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マクロスなのは 第14話『決戦の果てに・・・・・・』←この前の話 『マクロスなのは』第14話その2 『おいおい・・・・・・人を隠すには〝人〟の中ってか・・・・・・』 生き残った僚機がつぶやくように言う。 〝隠れ蓑〟それは密集した他の魔導士達だ。 ライアン達は失念していたが、パッシブ型であるこのレーダーは密集されるとすぐに個体識別が効かなくなる。 しかし彼はなぜシグナムだと気づいたのだろうか? それは彼女がライアンの所属していた「特別機動隊、空戦部隊」で隊長をやっており、きわめて珍しい〝ムチのように飛翔する刃物〟という太刀筋に覚えがあったからだった。 『・・・・・・面白い。こんな戦い方に辟易していた所だ。手合わせ願おうか』 高感度マイクがシグナムの声を拾い、一振りの剣に戻った彼女の愛剣「レヴァンティン」が向けられる。 どこかの世界の中世なら手袋が投げられた所だろう。そしてライアンは喧嘩を売られて、「相手が強いから」という理由で逃げるほど臆病ではなかった。外部フォールドスピーカーの電源を入れると言い放つ。 「望む所です」 ライアンのその解答に満足したのか、彼女は微笑むと隣の褐色の肌をした魔導士に〝手出しは無用だ。以降の指揮は任せる〟と伝える。 ライアンもアクエリアス小隊へと回線を開くと、後を頼んだ。 そして両者は同時に開戦した。 先手を打ったのは射程の長いライアンだ。ランチャーに残った中HMM、MHMMとクラスターミサイル。そしてガンポッドの一斉射を浴びせる。 対するシグナムは、攻撃を右へ左へと回避しながら肉薄する。虎の子のクラスターミサイルさえ彼女の機動についていけなかった。 接近戦に持ち込まれたら圧倒的に不利だ。ライアンは残弾ゼロになったミサイルランチャーを翼下の兵装ステーションからオールパージすると、 バトロイドからファイターに可変。高空へと転進する。 「甘いな。レヴァンティン!」 レヴァンティンのカートリッジが1発ロードされる。 すると彼女の足首になのはと同様の紫色した魔力のフィンが展開された。 瞬間彼女はバルキリーにも劣らぬスピードで飛翔する。 元々の高速度移動魔法に、各種オーバーテクノロジーを加えたそれは魔導士の限界速度を軽々越えた。 「マッハ5だと!?」 ライアンは驚きを隠しきれない。今まで大抵の魔導士は巡航するバルキリーの速力に追随しようとする者はいなかった。 しかし今、推進剤不使用のハイパークルーズ(超音速巡航)でマッハ3を示すVF-11Sにシグナムは追随。なおも強烈に肉薄してくる。 「紫電、一閃!」 シグナムの炎を纏った魔力砲撃を推力偏向ノズルと繋がっている足のペダルと操縦桿を操作し回避する。 アルトのVF-25やヴィータとは違ってコストの高いOT『ISC(通称「慣性・バッファー」)』を搭載していないため、デバイスが相殺しきれなかった Gが彼を襲う。しかしなんとか機位を立て直し、回避運動を継続する。 しかしこのままでは、すぐ追い付かれるだろう。 ライアンはスラストレバーを一杯にあげ、アフターバーナーを焚く。加速したVF-11Sはシグナムと同じマッハ5+に突入。変形限界を超えた。 おかげで追いつかれる心配はなくなったが、迎撃兵装がコックピット後ろにある頭部対空レーザー砲のみになってしまった。(ミサイル、ガンポッドは前面投射しかできないため) 続く攻撃。 可変できないライアンの機体は、従来型戦闘機の回避方法で逃れる。 それらはほとんど、なのはのシミュレーターでの機動が教本となっている。 なぜなら教官達は大気圏中ファイターでの高速度回避機動法を教えていなかった。というより教官達も知らなかったのだ。 宇宙空間での軌道戦闘に慣れた教官達は最初、シミュレーターで機体を空中分解させるまで、空気抵抗による変形機構の限界を失念していたほどだ。 無論アルトもミシェルも勘で修正できるセンスがあるからまったく問題にはならなかったが、彼らバルキリー初心者達は多いに困った。 そこで彼らが教官に祭り上げたのが、戦闘機(ファイター)の機動で見事戦って見せた高町なのはだった。 実はあれからも彼女は2週間に一度ほどのペースで遊びに来て、シミュレーターを借りていた。 そして可変に頼らぬファイター縛りの機動法をいろいろ開発していたのだ。 従来型戦闘機と魔導士の特性を熟知する彼女だからこそ、そのアイデアは豊富であるようだった。そのシミュレーター記録は隊内で出回っている。そこには自分達が知りたい全てが詰まっていた。 重力によって左右されるスラストレバーの出力調整タイミングから複数の高揚力装置、ラダー(垂直尾翼についた方向舵)などの同時使用によって行われる従来の機動方法から、OT改『アクティブ空力制御システム』や魔法を併用させたことで新たに生み出したトリッキーな動きまで。 今や本人に自覚がないだけでウィラン、ミシェル、アルトに続く4人目の教官として名を馳せている。 ここまでシグナムの攻撃を回避出来たのも、なのはのおかげだった。 しかしそれも種切れになりつつある。なんとかシグナムの後ろに着こうとさまざまな機動を試すが、徒労に終わった。 そこでライアンはファイター縛りシリーズ最後のシミュレーションを反芻する。 彼女の機体は自分と同じミッドチルダ製VF-11。対するはシミュレーション最高難易度クリアを阻止するように君臨するQF4000/AIF-7F『ゴースト』とのタイマンだった。 高機動で名を馳せるアルト副隊長ですら空中戦を避け、一目散に地上へと逃げる敵になのははファイター縛りで挑んだのだ。 ISCなどない。つまり人間にできる巡航レベルの小細工のような機動ではゴーストは簡単にねじ伏せてくる。しかしVF-11は最高速度だけなら ゴーストとも互角であった。 そこでなのはは今の自分とシグナムのような戦闘に持ち込んでいる。 彼女は最後どんな戦法を取ったか? 結果を言ってしまえばなのははその戦法でゴーストに撃墜された。しかしそれはファイター縛りであったからだ。 ライアンは最高に危険な賭けに打って出ることに決めた。 シグナムの攻撃を回避しつつ多目的ディスプレイを操作してアクティブ空力制御システムにアクセスする。 そして〝モード 自動継続〟となっている所を〝手動操作〟に変更した。 「よし、行くぞ!」 自らに気合いを入れ直すと、なのはのシミュレーションをトレースするようにシステムをフルリバース。同時に足のペダルを踏み込み操縦桿を引き寄せた。 この操作により、これまで機体にかかる空気抵抗を抑制していたアクティブ空力制御システムの極性が逆転し抵抗が増加した。渦流などが増加し、機速がガクンと落ちる。そして足のペダルで操作する二対の推力偏向ノズルが上を向き、機首に付いた2枚のカナード翼が機首を上に持ち上げようと稼動する。 すると高度をそのままに機首があがる。そして最終的には機体の腹を進行方向に向けた形になり、強烈なエアブレーキがかかった。 今VF-11Sの空気抵抗は制御装置の影響もあって、機体の数倍の面積をもったパラシュートを展開したレベルにまで増加していた。 大気との衝突とそれによって発生する摩擦熱で機体が悲鳴を上げ、自らの体も急激なGにさらされる。出力をほとんど空力制御装置と転換装甲に回したため機載の慣性制御装置、OT『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』が停まり、EXギアの重力制御付きでも骨が軋む。 しかし、その甲斐はあった。 可変せずに減速するには、スポイラーやフラップを稼動させるかエンジン出力を落とすしかないと思っていたシグナムはこの『コブラ』と呼ばれる機動の突然のエアブレーキに意表をつかれ、こちらを追い抜かしてしまった。 ここで再び彼の脳裏になのはのシミュレーション映像が残像の如く思い出される。 彼女はここを間違った。 シグナムと同様に通り過ぎていったゴーストを見届けた彼女は、即座にロールして進行方向へとガンポッドを向けたのだ。 しかしゴーストは例え後ろに着こうとたった一本の火線で捉えられるほど簡単ではなかった。 なのはの最初で最後のチャンスはこうして失われたのだ。 ライアンは慌てず速度計を確認する。 時速3600キロ。 リニア型の強力な可変機構と空力制御システムのおかげで可変するにはまったく問題ない速度だ。 アクティブ空力制御システムのスイッチを通常に入れ直したVF-11Sは間をおかずバトロイドに可変する。するとその目前には無防備な背中があった。 「墜ちろぉぉぉ!」 ライアンが吼える。機体はそれに呼応するように残った全てのMHMM、合計10発を放つ。 同時にガンポッド、頭部対空レーザー砲も火を吹き、圧倒的な弾幕がシグナムを襲った。 全ての武装が前面を向くバトロイドによる、前面投射飽和攻撃。 これがなのはの失敗から導き出したライアン流解決法だった。 仮にこれがレーザーとミサイルしか持たぬゴーストなら、迎撃や回避が間に合わず撃墜は確実であっただろう。しかしシグナムはくるりと寝返りをうつようにしてこちら向きを変えると、後退しつつ簡易シールドを10枚ほど連続展開して散布。突然出現した壁にミサイル達が着弾していく。そして2種の火線は時に回避し、できないものはその剣で防いでいく。 結果的にその全てが迎撃されてしまったりと虚空へと消えてしまった。 『(・・・・・・やるな)』 彼女からの念話が届く。 『(隊長こそ。あの弾幕を破ってこられるとは・・・・・・)』 多目的ディスプレイに映し出される兵装バンクの残弾は、等しく〝零〟を示していた。 魔力はマッハ5の維持のために推進剤として使いすぎ、機載のMMリアクター(疑似リンカーコア)の魔力素が底を着いている。オーバーヒートしているので回復するのには5分はかかるだろう。 つまり武器は己が魔力を100%用いた砲撃しかなかった。しかし彼女を撃墜できる出力を出した砲撃は1発か2発が限度だろう。 『(次で終わらせましょう)』 ライアンの提案にシグナムも 『(受けて立とう)』 と同調した。そして彼女はカートリッジを1発ロードして剣を鞘に納めて構える。 『行くぞ!』 シグナムが例の急加速。 ライアンも彼女の機動を制御するため、出力を抑えた砲撃数発で牽制する。そして───── 「紫電、一閃!」 「コイツを喰らえ!!」 紫と赤い2色の魔力斬撃と魔力砲撃が空を2分した。 (*) 一方フロンティア基地航空隊本隊は7機にまでその数を減らしていた。 「逃がすな!」 ジョンソンの指揮に魔導士部隊各隊が生き残りを追い詰めんと高速移動魔法で退路を塞ぐ。 しかし彼らはしたたかな戦術で被害を最小限に抑えつつこちらの罠から逃れ続けた。 だがもはや有効な対抗策はないようで、また1機が集中射に耐えきれず撃墜された。この分なら持ってあと5分というところか。 その時彼の目前にミッドチルダ式魔法陣が展開される。そこから飛び出してきたのはファイター形態のVF-11Sだった。 おそらく僚機の力を借りて転送魔法を発動、指揮系統への奇襲攻撃を仕掛けてきたらしかった。 周辺の部隊がデバイスを照準する前に、吐き出されたMHMMを受けて沈黙した。 ジョンソンはそれを急降下で回避すると、VF-11Sに偏差で魔力砲撃を放つ。 以前の戦闘機との戦闘ではこれが大いに役立った。所詮戦闘機は魔導士とは違い、直線か曲線の動きに過ぎないからだ。 しかしそれはガウォークへと緊急可変して砲撃を鮮やかにかわすと、撃ち返してくる。 戦闘機とはまるで違う機動にジョンソンは感嘆とともに本当に惜しい思いをしていた。 (くそ・・・・・・こんな優秀な連中と共闘できたらどれだけよかったか・・・・・・!) 戦力差にして10:1の中を腐らず奮戦してきた彼らを複雑な気持ちで受け取らずにはいられなかった。 これで我々が勝ってしまえばバルキリー隊は日陰行きだろうか? 少なくとも莫大な戦力を失うことだけはわかった。 (お偉方の馬鹿野郎どもが!!) しかし撃たねばならぬ。魔導士としての誇りがそうさせるのだ。 「来て見やがれ!この・・・・・・!」 バトロイドで突進してきたVF-11Sの銃剣攻撃を畳まれた翼に描かれた水瓶のマークが目前で見えるほどギリギリで回避すると、間髪いれずにコックピットを照準する。しかし相手も頭部の対空魔力レーザー砲2門がこちらをロックしていた。 ジョンソンは (やっぱりこいつらと共に戦っていきたかった・・・・・・) と思いながらデバイスの引き金を引いた。 (*) その頃エース達は、激戦を繰り広げていた。 飛び交うなのはとVF-11SG(ミシェル)の魔力砲撃。その間を縫って飛ぶフェイトとVF-25(アルト)。 攻防は一進一退。なかなか勝負が着かなかった。 しかし、遂に熾烈な機動戦に辛勝したアルトがフェイトの背後についた。 「もらったぁぁ!」 即座に引き金を引く。 カチッ・・・・・・ (魔力)弾が出ない。 「な、なんだ!?」 見るとレーダーがクリアになり、赤や緑になっていた光点が全て味方を表す青に変わっていた。 どうやら弾が出なかったのはIFF(敵味方識別信号)のせいらしい。照準した物体を味方と判断したFCS(火器管制システム)が誤射しないよう、 兵装にセーフティーロックかけたのだ。 『どうして!?まだ演習は15分以上あるのに?』 システムが正常になったためか、魔導士側との無線が統合され、困惑するなのは達の声が聞こえる。 「ホークアイ!どうして止めた!?」 演習中の相互のシステムを統合し、平常の状態に戻すことができる能力を与えられたのは中立のホークアイのみだ。 アルトはそう考え苦情を申し立てたが、その解答は切迫したものだった。 『こちらAWACS『ホークアイ』。現域にいる全ての部隊に告ぐ。演習空域東部にガジェットⅡ型約100機、ゴースト約50機の出現を確認!尚も増加中!各航空部隊は合同してこれを迎撃せよ!』 一斉に空域全体に緊張が走った。この緊急事態に真っ先に対応したのははやてだった。 『こちら空戦魔導士部隊隊長八神はやて。魔導士部隊各隊は各個に合流。指定する空域に集合せよ。また、撃墜されて地上にいる魔導士は地上にて民間人の 避難を支援すること』 今彼らの下にある旧市街には、この演習を見に来た民間人、20万人がいた。 はやての全体通信に続いて今度はミシェルが通信を開く。 『こちらフロンティア基地航空隊中隊長ミハエル・ブランだ。こちらも高空にいるゴースト部隊を迎撃する!はやて二佐、ゴーストへの支援爆撃を要 請する』 『了解や。だからバルキリー隊も何機か地上の支援に回して!』 『了解した。撃墜されて地上にいる部隊は、市民の安全を確保せよ!他は迎撃行動に入れ!!』 青いVF-11SGは翼をひるがえして機首を東に向けた。 アルトもしぶしぶそれに続く。すると念話が届いた。フェイトからだ。 『(決着が着かなかったのが残念だけど、またお願いね。みんな終わったら)』 左下方を見ると、金色の矢と化したフェイトがウィンクを送っている。 『(ああ、もちろんだ)』 アルトもバンク機動と念話で答えた。 (*) 演習中止と緊急展開命令をジョンソン達はお互いに照準しながら聞いていた。 ジョンソンはあまりの事態に大きくため息が出てしまった。 「はぁ・・・・・・どうやらお前らと一緒に戦うことになるようだな」 目前のVF-11Sが構えを解いてガウォークに可変すると、おもむろにスピーカーから声が届いた。 『まったく、こちらも残念だよ』 しかしその口調はセリフと裏腹、うれしそうだった。 (まぁ、あいつから見たら俺のセリフもそう聞こえただろうがな) ジョンソンは鼻で笑うと呼びかける。 「貴様とオレ、どっちが早く行けるか競走だ!」 『よし、その勝負乗った!!』 次の瞬間VF-11Sはアフターバーナーを全開に。ジョンソンは転送魔法を行使して現場へと急いだ。 (*) 「・・・・・・勝負はお預けか」 シグナムが呟く。 ライアンと彼女も最初の1発が双方共に外れ、2発目に入ったところでセーフティーロックがかかっていた。 『また手合わせ願います』 ライアンの通信にシグナムは笑みをこぼして 「いつでもかかってこい」 と告げると東に向う。 ライアンも負けじと続いた。 ―――――――――― 次回予告 ガジェット達の乱入によって共同戦線を張ることになった魔導士とバルキリー。 一方地上ではリニアレールにいた部隊が市民を守らんと奮戦していた。 次回『マクロスなのは』第15話「魔導士とバリキリー」 「こちらフロンティア基地航空隊と空戦魔導士部隊。これより貴、部隊を援護する!」 ―――――――――― シレンヤ氏 第15話
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あの人に出会ったのは、まだフェイトちゃんと友達じゃなかった頃の話。 ロストロギア『ジュエルシード』をめぐる、後にプレシア・テスタロッサ事件と呼ばれる事件での事。 あの人は傷だらけの体で突然現れ、そして全ての記憶を失っていた。 そう、自分が誰なのかさえも…。 魔法少女リリカルなのはA s -NOCTURNE-、はじまります。 第1話『かくて、少女は狩人と出会う。(前編)』 「東京の方で時空震…、ですか?」 その日なのはとユーノは、リンディに呼び出されていた。 「ええ、そうなの。ジュエルシードの反応は無いんだけど、念のため確認に行って欲しいの。 本来なら他の局員に行ってもらってるんだけど、今ほとんどが出払っちゃてるの。」 リンディはそう言って、申し訳なさそうにしている。 なのはとユーノはそれを見ると互いの顔を見てうなずきあい、 「わかりました。お引き受けします。」 そう、答えた。 それを聞くとリンディは微笑み、 「ありがとう助かるわ。で、肝心の場所なんだけど…。」 そう言ってコンソールを操作し、モニターにマーキングの入った地図を表示させる。 「どうやら公園みたいね。公園の名前は、『井の頭公園』ね。」 リンディが告げたのは、とある世界で滅びの運命が始まるきっかけとなる事件が場所であった。 男は、森と思われる場所をさまよっていた。 (ここは…、どこだ?この傷は、一体?) 男の体は常人であれば動く事も出来ないほどの傷があった。 (ちっ、とりあえずここから出て傷の手当てが先か…。) 男はそう考え、この森から出るためにその傷だらけの体を引きずりながら移動を始めた。 男が移動を始めた頃、なのはとユーノは井の頭公園の入口に到着していた。 「ここが井の頭公園かぁ~。でも、夜だから誰もいないみたいだね。」 なのはは苦笑しながらフェレットモードで自分の肩に乗っているユーノに告げる。 「うん、誰かに見られる可能性が少ないのはありがたいけど、どんなことが起きるかわからないから気をつけて。」 ユーノはそう言いながら周囲を警戒している。 「わかったよ、ユーノ君。」 そう言ってなのはは、レイジングハートを構えなおし公園内へ進もうとするが…。 「あれ、何か事件でもあったのかな?」 公園の入口には、『KEEP OUT 立ち入り禁止』とプリントされた黄色いテープが張られていた。 「えーと、どうしようユーノ君…。」 なのはは困った顔でユーのに問いかける。 「う~ん、時空震の反応は公園の中から出てる以上中に入って調べるしかないよ。」 ユーノも困った顔でなのはにそう告げる。 「そっ、そうだよね。それじゃ、お邪魔しま~す。」 誰に断っているのかわからないがなのははそう言いながらテープをくぐろうとする。 だが、その瞬間…。 「ふむ、こんな時間に立ち入り禁止と書かれているところに子供が入ろうとするのは感心せんな。」 「ひゃぁーーっ!」 突然、背後から響いた老人の声になのはもユーノも心底驚かされた。 だが、それでも声を出さなかったユーノは男の子としての意地か、それとも声が出ないほど驚いたのか。 「ふぉっふぉっふぉっ。もう、夜も遅いのじゃからあまり大きい声はいかんぞ?」 声の主は、自身がその原因にもかかわらずそんなことを言っていた。 そして、なのはは、少し涙目になりながら老人のほうへ向き問いかけた。 「あっ、あの、どこから見ていました?」 そう、声をかけられるまでまったく気配のしなかった老人。 彼がどこから見ていたのか、もしかして魔法を使っているところを見られたのではないか。 その不安がなのはにはあった。そしてその不安は的中する。 「うむ、おぬしがその靴から奇妙な羽を広げて降りてきた辺りからじゃな。」 老人は、その長いあごひげを撫でながらそう告げる。 つまり、最初から見られていたということだ。 (どどどどっ、どうしよう!ユーノ君!!) なのははとことんまで慌てていた。 それはそうだ、完全に言い訳できない状況を見られていたのだから。 (とととっ、とりあえず落ち着こうなのは!) ユーノもユーノで慌てている。 だが、そんな二人に意外なところから救いの手が差し伸べられる。 「まさかこんなところで魔法を使う者に会うとはのぅ。」 「「へっ?」」 二人は同時にその声がしたほうへ向く。 その先にいたのは例の老人である。 「あの、その、おじいさん魔法の事知っているんですか?」 なのははおずおずと老人に向かって尋ねる。 老人のほうは飄々とした態度でこう答えた。 「知っとるも何も、わしも魔法を使うからの。」 「そっ、そうなんですか!?」 ユーノは驚いて声を上げる。 突然の驚きと夜であることも手伝ってよく見ていなかったが、見ると老人はあぐらをかいた状態で浮かんでいる。 何かで吊り上げていると言うことも無く、これでは魔法使いではないというほうがおかしいだろう。 「いかにも、わしの名はアガレス。おぬしらは?」 アガレスは自らそう名乗るとなのは達の名を聞いてきた。 「あっ、高町なのはです。」 「ユーノ・スクライアです。」 なのは達は姿勢をただし自分たちの名前を名乗る。 「ふむ、なのはにユーノか…。おぬしらは何故ここに来たのじゃ?」 アガレスは、なのは達の目的を問いかける。 「ハッ、ハイ。この辺りで起こった時空震の調査に来ました。」 「ちょっ、なのは!」 あっさりしゃべったなのはにユーノは慌てる。 それはそうだ、アガレスと名乗る老人の目的がわからない以上こちらの事を喋るのは危険だからだ。 「なるほどのぅ。じゃが、つい最近この公園で傷害事件が起こった聞くぞ?それでも行くのか?」 まるでなのは達を脅すようにアガレスは問いかける。 「行きます!それが今、私がやるべき事ですから。」 なのはは、その脅しとも取れる問いかけにもひるまず答える。 まったくおびえず答えたなのはに老人は目を丸くし、そして…。 「ふぉっふぉっふぉっ。いい目をしておるの、なのはよ。」 一本とられたとばかりに笑い出す。 アガレスは、ひとしきり笑った後こう告げた。 「ならば行くがよい。おぬしなら何があっても乗り越えそうじゃしの。老人の出る幕はなさそうじゃ。」 そして、アガレスは去ろうとする。 「ちょっと待って下さい。」 そう言って引き止めたのはなのはの肩に乗っているユーノだ。 引き止められたアガレスは、ユーノのほうに目を向けそしてなのはのほうに向きを変える。 「なんじゃ?何か他に用があるのか?イタチの使い魔よ。」 そう言いながらアガレスはなのはの肩に乗ったユーノに顔を近づける。 「ボクはユーノで、この姿はフェレットですっ!!…って、違った。あなたは『何者』ですか?」 イタチに間違われたことに激昂するが、すぐに思考を切り替えアガレスに問いかける。 「え?え?どういうこと?ユーノ君。」 なのはは、訳がわかっておらず?マークで頭がいっぱいになる。 「なのは、このアガレスさんは確かに魔法使いだ。こうやって宙に浮かんで移動もして見せた以上疑う余地は無いと思う。 でも、こっちの目的は話したけどあっちの目的は聞いていない…。」 そう言って、ユーのは警戒心をあらわにする。 「ふむ、イタチ君はワシが敵ではないか?と、思っておるのか。」 アガレスは、なのはの肩のユーノに顔を近づけ、まるでからかうように問いかける。 「だからイタチじゃ…っと、話をはぐらかさないで下さい!」 「やれやれ、イタチにいちいち反応しとるのはおぬしじゃろうに…。」 怒りだしたユーノからアガレスは少し離れ話し始める。 「ワシの目的か…。まあ、おぬしらと同じじゃの。」 そう言って、まるでめんどうくさいと言わんばかりにあごひげを撫でる。 「つまり、時空震の調査ですか?」 アガレスの態度を意に介さずユーノは質問を続ける。 「ああ、そうじゃ。ひとつ付け加えると人探しもじゃな。」 「人探し?それは誰ですか?」 なのはが、アガレスのもうひとつの目的である人探しの部分に反応する。 「ん?ああ、ちょっとした知り合いの息子じゃよ。」 なのはの問いに、アガレスはやはりめんどくさそうに答える。 「?、なぜ人探しと時空震の調査が一緒になるんですか?」 ユーノは、アガレスの説明から感じた疑問を口にする。 「おぬしらにそこまで説明する義理はないのぅ。」 そう言って、アガレスは説明を拒否する。 「そんな…。もし人探しに時空震が関係しているなら、詳しく話してくれたら私も時空管理局の人もきょ……。」 協力してくれる。そう言おうとしたなのはをアガレスは手で制する。 「なのはお嬢ちゃんの優しさはありがたいが、その申し出は断らせてもらおうかの。」 アガレスは申し訳なさそうにそう言った。 「なぜです?その『知り合いの息子さん』が時空震によっていなくなったと言うのなら時空管理局はきっと協力してくれます。」 そう言いながらユーノは思った。 (この老人はまだ何かを隠してる。) その瞬間、アガレスは突然空へ上昇し、なのはたちの元を離れる。 しまった、ユーノがそう考えた時にはすでに遅く、かなりの距離まで離れられてしまう。 「アガレスさん!待って!」 なのははそう叫ぶが、もちろんアガレスは止まらない。 だが、最後にアガレスの念話が聞こえる。 〈それじゃぁの、なのはお嬢ちゃんにイタチのユーノ坊や。そのやさしい心を大事にな。〉 そしてアガレスの姿は完全に見えなくなった。 「どうしよう、ユーノ君…。」 なのはは困った顔でユーノに問いかける。 「…どうしようもないよ。完全に逃げられちゃったし、それにこれは聞きそびれた事だけど実はアガレスさんから魔力反応が無かったんだ。」 その言葉に、なのはは驚く。 「え?何で?アガレスさんは魔法使いだって……。」 なのはのその言葉にユーノは首を横に振る。 「多分、魔力を隠していたんだと思う。もしかしたらアースラの方でも反応はしていないかもしれない。」 ユーノのその言葉になのはは言葉を失う。 「なのは、思い出してみて彼は僕らが来た時から居たと言ったんだ。彼はあぐらをかいて宙に浮いていた。 僕らが来てからわざわざ宙に浮き始めたわけはないし、はじめから浮いていたなら少しでも魔力反応があるはずだ。」 そういわれてなのはは気づく。 「あ、そうか最初にきた時、私たち気づかなかったんだよね。」 そう言ってアガレスに驚かされた事を思い出す。 「…とりあえず、今は考えても仕方がないし公園の調査を始めよう。」 ユーノは、なのはに当初の目的を促す。 「うん、わかったよ。」 そう言ってなのはは公園内に入って行こうとするが……。 その瞬間、何者かが公園から出てくる。 いや、出てくるという表現は間違っていた。 公園から出ようとして立ち入り禁止のテープに引っかかって倒れたからだ。 「だっ、大丈夫ですか!?」 ユーノが止めるまもなくなのはは、その倒れた人影に慌てて駆け寄り、そして驚く。 「ユーノ君!どうしよう、この人ひどい怪我だよ!!」 なのはの言う通り男の怪我はひどかった。だが、救急車を呼ぶわけにも行かなかった。 それは男の持ち物のせいであった。 男はその背に大剣を背負っており、さらには着ている服に隠れているが腰の左右に拳銃のようなものまであったからだ。 「…アースラに連絡しよう。恐らくだけどこの人は時空遭難者だと思う。確認された時空震で飛ばされてきたんだよ。」 ユーノは、そう分析する。そしてそれは間違ってはいなかった。 こうして男は、アースラへと保護されることとなる。 そして、男がなのはに介抱される様子を遠くから見ているものが居る。アガレスである。 「ふむ、スパーダの息子め。やはりこの世界におったか。 やれやれ、怪我もひどいようじゃし、なのはお嬢ちゃんにまかせて出直すかの。」 そう言って、アガレスはこの世界から去っていった。 男が目を覚ましたのは、なのはに救助されてから三日後のことである。 アースラの廊下を歩いているリンディに、 「リンディ提督。」 そう言って、困った表情のクロノと真剣な表情のエイミィが近づいてくる。 「あら、二人ともどうしたの?」 リンディは微笑みながら二人を迎える。 「はい、三日前に保護された男に関することでちょっと。」 「私もです。彼の持ち物等についての調査報告があがってきたので。」 「わかったわ。なら艦長室へ来てちょうだい。そこで聞くわ。」 そう言って、三人は艦長室へ移動する。 「それじゃ、クロノ執務官の報告から聞かせてもらえるかしら?」 リンディは、デスクにつきながらそう言った。 「はい、実は彼が目を覚ましたと報告があったので事情を聞こうとしたのですが…。」 クロノはそこで言いよどんでしまう。 「?、何か問題でもあったの?」 リンディは、歯切れの悪いクロノに違和感を覚える。 「はい、どうも彼は記憶障害を起こしているみたいなんです。」 「記憶障害?それはまたややこしいことになっているわね。」 それを聞いてため息をつきながらリンディは率直な意見を口にする。 「ええ、自分自身の名前すら覚えてないみたいで取調べどころじゃなくって……。」 そう言って困った表情で両手を上げ、降参のポーズをする。 そこへ待ってましたと言わんばかりにエイミィが喋り始める。 「彼の名前くらいなら何とかなるかもしれませんよ。」 「あら、本当?」 その報告はクロノにとってありがたかった。 正直、名前すらわからないのでは今後のコミュニケーションにも関わるからだ。 「はい、彼の所持品の拳銃に名前と思われるものが刻印されていたんです。」 「そうか、これで少しは思い出せるといいが…。で、彼の名前はなんていうんだ?」 クロノは、エイミィにそう催促する。 「うん、銃に刻印されていたのは『-BY .45 ART WARKS FOR TONY REDGRAVE-』 つまり彼の名前は『トニー・レッドグレイブ』ってことになるわね。」 エイミィは右人差し指を立てながらそう言った。 だが、そのエイミィの説明にクロノは違和感を覚え、そしてすぐ答えにいたる。 「ちょっと待ってくれエイミィ。もしかして『WARKS』の部分は『WORKS』の間違いじゃないのか?」 「うん、多分ね。でも銃の刻印はこのスペルで間違ってないからたぶん刻印ミスだと思う。」 クロノの指摘にエイミィは冷静に返す。 「で?エイミィ他にわかった事は?」 そのやり取りを中断させ、リンディは報告の続きを促す。 「あっ、はい、あと銃についてわかったことは銃の名前が『Ebony(エボニー)』と『Ivory(アイボリー)』と言う事、 この銃が双子の銃であるという事、そして、刻印の通り『45口径の芸術品』であるという事です。」 その報告を聞きクロノが疑問を率直に言う。 「双子の銃?45口径の芸術品?どういう事だ、ただの銃だろ?」 その言葉に対して、エイミィは少し困った口調でこう返した。 「え~と、それがこの銃を調べた人間がかなりのガンマニアみたいで結構ディープな所まで調べたみたいなの。 で、その報告の内容なんだけど『詳しく』聞く?」 まるで、後悔するわよ。と言わんばかりに詳しくの部分を強調して告げる。 だが、その二人のやり取りを見ていたリンディが口を挟む。 「二人とも、今は私に報告しているんでしょう?仕事は最後まできっちりやりなさい。」 「「しっ、失礼しました!リンディ提督!」」 二人は、息ぴったりにリンディに敬礼をする。 「ふう、仲が良いのはいいけど公私の区別はしっかりね?で、エイミィ報告の続きなんだけど…。」 リンディの言葉にクロノは文句を言いたそうにしているがそれを無視してエイミィに報告を促す。 「はい、で、あの、どうします?」 どうしますとはもちろん『詳しく』説明するかどうかだろう。 「かいつまんでお願い。少し気になるのよ。彼が持っていた銃は明らかに大型拳銃…。 例え成人男性でも扱いは難しいわ。でも彼はそれを二挺持っていた。それにあなたが言っていた『45口径の芸術品』の意味もね。」 リンディは真剣な表情でそう言った。 「わかりました。まず、ベースになった銃はコルト・ガバメントと思われます。でも、大きさはまったく別物ですし、 パーツの全てが丁寧に改修され材質も吟味された物に変更されているそうです。もう、主だった外見以外は別物らしいです。 そして『双子の銃』の意味ですけど、あの拳銃はまったく同じデザインの様でも実はそれぞれが役割を持たされているんです。 右手で構えるように作られた物は速射性能が重視されていて、デッドウェイトを限りなくゼロに近づけてあり、 左手で構えるように作られた物は精密射撃用の調整が施されていて、右手用の銃を補佐する役割を持たされているようです。 この銃の調査をした人間が言うには、これを作ったガンスミスは、まさしく『45口径の芸術家』と呼ぶに相応しい人物だ、との事です。」 エイミィのその報告を聞いていたリンディとクロノの顔は驚きの表情を作っていた。 それはそうだ、エイミィの報告を聞く限り男が所持していた拳銃は二挺同時に構えるものだ、と言うのだから。 そしてクロノはその驚きをすぐに口にした。 「ちょっと待て、エイミィ!それじゃ、彼は45口径の大型拳銃を片手で使えるということか?」 「わからない、もしかしたら片方ずつかもしれないけどたぶんクロノ君の予想で当たってると思う。」 エイミィは少し困った表情でそう返した。 「大型拳銃を二挺、両手で扱う…か。だとしたらとんでもないわね。 ところでエイミィ、彼の持ち物はもう一つあったわよね。かなりの魔力を秘めた大剣が…。」 リンディは真剣な表情でエイミィに話しかける。 その言葉を受け、エイミィも真剣な表情になる。 「はい、むしろ銃よりそちらの方が本命なんです。 で、リンディ提督にお聞きしたいんですけど提督は知っていますか?魔剣士スパーダの伝説を…。」 リンディとクロノははその言葉に驚きを隠せなかった。 魔剣士スパーダ…、はるか昔、ミッドチルダを救った英雄として今もごく一部の人間に語られる存在である。 「スパーダ伝説…。時空管理局が出来る大昔のミッドチルダに突如現れ、 その当時、世界を荒らしていた邪悪を滅ぼし去って行った…。大体、そんな内容だったわね。」 リンディは、なぜ伝説でしか出てこない魔剣士スパーダの名前がここで出てくるのか考えながら答える。 「はい、実は彼の持つ大剣がスパーダ伝説に出てくるものと形状がほぼ一致しているんです。」 その言葉にクロノは声を荒げる。 「それじゃあ、彼は伝説に語られる魔剣士スパーダその人だとでも言うのか?」 「クロノ君、落ち着いて。それはまずありえないから。魔剣士スパーダの伝説はいつの時代のものわからないけど いくらなんでも生きてるはず無いと思う。それに彼の名前は、トニー・レッドグレイブよ。」 エイミィはそう言ってクロノをたしなめる。 リンディはその様子を眺めながらしばらく考えた後、デスクから立ち上がりこういった。 「記憶障害の彼に聞いてどこまでわかるかわからないけど、直接聞いてみるしかないみたいね。 名前を教えてあげれば彼も何か思い出すかもしれないし、とにかく彼に会ってみましょう。」 こうしてリンディ達は、男の名が『トニー・レッドグレイブ』だ、と思い込んだまま会う事になる。 確かに『彼』の名前に違い無かった。だがその名は、かつて捨てた名前。 そう、『彼』の少年時代の終わりに…、双子の銃『Ebony Ivory』を手に入れた時に捨てられた名であった。 戻る 目次へ 次へ
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ノイズ交じりの念話からは、もう悲痛な同僚の悲鳴しか返っては来なかった。 出来ることなら、出せる限りの悪態を吐いてしまいたい気分だ。『畜生』『くそったれ』『ファック』……汚らしいスラングは山と湧いてくる。酷い状況の時こそ人間は負の感情を吐き散らしたくなるのだ。 しかし、それさえも過ぎれば―――もうあとは誰も彼もこう言うしかなくなる。 ああ、『神よ』―――と。 「神よ……」 ティーダもまたそうだった。 右手に握る銃型のデバイス。数々の修羅場を共に潜ってきた長年の友を、手のひらから噴き出す汗で取り落としそうになる。 銃身は小刻みに震え、あたかもティーダ自身の今の心境が相棒にまで伝わっているようだった。 今、ティーダが感じているのは、紛れもない『恐怖』だった。 「畜生! 化け物、化け物めっ!!」 「来るなぁ、来るなよぉおおーーー!」 「助けて、たすけ……!」 空戦魔導師の舞台である空は、今や血染めのダンスホールと化していた。 飛行魔法で高速移動するティーダの耳に届く、文字通り四方八方からの悲鳴。 それらが全て同じ部隊の戦友が生きながら喰われる声だと理解して尚正気でいられるのが、彼自身にも不思議でならなかった。 違法魔導師を追跡、捕縛する任務を受けた数時間前に、こんな地獄の光景を部隊の誰一人として予測し得なかっただろう。 出来るはずがない。 こんな光景が、この世に実現するはずがないのだ。 夜空一体を覆うように浮遊する、おびただしいまでの『人間の頭蓋骨』―――それが、自分の武装隊を襲った者の正体だった。 淡く光る亡霊のような虚ろな輪郭と、頭だけの存在でありながら人間を一飲みに出来るサイズが、それを尋常ではない存在であると証明している。 仲間達は、突如出現したこのおぞましい存在達に次々と喰われていった。 「化け物め……!」 恐怖を悪態で噛み殺し、襲い掛かってくる頭蓋骨の眉間に向かって引き金を引く。 この亡霊としか表現出来ない怪物が人間を襲う瞬間だけ実体化するパターンを、魔力の浪費を経てようやく理解できていた。 「この……っ」 人の頭が弾けるようにソイツは消滅する。 しかし、眩暈のするような数の同種の存在が、今やティーダとわずかな生き残りを完全に包囲していた。 「―――<悪魔>めぇぇ!!」 今度は数体、同時の襲撃を決死の射撃で迎え撃つ。魔力弾は悪夢を吹き飛ばし、消える傍から新しい悪夢がティーダに襲い掛かった。 回避というより逃走に等しい動きで飛行し、この悪夢の原因へ視線を走らせる。 誰もが錯乱し、発狂しそうになる中、彼は最も冷静だった。 まだ視認できる距離にいる、逃走中の違法魔導師。 (奴だ! 『あの男』がこの化け物どもを……!) それが分かりながら、決して追跡不可能ではない距離をその間に浮遊する無数の人骨の化け物が絶望的に遠くしている。 しかし、あの魔導師をどうにかしなければ、自分達はこの悪夢に食い尽くされるしかない。 「うぉおおおおおおおーーーっ!!」 ティーダは残された魔力を全て結集し、最大速力で死の道筋に乗り出した。 群がるように動き始める無数の悪夢。 回避などという余分な行動を取る事は出来ない。あまりに絶望的な前進を、彼は選択した。 「ティアナァアアアアアアアアーーーッ!!!」 断末魔の如き叫びが夜空にこだまする。 それがこの世に遺すことになってしまうであろう、愛しい妹の名であることを、彼に襲い掛かる悪魔どもが知る由などもちろんありはしなかった。 ティーダ=ランスター一等空尉―――逃走違法魔導師追跡任務中に殉職。その死因はもちろん他殺だが、原因だけは依然として判明していない。 ティーダの殉職の知らせを聞き、駆けつけた男の名は<トニー>と言った。 同じ空戦部隊に所属していたわけではなく、むしろ魔導師ですらない。お互いにごく私的な付き合いのある友人だった。 当然、親類や部隊の同僚が出席するティーダの葬儀に招待されるワケもなく、トニーがようやく目的地の墓地に辿り着いた時には、すでに棺が地中へ収められた後だった。 最後の死に顔も拝めなかったことを残念に思い、大きくため息を吐くと、乱れたコートの裾を直して静かに参列者の傍へ歩み寄った。 整然と並ぶ喪服や軍服姿の参列者達の中で、黒いコートで申し訳程度に正装した彼は酷く浮いていたが、厳かな空気の中それを指摘する者はいなかった。 長身のトニーは参列者の最後尾から、祈りの言葉を捧げる神父と棺の収まった穴を見下ろす。 そして、一人の少女を見つけた。 最後に死者へ捧げる為の花と、オモチャの銃を胸に抱いた小さな少女。今年で10歳になったはずだ。 ティーダの、この世に遺された唯一の肉親である妹<ティアナ>だった。 天涯孤独となったティアナは、兄の亡骸の納まった棺を前に、泣くこともなく決然とした表情で前を見据えていた。 トニーの瞳が痛ましいものを見るように細まる。 親しい部隊の仲間は共に殉職し、両親もとうの昔に他界して、この葬儀に立ち会っているのはティアナにとって他人のような遠い血縁と、他人同然の軍人や職員だけ―――。 ティーダ=ランスターの死を、本当に悲しんでいるのは彼女しかいないというのに、その少女自身が涙を流さぬ姿が、トニーには酷く悲しいものに映るのだった。 出直すべきか……。 トニーが気まずげに踵を返した、その時。 「―――名誉の殉職には程遠いな」 囁くような声が、トニーの耳に障った。 参列者の内、軍服を着た者達の間から漏れた言葉だった。小声のつもりだろうが、静寂の中でそれは酷く耳障りに響く。 「航空隊の魔導師として、あるまじき失態だ」 「無駄死にだな。最後の通信を聞いたか? 『悪魔に襲われている』だそうだ」 「状況に混乱し、あまつさえ目標すら取り逃がすとは」 「部隊の面汚しめ」 誰がどれを言っているのかは、もはやどうでもよかった。 ただ、彼らの心無い侮蔑の囁きが、死者とその家族を限りなく傷つけていることだけは確かだった。 彼らの言葉に反応するように、小さな肩を震わせるティアナを見つめ、トニーは返した踵を再び反転させた。その歩みに怒りを宿して。 「おい」 「ん? なんだ君は? ここは関係者以外……」 全て言い切る前に、男の顔には鉄拳がめり込んでいた。 男が意識を手放し、鼻血を噴出して昏倒すると同時に、トニーの周囲を敵意が取り囲む。 「な、なんだ貴様!? 我々は時空管理局の―――」 「さっきのふざけた言葉を言ったのが誰か、別に探し出すつもりはないぜ」 怒りで脳の煮え滾ったトニーは全てを無視して、ターゲットを軍服を着たその場の全員に決めた。 「あの毎朝トイレで聞くような腐った言葉を聞き流した、テメエら全員が同罪だ。一人残らず顔面整形して帰んな」 「取り押さえろ!」 周囲が騒然とする中、トニーは厳かに告げる。その場の管理局員全てを敵に回し、彼は拳を振り上げた。 数分をかけて、トニーは自分が言ったとおりの事をやった。 「な、何のつもりですか……! この静粛な場で、アナタはなんという……っ」 死屍累々と横たわる管理局員達。彼らの顔面を一つ残らず陥没せしめた元凶の男を震える指で指し、神父は恐怖と怒りを向けていた。それ以外の参列者はほとんどその場から逃げ出してしまっている。 トニーは神の使いに中指を立てて応えた。 「死者を罵るのが静粛かい? とっとと失せな。ここはティーダが眠る場所だ」 言って、周囲を睨みつけるトニーの凄みに、残った者達も慌ててその場から逃げ出した。 静寂を取り戻した墓地に残されたのは、トニーと、彼の友人の眠りを妨げた愚か者の末路、そしてただ黙って事の成り行きを見守っていたティアナだけだった。 「悪いな、余計に騒いじまって」 「いい……ありがとう」 バツの悪そうなトニーに、再び棺に視線を落としたまま、ティアナは小さく礼を言った。 ティーダの眠る棺の前。トニーとティアナは肩を並べて佇む。 「……あなた、お兄ちゃんの知り合い?」 「個人的な友達さ。趣味が合ってね、コイツには『こっち』に来てから世話にもなった」 答える声に哀愁の色は無かったが、この男が兄の死を悼んでいることが幼いティアナにはなんとなく理解出来た。 トニーが持参した酒瓶を棺の横に添える。それに倣うように、ティアナが花を放る。 そして、沈黙が流れた。 沈痛なそれではなく、ただ穏やかな静けさが。 周囲が兄を『無能』『役立たず』と評する中、ただ静かに悲しんでくれる目の前の男の存在が、初めて救いのように思えた。 「……ねえ、お兄ちゃんは『役立たず』でも『嘘吐き』でもないわ。お兄ちゃんは頑張った。そして、頑張ったお兄ちゃんを殺したのは、<悪魔>なのよ」 「ああ、そうだ」 独白のようなティアナの言葉を、当然のようにトニーは肯定した。 それは、彼女への慰めでも相槌でもなく、歴然とした事実だったからだ。 「<悪魔>は実在する。 そして、ティーダはそいつらを命と引き換えに倒したのさ。さっきのクソどもが呑気にバカを言えるのも、全部そのおかげなんだ」 断言するトニーの決然とした横顔を、ティアナは見上げた。 妄言を吐く狂人を見るような眼ではなく、ただ真摯に見据える少女の瞳がそこにあった。 「―――俺は、ここに誓いに来た。ティーダ、お前を殺った奴は、この俺が必ず切り裂いてやるってな」 「なら、それはあたしに誓わせて」 今度はトニーがティアナを見る番だった。 「ティーダ=ランスターの仇は、妹のティアナ=ランスターが取る。そして、お兄ちゃんの果たせなかった『執務官』の夢を引き継ぐ!」 少女の誓いの叫びが、静寂の中に響き渡った。 激情と共に湧き上がる涙を拭い、しかしもう二度と泣かぬと決める。 その少女の尊く痛ましい姿を、トニーはかつての自分を見るような瞳で捉えていた。 胸中に去来する感情は酷く複雑で、しかし唯一つ言えることは―――自分が亡き友人の為に出来ることは、この少女の行く末を見守り、支えることだけだということだった。 諦めと安堵の中間のような苦笑を漏らし、トニーはそっとティアナの頭に手を添えた。 「OK。聞いたぜ、お前の誓い。それが良い事なのかは分からんがね」 「後悔はしないわ」 涙を止めたティアナは、トニーの手をそっと取り払った。 「……ねえ、ところであなたの名前はなんていうの?」 そして、兄よりも高い位置にある顔を見上げ、改めて尋ねた。 トニーがニヤリと笑う。それは彼の生来持つ、お得意の不敵な笑みだった。 「トニー。トニー=レッドグレイヴだ、お嬢さん(レディ)―――だけど、お前には特別に『本当の名前』を教えておいてやるよ」 不思議そうな顔をするティアナに、彼は悪戯っぽくウィンクしてから答えた。 「俺の名は<ダンテ>だ―――」 魔法少女リリカルなのはStylish 第一話『Devil May Cry』 『<ダンテ>について何か教えろって? あんた、奴の何が知りたいんだ? 生憎、俺はあいつが何を考えてるのかすら分かりゃしねえよ。 この間だってそうさ。 いきなり事務所をおっ建てるとか言い出して、いい物件を探しといてくれ、ときた。 しかもできるだけ物騒な場所にしてくれとかぬかしやがる。商売する気があるんだかないんだか……。 ま、俺も仕事だからちゃんと物件は探してやったがね。 廃棄都市街の一角さ。無断居住者がゴミみてえに集まる無法地帯。ミッドチルダに点在する黒染みみたいな場所だな。まあ、その住人の一人である俺の言えたことじゃねえが。 管理社会のミッドチルダで物騒な場所と言えばこれくらいしかねえ。時空管理局の管理から零れた肥溜めだ。 お気に召したらしく大層喜んでたよ。 ミッドチルダじゃ見たこと無いタイプの人間だ。社会に適応できないはぐれ者の溜まり場の中で、アイツだけがギラギラとやけに光って見える。 笑うとガキみたいな顔をしやがるくせに、仕事となりゃ魔導師でもねえのに魔力弾の雨の中を妙な剣一本で駆け抜けていく―――そういう奴さ、ダンテってのは。 ―――家族? ああ、最近小さなお嬢ちゃんを連れて回るようになったみてえだが。 死んだダチの妹らしいが、しかし引き取ったとは聞いてねェな。さっきも言ったが、奴が何を考えてるかなんて俺には分からねえのさ。 まあ、奴の家族らしいものなんてそれくらいしか思いつかねェ。何も分からねェんだ。 1年前、フラッと現れていつの間にか居座っていた。誰も気付かなかったのに、今は誰もが奴に目を向ける。 付き合いの長い俺から見ても謎の多い奴さ。 そんなに気になるなら、直接会ってみな。とびっきり物騒な場所に、奴の<店>はある。 どんな店かって? そりゃ行ってみれば分かるさ。 暗闇の中でバカみたいに派手なネオンの看板を見つけたら、それがそうだ。 店の名前は奴が考えた。ダンテにピッタリさ、何せ奴が相手ならきっと『悪魔だって泣き出す』だろうからな。 ―――その店の名前は<Devil May Cry> この世からあの世に渡りをつけられる、唯一の場所だ』 とある情報屋の証言より。 シャワーの音に紛れて事務所の方から電話のベルが聞こえた。 念願の仕事の到来に、ダンテは口笛を鳴らす。 ポンコツボイラーの湯の温度は常に熱すぎるか冷たすぎるかで、毎度の事ながらお世辞にも快適なバスタイムとは言い難かったが、自分を呼びつけるベルの音に機嫌はよくなっていた。 未だに事務所の借金を抱える身としては、金になる仕事はありがたい。 何より、怠惰な日常は度を過ぎれば苦痛だ。人生を楽しくするには刺激が必要なのだ。 汚れ物のバスケットの中から最もマシと思えるタオルを選んで体を拭き、半裸の肩から湯気を上げながらダンテは扉一枚隔てた事務所へと顔を出した。 途端、電話のベルが止む。 「デビル・メイ・クライよ」 店主以外の少女が、電話を取っていた。 電話の対応をする不法侵入者に対するリアクションを軽く肩を竦めるだけに留める。店に鍵など掛けた試しはなかったし、シャワーやトイレを貸してやるくらいの度量はある。 何より、その少女はダンテの数少ない知人だった。 「―――いえ、悪いけどウチはもう閉店時間よ」 受話器越しに数言聞いただけで、少女は素っ気無く電話を切ってしまった。 「ヘイヘイ、お嬢さん。店主の俺の意見も聞かずに切るなよ」 「『合言葉』がなかったわ」 「余裕があれば、そういう選り好みもするんだがな。このままじゃ干上がっちまう」 「それで、また前みたいに小銭で女の子の猫探しを引き受けちゃうんでしょ?」 「いい男は女に優しいからな。第一、あれはお前が受けたんだぜ―――ティア」 じゃれ合うような軽口の応酬の後、ダンテと月日を経て13歳になったティアナは笑い合った。 「今日は一体どうしたんだ? しばらく試験とかがあるから、こっちには寄り付かないって言ってなかったか?」 「うん、その事で結果を報告に来たんだけど……」 「おっと、その前にこっちの用事を済ませてくれ。いい知らせは後で聞いた方がいい」 ティアナの顔に浮かぶ喜色の笑みから、それが朗報であることを悟ると、ダンテは苦笑しながら台詞を遮った。 乱雑な調度品の中で唯一事務所らしい備品である机の上に無造作に放られた銃型のデバイスを手に取る。 弾丸こそ入っていないが、頑強なフレームで構成されたそれは武器としての凶悪さを表していた。 「最近コイツの調子が悪いんだ。ちょっと見てくれ」 ダンテは手馴れた仕草でデバイスを振り回すと―――おもむろに銃口をティアナの眉間に突きつけ、ぶっ放した。 炸薬を使用した弾丸とは違う、高密度の魔力弾が空気の炸裂音と共に飛び出す。 それは絶妙のタイミングで首を逸らしたティアナの頬を横切り、いつの間にか背後で大鎌を振り被っていた黒い影に直撃した。 人ならざる影は、見た目どおりの怪物染みた悲鳴を上げて魔力弾に吹き飛ばされる。 「―――本当ね、魔力の集束率が落ちてるみたい」 何の前触れもなく撃たれた事にも得体の知れない敵が出現した事にも関心を示さず、影が再び立ち上がろうとする事だけにティアナは頷いて返した。 ダンテの魔力はカートリッジの使用なしで絶大な威力の攻撃を可能にする。普段なら仕留め損なうなど在り得ないのだ。 「フレームの歪みかしら? 結構気合い入れてチューニングしたのに」 ぼやきながら、ティアナは自分のデバイス<アンカーガン>で立ち上がろうとした影の頭らしき場所を無造作に撃ち抜いた。 致命傷を与えられた影の怪物は、そのまま最初からいなかったかのように消滅していった。 ―――闇が凝固し、人の形を取って人に襲い掛かる。 そのおぞましい光景が現実に起こることを、知る者は少ない。 日常を侵食する異常―――『それら』を知り得るのは、『それら』を駆逐する者達だけである。 ダンテと、この数年間彼の傍にいたティアナの、この二人しか知らない。 それらは<悪魔>と呼ばれることを―――。 「それにしても、相変わらず『こいつら』はダンテに引き寄せられるみたいに現れるわね」 ダンテからデバイスを受け取り、椅子に腰を下ろしながらティアナは先ほどまで影が凝固していた場所を見た。 今はもう跡形も無い。 「熱いアプローチは大歓迎だが、別の場所でお願いしたいね。そうすりゃ仕事になる。ぶっ殺すのには変わりないんだからな」 「でも、出現頻度はなんだか最近上がってるみたい。公にはされてないけど、クラナガンの方でも『出た』らしいわ」 「管理局も忙しくなりそうだ。<悪い魔法使い>の次は、<悪魔>が相手と来た」 「あたしも、もう他人事じゃなくなるけど……」 ダンテのデバイスを弄りながら小さく呟いたのを、相手は聞き逃さなかった。 「へえ。じゃあ、やっぱりいい知らせかい? 陸士訓練校ってヤツの試験に受かったんだろ?」 「うん、まあね」 「ハハッ、やったじゃねえか! 来いよ、キスさせてくれ」 「バカ」 大仰に両手を広げるダンテに対して素っ気無く返しながらも、それが照れ隠しであることはティアナの赤い顔を見ればすぐ分かる。 肉親を失い、兄の夢であった執務官を目標に努力してきた。その孤独な奮迅を、目の前の男だけがずっと見守り続けてきてくれたのだ。 その彼からの祝福の言葉に胸から込み上げるものを、ティアナは何気ない表情の下に押し隠した。 「しかし、そうなると俺の愛銃を整備する人間がしばらくいなくなるな。まいったぜ」 「そう思うなら、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ。アマチュアの自作とはいえ、単純な簡易デバイスだからその分頑丈に作ったのに……」 ティアナのアンカーガンもそうであるが、ダンテの銃型デバイスは、同じ変則ミッド式を扱うよしみとしてティアナが自作したものだった。 ただ魔力弾を放つだけのシンプルな機能しかない分、フレームの強度はアームドデバイス並のはずだが、それすらダンテの酷使に耐え切れずにダメージを負ったのだ。 「せいぜい気をつけるさ」 返答とは裏腹に、ダンテは性に合わないとばかりに肩を竦めた。 「いざとなったら、裏に仕舞ってある『本当の銃』を使うしな。相棒はいつでも準備万端さ」 「質量兵器が違法なのは分かってるわよね?」 「おいおい、別にミサイルや爆弾を使わせてくれって言ってるわけじゃないんだぜ?」 「大小は関係ないのよ。あたしも今年からそれを取り締まる側に回るんだからね」 「大丈夫さ、もし取調室で目が合っても他人のふりをしてやるよ」 「そういう問題じゃないっての……はい、終了」 メンテナンスを終え、ティアナがデバイスを手渡す。 ダンテはここ数年で第二の相棒として大分手に馴染んだそれを軽く玩び、クイックドロウのパフォーマンスを決めた。 ティアナに言わるとこの「頭の悪いカッコよさ」にこだわるのが、彼のスタイルだった。 「―――それじゃあ。報告も済ませたし、もう行くわ。またしばらく顔は出せなくなると思う」 「なんだ、随分と急ぐな? 馴染みの店でパーティーしようぜ」 「訓練校も寮制だから、準備とかもあるし……。訓練が始まったら、休みもなかなか取れないと思うから」 急くように立ち上がり、店を出ようとするティアナだったが、その言葉が全て言い訳に過ぎないと自覚していた。 素直になれない少女を数年間見続けてきたダンテは、心得たものだと苦笑する。 「なるほど、長居すると余計恋しくなるってワケか」 「な……っ! ち、違うわよ、バカ!」 反論の説得力は赤面する顔が全て台無しにしていた。 ニヤニヤと笑うダンテに何か言おうとして、それが無駄だと悟ったのか、あるいは図星を突かれたと認めたのか、ティアナは顔を赤くしたまま背を向けた。 そのまま出て行こうとするティアナに、ダンテは笑いながら声を掛ける。 「―――がんばれよ。お前ならやれるさ」 不意打ちだった。 普段の調子のいい口調ではなく、優しい言葉だった。 「……っ」 熱いものが目元まで沸きあがってくる。 それを堪え、ティアナは精一杯の気持ちで素直じゃない自分の口を開いた。 「……あたしの兄弟は、死んだ兄さん以外いないって……そう思ってる。でも……っ」 同情でも哀れみでもなく―――ただ、いつも傍で見守っていてくれた。 「頑張ってくるわ……兄貴」 その言葉を口にした一瞬だけ、ティアナにとって兄は二人になった。 「<兄貴>ねぇ……」 気に入りの椅子に身を預け、ダンテは楽しそうに呟く。 ティアナの立ち去った後の扉を眺めているだけで、ニヤニヤと思い出し笑いが口の端を持ち上げた。 「呼ばれるのは新鮮だな」 悪くない。悪くない気分だ。 あの少女と共にいた数年間。特別意識したことなどなかったが、あれでなかなか可愛げのある妹分ではないか、と思う。 なんとなく他人のように思えなかったのも事実だ。 あれで器用そうに見えて不器用にしか生きられないところなど、自分とよく似ている。 <この世界>に来てから、以前とはまた違った出会いと別れの連続だ―――。 「悪くないね。刺激があるから人生は楽しい……そうだろ?」 応えるように電話のベルが鳴った。 投げ出した足が机を叩き、反動で受話器が宙を舞う。 それをキャッチすると、ダンテは受話器越しに相手が震え上がるようなクールな声色で囁きかけた。 「デビル・メイ・クライだ―――」 その日、多忙な筈の無限書庫司書長は珍しく優雅な午後の紅茶を楽しめていた。 未開の無限書庫のデータベースに手をつけて以降、圧倒的な仕事量とそれに反比例する人手不足に忙殺され続けているが、ふと嵐が過ぎるように休暇が取れる。 その貴重な時間を彼は食堂の片隅で安息と共に噛み締めていた。 「ユーノ君!」 「なのは! 久しぶり」 そして、そんなささやかな時間に二人が顔を合わせられたのは、ちょっとした幸運ですらあった。 ユーノ=スクライアと高町なのは。 互いに働く部署が分かれて以来、再会が数ヶ月越しになる事すらある、未だ友人以上恋人未満のラインに留まる幼馴染の久方ぶりの対面だった。 珍しく誰も同伴していない二人は、向かい合って再会を喜び合う。 「ユーノ君、休み取れたんだ?」 「休憩ってレベルのものだけどね。相変わらず本を相手に大忙しだよ」 「大変だね。でも、その割りに休憩時間まで本と一緒なの?」 苦笑しながらなのははユーノの手元を指差した。 飲みかけのレモンティーと、古ぼけた本が一冊がページを開いて置いてある。 「うん、ちょっと珍しい本を見つけてね。仕事とは関係ないんだ」 ユーノの指がなぞる先には、とても文字とは思えない難解な模様が何行も描かれている。 専門外のなのはにはワケが分からない代物だったが、しかしそれはユーノにも言えることだった。 「見つけたのは偶然だったけどね、これは僕にも読めないよ。読書魔法の解読も効かない。どうやら文字ですらないみたいなんだ」 「ふーん。でも、何の魔力も感じないみたいだけど」 「うん、この本自体はただの記録媒体に過ぎない。魔道書の多い無限書庫では珍しい本なんだ。 だけど、内容は見たことも無いほど複雑に出来てる。文字に見えるのは、実は伝説を主張するレリーフの集まりみたい。だけど比喩が深い。これを読み解くには、純粋に膨大な知識が必要になるだろね」 「へぇ……」 そんな物を休みの時間まで使って解読しようとするあたり、根っからの学者肌であるユーノらしかった。 だが、なのはにも何となくその気持ちが分かった。 ページの破れや染みに長い歴史を刻んだ、いかにも伝説の書物と言った風情のそれが纏う雰囲気は、人を惹きつける魔性のようなものを感じる。 「『されど魔に魅入られし人は絶えず』―――」 「え?」 不意に呟かれた言葉に、なのははドキリとした。 「本にあった一説だよ。この一行を解読するだけでも、すごく時間がかかったけど……どうやらこれは<悪魔>について記した本らしい。よくある神話の本さ」 「<悪魔>……」 <悪魔>という言葉を完全にゴシップとして捉えたユーノとは反対に、なのははその単語が酷く心に残っていた。 管理局内で囁かれる噂を思い出したのだ。 実際に被害が出ているのに、それ自体はまるで与太話のように信憑性を失っている、奇妙な噂。 ―――魔導師たちの中に<悪魔>に襲われた者たちがいる。 被害記録は確固として残りながら、誰もが被害者の報告を信じない。まるで人の無意識が、それから目を逸らそうとしているかのように。 「……続き」 「うん?」 「他に、読める所はないの?」 なのはの中で、その本への興味が大きくなりつつあった。 「そうだな、まだ手をつけたばかりだから……そう言えば、少ないけど共通して使われてるフレーズがあるね」 「それって?」 「<スパーダ>っていう単語だよ」 スパーダ―――。 なのはは自分でも知らぬ内に、その言葉を深く心に刻んでいた。 不意に時計が時刻を告げるアラームを鳴らす。昼の休憩時間が終了したのだ。 なのはは思考を切り替え、ユーノとの別れを惜しみながら立ち上がった。 「―――そう言えば、なのは。この本のタイトルなんだけど……」 立ち去るなのはの背に声を掛け、ユーノはその名を告げた。 その名を<魔剣文書>という―――。 後に、高町なのはにとって重大な事件に発展する、これがその最初の一端に触れた瞬間であった―――。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> サルガッソー(DMC1に登場) アフリカ大陸の西に広がる広大な海域は、計器や通信技術の発達していない昔に航海の難所として有名だったらしい。 いわゆる船の墓場。その海域の名こそが<サルガッソー>ってワケだ。 それと同じ名を持つこの悪魔は、海と魔界の狭間を行き来する低級な連中で、近くに生命を感じると反射的に実体化して喰らいついてくる。 見た目は捻りの無い『しゃれこうべ』の亡霊だが、必ず集団で現れる脅威と不気味さだけは十分な恐怖だな。 前記した特性の通り、距離を取った状態での攻撃は効果が無い。 だが、その特性を知ってるだけで敵の怖さは大分違ってくる。近づいて、実体化したところを好きに料理してやるといい。 知能も耐久力も並以下だが、唯一数だけが脅威だ。サルガッソーの遭難で帰れなくなった船みたいにならないよう、せいぜい油断はしないことだぜ。 目次へ 次へ
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「なのはさんとフェイトさんの最大攻撃魔法による奇襲、狙撃、ですか?」 リンディはカレンの提案を繰り返し尋ねた 「はい。なのはさん、フェイトさん、アルフさんをアヴァロンの ”緊急転移射出発進用ランチャー”に移送し、ランチャー内部で攻撃魔法を詠唱、 発動可能状態になり次第、対象の両端になのはさん、フェイトさんを 時間差で転移させ、その後片一方に魔法を発動させ対象を足止めし、 もう片方の攻撃で対象を殲滅します。」 「ですが、それは・・・」 カレンの提案をリンディは承認出来ずにいたが、カレンは説得を続ける 「・・・分かっています。正直言ってかなり汚い作戦ではありますし、 それに必ず成功するという保証も有りません・・・ですが、このまま奴等を見逃し あの悲劇を再び起こさせるわけにはいかないんです・・・ この作戦の成否如何に関わらず三人には狙撃終了後離脱を優先させますし、 それに”緊急転移射出発進用ランチャー”は通常の転移とは違い 空間歪曲による転移先との直接的な接続方式を採用していて 転移による魔力反応は事実上存在しません。実際先程の戦闘でも私達は 対象に気付かれずに転移、そして包囲に成功しています・・・ 御願いします。一度試してみてもらえないでしょうか・・・」 リンディは沈黙し、考え込む・・・ そして意を決しなのは達の前に屈みこみ尋ねる 「・・・こんな事を頼むのは本当に心苦しいのだけれど・・・御願い、出来るかしら・・・?」 リンディの謝罪の様な問いにフェイトが答える 「・・・私は構わないのですが、なのはは・・・」 そう言ってフェイトは不安そうになのはを見つめる。 「・・・大丈夫だよ。フェイトちゃん」 フェイトの心中を察したなのはが意外な程冷静に彼女を嗜める 「でも・・・」 「大丈夫。あの人は朱雀さんじゃ無いって、それは分かってるから・・・ 信じて、フェイトちゃん・・・」 「うん・・・」 二人の意味不明な会話が少し気掛かりではあったが、 リンディはそれを振り払い先程の問いの返答を促す 「本当に、いいの?もし嫌なら無理にとは・・・」 「いえ、大丈夫です。やらせてください。リンディさん」 なのははリンディの言葉を振り切り作戦参加の意思を示した それと共にフェイト、アルフも作戦参加を了承し、遂に・・・ 「・・・分かりました。カレンさん、貴方の提案を了承します。 なのはさん、フェイトさん、アルフさん。貴方たちはここの転移ゲートから アヴァロンの緊急転移射出発進用ランチャーに移乗してください。 以後の指示はそちらで出します。いいですね?」 『はい!!』 三人がリンディの言葉を承服し、応答する 「本当にごめんなさい・・・こんな役目を押し付けてしまって・・・どうか気をつけて・・・」 カレンがモニター越しに三人に謝罪する・・・ それを見た三人は微笑みながら頷き、ブリッジを後にした そして一方・・・ 朱雀達は前もって作成しておいた帰還用の転移ゲートに向かっていた そして転移ゲートにあと約3km程まで近づいたその時 突然自身の名を呼ぶ声に気付き、立ち止まる 「お~い!朱雀~!!シグナム~!!」 掛け声と共にヴィータが朱雀達の目の前に現れたのである だが、そのヴィータをシグナムが出逢うなり怒鳴りつけた 「ヴィータ!!何故来た!?お前ははやて様をお守りするという使命が・・・」 「違うんだ!!はやてが、はやてがぁっ・・・!!」 今にも泣きそうな表情でシグナムの叱咤を遮るヴィータ それを聞いた二人ははやての容態の異常に気付き、青ざめるのだった・・・ 同じ頃、アヴァロンの緊急転移射出発進用ランチャー内部にて なのはとフェイトが広域攻撃魔法の発動準備に入っていた 「私達が目標地点まで皆さんを送り出します。なのはさん、フェイトさんは対象の捕捉と狙撃、 只それ一点のみに集中してください」 シャーリーがなのは達に作戦内容を説明する 「はい!いくよ。レイジングハート」 (All right.Starlight Breaker.) 「御願い、バルディッシュ」 (Yes sir.Thunder Rage,get set) 二人の魔法詠唱と共に膨大な魔力が彼女達の許に集束し ランチャー内部が激しく振動する 「おっ、おい!保つのか!?」 アヴァロンの管制員が叫び、狼狽する 「うわっ、これは不味いねぇー。仕様が無い。はいっと!」 なのはとフェイトの傍で発進を待っていたアルフが状況を見兼ねて 二人の周囲に障壁を張りランチャー内部の振動を弱めた 「これで大丈夫なはずだよ。アンタ達はアタシ等を送り出す事に専念して。」 「済みません、助かります」 シャーリーがアルフに礼を言う 「いいってことさ。それよりも、しっかり頼むよ!」 アルフがシャーリーを激励し、彼女はそれに笑顔で答え、気持ちを切り替える 「発進シークエンスを開始します。ハッチ開放」 なのは達の前方に有る壁が下り、プリズムの空間の歪みが現れる 「転移先の空間座標軸測定、並びに環境監査を開始します・・・ ドルイド・システム起動。監査開始」 ドルイド・システムによって転移先の環境が測定され、転移に問題無しと判断される 「ランチャー内部、及び転移先との空間を接続、固定。続いて射出発進用魔力奔流噴出」 前方の空間の歪みが青空・・・つまり転移先の情景に変化し、 更にランチャー内部に金色の魔力の奔流が噴出され、ランチャー内部がそれに満たされていく 「転移先の情報を転移者のデバイスに伝達、並びに射出用の防護膜を形成」 なのは達の後ろに射出用の防護膜が形成され、更に転移先の情報がデバイスを通じ 彼女達の頭に叩き込まれる 「朱雀さん・・・」 なのは達の頭の中に転移先の情景が浮かび上がる・・・ 青空の中で朱雀・・・に良く似た人物が闇の書の守護騎士達と何か話をしている・・・そんな情景だった 「なのは・・・あれは・・・」 「・・・ごめん、フェイトちゃん。あれは”違う”って、分かってるから。信じて・・・」 「・・・うん・・・」 フェイトがなのはに忠告し、なのはもまたそれに応えた 「発進シークエンスの全プロセス終了を確認。進路クリア。 フェイトさん、アルフさん。発進、どうぞ!」 発進準備が完了しシャーリーが二人に発進の合図を促す 「・・・先に行くね、なのは。フェイト・テスサロッサ、行きます!!」 「同じくアルフ、出るよ!!」 金色の魔力奔流が二人を包み込み宙に浮かせ、直後に後方の防護膜ごと 二人を前方に一気に押し出し転移先に送り出す 「両名の転移射出発進を確認。続いて転移座標の再設定を開始・・・設定完了。 転移先の空間接続。魔力奔流再充填。防護膜形成。プロセス終了。なのはさん!発進、どうぞ!!」 「はい!!高町なのは、行きます!!」 先程の二人と同じくなのはも金色の魔力奔流によって前方に押し出され、転移する 「・・・転移射出発進完了。みんな、気をつけて・・・」 三人を送り出しながら、シャーリーは皆の無事の帰還を祈っていた・・・ その頃朱雀はヴィータからはやての窮状を聞き出していた 「・・・一時間位前にはやてが急に苦しみだして・・・今シャマルがはやてを看てるんだけど シャマルもどうしたら良いか分かんないって・・・ はやてが呼んでるんだ・・・朱雀の事・・・だから・・・だから・・・!」 ヴィータは朱雀の胸の中で泣きじゃくっていた。朱雀はそんな彼女を抱きとめ、宥めていたが、 彼の心の中は不安と焦燥が渦巻いていた・・・ 「戻りましょう、シグナムさん。今、直ぐに」 「分かっています。急ぎましょう」 二人がヴィータを抱きかかえながら転移ゲートに向かおうと飛び立とうとする・・・ 正にその時だった・・・ 「・・・ダー・レイジッ!!」 突如現れたフェイトが広範囲雷撃魔法を朱雀達に向けて放つ! 「なっ・・・!?ランスロットぉっ・・・!!」 (Yes,My lord. MG shell,set up) 突然の攻撃に朱雀は咄嗟にシールドを展開し、シグナム達を庇う 「くっ、そおっ・・・!!さっきの攻撃程じゃないけど、これも・・・!!」 朱雀はシールドに魔力を集中させ、雷撃を受け切っていた 「朱雀様っ!!」 「朱雀っ!!」 シグナム、ヴィータも朱雀を助けようとシールドを展開しようとした、その時・・・ 「・・・ライト・ブレイカー!!」 フェイトの放った雷撃の進行方向の反対側・・・ つまり朱雀達の真後ろから突如桜色の巨大な閃光が降りかかる!! (・・・まずいっ!!) 朱雀がそう考える間もなく、桜色の閃光が彼等を捉え、呑み込んでいく・・・ 星と雷・・・ その二つの魔力波動がぶつかり合い互いに干渉し、やがてその衝突地点から 眩いばかりの閃光と、全てを薙ぎ払う程の強烈な魔力波動と爆風を周囲に撒き散らす 朱雀達はその強大な魔力干渉に巻き込まれ、押しつぶされた・・・ そう、思われたが・・・ 「うっ、くっ・・・」 シグナムが目を覚ますと、彼女の直ぐ傍にヴィータが横たわっていて 更にそのすぐ後ろに闇の書と帰還用の転移ゲートがあった 「ヴィータ!おい、起きろ!」 シグナムがヴィータの身体を揺さぶり彼女を強引に起こす 「う~ん、何だシグナム・・・?」 記憶が混乱し、状況が上手く呑み込めないヴィータだったが、 やがて先程の攻撃の事を思い出し、動揺する 「そうだ、俺らさっきの攻撃で・・・!?朱雀は!?どこだ!?」 ヴィータの言葉にシグナムもハッと気付き、二人は慌てて周囲を見回す だが・・・周囲に朱雀の姿は無く、彼女達の遥か後方に巨大な噴煙が 上がっているのが見えるのみだった 「まさか・・・朱雀様・・・?」 「そんな・・・冗談だろ・・・?」 二人の後方にある巨大な噴煙・・・ 二人は最悪の事態を想定し、戦慄する・・・ 「・・・行くぞヴィータ!!まだそうだと決まった訳ではない!!」 「・・・ああ、わかってる!!」 矢も立ても溜まらず、二人はその噴煙の許に全速で飛び立つ 「・・・でも何で俺らだけ無傷なんだ・・・!!何で朱雀だけ・・・!!」 飛行している最中にヴィータがそう吐き捨てる。 「・・・恐らくは朱雀様があの砲撃が命中する直前に我等をヴァリスで吹き飛ばし 逃がしてくださったのだ・・・。そして・・・」 「馬鹿野郎・・・!!何であいつはいつも他人の事ばっかり・・・!!」 二人は己の無力さを痛感し、自責の念に苛まれていた・・・ 二人が先程の攻撃を受けた地点まで辿りつくと その余りの光景に二人は絶句した・・・ 攻撃地点の周囲に100m以上はあろうかという巨大なクレーターが存在し、 その付近で、カレン、クロノ、なのは、フェイト、アルフ他計30人以上の魔導師達が 一人の人物を包囲、拘束していた・・・ 「朱雀様・・・」 二人は直ぐに悟った。その人物こそ朱雀であると・・・ 「・・・行くぞヴィータ!!朱雀様をっ・・・!!」 「・・・ああ、待ってろ朱雀っ!!今助けに・・・!!」 二人がレヴァンティンとグラーフアイゼンを展開し、朱雀の許に向かい突撃していく、 その時だった・・・ 『来るなぁっ・・・!!』 突然の咆哮に思わず立ち止まる二人。 シグナムが何事かと前方を見据えると、そこには全身のダメージで憔悴していた朱雀が 鬼の様な形相で彼女を睨みつけている姿があった・・・ それを見たシグナムの脳裏に、かつて朱雀に言われたある言葉が過ぎった (僕と妹、どちらかを護らなければならないとしたら、先ずは妹の方を・・・) 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」 シグナムの心の中に葛藤が生まれる 唇に血を流す程の痛みを自ら生み出しながらもそれに気付かぬ程に悩み、苦しむ。 散々迷い考えた挙句、遂に彼女は意を決し・・・! 「行くぞシグナム・・・っておい!何すんだよ離せっ!!」 何とシグナムはヴィータを抱え朱雀の居る場所とは逆の方向へと飛び去ったのだ! 「離せ馬鹿野郎!朱雀がっ!朱雀がぁっ!!」 ヴィータがシグナムの腕の中で暴れまわると逆にシグナムがヴィータを叱咤する 「黙れヴィータ!主の・・・”朱雀様の命”だ!!黙って従えっ!!」 「ふざけんなっ!!何が朱雀の命だっ!?はな・・・!?シグ・・・な・・・」 尚も暴れ回るヴィータにシグナムが彼女の腹部に当身を食らわせ気絶させる (お許しください・・・朱雀様・・・) 心の中で朱雀に幾度も詫びながら、シグナムはヴィータを抱え転移ゲートの方に 引き返していくのだった・・・ 「ありがとう、シグナムさん・・・どうか・・・はや・て・を・・・」 朱雀はそう言って気を失ってしまった・・・ 「・・・闇の書が見つからないからもしやと思っていたけれど・・・ まさか無傷だなんて・・・ちっ、厄介な・・・!」 カレンはそう言って舌打ちする 「カレン!奴等は俺達が追う!お前はこの男の護送を!」 わかったわ!気を付けて!」 第三部隊の隊長がカレンに提案し、カレンもまたこれを了承する 「・・・カレンさん、僕達も行きます。なのは、フェイト、アルフさん、行きましょう」 「分かりました」 「あいよ」 クロノの提案にフェイト、アルフが応答するが・・・ 「・・・」 只一人、なのはだけが朱雀を見詰めながら震えていた・・・ 「・・・クロノ、きっとなのはは疲れているのよ・・・私達だけで行きましょう。 カレンさん、なのはの事を頼みます・・・」 そんななのはの心情を察したフェイトがクロノとカレンにそう進言する 「・・・分かった。行こう。カレンさん、なのはを・・・」 「ええ、任せて。みんな、気を付けて・・・」 こうしてクロノ達と第三部隊が逃亡したシグナム達を追撃し、 カレンと第二部隊が朱雀をアースラへと護送する事となった そして一方・・・ なのはは自分の目の前にいる人物・・・朱雀が放った”はやて”という言葉に動揺していた・・・ (そんな・・・じゃあやっぱりこの人は・・・朱雀さん・・・なの・・・) 彼女の心の中に生まれる強い恐怖と罪悪感・・・ それに堪えきれず彼女はレイジングハートを地面に落としその場にへたり込んでしまう・・・ 「わ・・・私が・・・朱雀さんを・・・撃っ、た・・・? 嫌・・・そんなの・・・嫌ァっ・・・!!」 なのはがそう叫び、カレンが彼女の許に駆け寄ると、彼女は既に意識を失っていたのだった・・・ 戻る 目次へ 次へ
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業火と煙にまみれるアースラのとある一角・・・ そこに一人の男が佇んでいた・・・ 「さて、”野暮用”も片付いたし、目くらましもこの位で十分だろう。 では、本命を果たしに行くか・・・」 その男の右手には、朱雀のデバイス、ランスロットが握られていた・・・ 同じ頃、カレンやクロノ、エイミィはなのはの証言を元に八神朱雀のデータの 再検証を行っていたのだが、やはり彼のデータが見当たらず、困惑していた 「ダメ。やっぱり該当データが無い・・・どうして?地球の人達の全て個人情報は 国連のデータベースから逐一更新しているのに・・・」 「アヴァロンのデータはミッドチルダの本局から受け取った古いデータなんだけど このデータにすら彼の情報が無いなんて・・・」 「フェイト、君は以前から彼の事を知っていたんだろう?何故僕達にそれを 報告しなかったんだ?」 「そっ、それは・・・」 朱雀の素性についてクロノがフェイトを糾弾しようとした、その時・・・ 突如として発生した轟音と振動でその場に居た者達全てが床に倒れこむ 「何だ!?今のは!?ブリッジ、応答しろ!!」 リンディ同様、クロノ達もブリッジと連絡を取ろうとするがやはり一切の応答が無かった・・・ 「・・・何かトラブルでもあったのか・・・?僕はブリッジに行きます! 皆はここで待機していてください!」 「待ってクロノ君!私も行くわ!」 「私も!!」 「アタイも行くよ!」 カレンとエイミィ、そしてアルフがクロノとの同行の意を示し、彼もこれを承諾する 「・・・分かりました。フェイト、君はなのはの傍にいてくれ。状況を確認したら 僕達も直ぐに戻る。いいね?」 「・・・はい・・・」 こうしてクロノ達はなのはとフェイトを救護室に残し、ブリッジへと向かう。 だが、その途中で彼等が見たアースラの惨状に一同は呆然とする・・・ 「・・・こっ、こんな事って・・・」 アースラの廊下に充満する爆炎と噴煙・・・それらが彼等の行く手を遮り、廊下の端々では 多くの局員達が彼等に助けを求めていた 「・・・ともかく今はこの火災を何とかしなくては・・・いくわよ、クロノ君、アルフさん!!」 「ええ、分かってます!!」 「あいよっ!!」 カレンとクロノはそれぞれのデバイスを展開し、絶妙な連携で火災を鎮火させていった カレンの発生させる風の魔法で火の勢いを弱め、クロノの氷魔法で火元を一気に断つ・・・ アルフは結界魔法を張り、負傷した局員達を身を挺して護り、 エイミィもまた、局員達を安全な場所まで誘導し、クロノ達の消火作業に一役買っていた 「クロノ君!!皆を救護室に!!」 「・・・駄目だっ!!せめて付近の鎮火が済むまで待ってくれ!!」 エイミィの提案をクロノが一蹴する 「なんでさっ!?」 「この火の回り様・・・、明らかに人為的な物だ。もしかすると奴の、八神朱雀の仲間が アースラ内部で破壊活動を行っているのかも知れない・・・」 そして一方・・・ 八神朱雀の捕らえられている第二留置室・・・ そこに一人の男が突如ドアを突き破り中に入り込んでいた・・・ 「・・・無様だな、八神朱雀・・・」 男はそう言いながら右の手の平に魔法陣を発生させ、朱雀のバインドを全て解除した 「・・・貴方は、確か・・・ジェレミア・・・さん・・・?」 長時間バインドで繋がれていたので手足の感覚が戻らず、おぼつかない足取りで 起き上がりながらも朱雀は自分の目の前にいる人物にそう尋ねた 「・・・ほう、覚えていたとはな・・・まぁいい、話は後だ。行くぞ」 「・・・どこへ、ですか・・・?」 「決まっているだろう。貴様の妹や供の者の所にだ。このままここに留まっていても・・・」 「・・・妹や皆の所の戻って、今更僕に何をしろと・・・?」 朱雀は死んだ魚の様な目つきでジェレミアを見つめ、そう尋ねた そんな彼の表情を見たジェレミアは溜息をつきながら彼に悪態をつく・・・ 「ほう、そうか。ならば貴様は自身の妹の死に目にも立ち会わず、管理局の奴等の言いなりに なって只その日を生きるだけの屍の様な人生を送ると、そういう事か」 朱雀はハッとし、目を大きく見開いた 「貴様は妹や供の者が誰かに殺されてもそれを観て見ぬ振りをすると・・・? 大した物だな・・・その様な人でなしだったとはな・・・それでは貴様の妹は・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!」 朱雀は怒りを露わにし、ジェレミアの胸座を掴みあげた 「・・・貴方は知っていたんでしょう!?闇の書の本性をっ!!なら今更僕達がどう足掻いたって 妹が助かる手立ては・・・!!」 「・・・それで、そう言って貴様は諦めるのか・・・?」 「えっ・・・?」 ジェレミアの意外な発言に朱雀は驚き、思わず手を離してしまう 「・・・私は以前言った筈だぞ。”運命を覆す”、と・・・。貴様の妹に降りかかっている厄災も もしかすると、振り払う事が出来るやも知れない・・・。その可能性を信じ、挑もうと・・・ 貴様はそう考えようとはしないのか・・・?」 「・・・出来るんですか・・・そんな事が・・・?」 「・・・貴様の持つ”力”を上手く使えば、道は拓けると、私はそう考えている・・・ だからこそ私は貴様を助けに来たのだ・・・」 朱雀は沈黙し、考え込んでしまう・・・ そんな彼にジェレミアはランスロットを手渡す 「・・・留まるも進むも貴様の自由だ。だが、一度失った”モノ”は二度と戻らぬ・・・ それをよく考えた上で行動するのだな・・・で、どうする?私と共に行くか、それとも・・・?」 朱雀は自身の心の中で理想と”現実”の狭間で揺れ動いていたが、彼の心の中に 優しく他人想いなはやての表情が浮かび上がり、やがて只はやてに遭いたい、 遭って話がしたい、と、その想いが彼の心を占めていった 「・・・解りました・・・。それで、先ず僕は何をすればいいんですか?」 朱雀は覚悟を決め、ジェレミアに問いかける 「・・・ようやくその気になったか・・・先ずはこの艦の非常用転移ゲートに向かうぞ。 生憎私は個人単位での転移魔法しか使えんのでな・・・ デバイスを展開しろ。ゲートに向かう途中で戦闘になるかも知れん。」 「解りました。ランスロット、頼む。」 (Yes,My lord.Bariiier Jacket,set up) ランスロットが騎士服型のバリアジャケットを展開し、朱雀の身体に纏わせた 「・・・よし、では行くぞ。私について来い。」 「・・・はい」 ジェレミアに促され、朱雀は留置室から脱出する。その直後、彼はバインドで繋がれた 武装局員達を目の当りにするのだった 「彼等は、僕が戦った特務師団の・・・」 「ああ、そうだ。目障りだったので今は大人しくしてもらっているがな・・・ 行くぞ。そんな奴等に構っている暇は無い。」 二人がその場を離れようとした時、武装局員の一人が朱雀に警告する 「貴様等・・・!こんな事をして只で済むと思っているとでも・・・!!」 朱雀はその男に申し訳なさそうに深く一礼し、その場を立ち去るのだった・・・ その頃、ルルーシュとリンディはブリッジに到達していたが、未だ通信機能が戻らず それの復旧作業に奮闘していた 「・・・つまり情報、通信系の全機能がやられているだけで、艦の管制機能は生きているのだな?」 アースラの管制員にルルーシュが問いただす 「・・・はい。他にも幾つか破壊された箇所はありますが、現在の艦の管制能力に 支障をきたす程ではありません。ただ、アースラ内部の全てのデータベースにウィルスが 仕掛けられた様で、それにより内部の状況を正確には把握出来ていません。」 「・・・そうか。ではアヴァロンと回線を繋いでくれ。私に考えがある。」 「了解!」 アースラの残存回線をアヴァロンに?げ、メインモニターにシャーリーの顔が映し出される 「ルル!どうしたの!?急にアースラの通信が途絶えちゃって・・・」 「・・・現在アースラ内部が何者かによる破壊工作を受けている・・・」 「ええっ!?それって・・・」 「話は後だっ!!アヴァロンのドルイド・システムをアースラの管制システムに繋げ 通信システムの補佐に回させろ!!最優先だ!!それと第一、第二部隊を転移ランチャーに待機、 アースラのブリッジに転移先を繋ぎ、準備が出来次第緊急発進させろ!!いいな!?」 「はっ、はいっ!!」 困惑するシャーリーに対しルルーシュは半ば強引に命令を下した (・・・敵の目的が八神朱雀の奪還だというのは容易に想像出来るが、俺が今ここを離れれば ブリッジを護る者が居なくなってしまう・・・!ちっ、手詰まりか・・・! せめてカレンやクロノ、もしくは留置室に居る第三部隊と連絡が取れれば・・・) ルルーシュの心の中に焦りの色が見え始めていた・・・ アースラ内部が大混乱に陥っている最中、救護室でクロノ達の帰りを待っていたなのはと フェイトであったが、通信機能が未だ回復しない事に焦りを感じたフェイトが 自分もブリッジに行くと言い出すのだった 「・・・おかしい。未だに通信途絶だなんて・・・ごめん、なのは。皆が気になるから 私もブリッジに行ってみる。なのはは此処で待ってて。直ぐに戻るから」 「・・・うん、気を付けて・・・」 力無く返事をするなのはが少し気掛かりではあったが、フェイトは彼女を残し 救護室を飛び出そうとした、その時だった・・・ 「・・・キャァッ!!」 「・・・えっ!?フェイトちゃん!?」 フェイトの突然の悲鳴に驚き、慌てて救護室を飛び出すなのは。 そこで見た光景に彼女は呆然とした・・・ 「すっ・・・朱雀・・・さん・・・」 「・・・なのはちゃん・・・」 ジェレミアとぶつかり、尻餅をつくフェイトであったが、事態を察知し、なのはの前に 立ち塞がり彼女の盾になる 「なのは、下がって。彼等は私が相手をするから」 「でっ、でも・・・」 フェイトの発言に対しなのははただ狼狽するばかりだった。そして一方・・・ 「チッ!ガキ共が・・・!ここは私がやる。貴様は先に・・・」 「・・・いえ、ここは自分がやります」 朱雀の甘さを知っていたジェレミアがなのは達を自ら始末しようと考えて朱雀に そう言いかけようとしたが、逆に朱雀にそれを阻まれてしまった 「・・・討てるのか?貴様に・・・。下手な甘さは自らの首を絞めると・・・」 「・・・大丈夫です。任せて、下さい・・・」 朱雀はジェレミアに背を向けたまま彼の右腕をギュッと掴みそう嘆願した 「・・・よかろう、ただし手短に済ませろ。ここで時間を食う訳にはいかぬ、分かっているな?」 「・・・ええ・・・」 朱雀はジェレミアの右腕を離し、ゆっくりとなのは達の許へと歩み寄っていくのだった・・・ 戻る 目次へ 次へ
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番外編「ロストロギアなんてレベルじゃねーぞ!!」 ある日の昼、なのはは何気ない質問をミライにした。 「そういえば、ミライさんの左腕にあるデバイスって、なんて名前なんですか?」 「ああ、メビウスブレスの事だね。 デバイスとはちょっと違うけど……僕にとってはとても大切なものなんだ。」 「確かに、攻撃や防御に普通に使えてるし……」 「何より、メビウスに変身するのに使うからね。」 ミライは左腕のメビウスブレスを、皆に見せた。 ロストロギアと認定されてもおかしくない、超高性能な道具。 ウルトラの父がくれた力。 「最初に調べた時は、驚いちゃったよ。 物凄いエネルギーの塊だったしね。」 「でも、メビウスブレスよりも更に凄い道具って、いっぱいありますよ」 「え、そうなんですか?」 「うん、例えばナイトブレス。 僕も一時期使ってたんだけど、使える技とかはメビウスブレスとあまり変わらないんだ。 でも、単純なパワーならナイトブレスの方が上だったね。 それにナイトブレスの最大の特徴は、メビウスブレスと合体させられる所かな。 二つを合わせてナイトメビウスブレスにすれば、強力なメビュームナイトブレードが使える様になるんだ。 これの御蔭で、色んな強敵を相手に勝つことが出来たし……」 「へぇ~……」 「剣で言うなら、セブン兄さんのアイスラッガーも凄かったなぁ…… 物凄く斬れるんだけど、手に持って短剣のように使ったり、ブーメランのようにしたり……本当、便利な武器だよ。」 「結構、色んな種類の道具があるんですね」 「うん……でも、まだこの程度は序の口だよ。 タロウ教官やジャック兄さんのブレスレットに、レオ兄さんのウルトラマントなんか、とんでもない能力があるし……」 「とんでもない能力……?」 「早い話が、兎に角万能武器なんだ。 まずタロウ教官なんだけど、教官は二つのブレスレットを持ってるんだ。 自前のタロウブレスレットと、ウルトラの母から授けられたキングブレスレットと。 タロウブレスレットの方は、あまり使う機会がなかったらしくて、槍に変化するぐらいしか僕は知らないけど……」 「ブレスレットが槍に……?」 ブレスレットとは、つまり腕輪の事。 自分達のデバイスのように、起動させると大幅に姿を変形させるという事だろうか。 そう考えれば、簡単に納得できる。 「キングブレスレットは、まあ本当に凄い道具だね。 火炎放射とか、高圧電流とか。 そうそう、バリアを発生させたりもしたなぁ……」 多様な攻撃手段に、そしてバリア。 これは、殆どのデバイスの標準装備といえる。 それにメビウスブレスでも、この程度の事は出来ていた。 「大きさを変化させて、相手の嘴を封じたり……」 「大きさが変わる……?」 「嘴を封じる……」 サイズの変化が可能。 この程度なら、十分OKである。 事実、自分達のデバイスだって今は小さい状態だ。 流石に、敵の嘴を封じるという発想はなかったが…… 「解毒や治癒にも使えて……」 ダメージを回復させる。 これも、勿論ありの能力だ。 攻撃機能も併せ持ったデバイスというのは流石に珍しいが、無いわけではない。 「相手から奪った鞭を光の槍に変えたり、ロープを鎖に変えたり……」 「……え?」 ちょっとずつ、話が妙な方向に向かってきた。 鞭を槍に、ロープを鎖に変化させる。 自分達のデバイスが変化するのではなく、他者の所有物を変化させるときた。 幻術でそう見せかけたりするのじゃなくて、本当に物質を全く別のものに変える。 こんなのは、流石に見たことが無い。 しかし……これはまだ序の口。 「東京タワーに飾りをつけて、クリスマスツリーにしたり……」 「えぇっ!?」 明らかに何かがおかしい。 戦闘用だった筈の道具なのに、ここで急に用途が変化した。 東京タワーに飾りつけなんて、そんな魔法もデバイスも、当然あるわけがない。 そもそも、何でそんな使い方をしたのかが物凄い気になる。 「後はそうだなぁ……あ、あれがあった。 バケツに変化させて、酔っ払ってる怪獣に水をぶっ掛けて酔いを醒ませたやつ。」 「ば、バケツ!?」 ブレスレットからバケツに変化する。 勿論、自分達が見てきたデバイスにそんな類のものは無かった。 というか、そんなのあって欲しくない。 例えば、起動させたレイジングハートやバルディッシュの形態がバケツだったら…… はっきり言って、ビジュアル的には最悪である。 バケツで戦う魔法少女なんて、見たくない。 それ以前に、戦ってる姿を想像できないが。 「……か、変わってる道具だね……」 「僕もそう思います。 でも、レオ兄さんやジャック兄さんのも同じぐらいかなぁ……?」 「えっと、どんな道具なんですか?」 「レオ兄さんは、タロウ兄さんと同じように二つ持ってるんだ。 レオブレスレットと、ウルトラマント。 ブレスレットの方はまあ、タロウ兄さんのタロウブレスレットと似てるかな……?」 どんな風に似ているのか、物凄い気になる一同。 「ブレスレットから、レオスパークっていう光線を発射できるんだ。 これの御蔭で勝てた戦いも何度かあったし……」 まずは光線ときた。 これはあってもおかしくない機能だから、十分分かる。 しかし……他に何か、とんでもない機能があるんじゃないだろうか。 そう、誰もが考えていたが……それは見事に的中した。 「注射器に変えて使ったこともあるって言ってたっけ?」 「注射ァッ!?」 たまらず、皆が声を上げてしまった。 ある意味では、ここまでで最強の危険物が来てしまった。 戦闘で注射器を使うというと、真っ先に思い浮かぶのは一つ。 (毒物注入……!?) 注入する毒物次第じゃ、かなりの成果を上げられるのは間違いないだろう。 だが……言ったら悪いが正義の味方のやることではない。 想像したら、何か嫌な気分になってしまった。 すると、そんな彼等の様子を察したミライが、とっさに言葉を繋げた。 「ああ、毒を注射したりとかそんなんじゃないですよ。 トドメをさす前に、相手の血液を吸い取っただけだって言ってましたから。」 「え……!?」 血液を吸い取る―――吸血。 ある意味、毒物より性質が悪いんじゃないか。 余計に皆の表情は、暗くなってしまっていた。 一応、ウルトラマンレオの名誉の為に補足しておくが、彼は断じて残酷な攻撃手段をとった訳ではない。 敵怪獣の血液から血清を作り出し、人々を治療する必要があるから血を吸い取ったのだ。 最も、ミライはこの一番肝心な部分を言い忘れてしまっているのだが…… 「ウルトラマントの方は、兎に角凄い防御力があるんだ。 相手の火炎放射や念力を防いだり、相手の攻撃次第じゃ傘に変形させて使ったり……」 「防御、か……」 先ほどの注射器に比べれば、遥かにマシな能力に聞こえる。 傘に変形させるという発想については、少しばかり驚かされるが、これはありかもしれない。 ディバインシュートやスナイプスティンガーなどといった攻撃が上空から迫ってきた際には、いい防具となる。 どうやらウルトラマントは、この様子じゃ防御専門の道具らしい。 先ほどの注射器の様な、ショックを受けるような使い方はない…… 「後は、相手にかぶせて身動きを封じたり出来るって言ってたっけ。」 「え゛……?」 前言撤回。 それはどう考えても、悪役の使い方です。 対戦相手にマントをかぶせ、視界を封じている間に滅多打ち。 よく、悪役レスラーが使っている手段である。 ここでウルトラマンレオの名誉の為に補足しておくが、彼は断じてそんな風に使ってはいない。 彼は相手の怪獣にマントを被せ、そうしてパワーを奪い動きを封じたのだ。 はっきり言って、ミライの言い方が悪い。 「けど、やっぱり一番なのはジャック兄さんのウルトラブレスレットだよ。 タロウ教官やレオ兄さん達には悪いけど、あれ程凄いのは見たことないし……」 「……今のより、上?」 これの更に上をいく性能。 もう、全くもって予想がつかない。 対戦相手を手打ちラーメンにして食べてしまうとか、そんなレベルだったりするのだろうか。 皆は息を呑み、ミライの説明を待った。 「ウルトラブレスレットは、色んな形態に姿を変えれるからね。 槍やブーメラン、ナイフに変えて攻撃したり……盾に変えて、防御したりもしたっけ。」 これまでと同じように、最初のうちはまだ許容範囲内だった。 種類こそ多いものの、武器への変化なら全然OKである。 盾への変化も、何らおかしくはない。 そう……この辺なら、まだ許容の範囲内なのだが…… 「ブレスレットを敵に飲み込ませて、体内で爆発させて怪獣を倒したり……」 「体内から爆破!?」 いきなり、物凄い攻撃手段がきた。 しかもこれは、先程のレオの様な誤解は一切無い。 本当にウルトラマンジャックこと帰ってきたウルトラマンは、これをやっている。 敵を倒す為とはいえ、今思えば正義の味方がやる攻撃手段とははっきりいって思えない。 下手をすれば、スプラッタムービーの出来上がりである。 「決壊したダムに投げつけたら、ダムの水が止まったり……」 「だ、ダムをせき止めたんですか……」 先程の爆弾ブレスレットと違って、平和的な利用方法。 ダムの決壊という大きな事故を防げた事を考えれば、中々のものである。 しかし、これはこれでどんな道具なんだとツッコミを入れたかった。 「沼の水を蒸発させて、干上がらせたり…… あ、蒸発させた水はちゃんと後で雨にして降らせたから、大丈夫だよ。」 「……沼を丸侭一つって……」 また凄いのがきた。 後で元通りになったからとはいえ、近隣の人達には結構迷惑だったんじゃなかろうか。 特に農家の人とかには、凄い申し訳ない気がする。 「僕が聞いてて一番驚かされた能力は、やっぱりバラバラにされた時のかな……」 「ば、バラバラって……まさか……?」 「ジャック兄さんは一度、敵に氷漬けにされて、それで全身をバラバラにされちゃった事があるんだ。 でも、ウルトラブレスレットの力で……」 「や、やめてぇっ!! 怖いから、これ以上はお願い!!」 想像したら怖くなってしまったのか、何人かが声を荒げた。 バラバラになった体がくっ付いて、元通りに再生。 もう、治癒魔法とかそんな次元のものじゃない。 ホラーの領域に達している……生で見たら、トラウマになるんじゃなかろうか。 流石にこれはミライもまずいと思ったのか、ここで話を切り上げる事にした。 最期に、ウルトラブレスレットの機能を一つだけ話すことにする。 「こ、これで最後になるんだけどね。 ウルトラブレスレットは、巨大な光弾になって惑星を一つ破壊した事が……」 「はぁっ!?」 究極きました。 惑星破壊……スターライトブレイカーどころか、アルカンシェルより破壊力がありかねない。 ここまで話を聞いてきて、皆の顔は真っ青になっていた。 無茶苦茶とか、もうそんな次元を遥かに越えている。 ウルトラマンの恐ろしさを、皆はこの日、改めて思い知らされることになったのだった。 (今捜索している闇の書よりも、こっちの方を何とかした方がいいんじゃ……) (悪用されたら、世界が軽く一つや二つ滅びるような……) 目次へ
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オークション会場は地獄絵図を展開していた。 突然動き出した操り人形達。そいつらの虚ろな瞳と錆びた短剣から逃げ惑うオークションの参加客。 大抵の者達は自らの陥った状況を理解出来ず、ただ闇雲に逃げ惑っていた。 血の結界によって閉鎖空間となったホールに在りもしない逃げ場を求めて駆け回り、椅子に躓いて転倒し、二階の客席から転げ落ちる。 そして足や腕を負傷して、呻き、ただすすり泣くだけの憐れな子羊と化して徘徊する悪魔達から逃れる為に神に助けを請い続けた。 しかし、そんな彼らはまだ幸運な方だった。 皮肉にも、不必要に動かなくなった彼らは混乱の中で奮戦するなのは達にとって保護しやすい対象となる。 賢い者達は、この状況でなけなしの理性を保ち、冷静さを失わなかった者達だった。 恐怖に先走らず、動き鈍い人形達を警戒して、壁を背にして器用に逃げ回っていた。 ――そして最も愚かなのは、混乱し、『他人を犠牲にしてでも助かりたい』と自分勝手に行動する者達だった。 「ど、どけっ! 邪魔だぁ!!」 肥満体を必死で動かし、逃げ惑う人々を掻き分けて、時には迫り来る<悪魔>の前へ囮として突き飛ばす。 「落ち着いて! 必ず助けます、混乱しないで下さい!!」 懇願にも似たフェイトの警告も、冷静さを欠いた自己保身のみに動き続ける者の脳には届かない。 一部の暴走した者達が被害と混乱の拡大を促し、なのはとフェイトはそのフォローに行動を割かれる最悪の展開となりつつあった。 混乱を振り撒いていることも自覚せず、肥満体は走り続ける。 これまでの人生のように、自分の身の為だけに奔走する男は混沌の中で助かる道を見つけ出した。 誰もが逃げ惑う中、ただ一人周囲の<悪魔>達を打ち倒し続ける男がいる。 「頼む、助けてくれ! 金なら幾らでも払う!!」 二挺の銃型デバイスを振り回し、この地獄の中でも決して鈍らない力の輝きを放つその存在へ、彼は縋り付いた。 自らの仕事を遂行していたダンテは、男の必死な形相を一瞥する。 「――金か。確かに、今丁度要り様なんだ」 「だろう!? この場の誰よりも高く払うぞ! だから、私を助けるんだ!!」 「OK、助けてやるぜ。そら、危ない」 そう言って、笑いながらダンテは彼をサッカーボールよろしく蹴っ飛ばした。 文字通り豚のような悲鳴と共に肥満体は軽々と宙を飛び、壁に激突して沈黙する。そのコンマ一秒後に男の居た場所に投げナイフが突き刺さった。 意識と数本の歯を引き換えに男は命を救われ、次の瞬間ダンテの魔力弾が射線の先にいた人形を粉砕した。 「やりすぎです」 「おっと失礼。人命優先ってことで許してくれ」 狙って蹴ったものか、すぐ傍にいたなのはが気絶した男に防護結界を張る中、さすがに顔を顰める様子にダンテは嘯いてみせる。 皮肉を込めた返答に、なのはは困ったように沈黙するしかない。 自己保身の為の暴走で、被害が増えることをこれで抑え、同時にこれは本人の安全の為にもなる。 やり方は乱暴だが、ただ敵を倒すのではなく周囲に気を配っているダンテの戦い方を、なのはは信頼しつつあった。 「この敵のこと、何か知ってるみたいですけど……っ」 「悠長に説明してる暇はないが、一つだけ言っとくと、客を逃がそうなんて思うなよ。外にコイツらがいない保証はないぜ」 「……分かってます」 内心、ダンテに援護を頼み、自分が結界を砲撃で破壊するという考えもあったなのははそれを改めた。 結界の得体がまるで知れない以上、砲撃の出力調整のミスは余剰エネルギーによる建物の破壊とそれに次ぐ崩落の危機を招くし、脱出を求める客の行動が更に被害を拡大させる事は想像に難くない。 自分でも焦りがあることを自覚し、なのはは冷静になるように努めた。 しかし、このままではジリ貧なのは確かだ。 室内戦に適したフェイトが持ち前のスピードで混戦の中奔走することで、未だ死者だけは出ていないが、それは多少の幸運も関わっての結果だ。 この状況が続けば、疑問に思わざる得ない。 果たして、サイコロを振って同じ目を出し続けることが何時まで出来るのか――? その答えはすぐに出た。 「――ッ! 危ない!」 ディバインシューターでまた一人の客を襲おうとしていた敵を撃破したなのはは、そのすぐ傍で抱き合って蹲る老夫婦を見つけ、意味のない警告を発した。 別の人形が二階からナイフを振り上げて飛び降りようとしている中、神に祈るしかない彼らは一歩も動かない。 「ディバイン……っ!」 「避けろ!」 すぐさま次弾の魔力を練り上げるなのはを、不意にダンテが突き飛ばした。 一瞬遅れて、飛来したナイフがなのはの頬を掠める。 鍛え上げられた危機回避能力が無意識に体を動かし、なのはは反射的に形成した魔力弾をカウンターで撃ち出してしまった。 自分を攻撃した敵を素早く粉砕し、しかし次の瞬間絶望的な失敗を悟る。 「あ」 なのはに残された行動は、そんな間の抜けた言葉を漏らして視線を老夫婦に戻すことだけだった。 悪魔の人形が嬉々として彼らに飛び掛る。 それはあの二人の死を意味する。なのに唯一それに気付く自分はもう何も出来ない。 すぐに形成しようとする次の魔力弾は、完全に間に合わず。 なのはの目の前で、ついに犠牲が出ようとして――。 「させるかぁ!」 間に割り込んだユーノの展開するバリアによってそれは防がれた。 「ユーノく……っ」 「なのは、打ち上げるよ! 墜として!」 「――!! 分かった!」 意外な乱入に驚愕するよりも先にユーノの声がなのはの体を突き動かし、魔法を行使させた。 ユーノは左腕で展開したプロテクションで人形の体ごと攻撃を受け止め、右腕をフィールド系の魔法で防護する。 そして振り抜いた拳は、貧弱な腕力よりも障壁の反発作用によって、枯れ木で出来た人形の体を軽々と宙へ弾き飛ばした。 「シュート!」 放たれた桃色の弾丸が、空中で標的をバラバラに爆砕した。 10年ぶりのコンビネーションを成功させたなのはとユーノ、互いに幾つもの感情を交えて視線を交差させる。 交わしたい言葉や疑問は幾つもあった。 「――敵の動きを止める! 一気にカタをつけるんだ!」 「――分かった!!」 しかし、言葉など交わすまでもなく、今この場で最も必要な判断と行動を二人は無意識下で互いに理解し合っていた。 ユーノとなのは、二人は自分の成すべき魔法を準備する。 「フェイトちゃん、勝負を掛けるよ!」 混戦の中、貫くように走るなのはの声をフェイトは聞き逃さず、その真意も間違えない。 ここぞという時の為に控えていた高速移動魔法を発動させ、フェイトはなのはの空白の時間を埋めるべく疾走する。 制限時間のあるフェイトのフォローの間に、なのはは独り敵を撃ち続けるダンテにも声を飛ばした。 「敵の動きが止まります! 合わせて!!」 端的ななのはの言葉に、ダンテは目配せ一つで応じてみせる。 そして、ユーノの魔法が完成した。 「いくよ! <レストリクトロック>!!」 集束系上位魔法が発動する。 指定区域内の対象を全て捕縛するバインド。発動と同時に、ホール内で動く全ての<悪魔>と、逃げ惑う人間を纏めて無数の光の輪が捕らえた。 敵味方問わない無差別な捕縛だが、その対象数を考慮すれば信じられないほど高度な魔法技術であることは明白だった。 魔女の釜の如き混沌とした空間が唐突に全て制止される光景に、それを待ち構えていたなのはすら圧巻される。 実戦から退いていたとはいえ、成長したユーノの実力はなのはの予想を超えるものだった。 一瞬呆けてしまう中、ダンテの純粋な感嘆の口笛だけが軽快に響く。 「なるほど、こいつはスゴい。食べ放題ってワケだ」 「数が多い! 守って五秒!」 「三秒で十分さ」 不敵に笑うダンテの両腕が集束された魔力を帯びて赤く発光し、スパークを放ち始めた。 我に返ったなのはがすぐさま魔力弾を周囲に形成する。フェイトによって稼がれた貴重な時間を使い、用意した弾数は倍近い。 「いくぜ?」 「今っ!」 言葉も交わさず、互いに相手の射線を把握し、自分が撃つべき標的を捉える。 「Fire!!」 「シュート!!」 引き絞られた弓のように、満を持して二種類の光が解き放たれた。 真紅と桃色の光弾が乱れ飛び、敵だけを正確に捉えてそれに直撃し、呪われた人形を吹き飛ばす音が連続した爆音となりホールを埋め尽くす。 一瞬にして一方的な破壊の嵐が暴れ回る。動けなくなった人々の悲鳴はその中に埋もれていった。 そして、束の間の嵐が過ぎ去った時、後に残るのは人間だけだった。 あれほどいた<悪魔>は一匹残らず消し飛び、敵の全滅を示すようにホールの扉を覆っていた赤い結界は音を立てて砕け散る。 「――BINGO」 唐突に取り戻された静寂の中、ダンテは舞台の幕を閉じるように、これ見よがしに銃口から立ち昇る煙を口で吹いて見せたのだった。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十四話『Cross Fire』 「――うん、そう。こっちの戦闘は終了したよ。重軽傷者は多数、でも死者は出てないから」 状況から考えれば奇跡的とも言える結果を確認したなのはが通信を行う中、ユーノ達はホールのステージ付近に集められた客の様子を見て回っていた。 結界が解除された今、何人かは外に出ることを強く主張していたが、外でも戦闘があったことを告げるとすぐに黙り込んだ。 誰もが回避された惨劇に安堵し、同時にジワジワと実感を持って蘇る恐怖の余韻に身を強張らせていた。 「すぐに救護隊が来ます。それまで辛抱して下さい」 「腕が……腕が折れてるんだっ! 早く治すよう言ってくれ!!」 フェイトは無用なパニックを起こさないよう笑顔を振り撒き、客の一人一人に声を掛けていたが、似合わないタキシードの中年が泣き付いて来て対応に困っていた。 重傷者に治癒魔法をかけるユーノを指して、男はただひたすら腕が折れていることを主張し続ける。 「すみません、重傷者が優先なんです。それに、彼が働いているのは善意で……」 「うるさいっ! 分かっているのか!? 腕が折れてるんだぞ、腕が……っ!」 「へえ、そうかい。痛むのか?」 辛抱強く落ち着かせようとするフェイトの横から、ぬっと腕が伸びて、迫る男の肩を押さえ込んだ。折れた腕の方の肩を。 走り抜ける激痛に、男は言葉を忘れて奇怪な悲鳴を上げた。 しかし、ダンテはそんな様子を尻目に優しい笑顔を浮かべながら、加減もせずにポンポンと肩を叩く。 「ああ、確かに痛そうだ。だが、こんな美人に怪我の心配をしてもらえるんだから、男ならやせ我慢の一つも見せなきゃな?」 呆気に取られるフェイトの前で、ついに泡を吹き始める男の顔に何を感じ取ったのか、納得するようにダンテは頷いた。 「そうか。分かってくれて嬉しいぜ」 「相手は怪我人なんですよ……?」 「怪我人なら他に山ほど居るさ。甘やかす歳でもないだろ」 諌めるフェイトに、ダンテは全く悪びれもせずに笑って見せたのだった。 様子を伺っていた周囲の者達の間で飛び交う自分勝手な文句が鳴りを潜める中、ダンテ達はなのはの元へと集まった。 「とりあえず、応急処置は施したよ。命に関わる怪我の人はいないね」 「ありがとう、ユーノ君。それに……久しぶりだね」 「うん。僕も、驚いたよ」 なのはとユーノの二人の間に何とも言えない空気が漂った。 二人が顔を合わせるのは実に久しぶりのことだったし、大人になって少しずつ言葉を交わし辛くなりつつあった中、窮地において変わらず心を通わせ合えたことが嬉しかった。 「……ポップコーン買って来るか?」 「しっ、少しだけそっとしておいて上げましょうよ」 そして、傍らで一連のシーンが終わるまで待ち惚けを喰らう二人を思い出して、なのはとユーノは我に返った。 顔を赤らめながら咳払い一つ。お互い、心なし距離を取り合う。 冷静になった。今は、こんな悠長なことをしている場合じゃない。 「それで、あの……」 「ダンテだ。職業は便利屋。ここにはお偉いさんの護衛に雇われて来た」 どう切り出したものか、と伺うなのはの様子を察して、ダンテは手短に自己紹介を済ませた。 基本的な質問には幾らでも答えられるが、<悪魔>に関してはどう説明したものかと顔に出さずに悩むしかない。 それに、敵のいなくなった今でも何か違和感が残って仕方ない。 先ほどから、さりげなく走らせる視線に護衛すべき男の姿が一向に捉えられないのも気になった。 「さて、アンタらも何から聞いたらいいのか分からないって顔だが、俺もどう話せばいいもんか悩んでてね」 「そうですね……とりあえず、わたしは高町なのはといいます。機動六課所属の分隊長をやっています」 「ナノハ、ね――アンタらの知り合いにヴィータやザフィーラって奴がいれば、話は早いんだが」 ダンテは全く期待せずにその名前を出したが、三人は一様に驚きの視線を彼に向けた。 「知ってるんですか、ヴィータちゃんのこと!?」 「……まさか本当に知り合いなのか?」 「同じ部隊の所属です。それに、ダンテさんはひょっとしてティアナと知り合いじゃないですか?」 「オイオイ、ティアまでいるってのか? 冗談が現実になりやがった」 「やっぱり。ティアナは外で警備に当たってます。よければ、会いますか? その方が話もしやすいと思うし」 「ハハッ、いいね。感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」 そう言って破顔するダンテの表情を、これまでの見せ掛けではない純粋な笑顔だとなのは達は感じた。 そこにはティアナに対する確かな親愛の情があった。 目の前の得体の知れない男に抱く最後の不信感が消えていく。 不法所持の可能性があるデバイス。自分の部下と共通する戦闘スタイル。そして何より、その力。 警戒に値する要素は幾つもあるが、それを打ち消しているのはたった今判明した彼の人間関係と、何より彼自身の人柄だった。 悪い男ではない。なのははようやく、何の隔たりもない友好的な笑みを浮かべることが出来た。 「お話、聞かせてもらってもいいですか?」 「ああ、美人の尋問なら大歓迎だね。望んだとおり、再会出来たしな」 オークションが始まる前、偶然出会った時の言葉を思い出して、なのはとフェイトは苦笑した。 「それじゃあ、わたしはダンテさんを連れて外で合流してくるから、フェイトちゃんは救護班が来るまでここで待機してね」 「分かった」 「ユーノ君も。わたし達が守る側の人間なんだから、無理はしないで」 「……うん、分かったよ」 なのはの仕事としての言葉に、ほんの僅かな寂しさを感じながらユーノは頷く。 ダンテと共に未だ危険の残る前線へ歩み去っていくかつての少女の背を眺め、彼は昔とは違う自分達の関係を改めて噛み締めていた。 「気をつけて、なのは……」 その時、その瞬間、異なった場所で多くの出来事が歯車のように連動して動き出していた。 ただ一つ、ヴィータの立つ光の届き切らない薄暗い空間を除いて。 ホテル<アグスタ>の地下駐車場は、外の喧騒から隔離されているかのように音の死んだ静寂に満ちていた。 「野郎……」 ヴィータは視線を落としたまま悪態を吐いた。それは彼女の足元に広がるモノのせいだった。 血だ。 正確には死体と血だった。 このホテルの警備員の服を着た幾つもの肉の塊が、暗闇の中にあってどす黒い血の海に沈んでいた。 散らばったパーツを集めればきっと人間が出来るに違いない。原形を留めぬほどバラバラにされた憐れな死体だった。 自分の考え得る最悪の事態が起こったのだとヴィータは悟った。 ホテルへの搬入口のある地下の更なる奥。死んだ血と肉の放つ臭いはそこからも漂ってくる。 ヴィータはすぐさまデバイスの通信機能をOFFにした。非常灯だけが照らす暗闇の中、集中を乱す邪魔を入れたくない。 血溜まりに足を踏み下ろし、びちゃっと響く不快な水音を無視して歩みを進めた。 本来ならパニックに陥るような惨状の中、ヴィータの思考は逆に冷たく、静かになっていく。 無血鎮圧を第一とし、非殺傷設定によってそれを成す管理局の魔導師は生々しい死への耐性が足りない。もし新人達ならば、この場で冷静ではいられなかっただろう。 しかし、ヴィータは古代ベルカの騎士であった。 人が死ぬ時、必ず安らかに眼を瞑ったまま逝けるのではないことを知っていた。人は、何処までも汚く殺せる。 そういう意味で、この場に転がる死体はむしろ綺麗だとすら感じた。 (一人も、生きちゃいないのか……?) また一つ、死体を見つけた。 体から離れた位置にある腕がハンドライトを握り締め、別の場所に転がる自分の頭を照らしている。 その死に顔は苦悶のそれではなく、ただぼんやりとした驚きだけがあった。 自分の死にも気づいていないような呆けた表情が逆に不気味ですらある。 しかし、ヴィータの気を引いたのはその死相ではなく、この死体を生み出した手段だった。 (すげえ断面だ。シグナム並の腕じゃねぇか) 戦士としての純粋な感性が、不謹慎にも目の前の死に対して感嘆を漏らしていた。 何らかの刃物による切断。死因はそれに違いない。しかも、相手に苦痛を感じさせる間もなく一瞬で人体をバラバラにするような斬撃だ。 柔らかい人肉を、鉱物を切るように鋭利な平面で切り分けている。『斬った』というより『スライスした』という表現が相応しい。まるでトマトのように。 (雑魚とは違うか……) グラーフアイゼンを握り締める手に、力と緊張が加わった。 自分の戦った有象無象の<悪魔>どもに出来る芸当ではない。 何らかの大物が待ち構えている―――半ば確信した警戒心を抱き、ヴィータは更に足を進めて行く。 敵がもう立ち去った、などと楽観的な考えは欠片も浮かばなかった。 この奥には何かが居る。進むごとに増していく、ただ存在するだけで発せられる圧迫感のようなものが感じられるのだ。 死臭が強くなり、終着が近いことを示していた。 物音が聞こえる。 何かを漁るような音だ。やはり、敵の目的はオークションの品物か? 足音と気配を殺して、並び立つ支柱に隠れながら近づき、ヴィータはついに辿り着いた。 一台の輸送車の近くに転がる死体。おそらく二人分だ。血とパーツの量が多い。 輸送車の二台は扉が鋭角に切り開かれている。周囲には投げ捨てられたコンテナが幾つも転がっていた。 その荷台の前に佇む、人影が一つ。 「――動くな。両手を見せながら、ゆっくりと振り返れ」 完全に背後を取れる位置に立ったヴィータは、静かく端的に告げた。 人影の小刻みな動きが停止する。 やはり何かを探していたらしい、コンテナに差し入れていた手をゆっくりと取り出すと、そのまま力なく垂れ下がった。 「頭の位置まで上げろ」 ヴィータは再度命令したが、その人影は従わなかった。代わりに背を向けながらも自分に発せられる殺気が感じられる。 コイツは降伏なんて考えちゃいない――ヴィータはそう悟ったが、不用意に攻撃的になることはなかった。 現状、自分は有利な位置にある。それを確保し続ければいい。 何かを仕掛けるつもりなら警戒するべき両手も、ヴィータの位置からはハッキリと確認出来た。 右手は無手。左手には問題の得物を握っている。 鞘の形状からシグナムと同じ片刃の剣。しかし、レヴァンティンより反りが深い。 「振り返れ。ゆっくりだ」 その言葉には、目の前の人影も従った。 足の動き、手の位置、相手の向ける視線の向きまで用心深くヴィータは観察する。 見上げるほどの長身と広い肩幅、そして露わになった服の上からでも分かる屈強な胸板が男であることを示していた。 動きと合わせて揺れるコートの裾。 視線が自分を捉えた瞬間増した殺気と圧迫感。 そして、完全にヴィータと向き直り、その顔を見た瞬間驚愕が冷静さを吹き飛ばした。 「お、お前……っ!?」 見開いた眼に映る男の顔は、信じられないことにヴィータにとって見知ったものだった。 「例の<アンノウン>と同質の魔力反応です! でもこれは……数値が桁違いです!」 「極小規模の次元震を感知! 信じられません、数メートルの範囲内で安定、継続して起こっています!」 「数メートル……『あの化け物』の体格とほぼ同じか」 矢継ぎ早に届く報告を必死に脳内で処理しながら、グリフィスはモニターを睨み付けた。 たった今出現した反応の出所がそこに表示されている。 リニアレールでの事件以来、サーチャーに改良を加えることでノイズ交じりとはいえ不可解な映像妨害を克服したモニターが可能になっていた。 センサーに何の前触れもなく出現したソレは、対峙するティアナ達を大きく上回る巨躯で佇んでいる。 牛の頭と人間の肉体を持つ、全身を炎で包まれた化け物――信じ難い存在が現実に具現していた。 「次元空間の航行や転送を行う際の波長にも似ています」 「というと、あの怪物は他の次元世界から転送されて来たのか?」 「『された』というよりも、今も転送『され続けている』と表現した方がいいような――」 「なんだ、それは? …………アレは、本来現実に存在しないものが無理に存在し続けている?」 グリフィスは自分でも支離滅裂な言葉だと思いながらも、その表現が最も正しいように感じた。 これまで確認された<アンノウン>は、倒れた後に例外なく消滅する。まるで最初からこの場には存在していなかったかのように。 それが正しい認識であったとしたら? 本来この世界に存在出来ないはずのものが何らかの切欠や力によって現れ、力尽きることによって再び元の場所へ還されて行くのだとしたら? ――だとすれば、あの化け物どもが本来居る筈の世界とは一体どんな場所なのか? 次元空間にすら隔てられず、現実と夢の境のように決して越えられないのに紙のように薄い境界――その先に存在するというのか。 「馬鹿な……」 言葉とは裏腹に、グリフィスは滲み出る嫌な汗を拭った。 これ以上考えても混乱するだけだ。今は、状況に対処しなくては。 「ヴィータ副隊長は?」 「残存勢力探索の為、地下に向かいました。通信はカットされています」 「呼び出し続けろ。探索が終わり次第、スターズFの援護に」 思考を切り替えたグリフィスに応じるように、はやての通信モニターが展開された。 『状況は把握した。現場にはなのは隊長が向かっとるから、スターズFには専守防衛を命じて到着まで持たせるんや』 「しかし、これを相手に援護も無く、新人だけでは……っ!」 『敵の奇襲の恐ろしさはさっき分かったやろ。後手の対応に回る以上、配置は下手に動かせん』 はやての声は平静そのものだったが、内心では予想外の出来事の連続に頭を抱えているだろうとグリフィスには予想出来た。 人情家の部隊長は決して指揮者向きの性格ではないが、だからこそ自らへの厳しい戒めによって冷徹であり続けようとする。 ならば自分に出来ることは、違える事無く命令を下し、前線の者達に出血を強いるだけだ。 「<アンノウン>動き出しました! スターズFと交戦開始!」 「――防御に徹し、<アンノウン>をその場に繋ぎ止めろ。ホテルには絶対に近づけるな。その命を賭けてでも!」 部隊長の言葉を代弁するグリフィスの命令が厳かに下された。 「ティア、来るよ!」 動き出した燃える山のような牛の化け物を見て、スバルは傍らのパートナーに悲鳴のような警告を発した。 正直、スバルの心には不安と恐怖しかなかった。 幼い頃に出会った炎の怪物は、あの時と変わらず――むしろあの時よりもハッキリとした存在感を持って目の前に敵として立ち塞がっている。 得体の知れない恐怖が全身を支配し、こんな時自分を支えてくれる筈のパートナーは先ほどから様子がおかしい。 唐突に突き付けられたティアナの過去の真実と、初めて見た彼女の豹変振りが思考をかき乱して、スバルから冷静さ奪っていた。 今の彼女を戦場に繋ぎ止めているのは、課せられた任務に対する使命感だけだ。 見た目通りの闘牛のような勢いで突進してくる炎の塊を前に、スバルはそれ以上言葉を続けられず、咄嗟に回避行動を取った。 一瞬早く、ティアナもその場から跳び退いている。 しかし、二人の意思は噛み合わなかった。 意図せず互いに正反対の方向へ跳び、ティアナを案じていたスバルとは違い、ティアナは自身で躊躇わず判断した。 それが、二人の行動の暗明を分けた。 「うわぁああああっ!?」 すぐ傍を駆け抜けていくバックドラフトのような高熱の風。二人とも直撃回避は成功させていた。 しかし、全身に纏わりつく炎の余波にスバルは悲鳴を上げる。 恐怖による竦みと一瞬の判断の遅れが、スバルの足を引いたのだ。 荒れ狂う熱と風に吹き飛ばされ、地面を転がるスバルをティアナは一瞥もしなかった。 「<悪魔>がぁ……っ」 炎の悪魔を睨みつける瞳には怒り。 だがそれは、仲間を傷つけられたなどという優しさに基づいたものではなく。 「邪魔をするな!」 炎の向こうへ消えた仇に届かぬ無念と絶えぬ憎悪。 邪魔をするなら死ね。 立ち塞がるなら死ね。 <悪魔>は全て――滅んで果てろ! 「邪魔を」 カートリッジ、ロード。 「するなァァァーーー!!」 体の奥から吹き上がる感情の嵐をそのまま吐き出す。 クロスミラージュが銃身を加熱させ、銃口はでたらめに吼えまくって、憎しみの弾丸を凄まじい勢いで発射し続けた。 高圧縮された魔力弾が敵の強固な皮膚を突き破り、確実に体内へ潜り込んでいく。 しかし、巨大な体格はただそれだけでティアナの魔力弾の威力を散らした。単純に効果範囲が狭い。弾丸が小さすぎる。 カートリッジ一発分の弾丸を撃ち尽くしても、揺るぎもしない敵の巨体を見上げ、ティアナは舌打ちした。 振り返る炎の山。その両腕に全身の覆う火炎が集束し、物質化するという在り得ない現象が起こる。 炎が形作った物は、その体格に見合うほど巨大なハンマーだった。 外見だけで鈍重な速度と、それに反比例するとてつもない威力が想像出来る。直撃すればダメージどころか原形も留められない。 その凄惨なイメージを思い描いて、しかしティアナは笑う。 いつだって笑ってきた。追い詰められた時でも不敵に、アイツのように。 ――その笑みが、いつも思い描くダンテのそれとは全く異なる凄惨なものだということに、ティアナ自身は気付いていない。 《GYYYYAAAAAAAAAAAAA!!》 この世界の何処にも存在しない怪物の雄叫びが響いた。 ハンマーを振り上げ、地響きを起こしながら敵が迫り来る。 眼前で、燃え盛る塊が振り下ろされた。 「デカブツがっ!」 隕石が自分の真上から落下してくるような圧迫感に悪態を吐きながら、ティアナは横っ飛びする。 《Air Hike》 更にもう一段。クロスミラージュの生み出した足場を蹴って、空高く飛翔した。 そして、爆音。 ティアナの立っていた場所を振り下ろされたハンマーの先端が抉り取る。 インパクトの瞬間響いたのは比喩ではなく、爆発と同じ音と衝撃だった。破裂するように着弾点から炎が噴き出し、周囲を焼き尽くす。 二度のジャンプで大きく距離を取っていなければ、ティアナも余波で火達磨になっていただろう。 《Snatch》 だが判断ミス一つで直結する死に、ティアナは何の感慨も抱かない。憎しみだけが今の彼女を突き動かす。 空中で放たれた魔力糸のアンカーが敵のハンマーの先端を捉えた。 次の攻撃の為に得物を振り上げる敵の動作に応じて糸を縮め、二つの力に引き寄せられてティアナの体は空中を移動する。 ハンマーが最頂点を描く軌道に達した時、タイミングを合わせてアンカーを解除した。 丁度竿に釣り上げられるような形で宙に投げ出されたティアナは、計算し尽くされた軌道と姿勢制御で地面に着地する。 その位置は、完全に敵の背後を取っていた。 「もらった……っ!」 アンカーを放つ傍ら、魔力を集中し続けていた右腕を、満を持して突き出す。 オレンジから赤へと変わりつつある魔力のスパークが迸り、その凶暴な力の奔流を無防備な敵の後頭部に向けて解き放った。 通常の魔力弾を倍近く上回る破壊力が、振り返ろうとする敵の顔面に直撃した。 次々と炸裂する魔力光の中でへし折れた牛の角が宙を舞う。 確かな手応えにティアナは残虐な笑みを浮かべ――光の中から真っ赤な炎が一直線に噴き出して来た。 《Round Shield》 咄嗟にクロスミラージュの展開したシールドが火炎放射の直撃からティアナを守った。 しかし、片目と角を失いながらも口から炎を吐き出す敵の反撃は、シールドごとティアナを飲み込もうと、濁流のように噴き出し続ける。 「ぐ……がぁあああああああああああ゛あ゛ああ゛あああーーーっ!!」 シールドを維持しながら吐き出す苦悶の声はすぐに悲鳴へと変わっていった。 確かに展開した壁によって炎の直撃は避けている。しかし、遮られた炎が消えるわけではないのだ。 拡散し、周囲の空気を焼き尽くした炎は間接的にティアナを蝕んでいた。 相手の魔力を弾くタイプの防御であるシールドは、炎や冷気のような流動的な攻撃を完全には防げない。 更に、魔力によって形成された炎は全身を覆うフィールド系の障壁ともいえるバリアジャケットすら侵食する。耐熱効果など気休めにしかならなかった。 血液が沸騰して湯気となり、皮膚を突き破ると錯覚するような激痛が全身を襲い続ける。 地獄のような時間を、ティアナはただひたすら耐えた。 魔力も体力も、精神力さえ消耗していく中、憎しみと殺意だけが無尽蔵に膨れ上がる。 「殺……して、やるぅ……っ!」 ティアナの執念が、無限に続くような地獄を切り開いた。 高熱の奔流が去った後、周囲が焼き尽くされた中で尚もティアナは立っていた。 「――カートリッジ、ロード!!」 唾さえも蒸発して掠れた声。それでもハッキリと戦意に満ちた叫びが響いた。 クロスミラージュに残されたカートリッジを全てロードする。 今のティアナにはこれだけの魔力を制御する技術は無い。しかし、今必要なのはあの巨体を貫けるだけの純粋なパワーだ。 引き攣った皮膚の下、苦痛を伴って全身を駆け巡る魔力と共に、残された自分自身の魔力もかき集めて両腕に集束する。 ティアナはただ集中した。 視線の先で、再び敵が体当たりを敢行しようと動き出しても。 ティアナはただ信じた。 ――自分だけの持つ力を弾丸に込める。それは必ず敵を打ち倒す。 「あたしの力は、<悪魔>なんかに負けない!!」 どれほど歪んでも、我を忘れても、心に残り続けていた信念を支えに、ティアナは決死の表情で眼前の敵を睨みつけた。 炎の塊が猛スピードで迫り来る中、回避など考えずに、ただ敵を撃ち抜くことだけに集中する。 「やめろぉっ!!」 結末の決まりきった無謀な激突を止めたのは、復活したスバルだった。 青白い<ウィングロード>が突進する真っ赤な巨石に向けて真っ直ぐに伸びる。その上をスバルは我武者羅に駆けた。 体の痛みや恐怖を忘れ、悲壮なまでの覚悟とそれに応じたマッハキャリバーの力によって疾走する。 「リボルバー、シュートォォーーーッ!!」 本来なら遠距離用の魔法を、敵と接触する寸前の零距離で発動させる。 炸裂した衝撃波が纏った炎を吹き飛ばし、同時にその突進を停止させた。 魔力を湯水のように放出し続け、圧倒的な質量の違いを持つ相手にスバルは拮抗する。 「ティ……ティア! 逃げてぇっ!!」 気を抜けば一瞬で弾き飛ばされしまいそうな圧力の中、スバルは必死に背後のティアナへ呼び掛けた。 その悲壮な声を――ティアナは、聞いてなどいなかった。 「うぁああああああああああああああっ!!」 吐き出される魂の咆哮。 暴走する魔力を無理矢理展開した術式で練り上げ、今の自分に使える最大攻撃魔法を発動する。 振り上げた銃口の周囲に、環状魔方陣の代わりとなるターゲットリングが形成され、その一点へ全ての魔力が集結される。 レーザーサイトが標的を捉え、その射線の近くにスバルの姿があることを気にも留めず、ティアナは憎しみで引き金を引いた。 「ファントム・ブレイザァァァーーーッ!!!」 かつてない魔力の奔流が解き放たれた。 放たれた光は一直線に燃え上がる敵の体の中心を目指す。進路上にいるスバルが何も分からずに弾き飛ばされた。 自分を助けた仲間さえ避けず、直進し、ただ破壊するだけの狂気の一撃は狙い違わず<悪魔>を飲み込んだ。 炸裂した魔力光と炎の残滓が撒き散らされる中、直撃を確かめたティアナは凄まじい脱力感に膝を付く。 全ての力を使い切っていた。何もかもあの一撃に乗せた。 ティアナの顔に再び笑みが、力無く浮かぶ。 ただ一色に染まっていた視界は、脱力と同時に他の色を取り戻し始めていた。 現実が見えてくる。 逃がした仇。職務を逸脱した行為。管理局員の身の上で一般人に発砲し、挙句仲間まで背中から撃った。 権力を持つアリウスが訴えれば、自分は機動六課どころか管理局にもいられない。 例えそうでなくても、パートナーを撃った時からもう決定的なものを手放してしまった。 全てが絶望的なまでに現実で、同時にもう何もかもが夢のようにどうでもよくなり始めた。 だから、ティアナは笑う。笑ってやる。 どんな時でも。 それしか出来なくても。 「……スバル」 顔を動かすのも億劫な脱力感の中、視界に倒れたスバルを見つけて未練たらしく声が漏れた。 彼女をあの様にしたのは自分だ。 もう何も取り戻せない。 それでも、ティアナはスバルの元へ駆け寄ろうと足に力を入れ、 《GYYYYAAAAAAAAAAAAA――!!》 「え」 二度と響かないはずの悪魔の咆哮が聞こえ、見上げた先には片腕でハンマーを振り上げる炎の巨体があった。 成す術も無く眼前に巨大な炎の塊が振り下ろされた。 直撃ではなかったが、先ほども予想していた余波の威力――炸裂と同時に広がった衝撃波と爆炎をティアナは自ら味わうことになった。 力の抜けた体がゴミ屑のように吹き飛ばされ、宙を舞って地面に激突する。 口の中で血と砂の味がした。 「なん……で……?」 ただひたすら疑問だけが頭を掻き回していた。 自分の最高の一撃が、確かに標的に直撃するのが見えた。バリアの類も確認出来ない。当たったはずなのに……。 ティアナは必死の思いで顔を上げた。 視界に捉えた敵の姿は、やはり確かに攻撃を受けた痕があった。 巨体から右腕が消え失せている。ファントムブレイザーの直撃を右手で受けたらしい。先ほどの攻撃が不発だったのも、片手だった為軌道を誤ったのだ。 しかし、それだけだった。 「はぁ……?」 ティアナは性質の悪い冗談を聞いたかのように、引き攣った笑みを浮かべた。 全身全霊を賭けた一撃が。全てを代償にした一撃が。 たった腕一本と引き換えだというのか? 「なによ、それ……」 原因は、何も複雑なことなどなかった。単純明快極まりない。 ――ただ威力が足りなかっただけ。 「なんなのよ……それっ」 自分の引き出せる最高の力が。限界を超えた想いが。なんてことは無い、至らなかっただけなのだ。 それで、一体どうしろというんだ? この単純な問題を解決する方法は? 新しい戦法を考える、敵の弱点を突く、罠を仕掛ける――どれもこれも根本的な解決になどなってやしない。 「畜生……」 倒せるだけの攻撃が出来なければ意味が無い。 それが出来ない自分の力に、意味など、無い。 「ちっきしょぉ……っ!」 拳を握り締め、無力感に打ちひしがれながら、ティアナはただ惨めに呻くことしか出来なかった。 手負いの獣と化した敵が鼻息も荒くティアナににじり寄る。鼻息はやはり炎だった。 ――終わりか。 支えていたものが何もかも折れた。 急激に沈んでいく意識の中、迫り来る死を見上げる。 ――全部、お終いか。 傷付いた体ごと、諦めが全てを沼の底へ沈めようと、下へ下へと引きずり込んでいく。 これ以上上がらない視界の中、敵のハンマーが持ち上がって見えなくなった。一泊置いて、今度こそ確実な死が自分を押し潰す。 それを受け入れようとした、と――。 《Divine Buster》 意識が途切れる寸前、見慣れた桃色の光が視界を満たした。 「シュート!!」 なのはの砲撃が一直線に飛来して、ティアナに振り下ろされる寸前だったハンマーの先端を跡形も無く吹き飛ばした。 「間に合った!」 「ハッハァ、まるでバズーカだな!」 初めて見る高位魔導師の砲撃魔法の威力に、腕の中でダンテが歓声を上げる。 ホテルから文字通り飛び出して、ダンテを抱えたまま飛行して現場に急行したなのはは、その体勢のまま敵の頭上へと急上昇した。 「ティアナをお願いします!」 「任せな」 敵の真上を獲ったところで手を離す。 空中に身を投げ出したダンテは、敵に向かって落下しながら両手のデバイスを突き出した。 「自分で燃えるとはいい心がけだ。ミディアムにしてやるぜ!」 怒りの弾丸が放たれる。 空中で錐揉みしながら真下に向けての速射。ガトリング機構の回転を全身で再現しているようなでたらめな銃撃は、雨となって敵の巨体に降り注いだ。 なのはの射撃魔法が質量なら、ダンテの射撃魔法は物量。湯水の如く吐き出され続ける魔力弾が燃え盛る<悪魔>の肉体を削り取る。 苦悶の叫びを上げながら吐き出された火炎をエアハイクによって回避すると、ダンテはそのままティアナの前へ立ち塞がった。 「……やってくれたな、牛肉野郎。ハンバーガーの具になりな」 傷付き、倒れたティアナの姿を一瞥して、再び敵に視線を向けた時にダンテが浮かべた表情はハッキリと怒りだった。 <悪魔>は須らく敵だ。 そして、目の前の存在はもはや絶対に逃がすことすら許さない敵となった。 倒れたスバルの状態を確認し、なのはもまた彼女を守るように立ち塞がり、確固たる敵意を炎の怪物に向けた。 二人の魔力がお互いのデバイスに集中する。 「Fire!」 「シュートッ!」 真紅の雷光と桃色の閃光が同時に敵へと飛来した。 例えこれを耐えたとしても、二人分の火力で押し切るつもりだった。怪我人を抱えて、下手な機動戦は出来ない。 しかし、敵の対応は予想を超えていた。 燃える山が、空を跳ぶ。 「嘘!?」 「Damn!」 なのはが目を見開き、ダンテは悪態を吐きながらも素早くティアナを抱きかかえてその場を離れた。巨体の落下先はこちらだ。 跳躍したこと自体信じられない大質量が落下し、地面が激震した。 自らがハンマーそのものであるかのように、落下の衝撃と同時に爆炎が撒き散らされる。 背中にビリビリとした振動と高熱を感じながら、ティアナを庇う形で余波を凌ぎ切ったダンテは振り返り様デバイスを突き付けた。 「……ヤバイぜ」 冷や汗と共に再び悪態が口を突いて出た。 敵は既に次の行動に移っていた。 燃え盛る巨体の周囲。その炎に呼応するように、幾つもの魔力の集束が地面に点となって発生していた。それらは丁度敵を中心に円を描いて配置されている。 噴火寸前の火山のように、真っ赤に変色していく魔力の集中点。 「ダンテさん! ティアナ!!」 シールドと内側を覆うフィールドで二重の防御魔法を展開しながら、なのはは絶望的な気持ちでカバーが届かないほど離れた位置に居る二人を見た。 ダンテが同じ真似が出来るほど高度な魔導師とは思えない。下手な防御は重傷のティアナに死に繋がる。 思案する間もなく、敵の周囲を地面の魔力集中点から噴き出した炎の壁が覆った。 そのまま炎の壁は波紋のように周囲350度全方位に向けて広がっていく。 空へ逃げない限り回避も出来ない。防御しか残されていなかった。 ダンテとティアナを案じる中、なのはの視界も炎だけに埋め尽くされる。 「くぅぅ……っ!」 展開した二重の防御が、なのはとスバルをかろうじて守り切っていた。 フィールドによる温度変化阻害効果がなければ、加熱した空気によって、気絶したスバルには更に深刻なダメージが行っていただろう。 単純な魔力攻撃よりも、属性付加されたこの類の攻撃は厄介だ。対処方法も限られる。 果たして、ダンテはこの攻撃からティアナを守れるのか? 不安に急かされる中、なのははダンテ達の居た場所へ視線を向け――そして見た。 炎の中に在って、尚も赤い血のような魔力の瞬きが見える。 フィールドと炎のフィルター越しに、やはり眼の錯覚なのかと疑うしかない中で、しかしなのはは見ることになる。 地獄の業火の中で、決して飲み込まれない真紅の光を放つ一点。 かろうじて見える人影の背中に、<悪魔>のような翼が生えていた。 《―――GUAAAAAAAAAAA!!》 火炎地獄は、敵の悲鳴によって唐突に終了した。 周囲を覆いつくす炎の中から、突如飛来した真紅の魔力弾によって残された眼を潰され、顔面を抑えて無茶苦茶に暴れ回る。 同時に、荒れ狂っていた炎は急速に鎮火しつつあった。 障壁を解除し、なのはは一瞬の勝機を読み違わず正確に捉えた。 「レイジングハート!」 《All right. Load cartridge.》 コッキング音と共に二発分のカートリッジが排夾される。 敵の巨体を見越した高威力の砲撃魔法をセレクトし、なのはは漲る魔力を集束した。 それは、奇しくもティアナが実現し得なかった巨大な敵を撃ち貫けるだけの純粋なパワー。 《Divine Buster Extension》 凶悪な光がレイジングハートの先端に宿る。 「シューーートッ!!」 通常のディバインバスターから発展・向上した貫通力と破壊力が唸りを上げて襲い掛かった。 圧倒的な密度と量を誇る魔力が巨体の上半身を飲み込み、消し飛ばす。 今度は<悪魔>が『原形を留めないほどの威力』を味わう番だった。 跡形も無くなった半身。足だけになった敵は、全身を覆っていた炎を自らの活動と共に停止させ、冷えてひび割れた鉄のように黒ずんで、やがて崩れ落ちた。 ヒュゥ、という口笛が聞こえ、見るといつの間にかダンテが炎に飲まれる前と同じ位置に立っていた。 彼自身にも倒れたティアナにもダメージは見られない。何らかの力で守り切ったらしい。 あの攻撃をどうやって退けたかは分からない。 やはり、あの真紅の光は錯覚だったのか。あの姿は見間違えだったのか。それとも――。 まあいい。全ては後回しだ。なのはは疑念を棚上げすることにした。 「……こちら、スターズ1 <アンノウン>の撃破に成功しました。スターズF両名負傷、すぐに救護を寄越してください」 やはりいつものように、交戦を終えた後は何の痕跡も残さない敵の特性のまま、完全な静寂を取り戻した空間でなのはは本部に通信を繋げた。 一方のダンテは、全身を襲う軽い脱力感をおくびにも出さず、デバイスを納めて背後を振り返った。 「とんだ再会になっちまったな……」 傷付き、眠るティアナに届かない言葉を掛ける。 目を閉じた横顔は決して穏やかなものではなく、気絶する前に抱いた悔しさに歪んでいた。 眠る時にすら安らぎは無いのか。あまりに不器用な生き方を続けるティアナの姿に、ダンテは困ったように笑うしかない。 視線を移せば、<悪魔>は完全に消滅している。 ティアナには荷の重い相手だった。上位悪魔の具現化など<この世界>に来て初めてのことだ。 おそらく管理局にとって最も大きな<悪魔>との戦いはたった今終わった。 しかし。 管理局との本格的な接触、より大規模になりつつある<悪魔>どもの活動――少なくとも、ダンテにとってこれは何かの始まりに過ぎなかった。 確実に敵と断定できる男を相手に面と向かい合い、ヴィータは凍りついたように動けなくなっていた。 それほどまでに、目の前に立つ男は――その男の顔は彼女に衝撃を与えたのだ。 忘れたくても忘れられない。 悪夢のような夜に出会い、最悪の遭遇をちょっとした奇跡の対面だったと思わせてしまう男。 襲い掛かる闇の中に在って<彼>の浮かべる笑みは、戦いの中では頼もしく、平穏の中では刺激を感じる。 純粋に、また会いたいと思った。 言葉を交わし、互いを知り合えば、きっと友人になれる――ヴィータがそう思うほどの男が、何故か今目の前に立っている。 「なんでだよ……?」 だが、こんな形の再会を望んだワケじゃない。 「……<ダンテ>」 闇の中にあって酷く映える銀髪と、何者にも屈しない瞳を持ったその顔を呆然と眺め、ヴィータは呆けたように呟いた。 服装と髪型は変わっているが、その顔は間違いなくあの夜眼に焼き付いた物と同じだ。 ただ一つの違和感――彼の性格を主張する不敵な笑みが、その顔には欠片も浮かんでいないということを除けば。 「――ダンテ?」 僅かに訝しがるような反応が返ってきた。 聞き慣れない低い声色に、ヴィータは我に返る。 目の前の存在を呆然と受け入れていた心に、猛烈な違和感が湧き上がってきた。 何かが違う。果たして、ダンテはこんな声を出していたか? 会話をリズミカルに弾ませるものではなく、鋼のように一方的な声を。 「そうか」 一言発する度に、重なり合っていたダンテと目の前の男がズレていく。 一人、何かに納得するような呟きを漏らすと、男は僅かに笑みを浮かべた。 ヴィータの全身が総毛立つ。今や、彼女は完全にダンテと目の前の存在を別物と断じていた。 形ばかりで何の意味もない笑みの形。正しく冷笑と呼べるそれは、ダンテが浮かべるものでは決してない。 「テメェは……誰だっ!?」 ヴィータは咄嗟に身構えた。本能が告げる。この男に隙を見せてはならない。 しかし、彼女の動揺は男にとって十二分な隙となった。 男が左手を振り上げる。あまりに無造作なその行為に、ヴィータは一瞬反応出来なかった。 男は風が吹くのと同じように一切の感情や意図を排して自然な動作で手の中の得物を放していた。 丁度、自分に向けて投げ渡されるように飛んで来る武器。それに意識を逸らされ、ヴィータは半ば無意識に手を伸ばして掴み取っていた。 そこからは一瞬の出来事だった。 意識を男に戻した時、既に彼は動いていた。ヴィータとの間合いを音も無く瞬時に詰める。シグナムが得意とする斬撃の踏み込みに匹敵する超高速の初動だった。 鞘の部分を掴んだままヴィータの手の中にある剣を、そのまま素早く引き抜く。 露わになった刀身は波紋を持つ片刃。<日本刀>の型を持ちながら、ただの鋼ではない全く異質な雰囲気を持つ武器だった。 闇の中に銀光が閃き、ヴィータ自身にさえ視認する間もない速さで刃が走る。 それが、腹部を貫いた。 「が……っ! ぶっ」 肉を裂く音と共にヴィータの小柄な体が無残にもくの字に折れ曲がる。 血が喉を逆流して、食い縛った口から外へ溢れた。 バリアジャケットを易々と貫通し、刀は完全にヴィータを串刺しにしている。 「テ、テメェ……は……っ」 グラーフアイゼンが音を立てて主の血に濡れた地面へ転がる。 ヴィータは必死に男を見上げた。ダンテと同じ作りの顔に冷酷さが加わり、無慈悲な変貌を遂げた眼光が淡々とこちらを見下ろしている。 ヴィータは初めて戦慄した。 あの時頼もしいと感じたダンテの力を、全く反対のベクトルに変えて備えた存在が眼の前に居る。この<敵>は危険だ。 「何……なん、だっ!」 苦悶の中に決死の覚悟を宿しながら、ヴィータは自分の腹に突き刺さった刀身を握り締める。 懸命なその姿を、しかし男は嘲笑いもせず、ただ冷徹な意思のまま刀を更に奥へと抉り込こんだ。ヴィータが激痛に喘ぐ様を尻目に、肩を掴んで無造作に刀を引き抜く。 広がった傷口から血が噴き出し、ヴィータは自らの血溜まりに力無く倒れ込んだ。 「ダンテ……奴も<この世界>にいるのか」 僅かに愉悦を含んだ独白を漏らし、力を無くしたヴィータの手から取り返した鞘に刀を収める。 倒れた彼女にはもはや一瞥もくれず、輸送車の荷台に戻ると、探していた物を取り出した。 それは赤い宝石をあしらったアミュレットだった。 死の静寂を取り戻した闇の中、ただじっとそれを見つめる男の視線には何処か感慨深いものが感じられる。あるいは第三者が見ればそう錯覚するかもしれない、長い沈黙だった。 『――目的の物は手に入ったかね?』 不意に、その沈黙は破られた。 男の傍らに出現した通信モニターにはスカリエッティの姿が表示されている。 彼の視線から隠すように、男はアミュレットを懐に忍ばせた。 「……ああ」 『これで、君の探し物が一つ見つかったワケだ』 「ああ」 『では、すぐに退散した方がいい。アリウス氏も目的を達したようだ。彼の置いていった目晦ましはたった今倒されたよ』 「分かった」 『では。寄り道をしないで戻って来てくれると助かる――<バージル>』 通信が切れると、バージルはすぐさま踵を返して、予め告げられた撤退ルートに向けて歩き出した。 闇の中に彼の姿が消え、やがてその靴音も聞こえなくなると、本当の静寂が暗闇と共に辺りを満たした。 もはやピクリとも動かなくなったヴィータの傍らで、グラーフアイゼンの通信機能がONになる。 『ヴィータ副隊長、救援要請が出ていますが!? ……副隊長、応答してくださいっ!』 通信を繋いだのはデバイスのAIが主の危機に際して独自に判断して行ったものだったが、もはや通信の意味は無くなっていた。 オペレーターのシャリオが異常事態を察して必死に呼びかける声にも、倒れ伏したヴィータは応えない。 主の生命反応が徐々に低下していく事態を感じ取りながら、グラーフアイゼンはただひたすら緊急信号を発し続けることしか出来なかった。 『お願いです、応答して下さい! ヴィータ副隊長! 応答して――!』 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> フレキ ゲリ(DMC2に登場) 犬の系統にある動物ってのは総じて忠誠心が高いと言われてる。忠犬を主役にした映画やアニメは結構在るよな。 <悪魔>ってのはその対極にあると言っていい。 奴らにあるのは力の有無だけだから、どいつもこいつも好き勝手に喰い合って、強い弱いで生きる死ぬが決まっちまう。まあ、分かりやすいといえば分かりやすい弱肉強食だ。 そんな自分勝手な奴らの中でも変わった<悪魔>ってのはいるもんだ。それがこの二匹だ。 <悪魔>でありながら同じ<悪魔>に付き従う、珍しい忠誠心を持った忠犬ならぬ忠狼ってワケだ。 従属心が強いせいか、他の<悪魔>のように好き勝手暴れることがない。御主人様が別に居るとはいえ、忠誠に値するなら人間にも一応従うみたいだしな。 人間サイズの大きな体格とそれに見合わない素早さが、狼そのものって感じの単純な攻撃パターンを強力なものにしてやがる。 おまけにコイツらは必ず二匹行動するらしい。狼の狩りのように鋭いコンビネーションは決して油断できないぜ。 なかなか厄介な相手だが、こんな奴らさえ付き従える<悪魔>ってのは更に厄介極まりない相手なんだろうな。 前へ 目次へ 次へ
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マクロスなのは 第24話『教導』←この前の話 『マクロスなのは』第25話「先遣隊」 SMSはアクティブ・ソナー作戦が行われたその日の内に、フォールド空間の座標に向けて無人戦闘機(AIF-7F『ゴースト』)部隊を派遣した。 しかしその結果は残念なものだった。 そこには土台から外れたフォールドブースターが浮いていただけだったのだ。 その事実は関係者を大いに失望させたが、ゴーストの持ち帰ったフォールドブースターは驚くべきことを記録していた。 ブースターが外れる寸前に記録したのであろう、アルト達の緊急デフォールドした座標だ。 その知らせに一番狂喜したのはルカだった。 「やった!これでランカさん達を迎えに行けますよ!」 単体でフォールド空間に取り残された場合、生存は絶望的だった。なぜならそんなことをすれば最後、三次元の物体は時空エネルギーの圧力に耐えられず機体が即座に圧壊、自爆するからだ。 しかしデフォールドしているなら話は別だ。 大気圏の離脱及び突入。そして星間航行能力のあるVF-25の生存性(サバイバビリティ)があれば大抵何とかなるはずだった。 しかしその座標はフォールド断層内のサブ・スペースと呼ばれる使わない・・・・・・いや、使ってはいけないゲート位置だった。 この空間に開いたゲートは普段使うゲートとは違って、通常空間との相対位置に必ずしも一致しない。 つまり入って10秒でデフォールドしても隣の銀河だった。という事が起こり得る。そのため救助はフォールド空間を経由せねばならなそうだった。 ―――――しかし救助の準備に取り掛かったSMSに横やりが入った。 『ここから先は我々が行おう。ご苦労』 突然の通達。差出人は新・統合軍だった。 最近風当たりの悪い新・統合軍としては、目に見える成果が欲しかったのだろう。 〝救出〟という美味しいところだけ持っていく理不尽で一方的な申し出だったが、悔しいことにSMSは民間企業であり新・統合軍は大切なスポンサーだった。 そうして今度はその座標に救援の先遣隊として統合軍のゴーストが一機送られることになった。 そのゴーストはフォールドクォーツを応用した通信機が装備されており、これを中継器として向こう側とのリンクが確立できるはずだった。 (*) 新・統合軍 ステルスクルーザー艦内 統合指揮管制所 そこでは一人のオペレーターがフォールド空間に突入したゴーストのオペレートを行っていた。 (なんてことはない。いつもの飛行をすればいいんだ) そう彼は自分に言い聞かせるもののふと手元を見ると、いつも扱うタッチパネル式のコンソールパネルの上に額から垂れたのであろう汗が一滴滴っていた。 この空調の利く艦内で汗を滴らせていたとなると、よほど緊張しているらしいことを再認識せざるを得なかった。今自分のやっていることは全銀河に名を轟かす超時空シンデレラ、ランカ・リーの救出作戦に他ならないのだ。 この作戦を見事成功させた日には、昇進させてもらえるかもしれない。それに何よりの名誉だ。そうすればフロンティアで役立たずの烙印を押されている統合軍軍人の妻や子供として肩身の狭い思いをしてるだろう家族に大手を振って歩いてもらえる。 はっきり言って何度も軍には失望させられた。 (だがフロンティアを守るのも、そこに生きる人を救うのも我らが新統合軍だ!目先の金が目当ての民間軍事プロバイダなんかに任せておけるか!) ハイスクール時代の新・統合軍のパレードを見て、この道を自信を持って進んだあの頃の自分に間違いはないはずだ。 そうでなくとも変えて見せる。そのための力は今手許にある。世界最高峰の技術の粋を結集した「ゴースト」という力が。彼は今それを何不自由なく操作できる自分に感謝した。 事実、その技量は客観的に見ても称賛に値すべきものであった。彼のゴーストはフォールド空間の磁気嵐の中を有線で航行しているが、ある時は自身がスティックを握って誘導し、またある時は巧みな判断で磁気嵐を先読みしてゴーストの自律航法装置に指示を出した。 そうして長い航路の末、目的の座標へとたどり着いた。 ちらりとのぞいたステータス表はオールグリーン。ゴーストは無傷で辿りつけたようだ。 しかし安堵のため息など吐いている暇はない。まだ彼も、そして相棒(ゴースト)も仕事を終えていないのだ。 手元のパネルからゴーストに積んだスーパーフォールドブースターを活性化。フォールドゲートが開いた。 フォールド中継器作動確認。周囲にレーダー反応・・・・・・なし。エンジンリスタート。スーパーフォールドブースター最大出力。 「まもなくデフォールドします。3、2、1」 画面いっぱいにゲートが近づいて――――― 「どうした?」 突然砂嵐になった画面に何が起こったかわからない上官が詰め寄ってきた。 何が起こったのか分からないのは彼も同じだった。予定ではゲートをそのまま突破。後に中継器を介してあちら側とコンタクトするはずだったのだ。 ゴーストのステータス表はリンク途絶を表示し、緊急ビーコンの応答もなかった。 (ウソだろ?全部うまくいってたはずだろ!?) 操作ミス・・・・・・いや、無かったはずだ。 整備不良は・・・・・・三日前オーバーホールしたのにそれはないよな。 磁気嵐にやられた・・・・・・記録を見る限りそんな様子はない。 可能性は潰れていき、ついにはなくなってしまった。つまり、何もわからないのだ。だから彼にはありのままを伝えるしかなかった。 「それが・・・・・・リンクが切れました。原因不明です」 「なに!?」 その上官はともかく状況を確認するとゴーストの回収を最優先して、ゴーストまで伸びているはずのフォールドクォーツの粒子入りのワイヤーを手繰り寄せる。 しかしその先には何もなくて・・・・・・ 彼は改めて自分が失敗したのだということを思い知らされた。 (*) その頃マクロス・クォーターのバーでは一番美味しいところを持っていかれたため、調査隊の隊員達がクサっていた。 特に悔しいのはルカだ。 「酷すぎますよ統合軍は!後少しってところで良いだけところだけ持っていって─────!」 「まぁまぁ、ナナセちゃんには私が伝えるわ。『あなたの彼がランカちゃんを見つけた』って」 シェリルがグロッキーな彼をなだめる。ハタチ前なのに周囲に合わせてお酒を頼んだ彼だが、あれから三時間。まだ一度も口を着けていなかった。 (まったく、まだ子供なんだから) 口には出さなかった。 そこにオズマ少佐が血相変えてバーに飛び込んできた。 「隊長? どうしました?」 「統合軍の先遣隊のゴーストが消息を断ったらしい」 「「え!?」」 その場の一同が唖然とした。 (*) 先のバジュラとの闘争においてあまり目立たなかったゴーストだが、そのサバイバビリティと戦闘力は世界最高峰だ。 そう簡単に落とされぬよう戦略・戦術システムと対ハッキングプログラムは毎週のように更新され、各種探知機から武装まで毎年アップデートされている。 それが消息不明となると事態は深刻だった。 即座に合同捜査という運びとなり、再びSMSが表舞台に立つことになった。 (*) フォールド空間 そこには精密な調査をするためSMSから派遣されたルカ率いる調査隊と護衛のピクシー小隊が展開を始めようとしていた。 母艦となっているのは新・統合軍のノーザンプトン級ステルスフリゲートだ。 今回ゴーストの行方不明の理由もわからず、まだ表向き新・統合軍の管轄として扱われているため船だけ回したらしい。 (僕達の命の重さはこの船一隻分ってことか) ルカは艦長席に座って指揮を取るコンピューター頼りのお飾りペーパーエリートに視線を投げると、ため息をつく。 しかし彼は容姿はともかく大人だった。すぐに (僕達だけで行かせなかったことを評価すべきか) と思いなおすと、自らが座る艦のセンサー類が統合制御監視できる部所である科学・調査ステーションのコンソールパネルを弾いた。 艦に搭載された各種長距離センサーではゴーストが入ろうとしたフォールドゲートの座標に異常は見られない。また、レーダーにも反応はないようだった。 しかしゴーストが行方不明になったことは厳然とした事実であり、宙域に吹き荒れる磁気嵐がセンサーを妨害し、敵機が隠れている可能性も否定できない。 ルカは最新の観測データをこの船の格納庫で翼を休める己が愛機『RVF-25』に転送。その席を統合軍ではない、SMSから連れてきた調査隊の一人に任せると、格納庫に向かった。 (*) ノーザンプトン級ステルスフリゲートは〝フリゲート〟の名に違わず配備数が多く、基本設計は30年以上変わっていない。しかし高速性とステルス性に長け、現在もマイナーチェンジしながら継続して量産が続けられて、各移民船団の主力護衛艦艇として活躍する優秀な艦種である。 それを証明する例としては、過去にバロータ戦役において第37次超長距離移民船団(マクロス7船団)が行なった突入作戦『オペレーション・スターゲイザー』の際、この重要な作戦に母艦『スターゲイザー』として同型艦が使用されていることなどが挙げられる。 さて、この艦はひし形の艦体構造と直線的なフォルムによってパッシブ・ステルス性を向上させている。また、フリゲートと言えど全長は252.5メートルと第二次世界大戦の大和型(全長263メートル、基準排水量64000トン)に匹敵し、兵装は粒子加速(ビーム)砲や反応弾を含めた各種ミサイルなので火力では比較にならない。 しかし運用重量約1200トン(質量)とまさに駆逐艦クラスであり、その差から生み出される内部空間はバルキリー隊などの機動部隊を運用するに十分な広さを提供していた。 SMSのピクシー小隊を率いるクラン・クラン大尉も愛機クァドラン・レアと一緒に格納庫にいた。 彼女の傍らにはバジュラとの抗争時からピクシーの二番機を務めるネネ・ローラが同じようにクアドラン内で出撃待機に入っている。 クランはその首に掛かるペンダントを愛しい物のように〝ギュッ〟とその手に握った。 そのペンダントの先には彼女の愛した人の遺品がある。 その彼が〝見えすぎる目〟の矯正のために掛けていたそれはアルトにとってのVF-25Fというように、今となっては彼女に掛かった呪い(カース)だった。 彼は無防備だった自分を守るために何のためらいもなくその身を盾にして死んだ。 愛のため殉じる。 『そんな陳腐な言葉』と鼻で笑われるかもしれない。しかし彼は自らや大切な友人達を守りきれたことに安堵して散った。 そのためクランはこのペンダントから彼の分まで〝生きる〟という呪いにも似た使命を背負っていた。 (ミシェル、お前は私が戦うことを望んでいないかもしれない。だが、私はゼントランなんだ。お前の守った人達は私が守り続けてみせる!) クランは決意を新たにしながらRVF-25に搭乗を始めたルカを見やった。 (*) 『クラン大尉、僕の『アルゲス』の探知範囲から出ないでくださいよ』 「わかっている」 クランは応えると、ノイズの激しい自機搭載のレーダーから目を離した。 彼女らは今、例のデフォールド座標に向かっている。 SMSのクァドランに搭載された各種レーダーシステムは、新・統合軍より高性能のものを装備しているが、この磁気嵐の中では役に立たなかった。 一方ルカの搭乗するRVF-25の装備するイージスパックはレーダードーム『アルゲス』に代表される強力なレーダーシステムと大容量・超高速コンピューターを搭載。その索敵能力と管制能力はルカの技量も相まって本式のレーダー特化型護衛艦一隻分に匹敵し、航空隊の〝目〟として機能する。 現在ルカはその強力なレーダーシステムとコンピューターを駆使して磁気嵐を寸分の隙なく解析、ノイズを補正し、三機の中で唯一正確なレーダー情報を入手していた。 しかしデータリンク電波も撹乱されてしまうので、ルカから届く音声通信と自身の目だけが頼りだった。 『まもなくデフォールド座標です。ローラ少尉、ワープバブルの位相範囲を最大にしてください』 『・・・・・・はい』 ルカの指示に編隊の最後尾に位置するネネのスーパーフォールドブースターが全力稼働。時空エネルギーの圧力に対抗するために展開されるワープバブル徐々に大きくなり、デフォールド座標までをバブルで包んだ。 ネネはそのまま定点となり、ルカとクランは周囲を警戒しつつ前進。デフォールド座標の調査を開始する。 『─────走査完了。付近に機影なし。フォールドゲートを開きます』 ルカの声が届き、RVF-25の主翼にくくりつけられたフォールドブースターが光を発する。 目前の空間に亀裂が入り、フォールドゲートを形成した。 クランは油断なくゲートに向かってクァドランのガトリング砲を照準するが、ゲートは我関せずとばかりにそこにあるだけだ。 『・・・・・・大丈夫みたいですね』 「ああ」 どうやら取り越し苦労だったようだ。おそらくゴーストも統合軍のバカが操作を間違えて故障させてしまったのだろう。 (これだからデブラン(ちっこいの)の作る機械は─────) と自らの搭乗するゼネラル・ギャラクシー社再設計のクァドラン・レアを棚に置いてため息を着いた。 『それじゃこのままデフォールドします。クラン大尉は先導願います』 「わかった」 彼女は応え機体を前進させようとするが、寸前で左端の方で視界を遮る〝もの〟の存在に気づいた。 胸元に入れていたペンダントが飛び出し、漂っていたようだ。 クランは危ない、危ない。とペンダントトップについた眼鏡の入った容器を掴み胸元に戻す。だがその先にあった左舷を映すディスプレイに光を捉える。 クランの手は即座に動き、ルカのRVF-25を突き飛ばした。 『うわっ!』 ルカの悲鳴と共に、さっきまでバルキリーがいた場所を5メートルほどの光弾が貫いていった。 「ルカ!今のはなんだ!?」 通信を送りながらその物体に腕部のガトリング砲をぶち込む。しかしそれらの弾幕は空しく空を切った。 『現在走査中!─────ダメだ!レーダー反応なし!目標はステルス、もしくは何らかのエネルギー体です!引き続き解析します!』 「チィ!」 クランは機体を横滑りさせて迫る黄色い光球を回避する。ルカもバトロイドに可変してガンポッドを照準、掃射するが、レーダーに映らないので普段コンピューター補正頼りの彼には荷が重い。 そうしているうちに蛇行していた光球は突然180度速度ベクトルを変えると、ルカに突入を始めた。 「おのれ!ミシェル、私に力を!」 クランはその胸に鎮座するペンダントに願掛けすると、機体の出力リミッターと『キメリコラ特殊イナーシャ・ベクトルコントロールシステム』のリミッターをオーバーライド。 機体の主機が瞬間的な200%の稼働によって悲鳴のような高周波の唸りをあげ、まるでゴーストのように設計の限界性能を引き出して加速する。 華奢な彼女の体に人間には到底耐えられない数十Gという莫大な力が働くが、メルトランディである彼女は遺伝的にハイGに耐えられる。それに"守る"と決め、そのための翼を与えられている彼女にとってそれは些末な問題にすぎなかった。 その速度そのままにルカと光球の間に割って入った。設計限界からの瞬間停止によって限界を迎えた慣性制御システムが煙をあげて吹き飛ぶが、クランの瞳はまっすぐに迫ってくる光球から離れなかった。 「ハァァァ!」 腕部にフルドライブのPPBを展開、雄叫びと共にその光球に正拳の一撃を放った。 激突した両者から発生した莫大な時空エネルギーの余波が電流として発現。クァドランの巨体を流れる。 その過電流によって機載の電子機器が次々システムダウンを起こし、沈黙していく。 しかしクァドランはいい意味でシンプルな機体だった。 その基本設計は何千何万周期もこの広い宇宙で戦い続けた『クァドラン・ロー』という機体だ。 『クァドラン・レア』はそれをゼネラル・ギャラクシー社が再設計、現代戦に対応するため多数の電子機器を装備し、武装を改装したものだ。 ゼントラーディの兵器群はプロトカルチャー設計のもので、その耐久年数は人間製のものとは比較にならない。 さる筋の調べによるとピコメートル単位の誤差すらないらしい品質の高さも挙げられるが、その設計のシンプルさが物を言っていたのだ。 その基本設計を受け継いだクァドラン・レアは元々各種電子機器などなくても操縦者さえいれば戦闘稼働が可能なほどのタフな機体だった。 『お姉様!』 遠方でワープバブルを維持するネネの悲鳴が耳を打つが、通信機はそれを最後に沈黙する。 絶縁破壊を起こした電気配線がスパークして目の前にあった前部モニターを吹き飛ばす。 腕部のガトリング砲に異常事態。それを警告するモニターがなかったが、彼女の髪の光ファイバーを利用したインターフェースによってそれを知り得たクランは緊急システムでそれをパージする。直後電子機器のスパークで弾薬に引火したそれは大爆発した。 次々機能が死んでいくクァドランの中でクランは必死に機体を操り、光球を押し留める。 おそらくVF-25やVF-27ではすでに機体は操縦者を見捨てて機能停止していただろう。 しかし各部分ごとに独立したブロック(ユニット)型という名の構造。そして正副二重(つまり四重)に確保された操縦用回線はこの状態でも操縦者を見捨てまいとなけなしの力を振り絞る。それはもはや奇跡に近い稼働だった。 その甲斐あってようやく光球は転進、左舷方向に流れていく。 「嘗めるなぁ!」 気合い一発。クランは機体前部を相手に向けると、前部を向いたまま旋回能力が死んでいた『対艦用インパクト・キャノン』をカンで照準。引き金を引いた。 元のビーム砲から対バジュラ用のMDE重量子ビーム砲に換装されたこの火器はあやまたず光球を貫き、爆散させた。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」 荒い息づかいがヘルメットの中を反響する。 クランは機体を動かそうと操作するが、ピクリとも動かなかった。気づけば主機である背後の『キメリコラ/ゼネラル・ギャラクシー熱核コンバータFC-2055µ』も停止している。 どうやら愛機は本当におシャカになってしまったようだった。 (お疲れ様だ。良く頑張ってくれた) クランは敵を倒すという役目を果たして息絶えた愛機に告げると、非常用の爆裂ボルトに点火。コックピットハッチである前部装甲をパージすると、手を差し出すネネのクァドランに掴まってルカ共々母艦に帰還した。 (*) 「有人調査で判明したのは以下の通りです」 集めた調査隊員を前に、ルカは調査結果をスクリーンに投影しながら説明する。 調査隊を襲撃した光球は莫大な時空エネルギーの塊で、調査隊が磁気特性を持ち、レーダー波を発していたため自然と寄ってきたものであること。 レーダー波を吸収、結果アクティブ・レーダーで探知できないことからゴーストもおそらくこれに撃墜されたと思われることなどだ。 「─────しかし問題はこれだけではありません」 ルカはそう告げると、スクリーンに違う画像を展開する。 「これは・・・・・・次元断層シールド?」 調査隊の1人が驚愕に目を見開く。これは現代ではバジュラクイーンしか発生させたことがなく、次元断層によって位相空間内を外部の次元と隔てることで物理的な攻撃を完全に防ぐ現状では最強のシールドだ。 「はい。あの光球のエネルギー源を様々な調査結果をつき合わせて検討した結果〝フォールドゲートを自然発生の強力な次元断層シールド〟が塞いでいるという結論に達しました」 彼の説明によれば、光球がフォールドゲートを開いた時に初めて出現したことから関連性を調べてみると、開いたフォールドゲートの数値異常に気づいたという。 最初はサブスペースのゲートだからと気にしなかったが、どう考えてもエネルギーが莫大過ぎる。 そこでゲートを解析すると、どうやらアルト達が無理やりデフォールドした結果、次元連続体が寸断され莫大なエネルギーが流出。そこに溜まり、シールドを形成したらしい。 「またこれにより時空までも捻じ曲げられているらしく、波動的に変動して時間の進行速度が変化しているようです。計算上では現時点で、あちら側ではゆうに3カ月以上が経っているものと考えられます」 「それじゃランカはもう―――――!」 部下であるアルトはともかく、溺愛する妹の安否を第一に置いているらしいスカル小隊隊長は顔面を蒼白にして拳を握る。 20日やそこらならVF-25は問題なく稼働して星間航行できる程度の移動手段になるだろう。コールドスリープを使えば酸素も食料も何とかなる。しかしそれ以上となると機体はパイロットの整備だけでは維持できない。三カ月ともなれば宇宙はまず飛べまい。そうなると搭乗者達の生存率は飛躍的に低くなる。なぜなら全くわからない未開の場所で、人間にあった生存可能惑星が見つかる可能性は限りなくゼロに近い。 その事実は宇宙開拓者であった自分達がよく知っていた。 「いえ、オズマ隊長、その点は大丈夫です。あちら側には一定以上の生存可能惑星があるみたいなんです。時間の変動の正確な係数も接近した時収集したデータからランカさんのフォールドウェーブを解析してわかったものですし・・・・・・彼らはまだ、僕たちが迎えにくるのを待ってくれています」 自分達にとっては一週間も経っていない事柄だが、あちらにとっては三カ月以上。これだけ長いと捜索は打ち切られたと判断するはずだが、まだ生きて待っていてくれているという事実はオズマを含め調査隊隊員達を今まで以上に奮い立せた。 しかし――――― 「しかし現時点で二つの障害があります。ゲートを開くと溜まったエネルギーがフォールド空間に溢れ出して光球という形に発現、これが今回のように第一の障害となります。もっともこちらに関してはクラン大尉のようにバルキリーレベルの重量子ビームの直撃か金属性実体弾で消滅させたり反らすことができるでしょう。しかし第二の障害である断層シールドは現用の戦術反応弾頭、DE(ディメンション・イーター)弾頭を含めても突破は不可能です」 「ちょっと待て、それじゃアイツらを助けに行けないってのか!?」 希望が出てきたと思った矢先、絶望に落とされたことで調査隊の一人が感情も露に机を叩く。 「安心してくだい。手はあります」 「なん・・・・・・だと?」 ルカは不敵な笑みを浮かべるとそれを告げた。 「僕らには断層シールドを〝素〟で突破できるバジュラ達がいるじゃないですか」 調査隊員達は 「「その手があったか!」」 と喜ぶと、上げたり下げたりしてもったいぶったルカにオズマを筆頭とした者共からスリーパーホールドなどの〝手厚い歓迎〟が施された。 「・・・・・・バカどもが」 「そうですよね。これだから殿方は―――――ってお姉様!?」 「私も混ぜろぉ~!」 楽しそうに両腕を振り回しながら闘争の渦の中に突貫して行った大学の先輩で小隊長である青髪の少女にネネは (これはこれでありかも・・・・・・) と思ったそうな。 (*) 新・統合軍とバジュラクイーンを交えた協議の結果、先遣隊として個体番号1024号。通称「アイくん」、そしてブレラ中尉搭乗のVF-27『ルシファー』が選定された。 アイくんが選ばれた主な理由としては第一に赤色をした大きなバジュラ、つまり成虫バジュラであること。 そして第二に幼生の時にランカに育てられたため、個体としての知能が高く、クイーンからの誘導を切られても完全な自立行動が可能だったことなどが挙げられる。 またVF-27が行けるカラクリについては、これもまたルカの隠し球である。 実は例の断層シールドには通常兵器の単体による攻撃は通用しないが、強力な歌エネルギーのサウンドウェーブと強力な重量子ビームか、重量子反応砲の相乗効果で突破可能という結論が出ていたのだ。 そこで特定のサブスペースを探し出せる高性能センサーと重量子反応砲によって唯一あちらから能動的に帰還できるマクロス・クォーターを送り込むことを考えたのだが、ここで問題となったのは向こうとこちら側との時差であった。 最も近い時の時差でも10倍強。つまり仮にマクロス・クォーターが突入までに10秒かかってしまうと、先に突入した先端部分と後部との時差は100秒となって船体自体が引き裂かれる。 そこでSMS技術班は、フォールド空間内で外界と次元的位相を持って断絶させるフォールドのワープバブルをヒントに時差から内部空間を守る時空シールド(ディストーション・シールド)を考案した。 しかしそのための改修は数時間かかることが予想され、あちら側の時間軸で三~四カ月ほど掛かってしまう。 かと言って先遣隊であるアイくんには行った先での生活支援などできないことが多い。また、何かを随伴させようにも彼の突入方法はクォーターのようなシールドに守られた物でなく、重量子ビームで空いた穴に爪を掛けて無理やり広げ、飛び込むという荒い方法だ。 そこでその荒業時に耐え、かつアルト達の支援に対応できるであろうVF-27に白羽の矢が立ったのだった。 そして先のブリーフィングの六時間後には先遣隊の突入が真近に迫っていた。 (*) 惑星『フロンティア』の宙域ではアイくんを見送る艦艇が集っていた。 みなアイくんの所属部隊である民間軍事プロバイダ「惑星フロンティア防衛隊」の異種属混成艦隊だ。 嫌気から統合軍を飛び出した人間とゼントラーディの艦艇に加え、バジュラの空母級が実験的に一隻配備されている。規模は小さいが、半年前にさらに広域を担当する新・統合軍艦隊を突破したはぐれゼントラーディの五個艦隊を水際で一日以上足止めするという輝かしい戦歴を誇っており、その有用性を高く知らしめた現在SMS最大のライバル会社だ。 なお余談であるが、この事件は統合軍艦隊到着前にシェリルとランカを数万光年先からスーパーフォールドして輸送したSMSの介入で収束しており、新・統合軍の威厳をさらに貶め、彼らのいいとこなしの代名詞のような事件となっていた。 防衛隊主力バルキリーであるVF-171の編隊がアイくんをフォールドゲート前で待つSMSのマクロスクォーターまで送り届けると、その深緑の翼を翻しながら惑星軌道上の母艦へと戻っていく。 『帰ってこいよ!戦友!』 フォールド通信波に乗ってやってきたそのうちの一機のバルキリーパイロットの声に、最近覚えた片腕の指を一本だけ立てるという行為を返した。人間流に言うとサムズアップと言うそうで、パイロット達がやっていたのを真似てみたのだ。初めてこれをやった時にはフォールド翻訳機以外の意思疎通ができたと喜んでくれた。 それ以来険悪だった自分達と仲良くしてくれたように思う。おかげで人間とは自分の真似をされると嬉しいらしいことは〝我々全体で〟学習済みだ。 彼は今回の見送りなど破格の待遇は努力が認められて自分達、バジュラという生物もまた、人間やゼントラーディ逹にとっても戦友であり友人であると認められたからだと思っていた。 『これより未知の空間に旅立つ、アイ君に敬礼!』 アイくんにはまだ階級というものがよくわからなかったが〝この部隊のバジュラ・クイーン〟と認識する声がフォールド通信波で放たれる。 元フロンティア新・統合軍防衛艦隊司令、今の防衛隊の艦隊司令であるバックフライトの声だったそれは光を凌駕するスピードで各艦に波及して、一斉に敬礼を放たせた。もちろんバジュラ空母級の仲間達も学習を生かして敬礼の真似事をしていた。 アイくんは一度礼を言うように宙返りしてフォールドゲートへと突入していき、シェリル座乗のクォーターも続いていった。 (*) フォールド空間内サブスペース 予定座標 今も補強などの改装作業の進むクォーターのブリッジのステージでは、シェリルがステージ衣装に身を包み、たたずんでいた。 また飛行甲板には出現するだろう光球に対して射撃を行うマイクローン化したクラン大尉の搭乗するVF-25Gや多数の人型陸戦兵器(デストロイド)がずらりと配置され、壮観な光景を出現させていた。 そして───── 「全艦、準備完了」 ディスプレイに浮かび上がった合図にキャシーの声が花を添える。その知らせに艦の長たるワイルダーは凛と号令を発した。 「野郎ども!我らの姫君に必ず〝希望〟を送り届けるぞ!作戦開始!!」 ワイルダーの号令一下アイくんの体内フォールド機関を活性化。予定座標にフォールドゲートを開いた。 同時に飛行甲板の部隊が一斉に射撃を開始し、出現した光球の撹乱を開始した。 それに呼応するようにシェリルはマイクを握りしめると歌い始めた。 〈ここからは『射手座午後9時Don t be late』をBGMにすることを推奨します〉 吹き荒れる磁気嵐に対抗するため重力制御装置が全力稼働でクォーターの姿勢を制御する。 その人工重力によって重力が歪められるが、撃ち出される弾体は距離に反比例して直進していく。 そして甲板が一瞬火山みたいに光ったかと思えば、巨大な砲弾とミサイルが飛翔して行った。 VB-6『ケーニッヒ・モンスター』の32センチレールカノンから撃ち出されたDE(ディメンション・イーター)弾四発と、両腕に装備された六門の重対艦ミサイルだ。 四発の砲弾はフォールドゲートに熱いキス。真っ黒な異空間を作り出して、シールドを削った。 一方ミサイルに釣られた腹ペコ光球は反応弾頭に匹敵する爆発に呑まれ霧消した。 「第2ステージ開始!」 キャシーの指令にアイくんは背中に背負う甲羅から伸びた巨大な針にエネルギーを集束し始め、無防備になった彼に迫る光球をVF-27自慢の高機動で動き回り、展開した弾幕がその行く手を阻む。しかしそれのみではとても間に合わない。 「持ってけぇぇぇ!」 クランは叫びと共にVF-25Gの装備するSSL-9B ドラグノフ・アンチ・マテリアル・ライフルから55ミリ超高初速MDE弾を撃ち出し、流星のようにアイくんに迫った光球のことごとくを散らし、撃墜する。 また同時に砲弾とサウンドウエーブによって不安定になった次元断層シールドにアイくんの、ゼントラーディの2000メートル級戦艦をも一撃で沈める重量子ビームが放たれた。 着弾、そして大爆発。 だがそれを持ってしても穿たれた穴は1メートルに満たなかった。 しかもそれすら徐々に閉じていく。 「飛んでけぇ!」 クランの叫びが聞こえたのかアイくんは尾を振って突進。その穴に自らの針と手を突き入れ、力任せにこじ開けようとする。 シェリルは渾身の歌で、クラン達は弾幕でアイくんを援護する。 全員思いが届いたのかシールドのヒビが広がっていく。そしてガラスの割れるような音と共にシールドを無力化。VFー27がその間隙を縫ってゲートに突入。アイくんは一度こちらを返り見るようにして突入していった。 「ゲート消失!ブレラ中尉からの通信リンク待機中・・・・・・」 クォーターのブリッジにて通信・火器管制を務めるラム・ホアが耳にインカムを押し当てながら待つ。 VF-27に積んだ特殊なフォールド通信機ですぐさま通信リンクを確立、向こうの状況を送ってもらう手筈になっていたのだ。しかしその視線の先の時差修正タイムラインが一時間、ついには一日を超えても通信リンクが確立されることはなかった・・・・・・ to be continue ・・・・・・ ―――――――――― 次回予告 新人たちに与えられた久しぶりの休日 しかしそれは嵐の前触れに過ぎなかった・・・・・・ そして動き出す敵の正体とは? 次回マクロスなのは第26話「メディカル・プライム」 偉大なるベルカに、栄光あれ! ―――――――――― シレンヤ氏
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ウイングロードで突っ走った先にあるのは、狙撃型オートスフィア。 遠くからさんざ撃たれまくったけれど、 ティアの幻術が道を拓いて、やっとあたしの射程内。 半年に一度のBランク昇格試験、ここで落とせば、また半年後。 あたしだけじゃない、ティアの夢が、こんなところでつまづくのなら。 足をくじいたティアを放って、あたしだけがゴールするくらいなら。 そんな未来は、握った拳でぶち砕く。 あの日、あの時、あの人が、あたしにそうしてくれたように。 そして、もう二度と、守れないことのないように。 神 聖 破 撃 ディバイン・バスター 魔力球、形成! 振り抜く右のリボルバーナックルで殴打、衝撃波、発生! 敵の攻撃全部はね飛ばし、無理矢理に隙をこじ開ける。 分厚い天井をぶち抜いて生きる道を創ってくれた、あの人の魔法。 間髪入れずにウイングロード、展開! ローラーブーツ、最大加速! 作った道は、あたし自身で駆け上って、極めるんだ! 右の振り抜きざま、左の素拳に込められた力は、 踏み出した足と同時に、真正面の『未来』にめり込む。 「 因 果 (いんが)!」 あの日の空に 見つけた憧れ あたしは あたしの なりたいあたしに なる ! 魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果 第九話『二人(前編)』 「因果だってよ、覚悟くん」 「否、あれはディバインバスターなり」 照れなくてもいいのに。 少し嬉しそうで、少し哀しそうな顔をしている覚悟くん。 やっぱり、一度は生命を助けた子だから、 わざわざ戦いの場に戻ってくるのを止めたい本音もやっぱりあって。 でも、あのとき、あの子を助けた魔法の名前を受け継いで、 誰かを助ける仕事を望んでくれた…伝わる思いも、うれしくて。 また映像に目を移したら、ティアナちゃんを背負ったスバルちゃんが、 制限時間ぎりぎり、全速力でゴールに突っ込んでくるところ。 合格は間違いなしだった。 満点はあげられないけど、見せてくれた奮戦と結果は、納得するには充分すぎる。 そんな、感激の目で見ていたから、あやうく気づかないところだったけど。 「危険だ」 「…まずいね」 ヘリから一緒に飛び降りた。 このままじゃ二人とも、ゴールの先にある瓦礫に正面衝突だから。 最後の最後でこんなミス…危険行為の減点は大きいけれど、 今はそんなこと、気にしている場合じゃない。 覚悟くんは覚悟くんらしく、正面から二人を受け止めきるつもりみたい。 だったらわたしはその後ろからアクティブガードで、さらにやさしく受け止める。 誰も痛くないように…そう、思っていたんだけど。 スバルちゃんのとった行動は、覚悟くんの予想も、わたしの予想も超えていたんだ。 わたし達が受け止める体勢をとるよりも前に、スバルちゃんは、ティアナちゃんをお姫様抱っこして。 …自分で、仰向けに転んだんだ。 「んんうううぅぅぅぅぅぅッ!」 歯をくいしばりながら、背中でアスファルトを滑ってゴールを通過。 ティアナを上に載せたまま、平手を地面についてブレーキ。 わたしと覚悟くんよりはるかに前の地点で、速度を完璧に殺して止まった。 正直、言葉もなかったよ。 だって… 「…ゴール、だよ、ティア」 「っの馬鹿ぁ!」 バリアジャケットの上着は摩耗しきって消滅して、 肩とか背中とか、こすった後が一直線に赤く残ってる…地面に。 痛い、痛いよ。 これは痛い、見てるだけで。 「なんてこと、なんてことしてんのよ! あんた…あんた、正気ぃ?」 泣きそうな顔で胸ぐらを掴み上げてるティアナちゃんに、 スバルちゃんは少し笑って答えてた。 血みどろの背中に、全然気づいてないみたいに。 「その…ティアが、足、怪我してるから。 これで、公平かなって…」 「馬鹿言ってんじゃないわよ、なにが公平よぉ」 「それより、間に合ったよ、制限時間内に、ゴールできたみたい」 「んなの、どうでもいいわよっ、いくら、あんたが…」 覚悟くんが近づく。 わたしも近づく。 二人とも、それに気がついて、こっちを見た。 試験の結果は、今は二の次。 言ってあげなくちゃいけないことができたけど、 それは覚悟くんがやってくれそうだったんで、わたしは止まって待っている。 少しぼんやりした顔のスバルちゃんの正面に立つと、覚悟くんは。 「馬鹿者! 己が身を大事にせよ!」 開口一番で怒鳴りつけてくれた。 思わずきつく目を閉じるスバルちゃんに、かまわず続けていく。 「父と母より受け継ぎし玉身(からだ)。 昇格試験ごときで、粗末に扱ってはならぬ」 「…ごとき、じゃ、ないです」 だけど、ここでまた。 「ティアの夢が、かかっているんです。 ここでダメにしちゃったら、また半年先になるから。 半年も遅れちゃうから、だから…」 スバルちゃんは、明確に反論してきたんだ。 この試験には、これだけのケガをわざわざしてまで受かる意味があるって。 それは友達の夢を守ることなんだ、って。 そう聞かされた覚悟くんは、少し、むずかしい顔をしてから。 「その意気やよし」 「…わっ?」 「よくぞ、これほどになってまで守り抜いた」 脱いだ機動六課のジャケットを、スバルちゃんの背に放り投げるようにかけた。 当然だけど、覆い隠された傷口の部分から、すぐに血で汚れていく。 「だが、できるだけ自ら傷を負うことは避けよ。 おまえの友も喜ばぬ」 目配せされたティアナちゃんも、一瞬遅れて弱々しくうなずいた。 覚悟くんは満足するようにここから立ち去ろうとして、 その背中をまた呼び止められる。 「あ、あのっ、これ、上着」 「医務室で処置を受けて後、返しに来るがいい」 「でも、血で…」 「おれもあの時、きみの服をおれの血で汚したはず。 これにて公平!」 「…………」 あとは覚悟くん、振り返りもしなかった。 これからは、守るべき誰かじゃない。 一緒に戦っていく後輩になる。 覚悟くんに言わせてみれば、スバルちゃんは生命の恩人で。 スバルちゃんがいなければ、火事の中、一人で力尽きていて。 そんな子を戦わせるのはやっぱり嫌って本音は、きっと、どうにもならない。 でも、そんな覚悟くんだから、わたしはすっごく期待してる。 絶対に死なせたくなくて、その上、スバルちゃんの戦う意志が揺るがないなら。 覚悟くんは、スバルちゃんにティアナちゃん、それとまだ来ていない二人にも、 育てるために全身全霊を尽くしてくれる。 これは確信かな。 その後、試験が終わった二人に、すぐ機動六課の話を持ちかけた。 二人が出会った、あの怪人の背後関係を今は追っているって説明した。 だから多分、他よりも、ずっと危険で血なまぐさい仕事を請け負うことになるよ、って。 断りたければ、断ってもいい。 二人にはその権利があるから、って。 …答えはね、ふたつ返事だったよ。 これからよろしくね。 スバル、ティア。 わたしも、二人を絶対、死なせたりしないから。 スバル・ナカジマ、およびティアナ・ランスター。 この二名は良し。 だが、もう二名はどうか? エリオ・モンディアル、およびキャロ・ル・ルシエ。 魔導の素質すぐれたるフェイトの養子二人。 スバルとティアナが今回の試験にて勝ち取った陸士Bランクを、 エリオなる少年、すでに保有しているも、それだけでは信用できぬ。 精神(こころ)伴わぬ戦闘力は危うき候。 たとえるならば、嵐に揺らるるいかだの上、樽に詰まったニトログリセリンに同じ。 保有する大破壊力、正しく扱えねば自らを滅ぼす。 これ父、朧(おぼろ)の教えなり。 ゆえにおれは問わねばならぬ。 両名の、戦士としての了見を。 別にフェイトを信じぬわけではないが、こればかりは拳を突き合わせねばわかるまい。 両名を機動六課官舎に呼びつけて早々、おれは模擬戦を申し込んだ。 むろん、フェイトが立ち会う。 養子二人がこれより志望するは、殺意うずまく戦場なれば、 むざむざ死にに行かせるを承知するわけもなし。 ただ、これだけを言って、この模擬戦を許したのだ。 「私は信じてるよ。 二人の持ってる、ゆずれないもの」 「その言葉、覚えたぞ」 模擬戦場には、基礎的に廃墟を設定。 高速道路跡上にて、おれと両名は向かい合っている。 紅の少年と、桃色の少女。 まだ年端もいかぬ子供… とはいえ、おれとて十歳にして零式鉄球をこの身に埋め込んでいるのだ。 そして、さらには。 あの高町なのはも、フェイト・テスタロッサ・ハラウオンも… はやてまで、十歳に届かずして実戦に身を投じているという。 すなわち、身体未成熟であろうが、面影に幼さ残っていようが、あそこにあるは未知の敵。 いささかなりとも、あなどる気は無し! 「正調零式防衛術(せいちょう ぜろしきぼうえいじゅつ)、葉隠覚悟…参る!」 「…エリオ・モンディアルと、ストラーダ!」 「う、あ、あの…」 紅の少年、エリオは槍を掲げて返礼したが、 少女は気後れしきって何も言わぬ。 早くも底が知れたか? そのようなわけはあるまい。 「名乗れ! 戦う前から気迫に呑まれてどうする!」 一喝。 これでひるんでしまうならば、戦場に立つ資格なし。 だがそこで、傍らにいたエリオ、少女の背を軽く叩き、 振り向く少女に目を合わせ…うなずく。 そして再び、槍をこちらに構え、突き出す。 宣戦布告、確かに見たり。 少女もまた、気合いを入れ直し、今度こそ名乗った。 「召喚師、キャロ・ル・ルシエ! フリードリヒと、ケリュケイオン!」 エリオから多少の力をもらったか。 それも良し。 少女、キャロの背に隠れていた竜、フリードリヒも姿を現わし、開幕準備完了。 「…来い!」 戦士の礼にて、相手つかまつる! 前へ 目次へ 次へ
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第二章『二人の出会い』 出会って嘆いてぶつかる叫び 泣いて悔やんで拒絶が響き なら何故二人は出会うのか ● ―――貴金属は力を得る。 自らの声に似たそれが響き、佐山は一つの変化を知覚した。 停まった・・・? 具体的に何が変わった訳ではない。自分が立つ道路も、暗くなりつつある空も、眼下に広がる木々の斜面やその最底辺を流れる川も、何一つ変わってはいない。 しかし気配というものが無くなっていた。 木の上に住む野鳥、草むらに潜む虫、そよぐ風と揺れる木々。山中とはそういった目視出来ぬもの達の気配に溢れる場所だ。だがそれらは今、全てが失われていた。 「一体何が・・・」 佐山は呟きながら辺りを見回し、そして気付いた。背後から近付くそれに。 「車!?」 背後から一台の車が走り込んでくる。 違和感のあまり、道路の中央で棒立ちを・・・! 車はこちらへと高速で接近、避ける間もなく佐山に迫り、 「すり抜け、た?」 迫った車は自分と重なり、しかし佐山の身を跳ね飛ばす事も無く突っ切った。 そして佐山は見た。自分を透過したその車が、青みのある薄い影となって走り去るのを。 どういう事だ・・・ 佐山は車の走り込んで来た方を向く。そして目前にあるものは、 「――壁、か?」 一定以上先の風景を僅かに霞ませ、それより先に佐山を進ませない何かだ。まるでこちら側とあちら側の空間がズレた様だ、と思い、 「まさか・・・さっきの車は私が見えなかったのか?」 それならば説明がつく。向こう側の車がこちら側の佐山に干渉出来なかった様に、向こう側からはこちらが見えなかったのではないか、と。 「――どういう事だ」 解りはしない、謎ばかりでヒントすらもない。立ち尽くして思考に沈み、そしてふと佐山は音を聞いた。 物音でもなく自然の出す音でもない。それは声だった。ただし、本能のままに捻り出された声、それは悲鳴と呼ばれる。 「―――――」 耳は響く悲鳴を聞き、佐山は変化を得る。全身に力が込められ、そして過去を思い返すという変化だ。 かつて、母に連れられてこの辺りまで来た記憶。山中に連れられ、大事な人に会おうと言われ、 「しかしその約束は果たされず・・・か」 胸は軋むが、呼吸と意思を持ってそれを抑える。 「――よし」 悲鳴は山彦の様な音で佐山に届いた。つまり悲鳴の主がいるのは、 この斜面の下だ! 佐山はネクタイを緩め、スーツの上着を脱いでシャツを露にする。両方が果たされた時にはもう足が道路脇のガードレールに駆け寄り、そして飛び越えた。草のたわむ音と共に着地、即座に疾走する。 腰と共に重心を下げ、滑る様にして斜面を下る。夕闇も近い。日没ともなればさぞや暗いだろう。 急げ、その一念が佐山を駆けさせる。 そうして風を切り、木々の間を抜ければ見えてくるものが三つある。 一つは石や岩に囲まれた川。道路から見えたものだ。 もう一つは人間だった。それも仰け反った姿勢で宙を飛んだ、手に白い杖の様な物を持つ少女。 いかん! 少女の体が落下を始めた。地面は石と岩に埋められた川沿い、背から落ちればただでは済まない。佐山は上着を捨てて跳躍、慣性を持って少女へ近付き、 「・・・っ!」 抱えた。弧を描いて落下し、が、という硬い音と、じゃ、という湿った音を鳴らして佐山は着地する。少女を抱えた事で勢いが弱まったのも功を成した。 「――しかし世界とは不思議なものだ」 少女の危機回避に成功した所で佐山はそれを見た。この川に辿り着いた時に見えた、最後の一つを。 やれやだ、と佐山は思う。今日一日で随分な体験をしたものだ、と。 訳の解らない空間に閉じ込められ、悲鳴を聞いて山中を下り、少女を助け・・・ そして極めつけは、 「人狼、とでも言うのかね? ・・・まさか伝説上の異形に会えるとは思わなかった」 この少女を宙に送った相手なのだろう、佐山は人型の獣と対峙していた。 ● 佐山の視線の先、それは確かにいた。 鈍色の剛毛、強靭な巨躯、指先には長い爪、そして頭部は狼のものだ。その右足には裂傷がある。深くは無いが血が流れ、それが今の自分達を襲わない理由、そして血走った目でこちらを睨む理由だろう。 敵意、否、殺意は万端という事か・・・ 少女の落下は避ける事が出来たが、根本的な危機はまだ免れていない様だ。 「・・・え?」 そこまで考え、佐山は腕の中の少女が声を漏らすのを聞いた。 「――無事かね」 「き、君は・・・」 目を丸くして少女は佐山を見て、ふいに自分の姿を見た。佐山に抱きかかえられたその体は、 「・・・きゃぁ!?」 服が引き裂け、右脇から左腰までが露出していた。 しかし奇怪な服だ・・・ それは装甲服なのだろうか。白地に黒で彩られた装甲がボディスーツに付け足された様なデザインだ。そして何よりも、 あの異形の爪に引き裂かれた様だが・・・何故体に傷がついていない? 破れたボディスーツの下、色白の腹部には傷一つついていない。緊張故か汗に濡れ、小さく上下している。 「な、何見てるんだよ!」 紅潮した少女の拳が佐山の腹に突き刺さった。両腕は少女を抱えていたので対応出来ず、打撃はクリーンヒット。 「―――」 佐山は悲鳴すらなく倒れた。少女もそれに巻き込まれ、わ、と声を出して川沿いに落ちる。 い、いかん。今は先に確認しておくべき事があった! 内臓に響く痛みを堪えて佐山は上体を起こし、同じく身を起こす少女を見た。 「あの異形を退ける方法は?」 「え? あ、ていうか、君は何? 覗き魔?」 「覗き魔ではないし哲学的な問答をここでする気もない。問いは一つ、答えも一つだ。――あの敵を倒す方法は?」 少女は息を飲み、しかし人狼が動き始めたのを見て口を開いた。 「貴金属。――それに関するものじゃないと効果的な力を得られないんだ」 信じよう、と思う。今この状況が解り、協力してくれるのは彼女だけだ。 「――君の名は?」 「・・・新庄」 「そうか。では新庄君は下がっていたまえ。彼の相手は私がする」 その理由は、彼女が戦えるのか、という疑問故だ。彼女が宙を舞いながらも放さなかった白い杖、それこそが人狼の足に裂傷を与えた武器だろう。それを持ちながら人狼に勝る事が出来なかったのは、 彼女の意思、か・・・ 佐山に抱えられて初めて見せた、涙の薄く滲んだ新庄の瞳を佐山は思う。 彼女は甘い人間だ、攻撃力にはなれない・・・ だから佐山は走った。 「ちょ、ちょっと待って! ボクの仲間が来るのを待ってよ!」 そんな間は無い! 彼女の仲間がどのようなものかは知らないが、不確定要素に警戒した人狼の攻撃よりも先に現れるとは思えない。そして構えて攻められた時、不利なのはこちらだ。 人狼の巨躯に佐山は迫る。 ● 転ぶ事無く佐山は石の上を疾走、左手でシャツの胸ポケットから二本と形容出来る小物を引き出した。 「スイス製のボールペン。・・・先端は銀、貴金属だ」 二本のボールペンを指に挟み、 「――これで痛い目を見せよう」 投じた。 2メートルもない至近距離での速度は高速、残像を引いて人狼に迫る。 しかし人狼は反応、右手でボールペンを鷲掴みにした。瞬間、ボールペンを内包する右手が青白い炎を吹き出した。 「――が」 人狼の雄叫びは怒りによって上げられたもの。すぐさま右腕を振ってボールペンを払い捨てる。そして佐山はそれによって空いた右脇へと飛び込む。 だがそこで佐山は衝撃を受けた。何が、と確認すれば、 「・・・尾か!」 人狼の腰下から伸びる長い尾、人間では有り得ない第三の攻撃手段が佐山を打った。威力こそないが一瞬動きを止めるには充分。そして人狼の口、黄味を帯びた鋭い牙が迫り、 「・・・っ!!」 佐山の左腕を貫いた。巨大な口内、そこが佐山の二の腕の中程から先を完全に含んだ。 目前に迫る人狼の頭、そこに備わる目が笑みで佐山を見る。痛い目を見たのはお前だったな、と。 「―――あ」 後方、新庄が悲鳴を上げた。 そのまま人狼は首を振って佐山の腕を引きちぎろうとし、 「ッ!?」 その頭部が青白い炎に包まれた。 「―――――――――っ!!」 人狼が叫びを上げる。口が大きく開かれ、佐山はその隙に左腕を抜き出す。そして口の最奥には光る物が突き刺さっていた。 それは、佐山が投げた筈のボールペンだった。 「二本とも投げたと思ったかね? ・・・投げたのは一本だけだよ。もう一本は指に挟み、こうして手元に残っていた」 至近で投げられたので解らなかっただろう、と佐山は続ける。鷲掴みにした時も、燃え上がった痛みで正確な本数が解らなかっただろう、とも。 人狼は燃え上がる頭部を押さえて悶える。佐山は二の腕に空いた穴から血を零すが、一言を告げる。 「――痛い目を、見ているかね?」 ● 「嘘・・・。あの敵を・・・」 新庄は見た。突然現れた、恐らく一般人であろう少年が人狼を倒したのを。 ボクじゃ、勝てなかったのに・・・ 敵を倒す、そう出来る様に訓練された自分がそれを果たせず、無関係な筈の少年はそれを果たした。その事に思いを得る。 「・・・駄目だよ」 その言葉には二つの対象がある。一つは勝つべきだった自分が負けた事、もう一つは勝たなくて良かった人間の勝利を羨む事だ。無意識に力が込められた手、それに掴まれた杖を新庄は見る。 Exーst、柄の部分にそう銘打たれた杖は新庄専用のストレージデバイス。意思を持たないそれに対し、新庄が望んだ機能は一つだけだ。 ボクが望む以上の威力を出さない事・・・ 新庄の意思に呼応して出力が設定される、そう説明してくれたのは開発課のマリーさんだっただろうか。実際この機能は正常に働いている。使う様になって随分長いが、未だ暴発とは無縁だ。 しかしそれ故に、今は新庄の思いを裏付ける結果となる。 「ボクの意思に出力は呼応し・・・でもボクの目的を果たせなくて」 ならば自分の意思は目的に相応しくなかったのか、と新庄は思う。 「――駄目」 思うな、と。今は沈んでいて良い時ではない、と思う。新庄はかぶりを振り、自分を助けた少年に声をかけようとした。一緒に仲間の所へ行こう、今度はボクが助けてあげる、そう言おうとして。 しかし新庄が見たものは、 「・・・え?」 未だに頭部を炎に包み、しかし倒れぬ人狼だ。ふらつきながらも人狼は目前の佐山に向き直る。 「だ、だめ」 新庄はExーstを構える。先端基部のアンカーを引けば内蔵された水銀の光が放たれ、貴金属に関するものに力を与えるこの空間では、それこそレーザーとも言える切断力となる。 新庄はアンカーに指をかけ、 「―――あ」 見た。否、見てしまった。 抗議、諦め、嘆き、怒り、そして悲しみ。全てを含み、しかしどれでもない、そんな表情をする人狼の顔を。 「・・・撃たなきゃ」 アンカーを引かねばならない。そうしなければ少年が失われる。 「・・・撃たなきゃいけないのに」 迷ってしまう。無関係な少年とあんな表情をする人狼を、どちらも失わなくて済む方法は無いか、と。 「・・・や、やだぁ」 先ほどもそうだ。少年が来る前、人狼と交戦し、Exーstで足を裂き、 その事にボクは竦んで・・・ 震えた所に攻撃を受け、吹っ飛んだ自分を支えたのが少年だ。その少年に人狼が迫る。最早迷っている暇はない。新庄は腕に力を込めてアンカーを、 「―――動かな、い?」 否、動いてはいる。新庄の指は小刻みに震えていた。まるで怯える様に。 「――だ」 眼前、人狼が少年へと腕を振り上げる。 「駄目ぇっ!!」 ● 佐山の眼前、再起した人狼が腕を振り上げている。 まだ動くか! その思いが恐怖や驚きではなく、感嘆によって紡がれた事に苦笑する。 いける、まだいける・・・ 何が? という疑問の答えは既に佐山の中にある。 「本気になるという事を・・・」 目の前の敵をぶちのめして最後まで立っていれば良い。いかなる手段をとっても構わない。本気で潰せ、それが悪役として祖父から叩き込まれた事だ。 炎に包まれた人狼の口は未だに開きっぱなしだ。そこに拳でも叩き込んで喉奥のボールペンをより深く貫かせれば良いだろう。実際、そうしようと思った。 しかし、 「・・・・っ」 人狼の顔を佐山は見た。歪む表情、込められた感情の密度が佐山の身を硬直させる。 この感情を打ちのめす事が、本当に必要なのか? 思う。自分の悪が正しいのか、と。 しかし人狼は止まらない。腕が上がりきり、長い爪が微かに光る。 未熟だ。私は、本当に・・・! だが、佐山は動く。重傷の左腕に代わり、右腕を構えて打ち出そうとした。 その直後、佐山は見た。 目前の人狼が、桜色の閃光によって貫かれたのを。 人狼の胴体、それを閃光は右側から左側へと斜めに貫く。佐山は周囲を見渡すが、人影はない。 「・・・狙撃?」 それもこちらからでは何処にいるか解らない、遠距離からの、だ。 撃ち抜かれた人狼は硬直、ややあってから身を仰け反らせ、 「―――――――ッ」 それは叫びだった。抗議する様で、しかし感情の発露といえる叫び。 叫びの最中、人狼が動く。両腕を大きく振り上げ、右手の爪を己の喉の左側に、左手の爪を右側に当てる。そして、勢い良く引き抜いた。 果たされるのは、切開という名の自傷。 繊維質の何かが裂ける様な音がして、人狼は背後へと倒れた。 ● 人狼が倒れて事態は集結した。 佐山は新庄と共に、曲線を描いた岩の上に座っている。滑らかながらも段差のあるそれは、腰を下ろして一息つくには十分な場所だ。 「さっきの一撃は、ボクの仲間の狙撃だと思う。・・・多分、すぐに救助が来るよ」 その一言以来、新庄は項垂れている。俯く彼女に対し、何か言うべきだろうか、とも思うが佐山にはそれより先にやるべき事がある。 シャツの左袖を肩口で裂き切り、包帯代わりにして手早く左腕を止血する。牙による傷は大きく、この程度では応急処置程度だがやらないよりかはマシだろう。 と、そこまでやって佐山は、新庄が一連の動作に見入っている事に気付いた。 「・・・珍しいかね?」 「あ、いや、手慣れてるな、って」 「昔ナカジマ道場という、ここより少し上に行った所にある道場に通っていた事があってね。・・・そこで、実戦という形で習った」 傷の手当はまず傷を負う所から、とか言ってあの道場主は包丁片手に躍りかかって来たものだが、今も健在だろうか。 「いかん。山猿の事など考えていては意識が遠のく・・・!」 「あぁ! 顔色が真っ青を通り越して土色にっ!?」 失血と痛みに佐山は倒れた。そして頭部は、丁度正座に近い形となっていた新庄の両股の上に落ちた。ひゃ、と新庄は顔を赤くするが、佐山は至って蒼白。 「すまないが一時の間貸してくれ。・・・流石に疲れた」 下から見る佐山に、新庄は恥ずかし気に頷きを一つ。お互いに身を動かして体勢を整える。 それから幾許かの時が流れた。 仰向けになって見えてくる空は完全に漆黒、夜中と言っても良い時間になっていた。 結局IAIには行けずじまいだったな、と佐山は思う。 「―――御免」 唐突に、新庄が呟いた。 「撃つべきだったよね」 人狼が再び襲いかかった時の事を言っているのだろうか・・・? 「君はそう思っているのかね?」 佐山が問い返せば、新庄は眉尻を下げた顔を向けてくる。 「・・・君はああいう時、やっぱり撃つ事を選ぶの?」 「仮定ではあるが、確かにそれを選ぶだろうね。・・・君は何故撃たなかったのかね?」 「撃たなかったんじゃないよ。――撃てなかったんだ」 新庄は答える。 「君は最終的に動いたよね。・・・でもボクは敵の表情を見て、何も解らなくなったんだよ。何か他に、良い解決があるんじゃないか、って」 「私とは違う選択をしようとしたのか」 それが思い至らず、結局時間は経過してしまった。その末に敵は狙撃され、自害した。 甘い話だ。だから最悪の結果を得る・・・ だが、と思う。悪役の自分には出来ない判断だな、と。 「実際は、やはり私が間違っていて、君の方が正しかったのだろうな」 「ボクが正しい? でもボクは、ひょっとしたら君を危険に・・・」 「良いかね。君は、私と敵の命を天秤に乗せられなかった。それは正しい事だよ。――人の命を判断出来るのは間違った人間だけだ」 佐山は苦笑する。 「君は正しい事をした。謝るのは止めたまえ、代償を要求する事になる」 「で、でもボクは気にするよ」 そう言って佐山を見る新庄の表情は、 「・・・どうして君は、そう不安そうな顔ばかりするのかね? 確かに君の様な人間が生き残っていくのは困難だろうが、生き残った今は自分の正しさに自信を持って良いだろう」 その言葉に新庄は口を開く。きっと言おうとしているのは、佐山の言葉の否定だろう。だから佐山はそれを遮り、 「では代償として、子守唄でも頼もうかな。・・・少し眠りたい」 「・・・そのまま死んじゃったりしないよね?」 「そんなのは映画の中だけだ」 互いに笑みを交わし、視線をそらした後に新庄は、えーと、と前置きを一つ。 紡がれるのは佐山も知っている歌、清しこの夜だ。 Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ All s asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中 Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く――― 静かなリズムは眠気を誘い、その中で佐山は、 君は正しい事をした・・・ もう一度言おうと、そう思った。自分と彼女の声と鼓動が失われずに済んだ様に、新庄は、敵のそれも失わせたくなかったのだから。 しかし発声するだけの体力も尽き、佐山の意識は微睡みの中に沈んだ。 ● 少年が目を伏せた時、新庄は焦りを得た。 しかし少年の腹部が上下する事、自分が身を震わせた事で少年の眉が僅かに歪んだ事に気付く。 「・・・寝てるだけ、だよね」 物騒な事を考えたな、と新庄は反省、腹部を隠していた手で少年の髪を梳く。そうして変化した少年の表情が安堵に見えて、 「自惚れ、かなぁ・・・」 そして少年の額を撫で、そこに感じた冷たさに怖さを得る。しかし今度は、大丈夫、と自分に言い聞かせて新庄は彼の左腕を見た。止血が効いているのか、傷の割に流血は収まりつつある。 だが二の腕から先は赤く染まっており、何かの傷痕を残した左手にまでそれは及ぶ。 「・・・え?」 そこで新庄はある物に目をとめる。それは佐山の中指に嵌った女物の指輪だ。 疑問と共に新庄は自分の右手を見た。グラブを外して素手になれば、その中指にある物は男物の指輪だ。 まるであつらえたみたいに・・・? 偶然の一致という事もありえる。しかし、真逆の選択をした自分と彼の共通点に何か意味がある様な気がして、 「君は―――」 そこでだった。背後に何かが降り立った音を聞いたのは。 「・・・!?」 あわてて顔だけ振り向けば、そこに立つのは二つの人影だった。 一人は長柄の斧を持った黒服、その後ろには、先端が弧を描く杖を持った白服の二人が浮遊している。斧の方は黄、杖の方は赤の宝玉を、どちらも先端部に備えている。 「・・・負傷者を」 背後に立った黒服の表情は哀しさを含んだもの、白服はまるで自責するかような暗い表情だ。 新庄は見た。浮遊する白服、その足首から伸びる桜色の光翼を。 人狼を狙撃したのはあの人だ、と思い至り、そしてもう一つの思いが湧く。 ボクはこの人に、敵を殺めさせたの・・・? 厳密には違う。最終的には自害だったのだから。しかしそれに追い込んだのはまぎれもなく白服で、 「・・・ごめんなさい」 謝罪を紡ぐ新庄。その言葉に黒服は辛さを深め、そして白服は首を横に振った。 「――負傷者を連れて早く行こう?」 白服は言った。暗い感情を紛らわす様な声で、 「死んでなければどうにかなるんだから。――この世界では」 ● その一部始終を見るものがあった。 全身を夜空と同色とする金の両眼を持った小動物、黒猫だ。その喉には青い結晶を備えた首輪がある。 「―――――」 青い結晶が僅かに光を放ち、次の瞬間、猫の姿が変じた。 それは風だった。黒い風へと身を変じた猫は空を流れる。ある場所を目指して。 ―CHARACTER― NEME:新庄・??? CLASS:特課員 FEITH:??? 戻る 目次へ 次へ