約 4,820,407 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3030.html
前ページ次ページゼロの夢幻竜 ルイズにとっては訳が分からなかった。 遅刻したらしいメイドが突然使い魔の声で話し出したら誰だって驚く。 それ以前に、使い魔が人語を解する点、そして尚且つ意思疎通できるという点でこの学院の人間は大方驚くとは思うだろうが。 取り敢えず人間に化けられるという事を前提にして説明を求めた。 それによると、シエスタというメイドと知り合いになった彼女は、洗濯を済ませた後食堂の位置を訊いて大急ぎでこの本塔へとやって来たとの事であった。 その話に一応は納得するものの、メイド姿のままでは流石に不味い。 そう思ったルイズはラティアスに、一旦外で元の姿に戻ってからここに来なさいと促した。 メイドことラティアスは上機嫌になって一旦外に出るが、数秒の後には元の姿に戻ってルイズの元に戻ってきた。 その時一瞬にして食堂にいる大方の者達がどよめく。 小型ながらにして風竜以上の飛行速度を誇るラティアスは、召喚された使い魔としては昨日の内に噂のネタになっていたからだ。 その様子に上機嫌のルイズは床に幾つかの料理の乗った一枚の皿を下ろす。 それを見たラティアスは喜んでそれに食べ始める。 その様子に昨日までの鬱屈とした日々への決別を感じたルイズであった。 食事が終われば授業が待っている。 ルイズはラティアスを連れてこの日最初の授業が行われる教室へと入る。 その瞬間、それまで雑談の声しか聞こえなかったそこは一転してしんと静まり返った。 その様子がルイズにとっては面白くて仕方が無い。 昨日までは何かと嘲笑が絶えなかったものだが今は違う。 こんな立派な使い魔を召喚出来たのだから、そうそう文句を言える者などいるまい。 そんなルイズの感情はお構い無しに、ラティアスはルイズを次々に質問攻めにした。 「ご主人様。私みたいにういているあの目の玉は何ですか?」 「あれはバグベアーって言うのよ。」 「じゃあ、あの生き物は?」 「あれはスキュア……ってラティアス、今はちょっと質問しないで。私一人が見えない誰かを相手に喋ってるみたいに見えるから。」 そうルイズに小声で言われ、ラティアスは慌てて閉口する。 だがその様子は既に数名の生徒に見られていたらしく、教室の何処かからくすくす笑いが起きていた。 ルイズが席の一つについたのと同時に、いかにも魔法使いといった雰囲気を纏った女性が教室に入ってくる。 優しい感じも覗かせる彼女は、生徒達のいる席をぐるっと見回してから満足そうに言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのが楽しみなのですよ。」 そこでシュヴルーズ女史の目はルイズの隣にいるラティアスへと行く。 「中でもミス・ヴァリエールは興味深い生き物を召喚しましたね。風竜か、或いは珍種の鳥か。何れにせよその翼の力は、私達の間でも噂になっていますよ。」 ルイズは澄ました顔をして少しだけ胸を張る。 「この子にはそれ以上の能力があります!」と言って変身や超能力見せたりするのを我慢するのが、当人にとってはかなりきつい事ではあったが。 その時教室の一角にいたマリコルヌが冷やかす様に口を開く。 「ゼロのルイズ!『フライ』も『レビテーション』も出来ないからって、まさかその都度その使い魔の厄介になるのかい?空を飛んで遠くへ速く飛ぶ事なんて風竜だって出来るぞ!」 その言葉が不味かった。ルイズは立ち上がり、長い桃髪を揺らしながら怒鳴る。 「違うわ!きちんと召喚して『サモン・サーヴァント』も成功出来たもの!それに只の使い魔よりずうっとこの子の方が役に立つもの!!」 「じゃあそのご自慢の使い魔は一体何の能力に長けてるんだよ?只の使い魔より役に立つんだろ、ずうっと!」 それを言われてルイズは黙るしか他無くなる。 その様子に教室のあちこちから笑いが起きた。 が、それは直ぐに全員の心にいきなり聞こえてきた怒鳴り声で瞬く間に収まる。 「ご主人様をバカにしないでっ!!」 しんと静まり返った教室の中では誰もがお互いの顔を見合わせた。 それから直ぐに多くの生徒が頭や耳の辺りをこんこんと叩き始める。 いきなり聞こえてきたそれはルイズにもしっかりと聞き取る事が出来た。 そして恐る恐る隣を見ると、床から数十サントの所で滞空しているラティアスが、教室にいる全員に向けて怒りの表情を向けていた。 「何やってるのよ!」という当惑の表情をラティアスに向けるが、彼女は全く気にする事も無く表情も変える事が無い。 それを見てルイズは初めて彼女に対して頭を抱えた。 やがて何時までもざわつきが収まらない生徒達に向かってシュヴルーズはぴしゃりと言い放った。 「静かになさい!何が起きたかは知りませんが、授業はとっくに始まっているのですよ!」 その言葉にほぼ生徒の全員がえっ?という表情で教壇に立つシュヴルーズを凝視する。 その視線にシュヴルーズは半瞬、何事?と思うが、直ぐにコホンと一つ咳払いをして言う。 「では、授業を再開します。」 その言葉を合図に授業は何の滞りも無く殆ど淡々と進行し始める。 魔法の四大系統の説明に始まり、『錬金』魔法の実演、そしてメイジのレベルを測る基準。 教室の生徒は皆それを真剣に聴いている……ようで内心は全く別の事に気を取られていた。 自分達の心に直接怒鳴り込んできたあの声は一体何なのか。 そして、何故ミセス・シュヴルーズは気づいていないのか。 その全ての答えはルイズのみが知っていた。 彼女にははっきりと分かる。 自分は勿論の事、自分に対してとてもよくしてくれている主人をも散々馬鹿にされた事に腹を立てたラティアスが、笑っていた教室内の生徒にだけ焦点を当てて怒鳴りつけたのだと。 ラティアスの気持ちが分からない訳でもない。 自分だってそれ相応に腹が立っていたからなのは言うまでも無い。 ただ幾らなんでも先程の行動は正直勘弁してほしかった。 意思疎通の事を話していない人間に対し、一方的にそれをされた場合における困惑の度合いは、ラティアスと初めて会った時に経験済みだからだ。 だが、ルイズは自分の心の裡で『意思疎通は二人だけの秘密』にしたい願望があったのかな、と薄ぼんやりと思う。 でなければ、教室にいる皆にそれを快く説明していたであろうからだ。 そう思っているとシュヴルーズから声がかかった。 「ミス・ヴァリエール!あなたにやって貰いましょう。」 「あ、えーと……すみません、何でしょうか?」 「私の話をきちんと聞いていたのですか?ここにある石ころを使って望む金属に変えてごらんなさい。」 困ったルイズが立ち上がれずにその場で戸惑っていると、ラティアスが意思疎通をしてきた。 「頑張って下さい、ご主人様!さっき笑った人達を見返すいい機会ですよ!」 その言葉に意を決し、ルイズは席を立って教壇に向かい歩き始めた。 が、直ぐに近くの席にいたキュルケが小声で咎める様に言った。 「ルイズ、お願いだからやめて!ミセス・シュヴルーズは今年初めて私達をもつのよ!あんたの爆発がどれ程危険か知らない……」 そこで彼女は言葉を切った。 自分に向けられている異様なまでの殺気を感じたからである。 ふとルイズが座っていた席の方を見ると、彼女の使い魔が愛らしい面立ちには似合わないほどの鋭い形相でキュルケを睨め付けていた。 その様子に彼女は気に喰わないわねと思いながらも、ふとある懸念を心に持った。 もしかして……さっきの声はあの使い魔が? 「馬鹿みたい、我ながら考えすぎね……」 そう呟き、ああ疲れたといった感じで髪を掻き上げる。 が、それは直ぐに自分の考え過ぎでない事が証明される。 何故か?答えがその本人から直接返って来たからだ。 「考えすぎな訳無いわ……熱そうなお姉さん。」 その言葉にキュルケはぎょっとしてもう一度ルイズの使い魔を見る。 相変わらず自分の方を見ていたが、気のせいか先程より鋭さが増した様にも思える。 それから周りを改めて見ると、今度は自分以外誰も反応していない。 冗談じゃないわ……まさか本当に? キュルケはとかく気味が悪くなったので慌てて目を逸らした。 が、その声は彼女の意思を無視して更に続いた。 「目を逸らしてもちゃんと聞こえてるでしょう?惚けても駄目よ。」 「いい加減にして!」 そうキュルケが言い放つのと全く同時に黒板の前にある机が大爆発した。 その勢いは凄まじく前方にある机という机はひっくり返り、窓ガラスには小さくひびが入る。 教科書の類は空中を舞い、羊皮紙はあちこちへ飛んでいく。 また突如発生した爆発に、教室中の使い魔達がギャアギャアと暴れだした。 教室は阿鼻叫喚の様子を呈していた。 そして騒ぎを収める筈のシュヴルーズも仰向けになって気絶している。 その爆発の原因であるルイズは煙が晴れた後、所々衣服が破れている事も気にしていないのか懐からハンカチを取り出して煤を払いながら言う。 「ちょっと失敗したみたいね。」 さらっと放たれたその言葉に教室のあちこちから怒号が飛び出す。 「ちょっとじゃないだろう!ゼロのルイズ!!」 「いつだって成功の確率殆どゼロじゃないかよ!」 「ああ、もう!ヴァリエールは退学にしてくれよ!!」 「俺のラッキーが蛇に喰われたじゃないか!ラッキー!!」 纏める者がいない為に一向に騒ぎは収まる気配は無い。 そんな中、ラティアスはルイズの側まで飛んで行き優しく声をかける。 「ご主人様!大丈夫ですか?!」 その問いかけに彼女は小声で誰にも聞こえない様に答える。 「大丈夫よ。それよりさっき私の許し無しに勝手に意思疎通やったでしょ?みんなには私が上手く誤魔化しておくから、後でこの部屋の片付け私と一緒にやりなさいよ。いいわね?」 「は、はい……」 ラティアスはすっかりしょげかえる。 しかし遠くからその様子を見ていたキュルケは遂に確信した。 ルイズの使い魔は只の竜崩れの使い魔ではない事を…… 前ページ次ページゼロの夢幻竜
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1410.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ ゴーレムの打ち下ろす一撃をシールドで受けたユーノは片膝をついた。 その一撃は見た目よりは遙かに強力だ。 魔力のために単に腕を振り下ろしたときよりも何倍も威力を増している。 一方、ユーノの魔力は傷を治すために使っていたので余裕がない。 シールドもいつまでも待たない。 ゴーレムが両腕を組んで振り下ろしてきた。 それも防ぐ。 衝撃が治りきっていない傷に響いた。 今度はゴーレムが腕を横に振る。 建物が巻き込まれて崩れる。 ユーノはその中に、落ちる瓦礫を見上げるシエスタを見た。 シエスタはルイズを追いかけていたが途中で見失ってしまった。 仕方なく探していたらヴェストリの広場まで来てしまった。 大きな音がしたので来たらゴーレムが暴れていた。 ゴーレムが建物を崩壊させシエスタはそれに巻き込まれる。 「おじいちゃん……」 いつもスカートのポケットに入れている祖父からもらったお守りを掴んだ。 周りで怖い音がする。 上から重いものが迫ってくる。 もう一度お守りを掴んだ。 その時、体がふわりと浮いた。 「大丈夫?怪我はない?」 見知らぬ小さな子どものメイジがシエスタを抱いて空を飛んでいた。 落ちそうになったシエスタは子どものメイジに抱きついた。 痛む頭を押さえながらギーシュは目を冷ました。 当たりには土煙が舞っている。 離れたところで音がしたので、そっちを見た。 「なんだ……あれは」 10メイルくらいのゴーレムが暴れていた。 青銅の色をしているが自分のゴーレムではない。 あんなに大きなゴーレムは作れない。 それに自分は動かしてない。 ゴーレムの足下を見てまた驚く。 「なんだ、あいつは」 とにかくすごい防御魔法の使い手だった。 あんなゴーレムの攻撃を弾くような防御魔法を使えるメイジはこの学園でも少ないだろう。 「リリカル……マジカル」 後ろで声がした。 呪文のようだが聞いたことのない呪文だ。 だが、魔力の高まりは感じるので呪文であることは間違いない。 「リリカル……マジカル」 ギーシュは好奇心で振り向いた。 が、それを後悔した。 光がギーシュを包んだからだ。 前より調子がいい。 1回唱えるごとに魔力がずっと多く貯まっていく。 だけど、それでも足りない。 「リリカル……マジカル」 10メイルある巨人を倒すにはまだ足りない。 それでも急がないといけない。 念話で聞こえるユーノの声が弱っていく。 「リリカル……マジカル」 来た。 魔力が十分に貯まった充足感。 今ならいける。 「Shooting Mode.Set up」 杖が別の形に変わっていく。 より強い魔力をより遠くへ飛ばすための形に。 翼の生えた杖はどこまでも魔力を飛ばす。 杖を握りなおし、狙うのはゴーレムの頭。 「行きなさい!行って、捕まえなさい!」 魔力の光が撃ち出される。 光はゴーレム頭部のジュエルシードを射抜く。 途中で何かあったような気もしたけど気にしない。 「Stand by Ready」 「リリカルマジカル ジュエルシードシリアル10 封印!!」 第2射。 さらに強い光はゴーレムの頭に直撃し粉砕し、ジュエルシードをあらわにした。 「Sealing」 剥き出しのジュエルシードが光の筋となってレイジングハートに吸い込まれる。 「Receipt Number X」 頭のなくなったゴーレムが金属のねじれる甲高い音を立てながら崩れていく。 「Mode Release」 「ありがとう。レイジングハート」 役目を終えたレイジングハートは熱い水蒸気を吹き出し形を戻す。 「Good Bye」 ルイズは赤い宝石に戻ったレイジングハートをポケットに入れた。 「ふうー」 できた。 ユーノの言ったとおりミッドチルダ式の魔法は使えた。 思っていたよりもずっとうまく。 (ユーノ、封印終わったわ。こっちに来て) 返事がない。 (ユーノ、返事しなさい。どこにいるの?) やっぱり返事がない。 興奮していた頭がすっと冷めていく。 ルイズはユーノを念話で呼びながらどこかに走っていった。 残されたギーシュはまだ気絶していた。 オールドオスマンが現場にたどり着いたのはゴーレムが崩れた後だった。 現場に生徒達を近寄らせないようにして、錬金でゴーレムの残骸を調べて分かったのは、これは魔法で作られた青銅ではあるということだけで特に不自然な点はない。 「そういえば、そこで気絶しとったグラモンのバカ息子は青銅の2つ名じゃったな……」 水のメイジが連れて行ったギーシュがゴーレムの主ではないかと考えるが首を振る。 ドットのメイジにはどうやっても無理な代物だ。 「それに、あれはなんじゃったんじゃろうな」 遠見の鏡で見たゴーレムの額には青いものがあった。 青銅に色をつけただけかも知れないが同じものは見つからない。 だが、あの青い石は気になった。 学院の生徒達は建物の陰に隠れてゴーレムを粉砕した桃色の光を放つ魔法を使った謎のメイジについて様々な憶測を建てていた。 学院の天才メイジである いや、先住魔法かも知れない いやいや、正義の味方に違いない!! だがキュルケはそんなことどーでもよかった。 キュルケが問題にしているのはゴーレムを粉砕した魔法を使ったメイジではなく、ゴーレムと戦っていた風変わりな防御魔法を使う一年生だった。 「あの後ろ姿……どこかで見覚えがあるのよね」 裾がほつれたマント。 学院ではあまり見ない半ズボンと半袖の上着。 指の部分を切り取った手袋。 茶色の髪。 あれは確か…… 「ルイズの男じゃない!!やっぱりいたのね」 ルイズがひた隠しにする男の子の正体。 それが誰か、ますます気になるキュルケだった。 ルイズはユーノを探して学園中を走り回る。 ゴーレムが暴れた近くにもいなかったので少し離れた場所も探してみる。 それでもユーノは見つからない。 (ユーノ、ユーノ。どこ、返事して) 「ユーノ、ユーノ。どこ、返事して」 念話と一緒に声が出る。 どこにもいない。見つからない。 「あの、ミス・ヴァリエール」 メイドがいた。 確か落ちたときに湿布を頼んだメイドだ。 「ミス・ヴァリエール。この人……」 メイドはフェレットを抱いていた。 間違いない。 「ユーノ!」 ルイズはユーノを奪うように取る。 ぐったりしていたが息をしていた。 「よかった」 ほっとしたら気づいた。 確か、このメイドは今「人」といわなかっただろうか。 フェレットのユーノを「人」といわなかっただろうか。 「あなた、なにか知ってるの?」 「あの、そのメイジの方……ユーノさんに助けていただいて……そのあと、ユーノさんがその姿に」 ルイズはとぎれとぎれに話すメイドの腕を掴む。 「あなた、名前は?」 「シ、シエスタといいます」 「シエスタ。ユーノのことは秘密にするのよ。いいわね?」 「え?……あのそれって」 ルイズは目に力を入れた。 「いいわね?」 「は、はい」 シエスタは背を仰け反らせて答えた。 「あ、それから。ミス・ヴァリエール。これ、頼まれていたものです」 ルイズはシエスタの出した湿布を取って、部屋に戻っていった。 部屋に戻ったルイズはユーノを机に寝かせた。 残っていた薬をユーノに塗る。 初めてジュエルシードを回収した後のようにユーノはぐったりして動かない。 「なんでこんなになって、平民なんか助けたのよ」 ──平民なんか 最初にユーノと会った時を思い出す。 ユーノは自分の責任じゃないのにジュエルシードを回収しにここに来た。 責任とかそういうのじゃないのかも知れない。 「そっか」 少しユーノの考え方が解るような気がした。 ユーノの譲れないところなのかも知れない。 「あなたには、ほっておけ言ってもできないかもね」 納得はできなかったけど。 だからルイズはユーノが起きたらまず私のことを考えなさいと命令することにした。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5715.html
前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 九話 ルイズに召喚された日の晩にタバサたちと別れた後、ブラムドは確信と共に一つの魔法を使う。 それは自らを探知する魔法を打ち消し、魔法の種類と術者の居場所を探る魔法。 『感知対抗(カウンターセンス)』 確信通りその身を探る術者の存在を知り、ブラムドは再び『飛翔』を唱えて術者のもとへと飛ぶ。 突然、鏡が本来の姿を取り戻す。 そこに映るのは年老いた男、学院の長であるオスマンの姿だ。 「はて?」 とつぶやき、オスマンは再び鏡を働かせて先刻の場所を映させる。 しかしそこにはすでに人影はない。 「むぅ……」 眉根に皺を寄せながら、オスマンは辺りを映して目標を探す。 『解錠(アンロック)』 窓の鍵が外から開かれ、そこから輝くような銀髪を持つ一人の女が姿を現した。 「どこの世界にも、似たような品物があるのだな」 窓の開く音、そしてかけられた声に、オスマンは頭をかきながら顔を向ける。 それはまるで、いたずらを見つかった子供のように見えた。 銀髪の女は笑みを浮かべながら室内を見渡し、視線の先にあった応接用の座席へと座る。 オスマンもまた、銀髪の女の向かいに腰掛ける。 「似たようなもの、というと鏡ではないのですかな?」 「魔術師たちが持っていたのは、遠見の水晶球という品だ。鏡を見た後であれば、その方が広く見渡せそうだがな」 銀髪の女は自らの身長ほどある鏡を指差しながら、不意に顔をしかめる。 「いかがなさいました?」 「いや、思い出したくないものを思い出してな」 オスマンはこの偉大な竜をして不快にさせるほどの何かに、強い興味を引かれたようだった。 「差し支えなければ、お聞かせ願えまいか」 銀髪の女の姿をした竜、ブラムドは大きなため息をつき、訥々と語り始める。 自らが、かつて一つの魔法の品に囚われていたこと。 その身を縛る魔法によって、ことあるごとに激痛にさいなまれていたこと。 いくつもの命を、激痛のため意に沿わず奪ったこと。 そしてその縛り付けていた魔法の品が、真実の鏡ということ。 「真実の鏡?」 「うむ。どのような場所でも映し出し、人を映せばその心までもあらわにするといわれておった」 「なんともはや、恐ろしい代物ですな」 オスマンは、額ににじむ汗を袖口でふき取る。 「我のような竜と違い、お前たち人間にとっては喉から手が出るような品ではないのか?」 微笑みながらいうブラムドに、オスマンは苦笑を返す。 「否定することは出来ませぬがな。人の心を暴くような品は、あってはならぬものです」 苦笑を浮かべながらも、オスマンの言葉も目も、真意を語っている。 それは『虚言感知』を使うまでもない。 その様子に、ブラムドは改めてこの老人を信頼することに決めた。 「オスマン、我はルイズに感謝しておる。故に、ルイズの生ある限りは忠誠を誓おう」 その言葉を聞くまでもなく、オスマンもまたブラムドを信頼している。 この強大な竜が、何の利があってルイズに従うだろう。 たとえどんな利があったとしても、人が地を這う蟻に従うようなことはないだろう。 ブラムドにとっては地を這う蟻の一種でしかないオスマンに、こうまで礼を尽くす意味はない。 その行動は、ブラムドのオスマンへの信頼をあらわしている。 何よりもこの竜は、人を殺したと口にしたとき、はっきりと苦悶の表情を浮かべていた。 それをわかっていながら、オスマンはブラムドを監視せざるを得ない。 オスマンの力では、どうやったところでブラムドをとめることが出来ないからだ。 そしてこの学院に通う生徒たち、いや教師も含め、選民意識に凝り固まった人間たちは、ブラムドの逆鱗に触れかねない。 たとえどれほど強くオスマンが言ったところで、可能性をなくすことなどできないだろう。 いっそのこと、一度ブラムドに力を振るってもらうか。 しかしそれをしてしまえば、ミス・ヴァリエールはさらに孤立することになりかねない。 であれば。 「頼みが、あるのではないか?」 口を開こうとした瞬間、オスマンはブラムドに先手を打たれた。 それは、あたかもブラムド自身が真実の鏡を使ったかのように、オスマンの心を見抜いていた。 「かないませぬな」 オスマンはどこか諦めたような、それでいてどこか晴れやかな表情を浮かべる。 「はっきりいいまして、この学院にいるメイジたちは幼い。それは実際の年齢ではなく、精神のありようとしてです」 カストゥールの時代を生きたブラムドにとって、オスマンのいいたいことの予想はついていた。 「確かに、メイジと平民との間には決して越えられぬ壁があります。だがそれは絶対に、人間として上等か下等かということではありません」 魔術師たちが、それ以外の存在を奴隷として扱った歴史を見ていれば、力を持った人間の醜さを知らぬはずもない。 「しかし、そうとは思わないメイジがこの世界の大半を占めています」 それでもブラムドは、その醜い面が人間の一面に過ぎないことを確信している。 「無論、ミス・ヴァリエールをはじめとして、メイジも平民も等しく人間だと知っているものもおります」 カストゥールの時代に生まれながら、自らに魔法を教えたアルナカーラがいた。 オスマンのいうように、平民を人と思わぬ人間が大半を占める世界で、シエスタという平民を大切な友と呼んだルイズがいる。 「もしブラムド殿の機嫌を損ねる人間がいたときには、たしなめる程度にとどめていただきたい、というのがわしの望みです」 オスマンは、私闘を禁じないと明言した。 ただし、その言葉には別の意図も含まれている。 増上慢をたしなめられるのも、一つの勉強だと。 ブラムドはオスマンの言葉を正確に理解し、どこか人の悪い笑みを浮かべながら首肯する。 「尻を叩く程度に我慢すると、約束しよう」 その言葉に、オスマンは自身の言葉がことのほか正しく伝わったことを理解した。 つまり、決して殺すような真似はしないと。 二人の年経た存在が、鏡に映したかのようにどこか人の悪い笑みを浮かべていた。 ルイズが石を爆発させた後、教室をでたブラムドはオスマンの部屋を目指していた。 しかし、その歩みは確信を持ってはいない。 さらにいえば、最短の道を進んでもいない。 端的に言えば、迷っていた。 昨晩一度いっているため場所の見当はついていたが、基本的に洞窟や洞穴で生活する竜ににとって、人間の住む建物の構造はどこか理解しがたい。 かつて魔術師に囚われていたときも、移動の際には案内役がついていた。 ……まぁいざとなれば飛べばよいか。 そんなことを考えるブラムドの行く先に、見覚えのある薄い頭の男が現れる。 「やや、ブラムド殿。ミス・ヴァリエールは一緒ではないのですか?」 「ルイズと授業に出ておったが、中止になった。ルイズは教室を片付けておる」 授業の中止、そして教室の片付けという言葉に、薄い頭の男は表情を曇らせる。 「もしやミス・ヴァリエールが……?」 「うむ。石を爆発させた」 「そうですか……、もう爆発することはないかと思っていたのですが……」 その言葉に、ブラムドは目の前の男がルイズに気をかけていたことを知る。 「そのことでオスマンに話がある。おぬし、名はなんと言う?」 「私はジャン・コルベールと申します。コルベールとお呼びください」 コルベールは朝食の際、オスマンに言われたからか、それとも元々そうなのか、どこか緊張したような動きでブラムドへ挨拶する。 「ではコルベール、オスマンのところへ案内を頼む」 「は、や、あの……」 「どうかしたか?」 言いよどむコルベールに、ブラムドは怪訝な表情を浮かべる。 「ミス・ヴァリエールの片付けの手伝いなどは?」 その言葉に、ブラムドはコルベールに笑顔を向ける。 コルベールはブラムドの正体を知っているとはいえ、現在の姿は妙齢の女性であり、自分が見た中でも一、二を争うほどの美女である。 それゆえ、異性とあまり交流のないコルベールは二の句を飲み込んでしまう。 「それは我が従者がしておる」 「は?」 とっさに言葉を返すことの出来ないコルベールを尻目に、ブラムドは自ら言葉を継ぎ、オスマンの部屋へと歩みを進める。 「それにな、ルイズを手伝う人間もいる」 教室内で孤立していたルイズを思い返し、コルベールは頭に疑問符を浮かべて立ち尽くしてしまう。 「案内はどうした?」 ブラムドの言葉に、コルベールはあわてて先導する。 ……従者? 昨日はそんなものはいなかったはずだが。使い魔に従者か…… 「おぉ!!」 先導しながらも、どこか考え事をしている風情だったコルベールが突然立ち止まった。 不意に声を上げて立ち止まるコルベールに、ブラムドは不審な顔をする。 「ブラムド殿、使い魔のルーンを見せていただけないでしょうか?」 「使い魔のルーン?」 「ミス・ヴァリエールとの契約の際、体に刻まれているはずなのですが」 契約といわれたブラムドは、そういえば、と左手をあげる。 そこには刻まれたルーンが、鈍い光を放っていた。 「これか?」 「おお、珍しいルーンですな」 いいながらブラムドの手を取ったコルベールは、手のひらの感触に違和感を覚える。 そしてその違和感の通り、ブラムドの手のひらには傷がついていた。 「これは!?」 「先刻の事故の折であろう。大したことはない」 「いや、そういうわけにもいきません」 とはいうものの、火のメイジであるコルベールに怪我の治療は出来ない。 手近な布を破ろうにも、メイジの服には固定化がかかっている。 困り果てて辺りを見回すコルベールは、窓の外に二人のメイジがいるのを発見した。 一人はギーシュ・ド・グラモン、シュヴルーズと同じく土を司るメイジ。 人間関係、特に男女関係に課題を持つが、土のメイジとしての能力は低いものではない。 だが彼はコルベールの助けにはならない。 少なくとも今は。 しかしもう一人、その向かいで笑顔を浮かべる長い金髪を縦に巻いた少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、コルベールにとってまさに天の助けといえた。 「ミス・モンモランシ!!」 窓から呼ばれる声に、二人の年若いメイジはどこか不機嫌そうな表情を浮かべて振り向く。 もちろん、呼んだ人間が教師であるコルベールだとわかり、不機嫌そうな表情だけは押し隠していたが。 かすかに笑顔を浮かべながらコルベールに近づいたモンモランシーは、その傍らにいた人間がブラムドであることを見て取り、ほんの一瞬その身を固めた。 咆哮による恐怖が、払拭されていなかったのだろう。 その後ろから歩み寄るギーシュもまた、表情や態度に表すことはないものの、瞳ににじむ畏れを隠しきれてはいない。 二人のおかしな態度に、気付いていながら気付かぬ風を装うブラムドと違い、コルベールはまったく気付いていない様子だった。 その観察力のなさに、ブラムドはコルベールの教師としての能力に疑念を抱く。 教師というものは、ただ生徒のことを心配していれば良いというものではない。 そしてその疑念は、直後に形となって現れる。 「彼女はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、彼はギーシュ・ド・グラモン、二人ともミス・ヴァリエールと同じクラスです」 モンモランシーはスカートの裾を摘んで少し広げ、小首をかしげるように挨拶をする。 「モンモランシとおよびください」 ギーシュは右手を前に、左手を後ろにし、軽く腰を曲げる。 「グラモンとおよびください」 貴族らしい優雅な挨拶に、コルベールは満足げに微笑む。 「ミス・モンモランシ、ブラムド殿が左手に怪我をしているようなので、みてやってもらえるかな?」 コルベールはモンモランシーに事情を説明し、ブラムドへ歩み寄るその背中越しにブラムドへと説明する。 「水のメイジは怪我の治療などを得意としまして、彼女はその使い手としてなかなか優秀な生徒なのです」 「ほぉ、水はそういった力を持つか」 ブラムドがかつていたフォーセリアでは、神に仕える司祭がその役目を果たし、魔術師は回復や治癒に属する力、他者を癒すような力を持つことはない。 対象の精神力を奪うような魔法もあるが、それは相手に精神的な打撃を加えるのが主な目的であって、自身の精神力を回復させるのはあくまで副次的なものだ 四大属性の内で水に関する魔法も、氷雪によって敵を凍らせる『氷嵐(ブリザード)』くらいしかない。 ハルケギニアで常識的な水の力も、ブラムドにとっては興味深いものにうつる。 傷の状態を確認したモンモランシーは驚かされる。 裂けているのは手の平の中心だが、少しずれれば骨に食い込むような深さだったからだ。 しかもその傷の深さに比さず、異様に出血が少ない。 したたり落ちるではなく、あふれるように流れ出ていてもおかしくないはずだ。 だが、その出血は手の平ににじむ程度に過ぎない。 おそらくルイズの爆発で傷付けられたのだろうが、モンモランシーは頭に疑問符を浮かべた。 四人が今いるこの場所と教室、そして医務室は延長線上にはない。 それをこの深い傷を放置したまま、何故こんなところに? 「どうかしたか?」 傷を見た瞬間に動きを止めてしまったモンモランシーに、ブラムドが声をかける。 「い、いえ。傷が随分と深いので」 「大したことはあるまい。骨にも筋にも問題はない」 こともなげに手を握ってみせるブラムドに、モンモランシーは目を見張る。 「と、とりあえず治します」 マントの内側に入れてある緊急用の水の秘薬と杖を取り出し、モンモランシーはルーンを唱え始める。 不思議そうな表情を浮かべるブラムドに、説明好きのコルベールが言葉をかけた。 「小さな傷であれば無用ですが、大きなものになると水の精霊の力を秘めた水の秘薬が必要になるのです」 水の精霊、という言葉に反応し、ブラムドもまた魔法を使う。 『力場感知(センスオーラ)』 それは魔法の源であるマナだけではなく、精霊力をも感知する魔法。 傷口に垂らされた水の秘薬には、確かに水の精霊力が感知できた。 しかしその力は異常なほど強い。 身近な周囲に満ちる下位の精霊ではなく、自然界の法則を司る上位精霊の力だ。 あまりにも無造作に巨大な力を振るう水メイジの姿に驚くブラムドの表情を、コルベールは怪我の治癒に対しての驚きと勘違いする。 「東方にはこのような魔法はないのですか?」 問われた言葉で勘違いに気付くブラムドだったが、勘違いを正すのも面倒と思って話を合わせる。 「うむ。我のいた場所では、破壊の魔法ばかりだった」 破壊の魔法ばかり、という言葉に、コルベールの表情にわずかな影が差す。 ブラムドだけがその影に気付いたが、生徒たちに聞かせたい話でもないだろうとあえて問うことはなかった。 やがて、モンモランシーの治療が終わる。 「終わりました」 「ほぉ、跡形もないのう。礼を言おう、モンモランシ」 傷の様子を確かめ、ブラムドは微笑みながらモンモランシーの頭をなぜる。 「その水の秘薬とやらも、安いものではあるまい? いずれこの借りは返そう」 「や、私が頼んだことですので」 コルベールは慌ててその言葉に応えたが、ブラムドは笑みを消して反論する。 「コルベール、我はオスマンのいうように客分ではあるが、出された食事をただはむような真似をしているつもりはない」 そしてブラムドはモンモランシーに向き直り、笑みを浮かべて言葉を重ねる。 「今すぐに、というわけにはいかぬが、この借りは我の力で返させてもらおう」 その言葉には高い誇りがうかがえ、コルベールは反駁することができない。 一方でブラムドは、一つの疑問を抱えている。 コルベールの言葉からすれば、自身の傷は浅いものではなかったといえる。 しかしそれほど強い痛みは感じていなかったし、出血も激しいものではなかった。 人の体はそれほど痛みに強く、強靱なものだっただろうか。 答えを見出せないブラムドを笑うように、左手のルーンが鈍く輝き続けていた。 前ページ次ページゼロの氷竜
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6714.html
前ページ絶望の使い魔 自らの髭をさすりながら古い本を読んでいる老人がいる。 本の題名は『始祖ブリミルの使い魔たち』。 老人─オールド・オスマンはちらりと傍らにある鏡に映し出されている光景を見る。 森の中で一人のピンクの髪の少女が巨大なオークと本を挟んで向かい合っているのだ。 何か話しているようではあったが音声は拾えない。 話し合いがひとしきり終わると森の開けた場所までオークと移動し、 そして向かい合うと少女は背負っていた剣を抜く。 ここで少女を映していた鏡はただ老人の顔を写すだけとなる。 ここ最近オスマンはこの少女の様子を観察することが多くなっていた。 先程見た一連の動きはパターン化されているといってもいいほど毎日のことである。 分かるのは少女が戦闘を行おうとすると遠見の魔法は常に見えなくなることと、 彼女が人間を食べるはずの凶悪なオークと意思疎通を行っていることだ。 前者は何らかの阻害魔法を使うことでできそうである。 しかし後者はモンスター心通わせる能力を持っていることになる。 魔物を従える──まるで始祖ブリミルの使い魔の一匹、ヴィンダールヴの能力ではないか。 彼女の使い魔のルーンはガンダールヴであったはずだ。 手にしている本を見ても間違いなくガンダールヴであることを示している。 伝承では虚無の呪文は詠唱が長く、その時間を稼ぐために使い魔がいたと聞く。 ルイズ本人の戦闘能力の上昇はガンダールヴと言える。 ここにきてヴィンダールヴの能力まで保持していることがわかった。 始祖の使い魔2体の能力を有するメイジ。 ここで問題なのは『使い魔ではなくメイジである少女がその能力を持っていること』だ。 結論としては少女が扱っている力はけっして始祖の力ではないということだ。 おそらく使い魔の先住魔法か何かであり、その魔法の副作用のようなものでルイズの性格、 性質が変化してしまったのだろう。ルイズが力を得る前、召喚した直後の危険と判断したときに 亜人を始末して置けばよかったと何度も考えたが過ぎたことは仕方がない。 使い魔を始末するための魔法の選定は終わった。すべては計画通り。 あとは彼女の行動次第である。 _________ 夜が更け、ろうそくの灯りに照らされながらルイズは手紙を書いていた。 誘拐未遂からもうすでに3週間ほど時が経っており、 噂されることの中心はルイズの行ったことから離れている。 その中には土くれが牢からまんまと逃げ果したという話があった。 あの怪我でよく逃げられたものだ。 現在書いている手紙は実家のほうに金を無心するためのものである。 今、ルイズはお金の重要さを実感しているのだった。 というのも、人を動かすということに金がかなりかかることに気付いたのだ。 ルイズが作らせた組織は少しずつ不必要な構成員を減らしているとのことで出費は減るだろうが ルイズの小遣いだけではいささか不安であった。そしてこのたびの報告内容だ。 アルビオンの方面への輸送経費が恐ろしくかかると手紙に書いてあった。 浮遊大陸であるアルビオンへの交通の便は恐ろしく悪い。 そこに行くには大量に風石を積んだ船で空を駆けなければならないのだ。 風の力を溜め込んだ風石は高価であり、できるだけ消費を少なくするのが当然である。 よってアルビオン─トリステイン間の航路はアルビオンがもっとも近づいてきた時に活発となる。 しかしルイズはアルビオンの位置に関係なく連絡を密にするように言っていたので その交流時期の外れた数少ない貴重な便に乗せてもらうために余分に金が必要となったのだ。 こうしたことにより、普段から使わず大量に貯めてあった財布の中身が警告を発し始めたのだ。 ルイズ自身が組織を作れと言っておいて金払いがよくなくなるのは信頼の失墜に繋がってしまう。 リーダーの男はともかく他の連中は金が切れれば離れていくだろう。 よって金の工面は優先事項となった。 当初、ルイズはこの組織にはアルビオンのことを調べてもらうだけのつもりであった。 すでにアルビオンの反乱が成功することは確定している。ここで切っても痛手はない。 しかし、上げてくる報告書は思っていたよりも広く調べられており、 この間読んだときには注目すべきおもしろい情報が載っていたのだ。 それはトリステイン貴族にアルビオンの貴族派の仲間と思われる者がいるというのだ。 すでに何人かリストになっている。確実であると判明しているのはどこも中小貴族ばかりだが 大貴族の中にも怪しい者がいるようだ。アルビオンの反乱軍、レコンキスタの手が思ったよりも 伸びていることに驚いた。これならトリステインとの戦争になるのはそう遠くない。 こうしたことからルイズは切らない方が有益であると判断した。 この2週間にあったことをゆっくり思い出す。 あの後、オークに魔道書を説明してもらった。 やはり身振りだけでは難しかったが少しづつ分かる文字を増やしていき、 だいたいの概要を把握するまでになった。 魔道書に載っていた魔法陣は契約するためのもので、契約をすることで先住魔法が使えるようになるらしい。 その日からルイズはオーク監修の元、魔道書に載っていた魔法と契約し始めた。 初めて呪文の契約をした時、ルイズは喜び勇んで呪文を唱えた。 るいす”のこえは やまびことなって あたりに ひびきわたった! とりあえずオークの胸倉を掴んで思いっきり引き寄せ睨みつけたが、その光景はデルフリンガーから見れば 体格差により詰め寄ると言うよりぶら下がって遊んでいるように映ったという。 もちろんからかってきたデルフリンガーには仕置きをしておいた。 さらに詳しく理解してくるとなぜ使えないのかがわかった。 まず、この先住魔法にも適性と言うものがあるらしい。適性がないと契約しても使えないらしい。 次に魔法を唱える術者の力量。系統魔法のようにメイジを明確にランク分けしているわけではないがやはりそれなりのレベルと言う区切りがあるらしい。 今回の魔道書に載っていた先住魔法はほとんどが戦闘用の魔法であることがわかったが その中でルイズがほしかったものがあった。 回復魔法である。 誘拐時にオークが唱えたその効果を見て以来、ルイズは期待していた。 しかし無残にもその適正はルイズにはなかったのである。 回復呪文の中で、もっとも簡単だと思われる「ホイミ」が使えなかったのだ。 ヒャドなどの水系統を唱えられるのなら回復魔法もいけると考えていたルイズは 1時間ほど膝を抱えて地面に座り込んでしまった。 しかし神は救いも与えている。幾つかの攻撃魔法と便利な補助魔法が少しだけ使えたのだ。 補助魔法も闇の衣で効果がないと考えていたが試してみると重ね掛けができ、ルイズは興奮して 淑女にあるまじき狂態を見せてしまった。 それを見ていたのは一本の剣と一匹のオークだけであった。 忠実なオークはもちろん剣の方も再三ルイズをからかって酷い目に合わされていたので その時のことは一匹と一本の記憶の片隅にしっかりと保存されることになる。 実戦経験の少なさを補うことと、新しく覚えた魔法を用いた戦闘に慣れるために ルイズはデルフリンガーが言っていたオークとの剣の修練を行うことにした。 とはいえ、補助魔法の影響下で滑らかに動けるようになることが目標としていたため、 ただ実戦さながらに戦うだけであった。 デルフリンガーの期待に添えたかははなはだ疑問であるが、 オークと戦っているとデルフリンガーは剣の扱いがどうのとうるさく言ってこなくなったので 諦めたのだろうと思う。彼にはこれからも剣という名の鈍器としてがんばってもらいたい。 羽ペンを置いたルイズは書き上がった手紙を読んでいく。 その文面は己の使い魔を出汁にしたものだ。 大筋の内容は『寝たきりの使い魔を起こすために水の秘薬を買ってみたが効果がない。 もっといろんな薬を試したいのでお金を送って欲しい』となっている。 使い魔に関わることなのできっと大丈夫だろう。 手紙をしっかりと封蝋したルイズは部屋から出て、兵の詰め所に行く。 これは普段なら手紙の宛名方面に行く荷馬車に任せるのだが、 早く手紙を送るならここにいる衛兵に頼めばよいと聞いたことがあったからだ。 詰め所にいた兵士にしっかりと明日の朝一番で送るように告げるが胡乱な目でルイスを見てくる。 兵士は気だるそうにしていたがルイズが金貨を5枚ほどテーブルに置くと 馬の使用の手続きをいきなり始め、緊急だ!と奥の兵士に声を掛ける。 掛けられた者はテーブルにあった金貨を確認した後、 3枚取るとルイズの手紙を丁寧に懐に入れてそのまま厩に向かってしまった。 手続きを行った兵士は残った金貨を懐に入れながらできるかぎり急がせましたとルイズに報告する。 やはりお金は大事だと再確認したルイズであった。 ───────────── 夢を見た。 身体が揺れている感覚がする。視界は少し暗いだけ。 小さな小船の上で毛布を被り泣いていたようだ。 目を手で覆い、身体を縮めて震わせている。 これは小さい頃の夢だ。ヴァリエール公爵領の本邸で叱られて逃げ出した時、 自分だけの秘密の場所―庭の池に浮かぶ小船に隠れて過ごす。 「泣いているのかい、ルイズ」 その声に顔を上げる。 被っていた毛布を頭から外すが、その人物は日を背負い逆光になって顔が見えない。 泣いている顔を見られたくなかったルイズはすぐに顔を毛布に埋める。 これは違うとルイズは感じていた。こんなものはだめだ。 次の瞬間、ルイズの手にはデルフリンガーが握られており、体からは力強い躍動を感じる。 目の前の優しく声を掛けてくる敵を袈裟切りにする。 さっきまで優しげな顔をしていたその人物は何が起こったのかわからないといった顔で血を吐く。 裏切りを受けた者の表情とはなんと甘美なのだろう。 そして視界すべてが闇に塗りつぶされ、闇がルイズを包んでくれる。 毎晩与えられる優しく抱きしめてくれるような感覚にルイズは溺れてしまっていた。 ──────── その日の最初の授業は風の盲信者ギトーの講義であった。 久しぶりに授業に出たというのにギトーの授業がくるとはなんと運の悪いと自らを嘆きながら ギトーが熱弁をふるう様を半目で見ているとそれが耳に入ってきた。 皆、ギトーの演説には辟易しているのであまり真剣に聞かずに話していたのだが、 その中の使い魔品評会という単語をルイズの耳は拾ってしまった。 そういえばもうすぐそんな季節である。授業どころか最近はいつも外に出ていたため全く気付かなかった。 使い魔品評会・・・毎年行われる新しく召喚された使い魔に芸をさせるというものだ。 最近使い魔にしつけをする場面に出くわすことが多かったがそれが理由か。 ルイズの使い魔は眠ったままである。しかも行われるのは明日らしい。 使い魔が動かなければ、どうすることもできないではない。 ルイズはメイジとなったというのに学院の他のメイジと同じようにこなせない自分に怒りを覚える。 そのとき手元でメリっと音が鳴り、前後や近くの生徒がこちらを見てくる。 彼らは一様に顔を青くした後、授業中であるにも関わらずゆっくり席を立ち、ルイズの近くから離れていく。 ルイズも自分の手を見やると机の天板を握りつぶしてしまっていたことに気付いた。 この机の修理や片付けはどうなるのだろうかとルイズが考えていると 教室全体の雰囲気が慌しくなる。何事かと思うが原因はキュルケが炎を出していた。 どうやらギトーが挑発し、それにキュルケが応えようとしているようだ。 結果はギトーがキュルケの炎を吹き飛ばして終わり。 「諸君、風の前ではすべての者は立つことはできない。火、水、土そして伝説の虚無さえもなぎ払うだろう。 私はここに風の最強の証を君たちに見せよう!ユビキタス・デル・ウィンデ・・・・」 詠唱が終わった後、教壇には三人のギトーがいた。 「これは風の遍在だ」 ギトーの二体の遍在はそれぞれに向かって風の魔法を使う。風の魔法エアハンマーがぶつかり合う。 生徒の注目が集まっているのを見てから遍在2体が消滅する。 「風は遍在する!いかに相手が強かろうが数の力には適わない!これが風最強の証明だ!」 そのとき戸口が開いてコルベールが入ってきた。ずいぶん慌てているように見える。 生徒に強さを見せつけたことで機嫌のいいギトーは朗らかに対応する。 「どうしました?ミスタコルベール。今は授業中ですぞ」 「授業は中止です、はやく外に出て準備をしてください。 急な話ですが明日の使い魔品評会ですが王女、アンリエッタ姫がご観覧なさるのです。 ゲルマニア親善訪問より戻られた足でこちらに向かわれており、本日到着予定だそうです」 それだけ言うとすぐに扉より出て行ってしまう。 そして少しずつ伝えられた内容が頭に染み込んでいくと、生徒たちの間でざわめきが起こった。 生徒たちが整列し道を作り、目の前を騎士に護衛された馬車が通っていく。 時折馬車の中から微笑みながら手を振る少女に歓声を上げていた。 その少女は馬車の外から見えない位置に座ると大きくため息をついた。 「姫様。ため息をつくのはこの馬車の中でだけですぞ」 頭に小さなティアラを乗せた少女、トリステインの王女であるアンリエッタ・ド・トリステインは 自分に話しかけてきた目の前に座る人物に目を向ける。 トリステインの政治で辣腕を振るうマザリーニ枢機卿。権力の集中により彼はよく悪く言われるが 間違いなくトリステインのために行動している。 このたびのゲルマニア訪問も彼が調整したものであった。 今回の訪問によりアンリエッタの将来が決まってしまったことで恨み言の一つも言いたいが トリステインのためを思うなら一番の選択肢であろう。しかし今回のこと問題を残していた。 その問題を知るのはおそらく自分だけだろう。そしてこの問題は公にすることができないため、 アンリエッタは目の前の人物に相談することもできない。だからこそ自分は気分転換にかこつけて 親友がいるこの学院に来たのだ。この問題を解決できるであろう人物に会うために。 「此度のことで姫様は何か悩んでらっしゃるようですが大丈夫です。 私がすべて取り計らいます。何も心配はいりません」 マザリーニ枢機卿の言葉にさらに自分がなんとかせねばなるまいとアンリエッタは決心した。 学院の生徒たちが王女に注目していたとき、ルイズはその隊列の中でも魔法衛士隊を観察していた。 一人ひとりがトライアングル以上のメイジであり、かなりの剣の腕前まで持っている。 最終的にトリステインを平らげるにはこいつらが立ちふさがるであろう。 だがこのルイズを相手にグリフォンに乗っているのは失敗である。いつか来るそのときが待ち遠しい。 歓迎式典が終わり、授業が無いことを確認したルイズは図書室にいた。 読んでいるのはマジックアイテムの本。魔法陣については分かったがそれ以上に気になるものがあった。 それは夢で見た光る玉だ。まさに夢で見た効果は天敵と言えるほどではないだろうか。 これについては調べるにしても他の者に知られるのはまずい。 なんと言ってもルイズにとっては危険な物である。 例え信用が置ける者であっても知られるわけにはいかない。 同じく図書室にいたタバサも誘わず黙々と探し続けた。 ────────── 今日、使い魔品評会が午後から行われる。 すでに中央広場にちょっとした舞台会場が設置され、学園内は魔法衛士隊の面々が巡回を行っている。 昼食の時間になった頃に使い魔の目が覚めていないことを確認し、 ルイズは使い魔品評会を辞退することにした。 ぎりぎり間に合うのではないかと考えていたが、そんな都合のよいことは起きなかった。 落胆の念がかなり強く、立ち上がるだけなのに苦労する。 医務室を出てすぐに会ったコルベールに使い魔品評会を辞退することを告げると、 コルベールも使い魔が起きない現状を知っていたので了承し、 握りこぶしを作って報告するルイズが落ち込まないようにと励まそうとする。 「あなたの使い魔はすばらしい力を持っています。 心無い人は眠っているだけだと言ってくるかもしれませんが、優れていることは間違いありません。 メイジの実力は使い魔を見ればわかると言います。 優れているが眠っている使い魔と同じく貴方の力もまた使い魔と同じくまだ眠っているだけなのです。 あなたは間違いなく最高のメイジですよ」 コルベールがルイズをメイジとして持ち上げるように話すのを聞き、ルイズは少し冷静になることができた。 魔法が使えるようになってから自分がメイジだと変に意識しすぎていたことにルイズは気付いたのだ。 もともとルイズが剣を持ち始めたのも、型に当てはめずに自分を強くしようと思ったからである。 コルベールに礼を言って別れると図書室に向かうことにする。 今回のことで初心を思い出し、自分に精神的な未熟さを実感した。 それにまだまだ振り回されるかもしれないことに頭を痛める。 致命傷にならないうちになんとかしないといけない。 使い魔品評会はタバサの風竜が最優秀賞を勝ち取ったそうだ。 その夜、ルイズが部屋でデルフリンガーと先住魔法について話していた。 普段なかなか喋らせてもらえないデルフリンガーは機嫌がよさそうだ。 「お前さんのは契約はしているがエルフとかが使う先住魔法とはちょっと違うんだよなぁ」 「エルフがどんな先住魔法を使っているか知らないけどオークが持ってきた奴だからね。 でも回復魔法が使いたかったわ。あれほど恐ろしい魔法はないわよ。 死んでなければ大怪我を負っても回復できるとかありえないわ」 「確かにありゃすげぇよな。あいつとおめえさんとの剣の修練の名を借りた殺し合いで どちらも死んでねぇのは間違いなくあの「べほまら」とかいう魔法のおかげだ。 戦うのはいいけど心臓に悪いぜ」 「あんたのどこに心臓があんのよ」 「ひでえな。こんなに心配してやってんのによ。 こんなことならおめぇさんが失敗した時にもっとからかってやればよかったよ」 「あんた息の根止めるわよ?」 「俺は剣だから息なんてとうの昔に止めてらぁ。むしろ息なんてしたことねぇ」 「それは私への挑戦と受け止めたわ」 そう言うとルイズはデルフリンガーを手に取り、折るように力を加える。 「あ、ごめん、言い過ぎました。申し訳ございません」 すぐに謝罪してきたデルフリンガーに半目を向けながら、床に放り出す。 床に投げられたデルフリンガーは先程の殊勝な態度はどこへやらすぐに文句を返してくる。 「ったく。剣の扱いが荒いぞ。もっと丁寧に扱えよ」 「あんたの減らず口が減ったら考えてあげるわよ」 デルフリンガーの不満にしっかりとルイズは返す。 「嬢ちゃんとはこんだけ馬が合うってのになぁ。相棒じゃねぇのが残念だよ」 ルイズはふと気になる言葉を聞いたので眉を動かす。 「また剣の振り方がどうとか言い始めるんじゃないでしょうね。そんなの習得するのに何年かかるのよ。 戦闘への慣らしの方が重要でしょ。技術ってのは後から付いてくるって聞くしね。 ところで、相棒じゃないってどういうこと?あんたは私の剣でしょ?」 ルイズは少なからずこの剣に心を許していた。現段階でルイズの裏側を一番知っていると言える存在だ。 しかしここでそれが否定されるように感じてルイズは不安を抱いた。 「いや、それはもういいよ。おめえさんには必要なくなった。 それと相棒ってのはな、持ち主とか使用主ってことじゃねぇよ。 ええっと、・・・なんだっけ?忘れちまったなぁ」 マヌケなデルフリンガーの返答があったとき、ルイズの部屋にノックが響いた。 デルフリンガーへの追求を抑え、軽く闇の衣を纏う。 先程の会話を聞かれていたかもしれないことに背筋が寒くなる。 ルイズは慎重に扉を盾にしながら開ける。そこにはローブを纏った不審人物がいた。 部屋に入ってこようとするので、肩を掴み壁に押し付け、精一杯ドスを効かせた声で話しかけた。 「どちら様でしょうか?不審な動きをすると唯ではすみませんよ?」 「ル、ルイズ?」 どこかで聞いたたことあるような声に首を捻る。言葉に焦りが混じるローブの人物がフードを外した。 下から現れたのは頭にティアラを乗せた同年代くらいの少女。 その顔を見てやっとトリステイン王女であるアンリエッタだということに気付いた。 まさかの訪問客に思考が停止しそうになったが被り振りながら冷静になろうと努める。 なぜ王女がこのように人目を忍んでくるのかが疑問に思うが、 とりあえず部屋に入りたそうにしているので入れてやる。 部屋に入った王女はディテクトマジックで部屋を探索した後、懐かしそうに話始めた。 うれしそうに昔話に興じる王女の相手をしながら考える。 様子からしてルイズとデルフリンガーの話は聞いていなかったように見えた。 ルイズと王女はそれなりに親しかった事もあり、会いにきただけということもあるかもしれない。 宮廷で言えないような愚痴でも言いにきたのだろうか? さっさと本題に入りたいルイズはアンリエッタに質問をする。 「姫様。それで今日は旧交を温めに来られたのでしょうか?」 ルイズが促すとアンリエッタは途端に浮かない顔をしてきた。 「私、結婚するの」 合点がいく。アンリエッタはこの事で愚痴を言いに来たに違いない。 確かこの娘はアルビオンの王子が好きだったはずだ。 いつぞやは逢引のために抜け出す時に身代わり役として寝床に潜っていたこともあった。 アルビオンの戦況ではその王子の属する王党派が終わろうとしている。 今入っている情報は反乱軍の兵士によって城の包囲が完了しそうであるとのことだ。 その暗い表情のアンリエッタに口の端で笑いながらもしっかり手で隠して事情を伺う。 「おめでとうございます。それでお相手の方は?」 「ゲルマニアの皇帝です」 それを聞きルイズはなるほどと頷く。 「今回のゲルマニア訪問の目的はそれでしたか。 まあ今のアルビオンでの内乱で、貴族派の反乱が成功すれば次はトリステインですからね。 ゲルマニアとの同盟は賛成します。王族としての責務大変であろうことをお察しします」 ゲルマニア─トリステイン間の婚姻による同盟。 当然考えられることであった。しかしこれはまずいことになってきた。 同盟が成立すれば反乱軍が攻めにくくなってしまう。この婚姻は妨げなければならない。 どうしたものか・・・ しかしアンリエッタはその言葉に絶句する。おそらくルイズならゲルマニアの皇帝との婚約に怒りを感じて そんな境遇の自分に同情すると思っていたのだ。 部屋に入る時といい、冷静なルイズの言葉に戸惑いが生まれる。 「その通りです。ですが、問題があるのです。 アルビオンのウェールズ様を覚えておりますか?」 「覚えてますよ。あのアルビオンの凛々しい王子様ですね?」 「そう、そのウェールズ様に私はある手紙を出してしまったのです」 「手紙を出すくらいで問題にはなりませんよ」 「いいえ、違うのです。 その手紙にはゲルマニアに送られれば婚約は解消されるほどのことが書かれているのです。 ・・・はっきり言ってしまいましょう。手紙私からウェールズ様への恋文です。 婚約解消となればトリステインは独力で反乱軍と戦わねばならなくなります。 この国のためにもなんとしてもその手紙を回収しなければなりません。 それも絶対の信頼の置ける者でなければこんな任務を拝命させるわけにはいかないのです。 しかし私が信頼できるような者は宮廷にはいません。どうすればいいのでしょう。 誰か罪深い私を助けてくれるような者はいないのでしょうか」 アンリエッタはちらちらとルイズを見ながら事情を説明してくる。 話し方からして、ルイズが自分から志願してくれるのを待っているようであった。 まさに渡りに船の申し出であった。この任務に失敗すれば同盟の話はなくなる。 その様を思い浮かべたルイズはアンリエッタににっこりと微笑みを送る。 「姫様!ここに私がいるではありませんか。私にどうか命令してください。 手紙を見事手に入れてこいと。それだけで動く貴方の友が宮廷にはいなくともすでに目の前にいます」 驚いているような顔を作りながらアンリエッタは言葉を返す。 「いけません!貴方をそのような危険な場所に行かすなどどうしてできましょうか」 「姫様のためならば危険なぞ省みない覚悟です」 「本当に行ってくれるのですか?」 「もちろんです。私以外にこれほど適任な者もいないでしょう。 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、トリステイン貴族として、 そして何よりあなたの親友として!この任務果たしてみせます」 「ああルイズ!私はなんとよい友を持ったのでしょうか」 「任せてください。すべてうまく行きますよ。すべて、ね・・・」 アンリエッタは最初に感じた違和感を忘れ、 ルイズの微笑みと自信のこもった言葉に大きな安心を覚えていた。 自分の指から指輪を抜いてルイズに手渡す。 「ルイズ。これは王家の宝、水のルビーです。これをあなたに。 もし路銀が足りなくなればそれを売り払ってください」 ルイズはありがとうございますと言いながら受け取り自分の指に嵌めた時、 突如大きな音をたててその扉が開いた。そこにいたのは金髪の優男。 その名をギーシュ・ド・グラモンという。 ずいぶん前にルイズに決闘でフルボッコにされた男だ。 「話は聞かせていただきました!その任務、私にも任せてもらえないでしょうか?」 どうやら聞き耳を立てていたようだ。 ルイズはため息をついてからアンリエッタに視線を送る。 アンリエッタは純粋に驚いているだけのように見える。 とりあえず提案だけでもしてみる。 「この女子の宿舎に忍び込んだネズミは始末したほうがよいですね?」 「それは少し過激です。でも聞かれた事が事ですし仕方ないのかもしれませんね」 その会話を聞いてギーシュは失敗という言葉が頭をよぎる。 トリステインの一輪の花、アンリエッタ殿下に名前を覚えてもらい、 もしかすれば親しくなれるかもしれないチャンスに舞い上がり、 部屋に突入してしまったが窮地に立たされてしまった。 ギーシュはルイズの恐ろしさを文字通り身に染みて理解していた。 決闘での悪夢はいまだに夢に見てしまう。 そして土くれのフーケを学院長室まで引きずっていったのをギーシュはしっかりと見ていた。 なんのためらいも無くやると言ったらやる性格。 使い魔を召喚してから変化した凶悪なルイズが今は口封じという口実を手にして ギーシュに視線を向けている。顔から血の気が引き、手がぶるぶる震え始める。 「お、おお、お待ちください。私、ギーシュ・ド・グラモンはトリステイン貴族の一人として 姫殿下のお役に立ちたいのです」 その言葉にアンリエッタが反応する。 「グラモン?あなたはグラモン元帥の身内の方ですか?」 「息子であります!」 「あなたも私の力になってくれるのですか?」 「このギーシュ。姫殿下のためならばどのようなことでもやり遂げて見せます」 二人のやりとりを横から見ながらルイズは考えていた。 危機を脱しようと思っているギーシュはなかなか饒舌である。 しかしギーシュを連れて行くとどうなるだろうか。連れて行くなら先住魔法は使えない。 打算の結果、不可との結論が出る。 「だめよ。貴方じゃあ足手まといにしかならないわ。身の程を知りなさい」 しっかりと釘を刺すがアンリエッタがにっこりと微笑む。嫌な予感しかしない。 「ルイズ、そう言わずともいいじゃない。彼は彼で私のために動こうとしているのです。 そんな貴族の忠誠を無碍にはできません。ぜひ彼も連れて行ってください」 「そ、そうだ!ドットとはいえメイジだぞ。ゼロの君とは違う!」 どうやらアンリエッタは本当に足手まといとなるとは考えていないようだ。 そして彼女に支持されたギーシュはかなり勢い付いてしまっている。 その言い草にルイズは静かに怒りを覚える。 「そのゼロにボロクズにされたのは誰かしら?ミスタグラモン? まあいいわ付いてくるのはいいけどこの任務は非公式だから死んでも名誉の戦死とはいかないわよ?」 「の、望むところだ。表に出なくとも貴族としての行動ならば誰が謗ろうとも恥じることはない」 名誉がない。そのことを聞いてギーシュは唾を飲み込んだがアンリエッタがこの場にいることを思い出し、 見栄をを張り通してきた。 仕方がない。ギーシュには途中で死んでもらうことにしよう。 それよりこのような任務を任せるほどアンリエッタが自分を信頼していることにルイズは注目する。 信じれる者が近くにいないとはなんとおもしろい姫だろうか。 もっとも信頼しているのが昔いっしょに遊んだだけのルイズであるというのが一番の笑い話である。 ルイズはアンリエッタが小娘である自分にこのような任務を与えることを馬鹿にするように考えていた。 しかし、貴族王族といった権力の渦の中でそのようなものに煩わされない友であり、 最近、トリステインで暴れていた土くれのフーケを捕まえるという偉業を達成しすることで 実力を示したルイズはアンリエッタからしてみれば今回の任務にまさに打ってつけの人材であったのだ。 アンリエッタよりウェールズへ宛てた手紙を受け取り、ギーシュとアンリエッタが帰った後、 一通の手紙を書く。その手紙を持ってタバサの部屋に行く。 扉をノックしたが返事がないので勝手に入ることにした。 部屋にはベッド、机、本棚だけであり、かなり殺風景と言えるだろう。 タバサは机に向かい椅子に座って本を読んでいたが、 ルイズが視界に入ると本にしおりを挟み机に置いて向き直ってきた。 「タバサ、今からちょっと付き合ってくれない?」 タバサが頷いて了承を示したのを確認するとルイズは使い魔で近くの森まで運ぶように頼んだ。 すぐにタバサは窓まで行き、口笛を鳴らす。ルイズとタバサはすぐに飛んできた風竜に乗り込み、 森の入り口に向かった。ルイズ持っていた手紙を手近な木の枝に結びつけるとすぐに学院へ帰る。 もちろん魔法衛士隊の巡回に見咎められたが、今日行われた使い魔品評会でタバサとその使い魔は よく知られていたためすぐに開放された。 何事もなく終わったがタバサの風竜がずっとこちらを睨んでいたことが気にかかった。 元々使い魔には避けられていたが明確な敵意を向けるのはシルフィードだけだ。 タバサの風竜はアルビオンへ渡るのに使えるだろうが、タバサを完全に支配下に置いていないことから 協力を断念せざるを得ない。まだ彼女には光があるのだ。 タバサの母はおいしいネタだが、シルフィード然りまだルイズを裏切る余地がある。 それを完全に消すまでは弱みをみせることはできない。 朝が来る。 ルイズはすぐに寝巻きから旅装に整えてデルフリンガーを背負い、使い魔のいる医務室に向かう。 ルイズが使い魔に会いに行くのは毎朝の日課となってしまっていた。 今だに寝続けている使い魔に変わった様子は観られない。 今日から少し長く使い魔と離れることになる。 魔法が使えなかったルイズが始めて成功した魔法で呼び出された使い魔。 ゼロと陰口を叩かれていたルイズに新しい価値観と力を与えてくれた存在。 そして毎晩のように夢の中で安らぎ教えてくれている。召喚してからルイズは与えられてばかりである。 これでは主人とはとても言えないだろう。 いつまでも使い魔におんぶに抱っこでは格好がつかないではないか。 せめて目覚めさせなければ。 使い魔がいままで夢の中でルイズに伝えていたことを考える。 とにかく人間が負の感情を抱くようにすればよかったはずであった。 希望を見出せない世界を創ることはルイズ自身も望むことである。 「言っとくけどあんたのためにアルビオンに行くんじゃないんだからね。 私は私がやりたいから行くのよ。勘違いしないようにね」 使い魔には感謝をしているというのに口をついて出たのは憎まれ口であった。 眠っていて聞いてないであろう相手とはいえどうにも素直にはなれない。 そんなルイズの目に一瞬だけ黒く輝いた使い魔の左手のルーンの光が飛び込んだ。 返事は期待していなかったルイズは激励を受けたように気分が高揚してくる。 「あら?このルーン。もしかしてこのすごいのが相棒だったのか? じゃあ嬢ちゃんは・・・」 デルフリンガーが何かを言っているがルイズは無視して使い魔を見つめる。 「ついでだしあんたも叩き起こしてあげるわ!感謝しなさい!」 堂々と啖呵切ったルイズは医務室から出る。 まだごちゃごちゃ言っているデルフリンガーは鞘にしっかり入れて黙らせた。 ルイズはそのまま集合場所に着いたときすでにギーシュが馬を用意して待っていた。 「ルイズ、馬の用意をしておいたよ」 ギーシュがルイズに話しかける。 この任務で大事なのはすばやく手紙を奪取し、それをゲルマニア皇帝に送ることだ。 確かにゆっくりと旅して間に合わなくなり、貴族派の手に手紙が渡っても 高確率でゲルマニアの皇帝に送られるだろう。 しかし少ない可能性だがアンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻がアルビオン側に伝わることになれば ウェールズ王子が自ら手紙を処分することもあるかもしれない。 できるかぎりの速さが必要なのだ。 馬の具合を確かめているとギーシュが話しかけてくる。 「あの、つ、使い魔を連れて行ってもいいかな?」 メイジの使い魔を連れて行くことは別段おかしいことではない。 疑問に思っていると地面が膨らみ、何かが顔を出す。 それは1メートルを超えるでかいモグラだった。ルイズから隠れるようにギーシュの後ろに行くが 鼻をすんすん鳴らしながらつぶらな瞳でルイズの方を見ている。 ルイズはその使い魔が自分の手元を見ていることに気付き、右の眉を上げる。 その反応を敏感に捉えたのかギーシュは反対されると思ったのかまくし立て始める。 「ごめんよ。急ぎの任務であるのに地面を進むジャイアントモールを連れるなんてだめだろう。 馬鹿なことを言っていると僕だってわかってる。でも僕とヴェルダンテは一心同体なんだ!」 いきなり使い魔を抱き始めたギーシュは放っておき、手を動かす。動く手に沿ってジャイアントモールの 瞳も動く。どうやら指輪を嵌めている手を見ているようだ。指輪をはずしポケットに入れる。 視線がポケットに向けられているのを確認し、もう一度付け直す。 「ギーシュ、このモグラ、私の指輪を見ているようだけど?」 「え!・・・そ、それはヴェルダンテの習性だよ。彼はよく鉱石を見つけ、集めてくれる。 土メイジとしてはすばらしいパートナーだろ?」 使い魔を自慢するギーシュは本当に殺したい。 「連れて行ってもいいわよ」 「ほ、本当かい?ありがとう!」 地獄に仏を見つけたかのような顔をするギーシュに釘を刺す。 「ジャイアントモールは土の中を移動するけれどその潜行速度は馬並みよね? ただし遅れたら放って行くわよ」 ベルダンテベルダンテと騒いでいるギーシュはこの旅の中でその短い生涯を遂げることになるだろう。 今の内に騒いでおくといい。 そのときルイズはギーシュの後ろにこちらに近づいてくる影を見つけた。 見たところ年齢は二十台後半といったところか、かなりの美形で体格もよい。 騎士の一人なのだろう。こんな朝早くから騒いでいるので様子を見に来たのかもしれない。 足音が聞こえるようになってやっとギーシュもその騎士に気付いた。 「ええと、朝から騒いでしまい失礼しました。特に問題はないので・・・」 「いや、僕は君たちの護衛を任されたのだよ。 私は魔法衛士隊グリフォン隊隊長のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」 ルイズはそれを聞いて歯噛みする。護衛を付けられてしまった。 それもそうだ。普通に考えてこれは当たり前の処置。 いくらアンリエッタがルイズを信頼していてもこれは国家の大事なのだ。護衛が付くのは当然だろう。 だがルイズから見れば護衛ではなく監視でしかなかった。 魔法衛士隊と言う実力でしか入ることのできない部隊。 その隊長を務めるからにはこのワルドはかなりの実力者なのだろう。 だが予定は特に変わらない。『貴族派の刺客』に殺されるのが二人に増えるだけだ。 しかしこのワルドの実力がどれほどのものであるかがわからなければうかつなことはできない。 「久しぶりだね。僕のルイズ」 微笑みながら話しかけてくるワルドに不審な物を見る目を向ける。 「おや?僕のことを忘れてしまったのかい。婚約者に忘れられるなんて僕は悲しくて死んでしまいそうだよ」 そう言われてルイズは自分に婚約者が居たことを思い出す。 たしかにワルドはルイズの婚約者であった。そういえば憧れていたような気もする。 最近いろいろあったので綺麗に忘れていた。死んでしまいそうならそのまま死んでくれたらいいのに。 「すっかり忘れていました。それに婚約は親が勝手に決めたことです。 それに振り回されてはいけませんわ」 ワルドはルイズの綺麗な笑顔での忘れていました宣言に対しても全く動揺した様子を見せない。 なかなかに面の皮が厚い。 「なんと言うことだ。でもこの旅できっと二人の間を縮めてみせるよ」 ワルドが口笛を吹くとグリフォンが空から降りてくる。 それにワルドが騎乗し、ルイズに向かって手を差し出してきた。 「ルイズ、こちらにおいで」 ルイズが素直に寄っていくと突如グリフォンが暴れだした。 ワルドは不意を突かれてグリフォンから落とされたが、きれいに受身を取って起き上がる。 グリフォンは威嚇音を出しながらそのままワルドに爪を向けようとした。 「止めなさい」 それをルイズが止める。グリフォンはワルドから目を離さないように動きながら ルイズの横にくると従者であるかのように伏せる。このグリフォンの動作に笑みを堪えきれず、 ルイズは手で釣りあがる口元を隠す。 これがルイズが始めて魔物を従えるということに成功した瞬間であった。 オークは最初から従順であったのでルイズはしっかりと自覚できていなかった。 これまで学院の使い魔たちには避けられ、本当に魔物を操れるのか不安であったが、 そんな悩みを一掃してしまった。使い魔となった魔物だけが従わないのだと理解できた。 ルイズは愛おしそうにグリフォンの鼻先をなでてから馬に乗せようとしていた荷物をグリフォンに付け直す。 ギーシュとワルドはそれを見て絶句していた。 しっかり飼いならされ、訓練を受けたグリフォンが騎士に逆らい、初めて会った少女に従っているのだ。 「ワルド子爵。この子、貴方を乗せたくないみたいよ?嫌われたわね。 この子には私だけが乗っていくから貴方は用意した馬に乗って頂戴」 あっさりとそう宣言した後、自分の荷をくくり付け終わり、ルイズはさっさと出発しようとしている。 「ヴィンダールヴ?いや、しかし使い魔はガンダールヴのはず・・・ 始祖の魔法か?・・・・」 ワルドの呟きは誰にも聞かれず空に解けて消えた。 魔法学院の学院長室。 オールドオスマンはその出発の様子をしっかりと見ていた。 隣にいる王女にはよくぞルイズを国から離してくれたと喝采を送りたい。 「しかし大丈夫なのでしょうか。頼んだのはいいですがやはり不安です」 「そのためにグリフォン隊の隊長殿を付けたのでしょう? それに貴方が思っているよりもミスヴァリエールは強いですぞ」 「そうですね。さっきも騎士のグリフォンを奪うなんてことして・・・ あの子は昔から変わっていたけど、ここでも変わらないのね」 アンリエッタが微笑ましそうに見ていたその光景はオスマンから見れば異常としか言いようがない。 訓練を積んだグリフォンが主人に攻撃したのだ。異常でなかったらなんだというのだ。 「彼女らに始祖ブリミルの加護のあらんことを・・・」 祈る王女から視線をはずしこれからのことを考える。 アルビオンに行くには浮遊大陸がもっとも近づいてきたときでないと航行便は出ないだろう。 3日以上はまだトリステインにいる計算になる。 王党派と連絡を取るのに手間取ると任務終了までにどれだけ時間がかかるかわからない。 亜人を滅するのは彼らがアルビオンについてからでいいだろう。 前ページ絶望の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1940.html
「そういえば、あなた名前は?」 召喚した少女を連れて自分の部屋に戻ってきたルイズは、ドアを閉めて大きく伸びをすると、少女に向き直った。 儀式を失敗し続けたせいで疲れきっていたため、すぐにでも寝たかったが、やっぱり名前ぐらいは聞いておくことにしたのだ。 「・・・なまえ?」 少女は澄んだ瞳でルイズを見つめている。 「いくら平民でも、名前ぐらいある・・・わよね?」 一応“使い魔”なので、ルイズが自分で名づければいいのだが、本名も知っておくにこしたことはない。 呼びやすいものならそのまま使えばいいし。 「グゥです」 「グゥ?一応聞くけど、それってあだ名とか二つ名じゃなくて、本名?」 「はい」 “グゥ”がにっこりと笑って返事をする。 ルイズは何故かその笑顔にドキッとした。 ちょ、調子狂うわね・・・ 変わった名前、語呂はともかく二文字って短すぎない?平民だから? 「わたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズって呼んでくれていいわよ、グゥ。 あなたはわたしの使い魔として“サモン・サーヴァント”で呼ばれたの。 今日からはここ、トリステイン魔法学院女子寮のこの部屋があなたの家よ」 「ルイズ・ド・ラ・・・ヴァリエール・・・・・・ルイズ・・・・・・よろしく、ね」 「ええ、よろしく」 ルイズは改めてグゥを眺めた。どう見ても子供だ。おガキ様だ。しかも平民の。 それにしてもいきなり召喚されたというのに、そのはにかんだような笑顔からは悪意も動揺も感じられない。 実は凄く剛胆な性格なのかもしれない。 そしてやたら可愛い、まあ可愛いのはもちろんいいんだけど。 この子、使い魔としては何ができるのかしら? 使い魔になれば普通、ちょっとした集中で視聴覚等の共有ができる(と教わった)が、少なくとも今は全くできない。 秘薬とかの材料を集めてくるとか・・・集め・・・あつ・・・。 いくらなんでもそれは無理がある。 そして、使い魔は主人を守ると聞く。 現状どちらかと言えば、ルイズの方がグゥを守らないとまずそうな雰囲気である。 ならわたしの身の回りの世話でもさせてみようか。 ちゃんとできるのかしら?この子、10歳?それとも9歳なの?うう・・・。 ・・・明日以降、ゆっくり考えよう。 ルイズはとりあえず考えることを放棄してグゥに声をかけた。 「今日はもう疲れたし、寝ましょうか。このベッド一応ダブルだし、わたしの隣でいいわよ。 そうそう、わたしより早く起きたら、起こしてね。じゃ、おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 相変わらずの笑顔で頷いたグゥは、すぐに軽い音を立ててベッドに滑り込んだ。 ルイズもパジャマに着替え、それに続いた。 翌朝。 誰かがルイズの頭をぺしぺし叩いている。 「うーん、何よ、もう朝?っていうか誰?」 そういえば、昨日使い魔を召喚したんだっけ、なんかやたら可愛い子を。 「ふぁあ、おはよう、グゥ・・・」 「おはよう・・・」 背後から子供にしては妙に低い、呟くような声がする。 グゥってこんな声だったかしら? 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー!あ、ああああああ、あんた誰よ!」 ルイズが振り返ると、そこにはなんとハの字眉に三白眼で、その上強烈な威圧感を全身から発する謎の子供が立っていた。 「グゥだが」 そそそそんなわけあるか、昨日の子とは何もかもが違う。 それ以前にこいつどこから入ってきたの?ねえここの警備ってザル!? 「いやあんたマジで誰!グゥはどこ行ったの!ねえ!ねえってばあああああ!」 ルイズは絶叫した。 途端、部屋のドアが猛烈な勢いで開き、燃えるような赤い髪の女が飛び込んできた。 「ルイズあなたねえ、何早朝から叫び声上げてんのよ!迷惑にも程があるわ!」 「なな、何でキュルケがわたしの部屋に?」 「自分のその小さな胸に聞いてみなさいよ。それより何、どうしたの?」 「小さなって失礼ね!あんたのが無駄に大き・・・」 はっ、今はこいつの軽口にかまっている暇はないんだわ。少しでも情報を。 「わわわわたしの召喚した使い魔がいないのよ!」 「何を言っているの?あなたが昨日召喚した子はそこに居るじゃない。 いくら平民を召喚したからって、現実逃避はよくないわ“ゼロのルイズ”?」 ルイズの頬が怒りで朱に染まった。 「あんたこそ何言ってるのよ、“これ”と昨日呼んだ子は全ッ然!何ひとつ一致してないわ!!!」 キュルケがかわいそうなものを眺めるような表情でルイズを見つめる。 「じゃあ、あなたの言うところの昨日召喚した使い魔ってどんなのよ?」 「えーと、肌が白くって」 「白いわね、透けるみたいに」 「あんまり見ない顔でー」 「そうね、少なくともトリステイン人じゃないわね」 「小柄で痩せてる・・・」 「小柄で痩せてるわよ?いい加減現実を見なさい」 ああ・・・でも違う・・・違うのよ・・・ ルイズが頭を抱えてうずくまる。キュルケは溜め息をついた。 そのとき、キュルケは昨日ルイズが召喚したという少女がドアの外、自分の背後を興味深そうに見つめていることに気づいた。 そこには、キュルケの使い魔である幻獣サラマンダーが待機している。 「あなた、お名前は?」 「・・・グゥです」 「ふうん、変わった名前ね。わたしは“微熱のキュルケ”。グゥちゃん、わたしのフレイムが気に入ったの?」 グゥはこくこくと頷く。 「もしかしてあなた、主人よりものを見る目あるんじゃない? この子は火竜山脈のサラマンダー。強いし、高いのよ」 「・・・すごいですね」 「・・・すごいわよ。さて、ルイズも静かになったみたいだし、わたしはもう少し寝るわ、お先に失礼。またね」 キュルケはひらひらと手を振ると、パタンとドアを閉め自室に戻っていった。 「さよなら」 グゥも手を振った。しかし。 「ふぅ」 グゥがいきなり溜め息をつき、無愛想に戻る。 そのやりとりを呆然と眺めていたルイズは開いた口がふさがらない。 「あなたが確かにグゥだってことはわかったわ」 「・・・」 それが判ったところで、神経をすり減らすような無言の威圧感が軽減されるわけではまったくなかったが。 使い魔として何ができるか以前に、どうコミュニケーションを取るかということが当面の課題となりそうである。 「ね、ねえ、なんで顔・・・変わるの?」 グゥの変貌度たるや、水+風の魔法“フェイス・チェンジ”に匹敵する。 しかし、少なくともルイズにとっては魔法を使っているように感じなかった。 「これ?」 再びグゥの顔が愛想のいい美少女に変化する。 「そう!それよ!」 「特技。・・・営業用?」 瞬時に顔を戻したグゥがぽつりと呟いた。 「そ、そう。あんまりにも怪しいから、できるだけやらないでね・・・」 起き抜けにひどい精神ダメージを受けたルイズには、そう言うのが精一杯だった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/678.html
「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 本日数十回目の爆煙が上がる。 が、今回も爆煙の中に生き物らしき影は浮かんではいなかった。 (今度もダメだったか・・・) ルイズがそう思った直後に爆心地で何かがキラリと光ったのを見つけた。 確かめるためにも近づいて見ると、なにかが落ちていた。 「なにかしら、これ?」 爆心地に落ちていた物をおもむろに拾い上げる。それは八角形のリングだった。 その瞬間、取り巻きの生徒達から爆笑が上がった。 「いくらなんでもそんなもん召喚すんなよwww」「流石『ゼロのルイズ』、まともなものを召喚しねぇや。そこに(ry」「せめて平民を召喚しろよpgr」etcetc・・・ そんな爆笑を受け、顔を真っ赤にしながらルイズはそれを否定する。 「な、こ、これは違うわよ!ミスタ・コルベール、やり直しを・・・・・、ってあれ?このリング、向こう側が見えない?」 本来見えていなければいけない風景が、リングを通してみると真っ暗で何も見えない。 さらに詳しく調べてみようと、リングの穴を覗いていると異変が起こった。 突然、リングが鋭い閃光を放ち始めたのだ。 「え、ちょ、なんなのよ、これ!?」 突然の出来事に、とっさにリングを放り投げるルイズ。 リングはますます放つ光を強くする。 そして、ひとしきり光った後に少女がリングの中から現れた。 この不思議現象を前に、その場に居合わせた生徒全員が唖然としながらもその光景を見届ける。 銀髪の少女がルイズに傅く。 「はじめまして、御主人様。私は守護月天シャオリンと申します」 「しゅ、しゅごげってん?」 ルイズは聞いたことのない単語をオウムのように繰り返した。 「はい」 にこやかな表情で、シャオは質問に答え始める。 「空に浮かぶ月のように主から離れることなく守り続ける者という意味です。私の名前はシャオリン。シャオとお呼びください」 「ところで、御主人様。あなたのお名前は?」 シャオと名乗る少女がルイズに名前を尋ねてきた。 「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「ゼロのルイズって名乗るの忘れてるぞ~」 「うっさい!!」 いつもの調子を取り戻した外野から野次が飛んできたが、シャオには聞こえていなかったようだ。 彼女は目を閉じ、黙祷しているように見える。 まぁ、実際のところルイズの名前を頭の中で反復しているだけなのだが。 「・・・」 「・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 しばしの沈黙が流れた後に、シャオは口を開いた。 「素敵なお名前ですね」 嬉しそうに答えるシャオを前に、ガクッと崩れ落ちるルイズ。 (この子、天然だわ・・・・) そう思っているルイズに、今度はコルベールが声をかける。 「そろそろ契約の続きをしてもらえないかな、ミス・ヴァリエール。いいかげん次の授業が始まってしまう」 コルベールのしごく全うな意見に、ルイズは多少戸惑いながらも契約を再開し始める。 「・・・女の子だからノーカウントよね。シャオだっけ?ちょっとじっとしてて」 そう言うと、ルイズは契約のための呪文『コレクト・サーヴァント』を唱え始めた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 そして重なるルイズとシャオの唇。 「え、えっとぉ・・・」 流石に呆然となるシャオの右手には契約の証となるルーンが刻まれていた。 こうして"ゼロ"と呼ばれている少女は春の使い魔召喚を成功させたのである。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7493.html
前ページルイズと彼女と運命の糸 ※ウルの月 エオローの週 ラーグの曜日 ―― 午前 今日は特別な日だ。 なんと、姫殿下が学院に視察に訪れるというのだ。 気合を入れて盛大にお迎えしなくては。 そうそう、彼女はというと、天の柱を探すため学院の馬を借りて遠出をしている。今夜あたり帰ってくるはずだ。 戻ってこないかもしれないとも思ったが、一度結んだ約束を反故にしたりはしないだろう。 この数週間で大体の人柄は掴んでいる。 どうせ、私の使い魔にするのだから、今の内に自由を満喫しているといいわ。 姫殿下を歓迎しているのに、最初に馬車から降りてきたのは鳥の骨だった。空気を読んでほしい。 ユニコーンに牽かれた純白の馬車から姫殿下が姿を現すと、割れんばかりの歓声が巻き起こった。 勿論、私も声の限り姫殿下を讃え歓迎した。 だが、キュルケとタバサはあまり関心がないようだ。外国からの留学生だから仕方がないか。 キュルケは不遜にも自らの容姿を姫殿下と比べていたので、鼻で笑ってやった。 キュルケと口喧嘩をしていると、視界の端に見覚えのある人物が映った気がした。 ―― 夜 昼間の出来事をボーっと思い出していると、部屋にノックの音が響いた。 聞き覚えのあるノックの音だ。長く間を置いて2回と短く3回、もしかして…… 覗き窓から誰かも確認せずに私は弾かれる様にして扉を開けた。 来訪者は、思った通りの人だった。姫殿下だ。 姫殿下は、昔を懐かしみ私に会いに来たのだという。こんなにも嬉しい事はない。 昔話に花を咲かせていると、不意に姫殿下の顔が陰った。 理由を聞き出してみると、結婚が決まったのだという。相手はゲルマニアの皇帝、アルブレヒト三世だそうだ。 結婚が決まり憂鬱になっているのだと思ったが、そうではないようだ。 詳しくは書けないが、婚姻を妨げるモノがあるらしい。 そして、それを見つけようと血眼になっている奴らがいるそうだ。 名を『レコン・キスタ』、アルビオンの貴族が中心になって出来た組織で、王党派を相手取って主権争いを繰り広げている。 しかも、その婚姻を妨げる物証を持っているのがよりにもよってウェールズ皇太子殿下ときたものだ。 すわ、王家の危機! 今こそ王家への忠義を示す時。 お任せ下さい姫殿下。見事わたくしめが、その生涯を取り払ってみせましょう。 「ただいま、ルイズ。 あれ、お客さん?」 いいタイミングで彼女が帰ってきた。 さあ、使い魔として最初の仕事をしてもらうわよ! ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 エオローの週 イングの曜日 ―― 早朝 私たちは学院の裏門にいた。 人目を避けて出発するためだ。 旅の道連れは私と彼女、そしてギーシュだ。 なんでギーシュがいるのかというと、盗み聞きしていたのだコイツは。 それにより、昨晩私の部屋に乱入してきたのである。姫殿下もグラモン元帥の息子だと聞き、同行することを許された。 まあ、盾ぐらいにはなるか。 ギーシュの使い魔はジャイアントモールなのだが、これは最悪だ。 何故最悪かというと、私を押し倒したからだ。 しかも、姫殿下より賜った『水のルビー』にその汚らしい鼻を擦りつけやがった。 本当に最低だ。姫殿下の信頼の証ともいえる『水のルビー』に鼻を擦りつけるなど、許されるはずもない。 なのに、だ。 ギーシュは馬鹿みたいに笑って、一向に止めさせようとはしない。自分の使い魔の躾ぐらいしろ! その不逞モグラに制裁を加えたのは、突如現れたワルドだった。 そして、尻餅をついていた私に、ワルドは優しく手を差し伸べてくれた。凄くドキドキした。 10年近く会っていなかったのに、私の事を未だに婚約者と呼んでくれたのは素直に嬉しかった。 今も昔も、ワルドは私の憧れだったのだから。 ワルドとグリフォンに乗って空を往く。 彼女とギーシュは遥か下だ。栗毛の馬に跨り駆けている。 だが、グリフォンと馬では速度が違いすぎる。グリフォンはまだ余力がありそうだが、彼女たちとは距離が開いてきている。 ワルドは二人を置き去りにしてでも急ぎたいようだったが、ラ・ロシェールまでは馬では二日もかかるのだ。 私の説得で速度を緩めてもらう。 そりゃあ、手紙の回収なんてワルド一人でも余裕だとは思うが、姫殿下から命を受けたのは私たちだ。 出来る限り、置き去りになんてしたくない。 ―― 夕方 街道に沿って半日ほど進むと、渓谷に入った。彼女たちは何度も馬を変え、辛うじてついてきている。 しかし、空を飛ぶグリフォンと山道を進む馬とでは、平坦な街道を進むよりも差が出てしまう。 もうすぐアルビオンとの玄関口である『ラ・ロシェール』だ。 遅れても、上手くすればそこで合流できるかもしれないが、フネが出航するまでに間に合うだろうか? 何か不測の事態が起これば、彼女を置いていってしまう。 そう不安に思った時、事件は起きた。 彼女たち目掛けて崖の上から松明が投げ込まれた。ついで、幾本もの矢が射かけられる。 危ない! と、思った瞬間、矢は小さな竜巻に飲まれて弾かれた。 ワルドだ。ワルドが魔法で助けてくれたのだ。 そして、襲撃者の姿を見ようと崖に視線をやる。 私の目が捉えたのは、赤々と燃え上がる炎と小型の竜巻だった。 ワルドの魔法じゃない。だとすれば誰が……? 襲撃者を蹴散らしたのは、キュルケとタバサだった。 どうやら、出発するところを見られていたらしい。タバサの風竜に乗って追いかけてきたようだ。 お忍びなんだからと告げると、そうならそうと言えと文句を言われた。お忍びなんだから、部外者に言うはずがないでしょ。 あと、タバサはパジャマのまんまだった。きっと、寝ているところを叩き起されたのだろう。 「アンタも大変ね」 「平気。もう慣れた」 どうしてこの二人は友人をやっているのか不思議だ。静と動で正反対なのに。 あと、襲ってきた連中は簀巻きにしておいた。運が良ければ夜を越せる筈だ。 物取りだったらしいが、馬鹿な奴らだ。数を揃えた所で、メイジに敵う筈がないのに。 ―― 夜 「フネは明後日にならないと出航しないらしい」 『女神の杵亭』で寛いでいると、船着き場から戻ってきたワルドにそう告げられた。 何故かと理由を尋ねると、明日の夜は双月が重なる『スヴェルの夜』で、その翌朝にアルビオンが最接近するらしく、船乗りたちは風石の消費を抑えるため、今日明日は絶対に船を出さないのだそうだ。 ワルドはかなり食い下がったようだが、船は出せないと断られたらしい。 その気になれば、魔法衛士隊隊長の権限で無理に出航させることも可能だが、お忍びなので目立つ事は避けたいそうだ。 そういうわけで、予定が狂ってしまった。 本当ならば、明日の朝には出発する筈だったのだが、一日ここで足止めとあいなった。 二人部屋を三つ取り、私と彼女、ワルドとギーシュ、キュルケとタバサという部屋割だ。 ワルドは婚約者だからといって、私と相部屋を望んだが、ギーシュを他の女性陣と一緒にさせるわけにはいかないと言うと 大人しく引き下がってくれた。婚約者とはいえ、まだ学生だしそういう事は早いと思うの。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 エオローの週 オセルの曜日 ―― 朝 翌朝、何故か彼女とワルドが模擬戦をする事になった。 止めるようワルドに言ったのだけれど、「彼女の実力を知りたい」の一点張りで聞く耳を持ってくれなかった。 婚約者を蒸発させられてはたまらないので、手加減するよう彼女にお願いする。 「分かったわ。能力は使わず剣で勝負するよ」 「よっしゃ! とうとう俺っちの出ば……」 「このレイピアでね」 そういや居たわね、喋るしか能のない駄剣が。 でも、アンタ凄く重いんだから、彼女が振りまわせるわけないでしょ。 結果は、当然ワルドの勝ち。 ウィンドブレイクで吹っ飛ばした彼女に実力不足だとか言っていたが、女の子相手にやり過ぎだと思う。少し幻滅だ。 非難の眼差しを向けると、ワルドはサッと目を逸らす。少し動揺したのか、説教もそこそこに去っていってしまった。 しょうがないので、倒れたままの彼女に手を差し伸ばして立ちあがらせた。 彼女は擦り傷と軽い打撲を負っていたが、やおら淡い光に包まれると、傷一つなくなっていた。 軽い怪我だったとはいえ、あんな一瞬で治るなんて驚きだ。 断然、彼女を使い魔にしたくなった。 ―― 夜 あの後は特に何事もなく、素直に時間は流れ、夜になった。 宿の酒場で夕食を摂りながら歓談に興じる。 そして、彼女がワインを飲んだ事がないという事を知った。 彼女の世界ではどうか知らないが、ワインなんて普通の飲み物だ。 むしろ、綺麗な水の方が下手なワインよりも高級品の場合がある。 試しに一口飲ませてみると、意外といける口だったようで、あっという間にグラスを空けてしまった。 食後も酒場に残って騒いでいる彼女らを残して、私は部屋に戻り夜風に当たっていた。 窓から重なった双月を見上げていると、部屋にワルドが入ってきた。 そして、結婚しようと言われた。 いきなりの言葉に、頭が真っ白になる。他にも色々と言っていたが、憶えていない。 それだけ、その言葉の威力が高かったのだろう。 返事をせずにいると、ワルドは「諦める気はない」と言い残して部屋から出ていった。 婚約者なのだから、いずれはそういう事になるだろうと思っていたが、これは不意打ちだ。 任務の事で精いっぱいだというのに、人生の岐路に立たされてしまった。一体何を考えているのだろう? 熱で上手く働かない頭をフル回転させていると、宿に衝撃が奔った。一体何事!? ● ● ● 一階の酒場に駆け込むと、何故か彼女が仁王立ちをしていた。 酒場を見渡すと、テーブルがひっくり返り酷い有様だ。床には投げ出された料理が散乱している。 入口の扉に至っては、吹き飛ばされて無くなっていた。周囲の壁は黒く焦げている。 そんな惨状なのに、酒場は酷く静まり返っていた。外からは、傭兵みたいなやつらがおっかなびっくり遠巻きにこちらを見ている。 視線を戻すと、彼女の顔は真っ赤だった。目は座っている。 「きしゃまら! いきなりなにをしゅるのよ! このわたしがせいばいしてくれりゅう!」 見事に酔っぱらった声で彼女が叫ぶ。同時に、指からビームを乱射した。 ロクに狙いを定めていないビームだが、それだけで驚異であった。 なにしろ、石壁を簡単に蒸発させるのだから、襲撃者たちは逃げ惑うしかない。 中には果敢に突撃してくるものもあったが、そいつらは炎で焼き払われた。 襲撃者の中にはメイジも混じっていたらしく、三十メイルはあるゴーレムが出現したが、 彼女によってあっという間に穴あきチーズみたいになってしまった。 それにより、襲撃者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、辺りには再び静寂が戻る。 「あはははは! せいぎはかつ!」 彼女は上機嫌に腕を振り上げて勝鬨を上げた。 酔っ払いは勘弁してほしい。今度からは飲みすぎないよう監視していないとね。 それにしても、こんな大掛かりな襲撃があるなんて、私たちを狙う存在がいるという証拠だ。レコン・キスタか? とりあえず一難は払えたが、急いでココから離れないといけない。 私たちはワルドの誘導に従い、船着き場を目指した。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 エオローの週 ダエグの曜日 ―― 明け方 私たちはフネに乗り込みアルビオンを目指していた。 昨晩の襲撃の後、ワルドの権限を使い商船を徴発しラ・ロシェールを発ったのだった。 船着き場へ向かう途中、仮面を被った白尽くめの男が襲ってきたが、一瞬にして彼女によって蒸発させられた。 アレだけの力を見せられてまだ襲ってくるのは、無謀というかなんというか…… 冥福を祈っておこう。 フネには風石が足りないとのことなので、ワルドがその代わりを務めている。 そして、アルビオンまであと少しというところで空賊船に出くわしてしまった。 アルビオンは今、内乱の所為で治安が乱れに乱れている。なので、こういう無法な連中が野放しになっているのだ。 私は断固抗戦を主張したが、あえなく却下された。 理由としては、こちらの船には武装がなく、非戦闘員を多く抱えているからだそうだ。 それに…… 「う~ん…… 頭がガンガンする……」 彼女は二日酔いだった。万全の状態なら、どんな遠距離からでも蒸発させれたはずなのに。 今は大人しく従う他ないようだ。ワルドはヘロヘロで役に立たないし。 ―― 昼 ありのまま起こったことを話すと、空賊が皇太子殿下で王党派だった。 何を言っているのか分からないと思うけど、私も何が起こったのかすぐには分からなかった。 それこそ、頭がどうにかなりそうだった。 カモフラージュだとかゲリラ戦法だとか、そんなチャチなもんじゃない。もっと恐ろしいご都合主義の展開を味わったわ。 テンパるのはこれくらいにして、状況を整理しようと思う。 私たちは姫殿下の使いで、アルビオンに赴いた。目的はある手紙を回収するため。 道中、襲撃をかわしあと少しでアルビオンというところで空賊船に拿捕された。 私は空賊の頭の前に通され、尋問をされた。あまりにも失礼な輩なので、大いに啖呵を切ると空賊の態度が一変。 空賊の正体は、アルビオンの王党派。まさしく、任務の目標だった。 そして今、秘密の航路を使い王党派の居城『ニューカッスル城』にたどり着き、ウェールズ殿下より手紙を回収したところだ。 手紙の内容は見ていないが、殿下の態度を見てある程度の予想はついた。 /ヽ/W\/Mvヘ/ヽ/ヽ/W\/Mvヘ/ヽ/ヽ/W\/Mvヘ/ヽ/ヽ/W\/Mvヘ/ヽ/ヽ/W\/Mvヘ/ヽ/ヽ/W\/Mvヘ/ヽ/ヽ/ (ここから先のページは破り取られている) ―― 夜 ニューカッスル城のダンスホールにて、最後の晩餐会が行われていた。 既に覚悟が出来ているのか、王党派の人々は底抜けに明るく騒いでいる。 その光景が悲しくて痛々しくて、私は会場から逃げるようにして抜け出した。 暗い廊下の隅でさめざめと泣く。 私には分からない。明日死んでしまうのに、ああやって明るく振舞えるのが。 どうして、自分から死を選ぶのが分からない。逃げれば、愛する人とも一緒にいられるというのに…… そうやって泣いていると、廊下の奥から燭台を持った彼女が現れた。 泣き腫らした目を擦り涙を拭う。どうやら、いなくなった私を心配して探しに来てくれたらしい。 感情を抑えきれずに、彼女に疑問をぶつける。 どうして、あの人たちが死を選ぶのかと。 その質問に彼女は口ごもり、建前通りに誇りとか守るためとかと口にしたが、私が聞きたいのはそんなことじゃない。 でも、誰にも分からないわよね。分かるはずがない。 だけど、残された人は一体どうすればいいの? 早く帰りたい。トリステインに帰りたい。 ● ● ● 彼女が去ると、入れ違いでワルドがやってきた。ワルドなら私の疑問に答えてくれるだろうか? そう期待を込めて見上げる。 「ルイズ、結婚しよう。ウェールズ殿下も祝福してくれている」 どうしてそんな事を言うのだろうか? 私は拒否したが、ワルドは結婚式を挙げると言ってきかない。 いろんな事が起こりすぎてワケが分からない。大声をあげて泣きたい。 バカ。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 エオローの週 虚無の曜日 ―― 朝 礼拝堂に連れていかれ、半ば強引にウェディングドレスに着替えさせられた。 結局状況に流されてしまった。 どうしてこうなってしまったのだろう? 何度も溜息をつく。 部屋で待機していると、彼女たちがやってきた。 「こんな状況で結婚式なんて、アンタたちは何を考えているのよ?」 「なあルイズ、急すぎやしないかい。いきなり結婚だなんて。 大体まだ学生じゃないか」 「……非常識」 口々にこの結婚式に対して否定的な意見を言う。 だけど、私だってどうしてこうなったのか分からないのだから、答えられるはずもない。 「ねえルイズ、アナタはこれでいいの? この結婚式に納得してるの?」 「それは……」 「だったら言わなきゃ。 じゃないと、どこまでも流されるだけよ。 自分の事なんだから、自分の意見を言ってやらないと」 そうよね。分かったわ、自分の意思をはっきりと伝える。 ワルドには悪いが、結婚なんて私にはまだ考えられない。 そう決心すると同時に、準備が整ったとの連絡が来た。 ● ● ● 一瞬、何が起こったのか分からなかった。 目の前には、胸から大量の血を流して倒れているウェールズ殿下がいる。 ワルドが顔を醜悪に歪めさせて何かを言っている。 情けない話だが、私は腰を抜かしてしまっていた。 誰かが茫然とつぶやいた。 「レコン・キスタ……」 「そうだ、僕はレコン・キスタのスパイだ」 誰かの怒声が聞こえた。 ワルドが立っていた場所に炎と氷刃が奔り、私の周りに七体のブロンズゴーレムが現れる。 キュルケにタバサにギーシュ、そして私の横に立っているのは彼女だ。 「ふん、手紙は貴様らを皆殺しにしてから回収するとしよう」 「スクウェアとはいえ、五対一で勝てるつもり?」 「貴様ら程度を相手取れぬのでは、魔法衛士隊隊長は務まらぬよ。 まあ、その使い魔君の相手は骨が折れそうだが……」 そう言うと、ワルドの姿がぼやけた。虚像が幾重にも重なり、陽炎のように揺れている。 「ユビキタス・デル・ウィンデ。 さあ、これで五対五だ。君らの勝ちはなくなったな」 「風の遍在……」 風の遍在。それは、術者と等しい力を持つ分身を作り出す風のスクウェアスペルだ。 五人のワルドと彼女たちが戦っている。 それなのに、私は見ているだけでいいのか? 泣いているだけでいいのか? いい筈がない。 だから、私は杖を振り上げ呪文を唱える。 成功するなんて思っていない。でも、爆発は起こる。今、私が出来る精一杯だ。 当たるなんて思っていない。でも、意思は示せる。 彼女が言ったのだ。自分の意見を言ってやれと。 だから、私は力の限りぶつけてやる。ワルドに限りない拒絶を。 死んでもお前のモノなんかにはならないのだと。 確かな意思を込めて杖を振る。 「なんだとっ!? ルイズ!」 「え、なに? 当たったの? うそ?」 遍在の一体を一撃で消されワルドは、一瞬動揺する。私だって驚きだ。 その隙を見逃すはずがない。 礼拝堂に氷嵐が吹雪いた。視界を真っ白に埋め尽くす。 しかしそれも一瞬の事、吹雪はすぐにおさまった。だが、その一瞬で十分だった。 動きの止まったワルドに、ギーシュのブロンズゴーレムが肉薄する。 ワルドは巧みな体捌きと杖を剣のように操り、ブロンズゴーレムをいなすが、反撃は小さな火球で邪魔をされた。 打ち合わせたわけでもないのに、澱みなく流れる連携にワルドは思わず飛び退く。 気がつくと、四人のワルドは一ヶ所に集まっていた。 そして、全員の視線が彼女に集中する。ワルドの表情が凍るのが見えた。 散開しようとするが、遅い。 「くっ……」 「スターライトブラスト!」 その瞬間、光が視界を塗りつぶした。 ● ● ● ―― 午後 私たちは学院へと帰ってきていた。 アレからどうなったのかというと、絶体絶命のピンチに陥っていた。 ワルドは塵も残さず消滅したとはいえ、危機が去ったわけではないのだ。 王党派とレコン・キスタの戦闘が始まり、城は砲撃で激しく揺れている。 ここから逃げるのは至難の業だ。 秘密の航路を使おうにも、ワルドによってリークされている可能性が高く危険である。 どうすれば逃げ出せるか算段を立てていると、彼女がこう言ってきた。 「大丈夫私に任せて」 彼女の提案を聞くと、その内容に笑う事しか出来なかった。 ズルイというか、非常識というか、ご都合すぎる。裏技だ。 その方法とは、テレポートという能力を新しく覚えたのでそれで帰ろうというのだ。 テレポートとは、瞬間移動の事らしい。一度行った事のある場所なら、一瞬で移動できるのだそうだ。 そんなわけで、そのテレポートを使い学院に帰ってきたわけだ。 勿論、タバサとギーシュの使い魔も回収して。 これから姫殿下に報告に行かなくてはいけない。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 エオローの週 ユルの曜日 「ごめんルイズ、話があるんだけどいい?」 彼女がそう切り出してきた。 彼女が言うには、テレポートを覚えたので天の柱を探す必要はなくなったらしい。 やっぱりそうか。 何となく、そうなのではないかと思っていた。 「三ヶ月っていう約束だったけど、出来るなら早く帰りたいの」 「いいわよ」 頭を下げる彼女を制止して、ぶっきらぼうに告げる。 「いいの?」 「いいのよ。 だって、アンタを使い魔にする気なんてもうないもの」 だってそうでしょう? 友達を使い魔なんかに出来る筈がないもの。 「だから、どこにでも行けばいいわよ。さよなら」 「ありがとう、ルイズ。私の旅が終わったら、また会いにくるから」 「……ふん」 そう言って、彼女は私に糸の束を渡してきた。 不思議な糸だった。オレンジ色の、見ているだけで心が温かくなるような糸。 これが、彼女と交わした最後の会話だった。 ◆ ◇ ◆ 「う~ん…… この彼女ってのはどんな奴だったんだろ? これだけじゃ、よくわかんないな。 なあデルフ、お前は知ってんの?」 「なあ相棒、人の日記を勝手に読むのはどうかと思うね」 「そうは言ってもよ、ルイズにきいても教えてくれねぇんだもん。 だったら、自分で調べるしかないだろ?」 「だからって、この行動はないと思うね俺は」 何処に居るのかと探しにきてみれば、何をしているのだコイツは。 よりにもよって、私の日記を読むなんて。 おしおきね。久しぶりの。 「こっの、バカ犬!」 「キャイン!」 手にした馬上鞭で打ちすえると、サイトは叫び声をあげてのた打ち回った。 久しぶりだけど、相変わらずいい声で鳴く。ゾクゾクきちゃうわ。 両手を腰に当て、倒れこんだサイトを上から睨みつける。 「アンタね、人の日記を勝手に読むなんて何考えてるのよ!」 「相棒はね、アイツの事が知りたいんだってよ」 「アイツ? ああ、彼女の事ね」 彼女が去ってから、一年以上が経つ。 アレから色んな事があった。使い魔としてコイツを呼んだ時はガックリときたが、今では大切なパートナーだ。 暫くは日常を過ごしていたが、程なくして戦争が起きた。 レコン・キスタとの戦争、それが終わった後にはガリア。 でも今は、このハルケギニアで戦争をしている国はない。なぜなら、そんな余裕がないからだ。 ハルケギニア全土を揺るがす大地震によって、各国はことごとく力を減退させ、戦争をしている余裕はなくなった。 瓦礫に埋もれる町を復興させなければならず、エルフとの聖戦に息を巻いていたロマリアも休戦する他なかった。 学院もかなりの部分が破損し、まだ完全には復興仕切っていない。 駄犬と駄剣に説教をしていると、私の後ろの扉が開いた。 何の断りもなしにキュルケが入ってくる。 「ちょっとちょっと、こんな日にも喧嘩なわけ? 仲が良いのも分かるけど、少しは落ち着いたらどう?」 「ふん、アンタとも今日でお別れね。清々するわ」 「あら? 実家に帰っても隣同士なんだから、いつでも会えるわよ。 ふふふ、さびしい?」 「誰が」 世界がどうなっても、私たちの関係は変わらない。 多分十年後も同じことを言っている気がする。なんせ、先祖代々の宿敵なのだから。 さて、そろそろ時間だ。 「ほら、行くわよ犬」 「わ、わぅ~ん……」 まだ寝ころんでいるサイトの頭をふみつけると、犬語で返事をしてきた。 鳩尾を思いっきり踏みつけてから、部屋を出る。 今日は卒業式だ。 この間、竣工したばかりの本塔にて行われる。 本塔は宝物庫の床が抜け落ちていたので、再建が大変だったらしい。 廊下を進む。この寮塔も今日でお別れだ。 「う゛っ、ごほっ…… 待ってくれよ、置いてかないでくれ」 後ろからサイトが咳き込みながら追いついてくる。 軟弱な使い魔だ。しょうがないから、落ち着くまで待ってやろう。 そうしていると、不意に後ろから声をかけられた。 「久しぶり、ルイズ。今日卒業式なんだって? 丁度いい日に来たものね」 ああこの声は、忘れる筈がない。私の友達の声だ。 ゆっくりと振り返ると、変わらぬ彼女の姿があった。 「ええ、本当に久しぶり」 今日は良い日になりそうだ。 = ルイズと彼女と運命の糸 ・ 終わり = 前ページルイズと彼女と運命の糸
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8574.html
前ページアウターゾーンZERO 皆さん、こんにちは。私の名前はミザリィ。アウターゾーンのストーカー(案内人)です。 今日ご紹介するのは、アウターゾーンの一つ、ハルケギニアで起きた出来事です。 公爵家の娘、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 彼女はメイジ、いわゆる魔法使いでありながら、魔法が使えないというコンプレックスを抱いていました。 そのコンプレックス、さらには周囲の嘲笑が、彼女を歪ませていきました。 自分をバカにした周りの人間を見返すために努力をすることは、決して悪いことではありません。 しかし、強さを追い求めるあまり自分の殻に閉じこもり、ひねくれてしまった彼女が魔法の力を手に入れたところで、どうなるでしょう。 多くの人を不幸にするに違いありません。 それは、彼女の同級生たちにも言えることです。 力を持つ資格のない者が大きな力を手にしては、その力は暴力になるだけです。 それを理解している子供が、トリステイン魔法学院に何人いることでしょうか。 さて、私はハルケギニアで一仕事するとしましょう……。 これで何度目の失敗だろうか。 トリステイン魔法学院で進級試験として行われる、召喚の儀式。 生徒たちが次々と召喚を終える中、ルイズだけが何度も失敗し、爆発を起こしている。 このままでは留年は免れない。 周囲から罵声を浴びせられ、だんだんと焦ってくる。 「五つの力を司るペンタゴン……我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」 切羽詰まったように詠唱し、杖を力の限り振ると……再び爆発が起こった。 またか、と周囲がはやしたてようとしたその時、あっと誰もが息をのんだ。 煙の中に人影がある。 煙が徐々に薄くなり、召喚したものが見えてきた。 姿を現したのは……平民とも、貴族とも見分けがつかぬ、大人の女であった。 ウェーブのかかった長い髪。男を簡単に悩殺できるほどの妖艶かつ豊満なスタイル。 つり目も、美人というにふさわしい顔を引き立てている。 「な、なんだありゃ……すごい美人だぜ……」 「貴族か? 平民か?」 「貴族だろ? あんなすごいスタイルしてる平民なんていないよ」 生徒たちはざわめく。 「う……く、悔しいけど負けたわ!」 キュルケは本心で負けを認めた。それほどのスタイルだった。 「ど……どなた……ですか?」 ルイズは、失礼のないように聞いた。もしも貴族だったら大変だ。 [私? 私の名前はミザリィ。私を呼んだのはあなた? お嬢ちゃん] お嬢ちゃんという言葉にカチンときたが、ぐっとこらえた。 「う……あ……そ、そうです。あなたはどこの貴族でしょうか?」 [貴族? 何それ?] この女……ミザリィは貴族ではないらしい。それが、イコール平民ということにはならないのだが、ルイズはそこまで考えが回らなかった。 「へ、平民だったの? あんたみたいなのがね」 [いきなり呼びつけておいて、あんたみたいなのとは失礼ね。それに、貴族とか平民とか、何を言ってるの? 昔のヨーロッパじゃあるまいし] ミザリィの声のトーンが少し下がる。背筋に薄ら寒いものを、ルイズは感じた。 「……な、なんなのよあんた! 平民のくせに、貴族に……」 [逆らう気? って言うわけ? そうだと言ったらどうするの? 死刑だとでも?] 「そ、そうよ! 最悪はそうなるわね。私の家がどんなものか、あんたは知らないでしょうけど、平民なんかどうにでもできるのよ、貴族は!」 [面白いわね。できるものならやってみなさいよ、お嬢ちゃん] ミザリィの挑発に、ルイズは冷静さを失った。 「な、な……見てなさいよ! あんたなんか、いずれ首をはねられるか、首を絞められるかよ! 私の命令一つで。その時には、お嬢ちゃんなんて言ってられないわよ」 [私の首をはねられるの? いいわよ。そっちがその気なら、私もただじゃおかないわよ] 「ま、待って下さい。私が代わりに説明します」 ただならぬ雰囲気を察した、教師のコルベールが割って入る。 「ここはハルケギニアのトリステインという国の、トリステイン魔法学院です。あなたは春の使い魔召喚の儀式で、使い魔として呼び出されたのです。彼女、ミス・ヴァリエールによって……」 コルベールは早口で、事情を説明する。 [フーン、私がこのお嬢ちゃんの使い魔ってわけね] ミザリィはうなずいている。 「そうです。ですから、彼女と契約をして下さい。……そういうことで、いいね? ミス・ヴァリエール」 「は、はい……」 この女の正体は良くわからないが、背に腹は代えられない。 もう何度も召喚に失敗している。その末にやっと成功したのだ。やり直しはきかない。 使い魔なら、もう悪魔でもなんでもいい。 「と、とにかく私と契約しなさい! あんたは使い魔なんだから」 [嫌よ] ミザリィは、切り捨てるように言った。 「私に逆らう気!?」 [当たり前でしょ。貴族だかなんだか知らないけど、あんたみたいな性悪のクソガキの使い魔になんかならないわ] 「何ですって!?」 ルイズは杖を向けるが、ミザリィは怯まない。 [あら、魔法を使うの? やってみなさいよ] 「くっ……」 魔法を詠唱しようとして、やめた。 この女を攻撃できる魔法を、自分は使えない。使えるとしたら、魔法の失敗による爆発だけだ。 そんなものがこの女に効くとは思えない。 [どうしたの? 早くしなさいよ。……!!] その時、ミザリィの服が刃物で切り裂かれるように破れた。 さすがのミザリィも、不意打ちは避け切れなかった。 [……] 血は出ていない。服が破れただけだ。 「手加減はした……」 少し離れた所に立っていたタバサが、杖をミザリィに向けながらつぶやく。 タバサがエア・カッターを放ったのだ。 「ど、どう? これが、メイジの力、魔法の力よ! 思い知った?」 ルイズが、自分がやったことのように得意気に言い放つ。 [……こうやって、逆らう平民を力で抑え込む、これが貴族のやり方なのね。卑劣なものだわ] 「! そ、それは……」 痛い所を突かれ、ルイズは怯んだ。 [今私の服を破いたのは、そこのあなたね。おいたがすぎるわね。ちょっとお仕置きしてあげるわ] ミザリィの目が光った。 「……!? な、何!?」 タバサの周りに、人型をした半透明のものが現れた。それは次々と増えていく。 「……!?」 [それは、あなたが今まで戦って殺してきた人たち、そしてその家族の亡霊よ] 「う……うわあああああああーっ!!」 タバサが鋭い悲鳴を上げた。 ……殺さないでくれ……殺さないでくれ…… ……父ちゃんを返せ……父ちゃんを返せ…… 亡霊たちのうめく声が、タバサを責め立てる。 「ゆ、許して……許して……」 何十という亡霊に囲まれ、タバサは無様に腰を抜かした。 ……殺さないで……殺さないで…… ……兄貴を返せ……返せ…… 「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさあああああい!!」 誰よりも優等生のはずが、何もできずただ泣き叫ぶタバサに、皆が呆然としている。 [もういいわね。二度とあんなことしちゃだめよ。わかったわね?] タバサはうずくまったまま、泣き続けている。 「返事は?」 「……は、はい……」 タバサが涙声で答えると、亡霊は消えた。 [さて次はお嬢ちゃん、あなたの番よ] 「な、何をする気!?」 [こうする気よ] ミザリィの目が再び光った。 周囲に生臭いにおいがたちこめる。 「な、何!?」 気がつくと、ルイズの一番苦手なもの、カエルが群れをなしてルイズを取り囲んでいた。 ゲコゲコと、不気味な鳴き声が幾重にも重なって響く。 「ぎゃ、ぎゃああああ!!」 何匹ものカエルが飛び跳ねて、ルイズに迫る。 [フフフ……さっきの威勢はどうしたのかしら] ミザリィは笑みを浮かべる。周りの生徒は誰も助けようとしない。いや、できないのだ。 この女は恐ろしい。まず勝てない。そう本能が告げている。 「カエルは……カエルは嫌ーっ!!」 ルイズは逃げ出そうとするが、カエルの大群がルイズに襲いかかった。 全身に取り付かれて、ルイズは尻餅をつく。 「い、嫌……やめて……」 顔面に大きいカエルが張り付く。 次の瞬間、ルイズの股間から生温かい液体が流れた。 恐怖のあまり失禁したのだ。 [あらあら、おもらしなんかしちゃって……無様ねえ] ミザリィに嘲笑され、ルイズはさめざめと泣く。 いつの間にかカエルの大群は消えていた。 「う……う……くくく……もう、あんたなんか……殺してやる!! 爆発で吹っ飛ばしてや……」 「や、やめるんだ! ミス・ヴァリエール!! 使い魔を殺したら退学だぞ!!」 「うるさい!! こんな大恥かいて、もう何もかもおしまいよ!! もう何もかもどうでもいい!!」 コルベールが止めるのも聞かず、恥辱に涙を流しながら、杖を構えて呪文の詠唱をしようとした時だった。 「う……ぎゃあああ!!」 何十、何百のカエルが全身にビッシリとついている。 「嫌、嫌ーっ!!」 杖を落とした瞬間、カエルは煙のように消えた。 「……き、消えた!? どうなってるの!?」 [簡単なことよ。これからは魔法を使おうとすると、必ずカエルが現れるわ。条件反射でそうなるように、私が『条件付け』しといたから] 「な、何ですって!?」 [他の子たちにも同じように『条件付け』しておいたわ。魔法を使ってごらんなさい、一番苦手なものが現れるから] 生徒たちはどよめく。 [それじゃ、私はもう帰るわね] ミザリィは召喚された場所に立つと、振り返って不気味な笑みを浮かべた。 [あなたたちが魔法を使えなくなったことを知ったら、平民の人たちはどうするかしら? どんな仕返しをされるか楽しみね。ねえ、お嬢ちゃん、それに坊やたち……じゃあね] そう言い捨てた次の瞬間、ミザリィの姿は消えていた。 「あ……」 ルイズも、タバサも、そしてコルベールも、誰もが思考を停止したまま呆然と立ち尽くしていた。 その後、生徒たちがどうなったかは皆さんの想像にお任せするとしましょう。 今まで好き勝手に生きてきた貴族の子供たちにとって、これからの制約に満ちた人生は辛いものになることでしょう。 しかし悪い子にはお仕置きが必要。子供たちがあのまま大人になっていたら、多くの平民を不幸にしていたに違いないからです。 前ページアウターゾーンZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/611.html
ルイズがビュウを使い魔として召喚したことで、その周囲は大なり小なりの差異はあれこそ、それなりの変化というものに巻き込まれることになった。 一番代表的なのはタバサだろう。 主たるメイジにのみ忠実であるはずの使い魔が、主以外の存在、つまり竜騎士であるビュウに懐いてしまっているという現実は、きっとタバサにとって想定外の事態だったに相違ない。 その結果としてのタバサの変化というのは、普段無表情の鉄面皮で通している彼女が、ビュウと一緒の時には露骨に不機嫌そうな表情をしてみせるというものであった。 これをいい変化と言ってしまうのは、タバサにとっては甚だ不本意であろう。 しかし、それまでのタバサを知る彼女のクラスメートたちにしてみれば、それは間違いなくいい変化であるように思われた。 無口で無表情、感情なんてないかのように振舞っていたそれまでのタバサは、お世辞にも周囲に好意的な存在として受け入れられていたとは言えない。 そのタバサが使い魔を取られるかもしれない、と不機嫌そうな表情を見せる、つまりは嫉妬にも似た感情を露にするというのは、タバサという少女の人間性を周囲に理解させるには十分だった。 もちろんそんなものはタバサの一側面に過ぎないのだし、それをもってタバサという少女の全てを理解し受け入れるなんてことは誰にも出来ないであろうが、 今まではその一側面さえ窺い知ることが出来なかったのだから、これはやはり大きな変化と言える。 ビュウ召喚によって影響を受けた人物はまだいる。 その一人が魔法学院の教師、ミスタ・コルベールだ。 彼の場合はタバサのように情緒面の影響を受けたというのではなく、彼が召喚されたことによって、その仕事の範囲が広がったという意味で影響を受けた。 つまり、ビュウが召喚されたせいで余計な仕事を背負わされたということだ。 コルベールに課せられた新たな仕事は主に二つある。 一つは現在のビュウの大きな目的、オレルスへの帰還に向けた手伝いである。 具体的には魔法学院の図書館内にある無数の書物の中から、オレルスに関する記述のあるものを探すというものだ。 正直言ってこの仕事は難航している。 対象となる書物が多すぎることも問題であろうが、オレルスに関する記述を扱った書物が図書館内に存在する確率が極めて低いからだ。 少なくとも、この仕事をコルベールに押し付けたオールド・オスマンは、館内にそんな記述を扱った書が存在するとは思っていない。 海岸の砂浜から、あるかどうかも分からないような砂金の一粒を探すようなこの作業に、だからかコルベールは熱意をもって取り組んでいるとは言い難かった。 もう一つの仕事というのは、ビュウの左手に現れた使い魔のルーンについての調査である。 ルイズがビュウと契約を果たした一週間前、契約のその場には立会人としてコルベールも参列していた。 そして契約終了後、ビュウの左手に現れた見慣れぬルーンに、オールド・オスマンとコルベールの二人は注目したのである。 とは言うものの、こちらについては一週間が過ぎた現在時点であらかたの調査は終えていた。 後は裏づけを取るだけという状況なのだが、それがなかなか難しい。 さし当たってはまた今日辺り、ビュウを自分の研究室に呼び出して聞き取りを行おうと思っているのだが、どうなることやら……。 さらにもう一人、ビュウの召喚の余波を大きく受けてしまった人物がいる。 誰あろうキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、その人である。 もっとも、彼女の場合は前述の二人とは異なって、ビュウ当人からの影響によって状況の変化に晒されたとは言いがたい。 キュルケはそのビュウを召喚した人物、ルイズの変化によって間接的に変化に晒されてしまったのである。 直接的な切欠は、召喚と契約に失敗したと思い込んだルイズが、心身ともに弱っていたせいか、長年いがみ合ってきたはずのキュルケに気弱な涙を見せてしまったことだろう。 儀式の失敗を悔やみ、家族の信頼を裏切ってしまったと涙するルイズ。 そこにいたのはキュルケのよく知る、魔法の一つも使えないくせに態度ばかり一人前の貴族ぶった小生意気な宿敵ではなく、等身大の十六歳の女の子だったのである。 キュルケは正直扱いに困った。 いつものように小馬鹿にして突き放そうにも、そうしてしまえばあのときのルイズは崩れ落ちてしまいそうに弱っていたし、かといってそうする以外にルイズの扱い方なんてキュルケは知らない。 だからルイズが泣き出してしまったあのとき、キュルケは考えるのを諦めてルイズのしたいようにさせた。 泣きたいだけ泣かせてやった。 だが、そんなことがあったからといってルイズに情が移ったとかそういうことは断じてない、とキュルケは主張する。 実際あの出来事があった後も、キュルケはいつも通りにルイズを茶化したり、挑発するような言葉を投げつけている。 ところが、当のルイズがビュウのことばかり気に掛けているせいで、キュルケがどんなにからかったり茶々を入れたりしても、こっちの挑発に乗ってきてくれないのだ。 そんなルイズでは面白くない、からかい甲斐がない。 それが気に食わなくて無理やりこちらに意識を向けさせようとしても、気のない返事を返してくるばかりで、これではまるでキュルケの空回りだ。 おかげでここ最近、なんとも歯がゆい気分を味あわされている。 しかもそんなキュルケの姿が周囲からは不可思議、というか滑稽に見えるらしく、クラスメイトのモンモランシーからこんなことを言われた。 「なんだか最近の貴女って、想い人を他人に取られそうになって焦っているのに、だけど素直になれない初心な少女みたいだわ」 なんという誤解、そしてなんという言い草だ。 殆どムキになったかのような勢いでモンモランシーの言葉は否定しておいたが、後になって冷静に思い直してみたら、あれでは図星を突かれて必死に誤魔化していたようじゃないか。 そしてその翌朝になってみれば、案の定誤解を深読みしたモンモランシーによって学内にはキュルケについてのあらぬ噂が流れている。 思えばキュルケがルイズを部屋に連れ込んだときも、事実に尾ひれ羽ひれをつけた噂を流してくれたのはモンモランシーだった。 フツフツと沸きあがった怒りのままに食堂ですれ違ったときに思い切り足を踏みつけてやった。 が、その程度で怒りが収まるはずもなく、その日、キュルケの心の閻魔帳にモンモランシーの名前が極太で書き込まれたのである。 さておき、そんな調子でここ最近のキュルケはルイズのためにペースを狂わされっぱなしだった。 もういっそのこと、ほとぼりが冷めるまで、或いはルイズとビュウの関係が落ち着くまであの近辺には近寄らない方がいいんじゃないか、という気さえしてくる。 だがそれが出来ないのがキュルケという少女だった。 ペースが乱されるからといって、そこで退いたら負けと同じではないか。 勝ち負けの問題じゃないとか、そもそも何に対して負けたのかとか、そういう理屈の話ではない。 感情の、そして誇りの話だ。 ツェルプストー家の人間がヴァリエール家の人間に対して退くなんて、そんな真似は家名に懸けて許されないのである。 だからキュルケは午前の授業が終了した直後、ルイズとビュウが交わしたこんな会話を聞いて、また茶々を入れずにはいられなかったのである。 多分、こんなにも上の空で授業を受けたのは初めてなんじゃないかしら、とルイズは思った。 昼休みを目前に授業の残り時間もあと五分といったところだろう。 昼休みを前にした生徒たちはまだしも、授業をしている教師でさえ気もそぞろのようで、先ほどから授業内容とは関係のない雑談めいた話ばかりしている。 以前までのルイズなら、そんないい加減な態度の教師には反発を覚えていたところだろうが、今日のルイズはそんな教師のいい加減さに感謝していた。 今のルイズに必要なのは授業で学ぶ魔法の知識などではなく、ビュウと会話をするために必要な話のタネなのだ。 竜騎士とはいってもハルケギニアのそれとは違って魔法の使えないビュウにとって、魔法の授業というのはあまり楽しいものではないらしい。 そのため授業の内容では話のタネにはなってくれないのだ。 しかしこういった雑談であれば「そういえば先生あんなこと言ってたわね、ビュウはどう思う?」といった感じで、話の取っ掛かりにもしやすい。 ルイズはちらちら横目で隣に座るビュウの様子を伺いながら、耳をダンボにして教師の雑談を聞いていた。 そんな時間もやがて過ぎ去り、午前の授業終了を告げる鐘が鳴る。 「ん、もうこんな時間か。それでは午前の授業はこれまでとする。各自、復習を怠らないように」 教師がそう言って教室を後にすれば、あたりは昼休みらしい喧騒に包まれた。 先ほどの授業内容を友達同士で確認し合う姿も見受けられるし、連れ立って食堂に向かう者もいる。 ルイズはといえば、大きく深呼吸を二度三度と繰り返し、ビュウに声をかけるタイミングを計っていた。 胸の前で小さくコブシを握り、よし、と意気を込める。 しかしルイズがビュウに声を掛けるのより、ビュウがルイズに声を掛ける方が早かった。 「ルイズ、ちょっといいかな」 機先を制され一瞬ぎくりとするが、深呼吸と咳払いを一つ、冷静さを取り戻す。 「ビュウ? な、なにかしら?」 「悪いんだけど、今日のお昼は同席できない」 「え――、ど、どうして?」 折角ちゃんとお話ができるように話題を確保して心の準備もしてたのに――。 なんとか引き止めなくては、と言葉を募ろうとするが、 「コルベール先生から呼び出しを受けてるんだ。先生の仕事で聞きたいことがあるらしくて」 「そうなの……でも、お仕事じゃあ仕方ないわよね」 ビュウのその返答の前に、脊髄反射的にそう返してしまっていた。 「ごめん、だからお昼は他の人たちと……」 「ううん、気にしないで。私一人でも大丈夫だから。ビュウ、また後で」 「あ、うん」 それにしても、まるで夫の出張が決まった夫婦のような会話である。 しかも夫婦仲があまり上手く行っていない感じの夫婦だ。 お互いのぎこちなさもさることながら、ビュウが昼食に同席しないと聞いた途端口が滑らかになる辺りに、新婚生活(?)への疲れが覗き見える。 そしてビュウを見送ったルイズは、彼が扉の向こうに消えるなり机に突っ伏した。 (あ~、もう、なにやってるの私! そこで安心してどうするのよ!? 引き止めるんじゃなかったの、ルイズ!) 先送りにしても意味なんてなにもない。 こんなことくらいでいちいち安心してるくらいなら、一刻も早くまともに会話できるようになって、いちいち緊張しないで済むくらいならないといけないのに。 情けなさ過ぎて自分が嫌になる。 机に突っ伏したまま目を伏せて、大きくため息をつくルイズだった。 聞きなれた癪に障る声がルイズに掛けられたのは、そんなときである。 「お疲れのご様子ね、ヴァリエール」 顔を上げる。 そこには褐色の肌と炎の赤髪をもつ少女が、若干不機嫌そうに立っていた。 「ツェルプストー? なによ、なんか用?」 「別に? ただまあ、身の丈に合わない使い魔なんかと契約しちゃうと大変ね、ってからかいに来ただけよ」 「そんだけ? 用がないなら放っておいて。正直あんたに構ってる暇なんてないの」 キュルケの声に応じて顔を上げたルイズだが、すぐにまた机に突っ伏してしまう。 からかいに来た、だなんて正面切って言ってくる馬鹿に構っていられる精神的余裕などないのである。 だが、そんなルイズの態度にヒキリとキュルケのこめかみがひきつった。 これなのだ。 こうしたルイズの態度がキュルケのペースを狂わせるのである。 こっちの挑発に乗ってこない、面白くない、からかい甲斐がない。 キュルケの知っているゼロのルイズは、こっちがちょっとからかってやれば小鳥のようにピーチクパーチク囀ってなんぼなのだ。 なのにこの態度、これじゃあまるで構ってやってるこっちが馬鹿みたいじゃないか。 だから、正直ムッとする。 『――想い人を他人に取られそうになって焦っているのに、だけど素直になれない初心な少女みたいだわ』 不意にモンモランシーの言葉が脳裏を過ぎるが「違う違う! そんなんじゃないないわよ!」と頭を振って否定した。 そうじゃない、そうじゃないのだ。 (私はただ、そういうのじゃなくて……) いったいどうしたいのか――、自分でもそれが分からないまま、思いついた文句をそのまま口に出して罵ってしまう。 「情けない。自分の使い魔に遠慮して、気疲れして、それでこの私に言い返す気力もないだなんて。そんなザマでヴァリエール公爵家の娘を名乗るなんて、お笑いだわ」 「なんとでも言いなさいよ。今の私が情けないのなんて百も承知してるんだから……」 「虚勢を張る元気もないってわけ? 重症ね」 「そう思うんなら放っておいて」 突っ伏したまま顔を背けるルイズ。 キュルケはため息をついて髪をかきあげた。 イライラする。 なんなのだ、このうじうじ娘は。 こっちがこんだけ構ってやってるのに、辛気臭い、いい加減にして欲しい、普段のアンタはそんなんじゃないでしょう。 腰に手をあて、身を乗り出す。 「あのね、ヴァリエール? あんたが何に悩んでそんな追い詰められてるのかなんて、そんなのこっちにだって分かってるわよ」 「だったらなに? あんたには関係ないでしょ?」 「関係大アリよっ! あんたがそんなんじゃあこっちの調子が狂っちゃうっての!」 怒鳴りつけるように言ってしまう。 まだ教室に残っていた生徒たちの視線がこちらに集まるのを感じたが、そんなの気にしてなんていられない。 ルイズも背けていた顔をキュルケに向ける。 「はぁ? なにそれ? そんなの、それこそ私には関係ないじゃないの」 「だから関係大アリだって言ってるでしょ!?」 「し、知らないわよ。ていうか何をそんなに怒ってるの? らしくないわよ?」 「それが調子が狂うってことなの! 分かりなさいよ!」 あのねぇ、とルイズが身体を起こす。 正面からキュルケを見据えた。 思えば、今日初めてルイズと目が合った気がする。 「分かった、分かったわよ。私がらしくないせいで、私をからかって遊びたいあんたの調子まで狂っちゃうっていうのはよく分かったわ」 「だったら、いつまでもへこたれてないでさっさと元気出しなさいよ」 「それが出来ればとっくにそうしてるわよ。あのね、言いたくないけど私にだって悩みはあるの。 魔法以外にも出来ないことなんて山ほどあって、その一つが今抱えてる問題なの。 でも私はそれを出来るようになろうと思って今頑張ってるところなわけ。分かる?」 「それくらい、分かってるわ」 「それが分かってるなら、なんで放っといてくれないわけ? 放っておいてくれたら私は頑張ってビュウともちゃんとした関係になって、それで勝手に元気にもなるわ。 でもそこにあんたがいちいち構いかけて茶々なんて入れてきたら、そんなの今の私にとっては邪魔でしかないの。わかる? 邪魔なの、はっきり言って」 言っている内にルイズのテンションも上がってきてしまったのだろう、攻撃的な言葉がドンドン口をついて出てきてしまう。 言われているキュルケも同じだ。 からかってやろうくらいのつもりで声を掛けてみたのに、こうも真顔で言われると腹が立つ。 道理がどうとかで言えば、ルイズの言葉の方にこそ道理があるから、余計にイラッときてしまうのだ。 「それとも、なに?」 鼻をフンッと鳴らしてルイズ。 「ビュウと上手く行ってない私を見かねて、何かアドバイスでもくれてやろうってつもりだったとでも言うの、ツェルプストー?」 見上げながら見下す、という器用な態度でそう言ったルイズの言葉に、キュルケは一瞬キョトンとしてしまった。 『アドバイスでもくれてやろうってつもりだったとでも言うの、ツェルプストー?』 その言葉にキョトンとしたキュルケは、言葉の意味を噛み締めたの後、今までの自分の行動と言動に酷く納得した。 要するに自分は、今のこのうじうじしたルイズをなんとかしたかったのだろう。 けれど、そんな自分の真意に今の今まで気づいていなかったから、今日までのキュルケの言葉はどうにも空回って、ルイズの心に届かなかったのである。 でも、自分の本心に気づいた今なら違う。 今のルイズに張り合いがなくて詰まらないなら、張り合いのある面白いルイズに戻してやればいい。 そのための障害があるのならば、まあ面倒ではあるけどそれを乗り越えるのに手助けしてやるのも吝かではない。 (だってそんなの、今のままのうじうじとみっともないルイズのせいでこっちの調子を崩されてるなんて、 そんな状況に比べたら、多少我慢してでも元の状況に戻してやった方が、なんぼかマシってもんだわ) そんなことを思う自分自身に、プッと噴出す。 いきなり噴出したキュルケに、怪訝な顔を向けるルイズを見て自分の考えは間違っていないと確信した。 からかい甲斐のないルイズなどルイズではない。 張り合い甲斐のないヴァリエールなど、ライバルではないのだ。 ヴァリエールの人間の手助けをしてやるなんて、全く持ってツェルプストーらしくもないが、しかし――、 (でもね、遊ぶための火種が尽きてしまっては、火遊びなんて出来やしないのよ) その格好の火種であるヴァリエールの人間に再び火を灯してやるだなんて、そう考えれば今の自分は実にツェルプストーだ。 腰に手をあて、轟然とルイズを見下ろして言ってやった。 「そうよ。男のあしらい方一つ知らない無知なお子様に、この微熱のキュルケが一つ手解きしてあげようじゃないの」 そんなことを言ったキュルケに、ルイズは酷く間の抜けた顔を見せたのだった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6639.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 色とりどりのドレス、煌びやかな飾り付け、かぐわしい香りの花、舌をとろかす料理。 ニューカッスル城のホールにはパーティに必要なものが全て揃っていた。 それなのにルイズはそこに華やかさよりも寂しさを感じていた。 「私と一曲躍っていただけませんか」 壁の花となっていたルイズの前にワルドが跪き、ダンスを求める。 「はい、ワルド様。お受けいたします」 受けはしたものの、それは貴族としての礼儀よりも、ワルドの慕う心よりも、体の芯に寒さを感じるような寂しさを紛らわすためだったかも知れない。 ホールの真ん中に出ると楽団が曲をダンスのためにものに変える。 ルイズはワルドの手を取ると習い覚えたステップを踏んだ。 ──ああ、そうか。 そうやってワルドにリードを任せているとルイズはだんだんと寂しさの理由がわかってきた。 ──寂しい、はずよね。 ここでパーティを楽しんでいる人の多くは、明日戦いに出る。 わずか数百で万を超えるレコン・キスタの軍と戦うのだ。 そして、いなくなってしまう。生きては帰れない。 そう思うと、このホールに居る人が突然少なくなったように思えた。 「うまくなったね。ルイズ」 寂しさに怯えるルイズはワルドのの手を握る手に力を込めた。 闇の中には光を灯す金の三角形がある。 それはフェイトの持つインテリジェンスデバイス、バルディッシュのもう一つの形である。 バルディッシュより放たれる光は、やがてその上に像を結びつつあった。 四角い像の中に、文字や図形を描き出すそれが何かを知るものは本来ハルケギニアにはいない。 だが、当然と言うべきかその持ち主のフェイトはそれが空間モニターと呼ばれる様々な情報を表示するためのものだと知っているし、その情報を加工も術すら身につけている。 フェイトの手が空間モニターの上を動き、そこに表示された文字列を組み替え、新たな数字に変えていく。 時にバルディッシュ自身もフェイトの指示に従い新たにプログラムを作っていく。 それを繰り返すうち、空間モニターに表示されていた歪な図形は形を整え、ぎこちなかった動きも滑らかさを獲得していった。 ごそり、と音がする。 フェイトは手のひらを閉じ、その中にバルディッシュを隠した。 「ん、ん……ん」 何か予感でもあったのだろうか。 まだ星と月が空にある時間だというのにキュルケは目を覚ました。 横にあるタバサを寝かせたベッドの上をを見る。 そこでタバサは上半身を起こし、いつもと同じ眼鏡をかけた目でキュルケを見ていた。 「元気になった?」 キュルケの友人は言葉を返すことなく、ただ頷くだけで答える。 「そう」 キュルケにはそれで口数の少ないこの少女が体力をわずかでも取り戻したことを理解した。 「ねえ、タバサ。もう、トリステインに帰る?」 タバサは沈黙でキュルケに先を促す。 「そりゃ、ルイズのことは心配よ。私も絶対に助けるつもりでいたわ。でもね、あなたが倒れてしまうなんて考えてなかったのよ。そんなに無理はしなくていいのよ」 「やめない」 それはタバサがこの夜に初めて口にした言葉だった。 「ルイズを助けに行く。私なら平気」 その短い言葉の中にキュルケは決心を感じた。それだけのつきあいはしてきたつもりだ。 「そう……なら」 キュルケはタバサの肩に手を当てベッドに身を横たえさせ、毛布を肩まで引き上げた。 「朝まで寝ましょう。そうでないとまた倒れちゃうわよ」 それだけ言うとキュルケも自分の布団の中に潜り込み、目を閉じてしまう。 そのまま目を閉じるタバサも体に残っていた疲れですぐに眠りに落ちていった。 ギーシュもまた夜中に目を覚ましていた。 正確には眠れないでいた。 レコン・キスタから逃れるためにした曲芸飛行のおかげで目が冴えてしまってしかたがない。 目を閉じると体が浮いてぐるぐる回るような気分になってしまうのだ。 どうやっても眠れないとギーシュはしょうがないと少し散歩をすることにした。 ──まるであの時みたいだ。 ユーノは初めてルイズと出会った時のことを思いだしていた。 窓から射し込んでくる二つの月も、フェレットに変身したまま寝かされている藁を詰めた箱もあの時と同じように思えた。 だが箱の前にいるのはルイズではない。 金髪のとがった耳を持つ少女が淡く光る指輪を手にして静かに祈っていた。 「君は……だれ?」 「きゃっ!」 少女は小さく悲鳴を上げる。 思わず息をのんだ少女は、目を丸くしてユーノをしげしげと見つめた。 「話せる……の?」 「うん。話せるよ。君は誰?ここはどこ?」 少女はすぐに落ち着きを取り戻し、ユーノの質問に答えた。 「私はティファニア。ここはアルビオンのウェストウッド村よ」 「アルビオン?そうだ、ルイズを追わないと!」 ユーノは箱を飛び出し床に降りる。 「あ、待って」 ティファニアがユーノを止めようとすると、フェレットの体は光に包まれその姿を剣を背負った人間の少年の姿に変えた。 「え?ええっ!」 驚くティファニアの前で少年は立ち上がろうとするが、すぐに膝を崩してしまう。 床にうずくまったユーノは体のあちこちから感じる痛みで自分の傷がまだ癒えてないことを思いだした。 「だめよ。まだ治ってないもの」 「でもルイズを助けに行かないと!」 焦りをあらわにするユーノにティファニアはわがままな弟を諭す姉のように顔を近づけた。 「この指輪であなたを治していたの。だから、もうちょっと待って」 「その指輪で?」 「ええ」 ティファニアが指輪をそっと撫でると光が再び灯る。 その光がユーノを照らすと、痛みがすっと消えていった。 「あ……。ありがとう」 「いいのよ。今度は背中ね」 ティファニアの温かい手が背中に当たる。 すると、ろくに力が入らなかった背中にもすぐに力が戻って来た。 「あなたの名前も教えて欲しいな」 「うん。僕はね──」 その時、扉がが音もなく開いた。 誰かが開いたというわけではない。そよいだ風の手がわずかに悪戯をしただけだ。 だからそれを止めようとする者は誰もいなかったし、そこにいた誰もがごく自然に動く扉を見ていた。 扉のすぐ外に呆然とギーシュが立っていた。 顔を引きつらせたギーシュの足は震えている。 そんな足なのに、ギーシュは 「ひぃっ」 と怯えた声を出して逃げだそうとした。 「どうしよう」 怯えたのはティファニアも同じだった。 「見られちゃった」 すっかり慌ててしまったのだろう。 ティファニアは立ち上がったもののおろおろして足踏みをするばかりだ。 「待って!」 慌てたのはユーノも一緒だった。 もしティファニアが先に「見られちゃった」と言わなかったらそれはユーノが口にしていた言葉だ。 「チェーン・バインド」 だから、ユーノは魔法でギーシュをその場に縛り付ける。 「き、き、き、きみは!」 「あのね、ギーシュさん。落ち着いて」 と言ってみたが、ギーシュは全く落ち着く様子がない。 光の鎖に縛られて床に座り込んだままティファニアを見上げて奥歯をかちかちと鳴らしていた。 「君はユーノ?なんで……こんな所に?まさか……だったら……」 「落ち着いてよ。ギーシュさん。僕の話を聞いて。みんなにばれちゃうから」 「だが、だが、エルフが、エルフと……何をしているんだ?まさか……君もエルフ?エルフが何を?」 青ざめているのであろうギーシュの顔は青い月に照らされていっそう青く見える。 同時に月の光と夜の闇はギーシュの恐怖を煽っていた。 「ごめんなさい」 呟くように謝るティファニアの目は沈んでいた。 そして、手には小さな杖が握られていた。 「怖がらせてしまって……すぐに怖くないようにするから」 ナウシド・イサ・エイワーズ ティファニアの口から歌が漏れる ハガラズ・ユル・ペオグ だが、それは歌ではない。 ニード・イス・アルジーズ ギーシュに怯えを一時、忘れさせるような美しい調べを持つそれは呪文だ ベルカナ・マン・ラグー ティファニアが杖を振り下ろす。 すると、ギーシュは首をかくんと落とし、すぐに虚ろな目で首を起こした。 「あれ?僕は何を?」 ティファニアがユーノを見て頷く。 その意味するところを理解したユーノは魔法で作った光の鎖を消した。 「ギーシュさん。寝室はあちらですよ」 「そうだったね。これは失礼した」 ふらふらと、それでも怯えていた時よりはずっとしっかりした足取りでギーシュは自分にあてがわれた小屋の方に歩いていった。 「なにをしたの?」 「ギーシュさんの記憶を奪ったの」 「記憶……」 「私とあなたをここで見た記憶よ。それから、私がエルフだって記憶。エルフは嫌われているから」 そう言うティファニアはどこか悲しげだった。 「僕はいいの?」 「あ……でも、あなたは私を怖がらなかったから。でも、どうして?」 「どうしてって、怖くなかったから」 ユーノもエルフのことは知らないわけではない。 魔法学院で読んだ資料の中にはエルフに関して書かれていた物も多い。 いずれの本もエルフの恐ろしさについて書かれており、中には悪魔とすら書いていた物もあった。 だがユーノはその記述を鵜呑みにはしなかった。 というのも敵対している種族を悪魔として記述するというのは決して珍しいことではなく、ユーノは考古学的な資料でそのような物を読む機会も多かったからだ。 「それに怪我を治してくれたし」 「そっか、そうよね」 月明かりだけではティファニアの顔はよく見えなかったが、彼女の目にあった陰りが少しだけ晴れていた。 「そうだ、あなたのことも秘密でいいのよね。ギーシュさんの記憶から消しちゃったんだけど」 「うん。ありがとう。誰にも知られたくないんだ」 「よかった。だったら、続きね。ちゃんと治さないと」 再び指輪の光が強くなる。 ティファニアはユーノの体の傷の一つ一つを指輪を嵌めた手さわっていく。 「私、あなたの名前聞いてなかった」 「僕の名前はユーノ・スクライアって言うんだ」 「いい名前ね」 その手はまるで春のお日様のように温かくて、ユーノは次第にうつらうつらと眠気を覚えていった。 だからティファニアのつぶやきには気付かなかった。 「ユーノくん。韻竜みたいに言葉を話すフェレット、か」 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ