約 5,331,477 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9386.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 何処からか吹いてくる、涼しくて当たり心地の良い風が自分の頬と髪を撫でている。 それを認識した直後に、ルイズは何時の間にか自分が今まで意識を失い今になって目覚めた事を理解した。 「ン、―――――ぅん…?」 閉じていた瞼をゆっくりと上げて、その向こうにあった鳶色の瞳だけをキョロキョロと動かしてみる。 上、下、右、左…と色んな方向へ動かしていくうちに、自分の身体かうつ伏せになっている事に気が付く。 そして同時に一つの疑問が生じた。それは、今自分が何処にいるのかという事についてだ。 「………どこよ、ここ?」 重く閉ざしていた口を開いてそう呟いた彼女の丸くなった目には、異空間としか形容できない世界が広がっていた。 目に見えるものは全て、自分が横になっている床や天井すらもまるで雪のような白色に包まれた場所。 今自分の視界に映っている手意外に目立つモノはないうえに色も全て白で統一されている所為かその空間の大きささえ分からない。 ゜ ここは…?そう思って体を動かそうにも、不思議な事にどんなに手足へ力を入れても立つことはおろか、もがくことすらできない。 体が動かなければ立ち上がって調べる事も出来ないために、ルイズはその場で悶々とした気持ちを抱える事になってしまう。 「あぁ、もうッ。体が動かないんじゃあここが何処かも分からないわよぉ…たくっ!」 とりあえずは自由に動く顔に残念そうな表情を浮かべつつ、ルイズはそんな事を言った。 彼女の残念そうな呟きを聞く者は当然おらず、言葉の全てが空しい独り言として真っ白い空間に消えていく。 それから少ししてか、ふと何かを思い出したかのような顔をしたルイズがここで目覚める直前の事を思い出した。 シェフィールドと名乗る女がけしかけてきたキメラ軍団を、霊夢や魔理沙にちぃ姉様の知り合いと言う女性と共に戦っていた最中、 突如乱入してきた風竜に攫われて他の三人と別れた後に、彼女は風竜に乗っていた人物を見て驚愕していた。 ――――――ワルド…ッ!?やっぱり貴方だったのね! ――――――やぁルイズ、見ない間に随分とタフになったじゃないか トリステインを裏切り、あまつさえアンリエッタ王女の愛する人を殺した男との再会は酷く強引で傲慢さが見て取れるものであった。 それに対する怒りを露わにしたルイズの叫びに近い言葉も、その時のワルドには微塵も効きはしなかったようだ。 無理もない。何せその時の彼は竜の上に跨り、一方のルイズはその竜の手に掴まれている状態だったのだから。 どんなに迫力のある咆哮を喉から出せる竜でも、檻の中では客寄せの芸にしかならないのと同じである。 ――――私を攫ってどうする気?っていうか、さっさと降ろしなさいよ! ―――――それはできない相談だ。君がいないど彼女゛が僕を目指してやってきてくれないだろうからな 竜の腕の中でジタバタしながら叫ぶルイズに、ワルドは前だけを見ながらそう言っていた。 あの男の言う゛彼女゛とは即ち――あのニューカッスル城で、自分に手痛い目を合わせた霊夢の事に違いない。 少なくとも魔理沙とは面識が無いであろう、プライドが高く負けん気の強いこの男に手痛い目に合わせだ彼女゛といえばあの紅白しか思いつかなかった。 そんな事を思っていた直後、今まで自分をその手で掴んでいた竜がフッと握る力を緩めたのが分かった。 え?…っと驚いた時、竜の手から自由になったルイズの体はクルクルと回りながら柔らかい草地へ乱暴に着地した。 キメラ達との戦いで切られてボロボロになったブラウスに草が貼り付き、地面に触れた傷口が激しく痛む。 地面へ着地して二メイル程回ってから、ようやく彼女の体は止まった。 ボロボロになったルイズは呻き声を上げた蹲る事しかできず、立ち上がる事さえままならぬ状態であった。 そんな彼女を尻目に乗っていた風竜から飛び降りたワルドはスタスタと歩きながら、彼女のすぐ傍で立ち止まった。 足音であの男が近づいてきたと察したルイズはここに至るまで手放さなかった杖を向けようと手を動かそうとする。 しかし、そんな彼女のささやかな抵抗は一足先に自分の顔へレイピア型の杖を向けてきたワルドによって止められた。 ――――無駄だ。所詮学生身分の君じゃあ、元魔法衛士隊の私とでは勝負にならんぞ ――――…っ!そんなのやってみなきゃ…わからない、でしょう…が 体中がズキズキと痛み続ける中、自分を見下ろす男に彼女は決して屈しなかった。 少なくとも目の前の男に一発逆転を喰らわせだ彼女゛ならば、同じ事を言っていたに違いない。 痛む体に鞭を打ち、ワルドの杖などものともせずに立ち上がろうとした直前、彼女の目の前を青白い雲が覆った。 それがワルドの唱えた『スリープ・クラウド』だと気づこうとしたときには、既に手遅れであった。 ―――――大人しくしていろよルイズ?少なくとも、あの紅白が来るまではな 頭上から聞こえてくるワルドの言葉を最後に、ルイズは深い深い眠りについてしまう。 魔法による睡魔に抗えるワケもなく、急激に重くなっていく瞼を閉じたところで――――彼女の意識は途切れた。 再び目を覚ました時には、こんなワケのわからない空間にいた。 ここに至るまでの回想を終えたルイズは、眠る前に耳にしたワルドの言葉を聞いて悔しい思いを抱いていた。 どういう経緯で自分を見つけてたのかは知らないが、アイツがレコン・キスタについているのなら警戒の一つでもしておくべきであったと。 今更悔やんでも仕方ないと頭の中で思いつつも、心の中では今すぐにでもワルドに一発ブチかましてやりたいという怒りが募っている。 歯ぎしりしたくて堪らないという表情を浮かべていたルイズであったか、どうしたのかゆっくりとその表情が変わり始めた。 火に炙られて形が崩れていくチーズのように、凶悪な怒りの表情が神妙そうなモノへと変わっていく。 その原因は、彼女の目が見ているこの場所――――つまりこうして倒れている空間にあった。 「―――――にしたって、何で私はこんな所にいるのかしら?」 その言葉が示す通り、彼女自身ここがどういう所なのか全く分からなかった。 ワルドの『スリープ・クラウド』で眠った後でここにいたのだから、普通に考えればここは彼女の夢の中という事になる。 しかし、どうにもルイズ自身はこの変な空間が自分の夢の中だとは上手く認識できなかった。 無論根拠はあった。そしてそれをあえて言うのならば―――夢にしては、どうにも意識がハッキリし過ぎているのだ。 これが夢なら今自分の体は暗い夜の草地の上で倒れているはずなのだが、その実感というものが湧いてこない。 むしろ今こうして倒れているこの体こそ、自分の本物の体と無意識に思ってしまうのである。 まるでワルドに眠らされた後、何者かによってこのワケの分からない空間へと転移してしまったかのような…―― 「…って、そんな事あるワケないわよね」 自分の頭の中で浮かび上がってきた疑問に長考しそうになった彼女は、気を紛らわすかのように一人呟いた。 あまりにも馬鹿馬鹿しく。人前で言えば十人中十人が指で自分を指して笑い転げる様な考えである。 というか普段の自分なら今考えていたような゙もしかして…゙な事など、想像もしなかったに違いない。 第一、そんな事を追及しても現実の自分たちが直面している事態を好転できる筈もないというのに。 「とにかく、何が何でも目を覚まさないと…」 バカな事を考えるのはやめて現実を直視しよう、そう決めた時であった。 丁度彼女の顔が向いている方向とは反対から、コツ…コツ…コツ…という妙に硬い響きのある足音が聞こえてきた。 (………誰?) 突然耳に入ってきたその音に彼女は頭を動かそうとしたが、残念な事に頭も全く動かない。 その為後ろからやってくる゙誰がを確認することは叶わず、かといってそこで諦めるルイズではなかった。 (このっ、私の夢なら私が動けって思った時に動きなさいってのッ) 根性で動かそうとするものの、悲しいかなその分だけ視界が目まぐるしく動き回るだけである。 そうこうしている内に硬い足音を響かせる゙誰がは、とうとう彼女のすぐ傍にまで近づいてきてしまった。 一体何が起こるのかと緊張したルイズは動きまわしていた目をピタリと止めて、ジッど誰がの出方を疑う。 だが、そんな彼女が想像していた様な複数の゛もしかしたら゙とは全く違う事が、彼女の身に起こったのである。 ―――――聞こえるかい?遥か遠くの未来に生きる僕たちの子 それは、ルイズの予想とは全く異なった展開であった。 突然自分の頭の中に響き渡るかのようにして、若い男性の声が聞こえてきたのである。 「え…こ、声?」 流石のルイズも突然頭の中に入ってきたその声に驚き、思わず声を上げてしまう。 声からして二十代の前半か半ばあたりといったところだろうか、まだまだ自分だけの人生を築き始めている頃の若さに満ち溢れている声色だった。 ―――――――僕たちが託したこの世界で、過酷な運命を背負わせてしまった子ども達の内一人よ。…聞こえているかい? ルイズ目を丸くして驚いている最中、再びあの男性の声が聞こえてくる。 女の子であるルイズの耳には心地よい声であったが、こんな優しい声を持つ知り合いなど彼女にはいない。 これまで聞いたことのないような慈しみと温かさに満ちたソレは、緊張という名の氷に包まれたルイズの心を優しく溶かし始めている。 何故だか理由は分からなかったものの、その声自体に彼女の心を落ち着かせる鎮静作用があるのだろうか? 声を入れた耳がほんのりと優しい暖かさに包まれていくが、そんな゜時にルイズは一つの疑問を抱いていた。 それはこの声の主が、自分に向けて喋っているであろう言葉にあった。 遥か遠くの未来?過去な運命…? まるで過去からやってきた自分、ひいてはヴァリエール家の先祖が、自分の事を言っているかのような言い方である。 名家であるヴァリエールの血を貰いながらも、魔法らしい魔法を一つも使えず渋い十六年間を生きてきたルイズ。 そんな彼女をなぐさめるかのような謎の声にルイズはハッとした表情を浮かべた。 私を知っているのか?頭の中へと直接話しかけてくる、この声の主は…。 「あなた、誰なの…?」 思わず口から言葉が出てしまうが、声の主はそれに答える事無く話し続けてくる。 ――――――――君ならば、きっとこれから先の事を全て、受け止められる筈だ ―――――――――楽しいことも、悲しいことも、そして…身を引き裂かれるような辛いことも全て… そこまで言ったところで、今度はすぐ後ろで止まっていたあの足音が再び耳に入ってきた。 コツ、コツ、コツ…と硬く独特な音がすぐ傍から耳に入ってくるというのは、中々キツイものである 足音の主はゆっくりと音を立てながら、丁度ルイズを中心にして時計の針と同じ方向に歩いているようだ。 つまり、このまま後数歩進めば自分の頭の上を歩いて足音の主をようやく視界の端に捉えられるのである。 謎の声に安堵していたところへ不意打ちを決めるかのような足音に多少は動揺を見せたルイズであったが。喉を鳴らしてその時を待った。 ……三歩、四歩――――――そして次の五歩目で、上へ向けた彼女の視界に足音の正体が見えそうになった瞬間。 その足音の正体と思しき人影から漏れ出した眩い閃光が、ルイズの視界を真っ白に染め上げたのである。 まるで朝起きて閉めていたカーテンを開けた時の様に、突き刺すほどの眩い光に彼女は思わず目を細めてしまう。 「―――ッう!」 呻き声を上げたルイズは目に痛い程の光を見て、今度は何が起きたのかと困惑し始める。 そんな彼女を再び安心させるかのように、またもやあの゙謎の声゙が――――今度は直接耳へと入ってきた。 鼓膜にまで届くその優しい声色が、その鳶色の瞳を瞼で隠そうとしルイズの目を見開かせる。 「僕は、君みたいな子がこの世に生まれ落ちてくるのを待っていたんだ… 決して自らの逆境に心から屈することなく、何度絶望しようとも絶対に希望を手放すことなく生きてきた、君を―――――」 まるで生まれてから今日に至るまで、自分の人生を見守って来たかのような言い方。 そして、足音の正体から広がる光が見開いたルイズの視界を覆い尽くす直前。その声は一言だけ、彼女にこう告げた。 「水のルビーを嵌め…―――始祖の祈祷書を…――――君ならば…―――制御でき―――る…。 使い道を、間違え…――――あれは、多くの…人を――――無差別に…―――――――殺…せる」 まるで音も無く消え去っていくかのように遠ざかり、ノイズ交じりの優しい声が紡ぐ言葉は。 目の前が真っ白になっていくルイズの耳を通り、頭の中へと深くまるで彫刻刀で彫るかのように刻まれていった。 「――――――…はっ」 光が途絶えた先にまず見えたのは、頭上の暗い闇夜と地面に生えた雑草たちであった。 服越しに当たる草地の妙に痛痒い感触が肌を刺激し、草と土で構成された自然の匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。 その草地の上でうつ伏せになっていると気が付いた時、ルイズは自分の目が覚めたのだと理解した。 「夢、だったの?…っう、く!」 一人呟きながら立ち上がろうとするも、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。 そういえばワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのだと思い出すと同時に、一つの疑問が湧く。 (ワタシ…どうして目を覚ませたのかしら?) 『スリープ・クラウド』は通常トライアングル・クラスから唱える事のできる高度な呪文だ。 スクウェアクラスの『スリープ・クラウド』ならば竜すら眠らせるとも言われているほどである。 ワルド程の使い手の『スリープ・クラウド』は相当強力であろうし、手を抜くなんて言う間抜けな事はしない筈だ。 なら何故自分は目を覚ませたのであろうか?ルイズがそれを考えようとしたとき、聞きなれた霊夢とデルフの声が耳に入ってきた。 「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」 『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』 軽く怒っている様子の巫女と、軽い気分で謝っているインテリジェンスソードのやり取りを聞いて、思わずそちらの方へ顔を動かそうとする。 『スリープ・クラウド』の影響か体は依然動かないままだが、幸運にも首と顔は何とか動かせるようになっていた。 ぎこちない動作で声が聞こえてきた右の方へ動かしてみると、霊夢とデルフがあのワルドと対峙しているのが見えた。 (……あっ、魔理沙!) その二人から少し離れた所で魔理沙が倒れているのが見えたが、見た所怪我らしいものは見当たらない。 ただこんな状況で暢気に倒れているという事は、おそらく自分と同じようにワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのであろう。 レイピア型の杖を片手剣と同じ風に構えているワルドと、自分よりやや大きめの剣を両手で構えている霊夢。 その彼女の左手のルーンが微妙に輝いているのと、デルフの刀身が綺麗になっている事に彼女は気が付いた。 (レイム、それにデルフ…って、アイツあんなに綺麗だったっけ?…それに、レイムの左手のルーンが!) 見間違える程新品になったうあのお喋りな剣の刃先、『ガンダールヴ』のルーンを光らせる霊夢はワルドに向けている。 それはまるで、あのニューカッスル城で自分を寸でのところで助けてくれたあの時の彼女の様であった。 輝いている。あの小娘の左手のルーンが眩しい程に俺の目の前で輝いてくれている。 左のルーン…あの時、倒した筈のお前は何もかもをひっくり返して俺をついでと言わんばかりに倒してくれた。 あの時お前が剣を振るって遍在を斬り捨てていた時、お前の左手が光っているのをしっかりと見ていた。 光る左手――――それは即ち。かつてこの地に降臨した始祖ブリミルが従えたという四つの使い魔の内の一人。 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなし、光の如き俊敏さで始祖に迫りし敵を倒していったという゛神の左手゙こと『ガンダールヴ』。 今、俺の目の前にはその『ガンダールヴ』を引継ぎ、尚且つ俺に負け星を贈ってくれた少女と対峙している。 こんなに嬉しかった事は、俺の人生の全てが変わった゛あの頃゙を経験してから初めての事だ。 何せこれまで思ってきた疑問の一つが、たった今跡形も無く解消したからだ。 ――――――…ルイズ、やはり君は…只者ではなかった。 「ほう…その左手のルーン、まさかとは思うがあの伝説の『ガンダールヴ』のルーンとお見受けするが?」 「……!へぇ、良く知ってるじゃないの。性格の悪さに反して勉強はしているようね?」 両者互いに距離を取った状態を維持しながらも、霊夢の左手のルーンに気付いたワルドが質問をしてきた。 霊夢はまさかこの男が『ガンダールヴ』の事を知っているとは思わなかったので、ほんの少しだけ眉を動かしてそう返す。 一方のワルドは相手の反応から自分の予想が当たっていた事を嬉しく思いながらも、冷静を装いつつ話を続けていく。 「まぁな。魔法衛士隊の隊長を務められるぐらいに勉強を積み重ねていると、古い歴史を記した書物をついつい紐解いてしまうんだ。 大昔にあった国同士の大きな戦の記録や、古代にその名を馳せた戦士たちの伝記…そして始祖ブリミルと共に戦ったという゛神の左手゙の話も…な?」 霊夢の左手に注視しながらもワルドは王立図書館でその手の本を漁っていた頃の自分を思い出していく。 あの頃はただがむしゃらに強くなりたいという思いだけを胸に、埃を被っていた分厚い本たちとの戦いが自分の日課であった。 しかしどんどん読み進めていき、読破した冊数を重ねていくうちに今の時代では学べぬ様な事を覚える事が出来た。 その当時天才と呼ばれていた将軍や大臣たちが編み出した兵法や戦術の指南書、後世にて戦神と崇められた戦士たちが自らの生き様を記した伝記。 元々ハルケギニアの歴史や兵達の活躍を元にした舞台や人形劇が好きだった事もあって、彼はより一層読書の楽しさを知る事となった。 そして水を吸うかの如くそれ等の知識を吸収していったからこそ、今のワルドという人間がこの世にいるのであった。 そういった本を片っ端から読み進めていく内に、彼はある一冊の本を手に取ることとなったのである。 巨大なライブラリーの片隅、掃除が行き届いていない棚に差さっていた埃に覆われたあの赤い背表紙に黄色い文字。 まるで黴の様に本を覆い隠しているソレを何となく手に取り、埃を払い落とすとどういった本なのかを確認した。 その時はただ単にその本が読みたかったワケではなく、ただこの一冊だけ忘れ去られているのがどうにも気になっただけであった。 背表紙についていた埃を手で拭うかのように払い取った後、すぐ近くの窓から漏れる陽光の下にかざした。 ――――『始祖ブリミルの使い魔たち』 ハルケギニアに住む者達なら言葉を覚え始めた子供でも名前を言える偉大なる聖人、始祖ブリミル。 六千年前と言う遥か大昔に四つの使い魔たちと共に降臨し、この世界を人々が暮らせる世界に造りあげた神。 そのブリミルと使い魔たちに関する研究データを掲載した本を、彼はその時手にしたのである。 最初埃にまみれていたのがこの本だと知ると、彼はこの場に神官や司祭がいなかった事を心から喜んでいた。 この手の本はその年の終わり、始祖の降誕祭が始まる度に増補改訂版が出る程の歴史ある本だ。 棚に差されていたのは何年か前に出て既に絶版済みのものであったが、これ自体が一種の聖具みたいな存在なのである。 つまりこの本を教会や敬虔深いブリミル教徒の前で踏みつけたり、燃やしたりするようなバカは…。 真っ裸で矢と銃弾と魔法が飛び交う戦場へと突っ込んでいくレベルの、大ばか者だという事だ。 何はともあれひとまず埃を払い終えたワルドは、この本を入口側の目立つ棚へ差し替える前に読んでみる事にした。 別に彼自身は敬虔深いブリミル教徒ではなかった故に、この手の本は読んだことが無かった。 まぁその時は時間に余裕があったし、ヒマつぶしがてらに丁度いいだろうという事で何気なくページを捲っていた。 しかし、その時偶然にも開いたページに掛かれていた項目は、若かりし頃の彼が持っていた闘争心に火をつけたのである。 「『ガンダールヴ』は左手に大剣を、右手に槍を持って幾多の戦士と怪物たちの魔の手から始祖ブリミルを守り通したという…。 そう、その書物に記されている通りならば『ガンダールヴ』に敵う者たちは一人もいなかったんだ。―――――――ただの一人もな?」 杖の先をゆらゆらと揺らすワルドがそこまで言ったところで、今度は霊夢が口を開く。 「だから私にリベンジしてきたってワケ?わざわざルイズまで攫って…随分な苦労を掛けてくれるわね?泣けてくるわ」 涙はこれっぽっちも出ないけどね。最後にそう付け加えた彼女はデルフを構えたまま、尚も動こうとはしなかった。 やろうと思えばやれる程度に横腹を蹴られた時のダメージは回復してはいるものの、それでもまだ本調子で動ける程ではない。 霊夢個人の意見としてはこちらから攻め入りたいと考えていたが、ワルドもまた同じ考えなのかもしれない。 両者互いに攻め込んでいきたいという欲求をただひたすらに堪えつつ、じりじりと距離を詰めようとしていた。 「まぁ、そうなるな。いかに少女といえどもあの伝説の『ガンダールヴ』と手合せできるのだ。 一人の戦士として是非とも生きた伝説と戦い、自らの強さがどれ程のものか試してみるのも一興というものさ」 「他人を巻き込んでまで私と戦いたいだなんて…随分な御趣味でありますこと」 皮肉たっぷりな霊夢の褒め言葉にワルドは「褒めるなよ」と笑みを浮かべて言葉を返したが、その目は全く笑っていない。 既に戦いの火ぶたは切って落ちる寸前の状態であり、次の瞬間には斬り合いが始まってもおかしくない状態にある。 一瞬たりとも目の離せぬ睨み合いの最中。、霊夢は自分の体に異変が起こり始めている事に薄々気が付いていた。 今に至るまでの移動や戦闘での疲労からズシリとした重みを感じていたというのに、不思議とその重みがゆっくりと消えていくのである。 まるで体の中の見えない重みが抜けていくかのように、体が徐々に軽く動きやすい状態へと変わろうとしている。 最初は何事かと思っていたものの、すぐにこの謎の現象の原因が自分の左手のルーンにあるのではないかと直感で悟った。 (この前は散々な目に遭わせて貰えたけど…どういう風の吹き回しなのかしら?) ワルドから一切目を離さぬまま、彼女は自分の左手のルーンに語りかける様にして心の中で呟く。 以前このルーンが勝手に光った時は見知らぬ声に誘導されたり、頭が割れる程の頭痛を送ってくれたりと散々だったというのに…。 それがどうだ、今はデルフ一本を構えて敢えて光らせた途端に今度は自分の体の中の疲労というか重りを取り除いてくれている。 このルーンがどういった仕組みで自分にそのような効果を付与してくれるか、今の彼女はイマイチ知らないのだが、 ただ今みたいに自分を手助けしてくれるというのなら、敢えて手を出してちょっかいを掛ける必要はないとそう判断していた。 (ま、これからマジでヤバい奴と斬り合うかもしれないし…頼んだわよ伝説のルーンさん?) 心中で軽く礼を述べたところで、それまで黙っていたワルドが再び口を開いて喋り出した。 「しかし、まぁ…君とはラ・ロシェールのスカボロー港で出会って以来、ちょっとした因縁ができているな。 よもやこんな物騒な場所にルイズと共に来ていたなんて、流石の私でもそれは予測すらできなかったよ?」 それはごもっともね。口には出さぬ同意として、霊夢はワルドの言葉にそっと頷く。 本来なら学生であるルイズが、最前線というヤバい場所にいるなんてありえない事なのであろう。 そんな事を思う彼女を余所にワルドは一息ついてから、話を続けていく。 「後退したトリステイン軍を偵察する為に艦隊を離れて、その道中の上空で君たちが戦っている姿を見たときは本当に驚いたよ。 何せ君やそこで倒れている黒白…そしてあのルイズが我が軍の味方だという化け物共と戦っていたんだ。あの時は思わず我が目を疑ってしまったものさ」 ワルドの話を聞いて、ようやく霊夢はシェフィールドが叫んだ言葉の意味を理解した。 そりゃ突然味方のライトニング・クラウドで自分の手駒を壊滅させられたら、怒鳴り散らしてしまうのも無理はないだろう。 「なるほど…最初から仕組んでた事ならあの女が取り乱す必要なんてないものね」 「どうやらあの叫びっぷりからみて、彼女と君たちの戦いを邪魔してしまったようだが…なに、君に貰った負け星を返さぬまま永遠の別れというのも自分に酷だと思ってね」 「失礼な事言ってくれるわね?私ぐらいならあんなのすぐに片付けてやったわよ。まぁそれを代わりに済ませてくれた事には礼を述べてあげるけど」 あの時のシェフィールドの取り乱してからの怒りっぷりを思い出した霊夢が軽く口元に笑みを作ると、ワルドもそれにつられて微笑む。 暫し無言の笑みを向け合った後、再び真剣な表情へと変わったワルドは軽く咳払いした後に杖を構え直した。 「改めて言うが、一人の戦士として伝説の『ガンダールヴ』であり私を二回も負かした君を見つけて…このまま見過ごすという事はできない」 「わざわざルイズを攫った挙句に、私を蹴り飛ばした後で改まる必要なんてあるのかしら」 まるで本物のレイピアの様に構えて見せるソレの先端部を見つめながら、霊夢はデルフの柄をギュッと握り直す。 ギリリ…という小さくも息が詰まりそうな音が柄を握る掌から漏れ出し、それに合わせて左手のルーンがその輝きを増していく。 長い話し合いの結果、既にある程度体力を取り戻していた今の霊夢ならばある程度渡り合えるほどになっていた。 キメラ達との戦いで悩んでいた急な頭痛もルーンのお蔭なのか、今はそのナリを潜めている。 ワルドは既にやる気十分な彼女を見ながら、呪文を詠唱して再度戦闘準備に取りかかった。 訓練のおかげで口を僅かに動かす程度で詠唱できるようになった彼の杖に、風の力が渦を巻いて纏わりついていく。 やがてその力は青白い光となって杖と同化し、光る刃を持つレイピアへとその姿を変える。 「『エア・ニードル』だ。一応教えておくが杖自体が魔法の渦の中心、先ほどのように吸い込む事はできんぞ」 青白い光で自らのアゴヒゲを照らすワルドの言葉に、霊夢はデルフへ向けて「本当に?」質問する。 『まぁな、でも安心しなレイム。今のお前さんには『ガンダールヴ』が味方してくれている、だからお前さんの様な剣の素人でも遅れは取らんさ。……多分』 「私としては遅れをとるよりも勝ちに行きたいんだけど?…っていうか、多分って何よ多分って」 喋れる魔剣のいい加減なフォローに呆れながらも、そんなデルフを構え直した直後―――――ー。 「それでは…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、あらためワルド―――推して参るぞ」 杖を構えたまま名乗ったワルドが、地面を蹴り飛ばして突っ込んでくると同時に霊夢もまたワルド目がけて突っ込む。 黒と緑、紅と白の影がほぼ同時に激突する音と共にデルフの刀身と『エア・ニードル』を構成する魔力が火花を散らした。 (レイム…!) 一方で、ワルドが気づかぬ内に目を覚ましていたルイズは二人の戦いをやや離れた所から眺める立場にいた。 動きたくても未だにその体は言う事を聞かず、指すらくわえることもできずにどちらかの勝敗を見守る事しかできない。 (折角運よく目覚めたっていうのに、これじゃあ意味が無いじゃないの!) 意識だけはハッキリしている歯痒さと、助けようにも助けに行けない悔しさを感じたルイズは何としてでも体を動かそうとした。 まるで見えない腕に抑え込まれているかのような抵抗感に押しとどめられながらも、それを払いのけようと必死に体をもがかせる。 他人が見れば滑稽に見える光景であったが、やっている本人の表情は真剣そのものかつ必死さが伝わってくる。 (動けッ!動きなさいよ…!今目の前に…ウェールズ様の、姫さまの想い人の仇がいるっていうのに…!) 敬愛するアンリエッタに罪悪感の一つを抱かせ、その後もレコン・キスタにのうのうと所属していたであろうワルド。 そして今はソイツに攫われた挙句に霊夢たちを誘き寄せる餌にされて、まんまと利用されてしまっている。 今体が動くなら霊夢の手助けをしてあの男に痛い目を合わせられるというのに、ワケのわからない金縛りでそれが叶わない。 体の奥底から、沸々と怒りが湧き上がってくる。沸き立つ熱湯が鍋から勢いよくこぼれ出すかのように。 (このまま何もできずに見てるなんて―――――冗談じゃ…ない、わよッ!!) 積りに積もってゆく苛立ちと憤怒が彼女の力となり、それを頼りに勢いよく右腕へと力を入れた瞬間。 杖を握ったまま金縛り状態になったその腕がガクンと震えた直後、不可視の拘束から開放された。 「…!」 突然拘束から解放された右腕から伝わる衝撃に驚いたルイズは、思わずそちらの方へと視線を向けた。 残りの手足と体より先に自由になった腕は、ようやっと動けた事を喜んでいるかのように小刻みに震えている。 (まさか、本当に動いたっていうの?) 未だ半信半疑である彼女が試しに動かしてみると、主の意思に応えて腕はその通りに動く。 腕の筋肉や骨からはビリビリとした痺れのような不快感が伝わって来るものの、動かすことの支障にはならない。 (一体、どういう事なの…?――――…!) 先ほどの夢といい、ワルドの『スリープ・クラウド』から目が覚めた事といい、今自分の身に何が起きているのだろうか…? そんな疑問を頭の中で浮かばせようとするルイズであったが、動き出した右腕の゙手が握っているモノ゙を見た瞬間、その表情が変わった。 ルイズ自身、ワルドが゙ソレ゛を自分の手から離さなかったのは一種の気まぐれだったのかもしれない。 魔法で眠らせている分大丈夫だと高を括ったのか、それともまもとな魔法が使えない『ゼロ』の自分だから安心だと思ったのだろう。 だとすれば、彼はこの状況で唯一にして最も重要なミスを犯したと言っても過言ではないだろう。 彼女本人としては、体の自由を取り戻し次第近くに゙ソレ゛が落ちていないか探す予定であったのだから。 (丁度良いわね…探す手間が省けたわ。けれど、一難去ってまた一難…次ばコレ゙をワルドの方へと向けないと…) 思わぬところで情けを掛けてくれたワルドに心のこもっていない感謝を送りつつ、ルイズはゆっくりと右腕を動かし始めた。 ゙ソレ゛を手に持った右腕を動かすたびに、力が抜けるような不快な痺れが片と脊椎を通して脳へと伝わっていく。 まるで幾つもの羽箒でくすぐられているかのような感覚に、彼女はおもわず手に持っだソレ゛を落としてしまいそうになる。 (我慢…我慢よルイズ!ほんの数サント、そう数サント程度動かすくらい何よ!?) 歯を食いしばりながらその不快感に耐える彼女は、ゆっくりと腕を動かしていく。 その手に持っだソレ゛―――――この十六年間共に生きてきた一振りの杖で、母国の裏切り者へ一矢報いる為に。 一方、密かに反撃を行おうとするルイズを余所にワルドは霊夢とデルフを相手にその腕前を発揮している。 魔力に包まれた杖で見事な刺突を仕掛けてくる彼と対峙する霊夢は慣れぬ剣を見事に使いこなしてソレを防いでみせる。 彼女の胸を貫こうとした杖はデルフの刀身によって軌道を逸らされる一方で、袈裟切りにしようとするその刃を『エア・ニードル』で纏った杖で防ぎきる。 『ガンダールヴ』の力で剣を巧みに操れる様になっている霊夢は、百戦錬磨の武人であるワルドを相手に互角の勝負を繰り広げていた。 「ほぉ。中々耐えているじゃあないか、面白いッ!」 ワルドからしてみればギリギリのタイミングで防ぎ、的確に剣を振ってくる霊夢の腕にある種の驚きを抱きながら呟いた。 彼の目から見てもこの小さな少女には体格的にも不釣り合いだというのに、そのハンデを無視するかのように攻撃してくる。 見ると左手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは光り輝いているのを見る分、彼女は今伝説の使い魔と同じ能力が使えているようだ。 「く…このっ!さっさと斬られなさいってのッ」 対する霊夢は、この世界へ来るまで特に興味の無かった剣をここまで使いこなせている自分を意外だと感じていた。 あくまで話し相手であったデルフは見た目からして彼女には似つかわしくないし、何より重量もそれなりにある。 背中に担ぐだけならともかく、鞘を抜いて半霊の庭師みたいな攻撃をしようとしても、録に使いこなせないであろう…普通ならば。 しかしルイズとの契約で刻まれた『ガンダールヴ』のルーンが霊夢に助力し、その小さな体でデルフを使いこなしている。 本当なら剣の振り方さえ碌に知らなかった彼女は歴戦の剣士の様にデルフを振るい、ワルドと激しい攻防を繰り返していた。 先ほど御幣で渡り合った時とは違ってワルドの一挙一動が手に取るように分かり、相手のフェイントを軽々と避けれる程度にまでなっている。 そして本来ならば相当重いであろう剣のデルフを使ってどこをどう攻撃し、どのように振ればいいのかさえ理解できている。 トリスタニアの旧市街地で戦った時も、ナイフなんて使ったことも無いというのにあれだけ使いこなせたのだ。 あながちこのルーンの事は馬鹿にできないと霊夢は改めて感じていた。 他にも彼女の体に蓄積していて疲労や頭痛の類は、まるで最初から幻だったかのように収まってしまっている。 それに合わせていつもと比べて体が軽くなった様な気がするうえに、この前ルーンが光った時の様な幻聴みたいな声も聞こえてこない。 これだけ説明すれは『ガンダールヴ』になって良かったと言えるのだろうが、霊夢自身はあまりそういう気持ちにはなれなかった。 (タダほど怖いモノは無いって良く言うけれども、そもそもこんなルーン自体刻まれちゃうのがアレだし…) ワルドと切り結びながらも体力が戻った事でそれなりの余裕を取り戻した彼女は、心の中で軽い愚痴をぼやく。 しかし今更そんな事を思っても時間が巻き戻るワケでもなく、今のところ使い魔のルーンも自分のサポートに徹してくれている。 今のところワルドとも上手く渡り合えている。ならば特に邪推する必要は無いと判断したところで、何度目かの鍔迫り合いに持ち込んでしまう。 眩い火花を散らして激突し合うデルフの刀身と、魔力を帯びたレイピア型の杖。 杖そのものが魔法の渦の中心となっている所為で、魔法を吸収する事のできるデルフは『エア・ニードル』を形成する中心を取り込むことは出来ない。 しかし、普通の剣ならば小さなハリケーンとも言える『エア・ニードル』を防ぐ事はできなかったであろう。 「ふぅ…!流石伝説の『ガンダールヴ』だな、この私を相手に接近戦で渡り合えたヤツは君を含めて四人目だ」 「ご丁寧に、どうも…!」 顔から汗を垂らすワルドの口から出た賞賛に対し、両手でデルフを構える霊夢はやや怒った表情を礼を述べる。 いくら『ガンダールヴ』で剣が使えるようになったと言っても、現状の実力差ではワルドの方に分があった。 二人を見比べてみると、霊夢がやや必死かつ怒っているのに対しワルドの顔には未だ笑みが浮かんでいる。 しかしその表情とは裏腹に彼女を睨み付ける目は笑っておらず、杖も片手で構えているだけで両手持ちの霊夢の剣を防いでいた。 彼は元々、トリステイン王家の近衛を務める魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めただけの実力を持っているだけあってその杖捌きは一流だ。 例え片腕を無くした状況下で戦う事になったしても、相手に勝てる程の厳しく過酷な訓練を乗り越えてきたのだ。 それに加えてかつて霊夢に敗れてからというものの、毎日とは言わないが彼女を相手に戦って敗れるという夢を何度か見ている。 シュヴァリエの称号を持つ彼としては、ハルケギニアでは特別な存在であってもその前に一人の少女である霊夢に負けたという事実は思いの外悔しい経験だった。 だからこそ彼はその夢でイメージ・トレーニングの様な事をしつつも、あれ以来どのような者が相手でも決して油断してはならぬと心から誓っていた。 貴族、平民はおろか老若男女や人外であっても、自分に対し敵意を持って攻撃してくるものにはそれ相応の態度でもって返答する。 スカボロー港やニューカッスル城で味わった苦い経験を無駄にしない為に、ワルドは手を抜くという事をやめたのである。 「私自身、剣を使ったのはこれで二度目だけど今度は直に刺してやっても――――良いのよ…ッ!?」 そう言いながらワルドと正面から剣を押し合っていた霊夢は頃合いを見計らったかのように、スッと後ろへ下がった。 デルフを構えたままホバー移動で後退した彼女は空いている右手を懐に入れ、そこから四本の針を勢いよく投げ放った。 しかしワルドはこの事を予知していたかのように焦る事無く杖を構え直すと、素早く呪文を詠唱する。 すると杖の先から風が発生し、自分目がけて突っ込んできた針は四本とも空しく周囲へと飛び散らせた。 「悪いが今の私相手に小細工は…ムッ」 針を散らしたワルドが言い終える前に、霊夢は次の一手に打って出ようとしていた。 今度は左腕の袖から三枚のお札を取り出すと、ワルドが聞いたことの無いような呪文のようなものを唱えてから放ってきたのである。 針同様真っ直ぐ突っ込んでくると予想した彼は「何度も同じことを…」と言いながら再び『ウインド』の呪文を唱えようとした。 再び杖の先から風発生し、これまた針と同じようにしてお札もあらぬ方向へと吹き飛んで行った―――筈であった。 しかし、三枚ともバラバラの方向へと飛んで行ったお札はまるで意思を持っているかのように再びワルドの方へと突っ込んできたのである。 「何だと?面白い、それならば…」 これには流石のワルドも顔を顰め、三方向から飛んでくるお札を後ろへ下がる事で避けようとした。 お札はそのまま地面に貼り付くかと思っていたが、そんな彼の期待を裏切って尚もしつこく彼を追尾し続けてくる。 しかしそうなる事を想定していたワルドは落ち着いた様子で、再び杖に『エア・ニードル』の青白い魔力を纏わせていた。 直覚な動きでもって迫りくる三枚のお札が、後一メイルで彼の身体に貼り付こうとした直前。 ワルドは風の針を纏わせた自身の杖で空気を斬り捨てるかのように、力を込めて杖を横薙ぎに振り払った。 「――――…フッ!」 瞬間、彼の前に立ちはだかるようにして青く力強い気配を纏わせた魔力の線が横一文字を作り出し、 丁度そこへ突っ込むようにして飛んできたお札は全て、真っ二つに切り裂かれて敢え無くその効力を失った。 三枚から計六枚になったお札ははらはらと木から落ちていく紅葉の様に地面へ着地し、ただの紙切れとなってしまう。 「成程。斬り合い続けてもマンネリになるしな、丁度良いサプライズになったよ」 「………ッ!中々やるじゃないの」 軽口を叩く程の余裕を残しているワルドに、霊夢は思わず舌打ちしてしまう。 もう一度距離を取る為にと時間稼ぎついでに試してみたのが、やはり簡単にあしらわれてしまったようだ。 『うへぇ、お前さんも運が良いねぇ。奴さんのような腕の立つメイジ何て、そうそういないぜ…って、うぉわ!』 「あんたねぇ!私に向かって言う時は運が悪いって言うでしょうが、普通は!?」 一閃。正にその言葉が相応しい程に速い杖捌きに霊夢が構えているデルフが無い舌を巻いている。 その彼を今は武器として使っている霊夢は余計な事まで言う剣を揺らした後、溜め息をついて再びワルドの方へと視線を向けた。 目の前にいる敵は先程針とお札をお見舞いしたはずだというのに、それで疲れたという様子を見られない。 最もあの男相手に上手くいくとは思っていなかったが、こうもあしらわれるのを見てしまうと流石の霊夢も顔を顰めてしまう。 「しっかし、アンタもタフよねぇ?ニューカッスル城で散々な目に遭わせてやったっていうのに…」 「貴族っていうのはそんなもんだよ。私みたいな負けず嫌いの方が穏健な者より数が多い、ルイズだってそうだろう?」 平気な顔をしているワルドに向けてそんな愚痴を漏らすと、彼は口元に笑みを浮かべなからそう言ってきた。 彼の口から出てきた言葉と例として挙げてきたルイズの名に、「確かにそうね」と彼女も頷いてしまう。 「昔の貴族の事を記した本では、自身の名誉と誇りを掛けて決闘し合ったという記しているが…実際のところは違う。 自分の女を取られたとか、アイツに肩をぶつけられた…とかで、まぁ大層くだらない理由で相手に決闘を申し込んでいたらしい」 「…あぁ~、何か私もそんな感じで決闘をしかけられた事もあったわねぇ」 戦いの最中だというのに、そんな説明をしてくれたワルドの話で霊夢はギーシュの事を思い出してしまう。 まぁ面白半分で話しかけた自分が原因だったのが…成程、貴族が負けず嫌いと言うこの男の主張もあながち間違っていないらしい。 「だから、アンタもその貴族の負けず嫌いな性格に倣って私にリベンジ仕掛けてきたって事ね?」 「その通りだ。―――――だが、生憎時間が無いのでな。悪いが君との勝負は、そろそろ終わらせることにしよう」 「…時間?……クッ!」 何やら気になる事を呟いてきたワルドに聞き返そうとした直後、目にもとまらぬ速さでワルドが突っ込んできた。 一気に距離を詰められつつも、『ガンダールヴ』のサポートのおかげて、間一髪の差で彼の攻撃を防ぐ事ができた。 しかし今度はさっきとは違い完全に霊夢が押されており、目の前に『エア・ニードル』を纏った杖が迫ってきている。 ガチガチガチ…とデルフと杖がぶつかり合う音が彼女の耳へひっきりなしに入り、押すことも引くこともできない状況に更なる緊迫感を上乗せしていく。 「ッ、時間が無いって、それ一体どういう意味よ…!?」 「ん?あぁそうか、今口にするまでその事は話題にも出していなかったな。失敬した」 自分の攻撃を何とか防いだ霊夢の質問に、ワルドは思い出したかのような表情を浮かべながら言った。 それからすぐに逞しい髭が生えた顎でクイッと上空を指したのを見て、霊夢も自らの視線を頭上へと向けた。 霊夢にデルフとワルド、それに二人に気付かれぬまま目覚めたルイズと未だ眠り続けている魔理沙。 計四人と一本が今いるタルブ村にある小高い丘から見上げた夜空に浮かんでいる、神聖アルビオン共和国の艦隊。 旗艦である『レキシントン号』を含めた幾つもの軍艦が灯している灯りで、彼らの浮遊している空は人口の明りに包まれていた。 「あれが見えるだろう?私がここまで来るのに足として使ったアルビオンの艦隊だ」 「それがッ、どうしたって――――…まさか」 ワルドの言葉と先ほど聞いた「時間が無い」という言葉で、彼女は思い出した。 つい二十分ほど前に自分たちにキメラの軍団をけしかけてきていた謎の女、シェフィールドの言葉を。 ―――コイツラは明朝と共に隣町へ進撃を開始する事になってるのさ。アルビオン艦隊の前進と共にね。 ―――――そうなればトリスタニアまではほぼ一直線、お姫様が逃げようが逃げまいがアンタたちの王都はおしまいってワケさ! 奴が運び込んできたであろうキメラ軍団と共に進軍するであろう、アルビオンの艦隊。 それが今頭上に空中要塞の如く浮遊しており、そして先ほどワルドが口にした言葉が意味する事はたった一つ。 「成程…アンタが吹き飛ばした化け物の仲間と一緒に、あの艦隊も動き出すってワケね!」 「ム、なぜそこまで知ってるんだ?」 「アンタがやってきてルイズを攫う前に、あのシェフィールドって奴がペラペラ喋ってくれたのよ」 「…ふぅん。私の事を裏切り者と言った割には、髄分と口が軽いじゃないか」 そんな会話を続けていく中で、ワルドに押されている霊夢はゆっくりと自分の態勢を立ち直らせようとしていた。 さながら身を低くして獲物の傍へと近づくライオンの如く、相手に気づかれぬよう慎重な動きで足の位置を変えていく。 受けの態勢から押す態勢へと変える為に…ゆっくりと、気取られぬよう靴の裏で地面の草を磨り潰すようにして足を動かす。 その動きを続ける間にも決して怪しまれぬよう、自分の気持ちなど知らずして口を開くワルドにも対応しなければいけない。 「まぁ今はご立腹であろう彼女に、どう謝るのかは後で考えるとして…どうした?さっきみたいに押し戻したらどうだ?」 「アンタが自分の全体重使って押し付けて、くるから…か弱い少女の私じゃあ…これぐらいが、精一杯よッ」 (何ならもう一回距離を取って良いけど…、はてさてそう上手く行きそうにないわねぇ) 自分と目を合わせているワルドが足元を見ない事を祈りつつ、霊夢はこの状況を脱した後でどう動こうか考えていた。 無論その後にも色々と倒すべき目標がいるという事も考慮すれば、この男一人に体力を使い過ぎてしまうのも問題であろう。 (いくらルーンのおかげで体が軽くなって剣も扱えるとようになっても、流石にあの艦隊を一人で相手するのは無理がありそうだし…) 目の前の男を倒した後の事を考えつつも、足を動かして上手く一転攻勢への布石を整えようとしていた…その時であった。 アストン伯の屋敷がある森の方から凄まじい爆発音と共に、霊力を纏った青白い光が見えたのは。 まるで蝋燭の灯りの様についた光と、大量の黒色火薬を用いて岩盤を力技で粉砕するかのような爆発音。 一度に発生した二つの異常はこの場に居る者たちには直接関係しなかったものの、まるっきり無視する事はできなかったらしい。 「む?何事だ」 霊夢と睨みあっていたワルドは爆発音と音に目を丸くし、彼女と鍔迫り合いをしている最中にチラリと森の方へ顔を向ける。 そんな彼と対峙し、逆転の機会を作っていた霊夢も思わず驚いてしまっていたが、彼女だけはワルドには分からないであろゔモノ゙すら感じ取っていた。 「ん、これは…」 その正体は、さきほど森を照らしたあの青い光から発せられた、荒々しい霊力であった。 まるで鋸の歯の様に鋭く厳ついその力の波を有無を言わさず受け取るしかない彼女は、瞬時にあの森にいた巫女モドキの事を思い出す。 ルイズの姉に助けられたと称して風の様に現れ、一時の間共闘し自分と魔理沙の間に立ってキメラたちを防いでくれたあの長い黒髪の巫女モドキ。 今あの光から放たれる荒々しい霊力は、霊夢が感じる限り間違いなく彼女の物だと理解できた。 (間違いない…この霊力、アイツのだ…!けれどこの量…、一体何があったっていうのよ?) まるで内側に溜め続けていた霊力を、自分の体に負荷をかける事を承知で一気に開放したかのような霊力の津波。 それをほぼ直で感じ取ってしまった霊夢は、あの巫女モドキの身に何かが起こってしまったのではないかと思ってしまう。 仮に霊夢が今の量と同じ霊力を溜めに溜めて攻撃の一つとして開放すれば、敵も自分も決してタダでは済まない。 良くて二、三日は布団から出られないだけで済むが、最悪の場合は霊力を開放した自分の体は… ―――それは、あまりにも突然であった。 「…ファイアー…――――ボールッ!!」 森からの爆発音に続くようにして、ルイズの怒号が二人の耳に入ってきたのは。 特徴のあるその声に霊夢が最初に、次にワルドが振り返った時点でルイズは既に杖を振り下ろした直後であった。 辛うじて動く右手に握る杖の先を、時間を掛けてワルドの方へと向けた彼女はようやっと呪文を唱え、力弱く杖を振ったのである。 「ル…――――うわッ!」 咄嗟に彼女の名を口に出そうとした霊夢は、自分から少し離れた地面が捲れようとしているのに気付いてこれはマズイと判断した。 これまで彼女の唱えた魔法が爆破する瞬間を何度か見てきた事はあるが、今見ているような現象は目にしたことは無い。 だからこそ霊夢は危険と判断したのである。今のルイズが起こそうとしている爆発は―――この距離だと巻き添えを喰らうと。 「ルイズ…、ルイズなのか?馬鹿な…何故…!」 一方のワルドは目を見開き、信じられないモノを見るかのような表情を浮かべて驚愕している。 何せ自分の『スリープ・クラウド』をマトモに喰らって眠っていたはずだというのに、今彼女は目を覚まして自分と霊夢に杖を向けているのだ。 (まさか失敗…いや!そんな事は断じて……!) そして彼もまた、自分から少し離れた地面がその下にある゛何か゛に押し上げられていくのが見えた。 これはマズイ。そう判断した彼は後ろへ下がるべく霊夢との鍔迫り合いを中断せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。 偶然にも、この時ワルドと似たような事を考えていた彼女もほぼ同時に後ろへ下がり、距離を取ろうとした時―――――――地面が爆発した。 捲れ、ひび割れた地面の隙間から白い閃光が漏れ出し、ルイズの魔力を込められた爆風が周囲に襲い掛かる。 爆風は飛び散った大地の欠片を凶器に変えて、その場から離れた二人へ殺到していく。 「グ!このぉ…!」 ワルドは咄嗟の判断で自身の周囲に『ウインド』を発生させて破片を吹き飛ばそうとする。 しかし強力な爆発力で飛んでいく破片は風の防壁を超えてワルドの頬や服越しの肌を掠め、赤い掠り傷を作っていく。 彼は驚いた。自負ではあるが自分の゛風゛で造り上げた防壁ならば、大抵のモノなら吹き飛ばすことができた。 平民の山賊たちが放ってくる矢や銃弾、組み手相手の同僚や山賊側に属していたメイジの放つ『ファイアー・ボール』など… その時の状況で避けるのが困難だと理解した攻撃の多くは、今自分が発動している『ウインド』で防いでいたのである。 ところがルイズの爆発の力を借りて飛んでくる破片の幾つかは、それを易々と通過して自分を攻撃してくるのだ。 幾ら彼女の失敗魔法の威力が強くとも、ただの地面の欠片―――それも雑草のついたものが容赦なく通り抜けていく。 これは自分の魔法に思わぬ゙穴゙が存在するのか?それとも、その破片を失敗魔法で飛ばしたルイズに秘密が…? そんな事を考えていたワルドはふと思い出す。彼女は自分の『スリープ・クラウド』で眠ったのにも関わらず、目を覚ましたことに。 ガンダールヴとなった少女を召喚し、他の有象無象のメイジ達は毛色が違いすぎるかつての許嫁であったルイズ。 (ルイズ、やはり君は特別なのか…?) 風の防壁を貫いてくる破片に傷つけられたワルドは、反撃の為に呪文を唱え始める。 今やガンダールヴ以上に危険な存在―――ダークホースと化したルイズを再び黙らせるために。 「うわ、ちょっと…うわわ!」 一方の霊夢は、辛うじてルイズの飛ばした破片をある程度避ける事に成功はしていた。 最もスカートやリボンの端っこ等は飛んでくる小さな狂気に掠りに掠りまくってボロボロの切れ端みたいになってしまったが…。 ワルドとは違いその場に留まらず後ろへ下がり続けていたおかげで、体に直撃を喰らう事は防ぐことができた。 その彼と対峙していた場所から二メイルほど離れた所で足を止めたところで、左手に持っていたデルフが素っ頓狂な声をあげた。 『お、おいおいこりゃ一体どういう事だ?何で『スリープ・クラウド』で眠ってた娘っ子が起きてんだよ』 彼の最もな言葉に霊夢は「こっちが知りたいぐらいよ」と返しつつ、再び両手に持って構え直す。 幸いにもワルドはルイズを睨み付けており、自分には背中を見せている不意打ちには持って来いの状況である。 どうやら彼女を眠らせた張本人も、これには目を丸くして驚いているようだ。霊夢は良い気味だと内心思っていたが。 「しかも目覚めの爆発攻撃ときたわ。…全く、やるならやるで合図くらい――…ってさっきの叫び声がそうなのかしら?」 最後の一言が疑問形になったものの、態勢を整え直した霊夢はワルドの背後へキツイ峰打ちでもお見舞いしてやろうかと思った直後。 「う―――『ウインド・ブレイク』…!」 倒れたままのルイズが再び呪文を唱え終えると、振り上げた杖をワルドの方へ向けて勢いよく下ろした。 今度はマズイと判断したワルドがバッとその場から飛び退いた瞬間、今度は激しい閃光と共に彼のいた空間が爆発する。 「ルイズ、二度目は無いぞッ!」 先程とは違い空間だけが爆発した為に攻撃範囲そのものは狭く、余裕で回避したワルドは杖を振り下ろして唱え終えていた『エア・ハンマー』を発動した。 彼の眼前に空気の塊が現れ、それそのものが巨大な槌となって再び攻撃を行おうとしたルイズの体と激突する。 「!?…キャアッ!!」 三度目の魔法を唱えようとしたルイズは迫ってくる魔法に成す術も無く、未だ起き上がれぬ小さな体が吹き飛ぶ。 小さな胸を圧迫する空気の槌は彼女を地上三メイルにまで押し上げた所で消滅し、彼女の体は宙へ放り投げられる。 このまま弧を描いて面に落ちれば、受け身も取れぬルイズは大けがを負う可能性があった。 「ルイズ!」 流石の霊夢もマズイと判断し、地面を蹴って勢いよく飛び上がった。 この距離ならば彼女が地面へ落ちる前に、余裕をもってキャッチできる。 「!――――やはり来たなッ」 だが、それを予測していたかのようにワルドが不敵な笑みを浮かべて後ろを振り返った。 無論彼の視線の先にいるのは、地を蹴飛ばしてルイズの下へ飛んで行こうとする霊夢の姿。 彼女はルイズを助けに前へ出たのだが、ワルドの目から見れば正に『飛んで火にいる夏の虫』でしかない。 この時を待っていたと言わんばかりに再び杖に『エア・ニードル』を纏わせると、目にも止まらぬ速さの突きを繰り出す。 人間の体など簡単に穿つ事のできる魔法が眼前に突き出された霊夢は―――焦ることなく、その姿を消した。 彼女の胴に『エア・二―ドル』が刺さる直前、その体が蜃気楼のように霧散したのである。 「ッ!?…スカボローで見た、瞬間移動か!」 消えた霊夢を見て咄嗟に思い出したワルドが再びルイズの方へと顔を向けるた時には、 まるで無から一つの生命体が生まれるようにして出現した霊夢が、丁度自分のところへ落ちてきたルイズをキャッチしていた所であった。 ワルドの魔法で打ち上げられ、霊夢の瞬間移動で空中キャッチされたルイズは助けてくれた彼女を見て目を丸くする。 これまでも何回か助けてくれた事はあったが、まさか間にいたワルドを無視してまで来てくれた事に驚いているのだ。 (でも、ワルドにやられて助けに来てくれるなんて…ニューカッスル城の時の事を思い出すわね…―――――…ッ!?) 自分よりやや太い程度の少女らしい腕に抱えられたままのルイズは場違いな回想を頭の中で浮かべながら、霊夢の方へ顔を向ける。 それは同時に、彼女の後ろにいたワルドが自分たちに向けてレイピア型の杖を向けている姿をも見る事となった。 当然のことだが、どうやら相手は待ってくれないらしい。まぁ当然だろうと思うしかないが。 「レイ――――…!」 「全くアンタってヤツは…、援護してくれるのでは良かったけどせめてアイツと距離を取ってから…」 「違う、違うって!アンタ後ろッ、ワルドが…!」 慌てた様子のルイズの口から出た名前に霊夢はハッとした表情を浮かべ、彼女を抱えて右の方へと飛んだ。 瞬間、ワルドの放った三本の『エア・カッター』が二人がいた場所を通り過ぎ、地面を抉ってタルブ村の方へと向かっていく。 まもたやルイズのせいで攻撃を外したワルドは舌打ちしながらも、冷静に杖の先を移動した二人の方へ向ける。 避けられた事自体はある程度想定済みであったし、何より『エア・カッター』程度の呪文ならばすぐにでも唱えられる。 それこそ自分の名前を紙に書き込むぐらいに、ワルドにとっては呼吸と同じぐらい造作もない事であった。 「また来るわ!」 「分かっ、てる…っての!」 抱えられたままのルイズが注意を促すと、促された霊夢はルイズの重さに堪えながらそう返す。 自分とほぼ同じ体重の少女を抱えたまま移動するというのは、流石に無理があったと今更ながら分かった。 それでも今の状況でルイズを降ろすという選択肢など選べるワケは無く、ワルドの攻撃を避けようとする。 だが相手も今の霊夢が動きにくいと察してか、杖から放ってきた三枚の『エア・カッター』が扇状になって飛んできた。 今二人のいる位置を中心に広がる空気の刃は、彼女たちを仕留めようと迫ってくる。 霊夢であるならば多少の無理だけでルイズを抱えたまま避けられるだろうが、その際に隙が生じてしまう。 目の前の相手は自分がその隙を見逃すはずもないであろうし、結界を張るにもその時間すら無いという八方塞がり。 即席結界でも近づいてくる『エア・カッター』を辛うじて防げるのだが、どっちにしろワルドには近づかれてしまうだろう。 ならば今の霊夢が取るべき行動はたったの一つ。左手に握る魔剣デルフリンガーの出番である。 『ッ!レイム、オレっちを前に突き出せ!』 「言われなくても、そうするわよ」 デルフの言葉に応えるかのように、霊夢はインテリジェンスソードを自分とルイズの前に突き出す。 先ほどみたいに魔法を吸収した後、近づいてくるであろうワルドを何とか避けるしかない。 そこまで考えていた時、その霊夢に抱えられていたルイズが意を決した様な表情を浮かべて右手の杖を振り上げた。 「ルイズ…?」 彼女の行動に気付いた霊夢が一瞬怪訝な表情を浮かべた瞬間、ルイズはそれを勢いよく振り下ろした。 ワルドが扇状に広がる『エア・カッター』を出してきてから、唱え始めていた呪文を叫びながら。 「『レビテレーション』ッ!」 コモン・マジックの一つであり、貴族の子として生まれた子供ならば年齢一桁の内に習得できるであろう初歩的な呪文。 幼少期のルイズも習得しよう必死になってと詠唱と共に杖を振り、その度に失敗して母親から叱られていた苦い思い出のある魔法。 そしてあれから成長した今のルイズは決意に満ちた表情でその呪文を詠唱し、杖を振り下ろしたのである。 自分と霊夢を切り裂こうという殺意を放って近づいてくる、ワルドの『エア・カッター』に向けて。 瞬間、二人とワルドの間を遮るようにして何もない空間を飛んでいた『エア・カッター』を中心にして、白く眩い閃光を伴う爆発が起きた。 「うわ―――…っ!」 『ウォッ!眩しッ…』 「むぅ!無駄なあがきを…!」 あらかじめ爆発を起こすと決めていたルイズ以外の二人とデルフは、あまりにも眩しい閃光に思わず怯んでしまう。 耳につんざく爆音に、極極小サイズの宇宙でも作れてしまうような爆発は当然ながら唱えたルイズと霊夢、そしてワルドには当たっていない。 精々爆発が発生する際に生じる閃光で、ほんの一瞬目くらましできた程度実質的な被害は無く。一見すれば単なる失敗魔法の無駄撃ちかと思ってしまう。 しかし、ルイズはこの爆発を彼に当てるつもりで唱えていたワケではなかった。―――彼が唱えた魔法に向けていたのである。 一瞬の閃光の後に爆発の衝撃で地面から土煙が舞い、それも晴れた後に視界が晴れた先にいた二人を見て、ワルドは軽く面喰ってしまう。 何せ先ほどまで彼女たちに向けて放った『エア・カッター』の姿はどこにも見当たらず、切り裂く筈だった二人も御覧の通り健在。 これは一体、何が起きたのか?疑問に思った彼はしかし、ほんの二秒程度の時間でその答えを自力で見つけ出した。 ルイズが唱えた魔法による爆発、その中心地に丁度いた自分の『エア・カッター』の消失。 よほどの馬鹿であっても、二つの゙過程゙を足してみれば自ずと何が起こったのか理解できるだろう。 「まさか、私の『エア・カッター』を破壊したというのか…?あの爆発で」 「こうも上手く行くとは思ってなかったけど、案外私の失敗魔法も捨てたモノじゃないわね…」 信じられないと言いたげな表情を浮かべるワルドの言葉に向けるかのように、霊夢から離れたルイズが感心するかのように口を開く。 いつも手入れを欠かさないブラウスやマント、母から受け継いだウェーブのピンクブロンドはすっかり汚れてしまっている。 右手にもった杖と肩に下げている鞄と合わせて見れば、彼女は家を勘当されて一人旅をしている元貴族のお嬢様にも見えてしまう。 だが、彼女の鳶色の瞳は鋭い眼光を放っており、視線の先にいるワルドをキッと睨み付けている。 以前のルイズ―――少なくともアルビオンへ行くまでの彼女ならばあの様に睨み付けてくる事はなかった。 睨み付けてくる彼女の姿を見ながらワルドが一人そう思っていると、ルイズは地面へ向けていた杖をスッと向けてきた。 「これからも、というか今でも普通の魔法を一度でも良いから使ってみたいとは思っているけど…今はこれが丁度良いわ。 だって、ウェールズ様を殺して、姫さまも泣かしたうえにレイムまで痛めつけてくれたアナタに…たっぷりお礼ができるもの」 まるで自分の居場所を見つけたかのような物言いに、流石のワルドも余裕を見せるワケにはいかなくなった。 一体どういう経緯があったかは知らないが…少なくとも今の彼女は、自分が知っているルイズとは少し違うという事である。 自分の二つ名にコンプレックスを抱き、常に頑張らなければいけないという重しを背負って泣いてばかりいた幼い頃のルイズ…。 アルビオンへ赴く任務の際に再会した時もあの頃からさほど見た目は変わらず、性格にはほんの少しの変化がついただけであった。 ところが今はそれに加えて魔法も格も上である筈の自分に杖を向けて、獰猛な目つきでこちらを睨み付けている。 …いや、その魔法も先ほど『エア・カッター』を失敗魔法の爆発で破壊したのを見れば自分が格上とは言い難かった。 まるで昨日まで他人にクンクンと鼻を鳴らしていた子犬が、たった一日で獰猛な大人の軍用犬に成長したかのような変わりっぷりだ。 「おーおー、アンタも言うようになってきたじゃないの」 「どこぞのお二人さんが傍にいる所為かしらね?私も大見得切った事が言えるようになってきたわ」 『っていうか、モロに影響受けてるってヤツだな。でも中々格好良かったぜ』 ワルドに啖呵を切ったのが良かったのか、横にいる霊夢の言葉にルイズがすかさず言い返す。 そんな光景を第三者の視点から見つめるワルドは、やはりルイズは変わったのだという確信を抱かざるを得なかった。 なぜ彼女はこうも短い期間であそこまで変われたのだろうか?そこが唯一の疑問ではあったが。 「変わったな、ルイズ。その性格も、魔法も…」 まるで蛹から孵化した蝶を外界へ放つときの様な寂しさを覚えたワルドは一人呟いた。 恋愛感情は無かったものの、彼女が幼い頃は許嫁として良く傍にいて面倒を見ていた思い出がある。 あの頃のルイズを思い出したワルドは、まさか彼女がここまで面白い成長の仕方をするとは思ってもいなかったのである。 だからこそ一種の寂しさというモノ感じていたのだが、それと同時に゙もう一つの確信゙を得る事となった。 幼少期はマトモな魔法が一つも使えぬ故に白い目で見られ、魔法学院では゛ゼロのルイズ゙と呼ばれて蔑まれていた彼女。 そのルイズが伝説の使い魔である『ガンダールヴ』のルーンを刻んだ少女を、自らの使い魔にしたという事実。 使い魔となった少女はこの世界では見たことも無い戦い方によって、自分は二度も敗北している。 ルイズの失敗魔法は幼き頃と比べて先鋭化の一途を辿り、とうとう自分の魔法をあの爆発で破壊する事にすら成功した。 今の彼女をかつて白い目で見、学院で゙ゼロ゙と蔑んでいた魔法学院の生徒たちが見ればどのような反応を見せるのだろうか? 少なくとも、今の彼女を見てまだ無能や出来損ないと呼ぶ者がいればソイツの目は節穴以下という事なのだろう。 「ルイズ、やはり君は特別だったんだ…!」 彼女たちに聞こえない程度の声量でワルドが小さく叫んだ瞬間…――――――― どこか心躍るような、ついつい楽しげな気分になってしまう花火の音と共に、彼らの頭上の夜空に虹色の星が幾つも舞った。 突然の事に三人ともハッとした表情を浮かべて、思わず頭上の夜空を見上げると俄には信じ難い光景が目に映る。 地上にいる自分たちを監視するかのように浮遊していた神聖アルビオン共和国が送り込んできた強力な艦隊。 並大抵の航空戦力では歯が立たないであろうその無敵艦隊の周りで、幾つもの花火が打ち上がり出したのだ。 パレードや町のイベントなどで使われる色鮮やかなそれ等は、この場においてはあまりにも場違いすぎる程綺麗であった。 「な…は、花火ですって?」 「これは一体何の冗談かしらねェ」 『少なくともオレ達の戦いを盛り上げてくれる…ってワケじゃあ無さそうだな』 いよいよワルドとの戦いもこれからという時にも関わらず、二人は夜空の打ち上がるソレを見て唖然としてしまう。 何せここは敵が占領しているとはいえ今は戦場なのである。そんな場所であんな賑やかな花火を打ち上げる事などありえなかった。 ルイズは目を丸くしてアルビオン艦隊の行動を見上げ、霊夢もまた何を考えているかも分からない敵の艦隊をジト目で見つめている。 デルフもデルフで敵が何の意図で花火を打ち上げたのか理解できず、曖昧な事を云うしかなかった。 しかし、そんな彼女たちの態度も目を見開いてアルビオン艦隊の花火を見つめていたワルドの言葉によって一変する事となった。 「馬鹿な…!まだ夜明け前だというのに……進軍の合図だとッ!」 「何ですって…?」 信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼の口から出た言葉に、すかさずルイズが反応する。 霊夢もワルドの言葉に反応してその目を再び鋭く細めて、色鮮やかな光に照らされる艦隊を睨み付けた。 「どういう事よワルド、あれが進軍の合図だなんてッ」 「ウソだと思うか…?と言いたいところだが、あんなに賑やかな花火が合図とは思いもしないだろうな」 「まぁあの艦隊を指揮してる人間の頭がおかしくなった…とかならまだ納得はできそうね」 今にも自分に掴みかかりたくて堪らないと言いたげに身構えているルイズの言葉に、ワルドはそう答える。 それに続くようにして霊夢がそう言うと、構えたは杖を降ろさないままアルビオン艦隊の花火の事を軽く説明し出した。 アルビオン艦隊が、地上戦力として投下したキメラの軍団と共に進軍を開始する際の合図。 それは式典やおめでたい行事の時に使われる打ち上げ花火で行う事に決めたのは、艦隊司令長官のサー・ジョンストンであった。 最初の不意打ちが失敗した直後は発狂状態に陥っていた彼であったが、キメラが地上を制圧した後でその態度が一変した。 喉元過ぎれば何とやらという言葉の通り、危機的状況を脱する事の出来た彼は一気に調子に乗り出した。 そしてその勢いのまま、トリステイン王国への゙親善訪問゙用に積んでいた花火を進軍の合図に使おうと提案してきたのである。 当初は彼が搭乗する艦の艦長も何を馬鹿な事を…と思っていたが、結局のところ司令長官という地位を利用してごり押しで決定してしまった。 「これから悪しき王権に染まりきったトリステインを我々の手で浄化する前に、部下たちの景気づけに花火を打ち上げて進軍しようではないか!」 今やこの場が戦場だという認識の無い司令長官の言葉に、誰もが呆れ果てるしかなかった。 「…で、その結果があの花火って事ね」 「ソイツ、馬鹿なんじゃないの?」 「そう思うだろう?俺だってそう思うし、誰だってそう思う。それが正しい反応だ」 説明を聞き終えた後、三人ともが呆れたと言いたげな表情と言葉を述べて、遥か上空にある花火大会を見つめる。 ジョンストンという男が何をどう考えて花火を打ち上げようと考えたかは知らないが、なるほど合図としては良いかもしれないとルイズは思った。 トリステイン側に艦隊なり砲兵隊がいればあんなに目立つ的は無いだろうし、是が非でも沈めてやりたいと思うだろう。 しかし今この町にトリステイン軍はおらず、ここから数時間離れた所にある隣町で陣を張っている。 艦隊はほぼ無事であったものの、錬度では勝っていてもアルビオンの艦隊に勝てる確率は無いと言っていい。 悔しいことではあるが、敵の司令長官は勝てる算段があるからこそ有頂天になっているのだ。 ルイズは今にも歯ぎしりしそうな表情を浮かべている最中、ワルドはじっと彼女の背後―――夜闇に染まる森を見ていた。 鋭く細めたその瞳は何を見ていたのか突如意味深なため息をついたかと思うと、突然手に持っていた杖を腰に差したのである まるで戦いが終わったとでも言いたそうな静かな顔で杖を収めた男に、やる気満々の霊夢がデルフを構え直して口を開く。 「ちょっと、戦いはまだ終わってないわよ」 「生憎邪魔が入ってくるようだ。私としてはもうちょっと戦いたい所だったが…致し方ない」 「邪魔が…入ってくる?―――ッ!」 ワルドが口にした意味深な言葉を反芻した直後、霊夢は自分たちが背を向けている森の方からあの゙無機質な殺気゙が漂ってくる事に気付いた。 それも一つや二つではない。距離を取って移動しているようだが今感じ取れるだけでも十二近くはいる。 どうやらワルドとの戦いに神経を集中させ過ぎていた事と、気配の元どもが安全な距離を保って監視に徹していたので気がつかなかったようだ。 思わず背後の森へ視線を向けた霊夢の異変に気がついたルイズも、ワルドの言葉にあの森で戦ったキメラ達の事を思い出してしまう。 「邪魔が入るって…こういう事だったのね?」 「その通りだ。どうやら君たちも随分な女に目を付けられたな、しつこい女は中々怖いぞ?」 『話を聞いた限りじゃあ、お前さんも大概だぜ?』 憎き相手を前に水を差された様なルイズは悔しそうな表情を浮かべて、森の中にいるであろうキメラを睨み付ける。 一方のワルドもデルフの軽口を流しつつ、ゆっくりと後ろへ下がっていく。 彼女らとは反対に森の方へ目を向けていた彼は、闇が支配している木々の中でぼんやりと光る幾つもの丸く黄色い光が見え始めていた。 自分がここを離れるまで奴らが森から出ない事を祈りつつ、彼は静かに後ろへ下がっていく。 少なくともあの女の事だ。いつ頭の中の癇癪玉が暴発してキメラをけしかけてくるか、分かったものではない。 ルイズたちを優先して攻撃するのならばまだマシだが、最悪自分すら優先して攻撃されるのは勘弁願いたいところであった。 「君らとは一切邪魔が入らない場所で戦いたい。だから今回の戦いは、次回に持ち越し…という事にしようじゃないか」 「―――…!アンタねぇ…ッ自分から誘っておいて―――――ッ!?」 霊夢達と五~六メイルまで下がったワルドの言葉に霊夢が逃がすまいと突っ込もうとした矢先、空から突風が吹いた。 まるで外が強い暴風雨だというのにドアを開けてしまった時の様な、思わず顔を反らしたくなる程の強い風。 ルイズも悲鳴を上げて腕で顔をガードすると、それと同時に夜空から一匹の黒い風竜がワルドの傍へと降下してきたのである。 二人があっと言う間も無くワルドは風竜の背に飛び乗ると、スッと左手を上げて言った。 「一時のさようならだルイズ、それに『ガンダールヴ』のレイム。次に会う時は必ずトドメを刺す」 まるでこれから暫く会えないであろう友人に一時の別れを告げるかのような微笑みを浮かべ、上げた左手で竜の背を叩いた。 するとそれを合図にして風竜はワルドを乗せて上昇し、未だ地上にいる少女達に向けて尾を振りながら飛び去っていく。 ルイズはその風竜に杖を向けようかと思ったが、森の中で光るキメラ達の目に気が付いてその手が止まってしまう。 一方の霊夢はそんな事お構いなしに、デルフを持ったまま飛び上がろうとしたとき――――左手を照らしていたルーンの光がフッと消えた。 「こいつ…――ッ!…グッ!」 「レイム…!?」 瞬間、飛び立とうと地面を蹴りかけた彼女は足を止めると地面に両膝をついてしまう。 ルーンが消えた瞬間、それまで彼女を軽くしてくれていだ何がが消えてしまったかのように、体が重くなったのである。 正確に言えば――――体が忘れていた自分の重さを思い出した。と言うべきなのかもしれない。 まるで糸を切られてしまった操り人形の様に唐突に倒れた霊夢を見て、ルイズは彼女の名を呼んで傍へと寄っていく。 握っていたデルフを力なく草原の上に転がして、空いた両手で地面を押さえつけるようにして倒れてしまいそうになる自分の体を支えている。 『どうしたレイム!』 「くぅ…ッ、何か…知らないけど、ルーンの光りが消えたら…体が急に…ウゥッ!」 『ルーンの光りが、消えて……?―――!そうだ、思い出した』 ワルドを追撃しようとした矢先、唐突に苦しみだした彼女を見て流石のデルフも心配そうな声を掛けた。 それに対し彼女は苦しみつつも、素直に今の状態を報告するとまた何か思い出したのか、インテリジェンスソードは大声を上げる。 今この場においてはやや場違い感のある程イントネーションが高かったものの、それには構わずルイズが「どういう事なの?」と問いただす。 『『ガンダールヴ』のルーンは、発動中ならお前さんの手助けをしてくれるがあくまでそれは本人の体力次第だ。 無茶すればする分『ガンダールヴ』として戦える時間は短くなる。元々ダメージが溜まってた体で無茶してたんだしな それじゃあお前、ルーンの効果が切れちまうのも早くなっちまう。まぁあのキメラ達と散々戦ってたし、それ以前にここまで来るのにも体力使ってたろ?』 思い出した事を嬉しそうにしゃべるデルフを、何とか立ち上がる事の出来た霊夢がジト目で睨み付ける。 「アンタねぇ…それは、先に言っておきなさいよ」 『だから言ってるだろ?思い出したって。こうも長生きしてりゃあ忘れちまう事だってあるのさ』 自分を責める彼女の言葉に開き直ったデルフがそう言うと、霊夢はため息をついてデルフを拾い上げた。 ズシリ…と左手を通して伝わってくる重さは、さっきまで軽々と振り回していた事がついつい夢の様に感じてしまう。 ふと左手の甲を一瞥したが、さっきまであんなに煌々と光っていた『ガンダールヴ』ルーンはその輝きを失ってしまっている。 「重いわね。…っていうか、さっきまでアンタみたいに重たいのをあんだけ使いこなせてたのよね…私は」 自分の体を地上に繋ぎとめるかのような重さと、左手の重さを比べながら呟いた霊夢に向けてデルフが『そりゃそうだよ』と相槌を打つ。 『そりゃ、本来は鍛えられた大の大人が振り回す武器だ。お前さんみたいな娘の為に作られちゃあいねぇよ。 けれども、お前さんはちゃんと『ガンダールヴ』の力と共鳴して、あのメイジとほぼ互角まで渡り合えたんだぜ? そして『ガンダールヴ』の役目は主を命の危機から守る事―――レイム。お前と『ガンダールヴ』はあの時、確かに目的は一緒だったんだ』 デルフの長ったらしい、それでいて何処か説教くさい言葉を聞いたルイズがハッとした表情を浮かべる。 次いで彼を持っている霊夢の顔を見遣ると、幻想郷の巫女さんは面倒くさそうな顔をしていた。 「別にそんなんじゃないわよ。…ただ、あのいけ好かない顎鬚男が気に入らなかったってだけよ」 何より、アイツには色々と手痛い借りを返さなくちゃならなかったしね。 最後にそう付け加えた彼女の言葉にルイズは一瞬だけムスっとするものの、すぐにその表情が真顔へと変わった。 「まぁ…アンタならそう言うと思ってたわよ。っていうか、借りを返すってのなら私も同じ立場ね」 「そうね。……っと、何やかんやで喋ってたらちょっとヤバくなってきたじゃないの?」 ルイズの言葉にそう返してから、霊夢はシェフィールドが送り込んできたキメラ達のいる森の方へと歩き出す。 彼女があっさり踵を返して歩いていく後姿を見て、ルイズは「ワルドを追いかけないの?」と問いかけた。 「アイツは確かにムカつくけど、人間でもない凶暴なコイツらを野放しにしておく事はできないわよ」 仕方ないと言いたげな彼女は、闇の中で光るキメラ達の目を指さしながらツカツカツカと歩いていく。 既にワルドを乗せた風竜は夜空の中へと消え去り、艦隊から打ち上がる花火の光にもその影は見えない。 霊夢本人は何としてでも追いかけて痛めつけないと気が済まなかったのだが、『ガンダールヴ』の能力を使いすぎたせいで残りの体力は少ない。 それに、ここへきた目的はキメラを意図的に放って人々を手に掛けようとするアルビオン艦隊の退治なのである。 だからこそ霊夢は悔し涙を飲み込みつつ、次は自分たちを追撃しに来た異形達に矛先を向けることにしたのである。 「さてと、それじゃあまずは――この黒白を叩き起こす事が先決ね」 森の方へと歩いていた彼女は、ここへ来てから今に至るまでワルドの『スリープ・クラウド』で眠り続けている魔理沙の前で足を止めた。 あの男の言っていたとおり散々騒音を立てていたというのに、普通の魔法使いは使い慣れた自宅のベッドを眠っているかのように熟睡している。 黒のトンガリ帽子の下にある寝顔も安らかそのもので、人が散々戦っていた事などお構いなしという雰囲気が伝わっていた。 『まさか起こす気か?そりゃ、方法は幾つかあるけどよぉ』 「そのまさかよ、私とルイズが身を粉にする思いで戦ってたんだから次はコイツに頑張ってもらうわ」 「でもどうやって起こすのよ?確か『スリープ・クラウド』で眠った人は魔法を使わなきゃ起きないって聞くけど…」 これからやろうとすることに気付いたらしいデルフの言葉にそう答えていると、背後からルイズが話しかけてきた。 後ろを振り向いてみると何の気まぐれか、彼女の左手にはワルドとの戦いで最初に蹴り飛ばされた御幣が握られている。 まるで母の乳を吸う時期から脱した子供が木の棒を握った時のような無造作な持ち方であったが、一応は持ってきてくれたらしい。 「…ほら、コレあんたのでしょ?だから、その…持ってきてあげたわよ」 そして霊夢の視線が自分の左手に向けられている事に気が付いたルイズは、スッと左手の御幣を差し出してそう言った。 顔を若干左に反らして口をへの字にする彼女の姿を見て、霊夢は少しだけ目を丸くしつつ素直に受け取る。 時間にすれはほんの十分程度しか手放していなかったお祓い棒は、しっとりと冷たかった 「………ありがとう、助かったわ」 「お礼なんて、別にいいわよ…それより、早くその黒白を起こしちゃいなさい」 反らした顔を顰めさせて気恥ずかしい気分を隠そうとするルイズの後ろを姿を見ながら、霊夢もまた「分かってるわよ」と返す。 左手に握っていたままだったデルフを鞘に戻ししてから、右手に持つ御幣を静かに頭上まで振り上げる。 その動作と仰向けに倒れて寝ている魔理沙を交互に見て、゙嫌なモノ゙を感じたルイズが彼女に声を掛けた。 「ちょっと待ちなさい。アンタ、それで殴るつもりなんじゃ…」 「そんなんじゃないわよ。ちょっとショックを与えてやるだけよ」 ショック…?ルイズが首を傾げるなか、霊夢は体に残っている霊力の少しを御幣へと送り込んでいく。 これから行う事は然程霊力を使うわけでもなく、送り込むという作業はすぐに終了した。 「よっ――…っと!」 軽い掛け声と共に、霊夢は両手に持った御幣を目をつぶっている魔理沙の顔目がけて振り下ろした。 そこに殺意は無く振り下ろす時の速さも何かを叩き割るというより、子供が玩具のハンマーで同じ玩具の縫いぐるみを叩くような感じである。 そんなノリで振り下ろした御幣の紙垂部分が眠り続けている魔理沙の頬に当たった瞬間、紙垂から青い光が迸った。 薄い銀板で造られたそれ等は霊夢が御幣に送り込んだ霊力を魔理沙の体内へと送り、内側から刺激を与えていく。 刺激そのものはそれほど痛くはないものの、魔法と同様の力が体中をめぐる衝撃に流石の魔理沙も黙ってはいなかった。 「―――ッ……!?…ッイ、イテッ!な、何だよ!何だ!?」 紙垂から青い光が迸ったのと同時に目を開き跳ね起きた魔理沙は、小さな悲鳴を上げながら小躍りしている。 恐らく霊夢の霊力が思ったほど痛かったのだろう。痛そうに顔を歪めて小さく跳ねる姿を見て流石のルイズも顔を顰めてしまう。 「…何したのか全然分からないけど。アンタ、やり過ぎなんじゃないの?」 「別にいいのよ、コイツは丁度良い薬だわ」 「!…お、おい霊夢!お前か犯人はッ」 会話を聞かれてたのか、跳ねるのをやめた魔理沙が目をキッと鋭くさせて霊夢を睨み付けた。 もう体に送り込んだ霊力は消滅したのだろう。すっかり目を覚ました普通の魔法使いはその体から敵意を放っている。 無論、その敵意の向けられている先には面倒くさそうな顔をしている霊夢がいた。 「お前なぁ~…!いくら知り合いだからって、今のはマジで痛かった………って、あれ?ルイズ?はて…」 霊夢を指さして怒鳴ろうとしていた彼女はふと、その隣にルイズがいる事に気が付いてキョトンとした表情になった。 まだ彼女が眠る前はワルドの手の内であったから、ボロボロではあるが平然と立っているルイズに驚くのも無理はないだろう。 「アンタが眠っている間に私と、あと途中からルイズが入ってきてワルドとかいうヒゲオヤジと戦ってたのよ」 『そういうこと。お前さんが不意打ち喰らってグースカ寝てる間に、レイムと娘っ子が尻拭いしてくれったワケさ』 デルフも加わった霊夢からの説明を聞いて、ようやく理解する事の出来た魔理沙は「マジかよ」と言いたげな顔になる。 しかしどこか気に入らない事があるのか、やや不満げな表情を浮かべる彼女はもう一度霊夢を指さしながら言った。 「…まぁ事情は理解したよ。けれどな、だけどな?幾ら何でも起こすためだけにアレはないだろう、アレは!」 「まぁそうよね。もっと他に方法があったでしょうに」 魔理沙の言う「アレ」とは、正に先ほどの行為なのだろうと察したルイズも思わず彼女の意見に同意してしまう。 確かに『スリープ・クラウド』で眠った者はなかなか起きないと聞くが、あんなに痛がらせる必要があったのだろうか…? 「まぁ日頃の行いのツケだと思いなさい。…それに、アンタを起こしたのは手を借りたいからよ。ホラ、後ろ見てみなさい」 「ん?後ろ、……んぅ?―――――わぁお、これまた団体様御一行での登場か」 悪びれる様子も無い霊夢は後ろを指さすと同時に、後ろを振り向くよう魔理沙に指示をした。 彼女は知り合いの指が向いている方向に何があるのかと気になったのか、素直に後ろを振り向き、そして理解する。 何でこの巫女さんが寝ている自分を乱暴に起こしたその理由と、自分がこれから何をされるのかを。 振り返った視線の先、森の中で妖しく光る丸く黄色い光たちを睨み付けながら、魔理沙はフンと鼻で笑う。 「成程なぁ。つまり私を起こしたのは、お前がするべき化け物退治を私に丸投げするって事か?」 「そう言われるのは癪だけど、言われちゃったら言い返せないわねェ。ちょっとさっきの戦いで力を使い過ぎちゃったから…」 連戦はちょっとキツイかも…。最後にそう付け加えて、霊夢はため息をつきながら額に手を当てた。 『ガンダールヴ』が解除された影響で、体に蓄積されていた疲労が戻ってきたせいで万全とは言えない状態である。 かなり弱ってしまった巫女さんをニヤニヤと見ながら、地面に落ちていた箒を拾った魔理沙がその口を開く。 「こりゃまた珍しいな。妖怪モドキを前にしたお前さんの口からでるセリフとは思えないぜ」 「ソイツらだけじゃないわよ。ホラ、あの空の上のアルビオン艦隊だって最悪相手にしなきゃならないのよ?」 魔理沙の言葉にそんな横槍を入れてきたのは、空を指さしたルイズであった。 彼女の言葉に振り返っていた体を戻すと、既に花火を打ち上げ終えたアルビオン艦隊が遥か上空で動きだそうとしている最中だ。 とはいっても、魔理沙や他の二人が見ても止まっているように見えてしまう程ゆっくりであったが。 「…?私の目には停止しているように見えるんだが」 「そりゃあんだけ大きい艦となると動かすのにも時間が掛かるし、もしもアレを倒すんなら今しかチャンスが無いわ」 艦隊を指さしながら説明をするルイズの顔は、自分の国の首都を蹂躙しようとする艦隊への敵意が込められている。 普通に考えても、たった三人の少女だけであの規模の艦隊…それも精鋭と名高いアルビオン空軍の艦隊と戦う事などできない。 更に今彼女たちがいる地上では自分たちを追跡していたキメラ達が今にも森の中から出てきて、襲い掛かろうとしているのだ。 物量、力量共に敵側に分がある今の状態では、疲労困憊したルイズたちが勝てる可能性はほぼ無いと言っても良い。 普通の人間ならば、今は戦う時ではないと諦めて戦術的撤退を行っていたであろうが――――彼女たちは違った。 「………魔理沙、アンタはどう思う?」 ルイズが指さす艦隊を見上げながら、霊夢は隣にいる魔法使いに聞いた。 「そりゃ、お前…アレだよ?こういうのはアレだよな?ああいうデカブツほど『潰しがいがある』ってヤツさ」 頭に被る帽子の中からミニ八卦炉を取り出しながら、魔理沙は巫女にそう言った。 その顔にはこれから起こるであろう戦いへの緊張や恐怖という類の感情は、全く浮かんではいなかった。 笑顔だ。右手に箒、左手にミニ八卦炉を持った普通の魔法使いの顔には笑みが浮かんでいる。 それも戦いに飢えた狂人が浮かべるようなものではなく、ただ純粋にこれから始まる戦い(ステージ)に勝ってみせるという楽しげな笑み。 命を賭けた戦いだというのに、彼女の顔に浮かぶ笑みからは…ほんの少し難しい゙ハードモード゙で遊んでやろうというチャレンジ精神が見えていた。 「散々ここで化け物どもを放って、好き放題やったんだ。次は私゙たぢが好き放題させてもらう番だぜ」 最後に一人呟いてから、体を森の方へと向けた魔理沙はミニ八卦炉を構えた。 その彼女に続くようにしてルイズと霊夢も後ろを振り向き、それぞれ手に持った獲物を構えて見せる。 ルイズはスッと杖をキメラ達へ向け、霊夢は懐からスペルカードを取り出して臨戦態勢へと移っていく。 森の中に潜む異形達も準備が整ったか、滲み出る無機質な殺気がいつ敵の攻撃となって森から出てきても可笑しくは無かった。 「空の大物を沈める前に、まずはコイツラ相手に肩ならしといきますかな?」 二人と比べて、体力が有り余っている魔理沙がキメラ達に向けて宣戦布告を言い放った瞬間…。 木立を揺らしながら出てきたキメラ゙ラピッド゙がその銀色の体を輝かせ、手に持った槍を突き出しながら森から飛び出し―――――― ――――――空から降ってきた青銅色の゙何がに勢いよく押し潰されて、くたばった。 窓際に置いていた植木鉢が落ちて、偶然にもその下にいた不幸な人の頭に落ちるかのように、 その青銅色の゙何がに当たる気など全く無かったキメラは、突撃しようとした矢先に落ちて来だ何がに潰されたのである。 天文学的確率は言わないレベルではあるが、このキメラの運が底なしに悪かったという他あるまい。 「――――――…っな、なぁ…!?」 そんな突然の事態に対しも真っ先に反応できたのは、ミニ八卦炉をキメラに向けていた魔理沙であった。 物凄く鈍い音を立ててキメラに直撃してきたそれに驚き、ついさっきまで浮かべていた笑みは驚愕に変わっている。 「ちょっと…何アレ?」 「何よ?また別の新手でもやってきたワケ?」 『いや~、仲間を押しつぶす形で降りてくるようなヤツは流石にいないだろ?』 ルイズと霊夢も彼女に続いてキメラの上に落ちてきたソレに気付き、両者がそれぞれの反応を見せる。 そこにデルフも加わり、ほんの少しその場が賑やかになろうとした時、魔理沙に次いで声を上げたルイズが何かに気付く。 キメラの上に落ちてはきた青銅色の゙何か゛は、よくよく見てみれば人の形をしている。 やや細身ではあるが、物凄い勢いとキメラを押しつぶした事を考えれば相当の重量があるのだろう。 潰れたキメラの上に倒れ込むような体勢になってはいるが、少なくともルイズの目には彼女が傷一つ負っていないように見える。 青銅色の体には同じ色の鎧を纏っており、まるで御伽噺に出てくるような戦女神の姿はまさしく……… そこまで観察したところで、ルイズは思い出す。こんな『自分の趣味全開のゴーレム』を作り出せる、一人の知り合いを。 別段そこまで親しくは無く、かといって赤の他人とも呼べるほど縁は薄くない彼の名前を、ルイズは記憶の中から掘り起こすことができた。 「あれっ…てもしかして……ギーシュのワルキューレ?」 「あらぁ~?大丈夫だったのねぇルイズ」 彼の名と、彼がゴーレムに着けている名前を口にした直後――――三人の頭上から女の声が聞こえてきた。 三人―――少なくともルイズと霊夢は良く耳にし、あまり良い印象を持てない゙微熱゙の二つ名を持つ彼女の甘味のある声が。 本当ならばこんな所で聞くはずも無く、そして暫く目にすることも無かったであろう彼女の姿を思い出し、ルイズは咄嗟に顔を上げる。 そして彼女は見つけた。自分たちのいる地上より少し離れた上空から此方を見つめる青く幼い風竜と、 羽根を器用に動かしてその場に留まっている風竜の上にいる、三人の少女と一人の少年の姿を。 その内の一人、こちらを見下ろすように風竜の背の上で立って凝視している少女は、燃えるような赤い髪を風でなびかせている。 彼女の髪の色のおかげてある程度離れていてもその姿はヤケに目立ち、そして彼女自身もルイズたちにその存在をアピールしていた。 ここで出会う事など全く考えていなかったルイズはその髪を見て、目を見開いて驚いた。 「キュルケ!どうしてアンタがここに…!?」 「こんばんはルイズ。てっきりギーシュのゴーレムで大変な事になってたと思ったけど…」 とんだサプライズになってくれたわね。最後にそう付け加えて彼女――――キュルケは笑みを浮かべて手を振った。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/shachozero/pages/115.html
582 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 04 50.09 ID rPFUBLma0 社長がゼロの使い魔の世界に召喚されたようです ~エピローグ~ ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「……ここは……海馬コーポレーション ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l 俺は、元の世界に返ってきたのか……」 `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 598 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 07 35.65 ID rPFUBLma0 ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「……! ふぅん、携帯か ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l あの世界ではなることなどなかったからな `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l 忘れていたわ……相手は……モクバ!」 `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 606 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 11 29.54 ID rPFUBLma0 「兄さま? すぐに繋がってよかったぜ。ペガサスから連絡があってさ、今日の会談の件で話があるんだって 兄さまの携帯に連絡が行くはずだぜ」 ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「会談だと? ……モクバ、今日は何月何日だ」 ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 612 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 14 50.89 ID rPFUBLma0 「兄さま? 何いってんだよ! 今日は十二月二日、インダストリアルイリュージョン社との契約更新の日じゃないか! 疲れてるのか? なら無理しちゃダメだ! 俺が代わりに出席しておくぜ!」 ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「……いや、単なる確認だ。問題はない ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l ……切るぞ」 `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 617 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 16 48.55 ID rPFUBLma0 ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「どういうことだ……まさか白昼夢だったとでも言うのか? ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l ……いや、だがしかし……! ちっ、ペガサスか `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l ……何の用件だ」 `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 623 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 20 27.70 ID rPFUBLma0 「ソーリー海馬ボーイ! こちらのトラブルが発生したのデース! 今日の会談を延期してもらえないデスカー?」 ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「ちっ、そんなことか ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l かまわん。今俺はそれどころでは `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l …………! ……ペガサス、その条件を飲む代わりに次の新エキスパンションに二枚のカードを追加しろ」 `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 637 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 23 42.63 ID rPFUBLma0 「お安い御用デース! 海馬ボーイ提案のカードならばこちらとしても大歓迎デース! しかし突然デスネー! 何かあったのデスカー?」 ,. ヽ. ヽ l l l l / ヽ. ヽ l l l l / / ヽ. ` 、 ヽ ヽ. レ、l l. l / / 丶、 ` 、 ヽ ヽ / ヘ \ l l / / ` 、_ \. ヽ. ∨ , `丶 \ ! l / ヽ - ニ_ー三>ィヘ、 ヽ ∨、ハ }. 〉j l l 「ふぅん。古臭い杖と、使用人のスカーフを見て思いついただけだ」 ト 、 \ ` 、 丶、  ̄ / j ` 、 ヽ}_」 j /∧. l l `丶、\ `丶、_`ァハ / ` 、 l!__, / Ⅵ l `丶\ゝ、_,イ{j } / ヽl.// ∧ Ⅴ ! `丶、 ヽ ´ Ⅵ ,ヘ ヽ l l ソ‐-、_` 、  ̄´ \ヽ. l. l / `丶 」____\ヽV / |  ̄ ̄ く、 | `丶, _ | `´、_ /| \ ,イ .| ,rf⌒ ┌‐\ ∠.」 ! { | \__/ | _l. 弋_ | 〈 ̄.l l l l l l l j _____j___/______ ____/___\ _ _ \  ̄\. | |. //´ ヽ /´〉 | レ 〈 647 :社長の使い魔 ◆.H42NtoyGg:2008/03/10(月) 01 27 41.19 ID rPFUBLma0 「ワッツ? 杖とスカーフ? よくわかりませんがその二枚のカードとはどんなものなのデース?」 ,. -‐ 、. /  ̄`~` ‐ 、 / ` ` ‐、 / `‐、 / \ , \ / ! \ / l ! | i . / , │ l l ! | │ / /./ | │ l 、 | | | , | .l ! 「ふぅん。 . / / /l ! l | | | \ !|l | / | | ! ゼロス・メイジ ブルーアイズ・ゼロス・ドラゴン / / ./ ! | l l | | ヽ. ヽ\ \ ヽ. ヽ. |│/ヽ| ! l ! 『虚無の魔法使い』と『青眼の虚無龍』だ……」 ` ‐ 、| l ヽ. ヽ.ヽ. ! l\\`‐、ヽ、\ヽ.| レ /ヽヽl ! ! . `‐、| 、ト、__\ 、 ヽ. l トーz、-‐ラ フヽ!|!/_,ゝヽ }. |│ \ヽl\`ー ヽ、\ヽ ∨ー`‐← ||!-、-、 /! |│ ヽト. ´ ̄ジヽN` -ゝ |! リ /|.| | | ! \ _iー | |.| | | |\. \ r‐== ヲ |  ̄`~` ‐ - 、 | ` ー-ヽ、 V r -‐ / .| | | `‐、 `ー- ./| , -.、 | | `‐、 / .| { {lll}} f{! _ _,,. 、-‐ | `エ´-─ー| ` ー ゞ ´ ヽ` ー- |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;| / 社長がゼロの使い魔の世界に召喚されたようです ~Fin~ 前へ トップページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2739.html
前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔 「撃て!」 叫び、正面から猛スピードで接近してきた両主翼を青に染めたF-15Cイーグルとすれ違う。 その瞬間、機体に衝撃が走り、コクピットのラリー・フォルクは舌打ちした。 ―これまで、だな。 唯一、ECM防御システムが及んでいないエアインテークを撃ち抜かれた愛機ADFX-01"モルガン"は あっという間に速度が低下、右エンジンの内部温度が異常値に達しており、どす黒い煙を吐いていた。 これでよかったのかもな―。 電気配線が焦げだしたのか、異様な匂いのするコクピットでラリーは深くため息をついた。 思えば核で世界を恐怖で支配したところで、結局争いは無くならないだろう。国境の有無に関わらず。 アヴァロンダムから発射された核弾頭―V2はこの機体から発信されている信号が消滅すると自爆するよう セットしてある。ちょうど高度1万kmに達した頃だろうから、今自爆すれば地上に被害はない。 「じゃあな、相棒」 自身を撃墜したF-15Cのパイロットに向けてそっと呟き、ラリーは目を閉じた。 次の瞬間、モルガンは四散。はるか高度1万kmにてV2は自爆した。 ―俺は死ぬはずだった。けど死ねなかった。 ―目が覚めたらそこは・・・。 「あんた誰」 目が覚めるとそこは、見知らぬ大地。まだ外の世界も知らないガキだった頃に習った歴史の授業で中世 と言う時代があったが、なんとなくそんな雰囲気があるような気がした。仮にここが死後の世界だとしたら えらく穏やかである。 「・・・聞いてるの?あんた誰?」 はっとラリーは問いかけてきた目の前の少女を見上げる。 桃色かかったブロンドの髪の毛に鳶色の目をしていた。 「・・・俺は、死んだんじゃないのか?」 「はぁ?何言ってるの?」 どうやら死んではいないらしい。怪訝な表情でこちらを見下ろす少女が何よりの証拠だ。 立ち上がろうとして、ラリーは痺れて上手く身体に力が入らないことに気づいた。 「無駄よ、サモン・サーヴァントで召喚された者はみんな一時的に動けないわ・・・で、あんた誰」 ご丁寧に力が入らない訳を説明してくれて、しかし少女はしつこく名を聞いてきた。 「・・・ラリー・フォルク」 渋々、ラリーは名乗った―途端、我慢できなくなったのか少女の周りにいた少年少女たちが笑い出した。 「ルイズ、サモン・サーヴァントで平民を呼んでどうするの?」 「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」 「間違いって、ルイズはいつもそうじゃないか」 「さすがゼロのルイズだ、俺たちには出来ないことを平然とやってのける、そこに痺れる、憧れるぅ!」 笑い声はさらに大きくなった。ルイズ、と呼ばれた少女は何かと言い返しているが、よく見ると涙目だった。 ―状況はよく分からんが。 ラリーは苦戦しつつもどうにか立ち上がって、彼女をかばうように最初に笑い出した小太りな少年に言った。 「おい小僧、なにがなんだか知らんが、よってたかって言いたい放題は感心しないな」 「いいだろう、ルイズは魔法成功率ゼロなんだ。だからゼロのルイズなのさ」 そういった少年を中心にまた笑い声が上がる。ルイズは唇をかんでじっと黙っていた。 「・・・気にくわんな」 「・・・なんだと?言葉に気をつけたまえ平民」 ぼそっと呟いてみたが、少年には聞こえたらしい。 はっきり言って胸糞悪い―ラリーは彼らの中に覚えのある怒りを感じた。 言うことを聞こうとしない足を無理やり引っ張り、ラリーは少年の下に歩み寄る。 「ちょ、ちょっと・・・」 ルイズは呼び止めてみたがラリーが聞く訳がなかった。 気づいた時にはラリーの平手打ちが炸裂し、少年は受け身も取らず地面にひっくり返った。 「ぐ、が、き、貴様・・・!」 地面に叩きつけられて、顔を汚された少年はもちろん怒っていた。だが―。 「さっきの発言を取り消せ、貴様みたいなのを見ていると腹が立ってしょうがない」 傭兵として幾多もの修羅場を潜り抜けてきたラリーに睨み付けられた少年は一瞬びくりと震えて立ち上がり後ずさった。 「いったい何事かね?」 その時、騒ぎを聞きつけたのかいきなり年配の男性が現れた。静まる一同。少年もしぶしぶながら引っ込んだ。 「いえ、何でもありません・・・」 そういったのはルイズ。彼女もあまり騒ぎは大きくしたくないようだった。 年配の男性―おそらくは教師―はふむ、と頷いて 「ではミス・ヴァリエール、彼と契約の儀式を」 と言った。 ところがルイズは困った表情を浮かべた。何故かはラリーには分からない。 「いや・・・でも・・・彼は・・・」 「ミス・ヴァリエール、気持ちは分かる。しかし、どうするにしても彼と契約をしてもらわなければならない・・・・規則なのだよ」 「・・・・分かりました」 ようやくルイズは意を決したようで、ラリーの元に歩み寄った。 「はぁ・・・まったく、なんでこんな目に」 ため息交じりでつぶやくルイズに、ラリーは怪訝な表情を浮かべた。 「・・・なんだ?」 「いいから、ちょっとじっとしてて・・・我が名はルイズフランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、5つの力を司る ペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔と成せ」 「・・・・・・!?」 突然の口付け。いい年した大人であるラリーもさすがに驚いた。 「・・・いったい、どういうことなんだ?」 「使い魔との契約の儀式よ」 それだけ答えて、頬を赤く染めていたルイズはぷいっとそっぽを向いてしまう。 いったい何が何なのか―ラリーは怪訝な表情を浮かべる以外なかった。 前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8890.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「一体何が?……あっ」 突拍子もなく音が聞こえなくなった事に僅かながら動揺した声を口から漏らした時、彼女は気が付いた。 周りの音や他人の声は聞こえないが、自分の声だけはやけにハッキリと聞こえる事に。 それに気づいた彼女は落ち着こうとするかのように軽い深呼吸をした後、赤みがかった黒い両目を鋭くさせてこの事態について考え始める。 幻想郷での妖怪退治や異変解決、そしてスペルカードを用いた戦いにおいてもまず冷静にならなければ全てはうまくいかない。 気持ちを落ち着かせれば今まで見えなかった解決策も瞬時に出てくるが、逆に焦ってしまえば相手に翻弄されて敗北を喫してしまう。 それは戦いという行為をするにあたって初歩中の初歩とも言える事だが、霊夢はその『何時いかなる状況でもすぐに落ち着ける』という事に長けていた。 自分の声意外が聞こえなくなったという異常事態におかれても、彼女は自分のペースを乱すことなく僅かな時間で落ち着くことができた。 それを良く言えば博麗の巫女として優秀な証であり、悪く言えば酷いくらいにマイペースな証であった。 (紫の仕業?…イヤ、アイツならもっとストレートにきそうだけど) 自分に話しかけてくる二人を無視しつつも霊夢は考え、一瞬あのスキマ妖怪のせいかと思ったがすぐにそれを否定する。 もしも、自分に用があるのだとしたらまずこんな回りくどい事はせずに直接顔を出してくるだろう。 確たる証拠は無いが、博麗の巫女としてあの妖怪と付き合い数多のちょっかいを掛けられてきた彼女にはそう言い切れる自信があった。 (アイツなら普通にスキマから顔を出したり、客に扮してコッチに話しかけてきそうね……―――…ん?) いつもニヤニヤしていて掴みどころのない知り合いの顔を思い浮かべた瞬間…。ふと左手の甲に違和感の様なモノを感じた。 まるでほんわりと暖かい手拭いをそっと置かれたように、妙に暖かくなってきたのである。 一体次は何なのかとそちらの方へ目を向けた瞬間、霊夢はその両目を見開いてまたも驚く羽目となった。 召喚の儀式でルイズにつけられ、此度の異変解決の為に彼女がこの世界に居ざるを得ない原因を作り出した使い魔のルーン。 この世界の神と呼ばれる始祖ブリミルの使い魔であり、ありとあらゆる武器と兵器を扱う程度の力を持ったというガンダールヴの証。 そして、今のところたった一回だけしか反応しなかった左手のそれが、突如として光り出したのである。 「なっ…!?…これって…!」 これには流石の霊夢も動揺と驚きを隠せず、目の前にいる二人もそれに気づいてか驚いた表情を浮かべている。 「………、……………?」 「…………ッ!?……、………!!!」 魔理沙は初めて見るルーンの光に興味津々な眼差しを向け、霊夢に使い魔の契約を施した張本人であるルイズは突然の事に吃驚している。 一方の霊夢もその目を見開いたまま、久しぶりに見たルーンの光を時が止まったかのようにジッと凝視していた。 左手の甲に刻まれたルーンの光はそれ程強くもなく、例えれば風前の灯火とも言えるくらいに弱弱しい光り方をしている。 しかしそれでも光っている事に変わりはなく、特にルイズと霊夢の二人は魔理沙よりも使い魔のルーンが光ったことに驚いていた。 何せアルビオンで一回見たっきり全く反応しなかったソレが思い出したかのように輝き始めたのである、驚くなという方が無理に近い。 (一体どういう事なの?今になって使い魔のルーンが光るなんて…) 未だ驚愕の渦中にいるであろうルイズたちより一足先に幾分か冷静になっていく霊夢の脳裏に、とある考えが過る。 まさか…自分以外の声が聞こえないというこの異常事態と何か繋がりがあるのではないか? 突拍子もない仮説と言って切り捨てる事ができるその考えを、しかし彼女はすぐに破棄する事ができない。 (もし違うというのなら今の段階では証明できないし、―――あぁ~…かといって今の状況とルーンが繋がってる証拠も無し、か…) 一通りの頭の中で考えた末に結論が出なかった事に対し、思わず首を傾てしまう。 霊夢にとって今の状況は充分に゛異常゛と呼べる代物ではあるが、その゛異常゛を解決するための糸口となるモノがわからないままでいた。 そして光り続けているルーンは単に光っているだけなのか、今のところは何の力も感じられない。 (参ったわねぇ~…。このまま耳が聞こえなかったら色々と不便になるじゃないの) 常人ならとっくの昔に慌てふためいている様な状況ではあるが、そこは博麗霊夢。 まるで傘を忘れて雨宿りしているような雰囲気でそう呟きつつ、ため息をつこうとする。 ――――… 「……ん?」 そんな時、彼女の耳に小さな『声』が入ってきた。 まるで地上から十メートル程掘られた井戸の底から聞こえてくるようかのように、その『声』はあまりにも小さく何を言っているのかもわからない。 普通の人間であるのならば、恐らくは空耳か幻聴だと思い込んで聞き逃してしまうだろう。 しかし、この数分間他人の声を聞くことが出来ないでいた霊夢の耳はその『声』をしっかりと捉えることができた。 彼女は何処からか聞こえてきた『声』に辺りを見回すが、それらしい人物や物は一切見当たらない。 もしかしたらとルイズたちの方へ目を向けるが、先程と同じく二人の声は全く聞こえてこない。 (何よさっきの声?…一体どこから聞こえてきたっていうの) 霊夢は心中で呟きながらも、大きなため息をつく。 こうも立て続けにおかしい事が自分の身に降りかかってくるという事に、彼女は辟易しそうであった。 しかしそんな事は後回しにしろ言わんばかりに、またもや正体不明の『声』が霊夢の耳゛にだけ゛入ってくる。 ―――――…ム (まただ、また聞こえてきた) 先程よりも少しだけ大きくなった謎の『声』に、霊夢は無意識に首をかしげてしまう。 恐らくこの『声』は彼女の耳だけにしか届いていないのだろう。ルイズと魔理沙の二人はキョトンとした表情を彼女に向けている。 もし聞こえているのなら何からのリアクションを取るだろうし、取っていなければ聞こえていないという証拠だ。 そして、霊夢がそんな事を考えている最中にも今の彼女に取り残された二人は何か話をしている。 「……?…………?」 声が聞こえないので何を言っているかはわからないが、魔理沙は腰を上げた霊夢を指差しつつルイズに何かを聞いている。 しかしその内容があまり良くなかったのか、ルイズは少し怒ったような表情を浮かべて黒白の魔法使いに詰め寄った。 「…!…………!」 「……?……………」 そんなルイズに魔理沙は両手を突き出して止めつつ、笑顔を浮かべて嗜めようとしている。 (一体何を話してるのかしら?こうも聞こえないと無性に気になってくるわねぇ) 魔理沙に指差された霊夢がそんな事を思っていた時…。 ―――――…イム またもあの『声』が、耳に入ってくる。 時間にすれば一秒にも満たないがある程度聞き取れるようになったソレを聞いて、霊夢はある事に気が付く。 そう、周りの音や声が聞こえなくなった彼女の耳に入ってくる『声』は、女性の声であった。 しかし…女性といっても今この状況で聞こえてくるであろう少女たちの声ではないし、この世界で出会ってきた人々や幻想郷の顔見知り達の声とも違う。 自分の『記憶』が正しければ、この『声』は全く聞き覚えの無いものだ。 謎の『声』に耳を澄ませていた霊夢がそう思った時、彼女はある『違和感』を感じる。 (……でも、おかしい) その『違和感』は先程左手の甲に感じた時とは違い、自身の『記憶』から感じ取ったものであった。 それはまるで、九百枚ほどのピースがあるジグソーパズルのように繊細でとても小さな違和感。 しかも額に飾られたそれは固定されていなかったのか、嵌っていたピースが何十枚か床に落ちて穴ぼこだらけのひどい状態を晒している。 彼女はピースが嵌っていた穴の中から掴みだすかのように、その『違和感』を探り当てたのだ。 周りの音が聞こえなくなり、突如光り出したルーンに続いて自分だけにしか聞こえない謎の『声』。 ついさっき思ったように、この『声』に聞き覚えは無い。 そう、無いはずなのだ。しかし… (…何でだろう?この声。何処かで聞いたことがあるような無いような…) 彼女はこの『声』に全く聞き覚えがないと、完全に肯定することができないでいた。 本当に聞き覚えが無いのか、それとも記憶にないだけで一度だけ聞いたことがあるのか? 怪訝な表情を浮かべ始めた霊夢は、周りの雑音と声が聞こえなくなった店の中で考え始める。 例えば、テーブルの上に置かれた二つある林檎の内一つだけを選んで食べろと誰かに言われたとしよう。 一見すればどちらとも状態が良く、素晴らしい艶と色を持った朱色の果実。 しかしその内の一つには毒が入っており、もしも間違って食べてしまえばあの世へ直行するだろう。 彼女は慎重かつ冷静な気持ちで左の林檎を手に取るが、すぐに齧りつくようなことはしない。 手に取った林檎とテーブルに置かれたままの林檎を見比べながら、彼女は頭を悩まし始める。 彼女が頭を悩ましている原因は、きっと脳裏をよぎった一つの考えにあるだろう。 『もしもテーブルに置かれている方が何の変哲もない普通の林檎で、手に取ったのが毒入りだったら…』 単なるif(イフ)…つまりは『もしも』として思い浮かべたそれは、秒単位で現実味を帯びていく。 外見はどちらともただの林檎で、目印になるようなものは一切見つからない。 だからこそ悩んでしまうのだ。本当に自分の選んだ林檎こそ、毒が入っていない方なのか… しかし。彼女…霊夢にとってその迷いなど文字通り一瞬でしかない。 頭に思い浮かんだ『もしも』など少し考えただけですぐに捨て去り、自分を信じて手に取った方の林檎に思いっきりかじりつくだろう。 無論それに毒が入っていたら死んでしまうが、自らの身がそうなってしまう事を全く想定してはいない。 持ち前の勘と思い切りの良さで今まで数々の異変解決と妖怪退治をこなしてきた博麗霊夢にとって、毒入りの林檎など恐れる存在ではないのだ。 (まぁ、気のせいよね。こんなにもおかしい事が続くから気でも立ったのかしら…?) 霊夢はたった数秒ほど考えて、謎の声に聞き覚えがあるか否かという事を『単なる気のせい』として片付けようとした。 突然自分以外の声が聞こえなくなったことや使い魔のルーンが発光、そして謎の『声』。 常人ならばパニックに陥っても仕方がないこの状況下で、彼女は酷いくらいに冷静であった。 むしろその様な事態に見舞われているのにも関わらず、平気な表情を浮かべている。 最初の時こそ軽く驚きはしたものの、数分ほど経った今ではこれからどうしようかと解決策を思案しているのが現状であった。 (とりあえず声より先に気になるのは…ルーンと私の耳かしらねぇ) 謎の『声』に関してはひとまず置いておく形にして、彼女は残り二つの゛異常゛をどうする考えようとする。 自分の事などそっちのけで、何事か話し合いをし始めたルイズと魔理沙をのふたりを無視して… しかし…事はそう単純ではなかった。 『単なる気のせい』として片付けられるほど落ち着いていた彼女を、゛異常゛は許さなかったのである。 ――――…レイム 「え―――――…あれ?」 新たな思考の渦に自ら身を投げようとした時。俺も仲間に入れてくれよと言わんばかりに、あの『声』が霊夢の耳に飛び込んできた。 最初に聞いたときはあまりにも小さく、誰の声で何を言っているのかもハッキリとわからなかったあの『声』。 しかしそれまでのとは違い通算四度目となるそれはハッキリと聞き取れ、何を言っているのかわかった。 同時に、この『声』に何故聞き覚えが無いと絶対に言い切れなかった原因も。 それに気づいた彼女は、思わずその目を丸くしてしまう。 何故、聞き覚えが無いと思っていたのだろうか? 何故、自分の周りから聞こえてくるのだろうか? そんな事を思ってしまうほど、彼女にとってこの声は身近なモノであった。 いや、もはや身近という言葉では言い表せないだろう。何故なら、彼女だけに聞こえているその声は―――― ―――――…レイム 博麗霊夢。つまりは自分自身の声だったのだ。 「私の――――…声?」 その事実に気づいて呟いた瞬間。彼女の視界の端を『黒い何か』が横切っていく。 まるで風に吹かれて揺らぐ笹の葉のようなそれは、美しい艶を持った黒髪であった。 霊夢がその髪を見て咄嗟に後ろを振り向いた時、目を見開いて驚愕する。 振り返った先には、一人の女性がいた。 歩いて一メイルほどもない所にある出入り口の前で背中を見せている女性は、ポツンとその場に佇んでいた。 先程霊夢が見た黒髪は腰に届くほどまでに伸ばしており、窓から入る陽の光で綺麗な光沢を放っている。 少しだけ開かれた店内の窓から入る初夏の風でサラサラと揺れ動くその髪は、一本一本が正確に見えた。 霊夢自身も黒髪ではあるが、あれ程美しい艶や光沢を放ったことは無い。 もしも今の様な状況に陥っていなければ、何と珍しい黒髪かと思っていただろう。 だが…。彼女はその事に対して驚いたのではない。 席を離れて十歩ほど足を動かせば、身体がぶつかってしまうであろう距離にいる女性の服を見て、驚いたのである。 血やトマトの色というよりも、何処かおめでたい雰囲気を感じる真紅の服とロングスカート。 霊夢と魔理沙が本来いるべき世界で起こったという古代の合戦から生まれたと言われる紅白の片割れである紅色は、否応なく目立っている。 足に履いた革茶のロングブーツは、見た目や歩きやすさだけではなく攻撃性すら要求しているようにも見受けられる。 もしもあのブーツで力の限り踏まれたり蹴り技をくらうものならば、単なる怪我で済まないのは一目瞭然だ。 だが、霊夢が驚いた原因の根本はそのどれ等でもない。 彼女が女性の服を見て驚いた最大の原因は、真紅の服と別離した―――『白い袖』にあった。 彼女が付けているそれよりも若干簡素なデザインをしつつも、常識的には珍しい白い袖。 不思議な事に、まるで真冬の朝に見る雪原のように静かでありながら何処か儚い雰囲気が漂っている。 いつの間にかその袖を食い入る様に見つめていた霊夢はその両目を力強く見開き、口を小さくポカンと開けている。 もしもルイズや魔理沙にも女性の姿が見えていれば、嘲笑よりも先に霊夢と同じように驚くのは間違いないだろう。 そう、幻想郷でもたった一人しかいない結界の巫女と同じ姿をした者がいる事に。 多少の差異はあれど、目の前にいる女性の姿は霊夢と同じく――゛博麗の巫女゛そのものであった。 「アンタ…誰なの?」 気づけば、霊夢は無意識にそんな言葉を口走っていた。 その言葉を向けた先にいるのは、彼女に背中を見せている黒髪の女性。 真紅の服と白い袖をその身に着ける、自身と似たような姿をした謎の女性。 「アンタは、何なの?」 彼女の言葉に女性は何も言わず、体を動かすことも無い。 ただ店の出入り口の前に立ち、自らの後ろ姿をこれでもかと見せつけている。 書き入れ時を過ぎたとはいえ営業妨害とも思えるその行為に、店の人間は何も言ってこない。 いや、言ってこないのではない。気づいてすらいなかったのである。 初めからいないと思っているように、霊夢以外の皆が女性の存在を無視していた。 振り返った彼女の近くにいたルイズと魔理沙も同じなのか、キョトンとした表情を浮かべて出入り口を見つめている。 その二人に気づかぬほど冷静さを失い始めていく霊夢は、またも呟いた。 自分にしか見えていないであろう女性へ向けて無意識に口から出た、疑問の言葉を。 「アンタは―――――――…私?」 言い終えた瞬間、霊夢の耳に再び『声』が入ってきた。 寸分たがわぬ彼女自身の声でたった一言だけ……こう呟いた。 ――――…霊夢 直後、出入り口の前にいた女性の体がパッと消えた。 まるで最初からいなかったかのように、その存在そのものが消失したのである。 その様子を最後まで見ていた霊夢の脳内で唐突に、ある仮説が生まれた。 もしかすると、自分の身に起きた異常事態を起こしたのは…彼女ではないのか? その時、左手のルーンがフラッシュを焚いたかのようにパッと一瞬だけ力強く輝く。 瞬間。ルーンの光と呼応するかのように霊夢の視界が白く染まり、次いで彼女の脳内で誰かが囁いてきた。 先程聞こえてきた自分自身の声とは違い酷いノイズが混じった声は、こう言ってきたのである。 『ヤツを、追え』――――と 「――――――…ッ!」 気づけば、その体は無意識に動いていた。 どうして頭より先に体が動いたのか、今の声は誰だったのか。それを理解できるほど今の彼女は落ち着いてはいなかった。 そんな彼女の心境を表しているかのように、左手の甲に刻まれた使い魔のルーンは先程よりもその輝きを増している。 まるで霊夢に何かを語り掛けているかのように、その光は強くなっている。 木造の床を蹴り飛ばすかのように足を動かして、彼女は出入り口へ向かって走り出した。 しかし、先程まで女性が佇んでいた店の出入り口となるドアへ近づいた瞬間… 「……―――ょっと、レイムッ!?」 懐かしくも、そうでないルイズの声が聞こえてきた。 それと同時に、まるで世界に音が戻って来たかのように、店内の音と声が霊夢の耳に入ってくる。 だが、いつもの冷静さをかなぐり捨ててドアを開けた彼女は、その声を聞く前に店を飛び出していた。 ルイズ達を置いて、街へと再び躍り出た彼女が何処へ行くかは誰も知らない。 ただ…。霊夢の左手に刻まれたガンダールヴのルーンは、これまでの鬱憤を解消するかのように光り輝いている。 まるで彼女を、何処かへ導くかのように。 アルベルトとフランツは思った。オーク鬼を相手に素手だけで勝てる人間はこの世にいるのかと。 ハルケギニアに住む人間ならば貴族平民問わず、誰もがその質問にこう答えるだろう。 「勝てるワケがない」と、確かな自信を持って。 無論二人はそれを知っているし、仕事柄数々の亜人と戦ってきた経験も豊富にある。 醜悪な外見とその体に見合わぬ俊敏な動き、そして人間以上の怪力を持つオーク鬼は非常に手強い。 彼らとの戦いでは、例えメイジであっても一瞬のミスが命取りになるのだ。 そんな相手を素手だけで戦おうというのは、もはや自殺行為以外の何物でもない。 そして自殺をするなら、まだ首を吊ったり高所から飛び降りた方が楽に死ねるのは火を見るより明らかだ。 だから二人は常に思っている。武器なしでは亜人に勝つどころか戦う事さえできないという事を。 だからこそ、二人は我が目とハルケギニアの常識を疑った。 目の前の『光景』は、一体何なのかと。 「あ…あ…」 フランツの後ろにいたアルベルトは口をポカンと開けて、自身の目でその『光景』を凝視していた。 彼の前にいるフランツは、信じられないと言いたげな表情を浮かべたまま目を見開いている。 そして彼らの前に現れ、突如乱入してきたオーク鬼に襲われたローブを羽織った者は…その右手で『突き破っていた』。 まるで槍か剣のように突き出したその手で突いたのは、脂肪と筋肉に包まれた分厚い皮膚で守られた額。 そのような皮膚を持っているのは、ハルケギニアに住まう者たちから恐れられる亜人の一種であるオーク鬼だけだ。 そう、ローブを羽織った者の手が突いたのは…襲いかかってきたオーク鬼の額であった。 あと少しでオーク鬼に噛み付かれそうになった瞬間。垂直に突き上げた右手がオーク鬼の額を破って脳を突き、見事その息の根を止めたのである。 しかしローブを羽織った者の後ろにいた衛士たち二人は、その瞬間を見ることができなかった。 瞬きをした瞬間には、既にオーク鬼は今の様な状態になっていたのである。 頭をやられて絶命した亜人の両腕はだらしなく地面へと下がり、ついで右手に持っていた棍棒が手から滑り落ちる。 今まで多くの人間や同族たちを屠ってきた血だらけのソレは鈍い音を立てて地面を転がり、ローブを羽織った者の足元で止まった。 肥え太った体はピクリとも動かず、力を失った両腕がフックで吊り下げられた肉のように揺れ動く。 標準的な人間の五倍ほどもある体重を支える足からも力が抜けていき、今や地面に突っ立ているだけの肉塊と化していた。 やがて頭を貫いたその手でオーク鬼が死んだことを感じ取ったのか、ローブを羽織った者は突き出していたをスッと後ろへ引き始める。 突くときは目にも止まらぬ早業で突いたのにも関わらず、引き抜くときにはとてもゆっくりとした動作でその右手を引き抜いていく。 しかしその光景は、まるで抜身の剣を鞘に納める時のようにとても滑らかで一種の美しささえ併せ持っていた。 だがそれを全てぶち壊すかのように、骸となったオーク鬼が死してなお自らの存在をアピールしている。 五秒ほどの時間をかけて右手をオーク鬼の頭から引き抜いた瞬間、亜人の体がゆっくりと右側に傾いていく。 二人の衛士たちが未だ唖然とした表情を浮かべている中、オーク鬼の骸は大きな音を立てて地面に倒れこんだ そしてそれを見計らったかのように貫かれた額から血が流れ始め、むき出しの土が見える地面を真っ赤に染めていく。 オーク鬼を殺したローブを羽織った者はその様子をじっと見つめていたが、その後ろにいる二人は別の方へと視線が向いていた。 彼らの視線の先にあるのは、ローブを羽織った者の『右手』であった。 その右手はオーク鬼の赤い血の色や黄色い脂の色でもなく、青白い光に包まれていた。 まるで夜明けの空と同じ色の光で包まれたその右手は、驚くほどに綺麗だ。 あの右手でオーク鬼の頭を貫いて仕留めたのにも関わらず、体液の様なモノは一切付着していないのである。 一体自分たちの目の前にいるのは何だ?人間ではないのか? オーク鬼が現れた時も全く騒がなかった馬の上で、フランツの脳裏に数々の疑問が過ってゆく。 どうして素手で亜人を殺せたのか。あの右手を包む光は何なのか。そもそもアレは人間なのか。 答えようのない疑問ばかりが脳内に殺到する中、彼の後ろにいたアルベルトがポツリと呟いた。 「ば…化け物…。化け物だ…」 彼の声が聞こえたのか。こちらに背中を向けていたローブを羽織った゛何か゛が、素早い動作で振り向いた。 まるで彼の言った「化け物」という言葉に反応したかのように、それは早かった。 近くにいたフランツはいきなり振り向いてきた事に驚いて馬上で体を揺らした瞬間、見た。 頭から被ったフードの合間から見える、赤く輝くその両目を――――――― 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3578.html
前ページWizardry Scenario 4.0 ○月○日 アミュレットを返してエセルナートに戻ってきたが、相変わらず私を狙う者は絶えない。まぁ100年前までの自分の所業を省みれば至極当然ではあるが。 刺客連中を死なない程度に叩きのめして追い払っているが、それにしてもいい加減飽きてきた。同じ連中が懲りずに二度三度と挑戦してくる事もザラにあるのだから困ったものである。 今の私にとって、エセルナートはもはや解き方が充分過ぎるくらい分かってしまったパズルのようなものだ。ここですることがなくなりつつある今、私は何処に向かうべきか? ○月○日 信じられない事が起きた。 すべては私の前に突然銀色の鏡のようなものが出現したことから始まった。鏡の中には桃色の髪の少女がいて、杖を片手に何やら言っていた。デュマスを使ってみると、どうも私を使い魔として召喚に応じさせたいらしい。 昔の私であれば一笑に付していたのだろうが、術式が私の知らない者だった事もあり興味が湧いたので鏡の招じ入れるがままに足を踏み入れたところ……私はエセルナートとは違う世界にいた。 私を召喚したのはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。この異世界の中の国・トリステインにある公爵家の三女であり、トリステイン魔法学院の生徒らしい。学校行事の一端で使い魔を召喚し、契約を結ぶそうだ。 そばにいた教員らしき男の話によると、普通はドラゴンやサラマンダーのような魔法生物が召喚されるもので、私のような人間が引っかかるのは非常に稀のようだ。ルイズ嬢は粗相をしでかしてしまったかのように動揺を隠しておらず、教員達や学院長も当惑していた。 周囲の人々は皆エセルナートのどの言語とも違う未知の言語で話しているが、何故か今の私にはデュマスなしでもそれが理解できる。恐らくあの銀色の鏡を抜けた際に言語知識を授けられたのだろう。 但しその言語知識には文字や数字は含まれていないようで、本を見せてもらっても謎の記号が書き連ねられた謎の文書にしか見えない。使い魔は文盲でも務まるからいいのかもしれないが、これを何とかしないと人生の楽しみが半減だ。 ともあれ彼女との使い魔契約は延期され、当面は学院の客間での寝泊りということになる。今も会議室では学院長や教員達が私の処遇を論議中だ。 空を見上げると、月が二つある事に驚いた。改めて自分が異世界に来た事を実感する。 ○月○日 教職員会議に呼ばれ、突っ込んだ質問を受けた。エセルナートの事、私が使える魔法の事、今後の希望の事など。 エセルナートの事については訝しく思っていたようだが、彼等の目の前でハリトやマラーを使ってみせると納得した。彼等の知る魔法とは全く異なる大系であり、それを使う私もまた彼等の知らない世界の存在であると認めたようだ。 このハルケギニアという世界では魔法使い(メイジ)が貴族階級を占めており、旧帝国のように魔法を重視した社会のようだ。 異世界からの人間、それも私レベルともなると存在そのものが高貴とされるようだ。戦士や盗賊さえも実力と運さえあれば一国一城の主になれるエセルナートとは随分違う。 こちらからは逆に使い魔の契約について質問してみたが、予想通りとはいえ主側が強い立場らしい。私が「随分一方的な契約なんだね」と皮肉を含ませて言ってみたら、オスマン学院長は汗を拭きながら申し訳ない済みませんとお辞儀を繰り返していた。 コントラクト・サーヴァントの実例をいくつか見せてもらったが、あのぐらいであれば私にも解除はできる。 2年間彼女の面倒を見てやり、卒業した際彼女が嫌であれば解除して彼女の元を去ればいい。たったそれだけの事なのだが、前例がないばかりに彼等はまだ会議を続けている。 御苦労な事だ。 ○月○日 私自身が望んで召喚に応じたということで契約の魔法まで完了。 彼女が呪文を詠唱すると地面に魔法円が描かれ、その真ん中で接吻をすることで術式は完成。齢300以上の爺をファーストキスの相手にしてしまった(所作から推測)彼女だが、むしろ光栄だと嬉しそうにしていたのが幸いだ。 その際私の左手に刻印された未知のルーン(この世界でも珍しいものらしい)が気になったので自分でも調べてみたが、どうやらこれは主であるルイズ嬢と私を繋ぐ「鎖」のようなものらしい。或る程度の行動を制限する力はあるが、逆に恩恵を与える事もできるようだ。 異世界という概念はこのハルケギニアという世界では説明しづらい上政治的にいろいろ面倒な事になる為、私は遙か東方にあるらしいロバ・エル・カリイエという所から召喚に応じたメイジということになった。 彼の地については召喚された際一部記憶が抜けてしまったということでごまかすことにする。 この双月の異世界ハルケギニアで私を待ち受けている運命は何か?新しいパズルを前に、私の心は久しぶりに躍っている。 ○月○日 使い魔としての生活が始まった。 人間、それもメイジということもあり、主・ルイズと同じ食堂で朝食。 異世界の料理はどんなものか、正直なところ期待半分・不安半分であったが、幸か不幸かリルガミンのそれとあまり変わりなかった。 ここで崇拝されているのは始祖ブリミルという神。強力な魔法を使うだけでなく、ハルケギニアに存在する4王国(ここトリステインの他にアルビオン、ロマリア、ガリア)は彼の3人の息子と1人の弟子が初代国王だったらしい。 ルイズに頻繁に話しかけてきた色黒の少女はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー(長いフルネームだ)。 何でもゲルマニアから留学してきているが、ツェルプストー家はヴァリエール家と伝統的に仲が悪いようで、私がキュルケ嬢と話していると機嫌がよろしくない。もっとも私の見た感じではルイズがキュルケ嬢に遊ばれているような感じだ。 彼女の二つ名は「微熱」、その名の通り火属性の魔法を使いこなす。 そのキュルケ嬢と一緒にいることが多いのがタバサという寡黙な少女(こちらはフルネームを教えてくれなかった)。眼鏡をかけた小柄な娘だが、十代でシュヴァリエの爵位を得ているエリートらしい。 グラマラスで色黒、社交的なキュルケ嬢と、細身で色白、無口なタバサ嬢の関係はまさに対照的だが、その二人がつるんでいる事が多いというのも妙な話だ。 ただタバサ嬢のの眼鏡の奥にある瞳の奥に、何か暗い炎が見え隠れしているような気がする。彼女の二つ名は「雪風」だが、その仮面の下には何があるのだろうか? この世界の魔法使いには皆二つ名があるようで、それが自身の得意分野をアピールする看板のようなものらしい。 で、我が主ルイズは「ゼロ」。どんな魔法でも何故か爆発になってしまう、成功率ゼロだからだそうだ。今日の授業でもそれが発動してしまったが、その時気付いたことがある。 あの爆発のプロセスは、私が持つ最強の攻撃魔法ティルトウェイトに良く似ていた。 物質を結びつけて物体としている力を束ねて爆発的な力を生むのだが、あまりに強大すぎる為爆発自体は異空間の中で行わせ、物質界へは熱と衝撃のみをもたらすようにするあの魔法である。 無論最高位クラスでなければ使いこなせず、実践経験が浅いであろう魔法学院の生徒には明らかに不似合いだ。 そしてもう一つ、全ての魔法があのような爆発になるということ。ライト(ロミルワ相当)でもサイレンス(モンティノ相当?)でも、 何はともあれ、文字が読めなくては考察と推測しかできない。今日からルイズに教えを請う事になったが、早いところ体得しなければ。 学校が終わった後、学院寮付近にある手頃な空き地を貰ったのでそこを使って地下室を作る。 いつものようにティツロウェイトを使ったのだが、見学に来ていた教員や生徒達は皆驚いていた。 ○月○日 大人げのない事をしてしまった。 いつも薔薇の造花を持ち歩いている色男のギーシュという少年が二股をかけていたのだが、それがちょっとした事で本命の少女に分かってしまったらしい。 で、そのきっかけを作ってしまった平民であるメイドの少女に八つ当たりを始めたので、義憤を抑えきれずに喧嘩を売ってしまった。 「グラモン元帥の御曹司は平民の少女に当り散らすのが関の山かね」「魔法なしでこの老骨が相手をするのがそんなに怖いのかな」等々。 今思うと汗顔の至りだが、若人達に囲まれていて心も若い頃に返ってしまったのだと自分自身に言い訳。 少年は「青銅」(土属性らしい)のドットメイジということで、大地から戦乙女の姿のゴーレムを造り上げてぶつけてきたので少なからず驚いた。 エセルナートでも四大の概念はあったものの、攻撃的な魔法の使い方としては非常に稀。私もかつてアースジャイアントやアイアンゴーレムを使役していた事があったが、あれはどちらも戦場ですぐに造り出すものではない。確かに、単なるお坊ちゃんではなかった。 だが残念な事に、彼には経験が不足していた。私が感心してゴーレム達を眺めていたのを、恐怖の余り棒立ちになっていると誤解したらしい。 予想通り、ワルキューレ達は甲冑で身を固めた人間同様関節部の装甲が脆弱だった。その攻撃をかいくぐって短剣を斬りつけるだけで、ワルキューレ達は破壊された。最後は残っている6体全部をぶつけてきたが、それも同じ運命を辿った。 万策尽きた彼は負けを認めたので、件のメイドに詫びを入れさせてケリはついた。が、私の心中にはまたケリのついていない問題がある。 戦いが始まった時、クリスナイフを抜こうとした際左手に僅かながら熱を感じたので見てみたところ、コントラクト・サーヴァントの際に刻印されたルーンが発光していた。 そしてそれから全ての動きが非常にはっきりと見え、相手の攻撃の軌道がまるで空間の中に線を描いているように予測することができた。 脚も馬のように駆けることができ、まるで羽が生えたように軽々と跳べる。手にした短剣も刃を触れただけで金属を薄紙のように両断した。 これもコントラクト・サーヴァントの効果なのかとルイズに聞いてみたが、彼女も分からないようだ(表情から察しても隠している様子はない)。読み書きができるようになれば自分で調べられるのに、非常にもどかしい。 ○月○日 ルイズに頼んでいくつか「実験」をさせてもらった。 まずはルーンの効果。彼女を標的にハリトをかけてみたが、全て跳ね返された。やはり使い魔は主を攻撃できないようになっているらしい。 ディオスは問題なくかかったから、攻撃的か否かを行為で判定して制限をかけているのか、殺意や害意の有無が判断基準なのか、それとも両方なのか? そして彼女の魔法が全て爆発するという事実の確認。爆発は全く制御できない訳ではなく、爆心地の指定ぐらいはできるようだ。おまけに呪文の無効化も受け付けないから、汎用性はないが用途を限れば効果は充分だろう。 やはり才能がない訳ではない。むしろずば抜けた才能を持っていながらそれを発現する方法が誤っているだけのようだ。 四大全ての魔法が爆発になってしまうことを考えると恐らく鍵を握っているのは第五の元素・虚無だろう。だが虚無はこの世界では禁忌の存在のようで参考文献が乏しいらしく、王室の最高機密文書にも記述があるかどうか怪しいというレベルらしい。 ○月○日 授業がない日ということで、ルイズに町への案内を頼んだ。。 着いた町は城下町ということだが、さすがにリルガミン程ではない。もっとも建物の造りや町並びの構造などは似通っている。手足が2本ずつの知的生命体がやることは、どの世界でも大差ないようだ。 まず買ってもらったのはマント。ルイズによればマントはハルケギニア全土でメイジの印であるそうで、「ワードナほどの高位メイジがマントなしなんて格好がつかないし、主の私も笑われちゃうでしょ」とのこと。 古書店では「始祖の祈祷書」「イーヴァルディの勇者」「炎の予言」を入手。どれも胡散臭い偽書じゃないかとは言われたが、全くの根も葉もない嘘というものは逆に書きにくい。千の嘘の中に一の真実がすくい出せるかもしれない。 帰り道に寄った武器店を冷やかしで覗く。店主は口八丁手八丁でなまくらを高値で売りつけようとしたが、どれもこれも問題外と一つ一つ問題を連ねてやったらおとなしくなった。 殆どが使い物にならないものばかりだったが、一つだけ興味深い掘り出し物があった。インテリジェンスソードだ。 店主と口論していた剣は自らをデルフリンガーと名乗った。錆は浮いているものの、十分使用には耐えられる状態。 店主はこの剣を厄介者扱いしていたようで、提示した価格もかなり安値だったのが幸いした。 用が済んだので学院に戻ろうとしたところ、キュルケ嬢とタバサ嬢に遭遇。キュルケ嬢はたまたま会ったと主張していたが、学院から我々をつけてきていたらしい(タバサ嬢は足の速い使い魔を持っているので足代わりにされた模様)。 キュルケ嬢からどうしても受け取ってくれと言われたので剣を貰ったのだが、ルイズから凄い目で睨まれた。女同士の争いは恐ろしいものだ。 ○月○日 未明 昨日、学院宝物庫に賊が入ったと聞かされた。犯人は「土くれ」のフーケといい、領収証を置いていったらしい。洒落が利いていると軽口を叩いたら、ルイズに八つ当たりの爆発魔法を喰らった。 何でも貴族ばかりを標的にしている愉快犯じみた盗賊だそうで、貴族の三女である彼女にとっては腹立たしいだけのようだ。口は災いの門である。 盗まれたのは「破壊の杖」。使い方が分からない為封印されていた代物のようで、悪用されたらどんな事になるか分からないらしい。 が、フーケの潜伏先が掴めたにもかかわらず教職員連中は軍隊を派遣してもらおうだの何だのと言いぬけて、自分が行こうという者は皆無だ。 そんな役立たず連中を尻目に立ち上がったのが我が主ルイズ、それとキュルケ・タバサ(彼女達にはとことん縁がある)。無論私も同行する。 道案内はフーケの居場所をつきとめたオスマン学院長の秘書・ロングビル嬢が務める。フーケの逃走を許さない為にも、この夜のうちに襲撃をかけることとなった。 ○月○日 昼過ぎ 事件は意外な形で解決した。ロングビル嬢はフーケだったのだ。 行きの馬車で妙に引っかかるところがあったのでいくつか罠のある質問をしてみたところ、引っかかってくれたので警戒できたが、学院宝物庫の罠に引っかからなかったのも納得がいった。学院長自らが情報漏洩をやっていたわけだ。 とはいえ乙女達も頑張ってくれた。ルイズは魔法失敗の爆発を攻撃に使う術をうまく攻撃に活かしてくれたし、キュルケは炎の魔法、タバサは風の魔法でフーケのゴーレムを攻撃、破壊に成功した。 ゴーレム破壊に成功して浮かれていた一瞬の隙を突いてロングビル=フーケは我々の後ろを取って杖を捨てさせたのだが、私の魔法が杖なしでも使えるということを彼女は知らなかったようだ。 マニフォを喰らって動けなくなってもらったところを捕縛して御用。学院に戻って衛士隊に引き渡して決着。 ルイズの話では貴族の財産を大量に荒らしまわっていたので死罪は免れないとのこと。正直なところ、あれほどの才能を消してしまうのはあまりに勿体ないが、彼女自身の行いの結果である以上仕方がない。 ルイズとキュルケ嬢はシュヴァリエの称号の授与、元からシュヴァリエだったタバサには精霊勲章の叙勲が決定。 但しルイズ自身は第一功労者である私に何の沙汰もないのはどういう事かと怒っていたのに驚かされた。人間といえども使い魔は使い魔、主の所有物同然でありその所有物に叙勲などありえないというのがこの世界の常識だが、彼女はその常識に異議申し立てを行ったのだ。 結局私自身が肩書きなど望んでいない事、主の出世は自身の地位(と収入)の向上にもつながるから受け取ってくれと説得して不承不承ながらも納得した様子。 ○月○日 今日はフリッグの舞踏会というお祭りの日らしく、学院全体が浮かれた雰囲気に包まれている。 ルイズは後から行くという事で先に会場にいたのだが、周囲から話しかけられることが多くなった。どうやらフーケの件で有名になったらしい。 久しぶりにギーシュとも話し込むこととなった。どうやら以前の敗北で自信が揺らいできているらしいようだったので、自分の欠点が分かったと前向きに考えていけと回答したところ、迷いが晴れたようだった。 そうこうしているうちにルイズが到着。一張羅と思しき最高級のドレスに身を包み、見違えるようなその姿に少なからず驚く。 彼女の踊りに誘われたので応じたのだが、まだまだ不慣れの為合わせるのがやっとだった。必死になっている私の顔を見てしてやったりと言いたげに微笑を浮かべていたが、不思議と嫌な気分はしなかった。 前ページWizardry Scenario 4.0
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8638.html
前ページゼロのルイズと魔物の勇者 この世界に来てから何度も見上げた空は、いつもとは違った雰囲気を漂わせていた。 山の空だからだろうか、星がいつもより多く、強く輝いているような気がする。 そして、二つの月は見事に重なり合い、一つの青白く輝く月へと変わっている。 いつも通りのスライムの形状を保ち続けられない。 ため息が出るたびに、体が溶けるように平べったくなっていく。 何故ルイズは自分のことを庇ったのだろう。 答えは簡単だ。あれ以上やってもスラおに勝ち目がないと思ったからだ。 婚約者の実力を把握していないはずはない。 丁度、二桁になるであろう数のため息をついたとき、窓にルイズが映っているのに気がついた。 「どうしたんだよ?」 なるべく沈んだ気持ちを見せないように、普段通りのおどけた声で言う。 「ごめん・・・決闘の邪魔しちゃって・・・」 ルイズは決してスラおの実力を過小評価していたわけではない。 ただ、仲間内で争うことを嫌がっただけだ。 だからこそ、結果的にスラおを負けに追い込んだことに罪悪感を感じていた。 スラおのプライドを傷つけてしまったのではないかと・・・。 「気にすんなって。あいつ結構強かったしな!」 その罪悪感を振り払うために、スラおは素直に負けを認めた。 「それに、今回は負けちまったけど・・・ルイズがいたら勝ってたぜ」 「え?」 「オイラはルイズと一緒なら絶対負けねぇ」 それは本心。 この世界の人間で、この世界の魔法に精通している人間が指示を出してくれれば・・・。 ルイズが後ろで一緒に"戦って"くれるだけで、余計なことを考えずに、全力で敵にぶつかることができる。 モンスターマスターとは、魔物と心を通わせ、魔物の力を100%引き出すことのできる職業。 「うん・・・分かったわ。次は私も一緒に戦う!でももう仲間と喧嘩するのはなしよ」 ルイズの魔法は成功しない。そのことを馬鹿にしたあだ名は、取り返しのつかないほど浸透し、二つ名として扱われるようになってしまった。 そんな自分を信用して、一緒に戦おうと言ってくれる。自分の力が必要だと言ってくれる。 そう考えると、気分が清々しくなる。 なんだかしばらくスラおと月を見たくなった。 スラおが佇む窓に近づく。 が、何故か月が見えない。まるで大きな壁が目の前に現れたかのように・・・。 それは何処かで見たことのあるゴーレム。 「ま、まさかフーケ!?」 「感激だわ。覚えててくれたのね」 ルイズの予想は的中した。 窓の外には、巨大なゴーレムに乗ったフーケが顔をのぞかせている。 「てめぇ!牢屋に入ったんじゃねーのか!」 スラおは、いつ攻撃されてもいいように態勢を整える。 「親切な人がいてね。私みたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」 そう言うフーケの隣に、白い顔が浮かんでいる。 それは、黒いマントで身を包み、さらには黒いフードを深くかぶった仮面の男。 闇に紛れたその男がフーケを出した張本人とでもいうのだろうか。 「それで、何しに来やがったんだ」 「ちょっとしたお礼よ。あなた達にとびきりのプレゼントを上げようと思ってね!」 ゴーレムの拳が迫る。 それは以前のように土ではなかった。 「あっぶねぇな!」 体を広げて、ルイズに覆いかぶさり、フーケの粋なプレゼントを間一髪のところで避ける。 土でないそれは、岩だった。より強力な強度と威力で、部屋はほぼ全壊。 「ここには岩しかないからね!」 「関係あるか!またぶっ飛ばしてやる!」 スラおはゴーレムと向き合う。 「ダメよ!逃げるの!場所が悪いわ!」 ここは三階。丁度ゴーレムの胸のあたりの高さだ。 ゴーレムにとっては実に攻撃しやすい場所。 巨大な敵を倒すなら、前回と同じく下半身を攻めるのが有効だ。 ルイズはスラおを抱えて、階段を駆け下り、一階へ向かう。 一階には鉄の塊が幾人も。 それは鎧を着た傭兵達だった。 キュルケ達はテーブルを盾にして身を守っている。 敵は、魔法の射程外から無数の矢を放ってくる。 それ故、身動きが取れず、じりじりと近づいてくる斧や剣を持った傭兵すらも倒せないでいる。 「やっぱり、あいつらただの物取りじゃないわね」 「フーケがいるということは、アルビオン貴族が後ろにいるということだな」 キュルケとワルドがひそひそと言葉を交わす。 「オイラに任せろぉぉ!!ベギラマァ!!」 一階にやってきたルイズの手から飛び降りて、問答無用で炎を浴びせかける。 ベギラマは全体攻撃。複数の敵に同様のダメージを与えることができる。 接近する傭兵はその攻撃でほとんどが戦闘不能になった。 後は残った数人と、外から矢を放つ傭兵が十人ほど。 「よし、もう十分だ。後は彼らに任せよう。行こう、ルイズ」 ワルドがそう言ってルイズを誘導する。 「ど、何処に行くってんだよ」 「裏口から抜け出すのさ。桟橋に向かうためにね」 つまり、キュルケ達を囮にするというわけだ。 「大丈夫なのかよ」 「舐めないでちょうだい。これぐらいなら、なんてことないわ」 キュルケがクスッと笑ってそう言った。 「こういう時こそ僕の出番さ!」 ギーシュはぐわっと立ち上がって叫ぶ。 そのため、テーブルの盾から上半身がはみ出る。 途端、複数の矢が放たれる。 「ひいいぃぃ!!」 情けない声を上げて両手を頭に乗せてしゃがみこんだ。 「何やってんのよ・・・あんた」 「まぁ、待ちたまえ。僕のワルキューレなら矢は無意味だ」 気合いが入りすぎて、間抜けなミスをしたギーシュは、まるでそんなこと無かったかのように冷静に答える。 ギーシュは薔薇の杖を振って七体のゴーレムを同時に出現させる。 幾つもの矢が突き刺さるが、ワルキューレは意に介す様子もない。 その中の一体の影に隠れ、キュルケが前進する。 「さっきの炎も熱かったでしょうけど、私の炎はもっと熱いわよ!!」 ワルキューレの肩から杖を出すと、その先端から凄い勢いで炎が放出される。 スラおの攻撃で少なくなった残りの傭兵達はのたうちまわり、一目散に逃げて行った。 「張り合いがないわね。あら、まだいたの?さっさと行っちゃいなさい。足止めの意味がなくなっちゃうでしょ」 キュルケに言われて、ルイズも決心がついたのか、ワルドと共に裏口へと向かう。 「後は・・・頼んだぜ!」 ここでキュルケ達の力にもなりたいが、ルイズを守るのが使い魔の役目だ。 スラおも当然ルイズについていく。 「外にいる奴はどうするんだい?流石の僕もあそこまでゴーレムを駆使することはできないよ」 「大丈夫。私に考えがあるわ。そのためにはギーシュ、あなたの力が必要よ」 「僕の力?任せたまえ!なんでもするさ!」 キュルケはギーシュの手を無理やり引っ張って、酒場のど真ん中で棒立ちになる。 「な、ななな・・・君は一体何を考えてっ・・・!」 二人もの獲物が無謀にも防御なしで目の前に現れたのだ。 傭兵達もチャンスとばかりに一斉に大量の矢を放つ。 「タバサ!」 キュルケが叫ぶと、今まで空気だったタバサが、範囲の広い竜巻をキュルケ達の目の前に盾のように出現させる。 すると、こんどはキュルケがその竜巻に向かって炎を放出させる。 「火と風って凄く相性がいいのよ」 止めどなく杖の先から炎が放出されるため、風で掻き消されることはなく、炎の竜巻が完成した。 大量の矢は炎の竜巻に吸い込まれる。そのまま竜巻の回転に揉まれ、火の矢となって傭兵達の方へ飛んでいく。 予期せぬカウンター攻撃を受けて、数人の傭兵が倒れる。 外れた矢は、火の明かりによって暗闇の先に潜んでいる敵の姿を露にする。 自分達の居場所がばれ、奇襲を掛けられなくなれば、メイジに敵うはずはない。 傭兵達は背を向けて走り出す。 「やったわね。作戦成功よ」 「僕の力が必要って・・・ただの囮だったのか・・・」 「何言ってるの。私達全員既に囮じゃない」 死ぬ思いをして、汗をだらだらと流しているギーシュに冷たい視線を向けて言い放った。 「ふぅ。しかしこれで終わった・・・」 「まだ」 額の汗を、ポケットから取り出したハンカチで拭ったギーシュは、タバサにその考えをピシッと否定される。 「大ボスね。土くれのフーケ・・・」 「フ、フーケ!?何故こんなところに!」 「あんた今まで気がつかなかったの?ずっとゴーレムの足が見えてたじゃない」 キュルケの視線は相変わらず冷たい。 フーケももちろんキュルケ達の存在に気付いている。 「金で雇った傭兵がどれほどのものなのか見学していたけど・・・やっぱり私がやらないといけないみたいだねぇ」 フーケがそう言うと、ゴーレムが一歩踏み出す。 それだけでゴゴゴゴゴという音を立てて、建物が半壊する。 三人は再びテーブルの盾に隠れる。 「ここは僕に任せてくれ!作戦がある。だが、それにはキュルケ・・・君の協力が必要不可欠だ」 「なによ、私に囮になれとでも言うんじゃないでしょうね」 「まさにその通りだ。だが、僕もタバサもその囮の一人だ」 ギーシュは頼りないが、ゴーレムを倒す手段も思い浮かばない。ここは試しに任せてみようと、キュルケもタバサも頷く。 足をジタバタさせるゴーレム。それがかなり凶悪な攻撃となる。 踏みつぶされたら一巻の終わりだ。 「で、まだなの!?」 息を荒げながら逃げ惑うキュルケが、我慢の限界とばかりにギーシュに怒鳴る。 「もう少しだ!!」 どうやってあの岩の体を砕くのか楽しみなのに、ギーシュ本人もただ逃げ惑っているようにしか見えない。 「ハハハハハッ!無様だねぇ。まぁ、あんた達の実力じゃぁこんなものね」 余裕の表情で高笑いをするフーケの背後に、人影が現れる。 「え?な!?」 それはギーシュのゴーレム、ワルキューレ。 急に現れたそれに抱きつかれて、フーケはそのまま落下する。 とっさに、手首だけ動かして杖を振り、レビテーションを唱えるが、時すでに遅し。 僅かに衝撃は抑えられたものの、肩から地面に落下した。 「くっ・・・このっ・・・覚えときな!」 フーケが悪態をつくと、岩のゴーレムがボロボロと崩れ落ちる。 おそらく、わざとゴーレムを維持する魔力を切断して岩雪崩を起こし、その隙に逃げ出すつもりだろう。 その作戦は見事成功し、フーケは姿を消した。 「あんた、なかなかやるじゃない。ワルキューレを一体、よじ登らせるなんて」 キュルケの冷たい視線は温かいものに変わり、ギーシュを見直す視線を送る。 「でも、あんなに暴れてたゴーレムの足に・・・振りほどかれずにどうやって?」 「ふふふ・・・二階なら丁度ゴーレムの腰のあたりの高さのはず・・・動きの少ないその場所からワルキューレをしがみつかせたのさ!」 「二階って・・・あんたいつから視界の外でゴーレムを操れるようになったの?」 「あれ?そういえばいつからだっけか・・・」 普段の実力を無意識のうちに上回っていた事実に、キュルケとギーシュは首をかしげる。タバサは無視して本を読む。 まるで見えない力がギーシュに味方したようだった。 この時、逃れようのない最悪の"運命"に巻き込まれていることに、ギーシュは全く気付かない・・・。 ――――――――――――――――――――――――――― 「『桟橋』なのになんで山に登るんだよ」 てっきり、山と山の間に海に繋がる川でもあるのだろうと思っていたスラおは、耐えられずに疑問をぶつける。 しかし、二人とも必死に走っているため、息が荒れ、質問に答えられない。 とんでもなく長い階段を登りきると、そこには巨大な木が姿を現す。 大木にはたくさんの松明がつけられ、まるで町の明かりのようだ。 スラおはそれを見て、タイジュの国を思い出す。 タイジュの国も夜になると、室内の明かりが漏れて、それはそれは美しかった。 もちろんこの木は、タイジュの国ほどの大きさはない。 「あの枝にぶら下がってんのって・・・船か?」 枝の先には幾つもの船がランタンのようにぶら下がっている。 「そうよ。あんたの世界じゃ違うの?」 「まぁ、違うっちゃ違うかな」 スラおの世界にも飛べない人間が空を移動するための手段が幾つか存在する。 この世界ではこういうもんなのか、と思った程度で、それ以上の疑問も不安もスラおには無かった。 木の中は空洞になっており、螺旋階段のようなものが天辺まで続いている。 ワルドの後を追って、階段を駆け上る。 しかし、目の前には白い仮面の男。 「て、てめぇ!」 スラおが叫ぶが、その時すでに仮面の男はルイズを羽交い締めにしている。 そのままルイズごと、階段から飛び降りる。 「ルイズ!」 距離的に届く技はベギラマのみ。しかしそれではルイズも一緒に攻撃してしまう。 すると、ワルドが風を巻き起こしてルイズと仮面の男を引きはがす。 そのままワルドは落下して、ルイズを抱きかかえると、フライの魔法で空を飛ぶ。 仮面の男は空中でくるりと旋回し、階段に着地してスラおと対峙する。 「よくもやってくれたな!覚悟しやがれ!」 スラおはベギラマを唱えるが、ワルドの時と同じように的が外れる。 「こいつも『風』系統のメイジかよ!」 次の瞬間、スラおの体に電撃が走る。 「『ライトニング・クラウド』!」 「あがががががっ・・・・・!!」 直撃を受けたスラおはプスプスと音を立てて黒こげになる。 なんだか今日はやられてばっかりだ。 そんな風に考えていると、戻ってきたワルドがエア・ハンマーで仮面の男を吹き飛ばす。 「スラお!大丈夫!?」 こうしてルイズに駆け寄られ、抱き上げられたのは何回目だろう。 「ままままあだだだだ大丈夫ぶぶぶぶ」 まだ痺れていてうまく喋れない。 あの雷の魔法はギガデイン並の威力はあった・・・。 だが、一発でやられるようなスラおではない。すぐに動けるようになった。 それでも心配なのか、ルイズはスラおを抱きかかえて移動する。 ようやく船着き場まで辿り着いたが、船は出港する時間を迎えていない。 そこは図々しさに定評のある貴族、ワルド様がなんとかしてくれる。 半ば強引に船に乗り込み、出港させる。 目指すはアルビオン。 スラおの冒険も終盤を迎える。 前ページゼロのルイズと魔物の勇者
https://w.atwiki.jp/dai_zero/pages/18.html
2 教師と獣王 前ページ次ページ虚無と獣王 ハルケギニアには、人間以外にも人語を解し、話す事が出来る生物が存在する。 エルフや翼人・吸血鬼などがそれにあたるのだが、しかし彼らは概ね人間に似通った姿をしているものだ。 けれど召喚された獣人は、二足で立ち、手には武器を持ってはいるが、人間とはほど遠い姿をしている。 また、かつて知性が高く、言語感覚に優れた韻竜と呼ばれる幻獣がいたとされているが、こちらは既に絶滅したといわれて久しい。 そして召喚された獣人は、鰐や蜥蜴等の爬虫類に似通った姿をしているが、竜ではないと思われる。 では、目の前にいるこの獣人は一体何なのだろうか? 一時の驚愕から真っ先に立ち直ったのは、学院教師にして今回の儀式の引率役である『炎蛇』ジャン・コルベールであった。 (教職に就いてから、いや、それ以前にもこんな生物は見た事がない……。まだ見ぬ東の地から召喚されたのか?) (人語を話すという事は、知性も人間並みにあるとみていいだろう。エルフのように先住魔法を使えるのなら驚異だな) (あの鎧と戦斧……戦士なのだろうが、一兵卒ではあるまい。風格からしても、騎士団長級かそれ以上) コルベールは努めて何気ない風を装い、けれど袖口に隠した杖を意識しながらゆっくりと近寄って行った。 (召喚された「彼」に敵意がないならそれでよし。しかし……) 屈強な体躯、手にした長大な戦斧、もしかしたら先住魔法を操る可能性すらある獣人が敵対行動を起こした場合、果たして自分がそれを止められるだろうか? (日々の鍛錬を怠ったつもりは無いが、今の私の力がどれほど通じたものか……生徒をどこまで逃がす事が出来るかが鍵だな) ちらりと周囲を見回すと、大半の生徒が驚きから立ち直れていない中、青い髪を持つ少女が「彼」を油断なく注視しているのが分かった。 その近くにいた赤毛の少女も平静を取り戻しつつあるようだ。 ちなみに桃色の髪の少女はまだ唖然としている。 (まずは時間を稼ぐ。その後は出たとこ勝負になるか) いざという時は己の身を盾にする覚悟で、コルベールは「彼」に声をかける事にした。 「横から失礼します。ここはトリステイン魔法学院。私はこの学院の教師、ジャン・コルベールと申します」 両手を軽く上げる事で害意がないのを示す。すると獣人は、少し離れた地面に戦斧を突き立て、コルベールの方を向いた。 (こちらにも害意はない、と取っていいのでしょうね。ですがまだ気は抜けません) 毛は抜ける一方なのはやはり贖罪なのでしょうか始祖よ、と少し現実逃避するコルベールだが、あくまで気は抜いていない。 「オレの名はクロコダイン。つい先ほどまでデルムリンという名の島にいた。他にも少し聞きたい事があるのだが、良いか?」 「無論です、ミスタ・クロコダイン」 「助かる。あとコルベール殿、と言ったか。オレの事は呼び捨てでかまわん。ミスタなどと呼ばれた日にはこそばゆくてたまらぬわ」 そう言って笑みを浮かべるクロコダイン。幼子がみたら泣き出しそうな迫力があったが、コルベールには好ましいものに思われた。 「では私の事もコルベールと」 「うむ。ではコルベール。ここはトリステイン魔法学院と言われたが、オレはその様な学校があるとはついぞ聞いた事が無いのだ。そもそもトリステインとは地名なのか?」 「ええ、この学院があるのはトリステイン王国ですから。……という事は、トリステイン王国もご存じない?」 「……ああ。では、パプニカ王国・ベンガーナ王国・カール王国を知っているか?」 「いえ、少なくともこのハルケギニアには、その様な名のついた王国は存在致しませんな……」 「そうか……」 会話が進むごとに、クロコダインの顔から笑みが消えていくのが判る。 (彼はハルケギニアの事を知らないようだ。そして私達も彼のいた地域についての知識は無い……) (いくつかの王国の名が挙がった。彼の様な獣人の統べる国なのか、我等の様な人間も其処には居るのだろうか……?) コルベールが頭の片隅でそんな事を考えていると、クロコダインは真剣そのもの、といった顔つきで次の質問をした。 「コルベールよ……お前たちは勇者ダイと、大魔王バーンの戦いを知っているか?」 「…勇者、ダイ……?失礼ですが、それは物語か何かの事ですかな?いえ、少なくとも私は知らないのですが、本には詳しい者が居りますので」 ちらりと青髪の少女の方を見る。彼女は無表情のまま、首を横に振って見せた。 (おや、『図書室の主』殿もご存じないか) 視線をクロコダインに戻す。すると彼は、どこか途方に暮れた様な表情で、頭を抱えこんでいた。 「だ、大丈夫ですか!?」 「ん、ああ、いや、大丈夫だ……ただ、オレよりも頭の廻る仲間がこの場にいて欲しかっただけで、な……」 「……?」 クロコダインの脳裏に、勇者の家庭教師やその弟子の大魔導師の姿がよぎったのを、コルベールは知る由もない。 「オレはどうも、とんでもなく遠い所に来てしまったらしいな……」 「あ、あの、コルベール先生!」 と、ここで、ここにきて、ようやっと茫然自失状態からの復帰を果たしたピーチブロンドの少女(お忘れかもしれませんがヒロインです)が声をかけた。 「ん?ミス・ヴァリエール、どうしました?」 「どどどうしましたじゃなくて!何時まで話し込んでるんですか!召喚できたんですから契約!コントラクト・サーヴァント!」 顔を真っ赤にして叫ぶルイズ。必死である。 「……おお!」 コルベールの悪癖は、一つの事に集中すると他の事が全く見えなくなる所である。 生徒を守るための時間稼ぎに集中する余り、神聖な儀式も契約も次の授業の事も完全に忘れ去っていた。 とは言え、規格外の召喚を成し遂げてしまったルイズにも、責任の一端はあるのかもしれないが。 「……おお、て!忘れてましたか!?忘れてやがりましたかセンセイ!!」 一気に沸騰する公爵家三女。傍で見ている分には面白い。自分が被害者でないのならだが。 「いえ忘れていた訳ではアリマセンヨ、ミス・ヴァリエール!そうですね召喚したら契約デスナ!」 「召喚?契約…?」 耳慣れない単語に首をひねるクロコダインに、ルイズはハイでアッパーなテンションを維持しながらこう言い放った。 「そう!あんたはわたしに召喚されたの!これからは使い魔として生涯わたしに仕えるのよ!」 「……」 一瞬の間をおいて、ルイズ以外の人間全員から、強烈なツッコミが入った。 「もうちょっと空気読んで言葉選べえええええええっ!!」 前ページ次ページ虚無と獣王
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4390.html
前ページ次ページゼロな提督 そういうわけで午後。一行は村長とシエスタに連れられ、みんなでサヴァリッシュの書 庫へ。 ロングビルは書庫の本に、ついでにヤンの銃へも『固定化』を入念にかけていく。 村長は理解出来ず困っていた語句や理論について、ヤンの分かる範囲で講義を受ける。 ルイズとシエスタは書庫の上、ワイン樽に囲まれながら松明の光の下で帝国語の初歩を 講義。 書庫のテーブル上に置かれているデルフリンガーは、退屈しのぎに尋ねてみた。 「なあ、村長さんよ。ここの本って、ほとんどは表に出せないんだろ?」 「ええ、そうですね」 「実際、どんくらいスゲェ知識なんだ?」 「うーんと…どれくらい、と言われましても…」 村長は、どう答えたものかと頭を捻る。 代わりに答えたのはヤン。 「多分だけど、例えば…戦争の主役が貴族から平民に代わるくらい、かな」 その言葉に、『固定化』をかけ続けていたロングビルも耳がピクリと動く。 「詳しく説明するのは時間がかかるから省くけど、そこの製鉄と化学の2冊を使えばハル ケギニアの銃を別物ってくらい強化出来るね。つまりハルケギニアのフリント・ロック銃 じゃなくて」 「あ、あの、ヤンさん。それ以上を軽々しく口にするのは危険ですので」 「おっと、そうですね。すいません」 「ちぇー、けちんぼ」 村長に止められ、ヤンは口を閉ざした。長剣だけでなく、ロングビルの後ろ姿も残念そ うだ。 ヤンが口にしようとした銃は輪胴式弾倉、簡単に言うとリボルバー。もちろん弾はドン グリ型で、銃身にはライフリング。 魔法の射程より遠くから、ルーンを唱えるより早く、絶対避けられない速度の鉛玉を、 弾倉の全弾連続で撃ちまくる。前線に立たされたメイジは真っ先に穴だらけにされるだろ う。 戦争の主力はメイジの個人的魔力から銃を持った平民の集団に代わる。国の軍事力は貴 族の数ではなく平民含めた工業力で量られる。なにより、平民へ杖を振りかざそうとした メイジは即あの世行き。 ほとんど貴族社会の終了を意味する。 ヤンは内心、ハルケギニアに平民の革命を起こすという誘惑に駆られそうになる。 「たしかに、この書庫の知識は凄いんだけど…影響が大きすぎるんだ。いきなりこれらの 書物を公表したりしたら、ハルケギニアが火の海になるよ。いや、その前にタルブが怒り 狂った没落メイジ達に滅ぼされる。 ホント、もったいないけど、慎重にいかないとね…ルイズも!他の人に言っちゃダメだ から!公爵にもだよ!」 地下室入り口から覗いていたピンクと黒の髪が慌てて引っ込む。少しして「うぅ~、分 かってるわよ」と渋々な声が聞こえた。 そして夕方。 農作業から帰ってきた村人が、それぞれの家路につく。 ワインなどの出荷は全て終わったようで、荷馬車は数台が空のままで村はずれに置かれ ている。 あちこちの家からは夕食の香りが漂ってくる。 村の中心から村長の家へ、長い影を伸ばしたジュリアンが走っていた。 「じーちゃん!お客さんの貴族達、みんな帰ったよー。準備出来たって!」 と言って村長宅へ駆け込んできたが、当のワイズ村長が見あたらない。 あちこち家の中を走り回るが、それでも見つからない。 「まだ戻ってきてないのかな…?」 ジュリアンががサヴァリッシュの書庫へ足へ向けようとした時、村長とルイズ一行が書 庫から帰ってきた。少年が祖父の所へ駆けてくる。 「じーちゃん。宿が空いたよ。お風呂も使えるって」 「おお、そうか。ありがとよ」 お風呂、という言葉に村長の後ろに立つメイジ二人が目を輝かす。 クルリと村長は振り返り、二人にニッコリ微笑んだ。 「実はですな、この村には買い付けに来られた貴族の方々用に、粗末ではありますが宿を 用意してあるのです。ご婦人の貴族も来られますので、お風呂は良い物を備えてあるので す。 もうお客の貴族達は全員帰られましたので、今は自由に使えるのです。どうでしょう、 準備はさせてあるので入られませんか?」 「もちろん入るわ!」 即答したのはルイズ。デルフリンガーを抱えてる。 「あたしも入るわね」 満面の笑みでロングビル。 「やっぱ女って風呂が好きなんだな」 と言うのはルイズに抱えられた長剣。 だがジュリアンはキョロキョロと辺りを見回す。 「じーちゃん。ヤンさんはどうしたの?」 書庫から戻ってきたルイズ達一行の中には、ヤンの姿が無かった。 「あの方は、何か一人で考え事をしたいと言ってな、一人で草原の方へ行かれたよ」 「そか。じゃ、呼んでこようか?」 「いや、シエスタにお願いしようかな。おい、シエスタよ…」 村長は振り返ってシエスタの名を呼んだ。 だが返事は無い。 ルイズもロングビルも周囲を見渡す。 朱く染まる夕暮れの村、ソバカスの少女はどこにも見えなかった。 果てしなく広がる草原。 夕焼けの中、金色に染まる草の海。その畔にヤンの姿はあった。 村から遠く離れた場所に腰をおろし、足をだらしなく投げ出して夕陽を眺めている。 そんな姿を、村から走ってきた黒髪の少女は遠くから見つけた。大きな声で呼ぼうと胸 一杯に息を吸う。 「ちょいとお待ちよ」 「!?ッッゴホッブフッ!」 いきなり後ろから声をかけられ、驚いたシエスタはむせ混んでしまった。 慌てて振り返ると、いつのまにやらロングビルが立っていた。全く音も気配も無かった 所をみると、『フライ』で飛んできたのだろう。 呼吸を整えたシエスタが、ロングビルへ向き直る。 「いきなりなんでしょうか?ミス・ロングビル」 「なぁに、ちょっと聞きたい事があってね…あなたは、何をしようとしてましたか?」 ニコリと笑って尋ねられ、シエスタもニコリと笑って答える。 「もちろん、お風呂に呼ぼうとしていました」 「そうですか、それはご苦労様ですね。でも、それは私がしますから、あなたは家に戻ら れて良いですわ」 上品で、そして丁寧な口調。だが、それはどちらかというと慇懃無礼な類のものに聞こ えた。そして、それに対するシエスタの答えも同じく慇懃無礼に聞こえた。 「いえいえ、そのような雑務は私達メイドの仕事ですわ。貴族のご婦人はお戻り下さい。 お風呂も準備してありますから、ゆっくりと入られるのがよろしいかと思います」 二人は微笑みを絶やしてはいない。なのに、どうみても二人がまとう空気は友愛や穏和 からは遠かった。 まるで凍り付いたかのように、二人の微笑みは顔に張り付いて変化しない。 「ちなみに、聞きたいのですけど…」 凍てつく空気に、先にヒビを入れたのはロングビル。 「ミスタ・ヤンをお風呂に呼んで、その後はどうするのかしら?」 シエスタは満面の笑みで、当たり前のように答えた。 「もちろんメイドとして、お背中を流して差し上げますわ」 ロングビルの微笑みにもヒビが入った。こめかみに浮き出た青筋によって。 「あらあら!殊勝な事ですわね。きっとあなたはメイドの鏡なのでしょうね」 「いえ、まだまだ修行中の身ですわ。だから精一杯、出来うる全てを尽くして主に仕える 事にします」 「そうですか!それは立派な事ですわね。頑張って下さいね!…でも、ミスタ・ヤンの背 中を流す必要はありませんわ」 「あら、どうしてでしょうか?」 ロングビルは満面の笑みで、当たり前のように答えた。 「ヤンは、私と一緒にお風呂に入るからですよ!もちろん、ヤンの背中は私が流しますの で、あなたに流してもらう必要はありませんの!」 シエスタの微笑みにもヒビが入った。こめかみに浮き出た青筋によって。 二人の間に一陣の風が舞う。周囲の空気がドンドン冷えていくのは、だんだんと日が傾 いていくからというだけだとは思えない。 「…言っときますけど、あなたとヤンさんは、身分違いです」 少女から凍てつく微笑みは消えた。代わりに凍てつく無表情が張り付いた。 「違うね。あたしゃ貴族の名を無くした身だよ。だからあたいもヤンも、同じ平民さ」 女の顔にも凍てつく無表情が張り付いた。口調も荒く崩れていく。 「メイジなのは変わりません。不釣り合いです」 「ヤンはメイジかどうかなんて気にしちゃいないよ。あいつはそんな肝の小さなヤツじゃ ないのさ」 二人は視線をぶつけ合う。その鋭い視線に触れた空気が焦げ付くかという程だ。 「じゃあ、こう言いましょう…ヤンさんは、普通の人です。平穏無事な生活が似合ってま すし、あの人もそれを望んでいます。あなたの世界に引きずり込まないで下さい」 「あたしの世界…何の事だい?」 白磁のように白く透き通る美女の肌に、一筋の汗が流れる。 「サヴァリッシュ一族の知恵を見くびらないで欲しいです」 「だから、何の話さ」 ロングビルは、油断無く周囲の状況を観察する。 ヤンは遙か遠くに小さく見える。こちらに背を向け、二人に気付いていない。 他に人影は見えない。 「あの日、『破壊の壷』が盗まれた日、ヤンさんは大慌てであなたを捜していました。そ の後ローラからヤンさんの伝言を告げられたら、あなたも慌てて学院を飛び出していった そうですね?」 「ん…ああ、そうだったかねぇ?随分前だし、良く覚えてないね」 わざとらしく腕組みして首を傾げる。だが、その手は胸元の杖へと向かっている。 シエスタも同じように腕組みをする。 「その後、あなたはヤンさんに連れられて学院に戻ってきました。なぜか落ち込んだ様子 で。そして『破壊の壷』も『ダイヤの斧』も無事に帰ってきました。あまりにも不自然な ほどあっさりと」 「ふーん、そんなこともあったねぇ…で、なにが言いたいんだい?」 「あなたが『土くれのフーケ』だと言いたいんです。 あなたはヤンさんに正体を見破られたんですよ。でも、ヤンさんはあなたに恩があった から、盗品を返すのと引き替えに黙ってくれたんでしょう」 二人の間の空気が決定的に凍り付いた。ぶつかり合う二人の目は、睨みあっているとい うに相応しい。 「で…あたしがフーケだという証拠は?」 「ありません。でも、これまでの犯行現場のほとんどで、あなたとそっくりの人物をみか けたという証言が得られるでしょうね」 「ふぅ…ん、面白い推理だねぇ…」 ロングビルはゆっくりと移動する。金色に輝く草原の方へ、少しずつ。 よく見るとシエスタも、いつの間にか草むらの方へ移動していた。 「もし、その推理が正しいとして…だ。どうして誰にも言わなかったんだい?」 「証拠が無い、という事もあります。けど一番の理由は、タルブの村に火種を持ち込まな いためです」 「なーんだ!それじゃ誰がフーケでも意味が無いじゃないか!」 あざ笑うように口の端を釣り上げるロングビルに、シエスタは変わらず平常を保ち続け ている。そして、ゆっくりと話を続ける。 「でも、いつか他の誰かに見破られます。その時はヤンさんも共犯として捉えられてしま います。ヤンさんのために、身を引くべきです」 「ハッ!脛に傷持つのはお互い様さ。あんたは教会や王家を、いつ敵にするか分からない サヴァリッシュ家の者なんだからね」 二人は既に、草原の中に足を踏み込んでいる。 二人とも腕組みは崩していない。だがスタンスは肩幅に広げ、いつでも不測の事態に対 応出来るよう、油断無く足を構えている。 「私は、ヤンさんが好きです」 シエスタは何のためらいもなく口にした。 ロングビルの歯ぎしりが草むらに響く。 「あんたは、サヴァリッシュの教えとやらでヤンに優しくしていただけだろう?」 「最初はそうでした。でも、ヤンさんは本当に素敵な人でした。 優しくて、穏やかで、知的で…そして勇敢で、心の広い人でした。あんないい人、探し ても見つかりません」 「同感だわ。あいつのためなら泥棒家業なんか足を洗うね」 「大金も手に入りますしね」 シエスタの痛烈な皮肉に、ロングビルは激怒したりはしなかった。 それどころか、少し哀しげに笑った。 「それもあるさ。あたしは故郷の村に家族がいるんだけどね…子供ばかりの、孤児院みた いな村さ。あたしが盗んできた金で、どうにかみんな生き延びてこれたんだ。 ヤンは資金援助をしてくれるって、快く言ってくれたよ。 あの子達のためにも、何よりあたい自身のために、ヤンを離さないよ!」 その言葉に、シエスタも笑顔を返した。 「あたしだってヤンさんが必要です。そして村のためにも、譲れません!」 二人は、睨みあう。 まるで呼吸すら忘れたかのように動かない。 互いに相手の僅かな変化も見逃すまいと、全神経を集中する。 そして、一陣の風が吹いた時、二人は動いた。目にも止まらぬ速さで、胸元から抜きは なった。 ロングビルは、杖を。 シエスタは、ブラスターを。 「やっぱり、持ってたね」 ヤンが持つ銃と同じ銃を向けられても、ロングビルは驚きはしなかった。 「当然ですよ。フーケ相手に丸腰なわけないじゃないですか」 ハルケギニアに名を轟かすフーケの杖を向けられても、シエスタは動じなかった。 「念のため、聞くけどさぁ…」 「…何ですか?」 杖と銃はそのままに、二人は言葉を投げ合う。 「大人しく引き下がる気はないかい?」 「それはこっちのセリフです」 杖はいつのまにやら魔力を帯びている。 銃は真っ直ぐフーケの心臓を狙っている。 「困ったねぇ…そうだ、良い事を教えてあげるから、それで勘弁してくれないかい?」 「良い事?」 「そう、良い事さ」 フーケは、悪魔のように醜く顔を歪めて笑った。 「ヤンが、あたしに幾つキスマークをつけたか」 瞬間、シエスタの顔が紅潮し、身体が強張る。 その一瞬をフーケは逃さない。杖から魔力を放とうと意識を集中する! ヤーンッ!どこいったのー!ヤンってばーっ!! 草原にルイズの声が響いた。 反射的にフーケは草むらの中に伏せた。 我に返ったシエスタも慌てて伏せる。 村の方からルイズが駆けてきていた。二人の姿には気付いていないらしく、横を通り過 ぎていく。 おーい、ここだよー ルイズの声に気付いたヤンが答えた。 二人は草むらの中でルイズとヤンから身を隠す。 ルイズはヤンの傍まで全速力で駆けてきた。 「はぁっはぁっ…まったく、主ほっぽって、こんなところで何してるのよ?」 「ん~…ちょっと、夕陽を見てたんだ」 ヤンの前には、地平線の彼方へ沈もうとする夕陽がある。 ぼんやりと遠くを見つめるヤンの左に、ルイズもちょこんと腰をおろした。 「また、考え事?」 「うん…まあ、ね」 ヤンは曖昧にだけ答えて、夕陽を眺め続ける。 ルイズもそれ以上は尋ねようとしない。 二人並んで沈む夕陽を眺め続ける。 観念したかのように、ヤンは語り始めた。 「・・・きっとオイゲンも、こんな風に夕陽を眺めたんだろうね」 少女は座ったまま、夕陽を眺め続けている。 「あの人は、僕に『この世界で生きるのも悪くない』って言ってたよ。きっと、それは本 当なんだと思う」 彼の主は、何も答えない。 「正直、威張り散らす貴族達にはうんざりだよ。でも、君がいる。マチルダも、シエスタ 君も、デルフリンガーも…。この世界でも、どうにかやっていけるんだと思う」 鳶色の瞳がヤンを見上げた。 「ねぇ…」 「なんだい?」 「あたしを、恨んでる?」 恨んでるかと聞かれ、ヤンはビックリしてルイズを見た。 「恨むって、どうしてだい!?」 「だ、だって…その…」 少女は言いにくそうに身をよじらせる。 少し迷った後、意を決して語り出した。 「だって、あたしのせいでしょ?ハルケギニアに召喚されたのも、突然使い魔にされたの も」 ヤンは目をパチクリさせて、そして笑い出した。 その様に、ルイズは頬を膨らませる。 「な、何よ!何がおかしいのよ!」 「あははは!はは、いや、だって、君がそんな、気にしてただなんて!」 「もう!あたしだって、悪いと思ってるのよ!」 顔を赤く染めたルイズはぷいっとそっぽを向く。 ようやく笑いが収まったヤンは、優しく語りかけた。 「確かに、僕は君に召喚されたよ。使い魔として、奴隷としてね。おかげでガンダールヴ なんて訳の分からない物にされてしまった。 でもね、恨んでなんかいない。むしろ感謝してるんだよ」 ルイズの肩がピクンと跳ねる。でも振り向こうとはしない。 「なにしろ僕は、召喚されたから命が助かったんだ。襲われた時の状況から言って、召喚 されなかったら間違いなく死んでいた。君は僕の命の恩人だよ。その点は間違いない」 ルイズは動かない。黙ってヤンの話を聞いている。 「僕はね、ルイズ。多くの人を殺してきた。僕がなにか言うたびに、腕を振り下ろすたび に、数え切れないほどの敵味方を殺してきたんだ。 その僕が誰に殺されたからって、やり残した事があるからって、文句のつけようはない よ。だから、そんな僕をすら助けてくれた君には、無条件で感謝してる」 ルイズは、チラリと肩越しに視線を向ける。 「…ホント?」 「ああ、本当だよ」 ヤンは心からの笑顔を返す。 「そして、僕は奴隷になんかならなかった。それどころか、君は僕を執事として雇ってく れた。怠け者で無能な僕を、ね!なんとも心の広いアルジサマじゃないか!」 鳶色の瞳が、じーっとヤンを見つめ続ける。 「ねぇ、だからさ…ルイズ。これからも、よろしくお願いして、いいかな?」 ヤンの目を見上げながら、ルイズは何も答えない。 代わりに動いた。 ヒョイッと小さなお尻をヤンの脚に乗せ、細い身体をヤンの胸に預けた。 「当然よ。メイジと使い魔は一心同体…あんたは、ずっと私の傍にいなさい」 薔薇の蕾のような小さく愛らしい口から、甘えるような声が漏れる。 右手がキュッとヤンの胸元を握りしめた。 「うん。正直、故郷の事を忘れるのは無理だ。でも、君と一緒に新しい人生を歩む事は出 来ると思う」 「ん…頑張りなさいよ…」 ルイズは目を閉じ、ヤンの胸に頭を埋める。 ヤンはピンクの髪を優しく撫でる。 夕陽がほとんど大地の彼方に沈んだ頃、冷たい風が草原を渡ってきた。 小さな口から、くちゅん!と可愛いくしゃみが漏れる。 「ご主人様、そろそろ帰りましょうか」 「そうね。そうそう、宿のお風呂が使えるんだって!すぐに入るわよ」 「へぇ、それはいいなぁ。暖まりそうだ」 二人は立ち上がり、身体に着いた草や土をはたき落とす。 そして、ルイズはヤンの手を握って歩き出した。 「んじゃ、急いで帰るわ。そうそう、あんた、あたしの背中を流しなさい」 「え…。前から聞きたかったんだけど、それって執事の仕事なのかい?」 「当然でしょ!今夜は頭もちゃんと念入りに洗うから、クシを忘れちゃダメだからね!」 「はぁ~い。それじゃ、女性の髪を洗うのは初体験ですが、このヤン・ウェンリー、ご主 人様の髪を洗わせて頂きます」 「ええ、優しくしないと許さないんだから!」 夜へと移りゆく草原。 二人は手を繋いで村へと帰っていった。 で、草むらの中に残ったのはソバカスが可愛い美少女と緑の髪が艶やかな美女。 二人とも、あんぐりと口を開けっ放しのまま、微動だにしない。 杖とブラスターは、二人が隠れる草むらの地面に落ちていた。 「や…ヤン、さん…」 シエスタの声は震えている。 「あ、あれほど、甘やかすなって言ってるのに…」 フーケの肩は震えている。 「そんな、まさか、ミス・ヴァリエールとヤンさんが、二人が…そんな不潔な関係だった なんて!」 少女は現実から目を背けるかのように顔を手で覆う。 「いや!まだだ。あの二人は恋だの愛だの、そんな事は意識してないよ。どちらかという と、親子って感じだね」 とは言うものの、フーケの手は色を失うほど強く握りしめられている。 「でも、でもでも、このままじゃ、いつあの二人は異性って意識を持ち出すか…」 「って!あたしらこんなとこでボサッとしてる場合じゃないよ!」 と叫んで立ち上がった女は、強引に少女の腕を取って立たせる。 「あんた!二人を追いかけるんだよ!ルイズの背中を流すのはあたしの仕事ですって、早 く言ってくるんだ!」 「そ、そうですね!今ならまだ間に合います!」 「あたいはヤンを『甘やかすなー!』ってしばき倒す!急ぐよ!」 「はいっ!」 言い声の返事と共に、二人は村へ走り出した。 「ところでフーケさん!」 「ロングビルって呼びな!」 全力疾走しながらも、二人は口が止まらない。まるで胸中の不安と恐怖を会話で誤魔化 すかのように。 「それじゃロングビルさん!ルイズさんは、婚約者!いましたよね!?グリフォン隊の! 隊長さん!」 「その通り!意地でも、ルイズとワルドを!ひっつけてやる!!」 「協力しまーっす!」 二人は固い握手をかわしてから、村へ走っていった。 第十九話 ある村の平和で静かな一日 END 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6554.html
前ページ次ページ帝王(貴族)に逃走はない(のよ)! 本来、人の手が届くことの無い高さにまで本で囲まれているトリステイン魔法学院の図書館。 図書館らしく静寂に包まれ、本のページをめくる微かな音だけがしている。 その中の一角。例によって平民が入れるはずのない場所に、サウザーが陣取っていた。 「なるほど。……大体の事は理解した」 今のところ、領土も持たず、部下も居ない。となれば、今やるべき事は情報の収集。 そのためには字を覚える必要があったわけで、この数日は図書館に入り浸っていた。 どういうわけか、言葉は理解できるが文字が理解できないという、非常に厄介な状態に陥っている。 誰かに読ませればいいと思うだろうが、それでは偽の情報に踊らされる可能性が無いとは言えないし、重要な案件について目を通さないというのも問題があった。 今は特に不都合は無いが、先を見据えて最優先事項とする事にしたのだ。 「も、もう文字を覚えたんですか?」 ここに召喚されてまだ三日。にも関わらず、あっさりと理解したと言ってのけた事に 文字を覚えることを手伝うようにと命じられた、学院長秘書であるミス・ロングビルもこれには驚いた。 「大体、だがな」 基本的な所さえ覚えれば、後は量をこなしていくだけで、それはさして問題ではない。 とはいっても、この三日間一睡もせずブッ通しで単語や文法を覚えいた。 無論、南斗鳳凰拳の修練にも耐え得る、並み外れた体力と集中力があってこそ成せる業だが。 この前の決闘騒ぎといい、つくづく規格外な使い魔だとロングビルも思う。 大体、実際のところ契約には至っていない。 あの騒ぎのあと、彼女の直属の上司。 つまり、学院長であるオスマンとも対峙したのだが、なんというか、凄く偉そうだった事はよく覚えている。 第参話『始動』 その三日前のトリステイン魔法学院本塔の一角にある学院長室。 本来この時間ならば、オスマンは暇を持て余しボケっとしているか、水タバコでもふかしているかなのだが 今のこの部屋は、一種異様な空気に包まれそれどころではなくなっていた。 「貴様が、ここの長か。わざわざ俺が出向いてやったのだ。答える事には答えてもらう」 相変わらず膝を組み、頬杖を付いた状態で威圧感を隠すこと無く言い放ったのは無論、聖帝サウザー。 対するのは白い口ひげを触りながら、サウザーから放たれる威圧感を受け流している学院長オスマン。 齢百歳とも、三百歳とも言われているだけあってこの手の流し方は心得ているらしい。 もっとも、流せているのはオスマンのみで、同席しているコルベールとルイズはモロに受け止めてしまっている。 ルイズはルイズで『オールド・オスマンの前なのに何なのよこの態度は!』と場が場でなければ叫んでいるところだったが。 「まず、俺を呼び出した理由でも聞かせてもらおうか」 「え、ええ。あなたは春の使い魔召喚の儀式で……」 汗をかきながらコルベールが答え始めたが、知りたいのは目的ではなく理由だ。 「それは、この小娘から聞いた。よもや、その下らん儀式のためだけに召喚したのではあるまいな」 コルベールの言葉を遮ると、目を細め殺気混じりの視線を送りながら言った。 肝心のコルベールは選ぶ言葉が無いのか、完全に答えに詰まっている。 南斗聖拳最強の南斗鳳凰拳を会得した男のガン付けだ。一般人なら、それだけで逃げ出しそうなものだったが、今度は見かねたオスマンが割り込んできた。 「まぁそう敵意を剥き出しにせずともいいじゃろう。少なくとも我々はあなたの敵ではないよ。南斗のお方」 南斗。確かにオスマンはそう言った。南斗聖拳とだけなら言った覚えはある。この言い方だと南斗聖拳が何か知っている言い方だった。 さすがのサウザーも、この何年生きているか分からないオスマンの言い様には興味を持った。 「……なにを知っている?」 「ミス・ヴァリエール。私も遠見の鏡で見ていたが、彼はただの平民ではない」 「それは…まぁ分かります」 ギーシュを一蹴し、トライアングルメイジのキュルケとタバサの二人を同時に相手にして 傷一つで圧倒した男がただの平民でないという事ぐらいは、ルイズでも理解はできる。 「知る者もほとんどおらんだろうが……彼は遥か昔から伝わる伝説の『南斗聖拳』の使い手。……という事でよろしかったかな?」 「半分正解というところだ。南斗聖拳とは百八派ある流派の総称にすぎん。俺はその中でも最強と呼ばれる南斗鳳凰拳を身に付けている」 「あの地面の切り口、やはりのぅ……」 一人納得し始めたオスマンだったが、他の二人、特にルイズにはさっぱりな事だらけだ。 あのオスマンが伝説とまで言ったのだから、凄いものなのだろうという事ぐらいは理解できたが、とりあえず詳しい事は直接聞いてみる事にした。 「南斗聖拳?……何でしょうか、それは」 こほんと咳払いを一つすると、オスマンがルイズに向き直り重々しい口調で語り始めた。 「遥か昔から、東の地『ロバ・アル・カリイエ』により伝わる、エルフですら知らぬ恐るべき暗殺拳があると聞く… その名を南斗聖拳!肉体を極限まで鍛え抜き、四肢を鋭利な刃物と化すことにより 地上のあらゆる物質を力で打ち砕くと伝えられる一撃必殺の拳法……!それが今…ここに……!」 「くっはははは……。そうだ、よく知っているな」 やろうと思えば鋼鉄すら引き裂く必殺の拳。 ロバ・アル・カリイエというのがどういう場所かは知らないが、オスマンの南斗聖拳に関する認識はほぼ間違いないと言っても問題ないだろう。 ならば、なぜ南斗聖拳の事を知っているかと疑問が残るが 南斗聖拳百八派と言っても、あくまで主なものが百八派というだけで、厳密に言えば流派自体の数はこれより多い。 陽拳と言われているだけに、昔から数多くの流派が分裂し広がっていった。 ……およそ拳法と呼べないような紛い物のような代物もあるが、鳳凰拳以外は伝承者は一人というわけではないので同じような前例があったのかもしれない。 それでも、伝説とか言っていたあたり、稀なケースなのだろうと把握した。 「能力は使い手の力量次第。このあたりはメイジと同じかもしれんが……」 サウザーからは見えないようにオスマンが短く杖を振ると、部屋の片隅に置かれていたナイフが飛んだ。 「ふん」 それでもサウザーは動じることなく、頬杖を付いた手を少し動かすと、飛んでくるナイフの刀身を指で挟むようにして止めた。 「お見事。と、まぁ私はあの『ガンダールヴ』にも匹敵すると思っておる」 神の左手『ガンダールヴ』。 あらゆる武器を使いこなし、たった一人で千の軍隊を滅ぼせるとまで伝えられている、かつて始祖ブリミルが使役したと言われる四人の使い魔のうちの一人。 その始祖の使い魔と、ほぼ同等とオスマンは言ってのけた。 それを聞いてコルベールが顔色を変えた。 なにせ、目の前の男は呼び出されただけでまだ契約を行っていない。 状況が状況だっただけに仕方の無い事だったが、ガンダールヴに匹敵するとまで言われた男が契約に応じるかどうか。 そう考えた時、何かが刺さったような音がした。 「このナイフ、止める気でなければ今頃は貴様の額に突き刺さっていたところだ」 サウザーの手にあったナイフはオスマンの頬を掠め、その後ろの壁に突き刺さっている。 無論、止める気が無くても問題なかったが、その場合は投げる場所が少しズレていただけの事だ。 「そこまで見切っていたとはさすがじゃな。……それで、ミスタ・コルベール。ミス・ヴァリエールは契約はしておらんのだね」 「は、はい。あの場合はやむを得なかったものと」 「ふぅむ」 白い髭を触りながらとぼけたような顔をしているオスマンだったが、内心はこれでもかというぐらい困り果てている。 サラマンダーしかり風竜しかり、本来は召喚時に契約するものである。 万が一の事態に備えて監督官として教師が付いてはいるものの、召喚された直後の使い魔というのは大抵が大人しい。 そこを狙って契約に持ち込むというのが本来のやり方なのだ。 その結果が例の決闘騒ぎで、ドットメイジ一人、トライアングルメイジ二人に完封という有様だった。 かといって、コルベールが取った処置について非を問うつもりはない。 そもそも、サモン・サーヴァントで人間が召喚される事がイレギュラーな事なのだ。 呼び出した使い魔が規格外なら、その後取った行動も規格外。 前例が無いだけに、オスマンを以ってしても先人の知恵に頼るというわけにもいかず また、自身が最高責任者なだけに他に投げるわけにもいかず、自分で答えを見つけるしかなかった。 それでも、逆に考えれば契約してなくてよかったかもしれないと思ったのも事実だった。 もう使用人の間では噂になっているようだったが、この男はどこかの国の帝王だというのである。 サウザーの挙動や、なにより皮膚を直接刺激するような覇気を感じて、まんざら噂だけではないとオスマンも確信していた。 なまじその力量の片鱗を目の辺りにしただけに、下手をすればトリステイン存亡にも関わる。 とりあえず、サウザーはじっくり時間をかけるとして、問題はルイズだった。 どんな魔法も失敗し爆発を起こす問題児。ただ、誰よりも努力している所はオスマンも承知している。 トリステイン子女の例に漏れずプライドが高いルイズをどう説得すればいいものかと頭を痛めたが、とにかく話を切り出すことにした。 「あー、こほん。ミス・ヴァリエール、念のために聞いておくが、サモン・サーヴァントをやり直す気は……」 「ありません」 やんわりとしたオスマンの問いにピシャリという音がしそうなぐらい気持ちよくルイズが返してきた。 「だが、彼が契約に応じるとは思えん。使い魔と契約できねば、進級はおろか退学という事もありえる」 「ミスタ・コルベール。使い魔召喚の儀式は神聖なものでやり直しはできないんじゃなかったんですか?」 「え、ええ。本来なら、ミス。ヴァリエールの言うとおりですね」 ルイズの言葉を肯定したコルベールを見て、モートソグニルに髪の毛を齧らせると決意する。 退学という、オスマンの持つ最強のカードをちらつかせても譲らないルイズを見てどうしたものかと考えを張り巡らせた。 「ふはははは……そうでなくてはな」 だが、思考の迷路からの脱出路を開いたのは他でもないサウザーだった。 「貴様らの言う使い魔がどういうものかは知らぬ。――が、俺はこいつを気に入った」 北斗でもなく、南斗でもない。まして拳法すら知らぬような小娘が、南斗最強の拳を前にして退かぬと言ってのけた。 退かぬ、媚ぬ、省みぬ、を信条とするサウザーにとってこれ程愉快な事はない。 あの時、退いていれば手刀はルイズを貫いていた。 この場で下手に媚びていたり、召喚した事を省みていれば、このような物言いは絶対にない。 「風下にこそ立たぬが、俺の求める物を取り揃えるというのであれば、俺も力ぐらいは貸してやろう」 サウザーが要求した物は三つ。二つは食料と住居の確保。無論、帝王としてである。 そして三つ目が、この学院内における権限。例を挙げるなら施設の使用と立ち入りの無制限化。 力で奪ってもいいのだが、得られる物は一時的なもので、新たに得ようとすればまた力が必要になる。 使える駒はおろか、単身でそんな事をするという事は効率が悪く、賢い者のする事ではない。 ならば、必要としている物を用意させる代わりに、力を貸す。 取引と考えればなんの事はない。……あくまで上から目線だったが。 ただ、風下に立たぬという事から、使い魔などには決してならない。 その場の全員がはっきりとそう感じ取った。 「ふむ……ミス・ヴァリエールの使い魔にはならぬが、協力はする。という事でよろしいかな?」 「物分りが良いではないか。だが、どうしてもというなら、俺を力で捻じ伏せてみる事だ。できればの話だがな」 自信があるなら、何時、何処でもかかってくるがいい、とサウザーが付け加えるとオスマンがため息を一つ吐くと、ルイズへと向き直った。 「彼はそう言っておるが、ミス・ヴァリエールはそれで構わんのかね?」 「構いません」 「やれやれ……ここまではっきり言われると気持ちがいいわい。仕方あるまい、特例じゃがそれを認めるしかなかろうな」 オスマンとしても、これ以上の妥協点は無いと悟ったのか、半ば諦めにも似た気持ちが沸き出ている。 食料と住居の確保はどうにでもなる。施設に関しては、宝物庫が機密上問題になるぐらいだが、見るだけなら減るものではない。 それに、可能性は限りなくゼロに近くても、ルイズがサウザーを負かせる事ができれば従ってやると言っている。 気に入っていると言っているあたり、少なくとも大怪我や殺す事はないだろうと判断した上でそう決めた。 「ただ、今日のような騒ぎを頻繁に起こされては私としても困る。そこはよく考えて頂きたい」 「よかろう。俺が相手をする程のものではないからな」 まだ相手をしていないスクウェアなら興味はあったが、学生風情ならばわざわざ相手をするまでもない。 相手にするなら……目の前の頭の薄い男のような奴というところだった。 話すことはもう無いと言わんばかりにサウザーが立ち上がると、部屋のドアへ手を伸ばし背を向けたままオスマンに問いかけた。 「ああ、一つ聞く事がある」 「我々が答えれる範囲の事であれば答えよう」 「こいつの爆発。これはどういったものだ」 二人にとって気まずい沈黙が数秒流れる。 答えられる。確かに答えられるのだが、本人が居る前でただの失敗魔法と言うのはオスマンもコルベールも答えるのは気が引けた。 その沈黙を打ち破ったのは、その爆発の元凶であるルイズ自身だった。 「あの爆発は魔法が失敗した結果よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」 「……なるほどな」 言いながらドアを開けサウザーが部屋の外へと歩を進めるとルイズも同じように外に出て行った。 「……死ぬかと思った。正直、少し漏らしたかもしれん」 ドアが閉じると同時にオスマンの力が抜けるとそう呟いた。 まさか、ナイフを頬スレスレに投げ返されるとは思ってもいなかったらしい。 机の上に突っ伏したオスマンを見て、呆れながらコルベールが言った。 「なら、格好つけてあんな事やらなきゃよかったじゃないですか。それより、よろしいんですか?」 「構わんよ。無理に契約する事など到底できんだろうし、ミス・ヴァリエールもサモン・サーヴァントをやり直す気が無いと言っておる」 召喚そのものは成功したのだし、主を守るのが使い魔なのだから、契約しているのとそう大差はない。 問題は、何時サウザーの気が変わるかという事だ。 その問題は一先ず置いておくとして、コルベールも何故オスマンが南斗聖拳を知っていたのかが気になった。 「まぁ、ミス・ツェルプストーとミス・タバサに勝てる実力があるなら申し分無いとは思いますが オールド・オスマンは、その……南斗聖拳。ガンダールヴにも匹敵するというそれを何処でお知りになったのですか?」 コルベールの問いかけに対して、大きくため息を吐くと思い出すかのような口調でオスマンんが語り始めた。 「……百五十年以上前だったかな。火竜山脈へ硫黄を取りに行った時なんじゃが、道中、信じられない物を見た」 火竜山脈。その名が示すように火竜が多く住む火山帯の事だ。 「大きな若い火竜と一人の男が素手で対峙していた」 魔法に優れたメイジであれ、人の身では決してかなわぬ存在。 その竜の前に杖も持たぬ男が素手で立っていたのだから信じられぬというのも無理の無い事だ。 「私も手が出せなかったので、隠れて様子を伺っていたんじゃが 火竜がブレスを吐いたと思った次の瞬間には、いつの間にか男が火竜の脇に立っていたか思うと火竜の首が胴体から離れていた」 「それが……」 「そう、南斗聖拳。遥か東から来たとしか言わなかったが、古きより伝わる南斗聖拳の一派だと教えてくれた。これが私の知っている全てだ」 火竜すら素手で殺しきる。スクウェアクラスのメイジですら出来るかどうか分からない芸当をやってのけたという事を聞いてコルベールが絶句した。 そして、あの男は、その南斗聖拳の中でも最強だと言っていた。 それが事実であるならば、その強さはコルベールが想像できるところではなかった。 「……王室に報告致しますか?」 「無用じゃ。頭の堅い王室のボンクラどもに言ったところで信じはすまい。 仮に信じたとして仮定して、アカデミーの連中が来て彼を連れて行こうとしに来たらどうなる」 「……どうなります?」 「あのワルキューレの残骸が人間になるだけじゃな。恐らく杖を抜く暇もあるまい」 オスマンが言わんとしている事はコルベールにもよく理解できた。 いくら魔法が優れていても、杖を持ち呪文を唱えなければ使うことはできない。 武器を構えるという事すら必要としないだけに、どちらが早いかと問われれば自明の理というものだ。 「それにしても……ゼロの二つ名を持つミス・ヴァリエールが、何故、南斗聖拳の使い手を召喚できたのでしょうか」 魔法が使えない落ちこぼれ。それが学院でのルイズの一般的な評価だっただけに、ルイズがサウザーを召喚できた理由が全く分からない。 「分からん、全く以って謎じゃ。そういえば、彼のほかにもう一人、いや、もう一体召喚されたと聞いたが、それはどうなったんだね?」 「あの遺体でしたら、放置するのも何なので、私の研究室に安置しておきました」 同時に召喚された一人と一体。何か深い繋がりがあるのだろうかと思い、ぞんざいにもできなかった。 ――火竜すら素手で殺す、ねぇ……だとしたら、相当なバケモンだよ。 と、ロングビルが乱雑に置かれた本を本棚に戻しながら三日前の学院長室での会話を思い出し、そう結論付けた。 二年生の中でもトップクラスの二人を同時に相手にした男なら、不確定要素になるかもしれないと思い 音を消す風の魔法『サイレント』で部屋での会話を伺っていたのだが、話が事実ならばこの先の行動に相当の支障が出る。 火竜を殺すというのはにわかに信じられない事だが、メイジに一歩の遅れも見せなかった事から、遥か東の南斗聖拳の使い手という事だけは信じられた。 本を戻し、サウザーのところに戻ろうとした時、目が合った。 相変わらず頬杖を付きながら、何か薄笑いを浮かべながらロングビルを見ている。 「わたくしの顔に何か付いていますか?」 「くっはは、貴様のようなヤツが秘書だと?……何を考えている?」 突然、そう言われロングビルの心臓が跳ね上がった。 半分冗談めかした口調だったが、言葉尻に確信めいたものが感じられる。 「ふっ……まぁいい。精々、俺の障害にならぬようにする事だ」 巧妙に隠しているつもりだろうが、それを見抜けぬ程サウザーとて甘くは無い。 いわゆる、悪党と呼ばれる人種なら五万と見てきただけに、目を見ればどんなやつかは大体分かるつもりだ。 無意識だが、時折足音を立てないようにする動きから察するに、盗賊の類。 そして、その理由も自分より他の者のためにやっていると、なんとなくそう判断した。 確か、カサンドラの衛士だった、二神風雷拳の使い手、ライガとフウガも獄長ウイグルに弟を人質に取られ、衛士をしていたと密偵からの報告を受けている。 恐らくまぁ、それと似た理由だろうが、どう動こうが興味はない。 この女よりは、ルイズのあの魔法に興味があったというのもある。 金髪の小僧が作り出した木人形。赤い髪の女の炎。タバサとかいう小娘の風と氷。 これらが成功した魔法で、ルイズの爆発が失敗。 拳王の一撃とほぼ同等の威力の魔法が失敗などというのは解せぬ事だ。 召喚者と使い魔には、共通点が多いというのもサウザーが知った事の一つだ。 金髪の小僧なら土竜。キュルケとかいう女は、よく分からぬ火蜥蜴。タバサは竜。 系統によって大まかに呼び出される物の傾向が決まり、実力が高ければ呼び出される使い魔の実力も高い。 となれば、南斗聖拳最強の南斗鳳凰拳のサウザーを呼び出したルイズもまた最強という事になる。 そう考えればあの爆発が拳王の一撃と同等となるのも理解できる。ただ、そうなると何故それが失敗になるかという疑問が残る。 こればかりは魔法に関しては素人同然なので分かりはしなかったが、突如聞こえてきた声にその思考を打ち切った。 「やっと見つけた……!三日もわたしを放っておいてこんな場所で何をやってんのかしら?」 入り口の方から、そんな事を言いながら近付いてくるのはもちろんルイズだ。 後にも先にも聖帝にこんな口を利くのはルイズぐらいなものだろう。 「言ったはずだ。俺は力は貸すと言ったが、貴様の使い魔になる気は無いとな。従えさせたくば……後は分かっていよう」 「上等よ。ヴェストリの広場に来なさい。 あんたに勝って、わたしがゼロじゃない事を教えてあげるわ。それで、ミス・ロングビル、立会いをお願いしたいのですが」 「くははははは!威勢だけは良いようだな。その二つ名が嫌ならば、南斗爆殺拳のルイズとでも名乗ったらどうだ」 「なによ、その怪しい二つ名は!」 ルイズの頭の中に、何故か葉巻を加えた自分の姿が映ったが、ろくな死に方をしそうになかったので断じてお断りだ。 「貴様も来い、礼にいい物を見せてやろう」 図書館から出ていく二人から、そんな会話が聞こえてきたが、ただ一人残されたロングビルがぽつりと呟いた。 「なんなのさ、こいつら……」 正体を見切られたかと思ったが、本当に興味が無いようで放置され行ってしまった。 その上で契約を行うかどうかの決闘をやろうとしている。 とんだ厄介事に巻き込まれたものだと思ったが、来いと言われた以上行かないわけにもいかず、予定を早めるしかないと考えながらヴェストリの広場に向かう事にした。 前ページ次ページ帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6882.html
前ページ次ページ世界最強コンビハルケギニアに立つ 「おはようルイズ、朝っぱらから騒々しいわね」 ルイズたちが部屋を出ると、隣の部屋から一人の女が現れた。 ルイズにとってもっとも会いたくない女――キュルケである。 「おはようキュルケ」 露骨に顔をしかめながらではあるものの、ルイズはそれでも律儀に挨拶を返す。 無視という手段も存在しはするが、それは負けを認めたような気分になるので彼女の中ではとうの昔に除外している。 「あなたの召喚した使い魔ってそのお二方?」 「そうよ」 ルイズが肯定すると、キュルケは値踏みするように暁とボーを見比べた。 おそらく馬鹿にしようとしているのだろう、目が笑っている。 だが、キュルケの表情が唐突に怪訝なものに変わった。 なにか不思議なもの――例えば死んだはずの人物――を見ているような微妙な表情だった。 「……片方瀕死の重傷って聞いたような気がするんだけど」 ああ、とルイズはキュルケの表情の理由を理解する。 召喚された時のボーの状態は酷いものであった。キュルケもあの場所にいたはずだし、それを見ているはずだ。 あそこまでボロボロになった人間は本来死ぬことくらい、そう言う状況に縁のないルイズでもわかる。 いくら水の魔法で治療したとはいえ、こんな短時間で回復したなどと言って誰が信じると言うのか。 「ふん、不死身の男である私にとってあの程度の傷などどうと言うことはない」 ボーがさも当然のようにそう言い放ち、誇らしげに胸を張る。 お前が異常なだけだ、という念をこめてルイズと暁はほぼ同時に大きなため息を吐いた。 キュルケのほうは若干引きつった笑いを浮かべている。やはり初対面だと反応に困るようである。 「す、すごい使い魔を召喚したのね。おめでとうルイズ」 「ありがとうキュルケ、全然うれしくないわ」 実際少しもうれしくないルイズであった。 「で、あんたはどんな使い魔を召喚したのよ。どうせ自慢するんでしょ、聞いてあげるわ」 「今日のあなた、ずいぶんと可愛くないわね。まぁいいわ、おいでフレイム」 キュルケの呼びかけに応じ、彼女の部屋からのそりと一匹の巨大なトカゲが姿をあらわした。 トラほどの大きさがあり、尻尾が燃え盛る炎で出来た大トカゲ――サラマンダーだ。 「この子は間違いなく火竜山脈のサラマンダー。すごいブランド物よ」 キュルケが誇らしげに胸を張る。 彼女の属性に合った、間違いなく当たりの使い魔である。 ルイズとしては認めたくないが、やはり羨ましいものは羨ましい。 「異世界に来たって実感するな、こういうのを見ると」 どうやらサラマンダーを見るのは初めてらしい、暁が興味深げにサラマンダーを眺めている。 その表情は少しだけ楽しそうに見えた。 ボーの方はなぜかサラマンダーと見つめあっている。通じるものがあるのかもしれない……暑苦しさとか。 「イセカイ?よくわからないけど、サラマンダーを見るのは初めてかしら?」 「ああ、名前は聞いた事があるが見るのは初めてだな」 妙に楽しそうな、子供が新しいおもちゃを見つけた時出すような声だった。 キュルケが「へぇ」と呟き、改めて暁を見つめる。 そして、ニッコリと微笑んだ。 「よろしければお名前教えてくださらない?ワイルドなオジサマ」 「おじ……まぁいいか、暁巌だ。よろしくなお嬢さん」 若干苦笑気味ではあったが、暁も笑顔をキュルケに返す。 なんとなくいいムードに見える、ような気がした。 その辺りがルイズの我慢の限界である。 「キュルケなんかと話してたら色ボケが伝染るわ!行くわよ!」 ルイズは暁の服を引っ張り、歩き出した。 彼女としてはこれ以上キュルケと自分の使い魔の会話を見たくない。 理由は思い当たらないが、相手がキュルケなのがまずいのだろうと適当にルイズは結論付けた。 「わかったから引っ張るなご主人様……おい!ボー行くぞ!」 先程からサラマンダーと熱い視線を絡め合っていたボーが、それでようやく気づきましたと言う感じでルイズと暁の後を追う。 キュルケはその慌しい様子を興味深げに眺めていた。 朝食はルイズと暁は食堂で食べる予定となっており、暁の分もちゃんと用意されていたらしい。 しかし、小奇麗な空間で貴族のご息女たちと一緒に食事するのを嫌がった暁は、ボーとともに厨房へと向かった。 厨房ではシエスタたち使用人が慌しく働いていたのだが、ボーが事情を説明すると彼らはそれに快く応じ、暁とボーの朝食を用意してくれた。 そこで知ったのだが、ボーは使用人連中と仲が良いらしい。 マルトーと言う厨房を取り仕切る太った暑苦しい男とは、義兄弟の契りまで交わしているそうだ。 ……ボーは昨晩いつ目覚め、目覚めてから一体何をしていたのだろう。 もっとも、そのおかげで美味な朝食――マルトーが作った賄いである――にありつけたのだから文句を言うつもりは無い。 余談であるが、本来用意された食事の詳細を聞いた際、暁を非常に強い頭痛が襲ったことを付け加えておく。 三人は朝食を終え、教室へと向かっていた。 「なぁ、授業なんて俺たちガラじゃないしその辺ブラついてていいか?」 「ダメよ。授業は使い魔同伴で出なきゃならないの」 暁の要望はあっさり却下される。 その辺で体を動かしていたほうが彼にとってはかなりマシだったのだが――。 「良いではないか。私は授業に臨むルイズの姿に興味があるぞ」 「授業参観かよ」 ボーが乗り気なのが非常に性質が悪い。 おそらく断ってもこの馬鹿に引っ張っていかれるだろう。 暁は大きなため息を吐いて二人の後に続いた。 戦場にいた時間が人生のほとんどを占めている暁にとって、今更授業などという物は縁が無いはずだった。 なのに何故か子供と一緒に授業に参加することになった現実に苦笑する。 異世界に飛ばされたことほどではないが、これも中々奇異な体験であった。 教室に入ると、先に教室にいた生徒たちの視線が暁たちに集中し、くすくすと笑い声が聞こえ始めた。 ルイズは別段気にした様子も無く自分の席に向かい、暁とボーもそれに続く。 歩きながら見回すと、様々な生物がいた。 フクロウ、蛇、カラス、猫……。 そして六本足のトカゲや、ふよふよ浮かぶ目玉のような見た事の無い生物までいる。 さながら珍獣の見本市だった、ボーがいる分には違和感がない。 暁は、椅子の下で眠っている見覚えのある赤い大トカゲと、その主人である少女――キュルケを見つけた。 彼女は周りを男子に取り囲まれている。その様はさながら女王だった。 そんなことを考えながらキュルケを眺めていると目が合い、彼女は暁に軽く会釈した。 「よう、また会ったなキュルケお嬢さん」 手を上げ、軽く挨拶する。教室の空気が凍った。 一部――主にキュルケの取り巻きの男子――からの視線が興味や嘲笑から怒りに似たものに変わる。 あまりの急激な変化に暁は苦笑した。 「……あんたって勇気あるのね」 「暁は普通に挨拶しただけだろう。勇気が必要なことでもあるまい、至極当然のことだ」 「……あんたたちが実はとんでもない使い魔なんじゃないかと思い始めたわ」 ルイズはこめかみを押さえながら席の一つに腰掛ける。 そして暁とボーはには教室の後ろに立っているように言った。 いかんせん二人は体が大きすぎるため、そばにいられると目立って仕方ない。 「授業中は静かにしてなさいね」 ルイズは二人に向けてそう言った。 特にボーは声が大きい、いや声も大きい。 ただでさえ目立つ体躯なのに、どうしてこう目立つ要素ばかり兼ね備えているのだろう。 「当然だ、勉学の邪魔をする気はない」 ボーは主に自分が言われていると自覚しているのかいないのか、腕を組みうんうんと頷いていた。 非常に不安である。 暁の方を見るとルイズと同感だったらしく、肩をすくめ苦笑していた。 二人がちょうど最後尾にたどり着いた時、扉が開き一人の女性が教室に入ってきた。 教師だろうか。紫のローブに身を包み、帽子をかぶったふくよかな女性である。 「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」 言いながらシュヴルーズと名乗った教師は教室を見渡す。 使い魔たちを眺めているのだろう、その表情は満足げであった。 だがその表情が唐突に極めて微妙なものに変化した。ちなみにその視線の先には暁とボーの姿がある。 「ず、ずいぶん変わった使い魔を召喚なさったのですね。ミス・ヴァリエール」 引きつった笑みを浮かべながら必死に言葉を選び、彼女はそう言った。 暁とボーの服装は、召喚時そのままのの極めて地味な服である。 そんな格好をした屈強な男が二人、教室の後ろに立っているのだ。 一般的な感覚の持ち主なら間違いなく『不審者』の三文字が浮かぶだろう。 「ゼロのルイズ!召喚できなかったからってその辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 教室に漂った微妙な空気を打ち破り、小太りの少年がルイズに向かって侮蔑の声を飛ばす。 「違うわ!ちゃんと召喚したもの!あいつらが来ちゃっただけよ!」 ルイズは立ち上がり、小太りの少年に向かって怒鳴った。 暁はその様子を眺めながら苦笑していた。 (そんな安い挑発に乗らなくてもな) 出会ってからあまり時間は経っていないが、彼女がプライドが高いことは知っている。そして怒りの沸点が低いことも。 それにより、ルイズが可愛らしい見た目の約八割をドブに放り投げていると暁は考えている。 とても勿体無いことである。 その後、シュヴルーズは口論となったルイズと少年――マルコリヌと言うらしい――を諌め、口論を見て笑っていた生徒たちの口にどこからか粘土を出現させて貼り付けた。 なかなかに強引な方法だったがそれでようやく教室が静かとなり、授業が始まることになった。 この世界にある魔法は主に『火』『水』『風』『土』の四種類に大別されるらしい。 シュヴルーズの授業の内容はそのうち『土』系統と呼ばれる魔法の説明だった。 授業を聞きながら暁たちが理解したことは、ここは何事も魔法を頼りにしなければならない世界であると言うことだった。 それならば貴族がどうの、平民がどうのとルイズたちが拘るのも理解できる。 そこまで魔法に依存した世界で、貴族しかそれを行使することが出来ないのだ。差別意識は相当なものがあるだろう。 一通り説明を終えたシュヴルーズは『錬金』という魔法を生徒たちに実演して見せた。 ただの石ころを真鍮に変えて見せたのだ。 これには暁もボーも驚いた。 スクウェアクラスという高位のメイジになれば黄金の生成も可能だと言う。 もしかしてこちらの世界では『賢者の石』も錬金で作り出すことが出来るのだろうか。 出来るとしたら無茶苦茶である。 もっとも、ここでは作り出せてもさほど意味はないだろうが。 そしてシュヴルーズは生徒の一人に、同じように錬金をやってみるよう言って教壇に呼び寄せた。 ちなみに呼ばれたのはルイズである。 瞬間、明らかに教室の空気が変わった。 この時教室を支配した感情は『恐怖』もしくは『困惑』であった。 暁もボーも何故そんな雰囲気になったのかまったく理解出来ず、 生徒たちがガタガタと机の下に隠れ始めるのを不思議そうに見ていた。 そして、若干緊張した表情でルイズが教壇に立つ。 呪文を唱え、彼女が杖を振り下ろした時―― 机ごと石ころが盛大に爆発した。 その威力は中々のもので、ルイズとその傍らに立っていたシュヴルーズが黒板に叩きつけられる。 生徒たちの悲鳴が上がり、爆発音に驚いた使い魔たちが暴れまわっていた。 その様子はさながらテロの現場である。つい先程まで平和な教室だったようには見えない。 暁とボーは唖然として吹き飛んだ教壇跡地を見ていた。 何が起こったのか本気で理解できない。 錬金とは一歩間違えば爆発する危険な魔法だったのだろうか。 ……だとすれば生徒にいきなり実演させることはありえないと思うのだが。 シュヴルーズは倒れたまま動かない。たまにピクリと痙攣しているようなのでおそらく気絶しているだけだろう。 そして煤で真っ黒になったルイズがゆっくりと起き上がった。 無残な姿だった、服が所々ボロボロになっている。 「ちょっと失敗みたいね」 ルイズが淡々とした声で言った。 当然のように他の生徒たちからは怒号が飛ぶ。 だが、それをさほど意に介した風もなく、ルイズはハンカチで体についた煤を拭いている。 それを見た暁とボーは顔を見合わせ、少し笑った。 前ページ次ページ世界最強コンビハルケギニアに立つ