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前ページルイズとヤンの人情紙吹雪 これ見てください。 壁! これ・・・見てよ! ヒビですよ! これ全部! 脆そうだよね~。 ゴーレムのワンパンで砕けるよ! できるヨ! チャンス到来だわ! アレなら私でも行けるわ! でも・・・取り敢えず本業の前に、ある程度の後始末はやっておいた方がいいわね・・・・・・。 それにしても・・・。 乾いた音を立てて風が吹き抜け、枯れ葉が虚しく舞い上がる。 死屍累々とは正にこの事。 殺人事件の現場と言われたら納得出来る。 いや。 やっぱ納得出来ない。 それ以上のナニかが起きたんでしょ? って言いたくなる。 ヤンの吊るされた死体?が風に揺られてゆらゆらしている。 「そ、そこらじゅうボロボロ・・・」 「ホントに・・・これは頭が痛いですわ・・・」 この後、シエスタとロングビル、及び上空にいたタバサにてルイズ、キュルケ、ヤンらを介抱。 ロングビルは被害状況を報告すると言ってそそくさと去っていった。 この血闘事件は生徒達の巷間をたちまち駆け巡った。 もともと曰く付きの両家の令嬢である。 いつかはやるに違いない、と思っていた生徒も多く暇な貴族の子弟達の格好の的であった。 だが皆の度肝を抜く本当の事件はこのすぐ後。 その夜に起きるのだった。 盗賊フーケの侵入である。 *********************************************************** その時、ヤンは寮の屋根に寝っ転がっていた。 頭の後ろで両手を組み、二つの月を見上げる。 ルイズと、そして意図的ではないもののヒートアップしたキュルケからの流れ弾等で燃えカスにされかけた彼であったが、 シエスタの丁寧な治療と吸血鬼としての生命力。 そしてそれだけではない何かによって短時間で完治していた。 脅威の再生能力について現在、ヤンは左手・・・つまり自分の兄と会議の真っ最中。 「俺らには復元能力なんざ無かったのになー。 この速さはちょっとした再構築だよなー なーなーこれもガンダールヴの力なわけ?」 「そうだろうな ガンダールヴの力には武器を持った際の肉体強化と、武器を理解しその真価を引き摺り出す・・・という物がある。 どうやら徐々に吸血鬼の能力が高まっているようだな」 「武器ィ~? でも俺様縛られてただけだゼ? デルフだってタバサの野郎が持ってたしな」 直後に欠伸をしヤル気のヤの字も見せない愚弟。 「忘れたのか・・・ 俺達の肉体はミレニアムに強化された人工吸血鬼・・・。 『何の為』に作られた吸血鬼だ?」 「・・・・・・何のタメってそりゃァ・・・ブッ殺すためだろー? 気に食わねー奴らをヨー ケはハはははハハ」 正解へと導いたつもりが、それでも答えに辿りつかない。 昔から変わらぬ、考えない脳ミソを持つ弟。 ルークは半ば、というよりは完全に呆れながら解答を示してやる。 「・・・・・・つまりそれが答えだ。 俺達は『兵器』なのさ。 あの人らに利用される為の・・・ノーライフキング『アーカード』を倒す為の布石・・・駒だ。 武器である肉体は強化され、そして肉体である武器の潜在能力は引き出される。 その相乗効果・・・といった所か。 飽く迄推測だがな」 弟からの、解答に対する返礼は再度の欠伸。 ルークにとっては実に見慣れた光景なので、今更頭にも来ない。 「そーゆーお難しいお話はさー もー俺わけわかんネーや。 ま、アレだろ? 強くなってんだよな? スゴク」 「そうだ」 「オッケーオッケー 俺はそれだけ分かってりゃ十分だっツーの 細けぇことは兄貴にまかせたわーー」 兄弟水入らずのぐだぐだの時間。 餌は見つからない。 敵は見つからない。 静かな夜。 今日もこれで終わってしまう。 ああ、終わってしまうのだろうな。 そう思われた時、異変は起きた。 空気を大いに揺らす轟音。 爆発ではない。 例えるなら戦車が民家に突っ込んだような。 とにかく重量のある物が何かに突っ込んだ音。 いくらかの修羅場をくぐり抜けているバレンタイン兄弟には一目瞭然であった。 つまりルイズではない。 ルイズの爆発ではここまでの轟音がこの魔法学院に響くことなど、今まで無かった。 ナニが起きた? ナニかが起きた。 ナニかって何だ。 オモシロい事かもしんないね。 こりゃ行くしかないね。 そう思考を結んだヤンの動きは素早かった。 飛び起き、そして駆け出す。 久々に感じるきな臭いモノに、ヤンの貌は無邪気な子どものよう。 夜の闇を飛び跳ねて、直ぐ様騒音の発生源に辿り着く。 そこには蟻のようにケチらされた警備兵達と散乱する石片。 壁面には大穴。 そして足音を響かせ悠然と去ろうとする巨大なゴーレムの姿。 この巨大な土塊が、どうやら大穴の犯人に違いない。 「おホッ 何だありゃ? おいおい デケー! モビルスーツかってぇの! 兄ちゃん見てアレ! アレも魔法かよ!? ク、ククくははくクハッハハハハハハ!! 兄貴ィッ! あれさァ! すげーなアレ! デッケェ!! スゲェーッハハははは! なーなーなァなァなァなァなァなァナぁ兄貴よォ!! いいだろ!? アレ殺っちゃっていいンだろ!? イイんだよなァ兄貴!!!?」 何時ぞやの食堂でのガキを嬲ってやったとき以来。 あの金髪のクソガキ以上に面白そうなオモチャ。 しかも自分でも実感できるのだ。 イギリスの時よりも、遥かに力を得ている実感が。 その感覚を得たヤンのボルテージは上がり続けていた。 そんな時に『アレ』である。 ヤン・バレンタインに暴れるなというのが、土台無理な話である。 「ああ 殺れ」 ルークの許可。 それが合図だった。 その一言の瞬間。 引き絞られた弓のようにしなったヤンの脚が屋根を蹴り、砕いて跳んでいた。 屋根と巨人までの距離は既に300メイル程に広がっていた。 だが、その距離を瞬きよりも短い時間で跳んできたヤンは、自身を矢として巨人の頭部に突っ込んでいった。 宝物庫の壁を砕いた時のような音をたててゴーレムの頭が吹き飛ぶ。 ゴーレムの肩に掴まっていたフーケに、突然散弾となって飛び散ってきた岩の欠片を避けられるはずもなかった。 「ぐぁっああぅ! ぐぅッ!!! な、何事だい!?」 散弾によって強かに体中を傷めつけられる。 先刻までゴーレムの頭部があった場所。 もうもうと立ち上る砂煙の中には双月の月光を背にした黒い男が立っていた。 「なッ!?」 金色の瞳を爛々と輝かせて。 眼と口をサディスティックに、心底愉快そうに歪ませて。 黒い男がフーケを見下ろしていた。 「なん・・・で!?」 ヤン・バレンタイン。 ゼロのルイズの使い魔。 血闘騒ぎで重傷を負っていたのに・・・。 なのに・・・。 何故・・・? どうやってここへ? どうやってゴーレムを破壊したの? 様々な疑問が脳裏を駆け巡る。 そして瞬時にアイツらの姿が思い出される。 ミレニアムの吸血鬼。 最後の大隊。 トボけていながらも恐るべき能力を有する存在達。 私の知る『夜を歩く者』達とは一線を画す、正しく人ではない化け物(ミディアン)。 きっと普段の彼らの、アノ滑稽な姿は本性ではない。 そう。 きっと本性は・・・。 今眼の前に居る、この男のような。 金色の瞳が妖しく真紅に輝く。 それは獲物をみつめる獣の目であった。 「ニィやハハはハははははハハ なんだよォ くハハは オモチャだけじゃなくてお食事付きですかァ? 僕チンツイてるぅー!」 「ヒッ・・・!」 杖を振りかざし魔法を叩き込む。 たったそれだけの、今まで数え切れない程に繰り返してきた動作が出来なかった。 ハッキリと感じる死の恐怖に体が竦む。 男はゆっくり近づいてきて、そして。 「イッタダッキマァーース」 「い、いやッ! こ、来ない・・・ぐぁッ! あ、あ゛ぁアッあぁぁ・・・!」 牙が深々とフーケの喉に食い込んでいく。 皮膚を破いて肉を裂いて。 熱い。 大して永くもない人生の中では経験したことのない熱さ。 とてつもなく熱い。 体中を灼熱が駆け巡る。 食い破られる痛みを飲み込んで、遥かに巨大で圧倒的な熱がやってくる。 「―――んぁ」 眼の奥が白いヒカリに覆われてゆく。 「―――はっ―――あっっ あ゛ぁ」 ナニも見えなくなっていく。 「あああッ―――はぁ、ふぁあ、んあーーーー!」 喉に食いついている野獣以外が目に入らない。 「あぁ、あ゛んあぁ! あ!」 光に飲まれる。 「あぁぁぁあんァぁァあ、んはッ! あ゛ぁあ゛っ、あ゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」 肉を食われている。 血を吸われている。 痛いはずなのに。 なのに何故だろうか。 只々、熱い。 ずっと熱い。 このマま溶ケてキエテしマいソウな程・・・。 男は女に夢中だった。 ひたすら無我夢中で貪っていた。 実に、実に久しぶりの感触。 喉を通りすぎていく熱い濃厚。 こんなに美味いものだったか。 血とは。 肉とは! こんなにも美味だったか!! 余りにも旨かった。 余りにもエサに夢中になり過ぎていた。 ついついうっかり隙だらけ。 歩みを止めたゴーレムに学院の連中が追いついてきてしまっていた。 空からも、アノ青髪のタバサとかいうガキが空飛ぶドラゴンさんに跨って迫ってきているようだ。 左手たる兄が言ってくれなければ、女の喉に食いついている様を目撃されてしまう所だった。 もっともっとこの感触に浸っていたがったが、それも出来そうもない。 血は頂いた。 極上だった。 だが、まだ肉を食っていない。 喉の本当に僅かなヒトカケラだけだ。 ヤンは渋々・・・渋々女の喉から口を離す。 「あ゛ッ ふあぁぁ・・・あ、ふぁあ・・・」 女の喉から血と唾液の混じり合ったものが糸を引いて千切れていく。 血を限界まで吸われた女は虫の息だった。 「っぷはー! ンめーッ! こいつぁ上物だぜ 兄貴にも一口分けてやりてーヨー」 女の首を掴んで立ち上がり当たりを見回す。 格好からして教師どもだ。 「あーりゃりゃ 来るのはえーよコイツら・・・・・・ チッ 場所変えてディナーにすりャ良かったぜ」 「見境なしめ・・・ 理性を保たんからだ」 「へーいへい すんませんねぇ不出来な弟で。 で? どうするよあんちゃん この女ほっとくとグール化しちまうぜ?」 「知らぬ存ぜぬを通せばいい。 お前はただ学院に侵入した賊を退治した・・・それだけだ。 グールになったらメイジ供が退治してくれるだろう。 ルイズ様に危害が及ぶ場合は、お前が処分すればいい・・・・・・それより口の周りを拭け。 女に付いた牙の跡を抉るのも忘れるなよ」 「へッ わぁーってるよォ・・・っと!」 ヤンは女を掴んだままゴーレムから飛び降りる。 主人が意識を手放しかけているゴーレムは既にボロボロと崩れ始め、只の土くれに戻りつつあった。 世間を騒がせた盗賊、土くれのフーケはここに捕縛された。 *********************************************************** 「このバカ犬!!」 「非道いじゃないダーリン!」 「そりゃあないぜ相棒!」 「・・・・・・KY」 「きゅい!」 いきなりコレである。 「な、なんだなんだお前ら!」 傍若無人の低脳男、ヤンもこれにはタジタジ。 理由がさっぱりである。 「私が気絶してる間にフーケを退治するってどういうことよ! このバカ犬ッ!! 御主人様をいつもいつもいつも置いてっちゃうんだから!!」 「私がいない時に危ない真似しちゃダメじゃない! ダーリンにもしもの事があったら私・・・・・・!」 「武器の俺様無しでゴーレムぶっ飛ばすなんて俺のメンツがーー! 潰れたよー潰れちまったぜー! 相棒は人でなしだー!」 「・・・観そこねた・・・・・・・・・今度から事前に一報欲しい」 「きゅいきゅい!」 今の発言で、なぜ自分が責められているのかは大体わかった。 1人・・・いや1頭を除いて。 取り敢えず、ルイズは何時も通りの叱責。 キュルケは純粋に俺の心配。 可愛いぜ。 デルフリンガーは武器の面目が丸潰れという訴え。 タバサは俺の戦闘の観察を行いたかったということ。 で・・・この竜はなんで俺に吠えてるんだ? 「きゅいきゅい!」 ・・・まだ吠えてるし。 まさかと思うが。 「お前、何となく流れで吠えただろ」 「きゅッ!?」 ・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・。 「はぁ・・・まぁいいわ・・・もう過ぎたことだし・・・。 とにかく! 今後は何事にも私の許可を得なさい! 単独行動禁止だからね!!」 「エ゛ーーー」 「えーー じゃない! 分かったわね!! ・・・・・・ところでアンタ 手に持ってるの何?」 ルイズの言葉に一同の視線がヤンの右手に集中する。 ヤンの右手には見慣れぬ棒のような杖のような・・・パッと見、金属で出来た何かが握られていた。 「これ? パンツァーファウスト」 ほい、と軽い感じで手渡されるルイズ。 受け取りしげしげと見つめる。 「・・・・・・ぱんつぁ・・・なに? 杖?」 「いや その先っちょがな こう ヒュルヒュル~っつって飛んでって。 で アボーン! ってなる・・・・・・爆弾?」 身振り手振りを交えながらの、まぁ大体あってるヤンの説明。 「「「ば、爆弾!?」」」 「何処からこんな物騒な物持ってきたのよ! 盗んできたの!? 盗んできたんでしょ!」 グワッ!っと顔面を寄せて問い詰める。 問い詰めると言うよりは決め付けてるわけだが。 「ちげーよ! なんでそうなるンだよ! あの女が持ってたの! フーケ! で、俺様が持ってたほうが役に立つだろうから貰っといたんだよ」 「人はソレを窃盗って言うのよ! しかもフーケが持ってたってことはこれって・・・・・・ひょっとして『破壊の杖』?」 「・・・・・・多分そう」 タバサの相槌。 ルイズに冷や汗が滲み出てくる。 「ば、ばかーーーーーーー! 今、学院中で大捜索してるの知ってるでしょーが! か、返してくる!」 「あーーダメーダメー! それ俺のなんだー! 俺が俺の物って決めたんダー! キャーやめてー返してードラえもーん!」 「何よどらえもんって!? は、離しなさいって! きゃっ! ちょ、ちょっとどこ触ってんのよ!! はーなーせー!」 ギギギギギギギギギギ 吸血鬼と競り合うとは・・・ルイズ、脅威のパワー! 爆発物を奪い合い・・・。 その瞬間、ヤンとルイズを除いた面々に悪寒が走る。 「これって・・・もしかしてもしかするとマズくない? タバサ」 「もしかしなくても・・・・・・・・・マズい」 「きゅ、きゅい!(お、おねえさま! 早く逃げるのね!)」 「あ、相棒! 嬢ちゃん! 危ない物もって暴れr」 ぽろっ 「「「「あ゛」」」」 ガチン ヒュパ チュゴーーーーーーーン! *********************************************************** 「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー両名、退院したその日に再度医務室送り。 此度はミス・タバサとその使い魔追加。 ミス・ヴァリエールの使い魔、同じく医務室送りになるも1時間後に退院。 尚、使い魔の立てた手柄によりシュバリエ授与が検討されていたミス・ヴァリエールですが・・・今回の破壊の杖爆破の一件でプラスマイナスゼロに。 ミス・ロン・・・土くれのフーケですが重傷を負ったものの一命は取り留め現在は塔に幽閉しています。 フーケの正体は一部の者にしか知らせておりません。 明日未明に監獄チェルノボーグへ移送される・・・・・・とのことです」 コルベールの顛末の報告。 いつもならば秘書ロングビルの仕事だった。 だが彼女はもういない。 「ふむ・・・まぁそんなとこだろうの。 生徒達をこれ以上動揺させない為にも彼女の正体の公表は必要なかろう。 幸い目撃者も少ない。 報告ご苦労じゃったな・・・。 コルベール君・・・今日はもう休んで良いぞ」 少なからずコルベールがロングビルを想っていたことをオスマンは知っていた。 そのロングビルが盗賊フーケとして捕縛されたのだ。 多少なりとも気が沈むのはしょうがない。 例え『炎蛇』でも。 だから気を使ったつもりだったのだが・・・・・・。 コルベールから学院長室を退出する気配が感じられなかった。 「・・・まだ何かあるのかね?」 オスマンの言葉に、やや俯き加減だったコルベールが顔を上げる。 「・・・・・・フーケはミス・ヴァリエールの使い魔、ヤン・バレンタインによって捕縛されました。 ・・・・・・その際の戦闘で彼女を殺しかけてしまった。 そう彼は言いました・・・・・・しかし・・・・・・フーケの体からは血液が殆ど失われていたのです。 あれ程の量の血を失えば、現場に血溜まりが出来ていてもおかしくないのですが・・・・・・そんなものは何処にもありませんでした。 まるで傷口から抜き取られたかのようです。 彼は・・・ヤン・バレンタインは一体どのような方法でゴーレムに立ち向かい、そしてフーケを倒したのか。 そして彼が時折見せるずば抜けた身体能力。 オールド・オスマン・・・・・・私は不安なのです。 そして気になる。 ・・・・・・彼の正体が・・・・・・。 彼にはガンダールヴ以上の何かがある。 そしてそれは・・・・・・何かとても危険なモノの様な気がするのです・・・・・・」 コルベールは何時になく真剣な面持ちでオスマンに語りかける。 コルベールは今でこそ温厚な人格者であり、優れた教師であるが、かつては極めて優秀な軍人として畏怖されていた。 そのコルベールの表情に、恐れの感情が見え隠れする。 「・・・・・・さすが炎蛇の二つ名は伊達では無いのう。 ・・・・・・血液・・・となると吸血鬼という線が疑わしいかの。 だがそれだけでは説明できぬことも多々ある」 オスマンは豊かな顎髭を撫でながら思索に耽る。 「私もそれは考えました。 しかし、彼は陽のもとでも堂々と活動しています」 「その通りじゃな。 ・・・・・・まったく・・・ガンダールヴかもしれぬ・・・というだけでも厄介なんじゃが・・・・・・。 性格もトラブルメーカーそのもので得体も知れぬし・・・はぁ・・・ オマケに情勢不安で各国との摩擦も大きくなっておるし 老体にはコタエルのぅー」 その言葉にコルベールは暗く微笑を浮かべ小さく、そうですねと答えるのみだった。 「ふぅ・・・ まぁ問題は山積みじゃが一つ一つ順に解決して行くことにしよう。 取り敢えずはフリッグの舞踏会の準備じゃ! 色々ゴタゴタしとったが、もう目の前じゃ 暗い顔ばかりもしておれんぞコッパゲール君!」 「コルベールです」 うっすら青筋をたてつつニコヤカに返答。 とぼけた老人だが、コルベールはオスマンのこんなところも好きだった。 確かに考えているだけでは事態はなんら好転することはないのだ。 自分にやれることをやる。 今はそれが精一杯だ。 だが・・・確実に。 確実に時代は悪くなっている。 それだけは間違いなかった。 前ページルイズとヤンの人情紙吹雪
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前ページ次ページゼロのペルソナ 運命 意味…定められた運命・アクシデントの到来 青々とした草が一面に生えている草原。そこにはマントを身につけた少年少女たちが立ち並んでいた。 彼らがそんな魔法使いのような奇妙な格好をしているのは、彼らが奇矯な趣味をもっている人の集まりだから、ではなく事実彼らが魔法使いだからである。 召喚の儀式。魔法使いが生涯のパートーナーを呼び出す神聖な儀式。今、それが行われている最中である。 立ち並ぶ少年少女たちの視線は一人の少女に向けられている。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 それが視線を一身に受けている少女の名だ。彼女は現在、連続で召喚に失敗している。 ルイズは周りの視線を感じながら焦っていた。召喚の儀式は神聖な儀式であると同時に進級試験もかねている。 もし召喚できなければ留年。そうなればもともと魔法が使えず自分を馬鹿にしていた連中は増長し一つ下の学年の生徒に白い目を向けられながら学校生活を送ることになる。 そんなことはとうていプライドが許せることではない。 もう何回目になるかわからない召喚魔法を使う。他の魔法と同様に魔法は爆発を生み砂埃を上げる。 ルイズの魔法の爆発で地面に生えていた草は根こそぎなくなり、茶色い砂だけが姿を見せている。 「おい、いいかげんにしたらどうだ!」 「そこらじゅう穴だらけになっちまうぜ!」 周囲から飛んでくる罵声を無視してルイズは煙の中に目を凝らした。 使い魔が召喚されていないかと儚い願いをもって。 ルイズの目の錯覚かはたまた願いが通じたのか煙の中に黒いものが見えた。 召喚に成功したかもしれないという喜びに興奮しルイズはもう一度目を凝らし確認する。 確かにいる。錯覚ではなくちゃんと存在する。 ルイズは召喚の成功、ひいては自分の生涯の中で初めての魔法の成功に小躍りしたくなった。 なんだろうか。少なくとも人以上の大きさに見えた、ユニコーンだろうか。 いや黒いから違う。ドラゴンだったらどうしよう。と、ルイズの妄想は止まることを知らない。 さっきまで失敗をしていたのに強力な使い魔を想像するなど苦笑ものだが 確かにルイズが呼び出した使い魔は規格外だった。 ルイズの予想を越え、期待を裏切るほどに。 全身は黒く、大きな体、腹部にはドクロのマークがあり、額に切り傷、眉はなく、白髪の…… 「に、人間……」 ルイズの口が無意識にあんぐりと開いたままになった。 稲羽市にある大型スーパージュネスの稲羽チェーン店の電気店売り場に二人の男とキグルミがいた。 一人は身長が180センチを越える長身で髪は脱色し、眉はなく、学ランは袖を通さず肩にかけ、 学校規定のカッターシャツではなく黒地のドクロのマークがプリントされたTシャツを着ている。 まさに絵に描いたような不良高校生である。名前は巽完二。 もう一人は髪を茶髪に染め首から大きなヘッドホンをぶら下げている。こちらも高校生だ。名前は花村陽介。 そしてその二人に並んでたっているキグルミはデフォルメ化された青いくまが宇宙服を着たようなデザインをしている。 また男二人といったがこのキグルミの中にいるのも紛れもない男である。名前はクマ。本名である。 もっとも戸籍はないので本人が名乗りそう呼ばれているということなのだが。 三人は電気売り場に人がいないかとキョロキョロと周りを見ていた。 「あいかわらずだれもいないクマねー」 「相変わらずはよけいだっつーの」 クマにすかさず陽介は突っ込みをいれる。彼はこのスーパーの店長の息子なのだ。 電気売り場だけだとはいえ店に活気がないといわれるのは気のいいものではない。 「いーじゃねえスか。ダレもいねえおかげで変にコソコソしねえですむんだからよ」 完二もクマに同調した。 「お前もひどいな」 陽介は後輩にしかめっ面をする。 「いや、ひさしぶりにテレビの中に行くと思うとテンションあがっちまって」 昨年のこと彼らはテレビの中に入る力を手に入れた。その力で彼らは、一般的に八十稲羽連続誘拐殺人事件と呼ばれる事件を解決した。また、真実を見つけ出し八十稲羽市を包んだ霧を晴らしたのだ。 「クマはしょっちゅういくクマー」 「俺もときどき行くな」 「あぁッ!?、クマだけじゃなくて花村センパイも行くんスかッ!?」 「そりゃ、毎日ここに来てるからな。テレビの中にも行きたくなるじゃん?」 「せっけー」 完二は不満そうに陽介を見る。 「ま、そう言うなよ。久しぶりにあの世界見たら感慨も深いだろ?」 「まあ、そうかもしんねえっスっけど」 「カンジはこまかいクマー。もうクマ先に行くクマよ」 「待て!お前らいつも行ってんだからおれが先だ」 完二はテレビの中へ入っていった。 テレビのなかにはいる順序がどうであろうと変化はない。 完二が先に行くといったのはクマに先を越されるのがいやというだけで深い意味はなかった。 だが本来なら完二の意味のない子供っぽい行動が、三人にとって重要な選択となっていたことなど このときはだれも、たとえ別世界の魔法使いすらも知らなかった。 「じゃあ、クマお先ー」 陽介も完二に続いてテレビの中に入る。 「あー!ヨースケずるいクマー!」 最後にクマもその身をテレビへと入れる。 この時から三人はこの町、八十稲羽で半年以上ぶりの行方不明者となり、別世界への旅人となった。 巽完二は驚いていた。テレビの中に入ったと思ったら、煙の中にいた。 霧が再び発生したのかとも思ったが煙はすぐには四散した。 煙に包まれていたときはわからなかったが、自分の周りには多くのマントをつけたみょうな格好の集団がいた。 「さすがはゼロのルイズだぜ、平民を召喚しやがった」「ゼロは何してもダメだな」などといっている。 なんだ、なんでここに人間が?また放り込まれたのか?いや、犯人は捕まえたよな? と、完二が尻餅をついた態勢のまま考えて込んでいるとピンク色の髪の少女が近づいてきた。 ふと視線を上げて見てみるとその少女のおかしさに気付く。髪の色も異様だが、その格好も奇妙であった。 フレアスカートに真っ白なカッターを着ているのはいい。だがその背中にかけている布きれは何であろうか。 まるで魔法使いのマントだ。 少女は完二の前で膝をつくとなにやら棒状のものを構えてブツブツといい始めた。 その棒が魔法使いの杖のようで完二は鼻白んでしまう。 ブツブツと唱えるのをやめた少女はその少女は突然完二の顔をその両手で固定し、 完二が反応する間もなく唇を重ね合わせてきた。 少女は軽く唇を合わせるとすぐに唇を放したが、何をされたか理解できずに完二はぼけっとしていた。 だが何をされたか理解すると完二は顔を真っ赤にして大声を出す。 「なっ、テッテメェ何しやがんだ……て、いってえ!!」 だが文句を言い終わる前に完二は体に痛みが走るのを感じ、身を折る。 「うるさいわね。ルーンが焼かれてるだけよ。すぐに終わるわ」 少女の言葉のとおり痛みはすぐにひいた。 「ん、おお、ほんとだ。って、ナニしやがんだテメエ!」 「ほんっとイッチイチうるさいわね。ルーンが焼かれたって言ったでしょ。見てみなさいよ」 言われたとおりに感じは痛みが走ったところを見てみる。服をまくってみるとそこには みたこともないような紋様があった。完二にはミミズがのたくったような文字に見えた。 「んだ、コリャア!」 「だーかーらーさっきから言ってるじゃない!バカなのあんた!?」 「ああッ!ダレがだテメエ!」 完二と少女はぎゃいぎゃいと言い争いを始めた。 「それでは次」 禿頭の教師コルベールはルイズがコントラクトサーヴァントをどうやら成功させたらしいと判断し、 次の生徒を呼んだ。 その声に応じ、青い髪の小さな少女ともう一人燃えるような赤髪の少女がルイズを囲んでいた輪から出てきた。 青い髪の少女は背が小さく年齢の割には起伏がない体型をしているのに対し、 赤い髪の少女は年齢以上に起伏のある体をしている。 赤髪の少女はそれに自信をもっているのかカッターのボタンを多めに外しその肌を惜しげもなく晒している。 「あんたのせいでわたしたちの召喚まで明日まで延びるんじゃないかと思ったわ」 「だからちゃんと召喚したじゃない」 「平民呼び出すなんてわたしも初めて聞いたけどね」 嘲弄の言葉に対し、ルイズの口はパクパクと開くだけであった。 事実平民を呼び出してしまったこととバカにされた悔しさが合わさり言葉を口にできない。 「そうだ、てめぇさっきはよくもいきなりキ、キ、キ……」 座り込んだままだったルイズの召喚した男が立ち上がりルイズに詰め寄る。 「うるさい。黙ってなさい」 「ハァ!?んだとテメエ!!いきなりキスしやがって!」 「う、うるさい!わ、わたしだって好きでしたんじゃないわよ」 「じゃあ、すんじゃねえよ」 「へ、平民のくせに……!平民が貴族にあんなことしてもらえるなんて普通ないのよ!!」 「うっせえっ!!平民とかワケわかんねえこと言いやがって。ダレがんなこと頼んだ!」 「うるさいうるさい。ファ、ファーストキスなのよ」 「ッせぇ!んなのこっちもだっつの!」 二人はうるさく言い争いを始めてしまった。 「あーら。まあいいわ。タバサなら一発よね、こんなの」 赤髪の少女、キュルケはその言い争いを面白半分に見ていたがまず召喚を終わらせてしまうことにした。 タバサと呼ばれた青髪の少女は小さくうなずき召喚魔法を唱えた。 キュルケはタバサは体こそ年齢より幼く見えても、魔法の実力は並の魔法使いなどとは 比較にならないほど優れていることを知っていた。 だから落ちこぼれのルイズと違い一回であっさりと召喚魔法を成功させたことには驚かなかった。 しかし…… 「……え?」 「……人間」 ルイズと同じく平民の少年を召喚したことには驚いた。 結局タバサは平民を召喚した後すぐに契約のキスをした。 「えっ、なにこれドッキリ……いってえええ!!!!」 と、タバサの使い魔はルイズの使い魔と同様にルーンが焼かれる痛みに大声を上げた。 しばらくうずくまっていたが、痛みが引いたのか身を起こして周りをキョロキョロと見回て、 「え、どこだ?ここ?テレビの中じゃねーのか?」 などと言っており非常に混乱しているようだった。 それを尻目にコルベールはキュルケに召喚をするように告げた。キュルケは嫌な予感がしたが、 それを理由に召喚を後日にのばすというわけにもいかないのでしぶしぶ、というわけでもないが召喚を行う。 キュルケの嫌な予感はうれしいことに当たらず、呼びだされたのは人間ではなかった。 大きな頭と太い胴の間にくびれはなく赤と白で作られた模様の胴体から短い手足を生やしている青い毛をもった… 「なにこれ?」 よくわからない生き物だった。 「い、いったいいいいいいいい」 クマは土の上で丸い体をゴロゴロと転がす。クマの体感時間では相当な時間が経ってからやっと痛みは引いた。 痛みは引いても仰向けになって安泰にしていようとするクマに陽介と完二が駆け寄ってきた。 彼らは現状に気付いたのだ。 「おい、クマッ!」 「ヨースケクマ……。クマはもうだめだあ……。死ぬ前にかわいい子とデートしたかった……ガク」 「そーいうのいいから!そんなことより、クマ!ここがどこかわかるか」 「へっ?ここは……どこ?」 クマはやっと現状に気付いたのか目をパチクリとさせてキョロキョロと見回す。 「それを聞いてんじゃねーかっ!」 「カンジ、おちつくクマ。むむ、クマたちテレビのなかに飛び込んだクマよね」 「ああ、それは確かだな」 「ここ、テレビのなかじゃないよ」 「ああッ!?なんでだよッ!?」 「そんなのクマもわからんクマー。ただ、テレビのなかじゃないことは絶対クマ」 「ちょっとあなたたち、なんの話してるのよ」 三人が驚愕の真実に気付いたときに褐色の肌をした少女が話に割って入った。クマにキスをした少女だ。 また同様に陽介と完二に突然接吻をした少女たちもやってきたようだ。 何気に倒れたままだったクマは陽介に起こしてもらう。クマは一人では立ち上がれないのだ。 そうして話に割って入ったきた少女を見てクマの顔は目ははっと開かれた。 「はっ、そーいえばクマこの人にいきなりキスをしてもらって…… なんちゅーことか、痛みでキスの感触を忘れるなんて…… チッス!ワンモアプリーズ!」 陽介たちが見たことがないほど色香を放つ褐色の少女はクマの様子に引いたように見えた。 引いた彼女に代わりピンク色の少女がやってきて捲し上げるように喋り始める。 「ちょっとあんた!キュルケの使い魔が出てくるなりご主人様置いて何しに行ってんのよ!?」 「だーれがご主人だっつのッ!」 「わたしが!あんたの!ご主人さま!」 完二と桃色の髪の少女は顔を突き合わせるなり口げんかが始めた。その二人の間に青い髪の少女が割って入る。 「話が進まない」 「タバサのいうとおりよ。ルイズ少し落ち着きなさい。それであなたたち知り合いなの?」 「えーと、いや、そーなんだけどさ……。とりあえず聞きますけど、ここどこですか?」 陽介は恐る恐ると言った様子で尋ねた 「トリステイン魔法学院よ」 「「「ま、魔法学院(クマ)?」」」 「まさかあなたたち魔法を知らないっていうんじゃないでしょうね?」 「いいや、知ってます。知ってっけど……」 陽介は言いよどんだ。 魔法は知っているが、魔法学院とはどういうことであろうか。果たして自分の思っている魔法と同じものなのかと。 完二とクマも陽介と似たようなものであった。つまり顔に当惑を貼り付けている。 赤い髪の少女がまた何か言おうとした時、青い髪の少女がすっと腕を上げて指でどこかを指しながら言った。 「帰ってる」 指の指す方向に広がっていたのは陽介たちの常識を打ち壊すものだった。 何人もの少年少女たちが空を飛んでいるのだ。 「って、なんじゃこりゃッ!?ワイヤーアクションですかッ!?」 「どーなってんだ……?」 「飛んでるクマー」 陽介たちは呆然として空に人が浮かぶという信じがたい光景を見ていた。 こんなものテレビの中でも見た記憶はない。 だが隣に立つ少女たちは人体浮遊を見て驚いた様子はなく、 むしろ完二たちを見て呆れたという表情を浮かていた。 「あんたたち何そんなに驚いているのよ……」 「驚くだろ、そりゃ……てゆーか聞きたいことが山のように出てきたんだけど……」 陽介はさらに言葉を続けようとする。しかし青い髪の少女がゴツゴツとした棒を突き出してきたので出てきかけだった言葉を飲む。 「あとで」 そういうと彼女は短く小さく何かを唱えた。次の瞬間、少女と陽介は宙に浮いていた。 「うおぉぉ、飛んでる、飛んでるよぉ」 「わたしも戻るわ」 クマも赤い髪の少女も同じように飛んだ。 「おっおおーー!今のクマはまさに浮いた存在クマー」 フワフワと彼らは飛んでいった。草原に残るは完二とピンク色の髪の少女だけになってしまった。 「お、お前は飛ばねえのか?」 完二が少しばかり期待をこめて言った。 正直飛んでみたい。完二はそう考えていた。 「うるさい」 そう突き放すように言って、少女は完二をおいて歩き出した。 「な、おい!ちょっと待てよ。飛ぶんじゃねえのか?」 「だからうるさいって言ってるでしょ!」 あーだこーだと口論しながら二人は学園へと歩いていった。 タバサの部屋には今、三人の魔法使いと二人と一匹(?)の使い魔がいた。 タバサとキュルケとルイズの呼び出した使い魔たちがなにやら訳ありのようで、 その話を聞くために一部屋に会したのである。 ところで人付き合いが薄く、キュルケ以外に友達といえるもののいないタバサの部屋に これほどの人を招いたのは初めてであった。 タバサとしても無闇に部屋に人を招きたくはなかったが、ルイズがキュルケを部屋に招くことも、 キュルケの部屋に招かれることも拒んだので彼女の部屋になってしまったのであった。 「で、あなたたちは魔法がない別世界から来たっていうの。とても信じられないわね」 茶色の髪をしたタバサの使い魔――花村陽介というらしい――が説明を終えるとキュルケはそう言った。 「ウォークマンやケータイ見せただろ」 「見たことがないものだった」 確かに彼女の使い魔が持っていたものは見たこともないものばかりだった。 小さく精巧に作られた金属やそれなりの強度を持ち軽量な素材でできているもの。 全く見たことのない物質のようであった。 スクエアクラスの土のメイジででも作れるとは思えない。 また、タバサは今まで様々な任務をこなしてきたので嘘をついているかどうかについてある程度嗅覚が利くのだが 別の世界から来たなどという、嘘としてはあからさま過ぎる話をしながらも 陽介は決して嘘をついているようなそぶりを見せなかった。ただ、何かを隠しているようには感じたが。 「それよりもこっちが信じられねーよ。なんだこの世界……」 「それよりも問題なのは帰れねえっつーことだろ……」 「クマったクマね……」 使い魔三人ははあと溜息をついた。 タバサのベッドをイス代わりにしていたキュルケは腰を上げた。 「もう顔をつき合わせてたってしょうがないわ。もう部屋に戻りましょ。クマ、おいで」 「な、クマはキュルチャンの部屋で寝るクマか。むほほー」 キュルケの使い魔クマから落胆の表情が消え、キュルケに続いてクマは踊るように出て行った。 ルイズも部屋に戻ることにしたようだった。そしてその使い魔、巽完二も連れていく。 「カンジ、なにしてんの、来なさい」 「お、おう」 出来たばかりの二組の主従が去り、部屋には本来の部屋の主とその使い魔だけが残った。 「なあ、えーっと、タバサちゃん」 タバサの使い魔である少年はおずおずと言った様子で尋ねてくる。 「タバサでいい」 「じゃあタバサ。俺どこで寝りゃあいいんだ」 「ここ」 タバサは簡潔に答えた。 「あーいや、この部屋で寝るのは話の流れでわかったんだけどさ。何を使って寝ればいいんだ?」 タバサは言われて初めてその問題に気付いた。部屋には寝床はベッドが一つしかない。 とは言っても小柄なタバサのベッドにしては大きなベッドである。 無理をせずとも二人くらいは寝れなくもないだろう。 ベッドをじっと見ながら言った。 「いっしょ……?」 「床で寝させていただきます」 彼女の新しい使い魔は素早く言った。 毛布はいくらか分けてあげよう。そうタバサは思った。 部屋に戻ったキュルケ。そしてクマ。 「ここがキュルケチャンのお部屋クマかー。うーん、女の子のにおいがするクマー」 「オジサンじみたことを言わないでちょうだい」 先ほどから率直に感情のままにものを言うこの珍獣にキュルケは辟易していた。 あの二人の人間の使い魔と同じ世界から呼び出したが、タバサやルイズよりは体裁がいいはずだ。 二人は呼びだしたのは平民のたいしてこちらは珍獣。 人間を呼び出すことに比べれば珍獣の召喚など常識の範囲内だが 「疲れる……」 ただこのハイテンションのクマに疲れた。 現在も制服からネグリジェに着替えているが背後で 「キュルケチャン、ダイタン!クマはまだチェリーボーイークマー。むしろさくらんボーイ?」 とわけのわからないことを言っている。 着替えが済み、キュルケはベッドに倒れこんだ。 「キュルケチャン」 「なに」 「クマもいっしょにベッドで寝ていいクマか」 「いや、あなた大きすぎるでしょ」 キュルケのベッドは貴族の使う大きめのサイズであったが縦はともかく厚みがありすぎる。 クマが寝ては自分のいるスペースがない。 「あなた毛皮があるんだから、床で……」 「じゃあ、脱げばオーケークマね」 そういうとクマは自分の頭を抱え込み、頭を引き抜いた。 自殺!?使い魔がベッドを使えないことを苦に力技で自殺!? だがクマのクビからは血が流れ出てきたりはせずに、金髪碧眼の小柄な美少年が現れた。 キュルケは呆然とした。 「やあ、キュルケ、おとなり失礼させてもらうよ」 クマがベッドに入り込んで来て、やっとキュルケは我を取り戻した。 「あなた、クマの中に入ってたの……?」 「あれはボクの一部だよ」 突然の展開についていけずキュルケは呆然とクマの中から出てきた少年を見つめる。 そしてその視線をどう勘違いしたのか。 「初めてだから、や・さ・し・ク・マ」 と言った。間違いなくクマだとげんなりした気分に近くキュルケは思った。 キュルケはクマを無視して寝ようとして明かりを消そうとして、気付いた。 「スピースピー」 「寝てる……」 キュルケの使い魔は自由なようであった。 ルイズは完二を連れて自分の部屋に戻った。 今日の出来事で色々と疲れたルイズはさっさと寝ようと決めた。そして服を脱いで着替えようとする。 その時、完二が悲鳴のような大きな声を上げた。 「テメッ、なに男の前で服ぬいでんだ!」 完二は両手で目を隠しながら怒鳴っている。 「男がどこにいるっていうの?貴族は従者の目なんか気にしたりしないものよ」 「ジューシャ……?」 従者という言葉がわからなかったのか、少し考えふけったようだったが、 考えることをやめたのか再び抗議し始めた。 「とにかくバカにしてんだろが!ナメんじゃねえぞ!」 両手で目を隠したまま、すごまれても全く迫力がなかった。 ルイズは構わないことにした。 「なんでもいいけど、そこのタンスからネグリジェとって」 「なんでオレが」 「使い魔として役に立たないんだから、せめて身の回りの世話はやってもらうわ」 そうさきほどキュルケたちと話し合ったときにわかったのだが彼らとは 本来使い魔たちと出来るはずの視界などの感覚共有が全くできなかったのだ。 その上、完二たちは平民なのである。完二の体格はかなりいいように見える。 しかしいくら図体が大きくても魔法使いを襲うようなものから平民が守れるとは思えない。 また信じがたいが異世界とやらから来たというので、調合のために必要な薬草なども集めることも出来やしない。 ならばとルイズはせいぜい普通の下僕が出来る程度のことはすべてやってもらおうと決めたのであった。 「ふざけんな!」 「あら、あんたを部屋に置いてやってるのも食事も与えるのもわたしなのよ。あんた受けた恩も返せないの」 「んだとぉ?」 ルイズの小バカにした言葉にドスをきかせた返事を返す。 「世話してもらってなにもせずに義理も通せないの?」 「誰が世話してもらってんだよ!」 「あんた以外にいないでしょ。言うこと聞けないならご飯あげないわよ」 「な!?きったねえぞテメエ!クソ……」 完二の言葉は尻下がりに弱くなった。 完全に服従したわけではないが完二の言葉から敗北の色を受け取ったルイズはとりあえず満足し、 完二に命令する。 「じゃあ、タンスからネグリジェとって」 「どこだ」 「一番下」 「ほらよ」 完二は後を見ないようにそれを投げてきた。 「着せて」 「ああ……いや、待てッ!」 「なによ」 「オマエ俺に下着姿を見ろっつうのか」 「わたしは気にしないわ」 「オレが気にすんだよ!」 「なんだ、あんた結局恩も返せないようなやつなのね。 もういいわ、あんたみたいな情けないやつにやってもらわなくても」 「んだと、なめんじゃねえ!」 完二はタンスと向き合った状態から首を回しルイズを見、顔を真っ赤にして、首を回してもとに戻した。 「もういいわよ」 ルイズはこれは無理そうだと判断した。 「くっそぉ」 完二はルイズに背を向けていたが耳まで赤くしているのがルイズにはよく見えた。 運命に導かれ突然現れた少年たち。 この時から少女たちの先の見えない旅は始まった。 前ページ次ページゼロのペルソナ
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前ページ次ページベルセルク・ゼロ ルイズはベッドに腰掛け、パックの話を聞いていた。 パックからガッツの事情をかいつまんで聞かされたルイズは本日何度目かのため息をついた。 「異世界からきた…ね…とても信じられないけど……」 先ほどのガッツの剣幕を思い出す。実際あれほどの激情を目の前で見せられては疑うわけにはいかない。 「とても嘘をついている風じゃなかったものね……その、とても怖かったし……」 「必死だったんだよあいつも。普段はあそこまで取り乱すことそんなにないんだよ…そんなに、だけど」 苦笑いを浮かべるパックの脳裏には出会ったばかりのころのガッツが思い出されていた。 あの当時のガッツをこのルイズが召喚してしまっていたとしたらどうなっていたか―――想像に難くない。 「不幸中の幸いってやつだね~」 「?」 たはは、とパックは笑う。 ルイズはそんなパックをきょとんと見つめていた。 やがて――― 「よし…!」 ぱんっ、と膝を掴んでルイズは立ち上がる。そのまま勉強机に腰掛けた。 さんざん弱音は吐いた。泣くだけ泣いた。 あとは前に進まなきゃ。 とりあえず新しい使い魔をどうするか、自分の立場がどうなるかは後回し。 自分の失敗魔法のせいでガッツに迷惑をかけてしまった。 ならば、その責任をとらなければならない。 ひょっとするとそれは償い切れないほどのものかもしれない。 それでも、逃げ出すことは許されない。 失敗を見ないことにして放り出すことなど到底許容できない。 それがルイズの考える貴族の在り方―――これからも貫く、自分の生き方だった。 どすんっ! 机の上に「コレ頭叩き割れるんじゃね?」というほどの厚みのある本が置かれた。 2000ページは優に超えていると思われる。 それは古今東西、ハルケギニアに存在した、『フライ』を始めとする移動形魔法の種類とその詳細が書かれた、いわゆる『辞典』だった。 パラリ―――とページをめくる。 一枚一枚、一言一句逃さず、ルイズはその本を読み続けた。 二時間後――― 「ぐぅ…むにゅ……すやすや……」 ルイズは開かれたままの本に突っ伏して寝息を立てていた。 「ルイズ~、寝るならちゃんと布団で眠りなよ~~」 パックが苦笑しながらルイズの頭をぽんぽんと叩く。 完全に寝ぼけたまま、それでも何とか目をあけたルイズは椅子から立ち上がると、もそもそと服を脱ぎ始めた。 「わわわぁ~~!! ルイズ、ちょ、ちょっと待った! なななにしてんのッ!?」 「む~? なぁにってぇ~、きがえてるにきまってるでしょ~~? せいふくぅ~しわになったらぁ……むにゃ」 「はわわわわ」 ルイズの手が下着に伸びる。緩慢な動作でそれも脱ぎ捨てると、ルイズはネグリジェを頭からかぶり始めた。 無論、その間ルイズは丸出しである。 エルフが人間に欲情するかは定かでは無いが―――少なくともパックはガン見だった。 ルイズはネグリジェに着替えるとぼさっ!とベッドに飛び込む。 「むぅ~~…ん……すぅ~すぅ~」 そのまますぐに寝息を立て始めた。 パックはルイズの顔を覗き込み、眠りにつくのを見届けてから部屋を出ようとした。 むんず。 「ほえ?」 ルイズの手が飛び去ろうとしたパックを握り締める。 「んむぅ…むにゃむにゃ、ちいねえさまのつくったまろんけーきおいしい」 そのままパックはルイズの口の中にinした。 「のおおおお!! オレの体からは栗の匂いでも出てるとですかーーーー!?」 はぐはぐと頭頂部をルイズに咀嚼されながら、パックは心の叫びを上げた。 ―――夜が明ける。 あまりにも異様だった双月はその姿を潜め、太陽がトリステインを照らし始める。 その輝きだけは自分が見慣れたものとそう変わらないように思えた。 ガッツは剣を抱き、壁に背を預けて座ったまま首筋を指でなぞる。 なぞった指を確認するが―――やはり一滴の血もついてはいない。 いつもの世界では考えられないほど穏やかな夜に、しかしガッツは背筋が凍る思いだった。 いくら悪霊が現れず、穏やかな夜だったとはいえ、ガッツが眠りにつくことはない。 神経が高ぶっていて寝付けるようなものではなかったということもあるが―――根本的に、ガッツはもはや夜に眠ることは出来ない。 安全だとわかっていてもどうしても落ち着かないのだ。 これから先も、夜に穏やかに眠れることはおそらくないだろう。 まあこの世界に召喚された際、随分と長い間気絶していたことが幸いして、わりと頭はシャンとしているようではあった。 太陽が覗くまで長い間自問自答を繰り返していた甲斐があって、沸騰した頭は幾分落ち着いてくれたらしい。 ガッツはこれからの自分の行動を決めることにした。 (ルイズとかいうガキはあてにしちゃいらんねえ…やはり、自分の足で探すか) まだここが本当に異世界だと確定したわけではない。 その辺のこともじっくり調べてみる必要がある。 とすると、やはり町に向かう必要があるだろうか? そんなことを考えていると―――― ぐう。 お腹がなった。 そういえば最後に飯を食べてもうそろそろ丸一日経つ。 「まずは腹ごしらえか……」 さて、どこに行けば飯にありつけるのか。 まあとりあえず適当に建物内を散策してみるか―――とガッツが腰を上げると一人の少女が目に入った。 清楚な黒髪をカチューシャで纏めた女の子が、大量の洗濯物を抱えて歩いていた。 その服装には少し見覚えがある。確か、貴族に仕える侍女が似たようなものを着ていたはずだ。 (この学院に居る者は―――) ルイズの言葉を思い出した。 この学院の生徒とやらは全員が貴族。 つまり、なるほど、あの少女はおそらくここで侍女として雇われているのだ。 であるならば、彼女に聞けば飯の在り処もわかろうというものである。 ガッツは立ち上がり、少女のもとへと歩み寄った。 「おい」 「はい? きゃあ!」 少女はガッツの声に振り向いた拍子にバランスを崩し、抱えていた洗濯物を盛大にぶちまけてしまった。 「…悪い」 「いえ、私の不注意ですから…あら、あなたは学院の生徒じゃないですよね?」 当たり前だ。見たらわかる。 身の丈を超える大剣を担ぎ、黒尽くめの甲冑に身を包み、極めつけに左手は鉄の義手(大砲オプション付)だ。 そんな生徒はどこの学校を探したって存在しない。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 ミス・ヴァリエール? ガッツはしばらく考えてから「あぁ、あの桃髪のことか」と思い当たった。 「ずいぶんと広まってるんだな」 「ええ、ミス・ヴァリエールは平民を召喚してしまったってすっかり噂になってます」 まあそれはどうでもいい。噂したけりゃすればいい。それよりも。 ガッツは少し気になったことを聞いてみた。 「あんたも魔法使いなのか?」 「いえ、私はあなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するためにここで奉公させていただいてるんです」 明らかに自分を貴族より下の位置に定めている者の口ぶりだ。 貴族がいる前ならまだしも、周りには同じ平民だと認識しているガッツしかいないのに、ここまでへりくだったしゃべり方をするとは。 どうやらこの娘は心の底から貴族を自分より上位の存在だと考えているらしい。 (こら仕込みがいいわ) そんなことを考えながらガッツは少女が落とした洗濯物をひょいひょいと集め始めた。 「あ、ありがとうございます」 ガッツの行動が意外だったのか、少女は少し驚きながら礼を述べた。 「どこまで運べばいいんだ?」 「そ、そんな! 大丈夫ですよ! ミス・ヴァリエールの使い魔の方にそこまでしていただくわけにはいきません!!」 少女はガッツが集めた分の洗濯物を受け取ろうとするが、そうすると持ちきれない分がまた落ちるのは目に見えている。 「気にすんな。俺もあんたに頼みたいことがあるからな」 「う…それじゃあお願いします。あそこの井戸の方まで運んでもらえますか」 「あいよ」 少女が指差した方向に二人肩を並べて歩き出す。 少女は隣を歩くガッツを少し不思議そうに見上げてから、 「あの、お名前はなんておっしゃるんですか?」 「ガッツだ」 「ガッツさん……私は、シエスタっていいます。どうぞよろしく」 シエスタはそう言ってガッツを見上げたまま微笑み――― こけた。 「ガッツさん黒髪ですよね。私と同じです」 「ん…まあ、そうだな」 ガッツはシエスタの洗濯を手伝っていた。 シエスタが桶で洗い上げた物をガッツが木の枝同士に張られたロープに干していく。 ガッツがシエスタに飯を食うにはどこに行けばいい、と尋ねたところ、シエスタの厚意によりいつも厨房で出ているという賄い食を出してもらえることになった。 洗濯が終わった後に連れて行ってもらえることになったのだが―――ただ突っ立って待っているのも手持ち無沙汰なので、ガッツから手伝いを申し出たのである。 じゃぶじゃぶと洗濯板を使って洗濯を進めるシエスタの言葉に、ガッツは自分の前髪を少し指でいじった。 右側の前髪だけ白い。狂戦士の甲冑を身に纏った反動だ。 ちょびっと白い剣士。 ほぼ黒い剣士。 パックとイシドロに叩かれた軽口を思い出す。 まあしかし、黒髪と言って問題はなかろう。故にガッツは曖昧に頷いた。 「トリステインでは黒髪って珍しいんですよ? 私、家族以外で黒髪の方に会ったのは初めてです。ガッツさん、出身はどちらなんですか?」 「言ったってわかんねえだろうし、本当のところは俺もわからねえさ」 実際ガッツは自分の生まれを知らない。 昔、かつて自分の親代わりをしてくれた男は、自分のことを『死体の股から生まれた呪われた子』と言った。 自分の出自について知っているのはそれだけだ。 あるいはミッドランドと答えてもよかったかも知れないが、シエスタにはわからなかったろう。 ガッツの答えに「なんですか、それ」とシエスタは笑った。 洗濯を終え、シエスタに連れられた厨房で、ガッツは賄いのスープを口にしていた。 ここでもガッツは驚くことになる。 ―――スープが、うまい。 狂戦士の甲冑の反動によって失われていたはずの味覚が戻っていた。 (つくづく魔法ってのは…すげえもんだな) もしかすると死者を甦らせる魔法なんてのもあるのかもしれない。 そんなことを考えているとコック長のマルトーがガッツに話しかけてきた。 「よう、兄ちゃん! くそったれな貴族に召喚されちまったんだって!? 難儀なことだなあ! おめえの気持ちはよ~くわかるよ! 貴族たちに使った食材の余り物だってのが癪にさわるが、今日は好きなだけ食ってくれ!!」 陽気にがははと笑いかけてくる。 マルトー自身もがっしりとした体躯をしているためか、ガッツに対して恐れというものは抱いていないようだった。 「ところでよ~…お前さんのそれ…剣かい?」 マルトーがガッツの傍らで壁に立てかけられたドラゴンころしを指差した。 「ちょっと持たせてくれよ」 言いながらマルトーはドラゴンころしの柄に手をかける。 「ふんッ!! ……んぅううあ!! 無理ッ!! 剣っていうかただの鉄板じゃねえか!! こんなもん振ったら肩がぶっ壊れちまうぜ!! 兄ちゃんコレ本当に振れんのかい?」 「……ああ」 「ホントかよッ!! そりゃあすげえや! な、振って見せてくれよ!!」 ……ここでか? ガッツは若干呆れながら厨房を見回した。 広い厨房だとは思うが―――こんなところでドラゴンころしを振り回したらえらいことになる。 「なんだよ! やっぱりこりゃ虚仮脅しなのかい!? 兄ちゃん、見栄を張るのはいいが武器はちゃんと自分になじむものを使いな! その辺は剣士も料理人も一緒だぜ!!」 否定するのも面倒なので、ガッツは適当に流して黙々とスープを口に運び続けた。 「ガッツさん、どうぞゆっくりしていって下さいね」 貴族に出す分なのだろうデザートをトレイに乗せて、シエスタはガッツの前を通り過ぎ、生徒用の食堂だという部屋に入っていった。 軽く手を上げてそれに応えてから、ガッツはスープを平らげる。 マルトーに礼を言って厨房から出ようとドアに手をかけた時――― 食堂の方が騒がしいことに気がついた。 食堂ではシエスタが金髪の少年に頭を下げていた。平伏し、頭を地面にこすり付けるほどに。 そのシエスタを、薔薇を片手に見下ろす金髪の少年の顔はなぜかワインまみれだった。 「君のおかげで二人のレディーの名誉が傷付いてしまったよ。どうしてくれるんだい?」 「申し訳ございません、申し訳ございません…!」 「申し訳ないですんだら銃士隊はいらないんだよ! 僕はどうするのかと聞いているんだ平民!!」 「ひっ…! ごめんなさい…! ごめんなさい……!!」 金髪の少年は別に償いを求めているわけではない。 こうやってシエスタを追い詰めることでストレスを発散しているだけだ。 「なにあいつ、かんじわる~~。今の悪いの完全にあいつじゃん!」 「ギーシュのやつ…朝っぱらから見苦しい真似してるわね…」 そんな二人の様子をルイズとパックは苦々しげに眺めていた。 事の顛末はこうである。 デザートを配膳していたシエスタは金髪の少年・ギーシュが香水のビンを落としたことに気がついた。 元々奉仕精神の強い彼女である。当然それを見過ごすことは出来ず、ビンを拾い上げるとギーシュに差し出した。 しかしギーシュはそのビンを受け取ろうとはしなかった。その真意を彼女に汲み取れというのは酷な話だ。 結局その香水がきっかけで彼の二股が明るみになり、彼は二股をかけていた少女二人から見事な制裁を受けた。 ギーシュはその責任をこともあろうかシエスタに押し付けたのである。 「まったく、これは教育が必要なようだね……」 「お許しください…お許しください…!」 シエスタは目に涙を浮かべている。 ギーシュはそんなことお構いなしとばかりに彼が魔法の杖として使用している薔薇の花を高々と掲げた。 ひい…!とシエスタは頭を抱えて蹲る。 ギーシュはそれを見て大変ご満悦な様子だった。 「もう許さん! この怪傑スパックが制裁を与えてくれる!!」 「こら! 面倒なことに首突っ込まないの!!」 どこからか毬栗を取り出し突貫しようとするパックをルイズは捕まえる。 ちょうどその時だった。 ギーシュは床に大きな影が差していることに気がついた。 何事かと後ろを振り向き――― 「うわあ!」 いつのまにか現れていた巨躯の男に、驚きの声をあげた。 驚いたのはギーシュだけではない。 「ガッツ!?」 「あいつあんなとこでなにしてんの!?」 「ガッツさん……!?」 ルイズも、パックも、シエスタも思いがけない乱入者に思わず声をあげていた。 ギーシュはその男がルイズの召喚した平民だということに遅まきながら気がついた。 「何のつもりだ…平民。貴族である僕を見下ろすなどと随分と不遜な態度じゃないか」 「何があったか知らねえが……もう勘弁してやっちゃくんねえか?」 ガッツとしては一応、シエスタには恩がある。 シエスタがここまで追い詰められているのを放っておくのは、さすがに夢見が悪かった。 「頭が高いと言っているんだ平民ッ!!」 ギーシュが一喝する。 自分を見下ろすこの男は貴族に対してなんら敬意を払っていない。 それどころか―――この男は自分を見下してすらいる。 ギーシュはそう感じていた。 ガッツは―――ギーシュの傲岸な態度に、抑えていたものが噴出しそうになっていた。 「やれやれ…貴族ってなぁどいつもこいつも……聞くが、お前はそんなに偉いのか?」 「よかろう。名乗ってやる。我が名はギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン!! かのグラモン伯爵家の第三子だ…わかったら平民! さっさと頭(こうべ)を垂れるがいい!!」 両手を大きく開き、ギーシュは大仰に名乗りを上げた。 グラモン家は最近お金の面で苦労しているとはいえ、それでもトリステイン有数の大貴族だ。 平民に対するその威光、推して知るべしである。 しかしガッツはそんなことは知らない。否、たとえ相手がミッドランドの大諸侯だったとしても、その態度は変わらない。 ふっ…とガッツの口が皮肉げに笑いの形を作った。 「俺は『お前』が偉いのかと聞いたんだ。啖呵をきるのに親の名前がいるってんならずっとママと手をつないで一緒にいてもらえ、ガキ」 シン…と食堂の空気が凍った。 もはやガッツを敵視しているのはギーシュだけではない。 ガッツの今の発言はギーシュの家名を馬鹿にした―――だけではない。 親から子へと連綿と受け継がれていく貴族の名誉、その在り方そのものをあざ笑ったのだ。 家名に誇りを持つ全ての貴族たちがガッツを睨み付けていた。 シエスタの顔は蒼白だった。 「よかろう……そこまで貴族を馬鹿にするんだ。覚悟は出来ているだろう! 決闘だ!! 平民ッ!!」 ギーシュがそう言い放つと周りの生徒たちから歓声が上がった。 「ヴェストリ広場に来い! ここを君の血で汚すわけにはいかないからな…!」 そう言い捨てるとギーシュは食堂を出て行った。 「ギーシュが生意気な平民に粛清を与えるぞ!!」 「あいつは貴族を馬鹿にした!! 八つ裂きだ!!」 食堂にいた生徒たちは是非決闘を見物しようとギーシュの後について続々と食堂を後にする。 2,3人ほどの生徒は残り、どうやらガッツが逃げないか監視しているようだった。 普段のガッツであればこんな決闘に乗ることは無い。どれだけギーシュ達がわめこうがまったく取り合わないだろう。 しかし今回ばかりは―――事情が違った。 胸のうちから噴出す黒い炎を誰彼構わずぶちまけたい気分だった。 「ガッツさん……だめ、殺されちゃう……」 シエスタはガタガタ震えている。 「あんた何馬鹿なことしてんのよ!!」 ルイズがガッツに駆け寄ってきた。 「早く謝ってきちゃいなさい!! 確かにギーシュにも悪いところあるけど、今のは絶対にアンタが悪いわ!!」 ルイズとて典型的な貴族だ。先ほどのガッツの発言は正直度し難い。 「メイジとやりあっちゃ、無事じゃすまないわ…! ほら、早く―――ッ!?」 ルイズはそれ以上続けることが出来なかった。 ガッツの目を見て、続けられなくなった。 ガッツがルイズに向ける目は、ギーシュに向けていたソレとはレベルが違う。 その目が直接ルイズに語りかけてくるようだった。 ―――てめえはこんなところで何をしてやがる ガッツの目はそう言っている気がした。 ヴェストリ広場で、ガッツとギーシュは向かい合って立っていた。 「ギーシュー!! 遠慮はいらねえぞーー!!」 「身の程知らずの平民め!!」 向かい合う二人に周囲の生徒から歓声と野次が浴びせられる。 ギャラリーの数は学院中の生徒たちが集まったのではないかというほどの人だかりだった。 そのギャラリーの中にルイズはいた。その頭の上にはパックが立っている。 いざとなれば、自分が出て行って決闘を中止させるつもりだった。 こんなことになったのは、大本を正せば自分のせいなのだ。 パックからガッツの事情は聞いている。 大事な旅の途中であったろうガッツに、こんなところで怪我をさせるわけにはいかなかった。 「よくぞ逃げずに来た! 平民!!」 ギーシュは胸のポケットに挿しておいた薔薇の花を抜き取り、振るった。 そこから零れ落ちた花びらが宙を舞うと―――甲冑を纏った女剣士を模したゴーレムへと変化した。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「……好きにすりゃあいい」 「……いい度胸だ。改めて名乗ろう! 我が名はギーシュ! 『青銅のギーシュ』!! 名乗れッ! 平民ッ!!」 ギャラリーの歓声が絶え間なく聞こえている。 ガッツは一拍の間を置いて――― 「ガッツ。ただのガッツだ……ガキ」 そう、名乗った。 二人の様子をルイズはハラハラしながら見守っていた。 「ああ、もう、またあんな挑発して……しおらしくしてれば、ギーシュも本気出さないかもしれないのに……」 「ルイズさあ……」 ルイズの頭の上でパックが口を開く。 「何? パック」 「相手のほうの心配したほうがいいと思うぞ」 「え?」 なにか、いま、パックが信じがたいことを言ったような―――ルイズがパックの言葉の意味を理解しようとしていると、周りの喧騒がそれを妨害した。 「何だアレ!! ホントに剣なのかよ!!」 「あんなもん振れるわけがないぜ!!」 「わかったぞ! あれは剣じゃなくて盾なんだ!!」 「な~るほど!! 戦いが始まったらすぐさまあれの後ろに隠れるわけだな!!」 「そりゃあい~や!! 身の程知らずの平民にはふさわしい戦い方だぜ!!」 ガッツの背中に担がれたドラゴンころしを指差して生徒たちは口々にガッツを罵った。 実のところ、ルイズもガッツに対する認識は周りの連中とそう変わらないものだった。 大剣を持ち上げているのは見たけれど、とてもアレを普通の剣のように振り回せるとは思えなかった。 せいぜい、振り上げて、落とす。 その程度の使い方しか、ルイズには想像することが出来なかった。 無理もない。アレは、剣の範疇に収まりきるものではないのだから。 ―――決闘が開始される。 「行け! ワルキューレ!!」 ―――ギーシュの号令と共に青銅の女剣士が動き出す 「「「やっちまえギーシュ! ヴァリエールに遠慮はいらねえぞ!!」」」 ―――ワルキューレがガッツに迫る 「「「あいつは全ての貴族を虚仮(こけ)にした!! これは粛清だ!!」」」 ―――ガッツの足が一歩前へ 「「「おいおい平民がなんかやる気だぞ!」」」 ―――ワルキューレがランスを振りかぶる 「「「無駄な努力ごくろーさんだぜ!!」」」 ―――ガッツの手がドラゴンころしの柄を握り ボ ォ ン ! ! ! ! ワルキューレの胴が舞った。 きれいに上下に分かたれたワルキューレの胴が宙を舞う。 一回、二回、三回。 ぐるんぐるんと回ったワルキューレの残骸は、そのままドシャリとヴェストリ広場に転がった。 ヴェストリ広場に静寂が満ちる。 誰も声を出すことが出来なかった。 目の前の光景が、自分たちの知る常識からあまりにかけ離れすぎていて。 ルイズも、目を大きく開き、固まって。 目の前に対峙するギーシュは最も信じがたく。自らのゴーレムが宙を舞う姿を呆然と見送っていた。 「振った………」 誰かが漏らしたその声を皮切りに。 ヴェストリ広場に歓声とも悲鳴ともつかない叫びが木霊した。 前ページ次ページベルセルク・ゼロ
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「良いわ契約してあげる!!」 名前:黒崎 一護 「…あぁ?」 「本来ならこんなこと…一生ないんだからね!!!」 髪の色:オレンジ 瞳の色:ブラウン 「なっ!?」 職業:高校生兼死神代行 兼 使 い 魔 「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!?」 Zero s DEATHberry ――ゼロの死神 数分前 彼、『黒崎 一護』はソウル・ソサエティから現世へと帰還する際 彼女、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』に召喚されたのである。 「何だよ…ココ…」 「あんた誰よ?」 二人の口から同時に疑問の声が起きる 「!!お前俺のことが視え「ルイズの奴平(ry 「良いから答えなさいよ!!」 この時ルイズはかなり苛立っていた 召喚に成功したと思いきや現れたのは(おそらく)平民の妙な服を着た剣士 これでは失敗にも等しい 「…黒崎 一護!!死神だ!!」 突如その場がどよめき、そしてルイズの目が輝く 「死神!!それ本当!?」 「おう!といっても」 『代行だけどな』といおうとした其の言葉はさえぎられた ルイズの「良いわ契約してあげる!!」の一言で
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====================================== ハルケギニアはトリステイン魔法学院。 抜けるような青空、絶好の召喚日和に恵まれていた広場はしかし…… 辺りに響き渡る爆音と爆発によって惨々たる有様と化していたのだった! その原因たる少女は広場の中心で煤にまみれたまま咳き込んでいた。 その周囲にはその爆発に巻き込まれてパニックに陥っている彼女の同級生たち。 頭部が禿上がった男性が必死になって納めようとしているが大した効果を得られてはいない。 「ゼロのルイズ、もう止めてくれっ!」 「あぁっ、今の爆発で僕の使い魔がっ!?」 「サモン・サーヴァントを極める事により、爆発の範囲は120%、威力は60%アップする! サモン・サーヴァントを極めたルイズは無敵となる!!」 そんな混乱した声と悲鳴が響く中、彼女はもう一度詠唱を開始し……そして再び爆発と悲鳴と怒号が沸き起こる。 「これで四十……二回目?」 私は爆発の届かない所に召喚した使い魔、それに結構な付き合いになる友人と一緒に避難してそれを見ていた。 「四十三回目」 と律儀に突っ込んでくれる友人は最初は読書に集中していたのだが、そろそろ気になりだしたらしい。 「ありがと、タバサ」 そう言って再び広場の中心にいる彼女に目を向ける……あ、涙目だ。 まぁここまで失敗して涙目にならない方がおかしい。むしろ普通は泣いてる。 正直に言えば、私……キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー……はルイズを気に入っている。 からかうと素直に反応する気性も含めて、あの子は良い娘だと思う。 あの子がどれだけ勉強しているかも知っているし、どれだけ努力しているのかも知っている。 陰口を叩かれ続けても、決して折れずに頑張っている。 なので、ちょっと……ほんのちょっとだけ……あの子がどうか成功するよう、始祖ブリミルに祈った。 一際大きな爆発と共に何かが折れる音が聞こえた。 祈った事を後悔した。 爆煙が晴れた時見えたのは膝をついたルイズと、その手にある折れた杖。 ……杖が折れては魔法が使えない、すなわちもうサモン・サーヴァントは出来ないという事。 それに気付いたのか周囲の連中が何時もの調子……要するにルイズを嘲る……に戻る。 正直聞くに堪えないが、それさえも茫然自失と言った感じのルイズには聞こえないようだ。 無理もない。杖が直ってもそれはまた失敗の連続かもしれないのだから。 今回ばかりは流石に折れてもしょうがない……などと思っていたら、ぐいっと横から引っ張られた。 見れば、タバサが真剣な顔で空を睨んでいる。 「成功」 「成功……? って、あ!」 空に光る銀色の鏡が浮かんでいた。使い魔を呼び出す為の門だ。それはルイズの真上に……真上!? 「ルイズッ、逃げなさい!」 そう叫んでルイズに向かって走り出す。 何が出て来るのかわからないが、あのままではルイズの上に落ちかねない。 だがルイズはうなだれたまま動かず、召喚を監督していたコルベール師も気付いたばかり。 何とかしてルイズを動かそうにも、爆発の影響を受けない所に居たせいか遠すぎる。 「ルイズーッ!!」 私の叫びも虚しく……甲高い音と共に眩い光の柱がルイズへと降り注ぎ、吸い込まれていった。 広場がさっきまでとは真逆の静寂に包まれる中、私はルイズに近づいていく。 ぱっと見は(煤だらけで服もボロボロだが)無事だ。 だがさっきの光が何なのかわからない以上、油断は出来ない。 「……ルイズ?」 その時、彼女が顔を上げた。目には何時もの彼女が浮かべる不屈の色。 そのまま立ち上がるとルイズはしゃきんとか言った音が聞こえてきそうなポーズを決め 「やるぞ!」 そう、広場に響き渡るような声で叫んだのだった。 ===================================== 彼女に関してこれ以上語るべき事はない。 数多の術と技を伝承する光を受けたルイズは幾多の戦功を上げ、“虚無(ゼロ)の”ルイズとして、歴史に名を刻むであろう。 ロマンシング・ゼロ……始まんない。 トップページへ
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い タバサとマチルダを背に乗せたシルフィードは、闇の中をゆっくりと飛翔していた。 闇と言っても夜の闇どころの話ではなく、まさに一寸先すら見通せないほどの暗闇だ。 夜明けと共にウェストウッド村を出立した一行は一時間ほどでニューカッスル近郊まで辿り着いた。 そこから雲海に潜り込む形で大陸の下部へと移動し、ニューカッスル城の直下へと向かう。 マチルダの話によればそこに城へと通じる穴があるらしいのだが、誰もその手の観測技術や知識を持ち合わせていないので『直下』がどこにあるかがわからない。 なので一行はこうしてしらみつぶしに飛び回り穴を捜索しているのだ。 とはいえ、大陸と雲海によって光が阻まれたこの場では人の目はまったくと言っていいほど役に立たない。 背に乗る二人が魔法の灯をつけていても、1メイル先がようやくおぼろげに見えるかどうかというレベルなのだ。 タバサは真っ黒い雲を見つめながら、マチルダが風竜が必要と言っていた理由を理解する。 ここで頼りになるのはシルフィードの――風竜の名の通り、風の流れを読み取って周囲を探る能力だけだった。 そんな折、背後からゴン、と何かがぶつかる鈍い音と「いでっ」とくぐもった悲鳴が漏れた。 次いで背後の闇の中から怒号が轟いた。 「こらぁ、シルフィード! てめえわざとやってんだろ! なんでこんなギリギリのトコ飛んでんだよ!!」 柊だった。 出発する際シルフィードが柊を背に乗せるのを頑として受け入れなかったため、仕方なく彼だけは箒に乗ってロープで曳航する形になっているのだ。 「……確かに優秀な風竜だね」 ロープの端を握っていたマチルダが半ば感嘆交じりに言うと、シルフィードが「きゅいっ」と自慢気に声を上げる。 大陸の岩壁スレスレを飛行しながら、かつシルフィードよりも小さい柊がぶつかるような進路を選んでいる辺りかなり風を感じ取る能力が高いことが窺えた。 風竜の面目躍如といったところだろうか。 そんなこんなでシルフィードは(柊を岩壁にぶつけつつ)捜索を行い、ややあって大きな穴を発見した。 艦艇が進入することを想定してか穴はやや人為的に広げられた感があり、大きさも数百メイルはあるだろうことがわかる。 穴に進入してあとは上昇する段になりようやく箒に乗った柊がシルフィードの隣に並び、怒りを込めた視線をシルフィードに向けた。 「……お前、アルビオンに来る時のこと根に持ってんだろ」 「ぐるる……」 するとシルフィードは威嚇するように牙を剥いてきた。 一緒にマチルダがいるので喋りはしないものの、その視線からは明らかに敵意が篭っているのが見て取れた。 柊は忌々しげに舌打ちすると、眼を切って上方を見つめた。 暗闇が次第に晴れていき、やがて大きく開ける。 そこは天然の鍾乳洞を利用した港だった。 どこかに出航しているのかそれとももはや存在していないのか、艦艇の姿は見受けられなかったが、岸壁の上には幾人かの作業員らしき人間がいるのが見えた。 彼等はシルフィード達に気付くと悲鳴を上げ、それが波及するかのように全体に行き渡り我先にと逃げ出し始めてしまう。 この展開は既に予想済みであるので柊は特に彼等を引きとめようとはせず、シルフィードとそれに乗る二人に手で合図した後一人で岸壁の上へと着陸した。 それに合わせるように入口から武器を手にした兵士達が殺到した。 流石にここまで戦い生き抜いてきただけに兵士達は錬度も高く、彼等は一糸乱れぬ動きであっという間に柊を取り囲む。 ずらりと向けられた槍の穂先を前に、柊は両の手を上げて戦意がない事を示した。 「何者か!」 少なくとも現状では荒事に及ぶつもりがないことを察したのか、兵士の一人が誰何の声を上げる。 人数が多すぎて誰があげた声かはわからず、柊は軽く兵士達を見回してから答えた。 「トリステインの人間だ。あるお方から密命を帯びてここまで来た」 そう言うと兵士の中の幾人かが僅かに困惑した表情を見せた。おそらく彼等は新兵なのだろう。 実際、それ以外の大多数の兵士は微塵も緩んだ気配を見せず逆に柊に一歩詰め寄る具合だ。 まあ現在のアルビオンの情勢から行けばこの反応はやはり当然ではある。 問題はここからだ。 柊が上げた手の片方をゆっくりと下げ、懐へと伸ばす。 途端に兵士達の気配が剣呑さを増し、槍を持つ手に力が篭った。 彼等(特に新兵達)が先走らないように注意しつつ、柊は努めて緩慢な動作で懐からアンリエッタに書いてもらった親書を取り出す。 そして記された花押を見せ付けるようにそれを兵士達の前に押し出した。 「これが俺達がトリステインの密使である証だ」 そこでようやく兵士達全体に僅かながらの動揺が浮かんだが、それでも柊に突きつけられた槍が引かれることはない。 幾人かが顔を見合わせ「本物か?」などと呟いていると、包囲の一角が割れて一人の男が歩み寄ってきた。 周囲の兵士達よりも年輪と気配を帯びた壮年のメイジ。マントや衣服の意匠からみると兵士長や衛士に属する人間のようだ。 彼は腰に差した剣――いや、それを模した軍杖だろう――に手をかけたまま、柊に向かって口を開いた。 「花押はトリステインのものだが、それだけで信用する訳にはいかぬ。中身を改めさせて頂きたい」 台詞だけは穏便なものであったが、語りかけるそのメイジの空気には有無を言わせぬものがあった。 しかし柊は物怖じする事もなく首を振る。 「この親書はウェールズ皇太子に直接渡すよう言い遣ってる。アンタに渡すわけにはいかない」 言うとメイジの眉が僅かに持ち上がり、軍杖にかけた手に力が篭る。 それを制するように柊は再び懐に手を伸ばし、今度はアンリエッタから預かった水のルビーを取り出した。 柊はルビーを相手に示した後、それを床に置いてから岸壁ぎりぎりまで下がって距離を取る。 壮年のメイジは柊の動きを見計らってからゆっくりと歩み寄り水のルビーを拾い上げた。 「……これは?」 「身の証に、と預かってきたものだ。何でも王家に伝わるモノらしい。あんたがわからないなら、わかる奴に見せてくれ」 手の中のルビーを検分していたメイジに柊がそう言うと、彼はしばしの沈黙の後ようやく手を軍杖から離して兵士達に指示を送った。 槍が一斉に引かれ包囲の輪が大きく開かれる。 半分ほどが城内へと戻っていくのを見届けた後、壮年のメイジは柊に向かって声をかけた。 「生憎私では判別がつかぬゆえ、しかるべき方に確認を願おう。それまではこの場で待機して頂きたい」 「それは構わないが……あの二人を下ろしても? 風竜を飛ばせっぱなしってのもちょっと……」 「申し訳ないがそれはできない。その程度で風竜は疲弊などせぬし、疑惑が晴れぬままメイジを二人も上げる訳にはいかん」 「……わかった」 状況が状況だけに致し方ない所だろう。 嘆息交じりに柊が答えると壮年のメイジは軽く頷いてから踵を返し場内へと戻っていった。 ルビーは正真正銘本物なので山は越えたと言ってもいい。 強いて問題があるとすればそれをあの男が実は貴族派のスパイで、そのまま握り潰され賊として捕らえられる可能性だ。 しかしここまできたらもう腹を括るしかないだろう。 柊はシルフィードに乗る二人に声をかけた後、遠巻きにこちらを警戒する兵士達を一瞥して息を吐いた。 それから30分ほどをまんじりと待ち続けていると、先程のメイジが一人の老人を連れて港へと戻ってきた。 服装から言って兵士ではなく侍従あたりだろうか、その老人は柊の元まで歩み寄ると恭しく膝を折り懐から水のルビーを取り出す。 「紛う事なくトリステインに伝わる水のルビー、確認いたしましてございます。 彼の国より遠路はるばる……しかもこのような危地に赴いて下さった大使殿に対する非礼をお詫びいたします」 「い、いや。こんな情勢なんだから当然の対応です。だからそんなかしこまる必要は……」 見れば脇に控えるメイジまで膝を折っており、年上の二人にかしずかれた格好になる柊は慌てて手を振った。 恭しく差し出された水のルビーを受け取ってから二人に立ち上がるよう促す。 立ち上がった脇のメイジの指示で空中で待機していたシルフィードがゆっくりと岸壁に着地し、タバサとマチルダが下りてきたのを確認した後柊は改めて老人に向き直った。 「それで、えぇと……」 「パリーと申します」 「パリーさん。それで、俺達はウェールズ皇太子に親書を渡すように言われて来たんですけど、案内してくれますか」 するとパリーは頭を下げ、申し訳なさそうに言葉を返した。 「殿下は今朝方この港より出航され、城にはおりませぬ。夕刻には戻られる予定なのですが……」 「マジか……」 ここに来てすれ違いになる事は予想できず、柊は思わず渋面を作って唸ってしまった。 だが夕方に戻ってくるのはわかっているのだから、後は彼の帰りを待っていればいいだけのことだ。 しかし次いで放ったパリーの言葉は、柊の想定を更に越えた。 「つきましては、我等が主君たるアルビオン王――ジェームズ陛下より謁見を許されましたゆえ、ご案内いたします」 「……は?」 さらりと言ってのけたパリーの言葉に、柊は片頬を引きつらせて固まってしまった。 数十秒の凝固の後、かすれるような声でおずおずと尋ねる。 「いや、わざわざ王様、じゃねえ、国王陛下に謁見を賜るほどの事じゃないんですけど……」 「トリステインからの……そして恐らくはこの国最後となる大使の来訪でございますれば、最大の礼を以って応えるのが相応しかろうと陛下は仰っております」 「……」 自分達が来たことが何故国王にまで伝わっているのか――と口に出かけたが、声に出す直前でその理由を悟った。 先程身の証に渡した水のルビー。あれの真贋を確かめられる人物が他にいなかったのだろう。 ウェールズ王子がこの城にいない事がここにまで響いていたのだ。 ともあれ、そのような事を一国の王から提示されては断る事などできるはずもない。 柊は縋るようにして控えていたタバサとマチルダに眼を向けた。 すると変装のためか学院にいた頃のように眼鏡をかけているマチルダがにっこりととてもいい笑顔を浮かべる。 「わたくしはただの付き添いですから、玉体を拝するなど畏れ多い栄誉を賜るわけにはいきませんわ。風竜の面倒でも見て待っています」 続いてタバサが口を開きかけたが、それを封殺するように柊は彼女に詰め寄って両肩を掴んで叫んだ。 「頼むタバサ、一緒に来てくれ! 俺にはお前が必要だ!」 「……」 タバサは今にも土下座しそうな勢いで頭を下げる柊を半眼で見やると、諦めたかのように小さく溜息を吐き出した。 それを見計らったかのようにパリーは一礼すると、恭しく二人を促す。 「それでは大使殿、こちらへ」 ※ ※ ※ ……どうしてこうなった。 柊はくたびれた絨毯が敷かれた床を凝視しながら心の中で呻いた。 パリーに案内されて二人が訪れたのは城の天守にある広間だった。 城の規模からいって国王が居城とする事は想定されていなかったらしく、即席で誂えられた謁見の間であるようだ。 上座に添えられた玉座も質はいいものなのだろうが、仮にも一国の王が座するには些か見栄えがよくないはずだ。 はず、というのは柊が実際に見たのは入室した折に少し観察した空の玉座だけだったからだ。 「叛徒共の陣営を潜り抜けての来訪、大儀であった」 「……は」 上座から届くパリーの声に柊は少しだけ上擦った声で返すと、頭を深く垂れる。 王の御前にあって許しもなく顔を上げる事などできようはずもなく、柊はタバサと共に膝を折り床を凝視したままだ。 もっともそれはそれで柊には幸運だったのかもしれない。 何故なら頭を垂れて床を見る柊の顔は、これ以上ないほどの渋面だったからだ。 (……これからどうすりゃいいんだ?) 形式的に言えば口上か何かを述べるべきなのであろう。 しかし柊はこのような状況の当事者となった事がない。 状況だけで言うなら例えば『世界の守護者』として実質ウィザード達を纏める指導者たるアンゼロットと何度も会っているし、 ラース=フェリアでとある事件を解決した際にはその地――フレイス地方を治める炎導王と見えた事もある。 しかし両者共に質実と言った感じで、こういった形式や格式というものが先立ったものではなかったのだ。 柊は救いを求めるようにタバサをちらりと横目で見やった。 しかしタバサは跪いた姿勢のまま微動だにせず、柊の視線にも一切反応しない。 どうしていいのかわからず柊が固まっていると、上座からくく、とくぐもった笑い声が聞こえた。 「よい。そちらの娘はともかくそなたは貴族でないようだ……無理にとってつけた口上なぞする必要はない」 聞いたことのない老人の声。おそらくはアルビオン王たるジェームズ一世のものだろう。 陛下、というパリーの呟きが聞こえたが、ジェームズ王は更に続けた。 「貴族でなくとも太后……いや、今はアンリエッタか? あれに水のルビーを託されるに足る人物というだけで十分じゃ。……面を上げよ」 言われて柊は内心で大いに安堵の息を吐きつつ、ゆっくりと顔を上げた。 そして王の姿を見やり……少しだけ驚いた。 入室時には少し物足りない玉座だと思っていたのだが、その玉座とそれに座する王の姿はそれなりに似合っていたのだ。 端的に言ってしまって先程述べたアンゼロットや炎導王と比べると、覇気やカリスマと言ったような『王』と感じさせるようなものがほとんど感じられなかった。 ジェームズ王は柊とタバサの顔を見やった後、呟くように語った。 「して、何やら親書を預かっているとか」 きた、と柊は思った。 この謁見に至った経緯からしてここを避けて通る事ができないのは最初からわかっていた。 なので柊は再び頭を垂れると、努めて恭しく返した。 「無礼を承知で申し上げます。私が預かった親書は、王女殿下よりウェールズ皇太子に直接手渡すように厳命されています。 これに悖ることは殿下への忠誠に悖るに等しいこと。……ですので、例え陛下と言えどお渡しするわけにはいきません」 ところどころ言葉が怪しかったが即興なので仕方がない。 それより懸念すべきは、その言葉と同時に張り詰めたこの場の空気だ。 即座に手打ちにされても文句は言えない――実際に脇に並んでいる近衛達の反応ははっきりと敵対だった。 が、当のジェームズ王は憚る事なく大きな笑い声を上げた。 「いや、平民でありながら見事な忠誠である! 我が国にもそなたような若者がもっとおれば、このような醜態をさらす事もなかったかもしれぬな!」 王はしばしの間笑い続けると、疲れたように大きな息を吐いた後柊を見つめた。 「そなたの忠誠は認めよう。しかしながら、朕はウェールズの父であり、主である。 その朕に見せられぬ書状となれば、遺憾ながら息子と王女殿下に朕に対する含むところを疑わねばならぬ」 「な……い、いや、そんな含むところなんて!」 予想外の反応に柊は思わず顔を上げてジェームズ王を見やった。 しかし王は柊の視線を意にも介さず、言葉を続ける。 「肉親の陰謀や争いなど平民でも珍しくはあるまい。貴族ならばなおさらじゃ。ガリアしかり……我がアルビオンもしかり」 「陛下……」 どこか自虐的に言った王の言葉にパリーがいたたまれないと言った様子で呟いた。 そして彼は王に一礼すると、柊の下に歩み寄って跪き顔を突き合わせるように囁く。 「大使殿。含むところがないというならば、親書をお渡し下され。貴方の忠誠に疑いない事はこのパリーめがウェールズ王子にもお伝え申し上げますゆえ」 「くっ……」 こうなってしまっては渡さないわけにはいかない。 選択をあやまったかと歯噛みしながら、柊は懐から親書を取り出しパリーに預けた。 かたじけない、と囁きつつパリーは親書を手に再びジェームズ王の下に戻り、恭しくそれを差し出す。 王は軽く頷くと花押を切り親書を読み始めた。 痛いほどの沈黙の中ジェームズ王は黙々とアンリエッタの手紙を読み続ける。 そして最後まで眼を通した後、老王は皺を深めて軽く笑った。 「……若いな」 言ってジェームズ王は親書を閉じるとパリーに手渡し、玉座に腰を深く埋めて大きく溜息を吐いた。 パリーが親書を柊へと返却するまでの間彼は何事かを思案するかのように瞑目し、再び溜息をついてからようやくといった様子で跪く柊達に向かって口を開く。 「あいわかった。仔細はウェールズに任せるゆえ、あれが戻るまでこの城で留まるがよかろう。もはや陥落寸前の城ゆえ寛げぬやもしれぬが」 「……。ありがとうございます」 叩頭する柊にジェームズ王は一つ頷くと、軽く手を振って謁見終了の意を示した。 ※ ※ ※ 謁見を終えて御前を辞した柊とタバサは用意された部屋へと案内された。 部屋に入るや否や柊は酷く疲れた様子でベッドへふらふらと歩を進め倒れこむ。 「あ゛ーー、きっつ……」 あの手の畏まった場は柊のもっとも苦手とする所である。 はっきりいってこれならクリーチャーの群れに放り込まれた方がいくらかマシというものだ。 「フォローくらい入れてくれたっていいじゃねえかよ……」 言いながら柊は恨みがましげに椅子に座ったタバサをねめつける。 最初パリー達は柊達に個室を用意しようとしていたのが、柊はそれを固辞してマチルダを含めた三人を相部屋にしてもらったのだ。 状況的に言ってそんな贅沢を享受したくはないし、柊もタバサも相部屋というところを気兼ねする性格でもない。 マチルダには何の相談もしていないが、彼女もおそらく気にはしないだろう。 ともあれ、柊の非難の視線を浴びたタバサはしかし全く悪びれもしなかった。 彼女は窓から見える城内中庭を眺めながらボソリと呟いた。 「……私はただの付き添い。王の御前で許しもなく口を挟むなんてできるはずがない」 「……」 ぐうの音もでない正論を返されて柊はベッドに突っ伏した。 お互いに会話もなく、動きもないしばらくの静寂が続く。 やがて柊は何かを思い出したかのようにベッドから身を起こし、頭をかいた。 「一応連絡しとくか」 懐から0-Phoneを取り出してエリスに電話をかける。 ……が、反応がなかった。 呼び出し音が続いているので電源を切っている訳ではなさそうだが、彼女は電話に出なかった。 コールを続けながら一応ディスプレイで時間を確認してみる。 正確な時刻による区分はないものの、この時間帯なら大体学院は昼休みだったはずだ。 まあエリスにはメイド達の仕事の手伝いがあるので、それが忙しいのかもしれない。 柊はふうと溜息をつくと呼出を止め、タバサに顔を向ける。 「とりあえずロングビル先生呼んでくるわ」 柊がその名を呼んだのはニューカッスル城に赴く前、当のマチルダから自分の名は出さないように言い含められていたためである。 この部屋には柊とタバサしかいないのだがどこに耳があるかわからないし、そもそも学院で物別れになるまではその名で呼んでいたので柊としてはそちらの方が呼びやすかった。 「私もいく。シルフィードが心配」 「ここは一応味方の陣内だぜ?」 「あの子が何かしでかさないか心配」 「ああ、そう」 嘆息交じりに言って柊が立ち上がりかけたその時、手持ち無沙汰に握っていた0-Phoneが振動し始めた。 こちらから電話をかけたことに気付いたのだろう。 柊はすぐにボタンを押して語りかける。 「おう、エリ――」 『死ね!!!!!』 柊の耳を貫き、少し離れていたタバサにまで聞こえるほどの大絶叫が轟いた。 言うまでもなく、ルイズの怒号である。 そしてその一言だけで通信が切れた。 二人はしばしの間時間が止まったかのように固まり、やがて柊が改めて電話をかける。 エリスの0-Phoneの電源が切られていた。 「異世界人のくせしてケータイを使いこなしてんじゃねえよ……!?」 ベッドに自分の0-Phoneを叩きつけながら柊は呻き、そしてがっくりと肩を落とした。 怒っている事は予想できていたが、想像以上のキレっぷりだった。 何故エリスの0-Phoneをルイズが持っているのかはわからないが、とにかくもうこちらから連絡を取ることはできないようだ。 「仕方ねえ。とりあえずやることだけはやっとこう……」 嘆息交じりに柊は呟くのだった。 ※ ※ ※ ルイズ達を乗せたフネ――マリー・ガラント号は夜明けと同時にラ・ローシェルの港から出航し、陽が中天を頃合になってアルビオン大陸を臨む空域へと辿り着いていた。 しかしそこで神と始祖がそろってうたた寝でもしてしまったのだろうか、運悪く空賊に出くわしてしまったのだ。 所詮しがない商船でしかないマリー・ガラント号がそれなりの武装を携えた空賊船に抗えることができようもなく、それに乗ったルイズ達もあえなく捕まってしまった。 「……どうにかできなかったの?」 空賊船の船室に押し込められたルイズが、同じく捕らえられたワルドに呟いた。 現在でこそ杖を取り上げられて無力化されてしまっているが、空賊が襲ってきた時点で完調だったはずの彼が遅れを取るとは思えなかった。 しかし当のワルドは壁に背を預けたまま軽く肩を竦めた。 「こちらの戦力は事実上僕だけで、向こうにはメイジが複数いたからね。できなかった、とは言わないが、やれば少なからず犠牲が出ていただろう。 度合いによっては、賊を退けてもフネが飛ばない恐れもあった」 そう言われては反論することができず、ルイズは溜息をつく事しかできなかった。 「あ、あの。これからどうなるんでしょう」 エリスが不安げに尋ねると再びワルドが答える。 「おそらく荷を根こそぎ奪われた後、港か接岸できる岸で放逐といった所か……かの『凶鳥』とやらに出くわさなかっただけまだマシ、と言うべきかもしれないな」 「そんな……」 尋ねたエリスは勿論、それを共に聞いていたルイズの顔にも不安の影が滲む。 そんな時、船室の扉が音を立てて開いた。 エリスの表情に警戒が浮かび、ルイズは不安を押し殺すように歯を噛んで目線を険しくした。 そしてワルドもまた眼を細めて僅かに壁から身を離す。 入ってきたのは痩せぎすの空賊だった。 彼は三者を順繰りに眺めやった後、廊下にいるのだろう仲間に何事かを呟く仕草をした後ワルドに向かって言った。 「そこの伊達男はもう少し下がってもらおうか」 「あいにく、婦女子を置いて引くような浅ましい生き方はした事がないのでね」 眼光を鋭くして言い放つワルドに、空賊は軽く笑う。 「安心しな、今のところは話をするだけさ。俺もこれ以上近づかねえ」 「……ワルド」 それでも動こうとしないワルドを見やって、ルイズは彼に声をかけた。 すると彼はいささか不満そうに嘆息すると、ルイズ達を挟んで空賊の男と反対の位置にまで引き下がる。 それを見届けると男は少しだけ緊張を解いてからさて、と切り出した。 「お前さんがた、アルビオンに何の用だ?」 「旅行よ」 「トリステインの貴族様がこのご時勢のアルビオンに旅行? 何を観光するつもりだ?」 「あんたに言う必要はないわ」 不快を隠そうともせずに吐き捨てたルイズを見て、男は軽く肩を竦めた。 そして男は僅かに眉根を寄せて、再び切り出す。 「あんたらの乗ってたフネは貴族派相手の商船だったようだが、あんたらも貴族派なのかい?」 「……だったらどうだっていうのよ」 「俺たちにとっちゃどっちも『お客さん』だが、どっちかによって扱いが変わる。貴族派ならその辺の港で下ろしてそれで終わりだが、王党派だってんならもう少し同行してもらう事になるな」 「貴族派に売るつもり? 下賎な空賊の考えそうな事ね」 「商人がモノを売るのと同じさ。この場合情報屋の方が近いかもしれんがね。正しく"生きた情報"って奴だ」 言って男がくぐもった笑い声を上げると、ルイズは険しかった表情を更に歪め、拳を握る。 一方で憤懣やる方ないルイズを傍で見ていたエリスは、内心ではほんの僅かな希望を感じていた。 ここで形だけでも貴族派と偽っておけば、追及もそれなりにはあるだろうがどうにかごまかし解放されることもできる。 ……のだが、それはやはり『僅かな希望』でしかなかった。 何故なら、 「――冗談じゃないわ! 誰が貴族派なものですか!」 (……やっぱり) ルイズがまず間違いなくこう反応することは一ヶ月ほどの付き合いでも十分すぎるほど予測できた。 助けを求めるようにワルドに眼を向けたが、彼はどこか満足そうに笑みを浮かべて軽く頷くのみ。 思わず嘆息を漏らしてしまったエリスに気付く事もなく、ルイズは今にも掴みかからん勢いで空賊の男に向かって一歩を踏み出した。 そして彼女はいかにも尊大な態度で腕を組み、男に宣言する。 「わたしはさるお方からアルビオン王政府に対して任を賜ったいわば大使なのよ。大使としての扱いを要ぅっきゅうん!?」 「!?」 台詞の途中でいきなりひっくり返った声を上げたルイズに、その場にいた全員がぎょっと眼を剥く。 ルイズは僅かに身体を震わせ、まるで何かに耐えるようにスカートをぎゅっと握り締めて身をよじった。 「ル、ルイズ?」 「ルイズさん……?」 「お、おい。どうした? 大丈夫か?」 「なァ――んくっ、なんでも……ッ、ないわよ……!」 三人が怪訝な表情で見つめる中、ルイズは僅かに頬を紅潮させ歯を食いしばりながら呻いた。 「とにかく、そういう事なんだから……んッ、態度を改めなさいよね……っつぅ……」 「そ、そうか。よくわからんがまあいい。とにかくお前等、ただじゃすまないぜ」 どことなく気を殺がれた様子で空賊の男はそう漏らし、首を傾げながら部屋を出て行った。 男が部屋から姿を消し扉が閉まるのと同時、ルイズはその場に崩れ落ちて突っ伏した。 「ルイズ、どうしたんだ?」 ワルドが彼女の傍まで近づいて尋ねるが、ルイズはそれには答えず顔を伏せたままわなわなと震えている。 心配そうにエリスが屈みこみ様子を見ようとしたが、唐突にルイズはばっと跳ね起きた。 持ち上がった彼女の表情を見てエリスは背中に冷たいものが走った。 彼女の顔に浮かんでいたのは紛う事なく憤怒の顔だったからだ。 ルイズは素早く懐から0-Phoneを取り出し、エリスも驚くほどに流暢な仕草で操作し始める。 呆気に取られる二人をよそにルイズはこの0-Phoneに唯一繋がる相手――柊を呼び出した。 『おう、エリ――』 「死ね!!!!!」 フネが揺れたと錯覚するほどの大絶叫でそう吐き捨てた後、ルイズは速攻で電源を切り0-Phoneを壁に向かって思い切り投げつける。 派手な音を立てて0-Phoneが壁にぶつかり床に転がった。 「あぁーっ!? な、なんてことするんですかぁ!?」 エリスは顔を青くして駆け出した。 しかしルイズはそれを無視して再び床に突っ伏すと、頭をかきむしったりガンガンと床を殴り始める。 「こっ、ここ、殺す! あの男、殺してやるわ! よくも、よくもわたしに、わたしにあんな恥を!! し、しかも平民!! 空賊なんかの前でえぇぇえ!!!」 彼女は叫びながら服が汚れるのも構わず床をごろごろと転がってのたうち回る。 一方エリスは拾い上げた0-Phoneを大事そうに抱え動作を確認した。 月衣に入れておく場合が多いとはいえ、仮にも侵魔と闘うウィザード達が常備する機器だけに特に壊れた様子はない。 と、そこでエリスはルイズのこれまでの一連の行動の原因に気付いた。 0-Phoneを見てみるとルイズが柊にかけるより前に、柊の方から着信があったのだ。 バイブ設定にしてあったので着信音はならなかったが、ルイズの懐に入れていたそれがいきなり震えだしたのでびっくりしてしまったのだろう。 まあともかく、紆余曲折があったとはいえようやく0-Phoneを取り戻すことができた。 早速エリスは柊に連絡を取ろうとしたが、 「やめておいた方がいいと思うよ」 ルイズの事情を知りえないワルドがどこか困った顔をしながらも、エリスにそう言った。 「今ヒイラギとやらと話そうとしたら、ルイズがどうなってしまうかわからないからな」 「うっ……」 確かにここで当の柊と接触したらそれこそ今度は0-Phoneを窓から投げ捨てそうだ(はめ殺しだが破壊しかねない)。 そんな事をやってしまいそうなことも、やはりエリスにはわかってしまった。 少しだけ逡巡した後、エリスは深く溜息を吐いて0-Phoneをポケットに仕舞い込むのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 少し離れた所から人々の喧騒が聞こえてくる、旧市街地へと続く入り口周辺。 閉館時間を過ぎた劇場のように静かで陽の当たらぬ場所で、ルイズと魔理沙は行方不明になっていた゛レイム゛と再会していた。 だが、1時間ぶりにその姿を間近で見たルイズは、彼女の身体に何か異変が起こったのだとすぐに察知する。 姿形こそ彼女らが見知っている゛レイム゛そのままの姿であるが、不思議な事に彼女の両目は不気味に光り輝いていた。 それに気づいたルイズは目を丸くし、再会できたのにも関わらず一向にその足を動かせなくなってしまう。 お化け屋敷の飾りでつけるようなカンテラみたいにおぼろげで、血の如き赤色の光。 今いる場所が暗ければ、間違いなくその身を震わせていただろうと思えるくらいに、゛レイム゛の目は不気味だった。 目の光に気づく前は名前を呼ぶ為に二回ほど口を開いたが、気づいた今ではそれをする事すらできない。 今の彼女にどう接すればいいのか分からないルイズが狼狽え始めた時、魔理沙がその口を開いた。 「おいおい霊夢、お前その目はどうしたんだよ。何か良くないモノでも食ったのか?」 そんな事を言ってカラカラと笑いながらも、彼女はいつもの調子でこちらへと近づいていく。 魔理沙の言葉にハッとしたルイズは咄嗟に後ろへと下がったことで、゛レイム゛との距離を取った。 何故かは知らないが、そうしなければいけないと無意識に頭が動いたのだ。 それを不思議に思う間もなく後ろへ下がった彼女と交代するように、今度は魔理沙が近づいていく。 ルイズよりも付き合いが深い彼女が歩いてくるのにも関わらず、゛レイム゛は何も言わない。 首が回らなくなった人形の様に、ジッと此方の方へ顔を向けたまま動きもしない。 ドアの上に尻餅をついた姿勢の彼女は、ただ魔理沙を見つめていた。 「どうしたのよあの子…っていうか、なんで目が光ってるのかしら?」 それなりの距離へ下がった時、ふと自分の横から聞き慣れた声が聞こえてくるのにルイズは気が付く。 自分と魔理沙の後ろをついてきて、先程追い払ったばかり彼女の声が聞こえる事に驚き、急いで視線を動かす。 案の定自分の横にいたのは、赤い髪と豊満の女神と思える程富んだ肉体を持ったキュルケであった。 いつものように澄ました笑顔の彼女は、赤い髪を左手の指で弄りながらも自分に気づいたルイズを見下ろしている。 抗えぬ身長の差と笑顔で見下ろされる事に歯がゆい屈辱を感じたルイズの口は、咄嗟に動いてしまう。 「キュルケ…アンタ、もうどっかに行ったんじゃないの?」 「お生憎様、私はあの紅白ちゃんみたいに便利な瞬間移動は体得していませんのよ」 嫌悪感を隠さぬルイズの言葉を冷やかに返しつつも、キュルケは゛レイム゛がいる方へと視線を向ける。 彼女の目が自分以外の人物に向けられた事に対し、ルイズもそちらへ目を動かす。 先程ルイズ達がいた場所から五メイル先にある建物から出てきた゛レイム゛は、微動だにしていない。 一緒に吹き飛んだ大きなドアの上に腰を下ろしたまま、じっとこちらの方へと顔を向けている。 特に怪我をしているとは思えないし、彼女への方へと寄って行く魔理沙も変な反応を見せてはいなかった。 ただ変わっている事は一つだけ。赤みがかった彼女の黒い瞳が、赤く光り輝いているということだ。 「レイム…一体、何が起こったていうの?」 キュルケと肩を並べたルイズは一人、何も言わない゛レイム゛へ向けて呟く。 もしも目の前にいる彼女がいつもの゛レイム゛であったならば、今頃軽く説教しつつ頭でも叩いていただろう。 自分や魔理沙に何の報告も無しに姿を消して心配させるとは何事か、と。 しかし今目の前にいる゛レイム゛の姿には、何か不気味なモノが見え隠れしている気がした。 あの目だけではなく、無表情の顔や身体から発せられる雰囲気までもいつもの彼女とは違っている。 いつもの゛レイム゛ならば、目の前の自分たちへ向けて何かしら一言放ってもおかしくない。 例えば『何でいるのよ?』とか『あら、呼びもしないのに来てくれたのね』など、少なくともこの場の空気を読めないような言葉は吐いてたはずだ。 実際にそうするかはわからないが召喚してからの二ヶ月間、彼女と共に過ごしたルイズはそう思っていた。 無論今の様にシカトと思えるような態度は見せるかもしれないが、それでも可笑しいのである。 まるで人形の様に一言も発さず、無表情でこちらを見つめているだけなどいつもの彼女ではない。 「やっぱり…何かあったんだ…」 只ならぬ゛レイム゛の様子にまたも呟いたルイズを見ながら、キュルケはその顔に薄い笑みを浮かべる。 彼女は確信していた。自分の鼻に狂いは無く、知らない゛何か゛が現在進行中で起こっているのだと。 最初こそルイズたちの言葉を聞いて何もないかと思っていたが、この状況を見ればあれが単なる誤魔化しだったのだとわかる。 何が原因で事が始まり今に至るかはさておき、今のキュルケは正に好奇心の塊と言ってもいいであろう。 ((あの黒白が現れる前から色々とおかしいとは思ってたけど…こりゃどうにも面白そうじゃないの?) 喜びを何とか隠そうとするキュルケを尻目に、゛レイム゛へと近づいた魔理沙は彼女に話しかけていた。 「どうした霊夢ー?まさか、この期に及んで無視…ってことは無いよな」 一メイルあるがないかの距離で喋る彼女は、いつもと比べ静かすぎる知り合いを前に頭を抱えそうになる。 いつもならば嫌味の一つでもぼやいてくるとは思っていたが、中々口を開こうとしない。 そりゃ何かしら冷たい所はあれど、こうまで話しかけて話しかけてくる相手を無視した事はなかった。 怪我一つしていないし、どこからどう見ても博麗の巫女である゛レイム゛そのものだ。 じゃあ一体何で口を開こうとせず、不気味に光る目でこちらを見つめてくるのかと言えば、それもわからない。 さすがの魔理沙も、今の゛レイム゛にはお手上げと言いたいところであった。 (やっぱり変なモノでも口に入れたのか?目が光る毒キノコとか聞いたことも無いが…) 仕方なく゛レイム゛の赤色に光る目と自分の目を合わせつつ、どうしようかと迷っていた時だった。 「………………ム」 ふと゛レイム゛の口が微かに動き、何かを呟いたのである。 蚊の羽音と同じ程度の声で何を言っているのか分からなかったが、喋ったことに違いは無い。 「ん?何だ、言いたいことでもあるのか?」 一体何を喋っているのか気になった魔理沙は耳を傾け、その言葉を聞き取ろうとした。 髪を掻き分けながら右の耳を゛レイム゛の顔へと近づけた彼女は、スッと目を瞑る。 その直後、見計らっていたかのように二度目の言葉が聞こえてきた。 「…………レイム」 ゛レイム゛が呟いていた言葉。それは彼女自身の名前であった。 一度目はうまくいかなかったが、二度目に耳を傾けたおかげでうまく聞き取ることができた。 しかし、魔理沙にとってそれは、今の状況を好転させるどころか更なる疑問を抱くことになってしまう。 (コイツ…なんで目を光らせながら自分の名前なんかをボソボソ呟いているんだ?) 聞いてしまったことで謎は深まっていく今の状況に、さすがの魔理沙も笑えなくなっていく。 近づけていた耳を離した彼女は怪訝な表情を浮かべながら、自分を見つめる゛レイム゛に話しかけた。 「本当にどうしたんだお前は?自分の名前なんか呟いて楽しいのか…?」 飲み過ぎた友人に話しかけるような魔理沙の声は、後ろにいたルイズたちの耳にも入ってくる。 「自分の名前…?アイツ、何言ってるのかしら」 一体何が起こっているのかはよくわからないが、少なくとも良い事ではないようだ。 おかしくなってしまった゛レイム゛に四苦八苦する魔理沙を見ればすぐにわかる。これは本当にまずい。 森の中で怪物に襲われた時よりも不明瞭すぎる彼女の異常に、ルイズは一つの決断を下す。 (一度安全なところまでアイツを連れていくか、運んだ方がいいわね) 未だに目が光り続ける彼女は不気味だが、このまま放置しておくわけにもいかない。 ここから一生動かない…という事はなさそうだが、後一時間半もすれば日が沈んで夜になるだろう。 今の季節なら日が沈んだばかりの頃はまだ明るいものの、夜になればここの治安は悪くなる。 特にこんな廃墟群なら、浮浪者や犯罪者などの「社会不適合者」が潜んでいてもおかしくはない。 つまり、こんなところで動かない彼女と一緒にいるだけでもマリサや自分の身が危ないのだ。 隣にいるキュルケの安全を敢えて考慮しない事にしたルイズは、次にどう動こうか悩みはじめる。 (とりあえず…どうやって霊夢を動かそうかしら) 既にここから逃げる算段を付けている彼女は、ふと゛レイム゛の方へ視線を移す。 こちらが言ってすぐに立って歩いてくれれば問題は無いが、最悪それすらしない可能性の方が高いかもしれない。 そうなれば、誰かが彼女を担いで移動するしかないのだがそれをするのは魔理沙の役目だ。 自分は彼女の箒を持てば良い。そこまで思いついた彼女であったが、厄介なイレギュラーが一人いる。 (ここまで見られたら…絶対ついてくるわよねコイツ) 魔理沙たちの動きを見つめているキュルケを一瞥したルイズは、心中で毒づく。 遥々ゲルマニアからやってきた留学生の彼女は、不幸な事に変わった事が大好きだ。 変な噂があればそれを徹底的に調べるのだ。骨の髄までしゃぶりつくす…という言葉が似合うほどに。 サスペンス系の劇ならば間違いなく頭脳明晰な探偵役か、事件の真相を知りすぎて殺される被害者の役をやらされるに違いない。 そんな彼女が、今の自分たちを見て先程みたいに手を振って立ち去るだろうか?答えは否だ。 気になるモノは徹底的に調べつくす彼女の事だ。あと一歩で真実を知れるならば、地の果てまで追いかけてくるだろう。 そしてそれを知り次第、機会があれば色んな所で話しそうなのがキュルケという少女―――ルイズはそう思っていた。 あぁ、どうして今日という日はこんなにも面倒くさくなったのだろうか? 頭を抱えたい気持ちになったルイズの脳内に、ふと冗談めいた提案が浮かび上がる。 (……いっそのこと、ここでご先祖様の仇をとってもいいかな?) ヴァリエール家を繁栄、維持してきた先祖たちの中には無念にも当時のツェルプストー家の者たちにやられた者が多い。 ある時は戦場で首を取られたり、またある時は想い人を寝取られたり奪われたりと…色々「やられて」きた。 ならば今ここで、油断しきっている彼女を色んな意味で゛黙らせた゛方がヴァリエール家の将来が良くなるのではないか? そんな事を考えていた彼女の邪な気配に気づいたのだろうか。 今まで魔理沙たちを見ていたキュルケはハッとした表情を浮かべ、ふとルイズの方へ視線を向けた。 彼女が目にしたのは、どす黒い何かを考えているルイズの姿であった。 まるで今から殺人事件を起こそうかという様子に、さすがのキュルケも目を丸くしてしまう。 一体、自分が見ぬ間に何を企んでいたのだろうか?そんな疑問を感じてしまった彼女は、試しに話しかける事にした。 「…何やら顔が恐いですわよ、ヴァリエール」 「いっ……!?」 言った本人としては単なる忠告のつもりであったが、それでもルイズは驚いたらしい。 自分以上に目を丸くした彼女を見たキュルケは肩を竦め、先祖からのライバルに話し続ける。 「何を考えていたかは知らないけど。そんな顔してたら、まともなお婿さんが来ませんわよ」 「なっ…!あ、アンタ何言ってるのよこんな時に!」 突拍子もなくそんな事を言われ、ルイズは顔を赤くしつつ怒鳴った。 だが獅子の咆哮とも例えられる彼女の叫びに怯むことなく、キュルケはニマニマと笑う。 場の空気を読めぬキュルケの笑みを見たルイズが、更に怒鳴ろうと深呼吸しようとした―――その時であった。 「うっ…ぁっ…!」 突如、魔理沙のいる方から苦しげな呻き声が聞こえてきたのである。 首を絞められて息ができず、それでも本能に従って何とか呼吸をしようとする者の小さな悲鳴。 そして、青春を謳歌している自分たちと同じ年代の子が出すとは思えぬ断末魔。 人の生死にかかわる声を聞いたキュルケはハッとした表情を浮かべ、魔理沙たちがいる方へ顔を動かした。 深呼吸していたルイズも咄嗟に同じ方向へ顔を向け、何があったのかを確かめる。 直後、二人の脳内にたった一つだけ、小さな疑問が浮かび上がる。 『どうして、こうなっている』―――――『何が、起こったのだ』――――――と。 それ程までに二人が見た光景はあまりにも不可解であり、まことに信じ難いものだったのだ。 唐突な呻き声を耳にし、振り向いた二人が目にしたもの。それは… 「あっ…!あぁあ………」 いつの間にか立ち上がっていた゛レイム゛に、首を締めつけられる魔理沙の姿であった。 手にしていた箒を足元に落としていた彼女は、空いた両手で゛レイム゛の右腕を掴んでいる。 再会した時から無表情な巫女は、何と右手の力だけでもって魔法使いの首を絞めていた。 首を絞められている方ももこんな事になるとは思いもしなかったのか、その顔が驚愕に染まりきっている。 「…ぐっ…あっがっ…」 言葉にならぬ声をかろうじて口から出しつつ、力の入らぬ左手で゛レイム゛の右腕を必死に叩く。 それでも゛レイム゛は、右手の力を緩める事は無く、それどころか益々力を入れて締め付ける。 せめてもの抵抗が更なる苦痛をもたらし、とうとう声すら上げられなくなってしまう。 「――……っっ!?……!!」 締め付けが強くなった事で魔理沙はその目を見開き、自然と顔が上を向く。 身体が酸素を取り入れられず意識が遠のいていくたびに、目の端から涙が零れ落ちていく。 もはや体に力も入らず、緩やかだが苦しい「死」が、彼女の体を包み込もうとしている。 それでも゛レイム゛は、酷いくらいに無表情であった。 まるで目の前にいる知り合いが、ただの人形として見えているかのように。 そんな光景を前にしていたからこそ、ルイズとキュルケの二人は動けずにいた。 ルイズはただただ鳶色の瞳を丸くさせ、怖い者知らずであるキュルケの体は無意識に後退っている。 恐怖していたのだ。学院でもそれなりに仲の良かった二人の内一人の、思いもよらぬ凶行に。 同じ席で二人食事を取り、暇さえあればお喋りもしていたルイズの使い魔である自称巫女と自称魔法使いの少女たち。 その二人を知っている者ならば、目の前で繰り広げられる絞殺を見て驚かない者はいないであろう。 「ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね?」 「っ!そ、そんなワケないじゃないの!?」 体も心も引き始めたキュルケがそう呟いた直後、目を見開いたままのルイズが叫んだ。 その叫びが功を成したか、驚きのあまり硬直していたルイズの体に自由が戻ってくる。 緊張という名の拘束具に縛られていた小さな筋肉が開放されるのを直に感じつつ、彼女は腰に差した杖を手に取った。 幼少の頃、ブルドンネ街で母と一緒に購入したそれは貴族の証であり、自分に勇気を与えてくれる小さな誇り。 手に馴染んだそれを指揮棒の様に軽く振った後、その足に力を入れて゛レイム゛たちの方へ走り出した。 「ちょっ…ルイズッ!」 いきなり走り出した同級生を制止しようとしたキュルケであったが、時すでに遅し。 褐色の手で掴もうとした黒いマントが風に揺らす今のルイズは、弓から放たれた一本の矢だ。 罅だらけの地面を一級品のローファーで蹴りつけながらも、彼女は口を動かし呪文の詠唱を始めている。 杖を持つ右手に力を入れて手放さぬよう用心しつつ、五メイルという距離の先にいる゛レイム゛へとその先端を向ける。 風を切る音と共に杖を上げた今の彼女は正に、自身が思い描く貴族らしい貴族だ。 おとぎ話に出てくる公爵や伯爵の様に、いかなる困難にも決して背を向けず勇猛果敢に立ち向かう魔法の戦士。 現実では怯える事しかできなかった過去の彼女が夢見る、いつか自分もこうなりたいという願望。 そして、異世界の問題に改めて身を投じる事を決意した彼女の―――今のルイズの姿であった。 キュルケの制止を振り切ったルイズは呪文を詠唱しつつ、知り合いの首を絞める゛レイム゛を睨みつける。 あと少しで天国への階段を上ってしまうであろう魔理沙を助ける為には、゛レイム゛に自分の魔法を放つしかあるまい。 まだ色々と借りがある゛レイム゛を攻撃することに躊躇いはある。けれど、そんな彼女に殺されかけている魔理沙を見殺す事もできない。 魔理沙にもまた大きな借りがあるのだ。それを返さぬまま見殺しにしてしまえば、自分は一生分の後悔を背負う事になる。 故にルイズは、今の自分が何をするべきなのかを決めていた。 常軌を逸した゛レイム゛が魔理沙を絞め殺す前に、何としてでも自分が止める事。 それが今の彼女が自らに課した、この状況で最善だと思える行動であった。 (何でこうなったのかは知らない。けど、何もしなきゃマリサが…!) 口に出さずともその表情でもって必死だという事を示すルイズは、二人まであと二メイルという所で足を止めた。 トリステイン魔法学院に在学する生徒のみが履けるローファーの底が地面をこすり、彼女の体をその場に押しとどめる。 少量の砂埃を足元にまき散らしもそれに構わず、呪文の詠唱を終えたルイズは右手に持った杖を振り上げ、唱える。 「レビテレーション!」 彼女が唱えた魔法は、本来人や物体を浮かす初歩中の初歩であり、攻撃用の魔法ではない。 それで゛レイム゛だけを浮かせても今の彼女なら動揺しそうにもないし、逆に縛り首の要領で魔理沙を殺しかねないのだ。 無論そのスペルを詠唱していたルイズ自身も理解しており、何も無意識に唱えていたワケでは無い。 彼女が魔法を唱えた直後、苦しむ魔理沙を見つめていた゛レイム゛の顔が、ルイズの方へと向く。 未だに赤く光り続ける瞳でもって睨みつけようとした時、その足元から一筋の閃光が迸る。 直射日光を思わせる程の眩しい光を直視した゛レイム゛が思わずその目を瞑ろうとした瞬間、光が爆発へと変化した。 チクトンネ街で八雲紫に放ったものとは段違いに低いそれは、爆竹十本程度の威力しかない。 ゛レイム゛の足を吹き飛ばす事は無かったが、突然の閃光から爆発というアクシデントに怯まざるを得なかった。 そしてルイズとしては、その゛レイム゛が僅かながらに隙を見せてくれたことに多少なりとも感謝していた。 何せ彼女が足元を一瞥してくれただけで、自分が一気に近づけるのだから。 「レイム!!」 目の前で殺人を犯そうとする巫女の名を叫ぶよりも前に、ルイズは走り出していた。 まるで興奮した闘牛の如く一直線に、自分の部屋に住みついた少女たちの方へ突撃する。 その足でもって地面を蹴飛ばして近づいてくるルイズに゛レイム゛は気がつくも、既に手遅れであった。 回避しようにも魔理沙の首を掴んでいるためにできず、目の前には物凄い勢いで掴みかかろうとするルイズの姿。 再会してから全く動く事が無かった彼女の目は見開かれ、無表情を保っていた顔に驚愕の色が入り込む。 一体、いつの間に―――― ゛レイム゛がそう思った瞬間。両腕を横に広げたルイズが、彼女の腰を力強く抱きしめた。 まるでお祭りで手に入れた巨大な熊のぬいぐるみに抱き着くかのように、彼女は遠慮も無く゛レイム゛に抱き着いたのだ。 それだけならまだ良かったかも知れないが、ルイズの攻撃はまだまだ終わりを見せていない。 勢いよく゛レイム゛に抱き着いたルイズはそのまま足を止めることなく、何と自らの両足を地面から離す。 まるでその場で跳び上がるかのように左足の靴先で地面を蹴り、ほんの数サント程宙に浮く。゛レイム゛を抱きしめたままの状態で。 その結果、ルイズは自らの全体重を゛レイム゛の方へ寄らせる事に成功した。 「なっ…!」 これには流石の゛レイム゛も動揺せずにはいられず、その体から一時的に力が抜けてしまう。 無意識のうちに両足が下手に動いてもつれ、ルイズの体重により身体が後ろへと傾き、不用意に手の力が緩む。 そして右手の力も抜けたおかげか、首を絞められていた魔理沙の体は死の束縛から解放される事となった。 呼吸を止められ、あと少しであの世へ入りかけたであろう黒白の魔法使いの体が、どうと地面に倒れる。 それと同時にルイズと゛レイム゛の体が勢いよく地面に倒れこみ、辺り一帯に砂塵をまき散らした。 「ルイズ…!………アンタ、無茶すぎるわよ」 ライバルの取った無茶な行動に対して毒づきつつ、キュルケは゛レイム゛の手から解放された魔理沙の姿を目に入れる。 自由を取り戻した彼女は早速口を大きく開けて、物凄い勢いでもって深呼吸をし始めている。 「―――――はぁ、はぁ、はぁ……うぇっ…ウグ…ゲホッ!!」 何回か咳き込みつつも、旧市街地の空気を取り込もうとする魔理沙は、間違いなく生きていた。 目の端に涙を溜め、落ちた衝撃で被っていた帽子が頭から取れても、彼女はただ咳き込んでいる。 だが五分もすれば先程会話した時の様に、飄々とした彼女の姿を見れるであろう。 逆にあの時、ルイズが突撃していなければ、その会話が最初で最後となっていたかもしれない。 そう考えると多少無茶だと思っていたルイズの行動も、今となっては多少の賛成くらいできる。 (あまり良い印象は持ってないけど…初めて会話した人が目の前で死ぬなんて見たくもないわ) まだまだ聞きたい事もあるし。付け加えるように心中で呟いた直後、、ルイズの怒鳴り声が聞こえてきた。 「どういう事なのよレイム!?」 地面に倒れた゛レイム゛の上に跨ったルイズは、杖を突きつけ問い詰める。 ピンクのブロンドを揺らし、怒りに震える表情でもって怒る彼女ではあったが、その手は震えていた。 まるで麻痺毒の植物を食べた時のように小刻みに震えており、それに合わせて杖も揺れている。 ルイズは恐れていた。豹変した゛レイム゛に襲われる可能性と、不本意だが恩人である彼女に杖を向けているこの状況に。 本当なら、こんな事にならなかった筈だ。 いつもの彼女ならば、面倒くさがりつつもある程度の事は教えてくれただろう。 なのに今の状況はどうだろうか?ワケもわからずに恐ろしい事をしでかし、自分が手荒なマネをしてまで止めに入る。 本当なら一回ぐらい言葉で止めるべきだったと思うが、その時のルイズにはそこまで冷静に思考はできなかった。 あの時の彼女はキュルケと一緒に、魔理沙の命をその手に掛けようとする゛レイム゛の目を見ていた。 虚ろに光り輝く赤い瞳からは、何の感情も窺えない。 自分の手で死んでゆく知り合いの顔を見ても、そこから喜怒哀楽の感情は見えなかったのである。 まるでゴミ捨て場で拾った古い人形を乱暴に弄る子供の様に、ただただ無意識に締め付けていた。 その目に、ルイズは恐怖した。あれは自分たちが良く知るいつもの゛レイム゛ではない。 このまま彼女を放置すれば、何の遠慮も無く魔理沙を殺すだろうと。 ―――――――ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね? ――――ーっ!そ、そんなワケないじゃないの!? だからこそ、キュルケの叫び対しルイズはそう返し、動いたのである。 今の彼女は言葉ではなく、その体でもって止めるべきだと。 「何でマリサの首なんか締めて…本当にどうしちゃったのよ?」 怒りの表情を保ったままのルイズは何も喋らぬ゛レイム゛に震える杖を突き付けながら、ただ語り掛ける。 魔理沙の死を何とか食い止め、人殺しの罪を背負いかけた彼女を押し倒したルイズは知りたかった。 どうしてああいう事をしたのか、自分たちの前から姿を消した間に何があったのかを。 一方で、色んな方向に動く杖の先を仰向けの態勢で見つめている゛レイム゛は、これといった動揺を見せていない。 鈍く光る赤い目でもって何も言わず、眼前に突きつけられた棒状をただジッと見つめている。 ゛レイム゛の顔に浮かぶ表情は魔理沙の首を絞めていた時と同じく無色であり、何を考えているのかもわからないのだ。 「何でもいいから、一言くらい喋ってみな……あっ」 そう言って空いた左手で彼女の袖を掴もうとした瞬間、ルイズは気づく。 手の甲を見せるようにして地面に置かれた゛レイム゛の左手。 本来ならそこにある、ルイズとの契約で刻まれたガンダールヴのルーン。 だが、今ルイズが目にしているその手には、ガンダールヴどころか何も刻まれてはいなかった。 土と煙で汚れてはいるが、黄色みがかった白い手には傷一つついていない。 まるで最初からそうだったかのように、゛レイム゛の左手はあまりにも綺麗過ぎた。 ルーンが無い事に今更気づいたルイズはその目を見開き、驚く。 ついさっきまで付いていたばかりか、魔理沙と自分の目の前で光る所をみせてくれた使い魔の証。 古今東西、主人や使い魔以外が死ぬこと意外にルーンが消えるという話など聞いたことも無い。 それなのに、自分の下にいる゛レイム゛のルーンは、嘘みたいに消えてしまっている。 ルイズは悟った。もうワケがわからない、これは自分の予想範囲を超えた事態になってしまったのだと。 「一体…何が…どうなってるのよ?」 今日何度目になるかも知れないその言葉を、口から漏らした瞬間であった。 「ちょっと、アンタ達。そんなところで何してんの?」 呆然せざるを得ないルイズの頭上から懐かしいとさえ思えてしまう、゛彼女゛の声が聞こえてきたのは。 その声を聞いた直後、その顔にハッとした表情を浮かばせたルイズは、その顔を上げる。 未だに咳き込む魔理沙の方へ近づこうとしたキュルケもそちらの方へ視線を向け、気づく。 ここから二メイル先にある元洋裁店の青い屋根の上に、一人の゛少女゛が佇んでいた。 建物自体は一階建てなので屋根も低く、夕日に照らされたその姿をハッキリと見ることができる。 紅い服に別離した白い袖、赤いリボンをはためかせたその姿をしている者は―――二人が知る限りたった一人だけだ。 「レイム…アンタもレイムなの…!?」 最初に゛少女゛を見つけたルイズは口を大きく開け、その名を叫ぶ。 春の訪れとともに出会い、自分を未知の世界へと招き入れた彼女の名を。 「一々大声で怒鳴らなくっても…ちゃんと聞こえてるわよ」 ルイズの呼びかけに対し゛少女゛―――…否、もうひとりの゛レイム゛は左手を上げ、気だるげに言葉を返した。 そして、何気なく上げたであろうその手の甲に刻まれたルーンを見て、ルイズは一つの確信を抱く。 もしこの場で二人の゛レイム゛の内、どちらが本物の゛霊夢゛かと問われれば…まちがいなくルーンのついた方を選ぶ―――と。 使い魔のルーンはそう簡単に消えるモノではないし、何より光っているところを魔理沙と一緒に見たのだ。 何がどうなっているのか何もわからないままだが、少なくとも状況が変化していくのは分かった。 (もしも私の知識が正しいのならば…ルーンのついてる方が本物のレイム…って事で良いわよね?) そんな事を思っていたルイズはしかし、ふとこんな疑問を抱く。 ―――――ルーンのついている方が本物だとするのならば、今自分の下にいるのは誰だろうか? 「―アァッ!」 脳内に浮かび上がった謎の答えを探ろと顔を下げたルイズは、突如何者かに首を絞められた。 一体何が起こったのか。急いでその目を動かしたところで、彼女は油断していたと後悔する。 襲い掛かってきた者の正体。それはルイズに飛び掛かられ、地面に倒れていた筈の゛レイム゛であった。 ルイズの首に手を掛けた時に腰を上げた巫女は、赤く光るその目で睨みつけながら、ルーンの付いていない左手で彼女の首を力強く絞めていく。 既にルイズの足は地面から離れ、まるで乗り捨てられたブランコの様に揺れ動いている。 「かは……っ!あぁっ!」 本物と同じ体格とは思えた力で息を止められたルイズはその目を見開き、体は無意識にビクンと跳ね上がる。 魔理沙もこんな風に絞められていたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる間にも、どんどん締め付けが強くなっていく。 「ルイズッ!」 本物の霊夢の登場に驚いていたキュルケがそれに気づき、腰に差した杖を手に持つ。 あのまま放っておけば、先程同じことをされていた魔理沙よりもっとヒドイ事をされるのは間違いない。 先祖代々からのライバルであり多少煩いところはあったが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪くなってしまう。 それに、いつもの生活では味わえないような体験をしているのだ。どっちにしろ逃げるという選択肢は今のキュルケに無かった。 (何か色々と分からない事が多すぎるけど、アイツが死んだら真相は闇の中…ってところかしら?) 言い訳の様な苦言を心の中で発しつつも、彼女は杖の先端を゛レイム゛の方へ向け、詠唱を開始する。 一方、屋根の上から見下ろしていた霊夢もこれはヤバいと悟ったのか、すぐさま動き出した。 別にルイズの事が心配だとか一応は主人だから助けようという事を、彼女は考えていない。 ただ、今も幻想郷で起こっている異変を解決するにあたり一応の協力関係にあるだけのこと。 故に彼女はルイズを主人としてみる事は無く、ノコノコとついてきた魔理沙と同じように接していた。 それでも、異変のキッカケとなった召喚の儀式で出会ってからは、色々と世話になったのは事実である。 現に今日は服も買ってもらったのだ。そこまでしてくれた人間を、みすみす殺させる理由などない。 「そいつを殺されたら、色々と不味いのよねっ…と!」 霊夢は軽い感じでそう呟き、青い屋根の上からヒョイっと勢いよく飛び降りた。 一階建てなので高さもそれほどでもなく、難なく着地し終えた彼女はルーンが刻まれた左手を懐へ伸ばす。 しかしその直前、使い魔の証であるソレを目にして何か思いついたのか、ハッとした表情を浮かべて周囲を見回す。 彼女の周りにはルイズ達や、先程゛レイム゛が飛び出してきた雑貨屋などを含む幾つかの廃屋しかない。 それでも霊夢は辺りを見回し、今自分が゛思いついた事゛を実行できる゛物゛がないか探している。 「参ったわね…ちょっと試したい事があるのに限っていつもこんなんだから―――――…あ」 軽く愚痴をこぼしながら足元を見つめていた時、ふと近くにある廃屋の入り口の方へと目が向いた。 そこは先程、彼女の偽物が扉と一緒に出てきた元雑貨店であり、霊夢の目から見ても相当荒れているとわかる。 その出入り口の近くには、霊夢が両手で抱えられる大きさの箱が放置されている。 恐らく中に置かれていたであろうソレは半壊しており、中に入っていたフォークやスプーン等の食器が周囲に散乱していた。 長い事放置されていた食器は大半が錆びており、無事なモノでも迂闊に触りたくない雰囲気を漂わしている。 しかし彼女が目を向けた物は、人の手に触られる事無く朽ちた食器たちの中でも一際目立つ存在であった。 (まぁ、どうかは知らないけど…あれなら一応は使えるわよね?) 自身の左手の甲に刻まれたルーンを再度一瞥した彼女は、心の中で質問に近い言葉を浮かべる。 この廃墟で偽者と再会して以降光り続けるソレは、ある程度弱々しくなったものの未だにその輝きを失っていない。 そして今も尚、彼女の耳には聞こえていた。誰のモノかも知れない謎の声が―――― ――――武器を取れ、ヤツを倒せ (まぁ不本意と言えば不本意だけど…状況が状況だし、モノは試しということでやってみようかしら?) 鬱陶しいルーンの光と謎の声へ向けて嫌味に近い感じの言葉を送り、彼女は決意する。 それは自分にしか聞こえない迷惑すぎる声に従う事であり、何処か腹立たしい気持ちを覚えてしまう。 しかし今の様にルイズが殺されそうになっている状況で、声に従わないという事など彼女は考えてもいない。 針も無しお札も無し、頼りになるのは弱いスペルカードだけという今なら、謎の声の方が正しいと理解せざるを得ないのだ。 (使えるモノは思い切って使う。とにかく…これから長い付き合いになりそうだしね) 一度決まれば行動するのは早く、霊夢はスッとその足を動かして走り出す。 雑貨屋に置いてある食器にしては不釣り合いすぎる、鈍く光る身を持つ゛武器たち゛を求めて。 一方、そんな事をしている間にも、息を止められたルイズの心臓は刻一刻とその鼓動を弱くさせていた。 ルーンの付いてない゛レイム゛に殺されようとしている彼女は身じろぎ一つできない。 (息――できな……このままじゃコイツに…) 死ぬのは勿論嫌なのでどうにかしたい所だか、今の彼女に碌な抵抗はできない。 首を絞める゛レイム゛の左腕の力が思った以上に強く、自分の両手で彼女の腕を掴むことだけで精一杯であった。 それ以外にできる事は無く八方塞がりな状況に陥った時、ルイズはその目を動かす。 幸いか否か視界は良好であり、目を光らせながら自身の首を締め付ける゛レイム゛の顔をハッキリと見る事が出来た。 廃屋の中から出てきた彼女はこちらへ顔を向けた時と同じく、無表情を保ち続けている。 ただ変わった事と言えば、その時からずっと輝き続けている赤い目の光が強くなっていることだ。 まるで切創から溢れ出る血の様な色をしたソレは、不気味さを通り越した何かを孕んでいる。 それと目と自分の目を合わせながら死へと近づくルイズは、明確な恐怖を感じてしまう。 (誰…か、助けて…だれでも…イイカラ…) 心の中で彼女がそう願った時、暗くなっていく視界の左端に細長い銀色の光が入り込んできた。 夜空を一瞬で過る流れ星のような速度でもって現れ、゛レイム゛の左手の甲へ吸い込まれるようにして…突き刺さった。 「なっ…―――!?」 直後、突然の事にまたも驚いた゛レイム゛の左手から力が抜け、絞首の魔の手から解放されたルイズが地面へと倒れる。 「…!―――ルイズッ!」 突然の事に軽く驚き詠唱を中断してしまったキュルケが、死から逃れた好敵手の名を叫ぶ。 それに応えてか否か、体の自由を取り戻せたルイズは早速呼吸をしようとして苦しそうに咳き込み始める。 「コホッ、ゲホ……!な――何があったのよ…?」 汚れた地面へとその身を横たえたルイズもキュルケ同様に驚くが、口から出た疑問はすぐに解決した。 鈍い音を立てて彼女の手に甲に刺さった細長い銀色の光。その正体は、一本の古びたナイフだった。 長い間放置されて薄汚れてしまった柄に多少の錆が目立つ刀身は、どう見ても街で売れるような代物ではない。 仮に低価格で売ろうとしても、銀貨一、二枚で売らなければ買い手など見つからないだろう。 それでも武器としてはまだまだ使える方なのか、刺された゛レイム゛は充分に痛がっている。 「くっ…うっ…」 苦痛に耐えるかのようなうめき声を上げながらも、彼女はそれを抜こうと残った右手でナイフの柄を握る。 左手を貫くかのような形で突き刺さるナイフの刃先から少量の血が流れ、滴となって地面に落ちていく。 ポタポタと耳に心地よいリズムに、刀身に絡みつく血が、ルイズの心に不安定な気持ちを植え付ける。 そんな彼女の事などお構いなしにと言いたいのか、゛レイム゛は一呼吸置いてから、勢いよくナイフを引き抜いた。 直後、吐き気を催す音と共にルイズの方に幾つもの血が飛び散り、彼女の顔を遠慮なく汚す。 少し遠くから見ればニキビと勘違いしてしまう液体は、近くに寄れば錆びた鉄と良く似た匂いをイヤと言うほど嗅げるだろう。 そんな液体を顔に浴びたルイズは、最初それが何なのかわからなずキョトンとした表情を浮かべるも、それは一瞬であった。 「あっ……うぐっ…」 自分の顔に何が掛かったのか。それを知った瞬間、喉元から良くないモノが込み上がってきた。 咄嗟に両手で口を押さえ、名家の令嬢にふさわしくないそれを口から出すまいと我慢する。 今まで顔に血を浴びるという経験が無かった故、吐き気を覚えてしまうのは致し方ないだろう。 だからといって、今ここで出してしまうというのは彼女のプライドが許しはしなかった。 この場で吐き気を堪えられないという事は即ち、その程度の事で腰を抜かすのが自分だという事を認めてしまう。 それでは、ここへ来る前に八雲紫の前で誓った自分の決意など、見せかけの言葉にしかならない。 (駄目よルイズ…!まだ戦ってもいないのに弱気になるなんて事…絶対に駄目) 何とかして吐き気を抑え込んだルイズは自らを戒めつつ、ナイフを抜いた゛レイム゛の方へと顔を向ける。 鳶色の瞳が向いた先、そこにいた巫女の目はこちらを見つめてはいなかった。 光り続けるその目を細め、先程自分が出てきた元雑貨屋をキッと睨みつけている。 左手の中心部と甲から血を流しているにも関わらず、その傷を作ったナイフを右手に握り締める姿は正に狂戦士だ。 先程痛がっていた姿が嘘の様に見えてしまい、ルイズは無意識のうちに身震いをしてしまう。 痛みを無視してまで、誰を睨みつけているのか。 吐き気が失せた彼女はそんな事を思いながら振り向き、目を丸くする。 「聞こえなかったかしら、ソイツを殺されると色々不味いって?」 ゛レイム゛が睨み、ルイズがアッと思ったその視線の先にある一軒の廃屋。 先程まで誰もいなかった元雑貨店の出入り口のすぐ傍に、゛レイム゛と対峙している霊夢がいた。 これからどうしようかと考えているのか、面倒くさそうな表情を浮かべる彼女の右手には、二本のナイフが握られている。 本来は果物を切るために使われるであろうそれらは、軽く見ただけでも錆びているのがわかる。 それを目にしたルイズは察した。いつの間にかナイフを手にした霊夢が、自分を助けてくれたのだと。 今もそうだが、面倒だと言いたげな表情を浮かべているにも関わらず、事ある度に色々と助けてくれた。 そうして助けてくれる分、ルイズは彼女へ幾つもの借りを作ってきた。増えすぎたがために、大きくなった借りを。 しかし。ルイズとしてはこれ以上霊夢への借りは極力作りたくないと思っていた。 無論命を助けてくれた借りは返すつもりではあるし、下賤な輩みたいに遠慮も無く踏み倒す気は無い。 彼女は決意したのだ。自分は守られる側ではなく、幻想郷から来た者たちと共に戦う側になると。 未だ正体すらわからぬ黒幕と戦いを交え、霊夢の召喚から今も続く彼女の世界での異変を止める為に。 だからこそわかっていた。今この状況で、自分が何をすべきすという事を。 (そうよ…怯えたら駄目なのよルイズ・フランソワーズ!) 赤い斑点を顔につけたまま自らを鼓舞するルイズが、杖を持つ手に力を入れる。 その姿は正に、世界を混沌に陥れるであろう魔王と対峙する騎士の様であった。 そして、誰の耳にも入らぬ心中の叫びが合図となったのだろうか。 左手を自らの血で染めた゛レイム゛が右手のナイフを構え、目の前にいる霊夢へと跳びかかった。 飛蝗のように地を蹴り上げ、ナイフを振り上げたその手は蟷螂の前脚を彷彿とさせる。 霊夢と似すぎるその顔と、未だ輝き続ける目からは、怒りの感情が沸々と込み上げてきていた。 突然の事にルイズと遠くにいたキュルケが驚く一方で、霊夢は苦虫を踏んだかのような表情を浮かべた。 「三度目の正直ってところかしら?もうちょっと休ませてほしいんだけど…ねぇっ!」 心底嫌そうな感じで喋った彼女は、ルーンが刻まれた左手を突き出して結界を展開する。 そして振り下ろされたナイフと結界が接触した瞬間、本日三度目となる戦いが始まった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ使い魔の達人 「来るぞカズキ!手を放すな!」 ――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。 アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。 怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。 槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。 「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」 黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。 そう、だから―― 「―――え?」 「ゴメン、斗貴子さん」 繋いだその手を、解き放す。 「その約束、守れない」 ゆっくりと、暗い海へと降下する斗貴子を見て、別れの言葉を告げた。 「本当に、ゴメン」 「――――――――カズキッ!!!」 使い魔の達人 第三話 ゼロのルイズ ――最悪の目覚めであった。 早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。 床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。 …斗貴子さん、泣いてたな。 別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。 今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。 視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。 そう、オレは今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。 カズキは切なくなった。 「確か、洗濯しろって言われてたっけ」 確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。 なんだか、いけないことをしているような気分になった。 ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。 女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。 起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。 寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。 そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。 部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。 カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。 「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」 昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。 さて、その中で洗濯をできそうな場所は… 「うーん?」 首を捻る。するとそこに―― 「ムトウさん、でしたっけ?」 後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。 「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」 「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」 「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」 何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。 カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。 「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」 くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして 「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」 照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して 「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」 「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」 自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。 「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」 そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。 「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」 どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに… 「…ダメだった」 苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。 「それは…残念でしたわね」 なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。 「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから! 困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」 取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。 「うん、ありがとう。シエスタさん。 まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」 よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。 その言葉に、シエスタは目を丸くしながら 「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」 などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。 「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」 洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。 「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」 こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。 「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」 「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」 「よ、よろしくお願いします…」 何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。 シエスタの指導の下、洗濯も程なく終わり、干した後には一旦部屋へ戻る。乾いたら部屋へ運んでくれるとの事で、至れり尽くせりだ、とカズキは思った。 「えーと、こっちだったっけ」 記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。 時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。 すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。 うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。 そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。 よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。 「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」 女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。 軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。 「おーい、朝だぞー」 時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。 「んにゅ…」 目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって 「ん…んん?……あんた誰!?」 夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。 昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。 「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」 「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」 そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。 まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは… 「じゃ、服」 さっそく命令をする。 カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。 全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。 「下着」 「そ、それは流石に自分でとれよ」 顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず 「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」 そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。 しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。 当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。 適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。 「着せて」 「いやぁあああんッ!!」 限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。 「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」 下僕って…カズキは頭が痛くなった。 妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。 お、オレはどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると 「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」 困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。 「も、もうお婿にいけない…」 「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」 どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。 顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。 部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。 ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ」 ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。 「おはよう。キュルケ」 「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」 どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。 「で、あなたの使い魔って、それ?」 カズキを指して、馬鹿にしたように言う。 「そうよ」 「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」 気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。 「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 ルイズは白い頬を朱に染めながら 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」 「あっそ」 へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。 カズキが何処かズレた事を考えていると 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」 昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。 「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」 その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。 「オレは武藤カズキ。よろしく」 「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」 「ムトウカズキ?変な名前ね」 ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。 「傍に居て、熱くないの?」 「あたしにとっては、涼しいぐらいね」 平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。 「これってサラマンダー?」 ルイズは悔しそうに聞いた。 「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。 好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」 「そりゃあ、良かったわね」 キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。 「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」 「あんた『火』属性だもんね」 「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。 でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。 それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。 「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」 そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。 「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」 そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。 キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り 「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」 「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」 「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」 どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか? 「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」 あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。 「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」 ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。 まぁ、オレを呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。 カズキはそんな風に納得した。 「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」 「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」 「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」 思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。 顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。 そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。 「で、『ゼロ』は?」 「知らなくてもいいことよ」 ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。 昨日は厨房側から見た食堂。表から入ると、長いテーブルが三つ並べられ、ルイズたち二年生は真ん中のテーブルだった。 どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。 右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。 すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。 豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。 目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。 『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。 だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」 とのたまった。 「へぇ~」 本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。 「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」 「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」 説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。 「あれって動くの?」 「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」 ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。 カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。 「あ、ちなみにあんたのは、これね」 ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。 肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。 「へ?」 カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。 「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」 テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。 やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか 「なぁルイズ」 「なによ」 「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」 皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。 「まったく…」 ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。 「これだけ?」 「そ。これ以上は癖になるからダメ」 ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。 「癖って…ま、いいけどさ」 どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。 下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。 「あ、意外と美味いねこれ」 味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。 どこか物足りない食事も程なく終わり、カズキはルイズに連れられて、魔法学校の教室へ向かった。 なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。 ちなみにすべて石で出来ている。 二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。 そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。 先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。 周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。 こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。 男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。 見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。 そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。 カズキも隣に座った。ルイズが睨む。 「…なに」 「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」 カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。 しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。 だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。 「あ、そう」 席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。 「後ろで立っててもいいの?」 「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」 「どっちなんだよ」 結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。 程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。 ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。 「あのおばさんも魔法使い?」 「当たり前じゃない」 なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け 「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。 「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」 途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。 「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」 その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。 「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」 「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」 マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。 こいつ呼ばわりされたカズキは、オレも別に来たくて来たわけじゃない、と思った。 そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。 「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」 その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。 シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。 笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。 では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。 一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」 名指しされた先ほどの生徒が答える。 昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。 カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと 「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。 その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。 それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」 再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。 「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。 この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。 大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。 このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」 なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。 ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。 シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。 「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。 一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」 『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。 シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。 光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し 「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」 「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの、『トライアングル』ですから」 途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは 「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」 「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」 「?」 疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。 「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」 「なるほど」 「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。 シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」 「同じのを二つ足すのは?」 「その系統がより強力になるわ」 「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」 「そのとおりよ」 「で、ルイズは、幾つ足せるの?」 その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。 「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」 「え、わたし?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」 しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。 なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。 「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」 シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。 「先生」 「なんです?」 「やめておいたほうがいいと思います」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。 「危険?どうしてですか?」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がり 「やります」 そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。 ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。 その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。 こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。 思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。 命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。 けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。 なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。 そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。 それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。 何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。 昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。 あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。 皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。 虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。 そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 すると、机ごと石ころは爆発を起こした。 至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。 悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて 「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」 「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」 めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。 シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。 煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。 爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。 そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと 「ちょっと失敗したみたいね」 とんでもない大物である。 その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。 「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。 ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。 前ページ次ページ使い魔の達人
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 昼の喧騒で賑わうトリステイン王国の首都トリスタニア。 商売も仕事もこれからという時間の中、ブルドンネ街のとある通りに建てられた一件のレストラン。 平民から下級貴族までが主な客層であるこの店も、書き入れ時をとっくに過ぎて閑散とした雰囲気を漂わせている。 しかし個々の諸事情で昼食の時間に食べそこなった人達が席につき、店が振る舞う料理やデザートの味をゆっくりと楽しんでいた。 木製の小さなボールに入ったサラダを、ゆっくりと口に入れて咀嚼している若い貴族の女性。 ハチミツを塗ってからオーブンでじっくり焼いた骨付き肉にかぶりつく、平民の中年男性。 常連なのか、カウンターの向こうにいる店長と談笑しながらフルーツサンドイッチを味わっている魔法衛士隊の隊員。 窓から見える野良猫同士の喧嘩を眺めるのに夢中になって、思わずレモンティーをこぼしてしまう平民の少女。 食べている物や行動などはバラバラであるのだが、彼らには皆一つだけの共通点がある。 それは、一日という忙しくも長い時間の合間に『自分だけの時間』を作って、ゆったりと過ごしているという事だ。 大勢の人々が忙しそうに行き交う場所から閑散とした場所へ、その身を移して一息つく。 そうすることで゛自分゛という存在を改めて自覚し、色んな事を考える時間ができるのだ。 仕事の事や気になるあの人との関係から、これから何をしようかな。といった事まで人によって考えている事も全部違う。 短くもなるし長くもなる『自分だけの時間』の間にその答えに辿り着く者もいれば、答えが出ずに悩み続けていく者もいる。 中には最初から考える事をせず、ただ単に体を休ませている者もいるがそれは決して間違った事ではない。 仕事や人間関係といった気難しい事を一時的に投げ捨ててわがままになる事も、また大切なのだ。 そんな風にして各々の時間が緩やかな川の流れの様に進んでいく店の中で、ルイズたちは昼食を取っていた。 「それにしてもホント、今日はどういう風の吹き回しかしらねぇ」 「……?どういう意味よ、それは?」 ふと耳に入ってきた霊夢の言葉に、ルイズはキョトンとした表情を浮かべて食事の手を止める。 口の中に入る予定であったフライドミートボールと、それを刺しているフォークを皿に置いた彼女は一体何なのかと聞いてみる。 「事の張本人がそれを知らないワケないでしょうに」 質問を質問で返したルイズの言葉に霊夢は肩を竦めると手に持っていたカップを口元に寄せ、中に入っている紅茶を一口だけ飲む。 そこでようやく思い出したのか、何かを思い出したような表情を浮かべたルイズがその口を開く。 「あぁわかった。アンタの服の事でしょう?」 ルイズの口から出たその言葉に、霊夢は正解だと言いたげに頷きながらもカップを口元から離す。 安物のティーカップに入っていたそれはルイズの部屋にある物と比べて味は劣るものの、それでも美味い方だと彼女の舌が判断した。 上品さと素朴さを併せ持つ一口分の紅茶を口の中でゆっくりと堪能した後に、喉を動かしてそれを飲み込む。 口に入れた時よりも少しだけぬるくなった赤色の液体が喉を通っていく感触を感じた後、霊夢はホッと一息ついた。 「今更過ぎるけどお前ってさぁ、本当に緑茶でも紅茶でも美味しそうに飲むよな」 その様子をルイズの隣で見つめていた魔理沙は、コップ入ったオレンジジュースをストローで軽くかき混ぜながらそんな事を呟く。 まるで目玉焼きの目玉部分の如き真っ黄色な液体は、一口サイズの氷と一緒にコップの中でグルグルと回っている。 しかし幾らかき混ぜても液体そのものが糖分の塊なので、氷が溶けない限り味が変わることは無いだろう。 黒白の言う通り、本当に今更過ぎるその質問に霊夢は若干呆れながらも返事をした。 「アンタの頼んだジュースと違って、お茶なら熱しても冷やしても美味しいし、色んなものに合うから飲めるのよ」 「でも一日中お茶ばっかり飲んでるってのもどうかと思うわね。私は」 霊夢がそんな事を言っている間にお冷を口の中に入れていたルイズはそれを飲み込みんでから、思わず横槍を入れてしまう。 軽い突っ込み程度のそれは投げた本人が想定していた威力よりも強くなり、容赦なく紅白巫女の横っ腹に直撃した。 「私が何を飲んだって別に良いじゃないの。アンタには関係ないんだしさぁ」 ルイズの突っ込みに顔を顰めてそう返しつつ、霊夢はもう一口紅茶を飲んだ。 そして何を勘違いしたのか、魔理沙は意地悪そうな笑みを浮かべてルイズの肩を軽く叩く。 「やったなルイズ、今回の勝負は私たちの完全勝利で終わったぜ」 「アンタは何と戦ってたのよ?」 自分には見えない不可視の敵と知らぬ間に戦っていたらしい魔理沙の言葉に、ルイズは怪訝な表情を浮かべた。 その直後、話が逸れてしまった事を思い出した彼女はアッと小さな声を上げて再度霊夢に話しかける。 「それで、まぁ話は戻るけど……アンタの服の事だったわよね?」 「そうそうその事よ。まったく、魔理沙のせいで話が逸れる所だったわ」 さっきのお返しか霊夢はそんな事を言いながら、ルイズの隣に座っている普通の魔法使いを睨みつける。 しかし博麗の巫女に睨まれた魔法使いは微動だにせず、やれやれと言わんばかりに首を横に振ってこう言った。 「元を辿れば、お前が紅茶を飲んだ所で話が逸れ始めたと私は思ってるんだがなぁ~」 「まぁこの件はどっちも悪い、という事にしておきましょう。これ以上話が逸れたら面倒だわ」 これ以上進むとまた騒いでしまいそうな気がしたルイズはその言葉で無理やり締めくくり、コップに残っていたお冷をグイッと飲み干した。 自分たちの論争が第三者の手によって終止符を打たれてしまった事に、二人は目を丸くしてルイズの方へと顔を向ける。 突然自分に向けられた二人分の視線をまともに受けた彼女は少しだけ気まずそうに咳き込むと、今度こそ本題に移った。 「で、服の事についてなんだけど…」 ルイズはその言葉を皮切りに何で霊夢の為に新しい服を購入してあげたのか、その理由を話し始めた。 ハルケギニア大陸において小国ながらも古い歴史と伝統を誇るトリステイン王国の首都、トリスタニア。 国の中心である王宮がすぐ目の前にあるという事もあって、その規模はかなりのものだ。 平日でも大通りを利用する市民や貴族の数が変わることは無く、常に大勢の人々が行き交っている。 ブルドンネ街やチクトンネ街などの繁華街には大規模な市場があり、今日の様な休日ともなれば火が付いたかのように街が活気に満ち溢れる。 その他にもホテルやレストランなどの店も充実しており、特にこの時期は他国からやってきた観光客が狭い通りを物珍しそうに歩く姿を見れるものだ。 ガリアのリュティスやロマリアの各主要都市に次いで人気のあるトリスタニアには、他にも色々な場所がある。 かつての栄華をそのまま残して時代に取り残された郊外の旧市街地に、各国から賞賛されているトリステインの家具工場。 芸の歴史にその名を残す数多の劇団を招き入れたタニア・リージュ・ロワイヤル座は、今も毎日が満員御礼だ。 そんな首都から徒歩一時間ほど離れた所に、ハルケギニアの基準では中規模クラスに入る地下採石場がある。 周りを十メイルほどもある木の柵に囲まれた敷地の真ん中には大きな穴があり、そこを入った先にある人工の洞窟が採石の場所となっていた。 土地の大きさはトリステイン魔法学院の三分の一程度の広さで、主な仕事は地下から切り取ってきた岩を地上に上げる事である。 地下から運び出された岩は馬車に乗せられ、首都の近郊に建てられた加工場で石像や墓石などにその姿を変える。 ここで働いているのは街や地方からやってきた平民の出稼ぎ労働者や石工、警備の衛士に現場監督である貴族達も含めておよそ九十人程度。 ガリアやゲルマニアとは国土の差がありすぎるトリステインでは、これだけの人数でも充分に多い方だ。 一つの鉱山や採石場に二十人から四十人程度はまだマシな方で、地方では十人から数人程度で運営している様な場所もあるのだから。 そこから場所は変わり、加工場と採石場を繋ぐ唯一の一本道。 鬱蒼とした木々に左右を挟まれたようにできた横幅七メイル程度の道も、かつては広大な森林地帯の一部に過ぎなかった。 今からもう四十年前の事だが当時は誰も見向きすることはなく、動植物たちが安寧に暮らせる場所であった。 しかし…今は採石場となっている場所で良い鉱石が見つかった途端、人々は気が狂ったかのように木を倒し草を毟って森を壊していった。 そして森に古くから住んでいた者たちを無理やり排除して、人は文明の一端であるこの道を作ったのである。 そんな歴史を持っている道を、馬に乗った二人の男が軽く喋り合いながら歩いている。 薄茶色の安い鎧をその身に着こんだ彼らは、採石場を運営している王宮が雇った衛士達だ。 市中警邏の者たちや魔法学院に派遣されている者達とは違い、彼らは皆傭兵で構成されている。 その為かあまりいい教育は受けておらず、常日頃の身なりや素行はそれなりの教育を受けた平民なら顔を顰めるだろう。 しかし雇われる前に傭兵業を営んでいた彼らの腕利きは良く、文句を言いつつも仕事はしっかりとこなすので王宮側は仕方なく雇っているのが現状であった。 「全く、こんな休日だってのに採石場警備の増援だなんて最悪だよな?」 二人の内先頭を行く細身のアルベルトは左手で手綱を握りつつ、後ろにいる同僚のフランツにボヤいている。 アルベルトとは違い体の大きい彼はその言葉にため息をつく。アルベルトが日々の仕事に対し文句を言うのはいつものことであった。 「仕方ないだろ。他の連中は皆非番で、事務所にいたのは俺たちだけだったんだ」 「だからってわざわざ採石場まで行かせるかよ。あそこの警備担当はヨップが率いてる分隊だろうが」 空いている右手を激しく振り回しながらそう喋る彼の言葉を、フランツは至極冷静な気持ちで返した。 「そのヨップの分隊にいたコンスタンとダニエルが今日でクビになったから、俺たちが臨時で行くんだ」 同僚の口から出た予想していなかった言葉に、思わず彼は目を丸くした。 「どういう事だよ?あいつ等なんか下手な事でもしたのか?」 「正にその通り。…コンスタンはこの前、高等法院から視察に来たお偉いさんの足を踏んじまったろ?あれのツケが今になってきたのさ」 「うへぇ…マジかよ」 コンスタンの酒飲みは悪いヤツではなかったし、何よりこの前負けたポーカーの借りをまだ返していなかった事を彼は思い出す。 後ろにいるフランツの言葉を聞き、惜しい顔見知りを失ったとアルベルトは心の中で呟いた。 「あんなに面白い奴をクビにするなんて、酷い世の中だ。…で、ダニエルの方は?」 アルベルトは職場から消えてしまった顔見知りの事を惜しみつつも二人目の事を聞くと、同僚は顔を顰めて言った。 「アイツの事なんだが…何でも教会のシスターに手ぇ出しちまったんだとよ」 「シスター!?それはまた…随分派手だなぁオイ」 女遊びが激しかったアイツらしい最後だと彼が思った、その時である。 「全く、女に手を出すのは良いが幾らなんでも――ん?」 ダニエルの事を良く知っていたフランツが彼に対しての文句を言おうとした直後、四メイル前方の茂みから何かが飛び出してきた。 それはボロ布のようなフード付きのローブを、頭から羽織った身長160サント程度の人間?であった。 「な、何だ!…人?森の中から出てきたぞ…?」 先頭にいたアルベルトは驚いたあまり手綱を引いて馬を止めると、目の前に現れた者へ警戒心を向けた。 この一帯は道を外れると、急な斜面や深さ三メイル程もある自然の溝が至る所にある樹海へと入ってしまう。 それに加えて九十年近くの樹齢がある木々が空を覆い隠しているので、並大抵の人間ならあっという間に迷い込む。 更に視界を奪うほどに生い茂った雑草や少し歩いた先にある野犬の縄張りの事も考慮すれば、無用心に森へ入って生きて帰れる確率はそれほど高くはない。 その事を知っていれば、どんな人間でもわざと道を外れて森に立ち入ろうとは思わないだろう。 しかし、今二人の目の前に現れた者は間違いなく茂みの…その奥にある森から姿を現したのだ。 雇い主である王宮側から森の事を教えられた者たちの一人であるアルベルトが警戒するのも、無理はないと言える。 それはフランツも同じであったが、少なくとも彼ほどの警戒心は見せていなかった。 「まぁ落ち着けアルベルト。とりあえず話しかけてみようじゃないか」 彼よりもこの仕事を大事にしているフランツはそう言うと馬を歩かせ、アルベルトの前へと出る。 フードのせいで性別はわからないが、人間であるならば話は通じるだろうと彼は思っていた。 無論もしもの時を考えて、左の腰に携えた剣の柄を右手て掴んみながらも目の前にいる相手へと声をかける。 「すまんがお前さんは誰だい?見た感じ旅人って風には見えるんだが…」 まずは軽く優しく、なるべく相手が怖がらない様に話しかけてみる。 このような場合下手に脅すように話しかけると、相手が逃げてしまう事をフランツは経験上知っていた。 彼の声にローブを羽織った者はピクリと体を動かした後、ゆっくりとだがその足を動かして二人の方へ近づいてきた。 てっきり喋り出すのかと思っていたフランツは予想外の行動に少しだけ目を丸くしつつも、すぐに左手のひらを前に突き出しその場で止まるよう指示を出す。 彼の突き出した手が何を意味するのか知っていたのか、ローブを羽織った者は一メイル程歩いた所でその足をピタッと止めた。 うまくいった。彼は動きを止めた相手を見て内心安堵しつつ、ここがどういう場所なのかを説明し始めようとする。 「悪いがここは王宮の直轄でね?関係者以外の立ち入りは――――」 禁止されているんだ。彼はそう言おうとしたが、最後まで言い切ることができなかった。 喉に何か詰まったわけでもなく、ましてや目の前にいる相手が投げつけたナイフで喉を切り裂かれた――という突飛な話でもない。 彼の言葉を中断させたその゛原因゛は、先程ローブを羽織った者が出てきた茂みから現れた。 ゛原因゛の正体は野犬でも狼でもなく、本来なら王都との距離が近いこのような場所には滅多に現れない存在であった。 全長二メイルもある゛原因゛は太った体には似つかわぬ俊敏な動きで道の真ん中に飛び出してくると、目の前にいる一人の人間をその視界に入れる。 そしてローブを羽織った者が後ろを振り返ると同時に゛原因゛は体を揺らしながら、聞きたくもない不快な咆哮を辺りに響かせた。 「ふぎぃっ!ぴぎっ!あぎぃ!んぐいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」 もう逃げられないぞ! 人間にはわからない言葉で゛原因゛はそう叫んでから威嚇のつもりか、右手に持った棍棒を振り回しはじめる。 それと同時にローブを羽織った者の後ろにいるアルベルトが、今まで生きてきて何十回も見てきた゛原因゛の名前を口にした。 「お、オーク鬼だ!!」 彼がそう叫んだと同時にフランツが右手に掴んだ剣の柄を握り締め、それを勢いよく引き抜く。 刃と鯉口が擦れる音ともに引き抜かれたソレの先端は一寸のブレもなく、獲物を振り回す亜人の方へと向けられた。 彼の表情は厳ついものへと変貌しており、目の前に現れた亜人に対して容赦ない敵意を向けている。 「そこのお前、早くこっちへ来るんだ!」 先程の優しい口調とは打って変わって、ローブを羽織った者へ向けてフランツは叫ぶ。 しかしその声が聞こえていなかったのか、ローブを羽織った者は微動だにしない。 それどころか、目の前にいるオーク鬼と対峙するかのように何も言わずに佇んでいるのだ。 だが、身長二メイルもある亜人と身長160サント程度しかない人間のツーショットというのは、あまりにも絶望的であった。 どう贔屓目に見たとしても、勝利するのは亜人の方だと十人中十人が思うであろう。 「アイツ、何を突っ立ってる…死にたいのか?」 まるで街角のブティックに置いてあるマネキンの様に佇む姿を見たアルベルトが、思わずそう呟いた瞬間―― 「ぎいぃぃぃぃッ!」 もう我慢できないと言わんばかりに吠えたオーク鬼はその口をアングリ開けて、ローブを羽織った者に向かって一直線に走り出した。 二本足で立つブタという姿を持つ彼らの口に生えている歯は見た目以上に強く、ある程度硬いモノでも容易に噛み砕くこともできる。 その話はあまりにも有名で、とある本に火竜の分厚い鱗諸共その皮膚を食いちぎったという逸話まで書かれている程だ。 それほどまでに凶悪な歯を光らせながら走り、目の前にいる獲物の喉へと突き立てんとしていた。 二人の衛士たちはそれを見てアッと驚き目を見開くがその体だけは動かない。 あと少しでオーク鬼に喉笛を噛み千切られるであろう者が目の前にいても、すぐに動くことができなかった。 そんな彼らをあざ笑うかのように、オーク鬼は走りながらも鳴き声を上げる。 「ぷぎゃあっ!いぎぃ!」 オーク鬼は知っていた。大抵の生き物は。喉を食いちぎればカンタンに殺せると。 そこへたどり着くまでの過程は難しいものの、そこまでいけば相手はすぐに死ぬ事を知っている。 だから森で見つけたこの人間も、喉を噛み千切ればすぐにでも食べられる。 縄張り争いで群れから追い出され、腹を空かせたまま森の中を徘徊していた彼は自らの食欲を満たそうと躍起になっていた。 三日間もの耐え難い空腹で理性を失い、すぐ近くに武器を持った人間が二人もいるというのにも関わらず襲いかかった。 たったの一匹で人間の戦士五人分に匹敵するオーク鬼にとって、たかが二人の戦士など問題外である。 それどころか、オーク鬼は二人の戦士と彼らの乗ってる馬ですら自分が食べる食糧として計算していた。 目の前にいる人間を殺したら、次はあいつらを襲ってやる。 食欲によって理性のタガが外れたオーク鬼はそう心に決めながら、最初の獲物として選んだ人間に飛びかかろうとした瞬間… 目が合った。 頭に被ったフードの合間から見える、赤色に光り輝くソイツの『目』と。 まるで火が消えかけたカンテラの様に薄く光るその『目』の色は、どことなく血の色に似ている。 物言わぬ骸の傷口から流れ出る赤い体液のような色の瞳から、何故か禍々しい雰囲気から感じられるのだ。 そして、そんな『目』が襲いかかってくる自分の姿をジッと見つめている事に気が付いたオーク鬼は、直感する。 ―――――こいつ、人間じゃない! 心の中でそう叫んだ瞬間、オーク鬼の視界の右下で青白い『何か』が光った。 その光の源が、目の前にいる゛人間ではない何か゛の『右手』だとわかった直後。 オーク鬼の意識は、プッツリと途絶えた。 ――――…と、いうワケなのよ。判った?」 無駄に長くなってしまった説明を終えたルイズは、一息ついてから話の合間に頼んでおいたデザートのアイスクリームを食べ始める。 カップに入った白色の氷菓は丁度良い具合に柔らかくなっており、スプーンでも簡単にその表面を削ることができた。 ルイズはその顔に微かな笑みを浮かべつつ、一匙分のアイスが乗ったスプーンをすぐさま口の中にパクリと入れる。 「まぁ大体話はわかったわね…アンタが何であんな事をしてくれたのか」 一方、三十分以上もの長話を聞かされた霊夢はそう言って傍にあるティーカップを手に持つと中に入っている紅茶を一口飲む。 話の合間に新しく注いでもらった熱い紅茶は喉を通って胃に到達し、そこを中心にしてゆっくりと彼女の体を温めていく。 緑茶とは一味違う紅茶の上品な味と香り、そして体の芯から温まっていく感覚を体中で体感している霊夢は安堵の表情を浮かべている。 そんな風にして一口分の幸せを堪能した彼女は再びカップをテーブルに置くと、ルイズの隣にいる黒白の魔法使いに話しかけた。 「ねぇ魔理沙、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「…ん、何だ?」 霊夢に名前を呼ばれた彼女は、サンドイッチを口に運びかけたころでその手を止める。 魔理沙がこちらに顔を向けた事を確認してから、霊夢はこんな質問を投げかけた。 「アタシが着てる巫女服って…ルイズが言うほど変わってるかしらね?」 「…う~ん、どうだろうなぁ?私はそんなに変わってるとは思わなくなったが」 その質問に、魔理沙は肩を竦めながら言った後に「だけど…」と言葉を続けていく。 「ハルケギニア人のルイズがそう思うのなら、この世界の基準では変わってるのかもしれないな」 自分の質問にあっさりと即答した魔法使いの返答を聞き、霊夢は思わず目を細めてしまう。 そんな二人のやりとりを自信満々な笑みを浮かべて見ていたルイズが、追い打ちをかけるかのように口を開く。 「まぁ私としてもアンタには色々と借りがあったしね。それを一緒に返したまでの事よ」 彼女の口から出てきたそんな言葉を聞き、霊夢はふと彼女が話してくれた゛二つの理由゛を思い出し始める。 ルイズが霊夢に新しい服を買ってあげた゛二つの理由゛の一つめ。 それは近々行われるアンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚式にある。 かの神聖アルビオン共和国の前身であるレコン・キスタの出現とアルビオン王家の危機に伴い、帝政ゲルマニアとトリステイン王国は同盟を組む事となった。 アルビオン王家が滅ぼされれば、有能な貴族だけで国を支配してやると豪語する神聖アルビオン共和国が隣の小国であるトリステインへ攻め込んでくるのは明らかである。 巨大な浮遊大陸からハルケギニアでは無敵と評される大規模な空軍と竜騎士隊が攻め込んで来れば、トリステインなどあっという間に焦土と化すだろう。 そうならない為にもトリステインは隣国に同盟の話を持ち込み、ガリアに次ぐ大国の誕生を望まないゲルマニアはその話に乗った。 幾つかの協議を行った末にゲルマニア側は、もしトリステイン国内で大規模な戦争が起こった際に自国から援軍を出すことを約束した。 それに対しトリステインの一部貴族はあまり良い反応をしなかったが、異論を唱えることは無かったのだという。 精鋭揃いではあるが小国故に軍の規模が他国と比べて小さいのが悩みのタネであったトリステインにとって、倍の規模を持つゲルマニアの存在は心強い。 一方のトリステインは、王宮の華であるアンリエッタをゲルマニア皇帝アルブレヒト三世のもとに嫁がせる事を約束した。 その結婚式に関しては一つのアクシデントが起こり、ルイズと霊夢はそのアクシデントの所為でトリステインの国内事情に巻き込まれたのである。 最もルイズは自ら望んで巻き込まれたのに対して、霊夢は偶然にも巻き込まれただけに過ぎないが。 まぁ結果的にそのアクシデントは二人の力で無事解決し、晴れてトリステインとゲルマニアの同盟は締結される事となった。 そして、丁度来月の今頃にゲルマニアで行われる手筈となった結婚式に、ルイズは詔を上げる巫女として招待される事となった。 幼いころからアンリエッタの遊び相手として付き合ってきた彼女は、幼馴染でもある姫殿下から国宝である『始祖の祈祷書』を託されている。 トリステイン王室の伝統で、結婚式の際には祈祷書を持つ者が巫女となって式の詔を詠みあげるという習わしがある。 そんな国宝をアンリエッタの手で直々に渡された彼女はこれを受け取り、巫女としての仕事を承った。 ルイズが行くのなら、形式上彼女の使い魔であり現役の巫女である霊夢もついて行くことになるのだが…そこで問題が発生する。 霊夢がいつも着ている巫女服、つまりは袖と服が別々になっているソレに問題があった。 ハルケギニアでは比較的珍しい髪の色や、他人とは付き合いにくい性格は多少問題はあるがそれでも大事にはならないだろうルイズは思っている。 むしろ性格に関しては、付き合えば付き合うほど良いところを見つけることができると彼女は感じていた。 表裏が無く、喜怒哀楽がハッキリと出て誰に対してもその態度を変えない霊夢とは確かに付き合いにくい。 事実、召喚したばかりの頃はある意味刺々しい性格に四苦八苦していたのはルイズにとって苦々しい思い出の一つだ。 しかし霊夢を召喚してから早二ヶ月、様々な事を彼女と共に体験したルイズはそれも悪くないと思い始めていた。 部屋の掃除は今もしっかりとしているし部屋にいるときはいつもお茶を出すようにまでなっている。 相変わらず刺々しいのは変わりないが、慣れてくるとそれがいつもの彼女だと知ったルイズは怒ったり嘆いたりする事は少なくなった。 だが、それを引き合いに出しても彼女の服だけにはどうしても問題があるのだ。 王家の結婚式において、礼装であってもなるべく派手な物は避けるという暗黙のルールが貴族たちの間にある。 着ていく服やマントの色も黒や灰色に茶といった地味なもので装飾品の類は一切付けず、杖に何らかの飾りを付けているのならばそれも外す。 ドレスであってもなるべく飾り気の少ない物を選び、決して花嫁より目立ってはいけないよう注意する。 式を挙げる側もそれを知ってか花嫁花婿ともに華やかな衣装に身を包み、周りに自分たちの存在をこれでもかとアピールするのだ。 もしも間違って派手な衣装で式に参加してしまえば、王家どころか周りにいる貴族達から大顰蹙を買うことになる。 事実過去にタブーを犯した怖いもの知らず達が何人かおり、後に全員が悲惨な目に遭っていると歴史書には記されていた。 そして不幸か否か、霊夢の服はそのような場において確実に目立つ出で立ちだ。 服と別々になった袖や頭に着けたリボンは勿論の事、何よりも目立つのが服の色である。 紅白のソレはある程度距離を取ろうが否が応にも目に入り、着ている人間がここにいると激しく主張している。 街の中ならともかく、そんな服を着て結婚式に参加しようものならば顰蹙どころかその場で無礼だ無礼だと騒がれてドンパチ賑やかになってもおかしくはない。 しかも持ってきた着替えも全て似たようなデザインの巫女服であった為、ルイズは今になって決めたのである。 この際だから、霊夢に服でも買ってあげようと。 「幻想郷だとそれほど変わってるって言われる事は無かったのに…」 ルイズの話した゛二つの理由゛の一つ目を思い出し終えた霊夢がポツリと呟いた愚痴に、ルイズはすかさず突っ込みを入れた。 「言っておくけどここはハルケギニア大陸よ。アンタのところの常識で物事測れるワケないでしょうに?」 辛辣な雰囲気漂う彼女の突っ込みにムッときたのか、霊夢は苦虫を踏んでしまったかのように表情を浮かべる。 そんな表情のまま紅茶を一口飲むと、薄い笑みを顔に浮かべてこんな事を言ってきた。 「だったら何も知らせずに服屋に連れていって、イキナリ別の服を着させるのがハルケギニア大陸の常識ってワケね」 「…何よその言い方は?」 薄い嫌悪感漂う笑顔を浮かべる霊夢の口から出たその言葉に、ルイズは目を思わず細める。 両者ともに嫌な気配が体から出ており、下手すれば静かな雰囲気漂うこの店で弾幕ごっこでも起きかねない状態だ。 しかしそんな気配が見えていないというか場の空気を読めていない黒白の魔法使いが、霊夢の方へ顔を向けて口を開く。 「まぁ別に良いじゃないか。これを機にお前も袖が別途になってない服を着ればいいんだよ」 魔理沙がそう言った直後。睨み合っていた二人の目が丸くなると、その顔を彼女の方へ向けた。 二人同時にして同じ事を行ったために魔理沙は軽く驚いた様子で「え?何…私何か悪い事でも言ったか?」と呟き狼狽えてしまう。 それに対し霊夢は軽いため息を口から吐くと、出来の悪い生徒に諭すかのような感じで魔理沙に話しかける。 「全く服に興味が無いわけでもないし、貰えるのなら貰うわよ。タダ程嬉しい物はないしね」 彼女はそう言って一息ついた後、「でもまぁ…その理由がねぇ…」と話を続けていく。 「元の服じゃ自分が変だと思われるから別のを買ってやる…って理由で服を貰ってさぁ。喜ぶワケないじゃないの」 隠す気が全くない嫌悪感をその目に滲ませた霊夢は、ルイズの顔を睨みつけた。 以前王宮へ参内した際に同じような目つきで睨まれた事があったルイズは思わず怯みそうになるが、それを何とか堪える。 霊夢を召喚してかれこれ二ヶ月近く一緒にいる彼女は、ゆっくりとではあるが彼女の性格に慣れ始めていた。 一方ルイズの隣にいる魔理沙は滅多に見ないであろう知り合いの表情に軽く驚きつつも、それを諌める事は無い。 霊夢と出会い知り合ってから数年ほどにもなる彼女は、別に怒ってるワケではないとすぐに感じていた。 何せ喜怒哀楽がすぐに態度で出るような彼女だが、本気で怒るような事は滅多にないのだ。 一見怒っているように見える今の状況も、魔理沙の目からして見れば今の霊夢は゛怒っている゛というより゛呆れている゛のだ。 相変わらず素直ではなく、下手な言い回ししかできないルイズに対して。 (まぁ本気で怒ってるなら怒ってるで、もっとヒドイ事言うからなコイツは) 魔理沙は心の中でそんな事を思いながら、尚もルイズの顔を睨みつけている霊夢の方へと顔を向けた。 相変わらず嫌悪感漂う目つきではあるものの、ただ睨みつけているだけで何も言おうとはしない。 やがてそれからちょうど一分くらい経とうとしたとき、黙っていた三人の中で先に口を開いたのは霊夢であった。 「…でもさぁ。その後に教えてくれた゛二つの理由゛の二つ目を聞いたら、怒るに怒れないじゃない?」 彼女はそんな事を言って軽いため息をついてから、もう一度その口を開く。 「アンタが二つ目の理由だけ話してくれたら、私だって発散できないこの嫌悪感を抱かなかったんだけどねぇ」 霊夢は未だ素直になれないルイズへ向けてそんな言葉を送りつつ、゛二つの理由゛の二つ目を思い出し始めた。 ルイズが霊夢に新しい服をプレゼントした二つ目の理由。それは俗にいう『お礼』と呼ばれるモノである。 まだ付き合って二ヶ月ちょっとではあるが、ルイズは春の使い魔召喚の儀式で呼び出した彼女には色々と助けられた。 盗賊フーケのゴーレムに踏まれそうになった時や、アルビオンで裏切り者のワルドに殺されそうになった時。 自分の力ではどうしようもなくなった瞬間、彼女はルイズの傍にやってきてその身を守ってきた。 それが偶然に偶然を重ねた結果であっても、彼女は自分を助けてくれた霊夢にある程度感謝の気持ちがあったのである。 いつも何処か素っ気なく部屋で一人のんびりと過ごしているそんな彼女に、ルイズはこれまでのお礼がしたかったのだ。 (ホント、素直じゃないんだから…) 二つ目の理由を思い出し終えた霊夢はもう一度ため息をつくと、困ったような表情を浮かべた。 先程彼女が呟いた言葉の通り、一つ目の理由だけで服を貰っても嬉しくは無くただただ嫌なだけだ。 単に他人の見栄だけで貰った服を着てしまえば自分は着せ替え人形と同じだと、彼女は思っていた。 しかし二つ目の理由を聞いてしまった以上、ルイズから貰ったあの服を無下にする事はできなくなってしまう。 彼女、博麗霊夢は幻想郷を守る博麗の巫女であり何事にも縛られない存在ではあるが、元を辿れば人間の少女である。 誰かにお礼を言われれば嬉しくもなるし、服にも全く興味が無いというわけでもない。 正直ルイズから服を貰えた事に喜んではいたが、それと同時に素直でない彼女に呆れてもいた。 その呆れているワケは今朝、朝食の後に街へ行こうと誘ってきた時の口論にあった。 今思えばいつもと違って妙に食い下がっていたし、自分を街に連れて行こうとした際の言い訳もおかしかった。 きっとこの事をサプライズプレゼントか何かにしたかったのだろう。そう思ったところで霊夢はまたもため息をつく。 (最初から下手な言い訳なんかしなくたっていいのに) 彼女は心の中で呟きつつ、こちらの様子を伺うかのようにジッと見つめているルイズの方へ顔を向けた。 先程の言葉の所為か均整のとれた顔は心なしか強張っており、鳶色の瞳にも緊張の色が伺える。 恐らく何も言わない自分が怒っているのだと思っているのだろうか。 (別に怒ってなんかないわよ。失礼なやつね…) 霊夢はまたも心の中でそんなことをぼやきつつ、ようやくその口を開けて自分の意思を伝えようとする。 別に言い訳なんかしなくても良い。今までのお礼として服を貰える事は自分にとっても嬉しい事だから、と。 「大体。下手な言い訳なんかしなくたって最初から…―――…って…――――あれ?」 その直後であった。゛異常゛が起きたのは――――――――― 喋り始めてからすぐに彼女は気が付いた。そう、突如自分の身に起きた゛異常゛に。 彼女は喋るのを途中で止めて、目の前にいた二人がどうしたと聞いてくる前に席を立つ。 最初は気のせいかと思ったがすぐにその考えが自分の甘えだと気づき、頭を動かして周りの様子を見回す。 今自分たちがいる店内で食事を取っている客たちの声。魔法人形たちの奏でる音楽。 カウンター越しに平民の店主と仲良く話し合っている貴族の男と、窓越しに見える通りを行き交う大勢の人々。 そして、不思議そうな表情を浮かべて霊夢に何かを話しかけているルイズと魔理沙の姿。 「…………?…………………」 「………!…………?」 二人とも口を動かしているもののその声は一切聞こえてこず、まるでカラーの無声映画を見ている様な気分に霊夢は陥りそうになる。 それを何とか堪えつつ、腰を上げたその場で見える光景を一通り見る事の出来た彼女は瞬時に理解した。 つい゛先程まで゛自分の耳に入ってきた音という音が、今や゛聞こえなくなってしまった゛という事に。 まるでこのハルケギニアから音だけを綺麗に抜き取ったかのように、何も聞こえなくなってしまったのである。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ最『恐』の使い魔 あらすじ なんかこう、色々あってアンリエッタがトリステイン王国の女王に即位した。そしてル イズは、その女王に謁見するために、王都トリスタニアへ使い魔の北野誠一郎と共に 赴くことになったのであるが…。 登場人物 ルイズ:貧乳、ツンデレの設定だが、なんか世話好きお姉さんっぽくなった。 北野誠一郎:ルイズの使い魔(サーヴァント)。天使のような心の優しさと悪魔のような 顔を持つ男。それゆえに、数々の誤解を受ける。 キュルケ:いつの間にかルイズの相談相手に。 エレオノール:ルイズの姉。性格は…。 プロローグ ある晴れた日、トリステイン魔法学院の中庭。外に用意されたテーブルと椅子があり、 その椅子に座っていたルイズは悩んでいた。 「どうしたのルイズ。あんた、トリスタニアに行くんでしょう?ちゃんと準備しなくていいの?」 彼女に声をかけてきたのは同じ学年のキュルケである。 「あ、荷物の準備とかはできたんだけど…、彼が」 「ああ、北野くんのことね。それがどうしたの?」 「誠一郎をあのまま都に連れて行ったら、間違いなく大騒ぎになるわ」 「そうねえ…」 北野誠一郎。天使のように澄んだ心の持主である一方、その外見は悪魔の化身と思える ほど怖かった。未だに彼のことを悪魔だと誤解している者は多い(ルイズの父親も含む)。 「あれ?どうしたのルイズちゃん」 噂をすれば影。件の北野誠一郎が現れた。 キュルケはじっと誠一郎の顔を見つめた後、急に立ち上がった。 「どうしたの?」とルイズ。 「ちょっと待ってて」そう言うとキュルケはどこかに走って行った。 しばらくすると、彼女は変な布のようなものを持ってくる。 「何それ」ルイズは聞く。 「ローブよローブ。修道士とかが着てるでしょう?あれでこうやって顔まで隠せば、目立たなく て済むわ」 「なるほど!キュルケ頭いい」 「じゃあ早速来てみて、北野くん」 「え、はあ…」 誠一郎は、言われるままローブを身にまとい、フードをかぶった。 「…!」 こげ茶色のローブを着た北野誠一郎の姿は、まるで地獄からの使者のようでもあった。 筆者注:SIREN(サイレン)2の「闇人」を想像していただきたい。 ※イメージ画像(グロ注意) ttp //www.famitsu.com/game/coming/__icsFiles/artimage/2005/09/14/pc_fc_n_gs/104_43329_20050916siren2.jpg 最「恐」の使い魔2 ~戦慄のトリスタニア~ トリステイン王国王都、トリスタニア。ルイズと誠一郎は、ある建物の前に立っていた。 「ルイズちゃん、ここはどこ?」 「こ…、ここは王立魔法研究所よ誠一郎」 「どうしたの?」 「ここに私の一番上の姉、エレオノール姉さまが働いているわ」 「へえ、ルイズちゃんのお姉さんってここにいるんだ」 「今日は、カトレア姉さまから手紙を預かっているから、それを届けに来たの」 「へえ、そうなんだ。でもなんでルイズちゃん元気ないの?お姉さんに会えるのに」 「それは…」 「きゃあああああああああ!!!!」 「きえええええええええええ!!!!」 研究所の建物中にエレオノールの甲高い声(と誠一郎の怪鳥のような声)が鳴り響いた。 「落ち着いてエレオノール姉さま!」 「安心なさいルイズ!こんな悪魔、私の魔法で木端微塵よ」 「やめてお姉さま!」 「大丈夫よルイズ!お姉ちゃんは半魚人と戦って勝ったこともあるんだから!」 「いや、だから違うから」 「離しなさいルイズ!危ないわよ」 ルイズは、姉エレオノールの体に抱きついて離さない。もしここで離したら、間違いなく 誠一郎に対して攻撃魔法を放つからだ。 「彼は私の使い魔なの!」 「なんですって!?アンタ悪魔を召喚してしまったの!?」 「違うから、彼はこんな見た目だけど、ちゃんとした人間なの」 「ウソおっしゃい!人間の使い魔なんて聞いたことないわ」 「確かにそうなんだけど落ち着いてお姉さま!」 周りの研究員や職員に取り押さえられたエレオノールは、ようやく落ち着きを取り戻した。 「なんでアタシが取り押さえられなきゃならないのよ!捕まるのはそっちでしょう」エレオノー ルが誠一郎を指さす。ちなみに彼女の杖は没シュート。 とりあえず、研究所の応接室でエレオノールと向かい合う形でルイズと誠一郎は座った。 「まったく、ちびルイズは昔からとんでもないことばかりやらかして」 「お父様とけんかして庭に大穴をあけたお姉さまに言われたくありません」 「まあ、姉に向かってなんて口のきき方をするの」 「まあまあ、二人とも」 「あなたは黙ってて」 「はい…」 エレオノールの一喝に誠一郎も黙りこむ。 「何度もいいますけど、誠一郎は普通の人間なんです」 「だからなんで普通の人間が使い魔になるわけ?」 「そういう例はないかもしれませんが、使い魔召喚(サモン・ザ・サーヴァント)で召喚してし まったのだから仕方ないでしょう?召喚にやり直しがきかないことくらいお姉さまだってわかっ ているはずよ」 「随分とえらくなったようね、ルイズ。まともに魔法を成功させたこともないくせに」 「こ、これから練習していきます!」 「どうかしら…」 「まあまあ二人とも」 「あなた(誠一郎)は黙ってて!!」 今度は二人一斉に言われて、再び誠一郎は黙り込んだ。 「おやおや、また喧嘩ですの?」 不意にルイズにとって聞き覚えのある声が。 「お母様?」 「元気そうで何よりね、ルイズ。それにエレン(エレオノールのこと。家族や親しい友人 などはそう呼ぶ)」 「は…、はい」 先ほどまでの強気な態度が一転して緊張した面持ちとなったエレオノールの表情を見て、 ルイズは少し可笑しくなった。普段なら実の父親相手でも堂々と喧嘩をふっかけるエレ オノールも、母親にだけは勝てなかった。 それもそのはず、母カリーヌ・デジレは落ち着いた外見とは裏腹に風系統のスクウェア メイジであり、かつて「烈風のカリン」と呼ばれ恐れられていた。武闘派が多いラ・ヴァリ エール家の中でもおそらく最強と思われる。 「エレン、あなたが今回で二十九回目の婚約に失敗したと聞いた時は心配しましたの」 「二十八回目ですわお母様」 そんなのどうでもいいじゃない、どうせ二十九回目も三十回目も同じ結果よ、とルイズは 思ったが間違っても声には出せない。 「この人がルイズちゃんのお母さん?」 「あらやだ、あなたがルイズの使い魔ね」 ルイズ母が珍しそうに誠一郎の顔を覗き込んだ。 「まあ、噂に違わぬ悪魔ね」 「お母様、彼はこんな顔をしておりますが悪魔では」 「冗談ですよルイズ。あなたは私の娘ですもの」 「お母様」 「並みの悪魔なんか召喚しないわよね。彼は大悪魔になる素質を持っているわ」 「全然わかってない…」 いや、むしろすべてわかった上でそんな事を言っているのかもしれない。母は父と違い色々 と裏がある人だ。エレオノールの性格が父親似でカトレアが母親似と言えば分ってもらえるだ ろうか(筆者注:原作のカトレアやヴァリエール公爵ではない)。 「ところでお母様、お父様とカトレアはどうされました?」動揺から幾分立ち直ったエレオノール が母に聞いた。 「ああ、主人は確か、年甲斐もなく庭で魔法を乱発したり剣を振り回したり崖から落ちそうになっ たりしたせいで、持病の腰痛が悪化したために都に来ることができませんでしたの」 「…ルイズちゃん」 「大丈夫、誠一郎のせいじゃないわ」 ちょっと涙目になる誠一郎をルイズは慰めた。うん、確かに彼のせいではない。 「カトレアはどうなの」とエネオノール。 「あの子も持病の仮病が悪化してこられないようよ」 「仮病が、持病?」 「気にしないで誠一郎、いつものことよ」 頭の上に?マークを浮かべている誠一郎に、ルイズはそう声をかけた。 「それにしてもルイズ、しばらく見ないうちに大人っぽくなったわね」 「そんな、お母様」 「胸の方は全然だけど」 「大きなお世話ですわお母様」 「でも胸が大きい方が殿方は好きなんじゃなくて?」 「べ、別にそんなことはありません」 しかしその時、 「ルイズちゃんは今のままでも十分可愛いと思うよ」 「え…!」 唐突な誠一郎の言葉にルイズは赤面する。 「な、何よ誠一郎。こんなところで」 「ご、ごめん」 「別にいいのよ。ちょっと、嬉しかったし…」 「そう…、それはよかった」 「はいはい、昼間からラブコメは禁止ですのよ」 二人の雰囲気をぶち壊すようにカリーヌは手を叩いた。 「エレンは変わらないわね」 「悪かったですわね、お母様」 「あら、また身長伸びましたの?」 「伸びてませんから、もう」 ちなみにエレオノールの身長は北野誠一郎よりも高い。 「エレンはね、ちょうど十二、三歳の頃私に聞いてきたのよ。どうやったら私みたいに胸 が大きくなれるかって」 「ちょっと、お母様!」突然出てきた恥ずかしい過去話にエレオノールは身を乗り出した。 「だから私言ったの。牛乳を飲めばいいんじゃないかって。この子、根は素直だから私 の言うことに従って牛乳をたくさん飲んだのね。そしたら身長だけが伸びちゃって」 「お母様!」 顔を真赤にして起こるエレオノールを見て、母のカリーヌはケタケタと子供のように笑っ た。 「そういえばルイズちゃんのお母さんって、お若いですね」不意に誠一郎はそんなことを 言った。 「え…?」 一瞬の沈黙。 「あらやだ!この使い魔くんったら、そんな本当のこと言って!やーだあ!」 「痛い痛い」 カリーヌは、先ほどよりも更に声を高めて、嬉しそうに誠一郎の肩を平手でバンバン叩く。 「いいこと、ルイズ。女はいつまでも女としての努力を怠らないことよ。そのためには気持 ちが大事なの」調子に乗ったカリーヌは、さらに語り始める。 「は、はい…」 「だからといって『永遠の十七歳』とか言うのは、ただの現実逃避よエレン」 「なんで私に言うんですかそれを!」 「エレンももう、三十二歳ですし…」 「二十七歳です!」 そんなこんなで、何をしに来たのかよくわからない母カリーヌは、どこかへ行ってしまい、 応接間には再びエレオノールとルイズ、そして誠一郎の三人が残った。 「使い魔のあなた。ちょっとお母様に気に入られたくらいで調子に乗らないで。わたくしは あなたをまだ認めたわけではありませんからね」 「そんな、お姉さま」ルイズは反論するも、エレオノールは頑な態度を崩さなかった。 「我がヴァリエール家にふさわしい使い魔というものがあるはずです。このような悪魔みた いな使い魔が召喚されたとあっては、一族の名誉にかかわります」 「見た目だけでなく、ちゃんと中身も見てあげてください」 「見るまでもないわ」 「お姉さま!」 「なによ」 「そうやって外見ばかり気にしているから、今までも殿方に嫌われてきたのではないですか」 「ルイズ、あなた…!」 ルイズの言葉にカッとなったエレオノールは、右手を振り上げた。 平手の乾いた音が部屋に鳴り響く。しかし、ルイズの頬には痛みはなかった。 「あ…」 「誠一郎!」 誠一郎がルイズの前に立って、彼女の代わりにエレオノールに平手打ちをされたのだ。 誠一郎は、キッとエレオノールを睨むと、懐から何かを取り出した。 「待って誠一郎」ルイズはとっさに誠一郎の服をつかんだ。 「ひっ!」思わず目を閉じるエネオノール。 しかし誠一郎の出した物は、ひとつのハンカチであった。 「な、なに…?」 「涙、拭いてください」 「え…」 ルイズがよく見ると、エレオノールの目に大粒の涙がこぼれているのがはっきりと見えた。 あの気丈な姉が泣いている。それはルイズにとってはじめての光景でもあった。 エレオノールのは誠一郎からハンカチを受け取り、それで涙をぬぐった。 「あなた、名前は」涙をふき終わると、彼女は誠一郎をまっすぐ見つめてそう聞いてきた。 「北野、誠一郎です…」 「そう、わかったわ。誠一郎、このハンカチーフは洗って返しますから」 「いや、いいですよそんなの」 「いいえ、そうはいきません。あなた達はこれから用があるのでしょう?それが終わったら、 また私のところへ来なさい。その時にお返しします。そして…」 「へ…?」 「その時は食事くらいは…、御馳走しますわ…」 「お姉さま?」ルイズは、不思議そうな顔をしてエレオノールの表情を覗き込む。 「か、勘違いしないでくれます?わたくしはただ、叩いてしまったお詫びをしたいだけですの。 まだ認めたわけではありませんからね!」 「わかりました」 そんなエレオノールを見て、誠一郎は笑顔で答えた。 エピローグ その日の午後、都ではアンリエッタの女王即位を記念したパレードが行われていた。 「見て、誠一郎。もうすぐ女王陛下がまいられるわ」 「楽しみだね、ルイズちゃん」 たくさんの人混みの中でパレードの様子を見つめる二人。しかし誠一郎は、迷子になった子供 を発見したようだ。 「あ、ダメよ誠一郎!」ルイズがそう言って止めようとしたが、親切な彼の動きは止められなかった。 「うえええええん」 「大丈夫かい?どうしたの」 「パパとママが…」 誠一郎の顔を間近で見た子供は一瞬息をのんだ。 「どうしたの?」 「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 子供の叫び声に、近くで警備にあたっていた兵士たちが集まってきた。 「怪しいやつだ!怪しいやつがいるぞ!」 「え?え?」 「こっちへ来い!悪魔か」 「いや、魔物じゃないか!」 「ちょっと待ってください!彼は違います!普通の人間なんですううう!!」 誠一郎が捕まり、誤解が解けるまでには夜までかかってしまい、その日のうちに女王に謁見する ことはできなかったようである。 おまけ 深夜、エレオノールは自宅の鏡の前にいた。 「…」 無言で鏡を見つめる彼女。そして次の瞬間、表情を変えて言い放った。 「私エレオノール、十七歳です(はぁと)」 …沈黙。 「ふっ、私もまだまだいけるわね」そう言うと、部屋の中には怪しい笑い声が静かに響く のであった。 おしまい 前ページ次ページ最『恐』の使い魔