約 5,328,742 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3241.html
突然、ルイズとワルドの目の前に現れた、謎の男・伏羲(ふっき)。 その背後の『ゲート』から、わらわらと人々が出て来た。半透明の者や、どう見ても化け物な存在まで。 「ふ……フッキ!? 『始まりの人』って、まさか六千年前降臨された『始祖ブリミル』!?」 「まぁ、始祖だがのう。そちらで言うブリミルとやらより、ずっと昔からおるよ。 異世界でも、どうやらわしらの言葉は通じるようだのう。時におぬしら、趙公明の奴を知らぬか?」 「彼が1ヶ月ほど前、急に『神界』から姿を消しました。 よく調べると、他にも数十名の神が消えており、詳しく捜索した結果、ここにたどり着いたわけです。 『神界』の管理者である、元始天尊さまの監督不行き届きですね。 定例会議が月一から段々伸びて、百年に一度になっていたそうですし」 「変化に乏しい世界だし、みんな不老不死だから、時間感覚がおかしくなるのはしょうがないよ。 それで、宝貝もいくつかなくなっていたんだ。この世界にあってはならないオーパーツだし、回収しなくちゃね」 青い長髪で黒マントの美青年と、天使のような美少年が現れる。ルイズは思わず頬を染めた。 「プッ、プリンスは今ニューカッスル城よ! あっちの方角! 反乱軍『レコン・キスタ』の空中艦隊と戦っておられるわ!!」 「うーむ、異世界の歴史に介入するのはマズイのう……まぁとりあえず説得してみて、ダメなら再封神だ。 ……ところでおぬし、その杖はわしの『打神鞭』か?」 ワルドの持つ杖に伏羲が反応する。ワルドは答えない。 「でも望ちゃん、宝貝は持ってるでしょ?」 「うむ、ここにのう。ちゃんと『太極図』もついたやつが。 ……では、これはレプリカということか? ちと渡してもらうぞ」 伏羲が軽く杖を振ると、風の輪がワルドの手足を縛る。 なすすべもなくワルドは杖を奪われ、ルイズは空中に立つ伏羲の腕に掴まる。 「あ、ありがとう……ございます、『始祖』さま」 「ニョホホホ、礼には及ばぬ」 伏羲がいきなりぬいぐるみのように簡略化した姿になり、ルイズはぎょっとした。 ワルドの杖を、伏羲が調べる。確かに宝貝のようだが……。 「ムゥ……いくつかの魂魄が、この中に封印されておるっ! いなくなった劉環に、陳桐に、張桂芳と風林……む? この金髪の男は知らんぞ」 「ウェールズ皇太子だ。さっき僕が殺した」 「プ、プリンスとワルドが、さっき天数がどうとか白い女神とか、『歴史の道標』がどうとか、 よく分かんないことを話してたわ……あんたたち、知ってるんでしょ!?」 ルイズは始祖相手にタメ口だ。見た目は若いし、あまり貴族らしくないからなのか。 それを聞いた伏羲が、渋い顔をした。 「……ああ、よーくな。まったく数千年振りに聞いたぞ」 「やはり、奴か!! しかし、なぜまたこのような異世界に?」 「燃燈よ、あやつもわしと同様、魂魄を自在に分裂させる能力があった。 その欠片が何かの拍子にこっちへ紛れ込み、この世界の影響を受け変質して、 またぞろ妙な歴史を作っておるのではないか? さしずめ六千年前の始祖降臨とやらが怪しいのう」 「……あの、あなたたち何者?」 「神だ。全知全能でも、唯一絶対でもない。もとは人間だったり妖怪だったり、いろいろだ。 人類社会や地球環境がそれなりにうまく回っていくよう、調整しておる。 歴史自体は人間のもので、あまりわしらは介入せんがのう」 「まだ肉体を残した『仙道』や『妖怪仙人』も沢山いるよ。僕は魂魄体の『神』。 望ちゃんは『始祖』だし、やるだけやったから、今はサボり放題なんだけどね」 天使が笑う。フッキとかスースとかボーチャンとか、どれが本名なのだろうか。 「趙公明がこっちに来ていた事は、わしが始祖の力で調べたが、 詳しい事は分からんでな。すまぬがちょっとおぬしらの記憶を覗かせてくれ。少しでよい」 ルイズとワルドの額に、伏羲が手袋をした掌をのせる。 「……ふむ、ふうむ、なるほどのう。あやつめ、このワルドを『封神計画』の遂行者に選んだのか。 そりゃ強力な風を使えるメイジだが……『ちんとう』を倒してもあまり自慢にはならんかのう」 どうやら、ワルドもしばらく妖怪退治をしていたようだ。 「ではスープーよ、このルイズを乗せて安全なところへ連れて行け。 わしらは趙公明をどうにかせねばならん。面倒だのう」 「ラジャーっス、ご主人!!」 ルイズは、ポフッと空飛ぶ喋る白いカバの背中に座らされる。 「……ま、待って! 私もプリンスのところへ、ニューカッスルへ連れて行って! 彼は、一応私の『使い魔』よ! 説得するって言うのなら……!」 「うーむ、まぁよいが、趙公明は連れ帰るからな。我慢せい。 あのような非常識で強大な存在、野放しには出来ぬぞ」 「プッ、プリンスは最も高貴な『真の貴族』よ!! 私から彼を取り上げないで! お願いよ!!」 スープーの背中で騒ぐルイズに、伏羲も閉口する。 「あーもー、めんどいのう。説得の役には立つかも知れんし、連れて行ってみるか……」 「お兄様―――――――っ、どこにおられるの―――――――――っ!!!」(ドカ――――ン) ゲートから化け物どもが現れた。『飛刀』がいつか見せてくれた、プリンスの妹たちだ。 「げぇっ、ビーナス!! ええい急ぐぞスープー、ニューカッスル城へ! ルイズ、案内せい! ワルドは誰ぞ、そこのゲートを潜って『神界』へ封印しておけ!」 「わ、分かったわ、こっちよ! プリンスがピンチなら加勢しなきゃ!!」 「ピンチってのう……記憶を見せてもらったが、この世界の旧式艦隊ごとき、あやつにはいくら集まろうと、 ピンチのうちにも入らんぞ。核兵器でも使わねばのう」 あれだけの艦隊を向こうに回して、ピンチのうちにも入らない、だって? ……マジですか? 「え゛……なによ、カクヘイキって」 「この世界を構成するごく微小な粒子から、途轍もない力を引き出す科学技術を利用した兵器だよ。 具体的にはウラニウムをね……」 「普賢よ、今はそんな話はよい。この物理オタクめが」 神々とルイズは、一路ニューカッスルへ飛ぶ。 すでにそこには、深い森ができていた。趙公明の生み出した妖怪密林だ。 趙公明の原形『巨大花』も、『レキシントン』号を押し潰して着陸し、さらに巨大化していた。 「……遅かったか……このままでは、ここら一帯養分を吸い尽くされて、死の砂漠になりかねんぞ」 「お兄様、お迎えに参りましたわっ!!! 心配いたしましたのよ!!」 趙公明の顔がついた巨大な花が、ぐぐっと振り向いた。ルイズは仰天する。 「「おお、ビーナス、クイーン、マドンナ! それに太公望くん、もとい伏羲くん!! 久し振りだね、元気だったかい? おや、ルイズも一緒とは、どうしたことだね?」」 一行はさっそく、説得にかかる。 「趙公明よ、妹たちも心配しておるし、早く人型をとって『神界』へ帰還せい! わしら神々は、地上のことに深入りせんと、誓約したであろう!!」 「「ノン! 僕はそこのミス・ルイズ・フランソワーズに召喚され、正式に契約したのさ!! 高貴なる美少女のナイトとして、華麗に戦えるこの世界にいるのを邪魔するのかい? 帰還させたくば、僕と戦って倒してみたまえ!!!」」 趙公明が、取り込んだフネから砲火を放って威嚇する。『ガンダールヴ』の力だろうか。 「「ワルドくんはどこだい? 彼とも決着をつけねば!! ハハハハハハ!!!」」 「その人は捕まえたっス! 『神界』に戻るっスよ、趙公明さん!!」 「「ノンノン!! 僕は帰らない!!」」 「プリンス! お願いよ、もう終わったの!! やめて!!」 「「ノンノンノン!!! まだ暴れ足りない!!!」」 「……三度目、だね。望ちゃん」 「うむ……説得は失敗だ、ルイズにビーナス。では燃燈、楊ゼン、張奎、奴を再封神する。 皆はルイズとビーナスを連れて、向こうへ下がらせい」 伏羲が神々に命令する。二人は神々に連れられて、離れたところへ避難させられた。 「……しかし、どうするんです師叔、アレを……倒すだけなら可能ですが……」 「申公豹の『雷公鞭』やナタクの『金蛟剪』や燃燈の『盤古幡』では、この浮遊大陸ごと落としかねんな。 おぬしの『六魂幡』は魂魄を消してしまうし、張奎の『禁鞭』でもアレは倒し切れんし……ぬぅ」 「やっぱりここは、望ちゃんにやってもらおうよ。せっかくだし」 「そうだのう……毛玉、セミ、普賢。ちょいと協力せい、陣を布く」 「私は毛玉ではない、袁天君でありおりはべり」 「我はセミではない、董天君なり(ミーン ミーン)」 4人は軽く相談すると、趙公明を中心に四方を囲み、宝貝を発動させる。 「……宝貝『打神鞭』と『太極符印』、及び亜空間系宝貝『寒氷陣』『風吼陣』のリンク完了……。 いいよ、望ちゃん!!」 「よーし、じっとしておれ趙公明!! 太極、両儀、四象、八卦……! 空間系宝貝『誅仙陣・改』!!」(ヴヴン) ばかでかい立体魔法陣が巨大花と森を包み、氷雪の嵐が襲い掛かる。 物理を操る電脳宝貝『太極符印』が気圧や温度を調節し、宝貝同士をリンクさせる。 亜空間系宝貝『寒氷陣』と『風吼陣』が吹雪を起こし、植物を切り刻む。 伏羲の『誅仙陣』は、本来は魂魄を溶かす雪を降らせるのだが、 今回は『打神鞭』で風を操り、限定空間内に猛烈な疾風を吹き荒れさせる。 ピシィ、ピキィと巨大植物たちが凍りついていく。 「「……う、あ、あああああああ!!! また僕が凍る、凍りつく!!」」 「プリンス!!」「お兄様!!!」 風の国アルビオンに雪風が吹き、趙公明は瞬間冷凍された。 (つづく)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/62.html
「……これは何?」 「……団子虫の一種かしら?」 「ふむ……珍しい使い魔だな。もしかすると幻獣の一種かもしれない」 確かにルイズはサモン・サーヴァントに成功した。 しかしそれによって呼び出された使い魔は、 博識で知られるコルベールでさえも全く知らないものだった。 それは子犬ぐらいの大きさの、ずんぐりとした形の、団子虫に似ているものだった。 外皮は硬そうな外骨格、そして腹部にはたくさんの節足、 そして頭部には青色の目が何列も並んでいた。 「まあ、無事に召喚できたようだし、儀式を続けなさい」 「はーい」 それなりの使い魔を召喚できたおかげか、嬉しそうに返事をしながら ルイズは『契約』の儀式を開始する。 しかし、幸か不幸か、彼らは実はその召喚された使い魔が、 戦争によって文明が崩壊した異世界から召喚されたものだとは 最後まで知る事が無かった。 その後。 「……ねえ、ルイズ」 「……なによ、キュルケ」 「この子、ずいぶん大きくなったわね」 「そうね、ちょっと育ちすぎたかもしれないわね」 「……ちょっとどころじゃないわよ」 ルイズが召喚した団子虫のような使い魔。 当初、この珍しい使い魔にどんな餌をやったら良いのか頭を悩ませたルイズであったが、それはすぐに解決した。 どうやらこの地に自生する植物が余程気に入ったのか、適当な草であれば何でもよく食べるのである。 (なお、特に良く食べたのははしばみ草であり、それこそ一心不乱という形容詞を具現化したかの如く それを延々と食べつづけるこの使い魔に、タバサが密かに対抗意識を持ったのは余談である) しかし、それにしてもよく食べる。 まあ、そこらの野山の草を適当に食べさせておけば良いのでルイズの懐は痛まなかったが、 それでも限度はある。ただ食べるだけなら良いのだが、 食べた分に見合ったレベルで延々と大きくなり続けるのはいささか問題があるだろう。 何度も脱皮を繰り返し、今では馬よりも大きくなっている。 当初、ルイズの部屋で飼われていた使い魔は、 もう部屋の扉を通る事ができなくなったため、 他の大型の使い魔と一緒に外の小屋で飼われていた。 ところで脱皮した皮はコルベール先生が嬉しそうに持ち帰っていたけど 一体何に使うつもりなのだろうか。ルイズは気になったけど、 ゴミを処理する手間が省けたと思って気にしない事にした。 さらにその後。 「……ねえ……」 「…………なによ………」 「言わなくてもわかるでしょ」 「わかってるけどわかりたくないわ」 ルイズとキュルケの目の前にいる使い魔。 もはや育ったとかいうようなレベルではなかった。 なんと二階建ての家ぐらいの大きさである。 魔法学院内の、あらゆる使い魔よりもずっと大きかった。 既に学院からは「使い魔の餌はどこかの山の草木を与える事」という指示が下っている。 なにしろこの巨体である。ルイズがちょっと目を離した隙に 学院の花壇をあっという間に全滅させてしまったのは記憶に新しい。 「それにしてもよく育つわね」 「きっとこれはそういう種類なのよ」 彼女たちは知らなかったが、もし仮にこの使い魔が召喚された世界の、 この使い魔の生態を知る人物がこれを知ったら恐らく驚愕したに違いない。 どうやらこの世界の植物がよほど肌に合ったらしく、 この使い魔は本来の速度の何十倍もの速度で育ちつづけているのであった。 ついでに食事量も本来の何十倍もの量であった。 「……でも、この子、どこまで大きくなるんだろう……?」 バキバキと豪快な音をたてながら一心不乱に木を食べ続ける使い魔を見上げると、 この先を想像することは恐ろしくてとてもできなかった。 さらにさらにその後。 「…………………………(唖然)」 「…………………………(呆然)」 もはや、巨大な使い魔という形容詞すら生ぬるかった。 高さは40メイル、全長は100メイルはあるだろうか。文字通り、動く山といった感じの巨体である。 「……どうするのよ、これ」 「……いいい、いいじゃないの、せせせ戦争には、かかか勝ったんだからぁ!」 可哀想なのはアルビオン軍の一般将兵である。 地上にいたアルビオン軍の兵士は、この超巨大な使い魔が通っただけで文字通り粉砕され、 艦隊の方も、うかつに地上近くを航行していた何隻もの艦船がこの使い魔によって地面に引きずり降ろされて撃沈された。 そしてその硬い外皮はアルビオン軍の大砲ごときでは掠り傷ぐらいにしかならず、 かえって目を不気味に赤く光らせながら怒りで大暴走する使い魔の怒涛の体当たりを喰らうだけだった。 そのあまりのとんでもなさにアルビオン軍は、大混乱に陥ったまま敗走するしかできなかった。 「……それと、あれはどうするのよ」 「……あああ、あれはそう、不可抗力よ、不幸な事故よ、天災だったのよ。 だから私にはどうする事もできなかったのよ!!」 キュルケが視線を向けたその先。 そこは、使い魔に食い尽くされてすっかり禿山になってしまった山々があった。 そして、ご主人様の気持ちも知らず、その禿山を作った使い魔は今日も延々と食べつづけるのであった。 「これ、いつまで大きくなるのよ」 「私に聞かないで」 ~おしまい~ -「風の谷のナウシカ」の王蟲を召喚
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2970.html
前ページ次ページベルセルク・ゼロ ルイズはベッドに腰掛け、パックの話を聞いていた。 パックからガッツの事情をかいつまんで聞かされたルイズは本日何度目かのため息をついた。 「異世界からきた…ね…とても信じられないけど……」 先ほどのガッツの剣幕を思い出す。実際あれほどの激情を目の前で見せられては疑うわけにはいかない。 「とても嘘をついている風じゃなかったものね……その、とても怖かったし……」 「必死だったんだよあいつも。普段はあそこまで取り乱すことそんなにないんだよ…そんなに、だけど」 苦笑いを浮かべるパックの脳裏には出会ったばかりのころのガッツが思い出されていた。 あの当時のガッツをこのルイズが召喚してしまっていたとしたらどうなっていたか―――想像に難くない。 「不幸中の幸いってやつだね~」 「?」 たはは、とパックは笑う。 ルイズはそんなパックをきょとんと見つめていた。 やがて――― 「よし…!」 ぱんっ、と膝を掴んでルイズは立ち上がる。そのまま勉強机に腰掛けた。 さんざん弱音は吐いた。泣くだけ泣いた。 あとは前に進まなきゃ。 とりあえず新しい使い魔をどうするか、自分の立場がどうなるかは後回し。 自分の失敗魔法のせいでガッツに迷惑をかけてしまった。 ならば、その責任をとらなければならない。 ひょっとするとそれは償い切れないほどのものかもしれない。 それでも、逃げ出すことは許されない。 失敗を見ないことにして放り出すことなど到底許容できない。 それがルイズの考える貴族の在り方―――これからも貫く、自分の生き方だった。 どすんっ! 机の上に「コレ頭叩き割れるんじゃね?」というほどの厚みのある本が置かれた。 2000ページは優に超えていると思われる。 それは古今東西、ハルケギニアに存在した、『フライ』を始めとする移動形魔法の種類とその詳細が書かれた、いわゆる『辞典』だった。 パラリ―――とページをめくる。 一枚一枚、一言一句逃さず、ルイズはその本を読み続けた。 二時間後――― 「ぐぅ…むにゅ……すやすや……」 ルイズは開かれたままの本に突っ伏して寝息を立てていた。 「ルイズ~、寝るならちゃんと布団で眠りなよ~~」 パックが苦笑しながらルイズの頭をぽんぽんと叩く。 完全に寝ぼけたまま、それでも何とか目をあけたルイズは椅子から立ち上がると、もそもそと服を脱ぎ始めた。 「わわわぁ~~!! ルイズ、ちょ、ちょっと待った! なななにしてんのッ!?」 「む~? なぁにってぇ~、きがえてるにきまってるでしょ~~? せいふくぅ~しわになったらぁ……むにゃ」 「はわわわわ」 ルイズの手が下着に伸びる。緩慢な動作でそれも脱ぎ捨てると、ルイズはネグリジェを頭からかぶり始めた。 無論、その間ルイズは丸出しである。 エルフが人間に欲情するかは定かでは無いが―――少なくともパックはガン見だった。 ルイズはネグリジェに着替えるとぼさっ!とベッドに飛び込む。 「むぅ~~…ん……すぅ~すぅ~」 そのまますぐに寝息を立て始めた。 パックはルイズの顔を覗き込み、眠りにつくのを見届けてから部屋を出ようとした。 むんず。 「ほえ?」 ルイズの手が飛び去ろうとしたパックを握り締める。 「んむぅ…むにゃむにゃ、ちいねえさまのつくったまろんけーきおいしい」 そのままパックはルイズの口の中にinした。 「のおおおお!! オレの体からは栗の匂いでも出てるとですかーーーー!?」 はぐはぐと頭頂部をルイズに咀嚼されながら、パックは心の叫びを上げた。 ―――夜が明ける。 あまりにも異様だった双月はその姿を潜め、太陽がトリステインを照らし始める。 その輝きだけは自分が見慣れたものとそう変わらないように思えた。 ガッツは剣を抱き、壁に背を預けて座ったまま首筋を指でなぞる。 なぞった指を確認するが―――やはり一滴の血もついてはいない。 いつもの世界では考えられないほど穏やかな夜に、しかしガッツは背筋が凍る思いだった。 いくら悪霊が現れず、穏やかな夜だったとはいえ、ガッツが眠りにつくことはない。 神経が高ぶっていて寝付けるようなものではなかったということもあるが―――根本的に、ガッツはもはや夜に眠ることは出来ない。 安全だとわかっていてもどうしても落ち着かないのだ。 これから先も、夜に穏やかに眠れることはおそらくないだろう。 まあこの世界に召喚された際、随分と長い間気絶していたことが幸いして、わりと頭はシャンとしているようではあった。 太陽が覗くまで長い間自問自答を繰り返していた甲斐があって、沸騰した頭は幾分落ち着いてくれたらしい。 ガッツはこれからの自分の行動を決めることにした。 (ルイズとかいうガキはあてにしちゃいらんねえ…やはり、自分の足で探すか) まだここが本当に異世界だと確定したわけではない。 その辺のこともじっくり調べてみる必要がある。 とすると、やはり町に向かう必要があるだろうか? そんなことを考えていると―――― ぐう。 お腹がなった。 そういえば最後に飯を食べてもうそろそろ丸一日経つ。 「まずは腹ごしらえか……」 さて、どこに行けば飯にありつけるのか。 まあとりあえず適当に建物内を散策してみるか―――とガッツが腰を上げると一人の少女が目に入った。 清楚な黒髪をカチューシャで纏めた女の子が、大量の洗濯物を抱えて歩いていた。 その服装には少し見覚えがある。確か、貴族に仕える侍女が似たようなものを着ていたはずだ。 (この学院に居る者は―――) ルイズの言葉を思い出した。 この学院の生徒とやらは全員が貴族。 つまり、なるほど、あの少女はおそらくここで侍女として雇われているのだ。 であるならば、彼女に聞けば飯の在り処もわかろうというものである。 ガッツは立ち上がり、少女のもとへと歩み寄った。 「おい」 「はい? きゃあ!」 少女はガッツの声に振り向いた拍子にバランスを崩し、抱えていた洗濯物を盛大にぶちまけてしまった。 「…悪い」 「いえ、私の不注意ですから…あら、あなたは学院の生徒じゃないですよね?」 当たり前だ。見たらわかる。 身の丈を超える大剣を担ぎ、黒尽くめの甲冑に身を包み、極めつけに左手は鉄の義手(大砲オプション付)だ。 そんな生徒はどこの学校を探したって存在しない。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 ミス・ヴァリエール? ガッツはしばらく考えてから「あぁ、あの桃髪のことか」と思い当たった。 「ずいぶんと広まってるんだな」 「ええ、ミス・ヴァリエールは平民を召喚してしまったってすっかり噂になってます」 まあそれはどうでもいい。噂したけりゃすればいい。それよりも。 ガッツは少し気になったことを聞いてみた。 「あんたも魔法使いなのか?」 「いえ、私はあなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するためにここで奉公させていただいてるんです」 明らかに自分を貴族より下の位置に定めている者の口ぶりだ。 貴族がいる前ならまだしも、周りには同じ平民だと認識しているガッツしかいないのに、ここまでへりくだったしゃべり方をするとは。 どうやらこの娘は心の底から貴族を自分より上位の存在だと考えているらしい。 (こら仕込みがいいわ) そんなことを考えながらガッツは少女が落とした洗濯物をひょいひょいと集め始めた。 「あ、ありがとうございます」 ガッツの行動が意外だったのか、少女は少し驚きながら礼を述べた。 「どこまで運べばいいんだ?」 「そ、そんな! 大丈夫ですよ! ミス・ヴァリエールの使い魔の方にそこまでしていただくわけにはいきません!!」 少女はガッツが集めた分の洗濯物を受け取ろうとするが、そうすると持ちきれない分がまた落ちるのは目に見えている。 「気にすんな。俺もあんたに頼みたいことがあるからな」 「う…それじゃあお願いします。あそこの井戸の方まで運んでもらえますか」 「あいよ」 少女が指差した方向に二人肩を並べて歩き出す。 少女は隣を歩くガッツを少し不思議そうに見上げてから、 「あの、お名前はなんておっしゃるんですか?」 「ガッツだ」 「ガッツさん……私は、シエスタっていいます。どうぞよろしく」 シエスタはそう言ってガッツを見上げたまま微笑み――― こけた。 「ガッツさん黒髪ですよね。私と同じです」 「ん…まあ、そうだな」 ガッツはシエスタの洗濯を手伝っていた。 シエスタが桶で洗い上げた物をガッツが木の枝同士に張られたロープに干していく。 ガッツがシエスタに飯を食うにはどこに行けばいい、と尋ねたところ、シエスタの厚意によりいつも厨房で出ているという賄い食を出してもらえることになった。 洗濯が終わった後に連れて行ってもらえることになったのだが―――ただ突っ立って待っているのも手持ち無沙汰なので、ガッツから手伝いを申し出たのである。 じゃぶじゃぶと洗濯板を使って洗濯を進めるシエスタの言葉に、ガッツは自分の前髪を少し指でいじった。 右側の前髪だけ白い。狂戦士の甲冑を身に纏った反動だ。 ちょびっと白い剣士。 ほぼ黒い剣士。 パックとイシドロに叩かれた軽口を思い出す。 まあしかし、黒髪と言って問題はなかろう。故にガッツは曖昧に頷いた。 「トリステインでは黒髪って珍しいんですよ? 私、家族以外で黒髪の方に会ったのは初めてです。ガッツさん、出身はどちらなんですか?」 「言ったってわかんねえだろうし、本当のところは俺もわからねえさ」 実際ガッツは自分の生まれを知らない。 昔、かつて自分の親代わりをしてくれた男は、自分のことを『死体の股から生まれた呪われた子』と言った。 自分の出自について知っているのはそれだけだ。 あるいはミッドランドと答えてもよかったかも知れないが、シエスタにはわからなかったろう。 ガッツの答えに「なんですか、それ」とシエスタは笑った。 洗濯を終え、シエスタに連れられた厨房で、ガッツは賄いのスープを口にしていた。 ここでもガッツは驚くことになる。 ―――スープが、うまい。 狂戦士の甲冑の反動によって失われていたはずの味覚が戻っていた。 (つくづく魔法ってのは…すげえもんだな) もしかすると死者を甦らせる魔法なんてのもあるのかもしれない。 そんなことを考えているとコック長のマルトーがガッツに話しかけてきた。 「よう、兄ちゃん! くそったれな貴族に召喚されちまったんだって!? 難儀なことだなあ! おめえの気持ちはよ~くわかるよ! 貴族たちに使った食材の余り物だってのが癪にさわるが、今日は好きなだけ食ってくれ!!」 陽気にがははと笑いかけてくる。 マルトー自身もがっしりとした体躯をしているためか、ガッツに対して恐れというものは抱いていないようだった。 「ところでよ~…お前さんのそれ…剣かい?」 マルトーがガッツの傍らで壁に立てかけられたドラゴンころしを指差した。 「ちょっと持たせてくれよ」 言いながらマルトーはドラゴンころしの柄に手をかける。 「ふんッ!! ……んぅううあ!! 無理ッ!! 剣っていうかただの鉄板じゃねえか!! こんなもん振ったら肩がぶっ壊れちまうぜ!! 兄ちゃんコレ本当に振れんのかい?」 「……ああ」 「ホントかよッ!! そりゃあすげえや! な、振って見せてくれよ!!」 ……ここでか? ガッツは若干呆れながら厨房を見回した。 広い厨房だとは思うが―――こんなところでドラゴンころしを振り回したらえらいことになる。 「なんだよ! やっぱりこりゃ虚仮脅しなのかい!? 兄ちゃん、見栄を張るのはいいが武器はちゃんと自分になじむものを使いな! その辺は剣士も料理人も一緒だぜ!!」 否定するのも面倒なので、ガッツは適当に流して黙々とスープを口に運び続けた。 「ガッツさん、どうぞゆっくりしていって下さいね」 貴族に出す分なのだろうデザートをトレイに乗せて、シエスタはガッツの前を通り過ぎ、生徒用の食堂だという部屋に入っていった。 軽く手を上げてそれに応えてから、ガッツはスープを平らげる。 マルトーに礼を言って厨房から出ようとドアに手をかけた時――― 食堂の方が騒がしいことに気がついた。 食堂ではシエスタが金髪の少年に頭を下げていた。平伏し、頭を地面にこすり付けるほどに。 そのシエスタを、薔薇を片手に見下ろす金髪の少年の顔はなぜかワインまみれだった。 「君のおかげで二人のレディーの名誉が傷付いてしまったよ。どうしてくれるんだい?」 「申し訳ございません、申し訳ございません…!」 「申し訳ないですんだら銃士隊はいらないんだよ! 僕はどうするのかと聞いているんだ平民!!」 「ひっ…! ごめんなさい…! ごめんなさい……!!」 金髪の少年は別に償いを求めているわけではない。 こうやってシエスタを追い詰めることでストレスを発散しているだけだ。 「なにあいつ、かんじわる~~。今の悪いの完全にあいつじゃん!」 「ギーシュのやつ…朝っぱらから見苦しい真似してるわね…」 そんな二人の様子をルイズとパックは苦々しげに眺めていた。 事の顛末はこうである。 デザートを配膳していたシエスタは金髪の少年・ギーシュが香水のビンを落としたことに気がついた。 元々奉仕精神の強い彼女である。当然それを見過ごすことは出来ず、ビンを拾い上げるとギーシュに差し出した。 しかしギーシュはそのビンを受け取ろうとはしなかった。その真意を彼女に汲み取れというのは酷な話だ。 結局その香水がきっかけで彼の二股が明るみになり、彼は二股をかけていた少女二人から見事な制裁を受けた。 ギーシュはその責任をこともあろうかシエスタに押し付けたのである。 「まったく、これは教育が必要なようだね……」 「お許しください…お許しください…!」 シエスタは目に涙を浮かべている。 ギーシュはそんなことお構いなしとばかりに彼が魔法の杖として使用している薔薇の花を高々と掲げた。 ひい…!とシエスタは頭を抱えて蹲る。 ギーシュはそれを見て大変ご満悦な様子だった。 「もう許さん! この怪傑スパックが制裁を与えてくれる!!」 「こら! 面倒なことに首突っ込まないの!!」 どこからか毬栗を取り出し突貫しようとするパックをルイズは捕まえる。 ちょうどその時だった。 ギーシュは床に大きな影が差していることに気がついた。 何事かと後ろを振り向き――― 「うわあ!」 いつのまにか現れていた巨躯の男に、驚きの声をあげた。 驚いたのはギーシュだけではない。 「ガッツ!?」 「あいつあんなとこでなにしてんの!?」 「ガッツさん……!?」 ルイズも、パックも、シエスタも思いがけない乱入者に思わず声をあげていた。 ギーシュはその男がルイズの召喚した平民だということに遅まきながら気がついた。 「何のつもりだ…平民。貴族である僕を見下ろすなどと随分と不遜な態度じゃないか」 「何があったか知らねえが……もう勘弁してやっちゃくんねえか?」 ガッツとしては一応、シエスタには恩がある。 シエスタがここまで追い詰められているのを放っておくのは、さすがに夢見が悪かった。 「頭が高いと言っているんだ平民ッ!!」 ギーシュが一喝する。 自分を見下ろすこの男は貴族に対してなんら敬意を払っていない。 それどころか―――この男は自分を見下してすらいる。 ギーシュはそう感じていた。 ガッツは―――ギーシュの傲岸な態度に、抑えていたものが噴出しそうになっていた。 「やれやれ…貴族ってなぁどいつもこいつも……聞くが、お前はそんなに偉いのか?」 「よかろう。名乗ってやる。我が名はギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン!! かのグラモン伯爵家の第三子だ…わかったら平民! さっさと頭(こうべ)を垂れるがいい!!」 両手を大きく開き、ギーシュは大仰に名乗りを上げた。 グラモン家は最近お金の面で苦労しているとはいえ、それでもトリステイン有数の大貴族だ。 平民に対するその威光、推して知るべしである。 しかしガッツはそんなことは知らない。否、たとえ相手がミッドランドの大諸侯だったとしても、その態度は変わらない。 ふっ…とガッツの口が皮肉げに笑いの形を作った。 「俺は『お前』が偉いのかと聞いたんだ。啖呵をきるのに親の名前がいるってんならずっとママと手をつないで一緒にいてもらえ、ガキ」 シン…と食堂の空気が凍った。 もはやガッツを敵視しているのはギーシュだけではない。 ガッツの今の発言はギーシュの家名を馬鹿にした―――だけではない。 親から子へと連綿と受け継がれていく貴族の名誉、その在り方そのものをあざ笑ったのだ。 家名に誇りを持つ全ての貴族たちがガッツを睨み付けていた。 シエスタの顔は蒼白だった。 「よかろう……そこまで貴族を馬鹿にするんだ。覚悟は出来ているだろう! 決闘だ!! 平民ッ!!」 ギーシュがそう言い放つと周りの生徒たちから歓声が上がった。 「ヴェストリ広場に来い! ここを君の血で汚すわけにはいかないからな…!」 そう言い捨てるとギーシュは食堂を出て行った。 「ギーシュが生意気な平民に粛清を与えるぞ!!」 「あいつは貴族を馬鹿にした!! 八つ裂きだ!!」 食堂にいた生徒たちは是非決闘を見物しようとギーシュの後について続々と食堂を後にする。 2,3人ほどの生徒は残り、どうやらガッツが逃げないか監視しているようだった。 普段のガッツであればこんな決闘に乗ることは無い。どれだけギーシュ達がわめこうがまったく取り合わないだろう。 しかし今回ばかりは―――事情が違った。 胸のうちから噴出す黒い炎を誰彼構わずぶちまけたい気分だった。 「ガッツさん……だめ、殺されちゃう……」 シエスタはガタガタ震えている。 「あんた何馬鹿なことしてんのよ!!」 ルイズがガッツに駆け寄ってきた。 「早く謝ってきちゃいなさい!! 確かにギーシュにも悪いところあるけど、今のは絶対にアンタが悪いわ!!」 ルイズとて典型的な貴族だ。先ほどのガッツの発言は正直度し難い。 「メイジとやりあっちゃ、無事じゃすまないわ…! ほら、早く―――ッ!?」 ルイズはそれ以上続けることが出来なかった。 ガッツの目を見て、続けられなくなった。 ガッツがルイズに向ける目は、ギーシュに向けていたソレとはレベルが違う。 その目が直接ルイズに語りかけてくるようだった。 ―――てめえはこんなところで何をしてやがる ガッツの目はそう言っている気がした。 ヴェストリ広場で、ガッツとギーシュは向かい合って立っていた。 「ギーシュー!! 遠慮はいらねえぞーー!!」 「身の程知らずの平民め!!」 向かい合う二人に周囲の生徒から歓声と野次が浴びせられる。 ギャラリーの数は学院中の生徒たちが集まったのではないかというほどの人だかりだった。 そのギャラリーの中にルイズはいた。その頭の上にはパックが立っている。 いざとなれば、自分が出て行って決闘を中止させるつもりだった。 こんなことになったのは、大本を正せば自分のせいなのだ。 パックからガッツの事情は聞いている。 大事な旅の途中であったろうガッツに、こんなところで怪我をさせるわけにはいかなかった。 「よくぞ逃げずに来た! 平民!!」 ギーシュは胸のポケットに挿しておいた薔薇の花を抜き取り、振るった。 そこから零れ落ちた花びらが宙を舞うと―――甲冑を纏った女剣士を模したゴーレムへと変化した。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「……好きにすりゃあいい」 「……いい度胸だ。改めて名乗ろう! 我が名はギーシュ! 『青銅のギーシュ』!! 名乗れッ! 平民ッ!!」 ギャラリーの歓声が絶え間なく聞こえている。 ガッツは一拍の間を置いて――― 「ガッツ。ただのガッツだ……ガキ」 そう、名乗った。 二人の様子をルイズはハラハラしながら見守っていた。 「ああ、もう、またあんな挑発して……しおらしくしてれば、ギーシュも本気出さないかもしれないのに……」 「ルイズさあ……」 ルイズの頭の上でパックが口を開く。 「何? パック」 「相手のほうの心配したほうがいいと思うぞ」 「え?」 なにか、いま、パックが信じがたいことを言ったような―――ルイズがパックの言葉の意味を理解しようとしていると、周りの喧騒がそれを妨害した。 「何だアレ!! ホントに剣なのかよ!!」 「あんなもん振れるわけがないぜ!!」 「わかったぞ! あれは剣じゃなくて盾なんだ!!」 「な~るほど!! 戦いが始まったらすぐさまあれの後ろに隠れるわけだな!!」 「そりゃあい~や!! 身の程知らずの平民にはふさわしい戦い方だぜ!!」 ガッツの背中に担がれたドラゴンころしを指差して生徒たちは口々にガッツを罵った。 実のところ、ルイズもガッツに対する認識は周りの連中とそう変わらないものだった。 大剣を持ち上げているのは見たけれど、とてもアレを普通の剣のように振り回せるとは思えなかった。 せいぜい、振り上げて、落とす。 その程度の使い方しか、ルイズには想像することが出来なかった。 無理もない。アレは、剣の範疇に収まりきるものではないのだから。 ―――決闘が開始される。 「行け! ワルキューレ!!」 ―――ギーシュの号令と共に青銅の女剣士が動き出す 「「「やっちまえギーシュ! ヴァリエールに遠慮はいらねえぞ!!」」」 ―――ワルキューレがガッツに迫る 「「「あいつは全ての貴族を虚仮(こけ)にした!! これは粛清だ!!」」」 ―――ガッツの足が一歩前へ 「「「おいおい平民がなんかやる気だぞ!」」」 ―――ワルキューレがランスを振りかぶる 「「「無駄な努力ごくろーさんだぜ!!」」」 ―――ガッツの手がドラゴンころしの柄を握り ボ ォ ン ! ! ! ! ワルキューレの胴が舞った。 きれいに上下に分かたれたワルキューレの胴が宙を舞う。 一回、二回、三回。 ぐるんぐるんと回ったワルキューレの残骸は、そのままドシャリとヴェストリ広場に転がった。 ヴェストリ広場に静寂が満ちる。 誰も声を出すことが出来なかった。 目の前の光景が、自分たちの知る常識からあまりにかけ離れすぎていて。 ルイズも、目を大きく開き、固まって。 目の前に対峙するギーシュは最も信じがたく。自らのゴーレムが宙を舞う姿を呆然と見送っていた。 「振った………」 誰かが漏らしたその声を皮切りに。 ヴェストリ広場に歓声とも悲鳴ともつかない叫びが木霊した。 前ページ次ページベルセルク・ゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1684.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ ルイズの生活で変わったのは早朝の練習だけではない。 放課後も少し変わってしまった。 今までのように宿題に予習、復習をすませてしまった後はユーノが言うところのミッドチルダ式の魔法を使うために必要な勉強が待っている。 ユーノが先生になっての1対1の授業にルイズは1つの感想を持っていた。 「ユーノを甘く見てたわ」 ユーノは幼い見かけによらず先生としてはかなり厳しいのだ。 別に手をあげたり、怒鳴ったりするわけではないがとにかく手をゆるめない。 しかも 「学院でいつか勉強するんならいいんだけど、そうじゃないみたいだから」 と言って今まで聞いたこともないようなことまで勉強することになっていた。 「ユーノ、ここはこれでいいのね」 今日もユーノが口頭で伝えることを羊皮紙に書いていく。 ユーノがまだ読み書きを覚えていないので教えられたことをまとめているのだ。 今、書いていっているのは、なんでもモノが動くときの法則らしい。 ルイズがいきなり空を飛ぶようになったので、安全に飛ぶためにはこれを覚えないといけないそうだ。 「それでいいよ。それで次は……」 ユーノは新しい羊皮紙を出して、それに不思議な図形を書いていく。 だが、それよりもルイズにとってはこの少年に姿を変えるフェレットのほうがずっと不思議で、ペンを走らせる手元よりまだ幼い顔のほうを見上げていた。 扉のノブを回す音が聞こえた。 近頃この音には敏感になっている。そうでないと困るからだ。 ユーノとルイズは目をあわせた。 その途端、扉が勢いをつけて開けられる。 ユーノは素早く変身。 人間の姿からフェレットの姿に変わる。 「ルイズー、いる?」 いつも通りノックもせずに入ってきたのはキュルケだ。 「いるわよ。で、なんの用?」 キュルケはルイズの部屋をじっくり物色。 「別にないわよ。あなたの部屋から声がしたから男でも来てるのかと思ったのよ」 「来るわけないでしょ!」 「ホントに?」 「ホントよ!」 「隠さずに教えなさいよ」 「いないって言ってるでしょ!」 近頃キュルケはルイズの部屋に奇襲をかけてくる。 どうやら、ルイズが謎の少年を隠していると考えて、それを暴こうとしているらしい。 「それにしても……」 キュルケはゆっくり床を見回す。 「ルイズ、あなた、部屋を散らかしすぎよ」 ルイズの部屋は羊皮紙で溢れていた。 今まで学んだことの証なのだが、まだそれらは整理できていない。 「一体、近頃何を書いているのよ」 キュルケが床に落ちている羊皮紙を一枚取ろうとするのを見てルイズは大いに慌てた。 「止めて、キュルケ!動かさないで!」 「なに言ってるのよ。こんなに散らかっているのよ。一枚くらい動かしてもいいじゃない」 「私にはわかるように置いてあるの!!!」 必死である。 今動かされてはページのつながりが何が何だかわからなくなってしまう。 ルイズの血走りそうな目を見てキュルケは後ずさる。 「わ、わかったわよ。まあ、今夜はこれでいいわ。じゃあね」 来たときと同様キュルケは唐突に部屋を出て行った。 「ふー」「ふー」 ほっと一息つく二人。今夜もユーノのことはばれずにすんだ。 「でも……」 ルイズは部屋の床を見回す。 「やっぱり、そろそろ整理しないといけないわね」 「それで私が呼ばれたのですね」 「そーよ」 ルイズの部屋に呼ばれたシエスタは針と糸で丁寧に重ねられた羊皮紙を縫い綴じていく。 床にそのまま起きっぱなしでは読み返すのにも不便なので本にして綴じてしまうことにしたのだ。 「シエスタさん、上手ですね」 「あ、はい。糸と針を使うのには慣れていますから」 作業を効率的に進めるためにシエスタとユーノが並んでいるのがなにか気になった。 ああやって、仲が良さそうに話しているのもなにか気になる。 「それにしてもユーノさんって物知りですね。本の作り方まで知ってるなんて」 製本の方法を教えたのはユーノだ。 おまけに装丁まで綺麗にしている。 「古文書の修復をしたときに教えてもらったんだ」 ルイズはユーノの知識に度々驚かされていた。 自分よりずっと小さいはずのユーノが、ずっとたくさんの知識を覚えることのできるフェレットの世界について気になることもしばしばだ。 が、今はそれより気になることがあった。 メイドとユーノが近寄っている気がした。 もう少し私の方にも近寄りなさいよ! とは言えない。 なんか知らないが言えない。 なので別のことを言うことにした。 「そこっ、口じゃなくて手を動かしなさい!まだこーーんなにあるのよ」 「はいっ」 「はい」 二人が手に集中するようになってもルイズはまだイライラしていた。 キュルケはちょっと頼みたいことがあってタバサの部屋の前まで来た。 扉をノック。 返事はない。 いつも通りだ。 もう一回叩く。 今度はノックといえるようなコンコンという音が出るような叩き方ではない。 ドンドンという音である。 これもいつも通り。 それならばとキュルケもいつもと同じ手段に出る。 扉にアンロック。 鍵は開けられてしまう。 そして、今度は扉を開ける。 「ちょっと、タバサ!」 が、部屋の主はいない。 いつもならここにいるはずなのにいない。 「タバサ、どこに行ったのかしら」 少し考えると心当たりがあった。 近頃あそこに行っていることが多い。 心当たりの場所に行っていると同級生の声がちょっと聞こえてきた。 「よかったわね。あなたの使い魔、帰ってきたのね」 「ええ。でも、火傷みたいな怪我をしているんです。戻ってきたときには誰かが手当てしてくれてたみたいなんですけど」 「まあ、その親切な方にお礼を言わねばなりませんね」 先日、ある生徒の使い魔の猫が行方不明になっているという小さな事件があった。 使い魔をなくした生徒は一日中泣いて悲しんでいたのでキュルケも気まぐれで探してみたが、やっぱり見つけることはできなかった。 その猫が戻ってきたらしい。 それならもう気にする必要はないだろう。 キュルケはそのまま素通りした。 キュルケがタバサの居場所として当たりをつけたのはここ、図書室だ。 タバサは自分が読む本は買って部屋に置いておくタイプだが、ときどき図書室に足を運ぶこともある。 ちょっと探してみると案の定、本を読んでいるタバサを見つけた。 「見つけた、見つけた。タバサー」 トリステインでも図書室では静かにするものだが、そんなのお構いなし。 自分の用事の方が大切だ。 タバサのいる机まで走って横の椅子に手をかける。 「ちょっと、いい?」 「だめ」 「なんでよ」 タバサがキュルケの言うことをこうもあっさり切り捨てることは少ない。 「友達がいる」 「……タバサ、あなた新しい友達ができたの?」 タバサはこくりとうなずく。 そういえばタバサの隣の椅子の前には本が何冊か置かれている。 タバサが持ってきた本ではないとすると、タバサの友達が持ってきた本かも知れない。 そうなると、その隣の椅子にはタバサの友達が座っていたことになる。 今いないのは本を探しに行っているのだろうか。 「ねえ、誰よ。その友達って」 キュルケはこの変わりものの新しい友達というのが少し気になった。 「そこにいる」 タバサはキュルケが座ろうとした椅子を指さす。 誰もいない。 「どこにいるのよ」 「もう少し前」 視線を前の方に動かしてもやっぱり誰もいない。 前に動かしすぎて本棚が見えてきたので視線を元に戻す。 そこで気づいた。 机の上になにかが立てられていた。 いや、立っている。 風変わりな文鎮か筆立てかと思っていたが、それはよく見ると動物だった。 さらによく観てみると、どこかで見た気がする。 間違いない。ルイズの使い魔のフェレットだ。名前はユーノと言ったはず。 「ねえ……この子が……新しい友達?」 タバサがこくりとうなずく。 どうやら冗談ではないようだ。 タバサが冗談を言う方が驚異ではあるが。 本のページをめくる音がした。 「!!!」 目をみはる。フェレットのユーノが本のページをめくっているのだ。 しかも視線の動きを追っていると本を読んでいる。 フェレットが本を!! 本を読み進めていたユーノは視線を止めた。 首をちょこんとかしげる。 他人の使い魔が何を考えているのかなんてわからない。 動物の考えを理解するのと同じだからだ。 だがキュルケにはわかった。フェレットのユーノは悩んでいる。 タバサもそれを理解したらしい。 横に重ねられていた国語辞典を広げてユーノの前に持って行き、重要そうな記述の行を指でユーノに示す。 ユーノは2回うなずく。 タバサも2回うなずき自分の本を再び読み始める。 その間にユーノは自分と同じくらいの長さがあるペンを抱えて、横に置いてある羊皮紙になにやら書き始める。 「使い魔が……読書……」 キュルケは頭がくらくらしてきた。 そのメモを見てみるとトリステインで使われている文字で単語が書かれていた。 単語の横には見たことのないが、文字とわかるもので単語が書かれている。 ゲルマニア出身のキュルケはその形式に見覚えがあった。トリステインに留学が決まった時にこれと同じようなことをしたからだ。 「ねえ、ユーノ。これってもしかして、単語帳?」 振り向いたユーノが2回うなずく。 「そ、そう……がんばってね」 キュルケは振り向いて図書館の外へ歩く。 タバサに頼もうとしていた用事は忘れてしまっていた。 図書館から出るとフレイムが扉の側で待っていた。 キュルケを見上げている。 「ねえ、フレイム。あなたも本を読んでみる?」 フレイムはあくびをしながら炎を吐いた。 ぶはっ。ぶはっ。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3926.html
前ページ次ページゼロな提督 「ねぇ~、お願いよ~。ちょっとだけでいいの!見せてよぉ~」 「ダーメッ!あれはヤンのモノなの。つまり!ヴァリエール家のモノでもあるってことな のよ」 魔法学院の夕方。乗馬の練習から戻ったルイズ達の部屋の前で、珍しくキュルケが頭を 下げていた。頭を下げられるルイズはまんざらでも無いようで、誇らしげに胸を張りつつ キュルケのお願いを突っぱねている。 「そこをなんとか、ね!お願いっ!」 キュルケはもう、手を合わせてルイズに頭をヘコヘコ下げている。 「もうっ。いい加減にしてよね!あれの価値がどんなものか知ってれば、簡単に見せれな いモノだってわかるでしょ!?第一あれは、ここにはないわ。危ないから宝物庫の中よ。 分かったら諦めて、さぁ部屋に帰りなさいな!」 扉前でルイズにお願いしていたキュルケは、ネコみたいに追っ払われた。随分と色気過 剰な大ネコだが。 バタンと扉を閉めて、床にあぐらをかいて本を読んでるヤンに不機嫌に怒鳴る。 「あんたも本ばっか読んでないで、アレの削り方くらい考えなさいよ!」 ヤンは一言、ノンビリと答える。 「無理だよ」 飄々としたヤンの、さも当然というような返答に、ルイズはイライラしてくる。 「無理だよ、じゃないわよ!あんなでっかいダイヤ、高すぎてだーれも買えないわ!てい うか、本体からも外せないじゃないの!」 「といっても、ハルケギニアの技術レベルでは、傷一つつけられないよ。『錬金』でもかけ たらどうかな」 「それじゃ、価値が無くなるじゃない!あの斧本体もダイヤも、どっちも凄い値段が付く 事間違いなしなんだから!」 第4話 土くれのフーケ ローゼンリッターのトマホーク、その刃である巨大ダイヤモンド。そしてロングビルに 正座させられ説教された学院長とコルベール。 研究室が崩れんばかりの大音響と共に、当然これらの事実も学院中に響き渡った。そし て学院長はじめ教員が束になっても傷一つつけられないという、斧それ自体が驚異的な硬 度を誇る未知の物質で作られている事も。 ロングビルから「高値で売れる」と言われた事を、ルイズは自分の事のように喜んだ。 実際、ヤンは自分の治療費をちゃんと返すつもりだったので、それは自分の事として喜ん で間違いはない。 だがヤンもルイズも、すぐに気がついた。その斧を売る事が出来ないという事実に。 価値が高すぎるのだ。 神話級の巨大さを誇るダイヤモンドを刃とした、何者をもってしても破壊出来ない斧。 これはつまり、「加工出来ない」という意味でもある。その斧は丸々一つでしか売買できな い。なので、それは途方もない金が動くという事。 有力貴族ではあるが一介の学生でしかないルイズ。異邦人のヤン。もはや彼等が扱える 金額では、なかった。 おまけに斧という形状も問題だ。 ハルケギニアは魔法世界。支配階級の貴族はメイジであり、杖がその象徴。剣や斧は平 民の武器だ。至高の価値を持つ宝石が斧の形をしていては、購入する貴族や王族にしてみ ると、よろしくない。女性の装飾品としては最悪のデザインとしかいいようがない。 でも加工できないほど硬い物質な上に、刃だけを本体から取り外す事も出来ない。形状 も変えられない。 だからといって、本来の使い方である「トマホーク」として、新たに柄を取り付けて使 用するなど、少なくともハルケギニアの人間であるルイズからしてみたら、あり得ない話 だ。杖として使用するには大きくて重すぎる。 かくして、ヤンもルイズも斧の取り扱いに困り果ててしまった。でも、あまりに価値が 高すぎて部屋に置いておくのも危ない。なので、とりあえず学院の宝物庫に保管する事と なった。 保管するのはいいのだが、ルイズは気が気ではない。顎に手をあてながら室内をウロウ ロと歩き回ってしまう。 「大丈夫かしらねぇ、またあのハゲやエロジーサンが勝手に持ち出したりしていないかし ら?」 有力貴族出身のルイズは、もちろん仕送りの量もハンパではない。だからこそ屋敷が買 えるほどのヤンの治療費を支払えた。そのルイズをもってしても、斧の価値は動揺させら れるに十分なものだった。 「うーん、大丈夫じゃないかな?斧をおさめたケースの鍵はロングビルさんが管理してる から」 ヤンの言葉にルイズはキョトンとしてしまう。 「ロングビルって、あの秘書の人?ちょっと、大丈夫なの?あの斧盗られちゃうんじゃ」 「盗むつもりなら、この前学院長の机の上で見つけた時に盗んでるさ。少なくとも、あの 斧の存在を僕に教えても、彼女に利益はないよ。それに、宝物庫に入るには学院長の許可 がいるし」 「ああ、それもそうね…少なくとも、どこかのハゲみたいにぶっ壊そうとはしないでしょ うね」 納得して頷くルイズ。 ヤンは相変わらず焦燥とか不安とかとは無縁かのように、床に置いたお茶を飲む。とた んに不快と縁が出来た。 「うう、やっぱり不味い。明日はシエスタさんにお茶の入れ方を習うとするよ」 「そうしなさい。ともかくこっちは、あの斧について父さまに手紙を書いてみるわ。出入 りの宝石商を紹介してもらうから」 「あ、それなんだけど」 ヤンは何か思いついたようで、慌ててお茶を床に置く。 「宝石として売れないなら、それ以外として売れないかな?」 「宝石以外? …まさか、あれを斧として使えっていうの!?冗談言わないで!あんたの国ではただの 斧なのかも知れないけど、このハルケギニアじゃ、あんなでっかいダイヤ!もったいなく て平民になんか渡せないわ!」 肩を震わせて抗議するルイズにヤンは、まぁまぁ話を聞いて、となだめる。 「つまり、武器以外の実用品として使えば良いんだよ。例えば、カッターとか、研磨用の 研ぎ石としてとか。僕の世界ではダイヤモンドカッターと呼ばれているんだけど、ハルケ ギニアにもそういうのはあるかな?」 ヤンのアイデアを聞いて、ルイズは首を傾げる。そして、ポンッと手を打とうしとした が、すぐまた考え始める。 しばし顎に指をあてウ~ンと考えて、諦めたように溜息とともに肩を落とした。 「しょうがない・・・気はすすまないけど、アカデミーの姉さまにも連絡するわ」 「へぇ~。それじゃあ、アカデミーに売るつもりなんですか?」 次の日の午前、厨房でシエスタがテーブルにティーカップやお茶の葉を持ってくる。 「う~ん、まだ分からないよ。でも、宝石として使えないなら工具としてどうか、と思っ てね」 ヤンはかまどでお湯を沸かしている。 慣れない手つきでかまどに薪をくべ、お湯の沸き具合とにらめっこしていた。 「えっと、ねぇシエスタさん。お湯はこれくらいでいいのかな?」 お湯は沸騰し始め、泡が沸きだしている。 「いえ、もう少し沸かさないと。お茶は湯の温度が命だから、気をつけてね。それじゃ、 こちらのポットに茶葉を入れてみて」 ヤンは茶壺からお茶の葉を無造作に取り出し、ポットに入れようとする。 シエスタの手が彼の手をペチッとはたいた。 「ああ、ダメダメ!二人分だけのお茶なんですから。ちゃんと二人分だけの分量を取らな いと、濃すぎたり薄すぎたりしますよ。 で、次は茶葉を入れたポットに完全に沸騰して泡がごぼごぼ立っている状態の湯を素早 く注ぎます。カップは一般的に、予め暖めておくように、と言われてるわ。でも猫舌な人 も居ますので、それは人それぞれかもしれないわね」 「そうなのかぁ。それじゃミス・ヴァリエールの好みも聞いておかないとな」 そんな感じで、ヤンは慣れない手つきでお茶の入れ方をシエスタから教わっていた。 朝食の片付けも終わり、昼食準備までの休憩時間。厨房に若い女性と二人っきりでお茶 の入れ方など、色々と教えてもらう。ヤンは内心、こんな姿をポプランやシェーンコップ に見られたら、なんてからかわれるだろうかと苦笑いをしてしまう。 いつ来るかも、本当に来るかどうかも分からない自分の捜索隊。そのメンバーにアッテ ンボローなどイゼルローンの高級士官達が混じっていないことを、贅沢と知りつつも祈っ てしまうのだった。 そんな邪な願いを抱きつつ、シエスタ直伝のお茶がティーカップ二つにいれられた。二 人で口にしたそのお茶は、ヤンの贅沢な願いに影響されたかどうかしらないが、少しはま しになったと言う程度。やっぱり不味かった。 「う~ん、僕には才能がないみたいだね」 「そんな事はありませんよ!最初よりはずっとマシになってます。練習すれば、必ず美味 しいお茶が入れれますよ」 不味いお茶を飲まされたはずのシエスタが朗らかに励ましてくれるので、ヤンも嬉しい やら恥ずかしいやら。照れ隠しに頭をかいてしまう。 「そうだね、頑張るとするよ。洗濯とか掃除とかも、色々と勉強しないとね」 「ええ!私で良ければ色々教えますので、一緒に頑張りましょうね」 黒髪とソバカスが魅力的な少女の、小さくても元気なガッツポーズ。 軍で海千山千な敵味方と、騙し合い裏の読み合い殺しあいをしていたヤン。彼にとり、 まるで青春時代に戻ったかのような錯覚に陥らせるに十分なものだ。いや、彼の青春時代 に女っ気は無かったので、30代にして初めての青春時代か。 「助けが来るかどうか分からないけど、しばらくここでやっていくかな」 ハルケギニアの良さに気付きつつあるヤンだった。 その日のお昼休み、学院の宝物庫。 トリステイン魔法学院の宝物庫は本塔学院長室のすぐ下にある。学院秘蔵の秘宝からガ ラクタまで保管された巨大鉄扉の鍵は、オールド・オスマンが管理している。 その扉は今は開けられ、ロングビルと何人もの教師が中で一つのケースを囲んでいた。 長い黒髪に漆黒のローブをまとった、陰鬱な空気を漂わす若い男が、うわごとのように 囁いた。 「これが、例の…斧か」 紫のローブをまとった中年女性、先日ルイズの失敗魔法で吹き飛ばされたミセス・シュ ブルーズが斧の刃に杖を向ける。 「本当に、間違いなく、これはダイヤモンドですわ。…いえ、待って下さい。これは…凄 いですわよ!ダイヤよりもずっと衝撃に強くて、確かにこれなら武器としても使用出来ま すわ!」 周囲から、ダイヤよりも硬いと言うのか!?信じられない、といった嘆息が漏れる。 他の教師達も魅入られたように斧を魔法で調べ、強度を確かめ、ダイヤ部分を外せない か格闘してみる。だが、得られるものは無かった。オスマン達と同じく、恐ろしく硬いと いう以外は何も分からない。 ロングビルがパンパンと手を打って皆の注意を引く。 「さぁさ皆様、お昼休みはもうすぐ終わりますわ。そろそろ宝物庫を閉めますので、皆さ ん出て下さいな」 教員達は渋々といった感じで宝物庫を出て行く。だが斧のケースに鍵をかけたロングビ ルが出てこないのにシュブルーズが気がついた。 「ミス・ロングビルはでませんの?」 「ええ、私は宝物庫の目録を作ろうと思いますの。せっかく宝物庫に来ましたので、つい でにやっておきますわ」 秘書は教師達が皆立ち去るのを見送ると、宝物庫の扉を閉める。 窓もない、暗い宝物庫の中を魔法の光で照らす。誰もいない室内に、なんだかよく分か らない秘宝だかガラクタだかがずらりと並んでいる。 それらを横目に、彼女は一つの大きなケースの前に来た。パカッと開けると、そこには 金属製の筒のような壷のようなものが収められている。高さは1メイルくらい。ケースに は筒の名称が貼られている。 名札を読むロングビルは、明らかに邪気を含む笑みを浮かべた。 「くふふ…これが学院秘蔵の、『破壊の壷』てわけかい」 口の端を釣り上げながら魔法の光を近づけ、表面に描かれた文様を見つめる。 「ふぅ~む、読めないわ。どこの国のモノかしらねぇ?」 ふと視線を横に向けると、ローゼンリッターの斧を収めたケースがある。 彼女の脳裏に、遙か異国から来た冴えない男性の姿が浮かぶ。そして彼の服や持ち物に 記されていた文字らしきものも。 記憶の中の文字と目の前の『破壊の壷』に記された文字を照らし合わせてみる。 「・・・もしかしたら、あいつなら読めるんじゃ・・・」 次は宝物庫を守る壁を調べてまわる。 試しに壁に『錬金』をかけてみるが、何の変化もない。 軽く杖で叩いてみると、硬質な音が返ってくる。そして手で直接壁を触れ、壁の厚みや 材質を読み取っていく。 「こりゃ、ダメだわ。『固定化』以外はかかってないけど、あたしのゴーレムでぶん殴って も破れないほどの強度だわね。どっかに傷とかヒビとかあれば、なんとかなりそうなんだ けど・・・もちろん、ないわね」 ロングビルはぐるりと宝物庫を見渡し、肩を落とした。 そして紙とペンを取り出し、今度は本当に宝物庫の目録を作り始めた。 だがその口からは、書き連ねている宝物の目録とは別の言葉が漏れてくる。 「学院秘蔵の秘宝『破壊の壷』、欲しいねぇ…。でも、あたしのゴーレムで力ずくっていう のは無理か。今すぐってのもありだけど、それじゃ『あたしが犯人です』て言ってるよう なもんだし。まぁ、中に入る口実も手に入れたし、夜には当直の教師も寝ちまうんだし、 焦る事はないわ。じっくり盗み方を考えましょうかね。 それにしても惜しいわ。マジックアイテムじゃないけど、ヤンの斧の方が値打ちがあり そうなんだから。はぁ~もったいない。あいつが貴族だったら、遠慮無く頂いたんだけど ねぇ~・・・」 ふと彼女の頭にヤンの顔が浮かぶ。高級軍人にもかかわらず、何の裏も持ち合わせてい ないかのような、のんきで穏やかな…というか、寝起きのように気が抜けた顔が。 ふと、自分の顔も同じように気が抜けてしまっている事に気がついた。 慌てて頭を左右に振りまくる。 その時、背後から扉が開く音がした。 彼女は更に慌てて、目録作成を真面目にしていた風を繕う。 「ミス・ロングビルかの?」 扉を開けたのはオスマンだった。 「あら、オールド・オスマン。どうされましたか?」 「いや、昼休みが終わったのに戻ってこんから、どうしたのかと思っての」 言いながらオスマンはロングビルに歩み寄る。 「心配させて申し訳ありません。実は宝物庫の目録を作っておりました」 「おお、そうかのそうかの。相変わらず仕事熱心じゃな!」 「そして、学院長は、相変わらずスケベですわね!!」 秘書の尻をなでたオスマンは、ヒールで思いっきり蹴り飛ばされた。 その日の夜、ルイズの部屋に一通の手紙が届けられた。 ヤンが受け取った手紙の差出人を見ると、ルイズは驚いて大声を上げてしまった。 「うわっ!?父さまから、もう返事が来たわよ!今朝出したばっかりなのに早いわね」 「へぇ~。公爵ともなれば仕事が忙しいはずなのになぁ。よほど君から手紙が来たのが嬉 しかったんだろうね」 急いで封を開けて中を読むルイズは、さらに驚いて目を丸くしてしまった。 「えー!どうしてこうなるのぉ?明日の夕方、王宮に例の物を持って来なさいって!」 二人は顔を見合わせた ダエグの曜日、放課後。 学院の正門に立つルイズとヤンの前に、王宮からの迎えの馬車が一台やって来ていた。 そして二人の後ろには、斧を収めたケースを持つロングビルもいる。 「ありがとうございました、ミス・ロングビル。それじゃ持って行きますね」 ヤンがロングビルの持つケースに手を伸ばすが、彼女は彼の手を拒んだ。 「いえいえ、これは成り行きとはいえ、私が鍵を預かり守っている物ですから。ちゃんと 王宮までお守りしますわ」 それを聞いたルイズが怪訝な顔をする。 「あの、ミス・ロングビル。あなたには秘書の仕事もありますし…」 やんわりと断ろうとするルイズを、毅然とした秘書はビシッと右手で制した。 「申し訳ありませんが、この斧の価値は宝石としても研究素材としても極めて高い物なの です。あのエロオ…こほん!もとい、オスマン氏とミスタ・コルベールの例もあります。 最近は『土くれのフーケ』が出没していることですし、ちゃんと王宮までお守りします わ」 ルイズとヤンは何となく納得いかないようではあるが、斧の価値に比べて確かに馬車一 台だけでは不安を感じる。なのでロングビルの同行を認める事にした。 馬車は夕暮れの草原を通り、トリスタニアへと向かう。 初めて街に行くヤンは、見るからにワクワクしているのがわかる。ずっと窓から馬車の 進行方向を見つめ続けている。横に座るルイズは、そんなヤンを「みっともないわよ、落 ち着きなさい」とたしなめるが、あんまり効果がない。 彼等の前に座るロングビルは、ケースを膝に載せて静かに座っている。 「ねぇ、ミス・ヴァリエール。日没までに街に着くのかい?…おっと、こほん」 浮かれすぎて目の前にロングビルが居るのに敬語を使うのを忘れた事に気がついた。慌 てて咳払いして言い直そうとするヤンに、ロングビルは少し微笑んだ。 「お二人の事情は大体知っていますわ。私の前では気を使わずともよろしいですよ」 言われたヤンは少し恐縮してしまう。ルイズは伏し目がちになってしまう。 誤魔化すようにヤンがロングビルに尋ねた。 「ところで、さっき言っていた『土くれのフーケ』とは何なんですか?」 「そうですわね。城まで時間がありますし、お話しましょうか」 ロングビル、そしてルイズは、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れる怪盗について説明 した。 『土くれのフーケ』 近年トリステインを騒がす神出鬼没の大怪盗。 土系トライアングルクラスのメイジらしく、『固定化』された壁や金庫を『錬金』で土に 変えてしまう。また、30メイルの土ゴーレムも操り白昼堂々王立銀行を襲う。かと思え ば夜陰に乗じて鮮やかにお宝を盗みさることもある。 性別すら分からず、行動パターンも読めず、魔法衛士隊も振り回されている。 そして犯行現場には必ず『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と ふざけたサインを残す。 狙うのは貴族が所有する、強力な魔法が付与されたマジックアイテムがメイン。 「マジックアイテムを狙うと言う事は、その斧は狙わないのでは?それに私は貴族ではあ りませんよ」 と疑問を口にしたヤンに、ルイズが呆れた顔を向けた。 「バッカねぇ、魔力は込められて無くても、桁外れの価値が込められてるわ。これだけの 品なら十分狙うでしょ。それにあんたはあたしの使い魔、つまり貴族同然と見なされるか もね」 ルイズの意見にロングビルも頷く。 「念には念を入れるべきですわ。私では少々役者不足ではありますが、必ずやお二人と斧 を王宮に届けますわね」 自身を持って胸を張るロングビルに、ヤンは頼もしさを感じてしまう。 そんな話をしていると、薄暗くなった草原の向こうにトリスタニアの街灯りが見えてき た。 ヤンは、人生の多くを宇宙で過ごした。 少年時代は16歳直前まで父と共に恒星間商船に乗って星々を巡った。 士官学校時代や、軍での地上勤務もあった。だが、同盟と帝国の戦争は大方が宇宙空間 での艦隊戦なので、艦に乗って宇宙を渡る時期が長い。そして「イゼルローン要塞司令官・ 兼・イゼルローン駐留艦隊司令官・同盟軍最高幕僚会議議員」という地位でイゼルロー ン要塞へ赴任、何度か同要塞を奪取もした。 つまり、彼は惑星上で生活した期間が長くない。ましてや、ペット以外の生物が人間と 共に暮らす中世の街なんて、本でくらいしかお目にかからない。彼は宇宙で科学に包まれ て生きてきたのだから。 なので、彼がこんな姿を見せても、やむを得ない事なのだろう。 「うわぁ~!すごいなぁ、松明だよ!本当に火を燃やして灯りにしてるんだね!全部魔法 で照らしてるのかと思ったよぉ。おや、あそこに見えるのは。ロバだ!すごい、こんな街 中にロバがいるなんて!おお、あれは!荷車を、人が引っ張ってる!荷物は…見た事のな い野菜だ、しかも、土がついたままだ!それにしても、なんて細い街路なんだ、ああそう か、城へ敵が直進出来ないよう、細く曲がりくねらせ迷宮化させてるんだねぇ。あらら、 道ばたに落ちてるのは、馬のフンかい?ははは、そうだね、動物がいれば当然だよね。そ れにしても臭いがきついな。衛生状態はお世辞にも良いとはいえないようだね」 白い石造りの城下町トリスタニアに入ったとたん、ヤンは子供のように馬車の窓にかじ りついて興奮しっぱなしだ。なにしろ彼にとっては多くの歴史書に記された古代地球の風 景が、テーマパークとは違う本物の中世の町並みが目の前に広がっているのだから。歴史 家志望だったヤンにとっては、もう天国のような世界なことだろう。 翻って見るに同乗者の女性2名は、どちらかというと地獄だろう。いい年をした大の男 が子供のようにはしゃいでいる。しかも、自分たちには見慣れた、というか、どこが面白 いのか全く分からない物を見て大喜びしているのだから。 馬車の前からも押し殺したような笑い声が耳に届く。御者が必死に笑いをこらえている らしい。 ルイズが肘でヤンをつつく。 「ちょっと、あんた…恥ずかしいのよ!落ち着きなさいっ!」 突かれたヤンは、ようやく我に返った。 「あ、ああ、ゴメン。興奮しすぎたね、気をつけ・・・うわっ!信じられない!あれは毛 皮屋さんかい!?初めて見たよ、動物の皮を、えと、なめすっていうのかな?へぇ~!あ んな風にやるんだねぇ」 我に返ったとたんに、すぐに道沿いの商店に目が移る。今しがたルイズに言われた事も 忘れて馬車の窓から身を乗り出そうとする。 ごすっ ルイズの足が、ヤンの足を力一杯踏んづけた。 声もなく踏まれた足を押さえて悶えるヤンに、ロングビルもクスクスと笑ってしまう。 大通りのブルドンネ街を通り、橋を渡り、大邸宅の間を抜け、大きな城門をくぐって馬 車はトリステイン城に到着。 ルイズとヤンとケースを手にしたロングビルは城内の一室へ案内された。 王宮の名に恥じない豪華な部屋の中には二人の人物、初老の男性と20代の女性が椅子 に座っていた。 「おお、ルイズや。久しぶりだね」 「父さま!お元気そうで安心しましたわ!」 そういってルイズは父に駆け寄り頬にキスをした。 「それにしても、どうして王宮ですの?別邸がありますのに」 「実は王宮で用があってね。そのついでなのだよ」 ルイズにキスをされているのはヴァリエール公爵。50過ぎで白髪交じりのブロンドと 口ひげ、左目にはグラスをはめた、眼光鋭い初老の男性だ。王族もかくやとうならせる豪 華な衣装を身につけている、ルイズの父。 「それと…その、お久しぶりです、姉さま」 そしてもう一人は、美しいブロンドの長い髪をもった長身の女性。ルイズの気の強い部 分を煮詰めて濃縮させて熟成したら、こんな風だろうかという感じだ。メガネの向こうか ら睨み付ける視線が、ルイズを萎縮させている。 「お久しぶりね、おちび。それでは、例の物を見せてくれるかしら?」 いきなり本題に入られたルイズは、既に怯えて縮こまっている。 「あ、あの姉さま…再会のキスくらい…」 「不要よ。私はアカデミーの主席研究員として忙しいの。その私をわざわざ呼びつけてま で売りつけたい物ですって?どんな物か楽しみだわ、さっそく見せなさい」 「こらこら、エレオノール。そう慌てなくても・・・」 諫める公爵をエレオノールはキッと睨みつける。 ギスギスとした雰囲気にルイズもタジタジ。扉で控えるヤンとロングビルは視線を合わ せて肩をすくめてしまう。 「そこの平民!」 いきなり平民と呼ばれ、一瞬ヤンは自分の事だとは分からなかった。 「随分と変わった格好をしているようですけど、あなたがルイズが召喚したとか言う異国 の平民かしらね?」 ちなみにヤンの格好は、同盟の軍服。白い五稜星マークが入った黒のベレー帽。襟元に アイボリー・ホワイトのスカーフを押し込んだ黒のジャンパー。そしてスカーフと同色の スラックスに黒い短靴。 同盟では当たり前の軍服だが、もちろんハルケギニアでは全く見ない服装だ。 「はい、ヤン・ウェンリーと申します。ヴァリエール家長女、エレオノール様ですね。お 初にお目にかかります」 恭しく頭を下げるヤンだったがエレオノールはフンッと、下らぬ物を見るかのようにヤ ンを見下ろしただけだ。 いくら平民相手とはいえ礼を失する態度に、横で見ていたロングビルも眉をひそめる。 だがヤンの視線に促され、特に何も言わず淡々とケースをデスクの上に置き、斧を取り 出した。 とたんに、公爵もエレオノールも溜め息がもれる。視線は刃のダイヤモンドに注がれた まま動かない。 「それでは、確かに斧はお渡ししました。これで失礼します」 と言ってロングビルは背を向けた。 扉に手をかける秘書にヤンが声をかける。 「ミス・ロングビル、もう帰るんですか?こんな夜中に駅馬車はありませんよ」 「ご心配なく。街の馴染みの宿で一泊して、朝一番の馬車で学院に戻りますわ」 そう言って彼女は部屋をあとにした。 部屋にはルイズとヤンと、手に取った斧を凝視する二人が残された。 二人は学院で教員達が行ったように、斧の材質を確かめ、強度を調べ、ダイヤの刃を外 せないかと考えつく方法と魔法をあれこれ試す。 もちろん「どうしようもないほど頑丈」という結論に至った。 エレオノールは公爵が手に持つ斧の刃に魅入られている 「素晴らしいわ…アカデミーに持ち帰り、必ずや刃を本体から外してみせますわ!」 斧を光にかざしながら公爵も満足げに頷いた。 「うむ!頼んだぞ、エレオノール。これほどのダイヤがあれば、姫殿下の婚儀には目もく らむばかりの宝飾品がウェディングドレスを飾り、ヴァリエールの名を世へ知らしめられ よう!」 姫殿下の婚儀と聞いてルイズは驚いて、えっ!?と声を上げてしまう。 仰天して目を丸くするルイズを見た公爵が、咳払いをして話し出す。 「そうか、まだルイズは知らなかったか。実は姫殿下はゲルマニアのアルブレヒト三世の 下へ嫁がれる事になったのだよ」 「ゲルマニアですって!?」 さらに驚き口も目も丸くしてしまう。 「何故ですか!?何故にあのような成り上がり共の国にっ!」 「ゲルマニアとの同盟を結ぶためですよ」 いきなり扉から声がした。 そこには豪奢なドレスをまとい宝冠を頭にのせた、ふくよかな女性が立っていた。 「失礼。何度もノックをしたのですが、返事が無かったので、勝手ながら入らせてもらい ましたわ」 「これはこれはマリアンヌ様。陛下の来室に気付かず、失礼致しました」 そういって公爵はマリアンヌの前に跪いた。エレオノールもルイズも恭しく跪く。なの でヤンも彼等の後ろに下がり跪いた。 マリアンヌは頷き、皆を起立させる。 共を連れたマリアンヌは室内に入ると、やはり斧へ目が向いた。 「ほほぅ…これが噂の…なるほど。これなら、未だかつて類を見ないほどのティアラや首 飾りやらが作れましょう」 公爵も自慢げに斧をマリアンヌへ手渡す。 「はは、さすがは陛下。お耳が早うございますな。いやはや、婚儀の日まで秘密にし、陛 下と姫殿下を驚嘆させかったのですが」 「ほほほ、それは嬉しい謀でしたこと。ですが、これ程の巨大なダイヤを持つ平民が、使 い魔として召喚されたとなれば、噂が疾風の如く駆けめぐるのも仕方ない事。いやでも話 は聞き及びますわ」 女王も満足げにダイヤの刃を光にかざし見る。 そして公爵の後ろ、ヤンの方へ目が向く。 「そして、件の異国から召喚された平民使い魔か。これ、名をなんという?いずこから参 られた?」 慌ててエレオノールが間に入ろうとした。 「へ、陛下!卑しき平民に自ら声をかけるなど」 だがマリアンヌはエレオノールの言葉を手で制した。 「かのアルビオンにおける内戦、反乱軍レコン・キスタの勝利が揺るがぬものとなりまし た。今、ゲルマニアとの軍事同盟はトリステイン防衛のために避けられぬのです。そのた め娘も、アンリエッタもゲルマニアへ嫁ぐのですよ。成り上がりの国でも、力はあるので す。かの国では平民でも貴族になれます。そのため今、姫はマザリーニと共にゲルマニア へ赴いています。 ならば私も、魔法の使えぬ平民だからと人を蔑むわけにはいきません」 その言葉にエレオノールも公爵も、苦虫を噛み潰したような顔をしつつも異議を唱える 事は出来なかった。ルイズも、多少は眉をひそめていたが、同時にヤンを認められて嬉し そうにもしている。 ヤンも女王の言葉に満足して名乗った。 「お初にお目にかかります。私はヤン・ウェンリーと申します。自由惑星同盟(フリー・ プラネッツ)という国から召喚されました」 「フリー・プラネッツ?聞かぬ名ですね」 王女は首を傾げてしまう。 「ハルケギニアとは交流の全くない、遠い遠い国です。恐らく過去に両世界の人が出会っ た事すら無いかと思われます」 「そうですか、それは遠い国から参られたものです。ヤン・ウェンリーとやら、そなたの もたらした斧、トリステインが買い取りましょう。代金は十分な額を公爵へ届けさせるが、 良いですか?」 「はい、よろしくお願い致します」 ヤンは、少年時代の父を思い出しながら、商人らしい礼を深々とした。 女王も頷き、公爵へ一礼して部屋を後にした。 「私は早速アカデミーに戻って、この斧から刃を外しにかかりますわ!」 そう言ってエレオノールも部屋を飛び出していった。 後に残った公爵はソファーに深く腰をおろし、まだルイズとヤンが残っているのも構わ ず大きな溜め息をついた。 「ふぅ~、どうにかエレオノールの機嫌が直ってよかった。わざわざ王宮に呼び出して気 分を変えさせた甲斐があったよ」 その言葉にルイズがキョトンとする。ヤンは最初のカリカリした姉の姿が思い浮かぶ。 公爵は、苦しげに溜め息をつきながら口を開いた。 「実はなぁ、エレオノールとバーガンディ伯爵との婚約が破棄されてなぁ…」 聞かされたルイズは、本日一番驚いた。目が文字通り白黒している。 「こっ!婚約!?婚約したんですか!?しかも、破棄って…」 「なんでもバーガンディ伯爵が言うには『もう限界』だそうだ…。いや、聞かんでくれ。 ルイズ、もうこれ以上は聞かんでくれ・・・」 呻くように呟いた伯爵は、ヤンには一気に10歳老け込んだように見えた。 ひとしきり大きな溜め息をついた後、ようやく伯爵はヤンに目を向けた。 「ともかく、ヤン・ウェンリーとやら、大義であった。 聞いての通りトリステインから代金が支払われる。だが、額が額なので安易には動かせ ぬであろう。もし金貨で支払われでもすれば、もはや馬車一台では運べぬ重さになるだろ うからな。 支払いは小分けにして、月々渡そうかと思うが、よいか?」 「お言葉ながら、今、まとまった額が必要なのです」 ヤンが深々と公爵へ礼をしながら、現金払いを要求する。 「私が瀕死の状態で召喚されたため、ルイズ様は私の治療費を支払って下さいました。礼 を込めて、その倍額を、急ぎルイズ様へ支払いたく思うのです」 その言葉に公爵は納得して大きく頷いた。 「良い心がけだ、ウェンリーとやら。城下の別邸に二人とも来るがよい。十分な金をおい てあるので、3倍の額をすぐにお主へ渡すとしよう」 ルイズもヤンも嬉しさを隠しきれない顔を見合わせた。 二人の嬉しい顔は、すぐに驚愕と不安に変わった。 公爵は、さらに老け込んでしまったかのようだ。 3人は城門を馬車で出てほどなく、闇の中にエレオノールの馬車を見つけたのだ。 数台の馬車が粉々に砕かれ、跡形もなく破壊されていた。 周囲には散乱した破片の中に、御者と使用人のメイドと、エレオノールが倒れていた。 そして遙か遠くには、月明かりに照らされた巨大な人型が地響きと共に去っていくのが見える。巨大なゴーレムだ。 無論、馬車の破片の中に斧が収められたケースは無かった。 第4話 土くれのフーケ END 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9302.html
前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ルイズらから《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》の件で質問攻めにされたディーキンは、いささか困惑していた。 この世界では瞬間移動系の呪文が一般に知られていないということは把握していたので、きっと驚いてくれるだろうとは踏んでいた。 だが、調査に入る前のちょっとしたサプライズ程度のつもりで、悪戯心以上のものはなかったのである。 それゆえに、予想外の反響の大きさに少々戸惑ったのだ。 (ウーン、でも……) 確かに冷静に考えてみると、瞬間移動の呪文が無いということは、瞬間移動に対する防御呪文の類も当然無いということだ。 そうした世界において瞬間移動ができることがどれほどの強みになるかを考えれば、皆の反応もそう過剰だとは言えないのかもしれない。 窃盗でも暗殺でも破壊工作でも、何でもやりたい放題で、露見する心配もほとんどないだろう。 そういえばフーケ騒動のときにもそのことはちょっと考えてみてはいたのだが、すっかり頭から抜け落ちていた。 自分の世界の常識から外れたことというのは、やはり本当の意味で理解するのはなかなか難しいものだ。 「ええと……。ディーキンは本当に、そんなに大したことはしてないんだよ……」 ディーキンはとりあえず、そう言って皆を落ち着かせながら、ひとつひとつ質問に答えて説明していった。 まず、フェイルーンでは瞬間移動の呪文は、ある程度高等ではあるもののごく一般的なものだということ。 一般的であるがゆえに、当然そういった呪文に対する防御法や対処法も確立されていて、重要な施設などでは対策がなされていること。 そして、先ほどの呪文はスクロールから発動したものなので、自力で使えるわけではないということ、などなど……。 そういった話を聞いた一同は、しきりに感心したり、驚いたりしていた。 「はあ……、ディー君の住んでたところって、スゴいのねえ。 きっとこっちよりも、ずいぶん魔法が発達してるところなんでしょうね?」 もしかしたらあの恐ろしいエルフたちよりもなお優れているのでは、とキュルケは考えた。 先住魔法は強大だが、その原理は精霊の力を借りることによるものだ。 いかに強力な精霊といえども、空間を飛び越えて移動するなどということが出来るとは思えない。 しかし、ディーキンははっきりと首を横に振った。 「イヤ、そんなことはないの。むしろこっちの方が、魔法がずっとたくさん使われてると思うよ。 ……ねえ、あんたもそう思うでしょ?」 「ん? ……まあ、そうでしょうね」 ディーキンから唐突に話を振られたエンセリックは、特にひねくれてみせるでもなく、素直に同意した。 「フェイルーンの一般的な人間の社会では、魔法はごく限られた一部の民のものです。 一般人は、少なくとも日常的には、ほとんど恩恵にあずかってはいませんよ。 ウィザードやソーサラーの数にしても、こちらのメイジの数に比べればごく僅かなものですからね。 魔法の社会への普及度においても、その使い手の数においても、こちらの方がずっと勝っていることでしょう」 「……そ、そうなんですか? でも、あのラヴォエラさんのような、天使様もおられるところなのに……」 シエスタが疑問を口にする。 「いえ。彼女のようなセレスチャルは、魔法による召喚に応じた場合以外では物質界には滅多に姿を見せません。 そういった異次元界の存在と頻繁に関わりを持てるのも、やはりごく一部の者だけです。 一般人のほとんどは、天使にも悪魔にも、エレメンタルにも、まず生涯一度も出会うことさえありませんよ」 「まあ……、つまりその亜人の坊主は、元いた世界でも大したやつだってことなんだろ。エン公よ」 シエスタの背負っているデルフリンガーが口を挟んだ。 「そう言うことになりますかね、デル公君」 「だろうな。そりゃあ仮にも、俺の相棒の先生だしな! そんだけ力があって、『虚無』みてえな力まで使えるんだからよ。 大したことないなんてわけがねえやな!」 なぜか嬉しそうに、かちゃかちゃと金具を鳴らしてまくしたてる彼のその発言を、ルイズが耳聡く聞きとがめた。 「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ。今なんて言ったの? 確か、『虚無』がどうとか……」 「ん? ……ああ、俺もさっきおめえらと瞬間移動したときに思い出したんだけどよ。 ブリミルも、たまにああいう呪文使ってたんだよな」 「し、始祖と同じ呪文って……、そんな、まさか!」 「まさかも何もねえよ、本当のことだぜ。ああいうのは『虚無』以外の四系統や、先住じゃ無理だな。 ……そうそう、それにおめえの使ってる、あの爆発みてえなやつもだぜ」 ――――その発言の後は、当然のように大騒ぎ(主に騒いでいたのはルイズだが)となり。 しばらく皆であれこれ話し合ったり、情報交換をしたりすることになった。 といっても、実質的に話し合いに参加できるような情報を持っているのは、ディーキン、エンセリック、デルフリンガーの3者のみ。 後の者は、おおむね彼らの話を聞いているだけだった。 「なるほど、デル公君の今覚えている限りの、『虚無』の呪文の話から判断するに……。 私どもの世界における、テレポートやゲート、ディスペル・マジックや、ディスインテグレイト……。 それにメジャー・イメージやプログラムド・アムニージアなどの呪文も、『虚無』とやらに分類されるようですね。 もちろん、他にもたくさんあるかもしれませんがね」 「ほほう? エン公や亜人の坊主のいた世界じゃ、『虚無』の呪文はそんなふうに呼ばれてんのか?」 「ええ。しかし、フェイルーンではそれらは特にその他の呪文との違いはなく、ごく一般的なものです。 系統も召喚術、防御術、変成術、幻術、心術など、多岐にわたっています。 レベルについても、とても高いものからごく低いものまで、様々なようですね」 「なんとまあ……、『虚無』の使い手が珍しくもねえってのかい? こりゃまた、おでれーたぜ!」 「まあ……、もちろん、性質が同質であっても、規模やレベルの点で差異はあるかもしれませんがね。 ブリミルなる人物が、君の言うように一軍をも壊滅させるほどの規模の術をも扱ったというのなら、エピック級かも知れません。 それに、驚いたのはお互いさまというものですよ。 こちらでは物質の組成を恒久的に組み替え得るような高等呪文が、非常にありふれていて基本的なものだというのですからね!」 「あん? 『錬金』とかのことか? おめえらのいたとこじゃあ、使ってねえってのか?」 「うん。前にも話し合ったけど、こっちの世界とフェイルーンとは、何千年か前までは行き来があったと思うの。 別れた後で、魔法の体系が変わっていったんじゃないかな?」 「そうらしく思えますね。ただ、こちらの方で重要な呪文がいくつも『虚無』に組み入れられて失伝した理由は不明です。 同様に、『錬金』のような高度だったはずの呪文を、低レベルのものにすることに成功した理由もね……」 エンセリックは、話を続けながら思案を巡らせていた。 そこへ、黙って聞いていたタバサが口を挟む。 「……逆の可能性は?」 「うん? なんですか、賢いお嬢さん」 「逆。私たちの方が元で、それがあなたたちの方に行って変化した。 そういう可能性は、無い?」 「ええ、もっともな疑問ですね。 ……ですが結論からいえば、双方に言い伝えられている歴史を考慮すると、おそらくそれはないかと思いますよ」 「歴史?」 「ふむ、ああ……。 そういうのは私よりも君の方が専門でしょう、任せますよ」 首を傾げる周囲の面々に対して、説明を面倒がったエンセリックから話を振られたディーキンが、代わって話をしていった。 「ええと……、こっちでは、ブリミルっていう人が今いるメイジの始祖なんでしょ? 確か、六千年くらい前の人だったよね」 「ええ、そうですわ。その始祖の血を引く子たちが興したのが、ガリアやアルビオンなどの諸国家なのです」 ディーキンはオルレアン公夫人のその言葉にひとつ頷きを返すと、説明を続けた。 「うん……。だけど、フェイルーンで最初に魔法の力で栄えた王国は、それよりもっと、ずっと古いっていわれてるの」 「始祖よりも古いって……、どのくらいよ?」 「ウーン、細かいことまでは、わからないんだけど……。 ええと、『ネザリル』っていう、人間の支配する魔法の帝国ができたのが、たしか一万年とちょっと前だよ。 それで、その王国は何千年も続いて……、だけど結局は滅びたの。それが、今から千何百年か前のことだ、って言われてる」 「そ、そんなに!?」 驚きに目を見開くルイズに、軽く頷いて見せる。 「うん。……だけど、それはまだ“人間の”国の話なの。 エルフは、ネザリルの魔術師たちは最初に、何もかも自分たちから学んだって言ってるんだ」 「エルフから人間が? まさか!」 キュルケは、信じられないというように声を上げた。 他の面々も、おおむね同じ気持ちのようだ。 エルフを恐れ、何千年にもわたって敵対しているハルケギニア人の常識からすれば、確かに信じがたいことなのであろう。 「もちろん、本当にそうなのかはわからないけど……。 エルフの王国がネザリルのできるよりずうっと前からあった、って言うのは本当のことなの。 少なくとも二万五千年くらい前には、もうエルフたちの繁栄は始まってたんだって。 大勢のエルフの魔術師たちが集まって、大陸を分裂させるくらいすごい魔法を使ったりしたこともあったそうなの」 「……に、二万五千年……」 あまりにスケールの大きい話に、一同は驚いたり困惑したりした様子で、互いに顔を見合わせている。 タバサだけは、いつもの無表情のままだったが。 「だけど、彼らもやっぱり、一番最初に繁栄した種族っていうわけじゃないんだよ。 それ以前に……、記録に残ってる限りでは世界で最初に繁栄していた種族のことを、『創造種』っていうの。 彼らの繁栄したのが、三万年から四万年くらい前のことで……、それより前には世界はとても寒くて、氷で覆われていたらしいんだって」 そこでエンセリックが口を挟んで、皆の注意を元の話に引き戻した。 「ああ、そのあたりで結構ですよ。よい講義を、どうもありがとう。 今は歴史に深入りするのはほどほどにしておくとして、まあとにかく、そういうわけです。 ですので、六千年ほどの歴史だというこちらの魔法文明の方が先にあったと考えるのは論理的に無理だということですね」 「わかった」 タバサが納得して頷いたのを見てから、エンセリックは話を続けた。 「それで、先程の話の続きに戻りますが……。 より根本的な疑問としては、なぜ魔法体系の分類を五大元素に分けるように変更したのか……。 それはあるいは、元からこの地にその分類に基づく元素への親和性を持つ、貴族の血統が根付いていたからなのか。 だとすれば『虚無』が失われたのは、ここではその素養を持つ者が生まれることが稀だったからという、ただそれだけの理由なのか?」 半ば皆に説明するような、半ば独り言を呟くような調子で語っていたエンセリックは、そこでしばし言葉を切った。 次いで、ひとつ溜息を吐く。 「……しかし、こんな分析はまるで的外れなものなのかもしれません。 いかんせん、情報が足りませんからね」 「ンー、そうだね……。デルフは、他には何か覚えてないの?」 「すまねえ。忘れた」 「まあ、私どもの世界の方でも、“災厄の時”などで大分変化は起こりましたからね……。 こちらでも何かあったのだろうとは思えますが、今のところは情報がろくにありませんから、何かあったのだろうと推測するのみです。 ……現在のところでは、わかるのはこのくらいまでですかね?」 ディーキンはエンセリックの出した結論に同意するように頷くと、そこで、じっと聞き入っているルイズの方に顔を向けた。 「アア、ところで、さっきのデルフの話からすると……。 ルイズは、『虚無』の属性のメイジだってことになるのかな?」 「……っ、」 突然そんな話をされたルイズは、息を呑んで使い魔の顔をまじまじと見つめ返し……。 次いで、意見を窺うように、エンセリックとデルフリンガーの方に目を向けた。 「ええ、それらしく思えますね。事実、お嬢さんに召喚された君自身が、『虚無』と呼ばれているのと同種の力を使えるのですからね。 メイジに相応しい使い魔が呼ばれるという、こちらの原則にも合います。どうです、デル公君?」 「ああ、間違いねえと思うぜ。武器屋で坊主が俺を持った時、なんか変な感じがしたしよ。 ガンダールヴじゃなくても、『虚無』の担い手に召喚された使い魔だったから、そんな風に感じたんだろうな」 2振りの剣たちは、ディーキンの推測をごくあっさりと肯定した。 「そうね、ルイズが伝説の系統だなんて、ちょっと驚きだけど。 言われてみると、納得がいくことが多いわ」 キュルケもそう言って、うんうんと頷く。 タバサは何か思うところでもあるのか、じっとルイズとディーキンとを見比べていたが、その考えに反対だというわけではないようだ。 「ちょ、ちょっと待ってよ、いきなりそんなことを言われても!」 「そうですね……。あなたはトリステインの名門、ヴァリエール公爵家の御令嬢なのでしょう? ならば、王家の血を引く者。『虚無』の素養が開花しても、不思議ではありませんね」 オルレアン公夫人もまた、そう意見を述べた。 しかし、当のルイズ自身は、まだ納得がいっていないらしい様子をしていた。 「私は……、その、変わった素質はあるにしても……。 未だに『ゼロ』のルイズなのよ? それが、急に始祖の系統だなんて……」 そんな考えをすること自体が自惚れているような、畏れ多いような気がして、ルイズは眉根を寄せた。 そこにエンセリックが、特に深刻そうでもないのんびりした調子で口を挟んだ。 「お嬢さん。まず、先程も言ったとおり、こちらの『虚無』とやらは……。 少なくとも力の種別としては、私どもの世界の方では、特に変わった代物というわけでもないのですよ。 ですから私としては、特に自惚れる必要も卑下する必要も無いかと思いますがね。 伝説だの始祖だのと、あまり気負われなくともよいでしょう」 ディーキンも、頷いて同意を示した。 「そうなの。別にルイズが何の系統でも、ディーキンがルイズの使い魔をやってることには関係ないの。 それに、もし本当にそうだとしたら、ルイズが魔法を使うには『虚無』について調べればいいってことになるからね。 どうすればいいか分かったってことは、一歩進んだってことでしょ? それはいいことだよ」 「…………そ、そうね」 他人事だと思って気楽な事を……、という気持ちもあったが。 周囲の皆が自分を見る目が、本当にいつも通りで何も変わらないのを見ていると、ルイズも次第に落ち着いてきた。 冷静に考えてみれば、まだ自分が『虚無』だと決まったわけでもないのだし。 仮にそうだとしても、その呪文の唱え方がわかったわけでもない。 現状では特に何かが変わるわけでもないのだから、確かに狼狽する必要も舞い上がる必要も無いだろう。 「わかったわ、本当かどうかはわからないけど、とりあえず、ありがとう。 ……じゃあディーキン、タバサの方の用事が終わり次第いろいろと調べてみるんだから、協力をお願いね。 あんたたちの世界の『虚無』にあたる呪文のこととかも、後で聞かせなさいよ!」 そう言って笑顔を見せたルイズに、ディーキンはにっと笑い返した。 「もちろんなの、ディーキンは期待に応えるよ!」 それから、ひとつ付け加える。 「……アア、その情報のことだけど。ディーキンには『虚無』について、ひとつ知ってることがあるよ。 ディーキンのいたところでも、フェイルーンとは別の大陸では、5つの元素に分けて魔法を分類してるそうなの。 そこには、“ヴォイド・ディサイプル”っていう、『虚無』を専門に使うメイジもいるんだって」 皆の注目が集まる中で、ディーキンは荷物袋の中から、一冊の古い、比較的薄い本を取り出した。 「この前ラヴォエラに頼んで、ボスからそのカラ・トゥアっていうところについて書いてある本を送ってもらったの。 あんまり詳しいことまでは書いてなかったけど……、今度、もっといろいろ調べられないか聞いてみるね」 それから、ディーキンは本を開いて、『虚無』について触れている部分を、詩を吟じるようにして読み上げていった。 ♪ 世界を形作る元素の力は4つ、地・水・火・風である されどそれらには含まれず、何も形作らずして形作るもの、見えずして存在するもの…… 最も強く、最も制御することの難しき力、“第5の元素”がある 第5の元素とは、すなわち『虚無』である それは、他の元素の間にあってそれらを結びつけている力である ゆえに実体は無く、何も形作ることはできず しかして確かに存在しており、他の元素が何物かを形作るにあたっては不可欠のものなのである それは、たとえるならば一曲の歌の、音符と音符の間にある空白に似ている 音符は、地・水・火・風の各元素であり、その間に『虚無』がある ひとつの音と、次の音の間には何もない……では、その空白部分は不必要なのであろうか? もちろん否である その空白こそがそれぞれの音にリズムを与え、単なる音を妙なる調べと成すのに不可欠なものだからだ この力を修めんとする者は、『虚無』と他のすべての物との関わりを理解し、その関係を感じ取るべし さすれば、物と物との間にある距離や時間、個々の形などというものは、取るに足らぬものだと悟るであろう ………… ♪ 「……虚無……」 無意識にそう呟きながら、タバサはようやく得心がいったような思いがしていた。 ああ、そうか。 だから、あの人はルイズの使い魔だったのだ。 伝説の『虚無』がそのようなものであるならば、そして、ルイズがその担い手であるのならば。 確かに詩人であり、人を動かす力に長けたディーキンは、それに相応しい存在だろう。 しかし同時に、少し寂しいような気持ちもあった。 もちろん、ディーキンを自分にとっての勇者だとも感じているタバサには、今更彼が自分の使い魔だったなら、などと望む気持ちはない。 仕えるべき勇者を使い魔にしたいだなんて、そんなことをどうして思えようか。 けれども、それでもルイズと彼の間には確かに絆があって、自分との間には何も無いのだと改めて感じさせられると……。 彼自身はそんなことを気にしないと確信しているにしても、なんだか無性に寂しかった。 それに、彼の世界では珍しくないことであるにもせよ、伝説の系統の使い魔で、しかも自分自身でもそれと同じような力を使えるだなんて。 近くにいるのに、なんだか遠く高い、手の届かない存在になってしまうような気がした。 少し前までは、自分の力や知識には、確かな自信があったのに……。 今では、何だかひどく自分が頼りなく無知な、小さな存在になってしまったように思えてくる。 (私には……。彼に相応しいようなものは、何もないのではないか) そんな願望を持つこと自体が、勇者に対する不敬だとしても。 前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4202.html
前ページ次ページゼロな提督 「全く驚きだ。まさか目の前に『生存者』がいたとはな。これぞまさに『大いなる意思』 の導きということだろう」 目の前のエルフはヤンを見て『生存者』と呼ぶ。彼の口から語られた『聖地』の門を無 事に通過出来た二つの存在――30年前にヨハネス・シュトラウスが乗車していた装甲車 と、60年前にハルケギニアへ飛び去った飛行物体――とヤンを同じ世界から来たと気付 いたということ。 対するヤンは何もしゃべらない。目の前のエルフの所属も目的も分からない以上、不用 意に口を開けば更に交渉上のアドバンテージを取られる。いや、それ以前に戦闘となれば この場にいる全員が危険にさらされる。 「まず最初に言っておこう。こちらには争う意思はない。少なくとも、お前達に害を為す 必要は、今のところはない」 そう言ってビダーシャルは、その場の全員を見渡す。 タバサはシルフィードの横で無表情なまま立っている。ルイズはハルケギニアの人間の 宿敵、そして竜と並んで絶対に争いたくない相手であるエルフを前に、緊張を隠せない。 例え一度会った相手だとしても、だ。デルフリンガーは少し鞘から飛び出した状態だ。い ざとなったら使え、という事だろう。 「私が今夜来たのは、『聖地』の門から湧いた『悪魔』の足取りを追うためだ。なんとし ても彼等の正体を知り、大災厄を防ぎたいのだ。そのため、彼等の情報が必要なのだ」 ヤンとしても、彼から聖地に関する更なる情報を得たい。前回は救助を呼べないという 事実に打ちひしがれ、十分に話を聞けなかった。情報交換という点でヤンとビダーシャル の利害は一致する。 だが、果たして彼の目的は情報だけなのだろうか?もし『破壊の壷』と呼ばれたゼッフ ル粒子発生装置のように、同盟や帝国の機械類が存在したら?その技術を手にしたいと望 んでいたら?万一、使用可能な状態の兵器だったら? 「お前に関する情報は予め入手しておいた。この魔法学院における儀式において、瀕死の 重傷をおったまま召喚されたそうだな。まさか『悪魔』と同じ世界から召喚されたとは、 そこの娘に感謝せねばならない」 そこの娘、と言われたルイズは言葉に詰まる。 ヤンも、覚悟を決める時だと認めざるを得なかった。 第十二話 門 「ヤンよ、油断すんなよ」 「大丈夫だよ。彼は本当に話し合いに来ただけだ」 ヤンは、僅かながらエルフへの警戒心を解く。その様子にビダーシャルも僅かに微笑み を浮かべる。 『ルイズがヤンをサモン・サーヴァントで召喚した』ことを知っている。タバサに学院 への案内とヤンへの面会を依頼した。 これはつまり、ビダーシャルがハルケギニアにおいて相応の組織をバックに活動してい る事を示している。その組織はタバサに関係がある組織だろう。また堂々と「客」と言っ てルイズとヤンを連れてきた所を見ると、タバサもビダーシャルも、背後の組織を隠す気 はないようだ。それにまさか、ヤンという重要な情報源を口封じに殺すとも思えない。連 れ去るつもりなら既にやっている。捕らえた後『ギアス(誓約)』等の洗脳魔法でもかけ ればいいのだから。 ならば、ここは目の前のエルフをある程度信用すべきだろう。 ヤンは一歩前に進んだ。 「なら、まずは所属を教えて欲しい。君の出身と、ハルケギニアでの君の所属組織を」 聞かれたビダーシャルは少し驚いたように目を開き、そして自分の名前しか名乗ってい なかった事を思い出した。 切れ長の目が視線をずらしてタバサを見る。タバサは小さく頷いた。 「失礼した。では改めて自己紹介しよう。 私はビダーシャル。エルフの中の「ネフテス」という部族の一員であり、「老評議会」 の議員を務めている。テュリューク統領より、シャタイーンの門の活性化を押さえるべく ハルケギニアへ派遣された。 ハルケギニアでの所属だが、今の段階ではどこにも所属していない。ただ、タバサ殿の 故国であるガリアに協力を申し出ている最中だ」 そう言ってビダーシャルが再びタバサへ視線を送ると、ボソッと小さな声が漏れた。 「案内を命じられた」 それだけ言うと、再び押し黙ってしまった。 タバサがガリアから来ていた事や、ガリア王家と縁ある人物だとは、ルイズもヤンも初 耳だ。だからといって、今はそんな事に気をまわしている場合ではないが。 ただ、ガリア王家の意図はともかく、ビダーシャル個人としては敵対する気も隠し事を する気も無い事を理解出来た。むしろガリア王家が、宿敵のはずのエルフに協力の姿勢を 示している事、ヤンが召喚されたのを知っている事、この二つが分かった事は大きな収穫 だろう。 「ヤン…」 ルイズは不安げにヤンを見上げる。 「大丈夫。安心してよさそうだよ」 ヤンは小さな主に、ちょっとぎこちない笑顔を向ける。 それにしても、『聖地』か・・・ ヤンは改めてハルケギニアにおける『聖地』を思い出してみる。 東にある砂漠の彼方、始祖ブリミルがハルケギニアに初めて降り立ったとされる伝説の 地域。エルフはこの地を「シャイターン(悪魔)の門」と呼び、封じている。以来、聖地 への道は閉ざされたままだ。 この「門」はハルケギニアと異世界、即ちヤンが住んでいた宇宙をつなぐものらしい。 現在でも「門」から色々飛び出していることをビダーシャルから聞いた。 ただし、ヤンの世界の人類は、既に宇宙進出を果たし、生活の場は宇宙に移っている。 そして「門」は星系間を航行している艦船等を召喚することがあるようで、その度にハル ケギニアの大気に減速無しで突っ込んだ被召喚物が生み出す大爆発で半径10リーグほど のクレーターを作っている。 「正直に言おう。『門』の活性化により生み出される嵐が、もはや精霊の力でも押さえき れない程になった。その金属板を有していた物体が現れた時を筆頭に、かつて無いほどの 頻度で『門』が開いている。 連日のように『門』が強力な閃光を天へ放ったり、多数の小爆発を起こしているのだ」 ヤンは、改めてルイズの持つ黒こげの金属板を見る。ルイズは黙ってヤンに金属板を手 渡す。 彼はその板に描かれた同盟の国旗を、そして金属板のサイズや形状をじっくりと見てみ る。そして、一つの事に思い至った。そのタイプの国旗が装着されていたはずの兵器を思 い出したのだ。 「スパルタニアンだ…」 その言葉は、ルイズにもタバサにもデルフリンガーにもビダーシャルにも、聞き覚えの ない物だった。ただ一人、ヤンだけが事の重大さを、絶望的なまでの災厄が近付いている 事を思い知らされた。 スパルタニアンは、同盟の単座式戦闘艇のこと。小型高機動の接近格闘戦用機であり、 雷撃艇に似た機能も持つ。高速で宇宙空間を疾走する母艦から発進した時点で、既に母艦 以上の速度を出している。1秒で140発のウラン238弾を撃ち、中性子弾頭や水爆のミサ イルを搭載している。 そんな物を召喚して、よく原型を留めた部品が残っていたものだと感心してしまう。 そして同時に、背筋に凄まじい悪寒が走る。 一体、『聖地』周辺の土・水・大気の汚染はどれ程の物か。いくら大地の精霊が残骸や 汚染土壌を地の底に封じ、風と水の精霊が放射性物質や劇毒物の拡散を押さえ込んでいる としても、いくらなんでも限度がある。風向き次第で、トリステインで死の灰が降っても 不思議はない。 しかも、単座式戦闘艇ということは、パイロットがいると言う事だ。「門」の被害は、 死者はハルケギニアのみならず、同盟や帝国にも及んでいる。しかもそれが千年に渡り続 いている。 そして最近は、精霊の手に余るほどの頻度、ほぼ連日のように召喚をしているというの だ。いや、頻度の活性化だけなら問題は少ない。聖地の大地がだんだん抉れていくだけの こと。 だが今後、「門のサイズ」が活性化しないと言い切れるだろうか? この金属板が貼られていたのはスパルタニアン、小型戦闘機だ。ヨハネスが乗車してい たのは装甲車だ。では、もしも、全長1kmを超える戦艦や大型輸送船が飛び出してきた ら…。 飛び出せたならまだ良い。爆発もせずに飛び出せたなら、あとは地上に落下するだけ。 運が良ければ、M8クラスの大地震や大津波が一発くるくらいで済むだろう。だがもし、 「門」が開ききる前に突っ込んでしまったらどうなるか?通りきる前に「門」が閉じたと したら? ローゼンリッターの斧は綺麗に切り裂かれた。ならば核融合炉も同じく切り裂かれるだ ろう。 核融合は核分裂反応のような連鎖反応がなく、暴走が原理的に生じない。だが放射能の 危険性は炉心と燃料の三重水素(トリチウム)において依然として無視できない。そして 何より、考えたくないが、炉の内部は恒星と同じ状態なのだ。物質はプラズマ状態の極高 温で荒れ狂っている。 いや、これはサモン・サーヴァントのように『何かが召喚される』時の話だ。万が一、 召喚とは関係なく、ただ漫然と「門」が開いてしまったら・・・。 ヤンの深刻すぎる懸念と恐怖は、彼を見ているビダーシャルにも漂ってくるほどだ。 「どうやら、事態の重大さを理解してもらえたようだな」 ゆっくりと視線をエルフへ戻したヤンは、ぎこちなく頷いた。 「『聖地』について、もっと詳しく教えて欲しい」 「分かった。では代わりに『悪魔』達について教えて欲しい」 ビダーシャルも涼やかに頷いた。 こうして、二人は語り合い続けた。 それを周りで見ているルイズとタバサとシルフィード、ヤンの背のデルフリンガーも二 人の情報交換を邪魔せず、ほとんどじっと話を聞き入っていた。もっとも、口を挟みたく ても挟めなかったろう。二人の話は、特にヤンの話は想像の範囲を超えているのだから。 ビダーシャルが語る聖地、シャタイーン、虚無。 「『四の悪魔揃いし時、真の悪魔の力は目覚めん。真の悪魔の力は、再び大災厄をもたら すであろう』…我らの予言だ。力は持つ者によって光にも闇にも変わる。かつて我らの世 界を滅ぼしかけた力だ」 「四の悪魔…始祖ブリミルが持つという、伝説の『虚無』の系統。その使い手が4人揃う 時…ということかな?」 ヤンの推測にビダーシャルは「うむ」と呟く。 「六千年前の大災厄以来、かつて何度か、悪魔の力は揃いそうになった。その度に我らは 恐怖した。我らは大災厄をもたらした『シャタイーンの門』をそっとしておきたいのだ。 知を持つ者が触れざる場所にしておきたいのだ。それでこそ世界の安全は保たれる」 その言葉に、ようやくルイズとデルフリンガーが口を挟んだ。 「でも、エルフの世界が滅ぶからって、長年敵対してきたハルケギニアの私達に助けてく れだなんて…」 「だよなー、ちょいとムシがよすぎねーか?」 その言葉を聞いたビダーシャルは少し眉をひそめた。そしてヤンも二人をたしなめる。 「いいかい、二人とも。例え敵同士だとしても、『相手の事なんかどうなってもいい』な んて考えてはいけないよ。双方とも同じ人間…この場合は人間とエルフで少し違うかもし れないけど。でも、見ての通り話の分かる存在だって分かったろう?」 注意されたルイズは「え~?でも~だってぇ~」と納得出来ない様子だ。 「それと、彼の話だけど、滅ぶのはエルフだけじゃないよ。間違いなくハルケギニア、い や、東方を含めた全てが、生きとし生けるもの全てが滅ぶ。これは、それだけの危機を含 んだ話なんだ」 ヤンの言葉はルイズには、いや、タバサにもデルフリンガーにも理解を超えた話だ。理 解出来ているのは、『聖地』の惨状を知るビダーシャルだけ。 だが、そのビダーシャルにしても、ヤンが語り始めた宇宙の物語は想像を絶していた。 『聖地』を知っていてすら、なお理解の範疇を大きく外れている。 当然の事だろう。地上で暮らす彼等に、真空とか無重力とか理解出来るはずがない。ヤ ンが異界から召喚された事を知っている一同にとってすら、ヤンの正気を疑いたくなる話 だ。 話を聞き終えたビダーシャルが、ようやくなんとか質問する気になった。 「・・・つまり、ええと、君たちの船は音より遙かに速く飛んでいるというのか?風の精 霊が全く存在しない、『しんくう』とか言う世界を?あの星空の中を?」 切れ長の目は頷くヤンを見ていない。満天の星空を見上げている。 「そのままの速さで大気にぶつかったら、その瞬間に燃え、溶け、砕ける…『聖地』の嵐 はそれが原因だと、そう言うのだね?」 「はい」 ヤンは当然のように答えるが、ビダーシャル含め、その場の全員がポカンとしている。 ヤンも予想していた事だ。音より速く飛ぶ、というより音に速度があるという発想自体が 彼等にはないのだから。エルフの技術水準なら音が波であり速度を持つと知っているかも 知れない。だが大気にぶつかって燃えるなど、さすがに想像も付かない話なのはやむを得 ない。 そしてエルフは、さらに眉をひそめて話を続ける。 「そして、もし万が一、門が直接君の世界と繋がったら、空気が全てしんくうの中に吸い 出されてしまう、と?」 再び頷くヤン。 「そうです。これがサモン・サーヴァントなら、召喚の門に接触した物体のみを、こちら の世界へ喚び寄せます。…そうだよね?二人とも」 ヤンは後ろで話を聞いているメイジの少女二人に確認する。かなり話に置いて行かれて いた二人だが、睡魔と戦いつつも、ともかく頭を上下に振った。 ちなみに青い風竜は、既に熟睡して大イビキをかいている。 「…ということですので、だから気圧差の問題が生じないのです。『真空』とは空気も含 めて『何もない』ことですから、何も召喚の門に触れません。 ですが、もし直接に僕らの世界と繋がったら、そしてそれが宇宙空間だったら…まず門 を開いたメイジ本人が周囲の全てごと宇宙空間に吸い出されて、死にます。 それで門が閉じればいいですが、万一、聖地の門と同じく開きっぱなしになったりした ら…底が抜けた樽と同じです」 真剣に語るヤンとは裏腹に、ビダーシャルは腕組みをして考え込んでしまう。嘘か真か 判断が付かず困っているのは明らかだ。デルフリンガーは既に聞く事自体を放棄してる。 ルイズとタバサは、何とか話についてこようと必死になって二人の会話に耳を澄ましてい た。 ビダーシャルは散々思索を巡らした後にようやく、観念したような口調で考えを口にし た。 「何とも想像を絶するというか…正直、荒唐無稽としか言いようのない話で、今この場で お前の話を信じる事は難しい」 「でしょうね。私も信じてくれとは言いません。ただ、『門』がこれ以上活性化すれば、 本当に世界が滅ぶということだけ分かってくれれば十分です」 ビダーシャルは、どうにか理解出来る結論に落ち着いて、安心したように息を吐いた。 「うむ。その点を同意してもらえたなら、私も遠路はるばる来た甲斐があるというもの。 出来るなら、他の者達にも伝えて欲しい。『虚無に触れてはならない』と」 ここでタバサが、初めて自分から口を開いた。 「門の向こうへ、手紙を送れない?」 その言葉に、ヤンは諦め混じりで首を横に振った。 「だめだよ…。僕は魔法関連の本をいくらか読んだだけなので、魔法には詳しくない。で も、『召喚』のゲートが開くという事は、門の向こうから何かが飛びだしてくる時だ、と いうことなのは分かるよ。 つまり、こっちに向かって飛んでくる物を押し返した上で手紙を突っ込まなきゃならな い、ということだよ。半径10リーグの大穴をあける物体を、ね。 しかも、宇宙のどこに門が繋がってるかも分からない。広大な星の海の中で手紙が届く 可能性なんて、ゼロと言っていいさ」 口にはしなかったが、通信機から信号を送るのも同じく無理、と考えている。宇宙のど こに繋がるかも分からない門へ信号を送ったところで、その信号を拾う人が門へ突っ込も うとしている『被召喚者』以外にいる可能性は低い。例え信号を拾っても、その内容は常 識からかけ離れている。どこかの暇な変人によるイタズラと考えるのがオチだろう。信じ るはずがない。そもそも、そんな通信をしようとしている間に爆風で自分が死ぬから、結 局送れない。 信じたとしても、門は宇宙のどこにいつ開くかなんて分からない。開いた瞬間には回避 不能な状態になっている。警戒のしようがないのだ。 始祖ブリミルが残した遺産は、両世界にとって大いなる災厄の種となっているというこ とだ。 ともかくだ、とビダーシャルは結論を語り出した。 「お前の話…ええと、自由惑星同盟と銀河帝国、イゼルローン要塞に皇帝ラインハルト… だったな?その宇宙に広がりし蛮人達の物語、そしてお前の教えてくれた大災厄の姿。一 旦ネフテスに戻り老評議会で報告しようと思う。 正直、とても信じてはもらえないと思うが、な」 「構いませんよ。参考にくらいはなるでしょう」 ビダーシャルはヤンに一礼する。そして横を向き、暗い森の奥を見つめた。 「そこの者も、今聞いていた話を良く覚えていて欲しい。そして、出来る限り広く語って 欲しい」 とたんに茂みの奥からガサガサガサッ!と音がする。 少々の静けさの後に闇の中から現れたのは、いつものようにロングビル。 ヤンも毎度の事に呆れ顔。 「いやはや、気付かれてたかい…さすがエルフだねぇ」 出てきたロングビルは、ヤンに呆れ顔をされても気にとめた様子はない。既に開き直っ てる。 「やれやれ…また夜の散歩中に見つけたってわけかい?」 「ま、そういうわけさ。なにせ、夜にあんたを見つけると、ほぼ必ず面白い事が起きるん だ。最近じゃ用が無くても、ついつい寮塔の周りをうろついちまうよ」 その言葉に、ルイズとデルフリンガーまで呆れてしまう。 そんな闖入者は気にせず、ビダーシャルとタバサはシルフィードに飛び乗った。 「では、異界からの来訪者よ、また会おう!」 そしてエルフは白み始めた空を貫いて、東へ去っていった。 後には、夜を徹して語り続けたヤンと、その話を聞き続けたルイズとロングビルが残っ た。全員、睡眠不足の大あくびをしてしまう。 そんなわけで、話は後にしてとりあえずは学院に戻って少しでも休もうという事になっ た。 無論、その日の授業中、ルイズは寝てばかり。散々教師に怒られた。 ヤンとロングビルも学院長室で勉強をしようとして、そのまま机に突っ伏して寝てしま う。 それを横で見ているオスマンは、 「おーい、二人とも。起きなされ~」 でも二人とも起きる様子はない。 「ロングビルや~、仕事中じゃぞ~」 緑の長い髪を机の上に広げたまま、すぅすぅと寝息を立てている。 「モートソグニル」 学院長の机の下から、小さなハツカネズミが現れた。ちゅうちゅうと鳴きながら、秘書 の足下へ走っていって、すぐ戻ってくる。そして学院長のローブを器用に登って肩に乗っ た。 「なにっ!?今日は黒のレースじゃと…信じられん。これは、この目で確認せねばなるま いて!」 と呟くや、オスマンは男の本能丸出しなニヤニヤ笑いをしだす。 すすぅ~とロングビルに近寄り、体を屈めて、二人が本を広げている机の下に頭を突っ 込もうと 「ふんぬっ!」ドゴッ!「んぎゃっ!」 どうやら若さを持て余す老人の邪心が強すぎたらしい。本能で身の危険を察知したロン グビルのヒールが白髪の頭にめり込んだ。 こうして3人とも、メイドのカミーユが昼食に呼びに来るまで、机を囲んでグッスリ眠 るのだった。 ヤンは、その日の午後にロングビルと共にオスマンへビダーシャルとの話を、出来る限 り分かりやすく報告した。また、夜はルイズと共にキュルケにも話してみた。 その結果は、言うまでもないが、「想像が付かない」「信じられない」等だった。 ヤンは青息吐息で寝る事にした。 「なんでぇなんでぇ辛気くせぇなぁ。そんなにしょげかえるなよ」 デルフリンガーが励ましてくれるが、ヤンの表情は冴えないままだ。 「はぁ~、困ったもんだよ…こんな重大な話なのに、誰にも信じてもらえないなんて」 上着を脱ぎながらぼやくヤンに、制服を脱ぎながらルイズが声をかける。 「そりゃ、しょうがないわよ。あのシュトラウスって人の手記を知ってる私や学院長です ら、信じられないのよ?『始祖が残した虚無の力が世界を滅ぼす』なんて、このハルケギ ニアでは誰も信じないわ。でも、これは別にあなたのせいじゃないから、気にしてもしょ うがないわよ。 あ、これ、洗っておいてね。毎度毎度シエスタに頼んでないで、たまには自分でやりな さいよ!」 と言ってヤンに投げてよこしたのはルイズのショーツ。 慰めの言葉と鞭打つセリフを同時に投げかけるのが、僕の主の魅力なんだろうか…なん て複雑な心境を抱きつつ、ヤンはクローゼットから取り出した黒のネグリジェをルイズに 着せる。 ついでに、いい加減、僕に服を着させるのはやめてくれないかなぁ…これじゃ執事とい うより保父さんだよ、とも思ったが。口にしたら殺されかねないので黙っておいた。 次の日の朝、未だにヤンはぼんやりしていた。 普段からぼんやりしているヤンだが、今朝はさらに輪をかけてぼんやりしている。 立ったまま寝ているんじゃなかろうか?というくらいの勢いなぼんやりっぷり。 「ちょっと…ぼーっとしてないで、ショーツ出してよ」 「・・・え?あ、ああ、そうだね。・・・うん。そうだよね」 ベッドの上のルイズに声をかけられ、ようやくヤンは我に返った。そして何かを自分に 言い聞かせるように「そうだな…うん、そうだよな」と呟きながら新しいショーツを取り 出す。 「よぉ、ヤンよ。さっきから何をブツブツ言ってンだ?」 デルフリンガーの問に、ヤンは答えるのを躊躇した。 ショーツを手にしたまま天井を見上げ、しばし考え込む。 「あのね、ヤン。とにかく着替えるわよ」 「ん?…うん、そうか、そうだね」 再び我に返って慌ててルイズに駆け寄りネグリジェを脱がせる。脱がせながらもヤンは ぼんやりと考え事をしたままだ。裸のルイズに「ちょっと、シャキッとしなさいよ」と怒 られながら、ノロノロと動く。 ルイズに制服を着せながら、今度は「…だな。そうしよう」と、何か決心のような独り 言を言いだした。 「ねぇ。昨日のエルフの話、ずっと考えてるの?」 マントを纏いながら見上げるルイズに、ヤンはようやくまとまった答えをした。 「まあ、ね。聖地の門の件、やっぱりほっとくわけにはいかないなぁ…と思ってね。僕自 身のためにも、僕がいた宇宙のためにも、このハルケギニアのためにも。放置するには危 険すぎるんだ」 その言葉に、ルイズはどう答えたものか首を傾げてしまう。デルフリンガーがツバをカ チカチ鳴らす。 「まぁ、なんだかわかんねーけど、『門』が危険なものだってことは間違いねーんだろ? んで、お前はどうする気だよ『聖地』まで行くってのか?」 「はは、まさか。『聖地』に行ったってどうする事も出来ないよ。何しろハルケギニアよ り文明の進んだエルフでも押さえ込めないんだ。知識を提供するだけなら、ビダーシャル に伝えればいい。 まぁ…どっちにしても、信じてはもらえないから意味無いし」 「それじゃ、どうするつもりなの?」 ルイズに改めて問われ、ヤンは少し息を吸い、彼の出した結論を吐き出した。 「『虚無』を追う。そして、できれば『門』を塞ぎたい」 デルフリンガーは彼の言葉を、そのままに理解した。 「ほっほー、そいつは大層なこったなぁ。大仕事になるぜぇ」 その言葉の意味、最初ルイズもそのままに理解しようとした。 だが、すぐに気付いた。 『門』を塞ぐ事は、彼が故郷に帰還する手がかりを自分で放棄するということ。 彼女のクリクリの目が、鳶色の瞳が彼を見上げる。透き通るような白い肌の頬に、一筋 の汗が流れる。 細い首からツバを飲み込む音がする。 沈黙の後、ルイズは覚悟を決めて口を開いた。 「・・・いいの?」 「うん」 ヤンは、迷いなく答えた。 「使い魔は主の系統を表し、決して偶然に、適当に選ばれるものじゃない…らしい。 なら、君が僕を召喚したのも、もしかしたら失敗じゃなく、ちゃんとした意味があるん じゃないかな?」 「意味…?」 「うん。…まぁ、こじつけかも知れないけど。 ともかく、『聖地の門』は危険なんだ。このまま放置しても、ハルケギニア、エルフ、 帝国や同盟、『東方』も亞人も全て含めて、誰のためにもならないんだ。そして僕は、こ の事実を知ってしまった。恐らく、ハルケギニアで一番『門』の危険性を理解している存 在だろうね。 なら、ビダーシャルの警告には反するかも知れないけど、『虚無』を調べてみようと思 う。そして出来るなら、『聖地』にある召喚ゲートを封鎖したいんだ。これ以上の被害を 出さないために」 ルイズは、真っ直ぐにヤンを見つめる。 デルフリンガーもヤンの真意にようやく気が付いた。 「なら、おめぇ…帰るのは諦めるってことか?」 「諦めたくはないけど…でも、結果として、そうなるかもね」 彼にとって絶望的なはずの言葉だが、彼の顔に絶望は無い。むしろ、強い決意が浮かん でいる。 ルイズはヤンを見上げた。 自分の使い魔を、冴えない外見に似合わぬ知力と胆力を持つ男を。様々な知識を授けて くれるグータラ執事を。 彼女は、小さな右手を差し出した。 「なら、主として協力するとしましょう!あたしだって、あのエルフの話は気になるし。 後の事は安心なさい。あんたみたいなオッサンの一人や二人、ヴァリエール家で老後の 面倒までみたげるわ」 ヤンも微笑んで右手を差し出す。 「それは嬉しいなぁ。是非お願いするよ。出来ればタルブのワインがあれば最高かな」 「それは自分で買いなさい」 「厳しいご主人様だねぇ」 そんな話をしつつも、二人は固く手を握り合っている。 第十二話 門 END 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7422.html
前ページ次ページハルケギニアの狼 第一話 「狼とゼロ」 その男にとって、今目の前に広がる風景は全く奇怪なものであった。 つい先程まで彼は雪に囲まれた土地にいた筈である。 だが、今いる場所はそんな寒さの厳しい場所ではなく、暖かい陽気に包まれたどこぞの屋敷の庭のように思えた。 ちなみに彼の記憶にこのような場所は存在しない。 にもかかわらずその男は落ち着いた様子で目だけを動かす。 周りに同じ格好をした少年少女が大勢と、自分に警戒を露にしている人物を三人確認できた。 一人は頭部の寂しい中年の男性で、もう二人は遠巻きにこちらを観察している青い髪の少女と赤い髪の少女だとわかった。 周囲の確認を終えた男――斎藤一は、理由は不明だが自分がどこか外国の学校にいるものだと考えた。 もしそうだとしたら日本語は通用しないだろう。 未だに警戒している中年男性他二名を無視し、煙草に火を点けながらこの後についてどうしたものかと考える。 すると、目の前にいたらしい桃色の髪をした少女から声を掛けられた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール―――通称『ゼロ』のルイズにとって今日は、とても重要な日だった。 今日はサモン・サーヴァントという、自分のパートナーとなる使い魔を召喚する神聖な儀式の日である。 同級生が次々と使い魔を召喚をしているのを見て彼女は、自分はもっとすごい使い魔を呼ぼうとやる気になっていた。 そうこうしているうちに彼女の順番が回ってきた。 いつもは周りの野次に対し言い返す彼女だが、このときに限ってはそれらの野次を一切無視していた。 彼女は集中して呪文を詠唱するが、起こるのは彼女の期待に反する爆発だった。 ほれ見ろと言わんばかりの顔をしていた同級生達は、その表情が次第に驚きに染まっていく。 爆発で起こった砂埃の向こう側に何かがいるのだ。 「ゼロのルイズが成功したぁ!?」 「明日雪降ンぞ! 雪!」 「いやいや、雪じゃ済まねーだろ。槍ぐらいで丁度いいぜこりゃ」 殆どの生徒はこのように騒いでいたが、ルイズの耳には全く入って来なかった。 その代りに、期待と不安が入り混じった感情が心の中を駆け巡る。 そんな風に浮ついている広場とは反対に、警戒心を強める人物が二人だけいた。 「これは……!!」 一人は教師である『炎蛇』のコルベール。 彼は砂埃の向こうに影が見えた途端悟った。 この煙の向こうにいるのは自分と同じかそれ以上の修羅場を潜り抜けた、相当な実力者だと。 その者が生徒に危害を加えようとするなら、自分は全力をもってその脅威を排除しようと。 ――だとえ『炎蛇』に戻らざるを得ないとしても。 「……!」 もう一人はルイズの同級生である『雪風』のタバサ。 彼女は自分の儀式が終わると、他の生徒には興味がないといった様子で読書を始めていた。 だがコルベールと同じタイミングで彼女はその人物が自分以上の実力者だと悟り、本を閉じ杖を掴む。 彼女を知らない者がその様子を見ても、興味を示した程度しか感じないだろう。 だが彼女の親友であるキュルケには彼女の異常な警戒心を確かに感じ取っていた。 「どうしたのよタバサ? ヴァリエールの召喚したものがそんなに気になるの?」 「危険」 「…そんなに?」 タバサは相変わらずの無表情で首を縦に振るだけだったが、キュルケにはそれで充分だった。 すぐに杖を掴むとルイズの爆発によって舞い上がった砂塵の向こうを、強い眼差しで見つめていた。 「あんた、誰よ?」 「……」 突然のルイズの問いに、斎藤は一瞬言葉を失う。 日本語が通じないだろうと考えていたらいきなり日本語で声を掛けられてのだ。 「ちょっと、聞…」 「ここはどこだ」 反応を示さないことにイラッと来たルイズが再び質問をしようとしたが、斎藤の声にかき消されてしまう。 「先に聞いてんのはこっ…」 「ここはどこだ」 「……トリステイン魔法学院よ」 ルイズは言い返そうとしたが、斎藤の有無を言わせぬ威圧感に負け、質問に答えた。 そしてその答えを聞いた斎藤はルイズの頭を疑った。 魔法を東洋で言う妖術の類と彼は認識していたが、彼はそのようなものの存在を信じていなかった(彼や彼の宿敵等が一般人から見れば 妖術使いにしか見えないということは置いておく)。なので、 「もう一度聞く。ここはどこだ」 「だ、だから! トリステイン魔法学院よ! あんたはわたしに召喚されたの!! つまりわたしはあんたのご主人様なの!」 「フゥー…話にならんな。…おい、説明しろ」 ルイズを頭が残念な奴と認定した斎藤は煙草の煙を吐き出し、コルベールに声を掛け説明を求める。 「わ、わかりました。少し待って下さい……今日は解散にします。皆さんは戻りなさい」 万が一斎藤と戦うことになったときに被害が及ばぬように生徒たちを戻らせ、彼と一対一になれる状況を作り出す。 指示を受けた生徒たちはそれぞれに談笑しなが学院へと帰っていくが、ルイズ、キュルケ、タバサはその指示を無視していた。 「何をしているんだ。君たちも戻りなさい」 「いえ。アイツはわたしが呼び出したんです。わたしにはここにいる義務があります!」 「私も彼には個人的に興味がありまして」 「右に同じく」 コルベールはその三人に早く戻るよう注意するが、彼女らには言うことを聞く気がないようだ。 「いや、ですが…」 「心配要りませんわ、ミスタ・コルベール。自分の身ぐらい自分で守れます」 「しかしだなぁ…」 コルベールとしては危険な可能性があるこの男とはなるべく一対一の状態になりたかった。 だが、そう上手くはいかないだろうとも考えていたし、その証拠に召喚した本人のルイズが残ると言い出した。 このことはコルベールにとって予想の範囲内だったが、キュルケとタバサまで残ることは予想できなかった。 しかもテコでも動きそうに無い。 どうしたものかと、残り少ない髪の毛を気にしながら彼は本気で悩んでいた。 コルベールが彼女たちの対応に困っている頃、斎藤は空を飛ぶ生徒たちに目を奪われていた。 「本当に妖術――魔法とやらが存在しているのか。・・・全く、面倒な事この上ないな」 魔法があろうが無かろうが、これからのことを考えるためにも情報が必要だった。 彼は煙草を捨て、火を足で消しながら声を掛ける。 「お前ら、言い争いなら後でやれ。そんなことより今の俺の状況について説明しろ」 「これは失礼…オホン、私の名はコルベールと言います。先程も彼女から聞いたと思うが、ここはトリステイン魔法学院です。 先程までここではサモン・サーヴァントの儀式を行っていました。そして、」 「待て、そのサモンナントカとやらは一体なんだ」 もう「魔法」については認めざるを得ないと判断していた斎藤は、聞いた事が無い言葉の説明を求めた。 「サモン・サーヴァントとは使い魔を召喚する一種の儀式です。そして、召喚された使い魔は召喚したメイジと契約を結び、メイジの一生のパートナーと……」 「一生だと……?」 使い魔の説明を聞いて、斎藤は不快感を隠そうともせずに声を出す。 剣呑な空気を感じたタバサとキュルケは警戒を強め、杖を握る手に力を入れる。 ヴェストリの広場を再び、緊迫した空気が覆う。 コルベールはなるべく彼を刺激しないよう、言葉を選びながら話を続ける。 「確かに、行き成り呼び出されて一生仕えろと言われたら怒りもするでしょう。だがそうしないと彼女が進級できないのです。」 「貴様らの都合なんざ知らん。今すぐ俺を元いた場所に返してもらおうか」 取り付く島が全くない。 これで「返す方法はありません」なんて言ったらどうなってしまうのだろうか。 先ほどから広場に満ちている息がつまりそうな空気が読めないのか、黙って二人のやり取りを聞いていたルイズが口を開く。 「無理よそんなの。召喚された以上、あんたはわたしの使い魔になるしかないの。不本意だけどあんたで我慢してあげるわ」 先ほど自分の質問を無視されたことを根に持っているのだろう。 してやったりといった顔でない胸を張っている。 コルベールは一瞬、彼女が今どんなルーンを唱えたのか理解できなかった。 少なくとも、彼に知識にこんな危険な爆発を起こす可能性のある魔法は存在しなかった。 ――思い出した。「クー・キヨミ・ビ・トシ・ラズ」という魔法が虚無にあったはずだ。 他にも「オテ・ア・ゲ・ザム・ラ・イ」とか「ブ・チギ・レ・ザム・ラ・イ」とかもあった。 それらの魔法は非常に強力無比であるため使うことを禁じられ―― そんなトリップしているコルベールをよそに、斎藤の顔に浮かんでいた不快感がさら強くなる。 自分たちとの実力差と、彼の人相の悪さから、タバサとキュルケは彼の不快感を明確な敵意と判断してしまった。 そしていつでも攻撃に移れるように杖を構えルーンを唱え始める。 幸か不幸か、その戦場にも似た雰囲気のおかげでコルベールは現実に戻ってくることが出来た。 そして、臨戦態勢にあるタバサとキュルケを庇うようにして斎藤の前に割り込む。 「わわ、わかりました! でしたらこういうのはどうでしょう!」 彼は元の場所へ帰る手段は必ず見つけるから、それまでの間ルイズの使い魔の代わりをやってくれないかと提案した。 他にどうしようもない斎藤は、その提案をやれやれといった顔で引き受けるのだった。 前ページ次ページハルケギニアの狼
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6867.html
前ページ次ページウボァーな使い魔 「…貴様は誰だ?」 澄み渡る青空の下に広がる新緑の草原。そこに集まっている十代半ばの少年少女たち。 その集団から少しばかり離れたところでは、茶色の地面が肌を覗かせ、その周囲には土煙が舞っている。 やがて舞い上がる土煙が落ち着き、その中心部に立っていた「彼」が最初に発した言葉は、 目の前に立っている桃色の髪の少女に向けたものだった。 男の背丈は1.8メイル程度。 細身ではあるが、身につけた派手な装飾品のせいだろうか。かなりの威圧感がある。 大きく左右に突き出した肩当てと金の胸当てがついたローブをまとい、 1メイルちょっとの杖を持つところをみるとメイジなのは間違いない。 髪は金髪で角のような大きな髪飾りをつけていた。その顔は端正で、一見すると女性に見えないこともない。 だが、その整った顔からはぞっとするほどの冷酷さが感じられた。 現に、目前の少女に向けられた彼の視線は人間を虫けらと見下すような尊大なものであった。 ここは、ハルケギニアのトリステイン魔法学校。 魔法を使う「メイジ」を養成するための学校である。 トリステインの貴族の子弟だけでなく、他国の貴族の子弟も集う歴史ある魔法学校だ。 そして、今は春の召喚の儀の真っ最中であった。 一人前のメイジを目指す生徒達は、この儀式で各自にふさわしい使い魔を召喚し、契約を結ぶ。 これはトリステイン魔法学校の進級試験も兼ねている。 とはいえ、大半の生徒はすでに各々の使い魔を召喚し、契約を済ませてしまっていた。 トカゲの使い魔もいれば、鳥の使い魔の姿も見える。皆、契約を交わした主人の傍につき従っている。 残す生徒は桃色の髪をした少女「ルイズ」ただ一人のみである。 しかし、彼女の数十回に及ぶ召喚への挑戦は全て爆発を引き起こすという結果に終わっていた。 このルイズは貴族=メイジが常識であるこの世界で、貴族にも関わらず魔法が使えないのである。 そんなルイズの召喚=爆発に巻き込まれぬように、彼女の挑戦を遠巻きに眺める生徒たち。 初めのうちこそ「やっぱりゼロのルイズだな」と軽口を叩くものも多かったが、 その挑戦回数も20を数えようとしており、流石に皆も飽き始めていた。 なにしろ皆、自分の使い魔を得たばかり。さっさと部屋に戻り使い魔と戯れたいのが本音だろう。 「どうせ、成功しないのに」多くの者がそう思っていた。 「そろそろあきらめたら…」そう考える者もいた。 爆発音…再び巻き上がる土煙。 「あ…あれは!」 退屈を絵に描いたようなギャラリーの反応は、教師コルベールが発した驚きの声によって破られた。 そう、ルイズの前に広がる茶色のクレーター…爆発により大地がむき出しとなった空間、その中心に人影が現れたのである。 「ま、まさか…」 「でも、あれは人間?」 「しかも、貴族じゃないか?杖を持ってる…」 「おいおい、人間を使い魔にするのか?」 ギャラリーたる生徒たちは囁き合った。 「彼」を召喚してしまった当のルイズも、混乱していた。 ようやく『サモン・サーヴァント』に成功したと思ったら、現れたのは人間でしかも恐らくは貴族。 その貴族が明らかに自分を見下した態度で名前を尋ねてきたのだから。 「聞こえなかったか?…貴様は誰だと聞いている。」 当惑していたルイズに再び男が問いかける。それにしても初対面の相手に貴様とは失礼も甚だしい。 普段の彼女ならば、即座に文句の一つも返すところ。 だが、男の放つ威圧感…オーラとでも表現すればいいだろうか。 とにかく、ルイズはその男の雰囲気に圧倒されていた。軽く恐怖を感じていたと言ってもいい。 しかし、貴族としての矜持を持つルイズは使い魔に舐められることなどあってはならないと意を決して口を開く。 「ひ、人に名前を尋ねる前に自分が名乗ったら?」 男の片眉がピクンと跳ねた。 一方で他の生徒たちに近い位置…すなわちルイズから距離をとって眺めていた教師=コルベールも、 どうやらとんでもなく面倒な事態が起こったらしいことに気がついた。 格好からすると、召喚された男は貴族…それもかなり地位の高い男のようだ。 場合によっては外交問題、最悪戦争の危険もある。なにより、男の放つただならぬ雰囲気も気になる。 いくら召喚した本人だからと言っても、彼女一人に任せておくわけにはいかない。 まずはあの貴族に事情を説明せねば…とコルベールは男に近づいた。 他の生徒たちにはその場で待機するように指示を出し、男まで1メイル程度の距離まで歩みを進める。 だが、コルベールを余所に2人の会話は進む。 まずは自分から名乗れという少女の言葉を受けて、男は不機嫌さを隠さずに問いかけた。 「私を知らぬのか?」 「し、知らないわよ!」 知っていて当然と言わんばかりの言葉に、ルイズは即答する。 その返答は、さらに男を不機嫌にしたようだ。眉を顰め、その視線はさらに厳しくなる。 「無礼な…私は皇帝だ。」 男から予想を上回る言葉が飛び出し、ルイズをさらに混乱させた。 (こ、ここ皇帝!? 私、皇帝を召喚しちゃったの!?) ちょうど二人の隣で話を聞いていたコルベールの驚きもまた相当なものだった。 地位の高そうな貴族だとは思っていたが、なんと皇帝だという。 付近で皇帝と言えば、まずはゲルマニアのアルブレヒト3世が頭に浮かぶ。 どこの皇帝にせよ、非常にまずい。このストレスは間違いなく頭髪に悪影響を与えるだろう。 幸いなことに少し距離があるので、他の生徒達には彼が皇帝であるという話は聞こえてはいないようだ。 こんな話が伝われば場はますます混乱するに決まっている。 まずは状況を説明することが肝要だ。そう考えたコルベールは、皇帝を名乗る人物に話しかける。 「横から申し訳ありません。私はジャン・コルベールと申します。」 男はゆっくりとコルベールに視線を向けた。 あいかわらず路傍の石でも見るような目だが、まだ少女よりも話になると思ったのだろう。 「では、コルベールとやら。そなたに聞こう。ここはどこだ?」 コルベールは男の機嫌を損ねないように、恭しく答える。 「ここはトリステイン魔法学院です」 「トリステイン?」 一方、召喚された男もいまだ事態を把握できていなかった。 自分はレジスタンスとの死闘の末に敗北し、今度こそ死が訪れたと思っていた。 しばらく眠っていたようにも、一瞬だったようにも思う。 はたまた、どこか異世界で戦っていた夢を見ていたようにも思う。 そんな中、ふと何かに呼ばれたように思い眼を開くと、青い空と緑の草原と自身を包む土煙―。 そして桃色の髪をした少女。さらには、初めて聞く「トリステイン」という言葉。 「トリステインとは地名か?」 男はコルベールに対して問いかける。 まずはここがどこかを知らなければならない。 一方のコルベールは、男の問いを受けてごく僅かだが安堵した。 トリステインを知らないとなると、皇帝と言ってもかなり遠方の国の皇帝だろう。 戦争にまで発展する可能性は激減する。外交問題以前に国交もないのだろう。 だからと言って、相手が君主である以上は機嫌を損ねるのは問題だ。 コルベールは、できるだけ丁寧に対応することに越したことはあるまいと考え説明する。 「えー、トリステインと言いますのは…」 だが、その男にとってコルベールの説明に出てくる地名はどれもこれも聞き覚えのないものばかりだった。 召喚された男、彼は皇帝…しかも世界支配に乗り出した皇帝だった。 世界のほとんどの地域を制圧し、世界支配の目前までいった。そんな彼が名すらも知らぬ国・地方が世界にあるものだろうか。 彼は異界よりの数多の魔物を呼び寄せ使役していたこともある。文字通りの地獄にも行った身だ。 ゆえに理解できた。ここは自分のいた世界ではないと。 確認のためにコルベールに問いかける。 「コルベールとやら。パラメキアを知っているか?」 「パ、パラメキア? それは地名でしょうか?」 コルベールの答えで、彼の予感はほぼ確信となった。 (やはり、ここは異世界で間違いないようだ。 我が世界の者なら、どんな辺境の者であろうと帝国の名を知らぬはずはない。 問題はなぜ余が異世界にいるのかだが…) コルベールらが、自分がこの異世界に出現した理由について無関係とは思えない。 「コルベールよ。私は何故、このようなところにいるのだ?」 「そ、それは…」 「私の使い魔になるためよ」 言いよどむコルベールに代わり、言葉を発したのは桃色の髪の少女であった。 前ページ次ページウボァーな使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5752.html
前ページ次ページゼロと波動 「へ・・・平民??」 爆発と共に現れた使い魔は、人間だった。 元は白かったであろう、上着と呼べるかどうか怪しい布を身体に巻きつけ、丈夫そうな黒い紐を使って腰の辺りで縛りとめている。 腕を通すために開けられた穴もズボンも、裾は破れてボロボロだ。 そして頭には赤いハチマキ。 「はは!ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」 「しかも物乞いのオッサンだよ!」 「流石はゼロ!」 周りから漏れる失笑、揶揄。 確かにボロ布を纏った姿は物乞いにしか見えない。 「ミスタ・コルベール!!やり直しを!召喚のやり直しをさせてください!!」 桃色がかったブロンドの髪の少女――ルイズ・フランソワーズは目に涙を浮かべながら頭が多少寂しい責任者らしき男に訴えた。 「ミス・ヴァリエール、残念ですがそれはできません。貴女も知っている通り、春の召喚の儀式は神聖なものです。やり直しは認められません」 「でも!」 「確かに平民を召喚したというのは前代未聞ですが、規則は規則です。彼が死なない限り、彼はミス・ヴァリエールの使い魔です」 にべもないコルベールの言葉にルイズはがっくりと肩を落として、自分が召喚してしまった男を改めて見てみた。 年齢は・・・ミスタ・コルベールよりいくらか若いぐらいだろうか。 身長は決して低くはないけど、それほど高いわけでもない。まあ、それでも自分と比べれば随分と高いが・・・ ただし、体格は並外れている。 オーク鬼のような横幅と厚み。 首は顔よりも太いし背中も盛り上がっている。筋肉の筋がはっきり浮き出た腕なんてまるで丸太だ。 いや、丸太なんて柔らかそうなものじゃない。石・・・そう、土のメイジが石や鋼で錬金した彫刻のよう。 はぁ、せめてコイツにツノでも生えてればなぁ・・・首から下だけなら亜人みたいなのに・・・ ルイズは不満全開な顔で男を睨みつける。 他の生徒が召喚した使い魔であるサラマンダーや風竜を見て目を白黒させていた男は、ルイズの視線に気づくと初めて口を開いた。 「そんなに睨み付けないでくれ、あと、教えて欲しいんだが、ここはどこだ?なぜ俺はここにいる?そして、キミ達は何者だ?」 桃色髪の少女は黙って睨み付けてくるだけで一向に口を開こうとしない。 「ここはトリステイン魔法学院です。彼らは学院の生徒、そして、私は教師をしているジャン・コルベールです。貴方はここにいるミス・ヴァリエールに召喚されたのですよ」 無言で睨みつけるルイズに代わり、コルベールが答えた。 「とりすていん?聞いたことがないな・・・それに召喚ってなんだ?俺はアマゾンのジャングルにいたはずなんだが・・・?」 「召喚は召喚よっ!私がアンタを召還したのっ!だいたいトリステインを知らないなんてどんだけ田舎者なのよ!」 割って入ってルイズが叫ぶ。 勝手に召喚しておいてそんな言い草もあったものではないが、そこは典型的な貴族であるルイズ、平民の事情なんて考えない。 そんな彼女も大声を出したことで多少は吹っ切れたのか ”平民を使い魔にしなければならない”ということに諦めがついたらしい。 「平民のアンタを使い魔にしてあげようってんだから感謝しなさいよね!!」 ルイズは意を決すると、コンストラクト・サーバント<契約>の呪文を唱えて男の顔に手を伸ばす。 届かない。 「しゃがみなさいよ!」 訳の解らないまま言われた通りしゃがむ男。 ルイズは改めて男の顔を両手で挟むと、唇を合わせた。 「な!?何をするんだ!!?」 突然キスされた男は慌てふためいてルイズから離れた。 突如、左手の甲に激痛が走る。 「な・・・!?」 手の甲と拳の部分のみを覆うグローブを外すと、手の甲に光と共に不思議な模様が浮かび上がりつつある。 「ルーンが刻み込まれているだけです。すぐに収まりますから少しの間だけ我慢してください」 しばしの間、光を放ちながら模様は刻み続けられたが、なるほどコルベールが言った通り、激痛はすぐに治まった。 自分の手の甲に浮かんだ不可解な模様を消そうとこすったり叩いたりしてみるものの、模様が落ちる気配はまったくない。 戸惑う男に告げるコルベール。 「これで貴方は正式にミス・ヴァリエールの使い魔となりました。それにしても・・・変わったルーンですね・・・ちょっと見せてもらっていいですか」 コルベールは取り出したスケッチブックに浮き出たルーンを模写しだす。 自分の描いたスケッチに間違いがないかを確認したコルベールは満足気にうなずいた。 「さて、全員召喚の儀式を済ますことができましたね。では皆さん、学院に戻りましょう」 その場にいた少年少女たちは返事をすると、何事かをつぶやいて棒切れを振る。 すると突然、自分にキスした少女を残して全員が宙に浮き始めたではないか。 そしてそのまま学院と思しき建物に向かって飛んで行ってしまった。 男は唖然とした。 自分も宙に浮いたり瞬間移動したりする魔人やヨガ行者には会ったことがある。 が、彼らは・・・特に前者は常識を超越した特殊な存在だった。 しかし、今目の前で起こった出来事は、どうみても普通の少年少女たちの所業だ。 「・・・何がどうなってるのか・・・まったく解らん・・・」 見たこともない生き物や少女からのいきなりのキス、空を飛ぶ生徒たち、自分の左手に突然現れた刺青・・・ もはや理解の範疇を超えていた。 本来ならもっと取り乱してしかるべきなのだが、長年の修行で身につけた精神力がなんとか理性を保たせていた。 いや、もしかしたら、余りに常軌を逸していたせいで返って冷静でいられたのかもしれない。 空飛ぶ少年たちを見送りながら思考を巡らし、とりあえず緊急的に自分の身に危険が及んでいる訳ではなさそうだと判断する。 だとすると、不可解極まりないこの場所で下手に動き回るのはあまり得策とはいえない。 しばらくはこの場所で様子を伺った方がいい。 それに元々、ジャングルに篭って修行するつもりでいたのだ、その修行が多少険しくなったにすぎない。 厳しい修行なら望むところだ。 コルベールと名乗った男の話によれば、今の自分はどうやらこの少女の使い魔ということらしい。 使い魔というものが何をするものなのかは解らないが、未知の経験もまた修行。 そう、万物全てが修行である。 しばらくはこの少女についてみるのもいいだろう。 「俺はリュウだ、よろしく頼む。ヴァリエール」 笑顔で右手を差し出す。 「私のファーストネームはルイズよ・・・っていうか!アンタは私の使い魔なのよ!?私のことはご主人様と呼びなさい!!」 文句を言いながらも、一応、出された右手に握手で応える。 無骨でゴツゴツしたリュウの分厚い手は、とても暖かく、優しくルイズの手を包んだ。 「そうか、わかった、よろしく頼む。ルイズ」 「だからご主人様だって言ってるでしょ・・・まぁ、いいわ・・・」 思わず顔を背けるルイズ。頬が熱い。 何故だろう、この男の手に包まれていると広い広い草原に寝転んでお日様の光を浴びている・・・そんな穏やかな感覚に陥る。雰囲気がちょっとちぃ姉さまに似てるかも・・・ いやいやいやいやそれはない! 平民が、それもこんな薄汚い男がちぃ姉さまに似てると思うなんて私は馬鹿ですか阿呆ですか。 ブンブンブンと首を振りつつも、すっかり怒気を抜かれてしまい、思わずルイズと呼ぶことを認めてしまったではないか。 まあいい、これからみっちり使い魔として教育してやるんだから!でも、ご飯はちゃんとあげようかな・・・などと思いつつ学院に向かって歩を進め始める。 「ルイズは彼らみたいに飛んでいかないのか?」 「うるさいわね!歩きたい気分なのよ!」 前言撤回。やっぱ、コイツむかつく。ご飯は床決定。 リュウはリュウで、それにしてもよく怒る娘だなと思いつつ桃色がかったブロンドの髪を持つ少女、ルイズに続くのだった。 前ページ次ページゼロと波動