約 24,298 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1131.html
長門「・・・」 パタン キョン「さてと・・・帰るか」 長門「(コク)」 キョン「・・・」 スタスタ 女子A「あぁ~長門さん、男と帰ってるぅ!まじきも~!」 女子B「うっそ?あの長門さんがぁ?」 女子C「マジだぁ!あの男の子かわいそ~・・・」 キョン「(なんだあいつら)」 長門「・・・」 スッ キョン「お、おい長門、なんで俺に隠れるんだ?」 長門「・・・」 ギュッ キョン「・・・あいつらとなにかあったのか?」 長門「・・・」 長門「何も・・・ない」 キョン「・・・じゃあなんで俺の裾を握ってるんだ?」 長門「・・・」 キョン「なぁ・・・長門、たまには俺にも頼ってくれよ」 長門「あなたに頼る必要性がない」 キョン「・・・」 女子A「うっわ、長門さんあれで隠れてるつもり?」 女子B「全然バレバレなんだけど」 女子C「まじきもー!ねぇ、ちょっと写真撮っとこうよ」 カシャカシャ キャハハ キョン「っ!あいつらッ!」 長門「!」 ガシッ キョン「お、おい!なんで止めるんだっ!」 長門「・・・ダメ」 キョン「離せよっ!」 長門「・・・許可できない」 キョン「な、長門・・・」 女子B「キャハハッ!あたし10枚も撮っちゃったよ!」 女子A「うっそ!?見せて見せて!」 女子C「うっわーーきもすぎ!写真写り最悪ジャン!」 女子A「これチェンメで流そうよ!!」 女子B「それいいね~」 キャハハッ・・・・・・・ 長門「・・・」 スッ キョン「なんで・・・止めたんだ」 長門「・・・」 キョン「長門・・・俺をかばったのか?」 長門「・・・彼女たちが保持している私たちの画像データは、今日中に削除しておく」 キョン「!?」 長門「あなたに・・・迷惑はかけない。心配しないで」 キョン「お、おいっ長門!俺はそんなこと言ってるんじゃ・・・」 長門「・・・もうあなたとは一緒にいない方がいい・・・」 スタスタ キョン「長門!?ちょ、ちょっと待てよ!」 次の日 キョン「あれ?長門は・・・?」 みくる「え?えぇと・・・今日は長門さんお休みだそうです・・・」 キョン「あいつが休み?あの、朝比奈さん・・・なんでか知ってますか?」 みくる「・・・し、知らないです」 キョン「風邪かな・・・情報統合思念体でも病気になるんでしょうかね?」 みくる「・・・」 キョン「(もしかして・・・昨日のことか?)」 ハルヒ「やっほーーー!ってあれ?有希は?」 キョン「ん?お休みだそうだぞ?」 ハルヒ「うっそ?あたし今日昼休み見かけたけど・・・」 キョン「え?でも朝比奈さんが今日休みだって」 みくる「・・・」 ハルヒ「みくるちゃんが?」 みくる「・・・うっ・・・」 キョン「!?」 ハルヒ「ちょ、ちょっとみくるちゃん!?どうしたの!?」 みくる「ふ、ふぇぇ・・・んっ・・・」 キョン「あ、朝比奈さん!?」 ガチャ 古泉「こんにちわ・・・って、なんですかこの騒ぎは」 キョン「朝比奈さん?何かあったのですか?」 古泉「キョン君、どうかなされましたか?」 ハルヒ「ちょっと!古泉君邪魔!」 古泉「いたっ・・・ふぅ・・・僕は蚊帳の外ですか。・・・あれ?そういえば長門さんの姿が見当たらないですね」 ハルヒ「みくるちゃん、落ち着いて・・・一体何があったの?」 みくる「ひっ・・・ひくっ・・・」 キョン「おい古泉、今日長門を見かけなかったか?」 古泉「長門さんを?ええ、それならさっき見かけましたけど」 キョン「なっ!?ど、とこで見た!?」 古泉「ととっ・・・ちょっと落ち着いてくださいよ」 キョン「いいから早く話せ!」 古泉「なんだか3人の女子と口論していた様な雰囲気でしたよ・・・」 キョン「さ、3人だと!?」 ハルヒ「ちょっと・・・みくるちゃん、どういうことよっ!?」 みくる「ぐすっ・・・長門さんのこと・・・いじめてた・・・女の子が・・・私に・・・」 キョン「ま、まさか・・・」 みくる「長門さんは・・・学校を休んでるって・・・皆に伝えろって言われて・・・私怖くて・・・う、うわぁぁんっ」 キョン「くそっ!」 バタンッ ハルヒ「ちょっと!?キョン!!!」 女子A「ねぇ長門さん、あんまり調子乗らない方がいいよ?」 長門「何が」 女子B「はぁ?何とぼけてんの?昨日のことだよ!」 バンッ ドサッ 長門「・・・」 女子C「あんた男の子と一緒に歩いてたじゃん!?」 長門「・・・」 女子A「長門さんが青春感じるのなんて百万年早いと思うんだよね~っ」 女子B「キャハハッ!それ長すぎーーっ!」 バシッ 長門「っ・・・」 バシャ! 女子A「とりあえず・・・今日はこれで許してあげるからね~」 女子B「キャハハハッ!びしょ濡れじゃん!さむそ~っ」 女子C「つぅーっことで、あんたが今度男の子と歩いてたら・・・ただじゃおかないからね~♪」 キャハハハッ・・・ 長門「・・・冷たい・・・」 長門「・・・」 長門「部活出ないと・・・」 キョン「ハッハッハッ」 長門「・・・あ」 キョン「はぁはぁはぁ・・・っっ!な、長門!!!」 長門「・・・」 キョン「お、おいっ!びしょ濡れじゃないか!」 長門「・・・」 キョン「だ、誰がこんなこと!!」 長門「・・・」 キョン「く、くそっ!!!ち、ちきしょうっ・・・・・ぐっ・・・」 長門「・・・なんで泣くの」 キョン「っ・・・」 長門「・・・」 キョン「俺は・・・長門に何も・・・してやれなく・・・て・・・」 長門「・・・」 キョン「男のくせに・・・長門に何度も助けられてるのに・・・最低だ・・・」 長門「泣かないで」 キョン「うっ・・・ぐっ・・・・」 長門「・・・泣かないで」 ハルヒ「はぁはぁ・・・キョ、キョン!?」 キョン「・・・ハル・・・ヒ・・・」 ハルヒ「ど、どうしたのよ!?」 長門「・・・」 ハルヒ「有希!?ちょ、ちょっと!びしょ濡れじゃない!?」 キョン「・・・俺のせいだ」 ハルヒ「えっ?」 長門「・・・違う」 キョン「いや、俺のせいなんだ・・・長門のこと・・・グッ」 長門「・・・」 長門「今日は・・・帰る」 ハルヒ「ちょっと?有希!?待ってよ!?」 長門「ついてこないで」 ハルヒ「ゆ、有希?」 ハルヒ「キョン・・・一体どうしたって言うのよ?」 キョン「・・・くっ・・・」 ハルヒ「キョン・・・ねぇってば・・・」 パタパタッ みくる「す、涼宮さぁんっ!」 ハルヒ「みくるちゃん・・・」 みくる「さ、さ、さっき長門さんがびしょ濡れで歩いてて・・・」 ハルヒ「知ってるわ」 みくる「どどどーしよ・・・わ、わたしのせいで・・・長門さんが・・・」 ガシッ みくる「!?」 ハルヒ「泣かないでっ!」 みくる「は、はいっ」 ハルヒ「・・・キョン?」 キョン「・・・なんだ」 ハルヒ「有希は・・・いじめられてるの?」 キョン「・・・あぁ」 ハルヒ「・・・許せない」 キョン「・・・」 ハルヒ「少しおとなしい子だからって、あんなひどいことするなんて・・・」 キョン「・・・」 ハルヒ「みくるちゃん」 みくる「は、はひっ」 ハルヒ「奴らの顔覚えてる?」 みくる「え、えぇと・・・多分・・・」 ハルヒ「探しに行くわよっ!早くっ!」 みくる「はわわ!そ、そんな強く引っ張らないで!」 ハルヒ「キョン、あんたも来なさいッ!」 キョン「・・・」 ハルヒ「ちょっと!?聞いてるの!?」 キョン「・・・長門」 ハルヒ「キョン?」 キョン「・・・長門は・・・」 キョン「長門は俺が守る」 ハルヒ「・・・っ!?キョン!?どこ行くの!?」 みくる「キ、キョン君!?」 長門「クシュッ」 長門「・・・あ」 キョン「はぁはぁ・・・」 長門「何」 キョン「・・・だ、大丈夫か?」 長門「大丈夫・・・クシュッ」 キョン「風邪・・・ひくぞ」 長門「情報操作すれば大丈夫」 キョン「ほれ」 スッ 長門「これは?」 キョン「・・・これ着ろ」 長門「・・・(コクッ)」 キョン「・・・少し大きすぎるな」 長門「大丈夫」 キョン「・・・」 長門「・・・暖かい」 キョン「そ、そうか?」 長門「(コクッ)」 キョン「なぁ、長門」 長門「?」 キョン「俺は・・・お前に何もできないけど・・・もし本当につらくなったら、俺に言ってくれ」 長門「・・・」 キョン「大したことはできないけど・・・俺、頑張るからさ」 長門「(コクッ)」 キョン「・・・ごめんな」 ギュッ 長門「?」 キョン「・・・これでもっと暖かくなるだろ?」 長門「あまり・・・変わらない」 キョン「そ、そうか?・・・すまない」 長門「別にいい」 ギュッ 長門「・・・ありがとう」 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5838.html
第一章 冷え切った坂道を登る。歩く度に吐く息は白い煙となって冷たい冬の外気へと消えた。 寒さをしのぐためカーディガンに首をうずめる。わたしの通う高校である北高は、この山の頂上にあった。 結局、朝の奇妙な感覚は次に起きたときにはなくなっていた。少し残念だったけれど、あの物語の続きはあの感覚がなくてもきっと書ける。そんな予感がした。たぶん、あの感覚はその文章の鉱脈を見つけるためだけの役割だったのだろう。それを、たとえカオスであってもちゃんとした形にするのはわたし自身の仕事なのだ。 坂の上の北高に目を戻した。 朝のことを考えると頭が疼くような気がする。しばらく考えるのはやめようと思った。 気を紛らわすために誰かと話すのも今日に限っては悪くはなかったけれど、あいにく横で歩いているはずの朝倉涼子はいなかった。 今日はわたしと同じような生徒がちらほらと目につく。つまり、ひとりで歩いている生徒だ。一週間ほど前から学校内で風邪が流行り始めていたが、今週になって欠席者が一気に増えたらしい。マスクをしている姿も見受けられる。 朝倉涼子もまた風邪引いていて、数日前から学校を休んでいた。わたしは不謹慎なことにそれが嬉しくもあったが、今は少し残念だった。 わたしは人と話をするのが得意ではない。また、好きでもない。 話すことで相手を気まずくさせてしまうのが嫌だったし、そのせいで自分も気まずくなるのが嫌だった。できればお互い何の遠慮もいらず黙りこくってしまうのが一番いいことのように思われたが、お互い遠慮しないで黙るということの難しさをわたしは知っていた。まともな人間ならふたりして黙っていればよけいに気まずくなってしまう。その時点で両者の間には遠慮というものが生まれているのだ。とても残念だ。慣れてしまえば沈黙ほど穏やかで秩序あるものはないのに。 わたしにはまだ、沈黙を共有できる仲間がひとりとしていなかった。 朝倉涼子――彼女はわたしと沈黙こそできないものの、話していても気まずくならない数少ない人間だった。だからこそ、住んでいるマンションが同じという理由があったとしても、毎日一緒に登校しているのだ。 しかしながら、そうはいっても見た目の事実を裏返してしまうと彼女をその中にカウントしていいものなのかもあやふやになる。 なにしろ彼女は、自分から話しかけてきてはわたしの蚊の鳴くような声の返答を待ち、また自分の意見をべらべらと喋るような女子なのだ。あれではほとんどひとりで喋っているのと変わらない。わたしは専ら聞き役だけれど、それでもまだ聞き役といえるならましなほうだ。下手をするとわたしは彼女の独り言の聞き役になってしまう。もちろん独り言に聞き役なんかはいらないから、そうなったらわたしは不要な存在になってしまうのだ。 しかし彼女でさえ、今日は横にいて欲しかった。どんな話題でもいいから喋っていて欲しかった。朝の感覚を紛らわせるには誰のどんな話題でもいい。もちろんあの奇妙な感覚を共有してくれとは間違っても言わない。 何となく、あの感覚は早く霧散させた方がいい気がしたのだ。いつもと違うのはどんな些細なことでも気になる。朝起きるのがいつもより少し早かったとか、いつも冷凍食品の朝食がコンビニ弁当だったとか、もちろん、いつも隣を歩いているはずの女子生徒がいなかったとか。いかに小さな違いでも、その違いが大量に集まれば、そこには恐ろしささえ見え隠れするのだ。 朝倉涼子が今日はいない。 小さな日常が崩壊する音が聞こえた気がした。 やがて学校に着くとわたしは、靴箱を通って廊下を過ぎ、教室に入った。一年六組の教室だ。わたしは席に座ると後ろを振り返った。 教室の後ろに掲示されているカレンダーは十二月のものになっていた。二十四と二十五がクリスマスイブとクリスマスで、カレンダーの挿絵の部分にはサンタとトナカイが描かれている何の面白みもないカレンダー。この国の国民は十二月というとクリスマスしか頭にないのだろうか。カレンダーの絵はクリスマス一色だし、街のどこへ行ってもクリスマスソングが流れている。店頭にはケーキが並び、クリスマスの夜には大量の人々がメリークリスマスと聖夜を祝って大騒ぎするだろう。キリスト教信者でもないというのに。わたしの過ごすクリスマスは他の高校生のクリスマスとは違って、いつも静かだった。 北高でもあと一週間も経てば冬休みになる。つまり、クリスマスの前に冬休みがやってくることになる。そんなことまでが、学校側の生徒のクリスマスを思いやった取り計らいだとは思わないけれど、何だかあまりいい気分ではない。 そういえば今日は何日だっただろう。わたしはカレンダーに目をやった。曜日からすぐに見つかった。十二月十八日。それが今日の日付だ。 冬休みという単語が六組の生徒の気分を浮き立たせているようだった。わたしは前を向いて六組の様子を眺めた。しかしその六組も今週に入ってからは勢いがないようだ。 風邪の影響だった。六組は日に日に空席が目立つようになっている。インフルエンザではないがこの冬の風邪はタチが悪い。なんならクリスマスも風邪多数で延期になればいいのに。 そういえば、風邪は隣の五組が特にひどいらしい。朝倉涼子も五組の生徒だった。 「…………?」 そんなことを考えながら机の中を探っていた手が突然、奇妙なものにぶつかった。何だろう。固い板のようなものだ。取り出すと、それが黒い色をしていることがわかった。黒くて薄っぺらな板。重量はそんなにないが、固い感触がした。 こんなものを机に入れた覚えはない。見た覚えもないし、これが何なのかも解らない。誰かが間違ってわたしの机に入れてしまったのだろうか。 どうしようかな、そう思ったときだった。 突如として猛烈な頭痛がわたしを襲った。その時は声をあげないようにするのが精一杯だった。 金属バットで殴られたような激しい痛み。そして耳鳴り。脳味噌をかき混ぜられたような吐き気。それらが一気にやってきてわたしをぶちのめした。それが来るからといって心の準備をする時間の余裕はまったくなかった。 目眩のように教室の風景がごっちゃになってぐるぐると回っている。前の黒板と後ろの黒板が溶けて一緒になり、教室中の机が一点に吸い寄せられた。わたしもまたそこへ吸い寄せられていく。ブラックホールみたいだ。 今まで体験したこともない激しい感覚だった。頭がパンクしそうだ。わたしは思わず耳を押さえ、頭を抱えて机らしきものにしがみついていた。こうでもしていなければ身体ごとどこかへ吹っ飛ばされそうだった。 目の前が暗転した。光が消えた。 どこかへ流されている感じがする。波間に漂っているのか、あるいは海の中を漂っているのか。わたしはゆらゆら浮いたり沈んだりしていた。 音は消え、目が映しているのは黒一色の風景だ。その空間をわたしは彷徨っている。わたしの身体は縦になり、横になり、ぐにゃりとひん曲がり、細長く伸びて、また縮んで、まるで変幻自在なアメーバのようにありとあらゆる形になった。すべての感覚は消え失せ、においも感触も解らなかった。しかもその間も、わたしはどこかへと黒一色の海の中を流され続けているのだ。 どのくらい経っただろう。永遠の時間が経過したようにも感じるし、実はほんの一瞬の出来事だったようにも感じる。 わたしは机の上に上半身を投げ出した状態で目を覚ました。二、三人の女子が近寄ってきていた。 「……長門さん、大丈夫?」 そのうちのひとりの問いかけに、わたしは聞こえないような声で、 「だいじょうぶ」 とだけ答えた。彼女たちはひどく驚いた表情を顔に張り付かせて、口もとを手で押さえている。それはそうだろう。いつもわたしは絶対に机に伏せるようなことはないのだから。寝ているくらいなら本を読んでいる方がいい。それがわたしだ。 彼女たちはわたしがそれ以上何も言う気配がないと解ると、さっと教室の片隅へ戻っていった。 何だったんだろう、今のは。 もう吐き気はしない。もちろん目眩もない。ただ少しだけ、頭がくらくらして重いような気がする。立ち上がればたぶん、ふらふらして倒れてしまうだろう。高熱を出しているときみたいだ。もちろん今のわたしに熱はなかったけれど。 ふと思い出してさっきの黒い板を探すと、それはわたしの足許に落ちていた。何だかひどく不気味だ。これを手に取ったら急に目眩がしたのだ。それが原因ではないのかもしれなかったけれど、何だか手に取る気がしなくて、わたしは足許に黒い板が落ちていることに気づかないふりをした。 目眩だったんだろう。 わたしはそう決めつけた。そんなことがあっても別におかしくはない。しかしそれは、おかしくないという程度の言い訳にとどまっているだけで、まったく現実味を帯びていない答えだった。目眩とは根本的に異なっている。脳味噌をかき混ぜられたような感覚。頭が重くて疲労感がある。大量の情報を一気に流し込まれたように。 本を読もう。心を落ち着けたい。 はっきりしないもやもやが残る頭でわたしは鞄の中から一冊のハードカバーを取り出した。二段組みの本でよかった。満足がいくまで文字の海に溺れることができる。 海外SFの本だった。わたしは分厚い表紙を開いて、目を文字の上に這わせた。 地球に原因不明な異常現象が次々と現れる、という内容だった。世界の終わりというパターンはSFとしては珍しくない。ストーリーも実に陳腐なものだ。しかし退屈はしない。ストーリーが陳腐だとしても、それは似たような世界が多めにあるだけだからだ。 海上で燃え上がる船。木がなぎ倒されるような大風。何週間も降り続く雨。相次ぐ謎の巨大地震……。二十何世紀かの地球に、突如としてそんな奇怪な現象が続いた。 世界中の人々はその謎の現象に底なしの恐怖を覚え、事態が早く収まることを祈った。世界中の学者は原因の解明にありとあらゆる手段を尽くした。国家の政治と経済は混乱し、世界各地で火事泥棒のような犯罪が相次ぎ、降り続く雨や大地震で大量の生物が死んだ。 最後の審判。 人々は終わりの見えない恐怖の日々を、ゾロアスター教などの最後の審判になぞらえてそう名付けた。それは、審判はいつか必ず終わるという人々のあまりにも消極的な希望を託した名前だった。悪が滅びればすべては静まるのが最後の審判だ。メディアが宗教で信仰されている最後の審判の内容を真面目に報道しているくらいだから、もはや神頼みとしかいいようがない。 でもその気持ちは何となく解る気がした。原因は解明されず人口は減り続ける。そんな状況の中で人々が頼れるのはもはや宗教的信仰だけだったのだろう。 しかし非情にもその異常現象は終わることなく続いた。全人類は絶望した。誰もが暗い未来予測を胸に抱いていた。 つまり、人類は滅びるということを……。 といったところで、六組の担任教師が入ってきて朝のホームルームが始まってしまった。先を読みたかったけれど、我慢して本を閉じ、机にしまった。ふと視線を落とすと足許にはまだあの黒い板が落っこちている。しかし拾いはしなかった。清掃のときに誰かが片づけてくれればいい。一日中足許にこんなものが転がっているのは少し不愉快だけれど、まあ仕方がない。わたしはこの板のことを気にするのをやめにした。 ホームルーム中、わたしはずっと今読んだハードカバーのことを考えていた。原因不明の超常現象とやがて訪れるはずの人類の滅亡。突然、日常から非日常へと変化した世界。いったい誰がそれをもたらしたのだろう。 日常の事象が非日常のものに変わるとき、そこには必ず何かしらの力が及ぼされている。原因のない変化はありえない。 ハードカバーの中にそんな一文があった。超常現象の原因を解明しようとする学者たちの場面だった。 そんな大きな区切りでなくてもいい。わたしはそう思った。 日常のちょっとしたことが、ある日少し変わっていたとしても、そこには必ず理由があるのだ。自然的な力か人為的な力か、どちらにしろ日常的ではない力が働いていたから結果が変わり、日常ではなくなるのだ。 このハードカバーの物語の世界も、所詮はつくりものに過ぎなくても、その確固たる法則に影響されている。必ず何かしらの理由があるのだが、しかし今わたしが読んでいる段階では、まだそれが解明されていないだけなのだ。 ではいったい誰がそんなことをしたのか。あるいは何がそんな異常現象をもたらしたのか。わたしは再度その質問を自分に投げかけた。 実はわたしには、その答えが見えていた。 見えていた、というのは正確ではない。そこはかとなく、こうではないか、これはありえると感じる可能性がわたしの中に存在していたのだ。 それは今日の朝、わたしが意味不明の文章を連ねていたときの感覚に似ていた。最初からあったけれど気づかなかったものに初めて気づいたとき、わたしはハッとする。新たな鉱脈を見つけたというささやかな喜びを見いだす。 もはや妄想に近い答えだった。けれど別に異常なことだとは思わないし、恐ろしいとも思わない。それはもともとわたしの中にあった物語なのだ。 そう、わたしにはあのハードカバーの世界を非日常に変えてしまった犯人が解っていた。しかも賭けてもいいけれど、その犯人の名前はわたしが今まで聞いたこともないような名前だったのだ。それは唐突にわたしの中にあった。 ホームルーム中ハードカバーの中の世界について考えていると、その名前は自然と現れたのだ。それこそ、わたしが生まれる前からずっと存在していた逆らいがたい定義のように。彼らは荘厳な響きをもってそこにいた。 その犯人の名前。言葉というべきか。犯人は宇宙人なのだ。 情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。 彼が、あるいは彼女が、それをした。 しかし今日は本当におかしい。どうかしてしまっている。 わたしは廊下を歩きながら頭の中でまたその呟きを繰り返した。 朝、早起きして散歩に出て、パソコンで奇妙な感覚を文章にして、登校した学校で強烈な目眩を感じて机に伏せ、しまいにはまだ結末を読んでいないハードカバーの犯人当てまでしてしまう始末だ。それも、その犯人名にしたってまったく聞いたことのない単語の羅列なのだ。 ぼんやりと眺めている世界が霞んでひどく遠くのものに見える。いつもと変わらない世界のはずなのに、今日は傍観者になった気分だ。 もしかすると、これは非日常の息吹なのだろうか。考えているうちにそんな結論に至った。 日常のちょっとしたことが、ある日少し変わっていた。朝、起きたときの感覚。滅多にない目眩。聞いたこともないような単語の羅列。これらはわたしにすればすべてがイレギュラーな、非日常のことと言っても過言ではない。 だとしたら、わたしのこの非日常も何かしらの力が及んでつくられたものなのだろうか。 そう思ったところでわたしは見飽きた木製の扉の前に到着した。扉の上のプレートには文芸部と書かれている。 わたしはとりあえず、その自問に対する回答を先送りにした。 ここは特別教室の活動場所を持たないクラブや同好会の部室が集まっている部室棟だ。通称は旧館。わたしはこの部屋のただひとりの住人で、ただひとりの文芸部員だった。 今は昼休みだ。 わたしは昼休みになると大抵、部室へと向かう。昼食を食べるついでに少し文章を書き進めておきたいからだ。 ドアノブを回して扉を開ける。パイプ椅子に腰を降ろし、長テーブルに置かれたパソコンの電源をつける。何度となく繰り返してきたことだ。この部室だけはいつもと同じ空気を纏っていた。 ひとりだけれど、そのことを寂しいと思ったことはなかった。少なくとも文章を書き、物語の形にする作業をこなすだけなら、むしろひとりだけの方が都合がいい。本を読むにしてもまわりに誰かがいたら緊張してしまう。 文章を書くのに人の目を気にすることほど非合理なことはない、とわたしは思っている。あるいはあるとしたら、知らず知らず人の目を気にしてしまうわたしの心だ。ただしその心をコントロールすることはわたしにはどうしても不可能だと解っているから、条件の方を変化させる。だからわたしは本を読むときここに来るようにしているし、文章を書くにしてもひとりになれるこの場所がいいのだ。 わたしは購買で買ってきたパンを食べながら、先日書き終えたSFを丁寧に推敲した。間違った表現を直し、状況が手に取るように伝わる表現に変える。ところどころに非日常的表現をちりばめた。そしてあの法則に従って、日常を非日常に変化させうる自然的なり人為的なりの要因を描写する。同じようで何かが違う世界。読んでいると「あれっ?」と疑問を持つ物語。それが、わたしの書いたSFだった。小気味のいい沈黙に抱かれながらわたしはしばらくパソコンを見つめていた。 パンを食べ終えて推敲に一旦区切りがついたところで、ふと朝のあの物語の続きを書いてみようかという気になった。気まぐれな気分だ。 それを書くための気力ならば充分にあった。白い画面を凝視していれば文章は自然と浮かんでくるに違いない。問題は書くか書かないかなのだ。わたしにしたら、あの文章の続きを書くことには自制をきかせたかった。これ以上日常をねじ曲げたくない。 しかし迷った末、わたしは書くことにした。 というよりも、気がついたら手が勝手に動いていたのだ。気がついたら、パソコンのまっさらな新しい画面に文字が連なっていた。仕方がないからわたしは続きを書き始めた。 ピアニストが手を滑るように動かしてピアノを弾きこなすように、わたしの手も芸術的にキーボードの上を踊っては相変わらずわけの解らない文章を紡いでいく。文体は朝のままだ。何しろこの物語を書くために必要な奇妙な感覚は、いつでも取り出せる引き出しの中に大切にしまってある。書こうと思ったら取り出せばいいのだから簡単だ。わたしの手はかつてないほどの軽快なリズムを刻み、次々と物語を生み出していった。 その時まで、私は一人ではなかった。多くの私がいる。集合の中に私もいた。 氷のように共にいた仲間たちは、そのうち水のように広がり、ついには蒸気のように拡散した。 その蒸気の一粒子が私だった。 私はどこにでも行くことが出来た。様々な場所に行き、様々なものを見た。しかし私は学ばない。見るだけの行為、それが私に許された機能だ。 長い間、私はそうしていた。時間は無意味。偽りの世界ではすべての現象は意味を持たない。 しかし、やがて私は意味を見つけた。存在の証明。 ここまで書いたとき、わたしの胸は深い感慨によって満たされていた。 この『私』というのは、きっと幽霊のような目に見えない存在なんだろうとようやく気づいた。あるいは宇宙人だ。機械のようなアンドロイドかもしれない。少なくとも人間ではない。 学ばない。見ることだけが許された行為。 学ばない、または学べない。だとしたらどちらにしろ、ひどく無機的な存在なのだろう。 ちょうど、そう、あれだ。情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースのような。 しかし口にすると癖になる言葉だ。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。いったいこれはわたしのどこから生まれてきたのだろう。しかもこの単語は不思議なことにこの物語の雰囲気にとても似合っている。 いけない。余計なことに気を取られていてはだめだ。わたしは意識を集中させ、わたしが綴った文章に目を戻した。 長い間、私はそうしていた。時間は無意味。偽りの世界ではすべての現象は意味を持たない。 しかし、やがて私は意味を見つけた。存在の証明。 さて、この『私』の言う意味とは何なんだろう。時間も現象も無意味の偽りの世界で『私』が見つけだした意味。そしてそれこそが、その世界における『私』の存在の証明になっているらしかった。 存在の証明。聞いたことのある言葉だ。わたしの場合、それは文章を書くことだった。わたしはここにいるという叫び。それが誰かに伝わったとき、わたしの存在は証明されたことになるのだ。だから、というほどわたしは厚かましくないけれど、わたしは文章を書いているのかもしれない。 物質と物質は引きつけ合う。それは正しいこと。私が引き寄せられたのも、それがカタチを持っていたからだ。 光と闇と矛盾と常識。私は出会い、それぞれと交わった。私にその機能はないが、そうしてもよいかもしれないことだった。 仮に許されるなら、私はそうするだろう。 待ち続ける私に、奇蹟は降りかかるだろうか。 ほんのちっぽけな奇蹟。 さらに書き進めた。たった数行。 でも、ここまで書くと『私』の存在の証明が何だったのか解るようになった。少なくともわたしには理解できた。この一人称の文章はひどく無機的だけれど、それは『私』が人間ではなくて、人間にはあるはずの機能と概念を持っていなかったからなのだろう。 何のことはない、『私』は恋をしているのだ。 もちろんその恋は人間同士の甘い恋ではない。個人を個人と認識して、『私』と相手が交わるという程度の無機的で原始的な恋だ。人間同士だったら友達との付き合いに相当するだろう。 ただし、それが『私』には存在の証明になり得たのだ。自分は他の粒子――氷のようにいて、水のように広がり、蒸気のように拡散した仲間の粒子――とは違うということを証明するだけならば。そのためには、『私』という個人の存在を認めてくれる誰かが必要だったのだ。それは人間にも言えることだ。人間にしたって自分の存在を証明できるのはお互いが依存し合っているからに過ぎない。 しかし、どうやら『私』にはそのことが解らなかったらしい。もしかすると解っていたのかもしれないけれど、言葉という手段を用いて他の誰かに説明することはできなかったのだ。だから、『私』の恋に関する部分の描写はとても曖昧で独特な表現になっている。 物質と物質は引きつけ合う。それは正しいこと。私が引き寄せられたのも、それがカタチを持っていたからだ。 引力の理論を使って恋を説いている。なかなかおもしろい。 しかし、ということは『私』はこの時点で幽霊ではなくなっていたわけだ。物質と物質、とあるから片方は『私』で間違いない。つまりこの時『私』は物質としてカタチある何かになっていたのだ。ここにおいてもはや『私』は無機ではない。有機になっていた。 さらに『私』は驚いたことに最後の部分で希望までも見いだそうとしている。しかもそれはとても積極的な希望だ。ただ待つだけという存在である『私』に奇蹟が降りかかることを願っている。人間にはある機能を持たない『私』にとって、存在の証明以上の何か――わたしはそれを感情だと思っているが――をつかむために望みをかけられるのは、奇蹟しかありえない。 奇蹟。常識では考えられないような不思議な出来事。 もしかすると『私』は人間に限りなく近い存在なのかもしれない、と思った。あるいは特定の機能だけが損失した人間なのかもしれない。まわりにありふれた人間と同化すること。人間でさえ自分の存在証明なんかできていないのに、それを越えて感情らしきものを手に入れようというなら、それは相当人間に近い存在でなければ不可能だろう。そもそも人間以外の動物は感情なしでも生きているのだから、感情は不必要といえば不必要な代物なのだ。『私』が感情を欲しがるのだとしたら、その目的は人間と交わるということをおいて他にない。 待ち続ける私に、奇蹟は降りかかるだろうか。 ほんのちっぽけな奇蹟。 わたしは満足して文章を保存し、パソコンの電源を切った。本当にわたしが書いている文章だとは信じられなかった。最初からどこかにあった文章を写しているだけのように思われた。 しかし、これは間違いなくわたしの物語なのだ。わたしのどこかにこんな物語が埋もれていた。今日になるまで気づかなかったけれど。 わたしは本棚から適当な本を選びだしてパイプ椅子に座り直した。昼休みが終わるまではここで本を読んでいよう。わたしは眼鏡を押さえて本に目を落とした。 ――その時だった。 何の前触れもない。予感も予兆も皆無だった。向こう側から知らせてくることもない。ノックすらなかった。 わたし以外誰も開けないはずの部室の扉が、勢いよく開けられたのだ。 バン、という効果音がした。それは今日、危うかった日常がいよいよもって崩壊した音だった。もしかすると銃で撃たれたんじゃないかと疑った。 「…………!」 違った。 そして見た。 ドアに手をかけた人影。焦りと不安と驚きをごっちゃにしたような表情で口を開け、わたしを凝視している男子生徒を。 「いてくれたか……」 彼は安堵の息とも溜息ともつかぬものを吐き出しながら後ろ手に扉を閉めた。わたしは状況が飲み込めない。今彼が言った言葉の意味も、理由も、そしてなぜ彼がここにいるのかも。わたしはただ驚くことしかできなかった。おそらく顔には驚きを隠しきれずに表情が出てしまっているのだろう。感情を抑え込み、表情を変えないようにして、ひっそりとひとりで生きられるよう今日まで努力してきたのに。わたしのその努力はあまりにも唐突で意外な来客によってもろくも打ち砕かれた。 茫然。そんな言葉が似合う。男子生徒にいきなり部室に飛び込まれた状況で、わたしはどう反応すればいいだろうか。 「長門」 彼はわたしの名前を呼びながら、ゆっくりとテーブルに近寄ってきた。彼は何とも言えない、苦しそうな表情をしている。額に汗が滲んでいた。 「なに?」 わたしはどうしようもなかったけれど、しかしわたしの名前が呼ばれたからにはと思って一応返答した。 「教えてくれ。お前は俺を知っているか?」 そう言われてわたしは下がり気味な目線をできるだけ上げて、彼の顔を見た。目が合わないように気をつけ、眼鏡のツルを押さえながら。 見覚えのある顔だった。 「知っている」 再び視線を下げる。それだけ言うのが精一杯だった。彼はとたんに明るい表情になった。何なんだろう、彼は。 「実は俺もお前のことなら多少なりとも知っているんだ。言わせてもらっていいか?」 「…………」 「お前は人間ではなく、宇宙人に造られた生体アンドロイドだ。魔法みたいな力をいくらでも使ってくれた。ホームラン専用バットとか、カマドウマ空間への侵入とか……」 何なんだ。わたしは予想外すぎる状況に目と口を開いて彼の言葉を聞くしかなかった。もちろんホームラン専用バットやカマドウマ空間なんて単語に聞き覚えはない。 しかも宇宙人ときた。アンドロイド。あれだ。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。奇妙な偶然の一致。 どうやら日常と非日常の小さな違いは、修正のきかないところまで広まってしまったらしい。普段はありえないわたし以外の誰かが部室に入ってきたのだ。しかも彼はまるで狂言みたいなことを言っている。もはや日常とは言えないだろう。わたしは彼と目を合わせてしまわないよう気をつけながら、そんなどうでもいいことを思った。 「……それが俺の知っているお前だ。違ったか?」 「ごめんなさい」 声が震えていた。男子生徒と話すのは滅多にないことだけれど、もう意を決するしかないようだった。 「わたしは知らない。あなたが五組の生徒であるのは知っている。時折見かけたから。でもそれ以上のことをわたしは知らない。わたしはここでは、初めてあなたと会話する」 多量のセンテンスだった。相手にこちらの意図が伝わるように話すのは、わたしにとってあまりにも難しい。 そしてまた、そう断言することがわたしに何かを求めているらしい彼を落胆させてしまうのは、何だか彼が気の毒だった。 「……てことは、お前は宇宙人じゃないのか。涼宮ハルヒという名前に何でもいい、覚えはないか?」 「宇宙人」 わたしは彼の意図が解らなくなって面食らい、思わず彼の言葉を反芻し、次にどうつなげようか少し迷った。しかしわたしが伝えるべきことは事実でしかない。彼はわたしの妄想を聞きたがっているわけでも何でもない。だからわたしは事実を答えることにした。 「ない」と言った。 「待ってくれ」 彼は混乱した様子で頭をかきむしった。わたしのあまりにも短い一言が、彼には大きすぎるダメージを与えてしまったらしかった。 「そんなはずはないんだ」 彼はテーブルを迂回してわたしの側に歩み寄ってきた。 わたしはどうしていいか解らなくなって、震える指で本を閉じた。分厚いハードカバー。わたしは尋常でない様子の彼が近寄ってくるのを見て、反射的に椅子から立ち上がると一歩退いた。彼が何を考えているのか解らないし、わたしに何を求めているのかも解らない。わたしが宇宙人ならばよかったのだろうか。 彼はわたしの肩に手を置いた。わたしの小さな肩は彼の手ですっぽりと覆い隠されてしまう。がっしりした大きな手だ。強い力がこもっていた。 ふと目を上げると、彼と目が合ってしまった。彼は寂しそうで追いつめられた表情をしていた。それがたまらなく嫌でわたしは目を逸らした。頬は赤くなってしまったのかもしれない。冷たい部室の中で、制服越しに彼の体温が浸みた。 「思い出してくれ。昨日と今日で世界が変わっちまってる。ハルヒの代わりに朝倉がいるんだよ。この選手交代を誰が采配した? 情報統合思念体か? 朝倉が復活しているんだからお前も何か知ってるはずだ。朝倉はお前の同類なんだろう? 何の企みだ。お前なら解りやすくなくとも説明はできるはずだ――」 世界が変わる。そして情報統合思念体。わたしが生み出したはずのその言葉に愕然としながらも、わたしは口を開けなかった。 彼の剣幕にすっかり圧されて、背が壁に付いてしまっている。彼の手は、おそらく知らず知らずだろうけれど力が強くなっていって、ぎゅっと掴まれているわたしの肩はひどく痛い。わたしの白かった頬には間違いなく朱が差してしまっている。なるたけ何の感動もなく生きようとしてきたのに。 「やめて……」 わたしは絞り出すようにして何とかその意思を彼に伝えた。そのたった一言で彼は我に返ったようだった。彼は打ちひしがれた様子でわたしから二、三歩離れた。 その時、わたしは彼が根っから優しい人間なのだろうと確信を持った。おそらく彼とわたし――この場合のわたしは彼が知っている、あるいは知っていたらしい宇宙人のわたしだけれど――には強い絆があったのだ。彼はその『わたし』をとても大切にしていたに違いない。 「すまなかった」 彼は神に懺悔する聖職者のように両手を天に掲げた。 「狼藉を働くつもりはないんだ。確認したいことがあっただけで……」 茫然自失とした様子で後ずさりする。彼の精神はひどく傷つけられてしまったらしかった。彼は今までわたしが座っていたパイプ椅子を引き寄せ、軟体動物のようにぐにゃりと腰を下ろした。わたしはどうすることもできず、壁にくっついて、不幸な運命を背負わされてしまったらしい彼に視線を注いでいた。もちろん、目を合わせないように気をつけながら。 彼が黙って部室内を見回しているので、わたしには少し状況を整理する余裕ができた。 気になるのは彼の発した情報統合思念体という言葉だった。次いで世界が変わっているということ。 彼は焦っているようだった。それはそうだろう。昨日と今日で世界が変わっていたら相当びっくりする。彼は、どうやら本当にその状況下に立たされているらしかった。わたしの場合、日常の小さなことが少し変わっていただけだったけれど、彼の場合は違うのだ。彼の話の端々から、彼はどうやらこの学校に涼宮ハルヒという名前の女子生徒がいたと思いこんでいるらしかった。あるいは、いたのだ。彼が昨日まで住んでいた世界には。 そしてわたしは、その世界では宇宙人だった。情報統合思念体。ヒューマノイド・インターフェース。わたしが生み出したと思ったそれらも、彼の世界には存在していたのかもしれない。 だとしたら、わたしは何なんだろう。彼が別の世界から来たのだとすればわたしはそれで構わない。もし彼が昨日まで別の世界にいたとしても、わたしに不都合が生じることはない。 問題はわたし自身だ。なぜこの世界の住人であるはずのわたしが、別の世界の話を知っているのだろうか。情報統合思念体。彼は確かにそう言った。今日の朝からの奇妙さを考えれば、これが偶然だとは思えなかった。 わたしは、誰だ? 「ちくしょう」 部室全体に這うような目を走らせていた彼は、やがて頭を抱えた。しかし何分かそうしていた後、次に顔を上げたとき、彼は明るい顔をしていた。微笑さえも浮かべてわたしを見た。 違うのだ。明るい顔をしようとしていただけだ。わたしには解る。彼の目は曇った窓ガラスのように失望と絶望の闇を漂っていた。 わたしは彼のその顔を見て動けなかった。この暗い状況で、彼さえも何が何だか解らないような状況で、それでも彼はわたしに対する配慮を忘れないのだ。仮面だったとしても微かな笑いをもって応えてくれる。本来ならわたしが気遣ってやらないといけないのに。わたしの眼鏡は少しズレていたけれど直す気にはなれなかった。 「すまん」 彼はまた謝って立ち上がった。たたんだ状態で立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて部屋の中央へと移動すると、また腕に頭をうずめた。おそらく彼は、彼がわたしの椅子を奪ってしまっていたことに気づいたのだろう。 わたしは彼のその何気ない気遣いに何か好意のようなものを感じた。この人とだったら一緒にいてもいいかもしれないという、くだらない予感だ。そんなことを思っている場合ではないし、第一彼はわたしを見ていない。わたしの奥にいるかもしれない、彼の世界の『わたし』を見ているのだ。 でも、その世界の『わたし』とここにいる彼がうまくいっていたのだとしたら、それも解るような気がした。わたしが宇宙人であったとしても彼への好意は変わらないのかもしれない。 そう。仮に許されるなら、私はそうするだろう。あのおかしな物語にそんな一文があった。 「うん?」 彼が突然、頭を抑えていた手を動かした。 「違う」彼は続けて、 「パソコンだ」 と言った。彼が旧型の古いパソコンに目をやったのでわたしもつられてそちらを見る。このパソコンはわたしが文章を書くときにしか使っていない。それでも彼が望むものはこの中にあるのだろうか。 わたしが再度彼を見るとまた目があってしまった。わたしはすかさず視線を床に落とす。また頬が淡く紅潮してしまったかもしれない。わたしは困惑し、やり場のない目を泳がせた。 「長門」 そのうち彼が立ち上がった。わたしは注意深く彼の胸のあたりに焦点を合わせる。彼はパソコンの背面を指さしていた。 「それ、ちょっといじらせてもらってもいいか?」 彼は好意的な声でそう言った。 まいったと思った。誰かにわたしの書いている物語を見られたくない。それはわたしの切実な願いだ。もしこの場で彼にわたしの物語を見られてしまったら、わたしはその物語を読むたびに彼を思いだしてしまい、きっと続きなんか書けないだろう。しかし、この彼の希望を無下に断ることはわたしには絶対にできなかった。 「待ってて」 わたしは椅子をパソコンの前に持っていき、本体の電源スイッチを押してから座った。OSの立ち上がる時間がやたらに長く感じてわたしは焦らされた。こんなことなら最初から電源を切らなければよかった。 OSが立ち上がるとわたしはマウスを素早く操作し、書き終わったSFと今まで書いていた奇妙な物語を呼び出した。SFはファイルごとごみ箱に移動し、あの物語の方は保存しないで削除した。SFのほうはあとで取り出せばいいが、あの物語を破棄することには、驚いたことに何の躊躇いもなかった。この文章を消しても、また家で同じものがいくらでも書けそうな気がしたのだ。 「どうぞ」 彼に目を向けず、小さな声で言って、わたしは椅子から離れて壁際に立った。 「悪いな」 彼はさっそくモニタをのぞき込んだ。その様子をわたしが見ていると、彼はどうも何かのファイルを探し求めているらしかった。しかしやがて「ねえか……」と呟くように言うとがっくり肩を落とした。振り返った彼は落胆しきって逆にふっきれてしまったような表情をしていた。 昨日とは違う世界に飛ばされてしまったらしい彼の、わたしは何の力にもなれなかったらしい。そのことが少し残念だった。 「邪魔したな」 彼は言った。疲労しきった声だった。 彼の背中は扉へと吸い寄せられていく。このまま帰ってしまうつもりらしかった。 そして彼の手がドアノブに触れた瞬間、わたしは唐突な焦りを感じた。違う世界から来て、わたししかいないはずの文芸部室に飛び込んできた男子生徒。今のこの部屋の住民はわたしだけだけれど、この場所は元の世界にいた彼にとっては意味ある場所だったのだろう。そうでなければ何の目的もなしにここを訪れたりはしない。涼宮ハルヒといったか。さわやかな高音を鳴らして揺れる風鈴のような、小気味のいい発音の名前だ。もしかすると彼と、彼が探しているらしい彼女はあちらの世界ではこの部屋の住人だったのかもしれない。 だったら、とわたしは思った。 せめて、異なる世界だとしても、この部屋に来ることができる口実を彼に与えたかった。彼のあの優しい性格なら、きっとわたしが自分とはいたくないだろうと思って遠慮してしまうに違いない。そんなことはさせたくなかった。 そして何よりも、わたしの気持ちがそちらを向いていた。彼ともう少しいたい。わたしが今まで人間に対して感じたことのないおかしな感情だった。それは、彼にとっては迷惑以外の何者でもないかもしれない。けれどわたしの気持ちと彼の意思は違う。わたしは彼に好意を抱いていた。そうだ。仮に許されるなら、私はそうするだろう。 実際にはそんなことを考えている余裕なんてなかった。彼がドアノブを回して部室から出て行くまで三秒とないのだから。だからその時は、わたしはわたしが出した結論だけを信じることにした。こんな長くてややこしい心理は後でその時のことを振り返って出した答えでしかない。 わたしはその背中に声をかけた。 「待って」 聞こえるかどうか解らないほど小さな声でも彼は立ち止まってくれた。彼は小さな声を聞き取るのに慣れているのかもしれない。わたしは彼が振り返ったのを確認して、何も言わず本棚の隙間から藁半紙を引き出した。そして、目を合わせないように気をつけながら、彼の足もとに目を落として、それを差し出した。 「よかったら」 片手を差し出す。 「持っていって」 それは白紙の入部届けだった。 彼が出ていくと、部室にはうそ寒い冬の空気とわたしだけがひっそり取り残された。文章を書いていたときや彼がいたときには気づかなかったが、今になって急に寒さが身に染みだした。身震いしてカーディガンを羽織り直す。物音はなくなり、その分、窓の外を吹きすさむ風がいくぶん荒れたようだった。パソコンは電源がついたまま、彼が操作し終わったままの状態で静止している。扉はもう音を立てて開いたりはしない。 ひとりだけの部室が何だかもの寂しく感じられた。 わたしは手持ちぶさたになって、何度か部室と廊下を行き来した。コツコツという乾いた足音だけがわたしの耳に響く。暇なときわたしは本を読むようにしているけれど、今は机の上に放置されたハードカバーを手に取る気分ではなかった。 誰かと一緒にいたり、会話をしたりというのはわたしにとっては大きすぎる意味を持つ。それはもはや非日常の域に達していた。日常ならば、わたしは誰とも一緒におらず、誰とも会話しないのだ。だからわたしは稀に誰かと会話したりすると日常を失って困惑する。それこそ本も読めなくなるくらいに。そんなときにわたしは、ただぼんやりと窓の外を眺めていることぐらいしかできなかった。会話の内容を何度も何度も、壊れたテープのように反復しながら。 けれどわたしはそのことを悪いことだとは思っていない。今はまだできないけれど、それがわたしにとって生きているということと存在しているということの証明になるのだとしたら、それは歓迎されるべきことだった。 そんなことを考えながらわたしはまた部室の敷居を越える。 わたしが部室と廊下を行き来しているうちに、現実はだんだんと温度を下げていった。ひんやりと、無情に。やがてそれは氷のように冷たくなって、わたしは現実味と冷静さを得た。高揚していた気分がすうっと退いていくのを感じると、部室に入り、ドアを閉めた。 パソコンはまだ静かな音を立てていた。わたしはそこに、さっきまでいた彼がパソコンを操作している姿を重ね合わせた。焦ったような顔。そしてわたしに向けられた微笑み。 考えれば考えるほど、彼の姿は夢のもののように薄くなり、わたしから遠ざかっていく。はかない幻想。 そうか。わたしは幻想を見ていたのかもしれない、とそんなことまで思った。違う世界から来た男子生徒が、文芸部室に飛び込んできて、わけの解らない質問をして帰っていった。なるほど聞くからに嘘のような話だ。もしかするとわたしの希望と非日常の影が手を組んで、わたしにありもしない人物の幻影を見せていたのかもしれない。 しかし、そんなことはありえないはずだった。部室には彼が現実ものだったという証拠がある。この部屋のパイプ椅子は二個広げられているし、彼の操作したパソコンはそのままで、入部届けは一枚減っている。彼は確かにここにいたのだ。 しかし彼が存在する人物だからといって疑問が解決したわけではない。むしろややこしくなってしまった。 わたしは窓辺に歩み寄り、冬空を眺めながら、改めてその謎に取り組むことにした。彼のことは彼のことで彼がうまくやっている。わたしが考えなければならないのはわたしのことだった。 さっきからずっと引っかかっていること。情報統合思念体。それはわたしの頭の中の存在のはずだった。どこかの書物に載っていたということはないし、宇宙に彼方にそんなものがいるともまだ確認されていない。わたしの完全オリジナルだった。それなのに、彼はわたしとまったく同じ単語を口走ったのだ。情報統合思念体。聞き間違いでもなく、彼が言い間違いをしたわけでもないようだった。 考えれば考えるほど不思議で仕方ない。なぜ彼はわたしの頭の中の存在を知り得たのだろうか。あるいはその情報統合思念体が彼の世界に存在しているのだとしたら、なぜわたしは彼の世界のことを知っていたのだろう。 わたしは、わたしが情報統合思念体のことを知った瞬間を思い出してみることにした。自分の記憶をまさぐる感覚。この感覚がわたしは好きではない。過去を振り返ると無条件に頭が痛む気がするのだ。 その単語を思いついたのは今日の朝のことだった。今日の朝、わたしがちょうど読んでいたハードカバーの犯人が、情報統合思念体に造られたヒューマノイド・インターフェースに違いないと思ったのだ。直感だった。長い間忘れていた言葉がちょっとした拍子に思い浮かぶように、情報統合思念体とヒューマノイド・インターフェースもあのハードカバーを読んでいたらふと思い浮かんだのだ。日常に力を及ぼして非日常へと変えた犯人。それが情報統合思念体に造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだった。 しかし、そのハードカバーのことはたいして重要ではない気がした。わたしの頭にあまりにも強烈な直感が走ったので、つい、できあいの物事とからみつけてしまっただけだ。今、冷静に考えると、彼らはあのハードカバーの犯人ではないし、あのハードカバーの世界には存在すらしていないように思われた。情報統合思念体に造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。ただそれだけが重要だった。 そもそもその単語はどんな意味を持っているのだろう。情報統合思念体。ヒューマノイド・インターフェース。わたしはまず、その曖昧な意味を持つ語句に定義をつけようとした。いや違う。定義ならすでにそこにあった。わたしはそこにあった既成の定義をすぐさま探し出してしまったのだ。 銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体。それが情報統合思念体で、そしてそれに造られたヒューマノイド・インターフェース。人型端末。つまり人間の姿をした宇宙人だ。 宇宙人。 そういえば、とわたしは彼との会話を思い出した。彼はしきりに宇宙人のことを気にしているようだった。最初に入ってきたときは、わたしのことを宇宙人と勘違いしたし、事実彼が住んでいた世界で『わたし』は宇宙人だったらしい。 もしかするとその世界の『わたし』というのはヒューマノイド・インターフェースではないだろうか。わたしと『わたし』の姿は同じだったようだから、『わたし』が宇宙人で人型端末という条件にも合致する。なるほど、だとしたらたとえ世界が違っていても『わたし』であるところのわたしだったら、情報統合思念体やらヒューマノイド・インターフェースやらといった言葉を知っていても不思議ではない、かもしれない。 もちろんそれは何の根拠もない予測に過ぎない。間違っていると誰かに指摘されれば、わたしは素直に間違いを受け入れるだろう。なにしろそれはあまりにも大それた妄想だったのだ。『わたし』がヒューマノイド・インターフェースであるとしたら、わたしがそのことを知っているということはこの世界とあちらの世界の接点にもなり得るし、だとしたらわたしの存在までもが脅かされる予感がした。わたしこそが長門有希だというアイデンティティが崩壊しそうだった。 だからわたしとしては、こんなストーリーは妄想であって欲しかったし、情報統合思念体やヒューマノイド・インターフェースなんてものはわたしの頭の中だけの存在であって欲しかった。 しかし希望と現実は異なる。わたしの希望がそうだったとしても現実は今、氷のように冷たくなっているのだ。現実味と冷静さを取り戻した代わりに、わたしには凍てつく刃が突きつけられていた。 結局、この疑問にも明確な答えは出せなかった。しかし当然といえば当然だ。ここと違う世界、パラレルワールドのことなんか解るわけがない。解るとしたら、それこそわたしの存在がこちらの世界のものなのかあちらの世界のものなのか曖昧になってしまう。 明確な答えは出なかったし出る予定もなかったけれど、しかしわたしはこのことを考えずにはいられなかった。彼が口にした情報統合思念体という言葉。そして彼はこことは異なる世界から来ているらしいという事実。わたしはひとりで部室の戸締まりをしている間も、暗く寒々しいコンクリートの夜道を歩いているときも、家に帰ってレトルトの夕食を準備しているときも、お風呂に入っている間でさえ、そのことを考えていた。おかげでお風呂から出てきてもちっともリラックスできず、寝る前にはくたくたに疲れ果てていた。本を手に取る気も、パソコンを立ち上げる気もしなかった。 「長門有希」 布団に入って電灯を消してから、一度だけそう呟いてみた。涼宮ハルヒとは違い、はかない響きを持つ名前だ。長門有希。何の意味もないモノローグ。宇宙空間にまで拡散するはずだったわたしの声は、すぐ目の前に壁に衝突して吸い込まれてしまった。 この叫びは誰も知らない。わたしはここに存在しているのに。いや、もしかすると彼ならば解ってくれるかもしれない。けれど彼はこの世界の住人ではなかった。 そのことがますますわたしを意気消沈させ、わたしの存在に靄をかけた。
https://w.atwiki.jp/tfei/pages/54.html
わたしは一応の礼儀としてチャイムを押しておいた。朝倉さんは大声で、入って、とわたしに言う。手が離せないのかもしれない。 「……お邪魔します」 「いらっしゃい。ちょっと用意が遅れちゃって、まあそんなに時間はずれ込まないだろうけど、適当に時間つぶしてて。あ、民放じゃなくて、NHKつけてよ。総合じゃなくて教育のほう」 「……ドラマ?」 「このドラマ、長門さんが気に入るんじゃないかと思って。BBCのやつよ……ああ、びわ湖放送じゃなくてイギリスの」 BBC、正式名称を英国放送協会という。ドキュメンタリーなら学校の授業で見たけれど、BBCのドラマを見たことは今までなかった。生物の先生が、世界最高の放送局はイギリスのBBCだ、と言っていたのを、“思わず思い出した”。 ドラマが始まる。三十路過ぎくらいの白人男性と、あまりかわいらしいとは思わない女性が主人公だ(どう見てもキャスティングミスだろうか、それとも意図的に選んだ?)。男性のほうはひょうきん者でおしゃべりで、見かけはユニークだけれど、行動の根底はチャラチャラしていなくて、少しカッコいいかもしれない。 わたしはリビングの机、と言うよりこたつの中に足を入れた。自分の部屋にもこたつを置こうか、と自身に提案する。いや、きっと自堕落になってしまうだろう。風呂にも入らずに一晩中寝たりしかねない。 青い電話ボックスを模したタイムマシンと、それを駆って古今東西を旅する不老不死の宇宙人(と、それに随行する人間の少女)。わたしたちと見た目は同じでも、本質的に違うもの。不思議だった。人間はこんなに面白いドラマが考えつくものなのだ。わたしも少しは見習わなくてはならない。 「ひょっとして長門さん好みじゃなかったかしら?お口に合うかどうか心配で」 少し困ったような顔をする朝倉さん。わたしの思うところはいろいろとあるけれど、とっさに口にできたのは、「……ユニーク」の一言だけ。情けない。もう少し他に言いようがあろうに。 「面白かった?」 「うん」 「良かった。先週たまたま見つけたんだけど、これはきっと長門さんが気に入ってくれると思って」 「……ありがとう」 「どういたしまして。でも日本のゴールデンのドラマより、よっぽどユーモアに富んでるし設定も作り込んであるわよね……もうこれ一本にしちゃおうかしら」 「朝倉さんまで、わたしに合わせなくても」これはわたし個人の趣味なのだ。そこまで朝倉さんに合わせてもらうわけにもいかない。 「まあ、考えとくわ。あ、これからも見に来てくれていいけど、普段は火曜日だからね。今週は国会中継かなんかで1日繰り上げになってたけど」 「火曜日、7時」 「そう。忘れないようにね。ご飯できたわよ」 「うん……これは、カレー?」 「はずれ。ハヤシライスよ」 「……うかつ」 「そこまで言うなら最初から間違えなきゃいいのに」 そう言いながら、朝倉さんは手際よくハヤシライスとサラダを並べていく。「手伝う」 「いいのよ。長門さんは座ってて。お客様に手伝わせるわけにはいかないわ」 「……ごめん」 「ほら、食べましょ。食べないならわたしがもらうけど」 「食べる」朝倉さんに2人分食べさせるなんて。 「じゃ、いただきます」 「いただきます」 朝倉さん、いつもいつもありがとう。そんな思いを、久しぶりの2人での“いただきます”に込めた。この程度では、お礼もお返しにはならないだろう。こうやって少しずつ感謝の気持ちを示すほかに、わたしができることはあるのだろうか。本当は何かしら、いや、何だってやらなければならないのだけれど。 「ほら長門さん、暗い顔しない。せっかく一緒に晩ご飯食べられるんだから、楽しくやりましょ」朝倉さんはやや高揚した声色で言った。 「うん、そうする」わたしはそのほかに、何一つ返せる言葉を持ち合わせていなかった。 「朝倉さん」 「何かしら?」朝倉さんはスプーンを止め、視線を皿からわたしに向け直した。 「なんで、そんなに」 明るくしていられるの、と聞こうと思ったのだが、遠回しに朝倉さんが能天気だと言っているように取られないか心配になって、口を止めた。「そんなに、何?」 「……ううん、何でもない」 「そう。何でも遠慮なく聞いてよ?あ、長門さん、」 「なに?」 「こないだ初めて知ったんだけど、あなた、キョン君と知り合いだったの?」 「……キョン君?」 「ほら、今わたしの前の席にいる人よ。ちょっと目が細くて、モミアゲの長い」 そこまで聞いてピンときた。『彼』だ。今年の春に図書館で会った彼。5組にいるのは何度か見かけたことがあったけれど、なぜ朝倉さんがそれを知っているのだろう? 「昨日、彼に言われたのよ。お前がよくかまいに行ってる生徒、ひょっとして長門って娘じゃないか、って」 「彼は、わたしのことを知っている?」 「どうかな、分からないわね。直接長門さんに会えば思い出すんじゃない?」 「会えば……?」 「そう、会えばきっと彼も思い出してくれるわよ!鈍い人だからあんまりあてにはできないけど……悪い人じゃないと思うわ」 「うん。わたしも、そう思う」 それだけしか言っていないはずなのに、心なしか体温が上がったように感じた。朝倉さん特製の、この熱々のハヤシライスのせいだ。そう考えることにした。 「どうしたの?顔が赤いわよ?」 「別に、わたしは」 「なに?今になって思い出して赤くなってるの?」 「そんなこと、」 「ま、長門さんとキョン君の間に何があったかは知らないけど、仲良くなりたいんだったらわたしに声かけて。またキョン君に言っておくから」 「……わかった」 朝倉さんはどこまでわたしの考えを見抜いているのだろう。わたしと彼がどういう関係だと思っているのだろう。わたしはたいてい朝倉さんと一緒にいるから、まさか恋人同士だなんて思ってはないだろうけれど(そして悲しいかな、実際にも恋人同士ではないのだ)。 「ごめん、ドレッシングしかないわ」 「え?」 「わたしマヨネーズ嫌いだから普段買ってないのよ」 「……うん。わたしも、好きじゃない」 「なら助かったわ。はい」 そう言って朝倉さんは食卓の真ん中に和風ドレッシングのボトルを置いた。いつもわたしの買っているものとはメーカーが違うけれど、さしたる違いもないだろう。 「中華風のほうがいい?」 「こっち」 「そう。あ、使い終わったら次貸してね」 「うん」そう答えて、わたしはドレッシングのボトルを両手で振った。片手で振ると、ボトルについた水滴で手を滑らせてしまうかもしれなかったから。 朝倉さんの薦めてくれた映画は今ひとつだった。あまりにベタだったのもあるし、わたし自身の好みにも合致しなかった。悪い映画だとは言わないが、感動できたかと言えばそれは違う。わたしでも書けるだろう、とはあまり言いたくはないけれど。また原作を探して読んでみよう。全然違った話かもしれないし、また新たな味わいがあるかもしれない。 「こんなにうまいこといくもんかしらねぇ……フィクションだからある程度は目をつぶれるけど、これはちょっとね」 「……」 「2年くらい前だったかな、同じようなストーリーのドラマがあったのよ。火曜日か木曜日か忘れたけどね。あれは逆に間延びしてて面倒だったわ。11時間もあったらどうしても内容は薄まるのよ」 はぁ、とわたしは頷いた。朝倉さんは続ける。 「やっぱりこういうのは形から入らなきゃダメね。まぁ長門さん、見ててちょうだい。あなたはこの映画よりももっともっとかわいくしてあげる。わたしたちに全部任せて。『長門さんオシャレ化計画』はわたしが絶対に成功させるわ!」 朝倉さんは高らかに宣言した。わたしは不思議と嬉しかった。ひょっとしたらわたしは変われるのかもしれない。そんな気がした。 「長門さんは先にお風呂入ってきて。お皿洗っておくから」 「うん」 「お湯は熱めだけど大丈夫?水足してもいいわよ」 「うん。ありがとう」 わたしは服を脱いで、洗面所の隅にまとめた。風呂上がりに持って出るのを忘れないようにしなければならないだろう。明日の朝に着ていく制服がなかったらとんでもないことだ。困る。 仕方がないので、制服は洗面所の真ん中に動かした。これならきっと忘れることはないはずだ……たぶん。 鏡で自分の肢体を目にするたびに、朝倉さんがうらやましくなる。わたしの背丈はいつまで経っても伸びないし、体つきはまったく女性らしくない。胸が大きくなるわけでもなし、腰回りに色気があるわけでもない。(単純に太ればいい、というだけでもないのだが) 顔立ちひとつ取ってもそうだ。彼女のようにきりりとした顔立ちは、この血色の悪い顔にはまったく見えない。代わりにあるのは、おおよそ通っているとは思えない鼻筋と、意志の弱い目、言葉を紡げぬ出来損ないの口。まったくもって、どうしようもない顔だ。どうしてこうもわたしと朝倉さんは違っているのだろう。 わたしはそんな憂鬱をどうしても払いのけたくて、風呂に頭まで浸かろうとした。しかし熱さに弱いわたしが潜るには浴槽のお湯はあまりに熱すぎて、わたしはすぐさまギブアップせざるを得なかった。 朝倉さんに少しでも近づくために、わたしも髪を伸ばしてみようか。いや、ただでさえ手間をかけていない髪だ。伸ばしたりしたら今以上に悲惨なことになる。するとまた朝倉さんに迷惑がかかる。そんなことになってば言語道断だ。わたしはロングヘアーを却下した。 2時間後、わたしは自室に戻り、歯だけ磨いて床に就いた。いや、むしろ布団に潜り込んだ、と言ったほうがいい。寒くて耐えられない。この痩せ細った身体は寒さにも弱いのだ。 Next Back to Novel
https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/35.html
わたしは一応の礼儀としてチャイムを押しておいた。朝倉さんは大声で、入って、とわたしに言う。手が離せないのかもしれない。 「……お邪魔します」 「いらっしゃい。ちょっと用意が遅れちゃって、まあそんなに時間はずれ込まないだろうけど、適当に時間つぶしてて。あ、民放じゃなくて、NHKつけてよ。総合じゃなくて教育のほう」 「……ドラマ?」 「このドラマ、長門さんが気に入るんじゃないかと思って。BBCのやつよ……ああ、びわ湖放送じゃなくてイギリスの」 BBC、正式名称を英国放送協会という。ドキュメンタリーなら学校の授業で見たけれど、BBCのドラマを見たことは今までなかった。生物の先生が、世界最高の放送局はイギリスのBBCだ、と言っていたのを、“思わず思い出した”。 ドラマが始まる。三十路過ぎくらいの白人男性と、あまりかわいらしいとは思わない女性が主人公だ(どう見てもキャスティングミスだろうか、それとも意図的に選んだ?)。男性のほうはひょうきん者でおしゃべりで、見かけはユニークだけれど、行動の根底はチャラチャラしていなくて、少しカッコいいかもしれない。 わたしはリビングの机、と言うよりこたつの中に足を入れた。自分の部屋にもこたつを置こうか、と自身に提案する。いや、きっと自堕落になってしまうだろう。風呂にも入らずに一晩中寝たりしかねない。 青い電話ボックスを模したタイムマシンと、それを駆って古今東西を旅する不老不死の宇宙人(と、それに随行する人間の少女)。わたしたちと見た目は同じでも、本質的に違うもの。不思議だった。人間はこんなに面白いドラマが考えつくものなのだ。わたしも少しは見習わなくてはならない。 「ひょっとして長門さん好みじゃなかったかしら?お口に合うかどうか心配で」 少し困ったような顔をする朝倉さん。わたしの思うところはいろいろとあるけれど、とっさに口にできたのは、「……ユニーク」の一言だけ。情けない。もう少し他に言いようがあろうに。 「面白かった?」 「うん」 「良かった。先週たまたま見つけたんだけど、これはきっと長門さんが気に入ってくれると思って」 「……ありがとう」 「どういたしまして。でも日本のゴールデンのドラマより、よっぽどユーモアに富んでるし設定も作り込んであるわよね……もうこれ一本にしちゃおうかしら」 「朝倉さんまで、わたしに合わせなくても」これはわたし個人の趣味なのだ。そこまで朝倉さんに合わせてもらうわけにもいかない。 「まあ、考えとくわ。あ、これからも見に来てくれていいけど、普段は火曜日だからね。今週は国会中継かなんかで1日繰り上げになってたけど」 「火曜日、7時」 「そう。忘れないようにね。ご飯できたわよ」 「うん……これは、カレー?」 「はずれ。ハヤシライスよ」 「……うかつ」 「そこまで言うなら最初から間違えなきゃいいのに」 そう言いながら、朝倉さんは手際よくハヤシライスとサラダを並べていく。「手伝う」 「いいのよ。長門さんは座ってて。お客様に手伝わせるわけにはいかないわ」 「……ごめん」 「ほら、食べましょ。食べないならわたしがもらうけど」 「食べる」朝倉さんに2人分食べさせるなんて。 「じゃ、いただきます」 「いただきます」 朝倉さん、いつもいつもありがとう。そんな思いを、久しぶりの2人での“いただきます”に込めた。この程度では、お礼もお返しにはならないだろう。こうやって少しずつ感謝の気持ちを示すほかに、わたしができることはあるのだろうか。本当は何かしら、いや、何だってやらなければならないのだけれど。 「ほら長門さん、暗い顔しない。せっかく一緒に晩ご飯食べられるんだから、楽しくやりましょ」朝倉さんはやや高揚した声色で言った。 「うん、そうする」わたしはそのほかに、何一つ返せる言葉を持ち合わせていなかった。 「朝倉さん」 「何かしら?」朝倉さんはスプーンを止め、視線を皿からわたしに向け直した。 「なんで、そんなに」 明るくしていられるの、と聞こうと思ったのだが、遠回しに朝倉さんが能天気だと言っているように取られないか心配になって、口を止めた。「そんなに、何?」 「……ううん、何でもない」 「そう。何でも遠慮なく聞いてよ?あ、長門さん、」 「なに?」 「こないだ初めて知ったんだけど、あなた、キョン君と知り合いだったの?」 「……キョン君?」 「ほら、今わたしの前の席にいる人よ。ちょっと目が細くて、モミアゲの長い」 そこまで聞いてピンときた。『彼』だ。今年の春に図書館で会った彼。5組にいるのは何度か見かけたことがあったけれど、なぜ朝倉さんがそれを知っているのだろう? 「昨日、彼に言われたのよ。お前がよくかまいに行ってる生徒、ひょっとして長門って娘じゃないか、って」 「彼は、わたしのことを知っている?」 「どうかな、分からないわね。直接長門さんに会えば思い出すんじゃない?」 「会えば……?」 「そう、会えばきっと彼も思い出してくれるわよ!鈍い人だからあんまりあてにはできないけど……悪い人じゃないと思うわ」 「うん。わたしも、そう思う」 それだけしか言っていないはずなのに、心なしか体温が上がったように感じた。朝倉さん特製の、この熱々のハヤシライスのせいだ。そう考えることにした。 「どうしたの?顔が赤いわよ?」 「別に、わたしは」 「なに?今になって思い出して赤くなってるの?」 「そんなこと、」 「ま、長門さんとキョン君の間に何があったかは知らないけど、仲良くなりたいんだったらわたしに声かけて。またキョン君に言っておくから」 「……わかった」 朝倉さんはどこまでわたしの考えを見抜いているのだろう。わたしと彼がどういう関係だと思っているのだろう。わたしはたいてい朝倉さんと一緒にいるから、まさか恋人同士だなんて思ってはないだろうけれど(そして悲しいかな、実際にも恋人同士ではないのだ)。 「ごめん、ドレッシングしかないわ」 「え?」 「わたしマヨネーズ嫌いだから普段買ってないのよ」 「……うん。わたしも、好きじゃない」 「なら助かったわ。はい」 そう言って朝倉さんは食卓の真ん中に和風ドレッシングのボトルを置いた。いつもわたしの買っているものとはメーカーが違うけれど、さしたる違いもないだろう。 「中華風のほうがいい?」 「こっち」 「そう。あ、使い終わったら次貸してね」 「うん」そう答えて、わたしはドレッシングのボトルを両手で振った。片手で振ると、ボトルについた水滴で手を滑らせてしまうかもしれなかったから。 朝倉さんの薦めてくれた映画は今ひとつだった。あまりにベタだったのもあるし、わたし自身の好みにも合致しなかった。悪い映画だとは言わないが、感動できたかと言えばそれは違う。わたしでも書けるだろう、とはあまり言いたくはないけれど。また原作を探して読んでみよう。全然違った話かもしれないし、また新たな味わいがあるかもしれない。 「こんなにうまいこといくもんかしらねぇ……フィクションだからある程度は目をつぶれるけど、これはちょっとね」 「……」 「2年くらい前だったかな、同じようなストーリーのドラマがあったのよ。火曜日か木曜日か忘れたけどね。あれは逆に間延びしてて面倒だったわ。11時間もあったらどうしても内容は薄まるのよ」 はぁ、とわたしは頷いた。朝倉さんは続ける。 「やっぱりこういうのは形から入らなきゃダメね。まぁ長門さん、見ててちょうだい。あなたはこの映画よりももっともっとかわいくしてあげる。わたしたちに全部任せて。『長門さんオシャレ化計画』はわたしが絶対に成功させるわ!」 朝倉さんは高らかに宣言した。わたしは不思議と嬉しかった。ひょっとしたらわたしは変われるのかもしれない。そんな気がした。 「長門さんは先にお風呂入ってきて。お皿洗っておくから」 「うん」 「お湯は熱めだけど大丈夫?水足してもいいわよ」 「うん。ありがとう」 わたしは服を脱いで、洗面所の隅にまとめた。風呂上がりに持って出るのを忘れないようにしなければならないだろう。明日の朝に着ていく制服がなかったらとんでもないことだ。困る。 仕方がないので、制服は洗面所の真ん中に動かした。これならきっと忘れることはないはずだ……たぶん。 鏡で自分の肢体を目にするたびに、朝倉さんがうらやましくなる。わたしの背丈はいつまで経っても伸びないし、体つきはまったく女性らしくない。胸が大きくなるわけでもなし、腰回りに色気があるわけでもない。(単純に太ればいい、というだけでもないのだが) 顔立ちひとつ取ってもそうだ。彼女のようにきりりとした顔立ちは、この血色の悪い顔にはまったく見えない。代わりにあるのは、おおよそ通っているとは思えない鼻筋と、意志の弱い目、言葉を紡げぬ出来損ないの口。まったくもって、どうしようもない顔だ。どうしてこうもわたしと朝倉さんは違っているのだろう。 わたしはそんな憂鬱をどうしても払いのけたくて、風呂に頭まで浸かろうとした。しかし熱さに弱いわたしが潜るには浴槽のお湯はあまりに熱すぎて、わたしはすぐさまギブアップせざるを得なかった。 朝倉さんに少しでも近づくために、わたしも髪を伸ばしてみようか。いや、ただでさえ手間をかけていない髪だ。伸ばしたりしたら今以上に悲惨なことになる。するとまた朝倉さんに迷惑がかかる。そんなことになってば言語道断だ。わたしはロングヘアーを却下した。 2時間後、わたしは自室に戻り、歯だけ磨いて床に就いた。いや、むしろ布団に潜り込んだ、と言ったほうがいい。寒くて耐えられない。この痩せ細った身体は寒さにも弱いのだ。 Next Back to Novel of T
https://w.atwiki.jp/nagato3/pages/16.html
代わりに俺が重たい本を持ってやってカウンターまで行き、役員にまとめて受け渡す。 横で長門がゴソゴソとポケットからサイフを取り出した。そして、その中からは青色の図書館の貸し出しカードが出てきた。 「覚えてる?」 「なにを?」 「これ…」 そう言って長門は指で挟んでいたそのカードを、ほんのわずかにヒラヒラと左右に振ってみせる。 それで俺は彼女が何を言いたいのかということにようやく思い当った。 そうか。そういえばカードは。 本当は本を読んだまま動こうとしない長門をどうにかするために俺が作ってやったものだけど、 おまえの中では違うんだったな。 今の俺にはその記憶はまったくないんだけれど。 「…悪い、覚えてないんだ」 「…そう」 「すまん」 「いいの」 嘘をついて覚えていると言ってやるのは簡単なことだったけれど、なぜかそれはやっちゃいけないことのような気がした。 それにきっと長門なら、俺の嘘なんかあっさりと簡単に見破るだろう。 そしたらもっと傷つけてしまうことになってしまうかもしれない。それはダメだ。 こいつにはできるだけ本音で接していたい。 ウイイイイン… 本を鞄にしまってから外へと出た。外はもう暗くなりかけていて、さっきまでの暑さも多少和らいでいる。風も心地よい。 上を見上げると、かすかにだけど星が見えていた。 「これからどうする?」 「戻る」 「え、戻るってまさか学校にか?」 「コクリ」 「おいおい嘘だろ? またあの学校までの坂を上るのってのか? そりゃ勘弁だ。今日のところはもう終わりにしておこうぜ」 「でも…」 「でも?」 「鍵」 「ああ。うーん、大丈夫だよきっと。特に取られるような物も置いてないしさ。本だって学校のやつだろ?」 「……」 その時突然、何の前触れもなしに正面を向いて歩いていた長門が立ち止まり、その足を動かすことを止めた。 そして石になったかのように固まったまま動かなくなってしまった。 「? どうした?」 「…あの人…」 「え、あの人? どこ? 誰?」 「……」 「…付き合ってた…人…」 …… 「…は!?」 「あれ…」 「あ、あれって…」 ガーーン 「長門…お、おまえ…」 付き合ってたヤツ…いるのか… 「……」 へこんだ。それも強烈に。 打ちのめされた。 昂ぶっていた気持ちが急速にしぼんでいくのがわかった。 奈落の底へと蹴り落とされてゴロゴロと転げ落ちていくた亡者のような気分だ。 こいつが男と付き合うなんてことは絶対ないと思っていた… そしてなんとなくだけど…それは勝手な妄想だったけれど、 長門は、俺のことを待っていてくれたんじゃないかというような気がしていた。 どうやら本当にただの思い上がりだったらしい。 「…どれ?」 「あそこ…」 …まあ、しかたないか。 これだけ可愛いくて性格のいい子なんだ。他の野郎どもだってそりゃあ放っておくはずもないだろう。当たり前だ。 そうして言い寄ってきた大勢の中の誰かが、長門の心を的確に射止めたのだとしても、それはおかしくも不思議なことでもなんでもない。 …うん。 よかった。そうだよ。よかったじゃないか。いいことじゃん。 一人ぼっちでずっと部室の中に籠っているのなんかよりは、そりゃ健康的でずっといいことだ。 たとえそれが俺の知らないやつなんだとしても、関係ないさ。 よかったな。おまえだって普通に人と付き合うことができるんだな。 …そう簡単に納得することはとてもできそうになかった。 くそ、どこのどいつだ長門をたぶらかしやがったのは。 一目その顔を見てやろうと思い、俺は長門が指差す方を獲物を探す獣のごとく形相で見回した。 「…んん?」 だが、見据えた視線の先、それらしい男の姿はどこにもない。 見えるのは長い黒髪を風になびかせて歩く女の後姿だけだ。 「…あそこ? 俺にはどう見ても女しかいないように…」 …はっ 「な、長門っおまえまさか…」 「あなたが」 「…あなたが…付き合ってた…」 「…え?」 お… 俺? その時ようやく、昨日の部室での長門との会話がふと、頭の中で蘇った。 「…付き合っている人も、いるみたいだった…」 思い出した。 俺が付き合っていた8組の女。あれがそいつのことか。 そうか。長門が誰かと付き合ってたというわけじゃなかったんだな。 横にいる長門にバレないように、俺は大きく安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。 俺達とは大きな道路を挟んだ向こう側の道をゆっくりとした足取りで歩く女。 まったく。この俺なんかと付き合おうってのはいったいどんな趣味の女なんだ。 「…く…」 …だけど… ちょっと顔見てみたい。 前まで付き合ってた女がいったいどんな顔をしているのか。 それくらい確かめてみたくなるのが人情ってもんだろう? やたらと背が高くて細いということだけはここから見ただけでもわかるのだが。 …こっち向け。振り向けっ。 そう何度も心の中で強く念じたが、その思いはどうやらむこうまでは届かなかったようだ。 一度もこっちに顔を見せることなく、その元俺の彼女とかいうやつは曲がり角も向こうへ消えて見えなくなってしまった。 …あーあ。 「…やっぱり…」 「?」 「今日は帰る」 「え? あ…そ、そうか。うん」 長門は無言でUターンして、今来た道を再び歩きだした。 「あ、ちょ、ちょっと長門」 しかたないので俺も慌ててそれを追いかける。 心なしか、前を歩く長門のスピードがさっきまでよりも少し足早な感じがした。 「……」 …無言。 な、なんか沈黙が重い… 重いというより、空気が肌に刺さってくると言ったほうがいいだろうか。 さっきまでは全然何も感じなかったのに。 物言わぬ長門が発している空気が、明らかにさっきまでの穏やかなものとは違っていた。 …お、怒ってんのかな、もしかして… 「じゃあ」 分かれ道に着くと、長門は俺が進もうとしている道とは別の、横道の方に向かって歩き出した。 おかしい。そっちはたしか長門のマンションがある方向じゃないぞ。まだ曲がるのところはけっこう先のはずだ。 なのにそっちに行くということは、やっぱり… 俺といっしょにはいたくないってことだろうな。 「…ああ。また明日な」 俺も、今日はもうこれ以上いっしょにいない方がいいような気がした。 暗くなった夜道を長門一人で歩かせるのは多少心配だっけど、もうあいつの家までいくらもないから、まあ問題はないだろう。 「じゃあなっ」 ポツリと点いた薄明かりの外灯の下の長門に向かって、もう一度声をかけてから大きく手を振った。 長門もその声に反応してこっちを振り向き、俺に小さく手を振り返した。 手を振ったと言うよりは、胸の辺りまで上げただけという感じだったが。 白色の明かりに照らし出された長門の顔は、どこかもの寂しそうだった。 「ふう…」 …明日には機嫌直しててくれればいいけど。 「おいっ!!」 翌朝、教室へ着いたばかりの俺のむなぐらを、谷口がいきなり凄い力で掴みあげた。 「な、なんだよ」 「おまえ昨日の放課後、6組の長門といっしょに歩いてたらしいな!!」 「あ…」 なんて噂が広まるのが早い学校だ。 こいつの情報網の広さが異常なだけかもしれないが。 「う、うん。まあな」 「がーーっ!! なんだおまえ!! もしかして付き合ってんのか!?」 「ちげーよ。俺、文芸部に入ったからさ。それでいっしょなんだよ」 「あ!?」 「おまえ文芸部って……たしかその長門一人しかいない部活じゃねえか」 「うん」 「なんだそりゃ! おまえそれ下心見え見えじゃねーかよ!」 「なっ…そんなつもりじゃねーよ!」 「じゃ、なんでいきなり文芸部なんかに入るんだよ」 「…本が読んでみたかったんだよ」 谷口の言葉に、俺は必死になって反論を展開した。 …あながち間違いというわけでもないから、どうにも言い訳臭くなってしまう。 「ふーん…ま、べつにいいけどよ。しかし、変な趣味してんなおまえ」 「え、なんで?」 「だってよ、メチャクチャ地味じゃねーかあいつ。顔が整ってんのは認めるけどよ。 なんか暗そうだし、いっしょにいてもつまんねーだろ? 俺には無理だなぁ」 「な、なんだとこらてめえ!!」 ガタンッ! 「わっ、な、なんだよ!」 「おまえなぁ、今のもういっぺん言ってみろ。ぶん殴るぞ!」 「わーっ、わかったわかった。悪かったっ」 「ふん」 谷口の肩を掴んでいた手を離して、俺は席に座りなおした。 「…ふふん。キョンよ。どうやらおまえ本気みたいだな」 「……」 「ケケケ、いいことじゃねえか。だけど意外だぜ、おまえにロリ属性があるなんてさ」 「あ?」 「だっておまえ、前によく言ってただろ。俺は年上か大人っぽい女しか無理だって。 あんな小さい子供みたいな女におまえが惚れるとはなー」 どうやらこっちの俺と今の俺では、人格まで微妙にずれてしまっているらしい。 年上の女がいいなんて……思ったことは何度もあるけど、別にそれだけと特定したことなど一度もない。 「ほら、おまえが前まで付き合ってた女、いるだろ。あれがおまえの理想系なんじゃなかったのか」 「!!」 そうか。 何でこんなことに気づかなかったんだ。 こいつに聞けばいいんじゃないか。 「た、谷口っ」 「ん?」 「あ、あのさ。なんかすごい変なこと言うんだけど…」 「…? なんだいきなり。告白か? 俺に」 「いや」 「悪いんだが、俺が付き合ってたっていう女のところまで…ちょっと連れて行ってくれないか」 「はあ?」 「ほら、あそこにいるだろ」 谷口が入り口の前から、教室の後方辺りを指差して言う。 だけど俺にはそれがどこを指しているのかさっぱり見当もつかない。 「え、どこ? どこだよ」 「そこだよそこっ! 窓際の後ろから三番目!! いるだろっ!!」 「……」 「ったく…最近のおまえはどうもおかしいな。自分の彼女の顔忘れるなんてよ。鳥か? おまえは」 窓際の、後ろから三番目… そして、あの長い黒髪… 見えた。 「…嘘だろ」 スラッと伸びた、白く長い足。 あの朝比奈さんに勝るとも劣らないような豊満な胸。 そして、どこか高校生離れしたような雰囲気をかもし出す、端整な顔立ち。 「絶対嘘だ」 あんなモデルみたいなのと俺が付き合っていただって? 冗談言うな。釣り合いが取れなさすぎる。 「嘘言ってどうすんだよ。おまえ当事者なんだから自分でわかるだろ」 「だっ、だっておまえ、あんな美人と俺じゃあまりにも…」 「なんだそりゃ? 新手の自慢か? くっそー腹立つなーテメーっ」 「……」 「まあ、たしかに美人だよなぁ」 「で、声かけていかなくていいのか」 「え?」 「べつにケンカして別れたってわけじゃないんだから、一言くらい挨拶してやっていったらどうだ?」 「そうなのか?」 「だから俺に聞くなって!」 「……」 「…いや、いい。かけなくて」 名前も知らないしな。 「ふーん…そうか。まあいいけどよ。俺はてっきりおまえ、ヨリを戻しにきたのかと思っちゃったぜ。まったくこの外道め」 「おまえに言われたくねー」 …しかし。 本当に信じられん。 まさかこの俺があんな可愛い子とね… なんだ。やるじゃん、俺。 ガヤガヤガヤガヤ 「…ふう」 放課後、帰宅する生徒や部活へ足を急がせる生徒達でごった返しになっている廊下を、 俺は掻き分けるようにしてゆっくりと進んでいった。 あの時、去年の12月20日、エンターキーを押さなかった世界。 つまり、何の奇妙な出来事も起こらない、平穏な世界。 …古泉やハルヒ達とは、何の繋がりも関係もない世界。 そっちを選んでさえいれば、俺にもあんなに可愛い彼女ができたってことだよなぁ。 そんなことをボンヤリと頭の中で考えていると、いつのまにか文芸部の部室の前に立っていた。 「…何考えてんだよ」 失敗したとでも言う気なのか? おまえは。それとも羨ましいとでも? 「まさか」 そんなこと言えるはずがない。何が可愛い彼女だ。 そんなものよりもずっとずっと大切なものを、おまえは手に入れたんじゃないか。 「そうさ」 SOS団は俺の宝だ。 古泉に、朝比奈さんに、ハルヒに、そして長門。 俺にとってみんなは、何よりもかけがえの無い、一番大切な仲間なんだ。 そうじゃないんだ。 「……」 俺が…この世界を放棄した時の、一番の心残り。 いや。本当のところ、今でもまだ少し、迷ってる。 長門。 俺、おまえと別れたくない。 ずっといっしょににいたい。 いてやりたい。 可愛い彼女なんてどうでもいい。そんなことどうでもいいんだ。 「俺が好きなのは、長門なんだ」 「…え?」 い… 今… 「俺、何て言った?」 好きって…言ったのか? 長門のことを? 俺が。 「……」 …そうか。 そうだったんだな。 無意識に口から出てくれたおかげで、ようやくはっきりと気が付くことができたよ。 あいつのことを思って、時々胸に走る痛みや。 いっしょにいると、なんだか幸せで落ち着いた気分になれることや。 もっとあいつの喜んでいるところや、笑った顔を見てみたいなんて… 好きという感情以外の何ものでもない。 これを好きと言わずにいったい何を好きと言うんだ。 長門…俺。 おまえのことが好きだ。 トントン 「…はい」 ノックをすると、中からか細い声が聞こえてきた。 昨日よりもなんだか力の無い返事だった。 「俺だ。入っていいか?」 「…どうぞ」 一瞬だけ間があってから、もう一度返事が返ってきた。 「ん、それじゃ」 ガチャリ 扉を開けると、長門は昨日と同じ体勢でやはり本を読んでいた。 「よっ」 俺が軽いノリでそう声をかけると、長門はふっと顔を上げて一瞬だけこっちを見た。 そして一瞥だけしてまた持っている本に視線を落とした。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1200.html
……… 眠れない…。 これで何度目になるだろう、静寂のなか薄暗い部屋で、彼が眠っていた布団に包まれ、目を閉じる……。 しかし、瞼の裏には記憶が映しだされ、彼の顔が画面いっぱいに広がる。 なぜだろう?気が付くと、彼のことばっかり考えている。 これはエラーなのだろうか? なぜこんなにも私の睡眠機能を妨害されるのだろう。 そんなことを考えていると、いつのまにか眠ってしまったようだ。 「ふふふ。長門さん、好きなんでしょ、彼のこと」 好き…?たぶん違うと思う……。 「そう、まあそのうち分かるわよ。自分の気持ちに…」 朝。太陽の光がカーテンの無い窓からさしこんできて目を覚ます。 今日は、不思議探索の日ということで軽く朝食をとり、家を出る。 着替える必要はない、いつもの制服で十分だ。 でも、私服で行ったら彼が喜ぶかな……。 いけない、またエラーだ。 集合時間15分前、いつもの駅前に到着する。 彼はまだのようだ。 「おはよう有希!」 「お、おはようございまぁ~す」 「おはようございます、長門さん」 三人ともあいさつをしてきた…。 私は軽く会釈をする。 しばらく待っていると、彼がやってきた。 「遅い!罰き…」 「はいはい、分かったから」 彼はもうあきらめがついているようだ。 そうして、いつもの喫茶店に入る。 私は、注文した飲み物を飲みながら、彼といっしょになればいいなと毎回考えていた。 そして、涼宮ハルヒのクジを引く、私は無印だ。 彼は…、私と同じ無印だった。うれしい。 他の人は、古泉一樹が印入り、涼宮ハルヒが印入り、そして朝比奈みくるが無印だった。 (あら、残念ね。二人きりじゃなくて…クスクス) 別に残念とは思っていない。 こうして、彼と朝比奈みくると私で不思議を探すことになった……。 とはいっても、探す気なんかないことはみんな同じだろう。 「いい!デートじゃないのよ!鼻の下のばしてんじゃないわよ!!」 そう言って彼女は歩いていった。古泉一樹がやけにニヤニヤしているのはなぜだろう? 「朝比奈さんはどこか行きたいところありますか?」 彼は彼女にきく。 「いえ、特には…」 「そうですか、長門はどうだ?」 彼がたずねてくる。図書館と言いたいが、今は朝比奈みくるもいるのでやめておく。 「……ない」 私は彼の顔を見ずにこたえた。 「…そうか」 彼は少し困った様子で、 「じゃあそこらへんをブラブラしてますか」 「はい」 そんなやりとりが交わされて、私は彼の後ろについて歩いている。 彼は、朝比奈みくると会話を楽しんでいる……羨ましい。 私も情報伝達能力がもっと高ければ―――。そんなことを考えていると、いきなり話がふられた。 「長門も鶴屋さんの小説おもしろかったよな?」 「…………」 私はこたえることもできず、ただうなずくことしかできなかった。 (ふふっ、手でもつないでみれば?) そんなことはしない。 (恥ずかしがることないのよ。早くしないと涼宮ハルヒにとられちゃうわよ) …………。 そんなことをしているうちに、集合する時間がやってきた。 駅前につくと、もう涼宮ハルヒと古泉一樹が待っていた。 「ふん!じゃあクジ引きするわよ」 彼女はイライラしているようだ。 みんながクジを引く、私は印入りだ。 彼は…印入り。今日は運がいいらしい、彼は私を見ると微笑んでくれた…。頬が熱くなるのを感じる。 あとの三人は無印だった。 みんなと別れる。行くところは決まっているも同然で、彼がたずねてきたときは、 「図書館」 と即答した。 私は彼の後ろについて歩いている。 会話はしないけれど、二人で歩いているだけで幸せな感じだった。 (たまには、図書館じゃなくて映画館とかもつれてってもらえば?) …………。 (せっかくの二人きりになれたのよ。それにこれはデートと変わらないわよ) …………。 (涼宮ハルヒのことなんて気にしないで、ホテルでも行っちゃえばいいのに) うるさい。 お互い無言のまま、今では行き慣れた図書館についた。 人影も少なく、冷房のきいた閑静な室内に足を踏み入れる。 私はこの空間がとても好きだった。 私は、本を手にとりその場で立ち読みをする。その間、彼はだいたいは眠っている。 (ねえ、彼の近くで読んでみたら?肩によりそったりして) ………///。 本を読んでいるとすぐに時間がすぎる…。 彼が、私に帰ろうと言ってきた。私は彼の肩から頭をどかし、図書カードで本を借りた。 私は図書館で借りた一冊の本をもって彼と並んで歩く。なんだか楽しい。 いきなり彼がこっちを向く。どうしたのだろう?と思っていたら、無意識に手を握っていたようだ。 (やればできるじゃない、ふふふふっ) 「長門どうしたんだ?」 別に…。 「おい、ハルヒに見つかったらまたうるさく言われるぞ」 …いい。 「…やれやれ」 私は不安になり、彼にたずねる。 「…嫌?」 「そっ、そんなことないぞ、うん。どっちかっていうとうれしい」 「…そう」 私は彼の言葉を聞いて、安堵した。 できることなら彼とずっと一緒に……。 そんなことを思いながら私は、握る力を少しだけ強くしていた…。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1165.html
キョン「おう」 長門「・・・」 スッ キョン「もう・・・いいのか?」 長門「(コクッ)」 キョン「・・・」 ナデナデ 長門「?」 キョン「・・・」 長門「何」 キョン「あっ・・・いや、なんとなくだな・・・」 長門「?」 キョン「か、帰るか?」 長門「(コクッ)」 ハルヒ「はぁはぁ・・・!」 ハルヒ「あ、あれは・・・」 みくる「ひぃひぃ・・・す、涼宮さん、早すぎですよぉ・・・はぁはぁ・・・」 ハルヒ「な、何よアレ・・・」 みくる「えっ?・・・は、はわわ!キョン君たち、大胆・・・」 ハルヒ「・・・バカキョンッ!!!」 みくる「あっ!す、涼宮さん!?どこ行くんですかぁっ!?」 キョン「・・・」 長門「・・・」 キョン「・・・もう寒くないか?」 長門「(コクッ)」 キョン「そう・・・か」 ピタッ 長門「・・・着いた」 キョン「お、おぉ」 長門「今日は・・・ありがとう」 キョン「あぁ」 スッ 長門「これ、濡れてしまった」 キョン「え?ああ、気にすることねぇよ、じゃ俺は帰るな」 長門「・・・あの」 キョン「だからホント気にすんなって。じゃあまた明日な」 長門「・・・あ」 長門「・・・お茶・・・」 次の日 キョン「よぉハルヒ」 ハルヒ「・・・」 キョン「おいおい、いきなり無視か?」 ハルヒ「・・・っさい」 キョン「え?」 バンッ ハルヒ「うるさいっ!」 キョン「うぉっ!な、なんだよ急に!」 ハルヒ「何よ・・・もう」 キョン「お、おい?」 国木田「・・・キョン、取り込み中悪いけど、古泉君が呼んでるよ」 キョン「え?あ、あぁ・・・わかった、すぐ行く」 ハルヒ「・・・ふんっ」 キョン「なんだ古泉、俺に用か・・・って長門も?」 古泉「とりあえずここで話すのは危険ですので、場所を変えましょう」 キョン「?どういうことだ?」 古泉「涼宮さんに聞かれては困ることなのです」 キョン「・・・わかった」 長門「・・・」 屋上 キョン「・・・古泉、一体何があったんだ?長門まで呼び出して」 古泉「いや、昨日のことでしてね」 キョン「・・・それがどうした」 古泉「まぁ、簡潔に言いましょう」 キョン「?」 古泉「閉鎖空間が・・・昨日の夕方から異常に増大しています」 キョン「・・・っな!?」 古泉「このままでは非常に危険です」 キョン「ど、どういうことだ!?」 古泉「理由は・・・朝比奈さんの話から大体判明しました」 キョン「あ、朝比奈さんの・・・?」 古泉「ええ。昨日の夜、閉鎖空間の話をしたらですね、朝比奈さんが心当たりがあるとおっしゃってました」 キョン「・・・どういうことだ?」 古泉「僕の口からは言いにくいことなのですが・・・」 長門「・・・あなたと抱き合っている姿を目撃された」 キョン「っ!?」 古泉「えぇ、そういうことなんです」 キョン「そ、それでハルヒは・・・」 古泉「まぁそうなるでしょう」 キョン「そんな・・・」 古泉「涼宮さんは、少なからずあなたに好意を持っていました。これは間違いないです」 キョン「・・・」 古泉「しかし、言い方が悪いでしょうが、あなたは涼宮ハルヒを裏切った」 キョン「俺がか!?・・・そ、そんな気はないぞ!」 古泉「いえ、涼宮さん本人にとっては大きな精神的動揺に繋がっています。その証拠に閉鎖空間が増大しているのです。」 長門「これ以上閉鎖空間が増大すると・・・危険」 キョン「な、長門・・・」 古泉「機関は大騒ぎですよ。まさかここまで悪化するとは想定していませんでした」 キョン「・・・俺はどうすればいいんだ」 古泉「涼宮さんは、長門さんとあなたの関係に激しい嫉妬感を持っています」 キョン「・・・」 古泉「簡潔に言いましょう・・・もうなるべく長門さんには近付かないで下さい」 キョン「っ!」 ガシッ! キョン「長門がいじめられてるのを・・・見逃せってことかよっ!」 古泉「キョン君、落ち着いてください、冷静に話しましょう」 キョン「俺は何度も長門に助けられてるのに・・・こんな話あるか!」 長門「・・・」 古泉「長門さんに関しては、機関が全力でバックアップするつもりです」 キョン「・・・っ!」 スッ 古泉「あなたの気持ちもわかります。しかし、状況が状況です。協力してください」 キョン「・・・」 長門「・・・そういうこと」 キョン「な、長門・・・」 古泉「しばらく長門さんは学校を休みます。今日も部活には出ません」 キョン「そ、そこまでしないとダメなのか!?」 古泉「・・・これは長門さんの意思です」 キョン「長門の・・・くそっ!」 長門「・・・」 古泉「僕は、機関にこのことを報告するので・・・失礼します」 長門「・・・」 キョン「長門は・・・これでいいのか?」 長門「何が」 キョン「・・・」 長門「仕方のないこと」 キョン「すまない・・・」 長門「・・・謝らないで」 キーンコーンカーンコーン キョン「・・・じゃあな、長門」 長門「(コクッ)」 長門「・・・」 キョン「・・・」 ハルヒ「どこ行ってたのよ?」 キョン「トイレだ、別にかまわないだろ」 ハルヒ「・・・有希のところじゃないの?」 キョン「っ!」 ハルヒ「ほら?図星ね、何してたのよ」 キョン「違う、俺は・・・」 ハルヒ「何よ?あたしに嘘ついても無駄なんだからね!」 キョン「・・・」 ハルヒ「ほら、何してたか話しなさいよ?どうせまたいやらしい事でもしてたんでしょ?」 キョン「!!て、てめぇっ!」 ガタッ! 谷口「お、おいキョン!何やってんだよ!落ち着けって!」 ハルヒ「な、何なのよバカキョン!!!」 キョン「クソッ!」 国木田「キョン、とりあえず落ち着こうよ!?皆も見てるし・・・」 キョン「はぁはぁ・・・」 ハルヒ「・・・」 キョン「・・・帰る」 谷口「おいキョン、どこ行くんだよ!?」 キョン「ついてくるな」 国木田「ちょ、ちょっと!?」 ~部室~ キョン「ハァ・・・今さら戻ったら、めちゃくちゃ怒られるだろうな」 キョン「長門・・・」 キョン「あいつ・・・いつも一人ぼっちで・・・本読んでたんだな・・・」 キョン「・・・」 バタッ キョン「っ!」 長門「・・・あ」 キョン「な、長門?なんでここに?」 長門「忘れ物」 キョン「も、もう帰るのか?」 長門「(コクリ)」 キョン「・・・そうか」 長門「あなたは、なぜここにいるの?」 キョン「え?あぁ、ハルヒと・・・少しな」 長門「・・・そう」 キョン「・・・」 長門「涼宮ハルヒとは・・・仲良くして」 キョン「な、長門・・・」 長門「そうしないと、この世界は終わる」 キョン「あぁ、わかってる」 長門「それに・・・私のことは気にしないで」 キョン「・・・わかったよ」 長門「・・・じゃ」 キョン「・・・ちょっと待てくれ」 長門「?」 キョン「長門、寒くないか?」 長門「別に・・・!?」 ギュッ キョン「・・・暖かいか?」 長門「・・・」 キョン「ごめんな、俺のせいでこんなことになって」 長門「・・・あなたのせいじゃない」 キョン「いや、俺のせいにしといてくれ」 長門「・・・(コクッ)」 スッ キョン「じゃ・・・またな」 長門「・・・また」 ガラッ 谷口「お、おおキョン、何してたんだよ?もう昼休みだぞ?」 キョン「ハルヒは?」 谷口「あいつか?またどっかに消えてったな」 キョン「わかった。すまなかったな、心配かけて」 谷口「いや、気にするな!しかしお前があんなにカーッとなるな・・・っていねぇし」 中庭 ハルヒ「・・・はぁ」 キョン「おいおい、どうした?そんな深い溜め息ついて」 ハルヒ「キョ、キョン!!いつ帰って来たの!?」 キョン「ついさっきだ。部室で頭冷やしてたんだよ」 ハルヒ「何よそれ・・・あたしに言うことあるんじゃないの!?」 グイッ キョン「っと!お、おい!ネクタイは引っ張るなっ!」 ハルヒ「いいから早く言いなさいよ!」 キョン「・・・すまなかった、反省してるよ」 ハルヒ「・・・(ぷいっ)」 キョン「何だよその態度は・・・謝っただろ?」 ハルヒ「・・・うっさいわね」 キョン「・・・」 ハルヒ「・・・あたしも少し言い過ぎた・・・」 キョン「・・・そうだな」 ハルヒ「でも、殴ろうとすることはないでしょ!?」 キョン「い、いやあれはだな、ついカーッとなって・・・」 ハルヒ「団長を殴るなんて二千億年早いのよ!」 バシッ キョン「いでっ!わ、わかってるよ!だから叩くな!」 ハルヒ「・・・本当に反省してる?」 キョン「あぁ、悪かったよ。めちゃくちゃ反省してるさ」 ハルヒ「・・・」 キョン「だから許してくれよ?な?」 ハルヒ「・・・わかったわ。でも今度あたしを殴ろうとしたら、SOS団強制脱退よ!?いいわね!」 キョン「わーったよ!(俺は別に構わないが・・・)」 ハルヒ「今なんか言った?」 キョン「い、いや言ってない!」 ハルヒ「怪しいわね・・・まぁいいわ、罰として今度何か奢りなさい!」 キョン「あー、はいはい、わかったよ」 ハルヒ「じゃあ、あたしはお昼食べに行くから!キョンも早く食べちゃいなさいよ?」 キョン「言われなくてもわかってる」 キョン「・・・」 キョン「(・・・長門、これでいいんだよな?・・・)」 放課後 キョン「朝比奈さーん、入りますよ?」 みくる「・・・どうぞ」 ガチャ キョン「こんにち・・・って朝比奈さん!なんで泣いてるんですか!?」 みくる「ぐすっ・・・わ、わたしのせいで・・・長門さんが・・・ふぇぇぇん!」 キョン「い、いや、朝比奈さんのせいじゃないですよ?」 みくる「古泉くんに・・・ぐすっ・・・あのこと話したのが間違いでしたぁ・・・まさか機関があそこまで動くなんて・・・」 キョン「朝比奈さん、落ち着いてください」 みくる「キョン君・・・怒ってるでしょ?」 キョン「・・・」 みくる「キョン君は・・・長門さんのこと・・・」 キョン「朝比奈さんっ!!」 みくる「ひっ!」 キョン「これは、誰のせいでもないです」 みくる「・・・」 キョン「それに・・・俺は誰も責める気はありません」 みくる「・・・はい」 キョン「これは・・・俺とハルヒの問題です」 みくる「キョ、キョン君・・・」 古泉「よく理解してくれていて、幸いです」 キョン「・・・古泉」 古泉「どうやら涼宮さんとは復縁できたようですね。閉鎖空間が減少してきています」 キョン「・・・」 みくる「古泉君・・・長門さんは・・・」 古泉「今日は早退させました。涼宮さんが長門さんの顔を見てどういう反応をするか・・・最悪のことを考えての配慮です」 みくる「そ、そこまでするこ・・・」 ハルヒ「やっほーーー!うわっ、やっぱ寒いわねー!みくるちゃん、お茶ちょーだい!」 みくる「えぁっ!?は、はい」 ハルヒ「あれ?みくるちゃん目赤いよ?どうしたの?」 みくる「た、ただの寝不足です!」 ハルヒ「・・・ふーん」 キョン「・・・」 ハルヒ「あれ?有希は?」 古泉「・・・長門さんなら、海外に行っているそうです」 ハルヒ「海外?何で今頃・・・」 キョン「・・・」 古泉「親族の方がエクアドルにお住みで、どうやら長門さんの祖母が危篤らしいのです」 ハルヒ「・・・そうなの」 古泉「ですので、しばらく学校には来れないそうです」 ハルヒ「ふーん」 キョン「っ!(なんでそんなに冷静なんだよっ!)」 ギュ キョン「・・・朝比奈さん?」 みくる「キョン君、落ち着いて・・・今は・・・我慢しないと・・・」 キョン「・・・わかってます」 みくる「・・・キョン君・・・」 キョン「・・・」 ハルヒ「・・・」 みくる「・・・」 古泉「・・・」 ガタッ ハルヒ「?」 みくる「あ、あの・・・わたし、今日ちょっと用事があるので・・・これで失礼してもいいですか?」 ハルヒ「え?あぁ・・・じゃあ今日はこれでお開きにしましょ」 古泉「わかりました。キョン君、帰りましょう」 キョン「・・・あぁ」 古泉「じゃあ涼宮さん、僕たちは先に失礼します」 ハルヒ「うん・・・じゃあね、古泉君、キョン」 キョン「・・・じゃあな」 古泉「・・・」 キョン「・・・」 古泉「キョン君?どこに行くのですか?」 キョン「・・・少しな」 古泉「長門さんのところですか?」 キョン「・・・だったら何だ」 古泉「フフ、僕に止める気はありませんよ」 キョン「・・・」 古泉「と言うより、僕にはあなたを止める権利がない」 キョン「・・・」 古泉「しかし、その行動があなたと長門さんにとってに正しい選択とはいえません」 キョン「・・・わかってるよ、古泉」 古泉「キョン君、よく考えて行動してください。僕が言いたいことはそれだけです」 キョン「あぁ」 古泉「では、また明日」 キョン「・・・」 3話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1196.html
暗い。周りには何もない。上も、下も、右も左も何もない。真っ暗闇だ。ここは何所なんだ? 「ここはあなたに選択肢を与えるために私が作った精神移動空間。」 何もない空間。俺の前に1人の少女が立っていた。 「長門!なんなんだこれは?」 「貴方は不慮の事故によって死んだ。そして涼宮ハルヒは貴方を失ったことを悲しみ、もともと現実にいなかったことを望んだ。」 「なら今ここにいる俺は何なんだ?死んでるどころか存在が無いんじゃないのか?」 「無くなる前に私がこの空間へ残りの精神のみを移した。選択をさせるために。」 さっきも言っていた。 選択 とは何のことだろうか。 「その選択ってのはなんなんだ?」 …… 「貴方はまた元の世界に戻りたい?」 そういうことか。 「ああ、またSOS団であいつらと一緒に馬鹿やりたいしな。何より、あいつに会いたい。」 「そう。」 その返事を最後に俺の感覚は無くなった。その時の俺には意識というものは無かっただろうしな。 ………… ……… … 「・・・・ン・・・」 誰だ? 「・・・ョン!」 俺のことを呼んでるのか? 「キョン!起きなさい!」 「・・・んん?」 「部室に来ないと思って探してみれば教室で寝てるなんて!」 「あれ?ここは?」 「寝ぼけてないでさっさと行くわよ!あ、それとあんたのアホズラはばっちり撮らせてもらったから!」 あれは・・・夢・・・・だったのか? まぁ長門に聞いてみればいいだろう。 「みんな~!キョンいたわよ~!」 「あれ?長門はいないのか?」 「長門誰それ?そんなことよりキョン!明日は不思議探しに行くからね!」 長門のいるであろう椅子には長門はいなかった・・・そしてハルヒは長門のことを知らないようだった・・・。 それからいつものように朝比奈さんのお茶を飲んで古泉とボードゲームをした・・・。 だけど誰も長門がいないことは気にしていない。 「今日はもう終わり!帰るわよ!」 そういってハルヒはすぐに出て行ってしまった。 「では僕もお先に。」 古泉が出て行くころに長門椅子の上に本が置いてあることに気が付く。 着替えるから先に行ってという朝比奈さんに一例してその本を持って帰路につく。 家に帰ってから本を開く。何か挟まっていないかとみると・・・あった、小いさな手紙がはさまっていた。 ”貴方はこの世に生存することを望んだ。涼宮ハルヒもそう望んだ。そして私もそうであって欲しいと望んだ。 だから私の存在情報と引き換えに貴方の存在するための情報を操作した。” 何だって!?じゃあ長門は! ”今、貴方がこの手紙を読んでる場合は私はこの世界には存在していないことになる。 そして存在が無くなった私の変わりに新しいインターフェースが現れるはず。 できたらそのインターフェースとコンタクトをとって欲しい。それが私の願い YUKI.N” …俺が戻りたいなんていわなければ長門は・・・クソ! 熱いものが頬を伝った。 …私は貴方に生きて欲しい。だから、泣かないで。・・・ 長門の声が聞こえた気がした。 そうか。 長門のために。長門に貰ったこの命のために後悔なんて事が無いように・・・。 ---fin---
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1192.html
梅雨も明け、湿度の暑さから解放され、普通の猛暑に苛まれようとする現在。 今日も懲りずに俺は元・文芸部室、現・SOS団部室で古泉とお茶を啜りながらカードゲームをする。 現在、部室には俺、古泉、朝比奈さんが居る。 …珍しく長門が居ない。 「やっほー!ごめんごめん、遅れちゃった!全員――有希は?」 いつもの如く、スーパーハイテンションでドアをぶち破るかの様に登場するハルヒ。 長門が居ないコトにはすぐ気付いたようだ。 「長門さんなら……」 古泉が、カードを1枚山札から取りハルヒに会釈をし口を開けた。 「職員室ですよ。」 クスッと軽く笑いながら答えた。 「あらそう。珍しいわね。」 俺も思ったな。というか、古泉。俺達にも言わないか?普通。 何で知ってるんだ? 「今日は、日直でしてね。日誌を返しに言った時にすれ違いまして。 理由は聞いてませんが、長くなる、とのコトで。」 古泉は、弱々しい怪物カードを生け贄に、中級怪物をセットする。 「へぇ。」 俺は1枚引き、呪文カードでその怪物を破壊し、直接攻撃。 俺の勝ち。無敗伝説更新中。 古泉は、残念と思っているのか苦笑し、カードを集めてケースに入れる。 「仕方無いわね。…と言っても、今日はオフにしようと思ってたから。解散!」 ……珍しいな。今日は、珍しさ2本立てか。 ハルヒはそれだけを告げて、我先と帰ってしまった。 「…それでは、僕達も帰りましょうか。」 しばらくの沈黙の後、古泉がそう言った。 そうするか。暇だしな。 「あっ、それじゃあ長門さんには私から……」 「いいですよ。俺が言いますよ。」 朝比奈さんにわざわざ言わせなくても良いだろう。 長門が職員室に行った理由も気になるしな。 「え?…じゃあお願いしますね。」 朝比奈さんが満面のスマイルを放ってそそくさと帰ってしまった。 ……今日メイド服見てなかったな…。 俺は、くやしながらお茶を飲み干し、水洗いした後、盆の上に置いて古泉と職員室に向かった。 職員室前。 まだ長門って居るのか? 「いるでしょう。僕達は部室への道を逆に来たのですから。」 ピルルルルル、 携帯の音が鳴った。 古泉のポケットからだ。 「……」 今さっきまでの笑いとは違い、真剣な表情になる。 「 アルバイト か。」 「ええ、スミマセン。」 手を垂直に立て、謝って古泉は帰った。 「さて、俺も長門の様子を見るか。」 扉に手を掛けようとした。 ―――ん? 扉と壁の間に、紐が垂れていた。 ギッ、と軽く扉を開けて確認するとソレは見覚えのある栞だった。 栞にはワープロで打ったような書体を赤いインクで書かれていた。 否、インクではない……血。 所々血液が落ちた形跡がある。そして、これは確実に長門。 文面は―――― 『gymnasium back』 ―――体育館裏。 俺は、栞を握り締め体育館裏へ直行した。 体育館裏。 既に言葉にするのもシンドかった。 職員室と体育館は正反対だからな。 ソコで俺が見たモノは…… 違う高校の不良と思われる2人とボロボロの長門。 唇に血が乾いた痕があった。 「なんだぁ!?テメェ!!」 俺は唇を噛み締めていた。 意識が別の意味で朦朧とする。 頭の中を血液が音速で循環する。 右拳を上げた。 不良はファインティングポーズを取る。 ゴッ! 1回の跳躍で、1人の左頬を殴り飛ばした。 フェンスに直撃し、うつ伏せの侭動かなくなった。 「テメェ!」 もう1人が後ろから殴りかかる。 ブンッ! 横振りの拳を俺はしゃがんで180度回転。 拳を上に上げアッパーで顎を直撃させた。 不良2人は動かなくなり、俺は怒りが治まって来た。 長門は無表情で、地面を見ていた。 「長門…?」 「………」 読書をしている時のように無言で、俺と眼を合わせてもくれない。 ……俺は頭の中で最悪の状態を構築させていた。 ツゥと頬を水が伝った。 パシャリ。 ジィー、 壁に凭れている長門の右、長門を見ている俺の左からシャッター音が聞こえた。 …ん?、と見ると、ポラロイドカメラが、壁から飛び出していた。 「ふっふーん♪キョンってバカねぇ。」 リボンの黄色が明るく見える。 …ちょっと待て。ピンクがかった髪のお方と、右分け茶髪の野郎、それに灰色の髪の人も居るぞ? 「ごっ…ごめんなさい。」 「素晴らしい出来でしょう?」 「………」 どーみても、SOS団ご一行にしか見えません。 俺の眼の前にいる長門の頬を触れてみる。……冷たいな。 「僕の血縁に人形職人が居ましてね。先日のお礼に、と言われまして。」 「それを古泉クンから聞いて閃いたの!」 いらんコトをしてくれたな。 ハルヒは右手に写真を持ってヒラヒラと風に当てていた。 「乾いてきた乾いてきた♪キョンのバカ面ー。」 「おい!!ちょっと待て!!」 ハルヒを睨み付ける。 横に居た朝比奈サンが驚いて、半泣きになってしまった。しまった。 「なによ。」 「何処から冗談だ。」 「全部よ。私が入って来てから。あーそれと、有希が遅いのは今朝から頼んだの。」 なんてこった。 というか、バカ面言うな。必死なんだぞ。 「それじゃあ、私達は本当に帰るから。有希人形よろしく。」 手を振って、ハルヒは帰ってしまった。 不良はなんだったんだ? と、思ってると不良が目を覚ましてきた。 「いっつ……こっちは芝居でやってたのにな。」 「『機関』の俺達が精進不足だったんだよ。」 やっぱ『機関』か。古泉ばっかじゃないか。血縁も嘘だろう。 「それじゃあ、俺達も帰ります。…えーと…キョンくんだっけ。」 お前もソレで呼ぶか。止めてくれ。 「人形はこのゴミ袋で包んで、粗大ででもどうぞ。」 そりゃあ、ありがた……くねぇ。 とりあえず貰ったけど。 1人は手を振りながら2人は帰った。 俺はしばらく無言で立ち尽くした後、ゴミ袋に長門人形とやらを包んで持って帰った。 粗大の日は2日後だった。 下り坂が不幸中の幸いだったな。 歩いて、チャリを走らせ。 俺は、黒いゴミ袋を担いで家に帰った。 玄関で靴を脱いでいると、妹がシャミセンと現れた。 「何コレー?」と聞きながら、ゴミ袋の中身を見る。 しまった、浅墓過ぎた。 俺が、手を伸ばした時は既に遅し。 中身を見て、俺の見て。もう1度中身を見て妹は去ろうとする。 俺は、捕まえてウメボシをしながら「誰にも言うんじゃねぇぞ?」と脅しかけて了解させた。 妹が俺のサイフを削る糧の一部になったのは言うまでも無かった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1163.html
暗い。周りには何もない。上も、下も、右も左も何もない。真っ暗闇だ。ここは何所なんだ? 「ここはあなたに選択肢を与えるために私が作った精神移動空間。」 何もない空間。俺の前に1人の少女が立っていた。 「長門!なんなんだこれは?」 「貴方は不慮の事故によって死んだ。そして涼宮ハルヒは貴方を失ったことを悲しみ、もともと現実にいなかったことを望んだ。」 「なら今ここにいる俺は何なんだ?死んでるどころか存在が無いんじゃないのか?」 「無くなる前に私がこの空間へ残りの精神のみを移した。選択をさせるために。」 さっきも言っていた。 選択 とは何のことだろうか。 「その選択ってのはなんなんだ?」 …… 「貴方はまた元の世界に戻りたい?」 そういうことか。 「ああ、またSOS団であいつらと一緒に馬鹿やりたいしな。何より、あいつに会いたい。」 「そう。」 その返事を最後に俺の感覚は無くなった。その時の俺には意識というものは無かっただろうしな。 ………… ……… … 「・・・・ン・・・」 誰だ? 「・・・ョン!」 俺のことを呼んでるのか? 「キョン!起きなさい!」 「・・・んん?」 「部室に来ないと思って探してみれば教室で寝てるなんて!」 「あれ?ここは?」 「寝ぼけてないでさっさと行くわよ!あ、それとあんたのアホズラはばっちり撮らせてもらったから!」 あれは・・・夢・・・・だったのか? まぁ長門に聞いてみればいいだろう。 「みんな~!キョンいたわよ~!」 「あれ?長門はいないのか?」 「長門誰それ?そんなことよりキョン!明日は不思議探しに行くからね!」 長門のいるであろう椅子には長門はいなかった・・・そしてハルヒは長門のことを知らないようだった・・・。 それからいつものように朝比奈さんのお茶を飲んで古泉とボードゲームをした・・・。 だけど誰も長門がいないことは気にしていない。 「今日はもう終わり!帰るわよ!」 そういってハルヒはすぐに出て行ってしまった。 「では僕もお先に。」 古泉が出て行くころに長門椅子の上に本が置いてあることに気が付く。 着替えるから先に行ってという朝比奈さんに一例してその本を持って帰路につく。 家に帰ってから本を開く。何か挟まっていないかとみると・・・あった、小いさな手紙がはさまっていた。 ”貴方はこの世に生存することを望んだ。涼宮ハルヒもそう望んだ。そして私もそうであって欲しいと望んだ。 だから私の存在情報と引き換えに貴方の存在するための情報を操作した。” 何だって!?じゃあ長門は! ”今、貴方がこの手紙を読んでる場合は私はこの世界には存在していないことになる。 そして存在が無くなった私の変わりに新しいインターフェースが現れるはず。 できたらそのインターフェースとコンタクトをとって欲しい。それが私の願い YUKI.N” …俺が戻りたいなんていわなければ長門は・・・クソ! 熱いものが頬を伝った。 …私は貴方に生きて欲しい。だから、泣かないで。・・・ 長門の声が聞こえた気がした。 そうか。 長門のために。長門に貰ったこの命のために後悔なんて事が無いように・・・。 ---fin---