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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (55)英雄的な行為 シルフィードの翼が風を切り裂き、風竜は俊敏な動きで空へと駆け上がっていく。 目標はウェザーライトⅡから放り出された二人。モンモランシーとギーシュ。 「タバサ!?」 吸引力によって気流が乱れ、周囲は嵐のように風が猛威をふるっている。 そんな中を縫って現れた救いの主に、モンモランシーが驚きの声を上げた。 他方、助けに来たタバサはこのような状況にあっても普段と変わらぬ無表情で、おおよそ何を考えているか分からない顔だ。 そんな彼女が、口を開いた。 「……手」 「!」 ごうごうと騒ぐ風音が邪魔で、モンモランシーには彼女が何を言ったのかをよく聞き取ることができなかった。 だが、すっと差し出された手の意味だけははっきり理解できた。 慌ててギーシュの方を確認すると、彼はすでにタバサの使い魔であるドラゴンに、マントの端を咥えられていた。 残るが自分だけ。そう悟るとモンモランシーはその手を捕らえるべく、精一杯腕を伸ばしたのだった。 主人がモンモランシーを捕まえたことを確認すると、シルフィードは一転、上昇から急降下へと移った。 「全くもうっ、なんて飛びにくい空なのねっ!」 ギーシュを口から手に持ち替えたシルフィードが文句を言う。 何せ昇る分には追い風だが、降る今度は向かい風なのだ。こんな空を飛ぶ経験などそうそう無い。 「我慢して」 そう言うタバサも、先ほどから進行方向にある障害物を呪文で排除して進路を確保する作業で余裕が無い。 風の竜と風のメイジだからではない。最高に息のあった二人だからこそ、この空を自由に飛べるのだ。 「タ、タタタタ、タバサ! あなたの使い魔、喋ってる!?」 「黙ってて。舌を噛む」 モンモランシーの声を一言で制してタバサは早口にルーンを唱えた。 低位の風呪文を発動させて、粉砕されたフネの破片の軌道をずらす。 落ち着いているように見える彼女だったが、その額からは一筋汗が流れていた。 シルフィードは吹き上がる気流を見切り飛ぶ。その姿は正に〝風の精〟の呼び名に相応しい美しさを備えていた。 だが、この空は彼女の独壇場に非ず。 シルフィードが一つ羽を大きく羽ばたかせ、急激にその軌道を変化させた。 その直後、先ほどまでシルフィードが飛んでいた軌道を、強烈な稲妻が貫いていった。 「お姉さま! 何か後ろにくっついてきた!」 「振り切って」 急降下からまた一転。今度は水平に体勢を立て直し、シルフィードは乱れに乱れた風の中をジグザグに飛翔する。 しかしその背後にぴったりとくっついて、嬲るようにして稲妻が数度走る。 前方に障害となるものがないのを見取ってから、タバサは敵の姿を確認するべく、背後を振り返った。 すると、シルフィードの背後およそ五十メイルの位置で、こちらにぴったりと張り付いてきている赤い竜の姿が確認できた。 この出鱈目な空は、シルフィードの独壇場に非ず。 嵐の次元〝ラース〟の空を我がものとしていたその稲妻のドラゴンから見れば、この程度の空は上機嫌な天気と同じなのである。 「無理! 二人もお荷物抱えたままじゃ絶対追いつかれちゃうのね!」 「………」 タバサは無言。 稲妻のドラゴンから、再び雷撃が放たれる。その殆どをシルフィードは回避したが、二度ほど危うい位置を貫いていった。 『ウィンディ・アイシクル』 機会を伺っていたタバサが、背後に向かって氷雪の呪文を放った。 ルーンによって作り出された無数の氷錐が、弾幕と化しながら敵へと向かう。 だが、ドラゴンはそれすらも恐ろしいほどの精密な動きで、間隙を縫うようにして難なく回避してしまった。 「~~! 本当なら早さならシルフィの方が絶対に上なのに、きゅいきゅい!」 シルフィードが泣き言を言っている間にも、徐々に稲妻のドラゴンとの距離は縮まっている。 先ほどから数度雷撃がシルフィードの尻尾にかすり、その度に彼女は『ひゃん!』という、オスマンに尻を撫でられた女子生徒のような声を出しているのだが、 それはドラゴンの稲妻がいつでもこちらを撃墜可能であるということの証明のようにタバサには思えた。 ドラゴンの知性がどれほどのものかタバサにも分からなかったが、こちらを嬲って反応を楽しんでいるように感じられるのだ。 タバサは考える。 状況は確実に悪化してきている。今すぐにでも何か手を講じなければ、最悪の未来が変えられなくなってしまう。 時間はあまり無い。 だというのに、上手い方策が思い浮かばない。落ち着いた顔色とは裏腹に、彼女の心はどんどんと焦った。 そんなときだった。 「やあドラゴンくん! 今、本当なら自分の方が早いって言ったよね! それは、強がりかな!? それとも事実かな!? 余計な重りが無くなれば逃げ切れるっていう意味だと思って差し支えないのかな!?」 叫ばれた声。 タバサ達が騎乗するシルフィードに掴まれていたギーシュの声であった。 「違う」 タバサは咄嗟に否定する。 「違わなく無いのね! そうよ! お荷物さえいなきゃシルフィの方が絶対に早いのね」 「黙る」 と、シルフィードがこれ以上余計なことを言わないように、タバサが杖で頭での頭を小突いた。 ギーシュが何を考えているのか、タバサには手に取るように分かったからだ。 けれど、そのやりとりがますますギーシュの決意を固くした。 「いいや、黙るのは君だタバサ! ドラゴンくん、それはつまり、重りの片一方、つまり僕を放せば、タバサとモンモランシーの二人は助かるってことでいいんだね!?」 「ギーシュっ!?」 それまで口を出すことを控えていたモンモランシーが驚きに声を上げた。 シルフィードはそれに被せるようにしてその答えを発した。 「できる!」 「ようし分かったドラゴンくん! では僕を放してくれたまえ。それで君は彼女たちを乗せて、どこか安全なところに逃げるんだ!」 「………」 タバサには最初にギーシュが声をかけてきたときから、彼の言わんとしていることが分かっていた。だから嘘を言ったのだ。 シルフィードの言っていることは確かだ。この場を切り抜けるためには、誰かが犠牲にならなければならない。 だが、それを良しとしないからこそ、彼女は嘘をついたのだ。 「やめてギーシュ! そんなことしたらあなたが死んでしまうわ!」 「いいや大丈夫だモンモランシー! 見てごらん周りを! この辺のものはみんな下へ向かって落ちて行っている! ここは あの吸い込む力の範囲外っていうことだ! 『フライ』さえ唱えられれば、どうってことはないっ!」 「でも! 下は戦場なのよ!?」 「はは、望むところだ! 君を傍で守れなくなるのは残念だが、それに見合うだけの活躍を引っ下げて君の元に帰るよ! そう、不死鳥のごとくね! さあドラゴンくん! 議論している時間はもう無いんだろう! 早く僕を捨てるんだ!」 そのやり取りを耳にして、雷撃を必死に避けながらシルフィードはタバサを伺った。 タバサは無表情な顔で少しの間目を閉じて考え、それからこくんと小さく頷いた。 「分かったのね!」 「待って!」 モンモランシーが制止の声を上げた。 「止めてないでおくれモンモランシー。僕はきっと君の元に帰ってくるから……」 「分かってるわよ……。ただ、ギーシュ! 私が渡したお守りのこと、忘れないで! あれはきっとあなたの役に立つから!」 その言葉にギーシュは、無言のまま右手を横に伸ばし、親指を上に突き上げる仕草で応えた。 無論、シルフィードの手に吊られた状態の彼の仕草を、鞍に跨っているモンモランシーは見ることは出来ないので、要は格好つけである。 「それじゃいくのね!」 「ああっ、景気よくいってくれたまえ!」 返事を聞いたシルフィードの、それっ! のかけ声で手を放されるギーシュ。 自由になった彼の体から、一瞬重さが消える、ふっと浮き上がる感覚。 「う……」 そしてギーシュは真っ逆さまに。 「うわあああああああああああああああああ!!!!」 覚悟を決めていようと、怖いものは怖い。 落ちるギーシュからこの日何度目の叫びが上がった。 あるいはそれが、一人の男の英雄物語の産声だったのかも知れない。 「しっかり捕まってて」 ギーシュが落ちていったのを確認したタバサの口から、そんな言葉を呟かれた。 モンモランシーはその言葉が誰に向けられたものなのか、理解するのに一瞬の時間を要した。 そしてすぐに気づく、自分以外いないではないか。 彼女が慌ててタバサにしがみついたのと、シルフィードが急反転したのはほぼ同時だった。 稲妻のドラゴンは、獲物がヒトを落としたのに気がついて、単純な思考でまずはそちらを餌食にしようと考えた。 翼を調整し、降下の姿勢を取ろうとする。 だが、それを見越したように、目標にしていた仔竜が翼をうって上昇軌道に入った。 それを見たドラゴンは、そう高くはない知能ながらこう思った 〝小癪な〟 自分が今落ちていったヒトを食おうと追いかければ、一端上昇してそれから輪を描くように急降下してくるであろう仔竜に、背後を取られることになる。 理論的な思考では無いながらも、『狩るもの』『狩られるもの』だけで構築された世界で生きてきたドラゴンは、本能的にそう察知して降下を取りやめ、自らもまた、上昇するべく力強く羽ばたいたのだった。 「……案外頭が良い」 「ちょっとタバサ! あのドラゴン、ままま、まだこっちを追って来てるわよっ!?」 「問題無い」 本調子とは言わないが、ギーシュという重しが無くなったことで、シルフィードの動きは格段にキレを取り戻していた。 逃げるにしても戦うにしても、これでやっと舞台に上がれたということである。 反撃開始。 そう思ってタバサがシルフィードに更なる反転軌道を指示して、正面からその脳天めがけて必殺の氷錐をたたき込もうとした矢先だった。 ヒュゴッという音と共に、突如として横から割り込んできた赤と青の光に貫かれ、稲妻のドラゴンが撃墜されたのである。 そして、呆気にとられているタバサ達に投げかけられたのは、タバサには聞き覚えのある声だった。 「ようやっと見つけたぞ。かの娘にえにし深きニンゲンよ」 輝く軌跡を残し――信じられないが、突如としてその場に現れたのだ――その場に現れたのは、全身を赤にも青にも見える鱗で覆った、一匹のドラゴンだった。 「……ふむ、見知らぬ顔もある。ならば再び自己紹介をしよう」 人語を発するドラゴンは、尊大に言った。 「(Z-- )90°-- (E--N2W)90°t = 1」 そう、その姿を、その声を忘れるはずがない。 タバサ達の前に姿を現したのは、サン・マロンの実験農場から脱出しようとしたシルフィード達を追いかけてきたあの竜だった。 「ワルドからおまえを見つけた場合、必ず始末し、その亡骸を彼女に見せつけろという指示を受けている。まあ、極力綺麗な形で死んで貰わねばならないのが至極面倒ではあるが……。過程は兎も角、結果に関しては我も知的好奇心をそそられる。 そういう訳であるからして、我が知識欲の為に、お前達にはここで死んで貰わねばならない」 「………」 無意識にタバサの奥歯が噛み締められる。 逃げることはできない。 サン・マロンでこの竜に追いかけられたとき、シルフィードは万全の体勢だった。だというのにこの竜はなんら苦にする様子を見せずに、自分達に追いついて見せた。 モンモランシーを乗せた今、逃げを打って、逃げ切れる可能性は万に一つもない。 ならば戦う他、道はないのである。 それに、タバサにしてもこの竜には用があったのだ。 「ふむ、まだ名前を聞いていなかった。これから我に殺されるニンゲンよ。その名を述べよ」 竜が言葉を放ったその顎の隙間からは、ちろちろと火の粉が舞っている。 無論、そのような問いかけに答える必要は無い。 しかし、それでもタバサは口を開いた。 「〝ガリア北花壇騎士団長〟シャルロット・エレーヌ・オルレアン……または、タバサ」 あえて口にすることで、戦いに対して気持ちを固める、そんな意志が込められた言葉であった。 敵の目的が自分達の死をルイズに見せつけることならば、最悪彼女の助けを借りることは逆効果になりかねない。 自分とシルフィードだけで、目の前の強大な敵に立ち向かう、そんな覚悟を決めた言葉だった。 そして、 「〝ただの学生〟モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。お手柔らかに、お願いしますわ。ドラゴンさん」 予想していなかった声が聞こえたのは、タバサの後ろからだった。 その声に心中だけで驚いたタバサが、微かに首を右に動かした。 敵を前にして振り返るほどの余裕は見せられない。 微妙な仕草で疑問のニュアンスを受け取ったのか、モンモランシーは応えて言った。 「どうせ空の上では一心同体。あなたとこの子に命を預けているんだもの、だったら一緒に戦ってもいいでしょう?」 その言葉は、まあ、事実である。 振り返れないタバサにはモンモランシーの表情までは読み取れない。 けれど、言葉に込められた真剣味だけは汲み取れた。モンモランシーは生半可な気持ちで言っているわけではない。 「それに……ここでガタガタ震えていたら、私がここにいる理由、それも嘘になってしまいそうだもの」 そこまで聞くと、タバサは再びドラゴンに向き直った。 そうして再び模索する。 二人と一匹、それだけの戦力で、この難敵に立ち向かう方策を。 アルビオン内部。 隊員の数を一人減らしたキュルケ達決死隊は、中枢へと向けてひた走っていた。 呼吸を大きく乱すほどではないが、それでも焦った様子で一同は駆ける。 先ほどから、大陸全体を揺るがしているような低音を伴った振動が、中枢に近づいているはずのキュルケ達にまで伝わってきているのだ。 外で何が起きているかを確かめる術はないが、事態が自分達に有利なように好転しているという保証はない。 ならば一刻も早く使命を果たすことこそ、今彼らがとるべき行動であった。 「! ついた!」 マチルダの鋭い言葉に、全員の足が止まる。 ごつごつとした岩肌が露出した通路を抜けて、彼らはぽっかりと広がる開けた場所に出ていた。 微かに赤く発光している岩肌によって、周囲を見渡す程度の光源はとれている。 一同が到達したそこは、巨大な空洞。 広さはかなりあるようだ。 端の方まではよく見えないが、そこまでの距離は数リーグはあるのではなかろうか。 「あれが、アルビオンを浮かせている風石だよ」 そう言った彼女が指さしたのは、この大空洞の中央に鎮座している巨大な立方体。 薄く光を放つそれは、キュルケがそれまで見てきた風石とは比べられないほど大きかった。 高さにして一〇〇メイル以上はあるのではなかろうか。 「あれさえ破壊すれば、このアルビオンは――」 「――墜ちるだろうな」 マチルダの声を途中から続けたのは、低い男の声だった。 その声に、マチルダがぎくりと体を震わせる。 背後から聞こえた声に、全員が振り向いた。 そして、退路をふさいでいる存在に絶句した。 そこにいたのは、巨大な炎の固まりだった。 いや、より正確には、あるものの形をした炎。 大きさは雄牛ほど。四肢で地面を踏みしめ、尾があり胴があり頭がある。目と思われる場所はらんらんと白い炎が輝いている。 その姿は、まるで猫科の動物のようであった。 一方声の主は、怪物の背の上にいた。 「ただのネズミとタカをくくっていたが、随分と素早いネズミだったようだ」 炎の獣に跨ったその男も大きかった。 騎乗した姿では正確なところはわからないが、長身のカステルモールよりも更に身長がありそうだ。 それに何より、細身であるカステルモールよりもずっと体格が良い。 両手両足を問わず、引き締まった体に鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏っている。 そして何よりも目を引くのは、メイジであることを示すマントと、片目を覆う眼帯。 騎士の一部が、その姿を見て、うっと呻きを漏らした。 その者達は知っていたのだ。その風体が、かの〝伝説の傭兵〟の特徴と一致することを。 カステルモールも目の前に現れた男が生ける伝説メンヌヴィルだと気付いた一人だったが、それでも彼の対処は迅速であった。 敵は所詮一人、開けた場所で戦えば、所詮は多勢に無勢。 騎士道には反するが、今は任務最優先。始祖ブリミルとてお許しになるだろう。 「総員! 散――」 次の瞬間、カステルモールの叫びをかき消して、ごうと何かが彼の真横を駆け抜けていった。 「―――」 声ならぬ声が、カステルモールの口から漏れる。 もうそこに、メンヌヴィルの姿は無かった。 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 その代わり、彼の耳に飛び込んできたのは、耳を覆いたくなる悲鳴だった。 慌ててカステルモール達が振り返ると、そこには例の真っ赤に燃え上がる炎獣がいた。 猫に咥えられたネズミのような格好で体を持ち上げられている騎士は、苦痛に叫び声を上げて、やたらめったら杖を振り回している。 咥えられた腹部からは、黒い煙が上がっている。肉の焼ける臭いが周囲に漂った。 生きながら焼かれる苦しみ、それは想像を絶するものに違いない。 「くそっ!」 カステルモールが止める間も無く、そう叫んだ騎士達の数名が、仲間を助けるべく杖を手にして前に出た。 そこから先に起こったことは、虐殺としか表現できなかった。 一人目。 恐るべき俊敏さで突進してきた炎の固まりに巻き込まれて、一人がまず火だるまになった。 二人目、三人目。 火猫の大きく割けた口に噛み付かれ、最初に襲われた騎士と一緒に、炎にまかれながら食い殺された。 四人目。 杖にブレイドを纏わせ立ち向かったが、たちまち炎の爪に切り裂かれて絶命した。 五人目。 ブレイドを叩き付けるのに成功したものの、血の代わりに吹き出した炎をまともに浴びて、瞬時に炭化して果てた 六人目。 傷つけられて怒り狂った炎獣が吠え、カステルモール達に向かって火を吐き出し、逃げ遅れた一人が直撃を浴びた。 七人目。 背後から攻撃しようと飛びかかり、接近するところまでは成功した。 だが、振り返りつつ放たれた、遠心力が乗ったメイスの一撃が頭部に直撃、血と脳漿を周囲にまき散らした。 八人目。 賢明にも距離をとって、風の呪文で攻撃を仕掛けたが、メイスから放たれた炎がその風ごと騎士を巻き込み、結果、自分の魔法を利用される形で炎の竜巻に焼き殺された。 以上、全てがほんの十秒やほんのそこらで行われた虐殺である。 犠牲になったのは計八人。 ガリアが誇る精鋭の花壇騎士が八人。 カステルモール以外の全員が、殆ど何の抵抗をすることもできずに、一瞬で命を奪われたのである。 これを悪夢と言わずなんと呼ぼう。 幾多となく敵と戦い、ヒデゥンスペクターとの不利な戦いにも果敢に立ち向かったカステルモール。 その彼が恐怖した。 八人のうち六人を殺したのは、男が騎乗していたモンスターだ。だが、それを優々と乗りこなし、最適な舵取りをしたのはメンヌヴィルだ。 付け加えて言うなら、最後の二人の攻撃は掛け値無しに最適だった。 最高のタイミング、最上の攻撃選択、最強の一撃であったはずだ。もし仮に自分が同じ局面に立ったとしたら、同様の攻撃を行ったことは想像に難くない。 だが、それをあの男は、何でもないことのように一蹴して見せた。 まるで飛び込んでくることが分かっているかのように背後へ攻撃を行い、そこから攻撃してくるのが分かっているように風の呪文に合わせて炎を放った。 それは、炎の怪物の脅威などよりも、ずっと恐ろしいことのようにカステルモールには思えたのだ。 (本当に恐ろしいのは、炎の怪物よりも、極限の戦闘技術を、息を吸うように駆使したあの男だ) カステルモールは氷のような冷たい目をしたその男を、大義もない、名誉も無い、栄光もない、ただ純粋な死と炎に彩られた魔人を、心の底から恐怖した。 「どいて頂戴」 気圧されたカステルモールの体を、そんな言葉と共に横へ押しやる者がいた。 前に出たのは、残り三人となってしまった決死隊の、名目上のリーダーであるキュルケだった。 「ミス・ツェルプストー、ここは一度引いて対策を練ってから出直すべきだ……」 カステルモールはカラカラに乾いてしまった口で、かろうじてその言葉が捻り出した。 「そいつの言うとおりだよ……あれは正真正銘の化け物だ。地力が違いすぎる。正面から戦って、どうにかなるような相手じゃない」 マチルダもカステルモールの言葉に同意した。 だが、キュルケは二人の言葉に薄く笑って返した。 「ミスタ・カステルモール、ミス・マチルダ、どうもありがとう。……でもね、私はあいつに出会ってしまった以上、もう後に退くことはできないの」 静かだが凛としてよく通る声で、キュルケは言った。 そのやりとりに興味を覚えたのか、メンヌヴィルもキュルケの方を見た。 その場にいる誰もが、自分の一挙一頭足に注目した。 そのことがキュルケには心地よかった。 ――キュルケは深く大きく息を吸う。 種火を大きくするときに、風を起こして煽るよう、体の隅々にまで空気を運ぶ。 すると心の中に燻っていた熱が、かっと一気に呼びさまされた。 熱い熱い、身を焦がすような熱だ。 そしてその熱に逆らうことなく、彼女は吠えた。 「メェェェェェェェンヌヴィルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」 大空洞に反響する叫び。 キュルケは吠えた。 「父と母を殺した男! やっと見つけた! ついに見つけた! このときを、どれだけどれだけどれだけどれだけ待ち望んだか! 」 心の赴くままに、怒りと憎しみに身を焦がし、キュルケは吠え狂う。 「絶対に、許さないっ!」 タバサが赤青のドラゴンと対決する意志を固めた同時刻。 アルビオン内大空洞においても、一つの戦いの幕が上がった。 自分を捨てて他人のために命を投げ出すことができるものこそ英雄だ。 ――モット伯からギーシュへ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ ゴーレムの打ち下ろす一撃をシールドで受けたユーノは片膝をついた。 その一撃は見た目よりは遙かに強力だ。 魔力のために単に腕を振り下ろしたときよりも何倍も威力を増している。 一方、ユーノの魔力は傷を治すために使っていたので余裕がない。 シールドもいつまでも待たない。 ゴーレムが両腕を組んで振り下ろしてきた。 それも防ぐ。 衝撃が治りきっていない傷に響いた。 今度はゴーレムが腕を横に振る。 建物が巻き込まれて崩れる。 ユーノはその中に、落ちる瓦礫を見上げるシエスタを見た。 シエスタはルイズを追いかけていたが途中で見失ってしまった。 仕方なく探していたらヴェストリの広場まで来てしまった。 大きな音がしたので来たらゴーレムが暴れていた。 ゴーレムが建物を崩壊させシエスタはそれに巻き込まれる。 「おじいちゃん……」 いつもスカートのポケットに入れている祖父からもらったお守りを掴んだ。 周りで怖い音がする。 上から重いものが迫ってくる。 もう一度お守りを掴んだ。 その時、体がふわりと浮いた。 「大丈夫?怪我はない?」 見知らぬ小さな子どものメイジがシエスタを抱いて空を飛んでいた。 落ちそうになったシエスタは子どものメイジに抱きついた。 痛む頭を押さえながらギーシュは目を冷ました。 当たりには土煙が舞っている。 離れたところで音がしたので、そっちを見た。 「なんだ……あれは」 10メイルくらいのゴーレムが暴れていた。 青銅の色をしているが自分のゴーレムではない。 あんなに大きなゴーレムは作れない。 それに自分は動かしてない。 ゴーレムの足下を見てまた驚く。 「なんだ、あいつは」 とにかくすごい防御魔法の使い手だった。 あんなゴーレムの攻撃を弾くような防御魔法を使えるメイジはこの学園でも少ないだろう。 「リリカル……マジカル」 後ろで声がした。 呪文のようだが聞いたことのない呪文だ。 だが、魔力の高まりは感じるので呪文であることは間違いない。 「リリカル……マジカル」 ギーシュは好奇心で振り向いた。 が、それを後悔した。 光がギーシュを包んだからだ。 前より調子がいい。 1回唱えるごとに魔力がずっと多く貯まっていく。 だけど、それでも足りない。 「リリカル……マジカル」 10メイルある巨人を倒すにはまだ足りない。 それでも急がないといけない。 念話で聞こえるユーノの声が弱っていく。 「リリカル……マジカル」 来た。 魔力が十分に貯まった充足感。 今ならいける。 「Shooting Mode.Set up」 杖が別の形に変わっていく。 より強い魔力をより遠くへ飛ばすための形に。 翼の生えた杖はどこまでも魔力を飛ばす。 杖を握りなおし、狙うのはゴーレムの頭。 「行きなさい!行って、捕まえなさい!」 魔力の光が撃ち出される。 光はゴーレム頭部のジュエルシードを射抜く。 途中で何かあったような気もしたけど気にしない。 「Stand by Ready」 「リリカルマジカル ジュエルシードシリアル10 封印!!」 第2射。 さらに強い光はゴーレムの頭に直撃し粉砕し、ジュエルシードをあらわにした。 「Sealing」 剥き出しのジュエルシードが光の筋となってレイジングハートに吸い込まれる。 「Receipt Number X」 頭のなくなったゴーレムが金属のねじれる甲高い音を立てながら崩れていく。 「Mode Release」 「ありがとう。レイジングハート」 役目を終えたレイジングハートは熱い水蒸気を吹き出し形を戻す。 「Good Bye」 ルイズは赤い宝石に戻ったレイジングハートをポケットに入れた。 「ふうー」 できた。 ユーノの言ったとおりミッドチルダ式の魔法は使えた。 思っていたよりもずっとうまく。 (ユーノ、封印終わったわ。こっちに来て) 返事がない。 (ユーノ、返事しなさい。どこにいるの?) やっぱり返事がない。 興奮していた頭がすっと冷めていく。 ルイズはユーノを念話で呼びながらどこかに走っていった。 残されたギーシュはまだ気絶していた。 オールドオスマンが現場にたどり着いたのはゴーレムが崩れた後だった。 現場に生徒達を近寄らせないようにして、錬金でゴーレムの残骸を調べて分かったのは、これは魔法で作られた青銅ではあるということだけで特に不自然な点はない。 「そういえば、そこで気絶しとったグラモンのバカ息子は青銅の2つ名じゃったな……」 水のメイジが連れて行ったギーシュがゴーレムの主ではないかと考えるが首を振る。 ドットのメイジにはどうやっても無理な代物だ。 「それに、あれはなんじゃったんじゃろうな」 遠見の鏡で見たゴーレムの額には青いものがあった。 青銅に色をつけただけかも知れないが同じものは見つからない。 だが、あの青い石は気になった。 学院の生徒達は建物の陰に隠れてゴーレムを粉砕した桃色の光を放つ魔法を使った謎のメイジについて様々な憶測を建てていた。 学院の天才メイジである いや、先住魔法かも知れない いやいや、正義の味方に違いない!! だがキュルケはそんなことどーでもよかった。 キュルケが問題にしているのはゴーレムを粉砕した魔法を使ったメイジではなく、ゴーレムと戦っていた風変わりな防御魔法を使う一年生だった。 「あの後ろ姿……どこかで見覚えがあるのよね」 裾がほつれたマント。 学院ではあまり見ない半ズボンと半袖の上着。 指の部分を切り取った手袋。 茶色の髪。 あれは確か…… 「ルイズの男じゃない!!やっぱりいたのね」 ルイズがひた隠しにする男の子の正体。 それが誰か、ますます気になるキュルケだった。 ルイズはユーノを探して学園中を走り回る。 ゴーレムが暴れた近くにもいなかったので少し離れた場所も探してみる。 それでもユーノは見つからない。 (ユーノ、ユーノ。どこ、返事して) 「ユーノ、ユーノ。どこ、返事して」 念話と一緒に声が出る。 どこにもいない。見つからない。 「あの、ミス・ヴァリエール」 メイドがいた。 確か落ちたときに湿布を頼んだメイドだ。 「ミス・ヴァリエール。この人……」 メイドはフェレットを抱いていた。 間違いない。 「ユーノ!」 ルイズはユーノを奪うように取る。 ぐったりしていたが息をしていた。 「よかった」 ほっとしたら気づいた。 確か、このメイドは今「人」といわなかっただろうか。 フェレットのユーノを「人」といわなかっただろうか。 「あなた、なにか知ってるの?」 「あの、そのメイジの方……ユーノさんに助けていただいて……そのあと、ユーノさんがその姿に」 ルイズはとぎれとぎれに話すメイドの腕を掴む。 「あなた、名前は?」 「シ、シエスタといいます」 「シエスタ。ユーノのことは秘密にするのよ。いいわね?」 「え?……あのそれって」 ルイズは目に力を入れた。 「いいわね?」 「は、はい」 シエスタは背を仰け反らせて答えた。 「あ、それから。ミス・ヴァリエール。これ、頼まれていたものです」 ルイズはシエスタの出した湿布を取って、部屋に戻っていった。 部屋に戻ったルイズはユーノを机に寝かせた。 残っていた薬をユーノに塗る。 初めてジュエルシードを回収した後のようにユーノはぐったりして動かない。 「なんでこんなになって、平民なんか助けたのよ」 ──平民なんか 最初にユーノと会った時を思い出す。 ユーノは自分の責任じゃないのにジュエルシードを回収しにここに来た。 責任とかそういうのじゃないのかも知れない。 「そっか」 少しユーノの考え方が解るような気がした。 ユーノの譲れないところなのかも知れない。 「あなたには、ほっておけ言ってもできないかもね」 納得はできなかったけど。 だからルイズはユーノが起きたらまず私のことを考えなさいと命令することにした。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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前ページアウターゾーンZERO 皆さん、こんにちは。私の名前はミザリィ。アウターゾーンのストーカー(案内人)です。 今日ご紹介するのは、アウターゾーンの一つ、ハルケギニアで起きた出来事です。 公爵家の娘、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 彼女はメイジ、いわゆる魔法使いでありながら、魔法が使えないというコンプレックスを抱いていました。 そのコンプレックス、さらには周囲の嘲笑が、彼女を歪ませていきました。 自分をバカにした周りの人間を見返すために努力をすることは、決して悪いことではありません。 しかし、強さを追い求めるあまり自分の殻に閉じこもり、ひねくれてしまった彼女が魔法の力を手に入れたところで、どうなるでしょう。 多くの人を不幸にするに違いありません。 それは、彼女の同級生たちにも言えることです。 力を持つ資格のない者が大きな力を手にしては、その力は暴力になるだけです。 それを理解している子供が、トリステイン魔法学院に何人いることでしょうか。 さて、私はハルケギニアで一仕事するとしましょう……。 これで何度目の失敗だろうか。 トリステイン魔法学院で進級試験として行われる、召喚の儀式。 生徒たちが次々と召喚を終える中、ルイズだけが何度も失敗し、爆発を起こしている。 このままでは留年は免れない。 周囲から罵声を浴びせられ、だんだんと焦ってくる。 「五つの力を司るペンタゴン……我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」 切羽詰まったように詠唱し、杖を力の限り振ると……再び爆発が起こった。 またか、と周囲がはやしたてようとしたその時、あっと誰もが息をのんだ。 煙の中に人影がある。 煙が徐々に薄くなり、召喚したものが見えてきた。 姿を現したのは……平民とも、貴族とも見分けがつかぬ、大人の女であった。 ウェーブのかかった長い髪。男を簡単に悩殺できるほどの妖艶かつ豊満なスタイル。 つり目も、美人というにふさわしい顔を引き立てている。 「な、なんだありゃ……すごい美人だぜ……」 「貴族か? 平民か?」 「貴族だろ? あんなすごいスタイルしてる平民なんていないよ」 生徒たちはざわめく。 「う……く、悔しいけど負けたわ!」 キュルケは本心で負けを認めた。それほどのスタイルだった。 「ど……どなた……ですか?」 ルイズは、失礼のないように聞いた。もしも貴族だったら大変だ。 [私? 私の名前はミザリィ。私を呼んだのはあなた? お嬢ちゃん] お嬢ちゃんという言葉にカチンときたが、ぐっとこらえた。 「う……あ……そ、そうです。あなたはどこの貴族でしょうか?」 [貴族? 何それ?] この女……ミザリィは貴族ではないらしい。それが、イコール平民ということにはならないのだが、ルイズはそこまで考えが回らなかった。 「へ、平民だったの? あんたみたいなのがね」 [いきなり呼びつけておいて、あんたみたいなのとは失礼ね。それに、貴族とか平民とか、何を言ってるの? 昔のヨーロッパじゃあるまいし] ミザリィの声のトーンが少し下がる。背筋に薄ら寒いものを、ルイズは感じた。 「……な、なんなのよあんた! 平民のくせに、貴族に……」 [逆らう気? って言うわけ? そうだと言ったらどうするの? 死刑だとでも?] 「そ、そうよ! 最悪はそうなるわね。私の家がどんなものか、あんたは知らないでしょうけど、平民なんかどうにでもできるのよ、貴族は!」 [面白いわね。できるものならやってみなさいよ、お嬢ちゃん] ミザリィの挑発に、ルイズは冷静さを失った。 「な、な……見てなさいよ! あんたなんか、いずれ首をはねられるか、首を絞められるかよ! 私の命令一つで。その時には、お嬢ちゃんなんて言ってられないわよ」 [私の首をはねられるの? いいわよ。そっちがその気なら、私もただじゃおかないわよ] 「ま、待って下さい。私が代わりに説明します」 ただならぬ雰囲気を察した、教師のコルベールが割って入る。 「ここはハルケギニアのトリステインという国の、トリステイン魔法学院です。あなたは春の使い魔召喚の儀式で、使い魔として呼び出されたのです。彼女、ミス・ヴァリエールによって……」 コルベールは早口で、事情を説明する。 [フーン、私がこのお嬢ちゃんの使い魔ってわけね] ミザリィはうなずいている。 「そうです。ですから、彼女と契約をして下さい。……そういうことで、いいね? ミス・ヴァリエール」 「は、はい……」 この女の正体は良くわからないが、背に腹は代えられない。 もう何度も召喚に失敗している。その末にやっと成功したのだ。やり直しはきかない。 使い魔なら、もう悪魔でもなんでもいい。 「と、とにかく私と契約しなさい! あんたは使い魔なんだから」 [嫌よ] ミザリィは、切り捨てるように言った。 「私に逆らう気!?」 [当たり前でしょ。貴族だかなんだか知らないけど、あんたみたいな性悪のクソガキの使い魔になんかならないわ] 「何ですって!?」 ルイズは杖を向けるが、ミザリィは怯まない。 [あら、魔法を使うの? やってみなさいよ] 「くっ……」 魔法を詠唱しようとして、やめた。 この女を攻撃できる魔法を、自分は使えない。使えるとしたら、魔法の失敗による爆発だけだ。 そんなものがこの女に効くとは思えない。 [どうしたの? 早くしなさいよ。……!!] その時、ミザリィの服が刃物で切り裂かれるように破れた。 さすがのミザリィも、不意打ちは避け切れなかった。 [……] 血は出ていない。服が破れただけだ。 「手加減はした……」 少し離れた所に立っていたタバサが、杖をミザリィに向けながらつぶやく。 タバサがエア・カッターを放ったのだ。 「ど、どう? これが、メイジの力、魔法の力よ! 思い知った?」 ルイズが、自分がやったことのように得意気に言い放つ。 [……こうやって、逆らう平民を力で抑え込む、これが貴族のやり方なのね。卑劣なものだわ] 「! そ、それは……」 痛い所を突かれ、ルイズは怯んだ。 [今私の服を破いたのは、そこのあなたね。おいたがすぎるわね。ちょっとお仕置きしてあげるわ] ミザリィの目が光った。 「……!? な、何!?」 タバサの周りに、人型をした半透明のものが現れた。それは次々と増えていく。 「……!?」 [それは、あなたが今まで戦って殺してきた人たち、そしてその家族の亡霊よ] 「う……うわあああああああーっ!!」 タバサが鋭い悲鳴を上げた。 ……殺さないでくれ……殺さないでくれ…… ……父ちゃんを返せ……父ちゃんを返せ…… 亡霊たちのうめく声が、タバサを責め立てる。 「ゆ、許して……許して……」 何十という亡霊に囲まれ、タバサは無様に腰を抜かした。 ……殺さないで……殺さないで…… ……兄貴を返せ……返せ…… 「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさあああああい!!」 誰よりも優等生のはずが、何もできずただ泣き叫ぶタバサに、皆が呆然としている。 [もういいわね。二度とあんなことしちゃだめよ。わかったわね?] タバサはうずくまったまま、泣き続けている。 「返事は?」 「……は、はい……」 タバサが涙声で答えると、亡霊は消えた。 [さて次はお嬢ちゃん、あなたの番よ] 「な、何をする気!?」 [こうする気よ] ミザリィの目が再び光った。 周囲に生臭いにおいがたちこめる。 「な、何!?」 気がつくと、ルイズの一番苦手なもの、カエルが群れをなしてルイズを取り囲んでいた。 ゲコゲコと、不気味な鳴き声が幾重にも重なって響く。 「ぎゃ、ぎゃああああ!!」 何匹ものカエルが飛び跳ねて、ルイズに迫る。 [フフフ……さっきの威勢はどうしたのかしら] ミザリィは笑みを浮かべる。周りの生徒は誰も助けようとしない。いや、できないのだ。 この女は恐ろしい。まず勝てない。そう本能が告げている。 「カエルは……カエルは嫌ーっ!!」 ルイズは逃げ出そうとするが、カエルの大群がルイズに襲いかかった。 全身に取り付かれて、ルイズは尻餅をつく。 「い、嫌……やめて……」 顔面に大きいカエルが張り付く。 次の瞬間、ルイズの股間から生温かい液体が流れた。 恐怖のあまり失禁したのだ。 [あらあら、おもらしなんかしちゃって……無様ねえ] ミザリィに嘲笑され、ルイズはさめざめと泣く。 いつの間にかカエルの大群は消えていた。 「う……う……くくく……もう、あんたなんか……殺してやる!! 爆発で吹っ飛ばしてや……」 「や、やめるんだ! ミス・ヴァリエール!! 使い魔を殺したら退学だぞ!!」 「うるさい!! こんな大恥かいて、もう何もかもおしまいよ!! もう何もかもどうでもいい!!」 コルベールが止めるのも聞かず、恥辱に涙を流しながら、杖を構えて呪文の詠唱をしようとした時だった。 「う……ぎゃあああ!!」 何十、何百のカエルが全身にビッシリとついている。 「嫌、嫌ーっ!!」 杖を落とした瞬間、カエルは煙のように消えた。 「……き、消えた!? どうなってるの!?」 [簡単なことよ。これからは魔法を使おうとすると、必ずカエルが現れるわ。条件反射でそうなるように、私が『条件付け』しといたから] 「な、何ですって!?」 [他の子たちにも同じように『条件付け』しておいたわ。魔法を使ってごらんなさい、一番苦手なものが現れるから] 生徒たちはどよめく。 [それじゃ、私はもう帰るわね] ミザリィは召喚された場所に立つと、振り返って不気味な笑みを浮かべた。 [あなたたちが魔法を使えなくなったことを知ったら、平民の人たちはどうするかしら? どんな仕返しをされるか楽しみね。ねえ、お嬢ちゃん、それに坊やたち……じゃあね] そう言い捨てた次の瞬間、ミザリィの姿は消えていた。 「あ……」 ルイズも、タバサも、そしてコルベールも、誰もが思考を停止したまま呆然と立ち尽くしていた。 その後、生徒たちがどうなったかは皆さんの想像にお任せするとしましょう。 今まで好き勝手に生きてきた貴族の子供たちにとって、これからの制約に満ちた人生は辛いものになることでしょう。 しかし悪い子にはお仕置きが必要。子供たちがあのまま大人になっていたら、多くの平民を不幸にしていたに違いないからです。 前ページアウターゾーンZERO
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 5 「夢芝居と落ちこぼれ」 ルイズはその時、乾いた金属音を聞いた。 その音の方向を見ると、そこには彼女の知っている人物が片膝をついていた。 (ニュー!) ルイズの声は届かずに、ニューは片膝を着きながら、衝撃で痺れた手を押さえていた。 その様子を見ていた、一人が声をあげる。 「勝負あり、そこまで!」 審判を務めていたであろう者は、ニューと同じような人物だった。 少なくとも人間には見えない。 ルイズにはいきなりの状況に、訳が分からなかったが、近くにもう一人見知った顔が居た。 (ん、何をやっているのかしら?あ、あれはゼータじゃない) 気付かなかったが、対戦相手は彼女の友人の使い魔のゼータであった。 おそらく、練習試合なのだろう――訓練場の様な場所を見てルイズはそう考える。 剣の技量は知らないが、ニューがゼータ相手に勝てるとはルイズも思わなかった。 「ありがとうございます」 ゼータがニューに試合後の礼をする。だが、そこには充実感や爽快感はなく、一種の含んだ空気が漂っていた。 その原因は外野の空気に思えた。 (またかよ、5戦全敗) (ゼータが強いと言う事を差し引いても、これは異常だよな……) ルイズの耳に、誰ともわからない声が聞こえる。複数の男達の声が聞こえる。 (え!何?何の声?) 誰とも知れない声に、周りにいる人物たちを見渡す。その顔には、蔑むような視線がルイズにも見てとれた。 ルイズにはその声が解らなかったが、周りの空気から何となく事情を読みこめた。 彼は馬鹿にされている――自分の様に クラス内でルイズに対する視線と、今のニューに対する視線は同じ物を感じる。 だが、これは何なのだろう。思い当たる事は、つい最近の出来事。 (これは、夢、ニューの昔って事かしら) 数日前に見た夢に似ていると何となくルイズは感じ取った。 (そう言えばアイツ、騎士になりたいって、言ってたわね……) 以前、教室の掃除の際の話をルイズは思い出していた。 (しかし、アイツって魔法は使える割に、剣は本当に駄目だったのね) ゼータの技はルイズも知っているが、それでも差があると思った。 あの時は謙遜とは感じなかったが、こうまで酷いとは。 (いつも偉そうな割に、こんな所もあったのね) 彼女の知っているニューは、どちらかと言えば自信家で毒舌な人物である。 自身を馬鹿にしてはいないが、少なくとも尊敬しているとは到底思えない。 だから、今の落ち込んだ顔を見て、少し微笑む。 それから、誰も居なくなった訓練場に、ニューとルイズが残される。 (慰めてあげようかしら) 優越感からそんな事を考える。 しかし、これは夢の為ルイズに気づかないのだった、ニューは近くに落ちた剣をじっと見つめている。 「はぁ、僕には才能がないのかな……」 肩を落として溜息をつく。 ゼータだけでは無い、昨日は弟弟子のリ…ガズィにも敗れた。 ある程度わかっていたことであったが、それでも、この現実は辛い物がある。 その様子を、最初はいい様と思っていたが、段々といたたまれないものを、ルイズは感じ始める。 才能がないのかな…… 自分もよく口にする言葉、人の居ない所で練習して失敗する。 そして、いつもその言葉に落ち着く。 聞こえないとはいえ、何か声をかけたい。 その思いもむなしく、ルイズに声が響く。 (……いつもの所に行くか) 数秒考え込んだ後、深呼吸してから立ち上がり、ニューは歩き出した。 ニューの後を付いて行くと、そこは図書館の様であった。ニューが部屋に入ると、また人間とは違った者が出迎える。 緑色の体にローブをまとい、ニュー達と違い青いゴーグルで覆われている。 ルイズは知らないが、彼は法術隊の中で、もっとも古株の僧侶 ガンタンクⅡであった。 「ガンタンク殿、お邪魔します」 「こんにちは、ニュー殿」 やってきたニューに対して、ガンタンクは丁寧に挨拶をしてから、二人は手近な椅子に座る。 「また、ご教授して貰いたいのですがよろしいですか?」 「ええ、良いですよ」 ニューの申し出に、ガンタンクは喜んで応じる。 ルイズが何をするのか見ていると、ガンタンクは何やら話し始めたようだ。 (講義なのかしら) 詳しい内容は分から無いが、それは魔法学院で聞く講義の内容に似ている気がした。ニューはその話を聞きながら、何度も頷いている。 向かい合う様は生徒と教師の一言に尽きる。 タンクの言葉が途絶える。どうやら、終わりらしい。 次に、杖を取り出してガンタンクが魔法を唱える。 「では、今度は実践してみましょう。ミディ」 手から柔らかい暖かい光があふれる。 ミディ――ガンタンクの魔法は、ニューが使う魔法の中でも簡単なものである事をルイズは知っていた。 ニューも続いて、魔法を唱え手から暖かい光が溢れ出す。 どうやら、剣とは違い魔法の方は本当に才能があるようだ。 少なくとも未だに、魔法が正確に使えないルイズにはそう思えた。 タンクは休憩を促し、お茶を持って来る。 「しかし、貴方は勉強熱心ですな」 一息ついた所で感心したように、タンクはニューを見る。 タンクがニューに魔法を教え始めたのはここ一か月ほどの事であるが、少なくとも簡単な魔法でもこれほど早く習得するとは思いもしなかった。 「僕は剣が下手ですので、せめて簡単な魔法が使えたらと」 ニューがお茶を飲みながら、それに答える。 騎馬隊の中にはごく少数ながら、簡単な回復魔法が使える物が居る。ジムスナイパーⅡやジムコマンド等はリ…ガズィやゼータには剣で劣るが、そう言った面で貢献している。 ニューが自身に魔法が使える事に気がついたのは最近であり、今ではタンクの下で暇な時に教えを請う事が日課であった。 そして、この時間が弟弟子達への劣等感と訓練で負け続けるニューにとっても心の支えとなっていた。 (剣では貢献できないかも知れない。けど、こう言った事でみんなに貢献できるかもしれないから) ニューの心の声はルイズにも聞こえていた。 タンクはそんなニューの葛藤には気付いているか分からない曖昧な表情を浮かべる。 あるいは、それに気付いているのかもしれない。 「しかし、貴方はもっと修業を積めば法術士になれるかもしれないのに、本当に勿体ないですな」 タンクが残念な感情を含んだ声で呟く。 今ではほとんど見る事がなくなった職業 法術士――回復だけでは無く、数多の攻撃魔法を使いこなす法術士は今では幻と呼ばれていた。 興味深く耳を傾けるニューに、タンクは思う所があるのか話を続ける。 「貴方なら伝説の魔法ギガ・ソーラも使えるかも知れません」 「ギガ・ソーラとは?」 ニューもその様な魔法は聞いた事無かった。 ここにきて、いろいろな魔法を聞いたがその魔法は初めて聞くものがあった。 「ギガ・ソーラは伝説の魔法と言われています。その力は絶大で戦局にも影響を与えると言われました。 しかし、絶大故に術者にも多大な負担を与える為に使える者がほとんど居なくなってしまいました」 「そんなにすごい魔法なのですか」 昔話を聞いた子供の様に、ニューは顔を輝かせる。 (僕も修行すれば、そのような凄い魔法が使えるのだろうか) ニューはなんとなくそんな事を思った。 反対にルイズは疑問の表情を浮かべる。 (そんなすごい魔法、ニューは使えるのかしら?) ニューの魔法を見てきているが、ギガ…ソーラだけはルイズも見た事がなかった。 「……話しはそれくらいにしましょう、ところで、どうですか、本当に法術隊に入りませんか?うちは人手不足なんです、貴方が来てくれたら歓迎しますよ」 先程までとは違い、声に戯れは感じない。 それを感じ取り、ニューも表情を硬くする。 「申し訳ありません、僕は騎士になりたいのです」 タンクの声を聞いて、ニューも申し訳なさそうに答える。 (私は、お爺様や父様みたいに立派な騎士になりたかったんだ) ニューの言葉がルイズの心の中によぎる。 何となく何かを理解したのか、タンクはニューの顔を見て顔を崩す。 「そうですね、人には生き方があります。貴方はまだ若い、後悔しないはずがありません。だから、貴方の出来る事を、貴方にとっての答えを見つけなさい」 (え!……今の言葉、私に言った言葉じゃない) ルイズの意識は、その言葉を最後に遠くなった。 夢から覚めたのかと思ったら、どうやら違う様であった。はっきりとは分からないが屋内に居るのだろう。 外は暗く、感覚はないが、何となく音で雨の気配を感じた。 そして、その室内にはうす暗い明かりの中十数人の人の気配を感じる。 「この雨が、我々の命を繋ぎ止めているのであろうな」 アレックスが窓から外を見ながら、緊張した面持ちで呟く。 丘の様になった地形から、アレックスに習い窓から外を見ると、少し離れた所には無数の明かりが森の中から見えていた。 「国境にまで偵察に来てみれば、これ程までの敵と遭遇するとは……」 この間までの均衡状態とは違い、近頃のアルガス王国は世代交代もあり、ムンゾ帝国に後れをとっていた。 アレックスはそれを感じ取り、今回国境まで威力偵察にきた。 しかし、ムンゾ帝国も同じ事を考えてたらしく、遭遇戦となる。 敵は九百近い数でありアレックスは退却を決断する。 幸い、歩兵を中心としたムンゾ帝国に対して、数十騎とはいえ馬に乗っていたから、降り出した雨の助けもあり、ここまで退却する事が出来た。 しかし、予想外の豪雨で川が氾濫し、結果的にムンゾ帝国の侵攻部隊と共に、ここに取り残される。 「ムンゾ帝国が近頃力をつけて来たのは本当の様ですな……」 アレックスに、タンクが言葉を入れる。 「そうだな、奴らの力は以前よりも増している、なんとかしないとな……夜明け頃には雨がやむ、向こうはそれと共に攻撃を仕掛けてくるだろう」 自身も語りたくないが、迫る危機に話題を変える。 その言葉に、声は出ないが空気は重くなる。 雨で敵が攻撃できないように、援軍もまた思うように進軍出来ないでいた。 このままでは……周りの顔は深刻であった。 戦争――とは言えないまでも相手と命をかけて殺し合う。 ルイズは、無言でその様子を見ていた。 一対一の決闘とは違う、自分の力が及ばない領域。 剣が使える、力が強い、魔法が使える。 それらの意味を嘲笑う物。 戦争とは常に有利な状況とは限らない。そして、今まさにその状況であった。 「アレックス団長、試したい事があるのですがよろしいですか?」 (……アレを試してみるしかない) 最後の言葉から数分の沈黙の後、不意に、ガンタンクはアレックスに提案を出す。 (……アレって、何かしら?) 「タンク殿、なにか考えでも?」 タンクは古株でこの中では相談兼知恵袋と考えている。 アレックスの返事には何か期待の意味がルイズは感じる。 タンクは自身の考えに絶対の自信はないのか、言葉はゆっくりとしたものであった。 「はい、私とメタス、そしてニュー殿でギガ・ソーラを試してみたいのです」 その言葉に、真っ先に二人がが反応した。 「無茶です、僧侶ガンタンク、我々二人の力でも無理だと言うのに」 オレンジ色の体に緑のゴーグルの僧侶メタスが反論する。 彼からしてみれば、それは干ばつの際に行う雨乞い程度の認識しかなかった。 ましてや、その中心人物に自分が来るとなれば猶更であった。 そして、もう一人も同じ考えであった。 「え!無茶ですよ、タンク殿、僕は簡単な魔法しか使えないんですよ」 (無理だよ、私に出来る訳ないよ) タンクが自分の名を出した事に、ニューは狼狽する。 この中で、一番期待されていない存在の自分が、急に出て来た事に戸惑う。 (なんで僕なんだよ、僕の名前なんか出したら) 懸念は当たる。自分の名前を聞いて、周りの空気も再び重くなる。 しかし、タンクはニューが望むような冗談を言った訳では無い。 「もちろん解っています。しかし、貴方はものすごい力をお持ちだ、私達だけでは無理でも貴方の力を借りれば、出来るかも知れません」 (何を言ってるんだ、この爺さんは) (無理だぜ、あぁ、ここで全滅かな) タンクの言葉を聞いても、他の者達は呆れていた。 彼らの認識ではニューは頭数にすら入っていない。 せいぜい回復を頼むくらいの薬箱の様な存在である。 それを、周りの騎士達の言葉を聞いて、ルイズは憤りを感じる。 (何もしない癖に、何言ってるのよ!) 何もしないのに、ただ僻んだり、愚痴る。 そうなりたくないと考えるルイズにとって、彼らの考えや行いは最低と言えた。 アレックスはそれを聞いて、無言で考え事をしている。 もちろん、兵たちの空気も感じている。 (このままでは全滅は必至、ならば賭けるしかあるまい) 自分の決断を部下は無能と罵るだろう。 しかし、自身に案がなく、このままでは、遠からず全滅するのであれば、それに頼るしかアレックスには無かった。 (無能だな、私は) ルイズ以外、その顔は見えなかった。 自嘲を含んだその顔は、皮肉にも最も人間らしいとも言えた。 「僧侶ガンタンクⅡの策を受け入れる、夜明けと同時に、ギガ・ソーラを唱え、それと同時に、奇襲を掛ける。全員、時間まで休んでおくように!」 アレックスの言葉を聞いて、ざわめきが聞こえ始めるが、アレックスが一喝するとそれは音を下げた。 しかし、騎士達の空気はいよいよ重くなっていった。 場面が暗転し多様な感覚で、ほぼ一瞬と言う間に、時間は夜明け前になっていた。 突撃のカモフラージュの為、騎士達は、小屋から出て事態を見守っている。 その中心には、アレックスと三人の術者達が居た。 (これで最後かな) (母ちゃん、ゴメンよ) 騎士達の声にない悲痛な叫びがルイズにも聞こえた。 若い兵士の一人は、よく見ると槍を持つ手が震えている。 「では、頼む」 アレックスが開始の合図を出す。 先程までとは違い、危機が目の前にある今、すがるような視線が中心に集まる。 「ニュー殿、メタス、では行きますよ」 タンクが二人に呼びかける。 「はい」 (嫌だな……みんな期待している) 恐らく一睡もしていないであろう腫れた眼で、ニューはタンクの杖を握る。 三人は無言で集中し始め、晴れていた空は、心なしか、晴れかけた空が、また曇り始めていた。 その様子に、騎士達に期待の混じった声が少し上がる。 余裕があるのか、まだ、ムンゾ帝国の兵士たちは動く気配を見せない。 (まだ、これでは……) 周囲の期待に反して、タンクは焦りの表情を浮かべる。 「ニュー殿、メタス、もっとです!」 自分に向ける意味を含めて、若い二人に檄を飛ばす。 重なった杖により強い重さを感じる。 「はい」 (これ以上は無理だよ) タンクの叱咤にニューとメタスが返事をするが、内心はルイズに聞こえていた。 自分の中で、二つ名と共に最も忌み嫌う言葉――無理 (アイツには無理だよ、だってゼロのルイズなんだぜ) (また失敗したのか、だから無理だって言ったのに、ゼロのルイズ!) ルイズにはその時、自身への言葉が思い出された。 拳を握る。覚えたくなかったが、いつの間にか覚えている感覚。 (ニュー……) それだけを言った後、ルイズは黙っていた。 そして……… (馬鹿ゴーレム!アンタ何弱気になっているのよ!アンタが出来なかった皆が全滅するのよ!) 目を見開き走りだしたルイズが、触れる事が出来ないニューを叩きはじめる。 (アンタ何時も偉そうな癖に、口が悪い癖に………教室で私に偉そうなこと言ったのは嘘だって言うの!馬鹿ゴーレム、出来なかったら一生ご飯抜きよ!) ……どうでもよかった。 夢である事も忘れ、ルイズは必死にニューを激励する。 その声は届かない。しかし、ルイズは声を上げずには居られなかった。 使い魔は自身の鏡――思えば似ているかもしれない。 家の名前を背負っている所、自信家な所 ……そして、本当は弱気な所も。 (アンタは騎士としては駄目かも知れない、けど、アンタにはアンタの出来る事があるのよ!) 自信家で口が悪く、性格も良いとは言えない。しかし、魔法が使える使い魔として自慢できる存在。 (アンタがそんなのだと、私まで……を諦める事になるじゃな(……けど)え!) ルイズの言葉をニューの心の声が遮る。 (期待――今まで無意味だと思っていた。だけど、それは誰も本当は望んではいないからなんだ!) 立派な騎士になれ――本当に望んでいるのか? その言葉に込められる意味、思いやり?社交辞令?騎士の家に生まれたから? (期待……今までで一番嫌いな言葉。でも、今は違う!生き残る事を皆が望んでいる。……やらなきゃ、そうしなくちゃみんな全滅する!) その言葉と共に、杖に輝きが増していく。 (僕にだって出来る事があるんだ!) 曇った空に一筋の光が見え始める。 (いける!) 「いきますよ!」 「はい!」 タンクが合図を送り、ニュー達が返事を返す。 そして、その声は同時であった。 「ギガ・ソーラ!」 それは、ルイズが見てきた中で、一番強い光であった。 遠くから見ると、暗い雲の中から、一つの光が降り注いだ様だった。 光は大地に突き刺さり、そして…… 目を突き刺すような光の強さの割には、何一つ音がしなかった。 (何が起こったって言うの!) ルイズも目がやられており、視界が開けるには十数秒を要した。 そして、光が終わり、自身の眼で何が起こったのかを確認する。 (何……これ……) ルイズは目の前の森を見た。いや、見ている筈であった。 数秒前まで、森とその中には無数の殺気があった。しかし、それはすべて消えていた。 森があった所には、何一つなく、茶色い土の色のみであった。 ぬかるんだ土もなく、ただ、抉られたようなクレーターが広がるのみであった。 「おお、やったぞ!」 確認した誰かが、歓喜の声をあげる。 異常な事態よりも、自分達の生存が確認できて、彼らは素直に喜んでいた。 騎士達の歓声で、正気を取り戻し、ルイズはニューを探す。 そして、自身の使い魔を見つける。 彼はそこに居た。 (ニュー!) 本来、祝福されるであろう彼は、力なく倒れていた。 ニューに近寄ろうとするが、視界に暗幕が下りる。 そこから先は良く解らなかった。 時間、その他の感覚もほとんど感じ無い。 「ルイズ、何をやっているんだ?」 心配して、近寄った筈の男の声が聞こえた。 真っ先に回復しつつある聴覚で情報を求める。 声の方向を向くと、そこには倒れた筈のニューが居た。 「ニュー、アンタ倒れた筈じゃ………」 「寝ぼけているのか、ベッドから倒れたのはお前だ、ウォータ」 「うひゃ、あひゃ、なっ!何すんのよ、この馬鹿ゴーレム!」 水を顔にかけられて、ルイズは触覚と視覚を完全に覚醒させる。 そこには、いつも通りの憎たらしい顔があった。 ルイズが暖かい空気と、冷たい感覚に挟まれている事に気づく。彼女はベットから落ちたようであった。 「起きたようだな、全く、これから、姫様の命令を果たさなくちゃならん時に……」 腰に手をあてて、呆れた様子でルイズを見下ろす。 それが気に入らないので、ルイズは起き上がる。 「……てっ、解っているわよ!着替え持ってきなさい!」 ルイズはニューの後ろにあるクローゼットを指差す。 「はい、はい」 ルイズの不機嫌に慣れているのか、背を向けて、ニューがルイズのクローゼットを開ける。 ルイズは、さっきまでの頼りなさげな青年と、目の前の皮肉屋な青年と姿を合わせながら、ため息をついた。 「33 ニュー!アンタ、何弱気になっているのよ!」 ニューの過去 彼はその後…… MEMORY 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ次元の使い魔 執念があった。 強靭な精神に裏打ちされた目的意識。 その意思は、妄執ともいえるほど確固たるもの。 目的を遂げるまでは、どれだけの年月が経とうと消え去る事はない。 「俺は……」 虚数空間に呟きが漏れる。 言葉とは存在の証明。 形を持ち、紡いだ者を人たらしめていく。 ぼやけていた視界が晴れると同時に、自分自身の存在が再構築されていく。 曖昧だった意識はようやく知覚できるほどに浮上した。 だが、まだ足りない。 この程度では足りない。 もっと、もっとだ。 腕を伸ばし、この先にある何かを掴むイメージをする。 それをこの手に掴み取り、引き寄せる。 「俺は……死なんぞッ!」 言葉に応えるかのように、更に意識がクリアになっていく。 狂おしいほどの感情のうねりが、奔流となって空間に迸る。 因と果が重なったのを感覚的に理解できた。 淡い光が満ちてくる。 どこか別の世界への扉がゆっくりと開いていく。 ──次元が、繋がる。 「あ、あんた誰……?」 抜けるような青空をバックに、一人の少女が彼を見下ろしていた。 どこか怯えたような表情で、少し距離を取っている。 少女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 トリステイン魔法学院に通う、貴族の子女である。 春の使い魔召喚の儀式で、目の前の彼をたった今召喚したのだ。 ルイズが怯えたのも無理はなかった。 彼女が行った『召喚』は、明らかに異常事態だったからである。 「早く答えなさいよッ!?」 ルイズの叫び声が響いた。 実際は、半ば虚勢であった。 大きな声でも出さなければ恐怖にのまれてしまいそうだったのだ。 このルイズの金切り声に、召喚で喚びだされた彼が反応した。 倒れていた体を緩慢な動作で起こして立ち上がり、気だるげに辺りを眺める。 まず最初に、足元からあちこち煙が上がっているのに目に付いた。 鉄と油の混じった、焼け焦げるような独特の臭いもする。 何度も嗅ぎ慣れた臭いだ。 その臭いと煙の元は、大きな鉄の塊が発していた。 歪な鉄の塊が、無造作に煙を吐きながらそこら中に散乱している。 元は大きな『何か』であったそれらの鉄塊は、異質な存在感を示していた。 「……どこだ、ここは?」 今度は、少し視線を上げてみる。 こちらを注視するような視線を向ける、奇妙な服を着た子供達の群れがあった。 その人垣の向こうは、見渡す限りの草原だ。 穏やかな風に、草が揺れている。 豊かな緑が目に眩しい。 見慣れない形の大小様々な草が競うように生えている。 ……草? 「草だと?」 自分が最後に見た光景は、ゴビ砂漠の不毛な土地だったはず。 乾ききった死の大地だ。 決してこんな緑溢れる草原地帯ではなかった。 草原の向こうには、西洋風の城まで見える。 何の冗談かと思った。 元いた場所とは明らかに違いすぎる。 足元に散乱する金属の断片と、見慣れない風景。 脳裏を過ぎるのは自分の記憶の最後の光景。 そして、虚無の中で揺う意識とその覚醒。 まさかここは……? 唐突に閃く。 脳内で瞬時にいくつかの仮説が組み立てられた。 確証はないが、現状の情報を判断すると間違いはないだろう。 「クク……」 彼の顔が愉悦に歪んだ。 まだ少年とも呼べるその外見からはありえないような、歪な笑み。 少年の顔は狂気に染まっている。 そんな少年を、呆然としたようにルイズは見つめていた。 「あんた、誰なのよ……?」 三度目の問い。 ようやく少年がルイズへと顔を向けた。 黒い髪に黒い瞳の、まだ幼さの残る風貌だ。 一見すれば凡庸な印象を受けるだろう。 さっきの歪な笑みは一体何だったのかと思うほどだ。 どこにでもいるようなごく普通の少年というのが、ルイズから見た第一印象だった。 ルイズと少年の視線が交錯する。 「ひッ!?」 見つめられた瞬間、ゾクリとした。 思わず背筋に冷たいものが走ったルイズは、身震いをした。 先ほど自分が下した少年への判断が間違っていた事が、一瞬で理解できた。 ──その目だけが、違った。 明らかに普通の少年がする目ではなかった。 侮蔑とも、哀れみとも違う、ある種の視線。 氷のような目で、少年はルイズをじっと見ている。 それはまるで研究者がモルモットでも観察しているように冷淡で、冷酷な瞳だ。 口元に嘲笑を張り付かせながら、少年が口を開いた。 「俺か? 俺は……」 そこで言葉を区切った。 一呼吸置いて、自分自身の言葉を確認するかのように喋る。 「俺の名は……木原マサキだ」 世界に宣言するかのように、木原マサキの言葉は放たれた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、不安でいっぱいだった。 春の使い魔召喚の儀式でルイズが喚び出したのは、一人の少年。 そして、煙を吐いている大量の鉄の塊。 前代未聞の出来事だった。 人間が使い魔として召喚されただけでも異常なのに、鉄の塊までセットで付いてきたのである。 もう訳が分からない。 不安になるなと言う方が無理だった。 一応少年に名前を聞いてみたら『木原マサキ』だと返事はしたが、それっきり。 名乗った後はルイズに興味を無くしたかのように視線を外し、辺りを眺めては何かを考え込んでいる。 呆然と立ち尽くすルイズとは、もう目も合わせようとしない。 どうやら完全に無視されているようだった。 何だか腹が立ってきた。 さっきは目つきに驚いたが、よくよくこのマサキという少年を見てみると、明らかにただの平民である。 貴族の証である杖も持っていないし、マントもない。 鉄屑と一緒に平民を呼び出してしまった……。 そう思うと、腹が立った後は今度は自分が情けなくなり、今度は悲しくなってきた。 「ルイズが平民と一緒にゴミを呼びやがったぞ!」 ルイズの召喚を遠巻きに見ていた生徒の一人が声を上げた。 他の生徒達も次々と囃し立てる。 「しかも、平民には無視されてるぜ!」 「さすがはゼロのルイズだ!」 煽る声は止まらない。 「違うわよ! ちょっと間違っただけだもん!」 立ち上がって怒鳴り返す。 しかし、自分でも反論は無駄だと理解していた。 「お前はいつも間違ってばっかりだろ!」 人垣がどっと爆笑する。 「違うもん! そんなんじゃないもん!」 「じゃあ、あの平民は何なんだよ?」 「そ、それは……」 言葉に詰まる。 上手い言い訳が見つからない。 「やっぱり『ゼロのルイズ』の名前通りだな!」 「召喚まで失敗とは、さすがだぜ」 「違うもん……」 蔑む様な視線が無遠慮にルイズに突き刺さる。。 生徒達の笑い声が、ルイズの耳にいつまでも木霊した。 ルイズはうなだれたまま、結局何も言い返す事はできなかった。 悔しくて仕方なかった。 生徒の中にはドラゴンを召喚した者もいた。 あのツェルプストーでさえ、サラマンダーを召喚していた。 せめて、犬や猫のような小動物でもいいから、普通の使い魔を召喚したかった。 いくらなんでも、平民の使い魔なんてひどすぎる。 目の前が涙で薄っすら滲んできた。 強く噛み締めた唇からは、かすかに血の味がした。 「ミスタ・コルベール。もう一度召喚をやり直す事はできないのでしょうか?」 ルイズは、こちらを気の毒そうに眺めていた禿頭の教師に声をかけた。 「それは駄目だ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!?」 「これは決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだよ」 木原マサキと名乗った少年が『使い魔』という単語にぴくりと反応した。 ずっと無視してきたくせに、今度は探るような目でルイズを見ている。 コルベールの話は続く。 「この春の使い魔召喚は、伝統ある神聖な儀式です」 「それは分かってますけど……」 「いいですか、ミス・ヴァリエール。あなたが好む好まざるに関わらず、彼を使い魔にするしかないのです」 「でも先生! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」 ルイズの言葉に人垣がどっと笑った。 うなだれるルイズに、コルベールが優しく声をかける。 「平民であろうと、君にとってきっといつか素晴らしい使い魔になるさ」 「でも……」 「これ以上話す事はないよ、ミス・ヴァリエール。さぁ、儀式を続けなさい」 「分かりました……」 コルベールに促され、ルイズは使い魔の少年へと足を向けた。 「ちょっと」 ルイズはマサキに声をかけた。 「俺に何か用か?」 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから」 「何がだ?」 ルイズは何も答えず、手に持った小さな杖をマサキの前で振った。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」 早口のように唱え、自分の唇をマサキの唇へと重ねる。 マサキは多少面食らった顔をしたかと思うと、ルイズの背中に腕を回した。 「──んッ!?」 ルイズの口内にマサキの舌が侵入してくる。 蛇のように絡みつき、こちらの舌を激しく求めてくる。 ルイズの顔は一瞬で真っ赤に沸騰し、頭の中は真っ白になった。 気が付けばマサキを突き飛ばしていた。 「あ、あ、あ、あんた!? 何すんのよッ!?」 「何を慌てている?」 平然と返すマサキ。 「あ、あんたねぇ!?」 「先に誘ってきたのはそちらだ。気取る事はなかろう。俺に惹かれているのを隠す事はない」 「あんたに惹かれてなんかないわよッ!?」 ルイズが叫ぶが、マサキは話を聞いていなかった。 どうやら左手の甲に突然襲ってきた痛みに、顔をしかめているようだ。 「おい。何だこれは?」 「何って、使い魔のルーンが刻まれただけよ」 「使い魔のルーンだと?」 火傷跡にも似た奇妙な線が、マサキの左手の甲に刻まれていく。 「ほほぅ、これは珍しいルーンですな」 コルベールがやってきて、マサキの甲に刻まれた傷をしげしげと眺めた。 「見た事のない形ですな。一応、写しておきましょうか」 そう言うと、懐から紙とペンを取り出してスラスラと書き写した。 マサキは無言でその様子を観察していた。 「さてと、じゃあみんな教室に戻りましょうか」 コルベールはきびすを返すと、宙に浮いた。 他の生徒達もコルベールに続いて次々と浮かび上がる。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「『フライ』も『レビテーション』も使えないと不便で仕方ないな!」 「平民の使い魔一緒に歩くのがお似合いよ!」 口々にそう言って、笑いながら飛び去っていく。 残されたのは、ルイズとマサキの二人だけになった。 「飛んだ……?」 内心では驚きつつも表情を崩さないマサキの前で、ルイズが仏頂面のまま言う。 「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。今日から私があんたのご主人様よ。覚えておきなさいよ!」 「ご主人様だと?」 「そうよ。あんたは使い魔として私が召喚したのよ。平民が貴族に仕えられるんだから、光栄に思いなさい」 「使い魔? お前に従えというのか?」 憮然とした表情のまま、ルイズが答える。 「そうよ! 何か文句あるの!?」 「……いいか、言っておくぞ」 マサキはおもむろにルイズに近寄ると、胸倉を掴み上げた。 小柄なルイズの体が持ち上がり、爪先立ちになる。 「な、な、何すんのよ!?」 気丈に振舞って見せるが、ルイズの声は震えていた。 「俺に命令するな。操ろうなどと思うな。俺は好きなようにやらせてもらう」 それだけ言うと、投げ捨てるように掴んだ手を離した。 「きゃあッ!?」 尻餅をついたルイズを、マサキは冷たい目で黙って見下ろしていた。 ルイズとマサキ。 異界にて交わってしまった二つの運命の鎖。 物語は、ここより始まる。 動き出した流れは止まる事はない。 ──冥府の王は、再びハルケギニアの地で目覚める事となる。 前ページ次元の使い魔
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 色とりどりのドレス、煌びやかな飾り付け、かぐわしい香りの花、舌をとろかす料理。 ニューカッスル城のホールにはパーティに必要なものが全て揃っていた。 それなのにルイズはそこに華やかさよりも寂しさを感じていた。 「私と一曲躍っていただけませんか」 壁の花となっていたルイズの前にワルドが跪き、ダンスを求める。 「はい、ワルド様。お受けいたします」 受けはしたものの、それは貴族としての礼儀よりも、ワルドの慕う心よりも、体の芯に寒さを感じるような寂しさを紛らわすためだったかも知れない。 ホールの真ん中に出ると楽団が曲をダンスのためにものに変える。 ルイズはワルドの手を取ると習い覚えたステップを踏んだ。 ──ああ、そうか。 そうやってワルドにリードを任せているとルイズはだんだんと寂しさの理由がわかってきた。 ──寂しい、はずよね。 ここでパーティを楽しんでいる人の多くは、明日戦いに出る。 わずか数百で万を超えるレコン・キスタの軍と戦うのだ。 そして、いなくなってしまう。生きては帰れない。 そう思うと、このホールに居る人が突然少なくなったように思えた。 「うまくなったね。ルイズ」 寂しさに怯えるルイズはワルドのの手を握る手に力を込めた。 闇の中には光を灯す金の三角形がある。 それはフェイトの持つインテリジェンスデバイス、バルディッシュのもう一つの形である。 バルディッシュより放たれる光は、やがてその上に像を結びつつあった。 四角い像の中に、文字や図形を描き出すそれが何かを知るものは本来ハルケギニアにはいない。 だが、当然と言うべきかその持ち主のフェイトはそれが空間モニターと呼ばれる様々な情報を表示するためのものだと知っているし、その情報を加工も術すら身につけている。 フェイトの手が空間モニターの上を動き、そこに表示された文字列を組み替え、新たな数字に変えていく。 時にバルディッシュ自身もフェイトの指示に従い新たにプログラムを作っていく。 それを繰り返すうち、空間モニターに表示されていた歪な図形は形を整え、ぎこちなかった動きも滑らかさを獲得していった。 ごそり、と音がする。 フェイトは手のひらを閉じ、その中にバルディッシュを隠した。 「ん、ん……ん」 何か予感でもあったのだろうか。 まだ星と月が空にある時間だというのにキュルケは目を覚ました。 横にあるタバサを寝かせたベッドの上をを見る。 そこでタバサは上半身を起こし、いつもと同じ眼鏡をかけた目でキュルケを見ていた。 「元気になった?」 キュルケの友人は言葉を返すことなく、ただ頷くだけで答える。 「そう」 キュルケにはそれで口数の少ないこの少女が体力をわずかでも取り戻したことを理解した。 「ねえ、タバサ。もう、トリステインに帰る?」 タバサは沈黙でキュルケに先を促す。 「そりゃ、ルイズのことは心配よ。私も絶対に助けるつもりでいたわ。でもね、あなたが倒れてしまうなんて考えてなかったのよ。そんなに無理はしなくていいのよ」 「やめない」 それはタバサがこの夜に初めて口にした言葉だった。 「ルイズを助けに行く。私なら平気」 その短い言葉の中にキュルケは決心を感じた。それだけのつきあいはしてきたつもりだ。 「そう……なら」 キュルケはタバサの肩に手を当てベッドに身を横たえさせ、毛布を肩まで引き上げた。 「朝まで寝ましょう。そうでないとまた倒れちゃうわよ」 それだけ言うとキュルケも自分の布団の中に潜り込み、目を閉じてしまう。 そのまま目を閉じるタバサも体に残っていた疲れですぐに眠りに落ちていった。 ギーシュもまた夜中に目を覚ましていた。 正確には眠れないでいた。 レコン・キスタから逃れるためにした曲芸飛行のおかげで目が冴えてしまってしかたがない。 目を閉じると体が浮いてぐるぐる回るような気分になってしまうのだ。 どうやっても眠れないとギーシュはしょうがないと少し散歩をすることにした。 ──まるであの時みたいだ。 ユーノは初めてルイズと出会った時のことを思いだしていた。 窓から射し込んでくる二つの月も、フェレットに変身したまま寝かされている藁を詰めた箱もあの時と同じように思えた。 だが箱の前にいるのはルイズではない。 金髪のとがった耳を持つ少女が淡く光る指輪を手にして静かに祈っていた。 「君は……だれ?」 「きゃっ!」 少女は小さく悲鳴を上げる。 思わず息をのんだ少女は、目を丸くしてユーノをしげしげと見つめた。 「話せる……の?」 「うん。話せるよ。君は誰?ここはどこ?」 少女はすぐに落ち着きを取り戻し、ユーノの質問に答えた。 「私はティファニア。ここはアルビオンのウェストウッド村よ」 「アルビオン?そうだ、ルイズを追わないと!」 ユーノは箱を飛び出し床に降りる。 「あ、待って」 ティファニアがユーノを止めようとすると、フェレットの体は光に包まれその姿を剣を背負った人間の少年の姿に変えた。 「え?ええっ!」 驚くティファニアの前で少年は立ち上がろうとするが、すぐに膝を崩してしまう。 床にうずくまったユーノは体のあちこちから感じる痛みで自分の傷がまだ癒えてないことを思いだした。 「だめよ。まだ治ってないもの」 「でもルイズを助けに行かないと!」 焦りをあらわにするユーノにティファニアはわがままな弟を諭す姉のように顔を近づけた。 「この指輪であなたを治していたの。だから、もうちょっと待って」 「その指輪で?」 「ええ」 ティファニアが指輪をそっと撫でると光が再び灯る。 その光がユーノを照らすと、痛みがすっと消えていった。 「あ……。ありがとう」 「いいのよ。今度は背中ね」 ティファニアの温かい手が背中に当たる。 すると、ろくに力が入らなかった背中にもすぐに力が戻って来た。 「あなたの名前も教えて欲しいな」 「うん。僕はね──」 その時、扉がが音もなく開いた。 誰かが開いたというわけではない。そよいだ風の手がわずかに悪戯をしただけだ。 だからそれを止めようとする者は誰もいなかったし、そこにいた誰もがごく自然に動く扉を見ていた。 扉のすぐ外に呆然とギーシュが立っていた。 顔を引きつらせたギーシュの足は震えている。 そんな足なのに、ギーシュは 「ひぃっ」 と怯えた声を出して逃げだそうとした。 「どうしよう」 怯えたのはティファニアも同じだった。 「見られちゃった」 すっかり慌ててしまったのだろう。 ティファニアは立ち上がったもののおろおろして足踏みをするばかりだ。 「待って!」 慌てたのはユーノも一緒だった。 もしティファニアが先に「見られちゃった」と言わなかったらそれはユーノが口にしていた言葉だ。 「チェーン・バインド」 だから、ユーノは魔法でギーシュをその場に縛り付ける。 「き、き、き、きみは!」 「あのね、ギーシュさん。落ち着いて」 と言ってみたが、ギーシュは全く落ち着く様子がない。 光の鎖に縛られて床に座り込んだままティファニアを見上げて奥歯をかちかちと鳴らしていた。 「君はユーノ?なんで……こんな所に?まさか……だったら……」 「落ち着いてよ。ギーシュさん。僕の話を聞いて。みんなにばれちゃうから」 「だが、だが、エルフが、エルフと……何をしているんだ?まさか……君もエルフ?エルフが何を?」 青ざめているのであろうギーシュの顔は青い月に照らされていっそう青く見える。 同時に月の光と夜の闇はギーシュの恐怖を煽っていた。 「ごめんなさい」 呟くように謝るティファニアの目は沈んでいた。 そして、手には小さな杖が握られていた。 「怖がらせてしまって……すぐに怖くないようにするから」 ナウシド・イサ・エイワーズ ティファニアの口から歌が漏れる ハガラズ・ユル・ペオグ だが、それは歌ではない。 ニード・イス・アルジーズ ギーシュに怯えを一時、忘れさせるような美しい調べを持つそれは呪文だ ベルカナ・マン・ラグー ティファニアが杖を振り下ろす。 すると、ギーシュは首をかくんと落とし、すぐに虚ろな目で首を起こした。 「あれ?僕は何を?」 ティファニアがユーノを見て頷く。 その意味するところを理解したユーノは魔法で作った光の鎖を消した。 「ギーシュさん。寝室はあちらですよ」 「そうだったね。これは失礼した」 ふらふらと、それでも怯えていた時よりはずっとしっかりした足取りでギーシュは自分にあてがわれた小屋の方に歩いていった。 「なにをしたの?」 「ギーシュさんの記憶を奪ったの」 「記憶……」 「私とあなたをここで見た記憶よ。それから、私がエルフだって記憶。エルフは嫌われているから」 そう言うティファニアはどこか悲しげだった。 「僕はいいの?」 「あ……でも、あなたは私を怖がらなかったから。でも、どうして?」 「どうしてって、怖くなかったから」 ユーノもエルフのことは知らないわけではない。 魔法学院で読んだ資料の中にはエルフに関して書かれていた物も多い。 いずれの本もエルフの恐ろしさについて書かれており、中には悪魔とすら書いていた物もあった。 だがユーノはその記述を鵜呑みにはしなかった。 というのも敵対している種族を悪魔として記述するというのは決して珍しいことではなく、ユーノは考古学的な資料でそのような物を読む機会も多かったからだ。 「それに怪我を治してくれたし」 「そっか、そうよね」 月明かりだけではティファニアの顔はよく見えなかったが、彼女の目にあった陰りが少しだけ晴れていた。 「そうだ、あなたのことも秘密でいいのよね。ギーシュさんの記憶から消しちゃったんだけど」 「うん。ありがとう。誰にも知られたくないんだ」 「よかった。だったら、続きね。ちゃんと治さないと」 再び指輪の光が強くなる。 ティファニアはユーノの体の傷の一つ一つを指輪を嵌めた手さわっていく。 「私、あなたの名前聞いてなかった」 「僕の名前はユーノ・スクライアって言うんだ」 「いい名前ね」 その手はまるで春のお日様のように温かくて、ユーノは次第にうつらうつらと眠気を覚えていった。 だからティファニアのつぶやきには気付かなかった。 「ユーノくん。韻竜みたいに言葉を話すフェレット、か」 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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春の使い魔召喚の儀式、少女は呪文を叫んだ。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン!我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 起きたのは大爆発だった。 その頃日本の某マンションの一室では、赤いショートヘアの少女が寝ぼけていた。 中学校への登校時間も差し迫った頃になり、ようやく目が覚めた少女がトイレの扉を開 けると、鏡があった。彼女は自分が寝ぼけているんだと思った。 大あくびをして、目をこすってから見直すと、鏡は消えていた。 「ちょっと薫ー、はよしてーな。後がつかえてんねんでー」 「あ、ごめーん」 慌てて明石薫はトイレに入った。 学院の広場で、多くの生徒があざ笑う中、ルイズはもう一度叫んだ。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ。神聖で美しく強力な使い魔よ。私は心より求め訴 えるわ。 我が導きに答えなさい!」 やっぱり起きたのは大爆発だった。 銀髪の少女は首を傾げていた。 鞄を取りに部屋へ戻ると、部屋のど真ん中に大きな鏡が浮いていたから。 「何これ…テレポートの転移ゲート!?」 何かが飛び出してくるものと思って身構え、銃に手をかけ、仲間を呼ぼうとする。 だが、次の瞬間には鏡が消えていた。 油断無く周囲を見渡すが、何も異常はない。 「・・・目の錯覚かしら?」 背後を通りがかったワイシャツにエプロン姿の男が少女の姿を訝しむ。 「どうしたんだ?紫穂」 「あ、うん…今、部屋に…」 と言って部屋の中を指さすが、やっぱり何もない。 「うんと、気のせいみたいね」 三宮紫穂は机の上に置いていた鞄を取り、部屋から出て扉を閉めた。 この召喚に失敗したら進級出来ない。メイジとしての未来は完全に閉ざされる。 「あーもー、早く出てこーい! 出てこいったらでてこーい!」 出てきたのは爆音と土煙だけ。 長い黒髪の少女は玄関先で驚愕していた。 「なんやこれは…間違いない。うちと同じテレポーターの仕業や!」 何故なら、登校しようとマンションの扉を開けた瞬間、目の前に大きな鏡の様に見える 転移ゲートがあったから。レベル7の瞬間移動能力者(テレポーター)である彼女には、 それが時空を歪めて作られた扉だと瞬時に知覚できた。 彼女は即座にマンション内へ警告を発する。 「敵や!テレポーターがでっかいゲートつくっとる。皆本はん、薫、紫穂!どこの誰か知 らんけど、来るで!」 即座にマンション内から、朝っぱらから良い度胸じゃねーか!パンドラかしら、それと も黒幽霊?葵は下がって、リミッターを解除するから薫はゲートを出た瞬間を狙え!等の 声が帰ってくる。 「さぁ~うちらの力を…て、あれ?」 野上葵が振り返った時、やはりゲートは消えていた。 キョロキョロと周囲を見渡すが、何かが転移してきた様子は無かった。 いくら召喚呪文を唱えなおしても、何も召喚出来ない。 既に召喚と使い魔の契約をしていないのはルイズのみ。他の生徒からはヤジが飛び始め ていた。 ルイズの背後で召喚の儀式を監督していたハゲの男も困り果てる。 「あの、えと、ミス・ヴァリエール…少し休憩しませんか?」 「いやです!コルベール先生、絶対、絶対に、召喚して見せます!!」 ピンクの長い髪を振り乱し、校庭を抉らんばかりの爆発が続く。 一台の巨大トレーラーが道路を走っていた。方向は法務省旧本館方面にある、内務省特 務機関超能力支援研究局B.A.B.E.L(バベル)。 「それじゃ、全員が見たんだね?」 「見た見た!見たよ皆本。やっぱ夢じゃなかったんだな」 「そのようね、でも、どうして誰も出てこないのかしら」 「あちらさんの都合なんやろけど、なんかたくらんどるんは間違いないわ」 それは日本で最高の超能力を持つ少女3人のチーム「ザ・チルドレン」の指揮車輌。朝 から続いている何らかのテレポーターからの接触を警戒し、中学は行かずバベル本部へ向 かっていた。 皆本と呼ばれた男は三人の少女に真剣な眼差しで語り出す。 「今のところ、相手はテレポーターだとしか分からない。所属も目的も不明。分かるのは、 君たちに何か接触をはかろうとしているが何故か上手く行ってない、ということだけらし いね。 ここはバベルに戻り、何らかの対応を」 キキキイイイィィイイイイイッッ!! 「うわぁ!」「ひゃあっ!!」「キャア!」「なななんやあ!?」 突然指揮車輌が急ブレーキをかけて急停車した。 「葵!」「出るで!」 皆本のかけ声に、葵が四人をまとめてテレポートさせる。 一瞬で車外に飛び出した四人は、付近のビルの屋上へ降り立つ。 すぐに指揮車輌の方を見下ろすと、やはり鏡が。 直前で急停車した指揮車輌の前で、丁度キラキラ輝く鏡が消えた所だった。 一体何度目の失敗か分からないが、それでもルイズは諦めなかった。 コルベールの休息してはどうかという勧めも、他の生徒の罵声も聞こえない。 一心不乱に召喚呪文を唱え続ける。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・出て、出てきなさいよ!五つの力を司るペンタゴン!さっさと 我の運命に従いし、"使い魔"を召喚しなさい!神聖で美しく強力な使い魔を心より求め訴 えるって言ってるのよ! 早く我が導きに答えなさい!」 彼女は召喚呪文を唱え続ける。 「・・・すると、朝から四度も謎のゲートが、かね?」 「はい、局長。この短い時間に四度も出現しました。恐らくは、再び現れるでしょう」 バベル局長室では、局長席に座る体格の良い初老の男に、皆本が手短に報告を行ってい た。ザ・チルドレンの三人も各自の目撃証言を報告する。 局長は横に控える美人秘書へ視線を向けた。 「柏木君、この種のテレポーターに覚えはあるかね?」 「いえ、私も記憶にありません。部分テレポーターとしては体の一部を転移させるタイプ が…て、え?」 柏木は、一瞬言葉に詰まった。視線が皆本の背後へ釘付けになる。 「な!?」 局長も同じく言葉を失った。視線は、やはり皆本の背後へ向けられている。 「何!?」 皆本は振り返った。腕を振り回して、勢いよく。 それがまずかった。 左手の指先が、彼のすぐ背後にあった噂の「鏡」に触れてしまった。 次の瞬間、鏡面が揺れた。まるで触手のように彼の腕を絡め取る。 「う、うわああああ!!!」 彼の肉体は、凄まじい吸引力で鏡へと吸われつつあった。 「皆本ぉ!!」 薫が叫び、彼女の能力である念動能力を全開にする。リミッターがかけられたままでは あったが、それでも今使える全能力を使って彼の体を吸われてならじと力の限りに引っ張 りだす。 「いっ痛いいててててっ!!薫!そのまま放すな!リミッターを、誰か、右ポケットのリ ミッターを取って!解除してくれ!!イタタタッ!す、吸われるー!」 「分かった!柏木君、緊急警報だ!!全エスパーを集めるんだ!警護隊も招集!!」 局長は慌てて駆け寄り、彼の背広からリミッターを取りだしてザ・チルドレンの能力を 解放した。 「うぅおおりゃあーーーっ!!サイキックうぅぅ綱引きぃーーーー!」 「ぃぎゃーーーーーっ!!」 レベル7の念動力全開で体を引っ張られた皆本の叫びは、まさに断末魔。 広場では、呆然としていた。 ルイズだけでなく、コルベールだけでもなく、全生徒が呆然としていた。 何故なら、召喚ゲートから人間の腕が生えてきたから。 なにやらジタバタジタバタともがいてる人間の腕が。 そして、少しづつだがゲートを通り抜けつつある。 コルベールが近寄って観察してみる。 「これは・・・間違いなく、人の腕ですね。どうやら召喚されつつあるようです」 その言葉にルイズの表情が明るくなる、と同時に暗くなる。 「あ、あの、それってどうなるんでしょうか?間違いなく人間なんですか?」 「ふぅ~む、亜人かもしれませんが、何にせよこれは、通り抜けられなくて困っているよ うですね。 ちょっと手伝ってあげましょうか」 そういってコルベールは杖を手にして、ゲートに生える腕へ向かって魔法を放った。そ れは『レビテーション』、腕を引っ張って通るのを手伝おうと、親切で魔法をかけてあげ たのだった。 「ぎゃあーっ!!いたったたたたあああ!!ひ、引っ張られてる、何かに引っ張られてる んです!!助けてくれー!!」 「み、皆本ぉ!!耐えろよ、すぐに引っ張り出してやる!!」 薫は念動力を全開にして皆本の体を支える。 そこへ局長室の扉を叩き開けて、一組の男女が飛び込んできた。 「ワイルド・キャット、谷崎及び梅枝ナオミ参りました!・・・って、これはどうしたこ とだ!?」 「た、大変!!加勢します、皆本さん、もう少しの辛抱ですよ!」 レベル6の念動能力者、梅枝ナオミも皆本を念力で引っ張る。 更に少年少女を連れた一人の女性も飛んできた。 「ザ・ハウンド来ました…きゃー!大変だわ!明くん、初音ちゃん!」 「初音、行け!ご褒美は皆本さんがステーキおごってくれるぞ!」 「初音、頑張る!」 少年の号令のもと、少女は狼へと変身した。そして、皆本の足に噛みついて思いっきり ひっぱった。 さらに局長室には次々と人が飛び込んでくる。念動力や怪力のない者達も、次々と皆本 の体に取りつき、鏡から引っ張り出そうと奮闘する。 ・・・アアッ・・・ 朝のバベル、その大きな建物から声にならない叫びがこだました。 そして、学院側でも同じような状況だった。 多くの生徒が皆本の腕や肩に『レビテーション』をかけ、引っ張り出そうとしていた。 「出てこないねぇ…」 「何に引っかかってるのかしら?」 「まー、何でも良いからサッサと引っ張り出そうぜ。早く終わらせよーや」 「ね、ねぇ、でも、このままじゃ、使い魔の体が千切れて死んじゃったり・・・」 「そんときゃしゃーねーってことで。新しいの喚んでもらうっきゃないねえ」 「めんどくさいから、もう落第でいいんじゃない?」 そんな不平たらたらな台詞に、ルイズの半泣きな眼光が飛ぶ。 「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと引っ張りだしなさいよぉ!!」 杖を振り上げ、ルイズは必死で叫んでいる。そんなルイズに協力させられている学友達 は溜め息が漏れてしまう。 「ふぅん・・・なるほど。そういうことだったのね」 突然、彼等の背後から聞き覚えのない声がした。 「うちらの皆本はんを奴隷にしようと捕まえてたわけや・・・んでもって、死んでもええ から引っ張り出せ・・・やて?」 彼等が振り向くと、二人の少女と一人の女性がいた。見た事もない服を着た、見知らぬ 人達だ。そして何故か、銀髪の少女がルイズの体に僅かに触れる手が光っている。 巨乳の女性は、こめかみに血管を浮かべて顔を引きつらせている。 「葵ちゃん・・・この人達には、ちょお~っと詳しくお話を聞こうと思うのよぉ。だから ねぇ・・・全員、バベルにテレポートさせちゃうわよ!!」 「任せぇや!!いくでばーちゃん!」 ばーちゃんと呼ばれた美しい女性と、長い黒髪の少女が生徒達へ不可視の力を発した。 とたんに彼等の姿がかき消えていく。 全員、召喚ゲートを経由してバベル局長室まで次々と転移させられていたのだ。 「皆本さんっ!大丈夫!?」 紫穂がゲートから飛び出して校庭の草むらに倒れた皆本へと駆け寄る。レベル7の接触 感応能力で彼の状態を確認する。 「大変よ!すぐに連れて帰って手当を!!」 言うが早いか、彼等の姿もかき消えた。 こうしてバベル局長室では、完全武装で拳銃や自動小銃を構える特殊部隊員達に囲まれ た異世界からの闖入者達に対し、知的好奇心からの人体実験やら異種文明とのファースト コンタクトそっちのけで、包帯ぐるぐる巻きで怒り狂う皆本はじめ全局員からの激しい説 教が加えられたのだった。 小ネタ 大岡裁き 終
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前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略) 「……これは……なんということだ」 夜闇のニューカッスル上空。高度6000メイルの高空に、風竜に騎乗し、 漆黒の装束に身を包んだ一人の竜騎士がいた。 彼の名はギンヌメール伯爵。トリステイン王国竜騎士隊第2大隊の隊長である。 トリステイン王国の航空戦力でも唯一『風の門』付近まで達する高高度と、 風竜以上の速度を想定した高速度の敵に対応できる訓練を積んだ彼の部隊は、 銃士隊隊長アニエスがラ・ロシェールに派遣された直後に極秘裏に アンリエッタ姫よりニューカッスルの強行偵察を命じられていた。 そこで、隊長である伯爵自らが将校斥候として先頭に立っていたのだった。 逆を言えば、彼を含め数人の騎士くらいしか、この任務を無事達成できる 見込みがなかったとも言える。 ガリア南薔薇騎士団による埋葬が昼夜の別なく行われているそこは、 真夜中でもあちこちで埋葬の炎が灯っている。『遠見』の魔法により 天幕に描かれた交差する二本の杖――ガリア王国の紋章を確認した伯爵は、 炎に照らされた消し炭となった骸たちの多さに、思わずうなる。 「姫殿下のおっしゃったことは事実だったか……。しかし、これは……。 タケオ、まさか、これはお前の国の兵器のなせる業か……?」 伯爵の問いかけに答えるものはいない。高高度強行偵察を成功させた 伯爵は、発見されないうちに騎竜の翼をトリステインに向ける。全速で 飛ばせば一日もあればトリスタニアに到着する。この情報を早く届けねば……と、 そこまで考えたとき、思考よりも先に体が手綱を引いていた。目の前を 火線が通過する。そこに、上空から悪魔のような囁きが聞こえた。 「……へぇ。ボクの攻撃を躱すなんて……ナマイキ」 伯爵は振り返ることもせず、騎竜を一気にダイブさせる。 幸いニューカッスルはアルビオン浮遊大陸の端にある。浮遊大陸の地表 ぎりぎりまでジグザグ降下し、そこからさらに海上まで一気に高度を落とす。 ニューカッスルにいる南薔薇騎士団には発見される危険性があるが、 生還できなくては意味がない。風竜が悲鳴を上げるが、それでも伯爵は 手綱を緩めない。 「もう少しだ、シャルル!こらえてくれ!」 伯爵が海上に達したとき……彼を追ってくるものはなかった。 朝靄のラ・ヴァリエール城。その前庭に竜籠が降り立つ。アンリエッタ姫が 愛用しているような、また魔法学院に備え付けられているようなアルビオン産の 深紅の絨毯ではなく、トリステインの伝統的な緋毛氈が竜籠の扉の入り口まで 敷かれ、籠の中から降りてきた初老の貴族を迎える。 ラ・ヴァリエール公爵。年の頃は五十を過ぎ、白くなり始めたブロンドの髪と 口髭を揺らし、王侯もかくやとうならせる豪華な衣装に身を包んでいた。 その左目には片眼鏡が嵌り、鋭い眼光をあたりにまき散らせている。 つかつかと歩く公爵に執事が取り付き、帽子を取り、髪を直し、着物の袷(あわせ)を 確かめる。公爵は渋みがかったバリトンで「ルイズは戻ったか?」と尋ねた。 その言葉に、長年ラ・ヴァリエール家の執事を務めているジェロームは、 恭しく一礼すると、「昨晩お戻りになりました」と答えた。 「朝食の席に呼べ」 「かしこまりました」 ラ・ヴァリエール家の朝食は、日当たりの良いこぢんまりとしたバルコニーで 取るのが常である。その日もテーブルが引き出され、陽光の下に朝食の席が しつらえられた。上座にラ・ヴァリエール公爵が腰掛け、その隣に夫人が並ぶ。 そして珍しく勢揃いした三姉妹が、歳の順番にテーブルにつく。 ルイズは昨夜ほとんど寝ていないためふらふらの体である。その横で カトレアがいつもより体調が良さそうに見えるのとは対照的。 なお、ふがくはこの朝食の席には参加していない。招待されなかったと いうのが一番の理由だが、カトレアに誘われたときにも、特に感情を込めず 「久しぶりなんだし親子水入らずで楽しむのもいいと思うけど」と言った その言葉を、ルイズが内心恨めしく思っていた。 公爵は、かなり機嫌が悪い様子だった。 「まったくあの鳥の骨め!」 開口一番。公爵は枢機卿をこき下ろす。その言葉に、夫人は表情を 変えずに夫に問うた。 「どうかなさいましたか?」 ルイズはいつ自分に御鉢が回るか気が気でない。けれど、父が枢機卿と 会ったのは、自分が王宮を辞してからだったようだ。もし王宮で顔を 合わせていたらと考えると、そのまま卒倒してしまいそうになる。 「このわしをわざわざトリスタニアに呼びつけて、何を言うかと思えば…… 『一個軍団編成されたし』だと!ふざけおって!」 「承諾なさったのですか?」 「するわけなかろう! すでにわしは軍務を退いたのだ。わしに代わって兵を率いる世継ぎも 家にはおらぬ。何より、その理由が気に食わぬ!」 「理由とは?」 夫人はあくまで表情を変えない。その様子に、公爵はやや気持ちを 落ち着かせた。 「うむ……鳥の骨が言うには、三日前、アルビオンのニューカッスルにて 王党派の最後の反撃が行われたらしい。すでに簒奪者どもが公表したように、 その戦いでテューダー王家は滅亡したというのだが……。 鳥の骨め、何が『その戦いで貴族派は五万の陸兵と二隻の軍艦を失い、 旗艦を含む敵主力艦隊も大破した』だ。たった一隻の戦列艦しか持たぬ 王党派にそのようなマネができたなど信じられるものか!しかも貴族派の 再編成が完了する前に一気にロンディニウムを陥落させ王権を復興するなど、 何を馬鹿なことを!」 テーブルを叩く公爵。ルイズが真実を話すべきかおろおろし始めたとき、 カトレアがそっとテーブルの下でルイズの手を握った。 「なるほど。でもよいのですか?祖国は今、一丸となって仇敵を滅すべし、 との枢機卿のお触れが出たばかりではありませんか。ラ・ヴァリエールに 逆心あり、などと噂されては、社交もしにくくなりますわ」 そうは言いながら、夫人はずいぶんと涼しい顔をしていた。 「あのような鳥の骨を『枢機卿』などと呼んではいかん。骨は骨で十分だ。 まったく。あまつさえ、鳥の骨は姫殿下に速やかなる即位まで進言しておる。 それに加えアストン伯などトリステインに逃げおおせたアルビオン王党派残党の 庇護を引き受けてまで鳥の骨に賛同しておる有様。そのようなことをせずとも、 アルビオンなど、空域封鎖で干上がらせればなんの問題もなく陥落するわ!」 違う――それまで黙っていたルイズが、わななきながら口を開いた。 「と、父さまに、伺いたいことがございます」 公爵はルイズを見つめた。 「いいとも。だが、その前に、久しぶりに会った父親に接吻してはくれんかね。 ルイズ」 ルイズは立ち上がると、ととと、と父に近寄り、その頬にキスをする。 それからまっすぐに父を見つめ、尋ねた。 「どうして父さまは枢機卿のお言葉が嘘だと思われたのですか?」 「常識的にあり得ないからだ」 「王党派に援軍が現れたとか、新しい武器を使ったとか、お考えにならないの ですか?」 「どこの国が援軍を差し向けたと言うのだ?それに……いいか?」 公爵は皿と料理を使って、ルイズに説明を始めた。 「『攻める』ということは、圧倒的な兵力があって初めて成功するものだ。 王党派は三百。貴族派は五万。それに艦隊支援もある」 かちゃかちゃと器用にフォークとナイフを動かし、公爵は肉のかけらで 軍を作る。 「攻める軍は、守る側に比べて三倍の数があってこそ確実に勝利できる。 これほどの戦力差、もはや三倍どころの話ではないことが分かるだろう?」 「でも……」 公爵はルイズの顔を覗き込んだ。 「これほど戦力差が開いては、たとえどんな新兵器を投入したとしても、 勝敗は覆らないのだ。そして、それは我がトリステインがアルビオンを 攻めるとした場合にも言えるのだ。我が国がゲルマニアとの同盟を果たしたと して、その兵力は六万にしかならぬ。それで、もし攻めて失敗したら なんとする?その可能性は低くないのだ」 ルイズはここにふがくがいないことが悔しかった。父の言うことは正論だ。 ハルケギニアの常識の範囲では。だが、ふがくやルーデル、それに敵として 襲ってきたあの双子のような『鋼の乙女』は違う。もしかすると、枢機卿は ふがくを見たからこそ、先手を打つことを考えたのかもしれなかった。 「父さま……」 公爵は、そこまで言うと立ち上がった。 「さて、朝食は終わりだ」 ルイズはぎゅっと唇をかみしめて、たたずんだ。 「ルイズ。お前には謹慎を命ずる。しばらくこの城で頭を冷やすことだ。 わしが良いと言うまで、この城から出ることは許さん」 「待って!」 ルイズは叫んだ。公爵は震えながらも自分をまっすぐに見つめる娘に 正面から向かい合った。 「なんだ?話は終わりだと言っている」 「ルイズ……?」 エレオノールが、もう止めなさいとばかりにルイズの裾を引っ張った。 カトレアも、そんなルイズを心配そうに見ている。 「……わたしなの」 「何?」 「わたしが命じたの!ふがくに、五万の敵を焼き払えって……!」 ルイズは顔を上げた。その顔は涙で濡れている。 「ルイズ!?あなた、何を言っているの!?」 エレオノールが信じられない顔をしている。 「ねえ、父さま。父さまは、黒い雨に打たれたこと、あります? 人がいっぱい燃えると、その後に黒い雨が降るの。 でも……、その雨でも、ふがくが放った火は消えなかった!ふがくが 爆弾で区切った中に、燃えるものがなんにもなくなるまで!」 その言葉で、公爵の目の色が変わった。夫人も、エレオノールも。 カトレアだけが、そんなルイズを慈しむような目で見ている。 公爵は、ルイズの前に向かうと、膝をついて娘の顔を覗き込んだ。 「……お前、一体何をしてきたのかね?」 「ルイズ、まさか……姫殿下のお願いって……」 エレオノールが両手で口元を押さえながら言った。こくりと、ルイズは頷いた。 そして、ゆっくりと話し始める。 「わたし、姫さまのお願いで、アルビオンに行ったわ。そのときにギーシュ…… ミスタ・グラモンにも話を聞かれちゃったから、ふがくに一緒に連れてって もらって。 姫さまの密書を皇太子さまに渡して、手紙を受け取って……それで帰れば よかった。でも、姫さまの密書には絶対皇太子さまの亡命について 書かれているって思ったから、亡命してもらうために、ふがくと、 途中で一緒になったルーデルに敵を焼き払えって……命令したの。 ……でも、あんなつもりじゃなかった、間違ってたって気づいたけど、 中止させられなかった。わたし……なんであんなこと言っちゃったんだろうって……」 公爵はルイズを抱きしめた。力強く、無言のまま。 誰も一言も言葉を発しなかった。そうしてしばらく時間が経ち…… 公爵は立ち上がる。 「……わしは、王家に杖を向けなければならぬかもしれぬ。 これはグラモン元帥も同様であろうな。ジェローム!」 公爵の言葉に、「はっ!」と執事が飛んできて、公爵の脇に控える。 「『フガク』とか言ったな。その者は今どこにいる?」 「父さま。『ふがく』ですわ。あの子なら、あの尖塔の上に」 そう言って、カトレアは昨夜ふがくが昇った城で一番高い尖塔を指さす。 「あの子はわたしたちが一番理解しやすいものにたとえればガーゴイル……。 とはいえ、それは単純にわたしたちが理解しやすいものというだけで、 普通に感情を持ち、そればかりか祖国では士官と同じ扱いを受けていると 聞きました。それなのにわたしたちがあまりに酷い扱いをするのですもの。 だから昨日の夜からずっとあそこに。朝食にわたしが誘ったんですが、 招待されていないからって……」 「カトレア。それについては昨夜新しい部屋を用意させたはずですが?」 夫人の言葉に、カトレアはゆっくりと首を振る。 「母さま。これがたとえばガリアの士官、ロマリアの神官に同じことを したとして、ただ部屋を替えた、それで許せ……となるでしょうか? 確かに、あの子はガーゴイルのような存在で、ルイズの使い魔として 召喚されました。でも、元の国でそれなりの扱いを受けていたものを、 遠い国に召喚され、使い魔にされたからといって、下僕以下に扱って よいとは、わたしは思いません」 「むう……」 うなる公爵。カトレアはさらに続ける。 「それに、ルイズの言葉も嘘ではないと思います。実際に、わたしは 昨晩ふがくと一緒にルイズが見たのと同じ、『風の門』を越えた向こう、 二つに分かれた空を見せてもらっていますもの」 「でも、カトレア!どう考えても、たった一晩で魔法学院からアルビオンへ たどり着くなんて……国で一番速い風竜でも無理よ!」 エレオノールの言葉に、カトレアは再び首を振る。 「ふがくの速度は、わたしを気遣ってくれても竜籠が馬車に思えるくらい。 とっても速いのよ、姉さま」 「……『風の門』の向こう側。あなたたちはそれを見たというのね? カトレア。ルイズ」 そう言って夫人はカトレアとルイズを見る。その目には娘を心配する 様子がありありと見えた。 「……カトレア。『風の門』を越えたとき、気分はどうでした?」 カトレアは一瞬質問の意味を量りかねた。だがそれが自分の体調を 聞いているのではないと判断し、こう答えた。 「少し空気が薄くなった感じはしましたけれど、暖かく、晴れ晴れとした 気分でした」 「ルイズは?」 「わたしは……ただ空が美しいって思って……。でも、特におかしな ところはありませんでした」 夫人はしばらく瞑目する。そして静かに言った。 「……『風の門』に達する時点で、すでに魔獣や幻獣が飛ぶための魔力は 乏しくなり、鍛えた者でなければ息をすることも苦しい状態になっている はずです。それに『風の門』の正体は、東に向かって荒れ狂う乱気流 ――フネですら、あっという間にバラバラになってしまうほどのもの。 ましてその先に達すれば、体は凍り付き、口や鼻、耳から血を吹き出し、 意識を失いかねません」 「ふがくもそんなことを言っていましたわ。でも、自分と一緒にいるから 大丈夫だと」 カトレアの言葉に、夫人は視線を尖塔の上にいるふがくに向ける。 そして、言った。 「わたしも興味がわいてきました。それに、家を預かる者として、他国の 士官待遇を受ける者への非礼は詫びねばなりません」 それからまもなく。ふがくがカトレアとルイズに呼ばれてバルコニーに 降り立ったとき――そこに予想もしなかった来客が訪れる。 「……ワルド子爵か?一体何事だ」 公爵は無礼を承知でバルコニーに舞い降りたグリフォンに騎乗する 貴族の名を呼んだ。 ワルドは公爵夫妻に無礼を謝罪すると、居住まいを正した。 「アンリエッタ姫殿下よりの伝言をお伝え致します」 「姫殿下の……?」 そう言ったのは公爵夫人。魔法衛士隊の一角であるグリフォン隊の 隊長自らが急ぎやってくる事態など、ただ事ではない。 「はい。すでにご承知のことかと思われますが、先日、ルイズが姫殿下に 報告したニューカッスルの件で、姫殿下は銃士隊を脱出した王党派を 救助したフネが帰港したラ・ロシェールに向かわせた直後、竜騎士隊 第2大隊にニューカッスルの強行偵察を命じられました。 その結果、ルイズの言っていたことが証明され、王宮にて緊急臨時閣議を 開くべく諸侯の招集を命じられました」 「なんだと?では、鳥の骨はわしに軍編成を要求する前にルイズに会って いたというのか?」 公爵の言葉に、ワルドは短く「はい」と答えた。 「ニューカッスル城郭の周辺は、城郭が無傷なことが信じられないほどの 有様だったとのこと。また、ガリア南薔薇騎士団がニューカッスルにて 救護活動を行っていることも判明。 今回の件、枢機卿猊下ではなく姫殿下自らが先頭に立つご様子です。 閣下、急ぎ王宮へ」 「わかった。ジェローム!」 公爵は執事を呼び、竜籠の用意をさせる。慌ただしく公爵が王宮に 向かった後、それを見送ったワルドに夫人が話しかけた。 「ご苦労でした。ワルド子爵。あなたもずいぶんと出世したものね」 「いえ。今回はルイズのおかげです。そうでなければ、僕がまだ王宮で 何かできるような立場にはありません」 その言葉には嘘があった。確かにアンリエッタ姫は竜騎士隊に強行偵察を 命じた。しかし、平行してシンからニューカッスルの状況に対する報告は 受けていた。アルビオンに潜入していたエージェントは、シンだけではない。 ニューカッスルから脱出した貴族にも、テューダー王家につながる アンリエッタ姫に協力する者はいたのだった。そして、ワルド本人も、 今は『ゼロ機関』のエージェントとして動いていた。 「ですが、こうなれば……ルイズの言葉を信用しないわけにはいきませんね」 そう言って、夫人はふがくに向き直る。そして、頭を下げた。 「今回の非礼、誠に申し訳なく思っております。できれば、あなたが 国に戻られたときにも、ラ・ヴァリエール家、いいえ、トリステイン 王国が敵意を持って迎えたとは思わないでいただきたいと思います」 「私がお上にそんな報告をすると思っているのかしら?見くびられたものね」 「ふがく!」 ルイズが声を上げる。それをカトレアが押しとどめた。 「そんなことよりも、昨日のあの敵意むき出しの視線、そっちの理由が 知りたいわね」 ふがくは礼を失しない程度に冷ややかな視線を公爵夫人に向ける。 だが、公爵夫人はそれを意にも介さず言う。 「あなたとルイズが、ともに死と硝煙の臭いをまとっていたからです。 娘の使い魔とはいえ、娘に害をなすのであれば捨て置くことはできません。 ですが、先程娘から聞いた理由があれば納得もできます」 そう言って、公爵夫人はふがくに視線を向ける。その視線も刃のように鋭い。 二人の間に飛び交う視線に、ルイズは冷や汗を垂らした。 「……な、なんでこうなっちゃうのよ……」 「ふがくの態度も警戒心が強くなっちゃってるわね。わたしと話して いるときはそうでもなかったのに」 カトレアがルイズの横で困ったような顔をする。二人の後ろから、 エレオノールが溜息混じりに言った。 「……わたしと話していたときにも警戒されていたけどね。おちび、 あなたと一緒にいるときもあんな感じなの?」 ルイズがふるふると首を振る。 「確かに最初は……。でも、それはわたしの方にも問題があったからだし。 今はそんなことなかったのに」 ふがくと公爵夫人、二人の緊張に割って入ったのが、誰であろうワルドだった。 「まあまあ。カリーヌ様。ここは穏便に。 ふがく君も、別にラ・ヴァリエール家の人間と事を構えるためにここに いるわけではないのだろう?」 ワルドの言葉に、今にも杖を抜きかねない雰囲気だった公爵夫人の 刃のような気配が霧消する。ふがくも、完全に警戒を解いてはいないが、 それでもそれまでの殺気立った雰囲気は消えてなくなっていた。 「……ふふ。ジャン坊やの前で、大人げなかったかしらね」 「まぁ、私も別に……」 互いに見えない矛を納めた様子にほっと胸をなで下ろす三姉妹。 それを確認してから、ワルドが言う。 「カリーヌ様は、つまりふがく君がルイズに害を与える存在ではないと 確認できればよろしいのですよね?」 公爵夫人は無言で頷く。 「ふがく君も……まあ、この行き場のない気持ちは晴らせたらいい……かな?」 「閣下の考えが見えないわね。何が言いたいわけ?」 やや不審げな視線をワルドに向けるふがく。ワルドはそれを気さくに 笑ってみせる。 「僕に妙案があるんだ。聞いてもらえるかな?」 ワルドの『妙案』に、当事者である公爵夫人とふがくのみならず、 三姉妹も驚きの声を上げた。 前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略)
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前ページ風神が使い魔 そう言って風子に顔を向けたのは緑色の髪に理知的な顔をした妙齢の女性だった。 「なにかご用ででしょうか?」 「えっとさ、洗濯場? ってのはどこか解る? 全く人に合わなくてさ、ここがどこだかもよく解らないんだ」 「……学院長室前まで……適当に歩いて来た……と?」 声色が少し変わって口調が第一声とは大分違って聞こえた。額を手で押さえている。どうも相当にショックがあったみたいだ。 「それで、なんのご用でしょうか? 見たところこの学校の生徒ではないようですが?」 そのままの姿勢で数秒過したあと、持ち直したのか最初と同じ調子で聞き返してきた、顔には微笑も浮かんでいる。 「だからさ」 面倒くさそうに答えた風子、手に持った数着の衣類をブラブラと揺らせて続ける。 「これが洗える場所ってどこか解る? できれば案内もして欲しいんだけど」 「水汲み場でしょうか? ならこちらの方になりますが、あなたは平民でしょう? なぜこんなところに?」 「あ~……使い魔になった……」 心底嫌そうに目の前の女性に伝える風子、これを聞いて風子を見る視線が変わった、若干探るような眼つきになったその人は問いかけの言葉を口に出す。 「使い魔になった……とは、それはまた災難でしたね。それで、何所から来たのでしょうか? 学園の名においてあとでご両親に手紙を出させて頂きたいと思うのですが」 これを聞いてちょっとだけ楽しくなったのか、いたずらを今からする子供のような笑みが風子の顔に上がった。 「――異世界から来たんで、そんな心配は要らないんだよね」 これを聞いて驚かない人間など、世の中にさほどいないだろう、と考えていた風子は眼前の女性の驚いた顔に満足げな笑みを浮かべる。 「それは、また……災難でしたね、それで、誰の使い魔になったのかお聞かせ願えませんか?」 「――ルイズだよ、下の名前はまだ覚えてない、覚える必要もなさそうだし」 ここで目の前の女性はどこか納得した風な表情を見せた。探るような視線を向けるのを止め、どこか同情的になった顔を向けて、話を先に進める。 「それで、洗濯場を探しているのでしたよね? それならばこちらです、ご案内しましょう。あのヴァリエール嬢の使い魔になられたとは、大変ではございましょうが頑張ってくださいね」 「助かるよ、ありがと」 お礼を言った風子の前を通り、そのまま水汲み場の方へと歩き出した。その魅力的なお尻の後について行きながら風子はもう一度お礼を言う、聞きたいことがもう一つあったから、この異世界人の言葉を信用してくれた、その人の名前を知っておきたかったから。 「ありがとう、あんたの名前はなんて言うんだい」 「ロングビルと申します、この学園の長の秘書をやらせて頂いております、それほど長くお付き合いできるとは考えておりませんが、よろしくお願いします。そちらは?」 少し、気だるげに、少し、楽しげに。振り返らず前を歩くその人から、そう答えが返ってきた。そして、聞き返された、聞かれれば答えなければなるまい。 「風子、こっちの世界の言い方なら風子 霧沢! 末永くよろしく頼むよ!」 「それでは、ここが水汲み場となります、この季節の水は冷たいでしょうが、頑張って下さいね」 「ん、感謝してるよ、時間とらせて悪かったね」 いえいえ、と笑って踵を返したロングビル、その時、大きな、非常に大きな爆砕音が響き渡った、静けさが場を支配して数秒経った、 遠くから生徒達の騒ぐ声も聞こえて来る、風子の側からはロングビルがどんな表情をしているかは解らないが、取り敢えず雰囲気が変わったことぐらいは掴んだ。遠慮げに質問してみる。 「え……っと? 今の音は?」 「……まあ、あなたなら確実にそのうちに解る事です」 ここでいったん言葉を切ったロングビル、盛大に溜息を吐いたあと、こう続けた。 「今は、わたくしがあれの事後処理をしなければならないことだけ、覚えておいて下さいね」 先程は少し楽しげに見えた背中も今は大分煤けて見えた、どうやらこれから来る後始末の面倒臭さにまいっているよう、 「解った、うん、解ったよ、なるべくこーゆーことがおきないように頑張ってみる」 「助かります……それでは私はこれで」 そういってその場を離れ爆心地に向かって歩き出したロングビル、その背中には年齢には似合わない哀愁が漂っていた……。 角を曲がり、その背中が見えなくなるまで取り敢えず見送った風子、一つ大きく声を発し、両手で頬を張り、捲る袖の無い袖を捲った。 「頑張って洗濯てやつをやってみますか!」 風子にとってしたことのない手洗いでの洗濯に苦戦しつつ時間が過ぎて行った。どれだけ時間が経ったのか解らない、けれど今思うことは一つ、 (お腹……減った) 恐らく朝方に召喚され、なれないことをしたため普段より多くエネルギーを消費した風子、洗うべきものはまだ残っているがそれよりも今優先されるのは空腹を満たすことだった。 と、そのときちょうど、メイド服を着たいかにもな女性が風子の目の端に引っ掛かった。 (助かった! これでなにか食べ物が!) ダッシュで近寄って目の前に立ち塞がる、笑顔を浮かべて聞いた。 「何か食べる物が欲しいんだけど」 立ち塞がれた瞬間、訝しげに風子を見て立ち止まらざるをえなくなった少女は、笑顔をみた瞬間固まり、怯えた顔つきになった。 「ま、賄いの料理でよければご案内しますが、ど、どうでしょう」 「うん、なんでもいいよ、食べられれば、早く案内してくれない?」 少女の顔を見て自分がどんな顔をしているかある程度自覚した風子だったが、あえて表情を作り直すことはしなかった、早く食べ物を胃の中に収めたいため、目の前の少女を脅しつけているこの状況のままでいいや、面倒臭いしとか思った。 足取りのしっかりしていない少女の後ろに付いて厨房らしきところに到着した。 見渡すとどう使うのかよく解らない道具や、見たことのあったりなかったりする食材がところ狭しと並べられている。この場所に着くなりここで待つように言って風子から逃げるように奥の方に消えて行った黒髪の少女の帰りを待った。 やがて奥の方から黒髪の少女が戻ってきた、片手にシチューらしき物が入ったお皿を持っている。 「はい、どうぞ」と、手渡されたお皿を片手に呆然と突っ立つ風子、少女に聞いた。 「いや……ありがとう、しかしよく戻ってくる気になったね、普通はうやむやにして逃げちゃうと思うんだけど?」 「ええ、そうしようかと私も思いましたけど、本当にお腹が空いているんだろうなあ、と思うとどうしても」 柔らかに微笑んで風子を正面から見つめてそう答えを返してきた。こちらも先程とは打って変わった笑みを顔に乗せもう一つ聞く。 「こんな第一印象最悪の女にありがと、優しいあんたの名前はなんて言うんだい?」 「この学園付きのメイドでシエスタと言います、よろしくおねがいしますね?」 ん、こちらこそよろしく、と、返して手近に在った椅子に座った風子は一気にシチューを啜りだした。 「美味しかった、ありがと!」 最後の一口を胃の中に収め、目の前に座るシエスタに中身の無くなったお皿を渡した。 「はい、あんなに美味しそうに食べてもらってありがとうございます」 「そりゃまあ、腹が減ってたからねえ」 「これからもちょくちょく迷惑を掛けに来ると思うけどよろしく頼むよ」 「ええ、どうぞ、良い人みたいですし、厨房のみんなで歓迎しますよ」 くすくすと笑って席を立った風子はそのまま出口に向かって行く、後ろ手に手を振りつつ厨房を出る直前、振り返ってシエスタを見た。変わらずニコニコと笑っていた、 (あんたの方が相当良い人だと思うんだけどね) って言葉は口にせずそのまま外に出た。 その後は特筆すべき事柄もなく夜になった。風子にとって激動であった一日が終わろうとしている。 一つあるとすれば夕食時豪華な貴族達の晩餐を目の前に貧相な料理を出せれたことに切れかけた風子がルイズに「床で食え」と言われて完全にぶち切れ、結局外で夕食を済ませたことぐらいだろうか。 その後部屋に戻ってきたルイズは随分と不機嫌そうにしていたが、今は怒りも薄くなったのか穏やかな顔で机に向かい、紙にペンを走らせていた。 「なあ、そーいやそれ、何書いてるんだい?」 ぼんやりとそれを眺めていた風子がなんとなくと言った風にルイズに聞いた。 「あんたには教えらんないほど高貴なお方に手紙を書いているのよ、こうして昔はよく手紙のやりとりをしたことだし、読まれずに捨てられるる事はないと思うから」 こちらも片手間にのんびりと続きを書きながら答えた。深く聞くつもりのなかった風子はもう一度聞き返すことなどはしなかったため、しばしの間部屋にはルイズがペンを走らせる音だけが響いた。 「ん、こんなところでしょう」 手紙を書き終えたのか、机の上に出してあった封筒を手に取り、手紙を丁寧に折りたたんでその中に入れた後、最後に封筒の裏側に何かを書いて、指を鳴らした。するとどうだろう、部屋の明かりが落ちた。 「さ、今日はもう寝ましょ、あんたも疲れたでしょう?」 「まて、あたしはどこで寝ればいいんだ? 寝る前に何か体が暖められる物くれないと床で寝るとかそーいうことの前に凍え死ぬよ私」 重たげな眼のルイズはそれを聞いてもう一度指を鳴らし、部屋の明かりを付けた。机の横にあるタンスを引き、ごそごそとやった後、取り出した毛布を風子に投げてよこす。 「サンキュ、で結局私はどこで寝ればいいんだい?」 風子が受け取った毛布を片手にルイズに訊ねた。それを聞いたルイズは何も言わず、床を指差した。 「了解……じゃ、お休み」 半ば予想していたのかさっさと適当に床に寝転び、毛布を引被った風子はそれきり何も言わなくなった。ルイズはもう一度指を鳴らし、部屋の明かりを消した後、自分も布団を被る。 数分後、そこには穏やかそうな寝息の音と、寝苦しそうな寝息の音しか聞こえなくなった。 風子にとっての異世界での一日目が終わった。 前ページ風神が使い魔
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「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 本日数十回目の爆煙が上がる。 が、今回も爆煙の中に生き物らしき影は浮かんではいなかった。 (今度もダメだったか・・・) ルイズがそう思った直後に爆心地で何かがキラリと光ったのを見つけた。 確かめるためにも近づいて見ると、なにかが落ちていた。 「なにかしら、これ?」 爆心地に落ちていた物をおもむろに拾い上げる。それは八角形のリングだった。 その瞬間、取り巻きの生徒達から爆笑が上がった。 「いくらなんでもそんなもん召喚すんなよwww」「流石『ゼロのルイズ』、まともなものを召喚しねぇや。そこに(ry」「せめて平民を召喚しろよpgr」etcetc・・・ そんな爆笑を受け、顔を真っ赤にしながらルイズはそれを否定する。 「な、こ、これは違うわよ!ミスタ・コルベール、やり直しを・・・・・、ってあれ?このリング、向こう側が見えない?」 本来見えていなければいけない風景が、リングを通してみると真っ暗で何も見えない。 さらに詳しく調べてみようと、リングの穴を覗いていると異変が起こった。 突然、リングが鋭い閃光を放ち始めたのだ。 「え、ちょ、なんなのよ、これ!?」 突然の出来事に、とっさにリングを放り投げるルイズ。 リングはますます放つ光を強くする。 そして、ひとしきり光った後に少女がリングの中から現れた。 この不思議現象を前に、その場に居合わせた生徒全員が唖然としながらもその光景を見届ける。 銀髪の少女がルイズに傅く。 「はじめまして、御主人様。私は守護月天シャオリンと申します」 「しゅ、しゅごげってん?」 ルイズは聞いたことのない単語をオウムのように繰り返した。 「はい」 にこやかな表情で、シャオは質問に答え始める。 「空に浮かぶ月のように主から離れることなく守り続ける者という意味です。私の名前はシャオリン。シャオとお呼びください」 「ところで、御主人様。あなたのお名前は?」 シャオと名乗る少女がルイズに名前を尋ねてきた。 「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「ゼロのルイズって名乗るの忘れてるぞ~」 「うっさい!!」 いつもの調子を取り戻した外野から野次が飛んできたが、シャオには聞こえていなかったようだ。 彼女は目を閉じ、黙祷しているように見える。 まぁ、実際のところルイズの名前を頭の中で反復しているだけなのだが。 「・・・」 「・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 しばしの沈黙が流れた後に、シャオは口を開いた。 「素敵なお名前ですね」 嬉しそうに答えるシャオを前に、ガクッと崩れ落ちるルイズ。 (この子、天然だわ・・・・) そう思っているルイズに、今度はコルベールが声をかける。 「そろそろ契約の続きをしてもらえないかな、ミス・ヴァリエール。いいかげん次の授業が始まってしまう」 コルベールのしごく全うな意見に、ルイズは多少戸惑いながらも契約を再開し始める。 「・・・女の子だからノーカウントよね。シャオだっけ?ちょっとじっとしてて」 そう言うと、ルイズは契約のための呪文『コレクト・サーヴァント』を唱え始めた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 そして重なるルイズとシャオの唇。 「え、えっとぉ・・・」 流石に呆然となるシャオの右手には契約の証となるルーンが刻まれていた。 こうして"ゼロ"と呼ばれている少女は春の使い魔召喚を成功させたのである。