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「―――では、ミス・ヴァリエール。召喚の儀式を」 「はい……!!」 ついに自分の番がきた――――――期待と不安と興奮がないまぜになり、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは身を固くして教師の呼びかけに応じた。 これから、一生を共にする自分の使い魔を呼び出すのだ。 緊張して当然である。 が、今彼女が感じている緊張は、他の同級生とはベクトルが違った。 『ゼロのルイズ』 それが示す事柄はすなわち、貴族にとって不可欠な、魔法の成功確率の『ゼロ』の揶揄である。 口惜しいことに、原因は不明。 同級生に『ゼロ』と笑われる度に、プライドの高い彼女は、はらわたが煮えくり返る思いをしたものだった。 だが、自分が今まで魔法を使えていないのは事実。 今回の儀式もまた失敗するかも知れないという恐れこそが、彼女の緊張の源だった。 しかし、 (サモン・サーヴァントに成功すれば、私はもう『ゼロ』じゃない……呼ばせない……) その思いがルイズを後押しする。 「おい、『ゼロ』! ちゃんとサモン・サーヴァント出来るのか?」 「皆、離れとけ! また爆発するぞ」 同級生の何人かがはやし立てた。 どうせまた『かぜっぴき』のマリコルヌあたりだろう。 ルイズは声のした方向をキッと睨みつけた。 野次の内容はいつもとそんなに変わらなかったが、これからの大事な儀式向けての集中が阻害されたせいもあり、ルイズは声を張り上げた。 「見てなさい……ッ!あんたたちの使い魔を全部合わせても及ばないくらい、神聖で美しく、そして強力な使い魔を召喚してみせるわ……!!」 (また悪い癖が出た……) 言い終わった後にルイズは後悔した。 どうしていつも自分はこうなのだろう? 彼女は自らの性格がもたらす弊害を強く自覚してはいたが、直す術を見いだせないまま今日に至る。 いつもならこのあと自己嫌悪に陥るところだが、生憎と今回ばかりはそうもいかない。 今は儀式に集中せねば…… 怒鳴ったせいで乱れた呼吸を静かに正し、ルイズは覚悟を決めた。 杖を構え、詠唱を始める。 ゆっくりと静かに、しかし力強く確実に。 周囲のマナが轟と震え、眩い光があふれ出す。 (いける!) これまでにないほど、魔力の流れが安定している。 ルイズは召喚の成功を確信する。 内心の興奮を抑えつつ、ルイズは淡々と詠唱を続ける。 ――――――そして、詠唱は終わりを迎えた。 "チュドォォォオン!" 成功を確信したルイズの召喚魔法の結果はしかし、いつもの通りの爆発であった。 砂埃が舞い、視界が遮られる。 意味するところはすなわち……… 「し……失…敗…なの?」 その瞬間、ルイズは金槌で殴られたような衝撃を受けた。 腰の力が抜け、その場にへたりこむ。 (……どうしてなの?) これまで、様々な苦労をしてきた。 魔法を使えるようになるために、あらゆる書物を貪った。 知識だけなら他のどの同級生に負けない自信がある。 自覚がある。 自負もある。 なのに………… 悔しさのあまり、これまでどれだけ他人にバカにされても決して流さなかった涙さえうかべた。 やはり自分は『ゼロ』なのか…… これからも他人に笑われる生活を送るのだろう。いや、ひょっとしたらこれを口実に学院を追放されるやも…… ルイズは、自分が描いた恐ろしい未来に我が身を抱いた。 そうして彼女が震えている間にも、視界を遮る砂煙は晴れようとしていた。 時は止められないのだ――――――ルイズは思った。 「ケホッケホッ……こ、今回はやけに飛ばしたな、『ゼロ』のやつ」 召喚と、その後のいつもの失敗劇を眺めていた同級生の1人が呟いた。 「エッホン、ゥオッホン……そ、そうだね。マントが汚れてしまったよ…」 実際のところ、失敗すると決め込んでいた彼らも、一瞬だが、成功したのではないかと思っていた。 しかし結果はやはり失敗。 今までにない様相を呈してはいたものの、結局『ゼロ』は『ゼロ』だったということだ。 彼らはそう、心の中で結論づけた。 彼らの心は既に、サモンサーヴァントではなく、砂煙が収まった後、どうやって『ゼロ』をからかおうかということに向かいつつあった。 しかし、やや視界が効くようになるにつれて、先程までは存在しなかったモノがあることに一部のものは気がつき始めた。 まさか……!? 皆の期待を再度裏切る形でソレは確かに横たわっている。 だがよく見えない。 目を凝らす。 舞い残る砂が目に入ってよく分からない。 目をこすり、再び目を凝ら「ぅわああぁぁあぁ!!?」 一人の生徒が叫び声をあげた。 ルイズは未だに、声を押し殺して泣いていたが、周囲の様子のおかしさに気づき、辺りを見回した。 『こちらを見る→ナニかに気づく→悲鳴を上げる』という一連の行為を誰も彼もが、一様に、時間差で行っていた。 女生徒のよく通るキャーキャーという悲鳴が、水面に石を投げた後の波紋のように、広がっていく。 悲鳴のウェーブが広がりきったその次は、悲鳴のオーケストラだった。 皆悲鳴を精練された聖歌のように唱和させる。 貧血を起こし、倒れる生徒も見受けられた。 いつもとは反応が違う。失敗を起こした後の反応とは……。 まさか、自分はサモンサーヴァントに成功したのか? その可能性に思考が行き着いた瞬間、ルイズは振り返り、砂煙が起こっていた中心を凝視した。 喜びと期待に満ちたルイズの目はしかし、自分が初めての魔法で、初めて呼び出したのであろうソレを見た瞬間に心臓が凍るほどの驚愕で見開かれた。 そこにあったのは、これ以上はないというほどスプラッタなバラバラ死体だったのだから… 戻る 2へ
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前ページ次ページ爆炎の使い魔 ヒロに「ハゲ」と定義されてしまったコルベールは、トリスティン魔法学院で仕事をするようになって20年になる中堅の教師である。 彼の二つ名は『炎蛇』、『火』系統の魔法を得意とするメイジである。 彼は先日、ルイズが召喚した平民の少女の額に現れたルーンのことが気にかかっていた。しかし気になっていたのはそれだけではなかった。 爆発の際に感じた異常なまでの炎の魔力、あれは明らかに自分を凌駕するものだ。最初はミス・ヴァリエールの属性が炎なのかと思ったが、おそらく違うだろう。彼女の爆発は何度か見たが、そこにはどの属性も感じられなかったからだ。 では、あの少女が?しかし彼女は平民だ。平民は魔法は使えない。この世界の鉄則である。しかし、本人がいないのでは、これ以上詮索してもしょうがない。 彼は1番手がかりのありそうなルーンのほうから調べることにした。 膨大な書物の中で、彼が探しているのは始祖の使い魔たちが記述された古書である。 すると、埃を被っている書物の中に、彼は目的のものを見つけ出した。さっそくページをめくる。するとその中に記された一節に目が止まる。 その一説と少女の額のルーンのスケッチを見比べると、思わず彼は驚きの声を上げる。そして、その本を抱えたまま駆け出していった。 トリスティン魔法学院の本搭の最上階、そこに学園長室がある。そして、魔法学院の学院長を務めるオスマン氏は白いひげと髪を生やした初老の人物であった。 オスマン氏はつまりこの学園で1番偉い人物ということになる。そのオスマン氏は今学園長室で、 足蹴にされていた。 「や、やめるんじゃミス・ロングビル。お、お尻を撫でるくらいいいではないか。減るもんじゃなあいたっ!」 オスマン氏を足蹴にしながら、ミス・ロングビルと呼ばれた女性はスタンピングをやめようとしない。 「いくら秘書であるとはいいましてもですね。まったく、今度、やったら、王都に、報告すると、言ったでは、ありませんか!」 「痛い、痛いぞ、ミス・ロングビル。このままではわし、いかん方向に目覚めてしまいそうじゃーー」 蹴られて少し嬉しそうなオスマン氏と、ちょっとうっとりした表情になっているミス・ロングビル。彼女も実はまんざらではないのかもしれない。 そんな平和?なひと時は突然の闖入者によって破られる。 「オールド・オスマン!たたた大変です!」 ミス・ロングビルは何事もなかったかのように机で書類を整理している。オスマン氏は窓のほうを向いて後ろ手を組んでいた。 「まったく騒々しい、何事じゃミスタ・コルベール」 「ここ、これを見て下さい」 「また古い書物を持ち出して一体何だというんじゃ・・・」 「これも見て下さい!」 コルベールはヒロの額のルーンをスケッチしたものをオスマン氏に見せる。 それを見た瞬間、オスマン氏の目が変わった。飄々としたものから厳しいものへと。 「ミス・ロングビル、すまんが席を外してくれ」 ミス・ロングビルは何も言わずに立ち上がり、部屋を出て行った。 「詳しく説明してくれんかの。ミスタ・コルベール」 ルイズとヒロはめちゃくちゃになった教室の片づけを終わらせ廊下を歩いていた。 ヒロとして教室をめちゃくちゃにしたのはルイズなので付き合う義理などなかったが、使い魔なのだから、とシュヴルーズに言われたので、まあいいか。と、とりあえず片付けに参加したのだった。片付け中も左手を見せなかったあたりは器用としか言いようがない。 一方ルイズは、というと掃除中から教室を出た今でも、沈んだ表情で、時折ため息をついていたのだった。そしてふと口を開く。 「あんたも・・あたしのこと『ゼロ』だって思ってるんでしょ。魔法の成功確率ゼロのメイジだ。って」 そんな発言にヒロはちらとルイズのほうを見ただけですぐに前に視線を戻す。 「別に、お前が魔法を使えようが使えまいが、私にとっては大して重要な項目ではないのでな。しかし、魔法というのは失敗すれば爆発するものなのか?あれだけの爆発だ、その気になれば殺傷能力を強化して戦争にも使用されそうな勢いだがな・・」 その言葉にルイズも疑問を浮かべる。 「そういえば、普通は魔法に失敗しても何も起きないのが普通よ」 「なるほどな。(系統が違うと考えるべきか?いや、単純に構成を失敗しているだけとも考えられる。『虚無』だったか。あの失われた伝説の系統というのもまあゼロではないが。今の段階では憶測の外を出るわけではないな)まあ、今は考えてもしょうがあるまい。魔法で失敗するのなら 練習するしかあるまい。私も小さい頃は反復運動の繰り返しだったからな。」 そう言いながらヒロはスペクトラルタワーに上った事を思い出す。二度と行きたくなかった。 「わかってるわよ。平民のあんたに言われなくたって、いつも練習してるもん!でも、いつも失敗しちゃうのよ!」 ヒロは、喚くルイズにどうしたものかと思っていると、そういえば食事の時間だったなと思い出す。 「そうそう、そろそろ食事の時間だろう。とりあえず私の故郷の諺で『腹が減っては戦はできぬ』という言葉がある。とりあえず食事でもして頭を 冷やしてこい。私はあまり食欲がないのでその辺でも散策しているさ。まだこの学院の他の場所なども把握していないからな」 「わかったわよ・・」 そういうとルイズは食堂へと入っていった。 「やれやれ、さて、どうしたものか」 食欲がないと言ったのは嘘である。正直なところ大勢で食事をするのがあまり好きではないというだけだった。 「とはいえ、食べねばさすがにな・・」 周りを見渡していると 「どうなさいました?」 前のほうから黒髪の少女が歩いてくる。見ればメイドの格好をしている。この学園で働いているのだろう。ともすれば厨房でも貸してもらえるかもしれないなと考えた。 ヒロも最初は料理ができなかった。できたことと言えばヒヨコ虫の丸焼きだったりなど、実に野生的なものばっかりであった。 だがあるとき大蛇丸に 「ヒロよう、料理とか覚えとかねぇと男が寄ってこねぇぞ」と言われ、最初は馬鹿馬鹿しいと思っていたが、姉プラーナは完璧超人だったために、料理覚えようという結論に至ったのであった。 べ、べつに男に寄って欲しいわけじゃないんだからな! 拳を握り締めるヒロを苦笑いで見る少女。 その視線に気づき、慌てて向き直る。 「ああ、すまないが厨房はどこだ?自分用の食事を作りたくてな。」 「もしかして、あなた、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう・・」 彼女はヒロの額のルーンに気がついたようだった。 「私のことを知っているのか?」 「ええ。召喚の魔法で平民を呼び出した。と噂になってます。」 笑う彼女はまるでミュウのように眩しい存在に見えた。そういえばスカーフェイスと結婚したとかなんとか。勇者の娘と闘神の息子の結婚、さぞや生まれてくる子供は、とんでもない存在になることだろう。 「お前はメイジ、とやらではなさそうだな」 「ええ、貴方と同じ平民です。貴族の方々のお世話をするためにこの学園に奉公にきてるんですよ」 私は平民ではない。と言おうとしたがやめた。魔王と人間のハーフなど、ここでは言っても冗談と受け止められるか、頭がおかしいと思われるのが関の山だろう。この左手でも見せれば違うかもしれないが、無用な騒ぎの種にもなりかねない。 「私はシエスタといいます。ええと・・」 「ああ、私はヒロという」 「あ、ごめんなさい。食事を希望されてたんですよね。こちらへ着いてきてくださいますか?」 忘れてた。と慌てた仕草をしながらシエスタはヒロを厨房へと案内した。 ヒロが案内された厨房は大きかった。そういえば城の厨房もこんな感じだったな。とヒロは考える。 「ちょっと待っててください」 そういうとシエスタは、厨房の奥へ行ってしまった。そしてそのままお皿を持って戻ってきた。 皿の中身はシチューのようだ。作り立てらしく美味しそうな湯気と匂いを立たせている。 「シチューか。いい匂いだな。味も良さそうだ・・・うまいな・・」 そんなヒロに気を良くしたのか、シエスタも笑顔を浮かべた。 そこまで早くはないが、ヒロはシチューを食べ終えた。正直なところ美味しかったのでおかわりもした。 「美味かった。久しぶりにいい食事ができた。礼を言うシエスタ」 「ご飯、もらえなかったんですか?」 「いや、ああいう大人数での食事というのが苦手なだけだ」 「そうなんですか。あ、でもでしたらここに来ていただければ、いつでも食事を用意しますよ」 「いや、それは悪いだろう。さすがにただ飯食らいというのもどうかと思うのだが」 「いえ、そんなことないですよ。私も1人で食べるのもなんですし、2人でしたら美味しく食べれると思いますよ」 元々自分で作るつもりだったので、厨房を借りることができればいいだけなのだが、どうやらこの少女は世話を焼きたいようだ。 ふむ、とヒロは思案した挙句。 「そうだな、何か手伝いでもしよう。生憎ルイズの使い魔をやっているので四六時中というのは無理だが、何かあれば言ってくれれば駆けつけよう。」 「あら、ありがとうございます。でしたらそうですね・・デザートを運ぶのを手伝っていただけますか?」 シエスタが微笑みながら言った。 「了解した」 ヒロはうなずき、シエスタの後をついていった。 デザートを配っていると1人の貴族が目に止まった。 金髪でフリルのついたシャツを着ている、気障っぽい感じがする男だった。どうやら談笑しているようだ。別段興味はなかったが耳には入ってくる。 「なあギーシュ!お前は今、誰と付き合っているんだ?」 「誰が恋人なのか教えてくれよギーシュ!」 あの男はギーシュという名前らしい。 「つきあう?僕にはそんな特定の女性はいないのさ。なぜなら」 そう言って薔薇を口に近づける。 「薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 聞いてて胸糞が悪くなってきた。一瞬燃やしてやろうかとも思ったが、仕事中な上にめちゃくちゃにしてしまってはシエスタに申し訳ない。ヒロは自重した。 その時、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスでできた小瓶のようである。そして不幸にもシエスタがそれに気づいてしまった。 「あ、貴族様落し物です」 その小瓶をみたギーシュの友人が騒ぎ始める。 「おお!?その香水は、もしやモンモランシーの香水じゃないのか?」 モンモランシー。聞いたことのない名前だ。 「そうだ!その紫色の香水は、モンモランシーが自分のために調合しているものじゃないか!」 「そいつがお前のポケットから落ちてきたってことは、今はモンモランシーと付き合ってるってことだなギーシュ!!」 「違うんだ。いいかい?彼女の名誉のために言っておくが・・・」 ギーシュが何か言いかけたとき、左から茶色のマントの少女が、右から巻き髪の少女が立ち上がりつかつかと寄ってきた。 「モ、モンモランシー、それにケティ・・・ち、違うんだ!これはなんというか・・・」 「やっぱりミス・モンモランシーと・・」と泣くケティ。 「やっぱり、その1年生に手を出していたのね」と睨むモンモランシー。 「「最低!!」」 2人の女性に怒鳴られひっぱたかれるギーシュ。2人の女性はそれぞれ反対方向へと歩いて去っていき。彼の頬は腫れて赤くなっていた。 ギーシュは腫れた頬を手でさすりながら 「あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解していないようだ」 なおもそこまで言えるギーシュ。ある意味感嘆する。まあ、もう関係ないなと作業に戻ろうとしたときだった。 「そこなメイド!」 いきなり貴族様に呼ばれる。何か粗相をしてしまったのだろうかと思う。 「な、なんでしょうか?」 身を竦ませるシエスタ。だって相手は貴族だし。 「君が軽率にも香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」 気障ったらしく髪をかきあげながら、シエスタに向かって薔薇を向けるギーシュという貴族。一方のシエスタはとんでもないことをしてしまったと、自分が顔が真っ青になってがくがく震えているのがわかる。 「も、申し訳ありません貴族様!!」 もう謝るしか自分はできないと思い土下座をした。しかし、それで許すほどギーシュは寛容ではなかった。 「僕に謝られてもしょうがないんだが・・・そうだな、君にお仕置きをしてあげよう、貴族らしくね。今晩、僕の部屋まで来たまえ」 もうシエスタはどうしようもないと思った。顔も真っ青を通り越して白くなっている。 ブチ シエスタは何かが切れる音を聞いたような気がした。一体何なんだろう。 するとヒロがこちらに寄ってきてギーシュの胸に指をさす。下を少し向いているのか表情は伺えない。 「二股をかけてるようなやつが何を言っている」 「何だ君は?貴族に口答えをするとは・・ああ、君はあのゼロのルイズが呼び出した、平民だったね。ゼロのルイズだけに使い魔もたいしたことはないようだ。それに、どうやら君は貴族に対する接し方を知らないようだな」 ヒロは顔を上げると笑みを浮かべながら。 「ああ、残念ながら貴様のような最低の男に対する礼儀なんてものがこの世界にあるとは驚きだ。くくく」 「よかろう・・・ならば君に礼儀を教えてやろうじゃないか!決闘だ!場所はヴェストリの広場だ!その仕事が終わったらきたまえ。まあ、別に怖くなって逃げてもかまわないがね。では待っているよ!」 そう言うと、ギーシュはマントを翻し、食堂を出て行った。 「大丈夫か?シエスタ?」 シエスタの方を見るとまだ震えている。まあ怖かったのだろう。手を貸そうとすると、 「あ、あなた殺されちゃう・・・」 「ん?」 「ご、ごめんなさい!」 シエスタは言うが早いか、走って逃げていってしまった。 どうしたものか、と手を差し出そうとした姿勢で止まってしまった。 すると食事を終えたのか、ルイズが後ろから駆け寄ってくる。 「あんた!何勝手なことしてんのよ!」 「食事は終えたのか?」 「そんなことはどうでもいいわよ!何決闘の約束なんかしてるのよ!」 「何、成り行きのようなものだ。それにいい機会だしな」 「何がよ・・ひっ」 「さてルイズよ。私はお前の使い魔なわけだ。まああのギーシュとやらは、お前のことも馬鹿にしていたからな。叩きのめす理由としては十分だろう」 とてつもなく凄みのある笑みを浮かべて言うヒロを見てルイズは後ずさる。正直なところ、ヒロは色々溜まっていた。戦いがなかったというのもあるかもしれない。 「それにな」 「な、なによ」 「自分の使い魔がどれほどのものなのか、知っておくにはいい機会だろう?」 ヒロは言いながら食堂から出て行った。目指すはヴェストリ広場である。 歩きながら1人の生徒を見かけ、声をかける。 「すまんが、ヴェストリの広場とはどこだ?」 まだ学園を把握していないヒロなのであった。 前ページ次ページ爆炎の使い魔
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婚約者であるワルドが同行してくれる事になった。 でも何故だろう―――― 彼に抱かれていても、何かすっきりとしない。 何かが、胸の奥で引っかかっている――― 宵闇の使い魔 第拾話:《暴風》対《閃光》 ルイズは夢を見ていた。 生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷が舞台だった。 彼女は夢の中で、出来の良い姉たちと比較され、しかられ続けていた。 そして彼女は自身が"秘密の場所"と呼ぶ中庭の池に向かうのだ。 心に受け続ける傷を少しでも癒すために。 彼女は池に浮かぶ小船の中に逃げ込んだ。 「泣いているのかい、ルイズ」 暫くすると、年のころは16歳程の、マントを羽織った立派な貴族が現れた。 ワルドだ。彼女にはすぐ分かった。 これが夢だと理解しているルイズには、久しぶりに見かけた婚約者が夢に出てきてしまうなど恥ずかしかったが、夢の中の幼いルイズはそんなことをお構い無しに声をかけた。 「子爵さま、いらしてたの?」 「あぁ。君のお父上に、あの話のことで呼ばれたのさ」 ワルドは笑う。恐らくは今も変わっていないであろう、爽やかな笑みだ。 そして彼は手を差し出して晩餐会へと誘ってくる。 しかられたばかりの幼いルイズは躊躇するが、彼がとりなしてくれると言う言葉に、その手を握ろうとした――だが、 「きゃっ!?」 突然の突風が吹き、思わず目を閉じるルイズ。 次の瞬間には、自らの身体は今現在のものと変わってしまい、目の前に居た筈のワルドは消えてしまっていた。 それどころか、係留されていた筈の小船が乗り場から徐々に離れて行っている。 《フライ》の使えないルイズには困ったことになってしまう。 「あ、そんな―――誰か!」 ルイズは助けを求めて声を上げる。 すると、先ほどワルドが立っていた場所に、黒尽くめの隻眼の男が、咥え煙草で立っていた。 「何してんだ。流されてるぞ?」 「分かってるわよ。助けなさいッ!」 飄々とした様子で分かりきった事実を口にする虎蔵に、思わず叫んでしまうルイズ。 だが彼は何処吹く風で煙を吐き出した。 池に吸殻をポイ捨てし、踵を返す。 「なに言ってやがる。そんなん使い魔の仕事じゃねえだろ――」 「そんな――やだ、行かないでよ!!」 手を伸ばすルイズ。 だが届く距離ではない。 すると虎蔵は、肩越しに振り返って、こう告げた。 「だいたい、まだ飛べば間に合う距離だろ。そんくらい、自力でなんとかすんだな」 「――ッッ!?」 ガバッと音を立ててルイズは跳ね起きた。 なんて夢だろう、これは。 ワルドとの再開、彼との婚約の話、ワルドが虎蔵に変わり、虎蔵は去りかけ、私に対して言葉を――― 何かを暗示しているとでも言うのだろうか。 酷く喉が渇いている。 ソファーでぐっすりと寝ている虎蔵を起こさないように水を飲むルイズ。 彼女が再び眠りに落ちるには、暫くの時間が必要だった。 そして時刻は早朝。 アンリエッタからの"お願い"を果たすために、 ルイズとギーシュはアルビオン行きのフネが出る港町ラ・ロシェールへ向かうための馬を用意していた。 虎蔵は部屋を出る際に「ちょいと野暮用だ」などと言って何処かへ行ってしまい、彼の分の馬はギーシュが代わりに用意している。 その準備の最中に、ギーシュが使い魔もつれていきたいと言い出した。 巨大モグラのヴェルダンデである。 ルイズは空に浮かぶアルビオンに、モグラなど連れて行けるわけもないと説得しだしたのだが、ヴェルダンデはそんな事はお構いなしでルイズを押し倒した。 原因はルイズの右手に光る《水のルビー》だ。 昨夜、アンリエッタからせめてものお守りであると言って託された物。 この巨大モグラは宝石の類が大好きなのだそうで、その《水のルビー》に鼻をすり寄せている。 「くっ、こら姫様から頂いた大切な指輪に――きゃっ、もうっ!こんなと時にトラゾウは居ないしッ! 「ほら、ヴェルダンデ。其処までだよ。その指輪は彼女の大切な―――」 二人分の馬の準備を終えたギーシュが、 細腕で何とかヴェルダンデを押し返そうとしているルイズを生暖かい視線で眺めながら、パンパンと手を打った。 が、その瞬間―――強い風が吹き付け、ヴェルダンデが吹っ飛ばされた。 「きゃあぁッ!?」 「誰だッ!!」 突風に悲鳴を上げるルイズと、溺愛する使い魔を吹き飛ばされて激昂するギーシュ。 すると朝靄の中から、すらりとした長身の男があらわれた。 見事な羽帽子を被った凛々しい貴族―――アンリエッタの馬車の護衛をしていた男である。 ルイズがハッと息を呑むが、ギーシュは激昂したままに薔薇の造花を掲げた。 しかし――― 「僕は敵じゃあないよ、ギーシュ・ド・グラモン」 「なッ、速い――――それに、なんで僕の名前を―――」 貴族の男が杖を引き抜き、薔薇を切り落とした。 彼はふっと笑って杖を収めると、帽子を取って一礼した。 「姫殿下より、君たちに同行することを命じられた。魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。 ギーシュ君。使い魔の事は申し訳なかったが、婚約者が襲われているとあっては頬っておけなくてね。 まぁ、それに――傷は付けていないつもりだ」 確かにヴェルダンデは吹っ飛びこそしたが、柔らかい地面に転がされただけですんでいる。 ワルドの視線を受けると、わたわたと地中に逃げて行ってしまったが。 ギーシュはそれをみてふぅっと安堵の息をついた。 確かに、止めるのが遅かったのは事実なので、ギーシュは杖をを収めた。 収めるまでも無く切り落とされていたが。 「ワルド様―――」 一方、ルイズは彼の登場に昨夜の夢の冒頭部分を思い出してはぼーっとした視線を向けるが、スカートが捲れ上がって半ば下着まで見えかけた自らの状態に気付くと、慌てて立ち上がった。 ギーシュは初めて見るルイズの乙女チックな様相に、珍しいものを見た――と言った表情を隠せない。 これはどちらかと言えば《微熱》の役割だ。 だが、ルイズもワルドもそのようなギーシュの感想など知る由も無く、 「久し振りだね、ルイズ!僕のルイズ!ははっ、相変わらず君は羽のように軽いな」 「えぇ、お久し振りです、ワルド―――もう、恥ずかしいので下ろしてください」 などと言った調子で、ワルドがルイズを抱き上げている。 ルイズの口調も心なしかおかしい。いや、女らしくなっているだけなのだが。 そこに虎蔵も、葉巻を咥えながらやってきた。 「おいおい、なんの騒ぎだこいつぁ―――」 「ん――やぁ、トラゾウ。彼はワルド子爵。魔法衛士隊のグリフォン隊隊長で、彼女の婚約者だそうだ」 虎蔵に向けて手を上げるギーシュ。 決闘こそした彼らではあったが、虎蔵が昼間にベッドを借りたりしている間にそこそこ会話を交わすようになっていた。 虎蔵はふーん、と葉巻をふかしながら答える。 割とどうでもよさ気な感じだ。 ギーシュも短い付き合いながら、仮に彼女が虎蔵にご執心になることがあっても、その逆はありえないと感じていたので、その薄い反応にも気を止めずに居る。 しかし、実際は虎蔵の反応の薄さには訳があった。 彼は、ワルドが同行すると言うことを事前にアンリエッタから聞いていたのだ。 彼女は、本来ならばルイズと虎蔵、そしてハプニングではあったがギーシュの三名に全てを任せたいのだが、戦力的に十分であるとしても、それ以外の面で不安であると言うこと。 そして、臣下の者を誰一人使わないというのは、最悪の場合問題になりかねないということで、マザリーニ枢機卿の覚えも良いグリフォン隊の隊長を同行させるとの事だった。 事前に虎蔵だけに打ち明けていたのは、ワルドがルイズの婚約者であるためと、ワルドも100%信用できるわけではないので虎蔵に見張って欲しいということだった。 随分と用心深いとも思ったが、王族とものなるとこんなものなのかもしれない。 暫くすると満足したのか、ワルドはルイズを下ろして二人の方へとやってきた。 「君がルイズの使い魔かい?人とは思わなかったな」 「よく言われんよ―――ま、それより満足したならそろそろ出ようや。そろそろ起きてくる奴らが出んぞ」 ワルドは気さくな感じで虎蔵にも挨拶をするのだが、虎蔵は何時もの調子だ。 彼はそんな虎蔵の態度も気にした様子は無く、「それもそうだね」と頷いては、口笛を吹く。 すると、朝靄の中からグリフォンが現れて、彼はそれに飛び乗った。 「さあ、ルイズ。おいで」 「え、えぇ―――」 ワルドが恭しく手を差し出すと、ルイズは一瞬躊躇して虎蔵を見た。 その時虎蔵を見てしまったのは、きっとあの夢のせいだ。 しかし、虎蔵がこっちを気にした様子も無く馬に飛び乗ったのを見ると、ワルドの手を取った。 「では諸君、出発だ!」 ルイズを抱きかかえたワルドがそういって、グリフォンを走らせ始める。 虎蔵とギーシュがそれに続いていった。 ちなみに、ルイズが乗るために用意した馬が、正門前に寂しく取り残されていたそうな。 その日の夜、一行はラ・ロシェールの《女神の杵》亭で夕食をとっていた。 道中はこれといったトラブルも無く、時間こそ掛かったが無事に到着している。 実際は、道中で崖の上から物取りの襲撃を受けたのだが、虎蔵が何処からとも無く取り出した和弓で射掛けると、着弾点に小さなクレーターが出来るほどの威力を連射されては恐れをなし、 逃げ出そうとした所で今度はシルフィードに乗ってやって来たキュルケとタバサにあっさりと捕縛された。 ものの2,3分の出来事だ。 トラブルには入らない。 むしろ出発の瞬間をキュルケに見つかっていたことの方がトラブルだ。一応お忍びなのだから。 もっとも、二人ともギーシュよりよほど魔法の腕に長けるし、タバサにいたっては《シュヴァリエ》の称号を持つほどの実力者なのだから、そう悪いことばかりでもない。 なにより、シルフィードの存在はありがたかった。 一行は食事を取りおえ、ワイングラスを傾けながら身体を休めていた。 特にギーシュは半日以上も馬に乗り続けてへろへろである。虎蔵も、だりーなどと口に出しているくらいだ。 アルビオンへは、フネが明後日にならないと出ないとのことで、今夜は泊まることになっている。 するとワルドが三つの部屋鍵を手にやってきた。 「さて、今夜はもう寝るとしよう。部屋を取った。 キュルケ君とタバサ君、ギーシュ君と使い魔君、そして私とルイズだ」 その言葉に、ルイズがハッとしてワルドを見た。 婚約者だから構わないだろうとワルドは言うが、ルイズとしてはまだ結婚していないのだから駄目ではないかと考えていた。 とはいえ、彼に「二人だけでしたい、大事な話があるんだ」と言われてしまえば、納得するしかない。 ちなみにキュルケは、ワルドがルイズの婚約者であることを盾にして取り付く島の無い様子に既に諦め、虎蔵へと再アプローチを開始していたので興味が無い様子である。 ワルドとルイズの二人が部屋のある二階へ上がると、キュルケは部屋割りについて虎蔵とキュルケ、ギーシュとタバサの組み合わせでも良いわよね、などと提案しだした。 ギーシュはプレイボーイだが基本的には紳士ではあるし、最近はモンモランシーの調教――もとい教育もあるため、タバサと同室にしても問題ないと考えたようだ。 だがそれは、タバサの珍しく心底嫌そうな表情に没案となった。 ギーシュは割りとショックを受けていたようだったが。 翌朝、虎蔵が自室へと戻ってくると、ドアの前にワルドが立っていた。 部屋を訪ねてきたが、誰の反応もなくどうしたものか悩んでいた様子だった。 ちなみにギーシュは居るのだが、昨日の疲れが抜けずに爆睡している。 彼は虎蔵に気付くと、相変わらず気さくな様子で声をかけてきた。 「おや、早いな。散歩にでも行っていたのかい、使い魔君」 「早いっつーか、遅い?まぁ、良いだろ。なんか用かい」 「なに、ルイズから君が伝説の《ガンダールヴ》だと聞かされてね―――更に聞けば、異世界から来たとか」 虎蔵は「まあな」とだけ答えた。 別に口止めしては居なかったし、聞かれて困ることも――今の所はない筈だ。 「それに昨日の物取りを倒したときの手際やら、君が"手品"などと称する技術も含めて、興味が湧いたのだよ」 「悪いが男色の気はねえぜ」 「ははっ、面白いことを言う。僕にも無いよ。なに、ただ一度、手合わせ願いたいと思ってね」 虎蔵の物言いにも気を害することなく、気さくに話を続ける。 その様子に、虎蔵も肩を竦めて苦笑しながら答えた。 「手合わせねぇ――ま、今日は暇だから構わんけどな。何処でよ」 「この宿は昔、砦だったことがあってね。中庭が練兵場になっているのだよ」 「ふむ。なら構わんが―――昼過ぎにな」 虎蔵はそういってドアを開けると、「ちょいと腰が重いんで」などと大欠伸を残して部屋へと入っていってしまった。 ワルドはその言葉を聴くと、彼がドアを閉めてから眉を寄せて、昨夜ルイズから聞かされた彼への評価をマイナス修正した。 あんな適当な男が《ガンダールヴ》だとはな――と。 そして昼過ぎ。 たらふく食事を堪能した虎蔵は、ワルドと共に今は物置き場とかしている中庭へとやって来た。 いつの間に聞きつけたのか、ルイズをはじめ同行者全員が集まっている。 「そんな状態で大丈夫なのかね?」 「なに、腹ごなしにゃ丁度良かろう」 本当に飄々と適当な様子に、ワルドは更に虎蔵の評価をマイナスに進めた。 勿論顔には出さずにだが。 彼は「なら良いのだがね」と答えると、今度は昔話を始めた。 彼曰く、古き良き時代だそうである。 虎蔵には心底どうでも良かった。 一方、ルイズはどうにか止められない物かと説得を試みたが、あれよこれよと丸め込まれてしまった為、はらはらと使い魔と婚約者を眺めている。 しかし、それ以外の三人のギャラリーはというと、勝負の行方について盛り上がっていた。 「彼は風のスクウェア、《閃光》のワルド子爵だよ。幾らトラゾウとはいえ―――」 「でもね、ギーシュ。貴方は見てないから知らないだろうけど、ダーリンはフーケのゴーレムの足を、一撃で切り裂く寸前にまで行くのよ?そんな物を受けられると思うの?」 「それはそうかもしれないが、風のスクウェアともなれば、風の流れでトラゾウの高速移動だって見切れると思うよ。 見切れれば、必ずしも攻撃受ける必要は無いだろう」 「どうかしら―――タバサだって殆ど全く捉えられないのよ?」 「―――始まる」 ギーシュはワルド派、キュルケは虎蔵派のようだ。 タバサの一言で、二人は間に数枚のコインを置いて、視線を中庭の中央へと向けた。 中庭中央。 レイピア状の杖を取り出すワルドに対して、虎蔵が取り出したのは何故かデルフだった。 「―――いや、良いんだよ。もうね。蔑ろにされるのも慣れたよ。あぁ、慣れたともさ」 なにやらやさぐれていた。 だが、虎蔵が「ほれ、使ってやるから刃を潰せ。できんだろ、それくらい」と言うと、やはり使われることは嬉しいのかすぐに言うことを聞く。 まるで駄目男をヒモにしてる女みたいだな、と思ったが、流石に可哀想なので口には出さなかった。 「インテリジェンスソードとは、変わった得物だね」 「だろ?こいつは刀身をある程度自由に変化させられるみたいでな――今回は便利だ」 「真剣でも構わんよ。全力でね。我々、魔法衛士隊は常にそういった訓練をしている」 「さよけ。じゃあ、ま―――得物以外は全力で行くぜ」 ニヤリと笑みを浮かべる虎蔵。 久し振りに骨のある相手だ。 『――ッ!!』 二人の呼気が漏れた瞬間、虎蔵がデルフを構えて一気に間合いを詰める。 しかし、ワルドはそれを予想していたかのように自らも前に出て、金属音を鳴らした。 鍔競りあう二人―――だが、単純なパワーの差でじわじわと押されていくワルド。 「くッ―――たいした力だッ!」 「そりゃどうも。お前さんも、ただの生っちょろい魔法使いじゃねえな」 ニヤリと笑いあう二人。 ワルドは虎蔵に押される力を利用して後ろに飛び、間合いを取る。 だが―― 「なッ!?」 遅い。 虎蔵を相手にするのに、その動きは遅すぎる。 空気の爆ぜる音を残して彼が掻き消えると、背後から殺気。 慌てて身を捻るワルド。 鋭い音が耳元を切り裂き、辛うじて回避できたことに気付くが、その瞬間には思いっきり蹴り飛ばされてしまった。 「――――――ッ」 ギャラリーの四人は、呼吸も忘れるほどに見入っていた。 これが、真に実力あるもの同士の戦い。 手合わせなどと言っていたが、飛び交う殺気がその程度の物でないことをありありと伝えてくる。 「凄いわね―――子爵が閃光だというのなら、ダーリンの荒々しい攻撃は――」 「暴風――」 キュルケとタバサが、まるで無意識の如く呟いた。 蹴り飛ばされたワルドだが、すぐに体制を立て直して杖を振った。 魔法かと思ったが、違う。 虎蔵が高速で斬り掛かって来たのを受けたのだ。 余程頑強な杖なのか、砕け散るということは無かったが、両手で辛うじて止められたといった感じだ。 もはやまともにその戦いを追えているのはタバサだけになっていた。 「ハァ、ハァッ――――驚いたな―――此処までの実力とは」 「お前さんもなかなかだ。正直、メイジって奴を舐めてたよ」 辛うじて距離を取って息も荒く言うワルドに、虎蔵はまだまだ余裕だ。 少なくとも、単純な近接戦闘では話にならない。 ワルドにもそれは十分伝わった。 「しかし、婚約者の前でこのまま終わる訳にも行かないのでね―――」 そう言ってワルドは杖を構えて虎蔵を警戒しながら、呪文を呟き始める。 それを聞くとデルフはガチャガチャと音を鳴らして警告してくる。 だが、虎蔵はそのまま動かない。 「やばいぜ相棒、魔法だ!分かってるんだろ!」 「あぁ、分かってるさ」 ニヤニヤと笑いながらも、そのままで待つ。 ワルドも、詠唱で生まれる僅かな隙を警戒していた為か、動かない虎蔵に怪訝そうな表情をする。 「ちょっと!ダーリン、何で動かないのよ」 「ボクに聞かないでくれ―――何か考えでもあるのか?」 「奥の手――」 喚くキュルケに、あまりの殺気に冷汗すら流しているギーシュ。 タバサはその一瞬を見逃さないように、しっかりと目を見開いた。 ルイズはもはや、微動だにせずに二人を見ている。 虎蔵も、ワルドも、自分の知らない誰かに見えてしまっている。 ――――怖い―――― それだけが彼女の感情だった。 「良い度胸だが、命取りになるぞ!」 詠唱が終わり、杖を振りかぶるワルド。 《エア・ハンマー》―――巨大な不可視の槌が、虎蔵に迫る。 しかし彼は笑みを浮かべたまま―――― 「トラゾウ!」「ダーリン!」 ルイズとキュルケの悲鳴が響く。 ギーシュとタバサも目を見張っている。 強力な《エア・ハンマー》によって砂煙が巻き上げられ、虎蔵が見えない。 しかし、避けた様子は無く――― 「なるほど。こりゃ、たいした威力だ――」 「おでれーた―――なんだ、これ」 虎蔵とデルフの声が聞こえた。 砂煙が風に流される。 其処には――― 「なんだとッ!?」 「―――悪いね」 虎蔵がワルドに向けて翳した手の周囲を、球を幾つも連ねた何か――数珠が盾の用に囲み、浮かんでいる。 虎蔵の周囲を見ると、彼の周り――その数珠による盾の後ろだけが、《エア・ハンマー》から逃れたようで、 それらより外は、地面が僅かに削られている。 「防いだ――――使い魔が――――魔法を―――ハッ!?」 あまりの事態に、一瞬だが呆然としてしまうワルド。 だが、その一瞬が命取りだ。 次の瞬間には―― 「余所見はいかんね」 「まったくだ―――私の負けだよ」 デルフが首筋に触れていた。 刃は潰れているが、冷たい感触がある。 ワルドが敗北を告げて杖を収めると、虎蔵もまたデルフを下ろして、地面に突き立てた。 キュルケとギーシュが歓声を上げて駆け寄ってくる。 ワルドはそれを見て苦笑しつつ、「最後のは何か、教えてもらえるのかい?」と聞いた。 ちなみに数珠はもう消えている。何処にしまったのやら。 「"手品"さ―――おい、暑苦しいから抱きつくな!ほら、それより良いのかい。婚約者をほっといてよ」 「あぁ、そうだね。出来れば、格好良く迎えに行きたかったものだが」 ワルドはそう言って、緊張が解けて座り込んでしまっているルイズの元へと向かう。 「ほんとにおでれーた。相棒、お前ほんとに何者だ―――」 地面に突き立てられたままのデルフの声は、キュルケとギーシュにタバサまで加わった輪に阻まれ、虎蔵の耳には届かなかった。 その頃、同じラ・ロシェールの路地裏にて――― 「さぁて、ほんと―――どうしたものかね」 マチルダが、否、今は《土くれ》のフーケが頭を悩ませていた。 ある場所へ荷物を送るためにやって来たラ・ロシェールでついでに行っていた情報収集中に、仮面を付けた謎の貴族に正体を言い当てられ、逃亡しようとするも追い詰められてしまったのだ。 そこで殺られるか、捕まるか――と思ったのだが、その貴族はアルビオンのクーデター一派で、協力しろと言ってきたのだ。 首に杖を突きつけながら。 その状況で断れるわけも無く、どうやって逃げるかを考えながらとりあえずは引き受けた。 しかし、なんと驚いたことに、彼女が最初に指示されたのが、この街に来ているルイズ達の襲撃指揮であった。 既に手練れの傭兵達を貸し与えられてしまい、すぐに逃げ出す訳にも、彼らに接触する訳にも行かなくなってしまっている。 「はぁ―――男運、悪いなぁ――――」 彼女はそうぼやいて、先日虎蔵から借り受けたとあるものを服の上から撫でるのだった。
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昼飯時、ポルナレフは苦虫を噛み潰したような顔で食堂の入口の近くの壁にもたれていた。 そんな顔してそんな所にいるのにはやはり理由があった。 その日の朝。 ずっと幽霊だったポルナレフにとって久しぶりの睡眠であったため目覚めも非常に良かった。 彼は、こんな清々しいのに頭からゆっくり出るようなことはしたくない、と思い、膝を曲げて反動を付け、思いきりジャンプした。 そして着地ッー! グシャァッ! 「『グシャァ?』」 その謎の効果音に恐る恐る下を見た。 見事同時に着地した両足の下にあったのは見覚えのあるピンクの長髪と鳶色の目をした少女の顔だった。 普段冷静沈着である彼の顔にもさすがに冷や汗が流れる。 「…あー、おはようございます。ご機嫌は如何ですか?我が主人?」 「………イッペン死んでみる?」 彼は散々鞭で打ちつけられボロ雑巾と化した後、一週間の食事を抜かれることとなった。 朝食ヘ向かう途中 「まさか亀が夜中の内にベットに載っていたなんて思わなかったんだ…」 と何度も弁明したのだが、取り消してはもらえなかった。 しかも泣きっ面に蜂と言う様に不幸は立て続けに起こった。 朝食後、ルイズとポルナレフ(と亀)が教室に入ると全員がその隣にいる男を凝視した。彼等はパニックに陥り、亀の中から男の生首が出て来たということしか覚えてなかったからだ。 「あいつ…亀召喚しなかったっけ?」 「違う…あの男の顔をよく見ろ…亀の中から出てた顔だ。ほら脇に亀を持ってる…」 ルイズ達を指差しクラスメート達がひそひそ話をしだした。 ルイズはそんな連中を睨み付けたが、ポルナレフは周りにいる使い魔達をしげしげと眺めつつ、壁にもたれ掛かった。 教師が入って来て授業が始まった。 ポルナレフにとっては魔法の授業というのは珍しく新鮮なものであったので、それなり真剣に聞いていた。 その中で分からない単語、トライアングルだの錬金だのをルイズに聞いていたら教師に注意され、ルイズが前に出て錬金をやらされることとなった。 「ルイズをッ!?先生そればかりはやめた方が…」 赤毛の褐色の肌をした少女の言葉を皮切りにクラス中から反対のコールが起きた。 しかし周りの反対を押し切りルイズは前に出ていった。そして呪文を唱えたのだが、何故か爆発が起こった。 周りの異常な反応にポルナレフの警戒心も久しぶりに覚醒し、他の生徒同様机の下に避難したため無事だったが、教師は助からず最低でも二時間は気絶していた。 教師が意識を取り戻した後、当然罰として掃除をやらされることとなったのだが、ルイズが「主人の責任は使い魔の責任」と掃除をポルナレフ一人に押し付けようとしたのでポルナレフは 「貴様の事を何故俺が一人でやらねばならんのだ? 大体成功するという確信もないなら初めからするんじゃない。」 と拒否した。 「うるさいッ!あんた使い魔の癖に口答えするつもり!?」 「別に俺は間違ったことは言ってないはずだが?」 ポルナレフの態度はルイズが激怒していた所にさらに油を注ぎ込むことになった。 「もういいッ!あんたまで私を馬鹿にするなら更に三日ご飯抜きッ!」 「貴様は俺を殺す気か!?」 「私が上ッ!あんたが下よッ!」 「お前が下だッ!!」 結果、更に三日追加され計十日飯抜きという実刑が下ってしまった。 「『ゼロ』のルイズか…よりによって魔法を一つも使えない主人なんて先が思いやられるな…餓死する前に逃げるか…?」 幸いルイズは亀の能力に気付いていない。というよりどうやら認めたくないらしい。 「まあその亀がいるからしばらくは大丈夫なんだが…」 ポルナレフは長い付き合いとなる相棒の亀を見た。 亀の中にはジョルノ達がいざという時にということで冷蔵庫の中に食料が入っていた。 しかしそれにも当然限りがある。多分持って一週間しかない。 どうにか食事を確保せねばその内餓死してしまうのはコーラを飲んでゲップが出るくらい確実である。 「しかしどうすれば…」 ポルナレフが思わず天を仰いだその時、 「あ、あの…どうかなさいましたか?」 誰かがポルナレフに話し掛けてきた。 ポルナレフが声の方を見るとメイドの恰好をした黒い髪の少女がこっちを見ていた。相手の丁寧な口調に自身も自然と丁寧になる。 「いや…特に何も無い」 ポルナレフはそう言ったのだが、少女は足元の亀を見て、思い出したかのように言った。 「あ、もしかして貴方がミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう平民と亀の…」 つくづく亀の方が有名らしいな、そう思ったのだが黙っておくことにした。 「その通りだが…君もメイジか?」 「いえ、私も平民です。ここには奉公のために貴族の世話しに来ているんです。」 (どうやらここは魔法だけでは補え切れない所があるから平民をいくらか雇っているらしいな。 しかしこれはチャンスだ。上手く行けば彼等から食事を分けてもらえるかもしれない。) 「私はシエスタと申します。良ければお名前を…」 「私はJ・P・ポルナレフだ。亀はココ・ジャンボと言う。」 「ポルナレフさんにココ・ジャンボさんですか…人間と亀って何だか変なコンビですね。」 シエスタはふふっと笑った。 ポルナレフはその笑みにふとJガイルに殺された妹を思い出した。 「…」 「どうかしましたか?」 「いや、何でもない。ただ、妹を思い出してな…」 「妹さんを、ですか?」 「ああ。あいつも君と同じような笑い方をした…いい妹だった。…もう何年も前に殺されたがね…」 「そうでしたか…」 ポルナレフの寂しそうな顔に思わずシエスタも黙ってしまった。 「あ、いや、こんな事を言って済まなかった。今のは聞かなかった事にしてくれ。それより頼みたい事があるんだが…」 「なんですか?」 「実はな、あの憎たらしい小娘に十日も食事を抜くと言われてな…だから何でもするから、しばらくの間食事を世話して貰いたいのだ…」 ポルナレフが頭を下げ頼み込むと、シエスタはまた笑って 「そんなことでしたか。いえ、ずっとそこにいらっしゃるのでどうなされたのかな、と思いまして…どうぞこちらへ」 と言って、どこかへ案内しだした。 To Be Continued...
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前ページ次ページ無情の使い魔 学院長室から『遠見の鏡』を用いて事の顛末を見届けたオスマンは、低く唸りながら己の豊かな髭を撫で上げる。 鏡に映りこんできた場面には、もはや言葉すら出ない。 (ドットクラスのメイジとはいえ、貴族を倒すとはのう……) それだけではない。 先程、慌てて止めに行くと出て行ったコルベールの話が正しければ、あの少年は『ガンダールヴ』の力を発動させるのではとも考え、こうして観察していた訳なのだが―― (やっぱり、違ったのかのう) 決闘の最中、あの少年は武器を何度か手にしてはいたものの、彼の左手に刻まれたルーンは全く反応していなかった。つまり、彼は生身であのゴーレムを叩きのめしたのだ。 コルベールが調べた使い魔のルーン――『ガンダールヴ』とはあらゆる武器を使いこなし、たった一人で幾千もの敵をも薙ぎ倒したという伝説の使い魔だったという事なのだが、もしそれが本当なのならば彼が武器を手にした所でルーンが力を発揮していたはずだ。 だが、あれだけではまだ結果は分からない。 もう少し様子を見る必要があるだろう。 (それにしても……あの子供達みたいじゃったのう) 通りがかる生徒や教師達が恐ろしい物でも見るかのような視線を桐山に送り、避けていた。 「ミス・ヴァリエールの使い魔は悪魔だ」 「メイジ殺しの平民だ」 そんな声も密かに囁かれる。 しかし、桐山はそんな陰口にすら全く興味を抱くことはなかった。 「あんた、本当にただの平民? どうして、あんなに強いのよ?」 寮の自分の部屋に桐山を連れ戻すなり、彼を問い詰めるルイズ。 「習ったんだよ」 にべもなくそう言い、桐山は先程シエスタから受け取った本を読み初める。 「習ったって……どこの平民がメイジを……しかもあれだけのゴーレムを軽く捻じ伏せられるって言うの!」 桐山は読書を続けつつデイパックの中から一冊の厚みがある本を取り出し、ルイズに差し出す。 それを受け取るルイズだが、表紙や中に刻まれた文字は桐山の世界における言語で書かれているものであるため、全く読み取る事ができない。 ちなみにその本のタイトルは「総合格闘技の全て」である。 「……何よ! これ! 全然、読めないわ!」 「それに書いてあった。どう戦えば良いのか」 「こんな本一冊であんなに強くなれる訳がないでしょう! 馬鹿も休み休みに言いなさい!」 癇癪を起こし、本をベッドに乱暴に放り捨てるルイズだが、桐山は動じない。 ここでルイズは自分を少し落ち着かせる。喚いてみたって、どうにもならない。 「……あんたがどうやって学んだかは知らないけど、とりあえずあれだけ強いのはあたしも理解できたわ。 でも、今後はあたしの許可なしに勝手な事は一切しないでちょうだい。……大体、何でギーシュの決闘なんか受けたりしたのよ」 「彼が言ったんだよ。〝決闘だ〟〝逃げる事は許さない〟と」 「あんた、逃げるのが嫌だったの?」 桐山は表情を変えぬまま首を横に振った。 「彼がそう言ったから、そうしただけだ」 「たった、それだけ?」 その事実にルイズは顔を顰めた。 あれだけ強い桐山が決闘を受けたのは、平民である彼なりのプライドでも何でもない。 ただ、彼は〝ギーシュとの決闘〟を「選択」しただけなのだ。 彼にとってはそれに意味などなく、ただそこらに落ちていた小石を蹴ってどかしたりするのと同じでしかない。 平民とはいえ実力のある使い魔である事が分かり、本来なら喜ぶべきかもしれない。 だが、彼のそうした異常とも言える行為が理解できず、逆に恐怖を感じてしまった。 (何よ、しっかりしなさい! あたしはこいつの主人よ! 怖がってどうするのよ!) たとえどんなに異常といえ、自分の使い魔を恐れるなんて、何たる事か。 ルイズは己を叱咤し、桐山への恐怖を打ち消そうと奮い立っていた。 そんな中でも、桐山はルイズを一瞥する事なく読書に夢中だった。 日が落ち、ルイズ達生徒は夕食のためにアルヴィーズの食堂へと赴き、桐山もまた厨房へと訪れていた。 そこで彼はマルトーからや他のコックや給仕達などから「我らの剣よ!」などと讃えられたりしていたのだが、桐山は気にするでもなく昼間とほぼ同じ量の料理を振舞われ黙々と食していた。 桐山が平民でありながら貴族を負かしたという事実に気を良くするマルトーから「どうやってあんなに強くなれたんだい」と聞かれても、桐山はルイズの時と同じく「習ったんだよ」と、それだけしか言わない。 無駄な事は一切話さず、簡潔に一言だけを述べる。マルトーは無口ながら桐山が自らを誇っている訳でないと見て、さらに気を良くしていた。 他のコックらに「みんなも見習え! 達人は決して誇らない!」などと嬉しそうに唱和させるも桐山は気にも留めていない。 「キリヤマさんがあんなに強いなんて、わたし驚きました」 食事を終え、厨房を後にしようとする桐山にシエスタが話しかける。桐山は一度立ち止まり、シエスタの話を聞いている。 あの決闘の一部始終をずっと見届けていたシエスタは初め、桐山がギーシュの召喚したゴーレムにやられてしまうのだと思い込んで悲観的になり、何度も彼に対して謝罪の念を抱いていた。 しかし……結果は見ての通り、桐山の圧勝にて終わった。それだけではない。シエスタは桐山の優雅な戦い振りに惹かれてしまったのだ。 それでいて全く傷一つ付いていないなんて、驚きを通り越して唖然としていた。 「……あの、本当に申し訳ありませんでした。わたしのせいで、桐山さんを危険な目に遭わせてしまって」 実際は全く危険ではなかった訳だが、これくらいの謝罪はせねばとシエスタは頭を下げる。 「いいんだ。ああいうのも面白いんじゃないか」 と、だけを言って厨房を後にしてしまった。 (もう少し。せめて、少しくらい笑ってくれたらなぁ……) シエスタは桐山と出会ってから今に至っても、彼が一度として笑顔を見せてくれない事を少し残念に思っていた。 笑顔だけではない。彼はあの無機的な表情をまるで人形のように一切、変化させていないのだ。 どうにかして、せめて微笑みくらいは見せてくれないだろうか。 女子寮へと戻り、ルイズの部屋に入ろうとするが鍵がかかっている。中に人の気配がないので、まだルイズは戻ってきていないようだ。 仕方がないので扉の横の壁に寄りかかり、静かにルイズを待つ事にする。 「……?」 すると、学ランの裾を何かが引っ張り、足元に熱さを感じる。 初めはそれほど気にするでもなく静かに佇み続ける桐山だったが、引っ張る力が強くなり、今度は「きゅるきゅる」と変わった鳴き声が聞こえてきた。 ちらりと視線を足元に向けると、そこには赤い体をした大きなトカゲの姿があった。尾の先にはじりじりと火が灯っている。 そのトカゲ――サラマンダーは学ランの裾を咥えたまま、くいくいっと引っ張っていた。 桐山はじっとそのサラマンダーを見つめ、小首を傾げるが、全く離そうとしないのを見て自分をどこかへ連れて行こうとしているのを察した。 学ランから口を離したサラマンダーはルイズの部屋の隣の部屋へ向かってのしのしと歩いていき、中へと入っていく。 その後を付いていき、桐山も中に足を踏み入れる。 中は暗闇に包まれていた。 正確には窓の外から入り込む月の微かな明かりや先程のサラマンダーの尾の灯火だけしかなかった。 「扉を閉めて下さるかしら?」 と、暗闇の奥――ベッドの方から妖艶な女の声がかかる。 桐山は後ろ手に扉を閉める。するとパチン、という指を弾く音と共に部屋の中に立てられた蝋燭が一本ずつ僅かな間隔を開けて灯っていった。 桐山のいる場所からベッドまで、まるで一つの道のように蝋燭の明かりは続いている。 ベッドに腰掛けているキュルケは、年頃の男ならば目のやり場に困る姿をしている。 彼女はベビードールのような下着だけしか身に着けていない。 桐山はそれを見ても特にどうも思わぬまま彼女を見続けていた。 「そんな所にいないで、こちらにいらっしゃいな……」 そんな彼を見て、困惑していると思い込んでいたキュルケは色っぽく声をかけて誘う。 溜め息も何の反応もせぬまま桐山はキュルケの目の前まで歩み寄る。 桐山の凍りついた瞳を間近から目にしたキュルケは思わず、ぞくりと身震いをした。 しかし、彼女が感じているのは恐怖ではなく、高揚感であった。 「初めまして。使い魔さん。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 妖艶に微笑みながら自己紹介をするキュルケ。 「あなたのお名前は?」 「キリヤマ。キリヤマ、カズオ」 桐山が無機質に名乗ると、キュルケは大きくため息をついた。そして悩ましげな目付きをする。 「……あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね。 ――思われても仕方ないの、わかる? ――あたしの二つ名は『微熱』。あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんな風にお呼びだてしたりしてしまう……。わかってる、いけないことよ……。 ――でもね、あなたはきっとお許し下さると思うわ」 キュルケは立ち上がり、桐山の間近くで彼の氷のような瞳をじっと見つめた。 「恋してるのよ。あたし、あなたに。恋はホント突然ね……。 ――あなたがギーシュのゴーレムを倒した時の姿、とても素敵だったわ。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ! ――あたしね、それを見て痺れたのよ。信じられる? 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ! ――二つ名の微熱は情熱なのよ!」 と、勝手に一人で盛り上がるキュルケだが当の桐山はそんなキュルケを見ても全く表情を変えていない。 それどころか、くくっと小首を傾げるだけだった。 (あら、ガードが固いわね……) 普通の男だったらここまでにダウンしているというのに、この桐山という少年にはキュルケの色気が全く通じていない。 次はどう攻めようかと思案したその時、窓の外が叩かれた。 そこには恨めしそうに部屋を覗く一人の男の姿が。 「キュルケ……待ち合わせの時間に君が来ないから着てみれば……」 「ぺリッソン! ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケは胸の谷間に差していた杖を振り、蝋燭の火から大蛇のような炎が伸び、窓ごと彼を吹き飛ばす。 その後もスティックス、マニカン、エイジャックス、ギムリまでもが姿を現すがキュルケの魔法やフレイムによって次々と吹き飛ばされていった。 「でね……あ! ちょっと!」 その間に桐山は興味を失ったかのように踵を返し、無言で部屋から出て行こうとする。 ノブに手をかけようとした途端、扉が乱雑に開け放たれた。 「ちょっとキュルケ! うるさいわよ……ってキリヤマ! あんたなんでこんなとこにいるのっ!?」 そこに立っていたのはルイズだった。そして、わなわなと肩を震わせている。 「取り込み中よ、ヴァリエール」 「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してるのよ!」 「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもの」 二人が言い合う中、桐山は興味もなさ気にルイズの脇を通って部屋を後にしていた。 ルイズはすぐ様彼の前に立ち塞がり、問い詰める。 「まだ話は終わってないわ! 何で、あんたがツェルプストーの所にいるのよ!」 「彼女が俺を呼んだんだ」 「……あんた、それだけでホイホイ彼女の所へ転がったっていうの……?」 ピクピクと口端を引き攣らせ、殺気立つ。しかし、桐山はそれには全く動じず、 「俺を呼んできた。俺はとりあえず部屋に入ってみた。それだけだ」 と言い残し、ルイズの横を通って彼女の部屋へと戻っていった。 「待ちなさい! ちゃんと説明してもらうわよ!」 桐山を追いかけ、ルイズも部屋へと飛び込んでいった。 フレイムと一緒に取り残されてしまったキュルケは、先程目にした桐山の瞳をふと思い返していた。 人形のように凍りついた、冷たい瞳。それはまるで全てを容赦なく凍てつかせるようなものだった。 その瞳が、自分の友人とよく似たものである事に気付く。 (……いえ、あの子よりももっと冷たいわね) トライアングルクラスのメイジである友人よりも、彼の瞳は圧倒的に冷たかった。 そして、一切の感情が宿っていない事に気付く。 翌日は虚無の曜日。休日であり、授業はなかった。 ルイズは桐山を連れて街へと向かう事になった。戦う事ができる桐山に剣か何かを買ってあげようと考えたのである。 使い魔たるもの、主人を守るのも役目の一つ。いくらドットクラスのメイジに勝てたからと言って所詮は平民だ。 剣一つくらいは持たせなければ、それ以上の実力のメイジと戦う事になっても勝てる訳がない。 桐山は特に何の意見もなく、ただ彼女に付いていく事になった。 (……な、なによ! あいつ! 何で、あんなに上手いのよ!) 馬に乗って街まで向かっていたのだが、ルイズは馬術が得意な自分と全くの互角、いや自分よりも優雅で遥かに見事な腕前で馬を走らせているのを見て何故だか無性に腹が立った。 主人である自分が得意とするものが、使い魔に劣る。それがとても悔しかった。 「……あんた! もう少しゆっくり走りなさい! 主人より前に出るのは許さないわよ!」 理不尽な嫉妬が混じった叫びを上げると、桐山は素直にスピードを落としてルイズの隣につく。 「あんた、何でそんなに馬の扱いが上手いの? 前にも乗った事があるの?」 「いや、馬に乗るのはこれが初めてだ」 などと言われてルイズは驚く。初心者? 冗談ではない。自分でさえここまで技術を磨くには時間がかかったのだ。それをほんの僅かな時間でここまで身に着けられるものなのか? 「……う、嘘おっしゃい! だったらどうしてそんなに馬の扱いが上手いのよ!」 「お前を見て覚えたんだ」 (あ、あたしを!? ……な、何なのよ! こいつ!) 確かに乗り始めてから数分の桐山はそれ程乗馬は上手くはなかった。 それを、ルイズの乗馬を僅かに見ただけであそこまで技術を物にするなんて。……化け物だろうか? 一方、学院の学生寮。自室で休日の楽しみである読書にふけていたタバサだったが、突然扉を乱雑に開けて乱入してきた人物に妨害される。 タバサは杖を取り、サイレントの呪文を唱えようとするが、 「待って!」 それが友人であるキュルケであると確認し、中断する。 「タバサ! 出かけるわよ! 支度して!」 「虚無の曜日」 「分かってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日なのか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。 でも、今はね、そんな事言ってられないの。恋なのよ! 恋!」 と、自分の肩を抱くキュルケ。 「あぁもう、説明するわ! 恋したのあたし! ほら使い魔のキリヤマ! 彼があの人が憎きヴァリエールと出掛けたの! だからあたしはそれを追って突き止めなきゃいけないの!」 キリヤマ。その名前にぴくりと僅かに反応するタバサ。 「わかった」 そう一言答え、読んでいた本をしまうと準備をする。 ずいぶんと物分りが良いので、キュルケは一瞬呆気に取られた。 「……まあ、いいわ。とにかく二人は馬に乗って出かけたの。あなたの使い魔のシルフィードじゃなきゃ追いつかないのよ!」 沈黙したままタバサは準備をし、窓を開けると指笛を吹く。 そして、飛んできた彼女の使い魔、風竜シルフィードに乗ってルイズ達を追った。 タバサがこれほどまでに軽く了承したのはキュルケに頼まれたからではなかった。 (彼は……わたしと似ている) あのキリヤマという少年。彼が自分とよく似ていたからだ。 雰囲気、表情、瞳……何もかもが自分と酷似していた。 まるで客観的に自分という存在を見ているような気がして、興味が湧いた。 三時間程、馬を走らせて王都トリスタニアの街へと着いたルイズ達。 今日は虚無の曜日という事でブルドンネ通りには多くの人々が忙しそうに行き交い、通りの脇には露天や商店が並んでいる。 「この先にはトリステインの宮殿があるのよ、だから街として発展もしているの」 桐山に少しくらいは説明した方が良いと思い、ルイズは大通りの先を指差す。 当の本人は田舎者のように辺りをキョロキョロとする訳でもなく、その視線はじっと正面のみ見据えられていた。 「ええと、武器屋はこっちだったわね」 そう言って路地裏へ入るルイズ。桐山もしっかり付いてくる。 路地裏は表通りに比べて日も当たらなくて陰気であった。 「ここら辺は治安が良くないから、あまりここへは立ち寄りたくないのよね……」 と、溜め息を吐くが路地を進んでいると突然、4人の男が二人の前に立ち塞がってきた。 「へっへっへ、貴族のおふた方。ここを通るには通行料が必要でね」 ごろつきの一人が下品に笑う。その手には小さなナイフが握られていた。 「で、いくら欲しいのよ」 「へっへっへ、そうだな。有り金全部出してもらお――ぎゃああああぁぁっ!!」 ナイフを突きつけながら言い終える直前に、突然男が絶叫を上げて蹲った。 その手からはいつの間にかナイフが消え、男の右目に突き刺さっている。 (な、何!? 何が起きたの!) 「このぉ!」 三人がナイフを振りかぶって一斉に飛び掛っていったのは桐山であり、ごろつき達が立ち塞がってから変わらぬまま静かに佇んでいる。 それからルイズは唖然とした。 桐山は三人を、五秒とかからずに次々と地に伏させていたのだ。 一人は両腕をあらぬ方向にへし折られてナイフを脚に突き刺され、 一人は桐山の手刀でナイフを手にした手首を真っ二つにされてその手首ごとナイフをもう片方の腕に突き刺され、 一番マシであった一人は桐山に手を掴まれて捻られ、足を引っ掛けられて前に一回転しながら地に叩きつけられて昏倒するだけで済んでいた。 「あぁ……ああぁ……」 尻餅をついていたルイズは微塵の容赦もなくごろつきを叩きのめした桐山を見て、恐怖を抱きかけていた。 何故、あそこまで冷酷になれるのだろう。ごろつきを叩きのめすのであれば、最後の一人のようにするだけで良いではないか。 「……あ、ちょっと! 待ちなさい!」 足が震えて立ち辛かったが、つかつかと先へ進みだす桐山の後をルイズは追った。 二人が路地を去った後も、ごろつき達は地を這い蹲ったまま呻き声を上げていた。 今ので憔悴しかけたルイズであったが、桐山が人を殺さなかっただけでも幸いだったと感じ、改めて自分を奮い立たせていた。 そして、目的の武器屋へと入っていく。 やや薄汚れた店内には様々な武器が置かれているが、店主は働く気があるのかカウンターでタバコを吹かしている。 しかし、ルイズ達の姿をみるや否や、媚びへつらった顔をする。 「旦那、貴族の旦那。うちは真っ当な商売をしていまさぁ。お上に目をつけられるようなことは、これっぽっちもありませんよ」 「何を勘違いしてるの。客よ」 と、ルイズが言うと店主は眉を顰めだす。 「貴族が、剣を……?」 「あたしじゃないわ。こいつに見合う剣を適当に一つ見繕ってちょうだい」 と、桐山を指差す。桐山は既に店内に置かれた剣を手にしてそれをじっと見つめていた。 しかし、どれを手にしてもすぐに興味を失ったかのように戻してしまう。 「あぁ、従者様にですかい。彼でしたら……」 良い鴨が来たものだと微かに笑いながら店主は1メイル程の長さの、ずいぶんと華奢な細身の剣を取り出した。 「昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」 「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」 「へえ、何でも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしてましてね」 店主曰く、『土くれのフーケ』というメイジの盗賊が貴族の財宝を盗みまくっているという。 しかし、ルイズは盗賊には興味はない。 「もっと大きくて太いのがいいわ」 「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見た所、若奥様の従者様にはこの程度が無難なようで」 「大きくて太いのがいいと言ったのよ」 ルイズと店主が交渉をし合う中、桐山はそちらに全く興味を示さず自分で勝手に剣を取っては戻している。 「これなんかいかがです?」 そして、店主が取り出したのは所々に宝石が散りばめられた、1.5メイルはあろうかという大剣だった。 「ほら! キリヤマ! あんたもこっちに来なさいよ!」 ルイズが桐山の服を引っ張って呼び寄せると、彼にその剣を渡す。 じっとその剣を見つめていた桐山であるが、その剣ですら他の剣同様にすぐ興味を失ってしまい、素っ気無く店主に返してしまった。 それどころか、もうこの店に用は無いと言いたげに踵を返し、店の外へ出て行こうとしてしまう。 「ちょ、ちょっと! どこへ行くのよ! キリヤマ!」 慌ててルイズが彼の腕を掴んで呼び戻す。 「あんたのために剣を買ってあげようって言ってるんじゃない! それを無碍にする気!?」 これではせっかく街まで来た意味がない。 「じゅ、従者さん……お気に入りにならないのでしたら、また別の剣を――」 店主もせっかくの鴨である客がこのまま何も買わずに帰ってしまうのだけは避けたかった。 そんな時だった。 「へっ、ざまあねえな」 突然、どこからともなく男の声が聞こえた。 「客に逃げられるようじゃあ、所詮はその程度よ!」 「何の声?」 ルイズがきょろきょろと辺りを見回す。 すると、店主が積み上げられた剣に向かって叫びだした。 「やかましい、デル公! お前は黙ってやがれ!」 桐山は再び踵を返すと、声がした方へ向かって歩き出す。 「黙らせられるもんなら、やってみるんだな!」 その声は一振りの錆付いた剣から聞こえてきた。 「これって、インテリジェンスソード?」 「はあ、『デルフリンガー』っていうインテリジェンスソードでして。……一体、どこの魔術師が始めたんでしょうねぇ。剣を喋らすなんて……。 やいデル公! それ以上、余計な事を言ってみろ! 貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」 「面白れえ! やってみろ! こちとらどうせ、この世にゃ飽き飽きしてた所さ!」 店主とデルフリンガーが言い争う中、桐山はその剣を無言で手にし始めた。 デルフリンガーは桐山の手の中で、桐山を観察するかのように黙りこくっていた。 それから少しすると、小さな声で喋りだす。 「おでれーた。……てめえ、『使い手』か。……って、何だよ!」 そのデルフリンガーでさえ桐山はすぐに興味を失って戻してしまい、離れていった。 「ちょ! ちょっと待て! おい、俺を買え! いや、買ってくれ! おいってばああぁぁっ!」 悲痛な叫びで懇願するデルフリンガーに、さすがの桐山もまた戻ってくる。 そして、再び手に取った。 そして、ルイズをちらりと一瞥する。どうやら、これに決めたようだ。 ルイズは桐山が変な物を選んだ事を意外に思って細く溜め息をつく。 「おいくら?」 「……え? ああ、あれなら20で結構でさ」 「あら、そんなに安くて良いの?」 「こちらとして良い厄介払いになりますんで」 ルイズが桐山に預けたサイフには200エキュー程のお金が入っている。 充分過ぎる程、破格の安値だった。 桐山は店主から渡された鞘ごと、黙々とデルフリンガーを背負っていた。 「あんた、本当にそんなので良いの?」 武器屋を後にし、馬を繋いでいる所まで戻っていく中、ルイズは桐山に問う。 正直、どうして桐山がこんなボロい剣を選んだのか不思議でならなかった。 「いいんだ」 それだけを言い、後は沈黙するだけだった。 「おい! 平民!」 学院に戻ってくるなり、突然桐山を呼び止めた生徒がいた。 ルイズと同級生のラインメイジ、ヴィリエ・ド・ロレーヌである。 彼曰く、先日のギーシュとの決闘で彼が勝ったのが許せないという事だった。 平民の分際で貴族に勝つなどという事はあり得ない。インチキだ。自分ならば彼に勝ってみせる。 そのような理不尽な因縁をつけてきたのである。 ルイズが必死に止めようとしても、ロレーヌは「ゼロのルイズは引っ込んでいろ!」などと言ってくる。 「決闘だ! 平民め!」 そう意気込み、桐山に挑んだロレーヌだった。 しかし、結果はすぐに出ていた。 「あ……あう……」 ものの数秒で地に這い蹲るロレーヌ。その右腕は手首から肩まで見事にへし折られている上に、杖も桐山の手刀で真っ二つにされていた。 その後桐山に対して貴族に勝ったという事実を受け入れられない尊大な生徒達は次々と彼に挑んでいった。挙句の果てには決闘など関係なく、一方的に桐山を叩きのめそうと喧嘩を売ってくる。 最悪、本気で桐山を殺そうとする者さえいた。 だが、桐山はどの相手もほとんど時間をかけずに逆に叩きのめしていた。 優秀な成績を収める生徒さえも、彼には全く歯が立たず、。一矢報いる事さえできない。 そして誰もが水のメイジによる治療が必要な程の重傷を負わされていた。 ただ、桐山もメイジは杖が無ければ無力化できるとすぐに学習していたため、杖をへし折られるだけで済んだ運の良い生徒もいた。 決闘を挑んだ生徒達は桐山を貴族に歯向かったとして訴えるべきだ、と学院長へ直談判していたが、 「馬鹿者。そもそも一方的に決闘を挑んだのはお主達じゃ。それに、彼はミス・ヴァリエールの使い魔。彼に罰を与えるのは彼女だ」 と、突き返されてぐうの音も出ないようだった。 夜が更けた頃、学院庭の塔の壁の傍で夜風に当たりながら桐山は読書をしていた。 学院の生徒達に次々と重傷を負わせてしまったという事で、ルイズからその罰として今日は部屋の外で寝るように命じられたのである。 実を言うと、ルイズもその生徒達から「もう少しお前の使い魔の躾をちゃんとしろ」などと逆恨みされてしまったのでこうなってしまい、そのため仕方なしにこうさせた訳である。 もっとも、ルイズの部屋のすぐ外で構わなかったのだが、桐山はあろうことか学院の庭まで移動していた。 「しっかし、お前さん本当に容赦がなかったな」 傍に立て掛けられたデルフが感嘆に呟く。 「貴族のガキ共相手とはいえ、少しは手加減してやっても良かったんじゃねえかい?」 「……道端の石ころをどかしただけだ」 と、答えるとデルフは溜め息を大きく吐き出す。 「……ったく、とんでもねえやつだなぁ。武器もまともに持たずにメイジを叩きのめすなんて、お前さん何者だよ?」 しかし、桐山は答えずに読書を続けている。 「シカトかよ……」 少し切なそうな声を出すデルフ。 すると、そんな桐山の元に一人の小さな人影が歩み寄ってくる。 桐山はそれに全く興味を示さずに読書を続けていた。 結局、昼間はキュルケと共に街へ行っても桐山に会えなかったタバサだが、そこで彼を見かけていた。 (そっくり……) 読書をしている彼のその姿に、タバサは息を呑んだ。 自分も読書は好きだ。そして、それに夢中になると周りの事などほとんど眼中になくなる。 まるで彼のように。 自分が近づいてきても、彼は全く興味を示さない。 ますます、自分という存在を客観的に見ているように思えていた。 桐山のすぐ隣に立ち、彼が呼んでいる本の中を見てみる。 自分の知らない言語で書かれた専門書みたいだ。 ちなみにその本のタイトルは「腹々時計」である。 タバサには内容が全く分からないが、桐山が自分など気にせずに読み続けているので余程内容が面白いのかと思っていた。 「本、好き?」 「ああ」 話しかけてみると、桐山はタバサを一瞥する事無く答える。 「何ていう本?」 「色々な戦い方が書いてある」 と、簡潔に述べて再び本に視線を戻していた。 (……そう。彼は、強い) ギーシュだけでなく、この学院の様々な生徒達がまるで相手にならなかった彼。 タバサもこれまでに様々な危険な任務に従事し、多くの敵と相まみえてきたが、正直彼の強さがどれ程のものなのかとても興味があった。 これまで自分は、己の目的を果たすべく力を蓄えてきた。 その力が、『メイジ・キラー』である彼に通用するかどうか……。 そのような黒い衝動が彼女を突き動かす。 「ん? どうしたんだい、嬢ちゃん」 デルフが桐山の横で、自分の身長よりも大きい杖を構えだすタバサに困惑しだす。 桐山はデルフがそのように慌てても、相変わらず読書に夢中だった。 「あなたと、手合せがしたい」 桐山は目を伏せると本もパタンと閉じ、デイパックの中にしまう。 そして、立て掛けていたデルフリンガーを手にしていた。 「おいおい、やめておけよ。こいつはここのガキ共が全く相手にならなかった奴だぜ? ケガしてもしらねえぞ」 「終了の条件は、相手を地面に倒す事」 デルフを無視して彼からゆっくり後退るタバサは桐山にルールの説明をした。 桐山は逆手に持ったデルフリンガーを無造作に垂らしたまま、自分から離れていくタバサを見つめている。 他の生徒達はルールの説明もなしに、一方的に彼を攻撃した。それで彼に半殺しにされた。 桐山は一切の感情が宿らない冷たい瞳で、タバサを見返していた。 タバサに対して苛立ちも、怒りも、敵意も、殺意も、何一つ抱いている訳ではない。 恐らく他の生徒達同様、目の前に転がっていた石ころをどかそうとするだけなのだろう。 前ページ次ページ無情の使い魔
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前ページ次ページサイヤの使い魔 地平線から登ってきた太陽が、夜のうちに冷やされた大気へと地面が放出した霧状の水分をきらきらと照らしている。 朝もやに包まれたトリステイン魔法学院の馬小屋には人気が無く、鼻腔から白い息を吐き出す馬やグリフォンらの他には、人間が2人いるだけだ。 そのうちの1人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが口を開いた。 「ゴクウ、きつくない?」 「大丈夫だ。けどちょっと左に偏ってんな」 「わかった。調整するわ」 ルイズは、馬小屋から失敬した馬具を分解して、革紐の部分を悟空の身体に縛り付けていた。 アンリエッタから仰せつかった任務の目的地、アルビオンは浮遊大陸である。 通常の手段で行くとなると、まず港町ラ・ロシェールに行き、そこからアルビオン行きの定期便に乗り換える必要がある。 しかし、ラ・ロシェールまでは馬に乗って行っても優に2日はかかる上に、定期便もアルビオンがトリステインに最も近く時期でないと出港しない。 一刻も早くアンリエッタの悩みを解決したいルイズは、そんな悠長な手段でアルビオンに行く気は更々無かった。 何といっても、自分には悟空がいる。 タバサの風竜をも上回る速度で大空を自由自在に翔ける彼に乗っていった方が余程早い。 そのため、悟空の背中に自分を括り付けて飛べるよう、あれこれ試行錯誤しているのだった。 「今度はどう?」 「良さそうだ」 悟空が分解してできた金具の余りをひとつ摘み上げ、両腕の付け根をぐるりと回すようにして通された革紐を胸の前まで手繰り寄せ、金具を指先で押し潰すようにして2本の紐を繋ぐジョイントに加工した。 それを確認すると、ルイズはサドルホルダーを悟空の背中側に取り付けた。適当な金具で仮止めし、悟空にずり落ちないよう金具を締め上げて固定させる。 ルイズは頭絡を取ると、輪になっている部分に両腕を滑り込ませ、手綱の余った部分を悟空と自分に何度か巻きつけ、飛行中に体勢がずれないよう数箇所で縛った。 グローブをはめ、頭絡とサドルホルダーを余った金具で固定し、最後にデルフリンガーを悟空の身体に袈裟懸けにすると、出発準備が整った。 デルフリンガーを胸の前に抱え、不恰好な負ぶい紐でルイズを背負ったような格好である。 「浮いてみて」 悟空が舞空術で地面と平行に浮くと、ルイズはちょうど悟空の背中に腹ばいに寝そべる体勢になった。 がっちり身体が固定されていることを確認すると、ルイズは悟空の脇の下から手を通し、悟空の胸の下にある革紐を掴んだ。 ついでに悟空の背に顔を埋め、使い魔の匂いを胸いっぱいに吸い込む。 「んふ~」 無意識のうちにルイズの頬がほころんだ。本能的に頬を悟空の背にすりすりする。 「おい、くすぐってえよ」 「あ…、ご、ごめん」我に返ったルイズの顔が真っ赤に染まった。「…じゅ、準備できたわ」 「よーし、じゃ、行くぞ!」 浮遊大陸アルビオンを目指して、悟空とルイズは飛び立った。 馬小屋に係留していたグリフォンにワルドが跨ったのは、それから20分後の事だった。 魔法学院を一望できる高さまで飛び上がると、ルイズを捜し求めて周囲をぐるぐると旋回する。 しかし、何処を探してもルイズの姿が見当たらない。 まだ部屋に居るのだろうかと、サイレントでグリフォンの飛翔音を消し、無礼を承知で彼女の部屋を覗き込むが、部屋はもぬけの殻だった。 再び馬小屋に戻り、馬の数が減っていないか確認する。馬は減っていないようだったが、代わりに分解されたと思われる馬具の残骸が落ちているのに彼は気付いた。 グリフォンから降りて金具の一つを拾い上げ、これがルイズと何か関係するのだろうかと考えていると、生徒が1人凄い勢いで走ってきた。 ワルドは昨日、品評会でその生徒を見たのを思い出した。確かギーシュ・ド・グラモンとかいう名だ。 グラモン家は戦場で何度か見たことがある。いつも実力不相応な戦力を率いては、見栄えを優先した戦陣を敷き、それなりの戦果を挙げてはいた。 ただ、どう考えても金の使い方を間違ってるとしかワルドには思えなかった。自分なら、もっと安上がりに同等の結果を出せる。 とはいえ、金の払いはいいので、傭兵たちからの評判はそう悪くなかった。実際、ワルドもグリフォン隊を率いる前に一度グラモン元帥の元で働いた事がある。 その時の報酬は、今の地位についた彼の給料――役職手当を含む――を若干上回っていた。 あんなに羽振りが良くて、よくもまあれだけの領地でやっていけるものだとその額を数え終わったワルドはその時舌を巻いた。 「はあっ、はあっ……、…くそ、遅かった…」 「おはよう。どうかしたのかね?」 「こ、これは…、子爵、どの……」相手がワルドだと気付いたギーシュは、息が上がっているのも構わず、敬礼の動作を取った。 「休んでくれ給え」形式的に敬礼を返したものの、ワルドはすぐに相好を崩した。「もしや、ルイズの事かね?」 「そうです。ぼくの使い魔が彼女らを見たので、急いで馳せ参じたのですが……」 「彼女ら、だって?」 「使い魔も一緒です。彼女は、使い魔に乗って飛んで行きました」 「確か、彼女の使い魔は…」 「ソンゴクウ、という……」ギーシュは言いよどんだ。「…平民です。生徒の中には『天使』という者もいますが」 ワルドは昔読んだ『イーヴァルディの勇者』を思い出した。 その本に出てくる主人公の頭にも、光る輪が浮いていた気がする。そしてその本で主人公は『天使』と呼ばれる存在だった。 それが何を指すのかワルドには判らなかったが、後にその本が焚書の憂き目に遭った版だという事を知ると、恐らくブリミル教の信奉者にとって目の上の瘤となる描写があったのだろうと彼は結論付けた。 「随分と古い表現だな。昔読んだ本に、そんな事が書いてあった気がする」 「『イーヴァルディの勇者』ですか?」ギーシュは微笑んだ。「貴方のような方が、あんな御伽噺をご存知とは思いませんでした」 「誰にだって子供時代はあるさ。それより、ルイズの事だが、何で君がそれを知っている?」 「ぼくのヴェルダンデが目撃したんです」 「君の…誰だって?」 ギーシュは足で地面を数回叩いた。すると、叩いた場所の地面が盛り上がり、やがて小さい熊ほどもある大きさのジャイアントモールが姿を現した。 ふにゃっと表情をだらしなく緩めたギーシュがモグラの傍らに膝をつき、ほおずりしながらモグラの喉元を撫でさすった。 まるで○ツゴロウさんだ。 「よーしよしよしよしよしいい子だヴェルダンデ! ああ、ぼくの可愛いヴェルダンデ! やはり君は最高の使い魔だあーッ!」 「…………」 「ごほーびをやろう! よくできたごほーびだ! どばどばミミズ2匹でいいかい?」 モグモグモグ、とヴェルダンデと呼ばれたモグラが鼻を鳴らす。 「3匹か? どばどばミミズ3匹欲しいのか! 3匹! このいやしんぼめッ!」 「…あの………」 「いいだろう3匹やるぞ! レッツゴー3匹!」 「おーい……」 懐から太さが2サントはありそうな巨大なミミズを取り出すと、ギーシュはそれを宙に放った。 ヴェルダンデが図体に似合わぬ俊敏さで飛び上がり、空中で全てのミミズを一息で咥える。 着地と同時にねちょねちょと咀嚼するヴェルダンデに、再びギーシュが擦り寄った。 「よーしよしよしよしよしよし! 立派に取れたぞヴェルダンデ!!」 再びモグラの喉元をナデナデし始めたギーシュに、ワルドは無言で杖を抜くと、軽いエア・ハンマーをかました。 「ぶぎぉッ!?」 「そろそろ本題に入りたいのだが」 「はっ、申し訳ありません」 「…なるほど。では私は相当出遅れてしまったようだな」 ギーシュを介してヴェルダンデから一部始終を聞いたワルドは、再びグリフォンに跨った。 拍車をかけ、グリフォンが一声鳴いて学院の門の方向へ向き直ると、ギーシュが遅れじと追いすがった。 「子爵! ぼくも連れて行って下さい!」 「君を?」 「アンリエッタ姫から仰せつかった任務の事でしょう?」 「何の事だね?」 「隠し立てする必要はありません。ぼくも昨夜、ルイズやアンリエッタ姫と一緒にいました」 ワルドは考えた。アンリエッタ姫からは、この貴族の少年が同行するとは聞かされていない。 かといって、今から姫の所に行って問い質すわけにも行かない。そんな事をしている間にも、ルイズとその使い魔はアルビオンに刻一刻と近づきつつある。 とりあえず連れて行っても邪魔にはならないだろう。いざとなったら捨てればいいだけの話だ。 「……なるほど。そういう事なら一緒に行こう。だが残念ながら僕のグリフォンは一人乗りでね。君には馬に乗って行ってもらわなくてはならない」 「ご安心を! 乗馬には自信があります!」 「いやそういう問題じゃない。僕のグリフォンとそこいらの馬とじゃ、航続力に差があり過ぎると言いたいんだ」 「…ぬ、ぬう……」 「僕は一刻も早く2人に追いつきたい」 「そういう事なら、考えがありますわ」 不意に、頭上から声がした。 ワルドとギーシュがその方向を仰ぎ見ると、青い風竜に乗った燃えるような赤毛と透き通る水のような青毛の生徒がこちらを見下ろしていた。 キュルケとタバサである。 「キュルケじゃないか! 何でここに!?」 「あんたと同じよ。ルイズとゴクウが何かやっていたのを見たから、急いでタバサを叩き起こしてやって来たのよ」 結局間に合わなかったけどね、とキュルケは手のひらを上にして肩をすくめた。 いつもなら、キュルケの頼みとあれば自分の着衣など二の次で協力してくれるタバサが、悟空絡みだと知るや、自分の身支度が済むまでは頑としてシルフィードを呼ぼうとしなかったためだ。 更なる闖入者の出現に、ワルドは自分のペースが崩されていくのを感じた。何か、こいつらを都合よく置き去りにする手段はないものか、と熟考する。 やがて一つのアイデアが浮かんだ。 ラ・ロシェールで待機させている『偏在』に、足止めのための傭兵を雇って送らせる。 幸い、ラ・ロシェールで傭兵に事欠くことはない。とりわけ、ここ最近はアルビオンの王統派に就いていた連中が、雇い主の敗北によって職にあぶれ始めている。 それでも駄目なら、当初の滞在予定地であったラ・ロシェールに一旦全員を集めておき、そこをマチルダに襲わせて時間稼ぎをさせよう。 ワルドは『偏在』に「思令」を送った。 少々回り道になるかもしれないが、ルイズ達だってアルビオンに辿りつくまでには数日かかる。 それに、ラ・ロシェールはアルビオンに行く上で――空から行くのではない限り――地理的にどうしても避けては通れない町だ。上手く行けば、合流できるかもしれない。 くいくい、とマントを引っ張られる感覚に、ワルドは我に返った。 ヴェルダンデが、ワルドのマントを引っ張って注意を引いていた。ギーシュ達がこちらを見ている。 「子爵?」 「あ、ああ、すまない、考え事をしていた。何だい?」 「ぼくはタバサの使い魔に乗って、『彼女らと一緒に』行く事になりました。同行を許可願います」 「それは構わない。確かに、風竜なら僕のグリフォンに遅れを取ることもないだろうね」 ギーシュがヴェルダンデに擦り寄り、涙と鼻水を垂らしながら別れを惜しむ。シルフィードに乗っていく以上、ヴェルダンデは一緒に連れて行けない。 ルイズに遅れること30分、ワルド達一行がトリステイン魔法学院を後にした。 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。 出発早々、早くも足並みが揃っていない。しかも余計な荷物付きときた。 あの3人の身柄と実力はオスマン氏が保証してくれた。なるほど、ルイズと一緒にあのフーケを捕らえた生徒たちとあれば、戦力として多少は心強い。 だが、任務の目的は戦う事ではない。隠密裏に手紙を回収する事だ。 派手に立ちまわってしまい、王族達に目をつけられてしまってはたまったものではない。 そして、そんなアンリエッタの頭を更に悩ませる報告が、コルベールによってもたらされた。 捕らえた筈のフーケが、脱獄したというのだ。 取り乱し、禿頭を汗で光らせるコルベールとは対照的に泰然自若としたオスマン氏が、アンリエッタには羨ましく感じられた。 「大丈夫かしら、本当に……」 「既に杖は振られたのですぞ。我々にできる事は、待つ事だけ。違いますか?」 「そうですが……」彼女の心中を察したかのようなオスマンの問いかけに、アンリエッタの顔に浮かぶ憂いの色が濃くなった。 「なあに、彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」 「彼とは…?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔。…姫は、始祖ブリミルの伝説をご存知かな?」 「通り一辺のことなら知っていますが……」 「では、『ガンダールヴ』のくだりはご存知か?」オスマン氏がにっこりと笑った。 「始祖ブリミルが用いた、最強の使い魔の事? 確かにルイズの使い魔は力がありそうですが、だからといって彼が…?」 「いやなに」 おほん、とオスマン氏は咳払いをした。 『ガンダールヴ』の事は自分の他には数えるほどしか知るものはいない。アンリエッタが信用できない訳ではないが、まだ王室のものに話すのは早い。 少々喋り過ぎたとオスマン氏は思った。 「とにかく彼は『ガンダールヴ』並みには扱えると、そういうことですな」 「はあ」 「それにここだけの話、彼はどうも異世界から来たようなのです」 「異世界?」 「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。 そこからやってきた彼ならばやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。 余裕の態度も、その所為なのですじゃ」 「そのような世界があるのですか……」 アンリエッタは、遠くを見るような目になった。 異世界。何とも不思議な魅力に満ちた響きがある。 (そこでは魅力的な殿方同士がくんずほぐれつイヤンバカンそこはアッー!な世界だったり……。うふ、うふふふふふ…………) アンリエッタの妄想力が10上がった。 アンリエッタの腐女子度が17上がった。 アンリエッタの威厳度が3下がった。 「見えてきたわ。あれがアルビオンよ」 「へーっ、でっけえなぁー!」 見渡す限りの白い雲海。右を向いても左を向いても真っ白けっけじゃござんせんか。 時おり見える切れ目の向こうに、浮遊大陸アルビオンが姿を現した。 巨大な島だ。それが、文字通り空中に浮かんでいる。 「驚いた?」 「ああ、オラのいた所にも似たようなのはあったけど、こんなにでっけえのは初めて見たぞ」 「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。 でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」 「よく知ってんなあ」 「前に、姉様たちと旅行で来た事があるのよ。だからここの地理には明るいわ」 悟空はアルビオンの上方へと移動した。陸地の広さから、神様の神殿とは比べ物にならないサイズである事が見て取れる。 ただし、神殿はカリン塔から如意棒を用いてこの世と接続しない限り、普通に飛んでいっても跳ね返されてしまい、辿りつくことはできない。 そもそもあの神殿は単に浮力で浮いている訳ではないので、このアルビオンとは比較のしようがなかった。 「それで、どうすんだ?」 「とりあえず王党派に接触しないとね。でも問題はそれをどうやるかなんだけど……」 その時、何かに気付いた悟空が再び移動を始めた。 大陸の外周を海岸線に沿って回っていく。 「どうしたの?」 「あっちの方から変な音が聞こえんだ」 「変な音……? …あ、本当だ」 確かに悟空の言う通り、時おり地鳴りのような音が聞こえてくる。 この先には何があったっけ、と考えたルイズは、程無くしてそれがニューカッスル城である事に気付いた。 アンリエッタによれば、ウェールズ皇太子はあの城の付近に陣を構えているらしい。 嫌な予感がする。 やがてニューカッスル城が目視できる範囲に近づいて来たとき、その音の原因を知ったルイズは息を呑んだ。 巨大な船が、大陸から突き出た岬の突端にあるニューカッスル城目掛けて砲撃を加えている。 帆を何枚もはためかせ、無数の大砲が舷側から覗いており、艦上には竜騎兵が徒党を組んで舞っていた。 再び一斉射。夥しい量の火薬を瞬時に消費するため、大気がビリビリと震え、顔面に見えない壁がぶつかってくるような錯覚を覚える。 「妙だな…大して効いてねえみてえだ」 「え?」 放出された熱に当てられて火照った顔を手のひらで拭ったルイズは、悟空の言葉でニューカッスル城を見た。 確かに悟空の言う通り、一斉射の割には被害が軽いように見える。 城壁や尖塔の頂点など、戦略的にあまり意味のない所ばかりを狙っているように思える。何処にも着弾せず、空しく空を切って行く弾もあった。 「そうね…。もしかしたら威嚇のつもりなのかもしれないわ」 「あの船に行ってみるか?」 「……いえ、やめましょう。もしかしたら貴族派の連中かもしれないし」 ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 レキシントン と名を変え、艦隊登録番号もNCC-61832に書き変えられ、貴族派の力の象徴としてその身を大空に誇示している。 と、悟空の腹が鳴った。 「ルイズ~、オラ、腹減った」 そういえば、起きてから何も食べていない。 言われて初めて、ルイズは自身も空腹を覚えている事に気付いた。 「もう少し我慢しなさい。手紙を皇太子に渡して、姫さまの手紙を貰えば後でいくらでも…」 ぐう。 今のはルイズの腹の虫だ。 「…………」 「…わ、わかったわよ! わたしもお腹空いてるのは認めるからそんな道端に捨てられた哀れな子犬のような目で見ないで!! しょうがないわね、は、腹が減っては戦ができぬとも言うし…。ひとまず降りて。近くにラ・ロシェールの町があるから、そこで何か食べましょう」 魔法学院を出て以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっ放しであった。 随伴するギーシュ達が乗っているのが風竜だったのは僥倖だった。馬なら、とっくの昔に置き去りにされている。 先程『偏在』から、マチルダが無事に傭兵を雇ったと報告を受けた。二個小隊分の人数を、しかも言い値でだったので流石に値が張ったが、致し方あるまい。 ひとまず、片方をラ・ロシェールの入り口付近の峡谷に待機させておく。 あの辺りの崖は高い。風竜に乗っていても、谷底を縫うように移動させていれば上からの攻撃には対処できないだろう。 今のペースで行けば、夕刻にはラ・ロシェールに到達できそうだ。 「ん?」 その時、再び『偏在』から報告が入った。 内容を聞いたワルドは、驚きのあまりグリフォンから転げ落ちそうになった。 ルイズと使い魔が、ラ・ロシェールに現れたというのだ。 馬鹿な。いくら何でも速過ぎる。 ワルドは地面を見た。伸びた影の長さから推測するに、まだ昼飯時にもなっていない。 自分の風竜でさえ、こんなにも短時間でトリステインからラ・ロシェールまで飛んで行くことはできない。 昨日、あれほど心構えをしていたにも関わらず、未だにルイズの使い魔の能力を過少評価していた事を思い知ったワルドは身震いした。 何という男だ。常にこちらの予想の数手先を行っている。あの使い魔については、どんなに過大評価してもし過ぎる事はないようだ。 頭の中で練っていたプランに変更を加える。今ある手駒を最大限に活用し、最も有効と思える手を見出さなくてはならない。 こういった事はワルドの専門外だったが、今更悔やんでも仕方ない。 ワルドは、『偏在』に再び「思令」を出した。 ラ・ロシェールの一角にある居酒屋『金の酒樽亭』。 その名の通り、酒樽を模した看板と、いつも喧嘩によって壊れた椅子の残骸が、入り口の扉の隣にうず高く積み上げられているのが目印だ。 中はいつも、傭兵や、一見してならず者と思われる風体の連中でごった返している。 特に最近は、内戦状態のアルビオンから帰ってきた傭兵達で満員御礼であった。 そして、その酒場の隅にある席に、この場に似つかわしくない二人組がいた。 一人は長身の男で、白い仮面を着け、全身を黒いマントで覆っている。 もう一人は女で、目深に被ったフードにより表情はわからないが、そこから覗く顔の下半分だけでもかなりの美女である事が見て取れる。 女はフーケであった。そして相対する男は、彼女を脱獄させた張本人である。 男が仮面を外した。その下から覗く素顔を初めて見たフーケは、ほう、と感嘆の息を漏らした。 「あんた、意外と美丈夫じゃないか」 「計画が変わった」 男はワルドだった。正確には、ワルドの『偏在』だった。 「何があったんだい?」 「ルイズとその使い魔が、この町に来ている」 「ごぶ!」 フーケは口に含んだエールを吹いた。炭酸が鼻腔を刺激する。痛い。 向かい合って座っていたために、飛沫を顔面に浴びたワルド(偏在)は、無言で懐からハンカチを取り出し、顔を拭った。 「汚いな」 「しゃがますね!」ついアルビオン訛りが口をついて出る。「…予定より随分と早いじゃないか」 「手違いがあった。あの2人は一足先にトリステインを出発していたらしい」 「それにしたって、この早さは尋常じゃないよ」 そこまで口にしたところで、フーケはあの使い魔の能力を思い出した。 いくら逃げても、フーケの向かう先に必ず回り込んでくる超スピード。 例えフライを唱えていたとしても、詠唱混みであの速度で動き回る事は不可能に近い。 「…で、どうするんだい?」 「先手を取って迎えに行く。土くれ、貴様も一緒に来い」 「わたしも?」 「足止めのためだ。世間話でもして気を引け。貴様は今からこの私の保護観察下に置かれている事にする」 「傭兵はどうするのさ?」 「そっちの計画は変わらん。いざとなったら頃合を見計らって始末してしまえばいい」 「……しょうがないねえ」 席を立ったワルド(偏在)のあとをついて歩きながら、フーケは考える。 (こいつ、平静を装っていながら意外と行き当たりばったりで動いてんじゃないだろね?) 悲しい事に、その考えは正しかった。 NGシーン ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 エンタープライズ と名を変え、艦隊登録番号もNCC-1701-Eに書き変えられ、未知の世界を探索して、新しい生命と文明を求め、 人類未踏のサハラへ勇敢に航海している。 ルイズ「って作品変わってるし!?」 前ページ次ページサイヤの使い魔
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ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ 「バカな、キュルケ… ホントに、なんというおろかなことをしてくれたんだ」 地べたに転がったまま、ギーシュは奥歯がガチガチ噛み合わなかった 鳥の巣頭がチリチリと焼け焦げアフロと化したあの男は しばらくボーゼンと立ち尽くした直後 ブワァァァッ ビンッ ビンッ ビンッ カゲロウのように周囲の空気をゆらめかせ、 髪の毛があおられるように逆立っていく 「アレのことをいうのか? 怒髪天っていうのは… あいつはもう止まらない 取り返しがつかないんだぞッ!?」 「ったく、非ッ常識な頭だこと…」 「まっまだ怒らせる気かぁ――ッ」 ヒステリーのようにわめくギーシュを放って キュルケは考える (「殺す」のは簡単だと思うけど… トライアングルメイジの全力を以てすれば、ね) 「殺し方」はすでにできていた あの男がこちらに近寄ってくるところへ 火×1の魔法で足下に火を放ち、さえぎる ムカドタマ真っ最中の男は迂回などせず ナゾの力で地表をまとめてぶっ飛ばし鎮火するだろう 一瞬だが足は止まる さすがに生身で炎に突っ込むわけがない そこへ火×2の魔法で扇状になぎ払い、とどめとなる 火×3は使わない、長い射程は必要ない どうせ近寄ってくるのだからそのときが最後だ 灼熱の中で窒息しながら焼け死ぬのだ 必要とあらばやる キュルケはそれができる女だった だが、それだけでもなかった 「…」 チラリと見る ルイズとは、先祖代々宿敵同士なのだ こと、微熱のキュルケの性(さが)において その因縁はきわめて重大だった 「……」 (この私が本気を出すの? ゼロのルイズの使い魔に? …却ッ下だわ、そういうのはね…大人げないっていうのよッ) 男がこちらに歩いてくるのが見えた 嵐の前の静けさというやつだった 殺さないなら方針も違う そのためのギーシュだった 「手伝ってもらうわ、ギーシュ…ちょっとばかりね」 「手伝えだって? 無責任なッ アレをああしたのは君じゃあないかッ!? ボクは知らないぞ、知らないんだッ」 「大金星を拾えって言ってるのよ、あなたに」 「ああ、口ではなんとでも言えるだろうさ 人を乗せるのがウマいからな、キミは だけどボクはだまされないッ」 キュルケの目がスゥッと細くなった ビクッ 「な、なんだね、今度は脅そうとでも言うのかい?」 「そ…『あのこと、バラすわよ』」 ズン ある意味、最悪の魔法だった ギーシュには身に覚えがありすぎた 「な、何だい? あ、『あのこと』とは?」 「『あのこと』よ」(フフフ…) ザッ!! 戦闘態勢をとるキュルケ これ以上はさすがにノンビリかまえていられないッ 「あいつが『ぬかるみ』にハマッた瞬間に、錬金で足下を石に変えるのよ、いい?」 「『ぬかるみ』だって?」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ハマッた瞬間でなければ意味がないわ、目をこらしてなさい…」 ボンッ 再び放たれた火球は、今度はまっすぐ男に向かった 避けなければ焼けて死ぬ これで決まれば世話はない キュルケは素早く駆け出していた 「あなた、どこのどちら様? カッコイイわよその髪型…最初のアレよりずっとねぇ?」(フフ) 走るついでにオチョクッていく 知らない言葉を使っていたようだが 笑われたことに怒っているのなら多分通じているのだろう そうでなければアレは危険な狂戦士(バーサーカー)だ 殺してしまった方が世のためということ ダムッ 男は炎を横飛びに回避してからキュルケに向かって飛んでくる これでふたつわかった ・男は炎の直撃に耐えられるとは自分でも思っていない ・バカにされていることを理解するだけの脳ミソはある だが、飛んでくる勢いが大砲のそれだったことだけはわかりたくもなかった ギャン!! 一瞬のうちに2メイル以内にまでカッ飛んできていた 走ったくらいじゃどうにもならない (何よ、これは… 風系統の魔法じゃない 杖がなきゃ魔法は使えない 地面を殴って、その反動で自分を飛ばしてきたとでも言うの? …とにかく、まずいッ!!) 反射的に身をかばい、顔の前で腕をバツの字に組む 今度は威力を知る番だッ 「DORAaa!!」 ズドドバァ 見えない拳が突き刺さる すれ違いざま五発くらいが飛んできた ドッ ミシッ パキッ ポキ ゴシャア 第七肋骨、亀裂!! 右肩胛骨、亀裂!! 右手骨、粉砕ッ!! キュルケは全身に疾る鈍い音を聞いた ゼロのルイズと同じように空中に舞い上がり、落っこちる 目の前が真っ暗になっていたが、おかげで意識はなんとか戻る 馬車に轢かれた気分だった 少しの間、遅れてきた痛みに歯を食いしばって仰向けに空を見上げていたが 「いッ…… ~~~ ッたいわねぇぇぇぇッ!!」 身を転がして一息に立ち、闘志のメーターが恐怖にふれかかったのを怒鳴り散らして引き戻す パワーはともかく、速さを読み違えていた あの男は20メイルをひとっ飛びで駆け抜け すれ違った相手を五発は殴って反対側に着地できるらしい あまりうまく着地はできなかったようだ 逃げて端に寄っていたクラスメート達のド真ん中に転がり込んだ男は 草にまみれて肩口を押さえていた キュルケはすかさず頭の中でメモを付け加えた ・最初に考えた「殺し方」はダメだ 高速で突っ込まれたら対応できない ・だがアレは、あの攻撃をやりなれてはいない うまくすれば自滅を誘えるかも… 一方、追いついてきたコルベールはツルリ光る頭を抱えたい気分だった あの男は危険すぎた 放っておけば死人が出るだろう だからその前に私が殺す 殺さねばならない そう思っていた だが (生徒の中に着地するとは…) コルベールもまたトライアングルメイジである 火×3の魔法で男の周囲のみに局地的な完全燃焼を起こし アッという間に窒息死させるつもりだった どんな能力を持とうが、どんな力で殴れようが関係のない処刑法だった 彼の理念に真っ向から反する行動だが生徒のためならやむをえなかった だが見ての通り目論見はつぶれた (これでは皆まで巻き込んでしまうぞッ…!!) 「このぉぉッ、イミフメーな髪型の分際でキレてるんじゃないわよッ」 なんということだ 聞こえてきたあの声を叱りつけねばならない 「やめなさいミス・ツェルプストー ここは生徒の出る幕では、ありませんッ」 「…あら、コルベール先生 先生こそ下がっていて下さいませんこと? 『火の本質は破壊ではない』んですものね? ですが私は微熱のキュルケ 荒事は好みですのよ」 「どうするつもりなのですか、そのような有様でッ」 「何を言っても遅いんですわよ先生 …だって、もう、来ますもの」 チッチッチッ 舌を鳴らしながらキュルケは 男に向かって左手の甲を突き出し、人差し指をクイックイッ 万国共通、キット通じる「かかってこい」だッ 右手は使えないから仕方なかった 変形させるフシギなチカラで骨が変な風にくっついたらしかった 「……」 しかし今度は男は来ない 戦闘態勢はとったままだが キュルケと回りを交互に見て動かない (…チョットぉッ) キュルケは苦々しげに舌打ちする (攻撃をためらうの? なんで今更ッ いいわよ、だったらもう一押しすればいいだけッ) 「…ファイヤッ」 ボワン 火×1 魔法の杖から放たれたそれは空高く舞い上がり 男の背中まで回り込んでから落着する まわりくどい軌道に魔力をとられて威力は落ち込んだが これでクラスメートを巻き込む問題なしッ 完全(パーフェクト)ッ!! 「さぁ…いらっしゃい、こっちにッ 今度はツルッパゲにしてやるわ」 ドワッ!! 男の足が、土から、離れたッ!! 4へ
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前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第十四話 いきなり目の前に現れた、浅倉、タバサ、ギーシュの三人。 アンリエッタは突然の出来事に目を丸くし、不安げな顔でルイズに状況の説明を求めた。 要求に応じたルイズが三人をそれぞれ紹介していくと、しだいにアンリエッタの緊張が解け、元のにこやかな表情に戻っていった。 そして、ギーシュがアンリエッタに協力の意を示すと、彼女は改めて事情を説明し、彼やタバサにも任務を依頼。 二人とも快く引き受けたのだった 乗り気でないルイズだったが、三人が進んで引き受けたのと、何より親友であるアンリエッタたっての願いである。 結局、姫様の為なら、と渋々受諾したのだった。 一方、浅倉はその一部始終を見ると、床で大の字になったまま、ルイズに向かって「俺も連れていけ」と声をかけた。 暇潰しの相手がいなくなることに加えて目的地が戦地であるため、欲を満たすには好都合だと考えたのである。 彼の何かを企んでいるような怪しい表情を見て、ルイズは一度その申し出を断ろうと考えた。 しかし、傍若無人な彼の性格からして逆らっても無駄だろうと判断し、やむを得ず了承したのであった。 「ねえ、アサクラ。起きてる?」 晩餐会も終わり、学院中が寝静まった頃。 自分も眠ろうとベッドに横になっていたルイズは、顔だけを浅倉に向けて問いかけた。 浅倉も同様に、顔だけをルイズに向ける。 「あんた、いつも私の部屋で寝てるけど……何か理由でもあるの?」 ルイズが引き留めているわけでもないのに、わざわざ彼女の部屋で寝る浅倉。 給仕に掛け合えば、食堂での気に入られ具合からして寝室の一つくらいは用意してもらえそうなのだが。 少しの間を置いた後、浅倉が口を開いた。 「お前といると、落ち着くんでな」 「……えっ?」 思いがけない言葉に、ルイズは思わずベッドから上半身を持ち上げた。 「ふ、ふざけないでよ……」 「別にふざけてなんかいない。そんなことをしてなんになる。 お前といるとなぜかイライラが和らぐような気がする……ただそれだけの話だ」 ルイズは呆然としていた。 なんの気なしに側にいると思っていた浅倉が、実は自分を心の拠り所にしてくれていた……。 今までぞんざいに扱われてきた分、ルイズはその言葉に少しだけ好意を抱いた。 しかし、同時に新たな疑問が浮かびあがる。 「そ、それじゃなんであの時私に襲いかかったのよ」 「お前がライダーだったからだ」 浅倉がさも当然というように言い放つ。 「言わなかったか? 俺はな、ライダーと戦っている時が一番幸せなんだよ」 「それなら、今の私は……」 「襲う価値など微塵もないな」 つまるところ、浅倉にとってルイズはどうでもいい存在、ということだった。 ルイズはなんだ、と肩を落としたが、前よりもいくらか気分が楽になった気がした。 ルイズと浅倉が眠りについて、しばらくした頃。 自我を持った剣、デルフリンガーは、ルイズが眠っていることを確認すると、その身を揺らし浅倉の枕元でがちゃがちゃと音を鳴らし始めた。 しばらくすると浅倉が目を覚まし、呟いた。 「……その耳障りな音を止めろ。へし折られたいのか?」 「相棒、やっと起きたか。すまねぇな、少し話があるんだが……」 「後にしろ。俺は眠い」 そう言って、浅倉は再び目を閉じる。 「そう言うなって! お前の能力について話しておこうと思ってんだ!」 「……何?」 浅倉が古びた剣へと顔を向けた。 「相棒、あんた最近武器を持った時に体が軽いと感じたことはなかったか?」 浅倉は今までの戦いを思い出す。 ……確か、ギーシュと最初に決闘をしてからだ。 体が妙に動かしやすいと感じるようになったのは。 「……あったらどうなんだ?」 「やっぱりな。その左手のルーンといい、あんた、『ガンダールヴ』だぜ」 「なんだそれは」 耳慣れない単語に、浅倉は思わず顔をしかめる。 「知らねえのか? いいか、ガンダールヴっていうのはな……」 そう言って、デルフリンガーは語り始めた。 伝説の使い魔、ガンダールヴ。 あらゆる武器や兵器を自在に操る力をもち、使えるべき主である虚無の担い手を守るといわれている。 その能力は、例え見たことのない武器でさえ一瞬で使いこなせるほどらしい。 さらに、ひと度武器を持てばその身体能力は飛躍的に上昇するという。 「なるほど……。ずいぶんと都合のいい能力だな」 左手に刻まれた奇妙な印を見ながら、浅倉が言った。 「それで、その虚無の担い手とかいう奴は……まさか、あいつか?」 浅倉の視線が、自身の左手からベッドの上のルイズに移る。 「今のところ確証は持てねぇ。ただ、一つ言えることは……あの娘っ子がいるからこそ、相棒は使い魔としての力を行使できるってことだ」 ルイズの方を見つめ、何かを考えるような仕草をしたまま動かない浅倉。 構わず、デルフリンガーが続ける。 「今まで乱暴にしてきたみてぇだが、これからは優しく扱ってやんな。あの娘っ子が死んだら、お前の力もなくなっちまう。 間違っても殺そうだなんて思わないこった」 そう言って、デルフリンガーが話を終えた。 しばしの静寂の後、沈黙していた浅倉が再び古びた剣に視線を戻すと、口を開いた。 「別にライダーになれるだけで十分だが……そうだな。もっと力を得るのも悪くない。奴が俺の邪魔をしなければ、特に何もしないとだけ言っておくぜ。 ……それにしても、お前もずいぶんと割り切った奴だ。俺の耳には、あいつのことを道具のように利用しろというように聞こえたぜ?」 ニヤリ、と笑みを向ける浅倉。 デルフリンガーは押し黙ったまま答えない。 そのまま二人の間で会話が途切れ、部屋は再び夜の静けさに包まれたのだった。 (すまねぇな娘っ子。俺にできるのは、これだけだ……) デルフリンガーが心の中で呟いた。 翌朝。 アルビオンに向かうため身支度を整えたルイズたちは、学院の門の前に集合していた。 アンリエッタによって手配されたという護衛を待つためである。 「おはよう、ルイズ。もう大丈夫なの?」 「おはよう……ってあれ? なんでキュルケがここに?」 キュルケに声をかけられ、驚いた表情を見せるルイズ。 タバサから事の詳細を聞いたキュルケは、ルイズへの心配と浅倉への警戒心から、勝手についていくことにしたのであった。 「そう……。いろいろと迷惑をかけちゃったわね」 「ふふっ。これで借り一つね。……ところで、本当に彼も連れていくの?」 キュルケが後ろを振り向き、厳しい視線を投げかける。 その先には、ギーシュに荷物を押しつける浅倉の姿があった。 「どうせ言ってもきかないし……。ま、なるようになるんじゃないかな」 そう言って、ルイズは苦笑する。 少し前まではあれだけ彼を怖がっていたのに、今のルイズにはあまり不安が感じられない。 何かあったのかとキュルケがルイズを問い詰めようとしたその時、朝もやの奥から何かが羽ばたくような音が聞こえてきた。 皆が視線を向けると、そこにはグリフォンから降り、こちらに近づいてくる何者かの姿があった。 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
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前ページ次ページお前の使い魔 わたしとダネットは、キュルケのげんこつとタバサの杖で付けられたたんこぶを冷やす為、医務室に来ていた。 なんか最近、医務室と縁があるわね。こんな縁は嬉しくないけど。 「全く……何なんですかあの青い髪したちび女は。お前より凶暴です。」 「誰が凶暴よ!!」 怒鳴りつつも少しホッとする。どうやら、召喚した最初の時、タバサが風の魔法で吹っ飛ばして気絶させたのは知らないみたいだ。 知ってたらタバサに掴みかかりかねないもんねこいつ。 まあこんな感じでダネットと睨み合いながら、恒例行事と化してきている口喧嘩をしていると、医務室のドアからノックの音が聞こえた。 「誰よ?」 ダネットと喧嘩していたせいで、若干怒り混じりの声を出すと、少し遠慮がちにドアが開いた。 「ギーシュじゃない。何よ? まだ決闘の横槍で言いたいことでもあるの? でもあれはむしろ感謝してもらいたいぐらいよ。全く……危うく目の前で惨殺死体見せられるとこだったわ。」 わたしが一気にまくし立てると、ギーシュは少し頬を引きつらせ、「ハハ……いや、それはもういいんだ。そうじゃなくてだね」と言って、ダネットをちらりと見た後、何かを決心したような顔になり、わたしに向き直った。 「な、何よ? わたしに文句でもあるの?」 「すまなかったルイズ。」 「は? どうしたのあんた? 熱でもあるの?」 いきなり謝られても困る。流れが全くわからない。 本気で熱でもあるんじゃないかしらこいつ。 「いや、実はだね。決闘の前に彼女と言い合いになった際、僕は君を侮辱してしまってね。まあ、それが彼女に火を付けてしまい、ああして決闘騒ぎにまでなってしまったんだ。」 おい、どういう事だダメット。わたしは何も聞いてないわよ。 そんな目線をダネットに送ると、ダネットはばつが悪そうに頬を掻いてそっぽを向いた。 ん?もしかして照れてる? 「聞いてないのかい? うーむ……いやね、僕はあの時、興奮して言ってしまったんだ。『ゼロ』のルイズと同じで、使い魔も無能だと。」 「あんた喧嘩売ってんの?」 わたしが頬をひく付かせてギーシュを睨むと、ギーシュはぷるぷると顔を横に振って、必死に弁明しだした。 「お、落ち着いてくれルイズ。続きがあるんだ。それで、僕がさっきの侮辱の言葉を言ったら、彼女何て言ったと思う?」 「キザ男!! ぺ、ぺらぺらと何でも喋るんじゃありません!!、く、首根っこへし折りますよ!?」 何故か真っ赤になりながら、手をばたばたさせてるダネットを睨みつけて黙らせ、ギーシュに話の続きを言うよう促す。 「彼女は、自分が侮辱されたことよりも、君が侮辱されたことに腹を立てた。『あいつはゼロじゃない。何も無いゼロなんかじゃない。その言葉を取り消しなさい。謝りなさい。』ってね。」 それを聞いた後にダネットを見ると、真っ赤な顔で、何故か「うー」と威嚇の声をあげた。ダネットなりの照れ隠しなのだろうか。 「まあそんな訳で、僕は謝罪しにきたと言う訳だよ。そして改めて、すまなかったルイズ。それに使い魔の……」 「ダネットよ。ご主人様に大切な事を何も言わない、ダメな使い魔のダメットでもいいけどね。」 「だ、誰がダメですか!!ダネットです!!」 ギーシュは、また「うー」と唸りながら頬を膨らませるダネットを見て微笑み、薔薇を模した杖を口元に近づけながら、最後に「いい使い魔を持ったね、ルイズ。」と言って部屋を出て行った。 部屋に取り残されたわたしとダネットは、お互いに顔を背けながら無言になる。 うー、ダネットにつられてわたしまで顔が赤くなっちゃうじゃない。何なのよ全く。 5分ほど経っただろうか。突然、ダネットが沈黙を破る為か、赤い顔をしながら言った。 「お、お前!! お腹が空きました!! ご飯にしましょう!!」 「そ、そうね。そうしましょうか。」 どこか他人行儀になりながら、わたしとダネットは医務室を出て、食堂に向かう。 食堂の手前まで来て、ダネットは厨房の方に向かおうとした。 多分、使用人の使ってる食堂に向かおうとしたのだろう。 わたしは、そんなダネットに思わず声を掛けていた。 「だ、ダネット!!」 「な、何ですか?」 お互いにぎくしゃくしながら向き合う。 「その……あり、あり……」 「あり?」 『ありがとう』そんな簡単な一言がどうしても言えない。 プライドが邪魔してるんじゃなく、単純に恥ずかしい。 使いまに感謝の念を抱くなんて、わたしはメイジ失格かもしれない。 いや、今はそんな事より言わなきゃ。『ありがとう』って。 表情がコロコロ変わるわたしを見て、不思議に思ったのかダネットが怪訝そうな顔で尋ねる。 「どうしたんですかお前? お腹でも痛いんですか?」 「違うわよ!! その……あり……あり……有難く思いなさい!!今日の夕飯はわたしと一緒に摂る事を許すわ!!」 違うでしょわたし!! ここは『ありがとう』でしょ!!ほら、ダネットもぽかんとしてる!!あーもう何でいっつもこうなのよ!! 必死に弁解しようと、わたしは両手を振って訂正しようとする。 「あ、そうじゃなくてあのね。そのね。えっとね!!」 「仕方ありませんね。そこまで言うなら、一緒に食べてやらないこともないのです。感謝しなさい。」 ダネットは、そんなわたしの心中を知ってか知らずか、微笑みながら言った。 いや、あの笑い方はわかってやってる。いや待て、こいつはダメットだ。実はわかってないのかもしれない。きっとそうだ。うん。そういう事にしとこう。 「い、行くわよ!!」 「ええ。お腹一杯食べましょう!!」 その後、ダネットの『お腹一杯』の基準を思い知らされ、また食堂にわたしの怒号が響き渡ったのは余談である。 戦争のような食事も終わり、わたし達は部屋に戻った。 ここで、重要な事にわたしは気付く。 「そう言えば、あんたの着替えって無かったわね。」 「言われてみればそうですね。じゃあ、明日は狩りにでも行きましょう。」 斜め上の返事をされ、わたしの思考が止まる。 「は?」 「ですから狩りです。獲物の皮を剥いで服にするのです。もしくは、獲物と引き換えに乳でか女にでももらいましょう。」 どこの原住民だこいつは。 皮をなめして服にするなど、何日かかるかわからないし、わたしはそんな血生臭そうな光景見たくもない。 引き換えと言っても、キュルケもいきなり動物の肉なんぞもらって服をよこせと言われたら困るだろう。 「服ぐらい買えばいいでしょ。」 「私、お金持ってませんよ?」 「それぐらいわたしが出すわ。使い魔の服も用意できないとか言われたら、ヴァリエール家の恥よ。」 「おお、お前いい奴ですね!!見直しました!!」 こんな事で見直されるわたしって一体……。 「後、ベッドとかも用意しなくちゃね。いつまでも一緒のベッドっていう訳にもいかないし。」 「私は一緒で構いませんよ?」 「あんたと一緒に寝てたら、いつかわたしが凍死しそうだから却下。」 「お前はたまに、よく判らない事を言います。このぐらいの気温なら、毛布があれば凍死なんてしません。」 「その毛布をわたしから剥ぎ取ったのはどこのどいつよ!!」 怒鳴られてふてくされたダネットを余所目に、今後の事を考える。 買い物は明後日の虚無の曜日に行くとして、それまでは同じ服で我慢してもらおう。わたしだって凍死の危険がありつつもベッドを使わせるんだからお相子よね。 でも、せめて寝巻きぐらいどうにかしないと、一緒に寝るのは抵抗がある。 ここはキュルケに……いや、あいつに貸しは作りたくない。絶対に今後、何かある度にネチネチ言ってくるに決まってる。 となると……。 「お前の服、丈が短くてスースーします。もっと大きいのはないのですか?」 「それが一番大きいのよ!! 小さくて悪かったわね!!」 「あと、胸がきついです。」 「う、うるさいわね!! な、何よその笑顔!! 喧嘩売ってんの!? 買うわよ!! 買ってやりますとも!! 表に出なさい!!」 「外は寒いから嫌です。こんなちっちゃい服じゃ凍えてしまいます。」 「ちっちゃいって言ったわね!? しかも胸の部分を見ながら!! 胸の部分は寒さと関係無いでしょ!!」 「ルイズ!! ダネット!! あんた達うるさいのよ!! 少しはあたしの身にもなんなさい!!」 こうして決闘の夜はふけていった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 何だろうここ?真っ暗だ。わたし、どうしたんだっけ?あれ? あ、そうか。この感じは夢だ。 『……………………』 誰よあんた? わたしに何か用? 『……た……す……ね』 はっきり言いなさいよ。聞こえないわよ。 『時がき…・・・で……ね』 は?何? 『あなた……らの性を望み……すか?』 せい?せいって性? 失礼な奴ねあんた。どこからどう見たって女でしょう? 『では、あなたの望みの名は?』 名前って、わたしの名前はあれよ。あれ。 あれ?名前……名前……あれ? ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「あれ?」 部屋の外はまだ暗い。どうやら夜中のようだ。 隣では、すやすや眠るダネットの姿。 どうやらわたしは変な夢を見たようだ。 とは言っても、夢の内容は思い出せない。まあ、思い出せないということは、取るに足らない夢だったという事だろう。 「寝なおそ。」 二つの月が、とても綺麗な夜だった。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 トリステイン魔法学院の敷地内で、もっとも広い中庭に集められた生徒達が、それぞれに整列して、教師達を待っている。 やがてそこに学園長オールド・オスマンを筆頭に、教師達は生徒に対面するように並んだ。 オスマンは拡声の魔法をかけた杖に両手を乗せて、集まった二百人近い生徒達に向かって声をかける。 「諸君。本学院の今年度上半期の学期は、本日の正午をもって終了し、ふた月ばかりの休暇に入るわけだが、本年度は隣国との紛争などもあり、領地に帰っても休まらない生徒もおるだろう。 そこで儂は、通年確保しておる夏季休暇中の在学許可の枠を広げ、例年より多くの生徒や教師が学院に残れるように準備しておる。勿論、係累等後見人の承認は要るがの。 この休暇をどのようにつかうのも諸君らの意思次第である事を言っておこう。避暑に赴くもよし、独自に何がしかの研究に励むのもよいじゃろう。しかしこの学院の責任者として、 諸君らが壮健であって次学期を迎えられることを切に願っておる。 ふた月後にまた会うとしよう」 生徒側から感謝の拍手が送られ、次に教師達を先導とした移動が始まる。移動は学院の内壁正門で止まり、再び整列する。オスマンはそこで正門に向かって杖を構え、魔法で厳重な鍵を掛けた。 この鍵は原則、次学期の始業式まで掛けられたままになっている。裏門や脇の出入り口がいくつかあるから、学院に残る者たちにとって不便というほどでもない。 祭事の時に鳴らされるいつもとは少し違った鐘の音が学院に響いた。 終業式が終わり、生徒達は各々の予定に従って行動しはじめる。既に学院の裏門の前には生徒達を迎えに来た大小の馬車が並んで待っているのである。ルイズ・フランソワーズはまず、私物をトランクに詰め込むところから始めた。 「といっても、大したものはないのよね。姉さまのところに大体揃っているし」 ルイズの夏季休暇は、王都トリスタニアでアカデミー研究員をしている姉エレオノールが住むヴァリエール家所有の別宅で過ごす予定である。暫くの寄宿だが昔から使い慣れた勝手知ったる場所で、 わざわざ持っていかなければならないものはそれほどない。 したがって、ルイズの手荷物は貴族の旅荷としては比較的軽量な規模に収まった。 それを運んだシエスタ曰く、 「えぇ。ミス・ヴァリエールのお荷物はとてもよく纏められていて、他のお嬢様達が大型トランクを三つはお使いになるのに、ミス・ヴァリエールはお一つしか使われてませんでした」 人一人は優に入るトランクを引っ張るシエスタを連れて、ルイズは学院の本棟から少し離れた小塔に向かう。そこはコルベールが自分の為に学院で用意した研究室だ。 塔の脇に建てられた小屋からは細く煙が煙突より伸びている。ルイズが小屋の中に入ると、壮年の男が小屋の奥に作られた炉の火を落としているところだった。 「早かったじゃないか。手伝いに行こうと思ったんだが」 「煤けた格好で手伝いに来られても迷惑だわ」 「聞いたかい相棒、嬢ちゃんは使い魔である相棒の手なんて借りたくないってさ」 「それは困ったな。明日から職の手を探さなくちゃならないな」 「あんた達……!」 ルイズの癇癪が弾けると同時に炉の中に残っていた小さな火がかっと燃えて弾けた。溜まった煤が炉口から噴き出して二人と一振りに降りかかる。 二人は盛大にせき込んで、ルイズは息を吐いた。 「まぁいいわ。あんたはもう準備できてるの?」 「そこに置いてある荷物で全部だな。あとはコルベール師に挨拶して終わりだ。あの人は休みの間も学院にいるらしいな」 「休暇の時くらい家に帰ればいいのにね。何処の出身なのか知らないけど」 壮年の男は己の荷物が入った背負い袋を身体にくくりつけた。月日に焼けた金髪を長く後ろに撫でつけ、その動きは実年齢よりもいくらか若々しい。身なりからみて貴族ではない。しかし平民らしからぬ振る舞いに、 どこか気品がにじみ出ていた。 コルベールは自室に居た。窓の少ない塔の中は、埃っぽさと熱気が入り混じって、入ってくるものを立ち竦ませる不快さを感じさせた。 しかし塔の主人はそんなことはまったく気にしておらず、訪問者を快く迎え入れてくれる。 「おや、ミス・ヴァリエールにギュスターヴ君。今日は何か……?」 「はい。私はルイズについてここを離れますので、その間小屋の管理をお願いしたいのです」 自分の使い魔はこの禿頭の教師と仲が良いな、とルイズは前から思っている。趣味が合うのだろうか? そんな少女の呟きも知らず、コルベールは壮年の男――ギュスターヴの要請を聞きいれてくれた。 「ではお二人とも、休暇の間息災で」 「ありがとうございます。では」 「そう言えばシエスタは休まないのか?」 「メイド仲間のうちで何人かはこの機会に帰省するみたいですけど、私は残ってお仕事しますよ。お手当ても出るんですから」 「学院長も太っ腹よね」 裏門までの道でそう話していると、三人を誰かが呼びとめる。 振り向けば、赤髪の娘と青い髪を短く刈った少女が木陰から手招きしていた。 「ハァイ」 「なによキュルケ。私達急いでるんだけど」 赤髪のキュルケと言われた娘はルイズの険のある言葉に肩を竦ませた。 「ちょっと声掛けただけじゃない。もう少し肩の力抜いたら?」 「どうでもいいでしょう。で、何か用?」 「私達休暇中も学院に居るんだけど、何か休みの間予定があったら教えて頂戴、遊びに行ってあげるから」 「遊びに行って『あげる』ですって?」 ルイズのこめかみがぴくぴくと動いているのがギュスターヴから見える。この娘は感情の波が激しいことこの上ない。それを知っているくせに、キュルケはこう言い放った。 「だって貴方の事だもの。どうせ帰っても相手してくれるのがギュスだけじゃ、流石にギュスがかわいそうでしょう?」 「そ、そんなこと……」 「そんなことは、ないさ」 言いよどみかけたのを遮って、ギュスターヴは自信満々といった風に言った。 「俺たちはトリスタニアに行くんだ。ヴァリエールの末娘なら顔くらい見たい貴族だっているだろう。それほど暇じゃないかもしれないぞ」 「そうかしら?」 「そうさ。……だから遊びに行きたいなら素直にそう言ったらどうだ?」 「う……」 口ごもってキュルケは隣に居て沈黙を守る青髪の少女タバサに向けられた。 見返すタバサの目に表情はない。それが鏡を覗きこむような気分にさせた。 「……そうね。実はねルイズ。寮に残るのは女生徒ばっかりで男が全然いないの。当然よね、戦争になりそうなんだもの。だから退屈になったら、貴方のところにいってもいいかしら?」 ルイズは煮えかけた頭がだんだんと冷めてくるのがわかった。要するにキュルケは寂しいから構ってくれと言っているのだ。そう思えばほんの少し、自尊心がくすぐられる。 「来てもいいけど、姉さまも一緒にいるから居心地は保証しないわよ」 「あのお姉さんはいじり甲斐がありそうでいいわね」 キュルケの答えにルイズはさらに頭が冷めていくのであった。 寄越した馬車に乗せられたルイズとギュスターヴが到着するのが見えて、エレオノールは階下のロビーに降りることにした。 ヴァリエールの別邸は、王都の高級住宅街に数ある貴族の邸宅の中でも、上から数えた方が早い位に豪華な屋敷である。勿論ヴァリエール領にある本家と比べれば慎ましい出来であるが、調度品や建築の見事さは是非に及ばない。 ロビーでは使用人に荷物を託したルイズと、使用人について屋敷の奥へ行こうとするギュスターヴの後ろ姿があった。 それがちらっと見えただけでエレオノールは胸の奥がかっと熱く打たれてしまうのだ。 (あぁ、あの人もここで過ごしてくれるのね……) 一目会ったその日から、密かにエレオノールはギュスターヴへ思慕の情を募らせており、一時期は暇さえあればギュスターヴが立ち上げた百貨店に通いつめて、ギュスターヴの姿が無いか歩いたものだった。 ……その姿は周囲から「貴族の婦人が通い詰めるほど百貨店は良い店なんだ」というというように見られていたりする。おかげで店を切り盛りするジェシカは右肩上がりの左団扇である。 「……姉さま?」 出迎えに来てくれたらしい姉があらぬ方を見たままぼうっとしてるので、ルイズは手持無沙汰のままロビーに立たされる羽目になったのだった。 正気に戻ったエレオノールはルイズを連れて談話室に入ると、テーブルで薬湯と菓子を啄みながら学院での生活について事細かに聞き出し、オスマンが休暇中の寮滞在を認めた話を聞いて関心していた。 「よくそんな財布の余裕があったものね。アカデミーなんて予算を削られてしまうんじゃないかって汲々としてるのに」 「どうして?」 「軍備に国費がかかるからよ。アルビオンの奇襲で軍艦はほぼ全滅で、タルブでの合戦では勝ったけど王軍も被害甚大だそうだから」 そういうエレオノールに相槌をルイズは打てない。王軍の被害の一端は自分が行った虚無の発動が原因やも知れないから。 「王軍はタルブ戦役で功あった傭兵部隊を正規軍に組み入れたと聞くし、トリステインの格が落ちるというものよね。アンリエッタ女王には頑張ってもらいたいわ」 「姉さま、陛下を助けるのが私達貴族の義務でしょう?」 「当然よ。現にヴァリエール家は王家に資金と人足を供出したし、私もアカデミーでアルビオン軍が残した船から見つかった、砲弾の解析に駆り出されてるもの。うちで何もしてないのはあんたとカトレアだけよ」 「……仕方がないでしょう、まだ学生なんだもの……」 だがルイズは先日、内々にアンリエッタから彼女直属の女官としての権限を与えられているのだ。いざ王女からの命令があれば一目散に駆けつけなければならない。 その時は意外に早く訪れるのだが、ルイズとギュスターヴが別邸に着いたその日の夜、ギュスターヴはあてがわれた部屋で背中を伸ばしていた。 部屋を見渡すに一応、使用人用の部屋らしい。質素なベッドと椅子、テーブルと小さな衣装箱が一つだけ置いてある部屋だ。 「あまり歓迎されてないようだな、俺は」 独り言に答える声が荷物から帰ってくる。 「まぁ、仕えてる貴族のお嬢様がどこの馬の骨ともしれない男を連れてきているんだから、歓迎はされないわな」 答えたのは荷物に収まっている一振りの剣だった。知恵ある魔剣インテリジェンス・ソードの一つであり、古の虚無の使い魔『ガンダールヴ』が使っていたと自ら主張するデルフリンガーである。 「時に相棒よ。あんたはこれからどうするんだよ?お嬢ちゃんはひと夏ここで過ごすわな。その間それにつきあっているつもりかい?」 「そこなんだ、デルフ」 ベッドから起き上がって荷物からふた振りの剣を引っ張りだすと、それぞれをテーブルに乗せた。一方はデルフだが、もう一方は石でできた長剣だ。 「俺がルイズにアニマの使い方を教えたのは、一つにはそれがルイズの未来につながるものだと思ったからだ。この世界ではアニマの術を使えるものは居ない。ただ一人のアニマ術師になる。 あとはそれを自分で使いこなせるだけの精神を持っていれば自由に生きられるだろう」 世間知らずでわがままなルイズだが、ギュスターヴはそれが出来ると信じている。 「一つってことは、もうひとつあるんだな」 「始祖の祈祷書とやらが変化した卵型のクヴェルが気になる。鉛の箱にしまってあるが、あれは尋常な代物じゃない」 「アニマとやらが無い相棒に解るのかよ?まぁ、俺っちもありゃやばい代物だと思うどな……」 虚無に使われる立場のデルフから見ても、卵形と化した祈祷書は異常な存在なのだという。 「もしあれを再びルイズが手にする時があれば、ルイズ自身で制御できるようにならなきゃいけないだろう」 「それまでの訓練、ってことかい?」 「そんな時が来ないに越したことはないんだがな……」 ちらりと目が白い石剣を映す。 「嬢ちゃんに対する理由はそれでいいとして、あんたはその、なんだ……サンダイルってところに、帰りたくないのかい?」 「……帰りたいさ。帰って友人達に謝りたいな、黙っていなくなって済まないってさ」 「相棒は妻子居ないんだろ?その年でやもめたぁ、寂しいよなぁ……」 そこまで言って、デルフは何か閃いたようにカタカタと鳴った。 「解ったぜ、相棒がこっちに後ろ髪引かれて元の世界に帰る方法を探し渋っている理由。あんたは嬢ちゃんを自分の娘か何かみたいに思えて仕方がねぇんだ」 「ルイズが娘だって?」 「そうさ。手元で大事にしたいって気持ちがあるんだろ。だから離れるのを渋ってるのさ」 得意そうに魔剣は笑った。 だがそう指摘されたギュスターヴは、怒るでも笑うでもなく、むしろ神妙に表情を暗くして考え込んでしまうのだった。 「ど、どうしたよ?」 「……これが親の気持ちという奴のなのか?」 「いや、そうなんじゃないかって思っただけだよ。実際のところは知らないね」 そう言ってやるとギュスターヴはますます悩み深げにうつむいた。 皺を寄せて黙っている相棒をどうしたものかとデルフが考えていると、夜更けだというのに部屋を尋ねる者が居た。 「客だぜ相棒」 ノックにギュスターヴが答える間もなく訪問者は勝手にドアを開け部屋へと入ってくる。 部屋着に着替えたルイズだった。ルイズは部屋を一瞥し、自分の使い魔の境遇に文句をつけた。 「こんな貧しい部屋がこの屋敷にあったなんて知らなかったわ。私の使い魔に相応しくないと思うの」 「それで嬢ちゃんはどうするのよ?」 「明日から家令に言いつけて他の部屋を用意させるわ」 「別にこの部屋でいいだろう。気を使われると居づらくなる」 「あんたはそれでいいかもしれないけど、それで召使たちに舐められているんなら許しがたいわ」 部屋にやってくるなり青筋立てて息を巻くルイズに、先程まで考えていた事を頭に押しやり、ギュスターヴは言った。 「わざわざこの部屋に文句をつけにきたのか?」 「あっ、そうだったわ。姉さまと夕食を済ませた後、私宛に手紙が来たの」 これよ、とルイズが懐から出したのは小奇麗な封筒だった。送り主の名前はなく、ただ宛名だけが記されている。しかし、封蝋等の格式から見て、貴族の使う梟便で運ばれたものらしい。 「梟便?」 「伝書用に調教された梟に手紙を持たせて送るのよ。貴族の屋敷なら梟を受け入れる鳥小屋が天井裏にあって、そこに手紙を持った梟が入ってくるのよ。学院には何十羽も入ってこれる梟小屋が置いてあるわ」 「わざわざ梟に持たせるなんて手間暇かけるもんだな」 「中には自分の使い魔にやらせる人もいるけど……って、そんなことはいいのよ。問題はこの中身よ」 言ってルイズは剥がされた封蝋の下から便箋を取り出して見せた。その様子なら既に中身は確認済みなのだろう。 「読んでも構わないか?」 「汚さないでよね」 ギュスターヴは受け取ると、便箋に目を走らせる。ジェシカと手紙のやりとりをするようになって、一応日常の読文に支障はない。 「なんて書いてあるんだい?」 「かいつまんで言えばお茶のお誘いさ」 「茶ぁ?」 「もっと上品に言ってくれる?陛下からわざわざ謁見に来るようにという申し渡しよ。内々に送ってくるところを見ると、何か任務を与えられるんじゃないかしら」 一見、そう冷静にルイズは言っているが、内心では働ける事に喜んでいるに違いないと、ギュスターヴは思った。この娘のアンリエッタ女王への尊敬とトリステイン王国への忠誠は揺るがないものらしい。 「この手紙の日付を見ると明後日になっているな」 「そうよ。それまでに身の回りの物をそろえなくちゃいけないわね。明日は忙しくなるわよ」 「どうして?」 「休み一杯任務に費やすかもしれないから、明日のうちにめいいっぱい遊んでおくのよ。あと、買い物とか」 にひ、と意地の悪い顔をするルイズを少し疲れた気持ちでギュスターヴは見た。女の買い物に付き合うのはいつ何時でも大変なのだから。 前ページ次ページ鋼の使い魔