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魔法の使えないメイジ ゼロのルイズが召喚した 『静嵐刀』 とはいかなる宝貝であるか? ここではない異世界、そこには『仙人』という存在がいる。 卓越した知能や技術によって、この世の成り立ち、天地の理の全てを知りえた者だけがなれる存在。それこそが仙人である。 仙人になれるほどの才覚を持ってしまった者は、その高すぎる能力ゆえに普通の人間たちとはまともに暮らしていくことはできない。 だから仙人たちは『仙界』と呼ばれる異世界を己の力で築きあげることにより自らを隔離し、 そしてそこで今もなお己の知恵と技術を磨かんとして修行を積んでいるのである。 そんな仙人たちが自ら作り上げた道具、それこそが『宝貝』である。 なにせもともとの仙人たちが人知を超えた存在である。その道具たる宝貝もまた尋常ならざる力を持っている。 世界全ての出来事を瞬時に知ることができる宝玉。 時の流れを自由に駆け戻ることができる砂時計。 この世のいかなる存在であっても斬る事のできる矛。 それら数多の宝貝の一つ、それこそが何を隠そう静嵐刀その人である。 そしてその恐るべき道具、宝貝の所持者にして使い魔の契約者になったルイズは、 「なんというか、ピンと来ない話ね」 「はぁ、ピンと来ませんか」 いまいち納得できていないようであった。 静嵐は辺りを見回す。質素だが質のよい調度品。布団のついた寝心地の良さそうな寝台。 どれもこれも静嵐の知っている文化圏のものとはかけ離れた意匠をしている。 これを見ればさすがの静嵐でも、ここが全くの異世界であるということが実感できた。 そう、ここはルイズの部屋。契約の儀式のあと、自室に戻ったルイズは静嵐に説明を求めたのだ。 内容はズバリ「宝貝って何?」である。 「百歩譲って異世界というのがあるとして、センニンっていう存在がいるとして、パオペイなんていう道具があるとして、 アンタがそのパオペイだっていう証拠はどこにあるのよ。アンタはどう見たってただの――平民じゃない」 ルイズは静嵐を観察する。たしかに静嵐は変わった男だと思う。 見たことも無いようなデザインの服、耳慣れない響きの名前、トリステインではあまり目にすることの無い黒髪。 それらを見る限り、その辺にいるような平民とは違うような気がする。 なるほど、たしかに珍しい人間であるかもしれない。だが、それだけだ。 それが静嵐の言うパオペイの存在、そして静嵐自身がそのパオペイであるということの証拠にはなり得ない。 「そうですね。なら百聞は一見にしかず、僕が『宝貝』である証拠を見せましょう。――ゴホン、ではとくとご覧あれ」 わざとらしい咳払いをして、勿体つけたように静嵐は言う。 何をするのかと思ったが、次の瞬間――静嵐が爆発する。 「!」 驚くのはルイズだ。目の前を覆う爆煙に、また自分の失敗魔法が炸裂してしまったのかと思ってしまうが、 自分は杖を握ってもいなければ呪文を唱えてもいない。 それにこの爆発は何か変だ。煙の量と勢いは凄いが、爆発につきものの熱や光はほとんど無い。いつもの自分の失敗魔法ではない。 そして徐々に煙が薄れていくと、そこに静嵐の姿は無く。 ――あるのはただ一振りの剣だった。 静嵐の外套と同じ深い藍色をした鞘、表面にはやはり外套と同じく精緻な雄牛の彫りこみがしてある。 長さはそれほどではない。少なくとも、ルイズの知っている『剣』とは少し違う。 ルイズの知っている剣はもっと大きく肉厚で、いかにも鈍重そうであるが、 この剣はもっと薄く鋭いであろうことは、鞘の形からも見て取れる。 とにかく、鞘から引き抜いてみればわかることだ。静嵐の行方も含めて、この剣を手にとって見ればわかることである。 そう思いルイズは剣の柄に手を伸ばし、握ってみる。 『どうです? これで僕が宝貝だということはわかったでしょう』 「キャッ!?」 ガシャン、と金属音を立てて剣が床に落ちる。いきなり頭に響いた声に、ルイズは驚いてしまったのだ。 「な、なに今の?」 今の声は静嵐のものであるように聞こえた。 だがその声は、どこかから耳に聞こえたというのではなく、頭の中に直接聞こえたというのが気味が悪い。 ……いずれにせよもう一度剣を握ってみればわかる、とルイズはおそるおそる再び剣を握る。 するとまた、先ほどの声が頭に響く。 『ひどいなぁ。いきなり落さないでくださいよ』 聞こえるのはぼやくような声。この声はやはり静嵐だ。 「ひょ、ひょっとしてセイランなの?」 『そうですよ。――とまあこの通り。先ほどの姿はあくまで仮の姿であり、僕の本当の姿はこの刀のほうなんですよ』 「すごいわ!」 素直に感心するルイズ。 インテリジェンスソードなど、知能を持った武器などはこの世界では珍しいものではない。 だが静嵐のように人間の姿を取れる武器などルイズは聞いたことも無い。 どんなメイジがどんな魔法を用いても、このようなものを作ることは難しいだろう。 これならば静嵐の言う「異世界に住む仙人の造った宝貝」という話も真実味を帯びてくる。 「他には何かできないの?」 『そうですね。この状態でならば、使用者の体を自由に操ることができます。 ああ、もちろん、使用者が体の操作に抵抗すればできないんですが』 少し興味が沸く。体を操作されるというのに不安が無いではないが、やってみて欲しいという気持ちが強い。 「そう……。ちょっとやってみてちょうだい」 『はいはい。お任せだよ』 途端、ルイズの体がルイズの意思とは無関係に動き出す。 ルイズの強気な顔つきが緩み、静嵐刀のそれと同じ緩んだ笑みに変わる。 ルイズの体を操った静嵐は鞘から己を引き抜き、素振りをするように空を切る。部屋の中にヒュンヒュンと心地よい風切り音が響く。 その素振りの動きは、当のルイズ本人から見ても淀みのない洗練された動きであり、まるで剣の達人のようである。 『僕の体には各種様々な武術の達人の動きが刻み込まれていて、こうして使用者を操っている時もその動きができるんだ』 「じゃあ今の私は剣の達人になってるってこと?」 『そういうことさ。ついでにいえば体の内面、筋肉や血管の動きも制御してるから、 普段よりも速く走ることや強い力を出すこともできるよ。もっとも、僕には使用者の身体能力を引き上げる機能はないから、 あくまでもルイズの本来持っている力以上のことはできないんだけどね』 そして静嵐はピタリと刀の動きを止め、自らを鞘に収め、宙に放り投げる。 空中で再び先ほどと同じように爆煙が広がり、その中から静嵐が姿を現す。 「とまぁこんな感じだよ。理解してくれたかな?」 「ええ……よくわかったわ」 ルイズは考える。 これはひょっとして拾い物ではないだろうか? 最初は役に立ちそうもない平民を召喚してしまったとがっかりしたが、このような能力があるとわかった以上そうではない。 たしかに一般的な使い魔とは違ったものになってしまったが、 珍しいという意味ではキュルケのサラマンダーやタバサの風龍に勝るとも劣らないものであることは間違いない。 そしてその上この人知を超えた能力である。 今のところその使い道は思いつかないが、何かしらの役に立つことがあるかもしれない。 「すごいわ……! すごいわよセイラン!」 ルイズは興奮して叫ぶ。 思いもよらぬ誉め言葉に静嵐は戸惑う。 「え? そ、そうですかね。自分で言うのもなんですが宝貝にしてはたいした力は無いほうですよ、僕は」 「謙遜することはないわ。ただの平民かと思っていたけど、こんなにすごい剣だなんて……!」 「剣じゃなくて刀なんですけどね、僕は。――でもそう言ってもらえると嬉しいなぁ。こんな僕みたいな欠陥宝貝を」 「そんなことないわ、貴方みたいな欠陥宝貝でも――欠陥?」 不意の言葉にルイズの表情が変わる。歓喜から嫌疑へと。 「あれ? 言ってませんでしたっけ?」 「――待ちなさい。欠陥って何よ」 「ええとですね。僕は、正確には僕らなんですが……、普通の宝貝とは違う欠陥宝貝なんですよ」 「……何ですって?」 「だから欠陥宝貝。――僕の製作者である龍華仙人というのはですね、こう言っちゃなんですが破天荒な人でして。 宝貝作りの腕前はたしかにすごいんですが、日用道具の宝貝に必要も無いほど危険で強力な戦闘能力を追加したり、 そうかと思えば威力がすごすぎてまともに使えないような武器の宝貝を造ってしまったりとしてしまう人なんですよ」 「…………」 ルイズは言葉も無い。嫌疑の表情は険悪に変わりつつある。 「そんなお人なものですから、失敗作である欠陥宝貝もその数たるや半端な数ではないもので。 その数なんと七百二十七個ですよ? すごいもんですよねえ」 はっはっは、と静嵐は笑う。ルイズはもう一片たりとも笑みを浮かべていない。 「それで僕もその中の一つでして、本来は龍華仙人の工房に封印されていたんですが、 とある事故によってその封印が解けてしまい、僕ら欠陥宝貝たちは自由を求めて逃亡したわけです。 そのまま仙界から人間界に逃げる途中、僕はルイズに召喚されてしまい今現在に至る、と。 いやぁ、それでもこうしてお役に立てるんですから人生何が幸いするかわかりませんね。 ――あれ? どうかしました」 険悪は激怒に変わり、さらにそれを無理やり抑えようとしてひきつった笑みへと変化する。 「じゃじゃじゃあああ、聞くけど、ホントのホントにあんたは、け、『欠陥』パオペイなわけ?」 「ええそれはもう。龍華仙人のお墨付きでして」 一縷の望みを託し、最後の希望を口に出す。 「あ、ひょっとしてあれ? あれよね? あまりにも強力すぎて封印されることになったとか? そうよ、そうよね? ね?」 「いえ、そんなことは無いですよ。さっきも言いましたとおり、 僕は宝貝にしちゃあ平凡な機能しかないもので、そんな封印される強力じゃあないですよ」 「つ、つまりアンタは本当に、ただの欠陥道具なの?」 「そうなりますねえ。残念ながら」 あっけらかんと言う静嵐。あまりにもあっさりと言うその様子に、ルイズの方は小刻みに震えだし、 「だ……」 「だ?」 「駄目じゃないのよそれじゃあああああああああ!」 溜め込んだ力を爆発させるように叫ぶ。 黙っていればいいのに、うっかり自分が欠陥宝貝だとバラしてしまった。 その失言にようやく気づき、慌てて静嵐は弁明する。 「いえ! 欠陥といっても設計当初の仕様とちょっと異なってしまっているだけであって、 使用にはなんら問題は無い――はずですよ?」 「……はず?」 「い、今のところは特に異常も無いですから――たぶん」 「……たぶん?」 「え、ええと……」 「――もういいわ、一瞬でもアンタに期待した私が馬鹿だったのね……」 言葉に詰まる静嵐に、がっくりと肩を落し地に手をついて落ち込むルイズ。 しかし、ならばせめてこの欠陥宝貝の欠陥部分を把握し、どう使えばいいのか考えねばなるまい。 それがご主人様としての自分にできる、精一杯の抵抗である。 「…………それで、アンタの欠陥は何なのよ?」 「僕の欠陥ですか。ええと、それがその……わからないんですよ」 「わからない?」 「はい。さっき言った、使用に問題は無いと言うのは本当で、 さっきみたいに刀の状態で武器として使う分には普通の武器の宝貝と同じように扱えるはずなんです。人型のときも同じく。 だから、自分では特に問題も見当たらないというのが現状なんですよ」 「本当にわからないわけ?」 「はい。そもそもですね、宝貝の欠陥にはいくつか種類がありまして。 一つはさっきも言った機能上の問題。動くはずの部分が動かなかったり、不必要な機能がありすぎたるする場合です。 ほとんどの欠陥宝貝がこれですね。ですが僕は、さっきも言いました通り今のところその手の欠陥が見当たらないわけで」 そう言いながら静嵐は指折り数えていく。 「で、次に、使用には全く問題が無いが、その宝貝としての機能をすでに全うしたもの、早い話が不用品の類です。 もちろん、汎用的な武器の宝貝である僕はそれには含まれません。 そして最後が――性格の問題です」 「性格?」 「宝貝の中には僕のように人格を持つようなものも多くありまして。 その中にはとてもまともとは言いがたい、性格破綻しているものもいるんです。 自分の道具としての業を満たさんがために使用者以外のものを切り刻もうとする剣や、 己の機能に不満を持ち、創造主である龍華仙人に戦いを挑むようなもの。 そういった彼らは機能上にこそ問題は無いんですが、それを制御する人格に問題があって封印されてしまったんです」 たしかに静嵐はそういう類の宝貝には見えない。毒にも薬にもなりそうに無いのは確かである。 無論、この間抜けな性格が演技である可能性は無いわけではないが、 それならそれでもっとマシな演じ方というものもあるだろう。 何を好き好んでこんな、間の抜けて愚鈍な――ああ、なるほど。そうか、そういうことか。やっとわかった。 ルイズは低い声で呟く。 「……アンタの欠陥とやらがわかったわ」 「え? ホントですか!」 「ええ。それはもう、今も身に沁みて実感しているわ……」 「そ、そんな。大丈夫ですか? うわぁ、何かマズイところでもあるかな?」 そう言って静嵐は自分のどこかにおかしなところが無いか探し始める。 「……聞きたいかしら? アンタの欠陥」 ぐるぐると己の尻尾を追いかける犬のように、自分の背中を見ようとして四苦八苦している静嵐に、 ルイズはこれ以上ないというほど、にこやかに問いかける。 「うう。聞きたくないけど、聞かないわけにはいかないよなぁ……」 「じゃあ一度しか言わないから、よく聞きなさい。いい、アンタの欠陥は――」 大きく息を吸い込み、あらん限りの声で告げる。 「その! 間抜けな所よ!」 『静嵐刀』 刀の宝貝。男性の形態もとる。 欠陥はその間抜けな性格。あらゆる計算を不意の一言で一瞬にして突き崩す様はまさに混沌の権化と言える。 機能上の問題もあると言われているが現在は未確認である。 前頁 目次 次頁
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前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔 「撃て!」 叫び、正面から猛スピードで接近してきた両主翼を青に染めたF-15Cイーグルとすれ違う。 その瞬間、機体に衝撃が走り、コクピットのラリー・フォルクは舌打ちした。 ―これまで、だな。 唯一、ECM防御システムが及んでいないエアインテークを撃ち抜かれた愛機ADFX-01"モルガン"は あっという間に速度が低下、右エンジンの内部温度が異常値に達しており、どす黒い煙を吐いていた。 これでよかったのかもな―。 電気配線が焦げだしたのか、異様な匂いのするコクピットでラリーは深くため息をついた。 思えば核で世界を恐怖で支配したところで、結局争いは無くならないだろう。国境の有無に関わらず。 アヴァロンダムから発射された核弾頭―V2はこの機体から発信されている信号が消滅すると自爆するよう セットしてある。ちょうど高度1万kmに達した頃だろうから、今自爆すれば地上に被害はない。 「じゃあな、相棒」 自身を撃墜したF-15Cのパイロットに向けてそっと呟き、ラリーは目を閉じた。 次の瞬間、モルガンは四散。はるか高度1万kmにてV2は自爆した。 ―俺は死ぬはずだった。けど死ねなかった。 ―目が覚めたらそこは・・・。 「あんた誰」 目が覚めるとそこは、見知らぬ大地。まだ外の世界も知らないガキだった頃に習った歴史の授業で中世 と言う時代があったが、なんとなくそんな雰囲気があるような気がした。仮にここが死後の世界だとしたら えらく穏やかである。 「・・・聞いてるの?あんた誰?」 はっとラリーは問いかけてきた目の前の少女を見上げる。 桃色かかったブロンドの髪の毛に鳶色の目をしていた。 「・・・俺は、死んだんじゃないのか?」 「はぁ?何言ってるの?」 どうやら死んではいないらしい。怪訝な表情でこちらを見下ろす少女が何よりの証拠だ。 立ち上がろうとして、ラリーは痺れて上手く身体に力が入らないことに気づいた。 「無駄よ、サモン・サーヴァントで召喚された者はみんな一時的に動けないわ・・・で、あんた誰」 ご丁寧に力が入らない訳を説明してくれて、しかし少女はしつこく名を聞いてきた。 「・・・ラリー・フォルク」 渋々、ラリーは名乗った―途端、我慢できなくなったのか少女の周りにいた少年少女たちが笑い出した。 「ルイズ、サモン・サーヴァントで平民を呼んでどうするの?」 「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」 「間違いって、ルイズはいつもそうじゃないか」 「さすがゼロのルイズだ、俺たちには出来ないことを平然とやってのける、そこに痺れる、憧れるぅ!」 笑い声はさらに大きくなった。ルイズ、と呼ばれた少女は何かと言い返しているが、よく見ると涙目だった。 ―状況はよく分からんが。 ラリーは苦戦しつつもどうにか立ち上がって、彼女をかばうように最初に笑い出した小太りな少年に言った。 「おい小僧、なにがなんだか知らんが、よってたかって言いたい放題は感心しないな」 「いいだろう、ルイズは魔法成功率ゼロなんだ。だからゼロのルイズなのさ」 そういった少年を中心にまた笑い声が上がる。ルイズは唇をかんでじっと黙っていた。 「・・・気にくわんな」 「・・・なんだと?言葉に気をつけたまえ平民」 ぼそっと呟いてみたが、少年には聞こえたらしい。 はっきり言って胸糞悪い―ラリーは彼らの中に覚えのある怒りを感じた。 言うことを聞こうとしない足を無理やり引っ張り、ラリーは少年の下に歩み寄る。 「ちょ、ちょっと・・・」 ルイズは呼び止めてみたがラリーが聞く訳がなかった。 気づいた時にはラリーの平手打ちが炸裂し、少年は受け身も取らず地面にひっくり返った。 「ぐ、が、き、貴様・・・!」 地面に叩きつけられて、顔を汚された少年はもちろん怒っていた。だが―。 「さっきの発言を取り消せ、貴様みたいなのを見ていると腹が立ってしょうがない」 傭兵として幾多もの修羅場を潜り抜けてきたラリーに睨み付けられた少年は一瞬びくりと震えて立ち上がり後ずさった。 「いったい何事かね?」 その時、騒ぎを聞きつけたのかいきなり年配の男性が現れた。静まる一同。少年もしぶしぶながら引っ込んだ。 「いえ、何でもありません・・・」 そういったのはルイズ。彼女もあまり騒ぎは大きくしたくないようだった。 年配の男性―おそらくは教師―はふむ、と頷いて 「ではミス・ヴァリエール、彼と契約の儀式を」 と言った。 ところがルイズは困った表情を浮かべた。何故かはラリーには分からない。 「いや・・・でも・・・彼は・・・」 「ミス・ヴァリエール、気持ちは分かる。しかし、どうするにしても彼と契約をしてもらわなければならない・・・・規則なのだよ」 「・・・・分かりました」 ようやくルイズは意を決したようで、ラリーの元に歩み寄った。 「はぁ・・・まったく、なんでこんな目に」 ため息交じりでつぶやくルイズに、ラリーは怪訝な表情を浮かべた。 「・・・なんだ?」 「いいから、ちょっとじっとしてて・・・我が名はルイズフランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、5つの力を司る ペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔と成せ」 「・・・・・・!?」 突然の口付け。いい年した大人であるラリーもさすがに驚いた。 「・・・いったい、どういうことなんだ?」 「使い魔との契約の儀式よ」 それだけ答えて、頬を赤く染めていたルイズはぷいっとそっぽを向いてしまう。 いったい何が何なのか―ラリーは怪訝な表情を浮かべる以外なかった。 前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (37)ガリアの女王イザベラ 「何を……」 かすれた声で、喘ぐように女王が呟く、最初は弱く、次は強く。 「何を言っている!?」 月光の下、吠え猛る氷と静謐なる氷とが交錯する。 イザベラは燃え立つ怒りの形相で、跪いたタバサの襟首を両手で掴むと、締め上げるようにして彼女を立ち上がらせた。 「どういうつもりだと聞いている!? 答えろシャルロットッ!」 顔を真っ赤にし、握った拳を震わせているイザベラに、タバサは臆することなく言葉を返した。 「城に人がいないのは夜間警備での被害を少なくするため」 「……違う」 思わぬ言葉に、イザベラがその身を一瞬堅くする。その瞬間、タバサはたたみかける様に言葉を重ねた。 「殺したのはアルビオンの放った魔物」 「…違う!」 「楽しんでなんかいなかった」 「違う!」 「カステルモールを牢に繋いだのは、そこが王族しか知らない安全な場所だったから」 「違うっ!」 「彼に嘘を教えたのは、生きる気力を持たせるため、自分を殺させるため」 「黙れっ!!」 「黙らないっ!!」 荒々しく顔を引き寄せたイザベラが、タバサの首元を万力のような力で絞めながら激しい怒声をあげると、負けじとタバサも普段では考えられないような声量で声を振り立てた。 「あなたは自分を殺させて、それで全てを清算しようとしている! 全部が全部、死ぬことで終わらせようとしているっ!」 思うがままを、叫んでみてから驚いた。 母が心を狂わせる毒を呷って以来、タバサはこのような大声を出すのは初めてだった。 「全てお前の妄想だ! 証拠も根拠も何も無い! 勝手にお前がそう思っているだけだ!!」 負けじとイザベラも、尖った声で吠え立てた。 そのことが、タバサにますますの確信を抱かせる。 もしも本当にただの思い違いであったならば、イザベラはこんな風に怒鳴ったりしない。いつものように冷笑を返し、いつものように嘲笑を浴びせるだけだ。 その思いが、ますますタバサを奮い立たせた。 「そうです……」 譲らぬ二人、視線をぶつけ合う二人に、割り込んだのは新たなる第三者の声。 二人がそちらに目を向けると、開け放たれた扉の前には、カステルモールが幽鬼のように立っていた。 「シャルロット様、……それはシャルロット様の思い込みに過ぎません……、その女は……イザベラは、あなた様を何度も殺そうといたしました……。その女に、何を言われたか分かりませんが、信じてはなりません……。信じてはなりません……、 殺すのです、そして王権を正しき者の手に……」 ずるずると、体を引きずるようにして二人に近づいてくる。 その表情は困惑と深い嘆きの色で染まっている。この実直な騎士は、タバサの考えていることが分からないのだ。 だからタバサは彼をきっと見返して、思いの丈をぶちまけた。 「家族を……、家族を信じるのは悪いこと!?」 本当に欲しかったもの。 それは家族。 みんなが幸せで、みんなが笑っていて、誰も泣いていない、そんな家族。 成したかったものは、復讐なんかじゃ決してない。 本当に取り戻したかったものは、家族なのだ。 そして、タバサの中で、家族の中には彼女も、イザベラも含まれる。 彼女はたった一人の従姉なのだから。 そのことを、タバサはいつかの夢の中で、はっきりと理解したのだ。 タバサの言葉に、イザベラとカステルモールが口を開けて唖然とした顔になる。 その意味を最初に理解したのは、カステルモールだった。 それは、冷水を浴びせかけられたような気分だった。 そう、自分にとっては簒奪者の娘、王にそぐわぬ無能者。それでも彼女にとっては、シャルロットにとっては、イザベラはたった一人の従姉妹なのだ。 そして、自分は彼女に肉親を殺せと言ったのだ。 カステルモールは顔をくしゃくしゃに歪めて、同じ色の髪をした、二人の少女を見た。 触れれば折れてしまいそうな細い手足を見た、その幼さの残る体を見た、本当ならただ笑っていることが許される年頃である顔立ちを見た。 そんな娘に、自分は肉親を殺せと言ったのだ。 罪深い、なんと罪深いことであろうか。 「ああ……何と言うことだ」 カステルモールは自分の愚かさを悟り、手で顔を覆って涙した。 「家族? 家族だって……ふざけるんじゃないよっ!」 今度はようやくタバサの言ったことを理解したイザベラが、罵声を浴びせかけた。 両手は襟首を掴んだまま、その顔を触れあうほどにタバサの顔に近づけて、その目を刺すようにして睨み付けた。 「あたしに家族なんていないっ! 父上は私を家族だなんて一度も思わなかった! 私には最初から家族なんていない!」 「……だったら私が、あなたの家族になる」 「うるさい! 黙れ!」 イザベラがその手を離し、一歩、二歩とその身を下がらせる。 「そうか! 同情か! 家族を失ったかわいそうな私を、恵まれたシャルロット様は哀れんで下さるって訳だ。 はっ! 良いご身分だねぇ!」 そう言って、イザベラは髪が乱れるのも気にせず、頭を振り回して掻き毟る。 その様子を見たタバサが手を伸ばすと、すかさずイザベラがその手を払った。 「私に触れるな! 同情なんてまっぴらごめんだ! 何が家族だ、何が杖を捧げるだっ! お前は自分を犠牲にして、良いことをした気分に浸っているのかもしれないが、わたしはそんなこと望んじゃいない!」 手を振り払われ、激語を浴びせられたタバサが、傷ついたようなショックを受けたような、そんな顔を見せた。 「ははっ、いい顔だ! その顔が見たかったんだよ!」 ――ああ、臭い。 「私はお前なんて必要としていない!」 ――なんて臭いんだろう。鼻が曲がりそうだ。 「お前なんて死んでしまえば良いと思ってるっ!」 ――自分が発している臭いに、気が狂いそうだ。 「お前のその態度が気に入らない!」 ――これは、いつのころからか、ずっと自分につきまとってきた悪臭だ。 「お前のその目つきが気に入らない!」 ――劣等感の臭いだ。 「私は、お前の全部が気に入らない!」 ――私がシャルロットに感じている、劣等感の臭いだ。 叫びを繰り返すごとに、イザベラの目に涙が滲んだ。 物心ついた頃にはすでにシャルロットと比較されていた。 父親に似て何でもそつなくこなすシャルロット、父親に似てくずで愚鈍な自分。 その上で、シャルロットは自分にないものを、たくさん持っていた。 シャルロットが当然のように享受しているものを、自分は望んでも決して手にすることはできなかった。 誕生日、一度として父は自分を祝ってはくれなかった。 ブリミルの降臨祭、父はいつも狩りに出かけていた。 初めて魔法を使った日、父は「そうか」とだけ返して直ぐにチェスに戻ってしまった。 認めてもらいたくて、努力した。 魔法の勉強もやった、習い事だってきちんとこなした。 しかし、そのことを褒められることは誰からも、一度としてなかった。 そうして時間を過ごすうち、いつからか、周囲に期待を抱かないようにするようになった。 そして、周囲は私に何の期待も抱かなかった。 暗く重たい感情は、私の中で吐き出されることなく、心の奥底に黒いどろどろしたものとして鬱積した。 それが、劣等感。 分かってる、こんなものは馬鹿げてる。 でも止められない、これまで溜まりにたまった感情が、濁流となってシャルロットを打ち据えようと流れ出そうとする。 劣等感が叫ぶ、シャルロットに同情されるくらいなら死を選べと、いいや、殺してそのうさを晴らせと。 手を払われたタバサは、少しの間じっとイザベラを見て、それから段差を踏み越えて更に一歩、歩を進めた。 「私が憎いなら、殺したいなら、殺せばいい」 イザベラは、そう言って拒絶したにも関わらず伸ばされたタバサの手を見て驚いた。 そしてその真意を測るようにカッと目を見開いて、人でも殺せそうな双眸でタバサを睨め付けた。 その目にも怯まず、タバサは言った。 「でも考えて……、あなたが本当に欲しいものは何?」 「……何、?」 「私はあなたに与えるんじゃない。私の望むものは、あなたがいなければ手に入らない。そして、あなたが望むものとわたしが望むものは、きっと同じはず」 そう言って真っ直ぐに見返してくるタバサ。 その目は、嘘偽りなく、彼女を、イザベラを求めていた。 イザベラは差し出したタバサの手を恐れるようにして、自然と一歩体を退いた。 「私の……何が……」 ……何が分かる。 ちくしょう。 誰にも分からないと思っていた。分かるはずがないと思っていた。 だが、誰にも分かってもらおうとしなかったのは誰だ? そんなの決まってる 自分自身じゃないか。 いつだって時間はあった、誰にだって言えた。 でも、それをしなかったのは自分自身だ。 「分からない。……だから、教えて欲しい。それだけじゃなくて、私のことも分かって欲しい」 手を伸ばしているタバサの顔を、もう一度イザベラは見た。 先ほどは気づかなかったが、その瞳は不安に揺れていた。 それを見てイザベラも気がついた、シャルロットもまた、恐ろしいのだと。 そして、うつむいてもう一度考えてみた。 自分が本当に欲しかったものは何かを考えてみた。 下げた顔をそろり上げて、もう一度シャルロットの顔を…… ――? 思うより先に、体が動いた。 「こんのっ、馬鹿っ!」 イザベラがドレスの裾を翻し、タバサに向かって飛びかかる。 タバサはその突発的な行動の、意味が読み取れず、目を丸くしている。 そして、飛び出したイザベラがタバサの胸を力一杯突き飛ばすと同時、 血風が舞った。 「……あ、」 突き飛ばされたタバサは見た、イザベラの腹部が赤く裂けたのを。 「……ああ、」 尻餅をついたタバサは見た、自分の体に降りかかった赤く暖かい液体を。 「……あああ、、」 駆けつけたカステルモールを押しのけてタバサは見た、赤く広がっていく染みを。 「……ああああ!」 「ヒ、《ヒドゥン・スペクター》!? そんな、まだ残っていたのか!? 」 カステルモールの驚く声、、しかしタバサは気にも留めずに必死の思いで倒れたイザベラへと駆け寄った。 ぐったりとして気を失っているイザベラの傷は、誰が見ても分かるほどに重傷だった。 傷の深さは内臓に達するほどで、その証拠に血に塗れた傷口からは臓物が覗いているのが見える。 急激な出血にその顔色から急速に血の気が失せていくのが分かる。 王国の暗部で活躍した北花壇騎士七号であった彼女は、こんな光景を幾度も目にしてきた。 だが、この時この場所で、タバサは明らかに平静を欠いていた。 タバサはイザベラの傷口を手で押さえ、懸命にそこから血、あるいは命が流れ出すのを留めようとした。 無論、そんなことをしても何の効果も無いことなど、普段のタバサなら直ぐに思い至るはずである。 けれど、彼女は今、目に涙を浮かべて、年相応の素顔で、突然に降りかかった悲劇に抗う術を持たずに身を晒していた。 彼女の中で繰り返しフラッシュバックするのは、あのサン・マロンの『実験農場』での光景。 〝待っていろシャルル!おれも今からそちらにいくぞっ!〟 突然せり上がってきた吐き気を、タバサは歯を食いしばって押さえ込んだ。 そして、目に焼き付いたジョゼフの末期の姿と、目の前のイザベラの姿を重ねて、唇をわなわなと振るわせた。 一方でカステルモールは杖を構え、出入り口である扉の方を注視していた。 先ほどまで呆然としていた様子などつゆほども感じさせない機敏な動作である。 しかし、彼の表情はこれまで以上に厳しいものとなっていた。 「……、十体……、いや、それ以上、?」 彼が呟いた言葉の意味。それは目の前現れた脅威を分析したものであった。 開け放たれた扉の前、その床を傷つけている無数の爪。この宮殿のどこに潜んでいたかも分からないその数は、確実に両手の指を超えるだけいた。 それらがあるいは円を描き、あるいはその場を繰り返し繰り返し、あるいはゆっくりと床に爪痕を残して動き回っている。 その様子はまるで、獲物を前にして舌なめずりをする猛獣のようであった。 誰かが泣いている。 胸を締め付ける子供の泣き声が響く。 こんな場所で、どこの間抜けが泣いているのだろうか。 どこのどいつだか分からないが、猛烈に蹴り飛ばしてやりたい。そう思ったイザベラは泣き声の主を探してみることにした。 闇の他に何も無い、空虚な世界。 そんな場所で湿っぽく泣いている奴を、あまりにうざったいと思ったからだ。 そうしてやることを決めると、彼女は小さな声を標にして近づいていった。 幸い、イザベラは直ぐに声の主の元にたどり着くことが出来た。 そこには床に倒れた人が一人と、それに縋りついてなく少女の姿。 顔は―――闇に隠れて見えない。 (父さまっ……ひっく、ひっく…父さま…) こちらに気付かぬまま泣き続ける小さな女の子、イザベラはその後ろに無言で立つと、声をかけた。 「悲しいか?」 (うん…父さまが…死んじゃった…どうして、どうしてっ) 「………」 イザベラは顔を歪める、彼女には、少女の気持ちが痛いほどに分かったからだ。 父ジョゼフは良い父親ではなかった。だが、それでもイザベラは父を愛していた。 生きている間はそんなことを言う機会はとうとう巡ってこなかったが、死んでからは、そう思うことが多くなった。 もう一度見下ろした、そこでは泣き続ける娘の姿。 正直、最初は蹴り飛ばしてやるつもりだったのだが、その姿を見ているとその気力も萎えた。 「あぁ、もう。うざったいねぇ、ほら、泣き止め、泣き止めったら」 イザベラはそう言うと、少女を後ろから抱いて、その豪華なドレスの袖口で少女の顔をごしごしと擦った。 (うっ…えっぐ……ひっく…) 女の子がしゃくりあげながら、振り向いてイザベラを見た。 そうして顔を向けた少女は、なんと五年前のシャルロットであった。 「シャル、ロット……」 その姿に思わず体を離して身を退きそうになる。 しかし、その腕を、幼いシャルロットがしっかと掴んで離さなかった。 (一緒にいて…、お願い……) その小さな少女の願いに、イザベラは動揺した。 そして、再び床に倒れ伏した人影を見たとき、彼女は短く息をのんだ。 横たわっていた人物が一人ではなく、二人になっていた。 二人は叔父と父、シャルルとジョゼフであった。 シャルルとジョゼフは共に手を取って横たわっている、まるで仲の良い兄弟の様に。 生前、二人がそんな仲でなかったのをイザベラは知っている。 けれど、父が、実弟を殺めたことを後悔し、日々を嘆いて送っているのを気づいてもいた。 その二人の姿と、こちらを見上げているシャルロットの姿を見ていると、イザベラも無性に泣きたい気持ちが溢れてきた。 「分かった、分かったよ! 泣いてやるよ! くそっ! 一緒に泣いてやるさ! でもそれが終わったらお前も泣き止め! 私は一緒に傷を舐め合ったりする趣味は無いんだよ!」 イザベラはそう叫ぶと、勢いよくシャルロットの頭を抱き、見栄も羞恥もなく、その場で豪快に声を上げて泣き始めた。 ぽたぽたと顔にかかる滴に、イザベラは目を覚ました。 (――ああ……眠いっていうか、だるい) 体が冷たい、寒いわけではないが冷たい。加えてこの倦怠感、体一つ動かすのも億劫だ。 このまま起きなかったことにしてまた眠ってしまいたい。 「……ぅ、ああ……ひっく、」 だが、耳だけはいやにはっきりとその声を拾っていた。 それは、誰かの泣き声。 イザベラは瞼を動かすのも億劫だったが、その誰かの声がさっきの夢と同じようにうっとうしくて、渋々にその目を開いた。 目を開いて彼女が最初に見たのは、子供のように泣きじゃくる従妹の顔だった。 「……ん、ぁ?」 全く状況が理解できない。 記憶が混乱している。 自分は確か王の間でシャルロットを待っていて、それでその後…… 確かシャルロットの後ろから、 急激に血が頭に巡り始める。意識がはっきりする。 同時に体が激痛を知覚した。 思い出した、シャルロットの後ろから何かが近寄ってきていて、それで、自分でも訳も分からぬうちにシャルロットを突き飛ばしたのだ。 「………ごふっ」 口を開いて喋ろうとした途端、自分の意志とは関係なく口から生臭い液体が溢れた。 血だ。 のろのろと首を動かして、自分の体を見た。 激痛の発生源は腹部、真っ赤に染まったそこを、泣きながらシャルロットが両手で押さえていた。 それだけで、何となくイザベラは状況を察した。 自分がシャルロットを庇ったこと、代わりに怪我を負ったこと、それが口から血を吐き出すくらい深いものであったこと。 そして、その所為でシャルロットが泣いていること。 ぽろぽろ、ぽろぽろと滴が落ちる。 あの無表情だった従妹が、自分の為に泣いている。 シャルロットの言葉に偽りはない、彼女は、本当に自分に家族になって欲しいのだと、その滴の暖かさが伝えていた。 二人の隔意を、涙が橋となって受け渡しした。 踏み出すならば、今しかない。 今度は、自分が勇気を持って踏みだそう。 「っ!、……泣くな、シャルロット」 「……っ!……っ!」 「良いから、泣き止め」 放っておくと喉の奥からせり上がってくる熱い固まりを、無理矢理に飲み込んでイザベラが言う。 「泣き止め、手をどけろ……良いから」 タバサはいやいやと首を振りながらイザベラの腹を押さえているが、彼女はそれを弱々しくも、さも迷惑そうに手で払う動作をした。 「全く……お前って奴は……」 イザベラはそう呟いて、すうっと一息、息をうと 「しゃきっとしろ!」 叫んだ。 「いいか、お前が泣いてたってどうしようもないんだ! そんなことよりできることをしろ! 迅速に! 速やかに! 使命を果たせ!」 タバサの体がびくりと震える。 その手を今度はイザベラが、夢の中でシャルロットにそうされたように、がっちりと掴んだ。 「あたしをこんな目に遭わせたトンチキをぶっ倒せ! それがあたしの妹になるってことだ! 分かったかこの…、ごぶっ!」 叫びの最中で血を吐いた。 しかし、その意味は十分にタバサに、いや、シャルロット・エレーヌ・オルレアンに伝わった。 血まみれで、死にかけで、それでも少しも損なわれぬ自信に満ちた瞳が、雄弁に物語っていた。 『お前は私の妹なのだから』、と。 タバサは涙を拭いて立ち上がると、振り返ってイザベラに背を向けた。 「三分我慢して」 タバサがそう言うと 「二分でやれ」 イザベラが返す。 「分かった」 伝説が始まる。 「シャルロット様! お下がりください!」 カステルモールから制止の声が飛ぶが、気にしない。 圧倒的な戦力差と体中に突き刺さる殺意、気にしない。 前方に十体以上いる、見えない魔物しか、気にしない。 今なら何でもできそうな気がした。 先ほどまであれほど苦戦した魔物に、全く脅威を感じない。 イザベラの傷を完治させる回復魔法も、難なく使えそうな気がする。 今ならなんだって、できそうな気がする! 杖を振って呪文を唱える。 一度も使ったことのない、けれど識っているその呪文は、恐るべき早さと精度をもって完成した。 「!」 現れたるはタバサの虚影、その数は三つ。 『偏在』 風のユビキタスによって実存をもったタバサがそれぞれ、詠唱を開始する。 同時に異変を察知した《ヒドゥン・スペクター》が扉の前から散り散りになりながら、それぞれがタバサに襲いかからんと地に爪を立てた。 だが、それより先に呪文は完成する。 背後にいたカステルモールが目を剥いた。 タバサが唱えたその呪文、それは先頃自身が唱えた呪文と同一。 ――しかし タバサの呪文に応えて、中空に姿を現したのは氷の槍。 けれど、タバサが普段使う『アイス・ジャベリン』とは大きさが異なる。 ジャベリンのそれが手槍だとするならば、今彼女の前に精錬されたそれは、言うなれば騎兵の突撃槍。 しかもそれが一本ではない、無数の無数の無数の無数の――尋常ではない数の『アイス・スピア』。 視界を埋め尽くさんばかりの氷の槍。 その展開された物量たるや、数にして百二十八本。 それらが一斉に射出・激突・破砕・爆散、大音響。 天井に、壁に、床に、あらゆる場所を破壊し、砕け、更に刃の破片を撒き散らす。 氷塊によって生み出された冷気が周囲を覆う。 姿が見えぬならば広範囲攻撃を行うのが適切、当たり前の理屈。 タバサはその当たり前を実行したに過ぎない。 氷槍の猛雨に《ヒドゥン・スペクター》の何匹かが巻き込まれたが、その多くは攻撃を避けきって、タバサに向かって反撃の刃を奔らせるべく進路を変える。 しかし、それで十分に目的は達せられた、捻出されたほんの少しの時間、――つまりはそれが詠唱の時間。 ドンッという音、風が逆巻きタバサの一人が、迫る来る敵に向かって、砲弾のような勢いで飛び出した。 否、それはまさしく砲弾であった。 その背後には杖を突き出した別のタバサ、彼女の作り出した風の魔法で背中を押され、もう一人のタバサはその身を弾丸として打ち出したのである。 形容するなら人間砲台。 その本命は 『ブ 迫る魔物以上の早さ。 突撃をかけたタバサが、流れる風に逆らう様に地面に足をかけ、杖を両手で自分の斜め上に向かって突き出した。 そして、全力全開で魔力を放出。 レイドッ!』 瞬間、王の間の何もかもを巻き上げる、緑の大旋風が出現した。 本来、風の『ブレイド』は、杖に風を纏わせて刃とする呪文である。 それを彼女は全力で放ち 制御せず 力の限り 暴れるに任せた。 爆音と共に周囲の空気全てを巻き込んで渦巻く、風の猛威。 その威力に術者のタバサ自身が吹き飛ばされそうになるが、それを背後から支えるのもまた、風。 矢となって飛び出したその意味は、最効果地点への到達と、反動の相殺。 斜めに伸ばされた緑の尖塔の如き魔法の竜巻、それが城全体を振るわせるような衝撃を伴って天井へと突き刺さる。 つり下げられたシャンデリア、壁に飾られた装飾具、砕け散った氷の固まり、全てを拾い上げて荒れ狂う風、それは術者・タバサの手の延長上。 ならばこそ、そこに巻き込まれたものは、タバサにとってはそれこそ手に取るようにその位置を掴むことができた。 そして仕上げに 『ライトニング・クラウド!』 機会を窺っていた最後のタバサが、紫電の大蛇を空中へと放った。 それはのたうち回りながら正確に、狙い違わず全ての《ヒドゥン・スペクター》を焼き貫いていった。 カステルモールはぽかんと口を開いて、唖然とした面持ちできびすを返して戻ってくるタバサを迎えた。 「あ、……」 あまりの出来事に、言葉が出ない。 あれほど苦戦した相手を、正に一蹴。 過ぎたる力は人に畏怖を呼び起こさせる。 立ち尽くすカステルモールの横を、タバサは無言で通り過ぎていった。 「全く、愚図な奴だね」 彼女はそう毒づくと、気を失った。 ――――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページユリアゼロ式 ユリアゼロ式-TYPE3「ご主人様は使い魔の夢を見るか?」 研究室に引きこもっているミスタ・コルベールは、生徒であるミス・ヴァリエールが召喚した使い魔である女のことを思い浮かべた。 毎日のように主人に魔法で吹き飛ばされているのに傷一つ無い彼女を不思議に思っていたのである。 ひょっとしたら、彼女には何か不思議な力があるのだろうか? それとも…… 「ルーンに何かがあるのかもしれない……」 しかし、残念なことにルーンのスケッチをするのを忘れていた。 いや、できなかったのだ。コントラクト・サーヴァントの時に見せつけられたもののおかげで下腹部に血液が集中して正直前屈みになるのがやっとの状態だったのだから。 「一度彼女達と話をしてみたほうがいいな……」 そうひとりつぶやいたコルベールは久しぶりに風呂に入ろうと思った。 久しぶりにルイズは夢を見た。 それは幼い頃の私が出てくる夢だった。 その頃は魔法が出来なくて母親に怒られてばっかりだった。姉二人は成績が優秀で皆私のことを無かったことのようにするのではないかと恐れていた。 だから私は逃げた。自分と同じようにもはや誰からも忘れられていた私の思い出の場所に。 その場所を私は秘密の場所とよんでいた。 そこは小さな池に小船が一艘あるだけ。その小船の中で私は蹲ってじっとしてただ、時が過ぎるのを待っていた。 「ぐすっ………ぐすっ………」 いつの間にか私は泣いていた。 ただ、嫌なことから逃げている自分が情けなくて。 でも、それを打開しようとはまだ思えなかった。ただただ、悔しくて泣いているだけだった。 「……ルイズさん?」 いつのまにか泣きつかれて寝てしまったようだった。 ふとみるとそこには女性の柔らかそうな膝枕があった。 「あ、起きましたか?」 彼女はゆっくりと私を起こしてくれた。 彼女に泣いていたところを見せまいと後ろを向いて手でごしごしと擦った。逆効果だった。 「拭いてあげますよ。」 そう嬉しそうに言った彼女は顔を近づけて舌をべろんと出して…… って、私この時6歳の女の子よ! っていうかあんたユリアでしょ! こんな多感な年頃の女の子に涙を舌で拭い取るとかあんた私にトラウマでも作らせる気? いいかげんにしなさ―――――― 「あっ、おはようございます。ルイズさん。」 起きたらなぜかユリアが膝枕をしていた。 『ユリア100式マニュアル ダッチワイフであるユリア100式はユーザーと接する際は自然とラブラブモードになってしまうのだ!』 「あっ、あんた! いきなり私の頭を膝に乗せて何したのよ!」 「や、やだなぁ~ なっ、なにもしてませんよ~」 「なんで、泳いでる目をそらしてるのよ。私の目を見てもう一度言いなさいよ。」 「く、唇があまりも可愛かったので……つい。」 「あっ、あんた! わっ、私のにに、二回目の、きっキスも奪ったの! ねえ奪ったのね!」 「ちっ、違いますよ。 ただ、上の唇がかわいかったから下のも気になって……」 「どこの痴女よ!」 朝っぱらから大きな爆発が起きる。ユリアはいつもどおり吹き飛ばされたがいつもどおり無傷だった。 「今日という今日はもう許さないんだからっ!」 「あ、あの~……その手に持っている物は……」 ユリアは御主人様が持っているものを恐る恐る指差した。 「これ? ああこれは、おいたをする使い魔にたーっぷりおしおきするためのモノよ。」 「な、なんだか嬉しそうですね………」 ルイズは手に持った鞭をユリアに振り落とし、 ピシッ 「きゃあ!」 「おいたばっかりして」 ピシッ 「ひゃうっ!」 「本当どうしようもないんだから」 ピシッ 「ひゃわぁ!」 「少しは反省しなさい!」 ルイズはユリアがちょっと嬉しそうな表情をしていたのが腹立たしくなり、 『ユリア100式マニュアルダッチワイフであるユリア100式はMっ気が強く設定されているのだ!』 手を緩めることなくユリアの身体のあちこちに傷をつけるように鞭をたたき続けた。 ユリアに傷ひとつないのが不思議だったがえんえんと叩き続けた。 ピシッ!ピシッ!ピシッ! 「ひゃわっ! はうっ! ひゃううぅ!」 「ほらほら! もっと私に叩かれて感じている声を聞かせなさーい!! あっはっはっはっは!」 そのタイミングでキュルケとタバサがルイズの部屋に入ってきた。 「ルイズ~ 呼んでも返事しないからちょっと開けさせてもらったわよ~って………」 無言のキュルケ。そしてタバサは 「………何プレイ?」 「えっ、いや、あの、えっと、その……」 突然の出来事にうろたえるルイズに「ソフトSMです!」 と、ユリアが満面の笑みでそう答えた。直後にルイズの蹴りが飛んだが 「ユリア君」 食堂に向かう途中にユリアはミスタ・コルベールに呼び止められた。 「はっ、はい。なんでしょうか?」 ユリアは不思議に思いつつも足を止めた。 彼女の服はキュルケの私服で少し胸がはだけて見えるものだった。 なのでついつい目がそっちにいきそうになったがコルベールは本来の目的を忘れてはいなかった。 「突然だが……使い魔の契約をしたときに腕に何か紋章とか、そういう印のようなものはできなかったかい?」 「いえ、腕には特に何も……」 「"腕には"ということは他のところには何か印というものがあるのかね?」 だが、コルベールはいささか焦りすぎていた。 彼女の胸元をちらっと見て少し興奮したせいかもしれなかった。 「えっ、はっ、はい。確かに他のところに変なのが……」 「それはどの部分なのだ! 言ってみなさい!」 「むっ、胸の谷間に……」 「じゃあ今すぐ見せなさい!」 「えっ……でも……」 「いいから! 悪いことは何もしないから!」 「いやっ、その……」 「お願いだから、君の胸を見せてくれ、ユリア君!」 「だから……えっと……」 「だから、何?」 「うしろ……」 コルベールが振り返るとそこには般若の形相をしているルイズがいた。 「ミスタ・コルベール……」 「ちっ、違う! こっ、これには深いわけがあって……」 「うるさいうるさいうるさい! 人の使い魔に手を出すとはなんという淫売教師! この世界は間違いなく滅びるわ!」 「そこまで言わなくても………」 「だっ、だからその落ち着いて私の話をき……」 爆発。哀れ、コルベールはどこかへと吹き飛ばされてしまった。 「大丈夫、ユリア? あいつに何かされなかった?」 「はい。何ともされてませんよ? ルイズさん。」 「よかった……。」 ルイズはほっと胸をなでおろした。 「ところでさっき、胸がどうとかってあいつ言ってなかったっけ?」 「はい。最近胸に何か変なものが出来たんですけども……」 と言いながらあっさり胸元を露出させるユリア 「な、何してんのよ! そ、そんな大きな胸して……」 「い、いやー それほどでもないですよー」 その一言でタバサが目を剥いた。それに気づいたユリアが恐る恐る問いかける。 「わっ、私何か……」 「そうじゃない。」 理解したタバサはすぐさまユリアの誤解を解いた。タバサが目を剥いたのは彼女の胸元にある何かの事だった。 「これは………」 「これがどうかしたんですか?」 不意にタバサがそれに触れるユリアが「きゃあっ」と艶っぽい声を上げたが誰も気にしなかった。 「このルーンはいつごろからあったの?」 「ええと……ここに召喚されて、いつの間にか……」 「コントラクト・サーヴァントの儀式のときについたんじゃないのかしら?」 キュルケがそう言った。ルイズもそれに頷く。 「そうよね……そのルーンがあってから何か変わったことは無い?」 「え、ええと……」 ユリアは今までの日々を指折りながら思い出していく。 「まず、ルイズさんの魔法で吹き飛ばされてもぼろぼろになる前にこのルーンが光って無傷でいられたんです。」 そこまで思い出したユリアは急に満面の笑みでこう付け加えた。 「あと、108以上の性技も使えるようになった気がするんです!」 「「「………」」」 ルイズとキュルケとタバサは顔を見合わせた。 108の性技はともかく攻撃を無効化にするとはそんな奇妙な力がこのルーンにあるのだろうか? 3人は改めてルーンをまじまじと見つめた。 「やっ、やだ……はずかしい……」 『ユリア100式マニュアル ダッチワイフであるユリア100式は見つめられると身体が火照ってしまうのだ!』 ユリアが身体をくねくねとさせていたが敢えて無視する3人なのであった。 時間を食ってしまったが、朝食を食べに行こうと食堂に足を向けるとなにやら大きな声が聞こえてきた。 「おーい! 姫殿下がこの学院を行幸されるそうだぞーー!!」 4人は顔を見合わせた。 前ページ次ページユリアゼロ式
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ゴンドアはトリステイン王国の領地内にある町でも、特に目立たない中規模な町だ。 最も近いラ・ロシェールからは徒歩で二時間、トリスタニアから行けば馬で行っても一日半近くは掛かる。 比較的平らな土地の上にはトリスタニアの三分の一程度の市街地と国軍の小さな砦があるだけだ。 強いて言えばそこから徒歩二時間もしない場所に『風石』を採掘できる鉱山があり、町に住む男たちの大半はそこで働いている。 若い者も力仕事ができる者は皆鉱山へ行くので、王都や地方都市へ出稼ぎに行く若者は比較的少ないと言っていいだろう。 採掘された『風石』はそのまま輸出されたり、町の加工場で削ってちょっとした民芸品として売られていたりもする。 『風石』は加工しだいによっては神秘的な緑色の光りを放つ事もあり、お土産としての人気はあった。 また知ってのとおり、『風石』は船や一部のマジック・アイテムを動かす素材としても使われているので、町の経済は富んでいると言っていいだろう。 その為『風石』の買い付けに来る商人は後を絶たず、国内外の貴族たちもラ・ロシェールか王都へ行くついでに足を運ぶことも多い。 王都や外国で流行っている類の品物も、港町と王都の間に位置しているおかげでそれなりに流通はしている。 王都トリスタニアと港町ラ・ロシェールの板挟みである事、『風石』の鉱脈に恵まれた事。 この二つがあるおかげで、ゴンドアという町は若者が少ない寂しい町にならずに済んでいるのだ。 だがしかし、その町は未だかつて経験した事のない危機に晒されていた。 疫病が蔓延したワケでもなく、ましてやドラゴンやオーク鬼などといった『生きた災害』と言われる幻獣や亜人達が襲撃したワケでもない。 それは遥か上空、白い雲とどこまでも続く青い空の中に浮かぶ゙白の国゙からやっきてた艦隊。 今や神聖アルビオン共和国からの使いと名乗る暴虐なる軍勢が、この平和な町に攻め込もうとしていたのである。 その日、時間は既に深夜だというのに町は日中以上の喧騒に包まれていた。 普段ならば賭場の店主ですら店じまいして寝ているというのに、街の至る所で大勢の人々が走り回っている。 無論その中にはこの町に住んでいる人間はおらず、奇妙な事に彼らよりも軍人達の方が多かった。 町の砦で働いている地元出身国軍兵士から遠い地方から来た者もいれば、王軍所属の若い貴族達もいる。 彼らは皆必死な表情を浮かべており、肌から滲み出る汗などものともせずに走り回っていた。 事が起こったのはその日の昼過ぎであっただろうか。 町の人々が未明に聞こえてきた大砲の音で何だ何だと目を覚ましてから、数時間がたった頃。 夜明けの砲撃は、きっと親善訪問に来てるアルビオン艦隊への礼砲だろうと朝食をつつきながら話している最中であった。 そのアルビオン艦隊を迎えに行っていたトリステイン艦隊が、急に町の方へ飛んできたのである。 町の者たちは皆驚いてか、食べていた朝食を後に家を飛び出したり窓から身を乗り出すなどして上空を通り過ぎていく艦隊に目をやった。 やがて艦隊は町のはずれにある草原で一旦停止した後に、その内一隻の小型艦が町の上空を飛び続けながら人々に説明をし出した。 曰く、親善訪問の為にやってきたアルビオン艦隊が我々を不意打ちしようとしてきた事。 幸いにも、偶然現地で訓練中であった国軍が新しく配備された対艦砲でもって援護してくれたといゔ幸運゙があった事。 その国軍の訓練を監査中であった王軍が、アルビオンに不可侵条約の意思なしと判断してアルビオンとの戦闘を開始した事。 敵となったアルビオン艦隊は予期せぬ地上からの砲撃により浮き足立っており、戦況は我が方に傾きつつあるという朗報。 そして我が艦隊は態勢を整え直すために暫しここで浮遊しているが、この町にまで戦闘が広がる可能性ば限りなく低い゙という報せ。 拡声用のマジックアイテムで伝えられる事実に、町の人々はどう反応していいのか当初は困惑していた。 無理もないだろう。何せアルビオンとはつい最近に不可侵条約を結んだばかりだと知っていたからだ。 アルビオンから来る商人達も皆「戦争にはならんさ!」と屈託ない笑みを浮かべながら言ってくれたというのに…。 とはいえ、一度始まった戦というものは止めようが無いという事は多くの人が知っていた。 過ぎたことを悔いるよりも、今できる事を思う。それが鉱山での採掘と『風石』の加工で鍛えられた人々の考えであった。 ならば善は急げと言わんばかりに町中の倉庫で眠っている『風石』を掻き集めて、この町へ来るであろう゛客゙を待つ事にした。 街のはずれに停泊する艦隊、そしてその艦を動かす為には大量の『風石』が必要なのである。 当然停泊したトリステイン艦隊を指揮する空海軍の使いがやってきて、『風石』の交渉にやってきた。 そこから先はとんとん拍子に進み、現金払いと小切手の半々で軍が購入した『風石』の輸送で町は朝から忙しくなった。 『風石』を満載した馬車が町の通りを占有し、ついでと言わんばかりにパンや干し肉にチーズといった食料まで売り始める商魂逞しい者までいた。 輸送や交渉の為に町へやってくる水兵や貴族の下士官たちは気前よく金を払い、焼きたてのパンやチーズを買っていった。 そんな風にして平時は静かであるこの町の朝は、トリステイン艦隊という思わぬ客のおかげでお祭り騒ぎとなっていた。 だがしかし、そんな嬉しくも美味しい祭りの気分はラ・ロシェールから撤退してきた国軍と王軍がやってきた事で一変した。 もうすぐ昼に差しかかろうとしている時間帯――――突如として二群の部隊が慌ただしい様子で町へと入ってきたのである。 朝の艦隊に続くようにして入ってきた彼らに町の人々はおろか、町にいた空海軍の者たちまで何だ何だと驚いた。 何せ殆ど無傷の王軍や国軍の兵士たちが、恐怖に染まった顔を冷や汗で濡らしながら町へと入ってきたのだから。 彼らが乗っている馬や幻獣達は何と対峙したのか、今にも町人や水兵たちに襲い掛からんばかりに興奮しきっている。 空海軍の兵士たちはもしやアルビオンに艦隊に押し負けられたのかと訝しんだが、それは違った。 否、正確に言えば半分は正解しており――――もう半分は外れだったのである。 それを彼らに教えてくれたのは、撤退してきた騎馬隊の中に混じっていた王軍のオリヴィエ・ド・ポワチエ大佐であった。 「おい、君!すまぬが、トリステイン艦隊はどこで一時停泊しているか?」 「え…?じ、自分でありますか?」 「当たり前だ、私の目の前でサンドイッチを大事そうに持ったまま呆然としておるのは君だけだぞ」 大軍を率いてきた彼は、町の入口で軽食を摂っていた水兵の一人に声を掛けたのである。 水兵はいきなりやってきて声を掛けてきた王軍の将校に「し、失礼しました!」と急ぎ敬礼すると、何用でありましょうかと聞いた。 ポワチエは当初それを言うのに躊躇したものの、周りにいた将校たちに目配せをしてから水兵にこう伝えた。 「至急艦隊指揮官のラ・ラメー侯爵に伝えてくれ!…アルビオン艦隊は未知の怪物を投入! 国軍と我が王軍は防戦に失敗、ラ・ロシェールとタルブ村の避難民を連れてこの町にまで後退してきたと伝えろ!」 ―――そして時間は今に戻る。 陸上部隊が避難民を連れて町へ来てから今に至るまでも、騒ぎは続いている。 しかしそれはお祭り騒ぎの様な嬉々とした雰囲気は無く、明日にも世界が滅びそうな切羽詰まった緊張感が漂っていた。 この町を抜ければ、後は王都トリスタニアへと直行する一本道。遮る山や森すらも無い整備された街道しかない。 だからこそ、ここで迫りくるアルビオン艦隊と奴らがけしかけたであろう゛怪物゛を食い止めなければならなかった。 「町の人間は残らず鉱山に避難させろ!歩けない者は誰かがおぶってやるんだ!」 「通りという通りにはバリケードを設置するんだ、早くしろ急げ!」 「……って、おいバカ!ゲルマニアがくれた対艦砲は敵艦隊から見えない場所に置けと言っただろうが!?」 「よし、掻き集めた『風石』と黒色火薬はトリステイン艦隊が駐留している場所へ運べ、鉱山の向こう側だ!」 深夜にも関わらず大勢の士官たちが大声で指示を出し、部下たちはそれに従って迅速に動いていた。 ある王軍の貴族下士官は魔法でもって町の通りに木材と石を混ぜた土のバリケードを作り出し、封鎖作業に取り掛かっている。 また別のところでは、これまた王軍に所属する若い貴族士官が民家に残っていた老夫婦を優しく諭しては、避難するように指示していた。 国軍の平民兵士たちも通りに並ぶ建物の中に一旦分解した中型のバリスタを運び入れて、慣れた手つきで組み立てている。 この中型バリスタは数本の矢を一度に発射する事ができるので、これ数台を屋内に設置すればそれだけでも簡単な要塞ができあがる。 町の住人の避難に合わせて、町そのものを一個の防衛施設として改造するのは容易ではない。 更に前進してくるかもしれない敵を迎え撃つために、戦力の何割かを町の入口に配置しているのだ。 元々はラ・ロシェールで足止めしつつ増援を待つという予定であった為に国軍、王軍、そして空海軍共に連れてきた戦力は少ない。 その結果、昼頃から始めて日付を跨いだ今になっても町の要塞化はようやく三部の二が終わったところである。 今敵が進攻してきた場合、この町で防衛線を行うのは極めて難しいという状況に変わりは無かった。 しかし、始祖ブリミルは彼らに祝福をもたらしてくれたのであろうか。 この様な危機的な状況の中、今日の昼過ぎに出動した王都からの増援部隊が遂に到着したのである。 新しい隊長の元に復活したグリフォン隊を含めた魔法衛士隊と、霧が薄まった事で到着の早まった竜騎士隊を含めた第一軍。 接近戦に特化した槍型の杖で武装した騎馬隊と、金で雇った傭兵たちと共に前進する前衛貴族部隊からなる第二軍。 貴族の比率がガリアに次いで多いトリステイン王軍ならではの増援に、町で籠城に備えていた者たちは歓喜の声を上げた。 だが、彼らが何よりも喜んだ原因はその軍勢を率いて出陣してきだ彼女゙がいたからであろう。 百合の国たるトリステイン王国に相応しき人物、先王が残した花も恥じらう麗しき王女。 そして本来ならば、二日後に迫った隣国ゲルマニアの皇帝と結婚する筈であった花嫁。 その゛彼女゛、アンリエッタ王女殿下が自ら部隊を率いてこの町を守りにやってきたのだ。 トリステイン王国を守る軍人ならば、彼女の姿を見て喜ばぬ者が奇異な目で見られる程であった。 ゴンドアからほんの少し離れた場所にある名も無き小高い丘。 そこで王都から出て、この町に集結しようとしている王軍を見つめるアンリエッタの姿があった。 彼女は今、民衆の前で見せるドレス姿ではなく慣れぬ軍服を身にまとい、気高き乙女しか乗せぬと言われるユニコーンに跨っている。 夜風ではためく紫のマントには金糸で縫われたユニコーンと水晶の紋章。それは間違いなく王女である事の証であった。 「殿下、遅れていた後続が順次到着中との事。このままいけば、夜明けの直前に全部隊の合流は無事終わるでしょう」 そんな時、黒毛の馬の乗ったマザリーニ枢機卿が、護衛の騎士達を伴って定期報告の為にやってくる。 人を使えばいいのに、彼直々にやってきたから無下にはできまいとアンリエッタは枢機卿の方へとその顔を向けた。 「…そうですか。到着してきた者たちはどうしていますか?」 軍服を身に付けた今の彼女に相応しいとも言える、何処か物憂げさと緊張感が混ざり合った表情を端正な顔に浮かべている。 まるで充分に悩みぬいた挙句に決めた自分の選択を、後になって本当に良かったのかと悩んでいるかのように。 マザリーニ自身はその表情の原因が何なのか大体わかってはいたが、あえてそれには触れることは避けようと思っていた。 「はっ!到着した部隊は町の中央に着き次第補給部隊から水を貰い、十分な休息をとるようにとの命令を出しております」 「わかりました。…それで、ラ・ロシェールとタルブ村を襲ったといゔ怪物゙の事は何か…」 アンリエッタからの了承とそれに続くようにして、先に展開していた地上勢力を追い出しだ怪物゛の事について聞いてみた。 彼女からの質問に待っていたと言わんばかりに彼はコクリと頷いて、スラスラとセリフを暗記したかのように喋り出す。 「現在は部隊と共に限界まで前線に留まり続けたポワチエ大佐を含む何人かの将校から情報を得ており、 それを元にイメージ図と対策法を考えていますが、何分全く遭遇したことのない未知なる相手との事で…む?」 町の中央で作戦会議の準備をしているであろう将校たちに代わって、申し訳なさそうに説明する枢機卿。 「いえ、無理もないでしょう…。むしろ、避難民をよくここまで連れて来れたと賞賛するべきでしょうね」 そんな彼の言葉を遮るように右手を顔のところまで上げたアンリエッタはそう言うと、また町の方へと視線を戻した。 町から王都へと続く街道には、出発が遅れた後続の部隊が次々と息せき切って入ってくる。 要塞化の作業に勤しんでいた兵士たちはアンリエッタに率いられてきた彼らを見て、口々に「王女殿下万歳!」と叫んでいく。 そんな兵士たちの歓声を聞いていると、マザリーニは自分の目を嬉しそうに細めていく。 本当ならばもしもの事を考えて、アンリエッタだけでもゲルマニアへ送り届けるつもりだったのだ。 ルイズ達がタルブへ向けて出発してから一時間後、タルブを放棄してゴンドアに最終防衛線を張ったという報告が届けられのである。 ラ・ロシェールどころかタルブ村まで破れては、王都までの道を遮るのはそのゴンドアという町一つしかない。 大した防衛設備が無いこの町ではアルビオンを足止めする事は難しいと、宮廷の貴族たちはそう結論づけたのである 勿論国中の国軍に出動命令を出したのは良いものの、全軍が揃うまでには最低でも四日はかかるという始末。 同盟を結ぶであろうゲルマニアも、援軍は一週間待ってほしいという回答を送ってきたのである。 故にアルビオンの魔の手が王都に戦火の嵐を巻き起こす前に、アンリエッタをゲルマニアへ移送しようと考えていたのだ。 だがしかし…彼女はそれを、あともう少しで移送の準備が済もうとしているところで反対した。 ウェールズの形見である『風のルビー』を嵌めた彼女は、自らの勇気を振り絞って叫んだのである。 ―――――私は…やはり私は王都に、いえこの国に残された人々を置いてゲルマニアへは行けませぬ! ―――――せめて我が国を侵略しようとするアルビオン艦隊と、奴らが放っだ怪物゛を駆逐してから皇帝の許へ嫁ぎます! アンリエッタは迫りくる敵に怯えていた宮廷の貴族達に向けて宣言し、自ら軍を率いて前線へ赴く事を決意したのである。 無論宮廷の貴族達は反対したものの、アンリエッタはその意見を自分の怒りの感情で封殺させた。 ――――――私はトリステイン王国の王女!貴方達宮廷貴族にとってお飾りであっても、この国の要たる者! ―――――――もしも私の意思で決めた出陣を食い止めようものならば、それ相応の覚悟はできているでしょうね? いつもの彼女からは考えられない静かに燃える炎の様な言葉に、枢機卿含めその場にいた宮廷貴族たちは何も言えなくなってしまった。 一方で将軍や魔法衛士隊の隊長達は、やる気を見せてくれたアンリエッタに士気を昂ぶらせて付いてきてくれたのである。 そんな彼女の怒りに火をつけたのは、ルイズと共にタルブへと向かったあの紅白の少女の言葉であった。 ―――――ルイズは自分なりに悩んで決めたっていうのに、アンタはただ状況に流されてるだけじゃないの。 悪いのは自分だって思い込んでるだけで、他の事は全部他人任せにしてジーッとしてただけじゃない。 ウェールズの事が悲しいんなら、ちょっとはレコンなんちゃらとかいう連中に怒りの鉄槌でも鉄拳でもぶつけてみなさい ―――最後はアンタの好きに決めなさい 今思い出せば随分腹の立つ言葉を好き放題に言って、会議室から立ち去って行ったあの少女に惹かれたワケではない。 ウェールズ皇子を殺し、あまつさえ今度はラ・ロシェールとタルブ村にも牙を向けたアルビオンと彼女の言葉を思い出して、アンリエッタは遂に゙キレ゙たのである。 アルビオンにここまで攻め込まれる口実を作ったのは自分であり、そしてそれを止める義務を持っているのも自分なのだ。 この国を旅立つ前に自分が種を蒔き、それから芽吹いた肉食植物を絶対に根絶やしにしなければならない。 トリステイン王国という大事な百合畑を命に代えてでも守り、侵略者の打倒をこの国で行う最後の罪滅ぼしとする為に。 そして今。前線にいる者たちの喜び振りを見れば、彼女の選択は正しかったのだとマザリーニはそう思えて仕方が無かった。 「殿下。貴女がこうして出陣したおかげでほら、兵士たちは皆戦意を取り戻しております」 「上手いお世辞を申しますね?私がいなくともあれ程の大増援を見れば、誰だって喜ぶものですよ」 つい本心から出てしまったマザリーニの言葉を無意識に世辞と受け取ってしまったのか、アンリエッタはその口を滑らせてしまう。 言い終えた直後で、ハッと気まずい表情を浮かべたものの一方のマザリーニはただただ苦笑いしているだけであった。 「……すいません、つい」 「なに、この老骨の身には慣れた事です。ただ、そう御自身の事を貶すのは良くありませぬぞ」 将兵達が見ておりますゆえ。最後にそう付け加えて、彼は後ろで控えている騎士達を横目で一瞥してみせる。 彼らは王女殿下と枢機卿のやりとりをじっと見つめながらも、不届き者が現れぬよう周囲にも気を配っていた。 勤勉かつ忠実な彼らの姿を同じく見つめながら、ふとアンリエッタはその口を開く。 「それにしても、人はほんの一押しの怒りだけでここまで来れるものなのですね…。 アルビオン王家の仇であるアルビオン共和国からの刺客を討ち果たすためとはいえ、私がこれ程の軍勢を率いたなんて…」 彼女は眼下に街道を行進していく将兵たちの列を見ながら、不安な雰囲気を見せる言葉を漏らす。 出陣する直前の苛烈さは大分大人しくなっており、いつもの優しいアンリエッタに戻りつつあった。 「お言葉ですが殿下、ここにいる将校たちは皆殿下同様アルビオンを討つが為に集結した勇敢な者達ばかりです。 例え殿下の命令で傷つき斃れたとしても…、彼らは貴女と共に戦えたことを誇りに思いながら死んでいくのだと思います」 そんな彼女を勇気づけるかのようにマザリーニが言うと、彼の後ろにいる二人の護衛がウンウンと頷いた。 枢機卿の慰めるかのような言葉にアンリエッタは口をつぐんでしまうと何かを言いたそうなもどかしい表情を浮かべている。 彼女の顔を見て何か自分にだけ言いたい事があると察したのであろうマザリーニは、自分の馬を彼女の傍へと近づけさせた。 幻獣の中でも一際目立つユニコーンと、一目で上等だと分かる黒毛の軍馬が横一列に並ぶ光景というものは中々珍しいモノだ。 そう思っていそうな護衛たちの視線を背後から感じつつも、隣へ来てくれたマザリーニの近くで彼女はポツリポツリと喋り出す。 「確かに私はウェールズ様を…アルビオン王家を滅ぼしたクロムウェル一派に報復したいという気持ちはあります。 けれども…やはり私の一時の恋から生まれたと言える争いに、大勢の人々がこれから死ぬと思うとどうも不安になってしまうのです…」 今の自分の複雑な心境を、隣にいる自分にだけ聞こえるように告白し終えた彼女をマザリーニは真剣な眼差しで見つめている。 王女の言葉にマザリーニは少し困った様な表情を浮かべながらも、ふと少しだけ考えてみた。 確かに彼女のいう事にも一理あるであろう。 レコン・キスタがウェールズとアンリエッタの関係を知っていたからこそ、あのタイミングで彼らは王政府打倒を掲げたのかもしれない。 アンリエッタの嫁入りを条件に、軍事同盟を結ぼうとしたゲルマニアの皇帝を激怒させる恋文を手に入れる為に…。 貴族派の自分たちにとって目の上のタンコブと化した王政府を倒せるうえに、小国のトリステインを孤立化させれるという一石二鳥の計画。 結果的には奴らの作戦はミス・ヴァリエールとその使い魔である少女の活躍によって、見事に頓挫する事となった。 それでも彼女は思っているのだろう。王族である自分が最初から叶わぬ恋を抱かなければ、この様な一連の事件は起きなかったのではと。 成程、確かに一理はあるだろう。 …あるのだろうが、やはりこの人はまだまだお若いからこそ、そういう風に考えてしまうのかもしれない。 「ふむ、成程。つまりは、自分が過去に抱いた恋心が全ての原因と…そう思っていらっしゃるのですな?」 「えぇ、私が実らぬ恋人に手紙など認めなければ、今頃アルビオン王家の方々も死なずに済んだのではと、そう思ってしまって…」 三十年近くも政治にその体と時間を費やしてきた彼の目には、今の自分がどう映っているのだろうか? 不思議とそんな事が気になってしまったアンリエッタに向けて、語りかける様にしてマザリーニが喋り出した。 「殿下…―――――殿下は、今日の天気がこれからどういう風になるか知っておりますか?」 「――――――…はぁ?」 彼が呟いた直後、その言葉に反応するのにほんの二秒程度の時間が必要であった。 全く脈絡も無く、急に明日の天気が気になった彼にアンリエッタは目を丸くして首も傾げてしまう。 後ろにいる騎士達も姫が首を傾げた事に気が付いたのか、何だ何だと言いたげに互いの目を見合っている。 「天気…ですか?」 「えぇ、そうです。日を跨いでしまいましたし、明日はちゃんと朝日が出るのかどうか気になってしまいましてな」 本気で天気の事を気にしているかのようなマザリーニに、アンリエッタはどう答えていいのか分からなかった。 何せこの様な事態を生んだのが自分なのではないかと話している最中に、狂ったのかと思えてしまう程別の話題を持ち出してきたのだ。 ここはふざけないで下さい!と怒るべきなのか、それとも困惑しつつも適当に明日の天気を言えばいいのだろうか? 目を丸くし、困惑を隠しきれぬ表情でアンリエッタが悩んでいる最中に、それはやってきた。 「―――…殿下!アンリエッタ王女殿下はこちらにおりまするか!!」 突如彼女たちの背後からそんな事を叫びつつ、グリフォンに跨った魔法衛士グリフォン隊の隊員が来たのは。 その叫び声に思わず考え込んでいたアンリエッタが後ろを振り返ると、グリフォン隊の者はすぐ近くにまで来ていた。 鷲の頭と翼に前足、獅子の体と後ろ脚という厳つい幻獣が足音を立ててこちらへ走ってくる姿は、中々怖ろしいモノである。 「そこのグリフォン隊の者、殿下に対し何用か?」 一体何事かと背後の護衛達が乗っている馬で道を塞ぐと、若い隊員とグリフォンの前に立ちふさがった。 自分よりもわずかに体格が大きい立派な軍馬二頭を前にして、乗り手と同じく青さが残るグリフォンは思わずその足を止めてしまう。 騎士たちと比べればまだまだ子供であるグリフォン隊の隊員は、突然止まった相棒からずり落ちそうになるのを何とか堪えていた。 「いかに伝える事があるとはいえ、幻獣に跨ったまま突っ込んでいれば大惨事になっていたぞ!」 「…、ッ申し訳ない。実は至急殿下に伝えたい事があるのだが…よろしいか!」 入隊して間もないであろう彼は護衛の騎士からの注意に対し素直に謝ると、次いで早口に捲し立てる。 隊員の要求に二人の騎士はコクリと頷いて、前方を塞いでいた自分の馬を後ろへと下がらせた。 素直に道を開けてくれた事にホッとしつつも、ずり落ちるようにして相棒のグリフォンから降りた隊員は早足でアンリエッタの傍へと向かう。 彼の焦った表情からは、何となくではあるが良い報せではないという気がしてならなかった。 「一体どうしたのですか?そんなに慌てて…」 「は、はい…!実は先ほど、タルブ村の方からやってきたという少女一名と数名の将兵が…救援を求めて…」 「…!詳しく話して貰えますか?」 ゙タルブ村゙―――。その単語を聞いて眉が無意識に動いたアンリエッタは、隊員に話を続けるよう要求する。 彼が言うには、今から十五分ほど前に撤退して無防備状態であるタルブ村の方角から数名の男女がやってきたのだという。 タルブ村の者は少女一人だけで、後は国軍の女兵士一名と同じく国軍の平民下士官二名、そして王軍の貴族下士官一名の計五名。 当初は敵の間諜かと疑っていたが、直後にタルブ村で防衛線を張っていた兵士と貴族士官たちの証言で彼らが本物だと判明した。 村人である少女が言うには件の『怪物』を避ける為に遠回りになる山道を通るために、案内役として兵士たちを先導したのだという。 余談ではあるが…少女の名はシエスタと言い、これは先に避難させられていた両親が彼女と再会した時に判明した。 そして彼女についてきた兵士たちの証言によると、タルブ村領主の屋敷の地下には未だ多くの人が取り残されているのだという。 隣町まで歩けない女子供に領主であるアストン伯を含めた年寄りが、当時見張りとして残っていた国軍、王軍の混成部隊と共に籠城している。 食料や水はあるものの何時『怪物』たちに気付かれるともしれぬ為に、すぐにでも救助部隊の編成をして欲しいと乞うているとのこと。 そこまで報告した後、若い隊員は一呼吸を置いて最後に報告すべき事を口に出した。 「そして…現在彼らと共にあのヴァリエール家の次女、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ様もいるとの事! 偶然にもタルブ村へ旅行で訪れている最中に、不幸にも今回の戦闘に巻き込まれてしまったようです! 幼少から続く持病のせいで容態は悪く、彼女の健康も考慮して一刻も速い救助部隊の編成と派遣を願う!との事です!」 ようやく報告を終えた隊員が顔を上げると同時に、アンリエッタはふとタルブ村の方角へと顔を向ける。 その顔にはアルビオンに対する敵意をより一層滲ませると同時に、方角の先にいるであろう幼馴染の事を思い出していた。 「ルイズ…もう少しだけ待っていて頂戴!」 誰にも聞こえない程度の声量で一人呟くと枢機卿の方へと顔を向け、すぐに命令を下した。 「マザリーニ枢機卿、すぐに救助部隊の編成を!」 ――――――気のせいだろうか、頭が痛い。 突如乱入してきた謎の女に対する自分の叫びから始まった戦いの最中、霊夢はそんな事を考えていた。 銀色の軽快な体で槍を振り回してくるリザードマンモドキのキメラを相手するのに集中しながらも、頭の中で疼くような痛みに悩まされている。 しかし戦いに支障がある程と言われればそうでもなく、かといって無視しながら戦えると言われればそれは嘘になってしまう。 後頭部の内側、自分の心臓と同じく弱点である頭から伝わってくる痛みは、彼女の神経を静かに逆撫でていく。 (別段痛くも無く、けれど無視するにはどうにも鬱陶しい…。ホント、イヤになるわね…) 心の中で呟きながらも前方のキメラを片付けようとしたとき、ふと頭上から漂ってくる殺気に思わずその場から後ろへと下がった。 瞬間、体内の『風石』で浮遊していた別の一匹が投げつけてきた槍が、先ほどまで霊夢の立っていた場所へと突き刺さる。 コイツらをけしかけたシェフィールドという女が言うように、兵器として造られているおかげで随分小賢しい連携をしてくる。 軽く舌打ちしながらも、右手に握ったお札を一枚上空へ投げつけるが、それはあっさりとかわされてしまう。 まるで釣り糸で引っ張られるかのように後ろへと下がったキメラの動きは、さながら操り人形の様な不気味さを醸し出している。 「テキトーに造られた化け物のクセに、ちょこまかと動くんじゃないわ…よッ!」 語尾を荒げつつも、間髪入れずに取り出した数枚のお札を一気に投げつけ、今度こそは上空のキメラに命中する。 防御力が低そうな白銀の鎧に貼り付いたお札が一瞬の間を置いて、キメラごと巻き込む程の凶悪な霊力を放出した。 哀れ上空のキメラは断末魔を上げる間もなく体の三分の二を失い、細かい肉片となって地面へと落ちていく。 「これで六匹目――――んでアンタで、七匹目ッ!!」 仲間の肉片で視界を遮られたキメラが足を止めた所を狙って、すかさずお札を取り出して投げつける。 先ほど投げたのと違い、霊夢の手から離れたソレは紙の媒体からお札の形をした青い霊力の固まりへと変異する。 そしてキメラの肉片を避けるようにして緩やかなカーブを描き、青いお札――ホーミングアミュレットがキメラの横っ腹を貫いた。 やられたキメラは咄嗟に金切り声を上げたものの、自分が攻撃を受けたという認識をした直後に体の内側から青い光が迸る。 体内に入り込んだアミュレットが霊夢の意思に従って暴走し、キメラの肉体は破片一つ残らず青い霊力に飲み込まれていった。 話の通じぬ妖怪や人外には一切容赦せず、通じても容赦する気のない霊夢らしい攻撃である。 七匹目まで始末し終えた彼女は一息ついてから再び身構えると、背中に担いだデルフが急に口笛を吹いた。 『ヒュゥー!やるねぇ、伊達にガンダールヴとして召喚されてないだけの事はあるよ!』 「そりゃ…どうも、うれしくて溜め息が出ちゃいそうだわ」 半ば無理矢理に使い魔となった身としてはあまり嬉しくない褒められ方ではあったが、とりあえず返事だけはしておくことにした。 先ほど数えたとおり今ので七匹始末したものの、残念な事に倒した直後から同じような奴が何処からともなくやってくるのだ。 それを証明するかのように、霊夢が倒したばかりの二匹の穴を埋めるようにして上空から新しい二匹が着地してきている。 彼女を含めて、今この場で戦っている四人のトータルを合わせれば最初のを含めて十五匹倒してはいるが、一向に減る気配はない。 今回の元凶であろうシェフィールドの言っていた事が正しければ、そう遠くない何処かに奴らの補充分の源が何処かにある筈なのだ。 本当ならコイツらを相手にするよりも先にそちらを潰す方がいいのだが、残念な事に今の霊夢にはそれが難しかった。 その理由らしいモノを上げれば、四つほどあると言えばある。 一つ目は、今彼女たちと戦っているキメラ―――ラピッドが思いの外手強いという事であろうか。 霊夢の経験から言えば、単体では大したことは無いものの数が揃えば脅威となる部類の相手であった。 体を覆っている鎧は薄く、デルフ曰く『体内の『風石』で飛ぶために鎧も体も軽くしてやがる』との事らしいがそれは間違ってないと思う。 現に今に至るまでの霊夢は何回かコイツラを蹴飛ばしてはいるが、体が紙細工なのかと思ったくらいに吹っ飛んだのである。 最もそれで与えられるダメージなど殆ど無傷に等しいものであり、時には体の中の『風石』を使ってそのまま飛び上がる奴もいた。 また『風石』で浮遊しているおかげか、浮いている間の直角的で非生物じみた動きに彼女は不気味さを覚えていた。 少なくと彼女がこれまで戦って相手や、この世界で戦ったキメラ達も含めてこの様な奇怪な動きをする相手はいなかった。 手に持っている槍もどこで槍術を学んできたのか、少なくとも無視できない程度のレベルだった。 振り回したり突いてきたりするのはもちろんの事、時にはジャベリンとして思いっきり投げてくる事さえあるのだ。 しかも宙に浮いている奴もここぞばかりに投げてくるということもあって、頭上と地上で二匹のラピッドを相手にせざるを得なかった。 背中にある羽根状の薄い六枚羽根みたいなモノは武器なのかどうなのか、それは未だに分からない。 デルフが言うにはあれも『風石』で浮かんでおり、本体に埋め込まれているモノと連動しているのだという。 だからアレも武器の一つだと霊夢は思ってはいた。少なくともコイツらを彩る飾りとしてはあまりにも無骨である。 更に言えば、知性の無さそうな怪物のクセにやたらとチームワークが良い。 最初、霊夢はこいつらの囲いから出ようとしたものの上空で待機しているのと地上のヤツらが、一斉に襲い掛かってきたのだ。 結果的に奴らの包囲からは逃れられなかったうえ、一度に四体ものラピッドを相手をする羽目になってしまった。 その後次々と来る敵の増援に痺れを切らした彼女は、瞬間移動で包囲から出ようと考えたがすぐにそれはダメだと悟った。 学院での戦いで使った瞬間移動は範囲が狭いうえに連発もできないので、逆に窮地に陥る可能性が高かったのである。 幸い、動きが気持ち悪い事と無尽蔵に飛んでくる事以外を除けば博麗の巫女である霊夢の敵ではなかった。 ――――――彼女の体調が万全であったのであらば。 「……ウ、クッ!」 一息ついてまた戦いを再開しようとしたとき、頭の中で疼いている痛みが彼女の痛覚を刺激する。 まるで俺を忘れるなと囁いているかのように、先程から彼女を悩ます軽い頭痛が一瞬だけ鋭利な刃物の様に痛みを増す。 その痛みのせいで体の力がフワリと抜け落ち、不甲斐ないと思いつつもその場で片膝をついてしまう。 『おいおい大丈夫か?さっきオレっちに訴えてきた頭痛はまだ痛むのかよ?』 「――――…ッあぁもう、さっきから何なのよこの頭痛は…?」 心配してくれるデルフの言葉に、霊夢は痛む頭を手で押さえながらもそれを紛らわすかのように呻く。 二つ目にこの頭痛であった。戦いに集中できないレベルでも無視するにしても少し難しい中途半端な頭の痛み。 まるで頭の中に文鎮でも仕込まれたかのようにズーンと頭が少しだけ重たく感じられてしまい、そのせいで霊夢自身上手く戦えないでいるのだ。 急に現れたこの痛みに最初は顔を顰めつつも無視していたのだが、時折今みたいにその痛みが激しい自己主張をしてくるのである。 そのせいで命に関わるような事にはまだあっていないものの、本調子で戦えない事自体が彼女にとって大きなストレスとなっていた。 本当ならどこか一息つける場所で休みたいのではあるが、生憎そんな暇すら許されないという状況である。 「…こんな奴ら。私の頭痛でもなけりゃ、一掃してやれるっていうのに…」 「そんな事を言える余裕があるんなら、まだまだ大丈夫だと私は思うぜ?」 悔しそうに呟いた霊夢の背後から、茶化すようにして魔理沙が言葉を返してきた。 ある意味ルイズ達と比べてこの場を走り回っているであろう彼女は右手にミニ八卦炉を持ち、左手には箒を握っている。 魔理沙が長年連れているであろう無機質な相棒たちは、複数のラピッドを相手に彼女を大立ち回りの舞台で踊らせていた。 ミニ八卦炉から発射されるレーザーが相手の体を鎧ごと貫き、見た目以上に硬くて痛い箒は体の軽い奴らを吹き飛ばしていく。 そして彼女が服の至る所に隠しているであろゔ瓶に詰めた魔法゙という三つの武器で、既に三匹のキメラ達を葬っている。 霊夢が倒した数の約半分にしか達していないものの、彼女やルイズと比べて激しく動き回っているのにも関わらずその顔には快活な笑みが浮かんでいた。 まるでアスリートが自分の好きなスポーツに打ち込んだ後の様な笑顔に、霊夢は思わず顔を顰めてしまう。 「アンタ…人が頭痛で苦しんでいるっていうのに、随分と楽しそうじゃないのさ?」 「そりゃまぁ、萃香が起こした異変の時みたいに地上で暴れまわるのは久しぶりだしな!」 楽しさ二倍ってヤツだよ!最後にそう付け加えながら、上空から突撃してきた一体のラピッドに向けてミニ八卦炉を向けた。 既に黒い八角形の炉の中でチャージされていた彼女の魔力が、直線形の太いレーザーとして勢いよく発射される。 ご丁寧に真っ直ぐ突っ込んできた相手は霊夢のお札と比べてあまりにも速い攻撃に対処しきれず、そのまま上半身をレーザ―で消し飛ばされてしまう。 残った下半身は突撃時の勢いを残したまま地面に激突し、血をまき散らしながらあらぬ方向へ激しくバウンドしていった。 「良し!これで五体目…っていうか、コイツらどんだけ用意されてるんだよ」 ひとまず目の前の危機を追い払ったところで顔の汗を拭いながら、背後の霊夢に向けて言う。 どうやら自分と同じく、どこからともなく湧いてくるキメラ達にキリが無いと判断したのだろうか。 そう思った霊夢はしかし、「そんなの知るワケないでしょ?」とぷっきらぼうに返しながらようやっとその腰を上げた。 「ただ、あのシェフィールドっていう奴の言った事が正しかったら、どこかにコイツらを送り出してる所か何かがあるはずよ」 「…?確か、゙鳥かご゛だっけか、そんな名前だったような…。けれど、それをどうやって探す気なんだって話だ」 『少なくとも、コイツらの包囲を脱しなきゃならんが、生憎それは無理そうだねえ』 霊夢の言葉に魔理沙が頭上キメラ達にレーザーで牽制しつつそう返し、ついでデルフも呟いてくる。 黒白と一本の言葉に霊夢は苛立ちを覚えつつも、左手に持つ御幣へと自らの霊力を注いでいく。 「そんなに無理無理言うんなら…ちょっとは手を動かせ…てのッ!!」 そして上空から投げつけてきたラピッドの槍に向けて、霊夢は勢いよく御幣の先端を突き出した。 彼女の霊力を注がれた御幣の先についた紙垂代わりの薄い銀板が、シャララと音を立てながら青白く発光していく。 直後。その銀板を中心に小さな結界が展開し、迫ってきた槍を投げ返すようにして弾き飛ばしたのである。 刺されば確実に致命傷となっていたであろう槍は大きく回転しながら、暗い森の中へとその姿を消した。 「お見事!本調子が出ないとか何だ言って、本当は手でも抜いてるんじゃないのか?」 真後ろで嬉しそうに叫んだ魔理沙の黄色い声が痛む頭の中で響き渡り、霊夢の顔をますます険しくさせる。 思わず魔理沙の形をした悪魔たちが、自分の頭の中で暴れまわってるのを想像してしまい、ついつい彼女自身も声を張り上げてしまう。 「えぇいもう…、一々真後ろで叫ばないでよ!こっちはたたでさえ頭が痛いんだから!」 そんな事を言いながら、ほんの一瞬だけ背後の魔法使いを睨んでやろうと振り返ろうとしたとき…デルフが怒鳴り声を上げた。 『おい、気をつけろッ!!゙羽根゙を飛ばしてきやがったぞ!』 よそ見しようとした自分への注意とも取れるその怒鳴りに、思わず視線を戻した彼女は思わず面喰ってしまった。 背中と背中を向け合っていた魔理沙もそちらへと視線を移し、同時に絶句する.。 その゙羽根゙を飛ばしてきたのは、先ほど霊夢に槍を弾かれた上空のラピッドであった。 唯一の武器だったであろう槍を失い、少しだけなら大丈夫だろうと霊夢が視線を外した隙にソレを飛ばしてきたのである。 いつの間にか地上に降り立ち、背中に内蔵された大きな『風石』と連動して自分の背後で浮遊する、六枚の羽根状の゙武器゙。 『風石』の力で緑色に輝く羽根の形をしたソレが風を切りながら回転し、目を見張って驚く霊夢と魔理沙に迫りつつあった。 「げッ、マジかよ!」 「クッ!」 凶悪な緑の光を放ちながら迫りくる刃に、思わずたじろいぐ二人の姿は珍しい光景であろう。 避ける暇が無いと判断したのか、魔理沙より先にその凶器の直撃を喰らうであろう霊夢が咄嗟の即席結界を張る。 録に霊力など込めておらず、完全に防ぎきるとは思えない御粗末な代物ではあったが、それなりに効果はあったようだ。 次々と飛んでくるブーメランは結界に当たるとその軌道を変えて、二人と一本の周りを音を立てて通り過ぎていく。 しかし丁度五本目を防ぎきった所で粉々に砕け散り、不幸にも最後の六本目が彼女と魔理沙へその牙を剥いた。 「うぁッ…!」 「れ…痛ッ!?」 『風石』の持つ力で回転する刃は結界を張っていた霊夢の左肩を勢いよく掠り、彼女の血をまき散らしながら回転を続けていく。 直撃とはいかないものの傷口から伝わる激しそのい痛みに慣れていないせいか、その口から呻き声を漏らしてしまう。 そんな霊夢に思わず声を掛けようとした魔理沙も、彼女の血を飛ばしながら回転凶器に右手の甲を思いっきり切り裂かれた。 「イテテ、ってうわ…、マジかこれ?スゲー痛いうえに見た目もエグイな…」 持っていたミニ八卦炉を思わず落としてしまうが、それにも構わず一瞬で血まみれの切創が出来た右手に彼女はその顔を真っ青にする。 それでもまだまだ余裕は捨てきれないのか、青い顔に苦笑いを浮かべつつも出血する傷口を見ながら呟いた。 「コイツぅ…よくもやってくれるじゃないの?」 『全く、手ひどくやってくれたもんだぜ!』 一方の霊夢は運よく掠り傷ですんだのではあるが、先ほどの頭痛と重なってしまいまたもや片膝をついてしまっている。 心なしか呼吸も荒くなっており、素人目に見ても限界が近くなっている事が察せられる程疲弊していた。 唯一無傷であったデルフはそんな二人を心配しつつも、相手のまさかな攻撃方法にある種の感心を感じていた。 一方で見事攻撃に成功したラピッドはというと、その背中に収まっている『風石』を力強く発光させている。 次は何をしてくるのか…?左肩の傷口を押さえつつ様子を見守っていると、ふとその背後からさっき聞いたばかりの音が聞こえてきた。 鋭い刃物を勢いよく振った時に聞こえてくるあの独特の風を切り裂く音、おもわず霊夢が後ろを振り返つた時―――魔理沙が叫び声を上げる。 「わっ、畜生!また戻ってきやがったぞ!?」 黒白の言うとおり、背後を振り返った霊夢の目にはあの六枚の羽根がUターンして戻って来るのが見えた。 今や凶悪に見える緑色の光を纏って、再び彼女たちを切り裂かんと悪魔の刃が迫ろうとしている。 「人が怪我してるってのに…!ちょっとは休ませろよな!?」 魔理沙が話の通じぬキメラ相手にそんな無茶ことを言いながらも、切創の付いた右手で地面のミニ八卦炉を拾おうとする。 対する霊夢も、今度は撃ち落としてやらんと左肩の傷を今は無視して懐からお札を取り出そうとした。 そしてラピッドのブーメランも、今度こそ二人の息の根を止めてみせると言わんばかりにその回転を強めて近づいてくる。 本物の殺し合いに慣れぬ幻想郷の少女二人と、人を殺すためだけに造られた怪物の飛び道具六枚。 決して相容れぬであろう対決、その雌雄は決したのは―――――― 「『ファイアー・ボール』ッ!」 ――――突如双方の間に割り込むかのように入ってきたルイズの魔法であった。 凄まじい閃光が二人と六本の間で走り、直後にそれが強力な爆風と黒煙と貸して霊夢達ごと周囲を包み込む。 本来なら゙火゙系統の攻撃魔法なのであるが、ルイズが唱えてしまえば広範囲かつ中々凶悪な爆発魔法へと変わってしまうのである。 「!?、ちょ、うわっ…ぷ!」 「る、ルイズおま…うわッ!ゲホッ!!」 激しい爆音を耳にしながら黒煙に包まれた二人は悲鳴を上げる間もなく煙に包まれ、咄嗟に目を瞑りつつも激しく咳き込んでしまう。 彼女たちを切り裂こうとしたラピッドのブーメランは爆風の煽りで槍と同様、六本それぞれがあらぬ方向へと飛んで消え去っていく。 最後の攻撃手段を吹き飛ばされたキメラは驚いたと言いたげに身を怯ませた直後、再びルイズが呪文を詠唱した。 「『エア・ハンマー』!」 勢いよく叫んだ彼女は右手握った杖を怯んだキメラの方へと振り下ろした瞬間、ソイツの足元が大きな音と共に爆ぜる。 ゛風゛系統の呪文であり、本当ならば魔法で固めた空気を不可視の槌として使う呪文だ。 しかし、それもルイズが唱えてしまえば槌にしてしまう空気ごと吹き飛ばしかねない爆発魔法となるのだ。 哀れルイズの爆発を足元で喰らったキメラは、口から黒煙を吐きだしながら力なくその場で倒れ伏してしまう。 背中で光っていた『風石』は完全に砕け散っており、武器も無い今の状態では起き上がっても脅威にはならないだろう。 最も、それは全身煤だらけでボロボロとなったソイツにまだ立ち上がって戦える気力があるかどうかの話だが。 「うわぁ~…霊夢も霊夢だが、ルイズもルイズで色々と酷いなぁ?」 魔理沙は自分と霊夢に不意打ちを喰わせてきたキメラが、ルイズの魔法であっという間にボロ雑巾と化した事に同情心すら抱きかけてしまう。 「それ、数分程前のアンタに掛けてやりたい言葉だよ」 『まぁアレだな?ここは三人とも色々アレって事で済ませとこうぜ?』 「アンタ達!何こんな状況で暢気なやり取りできるのよ!?」 そんな彼女に霊夢とデルフがささやかな突っ込みを入れていると、自分たちを援護してくれたルイズが傍へと駆け寄ってきた。 ルイズもまた他の二人と同じく無傷というワケでもなく、魔法学院の制服やマントには幾つもの切れ込みが入ってボロボロになっている。 その切れ込みから覗く肌にも赤い筋が残っており、場所によっては少しだけ出血が続いているような箇所すら見受けられた。 しかしそんな彼女の顔は緊張した表情を浮かべてはいたが、決して自分たちを囲うキメラに恐怖しているというワケではなかった。 近づいてきた彼女は魔理沙の右手にできた切創を見て、その目を見開いた。 「ちょっとマリサ!その右手の傷って大丈夫なの…!?」 「よぉルイズ。大丈夫だぜ、問題ない!―――――…って言いたいところなんだが、生憎物凄く痛いぜ…」 本当ならここで格好よく大丈夫とか言いたかったものの、体は痛みに対しては正直過ぎた。 右手の切創は最初見た時と比べより出血の量が増えており、ポタリポタリと指と指の合間や先っぽから血が遠慮なく垂れ落ちていく。 痛みも切られたばかりの時と比べジンジンと頭の奥にまで響くほど激しくなっており、心なしか魔理沙自身の顔色も若干悪くなっている。 ルイズはそんな魔法使いの右手の状態を見て一瞬顔を真っ青にしてしまうが、気を取り直すように首を横に振ると右手の杖を腰に差し、 空いたその手で王宮を出る際に持ってきていた肩掛け鞄を開き、その中身を必死に漁り始めた。 「もう!秘薬はそんなに持ってきてないんだから、気をつけなさいよね?」 そんな事をぶつくさ言いながら持ってきていた水の秘薬と包帯を取り出した彼女は、素早く魔理沙の応急処置を始めていく。 「そりゃまぁ、避けれるなら避けてたが…。ていうかコレくらい、包帯巻いてくれるだけで大丈夫だと思うんだが」 『当たり前だろ。娘っ子の秘薬が無けりゃあ、今頃出血多量で一大事だったぜ?』 一方の魔理沙はこういう生傷には慣れていないのか、止血しておけば大丈夫とでも言いたげな言葉に流石のデルフも呆れている。 幻想郷の弾幕ごっこでは体が傷つく事はあっても、今の様に大きくて後々命に係わるような傷ができるという事はそうそう無い。 言葉が通じぬ妖怪を退治する事もある霊夢はまだしも、基本戦いは弾幕ごっこである魔理沙にとって命のやり取りというものは少しだけ漠然とした存在であった。 だからこそ真剣な表情でキメラと戦っていた他の二人と違って、彼女だけは快活な笑みを浮かべていたのである。 暢気な黒白の態度にため息をつきたくなりつつも、ルイズはタオルを使って傷口周りの血を拭いていく。 その間にも霊夢は近づいて来ようとしているキメラ達に、お札と針を交互に使って牽制したり撃ち落としたりしていた。 針で目を潰し、その隙に投げたお札で一匹始末して更に近づいてくる別の個体には最初からお札の集中攻撃で距離を取らせる。 本来ならばこういう時を狙って一斉攻撃してきそうなもりであるが、生憎キメラ達はもゔ一人゙いる相手にも攻撃しなくてはならない。 その為霊夢が相手するのは二、三匹程度であり、その程度ならば魔理沙の応急処置が済むまで守る事など朝飯前であった。 (確かアイツは素手だったけど…大丈夫かしらね?) 接触してきたシェフィールドと自分たちの間に割って入ってきたあの巫女モドキは、今は自分たちの見えない場所で戦っていた。 ここからではあまり見えない森の中から、キメラ達が持っている槍で風を切る音と霊力で青く光る彼女の拳の光が見えている。 補充されて来るキメラ達の何匹かが彼女のいるであろう場所へ飛んで行っているので、まだ生きているのだろう。 「ちょっと、ちゃっちゃと済ませないよ。ソイツの応急処置に時間なんて掛からないでしょうに」 「分かってるって!…ホラ歯ァ食いしばりなさいよ?染みるから」 そんな事を思いつつ、魔理沙の手の甲に付いた血の汚れを拭っているルイズに声を掛けつつ、上空から降りてくるキメラ一体に牽制の針を投げつけた。 一方のルイズも荒い言葉で返しつつ、患者の手に付いた血を粗方噴き終えたところでようやく水の秘薬を塗れるようになった。 手のひらサイズの壺に入った軟膏にも見えるソレを一掬いすると、痛々しい傷口へと遠慮なく塗り始めた。 「おぉ頼む…ぜッ!?うわっ、ちょ…ヒャア!?痛いイタイ痛いッて!」 わざわざ薬まで塗ってくれるルイズに感謝の意を込めた言葉を言いきろうとしたところで、彼女は悲鳴を上げる。 右手の甲にできた一直線上の傷口を包み隠すように塗られた秘薬は、魔理沙自身が想定していた以上に染みる代物であった。 塗られた直後はヒンヤリとした冷気を感じ、それが一瞬で頭の奥に響くほどの熱いとも例えられる痛みに変わったのである。 水の秘薬は軟膏の中に入っている『水精霊の涙』と呼ばれる貴重なマジックアイテムが、塗られた個所の傷口を僅かな時間で直していく。 それ故に傷口に染みた際の痛みも半端なく、それを予想できなかった魔理沙は情けない悲鳴を上げてしまったのだ。 「我慢しなさいって!最初は痛いけどすぐに傷口が塞がって痛みも消えるから」 「イヤイヤイヤ…ッ!これはちょっと…何かに傷口を深く焼かれてるような…イデデデッ!」 秘薬を塗り終え、傷が開かないよう包帯を巻き始めたルイズの叱咤に、魔理沙は目の端に涙を浮かべながら呻いている。 滅多に見れないであろうその霧雨魔理沙の珍しい顔を見た霊夢、こんな状況なのにも関わらずニヤリとしてしまう。 「ほ~、ほ~…。いつもは粋がってる魔理沙さんも、中々可愛い表情を見せてくれるじゃないの」 明らかな嫌味とも取れる霊夢の言葉に、恨めしそうな顔をした魔理沙が「そ、そりゃどうも…!」と咄嗟に返事をする。 そんな二人のやり取りを目にして呆れつつも、黒白の右手に包帯を巻き終えたルイズは今まで援護してくれた霊夢に「終わったわよ!」と告げた。 自分の右手に包帯が巻かれた事の安堵感と、傷口が軟膏で痛むという二つの思いを感じつつも魔理沙はルイズに礼を述べた。 「おぉイテェ~…!応急処置ありがとなルイズ、でも今度からはもうちょっと優し目で頼むぜ」 「そんな事言える余裕があるんなら、軽く避けて反撃するくらいの事はしてほしいものね」 「まぁまぁそう言うなよ。それに、お前さんの爆発魔法の威力の程も見れたし、私として怪我の功名ってヤツだよ」 右手を摩りながら立ち上がった魔理沙が口にした゛爆発魔法゛という言葉に、ルイズがキッと目を鋭くする。 正直言って、この様な状況下においてルイズの『失敗魔法』は本人の予想以上にその効力を発揮していた。 彼女自身は掛けに近い感覚でキメラに杖をふるい呪文を唱えるものの、それ等は威力に差があるものの全て爆発する魔法に変わってしまう。 しかしその爆発はこれまでの失敗魔法同様何もない空間が突然爆ぜるのでキメラ達も急には動けず、犠牲になっている。 ルイズとしては、この二人に守られてばかりではなくこうして共に戦えるという事に不満は無かった。しかし… 「爆発魔法…ね、確かにそりゃアンタの言うとおりだし…ぶっちゃけ今は役に立ってくれてるけど…けれど」 「けれど?」 「やっぱりどんなスペル唱えても爆発しちゃうより、普通の魔法を使ってみたいのよねぇ…」 ルイズの悲痛な言葉を魔理沙はいまいち理解してないのか「まぁまぁ、そう卑屈になるなって…」とやる気のないフォローをしている。 そんな二人のやりとりを見て何をやっているのかと溜め息をつきそうになった霊夢であったが、敵はそれすら許してはくれなかった。 『三人とも、敵は待ってちゃくれないぜ!――――…今度は上から一体、あのブーメランを出してくるぞ!』 デルフの叫びに霊夢達が頭上を仰ぐと、彼の言うとおり上にいるラピッドが背中の『風石』を強く輝かせて背中の羽根を飛ばそうとしていた。 「…舐められたモンね。まさか私相手にさっきの攻撃がまた通じるとでも思ってるワケ?」 一度目ならまだしも、二度目の攻撃を喰らってやる程お人好しではない霊夢は、左手の御幣をキメラへと向けて霊力を溜め始める。 今度は相手の攻撃を防ぐ結界ではなく、その攻撃ごと相手を葬る為の霊力を放とうとした、その直前であった。 「そ…りゃあッ!」 どこからか聞こえてきた威勢の良い女の掛け声と共に、闇夜でよく見えぬ木立の中から物凄い勢いで一体のラピッドが吹っ飛んできた。 その影は霊夢達の頭上で攻撃を行おうとしたキメラを丁度良く巻き込み、軽い金属同士が勢いを付けてぶつかりあった時の様な甲高く激しい音が周囲に響き渡る。 あと少しで羽を飛ばせたラピッドはぶつかってきた仲間のせいで大きくバランスを崩し、同時に発射した六枚の凶器はあらぬ方向へ飛んでいく。 周囲の木々や同じラピッドたちにその羽根が次々と刺さっていくが、幸いにも丁度真下にいたルイズたちはその無差別攻撃からは免れていた。 「わ…っ!?」 秘薬と包帯を手早く鞄にしまい込んだルイズはキメラ同士が頭上で激しくぶつかり合う音と、すぐ近くの地面に刺さった羽根に身を竦ませる。 何時やられてもおかしくなかった応急処置が終わって安堵した瞬間の出来事であったが故に、ついつい気が抜けてしまっていたのだろう。 彼女に右手の怪我を処置してもらった魔理沙も目を見開いて驚きつつ、「おぉ…!?激しいぜ!」と苦笑いを見せている。 一方の霊夢は二匹仲良く揉みくちゃになりながら、木立の中へ消えていくキメラ達を一瞥してから、キッとある場所を睨み付ける。 それは吹っ飛ばされたキメラがいたであろう場所。あのキメラを威勢よく投げ飛ばしたであろう声の主がいる木立の中を。 「全く、どこの誰かは知らないけれど…援護する気があるなら、もっとマシな方法を選びなさいよ?」 下手すればルイズの努力が水の泡と化していたであろう事を考えながら、霊夢はその木立の方へと話しかける。 彼女の言葉にようやくミニ八卦炉を拾えた魔理沙と、右手に杖を握り直したルイズもそちらの方へと視線を向けた。 周囲に浮かぶキメラ達に警戒しつつもすぐ近くの木立を三人が見つめていると、キメラを投げ飛ばしたであろゔ彼女゛の声が聞こえてきた。 「…そりゃ悪かったわね?何せ、急に向かってきたもんだから投げるしかなかったのよ…!」 そう言って三人の前に現れたのは、突然ルイズ達とシェフィールドの前に現れた謎の巫女モドキ―――ハクレイであった。 長い黒髪と紅い巫女装束、そして霊夢のソレと酷似している服と別離した白い袖という衣出立ちは、確かにそう言われてもおかしくない。 そんな彼女は今、先ほどまでいたであろう木立から抜け出すようにして三人の前に走ってくると、そこでバッと身を翻した。 「たくっ…!コイツら以外としつこいわねぇ!」 そう呟きながら三人に背中を見せたハクレイは、次に彼女たちを庇うような形で拳を構えて見せた。 左手を前に突き出し、右手は腰に触れるか触れないかの位置で止めて先ほどまで自分がいた場所を警戒している。 一体何事かとルイズ達が思った直後、その彼女を追いかける様にして二体のラピッド達が飛びかかってきた。 四人に突き刺すようにして槍を向けてくる相手に対し、ルイズたちが行動を起こす前に先に構えていたハクレイが動く。 「せいッ、…ハァッ!」 腰の横で止めていた右手の拳に霊力を溜めると、彼女を槍で突こうとしたラピッドの胴へと勢いよく右アッパーを叩き込んだのだ。 丁度相手の頭上から攻撃しようとしたソイツはものの見事に彼女の青い拳を喰らい、その体がイヤな音を立てて鎧ごとへの字に曲がっていく。 見事なアッパーカットを喰らったキメラはその口から黒色の血反吐をぶちまけると、そのままぐったりとして動かなくなる。 攻撃を当てたハクレイはそのまま左足で地面を蹴ると、右の拳で貫いたキメラごとジャンプして一気に二匹目のラピッドへと近づいた。 一方の二匹目は、やられた仲間を持ったままこちらへ飛んでくる相手を両断しようとしているのか、両手に持った槍を思いっきり振り上げようとする。 だがそれを読んでいたのか、ハクレイはキメラを持ち上げている右手を少し引いて、一気にそれを前へと突き出す。 すると胴に刺さっていた彼女の右手がスッポリと抜けて、突き上げられたラピッドの体は勢いを付けて槍を振り上げた仲間と激突したのである。 折角攻撃をしようとした所でやられた仲間と衝突したキメラは大きくバランスを崩し、槍を振り上げたままその場で固まってしまう。 その隙を狙って作り上げたハクレイは左手に霊力を注ぎ、青色に光るする左の拳でもって二匹目の頬を殴りつけた。 頭部を覆う鎧が大きく凹み、その内側にある顔の骨が折れていく不吉で乾いた音が、彼女の耳に入ってくる。 それを気にすることなく左手に更なる力を込めていき、そして一気に殴りぬけた! 「吹ッ飛べ!!」 そんな叫びと共に左フックで殴り飛ばされたキメラは先にやられた仲間と共に、錐揉みしながら木立の方へと飛んでいく。 皮肉にも先程自分たちが出てきた所へと戻っていくとは、彼らの少ない理性では到底考えられなかった事であろう。 仲間がやられた事で補充として前へ出ようとしたもう一匹を弾き飛ばしながら、二匹のキメラは仲良く闇の中へと消えていった。 無事に二匹、余計に一匹殴り飛ばしたハクレイは地面に着地するとふぅと一息ついて右の袖で顔の汗を拭った。 魔理沙はそれを見ておぉ…っ!と声を上げたが、霊夢だけは彼女の手を包む霊力を見て顔を顰めている。 あの荒く、まるで鋸のような相手の体をズタズタに切り裂くかのような霊力で包まれた拳の一撃は、さぞや痛いであろう。 (あんなので殴られるくらいなら、本物の鋸で切られた方が…いや、どっちもどっちか。…でも、あの攻撃の仕方) そんな事を考えつつも、彼女はあの巫女もどきの攻撃にどこか見覚えがあった事を思い出す。 忘れもしない丁度二週間前近くの事。アンリエッタの結婚式だからと言って、ルイズが服を買ってくれたあの日。 ガンダールヴのルーンに導かれるようにして出会った。自分と瓜二つの恰好をした少女との戦い…。 そしてあの姿、紅い巫女装束に黒髪。―――――霊夢は二度も見ていたのだ、同じ姿をした女性を。 ガンダールヴのルーンに導かれるようにしてレストランを出る直前に、そして自分の偽物と相打った直後の夢の中で―――― 「………ッ」 チクリ、と後頭部の内側から微かな痛みを感じてしまう。 どうしてか知らないが、この女がやってきて一緒に戦い始めてから頭痛が起き始めた様な気がする。 気のせいと言われればそうなのかも知れないが、直前まで何とも無かった事を考えればそれはあり得ない様な気がした。 少なくとも今自分の体を襲う頭痛の原因に、後ろにいる巫女モドキの存在が関与しているのかもれしない。 そんな不確かな事を思いつつも、自分の気持ちなど微塵も知らない彼女に対して霊夢は身勝手な不満を抱いていた。 「全く、アンタは本当に何なのよ?」 「―――…?」 顔を顰めた霊夢の呟きが聞こえたのか、顔を拭っていたハクレイはキョトンとした表情を彼女の方へと向けた。 彼女がここを離れられない三つ目の理由、それは謎の巫女もどきことハクレイの存在である。 自分とよく似た巫女装束の姿をした彼女の存在が引っ掛って、仕方がないのである。 ド派手な登場でシェフィールドを逃がしてしまって霊夢に怒鳴られた後、彼女も流されるようにして三人と戦うことになった。 最初は突如現れた彼女に対してルイズが何者かと聞いてみたのが、あっさりと自分の素性を話してくれた。 曰く、自分は記憶喪失で何処で生まれたのかも分からず、名前すら知らないという事。 そしてこの村から少し離れた川でボーっとしているところを、カトレアと名乗る女性と出会い、色々あって彼女に保護してもらった事。 今は目の前の屋敷の地下で、村の人たちと一緒に避難している彼女を助ける為に外で戦っているという事を、ハクレイは手短に話してくれた。 それを聞いたルイズは、ここへ来る動機となった女性の名前を耳にしてキメラに魔法を放つのを忘れて彼女の掴みかかった。 「カトレア…?それじゃあやっぱり、ちぃ姉さまはあそこにいるのね!?」 「うわっ…ちょ!ま、まぁそうだけど…ちょっと危ない、危ない!」 戦いの最中にも関わらず詰め寄ってきたルイズに慌てつつも、ハクレイは話を続けていった。 隠れている最中に容態が悪化したカトレアの薬を取りに行く際に、屋敷から出て助けを呼びに行く者たちと一緒に地下を出た事。 彼らを見送った後、薬を手にしたところまでは良かったが屋敷内部にいたキメラ達に見つかって止むを得ず戦う羽目になったのだという。 その時はすぐに蹴散らしたが、待っていましたと言わんばかりに他の連中もやってきて戻ろうにも戻れなくなってしまい、 同行してくれていたカトレア御付の貴族たちに薬を渡して、彼女自身が囮役として屋敷の外に出てキメラ達と戦いつつも逃げていたらしい。 数時間掛けて奴らを撒いたのは良かったが屋敷周辺には奴らがいて戻れず、仕方なく隠れていたという。 それから今に至るまでハクレイは彼女自身の戦い方もあって三人とは距離をとっていたものの、キメラを相手に共闘する事となった。 ルイズ達は近づいてくる敵を魔法やお札といった飛び道具で撃ち落とし、ハクレイが少し離れた場所で拳を振るう。 そんな風に戦って約十五分、二十体近くを倒してはいるが未だに終わりは見えてこないという状況であった。 「それにしても、殴れど蹴れども幾らでも湧いてくるわねコイツラは…」 「やっぱりあのシェフィールドっていう女を黙らせるか、何処かでコイツラを保管してる場所か何かを潰さなきゃダメみたいね」 「アイツラの動きからしてそう遠くはないだろうけど、離れたら離れたであの屋敷に手を出すだろうし…」 息を整えつつも三人の傍へと寄ってきたハクレイと霊夢が、周囲にいる敵を睨みつつも何とか打開策を見つけようとしている。 自分たちの周りを囲うキメラ共は最初こそ無秩序に突撃して来たものの、倒した数が増えるごとに一体ごとの動きが慎重になっている。 恐らくは何処か自あの分たちの見えない所から、あのシェフィールドが操っているのかもしれないが断定することはできない。 「全く、今回の化け物といいあの女といい…良く分からない連中と戦ってばかりな気がするわね」 「それには概ね同意しますけど。個人的に一番得体が知れないのはアンタだと断言しておくわ」 ハクレイの愚痴に対し霊夢が言葉を返しながらも懐から新しいお札を取り出し、いつでも戦えるようにと態勢を整える。 霊夢としてはその見た目からして怪しいとは思っていたものの、ひとまずは信じられる味方として共に戦っているという状況だった。 一方のハクレイは霊夢の姿を見ても特に何も感じてはいないようだが、少なくとも無関心というワケではないらしい。 自分たちを囲っているキメラ達を睨みつつも、時折彼女の強い視線がチラチラと横目で見ている程度ではあったが。 とにもかくにも、今この状況を打開しない以上詳しいことは聞けないと理解しているからこそ、二人は肩を並べて戦っているのである。 そんな二人のやり取りを耳にしていたルイズは、身長と胸囲に差があり過ぎるもののどこか霊夢と似通っていると思った。 服装にも微妙な違いがあるものの、霊夢の来ている巫女装束と意匠が似ていて…言ってはなんだが、まるでそう―――゙親子゙の様な…。 「…って私、何を考えてるのよこんな時に」 「ん、どうしたルイズ?頭に毛虫でも乗っかったのか?」 首を横に振って頭の中の思考を払おうとした所で、それに気づいた魔理沙が声を掛けてくる。 包帯を巻いた右手は少し痛々しいものの秘薬が効いているのか、苦も無く動かしている所を見れば痛みが治まったのであろう。 自分が持ってきた道具が無駄じゃなかったことを確信しつつも、ルイズは彼女の言葉に「何でもないわよ」と言ってから耳打ちで言葉を続ける。 「ただちょっと…あの女の人の姿が、ちょっとだけアイツに似てるって思っただけよ」 「あぁ~、確かにそうだな。まぁ巫女さんの姿だから似ててもしょうがないと思うぜ、そこは」 自分の疑問に対して、やや適当な感じで魔理沙がそう答えた事にルイズは「そこが疑問なのよ!」とやや怒りつつ喋り続ける。 「そのアンタんとこの巫女装束を着た彼女が、ハルケギニアにいるって事事態おかしいと思わないの?」 「え?…あ、確かにそうか!ここって私とアイツにとっちゃあ異世界だもんな、バリバリ西洋の」 一瞬だけ怪訝になりつつ、すぐに明るい表情になった魔理沙の言葉に霊夢も「あっ」と言葉が出て思い出す。 確かにルイズ魔理沙の言うとおりだ。ここはハルケギニア、東洋の文化など全く見えてこない西洋感溢れる異世界。 本来なら目の前の巫女モドキが来ているような和風の巫女装束など、お目に掛かる事など無い筈なのである。 それを今更ながら理解した霊夢と魔理沙の二人は、場違いな服を着たハクレイの方を見遣る。 一方のハクレイもルイズの言葉を聞いて「そうなの?」と自分の事にも関わらず、首を軽く傾げながら言う。 周囲を囲うキメラにも警戒しなければいけないため彼女の顔は見れないが、その口調からは本当に不思議がっているのが分かった。 「え?…ま、まぁそうだけど…ていうか、アンタ自身の事なのにそのアンタが不思議そうに聞いてどうするのよ?」 「さっきも言ったけど私は何も覚えてないから、こんな姿をしてる理由も思い出せないのよ」 あぁそうか、さっきそんな事言ってたわね。戦いながら聞いていた彼女のいきさつを思い出して、ルイズ達は納得する。 けれどもそれはそれで謎がさらに深まってしまい、彼女自身の存在がより不鮮明になってしまう事となった。 しかし、だからといって今共に戦っている彼女に杖を向けるという事にはならない。 ひとまずはそう納得したルイズは杖を握る右手に更に力を込めて言った。 「だけど、今はそんな事を知る前にちぃ姉様やタルブ村の人たちがいる屋敷を守らないと…それが先決よ!」 「だな。確かに怪しいっちゃ怪しいが、だからといって敵を増やしても良いことは何もないぜ」 ルイズの言葉に魔理沙も同意し、霊夢も「そりゃそうね」と呟きながら御幣を遠くから睨むキメラ達の方へと向ける。 そして黒白に怪しいと言われたハクレイも、その三人と背中を合わすようにして静かに拳を構えて見せる。 遠くから様子を見守っていたラピッド達も再び動き出そうとしているのか、彼女たちの周りにいる数体が姿勢を低くしている。 恐らくあの姿勢から飛び上がるつもりだろうか?軽い想像を頭の中でしつつも霊夢は突き出した御幣に霊力を注ごうとした―――その時だった。 「………ん?――――何だ、急に肌寒くなってきたような…」 彼女の後ろでミニ八卦炉を構えていた魔理沙が、唐突にそんな言葉を口から出してきたのは。 突然何を言い出すのか?そう言いたかったルイズもまた、彼女と同様にブラウス越しの肌が冷たい空気に触れるのを感じた。 二人の言葉にハクレイも周囲の空気が冷たくなり始めたのに気づき、もしやキメラ達の仕業かと辺りを見回してみる。 だが不思議な事にキメラ達もその動きを止めており、姿勢を低くしていた奴らも腰を上げてキョロキョロと頭を動かしていた。 「アイツらも止まってる?ってことは、あのシェフィールドっていうヤツが何かを仕掛けたってワケじゃあなさそうだけど…ねぇれ…あれ?」 彼女に続いてキメラの異常に気が付いたルイズがそう言いながら霊夢にも話を振ろうとした時に、ようやく気が付く。 自分たちと同じく空気の異変に気付いたであろう彼女は、それまでキメラを睨んでいた目を頭上の空へと向けている事に。 一体どうしたのかとルイズが訝しんでいる一方で、霊夢は周囲に漂い始めたこの冷気に覚えがあった事を思い出していた。 かつて地上より遠く離れた雲の中、まるで御伽噺に出てくるような空に浮かぶ巨大大陸で体験した様々な出来事。 まだ幻想郷から紫が迎えに来る前に、帰る手がかりがないかとあのアンリエッタが持ってきた幻想郷録起を頼りに訪れた『白の国』 途中入った森の中の村に泊まり、色々あって行先が同じだったルイズと合流し裏口から入ったニューカッスル城。 アルビオン王党派最後の砦の中で、彼女は感じていたのである、肌を容赦なく刺してくるかのような冷気を。 そして知っていた。ルイズの護衛として同行し、まんまと王党派の中に紛れ込むことのできたあの男が放つ、この冷気の゙正体゙を。 (この冷気は間違いない、この空気が漂いだしてすぐに…あの後…ッ!) 目を見開き、あの時の出来事が脳裏を駆け巡っていく中で霊夢は思い出す。あの男の一言を。 ―――――何、君には永遠の眠りをあげようと思ってね そんな気取った言葉を放つ男には撃てそうにもない苛烈な雷撃に、間違いなく自分は追いつめられていたのだ。 自身の゛遍在゙を用いて一度は襲い掛かってきた、『閃光』の二つ名を持つ男に。 『…………ッ!!?クソ、やべェ!お前ら、その場に伏せろ!!』 そこまで思い出したところで、目を見開いた霊夢が他の三人へと顔を向けようとした直後。 不思議とそれまで黙り込んでいたデルフが、まるで堰を切ったかのような怒声で叫んだのである。 今まで黙っていたかと思えば急に怒鳴ったインテリジェンスソードにルイズ達三人が目を丸くした直後、霊夢が動いた。 突然叫んだデルフの言葉を一瞬理解できず驚いていたルイズの体を、腰に抱きつくような感じで地面に押し倒したのである。 「え、わ…っちょ!何すんのよイキナリ!?」 「えぇ…?おいおいお前ら、急に盛るのはナシ…ィグエェッ!!」 突然の霊夢の行動にルイズは赤面しながらも怒り、魔理沙はそれを茶化そうとしたものの上手くいかなかった。 ちょうど彼女の傍にいたハクレイに、後ろから勢いよく袖首を引っ張られて地面に倒されたからである。 ハクレイもハクレイで最初こそ唐突に叫んだ剣に驚いたものの、自分と似た姿をした少女の行動に何かイヤなモノを感じたのだ。 だからこそそれに倣うような形で近くにいた黒白の少女を地面を伏せさせたものの、少々強引過ぎたと伏せさせた後で思った。 しかし、結果的にデルフの叫びと二人の巫女がとった行動はこの場に居た四人を救う結果となる。 ルイズと魔理沙が無理やり地面に伏せさせられた直後、周囲に漂っていた冷気が更にその冷たさを増した。――――瞬間! 先ほどまで霊夢が凝視していた上空から眩い閃光と共に、空気が弾け飛ぶ激しい音と共に無数の雷撃が周囲に炸裂したのである。 「!?キャア…!」 霊夢に押し倒されて赤面していた顔を一変、真っ青にさせたルイズが悲鳴を上げる。 一方でその彼女を押し倒した霊夢は霊力を溜めていた御幣を頭上に掲げると、その先端部から再び結界を展開させた。 今度は即席ではなく、あらかじめ攻撃用に練っていた霊力であった為に守りは強固であり、こちらへと落ちてくる雷撃を弾いていく。 結界に弾かれる度に上空からの雷は激しい閃光と音と共に別方向に飛んでいき、その先にあった一本の木に命中する。 弾かれた雷撃が直撃した木は、轟音と共にあっさりと折れ曲がるとそのまま勢いよく燃え始めた。 アストン伯の屋敷にも雷が直撃し、まだ割れていない窓ガラスが割れて甲高い音と共に屋敷の外へ飛んでいく。 しっかりと整備された屋敷の芝生や周囲に散乱していたキメラの破片や放棄されたトリステイン軍の装備品も上空からの閃光で吹き飛ばされていく。 その中にはここへ来た時にルイズたちが見つけた王軍騎士達のマントもあり、それらは全て激しい雷撃で呆気なく消し炭と化していった。 そして当然、彼女たちを数の力で包囲していたキメラ達にも雷撃は容赦しなかった。 上空から走ってくる閃光は容赦なく奴らの体を鎧ごと貫き、目にもとまらぬ速さで黒焦げになったトカゲの丸焼きへと変えていく。 体をほぼ金属で覆っている事もあり、どんなに動き回っても時間稼ぎにすらならない。 中には無謀にも『風石』の力で飛び上がろうとした奴もいたが、所詮は無駄なあがきであった。 結果。自分たちの頭上で激しい音と共に閃光が奔った直後、トカゲの丸焦げ焼きが落ちてきた事に魔理沙は素っ頓狂な声を上げた。 「うぉわっ!…な、何だぜコレ!?一体全体、何が起こってるんだぜ…!?」 動揺のせいか変な語尾がついた彼女の言葉に答える者は誰もおらず、四人中三人は顔を地面へ向けている。 ただ一人、結界を張っている霊夢だけは霊力を結界へ補充しつつも、その目で闇夜の空を睨み付けていた。 『『ライトニング・クラウド』…!こいつはおでれーたぜ…まさかこのご時世に、ここまで使いこなせるヤツがいたとはな!』 デルフの言葉に、この雷撃が魔法だと察していたルイズはハッとした表情を浮かべた。 ライトニング・クラウド――――人口の雲を造り出し、それに冷気を流し込む事で強力な雷撃を発生させる魔法。 強力な魔法が多い゛風゛系統の中でも特に殺傷能力に秀で、詠唱者に要求される技術も高い上級スペル。 それをここまで凶悪で無差別な殺戮を行える程の魔法に変えられるメイジは、ルイズの中では少なくとも二人だけ知っていた。 一人目は我がヴァリエール家の母親。泣く子も黙るどころか踵を返して逃げ始める゙烈風゙の二つ名を持つ武人。 そして二人目はそのヴァリエール家と領地が近く付き合いもあり、かつては自分の婿と呼ばれ、裏切り者となった男――――ー そこまで思い出した時、それまで周囲を攻撃し続けていた雷撃がピタリと止んだのである。 最後の一撃がついでと言わんばかりに一匹だけ残っていたキメラを黒焦げにした後、その空から何も降ってこなくなった。 まるで最初から雷撃など無かったと言わんばかりの様に静まり返った空と、それとは反対に惨憺たる傷跡をつけられた大地。 ルイズ達四人以外を除き、周囲にいたラピッド達は文字通り全ての個体が黒く焦がされ、沈黙させられている。 治まったか…?誰ともなくそう思った時、雷撃が牙を剥かなかった木立の中から、あのシェフィールドが怒鳴り声を上げた。 『私゙たぢを裏切るつもりかい!?―――――ワルド子爵…ッ!』 恐らく安全圏から今までの戦いを眺めていたであろう彼女の言葉は、怒り一色に染まっている。 「ワルド子爵ですって…!?」 彼女が口にした聞き覚えのある名前に、ルイズが目を丸くして立ち上がってしまう。 同じく地面に伏せていた霊夢が貼っていた結界の外へと上半身が出てしまった直後、今度は彼女の周囲を風が包み込んだのである。 ウェーブの掛かったピンクブロンドが揺れ、ボロボロになったマントが風でバタバタと音を立てた時、彼女を見上げていた霊夢は気づいた。 ルイズの頭上。先程『ライニング・クラウド』が飛んできた上空から一つの大きな影が近づいて来ようとこている事に。 「…!ルイズッ…」 「え、あ、わ…ちょ―――キャアッ!!」 その叫びが届いた直前、意図的な風に体を包み込まれたルイズの身体が宙へと持ち上がる。 まるで目に見えぬ巨人の手に捕まれたかのように、彼女がどんなにもがいてもその拘束から逃れられない。 急いで御幣の柄を地面に勢いよく刺し、空いた左手でルイズを掴もうとした霊夢であったが、それは無駄な努力に終わってしまう。 空中でもがくルイズが、こちらへと左手を差し伸べてきた霊夢に右手を差し出そうとした瞬間。 腰を上げた霊夢が出し抜かれてたまるかと言わんばかりの顔で持って、ルイズの右手を掴もうとした直前。 雷撃が収まり、周囲の状況を確認していた魔理沙が宙に浮かぶルイズの頭上から迫る巨大な影に気付いた時。 頭を上げて状況を把握し、これは良くないと認識したハクレイが動き出そうとする前に。 そして想定していたシナリオへ土足で踏み込み、大事な゙主役゙を攫おうとする不届き者にシェフィールドが手を打つ寸前に―――。 「――――…ッアァ!!」 「ルイズッ!」 霊夢が手を掴もうとしたルイズは、物凄い突風と共に降下してきた黒い風竜の手に掴まれてしまう。 咄嗟に右手のお札を放とうとするものの、それを察知した竜は地面に降り立つことなく森の中へと飛び去っていく。 あっという間に遠くなっていくピンクブロンドの髪と同時に、彼女の目に゙その男゙が後ろを振り向く姿が映り込む。 かつてニューカッスル城で自分を追いつめてくれた、魔法衛士隊の一つグリフォン隊の元隊長だった男。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵が浮かべた大胆不敵な笑みを、霊夢の赤みがかった黒い瞳は見逃さなかった。 油断した…!苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた霊夢は、地面に刺していた御幣を引き抜いて立ち上がる。 あの竜に乗っていた男…見間違いでなければかつて自分を二度も襲ってきたワルド子爵だと思い出していた。 ニューカッスル城で痛めつけてやった筈なのだが、どうやらアイツ自身はまだまだ諦めてはいないようだった。 ルイズを攫ったのも返して欲しくば追いかけて来い!という意味なのだろうが、それにしてもどうしてここにいるのだろうか…? 一瞬だけそんな疑問を感じた彼女は、すぐにワルドがレコン・キスタのスパイだったという事を思い出す。 そしてあの男は、その気になれば自分やルイズのような少女の命に手を掛ける事すら躊躇しないという事も。 スカートに付いた土埃を払いつつ、頭の中をフルで動かしている霊夢に腰を上げた魔理沙が捲し立ててくる。 「お、おいおいッ霊夢!ルイズの奴が竜に攫われちまったぞ…!?ていうか、背中に誰か乗ってたような…」 「そんくらい、分かってるわよ。とりあえず乗ってた男を止めて痛めつけないと、ルイズの身に何が起こるか分かったもんじゃないわ」 魔理沙の言葉にそう返しながらも、霊夢はワルドが操る竜が飛んで行った林道を一瞥しつつも周囲の様子を探ってみる。 周囲を囲っていたキメラ達は既に全滅しており、幸いにも行く手を阻む障害は存在していない。 辺りに敵がいない事と、どこへ行けばいいかの確認を終えた彼女はソッと魔理沙に耳打ちする。 「魔理沙、アンタが先行してあの竜を止めてきて頂戴。私もすぐに追いつくから」 「分かった、分かったが…でもどうするよ?あのシェフィールドとかいうおばさんが私達を見逃してくれると思うか?」 『失礼な事言うもんじゃないよ!このガキ!』 「うぉっ…!失敬、聞こえてたか。じゃあ次言う時は、大声にしておくよ」 霊夢の提案に魔理沙は顔を顰めつつもそう言うと声が聞こえていたのか、闇の中からシェフィールドの怒鳴り声が聞こえてくる。 まさか聞こえていたとは思わなかった魔理沙が身を竦ませながらも尚も口を止めない所を見た霊夢は、そう簡単に逃がしてくれそうにないという確信を抱く。 それと同時に、先ほどのセリフとキメラを倒したのがワルドだと思い出した彼女は、闇の中にいるシェフィールドへと質問を飛ばした。 「さっきの攻撃…まさかとは思うけど最初からルイズを攫う為に計画してたワケじゃないわよね?」 『当たり前に決まっているじゃないの?全くあの子爵め、どういうつもりなんだいッ!!折角竜騎士の地位を授けてやったというのに!』 竜騎士…?アルビオン?ということは、ワルドは今回侵攻してきたアルビオン艦隊と共にやってきたのだろうか? 怒り散らすシェフィールドの返事を聞いた霊夢は、あのワルドがどうしてこんな所にいるのかを理解した。 まずワルドとシェフィールドは、今艦隊を率いてやってきているレコン・キスタという組織の仲間として繋がっでいだという事。 そしてどういう事か、本当なら介入してくる事の無かったワルドの乱入によりルイズが攫われてしまった。 今やるべきことは、あの邪魔をされて激怒しているシェフィールドの目を掻い潜ってワルドの手からルイズを助けに行かねばならない。 幸いにもキメラはルイズを攫う直前に『ライトニング・クラウド』のおかげで全滅している為逃げる事は苦ではない。 だがしかし、ルイズを助けにここを離れた場合…彼女の姉を含めてまだ多くの人がいる屋敷を見捨てる事にも繋がる。 残念な事だが。キメラを操る闇の中の女がわざわざ屋敷に手を出さずに待ってくれるとは思えなかった。 少しだけ俯いて考えた後、霊夢はスッと顔を上げて闇の中にいるシェフィールドへ声を掛けた。 「ねぇ、少し聞きたいんだけど。もし私と魔理沙がここから消えたら、あの屋敷はどうするのかしら?」 霊夢はすぐ傍にあるアストン伯の屋敷を指さしながら訊いてみると、彼女は『簡単なコトさ!』と叫んでから喋り出した。 『アンタ達が尻尾撒いて逃げるようなら、あそこに隠れている連中は私の憂さ晴らしで皆殺しにしてやるだけさ。もう釣り餌としての価値はないからねぇ』 「別に逃げるつもりはないんだどさ―、やる事と言う事が過激なんじゃないの?」 あぁ、やっぱり思った通りだ。予想できていた霊夢は溜め息をつき、魔理沙は゛釣り餌゛や゛憂さ晴らし゛という言葉を聞いて目を丸くしている。 キメラをけしかけてくる時点で、おかしな人間だとは思っていたのだがまさかそこまで多くの人をぞんざいに扱えるとは思っていなかったのだ。 そして、あの屋敷を守る為に自分たちより前に戦っていたであろうハクレイは信じられないと言いたげな目でシェフィールドの話を聞いていた。 三人中二人が似たような反応を見せたのを確認してから、霊夢はまたも口を開いた。 「…ちょっとルイズを助けて戻ってくるまで待ってて―――って言っても、通じないわよね?」 『―――アンタ、それは正気で言っているのかしら?だとしたら…随分巫山戯た言い訳だねぇ!』 思いっきりバカにしてるかのような嘲笑と共にそう言った直後、再び上空から銀色の影が三つ落ちてくる。 さっきここにいた奴らを全滅させたばかりだというのに、もう新しいラピッドが霊夢達の前に立ちはだかってきた。 キメラ達は地面に倒れた黒焦げの仲間たちを踏み潰しつつ、手に持った槍の刃先を向けてこちらに近づいてくる。 「クソっ、次から次へと…厄介事が文字通り空から舞い降りてきやがるぜ!」 悪態をついた魔理沙がミニ八卦炉を構え、それに霊夢も続こうとした直前…二人の前にハクレイの背中が立ちはだかった。 突然の事に二人が軽く驚いていると、仁王立ちになったハクレイが「早く行って」と霊夢達に言った。 「コイツラとシェフィールドとかいうヤツは私が相手をするから、アンタ達はあのルイズって子を助けに行きなさい」 「……良いの?アンタとアイツラの相性、どうみても悪いような気がするんだけど」 殿と屋敷の守りを引き受けてくれるハクレイに対して、霊夢は彼女とキメラを見比べながら真顔で言う。 彼女の言うとおり。相手は『風石』の力で自由に地上と空中を行き来する上に、飛び道具まで持っている。 それに対してハクレイ自身の武器は自分の手足だけという純粋な格闘家的戦法しか取れず、どう考えても相性が悪いとしか言いようがない。 先ほどの様に相手から近づけば話は別だが、あのキメラ達相手に同じ戦法が何度も通用するとは思えなかった。 だが当の本人もそれを理解したうえでここに残ると宣言したのであろう、心配を装ってくれる霊夢に「心配ないわよ」と素っ気なく返す。 「何もかも忘れて、得体の知れない私に手を差し伸べてくれたカトレアや、 何の罪もなくただ避難している人々にも、奴らが容赦なく手を出そうというのなら…、 それをしでかそうとした事を悔いるまで私は絶対に負けるつもりはないし、死ぬつもりもないわ」 黒みがかった赤い瞳でキメラ達を睨み付け、ゆっくりと拳を構え始めたハクレイは言った。 その後姿から漂う雰囲気と言葉に二人が何も言えずにいると、黙って聞いていたシェフィールドが甲高い笑い声を上げ始める。 まるで彼女の語った言葉を駄洒落か何かと勘違いしているかのような、腹を抱えている程の潔い笑いであった。 「ッハハハハ!こいつは傑作だねぇ。わざわざその程度の事で、死地に飛び込んできたっていうの? だったら教えてあげるよ。この私を怒らせ事に対する、死や屈する事よりも辛い…後悔ってヤツをさぁ…ッ!!」 最後まで笑いと憤怒が詰まったその言葉と共に、槍を構えていた三体のラピッドが一斉に飛びかかってきた。 銀色に光る槍と真っ赤な口の中を見せて向かってくるキメラ達に、霊夢と魔理沙はそれぞれり獲物を反射的に構える。 しかし、奴らが三人の方へと落ちてくる前に既に準備ができていたハクレイが急に右足で地面を踏んだのである。 唐突な行為に霊夢が一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、その行動に理由があった事を即座に知る事となった。 分厚く、蹴られたら痛いと分かるブーツに自分の霊力を纏わせた彼女のストンプは、地面を爆ぜさせたのである。 緑の芝生が土と共に宙を舞い、ほんのわずかではあるが突撃しようとしたキメラ達の前に土の障壁を作り上げた。 結果、突撃しようとした敵はあと一歩という所で動きをとめてしまい、結果的にそれが霊夢達を動かすキッカケとなった。 「ッ!魔理沙、行くわよ!」 わざわざキメラを止めてくれたハクレイに行けとも言われていないし、目配せもされていない。 けれども彼女が取ってくれた行動で察した霊夢は、隣で目を丸くする魔理沙に声を掛けつつその体を浮かばせた。 地面から一メイル程度浮いているだけではあったものの、速く移動するのにはうってつけの飛び方である。 彼女は林道の方へと体を向けると重心をそちらの方へと向けて、超低空高速飛行で進みだす。 「……!!わ、分かったぜ!」 声を掛けられた魔理沙もハッとした表情で頷くと、左手で持っていた箒に急いで腰かける。 一瞬自分の力で浮きつつも箒に腰かけたところで、ふと言い残したことがあったのかハクレイの方へと顔を向けて一言述べた。 「悪いな、名無しの巫女さん。これで死んじまったらアンタのお墓に花の一本でも添えといてやるよ」 何やら縁起でもない事を彼女に伝え終えた魔理沙は、すでに林道へと入っている霊夢の後を追い始める。 霊夢と比べ速さには自信があった魔理沙らしく、箒に腰かける後姿はあっというまに闇夜の中へ消えていった。 ハクレイがキメラを足止めしてほんの十秒後、彼女たちは無事にここから抜け出せることができた。 突如やってきてルイズを攫っていったワルドに追いついて、とっちめる為に。 魔理沙の言葉を聞いた後、今更になって後ろを振り返った彼女は顔を顰めながら先ほどの言葉を思い出していた。 「…花一本て―――――…ガッ!?」 それは無事に二人を林道を向かわせる事ができた彼女の、唯一の油断と言っても良かった。 一瞬だけ振り返った直後、彼女の腰部分に一匹のラピッドが抱きつくような形でタックルをしてきたのである。 回避も間に合わず、諸に直撃を喰らった彼女は肺の中の空気が全て出て行ってしまったかのよう苦しさを味わいつつも、地面に倒されてしまう。 仰向けになった彼女が空っぽになった肺へ急いで酸素を取り入れつつも、何とかして腰に抱きついたキメラを引き剥がそうとした。 しかしそれを実行へ移す前に、芝生に付いていた白い袖目がけて左右のラピッド二体が何の躊躇いもなく槍で串刺しにする。 「えっ、ちょ…うわっ!」 鋭く鈍い音と共に文字通り地面へ釘づけけとなった袖に拘束されるような形で、ハクレイは身動きを封じられてしまう。 唯一足だけは動かせたものの奴らもそれを理解しているのか、タックルしてきたのも含めて三匹はその場からすっと後ろへ下がった。 蹴飛ばすこともできず、一瞬の隙を突かれて地面へ釘付けにされたハクレイはバツの悪そうな表情を浮かべて呟く。 「…あちゃー、言った傍からしくじったわねぇ」 「ふふ…何だい?大見得切った割には、随分な御姿じゃないの」 彼女が呟いた直後、すぐ近くからシェフィールドが面白おかしいモノを見るかのような口調でなじってきた。 今まで闇の中から耳にしていたその声は、今度はやけにハッキリと聞こえている。 今は近くにいるのか?ハクレイがそう思った直後、すぐ目の前の闇から滲み出るようにして黒いローブ姿のシェフィールドがとうとう姿を現した。 水に濡れた鴉の羽根の様な長い黒髪に死人の様な白い顔に微笑みを浮かべて、地面に倒れたハクレイを見下ろしている。 嘲笑っているとも取れるその笑みからは、少なくとも友好的とはとても思えぬ念が込められていた。 「うーん、実にいいモノねぇ。私の計画を散々無茶苦茶にしてくれた奴を、地面に釘付けにするってのは…」 周囲にキメラを侍らせている彼女は一人楽しそうにつぶやきながら、相手をまじまじと睨み付けている。 対してハクレイの方もこれからどうしようかと考えつつも、時間稼ぎのつもりで何か言おうとその口を開く。 「そうかしら?わざわざ槍で地面に張り付けにされてる身としては、あまりいい気分はしないんだけどね」 「アンタの意見なんか別に聞いてもいないよ。それに、平静を装っていられるのも今の内さ」 ハクレイの言葉に対してキッパリと言い放ったシェフィールドは彼女の傍へ近づくと、ジッと彼女の顔を見つめてきた。 近づけば近づくほど白く見える顔からは人間らしさが見えて来ず、彼女という一個人を不気味な存在に仕立てている。 そしてその目は、まるでこれから面白いショーが始まる事を心待ちにしているかのような子供が見せる目つきをしていた。 この様な状況では場違いとも思える目つきをしているシェフィールドを見て、ハクレイの体は言い様のない不安で強張っていく。 何だか分からないが…とにかく、何かイヤな事が起こる予感がする…! 心の中でそんな気持ちを抱いた彼女の心を読んだかのように、突如シェフィールドが小さく笑った。 「ふふ…アンタ、さっき言ってたわよね?あそこの屋敷に隠れてる連中には、絶対に手を出させないって」 「…!それがどうかしたのかしら?」 自分の顔を覗き込む彼女の口から起こり得るであろう出た言葉から、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつも察していた。 丁寧に作り上げた計画を無茶苦茶にされたという彼女の、それをぶち壊した自分に対する憎しみは並々ならぬモノに違いない。 だとすればそれに対しての゙報復措置゙は既に思いついており、今はそれを実行に移そうとしている直前なのだ。 そしてシェフィールドは、ハクレイがその゛報復措置゙の内容を察している事に気づいていた。 何が可笑しいのか、強張っているハクレイの顔を覗き込みながらも、シェフィールドは冷たく嗤う。 自分の――ひいては我が主が指すゲーム盤を乱した者は、例え誰であろうともそれ相応の代償を払う必要があるのだ。 そんな思いを氷の様に冷たい笑みから漂わせながら、シェフィールドは口を開いた。 「アンタは理解しているんだろ?―――無駄になっだ釣り餌゙は、水槽の魚にあげてやるべきだって。 丁度今、私の周りには飼っている魚たちがお腹を空かしているだろうから…きっと喜んで食べてくれるだろうねぇ」 「――――アンタ…ッソレ本気で言ってるワケ!?」 とうとう、彼女の口から出てしまった恐ろしい話を耳にして、ハクレイはその目をカッと見開いて叫ぶ。 彼女の赤い瞳からはこれから怒るであろう惨劇を何とか止めようとする必死さと、自分への憎しみがこもっている。 「ハァ…―――本気も本気よ?じゃなければ、私の怒りは収まりがつかないのよ」 それに気づいたシェフィールドは、堪らないと言いたげに肩を震わせながら恍惚に染まった溜め息をつきながらそう言う。 そこまで言った所で、ハクレイは袖に刺さった槍を何とか引き抜こうともがき始める。 しかし思っていた以上に深く刺さっている槍はビクともせず、逆に彼女の体力をジリジリと奪っていく。 ヤケクソ気味に自由な両足を動かすものの何の解決にもならず、ブーツが空しく空気を切っているだけであった。 ―――――これだ、これこそ今の私が望む最高の展開だ。 目の前でジタバタと暴れているハクレイを見ながら、シェフィールドは内心で歪んだ笑みを浮かべていた。 こうやって最後まで抗う彼女の目の前で、守ろうとした者達に無残な結末を迎えさせる。 屋敷の地下に隠れている連中は、さぞや耳に心地よい悲鳴を上げながらキメラ達に殺される事だろう。 そうして思う存分に絶望した所で抗うコイツも八つ裂きにし、そして私を裏切ったあの子爵も始末する。 そこまですれば我が主のゲーム盤は元に戻る。異端で不要な駒どもは粉々に砕いて燃やして捨てるのが相応しい。 「我が主のゲーム盤に横槍を入れた者は、皆等しく死すべき存在よ。女子供が相手だろうとね?」 キメラ達を動かす前に一言つぶやいたシェフィールドが、自分を睨み付けるハクレイの顔に触れる。 それ自体は単に彼女へ送る最期のスキンシップのつもりであり、他意は無かった。 だが、それが彼女と――――そしてハクレイが今置かれている状況を一変させうる引き金となった。 「…?――――――な…ッ!?」 シェフィールドの白い指がハクレイの顔に触れた直後、驚きを隠せぬような声と共にその指がピクリと揺れ動いた。 まるで今触ったモノが触れる事すら危険な毒物だと気づいた時の様な、明らかな動揺が見て取れる動き。 それに気づいたハクレイがシェフィールドの方へと顔を向けた時、彼女の表情がいつの間にか一変している事に気が付いた。 それまで笑みを浮かべていた顔は驚愕に染まり、不思議な事に彼女の額が青く発光している。 額の光を目を凝らして見てみると、どことなく何かの文字にも見えるのだが前髪で隠れていて良く分からない。 一体どうしたのかと訝しもうとしたとき、カッと目を見開いたシェフィールドが「あり得ない!」と叫びながら後ずさり始める。 額を光らせ、動揺を隠しきれぬ顔で後ろへと下がる彼女は張り付けにされているハクレイを見ながら、ぶつぶつ喋り出した。 「そんなバカな事…あり得ないわ。……――――には、そんな能力なんて無い筈なのに――――」 ついさっきまで自分を嘲笑っていた女が、今度は一転して狼狽えている光景にはある種の異様さが漂っている。 そんな思いを浮かべながらただ黙って見ているしかなかったハクレイに向けて、シェフィールドは一言だけ呟いた。 「一体、お前の身体に何があったというんだい?――――゛見本゛」 ――――――…見本? 彼女の口から出た一つの何気ない単語にしかし、ハクレイの心は酷く揺れ動いた。 まるで今の今まで忘れていたかった事を思い出してしまった時の様な、思わず呻きたくなってしまう程の動揺。 それを今まさに感じているハクレイは、自分の心臓の鼓動が早鐘の様に鳴りはじめた事に気が付く。 「゙見本゛―――――…って、アンタ一体…何を言ってるのよ?」 頭の中で直接響く鼓動の音に消えてしまう程の小さく掠れた声で、彼女は呟いた。 ハクレイに殿を任せて、霊夢と魔理沙の二人が林道に沿って飛び始めてから早五分。 未だルイズを攫って行ったワルドと彼が操る風竜の姿は見えず、ひとまず二人は道なりに飛ぶしかなかった。 アストン伯の屋敷からタルブ村へと続く林道もまた、その前にいた山道と同じく整備されている。 馬車が走っても車輪が岩で壊れないよう大きめの石は殆ど除去され、緩やかなカーブを描く平らな道がどこまでも続いている。 道の幅は十二メイル程で、両端には飛んでいる二人を生け捕りにしようとするかのように鬱蒼とした木立しか見えない。 二人は闇に慣れた目で木立に突っ込まないよう気を付けながら、ルイズの姿を探していた。 こういう時の灯りではあるのだが、先ほどの戦いで失ったカンテラが自分たちが持ってきていた唯一の灯だった。 一応闇に慣れたとはいえ、あった方が良いか?と問われれば当然あった方が良いと答えていたであろう。 しかし無いモノは無く。止むを得ず二人は暗い闇に包まれた道をただひたすらに飛んでいた。 霧が薄まったとはいえ月は顔を出しておらず、頭上の空には星の光とは思えぬ人口の光が幾つも見える。 林道に入って少ししてから見えたそれ等の光は、よくよく見てみれば巨大な船に取り付けられているものだと分かった。 恐らく、あれが今トリステインを侵略しようとしているアルビオンの艦隊なのだろう。時折敵の竜騎士らしきシルエットも見ていた。 だとすれば敵の集団かキメラの群れが自分たちのすぐ近くにいてもおかしくはないし、それと戦う暇など勿論ない。 故に二人はこうして、森の外から飛び上がろうとせず渋々といった表情でルイズを探していた。 「なぁ、ホントにあの巫女モドキさん一人にしておいても良かったのかよ?」 先頭を進む魔理沙が、腰かけている箒にゆっくりとカーブを掛けさせながら後ろを飛ぶ霊夢に話しかけた。 「……?何よ、アンタらしくないわねぇ。もしかして、去り際に行った自分の言葉に罪悪感でも持ったの?」 「まさか。ただ、いつもはああいうのに疑いを掛けるようなお前さんがアイツの肩を持つのはおかしいと思ってな」 霊夢の言葉にそう返してから、黒白は箒に微調整を掛けつつ自分がよく知る巫女さんがどんな返事をするのか期待していた。 てっきり適当な事を言うと思っていた彼女はしかし、五秒ほど経っても霊夢が言葉をよこさない事に気付くと怪訝な表情を浮かべる。 「………?霊夢?」 思わず待ちきれなくなった魔理沙が彼女の名を呼ぶと、少し悩んだ様な表情をした霊夢がポツリと口を開く。 「んぅ~…―――何でなの、かしらねぇ?イマイチ良く分からないわ」 「おいおい、らしくないな。何時ものお前さんならその場で物事をスッパリ考えて、キッパリ決めてるっていうのにさ」 「…こう見えても色々と悩んでるんのよ?まぁ、弾幕はパワーとか決めつけているアンタよりかは悩んでる回数は多いわ」 「お、言ってくれるなぁ~。月が見えない夜には気を付けておけよ?」 「アンタの場合存在そのものが賑やかなんだから、月が無くても平気だわ」 まるで博麗神社の縁側でしているようないつもの会話を、二人にとっての異世界であるハルケギニアの暗い林道でする。 今自分たちが置かれている状況を理解しているとは思えない光景であったが、ふと先行していた魔理沙が何かを発見した。 林道に沿って飛び始めてから更に十分が経過したところだろうが。 ようやく出口が見えてきて、タルブ村が見えてくるだろうという所で魔理沙が声を上げた。 「ん?……あっ、おい霊夢!いたぞッ、アッチだ!」 双方ともに自分のペースで進んでいた為に林道を先に魔理沙の呼びかけで、霊夢は少しスピードを上げる。 最後のゆるいカーブを曲がり切ったところで、周囲の闇とは違う魔法使いの黒い背中が見えたのでその場で急ブレーキを掛けて止まる。 靴先が少しだけ地面を蹴る同時に着地し、箒をその場で浮遊させて止まっている魔理沙の傍に寄っていく。 彼女の視線の先、林道出てすぐ近くにできている広場のような草地のど真ん中に、ルイズが倒れていた。 うつ伏せの状態で倒れている彼女は気でも失っているのか、体が微かに上下している意外動きを見せない。 周囲には上空の艦隊以外目立つモノは無く、不思議な事に彼女を攫って行ったワルドや風竜の姿はどこにも見当たらなかった。 何処かで自分たちが来るのを待ち伏せているのだろうが、それにしても罠としてはあまりにも分かりやすい。 「…ご丁寧に気まで失わせて放置してるぜ?どう思うよ」 「ん~確かに、トラップにしちゃ分かりやすいけど。あれじゃああからさま過ぎて近づきにくいわね~」 「とりあえずサッと近づいて助けるか?まぁ何が起こるのか察せるけどな」 「丁度良いところに人柱役の魔法使いが一人いるから、何が起こるか試せるわね」 「それは残念。私は『魔法使い』ではなく『普通の魔法使い』だから、人柱役にはなれませぬで候」 二人の少女が林道とタルブ村の境界線に立って、うつ伏せになって倒れている貴族の少女をどうするか話し合う。 周囲の状況から浮きすぎている会話を聞いていてもたってもいられなくなったのか、それに待ったをかける゛物゛がいた。 『おいおいお前ら、そんな半ば喧嘩腰な会話してる暇があんなら少し周りでも警戒でもしろよ』 「うわっ!」 霊夢が背中に担いでいたデルフが、今まで黙っていた分も合わせるかのようにしていきなり喋ってきた。 相も変わらず錆びついた刀身を少しだけ覗かせてダミ声喋る姿は、やはりというかどうも゛歳をとり過ぎた剣゛という表現がしっくりくる。 当然その声を間近で聞いた一応の持ち主はそれに身を竦めて驚き、次に恨めしそうに背中のインテリジェンスソードを睨み付けた。 「ちょっとデルフ、喋る時くらい何か合図でもしてから話してよね。一々驚いてたら寿命が縮むじゃないの」 「おぉ、そりゃいいな。デルフ、人間五十年と言う言葉があるから後五十回は驚かせ」 『んな事できるワケねーだろうが。…それはさておき、これからあそこで伸びてる娘っ子はどうするつもりなんだ?』 霧を掴もうとするかの如く途方もない二人の会話にピリオドを打ちつつ、デルフはいま差し掛かっている問題に話題をシフトさせた。 まぁコイツの言う事も確かか。そう思った霊夢も気を取り直して、ここから十メイル先で倒れているルイズを凝視する。 まずもって相手の罠だという認識の上で考えれば、阿呆みたいに近づけば確実に良くない事が起こるだろう。 「う~ん、アイツに声を掛けて起きてくれればいいんだけど…おーい!ルイズー!」 試しに自分の声で彼女を起こしてみようと聞こえる範囲で呼びかけてみるが、ルイズは微動だにせず倒れたまま。 ルイズの事だから眠っている可能性は低いかもしれないが、ひよっとすると魔法で眠らされているかもしれない。 そんな彼女の思考を読み取ったのか、霊夢が呼びかけて少ししてからデルフがカチャカチャとハバキの部分を動かしながら喋り出す。 『ありゃ恐らく魔法で眠らされてるなぁ。でなけりゃ呼びかけても目を覚まさないってのにも道理が付く』 「そういや、確か風系統の魔法か何かにそういうのがあったよな?確か『スリープ・クラウド』っていうのが」 『それだな。魔法から生み出せる特殊な雲で、上位のクラスが唱えたらドラゴンも一発で眠っちまうんだ。後は朝までスーヤスヤよ』 デルフの言う魔法に心あたりのあった魔理沙が、見事その呪文の名前を言い当ててみせる。 二人のやり取りを何となく見ていた霊夢はふと、黒白の頭上に何かがある事に気が付く。 闇夜のせいでその輪郭は曖昧ではあるが、まるで人の頭一つ分は覆い隠せそうな青白い雲が浮かんでいる。 不思議な雲は時折僅かに縮んだり大きくなったとまるで生き物用に動きながら浮遊していた。 「――――ねぇ魔理沙、その頭上の雲って…」 「ん?何だ霊夢。頭上の…って――――うぉわっ!?」 突然の指摘に魔理沙が頭上を見ようとした直前、その青白い雲がストンと彼女の頭に覆い被さってきた。 いきなり頭上から降ってきて自分の視界を隠してきた雲に魔理沙は思わず驚き、その場で大声を出してしまう。 まるで雲彼女の頭がそのまま青白い雲になってしまったような錯覚を霊夢が覚えていた時、デルフが声を上げた。 『―――ッ!不味いぞレイム、そいつがさっき言ってた眠りの雲だ!』 「何ですって?ということは…ちょっと、魔理沙ッ」 デルフの言葉に霊夢が声を掛けたときには遅く、雲が消えたと同時に魔理沙の体が崩れ落ちる。 まるで長時間張りつめていた緊張という名の糸が切れて崩れ落ちるかのように、彼女は仰向けになって地面へと倒れた。 事態が悪化したことに気付いた霊夢が急いで駆け寄ってみると、黒白の魔法使いは目をつぶって安らかに眠り始めている。 「ちょ…魔理沙、ナニ寝てるのよ?起きなさいって、この!」 急いで叩き起こそうと頬を叩いてみるが、まるで睡眠薬でも盛られたかのように起きる素振りを見せない。 「無駄だ。『スリープ・クラウド』で眠らされたら、その程度では起きはしないさ」 「―――…!」 そんな時であった。ルイズが倒れている方向から、あの男の声が聞こえてきたのは。 アルビオンでウェールズを殺し、ルイズを裏切り…そして自分に手痛い仕打ちをしてくれたあの男の声が。 地面に倒れ伏した魔理沙の方を見ていた霊夢がハッとした表情を浮かべて、すぐさま顔を上げる。 先程まで眠りに伏したルイズしか倒れていなかった場所、朝日や月が出ていればタルブ村と広大なブドウ畑が一望できていたであろう広場。 そこに黒い羽帽子に、金糸で縫われたグリフォンの刺繍が輝く黒マントに身を包んだ貴族の男が立っていた。 帽子のつばで顔を隠している男は、自身の存在が霊夢に気付いたことを知るのを待っていたかのように、自らの顔を上げた。 年の頃は二十代半ばといってもいいが、それを感じさせない口ひげのせいで三十代にも見えてしまう。 だが顔そのものはハルケギニアの基準では十分に美しく、かっこよさも兼ねている美形であった。 黙っていても平民の町娘や貴族の御令嬢まで声を掛けてくれるようなそんな男が、ジッと霊夢を睨み付けている。 まるで猛禽類の様に鋭く凶暴さが垣間見えるその瞳で、異世界からやってきた巫女さんを見つめていた。 マントの内側に自らの両手を隠し、これからの一手を読まれぬようにとその体を微動だにさせずに立ち続ける姿は獲物の出方を窺う鷹そのもの。 そんな相手に睨まれながらも霊夢は決してたじろぐことなく、男もまた自分よりも年下の少女を互いに゙敵゙として見つめ合っていた。 かつて二人はアルビオンにて戦い、結果として両者は勝ち星と負け星を一つずつ所有し合う事となったのだから。 「まさかとは思ってたけど、やっぱりアンタだったようね…ワルド」 「貴様とルイズたちに出会えた事は偶然だったが、これも始祖の定めというモノかな?―――ハクレイレイム」 眠りに落ちた魔理沙を足元に放置したままの霊夢の言葉に、ワルドはそう言ってマントから勢いよく右手を出した。 そしてその手で黒く光るレイピア型の杖を腰から抜き放つと、目にもとまらぬ速さで霊夢に突きつける。 流石魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めた男。その一挙一動には、まるで隙というモノが見えない。 霊夢もワルドの動きに倣って身構えようとした直前、突拍子も無く彼女の体を風の壁とも言える程の突風が襲い掛かった。 「うわっ!?…っとと!」 突然の突風に彼女は驚いたものの、何とか両足を地に着けて堪えて見せる。 思わず両腕で顔を隠し、赤いリボンが風に煽られ揺れる音が耳に響く中でデルフが声を上げた。 『今のは風系統の初歩『ウインド』だな。けどあの野郎が放ったレベルのは、久しぶりに見たぜ…ッ!』 「つまり私は舐められてるって事?全く大したヤツじゃないの……って、わっ!」 デルフの助言にそう返しながらチラリと前を窺った瞬間、霊夢は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。 彼女が突風で顔を隠していた間を使って、ワルドが一気に距離を詰めようと飛びかかってきたのである。 「随分とヒマそうじゃないかッ!」 まるで地上の獲物襲い掛かる猛禽のように、頭上から杖を振り上げて迫りくるワルド。 デルフと話していた自分を馬鹿にするかの彼の言葉に霊夢は舌打ちしつつも、懐から取り出したお札を右手で投げつけた。 ありがたいお言葉と霊力が込められた三枚の札はしかし、無情にも頭上のワルドに命中することは無かった。 もうすぐで当たろうとした直前に、本物のレイピアに当たる刀身の部分が光り輝く刃―――『ブレイド』と化した杖でもってお札を切り裂いたのだ。 哀れ六枚の紙くずとなったソレを見た彼女は目を見開きつつも、左手だけで持っていた御幣を両手持ちへと変えて後ろへと下がる。 その直後に先程まで彼女が立っていた場所のすぐ近くにワルドが降り立ち、次に息つく暇もなく霊夢へ切りかかっていく。 霊夢もまた攻めに来るワルドの動きを止める為に、敢えて横一文字の形に突き出した御幣でもって相手を迎え撃った。 瞬間、二人の少女が眠り落ちた空間に激しく甲高い音が響き渡った。 凶暴な目つきをした男が放つ魔法の刃と、異世界からの少女が張った結界に包まれた一振りの棒が激突している。 レイピア型の杖を包む緑色に光るワルドの『ブレイド』は、霊夢が御幣に張った青い結界と鍔迫り合いを起こしたのだ。 両者互いに地面に食い込まんばかりに足を踏ん張り、今にも押し返さんとしていた。 魔力と霊力。常人ならざる者たちの力のぶつけ合いは、周囲にこれでもかと凄まじい威圧感を放出させている。 「ッ!いきなりご挨拶な事ね?攻撃してくるんならちゃんと声掛けの、一つでもしろっての…ッ!」 「それは失礼。何せニューカッスル城にいた時の借りがあったものでね。それを返したまでの事さ」 「言って、くれるじゃないのぉッ」 霊夢は奇襲を仕掛けてきたワルドを睨み付けながらも、ローファーを履いた両足に力を込めてワルドの攻撃を防いでいた。 一方のワルドは必死に鍔迫り合っている霊夢を見下ろしながらも、杖を持つ手により一層の力を込めて御幣ごと叩ききろうとしている。 結界を張った御幣自体はしっかりと盾の役目を果たしており、ワルドの魔力で形作られた『ブレイド』を押しとどめている。 しかし魔法衛士隊の者として心身共に戦士として鍛え上げられた男に、自分は押されているのだと霊夢は自覚せざるを得なかった。 幻想郷では話の通じぬ妖怪相手には本気で挑むものの、これまで人や話の分かる人外とは弾幕ごっこで勝敗をつけてきた霊夢と、 片や魔法衛士隊の隊長としてこれまで数々の訓練と実戦経験を積み、必要とあらば殺人すらも躊躇しないワルド。 決められたルールの範囲内か自分より格下の相手と戦ってきた少女と、目まぐるしく状況が変化する戦場や何でもありな組手で場数を踏んできた男。 ワルドは知っていた。この様な状況下で、次はどういう一手を打てばいいのか。 相手の少女よりも長い人生の中で戦ってきた彼はそれを多くの先輩や敵達から受け、そして学んできた。 「――――ふん、やはり俺の考えは間違ってなかったな」 瞬きする事すら許されぬ状況の中で、霊夢と睨み合っていたワルドがポツリ呟いた。 その自信満々な言い方に相手をしていた彼女はそれが気に食わず「何がッ?」とすかさず言葉を返す。 『ブレイド』の扱いに長けたワルドの腕力に押されつつも、下手に動けばバッサリやられてしまうという状態に置かれている。 元々魔理沙やルイズと比べて体力の少ない霊夢にとって、今の様な鍔迫り合いを長引かせる気は無かった。 それでも宙に浮いたり他の武器やスペルカードを取り出す…などの隙を見せる事ができず両者互いに硬直状態となっている。 だからこそ自分と比べて余裕満々な男の言葉に苛立った彼女は、ついついそれに反応してしまう。 ワルドの狙いはそこにあったのだ。 飛び道具での戦いを得意とする少女を、自分の得意分野である白兵戦に持ち込めたのだから。 「ある意味ではルイズよりも苛烈なお前ならば、こうして喰らいついてきてくれるッ…とな!」 怒りに満ちた霊夢の瞳を見つめながらそう言いきった直後、ワルドは彼女の方へ掛けていた力を全て『抜いた』。 まるで憑き物がとれたかのように霊夢の御幣と対峙していた杖から魔力が抜け、緑の刃がフッと消え去る。 それと同時に、しっかりと杖を構えていた彼は背中から地面へ倒れるようにして素早く後ろへ下がったのだ。 一歩、二歩、三歩と早歩きのように足を後方へ動かして下がり出した彼の行動は、対峙していた霊夢にも影響を及ぼす。 「なっ――――うわ…っ!?」 直前までワルドと鍔迫り合いをしていた彼女は彼の突然の後退に、体が自然と前のめりになってしまう。 御幣を両手で持って『ブレイド』を防いでいたがゆえに、対峙していた側が急にいなくなった事で体のバランスを大きく欠いてしまったのである。 結果、御幣を前に向けた姿勢のまま前方に倒れかけた霊夢は、後ろへ下がって態勢を整えたワルドに大きな隙を見せる事となってしまった。 「白兵戦には、こういう駆け引きもあるッ!」 無防備に自分の方へ寄ってくる霊夢に教えるような口調でそう言うともう一歩下がり、そこから流れるようにして回し蹴りを叩き込む。 鍛え抜かれた足から放たれる技が彼女の脇腹に直撃し、その体が僅かに横へと曲がった。 「――――…」 直撃を喰らった霊夢は目を見開き、声にならない悲鳴を上げると同時に突然の息苦しさが彼女を襲う。 肺の中から空気が…!そう思った時には体が宙を舞い、そしてうつ伏せの状態で草地へと叩きつけられた。 左手から離れた御幣がクルクルと回転しながら夜空へと飛び上がってから、持ち主から五メイルも離れた地面に突き刺さる。 地面から生える背の低すぎる植物たちが露わになっている肌に触れて、僅かな痛みとむず痒さを伝えてくる。 しかしそれ以上に苦しかったのは、蹴られた衝撃で口から飛び出ていった空気を求めて、体が警報を鳴らしていた事であった。 「―――…ッハァ!ンッ…!クハッ…ッア!」 空いてしまった左手で胸を掻き毟るように押さえながら、何とか体の中に酸素を取り入れようとする。 無意識に目の端から涙が零れ落ちていくが、それを拭う暇がない程に体が酸素を欲していた。 体を丸くさせて必死に肩で呼吸する今の彼女の姿を見れば、幻想郷の住人ならば誰もが驚いていた事であろう。 『おいレイム、しっかりしろ!』 流石のデルフも普段の彼女からは想像もつかない姿に、思わず叫び声を上げる。 その声の出所が剣だと気付いたワルドは、ほぅ…と感慨深そうに息を漏らすと気さくな言葉を掛けた。 「成程。先ほどから聞こえていたダミ声はそれだったか。確か、インテリジェンスソード…とでも言えば良かったかな?」 口調そのものは、街角で友人と気軽な世間話しをしているかのような雰囲気が滲み出ている。 しかしそれを口にしているワルド本人は杖の先を蹲る霊夢へ向けて、彼女が次にどう動くのかを見極めている。 顔もまた真剣そのものであり、弱りつつある獲物に近づく猛獣のように慎重にかつ確実に勝てるよう注意を払っていた。 「しかし悲しきかな、そんな大きな剣は君の背中には不釣り合いに見える。何故君はそんなものを背負っているんだ」 「ゲホ…!ケホッ…悪い、けど…―――乙女の横っ腹に蹴りを、喰らわす奴…には…ゴホ、教えられないわね…」 大の大人が持つには丁度良いデルフのサイズとその持ち主を見比べながら、彼は疑問を口にする。 その合間に咳き込みつつも、必死に呼吸したかいもあってようやく落ち着きつつあった霊夢は、怒りを滲ませながら言った。 蹴られた横腹はまだ痛むものの、肺の中に空気が戻ってきた事である程度喋れるほどの余裕は取り戻せていた。 こちらの様子を窺うワルドを睨み付けつつ、手放してしまった御幣が丁度右斜めの所に突き刺さっているのを確認する。 紙垂代わりの薄い銀板がチラチラと鈍く輝いているのは、まるで持ち主にここだここだと告げているかのようだ。 しかし今の彼女にはそれを取に行ける程の余裕は無く、かといって今対峙している相手は生半可な奴ではないとも理解していた。 (コイツ相手には普通のお札や針じゃ対処できそうにないし、かといってスペルカードは…諸刃の剣ね) この男は強い。単にメイジとしての実力もそうだが、それを凌駕する程に人間としての強さも兼ね備えている。 既に二回も戦っているが、相手は確実にこちらの動きをしっかりと学んで、今の戦いに臨んできていた。 だとすれば、これまでの戦い方では今の相手に勝てるかどうか分からない。無論、勝つ気で戦うのが彼女であった。 しかしその可能性は良くて五分五分。目の前にいる男は、自分と同じ種族とどう戦えば良いのか知っている。 妖怪退治を主として来た霊夢は、その人間と戦い゙仕留める゛という事に関しては良くも悪くも素人であった。 魔理沙や咲夜の様な人間とは常にスペルカードで勝ち星を取ってきたが、それ以上の事まではしていない。 人間を守り、妖怪を退治して幻想郷の均衡を守る博麗の巫女としては、当然の事であろう。 しかし逆に言えば、妖怪ば仕留め゙られるものの彼女は自らの手で人の命を゛仕留め゙た事はないのだ。 それはつまり、スペルカードを一切用いない人間同士による真剣な殺し合い。 互いに自らの命を賭けて勝負し、激しい攻撃の末にどちらかが勝利し、どちらかが命を落とす。 スペルカードという安全なルールの中で戦ってきた霊夢にとって、目の前にいる男との相性は悪すぎたのである。 色んな意味で一期一会な雑魚妖怪達には有効である攻撃は、人間が相手となると事情が違ってくる。 知り合いでもある人型の妖怪や人間たち―――この男も含めて、一度見られてしまうとその゛パターン゙を読まれてしまう。 無論読まれたとしても避けれる程の実力が無ければ意味は無いのだが、運悪くワルドにはそれを避ける程の実力があった。 だから霊夢は今の相手にはお札や針は効き目が薄いと判断し、スペルカードによる弾幕は危険と安全の隣りあわせと判断したのだ。 (スペールカードなら多少は安全と思うけど…こういう殺し合いの場だと近づかれたら―――死ぬわね) 今まで編み出してきた結界やお札を併用した弾幕ならば、ごり押しで倒せる可能性はある。 しかし最悪そのパターンを読まれて回避され、近づかれでもしたらそれで御終い。文字通りのあの世行きなのだ。 御幣が手元にあればそれと手持ちの武器で何とかイケる気もするが、生憎それは五メイルも離れた所にある。 今立ち上がって瞬間移動なり飛んで取りに行けば、それを察しているであろうワルドの思う壺だろう。 ならば今の彼女は、ワルドと言う名のグリフォンによって隅に追いやられた猫なのだろうか? 抵抗力もできず、ただただ威嚇しつつも自分より大きい幻獣に身を縮ませるか弱い哺乳類なのだろうか? ――――――否、それは違う。彼女は持っていた、今の自分に残されている最後の『切り札』とも言えるモノが。 幻想郷から遥々このハルケギニアに召喚され、ルイズによって左手の甲に刻まれた『神の左手』と人々に語り継がれる使い魔のルーン。 六千年前に降臨した始祖ブリミルの使い魔の一人であり、ありとあらゆる武器、兵器を使いこなしたと言われる『ガンダールヴ』。 そのルーンこそが。今の霊夢が考えうる最後の切り札にして、今の状況を打開できる能力。 「使う事はまずないだろうと思ってたけど…、使わないと流石に不味いわよね…うん」 「……?一体何をするつもりだ?」 軽くため息をつきながら一人呟いた彼女に、ワルドは首を傾げた。 そんな彼を余所に霊夢は痛む蹴られた左の横腹を右手で押さえつつも、ゆっくりと立ち上がる。 痛みが引いたとは言え完全に消えたワケでもなく、ズキズキと滲む痛みに霊夢は顔を顰めながら苦言を呟く。 「イテテ…アンタねぇ、蹴るなら蹴るでもうちょっと手加減の一つでもしなさいよ」 「それは失礼。魔法衛士隊の組手は常に本気を出すのが鉄則だったのねでね」 少女の言葉にワルドは肩を軽く竦めつつも、動き出した相手に向ける杖を決して下げはしない。 まぁ当然かと霊夢は思いつつ、ようやく立ち上がれた彼女はふぅと一息ついてから再び身構えて見せた。 左横腹を押さえていた右手を離し、左手を右肩の方へスッと上げると丁度肩の後ろにあったデルフの柄を握りしめた。 錆び錆びの刀身に相応しい年季の入ったそれを霊夢の柔らかい手が触れたところで、デルフが話しかけてくる。 『……やるか?』 「手持ちじゃあ倒せるにしても危険だし、何より長物も使ってみたいしね」 今の自分には二つの行動を意味するような彼の言い方に、霊夢はそう答える。 相手が背負っている剣の柄を握ったのを見計らうかのように、ワルドは改めて杖を握りつめると呪文を唱え出した。 本当ならばいつでも仕留められたというのに、自分が再び態勢を整えるのを待っていてくれたのだろうか? 「だとしたら、随分律儀な事ね。……なら、そのお返しは倍にして返してやるわ」 決して隙を見せず、けれども自分を舐めているかのような態度を見せるワルドに贈るかのように霊夢は一人呟く。 そして柄を握る左手に力を入れると、錆びた刀身と鞘が擦れ合う音と共にインテリジェンスソードを勢いよく引き抜いた。 「ほう…随分と年季の入った骨董品じゃないか。売れそうにないがね?」 呪文を唱えていたワルドは、霊夢が抜き放った剣を見て、珍しいモノを見るかのような目で感想を述べた。 耳に障る音と共に鞘から出たデルフの刀身は、鍔から刃先にまでびっしりと黒い錆びに覆われている。 全体の形は霊夢の良く知る太刀に似ている片刃で、贔屓目に見ても彼女の様な少女が振るえる代物とは思えない。 しかし、そんな思い代物を今は左手一つで握りしめ、鞘から抜き放ったのは間違いなく目の前にいる少女であった。 「奇遇じゃない。私もコイツの全体を見たのは久しぶりだけど…やっぱりタダでも引き取ってくれそうにないわねぇ」 『うっせぇ!オレっちにだって色々あるんだよ、馬鹿にするんじゃねぇ!』 ワルドの感想に追随するかのように霊夢がそう言うと、流石のデルフも突っ込まざるを得なかった。 錆びついた身本隊に相応しいダミ声で怒鳴るインテリジェンスソードに、ワルドは嘲笑を浮かべながら口を開く。 「まぁどっちにしろ、私はこの前の借りを返す事も含めて―――全力で戦わせて貰うぞ!」 その言葉と共にワルドが杖を振り上げると、彼の目の前に風で出来た刃―――『エア・カッター』が出現した。 緑色に光るソレは出てきた一瞬だけその場で制止した後、かなりのスピードでもって霊夢とデルフに襲い掛かってくる。 まるで先ほど戦っていたシェフィールドのキメラを彷彿とさせるような攻撃である。ただし一度に出せる枚数はあちらの方が上だったが。 しかしあれから感じられる魔力と殺気は本物である。直撃しようものならサラシに張っている結界符など一発で消し飛んでしまうだろう。 幸い避ける事は造作もない程真っ直ぐに飛んできてくれる為、さっそく横へ飛ぼうとした矢先にデルフが叫び声を上げた。 『避けるなレイム!オレっちでエア・カッターを受け止めるんだ!!』 「はぁっ!?冗談じゃないわよ、あんなの受け止めたらアンタの方が負けて…」 『どっちにしろここで避けたら奴は撃ち続けてくるッ!いいからオレっちを信じろ!』 受け続けてくるのなら避けに避けて錆び錆びの刀身で斬りつけてやるのだが、妙に熱いデルフの言葉に霊夢はデルフの刀身を前へ向ける。 確証そのものは無かった。だが今まで聞いた事の無いようなデルフの言い方に彼女の勘が働いた。 (まぁどっちにしろ結界符はあるし、何かあった時は大丈夫よね…?) 先程の御幣とは違いデルフの柄を両手で持ち、迫り来る三枚の風の刃を待ち受ける。 それを見たワルドは、普通ならば気が狂っているとしか思えない霊夢の行動を見てバカな…と目を見開いていた。 「何をするつもりだハクレイレイム!そんなボロボロの剣で私の『エア・カッター』を防ぐつもりなのか…!?」 ふざけた真似を!―――最後に言おうとした一言を口に出す前に、その『エア・カッター』を受け止めるデルフが怒鳴り声をあげる。 『うるせぇっ!オレっちの事散々骨董品だのボロボロだの言いやがってぇ!こうなりゃ、トコトンやってやるぜ!』 「いやぁでもアンタ、ワルドの言う事も一理ある…って、―――――うわっ!?」 剣にしては怒りぼっく饒舌なデルフの吐露に霊夢が突っ込もうとした直前、ワルドの『エア・カッター』が彼の刀身と激突した。 純粋で鋭利な魔力の塊と錆びた刀がぶつかりあい、金切り声の様な音を立てて風の刃がデルフに食い込んでいく。 一見すればデルフの錆びた刀身を、『エア・カッター』の魔力が削り取っているかのように見えていた。 「デルフ…!って、ちょ…本当に―――」 ―――本当に大丈夫なの!?霊夢がそう叫ぼうとした矢先、驚くべき光景を二人は目にした。 一度に三枚もの『エア・カッター』を受け止めていたデルフの刀身が、急に光り輝き始めたのである。 まるで水平線の彼方から顔を出す太陽の様に眩しい光に、霊夢とワルドは思わず目をそむけそうになってしまう。 しかし、そんな二人の目を逸らさせまいと思っているのか、デルフは間髪入れず更なる驚愕の主観を彼女たちに見せつける。 光り出した自分の刀身と真っ向からぶつかり合っていた風の刃を、まるで吸い込むようにして吸収してしまったのだ。 「な、何だと…!?私の『エア・カッター』が!」 『へっへぇ、お生憎様だな?悪いがお前さんの魔法は美味しく頂いておくぜ』 目を見開いて驚くワルドに向けてデルフは得意気にそう言った瞬間、その刀身は光り輝くのをやめた。 光が収まった後、デルフを見続けていた霊夢とワルドは彼の変化に気が付く。 ついさっきまで見るに堪えない黒錆に覆われていた刀身は、闇夜の中で光り輝くほどに研ぎ澄まされていた。 まるでワルドの魔力を文字どおり゙喰らい゙、自らの糧としたかのように活き活きとした雰囲気を放っている。 「デルフ…アンタ、これ」 磨き抜かれた刀身に映り込む自分の顔を見つめながら、霊夢は驚きを隠せないでいた。 刀身はもちろんの事、鍔や自身が握りしめている柄も先程とは一変して新品と言わんばかりの状態になっている。 動揺を隠せぬ彼女の言葉に、デルフは綺麗になったハバキを動かしながら小恥ずかしそうに喋り出した。 『いやぁ~…なに、お前さんがオレっちで戦ってくれるというからついつい錆を取っちまったよ。 何せお前さんはあの『ガンダールヴ』なんだ。お前さんがオレっちで戦ってくれるというのなら、そりゃ本気にもなるさ。 まぁさっきの『エア・カッター』みたいな魔法はオレっちなら吸収できる。それだけは覚えといてくれよな?』 ―――『エア・カッター』が刀身に飲み込まれたのはそれだったのか。霊夢は先ほどの光景を思い浮かべて納得した。 成程、そんな能力とあの鋭利な魔力を取り込めるというのなら受け止めろと強く自分に言ってきたのも理由が付く。 けれどそういう事はあらかじめ言っておいて欲しいものだ。 「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」 『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』 何処か開き直ったように謝るデルフに顔を顰めつつも、霊夢はふと自分の左手のルーンを見遣る。 手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは、まるで錆を取り払ったデルフと歩調を合わせるかのように輝き始めていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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目を開くと、青空が見えた。 頭は何か柔らかく、温かな物の上にあり、額の上がひんやりと冷たく心地いい。 「ここは……」 そう呟いた少年――平賀才人――は、次いで心配そうに自分の顔を覗き込んできた金髪美人の顔に気付いた。 「良かった……気付かれたようですね」 位置から考えてサイトの額に当てられているのは、目の前の美女の掌だろう。 心配そうに、それでいて嬉しそうに、覗き込む女性の顔の、その下の方に実るたわわな二つの塊を見上げ、サイトは思わず唾を飲み込んだ。 この姿勢に、頭の下の感触――間違いない、自分はこの金髪美人に膝枕されているのだ、と……。 「あの、お体の方は大丈夫ですか?」 衝撃的な事実に慄然とするサイトに、涼やかな、どこか幼さを残した声がそう語りかけ、我に返った少年は、思わずその体を硬直……全身を襲った痛みに、苦鳴を漏らす。 「あんた……」 そして、その痛みが頭を覆う霧を晴らしたのだろう、サイトは同時に気付いた。 目の前に突然現れた鏡の様な物に、入ろうか、止めようかと思案していたサイトの背中を押した、まだ若い女性の、優しい声。 「あんた、さっき鏡越しに声をかけてきた……確か、アネメアって」 今、自分を膝枕してくれている女性の声は、その声に良く似ているように思えた。 だから、そう問いかけたサイトに、アネメアは頷く。 「はい、先程は本当に申し訳ありませんでした。 ……貴方の事は、必ず故郷に送り届けますから、今しばらく私と一緒に暮らしてはいただけないでしょうか?」 形良い眉を愁眉に歪め、そう問いかけけてるアネメアの言葉を、サイトは初め理解できなかった。 『え、なにそれ、俺どうなったんだっけ』等と思いつつ、サイトはきょときょとと周囲を見回し、自分の体が緑豊かな草原の中に横たわっている事を認識する。 それでようやく、『ああ、そう言えば、ここは何処なんだろうか』とか思いついたサイトだが、今度はその疑問を口にする事が出来なかった。 「ちょっと、そこのエロイヌ!」 乱暴な言葉と同時に、少年とアネメアの上に影がさす。 『……え、ピンク?』 なんだと見上げたサイトの目に最初に映ったのは、豊かな桃色の髪の毛だった。 白く透き通るような肌と、大きくて良く表情を映す、鳶色の瞳……しかし、明らかに西欧の人種に見える顔立ちに反し、身長は150代の半ばだろうか? 「気が付いたんだったら、さっさとアネメアお姉さまの膝から降りなさいよ!」 ほそくてうすくてぺったんこな、少年染みた体型の少女は、外見が髣髴とさせる通りの活発さで、アネメアの膝の上に頭を乗せたままのサイトを立ち上がらせようとした。 「あの、ルイズさん、この方は、まだ、体が本調子ではないのですから……」 流石のアネメアも、それこそ体格さえ良ければサイトの胸倉掴んで持ち上げかねない勢いのルイズには困ったような表情を作り……気付いたように再び少年の顔を見下ろす。 「……ええと、そう言えば、まだお名前も伺っておりませんでしたわね」 そして、にっこり笑いながらそう尋ねかけるアネメアに、サイトの顔が真っ赤に染まった。 アネメアは良く見なくても美人だったし、その柔らかな雰囲気の声音は耳にも心地いい。 その上、サイトの頭は柔らかな膝の上にあって、すぐ上にはもっと柔らかいだろう二つの膨らみがこんもりと盛り上がっているのだ。 驚きの先行で、今までは実感がなかったが、この嬉し恥しい状況に思春期の青少年が赤面するのも無理はない。 「え、あ、俺は平賀才人」 そして、恥しげにアネメアの顔と胸とを見比べながら、そう名乗った青少年に、傍らで眺め下ろしていたルイズの口から少々下品な舌打ちが漏れた。 「アネメア姉さま、幾らこのエロイヌがお姉さまの使い魔かもしれないからって、そうやって膝枕までしてあげる必要はないわよ!」 流石に、目の前の二つの膨らみを凝視していたとあっては反論も出来なかったし、また、目の前の美女にまで軽蔑されたくもない。 多大な意志の力を動員して、サイトは目の前の魅惑の膨らみから視線を外し、声の主を再び見上げた。 目の前には、雄雄しくも仁王立ちのルイズ嬢。 その服装は、前止めのシャツに、少々短すぎる感のあるスカート、ニーソックス、マント。 「……白か」 反射的に呟いた正直者の、その米神に少女の優美な爪先が叩き込まれたのは、それから0.2秒後の事だった。 ――ラッキースケベ、本日昇天二度目。 既に残機は一、もう後は無い。 「……サ、サイトさんッ!? だ、大丈夫ですか、サイトさん」 アネメアは、白目を向いて投げ出されたサイトに駆け寄ると、慌てて少年をその胸に抱え込んだ。 サイトの米神に出来た瘤を撫でると、まずそこが骨折したりしてない事にまず安堵……氷結術(シュラス)で氷でも出して冷やしてみようかしらなどと、素人療法を色々と頭に浮かべる。 過去、激しい戦いを生き抜いたアネメアではあるが、彼女の主に使う回復手段――癒核――は、破壊されたメア構造を再組織化する能力を持つ魔力結晶であって、御使い及び、メアの防壁でその身を鎧う『魔法使い』にしか効果が無かった。 また、イブリースとの戦闘において、メア防壁の完全消失は死と等号で結ばれる事象である為、本格的な傷の手当て等の技術や経験は、そう多いわけではない。 趣味の関連もあって、薬草等には造詣が深かったが、流石に頭に強い衝撃を受けた時の対処法など良く知りはしなかった。 『まずは保健室に……けど動かしてよいものかしら』等とただおろおろしながらサイトを抱き抱えているアネメアの姿に、ルイズは苦虫を噛み潰したような顔でこう口を開く。 「アネメア姉さま! そんなエロイヌを介抱する必要なんて無いわッ! 召喚されてまだ一時間たってないのに、アネメア姉さまに抱きつくわ、私のスカートの中を覗くわ……やりたい放題じゃないッ!」 恐ろしい事に、それら全ては偶然のなせる業で、特に後者は、ルイズが自ら見せたに近い状態だったりするのだが、膨れ上がった乙女の嫉妬と嫌悪は、その程度の事実で阻めるものではなかった。 こんな平民死んでもいい、いや、むしろ一歩前に進んで、私が殺してアネメア姉さまの不名誉をかけらも残さず消し去ってやる位の勢いで仁王立ちなルイズに、アネメアは思わずサイトを強く抱きかかえる。 そして、ルイズに頭を蹴られ、意識朦朧としていたサイトが目覚めたのは、まさにその時だった。 『苦しい、痛い、気持ちいい?』 目を開けると、目前には顔に押し付けられる柔らかな双丘、寒気を感じて視線を動かせば、怒りに髪の毛を逆立てたルイズの、爛々と光る双眸――前門の女神、後門の鬼神となれば、目を覚ましたサイトが女神を頼ろうとするのは当然であろう。 「ヒィッ!」 目の前のルイズの放つ、殺意の波動に押され……意味もわからずサイトは、ただ幼子の様にぎゅっとアネメアの体を抱きしめ返していた。 それがルイズの逆鱗を逆なでにし、怒りに膨れ上がった髪の毛は、ゴルゴーン三姉妹の如くゆらゆらと揺れ動く。 「ルイズさん、おやめなさい」 そんなサイトの抱く腕に力を込め、アネメアはルイズにそう言った。 静かな、しかし、力の篭もった静止の言葉に、ルイズが纏った怒気が萎む。 「……アネメア姉さま、何でさっきからそのエロイヌの肩ばかり持つのよ……」 アネメア・グレンデルは、悪意に対して鈍感で、自分の価値に無頓着な――と言うか、酷く過小評価する悪癖を持つ――上に、大抵の事は何とかしてしまえる能力の持ち主と言う、どうにも手の打ち様がない御人好しである。 また、内向的な性格と、趣味、それに、早くに両親をなくし、周囲にいるのは最上級の能力を持った大人達だけだったという特級に突き抜けた家庭環境から、特に男女関係とかそう言ったものには疎かった。 「ですからルイズさん、それは誤解なんです。 先程、サイトさんは私に抱きついたのではなく、気絶して倒れこんできただけですし……それにその、私も先程の発言はどうかとは思いますけど、ルイズさんの下着を覗いた事自体は、どう考えても故意ではなく事故でしょう?」 そして、アネメアのそんなところが、ルイズには恐ろしい。 育ちが良いせいか、倫理観は確かだし、貞節もきちんとしているのだが、その反面奇妙に無防備で、相手の腕の中に無造作に入り込んでしまう様な所が、アネメアにはあった。 だからルイズは、自身の魔術の師であり、姉と呼び慕っている女性のそんな所を、自分が守らねばと考えている。 特に、目の前の男はヤバイ、特級にヤバイ、あれはイヌの目だ。 どうしようもないエロイヌの目だ。 あんな男がアネメア姉さまの使い魔になったら、自分の立場を利用して、淫行の限りを尽くそうとするに違いない。 そんな事を考えながら、ルイズは視線で人が殺せるものなら大量虐殺出来そうな熱視線で、サイトをこのエロイヌがぁ!と睨め付けた。 「………」 自分を庇うアネメアに強気になったのか、今度はサイトもそんなルイズを睨み返す。 アネメアはそんな二人を困惑した目で交互に眺め…… 「……ああ、ミス・グレンデル。 時間も押している事だから、そろそろコントラクトサーヴァントを……」 そして今まで空気だったコルベールが、その混沌とした状態に酷い劇物を投げ込んだ。 「……コントラクトサーヴァント? アネメア姉さまがこのエロイヌと? 反対、反対、絶対反対!」 「いや、しかしだね、ミス・ヴァリエール。 使い魔召喚の儀式は神聖なものであり、やり直しは聞かないんだ」 ルイズが叫び、コルベールがなだめる。 アネメアは少し顔を染め、それは困りましたねと呟くと、サイトに立てますかと尋ねた。 その言葉に、流石に抱きしめられっぱなしが恥ずかしかったサイトもうんうんと力強く頷き、痛む全身に顔を顰めつつ立ち上がる。 「サイトさん、つかぬ事をお聞きしますが、貴方は動物か、それに準ずる意思ある存在をお持ちではありませんか?」 そして、続けて尋ねるアネメアに、サイトは首を横に振った。 正直、サイトには彼女の質問の意味が良く判らなかったが、今の彼の持ち物と言えば、修理されたばかりのノートパソコンくらいしかない。 自分がそんな特殊なものを持っていない事は明らかだ。 「……なるほど、では、私の術でサイトさんが呼び出された事だけは間違いないわけですね」 アネメアは、そう誰に言うでもなく呟くと、真顔でサイトを正面から見据える。 「サイトさん、呼び出されたばかりで混乱しているだろう貴方に言う事ではないとは思いますが、今は時間が余りありません。 すみませんが、私の使い魔になってはいただけませんか? 変わりに貴方の衣食住は私が保障いたしますし、まだいつになるかはわかりませんが、必ず貴方を、故郷にお送りいたします」 次いで、かけられた質問の意味も、サイトには理解できなかった。 サイトは、ちょっと負けず嫌いで好奇心が強いだけの普通の高校生であって、所謂オタクのように、若者向けの小説やらマンガやらに耽溺しているわけではない。 ハリー・ポッターの映画くらいはテレビで見たが、サイトのファンタジーの知識は『そもそも使い魔って何?』位なレベルでしかなかった。 だが、そんな理解できないアネメアの言葉に、サイトは無言で頷く。 「……ありがとうございます。 サイトさん、貴方の事は、私が責任持ってお守ります」 正直、サイトは今の状況も、彼女の言葉の意味も理解できてはいなかった。 今の彼に理解出来ているのは、あのルイズとか言う少女が自分を嫌っている事と、その理由位なもので……そこまで考えてサイトは、 自分が自分を嫌っている相手とだけ、自分を嫌っていると言う一点で繋がっているような気がして、少しばかり嫌な気分になったが、まあ、それはこの際どうでもいい。 とにかくサイトにも、理解できないなりにアネメアが自分に真摯に向き合っている事は判ったし、そんな彼女が信頼できると感じてもいた。 そして、サイトがアネメアの問いに頷く事が、さっきから彼を睨んでいる少女への意趣返しとなる事は、この上なく理解できている。 アネメアの提案を、負けず嫌いで思慮が浅く、しかも、好奇心旺盛な平賀才人に受け入れさせるには、ただのそれだけで十分だった。 「お姉さま、止めてください!」 なんとも心和むルイズの叫び声をバックに、サイトはアネメアを上から下まで眺めてみる。 柔らかでふわふわとした金髪と、もっと柔らかな雰囲気を湛えた美貌、少々やせ気味だが、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ肉体……刺激を求め出会い系サイトに登録したりしていた彼だが、 どんな幸運に恵まれたとしても、それでアネメアのような美女と知り合うことは出来なかっただろう。 『そう言えば、さっき、俺はこの人に抱きしめられてたんだよな。 その前は膝枕だったし……』 『うぉ、もしかして俺ってラッキー?』と、少年の顔がにやけ掛け、『このエロイヌがぁ!』と睨め付けるルイズの視線に、サイトは慌てて緩んだ口元を抑えた。 抑えきれぬ激情に、口元がピクピク引き攣っているのはご愛嬌――何とか真面目な顔を作ったサイトの目の前、 アネメアは頬を微かに染めながらその両手を少年の頬へと伸ばした。 「我が名はアネメア・グレンデル」 そう謳うように唱えるアネメアの手が、サイトの頬に触れる。 「五つの力を司るペンタゴン」 上がるルイズの悲鳴……サイトが『え、これ何、もしかしてもしかするの』と動転する中、アネメアの顔はゆっくりと、しかし着実に少年の顔へと近付いていった。 「この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 混乱に目を丸くするサイトの唇と、恥じらいに顔を赤らめるアネメアの唇とがさっと重なり、すぐに離れる。 ……因みに、直後逆上したルイズに蹴り飛ばされ、このラッキースケベが原作どおりに昏倒した事は言うまでもない。
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 今日は虚無の曜日。 ルイズは今日という日を待っていた。 どうしてもやりたいことがあるのだ。 朝の魔法の練習はいつもより気合いを入れる。 今日のためにはその方がいいからだ。 それが終わったら学院に戻って朝食を摂る。 少し少なめにしておいた。 特にデザートは絶対に摂らないようにしておく。 食事を終えて外に出たルイズは念話でユーノを呼ぶ。 (ユーノ。今日は出かけるわよ) (え?授業は?) (今日は虚無の曜日。だから授業はおやすみなのよ) (わかったよ。すぐ行く) 念話を切って早足で歩き出す。 部屋に戻って準備をしないといけない。 はやる心は抑えきれず、すたかーんすたかーんとスキップをしていた。 すぐ行く、とは言ったもののユーノが合流したのはルイズが準備をすませて寮から出た後だった。 こう言うときには念話は役にたつ。 待ち合わせ場所でずーっと待っておかなくてもいいからだ。 「遅かったわね。なにしてたのよ」 「ごめん。ちょっと、捕まってて……」 「だれによ」 「誰の使い魔かはわからないけど、竜に捕まってたんだ」 今この学院で竜を使い魔にしているメイジは1人しかいない。 同級生のタバサだ。 「だったら誰かに喋ってるところを見つかったりして捕まってたわけじゃないのね」 「うん、それは大丈夫。人と話してないから」 肩に駆け上がるユーノをなでて、ルイズは馬小屋に向かった。 昼前に目を冷ましたキュルケはむっくり体を起こした。 床に放りっぱなしの服と下着を部屋の隅に寄せて、タンスとクローゼットから新しい服と下着を取り出す。 服を着たら鏡に向かって化粧をしながらまだ寝ぼけている頭で考える。 今日は虚無の曜日。 授業はない。 「何をしましょうか」 閃いた。 まずは朝一番──すでに昼前ではあるが──にしなければならないことがある。 思い立ったらすぐに行動。 枕元に置いてある杖を取って部屋を出る。 目指すのはルイズの部屋。 これから奇襲をかけるのだ。 なぜそんなことをするのかというと、 虚無の曜日の前日の夜ならルイズはあの男の子を部屋に連れ込んでいるに違いない!! 自分もそうしてたから可能性は高い。 などと、キュルケは考えていたからだ。 そうしているうちにルイズの部屋の前に着く。 ノックはしない。 そんなことをしたら奇襲にならない。 さらにいきなりアンロック。 校則違反だが気にしない。 ルイズの男の正体を暴く重大性に比べれば遙かに些細なことだ。 だがルイズの部屋には誰もいなかった。 ぐるり物色しても誰も見つからない。 床に散らばっていた羊皮紙がなくなって前に来たときよりも部屋を広く感じる。 だからといって隠れる場所が増えたわけではない。 「ルイズー」 念のために呼んでみる。 やはり返事はない。 もう一度見回してみる。 誰もいない。 その代わり鞄が見つからない。 どこにもないのだ。 ということは…… 「何よー、出かけてるの?」 不満を口にした瞬間に今日2回目の閃きが訪れる。 出かける、ということは……間違いない!! 「チャンスよ!」 キュルケはルイズの部屋を飛び出した。 今日のタバサは自分の部屋で読書を楽しんでいた。 視線を集中させて文字の海に心を浮かべていると窓をコンコン叩くものいた。 次いで外からきゅいきゅい声がする。 なにか催促をしているみたいだが、今は読書を続けたいので無視。 静寂を得たかったのでついでにサイレントをかけておく。 これで静かになった。 再び読書を再開。 何ページか呼んだところで今度はドアが開かれる。 音もなく壁にたたきつけられたドアから入ってきたのはキュルケだった。 魔法で音が聞こえなくなっているのにドアを力いっぱい連打したのだろう。 手の甲が赤くなっている。 入ってきたキュルケはタバサに大股で歩いて近づくと本を取り上げてなにやらわめき立てた。 それでも静寂は乱れない。 あたりまえだ。 サイレントをかけているのだ。 仕方なくタバサは魔法を解く。 「タバサ。今から出かけるわよ!早く支度をしてちょうだい!」 他の人間ならただではおかないところだが、友人のキュルケにはそんなことはしたくない。 「虚無の曜日」 なので、静かに過ごしたいと伝えるがキュルケは止まらない。 「虚無の曜日!わかってるわ。でも、そんな場合じゃないのよ!!男よ!男!」 それがどうしたとタバサは首をかしげる。 キュルケと男の組み合わせは珍しいものではない。 「いい?あのヴァリエールが出かけたの!近頃、部屋に男を連れ込んでいるヴァリエールが虚無の曜日に出かけたのよ!もう解るでしょ?きっとその男と会いに出かけたに違いないわ!!!」 タバサはもう一度首をかしげる。 キュルケはそれを気にせずに喋り続ける。 「ヴァリエールの男!間違いなく、あの塔を壊したゴーレムを止めてた1年の男の子に違いないわ!!あなたは興味ないの?」 言われてみれば興味がある。 塔を壊すくらいの一撃を防ぐような強力な防御魔法の使い手。 それから……。 タバサにしては珍しいことだが、自覚したら興味が大きくなってきた。 ならば追いつくには自分の使い魔が最適だろう。 それにキュルケの頼みなら引き受けてもいい。 ついでにキュルケと同じようなことをしたいと言っているのが一匹いる。 そっちの頼みも聞くことにした。 タバサはとんとん音を立て続ける窓に向かう。 サイレントの魔法で聞こえなくなっていた音が聞こえ始めたのだ。 「そういえば、さっきから窓から音がするわね。窓の外に誰かいるの?」 タバサは1つうなずいてから窓を開いた。 「わぁっ」 思わずキュルケは声を上げてしまう。 外には鼻先で窓を叩き損ねたタバサの使い魔の風竜が顔を部屋の中に勢いよく入れてきたからだ。 バランスを崩した風竜は羽をばたつかせてようやく安定を得る。 「ねえ、タバサ。あなた、いつも窓の外に風竜を飛ばせてるの?」 タバサは首を横に振って、風竜を指さす。 「一緒に出かけたい」 つまり、風竜がお出かけをしたいらしい。 「一緒にって、あなたと?」 タバサはまた首を横に振る。 「私と友達と」 タバサが近頃友達と呼ぶのは1人……いや、1匹しかいない。 「友達って……ルイズの使い魔のユーノ?」 タバサは今度は縦に首を振る。 「あなたの使い魔ってユーノが気に入っちゃったの?」 縦に首を振るタバサ。 「はぁ……竜の感性ってわからないわね。フェレットのどこがいいのかしら」 タバサが竜になにか話しかけている。 使い魔とメイジが話し合うのは珍しいことではない。 風竜がなにかをタバサに伝えたのだろう。 うなずいたタバサが振り返った。 「知的な瞳が魅力的」 確かに知的さで言えばユーノは群を抜いている。 そういえば、この前はけっこう難しい本を単語帳無しで読んでいた。 ユーノは同級生のメイジたちより知的かも知れない……。 そんなことを考えていると窓の外からタバサの声がした。 「乗って」 「ええ、そうね」 キュルケが背中に乗った途端、風流は飛びはじめる。 いつもより早く飛んでいる。 「ちょ、ちょっと待って。どこに行けばいいのかわかってるの?」 「探してる」 タバサの使い魔の風竜、シルフィードは空を旋回しながら遠くの友達を探す。 そして翼を広げ、力いっぱい羽ばたいた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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前ページ次ページ使い魔定光 私にとって人生最悪の二日間といってもいい、あの流刑体騒ぎから数日が経った。 経っちゃったと言うべきなのかも… あれから新たな流刑体が現れることもなく、比較的平和な日々が続いている。 私は退学にも停学にもならずに、普段どおりの生活に戻った。 角鍔との闘いで壊れた建物の修繕費や、怪我した人の治療費、その他もろもろの莫大な請求が来たことは来たけど、私本人をどうこうするといった事にはならなかった。 ポンコツの話じゃ、ここ数日で1000体もの流刑体がハルケギニアに降ってきたらしい。 1000体よ?1000体!信じられる? 私はとてもじゃないけど信じられない。 そのぐらい平和ってことなのかな。 ボンっと、爆発音が響いたかと思うと、あたり一面煤だらけ。 もはや何度目だろう。眼前には見慣れた光景が広がっている。 魔法失敗だ。 「またですか、ミス・ヴァリエール…」 「…すみません」 「もういいわ、席に戻りなさい。では代わりにやってくださる方?」 さすがにこう何度も失敗すれば、いくら温厚な人物でもうんざりしてしまう。 失敗したルイズの代わりに教師の目に留まった一人が、教壇に向かう。 言われたとおり席に戻るルイズとのすれ違いざまに、にやりと侮蔑のような笑みを浮かべるのが が見える。 まわりからはヒソヒソ声どころか、ごく自然な声で「ゼロのルイズ」等と嘯く声が聞こえてくる。 これもまた、彼女にとって見慣れた光景だった。 彼らは、ルイズが角鍔と闘ったことを知らない。 一部の者以外には、流刑体の存在そのものが伏せられていた。 撃針についてもポンコツについてもルイズが呼び出した使い魔、としか説明していない。 角鍔の一件は、ある生徒が魔法に失敗したために起こった事故だと説明されている。 その偽の情報がルイズの立場を悪くしているとは、説明した教員達も知らないだろう。 ゆっくりと。だが確実に、あの騒ぎの中心にいたのはルイズだという確信が、学院全体に広がっていた。 『見事な爆発だったな、ルイズ』 「…あんたも嫌味言うのね?」 『いや、なにもない空間からあれだけのエネルギーを発生させるのは並大抵のことではない。 あれは水蒸気爆発か?回答の入力を』 「ただ失敗しただけよ。なーにはしゃいでんだか…」 席に戻ったルイズは、彼女のうしろに陣取っているポンコツを見やった。 知識欲旺盛なポンコツは積極的に授業を見学したがり、こうやってほぼ毎時間ルイズについて授業を拝聴している。 もっとも、最初に連れてきたときは、キュルケやタバサに生首を抱えてきたのかとずいぶん驚かれたものだが。 他の使い魔たちに混じって、ちょこんと床に置かれたポンコツはいささか場から浮いていた。 しかし、慣れとは恐ろしいもので、今では床に置かれた頭だけの甲冑も、まるで最初からそこにあった教室のオブジェかというほど馴染んでいる。 「改めて見ると奇妙な光景よね…」 『まったくだ。まるで流刑体の群れにでも囲まれている気分だよ』 「…違うわ。あんたのことよ。首だけの使い魔なんて聞いたことないもの」 『心外だな。…ところでルイズ』 「なによ?」 『なにか悩みがあるんじゃないか?私でよければ相談にのるぞ』 ポンコツから出た意外な言葉に、ルイズは一瞬ドキリとした。 よくもまぁ、気の回る使い魔だ。兜の分際で。 「急になによ?」 『君が最近うなされている様子だったのでね』 「…余計なお世話よ。変な気を回さないで」 『しかし…』 「余計なお世話って言ってるでしょ!」 根掘り葉掘りと尋問のようなポンコツの口調に、ルイズはつい語尾を荒げてしまった。 彼女がなにかを抱えていることはさすがのポンコツでも理解できた。 「ミス・ヴァリエール!授業中に使い魔との私語は禁止です!」 見かねた教師がルイズに大声で注意する。それはそうだ授業中の私語にしては声量が大きすぎる。 結局、その一喝によってポンコツの質問はうやむやになってしまった。 「で、教室に置いてかれちゃったってわけ?」 『ああ。今の私は文字通り、手も足も出ない状態だからね。感謝するよ』 ポンコツはキュルケの豊満なバストに抱えられていた あの後、すっかり機嫌が悪くなったルイズは、授業が終わるとポンコツを放置したまま教室を出て行ってしまった。 今のポンコツには胴体、「ユマノイドデバイス」と呼ばれるものがない。 角鍔にやられ、大きく損傷したそれは、今現在はコルベールの研究室に安置されている。 当のコルベールは、一日眺めているだけでも飽きないと豪語し、他の教員や生徒達から不気味がられているのはまた別の話。 そういうわけで、今や頭だけの状態のポンコツは、自分の意志で動くこともままならなかった。 「まぁ、私もサラマンダーがいなかったら気付かなかったと思うけど」 『あれには私も肝を冷やしたよ』 「危機一髪」 キュルケの右横を歩いていたタバサも口を開いた。 サラマンダーとはキュルケの使い魔なのだが、ポンコツが甚く気に入った様子で これまでは角を何度も甘噛みされる程度だったのが、今回はポンコツの内部が空洞だと知ったサラマンダーが頭を突っ込んだのだ。 精密機械がぎっしり詰まった内部で火炎を吐かれれば、さしものポンコツでもアウトであっただろう。 幸い、直前でキュルケとタバサがそれに気付き、ポンコツは窮地を脱したわけだが。 「でも、自分の使い魔を置いてっちゃうなんてひどいメイジよねぇ」 『いや、それは私にも否がある。私は完全に彼女の信頼を得ていないようだ』 「信頼ねぇ?」 キュルケは何気なくサラマンダーを見やる。 自分はこの使い魔を信頼しきっているだろうか? そしてサラマンダーは私を信頼しているのだろうか? サラマンダーは答えない。 「私は…」 「私はシルフィードを信頼している」 普段から口数が多いとはいえないタバサが進んで会話に参加するとは珍しい。 迷いなく言い切るタバサはいつになく覇気があり、キュルケは少し圧倒された。 「なんか羨ましいわね、そういうの」 『何事もそれ相応の時間と努力が必要、か』 その頃、ルイズは既に自室にいた。 「ルイズ、明日少し付き合ってくれないか」 「逢瀬のお誘いかしら?誘う相手を間違ってるんじゃない?」 「真面目な話なんだ」 「…それとできれば君の使い魔も連れてきたほうがいい」 先ほどあった会話を反芻する。 教室を出てすぐギーシュにつかまり、一方的に要件を告げられたのだ。 その時の彼の表情は、いつになく真剣でなにか思いつめている様でもあった。 あれが学院一の女たらしであるギーシュ本人とは信じられない程だ。 「明日は虚無の曜日よね…」 ただでさえ流刑体やポンコツで頭を悩ましている今、人間関係でゴタゴタするのは勘弁してもらいたい。 しばらく悶々とした時間をすごし、あまり考え込んでも仕方ないと不貞寝を決めこんでベッドに入ろうとしたところで、ポンコツが帰ってきた。 自分がよく知る人物に抱えられて。 「返しにきた」 「え、ええ…ありがとう、タバサ」 「メイジが使い魔を蔑ろにするのはよくない」 「へ!?あ、そうね。ごめんなさい…」 無言の気迫に押されたルイズは素直に謝る。 しかし、相変わらずセリフが原稿用紙一行分をこえない子だ。 ちょこんと胸元に抱えていたポンコツをずいっとルイズにむけて差出すと、タバサはそのまま回れ右で帰っていった。 「なんであんたがタバサといっしょに居るのよ?」 『私がこの星の文字を教えて欲しいと言ったら彼女が時間をとってくれたのだ』 嘘は言っていない。 もっとも、それはあくまでおまけのようなものであり、実際のところは ルイズ自身の事や、最近のルイズの様子について友人代表としてキュルケ、タバサに聞いていたのだ。 素直に言えばルイズが気を悪くするのは明らかである。 そこまで空気の読めないポンコツではなかった。 「ふーん…じゃ私寝るから」 『ああ。おやすみルイズ』 なんとなく納得したような、そうでないような声でルイズは布団へともぐりこみ ポンコツは胴体を失ってからの定位置であるタンスの上に無造作に置かれた。 翌日。 「ねぇ!タバサ聞いてよ!ちょっと!」 慌ただしく自分の部屋に転がり込んでくるキュルケに、タバサは付き合いが長い人間にしか判別できない程度に顔をしかめた。 こういうところがなければ彼女はいい友人なのだが。 「虚無の曜日」 「それがね!さっきルイズとギーシュが二人して出かけていったのよ!おかしいと思わない?あのギーシュがよりによってルイズとよ!?」 タバサの言葉など華麗にスルーし、かなり失礼なことをずけずけと言うキュルケ なんというマシンガントークであろうか。 ちなみにこれは彼女が実際に門を出る二人を見たわけではなく、目撃者からの又聞きである。 目撃者の「でも、そういう雰囲気には見えなかったけどなぁ」という証言が削除されているのがなんとも。 「ポンコツ君はこのことを心配してたのかしらねー」などと言っているキュルケをよそに タバサはその後の展開を予想し、深いため息をつきながら読んでいた本をパタンと閉じた。 「ちょっと、一体どこまで行くわけ?」 噂の二人はラ・ロシェール森にまで来ていた。 ギーシュが女性との逢瀬によく利用している場所だ。 「…ここまで来ればもういいな」 先行していたギーシュがそう呟き、立ち止まる。 いきなり立ち止まるものだから、ルイズは彼の背中に顔をぶつけそうになってしまった。 『君の目的はなんなんだ?』 「目的?そうだね…」 ギーシュのただならぬ様子と、森の冷たい静けさに、身の危険を感じはじめていたルイズの代わりにポンコツが口火を切った。 途端にギーシュは昨日見せた真剣な表情になる。 「ルイズ、そしてルイズの使い魔くん… 君達は例の食堂の騒ぎのときどこにいた? 騒ぎの中心にいたんじゃないかい?」 「そ、それは…」 『それが事実だとしたらどうするつもりだ?』 ポンコツの無機質な眼光がギーシュを射抜くように見つめる。 ギーシュは自分を落ち着かせるように深く空気を吸い込み、ルイズをまっすぐと見る。 「あの騒ぎでモンモランシーが傷を負ったんだ。鋭利な刃物で切られたようでね。 幸い治癒魔法で助かったが、切り口があと少しずれていたら…命を落としていたそうだ」 「!?」 怪我人が出たこと自体は知っていた。だが全員無事だと聞かされていたし なによりモンモランシーの姿もあれから何度か見かけていた。 「僕は許せない!その場に居なかった自分を!そしてそんな騒ぎを起した張本人をね!」 「違う…私は!私はただ!」 『ルイズを責めるのは筋違いだろう』 「っ!! 君じゃないのか―――――!」 「なんでぇ!なんでぇ!おめぇさんはよぅ!?」 「きゅぃぃーい!!」 いきなり森全体に響き渡ったあまりに場違いなそれによって、ギーシュの激昂はかき消されてしまった。 二人、それまでの事を忘れて声がした方を見ると、木々の隙間からそれなりに見慣れた白い肌が 露出していた。 タバサの使い魔、シルフィードのものだ。 「キュルケ!タバサ!あんた達こんなところで――――」 今度はルイズの声を遮るように木々を蹴破り、馬のような生物が飛び出す。 ただ、普通の馬ではないことは明白であった。 「俺っちの走り場を荒らしてんじゃねぇやい!このスカポンタンが!」 「ちょっと!なんなのよこいつは!?タバサ、わかる?!」 「わからない」 かなり緊迫した状態にもかかわらず、キュルケの問いに、いつも通りの抑揚のない声で答えるタバサ。 結局彼女は、キュルケに乗せられ二人のあとをついていったようだ。 二人はルイズ達から少し離れた場所で、ルイズ達の様子を伺っていたのだ。 そこにこのハプニングである 「ぽ、ポンコツ!あれってまさか…!」 『流刑体だ!名は「馬躁(バソウ)」!』 「な、なんだ!何が起こっているんだ!?」 あまりの急展開に状況がまだ飲み込めていないギーシュ。無理もない。これが当然の反応であろう。 だが、すばやく胸元の薔薇に手をやっているあたり、度胸がある。 『ルイズ!私を装着するんだ!』 「…っでも!」 『迷っている暇はない!』 ギーシュの言葉がきいているのか、ルイズはポンコツを被ることに戸惑ってしまった。 その一瞬の迷いが命取りになることを彼女はまだ知らない。 『早く!』 「っ!わかったわよ!」 シルフィードに気をとられていた馬躁がこちらの存在に気付いた。 もはや一刻の猶予もない。 「おめぇさん…随行体かい?」 変身は一瞬だ。ルイズがポンコツを被ると同時にそれは完了していた。 服の下には、全身を守る超軽量の外骨格とも言うべき紺と白のナノスキンが広がっている この感覚はいささか不快であり、おそらくこれからも慣れることはないのであろう。 「う、嘘…」 「……!」 「へ、変身した…?」 すぐ傍でそれを目撃した3人は、文字通り三者三様に驚いていた。 あのタバサでさえも、目を大きく見開き驚きを隠せない様子である。 それもそうだ。自らの身体を一瞬に変化させるなど、先住魔法でもなければ… 次の瞬間にはルイズの身体は宙に舞っていた。 一瞬の迷いが大きな隙を生む。変身完了とほぼ同時にルイズに飛び掛かってきた馬躁の 強烈な後ろ足による打撃が、ポンコツが物理保護を展開する前にルイズの腹部に直撃していたのだ。 壊れた人形のように宙を舞ったルイズは、そのまま自由落下の要領で背中から地面に叩きつけられた。 「随行体とやり合うほど俺っちもバカじゃねえ」 馬躁が、全身を地面にめり込んだまま動かないルイズに向かってはき捨てるように呟く。 「さぁて、もうひとっ走りするか…ん?なんでぇ、小僧」 「お、お前に聞きたいことがある!」 再び走り出そうと、体勢を立て直した馬躁の前にギーシュが立ちふさがる。 馬躁の首筋から、左右一対に一見手綱のように見える触手が生えていた。 馬躁の生まれもって持つ生体武器、振動触腕である。 先端からは鋭い刃が突き出ていた。ギーシュの心に疑念が沸き起こる。 「学院で暴れまわったのは…お前なのか?」 「なにを言ってるんでぇ?おめぇさんはよ。人違いじゃねぇのかい」 話にならないという様子で答え、馬躁は持ち前の脚力でギーシュの頭上を飛び越えようとした。 が、それは叶わない。 「質問に答えるんだ…!」 「おめえさん、俺っちとやろうってのかい?」 馬躁の行く手を阻んだものは、ギーシュの操るゴーレム、ワルキューレだった。 鋼鉄の女神。青銅のギーシュの二つ名にふさわしい。 「ちょっとちょっと!一触即発よ!タバサ!」 「手を出さないほうがいい」 キュルケとタバサは、吹き飛ばされたルイズの近くにかたまり、その様子を見ていた。 その方が安全だと言うタバサの提案である。 ルイズは落下のショックで気を失ってしまったのか、ピクリとも動かないが 一応呼吸はしているようだった。 「でもね…」 「いいから。手を出してはいけない」 有無を言わさぬタバサの物言いに、キュルケは黙って頷く。 こんなに強くものを言う子だったかしら、と少しばかりの疑問を抱いて。 『ルイズ……ルイズ……』 (ポン…コツ…?) 『そうだ私だ』 『私は今、君の脳に残留する極小端末を通じて君と話している』 (あいかわらず意味わかんないわね…) 『簡潔に言えば、君の意識に直接話しかけているということだ』 (私、どうなっちゃってるの…今?) 『馬躁に攻撃を受け失神している状態だ』 (そう……罰が当たったのかな…馬に蹴られてなんとやらってね) 『罰?』 (そうよ…モンモランシーに怪我…ギーシュの…) 『それは君の責任ではない』 (でも、私がもっとうまくやってればあんなことにはならなかったわ、きっと。 それに今だって…ね?わかったでしょ?ポンコツ。私は所詮ゼロの…) 『ゼロのルイズ、か?』 (な、なんであんたがそれを…!) 『すまないとは思ったが、君の友人に君の事を色々と聞いたんだ。 才能ゼロでゼロのルイズか…ひどく言われたものだな』 (事実だしね。私には才能がないのよ。向いてないのね、貴族だからって駄目なものは駄目なんだわ… ねぇ、ポンコツ。他の人じゃだめなの?) 『!』 (私には無理だったのよ、最初から…角鍔のはまぐれだったのよ。 でも、他の人なら、少なくとも私よりは上手くやれると思う…) 『……ルイズ。君はそれでいいのか?』 (え?) 『君は日頃から自分に魔法の才能がないことを嘆いていた。 そしてあの日、使い魔を決める召喚の儀式で君の魔法は初めて成功した』 (……) 『残念ながら呼び出されたのは、君が望む強く美しい使い魔などではなく、随行体の私と、流刑体の撃針だったがね』 『ルイズ。私が君に召喚されたことになにか意味があると思わないか?』 『君は角鍔によって傷付けられている人々のために立ち上がった。そして戦えたじゃないか』 『ルイズ…たしかに君の言う通り「協力者」は他にも居るだろう』 『だがルイズ…君はどうする?』 『「ゼロのルイズ」のままでいいのか?』 「!?」 『ルイズ…回答の入力を!』 「……っ!」 「きゃ!」 「…!」 がばりと勢いよく起き上がったルイズに驚き、傍に居たキュルケは小さく悲鳴を上げた。 彼女の桃色の髪が勢いにつられ、ばっと広がる。 「卑怯よポンコツ!人の痛いところついて!!」 「上等よ…! 1000体だろうが2千万体だろうが!一体残らず回収してやろうじゃない! 誰も私をゼロなんて言えなくなるまで、回収回収回収っ!回収しまくってやるわよ!!」 『ルイズ…』 「来るなら来なさい!流刑体!このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが相手になるわ!」 『ルイズ…』 「決めた!私今日この日から回収専門のメイジになる!」 『ルイズ!』 「なによ!?」 『ギーシュが馬躁相手に戦っている。が、危険な状態だ』 馬躁の振動触腕の威力はすさまじいらしく、彼のワルキューレは見るも無残な姿を晒していた。 ギーシュは劣勢だ。 ルイズはすぅ、と空気を吸い込む 「馬躁!あんたの相手は私よ!かかってきなさい!しかる後に回収してやるわ!」 『ほどほどにしておいてくれよ…』 馬躁は、派手に啖呵をきったルイズをじろりと見やる。 鼻息は荒く、興奮状態のようだ。 「突撃よ!ポンコツ!」 『了解』 重力制御によってふわりとルイズの身体が浮いたかと思うと、猛スピードで馬躁に突っ込んでいった。 「な、なんなのよ…あれ?」 「完全復活」 問答無用のルイズの勢いにキュルケは呆気にとられながら、馬躁に突っ込んでいく彼女の後姿を見つめた。 同じくルイズの背を見つめるタバサは、長年付き合っている人間にしかわからない程度の笑みを浮かべていた。 「ギーシュ!下がって!」 自分を庇うようにして立つこの少女の背中はなんと頼もしいのだろうか。 絶対に負けない。そんな決意が形となって目に見えるようだ。 ならば迷う必要はない。ギーシュの選択はもとよりそれしかなかった。 「…レディだけに戦わせては男が廃るな。援護する!」 「いやぁ、俺っちは惚れましたぜ姐さん!」 ルイズは既に変身を解き、馬躁の背中にまたがって揺られていた。 「手綱引っ張ったらおとなしくなるとか…最悪なオチよね…」 『そうは言うがな、ルイズ。君が馬躁の弱点を言い当てたときは私も驚いたんだぞ』 ルイズに抱きかかえられているポンコツが声を上げた。 馬躁の持つ強力な振動触腕は、最大の武器であると同時に弱点でもあった。 左右一対に生えるそれを後ろ向きに引っ張れば、馬躁の動きを止めることができるのだ。 まさに乗馬テクニックのそれである。 それなりに乗馬の心得のあるルイズにとっては容易なことであった。 もっとも、それはギーシュの援護もあってのことなのだが。 で、それに加えて厄介な問題がひとつ… 「俺ら一族はこれを最初に引っ張った相手に忠誠を尽くすっていう掟があるんっスよ 俺っちはそんな古臭ぇしきたりがイヤで母星(クニ)を出たんスけど。 ルイズの姐さんみてぇなお人に出会えるとは!やっぱ血には逆らえないもんスねぇ」 この有様である。 すっかり上機嫌な馬躁はどこか憎めない。 悪い奴じゃなさそうだと、結局ルイズは馬躁を回収しなかった。 『しかし、本当に馬躁を回収しなくてよかったのか?』 「人を傷付けたわけじゃないし、今から歩いて帰るのも気が引けるし…いーんじゃないの?」 「ホント、姐さんの優しさは五大陸を駆け抜けるぜぇ!」 『これでいいんだろうか…』 ちなみに馬躁は最初、ルイズを乗せたまま全力疾走しようとしたのだが、ルイズの「首がもげる」との一言で、ごく普通の馬並みのスピードで走っている。 上空を飛ぶシルフィードにはとうてい敵わない程度の速さである。 気付けば空を飛んでいた白い竜はもう見えなくなっていた。 余談だが、馬躁がギーシュを背に乗せるのを異常に拒んだので、彼はタバサ、キュルケと一緒にシルフィードに乗っている。 「そういえば変身するとこ見られちゃったな…」 『隠すこともないだろう。彼らは流刑体の存在も知っているんだ』 「そうそう!細かいことは気にしちゃいけませんぜ!ドーンと構えてもらわなきゃ!」 考えすぎないのもどうかと思うが…とポンコツは思う だが、今回に限ってはこれでいいのかもしれない。 彼女の使い魔として、ある意味初めて一緒に戦った今回だけは。 「ところで姐さん、マホウガクインてな一体どこっスか?」 ルイズ一行が学院に帰れたのはそれから5時間後だったという。 前ページ次ページ使い魔定光
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「良いわ契約してあげる!!」 名前:黒崎 一護 「…あぁ?」 「本来ならこんなこと…一生ないんだからね!!!」 髪の色:オレンジ 瞳の色:ブラウン 「なっ!?」 職業:高校生兼死神代行 兼 使 い 魔 「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!?」 Zero s DEATHberry ――ゼロの死神 数分前 彼、『黒崎 一護』はソウル・ソサエティから現世へと帰還する際 彼女、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』に召喚されたのである。 「何だよ…ココ…」 「あんた誰よ?」 二人の口から同時に疑問の声が起きる 「!!お前俺のことが視え「ルイズの奴平(ry 「良いから答えなさいよ!!」 この時ルイズはかなり苛立っていた 召喚に成功したと思いきや現れたのは(おそらく)平民の妙な服を着た剣士 これでは失敗にも等しい 「…黒崎 一護!!死神だ!!」 突如その場がどよめき、そしてルイズの目が輝く 「死神!!それ本当!?」 「おう!といっても」 『代行だけどな』といおうとした其の言葉はさえぎられた ルイズの「良いわ契約してあげる!!」の一言で
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第1話「使い魔は猛女」 トリステイン魔法学院に、今日も今日とて爆音が響き渡る。 「今度こそ、来なさい!」 桃色の髪の少女が一心不乱に呪文を唱え、手にした小さな杖を振る。爆発、轟音。 二年生に進級した際行われる、使い魔召喚の儀式。彼女はそれを失敗し続けていた。 「ゼロのルイズがまた1ゾロを振ったぞ!」 「魔法を失敗するたびに10点貰ってたらゼロのルイズは今頃10レベルだぜ!」 「1ゾロとか10レベルって何だよ?」 ルイズと呼ばれた桃色の髪の少女と似たような格好をした少年少女たちが、彼女を嘲笑する。 だがそれもごく一部、数人程度のことだ。それ以外の少年少女は白けた雰囲気を出していた。 「あー、ミス・ヴァリエール。もうすぐ日が暮れる、一先ず切り上げ明日にしてはどうだろう? 何も今日呼び出さなければ駄目、というわけでもないのだから」 一人だけ年齢も着ているものも違う、教師と思しき眼鏡をかけた中年の男がルイズに声をかける。 ちなみに、頭髪が実に寂しい。 「ミスタ・コルベール、あと一回! あと一回だけお願いします!」 「いや、しかしだね……」 ルイズがコルベールと呼んだ男に懇願する。白けた雰囲気の原因はこれだった。 最初のうちは皆が皆、嘲笑と罵声を浴びせていたものだが、何十回も続いたためいい加減飽きているのだ。 どんな面白い物事も、過剰となれば飽きが来る。 コルベールは教師としての権限を行使し、無理矢理やめさせても構わなかったが。 しかしルイズが、どれほど頑張っているか分かっているだけに、それが出来なかった。 「分かりました。しかし、次が本当の最後。これ以上は次の授業に差し支えかねない」 「はい! ……てぃび! まぐぬむ!」 嬉しそうに喜び、呪文を唱え始める。 (今度こそ、失敗するわけには行かないわ!) ルイズは心の中でそう強く誓い、一言一句、発音の一つ一つにまで気を遣い詠唱を続ける。 「いのみなんどぅむ、しぐな、すてらるむ、にぐらるむ、え、ぶふぁにふぉるみす、さどくえ、しじるむ! 来なさい! 私だけの、神聖で、美しく、強力な使い魔よ!!」 結論から言えば、また爆発した。 「詠唱も、集中も完璧なはずなのになんでよー!!」 都合50回目になる召喚も、失敗かと思いきや……。 「おい、何かいるぞ!」 「ゼロのルイズが成功した!?」 「この世の終わりだー!」 「エルフが降ってくるぞー!逃げろー!」 爆発で巻き上がった粉塵が晴れ、何かが召喚されたと気付いた生徒たちは、パニックに陥った。 中には満足げに頷いてる赤毛の女や、召喚には興味なさそうに本を読んでいる青髪の少女も居たことは居たが……。 「成功した、本当に、成功し……た……?」 「っててて……イリーナ、重い、潰れる、退け」 「なっ! 私はそんなに重くありません!!」 ルイズは召喚が成功した、その事実に感涙に咽び泣く一歩手前、と言ったところで聞こえる二つの声に首を傾げた。 晴れた粉塵から姿を現したのは二人の男女だ。 一人はどこか斜に構えた雰囲気を持つ青年、ヒースだった。地面に倒れ、杖を片手にもう一人の人物に乗っかられている。 もう一人は少女だ、元気が有り余っているというのが声からでも分かるほど元気な少女、イリーナ。 地面に倒れているヒースに馬乗りになる形で乗っかっており、重いと言ったヒースの腹を殴った。ヒースが口から泡を吹く。 「……あんたたち誰?」 ルイズがそう声を発すると、パニックを起こしていた生徒たちの間から大きな笑い声が上がった。 「召喚に成功したと思ったら呼び出したのは平民だ! ……平民だよな?」 「流石ゼロのルイズ! 俺たちに出来ないことをやってのける! そこに痺れる憧れない!……格好は平民みたいだけど一人は杖持ってるぞ?」 「実は前もって地面に隠れて貰ってて爆発の隙に姿現したとかじゃないだろうな! ……貴族崩れじゃね?」 人間を召喚したルイズを嘲笑しつつも、ただの平民とは思えないようで彼らはぼそぼそと会話を続ける。 そんな状況に気付いたのか、じゃれ合っていたイリーナとヒースは身を起し、これまたぼそぼそと何事か会話をし始めた。 「……ヒース兄さん、この人たち邪悪じゃないです」 「ふぅむ、成る程な。“ゲート”も閉じたようだ。魔術師ギルドっぽい雰囲気と状況から察するに、何らかのマジックアイテムによる事故か?」 「……私は誰って聞いてるの! 答えなさいよ!」 ルイズはイリーナが聞き慣れない言葉を発したあと、何故か頷きヒースと会話をするのを無視されたと思い叫ぶ。 「アー、相手に尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀だと習わなかったか?」 ヒースに正論を言われ、ルイズはぐっ、と唸る。何故かこの男に言われると無駄に嫌だった。 「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しを要求します!」 「それは駄目です、ミス・ヴァリエール。 確かに人間、かつ二人を呼び出したのはどちらも前代未聞で例を聞きませんが、召喚されたことには変わりがない。 一度召喚されたものを使い魔とする、その伝統を曲げるわけには行きません。 使い魔は一人に一つ、二人いるのならどちらを選ぶかは貴女の自由だ。 さぁ、コントラクト・サーヴァントを」 素気無く却下を喰らい、ルイズは自らが呼び出した二人を見つめ、考える。どちらを使い魔として選ぶべきなのかを。 ヒースと呼ばれた男は杖を持っている。平民としか思えない服装から貴族では無いだろうが、杖を持っているのならメイジだろう。 そのヒースを兄と呼んだイリーナという少女。パッと見、杖を持っているようには見えないが兄妹ならば彼女も恐らくメイジだ。 魔法を使う使い魔。考えてみればこれほど凄い使い魔も早々居ないのではなかろうか? 相手が貴族崩れならば使い魔にしても問題はないだろう。 しかし念のために確認しておく必要がある。万が一にも貴族を使い魔になどした日には、大問題に発展しかねない。 「貴方たち貴族?」 「ふっ、初対面のお嬢さんに貴族と思われるほど、俺様はオーラをかもちだしているのか。流石俺様、凄いぞ俺様」 「違いますよ」 自己陶酔に浸るヒースのわき腹に肘を入れつつイリーナが否定する。 ならば問題は何も無い。そしてどちらもメイジならば、皮肉気で斜に構えた男などより、従順で素直そうな少女のほうを使い魔として選ぼう。ルイズはそう考えた。 何よりもファーストキスをあんな男に捧げるのは断固として嫌だ、女の子同士ならばノーカン。とも考えていた。 似たような年齢で発育も似たようなものだということで、親近感が沸いたのもあるかもしれない。 「感謝しなさいよ。貴族にこんなことされるなんて、普通一生無いんだから」 「はい?」 心の中でノーカンノーカンと呟きつつルイズは杖を振るう。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 詠唱を終え、きょとんとしているイリーナの額に杖をちょん、と当てたあと、顔を引き寄せその唇に自らの唇を押し当てる。 「~~~~~~~~~~~~っ!?」 突然キスされたイリーナは混乱し真っ赤になった。心の中でレプラコーンとスプライトが盛大に踊り狂う。 横でその様子を見ていたヒースも、口をあんぐりと開き驚いている。 「な、な、な、な、な、な、行き成り何を……熱っ!」 唇が離され、盛大にパニックに陥っているイリーナの左手の甲に、紋章が浮かび上がる。 使い魔のルーン、コントラクト・サーヴァントによって刻まれる使い魔の証。 ちなみにイリーナは普段から手袋をしているため、ルーンが浮かび上がっている様子は分からない。 イリーナは左手を押さえ、顔を苦痛に歪ませる。 「使い魔のルーンを刻んでるだけよ。我慢しなさい、すぐ終わるわ」 「ちょっとまて! お前イリーナに何をした!!」 ルイズがキスをした途端、イリーナが痛みに襲われた。これで関連性を見出せないわけがないヒースはルイズを掴み上げる。 大切な妹分が何かされて黙っていられるほど、ヒースはお人好しではない。 「放しなさいよ! さっき言った通り使い魔のルーンを刻んでるだけ、害は無いしすぐ終わるわよ!」 ヒースを振りほどこうとし、意外なほど力があるためそれが適わず、仕方なく答えるルイズ。 「使い魔だぁ? 人間を使い魔にするなんて聞いたこと無いぞ!!」 「私だって聞いたことが無いわよ!」 「喧嘩はいけませーん!」 口論する二人の間に、ルーンが刻み終わり、いつの間にか復活したイリーナが割って入る。 「あーゴホン! 失礼」 イリーナも交えて三人でぎゃあぎゃあ騒ぐ中、コルベールがイリーナの左手を取り、手袋を外し使い魔のルーンを確認する。 「これは、珍しいルーンだな……兎に角、おめでとう、ミス・ヴァリエール。 コントラクト・サーヴァントは一度で成功したようですね」 「あ、はい!」 サモン・サーヴァントは何十回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントは一度で成功した。 その事実は、ルイズの機嫌を良くさせるのに十分だった。 「馬鹿な!今度は一度で成功!?」 「ありえねぇ! 6ゾロ振りやがった!」 「だから6ゾロって何だよ!」 普段は耳障りな同級生の言葉も非常に心地が良い。ルイズは今、16年の人生の中で最高の気分だった。 「そこまで! 兎に角今日はこれにて解散。さぁ、教室に戻るぞ」 コルベールが手をパンパンと叩き、またパニックに陥りそうだった生徒たちを戻るよう促す。 次々と空へ上がり、飛べないルイズに嘲笑と罵声を浴びせながら生徒たちは去っていく 「……んだぁ、今の」 ヒースは困惑していた。魔法で空を飛ぶこと自体は驚かない、自分も可能なのだから。 しかし上位古代語ではない別の言語を用いてそれを成したのだから、魔術師のヒースからしたら驚愕ものだ。 詠唱、動作、あらゆる点で古代語魔法と異なる魔法。 マジックアイテムの線を考えたが、それならばこのルイズと呼ばれた少女が飛べない、というのは不自然だ。 「……行くわよ、付いて来なさい。あんたもよ」 空を飛ぶ生徒たちを見つめ、悔しそうに唇をかみ締めていたルイズが二人にそう命令し、歩き出す。 「……どうします?ヒース兄さん」 「どうするもこうするも、とりあえず付いていくしかないだろう。状況がさっぱり分からん。 “センス・イービル”で悪意が感知出来なかったんだ、危険は無いだろうからな」 「さっさと付いて来なさい!」 既に大分進んでいたルイズが叫び、慌てて二人は付いていくのだった。 「つまりここはハルケギニア大陸の、トリステイン王国にある、トリステイン魔法学院。二年生に進級した際行われる使い魔召喚の儀式でイリーナが呼ばれ、俺がそれに巻き込まれ、現在に至る、ということか」 「そうなるわね、っていうかだからあんたたち二人居たの……」 ルイズの部屋に辿り着き、イリーナとヒースは状況説明を受けた。 しかし聞けば聞くほど信じられず、ヒースは思わず“センス・ライ”を使ったがそこに嘘は含まれておらず、信じざるを得なかった。 「ヒース兄さん、ということはここはアレクラスト大陸ではなく別の大陸ということに!?」 「うむ、そういうことになるな。実に困った、ハルケギニアという大陸は、さすがの俺様も聞いたことも無い」 「こっちからしたら、アレクラスト大陸だとか、オーファン王国だとかのほうが聞いたことないんだけど」 お互い説明し合い、ルイズは二人が別の大陸から呼ばれたということ、イリーナとヒースはここが別大陸で、使い魔として呼び出されたということを理解した。事実は違うのだが。 またルイズに戻る方法は無いか、と尋ねたら「知らない」と言われ、当面は二人ともルイズの厄介になるとも決定した。 行く当ても戻る当ても今のところ無いのだから仕方が無い。 イリーナは使い魔、ヒースはその保護者という形だ。 「そういえば、あんたたち家名が違うけど……兄妹じゃないの?」 「両親が家族ぐるみの付き合いをしてまして……幼馴染なんです」 ルイズは眩暈がした。 メイジの妹だから同じメイジだろう、と考え、使い魔にしたら妹じゃありませんでした、などと言われたのだ。 単なる平民の可能性が極めて高くなり少し泣きたくなった。 「ま、魔法は使えるわよね? ね?」 「あんまり得意じゃないですけど、使えますよ」 ほっとした、ルイズは16年の人生の中で一番ほっとした。そしてほっとすると同時に眠気が全力疾走で襲い掛かってきた。 「……眠い、私寝るからこれ、洗濯しておいてね」 そう言ってルイズは服を脱ぎ始める。 「ひ、ヒース兄さん、見てはいけませーん!!」 先ほどからぶつぶつと何か考え事をしていたヒースが、イリーナのボディブローの直撃を受け、白目を剥く。 ヒースの身体が床から浮いたのは言うまでも無く、それを見たルイズは、ちょっと引いた。 「あ、あんた見た目よりずっと力あるのね……兎に角、これ洗っておいてね」 服を脱ぎ終わったルイズが、イリーナに下着や服を渡し、寝巻きに着替えベッドに潜り込む。 「へ? あ、はい。……あのー私はどこで眠ればいいんでしょうか?」 ぺっ、とルイズがどこからか取り出した毛布をイリーナに放り投げ、床を指差す。 「えーっと……分かりました」 気絶したヒースを引きずり、廊下へ放り出し、纏っていた自分のマントを毛布の代わりに被せ、就寝前の祈りをファリスに捧げる。 部屋へ戻ると、ルイズは既に寝息を立てており、安らかな寝顔をしていた。それを見てイリーナは微笑む。 「おやすみなさい」 野宿ですら慣れているイリーナにとって、雨風凌げる室内というだけで眠るには十分な環境だ。 毛布を被り、瞼を閉じ、目の前で消えたことで仲間を心配させて無いか思いつつ、サンドマンの誘いに身を任せた。 それから多少時間が経過し、廊下に放り出されたヒースが意識を取り戻す。 「……イリーナのやつ、思いっきり殴りやがって」 痛む腹をさすりながら愚痴る。最もイリーナの怪力を誰よりも知っている兄貴分はそれでも加減してくれたことは良く理解している。 本気で殴られた場合、冗談抜きで死にかねない。元々の怪力に一流の戦士としての腕が合わさったその拳は、凶器と呼ぶに相応しい。 「しっかし、ハルケギニア、ねぇ。使い魔の契約の仕方といい、空飛んだときの魔法といい、異なる魔法体系が出来上がってるのか?」 ヒースが知る使い魔の契約は半日も掛かる準備と、三日にも及ぶ儀式のすえ成立するものだ。 使い魔にする対象にしても、召喚するのではなく予め準備しておき、契約する。 今は亡き彼の使い魔である鴉のフレディも、とある事件に巻き込まれたとき……その事件の発端に関わっているのだから巻き込まれたというのは正確ではないが。 兎に角、雛鳥だったところを助け、そのまま育て上げて契約したのだ。 「どっちかというと、異世界とか言われたほうがまだ信憑性があ……るぅ!?」 ふと窓から空を見上げ、満天の夜空にこれでもかというほど目立つ、二つの月を発見し、目を見開く。 「いや、まて、落ち着け俺、月は一つのはずだ、だけど今は二つある、じゃあ何故?アレクラストじゃ角度的に重なって見えるから一つに見えてただけか?よし、それだな! それじゃここが異世界じゃないと実証ダ」 動揺しつつも魔法を唱えるヒース。 “ロケーション”。詳しく知る人物や物の方角をどれだけ遠く離れていても、知ることが出来るようになる古代語魔法だ。 咄嗟に思いついた敬愛する師を探る。 「……嘘だろ、おい」 反応はなし。それは即ち、この世界にそれが存在しない、ということだ。 ヒースは必死に頭を働かせる。 狩人として育った身でありながら、魔術師ギルドに特待生として迎え入れられた、その高い知能をフル回転させる。 「“ロケーション”で人物を探知できないということは、ハーフェンついに過労で死んだか?」 最高導師が病気で倒れて療養中だったり、次席導師が色々やって石になって死んだり、帰ってきた次期最高導師は宮廷魔術師になってギルドじゃあんまり働かなかったり。 そんなこんなで、馬車馬のごとく働かされているハーフェン導師が死んだ可能性すら考え、念のため今度は仲間の半分エルフにヒースは“ロケーション”を使う。 しかし反応はやはり無く、異世界であるという事実を補強するだけとなった。 「異世界とかどうやって戻ればいいんだ、“ゲート”なんて使えんぞ俺様」 頭をガリガリと掻きながら、方法を模索する。 「そうだ、“アポート”で適当なものを引き寄せて手紙で状況を知らせれば……あ、精神力足らんわ」 既に“ティンダー”“センス・ライ”さらに“ロケーション”を二回も使ったヒースの精神力は限界に来ており、後一度初歩の魔法を使っただけで気絶するほどだ。 具体的には精神力残り1点。 「あー……とりあえず寝るか」 焦ったところで状況が変わるわけでも無い、ヒースはそう考え一先ず眠ることを決めた。 イリーナのマントを被り、心の中でファリスに祈りを捧げ、こんな状況に妹分を一人だけ放り込まずに済んだことに安堵しつつ、瞼を閉じた。 用語解説 センス・イービル:ファリスの特殊神聖魔法。ファリスの定める秩序に反する思考をしている人物に反応する センス・ライ :古代語魔法。相手が嘘を喋っていれば嘘だと分かる。ただしどの部分が嘘か、などは分からず、本人が嘘だと思っていなかったり、紛らわしい言い回しだと反応しないことも ロケーション:古代語魔法。良く知る人物や物の方角を探る アポート:古代語魔法。自分の所有物を一時的に手元に引き寄せる。 場所がしっかりと分かっていないと不可能 スプライト:精神の精霊。羞恥心を司る。姿は透明なため見ることは不可能 レプラコーン:精神の精霊。混乱を司る。姿は全裸の小鬼 サンドマン:精神の精霊。眠りを司る。姿は全裸の小さな子供 へっぽこ冒険者と虚無の魔法使い 第2話(前編)