約 115,900 件
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17516.html
実に図々しいと思う。 皆に合わせる顔がない。それは重々承知している。 でも、私自身のことなんてどうでもいいじゃないか。 私が図々しくて自分勝手で生意気で面の皮が厚い女でも、憂が幸せならそれでいいじゃないか。 私がどうしようもない奴でも、今よりも憂が幸せになれるというなら、それに乗らない理由はないはずなんだ。 私が隣にいてくれればいいって憂は言ったんだから、それを前提とした上で今より幸せにしてあげることが出来るなら、乗らない理由はないはずなんだ。 考え方がコロコロ変わり、あっちにこっちに行ったり来たり。 フラフラしてる私だけど、憂の幸せを願う気持ちだけは変わらない。 純『……え、っとね。その、私も明確な解決法ってのは思いついてないんだけどさ』 私がすんなり受け入れたことに動揺しているのか、たどたどしく純が話す。 純『でも結局は、今みたいに二人それぞれに居場所があればいいと思うんだよね』 梓「私は憂の隣に、“私”はいずれ唯先輩の隣に、ってこと?」 純『そんな感じ。居場所があって、ちゃんとそれを皆に認めてもらえれば、それだけでオッケーだと思うんだよね』 それでも『中野梓』の名義はどちらか一人だけに絞らなくちゃいけないけど、とも言うけど、それは仕方ないと思う。 名前なんてさしたる問題じゃない。幸せに生きていられて、胸を張っていられる。そんな居場所がある。それが大事なんだ。 ただ、それが何よりも難しいことだ、というのもわかってる。 梓「……私と“私”の存在を、それぞれの居場所を認めてもらうってことは、それはつまり今まで私達二人の間にあったこと全てを話すということになるよね…?」 純『まぁ、それが一番の近道かなぁ』 近道というか、ぶっちゃけそうやって話した上で認めてもらえればそれだけで解決なんだけど。 梓「……でも、それは絶対に出来ないよ」 私と“私”が互いに殺そうとしあったことなんて、皆に説明できるわけがない。 『本物』と『ドッペルゲンガー』として争ったことなんて、説明できるはずもない。 あの時に決意した通り、これは隠し通さないといけない。 でないと、“私”を生み出した人が自分を責める。殺し合う原因を生み出したことを責める。好きな人を苦しめた自分を責める。 仮に本人が気づかずとも、周囲の人にはそう映る。あの人のせいでこうなったんだ、と。 つまり、“私”を生み出した唯先輩を、苦しめてしまう結果になる。 それだけは絶対に駄目だ。唯先輩は何も悪くなんてない。話してみた私にはわかる。あの人は今だって素敵な先輩のままなんだ。まぁ、キスされたのはショックだったけど。 それでも結局はちょっとタイミングが悪かっただけ。ちょっと事情がすれ違っただけ。 それなのに、そんな素敵な唯先輩を悪者に追いやるような説明が出来るわけがない。 そう思ったからこそ、私は澪先輩にも相談せずに解決しようとしたんだ。なのに今更説明できるわけが―― 純『いや、案外なんとかなるかもしれないんだよね。上手くやれば』 梓「…どういうこと?」 純『ずっと気になってたんだけどね…… 先輩達は、一度も『ドッペルゲンガー』って口にしてない気がするんだ』 梓「っ!?」 言われて、思い返してみる。 ……確かに、確かに口に出してはいないような気はするけど…… 梓「ま、まさか……」 純『……澪先輩のネタバラシを聞いた私だから、わりと自信持って言えるよ。終始、「生き返った」って言い方だった』 梓「いや、でも……」 しかし、確かに可能性としては五分五分だ。 私達の場合は、純が『ドッペルゲンガー』という言い方を決めた。勝手に決めた。限りなく正解に近いとは思うけど、そもそも合ってるかすらわからないんだ、本当は。 だから、先輩達に教えた人と見解が一致している可能性がそもそも低い。純のような物事の見方をする人なら同じ答えに辿り着く可能性はあるけど、それだけだ。 五分五分の可能性の中で、それでも私も純も先輩達の口から『ドッペルゲンガー』という言葉を耳にした記憶は無い。 そうなると、先輩達は『ドッペルゲンガー』と定義さえしていない可能性が高くなってくる。 梓「だとしたら……ドッペルゲンガー絡みの事は言わなくても済むかもしれない…!?」 純『うん。殺し合いになった、なんて言わないでもケンカになった程度で誤魔化せるかもしれない』 ドッペルゲンガーは人を傷つける存在。ドッペルゲンガーという呼び名自体にそういう前提と先入観があるけれど。 でもそれを伏せて説明することができれば、それこそ純の言う通り、ただの喧嘩程度で通せるかもしれない。 命を奪い合おうとした存在だと説明してしまうと、聞く人にも『相容れない存在なんだ』という印象を持たせてしまうから、これは大きなメリットになる気がする。 そして『ドッペルゲンガー』と知らないとするならばそれ以上に、先輩達は、唯先輩は、ドッペルゲンガーと知っていて“私”を生み出したのではない、ということになる。 つまり、あの時の私が万が一の可能性として懸念していた「先輩達は私を不要なものと判断した」という憶測の否定に繋がる。信じていたつもりだったけど、それは素直に嬉しい。 嬉しいからこそ、これは何があっても成功させたい、という気持ちになる。 少し、光明が見えた気がした。 梓「……ねぇ純、そこに“私”も居るんでしょ?」 先輩達を誤魔化すためには“私”との口裏合わせも必要不可欠だ。 「二度と会いたくない」とは言われたけど……事情が事情だし、わかってくれると信じたい。 そんなわけで、“私”と相談しようと思って純に聞いた。……んだけど。 純『あっ!!』 梓「……何?」 純『そうだった、私に伝えてすぐ、“梓”は唯先輩に会いに行ったんだよ。憂の書き置きを持って』 梓「ええっ!?」 どうしてそんな大事なことを言われるまで忘れてるかな、純は…… 梓「っていうか、そんなことしたら唯先輩は憂を探すに決まってるじゃん!」 純『まぁ、だからこうして私が電話してるんだよ。さすがに唯先輩からの電話には出にくいでしょ?』 憂「……うん、そうかも」 梓「いや、でもそうじゃなくて、そっちじゃなくて、そんな結果が見えてるのになんで……」 憂のこととなると、唯先輩が動かないわけがない。そんなの目に見えてる。 でも私も憂も唯先輩に合わせる顔がないし、“私”としても一通りの解決の目を見たんだし、唯先輩に私達を見つけてほしくないはず。 つまり得をするのは純くらいのはず。なのに話を聞く限りでは“私”が率先して動いたとのこと。どうして? 純『隠せって言うの? あの唯先輩に、憂のことを』 梓「あ………」 そうだ、冷静に考えてみればすぐにわかる。 あまり思い上がった言い方はしたくないけど、唯先輩と憂は私を取り合う恋敵。それでありながら相手を絶対に嫌いにはなれない、そんな関係。そんな唯先輩に憂の身に起こったことを隠し通すのはきっと不可能だ。 それに、憂がそんな決断をしたことを唯先輩に隠せば、発覚した時に唯先輩は余計に傷つく。 いや、傷つくどころか唯先輩に嫌われかねない。好意を抱いている“私”なら伝えるより他に選択肢はないんだ、最初から。 もちろん、『唯先輩のためにすぐに伝えに来た』体を装いながら、それでも間に合わなかった……とするのが“私”にとってベストなシナリオなんだろうけど。 純『とりあえずそんなわけだから、“梓”と口裏を合わせるのはムリかも』 仮に純か憂が“私”の携帯に電話したところで、その隣には唯先輩が居る可能性が高い。 というか唯先輩と一緒にいたいという想いだけを胸に行動している“私”にとってはそもそも今のままでも別に構わない、と考えている可能性だってある。 仮に口裏を合わせるとしても、絶対に成功するという確証がないと乗ってこなかったんじゃないかな、とも思う。 梓「……でも、それじゃ難しくない?」 純『まぁ、ね。とりあえず私も今からそっちに行くから、合流して相談して、何かアイデアが浮かぶまでは唯先輩と接触しないように――』 と、純が言い切る前に、憂が顔を上げ、周囲を見渡した。 憂「――………」 梓「…憂?」 純の言葉の続きを聞くよりも、純に私達の居場所を伝えるよりも、憂のその行動が気になった。 けど、その行動の理由は、わかってみれば簡単なもの。とてもわかりやすいもの。 憂「……お姉ちゃん……」 唯「……憂……」 さっきよりも少し低くなった夕陽を背に、唯先輩が立っていた。 【ED≒OP】 唯先輩が私のほうを一瞥して、ほんの少しの時間だけ驚いた顔を浮かべてから、憂に向き直った。 その顔には、純粋な心配と安堵が浮かんでいる。 唯「……心配したんだよ、憂」 憂「……ごめんね」 唯「……ううん、無事ならそれでいいよ」 憂「……どうして、ここがわかったの?」 唯「憂のことだもん。わからないわけがないよ」 憂「……お姉ちゃん……」 全然理屈になっていないけど、それこそが理屈なんだろう、とも思う。 この二人の絆はそれほどのものだ、という理屈。以心伝心というか、何処に居ても通じ合ってるというか。 外見や感覚のそっくりさと言い、姉妹よりも双子と言った方がしっくりくると思ったことも一度や二度じゃない。 唯「……そして、あずにゃん」 梓「っ、は、はい」 唯「いろいろ説明して欲しいんだけど――っと?」 梓´「っ――!」 私に向き直り、そう告げた瞬間、唯先輩の後ろから走ってきた“私”が唯先輩の背中に抱きついた。 やっぱり行動を共にしていたらしい。でも“私”としても、唯先輩がこうも容易く憂と私を見つけるのは予想外だったんだろう。 私の場所からは、私と目が合った一瞬の、驚愕の、そして泣きそうな顔がよく見えた。 梓´「……唯先輩っ……!」 唯「……ごめんね。でも、知らないままじゃいられないよ」 “私”の悲痛な声は、その心情を嫌と言うほどに唯先輩に伝えたはず。 すなわち、「何も聞かないで、知らないでいて」と。でも唯先輩はそれを受け入れなかった。 理由はわからない。唯先輩はどこか自分の責であるかのような言い方をするけど、唯先輩にバレるようなことは何一つ言っていないはずなのに。 でも、その答えはすぐに唯先輩の口から告げられる。 唯「……あずにゃん、二人とも、辛そうだから」 梓「……そんなこと……」 そんなことない、と言いたかったけど、言い切れない。 私は自分で思っているよりずっと感情が顔に出やすいらしいし、“私”に至っては誰がどう見ても辛そうと言う他ない。 少なくとも、私達皆が何かを隠しているという事くらいは痛いほど伝わっているだろう。そして唯先輩はそれを知りたがっている。 おそらくは、いつも私に接するように『先輩』として。 でも、私はどう切り出せばいいかさっぱりわからないでいた。 そもそも純と相談の最中だったんだ、なのに突然何か言えと言われても―― 梓「……憂、純は?」 純『聞こえてるけど……ゴメン、何も出来そうにないね』 梓「そんな……」 純『何も考えがないのは私も一緒だよ。だったらその場に居ない私に出来ることは、何もない』 一見冷たい言い方だけど、条件が一緒なら、話す相手の顔色とかを窺える私の立場のほうがその場に合わせた『答え』を導き出せる、という意味だろう。 コミュニケーション能力に長けた純が言うのだから疑う余地はないし、言われてみればその通りだと思う。 唯「……純ちゃんなの? 電話が繋がらないと思ったら……」 憂「…純ちゃんも、引き留めようとしてくれたんだよ」 唯「そっか……ありがとね、純ちゃん」 純『いえ、そんな…。……じゃあ切るよ、梓』 梓「っ……」 憂「………」 私の返事を待たずして電話は切れた。 隣で携帯電話をしまった憂が不安そうな顔で私を見つめてくる。 ……やらなくちゃいけない。私が。 そもそも目の前に当事者がいるのに第三者が電話から状況を説明するというのも変な話だ。それでは唯先輩が納得するかさえ怪しいから、やっぱり私がやるべきなんだ。それはわかる。 ……それでも、私にちゃんと出来るのかという不安は残る。でも、もう他に道はない。ずっとずっと純に頼っていたけど、ここにきて純から私は託されたとも言える。心細いけど、やるしかない。 何も思いついていないし、どう言えばいいかもわからないけど……今度こそ私が、終わらせないと。 唯「……あずにゃん」 梓「……私、ですか?」 唯「そだね。そっちのあずにゃん。憂の隣に居てくれたあずにゃん。憂を引き留めてくれたのは、きっとあずにゃんだよね」 梓「それは……その……」 唯「手紙を見る限りは、原因もあずにゃんっぽいけど……ここにいるってことは、引き留めてくれたんだよね」 その問いに、私は何と答えればいいのか。 手紙自体が嘘だった、というのが真実だけど、それを言うと次はじゃあどうしてそんな嘘をついたのか、という方向に話が行く。 そうなってしまうと、話がどんどん遡っていって最終的には私と“私”が居場所を奪い合うような存在であることを説明しなくちゃいけなくなるような気がした。 嘘は吐きたくない。けど、唯先輩を傷つける真実に繋がるような答えを返すのはそれ以上に嫌だし、当初の私の想いに反する。 純は正直に話すのが近道だと言ったけど、それをそのまま受け止めてはいけない。純は「そうしろ」とは言わなかったんだから。 ……考えるんだ。どう言えば、唯先輩を傷つけないで済む? どう言えば、全てが丸く収まる…? 梓「えっと――」 憂「……梓ちゃんが、お姉ちゃんを好きになった。私にはそう見えたの、お姉ちゃん」 梓「……憂?」 唯「……うん、手紙にはそう書いてあるね」 私達を置き去りに、憂が唯先輩に説明する。 憂の狙いは読めなかったけど、意図はわかる。わかるというか、信じてる。 憂と私の想いは一緒なんだから、私はただ信じていればいい。信じながら、自分がするべきことを考えるんだ。 憂「…そして実際、梓ちゃんはお姉ちゃんを好きになってた。……そっちの“梓ちゃん”だったけどね」 唯「……憂も、見間違えた、ってこと?」 憂「その手紙を書いた日、私のところにいたのはそっちの“梓ちゃん”だったよ」 梓´「………」 憂「だから……あの手紙にあるようなことは、しないよ。ごめんね、お姉ちゃん。心配かけちゃって」 唯「……ううん、いいよ、憂が無事なら。これからもずっと無事なら」 憂「うん。梓ちゃんと一緒にね」 梓「………」 上手い、と思った。 全体の事情を知ってればそれは確かに嘘なんだけど、憂は一度も嘘を口にしてはいない。 “私”を見て、その手紙を書いた。そして今となってはあの手紙はなかったことにしてほしい。そうとしか言っていないんだ。 屁理屈のようだけど、それは確かに嘘ではない。隠し事はしているけれど嘘ではないし、何よりも伝えるべきことはちゃんと伝えている。 言わない方がいい真実を伏せて、伝えるべき真実を伝える。真実の『核』だけを伝える。隠し事をしている負い目はあるだろうけど、ただ漫然と全てを伝える人より二倍相手の事を考えている、とも取れる。 私も、こんな風に上手くやれれば…… 憂「梓ちゃんは、ずっといつまでも私の隣にいてくれるって言ったよ」 唯「……そっか。ありがと、あずにゃん」 梓「いえ……その、唯先輩にはちゃんと言ってなかった気がしますけど……私、憂のことが好きですから」 ちゃんと言ってれば、こんなことにはならなかったのだろうか。それはわからない。 あの時の私がちゃんと言えなかった理由は、あれ以上唯先輩を傷つけられなかったからに他ならない。 相手が憂だという事どころか、既に両想いで付き合っていることすら言えなかった。唯先輩の気持ちが叶わぬものであることを口にすることが出来なかった。 匂わせるので精一杯だったんだから、それ以上先のことが言えるはずもない。 でも、それもまた私の弱さだったのかもしれない。それが招いたのが今の状況であるのもまた事実だと思うから。 梓「……ごめんなさい。唯先輩には、憂のお姉さんには、ちゃんと言っておくべきでした」 唯「それは……うん、憂のことを隠されたのはショックだけど……でもあずにゃんも別に私にイジワルするために隠したわけじゃないでしょ?」 梓「そんなことするわけないじゃないですか!」 唯「そうだよね。あずにゃんはそんな子じゃないもんね。だから好き」 憂「お姉ちゃん……」 唯「………っ」 何とも言えない沈黙が流れる。 やっぱり唯先輩は、心のどこかで私を諦められないんだろう。ドッペルゲンガーを生み出したわけだし、それは充分わかっていたこと。この場で責めるつもりなんて全くない。 けど、それでも諦めてくれないと困る。私が好きなのは憂なんだから。諦めて、そっちにいる“私”と結ばれてくれるのが理想であって―― 梓「………」 いや、待って。ちょっと待って。 唯先輩が好きなのは私じゃない。私じゃなくて、かといって“私”でもなくて、『中野梓』が好きなんだ、唯先輩は。 唯先輩が今、“私”ではなく私に話しかけている理由は、きっとあれだけの理由。 23
https://w.atwiki.jp/25438/pages/4394.html
紬「唯ちゃんがトラックに撥ねられる話らしいの。梓ちゃん知ってる?」 梓「いえ、初耳ですね……」 紬「そう……私も最近知ったんだけど」 梓「……それで、唯先輩はその後異世界で無双するんですかね?」 紬「えっ? い、異世界って?」 梓「こことは違う世界ですよ。大体はファンタジーな世界ですね。トラックに撥ねられた人は死んだら大体異世界に行くんです」 紬「へ、へぇ……でもそういう話じゃなかったはず……」 梓「じゃあ何ですか、その唯トラっていうのはそこからどう話が広がるんですか?」 紬「た、たぶん広がらないんじゃないかな……」 梓「なんと勿体無い……私ならもっと面白く出来るのに。唯先輩の異世界転生。これは流行る。今のうちに書き溜めないと!」ダッ 紬「え、ちょ、梓ちゃん!?」 梓「すいません私今日は早退しますね! シュビッ!」タタタ 紬「シュビッて何」 ~~~~~~~~ 梓「そう、唯先輩のスペックなら異世界でも人気者になれるはず。頭は良くないし運動が出来るわけでもないけど、あの人には人の心を掴む才能がある」 梓「……私だって掴まれた一人だからわかる」 梓「パラメータ的には最弱だけどそれ以外の部分で強者を味方につけていき一目置かれる存在になる……そんな最弱系主人公のパターンでいける、はず」 梓「具体的にはあの笑顔と優しさと、あとは……やっぱり音楽が必要かなぁ、あの人には。演奏している時の唯先輩は本当に楽しそうだし」 梓「そうなるとギター……ギー太にも一緒に異世界転生してもらわないといけなくなるね。まぁ唯先輩はいつも背負ってるから不自然ではない、か」 梓「……さすがにアンプまでは無理かなぁ。転生する時に神様にアンプの能力でも与えてもらえないかな」 梓「……うん、ここは私の作者としての腕次第ということで。どうとでもなるよね、きっと」 梓「それで、こう、異世界で戦争とかしてても歌を歌って戦いを止めたり、その人柄で両方の偉い人から気に入られたりして世界に平和をもたらしていく、みたいな」 梓「音楽という文化を広めて世界を優しさで包んでいくお話、でもいいね。唯先輩の音楽で世界がひとつに! 争いのない平和な世界に!」 梓「うん、いい……さすがは唯先輩です」 梓「えっと、こういう流れにするとして、アンプのこと以外に何か問題点は」 梓「………」 梓「よく考えるとそもそもあの人を一人で右も左もわからない異世界に放つというのが不安なんだけどどうしよう」 梓「普段は私がちゃんと見てないと危なっかしいからなぁ。音楽が絡むと別人なんだけど」 梓「誰かにナビゲートしてもらいたいね・・・私の代わりに、誰かに」 梓「……代わり? いや、いっそ私でもいいのかな? でも転生時点で二人ペアっていうのは王道から外れてるよね……運命のペアっぽくて素敵ではあるけど」 梓「う、運命のペア!?」 梓「……何言ってるんだ私は」 梓「まあ実際、唯先輩を一人で死なせるのは可哀想だし、私が一緒にいてもいいとは思うけど……」 梓「………」 梓「…………」 梓「……可哀想、だよね、やっぱり」 梓「唯先輩が死ぬだなんて、可哀想だし、私も悲しい」 梓「……何をしようとしていたんだろう、私は」 梓「唯先輩と同じ時間を生きる私が唯先輩を死なせるなんて、たとえフィクションの中ででも出来るはずがないのに」 梓「フィクションの、物語の中ではたくさんの人が死んでいるけれど・・・それは否定しないけれど、私が唯先輩を死なせるのは絶対に違う」 梓「……それにそもそも異世界転生するような人は現実で追い詰められているような人達だ。唯先輩は当てはまらない」 梓「どこから見ても最初っから間違っていたわけだ。私はバカだ」 梓「……消そう。これは無かったことにしなくちゃいけない」 梓「ごめんなさい、唯先輩。私が間違ってました。私はあなたにはこの世界で幸せになってほしいです。まだまだずっとあなたを見ていたいです」 梓「……異世界になんて行かないでください。私と同じ世界にいてください」 梓「どうか、ずっと……」 梓「………」 梓「………」 梓「……異世界転生モノ読んで寝よ……」 ~~~~~~~~ 紬「梓ちゃんの言ってた異世界転生モノ、面白い……!」 紬「でも百合が少ない(´・ω・`)」 紬「……こ、こうなったら私が書くしか……?」 ……こうして、紬は異世界転生百合小説作者の道へ一歩踏み出した…… のかはまだ定かではない オチが弱い おわれ 戻る
https://w.atwiki.jp/25438/pages/1220.html
※けいおんの唯梓で唯が嫉妬する話。 ※エロは無くても有っても良い。 いつもの帰り道、いつも通り、唯先輩と一緒に歩く。 なのに、二人の間に流れている空気がこんなにも重たいのは、なぜなのだろうか。 私は、何となく予想がついている。 それは、今日の放課後、部活動と言う名のティータイム中にさかのぼる…… ――――――――――――――――――――放課後・音楽室 先輩たちよりも一足先に部室に着いた私は、いつも通りにむったんのお世話をしていた。 どうせ今日もそんなに練習しないんだろうなぁなどと思いつつも チューニングしたり、磨いたり…弦の状態を確認したり。 そろそろやることが無くなってきたかな、というとき ガチャリ、という音とともにドアが開かれた。 澪先輩だった。 澪「お、梓。早いな」 梓「はい、今日は特に何も用事が無かったので」 澪先輩は、相棒であるエリザベス…ベースを立てかけると 私の隣に座った。まぁ、大抵二人になるときはこんな感じ。 澪「そっか」 「むったんのチューニングでもしてたのか?」 梓「まぁ、そんなとこです」 「ゆ…他の先輩たちはまだですかね?」 危うく、唯先輩のことを第一に発してしまいそうになったが、何とか持ち直した。 ちょっとだけ、澪先輩が笑ってる気がするけれど、たぶん気のせいだろう。 澪「んー、もうちょっとかかるみたい」 「…唯は和に勉強教えてもらってるらしいぞ」 梓「そ、そうですか」 唯先輩のことを聞いていないのに、唯先輩のことを言ってくる澪先輩。 まるで私が聞くことは、すべて唯先輩に関することみたいじゃないですか。 それにしても、唯先輩は、和先輩と一緒にお勉強、か。 …別に、いいけどさ。私が同級生だったらなぁ、教えてあげられるのに。 って、これじゃあ、私、唯先輩と一緒にいたいみたいじゃないですか。 …ずさ… あずさ 澪「梓!」 梓「ひ、ひゃい!な、なんでしょう!澪先輩!」 澪「何度も呼びかけたんだぞ」 「それなのに梓、ボーっとしてるからさ…」 色々なことを考えていたら、外部からの刺激を自動的にシャットアウトしていたみたいだ。 先輩が目の前にいるというのに、なんだか申し訳ない…。 梓「す、スミマセン…」 「で、なんでしょうか…?」 澪「アイツらが来るまで、まだ時間かかりそうだし」 「よければ、ちょっと練習しておかないか?」 梓「あっ!…いいですね!やりましょう!」 むったんを整備しておいてよかった。 こういうときがたまにあるから、やっぱりむったんのお世話はこまめにしておくべきなのだろう。 梓「何やります?」 澪「そうだな…じゃあごはんはおかずあたりをやっておくか」 ―――――――――――――ジャァーン… 梓「ふぅ…」 ギターとベースだけだと、やっぱり寂しい気もするけれど 一人でやるよりは、ずっと楽しいし、練習になると思う。 そんな風なことを考えてたら、澪先輩が話しかけてくる。 澪「梓、またうまくなったか?」 梓「えっ!そ、そうですかね?」 澪「うん、うまくなったと思うよ」 「特に、この辺とか…」 梓「あ、そこは苦手だったので、たくさん練習しました」 「練習の成果が出たみたいで、よかったです」 澪「ちゃんと練習してるんだな、偉いぞ」 澪先輩は、ちゃんとみんなのことを見てくれていると思う。 こういう風に、少し上達すると、すぐに褒めてくれる。 ムギ先輩にも、唯先輩にも…勿論律先輩だって。 まぁ、律先輩の時はちょっと照れ隠しとして、からかいも含まれている気がするけれど。 とにもかくにも、頑張ったところをほめられた私は 妙にうれしくなってしまったわけで…。段々楽しくなってきてしまって 梓「じゃ、じゃあ!次は五月雨やりましょう!」 澪「ん~…まだっぽいし、やるか」 一方の澪先輩も、ちょっとノってきたらしくて 色々な曲をどんどんと弾いていった。 4曲目の途中になって、また音楽室のドアが開かれた。 私のテンションが、ピークを迎えていた時の事だった。 入ってきたのは、唯先輩と律先輩、ムギ先輩。 それ以外誰がいるんだ!って話になるけれど、一応…。 まぁ、ともかく、私が一番、澪先輩とのセッションを楽しんでいた時に 唯先輩や律先輩が来てしまったのだ。 ムギ先輩を除く先輩方の顔が、ちょっと曇ったのが分かった。 その空気を感じた澪先輩と私は、そろってミスをした。 それを合図として、私たちは演奏をやめる。 澪「遅かったな」 律「んー…まぁ」 「掃除長引いちゃってさぁ~」 澪「そっか、私たちは先に練習してたぞ」 「ほら、律たちも練習しよう」 律先輩は、こういう空気に慣れているのだろうか。 こんな時には素晴らしいフォローをする。律先輩の顔も、ちょっとずつ晴れていく。 しかし他方、唯先輩は、ちょっと頬を膨らませて、あずにゃんがどうのこうのと言っている。 澪「ほら、唯も」 唯「ぶーっ…澪ちゃんばっかりずるい」 「あずにゃん独占しちゃってさぁ!」プンプン 澪「独占って…」 律「そうだぞぉ!梓はみんなの後輩なんだぞぉ!」 「それを一人で、独占しおってからにーっ!」 澪「馬鹿なこと言ってないで、早く練習するぞ!」 唯「えーっ、ちょっと掃除してきたから疲れちゃったよぉ」 律「そうだぞ!私たちは掃除をしてきたんだ!練習する体力などのこっていなぁい!」 澪「偉そうに言うな!」 紬「じゃあ、お茶にする?」 あ、まずい、この流れは… 律「お、さすがだぞぉ!ムギっ!」 唯「今日のお菓子はなぁにかなぁ~♪」 紬「今日はシフォンケーキよぉ♪」 梓「あのっ、練習は!?」 唯・律「「今日はおしまいですっ!」」 梓「先輩方は練習してないじゃないですかっ!」 律「…私は、水道を掃除して、リズム感を養いました」 唯「私は、重たいほうきを持つことで、体力をつけましたっ」 …今日の練習、おしまいの流れ。 まぁ、この流れによって、私のテンションは一気に下がり…。 なんとなく、私が先に不機嫌になってしまったのです。 唯「わぁ、おいしそう!」 紬「ここのシフォンケーキ、いろいろな味があって人気もあるの」 「いつか持って来ようとおもっていたのよ♪」 澪「美味しそう…」 いつの間にかちゃっかり澪先輩も、エリザベスをしまって いつもの定位置に来ていました。 律「はいっ、私はマロンシフォン食べたいですっ!」 澪「あっ、ずるいぞ、私もマロン…」 唯「私じゃあイチゴ~」 梓「…」 「バナナで…」 いつもなら、甘いものを食べて幸せ、解決!の流れのはずなのだけれど あまりにもテンションの落差があったので 私は変に意地を張ってしまったようです。 律「唯-、ほっぺたにクリームついてんぞー」 唯「えっ?うそ…」 今日は、私が澪先輩と一緒に楽しんでいたからか… 律先輩にクリームについて指摘されたのに 唯「あずにゃぁん、拭いて~」 よりにもよって、私に頼んできたのです。 勿論、私のテンションはほぼ最低。 テンションのせいにするつもりじゃないけれど… 梓「…知らないです。自分で拭いてください」 と、ぶっきらぼうに答えてしまいました。 これが、きっと追い打ちになったのでしょう。今のこの空気の悪さは、きっとこのとどめによるものです。 唯「…わかったよぅ」 と言った唯先輩は、しぶしぶ自分でクリームを拭いたのでした。 その時の空気が、今に至るまで続いているのです。 ―――――――――――――――――現在 原因は、澪先輩と一緒に楽しくセッションしていたことに対する嫉妬から始まった 負の連鎖にあるのだろう、と私は考えたのです。 …なんて、冷静に分析をしている暇なんてありません。 いつの間にやら、私たちは私の家の前に来ていました。 まぁ、ある時から、唯先輩は私の家の方まで送ってくれるようになりまして…。 空気が悪かった今日も、例外ではありませんでした。 唯「…」 梓「…」 家の前で沈黙するのは、ちょっと、なんか耐えがたい。 なんて考えて 私が唯先輩の方を向いたとき―――――――― ドンッ 梓「きゃ」 風景が流れていき 背中に衝撃が走り… 目の前には唯先輩の、いつもとは違う顔。 な、何が起こっているのか、わからなかったけれど 心の奥底に残っていた冷静さをひっぱりだして整理すると …私は、私の家の玄関の扉に、唯先輩によって押し付けられているようでした。 押し付けるという割には、力は入っていないのですが。 唯「…」 梓「い、いきなりなんですかっ、先輩」 「外ですよっ、人にこういうところ見られたらっ」 唯「関係ないよ」 「…」 唯先輩は、ちょっと怒っているようです。 怖いけれど、ちょっとかっこよくもあります。 ちょっと沈黙が流れたかと思うと 唯先輩はゆっくりと口を開きました。 唯「…私の…」 梓「…へっ?」 唯「私の方が、あずにゃんの、いろんな表情知ってるもん…」 梓「ゆ、唯先輩…一体何を…?」 唯「澪ちゃんと、一緒に演奏してた時の顔」 「すっごく楽しんでる顔だったよね」 梓「…」 「楽しかったですけど…」 唯「うん…だよね」 「それなのに、私が来たら…」 唯「むすっとした、不機嫌な顔になった」 梓「それは…練習楽しかったのに…」 「練習が終わっちゃったから…」 唯「…私といるよりも、練習の方が楽しいの?」 梓「ちょ、ちょっと待ってください!」 梓「なんだか、よく意味が分からないんですけれど…」 唯「…」 ふと、唯先輩の顔に目をやると 先輩の目には涙がたまっていた。 梓「ちょ、何泣いてんですかっ!」 唯「だ、だってぇ…!あずにゃんがぁ、あずにゃんがぁ!」 唯先輩の声がだんだんと大きくなる。 この状況、ご近所さんにみられたら、まずい! と思った私は 梓「と、とりあえず中に入ってください!」 家に入ってもらって、落ち着いてもらってから 事情を細かく聞くことにした。 ――――――――――――― 梓「つまり、唯先輩は」 「私が楽しそうに澪先輩とセッションしているのをみて、悔しくなってしまって」 梓「私が、唯先輩たちが来てからあからさまに不機嫌そうな顔をしたので」 「なんだか悲しくなってしまって」 梓「本当は、その程度で怒るのはどうかと思って、言わないように、表情に出さないようにしていたけれど」 「わ、私の…その、拭いてあげないという発言で、耐えられなくなってしまった…と」 唯「…う、うん…グスッ」 梓「…」 「…嫉妬ですか?」 唯「うん…しちゃった…嫉妬…」 梓「…そうですか」 私の推理は大体あっていたみたいだ。 でも、実際に先輩の口から嫉妬してしまった、という言葉を聞くと 嬉しさがこみあげてきた。 …私に嫉妬してくれたのかーって。 梓「せーんぱい」 ぎゅ、と先輩の身体を抱きしめる。 梓「嬉しいです…先輩が私のことで嫉妬してくれるなんて…」 唯「…こどもみたいじゃない?」 梓「そんなこと言ったら、私だって子供です…」 「練習ができなくなってしまったからって、不機嫌になってしまって」 梓「それは…ごめんなさい」 唯「…ぅん…」 梓「でも、練習はしなきゃ、駄目ですよ!」 唯「…きょ、今日は…掃除したら疲れちゃいまして…」 梓「掃除の無い日も練習してないじゃないですか」 唯「…へへ、ばれちゃってた…」 梓「…もう」 梓「あ、あと、心配しなくても」 「私は、先輩と一緒にいるときが、一番好きですよ」 唯「…そっか」 梓「なので、もし、私が他の先輩と楽しそうにしていても」 梓「そのたびに悔しい思いをするなんてことにはならないようにしてくださいね」 唯「…がんばる」 梓「…ありがとうございます」 私は、唯先輩の頭を、ゆっくりと撫でた。 それに反応するように、唯先輩の身体がぴくっと動く。 あれ? そういえば、私も…唯先輩と同じ気持ちになったんだ。 和先輩と、唯先輩が勉強してるって聞いたとき 私は、嫉妬していたんだ。間違いなく。 それならこんな風に、偉そうに言える立場じゃないよなぁ。 なんて思いながら 私は、唯先輩にしか見せない表情を、彼女に向け 唯先輩は、私の表情に、優しく応えた。 (終わり) 3
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/880.html
純「そういえば梓、変わったね」 部室で憂が入れてくれたお茶を飲んでいた時だった。私が部長なので元、律先輩の席。憂はもちろん唯先輩の席。純は憧れの澪先輩の席だ。 梓「何よいきなり」 純「これ」 と、純の携帯。昨日私が送った、なんてこともないメール。 梓「日曜日にみんなで新曲作ること?」 純「ちがうちがう。こっち」 カーソルがゆらゆら揺れてる音符が付いたデコ絵を指している。 憂「そういえばそうだね」 私を置いてけぼりにして憂が微笑んだ。 憂「前は絵文字、あまり使わなかったよね」 梓「そう・・・だったっけ?」 純「そうそう! 返事だけとか、遊ぶ約束しても時間と場所だけ書いた業務連絡みたいな」 あー・・・・・・そうかもしれない。 私は小さい頃から文章を作ることが苦手だった。メールを返信する時も何分も考えて考えて。なに書こうか、早く返さなきゃっていろいろ考えちゃったりしてるうちに別の用事思い出したり、そのまま寝ちゃって。 さすがに返事しないのは良くないと気付いたから、必要な事だけパパッと書いて。 だって次の日には会えるし、急ぎの時は電話があるし。 梓「でも、いつから絵文字使いだしたんだろ?」 殺風景な文だったから? ううん。今まで気付かなかったし、今日はじめて言われた。 家のソファーに寝転んで自分の携帯を眺める。いらないメールをこまめに消すほうだから、けっこう昔のやつがそのまま残ってる。 ほんとだ。ほとんど消しちゃってたけど、1年の頃のは長くても二行しかない。メール打つの、めんどくさいって思ってたっけ。でも、鳴らなかったらやっぱりさびしくて。 梓「む・・・」 古いものからたどっていたら、鍵マークが付いた受信メールが4つ並んで現れた。 澪先輩『これからよろしくな! 相談ならいつでも乗るぞ?(笑顔)』 唯先輩『あずにゃーん(ハートハートハート)! 今の私の待ち受けこれだよ~(chu!)(私が猫耳つけてる)!』 ムギ先輩『後輩とメールするの、夢だったの~(手紙からハートがいっぱいこぼれてる)』 律先輩『メアド確保ー!!』 先輩達とはじめてメールした日だ。その日の受信メールをめくりながら思わず笑った。ああ思い出した。帰ってからも先輩方からメールで質問攻めにあって、途中から誰に何を送ったのかわからなくなったんだっけ。 最後までメールしてきたのは唯先輩だった。そういえば初めてだったかも。夜通しメールしたの。 合宿の打ち合わせ。学祭の打ち合わせ。そう、この頃からだったかな。唯先輩に毎晩メールしたの。電話もたくさんしたな。初めての学祭で、それなのにメンバーがバラバラで。不安な私の声、ずっと受け止めてくれた。なぜか唯先輩の声を聞くと安心できたんだ。 年末のライブハウスの段取り。そうだ・・・寅年。まさか自分のトラ耳で思い出すなんて。 トンちゃんの名前も唯先輩が決めたんだよね。修学旅行先から先輩達からたくさん送ってくれた。・・・・・・写真だけでも十分騒がしい。 写真といえば今の私の待ち受け『ゆいあず』の時のだ。憂が撮ってくれた、私と唯先輩が背中合わせになってるやつ。 梓「ふでぺぇ~んふっふぅ・・・あ・・・」 また現れた鍵マーク。唯先輩からの。毎日、見てるよ。 唯『梓、愛してる』 夏フェスの夜、私は唯先輩に告白した。過呼吸ぎみになっちゃって、自分でも何を言ってるのかわからなくなって、なさけなくて、バカみたいに涙がこぼれる私を抱きしめてくれた。心ごと。こんな私を。 梓「はっ!?」 ちがうちがう! 抱き枕に頬ずりするんじゃなくて本人にしてもらいたい、じゃなくて・・・! 戻るボタンを押してハッとした。 『唯先輩』 『唯先輩』 『唯先輩』 ・ ・ ・ 私のメールの履歴は唯先輩でいっぱいだった。 そっか。唯先輩が絵文字をたくさん使うから、返信するとき私も使うようになったんだ。 また始めのほうを振り返る。うんうん。どの絵文字使ったらいいかすっごく悩んだ形跡がある。いつからかメールがすごく待ち遠しくなって。 好きな人が出来るだけで、こんなに変われるんだね。いつの間にか私の携帯まで、唯先輩で埋め尽くされちゃってる。 時間を見る。そろそろバイトあがる頃だ。好きなものならすぐ覚えられるでしょうと、今のアイス屋さんを勧めたのは私だ。よし、たまには私から。 梓『唯、愛してるよ(ハート)』 唯、知ってる? 絵文字使うようになったけど、ハートは唯専用だよ? おまけ 唯『めずらしいね。あずにゃんのほうから言うなんて』 梓「たまに言われたほうがありがたみ、あるでしょ?」 唯『私もあずにゃん大好きだよ~』 梓「唯の大好きは使われすぎ。 全然ときめかないもん」 プルルル プルルル 梓「唯?」 ピッ 唯『梓。愛してる』 梓「 ・・・・・~~~っっっ!!」 カアァァァッ! 唯『えへへ~。これはあずにゃん専用だよ!』 梓「そ・・・そ・・・っ!」 唯『あず』 梓「それは直接言うです~~~っ///!!!」 おしまい す、素晴らしい! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 08 46 02 凄く良いけど梓呼びはあんまり好きじゃないなぁ -- (名無しさん) 2018-03-15 16 13 01 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/83452/pages/10119.html
梓「雨、強くなってきたな……」 梓「……今思えば唯先輩じゃなくって、私が調子良かったんだ」 梓「あずにゃんなんて言われて喜んで」 梓「抱きついてくるのだって唯先輩にとったらただのありふれたスキンシップ」 梓「勝手に期待して勝手に裏切られた気になって勝手に怒って」 梓「最低だ私って…・…」 梓「……早く謝らないと」 梓「口きいてくれるかな……グス」 梓「だめだぁ……なんだか涙がとまらないよ」 梓「雨降っててよかった……こんなとこ見られたくないもんね」 梓「寒い……」 梓「唯先輩はきっとこの先も変わらない」 梓「大学生になっても、大人になってもいつまでもあんな調子だろうな……」 梓「だったら私が変わる。唯先輩に振り向いてもらえる私に」 梓「戻ろう……唯先輩のもとに……」 … 唯(どこ……あずにゃん……どこ行ったの) 唯「あずにゃん……」 唯(初めての後輩……とっても嬉しかった) 唯(可愛いからって勝手な理由で抱きついても許してくれて) 唯(ちゃんと私のこと理解してくれて、笑ってくれて、怒ってくれて) 唯(なのに私はあずにゃんのことが全然わかってなかった……) 唯(ごめんねあずにゃん……ちゃんと謝るからお願い) 唯「ハァ……ハァ」 唯「どこにいるのあずにゃん!」 … 梓(唯先輩に釣り合うのはやっぱり天才な人なのかもしれない) 梓(私なんて凡人の凡人) 梓(それでも傍にいたい……だって) 梓(私は唯先輩が大好きだから……) 梓(そんなのおかしいって言われてもいい) 梓(ちゃんと伝えなきゃ) 梓(言わないとわかってもらえないよ。なんでそんな簡単なことが理解できなかったんだろう) 梓(がんばれ私! 今は走るんだ! どしゃぶりでも! 明日が見えなくっても!) 梓「あっ!」 唯「あっ!」 梓「唯先輩……」 唯「あずにゃん……」 梓「びしょびしょですね」 唯「あずにゃんもね」 梓「ゼイゼイいってますね」 唯「あずにゃんこそ!」 梓「……あの」 唯「ごめんなさい!」 梓「あっ、え」 梓「違います! 私が謝るんです!」 梓「本当にすいませんでした!」 唯「どうして?」 唯「私が悪かったんだよ?」 梓「いえ唯先輩は唯先輩でしたから。いいんです」 唯「なにそれ!?」 梓「唯先輩」 唯「はいっ!」 梓「その……実は言いたいことが」 唯「な、なんでしょうか!」 梓「あの……」モゴモゴ 唯「……」 梓「あー、あー。あ、雨やみませんね」 唯「そ、そだねーもうびしょびしょー」 梓「とりあえずどこか屋根あるところに……」 唯「うん」 唯「……ほら。手」 梓「え」 唯「さっき繋ぎそびれたから」 梓「あ……はい、いいですよ」 ギュ 梓「雨の音すごいですね……」 唯「まさかこんなに振るなんてねー」 梓「神様もクリスマスが嫌いなんでしょうか」 唯「それであずにゃん……言いたいことって?」 梓「あ、その……」 唯「もじもじしちゃって」 梓(言わなきゃ。自分の言葉で。考えなきゃ) 梓(告白の仕方なんて学校じゃ習ってない……) 梓(それでもやらなきゃ!) 梓「スゥ」 唯「……」 梓「唯先輩。実は前前から私」 唯「……」 梓「唯先輩のことが好きでした」 梓「だから今日も唯先輩と買い物にいけてすごく嬉しかったです。楽しかったです」 梓「嘘じゃありません。はじめて会って、抱きつかれて、あだ名をつけられて」 唯「……」 梓「そのときからずっとずっと好きでした」 梓「大好きです」 梓「唯先輩みたいないい匂いの人、生まれて初めて出会いました」 梓「だから唯先輩。こんな私でよければお付き合いしてください」 唯「……そっかぁ」 唯「むむむ」 梓「……」 唯「きれいな目だねあずにゃん」 梓「……あいがとうございます」 唯「突き刺さっちゃうようなまなざしだよ」 唯「……ごめんね」 梓「……ぁ」 梓「……はい、謝らないでください」 唯「ううんまだ。聞いて」 梓「今は……キツイです」 唯「違うの!」 唯「あずにゃんに告白させちゃってごめんね?」 唯「私もね、ずっと変わらなきゃって思ってたんだ」 唯「いつまでもこのままじゃいけないなって!」 唯「妄想だけじゃなくてね?」 唯「ありがとうあずにゃんのおかげだよ」 唯「私一歩ふみだせるよ。あずにゃんには先越されちゃったけどね」 唯「だから……ほんとにありがとう。大好き」 唯「大好きだよあずにゃん」 梓「唯先輩……」 梓「あっ……ぁ……う」 梓「どうして……」 唯「え?」 梓「唯先輩は和先輩といるとドキドキするって言ってたじゃないですか」 梓「なのにどうして……もしかして同情ですか」 唯「アハハ」 梓「笑わないでくださいよぉ……」 唯「あずにゃん焼きもちやいてたんだね。可愛い」 梓「ち、ちがいます! ……ちがいます」 唯「和ちゃんやさわちゃんといるとね、いつ怒られるかわからないからハラハラするって意味だったんだよ」 梓「え……?」 唯「勘違いさん」コツン 梓「ぁ……そ、そうなんだ……」 梓「うわああ」ダッ 唯「ちょっと! あずにゃんどこいくの!? また!?」 梓「は、恥ずかしいです。今きっと顔が真っ赤です! 見られたくないんです!」 ギュ 唯「だめだよ今度は逃さない」 梓「離してください! 嫌です!」 唯「嘘ばっかり」 唯「あずにゃん今さっき私のこと大好きーって言ったじゃん」 梓「そ、それは」 唯「矛盾だらけだね?」 梓「私は素直じゃないんです……」 唯「そっか、それはそれはよく頑張ったね」 梓「唯先輩のくせに馬鹿にしないでください……」 唯「濡れててもあずにゃん暖かいね」 唯「あったかあったか」 梓「そりゃああんだけ走って、あんだけ緊張して……」 唯「ふふ。私のために走ってくれたんだよね」 梓「はい……」 唯「私もあずにゃんの為に走ったよ」 梓「唯先輩のために走りました……」 唯「私、あずにゃんのためならなんでもできるよ?」 唯「あずにゃんも私のためになんでもできる?」 梓「はい……唯先輩がいてくれたら……どうにでもなるような気がしました」 唯「ありがとう」 唯「こんな後輩に出会えて幸せだよ」 唯「ううん。これからは後輩じゃなくて恋人だね?」 梓「う……そうなりますかね」 唯「こっちみて? ほら顔」 梓「……恥ずかしいです」 唯「だーめ」グイッ 梓「唯しぇんぱい……」 唯「あずにゃん泣き虫ー」 梓「雨のせいです! いい年して泣いてなんか……グス」 梓「うわあああああん」 唯「よしよし」 梓「唯先輩ぃ唯先輩ぃい」 唯「いい子いい子」 梓「私、嬉しいです」 唯「うん」 梓「幸せです」 唯「うん」 梓「ずっとこのまま抱きしめていてほしいです」 唯「それはだめ!」 梓「えっ」 唯「風邪引いちゃうよ?」 唯「さ、今度こそ帰ろ?」 唯「まだまだクリスマスは終わらないよ?」 梓「……! うぅ……ヒグ」 …… 律「はぁ。やっと見つけたぞ」 澪「なんだぁアイツらみせつけてくれちゃって」 憂「ハァ……ハァどうして泣きながら抱き合ってるの」 紬「恋に定まった道なんてないのよ」 紬「そう、女の子同士でもいいの」 紬「この先二人にはいろいろ試練があるでしょう」 紬「だけど雑草をふみしめてでも進まなきゃならないの」 紬「これはただのスタートラインでしかないのだから」 紬「がんばってね」 律「何いってんだムギ」 澪「なんだかいい歌がつくれそうだなぁ」 『うええええんあずにゃーん!』 『唯先輩ぃいいい うえええん』 澪「でも…・…これ以上は歌詞にできないな」 梓「あれ、先輩方」 律「あちゃー見つかったかー」 澪「よ! 梓」 紬「これ、タオル。使ってね」 憂「お姉ちゃん風邪ひくまえに早く!」 和「ほらもたもたしない」 唯「みんなー私ね!」 律「あぁわかってるって」 澪「おめでとう」 憂「梓ちゃん。こんなお姉ちゃんだけどよろしくね?」 梓「う……うん///」 紬「がんばってね唯ちゃん、梓ちゃん」 唯「ありがとう!」 和「ほんとにあんたってば……」 唯「よし! いまから精一杯クリスマスをたのしもう!」 梓「はい!」 律「お、いいな!」 澪「ばーか、律」 憂「パーティしないんですか? 一応ケーキ買ってますけど」 紬「ふふ、そうね。じゃあ私はお呼ばれしちゃおうかな」 和「私もいいかしら暇だし」 澪「お、おいお前ら…………じゃ、じゃあ私も!」 梓「え、なら私も……」 憂「梓ちゃん」 唯「ぶー。あずにゃーん」 梓「あっ、ごっごめんなさい。つい」 唯「ふふふー。いいよ、クリスマスはウチでパーティね。その代わり」 唯「イヴはあずにゃんと二人きりで過ごしたいな」 おしまいです 戻る
https://w.atwiki.jp/83452/pages/15481.html
ーーーーー 明け方にようやくインタビュー部分の文字起こしを終えて、純にメールで送った。 聞き直すたびに涙があふれて、いつもよりずいぶんと時間が掛かってしまった。 梓「あー……目痛い……」 やり残していた物置の片付けをこなしながら、 泣き過ぎと寝不足で腫れた瞼を時折濡れタオルで冷やす。 ライブはとても盛り上がったと、昨晩純からメールで教えてもらった。 さわ子先生と和先輩も来ていたそうだ。ちょっと逢いたかったかも。 バイクの音が家の前で停まって、郵便受けがコトンと音を立てた。 室内から玄関へ回って、届いた郵便物を確かめる。 請求書やダイレクトメールに混ざって、 一人暮らしをしていた住所から転送された絵はがきが1枚届いていた。 梓「律先輩、こんどは南米に行ったんだ……」 きれいな風景の写真を眺めて、もう一度宛名の下に書かれたメッセージを読む。 途中で雨に濡れたのか、ところどころ文字が滲んでしまっているけれど 律先輩らしいちょっと雑で跳ねた文字に、懐かしい気持ちになる。 ……ふと、視線を感じて顔を上げた。 梓「……」 唯「……」 梓「……」 唯「や、やっほーあずにゃん! アイス買ってきたから一緒に食べよ?」 ギターケースを背負った唯先輩は門扉からぴょこんと顔を覗かせて、 コンビニの袋を揺らしながらニッコリと笑った。 唯「ねえあずにゃん、ここってなんていう名前だっけ」 律先輩からの絵はがきを目の高さに掲げて、 唯先輩が2本目のアイスを頬張りながら聞く。 梓「マツ、マチュ、マチュピツ、ですよ」 唯「あは、言えてないよあずにゃん。マツピツだよ。……あれ?」 梓「唯先輩だって言えてないじゃないですか」 唯「えへへ、そうだね。りっちゃんほんと色んなところに行ってるねえ」 梓「そうですね。そんなにアイス食べたらお腹こわしますよ?」 唯「だいじょーぶだいじょーぶ」 へらりと表情を崩す唯先輩から目を逸らして、私は物置の片付けを再開した。 唯先輩は一昨日の事も昨日の返事も聞こうとせず、 掃き出し窓の桟に腰掛けてニコニコと私を見ている。 唯「あっ!あずにゃんそれ!」 梓「えっ?」 ふいに唯先輩が大きな声を出して、びっくりして振り返る。 唯「それって、ビニールプール?」 梓「あ、はい。ちっちゃい頃に使ってたやつですけど。母がまだ捨ててなくて」 手に持った子供用のビニールプールをちらりと見て、唯先輩にこたえる。 唯「なつかしーねー、うちにもあったよ。ねえ、それ膨らませてみない?」 梓「えっ、これをですか?」 唯「そそっ。そこにポンプもあるし」 梓「はぁ……。長い事このままだったし、膨らみますかね」 両手で広げようとしたら、長い間折り畳まれてくっつき合っていたビニールが べりべりと耳障りな音を立てた。 しゅこしゅこ、しゅこしゅこ 唯先輩が足踏みポンプを踏む様子を、窓辺に座って眺める。 しゅこしゅこ、しゅこしゅこ 空気を送られたビニールプールは少しずつ膨らんで、 本来の姿を見せ始めている。 しゅこしゅこ、しゅこしゅこ 梓「……代わりましょうか?」 唯「大丈夫だよー、これ結構楽しいし。アイス食べた分、消費できるし」 唯先輩は額に汗を浮かべつつ、ニコリと笑ってみせた。 30分ほどかけてようやく膨らんだビニールプールに、ホースで水を張る。 唯「気持ち良さそうだねー、スイカとか冷やしたくなるねえ」 梓「唯先輩は食べ物のことばっかりですね」 唯「えー、そんなことないけど……。よしっ、入っちゃおう」 梓「えっ」 唯先輩はさっさとジーンズの裾を捲って、 ざぶん、とビニールプールの中に両足を入れた。 唯「うひょお、ひゃっこい!」 梓「ああほら、ジーンズの裾もっと捲らないと、濡れてますよ」 唯「だいじょーぶだよ、すぐ乾くから。あずにゃんもはやくおいで」 ほら、と手を差し伸べられて、反射的にその手を握る。 ざぶざぶと波打つ水面が太陽の光を反射して、きらきら光っている。 サンダルを脱いで、おそるおそる片足を水に浸す。 梓「……つめた」 唯「気持ちいいねー。ほらあずにゃん、もう片方も」 梓「っと、そんなに引っ張らないで下さい、唯先ぱーー」 強く手を引かれたはずみで、先に入れたほうの足がつるりと滑った。 そのまま身体のバランスを失って、唯先輩に抱きつく格好で倒れ込む。 ばしゃーん 梓「……」 唯「……」 梓「……スミマセン」 唯「……こちらこそ」 梓「……」 唯「……ぷっ、くくっ」 梓「……ふふっ」 唯「あずにゃん、やっと笑ってくれた」 梓「えっ」 至近距離で、唯先輩がとても優しい笑顔で私を見ていた。 小さなビニールプールの中に座り込んで、びしょぬれのまま、 唯先輩の両手が私の両手を包み込む。 その手が冷たいのにあったかくて、ずきんと胸が痛む。 唯「ずっと心配だったんだよ。あずにゃんちっとも笑わないから」 梓「……」 唯「なんで音楽やめちゃったのか……何があったのか、聞いてもいい?」 梓「……」 唯「無理にとは言わないけど……もしよかったら、でいいから」 梓「……わかりました」 ……初めて参加したライブツアーのサポートは、最初のうちは順調だった。 知らない街で初めてのお客さんを目の前にして演奏する、刺激的な日々。 ツアーも後半にさしかかった頃、リードギターを担当しているメンバーに言い寄られた。 まったくその気が無かったし波風を立てるのも嫌だったので、できるだけ丁寧に断った。 すると今度は、そのメンバーから嫌がらせを受けるようになった。 最初は小さないたずらじみた内容だったけれど、 徐々に、ライブ本番中にまで行為が及ぶようになってしまった。 すれ違いざまに身体を触る、私のエフェクターを踏む、ギターを倒す……。 他のメンバーには見えないようにやるので、注意されるのはいつも私だった。 それでも、メンバー間の不和が原因でツアーを駄目にしちゃいけない。 そう思って、だんだんとエスカレートしていく彼の行為を、私は我慢し続けた。 梓「今考えれば、早く誰かに助けを求めるべきだったんです」 唯「……」 梓「我慢してるうちに、ストレスで胃を痛めてしまって」 唯「……」 梓「しばらくは薬でごまかせていたんですけど、本番中に倒れちゃって」 唯「……」 梓「動けなくなって、当然演奏もストップしちゃって」 唯「……」 梓「すぐにスタッフさんに助けてもらったんですけど、その時に」 唯「……」 梓「一番前にいた、ちょっと酔っぱらったお客さんが怒っちゃって」 唯「……」 梓「持ってたグラス投げられて、それがオデコに当たって……」 唯「……」 梓「脳しんとう起こしちゃったみたいで、気付いたら病院のベッドでした」 水の中で、握られた手がゆらゆらと揺れている。 唯先輩は何も言わず、ただ静かに私が話すのを聞いてくれている。 いちど目をつぶって、深呼吸して、再び口を開く。 梓「その日から、ギターを持つと手が震えるようになっちゃったんです」 唯「……」 梓「お医者さんは、やっぱり精神的なものだって」 唯「……」 梓「当然お仕事も出来なくなって、それでここに帰ってきたんです」 唯「……そんなことがあったんだ」 梓「……はい」 唯「もしかしてだけど、そのギターの人って、今回のバックバンドの……?」 唯先輩の問いに、こくりと頷く。 唯「ああ……。それでこの間は、帰っちゃったんだね」 梓「あの時は……すみませんでした」 謝った私に、唯先輩はふるふると首を横に振った。 濡れた髪から水の粒が散って水面に落ちる。 唯「あずにゃんのせいじゃないよ。あずにゃんは何も悪くない」 こつん。 唯先輩の額が、私の額に触れる。 唯「……大変だったね、あずにゃん。よくがんばったね」 梓「……」 唯「ねえ、あずにゃん」 梓「……はい?」 唯「泣いてもいいんだよ?」 梓「…………ッ」 押し殺していた感情がいっぺんにせり上がって、涙が溢れ出した。 びしょぬれのまますがりついて、子供みたいに大声で泣いた。 唯先輩は何も言わず、私が泣き止むまで優しく背中を撫で続けてくれた。 ーーーーー 梓「……せっかく目の腫れが引いてきてたのに、台無しです」 唯「まあまあ。泣いてすっきりしたならいいじゃないですか。……それに」 梓「それに?」 唯「久し振りにあずにゃんをギュッてできたから、ちょっと嬉しいかも」 梓「何言ってるんですか」 真っ赤になっているだろう私の目を覗き込んで、唯先輩が微笑む。 梓「それより、どうするんですかコレ」 唯「ほぇ?」 梓「下着までびっしょりですよ」 唯「あ……あー、どうしよっか……」 今更のように現状に気付いて、唯先輩の眉が八の字に下がった。 唯「憂は会社に行ってるしなぁ……」 梓「もう、考え無しにこういうことするからですよ?」 唯「えーっ、まさか転ぶなんて思わなかったんだもん」 梓「うっ……。それは……スミマセンでした……」 唯「いえいえ……こちらこそ……」 梓「……」 唯「……」 梓「……ぷっ」 唯「ふふっ、えへへ……」 お互いの顔を寄せて、くすくすと笑う。 初めて会った時から変わらない彼女の笑顔を、とても愛おしく感じる。 梓「とりあえず私が着替えて下着買ってきますから、唯先輩は待っててください」 唯「えー、このまま?」 梓「プールの外に出てもらっても構いませんけど」 唯「んー……折角だからこのまま待とうかな」 梓「……好きにしてください」 ビニールプールから上がってサンダルを引っかけ、びしょぬれのTシャツを絞る。 唯先輩は水面からはみ出した膝小僧をぺちぺち叩きながら、 ねえあずにゃん、と私を呼んだ。 梓「はい、なんですか?」 唯「むったんどうしてる?」 唯先輩の質問に、Tシャツを絞る手が止まった。 視線は合わせずに、額に張り付いた前髪を掻き上げる。 梓「部屋の……クローゼットに入れっぱなしです」 唯「あとで一緒に弾いてみない?ギー太も持ってきたし」 梓「……でも、全然触ってないから…弦錆びてるかも」 唯「替えの弦がなかったら、買いに行こうよ」 梓「ブランクがあるから、うまく指が動かないかもですよ?」 唯「リハビリだと思えばいいよ~」 梓「……手が……。また、震えちゃうかもですよ」 唯「ねえ、あずにゃん」 膝小僧を叩く音がやんだ。 ゆっくりと振り返って、唯先輩と視線を合わせる。 梓「……はい」 唯「大丈夫だよ」 梓「……」 唯「怖くなんかないよ」 何か根拠があってそう言っているのかは、分からない。 唯先輩のことだから、きっと根拠なんてことすら考えていないだろう。 だけど。 唯先輩にそう言われたら、なんでだか、大丈夫って思っちゃうんだ。 むかしっから、そうだった。 この人の優しさに触れたら、いつだってそうだった。 唯「……ね?」 首を傾げてみせた唯先輩に、つい、笑みがこぼれる。 梓「……ビニールプールで体育座りしながら言われても、説得力ありませんよ」 唯「あれぇ? ダメだった?」 梓「適当なところで上がっちゃってくださいね。ホントにお腹こわしますよ?」 さっきアイス食べ過ぎてましたし、と付け足したら、 唯先輩は肌についた水滴をきらきら光らせながら、子供みたいに笑った。 着替えを済ませて、財布と携帯を持って玄関を出る。 庭を覗くと唯先輩はまだビニールプールに入ったままで、 いってらっしゃ~いと間延びした声で手を振った。 いってきます、と私も手を振り返して門を開ける。 コンビニへの道を急ぎながら、携帯を開いて着信履歴を表示する。 最新の番号を選んで耳に押しあてると、5コール目で親友の声が聞こえた。 梓「あ、もしもし純? 昨日はありがとう。……うん。それでね、今…… おしまい 戻る
https://w.atwiki.jp/83452/pages/15608.html
……まぁ、仕方ないことかもしれない。電車で一時間強も揺られて来たこの街は、知らない街といっても過言ではない。 外出するよりは家でのんびりギターを弾いていることが多い私達なら尚更。アルバイトもしてないから遠出する余裕もないし。 梓「……漢字さえわかれば乗れないこともないですけど…念の為です、駅員さんに尋ねてきましょうか」 唯「はい……ソウデスネ…」 ――駅に戻り、駅員さん達に乗るべきバスを尋ね、更に念のため地図を買い。 バスを乗り継いで更に歩いて少しだけ山の方に入り、ようやく件の旅館へ辿り着いた頃、ちょうど日が暮れた。 梓「……要するに二泊三日の初日は何も出来なかった、と」 唯「……ごめんなさい。こんなに遠いなんて思いませんでした」 梓「そしてそれは転じて二泊三日の最終日も何も出来ずに終わる可能性が高い、と」 唯「本当にごめんなさいぃぃ!!」 梓「いえ、まぁいいんですけどね。立地条件のせいなら仕方ないですし、来るまでに面白そうな店はいくつかありましたし」 それに今日が潰れたのは「一時間ちょっとで着くくらいの距離なら集合もゆっくりでいいよね」と言いつつしっかり寝坊かました唯先輩のせいでもある。最終日は私がちゃんと起こせばきっと少しは時間は作れるだろう。 更に言うならこんなに遠いとは私も思ってなかった。目的地はテレビでCMやるくらいには有名な旅館なのだが、そのCMでもこんな奥地にあるなんて言ってなかったし。 唯「……ごめんねぇ…」 梓「…もういいですって。それよりも…もっと別の問題がありますよ」 唯「……そうだね…こっちもあずにゃんに謝らないといけないかも…」 梓「いや…これは流石に唯先輩は悪くないです」 眼前に佇む、件の有名な旅館。 ……否、有名なはずの旅館。有名で、繁盛していると聞いていたはずの旅館。 一応、情報どおりの木造平屋の建築物ではある。旅館の名前も、確かに聞いていたものと一致するのだけど。 唯「……オンボロやないかーぃ…」 ――唯先輩が思わず漏らしてしまった本音通り、外観はとても綺麗と呼べたものではなく、木造の家屋にツタは這い、塗装は剥げ、看板は傾き、これでもかと言わんくらいにイメージ通りのオンボロ旅館。 しかし意外にも一歩門をくぐってみれば言うほどでもなく、内装は綺麗だし従業員も沢山いて皆いい人そうで。そのギャップが人気の秘訣なのかもしれない、と私達は納得することにした。 ただ、ここでまた問題が発生するのが私達らしいというか、唯先輩らしいというか。 員「申し訳ありません、只今満室でございまして……角部屋しか空いていないのですが」 唯「え~」 評判通り繁盛もしているらしい。あんな外観で。 梓「私達が来るのが遅かったからでしょうに……すいません、店員さん。その部屋で充分です」 員「申し訳ありません」 あくまで丁寧な従業員さんに唯先輩がチケットを渡し、部屋に案内してもらう。 角部屋という通りかなり奥まった所にあったけれど、トイレは部屋にあるし食事も届けてくれるとのことなので不便なのはお風呂くらいだろう。 員「では、失礼します」 唯「ありがとうございましたー」 梓「ありがとうございました」 唯「……さて!」 ……従業員さんが去ったのを見届け、唯先輩がなにやら目を輝かせた。 イヤな予感しかしない。 梓「…何を始めるつもりですか?」 唯「掛け軸や絵を一個一個捲って裏のお札の有無を――」 梓「一応有名旅館なんですしやめましょうね!?」 ――その後、昼食が軽いものだったせいか、荷物を片付けている最中で唯先輩が泣き言を言い出した。 唯「おなかすいたー…」 梓「まぁ、確かに早い家なら夕食食べていてもおかしくない時間ですけど……」 唯「おなかすいたー!」 部屋の真ん中で大の字になって寝転んで動かない。まったく、本当に子供みたいな人だ。 ちなみに荷物の片付けなんていっても荷物と呼べるほどの大仰なものはほとんど持ってきていない。二回分の着替えを手頃な大きさのバッグに入れてそれぞれ持ってきただけだ。 要するに、たったそれだけの荷物を片付けることもせずにこの人は寝転がっている事になる。というか二人分私が片付けた。どれだけ堪え性が無いんだろうか。 梓「はぁ……じゃあ食事をお願いしてきますから、せめてこう、もっと端っこにいてくださいよ?」 唯「えー、私も行く!」 梓「片づけを私にさせたくせに今起き上がったら怒りますよ?」 唯「うっ……いや、あれはその、働くあずにゃんを見ていたかったと言うか…」 梓「そんなくだらない理由で押し付けたんだとしたらもっと怒りますよ?」 まぁ実際のところは別に重労働でもないんだし怒るつもりは無いけれど、それでも何でもかんでも人に押し付けるのはいただけない。 私はともかくとして、そろそろ憂の気苦労は減らしてあげたいし。 ……いや、憂も憂で唯先輩の世話をするのを純粋に楽しんでるフシがあるからなぁ……余計なお世話なのかな? 唯「え、えっと、それよりあずにゃん!」 梓「はい? 何ですか?」 唯「わ、わざわざ行かなくても内線みたいなもので呼べたりしないのかなぁ?」 梓「あー、言われてみれば確かにあってもおかしくない――」 と唯先輩の必死の話題逸らしに乗ってあげていると、ブザー音のようなものが部屋に響いた。 どうやら唯先輩の言う通り内線はあるらしい。部屋を見渡し、入り口のすぐ傍の壁にあった受話器を取る。 梓「はい、もしもし」 員『あ、失礼します。そろそろお食事の方お持ちいたしましょうか?』 梓「…は、はい、それじゃお願いしてもいいですか?」 員『かしこまりました。少々お待ちくださいませ』 ……なんというタイミング。 唯「あずにゃん、何て電話?」 梓「ご飯持ってきてくれるそうですよ。よかったですね」 唯「ホント!? やったー! どんなのだろうね?」 梓「どんなのでしょうね…」 唯「海に近い旅館なら海の幸がメインって聞いたけど、ここはどっちかといえば山に近いし、山の幸なのかなぁ? あー楽しみ!」 梓「………」 ……唯先輩は盛り上がっているけど、私はどこか薄気味悪さを覚えていた。まるで私達の行動を見ているかのようなこのタイミングに。 唯先輩がお腹を空かせているのを見抜いたかのように。唯先輩が内線の話をしたのを聞いていたかのように。私がフロントまで出向こうとしているのを見ていたかのように、タイミングとしては完璧すぎた。 ……考えすぎだよね。これが有名旅館の一流の接客なんだよね。 ――ほどほどに山の幸の活かされた夕食を食べ、寝転がる唯先輩を起こし、お風呂へ向かい。 一応パジャマは持ってきていたけれど浴衣の貸し出しもしているとの事なので、今日は浴衣を借りることにして。 お風呂上がり、唯先輩の「浴衣に下着はつけない」とかいうセクハラ――もしかしたら本人はセクハラではなく素で信じていたのかもしれないけど――を黙殺して着替えて部屋に戻った。 唯「ふぃー、いい湯だったねー」 梓「山に近いからですかね、静かでいい露天風呂でした」 唯「虫がいないのが不思議だったね!」 梓「そういうこと言わないでくださいよ…明日気にしちゃうじゃないですか」 唯「あずにゃんに近づく悪い虫は私が追い払ってあげましょう」 梓「はいはい…」 馬鹿馬鹿しい会話に終止符を打つように立ち上がって部屋の窓を開けてみる。 山特有の澄んだ冷たい空気が流れ込んできて私の髪を揺らす。お風呂上がりなど、縛っていない状態だとこういう時に少し鬱陶しい。 ……空気も冷たいし、やっぱり窓は閉めよう。唯先輩が風邪ひいたら大変だ。 唯「そういえばあずにゃん、鈴は?」 梓「ちゃんとポケットに入ってます。大丈夫ですよ、無くしたりしません」 唯「そーじゃなくて、つけてくれないの?」 梓「……いや、もう夜ですし、あとは寝るだけですし、つける必要ないじゃないですか――」 と言いつつも、浴衣の唯先輩の胸元に光る月を見ると嬉しくなる反面申し訳なくなる。 そんなに嬉しかったのだろうか。私も嬉しくなかったといえば嘘になるけど、四六時中つけておくほどには素直になれない。 梓「……寝るときは外さないと危ないですよ」 唯「えー、やだー」 梓「私はつけませんからね。寝ている時に外れて無くしたりしちゃったらそれこそ申し訳が立ちませんし」 唯先輩が喜んでずっとつけてくれているのは嬉しいけれど、私も同じようにつければ唯先輩もきっと喜ぶのだろうけれど。 それでも私には恥ずかしいし、無くすのを恐れているのもまた私の本音だ。 ……とはいえ、ちょっとだけ唯先輩を否定するような言い方になってしまい、返答が怖かった。 けれど当の唯先輩は何故か目を輝かせていて。 唯「申し訳って……たった100円の物にそんなに真剣になってくれるなんて、やっぱりあずにゃんはいい子だねー」 梓「ね、値段なんて関係ないじゃないですか! 貰い物を無くすなんてそんな不義理なこと出来ないってだけです!」 唯「いい子いい子ー。よしよし」 梓「だから何かにつけて抱きつこうと、撫でようとしないでくださいっ!!!」 ――せっかくお風呂に入ったのに唯先輩を押し返すのに少しだけ汗をかいてしまい、何と言うか、これ以上起きているべきではないのかもしれないという結論に至った。 梓「はぁ…布団敷きますか……」 唯「えー? 夜はこれからだよー」 梓「夜更かししてまですることは何もないでしょう」 唯「……コイバナ?」 梓「二人でですか?」 唯「旅行の夜と言ったらそれじゃない?」 梓「修学旅行みたいですね」 唯「じゃあ枕投げ?」 梓「二人でですか?」 唯「旅行の夜と言ったらそれじゃない?」 梓「修学旅行みたいですね」 唯「じゃあ――」 梓「いや、もういいですから寝ましょうよ」 まだ時間は早いけど、意外にも身体に疲れは溜まっている。いろいろバタバタしたし、慣れない地でもあるし、考えてみれば当然ではあるけれど。 問題は唯先輩をどうやって寝かしつけるか。憂に聞いてくるべきだったなぁ。 梓「っていうか唯先輩って早寝のイメージがあったんですけどね」 唯「んー、まぁ否定はしないけど、あずにゃんと二人っきりなんだもん、早く寝るのはもったいないよ!」 梓「でも特にする事もないでしょう」 唯「そうだけど、もったいないったらもったいないよ!」 梓「……夜更かししたせいで寝坊して、明日一緒に遊びに行ける時間が減るのとどっちが勿体ないと思います?」 唯「じゃあ寝よっか! おやすみあずにゃん!」 梓「早っ!」 ちょろい人だった。っていうか布団敷くの手伝ってくださいよ…… 梓「――ん、んっ…?」 ……何時頃かわからないけど、不意に目が覚めた。やっぱり少し早く寝すぎたようで。 とりあえず枕元を探り、財布と携帯電話、そしてそれに結び付けてある鈴を確認する。なんだかんだで私も現代っ子、携帯電話は常に持ち歩くだろうから、という理由で朝の着替えまでは結び付けておくことにしたのだ。 携帯電話を手に取ると、またチリンと音がする。その音を聴くたび嬉しくなるけど、隣で寝ている唯先輩を起こすわけにはいかない。鈴を手の平で包み込んで音を殺し、折りたたみ式の本体を開く。 梓「……二時半…うわぁ、丑三つ時…」 草木も眠る丑三つ時。意外とその時間帯については細かいところで諸説あったような気もするけど、私は少なくとも午前二時前後は間違いなく含まれるんじゃないかな、という程度の認識にしている。 ともあれ、そんな時間に目覚めてしまったのはちょっとイヤな気分になるけれど、もう一眠り出来そうな程度には頭もぼーっとしている。大丈夫だろう。 梓「……その前にトイレ行っとこ…」 ――トイレから戻ってくると、隣の、窓際の布団で寝ている唯先輩が月明かりに照らされているのが目に入った。 梓「………」 実は寝る前に「一緒に寝よう!」とか言い出すかと思ったけど案外そんなことはなくて、あっさり布団に入って寝てしまったことに実は拍子抜けしていたりもするのだけれど。 いや言われても勿論断るのだけれど。それでも予想が外れるとちょっと悔しいというか。意外と私はこの人をあまりわかっていないのかな、と思いたくなるような。それとも私は『何か』から目を背けていて、勝手な唯先輩像を押し付けているのかな、とか。 まぁとにかく、そういうよくわからないことを悶々と考えながら唯先輩を眺めていると、胸元に光るものが目に入り。 梓「…もう、危ないって言ったのに…」 言いながらも、やっぱり嬉しくなる自分が抑えられなくて。それもなんか癪だから、と自分の布団に潜り込んで。 それでもちょっとだけ昂ぶってしまった気持ちが寝付くことを許さなくて。結局布団の中で何度も寝返りを打った挙句、枕元の携帯電話に手を伸ばし、鈴を指先で転がす私がいた。 「これじゃ名実共に猫みたいじゃないか」と頭を抱えるのと同時に、気がついた。気がついてしまった。 ……隣の、気配に。 梓「…あ、お、起こしちゃいました? すいません」 唯「………」 梓「……唯先輩?」 気恥ずかしさ半分で取り繕うように身体を起こし、振り返るけれど、当の唯先輩はボーっとしたまま私に視線を合わせずに。 でも無表情というわけでもなく、何かの『目的』を持ったような目をして立ち上がる。 唯「………」 梓「…あの…?」 私を一瞥すらせずに歩き出す。 私みたいにトイレかな? とも思ったけれど、部屋の扉に手をかけたあたりでさすがに様子がおかしいと思い至り、先刻まで弄っていた携帯電話をポケットに捻じ込んで後を追った。 梓「――唯先輩っ! 待ってください、どこ行くんですか!?」 唯「………」 梓「唯先輩っ!!」 唯「………」 梓「待ってくださいよ!! どうしちゃったんですか!?」 廊下をただ歩くだけの唯先輩に追いつくこと自体は容易だったが、引き留める事は難しかった。 呼びかけには全く応えないし、浴衣の袖を摘むくらいでは自然と振り払われてしまう。思い切って腕まで掴んでも、力任せに振るわれると体格で劣る私には成す術もなかった。 ……ダメだ、このままじゃ唯先輩がどこかに行ってしまう。そして、きっと二度と会えない。 私は予感めいたものを感じていた。何故とか何処へとか、そういう事までは頭が回らなかったけれど、行かせてはいけない。それだけは確信を持っていた。 唯先輩の正面に回り、腰に手を回し、踏ん張りながら全体重をかける。そこまでしてようやく唯先輩の歩みは止まった。 梓「ッ……誰か! 誰か助けてください!!!」 動きを止めたはいいけど、それ以上の事は出来ない。そう自覚していた私は、夜中だというのに声を張り上げて助けを呼ぶ。 誰かが出てきて、唯先輩を押さえつけてくれることを期待した。多少手荒だけど、このまま私と唯先輩が面と向かって押し合ってもきっと私が先にバテてしまう。 唯先輩も決して運動が出来る方ではないはずだけど、今の唯先輩はきっと自身の意識の外にいる。疲れとか顔見知り相手の遠慮とかには無縁だろうから、より確実な方法を採って動きを封じなければならない。 だから叫んで人を呼んだ。なのに…… 梓「なんでっ……なんで誰も出てきてくれないの!?」 出てきてくれないどころか人のいる気配さえしない気がする。私達の居た場所は角部屋だったけれど、唯先輩を引き留めようとあれこれしている間に確実に数部屋は通り過ぎた。 従業員さんも満室だと言っていたし私も私なりにだいぶ大声で叫んでいるのに、顔を覗かせてくれる人がいないどころかどの部屋からも物音一つしないなんて!? 唯「……か……と…」 梓「!?」 押し合うだけで必死な私の耳に届いた、微かな呟き。 力を抜くわけにはいかないけれど、どうにか意識だけはそちらに集中させて、聞き届けようとする。すると。 唯「…いかないと…」 梓「っ!?」 どこかに向けたその呟きは、私の悪い予感を肯定していて。 予感を現実にするわけにはいかない。唯先輩と二度と会えないなんて……嫌すぎる。 何が何でも行かせるわけにはいかない、と力を込めなおした時、感じ取ってしまった。 ――後ろに、何かいる。 3
https://w.atwiki.jp/83452/pages/16444.html
ピンポーン 梓「……」 梓「寝てるのかな」 梓「だったら……直接起こすしかないよね」 梓「ふふっ」 年甲斐もなくイタズラ心が騒ぐ。 と言ってもこっそり上り込んで起こすだけなんだけど思わずにやついてしまった。 朝から人の家の前でにやにやしているのもあれだから早く入ろう。 それに秋の終わりだけあって寒いし。 キャリーケースを立て掛けてトートバッグからスペアキーを取り出した。 慎重に差し込み静かにドアの鍵を開ける。 たまには私がイタズラしたっていいよね。 そうだよ、昔は私が色々されてたんだし……色々……。 やっぱり普通に起こすのやめようかな。 梓「おじゃまします……」 そーっとドアを開いて玄関に侵入。 重いキャリーケースも音を立てないように玄関へ置いた。 初めてこの部屋に来てから今日で二週間ちょっとか。 私の誕生日前日に偶然再会してこのアパートに連れてこられて、 それから色々あってスペアキーを預かる事になり、気が付くと入り浸るようになっていた。 玄関の左手に台所、右手にお風呂とトイレ、奥の部屋には布団が敷かれている。 家主には気付かれなかったみたいだけど、同居人が私の侵入を察知してお出迎えしてくれた。 黒い毛並みが綺麗な子だ。 「……なー」 梓「おはよう、あずにゃん3号」 本当の名前は少し違うけれど私はそう呼んでいる。 だって被ってるんだもんなぁ。 そんなあずにゃん3号と一緒に忍び足で奥の部屋へ。 盛り上がった羽毛布団が僅かに上下していて、顔も半分埋まっている。 相変わらず寒がり。 さてどうやって起こそうかな……そうだ。 冷えた指を擦って常温まで戻し、すやすや寝ている顔に近付けた。 閉じたまぶたに触れても反応がない。 よく寝てる。 今日以外だったらゆっくり寝かせておいてもいいんだけど。 なんて思いつつも声はかけない。 私は吹き出しそうになるのを堪えながら寝ている人のまぶたを開けてみた。 無理矢理開かれた瞳は真っ直ぐ天井を向いていて焦点が合っていない。 ここで漸くピクリと反応して唸った。 梓「ぷふ……くふふふっ」 ダメだおかしい。 何だかわからないけどおかしくて笑いが止まらない。 本当にただのいたずらっ子だ私。 「ん……んぇ?」 私の笑い声と指の感触で目が覚めたらしい。 流石に悪い気がするのでちゃんと声をかけよう。 梓「おはようございます、唯先輩」 唯「はぁ~……あずにゃんおはよ」 大きい欠伸をしてゆっくりとこちらを向く唯先輩。 まだ眠そうだけどあんまりのんびりしてもいられない。 唯「……ねむ、さむ」 梓「一応早めに起こしましたけど今日は絶対に遅刻できませんよ」 唯「ふあぁ……」 梓「ほら、支度して下さい。その間に朝食用意しますから」 唯「んー……」 梓「シンガポールが待ってますよー」 唯「っ! そうだ、今日シンガポール行くんじゃん!」 わあ、起きた。 唯「ふーっ、寒っ」 唯先輩がタンスから服を見繕い始めたので私は台所へ移動した。 朝食の用意と言っても食パンをトーストして冷蔵庫にある出来合いの惣菜を出すだけなんだけどね。 唯「あずにゃんは朝ご飯食べたー?」 梓「家で食べてきましたー」 唯「そっかー」 梓「朝食出来ましたよー」 唯「ありがとー」 さて、先輩が朝食を食べている間に旅行の予定を確認しておこう。 本日11月25日、これから空港に向かい4泊5日シンガポールの旅へと赴く。 今日は金曜だけど唯先輩は有給パワーを発動。私は求職中だから……まあ、うん。 ホテルでチェックインするのは夕方か夜になるかな。 今日はまったり過ごすとして、明日以降は観光したり先輩が楽しみにしてるプールで遊んだり。 今回は宿泊するホテルがメインかもしれない。 去年出来たばかりで55階建ての高層ホテルが3棟連なっていて、 その3棟のホテルは屋上にある船を模した巨大空中庭園で連結している。 そこに空と繋がっているかのような野外プールがあり、先輩はそこに行きたがっている。 インフィニティプールって言うんだっけ。 私もすごく楽しみだったり。 何しろ唯先輩が『シンガポール すごいホテル』なんて単語でネット検索してすぐに見つかる程だ。 唯「はぁ~早く泳ぎたいなぁ」 梓「その割には珍しく寝坊してたじゃないですか」 高校の頃の唯先輩なら珍しくも何ともないんだけど、社会人になった唯先輩が寝坊した所を見た事がない。 と言っても先輩と再会したのは最近だし、むしろお泊りした時は私が寝坊しちゃってるんだけど……。 おまけに自炊もしてるし頼れるしで気が付いたら私の方が甘えちゃってたり。 やっぱり一人暮らしするとしっかりするものなのかな。 ……対する私は都会で一人暮らししていたものの会社に嫌気がさして退職。 その後再就職せず引きこもりみたいな感じになって友達や先輩からの連絡も見て見ぬふり。 あの時は完全に迷路に迷い込んでいて自分から身動きとろうとも思えなかった。 そんな状態のまま先日地元に帰ってきて、その時偶然唯先輩と再会して、こう、ね。 しっかりしつつも変わらない唯先輩に元気を貰って、もう一度頑張るぞって思ったんだ。 おまけに唯先輩からアパートのスペアキーまで渡されちゃって。 大事な物だからそれを持って消えないでねっていう首輪みたいな感じで。 唯「あずにゃんが来てくれるって言うから目覚ましかけなかったんだ」 唯「起こしてくれるかなーって。えへ」 こういうところも変わらないなあ。 今回の旅行には目的というか名目があって、まず私を立ち直らせてくれた唯先輩へのお礼を兼ねている。 唯先輩はずっと遠慮していたけど誕生日プレゼントという事にして飛行機のチケット代とホテル代は私が払う事にした。 という事で唯先輩への誕生日プレゼントとしての旅行でもある。 値は張ったけど、一人暮らしの時は貯金が趣味みたいになってたし仕送りもあったからお金はそこそこあった。 むしろ先輩の為に使えるのならあの何も得られなかった苦行にも意味が見出せるというものだ。 この旅行ではとにかく唯先輩に楽しんでもらわなきゃ。 それからもう一つ。 旅行先で、唯先輩の誕生日までに、返事をしなければならない。 私は11月11日に唯先輩から告白された。 ずっと前から好きだったと言われて、その時私は どちらかと言えばセーフ という何とも曖昧な言葉を返した。 その場では焦ってうまく返せなかったし、あとで考えれば考える程障害が浮き彫りになるし。 そりゃあ唯先輩の事は好きだけど、先輩の言う『好き』と同じかどうかわからなくて。 その後現在まで保留みたいな感じになっている。 2週間以上保留にしておいてその上先輩の家に頻繁に上り込んでいるという……。 先輩がいつでもおいでって言ってくれて、合鍵までくれたから……。 それに唯先輩は私を引きこもりから救ってくれた恩人だし、その反動からかひと肌恋しかったし、大切な人だし。 と、先輩の好意に甘えつつずるずると返事を先延ばしにしてしまった。 だから今回の旅行で決着をつけなければいけない。 舞台と日付を決めたのは私だけど、こうでもしないとまた先延ばしにしてしまう。 唯「あずにゃん、準備出来たよ!」 梓「え、あ、それじゃ行きましょうか」 いつの間にか支度の完了した唯先輩が私の前に立っていた。 まずは先輩に楽しんでもらわないと。 梓「忘れ物とかありませんか?」 唯「水着も入れたし多分大丈夫。あずにゃんおいで~」 ……危ない、声を出すところだった。 唯先輩は黒猫のあずにゃん3号を抱き上げてケージに入れた。 この子は旅行の間お隣さんが預かってくれるらしい。 唯「よし、それじゃ出発!」 梓「はい!」 * 7時間ちょっとのフライトを終えて私達が目にしたのは常夏の空。 唯「……雨降ってるね」 梓「ですね……」 唯「えーっ、泳ぎたかったのにー」 梓「天気予報では曇りだったんですけどね。シンガポールは11月から雨季ですから」 唯「蒸し暑いのに……うぷ」 唯先輩はフライト時間のほとんどを寝て過ごしたけど結局酔ってしまったみたい。 梓「秋の日本から来ると余計にそう感じますね。とりあえずホテルに行きましょうか」 唯「そだね」 梓「……バスで」 唯「……うっぷ」 シンガポールに辿り着いた私達は空港からバスに乗りホテルへ向かう。 通りに並ぶ整った建物と点在するヤシの木。 バスから覗く景観はこれぞ常夏の先進国っていう雰囲気を醸し出していて、見ているだけで気持ちが踊る。 同じく外を眺めていた唯先輩も多少元気を取り戻していた。 唯「うわーすごいねー、高層ビルがいっぱい!」 梓「綺麗な街並みですね」 唯「そうだねー。あ……お腹空いてきたな」 梓「もうすぐ夕飯の時間ですからね」 唯「あれっ今何時?」 梓「18時過ぎです」 唯「まだ明るい感じなのに。雨空だけど」 梓「こっちは1年中7時から19時くらいまでが日照時間なんですよ」 唯「へえ~」 程なくしてバスが到着し、唯先輩を介抱しながら下車する。 唯先輩が「ようやく解放されたーっ」という顔で軽く身体をひねっているとふいに動きを止めた。 それから首だけがどんどん上に傾いていく。 先輩の視線を追ってみると写真で見るより数倍迫力のある建物がそびえ立っていた。 首が痛くなりそうなほど高い。しかも3棟。 おまけに屋上には船が乗っかっている。 唯「うおお……すごーい!」 梓「おっきい……」 それにホテルの手前には入り江が広がっていて、 対岸の高層ビル群も合わせてホテルからの眺めに期待が持てる。 唯「よし、早く行こっ!」 梓「はいっ」 ホテルは外観だけでなく中身もすごかった。 吹き抜けになっていて開放感のあるエントランスや高級感溢れる内装を見るたびに感嘆が漏れる。 チェックインを済ませて私達が泊まる部屋に向かうとそこがまたすごくて、二人してすごいしか言えなくなった。 部屋は広く昨年オープンしたばかりだから内装も綺麗。 ふかふかのソファーとベッド。 大きなバスタブと鏡のあるバスルーム。 そして何と言っても入り江を眺められる一面ガラス張りの窓。 外は既に暗くなっていて、ライトアップされて色付いた夜景が広がっている。 暫く唯先輩と一緒になって窓に張り付いていた。 唯「ふぁぁ……この部屋が30階だから、屋上から見たらもっとすごいんだろうねぇ」 梓「これの倍くらいの高さですからね」 その後お腹の空いた私達はフードコートで夕食を取り、隣接するショッピングモールを見て回った。 このホテルは宿泊棟に隣接する総合ショッピングモールがあり、フードコートやショップの他にもカジノ等様々な施設がある。 とても1日じゃ周りきれそうにない。 唯先輩が次々に心を惹かれては物を買い込みそうになるので止めるのが大変だったけど、 目を輝かせている姿を見ると旅行をプレゼントしてよかったなと思えた。 部屋に戻って来て一息ついていると唯先輩が戦利品をゴソゴソし始めた。 置物に洋服にお菓子におつまみにボトル……ボトル? 唯「じゃあ飲もっか!」 梓「いつの間に買ったんですか」 唯「えっへへー。こんなに良い部屋と景色なんだよ? 飲まずにはいられないでしょー」 梓「そういうものですかね」 唯「そういうものだよ~」 私はあまり飲む方じゃないけど今日は久しぶりに飲みたい気分だ。 唯先輩の言うとおりこんな時は飲まずにはいられないのかも。 唯「何飲む?」 梓「ええと、唯先輩と同じものを」 唯「おっけー」 唯先輩のお誘いだし景気付けに丁度いい。 明日か明後日、唯先輩に返事をするんだから。 現地に来てそれを自覚するとやっぱり緊張してくる。 今日が25日だからあと2日もあるし大丈夫だよね。 いや、今日言っちゃうのもありか。 そうすれば胸のつかえが取れてもっと旅行を楽しめるかも? そうだよ、ホテルで夜景を見ながらお酒……今しかないよ。 先輩が2つのグラスにボトルを傾けた。 ほのかなこがね色に気泡がはじける。 梓「シャンパンですか?」 唯「うん、高かったんだけど思い切って買っちゃった」 汗ばんだ手で先輩からグラスを受け取る。 先輩が乾杯の仕草を見せたので、私は力の入った指でそれに答えた。 唯「かんぱい~」 梓「か……かんぱいっ」 2
https://w.atwiki.jp/83452/pages/10226.html
おんせん! 唯「あずにゃ~ん。ポーズ決めて、ポーズ! ちょおいやらしいやつ!」 梓「嫌ですよ……は、はい。こんな感じでどうです?」 ぱしゃ、と間髪入れずにフラッシュの光。 唯「いいねいいね~。その調子でタオル取ってみよっか!?」 梓「駄目ですっ。他に誰もいないからって、そこまで恥を捨てきれませんのでっ」 唯「ううぅん、あずにゃんのいけずぅ~♪」 温泉に浸かるというよりは、代わりばんこに撮影会をしてる感じ。 唯先輩は、かなーりご機嫌な様子。 唯「あのねあのね、あずにゃん。さっき、ムギちゃんからもらった割引チケットを確認したんだけどね」 梓「はい?」 唯「ひとりよんせんえんでいいみたいだよ! こんなに素敵な旅館だけあって、素敵な割引率だよね!」 梓「……はい? 旅行費用は、一緒に計算して確認しましたよね」 唯「うん。あ、でもね、ムギちゃんが『間違えて期限切れのチケット渡しちゃったの~』って、交換してくれたんだけど」 えっと、確か私が受け取った時は八千円になる計算で、結構痛い額だけど唯先輩との思い出作りだし、とか思ってた覚えがあるんですが。 それでもいざ泊まってみたら、八千円で済ませるのが申し訳ないくらいの豪華な旅館で。 唯「ちゃんと携帯の電卓で計算したよ? 私も、いくら何でも安すぎじゃないかなー、どこ間違ったかなーって思ったんだけど……」 梓「はあ……ムギ先輩に、後でしっかりお礼を言わないといけませんね。割引チケット、超特別優待チケットにしてくれたみたいですから」 唯「……うん、そうだね。ふけーきとかオフシーズンとか言っても、こんな素敵な旅館が貸し切りだなんて、やっぱりおかしいもんね」 んう……これじゃあ女狐だとか、心の中でだって失礼なこと言えないじゃないですか。 あの人は気にしないんだろうけど、おっきな借りが出来ちゃった気分ですよ。 梓「あの、唯先輩。ムギ先輩へのお土産、ってわけじゃありませんけど……欲しがってた写真、一枚だけならあげてもいいかなと」 唯「え? あずにゃん、嫌だったんじゃないの?」 梓「いえ、嫌なのは嫌なんですけど、それは唯先輩との本気でラヴい写真を他の人に見せるのが嫌なわけで……明日、旅館の前で抱っこしてもらって、ってくらいなら構いませんよ」 唯「そっかぁ。じゃ、女将さんにお願いしないとね」 梓「はい」 ムギ先輩のご期待には添えそうにありませんが、お陰様で唯先輩と楽しい旅行が出来ましたよー、っていう気持ちということで。 唯「んじゃー、それはそれとして! あずにゃん、はいえろポーズ!」 梓「ふぇっ!? え、えっ、わあ!?」 ぱしゃり。 唯「う、うわあ……今、すっごいの撮れちゃった……」 梓「なっ、何ですか!? どんなの写しちゃったんですかぁ!?」 唯「んへへへへ。おぜうさん、この恥ずかしい写真をばら撒かれたくなかったら、もっと大胆な写真を撮らせてーん♪」 梓「どーいう理屈ですか、それっ! やだもう、今度は私が唯先輩を撮る番ですよ!」 わいわい、きゃいきゃい、ざぶーん。 温泉って本来、もっとしっとり楽しむものなんだろうけど。 唯先輩にかかれば、どうしてもこうなっちゃうのは仕方ないかなあ。 おねむ! 唯「ふあゎ……んにゅうー」 梓「は、はしゃぎすぎましたね、さすがに……温泉に入って逆に疲れるとか、有り得ません……」 ふたりしてへとへとになりつつ、部屋に戻る。 まぁ、お昼の観光の疲れがどっと出たのかもしれないけど。 唯「……ふぉぉぉ!?」 梓「どうしたんですか、唯先輩?」 先に部屋に入った唯先輩の背中にぶつかりそうになって、慌てて足を止める。 唯「や、や、や……やったー! これだよこれ! 温泉旅館っていったらこれがないとね!」 ……って。 梓「唯先輩が変なこと言うから、本当にお布団ひとつだけしか敷いてくれてないじゃないですかぁ!」 唯「んふー……枕、ふたつ並べてあるよ? ちゃあんと、枕元にティッシュも置いてくれてるしぃ」 梓「雰囲気出そうとして声色変えても駄目ですっ。そ、そりゃあ、一緒に寝るつもりでしたけど……その、えっちぃことする体力、残ってないってゆうか……」 唯「あずにゃん。エッチはいつでもどこでも出来るけど、温泉旅館でひとつの布団で寝るっていうのは、なかなか経験出来ることじゃないよ?」 そんな真面目な顔で力説されても困るんですが。 ああもう、早速記念写真撮ろうとしてるし。 唯「あずにゃんあずにゃん、ほらほら。横になって一緒に記念撮影しよ! 早くっ」 梓「はあ……んもう、唯先輩ってば、本当に仕方ないですねえ……」 唯「ん……あずにゃん、も少し寄って、ほっぺぴたーってなるまで。うん、後ろのティッシュも入れて……はい、撮るよー」 梓「も、もうっ……こんな恥ずかしい写真、撮るなんて……」 ぱしゃ。 唯「はー、満足満足。それじゃあ……お風呂にする? エッチする? もう寝ちゃう?」 梓「さっき、私もう体力残ってないって言いましたよね?」 唯「にゅー。あずにゃん、寝るのはいつでもどこでも出来るけど、温泉旅館でひとつの布団でえちーことするっていうのは……」 梓「写真撮る前と言ってること微妙に変わってますよね」 唯「……わかったよ。今夜は大人しく寝るよ……」 梓「はい。そんでは、私はお先に……ふわゎゎゎ……んにゅぅ……」 汗も引いたし、髪もほぼ乾いてるし、歯磨きも済ませてあるし。 さ、明日は朝ご飯をいただいたら、すぐに出発しないと。 唯「電気消すよー」 梓「ふぁい……おやしゅみなしゃい、唯しぇんぱぁい……」 布団に潜り込むなり、強烈な睡魔に襲われる。 でも、もうちょっとだけ、起きてないと。 唯「んしょ、んしょ……えへー。あずにゃん、おやすみぃ」 梓「んにぅ」 唯先輩も同じ布団に入ってきて、当然のように私を胸の内に抱き締めてくれた。 ちょっとだけ頭を動かして、谷間のところに鼻先を埋めて、収まりをよくする。 ……うん。これで快眠は約束されたも同然です。 唯「えへへへへ。おっぱい好きなあずにゃん、大好きだよ」 何とでも言ってください。 こんなにあったかくて柔らかくて、気持ちいいモノをお持ちな唯先輩のせいなんですからね。 梓「……ゆぃしぇんぱ……だぃ、しゅき……れふ……すぴゅー……」 まよなか! 梓「むにゅ……」 ふと、目が覚めた。 別におトイレに行きたくなったわけでも、寝苦しくなったわけでもない。 ただ……何だか、むずむずする。 唯「……すぴょぴょ……んぅ~……にゃふ~……」 どう、しよう、かな。 すやすや眠ってる唯先輩を起こせないし、寝る前にあんなこと言った手前、お願いするわけにもいかない。 しょうがない、自分でするしかない……かな。 梓「んっ……んん、ふ、ふぅ……」 浴衣の裾に手を入れて、自分を慰める。 ちょっとくらい無理をしてでも、えっちぃことしてもらえばよかった、かな。 梓「んぁっ、あっ、あふぅ……っく、ん、んきゅ……きゅぅんっ……」 唯先輩、きっと私をへろへろにして、恥ずかしい写真を撮るつもりだったんだろうな。 気持ちよくなっちゃって、もう正体も怪しくなった辺りで、えろいやらしーポーズなんか取らせるんだ、絶対に。 梓「んぅ……ゆ、唯先輩っ……はぁ、はぁぅ……んくっ……」 こんなに密着して添い寝してるのに、何してるんだろ、私。 でも、起こすの可哀想だし……あ、そうだ、ちょっとだけなら。 梓「唯、せんぱぁい……指先だけ、ちょっぴり、貸してください……ん、しょ……んくぅ」 唯先輩の腕を動かして、指先が私の股間に触れる位置へ。 そして、私の指を添えて、また淫らな行為に耽る。 梓「はあっ、は、ああ、唯先輩っ……んく、ぁう、き、気持ちーです、唯せんぱぁいっ……ああ、あふっ」 唯「すぴゅぴゅ……すぅ……くふぅ~……」 梓「あ、う、そこっ……唯先輩、そこ、とっても感じちゃうですよぉ……っはう、はぅんっ……あっ、あああっ」 気持ちよくって、時々、身体が跳ねる。 密着した唯先輩も一緒に揺れるけど、眠りが深くて全然気付いてないみたい。 ……もう少しだけ、もう少しで済みますから、眠ったままでいてくださいね? 梓「んっ、ん、んんぅ、ふぁ……あは、い、いいですぅ、唯先輩、気持ちいいですぅっ……んっ、くぅっ、んんん!」 もう、少し……もう、済みます、から。 梓「ふああ、あっ、駄目だめ、イくっ、あっ、イきます、唯先輩っ……私、イっちゃいますっ、ああ、ふにゃあああっ!」 全身に走る快感を、ぎゅううっ、と唯先輩の腕にしがみついて堪える。 声も、出来るだけ我慢したつもりだったけど、唯先輩の指先が、酷く敏感になっている私のあそこを優しくさすってくれるから、まだ快感が止まない。 ……え? 梓「んぅ、あ、にゃうっ……も、もしかして……唯先輩、起きちゃってます……? い、いつから、ですか?」 唯「んう……あずにゃんが、イっちゃう直前かな? んもー、起こしてくれればよかったのにぃ」 梓「はうっ、んんんっ……んにゃ、は、はう、すみませんでした、からっ、もお、指っ……んく……ふにゃあ」 唯「あずにゃんのえっち。私の指、勝手に使うなんて……どうしてくれるのかなあ?」 あ……何か、唯先輩の目が意地悪モードになってる気がする。 梓「こ……こお、します……んっ、あむ、ちゅるる……ぴちゅ、んく、ちゅぴる」 唯「わぁ、お口で綺麗にしてくれるんだ……ちょっと予想外だったよ」 ぱしゃ。 梓「ひんっ!? んふ、ぷぁ……しゃ、写真は、駄目ですよぅ」 勝手に手指を使っちゃったのは謝ります。 けど、私の愛液にまみれた指を私自身が舐めてお掃除してるところなんて、写さないでください。 唯「指、早く綺麗にしてくれないと……お布団めくって、きっと大変なことになってるあずにゃんの格好を写しちゃうよ?」 梓「ふぁ、ふぁい……っんむ、くむっ、ちゅるる、れるぷ、はむ……ん、んあ……」 そんな写真を撮られたら、私、恥ずかしすぎて死んじゃうかもしれないです。 唯先輩の指、一生懸命に綺麗にしますから、どづか許してくださいよぅ。 梓「んむっ、ふう、くぷぷ、ちゅっ、れる、れろっ……んふ、ちゅううっ、ちゅ、ふあ……はあ、はぅ……唯先輩、これで、どおでしょう?」 唯「ん……うん、結構気持ちよかったし、綺麗になったね……けど、駄目。私が隣にいたのに、ひとりでえっちぃことしたのは許せないよ」 ばさっとお布団が剥ぎ取られる。 浴衣は勝手にまくれてて、私と唯先輩の素足が絡み合ってるいやらしい光景。 そして……太ももの途中まで脱ぎかけの、私の縞々ぱんつ。 梓「や……や、です……唯せんぱぁい……」 唯「駄ぁ目。撮っちゃうからね……はい、チーズ」 ぱしゃ。 ぱしゃぱしゃ。 梓「やああっ! お願いです、許してくださいっ! も、もうこんなことしないから、だからっ」 唯「……本当に? 約束?」 梓「約束します……んく、ぐす……本当に、唯先輩と一緒の時は、無理に起こしてでもえっちぃことしてもらいますから……」 唯「そっか、うんうん。それならいーんだよ。もう今夜は写真は撮らないであげるね」 うう、消してくれるわけじゃないんですか。 唯「んじゃ、少しだけ一緒にお風呂に入ろっか。拭くだけより、洗った方がすっきりするでしょ、お股」 梓「うく……は、はい……」 私、唯先輩を起こす気は全然なかったのに……こんな目に遭わされるくらいなら、最初からお願いしてた方がよかったかも。 16
https://w.atwiki.jp/83452/pages/15470.html
――病院 あれからすぐに救急車が駆けつけ、唯先輩は病院へ担ぎ込まれ私もそれに付き添った。 途中救急隊員の人が事故の概要とか先輩との関係なんかを色々聞いてきたけど、憔悴しきってた私はそれに答える事もなく、ただ俯いて声を出さず泣いているだけだった。 ちなみに私の怪我は擦り傷とちょっとした打撲だけで何も問題はないそうだ。 だけど、その代わりに唯先輩が……。 結局、病院に到着したのとほぼ同時に唯先輩は息を引き取った。 私はただ病院のベッドの上に横たえられてる唯先輩の傍で立ち尽くしている事しか出来なかった。 梓「先輩……どうして……折角会えたのに、こんなのって……こんなのってないですよ……」 梓「うぅっ……ぐすっ……」 やっと会えることになって、ようやく会えるその日がまさか唯先輩の命日になってしまっただなんて、私には到底受け入れられない。 大切な人が目の前でいなくなったせいで、私の心は絶望感で満たされていた。 だがここでふと壁にかけられてる時計に目が行く。 ここで私はあることに気付いた。 梓「今9時22分……てことは電話の先の唯先輩の時間はまだ8時22分……」 梓「私が事故に会うまで、まだあと8分残ってる!今なら……今ならまだ間に合う!! 居ても立ってもいられず、すぐに頭の中の電話回線を開く。 もうなりふりなんて構っていられない、少しでも可能性が残っているならそれに賭けるしかない! 梓(お願い!電話に出て……唯先輩……出て) 呼び出し音が続き中々電話が繋がらない。 藁にもすがる思いでひたすらコールを続ける。 唯『もしもしあずにゃん?』 梓『先輩っ!』 電話の向こうの唯先輩は、もうすぐ自分が死んでしまうのも知らずに、いつものように抜けたような声で電話に出た。 その声を聞いて少しほっとする私。 唯『どうして電話を?もう1時間後の私には会えたんだよね?』 梓『それは……』 唯『あーっ!そうかぁ、もしかして苦情の電話?想像してた人と違いました!とかだったりしてー』 笑いながらそうジョークを飛ばしてくる先輩。 今私の目の前で冷たくなって眠っている先輩とは全く真逆だ。 その顔を見ながら私はある覚悟を決める……こうする以外にあの人を助ける手段がない。 梓『そうですよ……会わなきゃよかった。あなたになんて……』 電話の向こうの唯先輩の声が止まった。 そりゃあそうだろう、誰だってこんなこと言われればこうなるもの。 でも止めるわけにはいかない。 心の中で唯先輩への謝罪の言葉を何度も繰り返しながら感情を殺してさらに続ける。 梓『……だから、このまま帰ってください!お願いします!』 唯『理由はやっぱり私が……?』 梓『すいません……とにかくお願いします、会いたくないんです!』 唯『どうして?いきなりそんなこと言われてもさ……もうすぐ着いちゃうし』 梓『これだけ言ってもまだ分からないんですか!?平沢先輩なんて大嫌い!!その顔も!髪も!指も――』 梓『――あなたの声も!』 涙声になりそうなのを誤魔化しながらとにかく思いついたままの暴言をひたすら並べ、つき慣れてない嘘を吐き続ける私。 もう嫌われてもいい、そうする事で唯先輩が死なずに済むんならこんなの安いもんだもの。 だけど……唯先輩の反応は私の想定を裏切るものだった。 唯『声!?嘘だよ!あずにゃんは嘘をついてるよ!あずにゃんに私の声が聞こえる筈ないもん!』 梓『嘘なんかついてません!!最低でした……幻滅しました!こんな筈じゃなかった!!』 唯『嘘だよ!だって私は……私は……話せないんだから!』 梓『……え?』 余りの衝撃発言に私の頭の中は真っ白になる。 いきなりすぎて理解できない……唯先輩が喋れない!?どういうこと!? 唯『私は5歳の頃から耳が聞こえないんだ。話すことも出来なくてね。だから、あずにゃんが私の声を聞けるはずがないんだよ』 梓『そんな……』 不用意な発言であっさりと嘘を見抜かれ、その場にへたりこむ。 やっぱりつき慣れてない嘘なんてつくもんじゃないんだ。見ての通りすぐボロが出るし。 唯『あずにゃん、どうして嘘なんかついたの?ワケを聞かせて?』 梓『それは……それは……っ!ぐすっ……ひっく……うぅ』 唯『あずにゃん、何があったの?どうして私を帰らせようとするの?』 梓『お願いします!とにかくすぐに帰ってください!』 唯『あずにゃんが私と会って何が起きたのかは知らないけど……でも……でも必ずあずにゃんに会いに行くから!』 電話の向こうの唯先輩の発音が変わった。 多分走り出してその状態で会話してるからかも。 止めなきゃ……何とかしなきゃ……もう時間がない! 梓『どうして分からないんですかっ!!来たら……死ぬんですよ!?』 唯『え――』 真相を聞かされた唯先輩が唖然とした声で呟く。 いきなり死亡宣告をされれば誰だって同じ反応をするだろう。 全力疾走状態だった先輩の足は今は完全に止まっているようだった。 このまま怖くなって逃げてほしいと心の中で願う。 唯『死ぬ?私が?――もうっ!冗談にしちゃ悪ふざけがすぎるよ?』 梓『冗談なんか言ってません!先輩は私と会うと死ぬんです。私を助けて……だからお願い!このまま帰ってください!』 唯『だめだよ。あずにゃんが言ってることが正しければ、私が行かないとあずにゃんが……』 それは私も十分分かっている。 唯先輩があの場にいなかったら今頃死んでいるのは私の方だ。 でも私はそれでいい。 唯先輩がただ生きていてくれるだけで私にとっては何よりの幸せなんだから。 梓『私ならきっと助かります。だから――』 唯『私は行くよ!』 私の懇願を遮るように唯先輩の言葉が割り込んでくる。 どうやらまた走り出したみたいだ。 逃げ出して欲しいという私のささやかな希望は断たれてしまった。 梓『ダメです!来ないで!来ないでってば……うぅっ……ぐすっ……ずずっ……』 唯『泣かないであずにゃん、私なら大丈夫だから……大好きなあずにゃんを残して死んだりなんか絶対しないから』 梓『……』 唯『ねえ、前に私にギター教えてくれた時のこと覚えてる?あずにゃんは鼻歌を歌ってくれたよね』 唯『10年ぶりだった。音楽の音色ってどんな物なのか忘れかけてた私の記憶をあずにゃんは蘇らせてくれたんだよ?』 唯『あずにゃんと初めて電話が繋がった時も驚いたな。誰かと手話や筆談なんかじゃなくって声で直接お話したいな……そう思ってたらあずにゃんの声が聞こえてきて……すっごく楽しかった』 唯『自分の気持ちを相手に伝えられる。そして聞いてくれる人がいる。それがこんなにも素晴らしいことなんだなーって……』 唯『だから……だからもう2度とあんなこと言わないで!!』 梓『え……?あんなこと……って?』 唯『自分のこと、居なくなっちゃえばいいなんて……そんな……そんな悲しいこと言っちゃダメだよ!!』 梓『分かりました!もうそんなこと言いませんから!だから本当にやめて……お願いだから……』 唯『うん、分かった。でもね、私は行くよ?必ずあずにゃんを助けるから。何度だって同じ選択をするよ!1時間先の私がしたように!』 唯『今コンビニの前に着いたよ!あずにゃん!あずにゃんはどこなの!?』 梓(このままじゃ唯先輩が……どうしよう……あっ、そうだ!) 唯先輩は私の顔を見た事ないし服装もただ制服と言っただけでどんな格好なのか知らない。 ここでさっき電車の中で隣に座っていたツインテールの制服姿の女の子がいたことを思い出した。 私はここで最後の嘘をついた。 梓『白い制服!白い制服でツインテールの女の子が私です』 唯『白い制服ね、分かった。大丈夫、大船に乗ったつもりで見てなさい!』 これで白い制服の子が私だと唯先輩が思い込んでくれるならそれで大成功だ。 祈るような気持ちで私は目の前の唯先輩の亡骸の冷たくなった手を両手で強く握る。 そうだ、あっちの時間で私が轢かれたら、今ここにいる私はどうなるんだろ。 このまま消滅しちゃうのかな、どうなのか分からないけど、1つだけはっきりと分かることがある。 それが今度こそ本当の、唯先輩とのお別れになるということだ。 唯『あっ!横断歩道の向こうに白い制服の子が見えた!ちゃんとツインテールだし、あずにゃんみっけたよ!』 唯『それじゃ、1時間後にまた会おうね、今度こそ』 梓『はい、また1時間後にきっと……』 梓(最後の最後まで騙すようなことしてすいませんでした……先輩) 梓(でも、こうするしかないんです……今までありがとうございました唯先輩。本当は直接言いたかったですけど……大好きです……どうかお元気で、さようなら――) 私は心の中で唯先輩に最後の感謝の気持ちと別れを告げる。 と同時にこの半年間の唯先輩との思い出が走馬灯のように駆け巡った。 初めて電話が繋がって保健室で会話した時、電話を切ろうとした私をあなたは慌てて止めて半ば強引に話を進めましたよね…… でもあれがなかったら、今の私は無かったんじゃないかなって、今になってそう考えるんです。 その夜、公園でお話した時のこと覚えてますか? 私にあずにゃんなんて変な名前を付けてきて正直呆れましたよ。 でも初めてあの人を「唯先輩」と呼んだんですよね、私。 テストの答えを教えてって泣きついてきた事もありましたね。 結局成り行きでズルに加担しちゃったんですけど、放っておけないいんです…… カンニングよりずるいですよ、あなたのその声―― 時間差で流れ星にお願いしたあの日の夜、覚えてますか? ……きっと私達、同じ願いをしてたんだろうな、今になってそう思えるんです。 そう、「会えたらいいな」って―― 落ち込んでる私を励まそうと遊びに誘ってくれたこともありましたね。 鎌倉で電話越しだけど一緒に遊んで、海岸で見た夕日、私はずっと忘れません。 河原で音も合わせられないのに暗くなるまでギターを練習もしましたね。 とても嬉しそうにしてくれて、お陰で私は音楽の楽しさを再認識することが出来ました。 なんだか全てが昨日の事のようですね…… もうすぐ死ぬかもしれませんけど不思議と怖さはないです。 目を閉じてじっとその時を待つ私。 8