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前ページ次ページ魔法陣ゼロ 4 朝 ニケの目覚めは最悪だった。 硬い床に直接寝ていたせいか、頭が痛い。いや、痛い理由はそれだけではない気がするが、よく覚えていない。 体にはブラウスやスカートがかかっている。起き上がると、頭から白い布が落ちてきた。 女物のパンツだ。しかし、ククリのかぼちゃパンツとは明らかに違う。自分自身のおかれている状況が理解できなかった。 横を見ると、豪華なベッドにククリと桃髪の女が寝ていた。 「そうか、どっか別の世界に召喚されたんだっけ……」 とりあえず、トイレに行きたい。だが、昨日は窓から入ってきたので、建物の構造は全く知らない。どうしよう? そうだ、あのルイズとかいう女なら、知ってるだろう。 ベッドに歩み寄り、ルイズをゆさぶった。 「おい、起きろよ」 「ん~、なによ」 「トイレどこ?」 「階段をおりて、ひだり……」 ルイズはそう言うと、また寝てしまった。 そのあとは何度話しかけても、返事は『……』のままだった。 これ以上の情報は得られそうにない。部屋を出てトイレを探すことにした。 部屋の扉を開け、廊下に出る。螺旋階段を下りると、それらしき場所が見つかった。 中に入ると、確かにそこはトイレだった。 …… 「ふぅ、さっぱりした」 さっぱりしたのに何かが足りない、そんなことを考えつつ個室の扉を開けると、金髪縦ロールの女が目の前に立っていた。 女は一瞬硬直したあと、息を吸い込み、そして悲鳴をあげた。 耳が痛い。女は何か叫びながら、ブンブンと杖を振っている。 ~~~ 「ニケくん、おはよう……どうしたの、ずぶ濡れじゃない!」 洪水でトイレから押し流されたニケは、全身ビショビショのボロボロでルイズの部屋に帰って来た。 なお、ルイズの着替えは、ククリの手により既に終わっている。 「女子トイレとか、何も書いてなかったから兼用かと思ったのに……」 「ここは女子寮よ。男子トイレなんてあるわけないわ」 「だったら、それを初めに言ってくれよ!」 「そのぐらい考えなさい! そもそも、平民が貴族のトイレを使っていいわけないでしょ!」 「じゃあどこに行けばいいんだよ!」 「そんなこと知らないわよ! 衛兵にでも聞きなさい!」 そのとき、勢い良く扉が開いた。 長身で、やたらとグラマラスな女が部屋にずかずかと入ってきた。 「朝からうるさいわね! もっと貴族らしく優雅になさい、ゼロのルイズ」 「あんたみたいな下品な女に言われたくないわ、キュルケ!」 キュルケは、ニケとククリを見る。 「ところで、あなたの使い魔って、どれ?」 「こいつよ」 ルイズがニケを指差した。 「ぼっ、ぼくはニケです。使い魔の」 ニケの体から湯気が出ている。 「あっはっは! ホントに人間なのね! すごいじゃない! あたしはキュルケよ。ルイズの使い魔にされるなんて不幸ね、ニケ。 じゃあ、こっちの子は?」 「この子はククリ、同時に召喚されたの。 貴族だと思ってたから使い魔の契約はしてないけど、わたしの使用人にするのよ」 「ふーん。でも、どうせ使い魔にするならこうゆうのが良いわよね~。フレイムー」 キュルケが使い魔を呼ぶと、巨大なトカゲのような生き物が部屋に入ってきた。 「おっほっほ! 見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよ。好事家に見せたら値段なんか付かないわよ? 素敵でしょ? あたしの属性にぴったり。まさに、この微熱のキュルケにふさわしい使い魔よ。 ま、あなたが召喚した平民も、ある意味ゼロのルイズの名にふさわしいかしら? とにかくフレイムは賢くて強くて、見た目もこの通りの迫力。最高よ!」 「そりゃ良かったわねぇ……」 「あら? フレイムの方を見つめちゃって、どうしたのかしら? ああ、あたしが命令しない限り襲ったりしないから、心配しなくていいわよ」 「いやね、そのブランド物のサラマンダーがどっか行っちゃったけど、本当に使い魔にできたのかしら? そのうちあんたに噛み付いたりするんじゃないか、心配で心配で夜もぐっすり眠れそうよ」 「え? あ、フレイム、ちょっと、どこに行くのよ! 戻ってきなさい!」 フレイムはドシドシと廊下を歩いていた。背中にククリを乗せて。 キュルケはルイズの部屋から飛び出し、フレイムを追いかける。 「あはは、あったかーい!」 「こっちに戻りなさいって言ってるでしょ、フレイム!」 フレイムがUターンし、ククリとキュルケが対面した。 「この子、いい子だね!」 「何でいきなり懐いてるのよ……。 ククリちゃん、だっけ? 勝手にあたしの使い魔に乗らないでちょうだい」 「はーい」 ククリがフレイムから下りる。 キュルケはうなだれながら、フレイムを連れて自室に戻っていった。 ククリがルイズの部屋に戻ると、ルイズがニヤニヤしていた。 「フフフフッ! キュルケめ、いい気味よ! ククリ、よくやったわ! しばらくは、あいつをバカにするネタに困りそうにないわね」 「そ、そうなの……?」 「さあ、朝食に行くわよ。ニケも、ぼけっとしてないで付いてきなさい。 ああ、なんて清々しい朝なの!」 ルイズは軽い足取りで、ニケは惚けたように、ククリはムスッとした顔で、部屋を出た。 ~~~ 「うお、すげえ!」 食堂の中は、まさに豪華そのものであった。 ニケ達は、モンスター退治の礼にと、城で食事をふるまわれたことが何度かあった。しかし、ここの料理も内装も調度品も、それに勝るとも劣らない美しさだ。 「ここは、アルヴィーズの食堂よ。生徒と教職員はここで食事をするの。 貴族である以上、このぐらいは当然だわ」 「アルヴィーズって、なに?」 「小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう? あれがアルヴィー人形」 壁際には、魔法使いに兵士、お姫様に王子様と、小さな人形がたくさん並んでいた。 「わあ、かわいい!」 「夜中になると、一斉に踊りだすのよ」 「楽しそう、見てみたいな」 「毎晩やってるんだから、安心しなさい。 ところで、あんたたちの食事だけど、貴族の食事を食べさせるわけにはいかないわよ。よだれ垂らさないでちょうだい」 「え~!? そんなぁ!」 「本当は、食堂に入るのもダメなんだから。厨房で平民用の食事でも貰いなさい」 「うう……」 食堂の中では、メイド達が忙しそうに動き回っている。 ニケが、近くにいた黒髪のメイドに声をかけた。 「すいませーん」 「はい、何の御用でしょうか?」 「オレ達、食うものがないんだ。 なんか食べ物、くれないかな?」 「あら、あなたは、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「ああ、そうだよ。なんで知ってんの?」 「噂になってますわ。なんでも、召喚の魔法で平民と貴族を呼んでしまって、平民を使い魔にしたって。 残り物でよろしければ、ありますよ。厨房までいらしてください」 ニケの目が輝く。先ほどから目と鼻に入ってくる刺激で、そろそろ限界だった。 「ありがとう! オレはニケで、こっちはククリ。よろしくな」 「私はシエスタっていいます。 ……えっと、ククリ様も、残り物でよろしいのでしょうか?」 「うん、いいよ」 「でも貴族の方に、そんなものをお出しするわけには……」 「あたしは貴族じゃないの! なんでそう見えるのかな?」 「え? でも、そのローブと杖は……」 「なあ、早く厨房につれてってくれよ。もうペコペコだ」 「わ、わかりました」 シエスタの後を追い、二人は厨房に向かった。 ~~~ 厨房の片隅に座るニケとククリの目の前に、シチューが2皿並んでいる。シエスタがスプーンを持ってきた。 そのうち一本を、ニケは目にもとまらぬ速さで奪い取り、そのまま手の動きを止めずシチューをすくい、口に運ぶ。 シチューの温かさが、ニケの口の中に広がる。 「これは……うめえ!」 「残り物と言っても、貴族の方々にお出しするものと基本的には同じものですから。食材も料理人も一流です。 凝った盛り付けはできませんし、肉や野菜が少し硬かったりはしますけれど」 「これで十分だよ、なあククリ?」 「うん、おいしい!」 「よかった。おかわりもありますから。ごゆっくり」 「おかわり!」 ニケの皿は、すでに空になっていた。 昨日のニケは、昼過ぎに戦闘で動き回った上に夕食を抜いていたのだ。 「はい、どうぞ。」 「ねえ、またここに来てもいい?」 「ええ。わたしたちが食べているもので良かったら、いつでもお出ししますから」 結局、ニケは4皿を平らげた。 その後、メイドを通じてルイズに呼ばれて、二人は教室に向かった。 ~~~ 教室の中には、生徒達がいるだけではなく、彼らの使い魔も大量に蠢いていた。 一部の生徒が召喚した大型の使い魔は屋外にいるが、小型の使い魔は主人のそばに、比較的大きい使い魔は椅子の下や教室の後ろに待機している。 まだ教師は到着しておらず、生徒達はおしゃべりに興じていた。 ルイズ達が席に付くと、太った生徒が文句をつけてきた。 「おい、そこの平民。貴族の椅子に座るな!」 「これはわたしの使い魔よ。いいじゃない、席は空いてるんだから」 「なんだ、どっかで見たと思ったら、ゼロのルイズの使い魔かよ。 召喚できないからって、煙にまぎれて適当な平民を連れてきたんじゃないか? ご丁寧に、その主人役まで用意してさ!」 「違うわ! ちゃんと召喚したもの! たまたまこいつらが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな!」 「本当よ!」 「あっ、今朝の変態じゃない! ゼロのルイズの使い魔だったのね! あんたのせいで――」 「静かにしなさい! 授業を始めますよ」 いつのまにか、教師が教壇に立っていた。中年の女で、いかにも魔法使いな格好だ。 教師は赤土のシュヴルーズと名乗り、土系統の魔法について語り始めた。 ――授業開始から十分後。ニケとククリは、夢の中にいた。 「グーグー」 (ねえ、なにあのいびき?) (あれって、ゼロのルイズの使い魔じゃない? 下品ねえ) 「オッポレ……オッポレ!」 「ふんどし~? いやよ、ケムケムちゃん」 意味不明な寝言に、生徒達からクスクスと笑いが漏れる。 「二人とも、起きなさい!」 「んあ?」 「静かにしてなさい! 何よオッポレって」 「ドンドンして、ビンビンして、スパスパッと」 「一発殴れば目が覚めるかしら?」 「ミス・ヴァリエール! おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」 教室がざわめく。 シュヴルーズと生徒たちが言い争う中、ククリは目が覚めたが、ニケは再び夢の世界に旅立った。 机の下に潜った生徒達を見て、とりあえずククリも机の下に潜る。 隣にいた金髪縦ロールの女子生徒に、理由を聞いた。 「ねえ、何でみんな隠れるの?」 「あんたもゼロのルイズの使い魔よね? ルイズがゼロだからよ」 「それって、どうゆう――」 ククリのセリフは、爆音に遮られた。 前ページ次ページ魔法陣ゼロ
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前ページ次ページゼロの剣士 #1 朝食を食べ、授業が始まっても、ルイズの苛立ちは収まっていなかった。 食堂に向かう道すがら小言を垂れるルイズにもヒュンケルはどこ吹く風で、 シエスタとの約束があるからといって厨房に行ってしまったからだ。 聞くには、貴族用の重い食事ではまだ体に障るのでは心配したシエスタがヒュンケルを招いたらしい。 (なによ、シエスタやキュルケとばっかり仲良くしちゃって。あんなの胸ばっかりじゃない!) ルイズとて鬼ではない。 本来なら平民の使い魔なぞ床に座らせて固いパンでも渡すところだが、病み上がりの今回は、特別にちゃんと食事させてやるつもりだったのに……。 昨夜予期した悲劇――使い魔なしで教室に行くという不名誉こそ免れたが、そのことへのささやか感謝の念もとうに消えうせていた。 主人である自分より先にメイドと知り合っていたことといい、キュルケと話していたことといい、ルイズには何もかも気に入らなかった。 使い魔の集団の中にいるヒュンケルは今、何を思っているのか。 ルイズのことをどう見ているのか。 そんな弱気が心の底にある自分自身も、ルイズは気に入らなかった。 そしてそんな様子は――つまり授業を全く聞いていないルイズの様子は――傍目から見ても丸わかりだったのだろう。 ミセス・シュヴルーズは軽い叱責と共にルイズに小石を錬金するよう命じた。 それは簡単な、初歩の魔法。 けれども、一度も成功させたことのない魔法。 「先生、やめてください!」「先生、代わりに私が!」「無理するなゼロのルイズ!」 必死に押しとどめる級友の言葉を振り払って、ルイズは完璧な発音で魔法を詠唱し―― 例のごとく完璧に小石を爆散してのけた。 「イオラ級の威力だな」 意味不明な使い魔の言葉を背に、ルイズはがっくり肩を落としてうなだれた。 #2 二人だけしかいない教室に、椅子や机をひく音だけが響いている。 ルイズとヒュンケルは今、ルイズがやらかした爆発の後片付けをしていた。 罰として魔法を使ってはいけないと言われたが、 元からろくに魔法を使えないルイズにとって、それはちょっとした嫌味にしか聞こえなかった。 教室の雰囲気は、果てしなく重い。 倒れていた椅子を机に収めると、ルイズはついに耐えきれなくなって口を開いた。 「……『ゼロのルイズ』」 ぽつりとこぼしたルイズに、ヒュンケルはただ視線だけを飛ばした。 その目は続きを促しているようでもあり、ルイズを突き放しているようでもあった。 「聞いたでしょ? みんながわたしのことを『ゼロ』って呼んだのを。魔法成功率ゼロのメイジ。それがわたしよ……」 ヒュンケルはただ黙ってルイズを見つめていた。 きっと彼はこれまで、ルイズが自分を助けたのだと思っていたのだろう。 だから、嫌々ながらもルイズに従っていたのだろう。 しかし、事実はそれとは違うのだ。 「アンタが死にかけていた時だってわたしは何もできなかったわ。 だって、アンタを医務室まで運ぶことさえ一人じゃできないんだもん。 わたしがしたことはただ財布から金貨を出して、水の秘薬を買っただけ。 メイジが聞いて呆れちゃうわよね?」 自虐は止められなかった。 言葉と共にとめどなく涙が流れ、メイジの証であるマントを濡らす。 これまでずっと蓄積されてきた負の感情が、昨日からのあれこれで爆発した形だった。 たかが平民の使い魔になんでこんなことをと思う自分がいたが、 そう思えば思うほど、「たかが平民」と大して変わらない自分がたまらなく悲しかった。 尚も続けようとするルイズだったが、ヒュンケルが突然その肩を力強く掴み、それを押しとどめた。 思わず顔を上げたルイズの涙の跡を、ヒュンケルは指先でそっと拭ってみせ、そして言った。 「俺の命を救ったのはお前だ、ルイズ。 そもそもお前に召喚されなければ、俺はあのまま死んでいた。お前の魔法が俺を救ったのだ」 そう告げるとヒュンケルは、ルイズの眼前に左手をかざした。 涙で曇った視界に、不思議な文字が滲んで映った。 使い魔のルーン。 ルイズが、「ゼロ」じゃなくなった証。 「力があっても、使い方を間違えれば何にもならない。 お前が成功させた最初の魔法が人の命を救ったということ。それを忘れるな」 ――たとえ救ったのが俺のような人間でも。 ヒュンケルはそう付け加えてかすかに微笑むと、教室から出て行った。 思えばそれは、ルイズが初めて見た使い魔の笑顔。 初めてルイズに発せられた、心のこもった言葉だった。 後に残されたルイズは、さっきとは別の種類の涙がこぼれそうになるのを堪えながら、 「ご主人様をお前呼ばわりするんじゃないわよ使い魔!」と怒鳴ってみせた。 かくしてヒュンケルの特技――「ピンチに助っ人」属性は、ルイズの心を救うという形でささやかなお披露目を見た。 前ページ次ページゼロの剣士
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前ページ次ページ使い魔の達人 「来るぞカズキ!手を放すな!」 ――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。 アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。 怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。 槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。 「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」 黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。 そう、だから―― 「―――え?」 「ゴメン、斗貴子さん」 繋いだその手を、解き放す。 「その約束、守れない」 ゆっくりと、暗い海へと降下する斗貴子を見て、別れの言葉を告げた。 「本当に、ゴメン」 「――――――――カズキッ!!!」 使い魔の達人 第三話 ゼロのルイズ ――最悪の目覚めであった。 早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。 床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。 …斗貴子さん、泣いてたな。 別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。 今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。 視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。 そう、オレは今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。 カズキは切なくなった。 「確か、洗濯しろって言われてたっけ」 確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。 なんだか、いけないことをしているような気分になった。 ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。 女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。 起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。 寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。 そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。 部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。 カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。 「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」 昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。 さて、その中で洗濯をできそうな場所は… 「うーん?」 首を捻る。するとそこに―― 「ムトウさん、でしたっけ?」 後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。 「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」 「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」 「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」 何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。 カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。 「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」 くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして 「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」 照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して 「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」 「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」 自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。 「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」 そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。 「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」 どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに… 「…ダメだった」 苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。 「それは…残念でしたわね」 なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。 「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから! 困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」 取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。 「うん、ありがとう。シエスタさん。 まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」 よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。 その言葉に、シエスタは目を丸くしながら 「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」 などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。 「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」 洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。 「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」 こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。 「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」 「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」 「よ、よろしくお願いします…」 何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。 シエスタの指導の下、洗濯も程なく終わり、干した後には一旦部屋へ戻る。乾いたら部屋へ運んでくれるとの事で、至れり尽くせりだ、とカズキは思った。 「えーと、こっちだったっけ」 記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。 時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。 すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。 うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。 そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。 よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。 「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」 女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。 軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。 「おーい、朝だぞー」 時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。 「んにゅ…」 目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって 「ん…んん?……あんた誰!?」 夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。 昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。 「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」 「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」 そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。 まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは… 「じゃ、服」 さっそく命令をする。 カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。 全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。 「下着」 「そ、それは流石に自分でとれよ」 顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず 「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」 そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。 しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。 当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。 適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。 「着せて」 「いやぁあああんッ!!」 限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。 「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」 下僕って…カズキは頭が痛くなった。 妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。 お、オレはどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると 「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」 困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。 「も、もうお婿にいけない…」 「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」 どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。 顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。 部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。 ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ」 ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。 「おはよう。キュルケ」 「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」 どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。 「で、あなたの使い魔って、それ?」 カズキを指して、馬鹿にしたように言う。 「そうよ」 「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」 気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。 「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 ルイズは白い頬を朱に染めながら 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」 「あっそ」 へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。 カズキが何処かズレた事を考えていると 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」 昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。 「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」 その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。 「オレは武藤カズキ。よろしく」 「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」 「ムトウカズキ?変な名前ね」 ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。 「傍に居て、熱くないの?」 「あたしにとっては、涼しいぐらいね」 平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。 「これってサラマンダー?」 ルイズは悔しそうに聞いた。 「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。 好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」 「そりゃあ、良かったわね」 キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。 「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」 「あんた『火』属性だもんね」 「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。 でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。 それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。 「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」 そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。 「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」 そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。 キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り 「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」 「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」 「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」 どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか? 「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」 あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。 「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」 ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。 まぁ、オレを呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。 カズキはそんな風に納得した。 「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」 「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」 「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」 思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。 顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。 そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。 「で、『ゼロ』は?」 「知らなくてもいいことよ」 ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。 昨日は厨房側から見た食堂。表から入ると、長いテーブルが三つ並べられ、ルイズたち二年生は真ん中のテーブルだった。 どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。 右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。 すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。 豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。 目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。 『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。 だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」 とのたまった。 「へぇ~」 本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。 「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」 「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」 説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。 「あれって動くの?」 「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」 ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。 カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。 「あ、ちなみにあんたのは、これね」 ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。 肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。 「へ?」 カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。 「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」 テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。 やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか 「なぁルイズ」 「なによ」 「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」 皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。 「まったく…」 ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。 「これだけ?」 「そ。これ以上は癖になるからダメ」 ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。 「癖って…ま、いいけどさ」 どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。 下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。 「あ、意外と美味いねこれ」 味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。 どこか物足りない食事も程なく終わり、カズキはルイズに連れられて、魔法学校の教室へ向かった。 なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。 ちなみにすべて石で出来ている。 二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。 そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。 先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。 周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。 こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。 男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。 見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。 そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。 カズキも隣に座った。ルイズが睨む。 「…なに」 「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」 カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。 しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。 だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。 「あ、そう」 席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。 「後ろで立っててもいいの?」 「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」 「どっちなんだよ」 結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。 程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。 ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。 「あのおばさんも魔法使い?」 「当たり前じゃない」 なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け 「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。 「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」 途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。 「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」 その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。 「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」 「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」 マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。 こいつ呼ばわりされたカズキは、オレも別に来たくて来たわけじゃない、と思った。 そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。 「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」 その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。 シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。 笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。 では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。 一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」 名指しされた先ほどの生徒が答える。 昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。 カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと 「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。 その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。 それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」 再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。 「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。 この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。 大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。 このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」 なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。 ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。 シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。 「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。 一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」 『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。 シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。 光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し 「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」 「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの、『トライアングル』ですから」 途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは 「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」 「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」 「?」 疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。 「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」 「なるほど」 「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。 シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」 「同じのを二つ足すのは?」 「その系統がより強力になるわ」 「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」 「そのとおりよ」 「で、ルイズは、幾つ足せるの?」 その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。 「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」 「え、わたし?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」 しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。 なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。 「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」 シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。 「先生」 「なんです?」 「やめておいたほうがいいと思います」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。 「危険?どうしてですか?」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がり 「やります」 そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。 ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。 その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。 こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。 思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。 命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。 けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。 なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。 そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。 それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。 何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。 昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。 あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。 皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。 虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。 そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 すると、机ごと石ころは爆発を起こした。 至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。 悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて 「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」 「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」 めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。 シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。 煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。 爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。 そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと 「ちょっと失敗したみたいね」 とんでもない大物である。 その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。 「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。 ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。 前ページ次ページ使い魔の達人
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「やめろっ!! やめるんだ風見ぃっ!!」 結城丈二――ライダーマンが、血を吐くような絶叫を上げるのが聞こえた。 だが、戦友には申し訳ないが、風見志郎――仮面ライダーV3には、もはや引き返す気はなかった。 ――V3火柱キック。 レッドボーン、レッドランプ、ダブルタイフーン。 その肉体に仕込まれた三つの動力装置を、ほぼ暴走状態に近いまでにフル回転させ、そのパワーを全て右足に乗せる。理論上では『逆ダブルタイフーン』のさらに数倍の威力を発生させる事が出来る。 ――だが、それゆえに、肉体にかかる負担は半端なものではなく、例え改造された肉体と言えど、その衝撃に耐えられるかどうかは定かではない。 つまり、命と引き換えに放つ、文字通り『最期』の技。 だが、いまの風見には、そんなことなどどうでもいい事だった。 この一撃で、バダンの大首領の復活を阻止できるならば、たかが自分一人の犠牲など、全く問題ではない。 その、あまりの強大さ故に、虚数空間に封じ込められた大首領“JUDO” しかし、現世から遠く隔離されてなお、自らの意思の触手を世界に這わし、歴代の“闇の組織”を裏から操ってきた。 そして今、彼は、永遠の牢獄ともいうべき虚数空間から脱出しようとしている。 アマテラス――かつての大首領の同志であり、彼と同質の身体を持った女。 死んだはずの彼女の肉体を、大量のサタンニウムによって再構成し、その肉体に秘められた圧倒的なエネルギーによって、“牢獄”そのものを破壊する。 ――そうはさせん!! どのみち、変身ベルトたるダブルタイフーンが半壊した今では、おそらく変身して――V3として戦えるのは、これが最後のはずだ。 思い残す事など何も無い。 例え自分がいなくとも、未だ世界には、9人もの“仮面ライダー”が残っているからだ。 デストロンの再生怪人たちに吊るされた、光輝くアマテラスの肉体。 今にも、“牢獄”の門に叩きつけられんとするその背に、同じ輝きと熱量を秘めたV3の右足が――火柱が、いま、届く!! その瞬間、世界は白い闇に包まれた……。 ここは学院長オールド・オスマンの一室。 風見、才人、ルイズ、コルベールの4人は、より詳しい話をするために、召喚儀式に使った草原から、この部屋に河岸を移していた。 風見はそこで再び、自分が何者であるか、そして自分が、ハルケギニアに召喚される直前までの状況を説明し、――才人はそれを、物凄く複雑な表情で聞き入っていた……。 コルベールとの魔法を破ったあと、風見は変身を解いた。 眼前にて杖を構えるこの男が、もはや自分と戦えるだけの力を、いまの火球で使い切ってしまったのを感じたからだ。 もともと風見としても、この中年男に何ら含むものがあったわけではない。 彼からすれば、一方的に向けられた敵意に、こっちも合わせただけ。いわば、売られたケンカを買っただけだ。 風見は、まず自分が人間である事――メカニズムを埋め込み、肉体を強化された“改造人間”である事実を話した。変身後の――V3の姿は、そんな自分を戦闘モードに切り替えた姿であるとも。 風見としても、気安く人に語っていい話題ではなかったが、まず自分が“人間”である事実を認識してもらわなければ、心を開いてもらえないと思ったのだ。 その後、何故か自分を見て失神した才人に寄り、自分にもはや戦意は無い事を伝え、この少年を休ませる部屋はないかと尋ねたところ、ようやくコルベールも杖を下ろした。 一度、緊張がほぐれれば、後はお互い大人同士、話が進むのも早かった。 コルベールは自分の非礼を詫び、風見と才人が、このハルケギニアに出現した事情――すなわち『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』について語り、取りあえず、学院最高のメイジであるオスマン氏の意見を伺おうという事になった。 そして彼らは今、学院長室にいる。 「なるほど……とにかくこれは、前代未聞の事態のようじゃな」 オスマンが、普段見せない思慮深い光を瞳に宿し、風見と才人を見回す。 風見はそこで再び、自分が何者であるか、そして自分が、ハルケギニアに召喚される直前までの状況を説明し、――それを聞いた才人は、物凄く複雑な表情をしていた……。 コルベールも口を開く。 「取りあえず、ミス・ヴァリエールの今回の『サモン・サーヴァント』に関しては、分からぬ点が多すぎます」 『サモン・サーヴァント』で人間が召還された事。 召喚された人間二人ともに、使い魔のルーンが刻まれた事。 召喚された人間二人ともに、この世ならぬ異世界から召喚された事。 召喚された人間二人ともに、刻まれたルーンが、これまで見たことも無いほどに奇妙なものであった事。 死んだはずだった風見が生きており、破壊されていたはずの変身ベルトまで、見事に復元されている事。「いや、そんなことは、そもそも問題じゃない。俺たちが聞きたいのはただ一つだ」 そう言うと風見は、才人と目を合わせた。 「――というと?」 オスマンが聞き返す。 「俺たちが、自分の世界に帰る方法があるのかどうか、だ」 「ちょっと――待ちなさいよっ!!」 そこで初めてルイズが口を開いた。 「あんたたち帰る気なのっ!?」 「いや、……そりゃそうだろ?」 当然だろ?と言わんばかりの口調で才人が言い返す。 「あんたたちは、わたしの使い魔として召喚されたのよっ!! なに御主人様の許しも無く帰ろうとしてるのよっ!?」 しばしの間、院長室を沈黙が支配した。 才人は心の底から呆然としたような表情を見せ、逆に、風見は眉一筋動かさなかった。 そして、コルベールは困惑したようにオスマンに目をやり、オスマンは小さく溜め息を吐いた。 そうなのだ。予想外の事態が起こりすぎてコルベールも忘れていたが、そもそもルイズは、彼ら二人とすでに契約を交わした、法的に認めれた、正式な二人の主なのだ。 「……まあ、ミス・ヴァリエールの気持ちも分かるが――」 「お前……何言ってるんだよ一体……!?」 コルベールが教師の立場から何かを言おうとした瞬間、才人が、ゆらりと彼女の方に向き直った。 「俺たちは無理やり召喚されたんだぞっ!! 日本に帰れば、それぞれ自分の生活があるんだっ! 何が悲しくてテメエの使い魔なんぞやらなきゃならねえんだっっ!!」 「あんたが悲しかろうが嬉しかろうが、そんな事はどうだっていいのよっ!! 契約のキスを交わした時点で、あんたたちはもう、わたしの使い魔なの! わたしに従う義務があるの! これは始祖ブリミルが定めた神聖なるルールなのよっ!!」 「それは犬猫が召喚された場合だろうがっ!! 俺たちの人権をテメエが無視していい理由がどこにあるっ!?」 「あるわよっ!! 貴族のわたしにアンタたち平民が従うのは当然でしょっ!!」 「いい加減にしたまえミス・ヴァリエール!!」 さすがに学院長『偉大なる』オールド・オスマンの一喝は、ヒステリックに罵りあう少年少女を黙らせるには、充分な威圧感を持っていた。 「さて、話を戻そうかの」 オールド・オスマンは、才人と風見を振り返ると、むしろ沈鬱な表情で口を開いた。 「結論から言うと――」 「おぬしらを元の世界に帰す方法じゃが……わしにも分からん」 「――おい……!!」 その瞬間、才人がオスマンに掴みかかった。 「冗談じゃねえぞ、このジジイっ!!」 が、その首根っこを風見が捕まえる。 「落ち着け、平賀」 「落ち着けって、――風見さん何言ってスかっ!? いまの聞いてなかったんスかっ!!」 「Mr.オスマンの話はまだ終わってない」 「『結論から言うと』って言ってたじゃないスかっ!! これ以上ないほど終了してるでしょうっ!!」 「いや、カザミ君の言う通りじゃ。わしの話にはまだ続きがある」 「――え!?」 「わしは『分からん』と言っただけじゃ。『コントラクト・サーヴァント』を無効化し、君たちを元いた世界に送り届ける方法が『無い』とは、一言も言うてはおらん」 「つまりMr.オスマン、我々が帰る方法を捜してくれる、という事か?」 「そうじゃ。ワシとて無駄に歳を重ねておるわけではない。コネも有ればツテも有る。ワシでなければ読めぬ機密書類や、会えぬ賢者たちもおるしな」 そこまで言って、オスマンは息を整えた。 「トリステイン魔法学院は、これより全力を以って君たちを、故郷に帰す方法を捜索する。そして、我が母にかけて誓おう。必ずや、その方法を見つけ出すと」 ここまでキッパリ言われては、才人も何も言えなくなってしまう。 「――して、ここからが相談なんじゃがな」 「相談?」 「なに、大したこっちゃない。ただ、君たちの帰還方法が見つかるまでの間、彼女の――そこのラ・ヴァリエール嬢の使い魔になってやってくれんかの?」 「はぁ!?」 才人は、思わずルイズを振り返る。 「がくいんちょう……!」 そこには、才人と対照的に、思わず顔をほころばせた少女がいた。 「それ……交換条件スか……?」 「いやいやとんでもない。あくまでも、君たちの自発的な意思を尊重させてもらうが……。しかし、何と言っても我らは教育者の端くれじゃからな。生徒の使い魔を『人間だから』という理由だけで、無下に取り上げることは出来んのじゃ」 「Mr.オスマン」 風見が口を開いた。 その瞳は、再び氷の冷気をまとっている。 「俺の故郷は、俺を必要としている。再び変身が可能になった今、何としても日本に帰らねばならない。何としても、だ。――これだけは了承してくれ」 「それは、……ワシの相談を飲んでくれた、と受け取ってよいのじゃな」 オスマンは、そんな風見の冷気など、まるで意に介さぬような、老獪な顔で頷いた。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ ももえが言っていた悪魔は数ヶ月前からトリステイン中に繁殖していた。 トリステイン中の貴族を恐怖に陥れた盗賊である『土くれ』のフーケもその悪魔にとり憑かれた一人である。 当初は貴族の宝物を奪うだけのただのコソ泥だった彼女が、たまたま日蝕がおこったその日に突然覚醒した。 「ああぁああああああああああああ!!!!!!!」 くぎみーがセッ○スと言うその日まで 「ゼロの使い魔死神友情フレイムデルフリンガーシルフィード香水下級生ももえサイズ」 数日後、謹慎が解けて授業に出ることを許されたルイズは2年生になって初めて授業を受けた。 一言で言えば『悲惨』だった。どこがどう悲惨だったのかはルイズ自身思い出したくなかった。 「ねえねえさっきの爆発ってどうやってやったの?」 「うっさいわね! だから知らないって言ってるでしょうが!」 ももえは下級生であったケティの制服を着ていた。そして香水の効果からか誰もルイズの元によって来る人が居なかった。 「臭いからだ。」 「だから臭くないってば!」 そんなやりとりをしているとキュルケがルイズに声をかけてきた。 「ねえ、突然だけど私と勝負してみない?」 「あ、ごめん 私、パス」 ルイズは鞄を持ってさっさと教室から出ようとした。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、このライバルである私に喧嘩を売られてなんとも思わないの?」 「えー………どうせももえを賭けて戦ったりするのよね? それなら私の負けでいいわよ。いつ寝首をかかれるか分からないこの不安で仕方ない状況から解放されるなら」 頑なに勝負を受けようとしないルイズ。それを見かねたタバサがルイズに再度お願いをした。 「お願い。もしキュルケがルイズに負けたらあの使い魔を上手いこと使って追い出してあげる」 「本当っ!?」 ルイズの目の色が変わった。 「決闘のやり方は審判員である私がコイントスをしてコインが地面に落ちたときに始めるの。 そしてそのコインが落ちるまでは振り返ることなくただ後ろを向いて歩き続ける。 コインが落ちる前に振り向いたりしたらその時点で相手の勝ちが決定になる。―――これでいいの?」 発案者であるタバサはももえの上から左親指を立てていた。シルフィードの能力を使ったももえは空を飛びながらコインを落とした。 「今よっ!!!!」 渾身の一撃をかまそうと杖を向けたルイズであったが………そこにキュルケはいなかった。 そして、横を向いてみると居た。 そこにはキュルケが大きなゴーレムに捕まっている姿が映っていた。 「お取り込み中のところ悪かったねぇ………」 30メイルぐらいはあると思われるゴーレムの肩に乗っている女は悪びれる様子も無くそう言い放った。 「早くキュルケを返しなさい! まだ用事は済んでないのよ!」 「そうはいかないねえ。この娘は大事な人質なんだから、手放すわけには行かないよ。」 そしてキュルケは女と一緒にゴーレムの中に取り込まれ、ゴーレムから大きな咆哮があがった。 「うおおおおおおおおお!!!!!」 「あ、ロボットだ。」 上空で、そのゴーレムと似たようなものを見たことがあるももえがのん気にそう呟いた。 ???ものしり館??? ロボットアニメ ロボットが活躍するアニメーションを指す 代表作は「To Heart」「魔法少女リリカルなのはStrikers」など 女と同化したゴーレムは勢いのまま宝物庫の壁を殴った。しかし、壁にひびがわずかに入っただけでどうにもなりそうにない。 「うおおおおおおおおお」 それでもゴーレムは諦めることなく壁を殴り続ける。 その様子にルイズはしばし呆然としていたが、気を取り戻して本来キュルケにぶつけるはずだったファイアーボールで攻撃をする。 「きゃあっ!」 ルイズは思わずガッツポーズをした。自分の攻撃が確実にゴーレムにダメージを与えている。嬉しさの余韻に浸るまもなく次の攻撃を加えようとした時 「危ないぞ ミス・ヴァリエール!」 ルイズは思わず声のした方向に顔を向けた。それを見た瞬間あまりの驚きに顎が外れるのではないかと思った。 「きょ、虚無の塔に………手足がついてる。しかも飛んでる………」 虚無の塔はゴーレムに真空飛び膝蹴りを食らわせた。ゴーレムは後ろに吹き飛ばされた。 「タケノヤスクナズチじゃ!」 「何それっ!?」 中から学院長であるオールド・オスマンの声がした。 「タケノヤスクナズチ」と言っているものはこの、虚無の塔に気持ち悪い手足が生えて半ズボンをしている代物の事なのだろうか? ルイズは眩暈がしてきた。 「望むところっ!」 ゴーレムはすぐに立ち上がり、助走をつけて右手を上げる。 「はあああああああっ!タケノヤミカヅチから繰り出されるパンチを食らええええええええっ!!!!!」 「小癪なっ!」 対するタケノヤスクナズチも左手を上げ拳と拳がぶつかりあう。 両者は片方の手でも拳を作って殴りかかるが双方の拳によって防がれた。そして取っ組み合ったまま時間はいたずらに過ぎていき、 「………もう少し広い場所で戦わんか?」 「同感だ……。」 そんなやり取りを残して、二機は上空めがけて飛び立っていった。 「………」 「………」 「………ねえ、タバサ。この使い魔なんとかしなさいよ。」 「任せて」 タバサはそう言うと自分の頭の上にある空間を指差した。 「ここを斬って」 ざしゅっ 「ねえ、タバサ。今のはどういうことなの?」 説明を求めたルイズにタバサはこう答えた。 「今のはただの幻像。つまり裏設定」 「裏設定?」 『ももえのカマで斬られた物の存在はももえが肩代わり』 すると黙り込んでいたももえが急に口を開いた。 「あっ、ルイズ達を連れて田舎に帰らなきゃ。」 そう言ってももえはカマを持って歩き出した。 「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!」 「いや、田舎に帰って病気になってるママの見舞いに行かないと。」 「………今から?」 「うん、今から」 こうしてタバサの裏設定を肩代わりしたももえとただの青髪少女になったタバサとルイズとで里帰りに向かうことになったのである。 ※ おわり これまでのご愛読 ご支援 ありがとうございました ※ 次回より始まる「ゼロの使い魔死神友情タバサの裏設定フレイムデルフリンガーシルフィード香水下級生ももえサイズ」に乞うご期待!!! 前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん チクントネ街から旧市街地の間を横切るようにして造られた一本の水路がある。 この水路もまた地下への下水道へと続いており、人通りの少なさもあってか地下へと続く暗渠が他よりもやや不気味な雰囲気を醸し出している。 また、水路と道路には三メイル以上の段差があるせいか通行人が落ちないようにと鉄柵が設けられている。 普段は旧市街地と隣接している場所であるためか人気も無く、水の流れる音だけがBGМ代わりに水路から鳴り響いている。 一部の人間の間では、王都で川の流れる音を静かに聞きたいのならこの場所と囁かれているらしいが冗談かどうか分からない。 まぁ最も、すぐ近くには共同住宅が密集している通りがあるので完全に人の気配がしない…という日はまず来ないだろう。 そんな静かで、活気ある繁華街と棄てられた廃墟群の間に挟まれた水路には、今多くの人間が押しかけていた。 それも平民や貴族達ではなく、安い鎧に槍と剣などで武装した衛士隊の隊員たちが十人以上もやってきているのである。 年齢にバラつきはあれど、彼らは皆一様に緊迫した表情を浮かべて柵越しに水路を見下ろしていた。 彼らの視線の先には、水路の端に造られた道に降りた仲間たちがおり、彼らは一様に暗渠の方へと視線を向けている。 暗渠の中にも既に何人かが入っているのか、一人二人出てくると入り口で待つ仲間たちと何やら会話を行う。 そして暗闇の奥で何かが起こった――もしくは起こっていた?――のか、入口にいた者達も暗渠の中へ入っていく。 衛士達が何人もいるこの現場に興味を示したのか、普段はここを訪れない者たちが何だ何だと押し寄せている。 近くの共同住宅に住む平民や下級貴族たちが大半であり、彼らは衛士達が張った黄色いロープの前から水路を覗こうと頑張っていた。 ハルケギニアの公用語であるガリアの文字で「立ち入り禁止」と書かれたロープをくぐれば、それだけで罪を犯した事になってしまう。 ロープを挟んで平民たちを睨む衛士たちに怯んでか、それとも罪を犯すことを恐れてか誰一人ロープをくぐろうとしない。 張られている位置からでは上手く水路が見れないものの、それでも衛士達の間から漏れる会話で何が起こったのか察し始めていた。 「なぁ今の聞いたか?地下水道の出入り口で白骨死体が見つかったらしいぜ」 「しかも聞いた限りじゃあ衛士隊の装備をつけてたって…」 一人の平民の話に若い下級貴族が食い付き、それに続いて中年の平民女性も喋り出す。 「殺人事件?…でも白骨って、じゃあ殺されてから大分経つんじゃないの?」 「いや…それがここの下水道近くに住んでるっていうホームレスが言うには、ここ最近死体なんて一度も見なかったらしいぞ」 女性の言葉に旦那である同年代の平民男性がそう返し、他の何人かが視線をある人物へ向ける。 彼らの目線の先、ロープの向こう側で一人の男性衛士から事情聴取を受けているホームレスの男性の姿があった。 いかにもホームレスのイメージと聞かれた大衆がイメージするような姿の中年男性は、気怠そうに衛士からの質問に答えている。 朝っぱらだというのに喧騒ならぬ物騒な雰囲気を滲ませている一角を、博麗霊夢は屋上から見つめていた。 そこそこ良かった朝食の直後にここへ向かう衛士達の姿を見た彼女は、とある淡い期待を抱いてここまで来たのである。 淡い期待…即ち自分のお金を盗んでいったあの兄妹の事かと思っていた彼女は、酷くつまらなそうな表情で地上を眺めていた。 「何よ?てっきりあの盗人たちが見つかったのかと思ったら…単なる殺人事件だなんて」 『単なる、と言い切っちゃうのはどうかと思うがね?お前さんたちが寝泊まりしてる場所からここはそう遠くないんだぜ』 デルフの言葉で彼が何を言いたいのかすぐに理解した霊夢は口の端を微かに上げて笑う。 「どんな殺人鬼でも、あの店を襲おうもんならスグに襲ったことを後悔するわね」 『随分自身満々じゃないか…って言っても、確かにお前さんたちと遭遇した殺人鬼様は間違いなく不幸になるだろうな』 「んぅ~…それもあるけど、何よりあそこにはスカロンが店を構えてるし大丈夫でしょ?」 半分正解で半分外れていた自分の言葉を補足してくれた霊夢に、デルフは『あぁ~』と納得したように笑う。 確かに、どんなヤツが相手でも人間ならば間違いなく『魅惑の妖精』亭の店長スカロンを前に逃げ出す事間違いなしである。 タダでさえ体を鍛えていて全身筋肉で武装しているというのに、オネェ言葉で若干オカマなのだ。 見たことも無い容疑者が男だろうが女だろうが、スカロンが前に立ちはだかれば大人しく道を譲るに違いない。 それを想像してしまい、ついつい軽く笑ってしまったデルフに気を取り直すように霊夢が話しかける。 「まぁ今の話は置いておくとして、普通の殺人事件でこんなに衛士が出てくるもんなのかしら?」 『確かにそうだな。…何か事情があるんだろうが、にしたって十人以上来るのはちょっとした大ごとだ』 道路の上にいる人々と比べて、建物の屋上に霊夢の目には衛士達の動きが良く見えていた。 その手振りや身振りからしても、自分たちと同じヒラか少し上程度の衛士が死んだ゙だげの事件とは思えない。 道路の上から現場を指揮する隊長格と思しき隊員が、数人の隊員に人差し指を向けて急いで何かを指示している。 少し苛ついている感じがする隊長格に隊員たちは敬礼した後、人ごみを押しのけて街中へと走っていく。 暗渠へ入っていった隊員達の内二人が上から大きな布を掛けた担架を担ぎ、慎重に歩きながら出てきた。 まるで大きくていかにも骨董的な割れ物を運ぶかのような慎重さと、人が乗せられているとは思えない程の凸凹が見えない布。 きっとあれが、の中で死んでいたという衛士隊員の白骨死体なのだろう。 入り口にいた隊員の内一人がその担架の方へ体を向け、十字を切っている。 それに続いて何人かが同じように十字を切った後、担架は水路から道路へと出られる梯子の方まで運ばれていく。 恐らく別の何処かに運ぶのだろう、隊長格の隊員が他の隊員と一緒に鉤付きのロープを水路へ落としている。 そんな時であった、突如繁華街の方向から猛々しい馬の嘶きが聞こえてきたのは。 何人かの隊員たちと野次馬が何事かと振り返り、霊夢もまたそちらの方へと視線を向ける。 そこにいたのは、丁度手綱を引いて馬を止めた細身の衛士が慣れた動作で馬から降りて地に足着けたところであった。 『何だ、増援?…にしちゃあ、一人だけか』 「もう必要ないとは思うけど…あの金髪、どこで見た覚えがあるような?」 地上にいる人々とは違い、霊夢の目には馬から降りたその衛士の背中しか見えなかった。 辛うじて髪の色が金髪である事と、それを短めにカットしているという事しか分からない。 それが無性に気になり、いっその事降りてみようかしらと思った彼女の運が良い方向へ働いたのだろうか。 馬を下りたばかりの衛士は、別の衛士に後ろから声を掛けられて振り返ったのである。 髪を少し揺らして振り返ったその顔は―――遠目から見ても女だと分かる程に綺麗であった。 猛禽類のように鋭い目つきで後ろから声を掛けてきた同僚と一言二言会話を交えて、水路の方へと向かっていく。 霊夢と一緒に見下ろしていたデルフが『へぇ~女の衛士かぁ』ぼやくのをよそに、霊夢は少々面喰っていた。 何故ならその女性衛士と彼女は、今より少し前に顔を合わせていたからである。 「あの女衛士、確かアニエスって言ってたような…」 まさかこんな所で顔を合わすとは思っていなかった霊夢は、案外にこの街は狭いのではと感じていた。 一波乱どころではない騒ぎに巻き込まれたアニエスが元の職場に戻れたのは、つい今朝の事である。 軍部からの演習命令で一時トリステイン軍に入り、そのままタルブでの戦闘に巻き込まれた彼女は散々な思いをした。 アルビオンとの戦いが終わった後もタルブやラ・ロシェールでの戦闘後の処理作業に追われ、 更に戦闘開始直後に出現した怪物を間近に見たという事で、数日間にも渡って取り調べを受け、 やっと衛士隊への復帰命令が来たと思えば、王都へ戻る際の馬車が混雑したり…と大変な目にあったのだ。 そうして王都に戻れたのは今朝で、幸いにも書類に書かれていた復帰までの期日には間に合う事が出来た。 彼女としては一日遅れる事は覚悟していたものの、早めにゴンドアを出ていて良かったとその時は胸をなで下ろしていた。 駅舎の警備をしている同僚の衛士達と一言二言会話をした後で、手ぶらでは何だと思って土産屋で適当なモノを幾つか購入し、 すっかり緑に慣れてしまっていた目で幾つも建ち並ぶ建物を見上げながら、アニエスは第二の故郷となった所属詰所へと戻ってきた。 ふと近くにある広場にある時計で時刻を確認してみると丁度八時五十分。彼女にしては珍しい十分前出勤となる。 いつもならばもっと早い時間に出勤して、昨日残した書類の片づけや鍛錬に時間を使うアニエスにとって慣れない時間での出勤だ。 とはいえ立ちっ放しもなんだろうという事で彼女は玄関の傍に立つ同僚に敬礼し、中へと入る。 そして彼女の目の前に広がっていた光景は―――慌てて緊急出動しようとする大勢の仲間たちであった。 まるで王都に敵が攻めて来たと言わんばかりに装備を整えた姿の仲間数人が、急ぎ足で彼女の方へ走ってきたのである。 彼らの鬼気迫る表情に思わずアニエスが横にどいたのにも気づかず、皆一様に外へと出ていく。 いつもの彼女らしくないと言われてしまう程身を竦ませたアニエスが何なのだと目を丸くしていると、後ろから声を掛けて来た者がいた。 ――あっ!アニエスさんじゃないか、戻ってきたんですか!? その声に後ろを振り向くと、そこには衛士にしては珍しく眼鏡を掛けた同僚がいた。 彼はこの詰所の鑑識係であり、事件が起きた際に現場の遺品や被害者のスケッチなどを担当している。 まだ鑑識になって日は浅いものの、若いせいか隊長含め仲間たちからは弟分のように可愛がられている。 その彼もまた衛士隊の安物の鎧と鑑識道具一式の入ったバッグを肩から掛けて、外へ出ようとしていたところであった。 アニエスは彼の呼びかけにとりあえず右手を上げつつ、何が起こったのか聞いてみることにした。 ―――あぁ、今日が丁度復帰できる日なんだ。…それよりも今のは何だ?どうにもタダ事ではなさそうだが… ――――それが実は僕も良く知らないんですが、今朝未明に衛士隊隊員の死体が発見されたそうで… ―――――何だと?だがそれにしては騒ぎ過ぎだろ、こんなに騒然としてるなんて…隊長は何て? ふとした会話の中でアニエスが何気なく隊長の名を口にした途端、鑑識の衛士ばビクリと身を竦ませた。 単に驚いただけではないというその反応を見て、アニエスは怪訝な表情を浮かべる。 鑑識の青年衛士も、顔を俯かせて暫し何かを考えた後……ゆっくりと顔を上げて口を開いた。 ―――実は、隊長はその…昨晩の夕方に退勤して以降、行方が分からなくて…自宅にもいないそうなんです… ――――な…ッ!? ―――――それで、発見された白骨死体が衛士隊員だという事で…みんな――― ――――――勝手な想像をするんじゃないッ! ちょっとどころではない死地から帰ってきて早々に、どうしてこんな良くない事が起きてしまうのか。 アニエスは自分の運の無さを呪いながらも大急ぎで支度を整え、鑑識から現場を聞いて急行したのである。 場所はチクトンネ街と旧市街地の間にある川で、既に何人もの衛士達が書けてつけているとの事らしい。 本当なら応援はもういらないのだろうが、それでもアニエスはわざわざ馬を使ってまで現場へと急いだ。 そうして現場へとたどり着いた時、既に件の白骨遺体は水路から上げられる所だったらしい。 馬を降りて一息ついた所で、既に現場で野次馬たちを見張っていた同僚に声を掛けられた。 「おぉアニエス、戻ってきたのか?…すまんな、復帰早々こんなハードな現場に来てくれるとは」 「野次馬相手なら幾らいても足りなくなるだろう?それより、例の遺体はどこに……ん、あっ!」 同僚と軽く挨拶しつつ、痛いはどこにあるのかと聞こうとしたところで彼女は群衆がおぉっ!声を上げた事で気が付いた。 そちらの方へ視線を向けたと同時に、水路にあった被害者が引き上げられようとしていたのである。 アニエスは失礼!と言いながら野次馬たちを押しのけてそちらへと向かう。 何人かが押すなよ!と文句を言ってくるのも構わず進み、ようやく目の前に引き上げられたばかりの担架が見えた。 野次馬を防いでいる衛士達が咄嗟に止めようとしたものの、同僚だと気づくとロープを持ち上げてアニエスを自分たちの方へと招いた。 「戻ってきたのかアニエス、大変だったらしいな」 「その話は後にしてくれ、それよりここの現場担当の隊長格は?」 仲間たちの言葉を軽く返しつつそう言うと、水路に残っている部下たちにも上がる様指示していた上官衛士が前へと出てくる。 「俺の事…ってアニエスか!エラい久しぶりに顔を見た様な気をするが、よく帰ってこれたな」 「あっ、はい!奇跡的に傷一つ負わずに戻ってこれました。…それで、被害者の身元は分かったのですか?」 彼女が良く知る隊長とはまた別の管轄を持つ彼の言葉にアニエスは軽く敬礼しつつ、状況の進展を探った。 キツイ仕事から帰ってきたというのに熱心過ぎる彼女に内心感心しつつも、上官衛士は首を横に振りつつ返す。 「今の所俺たちと同じ服装をした白骨死体…ってだけしか分からんな。軍服と胸当てだけで身分証の類は持っていなかっ たから尚更だ。それに俺たちだけじゃあ骨で性別判断何てできっこないし、何より白骨死体にしては妙に綺麗すぎる。ホラ、見てみろ?」 彼はそう言うと共に担架の上に掛かった布を少しだけ捲り、その下にある白骨をアニエスへ見せてみる。 最初は突然の骨にウッと驚きつつも、恐る恐る観察してみると…確かに、上官の言葉通り洗いたての様に真っ白であった。 まるで死体安置所で冷凍保管されていた遺体から肉を丁寧に落として、骨を漂白したかのように綺麗なのである。 別に腐って乾燥した肉片とかついている黄ばんだ骨が見たいわけではないのだが、それでもこの白さはどことなく異常さが感じられた。 思わずまじまじと見つめているアニエスへ補足を入れるかかの様に、上官は一人喋り出す。 「第一発見者の浮浪者がここら辺を寝床にしてるらしくてな、昨夜は濁流に飲み込まれないよう旧市街地にいたらしい。 それでも、今朝見つけるまであんな綺麗な骨は絶対に無かった…と手振りを交えながら話してくれた。」 上官の言葉にアニエスはそうですか…と生返事をした後、ふと気になった事を彼へと質問する。 「…それならば、この骨は昨夜の暖流で流れて来たのでは?」 「可能性は無くは無いが、それにしては変に綺麗すぎる。見てみろ、この白さなら好事家が言い値で買うかもしれんぞ」 仮にも同僚であった者に対して失礼な例え方をしているとも聞こえるが、彼の表情は真剣そのものであった。 茶化し、誤魔化しているのだろうとアニエスは思った。実際今の自分も冗談の一つぐらい言いたい気持ちが胸中にある。 この骨が自分の管轄区の、粉挽き屋でバイトしていた自分を衛士として雇ってくれた隊長だと思いたくはなかったのだ。 今のところは身元が全然分からないという事で安堵しかけているが、それでも不安は拭いきれない。 もやもやと体の内側に浮かんでいるそれを誤魔化すかのように、アニエスは口を開く。 「それで、身元の特定作業はもう行っているのですか?」 「あぁ。今日欠勤している者を優先的に調べているが…ここは王都だ、全員調べるとなると明日の昼まで掛かる」 アニエスからの質問に上官は肩をすくめてそう言うと、アニエスは仕方ないと言いたげにため息をつく。 欠勤者だけではなく、非番の者まで調べるとなれば…文字通り街中を駆け巡らなければいけないのだ。 これが単なる殺人事件ならばここまで大事にはならないが、殆ど傷がついていない白骨という奇怪な状態で見つかっているのだ。 もはや衛士である前に、一介の平民である自分たちが対応できる事件としての範囲を超えてしまっている。 持ち上げていた布をおろし、アニエスの方へと向いた上官は渋い表情を浮かべたまま言った。 「一応魔法衛士隊にも報告はしておいたが、正直今の国防事情では来てくれるかどうか…だな」 「確かに、平時ならばメイジが関与していると考慮して動いてくれますが…今はアルビオンと戦争が間近という状況ですし」 上官の言葉にアニエスは頷く。彼女の言うとおり、今はこうした街中の事件で対応してくれる魔法衛士隊は別の任務に就いている。 大半は新しく補充された新人隊員達に訓練を施し、更に有事に備えて軍や政府関連の施設の警備を優先するよう命令されている筈だ。 となれば、いくら怪奇的な事件だとして出動を乞うても「今は衛士隊だけで対応せよ」という返事が返ってくるのは間違いないだろう。 今はドットクラスメイジの手を借りたいほどに、王宮と軍が忙しいのはつい数日前までそこに所属していたアニエス自身が知っている。 先の会戦で主な将校を何人も失った王軍と、戦力に余裕のある国軍を統合させた陸軍の創設及び部隊の再配置で更に忙しくなるだろう。 それが本格的に行われる前に衛士隊へ復帰する事ができたアニエスは、思わずホッと安堵したくなった。 ―――しかし、そこで彼女は胸中に秘めていた『願い』を思い出し、内心で安堵する事すら自制してしまう。 もしも、この騒ぎに乗じて正式に軍に配備されていれば――――自分はもっと『王宮』へ近づく事ができたのでは、と。 トリスタニアの象徴でもあるあの宮殿の中に眠るであろう『ソレ』へとたどり着ける、新たな一歩になっていたかもしれない。 そこまで考えた所で彼女はハッと我に返り、首を横に振って今考えていた事を頭から振り払う。 (今はそんな事を考えている場合じゃないだろうアニエス。もう過ぎた事だ…今は、目の前の事件に集中しなければ) ひょっとすると、自分の体と頭は自分が思っている以上に疲れているのかもしれない。 「…少なくとも今できる事は情報収集です。可能ならば、私もお手伝いします」 そんな事を思いつつ、それでも担架に乗せられた白骨の正体を知りたい彼女は上官に申し出た。 「できるのか?それなら頼む。今は猫の手も借りたい状況だ、是非ともお願いしよう。後、お前んとこの隊長と出会ったらボーナス給弾むよう言っておく」 疲れているであろう彼女に上官は冗談を交えつつ許可すると、アニエスは「はっ!」と声を上げて敬礼する。 直後に彼女は踵を返し、野次馬たちの向こう側で同僚が宥めている馬の所へ向かおうとした、その時であった。 急いで馬の所へ戻ろうとする彼女の視界の端に、紅白の人影が一瞬だけ入り込んできたのである。 「ん?………何だ?」 思わず足を止めて人影が見えた方向へ視線を向けると、そこにあるのは屋上付きの建物であった。 個人の邸宅ではなく、一階に雑貨屋などがある共同住宅らしく窓越しに現場を眺めている住人がチラホラと見える。 しかし窓からこちらを覗く人々の中に紅白は見えず、屋上を見てみるも当然誰もいない。 だが彼女は確かに見た筈なのである。何処かで見た覚えのある、紅白の人影を。 「気のせいだったのか、それとも単に私が疲れすぎているだけなのだろうか…」 納得の行かないアニエスは一人呟きながらも馬の所へ辿り着くため、再び野次馬たちを押しのける小さな戦いへと身を投じた。 『さっきの口ぶりからして知り合いだったらしいが、声かけなくても良かったのかい?』 「アニエスの事?別に良いわよ。知り合いだけど親しいってワケではないし、向こうも忙しそうだったしね」 水路からの喧騒が小さく聞こえる路地に降り立ったばかりの霊夢へ、背中に担いだデルフがそんな事を言ってきた。 昨日の雨で出来た水たまりをローファーで軽く蹴り付けつ道を歩く彼女は、大したことじゃ無いと言いたげに返す。 建物と建物の間に出来ているが故に道は陽が遮られており、幾つもの水たまりが道端にできている。 それをローファーが踏みつけると共に小さな水しぶきがあがり、未だ乾いていないレンガの道を更に濡らしていく。 「あんな事件は衛士に任せといて、今はあの盗人兄妹を捕まえて金を取り返すのが最優先事項なのは、アンタも分かってるでしょうに」 『オレっちは手足が無いから持ってても意味ねェけどな』 鞘に収まった刀身を震わせて笑う彼に、霊夢は「アンタは良くても私達がダメなのよ」と返す。 いくら子供であっても、あれ程の大金を一気に使おうとすれば大なり小なり人々のちょっとした話題になるのは明白である。 そうであるなら楽なのだが、明らかに手慣れている感じからして常習犯なのは間違いないだろう。 と、なれば…盗んだ大金で豪遊などせずに、小分けにして生活費にするというのなら探し出せる難易度は一気に高くなる。 「とりあえず昨日はルイズと大雨のせいで行けなかった現場に行って、アイツらを捜すかそれに関する情報を集めないとね」 『成程、容疑者が確認の為に現場へ戻るっていう法則を信用するのか』 デルフがそう言うと共に陽の当たらぬ路地から出た霊夢は、目に突き刺さるかのような光に思わず目を細める。 途端、まるで空気が思い出したかのように夏の熱気へと変わり彼女と服を熱し始めた。 「いくら私でも手がかりの一つか二つ無いと分からないし、何か収穫の一つでもあればいいんだけどねぇ…」 ハルケギニアの夏の気候に慣れぬ彼女は未だ活気の少ない通りへと入りつつ、デルフに向けて呟く。 霊夢としては、そう都合よくあの兄妹二人の内一人が現場へ戻っているとはあまり思ってはいなかった。 ただ何かしらの証拠や、あの近辺にいる住民へ聞き込みをして情報が手に入ればと考えてはいたが。 霊夢のそんな意見に、デルフはほんの一瞬黙ってからすぐさま口を開いた喋り出す。 『とはいってもなぁ、ソイツらが手練れの常習犯なら現場には戻らないと思うぜぇ?』 「それは分かってるよ。だけどこっちは明らかな情報不足なんだし、私が動かなきゃあゼロから先には進まないわ」 諦めかけているようなデルフの言葉に彼女はやや厳しめに返事しつつ、通りを歩いていると、 ふと三メイル先にあるベンチに腰かける、短い金髪が似合う見知り過ぎた顔の女性がいるのに気が付いた。 その女はこちらをジッと睨んでおり、その瞳からは人ならざる者の気配を僅かにだが感じ取る事ができる。 『あの女…って、もしかしてあの狐女か?』 「その通りの様ね。アイツ、一体何用かしら」 気配に見覚えがあったデルフがそこまで言った所で、バトンたったするかのように霊夢が口を開いて言った。 敵意は感じられないが、昨日見た彼女の豹変ぶりをを思い出した霊夢は若干気を引き締めて女へ近づいていく。 金髪の女は何も言わずにじっと霊夢とデルフを睨み続け、彼女と一本が後一メイルというところでようやく口を開いた。 「やぁ、盗人探しは順調に進んでるかい博麗霊夢よ」 「残念ながら芳しくない。…って言っておくわ、八雲藍」 自分の呼びかけに対しそう答えた霊夢にベンチの女―――八雲藍もまた目を細めて睨み返す。 それでこの巫女が怯むとは全く思ってもいなかったし、単に自分を睨む彼女へのお返しみたいなものであった。 両者互いに力ませた目元を緩ませないでいると、霊夢の背にあるデルフが金属音を鳴らしながら喋り出す。 『おいおい堅苦しすぎるぜお前ら?…って言っても、昨日は色々あったから仕方ないとは思うがよ』 昨日ルイズたちと一緒に、藍の豹変と何かに動揺する紫を見ていたデルフの言葉に霊夢が軽く舌打ちしつつ視線を後ろへ向ける。 「だったら少し黙っててくれない?ただでさえ暑いっていうのにそこにアンタの濁声まで加わったら参っちゃうわ」 『ひでぇ。…でもまぁ許す、今はお前さんが俺の使い手だしな。じゃあお言葉に甘えて少し静かにしておくよ』 随分な言い様であったがそれで一々怒れる程デルフは生まれたばかりではなかったし、経験もある。 背中越しに感じる霊夢の気配から、ベンチの狐女に昨日の事を聞きたいのであろうというのは何となく分かる事が出来た。 デルフは彼女の剣として、ここは下手に口を出さすのはやめて大人しく黙っておくことにした。 それから数秒、静かになったデルフを見てため息をついた霊夢は再び藍の方へと視線を向ける。 特徴的な九尾と狐耳を縮めて人に化けた彼女もまたため息をつきき、自分の隣の席を無言で指さす。 ―――そこに座れ。そう受け取った霊夢はデルフを下ろすとベンチに立てかけて、藍の横に腰を下ろした。 太陽の光に照らされ続けた木製のそれは熱く、スカート越しでも容赦なく彼女の背中とお尻へと熱気が伝わってくる。 せめて木陰のある場所に設置できなかったのか。そんな事を思っていた霊夢へ、早速藍が話しかけてきた。 「昨日の夜は悪かったな。まさか雨漏りしていたとは考えてもいなかったよ」 「……そうね。でもまぁ、そのおかけで昨日はマトモな部屋で寝れたし結果オーライって事で許してあげるわ」 「何だその言い方は?もしかすれば私に仕返ししてかもしれないって言いたいのかお前は」 「あら、仕返しされたかったの?何なら今この場でしちゃっても良いんだけど」 「やれるものなら…と言いたいがやめておけ、こんな所で騒げば今度こそ紫様の堪忍袋の緒が音を立てて切れるぞ」 「それなら遠慮しておくわ。アンタが怒るよりもそっちの方が十倍怖いんですもの」 そんな短い会話の後、ほんの少しの間だが二人の間を沈黙が支配した。 お互い本当に言いたい事、そして聞きたい事をいつ口に出そうか迷っているのかもしれない。 いつもならば霊夢が先陣切って口を開きたいのだろうが、昨日久々に姿を見せた紫の動揺を思い出してか口を開けずにいる。 これまで色んな所で彼女の前に現れては、色々なちょっかいを掛けてきた大妖怪こと八雲紫。 並の妖怪なら名を聞いただけでも怯んでしまう博麗の巫女である彼女を前にしても、常に余裕満々で接してきた。 ちょっかいを掛け過ぎた霊夢が激怒した時もその余裕を崩す事なく、むしろ面白いと更にちょっかいを掛けてくる事もあった。 だからこそ霊夢は変に気にし過ぎていた。まるで世界の終わりがすぐ間近だと気づいてしまった時の様な様子に。 ブルドンネ街では市場が始まったのか、遠くから人々の活気づいた喧騒が耳に入ってくる。 一方で夜はあれだけ騒がしかったチクントネ街は未だ静かであり、時折二人の前を人々が通り過ぎていく。 きっと市場へ買い出しに行くのだろう、手製の買い物袋を手に歩く女性の姿が多い。 年の幅は十代後半から六十代までとかなり広く、何人かが集まって楽しげな会話をしているグループも見られる。 そんな人たちを見ながら、霊夢と同じく黙っていた藍は意を決した様に一呼吸おいてからようやく口を開いた。 「やはり気になっているんだろう、私が急にお前へ掴みかかった事が」 「それ意外の何を気にすればいいっていうのよ。滅茶苦茶動揺してた紫の事も含めて、昨日から聞きたかったのよ?」 藍の言葉に待っていましたと言わんばかりに霊夢は即答し、ジッと九尾の式を見据えた。 それは昨日――霊夢たちの前に紫が現れた時の事。 紫は言いたい事を言って、霊夢たちも伝えたい事を伝え終えていざ紫が部屋を後にしようとした時であった。 何気なく霊夢は昨日見た変な夢の事を話した直後、まるで興奮した獣の様に藍が掴みかかってきたのである。 突然の事に掴まれた本人はおろかルイズと魔理沙に橙も驚き、思わず霊夢は紫に助けを求めようとした。 しかし、紫もまた藍と同様に―――いや、もしくは式以上におかしくなっている彼女を見て霊夢は目を丸くしてしまった。 前述した様に、まるで世界の終わりを予知したかのように動揺している紫の姿がそこにあったのだ。 ――――ちょっと、どういう事?何が一体どうなってるのよ… 面喰った霊夢が思わず独り言を言わなければ、ずっとその状態のままだったかもしれない。 まるで見えない拘束か立ったまま金縛りに掛かっていたかのように、数秒ほどの時間をおいて紫はハッと我に返る事が出来た。 それでも目は若干見開いたままであったし、額から流れる冷や汗は彼女の体が動くと同時に更に滲み出てくる。 紫はほんの少し周囲にいる者たちを見回して、皆が自分を見ている事に気が付いた所で誤魔化すように咳払いをした。 「…ごめんなさい。少し暑くてボーっとしていたみたい」 「ボーっと…って、貴女明らかに何かに動揺していたんじゃないの?」 いつも浮かべる者とは違う、苦々しさの混じる笑顔でそう言った彼女へ、ルイズがすかさず突っ込みを入れる。 ルイズは紫が『何に』動揺していたのかまでは分からなかったが、それでも暑すぎてボーっとしていた何て言い訳を信じる気にはなれなかった。 あの反応は霊夢の言葉を聞き、その中に混じっていた『何か』を聞いて明らかに動揺していたのである。 そんなルイズの突っ込みへ返事をする気は無いのか、紫は霊夢に掴みかかっている藍へと声を掛けた。 「藍、霊夢を放してあげなさい。彼女も嫌がってるだろうし」 「え――…?あ、ハイ。ただいま…」 気を取り直した紫の命令で藍は正気に戻ったかのように大人しくなり、霊夢の両肩を掴んでいたその手を放す。 九尾の狐にかなり強く掴まれてジンジンと痛む肩を摩る霊夢は、苦虫を噛んだ時の様な表情を浮かべて痛がっている。 そりゃ式と言えども列強ひしめく妖怪界隈でもその名が知られている九尾狐に力を込めて肩を掴まれれば誰だって痛がるだろう。 大丈夫なの?と心配そうに声を掛けてくれるルイズに霊夢は大丈夫と言いたげに頷くと、キッと藍を睨み付けた。 「アンタねぇ…、一体どういう力の入れ方したらあんなに強く掴めるのよ」 「それは悪かったな。…だが、こっちも一応そうせざるを得ない理由があるんだよ」 「理由…ですって?どういう事よソレ」 霊夢の言葉に肩を竦めつつ、藍は若干申し訳なさそうな表情を浮かべつつもその言葉には全く反省の意が見えない。 まぁそれは仕方ないと想おうとしたところで、彼女は藍の口から出た意味深な単語に食いつく。 どんな『理由』があるにせよ乱暴に掴みかかってきたことは許せないが、それを別にして気になったのである。 あの八雲藍がここまで取り乱す『理由』が何なのか、霊夢は知りたかった。 早速その『理由』について問いただそうとした直前、彼女よりも先に紫が藍へ向けて話しかけたのである。 「霊夢、藍とする話が急に出来たから少し失礼するわね」 「え?あの…紫さ――うわ…っ!」 突然の事に霊夢だけではなく藍も少し驚いたものの、有無を言えぬまま足元に出来たスキマの中へと落ちてしまう。 藍が大人しく飲み込まれてしまうと床に出来たスキマは消え、傷一つ無い綺麗なフローリングに戻っている。 正に神隠しとしか言いようの無い早業にルイズと魔理沙がおぉ…と感心している中、霊夢一人だけが紫へと食い掛かった。 「ちょっと紫、何するのよイキナリ。これから藍に色々聞きたい事があったっていうのに!」 明らかに怒っている霊夢にしかし、先ほどまでの動揺がウソみたいに涼しい表情を見せる紫は気にも留めていない。 「御免なさいね霊夢。これから色々藍と話し合いたい事ができたから、今日はここらへんで帰るとするわ」 「ちょ…!待ちなさいってッ!」 彼女だけは行かせてなるものかと思った霊夢が引きとめようとする前に、紫は右手の人差し指からスキマを作り出す。 まるで指の先を筆代わりにして空間へ線を書いたかのようにスキマが現れ、彼女はそこへ素早く入り込む。 たった数歩の距離であったが、霊夢がその手を掴もうとしたときには既に…スキマは既に閉じられようとしていた。 このままでは逃げられてしまう!そう感じた彼女はスキマの向こう側にいるでうろ紫へ向かって大声で言った。 「アンタッ!一体何を聞いたらあんな表情浮かべられるのよ!?」 「……残念だけど、今回の異変に関さない情報は全て後回しと思いなさい。博麗霊夢」 届きもしない手を必死に伸ばす霊夢へ紫がそう告げた瞬間、藍を飲み込んだモノと同様にスキマはすっと消え去った。 後に残ったのは霊夢、ルイズ、魔理沙にデルフ…そして何が起こったのか全く分からないでいる橙であった。 消えてしまったスキマへと必死に左手を伸ばしていた霊夢は、スキマが消える直前に中にいた紫が自分を睨んでいたと気づく。 ほんの一瞬だけで良く見えなかったものの、いつもの紫らしくない真剣さがその瞳に映っていたような気がするのだ。 まぁ見間違いと誰かに言われればそうなのかもしれない。何せ本当に一瞬だけしか目を合わせられなかったのだから。 結局、あの後紫と話をしてきたであろう藍が何を言い含められたのかまでは知らない。 昨日は屋根裏部屋やら雨漏りやらで聞くに聞けず、霊夢自身もその後の出来事で忙しく忘れてしまっていた。 そして今日になってようやく、暇を持て余していたであろう彼女がわざわざ自分を誘ってきたのである。 据え膳食わぬは何とやら…というのは男の諺であるが、出された料理が美味しければ全部頂いてお土産まで貰うのが博麗霊夢だ。 だからこそ彼女はこうして自分を待ち構えていた藍の隣に座り、今まさに遠慮なく聞こうとしていた。 昨日、どうして自分が夢の中で体験したことを口にしただけであの八雲藍がああも取り乱し、 そして紫さえもあれ程の動揺を見せた理由が何なのか、博麗霊夢は是非とも知りたかったのだ。 「…で、教えてくれるんでしょう?私が見た夢の話を聞いて何で『覚えてる』なんて言葉が出たのか」 霊夢の口から出たその質問に、藍はすぐに答えることなくじっと彼女の顔を見つめている。 まるで言うか言わないべきかを見定めているかのように、真剣な表情で睨む霊夢の顔を凝視する。 両者互いに睨み合ったまま十秒程度が経過した頃だろうか?ようやくして藍が観念したかのように口を開いた。 「私の口から何と言うべきか迷うのだが、…お前は夢の中で自分とよく似た巫女を見たのだろう?」 「えぇ、何かヤケに殴る蹴るで妖怪共をちぎったり投げたりしてような…」 最初の一言からでた藍からの質問に、霊夢は夢の内容を思い出しながら答える。 あの夢の事は不思議とまだ覚えていたし、細部はともかく大体の事は今でも頭の中に記憶が残っていた。 彼女からの返答を聞いた藍は無言で頷いた後、ほんの数秒ほど間を置いてから再び喋り始める。 そして、九尾の式の口から出たのは霊夢にとって衝撃的と言うか言わぬべきかの間の事実であった。 「要だけかいつまんで言えば、恐らくその巫女はお前の一つ前…つまりは先代の巫女の筈だ」 「…は?先代の…巫女ですって?」 少し渋った末に聞かされたその答えの突然さに、霊夢は目を丸くする。 思わず素っ頓狂な声を上げる霊夢に藍は「あぁ」と頷きつつ、雨上がりの晴れた青空を仰ぎ見ながらゆっくりと語っていく。 それは人間にとっては長く、妖怪である彼女にとってつい昨日の様な出来事であった。 「今から二十年前の幻想郷での出来事か、今のお前より年下の少女が新しい博麗の巫女に選ばれた。 霊力、才能共に十分素質があり、何より当時の先代が幼年の頃の彼女を拾って修行させいたのも大きかった。 何よりあの当時は今と比べて雑魚妖怪共による集団襲撃が相次いでいたからな。なるべく早く次代を決めざるを得なかった」 藍の話をそこまで聞いて、霊夢は成程と幾つもある疑問の一つを解決できた事に満足に頷いて見せる。 つまりあの夢の内容はその先代巫女とやらが妖怪退治をしていた時の光景を夢で見たのであろう。 そこまで考えたところでまた新しい疑問ができたものの、それを察していたかのように藍は話を続けていく。 「お前が言っていた人面に猿の体の妖怪の事なら、当時私も現場にいたから良く覚えてる。 それで、まぁ…実はその当時既に幼いお前さんを紫様が少し前に拾って来ていてな、 気が早いかもしれんが、何かあった時の跡取りにと二十二なったばかりの先代巫女にお前の世話を押し付けていたんだ。 まぁ紫さま自身ようやく赤ん坊から卒業したばかりのお前さんの面倒を見てたり……後、妖怪退治にも連れて言ったりもしてたな」 勿論、紫様がな。最後にそう付け加えて名前も知らぬ先代巫女の名誉を守りつつもそこで一旦口を閉じる。 一方で、そこまで話を聞いていた霊夢はこんな所で自分の出自に関する事が出てきた事に少し衝撃を受けていた。 放して欲しいとは言ったが、まさかこんな異世界に来てから幻想郷で告白するような事実を告げられたのであるから。 藍も雰囲気でそれを感じ取ったのか、若干申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女へ話しかける。 「流石に堪えるか?…すまんな、お前の出自に関してはお前が色々と落ち着いてから話そうと紫様と決めていたんだが…」 「…ん、まぁー大体自分がそうじゃないかなって思ってたりはしてたけどね?両親の事とか全然記憶にないし」 今はここにいない紫の分も含んでいるであろう藍からの謝罪に、霊夢はどういう感情を表せばいいか分からない。 確かに彼女の言うとおり、今現在も続いている未曾有の異変解決の最中にカミングアウトするべき事じゃなかったのは明白である。 恐らく異変を解決した後で、更に自分が年齢的にも精神的にも大きくなった時に話すつもりでいたのだろう。霊夢はそう思っていた。 最も霊夢自身は両親がいないという事実を何となく察していたし、一人でいて特に不自由する事もなかったが。 しかしここでふと新たな疑問がまた一つ浮かぶ。霊夢はそれをなんとなく藍に聞いてみることにした。 「んぅ~…でも私、その先代の巫女とやらと一緒にいた記憶がスッポリ抜け落ちたかの如く無いのよねぇ~」 「……………まぁ大抵の世話は紫様がして、巫女はそういうのを面倒くさがって全部あのお方に任せていたからな」 しかしこの時、霊夢の質問を――ー先代の巫女と一緒にいたという記憶が無い―と聞いて一瞬だけ表情が変わるのを見逃さなかった。 それを見逃さなかった霊夢であったが、その内心を読み取ることは出来ずひとまず彼女に話を合わせることにした。 「…?……んぅ、まぁ例え私が紫にそういうのを押し付けられたとしても確かにそうするかもね」 「まぁオムツはやら離乳食は卒業したばかりであったし、大して世話は掛からなかった…とも言っておこうか」 「そういうのを、普通にカミングアウトするのやめてくれないかしら?」 藍からしてみればほんの少し前の幼い昔の霊夢と、成長して色々酷くなった今の霊夢を見比べながら彼女は言う。 そんな式に苦々しい表情を向けつつも、霊夢は昨日から悩んでいた事が幾つか取り除かれた事に対してホッと安堵したかった。 どういう理由かまでは知らないが、どうやら自分は昔見たであろう血なまぐさい光景とやらを夢で見たのだという。 そしてあの巫女モドキはこの世界の出身者ではなく、同じ幻想郷の同胞――それも自分の先代である博麗の巫女であるかもしれない事。 何故今になって、こんな厄介かつ長期的な異変に巻き込まれている中でこのような事態が起こったのかは分からない。 解決すれはする度に新しい疑問が湧きあがり、霊夢の頭の中に悩みの種として埋められてしまう。 そして性質が悪い事にそれはすぐに解決できるような話ではなく、それでも異変解決を生業とする身が故に自然と考えてしまう自分がいる。 (全く…チルノや他の妖精たちみたいな能天気さでもあれば、そういう事に対して一々気にもせずに済んだのかもしれないわね) 知性が妖精並みに低くなるのは勘弁だけど。…そんな事を思っていた霊夢は、ふと頭の中に一つの疑問を藍へとぶつける。 それは、かつて自分の前に巫女もどき―――ひいてはその先代の巫女かもしれない人物についての事であった。 「じゃあ聞きたいんだけど、私とルイズ達が私とそっくりな巫女さんに会ったって言ったでしょう」 「あぁ、そういえばそんな事も言っていたな。確か夢の中に出てきた先代巫女と瓜二つだったのだろう?」 「だから聞きたいのよ。どうしてこんな異世界に、先代の巫女とよく似たヤツがいるのかについて」 「…………」 意外な事にその質問を耳にして、藍は先程同様すぐに答える事ができなかったのだ。 まるでとりあえずボタンは押したは良いものの、答えがどれなのか思い出そうとしている四択クイズのチャレンジャーの様である。 それに気づいた霊夢が怪訝な顔を浮かべて彼女の顔を覗き込もうかと思った、その直後であった。 「―――悪いが…それに関しては私の知る範囲ではないし、紫様も同様に答えるだろうな」 「つまり、あの巫女もどきの存在は完全にイレギュラー…って事でいいのよね?」 大分遅れて答えを口にした彼女に怪訝な視線を向けつつも、霊夢は念には念を入れるかのように再度質問する。 藍はそれに対し「そうだ」と頷くと、もう話は終わりだぞと言うかのようにベンチからゆっくりと腰を上げた。 彼女が立ち上がると同時に霊夢も視線を上げると、金髪越しの陽光に思わず目を細めてしまう。 「私が確認しない事には分からないが、生憎未だ見つかってない。最も、何処にいるか皆目見当つかんがな」 「そう…じゃあ私とルイズ達はいつもどおり異変解決に専念するから。アンタは巫女モドキを捜す…それでいいわよね?」 「それでいい。何か目ぼしい情報があれば教える、それではまた今夜にでも…」 互いにするべき事と任せるべきことを口に出した後、藍は霊夢が歩いてきた道を歩き始める。 市場へ向かう人の流れに逆らうように足を進める九尾の背中を、霊夢は無言で見つめていた。 やがて通りの横に造られている路地裏にでも入ったのか、人ごみとと共に彼女の姿は掻き消されたかのように見えなくなった。 霊夢はそれでも視線を向け続けた後、一息ついてから立ち上がり横に立てかけていたデルフを手に取る。 太陽に熱されて程よく暖まった鞘に触れた途端、それまで黙っていた彼は鞘から刀身を出して霊夢に話しかけた。 『余計なお節介かもしれんが、お前さんあの狐の話を端から端まで信じる気か?』 いつものおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、ややドスの利いたその声に霊夢は無言で目を細める。 ほんの数秒目と思しき物が分からないデルフと睨み合った後、彼女は溜め息をつきつつ「まさか」と返した。 「アイツといい紫といい、何か私に隠してるってのは分かってるつもりだけど…一番問題なのはあの巫女もどきよ」 『あの狐がお前の前の代の巫女と姿が一致してるって言ってたあの長身の巫女さんの事か』 デルフもタルブで助太刀してくれた彼女の後姿を思い出しつつ、藍が言う前に霊夢より一つ前の巫女と似ているのだという。 しかしここはハルケギニアであって幻想郷ではない。ならばどうしてこの世界にいるのか、その理由が分からない。 文字通り情報が圧倒的に不足しているのだ。 まだ親の顔すら分からぬ赤ん坊に、魔方陣を一から書いてみろと言っている様なものである。 恐らく藍や紫たちも同じなのであろうし、この謎を解くにはもう少し時間が必要なのかもしれない。 そしてデルフにとってもう一つ気になる疑問があり、それは今すぐにでも霊夢に問う事ができた。 さてこれから何処へ行こうかと思っていた彼女へ、デルフは何の気なしに『なぁレイム』と彼女に話しかけたのである。 『アイツらは随分と一つ前の巫女を覚えてたようだが、お前さんの先輩だっていうのに肝心の本人は全く覚えてないってのか?』 「ん…?そりゃ、まぁ…そんな事言われても本当に物覚えがないのよねー。…まぁ私がこうして巫女やってるから何かがあったんだとは思うけど」 『何かって?』 霊夢の意味深な言葉にデルフが内心首を傾げて見せると、彼女はお喋り剣に軽く説明した。 博麗の巫女は継承性であり、基本は霊力の強い女の子を紫か巫女本人が跡取りとなる少女を探す…のだという。 当代の巫女は跡取りの少女に霊力の操り方や妖怪との戦い方、炊事選択などの一人で暮らせる為の知恵を授けなければいけない。 そして当代が何らかの原因で命を落とした場合は、一定の期間を置いて跡取りの少女が次代の巫女となるのだという。 「私の代で妖怪との戦いは安全になったけど…昔は一、二年で死んでしまう巫女もいたらしいわ」 『ほぉ~…そりゃまた、随分とおっかないんだなぁ?お前さんの暢気加減を見てるとそうは思えんがね』 一通り説明した後、暢気に聞いていたデルフが感心しつつも漏らした辛辣な言葉に彼女はすかさず「うっさい」と返す。 まぁ確かに彼の言うとおり、スペルカードや弾幕ごっこのおかげで幻想郷全体がひとまず平和になり、自分もその分暢気になれる余裕ができたのだろう。 時折そうしたルールを理解できないくらい頭が悪い妖怪が襲ってくる事はあるが、これまで余裕で返り討ちにしている。 幻想郷で起きた異変で対峙してきた連中は幸いにも弾幕ごっこで挑んできてくれたし、それなりにスリリングな勝負を味わってきた。 (まぁ弾幕って綺麗だし避けるのも中々面白いけど…ハルケギニアの戦い方と比べれば何て言うか…命の張り合いが違うというか…) だがその反面、この世界での戦い方と比べれば幻想郷側である霊夢も多少相性の悪さを覚えていた。 弾幕ごっこは基本被弾しても多少の怪我で済むし、当てる方が加減をすれば無傷で相手との雌雄を決する事ができる。 だがその反面、最低怪我だけで済む命の保証された戦いはハルケギニアの血生臭い命のやり取りとは『真剣さ』に決定的な差がある。 例えれば、鍛え抜かれた剣と槍を持った鎧武者相手に水鉄砲と文々。新聞を丸めたモノで勝負を挑むようなものなのだ。 相手がキメラなら霊夢も容赦なしで戦えるが、ワルドの様な人間が相手ではそう簡単に命を奪うような真似は出来ない。 もしもあの時、自分ではなく魔理沙がワルドの相手をする羽目になっていたら――――…そこで霊夢は考えるのをやめる。 慌てて頭を横に振って考えていた事を振り払うと、そこへ間髪入れずにデルフが話しかけてきた。 『…それにしてもお前さん、結局一昨日の事はあの二人に話さなくて良かったのかい?』 最初は何を言っているのかイマイチ分からなかったが゙一昨日゙という単語でその日の出来事を振り返り、そして思い出す。 そう、一昨日の夜…自分たちのお金を盗んだ少年をいざ気絶させようとしたときに、何故か巫女もどきが突っ込んできたのである。 おかげで気を失うわ、あの少年にはまんまと金を持ち逃げられるわで散々な目に遭った。 さっきまでデルフ言った『暢気発言』のせいで変に考えすぎてしまっていたせいで、ほんの一瞬だけ忘れてしまっていたらしい。 その時魔理沙の元にあったデルフが知っているのは、昨日他の二人が寝静まった後に顛末を聞かせてくれと頼んできたからだ。 霊夢本人としてはあまり自分の失敗は話したくなかったものの、あんまりにもせがむので仕方なく教えたのである。 その事を思い出せた霊夢はあぁ!と声を上げてポンと手を叩き、ついでデルフに喋りかける。 「まぁ説明しようかなぁ…ってのは思ってたけど、下手に一昨日ここで出会ったって言うのは何か不味い気がしてね」 『それは案外正解かもな?あの狐、あまり騒ぐのは良しとしてないようだがそれもあくまで『大多数の人が見ている前』だけかもしれん』 「……それってつまり、藍のヤツがあの巫女もどきを見つけ次第どうにかしちゃうって言いたいの?」 霊夢の言い訳にデルフはいつもの気怠そうな声とは反対に、きな臭さが漂う事を言ってくる。 やけに過激な発言なのは間違いないし、そこは霊夢も言いすぎなんじゃないかと諭すのが普通かもしれない。 しかし、彼女もまたデルフの言葉を一概に否定できるような気分ではなかった。 昨日、あの巫女もどきと似ているという先代の巫女が出てきた夢の話だけで掴みかかってきた藍の様子。 物心つくまえの自分が見たという光景を夢で見ただけだというのに、あの反応は誰がどうも見てもおかしかった。 とてもじゃないが、自分が昔の巫女を夢で見たというだけであんなに驚くのははっきり言って異常としか言いようがない。 それを聞いて酷く動揺し、豹変した藍を無理やり連れて部屋を後にした紫も加えれば…何かを隠しているのは明らかであった。 そして、その先代の巫女と姿が似ていると藍が言っていた巫女もどき。 彼女が街にいるのなら藍よりも先に見つけ出して、色々彼女の出自について聞いてみる必要があるようだ。 やるべき事を頭の中で組み立てた彼女はデルフを背負い、市場の方へと歩きながら彼にこれからの事を話していく。 「ひとまず金を盗んだ子供を捜しつつ、あの巫女もどきもできるだけ早く見つけ出して話を聞いてみないと」 『だな。お前さんのやるべき事が一つ増えちまったが…まぁオレっちが心配する必要はなさそうだね』 「まぁね。ついでにやる事が一つできただけなら、片手間程度ですぐに済ませられるわ」 暗にルイズや魔理沙たちに相談する必要は無いという霊夢の意見に、デルフは一瞬それはどうかと言いそうになる。 確かに彼女ぐらいならば、今抱えている自分の問題を自分の力の範囲内で片付ける事が出来るかもしれない。 しかし知り合いに相談の一つぐらいしても別にバチは当たらんのではないかと思っていたが、彼女にそれを言っても無駄になるだろう。 変に固いところのある霊夢とある程度付き合って、ようやく分かってきたデルフは敢えて何も言わないでおくことにした。 ここで自分の意見を押し連れて喧嘩になるのもアレだし、何より今の彼女は自分を操る『使い手』にして『ガンダールヴ』なのである。 彼女がよほどの間違いを起こさなければ咎めるつもりは無いし、間違っていれば咎めつつもアドバイスしてやるのが自分の務めだ。 だからデルフはとやかく霊夢に意見するのはやめて、ちょっとは彼女の進みたい方向へ歩かせてみることにしたのである。 (全く、今更何だが…つくづく風変わりなヤツが『ガンダールヴ』になったもんだぜ) デルフは彼女に背に揺られながら一人内心で呟くと、霊夢より一つ前――自分を握ってくれたもう一人の『ガンダールヴ』を思い出そうとする。 昨日、ふと自分の記憶に変調が生じて以降何度も思い出そうとしてみたが、全然思い出す事が出来ない。 まるでそこから先の記憶がしっかりと封をされているかのように、全くと言って良い程浮かんでこないのである。 少なくとも昨日の時点で分かったのは、かつて自分を握った『ガンダールヴ』も女性であった事、 そして彼女と主である始祖ブリミルの他に、もう二人のお供がいた事だけ…それしか分かっていないのだ。 しかも肝心の始祖ブリミルと『ガンダールヴ』の顔すら忘れてしまっているという事が致命的であった。 (それにしてもまいったねぇ。相談しようにも内容が内容だから無理だし、他人の事をとやかく言ってられんってことか) 自分と同じように一つ前の巫女の顔を知らない霊夢と同じような『誰にも言えぬ事』を抱えている事に、彼は内心自嘲する。 互いに多くの秘密を抱えた一人と一本はやがて人ごみが増していく通りの中に紛れ込みながら、ひとまずはブルドンネ街へと足を進めた。 それから時間が幾ばくか過ぎて、午前九時辺りを少し過ぎた頃。 『魅惑の妖精』亭の二階廊下、屋根裏部屋へと続く階段の前でルイズはシエスタと何やら会話をしていた。 しかしシエスタの表情の雲行きがよろしくない事から、あまり良い話ではなさそうに見えるが…何てことは無い。 「…と、いうわけであの二人は外に出かけてるのよ」 「そうなんですか、お二人とも用事で外に…」 今日と明日の貴重な二連休をスカロンから貰った彼女が、ルイズ達三人を連れて外出に誘おうと考えていたらしい。 しかし知ってのとおり霊夢達はそれぞれの用事で既に外へ出ており、早くとも帰ってくるの昼食時くらいだろう。 暇をしていたルイズが空いた水差しを手に階段を降りたてきたころでバッタリ出会い、そう説明したばかりであった。 「まぁマリサはともかく、レイムは泥棒捜しで忙しいだろうし断られたかもしれないけどね?」 「あっ…そうですよね、すいません。…レイムさん達に王都の面白い所を色々見せてあげようと思ってたんですが、残念です…」 ルイズの言葉で彼女達の今の状況を思い出したシエスタハッとした表情を浮かべ、ついで頭を下げて謝った。 どうやら彼女の中では色々と案内したい所を考えていたらしいようで、かなりガッカリしている。 落ち込んでいる彼女を見てルイズも少しばかり罪悪感という者を感じてしまったのか、ややバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。 普通なら魔法学院のメイドといえども、貴族である彼女がこんな罪悪感を抱える理由は無い。 しかしシエスタとは既に赤の他人以上の関係は持っていたし、何より彼女にとって自分たちは二度も我が身の危機を救ってくれた存在なのだ。 そんな彼女が自分たちにもっと恩返しをしたいという思いを感じ取ったルイズは、さりげなくフォローを入れてあげることにした。 「ん~…まぁ幸い明日も休みなんでしょう?アイツら遅くても夕食時には帰ってくるだろうし、その時に誘ってみたらどうかしら」 「え、良いんですか!でもレイムさんは…」 途端、落ち込んでいた表情がパッと明るくなったのを確認しつつ、 気恥ずかしさで顔を横へ向けたルイズは彼女へ向けて言葉を続けていく。 「アイツだって、一日休むくらいなら文句は言わないでしょうに。…案外泥棒も見つかるかもしれないしね…多分」 「ミス・ヴァリエール…分かりました。じゃあ夕食が終わる頃合いを見て話しかけてみますね!」 「そうして頂戴。まぁアンタが空いた食器を持って一階へ降りる頃には、安いワイン一本空けて楽しんでるだろうけどね」 ひとまず約束をした後、ルイズは何気なくシエスタの今の食事環境と昨夜の苦い体験を思い出してしまう。。 この夏季休暇の間、住み込みで働いている彼女の食事は三食とも店の賄い料理なのだという。 賄いなので量は少ないのかもしれないが、少なくとも自分たちの様に余分な酒代が出る事は絶対に無いだろう。 昨日は魔理沙の勢いに押し負けて安いワインを一本を頼んだつもりが、気づけばもう一本空き瓶がテーブルの上に転がっていたのである。 安物ではあるが安心の国産ワインだった為にそれ程酷く酔うことは無かったものの、その時は思わず顔が青ざめてしまった。 幸い王都では最もポピュラーな大量生産の廉価ワインだったので、大した出費にはならず財布的には軽傷で済んで良かったものの、 あの二人がいるとついつい勢いで二杯も三杯も飲んでしまう自分がいる事に、ルイズは思わず自分を殴りたくなってしまう。 ただでさえ金が盗まれた中で簡単にワイン瓶を二本も空けていては、一週間も経たずに財布が底をついてしまうのだ。 (本当ならこういう時こそ私がキチッと節制するべきだっていうのに…あいつらに流されてちゃ意味ないじゃないの) 「…?あ、あの…ミス・ヴァリエール?」 霊夢が泥棒を見つけて、アンリエッタから貰った資金を取り返すまでは何としてでも少ない持ち金だけで耐えなければいけない。 ある意味自分の欲との戦いに改めて決意したルイズが気になったのか、シエスタが首を傾げている。 シエスタ…というか他人の目かから見てみると、ルイズの無言の決意はある意味シュールな光景であった。 その後、今日は霊夢達を外出に誘えなかったシエスタはひとまず私物等を買いに店を後にし、 手持ち無沙汰なルイズは誰もいない一階で、旅行鞄の中に入れていた読みかけの本の続きを楽しむことにした。 本自体は春の使い魔召喚儀式の前に買った魔法に関する学術書であり、霊夢が来てからは色々と忙しく集中できる機会がなかったのである。 故にこうして屋根の修理で騒がしくなってきた屋根裏部屋ではなく、静かな一階で久々に読書を嗜もうと考えたのだ。 藍の式である橙も用事なのか店にはおらず、ジェシカ達住み込みの数名は今夜の仕事に備えて就寝中。 スカロンは起きているが、昨日の雨漏りを治す為に呼んで来てくれた大工数人と共に屋根の上に登って修繕作業の真っ最中である。 丁度霊夢と魔理沙が外へ出た後ぐらいにやってきた大工たちに腰をくねらせてお願いし、難なぐ難のある゙助っ人として急遽加わる事になったのだ。 本当なら手伝わなくても良い立場だというのに、わざわざ工具箱を持って意気揚々と梯子を上っていった彼はこんな事を言っていた。 「長年お世話になって来たんですもの、このミ・マドモワゼルが誠心誠意を込めて直してあげなきゃ店の名が廃るってものよ!」 寝る前に様子を見に来たジェシカやシエスタに向けられた彼の言葉は、確かな重みがあった。 最も、その大切な言葉も彼のオカマ口調の前では呆気なく台無しになってしまうのだが。 ともあれ今の屋根裏部屋はその作業の音で喧しく、とてもじゃないが読書はおろか仮眠すら取れない状態なのである。 故にルイズはこうして一階に降りて、作業が終わるまで暇を潰そうと決めたのだ。 幸いにも店内は外と比べてそれ程暑くはなく、入口と裏口の窓を幾つか開ければ風通りも大分良くなる。 水もキッチンにある水入りの樽から拝借するのをスカロンが許してくれたが、無論飲みすぎないようにと注意された。 しかし外にいるならばともかく屋内ならそれほど汗もかかない為、ルイズからしてみれば余計な注意である。 五分、十分と時間が経つたびに捲ったページの枚数を増やしつつ彼女は熟読を続ける。 例えまともな魔法が使えなくとも知識というものは、自分に対してプラスの役割を付加してくれるものだ。 逆に魔法の才能があるからといって学ぶことを怠ってしまうと、魔法しか取り得の無い頭の悪い底辺貴族になってしまう。 かつて魔法学院へ入学する前に一番上の姉であるエレオノールが、口をすっぱくしてアドバイスしてくれたものである。 普段から母の次に恐ろしく厳しい人であったが、ツンとすました顔で教えてくれた事は今でも記憶の中に深く刻み込まれていた。 だからこそ入学した後も教科書だけでは飽きたらず自ら書店に赴き、底辺貴族なら見向きもしない様な専門書を買うまでになっている。 霊夢を召喚する前の休日にする事と言えば専門書を開き、夕食の後はひたすら魔法の練習をしていた。 今のルイズから見れば成功する筈の無い無駄な努力であったが、それでもあの頃はひたすら必死だったのである。 その時の苦い思い出と努力の空振りが脳裏を過った彼女はページを繰る手を止めて、その顔に苦笑いを浮かべて見せる。 「思えばあの時の私から、大分成長した…というか変わっちゃったものねぇ」 誰にも見られる筈の無い表情を誤魔化すように呟いた彼女は、ふと今の自分は読書に耽って良いのかと考えてしまう。 今は親愛なるアンリエッタ王女――近々女王陛下となる彼女――の為に、情報収集を行わなければいけない時なのである。 本当ならば霊夢達に任せず、自分が先頭に立って任務を遂行しなければいけないというのに…。 折角貰った資金は賭博で増やした挙句に盗られ、更に平民に混じっての情報収集すら上手くいかないという始末。 結局情報収集は霊夢の推薦で魔理沙に任してしまい、自分のミスで資金泥棒を逃がしてしまった霊夢本人が責任を感じて犯人探しに出かけている。 それだというのに自分は何もせず、悠々自適に広くて風通しの良い屋内で読書するというのは如何なものだろうか。 その疑問を皮切りに暫し悩んだルイズは読みかけのページに自作の栞を挟み込むと、パタンと本を閉じた。 決意に満ちた表情と、鳶色の目を鋭く光らせた彼女は自分に言い聞かせるように一人呟く。 「やっばりこういう時は私も動かないとダメよね?うん、そうに決まってるわ…そうでなきゃ貴族の名が泣くというものよ」 閉じた本を腕に抱えた彼女は一人呟きながら席を立ち、着替えや荷物のある喧しい屋根裏部屋へと戻り始める。 まだ釘を打つ音や金づちによる騒音が絶え間なく聞こえてくるが、着替えに行くだけならば問題は無いだろう。 今手持ち無沙汰な自分が何をすればいいのか…という事について既に彼女は幾つか考えていた。 とはいってもそのどちらか一つを選ぶことがまだできてはおらず、一人呟きながらそれを決めようとしている。 「まずは…情報収集かしら?…それとも頑張って資金泥棒を捜すとか…うーんでも、うまくいくのかしら」 傍から見れば変な人間に見えてしまうのも気にせず、一人悩みながら二階へと続く階段を上ろうとした…その時であった。 「おーい、誰かいないかぁ?」 階段のすぐ横にある羽根扉の開く音と共に、若い男性の声が聞こえてきたのである。 何かと思ったルイズが足を止めてそちらの方へ顔を向けると、槍を手にした一人の衛士が店の出入り口に立っていた。 気軽な感じで閉店中である店の羽根扉を開けてこっちに声を掛けて来たという事は、この近くの詰所で勤務している隊員なのだろう。 外は暑いのか額からだらだらと汗を流している彼は、ルイズを見つけるや否や「おぉ、いたかいたか」と笑った。 ルイズはこの店に衛士が何の様かと訝しむと、それを察したかのように二十代後半と思しき彼がルイズに話しかけてくる。 「いやーすまないお嬢ちゃん、少し人探しに協力してもらいたいんだが…いいかな?」 「お…お嬢ちゃんですって?」 「―――!…え、え…何?」 いきなり平民に「お嬢ちゃん」と呼ばれたルイズは目を見開いて驚いてしまい、ついで話しかけた衛士も驚いてしまう。 生まれてこの方、平民からそんな風に呼ばれたことの無かったルイズの耳には新鮮な響きであった。 だが決してそれが耳に心地いい筈が無く、むしろ生粋の貴族である彼女にとっては侮辱以外の何者でも無い。 本来ならば例え衛士であっても、不敬と叫んで言いなおしを要求するようなものであったが… 「う……うぅ……な、何でもないわよ」 ついつい激昂しそうになった自分の今の立場を思い出すことによって、何とか怒らずに済んだのである。 今の自分は任務の為にマントはつけず、街で買ったちょっと裕福な平民の少女が着るような服装で平民に扮しているのだ。 だからここで無礼だの不敬だのなんて叫んで、自分が貴族であるという事を証明する事などあってはならないのである。 故にこうして怒りを耐え凌いだルイズは怒りの表情を露わにしたまま、何とか激昂を抑える事が出来た。 危うく怒ったルイズを見ずに済んだ衛士は「あ…あぁそうかい」と未だ怯みながらも、懐から細く丸めた紙を取り出した。 一瞬だけそっぽを向いていたルイズが視線を戻すと同時に、タイミングよく彼も紙を彼女の前で広げて見せる。 その紙に描かれていたのは、見た事も無い男性の顔のスケッチであった。 年齢はおおよそ四~五十代といったところか、いかにも人の上に立っているかのような顔つきをしている。 自分の父親とはまた違うが、もしも子供がいるのならいつもは厳格だが時には優しく我が子に接する父親なのだろう。 そんな想像していたルイズが暫しそのスケッチを凝視した後、それを見せてくれた衛士に「これは?」と尋ねた。 「ウチの詰所じゃあないが別の詰所担当の衛士隊隊長で、昨日から行方不明なんだ。 それでもって…まぁ、今も所在が分からないうえに自宅の共同住宅にもいないからこうして探しているんだよ」 「衛士隊の隊長が行方不明ですって?」 「あぁ。…それでお嬢ちゃん、この顔を何処かで見た覚えはないかい?」 丁寧にそう教えてくれた衛士はルイズの言葉に頷くと、改まって彼女に見覚えがあるかと聞いた。 またもやお嬢ちゃん呼ばわりされたことに腹を立てそうになったものの、何とか堪えてみせる。 「み…!みみみみみ、見てないわよ、そんなへ―…男の人は」 思いっきり衛士を睨み付けつつも、彼女は歯ぎしりしそにうなる口を何とか動かしてそう答えた。 危うく平民と言いかけたが幸い相手はそれに気づかず、むしろ怒ってどもりながらも言葉を返してきたルイズに驚いているようだ。 まぁ誰だってルイズのやや過剰気味な返事を前にすれば、思わず面喰ってしまうのは間違いないだろう。 「そ、そうかい…はは。まぁ、もしも見かけたんなら最寄りの詰所にでも通報してくれ」 自分を睨み付ける彼女を見て後ずさりながらも、衛士は最後にそう彼女に言ってから踵を返し店を出ようとする。 たった一分過ぎの会話であったというのに疲労感を感じていたルイズが落ち着きを取り戻すのと同時に一つの疑問が脳裏を過り、 それが気になった彼女は自分に背中を見せて通りへ向かうおうとする衛士に再度声を掛けた。 「そこの衛士、ちょっと待ちなさい」 「え?な、何だよ?」 「ちょっと聞きたいんだけど、その行方不明になった隊長さんと言い…何か朝から事件でも起きてるのかしら?」 「え……な、何でそんな事聞きたいんだよ?」 呼び止められた衛士は、単なる街娘だと思っているルイズからそんな事を言われてどう答えていいか迷ってしまう。 振り返って顔を見てみると、先程まで腹立たしそうにしていたのが嘘の様に冷静な表情を浮かべているのにも気が付いた。 これまで色んな街娘を見てきた彼にとって、ここまで理性的で意志の強さが見える顔つきの者を目にしたことが無かった。 だからだろうか、彼女からの質問を適当にいなしてここを後にするのは何だか気が引けてしまう。 今ここで忙しいからと無下にしてしまえば、それこそ彼女からの『御怒り』を直に受けてしまうのではないかと…。 ほんの少しどう答えていいか言葉を選んでいたのか、難しい表情を浮かべていた彼は周囲を見てから彼女の質問にそっと答えた。 今朝がたに浮浪者からの通報で、衛士隊の装備を身に着けた白骨死体が水路から発見されたこと。 死体には外傷と思しき瑕は確認できず、また第一発見した浮浪者も発見の前日や数日前には目撃したことがなかったのだという。 そして昨晩、先ほどのポスターに書かれていた顔の主である衛士隊隊長が行方不明の為、白骨の事もあって全力で探しているらしい。 短くかつ分かりやすい説明で分かったルイズはルイズは「成程」と頷き、説明してくれた衛士に礼を述べる。 今朝の朝食時に見た何処かへと走っていく衛士達が何だったのか、今になってようやく知る事ができたのだから。 「ありがとう、大体分かったわ。…じゃあ今朝見た衛士達の行先はそこだったのね」 「あぁ、何せ通報受けたのはウチの詰所だったしな、もう朝っぱらからテンテコ舞いさ。じゃあ、そろそろ…仕事の途中でな」 本当にさっきまでの腹立たしい彼女はどこへ行ったのかと言わんばかりに、落ち着き払ったルイズに目を丸くしつつも、 こんな所で油を売っていてはいかんと感じたのか再び踵を返し、今度はちゃんと羽根扉を閉めて大通りへと出る事ができた。 思わずルイズも後を追い、羽根扉越しに見てみると今度は外――しかもこの店の屋根の上にいるスカロンへと声を掛けるところであった。 「おぉーい、スカロン店長ぉー!ちょっと聞きたい事があるんだが、降りてきて貰えないかぁー?」 「はぁ~いィ!…御免なさいね皆さん、ミ・マドモワゼルはちょっと下へ降りるわよ~!」 その声が届いたのか、数秒ほど置いて頭上からあの低い地声を無理やり高くしたような声のオネェ言葉が聞こえてくる。 そこで視線を店内へと戻したルイズは壁に背を預けてはぁ…とひとつため息をついた。 危うく貴族としての『地』が出てしまいそうになった事を反省しつつ、結局これからどうしようかという悩みをまたも抱えてしまう。 平民を装って話すだけでも自分にはキツイと言うのに、一人で街へと繰り出して情報収集などできるのかと。 さっきの衛士はまだ良い方なのだが、街へ行けば確実に彼より柄の悪い平民にいくらでも絡まれてしまうだろう。 そんな相手を前にして、自分は平民として装い続けられるのか?迷わず『はい』と答えたいルイズであったが、そうもいかないのが現実である。 「………結局、レイムの言った通り私はこの仕事に向いてないんだろうけど。…だからといっではいそうですが…なんてのは癪だわ」 結局のところ、あの二人に任せっきりにするというのは、自分の性に合わない。 先程はあの衛士のせいで上りそびれた階段目指して、今度こそ外へ出ようとルイズは壁から背を離す。 その時であった、入口の方から階段の方へ向こうとした彼女の視線に『何か』が一瞬映り込んだのは。 タイミングがずれていたなら間違いなく見逃していたかもしれない、黒くて小さい『何か』を。 それはゴキブリともネズミとも言えない、例えればそう…縦に細く伸びた人型――とでも言えばいいのだろうか。 一瞬だけだというのに本来ならお目に掛からないであろうその人型を目にして、思わずルイズは視線を向け直してしまう。 しかし彼女が慌てて入口の方へ視線を戻した時、既にあの細長い影の姿はどこにも無かった。 「ん?………え?何よ今のは」 ルイズは周囲の足元を見回してみるが、どこにもそれらしい影は見当たらない。 それどころかネズミやゴキブリも見当たらず、開店前の『魅惑の妖精』亭の一階は清掃がキチンと行き届いている。 (私の見間違い?…いえ、確かに私の目には見えていたはず) またや階段を上り損ねたのを忘れているかのように、彼女は先程自分の目にしたものがなんだったのか気になってしまう。 だけども、どこを見回してもその影の正体は分からず結局ルイズは探すのを諦める事にした。 認めたくはないが単なる見間違いなのかもしれないし、それに優先してやるべきことがある。 ルイズは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、二階へと続く階段を渋々と上り始めた。 外の喧騒よりも大きいスカロンと衛士のやり取りをBGMにして、ひとまずは何処へ行こうかと考えながら。 ……しかし、彼女は決して目の錯覚を起こしてはいなかったのである。 彼女が背中を向けている店の出入り口、羽根扉下からそれをじっと見つめる小さな影がいた。 それは全長十五サント程度であろうか、小動物程度の小さな体躯を持つ魔法人形――アルヴィーであった。 人の形をしているが全身木製であり、球体関節を持っているためか人間に近い動きもこなす事が出来る。 何より異様なのは頭部。本来なら顔がある部分には空洞が作られ、そこに小さなガラス玉の様なものが収まっている。 青白く不気味に輝くガラス玉はまるで目玉の様にギョロリと動き、ルイズの後ろを姿をじっと見つめていた。 やがてルイズの姿が見えなくなると、アルヴィーは頭の部分を上げて周囲を見回してから、スッと店の出入り口から離れる。 横では衛士とスカロンが会話をしているのをよそに、小さな体躯にはあまりにも大きすぎる通りを横断し始めた。 人通りが多くなってきた為か、アルヴィー視点では巨人と見まがうばかりに大きい通行人達の足を右へ左へ避けていく。 少々時間が掛かったものの二、三分要してようやく反対側の道へ辿りついた人形は、そのままそさくさと路地裏へと入る。 日のあたらぬ狭い路。ど真ん中に放置された木箱や樽を器用に上り、陰で涼んでいる野良猫たちを無視して人形は進む。 やがて路地裏を抜けた先…人気の全くない小さな広場へと出てきた所で、元気に動いていたアルヴィーがその活動を急に停止させる。 まるで糸を切られた操り人形のように力なく地面に倒れた人形はしかし、無事主の元へとたどり着くことは出来た。 人形が倒れて数十秒ほどが経過した後、コツコツコツ…と足音を響かせて一人の女性が姿を見せる。 長い黒髪と病的な白い肌には似合わぬ落ち着いた服装をした彼女は、地面に倒れていたアルヴィーを拾い上げた。 前と後ろ、そして手足の関節を一通り弄った後、クスリと微笑むと人形を肩から下げていた鞄の中へとしまいこむ。 そして人形が通ってきた路地裏を超えた先――『魅惑の妖精』亭の方へと顔を向けて、彼女は一人呟く。 「長期戦を覚悟していたけど、まさかこうも簡単に見つかるなんて…全く、アルヴィー様様ね。 人形ならば数をいくらでも揃えられるし、何より私にはその人形たちを自在に操れる『神の頭脳』があるんだからね」 そんな事を言いながら、黒い髪をかきあげた先に見えた額には使い魔のルーンが刻み込まれている。 かつて始祖ブリミルが使役したとされる四の使い魔の内『神の頭脳』と呼ばれた使い魔、ミョズニトニルンのルーン。 ありとあらゆるマジック・アイテムを作り出し、そして意のままに操る事すらできる文字通り『頭脳』に相応しき能力を持っている。 そしてこの時代、そのルーンを持っているのは彼女―――シェフィールドただ一人だけであった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ使い魔は四代目 教室にルイズに続いてリュオが入った瞬間、悲鳴に近い大きなどよめきが起こった。そして、主人の動揺が伝わったか、或いは本能で危険を察したか、動物や幻獣の入り混じった使い魔達も落ち着きをなくし、怯えたり、唸り声を上げたり、と教室の騒がしさに拍車をかける。 それを無視し、ルイズは悠然と席に着いた。当然のように、リュオもその隣に座る。 「ル、ル、ルイズ!?何でそいつが、ここに…!」 ぽっちゃりした少年が、震える声でやっとそれだけを問いただした。後は、声にならない。それに対して、ルイズは何を分かりきった事を、といった態度で 「はぁ?使い魔だから授業に同行して来たに決まってるじゃない」 と、事も無げに答えただけだった。その答えに、教室に大きな衝撃が走る。一部始終を見届けていたタバサとキュルケは別にして、ルイズがあのドラゴンを使い魔にすることが出来るなどと思う者は皆無だったせいである。 「な、なんであんなの使い魔にしてんだよ…」 「嘘だろ?どう考えたって実力以上だろ…悪魔に魂でも売り渡したか?」 「…ああ、分かった。あいつはルイズなんかじゃない。もっとおぞましい、ノレイズとかいう何かなんだよ…」 などという囁きがあちこちで交わされたが、面と向かってルイズやリュオに事情を問いただす度胸のある者はいなかった。 リュオはそんな様子をしばし愉快そうに眺めていたが、 「ぐははははっ そんなに怯える必要は無いぞ。昨日のアレは冗談じゃと言うに。 まぁ仲良くやろうじゃないか、ん?」 その言葉にも、怯えを含んだ視線が向けられただけだった。大多数の者にとってはリュオが正体を現した時の衝撃がトラウマになっているようだ。 教室を見渡し、それを確認すると、リュオは大して気にした様子も無く続ける。 「なんじゃなんじゃ、反応が薄いのう…まともに話ができそうなのはキュルケとタバサだけかい」 「おほほほ、光栄ですわリュオ様。でもまぁ、無理もありませんわね。ああ無様を晒しては、恥という物を知っていれば、なかなか気軽に近づけるものではありませんわ」 余裕の笑みで、辛辣な事を言うキュルケに、彼女を恨みがましい眼で見る者が幾人か出たが、キュルケは全く動じた様子は無かった。それどころか、席を立つと、挑発するかのようにリュオの後ろの席に悠々と陣取った。 「折角ですし、後ろの席に座ってもよろしいかしら、リュオ様?」 「うむ、無論構わんぞ」 「ちょっと、何こっちに来てるのよ」 「安心なさいルイズ。貴方に用はないわ。リュオ様に名指しされたのですもの。良い機会だと思わない?」 「何の機会よ…まぁ、邪魔をしないなら勝手にすればいいわ」 ルイズは正直面白くなかったが、席が指定されているわけでもないので、それ以上は何も言わなかった。やがて、ふくよかな中年女性が入ってきて、教壇に立った。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 その言葉を受け教室を見渡してみれば、フクロウや猫、蛇といった動物がいた。サラマンダーやマンティコアのような幻獣もいた。なるほど、その言葉通りに教室内には様々な使い魔がいた。 そこで、シュヴルーズは言葉を切った。教室を見渡し、視線がリュオで止まる。 彼女はオスマンからルイズがリュオを召喚した事は聞いていた。が、オスマンがコルベール以外の教師に説明したのはルイズが遠方のかなり高位のメイジを召喚したので、事情を説明して協力を要請し、使い魔になってもらっている、という事だけであった。無論、竜族の王など言う言葉は口にしていない。 「なぁに、話してみればなかなか気さくなお方じゃわい。堅苦しいのは好かんと言っておられたし、普通にしておれば問題ないじゃろう。…とはいえ、言うまでもないが無礼の無いように頼むぞ」 などとオスマンは気楽に言ってのけたが、だからといって、はいそうですかと気軽に話しかけられるものではなかった。オスマンから見てさえも相当高位のメイジとあっては尚更である。 「始めまして。私はシュヴルーズと申します。貴方がミスタ・リュオ…ですね?なんでも遠方からいらした高位のメイジだとか。 昨日はかなり高度な変身の魔法を使われたと聞いておりますわ。よろしければ後でご教授願いたいものですが」 なるほど、昨日の事は変身の魔法という事にするのか。どこまで通じるかは分からぬがまぁ悪くない案だ、後でドラゴラムを披露してその設定を補強しておくか、 などと内心思いながらリュオは挨拶を返した。 「リュオじゃ。あー、シュヴルーズよ。持ち上げてくれるのは有り難いが、昨日の竜変化の呪文…ドラゴラムじゃが、それほど高度な呪文というわけではないぞ。 勿論ひよっこには無理じゃがな、まぁ珍しいというわけでもないのじゃ。さて、教授するのは構わんが、わしの使う魔法はお主等の魔法とはちと系統が違うようじゃから、この地でわしの知識がどれほどおぬしらの役に立つかは分からん。そういう意味で余り期待せんで貰いたいな。」 「…はぁ、珍しくも無いんですか?リュオ様の来た地は凄腕のメイジが多いのですわね…」 半ば呆然とシュヴルーズは呟く。そのやり取りを聞いた生徒から様々なざわめきが漏れる。 「変身の呪文じゃ、しょうがないな」 「あの時呪文唱えていたっけ?」 「ってか、あの存在感は変身の呪文じゃ出せないだろ?」 「馬鹿、一流のメイジだからこそあの存在感を作り出せるんじゃないか」 「てか、フェイスチェンジはスクウェアスペルだろ?…じゃぁ、凄腕ってのも納得するしかないよなぁ」 フェイスチェンジという顔を変えるスクウェアクラスの呪文が存在する事もあり、高度な変身の呪文を使った、という話は若干の疑問を抱く者もいたが、それなりに受け入れられたようだった。そして、それを受け入れたものは、スクウェアクラスでも顔を変える程度の変身がやっと、という事から、全身を凄まじい威圧感を持つドラゴンに変化させたリュオの実力を推し量り、嘆息するのだった。 だが、その事は別の疑問を産む事となった。当然といえば当然の感想ではあるのだが、 「…いや、だから何でそんな凄腕のメイジがルイズなんかの使い魔になるのよ?」 と、いう事である。そして、もっとも有りそうな答えを口にしたのが、先程のぽっちゃりした少年だった。 「ルイズ!本当は召喚できなくって、金でメイジを雇ったんじゃないのか!」 「…!違うわ!きちんと召喚したもの!昨日リュオにやり込められたからって言い掛かりはやめてよね」 ルイズは反射的に言い返していた。やっとの思いで成功させたサモン・サーヴァントであり、加えて使い魔にするには色々問題はあるにせよ、リュオの実力は申し分ない。これ以上無いという位だ。ルイズにとっては魔法で初めて他人に誇れるような成功をしたのである。他の事はともかく、それを否定される事はルイズにとって許しがたい事だった。メイジを雇うなら人並みでいいからもっと扱いやすいのを選ぶわよ、と思わなくはなかったが。 「何だと?ああ、認めてやるさ!確かに見事にしてやられたよ。けどな、そんなメイジがなんでゼロのルイズの使い魔になるんだよ! 嘘付きめ。本当はサモン・サーヴァントが出来なかったんだろう」 「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!風邪っぴきのマリコルヌが私を侮辱しました!」 「誰が風邪っぴきだ!俺は風上のマリコルヌだ!ゼロのルイズは名前もまともに覚えられないのか!」 「あんたのガラガラ声はまるで風邪でもひいてるみたいなのよ!」 譲れない点を付かれたルイズ、怒りの収まらないマリコルヌ。激昂した両者は収まりそうになかった。大部分の生徒は昨日の事もあり、口には出さないがマリコルヌに同調していた。 その険悪な空気を収めるべく、シュヴルーズは、手にした小ぶりの杖を振った。すると、立ち上がっていたルイズとマリコルヌがすとんと席の上に落ちた。それを見計らい、 「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 と、二人を諌めた。そこに、のんびりとした、だが、底冷えする声が響いた。 「全くじゃ。ルイズ、そこらで良いじゃろ。落ち着くのじゃ。さて、…小僧、わしが、金で動くと申したか」 リュオがマリコルヌを睨み付け、鋭さを増した声で言った。それだけで、全員が教室の温度が一気に下がったような感覚を味わった。その空気に耐えられず余計な事を言ったマリコルヌに (馬鹿、とっとと謝罪しろ) と、さっきまでとは真逆の念を込められた全員の視線が集中する。 当のマリコルヌは、リュオの視線とその空気に当てられて 「う…い、いや…」 とだけ呟くのがやっとであった。 「ふん、満足に文句も言えぬなら最初から口を開くでないわ。…ああ、済まなかったなシュヴルーズとやら。構わずに授業を再開してくれ」 細めていた眼が元に戻ると、それだけで教室内の一気に下がっていた気温が元に戻ったように皆に感じられた。 こいつには逆らわないでおこう。全員の心が一つになった瞬間であった。 「…えー、ミス・ヴァリエールは何とも心強い使い魔を召喚したものですね…ともあれ、お友達をゼロだの風邪っぴきだの呼んではいけません。わかりましたね?」 オールド・オスマン。早速心が折れそうです。内心でそう呟くと、冷や汗をぬぐいつつ、シュヴルーズは授業を開始した。 「さて、私の二つ名は赤土。赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します」 そう前置きして、シュヴルーズは、土系統の魔法の基本である錬金の講義を始めた。そして、実際に、魔法で出現させた机の上の数個の小石をピカピカ光る金属に錬金して見せた。 それに尋常ではない反応を見せたのがキュルケである。身を乗り出して 「ゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」 と、尋ねていた。 「ふむ…どこの世界でも女は金やら宝石に眼が無いんじゃなぁ」 「否定はしないけど、キュルケを基準にしないで頂戴ね」 キュルケの勢いに若干引き気味に呟いたリュオに、苦々しくルイズは答えた。 キュルケに対するシュヴルーズの答えは、落ち着いた物だったが、若干誇らしげであった。 「違います、ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは知ってる人も多いと思いますが、スクウェアクラスでないといけません。私はただのトライアングルにすぎませんから、残念ですがゴールドは無理ですわね」 アレフガルドでも錬金術の研究は行われている。が、金ではないとはいえ、こうも易々と他の金属に錬金できる術者はそうはいないだろう。どうやら、他の分野ではともかく、錬金術に関してはこの地はアレフガルドより数歩上を行っているようだ。そう判断し、素直にリュオは賞賛と質問を口にした。 「ふむ、見事な物じゃな。色々な金属が錬金出来るのじゃろうが…金の他にも希少な…そうじゃな、ミスリル銀やオリハルコンなども錬金出来るのかね?」 「残念ですが、私は真鍮が精々ですわ。先程ミス・ツェルプストーに答えたようにトライアングルですので。さて、金はともかく、そのような金属を錬金したメイジは知りませんわね。そもそも錬金するにはその対象を良く知らねば無理ですわ。そういった意味でもオリハルコンのような金属を錬金出来るメイジがいるとも思えませんが」 シュヴルーズは、そのような伝説上の金属を錬金する事は出来ない、とは思ったが、リュオのいた所は凄腕のメイジが多いようだし、もしかしたらそのような錬金を成功させる土メイジもいるのかもしれない、と思い直し、無難な返答をした。 「…ふむ、ということは、ロトの剣があればオリハルコンを錬金する事が出来るかもしれんのか」 「ミスタ・リュオ。ロトの剣とは?今の話からするとオリハルコンで出来ているような印象を受けましたが?」 「印象も何も、その通りじゃが?」 事も無げに言い放ったリュオに、シュブルーズの目が見開かれる。生徒達の間からも、小さなどよめきが起きた。 「何と…オリハルコンで出来た剣が実在するのですか?」 「勿論じゃ。もっとも、国宝級の業物じゃから、わしが持ち出せる物でもないのじゃがな」 「…まぁ、それはそうでしょうね。しかし、興味深いお話でしたわ。授業の後で詳しくお話を伺ってもよろしいですか?」 「うむ、構わんぞ…ん?何じゃ?」 鷹揚にシュヴルーズに頷いたリュオは、くいくい、と袖を引かれたのでルイズの方を見た。 興味津々といった風にルイズが小声で話しかけてくる。 「ちょっとリュオ。今出てきたロトの剣って…あの、ロト?」 「ああ、昨日話した、そのロトじゃ。アレフがわしの曽祖父を倒した時に使っていたのがそのロトの剣じゃよ」 その答えを聞いて、ルイズは昨日リュオから聞いた話に思いを馳せていた。伝説の勇者アレフ。あの竜王をたった一人で打ち破ったというリュオの世界の英雄。しかもその剣はオリハルコンで出来ていたという… 本当、どこまでも規格外の勇者よね、とルイズは溜息混じりに思った。まぁ、確かにそんな剣でもなきゃ竜王に立ち向かえるとも思えないけど。これって確実にイーヴァル「とても興味深いお話ですわリュオ様。後で詳しく聞かせていただけませんか?特に、そのロトの剣の話を」…イーヴァルディの勇者以上なんじゃないかしら?ああうっさいわね、これだからツェルプストーの女は… ぼんやりとそんな事を考えていたのが運悪く、シュヴルーズの目に留まった。すぐに厳しい声が掛けられる。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・リュオの話に非常に興味をそそられるのは私も同じですが、今は授業中ですよ。集中してもらわねば困ります」 「す、すみません。ミセス・シュヴルーズ」 恐縮するルイズは、「あらぁ、怒られちゃったわねぇ」と、キュルケの楽しそうに呟く声を聞き、カッとなったが、流石に構っていられる状況ではないので何とか押えた。 「謝罪は行動で示してもらいます。この小石を、貴方の望む金属に錬金して見せなさい」 「えっ」 「「「「「えっ」」」」」 シュヴルーズの言葉に、ルイズとキュルケを始めとした一同の反応がハモった。そのまま気まずい沈黙が訪れる。 ルイズは立ち上がらず、困った様にモジモジするばかりだ。見かねて、シュヴルーズが問いかける。 「どうかしたのですか、ミス・ヴァリエール?」 「ええと…先生、危険です。止めるべきです」 困った顔のキュルケのその言葉にクラス一同が頷く。 「…うっさいわね」 ルイズの反論にもいつもの元気がなかった。 「…危険?何故です?」 「先生は、ルイズを担当するのは初めてでしたよね?」 「ええ。しかし、彼女が努力家だということは聞いています。さあ、ミスヴァリエール。気にせずやるのです。失敗を恐れていては何も出来ませんよ」 「…ルイズ、お願い、やめて」 シュヴルーズはあくまでやらせるつもりだと見たキュルケが、顔面蒼白でルイズに懇願する。しかし、それが悪かった。 「…やります」 キュルケに対する反発心か、ルイズの背中を押す形になってしまったのだ。困ったキュルケは、教壇へと歩き出すルイズを見つつ、最後の望み…リュオに頼った。 「リュオ様、お願い。ルイズを止めてくださる?」 「…まぁ、無理じゃな。ああなったらもう言う事を聞かんのはキュルケも良く分かっとるんじゃないかな? ま、失敗なくして向上無しじゃよ」 「それは、そうですけど…仕方ありませんわね。退避行動を取らせていただきますわ」 そう言うと、キュルケは机の下に潜り込んでしまった。 「まぁ昨日召喚された時も爆発するのは見たが…いつもそんなにひどいのかね?」 「もう慣れましたけどね。かなり、ですわよ」 「…ふむ?早まったかのぉ…」 などとは言いながら、リュオは興味深くルイズを見守る。教壇では、シュヴルーズが 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 と、ルイズにアドバイスしていた。 いよいよか、とリュオは考える。昨日のルイズの、或いは今のキュルケの言葉通りならば、爆発が起きるはずだ。しかし、呪文に失敗したから爆発する、というのはどういうことなのだろう。発動しなかったり、暴走したりといった事ならまだ理解は出来るのだが。それに、昨日ルイズが見せた爆発。あれはイオ系の爆発とはまた違った感じがしたが… ルイズが手に持った杖を振り上げた。目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 そして。 爆発が起こった。 前ページ次ページ使い魔は四代目
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前ページ次ページCall of Different 少女が目を瞑り溜息を吐きながら説明する 「その使い魔の契約をしたら…どうなるんだ?」 先程の男が質問を投げかける 男の考えとしては面倒な事は勘弁願いたい為しなくて良いことはしたくない 「ルーンを刻まれた使い魔は主か使い魔が死ぬまで一生を使い魔として共にするのよ」 そしてしなかったら私が進級できないのよ と簡単な説明を続ける 「面倒臭ぇな、それにアメリカの奴隷制度は1995年のミシシッピ州憲法での承認で完全に終了したんだぞ ローチてめぇが契約してやれ 俺はパス」 と部下に丸投げする 「えぇ?待って下さいよ先輩、そr「上官命令だ」」 「…Shit…」「あぁ?何か言ったか?」 「何でもありませんよ!」 しぶしぶとゴーグルを着けた方の男が少女の前に立つ 「どうぞ、お好きに」 もうヤケだと言わんばかりに両手をあげる 「あなたでいいのね?でもその前に」 少女がコホンと一つ咳をして口を開いた 「私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール あなた達の名前は何?」 あぁ、自己紹介がまだだったか。と骸骨マスクの男が口を開く 「俺はゴーストだ、にしてもクソ長ぇ名前だな 偶に舌を噛まねぇか?」 続いてゴーグルの男が口を開く 「ローチだ」 「し、失礼ねゴースト!人の名前を何だと思っているのよ!!それにあんた達の方が十分変な名前じゃない!」 ルイズがゴーストに向かって怒鳴り散らす 「はいはい、いいからとっとと契約しちまえよ、ローチと契約して魔法少女にして欲しいんだ ってか」 ゴーストがケラケラと笑いながら物の見事に話を流す 「うーっ…」 ルイズは頬を膨らませてゴーストを可愛らしい目で睨む、怖くない 「まぁまぁ、ルイズ落ち着けって、先輩の日常はあんなんだから蚊に刺されたと思って諦めてくれよ」 ルイズの頭を撫でながらローチが妹を納得させるかのように説明する 「…わかったわよ、ローチちょっとしゃがみなさい」 「はいはい、仰せのままにお嬢様」 騎士が跪くかのように綺麗にローチが膝をつく するとローチの額に杖を当て何やら長ったらしい言葉を呟いていく 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 呟きが終わるとローチの唇にルイズがキスをする それを見るや否やゴーストが 「ヒューッ♪良かったなローチ役得だぜ?でもお嬢ちゃん、残念ながらローチはキス一つで驚くような 初心な童貞(チェリーボーイ)じゃぁねぇんだ、そいつのハートを持って行くならちゃんとフラグを立てろよ?」 とまくし立てる、残念ながらルイズの方が初心なので顔を真っ赤にして 「くぁwせdrftgyふじこ?!!!??!」 何やら叫んでいる 「ったく…先輩t…ッツ!?」 ローチが突然左手を押さえる 「おい、ローチ!どうした!」 ゴーストが表情を変え(見えないなんて無粋な突っ込みは無しで)ローチの肩を叩く 「っ…ふーっ…」 落ち着いたのか大きく息を吐き呼吸を整える 「おい、お嬢ちゃんローチに何をした?」 先程のおちゃらけた喋り方とは真反対の殺気のこもった冷たい声でルイズに話しかける 「大丈夫、大丈夫です先輩、銃で撃たれたより痛くないですから」 ローチがゴーストをなだめる 「でも何があったのかは教えてくれ、ルイズ」 ローチが笑顔でルイズに質問する(見えないなんてry) 「つ、使い魔のルーンが刻まれたのよ、死んだりはしないわ」 兵士であるゴーストの殺気に当てられてもあまり狼狽しない所を見るとわりと肝が据わっている 「…本当だな?お嬢ちゃん」 ゴーストが今一度確認を取る 「えぇ」 ルイズが正面からゴーストに向かって頷く するとゴーストはニカッと笑って(見えry)調子を変えて喋る 「そうか!じゃぁいいや、そいつを好きにしてくれ」 「せ、先輩?!」 「おっとローチ!ここはアメリカじゃないしもう階級なんて必要ないな!俺の事はゴーストと呼べ!」 ゴーストが笑いながらローチに話しかける 「えぇ?!俺が契約したのって上官命令ですよね?!もしかして…!」 「うん、わ ざ と ☆」 「Damn it!!」 ルイズがコントを繰り広げている二人を見ていると医務室の入り口からコルベールが顔を出してルイズに尋ねる 「終わりましたか?ミス・ヴァリエール」 「あ、はい終わりました」 コルベールが失礼しますよ、と言いながら医務室に入ってくる 「さて、御二方の内どちらが契約をなさったのですか?」 膝をついてうな垂れているローチをゴーストが腹を抱え指差し大笑いしながら 「はっはっはっ、こいつこいつローチだよwおぐぉぁっ?!腹がいてぇ!!!」 と言っている 「ミスタ・ローチ沈んでいる所失礼ですがルーンを見せて頂けないでしょうか?」 ローチはorzのまま左手のグローブを外し手の甲をコルベールに突きつける 「ふむ、これは珍しいルーンだ、スケッチしますので少々そのままにして下さい」 orzから何とか回復したローチがふと思い出したように立ち上がり口を開く 「聞き忘れてたけど俺等の衣食住は保障してくれるのか?」 すかさずルイズが質問に返答する 「もちろんよ、ローチはもう使い魔だから私の所に来てもらう事になるけど」 「HAHAHAHAHA!ローチ、役得だなぁ!羨ましい限りだぜ!」 ゴーストがゲラゲラ大笑いしながらローチを茶化す 苦笑いしていたコルベールが真剣な顔つきになり 「では、失礼ですが御二方の内どちらか私について来て頂きたいのですが」 ローチとゴーストが顔を合わせ一つ二人同時に頷く 「ローチは嬢ちゃんと一緒に嬢ちゃんの部屋に行っとけ」 どちらが行くかを全く話し合わずにゴーストが告げる 「了解」 ローチもまるで事前に話し合ってたかのごとく承諾する ルイズは二人のやり取りを見て (まるで洗練された軍人みたい) とTF141の軍人二人を見ながら思っていた 141の二人はベッドのそばに置いてあったシャツやBDU、バトルベストを着ようとする(ドッグタグは最初から身につけていた) するとゴーストがシャツを掴みそれを睨みつつ疑問の声を上げる 「んお?っかしぃな…新品同然になってるぞ?」 しばらくシャツを眺めBDUに目を向け 「まぁいいか…」 あまり気にしないようにした、彼は結果がよければあとは何でも良いのだ 情報を得るためなら拷問だって躊躇わないジュネーブ条約何それおいしいの、な人間なのだ 着替えを終え二人同時にハンドガンをレッグホルスターに収める 「じゃぁなローチ、また後で」 「えぇ、ゴースト」 そう言って二人が別れる Side G 「なぁオッサン、いったい何の用だ?」 ゴーストがコルベールの後ろを面倒臭そうに歩く 「…少し…見てもらいたい物が」 コルベールが苦笑いしながらゴーストを見る 「あっそ」 ゴーストは相手が会話してて面白くない人間だと認識したのかそっぽを向く 会話が続かないまま歩き続け本塔から外れた小さな小屋のような所に到着する 「貴方方が召喚された際に一緒にあった物です」 コルベールがドアを開きゴーストを招き入れる 「くっせぇ!」 入るや否やゴーストがバラクラバ越しに鼻を押さえ 次の瞬間呼吸も忘れ驚愕する 「おい…嘘だろ?…こりゃぁマカロフの…!」 「聞いても良ろしいでしょうか、コレは一体何なんですか?」 Side R 「ルイズ、使い魔の仕事って何だ?」 ルイズの部屋に到着してしばらくたったローチはベッドに座るルイズに向かい合うように椅子を持ってきて座る 先程まで歩きながら使い魔になったんだから私の命令に従いなさいよ、とか そのネックレスは何?とかさっきも聞いたけどその黒い変なの何? 等の質問をハイハイ、と言ったり無言でルイズの頭を撫でることで有耶無耶にしていた 途中やめなさいよ!とかどうして撫でるのよ!等抗議の声も上げていたが 「いい位置にあったからつい」 で答え顔を真っ赤にしたルイズ(怒り)に全く痛くない蹴りを浴びせられていた 「コホン、使い魔の仕事は3つよ」 ルイズが指を三本立てローチに突きつける、突きつけられたローチは軽く頷く 「まずは主の目となり耳となること」 「なんだ?見たことや聞いたことを随時報告すれば良いのか?」 ローチが考え得る事を尋ねる 「いえ、使い魔の視覚や聴覚の共有ができるようになるのよ」 「うげ、マジかよプライベートもクソも無いな、奴隷以下かもしれないぞ」 ローチが不満をルイズに言う 「心配しないで、残念ながら共有出来てないみたいよ、何も見えないもの」 残念そうに肩を落としながらルイズがローチの心配事に答える 「そりゃ良かった、で 二つ目は何だ?」 「秘薬とか珍しい物とか主が必要としている物を見つけて採ってくるのよ でもあなたはココの事なんて分からないでしょ、だから期待はしてないわ それに所詮平民だし」 ルイズはローチの事をただの変な格好をしている一般人だと思い込んでおり、故にこの類の期待はしていない 余談だがローチはTF141の軍人で階級は軍曹だ、軍人である上に所属がTF141であるためあらゆる戦況に対応できるように訓練されている 市街、雪原、砂漠、ジャングル、どんな戦場であろうと力を出し切ることが出来る サバイバル訓練も勿論行っている為食用可能な動植物や毒として利用可能な物もみっちりと頭の中に入れられている 「俺等の世界にあるものなら大体は分かるんだけどな」 ローチがぼそぼそと呟くが 「で、最後 コレが一番重要なんだけど」 肝心のルイズは聞いていない 「主を守ることよ、私達メイジは呪文の詠唱中は無防備なの、そこをやられたらひとたまりも無いからね」 強く言い聞かせるようにローチに説明する 「でも貴方にはあまり勤まりそうに無いわね、だから私の身の回りの世話d」 「なんだ、簡単な事じゃないか まぁ相手が人間だった場合はだけどな」 言葉を遮り自らの任務に対しての感想を漏らす 「えっ…えっ?簡単って……貴方戦えるの?」 「まぁある程度は、大体…105人ぐらいなら」 ローチの105人の理由は彼が持っているM92Fに関係している 具体的に言うなら弾数だ1マガジン15発 装填済み1(15発) 予備6(90発)で105発弾が入っている その上ローチは兵士としての腕は凄まじく高く(キャンペーン ベテラン ノーデスクリア位の腕だと思って下さい) ワンショットワンキルを完璧に実行できるという自信を持っている 「…まぁいいわ、じゃぁ伝えることは伝えたし私はもう寝るわ」 明らかに信じていないオーラがルイズから放出され辺りに漂っている 「HEY、俺はどこで寝ればいい?」 信じて貰えなかった事を少々残念に思いつつ部屋を見渡しながら現状の問題について向き合う 「そこ」 部屋の隅を指差し、いそいそとベッドに入り込む ローチが指差された方向を見ると藁がいい具合に積まれていた 「…Fuck 本格的に奴隷かよ」 ルイズに聞こえないほどの大きさの声でローチが悪態をつく 諦めて藁に座り腕を組んで壁にもたれて目を瞑った時に顔に何か柔らかい物がモフッと叩きつけられる 「ん?何だコレ」 叩きつけられた物を指で摘み見る 服だった、下着だった、しかし全く持って動揺しない、ローチは思春期のガキでは無いのだ 「どうしろってんだ?」 「明日の朝私が起きるまでに洗っておいて…」 ベッドから頭の先だけを出しているルイズが素晴らしいことを言い放つ 「……Fucking…!」 冗談で言ったはずの奴隷が本当に奴隷のような扱いであったため何とも言えない感覚に襲われる しかし彼はよく出来た兵士である、ある種の諦めを抱き先程のような姿勢になって眠ろうとする が、また先程と同じように柔らかい物を叩きつけられる まだあるのか畜生、と思って目を開くと視界になかなか上質な毛布が広がっている 「それ…使って良いわ…よ 寝床は…後日何とか……」 「…うれしくて狂喜乱舞してしまいそうだ、ありがとさん」 「ん…」 もう半分眠っているのだろう、返事と言えない返事が返ってくる 「あーあー、一体どうなっちまうのか…」 そう呟き毛布に包まって目を瞑り睡眠に入る 二つの月の明かりが部屋に美しい窓枠の影を作った Side G ゴーストが自分に与えられた部屋の簡素なベッドで横たわりながら考え事をしていた 「ローチはお嬢ちゃんの部屋の上質なベッドで今頃ぐーすか寝てんだろうなぁ、くそっ 明日ケツ蹴っ飛ばす」 残念ながらローチにベッドは与えられていないのだが彼が蹴られることは確定してしまったようだ 「…さて、ローチにアレをどう説明するか……まぁ昼飯時でいいか」 メインとサブを間違えたであろう考え事に終止符を打ちゴーストは瞼を閉じた S.S.D.D 日が変わってもクソは変わらずクソのまま(つまり次の日) 「っふ…ぁあ゛…!」 えらく珍妙不可思議な声を上げて起床したローチが身体をのそりと起こす ちなみに起床した時間帯で言うと4 30にもなっていない、TF141の兵士は早起きなのだ ここはどこだ、と約5秒半考えた直後今まであったことを思い出す そしてちらとまだスヤスヤと眠っているルイズの方を見て呟く 「当たり前だけど…ルイズはまだ寝てるか……」 そりゃぁそうだ、まだ若い女の子と厳しい訓練を積んだ筋骨隆々とした兵士を一括りにしてはいけない ローチがスクッと立ち上がり両腕を上にグッと伸ばす 「…っ…あ゛ぁ゛っ お?」 両腕を上に伸ばしたままの間抜けな姿で何かに気付き声を上げる 「…もう痛みが無いな」 普通ありえない、しかしある一部の兵士はどれほど銃弾を受けていても物陰でじゅううううびょおおおお!も休めば体力全快になるのだ そして何人かの人間に至ってはそもそも死なない ちなみにローチはこの世界に来たとき死なない方にジョブチェンジした、つまり補正である 「少しなら動いても大丈夫だな」 洗練された兵士の少しは一般人よりも少なかったり一般人の全力に勝る ローチは部屋のドアを開け部屋から出て行った ちなみにもう一人の死なない兵士は 「んがーっ!んごーっ!……んぶぃっきしィ!!(クシャミ)…んごーっ」 盛大の一言で片付ける事が不可能なほど爆睡していた TF141の兵士にも色々ある、彼は必要な時に力を発揮するのだ………きっと… 難なく外に辿り着いたローチは壁の近くで軽い筋トレやストレッチなどを行っていた 「197 198 199 200っと、ふぅっ」 軽い腕立て200回をこなし一息ついたローチは直ぐに立ち上がる 「…近接戦闘のイメージトレーニングでもするかな」 彼のイメージトレーニングのイメージは敵の存在であり身体は無茶苦茶に動かす ナイフを抜き敵の攻撃を受け流し首を刈り取る、心臓に外部直結の穴を開けてやる、脊髄にナイフの壁を一枚加える 正面から膝の関節を曲げてはいけない方向に曲げ首を捻ってはいけない角度まで捻る 膝を横から鎌で刈り取るように蹴り鳩尾に拳を叩き付け一回転し踵を顎に入れ頭を踏み潰す etc...etc... 空が軽く明るくなってきた頃ようやくローチがトレーニングを終了する 「そういやルイズに洗濯してくれって言われてたっけな」 洗濯機は無さそうだ、面倒だな と考えながらルイズの部屋に戻っていく ドアを開けると 「ん、くぅ……すぅ…」 さっきから変わったのは寝返りを打っただけであろう、体の向きだけだった 寝顔をちらと視界に入れると服や下着を手に取り籠に入れ部屋を出る 「さて、どこで洗えるのか…」 廊下で籠を持ちながらウロウロしていると大きな籠を持った女性が歩いている 「HEY、お嬢さん聞きたい事があるんだが」 女性に声を掛けると女性はこんな時間に起きている人は居ないと思っていたのかビクッと少し飛び上がる 「は、はい!どういたしましたか?!」 近くに歩いて行き女性を見ると何やらびくびくとしている 見ている方が何か申し訳なくなってくる 「あぁ、いや、こいつをどこで洗えば良いのか分からなかったから聞こうとしただけなんだ」 手に持つ籠を見ると女性が一安心したのかびくびくしなくなった 「でしたらどうぞついていらして下さい、丁度私も行く所でしたのでご案内します」 女性は人懐こい笑顔を浮かべるソバカスのある黒髪の可愛い女の子だ、女性と言うより女の子と言った方がしっくりくる 「どうもありがとう、俺はローチ ルイズって子の使い魔ってやつらしい」 「あぁ、噂のミス・ヴァリエールが召喚した平民の方ですね!」 どうやら俺達は噂となっていたようだな、とローチが考えて苦笑いしていると(顔は見えない) 「し、失礼しました!平民などと…」 「あぁ、別に構わないさ ところで君の名は?」 「あっ、失礼しました 私はシエスタと申しましてこの学院のメイドをしております」 シエスタが大きな籠を持ったままぺこりとお辞儀をする 「さぁ、行きましょうか」 にこっと笑顔になりシエスタが歩き始める それにローチが小さな籠を持ったままついて行く 「そうだ、ちょっとそれを置いてみな」 「え?は、はい」 ローチの変な提案に戸惑いながらもシエスタがよいしょという可愛い掛け声を出し地面に大きな籠を置く 「よっと」 ローチがすかさず大きい籠を持つ 「え、あ、あぁ!」 「悪いね、トレーニングしてるんだ持たせてくれ さぁ行くぞ」 反撃の隙さえ与えずシエスタに進行を促しシエスタも申し訳無さそうに前を歩く 「シエスタ…か」 「へ、変な名前でしょうか?」 シエスタがおずおずとローチに問いかける 「いや、俺のいた所(世界)ではシエスタってのは食後の休憩時間の事を言うんだ まぁ変な響きじゃないから名前として使ってるのもいるだろうよ 比べりゃ俺の名前の方が圧倒的に変だぞ?」 ローチがククッと笑いながらシエスタと会話する 「あの、失礼でなければ名前についてお聞きして良いですか?」 「あぁ、構わないさ ローチってのはコックローチ(ゴキブリ)の略だし実際俺は素早いし中々しつこいぞ?」 「ゴキブリ…」 流石のシエスタも苦笑いである 他愛の無い会話を繰り広げていると二人が水場に到着する 「おっと、着いたみたいだな さて洗うか」 とローチがグローブを外している最中にシエスタがローチの洗濯物を奪い取って洗い始める 「え、あ」 「ごめんなさい、お洗濯の練習なんです」 んべっ、と可愛らしく舌を出す 「くっははっ、こいつは一本取られたな」 ローチがケラケラと笑う 「あ、私がミス・ヴァリエールの所へ持って行っておきますので後はお任せください」 シエスタが洗濯をしながらローチに話しかける 「こいつぁやられたな、よし 何か困ったことがあったら俺に言ってくれ、可能なことなら何でもするよ」 「はい」 「じゃぁな、助かったよ」 そう言い残してローチはルイズの部屋に戻って行く 「ん…ちぃねぇさまぁ……えへへ」 部屋に戻るとルイズは幸せそうな寝顔で寝言を呟いている コレを起こすのは気が引けるが時間的にもそろそろ起こしてやるのが賢明だろう 「起きろルイズ、朝だぞ!」 カーテンと窓を開け光を取り入れ部屋の中を換気する 「んぅ…」 ちなみに起こす時にベストなのはゆっくりと周りを明るくしていき瞼越しで脳にそろそろ起きる時間だと認識させるのがベストだという 音等で急に起こすと脳がいきなり仮の覚醒状態に入ってしまいそれが疲労になるらしい じょじょに音量を上げていってもある一定を超えたところで急に仮覚醒するため段階で分けた音の目覚ましでも疲労になるそうだ (空想科学[生活]読本 より) 「んぁ…だぁれ?」 「俺だよ、ローチだ 忘れたか?」 「んーしらなぁい」 どうやら脳は起きているが思考が働かない状態らしい しばらく無言で目と目が逢う 別に瞬間好きだと気付いたりしたわけではない 「あぁ、あぁ!ローチ!」 思い出したようだ それからあーだこーだと話をしながらルイズの脳の完全覚醒を待つ 「ローチ、服」 「俺は服じゃないぞ」 「知ってるわよ!そうじゃなくて貸してって言ってるの!」 「あぁ、はいはい ほらよ」 ローチがルイズの昨日の夜ルイズが予め用意しておいたであろう服と下着を投げ渡す 「あ!っと 投げないでよ!」 「そりゃ悪かったな」 「全く…ん!」 「どうした?ウエストが合わなかったか?」 「着せて!」 ルイズがいきなり変なことを言い出す ローチはこの世界のこの年齢の人間は服も一人で着れないのかと思いながら確認の為に尋ねる 「一人じゃ着れないか?」 「違うわよ!」 「じゃぁ一人でやれ、俺は使い魔であって召使じゃない」 「うっ」 基本的に大概のものをはいはいとこなしてしまうローチだが全部じゃない ルイズがぶつぶつと呟きながら一人で着替えている間ローチがM92Fの弾薬確認やスライドの確認を行う 「何よそれ…」 ルイズはどうせ有耶無耶にされるんだろうけど、と思いながら一応聞く 「君を守るための武器だ」 「なに?それで殴るの?なら剣とか槍とか使いなさいよ」 「銃だ、言ってもわからんだろうがな」 ルイズはそう言われてムッとする、彼女は知識についてはあらゆる物を知っているのだ 「銃ぐらい分かるわよ!私の知ってるのと全く形が違うから他の何かだと思ったのよ!」 「そうかい」 「なによ!銃なんて魔法の使えない平民の苦し紛れの武器じゃない!」 「50メートル先の敵を連続で撃ち殺す武器が苦し紛れとは魔法ってのは恐ろしいな」 ローチはこの世界の科学力の基準が非常に低く銃もせいぜいマッチロック(火縄銃)かフリントロック(火打ち式)だろうと考えている よってローチとゴーストが所持しているオートマチックハンドガン(自動拳銃)は凄まじいオーバーテクノロジーなのである 「何言ってんの?メートル?連続で撃ち殺す?」 その上まさにその通りなのだ 「あー…大体この位はどんな単位で表す?」 ローチが手を軽く広げ距離を示す 「どんなって…1メイル位じゃないかしら」 「やっぱり単位表現も違うか…じゃぁ50メイル先にいる敵を連続で殺せるぞ」 「う、嘘言わないでよ」 ルイズが顔面蒼白でローチに言い放つ まるで嘘であって欲しいと願っているようだ 「…嘘だよ」 ローチが真剣な顔をしていたルイズをからかう様に話す ローチはこの会話だけで複数の事を理解する 1.銃はまだ単発式である 2.単位表現の違い 3.銃でメイジを簡単に殺害可能 4.この世界の銃はメイジにとって恐ろしい物ではない 5.そろそろ時間がやばいかもしれない ※重要 「ルイズ、時間は大丈夫か?」 「え、あ?!…大丈夫みたい、まだ少し余裕があるけど先に行きましょうか」 ローチが起こした時間はルイズが起きるよりも少し早い 「さぁ行くわよ、朝の早くから変な事を聞くもんじゃないわね、嘘なんてもうまっぴらよ?」 「はいよ」 やれやれと大人しくルイズについてドアをくぐる 外に出たとたん隣の部屋のドアが開いてルイズとは真反対の容姿の女性が出てくる 「おはよう、ルイズ」 ルイズはその女性を見たとたん嫌そうな顔をして返事をする 「…おはよう、キュルケ」 キュルケと呼ばれた褐色赤髪ナイスバディの女性がルイズの後ろに立つローチを品定めをするように見る 「ふーん、貴方がゼロのルイズの使い魔の死ぬ寸前だった平民ね?お名前を伺っても宜しくて?」 ローチはしばらく黙り込んで喋りだす 「…ローチだ」 「ふふ、いい声ね 見れば体つきも筋肉質で素敵ね、燃え上がっちゃいそうだわ」 ルイズはむすっとして二人のやり取りを見つめる 「私は微熱のキュルケ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ 以後お見知りおきを、ミスタ・ローチ」 ローチはやっぱりクソ長い名前だな、この世界の人間は皆こんなのか? いや、シエスタは短くて覚えやすい名前だったな などと考えていた 「でもやっぱり使い魔にするならこんなのよね、おいでフレイム」 その一言でやたらと暑苦しそうな尻尾の燃えてるでかいトカゲが出てくる 日本のゲームで似たような感じのが出てたっけな 「それサラマンダー?!」 ルイズが驚いたように声を上げる 「そうよー、火トカゲよー、見てこの立派な尻尾!コレほど鮮やかで大きい炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ! 好事家に見せたら値段なんてつかないわ!」 火トカゲか、そのまんまだな、やっぱり進化するのか? 云々と考えているとフレイムがローチを見てバカにしたようにバフッと軽く炎を吐く それを見てローチは少々イラッとしたのか一瞬目を瞑り 殺気を込めてフレイムをギッと睨む (ぶち○すぞ、トカゲ野郎) 睨まれたフレイムがビクッと反応し一歩二歩と下がる 「あ、あれ?どうしたの?フレイム」 キュルケが挙動不審なフレイムを見て心配そうに話しかける フレイムがそそくさと何か恐ろしいものから逃げるように歩いて、否 走っていく 「ま、待ちなさいよー!」 キュルケがそれを追いかけていく 「…ローチ何かした?」 「してないさ、走りたい気分だったんだろ」 「そう」 イマイチ納得しきれないルイズがどうせ無駄だと理解して話を切り上げる ルイズが無言で歩く後ろをローチが堂々とした態度で一歩一歩廊下を踏みしめて歩く ただ単に軍人として受けた行進訓練の癖なだけだが 急にローチがルイズに質問する 「微熱って?」 「二つ名よ、メイジには二つ名があるの、キュルケは微熱」 「ルイズはゼロか、どんな意味だ?」 「………」 「…悪い、言いたくないならいい」 「いいわよ、べつに」 どうやら食堂に着いたらしく内部からがやがやと声が聞こえる 「凄いな…」 「でしょう? トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないのよ」 まるでどこかの王室の食堂のようだ 「メイジはほぼ全員が貴族なの、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。 だから食堂も、貴族の食卓にふさわしい物でなければならないのよ」 自慢げにルイズが食堂の自慢をする、別にルイズが建てたわけでもないのにNE しかし自分の出身の自慢はしたいものである 「ところ俺はどこで食えばいい?」 「着いてきなさい、平民はこのアルヴィーズの食堂には入れないんだけど私の使い魔だから特別に許可するのよ」 言われた通りルイズに着いていく 「ここよ」 一つのテーブル前に辿り着きルイズが椅子に腰を下ろす ローチもその隣に腰を下ろす 「そこは貴族の席よ、ローチは床」 「おいおいマジかよ 奴隷扱いか?」 しぶしぶと立ち上がりローチはぶつぶつと文句を言う (あぁ、どんな不味い飯が出てくんのかな MRE(世界一不味いといわれるレーション)よりもマシだといいな) ルイズが指差した床にあったのは申し訳程度に何かが浮いたスープと凄まじく硬そうなパンだ 「カロリー無さそうだ……」 ボソッとローチが感想を呟く 彼は兵士である、数日は食べなくても大丈夫なように訓練されているが食える時には食っておきたい 彼だって人間なのだ ローチはしぶしぶスープを口に含む 「ん、美味いな 凄く美味い、MREと比べるなんてコックに失礼な事をしちまったな」 30秒とたたず極々少量の食事を胃に収めるとおもむろに立ち上がり 「うっし、ルイズ 俺は外で待っとくから用があったら呼びにきてくれ」 ルイズはそれを聞くと えっ、早… と呟いて歩いていくローチの後姿を見つめていた 廊下で腕を組んで足りない睡眠を壁にもたれながら仮眠で補っていると食事を終えたルイズがローチに声を掛ける 「ローチ!」 「ん、飯は食い終わったか?」 「えぇ、これから教室に行くからついて来て」 「俺が行く必要はあるのか?」 「まぁ…ね」 歯切れの悪いルイズの頭をおもむろにローチが撫でる 「な、何するのよ!」 「いい位置にあったからつい」 「ッー!行くわよ!!」 ルイズがプンスカと怒り足を踏み鳴らしながら歩いていく ローチは妹を見るように暖かい目でルイズの後姿を見つめながらついて行く そしてゴースト 「んぐっ、あぁーぁ…」 盛大なあくびと背伸び 「あ゛ーよく寝た!」 今ひとつ緊張感の足りないゴーストである 周りを見渡しスクッと立ち上がり一言 「うっし、ローチのケツを蹴飛ばしに行くか」 忘 れ て い な い ローチサイド 「?!」 ローチが言い知れぬ不安に身震いする そんなローチを知ってか知らずかルイズがローチに話しかける 「教室、着いたわよ」 その言葉にローチが反応し視線を上げる ルイズがドアをくぐるとザワザワしていた教室が一瞬静かになりクスクスと笑い声が聞こえてくる ローチがそれを見て多少の不快感を感じルイズの方を見るがルイズは何のそのといった風に無視し席に着く ローチが凛とした軍人のようにルイズの隣に立ち胸を張りルイズにボソッと話しかける 「ルイズは強いんだな」 最初何を言っているのだと思っていたがルイズは周りの状況を理解し返事する 「別にいつもの事よ、ある程度は慣れたわ」 それっきりローチは黙り切り周りを観察する (慣れるほどこの空気に晒されていたのか、クソッタレめ…ルイズの何が不満なんだガキ共) 見ればルイズやローチを指差すものやちらちらと見て来るもの ローチに熱視線を向けてくるキュルケやら我関せずと本をずっと読んでいる青髪の少女など 色々な人間がいる、人間だけでなく珍妙奇天烈摩訶不思議な生物も沢山いる ローチが目玉の変な物体に目をやっていると扉が開きややお年を召した女性が入ってくる すると教室が静かになり笑い声も収まる 入ったとたん静かになった教室にご満悦した女性は微笑みながら 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、 こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 と、教室を一瞥しながら話す ルイズと隣に立つローチを見ると「あらあら」と呟いて話を始める 「変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 貶すつもりなど1%も含まれない純粋な驚きの声を上げるシュヴルーズ ルイズが少し俯く そこに声質で言うなら少々下品と言うべきか可哀想と言うべきかという声が響く 「ゼロのルイズ!召喚が出来なかったからって変な格好の平民なんか連れてくるなよ!」 見るとやや太った少年がルイズに野次を飛ばす それを聞いたルイズが流石に怒ったのか声を荒げる 「違うわ!きちんと召喚したもの!ローチが来ちゃっただけよ!」 「おいおい、嘘つくなよな!ゼロのルイズ!」 ローチは理解する、ゼロという二つ名は誇りに出来るものではない、バカにされているのだ この太ったクソガキ、投げナイフの的にしてやろうか と思案しているとルイズが声を上げる 「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!風邪っぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」 それを聞いたマリコルヌ(マルコリヌの方が個人的には言い易いからよく間違える)も声を荒げ 「かぜっぴきだと! 風上だ! 風邪なんか引いてないぞ!!」 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いているみたいなのよ!」 口喧嘩が始まった、殴り合いにはならないがどちらにしろ喧嘩だ そこにシュヴルーズが割って入る 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はやめなさい。 お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません、わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ、僕の風邪っぴきはただの中傷ですが、ゼロのルイズは事実です」 マリコルヌがニヤニヤとしながらルイズを指差す すると周りも何人かクスクスと笑い始める 瞬間シュヴルーズが杖を軽く振りマリコルヌと笑った生徒の口に粘土を詰め込む 「しばらくその姿で授業を受けて反省しなさい」 以後普通に授業が進みローチはそれを見ながら思う (言語体系も違うな、文字が何書いてるのか皆目検討つかない) 先生が錬金という魔法で石ころを金色の物体に変える どうやら真鍮らしい (物質の原子を変化させるのか?!バカな!それに必要なエネルギーは天文学的数値に…云々) 「では実際に今やった錬金を誰かにやってもらいましょう!」 シュヴルーズが振り向きうーんと言いながら誰にしようかと見回し始める 「そうだわ、ミス・ヴァリエールにやってもらいましょう!」 いきなり静かだった教室がざわめき始める 「先生、ルイズにやらせるのは危険です」 キュルケがいきなり声を上げる それに賛同するようにマリコルヌや生徒たちが頷く 「あら、どうしてですか?」 「ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。あまり実技の成績が良くない事は存じていますが、非常に努力家である事も存じております。 さあ、ミス・ヴァリエール、気にせずにやってごらんなさい。失敗は成功の母ですよ」 ルイズが決心したように立ち上がり教壇に歩き始める 「あぁ、あぁ、」 キュルケが変な声を上げる 「さぁ、ミス・ヴァリエール、この石ころを望む金属に変えてください、しっかりと変えたい金属を強くイメージするのですよ」 次の瞬間ルイズが杖を振り下ろす 閃光、轟音、衝撃、凄まじい爆発が起きた まるで手榴弾が爆発したようだ 「う、おぉ…」 咄嗟に机の後ろに隠れ対ブラスト姿勢になっていたローチが周りを見渡し驚く 阿鼻叫喚 使い魔達は教室を走り回り飛び回りガラスを突き破り他の使い魔に危害を加える 生徒は衝撃で吹き飛ばされたり自分と同じように机の後ろに隠れたり事前に教室から出ていたりした 「だから言ったのよ!危険だって!」 キュルケがルイズを指差す 「もうあいつを退学にしてくれ!」 生徒が叫ぶ 「俺のラッキーが! 蛇に食われた!」 使い魔を助けようとするものもいる 煤だらけになり服もボロボロのルイズがコホンと一つ咳をして 「ちょっと失敗したみたいね」 それを聞いた生徒たちが叫ぶ 「何がちょっとだ!いっつも失敗じゃねぇか!ゼロのルイズ!!」 「成功確立いつだってゼロじゃないか!」 ローチはゼロの意味を理解する 「俺のラッキーが! 蛇に食われた!」 さっき聞いた ローチは一言呟いた 「なるほど…だからゼロか…」 前ページ次ページCall of Different
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 何処からか吹いてくる、涼しくて当たり心地の良い風が自分の頬と髪を撫でている。 それを認識した直後に、ルイズは何時の間にか自分が今まで意識を失い今になって目覚めた事を理解した。 「ン、―――――ぅん…?」 閉じていた瞼をゆっくりと上げて、その向こうにあった鳶色の瞳だけをキョロキョロと動かしてみる。 上、下、右、左…と色んな方向へ動かしていくうちに、自分の身体かうつ伏せになっている事に気が付く。 そして同時に一つの疑問が生じた。それは、今自分が何処にいるのかという事についてだ。 「………どこよ、ここ?」 重く閉ざしていた口を開いてそう呟いた彼女の丸くなった目には、異空間としか形容できない世界が広がっていた。 目に見えるものは全て、自分が横になっている床や天井すらもまるで雪のような白色に包まれた場所。 今自分の視界に映っている手意外に目立つモノはないうえに色も全て白で統一されている所為かその空間の大きささえ分からない。 ゜ ここは…?そう思って体を動かそうにも、不思議な事にどんなに手足へ力を入れても立つことはおろか、もがくことすらできない。 体が動かなければ立ち上がって調べる事も出来ないために、ルイズはその場で悶々とした気持ちを抱える事になってしまう。 「あぁ、もうッ。体が動かないんじゃあここが何処かも分からないわよぉ…たくっ!」 とりあえずは自由に動く顔に残念そうな表情を浮かべつつ、ルイズはそんな事を言った。 彼女の残念そうな呟きを聞く者は当然おらず、言葉の全てが空しい独り言として真っ白い空間に消えていく。 それから少ししてか、ふと何かを思い出したかのような顔をしたルイズがここで目覚める直前の事を思い出した。 シェフィールドと名乗る女がけしかけてきたキメラ軍団を、霊夢や魔理沙にちぃ姉様の知り合いと言う女性と共に戦っていた最中、 突如乱入してきた風竜に攫われて他の三人と別れた後に、彼女は風竜に乗っていた人物を見て驚愕していた。 ――――――ワルド…ッ!?やっぱり貴方だったのね! ――――――やぁルイズ、見ない間に随分とタフになったじゃないか トリステインを裏切り、あまつさえアンリエッタ王女の愛する人を殺した男との再会は酷く強引で傲慢さが見て取れるものであった。 それに対する怒りを露わにしたルイズの叫びに近い言葉も、その時のワルドには微塵も効きはしなかったようだ。 無理もない。何せその時の彼は竜の上に跨り、一方のルイズはその竜の手に掴まれている状態だったのだから。 どんなに迫力のある咆哮を喉から出せる竜でも、檻の中では客寄せの芸にしかならないのと同じである。 ――――私を攫ってどうする気?っていうか、さっさと降ろしなさいよ! ―――――それはできない相談だ。君がいないど彼女゛が僕を目指してやってきてくれないだろうからな 竜の腕の中でジタバタしながら叫ぶルイズに、ワルドは前だけを見ながらそう言っていた。 あの男の言う゛彼女゛とは即ち――あのニューカッスル城で、自分に手痛い目を合わせた霊夢の事に違いない。 少なくとも魔理沙とは面識が無いであろう、プライドが高く負けん気の強いこの男に手痛い目に合わせだ彼女゛といえばあの紅白しか思いつかなかった。 そんな事を思っていた直後、今まで自分をその手で掴んでいた竜がフッと握る力を緩めたのが分かった。 え?…っと驚いた時、竜の手から自由になったルイズの体はクルクルと回りながら柔らかい草地へ乱暴に着地した。 キメラ達との戦いで切られてボロボロになったブラウスに草が貼り付き、地面に触れた傷口が激しく痛む。 地面へ着地して二メイル程回ってから、ようやく彼女の体は止まった。 ボロボロになったルイズは呻き声を上げた蹲る事しかできず、立ち上がる事さえままならぬ状態であった。 そんな彼女を尻目に乗っていた風竜から飛び降りたワルドはスタスタと歩きながら、彼女のすぐ傍で立ち止まった。 足音であの男が近づいてきたと察したルイズはここに至るまで手放さなかった杖を向けようと手を動かそうとする。 しかし、そんな彼女のささやかな抵抗は一足先に自分の顔へレイピア型の杖を向けてきたワルドによって止められた。 ――――無駄だ。所詮学生身分の君じゃあ、元魔法衛士隊の私とでは勝負にならんぞ ――――…っ!そんなのやってみなきゃ…わからない、でしょう…が 体中がズキズキと痛み続ける中、自分を見下ろす男に彼女は決して屈しなかった。 少なくとも目の前の男に一発逆転を喰らわせだ彼女゛ならば、同じ事を言っていたに違いない。 痛む体に鞭を打ち、ワルドの杖などものともせずに立ち上がろうとした直前、彼女の目の前を青白い雲が覆った。 それがワルドの唱えた『スリープ・クラウド』だと気づこうとしたときには、既に手遅れであった。 ―――――大人しくしていろよルイズ?少なくとも、あの紅白が来るまではな 頭上から聞こえてくるワルドの言葉を最後に、ルイズは深い深い眠りについてしまう。 魔法による睡魔に抗えるワケもなく、急激に重くなっていく瞼を閉じたところで――――彼女の意識は途切れた。 再び目を覚ました時には、こんなワケのわからない空間にいた。 ここに至るまでの回想を終えたルイズは、眠る前に耳にしたワルドの言葉を聞いて悔しい思いを抱いていた。 どういう経緯で自分を見つけてたのかは知らないが、アイツがレコン・キスタについているのなら警戒の一つでもしておくべきであったと。 今更悔やんでも仕方ないと頭の中で思いつつも、心の中では今すぐにでもワルドに一発ブチかましてやりたいという怒りが募っている。 歯ぎしりしたくて堪らないという表情を浮かべていたルイズであったか、どうしたのかゆっくりとその表情が変わり始めた。 火に炙られて形が崩れていくチーズのように、凶悪な怒りの表情が神妙そうなモノへと変わっていく。 その原因は、彼女の目が見ているこの場所――――つまりこうして倒れている空間にあった。 「―――――にしたって、何で私はこんな所にいるのかしら?」 その言葉が示す通り、彼女自身ここがどういう所なのか全く分からなかった。 ワルドの『スリープ・クラウド』で眠った後でここにいたのだから、普通に考えればここは彼女の夢の中という事になる。 しかし、どうにもルイズ自身はこの変な空間が自分の夢の中だとは上手く認識できなかった。 無論根拠はあった。そしてそれをあえて言うのならば―――夢にしては、どうにも意識がハッキリし過ぎているのだ。 これが夢なら今自分の体は暗い夜の草地の上で倒れているはずなのだが、その実感というものが湧いてこない。 むしろ今こうして倒れているこの体こそ、自分の本物の体と無意識に思ってしまうのである。 まるでワルドに眠らされた後、何者かによってこのワケの分からない空間へと転移してしまったかのような…―― 「…って、そんな事あるワケないわよね」 自分の頭の中で浮かび上がってきた疑問に長考しそうになった彼女は、気を紛らわすかのように一人呟いた。 あまりにも馬鹿馬鹿しく。人前で言えば十人中十人が指で自分を指して笑い転げる様な考えである。 というか普段の自分なら今考えていたような゙もしかして…゙な事など、想像もしなかったに違いない。 第一、そんな事を追及しても現実の自分たちが直面している事態を好転できる筈もないというのに。 「とにかく、何が何でも目を覚まさないと…」 バカな事を考えるのはやめて現実を直視しよう、そう決めた時であった。 丁度彼女の顔が向いている方向とは反対から、コツ…コツ…コツ…という妙に硬い響きのある足音が聞こえてきた。 (………誰?) 突然耳に入ってきたその音に彼女は頭を動かそうとしたが、残念な事に頭も全く動かない。 その為後ろからやってくる゙誰がを確認することは叶わず、かといってそこで諦めるルイズではなかった。 (このっ、私の夢なら私が動けって思った時に動きなさいってのッ) 根性で動かそうとするものの、悲しいかなその分だけ視界が目まぐるしく動き回るだけである。 そうこうしている内に硬い足音を響かせる゙誰がは、とうとう彼女のすぐ傍にまで近づいてきてしまった。 一体何が起こるのかと緊張したルイズは動きまわしていた目をピタリと止めて、ジッど誰がの出方を疑う。 だが、そんな彼女が想像していた様な複数の゛もしかしたら゙とは全く違う事が、彼女の身に起こったのである。 ―――――聞こえるかい?遥か遠くの未来に生きる僕たちの子 それは、ルイズの予想とは全く異なった展開であった。 突然自分の頭の中に響き渡るかのようにして、若い男性の声が聞こえてきたのである。 「え…こ、声?」 流石のルイズも突然頭の中に入ってきたその声に驚き、思わず声を上げてしまう。 声からして二十代の前半か半ばあたりといったところだろうか、まだまだ自分だけの人生を築き始めている頃の若さに満ち溢れている声色だった。 ―――――――僕たちが託したこの世界で、過酷な運命を背負わせてしまった子ども達の内一人よ。…聞こえているかい? ルイズ目を丸くして驚いている最中、再びあの男性の声が聞こえてくる。 女の子であるルイズの耳には心地よい声であったが、こんな優しい声を持つ知り合いなど彼女にはいない。 これまで聞いたことのないような慈しみと温かさに満ちたソレは、緊張という名の氷に包まれたルイズの心を優しく溶かし始めている。 何故だか理由は分からなかったものの、その声自体に彼女の心を落ち着かせる鎮静作用があるのだろうか? 声を入れた耳がほんのりと優しい暖かさに包まれていくが、そんな゜時にルイズは一つの疑問を抱いていた。 それはこの声の主が、自分に向けて喋っているであろう言葉にあった。 遥か遠くの未来?過去な運命…? まるで過去からやってきた自分、ひいてはヴァリエール家の先祖が、自分の事を言っているかのような言い方である。 名家であるヴァリエールの血を貰いながらも、魔法らしい魔法を一つも使えず渋い十六年間を生きてきたルイズ。 そんな彼女をなぐさめるかのような謎の声にルイズはハッとした表情を浮かべた。 私を知っているのか?頭の中へと直接話しかけてくる、この声の主は…。 「あなた、誰なの…?」 思わず口から言葉が出てしまうが、声の主はそれに答える事無く話し続けてくる。 ――――――――君ならば、きっとこれから先の事を全て、受け止められる筈だ ―――――――――楽しいことも、悲しいことも、そして…身を引き裂かれるような辛いことも全て… そこまで言ったところで、今度はすぐ後ろで止まっていたあの足音が再び耳に入ってきた。 コツ、コツ、コツ…と硬く独特な音がすぐ傍から耳に入ってくるというのは、中々キツイものである 足音の主はゆっくりと音を立てながら、丁度ルイズを中心にして時計の針と同じ方向に歩いているようだ。 つまり、このまま後数歩進めば自分の頭の上を歩いて足音の主をようやく視界の端に捉えられるのである。 謎の声に安堵していたところへ不意打ちを決めるかのような足音に多少は動揺を見せたルイズであったが。喉を鳴らしてその時を待った。 ……三歩、四歩――――――そして次の五歩目で、上へ向けた彼女の視界に足音の正体が見えそうになった瞬間。 その足音の正体と思しき人影から漏れ出した眩い閃光が、ルイズの視界を真っ白に染め上げたのである。 まるで朝起きて閉めていたカーテンを開けた時の様に、突き刺すほどの眩い光に彼女は思わず目を細めてしまう。 「―――ッう!」 呻き声を上げたルイズは目に痛い程の光を見て、今度は何が起きたのかと困惑し始める。 そんな彼女を再び安心させるかのように、またもやあの゙謎の声゙が――――今度は直接耳へと入ってきた。 鼓膜にまで届くその優しい声色が、その鳶色の瞳を瞼で隠そうとしルイズの目を見開かせる。 「僕は、君みたいな子がこの世に生まれ落ちてくるのを待っていたんだ… 決して自らの逆境に心から屈することなく、何度絶望しようとも絶対に希望を手放すことなく生きてきた、君を―――――」 まるで生まれてから今日に至るまで、自分の人生を見守って来たかのような言い方。 そして、足音の正体から広がる光が見開いたルイズの視界を覆い尽くす直前。その声は一言だけ、彼女にこう告げた。 「水のルビーを嵌め…―――始祖の祈祷書を…――――君ならば…―――制御でき―――る…。 使い道を、間違え…――――あれは、多くの…人を――――無差別に…―――――――殺…せる」 まるで音も無く消え去っていくかのように遠ざかり、ノイズ交じりの優しい声が紡ぐ言葉は。 目の前が真っ白になっていくルイズの耳を通り、頭の中へと深くまるで彫刻刀で彫るかのように刻まれていった。 「――――――…はっ」 光が途絶えた先にまず見えたのは、頭上の暗い闇夜と地面に生えた雑草たちであった。 服越しに当たる草地の妙に痛痒い感触が肌を刺激し、草と土で構成された自然の匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。 その草地の上でうつ伏せになっていると気が付いた時、ルイズは自分の目が覚めたのだと理解した。 「夢、だったの?…っう、く!」 一人呟きながら立ち上がろうとするも、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。 そういえばワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのだと思い出すと同時に、一つの疑問が湧く。 (ワタシ…どうして目を覚ませたのかしら?) 『スリープ・クラウド』は通常トライアングル・クラスから唱える事のできる高度な呪文だ。 スクウェアクラスの『スリープ・クラウド』ならば竜すら眠らせるとも言われているほどである。 ワルド程の使い手の『スリープ・クラウド』は相当強力であろうし、手を抜くなんて言う間抜けな事はしない筈だ。 なら何故自分は目を覚ませたのであろうか?ルイズがそれを考えようとしたとき、聞きなれた霊夢とデルフの声が耳に入ってきた。 「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」 『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』 軽く怒っている様子の巫女と、軽い気分で謝っているインテリジェンスソードのやり取りを聞いて、思わずそちらの方へ顔を動かそうとする。 『スリープ・クラウド』の影響か体は依然動かないままだが、幸運にも首と顔は何とか動かせるようになっていた。 ぎこちない動作で声が聞こえてきた右の方へ動かしてみると、霊夢とデルフがあのワルドと対峙しているのが見えた。 (……あっ、魔理沙!) その二人から少し離れた所で魔理沙が倒れているのが見えたが、見た所怪我らしいものは見当たらない。 ただこんな状況で暢気に倒れているという事は、おそらく自分と同じようにワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのであろう。 レイピア型の杖を片手剣と同じ風に構えているワルドと、自分よりやや大きめの剣を両手で構えている霊夢。 その彼女の左手のルーンが微妙に輝いているのと、デルフの刀身が綺麗になっている事に彼女は気が付いた。 (レイム、それにデルフ…って、アイツあんなに綺麗だったっけ?…それに、レイムの左手のルーンが!) 見間違える程新品になったうあのお喋りな剣の刃先、『ガンダールヴ』のルーンを光らせる霊夢はワルドに向けている。 それはまるで、あのニューカッスル城で自分を寸でのところで助けてくれたあの時の彼女の様であった。 輝いている。あの小娘の左手のルーンが眩しい程に俺の目の前で輝いてくれている。 左のルーン…あの時、倒した筈のお前は何もかもをひっくり返して俺をついでと言わんばかりに倒してくれた。 あの時お前が剣を振るって遍在を斬り捨てていた時、お前の左手が光っているのをしっかりと見ていた。 光る左手――――それは即ち。かつてこの地に降臨した始祖ブリミルが従えたという四つの使い魔の内の一人。 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなし、光の如き俊敏さで始祖に迫りし敵を倒していったという゛神の左手゙こと『ガンダールヴ』。 今、俺の目の前にはその『ガンダールヴ』を引継ぎ、尚且つ俺に負け星を贈ってくれた少女と対峙している。 こんなに嬉しかった事は、俺の人生の全てが変わった゛あの頃゙を経験してから初めての事だ。 何せこれまで思ってきた疑問の一つが、たった今跡形も無く解消したからだ。 ――――――…ルイズ、やはり君は…只者ではなかった。 「ほう…その左手のルーン、まさかとは思うがあの伝説の『ガンダールヴ』のルーンとお見受けするが?」 「……!へぇ、良く知ってるじゃないの。性格の悪さに反して勉強はしているようね?」 両者互いに距離を取った状態を維持しながらも、霊夢の左手のルーンに気付いたワルドが質問をしてきた。 霊夢はまさかこの男が『ガンダールヴ』の事を知っているとは思わなかったので、ほんの少しだけ眉を動かしてそう返す。 一方のワルドは相手の反応から自分の予想が当たっていた事を嬉しく思いながらも、冷静を装いつつ話を続けていく。 「まぁな。魔法衛士隊の隊長を務められるぐらいに勉強を積み重ねていると、古い歴史を記した書物をついつい紐解いてしまうんだ。 大昔にあった国同士の大きな戦の記録や、古代にその名を馳せた戦士たちの伝記…そして始祖ブリミルと共に戦ったという゛神の左手゙の話も…な?」 霊夢の左手に注視しながらもワルドは王立図書館でその手の本を漁っていた頃の自分を思い出していく。 あの頃はただがむしゃらに強くなりたいという思いだけを胸に、埃を被っていた分厚い本たちとの戦いが自分の日課であった。 しかしどんどん読み進めていき、読破した冊数を重ねていくうちに今の時代では学べぬ様な事を覚える事が出来た。 その当時天才と呼ばれていた将軍や大臣たちが編み出した兵法や戦術の指南書、後世にて戦神と崇められた戦士たちが自らの生き様を記した伝記。 元々ハルケギニアの歴史や兵達の活躍を元にした舞台や人形劇が好きだった事もあって、彼はより一層読書の楽しさを知る事となった。 そして水を吸うかの如くそれ等の知識を吸収していったからこそ、今のワルドという人間がこの世にいるのであった。 そういった本を片っ端から読み進めていく内に、彼はある一冊の本を手に取ることとなったのである。 巨大なライブラリーの片隅、掃除が行き届いていない棚に差さっていた埃に覆われたあの赤い背表紙に黄色い文字。 まるで黴の様に本を覆い隠しているソレを何となく手に取り、埃を払い落とすとどういった本なのかを確認した。 その時はただ単にその本が読みたかったワケではなく、ただこの一冊だけ忘れ去られているのがどうにも気になっただけであった。 背表紙についていた埃を手で拭うかのように払い取った後、すぐ近くの窓から漏れる陽光の下にかざした。 ――――『始祖ブリミルの使い魔たち』 ハルケギニアに住む者達なら言葉を覚え始めた子供でも名前を言える偉大なる聖人、始祖ブリミル。 六千年前と言う遥か大昔に四つの使い魔たちと共に降臨し、この世界を人々が暮らせる世界に造りあげた神。 そのブリミルと使い魔たちに関する研究データを掲載した本を、彼はその時手にしたのである。 最初埃にまみれていたのがこの本だと知ると、彼はこの場に神官や司祭がいなかった事を心から喜んでいた。 この手の本はその年の終わり、始祖の降誕祭が始まる度に増補改訂版が出る程の歴史ある本だ。 棚に差されていたのは何年か前に出て既に絶版済みのものであったが、これ自体が一種の聖具みたいな存在なのである。 つまりこの本を教会や敬虔深いブリミル教徒の前で踏みつけたり、燃やしたりするようなバカは…。 真っ裸で矢と銃弾と魔法が飛び交う戦場へと突っ込んでいくレベルの、大ばか者だという事だ。 何はともあれひとまず埃を払い終えたワルドは、この本を入口側の目立つ棚へ差し替える前に読んでみる事にした。 別に彼自身は敬虔深いブリミル教徒ではなかった故に、この手の本は読んだことが無かった。 まぁその時は時間に余裕があったし、ヒマつぶしがてらに丁度いいだろうという事で何気なくページを捲っていた。 しかし、その時偶然にも開いたページに掛かれていた項目は、若かりし頃の彼が持っていた闘争心に火をつけたのである。 「『ガンダールヴ』は左手に大剣を、右手に槍を持って幾多の戦士と怪物たちの魔の手から始祖ブリミルを守り通したという…。 そう、その書物に記されている通りならば『ガンダールヴ』に敵う者たちは一人もいなかったんだ。―――――――ただの一人もな?」 杖の先をゆらゆらと揺らすワルドがそこまで言ったところで、今度は霊夢が口を開く。 「だから私にリベンジしてきたってワケ?わざわざルイズまで攫って…随分な苦労を掛けてくれるわね?泣けてくるわ」 涙はこれっぽっちも出ないけどね。最後にそう付け加えた彼女はデルフを構えたまま、尚も動こうとはしなかった。 やろうと思えばやれる程度に横腹を蹴られた時のダメージは回復してはいるものの、それでもまだ本調子で動ける程ではない。 霊夢個人の意見としてはこちらから攻め入りたいと考えていたが、ワルドもまた同じ考えなのかもしれない。 両者互いに攻め込んでいきたいという欲求をただひたすらに堪えつつ、じりじりと距離を詰めようとしていた。 「まぁ、そうなるな。いかに少女といえどもあの伝説の『ガンダールヴ』と手合せできるのだ。 一人の戦士として是非とも生きた伝説と戦い、自らの強さがどれ程のものか試してみるのも一興というものさ」 「他人を巻き込んでまで私と戦いたいだなんて…随分な御趣味でありますこと」 皮肉たっぷりな霊夢の褒め言葉にワルドは「褒めるなよ」と笑みを浮かべて言葉を返したが、その目は全く笑っていない。 既に戦いの火ぶたは切って落ちる寸前の状態であり、次の瞬間には斬り合いが始まってもおかしくない状態にある。 一瞬たりとも目の離せぬ睨み合いの最中。、霊夢は自分の体に異変が起こり始めている事に薄々気が付いていた。 今に至るまでの移動や戦闘での疲労からズシリとした重みを感じていたというのに、不思議とその重みがゆっくりと消えていくのである。 まるで体の中の見えない重みが抜けていくかのように、体が徐々に軽く動きやすい状態へと変わろうとしている。 最初は何事かと思っていたものの、すぐにこの謎の現象の原因が自分の左手のルーンにあるのではないかと直感で悟った。 (この前は散々な目に遭わせて貰えたけど…どういう風の吹き回しなのかしら?) ワルドから一切目を離さぬまま、彼女は自分の左手のルーンに語りかける様にして心の中で呟く。 以前このルーンが勝手に光った時は見知らぬ声に誘導されたり、頭が割れる程の頭痛を送ってくれたりと散々だったというのに…。 それがどうだ、今はデルフ一本を構えて敢えて光らせた途端に今度は自分の体の中の疲労というか重りを取り除いてくれている。 このルーンがどういった仕組みで自分にそのような効果を付与してくれるか、今の彼女はイマイチ知らないのだが、 ただ今みたいに自分を手助けしてくれるというのなら、敢えて手を出してちょっかいを掛ける必要はないとそう判断していた。 (ま、これからマジでヤバい奴と斬り合うかもしれないし…頼んだわよ伝説のルーンさん?) 心中で軽く礼を述べたところで、それまで黙っていたワルドが再び口を開いて喋り出した。 「しかし、まぁ…君とはラ・ロシェールのスカボロー港で出会って以来、ちょっとした因縁ができているな。 よもやこんな物騒な場所にルイズと共に来ていたなんて、流石の私でもそれは予測すらできなかったよ?」 それはごもっともね。口には出さぬ同意として、霊夢はワルドの言葉にそっと頷く。 本来なら学生であるルイズが、最前線というヤバい場所にいるなんてありえない事なのであろう。 そんな事を思う彼女を余所にワルドは一息ついてから、話を続けていく。 「後退したトリステイン軍を偵察する為に艦隊を離れて、その道中の上空で君たちが戦っている姿を見たときは本当に驚いたよ。 何せ君やそこで倒れている黒白…そしてあのルイズが我が軍の味方だという化け物共と戦っていたんだ。あの時は思わず我が目を疑ってしまったものさ」 ワルドの話を聞いて、ようやく霊夢はシェフィールドが叫んだ言葉の意味を理解した。 そりゃ突然味方のライトニング・クラウドで自分の手駒を壊滅させられたら、怒鳴り散らしてしまうのも無理はないだろう。 「なるほど…最初から仕組んでた事ならあの女が取り乱す必要なんてないものね」 「どうやらあの叫びっぷりからみて、彼女と君たちの戦いを邪魔してしまったようだが…なに、君に貰った負け星を返さぬまま永遠の別れというのも自分に酷だと思ってね」 「失礼な事言ってくれるわね?私ぐらいならあんなのすぐに片付けてやったわよ。まぁそれを代わりに済ませてくれた事には礼を述べてあげるけど」 あの時のシェフィールドの取り乱してからの怒りっぷりを思い出した霊夢が軽く口元に笑みを作ると、ワルドもそれにつられて微笑む。 暫し無言の笑みを向け合った後、再び真剣な表情へと変わったワルドは軽く咳払いした後に杖を構え直した。 「改めて言うが、一人の戦士として伝説の『ガンダールヴ』であり私を二回も負かした君を見つけて…このまま見過ごすという事はできない」 「わざわざルイズを攫った挙句に、私を蹴り飛ばした後で改まる必要なんてあるのかしら」 まるで本物のレイピアの様に構えて見せるソレの先端部を見つめながら、霊夢はデルフの柄をギュッと握り直す。 ギリリ…という小さくも息が詰まりそうな音が柄を握る掌から漏れ出し、それに合わせて左手のルーンがその輝きを増していく。 長い話し合いの結果、既にある程度体力を取り戻していた今の霊夢ならばある程度渡り合えるほどになっていた。 キメラ達との戦いで悩んでいた急な頭痛もルーンのお蔭なのか、今はそのナリを潜めている。 ワルドは既にやる気十分な彼女を見ながら、呪文を詠唱して再度戦闘準備に取りかかった。 訓練のおかげで口を僅かに動かす程度で詠唱できるようになった彼の杖に、風の力が渦を巻いて纏わりついていく。 やがてその力は青白い光となって杖と同化し、光る刃を持つレイピアへとその姿を変える。 「『エア・ニードル』だ。一応教えておくが杖自体が魔法の渦の中心、先ほどのように吸い込む事はできんぞ」 青白い光で自らのアゴヒゲを照らすワルドの言葉に、霊夢はデルフへ向けて「本当に?」質問する。 『まぁな、でも安心しなレイム。今のお前さんには『ガンダールヴ』が味方してくれている、だからお前さんの様な剣の素人でも遅れは取らんさ。……多分』 「私としては遅れをとるよりも勝ちに行きたいんだけど?…っていうか、多分って何よ多分って」 喋れる魔剣のいい加減なフォローに呆れながらも、そんなデルフを構え直した直後―――――ー。 「それでは…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、あらためワルド―――推して参るぞ」 杖を構えたまま名乗ったワルドが、地面を蹴り飛ばして突っ込んでくると同時に霊夢もまたワルド目がけて突っ込む。 黒と緑、紅と白の影がほぼ同時に激突する音と共にデルフの刀身と『エア・ニードル』を構成する魔力が火花を散らした。 (レイム…!) 一方で、ワルドが気づかぬ内に目を覚ましていたルイズは二人の戦いをやや離れた所から眺める立場にいた。 動きたくても未だにその体は言う事を聞かず、指すらくわえることもできずにどちらかの勝敗を見守る事しかできない。 (折角運よく目覚めたっていうのに、これじゃあ意味が無いじゃないの!) 意識だけはハッキリしている歯痒さと、助けようにも助けに行けない悔しさを感じたルイズは何としてでも体を動かそうとした。 まるで見えない腕に抑え込まれているかのような抵抗感に押しとどめられながらも、それを払いのけようと必死に体をもがかせる。 他人が見れば滑稽に見える光景であったが、やっている本人の表情は真剣そのものかつ必死さが伝わってくる。 (動けッ!動きなさいよ…!今目の前に…ウェールズ様の、姫さまの想い人の仇がいるっていうのに…!) 敬愛するアンリエッタに罪悪感の一つを抱かせ、その後もレコン・キスタにのうのうと所属していたであろうワルド。 そして今はソイツに攫われた挙句に霊夢たちを誘き寄せる餌にされて、まんまと利用されてしまっている。 今体が動くなら霊夢の手助けをしてあの男に痛い目を合わせられるというのに、ワケのわからない金縛りでそれが叶わない。 体の奥底から、沸々と怒りが湧き上がってくる。沸き立つ熱湯が鍋から勢いよくこぼれ出すかのように。 (このまま何もできずに見てるなんて―――――冗談じゃ…ない、わよッ!!) 積りに積もってゆく苛立ちと憤怒が彼女の力となり、それを頼りに勢いよく右腕へと力を入れた瞬間。 杖を握ったまま金縛り状態になったその腕がガクンと震えた直後、不可視の拘束から開放された。 「…!」 突然拘束から解放された右腕から伝わる衝撃に驚いたルイズは、思わずそちらの方へと視線を向けた。 残りの手足と体より先に自由になった腕は、ようやっと動けた事を喜んでいるかのように小刻みに震えている。 (まさか、本当に動いたっていうの?) 未だ半信半疑である彼女が試しに動かしてみると、主の意思に応えて腕はその通りに動く。 腕の筋肉や骨からはビリビリとした痺れのような不快感が伝わって来るものの、動かすことの支障にはならない。 (一体、どういう事なの…?――――…!) 先ほどの夢といい、ワルドの『スリープ・クラウド』から目が覚めた事といい、今自分の身に何が起きているのだろうか…? そんな疑問を頭の中で浮かばせようとするルイズであったが、動き出した右腕の゙手が握っているモノ゙を見た瞬間、その表情が変わった。 ルイズ自身、ワルドが゙ソレ゛を自分の手から離さなかったのは一種の気まぐれだったのかもしれない。 魔法で眠らせている分大丈夫だと高を括ったのか、それともまもとな魔法が使えない『ゼロ』の自分だから安心だと思ったのだろう。 だとすれば、彼はこの状況で唯一にして最も重要なミスを犯したと言っても過言ではないだろう。 彼女本人としては、体の自由を取り戻し次第近くに゙ソレ゛が落ちていないか探す予定であったのだから。 (丁度良いわね…探す手間が省けたわ。けれど、一難去ってまた一難…次ばコレ゙をワルドの方へと向けないと…) 思わぬところで情けを掛けてくれたワルドに心のこもっていない感謝を送りつつ、ルイズはゆっくりと右腕を動かし始めた。 ゙ソレ゛を手に持った右腕を動かすたびに、力が抜けるような不快な痺れが片と脊椎を通して脳へと伝わっていく。 まるで幾つもの羽箒でくすぐられているかのような感覚に、彼女はおもわず手に持っだソレ゛を落としてしまいそうになる。 (我慢…我慢よルイズ!ほんの数サント、そう数サント程度動かすくらい何よ!?) 歯を食いしばりながらその不快感に耐える彼女は、ゆっくりと腕を動かしていく。 その手に持っだソレ゛―――――この十六年間共に生きてきた一振りの杖で、母国の裏切り者へ一矢報いる為に。 一方、密かに反撃を行おうとするルイズを余所にワルドは霊夢とデルフを相手にその腕前を発揮している。 魔力に包まれた杖で見事な刺突を仕掛けてくる彼と対峙する霊夢は慣れぬ剣を見事に使いこなしてソレを防いでみせる。 彼女の胸を貫こうとした杖はデルフの刀身によって軌道を逸らされる一方で、袈裟切りにしようとするその刃を『エア・ニードル』で纏った杖で防ぎきる。 『ガンダールヴ』の力で剣を巧みに操れる様になっている霊夢は、百戦錬磨の武人であるワルドを相手に互角の勝負を繰り広げていた。 「ほぉ。中々耐えているじゃあないか、面白いッ!」 ワルドからしてみればギリギリのタイミングで防ぎ、的確に剣を振ってくる霊夢の腕にある種の驚きを抱きながら呟いた。 彼の目から見てもこの小さな少女には体格的にも不釣り合いだというのに、そのハンデを無視するかのように攻撃してくる。 見ると左手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは光り輝いているのを見る分、彼女は今伝説の使い魔と同じ能力が使えているようだ。 「く…このっ!さっさと斬られなさいってのッ」 対する霊夢は、この世界へ来るまで特に興味の無かった剣をここまで使いこなせている自分を意外だと感じていた。 あくまで話し相手であったデルフは見た目からして彼女には似つかわしくないし、何より重量もそれなりにある。 背中に担ぐだけならともかく、鞘を抜いて半霊の庭師みたいな攻撃をしようとしても、録に使いこなせないであろう…普通ならば。 しかしルイズとの契約で刻まれた『ガンダールヴ』のルーンが霊夢に助力し、その小さな体でデルフを使いこなしている。 本当なら剣の振り方さえ碌に知らなかった彼女は歴戦の剣士の様にデルフを振るい、ワルドと激しい攻防を繰り返していた。 先ほど御幣で渡り合った時とは違ってワルドの一挙一動が手に取るように分かり、相手のフェイントを軽々と避けれる程度にまでなっている。 そして本来ならば相当重いであろう剣のデルフを使ってどこをどう攻撃し、どのように振ればいいのかさえ理解できている。 トリスタニアの旧市街地で戦った時も、ナイフなんて使ったことも無いというのにあれだけ使いこなせたのだ。 あながちこのルーンの事は馬鹿にできないと霊夢は改めて感じていた。 他にも彼女の体に蓄積していて疲労や頭痛の類は、まるで最初から幻だったかのように収まってしまっている。 それに合わせていつもと比べて体が軽くなった様な気がするうえに、この前ルーンが光った時の様な幻聴みたいな声も聞こえてこない。 これだけ説明すれは『ガンダールヴ』になって良かったと言えるのだろうが、霊夢自身はあまりそういう気持ちにはなれなかった。 (タダほど怖いモノは無いって良く言うけれども、そもそもこんなルーン自体刻まれちゃうのがアレだし…) ワルドと切り結びながらも体力が戻った事でそれなりの余裕を取り戻した彼女は、心の中で軽い愚痴をぼやく。 しかし今更そんな事を思っても時間が巻き戻るワケでもなく、今のところ使い魔のルーンも自分のサポートに徹してくれている。 今のところワルドとも上手く渡り合えている。ならば特に邪推する必要は無いと判断したところで、何度目かの鍔迫り合いに持ち込んでしまう。 眩い火花を散らして激突し合うデルフの刀身と、魔力を帯びたレイピア型の杖。 杖そのものが魔法の渦の中心となっている所為で、魔法を吸収する事のできるデルフは『エア・ニードル』を形成する中心を取り込むことは出来ない。 しかし、普通の剣ならば小さなハリケーンとも言える『エア・ニードル』を防ぐ事はできなかったであろう。 「ふぅ…!流石伝説の『ガンダールヴ』だな、この私を相手に接近戦で渡り合えたヤツは君を含めて四人目だ」 「ご丁寧に、どうも…!」 顔から汗を垂らすワルドの口から出た賞賛に対し、両手でデルフを構える霊夢はやや怒った表情を礼を述べる。 いくら『ガンダールヴ』で剣が使えるようになったと言っても、現状の実力差ではワルドの方に分があった。 二人を見比べてみると、霊夢がやや必死かつ怒っているのに対しワルドの顔には未だ笑みが浮かんでいる。 しかしその表情とは裏腹に彼女を睨み付ける目は笑っておらず、杖も片手で構えているだけで両手持ちの霊夢の剣を防いでいた。 彼は元々、トリステイン王家の近衛を務める魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めただけの実力を持っているだけあってその杖捌きは一流だ。 例え片腕を無くした状況下で戦う事になったしても、相手に勝てる程の厳しく過酷な訓練を乗り越えてきたのだ。 それに加えてかつて霊夢に敗れてからというものの、毎日とは言わないが彼女を相手に戦って敗れるという夢を何度か見ている。 シュヴァリエの称号を持つ彼としては、ハルケギニアでは特別な存在であってもその前に一人の少女である霊夢に負けたという事実は思いの外悔しい経験だった。 だからこそ彼はその夢でイメージ・トレーニングの様な事をしつつも、あれ以来どのような者が相手でも決して油断してはならぬと心から誓っていた。 貴族、平民はおろか老若男女や人外であっても、自分に対し敵意を持って攻撃してくるものにはそれ相応の態度でもって返答する。 スカボロー港やニューカッスル城で味わった苦い経験を無駄にしない為に、ワルドは手を抜くという事をやめたのである。 「私自身、剣を使ったのはこれで二度目だけど今度は直に刺してやっても――――良いのよ…ッ!?」 そう言いながらワルドと正面から剣を押し合っていた霊夢は頃合いを見計らったかのように、スッと後ろへ下がった。 デルフを構えたままホバー移動で後退した彼女は空いている右手を懐に入れ、そこから四本の針を勢いよく投げ放った。 しかしワルドはこの事を予知していたかのように焦る事無く杖を構え直すと、素早く呪文を詠唱する。 すると杖の先から風が発生し、自分目がけて突っ込んできた針は四本とも空しく周囲へと飛び散らせた。 「悪いが今の私相手に小細工は…ムッ」 針を散らしたワルドが言い終える前に、霊夢は次の一手に打って出ようとしていた。 今度は左腕の袖から三枚のお札を取り出すと、ワルドが聞いたことの無いような呪文のようなものを唱えてから放ってきたのである。 針同様真っ直ぐ突っ込んでくると予想した彼は「何度も同じことを…」と言いながら再び『ウインド』の呪文を唱えようとした。 再び杖の先から風発生し、これまた針と同じようにしてお札もあらぬ方向へと吹き飛んで行った―――筈であった。 しかし、三枚ともバラバラの方向へと飛んで行ったお札はまるで意思を持っているかのように再びワルドの方へと突っ込んできたのである。 「何だと?面白い、それならば…」 これには流石のワルドも顔を顰め、三方向から飛んでくるお札を後ろへ下がる事で避けようとした。 お札はそのまま地面に貼り付くかと思っていたが、そんな彼の期待を裏切って尚もしつこく彼を追尾し続けてくる。 しかしそうなる事を想定していたワルドは落ち着いた様子で、再び杖に『エア・ニードル』の青白い魔力を纏わせていた。 直覚な動きでもって迫りくる三枚のお札が、後一メイルで彼の身体に貼り付こうとした直前。 ワルドは風の針を纏わせた自身の杖で空気を斬り捨てるかのように、力を込めて杖を横薙ぎに振り払った。 「――――…フッ!」 瞬間、彼の前に立ちはだかるようにして青く力強い気配を纏わせた魔力の線が横一文字を作り出し、 丁度そこへ突っ込むようにして飛んできたお札は全て、真っ二つに切り裂かれて敢え無くその効力を失った。 三枚から計六枚になったお札ははらはらと木から落ちていく紅葉の様に地面へ着地し、ただの紙切れとなってしまう。 「成程。斬り合い続けてもマンネリになるしな、丁度良いサプライズになったよ」 「………ッ!中々やるじゃないの」 軽口を叩く程の余裕を残しているワルドに、霊夢は思わず舌打ちしてしまう。 もう一度距離を取る為にと時間稼ぎついでに試してみたのが、やはり簡単にあしらわれてしまったようだ。 『うへぇ、お前さんも運が良いねぇ。奴さんのような腕の立つメイジ何て、そうそういないぜ…って、うぉわ!』 「あんたねぇ!私に向かって言う時は運が悪いって言うでしょうが、普通は!?」 一閃。正にその言葉が相応しい程に速い杖捌きに霊夢が構えているデルフが無い舌を巻いている。 その彼を今は武器として使っている霊夢は余計な事まで言う剣を揺らした後、溜め息をついて再びワルドの方へと視線を向けた。 目の前にいる敵は先程針とお札をお見舞いしたはずだというのに、それで疲れたという様子を見られない。 最もあの男相手に上手くいくとは思っていなかったが、こうもあしらわれるのを見てしまうと流石の霊夢も顔を顰めてしまう。 「しっかし、アンタもタフよねぇ?ニューカッスル城で散々な目に遭わせてやったっていうのに…」 「貴族っていうのはそんなもんだよ。私みたいな負けず嫌いの方が穏健な者より数が多い、ルイズだってそうだろう?」 平気な顔をしているワルドに向けてそんな愚痴を漏らすと、彼は口元に笑みを浮かべなからそう言ってきた。 彼の口から出てきた言葉と例として挙げてきたルイズの名に、「確かにそうね」と彼女も頷いてしまう。 「昔の貴族の事を記した本では、自身の名誉と誇りを掛けて決闘し合ったという記しているが…実際のところは違う。 自分の女を取られたとか、アイツに肩をぶつけられた…とかで、まぁ大層くだらない理由で相手に決闘を申し込んでいたらしい」 「…あぁ~、何か私もそんな感じで決闘をしかけられた事もあったわねぇ」 戦いの最中だというのに、そんな説明をしてくれたワルドの話で霊夢はギーシュの事を思い出してしまう。 まぁ面白半分で話しかけた自分が原因だったのが…成程、貴族が負けず嫌いと言うこの男の主張もあながち間違っていないらしい。 「だから、アンタもその貴族の負けず嫌いな性格に倣って私にリベンジ仕掛けてきたって事ね?」 「その通りだ。―――――だが、生憎時間が無いのでな。悪いが君との勝負は、そろそろ終わらせることにしよう」 「…時間?……クッ!」 何やら気になる事を呟いてきたワルドに聞き返そうとした直後、目にもとまらぬ速さでワルドが突っ込んできた。 一気に距離を詰められつつも、『ガンダールヴ』のサポートのおかげて、間一髪の差で彼の攻撃を防ぐ事ができた。 しかし今度はさっきとは違い完全に霊夢が押されており、目の前に『エア・ニードル』を纏った杖が迫ってきている。 ガチガチガチ…とデルフと杖がぶつかり合う音が彼女の耳へひっきりなしに入り、押すことも引くこともできない状況に更なる緊迫感を上乗せしていく。 「ッ、時間が無いって、それ一体どういう意味よ…!?」 「ん?あぁそうか、今口にするまでその事は話題にも出していなかったな。失敬した」 自分の攻撃を何とか防いだ霊夢の質問に、ワルドは思い出したかのような表情を浮かべながら言った。 それからすぐに逞しい髭が生えた顎でクイッと上空を指したのを見て、霊夢も自らの視線を頭上へと向けた。 霊夢にデルフとワルド、それに二人に気付かれぬまま目覚めたルイズと未だ眠り続けている魔理沙。 計四人と一本が今いるタルブ村にある小高い丘から見上げた夜空に浮かんでいる、神聖アルビオン共和国の艦隊。 旗艦である『レキシントン号』を含めた幾つもの軍艦が灯している灯りで、彼らの浮遊している空は人口の明りに包まれていた。 「あれが見えるだろう?私がここまで来るのに足として使ったアルビオンの艦隊だ」 「それがッ、どうしたって――――…まさか」 ワルドの言葉と先ほど聞いた「時間が無い」という言葉で、彼女は思い出した。 つい二十分ほど前に自分たちにキメラの軍団をけしかけてきていた謎の女、シェフィールドの言葉を。 ―――コイツラは明朝と共に隣町へ進撃を開始する事になってるのさ。アルビオン艦隊の前進と共にね。 ―――――そうなればトリスタニアまではほぼ一直線、お姫様が逃げようが逃げまいがアンタたちの王都はおしまいってワケさ! 奴が運び込んできたであろうキメラ軍団と共に進軍するであろう、アルビオンの艦隊。 それが今頭上に空中要塞の如く浮遊しており、そして先ほどワルドが口にした言葉が意味する事はたった一つ。 「成程…アンタが吹き飛ばした化け物の仲間と一緒に、あの艦隊も動き出すってワケね!」 「ム、なぜそこまで知ってるんだ?」 「アンタがやってきてルイズを攫う前に、あのシェフィールドって奴がペラペラ喋ってくれたのよ」 「…ふぅん。私の事を裏切り者と言った割には、髄分と口が軽いじゃないか」 そんな会話を続けていく中で、ワルドに押されている霊夢はゆっくりと自分の態勢を立ち直らせようとしていた。 さながら身を低くして獲物の傍へと近づくライオンの如く、相手に気づかれぬよう慎重な動きで足の位置を変えていく。 受けの態勢から押す態勢へと変える為に…ゆっくりと、気取られぬよう靴の裏で地面の草を磨り潰すようにして足を動かす。 その動きを続ける間にも決して怪しまれぬよう、自分の気持ちなど知らずして口を開くワルドにも対応しなければいけない。 「まぁ今はご立腹であろう彼女に、どう謝るのかは後で考えるとして…どうした?さっきみたいに押し戻したらどうだ?」 「アンタが自分の全体重使って押し付けて、くるから…か弱い少女の私じゃあ…これぐらいが、精一杯よッ」 (何ならもう一回距離を取って良いけど…、はてさてそう上手く行きそうにないわねぇ) 自分と目を合わせているワルドが足元を見ない事を祈りつつ、霊夢はこの状況を脱した後でどう動こうか考えていた。 無論その後にも色々と倒すべき目標がいるという事も考慮すれば、この男一人に体力を使い過ぎてしまうのも問題であろう。 (いくらルーンのおかげで体が軽くなって剣も扱えるとようになっても、流石にあの艦隊を一人で相手するのは無理がありそうだし…) 目の前の男を倒した後の事を考えつつも、足を動かして上手く一転攻勢への布石を整えようとしていた…その時であった。 アストン伯の屋敷がある森の方から凄まじい爆発音と共に、霊力を纏った青白い光が見えたのは。 まるで蝋燭の灯りの様についた光と、大量の黒色火薬を用いて岩盤を力技で粉砕するかのような爆発音。 一度に発生した二つの異常はこの場に居る者たちには直接関係しなかったものの、まるっきり無視する事はできなかったらしい。 「む?何事だ」 霊夢と睨みあっていたワルドは爆発音と音に目を丸くし、彼女と鍔迫り合いをしている最中にチラリと森の方へ顔を向ける。 そんな彼と対峙し、逆転の機会を作っていた霊夢も思わず驚いてしまっていたが、彼女だけはワルドには分からないであろゔモノ゙すら感じ取っていた。 「ん、これは…」 その正体は、さきほど森を照らしたあの青い光から発せられた、荒々しい霊力であった。 まるで鋸の歯の様に鋭く厳ついその力の波を有無を言わさず受け取るしかない彼女は、瞬時にあの森にいた巫女モドキの事を思い出す。 ルイズの姉に助けられたと称して風の様に現れ、一時の間共闘し自分と魔理沙の間に立ってキメラたちを防いでくれたあの長い黒髪の巫女モドキ。 今あの光から放たれる荒々しい霊力は、霊夢が感じる限り間違いなく彼女の物だと理解できた。 (間違いない…この霊力、アイツのだ…!けれどこの量…、一体何があったっていうのよ?) まるで内側に溜め続けていた霊力を、自分の体に負荷をかける事を承知で一気に開放したかのような霊力の津波。 それをほぼ直で感じ取ってしまった霊夢は、あの巫女モドキの身に何かが起こってしまったのではないかと思ってしまう。 仮に霊夢が今の量と同じ霊力を溜めに溜めて攻撃の一つとして開放すれば、敵も自分も決してタダでは済まない。 良くて二、三日は布団から出られないだけで済むが、最悪の場合は霊力を開放した自分の体は… ―――それは、あまりにも突然であった。 「…ファイアー…――――ボールッ!!」 森からの爆発音に続くようにして、ルイズの怒号が二人の耳に入ってきたのは。 特徴のあるその声に霊夢が最初に、次にワルドが振り返った時点でルイズは既に杖を振り下ろした直後であった。 辛うじて動く右手に握る杖の先を、時間を掛けてワルドの方へと向けた彼女はようやっと呪文を唱え、力弱く杖を振ったのである。 「ル…――――うわッ!」 咄嗟に彼女の名を口に出そうとした霊夢は、自分から少し離れた地面が捲れようとしているのに気付いてこれはマズイと判断した。 これまで彼女の唱えた魔法が爆破する瞬間を何度か見てきた事はあるが、今見ているような現象は目にしたことは無い。 だからこそ霊夢は危険と判断したのである。今のルイズが起こそうとしている爆発は―――この距離だと巻き添えを喰らうと。 「ルイズ…、ルイズなのか?馬鹿な…何故…!」 一方のワルドは目を見開き、信じられないモノを見るかのような表情を浮かべて驚愕している。 何せ自分の『スリープ・クラウド』をマトモに喰らって眠っていたはずだというのに、今彼女は目を覚まして自分と霊夢に杖を向けているのだ。 (まさか失敗…いや!そんな事は断じて……!) そして彼もまた、自分から少し離れた地面がその下にある゛何か゛に押し上げられていくのが見えた。 これはマズイ。そう判断した彼は後ろへ下がるべく霊夢との鍔迫り合いを中断せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。 偶然にも、この時ワルドと似たような事を考えていた彼女もほぼ同時に後ろへ下がり、距離を取ろうとした時―――――――地面が爆発した。 捲れ、ひび割れた地面の隙間から白い閃光が漏れ出し、ルイズの魔力を込められた爆風が周囲に襲い掛かる。 爆風は飛び散った大地の欠片を凶器に変えて、その場から離れた二人へ殺到していく。 「グ!このぉ…!」 ワルドは咄嗟の判断で自身の周囲に『ウインド』を発生させて破片を吹き飛ばそうとする。 しかし強力な爆発力で飛んでいく破片は風の防壁を超えてワルドの頬や服越しの肌を掠め、赤い掠り傷を作っていく。 彼は驚いた。自負ではあるが自分の゛風゛で造り上げた防壁ならば、大抵のモノなら吹き飛ばすことができた。 平民の山賊たちが放ってくる矢や銃弾、組み手相手の同僚や山賊側に属していたメイジの放つ『ファイアー・ボール』など… その時の状況で避けるのが困難だと理解した攻撃の多くは、今自分が発動している『ウインド』で防いでいたのである。 ところがルイズの爆発の力を借りて飛んでくる破片の幾つかは、それを易々と通過して自分を攻撃してくるのだ。 幾ら彼女の失敗魔法の威力が強くとも、ただの地面の欠片―――それも雑草のついたものが容赦なく通り抜けていく。 これは自分の魔法に思わぬ゙穴゙が存在するのか?それとも、その破片を失敗魔法で飛ばしたルイズに秘密が…? そんな事を考えていたワルドはふと思い出す。彼女は自分の『スリープ・クラウド』で眠ったのにも関わらず、目を覚ましたことに。 ガンダールヴとなった少女を召喚し、他の有象無象のメイジ達は毛色が違いすぎるかつての許嫁であったルイズ。 (ルイズ、やはり君は特別なのか…?) 風の防壁を貫いてくる破片に傷つけられたワルドは、反撃の為に呪文を唱え始める。 今やガンダールヴ以上に危険な存在―――ダークホースと化したルイズを再び黙らせるために。 「うわ、ちょっと…うわわ!」 一方の霊夢は、辛うじてルイズの飛ばした破片をある程度避ける事に成功はしていた。 最もスカートやリボンの端っこ等は飛んでくる小さな狂気に掠りに掠りまくってボロボロの切れ端みたいになってしまったが…。 ワルドとは違いその場に留まらず後ろへ下がり続けていたおかげで、体に直撃を喰らう事は防ぐことができた。 その彼と対峙していた場所から二メイルほど離れた所で足を止めたところで、左手に持っていたデルフが素っ頓狂な声をあげた。 『お、おいおいこりゃ一体どういう事だ?何で『スリープ・クラウド』で眠ってた娘っ子が起きてんだよ』 彼の最もな言葉に霊夢は「こっちが知りたいぐらいよ」と返しつつ、再び両手に持って構え直す。 幸いにもワルドはルイズを睨み付けており、自分には背中を見せている不意打ちには持って来いの状況である。 どうやら彼女を眠らせた張本人も、これには目を丸くして驚いているようだ。霊夢は良い気味だと内心思っていたが。 「しかも目覚めの爆発攻撃ときたわ。…全く、やるならやるで合図くらい――…ってさっきの叫び声がそうなのかしら?」 最後の一言が疑問形になったものの、態勢を整え直した霊夢はワルドの背後へキツイ峰打ちでもお見舞いしてやろうかと思った直後。 「う―――『ウインド・ブレイク』…!」 倒れたままのルイズが再び呪文を唱え終えると、振り上げた杖をワルドの方へ向けて勢いよく下ろした。 今度はマズイと判断したワルドがバッとその場から飛び退いた瞬間、今度は激しい閃光と共に彼のいた空間が爆発する。 「ルイズ、二度目は無いぞッ!」 先程とは違い空間だけが爆発した為に攻撃範囲そのものは狭く、余裕で回避したワルドは杖を振り下ろして唱え終えていた『エア・ハンマー』を発動した。 彼の眼前に空気の塊が現れ、それそのものが巨大な槌となって再び攻撃を行おうとしたルイズの体と激突する。 「!?…キャアッ!!」 三度目の魔法を唱えようとしたルイズは迫ってくる魔法に成す術も無く、未だ起き上がれぬ小さな体が吹き飛ぶ。 小さな胸を圧迫する空気の槌は彼女を地上三メイルにまで押し上げた所で消滅し、彼女の体は宙へ放り投げられる。 このまま弧を描いて面に落ちれば、受け身も取れぬルイズは大けがを負う可能性があった。 「ルイズ!」 流石の霊夢もマズイと判断し、地面を蹴って勢いよく飛び上がった。 この距離ならば彼女が地面へ落ちる前に、余裕をもってキャッチできる。 「!――――やはり来たなッ」 だが、それを予測していたかのようにワルドが不敵な笑みを浮かべて後ろを振り返った。 無論彼の視線の先にいるのは、地を蹴飛ばしてルイズの下へ飛んで行こうとする霊夢の姿。 彼女はルイズを助けに前へ出たのだが、ワルドの目から見れば正に『飛んで火にいる夏の虫』でしかない。 この時を待っていたと言わんばかりに再び杖に『エア・ニードル』を纏わせると、目にも止まらぬ速さの突きを繰り出す。 人間の体など簡単に穿つ事のできる魔法が眼前に突き出された霊夢は―――焦ることなく、その姿を消した。 彼女の胴に『エア・二―ドル』が刺さる直前、その体が蜃気楼のように霧散したのである。 「ッ!?…スカボローで見た、瞬間移動か!」 消えた霊夢を見て咄嗟に思い出したワルドが再びルイズの方へと顔を向けるた時には、 まるで無から一つの生命体が生まれるようにして出現した霊夢が、丁度自分のところへ落ちてきたルイズをキャッチしていた所であった。 ワルドの魔法で打ち上げられ、霊夢の瞬間移動で空中キャッチされたルイズは助けてくれた彼女を見て目を丸くする。 これまでも何回か助けてくれた事はあったが、まさか間にいたワルドを無視してまで来てくれた事に驚いているのだ。 (でも、ワルドにやられて助けに来てくれるなんて…ニューカッスル城の時の事を思い出すわね…―――――…ッ!?) 自分よりやや太い程度の少女らしい腕に抱えられたままのルイズは場違いな回想を頭の中で浮かべながら、霊夢の方へ顔を向ける。 それは同時に、彼女の後ろにいたワルドが自分たちに向けてレイピア型の杖を向けている姿をも見る事となった。 当然のことだが、どうやら相手は待ってくれないらしい。まぁ当然だろうと思うしかないが。 「レイ――――…!」 「全くアンタってヤツは…、援護してくれるのでは良かったけどせめてアイツと距離を取ってから…」 「違う、違うって!アンタ後ろッ、ワルドが…!」 慌てた様子のルイズの口から出た名前に霊夢はハッとした表情を浮かべ、彼女を抱えて右の方へと飛んだ。 瞬間、ワルドの放った三本の『エア・カッター』が二人がいた場所を通り過ぎ、地面を抉ってタルブ村の方へと向かっていく。 まもたやルイズのせいで攻撃を外したワルドは舌打ちしながらも、冷静に杖の先を移動した二人の方へ向ける。 避けられた事自体はある程度想定済みであったし、何より『エア・カッター』程度の呪文ならばすぐにでも唱えられる。 それこそ自分の名前を紙に書き込むぐらいに、ワルドにとっては呼吸と同じぐらい造作もない事であった。 「また来るわ!」 「分かっ、てる…っての!」 抱えられたままのルイズが注意を促すと、促された霊夢はルイズの重さに堪えながらそう返す。 自分とほぼ同じ体重の少女を抱えたまま移動するというのは、流石に無理があったと今更ながら分かった。 それでも今の状況でルイズを降ろすという選択肢など選べるワケは無く、ワルドの攻撃を避けようとする。 だが相手も今の霊夢が動きにくいと察してか、杖から放ってきた三枚の『エア・カッター』が扇状になって飛んできた。 今二人のいる位置を中心に広がる空気の刃は、彼女たちを仕留めようと迫ってくる。 霊夢であるならば多少の無理だけでルイズを抱えたまま避けられるだろうが、その際に隙が生じてしまう。 目の前の相手は自分がその隙を見逃すはずもないであろうし、結界を張るにもその時間すら無いという八方塞がり。 即席結界でも近づいてくる『エア・カッター』を辛うじて防げるのだが、どっちにしろワルドには近づかれてしまうだろう。 ならば今の霊夢が取るべき行動はたったの一つ。左手に握る魔剣デルフリンガーの出番である。 『ッ!レイム、オレっちを前に突き出せ!』 「言われなくても、そうするわよ」 デルフの言葉に応えるかのように、霊夢はインテリジェンスソードを自分とルイズの前に突き出す。 先ほどみたいに魔法を吸収した後、近づいてくるであろうワルドを何とか避けるしかない。 そこまで考えていた時、その霊夢に抱えられていたルイズが意を決した様な表情を浮かべて右手の杖を振り上げた。 「ルイズ…?」 彼女の行動に気付いた霊夢が一瞬怪訝な表情を浮かべた瞬間、ルイズはそれを勢いよく振り下ろした。 ワルドが扇状に広がる『エア・カッター』を出してきてから、唱え始めていた呪文を叫びながら。 「『レビテレーション』ッ!」 コモン・マジックの一つであり、貴族の子として生まれた子供ならば年齢一桁の内に習得できるであろう初歩的な呪文。 幼少期のルイズも習得しよう必死になってと詠唱と共に杖を振り、その度に失敗して母親から叱られていた苦い思い出のある魔法。 そしてあれから成長した今のルイズは決意に満ちた表情でその呪文を詠唱し、杖を振り下ろしたのである。 自分と霊夢を切り裂こうという殺意を放って近づいてくる、ワルドの『エア・カッター』に向けて。 瞬間、二人とワルドの間を遮るようにして何もない空間を飛んでいた『エア・カッター』を中心にして、白く眩い閃光を伴う爆発が起きた。 「うわ―――…っ!」 『ウォッ!眩しッ…』 「むぅ!無駄なあがきを…!」 あらかじめ爆発を起こすと決めていたルイズ以外の二人とデルフは、あまりにも眩しい閃光に思わず怯んでしまう。 耳につんざく爆音に、極極小サイズの宇宙でも作れてしまうような爆発は当然ながら唱えたルイズと霊夢、そしてワルドには当たっていない。 精々爆発が発生する際に生じる閃光で、ほんの一瞬目くらましできた程度実質的な被害は無く。一見すれば単なる失敗魔法の無駄撃ちかと思ってしまう。 しかし、ルイズはこの爆発を彼に当てるつもりで唱えていたワケではなかった。―――彼が唱えた魔法に向けていたのである。 一瞬の閃光の後に爆発の衝撃で地面から土煙が舞い、それも晴れた後に視界が晴れた先にいた二人を見て、ワルドは軽く面喰ってしまう。 何せ先ほどまで彼女たちに向けて放った『エア・カッター』の姿はどこにも見当たらず、切り裂く筈だった二人も御覧の通り健在。 これは一体、何が起きたのか?疑問に思った彼はしかし、ほんの二秒程度の時間でその答えを自力で見つけ出した。 ルイズが唱えた魔法による爆発、その中心地に丁度いた自分の『エア・カッター』の消失。 よほどの馬鹿であっても、二つの゙過程゙を足してみれば自ずと何が起こったのか理解できるだろう。 「まさか、私の『エア・カッター』を破壊したというのか…?あの爆発で」 「こうも上手く行くとは思ってなかったけど、案外私の失敗魔法も捨てたモノじゃないわね…」 信じられないと言いたげな表情を浮かべるワルドの言葉に向けるかのように、霊夢から離れたルイズが感心するかのように口を開く。 いつも手入れを欠かさないブラウスやマント、母から受け継いだウェーブのピンクブロンドはすっかり汚れてしまっている。 右手にもった杖と肩に下げている鞄と合わせて見れば、彼女は家を勘当されて一人旅をしている元貴族のお嬢様にも見えてしまう。 だが、彼女の鳶色の瞳は鋭い眼光を放っており、視線の先にいるワルドをキッと睨み付けている。 以前のルイズ―――少なくともアルビオンへ行くまでの彼女ならばあの様に睨み付けてくる事はなかった。 睨み付けてくる彼女の姿を見ながらワルドが一人そう思っていると、ルイズは地面へ向けていた杖をスッと向けてきた。 「これからも、というか今でも普通の魔法を一度でも良いから使ってみたいとは思っているけど…今はこれが丁度良いわ。 だって、ウェールズ様を殺して、姫さまも泣かしたうえにレイムまで痛めつけてくれたアナタに…たっぷりお礼ができるもの」 まるで自分の居場所を見つけたかのような物言いに、流石のワルドも余裕を見せるワケにはいかなくなった。 一体どういう経緯があったかは知らないが…少なくとも今の彼女は、自分が知っているルイズとは少し違うという事である。 自分の二つ名にコンプレックスを抱き、常に頑張らなければいけないという重しを背負って泣いてばかりいた幼い頃のルイズ…。 アルビオンへ赴く任務の際に再会した時もあの頃からさほど見た目は変わらず、性格にはほんの少しの変化がついただけであった。 ところが今はそれに加えて魔法も格も上である筈の自分に杖を向けて、獰猛な目つきでこちらを睨み付けている。 …いや、その魔法も先ほど『エア・カッター』を失敗魔法の爆発で破壊したのを見れば自分が格上とは言い難かった。 まるで昨日まで他人にクンクンと鼻を鳴らしていた子犬が、たった一日で獰猛な大人の軍用犬に成長したかのような変わりっぷりだ。 「おーおー、アンタも言うようになってきたじゃないの」 「どこぞのお二人さんが傍にいる所為かしらね?私も大見得切った事が言えるようになってきたわ」 『っていうか、モロに影響受けてるってヤツだな。でも中々格好良かったぜ』 ワルドに啖呵を切ったのが良かったのか、横にいる霊夢の言葉にルイズがすかさず言い返す。 そんな光景を第三者の視点から見つめるワルドは、やはりルイズは変わったのだという確信を抱かざるを得なかった。 なぜ彼女はこうも短い期間であそこまで変われたのだろうか?そこが唯一の疑問ではあったが。 「変わったな、ルイズ。その性格も、魔法も…」 まるで蛹から孵化した蝶を外界へ放つときの様な寂しさを覚えたワルドは一人呟いた。 恋愛感情は無かったものの、彼女が幼い頃は許嫁として良く傍にいて面倒を見ていた思い出がある。 あの頃のルイズを思い出したワルドは、まさか彼女がここまで面白い成長の仕方をするとは思ってもいなかったのである。 だからこそ一種の寂しさというモノ感じていたのだが、それと同時に゙もう一つの確信゙を得る事となった。 幼少期はマトモな魔法が一つも使えぬ故に白い目で見られ、魔法学院では゛ゼロのルイズ゙と呼ばれて蔑まれていた彼女。 そのルイズが伝説の使い魔である『ガンダールヴ』のルーンを刻んだ少女を、自らの使い魔にしたという事実。 使い魔となった少女はこの世界では見たことも無い戦い方によって、自分は二度も敗北している。 ルイズの失敗魔法は幼き頃と比べて先鋭化の一途を辿り、とうとう自分の魔法をあの爆発で破壊する事にすら成功した。 今の彼女をかつて白い目で見、学院で゙ゼロ゙と蔑んでいた魔法学院の生徒たちが見ればどのような反応を見せるのだろうか? 少なくとも、今の彼女を見てまだ無能や出来損ないと呼ぶ者がいればソイツの目は節穴以下という事なのだろう。 「ルイズ、やはり君は特別だったんだ…!」 彼女たちに聞こえない程度の声量でワルドが小さく叫んだ瞬間…――――――― どこか心躍るような、ついつい楽しげな気分になってしまう花火の音と共に、彼らの頭上の夜空に虹色の星が幾つも舞った。 突然の事に三人ともハッとした表情を浮かべて、思わず頭上の夜空を見上げると俄には信じ難い光景が目に映る。 地上にいる自分たちを監視するかのように浮遊していた神聖アルビオン共和国が送り込んできた強力な艦隊。 並大抵の航空戦力では歯が立たないであろうその無敵艦隊の周りで、幾つもの花火が打ち上がり出したのだ。 パレードや町のイベントなどで使われる色鮮やかなそれ等は、この場においてはあまりにも場違いすぎる程綺麗であった。 「な…は、花火ですって?」 「これは一体何の冗談かしらねェ」 『少なくともオレ達の戦いを盛り上げてくれる…ってワケじゃあ無さそうだな』 いよいよワルドとの戦いもこれからという時にも関わらず、二人は夜空の打ち上がるソレを見て唖然としてしまう。 何せここは敵が占領しているとはいえ今は戦場なのである。そんな場所であんな賑やかな花火を打ち上げる事などありえなかった。 ルイズは目を丸くしてアルビオン艦隊の行動を見上げ、霊夢もまた何を考えているかも分からない敵の艦隊をジト目で見つめている。 デルフもデルフで敵が何の意図で花火を打ち上げたのか理解できず、曖昧な事を云うしかなかった。 しかし、そんな彼女たちの態度も目を見開いてアルビオン艦隊の花火を見つめていたワルドの言葉によって一変する事となった。 「馬鹿な…!まだ夜明け前だというのに……進軍の合図だとッ!」 「何ですって…?」 信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼の口から出た言葉に、すかさずルイズが反応する。 霊夢もワルドの言葉に反応してその目を再び鋭く細めて、色鮮やかな光に照らされる艦隊を睨み付けた。 「どういう事よワルド、あれが進軍の合図だなんてッ」 「ウソだと思うか…?と言いたいところだが、あんなに賑やかな花火が合図とは思いもしないだろうな」 「まぁあの艦隊を指揮してる人間の頭がおかしくなった…とかならまだ納得はできそうね」 今にも自分に掴みかかりたくて堪らないと言いたげに身構えているルイズの言葉に、ワルドはそう答える。 それに続くようにして霊夢がそう言うと、構えたは杖を降ろさないままアルビオン艦隊の花火の事を軽く説明し出した。 アルビオン艦隊が、地上戦力として投下したキメラの軍団と共に進軍を開始する際の合図。 それは式典やおめでたい行事の時に使われる打ち上げ花火で行う事に決めたのは、艦隊司令長官のサー・ジョンストンであった。 最初の不意打ちが失敗した直後は発狂状態に陥っていた彼であったが、キメラが地上を制圧した後でその態度が一変した。 喉元過ぎれば何とやらという言葉の通り、危機的状況を脱する事の出来た彼は一気に調子に乗り出した。 そしてその勢いのまま、トリステイン王国への゙親善訪問゙用に積んでいた花火を進軍の合図に使おうと提案してきたのである。 当初は彼が搭乗する艦の艦長も何を馬鹿な事を…と思っていたが、結局のところ司令長官という地位を利用してごり押しで決定してしまった。 「これから悪しき王権に染まりきったトリステインを我々の手で浄化する前に、部下たちの景気づけに花火を打ち上げて進軍しようではないか!」 今やこの場が戦場だという認識の無い司令長官の言葉に、誰もが呆れ果てるしかなかった。 「…で、その結果があの花火って事ね」 「ソイツ、馬鹿なんじゃないの?」 「そう思うだろう?俺だってそう思うし、誰だってそう思う。それが正しい反応だ」 説明を聞き終えた後、三人ともが呆れたと言いたげな表情と言葉を述べて、遥か上空にある花火大会を見つめる。 ジョンストンという男が何をどう考えて花火を打ち上げようと考えたかは知らないが、なるほど合図としては良いかもしれないとルイズは思った。 トリステイン側に艦隊なり砲兵隊がいればあんなに目立つ的は無いだろうし、是が非でも沈めてやりたいと思うだろう。 しかし今この町にトリステイン軍はおらず、ここから数時間離れた所にある隣町で陣を張っている。 艦隊はほぼ無事であったものの、錬度では勝っていてもアルビオンの艦隊に勝てる確率は無いと言っていい。 悔しいことではあるが、敵の司令長官は勝てる算段があるからこそ有頂天になっているのだ。 ルイズは今にも歯ぎしりしそうな表情を浮かべている最中、ワルドはじっと彼女の背後―――夜闇に染まる森を見ていた。 鋭く細めたその瞳は何を見ていたのか突如意味深なため息をついたかと思うと、突然手に持っていた杖を腰に差したのである まるで戦いが終わったとでも言いたそうな静かな顔で杖を収めた男に、やる気満々の霊夢がデルフを構え直して口を開く。 「ちょっと、戦いはまだ終わってないわよ」 「生憎邪魔が入ってくるようだ。私としてはもうちょっと戦いたい所だったが…致し方ない」 「邪魔が…入ってくる?―――ッ!」 ワルドが口にした意味深な言葉を反芻した直後、霊夢は自分たちが背を向けている森の方からあの゙無機質な殺気゙が漂ってくる事に気付いた。 それも一つや二つではない。距離を取って移動しているようだが今感じ取れるだけでも十二近くはいる。 どうやらワルドとの戦いに神経を集中させ過ぎていた事と、気配の元どもが安全な距離を保って監視に徹していたので気がつかなかったようだ。 思わず背後の森へ視線を向けた霊夢の異変に気がついたルイズも、ワルドの言葉にあの森で戦ったキメラ達の事を思い出してしまう。 「邪魔が入るって…こういう事だったのね?」 「その通りだ。どうやら君たちも随分な女に目を付けられたな、しつこい女は中々怖いぞ?」 『話を聞いた限りじゃあ、お前さんも大概だぜ?』 憎き相手を前に水を差された様なルイズは悔しそうな表情を浮かべて、森の中にいるであろうキメラを睨み付ける。 一方のワルドもデルフの軽口を流しつつ、ゆっくりと後ろへ下がっていく。 彼女らとは反対に森の方へ目を向けていた彼は、闇が支配している木々の中でぼんやりと光る幾つもの丸く黄色い光が見え始めていた。 自分がここを離れるまで奴らが森から出ない事を祈りつつ、彼は静かに後ろへ下がっていく。 少なくともあの女の事だ。いつ頭の中の癇癪玉が暴発してキメラをけしかけてくるか、分かったものではない。 ルイズたちを優先して攻撃するのならばまだマシだが、最悪自分すら優先して攻撃されるのは勘弁願いたいところであった。 「君らとは一切邪魔が入らない場所で戦いたい。だから今回の戦いは、次回に持ち越し…という事にしようじゃないか」 「―――…!アンタねぇ…ッ自分から誘っておいて―――――ッ!?」 霊夢達と五~六メイルまで下がったワルドの言葉に霊夢が逃がすまいと突っ込もうとした矢先、空から突風が吹いた。 まるで外が強い暴風雨だというのにドアを開けてしまった時の様な、思わず顔を反らしたくなる程の強い風。 ルイズも悲鳴を上げて腕で顔をガードすると、それと同時に夜空から一匹の黒い風竜がワルドの傍へと降下してきたのである。 二人があっと言う間も無くワルドは風竜の背に飛び乗ると、スッと左手を上げて言った。 「一時のさようならだルイズ、それに『ガンダールヴ』のレイム。次に会う時は必ずトドメを刺す」 まるでこれから暫く会えないであろう友人に一時の別れを告げるかのような微笑みを浮かべ、上げた左手で竜の背を叩いた。 するとそれを合図にして風竜はワルドを乗せて上昇し、未だ地上にいる少女達に向けて尾を振りながら飛び去っていく。 ルイズはその風竜に杖を向けようかと思ったが、森の中で光るキメラ達の目に気が付いてその手が止まってしまう。 一方の霊夢はそんな事お構いなしに、デルフを持ったまま飛び上がろうとしたとき――――左手を照らしていたルーンの光がフッと消えた。 「こいつ…――ッ!…グッ!」 「レイム…!?」 瞬間、飛び立とうと地面を蹴りかけた彼女は足を止めると地面に両膝をついてしまう。 ルーンが消えた瞬間、それまで彼女を軽くしてくれていだ何がが消えてしまったかのように、体が重くなったのである。 正確に言えば――――体が忘れていた自分の重さを思い出した。と言うべきなのかもしれない。 まるで糸を切られてしまった操り人形の様に唐突に倒れた霊夢を見て、ルイズは彼女の名を呼んで傍へと寄っていく。 握っていたデルフを力なく草原の上に転がして、空いた両手で地面を押さえつけるようにして倒れてしまいそうになる自分の体を支えている。 『どうしたレイム!』 「くぅ…ッ、何か…知らないけど、ルーンの光りが消えたら…体が急に…ウゥッ!」 『ルーンの光りが、消えて……?―――!そうだ、思い出した』 ワルドを追撃しようとした矢先、唐突に苦しみだした彼女を見て流石のデルフも心配そうな声を掛けた。 それに対し彼女は苦しみつつも、素直に今の状態を報告するとまた何か思い出したのか、インテリジェンスソードは大声を上げる。 今この場においてはやや場違い感のある程イントネーションが高かったものの、それには構わずルイズが「どういう事なの?」と問いただす。 『『ガンダールヴ』のルーンは、発動中ならお前さんの手助けをしてくれるがあくまでそれは本人の体力次第だ。 無茶すればする分『ガンダールヴ』として戦える時間は短くなる。元々ダメージが溜まってた体で無茶してたんだしな それじゃあお前、ルーンの効果が切れちまうのも早くなっちまう。まぁあのキメラ達と散々戦ってたし、それ以前にここまで来るのにも体力使ってたろ?』 思い出した事を嬉しそうにしゃべるデルフを、何とか立ち上がる事の出来た霊夢がジト目で睨み付ける。 「アンタねぇ…それは、先に言っておきなさいよ」 『だから言ってるだろ?思い出したって。こうも長生きしてりゃあ忘れちまう事だってあるのさ』 自分を責める彼女の言葉に開き直ったデルフがそう言うと、霊夢はため息をついてデルフを拾い上げた。 ズシリ…と左手を通して伝わってくる重さは、さっきまで軽々と振り回していた事がついつい夢の様に感じてしまう。 ふと左手の甲を一瞥したが、さっきまであんなに煌々と光っていた『ガンダールヴ』ルーンはその輝きを失ってしまっている。 「重いわね。…っていうか、さっきまでアンタみたいに重たいのをあんだけ使いこなせてたのよね…私は」 自分の体を地上に繋ぎとめるかのような重さと、左手の重さを比べながら呟いた霊夢に向けてデルフが『そりゃそうだよ』と相槌を打つ。 『そりゃ、本来は鍛えられた大の大人が振り回す武器だ。お前さんみたいな娘の為に作られちゃあいねぇよ。 けれども、お前さんはちゃんと『ガンダールヴ』の力と共鳴して、あのメイジとほぼ互角まで渡り合えたんだぜ? そして『ガンダールヴ』の役目は主を命の危機から守る事―――レイム。お前と『ガンダールヴ』はあの時、確かに目的は一緒だったんだ』 デルフの長ったらしい、それでいて何処か説教くさい言葉を聞いたルイズがハッとした表情を浮かべる。 次いで彼を持っている霊夢の顔を見遣ると、幻想郷の巫女さんは面倒くさそうな顔をしていた。 「別にそんなんじゃないわよ。…ただ、あのいけ好かない顎鬚男が気に入らなかったってだけよ」 何より、アイツには色々と手痛い借りを返さなくちゃならなかったしね。 最後にそう付け加えた彼女の言葉にルイズは一瞬だけムスっとするものの、すぐにその表情が真顔へと変わった。 「まぁ…アンタならそう言うと思ってたわよ。っていうか、借りを返すってのなら私も同じ立場ね」 「そうね。……っと、何やかんやで喋ってたらちょっとヤバくなってきたじゃないの?」 ルイズの言葉にそう返してから、霊夢はシェフィールドが送り込んできたキメラ達のいる森の方へと歩き出す。 彼女があっさり踵を返して歩いていく後姿を見て、ルイズは「ワルドを追いかけないの?」と問いかけた。 「アイツは確かにムカつくけど、人間でもない凶暴なコイツらを野放しにしておく事はできないわよ」 仕方ないと言いたげな彼女は、闇の中で光るキメラ達の目を指さしながらツカツカツカと歩いていく。 既にワルドを乗せた風竜は夜空の中へと消え去り、艦隊から打ち上がる花火の光にもその影は見えない。 霊夢本人は何としてでも追いかけて痛めつけないと気が済まなかったのだが、『ガンダールヴ』の能力を使いすぎたせいで残りの体力は少ない。 それに、ここへきた目的はキメラを意図的に放って人々を手に掛けようとするアルビオン艦隊の退治なのである。 だからこそ霊夢は悔し涙を飲み込みつつ、次は自分たちを追撃しに来た異形達に矛先を向けることにしたのである。 「さてと、それじゃあまずは――この黒白を叩き起こす事が先決ね」 森の方へと歩いていた彼女は、ここへ来てから今に至るまでワルドの『スリープ・クラウド』で眠り続けている魔理沙の前で足を止めた。 あの男の言っていたとおり散々騒音を立てていたというのに、普通の魔法使いは使い慣れた自宅のベッドを眠っているかのように熟睡している。 黒のトンガリ帽子の下にある寝顔も安らかそのもので、人が散々戦っていた事などお構いなしという雰囲気が伝わっていた。 『まさか起こす気か?そりゃ、方法は幾つかあるけどよぉ』 「そのまさかよ、私とルイズが身を粉にする思いで戦ってたんだから次はコイツに頑張ってもらうわ」 「でもどうやって起こすのよ?確か『スリープ・クラウド』で眠った人は魔法を使わなきゃ起きないって聞くけど…」 これからやろうとすることに気付いたらしいデルフの言葉にそう答えていると、背後からルイズが話しかけてきた。 後ろを振り向いてみると何の気まぐれか、彼女の左手にはワルドとの戦いで最初に蹴り飛ばされた御幣が握られている。 まるで母の乳を吸う時期から脱した子供が木の棒を握った時のような無造作な持ち方であったが、一応は持ってきてくれたらしい。 「…ほら、コレあんたのでしょ?だから、その…持ってきてあげたわよ」 そして霊夢の視線が自分の左手に向けられている事に気が付いたルイズは、スッと左手の御幣を差し出してそう言った。 顔を若干左に反らして口をへの字にする彼女の姿を見て、霊夢は少しだけ目を丸くしつつ素直に受け取る。 時間にすれはほんの十分程度しか手放していなかったお祓い棒は、しっとりと冷たかった 「………ありがとう、助かったわ」 「お礼なんて、別にいいわよ…それより、早くその黒白を起こしちゃいなさい」 反らした顔を顰めさせて気恥ずかしい気分を隠そうとするルイズの後ろを姿を見ながら、霊夢もまた「分かってるわよ」と返す。 左手に握っていたままだったデルフを鞘に戻ししてから、右手に持つ御幣を静かに頭上まで振り上げる。 その動作と仰向けに倒れて寝ている魔理沙を交互に見て、゙嫌なモノ゙を感じたルイズが彼女に声を掛けた。 「ちょっと待ちなさい。アンタ、それで殴るつもりなんじゃ…」 「そんなんじゃないわよ。ちょっとショックを与えてやるだけよ」 ショック…?ルイズが首を傾げるなか、霊夢は体に残っている霊力の少しを御幣へと送り込んでいく。 これから行う事は然程霊力を使うわけでもなく、送り込むという作業はすぐに終了した。 「よっ――…っと!」 軽い掛け声と共に、霊夢は両手に持った御幣を目をつぶっている魔理沙の顔目がけて振り下ろした。 そこに殺意は無く振り下ろす時の速さも何かを叩き割るというより、子供が玩具のハンマーで同じ玩具の縫いぐるみを叩くような感じである。 そんなノリで振り下ろした御幣の紙垂部分が眠り続けている魔理沙の頬に当たった瞬間、紙垂から青い光が迸った。 薄い銀板で造られたそれ等は霊夢が御幣に送り込んだ霊力を魔理沙の体内へと送り、内側から刺激を与えていく。 刺激そのものはそれほど痛くはないものの、魔法と同様の力が体中をめぐる衝撃に流石の魔理沙も黙ってはいなかった。 「―――ッ……!?…ッイ、イテッ!な、何だよ!何だ!?」 紙垂から青い光が迸ったのと同時に目を開き跳ね起きた魔理沙は、小さな悲鳴を上げながら小躍りしている。 恐らく霊夢の霊力が思ったほど痛かったのだろう。痛そうに顔を歪めて小さく跳ねる姿を見て流石のルイズも顔を顰めてしまう。 「…何したのか全然分からないけど。アンタ、やり過ぎなんじゃないの?」 「別にいいのよ、コイツは丁度良い薬だわ」 「!…お、おい霊夢!お前か犯人はッ」 会話を聞かれてたのか、跳ねるのをやめた魔理沙が目をキッと鋭くさせて霊夢を睨み付けた。 もう体に送り込んだ霊力は消滅したのだろう。すっかり目を覚ました普通の魔法使いはその体から敵意を放っている。 無論、その敵意の向けられている先には面倒くさそうな顔をしている霊夢がいた。 「お前なぁ~…!いくら知り合いだからって、今のはマジで痛かった………って、あれ?ルイズ?はて…」 霊夢を指さして怒鳴ろうとしていた彼女はふと、その隣にルイズがいる事に気が付いてキョトンとした表情になった。 まだ彼女が眠る前はワルドの手の内であったから、ボロボロではあるが平然と立っているルイズに驚くのも無理はないだろう。 「アンタが眠っている間に私と、あと途中からルイズが入ってきてワルドとかいうヒゲオヤジと戦ってたのよ」 『そういうこと。お前さんが不意打ち喰らってグースカ寝てる間に、レイムと娘っ子が尻拭いしてくれったワケさ』 デルフも加わった霊夢からの説明を聞いて、ようやく理解する事の出来た魔理沙は「マジかよ」と言いたげな顔になる。 しかしどこか気に入らない事があるのか、やや不満げな表情を浮かべる彼女はもう一度霊夢を指さしながら言った。 「…まぁ事情は理解したよ。けれどな、だけどな?幾ら何でも起こすためだけにアレはないだろう、アレは!」 「まぁそうよね。もっと他に方法があったでしょうに」 魔理沙の言う「アレ」とは、正に先ほどの行為なのだろうと察したルイズも思わず彼女の意見に同意してしまう。 確かに『スリープ・クラウド』で眠った者はなかなか起きないと聞くが、あんなに痛がらせる必要があったのだろうか…? 「まぁ日頃の行いのツケだと思いなさい。…それに、アンタを起こしたのは手を借りたいからよ。ホラ、後ろ見てみなさい」 「ん?後ろ、……んぅ?―――――わぁお、これまた団体様御一行での登場か」 悪びれる様子も無い霊夢は後ろを指さすと同時に、後ろを振り向くよう魔理沙に指示をした。 彼女は知り合いの指が向いている方向に何があるのかと気になったのか、素直に後ろを振り向き、そして理解する。 何でこの巫女さんが寝ている自分を乱暴に起こしたその理由と、自分がこれから何をされるのかを。 振り返った視線の先、森の中で妖しく光る丸く黄色い光たちを睨み付けながら、魔理沙はフンと鼻で笑う。 「成程なぁ。つまり私を起こしたのは、お前がするべき化け物退治を私に丸投げするって事か?」 「そう言われるのは癪だけど、言われちゃったら言い返せないわねェ。ちょっとさっきの戦いで力を使い過ぎちゃったから…」 連戦はちょっとキツイかも…。最後にそう付け加えて、霊夢はため息をつきながら額に手を当てた。 『ガンダールヴ』が解除された影響で、体に蓄積されていた疲労が戻ってきたせいで万全とは言えない状態である。 かなり弱ってしまった巫女さんをニヤニヤと見ながら、地面に落ちていた箒を拾った魔理沙がその口を開く。 「こりゃまた珍しいな。妖怪モドキを前にしたお前さんの口からでるセリフとは思えないぜ」 「ソイツらだけじゃないわよ。ホラ、あの空の上のアルビオン艦隊だって最悪相手にしなきゃならないのよ?」 魔理沙の言葉にそんな横槍を入れてきたのは、空を指さしたルイズであった。 彼女の言葉に振り返っていた体を戻すと、既に花火を打ち上げ終えたアルビオン艦隊が遥か上空で動きだそうとしている最中だ。 とはいっても、魔理沙や他の二人が見ても止まっているように見えてしまう程ゆっくりであったが。 「…?私の目には停止しているように見えるんだが」 「そりゃあんだけ大きい艦となると動かすのにも時間が掛かるし、もしもアレを倒すんなら今しかチャンスが無いわ」 艦隊を指さしながら説明をするルイズの顔は、自分の国の首都を蹂躙しようとする艦隊への敵意が込められている。 普通に考えても、たった三人の少女だけであの規模の艦隊…それも精鋭と名高いアルビオン空軍の艦隊と戦う事などできない。 更に今彼女たちがいる地上では自分たちを追跡していたキメラ達が今にも森の中から出てきて、襲い掛かろうとしているのだ。 物量、力量共に敵側に分がある今の状態では、疲労困憊したルイズたちが勝てる可能性はほぼ無いと言っても良い。 普通の人間ならば、今は戦う時ではないと諦めて戦術的撤退を行っていたであろうが――――彼女たちは違った。 「………魔理沙、アンタはどう思う?」 ルイズが指さす艦隊を見上げながら、霊夢は隣にいる魔法使いに聞いた。 「そりゃ、お前…アレだよ?こういうのはアレだよな?ああいうデカブツほど『潰しがいがある』ってヤツさ」 頭に被る帽子の中からミニ八卦炉を取り出しながら、魔理沙は巫女にそう言った。 その顔にはこれから起こるであろう戦いへの緊張や恐怖という類の感情は、全く浮かんではいなかった。 笑顔だ。右手に箒、左手にミニ八卦炉を持った普通の魔法使いの顔には笑みが浮かんでいる。 それも戦いに飢えた狂人が浮かべるようなものではなく、ただ純粋にこれから始まる戦い(ステージ)に勝ってみせるという楽しげな笑み。 命を賭けた戦いだというのに、彼女の顔に浮かぶ笑みからは…ほんの少し難しい゙ハードモード゙で遊んでやろうというチャレンジ精神が見えていた。 「散々ここで化け物どもを放って、好き放題やったんだ。次は私゙たぢが好き放題させてもらう番だぜ」 最後に一人呟いてから、体を森の方へと向けた魔理沙はミニ八卦炉を構えた。 その彼女に続くようにしてルイズと霊夢も後ろを振り向き、それぞれ手に持った獲物を構えて見せる。 ルイズはスッと杖をキメラ達へ向け、霊夢は懐からスペルカードを取り出して臨戦態勢へと移っていく。 森の中に潜む異形達も準備が整ったか、滲み出る無機質な殺気がいつ敵の攻撃となって森から出てきても可笑しくは無かった。 「空の大物を沈める前に、まずはコイツラ相手に肩ならしといきますかな?」 二人と比べて、体力が有り余っている魔理沙がキメラ達に向けて宣戦布告を言い放った瞬間…。 木立を揺らしながら出てきたキメラ゙ラピッド゙がその銀色の体を輝かせ、手に持った槍を突き出しながら森から飛び出し―――――― ――――――空から降ってきた青銅色の゙何がに勢いよく押し潰されて、くたばった。 窓際に置いていた植木鉢が落ちて、偶然にもその下にいた不幸な人の頭に落ちるかのように、 その青銅色の゙何がに当たる気など全く無かったキメラは、突撃しようとした矢先に落ちて来だ何がに潰されたのである。 天文学的確率は言わないレベルではあるが、このキメラの運が底なしに悪かったという他あるまい。 「――――――…っな、なぁ…!?」 そんな突然の事態に対しも真っ先に反応できたのは、ミニ八卦炉をキメラに向けていた魔理沙であった。 物凄く鈍い音を立ててキメラに直撃してきたそれに驚き、ついさっきまで浮かべていた笑みは驚愕に変わっている。 「ちょっと…何アレ?」 「何よ?また別の新手でもやってきたワケ?」 『いや~、仲間を押しつぶす形で降りてくるようなヤツは流石にいないだろ?』 ルイズと霊夢も彼女に続いてキメラの上に落ちてきたソレに気付き、両者がそれぞれの反応を見せる。 そこにデルフも加わり、ほんの少しその場が賑やかになろうとした時、魔理沙に次いで声を上げたルイズが何かに気付く。 キメラの上に落ちてはきた青銅色の゙何か゛は、よくよく見てみれば人の形をしている。 やや細身ではあるが、物凄い勢いとキメラを押しつぶした事を考えれば相当の重量があるのだろう。 潰れたキメラの上に倒れ込むような体勢になってはいるが、少なくともルイズの目には彼女が傷一つ負っていないように見える。 青銅色の体には同じ色の鎧を纏っており、まるで御伽噺に出てくるような戦女神の姿はまさしく……… そこまで観察したところで、ルイズは思い出す。こんな『自分の趣味全開のゴーレム』を作り出せる、一人の知り合いを。 別段そこまで親しくは無く、かといって赤の他人とも呼べるほど縁は薄くない彼の名前を、ルイズは記憶の中から掘り起こすことができた。 「あれっ…てもしかして……ギーシュのワルキューレ?」 「あらぁ~?大丈夫だったのねぇルイズ」 彼の名と、彼がゴーレムに着けている名前を口にした直後――――三人の頭上から女の声が聞こえてきた。 三人―――少なくともルイズと霊夢は良く耳にし、あまり良い印象を持てない゙微熱゙の二つ名を持つ彼女の甘味のある声が。 本当ならばこんな所で聞くはずも無く、そして暫く目にすることも無かったであろう彼女の姿を思い出し、ルイズは咄嗟に顔を上げる。 そして彼女は見つけた。自分たちのいる地上より少し離れた上空から此方を見つめる青く幼い風竜と、 羽根を器用に動かしてその場に留まっている風竜の上にいる、三人の少女と一人の少年の姿を。 その内の一人、こちらを見下ろすように風竜の背の上で立って凝視している少女は、燃えるような赤い髪を風でなびかせている。 彼女の髪の色のおかげてある程度離れていてもその姿はヤケに目立ち、そして彼女自身もルイズたちにその存在をアピールしていた。 ここで出会う事など全く考えていなかったルイズはその髪を見て、目を見開いて驚いた。 「キュルケ!どうしてアンタがここに…!?」 「こんばんはルイズ。てっきりギーシュのゴーレムで大変な事になってたと思ったけど…」 とんだサプライズになってくれたわね。最後にそう付け加えて彼女――――キュルケは笑みを浮かべて手を振った。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (53)ウルザの砲台 これで何度目かとなる交錯。 空中を素早く逃げ回るワルドの進路を武具の射出で妨害し、一気にウルザがその距離を詰める。 『ハッ!』 距離が縮まると同時、裂帛の気合いとともに、二人は互いに弾幕のような無数の光条を放った。 ワルドのそれは、迎撃のため。 ウルザのそれは、ワルドの迎撃を打ち落とすため。 ウルザの呪文はワルドの呪文を残らず撃ち落としていく。それは相手の放った矢を射るが如き、針の穴を通す達人技。 迎撃が意味をなさないことを悟ったワルドも即座に後退に徹しようとするが、追随するウルザがそれを許さない。 ウルザは無造作にワルドの懐に飛び込むと、左手でに握った大剣を払う。重さと早さが乗った一撃が、ワルドを襲った。 しかしてワルドもただ者ではない。 ワルドは回避しきれないと判断すると、素早くサーベル型の杖を腰から引き抜き、ウルザの剣をいとも簡単にいなしてしまった。 そう、接近戦こそは彼本来のフィールド。 ロングレンジの戦いならともかく、ショートレンジでの戦いなら、転化前の技能が存分に生かし切れる。 追い詰められたワルドは、防戦どころか逆に剣杖にブレイドの呪文を纏わせて、ウルザに接近戦を挑んできた。 こうなってしまっては、いかに長い時を生きてきたとはいえ、所詮はアーティフィクサー。本職の戦士を相手にするのは難しい。 それが自身と同じ、定命の軛から解き放たれたものとあっては尚更に。 あっという間に攻守は逆転。 今度はワルドが攻める展開となった。 突き、払い、突き、フェイント、簡易詠唱呪文による牽制を織り込みつつ距離を詰め、間髪入れずに引き込む真空を纏わせての跳ね上げる斬撃。 立て続けに鋭い攻撃を繰り出されたウルザが、堪らず距離を離そうとするが、その動きにもぴったりとワルド追いすがる。 突き突き突き突き、刹那に四度。恐るべきプレインズウォーカーの魔力を乗せた刺突がウルザを襲う。 流石にこれは防ぎきれないと判断したウルザが、非常手段に訴える。 次の瞬間、二人がいた空間を極太の熱線が焼き払っていた。 「埒が開かんな」 そう呟いたウルザは、最初そうであったように、再びワルドとの距離を離していた。 ウルザもワルドも、共に熱線によるダメージはない。 単に仕切り直しとなっただけである。 こうして距離を詰めようとしたウルザを、ワルドが撃退して距離を離すというやりとりも、すでに何度か目となっていた。 そもそもプレインズウォーカー同士の戦いというものは、片方が消極的な戦法を取ると長期戦になりやすい。 加えて、本来ウルザは自分で戦うことを得意としないプレインズウォーカーである。 〝愚か者どもの破滅〟テヴェシュ・ザットや、〝世界最古のプレインズウォーカー〟ニコル・ボーラスといった面々のような戦闘力は持ち合わせていない。 もしも戦うならば、莫大な魔力やアーティファクトを利用して、距離を離しての戦いが本来の戦法なのだ。 一応、杖を使った格闘術もある程度身につけているが、それにしたところでファイレクシアの闘技場でジェラードに打ち負かされる程度の腕前である。 本物の勇士を相手にするには心許ない。 それでも、ウルザがワルドに接近戦を挑むのは訳がある。 それはワルドが展開し、周囲の空間に編み込まれた儀式魔法の術式陣に理由があった。 今や二人の戦闘空域の至る所に浮かぶ、一見すると無造作に漂う光の紐にしか見えないそれは、ワルドが作り出している次の攻撃のための布石だった。 捕縛か、封印か、攻撃か、防御か、巧みに偽装された術式は、一見しただけではその正体を掴みきれない。 その呪文がどのような呪文であるか、ワルドの狙いがなんなのかを突き止めるのが、ウルザにとってのワルド攻略の第一歩だった。 その為にも、ウルザにはワルドとの距離を詰めて戦う必要があった。 距離を詰めれば、儀式魔法の展開を直接その目にすることができる。そうなれば、判別は痕跡から魔法の正体を探るよりもずっと容易い。 また、距離を詰めることで、儀式魔法の正体を知られまいとするワルドが一時的に呪文の詠唱を中断するという副次的な要素もある。 だが、ウルザにとっての誤算は、ワルドの有する卓越した戦闘技術。 覚醒してからほんの数ヶ月のプレインズウォーカーとは思えないほどに、ワルドの動きは的確だった。 センスが良いというべきか、それとも昔取った杵柄とでもいうべきか。 ワルドの動きは、プレインズウォーカーの動きとしても、実に合理的であった。 相手の術を捌きながら行う攻撃のタイミングにしても、複数の呪文を操りながら相手の呼吸を乱すフェイントにしても、熟達のプレインズウォーカーに匹敵する動きなのである。 結局、ウルザはワルドの得意とする接近戦を挑まなければならず、その度に接近戦になれば有利なワルドが、結果的にウルザとの距離を離してしまう、そんな戦いが続いていた。 一方で、ワルドはウルザが焦れてきているのを感じ取っていた。 これまで六度、それがウルザが接近戦を挑んできた回数である。 その判断は間違っていない。確かに、時間をかければかけるほどに、不利になるのはウルザなのだ。 再びウルザが飛翔速度を上げてくる。 これで七度目となる接近戦を挑もうというのだ。 だが、すでにワルドは準備の殆ど終えてしまっている。 (……そろそろ頃合いか) 予定よりも準備に長く時間をかけてしまったが、ファイレクシアの英知から授かった、ウルザを倒すための秘策は下拵えが済んでいた。 あとは最後のピースを嵌めて、絵を完成させてやる段階だ。 (それでは最後の一押し、決めさせてもらおう!) ウルザの動きに合わせたように、ワルドもまた、その距離を詰めてきた。 短い時間で互いに接敵を果たすと、ウルザは杖とデルフリンガーで、ワルドはブレイドを纏わせた杖で、必殺の一撃を放った。 杖同士がぶつかり合い、弾き合う。杖を弾いた後も、デルフリンガーが追の撃となってワルドを狙うが、これは危なげもなくかわされてしまった。 そして続けざまに一合、二合、三合、ウルザとワルドは切り結ぶ。 ウルザは迎え撃つのではなく、自ら踏み込むようにして接近戦を挑んできたワルドに違和感を覚えていた。 これまではウルザが挑み、ワルドが消極的に対応するという形だったのが、ここに来て自分から前に出てきたことに引っかかりを覚えたのだ。 その意味するところは何か? ――決まっている、相手の準備が整ったのだ。 すぐさまウルザはその場を離脱するために動いた。 だが遅い。 ワルドの動きははウルザのそれより尚早く、捕らえた獲物を逃しはしない。 退きながら/追い詰めながらの一進一退。 迷い無く打ち込むワルドに、ウルザが押され始める。 そして数度目の打ち合いの末、杖と大剣を振り上げたウルザに、決定的な隙が生じた。 杖も大剣も防御にまわせ無い。胴体はがら空き、これを隙と言わず、何を隙というのか。 「終わりだ!」 ワルドが必殺の刺突を繰り出そうとした、その時だった。 ウルザの口元が、微かに動いた。 その瞬間、ワルドの背筋を這い上がる悪寒。 遅れて、その鋭敏な感覚が、自分たちに迫る膨大な熱量の発生を感じ取った。 「貴…ッ!」 見ればウルザの唇がわずかに歪んでいた。 そこで初めて、ワルドはウルザの意図を読み取った。 ウルザは、自分もろともワルドを火線で焼き払うつもりなのだ。 なんて馬鹿げた計画。しかし、『ファイレクシアの目』から受け取ったウルザに関する知識から考えれば、あり得ないとは言い切れない。 無論、気づいたワルドはその場を離れようとする。 だが、ワルドは必殺の刺突を繰り出すために、踏み込みすぎていた。 「…様ッ!」 ウルザの右手が、ワルドの右腕を掴んでいた。 ウルザが右手で握っていたはずの杖は、いつの間にやら虚空に溶けて消えている。 つまりは、最初の隙から、全ては罠だったのだ。 「経験が足りないな、子爵」 ウルザはそう呟くと、掴んだ腕をぐいと引き寄せ、ワルドの体を盾にするように、その体を密着させた。 そして、次の瞬間、怒濤の火線が正面からワルドに迫り、その視界を赤一色に染め上げた。 十分なだけの防御を備える余裕は、無い。 「あ、あああああああああああああああああああ!!」 ワルドの絶叫がこだました。 プレインズウォーカーとは。 世界の外に広がる久遠の闇、そこに繋がることで供給される無限の魔力。 老いることなく、永久の時間を約束された不死。 たとえ破壊されようとも、虚無の闇に溶け込んでいる本体を殺されない限り死ぬことはない、血を流さぬ肉体。 それらを併せ持った、超越的な生命体である。 プレインズウォーカーとウィーザードの存在は、よく象と蟻に例えられる。 象にその気がなくとも、彼が寝転べば無数の蟻が潰され、また、彼が池で水浴びをすれば、無数の蟻が溺れ死んでしまう。 無自覚のままに力をふるう、恐るべき存在。 だが、一見、無敵に見えるプレインズウォーカーも、滅ぼす方法なら無数に存在する。 それは長いドミニアの歴史の中で、どれだけのプレインズウォーカーが滅ぼされてきたかを紐解けば容易に証明できる。 如何に不老不死を約束されたプレインズウォーカーとはいえ、世界への意志表層体である肉体を破壊されればダメージとなるし、肉体を破壊されれば再構築するまでの暫くの時間は世界に関われなくなってしまう。 だが、彼らにとって真の驚異は、プレインズウォーカーの例外。 『プレインズウォーカーならば、プレインズウォーカーを葬ることが可能』ということである。 大した力も持たないプレインズウォーカーなら兎も角、強大な力を持つプレインズウォーカーともなれば、世界への端末である意志表層体への攻撃で、プレインズウォーカーとしての核に直接ダメージを与えることもできるのである。 そしてまた、その延長として、死に至らしめることもまた可能なのであった。 炭化して、パチパチと爆ぜるワルドの亡骸を特に感慨もなく空に投げ捨てる。 先ほどまで展開されていた儀式呪文の陣は消えている。 ウルザは無傷だった。 いや、正確には所々に火傷は負っていたが、負傷と呼べるような負傷は負っていない。 それもこれも、盾にしたワルドと、アーティファクト『ウルザの鎧』のおかげであった。 しかし、ワルドを葬ったウルザの顔色は優れなかった。 「……手応えがなさ過ぎる……?」 そう呟いたウルザは、右手で白い髭を撫でた。 確かに先ほどまでの戦いは激しいものだった。 だが、相手はファイレクシアの支援を受けているのだ、ウルザの予想ではもっと激しいものとなるはずだった。 「……ふむ」 ウルザが気まぐれに下を見下ろしてみると、そちらでは連合軍と、アルビオン軍とが熾烈な戦いを繰り広げいるところだった。 どうやら形勢は連合軍にとって不利な流れらしい。 これに関しては戦闘の最中に、強大なクリーチャーが召喚されたのをウルザも感じ取っていた為、別段驚くこともなかった。 その光景を見ながら、ウルザは独りごちる。 「……子爵がここまで呆気ないとなれば、計画を少々変更した上で、予備のプランを動かさねばならぬか」 今のところ、ウルザの行動計画は少々の修正を加えねばならぬ程度で、まだ大きな支障はきたしてはいない。 このまま順調に進めば、ウルザの目論見通りにことは進むことになるだろう。 そのことを思い、ウルザは小さく唇の端を上げた。 だが、それこそが油断だった。 突如として体の中心から、ズンッ、と重たい衝撃が広がった。 ゆっくりとウルザが自分の肉体を見下ろすと、自分の体の鳩尾から、見覚えのある軍杖の先が生えていた。 ――背後から、貫かれている。 そう理解したのと、声を聞いたのは同時だった。 「遍在さ。ミスタ」 背後からウルザを刺し貫いた、ワルドが言った。 風の遍在。それは実体のある分身を生み出す、風のスクウェアスペルだ。 倒したはずのワルド、そして今ウルザを貫いているワルド、風の遍在。 それらから導き出されるのは、先ほどまでウルザが戦っていたのは分身に過ぎなかったという結論である。 「今回の化かし合いは、私の勝ちのようだ」 言いながら、ワルドは深く、根本まで杖を抉り込む。 血は出ない。プレインズウォーカーは、血を流さない。 人間ならば致命傷であろう一撃を受けても、ウルザは顔を歪めるに留まった。 「愚かな。確かに無傷とは言えないが、この程度はプレインズウォーカーにとって、致命傷にはなり得ない。知らぬ訳でもあるまい」 「勿論知っている。だからこその下準備なのだよ」 ワルドがそう言った途端、先ほどまで消えていた、儀式呪文の術式である輝く紐が、再びその姿を現した。 そして、その先端がウルザを貫いたワルドの杖の先端に繋がっていた。 「ウィアド!」 ワルドがそう、儀式呪文を締めくくるキーワードを叫ぶと、周囲に縦横無尽に走っていた光の帯が、黒く変色した。 そしてそのまま、ウルザを取り囲む輪と変化して、圧縮するようにして杖の先に灯された、呪文の終端へと収束していった。 そして全ての術式が巻き取られると、ワルドの術は完成した。 最初に爆発したのは〝黒い光〟とした表現できないものだった。 それが収まったときにはもう、術の効果は発揮されていた。 目と鼻の先に灯された極小の黒点、そこから発せられる超級の重力が、ウルザを捕らえて放さなかい 現れたのは、全てを吸い込む黒い穴だった。 それは空気、魔力、音、光の別なく、どんなものでもリバイアサンのようにどん欲に飲み込んでいく。 その危険性を察したウルザは、その底の抜けた穴を消滅させようと呪文を唱えた。 だが、その呪文すらも吸い込まれてしまう。 二度三度と繰り返してみたが、結果は変わらない。 そうこうしている間にも、穴はウルザの体をも引き込み始める。 「――、―――!」 その声すらも吸い込まれてしまう。 「ハハハ、無駄なあがきだ! その『黒い穴』の前にはどのような抵抗も無意味だ! おとなしく吸い込まれ、放逐されるが良い!」 そして、その言葉を契機にしたように、指先ほどのサイズだった黒い穴は、一気に二メイルほどの大きさまで巨大化し、すっぽりとウルザを飲み込んでしまったのだった。 時間は少々遡る。 ウィンドボナ周辺、およびその上空での戦いは、泥沼化の様相を呈しつつあった。 地上から空へ、弾雨が下から上へと登っている。 先ほどまで勢いを弱めていた対空砲火が、先ほどよりも一層強くなり、空に展開した連合艦隊を攻撃しているのだ。 「〝アントワープ〟大破!」 「救助を急がせろ!」 「地上軍は何をしている!?」 「伝令だっ、伝令を飛ばせ! 地上軍に対空砲への攻撃を優先するように伝えろ!」 「くそっ、下の連中は何をやっている!?」 ブリッジから場所を移して作戦室。そこでは怒声が飛び交う中、アンリエッタが慌てる参謀達に囲まれて、きりりと口元を引き締めていた。 「対空砲火が強くなりましたね」 「は……」 その言葉に、司令官席に座ったアンリエッタの横に立つマザリーニが口を開いた。 「先ほど空にドラゴンが多数出現するのと同時に、地上でも多数の魔物が出現したのが報告されております。それに関連するのではないかと思われますが……」 マザリーニがそう言っている間も、参謀達は喧々囂々と地上軍に敵の対空攻撃を止めさせる算段を立てている。 現在トリステイン艦隊は、アルビオン艦隊を相手にしつつ無数の大型ドラゴンを相手にしている。更にそこを地上からの対空攻撃を受けている形だ。 けれど、苦しいのは空の艦隊だけではない。地上に展開した軍も、同様の状況にあるはずだった。 そんな中で、地上軍に対空砲火を止めるのを最優先させるというのは、地上軍にさらなる血を流せと命じるようなものである。 しかしそれでも、 「やってもらわねば、我々の命運は尽きてしまいますね……」 今の連合艦隊に、アルビオン艦隊、ドラゴンの群れ、対空砲、これらすべてを相手に三面作戦をとって、戦線を維持できるほどの体力はないのだ。 このままでは遠からず、連合艦隊は再編不能なほどの打撃を受けてしまうに違いない。 そうなってしまえば、地上への援護もままならない。つまり、艦隊の命運はそのまま地上軍の命運をも左右するのである。 選択肢はない、無理でもやってもらう他無いのだ。 「しかし……それでも、あのドラゴン達をもう一度呼ばれたら」 「押し切られてしまうでしょうな」 そう、アルビオン側の追加戦力として現れたドラゴン達は、それだけ戦局を塗り替えるに十分な戦力であった。 アンリエッタ達には、アルビオン側がこの後どれだけ追加戦力を投入できるかが分かっていない。 相手の総兵力が全く見えてこない状況での戦闘は、恐るべき重圧となってアンリエッタを押しつぶそうとする。 しかしそれでも (私は……強くなると決めたのだから。あのとき、決して二度と泣いて立ち止まったりしないと、誓ったのだから!) あの日の想い、あの日の言葉を嘘としないために、愛したウェールズと釣り合う王となるために、こんなところで負けるわけには、いかないのだった。 「地上に伝令を飛ばしなさい! 対空砲への攻撃を続行。その破壊を最優先にするようにっ! もたもたしているとアルビオン艦隊からの対地攻撃が雨あられと降ってきますよ、とも付け加えるように伝令に伝えてください!」 その言葉に、一瞬まごつく参謀もいたが、その場にいた多くの将兵および参謀は、アンリエッタの言葉に即座に従った。 彼女の言葉を地上へ伝えるために、慌ただしく人が動く。 ばたばたと足音が響く中、席に座ったアンリエッタだけが静かだった。 アンリエッタは美しい爪が傷つくのも気にせず、何かを考えながら右手の親指の爪を噛んだ。 「戦力が足りません……」 「………」 横に立つマザリーニが、何も聞かなかったという風に沈黙を保った。 「……奇跡などという都合がよいものが本当あるなら、今こそ出現願いたいところですね……」 マザリーニは、その言葉も聞かなかったことにした。 「報告いたします!」 慌てた様子の士官が一人、作戦室へ飛び込んできたのはそのときだった。 「どういたしました?」 喧噪の中、入り口に現れた彼に、間髪入れずにアンリエッタが問いかけた。 「はっ……」 女王自らに直接声をかけられるとは思っていなかった年若い下士官が、戸惑いながらその場に傅いた。 「形式など気遣い無用。そのまま続けて下さい。何がありましたか?」 先ほどまでの苛立った様子などおくびにも出さずに、アンリエッタが落ち着いた声色で再び聞いた。 通常、作戦室にはある程度以上の地位のある士官でなければ、立ち入りが許されていない。彼のような下士官が報告に来たということは、現場では上級士官がその場から離れられない何かが起こったということである。 そのような事態の前に、形式などに拘ってはいられなかった。 「は、それが……空に、穴が……」 「……穴?」 「はい。穴、でございます」 そしてちょうどその時、大きな音を立てながら、船体が傾いた。 この、大きくて長いものはなんですか? エレオノールからウルザへ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む