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前ページ次ページゼロの誓約者 突然、目の前が暗くなった。 (たすけて) 聞こえる、いつかと同じセリフ。そして、吸い込まれる様な懐かしい感覚。 誰かに喚ばれたのだと、気がついたのは目の前に少女を認識した時だった。 少女は整った顔を歪め、不満そうに言葉を紡ぐ。 「感謝しなさいよ!貴族にこんな事されるなんて一生ないことなんだから!」 「え……ちょっと」 少年の目の前で、少女は不可解な言葉を発する。少年が、それを少女の名前だと認識することは出来ない。 少年の疑問は、不自然に遮られた。少女の唇が少年のそれを塞いだのだ。 「え、ええええええええええええええええええええええ!?!?」 初めて召喚された時は、周りに多数の死体があった。それはもう驚いた。そして、二回目の召喚も別のベクトルで少年を驚愕させた。 少年の名は、新堂勇人。 前回喚ばれた場所では、誓約者(リンカー)として世界を救った英雄である。が、その後はただのニートと化していた。これは、働けとエルゴが課した試練なのかもしれない。 いつのまにか、右手には妙な模様がきざまれていた。 「で、あんた誰」 ルイズは機嫌が悪かった。初めて魔法が成功した。進級できる。それは嬉しい。だが、それを差し引いてもルイズの気分が良くなるはずはなかった。 喚びだしたのは見たところただの平民。しかもルイズとそう年も変わらない少年。何の取り柄もなさそうだ。少年がぼんやりしている間に、殆どの人々は自室へと戻っていった。ルイズに、嘲笑の言葉を残して。 今回こそ、見返してやろうと思ったのに。寝る間も削って練習した。しかし、結果はこれだ。 投げかけられる言葉に、ルイズは反論のひとつも出来なかった。 「俺は、新堂勇人…ここは?」 「ここはトリスタイン魔法学院。で、あんたは私に、」 「俺は召喚されたのか…?」 え、とルイズはハヤトの言葉に声を上げた。 「君が俺を喚んだ召喚師?」 「そ、そうよ!平民のくせに物わかりが良いじゃない。さあ、行くわよ!」 ルイズは、何故か気まずさを感じて自室へと足を進める。 なんなの、あの使い魔。ルイズが説明しなくても、あの状況を理解していた。平民のくせに、何か引っかかる。……考えすぎよね。 ルイズは思考を振り払う。そういえば、まだ使い魔に名乗っていなかった。振り返ると、ハヤトはさっきの場所から動いていなかった。ルイズはハヤトを呼ぶために、口を大きく開いた。 ハヤトは離れていく少女を眺めつつ、自分の力を試してみることにした。 他の世界に呼びかける。しかし、反応はない。いや、まったくないとは言えないが微かなものだ。他の世界に干渉するには、なにかしら媒介が必要かも知れない。 誓約者は、自由に他の世界から召喚獣を呼び出せるはずなのにここではそれが出来ない。少なくとも、ハヤトの力だけでは。何か、ラッキーアイテムがあれば……。 ふと、ハヤトの目に、怪しい輝きを持った石ころが目に入った。 (これは、) ハヤトは、不思議な力を感じて石ころを手にとった。 「ハヤト!なにしてんのよ、早く来なさい!」 向こうで少女が読んでいる。まだ名前はしらない。召喚獣は召喚師に逆らえない。普段はルイズの立場にいるハヤトはよく知っている。 (でも、必ず前の世界に戻ってみせる) 元の、ではない。ハヤトは、初めて召喚された地で生きていく事を決めたのだから。 ハヤトは、確かな決意を抱いて少女の元へ向かった。 前ページ次ページゼロの誓約者
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前ページ次ページ使い魔定光 私にとって人生最悪の二日間といってもいい、あの流刑体騒ぎから数日が経った。 経っちゃったと言うべきなのかも… あれから新たな流刑体が現れることもなく、比較的平和な日々が続いている。 私は退学にも停学にもならずに、普段どおりの生活に戻った。 角鍔との闘いで壊れた建物の修繕費や、怪我した人の治療費、その他もろもろの莫大な請求が来たことは来たけど、私本人をどうこうするといった事にはならなかった。 ポンコツの話じゃ、ここ数日で1000体もの流刑体がハルケギニアに降ってきたらしい。 1000体よ?1000体!信じられる? 私はとてもじゃないけど信じられない。 そのぐらい平和ってことなのかな。 ボンっと、爆発音が響いたかと思うと、あたり一面煤だらけ。 もはや何度目だろう。眼前には見慣れた光景が広がっている。 魔法失敗だ。 「またですか、ミス・ヴァリエール…」 「…すみません」 「もういいわ、席に戻りなさい。では代わりにやってくださる方?」 さすがにこう何度も失敗すれば、いくら温厚な人物でもうんざりしてしまう。 失敗したルイズの代わりに教師の目に留まった一人が、教壇に向かう。 言われたとおり席に戻るルイズとのすれ違いざまに、にやりと侮蔑のような笑みを浮かべるのが が見える。 まわりからはヒソヒソ声どころか、ごく自然な声で「ゼロのルイズ」等と嘯く声が聞こえてくる。 これもまた、彼女にとって見慣れた光景だった。 彼らは、ルイズが角鍔と闘ったことを知らない。 一部の者以外には、流刑体の存在そのものが伏せられていた。 撃針についてもポンコツについてもルイズが呼び出した使い魔、としか説明していない。 角鍔の一件は、ある生徒が魔法に失敗したために起こった事故だと説明されている。 その偽の情報がルイズの立場を悪くしているとは、説明した教員達も知らないだろう。 ゆっくりと。だが確実に、あの騒ぎの中心にいたのはルイズだという確信が、学院全体に広がっていた。 『見事な爆発だったな、ルイズ』 「…あんたも嫌味言うのね?」 『いや、なにもない空間からあれだけのエネルギーを発生させるのは並大抵のことではない。 あれは水蒸気爆発か?回答の入力を』 「ただ失敗しただけよ。なーにはしゃいでんだか…」 席に戻ったルイズは、彼女のうしろに陣取っているポンコツを見やった。 知識欲旺盛なポンコツは積極的に授業を見学したがり、こうやってほぼ毎時間ルイズについて授業を拝聴している。 もっとも、最初に連れてきたときは、キュルケやタバサに生首を抱えてきたのかとずいぶん驚かれたものだが。 他の使い魔たちに混じって、ちょこんと床に置かれたポンコツはいささか場から浮いていた。 しかし、慣れとは恐ろしいもので、今では床に置かれた頭だけの甲冑も、まるで最初からそこにあった教室のオブジェかというほど馴染んでいる。 「改めて見ると奇妙な光景よね…」 『まったくだ。まるで流刑体の群れにでも囲まれている気分だよ』 「…違うわ。あんたのことよ。首だけの使い魔なんて聞いたことないもの」 『心外だな。…ところでルイズ』 「なによ?」 『なにか悩みがあるんじゃないか?私でよければ相談にのるぞ』 ポンコツから出た意外な言葉に、ルイズは一瞬ドキリとした。 よくもまぁ、気の回る使い魔だ。兜の分際で。 「急になによ?」 『君が最近うなされている様子だったのでね』 「…余計なお世話よ。変な気を回さないで」 『しかし…』 「余計なお世話って言ってるでしょ!」 根掘り葉掘りと尋問のようなポンコツの口調に、ルイズはつい語尾を荒げてしまった。 彼女がなにかを抱えていることはさすがのポンコツでも理解できた。 「ミス・ヴァリエール!授業中に使い魔との私語は禁止です!」 見かねた教師がルイズに大声で注意する。それはそうだ授業中の私語にしては声量が大きすぎる。 結局、その一喝によってポンコツの質問はうやむやになってしまった。 「で、教室に置いてかれちゃったってわけ?」 『ああ。今の私は文字通り、手も足も出ない状態だからね。感謝するよ』 ポンコツはキュルケの豊満なバストに抱えられていた あの後、すっかり機嫌が悪くなったルイズは、授業が終わるとポンコツを放置したまま教室を出て行ってしまった。 今のポンコツには胴体、「ユマノイドデバイス」と呼ばれるものがない。 角鍔にやられ、大きく損傷したそれは、今現在はコルベールの研究室に安置されている。 当のコルベールは、一日眺めているだけでも飽きないと豪語し、他の教員や生徒達から不気味がられているのはまた別の話。 そういうわけで、今や頭だけの状態のポンコツは、自分の意志で動くこともままならなかった。 「まぁ、私もサラマンダーがいなかったら気付かなかったと思うけど」 『あれには私も肝を冷やしたよ』 「危機一髪」 キュルケの右横を歩いていたタバサも口を開いた。 サラマンダーとはキュルケの使い魔なのだが、ポンコツが甚く気に入った様子で これまでは角を何度も甘噛みされる程度だったのが、今回はポンコツの内部が空洞だと知ったサラマンダーが頭を突っ込んだのだ。 精密機械がぎっしり詰まった内部で火炎を吐かれれば、さしものポンコツでもアウトであっただろう。 幸い、直前でキュルケとタバサがそれに気付き、ポンコツは窮地を脱したわけだが。 「でも、自分の使い魔を置いてっちゃうなんてひどいメイジよねぇ」 『いや、それは私にも否がある。私は完全に彼女の信頼を得ていないようだ』 「信頼ねぇ?」 キュルケは何気なくサラマンダーを見やる。 自分はこの使い魔を信頼しきっているだろうか? そしてサラマンダーは私を信頼しているのだろうか? サラマンダーは答えない。 「私は…」 「私はシルフィードを信頼している」 普段から口数が多いとはいえないタバサが進んで会話に参加するとは珍しい。 迷いなく言い切るタバサはいつになく覇気があり、キュルケは少し圧倒された。 「なんか羨ましいわね、そういうの」 『何事もそれ相応の時間と努力が必要、か』 その頃、ルイズは既に自室にいた。 「ルイズ、明日少し付き合ってくれないか」 「逢瀬のお誘いかしら?誘う相手を間違ってるんじゃない?」 「真面目な話なんだ」 「…それとできれば君の使い魔も連れてきたほうがいい」 先ほどあった会話を反芻する。 教室を出てすぐギーシュにつかまり、一方的に要件を告げられたのだ。 その時の彼の表情は、いつになく真剣でなにか思いつめている様でもあった。 あれが学院一の女たらしであるギーシュ本人とは信じられない程だ。 「明日は虚無の曜日よね…」 ただでさえ流刑体やポンコツで頭を悩ましている今、人間関係でゴタゴタするのは勘弁してもらいたい。 しばらく悶々とした時間をすごし、あまり考え込んでも仕方ないと不貞寝を決めこんでベッドに入ろうとしたところで、ポンコツが帰ってきた。 自分がよく知る人物に抱えられて。 「返しにきた」 「え、ええ…ありがとう、タバサ」 「メイジが使い魔を蔑ろにするのはよくない」 「へ!?あ、そうね。ごめんなさい…」 無言の気迫に押されたルイズは素直に謝る。 しかし、相変わらずセリフが原稿用紙一行分をこえない子だ。 ちょこんと胸元に抱えていたポンコツをずいっとルイズにむけて差出すと、タバサはそのまま回れ右で帰っていった。 「なんであんたがタバサといっしょに居るのよ?」 『私がこの星の文字を教えて欲しいと言ったら彼女が時間をとってくれたのだ』 嘘は言っていない。 もっとも、それはあくまでおまけのようなものであり、実際のところは ルイズ自身の事や、最近のルイズの様子について友人代表としてキュルケ、タバサに聞いていたのだ。 素直に言えばルイズが気を悪くするのは明らかである。 そこまで空気の読めないポンコツではなかった。 「ふーん…じゃ私寝るから」 『ああ。おやすみルイズ』 なんとなく納得したような、そうでないような声でルイズは布団へともぐりこみ ポンコツは胴体を失ってからの定位置であるタンスの上に無造作に置かれた。 翌日。 「ねぇ!タバサ聞いてよ!ちょっと!」 慌ただしく自分の部屋に転がり込んでくるキュルケに、タバサは付き合いが長い人間にしか判別できない程度に顔をしかめた。 こういうところがなければ彼女はいい友人なのだが。 「虚無の曜日」 「それがね!さっきルイズとギーシュが二人して出かけていったのよ!おかしいと思わない?あのギーシュがよりによってルイズとよ!?」 タバサの言葉など華麗にスルーし、かなり失礼なことをずけずけと言うキュルケ なんというマシンガントークであろうか。 ちなみにこれは彼女が実際に門を出る二人を見たわけではなく、目撃者からの又聞きである。 目撃者の「でも、そういう雰囲気には見えなかったけどなぁ」という証言が削除されているのがなんとも。 「ポンコツ君はこのことを心配してたのかしらねー」などと言っているキュルケをよそに タバサはその後の展開を予想し、深いため息をつきながら読んでいた本をパタンと閉じた。 「ちょっと、一体どこまで行くわけ?」 噂の二人はラ・ロシェール森にまで来ていた。 ギーシュが女性との逢瀬によく利用している場所だ。 「…ここまで来ればもういいな」 先行していたギーシュがそう呟き、立ち止まる。 いきなり立ち止まるものだから、ルイズは彼の背中に顔をぶつけそうになってしまった。 『君の目的はなんなんだ?』 「目的?そうだね…」 ギーシュのただならぬ様子と、森の冷たい静けさに、身の危険を感じはじめていたルイズの代わりにポンコツが口火を切った。 途端にギーシュは昨日見せた真剣な表情になる。 「ルイズ、そしてルイズの使い魔くん… 君達は例の食堂の騒ぎのときどこにいた? 騒ぎの中心にいたんじゃないかい?」 「そ、それは…」 『それが事実だとしたらどうするつもりだ?』 ポンコツの無機質な眼光がギーシュを射抜くように見つめる。 ギーシュは自分を落ち着かせるように深く空気を吸い込み、ルイズをまっすぐと見る。 「あの騒ぎでモンモランシーが傷を負ったんだ。鋭利な刃物で切られたようでね。 幸い治癒魔法で助かったが、切り口があと少しずれていたら…命を落としていたそうだ」 「!?」 怪我人が出たこと自体は知っていた。だが全員無事だと聞かされていたし なによりモンモランシーの姿もあれから何度か見かけていた。 「僕は許せない!その場に居なかった自分を!そしてそんな騒ぎを起した張本人をね!」 「違う…私は!私はただ!」 『ルイズを責めるのは筋違いだろう』 「っ!! 君じゃないのか―――――!」 「なんでぇ!なんでぇ!おめぇさんはよぅ!?」 「きゅぃぃーい!!」 いきなり森全体に響き渡ったあまりに場違いなそれによって、ギーシュの激昂はかき消されてしまった。 二人、それまでの事を忘れて声がした方を見ると、木々の隙間からそれなりに見慣れた白い肌が 露出していた。 タバサの使い魔、シルフィードのものだ。 「キュルケ!タバサ!あんた達こんなところで――――」 今度はルイズの声を遮るように木々を蹴破り、馬のような生物が飛び出す。 ただ、普通の馬ではないことは明白であった。 「俺っちの走り場を荒らしてんじゃねぇやい!このスカポンタンが!」 「ちょっと!なんなのよこいつは!?タバサ、わかる?!」 「わからない」 かなり緊迫した状態にもかかわらず、キュルケの問いに、いつも通りの抑揚のない声で答えるタバサ。 結局彼女は、キュルケに乗せられ二人のあとをついていったようだ。 二人はルイズ達から少し離れた場所で、ルイズ達の様子を伺っていたのだ。 そこにこのハプニングである 「ぽ、ポンコツ!あれってまさか…!」 『流刑体だ!名は「馬躁(バソウ)」!』 「な、なんだ!何が起こっているんだ!?」 あまりの急展開に状況がまだ飲み込めていないギーシュ。無理もない。これが当然の反応であろう。 だが、すばやく胸元の薔薇に手をやっているあたり、度胸がある。 『ルイズ!私を装着するんだ!』 「…っでも!」 『迷っている暇はない!』 ギーシュの言葉がきいているのか、ルイズはポンコツを被ることに戸惑ってしまった。 その一瞬の迷いが命取りになることを彼女はまだ知らない。 『早く!』 「っ!わかったわよ!」 シルフィードに気をとられていた馬躁がこちらの存在に気付いた。 もはや一刻の猶予もない。 「おめぇさん…随行体かい?」 変身は一瞬だ。ルイズがポンコツを被ると同時にそれは完了していた。 服の下には、全身を守る超軽量の外骨格とも言うべき紺と白のナノスキンが広がっている この感覚はいささか不快であり、おそらくこれからも慣れることはないのであろう。 「う、嘘…」 「……!」 「へ、変身した…?」 すぐ傍でそれを目撃した3人は、文字通り三者三様に驚いていた。 あのタバサでさえも、目を大きく見開き驚きを隠せない様子である。 それもそうだ。自らの身体を一瞬に変化させるなど、先住魔法でもなければ… 次の瞬間にはルイズの身体は宙に舞っていた。 一瞬の迷いが大きな隙を生む。変身完了とほぼ同時にルイズに飛び掛かってきた馬躁の 強烈な後ろ足による打撃が、ポンコツが物理保護を展開する前にルイズの腹部に直撃していたのだ。 壊れた人形のように宙を舞ったルイズは、そのまま自由落下の要領で背中から地面に叩きつけられた。 「随行体とやり合うほど俺っちもバカじゃねえ」 馬躁が、全身を地面にめり込んだまま動かないルイズに向かってはき捨てるように呟く。 「さぁて、もうひとっ走りするか…ん?なんでぇ、小僧」 「お、お前に聞きたいことがある!」 再び走り出そうと、体勢を立て直した馬躁の前にギーシュが立ちふさがる。 馬躁の首筋から、左右一対に一見手綱のように見える触手が生えていた。 馬躁の生まれもって持つ生体武器、振動触腕である。 先端からは鋭い刃が突き出ていた。ギーシュの心に疑念が沸き起こる。 「学院で暴れまわったのは…お前なのか?」 「なにを言ってるんでぇ?おめぇさんはよ。人違いじゃねぇのかい」 話にならないという様子で答え、馬躁は持ち前の脚力でギーシュの頭上を飛び越えようとした。 が、それは叶わない。 「質問に答えるんだ…!」 「おめえさん、俺っちとやろうってのかい?」 馬躁の行く手を阻んだものは、ギーシュの操るゴーレム、ワルキューレだった。 鋼鉄の女神。青銅のギーシュの二つ名にふさわしい。 「ちょっとちょっと!一触即発よ!タバサ!」 「手を出さないほうがいい」 キュルケとタバサは、吹き飛ばされたルイズの近くにかたまり、その様子を見ていた。 その方が安全だと言うタバサの提案である。 ルイズは落下のショックで気を失ってしまったのか、ピクリとも動かないが 一応呼吸はしているようだった。 「でもね…」 「いいから。手を出してはいけない」 有無を言わさぬタバサの物言いに、キュルケは黙って頷く。 こんなに強くものを言う子だったかしら、と少しばかりの疑問を抱いて。 『ルイズ……ルイズ……』 (ポン…コツ…?) 『そうだ私だ』 『私は今、君の脳に残留する極小端末を通じて君と話している』 (あいかわらず意味わかんないわね…) 『簡潔に言えば、君の意識に直接話しかけているということだ』 (私、どうなっちゃってるの…今?) 『馬躁に攻撃を受け失神している状態だ』 (そう……罰が当たったのかな…馬に蹴られてなんとやらってね) 『罰?』 (そうよ…モンモランシーに怪我…ギーシュの…) 『それは君の責任ではない』 (でも、私がもっとうまくやってればあんなことにはならなかったわ、きっと。 それに今だって…ね?わかったでしょ?ポンコツ。私は所詮ゼロの…) 『ゼロのルイズ、か?』 (な、なんであんたがそれを…!) 『すまないとは思ったが、君の友人に君の事を色々と聞いたんだ。 才能ゼロでゼロのルイズか…ひどく言われたものだな』 (事実だしね。私には才能がないのよ。向いてないのね、貴族だからって駄目なものは駄目なんだわ… ねぇ、ポンコツ。他の人じゃだめなの?) 『!』 (私には無理だったのよ、最初から…角鍔のはまぐれだったのよ。 でも、他の人なら、少なくとも私よりは上手くやれると思う…) 『……ルイズ。君はそれでいいのか?』 (え?) 『君は日頃から自分に魔法の才能がないことを嘆いていた。 そしてあの日、使い魔を決める召喚の儀式で君の魔法は初めて成功した』 (……) 『残念ながら呼び出されたのは、君が望む強く美しい使い魔などではなく、随行体の私と、流刑体の撃針だったがね』 『ルイズ。私が君に召喚されたことになにか意味があると思わないか?』 『君は角鍔によって傷付けられている人々のために立ち上がった。そして戦えたじゃないか』 『ルイズ…たしかに君の言う通り「協力者」は他にも居るだろう』 『だがルイズ…君はどうする?』 『「ゼロのルイズ」のままでいいのか?』 「!?」 『ルイズ…回答の入力を!』 「……っ!」 「きゃ!」 「…!」 がばりと勢いよく起き上がったルイズに驚き、傍に居たキュルケは小さく悲鳴を上げた。 彼女の桃色の髪が勢いにつられ、ばっと広がる。 「卑怯よポンコツ!人の痛いところついて!!」 「上等よ…! 1000体だろうが2千万体だろうが!一体残らず回収してやろうじゃない! 誰も私をゼロなんて言えなくなるまで、回収回収回収っ!回収しまくってやるわよ!!」 『ルイズ…』 「来るなら来なさい!流刑体!このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが相手になるわ!」 『ルイズ…』 「決めた!私今日この日から回収専門のメイジになる!」 『ルイズ!』 「なによ!?」 『ギーシュが馬躁相手に戦っている。が、危険な状態だ』 馬躁の振動触腕の威力はすさまじいらしく、彼のワルキューレは見るも無残な姿を晒していた。 ギーシュは劣勢だ。 ルイズはすぅ、と空気を吸い込む 「馬躁!あんたの相手は私よ!かかってきなさい!しかる後に回収してやるわ!」 『ほどほどにしておいてくれよ…』 馬躁は、派手に啖呵をきったルイズをじろりと見やる。 鼻息は荒く、興奮状態のようだ。 「突撃よ!ポンコツ!」 『了解』 重力制御によってふわりとルイズの身体が浮いたかと思うと、猛スピードで馬躁に突っ込んでいった。 「な、なんなのよ…あれ?」 「完全復活」 問答無用のルイズの勢いにキュルケは呆気にとられながら、馬躁に突っ込んでいく彼女の後姿を見つめた。 同じくルイズの背を見つめるタバサは、長年付き合っている人間にしかわからない程度の笑みを浮かべていた。 「ギーシュ!下がって!」 自分を庇うようにして立つこの少女の背中はなんと頼もしいのだろうか。 絶対に負けない。そんな決意が形となって目に見えるようだ。 ならば迷う必要はない。ギーシュの選択はもとよりそれしかなかった。 「…レディだけに戦わせては男が廃るな。援護する!」 「いやぁ、俺っちは惚れましたぜ姐さん!」 ルイズは既に変身を解き、馬躁の背中にまたがって揺られていた。 「手綱引っ張ったらおとなしくなるとか…最悪なオチよね…」 『そうは言うがな、ルイズ。君が馬躁の弱点を言い当てたときは私も驚いたんだぞ』 ルイズに抱きかかえられているポンコツが声を上げた。 馬躁の持つ強力な振動触腕は、最大の武器であると同時に弱点でもあった。 左右一対に生えるそれを後ろ向きに引っ張れば、馬躁の動きを止めることができるのだ。 まさに乗馬テクニックのそれである。 それなりに乗馬の心得のあるルイズにとっては容易なことであった。 もっとも、それはギーシュの援護もあってのことなのだが。 で、それに加えて厄介な問題がひとつ… 「俺ら一族はこれを最初に引っ張った相手に忠誠を尽くすっていう掟があるんっスよ 俺っちはそんな古臭ぇしきたりがイヤで母星(クニ)を出たんスけど。 ルイズの姐さんみてぇなお人に出会えるとは!やっぱ血には逆らえないもんスねぇ」 この有様である。 すっかり上機嫌な馬躁はどこか憎めない。 悪い奴じゃなさそうだと、結局ルイズは馬躁を回収しなかった。 『しかし、本当に馬躁を回収しなくてよかったのか?』 「人を傷付けたわけじゃないし、今から歩いて帰るのも気が引けるし…いーんじゃないの?」 「ホント、姐さんの優しさは五大陸を駆け抜けるぜぇ!」 『これでいいんだろうか…』 ちなみに馬躁は最初、ルイズを乗せたまま全力疾走しようとしたのだが、ルイズの「首がもげる」との一言で、ごく普通の馬並みのスピードで走っている。 上空を飛ぶシルフィードにはとうてい敵わない程度の速さである。 気付けば空を飛んでいた白い竜はもう見えなくなっていた。 余談だが、馬躁がギーシュを背に乗せるのを異常に拒んだので、彼はタバサ、キュルケと一緒にシルフィードに乗っている。 「そういえば変身するとこ見られちゃったな…」 『隠すこともないだろう。彼らは流刑体の存在も知っているんだ』 「そうそう!細かいことは気にしちゃいけませんぜ!ドーンと構えてもらわなきゃ!」 考えすぎないのもどうかと思うが…とポンコツは思う だが、今回に限ってはこれでいいのかもしれない。 彼女の使い魔として、ある意味初めて一緒に戦った今回だけは。 「ところで姐さん、マホウガクインてな一体どこっスか?」 ルイズ一行が学院に帰れたのはそれから5時間後だったという。 前ページ次ページ使い魔定光
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前ページ次ページS-O2 星の使い魔 「……」 「……」 馬車上で視線が交錯する。 屋根の無い荷台でフェイズガンを構えるクロード、御者台から振り返るミス・ロングビル。 クロードの後ろではタバサが杖を構えている。 ルイズとキュルケは『花摘み』に行っている。 戻ってくるまで数分あるかどうか、機会は今しか無い。 フェイズガンを握る右手に力が篭り、汗が滲む。 落ち着け、焦りを悟られるな。 「冗談はやめていただけませんか、クロード君?」 「いっそ冗談ならば、その方が良かったんですけどね、ミス・ロングビル……いえ、土くれのフーケ」 一瞬、ミス・ロングビルの眉間に皺が寄る。 彼女は知っている。 ワルキューレの胸を穿ち、己のゴーレムの体を大きく削らしめた光を放つ武器。 それを生身の人間が受ければどうなるか。 さらに、後ろに控えるはシュヴァリエの称号を持つ腕利きの小さきメイジ。 その瞳には一片の迷いも無ければ、人を撃つことへの気負いも無い。 クロードはともかく、彼女はいざとなれば容赦無く氷塊を叩きつけてくるだろう。 無言。 数秒。 頬を汗が伝う。 「……何時から気付いていた?」 溜息とともに口を開き、諦めたように両手を上げるミス・ロングビル───否、土くれのフーケ。 その表情はいつもの温和な秘書の顔ではなく、油断の無い盗賊のそれへと変わっていた。 それに気付いていればこそ、その手に杖が無くとも二人は空気は緩めない。 「貴女がフーケの情報を持ってきたときから疑ってはいました。 確信を持ったのは、貴女が捜索隊に同行を願い出たときです」 ってことは、ほとんど最初からか。舌打ちをするフーケ。 まず、一晩で集めたにしては、情報の内容が具体的すぎたこと。 片道半日かかる場所の情報を一晩で持ち帰るなど、どう考えても不自然だ。 第二に、隠れ家の場所が悪すぎること。 短期的にはともかく、本格的に山狩りされれば包囲殲滅されるのは目に見えている。 まるで早急に追撃をかけてくれと言わんばかりではないか。 第三に、そもそも『土くれのフーケ』が出来合いの木造建築を利用するとは思えなかったこと。 あれだけのゴーレムを練成出来るメイジなら、隠れ家の一つや二つ自分の魔法で作るだろう。 その方が足が付きにくいはずだ。 ついでに言うなら、捜索隊に志願したキュルケとタバサはそれぞれ火と水のメイジ。 ルイズとクロードは論外だから、そもそも容疑者は彼女しかいなかったのだ。 そこにこれだけ状況証拠が揃っていれば、疑わない方がどうかしている。 「……やれやれ、坊やだと思って油断した私が甘かったってことか。 で、どうする。王国に私を突き出すつもりかい?」 「それをするなら、出発前にやっています。 このまま帰っても意味が無いんですよ」 「は?」 思わぬ展開にキョトンと目を丸くするフーケ。 その後ろでタバサも怪訝そうにこちらを伺っている。 「ここで貴女を捕縛したら、真っ先に捜索隊に志願した彼女の面子を潰すことになる。 僕は自分の推理が正しかったのかどうか、確認しておきたかっただけです」 それだけ言うと、クロードはフェイズガンを下ろす。 背中に非難がましい視線を感じるが、黙殺。 フーケも気に入らなさそうに鼻を鳴らす。 「お前が、私のゴーレムを倒せるとでも?」 「出来ると信じています、彼女なら」 幾千の夜と幾億の闇に塗り潰されたフーケの金色の瞳が、クロードの青い瞳が覗き込む。 全てを飲み込まんと牙を剥くプレッシャーに相対しながらも、力強く睨み返すクロード。 そこに恐れはあれど、曇りは無い。 僕は彼女を守ると決めた。 自己満足でも、偽善でも構わない。 その全ての責任と業は、自分で背負う。 (やれやれ、あの主にしてこの使い魔あり、ってわけかい) フッと口の端に笑みを浮かべるフーケ。 古人曰く、若さとは振り向かないこと。 主従揃ってここまで真っ直ぐだと、馬鹿馬鹿しくもいっそ清々しい。 かつては自分もこんな目をしていたのだろうか。 あれほど嫌悪していた瞳のはずなのに、今は怒る気にもなれなかった。 ふと、思う。 異邦人であるクロードが異能者であるルイズに召喚され、 左手に刻まれたのは誰も知らぬルーン。 その戦闘力は、未熟とは言えメイジを打ち倒し、その手に光を放つ謎の武器。 今は捨てた故郷も、なにやら不穏な空気になっていると言う。 この世界に、ハルケギニアに、人智の及ばぬ何かが起きているとでも言うのだろうか? ……馬鹿馬鹿しい、盗賊風情が何を考えているんだか。 「やれやれ、英雄でも気取るつもりかね?」 フーケは頭を振りつつ吐き捨てる。 そう、何の気も無く、言ってしまった。 英雄。その言葉がクロードにとってどれほど重いものか、知る由も無く。 「……英雄?」 クロードの肩がびくりと震えた。 目がカッと見開かれる。 息が詰まる。 冷たい汗が噴き出す。 全身をぞわりと悪寒が走り抜ける。 刹那、風が吹き抜けた。 木々は激しくざわめき、フーケの外套がバサバサと音を立てる。 風はまるで痛みにのた打ち回るクロードの心そのままに荒れ狂い、 その中心に居るクロードの瞳は、ここではない何処か遠くを見つめていた。 それは誉れにして呪い。 魂に刻み込まれた烙印。 矮小な身を焼き尽くす優しき煉獄。 何人が焦がれても得られず、拒んでも断ち切れぬもの。 「……」 再び静寂が場を支配する。 気まぐれな風の舞踏はとうに掻き消え、 舞台にとり残されたのは、哀れな道化が一人と立ち尽くす観客が二人。 「……女性に銃を突きつける英雄なんて、いるわけがないでしょう」 痛みを堪えるように、血を吐くように、俯いて呟くクロード。 その表情は前髪に隠れ、窺い知ることは出来ない。 (不味いこと言っちまったかね、こいつは) 困ったようにポリポリと頬を掻くフーケ。 自分だって触れて欲しくない話の一つや二つはある。 どうやら彼にとって『英雄』がブロックワードだったらしい。 ふと周りに目をやると、タバサが似たような調子で呆然としている。 が、こちらの様子に気付いたのか表情を引き締めて杖を向けてきた。 ふふっ、らしくないじゃないか、シュヴァリエ様ともあろう者が。 無愛想な娘と思っていたけど、こんなツラもするんだねえ。 何となく、フーケは理解していた。 クロードの心には、自分と同じに、世界への絶望が深く刻み込まれているのだと。 そして自分とは逆に、彼がルイズに強く惹かれていることに。 好悪は互いに鏡合わせ、意外に自分と彼は通ずるところがあるのかもしれない。 もっとも、だからと言って易々と捕まってやる義理は無い。 自分にも守らねばならぬものがある。 「悪いが、加減はしてやれないよ」 突き放すような口調で言い放つフーケ。 「構いません。ここで倒れるようなら、所詮はそれまでだったということでしょう」 僕も、彼女も。そう付け加えて、クロードも言葉を切る。 互いに言い終えると、クロードは荷台に、フーケは御者台にそれぞれ座り込む。 それを確認して、タバサも座って傍らに置いておいた本を再び手に取った。 結局、この場でそれ以上の会話が交わされることは無かった。 「ふー、ただいま……って、何かあったの?」 「いいえ。何もございませんわ、ミス・ヴァリエール」 「……呆れた、ダーリンったら。土くれのフーケ相手によくやるわね」 「本当にゴメン、僕一人で勝手に決めちゃって」 タバサとキュルケ、二人の前で両手を合わせるクロード。 ここはミス・ロングビルの報告にあったフーケの隠れ家。 ルイズは外で見張り中、先ほどの場に居なかったキュルケに事情を説明している。 誇り高い主に事情を隠しおおせた事に内心で安堵しつつ、 そして最後までまるで気付く気配すら無かった彼女に軽く脱力して。 「いくらなんでもなあ、危ない橋渡りまくった割には実入りが少なすぎやしねえか、相棒?」 「全くだわ。そりゃタバサも不機嫌になるわよねえ」 「別に」 「いや……ホント、すいません……」 返す言葉があるわけもなく、ただひたすらに頭を下げ続けるクロード。 そんなクロードに、キュルケは穏やかに微笑む。 「ううん、気にしなくていいのよダーリン。 私だって、あの子の誇りを汚すような真似はしたくなかったし」 「そう言ってくれるとありがたいよ……ありがとう、キュルケ」 いや、感謝してますから、抱きつくのはカンベンしてください。 この後の戦闘に引きずりたくないんで。 「それはそれとして、だ。勝てる見込みあんのかよ、相棒?」 「正直言って、彼女次第だね」 キュルケを引きはがしつつ、懐の相棒に答えるクロード。 ここに居る3人には、あのゴーレムを倒すだけの火力は無い。 勝利の鍵を握っているのはルイズなのだ。 「本当に出来るのかしら、あのルイズに……?」 「出来ると信じてる、彼女なら」 首を傾げるキュルケに、フーケに言ったことを再び口にするクロード。 『錬金』で教室一つを軽々と吹き飛ばす彼女の力。 その力のベクトルを純粋な破壊、爆発に向ければどうなるか。 (……ごめんなさい、コルベールさん。今の僕のやっていることは、間違いなのかもしれない) そこまで考えが至ったところで、かつてコルベールに語った悪夢がフラッシュバックし、顔を顰める。 結局のところ、自分が考えた最悪のシナリオを描いているのではないか。 開けてはならぬパンドラの箱に手をかけているのではないか。 だが、たとえそれが災いをもたらすものだったのだとしても、 諦めずに高き空へと手を伸ばす彼女を手伝いたかった。 その手が無力でないと知って欲しかった。 (何のことは無い、彼女に自分の夢を投影しているだけじゃないか) ぐしゃぐしゃと頭を掻くクロード。 ならばこそ、彼女が道を違えぬよう共に行く責任がある。 それが自分にとっての使い魔としてのケジメなのだろう。 ごめん、父さん。帰るに帰れなくなるかもしれない。 「……見つけた」 タバサの言葉に正気に返り、ハッと顔を上げるクロード。 そういえば、この捜索の目的には『破壊の宝玉』の奪還も含まれている。 ゴーレム対策ばかり考えていてすっかり失念していた。 いつもと変わらぬタバサの無表情が、言外に責められているようでちょっと心が痛い。 「それにしても、これが破壊の宝玉、ねえ……」 タバサの手にある件の宝物を一目見るなり、微妙な表情でこめかみを押さえるクロード。 「ダーリン、これが何なのか知ってるの?」 「う~ん、知ってる……って言うのかなあ、この場合。 とりあえずこれが何なのか、大体の予想はつくかな」 タバサから受け取ったそれをまじまじと見つめ、溜息を一つ。 確かに球状ではある以上、このような呼び方をするのはさほど間違ってもいないのだろう。 成る程、破壊の名を冠するに相応しいシロモノではある。 製造者の印なのか、凛々しい眉が印象的な女の子───風そよぐ桜並木よりも、夕暮れの河川敷の方が似合いそうな───の肖像が描かれている。 その顔にどこかで見たことがあるような無いような、微妙な感覚に囚われたのは気のせいか。 ……さて、じゃれ合いはこの辺で切り上げないとな。そろそろ時間だ。 一つ息をついて、表情を引き締める。 ヴン、という唸り声を上げ、デルフの光の刃が具現する。 剣閃が駆け抜け、小屋の壁の一角が扉のように切り開かれた。 「行くぞ、デルフ」 「合点だ、相棒! 腕が鳴るぜ」 「ねえダーリン、何で普通に扉から出ないの?」 「奇襲対策。あと、雰囲気作り」 3人が小屋を飛び出したのと、ルイズの絹を裂くような悲鳴が聞こえたのは、ほぼ同時のことだった。 (……らしくない、らしくないじゃあないか。土くれのフーケともあろうものが) 口の中で、自分にさえ聞こえていないかのように呟く。 あの少年の眼を、希望と絶望が綯い交ぜになったあの瞳を見てから、どうもいけない。 夢を見ることなど、とうに忘れたはずなのに。 自分を裏切り、切り捨てた世界への復讐心を糧に生きてきたはずなのに。 たった一人残った妹に、自分の真実の姿を明かすことも出来ない道化が。 これもまた、始祖ブリミルの導きというものか。 「越えられるものなら、越えてみせるがいい。 己がその手で掴み取ってみせるがいい。 それだけの覚悟と、力があるのならばね……!!」 聞こえるはずのない、視線の先にいるはずの少年たちへと高らかに宣言する。 それは宣戦布告であり、若き戦士たちへの檄のようでもあった。 今の彼女は、悪辣な盗賊でも有能な秘書でもない。 己の魂に懸け、誇りと共に生きる貴族。それこそが彼女の真の姿。 忘れられたはずの、その名は────── 前ページ次ページS-O2 星の使い魔
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少女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは唖然として目の前の存在を見ていた。 目の前の存在は……途轍もなく巨大で……神秘的で荒々しい竜だったからだ。 事の発端は、春の使い魔召喚の儀式。 学年進級がかかったこの行事は、非常に大切な行事だった。 学年進級もそうなのだが、召喚した使い魔により己の基本属性の固定に加え自分の進む道の道標となるからである。 そして儀式当日……次々と召喚され使い魔として契約される光景を見てルイズは、 自分も素晴らしい使い魔を召喚できるに違いないとその小さく綺麗な手で握り拳をつくる。 とうとうルイズが使い魔を召喚する番になる。 ルイズは、呼吸を整え心を落ち着かせ使い魔を召喚する呪『サモン・サーヴァント』をゆっくりと唱える。 そしてサモン・サーヴァントの呪が完成し発動させた。 それは、盛大で強烈で激しすぎる爆発。 それと伴って盛大に巻き上がる砂埃。 失敗したのか? 成功したのか? 余りにも砂埃が酷く視界を塞ぎそれすらもわからない。 ルイズは、祈った。どうか成功しているようにと。 (蛙でも鼠でも犬でも猫でも、それが例え植物だろうとなんでもいい成功して欲しい!) 結果的にその願いは、叶う事となる。 ただ前例が無いと言う形で。 砂埃が風に流され晴れた時其処に存在したのは白に近い灰色のローブを着込んだ 男性とも女性とも分からない人間が悠然と立っている。 右手には、一番先に漆黒の石が埋め込まれた1.5メイルほどあるロッドを持っていた。 パッとみて、ルイズは自分はもしかして高名なメイジを呼んでしまったんじゃないか? 何て事をしてしまっただろう……と、ルイズは泣きたくなってくるのだが…… 今し方ルイズが召喚した存在が、口を開き言葉を紡いだ。 しかし、それは口からと言うよりも丸で空間全体が言葉を紡いでいる様。 『我を呼びし者よ……我に何用か……』 淡々として威厳ある声が、ルイズの目頭に涙を薄らと浮かべさせる。 怒られるだけならまだいい……もしかしたら、消されるかもしれない。 と、目の前のメイジ(?)を見てそう思うルイズ。 何も声を出せず、口から小さな嗚咽が漏れるルイズに変わり引率として着いてきた教師 コルベールが、ルイズの召喚してしまったメイジ(?)に対し謝罪の言葉を述べるのだが…… 『使い魔……其処の小さき者がか?』 その言葉に、コクンと小さく頷くルイズ。 その様子を見てさらに目の前のメイジ(?)に謝罪の言葉を述べようとコルベールが口を開く前に…… 『ならば、我を見事使い魔にしてみせよ!』 その言葉と同時に、メイジ(?)の体はメキメキメキと鈍い音を立てて変化する。 そして冒頭で紹介した巨大な竜がルイズの目の前に存在するという訳である。 『さぁ我に、己が力を示せ! 己が信念を貫け! 己が魂の輝きを見せ、我を屈服させよ!!!』 竜は、言葉を紡ぎ咆哮を上げる。 その咆哮は空気を震わせ大地を揺るがす! 大半のクラスメイトがソレにより吹き飛び使い魔達も混乱に陥る。 逃げ惑うクラスメイト達、引率のコルベールは、失神していたりする。 しかし、その中で二名のクラスメイトがルイズの横に立つ。 「やっかいなの召喚しちゃったわねぇ? ルイズ?」 そう告げるのは、紅の髪を持ち褐色肌の女性キュルケ。 「……手伝う」 目の前の竜を見て、淡々とした表情を浮かべてそう告げるのは、蒼の髪に翡翠の瞳を持つ少女タバサ。 そんな二人を見てルイズは、何故と言う表情を浮かべるとそれをみたキュルケは笑いながらにこう告げる。 「友人と書いてライバルと読む。それが私と貴女の関係よ。ならば……共闘してもいいじゃない?」 キュルケは、愉快そうにそう告げ 「……友人の手伝いをする事に理由などない」 そう告げ杖を構えるタバサ。 二人の言葉を聞いた後でルイズは、目の前に存在する巨大な竜を見る。 どう考えても勝てる要因はない。 キュルケが召喚した使い魔サラマンダーの炎だってあの巨大な竜に効くだろうか? タバサが召喚した使い魔ウィンドドラゴンの攻撃だってあの巨大な竜に効くだろうか? そして、最大の要因は私が魔法を使えないと言う事だ。 「なぁに湿気た表情してるのよ。まったく私のライバルなら覚悟決めなさいよ」 「……物事には逃げて良い時と逃げてはいけない時がある。私は逃げない」 二人は、杖を構え凛として前を見てそう言い放つ。 ……そうだ、私は貴族だ。いや……貴族とかそんなの今は関係ない。 私は、そう……敵に背中を見せない! それが! 私の信条! 例え勝てなくとも! 例え負けようとも! 絶対に敵に背中は見せない! それが私だ! ルイズは、杖を構え凛とした表情を浮かべ竜を見た。 『さぁ……来い! 人の子よ!』 三人と二匹は、その巨大な竜と戦いを始め、その戦いは日が沈み二つの月が昇り沈みまた日が昇る頃に終わりを迎えた。 結果的に、三人と二匹はその巨大な竜を倒す事は出来なかった。 魔力が尽きても体がボロボロになり凄まじい疲労があっても三人は、しっかりと己の足で大地にたち竜を見据えていた。 其処には、覚悟があった。 其処には、信念があった。 其処には、絆があった。 其処には、砕けない魂があった。 酷く大きな音を立てて依然立ち続けるルイズたちに歩み寄る竜。 三人にはもう魔法を撃つ為の魔力は無い。キュルケとタバサの使い魔も当の昔に地に伏して気絶している。 また一歩、竜は近づいてくる。 そんな竜を三人は、まけちゃぁいない! とばかりに睨む。 すると竜は、淡い光を放ちその巨体をまるでガラスが砕ける様にして消えて行き…… その光が終えれば、其処にはあの白に近いは灰色のローブを着た存在が居た。 『その力みせてもらった。その信念みせてもらった。その魂の輝きをみせてもらった…… だが、我を屈服させるには至らん……しかし、人の子よ。お前が何処まで成長するか見届けたくなった。 お前が死に果てるまでの時間など、我にとっては短き時間。 さぁ、契約しようではないか我を呼びし者』 足音無くルイズに近づく者。 わけのわからない展開に、安堵しつつルイズは言葉に従う事にした。 魔力が空っぽなのはわかってる。でも、大丈夫。出来る。 何故か、確信めいた思いが脳裏を駆け巡った。 そして、ルイズは契約の呪を紡ぎ…… 『今此処に、お前と我の契約は成った……我が名はバハムート。 幻獣にして無が竜の王なり! お前の生き様見届けようぞ!』 「もうルイズと共闘したくないわぁ~」 「……時と場合による」 かくして、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、竜の王と契約した。 竜の王は、ルイズの成長を見守り時には助言し、時には力を貸しルイズの生き様を見守った。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、天寿を真っ当するまで…… ルイズは、数多くの伝説を生み出し……人々から尊敬の意を込めてこう呼ばれ後世に語られる。 『無(ゼロ)と竜の魔法使い』 と……… そして、何処か別の世界にて 「おっゼロと竜の使い魔の新刊か買って置こうっと」 ノートパソコンを抱えた少年が、一冊の小説を手にとりそんな事を呟いたとか呟いて無いとか……
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (59)炎蛇の教示者 ウルザが常に肌身離さず携帯し続けた大剣。それには意味があった。 何もウルザは伊達や酔狂でそれを放さなかったのではない。軽々しく放せなかったというのが正しいのだ。 ハルケギニアに来てからこれまでの短い期間では、プレインズウォーカーといえども、ルーンのエンチャントを完全に解明しきることは適わなかった。 だがその効果の中に、対象者に対する精神汚染に類する効果が存在する『可能性』があることは、早い段階で判明していた。 仮にそのような効果があったとしても、パワーストーンを眼窩に納めたそのときからグレイシャンの呻きに四千年晒されてきた彼である。影響を受け付けない可能性も十分にある。 だが、どのような小さなリスクでも、それが使命を阻害する可能性があるのなら慎重を期すべきだと、ウルザはそう考えた。 その結果、彼はルーンと自分自身とを切り離すことを思いついたのだ。 しかし、使い魔の感応でもって、繋がっているルイズの状態を常に把握しておくことは、ウルザの行動計画において非常に重要度の高い事項であるのもまた事実。 その意味において『ガンダールヴ』のルーンは、手放しがたい実益ある代物であるのも確かであった。 そこでウルザは『ガンダールヴ』を活用しつつも、精神汚染の可能性を完全に排除する方法はないかと考えたのである。 そしてその末に思いついたのが、ルーンの転写であった。 常に帯剣するアーティファクトにルーンを移植しておいて、必要に応じて活用することにしたのだ。 だがここに至り、その力がギーシュに力を与えることとなった。 ウルザにとって共感能力の活用と、精神汚染の可能性の排除という思惑しかなかったルーンの移植が、一人の少年によって盗み出されたいまとなって、『ガンダールヴ』本来の力によって、彼を助けているというのは、なんとも皮肉な結果であった。 昔からギーシュは、体を動かすこと自体は嫌いではなかった。走ることも、跳ぶことも、無論自分を鍛えることも別段苦手ではなかった。 だが、かつてこれほどまでに肉体が思い通りになったことがあっただろうか。いや、ない。 素早く体を動かしながら、そんなことを思った。 手にした長大な剣が、羽毛のように軽い。ペーパーナイフのような気安さでそれを二度振るい、×の字を描く。 すると一呼吸遅れて、正面から襲いかかろうとした三体のゴブリンが崩れ落ちる。これまでどれだけ倒したか、良く覚えていない。 ギーシュはゴブリンが崩れ落ちる様を見届けず、すぐさまそこから横っ飛びにワンステップ。 彼がいた場所を石槍が素通りするのと、跳んだ先で更にゴブリン二体を撫で斬りにしたのがほぼ同時。 しかし、それでも終わりは見えない。 打ち倒すべき敵は山といるのだ。 まだまだ縦横無尽に駆け回らねばならない。この戦場で生き残るためには。 だからギーシュは駆ける。 その手に、『剣』を携えて。 両軍共にまだ何とか連携を保って戦っている空戦とは違い、このとき既に地上戦は、敵味方入り乱れた混迷の坩堝へと突入していた。 悲鳴、怒号、金属同士がぶつかり合う音。それらの喧噪が戦場を支配している。 様々な魔獣や亜人、不死人、そして鎧を着た人間たちがそこかしこで命を叩き付け合っている。 隊列もなく、戦術もなく。ただ必死に、敵も味方も、傷つき、傷つけ、倒れ、倒し、泥沼の闘争を続けている。 圧倒的な物量を投入して敵を殲滅・圧倒せんとするアルビオン軍に、それを突き崩して虎の子である対空砲を無力化させようとする連合軍。 互いに退けない、決死の戦い。血で血を洗う争い。 そこではとうに、騎士の理想や戦いの矜恃といったものは失われてしまっている。地に墜ち尽くしている。 まさに混沌。 だがそのような泥沼の戦いの中、人々は燦然と輝くものを目にすることになる。 ある平民の歩兵は目撃した。多数の敵を相手に、単身果敢に立ち回る勇者の姿を。 ある貴族の騎兵は目撃した。閃光の如き一撃をもって、巨躯を下した豪傑の姿を。 彼らは周囲の目を引きつけてやまない英雄の姿を、しっかと目に焼き付けた。 その戦いぶりを見た連合軍は嫌がおうにも鼓舞されることとなった。 そうして戦術と連携が再び機能し始める。 小さな変化。だがこの戦場においては、初めての好転であった。 無論、そのようなことを当のギーシュには知るよしもないのだが。 「す、凄いぞ僕。やればできるじゃあないか!」 最初に比べてかなり数を減じた敵を前に、ギーシュはやや興奮してそう言った。 服こそ所々血に汚れているが、それら一切すべては返り血によるもの。 ギーシュ自体はまだ怪我一つ負っていない。それどころか、あれだけ動きを見せたあとだというのに、息の乱れ一つない健在ぶりである。 「くそっ、剣を使うのがこんなに簡単だと知っていたら、もっとモンモランシーにいいところを見せつけたのにっ!」 叫んで一閃。バタバタとゴブリンが地に伏せた。 あるときは苛烈に、あるときは優雅に、手にした武器を振るう。緩急を付けながら、翻弄して敵を仕留める。 その強さたるや、まるで戦場に降臨した闘神。 だが、そんな動きを魅せる彼をして、つい先ほど初めて剣を振るった正真正銘の素人だなどと、誰が信じるであろうか。 けれども、それがまごうことなき真実なのである。 いま、彼の体は軽快という言葉一つで表せないほどの、俊敏さを発揮していた。 一歩踏み出せば軽く三歩分は踏み出している。跳躍すれば二メイルは楽勝。走って駆ければ鳥より速い。 また、肉体だけではなく、感覚もかつてないほどに研ぎ澄まされていた。 周囲数メイルの内にいるものが、いまどのような動きをしているのか、それが音と気配で手に取るようにわかるのだ。 だが、そんなことすら色あせてしまうような驚きは、己の有している技能によってもたらされた。 ブレイドの使い方もろくに知らない素人同然の自分が、剣を持った途端に、歴戦の勇士のような技術を発揮したのだ。 これには驚いた、流石に驚いた。 先ほどから驚きの連続だが、だがそれでも驚かずにはいられなかった。 驚天動地とはこのことである。 けれどこのときばかりは、ここまでお膳立てされた状態がありがたかった。 (やってやる!) 彼は決意のまま、自分の意志で一歩を踏み出した。 それから四半刻、ギーシュは戦った、戦い続けた。 戦場というキャンバスにアートを描くように、思い描いた戦いを繰り広げた。 それらすべては、愛する彼女のもとに帰るために。 「これはあれかな。僕の中でこれまで眠っていた隠れた才能が、なんやかんやの危機によって、突如として呼び覚まされたとか、そういうことかな!?」 余裕が出てきたギーシュは、左手を顎に添えて、現状をそのように分析していた。 口を動かしつつも右手は大剣の柄を掴んでおり、いまはそれを刺突剣のようにして鋭い突きを繰り出している。 正面には醜悪なゴブリンの戦士が数体。戦闘は未だ継続中である。 だがその口ぶりに、もう焦りや驚きはない。 驚きが一回転して、実感を伴った静かな興奮がその身を包んでいる状態だった。 「うーん、やっぱりそうとしか考えられない。うん、そういうことにしておこう!」 脳内麻薬からくる一種のハイ状態でそうやって納得するギーシュは、己の左手が光り輝いていることなど、露とも気にしていなかった。 「とっ、と」 しかし流石に油断が過ぎていたのも事実。ギーシュは敵の打撃が背後から迫るのを感じ、一端剣を両手で握り直した。 目を細める、呼吸を整え、タイミングを計って――体を翻す。 ターン、背後の敵に向き直る。 そしていまぞ振り下ろされる打撃の衝突点に、ギリギリで剣を割り込ませることに成功させる。直後にガキンという音。両手から肩へと衝撃が伝わった。 結果、棍棒は大剣で受け止められていた。 だが危機は去っていない。今度はいま背を向けた側にいる敵たちがギーシュの無防備な背を狙うのがわかった。 対処するべきは二方向からの攻撃。これに対してギーシュの頭脳は、本能的に最善の動きを導き出した。 大剣の刀身に右手を延ばして、その一部分、突起のある一画に施された細工を操作する。 突起を掴んでスライドさせ、刀身を接続しているアタッチメントを外し、中から極細の繊維を取り出し指で絡め取る。そしてギーシュは滑らかな動作で、それを動かし操作した。 すると手元でカシャリという音。同時に、大剣の一部が突如外れて分解されていた。いや、より正しくは分離されていた。 準備は整えたギーシュは体を半歩ずらし、前後の敵を左右に捉えた。 右手は流れるような手つきでその外されたパーツを掴み、それを勢いよく突き出した。 左手は大剣を盾にして、ゴブリンの攻撃を受け止めた。 時間にして半秒。一連すべて、目にも止まらぬ早業であった。 ウルザが『剣』に施した処置は、ルーンの移植のみに留まらなかった。 むしろそちらの方が後付けで付与されたもので、本来は別の意味を持つアーティファクトであったのだ。 それはウルザがかつて目にしたアーティファクト『梅澤の十手』に対して、彼がアーティフィクサーとしての導き出した回答であった。 組み替えることで、様々な形状、様々な機能を持ち、適宜最適な形での運用を可能とする変幻自在の万能兵装。 彼が手を加え、原形も残さぬほどに改造し尽くされたシュペー卿の剣の、現在の姿であった。 『剣』に付与された特性・発想自体は目新しいものではない。 現に、ウルザ初期の作品である『ウルザの復讐者』も、同様の基本理念に基づいて作られている。 その時々、局面に合わせて姿形を変える多相の戦士。それが戦いというものに対する一つの終着点であるというのは研究者にとっては周知の事実である。 ウルザはそれを武具に応用したに過ぎない。 あるときは大剣、あるときは小剣。槍、斧、鞭、その他様々な形状に組み替えることで、戦局に応じた戦い方を可能とするアーティファクト。言うなれば『多相の武具』。それこそが、ギーシュが手にしているアーティファクトの正体だった。 「む……ん、むむ?」 左右の大小を用いて敵を屠り、一方で攻撃を受け止めることに成功した、ギーシュは怪訝な顔をした。 刃の中から現れた刃。右の小剣で貫いた敵の姿、それが予想と大きく異なっていたためだ。 心臓を一突きにされて崩れ落ちたのは、曲刀を手にした黒い鱗のヘビ人間であった。 見たこともない亜人種。だがそれに、おやと思う暇も与えられない。 危険を察知して跳躍。即座にその場から飛び退いた。 直後、上から下へ叩き付けられる戦斧の、強烈な一撃が見舞われる。それはその場に残ったゴブリンもろとも巻き込んで、大地を深く抉りつけた。 そして退いた先で、ギーシュは見た。そこにいたのは赤銅の巨体。凶悪凶暴の代名詞とも言える怪物、ミノタウロスであった。 「くそっ、なんなんだいきなり……っ!」 吐き捨てたギーシュは、またゾクリとした悪寒が背中を走ったのを感じた。 ――何かおかしい。 予感じみたものを感じて、ギーシュは顔を左右に巡らして周囲を見た。 するとどうだろう、周囲の状況が先ほどまでと一変してしまっていた。 先ほどまで取り囲んでいたゴブリンの軍勢の姿ない、その代わりいまはそこに様々なものがいた。 青い肌をした一つ目の巨人がいた。山羊と蛇の特徴を有した獅子がいた。猿の顔を持った人間大の蝙蝠がいた。翼を持ったピンクのヒポポタマスがいた。怒り狂う猿人がいた。炎でできたヒトガタがいた。異様に長い針金のような手足を有した真っ黒な蜘蛛がいた。 他にも何匹もの怪物どもがギーシュの周りを取り囲んでいた。 「くっ!?」 そこはまるでモンスターの博覧会だった。 ギーシュは状況を把握したときに、さしあたりいま最優先でなにをしなくてはならないのかを考えた。 それは、『戦う』か『逃げる』かの二択。 心も体も充実している、本能はまだまだ戦えると吠えている。だが、理性はこの場は全力で逃げるべきだと言っていた。 先ほどまでゴブリンの軍勢を相手に有利に戦えていたのは、徒党を組んでいただけで連携をしていなかったということもあったが、個々の能力が貧弱であったことが大きかった。 ギーシュはその点を突いて、数の有利さを利用されないように攪乱しながら、素早く、確実に各個撃破をしていったのだ。 だが、いま周囲を取り囲んでいる敵にはそれは通じそうもない。 ただのモンスターの集団に連携などあろうはずもないが、個々の強さは先ほどまでの小兵とは比べものにならないほどに強靱そうな個体が集まってきていた。 では、逃げられるかと言えばそうでもなかった。 周囲を取り囲まれているのはもちろんだが、見えている中にも足が速そうなモンスターが何体もいるのが見える。 例えうまく囲みを抜けたとしても、それで終わりではない。 タイムアップ。 『―――ッ!!』 耳をつんざくような吠え声、ミノタウロスが戦斧を振り上げる。直撃を受ければ、どんな人間であろうと真っ二つにするだろう恐るべき一撃が再び振り下ろされようとしている。 ギーシュはそれを見た。恐れずにしっかりとそれを見て、それから行動した。 決められた動作で手にした大小を組み合わせて、一度元の大剣の形状に戻す。 そうしてから再び分解、分離、組立、一瞬。 今度手に握られているのは杖。 そして少年は叫ぶ。 「ワルキューレ!」 ◇◇◇ 「……私を、彼女のもとに連れて行って下さい」 男はそう、もう一人の男に言った。 「連れて行く? それは構わない。けれど君はそれでなにをするつもりなんだい?」 黒い肌をした男は応えた。 「約束を果たします」 「なるほど……。それでなにが変わると?」 「………」 「ただの罪滅ぼし?」 「……いいえ」 「本当に? 誰かを言い訳にした贖罪ではないと?」 「はい……。私は行って、私の過去を変えてみせます」 現在に惑うものは、そう言った。 ◇◇◇ 「シィッ――!」 膝立ちからクラウチング。巨躯に似合わぬ敏捷さを発揮して一足飛び。メンヌヴィルがインファイトの距離に肉薄する。 対するのはローブを纏った禿頭の中年。 一見して冴えないその男こそは、〝伝説の傭兵〟の異名を持つメンヌヴィルが二十年間探し求めていた、討ち果たすべき目標であった。 「フッ!」 近づきざまのワンツー。続けて見せ拳の左でフェイントを入れつつ、右脇腹を狙ったボディブロウに繋げる。 鮮やかな攻撃。 だがそれらは、コルベールの構えた両腕の上下ですべて阻まれてしまう。 鉄壁の防御。ならばそれを越えてやると、メンヌヴィルの闘志が勢いを増す。 軽くローキックを入れると見せかけて、一歩後退。 寸間を計って膝を曲げる、腰を捻る、上体を傾かせ――それでいてどっしりとした安定感。 肩を入れ込み、重心移動によって生み出された破壊力を拳に込める。 次の瞬間、破城槌のような打撃が風を纏って突き出された。 牛でも殺せそうな一撃。人が受けて無事でいられるような代物ではない。 けれどコルベールは、メンヌヴィルの犯した決定的なミスを見逃さなかった。 それは距離。 決定的に踏み込みが甘い。真の必殺には半歩足りない。 コルベールは人体を破壊するに十分な攻撃力が乗せられた拳撃に対して、守るより避けることをした。 予備動作無しに、膝のバネだけで後ろに跳ぶ。往年のキレを失わない、見事な回避運動であった。 だがしかし、この化かし合い自体は、戦場経験の長いメンヌヴィルに軍配が上がった。 「ウル・カーノ!」 腕が伸びきる寸前、傭兵がルーンを叫んだ。 続くゴウっという音。 力ある言葉に従い、拳が空中を擦過して白い炎が発生。一瞬遅れて、突き出した腕を追随する炎が、コルベール目指して一直線に走ったのである。 射程は伸びた。メンヌヴィルは目算を誤ったのではなく、最初から距離を水増しするつもりで拳を放ったのだ。 男の口元が凶暴につり上がる。〝防げるはずがない〟 確信の笑み。 けれども彼は、メンヌヴィルが長年追い求めてきたこの男は、期待通りにその確信すらも上回ってみせた。 「カーノ!」 炎が到達して焼き尽くすと思われたすんでのところ、コルベールは右手に握っていた杖を左手にパスして持ち替える。そしてその手でポール型の杖を振り降ろし、軽く叩くようにして、先端で白炎を打った。 続く呪文の発動。 瞬間、白と赤の炎がシャボン玉のように膨らみ、破裂した。 それはまるで、これまで幾度となくくり返してきた動作をなぞるかのような、淀みのない動きだった。 完璧に不意を打ったはずだった。杖無しでの徒手による魔法行使、予測できる訳がない。 だが実際、現実として不意打ちは失敗に終わった。 思えば二十年前にも、この男は自分が放った背後からの不意打ちを、難なく防いでいたではないか。 そのことを思いだして、メンヌヴィルは―― 「素晴らしい!」 と、『驚嘆』と『歓喜』と『賞賛』で相手を讃えた。 極至近距離で発生した莫大な熱量に、視力を失ったはずの目が『くらむ』感覚を覚えるが、メンヌヴィルはそれを堪えて思い切り体を捻った。 そして跳躍する。追撃を諦め、躊躇せず後退を選択した。 蛮勇を持って立ち向かおうとするほどには、メンヌヴィルは目の前の男を侮ってはいなかった。 再び睨み合う。仕切り直して男たちは対峙する。 果たして、変化はあった。 「は、はは……」 知らず、メンヌヴィルの口から笑い声が漏れていた。 メンヌヴィルの心中は、先ほどよりもずっと昂ぶっている。 追い求めてきたものに、ついに追いついたという高揚感が、全身を包み込んでいた。 体中に力が漲る、気力が充実している。 宿敵を前にして、いまが自分の人生で肉体・精神共にピークであると、メンヌヴィルをとりまくすべてが告げていた。 神など最初から信奉していない彼であったが、いまこのときに巡り合わせてくれた神の采配に、心から感謝を捧げた。 「はっ、はは! 楽しいなぁ! 嬉しいなぁ! 隊長殿! それでこそ俺たちの隊長殿、俺たちの炎蛇だ! 良かった、本当に良かった!! この二十年間信じていたかいがあったっ! お前は、お前だけは、絶対に衰えていないと信じていたかいがあった! さあ始めよう! あの夜の続きを! 二十年前の続きを! 俺たちの始まりの夜を、もう一度! ここで!!」 ずっと待っていた饗宴の始まりに、男の全身が震えている。 その顔は、熱に浮かされたように狂笑が張り付いていた。 腰に括られていた魔法の発動体たるメイスを手に取り、前傾に構える。 そしてすり足でジリジリとメンヌヴィルは前進する。その様子は獲物を前にした猛獣のようにも見える。 そんないつ本気の殺し合いが始まってもおかしくない緊張感の中だった。 コルベールが、ぽつりと言葉をこぼした。 「君は二十年前と、何も変わっていないのだね……」 その言葉に、メンヌヴィルは動きを止めぬまま応じる。 「そうだ。俺はあの夜以来、ずっとお前を追い求めて生きてきたのだ。お前のために生きてきたのだ!」 「……そうか」 「俺は二十年前から、今日のこのときのことばかりを考えて生きてきた。朝も昼も夜も寝ているときも起きているときも! いつも考えてきた! お前という炎を、俺の炎で焼き尽くす日のことを考えてきた!」 「それは……悲しいな」 その一言で、メンヌヴィルの足が止まった。 「……なんだと?」 「君はこの二十年に、何も得るものがなかったというのか? 何も変われなかったというのか? 何も手にできなかったと? ただそうして……止まったままで過ごしてきたというのか?」 「違う。俺はこの二十年、己を焦がし続けてきた。戦いを糧に腕を磨き、力を手に入れ、失われた視力に代わるものも手に入れた。だがそれもこれも、すべてはお前の背に追いつくためだった!」 「やはり君は何も変わっていない。何もかも、あの頃のままだ。……でも、私は君とは違う」 「やめろ、それ以上言うな!!」 続く言葉に戦くようにして、メンヌヴィルが声を張り上げる。 その先は聞きたくないと、大音声で叫ぶ。 だが、コルベールは残酷に言葉を紡いだ。 「いいや、言うよ。私は言う。君は二十年前の私と戦いたいようだが、私はもうあの頃とは違うのだ。私がここに来たのは、二十年前の続きをするためでも、過去を精算するためでもない。私は、現在の私として、自分の生徒を守るためにここに来たんだ。 例えその結果、君と戦うことになったとしても、それは決して過去を言い訳にした戦いなどでは決してない」 凛とした声が、大空洞に響く。 それはコルベールからメンヌヴィルへの、決別の言葉だった。 「馬鹿な! ではなぜ俺の前に立っている! 俺を倒すためだろう!? そうなのだろう!?」 「……私は、私の二十年を捨てる気なんてない。二十年前に戻るつもりもない。私は、一教師コルベールとして、生徒を守るためにここに来たんだ! そしてそれこそが現在の私の戦う理由でもある!」 その言葉を聞いて、メンヌヴィルの笑顔が崩れた。その顔が嘆きの様相に変わった。 「おお……おおっ! 隊長殿、隊長殿は俺のためではなく……そんな小娘一人のために戦うというのか!?」 「そうだ!」 「なぜ、なぜだ……っ! 闘争とは常に己のために行われるべきもの! 隊長殿はやはり腑抜けになってしまわれたのかっ!?」 「いいや、私と君の戦う理由、そここそが私と君とを隔てる二十年そのものなんだ!」 その宣言、己の理想を否定する言葉を耳にして、メンヌヴィルは杖を落としていた。 尋常ならざるショックを受けて、両手で顔を覆っていた。 そして、嘆きの面で叫ぶ。 「なんという……なんということだ! こんなことは認めん、到底認められん! 俺が望んだ戦いは、炎は、そんなものではなかった! 俺の理想はもっと崇高なものであったはずだ!」 「……そう思うならば、君は君の正しさを証明したまえ。私は私の正しさを全力で証明する!」 「良いだろう隊長殿! 結局は戦うことになるのだ。互いの二十年、どちらが正しかったのか、はっきりさせようではないか! そうして私はお前を下し、お前を堕落させたすべてを焼き尽くす!」 床に落ちたメイス型の杖を拾うメンヌヴィル。 その姿はどこか緩慢で、悲しみに暮れているようでもあった。 その前で、コルベールは毅然として立ち、相手に向かって手招きをする。 「来たまえメンヌヴィル『君』。講義の時間だ」 「炎の色は、温度によって変わる。わかるかね?」 ――〝炎蛇〟のコルベール 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 数十年ほど前までは人が訪れていたであろう、公園と呼ばれていた広い敷地。 今はベンチすら取り外され、放置された雑木林や雑草がこの地を支配している。 もうすぐ真夏だというのに何処か薄ら寒い何かを漂わせており、人が近寄らないであろう環境を作り上げている。 敷地内に吹く風は市街地と比べれば若干涼しいが、その風に揺らされている林や雑草が不気味な音を奏でていく。 きっと三流劇団が演じるホラー劇よりも怖いと感じてしまうそんな場所のあちこちに、誰かがいた痕跡が色濃く残っていた。 一見すれば良くわからないが、目を凝らしてみれば目が不自由な人以外にはわかる程の痕が付いている。 碌に整備すらされず、好き放題に伸びている林の木々には何本もの針が刺さっている。 放置された自然さが漂う雑木に食い込んだ針は鈍い銀色を放ち、あまりにも不自然すぎる空気を醸し出していた。 雑草が生い茂っているはずの地面にも不自然で小さなクレーターがいくつも出来ているが、モグラの仕業ではないだろう。 小さな爆竹を地面に埋め、何らかの方法で爆発させれば作れそうな穴は、どう考えても動物の手で作れる代物ではない。 何故そう言い切れるのかといえば、答えはすぐにもでも言えるだろう。 雑木林に針を投げつけ、地面に小さなクレーターを作ったのはたった一人の人間。 このハルケギニアで異国情緒漂う衣服を身に着け、赤みがかった黒い瞳と黒髪を持つ十代後半の少女。 右手に持った数本の針で、まだまだ自然を傷つけようとしている者は、博麗霊夢という名を持っていた。 「…よっ!」 霊夢はその口から小さな掛け声を上げ、右手に持った針を勢いよく投げつける。 本来は妖怪退治の為に作られた銀色のソレは風や重力に捕らわれる事無く、真っ直ぐに飛んでゆく。 薄い布きれから硬質的な人外の皮膚まで貫ける先端部分が向かう先には、これまたもう一人の゛霊夢゛がいた。 そっくりさんというレベルでは例えられない程似すぎているもう一人の霊夢(以降、偽レイム)は、こちらへ向かってくる針に対しその場でしゃがみ込む。 腰を低くした姿勢になった事で彼女の顔に突き刺さっていたであろう針は標的を刺すことが出来ず、空しくもその頭上を通過した。 標的に避けられた針は投げられた時と同じスピードのまま、偽レイムの背後にあった雑木に突き刺さる。 刃物が通る程度の硬い物に刺さった時の様な音が周囲に響いたが、それを投げた霊夢は一向に気にしない。 それどころか、相手が隙を見せたことを好機だとさえ思っていた。 今の彼女は、針を陽動用の囮武器として使っているのだ。一々気にしていたらキリがないのである。 そして、針を避ける為に腰を低くした偽レイムを叩くための時間を手に入れた彼女は、すぐさま行動に移った。 ローファーを履いた足で地面を蹴飛ばしつつ二、三メイル程もあった相手との距離を一気に詰める。 自身の力である『空を飛ぶ程度の能力』でもって地面から数サント程浮き上がり、ホバー移動の要領で偽レイムへと近づく その時になって、隙を作ってしまった事に偽者が気づいた直後、既に本物は二回目の攻撃を行う直前であった。 相手の懐へと入った霊夢はその場で瞬時に着地、次いで息つく暇もなく右足を振り上げる。 風を切り裂く鋭い音と共に振り上げられた右足の爪先は、偽レイムの顎を打ち砕かんとしていた。 しかし、甘んじてそれを受け入れる気は無いのか、すれば偽物ではあるが同じ姿を持つ相手の動きを先読みしていたのだろうか。 偽者は自身の顎に目がけて迫ってくる霊夢の右足を、咄嗟に動かした右手で見事に受け止めたのである。 本来なら相手の顎を蹴り上げ、そのまま空中で一回転する筈だった霊夢は勢いに任せて左足も上げてしまい、結果… 「わっ!」 口から素っ頓狂な声を上げて宙に浮いてしまった彼女は、背中から地面に落ちてしまう。 まだ地面に残っていた雑草がクッションとなったものの、それに気づいたり背中を襲う微かな痛みに苦しむ暇すらない。 そんな事をしていれば逆に隙を取られてしまったが為に、その隙を逆手に取った相手の反撃が来るからだ。 彼女の右足を掴んでいる偽レイムは空いている左手で握り拳を作り、それから力を溜めるようにスッと振り上げる。 直後、その左手が青白く光り始めると同時に只ならぬ気配が周囲に漂い出した。 そこから漂ってくる気配は霊夢にとって最も知っている力であり、同時にそれが危険だとも理解していた。 (結界で包まれた拳で殴られるとか、冗談でもお断りよ!) 足を掴まれた彼女は心中で呟きつつも小さな舌打ちをし、偽レイムに掴まれていない方の足に力を入れる。 ピアノ線で引っ張られているかのように指先を天へ向けた左側のソレを、霊夢は勢いよく動かし始めた。 まだ動く足がある事に気が付いた偽レイムは攻撃を中断してそちらの方へ目を動かした瞬間、キツイ一撃が彼女のこめかみにヒットした。 「ぐぅ!」 まさかの攻撃に偽レイムは痛みに悶える声を口から出して、右足を掴んでいた手の力を緩めてしまう。 とりあえず無茶苦茶に動かした左足が偶然にも相手に直撃し、霊夢の右足は無事解放された。 一撃をもらった偽者が右のこめかみを両手で押さえながらよろめいている間に、すかさず体勢を整えて距離を取る。 (今のは惜しかったかしらね。もう少しで蹴り飛ばせるところだったけど) 針やお札が入っている懐に手を伸ばしつつ、次はどう仕掛けようか策を練っていた。 戦い始めてから既に五分近くが経過したが、偽レイムがどのような戦い方をするのか霊夢は既に把握していた。 偽者ではあるがお札や針と言った飛び道具を持っていないのか、基本は接近戦を仕掛けてくる。 使用してくる体術などは霊夢本人が覚えているものである為、先を読んで回避する事自体は容易い。 しかし、相手の方もこちらと同じなのか先程の様にカウンターを取られてしまうのだ。 そして霊夢自身も相手にカウンターを仕掛けるので、ちょっとした無限ループになっていた。 遠距離からお札や針などを投げても簡単に避けられてしまい、今に至るまで決定打を与えられないでいる。 スペルカードという手もあるが、持ってきている枚数が少ないうえ威力が低めのカードばかりという始末。 そして偽レイムの回避能力と゛光る左手゛から繰り出される攻撃の威力を直に見ている霊夢は、どう戦おうか慎重に考えていた。 自分と同じ回避能力を持った相手ならば、今持ってるスペルで弾幕を放っても全て避けられるのはこの目で見なくともわかる。 ならば近づいてボコボコすれば良いのかもしれないが、今の彼女はそれを行う事にある種の躊躇いを感じていた。 別に自分と同じ顔だから殴れないし蹴れないというナルシスト的な理由では無く、偽者が持つ゛光る左手゛が原因である。 (何にしてもあの結界包みの手は厄介ね、あんなの一発でも喰らったらただじゃ済まないわ) 霊夢は相手との距離をジワジワと離しつつ、あの左手から放たれる攻撃の凄さを思い出す。 それはこの戦いが始まって直後の事。 突如跳びあがった偽レイムを返り討ちにせんと勢いよく針を投げつけた時であった。 跳ぶ以前に光っていた左手をサッと胸の前に突き出し、霊夢の放った四本の武器を゛弾いた゛のである。 普通ならば突き出した手の甲にグッサリと突き刺さっていた針は勢いよく吹き飛び、見失ってしまった。 飛んで行った針に霊夢がアッという声を上げて軽く驚いた時、偽レイムが彼女の目の前に着地していた。 そして胸の前に出していた左手を振り上げたのが目に入った瞬間、彼女は反射的に後ろへ下がった。 青白い光を帯びたその手が勢いよく振り下ろされ、まだ昼方にも関わらず霊夢の身体を青白く照らす。 下がっていなければ唐竹の如く両断されていたかもしれない霊夢は、直に感じたのである。 あの手の光は非常に危険だ、下手に当たれば碌な目に遭わない…と。 そうして下手に近づけず、ただイタズラに針とお札を消費しながら今の現状に至る。 これからどうしようか。霊夢がそう思った時、ふと相手の様子が都合の良い事になっているのに気が付く。 「う゛っ…あぅ…」 先程こめかみにキツイ一撃を貰った偽レイムは頭を左手で抱えながらふらついており、回復する様子は無い。 その姿はまるで大音量のノイズで耳元で聞かされたかのように、うめき声を上げて苦しそうにしている。 左手の光も水を掛けられた焚き火の様に消えており、 今ならば追撃を行っても返り討ちに会う可能性は少ないだろう。 (これぞ…正に好機、といったところね) 心の中で嫌な笑みを浮かべつつ、霊夢は懐から一枚のスペルカードを取り出した。 相手との距離は約五メイル程度、やろうと思えば瞬間移動で後ろから殴りかかる事もできる。 しかし、後ろへ回った途端に襲い掛かられては元も子もないのでこのままキツイ一撃でトドメを刺すのがベストだと判断した。 取り出したカードが丁度欲しかったモノだと確認した後、霊夢は軽い深呼吸を行いつつも今に至るこれまでの経緯を軽く思い出す。 ただルイズと一緒に街へ出かけただけで、このような事態になってしまったのは流石の霊夢も予想していなかったのである。 (今日は色々とあったうえに、その大半が未だ解けぬままなんて納得いかないにも程があるわ) 自分の身に降りかかった不条理すぎる謎に憤りを感じつつ、自分の偽物へトドメを刺すべくスペルカードを頭上に掲げた。 まるで断頭台の上に立った処刑人のように振り上げられた腕には、一枚の薄いカード。 この世界に存在するどのカードよりも特徴的なソレは、正しく姿を変えたギロチンの刃そのもの。 無数の罪人たちの命をただ無意識に狩り続けた鉄の塊であったそれは、今まさに一人の罪人を裁こうとしている。 そう、処刑人の立場となった霊夢にとって自分の偽者など罪人として相応しい存在であった。 「このまま放置して下手な事されたら風評被害もいいとこだし、さっさと滅されなさい」 あの世へ旅立つ罪人へ冷たすぎる言葉を送り、彼女はカードに記された名前を告げる。 それこそが死刑宣告。本物の処刑人よりも冷たい霊夢の声が、周囲に響き渡った。 「霊符…『夢想妙珠』」 頭より上にカードを掲げながらそう言った途端、周囲の空気が一変する。 まるで霊夢の力が体内から外へ排出されたかのように、霊力の波が彼女の周りを包み込む。 それに気づいてか、まだ頭を押さえている偽レイムがハッとした表情を浮かべてそちらの方へ目を向けた。 宣言者である巫女を包む不可視のベールはやがて彼女の頭上へと舞い上がると、その姿を作り始める。 時間にすれば二秒にも満たないあっという間の速さでもって、霊力の塊は数個の色鮮やかな球体へと姿が変化した。 「無駄な時間を割きたくないし、これで終わりにさせて頂戴」 大小様々なカラーボールとなった霊力を背後に控えさせた霊夢は、ようやく立ち直った偽レイムへと言い放つ。 その瞬間であった。球状の霊力が偽レイムへの突撃を始めたのは。 先程まで投げていたお札や針に比べれば速度は遅いものの、そのスケールと威力は明らかに桁違いだろう。 霊夢が持つスペルカードの中でも比較的接近戦に優れた虹色の光弾で形勢される弾幕は、確実に偽者へと飛んでいく。 一方の偽レイムは迫りくる光弾に身構えつつもダメージが残っているのか、僅かだが足元がふらついている。 今の状態なら最初の様な跳躍やできないだろうし、使えたとしても瞬間移動をするには遅すぎる。 同じくして霊夢も身構えていたのだが、自分の勝利が確実なものになったと感じていた。 今に至るまで幾つもの戦いを経験してきた彼女がそう思うのも、無理はないだろう。 だが、事態は突如として彼女が予想していなかった方へ動き出す。 あと一メイルほどで光弾が当たろうとした瞬間、偽レイムはその両足で地面を蹴った。 ほんの数分程度の戦いであったが、霊夢が見た限りでは今まで跳躍するときに同じ動作をとっている。 しかし、窮地に立たされた偽者はバネの様に上へ跳び上がる事はしなかった。 勢いよく地を蹴った彼女の向かう先には、迫りくる光弾と―――――既に勝ったつもりでいる霊夢の姿。 そう、偽レイムは地面を蹴って前進したのである。 自分の命を刈り取ろうとする相手へ目がけて。 「ウソッ!?」 一体何をするのかと思っていた霊夢は、予想もしていなかった事だけに思わず目を丸くしてしまう。 そして、その予想もしていなかった偽レイムの行動が、戦局を大いに変えたのだ。 地面を蹴った時の衝撃を利用して勢いよく前転した瞬間、偽レイムの頭上を色とりどりの光弾が通り過ぎる。 先頭の巨大な光弾が先程まで偽レイムのいた場所に落ち、盛大な音を立てて爆発した。 ついで二発目と三発目の光弾も周囲の地面に落ち、最初と同じように爆発する。 最後尾の方にいた赤く小さな光弾は地面に落ちることはなく、何事も無いかのようにスーッと飛んでいく。 しかし。何処へと飛んでいくその光弾を、霊夢は見送ることが出来ない。 何故なら、瞬時に立ち上がった偽レイムが再び左手を光らせて突っ込んできたのだから。 二人の距離は僅かに一メイル。少し歩けばお互いの鼻が当たってしまう程の至近距離だ。 「ちっ…、中々しつこいじゃないの!」 一瞬のうちに距離を詰められた霊夢は舌打ちしつつ、地面を蹴って後ろへ下がろうとする。 本来ならお札や針を取り出していただろうが相手が相手だ、精々悪あがき程度の効き目しかないだろう。 下手に攻撃をして一瞬で距離を詰められるより距離を取って態勢を整えた方が妥当だと、この時思ったのである。 しかし…ホバリングや瞬間移動が間に合わないと判断し、跳び上がった事が却って裏目に出てしまう。 相手が攻撃ではなく様子見を選んだのだと認識した偽レイムは、一気に霊夢との距離を詰めようとする。 先程と同じように地面を強く蹴の飛ばし、光る左手を突き出した姿勢で突撃してきた。 まるで剣先の様な形にした指先を向けて飛んでくる姿は、たった一つしか無い命を奪おうとする処刑人の槍。 その切っ先は赤錆と血でなく、魔はおろか人さえも滅する事の出来るような青白い光に覆われている。 (何よコイツ。さっきの回避といい攻撃方法といい、随分と魔改造されてるわね…!) 一メイルという短くも長くも無い距離を一瞬で詰めてきた自分の偽者に、霊夢は今になって脅威と感じた。 自分と同じような弾幕を使えなくとも左手一本で自分を追いつめてくる相手を、彼女は初めて見たのである。 何処の誰かは知らないが、こんな偽者を送り込んだ奴は余程悪質な人間か格闘好きの脳筋野郎なのだろう。 もしくは――――― (今回の異変を起こした黒幕が…ってのなら話が早くて良いんだけど?) 心の中でそんな事を思った直後、ふと偽レイムの後ろから赤い発光体がやってくるのに気が付いた。 鞠を二回りほど大きくした様なそれは煌々と輝きながら、物凄い速度でもって二人の方へと突っ込んでくる。 「え?――――げっ…!!」 発光体の正体が何なのかすぐに気が付いた霊夢は目を見開き、ギョッと驚いてしまう。 今の霊夢にとってあの発光体は頼もしい存在であったが、あまりにもタイミングが悪すぎた。 「?……あっ」 彼女の表情を見て偽レイムも気づいたのか、ハッとした表情を浮かべて後ろを振り向いた瞬間―――――― 数十年ほど前までは人が訪れていたであろう、公園と呼ばれていた広い敷地。 その敷地の一角が突如、小さな爆発音とそれに見合う程の小さな赤い閃光に包まれた。 霊夢が発動したスペルカード「霊符『夢想妙珠』」によって出現した色とりどりの光弾たち。 先程偽レイムへと殺到した光弾の中で最後尾にいた赤い光弾が、今になって爆発したのである。 仕込まれていた追尾機能でもってUターンし、指定された相手の背中のすぐ近くで。 結果、目標であった偽レイムの近くにいた霊夢自身もその爆発に巻き込まれる事となったが。 (ホント、今日は厄日ね…こんなにも痛い目に遭うなんて) 偶然とタイミングの悪さが重なった結果、偽者と一緒に吹き飛んだ霊夢はひとり毒づいた。 ◆ 霊夢が今いる場所とは地対照的なトリスタニアのチクトンネ街で、ルイズと魔理沙は八雲紫と邂逅していた。 まさかの出会いに二人は霊夢の事を忘れてしまい、知らず知らずの内に足を止めてしまっている。 軽い会話と喧嘩の後、紫はルイズの方へ向けてとある言葉を送り付けていた。 それはここで出会ってから初めてになるであろう、かなりの真剣さが滲み出た話題であった。 「不発弾の様な貴女を、今の霊夢がいる場所へ行かせるのは危険極まりないわ」 左右を建物に挟まれたそこで、八雲紫はルイズへ向けてそのような事を言った。 その言葉は彼女との距離がそれ程離れていないルイズの耳にしっかりと入り込んでいる。 「な…ど、どういう意味なのよそれ!」 敵軍の将兵を爆発する事すらできない不良品と同列に扱われた彼女は、軽い怒りを露わにした。 霊夢を追っていた二人の前に現れた紫はルイズの態度に良い反応を示しつつ、その言葉に応える。 「言葉通りの意味ですわ。望むときに爆発せず、忘れ去られた時に無関係な人々をその力で八つ裂きにする…無差別な存在」 それが今の貴女よ。最後にそう付け加え、幻想郷の大妖怪はその目をルイズに向けた。 先程の様な冷静さとは打って変わって怒りに狼狽える様子を見せ、鳶色の瞳からは憤りの気配を感じられる。 自分の望む反応を面白いくらいに見せてくれる彼女に対し、紫は心中と顔に笑みを浮かべてしまう。 「…っ何が可笑しいのよ!人が怒ってる最中に笑うなんて!」 「別に?ただ、今の貴女みたいに豹変するような人間は見てて楽しいものがありまして…」 「…っ!?」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズは手に持っている杖を再び紫の方に向けた。 既に頭の中にまで怒りが浸透し始めている今の彼女は、他人に暴力を振るう事を躊躇しないだろう。 だが、人形の様に均整の取れた顔を歪ませた少女を前にして、八雲紫は尚も笑みを浮かべ続ける。 これから起こり得るであろう事態を予測している筈だというのに、他人事のようにルイズをジッと見つめていた。 一方のルイズも、使えもしない魔法をすぐに放てるようピンク色の綺麗な唇を僅かながらに動かしている。 並の平民やメイジはともかく、ルイズの事を良く知る者たちならば今の彼女を刺激する様な事は絶対に避けようとするに違いない。 もはや問答無用。と言わんばかりの空気が辺りを包もうとした時―――― 「…あ~…スマン、ちょっと質問よろしいかな?」 蚊帳の外にいた魔理沙が手に持っていた帽子を頭に被りつつ、その口から言葉を発しする 誰がどう見ても一触即発と言えた空気の中に横槍が入り、ルイズと紫のふたりは咄嗟にそちらの方へ顔を向ける。 空気を読めと言われるかもしれない魔理沙であったが、それを気にすることなく紫の方へ視線を向けた。 それだけで自分に用があると察した大妖怪は、先制を取る様にして魔理沙へ話しかける。 「こんなにも危なっかしい空気の中で私に聞きたいことがあるなんて、きっと余程の事ですわね」 「お前だけが危なっかしいのなら、何があっても私は口を塞ぐ気は無いぜ」 「相変わらず自分勝手な娘ですこと。まぁそういうところはキライじゃ…」 「ちょっとマリサ!何人の間に割り込むような事してるの!」 唐突な会話が本格的に始まる前に、それを制止するかのようにルイズが叫ぶ。 少なくともこの場にいる三人の中では気が短い方であろう彼女に対し、魔理沙は落ち着いて対応する。 「ここは落ち着こうじゃないか、これ以上機嫌を損ねて私まで巻き込まれたら大変な事になってしまう」 「何が大変な事よ?人の気も知らないで、ヘラヘラと傍観してる癖に」 「これはヒドイ!…と言いたいところだが…悔しくも図星だな」 「とりあえず形だけでも貴女の心中、察しておきますわね」 怒りの言葉に苦笑する魔理沙と微笑み続ける紫を尻目に、ルイズは言葉を発し続ける。 「せっかくの休日だっていうのに突然レイムがおかしくなるし、それにそれに…それ…に…」 「――……?それに?」 怒り狂った牛の群れの如き怒声のラッシュを黒白の魔法使いに浴びせていたルイズの口が、突然その動きを止めた。 急に喋るのをやめてしまったルイズを見て、他の二人は思わず不思議そうな表情を浮かべてしまう。 魔理沙に至ってはネジを限界まで巻いたというのに全く動かないカラクリを見たような気分を味わい、首を傾げている。 それにつられて紫も傾げようとした時、ルイズはその顔にハッとした表情を浮かべた。 どうした?と彼女以外の二人の内一人が尋ねようとしたとき、一足先にルイズがその口を開けて喋り出す。 だが彼女が発した言葉の向かう先にいたのは魔法使いではなく、境界を操る程度の人外であった。 「ユカリ、さっきアンタ何て言ったの?」 「……?質問の意味が良くわかりませんわ」 いきなり閉じてすぐに開いた思えば、出てきたのは即答不可能な質問。 流石の八雲紫も、これには投げかけられた質問を質問で返すほかなかった。 「ん~と、確か私の魔法がどうたらこうたらっていうところで…」 「えぇと…あぁ」 相手に杖を向けているルイズの言葉に、紫は何かを思い出したかのようにポン!と手を叩く。 「『望むときに爆発せず、忘れ去られた時に無関係な人々をその力で八つ裂きにする…無差別な存在』―――と言いましたわね」 「…あれ?」 先程述べた言葉を一字一句間違うことなく喋りなおした紫に対し、ルイズはキョトンとした表情を浮かべる。 それから五秒もしない内にまた思い出したのか、ハッとした表情を再度浮かべなおしながら口を開く。 「あ…違った。…何だったかしら?その一つ前の言葉…」 爆発した怒りの所為で一時的に忘れているルイズはそんな事を言いつつ、何とか思い出そうとする。 だが「一つ前」というキーワードで思い出した魔理沙が、以外にもルイズが忘れていた言葉を口に出した。 「『不発弾なオマエを行かせたら、今の霊夢が大往生』…だったような気がするぜ」 冗談という名のソースを少し入れた魔法使いの言葉は、ルイズの目を見開かせた。 もはや紫の言った事とは大分かけ離れているが、それでも忘れていた言葉を思い出させるのに充分だったようだ。 「あ…あぁっ!それよソレ!その言葉だったような気がするわ!」 「良くそれで思い出せましたね。…まぁ思い出せたのなら別に良いのですけど?」 ようやく思い出せたことに嬉しそうなルイズとは反対の紫はため息をつきつつ、「それで…」と呟き話を続ける。 「その言葉がどうかしたのかしら?」 「…ねぇユカリ。今レイムが何処にいるのか、アンタ知ってるんでしょ?」 「どうして私が全てを知っている。という気でいるのかしらねぇ?」 「だって私たちがこんな所にいるのも、急にレイムがおかしくなって何処かへ行ったからなのよ」 その言葉を聞いた直後、紫は何気なく目を瞑ると「ふぅ…」と軽いため息をついた。 季節外れの木枯らしと思ってしまうそのため息を後、彼女の顔に再び笑みが戻ってくる。 春のそよ風のような柔らかい笑みは、かえってルイズの身構えた体を無意識に強張らせてしまう。 彼女は知っているからだ。今浮かべている笑みが単なるハリボテだということを。 このまま三人して無言の状態が続くかと思われた時、ため息をついた紫がその口を開いた。 「確かに私は霊夢が何処へ行ったか、そして今は何をしているのか…ある程度把握はしているつもりよ」 未だ柔らかい笑みを浮かべてそう行った紫に対し、ルイズは「やっぱり」という言葉で返す。 折角の休日であるというのに突如左手のルーンが光り出す、ワケもわからず何処かへと消え去った霊夢。 アルビオンで死の危機に直面した時に見たあの光を再び見ることになったルイズは、今になって思っていた。 きっと゛何か゛が起こっているのだ。 自分と魔理沙は気づかず、けれど彼女にだけはわかる゛何か゛に。 「何でそういう事を早く私に教えないのかしら?」 「今の貴女なら教えてあげれそうだけど。さっきの貴女だと怒るのに夢中だから教えないでおこうと思ってたの」 挑発とも取れる彼女の言葉にルイズは顔を顰めつつ、冷静さを装って言葉を返す。 「…多分傍迷惑な住人二人と喧しい剣が一本いるおかげかもね。昔と比べて、自分が少し柔らかくなったのは自覚してるのよ」 「ちょっと待てぃ。少し聞き捨てならない事を聞いた気がするぜ」 ルイズがそこまで言った時、後ろにいた魔理沙がストップを掛けてきた。 どうやら何か言いたい事があるらしく、親切にも彼女はそちらの方へ顔を向けて「何よ?」と聞いてみた。 「傍迷惑で喧しいのは霊夢とデルフだけだろ?レイムはこの前、散々な事をやらかしてたしな。それに比べて私は…」 「何寝ぼけた事言ってんのよ?レイムと一緒に私のクッキー食べてたアンタは立派な共犯者だわ」 言葉で形勢されたカウンターに「冷たい奴だなぁ」と、一人愚痴を漏らす魔理沙から目を逸らしたルイズは紫との会話を再開する。 「で、アンタがレイムの居場所を知ってるというのなら…話はわかるわよね?」 「まぁ貴女が言いそうな事は、大体予想できるわ。そしてこれからやろうとしている事も…」 ルイズの質問をすぐに返した紫にルイズは頷き、次に発するであろう言葉を待った。 しかし…数秒ほどおいて発せられた紫の言葉。 それは、ある種の期待感を抱いていた彼女の気持ちを裏切るのに十分な威力があった。 「―――だからこそ、今の貴女を霊夢のもとへ行かせるわけにはいきませんのよ?」 貴女の安全の為にね。言葉の最後にそう付け加えた直後、一陣の風が紫の背中を乱暴に撫でつけた。 夕闇が着々と迫りつつあるチクトンネ街の風は初夏の香りを漂わせつつ、三人の体を通り過ぎる。 それはまるで、ルイズに対する警告とも思える程勢いのある風であった。 本来なら一人の学生として平和に暮らしていたであろう彼女が、非日常の世界へ踏み込まないように。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページランス外伝~ゼロと鬼畜な使い魔~ ランスが鏡に入る少し前の時間 「宇宙のはてのどこかにいる私のしもべよ! 神聖で、美しく、そして強力で忠実な使い魔よ! 私は真心より求め、訴えるわ! わが導きに、応えなさい!」 地面に立つ桃色の髪をした小さな女の子が何かの儀式をしていた。 しかし、少し時間が足っても何も起こらなかった。 「また失敗か~ルイズ。」 「どんだけ失敗するんだよ。」 「これはもう夜明けまで掛かりそうだな。」 「いや、1年かもな!」 と先に儀式の事を終わらせている、制服に身を包む子供達はその桃色の髪の女の子に呆れて言葉をふりかける。 「うるさいわね、きっと…きっともう少し待てばきっと来るわ!!」 そう反論して、数テンポ後に…。 鏡が光り、煙が立ち込める。 「成功!成功だわ!」 徐々に煙が薄れて…召喚された者が目に映る。 「……は?」 桃色の髪の女の子と制服を着てる子供達と頭が禿げてる大人は様々な反応で驚く その中で、制服を着てる少し太ってる子供が言った。 「ル、ルイズが平民を3人も召喚したぞ!」 「だが、2人が凄く可愛いな…」 「ちくしょう…」 「一人は戦士みたいな格好だな…」 「というか全員変わった格好だな…」 「どんな状況でこれだけ召喚されたんだ…」 最初に太ってる子供が状況を言った後に、皆様々な感想を言う。 「平民を『サモン・サーヴァント』…さ…三人も召喚して…ど…どうす…ぷくく…あっはっはっはっは!」 赤い長い髪と大きな胸を持つ女性は堪え切れず、大きく笑った。 「るっさいわねぇ!」 その内、ランスとシィル、謙信は目が覚めた、カオスは元から起きていた。 そこに、ルイズが近寄る。 起きたランスは、目が覚めて、何があったか思い出し始める。 あー、どうなってるんだっけ、そういえば鏡を通って…桃源郷にいったんだったな。 そして、周りを見渡す なるほど、自分の予想通り可愛い子が一杯だな…ぐふふ。 だが、男もいるな…しかも、全員子供みたいだな。 にしてもここはどこだ…ゼスの学校みたいな物か? いや、ここは桃源郷だ…違う世界かも知れない。 と考えてる内にルイズと言われてる少女が近づくのに気づく む、ルイズと呼ばれてるあの子は中々可愛いな…。 しかし胸が無いな、後3・4年もすればちょうど良くなるな。 そんな事を考えてると。 ルイズがランス達の目の前に立って不機嫌に発言した。 「あなた達、名前は。」 「失礼だが、人に名前を聞くときは自分から名乗るべきでは?」 謙信が言う、ルイズがその威風堂々さにむっとしながら少し後ろに下がる、そして反論をする。 「平民に礼儀なんていらないわ。」 だが、とある制服を着た少年が。 「貴族なら礼儀を尊重すべきだ。」 と言い、半数近くが頷く、もちろん男子勢である。 可愛い子には弱い、男の本能である。 「うっ…まぁいいわ…私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラヴァリエール貴族の末っ子よ、さぁ名乗りなさい。」 「早速の名乗りに感謝します、私は上杉謙信です。」 「わ、私はシィル=プラインです…」 「俺様はランス様だ!ところでここはどこだ?」 平民の癖に生意気な口をきく所に少し腹が立つルイズ、だが多少嫉妬してる所もあった。 「まったく…ここは高名なトリステイン魔法学院よ。」 「撮り捨て淫魔法学院?」 「知らないの?どこの田舎物よ」 その場所はランス達がまったく聞いた事が無い場所だった。 しかし学院と言う事はゼスの魔法学校みたく、ここには先生と生徒がいる場所という事はわかった カオスが状況を把握して、言葉を喋る。 「ランス~。」 「なんだ…ここが何処か分かったか?」 「あら?不思議な形のインテリジェンスソードね。」 「あぁ、あの鏡を通った瞬間に魔王と魔人の気配が完璧に消えた、つまり ここはまったくの別世界って訳だなー、本当に桃源郷って奴にこれたのかもしれんぞい。」 「元に戻れるんでしょうか。」 「いや、どうだろうね、魔人と魔王の気配がする所がまた出てくればそこに入って元に戻れるかもしれん、儂困ったなー。」 「わかった、じゃあ喋るな。」 ルイズの言葉は無視され、ルイズは怒る。 「なんで無視するのよぉ!」 「え?あ、すいません」 シィルが謝る、するとルイズは禿げた大人の人の所に向かい、話す。 「コルベール先生!!」 「なんだね?ミス・ヴァリエール」 「もう一度召喚をさせてください!!。」 「それは…だ、だめだ、ミス・ヴァリエール。」 この例外は想定していなかった、コルベールは少し返答に困った。 「なんでですか!!」 「決まりだよ。2年生に進級する際、使い魔を召喚する。今やっている通りだ。」 ランスが聞きなれていない単語が出てくる。使い魔ってのは何だ? この3人(+一つ)はこの世界の常識を知らない、とても困った。 元の世界でも常識破りだが。 「それによって現れた使い魔で、今後の属性を固定して、専門課程へと進むんだ、一度呼び出した使い魔は変更できない。 なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好む好まざるにかかわらず、彼らを使い魔にするしかない。(しかし3人も…)」 「でも!3人も使い魔にする事も、平民を使い魔にする事も聞いたことありません!」 その発言にくすくす笑う者も入れば、その2人の平民に顔をぽーっと見てる者もいた。 ランス達この状況が全く理解できてないので、把握する為に静かに事を見守った。 「これは伝統なんだよ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼は……ごほんごほん彼等は…」 コルベールはこちらをゆるりと見てる3人を指差し。 「た…ただの……平民?かも知れないが、呼び出された以上、君の使い魔にならなければならない。 古今東西、人を使い魔にした例は無い上に3人もというのもないが、春の使い魔召喚の儀式の規則はあらゆる規則に優先する。 彼達には君の使い魔になってもらわなくてはな。」 「そんな…」 ルイズはこれからどうしよう…という事と取り消しが聞かないことに肩を下ろした 「さて、では儀式を続けなさい」 「えー…と…彼等と?」 「そう…彼らと、次の授業が始まってしまうじゃないか。君の召喚にはだいぶ時間を掛けられたんですよ? 何回も何回も失敗した分が大きく帰ってきたのかもしれないじゃないか、諦めて契約したまえ。」 そうだそうだ!と野次が飛ぶ、だがこれは色々の欲望と入り混じった野次だった。 「ねぇ、あなた達」 「ん?」 「む?」 「はい!」 「…はぁ、もういいわ」 ルイズは諦めた、そして目をつむる。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・中略ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者達に祝福を与え、我の使い魔となせ」 すっと、まずシィルの額に杖を当て、ゆっくりと顔を近づける。 「ひっ…」 同性にいきなり顔を近づけられるのだ。誰でも驚く 「なんだ?そっちの気なのか?」 「黙りなさい。」 周りの観客が静かになる、とても官能的である。 ルイズの唇が、シィルに重ねられる。 「ファーストキスだったのに…。」 と言って、次は謙信の所に。 「何をする…む」 そして、ランスの所に。 「中々いいものをみせてもらった!」 「その大口を閉じなさい。」 「うむ。」 唇が重なる。最近のランスは和姦をもっとーにしていたので突然舌を入れるという事はしない。 ランスなりの心構えである。 「ぜー…ぜー…終わりました。」 まさかサモンサーヴァント1回に3回もキスをするはめになるとは思ってなかったのだろう。 「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」 コルベールが、うれしそうに言った。 「相手が平民…?だから契約できたんだぜ!」 「そんな事よりその使い魔分けてくれよ。冗談じゃなくて。」 周りの生徒が笑いと羨ましさでがやがやと言う。 ルイズが生徒達を睨む。 「馬鹿にしないで!わたしだってたまにはうまくいくわよ!」 「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」 見事な巻き髪とそばかすを持った女の子がルイズを、あざ笑った。 「ミスタ・コルベール!……もういい…もう疲れた…何も言わないわ」 「まぁ…少し同情するわ…。」 話を静かに聞いてた3人に突如、体に異変が走る。 「ぐお!?」「ひぅ!」「うっ」 ルイズが疲れた声で言う、 「すぐ終わるわ…まってなさい、ルーンを刻んでるだけよ…」 ルイズが言ったとおり一瞬だった。 コルベールが近づいて3人のルーンを一気に写した。 「む、君のルーンは珍しいな。」 ランスのルーンを写しながら言った。 「さて…皆教室に戻るぞ。」 と、写し終えたコルベールが生徒達に言うと きびすを返して 何か言うとコルベールと生徒が一斉に空を飛び、建物の立ってる方に戻っていく。 ランス達はその状況を眺め。 「そういえば志津香も飛んでたっけな。」 「そうですね、本当にここはどこなんでしょうね、ランス様」 「……」 「謙信ちゃん、愛は5年間は大丈夫って言ったんだ、JAPANの事なら心配いらんだろ。」 「うむ…愛なら大丈夫だろうな。」 もちろん、愛だって何かしら考えてあるだろう、ランスの事だから謙信を無理やり連れてく事も想定済みのはず。 その中で愛がJAPANを平常のままにさせる限度はおよそ5年と考えたのだろう。 「にしてもどうしましょうランス様。」 「そうだな、まず自分で暮らせる位になったらあのピンク髪を売る、そして女の子と犯りまくる、5年立ったら帰る事にしよう。」 「5年もこんな所にいるんですか…どうやって帰るかも分からないのに。」 シィルが帰りたそうに言う。 その話の間 色々な奴らがルイズを罵っていた気がするが聞こえない。 ルイズが怒りながら、こっちを向いた 「あんた達、何なのよ!」 「それはこっちが聞きたいわ!ともかく俺等は異世界から来た…らしい。」 ランスが答える、もちろん自分達の置かれてる状況すら分からないんだから堂々と返答する事は不可能だ。 だがあの世界で絶対に存在する魔人、魔王の気配を確実に0と感じるのなら、カオスの言うとおりここは違う世界なんだろう。 「らしい?それ、信じれると思う?」 「いや、思わん。」 「でしょうね、まぁいいわ あなた達3人は私の使い魔、つまり私がご主人様よ」 「「?」」 まさか、様子を見てたらここまで話が進行してるとは思わなかった。 使い魔?こいつがご主人?何の? 「ここで話しても無駄ね、ついてきなさい。」 まぁ、確かにすぐに理解が出来そうな話じゃないので ランス一行はルイズの後ろについていった。 「まだ私は授業があるから、まってなさい、勝手に出ない事 いいわね?」 「「分かった」」 謙信とランスの言葉が被る、謙信の頬が何故かうっすら紅くなる。 シィルがそれを少し羨ましげに見ていた。 そして、ルイズが帰ってくる。さっきの話の続きである。 「…なるほど?4つの幻獣に支えられて浮いてる大陸があって、そのじゃぱんだかと大陸を繋ぐ道の途中で鏡に入ったと。」 「…はい、そうです。」 「信じられると思う?」 「いえ、でも事実なんです。」 「証拠は?」 説明がめんどくさいランスはいつも通りシィルに説明を任せていた、しかし一向に信じる気配無し。 そこにランスが助け舟を出す、カオスに親指を向けた。 「このカオスって剣は?」 「インテリジェンスソードじゃない、こちらの世界にあるものよ?ただそれ、かっこいいわね」 「ありがとじゃが儂、元人間なんじゃがのう」 「む。まぁ、無理に信じてもらう必要ないな。」 やはりこいつは色気が足りないな、しかも高貴すぎる、嫌な方の、俺様が嫌いなタイプだ。 「…ところで、使い魔って何をするんですか?」 「よくぞ聞いたわね。使い魔は主人の目となり、耳ともなれるのよ!」 誇らしげに言う。 「……つまり。」 「だー、つまり使い魔が見た物は、主人も見る事が出来る」 「なるほど。」 「でも、あんたじゃ無理みたい、わたし、何もみえないし、というかどの視点で見ればいいのか分からないし。」 「…すいません。」 「2つ目は…どうせできないからいいか。」 「3つ目が一番重要ね、主人を守る事、どうやらあなたとあなた帯剣してるようだし、剣位は扱えるわよね?。」 (まったく…なんでこいつのお守をしなきゃなんないんだ… だけどこいつとの関連絶っちまうと、こっちで女の子とやる事も出来なさそうだしな。 こいつ頼らずに済むようになったら、捕まえて、どっかに売りさばくからいいか。) 「謙信ちゃんはとても強いぞ。」 「ところで、あんた達って、どういう関係?」 「シィルは俺の奴隷で、謙信は俺の女だ。」 その返答を聞くと、ルイズは固まった、こんな男にこんなかわいい奴隷と彼女がいる、この大口が?この傲慢そうな顔ぶりが?。 彼のどこに惹かれたのか、まったく持って不明だわ…。 「そうそう、家事全般もする事。」 「シィル、頼んだぞ。」 「はい!。」 シィルはとにかくランスに頼まれる事が大好きなので、断る事はできない。 シィルに頼むランスはよからぬ事を考える まぁ、まずはこっちの桃源郷で自力で生活できるまでは、こいつの使い魔でいてやるか。 「と、言う事で朝になったら私を起こしなさい、それとこれとこれ洗濯しときなさい。」 ポイッポイッと下着やら何やらがシィル達の元に投げられる。 「じゃあ、シィルやっとけ。」 「はい…、それとランス様。」 シィルが窓の外を指差して言う。 「月が2つありますよ。」 「本当だな。」 「綺麗だ、それに大きい…お饅頭のようで…」 「食べちゃだめだぞ。」 謙信は残念そうに俯く。 食べたいのか、あの大きさ位の饅頭が…と考えてたランスを他所にシィルがルイズに尋ねる 「私達の寝る所は…。」 「3人分の藁を用意したわ、そこに寝なさい。」 「家事全般を引き受けて、お守もするのに偉く待遇が悪いぞ。」 「平民の分際で生意気ね、飯も部屋もあるのよ?追い出されたい?」 「…それは困る、私は…ランス殿がいればどこでもいい。」 謙信が恥ずかしそうに言う、そう謙信は人の5倍以上の食料(1日15倍)を必要とする、おやつは重箱5個 戦場の飯は特大おにぎり、普通にどんぶりを7皿を食べるのだ、食べるとこを失うのは謙信にとっては大事であった。 「そうだな…飯が無いと謙信ちゃんが…ぐぐぐ…もう疲れた、明日考えて今は寝よう。」 「そうですね、ランス様…。」 前ページ次ページランス外伝~ゼロと鬼畜な使い魔~
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「……これは何?」 「……団子虫の一種かしら?」 「ふむ……珍しい使い魔だな。もしかすると幻獣の一種かもしれない」 確かにルイズはサモン・サーヴァントに成功した。 しかしそれによって呼び出された使い魔は、 博識で知られるコルベールでさえも全く知らないものだった。 それは子犬ぐらいの大きさの、ずんぐりとした形の、団子虫に似ているものだった。 外皮は硬そうな外骨格、そして腹部にはたくさんの節足、 そして頭部には青色の目が何列も並んでいた。 「まあ、無事に召喚できたようだし、儀式を続けなさい」 「はーい」 それなりの使い魔を召喚できたおかげか、嬉しそうに返事をしながら ルイズは『契約』の儀式を開始する。 しかし、幸か不幸か、彼らは実はその召喚された使い魔が、 戦争によって文明が崩壊した異世界から召喚されたものだとは 最後まで知る事が無かった。 その後。 「……ねえ、ルイズ」 「……なによ、キュルケ」 「この子、ずいぶん大きくなったわね」 「そうね、ちょっと育ちすぎたかもしれないわね」 「……ちょっとどころじゃないわよ」 ルイズが召喚した団子虫のような使い魔。 当初、この珍しい使い魔にどんな餌をやったら良いのか頭を悩ませたルイズであったが、それはすぐに解決した。 どうやらこの地に自生する植物が余程気に入ったのか、適当な草であれば何でもよく食べるのである。 (なお、特に良く食べたのははしばみ草であり、それこそ一心不乱という形容詞を具現化したかの如く それを延々と食べつづけるこの使い魔に、タバサが密かに対抗意識を持ったのは余談である) しかし、それにしてもよく食べる。 まあ、そこらの野山の草を適当に食べさせておけば良いのでルイズの懐は痛まなかったが、 それでも限度はある。ただ食べるだけなら良いのだが、 食べた分に見合ったレベルで延々と大きくなり続けるのはいささか問題があるだろう。 何度も脱皮を繰り返し、今では馬よりも大きくなっている。 当初、ルイズの部屋で飼われていた使い魔は、 もう部屋の扉を通る事ができなくなったため、 他の大型の使い魔と一緒に外の小屋で飼われていた。 ところで脱皮した皮はコルベール先生が嬉しそうに持ち帰っていたけど 一体何に使うつもりなのだろうか。ルイズは気になったけど、 ゴミを処理する手間が省けたと思って気にしない事にした。 さらにその後。 「……ねえ……」 「…………なによ………」 「言わなくてもわかるでしょ」 「わかってるけどわかりたくないわ」 ルイズとキュルケの目の前にいる使い魔。 もはや育ったとかいうようなレベルではなかった。 なんと二階建ての家ぐらいの大きさである。 魔法学院内の、あらゆる使い魔よりもずっと大きかった。 既に学院からは「使い魔の餌はどこかの山の草木を与える事」という指示が下っている。 なにしろこの巨体である。ルイズがちょっと目を離した隙に 学院の花壇をあっという間に全滅させてしまったのは記憶に新しい。 「それにしてもよく育つわね」 「きっとこれはそういう種類なのよ」 彼女たちは知らなかったが、もし仮にこの使い魔が召喚された世界の、 この使い魔の生態を知る人物がこれを知ったら恐らく驚愕したに違いない。 どうやらこの世界の植物がよほど肌に合ったらしく、 この使い魔は本来の速度の何十倍もの速度で育ちつづけているのであった。 ついでに食事量も本来の何十倍もの量であった。 「……でも、この子、どこまで大きくなるんだろう……?」 バキバキと豪快な音をたてながら一心不乱に木を食べ続ける使い魔を見上げると、 この先を想像することは恐ろしくてとてもできなかった。 さらにさらにその後。 「…………………………(唖然)」 「…………………………(呆然)」 もはや、巨大な使い魔という形容詞すら生ぬるかった。 高さは40メイル、全長は100メイルはあるだろうか。文字通り、動く山といった感じの巨体である。 「……どうするのよ、これ」 「……いいい、いいじゃないの、せせせ戦争には、かかか勝ったんだからぁ!」 可哀想なのはアルビオン軍の一般将兵である。 地上にいたアルビオン軍の兵士は、この超巨大な使い魔が通っただけで文字通り粉砕され、 艦隊の方も、うかつに地上近くを航行していた何隻もの艦船がこの使い魔によって地面に引きずり降ろされて撃沈された。 そしてその硬い外皮はアルビオン軍の大砲ごときでは掠り傷ぐらいにしかならず、 かえって目を不気味に赤く光らせながら怒りで大暴走する使い魔の怒涛の体当たりを喰らうだけだった。 そのあまりのとんでもなさにアルビオン軍は、大混乱に陥ったまま敗走するしかできなかった。 「……それと、あれはどうするのよ」 「……あああ、あれはそう、不可抗力よ、不幸な事故よ、天災だったのよ。 だから私にはどうする事もできなかったのよ!!」 キュルケが視線を向けたその先。 そこは、使い魔に食い尽くされてすっかり禿山になってしまった山々があった。 そして、ご主人様の気持ちも知らず、その禿山を作った使い魔は今日も延々と食べつづけるのであった。 「これ、いつまで大きくなるのよ」 「私に聞かないで」 ~おしまい~ -「風の谷のナウシカ」の王蟲を召喚
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (10)滅び それは一であった。 それは十でもあった。 それは百でもあり千でもあった。 それは人であった。 それは既に人ですらなかった。 それは人を超えた人であった。 それは待っていた。 それは傷ついていた。 それは癒しを求めていた。 すべての悪徳をぶちまけて、絶望を濃縮した存在。 決して触れてはならぬもの。 この世の全ての悪。 待っている、時が満ちるのをじっと待っている。 道が開かれるのを待っている。 忌まわしき虫けらどもに浴びせかけれた痛撃の傷跡が、幻痛をもたらす。 今一歩、全ての計画が成就し、帰還を果たそうかという土壇場の喜劇。 屑どもの切り札が、長年の悲願の達成を阻んだ。 しかし、収穫が無かったわけではない。 忌々しい宿敵は闘技場で無きものにした。 それは4000年にも及ぶ因縁の決着に、千の身で喜びを表した。 だが、それが間違いであることをすぐに悟った。 あれは生きている、そして己と同じように傷を癒し戦う力を貯めている。 そのことに気付いてからというもの、それはその世界への道を探った。 閉じられた世界、門の無い世界、完全なる世界。 膨大なマナが宿る世界、甘美なる果実が目の前にある。 だが、門無くしては人の身で踏み入ることなど出来ようはずが無い。 それは歯噛みしながら見ることしか出来なかった。 けれど、あるとき変化がおこった。 火花の爆発、その世界からはじき出された、生まれたての赤子。 幸運な彼は、不運にもそれに触れてしまった。 彼は力を渇望していた、全てをねじ伏せる力を。 だからそれは、彼に知識を与えた、力を与えた、邪悪と狂気と悪徳の全てをくれてやった。 そして最後に、ささやかなる代価を求めた。 門の開放。 外へと繋がる、道を開くことを求めた。 待っている、時が満ちるのをじっと待っている。 道が開かれるのを待っている。 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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突然、ルイズとワルドの目の前に現れた、謎の男・伏羲(ふっき)。 その背後の『ゲート』から、わらわらと人々が出て来た。半透明の者や、どう見ても化け物な存在まで。 「ふ……フッキ!? 『始まりの人』って、まさか六千年前降臨された『始祖ブリミル』!?」 「まぁ、始祖だがのう。そちらで言うブリミルとやらより、ずっと昔からおるよ。 異世界でも、どうやらわしらの言葉は通じるようだのう。時におぬしら、趙公明の奴を知らぬか?」 「彼が1ヶ月ほど前、急に『神界』から姿を消しました。 よく調べると、他にも数十名の神が消えており、詳しく捜索した結果、ここにたどり着いたわけです。 『神界』の管理者である、元始天尊さまの監督不行き届きですね。 定例会議が月一から段々伸びて、百年に一度になっていたそうですし」 「変化に乏しい世界だし、みんな不老不死だから、時間感覚がおかしくなるのはしょうがないよ。 それで、宝貝もいくつかなくなっていたんだ。この世界にあってはならないオーパーツだし、回収しなくちゃね」 青い長髪で黒マントの美青年と、天使のような美少年が現れる。ルイズは思わず頬を染めた。 「プッ、プリンスは今ニューカッスル城よ! あっちの方角! 反乱軍『レコン・キスタ』の空中艦隊と戦っておられるわ!!」 「うーむ、異世界の歴史に介入するのはマズイのう……まぁとりあえず説得してみて、ダメなら再封神だ。 ……ところでおぬし、その杖はわしの『打神鞭』か?」 ワルドの持つ杖に伏羲が反応する。ワルドは答えない。 「でも望ちゃん、宝貝は持ってるでしょ?」 「うむ、ここにのう。ちゃんと『太極図』もついたやつが。 ……では、これはレプリカということか? ちと渡してもらうぞ」 伏羲が軽く杖を振ると、風の輪がワルドの手足を縛る。 なすすべもなくワルドは杖を奪われ、ルイズは空中に立つ伏羲の腕に掴まる。 「あ、ありがとう……ございます、『始祖』さま」 「ニョホホホ、礼には及ばぬ」 伏羲がいきなりぬいぐるみのように簡略化した姿になり、ルイズはぎょっとした。 ワルドの杖を、伏羲が調べる。確かに宝貝のようだが……。 「ムゥ……いくつかの魂魄が、この中に封印されておるっ! いなくなった劉環に、陳桐に、張桂芳と風林……む? この金髪の男は知らんぞ」 「ウェールズ皇太子だ。さっき僕が殺した」 「プ、プリンスとワルドが、さっき天数がどうとか白い女神とか、『歴史の道標』がどうとか、 よく分かんないことを話してたわ……あんたたち、知ってるんでしょ!?」 ルイズは始祖相手にタメ口だ。見た目は若いし、あまり貴族らしくないからなのか。 それを聞いた伏羲が、渋い顔をした。 「……ああ、よーくな。まったく数千年振りに聞いたぞ」 「やはり、奴か!! しかし、なぜまたこのような異世界に?」 「燃燈よ、あやつもわしと同様、魂魄を自在に分裂させる能力があった。 その欠片が何かの拍子にこっちへ紛れ込み、この世界の影響を受け変質して、 またぞろ妙な歴史を作っておるのではないか? さしずめ六千年前の始祖降臨とやらが怪しいのう」 「……あの、あなたたち何者?」 「神だ。全知全能でも、唯一絶対でもない。もとは人間だったり妖怪だったり、いろいろだ。 人類社会や地球環境がそれなりにうまく回っていくよう、調整しておる。 歴史自体は人間のもので、あまりわしらは介入せんがのう」 「まだ肉体を残した『仙道』や『妖怪仙人』も沢山いるよ。僕は魂魄体の『神』。 望ちゃんは『始祖』だし、やるだけやったから、今はサボり放題なんだけどね」 天使が笑う。フッキとかスースとかボーチャンとか、どれが本名なのだろうか。 「趙公明がこっちに来ていた事は、わしが始祖の力で調べたが、 詳しい事は分からんでな。すまぬがちょっとおぬしらの記憶を覗かせてくれ。少しでよい」 ルイズとワルドの額に、伏羲が手袋をした掌をのせる。 「……ふむ、ふうむ、なるほどのう。あやつめ、このワルドを『封神計画』の遂行者に選んだのか。 そりゃ強力な風を使えるメイジだが……『ちんとう』を倒してもあまり自慢にはならんかのう」 どうやら、ワルドもしばらく妖怪退治をしていたようだ。 「ではスープーよ、このルイズを乗せて安全なところへ連れて行け。 わしらは趙公明をどうにかせねばならん。面倒だのう」 「ラジャーっス、ご主人!!」 ルイズは、ポフッと空飛ぶ喋る白いカバの背中に座らされる。 「……ま、待って! 私もプリンスのところへ、ニューカッスルへ連れて行って! 彼は、一応私の『使い魔』よ! 説得するって言うのなら……!」 「うーむ、まぁよいが、趙公明は連れ帰るからな。我慢せい。 あのような非常識で強大な存在、野放しには出来ぬぞ」 「プッ、プリンスは最も高貴な『真の貴族』よ!! 私から彼を取り上げないで! お願いよ!!」 スープーの背中で騒ぐルイズに、伏羲も閉口する。 「あーもー、めんどいのう。説得の役には立つかも知れんし、連れて行ってみるか……」 「お兄様―――――――っ、どこにおられるの―――――――――っ!!!」(ドカ――――ン) ゲートから化け物どもが現れた。『飛刀』がいつか見せてくれた、プリンスの妹たちだ。 「げぇっ、ビーナス!! ええい急ぐぞスープー、ニューカッスル城へ! ルイズ、案内せい! ワルドは誰ぞ、そこのゲートを潜って『神界』へ封印しておけ!」 「わ、分かったわ、こっちよ! プリンスがピンチなら加勢しなきゃ!!」 「ピンチってのう……記憶を見せてもらったが、この世界の旧式艦隊ごとき、あやつにはいくら集まろうと、 ピンチのうちにも入らんぞ。核兵器でも使わねばのう」 あれだけの艦隊を向こうに回して、ピンチのうちにも入らない、だって? ……マジですか? 「え゛……なによ、カクヘイキって」 「この世界を構成するごく微小な粒子から、途轍もない力を引き出す科学技術を利用した兵器だよ。 具体的にはウラニウムをね……」 「普賢よ、今はそんな話はよい。この物理オタクめが」 神々とルイズは、一路ニューカッスルへ飛ぶ。 すでにそこには、深い森ができていた。趙公明の生み出した妖怪密林だ。 趙公明の原形『巨大花』も、『レキシントン』号を押し潰して着陸し、さらに巨大化していた。 「……遅かったか……このままでは、ここら一帯養分を吸い尽くされて、死の砂漠になりかねんぞ」 「お兄様、お迎えに参りましたわっ!!! 心配いたしましたのよ!!」 趙公明の顔がついた巨大な花が、ぐぐっと振り向いた。ルイズは仰天する。 「「おお、ビーナス、クイーン、マドンナ! それに太公望くん、もとい伏羲くん!! 久し振りだね、元気だったかい? おや、ルイズも一緒とは、どうしたことだね?」」 一行はさっそく、説得にかかる。 「趙公明よ、妹たちも心配しておるし、早く人型をとって『神界』へ帰還せい! わしら神々は、地上のことに深入りせんと、誓約したであろう!!」 「「ノン! 僕はそこのミス・ルイズ・フランソワーズに召喚され、正式に契約したのさ!! 高貴なる美少女のナイトとして、華麗に戦えるこの世界にいるのを邪魔するのかい? 帰還させたくば、僕と戦って倒してみたまえ!!!」」 趙公明が、取り込んだフネから砲火を放って威嚇する。『ガンダールヴ』の力だろうか。 「「ワルドくんはどこだい? 彼とも決着をつけねば!! ハハハハハハ!!!」」 「その人は捕まえたっス! 『神界』に戻るっスよ、趙公明さん!!」 「「ノンノン!! 僕は帰らない!!」」 「プリンス! お願いよ、もう終わったの!! やめて!!」 「「ノンノンノン!!! まだ暴れ足りない!!!」」 「……三度目、だね。望ちゃん」 「うむ……説得は失敗だ、ルイズにビーナス。では燃燈、楊ゼン、張奎、奴を再封神する。 皆はルイズとビーナスを連れて、向こうへ下がらせい」 伏羲が神々に命令する。二人は神々に連れられて、離れたところへ避難させられた。 「……しかし、どうするんです師叔、アレを……倒すだけなら可能ですが……」 「申公豹の『雷公鞭』やナタクの『金蛟剪』や燃燈の『盤古幡』では、この浮遊大陸ごと落としかねんな。 おぬしの『六魂幡』は魂魄を消してしまうし、張奎の『禁鞭』でもアレは倒し切れんし……ぬぅ」 「やっぱりここは、望ちゃんにやってもらおうよ。せっかくだし」 「そうだのう……毛玉、セミ、普賢。ちょいと協力せい、陣を布く」 「私は毛玉ではない、袁天君でありおりはべり」 「我はセミではない、董天君なり(ミーン ミーン)」 4人は軽く相談すると、趙公明を中心に四方を囲み、宝貝を発動させる。 「……宝貝『打神鞭』と『太極符印』、及び亜空間系宝貝『寒氷陣』『風吼陣』のリンク完了……。 いいよ、望ちゃん!!」 「よーし、じっとしておれ趙公明!! 太極、両儀、四象、八卦……! 空間系宝貝『誅仙陣・改』!!」(ヴヴン) ばかでかい立体魔法陣が巨大花と森を包み、氷雪の嵐が襲い掛かる。 物理を操る電脳宝貝『太極符印』が気圧や温度を調節し、宝貝同士をリンクさせる。 亜空間系宝貝『寒氷陣』と『風吼陣』が吹雪を起こし、植物を切り刻む。 伏羲の『誅仙陣』は、本来は魂魄を溶かす雪を降らせるのだが、 今回は『打神鞭』で風を操り、限定空間内に猛烈な疾風を吹き荒れさせる。 ピシィ、ピキィと巨大植物たちが凍りついていく。 「「……う、あ、あああああああ!!! また僕が凍る、凍りつく!!」」 「プリンス!!」「お兄様!!!」 風の国アルビオンに雪風が吹き、趙公明は瞬間冷凍された。 (つづく)