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「アンタは平民で使い魔、私は貴族で主人。以上」 場所をルイズの部屋に移し、椅子に座り、足をくみ、言った言葉がこれだった。 だがそれで分かったことは何ひとつ無く、 主人という新たな単語が形兆の心の中にある『分からない事メモ』に追加されただけだった。 「ここは何処なんだ?」 続けて最初にしたのと同じ質問をする。 「トリステイン魔法学院よ」 これで分かるでしょ?といわんばかりの態度、もちろん有名なので大抵の人はこれで分かるのだが、 「つまり何処なんだ?」 形兆には分かるはずもなかった。 「知らないの?あんた何処の平民よ?」 「平民?何だそれは?さっきの貴族とか言う言葉と関係があるのか?」 「そうよ、ってそんなことも知らないの?あんたって相当頭悪いのね」 いつもなら弟の方が言われる事を言われ、少しヘコむ。が、すぐに気を取り直して質問を続ける。 「平民と貴族の違いは何だ?」 「魔法を使えるのが貴族で、そうじゃないのが平民よ、例外もあるけどね」 「魔法だと?」 「そうよ」 ルイズは子供でも知っているような常識すら知らない使い魔の頭の悪さに…… 形兆は自分の心のメモと質問の答えを合わせ、自分の立場を理解し始めて…… 頭痛を起こした。 する方とされる方、両方が頭痛を起こしながら続いた質問を終え、 形兆は一つの『決断』をした。 自分の状況をルイズに話す、という決断を。 そして話し終わった時のルイズの反応は 「ふーん」 という冷たいものだった。 予想外の反応に驚きながらも話を続ける 「元の世界に帰る方法に心当たりは?」 「知らないわよそんなの」 「知らないだと?じゃあどうやっておれを召喚した?」 「サモン・サーヴァントでよ」 「それでおれを帰すことはできないのか?」 「無理よ、そんなの、召喚するだけだもの」 「それでも試す価値はある」 「サモン・サーヴァントはね、使い魔がいるうちは使えないの」 「つまりこういうことか?『おれが死ななきゃ使えない』」 「Exactly(そのとおりでございます) 」 このようなやり取りが続いていき、会話が終わる頃にはルイズが普段ならもう寝ている時間になっていた。 肝心の形兆がこれからどうするか、というところでは 「アンタは使い魔なんだから私に尽くしなさい」 といって聞かなかった。 形兆も使い魔にならなければ衣食住の世話をしない、ということで、渋々ながらも使い魔になることで落ち着いた。 もっとも、このやり取りだけで二時間を消費していたのだが。 そして寝るためにルイズが服を脱ぐ、正々堂々と隠しもしないで、 「おれに見られて恥ずかしくないのか?」 と形兆が言っても 「は?何で?アンタ使い魔でしょ?」 という言葉だけで着替えを続けるルイズ。 『自分には人権がない』 形兆はそれを心のメモに付け加えた。メモするのはこれが今日最後になることを祈りながら。 そして人権が無いということからルイズの次の言葉を予想する。 「アンタは床で寝なさい。毛布くらいは恵んであげるわよ」 予想どおりは気分が悪かった。 「あと、これ洗濯しときなさい」 そういって投げてよこされる衣服。 形兆のやることは掃除、洗濯、雑用といわれていたのでこれも予想どおりだった。 寝る前に洗濯道具の場所を聞こう、そう思いルイズの方を見たが、すでに寝ていた。 仕方なく形兆は床に横になり毛布を被って、状況を整理してみた。 ・ここは異世界 (月も二つあったしおそらく確定) ・スタンド攻撃の可能性はおそらく無い (こんな回りくどいことをする必要が無いから) ・魔法がある (頼んでもルイズは見せてくれなかったが) ・自分の生死も不明 (生きている気はするのだが…) ・自分のスタンドは無い (一度死んだから?)(死んでいるから?)(それ以外ということも?) ・元の世界に帰る方法もない (分からないだけであって欲しい) ・自分は使い魔で主人はルイズ (イヤだが仕方が無い) こんなところだろうか。 整理してみて自分の状況がヤバイことを再確認する。 せめて下四つの内一つでも何とかなれば大分楽になるのだろうが、今はどうしようもない。 とりあえず明日は洗濯のためにも晴れることを願いながら、形兆は眠りについた。 To Be Continued ↓↓
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/606.html
ギーシュは薔薇の杖でギアッチョを指して言う。 「何も知らない平民のためにあらかじめ言っておいてやろう」 何が何でも言葉でイニシアチブを取りたいようだ。聞かれてもいないのに ギーシュはべらべらと自分の力を喋る。 「僕の二つ名は『青銅』 青銅のギーシュだ 従って――君の相手はこいつが する・・・行けッワルキューレ!」 ギーシュが造花の薔薇を一振りするとその花弁が一枚宙を舞い、 ズォオォオッ!! 青銅の甲冑に姿を変じた。ギーシュはキザったらしい仕草で杖を下ろすと、 眼の前の平民がいかに驚くかを観賞しようとギアッチョを見るが、 「おもしれーもんだな」 と呟くギアッチョの表情には何の変化も起こらなかった。 「・・・ッ、平民が・・・!余裕ぶっていられるのも今のうちさ!ワルキューレッ!!」 自慢のワルキューレを前にして何ら取り乱さないギアッチョに、ギーシュは もういいとばかりにワルキューレを襲い掛からせた。 猛然とこちらに向かってくるワルキューレを見据えて、しかしギアッチョは 眉一つ動かさない。 ――ホワイト・アルバムを身に纏い、そのまま奴まで歩いていって直に発動 させる・・・オレがその気になりゃあ30秒もかからねーが、それじゃつまらねぇ こいつは「恐怖」と「屈辱」を存分に与えた上で殺すッ!! などとギーシュをいたぶる戦略を練っていると、 「ギ、ギアッチョさん!!逃げてくださいっ!!」 動かないギアッチョにシエスタが叫ぶ。しかし時既に遅し、ワルキューレはもう ギアッチョの懐に潜り込んでいた。そしてその右手がギアッチョの腹に―― スッ ドガシャアア!! 当たることはなかった。ギアッチョは引きつけたワルキューレから最小限の 動きで身をかわし、青銅の騎士はその勢いのまま地面に突っ込んだ! 「てめーの自慢の魔法はよォォーー この程度なのか?え?マンモーニ」 ギアッチョはギーシュに向き直ると、感情のないままの眼で彼を見る。 「一度攻撃を避けただけで何を得意になっているんだい?」 しかしギーシュもその程度で焦りはしない。自分のワルキューレはまだ何体も いるのだ。ギーシュは薔薇を振って更に2体のワルキューレを呼び出した。 二体の騎士は土を蹴ってギアッチョに向かって突進し、そっちにギアッチョが 気を取られている隙に、さっき倒れた一匹目がギアッチョの足に飛び掛って 引きずり倒す!・・・はずだった。しかしワルキューレが彼の左足を捕らえる 瞬間その足はスッと持ち上げられ、一体目はまたも惨めに大地へ倒れた。 続く二体目の突進を一体目をまたぐステップでかわし、その後をついて 走ってきた三体目は折り重なって倒れる先の二体にぶつかって動きを止めた。 オォォォ、とギャラリーにどよめきが走る。 「どーやらよォォ~~~ もったいぶった外見してやがるが・・・単に遠隔操作 出来るだけのスットロいデク人形だったみてーだなぁあぁ メローネの ベイビィ・フェイスの足元にもおよばねーぜ」 合間にギーシュを侮辱することも忘れない。とはいえ、普通の人間なら一体目の 一撃を腹に受けて一瞬でくたばっているはずだ。ギアッチョがそれを回避出来た 理由は、彼が幾百の修羅場を潜り抜けて来たからに他ならない。スタンドなど なくても、ギアッチョにはワルキューレの一挙手一投足が予測出来ていたのである。 ギーシュにはギアッチョが何を言っているのかよく分からなかったが、自慢の 騎士達をデク人形呼ばわりされたことだけは理解出来た。 「・・・少し素早いからと言って調子に乗らないでもらいたいね平民!!ここまで 頑張ったことは褒めてあげよう だがこれで終わりだッ!!」 いくら避けられるからといって魔法に平民が勝てる道理などないのだ。・・・と、 ギーシュはそう思っている。その自信から出た勝利宣言であった。 「漫画みてーな陳腐なセリフ吐いてる暇があんならよォォ~~・・・とっとと次の 手を披露してみろよ マンモーニよォォーー」 「まだ言うかッ!!行けッワルキューレ達!!」 ギーシュが造花の杖を、一回、二回、と振り下ろす。薔薇の花弁はそれに 合わせてひらひらと舞い落ち、彼の造花から全ての花弁がなくなると同時に、 更に四体のワルキューレが姿を現した。四体のワルキューレ達は主人を 守りつつギアッチョを囲い込むように布陣し、その間にいつのまにか 起き上がってきた最初の三体がギアッチョの後方を固めた。 「ああっ・・・囲まれた!!」 「ギアッチョぉ!!隙が空いてるうちに逃げ出せッ!!」 たまらず叫んだのはシエスタとマルトーである。しかしギアッチョは今度も動く 気配を見せず、代わりに首だけをひょいと彼女達に向けると、 「心配は無用だぜ それよりよォォーー ちゃんと見てろよマルトー! シエスタ! おめーも眼をそむけんじゃあねーぜ」 と言い放った。ギーシュは「遺言なら今のうちに言っておくことだね」などと喚いて いるが、全く意にも解さない。自分などここにいないかのように振舞うギアッチョに ギーシュの怒りはとうとう頂点に達した。 「もうッ・・・もういいッ・・・!!貴族を侮蔑したことを悔やみ・・・絶望に身をよじり ながら死んでいけッ!!!」 その言葉を合図に、全方位に布陣したワルキューレ達は一斉にギアッチョに 襲いかかり、シエスタ達の悲鳴をバックコーラスにその剣を振り下ろ―― 「ホワイト・アルバムッ!!」 ギアッチョがその名を叫んだ瞬間、全ては動きを止めた。ギャラリー達は―― ルイズやキュルケですら――目の前の異常な事態に声も出せなかった。 ギーシュは半ば状況を理解したのか、口をぱくぱくとさせているが――これも また声になっていない。 ギアッチョを取り囲んでいたワルキューレ達は、ギアッチョが何かの名前を 呼んだ瞬間、青銅と氷の彫刻と化して動きを止めた。そして輪になった オブジェ達の凍った頭部を、「何かに包まれた」ギアッチョの右腕が、一体、 また一体と粉砕してゆく。誰もが無言のままオブジェの破壊は続き、頭部を 失った哀れな人形達がまるで花を開くように外側に倒れていくのを破壊者は 色をなくした眼で見下ろし。ワルキューレだったものを踏み越えて、男が花の 外側へゆっくりと姿を現した時、 ギャラリーはパニックに陥った。 泣き叫ぶ者、もんどりうって逃げ出す者、呆然とその場に立ち尽くす者。彼らの 悲鳴と足音でヴェストリの広場は一瞬にして阿鼻叫喚の様相を呈した。無理も ない、男がやってのけたのは一瞬にして八体もの物体の動きを完全に停止 させるほどの氷結である。おまけに停止させたのはただの物体ではない。 「青銅」のゴーレムが「殺す気で」剣を振り下ろしているのである。それを 一瞬で完全に停止させて男は平然とギーシュを睨んでいるのである。彼らが 恐慌に陥るのも無理からぬことであった。 「あの男が・・・これをやったっていうの・・・?」 愕然としてギアッチョを見るキュルケだが、ふとルイズに眼を向けると、 「あいつ・・・こんな物凄い力を持ってたの・・・!?」 彼女もまた衝撃を受けていた。今朝の部屋ごと冷却事件の時点で気付くべき だったかもしれないが、とにかくルイズは今改めてとんでもない男を召喚して しまったと思った。常に無表情なタバサもこれには驚きを隠し切れないらしく、 わずかに眼を見開いていた。 「バカな・・・・・・ただの平民のくせに・・・・・・そんな・・・嘘だ・・・・・・」 ギーシュはうわごとのように否定を繰り返している。そんなギーシュに今の ギアッチョの関心は微塵も向いていなかった。 「青銅ってよォォ~~ 「青い」銅って書くんだが・・・実際の青銅は 大体緑色してんだよォォォーーーー なんで緑銅じゃあねーんだァァオイ!! ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜェ~~!!クソッ!クソッ!コケに してんのかッ!!ボケがッ!!」 またしてもよく分からないことを喚きながらワルキューレの残骸を踏み つけている。ギーシュはそれを見ながらぶつぶつと何か呟き続けていたが、 次第に我を取り戻すと自分はまだ負けてはいないということに気付いた。 花弁の無くなった杖を構えると、ギアッチョを睨んで叫ぶ。 「いつまで遊んでいるんだ平民ッ!!勝負はまだ全然ついちゃあいない!!」 そうとも貴族が平民に負けるわけがない!長年の間に染み付いた選民意識は そう簡単には変わらない。ギーシュはまだまだ勝てると思っていた。 「僕の魔法がワルキューレだけなんて思わないで欲しいね!!」 そう言い放つがいなやギーシュは呪文を唱え出した。 「くらえッ!石礫をーーッ!!」 言うがはやいか、ギーシュのかざした杖の先に出現した大量の石塊が ギアッチョめがけて降り注いだ! 「チッ・・・!」 ギアッチョは走って身をかわそうとするが、広範囲に撃ち出された石の雨は とても避けきれるものではない。石の一つがギアッチョの左足に直撃したッ! 「ぐッ!!」 石に片足をつぶされ、ギアッチョは思わず膝をついた。そんなギアッチョを 見下ろしてギーシュは今度こそ確信した。 「ハハハハハハハッ!どうだッ!!これが僕の力さ!!平民如きが偉そうに してくれたが・・・今度は僕の番だッ!!体中を穴だらけにしてやr」 「あーあー ちょっといいかギーシュさんよ 靴の紐が解けちまったみてーで よ・・・ 今から結ぶんで少々待っちゃあくんねーか」 もはや走ることも出来ないというのに、ギーシュの口上をさえぎってギアッチョは のんきに靴をいじりだした。 「こッ・・・この男・・・!!あの世で詫びろ!!喰らえ石礫ーーーッ!!」 キレたギーシュは石礫を跪くギアッチョ目掛けて発射し、 「全くよォォ~~ バカとハサミは使いようってやつだよなァアァ」 その瞬間ギアッチョは薄く笑って後方に飛びのいた! バガガガガッ!! ギアッチョを狙っていた石礫はその全てが地面に命中し、その衝撃で辺りは 土煙に包まれる! 「何ィィィーーーーッ!?奴はこれを狙っていたっていうのか!?な、何も見え ないッ!!」 土煙はギアッチョの姿を完全に覆い隠した。ギーシュはギアッチョのいた 場所から距離をとると、石礫をいつでも発射できるように呪文を唱えて杖を 構える。そして彼が呪文を唱え終る辺りで、 「さぁ姿を見せろ・・・お前は走れない、この一撃で終わりだ・・・ッ!!」 徐々に煙は薄れ・・・そして、ギアッチョが姿を現した!! ギアッチョは先ほどまでと殆ど変わらない場所に立っている。 ――何かをするつもりか・・・!? とギーシュは考えたが、 「しかしこっちのほうが早いッ!!」 ギアッチョが動く前に速攻で石礫を撃ち出した!!石礫は目にも留まらぬ 速さでギアッチョに飛来し、そして命中―― ギュインッ!! 「・・・何の・・・音だぁぁ~~!?」 ギアッチョは変わらずそこに立っている。そして何かの音だけが不吉に響きだした! ギアッチョはギーシュにだけ聞える声で答える。 「この煙がいい・・・おかげでギャラリーに姿を曝すことなく・・・一瞬だけ発動できた・・・」 バヂッ!!ギュイン ギュイン!! 「な・・・何の事だ・・・ッ!?」 ギュイン!!ギィンッ!! 「ジェントリー・ウィープスッ!スタンドパワーは使うがよォォ~~ いい感じに固定出来たぜ・・・」 ギィンッ!!ギュインッ!! 「だ・・・だから何の事なんだッ!!」 ギュイィンッ!!ギィィン!! 「眼をこらすんだな・・・てめーには見えないか?止まった空気が 見えないか!?よく見ろよッ!!」 バッギィィイーーーーーンッ!!! 「バッ・・・バカな・・・」 ドスドスドスドスドスドスドスッ!!! 「ガフッ!!」 飛来した無数の石の弾丸は、ギアッチョの周りに作られた凍った空気の壁に 遮られ、ギーシュ自身の元へと跳ね返ったッ!! 「反射魔法・・・!?ねぇルイズ!あいつ一体何者なのよッ!!」 キュルケはルイズに問い詰めるが、 「そんなこと私だって知りたいわよ!!」 ルイズにも答えることは出来なかった。ギアッチョのいた世界やその境遇などは 一通り聞いたが、ギアッチョの使っている能力については、「スタンド」という 名前であるということしか教えられていなかった。ルイズにも彼の力の正体は 分からなかったのである。冷静に戦況を見ていたタバサでさえ、ギアッチョの 「反射魔法」の正体は分からなかったのである。 「どんな感じだァ?てめーの魔法でやられる気分ってのーはよォォ~~」 ギアッチョは無慈悲にギーシュを見下ろしていた。ギーシュの全身には 血まみれの穴が穿たれているが、彼はまだかろうじて意識を保っていた。 しかしギアッチョは容赦をしない。おもむろにギーシュの首をつかむと、 グイッ!と持ち上げた。 「オレはてめーに言ったよなァアァーー・・・ 殺される『覚悟』は出来てんのか ってよォォォ え?どうなんだオイ『覚悟』は出来てんだろーなァァア!!」 「・・・う・・・うう・・・ ぼ・・・僕が・・・悪かった・・・謝る・・・き・・・君にも・・・ ルイズ・・・にも・・・ だから・・・た・・・助けてくれないか・・・お願いだ・・・」 その言葉に、ギアッチョの眼に明確な殺意が宿る。 「人をよォォ・・・殺そうとしておきながら・・・ え? 何なんだそりゃあ? まさかとは思うがよォォーーー 貴族だから殺されるはずがない・・・なんて 思ってたんじゃあねーだろーなぁあ」 ギーシュは朦朧とする意識の中で、必死に命乞いをする。 「・・・あ・・・ああ・・・思って・・・いた・・・ 僕が・・・悪かった・・・ だから 頼む・・・ お願いだ・・・死にたく・・・ないんだ・・・」 「人に道を作るのは『覚悟』だ・・・ てめーは負けて死ぬ『覚悟』がなかった ばかりか・・・ルイズに対して責任を取る『覚悟』すらねぇ・・・ 『覚悟』がない てめーはよォォーーー・・・! その命で責任を果たしてもらうぜェー!!」 ギアッチョはギーシュの首に力を込める! 「待って!やめてギアッチョッ!!」 声の主はルイズだった。ギアッチョはギーシュの首をつかんだままルイズを見る。 「何故止める?こいつは『覚悟』もなくおめーの命を侮辱した・・・ 償いは てめーの命でするべきだ」 「そうね・・・私は凄く悔しかったわ・・・だけどだからって殺すのは違うわ ギアッチョ、ここはあなたのいた場所じゃない・・・日々『覚悟』を持って 生きてる貴族なんかどれほどもいやしないわ あなたが思っているより ここはずっと甘くて怠惰な場所なの 常に『覚悟』と『責任』を果たさせようと するあなたはここでは異質な存在なのよ ・・・異質な平民の噂が宮中に 届けば・・・決闘だろうがなんだろうが関係ない あなたが何かをしでかす 前に 貴族を殺した罪で処刑されてしまうわ」 ギアッチョは色のない瞳でルイズを見つめる。 「・・・それに 私はギーシュに侮辱を償ってもらいたいんじゃないわ いつか魔法を使えるようになってこいつを見返してやりたいのよ」 それを聞いたギアッチョの双眸に、スッと色が戻る。そして、 ドサッ! ギーシュを投げ捨ててギアッチョはルイズに向き直る。 「しょーがねぇなぁぁ お嬢様の頼みとあっちゃあ仕方ねー これで 勘弁してやるとするぜッ マンモーニ!!」 ギアッチョがそう宣言すると、ギャラリーからどっと安堵の息が漏れ、 そして彼らを掻き分けるようにして派手な金髪の少女がギーシュに駆け寄る。 モンモランシーだった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1296.html
私には関係の無いイベントだと思っていた《フリッグの舞踏会》――― あいつとは如何するんだろうか。 あまり騒ぐタイプではないのは間違いないけど。 仕方が無い。私が踊ってあげるしかないわね。 宵闇の使い魔 第捌話:万媚 学院長室で事の顛末を聞いたオスマンは、フーケ自身を捕えられなかった事を惜しみながらも、 「まぁ、なんにせよ――良く《破壊の杖》を取り戻してくれた」 といって、一人一人の頭を撫でた。 勿論、虎蔵は別だが。 ルイズは「もう使えなくなってしまいましたけど――」と申し訳無さそうにしていたのだが、コルベールが彼女をフォローした。 「もしこれがフーケに使われでもしていたら、魔法学院の面子が潰れる所ではなく、大変な責任問題になっていたでしょう。フーケに使われなかっただけでも十分な結果です」 「たしかに、アレが一発あればちょっとしたフネ程度なら落ちかねませんものね」 その威力を間近で見たキュルケが肩を竦める。 オスマンはそれに頷くと、 「君たちの《シュヴァリエ》の爵位申請を出しておいた。ミス・タバサには《精霊勲章》を。フーケは取り逃がしてしまったのは事実であるから、確実に受理されるとは限らんが――その場合でも学院からの褒美は保障しよう」 と告げる。 それを聞いたルイズとキュルケは顔を輝かせた。 ――完全に隠蔽すると思ったがな―― 虎蔵はそんなことを重いながら、オスマンの言葉を聴きく。 まぁ、あそこまで派手に盗まれてしまったのだから、潔く認めた上で奪還した功績をアピールするのが得策といったところだろうが。 「あッ――あの、オールド・オスマン―――トラゾウには何もないのですか?」 ルイズが相変わらず壁際に突っ立って、退屈そうにしている虎蔵をちらりと見る。 ゴーレムの拳から逃れられたのも、《破壊の杖》を使うことが出来たのも彼のお陰なのだ。 オスマンもこれまでの話から彼の功績が一番であるということは理解していたが―― 「残念ながら、彼は貴族ではないからのう」 と、立派な白髭を撫でながら言う。 それにはルイズだけでなくキュルケやタバサも残念そうな顔をするが、 「金くれ、金。危険手当みたいなもんだ。金ならそう面倒な記録も残らんのだろ?ついでに秘書のねーちゃんにも出したれや」 虎蔵自身はあっけらかんと言ってのけた。 彼にしてみれば、称号など貰った所で厠の紙程度の役にも立たないのだから、その方がよっぽどありがたい。 地獄の沙汰も何とやらと言うくらいなのだ。 「ふむ。それくらいなら、ま、良いじゃろう。ミス・ロングビル、君もそれで良いかね?」 「私は特に何もしてないのですけど――」 オスマンが鷹揚に頷き、ロングビルにも問う。 彼女は少し困ったように頷いた。 オスマンはそれに「では近いうちに用意させよう」と答えると、パンパンと手を打つ。 「さて、今宵は《フリッグの舞踏会》じゃ。この通り《破壊の杖》も戻ってきたことであるし、予定通り執り行うぞ。今日の主役は君たちじゃからな。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのだぞ」 オスマンに言われれば、三人は丁寧に礼をしてドアに向かった。 だが、虎蔵は壁際に立ったままだ。 ルイズがそれに気付き振り返るが、彼は「先に行ってな」と手を振った。 オスマンと話でもあるようだ。 恐らくは彼の故郷の武器であるらしい《破壊の杖》についてだろう。 「ふむ――で、何か話でもあるのかね?ミス・ヴァリエールの使い魔よ」 「あるにはあるが――そっちからで構わんぜ」 オスマンはドアが閉まるのを確認すると虎蔵を促すが、虎蔵は肩を竦めて答える。 「どうせその方が話が早い。違うか?」 と、互いを牽制するように睨み合う二人だったが――― 「ふぅ、まあその通りであろうな―――では、ミス・ロングビル。君は――」 オスマンがため息をついて頷いた。 そしてロングビルに退室を促そうとするが、 「秘書のねーちゃんも居て良いと思うぜ。ルイズ達にだって後で話すことだからな」 「ふむ。まぁ、学院側にも事情を知ったものが数人は必要か――では此処に居たまえ」 虎蔵に言われて考え直すと、ロングビルにも同席を許可した。 「さて、まぁ――お主の事だ。聞かれることは解っているとは思うのでな。端的に問う」 そういって一度黙り、重厚な机に肘を突いて目を閉じる。 次に目を開いたときには、その年に似合わぬ迫力、威圧感を宿している。 ロングビルとコルベールはそれに息を呑んだ。 「お主、何者じゃ」 「見慣れぬ服装、異常な身体能力、魔法も使わずに何も無い所から武器を取りだす業――そして何より、《破壊の杖》の使用方法を知っているということ」 オスマン以外の二人も小さく頷いた。 そう、ただの平民ではないことは勿論、仮にメイジだったとしても何から何まで―― 「異質なのだ。本音を言えば、私は《土くれ》などよりよっぽど君の事を警戒していたのだよ」 そういってため息をつくと、ゆっくりと椅子の背凭れに身体を戻した。 虎蔵はそれを聞くと「随分と正直なこったな」と笑う。 「あんた、異世界って信じるか?」 「異世界――じゃと?」 「そのまんま、此処とは違う世界って事だがね。俺は其処の人間で、その《破壊の杖》もその世界ではかなり量産されている。パンツァーファウスト言うてな」 虎蔵の説明を聞くと、オスマンはふむと声を漏らして白髭を撫でながら考え込み、ロングビルとコルベールは話の壮大さ――というよりも、荒唐無稽さに顔を見合わせている。 暫くするとオスマンはため息をつき、ゆっくりと話し始めた。 「《破壊の杖》以外にも我々の知る歴史の中で作られたとは考えにくい物が、世界には幾つかあってな。なるほど、異世界から漂着した物であると言うのならば頷ける」 「ほう――」 虎蔵は何か思う所でもあったのか、僅かに目を細めて頷く。 「それに、《破壊の杖》も――そう、30年も昔の事になるか。森の中を散策していた私は、ワイバーンに教われてな。そこを助けてくれた人物の持ち物じゃった」 「そいつは?」 「死んでしまったよ。その時既に重症でな――今際の際に「帰りたい、帰りたい」と言っていたのはそういう事だったのか――」 遠い目をして語るオスマンに、誰も声をかけずに静かに時が流れる。 暫くすると、オスマンはため息をついて、 「まぁ、その時使った《破壊の杖》の一本を彼の墓に、そしてもう一本は形見として宝物庫に――という事じゃ。年寄りの長話をしてしまったが、なに、お主が異世界から呼ばれたと言うことは信じよう」 と告げる。 「しかし、その世界ではお主のような実力が普通なのかのう?」 「いや、大抵はこっちの平民と似たようなもんだ。極稀に突き抜けちまってのが居るって位だな」 もっとも、その突き抜け具合が半端無いのだが――そこはまだ告げる必要は無いだろう。 「なるほど――確かに彼は、持っていた物以外は普通の人間じゃったな――まぁ、私が聞きたいのはこのくらいだが、おぬしからも何かあるのじゃろ?」 「ああ、そだ。これだよ、これ」 虎蔵はすっかり忘れていた、といった様子で彼らに左手を見せる。 使い魔のルーンだ。 「なにやらこれが付けられてから、随分と身体の調子が良くてな。困ることでもないんだが、気になるといえば気になるんでね」 「ガンダールヴの印――ありとあらゆる《武器》を使いこなしたという伝説の使い魔の印です」 その疑問には、最初にそのルーンに気付いた人物であるコルベールが答えた。 恐らく、今まで使ったことのない武器でも扱えるようになっているとの事だが、それ確かめる機会はあまり無さそうだ。 だが、調子の良さはこのルーンによる物だろう。 もしかしたら、デルフの言っていた《使い手》というのも関係がある可能性はある。 ――気が向いたら聞いてみるか―― 「なるほど―――しっかし、なんで俺がそんなご大層な物になってんだかなあ」 「残念ながらなんとも―――異世界から来たということと関連がある可能性はありますが」 ぷらぷらと左手を振る虎蔵にコルベールが答えると、 「自分の理解の及ばん所で色々起こるってのは、なんともシャキッとせんね」 彼はそういって肩を竦めるのだった。 「ところで―――帰る方法はあるのですか?」 それまで黙って話を聞くに留めていたロングビルが口を挟むが、その問いにはオスマンもコルベールもすぐには答えられなかった。 「一度呼び出した使い魔を送喚した事はないし、するという事態は想定されて居ない」 「そもそも人間を召喚したことが初めてですからな」 二人がそう答えれば、ロングビルは「そうですか――」とだけ答えたのだが、 彼女に何度かアピールを試みているコルベールには少し違って見えでもしたのか、 「あーいえ、しかしですね。召喚が出来て、送喚が出来ないということは無いと思うのですよ。私は。ですから時間をかけて研究すれば―――そもそも召喚のプロセスというのは―――」 と自らの薀蓄を語りだしたのだが、 「あー、そいつは――帰り方については気にせんでええよ。知り合いに、あんたらとは毛色の違う魔法使いが居てね。そのうち向こうから呼び戻されんだろうから」 と虎蔵に遮られてしまう。 しかし、その内容はロングビルに自分の知識をアピールできなかった事よりも衝撃的だったようで、オスマン共々驚きをあらわにした。 「自ら狙って異世界からの召喚が可能な者までおるのか!?」 「なんとも恐ろしい世界ですな――」 実際のところ、虎蔵にはその魔法使い――麻倉美津里にそれが可能であるか、可能であったとしてするかどうかはわからないのだが――― 「そうならなかったとしても、ま、別にたいして問題はないしな。どうしても帰らにゃならん理由も無い」 と肩を竦める。 それを聞いたオスマンはははっと楽しげに笑って、 「なるほどなるほど。確かに、それも悪くは無いじゃろう。住めば都というしな。なんなら嫁さんも探してやるぞ?」 と言ってくる。 虎蔵は「そいつは結構」と肩を竦めて、割と本気で拒否したのだった。 数時間後。 《アルヴィーズの食堂》の上にあるホールは大いに賑わいを見せていた。 着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。 虎蔵はバルコニーの枠にもたれては、のんびりとウイスキーを味わっていた。 何処から《破壊の杖》奪還に虎蔵が大いに貢献したことを聞きつけたマルトーが持ってきた最高級の物だ。 「ま、娯楽が少ねえもんなあ――」 虎蔵の視線の先で、誰も彼もが今宵を謳歌している。 キュルケは何人もの男子生徒からのダンスの誘いを捌くのに手一杯になっている。 タバサはあの小さい体の何処に入っているのかという勢いで只管に料理を食べている。 そのテーブルに何往復もして料理を運んでいるメイドはシエスタのようだ。大変そうだが、生き生きとした表情をしている。 モンモランシーがギーシュの腕をがっちりと掴んでは、他の女を口説きに行かないようにキープしているのも見えた。 他にも名前も知らない生徒が、教師がこの《フリッグの舞踏会》を楽しんでいた。 此処で一緒に踊ったカップルは結ばれるという逸話だか噂だかがあるらしく、各所で恋の華が咲いたり散ったりしている。 だがそこで、ホールの一部がざわついた。 グラスにウイスキーを注ぎながらちらりと視線を向ける。 そこには、幾人もの教師の誘いを断りながら――中にはコルベールもいたようだが――こちらへと向かってくるロングビルがいた。 黒を貴重としたシンプルなドレスだが、深めのスリットに大胆に開いた背中から覗く素肌が艶かしい。 ドレスの生地を押し上げる双丘も十分すぎる程に男の視線をひきつける。 総じて"良い女"、であった。 更に数人の生徒や教師からの誘いを断って、ロングビルはようやくバルコニーにたどり着いた。 流石に彼女が虎蔵の前で足を止めてしまえば、誘いの言葉が聞こえてくることは無くなった。 「もてもてやな」 虎蔵がからかうように笑うと、彼女は近くには誰も居ないことを確認した上で、 「こまったものよ。馬鹿ばっかりでね。誰も彼もだまされて――」 とロングビルとフーケの間くらいの調子で答える。 「またぶっちゃけたな―――諦めたのか?」 「諦めるも何も、無くなってしまったものは盗めないわよ」 虎蔵が僅かに呆れたように言うと、彼女も肩を竦める仕草をして見せた。 バルコニーには誰もやってこない。 二人の雰囲気――色っぽい物でもなければ深刻そうなものでもない、独特の雰囲気に気後れするのかもしれない。 ロングビルは彼と同じように枠を背にして「何時から?」とだけ問いかける。 「夜に会ったときかね―――それに翌朝のもタイミングが良すぎるし、パッと見だと解らんが、ただの秘書がんなに引き締まった身体してるのも変だしな」 「――最後のは兎も角、もっとじっくりとやるべきだったか―――」 虎蔵の言葉を聞くと、はぁっと深いため息をついた。 もっとも、ルイズの魔法による皹が修復される前に実行したかったのだから、仕方が無い所もあるのだが。 「それで、如何するんだい?」 「つーと?」 「惚けないでほしいもんだね―――」 「怒んなよ―――しかしまぁ、どうしたもんかな」 ロングビルにすれば最も警戒していたことをどうでも良さそうに答えられて、ムッとした表情を見せる。 虎蔵はその表情を見るとニヤニヤと笑って、 「いやいや、実際本当にどうでも良いんだよ。貴族でも学院生徒でもなけりゃ、この世界のもんでもないんだからな」 「―――そう言う割には、最後には随分と煽られた気がするけど」 「面白かったもんでな」 と言い切った。嘘をついている様子は無い。 ロングビルは僅かに頬を引きつらせながら、ぐっと手を握る。 殴りたくて仕方が無い。 だがそれすらも虎蔵はニヤニヤと笑って眺める。 ―――なんて性質の悪い!――― ロングビルは思わず口に出しかけるが、ぐっと堪えた。 オスマンのセクハラもだが、この男と正面から向き合うのも胃を悪くしそうだ。 ふぅ、と大きくため息をついて気を取り直すと、 「まぁ、その辺りは良いんだけどね―――私としては余計な借りを作っておきたく無いんだよ」 「貸しを作ったつもりは無いが、まぁその気は分からんではないな」 「じゃあ何とかしておくれよ」 そう言って虎蔵の手からグラスを奪い、一口。 虎蔵が腕を組んで「うーむ」と考えていると、先程学院長室で《破壊の杖》――パンツァーファウストの来歴を聞いたときに僅かに気になったことを思い出した。 そう、この世界に来ているのが自分だけではない可能性である。 別に重火器やらなんやらが来る分には一向に構わないが――― 「そうだな―――ちょいと頼みがあるんだが、今此処で話す事でもないんでね。後で話しに行くわ。部屋は?」 虎蔵がそういうと、ロングビルは自室の場所を伝えて「―――一応、人に見られるのはよしておくれよ。変な噂が立っても困るからね」と言ってグラスを空けた。 その時、ホールの中からおぉと歓声が聞こえた。 視線を向ければ、ホワイトのパーティードレスに身を包んだルイズが注目されている。 胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせていて、隣のロングビルとは見事に対照的だった。 ロングビルはそれを見ると、「お姫様が来たみたいだね―――それじゃまた」と言って去っていった。 ロングビル同様、やはり幾つもの誘いを断りながら虎蔵の前へとやってきたルイズは、ややムッとした様子でロングビルの後姿を眺めてから彼へ声をかけた。 「お楽しみみたいね。邪魔しちゃったかしら」 刺々しい。 虎蔵は軽く肩を竦めて「別に。ちょっとした世間話だ」と答える。 そして「そういうお前こそ、随分と誘われてたじゃないか」と言ってからかおうとするのだが、 ルイズはその言葉を「五月蝿いわね。別にどうだって良いのよ、あんなの」とバッサリ斬って捨てると、彼に向けてすっと手を差し伸べた。 「でも、折角だから―――踊ってあげても、よくってよ」 目をそらして、僅かに浮かぶ照れを何とか隠そうとしながら言う。 虎蔵は思わずニヤニヤ笑いを浮かべてしまいながら「へいへい、お供するさ」と言って手を取った。 二人がバルコニーからホール入ってくるとすで楽師達によって音楽が奏でられていた。 ルイズは虎蔵の手を引いてフロアに飛び込み、音楽にあわせて優雅にステップを踏み始める。 虎蔵も見よう見まねでそれにあわせる。 「今日は色々と助けられたわね―――その、ありがとう」 ルイズは踊りながら、視線を合わせないようにしながらぼそぼそと感謝の言葉をつげた。 虎蔵は――なんとも素直になれん奴だな――と思ったのだが、 「それが使い魔の仕事なんだろ?」 といって笑うのだった。 しかし、後にこの虎蔵の言葉が、彼女の心に深く突き刺さってくることになる――――
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頭を抱えて寝てしまいたいけど、わたしにはそれも許されない。 うう、落ち着かなきゃ。クールに、クレバーにならなきゃ。頭を冷やそう。涼しい夜風で冷静さを取り戻そう。 窓を開けると、中庭にはまだキュルケ達がいた。ミキタカとぺティが近づいて何か話してる。なんだか妙な取り合わせ。 何か動く影が見えると思ったら、ミス・ロングビルが宝物庫の壁を歩いていた。世の中にはいろんな趣味を持ってる人がいるものね。 「ねえルイチュ、なんで怒ってんのさ。せっかくルイチュのために集めてきたのに」 こいつ、まだ分かってない。 「あのね、罪の意識とかそういう問題はとりあえず置いておきましょう」 「うん」 「あなたはバレなければと言ったけど、本当にバレないでいられると思う?」 「うん」 「ここがどこか知ってる? トリステイン魔法学院。石を投げればメイジに当たるの」 「うん?」 「大切な物が無くなった。誰かが持っていったに違いない。よし、とりあえず魔法で探してやれ。こうなるわよね、当然」 「……うん」 「きっと犯人はすぐに見つかるわね。使い魔はその場でバッサリ、ご主人様はよくて強制退学ってとこかしら」 グェスは貴金属の類を手に立ち上がった。顔色は真っ青だけど同情の余地は無い。 「ちょ、ちょおっと出かけてきまァす……」 「今夜中に全部返してきなさいよ」 人のいる部屋から盗るくらいだから、人のいる部屋に返すこともできるでしょ。 もし返せなかったら……見つかったら……考えるのはやめた方が賢明ね。ああ、胃が痛い。 感覚の共有ができず、秘薬の材料を探せず、あの小心っぷりじゃ護衛なんてまず無理。 できることは他人の物を掠め取ってくること……なんて使いを魔召喚してしまったんだろう。 ゼロにはあれが相応しいとでも言うつもり? あれじゃゼロより悪い、マイナスよ。 グェスが小物の類をかっさらっていき、部屋には一振りの剣と鍵、それに対応する謎の包みが残された。 さすがの大泥棒も一度に返すってのはできないみたいね。 そりゃそうでしょうよ。剣なんて持ってうろついてたら、ただでさえ犯罪者風なのが不審者丸出し。 そもそもどうやって盗んだんだか。警吏じゃなくたって捕まえるわ、まったく。 ベッドの上に剣を投げた。鍵と包みは……ふうむ。 鍵は複雑な形をしている。包みも立派なもんね。けっこう価値があるものかも。 てことは中身は……いやいやいや、他人の物を勝手に開けたりしたら怒られるでしょ。 ダメダメ、これはグェスが来るまで隠しておくの。 そんな思いとは裏腹に、なぜかわたしは手の中で鍵をいじっていた。 ダメダメダメ、本当にダメ。いくら気になるからって言っても……気になるのよね、たしかに。 返す前にチラッと見るくらいは許されるんじゃないかしら。いや許されないでしょ。 でも犯罪か何かに関わってくるものだとしたら大変じゃない? そうよね、これは貴族としての義務感というべきものよ。 もしかしたら、この包みが原因で人死にが出たり、大騒動が巻き起こったりなんてことも。 ……よし、ちょっとだけ開けてみよう。ちょっとだけ。 ごく自然なふうを装うため、鼻歌交じりで窓を閉め、カーテンを引いた。 外ではタバサを中心に四人と一匹が勉強会をしている。ああ真面目なこと。 ミス・ロングビルは壁の上で地面と平行になって悩んでいるみたい。あの人も謎ね。 鼻歌は二番に差し掛かった。部屋の扉から顔を出し、左を見て、右を見て、誰もいないことを確認する。 よし。ああ、ちょっとドキドキしてきた。何が入ってるのか予想もつかない。 開けた瞬間襲いかかってくるものだったりしたらどうしよう。 鍵を差込み、捻り、包みが解けて……あ……ああ、ああああ、こ、これは! 風の噂で聞いたことがある。偉大なメイジが召喚した恐るべき異世界の書物があると。 その本を読んだ男性は情欲を掻き立てられ、一晩に五回六回は平気の平左だという。 これが、その本。異世界の文字なんて読めたものじゃないけど、それでもわたしには分かる。 そもそもこの本に文字なんて必要がない。どこをめくっても裸の女性しか出てこないんですもの。 なんという写実的な絵柄。美しい色彩。紙の手触りもすっべすべ。すごい。これはすごい。 ううむ……ぺらっ……うううううむ……ぺらっ……激しいわ。なんて情熱的なの。 んん? この黒ずみ何かしら……邪魔ね。よりにもよって重要なところにばかり張り付いてるけど。 唾かけてこすってみたらどうだろ。でもこれ一応他人の物なのよね。 こんなスゴイ物、失くした人は必死で探してるかもしれない。早いトコ返した方が……おおおお! か、か、か、絡みもあるのね。なんて実践的な。おおお、あんなに脚を! そんなとこ舐めるの!? くうう、返す返すもこの黒ずみが憎い! 憎い! 何よこれ、何なのよ。 ありのままの真実を明らかにするべきじゃないの? 人間、隠さなきゃいけないものなんてないはずよ? そのままを曝け出す、その姿勢に美が込められているんじゃなくて? それを、この黒ずみ! 指の腹でこすっても消えない! これが無ければ! これさえ無ければ! もっといいのに! いいにきまってるのに! いいのよ! いいわ! いいんだって! 「おい、ルイズ。何を見ているんだ?」 魔法で消すってのはどうかしら。そうだ、ミキタカが虚無とか言ってたっけ。 「その本もしかして……」 虚無。無。つまりは消失させるってことよね。てことはこの黒ずみも消せるんじゃない? あーあ、わたしが虚無の使い手だったらな。こんなのちょちょいのちょいなのに。 「なあルイズ。それキュルケの本じゃないのか」 「あ、これキュルケの本だったのね。教えてくれてありがとうマリコルヌ……え?」 「どういたしまして……え?」 な……ナアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアァァァァアアアアアアァァアアァアアァアアアアアァアアーッ!? 「な、な、な、な、な、な、なんで、なんでマリコルヌがここにいるのよ!?」 マリマリマリマリマリマリマリマリマリコルコルコルコル……。 「ごごごごごごごめん、ちょ、ちょっと待ってて」 「うん」 水差しからコップに水を一杯注ぎ、一息で飲み干す。まだ足りない。もう一杯飲み干す。 まだまだ足りない。水差しに直接口をつけて全部飲む。 口の端からこぼれた水を袖口で拭って、ぐう、少しは落ち着いたか。 「マリコルヌ! 何の用があってここに来たの!」 「君の使い魔を男子寮で見たから教えてやろうと思って」 「そ、それはありがとう。でも、でも、でもね、女性の部屋にノックも無しで入ってくるなんて!」 「ノックはしたよ。中からいいわよって声が聞こえたから入ってきたんだけど」 「あ、ああそう」 逃げ場無し。 ええと、ええと、ええと、ええと。どうしようなんて言い訳すればいいんだろう。 「勘違いしないでよね。わたしはあくまでも学術的な好奇心からこの本を読んでいたの」 我ながらあまりにも白々しい。 「でも、キュルケの本だろ、それ。嫁入り道具とかいって見せびらかしてた本」 「ええっとね、あのね、あれよ。女の子には色々あるの。殿方が踏み込んでいい領域じゃないの」 「そうなのか」 「そうなのそうなの。ね。分かったらちょっと一人にしてもらえる?」 「そうなのか……」 背中を押しやって無理矢理外へ追い出したけど、それで何が解決するってわけじゃない。 そんなことわたしにだって分かる。マリコルヌはこれっぽっちも信じちゃいないに決まってる。 わたしがマリコルヌの立場だったら絶対に……そう、言いふらす。 なんてこと……よりにもよってマリコルヌに見られるだなんて。 わたしをからかうことに血道をあげてるデブちんに目撃されるなんて。 もうダメだわたしは終わりだおしまいだ明日からあだ名はエロのルイズだ人の本盗んでエロスに走るエロのルイズだ。 キュルケはなんだかんだで懐が広い。少し性的な言い回しを使うとすればお尻の穴が大きいから、貴重な書物であっても、戻ってさえくれば内々で済ませてくれるはず。 グェスとわたしが頭を下げればきっと許してくれるだろう。 でもこの際それは問題じゃない。キュルケがわたしをからかうなり嫌味を言うなりして矛を収めてくれたとしても、マリコルヌは面白おかしく吹聴する。確実に。噂は広まる。絶対に。 で、わたしはゼロのルイズからエロのルイズにランクアップするってわけ。 どう? こんな人生って楽しくない? ええ、全っ然楽しくない。あははははははは……。 「どうしたのルイチュ。面白そうね」 脳よりも先にわたしの背骨が指令を出した。 扉が開き、グェスの声が鼓膜を振るわせたその瞬間、彼女の顎先を足の甲で蹴り抜いていた。 ベッドに倒れたグェスに対し、追い打ちの踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ……。 「ルイチュちょっと待って! 痛い痛い、痛いって!」 「痛いからやってんのよ馬鹿犬!」 まだおさまらない。引き出しを開け、中から鞭を取り出した。 ベッドの上、怯えた表情でこちらを見上げるグェスが嗜虐の炎に油を注ぐ。 「ほら、見て見て。何も無いでしょ」 両手を開いてこちらへ見せる。 「全部返してきたの。これも、これも。全部元あったところに返すから」 ベッドの上の剣を胸に抱き、包みと鍵、中の本も引き寄せた。 「だから、さ。もう怒んないでよ。あたし達お友達じゃない。ね?」 「友達?」 鼻で笑ってやるわよ。何が友達? 馬鹿にしてんの? 「あんたにとっての友達ってのは何? いざという時は見捨てて? それ以外も迷惑かけっ放しで? 都合のいい時だけ友達で?」 「ルイチュ……」 「親友に置いてかれたって? そりゃ置いていかれるわね。あんたみたいに信用できないやつ、誰が連れていくっていうのよ」 鞭の先をグェスの顎に突きつけた。 グェスは悲しそうな、悔しそうな顔をしていたけど、そんなものがどうだっていうのよ。 「馬っ鹿じゃないの? 使い魔と主人が友達同士なんてお目出度いこと考えてるわけ?」 「そんな……」 一振り、二振り、軽快なフットワークでわたしの鞭が避けられた。 「避けるなッ!」 「落ち着いて! 何かよく分からないけど冷静になってルイチュ!」 グェスは扉ににじり寄っていく。逃がすわけないでしょ馬鹿犬。 杖を手元に……あれ。杖を……杖、杖、杖。 「ひょっとしてこれ探してる?」 どういうわけか、わたしの杖はグェスの手元にあった。あ、グーグー・ドールズか。 「あんたって人は、やることといえば泥棒ばっかり……その杖、こっちに寄こしなさい」 「魔法使わない?」 「使わないと思う?」 グェスがそろそろと後ろ手で扉に手をかけた。わたしは床を踏み抜く勢いで一歩踏み出す。 「グェス!」 「これ返してくるから! また後でねルイチュ!」 最後に投げつけた乗馬鞭は見事に扉へ突き刺さった。うおっ、すごい。怒りは人間を強くするのね。 グェスの馬鹿犬が逃げ、行き場を失くした怒りだけが残された。 「あの馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿犬!」 首輪をむしりとって壁に投げつけた。馬乗りになって枕を殴りつける。 「役立たず! 無能! 使い魔失格よ! 帰ってきたって入れるもんですか!」 空になった水差しを床に叩きつけ、グェスが逃げた扉を平手で何度も打った。 「全部グェスのせい! ぜえええんぶグェスのせい!」 さっき閉めたばかりの窓を開け、外に向かって喉が痛むまで吼えた。 「馬鹿いぬウウウウウウウウウウウウウウウウ! 帰ってくるなアアアアアアアアアアアアアア!」 眼下ではさっきの面子に加えてモンモランシーと大釜がいた。見るたびに数が増えている。 ミス・ロングビルが壁の上から滑り落ちたみたいだけどそれが何。 皆、呆気に取られてわたしの方を見上げている。だから? え? 「何見てるのよ!」 力任せに窓を叩きつけ、ついでに鍵もかけ、扉にはつっかえ棒をかけ、グェスが帰ってきても入れないようにし、着替え、ランプを消した。 雲の無い空には赤い月と青い月。わたしはベッドの上で一人ぽっち。 暑くないのに寝苦しい。眠いのに眠くない。何度となく寝返りを打つ。どんよりとしたまどろみがわたしを包む。 さっさと逃げて、主に恥をかかせて、他人の物盗んで、主に迷惑をかけて。無能。駄犬。 ちょっと言いすぎじゃない? 召喚されたばかりで戸惑っているのよ。 何が言いすぎよ。使い魔が主人に仕えるのは義務よ、義務。 そんなことないわ。異郷から無理矢理呼び出したのよ、彼女の持つ物全てを捨てさせて。こっちだって仕えるに値する努力をしなくちゃ。 なんでわざわざそんなことしなきゃいけないの。餌あげて、寝床あげて。それだけでもありがたいでしょ。 彼女は人間よ。しかも友達だと言ってくれた。そんな言い方ってないわ。 平民よ。しかも無能な。口先だけの役立たずで臆病者。わたしを守ってくれなかった。 守ってほしかったの? 当然よ。それは使い魔がまず第一にすべきことでしょ。 使い魔に守ってもらう必要なんてないでしょ。使い魔が臆病なら、あなたが使い魔を……友達を守ればいいじゃない。 本末転倒ね。だったら誰がわたしを守るっていうの。 何遍も何遍も言ったでしょ。あなたのことはわたしが守る。 はァ? もう少し素直になるべきね。よぉく知ってるでしょ、喧嘩するより仲良くした方が楽しいって。 あなたがそんなだからグェスがつけあがるんじゃない。えっらそうに、何様よ。ちょっと可愛い子を見るとすぐに鼻の下伸ばしてるくせに。 い、いや、あの、それはね、あくまでも本能というものなのよ。自分ではコントロールできないものなの。 いっつもいやらしいことばっかり考えて。マリコルヌにまで見られて……。 「それは……」 自分で出した声で目が覚めた。ああっと……何考えてたんだっけ。我ながらぼんやりさんね。 わたしはやっぱり一人で寝ていて、隣には誰もいない。夜の冷えが火照った頭を撫でていく。 怒りを発散するためにした数々の所業は、グェスへの怒りを静める効果があったものの、その分愚かな自分が浮き彫りになり、自己嫌悪の情が膨らんでいく。 結局全てわたしに返ってくるのよ。 グェスが帰ってこなければ水差しや鞭を片付けるのはわたしになる。 馬鹿はわたしだ。悪い状態をより悪くしてる。 無能もわたしだ。ゼロ以下の無能はいない。 主人失格もわたしで、犬……いや、犬より悪い、犬以下のモグラもわたしだ。 グェスを扱えないのもわたし、本に熱中したのもわたし、物や人に八つ当たりしたのもわたし。 そこまで知っていて、それでもわたしはグェスが戻ってくれば怒鳴り散らすんだろう。わたしは救えない。 枕を手に取り、扉を押さえる棒に向かって投げつけた。くるくると回って見事命中。枕もろとも棒は倒れ落ちた。 少しだけスッとした。わたしは怒った顔のまま床につき、枕無しで眠りに落ちた。ばーか。みんなばーか。
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前ページ次ページ鋼の使い魔 夕陽に染まるアルビオン、ロサイス港。 見下ろす地平線を背に、艤装を完了した『レキシントン』号の甲板上に主要各艦の長が整然と不動のまま並んでいた。 彼らの前に設えられた台上には『レキシントン』号艦長ボーウッド。今回の親善艦隊の総指揮を貴族議会から任命されたジョンストン卿。 その他旗艦参謀員が並び、目の前に並ぶ艦隊構成員達を視界に収めている。 ジョンストンは一歩踏み出して声を張った。その声は制音【サイレント】の応用によって甲板上はもとより艦隊各艦へと伝えられ、総ての船員達に聞こえるようになっている。 「諸君。愚かなる旧アルビオン王家との輝かしき戦いを乗り越えた英雄諸君。ここに停泊する戦列艦30、非戦列艦20にて私の声を聞いている英雄諸君」 …アルビオン内乱の折、ジョンストンは自らは決して前線に出ることはなかった。レコン・キスタに所属し、王家に反目はしたものの、 明らかに積極的に王軍打倒に参加しなかった。 彼は日和見に徹し、今、ここにいた。 「我々はロサイスを出発し、トリステイン領空上にてかの国の艦隊と合流した後、トリステイン中部からゲルマニア南部、そしてそこより南西に進路を取り、 帰国するものである。かの国の者たちに我々神聖アルビオン帝国が、始祖の権威に安座し怠惰に国を治めるあの者らへ、我らが彼らに劣る事無く、 優越する国の品格を有するものである事を示して欲しい」 訓示が終わるとアルビオン式の敬礼と足を揃える音が乱れる事無く木霊する。 ジョンストンが下がり、変わってボーウッドが前に出た。彼は自身も敬礼し、台上に向かった。 「当艦各員。此度の航路は当艦としては初めてとなる。さらに新艤装後とあっていくつかの面において操作上の変更をきたす箇所もあるだろう。 だが諸君らはいささかの懸念を持つ必要は無い。いつもどおりにやってくれ。 もっとも…船上の常だ、『不測の行動』も迫られるだろうが、この船で共に過した各員の冷静沈着なる行動に期待する。以上だ」 艦長の敬礼に答えるように、眼前の船員達の敬礼が返される。 それは乱れはおろか、たった一つの大きな音として帰ってくる。ボーウッドは我知らず満足げに頷くのだった。 台上で訓示や指示が行われる中、黄昏る船の陰に入るようにして集団を見つめる一人の男がいた。 お決まりの魔法衛士大隊兵制服と、唾の広く取られた羽帽子だ。…しかし今は、帽子が深く被り直されていて顔色が窺えない。 号令とともに船員達が解散し、台上にいたボーウッドとジョンストンも艦橋に向かう通路に向かう。するとワルドが当然のようにその中に入った。 「見事な演説でしたなぁ、艦長、総司令殿」 嘗ての彼を知るものがいれば随分と衝撃を受けるだろう、実に剣呑とした調子でワルドが二人に声を掛ける。 それにボーウッドは憮然としていたが、ジョンストンの方は機嫌よさ気に答えた。 「おお、子爵殿。正直言って、緊張しっぱなしだったよ。壇上に君を乗せられず閣下に悪かったと思っているくらいでね」 「とんでもない。私はあくまで客将。『不測の行動』までなんの配役もない、ただの乗り合いだ男に過ぎません。そうですな、艦長?」 ボーウッドは押し黙ったまま、視線を通路に向けている。 「…親善訪問の『概要』は委細承知している。だが少なくともラ・ロシェールの合流地点までは子爵、君はまさに乗り合いだ客人に過ぎない。そこをわきまえてもらう」 「結構結構。大いに結構…」 くっくっく、と篭る笑い声がワルドから聞こえて、ボーウッドはさらに表情を渋くするのだった。 その日、アルビオン空軍艦隊は一等戦列艦『レキシントン』を旗艦としてロサイスを出港。ラ・ロシェールまでの航路を夜間航行で進むのだった。 『開幕、長い一日』 夜の帳が下りた、トリステイン魔法学院。 既に夕食の時間も終わり、後はもう寝るだけ。勿論、眠らずに思い思いに夜を過す者も多い。 幸か不幸か、そんな眠らない住人の一人にギーシュはいた。ただ、普段であればそれはモンモランシーか自分の部屋、なのだが、今はコルベール研究塔前にいる。 目の前には木材に布を張った大きな天幕の下で、掲げられたランタンに照らされる半壊状態の『飛翔機』があった。 ギーシュが昼間、ちょっとした好奇心から『飛翔機』を動かした時、誤った操作により完成したはずの飛翔機に早急の修復を必要とする損傷が加えられたのである。 具体的には、風を掴むために計算されて作られた鉄枠が歪み、そこに張られた布が破け、後部にある噴射推進器の二本一組が使えなくなっている。 大慌てで駆けつけたコルベールとギュスターヴだったが、結局のところ夜も更けた今になっても修理が終わらずにいた。 ギーシュは指示されて資材置き場から織られたままの白い布生地をせっせと持ち込み、コルベールは飛翔機のフレームから羽布を剥し、 ギュスターヴは新たに鋼材を取り出して足りない部品を作っている。 「ミスタ・コルベール…まだ終わりませんか…?」 当事者とはいえギーシュはかなり疲れていた。 「機体前面を作っている鋼材を凡そ全て点検しなければいけないので、もう少しですかな…」 そう言ったコルベールは剥ぎ取った鉄の棒を見定め、使えるものは歪みを直し、使えなさそうなものをより分けている。 「明日からアンリエッタ王女の婚礼儀式が始まるから、学院全体の人も減る。そのうちに飛行実験をする予定なんだよ…」 ため息も漏れそうなギュスターヴから『お前のお陰で余計な仕事が増えたじゃないか』といわんばかりの雰囲気がギーシュに伝わってくる。なんとも気まずい。 「う…で、でもさ。誰が見たってこんなもので空を飛べるなんて思わないよ。…いい所、フライフィッシャーの模型か何かにしか見えないじゃないか」 と抗弁するギーシュ。ちなみに『フライフィッシャー』とは、アルビオンの洋上軌道上に生息しているといわれる伝説上の生き物である。 その姿はロマリア南方の海で見られる巨大なエイに似ているという…。 半刻ほどしてから、流石に余り長い間引き止めておくのはかわいそうだからとコルベールはギーシュを解放してあげるのだった。 …結局、フレームの修理が終わったのが手元の時計の針が日付を越した頃だった。 「明日の朝一番で布を張り直せば、大体正午頃には飛行実験が出来ますな」 眼鏡を外して目頭を解すコルベールと、腰を伸ばしてトントンとするギュスターヴ。 傍目には大の男二人が奇怪な玩具をせっせとこさえているようにしか見えない。実のところ、学院に務める教職者たちは殆どがそのように思っている。 間抜けなコルベールめ、また奇怪な道具を作って遊んでいるな。と。 家を食い潰して道楽に励んでいるのだから、一般的貴族の価値観から見ればそのように見るのも当時は仕方のないところだった。 ギュスターヴはそっと扉を開けて、ルイズの部屋へと戻ってきた。 寝台では既にルイズが静かに寝息を立てている。 閉じきらないカーテンから漏れる、変わらぬ明るさで双月の光がルイズの頬に掛かっていた。 起こさぬ様に、そっと寝台の脇に丸められたマットを広げて、横になる。 「んぅ…」 「ん…?」 起こしてしまったか、と思ったが、むにゃむにゃとルイズから寝言が漏れている。 「あんたは……私の…使い魔……なんだから……」 …どうやらギュスターヴを夢に見ているらしい。せっかくの夢だというのに、眉をひそめて噛み付きそうな顔をしていた。 「……主人の……傍に……」 ギュスターヴは暫くルイズの寝相を見てから、やがて埃も立たない様にそっと頭を撫でた。綿のような髪が流れ、次第にルイズの眉間の寄り上がりが解れ、 相から棘が抜けて穏やかなものへと変わった。 「ん……」 ルイズが緩く寝返りを打つと、部屋に戻った頃と同じく静かな寝息が聞こえるようになった。 「嬢ちゃん最近はずっと机にかじりついてっから、色々と溜ってるんだろうよ」 壁に立掛けたデルフはそう言った。 「…ま、仕方が無い。婚礼の儀式とやらが終わったら、たっぷり面倒見るさ」 身に帯びるものを外して身体を伸ばし、静かにギュスターヴは眠りに付こうとした。 「相棒」 だが、再びデルフがまどろむ間際に声をかける。 「……なんだ?」 「相棒は何時まで使い魔やる気なんだい?嬢ちゃんが死ぬまでかい?」 うっすらと目を空けて、ギュスターヴは答えた。 「…ルイズが自分の道を見つけるまではここにいる。少なくとも」 「じゃあよ、そいつが見つかるまでは帰ることが出来ても帰らねーって言うのかい」 脳裏にタルブに住まう背の曲がった老人が思い出されては、消えた。 「そうおいそれと帰れるわけでもないだろう。…時間はあるさ」 幼い頃、自分が死んでも大地に還るアニマすらないのだ、とどこかで諦観した。 その思いは年を経てもギュスターヴの心の中に残っていた。深淵な洞の様な孤独に浸りながら、せめて今生きることを謳歌して、死ぬ時は死ぬ。そう決めていた。 なら、この生まれた地より遠く離れた異界だって生きるに都合が悪くもない。 「どこで何をしようと俺の勝手さ…なんて言うと、レスリーが怒りそうだがな…」 「なんか言ったか相棒?」 「なんでもないよ。…寝るぞ、起こすなよ」 どこか自嘲気味に笑うと、ギュスターヴは再び眠りにつくのだった。 ルイズはその時、一人小舟の上に居た。 妙だ。さっきまでギュスターヴが一緒にいたはずなのに。 「ここ…どこ…?」 自分の乗る小舟はオールも竿もなく、水の上を流れていた。 「ギュスターヴー、近くにいるんでしょー?」 四方に向かって使い魔を呼んでみても、何も返ってこない。地平の先はインクを落としたようにぼやけていて、響く音を吸い込んでいく。 「ぅー…」 恨めしげに鳴いてみても何も届かない。辺りは暗く、静かだった。 「もー、どこなのよここはー!」 苛立たしく水面をぱしゃぱしゃと手で叩いてみても同じだった。空は薄暗く、水面が鉛色に揺れるのが見える。 ルイズが途方にくれていると、薄暗い水の流れの先で、仄光る何かがこちらへと流れてくる。 それはルイズの小舟まで来ると流れてゆく事無く、小舟と併走するようにずっと近くに漂っていた。 「なにこれ…?」 ぐっと手を伸ばす。光る何かに手が届き、拾い上げた。 …それは濁りの一切ない大理石か何か、真っ白な石材から削りだしたと思われる卵のイミテーション(模造品)だった。 「綺麗…」 感嘆するルイズの両手に収まる大きさの卵は、石材特有の滑らかな手触りが掌に吸い付くようだった。 そしてそれはどこか…脈打っていた。手のひら越しに仔犬を抱いた時のようなしっとりとした暖かさが広がっていく。 それを感じると、今置かれた場所がとても淋しいものに思えた。暖かな卵の温もりが逆に心に安らぎを与えてくれる様でもあった。 孤独の中でルイズはやがて、親鳥が卵を抱くように卵のイミテーションを抱き込んで眠った。 小舟はそのまま闇の中を流れていく。夢の中で眠るルイズを覆う闇を、更に濃くしながら…。 翌日。朝食の時間が終わった頃、学院に王室の紋章の入った馬車がやってきた。 受付をする衛兵に馬車に乗っていた王宮の役人が告げる。 「ラ・ヴァリエール公息女ルイズ・フランソワーズ殿をお迎えに上がりました」 同じ頃、部屋でルイズは鞄に始祖の祈祷書を入れ、指には秘かに『水のルビー』を填めていそいそと支度に掛かっていた。 「これで準備はよし。…祝詞の原稿はもったし…」 ルイズはこれから王宮に上がり、諸侯と共に婚礼の儀式に参加するのである。 まず、夕刻から始まる諸侯の集まりに父ラ・ヴァリエール公と共に出席して翌朝、アンリエッタの一団と共にゲルマニア帝都ウィンドボナへと出発し、 彼の地で行われる式典で祝詞を読むのである。 ルイズの部屋をノックする者がいた。 「開いてるわ」 普段ならここでシエスタがやってくるのだが、帰省中のため別のメイドがやってくる。 「ミス・ヴァリエール。お迎えの方がお待ちになっています」 「もう少し待たせて頂戴。それほど時間はとらせないから」 そう言ってルイズはメイドを素通りして部屋を出て行く。 「あ、あの、ミス・ヴァリエール!何処へ?!」 「貴方は迎えの馬車まで行って待つように伝えなさい」 つかつかと足取り早くルイズは学生寮を出て行った。 コルベール研究塔前では晴天の下、修理の終わった飛翔機に布を張り直す作業に追われていた。 骨組みの上でピンと張られた布が継ぎ目を重ねるように貼り付けられている。継ぎ目から布が剥げるのを防ぐ為だ。 鋼材から作った骨組みに布を合わせ、しわやたるみなく鋲や接着剤で貼り付ける。鋲も飛行中に緩んだりしないように、接着剤を塗りこんで骨組みに打ち付けている。 「ギュスターヴ!」 ルイズはコルベール研究塔に寄って塔前の広場に広げられた作業現場にいるギュスターヴを呼んだ。 飛翔機の前で梯子に登っていたギュスターヴは振り向くとルイズに手を振り、梯子から降りて近寄った。 「今日はもう王宮に行くんだろう?」 「そうなんだけど…暫く部屋を空けるから、顔見ておこうと思って……」 「ほぅ…」 顎に手を当てしたり顔のギュスターヴに、ルイズはカッと顔を崩す。 「なっ、何よ?!ち、違うんだからね?連れて行けない使い魔がかわいそうになっただけなんだからね?!」 「はいはい、判ってるよ。…自分の使い魔なら信じてくれよ」 「…うん。……ところで…飛ぶの?これ」 ルイズが怪訝そうに指差す飛翔機はまだ羽布の張り直しが半分ほどしかされていない。噴射推進器は予備を装填され、噴射口はゴミが入らないように今は布を縄で縛って蓋がされている。 「…飛ぶらしい。本当は昼前には飛ぶ予定だったんだがな」 「ねぇ、帰ってきたら怪我してました、とかだったら承知しないんだからね!」 判ってるよ、と言ってふと、ギュスターヴは作業現場の台に掛かっている懐中時計を見た。 「もうそろそろ行かないと不味いんじゃないか?」 「え?……そうね。御者も待たせてるし、もう…行くわ」 ルイズは軽く手を振ってその場を後にしようと歩き出した。 「ルイズ」 ギュスターヴに声かけられ、振り返く。 ギュスターヴは腰に手を当て、笑っていた。 「いってらっしゃい」 ルイズはハッとして、暫く困惑したが、にっこり笑って、 「いってきます」 そしてそのまま振り返らず、御者の待つ正門まで歩いていった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ滅殺の使い魔 「ヤスムコト……ユルサヌ……タダ……ヒタスラ……」 横たわる『鬼』の亡骸に、得体の知れない力が集まっていく。 「ヤスムコト……ユルサヌ……タダ……ヒタスラ……」 やがてその力は渦を成し、『鬼』を覆い、そして―― ――その日、その世界から『鬼』が消えた 「五つの力を司るペンタゴン…我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」 桃色の髪の少女が、また一度詠唱し、杖を振り、また爆発を起こす。 彼女はもう何度もこの作業を繰り返してはいるが、まだ一度も本来の魔法を発動できないでいた。 『使い魔召喚の儀』―― 学院の生徒が、一年から二年へと進級する為の大事な儀式。 と、同時に、生徒一人一人の専門とする属性をきめる、正に今後のメイジとしての人生を左右するものである。 たった今、その『サモン・サーヴァント』の詠唱で失敗し、爆発を起こした少女は、もう何度目かもわからなくなるほど失敗し、その全てを爆発に変えた。 「どうして!」 と、これまたもう何度目かもわからない叫びをあげる。 そして、禿げ頭の教師が少女に告げた。 『次に失敗したら、それで終わり』だと。 周りを行きかう少女を蔑む言葉。 それに負けじと、少女は流れそうになる涙をこらえ、『最後』の呪文を唱えた。 「宇宙の果てのどこかにいる,私の僕よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より訴えるわ、我が導きに答えなさい!」 刹那、大爆発。 終わった、と誰もが思った、いや確信した。しかし少女は、まだ諦めては居なかった。 ――その男は、ひたすら強さを求めていた―― あらゆる闘い方をする強者を『殺』し、自分の糧としてきた。 だが、それももう終わった。 『殺』されたのだ、強者に、より強き者たちに。 自らが大阪城で闘い、『殺』した者に、暗黒の力を注入され、不本意な強さを手に入れ、自我は崩壊し、その果ての敗北、そして死。 その男は、それで終わった筈だった。 「あんた、誰?」 煙の中から現れた男に、ルイズは問う。 「ぬぅ……」 男は呻きながら立ち上がった。 やがて煙が晴れ、周りの生徒達や教師にもその姿が見えた。 逆立った赤髪、ボロボロの紫の服、それに屈強な体。 「平民だ!」 「ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」 ここぞとばかりにルイズを馬鹿にする生徒達だが、それは禿げ頭の教師によって遮られ、場は静まる。 禿げ頭の教師はそれを確認すると、ルイズと男に歩み寄り、柔和な笑みを浮かべた。 が、言葉を発する前に、ルイズの怒鳴り声が彼を襲った。 「ミスタ・コルベール!再召喚を!」 「それは出来ない。サモン・サーヴァントは神聖な儀式だ。再召喚は認められない」 悲痛な表情でそれを却下するコルベール。 彼自身、ルイズを哀れに思い、同情していたのだが、例外を認めることは出来ない。 「……ここはどこだ」 「っ! ミス・ヴァリエール、下がって!」 男がはじめて言葉を発する。 その言葉に反応するようにコルベールが動いた。 ルイズをかばう様に前に立ち、こともあろうに杖を向けたのである。 コルベール自身、この男に違和感を感じていたものの、やはり平民だと決め付けていた。 それ故に、前代未聞である『人間を召喚』という事態にも危険を感じず、にこやかにしていることが出来たのである。 だが、この男が言葉を発し、コルベールをにらんだ瞬間にコルベールは危険を察知し、戦闘状態になった。 男が殺気を放ったからである。 コルベールとて周りには知られていないが数々の戦闘を経験している。 それゆえ、殺気と言うものには慣れてはいたし、このような状況で、殺気立つのは不思議では無い。 「貴様、何者だ!」 男に対してコルベールが叫ぶ。 コルベールは恐怖していた。 この男は普通ではない。そう本能が叫ぶ。 杖を持つ手が汗ばむ、足が震える。 それを悟られぬように勤めていた。 また、コルベールが叫ぶと同時に、男が構えた。 「くっ……ミス・ヴァリエール、離れるんだ!」 「な、なんでですか!」 「いいから早く!」 ルイズをこの場から下がったことを確認したコルベールは、再び男を睨む。 戦うしか無い。 正直勝てる気はしないが、絶対に生徒を傷つけさせはしないと、必死で自分を奮い立たせていた。 それに対し、男は構えて微動だにせず、コルベールを睨んでいた。 コルベールは決死の覚悟でバックステップで距離をとり、魔法を放つ。 「ファイヤーボール!」 杖の先から放たれた炎の球は、一直線に男へと飛んで行き、男の眼前へと迫る。 だが。 「ふんっ!」 男は飛来した炎の球を、なんと腕を少し動かしただけで手の甲で弾いたのだ。 弾かれた炎はその場で消え、跡形も無くなった。 「なっ!?」 驚きを隠せないコルベール。 対して男は、自ら攻撃をする所か、構えを解いてしまう。 騒然とする場。 平民が魔法を素手で弾いたのだから、驚くのも無理は無い。 「ここはどこだ」 男は再びコルベールに問う。 構えを解いたことは、戦う意思が無いからなのか、それとも油断させようとわざとそうしているのか、コルベールには皆目見当がつかなかった。 「あ、あんた、何者よ!?」 いつのまにか戻ってきていたルイズが、男に背後から問いかける。 男はルイズに視線をやると、こう言った。 「我こそ、拳を極めし者」 その背中に、『神人』の文字を浮かばせて―― 前ページ次ページ滅殺の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 翌朝。朝もやの中、ルイズと官兵衛そしてギーシュは、馬の背に荷物と鞍をくくりつけていた。 その片手間に、これからの旅路について話し合う。 ちなみに官兵衛の乗る馬は、二人の馬に比べて一回りほど大きく立派なものが用意されていた。 官兵衛の引き摺る鉄球は、並みの男では持ち上げる事すら敵わない。 そんな鉄球をくくりつけられた官兵衛が騎乗するとなると、馬も通常のものでは満足に長距離を走る事は出来なかった。 「お願いがあるんだが……」 準備の途中、ギーシュが困ったように二人に言葉を投げかけた。どうした、と官兵衛が振り返る。 「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」 「お前さんの使い魔?」 官兵衛が怪訝な顔で答えた。 「連れて行きたいなら行きゃあいい。どこにいるんだ?」 官兵衛があたりを見回す。しかしそれらしい影はどこにも見当たらない。 ギーシュはにやっと笑うと、地面を叩いた。すると地面の土が盛り上がり、その山の中から茶色い巨大な生物が顔を出した。 「こいつは……」 官兵衛はこの生物に見覚えがあった。たしかヴィリエに決闘を挑んだ時、ギーシュが抱えてた生き物だ。 ギーシュがすさっと屈み、それを抱きしめる。 「ヴェルダンデ!ああ!僕のかわいいヴェルダンデ!」 ヴェルダンテは嬉しそうにギーシュにすり寄る。 「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」 ルイズが小熊ほどもあるヴェルダンデを見て言った。 「そうだ。ああヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」 ギーシュがにへら顔で頬ずりするのを見て、ルイズはドン引きした。官兵衛もなにやら可哀想なものを見る目になる。 いくら可愛いとはいえ、ギーシュの使い魔に寄せるその愛情は異常であった。 「ギーシュ。使い魔とのスキンシップの所悪いけど、そのモグラは連れて行けないわ」 「ど、どうしてだね!」 ルイズの言葉にギーシュがいきりたって言う。 「だって私達、これからアルビオンに行くのよ?地中を進む生き物なんて連れて行けないわ」 ギーシュの顔が瞬く間に絶望に染まった。 「そ、そんな……。お別れなんて寂しすぎるよ……。ヴェルダンデ……」 へなへなと地面に崩れ落ちるギーシュ。そんな彼をよそに、官兵衛は巨大モグラを眺めた。 「(モグラ、モグラか……)」 官兵衛はヴェルダンデを見つめていると、いつしか穴倉に置いてきた人懐っこいモグラの事を思い出した。 サイズは大分違うが、あいつもこんなつぶらな瞳をしていて可愛かったなぁ。 発掘作業中いつでも傍に居て、ちょこちょこ付いて来て。 天下を取ると、いつしか約束してきたが元気にしているだろうか。 そんな事を思い浮かべながら、官兵衛はしんみりとヴェルダンデの頭を撫でた。 「ああ、可愛いな……。確かにこいつは可愛い……」 「な、なによカンベエ。まさかあんたまで……」 ルイズは顔を引きつらせながら、そんな男二人の様子を眺めていた。 と、突如ヴェルダンデが鼻をヒクつかせ、ルイズに覆いかぶさった。 「ちょ、ちょっと!」 ルイズの体中を鼻でまさぐるヴェルダンデ。 ルイズは振りほどこうと地面をのた打ち回るも、小熊程もあるジャイアントモールに拘束されてはたまらない。 「ああ、美少女と戯れるヴェルダンデもまた可愛らしいなぁ。絵になるじゃあないか。はっはっは……」 「お前さん。戦ったあの夜、鉄球でもくらったか?」 どこか的外れな感想を述べるギーシュ。そんな彼を真剣に官兵衛は心配した。 「ちょっと!少しは助けなさいよ!きゃあっ!」 ちなみに官兵衛が助けないのは、鬱憤が溜まっている所為である。 そうこうしている内に、ヴェルダンデはルイズの右手の薬指に光る水のルビーに鼻を摺り寄せる。 「この!無礼なモグラね!姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」 「成程指輪か。ヴェルダンデは宝石が好きだからね」 「ほう、随分賢いじゃないか」 官兵衛が感心したように言う。 「そうさ、彼はすごいんだよ。貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ」 「マジか!それじゃあ一攫千金も夢じゃあないな……!よければ今度小生にも貸してくれ!」 そんな間の抜けた会話をしている、その時だった。 突如一陣の風が吹きぬけ、ルイズに覆いかぶさるヴェルダンデが吹き飛ばされた。 「ヴェ、ヴェルダンデェーーーーッ!」 ギーシュが、風が飛んできた方向を見て絶叫する。朝もやのなかから長身の羽帽子の貴族が現れた。 暗の使い魔 第十五話 『ワルド』 「貴様アァァァァァァァァッ!」 どこぞの凶王の如く、目から血涙を流しながらギーシュは激高した。 薔薇の造花を振るおうとしたが、先に杖を抜いた羽帽子の貴族が即座にそれを吹き飛ばす。模造の花びらが宙を舞った。 「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行することを命じられてね。君達だけではやはり心もとないらしい。 しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたって訳だ」 長身の羽帽子の貴族が、帽子を取ると一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 しかしそんな相手を気にした素振りもなく、ギーシュは尚のこと吼える。 「ザンメツしてやるッ!末に広がる十六裂きにッ!」 「落ち着けお前さんっ!味方だ、味方!というか、どこで覚えたその言葉!」 拳を構え、ずんずん突き進むギーシュを官兵衛が全身を使って抑える。 その勢いに、若干引き気味に答えるワルド。 「す、すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りは出来なくてね」 「婚約者?」 官兵衛は首を捻った。とりあえずギーシュをバックドロップで沈め、官兵衛はワルドに向き合う。 「ワルドさま……」 ルイズが立ち上がり、震える声で言った。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 「お久しぶりでございます」 ワルドはルイズに駆け寄り、その身体を抱え上げた。ルイズも思わず頬を染める。 「相変わらず軽いな君は!まるで羽のようだね!」 「お恥ずかしいですわ……」 出やがったよ貴族特有の芝居がかったやり取りが、と官兵衛は思った。 正直こういった演劇は、嫌な思い出が蘇る。主に、元居た世界の南蛮宗教の演劇を思い出すのだ。 ここが異世界じゃなかったら、ステージを提供してやるのになぁ、と官兵衛はぼやいた。 「彼らを紹介してくれたまえ」 ワルドはルイズを下ろすと、再び帽子を目深にかぶりながら言った。 「あ、あの……、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のカンベエです」 ルイズは地面でのびてるギーシュと、官兵衛を指しながら言った。 「はじめまして、だ」 官兵衛は気だるげに挨拶した。 正直官兵衛は、この羽帽子の貴族が気に入らなかった。 実力、地位、人気、全てを持っている。握手など求めてきたら、その隙に左手でグサリとしてやりたいくらいだ。 「君がルイズの使い魔か。まさか本当に人とは思わなかったよ」 気さくな感じで話しかけてくるワルドであった。しかし官兵衛はぶっきらぼうに接する。 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「そうかい、小生も随分世話になってるよ。あの娘っ子にはな」 何やら嫌味ったらしくルイズに向けて官兵衛が言う。それを聞いてルイズはフンとそっぽを向いた。 そんなやりとりを見て、ワルドは目を瞬きさせると、豪快に笑った。 「あっはっは!仲がいいようで何よりだよ!」 ワルドが口笛を吹く。すると、もやの中からグリフォンが現れた。 ワルドはひらりと華麗にグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。 「おいで、ルイズ」 ルイズはそれを見て、ためらう様に俯いたが、やがて顔を上げると静かにワルドの手を取った。 いつの間にか目覚めていたギーシュも、う~んと唸ると周囲を見渡して首をかしげた。 「あれ?僕はいったい何をしてたんだっけ?」 「ほれ、さっさとしないと置いてかれるぞ」 官兵衛の言葉にギーシュは慌てて馬に跨る。そして最後に官兵衛が馬に跨ると、一向は出発した。 「では諸君!出撃だ!」 官兵衛はいつの間にか仕切っているワルドを忌々しく思いながら、馬を走らせた。 学院長室の窓から出発する一行を、アンリエッタは見つめていた。手を組み、目を閉じて祈る。 「彼女達にご加護をお与え下さい。始祖ブリミルよ……」 そんな厳かな雰囲気をぶち壊すかのように、隣ではオスマンが鼻毛を抜いていた。 「見送らないのですか?オールド・オスマン」 「ほほ、姫、見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」 アンリエッタが額に手をやった。そこへ、激しいノックとともに、慌てた様子のコルベールが現れた。 「いいい、一大事ですぞ!オールド・オスマン!」 「君はいつでも一大事ではないか。どうしたのかね?」 「チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱獄したそうです!門番の話では、さる貴族を名乗る妖しい人物に眠らされたと! また、どうやら他の囚人を伴って脱獄した様子で!」 コルベールが一気にまくしたてるのを、まあまあとオスマンが宥める。アンリエッタが蒼白になった。 「わかったわかった。その件については後で聞こうではないか」 オスマンがコルベールに退室を促すと、コルベールは渋々いなくなった。アンリエッタは机に手をつき、ため息をついた。 「さる貴族……。間違いありません!アルビオン貴族の暗躍ですわ!」 しかし、アンリエッタの勢いを意に介さず、オスマンは鼻毛を抜きつづける始末。 「どうしてそのような余裕の態度を。トリステインの未来がかかっているのですよ」 「すでに杖は振られたのですぞ。我々にできる事は待つことだけ。違いますかな?」 「そうですが……」 アンリエッタは居ても立ってもいられないといった様子である。 「なあに彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」 「彼とは?あのギーシュが?それともワルド子爵が?」 オスマンが首を振った。 「まさか、あのルイズの使い魔の青年が?彼はただの平民ではありませんか!」 「姫は始祖ブリミルが用いた、最強の使い魔、ガンダールヴをご存知かな?」 「ええ、それが何か?」 アンリエッタは突如ふられた話題に首を捻った。そして、やや黙考の末、オスマンを見つめて言った。 「まさか、彼が?」 オスマンは喋りすぎたとばかりに目を瞑った。 「いやなに、彼はそのガンダールヴ並みに使える、と。そういう事ですじゃ」 はあ、とアンリエッタが口を開ける。 「加えて彼は異世界からやってきたのです。我々の想像も及ばない世界からのう」 「異世界?そんなものが……」 「無いとは言い切れますまい。現に彼は、あのような枷を負いながらも、顔色一つ変えずに様々な事をやってのけました。 我々とは、思考も行動も違う。そんな彼ならば、やってくれると信じておりますでな。余裕の態度もその所為なのですじゃ」 アンリエッタは遠くを見るような目になると、目を瞑り微笑んだ。 「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」 トリステインより馬で二日の距離にある港町ラ・ロシェール。 この港町こそ、現在ルイズ達が目指している、アルビオンへの玄関口であった。 固い岩肌に囲まれたこの町は、常に人口の十倍以上の人間がひしめく。商人、軍人、旅人、そして少なからずのならずもの達。 そんな町の裏通りを、人知れず歩き回る人影が二人いた。 脱獄した盗賊・土くれのフーケと、戦国の武将・長曾我部元親である。 「やれやれ、脱獄に成功したはいいけど、動きづらいったらありゃしないよ」 フーケが物陰に隠れながら愚痴を言う。逃げ出したフーケを捕らえるために、表通りには厳戒な封鎖がなされているのだ。 「どうやってアルビオンに渡ったものかねぇ」 それに対して元親は答えず、隣に座り、涼しい顔で武器の手入れをしている。 元親の手には、身の丈を遥かに超える巨大な槍。槍の穂先には、舟艇を固定する碇のようなものが、存在を誇示する。 長曾我部元親の自慢の得物、碇槍であった。 長曾我部元親は四国の地を治める武将である。 彼が突然にこの世界に放り出されたのは、約一週間前のことであった。 彼は、豊臣と毛利の間に怪しい動きがあるという情報を、雑賀衆頭領・雑賀孫市から手に入れた。 四国の長曾我部は、故あって豊臣の石田と親交がある。 しかしながら、長年西の海の覇権を争って睨みあって来た宿敵・毛利元就とは未だに敵対している。 彼は毛利と問いただそうと思い、船を出した。 いや、『それ』は船と呼ぶには語弊があるだろう。その山をおもわせる巨大なモノは。 それは、国の財政が傾くどころか火の海に沈むほどの資金、それをつぎ込んだ元親の最高傑作。 最高の技術、そして最高の漢の浪漫を凝縮させた、この世に二つとない代物。 元親は、百の鬼を束ねて海を制覇する、そんな想いを込めてその最高傑作をこう名づけた。 海賊要塞・百鬼富嶽、と。 百鬼富嶽には最新鋭のカラクリ兵器も積んであった。戦の準備は万端、と意気込んでいた長曾我部軍。その時だった。 なんと、彼の操る移動要塞・百鬼富嶽の上空に、暗黒の空間が姿を現したのだ。 星が煌き、宇宙空間を思わせるそれは、要塞全てを飲み込まんと迫ってきた。 混乱する長曾我部軍。得体の知れない現象におののいた彼らは、元親の指示のもと脱出を決意。 乗組員が逃げ切り、脱出は元親を残すのみとなった時、彼はその空間に飲み込まれてしまったのだ。 「で、気がついたら一人ハルケギニアにいたって?ハハハッ!冗談はやめておくれよ!」 「ウソじゃねえっ!海の男はウソなんかつかねえっ!」 「嘘じゃなかったら変だよアンタ!だいたい、移動する城?そんな馬鹿げたもん、作る発想も技術も、このハルケギニアには無いよ!」 フーケに話しても笑うだけで、信じて貰えなかった。 その後、右も左もわからず、町や村をさ迷っていた彼は、ふとした事である騒ぎを起こす事になる。 彼が首都トリスタニアを歩いていると、そこには配下をぞろぞろと引き連れた貴族。 いかにも偉そうなその貴族は、道の真ん中を堂々と闊歩する元親を見るなり、因縁をつけてきたのだ。 この世界のルールを知らない元親は、そんな貴族に即座に喧嘩をふっかけた。 配下のメイジを殴り倒し、その貴族に碇槍を突きつけた。その結果、魔法衛士隊がやってきた。 流石の戦国武将も、魔法の手ごわさと汎用性を知らなければ不覚を取る。 元親は、『くもの糸』という魔法で幾重にも縛り上げられた上、スリープクラウドをくらいお縄となった。 そしてフーケとともに脱獄し、今に至るわけである。 その様に、この世界で行くアテのない彼は、フーケに付き合い、警備の厳重なトリステインから一時撤退する計画を立てた。そのためアルビオンという大陸に渡ろうとしていたのだ。 「全く、貴族に喧嘩売るなんて何考えてるんだい」 「テメェが言うな。だいたい何だ、貴族だの何だか知らねえが、田舎モンがよ」 フーケは、元親から詳しく話を聞くなり、呆れ果てた。よもや貴族に喧嘩をふっかけて牢に入れられる奴が居ようとは。 最もそれを言えば自分も、散々貴族相手に盗みを働いた挙句捕まったクチだが。フーケは苦笑しながら元親の話を聞いていた。 「それよりも、だ」 槍を手にしながら、元親はつまらなそうにフーケに尋ねる。 「アルビオンって大陸に渡るにしちゃあ海が見当たらねぇぜ?潮の香りも漂ってこねぇ。ここが港町か?」 元親は心底がっくし来たように肩を落とした。 元親は、武将であると同時に、海賊団を率いる海の男でもあった。彼は当初、大陸に渡ると聞いて内心ウキウキしていたのだ。 こちら側に来て初めての海。一週間そこらとはいえ、潮風が恋しい。 そんな彼だったが、進めど進めど一向に海になど辿り着かない。むしろ険しい山道を登る一方である。 いい加減痺れを切らして、元親はフーケに尋ねた。するとフーケは。 「何言ってるんだい?海なんか越えないよ?」 彼にとって衝撃的な一言を言い放った。 「んだと!?」 元親は目を見開き、フーケにくってかかる。 「バカ言うんじゃねぇ。じゃあどうやってアルビオンとやらに渡るんだ」 「あんたアルビオンを知らないのかい?」 フーケが呆れたように元親に言った。元親が知るか、と声を上げようとしたその時である。元親の右目が鋭く煌いた。 同時にフーケも、異様な気配を感じてあたりを見回す。 裏通りにちゃきり、ちゃきりと刀の唾鳴り音のようなものが響き渡った。 音の方角に目を向ける二人。聞けば、唾鳴り音とともに、ガシャガシャと甲冑の擦れる音まで聞こえてくる。 その音は、闇の中から真っ直ぐ此方に向かってきていた。 「もうお出ましかい。早いね連中は」 フーケが舌打ちしながらそう言った。この状況で、二人が警戒するべき相手は二種類いた。 一つは、脱獄したフーケらを捕らえようとするトリステインの衛士達。 そしてもう一つ、それは秘密を知ったフーケ達を始末しようと目論む貴族の連盟。 「レコン・キスタ……!」 「その通りだ」 驚くほど淡々とした声が、暗闇の奥から響いてきた。 「察しがいいな」 と、今度はフーケの背後から同じような声が聞こえてくる。 「だが、もう遅い」 元親の頭上から三つ目の声が響くと同時に、元親は後ろに飛びすさった。 元親がいた箇所に、黒い影とともにズドン!と刀の先端が振り下ろされた。 地面の岩盤が砕け、僅かな岩片が飛び散る。まともにくらったら一刀両断にされかねない、強烈な一撃であった。 「モトチカ!」 フーケが、突如屋根から降ってきた黒い影に土の弾丸を放った。 影が、土の弾丸を顔面に喰らい吹っ飛ぶ。するとフーケの背後から、ひゅっと風切り音が響いた。 振り返ると、背後の影から白刃の刃が打ち下ろされようとしていた。しかしフーケは動かない。 ガキンと鈍い音がして刃が受け止められる。見ると、いつの間にか練成されていた鉄の壁が、フーケの背後を守っていた。 即座にその場から退避するフーケ。すると、鉄の壁を裂いて、白刃の薙刀がフーケのいた地面を貫いた。 「んなっ!?」 フーケは目を見開いて驚愕した。仮にもこの自分が練成した鋼鉄を、いともたやすく剣で切り裂くとは。 そのまま地面に刺さった刃目掛けて、錬金を唱えるフーケ。しかし、相手の薙刀は土くれに変化しない。 どうやら、強力な固定化が施されているらしい。自分の錬金を跳ね除けるとは、どれ程強力な使い手の固定化だろう。 さすが、革命を起こすだけあって、レコン・キスタはメイジが揃っている。フーケは悔し紛れに唇を噛んだ。 「チィッ!」 と、突如元親が苦しそうな声を上げた。見ると、先程土弾をくらわせたはずの影が起き上がり、元親と鍔迫り合いをしていろ。 元親が気合を込めて相手の薙刀を弾き返す。と、相手の顎に強烈な蹴りを喰らわせた。 そのまま槍を振り回し、相手を薙刀ごと彼方に突き飛ばす。 「おいフ-ケ!逃げるぞ!」 「ああ!」 フーケがルーンを唱え、杖を振り下ろす。すると、地鳴りとともに地面が盛り上がり始める。 見る見るうちに屋根の高さまでのゴーレムが出来上がった。ゴーレムの肩に乗る二人。それを見上げる三人の刺客。 フーケと元親は、岩で出来た足場に飛び乗ると、屋根づたいに駆け出した。 「奇襲は失敗だな」 「追わないのか?」 「いや、時間だ」 三人の男は、獲物を追おうともせず、ただ静かに立ち尽くしていた。 三人はもとより長々交戦するつもりは無い。速やかに奇襲をかけ、一撃で仕留める手はずであった。 しかしそれが、予想以上の人物に出会い手間取ったため、深追いをやめたのだ。 「絶望に、押しつぶされていなかったな」 「しぶといな」 「全くだ」 取り逃がした眼帯の男を思い浮かべながら、三人は淡々と呟く。そこへ、闇の中から一人の仮面の貴族が現れた。 三人が貴族に向き合う。 「逃したか、まあいい。流石は土くれだな。それより――」 仮面の貴族は三人を一瞥すると、静かに言った。 「連中が、じきにこのラ・ロシェールに辿り着く。手はずはいいな?」 「心得た」 「承知した」 「行くぞ」 それぞれが言葉を呟くと、三人は即座に跳躍。三メイルはある岩の屋根に飛び乗り、駆け出した。夜空に月が浮かび上がる。 もうすでに、連中は入り口に差し掛かっている頃だろう。第一段階は傭兵集団にまかせてある。 あとは、あの三人をどう動かすかだ。仮面の貴族は、そんな事を考えると、人知れず呟いた。 「どんな手を使ってでも、求めてみせる。必ずな……」 短く、静かに笑う男の影が、風に吹かれると同時に霞のように消え去った。 「や、やっと着いた。どうなってるんだ、君も、あのワルド子爵も……。化け物か……」 官兵衛達は、途中何度も馬を使い潰して、二日掛かるラ・ロシェールまでの距離を一日で走破した。 すでに日は落ち、二つの月が夜道を照らす。 ちなみにルイズとワルドはグリフォンに騎乗しているため疲れ知らずであり、遥か先にまで行ってしまっている。 慣れない長時間の乗馬のためか、ギーシュが馬の上でへばりながら先程のような言葉を愚痴る。 しかし、肩に鉄球を担いだ官兵衛は、平然とした顔で先を見やっていた。 「まあ、もうじき着く。馬での長旅とは一先ずおさらばだ」 官兵衛は、疲れ果てたギーシュを落ち着けようとそう言った。 最もこの程度の事でへばっていては密使など務まらないのだが。 ましてや、目的地は今にも滅びそうな王朝の陣中である。おまけに、いつ貴族派の妨害にあうかも知れない。 拙速を尊ぶのは当然であった。そう考える官兵衛であったが、ギーシュも秘密を握っている以上、捨て置くわけにはいかない。 やれやれと、馬を止めると、官兵衛は懐から水の入ったポーチを取り出し、ギーシュに投げてやった。 ゴクゴクと喉をならして水を飲むギーシュを尻目に、官兵衛は目の前の道を険しい顔で眺めていた。 目前には、険しい崖に挟まれた、ラ・ロシェールへと続く山道が続いていた。 官兵衛は用心した。高所、そして遮る物のない夜道。奇襲を行うには最適の地形と言えた。 武将としての勘が警鐘を鳴らす。 (迂回するか?しかし一本道だ……) 迂回すれば町に入るまでどれほど時間がかかるか知れない。ここは慎重に馬を進める事を選んだほうがいい。 官兵衛は即座にそう判断すると、水を飲んでいるギーシュに告げた。 「お前さん、杖を構えておけ」 「ぷはぁっ!一体どうしたね?」 ボトルから口を離し、ギーシュが言われるままに杖を取り出す。 官兵衛達が合図し、二人は慎重に馬を進めた。官兵衛の唯ならない様子に、手綱を握る手に力が篭るギーシュ。 やがて渓谷に挟まれるようにして町明かりが見えた。と、その時である。 崖の上から、二人目掛けて何本もの松明が投げ入れられた。 「うわあっ!」 驚いた馬が前足を高々と上げる。ギーシュが馬から放り出され、悲鳴をあげた。 官兵衛は、松明が投げ入れられると同時に馬の背を蹴って飛び上がった。 すると、スココンと、何本かの矢が馬の足元の地面に突き刺さる。 「奇襲だ!」 ギーシュが叫びながら立ち上がろうとした。しかし官兵衛が大声でそれを制す。 「あのゴーレムを出せ!」 官兵衛の声にハッとすると、ギーシュは薔薇の造花を振るった。 瞬く間に青銅のワルキューレが練成され、ギーシュの盾となる。 それと同時に、無数の矢が唸りをあげてズガガガッ!とワルキューレに突き刺さった。 「うわっ!」 ギーシュは青ざめた顔でその光景を見ていた。 官兵衛は、空中で身を捻ると、力任せに鉄球を蹴り飛ばす。鉄球が崖の岩肌に激突し、地震の如き揺れを引き起こした。 すると、崖上で男達の悲鳴が聞こえ、大勢が情けなく転がり落ちてきた。 官兵衛はずしんと地面に着地すると、岩肌に埋まった鉄球をぐいと引き寄せた。 がらがらと岩壁が崩れ落ち、鉄球が手元に戻ってくる。 「これで全部……じゃあなさそうだな」 官兵衛が気だるげに呟いた。 するとその言葉の通り、今度は反対側の崖から矢が飛んでくる。 官兵衛が咄嗟に手枷を構えた。だが、次の瞬間であった。 突如、官兵衛の目前の空気がゆらぎ、小型の竜巻が発生したのだ。 竜巻が飛来する矢を巻き込み、あさっての方角に弾き飛ばす。 「大丈夫か!」 官兵衛は声の方角を見やる。見ると、グリフォンに跨ったワルドが杖を掲げていた。 ワルドは次々に飛んでくる矢を風の魔法で逸らしながら、こちらに駆けてくる。 「た、助かった……」 ギーシュが安堵のため息をついてよれよれと立ち上がった。 官兵衛が、第二波の矢が飛んできた方向を睨む。 何故かもう矢は飛んでこない。そんな不自然な奇襲を、官兵衛は怪しんだ。 「夜盗か山賊の類か?」 ワルドの呟きに、ルイズがはっとした声で言った。 「もしかしたら、アルビオン貴族の仕業かも……」 「貴族なら、弓は使わんだろう」 ワルドがそう否定する。その時、夜風の音に紛れて、バッサバッサと羽音が聞こえた。 すると、崖の上から悲鳴が聞こえ、またもや大勢の男達が落下してくる。 何かしらの魔法を受けたのか、所々焼け焦げた跡や擦り傷で、満身創痍であった。 官兵衛は男達の受けた魔法の痕跡と、羽音から、即座にアタリをつけた。 そして、その答えを示すように、月をバックに見慣れたシルエットが空に現れた。 ルイズが驚き声を上げる。 「シルフィード!」 そう、それは確かにタバサの操る風竜、シルフィードであった。 シルフィードが砂埃を舞い上げながら、その巨体を着地させる。 すると、その背中からキュルケが飛び降り、髪をかきあげながら言った。 「お待たせ」 「何であんたがここにいるのよ!」 ルイズは声を張り上げながら、得意げに佇むキュルケに食ってかかった。 「だって。今朝方、起きてみれば貴方達、馬で旅支度してるじゃない。 気になったからタバサに頼んで後をつけてもらったのよ」 見ればシルフィードの上で、タバサはパジャマ姿で本を読んでいる。恐らくは、寝起きを叩き起こされたのだろう。 「お前さんも、随分と難儀するな」 同情の言葉をタバサに掛ける官兵衛。タバサは官兵衛をチラリとみやると、気にした風も無く再び本に目を戻した。 「あのねツェルプストー。これはお忍びなのよ?」 「お忍び?だったらそう言いなさいな。わからないじゃない!」 キュルケが手を広げて言った。 「とにかく、感謝しなさいよね。あんた達を襲った連中を捕まえたんだから」 キュルケは、崖の上から落ちてきた男達を指差した。男達は皆一様に鎧を着込み、弓矢や剣を携えている。 顔や腕についた生々しい傷跡が、歴戦の傭兵である事を窺わせた。成程、確かにこいつら自身はメイジではない。 だが、だからといってこの襲撃に貴族派が絡んでいないとは限らない。かく乱のために兵を雇う事は十分にあり得た。 ギーシュが近寄り尋問する。 「君達、一体何者かね?どうして僕らの命を狙ったんだい?」 ギーシュはさっと髪をかき上げ、左手を胸に仰々しく当てたポーズをとりながら、右手で杖を突きつけた。 先程まで矢に怯えていたにも関わらず、自分の安全が確保された途端、キザに振舞うギーシュ。 そんなギーシュを見て、傭兵一団は目をぱちくりさせる。キュルケは呆れて手をすくめた。 「答えたまえ。さもなくば僕の青銅のゴーレム、ワルキューレが黙っていないよ」 ギーシュが優雅に杖を振るう。模造の花びらがこぼれ、地面に舞い落ちる。しかしゴーレムはいつまで経っても現れない。 先程、矢を防ぐ為に精神力を全て使い切ってしまったのであった。 ギーシュは滝の様に汗を流しながら、傭兵一団から目を逸らした。 男達は、微かに笑みを浮かべると、こりゃ丁度いいとばかりに嘘八百を並べ立て出した。 曰く、自分達はただの物取りである。襲うなら誰でも良かった。貴族とは思わなかった、等々。 そんな、いかにもな回答を聞くと、ギーシュは満足したのか杖をおさめ、ワルドに告げた。 「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言っています」 「ふむ……、なら捨て置こう」 ワルドがそう言うと、男達はほっとしたように顔を見合わせた。これであのおっかない雇い主にどやされないで済む、と。 だが、その時であった。 ズドン!と地震のような地鳴りがして大地が揺れた。傭兵一団が、どわあっと慌てふためいた。 見ると、官兵衛が鉄球を地面に打ち下ろし、ギロリと男共を見据えている。 官兵衛は無表情で、ゆっくり一歩一歩と傭兵達に近づいた。 「な、なんでぇ」 傭兵の筆頭格と思われる男が、そんな官兵衛に対して恐る恐る口を開いた。 だが官兵衛は答えず、淡々とした口調でただ一つの質問を投げかけた。 「お前さん、右と左どっちだ?」 「は?」 男が首を傾げた。 「残すほうの足だよ」 官兵衛が、変わらず無表情で言った。しかし、その眼光は鋭い。その言葉に、傭兵の頭は青ざめた。 官兵衛が手枷ごと鉄球を構えると、地面に一直線に振り下ろす。轟音がラ・ロシェールの荒野に響き渡った。 「ひぃぃぃっ!」 男達は恐怖した。 官兵衛が鉄球を振り下ろした箇所には、直径3メイル、深さは1メイルはあろうクレーターが出来上がったのだ。 こんな凄まじいものを喰らったら、足どころの騒ぎではない。 「右か左か。選ぶんだな」 「ひ!言います!洗いざらい白状します!」 歴戦の傭兵はいとも容易く、雇い主の情報を漏らした。 傭兵一味を雇ったのは、仮面の男。崖下に馬が通りかかったら襲えといわれていた事。他にも雇われた連中が居る事。 頭とその連中は、情報の洗いざらいを吐いた。それを聞くと、官兵衛は静かに頷き、ワルドを見据えて言った。 「だ、そうだ子爵」 「ふむ、アルビオン貴族派の仕業かもしれない、ということか」 ワルドは顎に手をやり、しばしの黙考の後に全員に告げた。 「ひとまずその白い仮面の男とやらが気になるが、先を急ごう。今日はラ・ロシェールに一泊して明日の朝にアルビオンへ渡る。」 ワルドは颯爽とグリフォンに跨ると、ルイズを抱きかかえて駆け出した。 ワルド以外の全員はしばし官兵衛の行動に呆気にとらわれていたようだが、すぐに気を取り直した。 「すごい!すごいわダーリン!頼もしい!やっぱりあんなヒゲよりダーリンね!」 キュルケが官兵衛に抱きつこうとしてきた。ワルドに対して嫌悪感を露にするキュルケ。 先程キュルケがワルドに言い寄っていたのが見えた。大方あしらわれたか何かしたのだろう。 それほどでもない、と鼻を鳴らしながらも、官兵衛はしてやったりという表情をした。 「すまない、僕がもっとちゃんと尋問しておけば……」 ギーシュが申し訳無さそうに官兵衛に言った。しかし官兵衛は首を振り静かに、気にするな、と呟いた。 官兵衛達は、馬と風竜に乗り込むと、即座にワルドのグリフォンを追った。 前ページ次ページ暗の使い魔
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グゥゥゥゥ~~ッ 大きな音を立ててギアッチョの腹が鳴る。 「チッ・・・」 何も食べずに食堂を飛び出してきたのだ。腹が減るのは当たり前で ある。他に食うものがないというのなら、彼もあれを食べる事に抵抗は ない。しかし、あれがルイズ―主から出されたものだというのなら、 例え飢え死にしようが絶対に!口をつけるわけにはいかない。 ギアッチョはそう決意していた。 「しょぉぉおがねーなぁぁあ」 ギアッチョの口からは無意識に戦友の口癖が飛び出していた。実際の ところ問題は切実である。早いところ安定した食糧確保の方法を 考えなければ飢え死には免れない。 ――貴族のガキ共から日替わりでメシを奪うか? と思ったが、食堂には入りたくないし、毎日そんなことを続けていれば 間違いなく問題が起こる。 「プロシュートの野郎ならよォォーー 今ここで奴らを皆殺しにしそうな もんだが」 自分以上にキレっぱやいものはいないということに気付いていない ギアッチョである。 「あ、あのー・・・」 ギアッチョの後ろで声がした。 「ああ?」 色んな要因でかなり気が立っているギアッチョは、気だるげな声を 上げて肩越しに後ろを見た。 そこにいたのはメイド服を着た黒髪の少女だった。 「何か・・・用か?このオレによォォ~~~」 「す・・・すいません その・・・失礼かとは思ったのですが 食堂での お二人のお話を聞かせていただきました」 ――大人しそうなツラしやがってよォォーーー 堂々と盗み聞きって ワケかァァ~~? ギアッチョが発する殺気の量が更に上昇する。それに気付いたのか、 少女は慌てて本題を口にした。 「そっ、それでですね!あの、よろしければ厨房に来ませんか?賄い食 ですが料理をお出しします」 「・・・・・・」 ギアッチョは少女に向き直ると、その眼を覗き込む。少女はちょっと 驚いたようだったが・・・瞳に嘘は感じられなかった。 「・・・いいだろう 世話にならせてもらうぜ」 罠ではなさそうだ。ギアッチョは素直に好意に預かることにした。 「・・・こいつはうめぇな」 「貴族の方々にお出しする料理の余りで作ったシチューなんですが、お口に 合われたならよかったです」 「ああ マジによォォ~ 助かったぜ ルイズのヤローに出されたエサは ブチ割っちまったからな・・・」 「凄い握力なんですねギアッチョさんって・・・ 私ビックリしました」 どうやら、シエスタにはトレイ自体は見えていなかったらしい。単純にトレイを握り つぶしたのだと思っているようだった。 「ところでよォォーー 何故オレを助けた?」 ギアッチョにはそこが解らなかった。ルイズの物言いから察するに、ここでは 貴族と平民には絶対的な上下関係がある。今オレを助けたことで貴族――ルイズの 恨みを買う危険性もあったはずだ。するとメイドの少女――シエスタと名乗った―― はニコリと笑って言った。 「ギアッチョさんは平民でしょう?平民が平民を見捨てるような時代になってしまえば、 私達はおしまいです。貴族の圧政に耐えるためには、私達平民は常に団結して いなければならないんです」 ――何も考えてない小娘かと思ってたがよォォー・・・ ギアッチョは少し感心した。 「それに・・・ 貴族にあんなに堂々と逆らう人なんて初めて見たんです それが その・・・なんていうか 格好よくて」 シエスタは少し照れたように眼を伏せる。こう言われてはギアッチョも悪い気はしない。 「なるほどな・・・気に入ったぜェーーシエスタ! 改めて自己紹介するがよォォー オレの名はギアッチョだ ここに来るまでは、遠いところで暗殺稼業をやってたッ 気に入らねえ奴がいるならよォォ~~ いつでも暗殺してやるぜ」 「暗殺・・・!?ギアッチョさんて 殺し屋さんだったんですか!?」 普通なら、ここで殺人者に対する拒絶が心の中に芽生えるであろう。しかし シエスタは、というよりシエスタ達は違った。純粋に「凄い」と思ったッ! だって平民である。単なる平民がそんな凄まじい技量を持っている!シエスタと 話を聞いていた厨房の平民達は、そんな男が自分達の仲間であることに「誇り」と 「勇気」を感じた!! 「『我らの剣』ッ!オレぁおめーが気にいったぜ!!おら!こんな余りモンで よかったらいくらでもおかわりしてくんなッ!!」 マルトーというらしい四十がらみのコック長がガシッとギアッチョの肩を抱く。 厨房は一転熱気に包まれた。当のギアッチョはというと、これがまんざらでもない ようだった。ギアッチョが生きていた頃は、チーム以外の人間と親しくするなど ありえないことだった。知っての通りリゾットチームは暗殺を生業にしていたが、 その報酬だけでは毎月生きていくこともかなわなかった。ギアッチョを含めて メンバーはそれぞれが色んな表の仕事を転々として何とか糊口をしのいでいた のだが、彼らは暗殺に対する報復などに四六時中警戒しなければならない身で ある。敵の刺客はどこに潜んでいるか分からない。仕事仲間にさえも気を許す ことは出来なかった。彼らが心を許せる相手は、リゾットチームの仲間のみ だったのである。 ――ここは・・・違う ここではギアッチョはただの平民だ。暗殺者という職業、ボスへの反逆者という 立場、命を狙われる身という立場・・・、ここではその全てがリセットされている 事にギアッチョは気付いた。今、ギアッチョは真っ白だった。―もし。もし永遠に イタリアへ帰れないのなら。ここでの行動全てが――トリステインの平民としての ギアッチョの境遇を決することになる。それを理解したギアッチョは、自分が 突然何も無い宇宙の真ん中に放り出されたような眩暈を感じていた。 ――どォォォすりゃいいんだよッ!!!クソッ!!! ギアッチョは――自分がどうするべきなのか解らなくなってしまった。昨日、 ルイズはギアッチョを元の世界に帰す方法について、「私は知らない」ととても 悲しげな声で答えた。その声はまるで、そんな例は古今東西ありえないとでも 言外に告げているかのようにギアッチョに聞えた。 ――どォすりゃあいいんだッ!!ええッ!?教えてくれよッ!!リゾット!! プロシュート!!メローネ!!ホルマジオ!!イルーゾォ!!ソルベ!! ジェラート!!ペッシッ!!ええおいッ!!答えてくれよッ!!! ギアッチョがいくら問いかけても――彼らは答えてはくれなかった。 ギアッチョが心中凄まじい葛藤をしていたその頃、シエスタはルイズによって 厨房の外に呼び出されていた。 「・・・あ、あの・・・何の御用でしょうか・・・ミス・ヴァリエール・・・」 ギアッチョを厨房に招いていることは、ルイズにはとっくに気付かれていた ようだった。ルイズはうつむいたままシエスタに言う。 「・・・これからも あいつに料理を出してやってくれないかしら」 「えっ!?」 シエスタは驚いた。そもそもギアッチョ用にあの貧相極まる食事を出させた のはルイズなのだ。まさかギアッチョの剣幕に怯えたわけでもあるまい・・・ シエスタは内心首をかしげながらも、 「・・・分かりました、ミス・ヴァリエール。ご用命とあらば、喜んでお世話を させていただきます」 と答えた。ルイズは「よろしくお願いするわ」とだけ答えると、返事を待たず 歩き出した。ルイズは見ていた。厨房の窓から、馬鹿騒ぎする料理人達と その輪の中心にいるギアッチョを。 ――あいつの居場所は・・・私の隣じゃない ルイズは悲しげにそう呟いてその場を後にした。 ←To Be Continued?
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鉄のラインバレル より早瀬 浩一を召喚 鉄《くろがね》の使い魔-01 プロローグ「浩一の誓い」&第一話「召喚」 鉄《くろがね》の使い魔-02 第二話「契約」&第三話「自らの世界」&第四話「軽い絶望」&番外編「力の実態」
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季節は春。 ここはハルケギニア大陸にあるトリステイン王国の王立トリステイン魔法学院。 その広場では年に一度の使い魔召喚の神聖なる儀式が行われていた。 そして今その儀に向かっているのは、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。 桃色がかったブロンドに白い肌、鳶色の目を持つ可憐な少女である。 だがそのルイズは今かなり焦っていた。 なぜなら使い魔を召喚する魔法『サモン・サーヴァント』を、もう3回も失敗していたからである。 「やっぱりルイズには無理なんだよ!」 「なんたって成功率『ゼロ』のルイズだもんなー!」 周りからのそんな野次にルイズは気丈に言い返す。 「黙ってて!集中が乱れるでしょ!」 そして五たび呪文を唱えだす。 (今度こそ……お願い!!) だが願い虚しく、またも大きな爆発が起きてしまう。 (……ああ……やっぱり、私、ダメなのかな…………) 五連続の失敗に気丈なルイズもさすがにガックリとうなだれる。 だが、しかしッ! 「お、おい、何かいないか?」 「本当だ!何かいるぞ!『ゼロのルイズ』が使い魔を召喚しやがった!」 周りから聞こえる声に驚き前を見上げるルイズ。 爆発の煙が晴れてきたそこには、いかにもウエスタンな格好をした男が倒れていた―― to be continued