約 2,112,737 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/679.html
ウイングロードで突っ走った先にあるのは、狙撃型オートスフィア。 遠くからさんざ撃たれまくったけれど、 ティアの幻術が道を拓いて、やっとあたしの射程内。 半年に一度のBランク昇格試験、ここで落とせば、また半年後。 あたしだけじゃない、ティアの夢が、こんなところでつまづくのなら。 足をくじいたティアを放って、あたしだけがゴールするくらいなら。 そんな未来は、握った拳でぶち砕く。 あの日、あの時、あの人が、あたしにそうしてくれたように。 そして、もう二度と、守れないことのないように。 神 聖 破 撃 ディバイン・バスター 魔力球、形成! 振り抜く右のリボルバーナックルで殴打、衝撃波、発生! 敵の攻撃全部はね飛ばし、無理矢理に隙をこじ開ける。 分厚い天井をぶち抜いて生きる道を創ってくれた、あの人の魔法。 間髪入れずにウイングロード、展開! ローラーブーツ、最大加速! 作った道は、あたし自身で駆け上って、極めるんだ! 右の振り抜きざま、左の素拳に込められた力は、 踏み出した足と同時に、真正面の『未来』にめり込む。 「 因 果 (いんが)!」 あの日の空に 見つけた憧れ あたしは あたしの なりたいあたしに なる ! 魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果 第九話『二人(前編)』 「因果だってよ、覚悟くん」 「否、あれはディバインバスターなり」 照れなくてもいいのに。 少し嬉しそうで、少し哀しそうな顔をしている覚悟くん。 やっぱり、一度は生命を助けた子だから、 わざわざ戦いの場に戻ってくるのを止めたい本音もやっぱりあって。 でも、あのとき、あの子を助けた魔法の名前を受け継いで、 誰かを助ける仕事を望んでくれた…伝わる思いも、うれしくて。 また映像に目を移したら、ティアナちゃんを背負ったスバルちゃんが、 制限時間ぎりぎり、全速力でゴールに突っ込んでくるところ。 合格は間違いなしだった。 満点はあげられないけど、見せてくれた奮戦と結果は、納得するには充分すぎる。 そんな、感激の目で見ていたから、あやうく気づかないところだったけど。 「危険だ」 「…まずいね」 ヘリから一緒に飛び降りた。 このままじゃ二人とも、ゴールの先にある瓦礫に正面衝突だから。 最後の最後でこんなミス…危険行為の減点は大きいけれど、 今はそんなこと、気にしている場合じゃない。 覚悟くんは覚悟くんらしく、正面から二人を受け止めきるつもりみたい。 だったらわたしはその後ろからアクティブガードで、さらにやさしく受け止める。 誰も痛くないように…そう、思っていたんだけど。 スバルちゃんのとった行動は、覚悟くんの予想も、わたしの予想も超えていたんだ。 わたし達が受け止める体勢をとるよりも前に、スバルちゃんは、ティアナちゃんをお姫様抱っこして。 …自分で、仰向けに転んだんだ。 「んんうううぅぅぅぅぅぅッ!」 歯をくいしばりながら、背中でアスファルトを滑ってゴールを通過。 ティアナを上に載せたまま、平手を地面についてブレーキ。 わたしと覚悟くんよりはるかに前の地点で、速度を完璧に殺して止まった。 正直、言葉もなかったよ。 だって… 「…ゴール、だよ、ティア」 「っの馬鹿ぁ!」 バリアジャケットの上着は摩耗しきって消滅して、 肩とか背中とか、こすった後が一直線に赤く残ってる…地面に。 痛い、痛いよ。 これは痛い、見てるだけで。 「なんてこと、なんてことしてんのよ! あんた…あんた、正気ぃ?」 泣きそうな顔で胸ぐらを掴み上げてるティアナちゃんに、 スバルちゃんは少し笑って答えてた。 血みどろの背中に、全然気づいてないみたいに。 「その…ティアが、足、怪我してるから。 これで、公平かなって…」 「馬鹿言ってんじゃないわよ、なにが公平よぉ」 「それより、間に合ったよ、制限時間内に、ゴールできたみたい」 「んなの、どうでもいいわよっ、いくら、あんたが…」 覚悟くんが近づく。 わたしも近づく。 二人とも、それに気がついて、こっちを見た。 試験の結果は、今は二の次。 言ってあげなくちゃいけないことができたけど、 それは覚悟くんがやってくれそうだったんで、わたしは止まって待っている。 少しぼんやりした顔のスバルちゃんの正面に立つと、覚悟くんは。 「馬鹿者! 己が身を大事にせよ!」 開口一番で怒鳴りつけてくれた。 思わずきつく目を閉じるスバルちゃんに、かまわず続けていく。 「父と母より受け継ぎし玉身(からだ)。 昇格試験ごときで、粗末に扱ってはならぬ」 「…ごとき、じゃ、ないです」 だけど、ここでまた。 「ティアの夢が、かかっているんです。 ここでダメにしちゃったら、また半年先になるから。 半年も遅れちゃうから、だから…」 スバルちゃんは、明確に反論してきたんだ。 この試験には、これだけのケガをわざわざしてまで受かる意味があるって。 それは友達の夢を守ることなんだ、って。 そう聞かされた覚悟くんは、少し、むずかしい顔をしてから。 「その意気やよし」 「…わっ?」 「よくぞ、これほどになってまで守り抜いた」 脱いだ機動六課のジャケットを、スバルちゃんの背に放り投げるようにかけた。 当然だけど、覆い隠された傷口の部分から、すぐに血で汚れていく。 「だが、できるだけ自ら傷を負うことは避けよ。 おまえの友も喜ばぬ」 目配せされたティアナちゃんも、一瞬遅れて弱々しくうなずいた。 覚悟くんは満足するようにここから立ち去ろうとして、 その背中をまた呼び止められる。 「あ、あのっ、これ、上着」 「医務室で処置を受けて後、返しに来るがいい」 「でも、血で…」 「おれもあの時、きみの服をおれの血で汚したはず。 これにて公平!」 「…………」 あとは覚悟くん、振り返りもしなかった。 これからは、守るべき誰かじゃない。 一緒に戦っていく後輩になる。 覚悟くんに言わせてみれば、スバルちゃんは生命の恩人で。 スバルちゃんがいなければ、火事の中、一人で力尽きていて。 そんな子を戦わせるのはやっぱり嫌って本音は、きっと、どうにもならない。 でも、そんな覚悟くんだから、わたしはすっごく期待してる。 絶対に死なせたくなくて、その上、スバルちゃんの戦う意志が揺るがないなら。 覚悟くんは、スバルちゃんにティアナちゃん、それとまだ来ていない二人にも、 育てるために全身全霊を尽くしてくれる。 これは確信かな。 その後、試験が終わった二人に、すぐ機動六課の話を持ちかけた。 二人が出会った、あの怪人の背後関係を今は追っているって説明した。 だから多分、他よりも、ずっと危険で血なまぐさい仕事を請け負うことになるよ、って。 断りたければ、断ってもいい。 二人にはその権利があるから、って。 …答えはね、ふたつ返事だったよ。 これからよろしくね。 スバル、ティア。 わたしも、二人を絶対、死なせたりしないから。 スバル・ナカジマ、およびティアナ・ランスター。 この二名は良し。 だが、もう二名はどうか? エリオ・モンディアル、およびキャロ・ル・ルシエ。 魔導の素質すぐれたるフェイトの養子二人。 スバルとティアナが今回の試験にて勝ち取った陸士Bランクを、 エリオなる少年、すでに保有しているも、それだけでは信用できぬ。 精神(こころ)伴わぬ戦闘力は危うき候。 たとえるならば、嵐に揺らるるいかだの上、樽に詰まったニトログリセリンに同じ。 保有する大破壊力、正しく扱えねば自らを滅ぼす。 これ父、朧(おぼろ)の教えなり。 ゆえにおれは問わねばならぬ。 両名の、戦士としての了見を。 別にフェイトを信じぬわけではないが、こればかりは拳を突き合わせねばわかるまい。 両名を機動六課官舎に呼びつけて早々、おれは模擬戦を申し込んだ。 むろん、フェイトが立ち会う。 養子二人がこれより志望するは、殺意うずまく戦場なれば、 むざむざ死にに行かせるを承知するわけもなし。 ただ、これだけを言って、この模擬戦を許したのだ。 「私は信じてるよ。 二人の持ってる、ゆずれないもの」 「その言葉、覚えたぞ」 模擬戦場には、基礎的に廃墟を設定。 高速道路跡上にて、おれと両名は向かい合っている。 紅の少年と、桃色の少女。 まだ年端もいかぬ子供… とはいえ、おれとて十歳にして零式鉄球をこの身に埋め込んでいるのだ。 そして、さらには。 あの高町なのはも、フェイト・テスタロッサ・ハラウオンも… はやてまで、十歳に届かずして実戦に身を投じているという。 すなわち、身体未成熟であろうが、面影に幼さ残っていようが、あそこにあるは未知の敵。 いささかなりとも、あなどる気は無し! 「正調零式防衛術(せいちょう ぜろしきぼうえいじゅつ)、葉隠覚悟…参る!」 「…エリオ・モンディアルと、ストラーダ!」 「う、あ、あの…」 紅の少年、エリオは槍を掲げて返礼したが、 少女は気後れしきって何も言わぬ。 早くも底が知れたか? そのようなわけはあるまい。 「名乗れ! 戦う前から気迫に呑まれてどうする!」 一喝。 これでひるんでしまうならば、戦場に立つ資格なし。 だがそこで、傍らにいたエリオ、少女の背を軽く叩き、 振り向く少女に目を合わせ…うなずく。 そして再び、槍をこちらに構え、突き出す。 宣戦布告、確かに見たり。 少女もまた、気合いを入れ直し、今度こそ名乗った。 「召喚師、キャロ・ル・ルシエ! フリードリヒと、ケリュケイオン!」 エリオから多少の力をもらったか。 それも良し。 少女、キャロの背に隠れていた竜、フリードリヒも姿を現わし、開幕準備完了。 「…来い!」 戦士の礼にて、相手つかまつる! 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2094.html
第九章『意思の証』 そうありたい、と私は望む そうしたい、と私は望む そうする、のはその為の手段という事で ● 夜間の山中に菫色の光が生じた。閃光は闇に沈んだブレンヒルトを、そして片手に握られたインテリジェントデバイス、光の発生源たるレークイヴェムゼンゼを照らし出す。 「ご苦労様」 『いえ、また御用の際はお申し付けを』 レークイヴェムゼンゼは返答、待機形態であるチョーカーへと変貌した。それが首に巻き付いた後、ブレンヒルトはこの闇夜において唯一の照明、天上の月を仰ぎ見る。 ……私達のGには、無かったもの…… その中で最も頻繁に見るものだ。毎晩の月を見る度に、ここが自分の世界ではないと思い知る。 「どうかしたの? ブレンヒルト」 見上げていると黒猫の声がした。こちらを窺うような声に、何でもないわ、とブレンヒルトは返そうとして、 「……あんた、どこにいるのよ?」 見つけられなかった。全身を黒の毛で覆う獣は闇夜に紛れており、杳としてその位置を見出せない。 「え? ここだよ、ここ」 「ここじゃあ解んないわよ。私はアンタと違って夜目が効かないんだから」 「人間って不便だねぇ」 漠然とした納得を黒猫は呟く。どこにいるか解らない相手との会話に、ブレンヒルトは妙な居心地の悪さを味わう。と、唐突に黒猫がはっと声をあげた。 「という事はつまり、今ならブレンヒルトに何をしても報復されないってこと!? うわっ、日頃の鬱憤を晴らす良いチャンスじゃん!?」 意気揚々とした声と跳躍音が何度も聞こえる。こちらへ飛びかかる準備をしているようだ。 「……ふぅん。貴方、そう言う事言うんだ?」 「ふふふ、今さら後悔しても無駄無駄! 今という機会を逃す手は無し、覚悟するがいい!!」 演技がかった物言いにブレンヒルトは失笑。 「――ねえ、人間って順応する生き物だって知ってる?」 「へ? あーうん、忘れたりとか現状に馴染んだりとか、そう言う感じ?」 「そうそう。……でね、人の目も猫程じゃないけど闇に慣れるものなのよ? 相応の時間があれば、それなりに見えるようになるの」 静寂。 ブレンヒルトも黒猫も押し黙り、風にそよぐ草木の音がやけに大きく感じる。 「……えーとつまりそれは、ブレンヒルトさんはもう慣れておいでで?」 「いいえ、残念ながら。でも……そうね、ちょっとずつ見える様になってきたわね」 再び静寂。幾許かの間が過ぎ、 「で? 私に何をするんだっけ?」 「御免なさい申し訳ありません二度と言いませんていうか今言った事は取り消させて下さいお願いします!!」 よろしい、とブレンヒルトは頷く。と、そんな問答を行っている内に目が闇に慣れていた。微弱な月明かりを捉え、ブレンヒルトの双眸は周囲の環境を見取る。 「何時見ても人がいないわね」 「廃村、ってやつでしょ? ま、こんな山間部じゃ住み難いよ」 ブレンヒルト達の周りにあったものは、無数の家屋だった。長期に渡って放置されたのだろう、どの家屋も泥や埃にまみれ、細部には風化も見られる。 「このGの中で滅べるなんて、贅沢の極みね」 「どうせここに住んでた人等は他のGが滅びた事なんて……ううん、ある事だって知らないよ、きっと」 知ってたら少しは反省したかもね、と続ける黒猫にブレンヒルトは、 「でもどうして管理局は、概念戦争を人々に知らせなかったのかしらね?」 「英雄気取りたかったんでしょ? 世界を混乱させるよりも自分達だけで密かにケリをつけよう、ってさ。1stーGの王様とは反対だね?」 「ええ、王は1stーGを絶対に護ろうとしていたわ。防衛用に機竜を配置して、概念核も二分して。……そこをグレアムに付け入られたのだけれど」 語るブレンヒルトは黒猫と共に廃村を歩き始めた。 「あの男によって王城は破壊され、指揮系統は麻痺。レオーネ先生はファブニールと同化し、概念核の半分を出力炉に収めて護ろうとしたけど、グレアムに奪われたデュランダルで……」 一息つく。それから自嘲するような表情で、 「レオーネ先生のファブニールが、ラルゴ翁のと同じ改型だったら話は違ったかもね」 「……改型は何が違うの?」 「改型はね、稼働用と武装用に出力炉を二つ積んでるの。レオーネ先生の旧型は一つしかなかったから、それをデュランダルで貫かれた時、死ぬしかなかった」 「それを教訓にして追加した、って事?」 ええ、とブレンヒルトは答える。 「改型は武装用出力炉に残り半分の概念核を封じているの。もしそれが破壊されても、残った稼働用出力炉で敵を潰せる」 そう答えて、ブレンヒルトと黒猫は開けた場所に出た。家屋の群を抜けた先にあるそれは校庭、暗がりで見辛いが、ブレンヒルトの行く先には体育館があり、奥には校舎もある。 「もうちょっと近寄りなさい。でないと、レークイヴェムゼンゼの効果範囲に入らないでしょう?」 「あ、うん」 体育館の正面玄関に近付いた所で立ち止まり、ブレンヒルトは黒猫を呼び寄せた。足下に来た所で踏み潰し、完全に密着した所で指先をチョーカーにあてる。 「お願い」 『畏まりました。“門”を、開きます』 そう答えてレークイヴェムゼンゼは三日月型の飾りを光らせる。直後、 ―――文字には力を与える能がある。 それは1stーG概念より成る概念空間の展開。自らの声に似たそれが響き、体育館は要塞に変貌した。 諸処に見られる窓は板で塞がれ、かと思えばあちらこちらに大きな鉄の扉が増設されている。共通するのは一様に記された、“頑丈”や“鋼鉄”という1stーGの文字だ。 「久しぶりに来るけど……見つかったりしてない?」 正面扉の前に立つ大型人種の門番と会話、問題ないよ、という返答を得てブレンヒルトは頷く。ブレンヒルトは扉に手を伸ばした。だが手を添えた所でそれは停止、扉の向こうに騒音を聞きつけたからだ。 「……ファーフナーだ」 「元気ね。和平派飛び出して転がり込んできた時は死にそうだったのに」 聞きつけたのは黒猫も同じだったようで、心底と嫌そうな顔をする。ブレンヒルトはその様子を見て、 「――彼と一緒に、貴方もここにきたのよね」 からかうような口調に黒猫が、やめてよ、と答えた。 「利害が一致しただけだよ。和平派から市街派に移りたい、っていうね」 「通常空間でも行動出来る貴方がついてなかったら、多分途中でのたれ死んでたでしょうね、彼」 全くだよ、と頬を膨らませる黒猫にブレンヒルトは笑み、扉に触れる手へ力を込めた。軋むような音を立てて扉は開き、体育館の内部をブレンヒルトに晒す。 直後、強い語気からなる宣言が響いた。 「――俺達に必要なものとは何か!?」 ● 体育館の中に数限りない異形達が、1stーGを故郷とする市街派の者達が犇めいていた。 一見すると何の区別も無く見えるが、実は市街派の方針をめぐって論争する、急進派と穏健派の二種である事をファーフナーは知っている。 「俺達に必要なのは失われた故郷を取り戻す事だろう!?」 急進派の最前線に立ち、ファーフナーは猛烈な語気を穏健派に叩き付けた。 「デュランダルを取り戻して概念核を我等の物とする。それを解放してマイナス概念に対抗した後この世界を1stーGと化せばいい!!」 対して穏健派の若者が、違う、と声を大にして応じた。 「我々に必要なのはLowーGでの権利だろう? デュランダルを取り戻した後は、それを持って和平派と合流すべきだ! その後は概念解放を管理しつつ、我々に有利となる交渉を行う!」 若者は続ける。 「我々は戦うために集まった訳じゃない。目的は飽くまで、デュランダルの奪還とLowーGでの権利を得る事だ。ファーフナー、お前の主張は単なる逆侵略だぞ!!」 「逆侵略? 違うな失地回復といえ」 若者の主張に頷いた穏健派の面々、しかしファーフナーは反論した。 「俺達の祖先が護り続けた大地を滅ぼされたのだぞ? その代わりを求めて戦うのは当然の事だ」 「LowーGがそれを認める筈が無い!」 だからこそ戦うのだ、とファーフナーは論じる。そして、それが解らないのだろうか、とも思う。 「このLowーGでは概念戦争など無かった事になっている。全ての情報は秘匿され報復活動や情報公開は全て管理局に潰される。……ならば俺達はこのGの何処にいるのだ?」 言ってファーフナーは足下を指した。 「今俺達がいるのはこのGの影の部分だぞ!? 管理局の居留地にいた時もそうだ。押し込められた狭い土地は空も川も閉じられ、森は外界との交流を断つ為の壁となっていた!!」 「だからこそ我々はこのGで自由となる権利を得るのだろう?」 「自由? 閉ざされた世界で縮こまる事がか? ……俺や一部の種族は生きていくのに1stーGの概念が必要だ。お前らの言う自由とは俺達も含んでいるのか?」 「それは……」 「解るまいな。お前はLowーGにおける人間に近い種族だ。一日の半分を水に触れていれば一般社会に紛れられる、木霊よ。――お前には俺達の痛みが解るまいよ。常に前線で戦う苦痛もな」 若者は何か言おうとした。しかしそれは言葉を為さずに喉で消え、代わってファーフナーが弁舌する。 「俺達全員がお前達の様にこのGで生活出来る訳ではない。俺達にとっての自由とは……この世界を1stーGと同様にする事でしか有り得ない!! 箱庭の優遇がお前達の言う本当の権利か!?」 その言葉に若者は歯を噛んで俯き、そこで彼の肩に手が添えられた。若者の背後、穏健派の一群から進み出た老人だ。 「良い演説だな、ファーフナー。だがお前は一つ忘れている」 何をだ、と問い返したファーフナーに老人は頷く。 「1stーGが滅びた時、お前は生まれていなかった。滅びたのはお前の世界ではない、我々の世界だ。お前は……」 「ならば俺がLowーGの人間だとでも言うつもりか?」 老人の言葉をファーフナーは遮った。 「LowーGの人間は翼を持つのか?」 ファーフナーは背の両翼を思う。 「LowーGの人間は鱗を持つのか?」 ファーフナーは巨躯を包む鱗を思う。 「LowーGの人間は角が長いのか?」 ファーフナーは側頭から伸びた角を思う。 「俺の姿を見ろ。この姿をした生き物がLowーGに存在するのか? 否! 俺は1stーGにしか存在しない半竜という種族だ!!」 人型の竜、それがファーフナーの容貌だった。 「だが俺は何も知らない。数多くの祖先を、王のいた国を、限りある大地を、月の無い夜空を、自由に生きられる天地を。……そして! 敗北の日も護るべきものも知らない!!」 故に、 「――だから俺は誇りとは何なのかを知らない!!」 思いを吐露し、抜け切った息を補給。 「だが老人共よお前達はそれを知っている。だから狭い所に押し込められてもそれに頼れる。……しかし俺達には何もない。なのに俺達はどうしようもなく1stーGの者であり、そうでありたいと思っている」 背後に立つ急進派の同意をファーフナーは感じる。 「どうすれば良い? ……どうすればそれだけの誇りが持てる!?」 老人が、そして穏健派が沈黙する。 論争転じての静寂、そこでファーフナーは自分達を迂回する人影を見た。黒猫を連れた魔女装束の少女だ。 「奥に行くのか? ラルゴ様は眠っておられるぞ」 ファーフナーの向けた声に少女は足を止めた。急進派も穏健派も注目する中で少女は振り向き、怜悧な双眸でこちらを見据える。 「……貴方の声で起きてるでしょうよ、きっと」 「は、そうであれば良いが! ……それよりも首尾はどうなのだ? ナイン」 呼びかけたその名に、少女の双眸が細められた。放たれる眼光は怒りさえ含んでいる。 「その名で呼んでいいのはラルゴ翁だけよ。翁の権利を侵害する気?」 「これは失礼した、ブレンヒルト。お前はその名を取り戻す為に戦ってると思っていたのだが」 ファーフナーは言い改め、しかし言葉を止めない。 「グレアムとやらの監視に赴き、隙あらば暗殺する、という話だったのでは? それがもう三年目になるのに来るのは定時連絡だけ。……まさか言い包められたか? 何しろお前はそのグレアムと幼い頃……」 「止めろ!!」 叫んだのはブレンヒルトではなく、足下の黒猫だった。怒気に毛を逆立て、 「ブレンヒルトはちゃんと仕事をしてる! アンタ達が話し合ってる間も、王城派の戦闘や管理局の動向を見てたんだ!! アンタ達が今も話し合ってる情報もそうして集まったものだろ!?」 断言、だがそれを終えたところで黒猫は笑みを交えた。 「頑張れって言いたいなら、もっと素直になったらどう?」 対するファーフナーもまた小さく笑み、 「最近はそれを言うと鬱になる事が多くてな。遠回りで失敬した」 ファーフナーは黒猫と笑みの口調を交わして見合う。それから視線をブレンヒルトに移し、 「早く行け長寿の娘よ。後で俺も話を聞きに行く」 そう言うとブレンヒルトは顔を背けて歩き出した。遅れて黒猫も追随し、見えなくなった所でファーフナーは穏健派を見やった。 そして議論の場を締めくくる為、最早穏健派ではなく、館内全体に声を響かせる。 「――俺が望むのは1stーGが未だ共にあるという事実だ! この世を1stーGとせずにすむ方法があるならば言ってみるがいい!!」 ● ファーフナーの声を背にブレンヒルトは地下へと続く階段を下りていった。館内奥を丸々使った大型リフト、今は隔壁を閉じた縦穴に沿って伸びる通用口だ。 「…………」 “灯火”と記された釣り鐘の照る階段は傾斜が深く、ブレンヒルトは壁に手を当てて下りていく。冷ややかで固い感触を手に、やがてブレンヒルトは階段の終着点に辿り着いた。 そこは縦穴の底辺部、大型リフトの定着も相まって広大な空間となっている。 「……ラルゴ翁」 リフトの上には巨大な鉄塊があった。否、長胴に頭部と尾を備え、四肢の先に爪を備えたそれは竜の模倣。機竜と呼ばれる兵器が、ファブニール改と称される市街派の最強武器がそこにある。 そして市街派を率いる長の意思もまた、そこにあった。 「ブレンヒルト・シルト、ここに戻りました」 『ああ、お帰り』 現れたのは一人の老人だった。禿頭の長い白ひげ、褐色の肌をしたその人物が竜の背に立っている。しかしよく見れば老人の姿が半透明で、声が老人からではなく足下の機竜より響いている事が解った。 『どうだったかい?』 「私の使い魔が詳細を」 促されたブレンヒルトは黒猫を見やる。応じて黒猫は前に出て、 「王城派は三日後に降伏するって。これで自分達の活動を終えるって、使いが伝えてきた」 そこで溜め息。 「だからファーフナー達アッパー入ってんだよねぇ。ラルゴ翁、シメちゃってよ」 「こらっ、何言ってるのよっ」 ブレンヒルトが黒猫を踏みしめ、それを見るラルゴと呼ばれた老人は苦笑した。 『まあ報告は後で聞こう。他に、何か情報は?』 問うラルゴにブレンヒルトは、ええ、と首肯した。 「管理局は全竜交渉の専用部隊を、編成中で実戦投入しています。それから明日、和平派のファーゾルトと交渉役が暫定交渉をするそうです」 『……成る程、それでファーフナーは躍起になっているのか。彼はファーゾルトの息子だからねぇ』 「父親を負け犬と呼ぶ彼ですからね。さっきも上で、稚拙な論を重ねて正義としているようで」 『稚拙なのはしょうがない。行動に理由が必要な大人を、子供が説得しようとしているんだ』 だがね、とラルゴは言葉を挟む。 『適当な理由で動く事に慣れた大人じゃあ、子供が本当に稚拙な正義を唱えた時、最後には折れるんだよ。論じゃなくて、もっと厄介なものにね』 ラルゴは腕を組み、天井の隔壁を見上げる。その向こうにいるであろうファーフナーを見るように。 『ファーゾルトの息子は、まっすぐに育ったものだねぇ』 「本人は相当苦労してたけどね。あの1stーG居留地で」 かつてその居留地にいた黒猫は、僅かに遠い目をして答える。 「あの人は上手くやってると思うよ。概念の管理を管理局に一任して、狭い居留地の安全確保を願う。皆はその程度かって言うけど……概念を管理された居留地じゃ、住人全員が人質みたいなもんだよ」 「概念空間を解除されたら、大半は半月と持たないでしょうね」 『ファーゾルト達が生活出来ているのは、彼等の持ってきた持ち物や技術という交渉材料と、後は……それこそ管理局の温情というものだろうねぇ』 「……その言葉、皆に言ってはいけませんよ」 眼を細めたブレンヒルトにラルゴは、解っておるよ、と返す。 『ワシは皆を連れてここに辿り着き、持ってきた概念核の片割で概念空間を造った。元指導者のはしくれとして、現保護者として、皆を率いる必要がある』 面倒な事だがね、とラルゴは溜め息。それからブレンヒルトを見やって、 『交換しないかね? ワシのファブニール改とお前さんのレークイヴェムゼンゼを。ワシは冥界の住人と茶ぁ飲んでる方が気楽で良い』 「無理ですよ、機竜は同化したらそのままでしょう? それにLowーGは冥界の概念が弱過ぎて、レークイヴェムゼンゼを使っても住人とは僅かな間しか話せません」 『……もし彼等としっかり言葉が交わせれば、皆の遺恨も幾らかは減るだろうに』 ラルゴは浅く眼を伏せた。 『世界の崩壊を恐れねば、我々ももっと多くを救えたかもしれぬ。――君の鳥も、惜しい事をした』 「あれは……見捨てた彼が悪いのです」 『見捨てたのは彼かもしれん。だが、救えなかったのはワシ等だよ』 そこでラルゴは眼を開けた。それから暗闇の一角に向けて一つの名を呼ぶ。 『ファーフナー』 その名にブレンヒルトと黒猫は振り返り、そこで闇に佇む半竜の姿を見た。 「……何時から!?」 険を含んだブレンヒルトの問いに、ついさっきだ、とファーフナーは返答。 「そう構えるな。俺の属性は闇、闇渡りの半竜だぞ? それが闇ならば心の届く範囲においてどこでも移動出来る」 「それで盗み聞きって訳? 趣味悪」 黒猫の言葉を、言ってろ、と鼻で笑い、ファーフナーはラルゴを見る。 「話し合いが終わりました。俺達の意見が通った上で、ラルゴ様に判断を委ねるという形で」 ファーフナーの報告に、うーむ、とラルゴは唸り、 『明日のファーゾルトの動き次第で結論、という事でどうかね? ブレンヒルトの話では……明日、事前交渉があるのだろう?』 「ええ、和平派の情報なので確かでしょう」 ブレンヒルトの答えにラルゴは頷き、だがファーフナーは不満げな表情を作った。 「……ラルゴ様、何故いつも結論を先延ばしにされる? 俺達は貴方の下に集い、引っ張られてここまで来たんですよ?」 『いや、そんな自主性の無い事を言われてもなぁ』 「責任者の勤めでしょう」 『あー、それはそうなんじゃが……すまんなぁ』 その答えにファーフナーは項垂れた。全身で脱力を表し、金のたてがみを生やした頭を掻く。 「友であられたレオーネ様、それにミゼット様をグレアムとやらに殺され、王を護る事が出来なかった。……その恨みはラルゴ翁のどこにあるのですか?」 『あるのは確かだろうが何処かまでは解らんぞ? お前さんとしては、ワシの武装用出力炉にあって欲しいんだろうが』 ラルゴは頷き、今度は揺るぎなくファーフナーを見据えた。 『失われたのはワシの友だけではない。故にワシは私意で動かん事にしとる。動くのは機が満ちた時だけさ。そして今、機は満ちつつあるよ』 続けてラルゴは問う。 『その時お前さんは、何の為に戦うよ? ファーフナー』 対するファーフナーもまたラルゴを見定め、返答を放つ。 「――我等が持っている筈のものを取り戻す為に」 その答えにラルゴは、ふむ、と応じ、 『ならば絶対に、その言葉は覚えておこうかね』 ● ファーフナーも交えた報告を終え、ブレンヒルトは体育館の外に出ていた。といっても、一人で出てきた訳ではない。 「ラルゴ翁、外に出るのは久しぶりですか?」 問いが向くのは背後に立つ巨影、ファブニール改だ。体育館裏手の壁を改造した隔壁より前半身を出し、白と緑に塗装された機竜が夜空を眺めている。 『最近は会議ばかりでねぇ。ワシ無しだと概念空間が数時間で消えてしまうから、段々厳しくなっているんだよ』 今もお前さんの見送りと言って出てきてな、とラルゴは付け加えた。そこに笑みが含まれていた事に安堵し、 「ブレンヒルト」 そこで名を呼ばれる。呼び声の主は黒猫、ブレンヒルトが見ると黒い影がこちらに向かって飛来していた。それに対してブレンヒルトは、 「えい」 落下軌道上に手刀を伸ばした。ブレンヒルトの予想は的中、五指の先に黒猫の小さな身体が突き刺さる。一撃を受けた黒猫は、げふ、と気まずい呻きを漏らし、それから妙に晴れやかな笑顔で落下した。 「……何でさ」 「不意打ちなんて良い度胸じゃない。私でも夜目に慣れるって言ったでしょう? それとも猫の脳みそじゃ覚えてられなかったのかしら?」 「ブレンヒルトの下に合流しようとしただけでしょ!? 何、ブレンヒルトとの絆ってそんなに薄弱!?」 倒れた黒猫が喚くがブレンヒルトは無視、ファブニール改の頭部を見上げた。そこに一切の変化は見られない。しかし、ブレンヒルトは確かな気配の変化を感じたからだ。 「……本意じゃありませんからね、こういうやり取り」 『いやいや、昔よりずっと良く見えるよ? 元気そうで何よりだ』 答えるラルゴの声は笑みを多分に含んだもの。やっぱり、とブレンヒルトは溜め息をつき、 「真面目になれる時間が少ないだけです。ラルゴ翁はその逆なのでは?」 『そうさねぇ』 答えは曖昧な返事。だがラルゴはファブニール改の頭部を動かし、こちらを見た。 『――ブレンヒルト。君はこれから“行く”のかな? それとも……“帰る”のかな?』 「――――――――――」 思わず、息を飲んだ。 「ラルゴ翁……、貴方は、私が1stーGを忘れたと?」 『そうは言っていないよ。ただ君は、今の市街派の状況をよく思っていないようだからねぇ』 「……長寿族の性です。ああいう論争を嫌うのは」 だろうねぇ、とラルゴは一言。 『誰か、君と同じ長寿の誰かが、ずっと共にいるのが一番良いんだろうがねぇ。君から見れば誰も彼もが、私ですらも生き急いでいるようにしか見えないだろう』 「……年寄り臭いよ、ラルゴ翁」 「こらっ!」 仰向けでファブニール改を見ていた黒猫が一言、ブレンヒルトは注意の踏みつけを放った。 『は、そうなんだろうねぇ。――皆も気付いておるだろうが、ワシももう長くは持たん。機械としての寿命ではなく、ワシ自身の寿命が尽きようとしておる』 「………1stーGの機竜が持つ、欠点ですか」 『否、欠陥と言って良いだろうねぇ』 ラルゴは自身に架せられた致死の宿命を語る。 『かつて5thーGの機竜を元にどうにか建造したこの機竜。搭乗者は同化して操る訳だが……この時の拒絶反応が強過ぎる。それこそ、大半の者がそこで死んでしまう程に』 ブレンヒルトは思う。幼い頃にグレアムと出会ったあの機竜の暴走を。 『よしんばそれを抜けても、もう二度と降りる事は出来ない。そして……いつかは有機体である搭乗者と無機体である機竜の誤差が大きくなり、自壊する』 「……………っ」 語られるブレンヒルトは沈黙。そこまで言って、ラルゴも会話を仕切り直した。 『…そろそろ戻らなくて良いのかい? 来た時は何やら急いでいたようだが』 「そ、そうだよ!」 反応したのは黒猫だった。 「ほら、小鳥! ブレンヒルト、胸薄いからって忘れちゃあたたたたた待った待った踏み込んだら中身が!?」 ブレンヒルトは黒猫を再度踏みにじり、しているとラルゴから疑問の声があがった。 『小鳥?』 「……ええ、落ちていた小鳥を、性懲りも無く」 答えたブレンヒルトにラルゴは、ほほう、と喜色を交えた。 『……それで良いのだろうよ、ブレンヒルト。いや、ナインと呼ぼうかね』 「その呼び名は、とうに捨てました」 『だが、ワシにとってはそれがお前さんの名だ。かつてミゼットに拾われ、レオーネの研究所に住み着いた少女よ。あの頃は、グレアムも含めた四人で……』 「お止めください」 言い続けようとしたラルゴを、しかしブレンヒルトは遮った。 「――お互いに知る人の名を告げるのは、独り言よりも酷いものですよ」 ● ファブニール改の視覚素子が、夜空に飛び立ったブレンヒルト達を捉えていた。 『……さて』 少女達が無事に帰ったのを確認し、ラルゴは視覚素子を別の場所に集中させる。向けられた先は周囲に広がる森林、その一角だ。 『次は貴様等と話すとしようかね。やや不本意ではあるが』 ラルゴはファブニール改の音量を上げ、林間にも声を届ける。と、木々の闇から三つの人影が進み出た。 先頭は褐色の肌をした巨躯の初老。ターバンと眼帯で頭部を飾る中東風の男だ。続くのは青年と少女、闇にも映える緑と金の長髪をした二人組。青年は白のスーツ、少女は黒い修道服を着ている。 『また前触れも無く現れたものだね。…情報屋を気取る、聖王教会よ』 ラルゴは憎々しく呟き、だが三人組が近付いてきた所で一つの旋律を聞いた。それは金髪の少女が囁く一つの歌だ。 Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ All s asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中 Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く――― ラルゴはそれの歌を知っている。 『昔、一人になるとブレンヒルトがよく口ずさんでいた歌だね。LowーGの歌で、確か題名は……』 「清しこの夜、だよ。その子の歌も良かったんだろうけど……姉の歌声も中々だろう?」 言いかけた言葉は青年に奪われる。端整な顔に薄い笑みを浮かべた男は、口を挟んじゃいけません、という少女に注意された。その様子を見てからラルゴは初老を見据え、 『その二人は何者だ、ハジよ。何故連れてきた?』 「わしの養子みたいなものだよ、ラルゴ。男の方がヴェロッサ、女の方がカリムだ。どうだい、見目麗しいだろう? だが気をつけたまえ、これでも一騎当千の魔人だ」 二人にもそろそろ仕事を覚えてもらおうと思ってね、とハジは二人の若者を紹介、言い終えると共に二人は会釈する。その様子に、うんうん、とハジは頷き、 「今夜も一つ、貴殿等の為に情報を持ってきたぞ」 『恩着せがましいな。そしてまた言うのか? 自分達の下に入れ、と』 「下、とは心外だ。うん、本当に心外だ。対等の仲間として、全竜交渉を停めようと言うのだ。我等の目的は同じ筈だが、違うかね? どうだろうかね、ん?」 確かに、とも思うがラルゴは同意しない。 『前にも言った通りだ。我々は、自分の問題は自分で解決する。素性も知れぬ者と共闘する気はないね』 「同意してくれるならば、素性も目的も話すのだがね」 『それを信じられるかどうかは、その嘘くさい笑みに訊いてみるんだね。……駄目なもんは駄目さ』 にべもない否定、それを受けてハジは口元を手で覆う。そして、 「――成る程」 呟きが終えると同時、ファブニール改に搭載された機銃が銃弾を吐いた。連発される弾丸は地に穴を空け、背後の樹木を幾らか砕き、濃厚な粉塵を噴かせる。 ……恐ろしい話だね…… ハジがいい終えた瞬間、笑みも絶えた。その時感じた気配がラルゴに威嚇射撃を決行させた。といっても、当たっても構わない相手だったので幾らかは当たったかもしれないが。そうして粉塵が晴れ、 『……何?』 そこで見えたものは、ハジの前に立つカリムと名乗る少女だった。彼女は剣型のデバイスを構えており、刀身は歪んで薄く煙を昇らせ、そして足下には細々とした鉄塊が散っている。 ……まさか、弾丸を迎撃したのか!? 刀身の歪みや煙はその代償か。だとすれば、あの少女はどれ程の反射速度を持つというのだろう。威嚇射撃とはいえ、当たろうとしていた弾丸全てを防ぐ等、 ……それこそ、予言じみているねぇ…… 『成る程、一騎当千か』 ハジの紹介は間違っていなかったという事か、とラルゴはごちる。 「もう……義父さん、あんまり挑発しないで下さい! 防ぎ切れなかったらどうするんですか!?」 「はっはっは、わしは娘の腕を疑ったりはしないという事だよ。それとも自信が無かったのかね? ん?」 「じ、自信の有る無しじゃなくてぇ……っ!」 一息の後に憤慨するカリム、それを笑っていなすハジはファブニール改を見やり、 「まあいいだろう、今日は特別サービスだ。本題の前に我々の目的を教えようじゃないか、うん」 『全竜交渉の阻止。その為の、各G残党を集めた反乱軍の組織化か? 見た所ハジ、お前は9th―Gの者だろう? 後ろの二人はLowーGの者に見えるが……』 ラルゴの推測、しかしハジは、いやいやいやいや、と両手を上げて首を振る。 「惜しいが……違う、違うんだな。我々の目的は――全G概念の消滅だ」 『……何!?』 ハジの告白にラルゴは驚愕を得た。 「ラルゴ、我ら聖王教会は、現状我々が保つ以上の概念を消滅させる事を望んでいるのさ」 『何故だ!? それは自身の故郷をも捨てるという事だぞ!』 あるのさ、とハジは答える。 「そうする理由も意味も価値も、我々は持っているという事さ。うん、持っているんだ」 ハジは独白するように解答。言い終えて熱が引いたのか、語気の調子を整え、 「明日の朝、西の管理局からデュランダルが奥多摩の管理局に輸送される。輸送機が通過するのは、丁度この辺りだろうな」 『……何故それを教える? 我々は1stーGの概念を取り戻すが、貴様等の様に消滅を望まぬ。我々は敵になるぞ』 「解っている、うん、解っているとも。だからこれはサービス、精一杯のサ―――ヴィスだ」 忍び笑いする様にハジは言う。 「今の所は貴殿等がどうあろうとも構わない。構うのは、管理局に概念がある事だけだからね。もし貴殿等がデュランダルを取り戻したならば、その時に交渉しようじゃないか。うん」 『何を、交渉すると?』 「LowーGを視野に入れず、まずは真実を伝えて要求するよ。このLowーGを本当に本当のものとする為に」 『……本当に本当のもの?』 そうとも、と言ってハジは腕を掲げ、指を鳴らした。それが撤退の合図だったのか、カリムはハジの背後に戻り、またハジ達も出てきた林間の闇に戻っていく。 「お別れだラルゴ。次に会う時は……うん。お互いの立ち場は変わっているだろうね」 『待て、答えろハジ! それはどういう意味だ!?』 制止を呼びかけるラルゴ、しかしその頃には、ハジ達は林間の闇に沈んでいた。ただ、声だけが返される。 「簡単な事だよ。私達の全てを受け継ぐべき者に、真の意味で、全てを受け継がせよういうだけだ!!」 ―CHARACTER― NEME:ラルゴ・キール CLASS:市街派の長 FEITH:機竜を駆る者 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/241.html
腑抜けていた。 完全無欠の油断であった。 なのは、フェイト、はやて、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ。 皆、勝るとも劣らぬ使い手なれば、 日々立ち会うている己の強くならぬはずはなしと慢心していたのだ、おれは。 もっとも弱きは、己の心なり。 己に克たずして、零式の奥義無し。 魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果 第五話『葉隠禁止(中編)』 お化け屋敷でな、撮るよ~言われたら、みんなはどう思う? 遊園地なんやし、別にいてもおかしくないやんか写真屋さん。 とりあえずピースして、あとで気に入ったら写真買うてこくらいに思うのが普通やろ。 …血のにおいに気づかんわたしがバカやった。 突き飛ばされたわたしのかわりに、覚悟君が撮られた。 ばかでっかい頭と上半身、女王アリみたいな袋を引きずった下半身。 凝った扮装やな、思うとったのは、本物のオバケだったんや… 「大丈夫か、はやて」 「だ、大丈夫やけど…覚悟君、あの人は一体?」 「わからぬが先方に危害の意図あることは明白!」 がしゃがしゃと音を立てて電気がついた。 真っ暗闇が白色灯に照らされて…わたしは、そこでやっと気づいた。 いくら嗅いでも慣れない臭い、こんなところで嗅ぐはずのない臭いの正体。 隅っこに、気づかれんよう置いてあったのな…血まみれの、ドクロの山や。 喉まで一気に昇ってくる悲鳴―――― 「撮るよ~~」 「キャアアアア―――ッ」 「うわああああああっ」 ―――ちゃうねん!! わたしのやるべきことは、無力に悲鳴を上げることやない。 それしかできない平和な世界の人達を守ることやて。 悲鳴は丸呑み! すくみかけた足に一喝(かぁっ)! よし、動けるわ。 「はやては、ヴィータやリィンと共に民間人を避難させなさい」 「覚悟君、わたしも戦えるて」 「戦線を支えるには一人で充分! されど避難誘導には人手が必要なり! しかもここは閉所なれば、魔法よりも零式防衛術こそ最適任」 …せやな、言う通りや。 言う通りなんやけど、覚悟君の何ごともないような態度が、なんか引っかかるねん。 カメラ怪人さんの持ってるカメラ。 さっき覚悟君が撮られたカメラや。 あのカメラと、血まみれドクロの山…何か関係ある思わんか? 電気がつくまで、誰も気づかんかったんやで? こんなひどいことに… 「いいよ~そのポーズ、次はキミのカノジョと一緒に~スマイル~」 「はやては誰のものにもあらず!」 蹴りと一緒に即否定。 ナイス因果や覚悟君、わたしの耳も痛いわ。 それはともかく、できれば一緒に戦うべきや思うんやけど… 「くそっ、なんだよこいつは!」 「オバケですぅ~~っ」 電気をつけに行ってたヴィータとリィンが戻ってきたのに、 カメラ怪人が気がついた。 すでに撮ろうとしてる! 「決定的瞬間~ チィィ~ズッ」 「あっ、チィ~ズですぅ」 「このバカ、リィン…」 「零式積極重爆蹴(ぜろしき せっきょく じゅうばくしゅう)!!」 間一髪で、覚悟君の回し蹴りが怪人もろともカメラをぶっ飛ばした。 …やっぱりやな。 覚悟君、明らかに二人をカメラから守ったわ。 もう覚悟君は、わたしコーディネートのカジュアル形態から 零式鉄球を使ったバリアジャケット形態…どう見ても学ラン…にチェンジしとるけど、 あの学ランの白さのせいで、なおさらわかりやすいんや。 顔色悪いて! 「何をしている、早く民間人の誘導を!」 「ヴィータ、リィン、任すで! わたしはここで戦う」 「はやて! 何を言…」 「わからんて思うてるんか、覚悟君! あのカメラで何かされたやろ!」 「問題ない」 「ウソやッ」 覚悟君の強情のせいや。 こんなやりとりしてる間に、蹴飛ばされた怪人が壊れたセットの中から復活してきたわ。 わたしも変身する時間、あったはずなのに。 「ぶむぅぅ~~ん」 「…くっ」 「決定的瞬間を邪魔したなぁ~ パンチラゲット阻止したなぁ~」 「破廉恥!」 …サイテーや、ホントに。 でもまさか覚悟君、パンチラゲットされたから顔色悪いわけやあれへんし。 とにかく変身や。 とりかえしのつかんことになる前に。 カメラが壊れた今がチャンス… 「NOOOOOOO!! ミーの芸術を~~~ッ 芸術は自由なのに尊いのに~~~~~ッ フガ―――ッ!!」 「聞く耳持たぬ! きさまの芸術は侵略行為!」 「ミーのカメラは真実をうつしだすのだぁぁ~」 あかん! もうひとつカメラ持っとる! んで、どう見てもこれって…モデル、わたし? わたしがモデル? シャッター切られたらどーなるんや? 「強制おヌード!」 乙 女 の 危 機 や ! 「スマイル、スマァ~イル ハイ、チィ~ズ 熱 写 暴 威(ねっしゃぼうい)」 プロテクション…間に合わへん! 変身してさえいれば! 思わず身体をかばって目を閉じたら、身体がフワリ浮き上がった。 それを感じた瞬間、下からすごい熱風が吹き上げてきた…爆発やんか、これ! こんなのくらったら骨までおヌードや! …もしかして、そういうつもりなんか? 芸術をかさに着たチカンなだけやなく、それが人殺すいうんか? 少しして、音と光が抜けきった。 眼を開けたら、わたしを抱き上げてかばってる覚悟君がいた。 真っ青やんか、顔色。 紫色やんか、手の平。 「敵を前にして外野の女人を狙うか!」 「芸術家だ~もんね~ 撮るよ~ッ」 どうしてそんな顔色で、全然平気そうにしとんねん。 覚悟君、ロボットなんか? 痛さも辛さも感じないんか? これは…チアノーゼや。 酸素が来てない、いうことやんか。 息づかいはこんなに落ち着いてるのに、身体は死人になりかけてるいうことやんか。 「はやて、あなたは消火活動を」 「覚悟君は?」 「悪鬼を討つ!」 「そんな顔色で何言うてんねや!」 「問題ない! あなたも牙なき人の剣なら、おれなどに関わっておらず為すべきを為せ!」 わたしを腕から下ろして、覚悟君は、また。 …わかっとるて。 わたしを戦士として認めてくれてるからこその厳しい口ぶりや。 なのはちゃんやフェイトちゃん、うちの子らと同じに。 けどな、そういう問題とちゃうねん。 見てて、痛いねん、苦しいねん… もう、我慢できねえ。 そう思ったときにはすでにグラーフアイゼンが唸っていた。 脇腹からえぐるように打ち込み、巨大変態カメラ野郎は悶絶しながらぶっ飛んだ。 …なにやってんだ、さっきから。 他の無力な連中を手早く追っ払いながら見てれば、 はやての足を引っ張り放題じゃねーか、てめー。 誰のせいで変身できてねえと思ってんだよ。 なにをアゼンとしてやがる、横槍突っ込まれて不満かよ。 いつからここはタイマンのケンカ場になったんだよ。 んで、三秒くらいタップリと間を空けて、やっと聞いた口がこれ。 「ヴィータ、室内でその威力は危険!」 問答無用でひっぱたいた。 わけがわかんねえって顔で、あたしを見てやがる… ちょっとくらい、あたしの気にいらない態度をとるのも構わねえよ。 ゲームオンチなのも別にいい。 だけどてめえは今、一番ゆるせねえことを現在進行形でやらかしてんだ。 「すっこんでろよ、てめえ」 「…あれしきに、君の手をわずらわす必要なし」 「ふざけんな!」 瞳孔が一気に開くのが、自分でもわかった。 キレたらこうなる。 よくは知らない、気にもしない。 「零式のゼロは、生き残る気ゼロのゼロかよ!」 「…!!」 「やせ我慢でよ、ごまかしきれるとでも思ってんのかよ? 死人みてえな肌の色でよお…」 あたしの眼は絶対にごまかせねえ。 大丈夫、大丈夫と大ウソをつき続けて、 なにもかもダメにしかけたクソッタレを知っている。 飛び散る火の粉に、あの日の雪を思い出す。 零(こぼ)れる生命が目に見える。 てめえは、はやてに同じものを見せる気か。 「姿形など、どう変わろうと問題なし。 わが身は必勝の手段なれば」 心の中でいくら叫んでも、こいつは全然、気づかない。 零(ぜろ)、こいつのどのあたりが、誰かと同じ涙を流せるやつなんだ。 「父上は、五体微塵(みじん)と化そうとも現人鬼(あらひとおに)と戦い続けた。 肌の色ごときで膝を折っては、武人の恥、葉隠の名折れ!」 あたしにあっさり背を向けて、飛んでいったカメラ野郎の方に歩いていきやがる。 …この、救済不能(すくえね)え恩知らず! 「ましてや、あのような下郎に遅れをとったとあらば、 おれは散(はらら)には永遠に届かぬ…」 こいつ、今まで感情ぶちまけたことなんか一度もなかったのに。 むしろホントに人間なのかどーか疑っちまうくらいだったのに… ダメだ、こいつ! 話して止めてるヒマはねぇ! そのとき、そこに。 「なに、ぼんやりしてるですか、ヴィータちゃん!」 「リ、リィン?」 「言ってわからないおバカは、こうなのです!」 後ろからかっ飛んできたリィンが、あいつの頭に宙返り片手逆立ち… まさか、バカ、やめろ――― 典 我 一 体 ユニゾン・イン 「ばかな! なんということを!」 まじにうろたえたあいつの悲鳴が聞こえた。 あ…くが、ひがっ…ひはぁっ… 苦しい息をしてるのに苦しいこんなに息が荒いのに苦しい 見えない手に首を絞められてる苦しい痛い頭が割れる 死にたい今すぐ死にたい痛い苦しい殺して助けて… リィンは、痛覚を遮断することにしました。 覚悟くんと同じ苦痛に、リィンは耐えられませんでした。 「今すぐに出ていきなさい!」 魔法の素質ゼロで念話すら使えない覚悟くんは、 自分の口でしゃべってリィンに呼びかけるしかありません。 つまり同化したリィンを追い出す方法ナシってことです。 そんなことより。 『どうして、こんなになるまで黙ってたですか…』 放射線被曝(ひばく)による体内の赤血球死滅。 もしかしなくても、あの最初のカメラの仕業ですか? 全身が酸素欠乏のまま四分経過… すでに脳細胞の死滅が始まってるです。 今はリィンが全力で食い止めてますけど、そうでなければ今頃、覚悟くんは… 違うです。 今、立ってるのだってオカシイですよ。 もう、身体はほとんど死んでるですよ? どこも、かしこも! 「油断をした報いなり。 これはわが身の罰と知る!」 『死んじゃうですよっ!!』 「悪鬼討ち果たすには十二分なり! さあ、出ていくが良い! わが体内は危険!」 リィンは最初から、そのつもりで入ったですよ。 覚悟くんの強情さだって、なんとなくわかってたですよ。 みんなだって、とっくの昔に知っているですよ? 『だったら覚悟くんも選ぶです! リィンをひきずって一緒に死ぬか、またみんなで一緒にご飯を食べるか! どっちにしても、リィンはここをどきません!』 だから、伝えます。 リィンは 覚悟くんを 信じています マイスターはやてを 泣かせたりしないと 信じています シグナムを ヴィータちゃんを ザフィーラを シャマルを 絶対に哀しませたりしないと 信じています だって覚悟くんは 誰かを失う苦しみを 誰より知ってる戦士(ひと)だから! ――効いた。 暗雲の最中、まばゆき光を投げかけた言葉であった。 おれはまたも勘違いしていたのか? 一人で戦っていると? 己が未熟に目がくらみ、葉隠の名に拘泥し、ために皆を忘れていたのか? ともに戦わんとするはやての真心を、それを守らんとするヴィータの心意気を。 煩悩に囚われて何が零式か、片腹痛し! だからあのような格下に四分以上の生存を許すのだ! 「ならばわが身、すでに必生(ひっしょう)!!」 祝福の風、届いたり。 わが蒙(もう)、啓(ひら)けたり。 怪人、復活確認。 戦闘再準備! 「リィン、良いか?」 『はいですっ』 彼奴の正中線上に左腕を真っ直ぐ。 右肘は弓引きて仁王の如し。 零式防衛術、破邪の構えにてつかまつる。 今のおれは典我一体(てんがいったい)なしとげし、リィン覚悟! 思いはひとつ、悲哀残さじ! 「ぶもももも…痛ぇぇ~~」 「きさまに撮れるか? わが身がまといし真実を!」 「オトコなんざぁ撮ってもウレシくないぃ~ 再 ・ 熱 写 暴 威 」 またもはやてを狙ったか、おろかな。 これだけの余裕を与えられて手はずを整えぬ戦士ではない! はやてに向かい直進した熱線は、直前に形成されしベルカ魔法陣の防壁にて完膚無きまでに阻止。 拡散されて無力化した影にて、はやてが超鋼、シュヴェルト・クロイツ展開確認。 「大丈夫なんか? 覚悟君」 「リィンが守ってくれている。 あと二十分は問題なしとの事!」 「…ほなら、十分で決めるで」 「おい、天井やぶって逃げたぜあいつ。 外に戦場うつす気かよ、くそっ」 駆け寄り来たはやての後ろから、ヴィータが宙に指を指す。 そこには確かにやつの飛び立ちし大穴ありて、直射日光差し込んでおるなり。 外には民間人が大量に、混沌(パニック)と化すは確実…されど。 「問題なし、やつには束の間の余命も与えぬ! ただちに追撃!」 「待て!」 声とともに現れたるは、見知らぬ白髪褐色の男。 …否、このにおいは知っている。 頭と腰にある耳と尻尾も見ればその正体、明らかであろう。 「ザフィーラか!」 「重かったのだ、無駄にされては困るな」 その場に投げ出されしトランクケースもまた、間違えるはずなし。 「零(ぜろ)!!」 『ひどい血色だな、覚悟! 雑魚を相手に油断したか?』 「恥じるべきはわが不明なり」 『詳細不明だが、まあ良し。 急ぎ着装せよ!』 「着装? しかし…」 零(ぜろ)は準ロストロギア指定なれば、発動には許可が必要。 そして、その責の全ては保管者たるはやてに帰することに… 「遊園地敷地内にガジェットドローンが三方より突入を開始してきた」 その説明、引き継ぎしはザフィーラ。 「総数は四十を超える。 迎撃できるのは我らのみだが、 敵の隊伍分散されては身体がいくつあっても足りん」 「速攻が必要ってえワケやな」 「だが、はやて…」 「あんまり、見損なわんどいてな? 覚悟君」 はやての唐突なる、デコピン。 やや深刻におれをたしなめる際の仕草なり。 「わたしかて、零(ぜろ)と心通わせた戦士やねんで。 力を使うべきときは、わかってるつもりや」 ならば、戦士に敬礼! 「八神一等陸尉殿! 強化外骨格、零(ぜろ)、着装いたします!」 「うむ、許可や! 汝が正義と共にあらんことを!」 『はやての同意を確認! 覚悟、ただちに認証開始せよ! 後がつかえておるなり!』 「了解」 超鋼(はがね)の纏い手たるおれ。 準ロストロギアの管理者たるはやて。 そして、侵略戦争の犠牲者三千の英霊。 三者の同意があって初めて零(ぜろ)の封印解除は可能なり。 認証の聖句はおれが決めた。 あれ以外にありえぬ。 征くぞ、零(ぜろ)! 長生きだけを願うなら 人は獣と変わりなし ただひとすじの美しき道 駆け抜けるから人と言う 二つ無き身を惜しまずに 我が身は進む 仁のため たった三文字の不退転 それが心の花である! 「Attestation is completed. Lock release」(認証完了、ロック解除) 「瞬着!!」 トランクに正拳一打、光と共に飛び出したるは零(ぜろ)細胞。 わが神経網へと絡みつき、外骨格を一体化。 腕部、脚部、腹部、胸部…着装確認。 最後の部位は頭部なり。 内装部、着装…外装部、着装完了。 これにて正真正銘、一心同体。 正義マフラー、われらが証。 展開確認。 全部位、異常なし!! 覚 悟 完 了 強化外骨格 零(ぜろ) ミッドチルダに正義降臨 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2150.html
着古したパーカーを羽織った少女が走っている。 唐突に視界に飛び込んできたその光景にティアナは一瞬自分が夢を見ているのでは? と訝しがり、何処かで見たことのある少女の後姿と周囲の建物を見回してからようやく納得した。 ああ、夢だ。 フワフワと奇妙な浮遊感を感じる今のティアナの視点は、本当に浮いているかのように見下ろす位置にあった。 眼下を走る少女の背中を追うように、何もしないのに移動していく。 もう一度周囲を見回せば、視界を流れていく建物のどれもに見覚えがある。そしてそれらははっきりと確認出来るのに、空の天気や路地裏の奥に続く道はぼやけたように分からない。 当たり前だ、自分はそこまで細かい部分を『覚えていない』のだから。 ティアナはこれが『自分の過去の夢』だと理解し始めていた。 目の前を走る少女の背中。自分の背中を見たことはあまりないが、髪の色と二つに縛った髪型はよく覚えがある。 それは、丁度13歳ぐらいのティアナ自身の姿だった。 その<ティアナ>は一心不乱に走っていた。ただ、焦るのではなく、呼吸を一定のリズムに保って汗を搾り出すように。 魔導師になる為の基礎体力作りだ。朝と夜のランニングは訓練校に入る前の自分の日課だった。 やがて、走る先に古ぼけたアパートが見えてくる。 廃棄都市街に隣接するこの近辺は、都心からも離れて治安も悪い。 首都と比べれば信じられないほど汚い場所だが、決して裕福ではない家族の遺産だけで少女が暮らせる程度に安い家賃は数少ない魅力だった。 ―――本当は、寮制の魔法学校に入ることも考えていた。 死んだ兄が管理局員ということもあり、費用も多少は管理局の方が負担してくれる。そこで魔法を学ぶのも一つの道のはずだった。 だが、ティアナは此処を選んだ。 あの男が事務所を構える廃棄都市区に程近い、この場所に住むことを。 「……あっ」 走りながら、<ティアナ>が何かに気付いたように声を上げた。 過去の自分の視線を手繰りながら、そこに佇む人影を見て、ようやく思い当たる。 これは、きっとあの日の記憶だ―――。 「よお、精が出るな」 「―――ダンテ」 今の自分と過去の自分の呟きが重なった。 アパートの玄関の段差に腰掛けていたのは、ティアナの一番新しい記憶よりも幾分若いダンテだった。 今とは違う、特注品ではない市販の赤いコートを着て、片手にはワインボトルをぶら下げて過去の自分に笑いかけている。 その笑みを自分以外の者へ向けることに少しだけ苛立ちを覚える。これは記憶であり夢だというのに。 「ランニング始めたの、何年前からだっけ? 世間のダイエットにいそしむ奥様に見せたい姿だな。努力ってのはこうあるべきだ」 「体力つける為の運動なんだから、痩せたら逆に困るわよ」 「女版ロッキーって感じだな」 「ロッキーってなに?」 言葉を交わすどころか気付かれもしない自分を尻目に、過去の二人は気心の知れた者同士、軽口を交し合う。 汗だくで呼吸も乱れたままの<ティアナ>は、それでも言葉とは裏腹に嬉しそうに笑っている。 確かに、事務所でなかなか来ない仕事待っているか、物騒な場所を好んで出歩いているダンテが自分に会いに来るのは珍しい。 しかしはて、自分はこの時ここまで分かりやすい顔をしていたのか? 自分で自分を見ることなど出来ないが、無意識に自覚していたということだろうか。ティアナは一人、顔を赤くした。 「何か用?」 呼吸を整えながら、過去の自分は素っ気無く尋ねた。 そうだ、それくらいでいい。クールな調子がベストだ。主に過去を振り返る時の為に。 「まあ、座れよ」 愛想の無い反応に慣れきった様子で、ダンテは椅子代わりの段差をポンポンと叩いた。 「なんで? まだ外は冷えるわよ。汗もかいてるし……」 「なら、部屋に上げてくれるか? 散らかった部屋でお前がシャワーから上がるまで待っててもいいぜ」 「ち、散らかってない!」 ダンテの言葉に色々な種類の恥ずかしさを感じながら、怒りに任せて彼の隣へ腰を降ろす。 ああ、そうだ。今も昔も、こうやって自分は彼に敵わなかった。 「……で?」 「訓練校に入る為の試験が近いらしいな」 「世間話しに来たんなら帰って。その通り、最近いろいろ忙しくてあたしも暇じゃないから」 軽口の度を過ぎた剣呑な返事に、ティアナは過去の自分に対して舌打ちした。 自分自身の醜態とは、思い返すとこんなにも苛立つものなのか? ダンテが知らずナーバスになっている自分を気遣っているのだと、今の自分ならよく分かるというのに。 しかし、ティアナの記憶どおり、あの日のダンテはそんな自分の焦りを全部理解しているように穏やかだった。 「やれやれ、自分が背負い込んだもののことなると焦りが前に出るのはお前の悪いクセだぜ」 「別に、焦ってなんかないわ」 「そうかい? なら、クールにな。人生には余裕が必要だ」 「余裕なんて……」 「楽しめってことさ、人生をな」 そう言って笑う彼は、一体何度愚かな一歩を踏み込もうとした自分を押し留めてくれただろうか。 兄の死と、その魂に受けた屈辱を胸に刻んでから幾度も焦りは襲ってきた。 この胸に抱いた誓いを果たす為に必要なものはたくさんあるのに、凡人の自分ではどれも遠く手が届かない。 少しずつ積み重ねてきて、だけど不安はいつも燻っていて―――それが爆発しそうになった時、新しい考え方を教えてくれたのはいつもダンテだった。 一人で学んでいたらきっと知らなかった大切なことを、彼は自分に教えてくれていた。 「ティア、お前今日が自分の誕生日だって覚えてるか?」 「え……あっ!?」 「やっぱり忘れてたな。それが余裕が無いって言うんだよ」 ダンテが呆れたように肩を竦める。 あの時は驚いた。確かに自分の誕生日さえ忘れるほど日々に余裕の無い自分に代わって、そういうのには無頓着そうな彼が言い出したのだ。 過去の自分が困惑する様が、その心情も交えてよく理解出来る。 「で、でも……ダンテにあたしの誕生日なんて教えてないし……」 「戸籍関係の書類を管理してるレナードが偶然話振らなかったら、俺も今日の今日まで知らなかったぜ。お前な、スリーサイズじゃないんだからそれくらい教えろよ」 「でも、教えたところで誕生日パーティー開いてくれるようなガラじゃないでしょ?」 「確かに、ガラじゃないな。だが、無視するほど他人でもないだろ? 俺とお前は」 「あ……ぅ。ごめん……」 ダンテはストレートな好意の表現を嫌っていた。自分と同じで、恥ずかしいのだ。 だがそれでも、親しい人間への配慮を怠るようなことはしなかった。 彼も、子供の頃に家族を亡くしている。 だから気持ちはなんとなく分かる。 だから、彼が自分に親愛を向けてくれる時はいつも恥ずかしさと胸に迫る熱い感情で苦しくなるのだ。今の目の前の自分のように。 「まったく、本当にギリギリ今日知ったばかりだからな、プレゼントの一つも用意してないぜ?」 「……いいわよ、リボンつけた箱片手に来られた方がビックリするわ」 「確かに、そいつも俺のガラじゃないな」 そう言って笑い合う二人に、今度こそわだかまりはない。 試験を前にした焦りも消えていた。 「ねえ、ところでさっきから気になってたんだけど、その瓶は何?」 「これか? さすがに手ぶらで来るのもなんだったからな、レナードからくすねて来た。それなりの高級品らしぜ」 笑いながらダンテはワインのコルクを抉じ開けた。 それから、コートの裏から魔法のようにコップを取り出し、そこへ中身を注ぐ。 「飲むか、ティア。ケーキじゃないが、お前特別甘い物が好きってわけでもなかったろ?」 「未成年者……って言っても、聞かないわよね?」 「背伸びしたがるお嬢さんに大人の味を、さ。体も少しは暖まる」 差し出された安物だが頑丈で無骨なコップを、宝物のようにそっと受け取った。 琥珀のように美しい中身とそれが放つ芳醇な香り―――だが、それよりもずっと素晴らしくて暖かいものが手の中に在るような気がした。 「乾杯は、何にするの?」 「ティアナ=ランスターの誕生に」 「むず痒いからやめて」 「なら、試験の合格に……栄えある執務官への第一歩に」 「それならいいわ」 瓶とコップが小さくぶつかる音が聞こえる。 これは夢だ。でも、そんな小さな音まで鮮明に覚えている。 あの時二人で飲んだ、ほろ苦い味と喉を通っていった冷たい熱の感触も―――。 そして数ヵ月後、独学というハンデを乗り越え、自分は訓練校の試験に問題なく合格した。 背負ったものは今も変わっていない。その重みも。 だけど進んできた道、刻んできた時間の中、今の自分となるまでの間で手にしたものは幾つもあって―――。 自分は確かに、成長している。 その実感もある。 だが―――。 あの時、自分を鍛えることに苦痛などなかった。 あの時、誓いを果たすことに焦りなどなかった。 ―――今は、どうなのだろうか? 魔法少女リリカルなのはStylish 第十一話『Omen』 「おはようございます、ボス。頼まれたもの買って来ま……うわ」 我らが機動六課の偉大なる部隊長のオフィスへと足を踏み入れたグリフィスは目の前の光景に驚愕した。 むしろ呆気に取られたといった方が正しいかもしれない。一言で表すならまさに『うわ』であった。 「ん~、おはよーさん。ちょぉ、見苦しいけど堪忍してなー」 死人が出せる声があるとしたらきっとそれだろう覇気の無いはやての返事が返ってくる。 はやてはリクライニングチェアーに深々と背を預け、白タイツに包まれた美脚をデスクに乗せて惜しげもなく晒していた。 スーツは上着を脱ぎ捨て、シャツの胸元を僅かに開いている。 半分瞼の下りた眼でグリフィスを流し見る仕草も相まって、それは饒舌し難い色気のある姿―――。 ただ一つ、その眼が完全に死んでいるということを除いて。 「ひょっとして、寝てないんですか?」 「あー、分かる?」 「すごい隈です。っていうか、むしろ濁ってます」 その原因がただの寝不足だけなく、眼を酷使したせいであるとグリフィスは察することが出来た。 デスクに幾つも表示されたディスプレイと、そこに羅列される文字の山がその証拠だ。 「ちょっと調べ物しててなぁ」 手元の情報記録用ボードをデスクに投げ出し、デカイ欠伸をしながら足をボリボリと掻く。 世界の美術品をタワシで磨くかの如き蛮行。色気など欠片も存在しない。 今のはやては女としても死んでいた。 「……お願いしますから、他の職員の前でそういうことするのやめてくださいね」 グリフィスは割と切実にお願いした。 出来れば自分の前でもやめてもらいたい。幻滅とかイメージ崩壊とか以前に、何か本気で泣きたくなるから。 彼があまりに悲壮な表情をしていたからか、はやては眼を擦りながら足を下ろして苦笑した。 「いやー、ごめんごめん。グリフィス君にはちょぉ刺激的な格好やったね」 「別の意味で、ですね。 部隊長が過労で倒れたら洒落になりませんよ。無理しないで下さい。資料が必要なら、言ってくだされば整理して提出します」 「うん、でもこればかりは具体的に命令できんことやからな」 椅子から立ち、グッと背伸びをしてポキポキ骨を鳴らしながらはやてが言った。 グリフィスはデスクの方へ回り込み、表示されているディスプレイの文章に視線を落とす。 「……これは、例の襲撃事件のファイルですか?」 複数の画面に表示されていたものは、数年前から発生し始め、奇妙な関連性から<謎の襲撃事件>として一纏めにされている事件の報告書や情報だった。 管理局内でも不穏な噂となり、そして機動六課にとってはもはや他人事ではない。 先日のリニアレールの暴走事故で遭遇したアンノウンとその戦闘―――これらも謎の襲撃事件と関連付けられたのだった。 「やはり、襲撃者に共通点が?」 「車両を乗っ取った蟲の方は初めて確認されたタイプみたいやけどね、上空に出現した<死神>の方は複数の目撃例があるみたいや」 「目撃例って……ひょっとして、これまでの事件のファイル全部に眼を通そうとしてたんですか!?」 「流し読みやけどなー。約7年分やけど、遡るほど事件の頻度は下がっとるし……」 「だから! 無意味な無理はやめて下さい、そんなこと個人でやるものじゃないですよ! 命令してくれれば……!」 「それが、そうもいかんのよ」 はやては言葉を交わしながらオフィス備え付けの洗面所に向かい、蛇口を捻った。 冷水を叩きつけるようにして顔を洗えば、朦朧としていた意識も多少戻ってくる。 「……私らも体験した襲撃事件。感想はどうや?」 「感想、とは?」 「現実感が無い―――そうは思わんか?」 タオルで顔を拭いた後、再び交えたはやての視線は鋭く、そこには時折グリフィスを緊張させる上司としての迫力が混じっていた。 「六課の全員が襲撃の状況をリアルタイムで把握しとるし、細部は無理でもシャマルの観測魔法が捉えた記録は残っとる。交戦したフォワードの報告もある」 「……はい」 「記録も記憶もある―――なのに物的な形跡だけが何も残っていない。それがこの事件全体を虚ろにしてる原因やと、私は思う」 グリフィスは、内心の懸念を指摘されたような気分だった。 事件の現場となった車両内に残っていたのは破壊の跡のみ。 敵の痕跡は肉片や血痕一つ無く、あの時シャマルによって直接モニターされていなければ、司令室の人間は全員が疑っていただろう。 ―――本当に敵は存在し、襲って来たのか? はっきりとその姿を確認した後でも確信を保っていられない。 怪物。悪魔。そんな比喩しか当て嵌まらないような常識を超えた存在との遭遇はあまりに非現実的だった。 あの時感じた恐怖は確かに覚えているのに、それが夜中に背後で感じた気配や誰もいない暗闇の中に潜む者を幻視した時のように、錯覚だと自分を納得させてしまいそうになる。 得体の知れない恐怖を、『在り得ないものなのだ』と自分に思い込ませる。 「陳腐な話やと思わんか? まるで心霊事件や。 今回の事件を含む全ての襲撃事件を調べてて感じた共通点やが、どれもこれも未解決で、中では被害者も出てるのにその事件性すら疑っとるものもある。 『何も分からない』という共通点―――いや、誰も分かろうとせん。状況報告や映像記録だけで、読んでる私にも具体的なイメージや現実感が全く感じられへんのや」 「具体的な命令が出来ないというのは、そういうことでしたか」 「怪しいと言えば、どの事件も怪しい内容ばっかりなんやけどなぁ……。 霞を掴むみたいに、どれもこれも要領を得ん。直接目を通せば現場の直感で何か閃くと思うたけど、駄目、さっぱり。答えどころか問題さえハッキリせんクイズや」 事務処理だけの局員には無い、実戦や事件を体験した者だけが持つ勘の働きを期待したはやてだったが、夜通しの努力も無駄に終わったらしかった。 再び椅子に腰を下ろし、もう一度大あくびをするはやてを労うように、グリフィスは手に持っていた栄養ドリンクを差し出した。 はやてに頼まれた物で、彼女の地元世界ならば『ユン○ル』とか『リポ○タン』に相当する市販のドリンクだ。 「レリックとは別に、今回の襲撃事件の報告は全て上に回しているはずですが。痕跡が無いとはいえ、数年も続いている事件ですし」 「ん……んぐっ。一応、担当してる執務官がいるみたいやけどな、成果は見ての通り上がっとらん。 今回の事件も、記録を見る限り一番大規模なものみたいやけど得られた情報はやっぱりどれも不十分や。進展は期待できそうにないなぁ……げふ」 「事態は思った以上に深刻なのかもしれませんね。ゲップしないでください」 「このドリンク、ウマー」 栄養ドリンクを美味そうに飲み干すはやてに、もはや彼女の女としての醜態に慣れたグリフィスが冷静に突っ込んだ。 「まあ、何にせよ私らの手が伸ばせる範囲はここまでや。<悪魔>の正体を探るのは機動六課のお仕事やあらへん」 「そうですね。とりあえず、今回は無事に乗り切れた事です」 「次があった場合、無事に乗り切れる確信はないけどな」 そう言って笑うはやての表情は、自分自身を戒めるような厳しさを含んでいた。 思わず、グリフィスは口を噤む。 「何も改善出来とらん。結局、次があっても現場の人間が対処するしかないわけや。……上の無能やな」 それが、顔も知らない事件担当の執務官に対するものではなく、部隊長である自分自身に向けている嘲りであることは明白だった。 「<ここ>が今の私の戦場やというのに、何の戦果も上げられんわけや」 「……実戦のように、結果がすぐに出る戦いではありませんよ」 「それまでは、この焦りと無力感とも戦わなあかん。上司いうんは、キツイもんやな……」 実戦で、無力の代償は分かりやすく現れる。敗北や痛み。だが、上司の無力は何の罪も無い部下達に降りかかる。 八神はやてにとって自分を犠牲にすることは単なる苦しみでしかないが、他人の犠牲を背負うことは耐え難い罪悪感を伴うものだった。 はやてには、すでに背負った罪がある。 この仕事を選んだ理由に、それを償うことが含まれているのは否定出来ない。 自ら戦火に飛び込み、戦えばどれだけ楽だろう。 痛みは罪悪感を紛らせてくれる。傷は償いを証明してくれる。 人の上に立ち、誰かに命ずる度に後ろめたさが、その結果に犠牲が出れば耐え難い後悔が襲ってくるのだ。 「―――でも、これも自分で選んだ戦い方か。ごめんな、グリフィス君。愚痴ってしもうて」 「いえ。貴女の負担を軽くすることが、自分の任務です」 「あ、それカッコええ台詞やな。女やったらコロッといってしまうで」 「本心ですよ?」 「わかっとるよ。だから、グリフィス君はいい男や」 控え目に笑い合うはやてとグリフィスと間には、先ほどとは違い穏やかな空気が漂っている。 男女を越えた奇妙な信頼関係が二人にはあった。 「さあて、ひとっ風呂浴びてスッキリしてこうかな!」 胸に燻っていたネガティブな思考と、頭に残る懸念を振り払うようにはやては立ち上がる。 「今日は外回りがありますからね。陸上警備隊のナカジマ三佐との会合の予定です」 「ああ、あの人気前いいからなぁ。上手くすれば、お昼ゴチになれるな!」 「六課設立でもいろいろお世話になってるんですから、くれぐれも浅ましい真似はしないでくださいね」 「何言うとんねん。いい女は男に貢がせるもんやで?」 「分かりましたから、せめてちゃんとした格好していってくださいよ」 「訂正。グリフィス君は『いいお母さん』やね」 全く悪びれずに、未だ開いたままだったシャツの胸元を閉める。 指摘したグリフィスの方が頬を赤らめていた。どれだけズボラでもはやては若い女性、しかも美しい。 気まずげに視線を彷徨わせていたグリフィスは、デスクに表示されていたままだったモニターをもう一度見る。 改めて事件のファイルを眺め、グリフィスは一つのことに気付いた。 「この事件、首謀者が……」 「ん? ―――ああ、それな。決定的な共通点でもないけど、目に付いたからな」 謎の襲撃事件―――それらは大半、管理局の部隊が何らかの事件の捜査や戦闘中に遭遇するケースものだった。 そしてモニターに表示されていた事件は、いずれも容疑者や確定した首謀者が共通するものだった。 もちろん、それらは全ての襲撃事件の中の一部分に過ぎず、襲撃事件との関連性は全く証明できない。 しかし、共通点であることに間違いはなく、何よりもそれらの条件を抜きにしても目に付く大物の犯罪者だった。 「<ジェイル=スカリエッティ>―――ロストロギア関連を含む数多くの事件で広域指名手配されている次元犯罪者や」 後日、機動六課の初任務となった事件にもその人物が関わっていることを、はやてはフェイトから知らされる。 その時彼女は、確証も無く、ただ運命的な予感を感じずにはいられなかった。 数年の歳月をかけて時空管理局を静かに蝕んでいた謎の襲撃事件―――。 その渦中に機動六課が巻き込まれていくことを、この時は誰もが予想すらしていなかったのだった。 「はーい! じゃあ、夜の訓練オシマイ!」 教導官の言葉と共に、半日以上続いた訓練はようやく終了した。 すでに日は完全に落ちている。 なのはの終了宣言で許しを得たスバル達はへたり込む。訓練漬けの日々が続いているが、その日の終わりには皆例外なく体力を使い果たしていた。 ティアナも自分がリーダー役でなければ腰を降ろしたい気分だった。 しかし、堪える。人を動かす立場にある者が下の者に弱みを見せるべきではない。そう信じていた。 「疲れてるだろうが風呂には絶対入れ。しっかり疲れを取って、明日に備えろ。熟睡するのも訓練だと思えよ」 個別教導に入ってから訓練に合流するようになったヴィータの言葉に全員が若干覇気の抜けた返事をする。 口調こそ厳しいが、ヴィータの忠告には新人達を案じる気持ちが多分に含まれていた。 「それじゃあ、今日は解散。―――あ、ティアナはちょっと残ってね」 「え……?」 「ティア?」 「ティアナさん?」 いつも通り自室へ帰ろうとしたスバル達三人は、その言葉に思わず緊張を走らせた。 なのはの声は怒気など含んでいない気軽なものだったが、訓練の後に一人居残らせることに根拠の無い不安を感じる。 個別教導に移って以来、訓練の最中で他の仲間の様子が分からなくなることはどうしてもある。 知らない所で、ティアナが何か失敗をしてしまったのだろうか? 全員がそんな嫌な予感を漠然と感じていた。特に、相棒のスバルの心配は殊更強い。 「―――分かりました。皆、先行ってて」 しかし、当人だけは普段通り、憎らしいくらい冷静に頷くだけだった。 最初の出撃以来、ティアナの様子が少しおかしいという懸念を頭の片隅に残しているスバルが、縋るように手を掴む。 「ティア、大丈夫?」 「何が?」 「だってさ……」 「いや、なんでそんなに不安そうなのよ? あたしが怒られるのは決定なわけ?」 心底不思議で、むしろスバルの勝手な思い込みに不機嫌な表情を浮かべるティアナの言葉に、なのはの方が苦笑を浮かべた。 「そんなに深刻は話じゃないよ。ティアナにちょっと意見を聞きたかっただけだから」 「だそうよ。っていうか、エリオもキャロも釣られて不安そうな顔するんじゃない」 「ご、ごめんなさい!」 「すみません……」 恐縮するキャロとエリオの背を押し、まだ不安そうな顔をするスバルを連れて行くように促すと、ようやくティアナはなのはに向かい合うことが出来た。 三人の姿が遠のき、傍らのヴィータが黙っていることを確認して、なのはが口を開く。 「―――ティアナは、今回残された理由が分かってるかな?」 「はい」 責める口調ではない。ただ純粋に尋ねるなのはに対して、ティアナは淀みなく答えた。 「今回の訓練の主旨に背いていたからです」 「今回、メインに行った訓練の主旨は?」 「足を止めての精密射撃による迎撃と制圧です。敵の攻撃に対して回避を控え、予測と先攻によって無駄の無い反撃を行うことです」 「うん、正解。完璧だね」 なのはは生徒の解答を褒めるように満面の笑みで頷き、その朗らかな雰囲気を保ったまま尋ねた。 「それじゃあ、そこまで理解しながら訓練の主旨を実行しなかった理由は?」 「意味が無いからです」 「おいっ!」 簡潔なティアナの返答に、なのはよりもヴィータの方が怒りを露わにした。 表情にこそ表れていないが、ティアナの上官に対する応答は不遜そのものだ。オブラートに包まない率直なティアナの言動が完全にマイナスに出ていた。 しかし、身を乗り出すヴィータを優しげな表情のままのなのはが制する。 「その結論に至った理由、聞かせてもらえる?」 普段通りの敬意を失っていないティアナの真剣な眼差しと、苛立ちや怒りなど欠片も見えないなのはの穏やかな視線。 傍で見ているヴィータには、二人の心境がいずれも全く分からなかった。 「高町教導官の想定する訓練の主旨と、自分の戦闘スタイルが異なっていたからです。 自分は射撃型の魔導師ですが、立ち位置を固めての精密射撃型ではありません。移動、回避を行いながら射撃を行うスキルを持った変則的な機動射撃型です」 客観的に自身の能力を解析したティアナの言葉は普段以上に公私の壁を感じさせる。 もちろん、管理局員として必要な分別ではあるが、なのははそこに拒絶にも近い強さを感じずにはいられなかった。 「静止状態での射撃能力の向上は理解できますが、この場合運動性を殺すデメリットの方が大きいと判断しました。 自分は、動いて撃つタイプです。それが長所であると理解しています。よって、今回の訓練には意味を感じられません」 「……うん、なるほど。いいね、自分の戦い方を正確に把握してる。凄いことだよ」 はっきりと断言するティアナの強硬な姿勢に、しかしなのはは反発することもなくあっさりと受け入れた。 「でも、どんな訓練にだって意味はあるんだから、今度からはしっかり従ってね。試しにやってみて損は無いと思うよ?」 「……」 「それじゃあ、わたしからの話はここまで。もう行って良いよ。ゆっくり休んで、明日も頑張ろうね」 「…………高町教導官」 初めて、ティアナの声に感情が滲み出た。 それは苛立ちだった。 自分の態度に叱りもせず、ニコニコと笑顔のまま話を終わらせようとするなのはに、ティアナはその時初めて苛立ちと不満を感じていた。 「それだけ、ですか?」 なのはの考えがティアナには理解できなかった。 傍らでこちらを睨んでいるヴィータの方が、よほど分かりやすい。 教導に逆らっているのだから、叱られても仕方ないと思っていた。 自分の戦闘スタイルを正確に理解して、それでもなおこの訓練を行うのなら、その理由を教えて欲しかった。 新人の身で生意気にも意見する自分に怒りを感じ、訓練で叩いて欲しかった。 しかし、なのはの返した反応はあまりにも緩い。 「あたしの戦い方を理解しているなら、訓練を改善してください」 「うん、長所は伸ばしていこうと思ってるよ。でも、とりあえず今は回り道してみよう?」 「意味が、分かりません……っ」 「説明すれば頭では理解できるかもしれないけど、心はなかなか変えられないからね。今は黙って従ってみて」 「理由を説明してください!」 暖簾に腕押しななのはの態度に、ティアナはとうとう声を荒げていた。 苛立ちは募っているが、頭は回っている。自分は冷静だ。 なのに、自分の理屈に理屈で答えてくれない。こんなの無駄だ。無駄は嫌いだ。嫌いだ。 「―――ティアナ、焦ってるから」 冷水を頭からかぶせるような言葉を、なのはは告げていた。 「……何、を」 「ティアナは今、焦ってる。何故かは分からないけど、強くなることに急いでる」 「……先日の出撃で痛感したからです。いつ実戦に参加するか分かりません。強くなることを急ぐのはいけないことですか?」 「ううん、貪欲になることはいいことだよ。でも、強くなることは自分を追い詰めることじゃないと思うから」 「分かりません」 ティアナにはなのはの言っていることが本当に理解出来なかった。 彼女の言っていることに矛盾さえ感じていた。 力を求めること。強くなること。複雑なことなどない、シンプルな欲求だ。 そこに疑問を挟む余地など無いはずだった。 故に、ティアナにはなのはの言葉の意味が理解出来ない。 「分かり、ません……」 いつの間にか苛立ちは消え、奇妙な虚しさが胸を支配していた。 なのはに対するわずかな失望感もそれに含まれている。 「うん、だから結果でティアナに教えてあげる。今は、わたしを信じて」 「……はい」 その返答が、納得や理解などではなく、諦めによるものだと半ば理解していたが、なのはがそれ以上言及することはなかった。 言葉だけで全てを伝えることは難しい。 また余計な懸念をティアナが感じないよう、表情にこそ出さなかったが、なのはの心は歯痒さで満ちていた。 「それじゃあ、また明日。訓練で」 「はい」 「ティアナ。信じてね、わたしを」 「……はい」 心なし、肩を落としたティアナの背を見送りながら、なのはは自分の拳を知らず握り締めていた。 彼女が自分を信じているかどうか―――そんなこと、これまでの付き合いで分かっていることなのに。 どうすれば分かってもらえるのか。どうすれば心を通わせることが出来るのか。いや、そもそも自分はいつからこうして考えながら人と付き合うようになったのか。 子供の頃、他人を向き合う時はいつも心でぶつかっていた。 アリサやフェイト、それにヴィータ。最初は壁のあった人達と、いつだってぶつかり合うことで分かり合ってきた。 そこに迷いなど無く、恐れなど無く―――ただ信じていた。 なのに今は、ティアナに対して正しいとか間違ってるとか、自分の判断を選んで迷っている。 それが大人になった証で、短絡的だった自分の成長で、そして失くしてしまった子供の頃の力だった。 人は変わらずにはいられない。根本はそのままでも、それらを囲う世界や心は変化していく。 あの激動の子供時代から10年、なのはは自分の重ねた歳月を噛み締めていた。 「……のは。おい、なのは!」 「え!? な……何、ヴィータちゃん?」 思考に没頭していたなのはは、ヴィータの怒鳴り声にようやく我に返った。 すでにティアナの姿が見えなくなった方向へ彷徨わせていた視線を、傍らの彼女へ移す。 「ボーっとしてんじゃねーよ。気にしてんのか? ティアナの言ったこと」 「ああ、うん。もっと上手く説明してあげればよかったかな、って」 「何言ってんだ、あんなクソ生意気な口利かれたんだから一発かましてやれよ。っつか、もっと厳しくいってもいいと思うぞ」 感情的なヴィータの物言いに、なのはは苦笑した。 ティアナの言い分が正しいことはヴィータも理解している。ただ、それを抜きにして態度に純粋な怒りを感じていた。 ヴィータの考え方はいつだってシンプルだ。 思慮が浅いわけではなく、ただ自分の感じたことを隠そうとしない。 その率直さが欠点であり、同時に余りあるくらいの美点であることをなのは知っている。 「……ヴィータちゃんがティアナを教えた方がいいのかも」 「おいおい、オメー何弱気になってんだ? しっかりしろよ」 冗談とも取れないなのはの発言に、ヴィータが本気で顔を顰める。 「らしくねーぞ。まさか、本当にティアナのこと持て余してんのか?」 「ううん、ティアナのことはよく分かってるよ。 ティアナは確かに戦闘力は高いけど、自分でも言ってる通り『動く戦い方』だからね、どうしても周りへの視野が狭くなってるんだ。 あの娘は自分で戦って勝つことを第一に考えてる。フォワードとしては間違った考えじゃないんだけど、指示を出す現場リーダーとしては、一歩下がった視点も持って欲しい」 「だったら、今言った内容そのまま話してやれよ。アイツ、頭いいから理解できると思うぜ?」 ヴィータは断言する。ティアナへの苛立ちを露わにしながらも、彼女を認めていることは確かだった。 しかし、なのはは首を振った。 「さっきも言った通り、ティアナは自分で戦うやり方に納得してる。それが今の強さに繋がってるんだ。 説明をしても理解するのは頭だけ、あくまで『わたしが頼んだやり方』として受け入れるだけだよ。きっと、戦う上での優先順位は下のままだ」 今回の訓練データを整理する片手間で、独白するようになのはは自分の考えを吐露した。 「今のままじゃ、ティアナは自分から突っ込んでいく戦い方をやめられない」 「昔のなのはみてぇに、か……」 「わたしと違う点は、ティアナはその無茶がもたらす結果を分かってるってことかな。それを納得した上で、やめない」 「性質わりーな。頭の良さが裏目に出てやがる」 「ティアナが命を賭けることを、その覚悟を、止める方法は思いつかない……。ただ、気付くのを待つしかないよ」 ―――生きることは、一人で始まり、一人で終わるものではないということを。 自分の命を蔑ろにすることが、どれほど親しい者達に悲しみを与えるのかを。 理解して欲しい。強制は出来ないが、強く願う。 ティアナを想う人間の一人として、自分も含めて。 「……正直、迷ってもいるんだ。 ティアナは強くなりたい。究極的に、あの娘が求めるものはそれだけなんだから、別におかしなことじゃないかなって」 「鍛えるだけが、教導官じゃねえだろ。正しく導いてやるのが仕事だ」 「でも、ティアナはわたしが思うよりずっと冷静だし、頭が良いよ。間違ってるのは、わたしなのかも」 「……」 「ティアナに会って、自分の未熟さを改めて実感したよ。わたしは、自分に好意を持たれた関係に、慣れすぎてたんだね」 「なのは……」 「難しい、ね」 悲しげに笑うなのはの顔を、ヴィータは久しぶりに見た。 エース・オブ・エースと讃えられ、エリートと持ち上げられる少女が、強者の仮面を外して自分に見せることを許した弱みがこれだ。 それを僅かに嬉しく思い、気の利いた言葉も掛けてやれない情けなさを強く思う。 (スバル、エリオ、キャロ……それにティアナ。お前ら、自分がどれだけ幸せか、早く分かれよ) 夜空の下、ヴィータは切に願った。 (自分達が好き勝手に戦っている時にも、なのはに守られてるっていう幸せを―――) それぞれに戦う理由があると思う。たった一つの命、賭ける時はそれぞれの自由だ。 その上で、行く末を案じることは押し着せがましいのかもしれない。 でも、理解して欲しい。 家族でも友人でもなく、赤の他人として出会い、部下として扱う者を相手に、心底親身になろうとするこのお人好しの想いを。 ただそれだけは、汚れない本気の想いを―――。 (迷わず進めよ、なのは。お前のことは、あたしが守ってやる) いつの間にか見上げるようになった、それでも芯はきっと変わっていない背中を見つめ、鉄槌の騎士は自らの尊い誓いをたった一人の少女へ捧げた。 その日の夜、ティアナは寝付くことが出来なかった。 なのはの言葉が、いつまでも頭に残って離れない。 かつて、強くなることに苦痛は無く、焦りは無く―――でも今は? 「……スバル、起きてる?」 「うん、何?」 囁くような小声だったが、二段ベッドの上からはすぐに返事が返ってきた。 暗くなった部屋の闇にも目が慣れ始めるくらいの時間は経っていた。 普段のスバルならとっくに爆睡している時間だ。寝惚けた声でもない。 ティアナは少しだけ驚いていた。 「あのさ、あたし……変かな?」 普段なら、きっとこんな弱みは見せない。こんな縋るような声は出さない。 だから、やはり今の自分は変なのだと、ティアナは奇妙な実感をしていた。 「あたし、焦ってるかな……?」 ティアナの漠然とした問いに、スバルはしばらく沈黙を保っていた。 その沈黙の間に、途端に後悔と恥ずかしさが込み上げてくる。普段あれだけ偉そうなことを言っている自分が、一体何を弱気になってるんだ? 少なくとも、このヘッポコな相棒に見せるべき弱さではなかった。 ティアナはスバルが何かを答える前に慌てて前言撤回しようと口を開き―――。 「うん、最近のティアはちょっと変かな」 はっきりと告げられたスバルの言葉に、思わず口を噤んだ。 「ティアが<悪魔>って呼んでた敵。アイツらと戦ってる時から、何かおかしいって感じてたよ。 焦ってる、とかは気付かなかったけど、様子がおかしいのは思ってた。何に焦ってるのかは分からないけど、でも……アイツらが原因なんだよね?」 「……まあね」 「聞かないよ。なんか、教えてくれないと思うし」 「…………そうね」 ティアナがそう答えてから、少しだけ間が空いた。 予想していたとはいえ、ティアナの返答に少しだけショックを受けたのか。それとも。 スバルが何を考えているかは分からない。 「……わたしよりずっと頭が良いティアの悩みなんて、きっとわたしには解決できない」 普段と比べて驚くほど感情の抜けた、静かな声だった。 「だから、待ってる」 何を? 尋ねる代わりに、ティアナは視線だけを上に向けた。 「ティアが心配してること。それが上手くいっても、失敗しても、全部終わるまで、わたしは待ってるから」 「……スバル」 「何か間違って、失敗しても、いいじゃん。全部終わったらさ、あとはもう一回始めるだけなんだから。やり直せるよ、幾らでも」 ティアナは疑問に思わずにはいられなかった。 いつもあれだけガキっぽい奴なのに、なんでこんなに泣きそうなくらい穏やかで優しい声を出すんだろう? 「わたしがいっぱい失敗した時、いつもティアが助けてくれたからさ。だから、一度くらいわたしの方が助ける」 「……」 「ティアは、迷わず進めばいいよ。わたしが支える。二人でなら、大丈夫」 「……うん、ありがとう」 「いえいえ」 ティアナはかろうじて声を絞り出すことが出来た。 スバルの気遣いに、胸から込み上げてくる熱い感情が頭まで昇って溢れそうだった。 それが眼から涙になって流れそうになるのを必死に堪える。代わりに、口元に浮かぶ笑みは消せない。 スバルには見えないのにそれが恥ずかしくて、枕に顔を埋めた。 かつて、強くなることに苦痛は無く、焦りは無く―――今は? 大丈夫。 二人なら、きっと大丈夫。 その夜。 街灯と走り抜ける車のヘッドライトが照らす街の暗闇を、歩く影が二つ。 ―――いや、三つ。 いずれもフードの付いた外套を深く被り、この夜の闇の中へ更に紛れて人目を避けるよう密やかに歩く。 人のあまり出歩かない深夜。道路を駆け抜けてく車のドライバー達も、三つの影とすれ違い、そして誰も気付かない。 気付いた傍から、頭に留めず、忘れていく。 在り得ないはずのものを、錯覚だと思い込むことが普通であるように。 死人が歩くことなど在り得ない。 親を失った子供など忘れてしまう。 そして、<悪魔>の存在など信じない。 大柄な<男>一人。 幼い<少女>一人。 美しい<女>一人。 影が三つ、夜の街を彷徨うように歩き、消える。 三人の歩みが、一つの事態の前兆であることは確かだった。 クラシックな屋敷の片隅に置くだけで結構なアンティークになる骨董品のジュークボックスからは、現役を主張するようにメランコリックな歌声が流れていた。 それはこの<Devil May Cry>―――悪魔も泣き出す男ダンテの事務所に相応しくない静かな歌だった。 「女々しい歌だぜ……」 お気に入りのデスクが崩壊してしまったので、中古品に買い換えたソファーで寝転がっているダンテもぼやかずにはいられない。 <ドクター>の襲撃を受けて半壊した事務所の中で、奇跡的に息を吹き返したジュークボックスは、しかしアレ以降何故か静かで物悲しげな曲しか流れなくなったのだ。 中のディスクを交換する機構がイカレたのか、どれだけいじっても似たような曲しか流れない。 かくして、ロックをこよなく愛する悪魔狩人の住処は中高年が足げなく通うジャズバーのような穏やかさへと変貌してしまったのだった。 「クソッ、いい加減自殺しちまいそうな歌声だ。何言ってるかも分からねえ」 「死んだ恋人を惜しむ悲しい女の歌さ。知らねぇのか? 古いが、レア物の歌だぜ」 唐突に返ってきた答えに、ダンテは顔にかぶせていた雑誌を除けた。 玄関には見慣れたビア樽腹が立っている。 「あいにく<こっちの世界>の流行には疎くてね。ノックしろよ、レナード」 「ドアがあればな」 ダァム、と悪態を吐くと、ダンテはもう一度雑誌を顔に被せて不貞寝を決め込もうと躍起になった。 ここ一週間程、この店はいつになくオープンだ。そのままの意味で。 爆風で吹き飛んだ全ての窓は、応急処置として透明なビニールで塞いであるが、両開きのドアがあった玄関だけは手のつけようがなかった。 おまけに、ほとんど全滅した家具と板切れで塞いだ床の穴のせいで、さながら廃屋のような様相と化している。 ジュークボックスとソファー、それに床に転がした電話だけが生活臭を放っていた。 「いつまでこのボロ屋に住むつもりだ?」 「オイ、俺の店をボロ屋扱いするんじゃねえ」 「『元』だな。あるいは『店の跡』だ。直す目処は立っちゃいないんだろ?」 「寝室とシャワーと電話を直したら金が底を着いたんだよ」 「その後で骨董品の修理代とコートのスペア買ってちゃあな、自業自得だ」 「うるせえ」 バカにした笑みを隠そうともしないレナードの顔を、不愉快そうに本で遮り、ダンテは唸った。 結局直らなかった上に、予想以上の料金が掛かったジュークボックスの音楽が憐れむように流れる。 なんとも惨めな事態に陥ってしまったが、先立つものが無くてはどうしようもない。 この状況を作り出した犯人に対する怒りを沸々と沸き立たせながら、同時に何とも虚しい気持ちになって、ダンテはここ数日電話が鳴るのをただ待つ時間を過ごしていた。 「そんな憐れな貧乏人に、このレナード様が金になる仕事を持って来てやったぜ。ケツにキスしな!」 高揚を隠さず、嬉々として告げるレナードの言葉に、普段なら無視しているはずのダンテは渋々体を起こした。 自他共に認める小悪党であるこの男が持ってくる仕事は、どれもこれも胡散臭いものばかりだ。 大金をチラつかせて、割に合わないリスクを背負わせる。 それがレナード自身の姦計であったり、本当に不運なトラブルであったりする点がどうにも救えない。早い話が金を持ってくる疫病神だ。 しかし悲しいかな、今のダンテにとって必要なのはその金であり、真の危機はこの店が本格的に潰れることだった。 「……どんな依頼だ?」 ダンテは不本意を分かりやすい形にした表情で尋ねた。 いつになく素直なビジネスパートナーの態度に、いたく上機嫌でレナードは饒舌に答える。 「数日後にクラナガンのホテルで行われるオークションの警護さ」 「オイ、即日じゃないのかよ?」 「そこまで贅沢言うんじゃねえ。 だがな、金持ちが集まって無駄金叩き合うオークションだ。払いもいいぜ、前金でも結構な額が貰える」 「もう貰ってるんだろ? 俺の取り分で玄関のドア、直しといてくれ」 「へへ、受けるんだな?」 「……詳しい内容を話せよ」 「そうこなくっちゃな!」 ダンテの好みではない退屈そうな依頼だったが、背に腹は代えられない。 差し出された依頼内容のコピーを、渋々受け取る。 「依頼主は―――<ウロボロス社>?」 そこに書かれた見慣れない名前に、ダンテは僅かに眉を顰めた。 会社ぐるみでの依頼とは、なんとも大げさな話になってきたものだ。 「オイオイ、その会社を知らねぇのか? ミッドチルダでも有数の企業だぜ」 レナードは無教養な人間を嘆くように肩を竦めた。 「島一つ分の街を丸ごと支配しちまうような大企業だ。今回のオークション参加者でも一番の大物だな」 「料金を奮発してくれるのは嬉しいが、それ以外は興味ないぜ。それで、俺はその参加者のケツを守れば良いのか?」 「さすがにそいつは専属のボディガードがやるよ。お前さんは、少し離れた所で襲撃に備える」 「用心深いことだな」 言いながらも、ダンテはシークレットサービスの真似事をやらずに済んでホッとしていた。 金持ちの護衛など、一番苦手な仕事だ。 もちろん、それが見た目麗しい令嬢の相手なら喜んでするのだが、あいにくと護衛対象の写真は男だった。 「最近、謎の襲撃事件も頻発して物騒だからな。 オークションには時空管理局も護衛に来るらしいが、私的にガードを雇う金持ちも多いのさ」 「時空管理局だって?」 一瞬、ダンテの脳裏に久しく連絡を取っていない妹分の顔が思い浮かんだ。 しかし、すぐにその懸念を打ち消す。二人の仕事が重なる可能性などほとんど無い。 ダンテはこの時、自らが持つ因縁の強さをまだ知りもしないのだった。 「仮にもお偉いさんの集まる場所へ行くんだ、そんな派手な格好してくんじゃねえぞ? 特別に仕事着を用意してやるから、いつもの店へ来な。この部屋は仕事の話をするには向かねえ、俺の高級な鼻が腐っちまうわ」 もうすでに仕事を達成したかのような浮かれ具合で、レナードは笑いながら事務所を出て行った。 過ぎ去った後にも快晴など無い嫌な嵐が過ぎると、ダンテは遠ざかっていく笑い声を見送ってため息を吐いた。 まったく、世知辛い世の中だ。 「泣けるぜ」 どんなに情けなくても、クールさだけは失くさない声で呟き、ダンテはもう一度依頼のメモに目を落とした。 オークションに参加する護衛対象の情報が載っている。 といっても、それは詳細な個人情報などではなく、新聞の切り抜きを付けた大雑把な物だったが。 しかし、廃棄都市街の何でも屋程度には情報を気安く渡せない程に、その人物は会社でも高位の人間だった。 大企業ウロボロス社のCEO(最高経営責任者)―――。 「名前は<アリウス>か……」 死人のような顔色と野獣のような瞳を同居させた、異様な男だった。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> シン・サイズ(DMC1に登場) <罪>の名を持つこの悪魔は、やはり物質の媒介なしにはこの世に具現化できない低級な奴らだが、その半実体化した希薄さのせいで体への攻撃は擦り抜けちまう。 それだけじゃなく、壁や床まで透過できるってのはちょいと厄介な特性だぜ。 唯一実体化している大鎌は、魔力を集中することで攻防一体の強力な武器だ。 動き自体は決して速い方じゃないが、近接攻撃に対する反応速度は相当なもので、対剣士の戦法を熟知した古強者ってワケだ。 <死神>と称される見た目も相まって、歴史を感じさせるオーソドックスな悪魔の代表だな。 しかし、古い物は良いなんて懐古主義じゃあ現代では生き残れないぜ。 コイツらの媒介が<仮面>である以上、弱点なんて言うまでもないよな? 時代遅れの<死神>には近代兵器で『時代の新しさ』ってヤツを味わってもらうとしようぜ。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3579.html
マクロスなのは 第12話『演習空域』←この前の話 『マクロスなのは』第13話「空の守護神」 開戦と同時に鉄球を生成したヴィータは、それを自身のハンマー型アームドデバイス『グラーフアイゼン』で加速する。それらの弾幕でアルトの退路を塞ぐためだ。 『技量が拮抗している場合、バルキリーと魔導士の空戦では遠距離ならばまずバルキリー側の有利は揺らがぬ。しかし近接戦闘ならば互角だろう』 これはアルトのリークした情報だがヴィータにはすでに近いノウハウがあった。 元々彼女には幾年もの戦いの中で『戦闘機』というヴィークル(乗り物)との対戦経験があった。 ヴィータの操る古代ベルカ式は近接戦闘では無類の威力を発揮する。対して戦闘機は接近戦、つまりドッグファイトの性能は全方位を随時射角に収められる魔導士とは比べ物にならない。 だから彼女が生み出した対処ノウハウ、それはアルトの示した物に近かった。 しかしこれまでの対戦成績は2戦1敗1引き分けと決してよくない。 なぜだろうか? それはアルト達の世界で開発から50年間も脈々と改良されつづけたヴァリアブル・ファイターという機体が従来の戦闘機とは一線を画すからだ。 優れたエンジンに陸戦兵器並の耐久性、そして変形機構。オーバーテクノロジーという超科学を注ぎ込んだVFシリーズ。 ヴィータはそれまで戦闘機とは、ミサイルと機関砲しか持たぬ能無し。殴り合えない腰抜けと考えていた。 しかし目前の、何者も犯すことができないような荘厳さを備えた純白の機体は違った。 VF-25は可変による質量・推進モーメント変化やスラスターによって何波にもわたる誘導弾を回避し、レーザーで撃墜してゆく。 ヴィータはシグナムのように戦いを無上の喜びと感じる属性はない。しかし今は武者震いが止まらなかった。 彼女はカートリッジを1発ロードするとアイゼンのロケットブースターを展開させて接近していった。 (*) アルトはヴィータの鉄球を全て叩き落とす。 しかしさすがに対決は3回目。彼女はそれを撃墜する時間が稼ぎたいだけだったらしく、その隙に十分接近して来ていた。 OTM『クラスターエンジン機構』を採用した結果、推進力が従来の4倍強になり、巡航速度が3倍になったヴィータには容易い事だった。 余談だがマスコミがこの事から彼女の二つ名を『赤い彗星』としたとか。 振り下ろされるヴィータのアイゼンに、アルトはバトロイドに可変して迎え撃つ。 可変したVF-25はアルトの絶妙な動きもよくトレースし、それを正面から受け止めた。 それから両者は突いたり離れたりを繰り返しながら徐々に高度を落としていく。 ついには旧市街にまで降下し、超低空を縫っていく。どうやら音速を突破しているようで通過と同時に付近のビルのガラスや看板を破砕していった。 かと思えばVF-25が突然ガウォークに可変し、制動をかけてヴィータの後ろにつくとガンポッドを掃射する。 ヴィータはそれをその小ささから生まれる小回りのよさで建物の裏へと回避すると、1発ロードして爆発機能を付与した魔力球を数発打ち返して応戦する。 VF-25は制動も兼ねてバトロイドへと可変すると、体操選手も真っ青な見事なバク転で回避。そのまま建物の反対側へと消えていく。 その様子にヴィータは『VF-25は建物を盾に攻撃してくるに違いない』と思ったのか隙に乗じてカートリッジをリロード。同時に鉄球を生成すると魔力を集束して再びその建物の影から攻撃する構えを見せる。 魔導士達にとって建物とは壁であり、ヴィータの戦術はその考えに沿ったものだ。しかし今回の相手であるバルキリーにとって建物とはボール紙にも勝るとも劣らないほど弱いものだった。 ドガァァァン!! 突然の爆音。 建物の倒壊で吹き上がった莫大なほこりの中から躍り出てきたのはガンポッドをこちらへぴたりと照準したVF-25だった。一切の容赦なく雨のように放たれる58ミリペイント弾。 「この・・・・・・!」 ヴィータはデバイスを2発ロードし、PPBと魔力障壁を併用展開してそれをなんとか受けきった。そしてVF-25が体勢を立て直すために一時銃撃をやめると、接近してその手に握るハンマーで殴りかかる。 しかしそれは滑るような絶妙な機動をもってかわされ、代わりにカウンターのPPBP(ピン・ポイント・バリア・パンチ)が迫る。しかしヴィータのフェイントを使った巧みな戦闘機動によってその拳に捉えること叶わなかった。そしてヴィータはやってきたVF-25の頭に足を掛けて踏み切り、上空に転進した。 「畜生!逃がすか!」 ファイターに可変して追うアルト。だがヴィータの転進はこちらを引き付けるためのフェイクだったようだ。彼女は急停止して振り返ると、いつの間にか巨大化していたハンマーが横になぎ払うようにVF-25に降りかかった。 (*) 旧市街 観戦スタジアム かつてサッカーかなにかのスポーツの会場であったのだろうその場所は今回の総合火力演習の会場として様変わりしていた。 ツタが占拠していた客席はきれいに整理され、演習を見に来た20万人の一般人を収容している。 そしてその20万の視線は演習空域に無数に展開する無人観測機からの映像を映す目前の巨大ホロディスプレイと、今まさに上空で行われている空戦に注がれていた。 方や『鉄槌の騎士』と呼ばれ、管理局でもトップクラスの空戦能力持つことで知られるヴィータ。 方や数ヶ月前、歌姫とともに天より舞い降りてこの世界に、そして時空管理局に革命をもたらしたVF-25とそのパイロットである早乙女アルト。 まさに魔導士とバルキリーという制度を代表する両雄の激突にいやおうなく観客のモチベーションが上がり 「行け!質量兵器なんかに負けんな!!」 とか、 「頑張れバルキリー!今度こそ調子に乗った魔導士どもに引導を渡してやれ!!」 とか応援の声が放たれる。また、不謹慎だが賭けてる連中もいるようだった。 するとそれに呼応するかのように2人がスタジアムへと降下してきた。 ・・・・・いや、実際には降下などと言うほど生易しいものではない。 スタジアムのすぐ上空でヴィータがその巨大で強力な鉄槌で打(ぶ)ったたき、PPBPとバトロイドの盾で防いだVF-25がキリモミ落下してきたと言う方が正しい。 もちろんアルトもバカではない。落下前にガウォークに緊急可変し、スタジアムの中央で爆発とも紛う強力なエンジン噴射を行い急制動をかけた。その猛烈なダウンバーストによってスタジアムを這うような強烈な上昇気流が発生。さまざまなものが飛んでいく。 帽子から巡回して飲み物を売る売り子のスカートまで。なかには大切な馬券・・・・・・もとい、お金に化けるかもしれない〝お札〟を飛ばされた者もいるようで紙ふぶきが舞う。 「畜生!外(ほか)でやれ!!」 お札のバイヤーが叫び、売り子のお姉ちゃんも飲み物をぶっかけてしまったお客にぺこぺこ謝っている。 そしてVF-25もさすがにここで戦闘するのは危ないとファイターに可変し、さきほどの場所で待機するヴィータの元に向かった。 (*) 翼の下に装備されたランチャーポッドからMHMMが連射され、ヴィータ目掛けて乱舞する。 『この至近距離で飛行魔法を解除したらガンポッドの好餌になる』 と判断したヴィータは通常の魔力球を生成し、鉄球と同様加速させる。 鉄球と違って大きな誘導の効くそれはミサイルの大半を叩き落とした。 そしてギリギリまで回避運動すると着弾寸前に魔法を全て解除。ミサイルをそらした。 ・・・・・・かと思われたが、突然それは自爆する。どうやらリモート、もしくは時限起爆にしていたらしかった。 「うっ!」 ヴィータはすんでのところで魔力障壁を展開したがその衝撃の中ではヘタに動けない。 それは一瞬だが、彼女の低空を遷移するアルトが接近するには十分な時間だった。足のエンジンを吹かした渾身のPPBP(ピン・ポイント・バリア・パンチ)が迫る。 「アイゼン!」 「Ja(ヤー)!」 ヴィータは指示を発しつつ2発ロード。デバイスを振りかぶる。 その動作中にアイゼンはその大きさを20メートル程に巨大化させる。また、アイゼンは巨大なドリルとクラスターエンジンの機構を露出させて盛大に火を吹かす。 「ツェアシュテールングス、ハンマー!!」 激突! ヴィータのハンマーとVF-25の拳がぶつかり合い、スパークする。しかし上から振り下ろすことで重力を味方に付け、さらに質量、推進力において優越するアイゼンが徐々に押していた。 ヴィータは勝ちを確信して更に力を込めた。 (*) (重い・・・・・・) アルトはEXギアにフィードバックされるハンマーの重みに喘いでいた。 きっとこのままではPPBをぶち抜かれ、撃墜は免れないだろう。 「負けてたまるかぁ!」 アルトはスラストレバーを急激に下げ、増えた余剰エネルギーでPPBSをフルドライブ。 そしてヴィータのハンマーに逆らわぬよう受けきった。そしてその力を利用して距離を取るとファイターに可変。間髪入れずにデバイス『メサイア』に命令を発する。 「メサイア、〝FASTパック〟装備!」 『Yes sir.』 VF-25の本体が青白い光に包まれる。それが収まったときには懐かしい4つのメインブースターと各種スラスター、そして追加の装甲を着けたVF-25の姿があった。 FASTパック(スーパーパック)は宇宙戦用で、バルキリーに高推力と追加装甲を提供する(純正では武装も提供する)。しかし重力下では基本、デッドウエイトだ。 管理局でも標準装備にするには重力のある地上では推進剤(MMリアクターの魔力や自身の魔力)を食べまくるので採算が合わないとして採用していない。 そこでアルトはFASTパックをデバイス機能で生成、途中で装備するという方法を思いついた。 しかし連続使用の限界が10分程なので、本当に「ここぞ!」という時にしか使えない。 この機構は六課で模擬戦をしていた時にはすでに完成していたが、まだヴィータはこの機構の存在を知らないはずだ。 VF-25はブースターから大量の青白い光の粒子を噴射をすると離脱した。 (*) ヴィータは離れていくVF-25に追い撃ちの魔力弾を放つ。しかし彼女は目を疑った。その直角の回避運動に、その速度に。 それは通常左右ブースターに合わせて10トン以上積まれるはずの推進剤を一切積んでいないので、重力圏であってもノーマルVF-25Fの1.5倍近い高機動を実現していたのだ。 そんなゴーストもひっくり返るような機動に攻撃が伴う。それらの弾幕は止まるところを知らない。 しかしヴィータもやられっぱなしではすまなかった。 「クラスターエンジン、ISC(イナーシャ・ストア・コンバータ)、リミット、リリース!」 ヴィータの指令に4発のカートリッジがロード。過剰な魔力が空中でスパークする。 次の瞬間にはヴィータは加速していた。尋常でない加速度で。 (*) 「数秒でマッハ1!?」 バルキリーのセンサーはヴィータのゼロからの加速をしっかりと記録していた。そしてその最終的な速度はFASTパックを装備したバルキリーをも超えていた。 バリアジャケット、PPBSを使って空気の壁を切り裂き、OT『ISC(慣性エネルギーを時空エネルギーに還元、一時的に蓄積することにより、最大27.5Gまで一定時間相殺する)』を使って加速度を軽減しているらしい。 ちなみにこのISCはVF-25の切り札とも言える最高機密の装備だった(そのため装置のあるノーズコーンを不用意に分解しようとすると自爆する)。 そしてこの機関はフォールドクォーツを使うのだが、なぜか組成が同じだった普通のデバイスでクォーツの代用ができた。しかし装備するコストは尋常ではなく、予算の潤沢な六課ならではだろう。 さて、アルトの眼前でハンマーを振りかぶり、迫る少女。それはまさに鬼神のごとき威圧感を放っていた。 ヴィータの意地と力量を全て注ぎ込んだ攻撃・・・・・・ (この勝負、受けねば男が廃る!) アルトはバトロイドに可変。左腕に装備した防弾シールドから魔力刃のアサルトナイフを抜き放った。 「いざ!」 「ぶち抜けぇ!」 両者は空中で再度激突した。 その衝撃波は下界の地面を揺らしたと言われている。 (*) 『AWACS『ホークアイ』より正式発表。ヴィータ三等空尉を撃墜判定。早乙女アルト一等空尉を続行とする』 その全体放送はスタジアムの所々で悲鳴のような叫びと紙ふぶきを、そして戦い続ける両軍に歓喜と落胆の2種類の波紋をなげかけた。 (*) 同じ頃、フェイトと対戦することになったサジタリウス小隊の2機は苦戦を強いられていた。どんなに撃っても当たらないのだ。 フェイトはその自慢の神速でさくらの狙撃を、天城のハイマニューバ誘導弾をことごとく回避してみせる。 対するフェイトも焦っていた。2人の連携が絶妙なのだ。 片方を捉えたと思えばある時は狙撃が、またある時はミサイルやガンポッドの弾幕が行く手を塞ぐのだ。 「このままじゃ埒があかない・・・・・・」 決心したフェイトは自ら近距離に飛び込んでくるVF-1Bに標的を絞った。 もう1機の狙撃も痛いが位置も割れているし、この軽戦闘機に束縛されなければ当たるまい。 フェイトは一気に距離をとると雲に隠れた。 (*) 「待ちやがれぇ!」 雲に隠れたフェイトを追って天城のVF-1Bが飛翔する。 しかし位置が割れているためかフェイトは牽制しつつ雲から脱すると、一目散に退避を始めた。 こちらは出力を上げればなんとか追いつきそうだが、さくらとの間に雲があって支援狙撃は期待できそうになかった。 当のさくらはファイターに可変して射撃位置の変更を急いで行ってくれているが、フェイトは待ってはくれないだろう。 (後ろを取っている今がチャンスだ!) 天城は迷わず彼女を追った。 (*) 「来た来た・・・・・・」 フェイトは後ろにVF-1Bが追尾してくることを確認すると、頃合いを見計らう。 実はさきほど自分が隠れたように見せかけた雲、つまりVF-1Bの通過するであろう雲には自らが仕掛けたプラズマ・ランサーのスフィアがあるのだ。 VF-1Bがこちらを追うため雲に最接近する。―――――今だ! 「ファイア!」 宣言と共にプラズマ・ランサーの軛(くびき)が解き放たれ、数十発の金色の矢がVFー1Bに殺到した。 シレンヤ氏 その2
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/810.html
第三章『彼方の行方』 我等はこれより道を行く 奴等は後ろから見てるだけ 全てを知るから我等に託し ● 不意に戻った感覚が、佐山に身を包む暖かさを知らせる。 ベッド、か? 横倒しの身、背面にはシーツの硬さ、前面には掛け布団の軽さがある。 瞼を開けて見えるのは白い天井と灯る蛍光灯、身を起こせば同色の部屋や配置物も確認出来る。瓶の並ぶ戸棚、モニター付きの机、壁には午後八時半を示す時計がある。それらが佐山に現在位置を予測させた。 「医務室、か」 む? そこで佐山は違和感を得た。言葉が覚えの無い声で紡がれたからだ。 「――女性の声?」 今も出るのは女性のもの、思えば妙に身も軽い。そこで佐山は部屋の角に鏡を発見、ベッドから移動する。 「今度は一体何だ?」 最早楽しみですらある異常事態、鏡の前に着けば自身の姿が見れた。 「・・・誰だ君は」 女性が映っていた。赤い瞳と銀色の長髪、体つきも如実に現すタイトな黒服。体格も顔の造形も、その他全てが佐山本来のものと異なる。だが一つだけ、本来の姿と共通するものがあった。 「腕の傷痕。・・・私が異形から与えられたものか?」 川沿いで人狼の牙を受けた位置、そこには白く膨らんだ円形の皮膚がある。それを見て思うのは、あれは夢ではなかった、という確認と、あの深い傷がもう治るのか? という第二の疑問だ。 だが当面の問題は、この姿だ・・・ どーしたものか、と佐山は考えていると、かつて見ていた特撮“帰って来たトラウマン”を思い出す。 あれは全裸巨人に変身して都心で戦うというトラウマを抱えた主人公が、しかし秘密組織によって連れ戻されて戦わされるという人格矯正をテーマとする作品だ。それに寄ると変身する原因は、 「体内にスガタカワリンが溜まる為・・・!!」 そこで気付いた。女性の異常に膨らんだ胸部に。 ここにスガタカワリンが溜まっているな!? 佐山は確信、即座に掴んで絞る。出ろ諸悪の根源め、と思いを込めて。そうすれば、 『・・・何をしている、お前は』 突然、脳内に声が響いた。 出たな、スガタカワリンの精め・・・!! 『・・・何だそれは』 佐山は声を無視、より一層の力を込めて絞る。 『――もう少しユニゾンした方が良いのだが。・・・解った、出るからもうやめろ』 脳内音声の屈服と共に変化が起きる。佐山の体から人影が出て来るという変化が。それは、先ほど鏡に映ったのと同じ姿の女性だった。横目に鏡を見れば、簡素な寝間着を着る佐山本来の姿がある。 「・・・よもやシャマル達以外に手を出す者がいるとは」 銀髪の女性は佐山を見て溜め息。誰だ、と佐山は問おうとし、 「何やってるんだよ君は!」 顔面にスリッパを叩き付けられた。聞き覚えのある声と共に。 「・・・新庄君」 医務室のドアを背景に立つのは、茶色のスーツにスカート姿の新庄だ。 「見舞いに来れば君って人は! 覗き魔じゃなく変態だったんだね?」 「誤解だ新庄君。私はこのスガタカワリンの精を体から搾り出すべく・・・」 「何だよスガタカワリンって! 君の脳内物質!?」 「まあまあ、そのぐらいにしときましょ?」 新庄の後ろ、ドアを閉めて新しい人影が入ってくる。新庄と同じ茶色のスーツ、その上に白衣を着た金髪の女性だ。 「でも佐山君だっけ、貴方良い目をしてるわね? ・・・リインの胸に目を付けるなんて」 「先生っ!」 うふふ、と黒い笑いを浮かべる女性に新庄が注意する。 「・・・誰だ貴女は。それにここは一体・・・?」 「ここは時空管理局っていう組織の医務室よ。私は医療関係の長でシャマル、こっちは補佐を兼任してくれてる、リインフォースよ」 「先生、何言ってるんだよ! それは機密事項で・・・」 「隠す必要は無い」 それをリインフォースと呼ばれた銀髪の女性が遮る。 「どのみち彼はこの時空管理局へ来る事になっていた。・・・そうだろう? 佐山・御言」 「・・・私が呼ばれたのはIAIだが?」 「そのIAIの裏の顔だ、この時空管理局・地上本部は。・・・IAIの最奥地下に隠された主要施設、IAI社員達でも知らない特殊区画だ」 「・・・本当はね、問われても答えちゃいけないんだよ?」 囁いてきた新庄に、そうか、と頷きを返し、 「――ではリインフォース君とやら、君は何故私にそんな事を話す。・・・君にその権限が?」 「権限があるのは私ではない、お前だ」 話そう、とリインフォースは続け、シャマルは可笑しそうに喉を鳴らして笑う。 「お前は見てきたな? 山中で空間の異変や人狼を。――あれらはかつて滅んだ十の異世界、その残滓だ」 ● 「・・・で? そんなトンチキ話を私に信じろと?」 リインフォースの眼前、佐山が茶色のスーツを着込みつつ言った。着替えとして渡した地上本部の制服で、手首には自弦時計も付けさせた。着替え終えた佐山の右手には耳まで赤くした新庄の後ろ姿と、 「何考えてるの佐山君、女の子三人の前で生着替えなんてっ!! ・・・眼福だわぁ」 「前後の台詞が一致していないのだが? 大体貴女が女の子という歳かね」 薄ら笑いを浮かべたシャマルを一刀両断、リインフォースに佐山が向き直り、 「で、リインフォース君。・・・嘘ならもっとマシな事を言ってみては?」 「嘘ではない。まずは結論に至る説明を聞いてくれないか」 抗議に喚くシャマルを背景にリインフォースは答える。佐山はしばし間を空け、 「いいだろう。ここで頭から否定しても仕方が無い、話してみたまえ。・・・十の異世界があって、何故それが滅びた?」 ああ、とリインフォースは頷き、 「十の異世界はこの世界を中心とし、一定周期で交差して影響を与え合っていた。しかしある時、全ての交差周期が重なる事が判明した。そうなった場合、最も強い世界だけが生き残り・・・他は全て滅びる事も」 「それはいつの事かね? まさか明日とでも?」 「予測での衝突時刻は・・・この世界で言う一九九五年とされていた」 「・・・そんな事は起きなかったが?」 「当然だ、全ての異世界はそれ以前に滅ぼされたのだから。・・・お前の祖父達によって」 何? と佐山は返し、新庄も初耳だったのか目を丸くする。 「リインさん、どういう事? 佐山君、だっけ。まさか彼、八大竜王の孫って事・・・?」 「――八大竜王?」 十の異世界を滅ぼした者達の総称だ、リインは短く答え、 「そうだ、新庄。・・・この少年の祖父の名は佐山・薫、二つの異世界を滅ぼした男だ。そして我々は世界の存亡を賭けたその争いを―――概念戦争と呼んでいる」 そこまで聞き、佐山は顎に手を当てる。ここまでの説明を吟味する様に。 認めるか? 佐山の孫・・・ リインフォースは佐山の答えを待ち、そして出された佐山の答えは、 「条件次第では信じても良い」 というものだった。その言葉にシャマルが軽く驚き、 「あら、随分早く納得するのね」 「言っただろう、条件次第で、と。・・・それに私の中には君達を肯定する記憶がある」 「・・・山中での記憶、か?」 あぁ、と佐山は頷く。 「閉じられた空間、脳裏に響いた声、有り得ない異形、炎を吹く貴金属、さっきリインフォース君が私の体から出てきた事も含めてもいい。・・・そして極めつけは新庄君の感情だ」 「ボク・・・の?」 新庄が佐山の顔を見た。佐山は深々と頷き、 「あの時、君の表情は本物だった。真性の恐怖と緊張、腹に浮いたあの冷たい汗は演技で出せるものではない。・・・そう、腹に! 露にされた君の腹に浮いた汗は! 真なる君の感情!!」 「腹腹連呼しないで! ・・・ていうか誤解されるからやめてよ!?」 新庄が佐山のネクタイを牽引、喉を封鎖して言葉を止めさせた。 随分仲が良いのだな・・・ 慌てる新庄と痙攣する佐山、それを診るシャマルを眺めながらリインフォースは思う。 「――で」 顔を青ざめつつ佐山が復帰。リインフォースに向き直り、 「確かに異常事態はあった、しかしあれらが異世界の証明とはなりえない。世界は存在するからこそ証明されるのだからね。・・・十の異世界の存在証明は出来るのかね?」 「厳密な意味では出来ない、もう滅びているのだから」 しかし、と続け、 「解るだろう? どんな現象もある一定以上はトリックと考えない方が自然となる。異世界も同じだ、ある一線を超えた時から世界は別世界となる。・・・シャマル」 「はぁい。―――クラールヴィント」 佐山の隣、シャマルが腕を伸ばした。その人差し指と薬指には金の指輪がある。 『お呼びですか、ロード』 シャマルの指輪から女性の声が響いた。 「・・・人語を解する指輪とは。呪われていたりするのかね?」 「違いますぅっ! この子は私の大事なデバイスなんだから!! ・・・クラールヴィント、この失礼な子に見せてあげて? ・・・概念という、異世界の力を」 『Tes.。――近辺の概念をトレース、合一展開します』 金の指輪が小さく光り、 ―――地に足がついている。 世界が一変した。 ● 佐山の脳裏に響くのは自分のものに似た声、山中で聞いたものと同種だ。だが今回は別の異変もある。 「――腕時計が」 先ほどスーツと共に渡された黒い腕時計、それが振動していた。文字盤に一瞬赤い字が走る。 仕掛け時計か・・・? 見れば時計はその針を止めていない。山中ではあらゆる機械がその動きを止めていたのに。 「それは自弦時計という、概念空間に入る為のストレージデバイスだ」 リインフォースが腕時計を指して言う。 「デバイスとは?」 「概念を扱う機械達の事だ。多くは自我を持たないストレージデバイスという機種で、それはその一つだ。・・・シャマルが持つクラールヴィントの様に、意思を持つものもあるが」 「概念空間に概念? ・・・何だそれは」 「――説明しよう」 リインフォースは机へ移動してモニターを操作する。映されるのは、十の球体が一つの巨大な球体を囲んで並ぶ映像だ。 「十一の世界は歯車に見立てられ、Gと呼ばれていた。それぞれ1stーG、2ndーG、3rdーGという風に呼び分けられ・・・それぞれ個性を持っていた」 十の球体に1stから10thまでの数字が割り振られる。 「各Gの常識は全く異なっていた。あるGでは文字が能力となり、別のGでは金属が命を宿した。理屈も何もない・・・“それはそういうものだから”としか良い様の無い根本原因、それを概念と呼ぶ」 そこで映像は、“概念”と書かれた一つの球体が浮かぶものに切り替わる。 「概念を含んだ区域を概念空間、入った際に聞こえる声は概念条文と呼ばれる。概念条文は含まれた概念の象徴で・・・一定以上の強さを持って初めて声に聞こえる」 球体は大きな半球型となり、載せる字も“概念空間”と“概念条文”へと変わる。 そして急接近して内部に侵入、今度は波形が表示された。 「私達は概念を、変化する一定周期の震動波・・・つまり自弦振動だと考えている」 「ならば十のGとは――各々で自弦振動の周期が異なった世界という事か」 その通り、とリインフォースは応じ、それと同時に波形が三本に増えた。 「自弦振動は三種存在する。一つは世界そのものの自弦振動で、他の二つは世界に存在する全てのものが持つ自弦振動だ。所属Gを示す母体自弦振動と、個性を示す個体自弦振動という」 「ふむ。・・・三種の自弦振動、か」 「難しい事は無い。世界の自弦振動は地方別の風土、母体自弦振動は姓、個体自弦振動は名前の様なもの、そう思えば良い」 成る程・・・ 「名前が違えば別の人、姓が違えば別の家系とされるのと同じか。ならば山中で私が閉じ込められた空間は姓、・・・母体自弦振動のズレた空間か」 「少し違う、母体自弦振動が完全にズレればその空間は掻き消える。あれは母体自弦振動を一部ズラしたものだ。そうすればズレたものは二分化する。通常空間側と異世界側の両方、同時に重なって」 「あの山中は・・・通常空間側と異世界側に二重化したのだな? 振動差で異世界側にあるものはそこから出られず、通常空間側からの影響も受けない」 要するに、と佐山は区切り、 「世界の一部を間借りして異世界を再現する、・・・それが概念空間か」 「そう。そして概念空間を出入りするには母体自弦振動を合わせる必要がある。その変調を起こすものは“門”と呼ばれ、それを発動するのがその自弦時計だ」 リインフォースの指摘に佐山は黒の腕時計を見やる。機能の割に随分小さな機械だ、と思い、 「・・・ではこの時計を持っていなかった私が概念空間に入れたのは?」 「お前の個体自弦振動を密かに読み取り、入れるよう概念空間に登録させた者がいると聞く。・・・大方、大城の孫だろう」 聞き覚えのある姓に佐山は気付くが、しかし今は最後の確認を、との判断で後回しにする。 「・・・で、ここがその概念空間という証拠は?」 「それについては自分で確認した方が早いわ」 シャマルの声に佐山がそちらを見やれば、 「――壁に、立つだと?」 シャマルはドアのある壁、そこに垂直に立っていた。佐山から見てシャマルの体は真横に見える。 「今この部屋に展開されている概念条文は“地に足が着く”。つまり足裏側が下となり、引力の方向は個人で異なるの。・・・5thーGの概念を変化複製させたものなのよ?」 「真横の顔に話されるのも妙な感覚だが・・・変化させた複製? 新しくは作れないのか」 「概念は世界の根本、洒落て言うなら神の創造物よ? 人の身で作るのは矛盾するわね。・・・研究はされたそうだけど成功例は聞かないわ。今は劣化版、せいぜい亜種を作るのが精一杯」 「・・・これで解ってくれたかな、佐山君?」 新庄は窺う様に言う。その声色に浮かぶのは、やっとかな? という期待だ。しかし佐山は、 「あと一歩、かな。もう少し現実離れして欲しいのだが」 「・・・注文の多い人だね」 新庄は溜め息をつく。その様子にシャマルは笑みつつドアまで移動し、 「だったらこんなのはどうかしら?」 シャマルはしゃがんでドアを開く。そこに見えるのは通路ではない。 「・・・何だこれは」 見えたのは巨大なフロアだった。そこには作業着姿の人間達や異形達があり、それに稼働練習なのか巨大な人型ロボットがタンゴを踊る姿もある。シャマルと同じく、壁も天井も床として。 「あっちは元々地上本部で展開されていた概念空間ね。今私達がいる概念空間は、クラールヴィントがそれを読み取って展開したものなの。・・・同種だから連結させる事も出来たって訳」 「どうだ? これで私達の話を信じてもらえただろうか」 佐山は軽く頭を抱え、 「――ああ良いだろう。認めようじゃないか、その異世界とやらを。否、こんなトチ狂った事実がこの世界の現象と言えるものか」 新庄とシャマルは、やったぁ、とハイタッチ。リインフォースは薄く笑っていた。 ● フロアの人々に挨拶して扉を閉め、佐山達は話を再開した。 「つまり概念戦争とは、概念の所持量を巡る争いだった訳か」 「そうだ。世界そのものと言える超密度の概念、それを概念核というのだが・・・それを五割以上を失うとGは滅びる。そして現在、十種の概念核は全てこの世界にある。管理局が全て持つかは別にして」 「時空管理局は、そういった時も空間も異なる異邦人達に対応、管理する為に設立した組織って事ね」 「最初は本局っていう所だけだったんだけど、概念戦争に出る為にこの地上本部が作られたんだって」 「そして佐山・薫は初期の地上本部に所属、その一員として十のGと戦い、概念核を奪い滅ぼす事で戦いを終わらせた。――この世界の勝利でな」 ふむ、と佐山は応じ、 「それについていいが・・・しかし解せない。何故今になってそれを話す? 祖父が亡くなったから、という訳ではないだろう?」 あ、と新庄は口を開ける。 「そ、そう言えば何で?」 「新庄ちゃん・・・何も知らずに説明してたの?」 だって、と涙目の新庄にシャマルは苦笑し、 「それはね? この世界、LowーGが・・・再び滅亡の危機に瀕しているからよ」 「何?」 その答えに佐山は身を乗り出す。それはどういう事だ、と。 「それに抗う為に管理局は一つの計画を起こした。全竜交渉という計画を」 「交渉・・・? 一体誰と交渉するのかね。いや、それよりも世界の滅びに抗う手段が?」 ある、とリインフォースは答え、それは、と続けようとした。その時、 「それ以上言ったら困っちゃうでなーッ!?」 突然医務室のドアが開き、一つの物体が飛び込んだ。 それは老人だった。眼鏡をかけた初老の男、それがCの字の体勢で飛来したのだ。 「・・・ッ!?」 佐山は反応、右の拳を初老の腹に叩き込む。そうすれば今度は>の字になり、ドアの向こうへ飛び戻る。 今の顔と声に覚えが・・・ しかし佐山はかぶりを振る。あんな珍動物を知る筈が無い、そう思うからだ。だが、 「・・・ふ、ふふふ。葬式以来だな、御言君。――覚えておるかな? この大城・一夫を」 吹っ飛んだ老人が戻ってきた。今度は這いつくばった姿勢で、トカゲの様に。その顔に佐山は、あぁ、と頷き、 「そう言えば私は貴方に呼ばれたのだったな、御老体。・・・どうした、そんな這いつくばって。客を呼んだのなら茶の一つも出したまえ」 「うわ久しぶりに腹が立つナイス反応じゃな!?」 見下ろす佐山に大城は立てた親指を下に突き出す。それから佐山はリインフォースに今一度問うた。 「一つ聞き忘れたのだが・・・概念空間内で破壊があった場合、どうなる?」 「ああ、概念空間には元々存在したものの自弦振動が一部使われている。一度壊れた位ならば問題無いが・・・幾度も使用すれば何らかの形で本体にも被害が及ぶだろう」 「リ、リインちゃん!? そんな不吉な事言っちゃ大城泣いちゃうでなー!?」 「大城全部長! その穢れた口でうちのリインを呼ばないで下さい!」 「何っ? わしの発言って全否定ー!?」 シャマルは大城に詰め寄り、しかしリインフォースはどちらも無視して、 「しかしこれに生物は含まれない。少量の自弦振動では生命力に乏しく、未来への可変性も無い。動くだけですぐに砕けてしまう」 「山中の概念空間に動物がいなかったのはその為か。・・・つまりここにいる御老体は生100%か、実に汚らわしい」 「あ、汚らわしいになった! 穢らわしいから汚らわしいになったよ!?」 「・・・何を言っているのかね、どちらも同じ言葉ではないか」 「何か違うのっ! こう、含まれたグレードというか意味合い的なものがー!!」 うわぁん、と大城は泣き真似。佐山達は、痛いものを見た、という顔でそれを見下す。 「あ、あの皆!」 そこに新庄の声がかかった。 「大城さんが何しに来たか聞くべきだと思うんだ! 地上本部全部長が来るからには何か訳がある筈だよ!」 「だそうだが御老体、何か弁明はあるかね?」 「いきなり問い詰め系!? ・・・だってリインちゃんに全竜交渉の事まで言われたら、わし、出番無くなっちゃう」 「よーし諸君、今からこの痛い老人を拷問にかけようと思うのだが?」 「さんせー」 「異議はない」 「し、新庄君! 今わし酷い目に遭いそうなのだが助けてくれんかね!?」 「・・・」 「そっぽを向いちゃいやぁーッ!?」 それから数刻、包帯で簀巻きにされた大城に佐山は、 「で? 止めたからにはしっかり説明して貰おうか。全竜交渉とは何だ?」 「老人虐待の若人には教えないもんっ。・・・あぁうそうそ、だからその座薬はしまってお願いだから」 ふう、と大城は溜め息を一つ。 「この世界がマイナス概念で滅びそうなのは聞いたでな? それを知った管理局は全概念核を解放、このLowーGを強化してそれに対抗する事を決定した。その為に各Gの生き残り達と交渉し、概念核の使用許可を得ねばならん」 ふむ、と応じた佐山に大城は言った。 「それが全竜交渉。・・・そして我等が八大竜王、佐山・薫はその交渉役を君に譲ると言ったのだよ」 ● 「―――これが1st-G勢力の現状となります、至様」 Sfが書類を机に置いた。至はそれに反応もせず、書類の一枚を取って紙飛行機を作る。それを飛ばせばSfの額に当たり、 「・・・何か反応したらどうだ、Sf」 「では・・・至様、その折り方では空気抵抗が増えて飛び難いかと」 「そこじゃないだろ言うべきは!? ・・・全くつまらん奴だなお前は」 「Tes.、それが至様のご要求ですので」 そう答えたSfに至は、はん、と鼻を鳴らて残った書類を見やる。 「管理局に恭順した和平派、奴等を引き込もうと交渉に来た王城派の人狼は死んだ、か。それを発見した通常課にも死者数名、Sf、お前これをどう思う?」 「後の1stーGとの全竜交渉で、交渉材料になるかと」 「彼等の犠牲は無駄にしない、と言うんだ馬鹿。・・・覚えておけ、とりあえず表向きはそう言う、と」 「Tes.、ですが意訳として解り難いかと」 解り難いからこそ良いんだよ、と至は呟き、しかし、と続ける。 「親父も大変だな、王城派みたいな雑魚に振り回されて。1stーGの概念核、その半分を持つのは奴等ではなく市街派だというのにな」 「それ故に市街派は高い戦闘力を有します。迂闊に手を出せば被害は甚大かと」 「だから佐山・御言を交渉役にする、か? あんなガキに随分入れ込むな、親父も。・・・随分甘くなった」 「かつての一夫様は今と違ったのですか?」 「ああ、昔はそれこそ俺達を死地で鼓舞したものだ。・・・今は影も形も無いが」 「・・・全竜交渉とは如何様にして行われるものなのでしょうか」 「知りたいか」 「いえ別に」 「では教えてやる」 至は再び書類を一枚取り、手元で折っていく。 「十のGはそれぞれ独自の概念で作られていた。それらを総じてプラス概念というが、・・・逆にこのLowーGは何の力も無い、むしろ害を有するマイナス概念で作られていた」 「Tes.、それ故にLowーGは最底辺の世界とされ、真っ先に見捨てられたと」 「ああ、マイナス概念などあっても仕方ないからな。十のGは己の世界が滅びるのを厭い、LowーGを戦闘の場所に選ぶ事も多かった」 「各Gの生き残り達がLowーGに向ける遺恨はそれですか? 最底辺の世界が生き残った、と」 「理由の一つに過ぎんさ。・・・だが結果的に十のGは滅び概念核はLowーGに持ち込まれ、多くは管理局によって封印された。これが解放されればLowーGの常識が崩れるからな」 言葉の合間に紙を折り、擦る音が響く。 「だが十年前、ある事件を期に概念核が活性化した。放置すればLowーGが今よりも、それこそ自壊する程マイナスへ傾く事が解ってな、最早世界が変わるのを覚悟しての事だった」 しかし、という区切りが入り、 「分割された概念核は恭順しない生き残りが持つものも多く、その使用許可を得る為の・・・交渉が必要となった」 今さら勝者気取りで好き勝手は出来んしな、と至は笑う。 「マイナス概念の活性化に対抗してですか? ぶっちゃけ真実とは思えませんが」 「その証拠はお前自身だ、Sf。お前の体を造る技術元、3rdーGの戦闘機人達が何時目覚めたのか言ってみろ」 「・・・一九九五年、十二月二十五日です」 「そして聖者誕生と浮かれる日本で、その日何が起きた?」 「Tes.―――関西大震災が」 「そうとも。大阪を中心にして関西広域に広がった大災害。あれを期に概念核が活性化、LowーGにも僅かだが概念が漏れ出し、彼女達もギリギリで動ける様になった」 「・・・」 「マイナス概念の活性化は今も進行中、臨界点は活性化より十年後と予測されている。・・・つまり」 「二〇〇五年、今年の十二月二十五日ですか」 Sfの確認にも応えず、至は折り紙と化した一枚を書類の上に置く。その形を見たSfは、 「船、ですか?」 「馬鹿め、塔だ。・・・こう見るんだよ」 そう言って至は折り紙の置き方を変えた。そうすれば、確かに突き立つ塔に見える。 「これが、全ての始まりだ」 ● 黒い風は深夜の空を流れる。 漆黒に重ねられた漆黒は見る者にそれを判別させず、文字通り疾風となってある場所に入り込む。 そこで一つの偶然があった。疾風となったそれが、その場所である少女にぶつかったのだ。 その身の体現と同じ名を持つ少女に。 「ひぇっ!? ・・・か、風か? 驚かさんといて」 八神・はやて。黒の風は尊秋多学院校舎で、彼女の髪をそよいだ。 ―CHARACTER― NEME:大城・一夫 CLASS:地上本部全部長 FEITH:史上最高の変態 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/90.html
リリカルなのはディバインウォーズ クロス元:スーパーロボット大戦ディバインウォーズ ~PROLOGUE~ TOPページへ このページの先頭へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3553.html
マクロスなのは 第1話その1←この前の話 『マクロスなのは 第1話その2』 (*) 同時刻 時空管理局本部ビルの近くの喫茶店 その喫茶店の席の一角では1人の女性が携帯に耳を当てていた。 『こちらエコー7、爆弾の設置完了しやしたぜ!』 『エコー3も同じく!』 『こちらエコー12。設置は完了したんですが、住民の抵抗に会ったため彼らを捕縛。指示をくだせぃ』 無線より届く物騒な報告を表情1つ変えずに彼女は聞くと、 「その辺に転がしておきなさい。騒がれると面倒だから」 とまるでゴミを扱うように指示する。続いて彼女はすべての工作員に1つの命令を発した。「即時撤退」と。 彼女は携帯電話代わりにしていたストレージデバイスをポケットへしまうと、店内に展開されたホログラムのテレビ画面に目を向ける。 そこでは時空管理局本部ビルのデモの様子が生中継されていた。 どうやら予想通り首相はあのプランも譲歩も却下したようだ。デモ隊と防衛隊が開戦。双方発砲を始めていた。 (首相、あなたの唯一の間違いは私達次元海賊を甘く見たことよ) 彼女はあの邪魔だった地上部隊がいなくなると改めて考えると、静かに笑った。そして店を出て人の雑踏へと紛れていった。 (*) 時空管理局本部ビル正門前 そこにはバリアジャケットに換装した3人の姿があった。 そして事態は首相の思惑通りに進行していた。 はやてが拡声器で自分のプランが完全に却下されたこと。そしてデモ隊が自分達の仕事生命すら人質にして願った譲歩すら得られなかったこと。そして無条件で即時デモ隊を解散せよと伝えた。するとデモ隊のタガが外れるのは一瞬だった。 自棄(ヤケ)になった1人の陸士隊員がデモ隊リーダーが厳重に科していた発砲規制を破って発砲。推定Bランクの魔力砲撃は時空管理局本部ビルの強力なシールドに阻まれ四散する。しかしそれに神経が敏感になっていた防衛隊が反射的に応射してしまうのは仕方ない事だった。 数本の魔力砲撃、数十の魔力弾が発砲した陸士隊員の周囲に着弾。彼と周囲にいた十数人に非殺傷の魔力ダメージを与えた。 するとデモ隊は倍近い数の火砲で報復。それに防衛隊が―――――と言うように友軍同士で撃ち合い、あっという間に全面的で壮絶な撃ち合いへと発展してしまった。 最早一刻の猶予もない。 全体数がデモ隊より少なく火力がほぼゼロである治安隊の比率が高い防衛隊が破られるのは時間の問題。今はまだ双方とも非殺傷というタガを外していない。しかしデモ隊、防衛隊に関わらず追い詰められればあるいは――――― それはなんとしても防がねばならなかった。 「行くよ!なのはちゃん、フェイトちゃん!」 頷く2人。そして彼女達は、実力行使のために各々魔法の詠唱に入った。 デバイスに連続ロードされるベルカ式カートリッジ弾。その数は半端ではない。あちらのシールドは人数が多い分、そして非殺傷でぶち抜かねばらなぬ分、かの暴走した闇の書防衛プログラムより強大だ。手加減など出来ない! 「全力全開!ディバイン―――――!」 「雷光一閃!プラズマザンバァ―――――!」 「響け!終焉の笛―――――!」 桜色、金色、そして白色の眩い魔力光を放つミッドチルダ式、ベルカ式両魔法陣。 そしてそれらを解き放つまさにその時、それは空から降ってきた。 時系列は30分前に遡る。 (*) VF-25 アルト機 「畜生!どういうことだ!?」 彼の機体はまだフォールド空間を航行しているが、どうもおかしい。見えるべき僚機は見えず、機体も不規則に激しく揺られ、計器もめちゃくちゃだ。 バックミラーを流し見てランカの無事を確認すると、自機の安定を保とうと制御に集中する。しかし、一向に事態は好転せず、更に悪いことが重なった。 ギシ・・・・・・ それが機体上部に接続されたスーパーフォールドブースターの止め金の音と気づくのに1秒かからなかった。 (おいおい、嘘だろ!?) 内心舌打ちする。本当はこの程度の揺れで壊れるようなものではないはずだが、現実はそうでもないと否定している。 「整備不良かよ・・・・・・」 揺れにうめきながら整備員を呪った。そしてそれと同時に視界に、あるボタンが入った。 (えぇい、一か八か!) 迷わずそのボタン―――――緊急デフォールドボタン―――――を押し込む。このままフォールド空間にいても、フォールド機関の剥離、喪失によって機体が空間の圧力に押しつぶされるだけだったからだ。 眼前にフォールドゲートが開き、そこを通り抜ける。その際、一際大きな衝撃が機体を襲った。その衝撃にスーパーフォールドブースターが根底から外れ、ゲートに吸い込まれていった。 そして、悪いことは重なるものだ。ブースターは外れる拍子に、VF-25の推進剤(燃料)が入ったメインタンクに大穴を空けていったのだ。 VF-25の装備する熱核バーストエンジン(ステージⅡ熱核タービン)は大気圏内では無限の航続能力を誇るが、やはり何もない宇宙空間では作用反作用を利用するため、推進剤を使うのだ。 振動は収まったが、燃料計が急激に減っていき、遂に無くなった。残るはFASTパックのブースター一体型のタンクと、エンジンナセル(バトロイド時の脚)に装備された装甲兼用のコンフォーマルタンクのみ。 これでは長い時間宇宙に留まれないだろう。そう思い周囲を見渡すと、そこには〝地球〟があった。 (変だな?フォールドは途中でやめたはずなのに・・・・・・んだがあれは南アメリカ大陸だよな・・・・・・?) 軌道を半周してみても大陸の位置など知識としてある地球と寸分変わらない。しかし軌道上に常備されているはずの地球絶対防衛圏の防衛衛星や艦隊もなく、フォールド通信で呼びかけても応答はなかった。(この時アルトは月が2つ以上あることに気づいていたが、天体としての地球をよく知らなかった彼はおかしいとは思わなかった。) だが現状迷っている暇はないと判断したアルトは、デッドウエイトになるFASTパックのブースターをパージ。即座に降下シークエンスに入った。この分なら半周して〝日本らしき所〟の上空に着くはずだ。 大気摩擦でプラズマ化した外気がVF-25を包む。 (何度見ても飽きないな・・・・・・) そのプラズマの尾が織り成す美しさにしばし緊急時を忘れた。 VF-25のエンジンが推進剤を必要としなくなったのは高度が1万メートルになった時だった。 「ふぅ・・・・・・」 水平飛行でようやく人心地ついた。そして作動させていても仕方ないと目前の多目的ディスプレイに指を走らせ、ランカのコールドスリープを解除。続いて彼女が起きるまでの間に自機の位置を知ろうと機器を操作する。 しかし驚いたことにわからなかった。 機器に異常はなかったが、銀河内であればフォールドクォーツのおかげで、タイムラグなしで繋がるはずのGPS(ギャラクシー・ポジショニング・システム。全銀河無線測定システム)からの応答がなかったのだ。 また、フォールド通信機など相手がいて初めて意味のある各機器も軒並みブラックアウトしていた。 仕方ないので少しでも状況を知ろうと、機体の高精度カメラを下に向ける。するとそこには都市があった。それも広大な。 「わぁ、きれい・・・・・・」 起き抜けのランカが座席のベルトを外したのか、後ろから座席越しにのぞき込むようにして画面を見て言った。 確かにその都市は、かつて地球にあった大都市や、現代のどの都市とも違う洗練された機能美があった。だが――――― 「・・・・・・あれ? なんだろう、この光?」 ランカの指差す先には群衆が1000メートル程の大きさのビルの前に大挙していた。そこでは光の筋の様なものが飛び交っている。 「・・・・・・レーザーだな。 ここでも戦争か・・・・・・」 まったくいやなものだ・・・・・・と、ため息をつく。その時ランカが大きく身を乗り出してきた。そして何事かと振り返った自分を真っ直ぐな目で見つめると、言い放つ。 「止めよう、アルトくん」 そう言う彼女の赤い瞳には意志の力がみなぎっていた。 「・・・・・・わかった。それじゃあ行くぞ!」 言うと同時に機体を水平に保つため機体を旋回させながら降下を開始する。緊急時の武装と翼下のフォールドスピーカーのチェックを済ませた頃には高度は2000メートル程になっていた。 後ろを見るとランカはすでに宇宙服を脱いで、下に着ていたステージ衣装に衣替(ころもが)えしていた。 (まさか本当にミシェルと同じことをするはめになるとは・・・・・・) と苦笑すると、ランカはにっこり微笑み返してくれた。 その微笑みに一瞬我を忘れてしまうが、すぐに目的を思い出す。急いで外気圧を確認してキャノピーを開き、スピーカーの電源を入れ――――― 『私の歌を、聞けぇーーー!!』 そこに彼女の声が響き渡った。 (*) ここで時系列は戻る。 はやて達にとって変化は突然だった。 「え!うそ!?」 隣のなのはの困惑の声と同時に詠唱中で集束されていた魔力がコンマ数秒の違いがあれど3人とも一瞬で霧消した。 彼女達にはこの現象によく似たものに覚えがあった。 「「「AMF!?」」」 しかし低ランク魔導士ならいざ知らず、リミッター解除の自分達がこうも一瞬で魔法を解除させられるはずはない。 しかもあれは空気中の魔力素の結合を阻害するもの。つまり結合して既に魔力と化した魔法には手が出せないはずなのだ。 だが魔法は幻だったかのように霧消し、新たに魔力を発生させることも出来ず、もはや各人のデバイスはただの鉄の棒と化していた。 デモ隊やはやて達を含む防衛隊がこの状況に唖然とするなか、空から大音量で音楽が流れて来る。 「あれは―――――?」 なのはが空の一点を指差す。そこには戦闘機に足が生えたような小さな航空機。刹那、大音量のイントロが放たれた。 『みんなぁ、抱きしめて!銀河の、果てまでぇー!』 荒んでいた人の心という名の水面が揺れて、大気に輪を広げていく。 それは魂を震わせる青い電流。 彼女の歌声が周囲を満たしていく。誰かを暖かく思う気持ち、心の底から幸せを願う気持ちがハートに響き渡る。 そして防衛隊とデモ隊との間に着地した航空機から1人の少女が舞い降りて歌い続ける。 それは後の人々も語る奇跡のようなひとときだったという。 ・・・・・・こんな時、これほど早く事態が沈静化してしまうとは思っていなかった者達の時限式置き土産が発動した。 大地揺るがす爆音と共に時空管理局本部ビルに近い一軒家やマンションなど民家十数棟から爆炎が上がる。 これにはさすがの少女も歌い続ける事は出来ず、爆発の衝撃波に煽られペタンと座り込んでしまった。 本来戦闘中であれば混乱の中でこの爆弾テロは無視されて地上部隊の失態となっただろう事柄だが、幸運にも歌によって正気に戻った以上に、自らの使命を思い出した彼らにとってこれは任務以外の何物でもなかった。 地上部隊全員は再び杖で武装。 どうやら魔法妨害は解除されたらしく問題なく魔法が行使できた。 そしてデモ隊、防衛隊関係なくすぐに指揮系統を確立。あるものは突入班として炎上する民家に突入して救助にあたり、あるものは救護班として負傷者の応急治療に当たり、空戦魔導士達は病院へと重傷者を空輸し、またあるものは消火のために水や冷却属性の魔法を行使したり、延焼防止のため安全確認後魔力砲撃で家を最小限の被害で吹き飛ばした。 これほど早く、的確に動けたのは日頃の訓練の賜物と言えよう。対テロ・対武力・災害救助に特化した部隊。それがこの地上部隊の真価であった。 先ほどまでの敵味方が瞬時に結束し、民間人を必死に救おうとする姿はマスコミに余すところなく撮影、生中継された。 一方治安隊は何が起こったのかわからずしばらく思考停止していて、見かねた地上部隊隊員から「早く交通整理と犯人の捜索を手伝え!」と怒鳴られてようやく動き始めたというのだから、それを見た視聴者達の反応は時空管理局本部ビル内の会議室を含め、言わずもがなであった。 (*) 事態の推移に着いていけず唖然とする人は治安隊だけではない。ランカもまたその場を動けずに15分ほど眺めていた。 そんな時、ようやく余裕が生まれたのか、1人の女性が地面に座り込む自分に近寄ってきた。 彼女は長髪の金髪を持つ美しい女性で、先ほどまで空を飛んで炎上する家に突入して人命救助に貢献していた。どうしてその身1つで空を飛べるのかわからなかったが、地球ではアルトくんのEXギアの進化系が開発されているのだろうと考えた。 (アルトくんなら知ってるのかなぁ・・・・・・) 推進排気すら出さずに空を飛ぶ飛行原理についてアストロノーツ(宇宙移民者)としての好奇心が騒ぐが、事態はそんな単純ではないようだ。 彼女を制止する声が主観で上から聞こえる。見ると、バルキリーの操縦席のアルトが拳銃をぴたりとその女性を照準していた。 「アルトくん!?」 自らの非難する声に彼は応える。 「すまないがランカ、言い忘れてたことがある。ここは地球じゃないんだ」 「え!?あれって演出じゃ・・・・・・」 「あんなマジな演出あるかよ!」 アルトは怒鳴りつけるように言ってため息をつくと、その女性に向き直る。 「待たせたな。それで、ここはどこで、お前は誰だ」 「ごめんなさいね。自己紹介が遅れて。私は時空管理局、本局所属のフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン執務官です」 アルトの拳銃を向けるという威嚇行動にも全く怒った様子を見せず、その女性はむしろ手慣れた様子で自己紹介をした。 「それと場所ですが・・・あなた達の言う地球は太陽系第3惑星の地球でしたか?それと、この星によく似ていませんでしたか?」 「全く同じだ。珍しいこともあるもんだな」 「なるほど・・・・・・大体の事情は飲み込めました。ともかくあなた方の安全は私が保証します。今は少し取り込んでいますので、しばらくお待ちください」 どうやら事情はわかってくれたようだ。彼女はニコリと笑うと、安心させるように言う。アルトも元より丸腰にしかみえない相手に銃を向けることに抵抗を感じていたのか、すぐに構えを解いた。 すると、心に1つの不安が生まれた。ここが地球でなかったのなら自分がやったことが正しかったのか?という不安に。そう思うと居てもたってもいられなかった。 「あの・・・私ってお役に立てたのでしょうか?」 するとフェイトと名乗った彼女は大きく頷いて、 「ええ、もちろん。私達はもうお互いで戦うことは無いでしょう。あなたが、そう教えてくれたから」 と、それこそ満面の笑みを見せて答えた。 (*) その後初期動作が早かったため事態発生からたった30分で収束。首相も報道によって地上部隊隊員達の献身に心動かされたのか、予算問題についてあのプランを含めて前向きに検討し、1週間以内に対応するとデモ隊と国民(カメラ)の前で確約した。 続いて彼はその足で着陸したバルキリーに近づき、そこで待機していた自分にマイクで呼び掛けてきた。 『ああ、ランカ君・・・・・・と呼んでいいかな?』 「は、はい!」 『君は私の凝り固まった目を覚まさせてくれる手伝いをしてくれた。本当にありがとう。・・・・・・そこでどうだろうか?彼らの新たな第1歩を記念して、もう一度歌ってくれないか?』 その提案と同時にデモ隊と防衛隊(フェイトに簡単な事情を説明してもらった)が一斉にアンコールを始めた。その中にはあのフェイトの姿も見つかった。 なんか内心恥ずかしいが、こうも熱烈に求められては断れなかった。 「えっと、アルトくん」 「ああ、わかってるよ」 答えると同時に流される音楽と、開きゆくキャノピー(風防)。そして――――― 「よっしゃぁ!みんな行くよ!私の歌を、聞けぇ!!」 「「「うぉぉぉーーー!!」」」 その後ランカのファーストライブは半時にも渡った。 次回予告 魔法の世界に飛ばされた事に驚愕するアルト達。 しかし敵はすでに行動を開始しようとしていた───── 次回マクロスなのは、第2話『襲撃』 今、禁じられた道具の火蓋が切られる・・・・・・ シレンヤ氏 第2話へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3589.html
マクロスなのは 第13話『空の守護神』←この前の話 『マクロスなのは』第14話「決戦の果てに・・・・・・」 魔導士部隊、グリーン大隊第3小隊隊長のディーン・ジョンソン一等空尉は手元に目を落とす。そこには自分の褐色の肌とは対をなす白いポールで繋がれた自身のデバイスが、そしてそこに付けられた魔力残量計がMAXを示している事が確認できた。 5分前に魔力補給を受けてから実はもう5回目に当たるこの行動だが、何度見ても体に闘志を沸き立てさせた。 顔をあげて周囲を見渡してみると雲の霧の中、自らの部下たちが来るべき時と命令を待っている。 彼らの顔はさすが全員が地上部隊の精鋭揃いと言おうか、思ったより落ち着いていた。 そこへ通信が開いた。 『こちら八神はやてです。まもなく大規模反攻作戦を開始します。各隊は合図を待って行動を開始してください』 「よし」 ジョンソンは閉じられた通信回線を一瞥すると部下たちに向き直る。 「聞いたか!パーティーの時間だ!聞いてるだろうが俺たちはあの鉄のチキンどもを七面鳥焼きにする!魔法が使えないあいつ等は俺たちに比べたら翼をもがれた鳥に過ぎない!だがやつらにもメンツがあるだろう。そこでだ、例えどんなにやつらを過小評価していたとしても決して奢るな!お前ら、わかったな!?」 「「サー、イエッサー!!」」 「生粋の地上部隊のくせに質量兵器と戦いたいとほざくお前ら半人前にはまたとないチャンスだ!魔導士スピリッツを見せてやれ!!」 ジョンソンの発破に小隊全員の歓声がそれに応えた。直後全員転送魔法の準備に入る。 今回の作戦は、まず魔力補給班(つまり非戦闘員)と魔力不足で弱体化した部隊に偽装した30人程の囮を配置する。 そしてそれを嬉々として攻撃してきた編隊に対して他の場所で待機する魔導士が幻術を行う。その幻術の内容は、バルキリーの目の前に魔導士部隊の壁を作ることだ。 機体を接触させるだけで相手を殺傷してしまうバルキリー隊は魔導士達を轢くまいと必死に制動を掛けてくれるはず。 そうして彼らの音速の運動エネルギーを奪った所で自分たちのような部隊が転送や超高速移動魔法で編隊を包囲、殲滅する。 彼らは乗り物であるバルキリーに常にコネクトして魔力を供給する。しかしアルト達とは違ってリンカーコア出力がクラスBと総じて低いため、推進や武装に魔力の大半を費やしてしまう。そのためまともな転送や高速移動、束縛魔法などの魔法が使えないのだ。 そのためこれは魔導士たる優位さを全面に押し出した作戦であった。 (しかし地上部隊に来てまで戦闘機相手に戦うことになるとはな) ジョンソンは10年以上昔に従事した任務を否応なしに思い出した。 時空管理局本局の特別対応班である海兵隊に所属していたジョンソンは、戦闘機に代表される質量兵器との戦闘を経験する数少ない魔導士の1人であった。 機動課は通常1~2人の執務官と1個小隊(40人ぐらい)規模の武装隊がピンポイントの介入によってロストロギアを確保する。一方機動課の派生である海兵隊は2個中隊規模(400人ぐらい)の人員を用いてロストロギア奪取に伴う相手側の大規模な抵抗に対応できる部隊だ。 当時部隊は管理外世界で、戦争に勝つために次元破壊型のロストロギアを使おうとする国家からそれを奪取する任務に従事することとなった。 今回は管理外世界との抗争であったため、敵側では当然質量兵器が使われていた。 敵のレベルは決して低くはなかった。 科学技術のレベルはミッドチルダとほぼ同等。兵器も人間が単独で作り上げた文明にしては最上級と言っても過言ではない。 彼らは魔導技術こそなかったが、未だにできない空戦魔導士を赤外線ホーミングできるミサイルを開発していたし、副次的に転送魔法を妨害できるシールドも持っていた。 しかしこの作戦最大の激戦地『第47空域』は世間一般には質量兵器に対する魔導士の優位性を表した典型例として知られていた。 ジョンソンは当時部隊の上級曹長クラスで、空戦魔導士部隊を3編隊ほど任される立場にあった。 そのときの戦闘内容を書くのはまたの機会に送るが、彼は勝因を魔法とは捉えてなかった。 確かに陸戦兵器に匹敵する魔力砲撃や転送魔法、高速移動魔法は強力なツールであった。しかしもっとも大きかったのが、相手がこちらの手の内と戦術を知らなかったことだと考えていた。 バルキリー隊は元々管理局の魔導士。つまり魔導士の手の内と戦術を内部から知る者達であり、簡単な戦術ではすぐに見破られてその大火力でねじ伏せられるだろう。 ジョンソンにはそれが最大の不安材料だった。 「(だがそれこそオレ達の力の見せ所だ!)」 ジョンソンは改めて気を引き締めると、鬼軍曹と呼ばれた恐面(こわもて)で部下達を威圧した。 そこへ包囲開始の合図が送られてくる。 「奴らに地獄を見せてやれ!転送開始!」 命令と同時に部隊を一括りのミッドチルダ式魔法陣が飲み込み、瞬時に予定空間へと転送した。 目前にはVF-1が3機。どうやらガウォークで急制動をかけたところで突然現れた敵からの攻撃に慌てているらしく、3機には組織立った連携は見られなかった。と、なれば占めたもの。 「てぇーーー!!」 ジョンソン以下彼の指揮する15人の火線が一斉に火蓋を切り、そのすべてが1機のVF-1に吸い込まれた。 さすがの装甲もその攻撃に耐えきれず撃墜判定。機体は断末魔のようにミサイルを斉射するとすぐさま転送送還された。 置き土産たるミサイルは10発程度であったが、憎々しいことに自分の部隊と包囲している他2部隊の攻撃を一時的に逸らすことに成功して残り2機が連携する時間を稼ぎだした。 しかしもう遅い。あの2機もすでに消耗は激しいようだったし、包囲部隊は巨大な全方位シールドで敵を完全に閉じ込めているため包囲を突破するのは不可能。そう時間を掛けずに落とすことができる筈だ。 しかし残るバルキリー隊の反撃は熾烈なものだった。 各方面でお互い視認できないほど分散していたはずのフロンティア基地航空隊だが、まるで相互の意志疎通が常に行われているかのように集合を果たしていた。 作戦開始からたった20秒。ジョンソンが気付いた時にはすでにそれらは自分たちとは対岸の部隊を攻撃するところだった。 『これだけ人数がいれば余程の飽和攻撃でない限りミサイルの迎撃など簡単。ガンポッドの攻撃だって9~10機ぐらいなら魔導士部隊の全方位シールドで耐えきれる』 八神はやてはこう思ってこの作戦を決行したのだが、バルキリー隊の集弾率は予想を遥かに上回っていた。 集ってきた敵の3個編隊は迎撃を編隊単位で回避しながらバラバラの角度から同時に、しかしロックオンしたかのように全く同じ場所に集中射してきた。 9条もの魔力砲撃を浴びたその場所のシールドは数秒で崩壊し、そこにいた魔導士数人は瞬時に壊滅させられた。 まさかこれほど対応が早いとは思っておらず慌てた魔導士達はジョンソン含めほぼ全員が全方位シールドの維持という重要な任務を忘れて、新たな高脅威目標へとデバイスを照準する。 しかしそれこそバルキリー隊の思うツボだった。 防御から攻撃への転換には古今東西〝隙〟という名の多大のリスクを背負うことになる。それも集団であれば地上の航空管制局かホークアイの管制によって冷静かつ的確に行われるべきものだ。 魔導士部隊は司令官である八神はやてとダイレクトに意志疎通ができるリィンフォースⅡがそれを行っていた。彼女の能力もそれなりで適切な運用であったが、今回は相手が悪かった。 『違う!上や!』 通常の軍用回線でなく、民間の地上局経由で届いたはやての声。気づけば管制用のデータリンク回線は完全に沈黙していた。 どうやらバルキリー隊は反撃段階で広域ジャミングを行っており、電磁波を用いていた魔導士部隊のデータリンク、レーダー、他回線を全て封鎖されていたらしい。おかげで最初の増援の察知も遅れたようだ。 上空に視線を向けると、太陽を背に1発のクラスターミサイルがロケット弾を散布し始めた所だった。 「総員退避!!」 ジョンソンの指示が飛び、連携など取りようがないので各自バラバラに個人転送していく。しかしAランク魔導士とて転送魔法の発動には1~2秒の個人差がある。それは致命的だった。 「畜生!!」 そんな罵りなど関せずに彼の目前で多数の友軍が転送が間に合わず魔力爆発に呑まれていく。 猛烈に迫る魔力衝撃波。しかしジョンソンはなんとかその業火に呑まれる前に転送脱出した。 結果的に半数程の魔導士がクラスターミサイルの業火に包まれて撃墜判定。一方バルキリー隊はその加速力を生かして現場から離脱し、転送及び高速移動魔法で命からがら逃れた魔導士を各個撃破していった。 (*) 作戦失敗から5分後 「敵の編隊が旋回してくるぞ!垂直に展開して撃ちまくれ!」 ジョンソンが部下に檄を飛ばす。 臨時編成にも関わらず部下達は密集態勢から瞬時に展開して壁を形成する。 そこへ3機の敵編隊より放たれた6発のミサイルが迫る。Aランク魔導士である自分達にとってそれを迎撃することはさほど難しくはない。しかし高速で回避運動するので時間稼ぎの囮としては優秀であった。それにそれを迎撃しない場合の被害も計り知れない。 部隊の半数の火線が必然的にミサイル迎撃へと当てられ、残りが敵編隊に放たれる。 「おいおいマジかよ!?」 1人の魔導士が目前の光景に声を荒げる。 火力密度が半分まで低下した事で敵はこちらの迎撃をものともせず、PPBと装甲でごり押してきたのだ。 そしてミサイルが放たれてから5秒後、敵は後ろへと抜けていた。 あちらに被害はない。しかしこちらは30ミリ模擬弾で12人中4人が転送送還されていた。 追撃や追い撃ちしようにも敵はすでに遥か彼方。 「奴ら速いし硬すぎる!」 へッドオン(相対)からたった5秒では砲撃一発を放つのが限度。さらに砲撃によるデバイス冷却のせいで模擬弾を受けきる程のシールドが展開出来ず、ただの的であった。 バルキリー隊はその速度とガウォークの旋回性能、そして火力を有効活用した一撃離脱戦法に終始し、魔導士部隊にはまったく有効弾が入れられなかった。 それを補うために連携を取ろうにもあれ以来魔導士部隊はバラバラに分断されていて、索敵範囲外の友軍の位置すらわからない状況へと追い込まれていた。 「さっきの作戦で不覚を取られなきゃ・・・・・・!」 ジョンソンは悪態と共にデバイスを強く握り締めた。 いまでは通信回線は民間をも封鎖されてしまったので使えない。 かつて小隊長だった自分も部隊が散りじりになったため、所属に関係なく生き残りをかき集めている。しかし敵は一定以上のグループになると容赦なく攻撃してくるので他の場所でも小グループで各個に戦い、一方的に撃破されているようだった。 (このままじゃ負ける・・・・・・!) 念話を含めた全周波に対してスクランブル(ジャミング)を掛けているにも関わらず組織的に行動するという従来の技術ではありえないということも相まって歯噛みするジョンソンだが、沈黙していた無線に久しぶりに声が入った。 『八神はやてより全魔導士部隊へ。現在私の魔力を使ってECCM(対電子妨害手段)を展開中。しかし短時間なので簡潔に説明します。これより演習空域中央のジョンソン一尉の部隊に〝切り札〟を転送します。生存者はそこに集合。以降彼女より直接指示を受けてください』 それだけ告げると再び回線は封鎖された。 (切り札だと?しかも俺の所に!?) すぐに部隊に円陣を敷かせて周辺警戒。そして少人数のグループが2つほど合流した時、遂にそれはやってきた。 展開された魔法陣から出てきたのは外見年齢に似合わぬ威厳と風格を備えた人物だった。 「これより私が指揮を取る。異存はないか?」 もちろん肯定以外の意思表示をする者はなかった。 (*) 飛び交うミサイルと模擬弾。そして魔力砲撃。所々で魔力爆発の花が咲き、断末魔の悲鳴とともに散っていく。 戦況はフロンティア基地航空隊側の圧倒的有利に傾いていた。それは何より指揮管制能力の差にある。 互いに火力・航空管制センターである『ホークアイ』の指揮・火力管制が受けられぬため、各自で対応している。 魔導士側は先ほどまで小隊ごとに分けてそれをはやてが切り盛りしていた。しかしリィンの手伝いがあるとは言え人が1人で行う戦闘管制には限界があり、それがデバイスにしか頼れぬ魔導士の限界だ。 しかもそれすらこちらの展開する広域ジャミングで封じている。 バルキリー隊は数も少なく、フォールド波を使用したJTIDS(ジョイント・タクティカル・インフォメーション・ディストリビューション・システム。統合戦術情報分配システム)を全機に配備している。 そのため魔導士には長い訓練と互いの信頼性を必要とする目標の割り当てや火力集中といったことをFCS(火器管制システム)のリンクによって難なくこなす事ができる。 また、索敵外の敵や友軍の情報もデータリンクを通してリアルタイムで知ることが出来るため効率的な部隊運用が可能だった。 今フロンティア基地航空隊を任されているスコーピオン小隊の隊長、アーノルド・ライアン二等空尉は久しぶりの部隊指揮に心躍らせていた。 彼は元々地上部隊の対テロ特殊部隊、通称『特別機動隊』の空戦部隊に所属していて、魔導士ランクはA+だ。しかし才能に恵まれなかった彼のリンカーコアはクラスBだった。(通常魔導士ランクとリンカーコアのランクは釣り合うものだが、上回っているのは彼の努力の証と言えよう) さらに彼は25歳の若さにして豊富な実戦経験と科学技術に対する深い教養があった。 しかしそんな彼は4ヶ月前に、突然の異動が命じられた。配属先はまだできたばかりの教導隊。それも教官としてではなく、生徒としての入隊だった。 最初彼は 「左遷された!」 と大いに嘆いた。しかし他の生徒の経歴を見たライアンはある共通点を見つけた。 自分を含めほぼすべての者がミッドチルダ防衛アカデミー、もしくは通常大学で工学を履修おり、優秀者であること。 リンカーコアのランクは低いが、管理局の未来を十分背負っていける優秀な人材が階級を尉官以下から問わず採用されていること。 原隊では十分誇れる実績をそれぞれもっていること。 この3点だ。この事からこれが左遷でなく、何か大がかりな革命の予兆と予感したライアンは粛々とそれを受け入れることにした。 結果としてそれは大当たりだった。 彼は今でも最初にやったOT・OTMの理論を聞いた時の感動を鮮明に覚えている。 それは既存の流体力学の理論をねじ伏せ、魔法技術との融合で更にねじ曲げることが可能になったOT改『アクティブ空力制御技術』だったが、その感動は言葉に尽くせないものがあった。 今では彼は、オーバーテクノロジーとミッドチルダの技術の粋を結集して改良されたヴァリアブル・ファイターという機体を操縦できることを誇りに思っていた。 閑話休題 ライアンは各隊に指示を飛ばしながら敵を撃破していく。 しかし彼らフロンティア基地航空隊全体を覆うある一つの認識があった。 『自分達は確実に負ける』 端から見ると一方的優位にあるように思えるが、それは幻想に過ぎない。 バルキリーの出力を持ってしてもこれほどの大規模なジャミングをこれ以上維持することはできないし、何より弾薬がない。 VF-1Bは中HMM:8発、MHMM:32発。VF-11はこれに内蔵型MHMM:10発、クラスターミサイル:2発。そして2機種共通の30mm多目的ガンポッドの模擬弾3000発超。 使うと無くなる兵装はこれだけだが、単独ではMMリアクターを使っても魔導士を撃墜するのは難しい。 彼らは対魔法戦のエキスパートであり、魔力砲撃などの単純魔力攻撃に対する対処法が腐る程蓄積されている。 かといって近接戦闘こそ相手の思うツボであり、結局弾薬の量こそが生命線であった。 ライアンは攻撃の合間に友軍の全弾薬量と敵の配備を見直す。 自らの指揮下にあるバルキリーは残り13機。大抵の機がミサイルを80%以上撃ちきり、ガンポッドの弾薬が半分ぐらいの機も珍しくない。 魔導士はジャミングのおかげでバラバラにこそなっているが、その数は凄まじい脅威だ。連携を取り戻しさえすれば防御陣のままチャンスを伺っているらしいC群を伴って大規模な反抗に打って出てくるのは必至だった。 頼みの制圧兵器であるクラスターミサイルも自分と他2機が保有する3発しかない。 これでは派手に正面戦闘をすれば全兵器を使い果たしてしまうだろう。 だからと言って座して負けるのは面白くない。 「只では負けないぞ・・・・・・目にもの見せてやる!」 そのための戦術は既に練り上げている。 『スカル小隊、交戦』 何度目かの交戦宣言が無線機から聞こえる。 「これだけ数が・・・・・・な、なに!?」 ライアンはその異常事態に画面を二度見することになった。先ほどまで13機それぞれのライフが表示されていたのだが、突然2機の反応が消えたのだ。 どちらもスカル小隊の機体で、中央へと集結し始めたらしい敵の撹乱のために送り、さきほど交戦宣言を聞いたばかりだ。 故障かとも思えたが、現実であることを告げるAWACSの撃墜報告が無線から届いた。 「どうやって落とされた?」 確かにそこには10人程のグループが形成されているようだったが、それでもこんなに一瞬ではやられないはずだ。 「カプリコン小隊、状況は分かるな?」 『ああ、スカル小隊が交戦宣言の3秒後に壊滅した。だろ?』 「そうだ。中央に一番近いお前の小隊に原因を探ってもらいたい。こちらもすぐに急行する」 『了解。必ず正体を暴いてやるぜ!』 レーダーの中でカプリコン小隊のアイコンたちが演習空域中央へと転進していった。 ライアンも操縦桿を倒して中央へと進路を取る。彼らとは10秒ぐらいの差で到達できるはずだ。 カプリコン小隊のアイコンが射程へと突入する。刹那2機のVF-1Bの反応が消えうせ、隊長機であるVF-11Sの転換装甲のキャパシタが一気になくなった。 どうやらとっさにバトロイドに可変することでその一撃を凌いだようだった。 『こちらカプリコンリーダー!敵六課戦力見ゆ!』 ロックオンアラートをBGMに開かれた回線が叫ぶようにそう告げる。 『ライアンよく聞け!敵は―――――!!』 しかしそれは途切れ、同時にデータリンクの反応をも消えた。 「カプリコンリーダー!・・・・・・おいジョエル!応答しろ!」 当然応答はなかった。 (バカな!レーダーにSランク魔導士の反応はないはずだ!) ライアンは改めてレーダーを見たが、その場所にSランクを示す赤い反応はなかった。しかし考えるには接敵までの時間がない。彼は僚機に注意を促すと顔を上げる。その時、隣を並進していた僚機が撃墜された。 彼はその正体を一瞬で悟ると、操縦桿を前いっぱいに倒して機体を無理やり下降させた。生き残る僚機も続く。 ちなみに、普通なら過度のマイナスGがかりレッドアウト(頭に血液が逆流して失神する現象)してしまう程の機動だ。しかしEXギアであるデバイスの重力制御装置の恩恵で、この程度ならそれはある程度なら相殺されるようになっていた。 頭上を見上げると、さっきまで自分達のいた位置にチェーンで繋がれた刃物が擦過していった。 僚機の撃墜でジャミングはもう打ち止めだ。ライアンはECM(電子妨害手段)を切ると、彼女に呼びかけた。 『(さすがですね。シグナム〝隊長〟)』 念話によって送られたメッセージの返答はすぐに来た。 『(ほう、ライアンか。久しいな)』 シグナムは少し離れたところでその〝隠れ蓑〟から姿を表した。 シレンヤ氏 第14話その2へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/22.html
――その日の夜、僕は真実を知る為に家から少し離れた公園にシグナムさん達を呼び出していた、 だけど・・・ シグナム「朱雀様、これは一体どういう事なのか御説明頂きたいのですが」 ――逆にシグナムさん達の質問攻めに遭ってしまい、仕方なく僕は今日起こった出来事の全てを 打ち明けた・・・ シグナム「それで、その得体の知れぬ男にデバイスを貰い、我等の許にはせ参じて戦闘を行った・・・ そういう事、で、いいのですね・・・?」 朱雀「えっ、ええ・・・」 ――シグナムさんの表情が険しくなった・・・ そして僕の目の前に近づくや否やいきなり僕の頬に平手を食らわした・・・ シグナム「あなたは・・・貴方は自分が一体何をしたのか本当にお分かりになっているのですか!?」 ――僕は、何も言えなかった・・・ シグナム「シャマル、お前もお前だ!!何故朱雀様を止めなかった!?」 シャマル「そっ、それは・・・」 朱雀「・・・僕がシャマルさんを説得したんです、シャマルさんは悪くありません・・・」 シャマル「・・・朱雀さん・・・」 シグナム「朱雀様は黙っていてください!!これは我々の問題です!!」 朱雀「・・・我々の問題ですって・・・?僕やはやてに黙ってこんな事をしているのが・・・?」 シグナム「・・・朱雀様?」 朱雀「はやての命を助ける為に人を殺す・・・?はやてさえ助かれば他の人はどうなってもいい・・・?」 ――僕は、さっきのお返しと言わんばかりにシグナムさんに平手を食らわした シグナム「・・・すっ、朱雀様・・・」 朱雀「誰がそんな事を頼んだ!?誰が人殺しをしろと命じた!?」 シグナム「・・・」 朱雀「皆は僕とはやてに約束したじゃないか!!纂集は行わないと、僕やはやてと一緒に穏やかに暮らすと・・・! それなのに・・・!いくらはやてを助けるためだからって人の命を奪うなんて・・・!」 ヴィータ「・・・殺しちゃいねー・・・」 朱雀「えっ・・・?」 ヴィータ「人殺しはしてねー!!ぜってーしてねー!!朱雀やはやてとの約束だから・・・、信じてくれ・・・!」 朱雀「えっ?でっ、でも・・・」 シャマル「本当なんです!!確かに私達は闇の書の纂集を行っていますが、命までは奪っていません・・・!! 御願いです、信じてください・・・!」 朱雀「・・・詳しく、話してもらえますか?闇の書の事と、はやての身に起こっている事の全てを・・・」 ――僕はシャマルさんに全てを聞き出した、闇の書が妹の魔力を吸い尽くしている事、闇の書の纂集を行う事で妹の負担を 減らしている事、妹が闇の書の主になって”エリクシル”という秘術を使えば妹の障害が治る事、そして・・・ 朱雀「・・・じゃあ、高い魔力を持っている者ならある程度抜かれても平気だと・・・?」 シャマル「・・・はい、それに私達が現在纂集を行っている相手は獰猛な魔物のみです・・・決して人間を相手に纂集は 行っていません・・・」 朱雀「本当ですか・・・?」 シャマル「えっ?えっ、ええ・・・」 ヴィータ(ホントは管理局の奴一人やっちまってるけどな・・・) シグナム「・・・朱雀様、そのデバイスを私に渡してください」 朱雀「えっ?」 シグナム「・・・あなたには、そんなものは必要有りません・・・、元々は我々が始めた戦い、今回の事はどうかお忘れに なって今まで通り普通の生活に・・・」 朱雀「・・・嫌だ・・・」 シグナム「朱雀様っ!」 朱雀「・・・そうやってまた皆は勝手に話を進めて僕達にその結果を押し付けるのか・・・!僕の気持ちなど考えもせずに・・・! それに、もう嫌なんだ、何も知らない、何も出来ない、と言い訳して妹は皆を見殺しにするのは・・・!」 ザフィーラ「朱雀様・・・いや、しかし・・・」 朱雀「決めたんだ・・・僕も戦うって・・・妹を助ける為に僕に出来る事をするって・・・!」 ヴィータ「なんでだよ・・・!なんでそーなんだよ、朱雀!」 朱雀「見たいんだ、そして知りたいんだ、自分の目と耳と足で、現実と、真実を・・・ 皆が本当に人殺しをしていないのか、妹が本当に助かる道があるのか、時空管理局の人達や”彼”が何を考えているのか・・・ 頼む、皆、僕にも手伝わせてくれ・・・」 ――僕は懇願した、だが・・・シグナムさんは突然僕の目の前にレヴァンティンを突きつけた シグナム「・・・貴方が思っている程現実は甘く無い、今回はたまたま上手くいったが、これからも時空管理局の者達に 追われ続ける事になるだろう・・・、その時にもし貴方が捕まったらはやて様の素性も明かされ、捕らえられる事になる・・・ 貴方自身の行動が結果的に逆にはやて様の御身を危険に晒す事になるのです・・・ それに、もしも闇の書の纂集をやり遂げたとしても、貴方の望む”結末”は得られないかもしれない、貴方が望んでいない 結末に行き着くかも知れない・・・それでも貴方は戦いを望む、と言うのですか・・・?」 朱雀「・・・はい、例えこれが”誰か”に踊らされた道であったとしても、僕は後悔しません、自分の運命は、自分で 決めたいんです」 ――僕は物怖じせずにシグナムさんを真っ直ぐに見詰めた、そんな僕に遂に観念したのかシグナムさんは剣を降ろし・・・ シグナム「・・・解りました・・・」 ヴィータ「おい、シグナム!!」 シグナム「・・・いいのだ、ヴィータ、朱雀様の言う事はもっともだ・・・私に止める権利は無い・・・ ただし朱雀様、二つだけ約束して下さい・・・」 朱雀「約束?」 シグナム「はい、一つは朱雀様がご自身の今の生活を第一に考えて行動すること、そしてもう一つは戦いの際には常に私と共に 行動することです、誓えますか・・・?」 朱雀「・・・わかりました・・・」 ――それぞれがそれぞれの状況と覚悟を再認識し、僕らは家に戻った、そして廊下でシグナムさんと二人きりになった時・・・ 朱雀「シグナムさん、僕からも、一つだけ約束して欲しい事があるんですけど、いいですか・・・?」 シグナム「何でしょうか?」 朱雀「僕と妹、どちらかを守らなければならないとするなら、妹の方を最優先にしてもらえますか?」 シグナム「・・・例の男の件もあります、はやて様には常に二人以上の護衛を付けるつもり・・・!?」 ――僕はシグナムさんの両肩をギュッっと掴んで怒鳴りつけた 朱雀「”もしも”の時の事を言ってるんです!!妹には力が無いっ!だから・・・!」 はやて「朱雀兄ぃ、何でシグナムの事起こってるん・・・?」 ――僕の怒鳴り声で妹が心配して尋ねてきた 朱雀「いや、ごめん・・・何でもないんだ・・・」 シグナム「はやて様がご心配なさる程の事ではありません、ご安心を」 はやて「そっか、ならええんや、ウチはもう寝るから、みんな、おやすみな」 朱雀「あっ、うん、おやすみ・・・」 シグナム「お休みなさいませ・・・」 ――妹が去っていくのを見届けた後、僕はシグナムさんに先ほどの言葉をもう一度言った 朱雀「シグナムさん、さっきの言葉、何があっても絶対に忘れないで下さい、いいですね?」 シグナム「・・・」 ――僕は焦っていた・・・ 確証がなかったからシグナムさんたちには言っていなかったけど、もしあの時出逢った少女が僕のよく知る人物だったら・・・ そして以前グレイおじさんの言っていた事が事実なら・・・近い将来に”彼ら”が僕や妹を捕まえに来る・・・ そう考えていた・・・だが・・・ なのは「えっ?地球人じゃない・・・?」 ――同時刻、なのはちゃん達は先程の戦闘の状況整理をしていた、その時の事・・・ エイミィ「ええ、ジャミングが掛かっていた所為で詳細なデータは取れなかったんだけど、カレンさんがその人と接触した時に 感知した固有魔力波形パターンが少なくとも地球人、そしてミッドチルダ人の誰にも該当していないの」 なのは「えっ?そうなんですか・・・?」 カレン「一応うちのデータベースにも検証してみたんだけど、該当データはなかったわ」 なのは(じゃあ、あの人は、朱雀さんじゃ・・・無い・・・?) リンディ「どうしたの?なのはさん・・・」 なのは「いえ・・・、何でも、無いです・・・」 リンディ「・・・そう・・・」 クロノ「別の世界からやって来た人物か、それとも現在の闇の書の主が作りだした新たな守護騎士か・・・? いずれにしても情報が少なすぎますね・・・」 なのは(そうだよね・・・朱雀さんがあんな所にいる筈・・・無いもんね・・・) 戻る 目次へ 次へ