんだ?」 「俺の処遇が決まるまで暇なんでね。友好関係を増やすのも飽きたしな」 「オメー、機動六課に入るつもりなのか?」 「さあな。だが、もう無関係じゃいられないだろうぜ。いろいろ関わっちまったからな」 そう言って、ダンテは一瞬だけこれまでを回想するように遠くを見つめた。 人との関わりはもちろん、<悪魔>との関わりも。まるで運命染みた導きによって、バラバラだった要素は一点に集束しつつある。 ダンテは自らの出会いと別れが全て意味を持ち、また同時にコントロールされているかのような錯覚を覚えた。 今、この場所、この世界の状況は、全て自分が発端となっているのかもしれない。 「ふーん……まあ、それなら歓迎してやるよ」 悪い方向へ考え込むダンテにとって、ヴィータのその何気ない言葉は純粋に嬉しく、ありがたいものだった。 不敵でも皮肉でもなく、純粋な喜びから笑みが漏れる。 「ヘイ、何か買ってやろうか? 嬉しいから一つだけプレゼントを送ってやるよ、お嬢さん」 「子供扱いすんじゃねー! ……けど、それなら一つだけあたしの質問に答えろよ」 「何だ? スリーサイズか?」 「茶化すなよ、真面目に答えろ」 「OK、何だ? 言えよ」 ヴィータはしばし言葉を選び、自分と相手の性分を考えて、結局簡潔に質問を口にした。 「――ダンテ。オメーに顔がそっくりな兄弟とかいねーか?」 ダンテの中の時間がその瞬間停止した。 それは間違いなく、そしていつでも余裕を忘れない彼にとって酷く珍しい動揺の表れだった。 何故、ヴィータがそれを尋ねるのか。幾つもの疑惑が心を埋め尽くし、それは殺気染みた圧力となって噴き出そうとする。かろうじて、理性がそれを押し留めた。 意味も無く降ろした腰の位置を直し、ダンテは自らの動揺を宥めた。 ヴィータを見据える。努力したが、それは睨むような形になってしまった。 「……いるぜ、双子の兄貴がな」 問い返さず、素直に答える。そういう約束だった。 ダンテの態度の劇的な変化を、何処か当然だと受け止めて、ヴィータは頷いた。 「あたしを刺したのはソイツだ、きっと」 「……マジか?」 「マジだぜ。まだ誰にも言ってねぇ。 オメーとそっくりな顔で、髪の色まで一緒だ。武器は刀を使ってた。正直、アイツの戦闘力はやべえ。一撃で実感した」 ヴィータの神妙な言葉を聞きながら、ダンテは自らの思い描く人物が一致することを確信した。 ホテルでの一件から、自分に関わる多くの出来事が動き出したことを感じていたが、ヴィータの告げた内容はそれらの中でも最も衝撃的なものだった。 「どういう奴なんだ?」 「名前はバージル。俺とは考えが合わなくてね、一度殺し合った仲だ」 「ひでえ兄弟喧嘩だな。何で、そんな奴があそこにいたんだ?」 「さあね。俺も、今の今まで死んだと思ってたよ」 肩を竦めるダンテの様子を伺って、その言葉に嘘が無いことを悟ると、ヴィータはベッドの枕に凭れ掛かった。 重要な手がかりは掴んだ。しかし、更に重要な点に関しては、これでプッツリと途切れてしまったことになる。 後は、再びあの男――バージルと出会った時に明かされることを期待するしかない。 そして、それは決して在り得ないはずのことではない、と。ヴィータは何処か確信していた。 この双子は、どうあっても巡り合う運命なのだ、と――ダンテ自身が確信するのと同じように。 「……それで、どうすんだよ?」 互いに思案する沈黙の中、唐突にヴィータが口を開いた。 「何がだ?」 「だから、そのバージルって奴のことだよ。黙ってればいいのか?」 思わぬ提案に、ダンテは面食らった。やはり彼には珍しい動揺だった。 「黙ってるって……そいつは、マズイだろ?」 「マズイよ。けど、家族のことだろ? 自分から言えるまで、待った方がいいのかと思ってよ……」 最後は聞き取れないくらい小さく呟き、ヴィータはバツの悪そうにそっぽを向く。その横顔は僅かに赤い。 それまでの陰鬱な思考が吹き飛んで、ダンテは急に笑い出したくなった。 実際に、堪えきれずに吹き出した。ヴィータが恥ずかしさに歯を食い縛って睨む中、その視線すらも心地良く、ダンテは愉快そうに声を押し殺して笑い続ける。 「っんだよ!? 感謝しろとは言わねーけど、笑うことねぇじゃねーか!」 「ハハッ、悪い悪い。お前さんの人情が身に染みてね。ありがとうよ……ククッ」 「だったら、まず笑うの止めろテメー!」 「OK、感謝してるのは本当だぜ。まいったね、こういう組織関係とは相性が悪いはずなんだが、全面的に協力したい気分になってきたよ」 まだニヤニヤと笑みを絶やさないダンテの言葉は酷く胡散臭かったが、彼は限りなく本心を語っていた。 バカにされることは確実だが、素面で愛と平和について万歳をしてやりたい気分だった。 やはり、人間とは素晴らしい。自分とは考えを違えた兄を想い、ダンテは自らの心を確認する。 バージル――奴が再び自分と、彼女達のような者の前に刃を向けるのなら、その時は再び戦うことを迷いはしない。 ヴィータを見つめる瞳に、もはや複雑な感情は映っていなかった。 「バージルに関しては、俺がしっかりと説明してやるよ。もう決めた、俺はこの<機動六課>って奴に協力する。ただし、個人としてな」 「そうかよ、好きにしろ。もうあたしにゃ関係ねー」 「拗ねるなよ、悪い意味で笑ったんじゃないんだ。本当に感謝してるのさ。何か、お返ししてやろうか?」 「いらねー」 「何でもいいぜ、キスでもハグでも」 「いらねーよ、ボケ! ……ま、そこまで言うんだったら、ちょっと外出るの手伝え。リハビリしてぇんだ」 ヴィータの頼みを快く引き受け、ダンテは立ち上がると、そのままおもむろに小柄な体を担ぎ上げた。 「……って、何してんだオメーは!?」 「暴れるなよ、運んでやるのさ」 肩の上でジタバタと手足を振り乱しても揺るぎもせず、ダンテは騒ぐヴィータを担いだまま、シャマルに手を振って医務室を出て行った。 のほほんと手を振り返すシャマルを恨みながら、ヴィータは叫び続ける。 すれ違う局員の好奇の視線が、彼女の羞恥心を大いに刺激して去って行った。もう死にたい。っていうかむしろコイツが死ね。 「てめっ、この格好でどこまで行く気だ!? これ以上目立ったらぶっ殺すぞ!」 「ちょいと今日の予定を耳に挟んでね。向かってるのは、訓練場さ」 その叫び声が大いに目立っているヴィータの文句を笑って聞き流し、ダンテは答えた。 「模擬戦するらしいぜ。お前らの隊長殿とうちのじゃじゃ馬、それに付き合う健気なパートナーがな」 そこで、二人はそれぞれの想い人の衝撃的な戦いを見ることになる。 既に模擬戦は開始されている時間だった。 フェイトが合流し、エリオとキャロが見守る中、ティアナとスバルのコンビがなのはに真っ向から激突する。 その戦闘は、概ねスバルとティアナの事前の想定通りに進行していた。 相手をするなのはにも実感出来る、これまでの二人の戦闘パターンとは違う動き。 ホテル襲撃事件において、ティアナが自ら目覚めたコンビネーションだった。 スバルの荒々しい突撃をティアナの正確な射撃が補完する――ただ一つ、スバルの攻撃がもはや特攻と呼べるほどに自身を省みない無謀さを孕んでいる以外は。 「スバル、ダメだよ! そんな無理な機動!」 「すみません! でも、ちゃんと防ぎますからっ!」 スバルの応答はなのはの叱責の意味を理解していないものだった。 様子がおかしい。それを察した瞬間、思考の隙を突くように高所から正確無比な狙撃が襲い掛かる。 「……っ、容赦ないね」 『敵に応答するな、戦闘に集中して! 今は敵よ!』 「ごめん!」 ティアナの念話を受け、再びスバルの瞳が危険な色を宿した。恐れを故意に忘れた眼だ。 なのはの中で疑念が高まる。 スバルの突撃とそれを援護するティアナの射撃の割合は、絶妙と言えばそうだが、酷く危うい一面もある。 防御を捨てることは、攻撃力の向上に反比例してリスクを押し上げる無理な戦法なのだ。 自分は教えていない。むしろ、戒めてきた。 二人の戦法が、自分の教導を否定する意味を持っていると察し始める。 混乱と、悲しみ……そして、やはりどうしようもない疑念が湧き上がった。 ――あのティアナが、これらのことを全て考慮せずに戦うだろうか? 逆に言えば、この戦いは彼女のメッセージなのではないか? キリの無い疑念が頭の中を掻き回す。なのははこの時、間違いなく動揺していた。 その隙が、スバルの接近を許す。 「でやぁああああああっ!!」 「くっ!?」 カートリッジの魔力を乗せた拳が、なのはのシールドと激突して火花を散らす。 受け止めざる得なかったのは、なのは自身の動揺と、同時に迷いによるものでもあった。 「スバル、どうして……っ?」 愚かなことだと分かっている。ただの被害妄想染みた考えだということも。 しかし、教え導いたはずのティアナと意見を分かち、つい先日の事件に至って、なのはの内に隠した動揺は大きくなりすぎていた。 ティアナの考えていることが分からない。分かってくれないことが分からない。 そして今、目の前で離脱もせずに、防がれた攻撃を尚も続けるスバルも――。 「どうして、こんな無茶をするの!?」 その叫びに、苦悩と悲しみが滲んでいることを、不幸にも若く直情的なスバルが理解することはなかった。 「わたしは、もう誰も傷つけたくないから……っ!」 「え?」 ただ、自分の想いを吐き出す。 「ティアナが傷付いたのは……わたしを撃ったのは……っ、わたしが弱くて、信頼出来なくなったせいだからっ!」 その真っ直ぐな想いを、なのはもまた真っ直ぐに受け止めすぎてしまう。 「だからっ! 強くなりたいんですっ!!」 吐き出された、あまりに強すぎるその想いが、かろうじて保ち続けていたなのはの心の平静を打ち砕いてしまった。 一瞬呆然したなのはの隙を見逃さず、スバルが力の拮抗を崩す。 我に返ったなのはが防御に集中した瞬間。その僅かな一瞬だけ、彼女は思考からティアナの存在を忘れた。 そして、硬骨なガンナーはそれを見逃さない。 「一撃、必殺――!」 「しまった、ティアナ!?」 クロスミラージュの銃口から短い魔力刃を銃剣(バヨネット)の如く発生させた、近接戦闘用のダガーモード。その不完全版。 詳しい機能を教えられるまでもなく、独自の鍛錬と研究によって生み出した、なのはですら知らないその武器を、ティアナはこの土壇場で使った。 その決断が、対するなのはに何よりも本気を感じさせる。 ――どうあっても、自分を倒すのだ、と。 「……レイジングハート」 その決意の意味を、取り間違えたか、あるいは本当にそのままの意味なのか――ティアナが自分を否定したのだと、なのはは感じた。 「モード・リリース」 《All right.》 なのはの中で混沌としていた感情が全て凍り尽く。それは致命的なまでの心理的動揺であり、衝撃だった。 常人ならば放心するしかない。しかし、何よりも彼女の持つ戦闘魔導師としての天性の資質が、肉体を突き動かしていた。 デバイスを待機状態に戻し、両腕に自由を得る。自らもまた肉弾戦で応じる為に。 だが果たして、その冷静でありながら、どこか私情とも見れる判断が、本当に反射によるものだけだったか――なのは自身にも分からない。 混乱、悲しみ、疑念……そして、美しい少女の内に潜むにはあまりに醜い怒り。 差し出した手のひらに受ける、ティアナの鋭い魔力。 腕をカバーするように展開したフィールドと反発して炸裂し、暴走した魔力が周囲を荒れ狂う中、なのはは痛みよりもそれが助長する悲しみと怒りを感じていた。 「……おかしいな。二人とも、どうしちゃったのかな?」 やがて、煙が晴れる。 なのはの視界とその迷いもまた晴れようとしていた。一つに集束していく。暗い方向へ。 「頑張ってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」 視線を動かせば、自分の変貌に畏怖を抱くかの如く震えるスバル。 そして、普段通りの冷静で冷徹な戦闘者としての瞳のまま、自分を見下ろすティアナ。 その瞳が何よりも雄弁に語っていた。 敵だ、と。 「練習の時だけ言うことを聞いてるふりで、本番でこんな危険な無茶するんなら……練習の意味、無いじゃない」 その瞳に拒絶を感じるしかない。 その視線に否定を感じるしかない。 なのはにはもう何も分からなかった。 長い教導官としての日々の中で、教え子達は皆思ったことを素直に質問し、自分が答えると一度だけ顔を見て『わかりました』と言う。 それで全てが済んでしまっていた。 しかし、目の前の少女は違うのだ。 「ちゃんとさ、練習通りやろうよ」 そうしてくれれば、何も問題はないのに。 自分は素直さに優しさで答え、誰も傷付かない。強くもなれる。そう、これまでそうしてきたのに――。 「ねえ、わたしの言ってること……わたしの訓練……そんなに間違ってる?」 なのはは理不尽さを感じずにはいられなかった。 それがある種の身勝手さであったとしても、これまで優しさこそ真に人を導くと信じ続けてきた彼女の健気さを誰も否定は出来ないだろう。 だが、この時彼女が教導官に有るまじき、感情によって動くという行為を成してしまったことも、やはり否定の出来ない失態なのだった。 そうして、誰もが動揺して客観的な分析の行えないまま、事態は動く。 なのはの言葉に答えるように、ティアナがダガーモードを解除して素早く距離を取った。 展開された幾重もの<ウィングロード>に着地し、再度射撃体勢を取ってチャージを開始する。 言葉は無い。どうとでも受け取れ、これが自分の答えだ――なのはにはそんな声が聞こえた気がした。 「……少し、頭冷やそうか」 指先に魔力を集束し、その照準をティアナに突きつける。 スバルが何かを叫んでいる。内心の動揺と混乱に反して、淀みなく魔力が動き、彼女をバインドした。 敵意すら萎えているのに、なのはの指先に集まる魔力は素早く正確に自らの攻撃性を高めていく。 「クロス、ファイアー……」 その時、なのはは自覚無く、あの時のティアナの気持ちを完全に理解していた。 導く為でも、叱る為でもなく、叫び散らしたいような身勝手な怒りで彼女は引き金を引いたのだ。 それは、もし声にしたなら……あまりに人間的な叫びだった。 「シュート」 ――どうして、わたしの気持ちを分かってくれないのっ!? 「……最悪だ」 訓練場の様子を映すモニターを睨みながら、ヴィータは呻くように呟くしかなかった。 なのはの一撃が、ティアナを吹き飛ばす瞬間が見える。 もし訓練弾でなければ粉々に吹っ飛んでいる。それほどまでに容赦の無い一撃だった。 教導官は訓練生を潰さない為にダメージも計算していなければならない。それはなのはも熟知しているはずだ。 だからこそ、本来ならばこんなオーバーキルの攻撃は在り得ない。あの一撃には、理性を超えた激情が透けて見える。 ヴィータの言葉通り、模擬戦は最悪の展開となってしまったのだった。 「ティアナの拒絶が、なのはの心の糸を切っちまった……」 なのはは、ずっとティアナを優しさで案じてきた。 かつてのなのはを知るヴィータにはあまりに思い切りの悪い対応だったが、それでも今のなのはの精一杯だった。 どちらが一方的に悪いわけじゃない。こと今回の事に関して、ヴィータは無条件になのはの味方をするつもりは無かった。 結局、どちらも悪いのだ。 頑ななまでに自分の力を信じ、他人を、仲間すら信用せず、真意を打ち明けなかったティアナ。 そんな彼女に対して、どれだけ拒絶されたとしても決して行ってはいけない、力による解決に踏み切ってしまったなのは。 どちらも間違い、そして事態は最悪の結果になった。 「いや、あたしも甘かったか。何か出来たはずなんだ」 なのはを信頼しすぎた。いや、頼りすぎたのか。どちらにしろ、それが悪いことだと断ずることも出来ない。 結局、成るべくして成ったというのか――。 ヴィータは例え答えが出なくても、そんな愚かな結論に行き着いてしまうことを拒否し、頭を振った。 そしてふと気付き、傍らにいるはずのダンテに視線を投げ掛けた。 彼は、この結果をどう思っているのだろうか? 「やっぱり、ヤバかったな」 モニターを静かに見据え、ダンテは驚くほど平坦な声で、そう呟いただけだった。 それを見上げるヴィータの視線に力が篭る。 「……オメー、この結果を分かってたんじゃねぇだろうな?」 「だとしたら、どうする?」 「止められなかったのか?」 「無理だ。それに、そんなつもりもなかった」 誤解を恐れず、ダンテはただ必要なことだけを答えた。 ヴィータは何も言わない。ダンテの考えはもちろん、果たしてこの結果が本当に悪いものなのかも決められなかったからだ。 いずれにせよ、答えは出た。あとは、二人の仲を修復するだけでいい。 それこそが真の問題だと頭を悩ませ、唸るヴィータに、ダンテは何気なく告げた。 「――それにな、話はまだ続くみたいだぜ」 「え?」 「だからヤバイんだ」 ダンテの深刻な呟きに、ヴィータは変わらず訓練場を映すモニターに再び視線を走らせた。 「ティアァァァーーッ!!」 スバルの悲痛な声が空しく響く。しかし、粉塵の向こうから答えはない。 なのはは早くも後悔を感じていた。外見こそ平静を装っていたが、自分の為したことが信じられないほどに動揺していた。 睨み付けるスバルの瞳が、これまでずっと尊敬の念を映してきた自分を見る眼が、今は悲しみとも憎悪ともつかないもので荒れ狂っている。 それは間違いなく自分の罪を示すもので、責める罰なのだろう。 なのはは疲れたようなため息を吐き出し、もう一度スバルを見た。とにかく、模擬戦は終わり、それを告げなければならない。義務だ。 「模擬戦はここまで。今日は二人とも、撃墜されて……」 言い掛け、その時になってようやく気付いた。 スバルの視線が、自分を向いていない。正確にはすぐ近くを見ながら自分の顔に焦点が合っていない。 ――ゾクリと、なのはの戦いの感覚が全力で不吉を告げた。 「ティアナ……ッ!?」 その戦慄の原因をなのはは直感し、言葉ではなく現実がそれに返答した。 撃墜したはずのティアナの位置へ走らせた視線が、粉塵の中で消失する人影を捉える。 わずかに見えたティアナの姿が、まるでホログラムのように消え去った。 比喩でもなく正真正銘の幻影だ。 「あれは……<フェイク・シルエット>!?」 希少な高位幻影魔法の名が口を突く。幻影系の魔法を習得中だと、ティアナ自身が語ったことをなのははこの瞬間まで忘れていた。 在るはずのものが消え、それと同時にいないはずのものが出現した。 呆気に取られるなのはの傍らで、空気が歪み、絵の具が紙に滲み出るようにして人の形と色をしたものが姿を現す。 それこそが、本物のティアナだった。 「<オプティック・ハイド>!」 なのはが全てのカラクリを理解した時、全ては致命的なまでに終わっていた。 出現したティアナは既になのはのすぐ傍まで肉薄している。突き付けられたクロスミラージュの銃口は、その頭部を無慈悲に捉えていた。 呆気に取られているのは、スバルさえ例外ではない。この展開は彼女さえ知り得るところではなかったのだ。 なのはとティアナの視線が交差し、その間をスバルの視線が彷徨う。 「ティ、ティア……これって?」 「Eat this」 一切合財を無視して、ティアナは引き金を引いた。 回避など絶対不可能な超至近距離で魔力弾が放たれる。なのはは咄嗟に障壁を眼前に生み出した。その反応速度は歴戦の魔導師だけが為し得る奇跡だった。 しかし、察知されない為にチャージこそしていなかったものの、その一瞬に備えていたティアナの攻撃はなのはの咄嗟の防御を凌駕した。 閃光の炸裂を伴って、障壁を魔力弾が突き破る。 ティアナを含む誰もが、その結果を確信した。 なのはの反応はまさにギリギリの反射によるものだった。 その一種の奇跡によって生み出された防御を抜ければ、もう後には猶予など残されていない。 ――だから、なのはは自らその猶予を作った。 「な……っ!?」 眼前で瞬く、もう一度『魔力弾と障壁がぶつかる閃光』を見て、ティアナは初めて動揺した。 魔力弾は二枚目の障壁によって受け止められていた。 なのはの『口の中』で。 魔力弾の射線上にある口を開き、そこに攻撃を導くことで僅かな距離と時間の猶予を作った。そして、口内に極小規模な障壁を形成することで、魔力弾を受け止めたのだった。 ティアナでさえ予想し得なかった、その一瞬の判断と決断に誰もが戦慄する。 なのははぐっと噛み締めるように口を閉じた。 障壁にぶつかって弾けた魔力の残滓が口の中で飛び散ってチリチリと痛む。 しかし、そんなものは全く些細なことだった。 「……ティアナ、これがアナタの答え?」 なのははティアナを見据え、静かに告げた。 もうそこには怒りも動揺もない。本当にギリギリまで追い詰められた瞬間、彼女の中に眠る爆発力が全てのしがらみを吹き飛ばしていた。 ただ純粋な強い意志を宿した視線を受け、ティアナは舌打ちしながらその場から飛び退る。 一瞬にして距離を取り、エアハイクによって更に離れた足場へと移動していた。 かつてないほど鋭い動きだった。スバルとの自主練習中や、ここまでの模擬戦の最中でさえ見せなかった、ティアナの真の力だった。 予想もしなかったな展開と、パートナーの変貌に、スバルはもう何も考えられない。 「ティア……」 「ティアナ、スバルを囮にしたね?」 まだパートナーを信じようと、縋るように呻くスバルを、なのはの断ち切るような言葉が停止させた。 スバルの頭の中でバラバラに散らばっていた破片が、その言葉でカチリと噛み合う。 状況が全てを語っていた。 二人で練習した訓練、練った作戦――その全てがあの一瞬の為の伏線でしかなかったのだ、と。 「ティアナ、アナタはスバルを仲間じゃなく駒として扱ったんだよ」 「ち、違うんです、なのはさん!」 今度こそ、正しい怒りを迷いなく向けるなのはに対して、スバルは慌てて言い縋った。 何かの間違いだと、そう信じていた。 「あの、これもコンビネーションのうちで……っ! っていうか、わたしが悪いんです! わたしが、もっと……っ!」 「スバル」 必死に言い募るスバルを、横合いから冷たい言葉が殴りつける。 震えながらその方向を見た。 ティアナが見下ろしていた。どうしようもなく冷酷で冷徹で、相棒を思いやる暖かみの一片さえ含まれない瞳で。 「アンタのそういう寝言がウザくて仕方なかったのよ」 吐き捨てられた言葉が、一緒に二人の間にあった繋がりさえ切り捨ててしまった。 スバルがその場に崩れ落ちる。 その様子を一瞥し、なのははティアナを見た。驚くほど落ち着き、睨みもせず、ただハッキリと『強い』視線だった。 「ティアナ……」 「さあ、続けましょう高町教導官。まだ模擬戦は終わってません。一人リタイア、後は一対一です」 不敵な笑みを浮かべてクロスミラージュを構える。その仕草だけは、まったく普段通りのティアナだった。 「ティアナは、わたしに勝って何を証明したいの?」 「何も。強いて言うなら、現状での修正点です」 「修正? 何か、間違ってるところあるかな?」 すでに二人の意志は戦闘時のようにぶつかり合っていた。 避けられない戦いを前に、なのははティアナの真意を探るように言葉を投げ掛ける。 「私が勝てば、認めざるを得ない――今の高町教導官が想定する私の戦闘力が、間違っているという現実を」 ティアナは初めて得られた的確な質問に対して喜ぶように笑って答えた。 「足りないんです、力が。今の訓練じゃ、私の得られる力はあまりに少ない」 「ティアナは十分強いよ」 「何を基準にした『十分』なんですか? アナタに私の求めるものの何が分かると?」 嘲るような笑みに、なのははもう必要以上のショックを受けなかった。 ただ受け止める。この言葉は、自分が望んだものだ。 ティアナの本心だ。 「私は、ただ理屈を言ってるんです。 別に先の事件の失敗を帳消しにして、死んだ兄の正しさをこんな形で示したいわけじゃない。やるべきことは分かってます。その為に必要なモノも」 ティアナは全てを吐き出すように続けた。 声も荒げず、ただ穏やかに、淡々と。それこそがティアナの本気の証なのかもしれなかった。 「高町教導官、アナタの力を尊敬します」 「力、だけなんだ……」 「今のままじゃ足りない。その力が欲しい。だから、私が証明するとしたら――唯一つ、更なる教導の必要性だけです」 明確な理屈に基づく話を終え、ティアナは全てを任せるように口を噤んだ。 悲しいほどに冷静な言葉だった。なのはを打ち倒すことで何かを得られるなどと錯覚せず、あくまで適切な手順を踏んで自らの目的を達成しようとしている。 しかし、やはり――。 「ティアナは手段としての力が欲しいんだね。それは、きっと正しいよ。力はいつだって手段なんだ」 なのはは噛み締めるように呟いた。 ティアナの理路整然とした言葉の前に頷いてしまいそうになる自分を、心の何処かで止める『根拠の無い何か』が在る。 それはティアナにとっては愚かしいものなのかもしれないが――なのははそれに従った。人間として、正しいと信じて。 「……そう、力は手段に過ぎないんだよ。それは、やっぱり事実なの」 俯いていた視線を上げ、なのはは真っ直ぐにティアナの瞳を見据えた。 その意志在る瞳を、かつての彼女を知る者が見れば気付いただろう。 迷い無く、理屈や常識を超え、己の心が叫ぶままに自らを信じようとする子供のように純粋な瞳だった。 「例えどんなに必要でも、自分を慕う人や仲間を切り捨てて、自分まで削って尖らせて……そんなになってまで求めるものじゃない。 もうその時点で、力はアナタの為に在るんじゃなく、力の為にアナタが在るようになってしまっているんだよ!」 訴えかけるようななのはの叫びに応じて、レイジングハートが再び真の姿を現した。 ティアナ、その姿にも言葉にも微動だにしない。 もはや、彼女を揺るがすものは無いのか。しかし、なのはは語ることを止めなかった。 「本当にたいせつなものは、力なんかじゃない。それを扱う自分自身――。 苦しい時、追い詰められた時、いつだって最後には自分を突き動かしてくれる、魂なの!」 今の自分に出せるだけの想いを吐き出して、なのははぶつけた。 自らの手を静かにその胸に当て、其処に在るものを確かめる。 10年前、全ての始まりから自分を動かし、どんなに辛い時も立ち上がらせてくれた。歳を経て、久しく感じられなかったソレが、今再び燃えていた。 「その魂が叫んでる……ティアナを止めろって!」 今日までの迷い、悲しみ、怒り――全ての人間的感情を一つの意志に束ねて、それを決意としてなのはは指先と共に突き付けた。 その決死の覚悟に、ティアナは嘲笑で応える。 暗い笑い声が響き渡った。 ティアナもまた、既に揺らぐことの無い覚悟を終えてしまっているのだった。 「申し訳ないですが……『あたし』の魂はこう言ってる」 飾り立てた敬語が崩れ、ティアナの真の意志が露わになる。 なのはと同じように、胸の内で燃え続ける確かな決意に手を当て、確かめるようにその叫びを感じ取った。 何かを与えるのではなく、ただひたすらに求め続ける魂の渇望を。 全ては、何も出来ない自分の無力を殺す為に――。 「――もっと力を!」 ゆっくりと一語一語噛み締める、地を這うような重い決意の言葉が、その瞬間決定的に二人の間を分ってしまった。 二人の強烈なまでの意志に、スバルと遠くで見据えるフェイト達や、ヴィータ、ダンテさえ飲み込まれていく。 誰の顔にも悲痛な表情が浮かんでいた。そして、同時に共通して確信していた。 どうなろうと、この二人の戦いの決着が全ての答えだ。 誰も手出しなど出来ない。 なのはとティアナ。言葉は全て吐き尽くし、後は力と意志だけが結果を生み出す。 静寂。そして、同時に。 互いに相手の意思を叩き潰す為、二人は行動を開始した――。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《デバイス》ボニー クライド 本作のみのオリジナル武器。ダンテが現在携行している銃型のデバイスを指す。 二挺左右で交互に連射も、二方向の同時射撃も可能。 質量兵器の禁止されたミッドチルダにおけるダンテの武器として、ティアナがアンカーガンのパーツを流用して作成した簡易型デバイス。 一般的なデバイスと比較すると特異な外見だが、実際の性能はごく標準的なストレージデバイスである。 使用可能な魔法も単純な弾丸型射撃魔法<シュートバレット>以外登録されていない。 カートリッジシステムも未搭載の完全に普遍的なデバイスだが、ダンテの魔力によって驚異的な速射性と威力を誇る。 驚くほど単純な機構の代わりに、強度はアームドデバイス並にある。 デバイスの名付け親は不明。その意図も不明である。 前へ 目次へ 次へ
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その男の名前は<ジェイル=スカリエッティ>と言った。 研究者らしい白衣に身を包んだ姿は、機器のランプが照らすだけの薄暗いラボに在って冴えるように目立つ。 探究心を満たす喜びに口は笑みを形作り、瞳は知的な輝きを湛える。 ただ一つ、彼に欠けているモノがあるとするならそれは―――人としての正気だけだった。 「―――例の<魔剣士の息子>を見たよ。予想以上の力だ」 スカリエッティがまるで目の前の闇と話すように、唐突に口を開く。 その闇の中に溶け込むように、一人の男の影が在った。 『……勝手な真似をするな、と言った筈だが』 声色は平坦そのもので、口調だけは咎めるような響きで声が返ってきた。 『あの男だけが事態を正確に察知出来る。今の段階で、こちらの動きを悟られるわけにはいかんのだよ』 「それは分かっているがね。興味があったんだ、人間と悪魔の血肉を兼ね備える存在に……」 『いずれ対峙する機会は作る、とも言った筈だ。今はその時ではない』 「上手くすれば、彼の持つ<鍵>も手に入った」 『そして、結果は失敗かね?』 「これは耳が痛い」 交わされる言葉はお互いに丁寧で柔らかな物腰から発せられるものだったが、実際に漂う空気は剣呑で不穏に満ちている。 スカリエッティは相手を嘲るように話し、影の男もまた彼を見下した物言いを崩さない。 二人の間には形だけの敬意と協力しか存在しなかった。 『―――奴の持つ<鍵>はもう必要ない。この世界と<魔界>を繋げる方法は一つではないのだ』 初めて聞く情報に、スカリエッティの表情が僅かだけ歪んだ。 彼の叡智を持ってしても<悪魔>に関する事柄は目の前の男にアドヴァンテージがある。そこだけは認めなければならない。 「それは初耳だ。是非、新しい方法を聞かせていただきたい」 『必要ない』 「我々の円滑な協力関係の為にも、情報はある程度共有した方がいいと思うけれどねぇ……」 皮肉るようなスカリエッティの微笑に、闇の中で変化があった。 まるで、そこに佇む男の影が唐突に人の形を崩して、まったく違う存在に変貌したかのような感覚が―――。 『―――<我々>?』 スカリエッティの笑みが僅かに強張る。 背筋に走る悪寒と滲み出る汗を感じながら、なんとか余裕の笑みは崩さなかった。 例えどれ程狂っても、人は人の枠を飛び越える事は出来ない。 そして、人である以上決して逃れられないものだ―――闇を恐れる心というものは。 『ならば、円滑な関係の為にも気をつけることだ。<我々>などという言葉は、二度と使わぬようにな』 「……失礼した。貴方と私達との緊張ある関係を尊重しよう」 目の前で、男が再び人間の姿を取り戻すのを感じ取る。 男は、かつて人間だった。それはスカリエッティの調べる限り、確かな事だ。 だが、もう今は人間ではない。 <悪魔>に魅せられた人間のありきたりな結末であり、しかしそれを切欠に闇を自らの内へ取り込む事に成功した希少な成果でもあった。 『あの男の重要性は低い。所詮朽ちかけた伝説の残滓だ。 だが、あの<剣>に眠る力に興味があるのなら好きにするといいだろう。私は関与しない。ただし……』 「分かっているよ。今回の独断専行は申し訳なかった、機が熟すのを待とう」 『―――動くべき機は追って知らせる。それまでは貴様らの好きにするがいい』 そこまで告げて、男のそこに在る気配は一方的に消え去った。 もはや、闇の中には誰もいない。 ただ一人残されたスカリエッティは、見えるはずのない男の後姿をジッと見送っていた。 「……うーん、怖いねえ。何度も挑戦してみるけど、やっぱり<悪魔>に対する恐怖心っていうのは簡単に克服できるものじゃないらしい。ねえ、ウーノ?」 「確かに、あの男から感じる寒気は恐怖と言ってよいでしょう―――」 いつの間にか傍らに付き添うように現れた自らの秘書に笑いかける。 硬くなった表情を解すように手で揉むスカリエッティとは反対に、ウーノの顔は険しい怒りの表情に固まっていた。 「ですが、我々はあの程度の恐怖に屈しはしません。命令していただければ、あの横暴な男に相応な……」 「痛めつけて態度を変えるような男ではないよ。それに、人格はともかく彼の<力>はその横暴さに見合っている」 自らの尊敬する主に対して、常に見下すような立場を変えないあの男をウーノは心底嫌っていた。 最近では殺意まで混じるようになった彼女の視線が男の消えた闇に向けられているのを止めながら、スカリエッティは苦笑する。 今の自分達の位置が駒に過ぎないことは、彼女も分かっている筈だ。あの男や、他のスポンサーにとっても。 そんな奴らの横暴な物言いにも、内に秘めた反骨心を支えにして受け流してきた。 しかし、そんな冷静沈着なウーノをしてもあの男に対しては激情を隠し得ない。 彼女はそれに気付いているだろうか? それはきっと、あの男が持つ闇の力に触れることで起こる動揺が原因なのだと。 「それに、あの男は得難い協力者だ。<悪魔>の力と存在は、私にも計り知れない」 そう呟くスカリエッティの瞳には澄んだ輝きがあった。 狂気に塗れながらも決して失うことはない、未知のものへの探究心があった。 人は闇を恐れ、しかしその深遠さに惹かれることがある。果たして底など在るのか? と。 『魔に魅入られし人は絶えず』―――狂気の科学者ジェイル=スカリエッティもそういう人間だった。 「……でもね、それ以前に彼はいずれ倒れる運命にある男だと私は確信してるんだよ」 唯一つだけの点を除いて。 「何故なら、彼は<人間>を捨てて<悪魔>の力を手に入れたからだ。 彼はどうしようもなく『人間を侮っている』んだよ。弱くて、脆くて、卑小な存在だと切り捨てているのだ」 そう独白しながらも、顔には絶対の自信を笑みにして浮かべる主を、ウーノは理解できなかった。 純粋な戦力比でしかあの男との対比を計算できないウーノには分からない。自らの創造主の、理屈を越えた絶対の自信を。 「そうだ、彼は侮っている。<人間だけが持つ力>を、彼は理解せずに真っ先に捨ててしまった」 「人間の力……ですか?」 「そう、人間の力だ。彼はそれに敗れる。いずれ、間違い無くね」 「その<力>とは?」 困惑するウーノの頬にそっと手を沿え、愛しげな手つきで撫でて、囁くように答えた。 「Devil never cry―――『悪魔は泣かない』 それが全ての答えさ」 「……分かりません」 「<悪魔>の力は偉大だ。だが、奴らにも欠けているものはある。彼はそれを知らず、私は知っている」 絶対の自信を持って呟き、スカリエッティは自らの胸に手を当てた。 そこには見えない弾痕が刻まれている。 実際に撃たれたワケではない。現実に銃を向けられたことすらなかった。 撃たれたのはガジェットだ。それに、その瞬間もノイズで満たされたモニターでは見届けることすら出来なかった。 しかし、あの時あの瞬間、自分は『撃たれた』のだと錯覚した。 あの時―――ダンテと対峙して、その視線に真っ向からぶつかった時だ。 AMFの影響下で、スカリエッティからすれば稚拙極まりない技術で作られた簡易デバイスを突きつけた男の視線を、あの時確かに恐怖した。 それはダンテの持つ<悪魔>の力にではない。もう一つの力―――あの瞳に宿った汚れない人間としての意志の強さに圧倒されたのだ。 撃たれた瞬間の衝撃が、機械を通して自分の心臓を貫いた感覚が今でも残っている。 あれこそが、人間の持つ力だ。自分には持ち得ない種類の力だが、人間だけが持つ力の一端であることは確かなのだ。 スカリエッティはそれを確信し、狂喜していた。 「私はねぇ、ウーノ! 人間の可能性というものを信じているんだよ! 人が秘める心の力……それが善か悪かなんて問題じゃない、ただ確かに<悪魔>にも打ち勝てる力なんだ! 私はその<命の力>を尊重して止まない!!」 そう断言するジェイル=スカリエッティの意志は汚れの無いものだった。 汚れ無く、歪んで表面化した確固たる意志だった。 人はそれを<狂気>と呼ぶ。 ただ一つ―――。 「―――人間を侮らないことだ、<悪魔>よ」 闇に向けてなお恐れなく胸を張って笑い飛ばす姿だけは、人間としての気高い在り方そのものであった。 魔法少女リリカルなのはStylish 第八話『First Mission』 そこがどんな場所だったのか、キャロは覚えていない。 ただ、清潔を超えて逆に怖くなるくらい白色で統一された広い部屋だったことは思い出せる。 そこに入れられるまで、ずっと路地裏や物陰にいて、薄暗くて狭い場所に慣れきっていたせいもあるかもしれない。 一つきりの椅子に座ったキャロから、まるで彼女の抱える何かを警戒するように離れた位置で数人の大人が話し合っているのが見えた。 会話の内容は覚えていない。 聞こえていなかったワケじゃない。ただ、あの時の自分はもう全てがどうでも良くて、虚ろだった。 「確かに、凄まじい能力を持ってはいるんですが―――」 話をする大人達の顔も、まるでモザイクが掛かったみたいにハッキリとしない。 「制御がロクに出来ないんですよ。<竜召喚>だって、この子を守ろうとする竜が勝手に暴れ回るだけで……。 現に今も、従えている幼竜が引き離す際に派手に暴れ回りましてね。何人か局員に負傷者を出して、ようやく抑えつけたところです」 結局、何処に行っても同じなのだ。 里から出た時は、まだ『生きていこう』という前向きな意志があった。 しかし、それももう無い。 「特に<竜召喚>以外の―――未確認の魔法生物を召喚する能力は、もはや戦力というより害にしかなりません。 殺傷力、凶暴性共に完全な過剰防衛能力です。この子を見つけたスラムでは、すでに死人も出ているとか……。全て犯罪者予備軍のような奴らですがね」 自分に何かを与えようとしてくれる人も、自分から何かを奪おうとする人も―――この力は全て等しく傷つける。 それを悟った時、キャロの中で何かが折れたのだ。 この身はもはや災いの種。 近づく者は、誰も彼も引きずり込む闇の坩堝だ。 「とてもじゃないけど、まともな部隊でなんて働けませんよ」 だから、もうどうでもいい……。 そうしていつからか、体も心も、全てを投げ出していた。 ―――だがそれでも、自ら命を絶とうとだけはしなかったのは。 まだ生きることに未練が残っていたからかもしれない。 もう二度と過ごすは出来ない、明るい陽光の当たる場所での生活を夢見ていたからかもしれない。 そんな情けない自分を何処までも嘲笑って―――。 「せいぜい、単独で殲滅戦に放り込むくらいしか……」 「もう結構です」 そして、その人に出会った。 喋り続ける誰かを遮った、初めて聞く力強い芯の通った声に、キャロの視界はほんの少しだけピントを取り戻した。 白い部屋に白衣の男。何もかもが白くて嫌になるような場所で、彼女の黒い制服にどこか安心出来たからかもしれない。 キャロは少しだけ顔を上げて、強い意志を宿した瞳を持つ美しい女性を見た。 「では……」 「いえ。この子は予定通り、私が預かります」 「危険です、フェイト=T=ハラオウン執務官」 フェイトの言葉に別の男が深刻な表情で告げ、それをぼんやりと聞いていたキャロは全く同感だと心の中で頷いた。 こんな自分を預かってくれる人は優しい人だ。 だから、考え直して欲しかった。 これまでのように、そんな人をこの力が傷つける前に。 そしてその結果、自分に一変した恐怖の感情を向ける前に。 傷つけることも、傷つけられることも、もう耐えられない。 「アナタ達も、厄介払いが出来ていいのでは?」 先ほどの当人に対する配慮に欠ける報告を皮肉って返すフェイトの鋭い視線を受け、ほとんどの者が気まずげに黙る中、進言をした白衣の男だけが真っ直ぐに見返していた。 「この娘は危険です」 「それは既に聞きました。承知の上です」 「貴女は、この娘の力を見ていない! アレは単なる力の行使ではありません、邪悪な意思を宿した<何か>です!」 科学者である彼がそんな不明瞭な物言いをすることは珍しいが―――しかし、彼は誰よりも正しかった。 キャロ自身、その点に関しては全く同意している。 その白衣の男だけは、他の危機感が欠落した大人とは違う。キャロが持つ闇を正しく恐れる人間としての感性を持っていた。 彼らは気付いていないのだ。 自分達が今目の前にしている幼い少女が、どれ程巨大で恐ろしい暗闇へと繋がっているのか。 「……では、あの子に決めてもらいましょう」 真剣な男の眼差しに何を感じ取ったのか、しばし思案に沈黙した後でフェイトは言った。 そして、おもむろにキャロの元へ歩み寄る。 背後で男達が慌てたように何か喚いていたが、キャロはただ自分だけを見て歩みを進めるフェイトをぼんやりと見上げていた。 「…………来ないで」 もううんざりするくらい繰り返した、弱弱しい拒絶。 自分に近づく者に、何度もそう言って忠告した。しかし、誰も聞いてくれない。 優しい笑みを浮かべて近づく老婆や、嫌らしい笑みを浮かべてにじり寄る浮浪者―――そして、静かに自分を見据えたまま歩み寄る彼女も。 キャロの力無い拒絶とは裏腹に、彼女の<力>はその意思を凶暴な形で具現化させた。 足元から伸びる影が不自然な形に変わり、それは文字通り膨れ上がって平面から立体へと変貌を遂げる。 フェイトは思わず足を止めて、目を見開いた。 キャロの影がまるで滲むように床に大きく広がり、更にそこから黒い肉体を持った何かがゆっくりを生え出てくるのだ。 「これは……っ」 「下がってください、執務官! その<影の獣>は近づく者を攻撃します!!」 背後で響く悲鳴に近い声の言うとおり、それは<影の獣>としか表現出来ないモノだった。 もはやキャロの影から完全に独立したソレは、真っ黒な塊から豹の姿へと変化し、血のように赤い眼を宿した影の化け物となって四本の足で佇んでいた。 輪郭がハッキリとしないのは、それが実体が無い筈の影から生まれた者だからか。ただ、感じる魔力は強大で禍々しい。 ソイツは、キャロの傍を動かぬままこちらを見ていた。 しかし、フェイトはそれがキャロに付き従っているようには見えなかった。 むしろ逆だ。この化け物に、この少女は縛られている。 「―――どけ」 フェイトの中で激しい怒りが燃え上がった。 影の獣を睨みつけ、止まっていた歩みを再開する。後ろで何か騒いでいるが、もうそんな事はどうでもいい。 恐怖はあった。確かに、この<力>は恐ろしいものだ。 ただの魔法や能力ではない。得体の知れない存在の介入を感じる。 しかし、今はそれ以上に怒りが勝った。 この化け物の存在が、幼い少女から笑顔と未来を奪った。その眼から輝きを奪った。 それが許せない。 「来ないで……」 「大丈夫、私を見て」 歩みを止めないフェイトに驚きながらも、キャロは力なく首を振る。 「来ないでって、言ってるのに……っ」 その拒絶の言葉は、同時に『助けて』とも聞こえた。 だが彼女の傍らの存在は、そんな少女の儚い意思を歪め、捻じ曲げて受け止める。そして自らの凶悪な力を以って実行した。 影の獣の頭部が変形する。 元から特定の形を持たない為か、容易く肉体を変化させたその頭部が鋭い槍へと瞬時に変形し、次の瞬間高速で伸びてフェイトに襲い掛かった。 額を狙った殺意の宿る一撃に、キャロを含めた誰もが息を呑む。 しかし―――。 「……お前じゃない」 残酷な結末は訪れなかった。 恐るべき一撃を、フェイトは驚異的な反射神経と速さによって受け止めていたのだ。 右腕だけ瞬間装着したバリアジャケット。その手で鋭く伸びた槍を掴み取っていた。 しかし、魔力防護を受けた右手で受け止めてなお、影の槍はフェイトを傷つけた。 槍を握る指の隙間からは鮮血が滲み出ている。素手ならば、指が飛んでいただろう。 「ぁ……あ……っ」 流れて落ちる赤い雫に、キャロは震えた。 恐ろしかった。自分の傍らに佇む黒い獣はもう慣れ親しんだものだが、誰かを傷つけることは絶対に慣れない。 その血をこれ以上流さない為に、独りで居続けたのに―――。 「……私が話してるのは、この子だ」 後悔と罪悪感で泣きそうになるキャロを、しかし変わらぬ力強い声が引き止めた。 「お前じゃない。消えろ!」 フェイトは恐れも無く、闇を睨みつけていた。 誰もが忌避し、底の見えない深遠な暗闇から眼を逸らすものの具現と、他者の為に抱く人間としての汚れない怒りで真っ向から対峙していた。 槍を掴む手に力が篭り、ミシッと音を立てて、闇の獣が小さく唸る。 悔しげな響きを持つその声をキャロは初めて聞いた。 この<悪魔>は、フェイトの気迫に圧されているのだ。 「この子の心は、お前の棲む場所じゃないっ!!」 その鋭い一喝に、<悪魔>が在り得るはずの無い恐怖を抱いたからなのか、あるいはその一言でキャロの抱く陰鬱な感情が全て吹き飛んでしまったからなのか。 恐ろしい闇の塊が、まるで逃げるように牙を納めて再び影の中へと沈んでいった。 ただ呆気に取られるキャロと背後の男達の視界から、もはや影の獣は完全に消え失せる。 何事も無かったかのように静寂が戻った部屋の中で、フェイトの手のひらから落ちる血の雫だけが小さな音を立てていた。 「……これで、やっとお話が出来るね」 優しくそう言って、目の前にしゃがみ込むフェイトの顔を見たキャロはようやく我に返った。 「あ……っ、血、血が……!」 「大丈夫、私を見て」 流れる血は止まらなかったが、フェイトはそんな事など気にもかけず、先ほどと同じ調子でそっと囁いた。 久しく向けられたことのなかった柔らかな微笑みに、キャロはどうにかなってしまいそうだった。 ずっと薄暗い場所で蹲っていて、近づく人は皆傷つけられ、恐れ、悲鳴を上げて逃げていく。その繰り返しだった。 しかし、今この瞬間それは破られたのだ。 傷つきながらも、自分の為に怒り、退き返さずに更に一歩自分の元へ踏み込んでくれた。 弱弱しい拒絶の陰に隠れた、助けを求める声に気付いてくれた。 「あの……! わた、わたし……わたしぃ……っ!」 「うん、話したい事いっぱいあると思う。だから、まずは名前を教えて?」 涙でくしゃくしゃに歪んだ視界の中で、そう言って笑うフェイトの顔を、キャロは一生忘れないだろう。 鼻水で詰まった声を、精一杯振り絞って答えた。 「ギャロ゛、でず……っ! わだじは、<キャロ・ル・ルシエ>ですっ!!」 この名前を捧げて、闇の契約に縛られた。 そうして始まった辛い日々の果てで、もう一度名乗った時―――それを聞いた彼女は自分を再び光ある世界へと引き上げてくれた。 そこが何処だったのか、キャロは覚えていない。 だけどその日、その瞬間、その人が流した血と浮かべた微笑みの温かさは―――きっと一生忘れない。 キャロは今でもそう思っている。 「……あ、ほら。目を覚ましたみたいよ」 まどろみの中で、キャロは聞き慣れない声を聞いた。 妙に重い体を起こして辺りを見回せば、医務室の白い空間とベッドがある。そこで自分は寝ていたらしい。 枕元にはフリードリヒがいる。 ベッドの傍で微笑む白衣の女性が、医務官のシャマルであることをキャロは思い出した。 「あれ……? わたし、確か訓練してたはずじゃ……」 「それで、高町教導官との射撃回避訓練(シュートイベーション)が終わった途端に倒れたのよ」 混乱するキャロに簡潔に説明したのはティアナだった。 シャマルの傍にはティアナを含む仲間が三者三様の表情で自分の無事に安心していて、キャロは急に恥ずかしくなった。 ただ一人、ティアナだけが厳しい視線を向けている。 「過労と睡眠不足が原因だそうよ。体調管理はどうなってるの?」 「す、すみません……」 「まあまあ、ティア。訓練の最中じゃなかっただけマシじゃない」 「そ、そうですよ。大事にはならなかったんですし……」 「大事になってからじゃ遅いのよ!」 恐縮するキャロを見て、慌ててフォローに回るスバルとエリオだったが、こういった事に関してはティアナは厳しい。 それは相手を案ずる気持ちがあってこそのものなのだが、言い方が直球で、ワンクッション置けないのが欠点だった。 「高町教導官の代わりに叱っとくわ。 キャロ、あんたが怪我をして、負担を負うのは自分だけじゃないのよ。教えている教導官にも責任が来るの」 「はい……」 「訓練で無理をするのは当たり前だわ。だけど、自分の状態も分からずに無理をするのは無謀でしかないのよ」 「はい、すみません……」 ティアナの叱責に、力無く頭を垂れるキャロだったが、不思議と落ち込む心には喜びも湧いていた。 こうして、真正面から自分を叱ってくれる相手は新鮮だった。 保護者のフェイトは自分をよく気遣ってくれるが、叱り飛ばすようなことは滅多にしない。だからだろうか。 「ティアナさん、少し強く言いすぎです!」 「そうだよ! ツンデレもいい加減にしないとっ!」 「あんたたちは黙ってなさい。あと、スバルはもう永久に黙ってなさい!」 そして、自分を案じてくれるエリオとスバル。そんな四人の様子を笑顔で見守るシャマル。 この部隊に来て、初めて経験することばかりだ。 それが新鮮で、そしてとても暖かい。 自然と笑みを浮かべたキャロの顔を見上げ、フリードリヒが満足げに鳴いた。 「ティアナさん。皆も、ご迷惑をかけました。ごめんなさい」 それぞれの顔を見据え、深く頭を下げたキャロの決然とした態度に、騒いでいた声は静まっていた。 「……次から気をつけなさい。あと、この二人にはお礼言っておくのよ」 厳しい表情を和らげ、いつも通り素っ気無くティアナは言った。 「顔面から倒れそうになったのを咄嗟に支えたのがエリオ。ここまでおぶってきたのがスバルよ。それと、さっき仕事で出て行ったけど、ギリギリまで付き添ってたフェイト執務官」 「そして倒れたキャロを一番に心配して、急いで医務室に連れて行こうとしたんだけど、訓練で疲れ切ってたから背負った瞬間に倒れて頭を打ったのがティアだよ」 ニヤニヤと笑いながらスバルは付け加えた。 仏頂面が一瞬で沸騰する。赤面したティアナの額には、デカイ絆創膏が貼られていた。 奇声を発しながらスバルに殴りかかるティアナをエリオが慌てて止めて、さりげなく喧騒から離れたシャマルが笑って見守る。 よく見れば、三人ともまだトレーニングウェアのままだ。 疲れて汚れた体のままここに来て、そして自分が目覚めるまで待っていたらしい。 それを理解すると、キャロの胸に泣きそうなくらい切なくて暖かいものが生まれた気がした。 もう自分は心の底からは笑えないと思っていた。 そして、実際に今でもそう思う。だけど、喜びや嬉しさを感じないわけじゃない。 小さいな微笑みの奥に隠した感情の乱れを気遣うように見上げるフリードリヒの頭を撫でて、キャロは思う。 ―――ここに来てよかった。 フェイトとの出会いが最初の救いで、共に戦う仲間を得たことが希望だった。 呪われた自分に、それはこの上もなく上等なことだ。 <ここ>はとても居心地が良い。 だからこそ、この決断に間違いは無い。 戦おう。この呪われた力を使って、この大切な人達の敵と。この大切な人達が守りたいと願うものの敵と。 戦おう。傷つけることしか出来ないこの力を、ならば悪しき者達に向けて使うのだ。 戦おう。どれだけ自分の力の恐ろしさを理解しても、自分で自分の存在を消すことだけは出来なかったから。 だから、戦おう。 少しでも大切な人達の為に。 少しでも正しい事の為に。 戦って、戦って、戦って―――。 そして死にたい。 優しい喧騒の中でキャロはただ静かに、強くそう思った。 ミッドチルダ北部ベルカ自治領にある<聖王教会>の大聖堂。 町民の衣装や建築物に信仰する宗教の特色が色濃く出る文化の中心とも言える場所がここだった。 『騎士カリム、騎士はやてがいらっしゃいました』 「あら、早かったのね」 秘書の報告に、カリムは書類を処理する手を止めた。 ほどなく部屋のドアをノックする音が響き、執事に案内されたはやてが顔を出す。 「―――ほんなら、あのおっちゃんにはよくお礼しておいてください」 「かしこまりました」 はやてが何やら頼み、執事がそれに会釈する。 厳かな雰囲気の漂う聖堂にいると思えないはやての気安い態度に、カリムは苦笑した。 「何の話かしら?」 「いやぁ、ホンマはここに来るのにフェイトちゃんの車に乗せてもらうはずやったんやけど。教え子が倒れたから、しばらく付いてる言うてなぁ。足が無くて困ってたんや」 言葉とは裏腹に、笑いながらはやては頭を掻く。 「わざわざ車呼ぶのもなぁ、って思うてたら、ちょうど同じ行き先で長距離トラックの運ちゃんが乗せてってくれる言うて……」 「それで、ここまで乗せてもらったの? 制服ままで?」 「愉快なおっちゃんでな、婦警さんと思ってたみたいや。スルメご馳走になったわ」 わははっ、と笑うはやてのバイタリティ溢れる姿に、カリムは呆れ半分感心半分に笑うしかなかった。 格式を重んじる聖王教会の中枢へ向かうにあたって、スルメを齧ってきた人間はおそらく彼女が初めてだろう。 付き合いの長いカリムでなければ、その図太い態度に賞賛よりも反感を覚える。 しかし、カリムは理解していた。 これは八神はやての成長の証なのだ。 「……相変わらずね。初めて会った時よりも、ずっと良い顔をするようになったわ」 お互いに頻繁に顔を合わせられるような立場ではない。あってもまず地位が私情を抑える。 しかし、そんな貴重な再会の中で、カリムははやてが少しずつ変わっていくのを見ていた。 「8年前のアナタは、人懐っこそうに見えてどこか他人とは一歩退いていたから」 「偉くなると、いろいろな人付き合いに慣れてくるもんやからなぁ」 「そうじゃなくて……今のはやては、人との関わりを楽しんでるわ」 元々はやては愛想のいい娘だった。 しかし本当は、知らない人間に積極的に歩み寄れない事情を抱えていた。 はやて自身に罪は無い。 しかし、彼女が共に生きると決めた<リィンフォース>という存在の裏には、長い歴史で積み上げてきた闇があるのだ。祝福される前の、かつての名のように。 故に彼女の背負う過去は重い。 それは自分で選んだ生き方だったが、後悔はなくとも影は落とす。 初めて会った時、カリムはその影を見抜いていた。 「もう、懺悔は必要ないのね」 「死ぬまで償い続けても足りんやろう。私が背負うって決めた罪は、そんなに軽くはないからな」 そう言って笑うはやての表情には、しかし影は見えず。 「―――せやけど、どうせ生きるなら笑って生きたい。私自身の為に、私の幸せを願ってくれる人の為に」 生きる苦しみだけではなく、喜びも知る力強さが、今のはやてにはあった。 カリムは満足げに微笑む。 「願っているわ、私もね」 「ありがとう。ま、出会いは人を変えるっちゅうことやな」 「その出会いの話、いい加減話してもらえないかしら?」 「とっておきやからな。もうちょっと暖めておくわ」 さりげなくはぐらかしながら、はやてとカリムは今しばらく談笑を楽しんだ。 しかし、今回ここを訪れたのはプライベートではない。 「……それでカリム、話いうのは?」 「ええ。それじゃあ、奥の部屋へ」 導かれるままに向かう先で、はやては迫り来る事態を知ることになる。 しかし、遅すぎたことを彼女達は知らない。 暗躍は始まっていた。 時、既に―――。 「うわぁ」 「これが、ボク達の」 「新しいデバイス」 「……えーと」 自称<メカニックデザイナー>の整備主任であるシャリオに呼ばれ、四人はデバイス管理庫で自らの新生されたデバイスと対面していた。 全員が驚きと期待に眼を輝かせる中、ただ一人ティアナだけ何故かデバイスが見当たらず、テンションについていけない。 戸惑う一名を無視して、シャリオとリインはハイテンションに説明を続けた。 「皆が使うことになる4機は、六課の前線メンバーとメカニックスタッフが技術と経験の粋を集めて完成させた最新型!」 「いや、曹長。あたしのは……」 「部隊の目的にあわせて。そして四人の個性に合わせて作られた、文句なしに最高の機体です!」 「……」 なんだこれは、新手のいじめか? ティアナは真剣に悩み始めた。 理由が分からないでもない。 エリオとキャロのデバイスは元から基礎フレームと簡易機能しかなかったし、スバルのローラーブーツは今回の訓練でクラッシュした。 その中で一人、ティアナのアンカーガンだけは性能を100%発揮している。 それはティアナの扱いが丁寧というわけではなく、むしろ並外れた集束率の射撃魔法で酷使しまくっているのだが、その分メンテナンスは昔から丹念に行ってきたからだ。 スペアパーツも抜かりなく用意している。使い続ける分には問題ないだろう。 確かにオーダーメイドの新型デバイスは魅力的だが、戦場での実績のない武器は信頼性に欠ける。 それは、原始的な機構に起こる動作不良(ジャム)が存在しないデバイスを扱う魔導師には珍しい考え方だ。 単純にカタログスペックを信用できないのは、原始的な質量兵器が大好きな誰かさんの影響と言えた。 案外普段のデバイスのままの方がいいのかもしれない。 そんな風に一人で納得して、しかし何処となく『さみしいなー』というオーラを出しているティアナに、興奮していたスバルがようやく気付いた。 「あ、あのっ! ティアの新しいデバイスはないんですか!?」 「あるよ」 あっさり返ってきた返答に、ティアナは脱力すると同時にちょっぴり安心した。 よかった、仲間ハズレじゃなかった。 「それではティアナ様」 「……ティアナ『様』?」 何故か口調の変わったシャリオは、奥の倉庫から金属のハンドケースを持ち出してくる。 ロストロギアを収納するような防護ケースを胸元に抱え、意味深げな笑みを浮かべてシャリオはティアナの目の前まで歩み寄った。 妙に物々しい仕草に、ティアナ本人はもちろん他の三人も動揺を見せる。 「あの……」 「例の物、仕上がってございます」 周りの反応を無視して、シャリオは演技染みた言葉遣いを続ける。 この頃になると、ティアナは彼女のやりたいことを何となく察していた。 眼鏡を光らせてこちらを見るアイコンタクトと、宙を舞う小人の必死のジェスチャーの意味も理解する。 用意されたケースのデザインに、この口調。それは最近流行の映画のワンシーンとソックリだった。 一緒にその映画を見たスバルと、やはりミーハーらしいエリオも気付いて期待に目を輝かせる。キャロとフリードリヒだけが困惑顔だった。 ―――このノリに乗っかれということなのだろう。 ティアナは頭痛がしてきた。 訓練校でも似たようなことがあったが、ミッドチルダ出身にはこういう奴が多いのか? いずれにせよ、やらなければデバイスも渡してくれそうにないので、ティアナは深呼吸して意識を切り替えた。 「―――ほう、見せてくれ」 エラく様になる不敵な笑みを作りながら台詞を紡ぐティアナに、意を得たとばかりにニヤリと笑いかけてシャリオはケースを開く。 クッションにはめ込まれるように二挺の拳銃型デバイスが納められていた。 表面が傷だらけのアンカーガンとは違い、ワックスを二度掛けしたホワイトカラーの外装は鈍い輝きを放っている。 横たえられたデバイスの傍には、銃身と同じ形をしたカートリッジのマガジンも二つ収納されていた。 「対ガジェット戦闘用インテリジェントデバイス<クロスミラージュ> 形式番号XC-03。モードチェンジとカートリッジシステムを搭載。装弾数4発。今までの規格品ではなく、より高濃度の魔力を摘めた新型カートリッジ使用デバイスです」 シャリオの淡々と淀みない説明が流れる。 ティアナはケースからクロスミラージュの一挺を取り出すと、グリップの感触を確かめた。抜群のフィット感は悪くない。 「カートリッジの装填方法は?」 「銃身交換式」 「マガジンは?」 「専用の四連装カートリッジバレル」 「モードチェンジの種類は?」 「通常の<ガンズモード>を含めた3タイプ。近接格闘戦用の<ダガーモード>も用意してございます」 手馴れた仕草でデバイスを玩ぶティアナと、執事染みた仕草で説明するシャリオの二人のやりとりはおかしいくらい様になっていた。 スバル、エリオの興奮とキャロの困惑が高まる中、演技の中でも一通りのチェックを終えたティアナがシャリオに語りかける。 「パーフェクトだ、シャリオ」 台詞はアレだが、本心だった。 「感謝の極み」 胸に手を当てて一礼。最後まで凝っている。 ドッと疲れたようにティアナがため息を吐く中、妙に満足げなシャリオと拍手をする二人がウザかった。 とりあえずデバイスをケースに入れ直し、疑問に思ったことを口にする。 「なんで待機モードじゃないんですか?」 「ああ、待機モードはオミットしてあるから」 「はいぃ~っ!?」 さりげないとんでも発言に、ティアナは思わず声を上げた。 「あの、持ち運びに支障が出ると思うんですけど……」 「そうなんだけどねぇ、実はこれって部隊長の指示で」 「ああ……あの変な人ですか」 いい加減ツッコむのも疲れたせいか。仲間内ということもあって口が悪くなるティアナ。 「ごめんね、あれで真面目な時もあるんだよ」 肩を落とす彼女を気遣うように、なのはが言った。 「―――って、高町教導官っ!?」 「なのはさん、いつの間に?」 「さっき、ティアナとシャーリーが演技してた時。邪魔したら悪いと思って」 そう言って苦笑するなのはの傍らでは、ティアナの顔から音を立てて血の気が引いていた。 上司の前で更なる上司を変人発言。しかも、はやてとなのはが親友同士であるのは有名だ。 ティアナは土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。 「も、申し訳ありません! 上官侮辱罪でしたっ!」 「いや、いいよ。確かに変だし」 親友にまで断言されるはやて。でも自業自得。 悪意も躊躇いもない言葉にスバル達が冷や汗を流す中、なのはは手に持った紙袋から箱を取り出した。 「ちなみにコレ、更なる頭痛の種。部隊長から」 少しだけ引き攣った笑みを浮かべながら、なのはがティアナに箱を差し出す。 「私に、ですか?」 「デバイスの待機モードを外した理由らしいよ」 嫌な予感しかしない中、ティアナが箱を開ける。 市販物らしい包装と箱の中から出てきたものは、やはり市販の物。ただし高級品だった。 「専用の革張りガンホルダー……高そうですけど、特注品ですか?」 「私もよくは知らないけど、ポケットマネーらしいよ」 「これをぶら下げて歩けと?」 「うん……」 「……あの」 「言わないで。はやてちゃん、満足そうだったから」 「はい……」 奇妙な共感を得たティアナとなのはは、疲れたように笑って互いを労り合った。 素直に羨ましがる他の新人と、加えてミーハーなデバイスマイスターにマスターがはやてなユニゾンデバイス。 そんな喧騒を尻目に、なのはは残った紙袋の中身を全部取り出す。 「他の皆にもデバイス新生のお祝いだ、って。 ―――スバルにはプロテインと鉛入りリストバンド。キャロにはスパイク付きの首輪とチェーン。エリオにはのど飴一袋」 「もう完全にお歳暮ですね」 「プロテインって、わたしどういう風に見られてるんだろう?」 「フリードはペットじゃないんですけど……」 『キュル~』 「っていうか、何かボクのだけ投げやりじゃないですか!?」 内容が内容だけに、やはりあまり好評ではない様子だった。贔屓されているティアナも素直に喜べない。 微妙な空気が漂う中、ただただなのはだけが恐縮して肩身の狭い思いをしていた。 「……そ、そういえばティアナ!」 「何ですか、高町教導官?」 「そう、それ! わたしのことは<なのはさん>でいいよ、皆そう呼ぶし」 無理矢理話題を振るつもりで切り出したなのはだったが、ティアナの素っ気無さは筋金入りだった。 「―――いえ、公私は分けたいので」 「なるべくフレンドリーにいきたいんだけど……」 「自分のポリシーです。不快なら改めますが」 「そ、そこまではしなくていいよ。にゃはは……」 笑って誤魔化しながらも、なのははティアナへの苦手意識を否めない。 別段無愛想なわけでもなく、管理局では十分分別のある態度なのだが、これまで無条件で慕われてきたなのはには珍しいタイプの相手だった。 堅苦しい態度は管理局内にいれば慣れて当然だが、教導で関わる訓練生達は皆一様になのはに憧れ、くだけた対応をすればそれに喜んだ。 しかし、ティアナにはそれが通用しない。 なのはを尊敬していないわけではなく、むしろ敬意を持ち、尚且つ目指すべき目標としているのは分かる。 ただ、それが純粋な憧れではなく『いずれ越えてみせる』という向上心を持ったライバル心によるものなのだ。 同じ感情を、執務官であるフェイトにも抱いているようだった。ティアナの夢は、なのはも知っている。 しかし、そんなフェイト以上に自分がライバル視されていることを実感もしていた。 それは多分、自分が射撃戦特化の魔導師だからだ。 訓練を始めて二週間になるが、ティアナの射撃魔法への思い入れはとても強い。 その辺の事情について深く踏み込むほど、まだ付き合いは長くないと自重しているが―――なんとも、やりにくいものだと苦笑いが浮かぶのを止められない。 (なんか久しぶりだなぁ、こういう関係。昔のフェイトちゃんやヴィータちゃんみたい……) いつの間にか、自分が好意を持たれている状態からスタートする人間関係に慣れていたらしい。 ユーノが何かの本の一文をなぞって『憧れは、理解から最も遠い感情だ』と言っていたのを思い出す。 大人になって、形式的な付き合いも増え始めた中で、昔のようにぶつかり合って互いを理解し合う相手もいなくなったな、となのはは思った。 (今度……ティアナとお話する時間、作ってみようかな) ぼんやりとティアナの横顔を見ながら考えた事が、なのはには新鮮に感じるのだった。 ―――そして唐突に、アラートが鳴り響いた。 「このアラートって……っ!」 「一級警戒態勢!?」 「グリフィス君!」 スバルとエリオが驚愕する中、ベテランのなのはは一番落ち着いていた。 事件は突然訪れるのが当たり前だ。 素早く教会にいるはやてと補佐官のグリフィスに通信が繋がり、状況の説明が行われる。 レリックを運搬中だった山岳リニアレールがガジェットに乗っ取られたらしい。 移動するリニアレールの中に複数の敵勢力が確認され、増援の可能性もある―――機動六課の初出動には、厳しいレベルのミッションになりそうだった。 『隊長二人はいけるとして……ルーキーズ、いけるか?』 モニター越しにはやての鋭い視線がティアナ達四人を捉える。 虚勢を許さない厳しい瞳を、各々が迷いなく真っ直ぐに見据えた。 ―――しかし、ただ一人ティアナだけが異を唱える。 「待ってください! 高町教導官、キャロのことですが―――」 「いけます!」 過労と睡眠不足で倒れたことを指してティアナが告げるのを、キャロが慌てて遮った。 ティアナとなのはの二人は、当然のようにその自己申告を無視する。客観的な判断が必要なのだ。 「シャマル医務官の診断は?」 「疲労の蓄積は比較的薄いそうです。十分な睡眠を薦めて、訓練を休めとまでは言いませんでしたが……」 「多少の無理は利く、って程度かな?」 「だからいけます! 大丈夫です!」 もはや縋るようなキャロの声に、なのはは思案顔になった。微妙な判断だ。 キャロの身を案じるのなら待機させるべきだが、機動六課はお守りをする為の部隊ではない。 なのはは、モニター越しの総指揮官を見た。 『―――判断は、なのは隊長に一任するで』 そして、万が一の時の責任は自分が負う、とはやては言外に告げた。 次になのははティアナを見る。 ハラハラとやりとりを見守るスバルとエリオには悪いが、同じ仲間の中で一番冷静な判断が期待できる相手だ。 「どう思う、ティアナ?」 「……初の出撃で、不安要素は抱えたくありません」 ティアナは正直な思いを口にした。 見上げるキャロが落胆と悔しさに涙を浮かべる顔を一瞥して、更に告げる。 「ですが―――これまで築いてきた四人のチームワークを、私は何よりも信頼しています」 そう言って、明確な判断こそ口にしなかったが、答えはもう決まっているとばかりに不敵な笑みを浮かべるティアナを見て、キャロの顔が輝いた。 「本人もやる気は十分のようですし……」 「はいっ! やります! がんばります!!」 「普段からキャロには戦意が足りないと思っていました。しかし、少なくともその点はクリアしています」 自分の考えは以上です。そう言って口を閉ざすティアナと、他の三人の期待するような眼差しを受けて、なのはは苦笑した。 「ズルイ言い方だなぁ……。OK、それじゃあ、はやて部隊長―――新人四名は、全員いけます!」 「「はい!!」」 四人の声が一つになって響いた。 不安を煽るようなアラートが鳴り続ける中、はやては信頼に満ちた笑みを浮かべる。 『―――いいお返事や』 状況は不利だ。 しかし、どうやら状態は万全らしい。 産声を上げたばかりの新設部隊<機動六課> その記念すべき第一歩が踏み出されようとしている。 未だ未熟なその足は、やはり立つことも出来ずに地を這うしかないのか。 それとも、険しい道を駆け抜け、大空に羽ばたく為の歩みとなるのか。 もちろん、はやてが信じる方は決まっていた。 『ほんなら、機動六課フォワード部隊―――出動ッ!!』 記念すべき最初の命令を、はやては厳かに下した。 新たな力を携え、四人の新鋭ストライカー達が初の任務へと赴く―――。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ・シャドウ(DMC1に登場) 暗闇に囲まれた時、背後で何かの蠢く気配や近づいてくる足音を感じたことはないか? 残念だが、そいつは錯覚なんかじゃあない。闇を恐れる心が生んだ、最も原始的な悪魔の姿だ。 この生きてる影みたいな悪魔は、大昔から戦いの中で力と経験を蓄えてきた戦闘機械のような奴らだ。 本体のあるコアを実体のある影で包み、強力な呪文でくくって、俊敏な豹の姿をベースに自在に形態を変化させてくる。 更に過去の戦闘経験からか、原始的な武器はもちろん、悪魔でも似たようなことが出来る単純な魔法には反応して防御とカウンターを繰り出してきやがる。 こいつらの経験したことのない近代兵器でダメージを与えるのが定石だが、ミッドチルダでは銃は厳禁なんだろ? どのレベルの魔法が通じるのか分からないだけに、こいつはなかなか厳しい戦いになりそうだぜ。 前へ 目次へ 次へ
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「いらっしゃいませ。ようこそ―――っ!?」 ホテル<アグスタ>の受付に差し出された招待状代わりの身分証明書を眼にした瞬間、男の営業スマイルは崩れ去った。 今日、このホテルで行われるオークションには各界の著名な資産家達が参加しているが、それらとはまた別の方面に名高い人物が目の前に現れたのだ。 畏怖すら含む視線を持ち上げれば、見た目麗しい三人の美少女が佇んでいる。 「こんにちわ、機動六課です」 なのは、フェイトと共に煌びやかなパーティードレスで完全武装。 プライベートでは女を捨てている我らが部隊長は、清楚な令嬢へと変身を遂げて、完璧な笑顔を作って見せたのだった。 機動六課。今回の任務は、このオークションの護衛である―――。 受付から少し離れたロビーの一角で、はやて達三人の隊長陣は一般参加者を装いながら会話を交わしていた。 「それじゃあ、オークションが始まるまでの間に営業済ませとこか」 「うん? 建物の下調べのことだよね」 はやての妙な物言いに、少々戸惑いながらもなのはが合わせた。 しかし、その返答にはやてはチッチッチッと指を振る。 「それもあるけど、メインは文字通りの<営業>やな」 「え、他に何かあるの?」 「この場にはあらゆる界隈の資産家が集まっとるんやで? しっかり愛想振り撒いて、各々のアイドル性をアピールして来ぃ! 接待営業や!」 「「ぇえ゛っ!?」」 サムズアップして衝撃の事実を告げた部隊長に対し、二人の隊長は顔を引き攣らせた。 なんという無茶な命令。なのはとフェイトの心境は、不落の要塞の攻略命令を下された少数部隊の指揮官に等しい。 「は、はやてちゃん……それ本気?」 「機動六課が実験部隊なのは十分理解しとるやろ? 色々目ぇ付けられとるし、まだまだ立場も安定せん。こういった場所で、有力な権力者に覚えを良くとしといて損はないよ」 「でも、そんなのどうすればいいか……」 「深く考えんでええよ、フェイトちゃん。普段通り、無自覚なセックスアピールで成金中年の視線を惹き付ければええんや」 「ナニいい笑顔で酷いこと言っちゃってるのはやてちゃん!?」 「無自覚……アピール……」 予想もしない親友の発言を受けて、ショックで放心するフェイトの代わりになのはが食って掛かる。 「確かにフェイトちゃんは子供の頃から露出癖があったけど、最近はソニックフォームも自重してるし、バリアジャケットのデザインも落ちついてるんだよ!? もう弾けてはいられない歳なんだよ!」 「露出癖……弾け……」 「いや、でももう染み付いたM属性は変えられんやろ? 実は局員の極秘アンケートで、人気ナンバー1なんやで。性的な意味で」 「えむ……性的……」 二人の親友が抱いていた自分へのイメージが次々と明かされ、どんどん精神的なドツボに落ちていくフェイト。 なのはが我に返って自分の発言を省みる頃には、仲良し三人組の中でも何かとワリを食うことが多い彼女はかつての暗黒時代を髣髴とさせる虚ろな表情を浮かべて何かブツブツ呟いていた。 慌ててフォローするなのはを無視して、はやてはあくまで世知辛い会話を進めていく。 「まず第一にスマイル。適当な相手見つけたら、軽く挨拶だけでもしとくんやで? ターゲットは夫婦連れ以外がええな。私らの顔はメディアで割れとるんやから、機動六課やってことを隠す必要はない。むしろガンガンアピールしとくんや!」 「まるでキャバクラだよ、はやてちゃん……」 「まあ、それに近いな。折角こんな肩丸出しの派手なドレス用意したんやから、有効に使うように」 「<何>を?」 「胸とか尻を。少しくらいセクハラされても騒いだらあかんで?」 「……ううっ、これも隊長の務めなんだね。スバルやティアナ達に、こんな辛い役割押し付けるわけにはいかないもんね」 涙を呑んで耐え忍びながら、なのはは大人の厳しさを受け入れていた。 華やかな魔法少女の活躍の裏側で展開されるドラマ。それがここにはある。 葛藤するなのはの肩を、虚ろな眼をしたフェイトが励ますように叩いた。 「なのは、耐えよう? 私も結構セクハラはされてきたけど、我慢出来たよ」 「って、フェイトちゃん本当にセクハラされてたの!?」 「二度目の執務官試験に落ちた時、試験官の人にホテルに誘われた時は本気でヤバイと思ったよ……フフッ」 「クソ! なんて時代だ……っ!」 「ごめん、フェイトちゃん。さっきの発言は迂闊やった。そんな管理局の裏話があったとは思わんかったわ」 そして、フェイトのダークサイドは意外と深かった。 なのははもちろん、はやてすらも大人としての汚れた階段を昇って成長した瞬間だった。 ―――やがてフェイトも普段の調子を取り戻し、ホテルに配置した副隊長達や新人達への指示を話し合う真面目な会話が続き、そして終わる頃。 「い、いらっしゃいませっ!!」 明らかに音量と緊張感を増した受付の声が、異様なほど広くロビーに響き渡った。 その声にはやて達が視線を移せば、受付の男はもとより、周囲の従業員が総立ちで整列して頭を下げている。 そして、そんな彼らの奇行に対しても、周囲のオークション参加客達は騒ぐこともせず、ただ息を呑んで沈黙するだけだった。 萎縮するような静寂と緊張の中心に立つ一人の男を、はやて達三人は捉える。 「本日は、当ホテルにお越しいただき、まことに……」 震えを隠せぬ声を必死に搾り出す従業員を、いっそ憐れに思えるほど全く気にも留めず、その男は受付を素通りした。 その後に付き従うように、二人の護衛が続く。いずれも女だった。 「あれは……」 「参加者の中でも一番の大物やね。今回のオークションでは、高価な私物も幾つか出品してるとか」 身に纏った純白のスーツと肩に引っ掛けるようにした羽織ったコート。いずれも惜しみなく金をかけた高級品だったが、それらはあくまで男を飾る物でしかない。 周囲の人間を萎縮させているものは彼の持つ権威であり、スーツを押し上げる屈強な肉体とその全身から立ち昇る圧倒的な<強者の威厳>であった。 「<アリウス>―――大企業ウロボロス社の経営者であり、管理局認可の単独魔導師でもある男や」 あらゆる意味での<力>を備えた、凶相とも言えるアリウスの顔を見据え、自然と強張った表情ではやては呟いた。 紛れも無い重要人物であり、このホテルの人間全ての護衛を任とする機動六課にとっても留意すべき人物である。 しかしその雰囲気や、周囲の人間を気にも留めていない不遜な態度も含めて、三人の彼への印象は共通して厳しいものとなっていた。 ロビーを横切るように歩みを進めるアリウスは、自然と三人の横をすれ違う形になる。 そこでようやく、前を見据えていた彼の視線が動いた。 「―――ほう」 アリウスの視線が捉えたのはフェイトだった。 しかし、それは決して友好的なものではない。 浮かべたのは文字通りの冷笑。向ける視線の意味は僅かな興味であり、同時にそれは人間に向けるようなものではなく、まるで珍しい動物に向けるそれであった。 「……何か?」 警戒と共に身構えたくなるような気分で、フェイトは硬い声を絞り出した。 「貴様は、<テスタロッサ>か」 「そう、ですが」 アリウスが何故<フェイト>でも<ハラオウン>でもなく、<テスタロッサ>というミドルネームを呼んだのか、三人にはその真意が分からなかった。 ただ、嘲るような口調は確実に悪意を孕んでいる。 「そうか、お前『も』か。初めて見たな。興味深い」 「……何の話でしょうか?」 「なぁに、少々気になったのだよ」 訝しげなフェイトの表情を楽しむように鑑賞しながら、アリウスは懐から葉巻を取り出した。 風紀の類が徹底管理されているミッドチルダではあまり見ない嗜好品の類だ。 それらの仕草が一連の流れであるように、背後に就いた護衛の一人が動いて、淀み無く火を付ける。ライターではなく指先から生み出した火種によって。 魔法だ。 三人の眼には、その何でもない魔法がやけに印象強く残った。 その服装から背格好まで全く同じで、顔の半分をやはり同じデザインの奇怪な仮面で隠した二人の護衛の異様さと共に。 「―――君と私の部下、どちらの<性能>が上なのかと思ってね」 背後の護衛二人からフェイトへ、意味ありげに視線を往復させてアリウスは愉快そうに呟いた。 結局、その真意を問い質す前に、物言いに不快感を露わにする三人を無視してアリウスはオークションの会場へと歩き去っていった。 「なんというか……あの人、わたしは少し苦手かな」 「素直に腹立つって言ってええよ。フェイトちゃん、大丈夫?」 「うん、気にしてないよ」 案じるはやてに対してフェイトは笑って答えて見せたが、好色な視線とは違うアリウスの瞳を思い出して、僅かに背筋が震えた。 あの男は、自分を―――。 「大物には違いないんやけどな、黒い噂も絶えん人物や。管理局でも、一度違法魔導師として逮捕命令が下ったことがあるそうやし……結局、誤認やったらしいけど」 「そんな地位の相手に逮捕段階まで行っておいて、誤認で終わったの?」 「少なくとも事件の記録は、証拠不十分と実際に動いた部隊の先走りで終結しとる」 「……変に勘繰りたくはないけど」 「やっぱり、裏で色々動いとるやろうなぁ」 金とか権力とか―――。 はやては言葉の後半を自重して飲み込んだ。どれほど黒に近くとも、実際に口にしていい相手ではない。 「まあ、いずれにせよ私らには色んな意味で遠い人物や。注意だけ払って、下手に近づかん方がええよ」 「そうだね」 資産家には色々な種類の人間がいる。それを理解する程度には、なのはもはやても社会での経験は積んできた。 不快感を義務感で押し留め、はやてとなのはは振り切るようにアリウスが去って行った方向から背を向けた。 ただ一人、フェイトだけがもう見えなくなったアリウスと二人の護衛の後ろ姿を見据え続けていた。 「気のせい、かな?」 なのはとはやてにも聞こえない小さな呟きは、僅かな疑念を含み。 本当に気のせいだったのだろうか。 あの時、アリウスと二人の護衛が自分の前を横切った時―――右手の傷が疼いたような気がした。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十二話『Black Magic』 ホテル<アグスタ>の地下駐車場の奥には、参加者の車両からは離れてオークション用の商品を積んだ輸送車が並んでいた。 大小様々なサイズのコンテナを搬入口から運び込んでいく。 その中でも成人男性でも入れそうなほど一際巨大なコンテナを、作業員が開いていた。 ウロボロス社のロゴが刻印されたコンテナから引き出された物を見て、作業員の一人が思わず小さな悲鳴を上げた。 「何ビビってんだよ」 「だ、だってよ……」 「仕方ないさ。こんな薄気味悪い物までオークションにかけようなんてよ」 コンテナの中に納まっていた物―――それは人形だった。 小さく折り畳まれてコンテナに入っていたものの、両肩を吊って持ち上げれば、力なく垂れ下がった両脚を含めて2メートル以上の全長を持つ巨大な操り人形だ。 風化した枯れ木のような骨組みで構成され、その上にボロボロの衣装を纏った姿は確かに年代を感じさせるが、それ以上に生々しい気配を放っている。 まるで人骨で作られているかのように錯覚する全容は、薄暗い地下で見るにはあまりに不気味だった。 「ウロボロス社の会長の私物だろ? いい趣味してるよな」 「コイツはサンプルとして会場に持ってくらしいけどよ、実際には同じようなのを30体くらい出展するらしいぜ」 そう言ってトレーラーの中を指差した仲間に促されて覗き込めば、同じサイズのコンテナが10以上積み込まれていた。 それら全ての中に、この不気味な人形と同じ物が折り畳まれて入っていることを想像すると、全身が総毛立つ。 「こんな不気味な物、欲しがる変態がいるのかよ?」 「金持ちの考えることは庶民にゃ分からんね」 「おい、さっき別のトレーラーで同じウロボロス社のコンテナの搬入手伝ったけどよ、そっちも錆びた処刑刀だの染みだらけのボロ布だのがギッシリ詰まってたぜ」 「ホラー映画でも作ってるのかよ、あの会社は」 物が物だけに談笑といえるほど明るい雰囲気にもなれず、ぼやくように会話をしながら彼らは出展用のハンガーへ人形を固定していく。 言葉を絶やさないのは、彼らの無意識に巣食う不安と恐怖を表しているようだった。 馬鹿げたことだと冗談のように内心の思いを笑っても、考えずにはいられない。 雑談を止め、辺りに沈黙が戻れば、その懸念が現実のものとなりそうな不安を、彼らは消すことが出来なかった。 ふと、その人形の精巧に彫られた虚ろな顔を見てしまった瞬間に子供のような恐れが湧き上がる。 まるで、本当に今にも動き出しそうに思えて―――。 「オークション開始まで、あとどのくらい?」 《Three hours and twenty-seven minutes.(3時間27分です)》 バッグのアクセサリとして待機モードでぶら下がっていたバルディッシュの答えを聞き、フェイトはロビーの吹き抜けを見下ろした。 事前の構造図も含め、既に現場の下見はほとんど終わっている。 オークションの会場となるホールから始め、出入り口や裏口などへ続くルートを歩いて確認しながら、フェイトははやての言う<営業>もなんとかこなしていた。 すれ違う客に社交辞令のスマイルと挨拶を無料で振り撒いていく。 時折向けられる男性の好色を含んだ視線も慣れたものだった。 しかし、そういった視線を自覚する度にロビーで向けられた全く種類の違う好奇の視線を思い出す。 アリウスがフェイトに向けた視線の意味。 あの冷たくも粘度を持った視線の意味を察すれば、背筋に寒気が走り抜ける。 アレは、人を見る眼ではない。まるで芸術家の作品を鑑定するかのような瞳だった。 あの時あの男は、自分を人間として見ていなかった。 「ひょっとしたら、私の事を―――」 知っているのだろうか? この身が、純血の人間では無いと。 10年前に決着を着けたはずの『自分に対する不安』が思い出したように頭をもたげてくる。 それを不屈の精神で抑えようとして、故に気付かなかった。自身の根幹に根差すこの不安を消すことなど出来ないのだということを。 生まれた瞬間に定められた運命は、死ぬ瞬間まで消えはしない。 友情や決意の中で薄れていったその重みを、ふとした時に思い出すのは決して避けられないことなのだと、フェイトは認めることが出来なかった。 そうして、己の思考に没頭して歩くうちに人気の無いホテルの裏口まで着いてしまう。 我に返ったフェイトは慌てて意味もなく辺りを見回した。 「迷子かい、お嬢さん?」 まるで自分の動揺を見透かしたかのように唐突に声を掛けられて、フェイトは思わず背筋をピンと伸ばした。 何も後ろめたいことなど無い筈なのに無意識に恐る恐る振り返れば、男が一人立っている。 貴族然とした紫色のスーツとコートを来た姿は警備員などではない。表情も微笑を浮かべ、リラックスしている。 それらを確認して、フェイトは内心で安堵のため息を吐いていた。 「はい。オークションの会場に行きたいんですけど、迷ってしまって」 「それでこんな所まで? 方向音痴なお嬢さんだな」 淀みなく言い訳を口にして、男もまた嫌味の無い笑い方で答える。 好感の持てる穏やかな物腰に、フェイトも思わず微笑みを浮かべていた。 男の口調は若さを感じさせる軽快なものだったが、どこぞの貴公子とも思える秀麗な姿はギャップがあって、奇妙なユーモアを感じさせた。 見事な銀髪を後ろに撫で付け、左目に嵌めた片眼鏡(モノクル)は黙っていれば随分と年上の印象を与える。 あのアリウスとは全く違う意味で人の目を惹き付ける男だった。もちろん良い意味でだ。 「だが、こんな見た目麗しいお姫様を放ってはおけないな。アンタには、こんな人気の無い場所よりダンスホールの真ん中を陣取ってた方が似合ってる」 大げさなようでいて決してお世辞の意味など含んでいない台詞を吐き、男はダンスに誘うように手を差し出した。 「壁の花にするには勿体無いぜ。よければ、俺にエスコートさせてもらえないか? お嬢さん(レディ)」 そう言ってウィンクする男の仕草は芝居染みたものなのに、ビックリするほど様になっていた。 妖艶な色気すら感じる仕草と言葉を前に、フェイトは頬が熱くなるのを感じながらも、これまで出会ったことの無いタイプの相手に対して魅力を感じてしまう。 「―――宜しいですか、紳士さん(ジェントル)」 そしてこちらも全ての男を虜にしてしまいそうな蟲惑的な笑みを無自覚に浮かべると、そっと手を差し出した。 手と手が触れた瞬間、フェイトの持つ傷が一瞬疼いた。 しかし、そこに伴う痛みは苦痛などではなく、何処か甘美なものだと錯覚すらしてしまう。それを痛みだと気付かせないほどに。 そうして歩いていく浮世離れした美男美女の二人を、すれ違う者達全てが羨むように見ていた。 オークション会場となるホールを見渡していたはやてとなのはの下へ男連れで戻ってきたフェイトに対する二人の驚きは、もちろん大きかった。 「……え? 何コレ? え、職務中に男引っ掛けて来よったよこの娘。え、ナニソレ? それは出会いの無い私への当てつけ?」 「はやてちゃん、さりげなく錯乱しないで」 何故か予想以上のショックを受けるはやてをなのはが正気に戻し、改めて苦笑を浮かべるフェイトと傍らの男に向き合った。 「ええと、フェイトちゃん。こちらの方は?」 「『迷って』裏口まで行っちゃってたところを助けてもらったんだよ」 なのはに目配せして、フェイトは口裏を合わせる意図を伝えた。 別に<機動六課>であることを隠す必要はないが、客の中に溶け込んで護衛をする以上、必要以上に身分を明かすこともない。 何より、彼の自然と心を許してしまう気安い物腰が、何となく『仕事を挟んだ付き合いでいたくない』という気分にさせていた。 まるでリズムを感じるような男とのやりとりが、名前すら交わしていないことを気付かせないほど心地良いと思えるからかもしれない。 会釈するはやてとなのはを見つめ、男は感嘆のため息を漏らして頷いた。 「驚いたね、美人の友達はやっぱり美人ってワケだ」 「お上手ですね」 「生憎とお世辞は苦手でね。綺麗な女を褒める時は、本音で語るのが一番さ」 「そこまでストレートに言われたのは初めて、かな」 「オークションなんて辛気臭いもの止めて、ダンスパーティーにするべきだな。是非踊ってみたいね」 「場所さえ改めれば、わたしも喜んで」 男となのはの間でリズミカルに言葉が投げ交わされる。 なのはにとっては慣れた社交辞令なのに、何処か小気味のよい会話だった。 話す事が上手いのだろう。気障な台詞や比喩を嫌味無く言えて、しかもそれが似合ってしまう。ある種の才能を持った男なのだと思った。 フェイトが感じたものと同じ新鮮さを、なのはもまた感じている。 その一方で、こういった会話を一番テンション高く楽しみそうなはやては、出会った時からずっと沈黙を保ったまま男の顔を見つめていた。 「そちらのお嬢さん。俺があんまりいい男だからって、そんなに見つめるなよ。穴が空きそうだ」 「―――あのぉ、何処かで会ったことありませんか?」 「おっと、まさか女性の方から口説かれるとは思わなかったぜ」 ナンパの常套手段とも言える台詞に対して男は苦笑して見せたが、はやては真剣な眼差しのまま答えを待っていた。 それに気付いた男は肩を竦めると、首を横に振って返す。 「いいや。残念だが、アンタと会ったことは『無い』な」 「そうですか……いや、でも確かにこんなええ男と会ったんなら例え10年前でもしっかり覚えてるはずやしな」 「ハハッ、なかなか正直に言ってくれるじゃねえか」 「そしてもちろん、私みたいな美少女を見て、忘れるはずもないですしね?」 「ああ、全く同感だね」 神妙に頷く男とはやては再び視線を合わせ、やがて堪えられなくなったように二人して笑い出した。 やはり、二人のテンションの高さは奇妙なシンパシーを得るに至ったらしい。 酷く自然なこの組み合わせを、なのはとフェイトは苦笑しながら傍で見守っていた。 放っておけば、このまま四人で飲みにも行けそうな和気藹々とした雰囲気だったが、生憎とはやて達三人には職務がある。 「―――さて、このまま潤いのある会話を続けたいところだが、ちょいと野暮用があるんでね。オークションもそろそろ始まる時間だ」 それをまるで察しているかのように、男がキリのいい所で談笑を切り上げた。 「貴方もオークションに参加するんですか?」 「いや、付き人みたいなもんだな。会場にはいるつもりだが」 「うーん、贅沢な付き人やなぁ。その雇い主さんは、ええ趣味してますね」 「俺もこういうのは苦手なんだがね。オークションが終わったら、今度は私的な再会を是非望みたいな」 「私もです―――それじゃあ」 「ああ、またな」 今度は社交辞令などではない、僅かな名残惜しささえ見せて、フェイト達はその男と別れた。 気が付けばお互いの名前さえ知らなかった。 それを後悔しながらも、切欠を思い出せば別段不思議ではないささやかな出会い。 しかし、それは三人にとってやけに印象に残る出会いだった。 知らぬうちに、三人が同じ再会を願う程に。 そしてそれは、すぐに現実の事となる。 三人の美女と別れたダンテは、この不本意な依頼に対して少しだけやる気を取り戻していた。 ホテルを徘徊する人間は、やはりダンテにとってあまり好かないタイプの成金ばかりだったが、幾つか気に入ったこともある。 まず第一に、レナードの用意した<仕事着>だった。 紫を貴重とした貴族のような服は彼の好むロックなデザインとは程遠かったが、黒だの白だののタキシードなどよりはるかにマシだ。コートのデザインも悪くない。 レナードに言わせれば、これでも仮装パーティーさながらの派手な格好らしいが、それを着こなすセンスと自負がダンテにはあった。 第二に、なかなか魅力的な出会いがあったことだ。 間違っても深窓の令嬢が訪れるはずもない俗物の集いだと思っていただけに、裏口で美麗な女性と遭遇した時は一瞬何かの罠かと錯覚するほどの衝撃を受けた。 思わず声を掛けて、建物の下見をしてこんな人気の無い場所を徘徊していた自分は随分怪しいのではないかと我に返った時にはもう遅い。 迷子のふりでもするか? と悩む傍で相手が似たような返答を返す。 自分のことを棚に上げて、そんな彼女がまともな令嬢などではないのだろうと疑ったが、しかしそれこそダンテにとってはどうでもいいことだった。 若い女。しかもそれが類稀なる美人となったら、無条件で味方をするのが男というものだ。 女性としては高い身長に、プロポーションもバッチリ。何より、あの長い髪がいい。金髪(ブロンド)は好みだ。 そんな彼女と連れ立って向かった先でも更に二人の美女と出会えた。 今回は珍しくワリの良い仕事ではないか? あのケチな情報屋の手引きを柄にもなく感謝してしまいそうになる。 そして何より、第三に―――。 「退屈な時間になるかと思ったが、なかなかどうして……胸糞悪い空気が漂ってるぜ」 ダンテの持つ第六感が、慣れ親しんだ警鐘を鳴らしていた。 ロビーのシャンデリアと窓からの太陽光が明るく照らし、穏やかな静寂が満ちるこのホテルで、おおよそ想像もつかないような悪夢が生まれることを予見できる。 この場にいる人間達の中でただ一人、ダンテだけがそれを感じていた。 このホテルに潜む、複数の<悪魔>が放つ微細な気配を。 「観客が多すぎるな。派手なダンスパーティーになりそうだ……」 確信にも近い、地獄の幕開けを予感しながら、それをただぼんやりと幻視するだけで留める。 自分は預言者ではない。勘だけで危険を予感し、それをあらかじめ警告したところで執りあう者などいるだろうか? <悪魔>などと騒ぐだけで狂人を見るような眼を向けるのだ。 人間は自分の理解の及ばないものを受け入れようとしない。見ることすら耐えられず、知ることにも恐怖する。 ならば、彼らが<悪魔>の存在を認める時は現実にそれが降り立った時だけなのだ。 ダンテは自分か、あるいはそれ以外かを嘲笑するように鼻を鳴らし、静かにオークション開始直前となった会場へと足を踏み入れて行った。 最後の参加者の入室を確認し、静かにホールへのドアが閉まっていく。 やがて、最後の扉が閉まり―――舞台開始の合図が鳴った。 人口の密集する喧騒を避け、豊かな自然の中に建てられたホテル<アグスタ>は周辺を森林に囲まれている。 車の通りが少ない車道を越えて、ホテルの一角を僅かに見上げられる程離れた場所に、その三人は佇んでいた。 「あそこか……」 「本当に、手を貸すの?」 一際大柄で服の上からでもその屈強な肉体が分かる男と、その男ほどではないにしろ長身で美しく若い女。そして、額に刻印を刻まれた少女。 親子とも連れ合いとも思えない奇妙な三人組が、人気の無い森の中で息を潜めるようにフードを被ってホテルの様子を伺う姿もまた奇妙極まりない。 「アナタの探し物は、ここには無いんでしょう?」 男と同じ鋭い視線を目的の場所へ向けていた女は、自分の左手を掴む小さな少女へ柔らかく問い掛ける。 少女はフードを取り、女を見上げて小さく頷いた。 悲しいことに、無垢なその顔にはおおよそ表情と呼べるものが浮かばない。 少女が年相応の反応を失って長い。少なくとも、その女の知る限りは。 「ゼスト」 気を取り直すように、女は傍らの男の名を呼んだ。 心得たようにゼストは頷く。 「ルーテシアは、何か気になるらしい。この子の感性は独特だ。無視は出来ない」 不満げな女を宥めるように説明すれば、合わせて少女―――ルーテシアもまたもう一度頷いて見せる。 目元をフードで、口元を襟で隠した女は、小さなため息で自身の納得と諦めを表現した。 「―――ルーテシアが自発的に動きたいなら、構わない。いくらでも付き合う。 でも、今回の事にあのマッドサイエンティストの余計な入れ知恵や小ズルイ催促はなかったの?」 「それは……」 自然と剣呑になる女の問いに答えようとゼストが口を開いた時、丁度話題の中心となる人物から通信が繋がった。 三人の眼前にホログラムのモニターが出現し、そこに映った人物を見て、少なくとも二人が不快感と警戒を露わにする。 一方は厳つい顔を更に引き締め、もう一方は柳眉を鋭く吊り上げることで。 『ごきげんよう。騎士ゼスト、ルーテシア、そして―――』 通信先の人間―――スカリエッティが自分の名前を呼ぶ前に、女は無言で顔を背け、背まで向けた。 拒絶を超えた敵意故にであった。 取り付くしまもない仕草に、スカリエッティは愉快そうに忍び笑いを漏らす。 「ごきげんよう」 「何の用だ?」 相手にもしない一人に代わって、残りの二人が抑揚の無い声と素っ気の無い声で応える。 『彼女も君も冷たいねぇ。随分と嫌われてしまったものだ』 「さっさと用件を言え。その彼女の機嫌はお前の話が長引く度に悪くなっていく。モニター越しに斬られたくはないだろう」 『ははっ、本当に在り得そうで恐ろしいなぁ』 この不穏な会話を、スカリエッティだけが純粋に楽しんでいた。 苛立ちも悪態も見せず、全くの無反応を貫く女の背中を一瞥して、彼はようやく観念したかのように本題を切り出した。 『事前の打ち合わせ通り―――そろそろ行動開始の時間だ』 意味深げなスカリエッティの台詞を聞き、ゼストはもう一度ホテルに視線を向けた。 変わらぬ姿で、そこは静寂を保っている。 「もうホテルの襲撃は始まっているのか?」 『確認は出来ないが<彼>はもう内部に入っているし、今は丁度オークション開始予定時間だ』 「協力する相手と連絡すらまともに出来ていないのか」 『<あの男>とはあくまで利害関係による繋がりだからねぇ。申し訳ないが、今回我々は受身だ。 内部で動きがあると同時に、こちらもガジェットを向かわせる。後は―――分かるね? ルーテシア』 「うん、分かった」 『良い子だ』 自分ではなく、あくまでルーテシアに話を振って了承を得ようとするスカリエッティの小賢しさに、ゼストは不快感を隠せなかった。 この男は、ルーテシアの意見を自分と彼女が無碍に出来ないことを理解して、そこに漬け込んでくる。 何よりも厄介なのは、このどれほど疑っても足りない胡散臭さを形にしたような狂人を、ルーテシアが意外と好ましく思っているという事だった。 今のゼストが抱く感情は、娘が軽薄な男と付き合いながらもそれを説得して止める術を知らない親が持つ苛立ちに酷似している。 そして、そこに殺意を加えたものが、背後の彼女がスカリエッティに抱く感情だ。 「……今回は特別だ。現場にも近づかない。 我々とは、レリックが絡まぬかぎり互いに不可侵を守ると決めたことを忘れるな」 せめてもの抵抗として、ゼストはモニターの先の薄ら笑いを睨みつけながら釘を刺した。 『ああ、もちろんだとも。それを踏まえて、ルーテシアの優しさには深く感謝しよう。 ありがとう。今度是非、お茶とお菓子でも奢らせてくれ。もちろん、他の二人も―――』 「話は終わりだ。消えろ」 高速の一閃が、文字通りスカリエッティの台詞を途中で寸断した。 空中に照射されていたホログラムを、電子的な手順を踏まずに鋼の一撃によって真っ二つに切り裂く。モニターを形成していた粒子が霧散し、通信は『消滅』した。 ルーテシアでなければゼストの仕業でもない。 思わず二人が振り返れば、そこには変わらず背を向けたまま佇む女の姿がある。 一体、何をどうやったのかは分からない。しかし、会話を切り上げた冷たい声は間違いなく彼女のものだった。 「……<ルシア>」 僅かに咎めるような感情を含み、ルーテシアは彼女の名前を呼んだ。 ルシアは苛立ちに任せるように、フードを取り払う。 そして美しい肉体に吊り合った美貌が姿を現した。 燃えるような赤い髪を一房の三つ編みにして肩から前へ垂らし、褐色の肌を持つしなやかな女戦士は、少女の抗議に対して小さく鼻を鳴らして見せる。 「いつまでも長々と話してるからよ。あの男の会話の7割は無駄話なんだから」 「だからって斬らないで。<アスクレピオス>の通信機能が壊れる」 「ゴメンなさい。でも、アナタの為でもあるのよ」 「わたしは、ドクターとお話しするの、そんなに嫌いじゃないから」 「ああ、ルーテシア。アナタの男の趣味だけが将来の不安だわ」 「どういうこと?」 決して穏やかではないが、ルシアのルーテシアに対する態度は先ほどのスカリエッティに対するそれと比べて全然柔らかい。 まるで妹に接する世話焼きの姉のようだ。 事実、ゼストの知る限り二人の関係は<姉妹>が一番近い表現であった。 普段は女である前に戦士であろうとするルシアの物腰の変化も、これでは苦笑を浮かべずにはいられない。 険悪なやりとりの後で、束の間穏やかな空気が三人の間に流れていた。 「……それじゃあ、そろそろ始める」 しかし穏やかな時間はすぐに終わり、憂鬱な時間が始まる。 少なくともゼストとルシアにとって、この少女が自らが行おうとしている所業に何の感慨も感じないまま闇に手を染めるのは憂鬱以外のなにものでもない。 コートを脱いだルーテシアは両腕のグローブ型デバイス<アスクレピオス>を起動させる。 「吾は乞う、小さき者―――<群れる者>」 ルーテシアの囁く詠唱に呼応して、足元に闇が生まれた。 それは比喩などではなく、滲むように広がる虚ろな黒い染みだった。 ベルカ式でもミッドチルダ式でもない。はっきりとした術式すらなく、故に魔方陣さえ発生しない。魔法の<行使>というより<現象>のような出来事。 文字通りの<黒い魔法>は、人におぞましさを与える光景を、少女を中心にして繰り広げる。 「言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚―――」 ルーテシアを中心に広がった、暗黒の湖畔から湧き出るように奇妙な煙が立ち昇った。 目を凝らせば、それらが微細な黒い粒の集合によって形成された煙だった。 「<スケアクロウ>」 そして、その粒の一つ一つが肉眼ではハッキリと確認出来ないほど小さな未知の甲虫であった。 無数の虫が群れ、煙や霧としか認識できない黒い塊となって甲虫は動き始める。 地を這い、空を舞い、何かが擦れるような無数の奇怪な音を波立ててソレは移動していった。 真っ直ぐに、ルーテシアの視線の先―――ホテル<アグスタ>へと向けて。 「……ゼスト。ルーテシアをお願い」 人が扱ってはならない禁忌の魔法を目にしていた二人のうち、おもむろにルシアが告げた。 口元を隠し、再びフードを被り直して、トランス状態で魔法を行使するルーテシアの横顔を一瞥する。 その視線には、先ほどまでの純粋な暖かさは無い。複雑な迷いを含んだ感情が渦巻いていた。 「行くのか」 「戦闘の混乱の中で目標物を奪うのが目的なら、戦いは見せかけだけでいい。人死には極力避けたい」 「そうだな……会場内部には手を出すな。そこから先は、警備と運に任せておけ」 「私もそこまで善人じゃない」 ルシアは剣呑な視線と冷笑を浮かべて見せた。 しかし、彼女の心に冷酷な犯罪者とは無縁な正義の心と見知らぬ他人であってもその死を悼む優しさがあることを、ゼストは知っている。 そして何よりルシアとゼストの二人には、幼いルーテシアが無自覚に人を傷つけ、殺すことを防ぎたいという意思があった。 彼女が呼び出し、使役する存在は嬉々として人の命を飲み込むのだ。 奴らが生み出す闇に、何も知らぬ少女まで引き摺り込ませるわけにはいかない。 いずれ彼女が本当の人生を取り戻し、自らの罪を自覚した時に、その重みが少しでも軽くなるように。 「それに―――」 言い淀み、ルシアはルーテシアの足元に広がる闇の世界へと繋がる扉を見下ろした。 「私にとって、やっぱり<悪魔>は敵だ」 完全な敵意を吐き出して、ルシアは走り去っていった。 戦場となる場所へ駆けつける戦士の背中をゼストはいつまでも見送り続ける。 ルシアとは別に、彼の中にも複雑な想いが宿っていた。 ルーテシアとルシアも含む、娘同然に想う二人の少女が歩む不遇の人生とその将来を案ずる気持ちだった。 <悪魔>と縁を結んでしまった少女と、その<悪魔>を憎む少女。いずれも闇に関わりを持ってしまった故に平穏な日々から抜け落ちてしまった。 若い彼女達には未来がある。 しかし、その輝かしい未来に、もはや既に黒い染みは付きつつあるのだ。 全てをリセットして普通の人生をやり直すなんてもう出来ない。今後の人生で引き摺っていかねばならない経験を、二人の少女はしてしまった。 それが痛ましくてならない。かつて、そんな人の未来を守る為に自分は戦っていたというのに―――。 「所詮、私は悪魔に魂を売った死人か」 無力な己を嘲りながらも、ゼストは祈らずにはいられなかった。 「……神よ。願わくば、地獄に落とすのは私だけにしてくれ」 全ての罰は魂を抜かれたこの身に。 彼女達にせめて未来を返してくれたのなら、この生ける屍は喜んで地獄に落ちよう。 彼女達の人生を狂わせた闇の住人達を共に引きずり込み、本来在るべき場所へ再び封じてやる。 戦士の悲壮な覚悟を嘲笑うように、視線の先にあるホテルからは黒煙が上がり始めていた。 地獄が始まる。 『お待たせいたしました。それでは、オークションを開催いたします』 開始を告げるアナウンスは予定していた時間通りに流れていた。 客席から起こる拍手の中、二階からホールを一望しているなのはとフェイトは思わず安堵のため息を吐き出す。 警備はオークションが終了するまで続くが、とりあえず事前に問題が起こることはなかったのだ。 警戒していた何らかの襲撃の可能性が一つ減ったことは彼女達の緊張の糸を一本解してくれた。 「とりあえず、出だしは順調だね」 「このまま、何事も無く終わればいいけど」 なのはの安堵にフェイトが水を差すように告げたが、その声に張り詰めたものはない。 元より確定した襲撃の可能性や、列車襲撃時のような現在進行形の緊迫感はない任務なのだ。 油断は無くとも、二人には余裕があった。 『―――ではここで、品物の鑑定と解説をしてくださる若き考古学者を紹介したいと思います』 なのはとフェイトが見守る中、会場に設けられたステージに一人の青年が登場する。 その青年の姿を見て、二人は思わず目を白黒させた。 『ミッドチルダ考古学士会の学士であり、かの無限書庫の司書長―――ユーノ=スクライア先生です!』 万雷の拍手を浴びてステージに現れたのは、二人にとって幼馴染であり親友でもある人物だった。 意外な場所での再会に、なのはもフェイトも言葉を失う。 停止した思考の代わりに感情がまず何よりも純粋な喜びを湧かせてくれた。 「ユーノ君……」 「なのは、この事聞いてた?」 「ううん、初めて知ったよ」 なのはの声には隠せない喜びと高揚がある。 お互い、昔のように簡単に会えるほど自分の立場は軽くはない。 結んだ絆は切れはしないが、それでも少しずつ距離は開いていくような気がして、そのことに諦めも感じ始めていた。 六課の発足で忙しくもなり、そんな寂しささえ忘れかけていた時に、このサプライズだ。 もちろん仕事のことは忘れない。でも仕事が終わったら? 別にちょっと話したり、食事の約束をつけるくらいはいいんじゃない? 珍しく興奮する親友を見て、フェイトは苦笑した。 「今日は久しぶりに四人で話せそうだね」 「うんっ。はやてちゃんも、早く戻ってくればいいのに」 「配置の指示、遅れてるのかな?」 ホールの外で、現場のシャマルやオペレーター達と情報を確認し合っているはずのはやてを思い出す。 出入り口を一瞥すれば、そこはまだ閉ざされたまま誰も訪れることはなかった。 そうしているうちに、ユーノらしい堅実で当たり障りのないスピーチは終わり、いよいよオークションが始まる。 『まずは出展ナンバー1とナンバー2の商品。かの有名なウロボロス社のアリウス氏から提供された由緒ある逸品です』 司会の言葉と共にステージの奥から防護ガラスのケースに納められた品物が運び込まれ、ホールに客のどよめきが低く流れた。 それは感嘆と―――畏怖によるものだった。 「なんだか……少し気味の悪い品だね」 「うん」 なのはの呟きは、客のほとんどが感じている感想の一部を端的に言い表していた。 ステージに運び込まれた品物は、いずれも歴史と風格を感じる、古い一本の剣と一体の人形だった。 絡み合う蛇の装飾が施された異常に長い剣も人を殺める武器としての不気味な迫力を放っていたが、何より人形の方が一際異様だった。 実際は木製のようだが、表面に滲んだ得体の知れない染みと着せられた血のように赤い衣服。そして虚ろな空洞を瞳にした顔が、無機物に生気を宿らせている。 ハンガーに固定されたその姿は、磔にされた罪人の遺体を連想させた。 薄ら寒い不安を感じさせる様は、確かに見る者によっては骨董品としての意趣を感じさせるかもしれない。 しかし、少なくともなのはとフェイトにとって、その人形は悪趣味を超えた怖気を感じるものだった。 『……これは、かなり見事な品物ですね。少なくとも、経過している年月はかなり古い物です』 ユーノもまたその違和感を感じたらしい。 しかしもちろん、アリウス本人が何処かにいるはずのこの場で下手な発言はせず、鑑定に集中している。 『こちらの剣は柄に銘が掘られています。名前は<マーシレス> 材質はほとんどが鉄のはずですが、不思議なことに刀身などに劣化が見られません。 しかし、魔力反応もほとんど無く、武器としては極めて原始的な―――』 ガシャン。唐突に、ユーノの言葉を遮る音が響いた。 その音の発生源を、誰もが正確に見つけることが出来た―――人形の入ったケースだ。 小狭いケースの中で、文字通り崩れ落ちるように人形がハンガーから外れ、関節を奇怪な方向へ曲げて蹲るように倒れていた。 「お、おい! 何してるんだ、早く元に戻せ!」 オークションの流れを寸断するに足る思わぬ失態に、ステージの脇に控えていた作業員は顔を青くして動き出した。 自分達にミスはない。しっかりと固定したはずだ。そんな不可解な思いを分かりやすく表情にしながら、数人が慌ててステージの中心へ駆け込んでくる。 誰もがユーノの解説に聞き入って視線を剣の方へ集中させていた為に、誰もが気づくことはなかった。 枯れ木のような見た目通りの軽い重量では決して起こり得ない、その人形がハンガーの固定から外れて倒れた原因に。 「痛っ」 フェイトの手に痛みが走る。一瞬だけ。右手に。 広げた手のひらに視線を落としたフェイトは目を見開いた。 古傷を覆い隠す白い手袋から、ゆっくりと広がるよう赤い染み。滲み出るそれが血ではなく、黒い闇のように錯覚する。 慣れ親しんだ痛みが、フェイトの脳裏に激しく警鐘をかき鳴らした。 これが意味するものは―――。 「……っ! 全員その人形から離れろォ!!」 全力で不吉を告げる勘のまま、フェイトが絶叫した。 惨劇の始まりを目にしたかのような切迫した叫びに、誰もが驚き、身を竦ませ、声の方向へ視線を走らせて―――皆が本来注意を向けるべき存在を理解していなかった。 《GYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――!!》 甲高い悲鳴が、その場にいる人間全ての鼓膜と精神を揺るがした。 それは確かに<悲鳴>に違いなかった。 生きた人間が上げるようなものではない。この世の生きる者全てを妬み、恨む、あるいは<悪霊>と呼べるような者達なら上げられるような呪われた叫びだった。 その声の発生源を囲ったガラスケースは激しく振動し、やがて耐え切れずに内部から破裂して無数の破片を客席にぶち撒ける。 客が降り注ぐガラス片に悲鳴を上げる中、自由になったソイツはゆっくりと起き上がった。 ―――糸の無い操り人形(マリオネット)が、見えない生命の糸に吊り上げられるように。 「こ、これは……?」 「ユーノ、ソレから離れてっ!!」 誰もが逃げることすら出来ずに硬直する中、全力で自身に働きかける危機回避本能に従って後退るユーノと、それ以上の意志の強さでフェイトが動いた。 二階の客席から一階まで飛び出し、持ち前の運動神経で無理なく着地を決めると、ステージに向かって一直線に駆けつける。 デバイスの補佐なくしては追随出来ない彼女の動きを、なのはは一瞬見送ることしか出来なかった。 ドレスの裾を振り乱すのも構わずフェイトは駆ける。 少なくとも人間以外の生命と意思が宿った人形は、自力ではない何者かに操られるような不自然な動きで歩みを開始した。 その不幸な行き先には、ユーノがいる。 フェイト以外の誰もが、ホラー映画の中の人物のように目の前で惨劇が起ころうとしながらも凍りついたように動けなかった。 画面越しの演出された恐怖とは違う現実の恐怖が、彼らの心を鷲掴んで動くことを許さないのだ。 「フェイトちゃん! ユーノ君ッ!!」 なのはには身を乗り出し、何かに祈ることしか出来なかった。 ユーノの眼前で人形は懐から錆びた短剣を取り出し、虚ろな殺意を持ってそれを振り上げた。 怨嗟の雄叫びも、狂気を含んだ哄笑も無く、ただ無機質に殺人が行われようとしている。 それを止められる者はいなかった。 ただ一人、フェイトを除いて。 「ユーノォ!」 美しいだけではない力を秘めた俊足で、フェイトはその致命的な瞬間に間に合った。 ステージに駆け上がり、短剣が振り下ろされる瞬間にユーノを押し倒すようにしてその場から離す。間一髪、その空間を錆びた刀身が空しく切り裂いた。 「フェイト!? どうしてここに……っ!」 「話は後! 奥に下がって、すぐに逃げて!!」 唐突な再会を驚く暇すら与えず、フェイトは立ち上がって再びこちらへ視線を向ける人形を睨み付けた。 先ほどと異なる点は、その人形がユーノではなくフェイトに狙いを変えたことだった。 「バルディッシュ、セット……ッ!?」 すぐさま戦闘体勢を整えようとデバイスに呼びかけるフェイトの声を、またもやあの呪われた声が遮った。 人間を模した人形の口が開き、その奥からおぞましい音が響き渡る。それは口というよりも蓋や扉が開くようなイメージを抱かせた。 耳を覆いたくなるような奇声がフェイトの鼓膜を震わせ、脳が揺れ、背筋に悪寒が走り抜けて気分が悪くなり―――そしてようやく気付いた。 「か、体が……動かないっ!?」 見えない糸のようなものが全身に絡みつき、体の自由を奪っているのが感じられた。 強張る筋肉とは裏腹に激しい脱力感が襲い、フェイトは空中へ吊り上げられる。 まるで自分が操り人形になってしまったかのように錯覚する。自分の意思では全く体が動かせない。 バインドとも違う未知の金縛りに陥ったフェイトは、短剣を振り上げる人形を睨みつけることしか出来なかった。 人形の顔の空洞に宿った、血のように赤い眼光を必死で睨み返す。 親友の危機に、ユーノが硬直した体の戒めを破壊して、なのはがデバイスを発動させながら飛び出す。 しかし、そのどれもが間に合わない。 無慈悲な刀身は振り下ろされ、白い肌が鮮血に染まる未来が確定しかかった時―――その男は間に合った。 「ィィイヤッッハァァァーーーッ!!」 景気付けるような雄叫びと共に人間ロケットが飛来した。 ユーノの防御魔法よりも、なのはの攻撃魔法よりも速く、彗星の如く飛び込んできた第三者の両脚がフェイトを襲う人形を吹き飛ばす。 硬いブーツの靴底を顔面に直撃させ、ステージの壁に激突した人形は、関節を滅茶苦茶な方向へ曲げて崩れ落ちた。 すぐ傍で呆然としていた司会者がようやく我に返り、奇声を上げて後退る。 誰もが息を呑んだ惨劇の中へ乱入した―――プロのリングでも通用するような華麗なドロップキックを決めた男は、その場の視線を全て受けながら立ち上がる。 「ア、アナタは……」 人形が倒れると同時に金縛りから解放されたフェイトは、酷く覚えのあるその長身を見上げた。 紫色のコートが翻る。 振り返った男の顔には、悪夢に迷い込んだのではなく自ら飛び込んでみせた自信と戦意が滾っていた。 男は笑った。初めてフェイトに会った時、彼女に見せたように。 「―――よお、ベイビー。また会ったな。これだけ短い時間で再会出来たんだ、こいつは運命だと思っても構わないだろ?」 冗談交じりにそう言って、ダンテは不敵に笑った。 「綺麗なだけじゃなくガッツもある。いいね、ますます好みだ」 「……っ! 逃げて!」 「そういう無粋な台詞は釣れないぜ」 再び緊迫感に満ちた視線を自分の背後に向けるフェイトを苦笑して、ダンテは振り返りもせず、背後に向けて魔力弾を撃ち放った。 コートの裏から滑るように抜き放たれたデバイスは、立ち上がろうとする人形の顔面を正確無比に捉えて、一撃で顔面を吹き飛ばす。 頭を失った人形は支えを失ったかのように文字通り崩れ落ちてバラバラになった。 「銃型の、デバイス……」 「怪我は無いみたいだな。そっちの先生も大丈夫かい?」 「え? ええ、大丈夫です」 余裕すら持って、呆気にとられるフェイトとユーノをダンテは気遣っていた。背後で消滅する人形の残骸になど目もくれない。 バリアジャケットを纏って援護しようとしたなのはも、ただ呆然としていた客も、誰もがこの突然現れた謎の男を見ることしか出来なかった。 奇妙な静寂に包まれるホールを、ダンテはステージから一通り見回す。 何かを探るようなその視線を訝しげに思いながら、フェイトは意を決して話しかけた。 「あの……」 「助けた礼なら後でいいぜ。半分は仕事で、半分は俺のポリシーさ」 女性には優しくな。 悪戯っぽくウィンクしてみせる仕草に性的な魅力を感じて、フェイトは思わず頬を赤らめた。感情とは関係ない、若い女ゆえの反応だ。 しかし、管理局員としてこの疑問を蔑ろにするわけにはいかない。 「アナタは、何者なんですか?」 「そう、いい男にはそういう質問をするのがいいぜ。だが、自己紹介は後回しだ」 ダンテは軽口を叩きながらも、もう片方の手で二挺目のデバイスを取り出した。 既に、その眼光は穏やかさを失い、鋭い戦士のそれへと変貌している。 その意味を理解したフェイトが、同じく警戒を露わにして周囲を睨み付けた。 いつの間にか再び感じる右手の痛み。 「―――来るぞ」 ダンテの呟きがまるで予言であったかのように、異変は起こった。 誰もが予兆を感じることが出来た。 全身に覚える未知の悪寒。人間の持つ本能的な恐怖は彼らに警告し、そしてそれが全くの無駄であるかのように退路は塞がれる。 ホールから外部に繋がる全ての扉を覆うように、真紅の結界が発生した。 表面に幾つもの苦悶の表情を浮かび上がらせたその壁は、呪いのように扉が開くことを封じる。 もはや誰一人としてこの場から逃げ出すことが出来ないという現実を人々が理解するのは少し後の話。 ダンテ以外の誰もが閉じ込められたことすら気付かない閉鎖空間の中で、次々と悪夢が具現化し始めた。 ホールの各所で悲鳴が上がる。 そこへ視線を走らせれば、見たことも無い魔方陣が発生し、それを<穴>として先ほどの操り人形と同種の存在が次々と現れ出始めていた。 「これは召喚!? それとも、違うの……!?」 未知の現象に戸惑うなのはは、それでも事態の把握だけは正確に行っていた。 あの人形は全てが間違いなく敵だ。 標的はユーノ? フェイト? それともこの場にいる人間全て? いずれにせよ最悪の事態が始まりつつあった。混乱し始める多くの客を一望し、それら全てを守りきることへの絶望感が湧き上がる。 やらなければ。だが、出来るのか―――? 「そこの勇ましいお嬢さんは、このホテルの護衛に来てるっていう時空管理局の人間か?」 戦う意思を固めたなのはを、この場では不釣合いなほど気安い声が呼んだ。 視線を走らせれば、既視感を感じさせる珍しい二挺拳銃のデバイスを持ったあの男が不敵な笑みを浮かべたまま悪夢の発現を見据えていた。 「そ、そうですけど」 「なら客の護衛を頼むぜ。避難誘導はやめとけ、あの人形どもを倒さない限り、もうここからは誰も出られない」 「アナタは一体……」 「質問には、このバカ騒ぎが終わったらプライベートなことも含めて答えてやるよ」 彼は昂然と<敵>を睨み付けた。 その両手が華麗な舞を見せ、二挺の銃が優雅に、優美に宙を踊り狂う。 悪魔が取り憑いたかのような人形の群れと人々の阿鼻叫喚。その狂ったステージで、彼のパフォーマンスは驚くほど冴え渡っていた。 なのはが、フェイトが、ユーノが―――その場で冷静な者全てが、場違いな光景に釘付けになった。 回転する銃身が上質なタップダンスのように彼の周囲を跳ね回る様。 なのはの脳裏に連想して浮かぶものがあった。 「……ティアナ?」 信じ難い呟きは誰にも聞こえず消えていく。 壮絶な銃の舞はクロスしたダンテの腕の中で終了した。 「子供の頃から古臭い人形劇ってのは嫌いでね。どうせ見るなら爽快なアクション映画だ。そうだろ?」 誰にとも無く軽口を叩くダンテの元へ、ステージの裏からも複数の人形がにじり寄って来た。 最初の人形と同じように、搬入されたコンテナの中に居たモノが自ら動き出したのだ。 なのは達が四方八方に警戒を走らせる中、悪夢の出現は止まり、悲鳴を上げる人々を囲い込むように悪夢の出演者が入場を終える。 地獄の舞台は整った。 その中心に立つ男が告げる。 「さあ、始めるとしようぜ」 「……アナタは、魔法が使えるんですね?」 その男の正体を後回しにして、今はこの事態を共に切り抜ける為に戦いの意思を確認するフェイトへ、ダンテは鼻で笑って見せる。 「―――魔法だって? ハッハァ、銃(こいつ)を喰らいな!!」 周囲の<悪魔>どもに向けて、ダンテはいつものように銃をぶっ放した。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> マリオネット(DMC1に登場) 綺麗な人形に悪霊が宿って動き出したなんて話は良くあるよな? 殺人鬼の魂が宿った人形のホラー映画まであるくらいだ、人の形をした物に何かの自我が乗り移るという概念は珍しくはない。 だからこそ、人は分かりやすく恐怖する。そんな負の感情を利用しようと人形を媒介にして現れたのがこの悪魔だ。 悪魔狩人としちゃ、相手にする弾丸も勿体無い雑魚中の雑魚だ。誰もが考えるからこそありふれた悪魔だと言える。 その名のとおり外部からの力で操る仕組みのせいか、人形自体の耐久力も媒介になった物そのままだ。ちょいと手荒に扱えばすぐにぶっ壊れちまう。 ただし、その非力を補う為か短剣や銃まで使って戦い方を工夫する賢い奴も中にはいやがる。ありふれているからこそ、時代に合わせる柔軟性もあるってワケか。 そして、中でも<ブラッディマリー>と呼ばれる、自分の服を襲った人間の血で染めた赤い人形は曲者だ。 黒魔術などでも用いられる通り、血液ってのは魔力や呪いを秘めている。 その忌まわしい力が、人形に宿った悪魔まで強化しちまうんだ。人間の負の部分を力にする悪魔ってのは、やはり胸糞の悪い存在だぜ。 殺された人間も、勝手に乗っ取られた人形も、これじゃあ浮かばれない。 徹底的に破壊してこの世から消滅させてやるのが、そいつらにくれてやれる手向けって奴だろう。 [[前へ なのはStylish11話]] [[目次へ 魔法少女リリカルなのはStylish氏]] [[次へ なのはStylish13話]]