約 115,885 件
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/401.html
日曜日の午後。 一人暇を持て余していた私は、近くの公園に散歩に出掛けた。 季節は初夏。梅雨があけて、空はようやく青さを取り戻していた。 浮かぶ雲は梅雨と違い、キレイな白色で空を彩っている。 少しだけ湿り気を残した風も心地よくて、 予定のない休日も悪くないかな、なんて思いながら歩いていると、 「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」 ……唯先輩の声が聞こえてきた。 声が聞こえてきた方に顔を向けると、 ベンチに座った唯先輩の姿が見えた。 何をするでもなく、ただぼんやりと空を見上げていて、 「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」 変わった調子で、 まるで歌を口ずさむように同じ言葉を繰り返していた。 憂鬱な季節が終わり、過ごしやすい気持ちの良いお天気に、 唯先輩も散歩に来たのだろう。 のんびりベンチに座って小休止というのは、悪くない過ごし方だと思う。 ただ…… 「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」 「………………」 唯先輩の言葉の中身が問題だった。 あまりの内容に、思わずその場に立ち尽くしてしまう。 唯先輩はまだ私に気づいていないのか、空を見つめたまま、 「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」 同じ言葉を口にし続けていた。 その声が耳に届き、私は一度目を閉じて、 「唯先輩っ!」 目を開いてそう叫び、唯先輩に駆け寄った。 「あっ、あずにゃ~ん!」 私に気づいた唯先輩がこちらを向き、 ほにゃっとした笑顔を浮かべて両手を振った。 でも私は、手を振り返す余裕なんてなくて…… 顔を強張らせたまま、返事の代わりに怒声を上げた。 「何なんですか! あ、あんな大きな声で! す、す……き……だなんて!」 恥ずかしさに言いよどみながら、それでもしっかり文句を言う。 幸い、公園には他に人影はなかったけれど…… だからといって、外であんなことを言うなんて…… あまりに恥ずかしすぎる。 私は怒って文句を言うけれど、 でも唯先輩は何を言われたのかわからないとばかりに、 「え? あずにゃん、どうしたの?」 首を傾げて、そう言うだけだった。 「どうしたの、じゃないです! さっき大きな声で言っていたじゃないですか! わ、私のことが……そ、その……す、す……き……とかっ ……ぁ……してる……とか!」 私の言葉に、唯先輩は「ん~」と言いながら空を見上げて、 「……あ、さっきの歌のこと?」 「……う、歌、なんですか?」 「うん、歌だよ。私の作った、あずにゃんに捧げるラブソング! お天気で気持ちよくて、つい口ずさんじゃったんだよぉ」 笑顔でそう言われ、私は脱力してその場にしゃがみこんでしまった。 確かに声の調子は歌のようだったけれど…… まさか本当に歌だったとは思わなかった。 あの言葉はどう聞いても歌詞とは思えない。 「……あれが、歌なんですか」 「そうだよ。澪ちゃんにアドバイス受けて、頑張って作ったんだよ!」 「……どんなアドバイスを受けたんですか」 「澪ちゃんがね、『自分の中にある素直な気持ちを、 まず言葉にすることが大事なんだ』って言ったからね、 自分の素直な気持ちを言葉にしてみたの…… あずにゃん、嫌だった……?」 笑顔で言葉を続け……最後に曇り顔でそう聞かれては、 嫌なんて強く言うことはできなくて…… 「……せめてサビ以外の箇所を歌うようにしてくれませんか」 「サビ以外も同じだよ?」 「……全部あれなんですか」 「あ、曲名は『あずにゃん好き好き大好き、愛してる』、だよ!」 「……曲名もですか」 あまりのことに何も言えず、私はもう力なく笑うことしかできなかった。 唯先輩に好きと言われるのが嫌なわけじゃない。 誰だって好意を寄せられて不快になるはずがなかった。 ましてやそれが、自分にとって大切な人からの好意ならば、 嬉しく思うのが当たり前だろう。 でも、いくらなんでも…… やっぱりあの歌は、さすがにきついと思った。 せめて人には聞かせないで欲しいと思ってしまう。 恥ずかしいなんてものじゃなかった。 (よし……やっぱり歌うの、やめてもらおう) 決意をもって、いつの間にか俯けていた顔を上げると、 「ん? あずにゃん、どうしたの?」 唯先輩の笑顔が目の前にあった。 混じり気のない、純粋な笑顔。 私を見つめるその笑顔には、悪意なんて一欠けらも存在していなくて…… さっきの歌も、本当に、 ただ純粋に自分の気持ちを歌にしたということが伝わってきてしまった。 「……唯先輩はズルイです」 「え? えっと……なにが?」 「……なんでもないです」 仏頂面で答えて、私は唯先輩の隣に座った。 ため息をついて、 「……歌」 「え?」 「……さっきの歌……恥ずかしいですから、 もう少し小声で歌って下さい……」 私がそう言うと、一瞬唯先輩はきょとんとした表情を浮かべて…… その表情は、またすぐに笑顔に変わっていた。 「あずにゃんは恥ずかしがり屋さんだねぇ」 「……あんな歌詞じゃ、誰だって恥ずかしがりますっ」 私の文句に、唯先輩は「エヘヘ」と笑い、 そしてまたあの歌を口ずさみ始めた。 さっきよりも、ちょっとだけ小さな声で。 「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」 歌詞の恥ずかしさに、私の頬は熱くなってしまうけれど…… 楽しそうに歌っている唯先輩の笑顔を見ていると、 もう止めようなんて思えなかった。 (まったく……いっつも唯先輩は……) いつもこうだった。唯先輩の笑顔を見ていると、 いつも本気で怒ることはできなくて、 結局最後は許してしまう。 あずにゃんと呼ばれることも、 ところ構わず抱きつかれることも、 最初は困っていたはずなのに…… 笑顔と一緒に向けられる好意に、 本気で怒ることはできず、抵抗もできなくて…… そして気がつけば、いつの間にか受け入れてしまっていた。 受け入れ、喜んでしまっていたのだ。 (……ほんとに、ズルイですよ) あんな笑顔を向けられたたら…… そんな楽しそうに「好き」って歌われたら…… 喜ばずにはいられないじゃないですか。 「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」 唯先輩の声が私の耳をくすぐる。 恥ずかしい歌詞に、頬は熱くなるばかりだ。 きっと今、私の眉は困ったように斜めになっていて…… でも口元は、きっとまた、ほころんでしまっているんだろうなって、 そう思った。 END おまけ 翌日月曜日。 「~~♪ あ、純、おはよう。今日も良いお天気で気持ちいいね」 「……あ~、まぁ……ねぇ……」 「……? なに、その微妙な表情?」 「まぁ、お天気で気持ちがいいのはわかるけれど…… 登校中にあんな歌を口ずさむのはどうかと……」 「……え? 私、なんか歌っちゃってた?」 「うん……『ゆいにゃん好き好き大好き、愛してる~』って……」 「…………え?」 ありゃま…感染したな。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 12 16 42 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/347.html
……いまーこそーわかーれーめー いざーさらーばー この歌が終わって閉式の言葉が終われば、私達の出番だ。 私は卒業生の『仰げば尊し』を聞きながら、一週間前の事を思い出していた。 最終回「門出!」 Aパート 「はぁ~」 いつものように溜め息をつきながら、部室へと向かう。 先輩方が引退して、一人きりになってしまった『軽音部』。 その部室は、ムギ先輩が持ち込んだ食器棚も無くなり、私にとって一人で居る寂しさを倍増させる空間になっていた。 「……唯先輩、どうしているのかな……」 先輩達は皆同じ大学に合格し、自由登校になった今では学校に来ること自体が珍しくなっていた。 いつでも、部室に行けば……いや、学校内で会えば必ず「あずにゃ~ん」と言って抱き着いてきた唯先輩。 その温もりを味わえないのが、更に寂しさを増幅させる。 ~♪ 部室へと続く階段の前で、今となっては聞こえる筈の無い懐かしい音が聞こえてきた。 ―なんで?先輩方は居ない筈なのに そんな疑問を持ちながら、階段を上る。 部室に近ずくにつれ、その音は大きくなっていった。 扉の前に立ち、中を覗いてみる。 そこには曲の練習をしている先輩達がいた。 ついこの間までは普通だった光景。 でも、今ではあり得ない光景。 自分の気持ちを抑えきれなくなった私は、涙を流しながら扉を開けた。 「あ~、あずにゃ~ん!……って、なんで泣いているの?」 「唯ぜんば~い」 号泣する私を、唯先輩が優しく抱きしめた。 「ざみじがっだでず~」 他の先輩方も、演奏の手を止めて私の周りに集まった。 「そっかぁ~、一人になっちゃって寂しかったんだね~、ごめんね~、私がもっと来てあげれば良かったんだよね~」 「そうだな、あたしの代わりに部長になったとは言え、一人きりなんだもんな」 「私も、梓の事は気になっていたんだけどな……色々とやらなきゃならない事があったから……」 「私もそうよ、梓ちゃんの事がとても心配だったんだけど……家の用事が多くって……」 先輩達の声を聞きながら、唯先輩に抱きしめられ、私の気持ちも段々と落ち着いていった。 ◆ 「……所で、今日はなんで皆さん此処に集まったんですか?それも楽器持参で」 久しぶりのティータイム。 以前とは違い、ペットボトルのお茶と市販のお菓子だけれど、皆でお喋りをするには十分だった。 「ふふ~ん、なんでだと思う~?あずにゃ~ん」 「わからないから聞いているんじゃないですか」 「梓ぁ~、聞いて驚くなよ~、なんと……」 「卒業式が終わった後、先生方の計らいで『卒業ライブ』をやる事になったのよぉ~!!」 「さわちゃん居たのかよ!……ってーか、私の台詞を取らないでよ!!」 「良いじゃないの~久しぶりのティータイムなんだし」 「……全然理由になっていない気がするんだが……」 私は律先輩達の会話をぼーっとしながら聞いていた。 「あずにゃん、どうしたの?」 唯先輩の言葉にはっと我に帰った。 「あ、えーと、色々と突然過ぎて……んと、『卒業ライブ』ってどこでやるんですか?」 「閉式の言葉が終わった後に、講堂でやるのよ。機材とかのセッティングは父の会社の人達に頼んでおいたわ」 「はぁ……そうですか」 『卒業ライブ』かぁ……。 「楽しそうですね!!」 「でしょ~」 唯先輩の顔がパァッと明るくなった。 さっきの私の言葉に嘘はない。 だけど、それが終わると……この笑顔ももう見られなくなってしまう……。 それを考えると、心から喜ぶことはできなかった。 「ん?どしたの、あずにゃん」 「いえ、何の曲を演奏するのかな~って考えていたんです」 「梓、曲ならもう決めて有るぞ」 そう言って、澪先輩がリストを見せてくれた。 「ふわふわ時間・翼をください・Genius…!?、って……えっ?」 私はそれを見て驚いた。 「最後の曲って……この間レコーディングした曲ですか?」 「そうだぞ~、初お披露目ってヤツだ」 律先輩が胸を張って答える。 その曲は、先日ムギ先輩が「軽音部の卒業記念に」と言って、先輩のスタジオを借りて数曲レコーディングした内の一つで、唯一の新曲だった。 先輩方にとっても―勿論私にとっても―とても大切な曲なのだ、それを最後に演奏する……考えただけで緊張してきた。 「あずにゃん……大丈夫だよ、いつものように私達の演奏をすれば良いだけなんだからね」 私の頭を撫でながら、唯先輩がそう言ってくれた。 「さ、梓にも報告した事だし、卒業式まで一所懸命練習するぞ」 『おー!』 澪先輩の一言で、久しぶりに皆揃っての練習が始まった……。 ◆ 「……卒業式を終了いたします」 気がつくと、閉式の言葉が終わっていた。 周りを見ると、式の緊張から解かれた人達がモゾモゾと体を動かしている。 後は卒業生が退場するだけ……ってみんな思っているんだろうなぁ~。 そんな事を考えていると、突然緞帳が下りてきた。 生徒や父兄がザワザワと騒ぎはじめる。 それを合図に、司会の白石先生が話しはじめた。 「皆さんお静かに願います。えー、式次第の変更がございます。本来ならばここで卒業生の退場なのですが、今回だけのサプライズがあります」 私はヨシッと小さく気合いを入れた。 「桜校軽音部『放課後ティータイム』前へ」 『はいっ!!』 その言葉を合図に、私達は前へと進んだ。壇上ではムギ先輩の執事―確か斉藤さん―を先頭に着々と機材のセッティングが進められている筈だ。 「他の生徒はその場で静かに待つように」 白石先生の一言で、皆が静まった。 壇上に上がり、ギターを取り、ストラップを肩にかけ、舞台の中央に向かう。 先輩方は既に準備を終えていて、皆集まっていた。 「よし、それじゃぁ軽音部のラストライブ、みんな行くぞ!」 『オー!!』 気合いを入れ、それぞれの定位置へ移動する。 私と唯先輩のツーフロント、唯先輩の右後方に澪先輩、私の左後方にムギ先輩、奥のセンターに律先輩。 いつものフォーメーション、だけど、今日で終わってしまうフォーメーション。 ―ダメダメ!今はそんなこと忘れて、最高のパフォーマンスを見せるんです! 私は心の中で再度気合いを入れた。 「あずにゃん、行くよ」 唯先輩の声に、無言で頷く。 緞帳が上がる。 「ワンツースリー!」 唯先輩の一言で、律先輩がカウントを取り、ギターのリフが始まる。 私達のオープニング曲『ふわふわ時間』の演奏が始まった。 キミを見てるといつもハートDOKI☆DOKI 揺れる思いはマシュマロみたいにふわ☆ふわ ―唯先輩、気づいていましたか? いつもがんばるキミの横顔 ずっと見てても気づかないよね ―私、この曲を演奏するとき、いつも唯先輩の事を思いながら弾いているんですよ 夢の中なら二人の距離縮められるのにな ♪ とっておきのくまちゃん出したし今夜は大丈夫かな? ―この後の、ギターの絡み合い、私好きなんです。唯先輩と一つになれる気がするんです。 もすこし勇気ふるって 自然に話せば 何かが変わるのかな? そんな気するけど ―唯先輩……私も、勇気を出して話したい事があるんです……。 ♪ 「改めまして、みんな~こんにちは~!!『放課後ティータイム』でーす!!」 一曲目の演奏が終わり、唯先輩のMCに入った。 「先ずは、本日、このようなステージを用意して下さった、校長先生始め諸先生方にお礼をさせていただきます、ありがとうございます!!」 唯先輩が一礼をする、他のメンバーもそれに習い一礼した。 「今日は後二曲だけなんですが、みんな最後まで楽しんでね~!!」 そう話す唯先輩も楽しそうだ。 「では次の曲……卒業する私達に向けて演奏します『翼をください』」 「ワンツースリーフォー!」 律先輩のカウントで二曲目が始まった。 いま私の願いごとが かなうならば 翼がほしい この背中に 鳥のように 白い翼つけて下さい ―私の願いも同じだ この大空に 翼をひろげ 飛んで行きたいよ 悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい ―次の曲でこのステージも終わってしまう……私達の関係も終わってしまうのかな…… ―出来る事なら、翼を持てるのなら、何時でも唯先輩の所へ行けるのに ―ダメダメ、泣くのはステージが終わった後、今は先輩達の為に笑顔で演奏しなくちゃ ♪ 演奏が終わった……次で最後なんだ……。 「えーと、次が最後の曲なんですが……ここで皆さんにお知らせがあります!」 えっ……『お知らせ』って……何? 何か発表しなくちゃならないことでもあるんですか? 「これは、現部長のあずにゃんにも知らせていない事なんですが……」 へっ!?何?何なんですか?私にも教えられない事を発表するんですか? 「本日を持って、『桜校軽音部』の『放課後ティータイム』は活動を終了いたします」 ……そんなこと……わざわざ言わなくてもわかっています……ウッ……涙が出そうになったじゃないですか……。 「ですが!!」 えっ? 「『放課後ティータイム』は無くなりません!!『軽音部』としてではなく、アーティストとして活動を開始致します!!」 唯先輩……それって……。 「再来週の水曜日、私達は1stシングル『ふわふわ時間』でメジャーデビューをします!!!」 観客である生徒達の声が一瞬静まり、直後に割れんばかりの歓声が上がった。 「唯……先輩……本当……なんですか」 私は声を震わせながら聞いた。 「本当だよ!あずにゃん!私達、メジャーデビューするんだよ!」 その一言で、私の視界が歪んだ。 気が付くと、私は泣きながら唯先輩の胸に飛び込んでいた。 「ごめんね~あずにゃ~ん。あずにゃんをびっくりさせようと思って黙ってたんだ~」 「グズッ……びっくり……ウグッ……させすぎ……ウゥッです……」 「あたしは『部長からの連絡事項』として言いたかったんだけどね」 「唯ちゃんが『梓ちゃんを驚かせたい』って言うから……ごめんね」 「全く……唯の責任だぞ、梓を泣かせるなんて……」 「ゴメンゴメン、まさかあずにゃんがこんな風になるとは思わなかったから……。あずにゃん、本当にごめんね」 「グスッ……これからは……こんなドッキリしないで下さい」 「大丈夫だよ~、泣いてるあずにゃんの顔なんて。もう二度と見たくないもん」 「約束、ですよ……」 先輩に抱きしめられ、頭を撫でられていると、徐々に心が落ち着いていった。 「梓、最後の曲、行けるか?」 「はい……大丈夫です、澪先輩」 ギターを構え直し、観客の方へ体を向け……。 「にゃぁぁぁ!!!」 思わず大声を出してしまった。 なぜなら、観客の大半が瞳をキラキラと輝かせながらステージ……というか私を見ている!?なんで? 「うふふ、さっきの唯ちゃんと梓ちゃんのハグ……最高だったわぁ~」 左後方から、そんな声が聞こえた。 ―はぁ……そうですか……そうですよね……そりゃ、ステージ上であんなことすれば、こうなりますよね…… 「あずにゃん……大丈夫?」 唯先輩が心配そうに声をかけた。当然だよね、隣であんな大声を出して、その上落ち込んだ表情を見せているのだから。 「は……はい、なんとか」 「無理しなくてもいいよ、まだ時間はあるから」 「いえ、大丈夫です。行けます」 「そう?んじゃ、最後の曲行くよぉ~」 そう言って、唯先輩は観客の方に顔を向けた。 「それでは皆さん!残念ながら次が最後の曲となりました。この曲はデビューシングルのカップリングで、私達の事をイメージして作りました!!」 そう、この曲は正に『私達』を表現している曲だ。 そして……今、一番、弾いていて楽しい……嬉しい……そんな心地良さを感じられる曲……。 「聞いて下さい!『Genius…!?』」 唯先輩と私がセンターフロントで背中合わせに寄り添う。 唯先輩が私の方に振り向く。 私も唯先輩の方に振り向く。 唯先輩が無言で頷く。 私も無言で頷く。 唯先輩がギターを奏でる。 それに続いて私もギターを奏でる。 その後他の先輩方も各々の楽器を奏でる。 そこから生まれるメロディーは、みんなの気持ちを高揚させ、心地好い一体感を生み出す。 イントロが終わる少し前に『私達』は背中を離し、お互いのマイクの前に立つ。 タイをキュッと結んで いざ出発 ハートもキュッと結ばれたまま ―『私達』の気持ちも結ばれてますよね 私たちだけに魅せれるステージ パワー集結させてゆこう ―『私達』の魅力、見せつけちゃいましょう 何度立っても初めてみたい 1曲目は決まってドキドキ緊張 ―唯先輩、知ってました? でも目くばせしたらそれがすぐ 嬉しさになる不思議 ―歌詞のこの部分、私の気持ちそのままなんですよ スポット浴びる私たち 世界中のひかり あつめてるくらい ―唯先輩、行きますよ なんかね発光 だってハンパじゃないんだもん モットーは楽しく だって本気なんだもん かっこいいよね 今のリフ 気分はプロっぽく ダメだ、もうノリノリ もしかして 私たちってGenius…!? 誰にも言われないけど…きっと……!! ―サビの部分をツインボーカルにしようって、唯先輩言いましたよね……練習は辛かったけど、今、ステージで一緒に歌えて、私物凄く幸せです! ♪ 出逢っちゃったね ―出逢えました 見つけちゃったね ―見つけました プレイの至福 一体感 ―唯先輩との一体感 知る前にはね ラッキーなことに ああ帰れない ―絶対に、帰りたくありません ♪ アウトロに入り、『私達』はマイクから離れ、お互いに向き合う。 お互いを見つめながら、センターへと歩み寄る。 曲が終わる数小節前に、背中合わせになり寄り添う。 そして……最後のコードを弾きながら……振り返ってお互いの顔を見つめ合う……。 余韻が終わり、楽器の音が止む。 私は最高の笑みを唯先輩に向けた。 唯先輩も最高の笑みを返してくれた。 この振り付けを提案したのは唯先輩だった。 練習中は、なんとも言えない気恥ずかしさが有ったのだけれど、いざ本番でやってみると……言葉に出来ない程の、心地好さと、快感が、私を包んでいた。 「あずにゃん」 思わず呆けていた私は、唯先輩の言葉で我に返った。 「みんなに挨拶しなきゃ、背中離すよ」 「あ、はい」 ……ちょっと、残念、かな……でも、後でいっぱい、ギュッてして下さいね…… 「みんなぁ~!!ありがとぉ~!!!」 今までに感じたことのない歓声と、それに負けない位大きな唯先輩の声が講堂に響き渡る。 「えーと、これからも!私達ほうかご……??」 不意に声が途切れた。当の本人を見ると、白石先生の後方を不思議そうな顔をして見ている。 何だろうと思い、そちらを見ようと顔を向けた所で、白石先生がマイクの前に立った。 「えー、ここで校長先生から一言有るそうです。」 Bパートに続く! 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/109.html
「あずにゃん、かえろ~」 「はいはい、少し待ってくださいね」 チャイムが鳴るなり教室に入ってきた唯先輩に一言そう言って、帰るために荷物をまとめる。 いつも思うのだけれど、唯先輩はいつから教室の前にいるんだろう? 「それじゃ、帰りましょうか」 「うんっ」 頷いて私の腕に自分のそれを絡めてくる唯先輩。子供みたいな笑顔でにへらと笑っている。 別に腕を組むことには抵抗が無いのだけど、人前でこういうスキンシップはあまり取らないほうがいいと思う。さすがに恥ずかしい。 いくら私たちの仲が周知だといってもある程度の距離を保たないと、そのうち人前でキスとかもされそうで困る。 「どんとこいです」 「うん? なにか言った?」 「いえ、ただの独り言です」 危ない危ない、気付かないうちに口に出てたみたいだ。 さすがにあのセリフだけで考えが見透かされるということは無いだろうけど少し心配。何せ私は考えていることが口に出ていることが多いから。 「そ、それで、今日はどこに行くんですか?」 取り繕うように質問を投げかける。 「あ、うん、実は私の家の向こう側にいいお店を見つけたんだ~」 「向こう側、ですか」 両腕を使って場所を教えてくれてるけど正直よく解らない。 「え、っと、それは私の家からどれぐらいかかりますか?」 「んー、多分10分くらいで着くんじゃないかなぁ、自転車で」 「んー」 「あ、でも直接行くから時間は気にしないでいいよ」 「それもそうですね」 そんなことを話しながら下駄箱を通過して校門を通り抜けて唯先輩の見つけたというお店に向かう。 「――着いたよ」 他愛も無い話をしながら歩いていると、唯先輩が足を止めたのでつられて私も止まった。 視線の先には小さな喫茶店。 「喫茶店、ですか」 「うん、ここのアイスが美味しいんだぁ~」 「そうですか」 そんな会話をしながらお店に入り「何名さまですか?」「お二人様です」という恒例のやり取りを済ませて手近な席に座って注文を済ませる。 「お待たせしました」 早っ! 注文して1分も経ってないですよそれとも今はこれがデフォなんですかいやそんなことはないでしょう。 動揺している間に唯先輩が「どうも」とお礼をして店員さんが「いえいえ、ごゆっくり」と言って去って行った。 「どうしたの?」 「……いえ、何でもありません」 「? へんなあずにゃん」 不思議そうにしながらも唯先輩は持ってこられたパフェを食べ始める。 「おいしいですか?」 「うん、あずにゃんも食べなよ」 「そうですね、では」 当然唯先輩とは違うものに手をつける。あわよくば交換しようと言われることを期待したのではなくてたまたま違うのを選んだだけなので誤解しないように。 しばらく黙々とスプーンを口に運び続けていると、不意に唯先輩が「あ」と声を上げた。 「どうしたんですか?」 その問いには答えずに唯先輩は顔をこっちに近づけてきて、ぺろりと紅い舌で私の頬を舐めた。 「……なにするんですか」 「ん? んーとね、あずにゃんのほっぺにクリームがついてたから」 悪びれた様子も無くあっけらかんと答える唯先輩に怒る気が失せてしまった。 「クリームを取ってくれたのはいいんですけどそれなら布巾で拭けばよかったじゃないですか」 「だめだよそんなの。もったいないじゃん」 「そういうものなんですか」 「そういうものなんです」 上手く言いくるめられた気がするけどまあいいか。 「あ、唯先輩」 「うん?」 ――やり返してやった。 Fin 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/788.html
私が軽音部に仲間入りを果たしてから、一年以上が経ちました。 この部活の空気にもすっかりと馴染んでしまい、最初の内は意気込んでいた私も、今ではほとんど目くじらを立てなくなってしまいました。慣れって、恐ろしいですね。 「突然ですが、私から提案したいことがあります!」 いつもの放課後。いつもの音楽室。いつものお茶会。それらで創り出される、私たちだけの空間……。 今日だって、いつもと何も変わらないティータイム……のはずでした。 「あずにゃんを私のペットにしたいと思います!」 「……はい?」 唯先輩は、相変わらず突拍子もない提言をします。思いつくことの大半は変なことなので、最近はリアクションを取るのも面倒になってきました。 そのうち、澪先輩が制止してくれるに違いないです。 「ん? いいぞー」 「ふふ、ステキな提案だわ」 「唯が言うなら仕方ないな。ちゃんと梓の面倒を見るんだぞ?」 「うん、分かった!」 「ちょ、ちょっと待ってください! 私が唯先輩のペットとして認められるのは当然なんですか!? どういう理屈なんですか!?」 あまりにも不自然すぎる自然な流れに、思わずリアクションを取らずにはいられません。 そんな私を諭すかのように、律先輩は言います。 「梓、よく聞け。唯たってのお願いじゃ、認めてあげるしかないだろ」 「そうだぞ梓。唯が梓のこと大好きなのは皆知ってるし、悪いようにはしないだろう。唯になら梓は任せられるよ」 ――いや、その理屈もよく分からないのですが…… 律先輩が悪ノリするのは、いつものことだから分かります。でも、まさか。軽音部唯一の良心こと澪先輩が助けてくれないなんて、ちょっと不気味です。 「梓ちゃんをペットにしたら、唯ちゃんは何をしてみたいの?」 「うーん。実は特に決めてないんだよね~」 「はは。ま、唯らしいって言っちゃ、唯らしいな」 「全くだな」 「唯ちゃん。それなら、今から色々試してみるのはどうかしら?」 「おっ、いいねー!」 先輩達は私のペット化計画の進行に夢中らしく、どうやら私の意向は酌み取られそうにないです。 「じゃ、唯はこっちの席に座れよ。梓と隣になるし、その方がいいだろ?」 「さすがりっちゃん、気が利くね! ありがとう!」 唯先輩はもの凄く上機嫌で、とても嬉しそうにしながら律先輩と席を替わりました。 「えへへー。これで隣同士だね、あずにゃん!」 「は、はぁ……」 「でさ、あずにゃん。私のペットになってくれない?」 「そんなものイヤに決まってます! 何ですかペットって!」 「えー、そんなにイヤかなあ。私、あずにゃんを可愛がることにかけては、すっごく自信あるよ」 「その自信の出所はどこなんですか……。とにかく、ダメなものはダメです! 私をおもちゃ扱いにしないでください!」 「いーじゃんいーじゃん! あずにゃんのケチ!」 口を尖らせてぷりぷりと怒った唯先輩は、やがてそのまま顔を俯かせて、黙りこくってしまいました。 「梓ちゃんもなかなか強情ね」 「当たり前じゃないですかっ! ……唯先輩、そんなにむくれていても、絶対に許しませんよ」 「……」 「梓、見てみろ。唯のテンションがどんどん落ちていくぞ」 「そ、そんなの……自業自得です!」 「残念だったなー。『私ったらすっごい名案を思いついたよ! あずにゃんなら一発でバッチリOKを出してくれるはずだよ!』って、すっごく張り切ってたのになー」 「うっ……」 ――ちょっと言い過ぎたかな……。 ここまで黙りを決め込まれると、少しだけ自責の念に駆られてしまいます。いや別に、決して唯先輩を悲しませるつもりはなくて、なんというか、私なりの世間体を保つ為にも断らざるを得ない要望もありまして……うんぬん。 心の中で弁明の言葉を並べている間に、唯先輩は少しだけ顔を上げて、上目遣いで私と目を合わせました。 「あずにゃん……どーしても、だめ?」 唯先輩は、ズルい。そんな目をされたら、誰も敵うはずがないじゃないですか。 「そ、そんなに言うなら、少しだけ……」 「ホント!? あずにゃん、ありがと!」 えへへ、と満面の笑みを浮かべる唯先輩を見ると、心なしかホッとしました。やっぱり先輩には、笑顔で居て欲しいものです。 ――どうせすぐに飽きるに違いないし、付き合ってあげてもいっか。 唯先輩の笑顔に免じて、今日ぐらいは。 * 「早速だけど、あずにゃんにはこれを付けてもらうからね」 唯先輩はいつぞやのネコミミを取り出し、私に有無を言わさず取り付けました。久しぶりに身に付けますが、妙にしっくりくるのは最早気のせいではないでしょう。 「次に……あずにゃんは、これから『にゃー』としか喋っちゃダメだよ?」 「な、何でそうなるんですか」 「何でって、そりゃあ猫さんだからだよ。ってほらほら、ダメだよあずにゃん。『にゃー』だよ、『にゃー』」 「にゃ、にゃー?」 さりげなく猫の手ポーズも要求されました。忠実にこなしてこそペットなのでしょう。私はそういうことも惜しまない、努力家でもあります。 「あ、そうそう。私のことは『ご主人様』って呼ぶことも、忘れないでね?」 「にゃ、にゃー……」 にゃーとしか言えないのに、その命令はどうなんでしょう? と突っ込むこともできません。 「よし。まずは、あずにゃんをなでなでするよー!」 そう言って、唯先輩は私の頭を撫で始めました。唯先輩の撫で方は物凄い丁寧で、優しいんです。……飼い主に撫でられて気持ちよさそうにする猫の気持ちが、ちょっぴり分かりかけてきました。 「よーしよーし……あずにゃんは良い子だねぇ」 「にゃー……」 「唯……それじゃいつもと同じなんじゃないか?」 「あ、そうか」 「にゃっ?」 澪先輩の忠告で我に返った唯先輩は、その手を止めてしまいました。少し……残念です。 「よ、よーし、じゃあ次は、ケーキを食べさせてあげるよー!」 唯先輩はフォークを手に取り、自分の食べかけのショートケーキに乗っているいちごを刺してから、私の目の前に突きだしました。 「はい、あずにゃん。あーん、ってしてね」 「にゃ~……っ!?」 ここに来て今更、忘れていた羞恥心が蘇ってきました。 女の子同士だし、見られているのは気心の知れた部の先輩達――といえども、私が人前でこんな甘々なことをするなんて。いくら唯先輩に唆されたからと言っても、素直に順応しきっているという客観的事実が、急に現実感を呼び寄せてしまったのです。 気恥ずかしさやためらいと葛藤しながらも、どうにかして羞恥心を抑えつけ、思い切って口にしました。いちごは美味しかったです。それはもちろん、ムギ先輩が持ってきたものだから、そこらのケーキとは違う無類の味であるのは当然なんですけど、いつもとはもうひと味違いました。そう、誰かに食べさせてもらう所作が加わっただけで…… って何を考えてるんだ私は! 「どう? 美味しかった?」 ……笑いかけてくれた唯先輩の顔が、どうしても見れませんでした。 * 「うーん、いまいちピンとこないね」 唯先輩はなにやらしっくり来ないようで、考え込み始めました。まだまだ、ペット化計画は続くみたいです。 「……はっ、そうか! あずにゃん、ここ座って!」 「にゃ、にゃー!」 促されるまま長椅子に座ると、先輩はためらいもなく抱きついてきたのです。 「やっぱあずにゃんはこうやって抱いてあげてこそだねー」 「にゃー……」 肩に腕を回して、顔を間近まで寄せて、もたれ掛かるように体重を預けてきました。正直、いつものスキンシップと何も変わりはないので、取り留めて言うことはないのですが……やっぱり、安心できます。 しばらくは、言葉を交わすことなく抱かれていました。唯先輩の温もりを感じながら、天井をぼんやりと眺めていると、私はふと思いました。 ――いつまでも、ずっと、このままで居られたらいいなあ。 叶えられないと知りながらも、なんとなく願ってしまうこと。 入部した当初は不安が渦巻いていたけれど、先輩達と同じ時間を積み重ねていくうちに、この場所がかけがえのないものとなっていきました。私の居場所が確立した、と言ってもいいのでしょうか。 しかし、一年間の想い出を色々振り返ってみても、私が真っ先に思い浮かぶのは、この先輩の事ばかりでした。 取り乱した時に優しく宥めてくれました。合宿では、一人でこつこつとやっていたのを見兼ねて、ギターの特訓に付き合ってあげました。ライブ前に先輩が病床に伏した時は、それはもう心配してばかりでした。他にも、たくさん、たくさん……。 ――何で、唯先輩のことばかり、考えているんだろう。 ひとり思い出に馳せていたら、今の今まで黙っていた唯先輩が、口を開きました。 「……私ね、あずにゃんをもっと独り占めしたいって、最近気づいたんだよ」 「……にゃ!?」 耳元でなんて恥ずかしいことを言っているんですか! と突っ込むべきなのかと思いましたが、唯先輩は決してふざけた口調ではありませんでした。 唯先輩は声をひそめ、今までに聞いたことのない艶っぽい声で囁きました。 「これからはもっと、恋人ごっこ、しよっか?」 「あれ……私……」 「あ、おはよー。あずにゃん」 唯先輩に声をかけられて、正気を取り戻しました。 今までの経緯は……ええと、音楽室に来て、まだ誰も居なくて、長椅子に座ってぼんやりしてたら、寝不足がたたってそのまま寝てしまって…… って、今までの、全部夢なの!? 「あずにゃんの寝顔がすごく可愛いから、写真撮っちゃったよ。ねぇねぇ、どんな夢見てたの?」 「にゃ……にゃ……に゛ゃー!」 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。当人の前で言えるはずがない! 「おぉ……あずにゃんどうしたの!? 叫びたくなるほどスゴい夢だったの!?」 「何でもありません! 唯先輩には関係ないです!」 「そんなこと言わないでー。教えてみなさいな」 「絶対にイヤです! 死んでも言いません!」 「あずにゃんだけ良い思いをしちゃって……」 「誘ってきたのは唯先輩じゃないですか!」 「『誘って』って、何に?」 「~~~!!!」 声にならない声を上げてしまいました。今日ばっかりは、唯先輩の勝ちです。まさか、先輩におちょくられる日が来るとは……。 その後、他の先輩達も時間差で集まり、早速本日のティータイムへと移りました。そして、唯先輩が意気揚々として手を挙げたのです。 「突然ですが私から提案したいことがあります!」 その口上には、聞き覚えがありました。 「あずにゃんを私のペットにしたいと思います!」 「え……」 これはどういうことなんでしょうか? まさか……。 「ん? いいぞー」 「ふふ、ステキな提案だわ」 「べ、別に構いま……」 「ダメに決まってるだろ!」 澪先輩の大きな声にはっとして、慌てて口を噤みました。まさか自分からこんな言葉が口に出てしまうなんて、思いもしませんでした。幸いにも、どの先輩にも気づかれていないようなので、話は大きくならずに済みそうです。 「そんな! 澪ちゃんだって、あずにゃんの可愛さは分かるでしょ? ペットにしたいって思うでしょ!?」 「それもそうだけど……って違う! これ以上梓に迷惑をかけてやるなって話だよ!」 珍しく対立して言い争っている、唯先輩と澪先輩。さっきの夢の所為で、よく分からない理論を浩然と主張する唯先輩の顔が、ちょっと見づらいです。 「梓ー、後輩想いの先輩達に囲まれて嬉しいか?」 「……もちろん、嬉しいですよ。それより律先輩、二人を止めてあげてください」 それにしても、どうしてあんな夢を見てしまったのでしょう。 自分のことながらよく分からないけど――あんな風に夢にまで出てこさせるなんて。なんだか、私は私自身が思っている以上に、唯先輩のことが好きなのかも知れません。 ――なんてね。 三人のやり取りを後目に紅茶をすすり、何気なく視線を上げると、ガッツポーズをした赤ら顔のムギ先輩と、目があったのでした。 【おしまい!】 性ペットにもなるね。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-26 12 30 42 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/83452/pages/4387.html
澪「バンドは全てのメンバーがいなくちゃ成り立たない。まずは自分ができることを探さなくちゃ」 梓「自分ができること……」 澪「私の場合は、歌詞とボーカルかな。勿論、ベースプレイもあるけどさ、本当は恥ずかしいから、最初は歌いたくなかったんだ。でも今じゃそれが私の個性になってる」 梓「自分ができることを探す……」 それは、1年生の1年間をかけての私の至上命題となりました。 唯先輩と同じスタイルの轟音ギターでは、勝負にならない。 私だけのギタースタイルを確立して、唯先輩の隣に立つことを目指すのです。 1年生の学園祭までは、まさにあっという間でした。 唯「それじゃあ次の曲は……『ふわふわ時間』!」 この頃になるとバンド名も『放課後ティータイム』に決まっていました。 そして何よりも特筆すべきは、HTTで初めて作ったオリジナル曲、『ふわふわ時間』の進化でした。 4分ほどの軽快なポップパンク風のこの曲を、唯先輩は20分以上もの長尺演奏にアレンジし直したのです! しかも、20分の内の15分――曲の間奏に延々と続く轟音ノイズパートを挿入する形で! ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!! ギュギュギュググググワワワーーーーン!!!!!!!!!! ガガガガガ……ゴワーーーーーーーーン!!!!!!!!!! かつて、軽音部はあの新入生歓迎会での演奏による持ち時間の大幅なオーバーで、生徒会にこってり絞られたと言います。 でも、そんなこともお構いなしです。 グガガガガガガガガガガガピーーーーッ!!!!!!!!!! ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!! そして、私はその15分間を唯先輩とともに、ムスタングを掻き毟り、 足元のエフェクターをいじりまくり、マーシャルを苛め倒して、轟音の生成の加担に加わることが出来たのです! そしてこの瞬間、私は驚くべき光景を目にしました。 はじめは耳を塞いで苦悶の表情を浮かべていた観客の人たちが、 ひとり、またひとりと私たちの繰り出す轟音に身をゆだねるように、ある者は踊り、ある者は腕を振り上げ、 ある者は焦点の定まらないふやけた瞳でこちらを見て……とにかく陶酔していたのです! いつかの澪先輩の言葉が思い出されました。 澪「私もあんなうるさい音を出す音楽、初めは嫌だと思ったよ。 でも梓、知ってる? 轟音ってある一定のレベルを超えると、聴く者の感覚は麻痺し、一種の夢遊状態に陥ることがあるって――」 唯先輩は、まさにそれを狙ってやっていたのです。 和「唯! 貴方また持ち時間をオーバーしたでしょ!? しかもあんなうるさい音……近隣の住民から苦情が来るわよ!?」 唯「そんなこと言って~。和ちゃんも舞台袖でアヘ顔して轟音シャワーを浴びてたくせに~」 和「なっ……!(確かにそうだけど……)」 やっぱり怒られました。 でも悪い気はしません。心地よい達成感で身体が一杯です。 こんなこと、ギターを手にしてから初めての経験です。 すると、唯先輩はまるで赤子のような無垢な笑みを浮かべて、私に振り返りました。 唯「それと、あずにゃん!」 梓「は、はいっ……?」 唯「『ふわふわ時間』のノイズパート、良かったよ~! やっぱりギターが二本だと、厚みが違うよね~」 梓「!!」 この瞬間の私の胸の高鳴りをどう表現すればよいでしょう。 今思えば、この瞬間から、唯先輩は私の憧れのギタリストというレベルを通り越して、 身も心もゆだねたくなるような存在――つまりは、愛しい人に変わっていたのです。 梓「唯先輩、『ふでペン~ボールペン~』のアレンジはどうしましょうか?」 唯「んー、そうだね。ギターの壁の後ろで、澪ちゃんのボーカルが微かに聴こえる感じまで、ギターの音を厚くしたいかな~」 唯「あずにゃん、この映画面白いんだよ~? 今日家帰って見てみてよ!」 梓「『血のバレンタイン』……ホラー映画ですか。私は苦手なんですけど……」 唯「澪ちゃんに貸そうと思ったら断固嫌がられてさ~。なんならあずにゃんの家で二人一緒に見ようよ!」 梓「は……はい!」 この頃から、唯先輩と私は音楽のことやそれ以外のことでもよく会話を交わすようになりました。 その近しさは、仲の良い先輩と後輩というには、少々異様なものだったらしいです。 紬「私は特別何とも思わないわ。むしろどんとこいです!」 律「まぁ恋愛の形は人それぞれっていうし……」 澪「梓がいいなら、いいんじゃないか?」 幸いなことに、軽音部には理解のある先輩しかいませんでした。 でも、違うんです。 これはまだ私の一方的な片思いで、唯先輩に気持ちは伝わっていない……。 一歩踏み出す勇気は、私にはまだありませんでした。 4月――。 私は2年生になり、唯先輩達は3年生になりました。 新入生歓迎会では最高の演奏を見せたにもかかわらず、1年生は入部しませんでした。 それでも別にいいかな、と思ってしまったのは、自分と唯先輩の間に余計なお邪魔虫が入らなくて済むという、 あまりにも勝手で少しだけ醜い女の子心からだったのかもしれません。 同級生の友達にも、こんなことを言われました。 純「たぶんね、軽音部は傍から見ると5人の結束が強いように見えるから、入りにくいんだよ。 梓と唯先輩の轟音ギターの隙間には余計な音一つ入り込む隙間がないように、ね」 本当にそうだったら、どれだけよいことかと思いました。 ちなみに、この頃には『ふわふわ時間』の間奏ノイズパートは30分を超えていました。 夏休み――。 私の提案で軽音部は夏合宿として、野外フェスを見に行くことになりました。 所謂フジ・ロック・フェスティバルというやつです。 律「あー、やっぱり青い空の下で見るライヴは最高だな! よーし、澪! 次はあっち行ってみようぜ!」 澪「おい律! 炎天下なんだからあまりはしゃぎ過ぎるなよ!」 紬「野外フェスティバルなんて初めてだから新鮮だわ~」 唯「そうだね~。あ~、やきそばたべたいな~」 梓「…………」 正直言って、私は狙っていました。何って、唯先輩を。 まぁ、こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、理解してほしいのは私ももう限界だったということです。 最初はその魔法のようなギタープレイに同じギタリストとして憧れただけのはずの唯先輩、今ではその全てが欲しくてたまらなかった。 そうしてその夜――。 私は運よく二人きりで、大トリのバンドのステージを見ることができました。 律先輩は昼間のはしゃぎ過ぎのせいで、疲れてテントで既に就寝。 澪先輩と紬先輩は別のステージを見に行っています。もしかしたら気を使ってくれたのかもしれません。 唯「わたし、一度でいいからこのバンドのライヴを見てみたかったんだ!」 大トリははるばるアイルランドからやってきたというバンド。 なんでもかなり昔に名盤と言われる1枚のアルバムをリリースしてからは、活動を休止してしまい、その後長い休眠を続けたものの今年再始動。 今日が17年ぶりの日本でのライブだそうです。 なんでもフロントのギター・ボーカル担当の2人のメンバーは夫婦同士だとか……。うらやましいなぁ。 そして、そのバンドは唯先輩がギターを始めてから最も影響を受けたバンドだということでした。 『ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!』 野外とは思えない物凄い轟音――。さすが唯先輩が影響を受けたバンドだけあります。 そして、その轟音の隙間から漏れ聞こえてくるのは、どこまでも美しいメロディ。 梓「HTTに……すごく似てる……」 私が思わずそう漏らしてしまったのも無理はありません。 そして、感極まった私は、 (ぎゅっ) 唯「えっ?」 唯先輩の手を握ってしまいました。 私は轟音にかき消されぬよう、唯先輩の耳元で囁きました。 梓「私、唯先輩と一緒に音楽がやれて、本当によかったです」 唯先輩はにっこり笑いました。 唯「それは私もだよ――あずにゃん」 違う。 本当はもっと言いたいことがあるのに――。 私は自分がイヤになりました。 唯「だいじょうぶ。全部わかってるよ、あずにゃん――」 でも、唯先輩はそんな私の頭を優しく撫でてくれました。 もはや、言葉は要りませんでした。 その日、恐ろしいほどのギターのフィードバックの轟音に包まれて、唯先輩と私は初めてのキスを交わしました。 今となってはあまりに興奮していたもので、その時のバンドの名前も正確に覚えていません。 確か、前に唯先輩に薦められたホラー映画のタイトルみたいな、趣味の悪い名前でした。 でも、キスを交わした時に演奏されていた曲のタイトルだけは、一生忘れることはないでしょう。 『You Made Me Realize(あなたがわたしに気づかせてくれた)』 それから先は、まるでジェットコースターにでも乗っているかのように、速く時は過ぎて行きました。 でも、その分だけ濃密で、楽しい時間でした。 唯先輩と私は、軽音部内でも公認のカップルになることができました。 紬「いいものが見れて、私、軽音部に入って本当によかったわ。 もし私が明日二階建てバスに轢かれて死んだとしても、 唯ちゃんと梓ちゃんのことを思い出せば、世界一幸せな女として死ねるわね♪」 律「唯と梓を見ているとこっちまでホンワカした気分になってくるよ。あ~あ、私も彼氏でも作るかな~」 澪「なっ! 律みたいにガサツな女に彼氏なんてできるわけないだろ!」 律「なんだよー。そんなのわかんないじゃん。そういう澪こそどうなのさー?」 澪「……ばか律。(そういう意味で言ったんじゃないのに……)」 紬「オゥフwwwwwww(今日轢かれてもいいかも……)」 そして、一番の心配のタネだったあの人も…… 憂「お姉ちゃんが選んだ人なら……私は何も言わないよ。それにお姉ちゃんの相手が梓ちゃんでよかった」 梓「憂……」 なんとか理解を得られました。 こうして、唯先輩と私は蜜月の日々を過ごしました。 本当に、この時の幸せを何と表現したらよいでしょうか! そして、この頃、私たち放課後ティータイムが演奏しているような音楽は 『シューゲイザー(shoegazer)』というジャンルにカテゴライズされることを知りました。 澪「何でも、演奏中に客に愛想を振りまくこともせず、じっと手元ばっかり見て演奏している様子が、 『自分の靴ばかり見てる(shoe gaze)』ように見えるからそういう名前になったんだって」 律「へぇー」 澪「それで音楽的な特徴は、やたらと轟音のギター、 歌詞の聞き取りづらいふわふわとした不安定な歌、綺麗なメロディーライン……」 紬「まさに私たちのことですねー」 でもそんなジャンル付けは唯先輩と私には関係ありませんでした。 放課後ティータイムは放課後ティータイム以外の何物でもないからです。 それに、演奏中の唯先輩と私は、傍からは『靴を見て』周囲には無関心に自分の演奏に没頭しているように見えても、 その実傍らにいる大切な人の暖かい存在感を、ギターから発される轟音を通して感じあっているのですから。 その後、秋の学園祭ライヴを終える頃になると、 放課後ティータイムにはライヴハウスへの出演(1年生の冬に一度だけ出たことがあった)や、 インディーズでのレコードデビューの話が来るようになりました。 しかし、ライヴハウスへの出演はともかく、レコードデビューは時期尚早と判断し、 私たちは地道に軽音部としての活動を続けていました。 そうして、とうとうやってきてしまった卒業ライヴ。 私はあまりの寂しさにステージ上で泣きじゃくり、コードを押さえる指は勿論、 足元のエフェクターのスイッチさえ涙で滲んでよく見えず、うまく踏むことができませんでした。 それでも演奏は最後だけあって気合いが入り、素晴らしいものとなりました。 この時、私はいつか澪先輩が言っていた『自分のできること』が何か、わかりました。 それは、唯先輩と二人三脚で、唯先輩の呼吸を察知し、意図を汲み、共に轟音の壁を作りだすパートナーとしての役目。 それはまさに、私にしかできない役目です。 律「はははっ、梓は泣き過ぎだよ! ……会えなくなるわけじゃないのに」 梓「らって……グスン……みんな卒業しちゃう……そんなのいやで……グスン」 澪「それでも演奏だけはちゃんとやっていて、えらかったぞ?」 梓「ありがとうござ……グスン……います……」 紬「よっぽど唯ちゃんと離れるのが寂しかったのね(ニヤニヤ)」 唯「大丈夫だよ! 私たち4人、みんなおなじ女子大に行くし、HTTも続けられるよ?」 梓「でも……でもぉ……」 唯「あずにゃん……軽音部のことよろしくね……?」 梓「でも……わたし……ひとりになっちゃうんですよ? そんなのって……」 唯「『私たちの軽音部』を守っていくのはあずにゃんにしか出来ない役目なんだよ?」 梓「ゆいせんぱぁい……」 HTT、軽音部としての最後のライヴ。 その轟音はとうとうレッドゾーンを超え、講堂の窓ガラスは振動で割れ、 アンプの前をたまたま通りかかったネズミがあまりの爆音で破裂し、 観客達はまるでドラッグをキメたかのように音の壁に身を任せ、ゆらゆらと漂っていたといいます。 まさに最高のライヴでした。 その後、私は3年生になりました。 唯先輩達の卒業で消沈し、部員集めもロクにできない私を見かねて、 憂が決意して入部してくれ、純もジャズ研と掛け持ちという条件ながらも参加してくれました。 その後、憂と純の協力もあり、4人の新入部員を獲得。 唯先輩達から受け取った軽音部のバトンを、私もなんとか次の世代につなぐことができそうです。 その後、私は純をベース、憂をドラムス(というより憂はちょっとコツさえつかめばどんな楽器も人並みに演奏出来てしまう、唯先輩とは違った意味での天才でした)に据え、 トリオバンド『放課後涅槃タイム』として活動。 HTTとは違う、時には爽やかなポップロック、時にはちょっとハードなグランジロックを演奏して、 『轟音製造機』なる軽音部の妙な異名を払拭することもできました。 唯先輩達も学園祭に私たちの演奏を見に来てくれ、とても誉めてくれました。 唯「たまにはこういう爽やかな音楽もいいね~」 唯先輩はこんなことを言っていましたが。 全く、唯先輩はたまにこういう素直じゃないところがあるんですよね。 ベッドの中とかでもそうだけど……。あ、今のは聞かなかったことにしてくださいね? そして、私の高校卒業を機に、この1年間はライヴを中心に活動していた放課後ティータイムが、更に本格的な活動に乗り出しました。 きっかけは、唯先輩達の同級生である真鍋和さんが、 生徒会長の経験で培ったリーダーシップと元来の知力を活かし、 大学在学中にインディーズのレコード会社を起業。 その第1弾アーティストとして、放課後ティータイムをレコードデビューさせたいという話を持ってきたことでした。 3
https://w.atwiki.jp/83452/pages/9139.html
梓「こんにちはー……あれ、まだ律先輩お一人ですか?」 律「おー、みんな色々あってな。そのうち来るよ」 梓「律先輩だけお暇なんですね」 律「……言ってくれるね中野くん」 梓(ここでヘッドロックからのグリグリーって……あれ?) 律「まぁいいや、事実だしな。梓も早く座れよ」 梓「あ、はい……(いつもみたいに『中野ー!』って来ないのかな……)」 梓「…………」 律「フロアタム欲しいなぁ……」ペラ… 梓「あっても練習しなきゃ持ち腐れですよ」 律「そうだなぁ……」ペラ… 梓「…………」 律「…………」ペラ… 梓(いつもなら『生意気なー!』とか言って絡んでくるのに……) 律「…………」ペラ… 梓(二人だけだからかな?一緒に騒ぐ唯先輩や ツッコミ役の澪先輩がいないし……) 律「…………」ペラ… 梓(いつもは盛り上げるためのノリで絡んでくるだけで 実際は私なんかにあんまり興味ないのかな……) 律「…………」ペラ… 梓(他の先輩方と二人きりだとしても無言で雑誌読んだりしないだろうし……) 律「…………」ペラ… 梓(入部したての頃に生意気言っちゃったりしたからな…… 普段は部をまとめるために普通に接してくれてても、 実際のところ『ただの部の後輩』程度にしか思われてないのかな……) 律「…………」ペラ… 梓(私にとっては生意気言ったりできる唯一の先輩なのに…… そうだとしたらちょっと……いや、すっごく……寂しいなぁ……)ハァ… 律「…………」ペラ… 梓(律先輩って何だかんだで常識人だし、人付き合いも上手いし、 他人との適度な距離間みたいなのを無意識に保ってるのかな……) 律「…………」ペラ… 梓(普段は唯先輩やムギ先輩と一緒にはしゃいだりしてても、 澪先輩がたまにそうなった時には落ち着いて一歩引いてたりとか…… 集団の中でも自分の立ち位置や役割を明確に持ってる気がする) 律「…………」ペラ… 梓(だからそんな律先輩にとって私は、みんながいる場のノリによって絡むことはあっても、 あんまり突っ込んだ関係を築くような相手じゃないのかも……性格とかも正反対だし) 律「…………」ペラ… 梓(やっぱ第一印象が悪かったかな……折角待ち望んでた後輩を、 部の空気に馴染ませようとしてた矢先にあんなこと言われたらなぁ…… あれで私に対してはあまり深く踏み込まないように決めちゃったのかも) 律「…………」ペラ… 梓(ああ……何であんなことしちゃったんだろ…… 部に馴染んでキャラが固まった今ならまだしも…… 期待が先走って冷静さを失ってたなぁ) 律「…………」ペラ… 梓(今からでも何とかならないかな…… 4人しかいない大事なバンドメンバーなのに、 あくまでも軽音部ありきの関係なんて絶対やだよ) 律「…………」ペラ… 梓(どうしたらいいんだろ……一度あまり良くない方に 固まったイメージを変えるのって難しいよね……) 律「…………」ペラ… 梓(キャラに合わないことしても引かれるだけだし…… キャラに合ったことだと大きな変化は望めないし……) 律「…………」ペラ… 梓(言い方悪いけど、他の方達は単純なとこあるから 急な変化も割と素直に受け入れてくれそうだけど…… 律先輩相手じゃそうはいかないだろうな……) 律「…………」ペラ… 梓(練習しなくてもあまり口うるさく言わないとか? ……いや、やっぱりそういうのは違うな…… 今更それをやめて評価を変えるような小さい人じゃないし てか先輩も練習を嫌がってるってわけじゃあないからなぁ) 律「…………」ペラ… 梓(私自身人見知りだし友達作るの上手くないからな…… 憂も純も社交的で相手を汲める子達なわけで、 私はあの子達の優しさに甘えてるようなとこあるし) 律「…………」ペラ… 梓(頑張って友達作ったこともなければ、大喧嘩して仲直りしたこともない…… 濃い人間関係を築いたことがあんまりないから こういう時にどうすればいいのか全然わかんないんだよね……) 律「…………」ペラ… 梓(律先輩ならどうするんだろ……仲悪いわけではないけど、 一定の距離がある相手ともっともっと仲良くなりたいとき) 律「…………」ペラ… 梓(律先輩は、私と仲良くなりたいって思ってくれたことはないのかな…… 他の先輩方と同じくらい……とまではいかなくても、 せめて部室に二人っきりでも会話が続くくらい……) 律「…………」ペラ… 梓(例えば唯先輩となら、二人きりでもいつもみたいにふざけあうんだろう。 ムギ先輩と二人なら、お茶を飲みながら静かに談笑してる気がする。 澪先輩となら……たぶん会話なんかなくても、ちっとも気まずい空気にならないんだろう) 律「…………」ペラ… 梓(でも私は……何をしたらいいのかわからない。 思い返してみれば、普段から律先輩に対しては 憎まれ口か小言くらいしか言ったことない気がする) 律「…………」ペラ… 梓(自分では結構可愛がってもらってる気になってたけど…… この状況が、そんなのは所詮幻想だったって言ってるよね) 律「…………」ペラ… 梓(ああ、何か泣きたくなってきたな…… 普段は律先輩に対してあんな態度とってるのに、 自分は良く思われたいだなんて……我ながら身勝手だ) 律「…………」ペラ… 梓(でも、それでも、律先輩と仲良くなりたいんだもん…… ただの部活仲間じゃなくて、本当の意味での仲間になりたい…… そう思うのは、悪いことじゃないよね……?) 律「…………」ペラ… 梓(このまま泣いて、律先輩に抱きついたら、私のこと気にしてくれるかな? 『先輩と仲良くなりたいです!私のこと見て下さい!』って言って…… 優しい律先輩のことだから、たぶん自分のことを責めちゃうんだろうな) 律「…………」ペラ… 梓(でも、それじゃだめだ…… そんなの先輩の優しさに甘えてるだけ、 それこそ身勝手だ) 律「…………」ペラ… 梓(だから、勇気を出そう。 勇気を出して、自分から先輩に話しかけよう) 律「…………」ペラ… 梓(そうだよ、先輩に話しかけるくらい簡単じゃん。 おすすめのバンドとか、こないだムギ先輩が持ってきてくれた新曲とか。 何も知らない人相手じゃないんだもん) 律「…………」ペラペラペラ… 梓(ちょうど雑誌読み終わるところだ。読み終わったら行くぞ!) 律「……ふー……」バサッ 梓(よし行け!『今月の特集どうでした?』って言え! 『私最後の方に載ってるコラム好きなんですよね』って言え!) 律「…………」ペラペラペラペラ… 梓(ほら!暇そうに読み終わった雑誌いじってんじゃん! なに律先輩相手に緊張してんだ私!ほら!ほら!行けって!) 律「……ふー……」ペラ… 梓(ああ……別の雑誌読み始めちゃった…… しかもベースマガジン……明らかに興味なさそうな顔……) 律「…………」ペラ… 梓(私ってこんなにダメダメだったっけ……? 2年以上ほぼ週5で会ってきた相手に対して……) 律「…………」ペラ… 梓(ああ……話しかけるタイミングを完全に逃しちゃった…… もう部室きてから20分くらいたつのに、今更急に喋り出すのもな……) 律「…………」ペラ… 梓(うわぁ、すごいつまんなさそうな顔…… そりゃ何書いてるかもほとんどわかんないだろうしな……) 律「…………」ペラ… 梓(てか、そんな顔して雑誌読むくらいなら私に構ってくれたらいいのに…… 最初の雑誌を読み終わった時点で、次の雑誌を読む以外に 私に話しかけるって選択肢もあったはずなのに……) 律「…………」ペラ… 梓(私って大して興味もない雑誌以下の存在なの……? それとも、まず私に構うって選択肢自体が無いの……?) 律「…………」ペラ… 梓(ああ、自分に落ち込んだせいで、思考がまたネガティブな方向に…… 他の先輩方まだかな……てかもう帰りたい……帰って泣きたい……) 律「…………」ペラ… 梓(もう駄目だ……限界……空気に耐えられない…… 沈黙が嫌だというより、先輩がそんなこと 気にする素振りもないってことに耐えられない……) 律「…………」ペラ… 梓(澪先輩……早く来て練習始めるかーって言って下さい…… ムギ先輩……本当はお茶もお菓子も楽しみにしてるんです…… 唯先輩……今日は抱きついても何も言いませんから……というか胸を貸して下さい……) 律「…………」ペラ… 梓(よし!来る!澪先輩来る!私の第六感がそう言ってる! おっ唯先輩とムギ先輩もおしゃべりしながら歩いてる! もう着くね!よし今部室の下の階段だ! 後はドアを開けるだけ!ほら来る!来るよーっ!) ブブブブブブ…… 律「あ、メールだ…… ああ澪のやつ、今日は進路のことで長引くから来れないってさ ムギも家の用事で出れないらしいわ、ごめんねってさ」 梓「」 梓「……あ、ああそうなんですか……(いや落ち着けまだ唯先輩が)」 ブブブブブブ…… 梓「あ、すいません私ですね……」 梓(あ、噂をすれば……) From 唯先輩 Title あずにゃんごめーん! 本文 今日和ちゃんが家来ることになりましたー 憂と和ちゃんと3人で晩ご飯の用意するから先帰るねー 急な話でごめんねーみんなにもそう言っていてー じゃあねー(^3^)-☆chu!! 梓「」 梓「」 梓「」 律「どうしたー?」 梓「あ、ゆ、唯先輩も今日は来れないそうです……」 律「そーなの?……二人だけじゃアレだし、今日はもう解散すっか!」 梓「そうですね……私ももう限界ですし……」ズーン 律「どうした?気分でも悪いのか?あ、頭痛薬ならあるけど……」 梓「いえ、そうじゃないので……大丈夫ですお気になさらず…… (今はその優しさが私の胸を抉るナイフです…… 無い胸をこれ以上目減りさせないで下さい……)」 律「そうか?でも気分悪いなら送ってこうか?」 梓「いえ……本当に大丈夫です…… (家までこれが続いたら私はもう再起不能です……)」 律「そっか……じゃあ私はまだ残ってるやつ誘って帰るから! 梓も無理すんなよ?なんなら憂ちゃんや純ちゃんと一緒に帰んな!」 梓「はい……了解です……(純は部活だし…… 憂は唯先輩と和先輩に囲まれてふわふわ時間ですけどね……)」 律「んじゃな!また明日ー!」ビューン 梓「お疲れさまでーす……(そんな嬉しそうに帰らなくても……)」 梓(ああ……やっぱりもう限界……)グスッ 梓「う……うぇ……うえぇぇーん!もうやだよぉー!」グスッグスッ 梓「どうじだら……グスッグスッ……ながよぐでぎるのぉー!」グスッグスッ 梓「だれが……ヒック……おじえでよぉ……」グスッグスッ 澪「進路希望用紙部室に置きっぱなしだったよ…… うっかりしてた……律たちまだいるかな?」ガチャ 梓「えぐっ……えぐっ……ひっく……ぐすっ……」シクシク 澪「うわっ!?あ、梓!?どうした!?なに泣いてるんだ!?」 梓「み……みおぜんばい……みおぜんばぁ~~いっ!!!」ダキッ! 未完 13
https://w.atwiki.jp/83452/pages/2585.html
春。 始まりの季節であり終わりの季節でもある。 私にとって春とは、終わりの季節だ。 梓「変わらないな…」 高校の帰り道にある一本の大きな桜の木。 今は桜が満開で、花びらが雪のように舞い散っている。 私は桜の木の下へ行き、座った。 そして、ひたすら待ち続ける。 この季節になると私が欠かせず行ってきた、行事とも言うべき行為。 桜の花びらを手に取り、目を閉じてみる。 そうすれば、あの人……私の大事なあの人との記憶がよみがえる…。 …… 梓「練習しましょうよ!」 律「もうちょっと…」 唯「休んでから…」 梓「はあ…」 私は軽音部に入った。 小さいころからギターをやっていたし、それに新歓ライブでとても感動したので入ることを決意したのだ。 だけど、入ってみれば練習はしないし、お茶会はするし、変な顧問の先生はいるし…でとても大変だった。 澪「ほら、梓もこう言ってるんだから…」 この人は澪先輩。 私と同じくまじめな性格で、ちゃんと練習させようとするとてもいい先輩だ。 律「そうは言っても、面倒くさいんだよ~」 この人は律先輩。 ガサツで大雑把な先輩だ。 部長なのに全く練習しようとしない…困った人である。 紬「まあまあ」 この人はムギ先輩。 おっとりしててとても優しい。 だけど、このティータイムを作った元凶である。 梓「そうやってダラダラしてるのがいけないんです!いいですか?そもそも部活と言うのは……」 律「まーた始まった。唯!」 唯「らじゃっ!」 唯「あずにゃん!」 梓「なんですか!?私は今……」 唯「ぎゅーっ」 梓「あうっ…」 この人は唯先輩。 あずにゃんというこの人にしか考え付かないようなあだ名をつけた張本人である。 しかも私にスキンシップと称して抱きついてくる困った人である。 ……でも抱きつかれるとホワワーンとするので嫌いではない。 梓「熱くなってしまってすみませんでした…」 唯「いいのいいの!あずにゃんかわいいから!」 澪「ごめんな?先輩達がこんなだらしなくて」 梓「いえ…もう大丈夫です」 澪「そっか」 澪先輩はやさしくて大人って感じのする先輩だ。 私の憧れの先輩でもある。 こういう人がお姉ちゃんだったらいいのに… 律「なんだよ…梓は澪にべったりだな」 唯「!」 梓「そ、そういうわけじゃ…」 律「ははは、照れちゃって~」 澪「お前が変なこと言うからだろ!」 唯「……」 律「それじゃあ今日は…」 梓「練習ですね!」 律「帰るか!」 梓「なんで!?」 澪「今日は私、用事があって…」 梓「そうなんですか…それじゃあ仕方ないです」 律「何この私との違いは…」 紬「あらあら」 …… 唯「ねえねえあずにゃん!」 梓「なんですか?」 唯「あずにゃんは好きな食べ物とかあるの?」 梓「私は…甘いものなら何でも…」 唯「とくに好きなのは?」 梓「タイ焼きです!!」フンスッ 唯「そ、即答だね…」 こうして二人で帰るのも、恒例になっている。 唯先輩という人は私が今まで出会ったことのない、不思議な人だ。 練習はあまりしてないし、すぐだらけてしまう。 同じギターの奏者としてそのふまじめな態度が許せない… それでも、どこか憎めないところがあるのだ。 この人がいるだけで周りが柔らかくなってしまう…本当に不思議な人だ。 唯「じゃあ食べに行こうよ!」 梓「ダメですよ…今日だっていっぱい食べたじゃないですか」 唯「それとこれとは別なんです!」 梓「太っても知りませんよ?」 唯「私、いくら食べても体重増えないんだよ!」 梓「うらやましすぎる!」 唯「あれ?言ってなかったっけ」 梓「初耳です…」 私にとっては嫌がらせの何物でもないその言葉… さらに屈託のない笑顔が嫌味さを増してくる… それでもかわいいから許されてしまうのが唯先輩のいいところなのだ……多分。 梓「私はいいですから、唯先輩だけで食べてくださいね?」 唯「あれ?ダイエット中なの?」 梓「ぶ、部活にはいってからムギ先輩のお菓子食べるようになって…これじゃいけないと思って…」 唯「大丈夫だよ~。あずにゃんは十分痩せてるよ?」 梓「いいんです!」 しばらくしてタイ焼き屋さんを見つけて唯先輩と私は買いに行った。 ここのタイ焼きはあんこがちゃんとしっぽまで入っている素晴らしいタイ焼きだ。唯先輩はお目が高い。 しっぽまであんこが入ってないタイ焼きでは私は満足しない。 若い乙女は欲張りたい年頃なのだ。 唯「はい、あずにゃん」 私がタイ焼きに思いをはせていると、唯先輩がタイ焼きを差し出した。 まさか私の分まで買ってるなんて…あんなに言ったのに… 梓「うっ…い、いらないです」 唯「ほぉら!遠慮しないで!はい!」 そこまで言われると断るに断れない。 あ~んと差し出されたタイ焼きを私はパクンと咥えた。 梓「……」ホワーン 唯「おいしい?」 梓「……」コクン 唯「えへへっ、よかった!」 梓「あっすみません…お金は出します!」 唯「いいよ。これは私のおごり!」 梓「で、でも…」 唯「こういうときは先輩を立てなきゃだよ?あずにゃん」 梓「は、はい」 この人はやさしいだけじゃない… その器の大きさが、人々を笑顔にさせるのだろう……多分。 唯「あーおいしかった!」 梓「おいしかったです」 唯「あっ!あずにゃん、口にあんこついてる」 梓「えっ?どこですか?」 唯「ほら、ふいてあげるよ」 そう言うとハンカチを取り出し拭いてくれた。 私は他人にやさしくされるなんてことに慣れていなかった。 人にやさしくされることにどこか恥ずかしさを覚えるからだ。 そんな私にやさしくしてくれる唯先輩に私は素直になれなかった。 梓「は、恥ずかしいです!」バッ そう言って唯先輩の手を振り払ってしまった。 唯「あっ…ごめんね」 唯先輩は何も悪くない。 悪いのは私なのだ。 梓「す、すみません…」 唯「う、うん…」 梓「……」 唯「……」 気まずい… ここは事の発端を作った私がどうにかしないとダメだ。 でもどう切り出したらいいかわからなかった。 唯「……あずにゃん!」 梓「へっ?」 そうこう悩んでるうちに唯先輩が小指を突き出してきた。 唯「はい!指きりげんまん!」 梓「えっ…」 唯「もうあずにゃんの嫌がることはしないって約束するから!」 梓「は、はい…」 指きりげんまん…なんとも唯先輩らしい解決策だった。 だけど…本当は私が切り出すべきだったのに… それに、さっきのは別に嫌じゃなかったのに… それが言いだせないのは私がまだ子供だということだ。 唯「はい!仲直り!」 梓「す、すみません…」 唯「もういいんだってば」 梓「でも…」 唯「…よし!」 私が反応に困っていると唯先輩は私の手を握りだした。 あたたかい…それが私の最初の印象だった。 梓「ゆ、唯先輩!?」 唯「今日は手をつないで帰ろうよ」 梓「は、恥ずかしいですよ…」 唯「大丈夫!手を握ればね、その人と仲良くなれる!って私は思うんだ!」 唯先輩の超絶理論で私たちは手をつないだ。 傍目からみたら仲良しな姉妹か友達に見えるだろう。 だけど私は…違う気持ちを抱いていた。 唯「へへへ~!あずにゃんと手をつないで帰れるよ~!」 梓「うぅ…///」 この人は億劫もなく恥ずかしい言葉をかけてくる。 それが唯先輩の特技なのだ。 結局、私と唯先輩は手をつないだまま家路についた。 思えば、これが始まりだったのかもしれない。 …… 律「合宿するぞっ!」 夏真っ盛りでとても蒸し暑いときに律先輩が大声で宣言した。 正直うるさいのでもう少しボリュームを下げてほしい。 唯「今度もムギちゃんの別荘なの?」 律「そう…だよね?」 紬「ええ、大丈夫よ」 澪「ちゃんと聞いとけ!」ゴスン 律「あうっ!」 澪先輩のゲンコツが律先輩にクリティカルヒットした。 まあ、いつもの光景だ。 梓「合宿ですか…」 唯「楽しいよ!海で泳いだり、花火したり、いろいろするんだよ!」 梓「練習はしないんですか?」 唯「する…よ?」 何とも頼りない返事である。 合宿とは名ばかりで、実際はただ遊びに行くだけなんじゃないのか? この軽音部にはありうる…… 梓「ちゃんと練習しましょうね!」 唯律「うーい」 何ともやる気のない返事である。 この二人はもとから遊ぶつもりなのだろう。 澪「まあ、息抜きも必要じゃないか」 梓「そうですね…」 紬「あらあら」 こうして不安で胸いっぱいのまま合宿することになったのだ。 合宿当日、私たちはムギ先輩の別荘に着いた。 梓「……」 でけーー! 何?やっぱりムギ先輩はお嬢様なの? 私と住んでる世界が違いすぎるだろ! 紬「ごめんなさいね?前言ってた一番大きい別荘は今年も無理だったの…」 これより大きいって…私の家より大きいんじゃないのか? ムギ先輩のお嬢様度は私の予想のはるか上だった。 まずは練習……ではなく、あの二人の提案により海で遊ぶことになった。 不本意な私をよそに、思いっきりはしゃぐ先輩達。 行く前からわかってたことだったけど、やっぱりこの部活は練習しない。 こんなんじゃダメだ…と、わかっていてもこのスタイルを受け入れた以上は私も慣れないといけない。 唯「あずにゃ~ん!」 律「いっしょに遊ぼうぜ!」 梓「結構です…」 律「あれれ~。梓ちゃんは運動が苦手なのかな~?」 梓「そ、そんなことないです!やってやるです!」 まんまと挑発に乗った私は、身体が真っ黒になるまで遊んでしまった。 ……まあ、楽しかったからいいけど。 そのあと、バーベキューしたり、花火をしたり、肝試しをしたり…… 思いっきり合宿を満喫してしまった。 夜、トイレに行った帰りに電気がついている部屋を見つけた。 みなさんは眠りについているので誰もいないはずである。 おそるおそる中をのぞいてみると……そこには唯先輩がいた。 どうやら一人で練習をしているようだった。 いつも練習しないでだらけてる先輩だったのに… それでもちゃんと練習していたのだ。 唯「本当にいいの?私の練習に付き合って」 梓「いいんですよ。私も前から唯先輩とあわせてみたかったんです」 唯「えへへっ、そっか~」 私は唯先輩の練習に参加させてもらうことにした。 ギターの先輩として、教えられるところは教えたかったのだ。 でも……唯先輩と二人っきりで練習することがなんだか楽しみだったからという理由もある。 唯「ここが難しいんだよねぇ」 そう言ってジャカジャカと弾く唯先輩だったが途中でつまってしまった。 唯「あうー、ダメだ!」 梓「こうですよ」ジャカジャカ 唯「うーん……やっぱあずにゃんってすごいね」 梓「ほ、ほめても何も出ませんよ!///」 唯「ただほめただけだよー」 梓「ま、まずはゆっくり弾いてみたらいいんですよ」 唯「おぉ!わかった!」 もう一回やってみると今度は上手くいった。 やはり唯先輩は呑み込みが早い。 もとからギターの才能があったんじゃないだろうかと思うぐらいだ。 唯「できたっ!」 梓「よかったですね」 唯「うん!ここまで出来たのもあずにゃんのおかげだよ!」 梓「そ、そんな…」 唯「あずにゃ~ん!」 そう言うと唯先輩が私に飛び込んできた。 私はなにも抵抗できずそのまま唯先輩と一緒にバタリと倒れた。 これも唯先輩なりの感謝の方法なのだ。 唯「えへへへっ」 梓「ゆ、唯先輩……」 ……でも、この体勢はまずいんじゃないのか。 女同士とはいえ、こんな抱き合って倒れるなんて…… いやでも想像してしまう。 梓「唯先輩、苦しいですよ…」 唯「……」 私が苦しいと訴えても唯先輩は放そうとはしない。 逆にきつく抱きしめられる。 唯「ねえ、あずにゃん」 梓「は、はい……」 唯「あずにゃんは……女同士の恋はどう思う?」 それは突然の質問だった。 女同士の恋……それは世間体的にみればいけないとみなされてしまう。 でも、それは個人の自由だから私は特に否定したりしない。 質問自体は別にむずかしくないけど…それよりも問題なのは、この状況で唯先輩が聞いてきたことである。 これはつまり……そういうことなんだろう。 梓「わ、私は……その……」 唯「……」 梓「別に……いいと思います…けど……」 唯「……そうかぁ」 このあと唯先輩は何も聞いてこず、そのまま放してしまった。 そして、今日はもう遅いからと解散した。 その時の唯先輩の顔は、いつもと変わらなかった。 寝床に着いても私は眠れなかった。 まだ胸の高鳴りがおさまらない。 今日の夜の出来事を思い返してみる。 唯先輩の質問の意味はどういうことだったんだろう… 考えなくてもわかってしまうのだが…どこか信じたくなかった。 唯先輩はただの先輩……今までそうだったのに…… 考えていくうちに意識がなくなっていった。 合宿後、私たち軽音部の集大成である文化祭のライブが間近に迫っていた。 去年は澪先輩がおパンツをお披露目したりしていろいろ大変だったようだ。 そして今度のライブは私にとって初めてのライブとなる。 唯「楽しみだね、あずにゃん!」 梓「は、はい…」 あれ以来、唯先輩を見てしまうと意識してしまうようになった。 あれで意識しないのはよほどの鈍感野郎だけだ。 ただ、唯先輩との関係は変わらずにそのままだった。 2
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/1948.html
「アイスが美味しいね~、あずにゃん」 今日は唯先輩と私は部活が終わったあと、近所のお店に立ち寄って唯先輩念願のアイスタイム。 でも唯先輩だけじゃない、二人でソフトクリームを舐めあう私にとっても至高の時間。 でも、せっかくのアイスだったのに、唯先輩ったら無理をして食べて…… 「うわ、あずにゃんちょっとお腹を壊しちゃったからトイレに入ってるね~」 そんなに夢中で食べるからです。 残りは私が頂いちゃいますからね、もう。 はあ、唯先輩が出てくるまでちょっと暇になっちゃったな。 ここで最近こっそり携帯でやってるネットサーフィンの時間にしちゃおう。 掲示板とか、動画サイトとか、色々あるけれど… あれ?なんだろうこのスレッド。なになに、あずにゃ……何で私がこんな所で話題に? さてと開いてと…… あずにゃんペロペロ(^ω^) 一瞬固まってしまった。ペ、ペロペロ!?アイスじゃなくて私!? しかも一つや二つじゃなくて何回も繰り返して、沢山の人が。 私、クラスメイトや近所の人からそんな風に見られてるの!? 歩いてたら突然舐められちゃったりするのかな!? 「あずにゃんお待たせ~」 ビックリしたというのもあるけれど、何よりも不安になった私は唯先輩に抱きついた。 「唯せんぱぁ~~いっ!!」 ギュッと力一杯先輩の抱き心地のよい身体に絡みつく。 その瞬間、ほっとして力が抜けていった。 「どうしたのあずにゃ~ん……」 先輩は心配そうにあたしの顔を覗き込んでくれた。 その気持ちに応えるように、甘えるように、あたしは言った。 「なんかネットの掲示板に変な事が書かれてるんです~!」 携帯の画面を唯先輩に見せつつ、私は先輩の胸に泣きついた。 「どれどれ~、あずにゃんぺろぺろ?可愛い掲示板だね~」 可愛くないです!私、そこら中の人からペロペロされちゃうんですよ? 「わぁお!あずにゃん大人気ですか……」 人気なんてどころじゃないです。身の危険を感じます……。 「でもあずにゃんはアイスじゃないから本当にペロペロなんて出来ないはずだよ~」 世の中にはそういう趣向の人もいるんです。 例えば、こうやって顔中を嘗め回したりとか…… 「あずにゃん、可愛いよ……ぺろっ」 「にゃあん!舐めちゃ駄目です……唯先輩」 「この肌の張りを舐めてるだけでなんか落ち着くよ……ぺろっ……ぺろっ」 「にゃ、うにゃあああ///」 はうっ!なんで唯先輩で想像してるの! 落ち着け、私!! 「も~、真っ赤になったあずにゃんも可愛いなあ」 そんなにスリスリしないでくださいっ。 気持ちよすぎて先輩の虜になっちゃいます…… 「あ、あずにゃんさっき気を散らしながら食べてたな~。ほっぺにアイスついてるよ~」 珍しく先輩らしくなった唯先輩。でもほっぺに付いたの位自分で 「あずにゃんアイスいただき~……ぺろっ」 ふにゃあああああああああああああっ!! 本当だ! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-07 16 41 33 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/93.html
ある日、私は風邪をひいて学校を休んだ。 高校に入ってからは体調を崩したことなんてなかったのに…少し練習頑張りすぎたかな。 昼過ぎ、おかゆを食べてぼんやりしていると、憂から電話がかかってきた。 憂『梓ちゃん?具合どう?』 梓「うん、もうだいぶよくなったから明日は学校行けそうだよ」 憂『よかったー…あ、今日純ちゃんとお見舞い行こうか?』 梓「ううん、大丈夫。また今度元気な時に遊びに来て」 憂『そう?じゃあお大事にね』 梓「うん、わざわざありがとう…じゃあね」 私は電話を切るとベッドに横になり天井を見つめた。 さっき電話したせいか、無性に寂しい気持ちになる。 …やっぱり来てもらえばよかったかな。 唯先輩は、風邪のこと知ってるのかな。心配…してくれてるのかな。 って私、なんで唯先輩のこと考えてるんだろ… そんなことを考えているうちに、私はいつの間にか眠ってしまった。 目が覚めると、辺りはすっかり暗くなっていた。ずいぶんと長い時間眠ってしまったようだ。 と、私はなにやら手に温もりを感じるのに気が付いた。 おそるおそる首を横に向けると――― 梓「唯…先輩…」 唯「スー…」 唯先輩が私の横で、静かに寝息を立てていた。 いつか、律先輩をお見舞いに行った時と同じように。 唯「ん…あずにゃん…おはよう♪」 梓「な…な…なんで…」 唯「いやあ、あずにゃんが風邪引いたって聞いてお見舞いに来たんだけど…」 梓「い、いつ来たんですか?」 唯「うーん、2時間前くらいかなあ…安心して!憂には連絡してあるから!」 梓「そういうことじゃなくて…」 正直、嬉しかった。私が眠っている間も、唯先輩は私のそばにいて、手を握ってくれてたんだ… 唯「それであずにゃん、具合どう?もう大丈夫?」 唯先輩はそう言うと、私のおでこにおでこを重ねる。唯先輩の顔が、まさに目と鼻の先にあった。 梓「あ…あの…」 唯「あずにゃん顔赤いよ!大変、まだ寝てなきゃ!」 梓「こ、これはその…」 唯「いいから寝てなさい!」 唯先輩は無理矢理私を寝かせると、カバンから何かを取り出す。 梓「あの…それは?」 唯「ムギちゃんがあずにゃんにって、アイス持たせてくれたの! 安心して、ドライアイスの中にあるから溶けてないよ!」 梓「はぁ…」 唯先輩はアイスを一口分取ると、私の前に突き出した。 唯「はい、あーん♪」 梓「えっ…あの…」 唯「風邪の時は甘いものが一番なんだよ!はい、あーん」 梓「はい…パク」 唯「おいしい?」 梓「……」コクリ この時の唯先輩は、とても優しい、そしてかわいい顔をしていた。 ダメだ。こういう顔をされると、何も言えないや… 唯「じゃあ私、そろそろ…」 梓「あ…あの!」 唯「なあにあずにゃん?」 梓「もうちょっとだけ…一緒にいてください」 唯「もう、しょうがないなぁあずにゃんは~」 唯先輩は私のベッドの横に座ると、私の頭を静かに撫でる。 その手は温かくて、柔らかくて、力強かった。 梓「…ありがとう、先輩」 唯「うん♪早く元気になってね、あずにゃん♪」 梓「…はい」 唯先輩、ありがとう。私はあなたの後輩で、本当によかったです。 以上 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/25438/pages/4068.html
パキッ、と小気味良い音を立てて、割り箸が真っ二つに割れた。 「あっ、きれいに割れたね~。おめでと~」 両手を小さく叩きながら唯先輩が笑う。 別に嬉しくもないんですけど…。 「お先にいただきます」 もうもうと湯気を立てて運ばれてきた大盛りチャーシュー麺を目の前にして、 お腹の下の方が小さく音を鳴らす。 「あずにゃん、大盛りなんて食べれるの?」 「いつも大盛りですよ、わたし」 「ふぅん」 脂っぽいラーメン屋のテーブルに肘をつき、両手で頬を支える唯先輩。 丼からは湯気が立つ。もうもう。 その湯気越しにきょろきょろ左右に動く唯先輩の茶色がかった瞳が見え隠れした。 いつもならもうちょっと、大盛りチャーシュー麺なんて頼んだら女子としてどうなんだ、とか、 人に見られてどう思われるっていうか、他人が持つ自分のイメージっていうか、 そういうの意識してるけど、今日はもういいや。 “ご自由に”と書かれた容器の蓋を外し、ばんばんキムチをラーメンに入れる手は止まらない。 続いてニラも。 「タダだとたくさん入れたくなっちゃうよねぇ」 ピンク色に頬を染めた唯先輩が中ジョッキを傾けながら言う。 「りっちゃんも、そうやっていっつもてんこ盛りにしてたよ」 そんなの知ってる。 割り箸でちぢれたカタ麺を掴んで口元に運び、すすりあげる。 ずずずっと、音を立てて、スープが飛び散った。 満席になってもたぶん10人も入らないんじゃないだろうか、という狭い店内。 天井近くに設置された手作りの台の上にブラウン管のTVが置かれていて、 最近売り出し中と評判の若手芸人が合コンの失敗談を楽しそうに語っていた。 オレンジ色の薄明るい照明の下にはわたし達二人だけで、 真っ赤なエプロンにタオルを頭に巻いた店長らしき男性はタバコを片手にブラウン管に見入っていた。 おまちどうさまです、と深夜にそぐわない愛想のよい声と同時に、 唯先輩の分のラーメンと二人分の餃子、ホイコーロー、ニラレバが運ばれてきた。 二十歳前後の女子大生としてどうなんでしょうね、わたし達。 “女子力”という言葉からはおよそ遠い行為ですよね。 わたしの煩悶をよそに嬉しそうに両手を合わせた唯先輩が割り箸を手に取る。 パキッと音を立てて割り箸が割れた。 あちゃ~…と情けない声をあげた唯先輩は、眉を八の字にしながら不恰好に別れた箸を代わる代わる見つめる。 「…律先輩も下手なんですよ、割り箸割るの」 唯先輩は一瞬真顔に戻り、それからすぐに表情を緩め「そうだね」と笑って言った。 「別にいいじゃないですか。使えるんだから」 片方だけ短くなった割り箸を左手に「そうだね」と唯先輩はもう一度笑って言った。 笑顔は心なしかくたびれて見えた。 「あずにゃん、はじめてこのお店に来たのっていつ?」 「そうですね…今年の1月くらいだったでしょうか」 唯先輩は片手を上げ、笑顔で駆け寄ってきた女性の店員さんに生中のお代わりを頼んだ。 いつも頼んでるカシスオレンジは注文しないのだろうか。 わたしは絞り機を使ってグッと力を込めてニンニクを潰す。 これで2個目。メリメリとニンニクが潰れていく。 「勝った~。わたし、去年の年末ぅ~」 「そんなことで勝負してどうするんですか」 お互い、惨めになるだけ。 3個目のニンニクを絞り機に入れると、思い切り全力でニンニクを捻り潰した。 「勝ちは勝ちだよ、あずにゃん」 酢醤油の入った小皿に餃子を浸し、唯先輩がもぐもぐと咀嚼しながら喋る。 ギュッと手を握るとニンニクが小さく音を立てて潰れていった。 「あれ? ラー油入れなくていいんですか?」 「あ、忘れてた」 慌てて小皿にラー油を足すと、唯先輩は食べかけの餃子をちょんちょんと小皿につけて口の中に放り込んだ。 「あっ、ちょっと!」 「あずにゃん、こういうの気にする人?」 「…小皿、新しいのもうひとつ出します」 「りっちゃんは気にしなかったけどなー…」 「そんなことないです。律先輩はこーゆーことはちゃんとしてました」 「あずにゃんが気をつかわせてただけでしょ」 TV画面から笑い声が響き、外の風にドアが少し揺れた。 唯先輩はまたビールのお代わりを注文している。 ちょっとペース、早すぎませんか。 「じゃあ…回数はどうですか」 「回数?」 わたしは新しい割り箸をパキッと割り(またきれいに割れた)、 大皿に盛られたニラレバを二人分の小皿により分けていく。 「…わたしは毎週です」 「ラーメン屋でデートってどうかと思うけど」 ありがとー、と唯先輩が小皿を受け取る。 「どうもです。負け惜しみですか。みっともないですね」 ちっぽけな優越感に浸りながらキムチを口に含むと、 予想外の辛さに吹き出しそうになった。 おかしい。前はこんな味じゃなかった。 「…毎週来てたのにキムチの味変わったの気付かないなんておかしくない?」 感情がすぐ表に出る体質をなんとかしようと思い立ってから何年経っただろう。 改善の目処は全く立たない。 唯先輩は不恰好な割り箸でキムチを掴むと同じように口に含み、平然と、笑顔さえ浮かべている。 悔し紛れに、自分の分のホイコーローをちょっとだけ多めに取り分けた。 「あずにゃんや」 「はい」 「いま思ったんだけど」 「なんです」 唯先輩がホイコーローを箸で掴んで口に運びながらしゃべり続ける。 「二人でラーメン食べた後は絶対チューしたりはしてなかったと思うんだ」 「…なんでです?」 「ほら。ニオイ」 「ああ…」 唯先輩がホイコーローをもぐもぐさせながら話す。 自分の分がちょっとだけ少ないことには気づいてないのかな、この人。 ★ “生協でハーゲンダッツが安売りしてたんでつい買っちゃったんです。ひとりじゃ食べきれないんで一つどうですか?” 夜23時半。 0時を一緒に迎えたくて、無理矢理こじつけた言い訳。 季節外れもいいところだと我ながらため息が出る。 そうして頭の中で練りに練った(そのくせ平凡極まりない)文言を繰り返し頭の中で唱えながら律先輩の部屋の前まで来ると、そこには先客が立っていた。 唯先輩。 おなじみの趣味のおかしなティーシャツの上に半纏を羽織り、右手に缶チューハイを2本手にした唯先輩が、扉の前で立ち尽くしている。 アイスの入ったビニール袋が揺れてガサッと音を立てた。 わたしに気づいた唯先輩がこちらを見ると、左手を上げて“来ちゃダメ”と合図をしながらゆっくり首を横に振る。 わたしは意味がわからず、合図を無視して唯先輩に近づき、気がついた。 部屋の扉がうっすら開いている。 自然、視線は隙間に吸い寄せられていく。 部屋の中には、肩を寄せ合う二つの影。 長い黒髪が揺れる。 影は重なり、ひとつになった。 二、三歩後ずさって身体の向きを変えると、わたしは跳ねるようにしてその場から駆け出した。 夜の女子寮を飛び出し目的もなくただ全力で走り続けて…いつしか鴨川の手前まで来たころ、わたしはビニール袋の中に手を突っ込み、ハーゲンダッツを二つ掴むと、大きく振りかぶって腕を振り、川の中に放り投げた。 真っ暗闇に放物線を描き、ハーゲンダッツは飛んでった。 『なかなかいいフォームだね』 ぽちゃ、と水の跳ねる音と一緒に甘い声が聞こえた。 『ダメだよ、あずにゃん。川にそんなもの投げちゃ』 肩を叩かれて振り返る。息を切らした唯先輩がそこにいた。 『あれ、ハーゲンダッツだよね? 勿体ないなぁ…食べたかったなぁ』 鴨川を見下ろした唯先輩は、目を細めてアイスの落下点を探すように左右に視線を泳がせた。いや、見つけてももう食べれないし。 わたしの心の声が聞こえたのか、自分の行動の無意味さに気づいたのか、唯先輩がこちらを振り向いてニコっと笑うと、『風邪ひくよ』とわたしの首にマフラーを巻いて、 『わたしもねー、りっちゃんのこと、好きだったんだよねー』 “わたしも“と付け加えながら、まるでアイスを惜しむのと同じような軽い調子でそう言った。 唐突な告白と、なんでバレてたんだろうという疑問が胸の内をぐるぐる巡り、 発言が冗談なのか本気なのかも判断できず、 気の利いた返答も思いつかず、 わたしはただ並んで川面を見下ろすしかできなかった。 夜の闇を写し取った川の流れに街の明かりがきらめている。 沈黙を破ったのは唯先輩だった。 『あずにゃん。お腹空かない? いいラーメン屋さん知ってるんだけど』 そう言ってわたしの先を歩き出した。 さすがに半纏からコートに着替えてるその背中を見て、 わたしよりこの人の方が大人なのかな、なんて思った。 ★ 「だからさ。一緒にラーメンを食べに行ったその日のりっちゃんはさ。澪ちゃんのものじゃなかったと思うんだ」 なるほど。 その理論で言えば、律先輩にラーメン(…というかキムチやニンニクとかニオうもの)を食べさせ続ければ… …。 …ダメだ。わたし。バカになってる。 「…そもそも唯先輩のものでもないと思いますけど」 「あずにゃんのものでもないと思うけどね」 「…まぁそうですけど」 「りっちゃんはみんなのものだよぅ…澪ちゃんが独り占めなんてズルいよぅ…」 残り半分にまで減った中ジョッキを飲み干しつつ唯先輩が言う。 ゴン、と勢いよくテーブルの音が鳴る。 「…唯先輩は、」 わたしのジョッキはというと、3/4も減っていない。 「唯先輩は律先輩を独り占めしたいとは思わなかったんですか」 「…」 「…わたしはそうですけど」 沈黙。 TVはいつの間にか音楽番組に切り替わっていて、 今週のヒットチャートと並行して、20年前の今月と同じ週のベストヒットを紹介している。 唯先輩は右手を上げて店員さんを呼ぶと、生中のお代わりを頼んだ。 「てゆーか、唯先輩が律先輩のこと好きだなんてちっとも知りませんでした」 「あずにゃんはね」 生中が来るまで手持ち無沙汰な様子の唯先輩が、餃子残り三つのうちの一つを箸で掴み、酢醤油に浸さず口元に運んだ。 「態度に出しすぎ。あれじゃりっちゃん困るに決まってんじゃん」 「…」 残り二つのうちの一つを箸で掴み、わたしは酢醤油に浸してから口元に運ぶ。 「唯先輩のやり方じゃ、気持ちは伝わんないですよ。あの人、きっと唯先輩のこといい友達としか思ってませんよ? 知ってました? 律先輩って…」 「知ってるよ。りっちゃんは…」 「「ちょうニブい」」 生中がやってきた。 唯先輩がジョッキを右手で掴む。 わたしもまだビールのたくさん残ったジョッキを掴む。 意気投合したわたし達は、ガチン、とジョッキを鳴らし、今日2度目の乾杯をした。 ★ あずにゃんがわたしのことを甘いもの好きな人、って思ってるのは知ってる。 そのとーりだよ。ちっとも間違ってないよ。わたしは甘いものが好き。昔も今も。かわらないよ。 でも案外辛いものだっておいしーじゃん、って最近思うようになってきたのも本当。 夏頃だったと思う。 ライブがあって、その打ち上げの帰り。 なんだかまだ飲み足りなくて、そーいえばこないだ部屋飲みしたときの残りが、まだ冷蔵庫に残ってたじゃん、って思い出してりっちゃんを誘った。 じゃあツマミはわたしが持ってくわ、と言ったりっちゃんが差し出したのはキムチ。 キムチぃー…とロコツにイヤそうな声をあげたわたしにりっちゃんは、 『このメーカーのは変に甘くないし、辛いけど案外イケるんだよ』 『エェー…わたし辛いのダメだし』 『お子様だなー、唯は! まぁでも食べてみろって騙されたと思って』 と笑いながら容器の蓋を開けた。 げっ、辛そう! もうこのニオイだけでイヤな予感がする。 うーん、どうしようかな。 迷ったけどりっちゃんに笑われたのが悔しい気持ちもあったし、 わたしもオトナだよっ! …ってとこをりっちゃんに見せたかったのかもしれない。 両目をつむってキムチを口の中に放り込んだ。 『…』 『どう?』 『…案外イケるかも』 『…だろ?』 りっちゃんがニッと笑う。 その顔がもっと見たくて、わたしはまたキムチを放り込んだ。 次の日、わたし達を見る澪ちゃんの目はとても冷たかった。 (めちゃくちゃキムチ臭かったんだって。避けなくてもいいのにね) 自分がけっこー辛いものもイケちゃう、ってわかってからも、5人でいるときはあんまりそんな素振りを見せることはなかったと思う。多少の恥じらいもあったのかなぁ。 それにみんなと一緒のときは甘いものを食べる機会の方が圧倒的に多かったし。甘いものは変わらずに好きだし。 『唯先輩はホントに甘いもの好きですよね…』 飲み会の終盤で手つかずのままテーブルに残された他の人の分のプリンまで黙々と食べるわたしを見て、呆れながら呟いたあずにゃんを、なんだか裏切っちゃダメな気もしたし。 こんなことで裏切るも何もないのに。 なんだろうね。もう付き合いだってそこそこ長いんだし、こんな些細なことなんてどーでもいいことなのにね。 二人飲みの機会が多かったせいもあるんだろうけど、辛いもの(と言ってもキムチばっかり)を食べるのは、決まってりっちゃんと二人のときばかり。 キムチのおいしさを教えてくれたりっちゃん。 だからわたしにとってのキムチの味は、りっちゃんの味。 大好きになったキムチ。 でもりっちゃんにとってのキムチはわたしの味じゃなかった。 りっちゃんにとっては澪ちゃんの味だった。 りっちゃんも別の誰かにキムチのおいしさを教えてもらってたなんて、想像すらしてなかったわたし。 バカ。大バカ。 バーカバーカ。 バカなわたし。 ★ 『梓ってさ。ラーメン好きだったよな』 『まぁ、それなりに』 『じゃあラーメンについてケッコー詳しい方?』 『は? なんですか突然』 市内のラーメン屋なら知らないところはありません。 一人で自転車に乗って全店舗を巡りましたから! …とはさすがに恥ずかしくて言えない。 『まぁ…少しくらいなら』 『そっかー。いや今日ラーメン食べたくてさ。いいお店知ってたら連れてってよ』 右手をわたしの首に回しながら律先輩が言う。 『バイト代入ったからさ、おごるぜー』 頬が触れるくらい近くに律先輩がいることも嬉しかったけど、 澪先輩でも唯先輩でもムギ先輩でもなく、わたしに声をかけてくれたのが何より嬉しかった。 澪もさ。ラーメン嫌いじゃないんだよ。 でもよー、太るからヤダって言ってなかなか付き合ってくれないんだよ。 ムギは誘えばゼッタイ付き合ってくれるってわかってるんだけど… 体重気にしがちなのは、澪と一緒だろ? だからかえって悪い気がして… 唯はほら。アイツ何食べても体型変わんないから。 わたしだけ体重気にしなきゃいけないの、なんか腑に落ちねーし。 …消去法ですか。 あ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃなくて。 『梓と食べるラーメンがいちばんおいしそうだから』 身体中に巡る血液の流れが勢いを増して、全身が浮き上がるように感じた。 口角を大きく開けて、ニッと笑う律先輩。 呼吸が苦しくなって、わたしは顔をヨソに向けた。 …単にラーメン好き同士で食べに行きたい、って意味だったんだろうけど。 ちょっと遠いから自転車で行きましょう。 身体を動かすとお腹も空きますし、ラーメンがおいしくなるのでちょうどいいです。 風を切りながら、川沿いを自転車で並んで走る。 吹き付ける風が身体中の熱を冷ましてくれるみたいで、わたしは立ち漕ぎでスピードを上げた。 おい、待てよー! …って律先輩の叫ぶ声が聞こえた。 追いかけてくれるのが嬉しくて、わたしはさらにスピードをあげた。 ★ せっかくだから、 と、もう一杯だけ中ジョッキを頼むと唯先輩もそれに便乗してまた生中を注文した。 あとあと聞けば、その日は何にも食べてなかったらしく、 さらに追加したニンニクたっぷりの餃子を3人前も平らげたのも頷ける。 ジョッキを手に取ったわたしを見た唯先輩は、 「あずにゃんはすぐ真っ赤になるからかわいいね」 と笑った。 あなたも真っ赤なんですけど。 でもこの人がこんなに飲めるなんて知らなかった。 四時。 深夜というか早朝というか。 真っ暗な夜のバス停。 冷気が肌を刺す。 わたしの口から白い息が流れていく。 「律先輩と澪先輩。よく考えたら意外でもなんでもないですよね」 「そうだよね。仲がいいのが当たり前すぎて逆に考えてなかったよ」 車も原付も、自転車すら走っていない。こんな時間に起きて外を出歩いてるのは… わたしたちくらい? 「いつから付き合ってたんでしょうか」 唯先輩がマフラーを持ってきてくれて助かった。 着の身着のままじゃたぶん風邪ひいてたな。 この間まで半袖でも過ごせるくらいだったのに。もうすぐ冬なんだ。 「さぁ…いつからなんだろう」 唯先輩もわたしも、目を合わせることなく、通りを眺めていた。 しばらく通りを走る車がないと、世界にわたし達二人だけが取り残されてるような気分になる。 「なんで言ってくれなかったんでしょう」 あの二人が悪いわけじゃないってわかっていても、 誰かを何かの吐け口にしたかったのかもしれない。 「まぁ…言いにくかったんでしょ。いろいろ」 唯先輩は淡々と言った。 「そりゃあ…まぁ…」 そうか。そうだよね。 2