約 1,775 件
https://w.atwiki.jp/galgerowa/pages/399.html
戦う理由/其々の道(前編) ◆sXlrbA8FIo 森の中を疾走する影が一つ。 拳銃を片手に鬼のような形相で走るその影は坂上智代と呼ばれた少女だった。 だが怒りに支配されたその表情は昔の面影など最早残ってはおらず、知人でも一瞬では彼女とわからないほどであった。 ハクオロを殺す為、その仲間を殺す為、彼女はひた走る。 目的はそれだけ、他に考えることは何もない。 だが気持ちとは裏腹に全身を痛みが襲う。 自分が思っている以上に走るだけで体力が消費されていくのがわかった。 (もうじき夜が明けるな) 先急いでこの疲労が溜まっているところに、夜に休息を取った人間が現れたら自分の不利は否めない。 少しでも休息を取るか――と考え足を止めようとしたその時、智代の視界に一つの建物の姿が見えた。 すぐさまバックを広げる、おそらく位置と外見から察するにホテルであろう事がわかった。 (――休めという神の啓示だろうか?) 考えながら智代は自嘲しながら首を振る。 馬鹿馬鹿しい、神なんかいない。 いたとしても自分をこんな所に送り込んだ神なんて崇めやしない。 しかし事実休息を取ろうかと思った矢先に利便な場所に辿り着けたのは幸運なことだ。 同じように考えている人間がいるかもしれないが、見つけたら殺せばいいだけだ。 周囲を確認しながらホテルへとゆっくりと近づいていく。 あたりに人の気配はしない。少なくとも外には誰もいないようだ。 そのまま警戒しながら玄関を潜ろうとして破損が激しいことに気付く。 (これは戦闘跡か……?) とりあえずは注意深く玄関を潜る。 柱に隠れながらホール全体を見渡すが、人の気配は感じられないほど静まり返っていた。 そしてフロントのすぐ横に『STAFF ONLY』と書かれた扉があることに気付く。 その扉の前に立つと銃口は扉に向けたままドアノブを軽く捻り――扉は静かに開かれた。 中には誰もいない。 どうやら事務所として使われている部屋のようだったが、横たわれそうなソファーも置かれていた。 扉は内側から施錠出来るようになっており、小さいが窓もある。 これなら突然襲われる可能性も低い上何かがあっても窓から逃げることも可能であろう。 何から何まで至れり尽くせりな環境に智代は微笑を浮かべると、ソファーへと身体を横たえる。 ハクオロへの怒りをその身に宿したまま、幼き殺人者は一時の休息に身を委ね静かに目を閉じた―― ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 森に入ってからもうかなりの時間が経過していた。 地図に間違いがなければとうの昔に目的地であるホテルに着いてもおかしくないほどの距離を歩いたはずだ。 目の前はランタンの光がか細く照らすのみの暗闇。 山中と言う悪条件が延々と続いている足場。 背中に背負った伊吹風子の亡骸。 そして今までの出来事による精神的疲労。 これら全ての条件が重なり、蓄積した疲労が全身に押しかかり北川の動きを鈍らせていた。 北川自身はまったく気付いていないのだろうが、その歩みの速度は這っているのと遜色ないほど落ちていた。 「――潤、大丈夫? 少し休憩しない?」 隣を歩く梨花が心配そうに眉をひそめながら尋ねる。 梨花の目から見た北川の顔は汗が噴出し、今にも倒れそうなほどに蒼白だった。 「……なんてことねえさ」 体勢を整える様に風子の身体を担ぎなおしながら北川は答えると、平静を装うように歩む速度を速める。 だがその直後、思いついたかのように足をピタリと止めると後ろを振り向きながらはにかみながら言った。 「俺のことは良いから、梨花ちゃんがきつくなったらすぐに言ってくれ。 急ぎたいのは山々だけどそれで倒れでもしたらしょうがないしな」 なんて事を言うのだろう、と北川の表情に梨花は一瞬ドキリとさせられてしまっていた。 「……わかったわ。先を急ぎましょう」 なんとかそう答えながら北川に並ぶように歩幅を合わせ駆け出していた。 幾ら男性で幾ら年上とは言え、今までの事で疲れが出ていないわけがない。 風子を背負っているのだから尚更だ。 自分がこれだけきついのだから北川の疲労はその遙か上を行ってるに違いないはず。 そう思ったからこその発言だったのだが……まさか自分が逆に言われるとは思いもしなかった。 (強がっちゃって……) 梨花の思いも当然のことで。 歩く速度が上がったのはほんの一瞬で、北川自身は気付いていないだろうが速度はまた先程と同じまでに落ちていた。 だが、これ以上は梨花は何も言えなかった。 北川はあくまで梨花を守る立場だと考えている。 自分が弱みを見せてはいけない、安心させてやらなければいけない。 そんな事を考えていると言うことが一瞬でわかる微笑みだった。 彼は似ているのだ。 時折見せる行動がかけがえのない仲間である前原圭一の姿とかぶって見える。 思い返してみれば北川の発言はいつもそうだった。 自分に対しても風子に対しても、自分で全てを背負うと言った傾向が多く取れる。 それはやはり子供として見られているせいだからかもしれない。 だが、もう少し自分を頼ってくれても良いじゃないか。 守られる立場……それはこの島ではどんなに有利なことだろう。 だがわけもわからずこの島に来たときとはもう状況が二点も三点も変わってしまってきている。 守られるんじゃない。肩を並べたい、助けたい。 喜びも、苦しみも、目の前の彼と共有したい。 そんな事を考えながら……それでも北川に対して反論することが出来なかった自分が情けなかった。 ジレンマを抱えながら手に持ったレーダーに視線を移す……と、レーダーの範囲ギリギリに表示された五つの光点の姿が目に映った。 「潤! 止まって!!」 叫びながら反対側の手に持ったランタンの光を消す。 かろうじて見えていた景色が一瞬で闇に染まる。 「反応か?」 「……五つあるわ」 両手のふさがった北川に見えるようにレーダーを彼の顔へと近づけ、そして続けるように言った。 「多分距離的にホテルだと思う。そのうち二つは純一達。残り三つは増えた仲間……って考えるのは楽観的かしらね」 「それだったらどんなに良い事だろうけど……ホテルでもなければ純一たちでもない。まったく知らない奴らが戦闘中って可能性もあるな」 「……よね」 「とは言え俺らには進むしか道はないよな」 北川の言葉に梨花は肯定を示すようにこくりと頷く。 不鮮明な足場を手探りで進みながら一歩一歩進んで行くと、木々の隙間から何か建物らしきものがかすかに見えた。 「梨花ちゃん、あれ!」 「ええ、ホテルで間違いないようね」 言いながら再び光点を見やるが、誰も動いたりしている様子はなさそうで最初の場所から動いてはいない。 ホテルのほうからも戦闘らしき音が聞こえてくることもなく、耳には風の音のみが届いていた。 おそらくは戦闘は起こってないだろう……だがこの光が生命反応でない可能性もあることが、自分らの位置に四つの光があることで示されている。 「パソコン使うか?」 「ダメよ。仮にあの中に純一がいても安全かどうかの百パーセントの保証なんて出来ない。 だったら制限回数があるものを私達だけの判断で使うのはもったいないわ」 自分達にとって最良の賽の目。 それは勿論あそこにいるのが純一たちで残りの三つはその仲間であること。 逆に最悪なのは、四人が殺され殺人者が一人ホテルにいると言う可能性。 パソコンで一人の名前がわかったところでどちらとも言えないのだ。 ここで考えているだけではどうしようもないのもわかっていたから……梨花は小さく声を出した。 「潤。私が中の様子を見てくるわ。安全だとわかるまでここで休んでいて」 「……え?」 梨花の突然の言葉に北川が目を丸くしながら間の抜けた声を上げる。 「何を言ってるんだ、一人じゃ危ないだろ?」 「……そんな身体で、もし誰かに襲われたらなんとかなる? 風子を背負いながら?」 「俺が行くよ。梨花ちゃんはここで風子と一緒に待っててくれ」 きっぱりと告げた北川の提案を否定するように梨花は首を振った。 「私より――」 その先を言うのは思わず躊躇われた。 続けるのは北川の心意気を無駄にしてしまう行為。 だがいつまで私は守られなければいけないのか。 そう思ったら自然と口が開いていた。 「――私より、危ないのはあなたよ……潤」 「……俺?」 「どう見たってふらふらじゃない。そんなんじゃもし襲われたらひとたまりもないに決まってる」 「そんなことないって言ってるだろ?」 「そんなことあるのよ!」 「ないよ!」 「ふらふらな潤が行くより、まだ走れる私が行くほうがいいに決まってる。 もしもの時は武器だってある!」 スプレーと指にはめたヒムイカミの指輪を差し出しながら、怒気を隠そうともせず梨花は言い放っていた。 「私を仲間だと思ってくれるなら……少しは力にならせて」 泣き出しそうな悲しげな表情で訴える梨花に、北川は思わず口ごもってしまう。 「……わかった。甘えるよ」 そう言うと北川は風子の身体を地面に横たえると、自身も地面へと座り込んだ。 「ただし、だ――レーダーは梨花ちゃんが持って行くこと。十分たっても戻ってこなければ俺はすぐ後を追って中に入る。 これは絶対に譲れない条件だ」 「……わかったわ。ありがとう、潤」 ◆ 梨花はそう言い残すと、すぐ戻るし身軽のほうが良いからと自身のバックは潤の元へと置いたまま駆け出していった。 残された北川は風子の顔を撫でながらボンヤリと考えていた。 「仲間だと思ってくれるなら――か」 梨花ちゃんの事を仲間じゃないなんて思ったことは無い。 仲間だからこそ守りたいと考えていた。 でも結果的にそれは梨花との誓いを一方的に履行しているのとなんら変わりないのだと言うことに気付いた。 「あの誓いは俺だけじゃなく梨花ちゃんが俺に対してってのも含まれていたんだよな。 自分だけの力で何とかしようなんて仲間を信用してない証拠じゃないか。 何度同じ間違いを繰り返せばいいんだろうな俺は……」 すれ違い続ける梨花との仲間意識の違いに北川は項垂れていた。 梨花ちゃんを信じよう、仲間の好意に甘えよう。 十分だけ、十分だけ休んだらすぐ行動開始だ。 あの世で見てろよ風子。 俺が本気を出したらどうなるか、驚きのあまり声も出ないこと間違い無しだぜ。 そう考えながら風子の頬を撫でる手がだんだんとゆっくりとなり、気だるさに身を任せるように北川の意識は闇のまた闇へと落ちて行くのだった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 梨花が北川と別れホテルへと向かった頃、ホテルの裏口では小さな音が断続的に響いていた。 音の震源地にはスコップを持つ純一ときぬの姿。 疲れた身体をも厭わずに、二人は無言のまま地面を掘り返していた。 すでに人一人分ぐらいは余裕で入りそうな穴が一つ。 その傍らには先程の戦闘で純一を庇い死んだことり。 一見すればただ眠っているような安らかな表情をしている。 それでも彼女は二度と目覚めることはない。 その眠りを邪魔されることがないように静かに埋葬させたい。 そう考えた純一はホテルに置いてあったスコップを探し出し、きぬにそう提案して今に至っていた。 「なあ純一……」 終始無言だったきぬがぽつりと口を開く。 「ん?」 土を掘り返す手を止め、何事かときぬへと純一は振り返る。 だが呼びかけた当の本人は二の句を告げるのを躊躇していた。 「どうした?」 純一は不思議そうにきぬの顔を見つめるが、きぬは目を合わそうとせず視線は泳がせたままだ。 「呼んでみただけとかだったら続けるぞ?」 そう言って純一は再びスコップを握り締め―― 「あーあーあー、待った待った」 きぬが両手をばたつかせながら純一に駆け寄り、その手を慌てて押さえる。 「えーと……だ。なんだ……その……」 言葉は続けようとしているのだろうが俯き口ごもったままきぬは要領を得ない。 「うん?」 「んと……言いたくなかったり言うのがきつかったら答えなくていいからな」 「わかった」 「その……ことりって純一の事好きだったよな?」 「そう……なのか?」 思いもよらないきぬの質問に純一はポリポリと頭をかきながらお茶を濁すように答える。 「ぜってーそうだって。じゃなきゃ最後にあんな嬉しそうに笑ったり出来ねえって」 「そうか……」 純一は思わずことりのほうに顔を向けていた。 今でも鮮明に思い出されることりの姿。最後の言葉。最後の笑顔。 流しつくしたと思っていた涙が再び押し寄せてきたのがわかった。 だがそこで純一は握られた手がギリギリと締め付けられるのに気付き、意識は目の前の少女へと戻される。 身体を震わせながら……きぬが言葉を続けた。 「純一は……純一は……ことりの事好きだったか?」 「なんだよ急に」 「いいから!」 その強い口調に適当にお茶を濁すような返事は出来ない義務感に駆られる。 何故いきなりこんな質問を投げかけられているのかはわからないが真面目に答えなければいけないように感じた。。 「ああ、好きだったよ」 「――!」 「大事な……大好きな友達だった」 「そ、そか、Likeか。そっかそっか」 「それがどうかしたか?」 「いやなんでもねー、なんでもねーよ!」 いいながら反射的に純一の顔を見やり、当たり前のように二人の視線が交差した。 瞬間、きぬは顔を真っ赤にしながら後ろを振り返ってしまう。 「蟹沢……?」 「ほらあれだ。ボクってば純一の昔の生活の事なんて聞いたことなかったじゃないか。 だからどんなんだろうってちょっと気になっただけ! そんだけだよ! 純一が誰を好きだって関係ないし、それになんも深い意味なんかないんだかんね!! ほら、さっさと続き続き! 早く埋めてやろうぜ!」 きぬは息継ぎもせずにまくしたてたかと思うと、再びスコップを手に取り土を掘り返しだした。 それ以上純一に何かを聞かれるのを拒むようにきぬは一心不乱に土を掬う。 「蟹沢、一つ良いか?」 きぬの勢いに思わず放心状態に陥りながらも、すぐさま我に返りゆっくりその背中へと歩み寄る。 「俺の友達はみんな死んじまった。もう誰もいない。 でも俺は一人じゃない。仲間が出来た。この場にはいないけれど道を同じくしてくれるつぐみや悠人、北川や梨花ちゃんがいる。 そして隣には蟹沢、お前がいる。だから俺は戦える。理想を理想で終わらせるつもりなんかねえ」 そしてきぬの頭に軽く手を乗せて…… 「だから……ありがとうな」 優しい口調で微笑みながらそう告げていた――が 「……くせえ、くせえんだよっ! なんだその歯が浮くような寒い台詞は!? やばい薬でもやってんじゃねーのか!?」 「な……俺はなんとなく元気がないように見えたから励まそうと――」 「あー、うるさいうるさい。聞こえない。ヘタレの声なんて何にも聞こえないもんねー。しっしっ、寄るなヘタレ菌がうつるわっ!」 と顔を真っ赤にしながら暴れていた。 ◆ 「――あの様子だと敵ではないようね……そして死体が一つにこの場にいないつぐみで四つ……か」 純一ときぬの会話の一部始終を見ていた梨花は、レーダーを見ながら隠れるように状況を整理する。 勿論隠れているのにも正当な理由があった。 と言うより最初純一の姿を見かけた瞬間すぐ声をかけるつもりではあったのだ。 だがいざ声をかけようとした瞬間、なにやら二人の間に重い空気が漂い始めたのを感じつい出そびれてしまったのだ。 そして途中から出て行くことも叶わず覗きのような真似をしながら今に至る……と言うわけである。 「あの二人間違いなく状況わかってないわよね……はあ」 あたりを警戒する様子も無く、傍目からはただじゃれあってるようにしか見えないバカップル……。 本当に純一を信じて大丈夫なのかと疑ってしまいそうになりながら、梨花は愚痴をこぼしつつも二人へと声をかけるのだった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 暗闇の中で我輩は考え続ける。 我輩を捕まえてこんなところに押し込んだ二人組はどうやら別行動を取ったらしい。 それを聞いた時は好機かとも思ったがなにやら十分で合流するとか言っておる。 一人になったとしてもたった十分しかない。 ならば無理をして今動いて怪しまれるよりまたしばらく機を伺うか。 そう考えた直後だ。 なにやら外から重苦しい音が聞こえてくる。 グガー……と耳に届くそれは教室でよく聞いたあれと同じだ。 そう、我輩の予想が正しければ外にいる人間は豪快にいびきまで掻いて眠っておる。 何が十分たったら後を追う――か。 まあよほど疲れていたのであろう。それについては是非を問うまい。 それよりもこれは間違いなく千載一遇の好機である。 外には一人、しかも快適に眠っておると見て間違いない。 我輩を邪魔するものは今はいないということだ。 だがあと十分で先程別れた者が帰ってくるであろう、いやホテルが安全だとすぐにわかればそれより早いやもしれん。 なればこそいち早くの行動を。 そうだ、支給品リストを奪いこの場から去るのだ。 そう思った我輩は逸る気持ちを抑えながらバックの入り口と思わしき部分に嘴を寄せる。 待っていてくれ祈よ。 今こそ我輩はこの島から飛び立てる望みを得ることが出来たのだ―― 「む?」 ここではないのか。それでは―― 「……ちょっと待つのだ」 考えたくは無い現実から目を逸らそうと我輩は嘴で内側から突きまくった。 「………………」 数十回それを繰り返し、我輩の中で結論が出た。 認めたくはない。 だがこれが現実なのだから敢えて受け入れよう。 「中からは開かんのか……」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「梨花ちゃん……無事で良かった」 「純一、あなたもね……でも、つぐみは?」 「ああ、つぐみは今もう一人増えた仲間と別行動を取ってるけどあいつも無事だ」 「そう、本当に良かったわ」 他にも仲間が増えた。 これで五つの光点の正体がはっきりとわかり、梨花はようやく緊張を解く。 「それより――」 そこで梨花が一人でいるという事実に純一は焦りの表情を浮かべながら尋ねる。 「まさか、風子だけじゃなく北川もなのか?」 「潤は大丈夫、無茶しすぎだったからすぐそこで無理やり休ませて私がホテルの様子を見に来たの。でも風子は……」 「……い」 「ああ、放送は聞いた。一体あれから何があった?」 よく見れば別れるまで綺麗だった梨花の服は真っ赤な血で染まっている。 「それは……」 「……おーい」 本人にそのつもりは毛頭無いのだろうが、言いづらそうに口ごもる梨花を助けるようにきぬが不機嫌そうな顔で声を上げていた。 「シカトすんなよなー、純一」 「ん、ああ、なんだよ」 「これが前話してた古手梨花か?」 そう尋ねるきぬの言葉に、梨花も思わず尋ね返す。 「そう言えば……彼女は?」 「ああこいつは蟹沢きぬ。梨花ちゃん達と別れてすぐ出会ったんだ。色々合って一緒に行動してる」 「そう。本当に信じても大丈夫? ってあの様子じゃ大丈夫そうだけどね」 「ああ、俺が保障する」 「…ら」 「……こっちも色々合ったわ。この場で一言じゃ語れないことが……」 「……話すのが辛いのはわかってる。でも俺達はお互いに話さなきゃいけないんだ。前に進むために」 「勿論、話さないつもりは無いわ。とりあえずここが安全なら潤を連れて来たいんだけど大丈夫かしら?」 「ああ、と言うか俺も一緒に行くよ。ことり御免、ちょっとだけ待っててくれ」 と、純一が横たわることりに顔を向けた瞬間臀部に衝撃が走る。 「……だーかーらー、ボクをシカトするなってーの!!」 痛みに腰が砕けそうになりながら視線を戻すと、きぬが片足を上げながら憤慨していた。 ◆ 「ボク知らなかったねー。純一が真性のロリコンだったなんてさー」 「だからちげーって」 「ボクの相手するより梨花ちゃんみたいな幼女相手してるほうが楽しいんだろー。もう隠さなくてもいいんじゃね? だいじょぶ、ボクそう言うの偏見無いからさ。あ、でも半径三メートル以内には近づくなよ?」 「蟹沢っ!」 「おーこわっ、梨花ちゃーん。純一が怖いんだよ。なんとか言ってやってくれよ」 「純一。ボクにもちょっと近づかれると困るのですよ。にぱー☆」 「梨花ちゃんまで……」 彼らの能天気さは一体どこから来るのか。 梨花は頭を抱えたくなるのを必死に抑えながら二人を北川の場所へと案内していた。 思わず現実逃避に『古手梨花』を使ってしまうぐらいに。 (でも百貨店での私達もこんな感じだったけどね……) 風子の事が思い出される。 あの頃は本当に平和だった、楽しかった。 殺し合いなんか偽りだと感じるほどのように。 ならばこれはこれでいいのかもしれない。 また何かしらの要因ですぐにでも壊れてしまう儚いものだけど。 それを今度こそ壊さないように皆で守っていこう。 梨花はそう心に誓う。 「――なのに」 目の前の光景にたった今立てた誓いがガラガラと崩されていきそうになる。 「なにが十分で絶対後を追う、よ!!!」 いびきまで掻きながら気持ちよさそうに眠り続ける北川の姿を見て、梨花はその場にへたり込むしか出来なかった……。 ◆ 一向はホテルに戻り、梨花は今まで自分たちの身に起こったことを全て話した。 純一ときぬは聞きながら、やるせない感情に襲われる。 「もう彼にはあの事で立ち止まって欲しくないから。 潤自身の口から話す事で再び後悔の念に駆られる姿なんて見たくなかったから。 お願い二人とも……潤を責めないで欲しいの」 風子の遺体はもうここにはない。 北川に黙って埋めることに抵抗も覚えたが、いつまた危険になるともわからない事を考え ことりの遺体と一緒に純一たちが掘った穴へと埋めてきたのだった。 三人の傍らで未だ夢の世界に旅立っている北川を梨花は悲しげに見つめながら言った。 「責めれねえよ……くそっ!」 夢で見た少女の姿。 少し幼い印象を受けたが梨花の話と照らし合わせると確かにあれは風子に思える。 そして風子の独白と確かに一致していた――だから純一はそれを信じられる。 それはすなわち鷹野の卑劣さへと繋がるのだ。 風子は確かに優勝していた。 仲間が一人、また一人と自分の為に死んでいく望まぬ結果。 あの絶望の絶叫を忘れることなんか出来やしない。 純一の心に沸くのは鷹野に対する激しい憎悪。 (この会話もどうせ聞いてるんだろう、鷹野?) 山頂での件といい、どこまで自分達を弄べば気が済むのか。 思わず後ろにあった壁を殴りつけていた。 「――――なんだ!?」 その音に驚きの声を上げながら北川がようやく永い眠りから目を覚ましていた。 ◆ (塔?) (ああ) 北川も交え純一達の行動を聞く中、出てきたキーワードに北川と梨花の顔がクエスチョンマークに変わる。 (それを見つけた瞬間俺の首輪が点滅を始めた。正直もうダメだとは思ったよ) 鉛筆を走らせる純一の姿を続けて目で追う。 あの山頂での警告を真に取るのであれば口頭で説明していることがバレれば今度こそ爆破されるだろう。 四人は他愛の無い雑談をしてる振りを装いながら現状整理の筆談を進めていた。 (俺らが来るときはそんなもの無かったぞ) (ああ、仕組みはわからないが"見えない"ようになっているらしい。俺らが見つけれたのも鷹野にしてみれば想定外だったんだろうな) (怪しいな……) (ええ警告だったにしろ、それだけで首輪を爆発させようとするなんて何かあるわね、やっぱり) 地図に表示されてない何か、それがやはり存在することが純一たちの話ではっきりとした。 となれば廃坑の入り口もどこかに隠されているのは最早間違いないだろう。 机に広げられている純一の地図をそっと指差し、なぞりながら梨花は言っていた。 「首輪で思い出したけど……風子の死体を埋めたんなら首輪を調べるのはどうするつもりだ?」 唐突に北川が梨花へと尋ねる。 「ああ、あれね……嘘よ。」 「う、うそぉ?」 「潤の覚悟を知りたかっただけ、だってほら首輪ならあるじゃない。鳥の首についてたのが」 いきなりすっとんきょうな声を上げる北川に驚きながら二人に耳を向け、 「鳥!?」 その後に出てきた単語にきぬは驚きを隠せず叫んだ。 「鳥ってまさか……」 同じように純一もその単語へと反応を示している。 「ちょ、ちょっとそれ見せてくれ。ボクの知り合いかもしんねー。」 「知り合いって……鳥が?」 「あー、うん、鳥なんだけど。なんちゅーか、ある意味人間に近いって言うか。 まあ見りゃわかるって!」 「いや見ても鳥だったんだけど……」 意味も良くわからずながらも梨花は自身のバックをきぬへと渡す。 きぬはそのバックを勢いよく開け放ち中へ手を伸ばした―― ◆ 我輩は焦っていた。 蟹沢がいるのは非常に拙い。 自分が無害な畜生であると装う事が、我輩に取っての最大の"あどばんてーじ"である事なのに。 これではばれてしまうではないか。 この状況で引っ張り出されたらもはや喋れると言う事を隠し通すのも不可能であろう。 どうすれば良いのだ、祈よ。 動けない状況では流れに身を任せるしかない。 土永さんはただ不安に怯えながら外の会話を聞き漏らさぬように意識を集中させていた。 だが、聞こえてきた恐るべき発言に土永さんの身は凍りついてしまう。 『――首輪ならあるじゃない。鳥の首についてたのが』 我輩の首輪を取るだと……? それだけはだめだ、なんとか逃げなければ。 でもどうやって。 鞄が開かれた瞬間に飛び立てば……この痛む翼で飛べるのであろうか? 否、無理でも羽ばたかせなければいけない。 外では何かが騒がしいが最早それを聞いていられるほどの余裕は我輩には無かった。 そうしているうちに目の前に眩しい光が押し寄せる。 鞄が開いた――とそう認識したと同時に何者かの手が我輩の身体をがっしりと掴んでしまっている。 そして我輩は間髪いれずにバックの中へと引きずり出されてしまっていた。 急激な光に目の前が真っ白になり、前が良く見えない。 「やっぱり土永さんかよ」 かろうじて耳に届いた蟹沢の声。 つまりこれは蟹沢の手と言うことか……。 我輩は前が見えないのも構わず嘴を勢いよく振り落とした。 「――いてっ!」 我輩の嘴は上手く蟹沢の手に刺さったようだ。 我輩を掴む手から力が抜けたのを確認すると身体を暴れさせ、その手から脱出しようと試みる。 「いてーじゃねーか、なにすんだよっ!」 ボンッと頭を軽い強い衝撃を襲う。 まったく……この娘は加減と言うものを知らんのか。 思わずもう一撃お見舞いしてやろうと嘴を振り上げようとしたところで、我輩の頭に冷たいものが落ちるのを覚えた。 毛並みをたどって嘴まで零れ落ちてきた液体――涙? 曇る視界の中おぼろげに見えた蟹沢の顔からは涙の線が一滴たれ流れていた。 傍らにいるほかの三名は何がなんだかとわからないような表情でそれを眺めていた。 「なんでかなー。わかんないけど涙が出てくんだよね。 鳥相手になにボクってばこんなに喜んじゃってんだろうね、あはは」 「蟹沢……」 もう蟹沢の仲間であったものが佐藤良美を除いて全員死んでいることは知っていた。 しかしまさかそんな事を言われるとは思っても見なかった。 感涙までもされるとも思っていなかった。 土永さんは呆然と目の前の旧友(?)の顔を見つめながら呟いていた。 ◆ 「喋れる鳥とはなあ……わかっちゃいたけどますます俺らの世界とは違うってのが実感できるぜ」 北川が土永さんをまじまじと眺めながら口火を切る。 「ボクたちのとこだって喋れるのなんか土永さんぐらいのもんだよ」 「鳥鳥と、お前ら我輩を馬鹿にしすぎではないのか?」 怒りを示すようにばたつかせる羽根には、北川達が百貨店から持ち出したハンカチが巻かれている。 目の前の鳥が人間の言葉を理解し、話せると言うこと。 そしてきぬとは旧知の仲であると言う事を聞かされた北川と梨花は 撃ってしまったこと、そして首輪を外そうと画策していた事に関して謝罪を入れる。 尤も、鳥相手と言うこともあって訝しげな表情を浮かべたままではあったのだが……。 今までどうしていたと言うきぬの質問に対して土永さんは「どうして良いかわからずただ飛び回って逃げていた」とだけ嘘をついた。 その発言を「まあ鳥だからしょうがないよな」とあっさりと信じられた時は納得がいかない憤りを感じたが (ちと不安ではあるがしばしの盾兼目晦ましな存在にはなってくれるであろう) 無害を装えるのであればそれでいい、と土永さんはそこは触れずに流すことにした。 (話はそれたけど……) と純一が再び鉛筆を握り紙を手に取る。 (ともあれこれからどうするか……だ) (まずパソコンで探したい人物の場所が検索出来るのは大きい。 仲間を集めるのに大いに有利だ。だったらまだ見つかってない知り合いを探すのに良いんじゃないかと思う) (確かに俺も梨花ちゃんも探したい知り合いはいるさ。 でもこれをこんな所で使ってしまっていいのかって疑問が出た。 見つけたいのは山々だ。今この瞬間にも危険な目にあっているかもしれないんだからな。 それでも長い目で見たらまずお前らと合流してから、と言う結論に達した) (……俺も蟹沢も探したい知り合いはすでにこの世にはいない。 こんな辛い思いを経験したから言えるのかもしれないが、使える物は先に使っておくべきだと考えるぜ。 後悔はしてからじゃ遅いんだからな……) (だな、それに俺の方は別に後で構わない) (グダグダ言ってねーでその前原圭一ってのを探しちゃっていいんじゃねーの?) (でもつぐみさんは? 彼女だって武さんを探し出したいはずじゃ――) 「――大事な話の中申し訳ないのだが……我輩とても暇なのである」 土永さんのその発言で四人は思わず目を丸くした。 筆談に集中するあまりカモフラージュの雑談すらするのを忘れていたからだ。 これでは無言の中で土永さんの台詞が不自然に鷹野に聞こえた可能性もある。 「あーあー、そうだな、よしボクとなんかダベってようぜ」 「いや、蟹沢はみなと……」 その先を喋れぬようにきぬは土永さんの口を押さえ込むと乱雑に鉛筆を走らせる。 (だから盗聴されてんだってば! ばれるようなこと言うなっての!) きぬの剣幕に慌てて首を縦に振ると、ようやく手がそこで離された。 「ダベると言っても何を話すと言うのだ?」 「んなことなんでもいいぜ。ってかいつも五月蝿いぐらい喋り捲ってるのに今日の土永さんおとなしすぎるんじゃね?」 「五月蝿いとは失礼な。我輩はお前らの小さな脳みそでも理解できるように、ありがたい説法を聞かせてやっているだけだと言うのに」 「なんだとー!」 「――そんなに怒んなよ、カニ」 「がー、レオの声でそんなこと言うんじゃねえ! ぶち殺すぞこの鳥公!」 人間と鳥の漫才。 呆れた表情を浮かべながら三人はその様子を見つめていたが (あっちは蟹沢に任せてよう。いいカモフラージュだ。俺らも適当に相槌を打っておけばいいさ) 北川の言葉に頷きながら純一も続ける。 (それよりも前原圭一の場所を確認だ。つぐみだってそこまで目くじら立てて怒ることはしないさ) (そうかしら……せめて戻ってからでも……) 悩む梨花の背を押すように北川がパソコンを立ち上げ『現在地検索機能』を起動する。 羅列された名前の一覧の中にあった前原圭一の文字。 それを一回クリックするとカタカタとパソコンが稼動音を上げ、画面には検索中の文字が表示された。 中央のバーが五%、十%と進行情報を示してくれている。 これが百になれば圭一の場所が表示されるんだと直感した梨花の顔に僅かな笑みが浮かんでいた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「人の声――!」 智代は唐突に目を覚ました。 どれくらい眠っていたのかはわからないが、疲れはあまり抜けている様子は無い。 さもすればほんの僅かな時間だったのだろうと考える。 本調子とは到底言えないが、燻る意識の中で自分自身に活を入れながら立ち上がる。 「何者であろうと……この場に居合わせたからには殺す!」 耳障りな笑い声が智代の耳に響く。 何を話しているか内容まではさっぱりわからなかったがその楽しそうな声に苛立ちは隠すことも出来なかった。 誰が何人いるかもわからない状況の中、声のする方角へと慎重に歩を進める。 薄暗いロビーの中、一つの扉の隙間から光が漏れているのがわかった。 そろりと扉に近づくと中の様子を探ろうと耳を当てる。 何人かの声がする。 内容を聞き取ろうと耳に意識を集中させた直後、智代の脳に届いた言葉に持っていた銃を取り落としそうになっていた。 『レオの声でそんなこと言うんじゃねえ』 (今なんと言った? レオ? いや対馬レオはもう死んでいるはずだ。 そうじゃない、その先を思い出せ。中の人間はレオの声だと言った。 土永と呼ばれたと人間がレオの声を使ったと。どう言うことだ? そうだ、それは――) 喜びに身が打ち震え、笑い声が漏れそうになるのを智代は必死に抑える。 自分をこのように変えてしまった原因の一端を担ったもの。 口真似を操る殺人者。 中の会話が本当ならそれが土永と言う者でほぼ間違いは無いだろう。 だが智代にはその名前には聞き覚えがあった。 そう、それはまだ自分がここに来た当初の話。 同じ志を持った一人の少女から知り合いの者の名前を聞いた――その中にいたはずだ。 (それでは何か? 彼女は自身の知る者によってその命を散らされたということなのか?) ――憎い。 (土永ぁぁぁぁぁぁぁっ!) ――憎い憎い憎い。 間髪いれずに湧き上がる不の感情。 ハクオロと比でるほども出来ないほどの憎しみ。 (ただ殺しはしない、今まで生きていたことを後悔するように苦しめてから殺してやる!) その感情に流されるように智代は扉を蹴りつけ、轟音とともに扉が開けはなれた。 178 信じる者、信じない者(Ⅲ) 投下順に読む 179 戦う理由/其々の道(後編) 178 信じる者、信じない者(Ⅲ) 時系列順に読む 179 戦う理由/其々の道(後編) 175 クレイジートレイン/約束(後編) 朝倉純一 179 戦う理由/其々の道(後編) 175 クレイジートレイン/約束(後編) 蟹沢きぬ 179 戦う理由/其々の道(後編) 172 悲しみの傷はまだ、癒える事もなく 北川潤 179 戦う理由/其々の道(後編) 172 悲しみの傷はまだ、癒える事もなく 古手梨花 179 戦う理由/其々の道(後編) 172 悲しみの傷はまだ、癒える事もなく 土永さん 179 戦う理由/其々の道(後編) 174 おとといは兎を見たの きのうは鹿、今日はあなた 坂上智代 179 戦う理由/其々の道(後編)
https://w.atwiki.jp/girlwithlolipop/pages/176.html
ALL HAZARD PARANOIA/オール・ハザード・パラノイア Ⅰ ◆EAUCq9p8Q. ――― ―― ― ―――世界のどこかで、誰かがつぶやいた。 「嵐が来るよ」と。 ― ALL HAZARD PARANOIA ― ― ―― ――― ☆フェイト・テスタロッサ 「聖杯が欲しいか」 突如現れた男は、藪から棒にそう尋ねた。 男の体にはサーヴァントとしての存在を示すクラス名が浮かび上がって見えている。 魔術師のクラス。キャスター。だがおかしい、クラス名とともに見えているステータスは、与えられたクラスと矛盾している。 ステータスに、魔術師としての基本能力である魔力が存在していない。 先ほどの一言といい、このステータスといい。そして何が面白いのかにやけたままの顔といい。 何から何まで胡散臭い、それがフェイト・テスタロッサの魔力なき魔術師への第一印象だった。 「バルディッシュ、サイズフォーム」『Scythe Form』 構えていたバルディッシュを近接戦闘形態であるサイズフォームへと変更する。 ステータスを見るに、魔術師のクラスにふさわしく、戦闘能力は皆無に近いらしい。 ならば当然、ここで斬って捨てる。 胡散臭いキャスターを切り捨てれば、それだけで脱落者が一人増えるのだ。 魔力を大きく消費しているが、その程度ならば造作も無い。飛んで火に入る夏の虫、というやつだ。 夕闇を切り裂くような眩い閃光で刃が作り上げられる。 出来上がったのは、まるで死神が持っていそうな鎌。魔力で形作られたそれは、当たれば、さしものサーヴァントも痛いでは済まない。 「ま、待ってください! 武器なんて―――」 無謀にも間に割り込もうとした外ハネの少女を超速ですり抜け、バルディッシュを振りかぶる。 少女は後回しでいい。所詮サーヴァントではないならば対処の方法はいくつでもあるのだから。 キャスターは動きについてこれていないのか、それとも単にバルディッシュを侮っているだけか、微動だにしていない。 どちらにしろ、都合が良かった。 一撃で首を跳ね飛ばし、また一歩、聖杯に近づく。愛しいあの人の夢へと――― 振りかぶった鎌が、風を食い破りながらキャスターの首めがけて放たれる。 その時、キャスターの口が、たしかにこう動いた。 『プレシア・テスタロッサ』と。 バルディッシュを振りぬくことは、できなかった。 フェイトはバルディッシュの光の刃を、彼の首筋すれすれで止めてしまった。 キャスターはまるでそうなることを最初から知っていたかのように不敵に笑い、そして三度、同じセリフを繰り返した。 「何度も聞かせるな。お前は聖杯が欲しいか、と聞いている」 どるん。 三度目の問いの丁度その時だった。 三人だけの校庭に、唸るようなエンジンの駆動音が響いたのは。 どるん、どるん、どるん。 念入りに、念入りに、スターターロープが引かれ続ける。 乱入者の気配に、フェイトはバルディッシュをキャスターに突きつけたまま目をきった。 視線の先に、先程まで居なかったはずの人物が立っていた。 黒ずくめの格好に、目ぶかに被ったフード。そして手に携えているのは大きなチェーンソー。 更にその姿に、幾つもの情報が重なって見える。クラス名はバーサーカー。狂戦士のサーヴァント。 ステータスは……目の前の胡散臭いキャスターよりも、フェイトのサーヴァントであるランサーよりも高い。 何者かは分からない。ただ、その人物の危険性は一発で理解できた。 そこに来て、ようやく自身の短慮に気づき、歯噛みする。 いくら勝つためとはいえ、あれだけ目立つ戦闘は迂闊だった。 あれだけ目立てば、いわゆる『やる気』の主従を引き寄せてしまってもおかしくない。目の前のバーサーカーもその類なのだろう。 短慮な自分が苛立たしい。そばで忠言をくれるアルフが居ないのが口惜しい。 どぉるるるるるるるるるるるるる。 バーサーカーの携えているチェーンソーにエンジンがかかりきる。 胡散臭いキャスター程度ならばフェイト一人でも対処が可能だが、目の前のバーサーカーはフェイトのキャパシティを大きく超えている。 自身のランサーを出すことを考えたが、ランサーを出したところで戦況は変わらないだろう。 ランサーは近接戦闘には向いていない。 先ほどのアサシンとの一戦だって、相手の行動に陰りがなければ宝具を放つことすらできずにランサーのほうが負けていた。 宝具を使えば立ち向かうこともできるかもしれないが、宝具を使えるほど魔力が残っていない。 バルディッシュでの戦闘はバルディッシュ側の魔力補佐があるからまだいいが、サーヴァントを用いた戦闘はそうはいかない。 フェイトに全ての負荷がかかる。もし今また、『残酷な天使の運命』のような大技を繰り出せばフェイトが魔力を供給できずにそのまま倒れてしまうだろう。 そんな無様を晒せば、いい的だ。 少なくともこの周辺にはチェーンソーのバーサーカー、胡散臭いキャスター、小学校に潜んでいる『死神様』を名乗ったエプロンドレスの少女・キャスターが存在している。 さらに、このバーサーカーのように先ほどのフェイトたちの戦闘を見てこの周辺によって来る主従もいるだろう。 そこまで考えを巡らせれば、方針はすぐに定まった。 じゃりと音を立ててバーサーカーが一歩を踏み出す。 「ひ」と、名も知らぬ少女が声を上げた。それが合図だった。 「バルディッシュ、デバイスフォーム!」『Device Form』 キャスターに突きつけていたバルディッシュをサイズフォームからデバイスフォームに変換。 チェーンソーを構えたバーサーカーに光弾を放つ。 これで倒せるとは思っていない。しかし、目くらまし程度にはなる。 万全ではないこの状況、バーサーカーとの戦闘は避けるしかない。 校門前の舗装道路に光弾が着弾し、衝撃波を撒き散らし、瓦礫片と煙を巻き上げる。 胡散臭いサーヴァントの方から舌打ちの音が聞こえた。 逆の方からは甲高い声で「ひゃいっ!?」という、場違いな可愛らしい悲鳴が聞こえた。 瞬時に左右を確認すれば胡散臭いキャスターは顔を守るように片腕を持ち上げてバーサーカーの方を睨みつけ、少女は座り込んで両腕で頭をかばっていた。 どちらも即座に動き出す様子はない。 光弾を放ったフェイトだけが、そのまま意識を集中して宙へと浮き上がろうとする。 どぉるるるるるるるるるる――――――!!! 煙幕の向こうから、斜めに構えたチェーンソーで二度、三度と舗装道路を削りながらバーサーカーが飛び出してきた。 進行方向からして狙いはまっすぐにフェイト一人だ。 迫るバーサーカーを前に、空へと舞い上がる。チェーンソーはフェイトのバリアジャケットの裾を払い、大きく空を切った。 バーサーカーは体勢を大きく崩した。追撃の千載一遇のチャンスのように思えたが、飛び込まない。 果たして、チェーンソー男は二拍も間をおかずにすぐに体勢を整えた。 もし、無策に突っ込んでいたらきつい一太刀を浴びることになっていただろう。 少しだけ冷静になれているのを確信しながら、さらに高くへと舞い上がる。 空中を移動できるというのは戦闘においてそのままアドバンテージになる。それが自由移動が効くというならばなおさらだ。 相手が空中に対する戦法を持たないかぎり逃げれば不可侵の領域となり、攻撃に転ずれば即座に不可視の堅牢な砦と化す。 しかし、バーサーカーはそのアドバンテージすらも、狂化による身体能力の向上でやすやすと乗り越えた。 チェーンソー男は、空を飛ぶでも、遠距離用の攻撃に切り替えるでもなく、ただ、跳び上がった。 その跳躍は、やおら舞い上がったフェイトをゆうに超えるほど高い。もはや人が至った英霊と呼ぶよりは、その枠を超えた一個の怪物と呼ぶに相応しい。 夕暮れで真っ赤に染まった小学校の校舎を背負い、バーサーカーが宙を舞う。 そのチェーンソーの軌道の先には、当然フェイトの身体があった。 フェイトは構えているバルディッシュを握りしめ、再び魔力を注ぎ込む。 飛行が安定した速度を出せるようになるまではまだ数秒要する。その一撃は、なんとしても届かせてはならない。。 『Photon Lancer』 フェイトはその数秒のために空に光球を展開し、槍のように尖らせて放った。数本の槍が跳び上がったバーサーカーの脚に、肩に、突き刺さる。 しかし、バーサーカーは止まらない。 身をよじることもなく真正面から光の槍を受けきって、唐竹割りの構えでチェーンソーを持ち上げている。 「バルディッシュ!!」『Yes Sir』 間一髪サイズフォームに切り替えて、チェーンソーを受け止める。 魔力の刃とチェーンソーの歯、二つが一瞬咬み合って耳障りな音をかき鳴らす。 均衡は一秒も保たれない。フェイトが力負けし、バルディッシュが弾かれてしまう。 空中で体勢がぐらついたフェイトの身体をチェーンソーが掠める。受け止めた分だけ歯がずれて、必殺の唐竹割りを往なしきったようだ。 チェーンソーを避けた勢いそのままに、更に高みへと飛び上がろうとするフェイト。しかしバーサーカーはまたしても逃亡を許さない。 「なっ―――!?」 バーサーカーは超人的な身のこなしで身体をねじり、腕を伸ばし、今にも飛たたんとするフェイトの脚をその豪腕で握りしめたのだ。 フェイトの飛行は魔力による飛行なので地面に引きずり降ろされるようなことはない、だが、片足に大きく負荷がかかれば安定した姿勢を保つことは難しい。 更に言えば、脚を捉え逃げ道を塞いだのが見敵必殺のバーサーカーである以上かかるのは負荷だけでは済まない。 どるるるるん。どるるるるん。 フェイトが掴まれた右足を見れば、そこには、片手でチェーンソーを垂れているバーサーカーの姿が目に入った。 ぶらり、ぶらり、チェーンソーが揺れる。それはまるで振り子のように。 瞬間、『片手でチェーンソーを振り上げてフェイトを切断しようとしている』と察したフェイトは、すぐに次の行動に移った。 「こ、のっ!!!」 フェイトの策は単純だった。 飛行に回していた魔力を切り、逆に地面へと向かう推進力に変えたのだ。 結果、バーサーカーはチェーンソーを跳ね上げるよりも早く、地面にたたきつけられる事となった。 バーサーカーが地面を大きくバウンドし、ごろごろと転がっていく。 フェイト自身も勢いがついているため、空中で急ブレーキをかけるも体勢維持ができずに地面に投げ出されそうになってしまう。 しかし、そこを支える者があった。 「無茶ばかりするのね」 「……大丈夫」 口数の少ない青髪の少女―――フェイトのサーヴァント、ランサーだった。 すわ落下という瞬間に、ランサーが実体化して彼女を受け止めたのだ。 ランサーの身体に衝突した衝撃と、現界に要した魔力と、蓄積された疲労とダメージで少し気を失いそうになって持ち直すまでに数秒。 小学生であることを鑑みれば、それはかなり早い立て直しだっただろう。 しかし、相手はそんなことを一切考慮していなかった。 どるるるん、どるるん。 見れば、もうすぐ近くまでバーサーカーが迫っていた。 心なしか、寄ってくる速度は遅い。ひょっとするとランサーを警戒しているのかもしれない。 ランサーがフェイトをかばうように立ち上がり、ロンギヌスの槍(真名を解放していないので魔力は極限まで抑えられている)を取り出した。 ランサーの臨戦態勢を見て身震いしたのはフェイトだ。ランサーでは勝てる相手ではないというのは確定的に明らかであるし、宝具を放てばフェイトの魔力は尽き果ててしまう。 「駄目、ランサー!」 「知っているわ……マスター、令呪を」 『令呪を』。続く言葉は想像がついた。 おそらくは『令呪を用いて魔力ブーストをかけるよう命令をくだせ』ということだろう。 そうすれば一時的にとは言え魔力に補佐を得て、もう一度くらいはあの超級の宝具を花てるかもしれない。 令呪は有限。できれば無駄撃ちはしたくない。 だが、ここで撃たねばまた襲いかかられてダメージを無駄に積み上げるだけだ。 即時判断を終え、令呪に魔力を巡らせながら、命令を紡ぐ。 「……令呪を持って命じます! ランサー、目の前のバーサーカーを―――」 「伏せて!」 魔法の呪文は、乱入者の叫びと降り注ぐ魔力の矢で遮られた。 ☆輿水幸子 幸子は、もう何がなんだかわからなかった。 掲示板の書き込みを見て、小学校の前まで来てみれば、武器を構えたフェイト・テスタロッサが居た。 彼女と命がけの交渉を行おうとした矢先、変な男性(キャスターらしい)が邪魔をしてきた。 しかもあろうことか、こんなにもカワイイ幸子を小蝿だなんて言い放って。 それだけで幸子としては許せなかったのだが、抗議の声を上げることはできなかった。 キャスターを見た瞬間、フェイトの眼の色が変わったのだ。 そして、手に持っていた武器らしきものの形が変わった。 まるで死神の鎌みたいだと思い、もしあれがあたってしまえばと想像すると、足が震えた。 幸子を動かしたのは、彼女らしい『虚勢』だった。 聖杯戦争を止めなければならないという正義と呼んでいいのかわからない心で奮い上がり、ヤケクソ気味に足を踏み出す。 カワイイからってフェイトが止まってくれるかどうかは分からないが、それでも、フェイトはすぐには幸子を襲わなかったという事実がある。 無差別に目についた人物を襲っているわけではない。 ならば、話をする余地はあるということだと判断した。 「ま、待ってください! 武器なんて―――」 一歩をヤケクソで踏み出し、続く足は勢いで駆け出し、フェイトとキャスターの間に立ち塞がる。 しかし、フェイトは幸子をすり抜け、キャスターの方へと行ってしまった。 フェイトを止められない。フェイトは止まらない。 あのキャスターという男は、ここで死んでしまう。 やはり聖杯戦争は止められないのだろうかという諦観にも似た絶望と。 刃を持ったフェイトがすり抜けた瞬間、内心、自分は死なずにすんだとほっとしてしまったという当たり前の感情を抱いてしまった幸子の胸を締め付ける。 二秒、三秒。聞こえるはずの斬撃の名残は、まだ幸子には届かない。 おそるおそる振り返ってみると、フェイトの刃はキャスターすれすれで止まっていた。 もしかして、声が届いたのか? 幸子が尋ねるよりも早く、再び事態は急変した。 物々しい音とともに現れたのは、黒いフードの、おそらく男性(バーサーカー、と見える)。 物騒なことに、チェーンソーのエンジンを掛けながらこちらに歩いてきている。 どるん。どるん。どるん。どぉるるるるるるるるるるるるる。 チェーンソーが高速回転をし始めたのを見て、幸子は悲鳴を抑えきれなかった。 「ひ」 フェイトの武器は、死神の鎌のようであると思ったが、現れ方から刃の色までほとんどすべてが現実離れしていて恐怖が薄かった。 だが、あの男の持つチェーンソーは、いやらしいほどにリアリティに溢れていた。 小梅と、輝子と、三人で見たパニックホラー映画を思い出す。 映画の中の怪人は得てして、ああいう武器を振りかざして、無辜の人間を襲い、殺すのだ。 バーサーカーは何も言わずに、ただチェーンソーの音だけを響かせながら歩き続ける。進行方向は、幸子たちの方だ。 フェイトの前に飛び込むときには蛮勇に任せて動いた足も、今度はガクガク震えるばかり。 真っ白になった頭でバーサーカーを見つめていると、やはり想定外の衝撃が走った。よくわからない光の弾が、バーサーカーに向かって放たれたのだ。 「ひゃいっ!?」 反射的に頭をかばって座り込む。 数秒経って、「この程度の自衛では意味が無いんじゃないか」と気付き飛び退った時には、また幸子を置き去りにして事態が動いていた。 飛び退り、煙幕の中にバーサーカーの影を追うが、地上にはバーサーカーの姿も、フェイトの姿も見えない。 エンジンの駆動音を頼りに空を見上げれば、二人は、空を飛んでいた。 正確にはフェイトが宙に浮き、そのフェイトの足をバーサーカーが掴んでいる、というような状況だった。 キャスターはそれを見上げて「ぶんぶん五月蝿い奴らだ」などとぼやいているが、どう考えてもそういう状況じゃないだろう。 思わず突っ込みたくなるが、言葉が出てこない。 ようやく出てきたのは、声にもならない程度の音量の声、言葉としての意味も曖昧な言葉だった。 「な、んですか、これ。なんなんですか、これ」 幸子のカワイイ頭はすでにフットー寸前だ。 しかし、幸子の頭に注ぎ込まれるガソリンは、まだまだ止まらない。 「さ、幸子、ちゃん……!」 一日ほどしか離れてないのに、懐かしく思えるその声に、振り向く。 そこには、中学校の制服を着た、見知った少女が居た。 「輝子、さん……」 名前が、自然と口から溢れる。 どこかおぼつかないフォームで、マイペースな彼女には似合わない小走りで、幸子の方に駆け寄ってきている少女は。 見間違うはずがない。カワイイ幸子の友達の、星輝子だった。 煮えたぎっていた幸子の頭が、ぐるんと一回かき混ぜられる。 輝子が何故ここにいるのか。自分の居場所を知っているのか。 どうでもよかった。ただ、足が動いた。 駆け寄ってくる輝子の手を掴み、そのまま明後日の方向へ駆け出そうとする。 ここに居るのは危険だ。ここには、フェイトもいるし、バーサーカーも居る。 フェイトとの交渉は後日に回さなければならなくなるが、交渉の機会と親友の命となんて、天秤にかけるまでもない。 幸子に手を引かれたせいでバランスの崩れた輝子を支えようと、彼女の身体に手を回す。 その時、空がひときわ眩しく光った気がした。 「伏せて!」 放たれた声に、立ちすくみ、思わず言われたとおりに身を低くする。 刹那、幸子の隣に何かが落ちてきて、地面に大穴を穿った。 何かはかなりの量が空から落ちてきているらしく、あちこちから音が聞こえてくる。 悲鳴を上げることもできない。もう死んだ、と本日三回目の走馬灯が頭をよぎる。 幸子の頭上から音がする。突き刺さったわけではない。鋭い何かが、同じく鋭い何かに弾かれた。そんな音だ。 音が止み、地面の冷たさから生を実感して、音の正体を辿ってそろそろと顔を上げる。 そこにはまた見知らぬ人物が立っていた。 その人物が何者か、何故幸子を守ったのかに見当はつかない。 ただ、その見知らぬ人物は、幸子と同じくらいに可愛らしく。 真っ白なコスチュームも相まって、悪をくじく素晴らしい正義の味方のように、夕闇に映えていた。 ☆ランサー 取り逃がした少女……江ノ島盾子と同等の邪悪な存在、蜂谷あいと彼女のサーヴァントであるエプロンドレスのサーヴァント。 桜色のステッキを持った魔法少女。桜色の髪をしたセイバー。 二組から大きく距離を取り、二組の追撃に備えもう一度実体化して周囲の『心の声』に注意を払う。 するとすぐに、いくつもの声が聞こえてきた。 (フェイト・テスタロッサを利用して聖杯戦争に付け入りたい) (聖杯戦争を止めたい。クリエーターを見返すために仲間がほしい) (これ以上戦えば消耗して敗北は免れない。逃げたい) (雪崎絵理を殺したい)(邪魔者は殺さなければならない) ランサーの魔法は、昔から考えれば大きく変わってしまった。 今ではもう、相手が困って居なくたって声を聴き、思考を先読みすることができる。 それは願望であったり、無意識下での反射的判断であったり様々だが、『キックを避けられたくない』『本当のパスワードを知られたら困る』程度の心の声すら聞き逃さなくなった。 そんな能力が、先ほどの四人(鉢屋あいの心の声は聞こえなかったので正確には三人、だが)以外の声をキャッチした。 誰かがいる。聖杯戦争に関わっている誰かが四人、この近くに。 それを裏付けるかのように電動鋸を回すようなけたたましい音と、何かが爆裂するような音が聞こえてきた。 更に新たな声が二つ。その戦闘のすぐ近くに一つと、少し離れたところに一つ。 近い方の声は、よほど困っていたのか、かなり鮮明に捉えることができた。 (きらりさんと、幸子ちゃんが居たら困る)(二人が危ない目にあってたらいやだ)。 その声に、ランサーの拳を握る力が強くなる。 諸星きらりのことを真に願う参加者がここにも居る。双葉杏以外にも、確かに存在している。 それはとても喜ばしい事実だ。 だが、その事実を反芻するたびに、頭のなかにあの自信満々な絶望の塊のような少女の笑顔と笑い声がこだましてくる。 そして、離れた場所から聞こえる、小さいが力強い、もう一つの声。 (マスターを変えたい)(参加者を減らしたい)。 相反する二つの声が鳴らすのは、これ以上ないほどの『危険人物』の到来を示す警鐘だった。 危険人物の心の声が、(視界に捉えている五人に不意打ちに気づかれては困る)という声に変わる。 聞こえた心の声の数は、その不意打ちを企む誰かを除いて五つ。 ランサーが勘定に入れられていないのは、おそらく不意打ちをしようとしている人物の視界にランサーが入っていないからだろう。 ランサーが見つかっていない以上、逃げるのは簡単だ。霊体化して霞のように消えてしまえばいい。 だが、ランサーの心は、ランサーの正義はそれを良しとしなかった。 もとより、『すべてを守る』という馬鹿げた願いを持って英霊にたどり着いた魔法少女だ。 今まさに襲われようとしている人間を、しかも他者を思いやる心を持った人間を、見捨てることなんてできない。 ルーラを取り出し、一気に駆け出す。 そして攻撃が行われるよりも早く、声を上げる。 「伏せて!」 飛び出した瞬間、ぱたぱたと不慣れそうに走っていた白髪の少女が何事かとこっちを向き、薄い髪色の少女は何も言うことなく素早く白髪の少女の体ごと地面に伏した。 少女たち二人の方に駆け寄り、空から降り注ぐ魔力の矢を弾き飛ばす。 少女たちの心の声が聞こえる。 (死にたくない)(聖杯戦争を止めたい) (幸子ちゃんを守りたい)(きらりさんがいたら困る) その二人が、先に存在していた五人の中でも特に守らなければならないと思った二人だったことがわかり、ルーラを握る力が強くなる。 降り注ぐ矢の軌道は心の声ではつかめていない。つまり『範囲内に無作為に矢をばらまく宝具』なのだろう。 一本でも逃せば、この二人が死ぬ。 ランサーは魔法少女の持てる超人的な集中力と反射速度を持って、すべての矢を叩き落とした。 次の波が来ないことを確認し、一息をついて、他の声の方をちらりと確認する。 金と黒の衣装を身に纏った少女(通達で見た、フェイト・テスタロッサだ)と槍を携えた少女は、辛くも全弾凌ぎ切ったという様子だ。 両者ともに、身体の至る所に矢がかすめたであろう、生々しい傷が残っている。 NPCと見間違えそうな男性は、ただ苛立たしそうな表情で、『危険人物』の心の声がした方向を眺めている。 その体には一切傷がない、それどころか動いた様子すらない。矢に当たらないスキルを持っているのかもしれない。 最後の一人、フードを被った大男は、体中に魔法の矢を突き刺したまま、『危険人物』の方へ駆け出していた。 どるるるるる、どぅるるるるるる。 チェーンソーの駆動音の合間に、しゅぱっという軽い音が響く。 そして、フードの大男は、喉に大きな風穴を開けてそのまま地面に倒れてしまった。 『フェイト・テスタロッサのサーヴァントが一人と、もう一人、隠れていたか』 ランサーの卓越した動体視力が捉えたのは、『矢』だった。矢があのフードの男の喉を貫き、一撃で倒してしまったのだ。 そして、矢の放たれた方向は、先ほどの危険人物の方向。 『早速で悪いが、私は君たち全員を撃破しなければならない。それが、私のマスターの依頼でね』 降り立ったのは、黒と金の身体に、頭頂には太陽を模したような冠を飾った、異形の存在。 ローブのようにも見える黒に金のマントを棚引かせながら、怪物はゆっくりゆっくりと歩み寄ってきている。 サーヴァントであるランサーにはその正体を見ることはできなかったが、それでもそのクラスだけは想定できた。 放たれた矢の嵐。そしてフードのサーヴァントを撃ちぬいた一弓。 アーチャーのサーヴァントに相違ないだろう。 アーチャーの左手についた弓のような篭手に魔力が集まる。 次いで聞こえる心の声は(フェイト・テスタロッサに避けられると困る)というもの。 それを矢を放つ予備動作だと察知したランサーの行動は早かった。 一気に駆け出し、ルーラを振るう。 しかし魔法の国製のルーラの一太刀はアーチャーの身体には届かない。 アーチャーが脱ぎ捨てたマントを使ってルーラの軌道を逸らしたのだ。 アーチャーの真の姿が衆目にさらされる。マントの内側に眠っていたのは、眠るような黒と燃えるような赤。 『気忙しいねえ。後で相手をしてやるから、少しは静かにしていたまえ』 (腹への一撃を避けられたら困る) ルーラを往なされてバランスを崩したこともあり、声を聞いてからの反応が追いつかない。 拳がランサーの腹を叩いた。 その拳撃は、ランサーが今まで受けてきた中でも最上級の威力。 崩れかけたところに、アーチャーの蹴りが突き刺さる。 ランサーは、まるで戦闘に不慣れな魔法少女のように、ただ暴力に晒されて、威力に任せて舗装道路をごろごろと転がるしかなかった。 (目の前のサーヴァントに矢を避けられては困る) 次に聞こえてきた心の声は、またしてもランサーを狙ったもの。 転がる勢いで起き上がり、横に飛び退る。次の瞬間には、ランサーが横たわっていた場所に大穴が空いていた。 『ほう、勘がいい。では、これならどうかな』 まるで必死で走り回る子どもをのんびり眺めているかのような抑揚での物言い。 その物言いとは打って変わって、放たれるのは殺すための連撃。 息つく暇もないほどの速度で矢が次々と放たれる。 心の声による先読みで次々に避けるが、矢とランサーの距離は迫っていく。 あわや着弾か、というところで、アーチャーの弓は突如その目標を変えた。 放たれる矢。空中から聞こえる小さなうめき声。何かが落ちる音。誰かが逃げようとして撃たれた、ということだろう。 『逃げられると思ったのなら、それは少々、私を見くびりすぎだ』 余裕綽々という風貌そのままに、圧倒的な戦力で立ちはだかるアーチャーに、再び肉薄しようと体勢を立て直す。 誰かが近接戦を挑んだならば、アーチャーは弓を撃つ隙がなくなる。 まずは、この圧倒的な敵を退けるのではなく、他の者達の撤退の手助けを行う。 心の声による先読みと、同等の反応速度を持つランサーならばそれが可能だ。 しかし、ランサーが走りだすことはなかった。 心の声が聞こえた。 しかも、この状況で、また新たな心の声が。 (動き回られると困る、マスターとサチコを連れて帰れない) (どっちがサチコだったっけか、分からない) 誰かが、『マスター』と『サチコ』を連れて帰ろうとしている。 この場にいるマスターはおそらく三人、白髪の少女、髪色の薄い少女、そしてフェイト・テスタロッサ。 そして『サチコ』とは、白髪の少女の心の声にあった名前。 導き出されたのは、その心の声の主が、先ほどランサーが守った二人を助けにきたという事実。 『えーい、面倒だ!! 二人まとめてまとめて連れて帰ればそれでいいだろ!!!』 突如聞こえる大きな声。 空を見上げれば、そこには、『何故か見覚えのある』謎の円盤が浮いていた。 『ハァッヒフゥッヘホォ―――――――――!!!!』 いやに聞き慣れた雄叫びが、六人の頭上から放たれた。 『な、に』 その声と、空を漂う円盤に呆気にとられたのは、襲撃者であるアーチャーもまた同じだった。 『信じられないものを見るような目』で、その円盤を眺めている。 『喰らえ、トリモチバズーカ!!』 その一瞬の虚を突いて、円盤の下部からノズルが飛び出し、べっべっべっと三つの白い粘着質な何かを吐き出した。 アーチャーの身体に一つが着弾する。 アーチャーが余裕の態度を崩し、その姿のままで固まった。 動きが鈍い。本当に『トリモチ』をぶつけられたかのようだ。 『掃除機ノズルアーム!』 続いて円盤から、掃除機のノズルに似た長細いジャバラが伸びた。 ノズルは『マスター』と『幸子』を吸い、ついでにランサーも吸い上げた。 掃除機を吸い上げられるごみはこんな気分なんだろうか。なんて、くだらない考えが一瞬頭をよぎる。 そして、一瞬の後には、ランサーは円盤の内側に居た。 幾つかのボタンとレバーしかないそのコックピットは、やはり『なぜか見慣れた』ものだった。 「さっさと逃げるぞ!!」 「ライダー、あ、あの三人も……」 「定員オーバーだ!! 文句言うなよ!! マジックハンド!」 声と同時に、ライダーと呼ばれた異形の英霊が円盤内のボタンをぽちりと押す。 すると左右二本のマジックハンドが伸び、右手で地面に横たわっていたフェイトと彼女の英霊を、左手で男性を捕まえた。 そして、彼らを宙に持ち上げて、円盤は速度を上げ始めた。 ◇ ランサーにとって、その光景は、魔法少女の存在以上に奇異なものだった。 ランサーが魔法少女になるよりもずっと前、それこそ物心がつくよりもずっと前。 およそ日本中の子どもが見ていたと思われるアニメを、ランサーも当然のように楽しんでいた。 顔がアンパンの正義の味方と、バイキンがモチーフの悪役が、毎週毎週戦うアニメ。 その中の登場人物、彼の乗り物である円盤。果たしてそれこそが既視感の正体だった。 ランサーはアニメや歴史にそれほど詳しくはない。だが、その英霊の名前は、間違えようがなかった。 ランサーの胸にあふれている謎の感動をよそに、ライダーと、彼のマスターは話を続ける。 「なんか似てたから二人とも回収したが……どっちかがサチコってやつでいいんだな」 「ふ、ふ、さすが、親友」 「なあにが『さすが親友』だい! 俺様があとちょーっとでも悩んでたら、お前ら全員穴だらけだったんだぞ!」 白く長い髪の少女(ライダーのマスター)は、とても楽しそうにこの円盤の主であるライダーの肩をたたいた。 ライダーは、ぷりぷり怒りながらもレバーの操作に余念がない。 円盤での移動が目立つからか、一旦森の方へ進路をとっているようだ。 コクピットのガラス越しに外の三人を見つめる。風の影響などは受けていなさそうだ。 思い返せば、ランサーの知るライダーのUFOは、よくキャラクターを掴んで移動していたが、風圧などは一切無視できていた。その逸話が現れたのかもしれない。 「あ、あの」 そこでようやく、『幸子』が声を上げる。 その様子は、ネッシーやツチノコ以上に信じられないものを見た、というようで。 「貴方……ばいきんまん、ですよね? マスター、って、輝子さんの、サーヴァントなんですか?」 しばしの沈黙。そして、ライダーの大きなため息。 「だーから、俺様嫌だったんだよ。一発でバレちゃうんだもの!」 肯定。ついでに言えばランサーの予想も、あたっていた。 いや、これだけわかりやすいフォルムの悪役を、見間違えるほうがおかしいのだが。 画面の中だけの世界一有名な悪役が、同じ聖杯戦争に呼ばれている、なんて思ってもみなかった。 ランサーは今一度、聖杯戦争と言うものへの認識を改め直した。 「お前がサチコか?」 ライダーが幸子に問いかける。幸子はまだ狐につままれたような顔をして、ただ二度ほど頷いた。 それを確認すると、ライダーは次に、しらっとした眼でランサーの方を見つめてきた。 そこまで来て、ようやく自分も助けられていたのだということを思い出したランサーは、姿勢を正して頭を下げた。 「あ、あの、ありがとう……」 「よせやい! お礼なんか言うな! 俺様、そういうのいっちばん苦手なんだ!!」 しかし、謝辞の言葉はライダー本人の言葉でかき消されてしまう。 そしてライダーは、少し不機嫌そうな声で続けた。 「それにお前、正義の味方だろ! くっそう、お前が幸子じゃないってわかってたら、置き去りにしてたのに!」 言われてみれば、幸子と呼ばれた少女と、ランサーの髪色はよく似ていた。 自分が助けられた理由が『幸子と似ていたから』というあまりにも偶発的すぎるものだということに、思わず身体の力が抜ける。 しかし、ランサーの心の方は、脱力とは程遠い状態だった。 正義の味方、という一言が、ちくりとランサーの心に突き刺さる。 思い出すのは、またしても、自身のマスターの言葉と、自身のこれまでの振る舞い。 苦しんだ心が絞られ、膿汁のように苦々しい言葉を一言だけこぼす。 「……私は、正義の味方なんかじゃ」 「いーや、俺様が言うんだから間違いない! お前は正義の味方だ! そんな見た目で、他のやつ助けるようないかにも~なやつが、正義の味方じゃないわけないだろ!」 しかし、ライダーはまたしても、ランサーの言葉を断ち切って、自身の意見を突きつけた。 ランサーは、やはり、苦い思いしかできなかった。 しばらく、沈黙が流れる。 輝子も、幸子も、ライダーも、何も喋らなかった。 輝子はライダーの背中越しに、ガラスの向こう側に広がる景色を鼻歌交じりで楽しんでいる。 幸子はそわそわしているように見える。ひょっとしたら、先ほどのランサーとライダーのやりとりで、萎縮させてしまったのかもしれない。 少しばかりの沈黙に、心の膿の臭いが混ざる。 ランサーは、感じるはずのない膿の臭いに少し居心地が悪くなり、つい口を開いてしまった。 「……あの、ライダーさん」 「なんだぁ?」 「悪って、なんなんですか」 ランサーが一言喋ると、ライダーはすぐに簡素な返事を返した。 昔見た彼はこんなに職人気質だっただろうか、と考えながら、ランサーは遠回しに、先ほどのばいきんまんの『正義の味方』という言葉について、問いなおす。 ランサーは、時々正義と悪がわからなくなる。 魔法の国から見れば、魔法少女狩りは正義であり、また同時に悪でもあった。 彼女の心の中の正義に従っても、なじられこそすれ賞賛されることはない、不確かな正義の元で戦い続けていた。 ここに来て、その不確かな正義は再び揺れることになった。 自殺した少年を殺したのは誰か。 鉢屋あいを殺すのは本当の正義か。 善と悪は、しょせん人の目盛りにすぎない。命に貴賤をつけたのはランサーであり、正義ではない。という江ノ島盾子の言葉。 ならば、ランサーの正義とは、ランサーの信じてきたものはなんなのか。 自身の弱みを見せるようなことは、生前のランサーならばしなかった。 しかし、ひょっとすると、目の前の『あく』の大御所ならば。 世界一純粋な人間に向けた『あく』である彼ならば、ランサーの抱える自己矛盾について、何かの解決策をもたらしてくれるのではないだろうか。 ライダーの性格をしっかり理解したうえで、そう判断した。 それはもしかしたら、ランサーにすこしばかり残っていた『なにかへのあこがれ』と、一方的であるかもしれないが幼少期を一緒に過ごした相手への理屈を超えた信頼感がそうさせたのかもしれない。 「なんだあ、お前、そんな簡単なことも知らないで正義の味方やってるのか!」 そんなランサーの心の中もつゆ知らず、ライダーはすぐに答えを出した。 「いいことするやつが正義! まじめとか、他の人のためとか、俺様そういうのぜえんぶ大っ嫌い!! その反対が悪! だから俺様は悪の味方なんだ! わかったか!」 それは、とても単純な理屈だった。 幼児に向けられた、包み隠さぬ本質的な『正義』と『悪』だった。 まるで赤鉄を槌で叩いたかのように。 ランサーのなかに、単純な理屈が響く。 事態が複雑になればこんな単純な理屈は通用しないというのは理解している。 だが、それでも。その単純な理屈は、ランサーの心に折り重なっていた澱を雪いでくれるようだった。 「あの」 続くランサーの一言に、ライダーが応えるよりも早く。 円盤の外から爆音が響き、バイキンUFOの右のマジックハンドがちぎれ飛んだ。 数秒後に、同じように左のマジックハンドも吹き飛んだ。 一撃目の襲撃で気を取り戻したランサーの眼が、マジックハンドを吹き飛ばした『何か』を捉える。 それは、先ほどのアーチャーの『矢』に相違なかった。 「ちっ、追ってきやがったか!!」 ライダーは舌打ちをして、レバーをきつく握り直し、操作する。 その操作に従って、UFOは不規則に進路や高度を変える。 進路を変えるたびに、UFOの端から鈍い音が上がる。先ほどと同じように、矢を乱れ打っているのだろう。 すれすれのところですべてが機体そのものに着弾しないのは、距離のためか、逃げ続けているためか、ライダーの腕前か。 ががんと音を立ててUFOの円盤部の装甲が跳ね上がる。 じわじわと、着弾箇所が中央へと寄ってきているのは、ランサーでなくとも気づけることだった。 「だ、だ、大丈夫なんですか!? これ、大丈夫なんですか!?」 「しるか!!」 幸子の悲痛な叫びに応えるライダーの声にはもう余裕はない。 ライダーがUFOの高度を大きく下げる。 直後、今までで一番大きな爆音がUFO内を包み込んだ。 ☆アーチャー 円盤の胴体を貫いたのを確認し、矢を撃つための安定した走りから追いつくための全力の走りに切り替える。 現れたのが宇宙の象徴のような『未確認飛行物体』でなければ、隙を作ることもなかった。 放たれたのが単なる攻撃ならば余裕を持って防げた。 だが、あの瞬間のあの行動はアーチャーにとってはまさに最悪と言わざるをえない一手だった。 とはいえ、十分に注意していれば対処することもできたはずだ。 我ながら酷く油断したものだと思ったが、それもこの一撃で六割ほど取り戻せた。 残りの四割は、撃ち落とした二つのマジックハンドとともに置いてきた。フェイト・テスタロッサを見失うのは痛手だが、倒せる人数は多い方がいい。 令呪としての価値があるフェイトを捨てたとマスターが聞けばなじるかもしれないが、伝えなければいいだけだ。 円盤がふらふらと高度を落としているところに、ダメ押しで矢を二発打ち込む。 すると、円盤は面白いほどに大きな音を立てて爆発した。 あれほどの爆発ならば中に乗り込んでいる四人は無事ではないかもしれない。 だが、念には念を入れておく。 生き残られてアーチャーについて触れ回られて、アーチャーの有利は揺るがないだろうが、聖杯戦争では何が起こるかわからない。 殺せる時に殺しておくべきだ。 ひょっとして、令呪を持ったままのマスターが一人でも生き残っていれば、フェイトの討伐令による令呪一個を上回る、令呪三個を得ることができる。 『そうすれば、あの気難し屋なマスターも、笑ってくれるかもしれない』 忠誠心ではない。 たんなるご機嫌取りだ。 あと数十時間を円滑に過ごすための、処世術にすぎない。 アーチャーにとって最も警戒しなければならないのは、、まずマスターの持つ絶対遵守の『令呪』。 もし、対魔力の低い我望光明状態で令呪を使われれば、アーチャーは従うしかなくなる。 行動に変な制限を加えられて、うっかり負けましたでは笑えない。 そんな状況を作り出さないように先手を打っておくのは大事なことだ。 ◇ 爆発の火花で、木が燃えている。 周囲には、紫色のブリキとガラスの混ざった円盤の残骸が広がっている。 そして、燃え盛る木の側に、彼はいた。 深い紫色でで、三頭身の身体。頭には二本の触覚、背中には羽と尻尾。 21世紀日本由来の英霊である以上、アーチャーも彼の真名を間違えるはずがなかった。 『嬉しいね、まさか、君と会うことができるなんて。 光栄だよ、『日本一UFOに乗った英霊』……ばいきんまんくん』 「俺様はお前のことなんか知らないぞ。わかったらあっちいけ! くそ、あいつら、俺様一人置いて行きやがって!」 クラス不明のサーヴァント・ばいきんまんは悔しそうに地団駄を踏んだ。 その姿も、アーチャーの知っている彼に相違ない。 『残念だよ。君を殺さなければならないなんて』 「こいつめ、もう勝った気でいやがるな!」 『君程度には、私の夢は止められないよ』 「へーんだ! 俺様、日本一諦めの悪い悪役だもんね!!」 ばいきんまんが天に向かって手を突き上げる。 「こぉい、『だだんだん』!!!」 瞬間、空が光り、木々を超えるほどの背丈のロボットが現れた。 鈍く輝くブリキのロボットは、やはりアーチャーもよく知る宝具。『だだんだん』。 アーチャーは、アニメの中からまるでそのままなその英霊の振る舞いに笑ってしまった。 アニメのままの英霊を、武力によって討伐する。 聖杯戦争だとはいえ、これを笑わずにいられようか。 『素晴らしい……君は実に、「ばいきんまん」だ!!』 アーチャーが飛び上がり、だだんだんの拳が唸る。 【ALL HAZARD PARANOIA/オール・ハザード・パラノイア Ⅱ】
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/144.html
一年を通じて穏やかな気候であることから、ガーター半島の中でもウィルミントンは特段に住みやすい場所であるとして、古来より住居や観光地としての人気が高い地域だ。 街の東は波も穏やかな静海に面しており、西には聖王伝説に準えた巡礼地としても名高いデマンダ山脈が連なり、東西で素晴らしい景勝を成している。 かくして、そんなウィルミントンに一人、悩める青年がいた。 「アビスリーグとは、一体いつから経済界・・・いや、世界そのものに干渉してきていたというのだ・・・?」 見るからに長い歴史を彷彿とさせる、古式造りの外観をした建物。その二階にある、小さな窓から西日が差し込んだ、質素な調度品が幾つかあるだけの一室。 世界有数の港湾景観美を誇るとも言われるウィルミントン港から程近い港湾商業通りの一角に、その建物と部屋はあった。 そこは、他国と比べても群を抜いた量の歴史的建造物数を誇るウィルミントンの中でも、指折りとされる代表的な歴史的建築様式で建てられた老舗工房、すなわちチャールズ自由工房の区画内。 かの聖王その人に付き従い、三百年の昔に四魔貴族と熾烈な戦いに身を投じた英雄の一人であるチャールズ=フルブライトの名前を冠した、世界で最も有名だとすら言われる工房である。 「調べれば調べるほど、その痕跡は巧妙に隠されている・・・。我が商会における違和感に限れば早々探り出せるかと思っていたが・・・よもや、ここまで分からぬものだとはな・・・」 小さな部屋には不釣り合いなほどに広い机の上に、これでもかと積み上げられた書簡の山。 それらを脅威的な速度で読み解き、自らの手元にある手帳へと愛用の羽ペンで要点の記載を行いながらブツブツと独り言を呟き続ける。 フルブライト二十三世は、かれこれもう二ヶ月近く、短期間の間に幾つか場所を変えては籠るという生活を続けていた。 なぜ彼がこのような生活をしているのかといえば、これは完全に自衛の観点からだ。 フルブライト商会の内部に、アビスリーグの魔の手が伸びている。それは、最初は可能性の一つとして行き着いた推測でしかなかった。 世界各国で秘密裏に活動を行なっているアビスリーグが、世界一の商会を有する商都であるウィルミントンに潜んでいないわけはない。フルブライト二十三世はアビスリーグの存在を察知した直後には、当然の如く真っ先にそう考えたのである。 そして、もし実際にそうだとしたら。 なれば代々ウィルミントンの執政官も務めるフルブライト一族との接触を図るのが、この街で最も有効な内部崩壊の道筋だ。 簡単なことではないが、それでも目的のことを思えばこそ、そこを目指すことは火を見るよりも明らかであるだろう、と考えた。 もし、彼が現時点で商会の全権を握っているのならば。 そうだとしたら、自ら考えたその最悪の可能性について、即座に否と言い切ることができたのかもしれない。 だが実際の彼は、残念ながらこの商会を掌握してはいない。 確かに肩書きこそフルブライト家の当主にしてフルブライト商会の会長を務めるフルブライト二十三世だが、その実フルブライト商会を意のままに操るのは、先代当主であるフルブライト二十二世、つまり彼の父親であった。 その父の敷く院政による運営というのが、今のフルブライト商会の実態なのである。 フルブライト商会は、商会中興の祖にして聖王十二将の一人とも言われるフルブライト十二世の頃から、若い世代への継承を推し進める伝統があった。故にフルブライト二十三世は、若くして会長の座に就いたのである。 そして彼は、自分の若さ故の過ちを酷く後悔していた。 元々の彼は自他共に認める通りの、野心家だ。 商会お膝元であるウィルミントンの街中でも最近は耳に届くことがある、フルブライト商会の「落ち目である」という風潮。これを一掃し、近年業績を伸ばすドフォーレやラザイエフ、ナジュ地方の新興企業を相手に絶対的優位に立ち回り、フルブライト商会の名声を自らの代で最も歴史上大きく輝かせる。 そんな野望を、己の中に持っている。 しかしこの野望に強く突き動かされた彼は、父の院政という現実に直面した時、大いに空回りした。 当然院政を敷くならば、表向きの代表は操りやすいに越したことはない。それこそ、右も左もわからぬ幼子を王の座に据える摂政が如く、だ。 だが父から引き継いだ会長の就任直後に彼は、父の院政方針に反発して、実に小賢しく立ち回ってしまった。 それは下手に能力と野心があり、そして経験がなかったからこその大いなる過ちであったと、今の彼は過去の自分のことを酷く悔いている。 御せないならば、干す。院政を敷く父が実行した彼への対処は、至極当然のことであった。 血の繋がった親子の情けか、伝統を守ったが故か。彼は、会長職を辞するまでには至らならなかった。 だが彼の持つ権限はその殆どが削がれ、ウィルミントンにある本店の売上管理のみが主な彼の業務となり、それ以外の業務への干渉権限は基本的にはなくなった。 その状況に至り、彼は漸く己の行動を顧みた。そして今は雌伏の時であると察し、以後は父に対し挫折によって腐った息子を演じてきた。 しかしてその裏では放蕩外遊と見せかけて世界各地を回り、兎に角自分に圧倒的に足りなかった経験を積んだ。各地の商会を訪問しては独自の情報網を現地で築き、里帰りした際には本館内でも着実に味方を作り続け、彼が再び権勢を得る機会を虎視眈々と窺っていたのである。 しかしそうした活動をしていく最中にも、世界経済には常に所々で不穏な様子が見てとれた。 当然ながら、それを横目に徹底して腐った放蕩息子を演じることも、彼には出来たであろう。だがしかし、彼の正義感は経済界に蔓延る不正を、特段に許せなかった。 父に勘付かれる危険を犯しながらもピドナでトーマスとカタリナに接触したのは、そういった流れからだったのである。 思えば、あの時に旧クラウディウス商会系列企業に手を出していた怪しげな企業群というのも、アビスリーグだったのであろう。 カタリナカンパニーの設立とクラウディウス系企業群の併合の後、直ぐにそれら企業は手を引いたので、彼もそれ以上派手に動くのは難しいことから後追いをしなかったが、それも今となっては失策だったかもしれないと苦虫を噛み潰す思いであった。 「・・・私が現状使える手札では、内部から調べようにもこの辺りが限界か・・・。あとは最早・・・。うーん、出来れば避けたいところだがなー・・・」 ぶつぶつと一人呟き続けながら、大きく背伸びをするように椅子の背もたれに寄りかかる。そして、思い切り両腕を上に伸ばして背伸びをした。 すると窓から差し込んだ西陽が丁度いい具合に彼の顔を照らし、その眩さに思わず眉を顰めながら陽光の反対側へと顔を逸らす。 コンコンッ 果たして丁度そのタイミングにて、彼の視線の先にあるこの部屋の唯一の扉を叩く音が、唐突に室内に響きわたった。 「・・・・・・。どちら様かな?」 普段は使われることもなく、そこに人が寄り付くことは基本的にない。フルブライト二十三世がいる建物と部屋は、そういう場所だ。 付け加えるなら、この建物のこの部屋に彼がいるという事実を、建物の所有者であるチャールズ自由工房の人間は実は誰も知らない。 自分の中で信用がおける一部の者の伝だけを頼り、いくつも潜伏先を転々としていた彼の現在の居場所を知る者は、それこそ商会内には殆どいないはずなのだ。 そもそも、外面的には彼の予定は現在進行形で、いつもと同じ外遊ということにしている。 そのような状況でこの部屋にこのタイミングで訪れる者の存在など、通常ならばありえるはずもないのである。 通常、ならば。 さて、そんな状況からのこの展開であるからして流石に最悪のシナリオまで即座に考えつつ、フルブライト二十三世は椅子から静かに立ち上がり、扉の向こうへもう一度、誰何した。 すると、はたして彼の脳内シナリオがそのまま現実のものとなったかのように、返答の代わりに扉の取手が外側から、片手斧で叩き壊されたのであった。 バキッと派手な音と共に扉の鍵部分が破壊され、その後に不気味なほど静かに扉を開けて部屋に入ってきたのは、眼光鋭い三人の男であった。 三人とも黒を基調とした装束に身を包み、顔も目の周辺以外は覆い隠されている。日暮れ時のウィルミントンを歩くには、むしろ異様に目立ちそうな格好にも思えた。 そして当然ながら彼らのことを、フルブライト二十三世は全く知らない。だが、彼らの纏う空気が明らかに表の世界に生きる類のものではないことくらいは、切った張ったとは縁遠い彼にも流石に分かる。 「あー・・・何の用だか、一応聞いても?」 迅る動悸と、米神を流れる冷や汗。 それらを無理やり抑え込むように、フルブライト二十三世は努めて冷静を装いながら、落ち着いた調子で相手に声をかける。果たしてこれまで数々の商談で培ってきた交渉術が、この手の輩には通じるものだろうか、などと考えながら。 言葉を発すると同時、ジリジリと窓際へ距離を取るようにするフルブライト二十三世の問いかけに、しかし三人の男たちは何も答える様子はない。 この部屋の出入り口は彼らの背後にある壊された扉だけだからか、一々散開するような様子もなし。三人横並びでゆっくりと手にした得物を構えながら、獲物であるフルブライト二十三世へとにじり寄る。 「・・・見たところ君たちは、その筋のプロのようだね。下手に喋らないのは、君たちが間違いなく優秀な証拠だ。反面私は、どうにも喋らないと気が済まない性分でね。言いたいことを言わずにいられないんだ。そこで先ず聞くのだが・・・君たち、雇い主を変える気はないかな。その腕を見込んで、報酬は今の倍額で確約させていただくが」 先ずは、正攻法による交渉だ。 トレードとは即ち、聞こえのいい言葉を織り交ぜながら交渉をしつつも結局のところは、オーラム貨幣による殴り合いの物量戦が基本となる。その決着の大部分は、相手を上回る資金力で無慈悲に制圧することで成り立つのだ。 これこそが、トレードにおける基本中の基本。永遠のスタンダード。制圧の美学なのである。 「・・・・・・・・・」 しかして、相手は此方の提案に対し、全く意に介する様子がない。フルブライト二十三世は、その様子に内心で大いにため息を吐くのであった。 偶にいるのだ。こういう、金をいくら積んだとしても頑として態度を曲げない、そんな物件始末屋並みの堅物商談相手が。 だが、それで大人しく諦めるほどウィルミントンの商人は甘くはないのである。 「・・・君が持っているその武具、よく手入れをされた三日月刀だ。曲刀は、ナジュ地方特産の武具だね。地肌の色から見ても、生まれが其方かとお見受けする。するとひょっとして君たちは、ハマールでの戦いに参加していたのかい?あれは酷い戦いだったね」 正攻法で駄目なら、搦め手だ。 黒装束で肌を隠した彼らの、目の周りの僅かに見える地肌。そこには、砂漠の民を思わせる褐色が見え隠れしていた。そして手に持つ得物の曲刀は、これまた砂漠の戦士の象徴たる武装だ。 トルネードと呼ばれる有名な同国出身傭兵もそうだが、砂漠の戦士が曲刀を持つことには、特別な意味がある。ゲッシア王朝の初代国王にして同国の絶対的英雄であるアル=アワドが用いたとされる曲刀カムシーンを起源とし、砂漠の戦士が曲刀を持つということは、正に国の誇りをその手に扱うということなのだ。 つまり、彼らは少なくともゲッシア王朝に連なる何らかの信仰を持っている可能性が高い、と読み取ることができる。 そして、砂漠の民に切っても切れない近年最大の事変が、ハマール湖の戦いだ。 凡そ十年前に起こったその戦で、建国から六百年近くもの歴史を誇ったゲッシア王朝は、滅亡した。 世界を襲った三度目の死蝕の後、故クレメンス=クラウディウスからの弾圧政策によりメッサーナを追われた神王教団が己の生存権を賭けてナジュで起こした「聖戦」の結果、敗走したゲッシアの戦士たちの多くは、無念のうちに国元を追われたのである。 そして戦に生きてきた戦士の多くは他国で傭兵や冒険者に転身し、また、少なくない者たちが野盗や暗殺稼業など裏の生業に身を落としたのだという。 当然そうして国を追われた戦士達には、神王教団への怨嗟、亡国への無念など、部外者には想像もつかないほどの負の感情が未だに渦巻いているのである。 砂漠の戦士たちにとって、このハマール湖の戦に纏わる話題は、正に禁句中の禁句であると言っていい。 「・・・黙れ。貴様ら商人風情が、あのことを語るな」 先頭に位置していた男が、明らかに殺気の増した眼光でフルブライト二十三世を睨みつけながら、短くそう発する。 当たりか、とフルブライト二十三世は内心でほくそ笑んだ。 どうやらまだ、この商談には勝ち筋が残っているらしい。 「・・・失礼、君たちの誇りを踏み躙るつもりは毛頭ないんだ。ただ、今ここで私が死ねば、ゲッシア再建の道が遠退く・・・いや、叶わぬことになるかもしれない。それは、誇り高き砂漠の戦士と見受けられる君たちにとっては、知り置くべき情報だと思ってね」 フルブライト二十三世のその言葉に三人の動きが、はたと止まった。 同時に先程まで殺気に満ち溢れていた眼光には、若干の戸惑いの色が混ざっている。どうやら、効果は抜群だ。 「・・・・・・。話を続けても?」 変わらず自分に差し向けられている三日月刀の切っ先に視線を移し、フルブライト二十三世が口を開く。すると、互いに視線を素早く交わした三人は、手にした得物を一旦下ろして話の催促を示したのだった。 カタリナカンパニーによるバンガードでのフルブライト商会おもてなしは、過去に類を見ないほどの大盛況のうちに幕を下ろした。 今回の宴席によりフルブライト商会からカタリナカンパニーへの印象は非常に良いものとなり、今後このトレードの結果がどのような着地をしたとしても、現場レベルでの面立ったいざこざは、確実に起こり辛くなったことだろう。 夜通し続いた宴席の間、特に親睦を深めたと思われる主催のラブ=ドフォーレとフルブライト商会のバイロンは翌日に改めて現地の商業ギルド会館にて固く握手を交わし、日を置いて再開される商談の着地地点へと大きな前進をみせたと思われた。 商業ギルド関係者の間ではこの日に一気に話が進むのではとの見方があったようだが、今回のトレードにおけるフルブライト側の決済者であるバイロンが、なんでも所用で一度ウィルミントンに戻らねばならぬ予定となっていたようなのである。 そのため彼がバンガードに戻る一週間後にトレードが再開されるとのことで、この日は双方一時解散となったのであった。 陸路ではなく小型で足の速い船を用い、急ぎ海路からウィルミントンに向かったフルブライト商会幹部一行は、宴席の二日後には早々とウィルミントン港へ到着していた。 そして足早に港から市街地へと向かった一行は、ウィルミントンの美しい眺めを一望できる小高い場所に位置するフルブライト商会の本館へと入っていった。 館内ですぐさま他の幹部らと一時別れたバイロンは、そのまま真っ直ぐ館内の奥まった場所に位置する会長室と書かれた部屋の前へ辿り着き、その扉を徐に開ける。 静かに開いた扉の先、部屋の中は一見して無人だ。 部屋の中央には、応接用に用意されたテーブル。そしてそのテーブルの上にはフルブライト二十三世が愛用している、伝説の怪鳥ワンダーラストの羽を模したとされる飾りがあしらわれたグリーンの帽子が、ぽつりと置かれていた。 これはオーダーメイドの一点物で、世に二つと存在しないものだ。 「・・・・・・」 その一点物がここに置いてあるということはつまり、彼がここにきた目的は滞りなく達成された、ということの証左か。 彼は、これの確認をするためだけに態々このタイミングでウィルミントンへと戻ってきたのだった。 優秀な商売人とは誰しもが少なからずそうであろうが、バイロンもその例に漏れず、慎重な性格だ。 今現在行われているカタリナカンパニーとのトレードにおいて、フルブライト商会の、そして彼自身の今後を大きく左右する方針が定まる。そしてその方針を定めるにあたって、現会長であるフルブライト二十三世の存在は、邪魔でしかない。 バイロンは、彼がこそこそと内部事情を探っているらしいという事実について、早々に認識していた。 勿論、商会内部ですら大した力を持たないお飾り会長が何をしたところで、実際には大した障害とはならないだろう。 だが、それはあくまでも今の段階で、という話であって、今後もそうであるとは限らない。 加えて今後のフルブライト商会を円滑に掌握していくには、分かりやすい対外的な大義名分が必要だ。そのためには遅かれ早かれ、フルブライト二十三世には消えてもらわねばならない。 ならばいっそ、この機に退場してもらおうと考えた。それを今回の筋書きに足してしまったほうが、様々な面で話が早いのだ。 そう結論づけたバイロンは、フルブライト二十三世の暗殺を命じた。 トレード終結の際に思惑通りに話を進めるには、フルブライト二十三世が既にこの世に居ないことを確認しなければならない。 そのための万全を期す意味で、彼は自らの目で確認をするために戻ってきた。そして彼の前には今、その証左となり得る品が置かれている。 バイロンは薄らと目尻に笑みを浮かべ、テーブルに歩み寄ると卓上の帽子を掴み取ろうと腰を屈めて手を伸ばした。 「・・・おっと、それは私のお気に入りでしてね。いくら貴方と言えども、お譲りは出来ませんよ。バイロンおじ様」 「!!」 部屋の物陰から静かに姿を現したフルブライト二十三世の声かけに、びくりとバイロンは小さく身を震わせて動きを止める。 しかしながらそれはほんの一秒ほどで、バイロンはゆっくりと直立に姿勢を正すと、優雅に手を後ろに組み直しながらフルブライト二十三世へと向き直り、微笑んだ。 「ははは、流石に息子同然の子の物を貰おうとは思わんよ。久しぶりだね、元気そうで何よりだよ、ブライトJr」 「ふふ、僕のことをそう呼ぶのも、もうバイロンおじ様だけです。ところで、本日は会長室へ一体どの様な御用向きで?」 部屋の窓際に設置された会長専用の執務机に歩み寄り、その縁に軽く体重を預けながら、フルブライト二十三世が尋ねる。すると、バイロンは片手で自らの顎髭を撫で付ける様にしながら柔和に微笑んだ。 「ここに来る理由なんて、大抵は一つだよ。ブライトJrの元気な姿を偶にはみたくなった、というだけさ。我が子のように接してきた子の事を想うのに、そう大した理由はいるまい」 そう言いながらバイロンは応接用の机の脇を抜け、フルブライト二十三世へと近づく。 しかしその歩みは、二人の間に割って入った予期せぬ介入者によって、唐突に止められることとなった。 「・・・これは一体、どういうことかな」 バイロンとフルブライト二十三世の間に割って入ってきたのは、全身を黒基調とした装束で覆った一人の男だった。 先ほどのフルブライト二十三世と同じく物陰から音もなく現れた男は、全く無駄のない動きで鞘から引き抜いた三日月刀を、バイロンへと向けて構えている。 「どういうことか説明してほしいのは僕の方ですよ、バイロンおじ様。我が父と共にフルブライト商会を・・・いや、この自由都市ウィルミントンを長年支えてきてくださった貴方が、何故アビスリーグなどに加担しておられるのか・・・?」 フルブライト二十三世が眼光鋭くバイロンを睨みつけると、しかしそれに対して何ら怯んだ様子のないバイロンは、髭を撫で付ける手を止めた。そして、ふむ、と一つ息を吐く。 「・・・矢張り賊に任せるというのは、良くなかったな。多少の手間がかかるとしても、確実な手段で事を運ばねば、時としてこういうボロがでる。私もまだまだだね」 そう言って何事もなかったの如く後ろへ振り返り、なんとそのままバイロンは部屋を去ろうとした。 しかし部屋の扉の前にも二人、廊下から現れた黒装束を纏った男がバイロンの前に立ちはだかる。 「ここから逃すつもりはないです。教えてください、おじ様。何故アビスリーグと手を組んだのですか」 「・・・君に教えたところで、何も分かりはすまいよ。脛齧りっ子のJrにはね」 後ろ手に組んだ直立姿勢は崩さぬままバイロンは、さして興味のなさそうな瞳で、なんとも面倒臭そうな緩慢な動きでフルブライト二十三世に向き直った。 あくまでも、こちらの質問にまともに答える気はない様子だ。それであれば、本意ではないものの手荒な手段も致し方ないだろう。 そう覚悟を決めたフルブライト二十三世が右手を前に突き出すと、それを合図に黒装束の男たちがバイロンを拘束しようと躙り寄る。 「・・・いいのかね。私がすぐに港に戻らなければ、制御を失った魔物達ががこの館やウィルミントンの街中で暴れ回ることになるが」 「・・・なんだと?」 バイロンの言葉にフルブライト二十三世は怪訝な顔をしながら、突き出した手を気持ち、引き戻した。 「言葉の通りだよ。私はこの通り丸腰だし、今は護衛もいない。加えて言うなら、あのモンテロ=ドフォーレのように魔物が化てもいない。単なる生身の人間だ。・・・かと言って、全く自衛の策を持っていないというわけでもない。それだけの話だよ」 バイロンは、至極冷静な様子でフルブライト二十三世を見返す。 「私は拷問など受けたこともないから、きっと簡単に吐くかもしれないよ。ただそのための対価は、このウィルミントンの街の消滅だ。この商談、君は受けるかね?」 フルブライト二十三世は、迷わず即座に突き出していた右手を下げた。 それを確認した黒装束の男三人は、雇い主である彼の意思を汲み取り、バイロンから距離を取るように一歩離れる。 この男の言葉は、はったりなどではない。 紛れもなくその言葉が事実であろうと言うことを、フルブライト二十三世は知っている。 彼は、物心がつくかつかないかという幼少の頃から、それをよく知っているのだ。偉大なる父の横に常に立っていた、このバイロンという男のことを。 父であり、現在も商会の実質的な最高権力者である、フルブライト二十二世。その父の絶対的な右腕であり続け、数々の重要な商談を取り仕切ってきた、フルブライト商会きっての辣腕家。 それがこの、バイロンという男だ。 フルブライト商会は確かに、世界一の商会だ。だが、特に死蝕前後のここ数十年はドフォーレやクラウディウスなど勢いのある大きな商会が次々と台頭し、ポドールイ地方ではツヴァイク公爵が権勢を振るうことで独自経済圏を確立し始めていた。また、ゲッシア王朝の滅亡と神王教団の躍進によってナジュ経済圏にも結果として活性が起き、混沌としながらも大きく経済的な成長を成し遂げていった。 そうした激動の時代の最中で、変わらず世界一を維持すること。それは、想像するだけでも非常に困難を極めることであった。 世間では「最近のフルブライトはいまいちだ」などと揶揄されることもあるが、これだけの激動の中で変わらず世界一という立場を確立しているのは、間違いなくこのバイロンという男の手腕によるところが大きい。 残念ながら父だけでは、世界一という評価の維持は不可能だったであろう。 最も近くで父を見てきたフルブライト二十三世をして、そう思わせてしまうほどの確かな手腕。それが、このバイロンという男にはあった。 「・・・リターンが割に合わないトレードをするつもりは、ありません。こちらの準備不足でしたね」 「ふふ、多少は賢明になったようだね、ブライトJr。今回のトレードはノーゲームのようだ。・・・それでは私は、これで失礼するよ」 両手を後ろに組んだまま、バイロンは何事も無かったかのように颯爽と部屋を後にする。 部屋には、一時の沈黙が流れた。 バイロンの背中を苦虫を噛み潰したような表情で見送ったまま固まっていたフルブライト二十三世に対し、役目を終えた三日月刀を鞘に納めた黒装束の男の一人が話しかける。 「・・・いいのか。奴をこのまま逃しても」 「・・・仕方ない。アビスリーグが魔物を従えているのは、紛れもない事実。ああ言われては、迂闊に手は出せない。しかし・・・これはかなり分が悪くなったな・・・」 フルブライト二十三世にとって、ここでバイロンを確保できなかったのは、非常に手痛いことであった。 なにしろ、この身の危険がある事を承知で商会内に敢えて残り、自らを囮にしてまで掴んだ、千載一遇のチャンス。それが、この場面だったのだ。 それを、みすみす棒に振ってしまったのである。 「・・・別にここでなくとも、密かに後を追って何処かで拘束すればいいのではないか?」 黒装束の男が言う。 だが、それにもフルブライト二十三世は弱々しく首を横に振り、窓の外に見えるウィルミントンの街並みへと視線を向けた。 「いつ何処で彼を捕らえても、この街を盾に取られていることに変わりはない。つまり、彼の背後にいるアビスリーグそのものを先に潰さなければ、我々は彼に対して常に後手に回ったままということだ」 さて、こうなってしまったからには、この次の手をどうしたものかと思案する。 差し当たっては、自分の身を守る手法も新たに考えなければならない。その上で如何なる手段を取るべきかとフルブライト二十三世は腕を組み、ため息と共に口をへの字に曲げてみせた。 その様子を見て、黒装束の男達も雇い主の動向を待つかのように姿勢を緩ませる。 だが、そうした束の間の思考時間は、そう長く保つことはなかった。 ドンッッ!!! 突然の衝撃音と、それに合わせて館全体が揺れるほどの大きな振動。 思わずそれによろめきながら、フルブライト二十三世は何事かと周囲を見渡す。 それと時を同じくして館のあちらこちらから悲鳴と怒号が一気に飛び交い、そして容赦のない幾重もの破壊音が鳴り響き始めた。 「おいおい・・・話が違うじゃないかッ!」 フルブライト二十三世は盛大に悪態を吐きながら、窓の外を慌てて確認する。 窓の外から見えるのは、街の中央及び港の方面。そちらには特段、騒ぎの兆候などが見えるわけではない。 「街に騒ぎが起こっているわけではない・・・この館だけを襲って私を始末するつもりか・・・!」 フルバライト二十三世は応接テーブルの上の帽子を慌てて取り上げ、次に部屋の出入り口ではなく、一見なんの変哲もない部屋の壁へと歩みを進めた。 フルブライト商会の保有する資産は、一介の都市国家のそれを軽く凌ぐ。それゆえ、様々な面で自衛の手段を欠かすことはない。有事に備えるという事は、商会の人間にとって必然であるのだ。 フルブライト二十三世が部屋の壁を無造作に押すと、はたしてカチリと開いた仕掛け扉の向こうには、狭い通路が続いていた。王侯貴族の居城にあるそれと同じような、緊急時の脱出路である。 だがフルブライト二十三世がそこから脱出を試みるより先に、彼に続こうとした黒装束の男の一人がその通路の奥にある強烈な違和感に気付き、慌ててフルブライト二十三世を部屋の中へと引き倒した。 「ぃだっ!?」 首根っこを引っ張られ、背中からひっくり返るように倒れ込んだフルブライト二十三世の、先ほどまで立っていた場所。そこを寸分違わず射抜くように隠し通路の奥から飛来した矢は、そのまま鋭い音を立てて部屋の反対側の壁に突き刺さった。 「ギギ・・・ギ・・・」 慌てて仕掛け扉から距離をとったフルブライト二十三世らを隠し通路の奥から睨みつつ、弓を構えた醜悪な小柄の獣人が数体部屋へと姿を表す。 道具を用いる獣人族は非常に知能が高く、そして残忍で狡猾だ。潜んで敵を狙うには、うってつけの配置だと言える。恐らくは、この館のことを知り尽くしたバイロンの差金であろう。 これは堪らぬと、慌てて部屋の入り口に一同が視線を向ける。しかしそこには既に、襲撃からここまで一直線に進んできたと思われる血塗れの大剣を携えたエルダークラスの大型獣人が数体、こちらも実に醜悪な顔を扉から覗かせていた。 「・・・!!」 それらを確認した黒装束の男たちの表情には、明らかな焦りの色が出ている。 当然彼らも戦士として、アビスの瘴気に侵された魔物と相対した経験は幾度もあった。だが、人と同じく武具を扱う程の非常に強力な魔獣と遭遇することなど、余程アビスの瘴気が濃い場所でもなければ普通は有り得ない。 これほど強力な魔獣を相手する場合、数体程度の群れの討伐でも騎士団一個小隊以上を派遣するのが常であると言えば、その困難さが窺えるというものだろうか。 つまり、人間四人で相手をするなど、あまりに馬鹿げた状態であるということだ。 「くっ・・・私はこんな所で死ぬわけにはいかないんだ・・・何か、何か手はないか・・・!?」 部屋からの脱出路は、正面も隠し通路も魔物に道が塞がれている。 そしてこの部屋の窓は外部からの侵入防止のため、はめ込み式になっている。体当たりした所で、そう簡単に突き抜けはしない。 そうなると矢張り、目の前の魔物を突破する以外に現状打開の方法はない、ということになる。 天術に属する太陽の術法を教養の一貫で学んだだけのフルブライト二十三世だが、それでも最大威力で放てば、多少の目眩しくらいにはなるかもしれない。その隙を突くくらいしか、有効な手段は思いつかなかった。 最早うだうだと悩んでいる時間はない。黒装束の戦士三人に対し、一か八かの一撃離脱を提案しようとフルブライト二十三世が口を開いた、その時だった。 突然、その場の全員が不可思議な耳鳴りに襲われたのである。 「グギャォォオオ!!??」 最初にその場に響いたのは、空間そのものを断絶するかのような、聞きなれない高音だった。それと同時に、凄まじい威力を伴う剣圧の一閃が部屋の外で迸る。 次には、その一閃により胴体を上下で真っ二つにされた大型の獣人たちが、赤黒い血潮を撒き散らしながら宙を舞った。 そして最後には聞くに耐えない醜い断末魔をその場に残し、会長室の入り口前に陣取っていた大型獣人数体だったものは、物言わぬ肉片となって廊下の反対方向へと吹き飛ばされていった。 「・・・!!?」 突然起こったその出来事に、その場にいた人も魔物も、一体何事かと部屋の入り口に注目する。 するとそこから部屋に飛び込んできたのは、鮮やかな緑の髪を靡かせ、魔物の血に濡れた剣を携えた青年。 ユリアンだった。 「フルブライト様、ご無事ですか!?」 「ユ・・・ユリアン君!!」 ピドナで幾度か顔を合わせた覚えのある、一度見たら忘れなさそうな緑髪の青年、ユリアン。 フルブライト二十三世が大いなる驚きと共に彼の名を発した直後、そのユリアンの脇を、今度は一陣の金色の風が通り過ぎた。 「ギャヒッ・・・!?」 その風が部屋を吹き抜けると同時に、避難路から室内に侵入してきていた小型の獣人数体が、瞬く間に血飛沫を上げながら崩れ落ちる。 刹那の間に、なす術なく絶命した獣人らの亡骸。それらの中央に留まっていた金色の風の正体は、輝かんばかりに美しい金髪を靡かせた、可憐な容姿の女性だった。 「モ、モニカ様・・・!?」 「ご無事でなによりですわ、フルブライト二十三世様」 手慣れた手付きで素早く小剣の血振りをしつつ、モニカはこんな場面でも礼儀正しく一礼してみせながら、穏やかな口調でフルブライト二十三世に挨拶を返した。 「・・・よし。モニカ、こっちはもう大丈夫そうだ。そっちはどう?」 「はい、こちらも気配はもうありません。大丈夫そうですわ、ユリアン」 部屋の外を見渡しながら声を上げたユリアンに、部屋の隠し通路を覗き込みながらモニカが応える。 つい数秒前までは正に風前の灯といった様相であったフルブライト二十三世らは、どうやら寸でのところで、命拾いをしたようであった。 「た・・・助かった・・・」 一気に気が抜けたのか、フルブライト二十三世は真っ先にぽすんと床に座り込み、細く長く息を吐いた。 その様子に対し、黒装束の男三人は未だに状況がうまく飲み込めておらず、構えたままの三日月刀を所在なさげにふらつかせながら、突然現れた二人を交互に見ている。 「・・・ん? あぁ、安心してくれ。彼女らは味方だよ」 その様子に気がついたフルブライト二十三世がそう声をかけると、黒装束の男たちはまだ信じられないというような様子で、雇い主と二人を交互に見つめる。 「み、味方・・・?」 腕に覚えがある者たちだからこそ、わかるのだろう。 今、自分達の目の前で起こった光景。それが、どれだけ信じがたいものであるのか、ということを。 騎士団一個小隊を要するような討伐対象になりうる魔獣らを、ただの一撃で纏めて斬り飛ばしたなど、それは最早、およそ人類の行える所業とは思えない。 それこそ、彼らの信ずる中で最も強き猛き英雄であるアル=アワドなどでもないかぎり、そんな出鱈目なことは不可能なはずだ。 それを、今目の前にいる一見髪の色以外に特徴らしい特徴が見出せない青年が、何でもない様子で為してしまったたのである。 部屋の中に飛び込んできた女も、同様だ。 彼らの目を以ってして、その動きを確りと捉えることは出来なかった。精々、その残像が見えた程度だった。 だというのに、女の足元に転がる小型の獣人だったもの等は、その全てが身体中の急所と思われる場所を何箇所も貫かれて事切れている。 あの一瞬でそんな芸当が出来る者など、長く戦場に身を置いていた彼らでさえも全く聞いたことなどない。 つまり黒装束の男たちからしてみれば新たに現れたこの二人こそが、一歩間違えば絶対に逃れることのできない死を齎す得体の知れない存在にすら思えてしまったのである。 そんな黒装束の男たちの戦慄を他所に、フルブライト二十三世はゆっくりと起き上がり、モニカたちに向き直った。 「・・・しかし、どうしてモニカ様達が・・・って、聞くまでもないですかね。これはトーマス君の差金、ですね?」 フルブライト二十三世が腕を組んで片目を瞑りながらそう言うと、ユリアンはバツが悪そうに頭を掻き、モニカはお察し下さいとでも言わんばかりに華やかに微笑んでみせた。 「年が明けたあたりから既に、ウィルミントンには滞在しておりました。フルブライト二十三世様のお邪魔にならぬよう、有事以外は表だった動きはせぬようにお守りを、との指示で動いておりましたの」 「・・・さっきの魔物たち、俺たちがこの街に来た時には既に人間に化けて館の周辺をうろついたりしていました。俺、ピドナで化けている奴らを見てきたんで分かるんです。なので先手は打てなくても、何か起きたらすぐ駆けつけられるようにって、近くの宿でずっと張っていました」 モニカとユリアンが口々にそう答えると、フルブライト二十三世は全てを理解したかのように頷いてみせた。 「バイロンはここまで想定してハナから仕込んでいた、というわけか・・・ふふ、トーマス君に命を救われたな。この貸しは大きくなりそうだ。とはいえ・・・ここからどうしたものか」 そう呟きながら、フルブライト二十三世は再び思案を始める。 ここで命が助かったとはいえ、それで状況がなんら好転したというわけではない。後手に回らざるを得ない状況そのものには、変わりなかった。 そして、そこに彼を悩ませる更なる厄介ごとが舞い込んでくるのも、ある意味では当然の流れと言えるのかもしれなかった。 「ひぃ!!?・・・い、一体これは何事だ・・・!!?」 慌てた様子で会長室へと走り寄り、道中にある魔物の死体に驚いた様子を隠さずに現れたのは、老いてなお有り余る精力を隠す気のない様子の、上品な格好に身を包んだ壮年の男。 男の名は、フルブライト二十二世。フルブライト二十三世の父にして、現在のフルブライト商会を陰から操る真のオーナーだった。 「・・・あぁー、やっぱりこの騒ぎですから、来ちゃいますよねぇ・・・」 余計な面倒事が増えたとでも言わんばかりに目元に手を当て天を仰いだのは、他でもないフルブライト二十三世である。 「ん、何なんだね君たちは一体・・・まぁいい、それよりジュニアよ、これは一体何事だ。お前、今度は何をやらかしたというのだ?」 フルブライト二十二世は直ぐ近くにいたユリアンを始めとした部外者らしき面々に一瞥をくれたあと、フルブライト二十三世へ向けて声を上げた。 「あー・・・お父様。これにはまぁ、なんというか色々と事情が・・・」 我ながら歯切れが悪いにも程があるなと思いながら、口を開く。 しかしその間にも、こちらの聞く耳など全く持たないといった様子で、フルブライト二十二世は集まってきた召使いたちに掃除を命じたりユリアンやモニカへ威圧的に詰問しだしたりと、大忙しだ。 「・・・あー、もう・・・こうなってしまっては、お終いだな・・・。まさか、トーマス君はここまで見通して・・・ふふ、だとしたら末恐ろしい話だ・・・」 独り言のようにそう呟いたフルブライト二十三世は、周囲の喧騒から逃避するかのように、数秒間目を閉じ、自らの額に拳を添える。 そして何かを決心したかのように、よし、と呟いて一つ息を吐いた。 とりあえずは、この場を納めなくてはなるまい。 「・・・済まないが君、その三日月刀、少し借りていいかな?」 「あ、あぁ・・・」 怒涛の展開に着いていけていない黒装束の男の一人から三日月刀を借りたフルブライト二十三世は、ガヤガヤと五月蝿い部屋の中で静かに、その三日月刀を振り上げた。 そしてなんと、それを目の前にあった応接用のテーブルに勢いよく叩き付けたのである。 ガンッ 大きな衝撃音と共に、薄く作られていたテーブルは衝撃に耐えきれずに真っ二つに折れてしまう。 そしてその突然の奇行に対し、周囲に喚き散らしていたフルブライト二十二世が驚いたように押し黙って自分の息子を見つめる。 「お静かにしていただいて、ありがとう」 叩きつけた反動で軽く痺れた手を振りながら三日月刀を持ち主に返しつつ、フルブライト二十三世はその場の全員に対して言い聞かせるように、静かに言葉を紡いだ。 「お父様、詳しいことは後ほど話をさせていただきます。ですが今は一刻も早く次の手を打たねば、世界経済を救うことが出来ません」 「な・・・一体何を言って・・・」 息子の言葉の意味が分からないと言った様子の父が何かを言おうとするのを無視し、フルブライト二十三世は部屋の外に控えていた召使いたちに向かって声をかけた。 そこに集まっていたのは、この館に古くから仕えている者たちだ。 「みんな。想定より大分早まるが、どうやら動き出す時が来たようだ」 フルブライト二十三世のその言葉に、館の召使い達は何かを察したかのように目の色を変えた。 それらの視線の先にいるフルブライト商会の放蕩息子、もとい現会長は、ニヤリと口角を上げてみせる。 「今すぐ各国各都市の商業ギルド会館を通じ、一般公開書面を発送してくれ」 言葉と共に、胸元の高さで両腕を軽く広げる。 それはまるで、全てを包み込み、そして掌握するジェスチャーであるかのように周囲の目には映った。 「文言は、当初から伝えておいた通りの一文だ」 他者が口を挟む余地をどこにも介在させない、ある種の特異な空間がそこには出来ていた。 まるでこの場所が、彼の独擅による演説会場であるかのように。 演説者以外は、何人たりとも発言を許されぬ雰囲気に包まれた中。場の中心にいるフルブライト二十三世は、まるで高らかに宣誓でもするかのように、その言葉を発した。 「・・・フルブライト二十三世を知るものきたれ、と」 前へ 次へ 第九章・目次
https://w.atwiki.jp/animerowa-2nd/pages/744.html
HAPPY END(13)◆ANI2to4ndE ◇ 「さて、色々と聞かせてもらおうか」 フォーグラーの外壁に突き刺さり、むなしく回転音を響かせるラガンを尻目に、ジンが安堵する。 ラガンがコクピット席に運悪く不時着――コクピットの破壊の心配が無くなったからだ。 昼寝をした兎は夜にヘマをしなかった。躍起になって亀にリベンジを果たした。 しかし事態は褒められたものではない。そこらに撒き散らされた出血の跡が、ジンの傷の悪化を物語っている。 『JING! まさかこれはアンチ・シズマフィールドではありませんか!?』 やや不可解さが残るジンの一連の行動に、たまらずマッハキャリバーが口を出す。 ギルガメッシュの顔が不機嫌そうに歪んだが、手を出すまでには至らなかった。 彼もまた、マッハキャリバーと同じく疑問を抱いたからであろう。 『アンチ・シズマ管は最後の一本が行方知れずだったのでは……』 「何が、足りないって? 」 だが確かにあったのだ。マッハキャリバーの解析データをも狂わせるリアルが、目の前に。 マッハキャリバーだけではない。ねねねも舞衣もスパイクもゆたかも、この場にいれば目を疑っていた。 幻の第3のアンチ・シズマ管。フォーグラーの胎内で踊る。 『確かに同一のエネルギー反応が……どこでそれを!?』 余談だが、ジンとシズマ・ドライブの出会いは、丸一日前に遡る。 足となり籠となり活躍していた――消防車を運転し続けた彼には、ある疑問が浮かんでいた。 “朝昼晩と走らせているのに、燃料が減っている気配を全く感じない”。 ひょんな好奇心でエンジンを調べた少年は、未知の世界へと足を踏み入れたのだ。 「簡単な話さ……2つの物を3人で公平に分けたい時――どうすればいいかな?」 断っておくが、消防車の持ち主である“めぐみ”の住む世界にはシズマ・ドライブが存在しない。 この消防車は彼女の愛車をシズマ・ドライブ仕様にチューンナップした別物なのだ。 消防車本体ではなく、運転マニュアルと鍵“だけ”を支給された理由にも、この意図が含まれていたのかもしれない。 消防車本体はめぐみの所有物とは言い難い物になっている、と。 「貧乏性に救われたよ」 それから、彼は暇をみては各施設の動力炉を適度に物色していた。 この世界に存在する一部の施設は、螺旋王による建造だと推測をつけた理由も、この考えが基。 ただ、彼が出会った者はシズマ・ドライブを知らなかったので、発想の昇華には至らなかった。 消防車の持ち主も見つからなかった事を加え、いつしかシズマ・ドライブはジンの脳の隅に追いやられていた。 「スカーが調べてくれた」 本題に戻るが、彼の好奇心が再び目を覚ましたのは、ヴィラル&シャマルと対峙する直前だった。 ねねねがスカーに人知れずアンチ・シズマ管の簡単な調査を依頼していたのだ。 「“未知の物質ゆえ、俺の手には負えそうにない。 だがこの上なく安定している。こんな物質は見たことが無い”ってね」 ドロボウは金のなる音を聞き取っていたのだ。活路という砂金が湧き出る音を。 ねねねがスカーの言葉に失望できる理由は、そして心の奥に隠していた彼女の狙いは、なんだったのか。 スカーの返答は彼女を落胆させるものだったのだが、その依頼に意味が無いはずがない。 「酸素を盗もうなんて洒落てるよねー……固唾を呑む大捕物。窒息しちまいそうだ。 ところが事実は小説より奇なり……世界中の酸素を消滅させる危険は、大怪球を作った世界では未然に済んじまった。 10年は持っちゃうんだよね。その間にシズマ・ドライブを壊して、酸欠で死んだ人間なんていなかった」 ジンがねねねからシズマ・ドライブの話を聞き出せたのは、それからすぐ後だった。 ねねねがガッシュと戦闘の準備をしていたので、やや手間がかかったが、それなりの収穫をジンに与えた。 詳細名簿と支給品資料集を読んだねねねの記憶……BF団、国際警察機構、フォーグラー、シズマ・ドライブの情報。 「あ、そうそう。スカーはこうも言ってたかな。 “これも同じく……溶液と核はともかく、それを包む特殊ガラス管は特色のないものだ”」 ジンの抜け目の無さはここにある。 この世界のとある場所から拝借していた普通のシズマ管を、彼はこっそりスカーに見せていたのだ。 スカーの鑑定はアンチ・シズマ管の時と同じく不透明だったが、その鑑定は黄金の鉱脈を掘り当てた。 「アンチ・シズマ管もしかりさ。 みんながあれほど駄々草に扱っていたのに、機能に問題は生じなかった。 それだけフォーグラー博士たちが作り上げたこのシステムは素晴らしかった。 その性能が薬であれ害であれ極上の安定性を持っていたんだ。 常に沈み静まりエネルギーを運ぶ半永久機関だったわけで……こんな話を聞いたらさ―― ――"3/等/分"したくなっちゃう 俺ってばケチな泥棒ですから。切った張ったのイカサマは慣れてるし……方法は企業秘密だけど」 ◇ 2本のアンチ・シズマ管から溶液を三分の一ずつ抜き取り、別の空の容器に移す。 さすれば等量の溶液が入った管が3つできる。3本目の容器は普通のシズマ管を拝借すればいい。 『本物の2つが両端に挿入されているのも狙い通りですか』 「ビンゴ。-/+/-(負正負)のバランスも考えて、ね」 もちろん悔いはある。どんな副作用が起こりえるのか、それは誰にもわからない点。 特筆すべきは3つの溶液のそれぞれに入る核。内1つは、従来のシズマ管に頼らざるえなかった事実。 アンチ・シズマ管とシズマ管の、核と溶液の正確な差異は、スカーをもってしても解読できない代物。 『万が一の事があったら、どうするつもりだったんですか。 濃度、質量、システムの微細な変動で、どんな拒絶反応が起きるか……』 2本分の溶液は3つにできても、肝心の2つ核を3等分する危険は冒せなかった。 3本とも本物に近づけるために、彼が選んだ妥協は"元の3分の2になったシズマ管を3本用意する"ことだった。 「それはそれで千載一遇(狙い通り)なのさ」 アンチ・シズマフィールド発生による全シズマ・ドライブ救済が失敗に終わるとき。 それはBF団エージェント、幻夜が起こした地球静止作戦におけるシズマ・ドライブ破壊現象の再来を招くのか。 事態はそれに留まらず更に悪化するかもしれない。何しろ肝心のアンチ・シズマ管さえ不完全なのだから。 従来のシズマ・ドライブをフォーグラーに装着させた場合を含めて、これまでとは一線を画す実験なのだ。 「2本揃っただけでも……“惨劇”を起こすには、十分だったのかな? 」 地球静止作戦を超える災害。完全なるエネルギー静止現象“バシュタールの惨劇”の再来。 即ち、菫川ねねね著“イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ”の実現もジンは覚悟していた。 もっとも、彼はねねねの本を読んでいたわけではないし、ねねねの口から聞いたわけでもない。 「ま、この真ん中に刺さってるレプリカにもちょっと細工を"施し続けている"けどね」 ともかくジンは舞衣とカグツチをフォーグラーの内部に無理やり突っ込ませようとしなかった。 わざわざフォーグラーから距離を取らせたのは、惨劇の巻添えを防ごうとした魂胆があったのかもしれない。 ねねねの心に隠れる本音を、ジンはそれとなく感じ取っていたのであろうか? 「無様だな」 満身創痍のドロボウの高説をギルガメッシュが吹き飛ばす。 相変わらずの口調で、相変わらずの態度で、相変わらずの視線で。 王ドロボウの賭けに、彼は成果を見出せずにいた。 「身を削って鍵を手にしたはいいが、貴様には夥しいほどの赤い錠が絡みついた」 「久しぶりの窮地(デート)だったから、おめかししたくてね」 「死女神と逢引きするためにそのまま後世へ婿入りか」 ふんぞり返る王の前で、ジンは永遠の忠義を誓う兵隊長のようにお辞儀をする。 そして懐から血塗(love wrapped)の鏡を取り出し、大げさに差し出した。 「これを我に渡してどうするつもりだ。口止め料か」 「寿命三ヶ月分をはたいて手に入れました。何も言わずこれを受け取って頂きたく……身だしなみに役立つかと」 彼が手渡した鏡は、日常品どころか非日常の貴重品。 かつてガッシュ・ベルの世界で生まれた究極の魔力タンクになる魔鏡なのだから。 魔力を使うギルガメッシュには、まさしく分相応なお歳暮だ。 「――その度々吐く下卑た口ぶりを止めろ。何が王ドロボウだ」 しかし王ドロボウの微笑みに、英雄王は真面目腐った。 相手へ慇懃さを感づかせるのにジンの振る舞いは今更すぎた。 「これで何度目だ。我と余計な争いを避けようとしているのか?―――身の程を弁えろ。 盗んだ金の毛皮を被った羊が、王に"譲る"とは何事か!ならば最初から衣を借るでない!!」 もはや英雄王には王ドロボウが口先三寸の卑屈屋にしか見えなかった。 財を奪う才能に長けているかどうかはともかく、行動は不愉快の連続だった。 一度盗んだものでも、持ち主が見つかればあっさり宝を返す。 挙句、次から次へと献上してご機嫌を取ろうとするばかり。 「いけないかな?見返りがなければ、泥棒は協力なんてしない」 その皮も剥がれてしまった。 顔を上げて笑うジンに、ギルガメッシュの怒りが篭る。 「……貴様はどこまで我の期待を裏切ってくれる」 「投資。これは投資なんだよギルガメッシュ。投資させるしか能のない品を、持っててもしょうがないよ。 働き者の王ドロボウは剣も門も鏡も揃えたんだぜ。チップをくれたっていいじゃないか」 ぼんやりと抱いていた疑問へのあっけない答え――献上ではなく出資。 お気に入りの財は、盗んだ当人から持て余されたゆえに、三品と値切られてしまったのだ。 『――JING!あなたはそんな腹積もりで私たちと接していたというのですか!?』 この宣戦布告に等しい愚弄に、第三者も黙っていられなくなったようだ。 王の具足として働くマッハキャリバーは、本当は王と王の対立に関して、最後まで見届けるつもりだった。 鴇羽舞衣一行に接触したときのように、我が道を進まんとするギルガメッシュが、わざわざ先回りしてジンに会ったからだ。 だからマッハキャリバーは、ジンとギルガメッシュの双方に……何らかの狙いがあると信じていた。 「何時も王が王であるように、泥棒はどこまでいっても泥棒なのさ。 そこで“王子様”にもう一つ頼みがある。ナンパして欲しい女がいるんだ。イザラっていう、夜が似合う娘でね――」 しかし王ドロボウの侮辱はマッハキャリバーの信頼をも裏切った。 デバイスとしての立場であるゆえに、その思いも一塩どころの騒ぎではない。 「この悪党が」 "それ"ゆえだったのかは定かではない。 有機体と無機体の間で感情の交差が生じていたのか。お互いの思いは等しく同一であったのか。 マッハキャリバーとギルガメッシュは、動いていた。お互いの脳と心がまるで繋がっているかのように。 その動きは神速、流麗。ギルガメッシュの制裁は、ちっぽけな人間の若き血潮を、風のキャンパスに塗りつけた。 「……出来心、だった……反、省は」 泥棒は全身から鮮血の花を満開させる。 死を招いたのは献花に仕込まれていた翻意のトゲ。 そして、心に巣食う悪の種。 「し、て……い、な…………」 薄汚れた心を皮肉るように、命の一輪挿しは艶やかに色めく。 地に伏した泥棒は枯れ草となり、いずれ野に帰るだろう。 赤い赤い種子を巻き散らして、大地に芽を蒔いたのだから。 「花泥棒のフリはよせ。余罪がないとは言わせんぞ」 ああ哀れな哀れな王ドロボウ。救われず掬われて、裏切りの道を―― 「我を盗んでおいて」 ――いまだ、歩まず。 ◇ 『King!どうしたのです、いつものあなたなら有無を言わさず処罰を下している!』 マッハキャリバーの意見はもっともであり、至極真っ当だった。 ギルガメッシュは前のめりになって倒れている下手人を睨む。 怒っている。心の底から怒っている。しかしそれ以上は進まない。進められない。 王の心に絡むのは違和感。有り触れているようで、どこか有り得ない揺らぎ。 考えてみれば、それはずっと前から始まっていた。 「さて何処で盗まれ始めていたのか」 「……わかってるくせに」 死んだはずの男が、懐から種明かしを放り投げる。 空の容器がカンッと地面に跳ね返り、ギルガメッシュにラベルを見せる。 深紅王の赤絵の具(クリムゾン・キング・レッド)。 古今東西の死骸を沈めた血底湖(クリムゾンレイク)から生まれし、最高純度の出汁(クリムゾンレーキ)。 「――欲ってのは金と一緒で困りモノ。多くても少なくても厄介で。この世に存在する全てそのもの、さ」 甦るドロボウの転職先はゾンビにあらず、真っ赤な大嘘を着込んだ詐欺師。 慇懃の殻はついに破れ、むき出しになった意識は獲物を舐める。 王ドロボウが王ドロボウ足る究極の証明書。その支配は生命の如何に関わらず万物の心を侵し喰らうのだ。 ギルガメッシュは己の根底に潜む“欲”をジンに盗まれていた。 「だがな、そんな欲さえ自分の手足同然にコントロールできる奴が、王ドロボウなんだよ」 ジンがギルガメッシュを盗もうと動き出したのは、高速道路の移動中のこと。 初対面の対応と印象を踏まえ、早急に手を打つべしと考えていた。 その第一歩は、直接的な“支配”その物ではなく確認。 博物館に到着する頃、ジンは彼の実力と気質を客観的に半分以上読み取っていた。 “慢心しても油断はしない”という不可解なロジック。 人知を超えた存在であり、人間らしい惑いを持つ男を取り囲む二律背反。 「落とし所は、都落ち……でも、無駄な戦いはお互いのためにならない」 博物館の問答から数度の献上の儀式まで、全ての振る舞いは王ドロボウの計算。 だがこれらの行動は間接的に過ぎない皮算用。見積もりはどこまで行っても見積もりで、決定打には程遠い。 妥協点の模索に、ジンは徒に時間を消費するばかりだった。 「すっかり忘れていたよ。自分の専売特許を」 ジンが打開案を閃いたのは――いや、思い出したのは首輪の解除で螺旋王の介入がほんの少し崩れた時。 使用許可証がおりたので、“欲の支配”のブランクは明けて微小な復活を遂げた。 ……己の力がそれまで封じられていた事をジンは本当に気づいていなかったのだろうか? そして力が解き放たれた瞬間を、本当に気づいていなかったのだろうか? 偶然にせよ必然にせよ、機は巡った。 ギルガメッシュの殺意は、危害を加える頃にはすでに掠め取られていた。 彼の怒りは過去に入札されて攻撃の気概を失ってしまった。ゆえにジンを仕損じたのだ。 「フェアじゃないのは百も承知さ。俺にはあんたに殺されてもいい場面が少なくとも10回はあった。 だけど……“必要とするときだ”と割り切って、先手を打たせてもらったよ」 「我の他にも、その力を施す事はなかったのか? 」 「こういうのは、やたら滅多に使うもんじゃないのさ」 この世の全ての欲の支配。そこに待つのは、無垢で無知で無害な者からの財の放棄。 何と刺激のない物盗り。何と謂れのない賞金首か。 人民総ドロボウ時代になっても、決して成りえぬ世界(エデン)。 「このまま我の慢心を全て支配する、か」 だがギルガメッシュは焦らない。焦る必要がないからだ。 彼の器は幾万年から続くこの世そのもの。無から始まる“存在”の肩書きを持つ全てが彼の欲。 「侮るな。この程度の支配、撥ね付けられなくて何が英雄か。この世の全てはとうに背負っている。 仮に貴様が世を支配できたとしても、我を染めたければその3倍の力を持って来いというのだ」 王は全てにおいての超越者であり孤高の存在なのだ。 その英雄王の欲は、人智では計り知れるはずがない。全てが奪われるなど、通常では到底ありえない。 「……ん~と、おっかしいなあ」 下賤な者たちの王を気取りながら、その実、何の背景も感じられぬ泥沼のような少年。 王と肩を並べようと奮闘した朋友のような輝きもない。 王の高みを目指し歩を揃えて進もうと望んだ臣下のような輝きもない。 王の考えを理解できないと別の道を選ぶ民衆のような輝きもない。 「ちゃんと連れてきたんだけどなあ」 思えばこの男は、真っ向から関わろうとしていたのか。 英雄王から何かを感じ取ろうとしていたのか。これまでの喜怒哀楽はどこまでが本当なのか。 欲を支配できる男の欲は湧き上がる心の思念さえ怪しい。 節々から漏れる念は“理解できない”呆れより、“最初から理解するつもりなどない”放棄。 「ほら」 王ドロボウは、英雄王に対し理解しないことを最大の理解と考えていたのだろうか。 “誰か”が彼を理解している。だったら“誰か”に委ねてしまえ、と。 「ピンピンしてるぜ」 ジンはギルガメッシュに汚れたアイパッチを差し出した。 真の持ち主はギルガメッシュと決闘した衝撃のアルベルトだが、彼には知る由もない。 ギルガメッシュがこの世界で見た持ち主は別人だ。彼もよく知っている―― 「――やめろ」 王ドロボウが空けた英雄王の心の隙間に、捨て去った過去のカケラが飛び込む。 一度去ったものの二度は入ることの叶わぬ檻に2人の侵入者の笑い声。 同盟者でも、好敵手でも、暗殺者でも、泥棒でもない。 「だから、なんだというのだ……!!」 それは、ほんの少し前に忘れ去ったはずだった。 蜘蛛のようにクセのあるアルト。鎖のような硬さが残るテノール。 止まっていた友愛の囁きが、ギルガメッシュの拳を握らせる。 『僕たちは、かつて君と一緒にいたが死んでしまった。君と共に歩むことは、もうできない』 『でもあたしたちの傍に金ぴかがいたように“金ぴかの傍にはあたしたちがいた”。それは変わらないでしょ』 ギルガメッシュの背中に、二重奏のエレジーが浴びせられる。 その声にはかつてないほどの郷愁を思わせる稀有な口調。 今の彼には誰が後ろに立っているのかわかっている。そ知らぬ振りが、いつまでもつか。 「……中々ふざけた物を見せてくれるなぁ王ドロボウ!こんなまやかしに我が今更――」 神より産まれたギルガメッシュ。 彼の眼がそんなにも赤いのは、日がな一日、空を見続けていたからなのか。 彼の傲慢は傲慢に違いないが、それは万象を救う希望になろうとした為のものなのか。 人類を導く希望は……これからも酷薄な世界に裏切られるかも知れない。 『不思議、だよね』 しかし――昨日歩いた道々は彼を裏切らない。 『あたしたち、あんたと一緒にいるの、意外と楽しかったんだから』 「――っ!!」 太陽 泣かすにゃ 刃物は要らぬ。狐 黄泉入り 涙雨。 意固地 ほどくにゃ 刃物は要らぬ。鎖 寂れて 腐り縁。 とどのつまり、逸予な泥坊は扇って歌っていただけ。 第三者から見れば、事態の深刻さを理解するには無理な話。 『『だから“その時”まで』』 姿形さえ無い者だったとしても。二度と会えぬ者だったとしても。 一生省みなかったとしても。永遠に彼方に忘れ去らせたとしても。 近すぎず、遠すぎず、熱すぎず、冷たすぎず。 “彼ら”はギルガメッシュに寄り添いながら、見つめ続けてくれているのだ。 『『待ってるよ』』 太陽のように……ずっと。 ◇ 「迂闊に愚者へ機嫌をとらせるもんじゃないよ。胡麻を摩っていた鉢の中に、賢者の心臓を放り込むんだから」 大怪球フォーグラーから一筋の蒼い線が空に伸びる。 トラック地点で準備する陸上選手のように、ギルガメッシュはウィングロードを目視していた。 外壁の狭間を吹き抜けて、強風は競技開始のファンファーレを鳴らす。 「世の中には賢者も愚者もちょっとずつ必要なのさ。だから俺みたいな罪深い職業も成り立つわけ」 この世界を動かしたのは善良な聖者でも狂った悪魔でもない。 螺旋遺伝子を奮い立たせて螺旋力に覚醒した者。 一辺通りの枠に収まろうとせず、己を伸ばして先を行かんとする者たちだった。 「さーて大魔術第二幕の始まり始まり」 ジンは腕を限界まで伸ばし天を指差す。目標は遥か空に聳えるバスクの女。 予てからこの世界の結界に大きく絡んでいると目星を付けていた、月。 「あんたが全力を出せばアレは絶対に落ちる」 ギルガメッシュから離れて数m、フォーグラーのコクピット。ジンは大股を開いてぶっきら棒に座り、空を見上げる。 彼はギルガメッシュが正真正銘の本気を出すのを望んでいた。 相手はお高くとまった箱入り娘。射止めるためには一握の慢心も薮蛇になる。 「何か言いたげそうだけど……ま、深く考えないでよ。そのご自慢の武器は英雄王ギルガメッシュが選んだ財だ。 どんなに慢心を失おうとも、全てを奪われちゃこっちが困る。全部が奪われたら、あんたがあんたでなくなる。 そうなったら財の価値は十二分に発揮されるのか……ちょい不安」 かつて王ドロボウは言った。輝くものは星であろうと月であろうと太陽であろうと盗むと。 ギルガメッシュは、太陽を化身である英雄王への比喩と解いた。 王ドロボウは、英雄王たる所以の“慢心”もまた、化身そのものと解いていた。 「英雄王は、慢心せずして成らずさ」 仮に慢心を捨て去れたとしても、その境目をギルガメッシュが気づくことは決してない。 どこまでが慢心なのか否かの線引きは人の数だけ答えがある。欲も本能も基点も過去も。 ギルガメッシュ本人でさえ、己が納得する慢心の放棄の確認自体が“慢心”になるかもしれない。 「これが博物館で問われたギルガメッシュに対する俺の答え」 手元に未来永劫あらんとするが、一度盗られれば決して取り返すことの出来ない財。 それは生涯という房から一秒一秒を実として落とす、時の流れのように。 慢心は英雄王が英雄王でなくなって初めて消える。それはギルガメッシュが王の立場を追われてこそ。 王のままでは、心の奥底のそのまた奥の底のずっと先に、無尽蔵のお神酒が湧き続ける。 成されると仮定された消失に収束するまで、ギルガメッシュは王ドロボウに永遠に盗まれ続ける。 「――憎らしい男だ……だが許そう」 進みゆく喪失感にギルガメッシュはフラッシュバックする。 思慮を教授せし友人と王の道を辿ろうとした儚き従者を失った、あの瞬間。 それでもギルガメッシュは歩いた。決して悔やまず、決して退かず、決して媚びず。 彼らが信じた道が間違いではないことを示すために、再び孤高に身を投じた。 「盗られた分は貴様にくれてやる」 しかし現れた。また現れたのだ。 王の道を、今度は理解ではなく盗むことで辿ろうする只管な愚か者。決して省みることの無い覇道の跡を、全て奪おうとする影。 あまつさえ過去を掘り起こし、呼び出そうとする始末。 3度目は得られぬであろう、と考えていた巡り合わせが、英雄王の傍に再びやってきたのだ。 「奪い尽くせるのならやってみせよ」 かくして英雄王と王ドロボウの奇妙な寸劇は、第一幕を閉じた。それぞれの道を進む王は、本来ならば交わらぬはずだった。 互いにわかっていたことはただ一つ。 彼らはこれからも己が信じた道を進む。鏡のように立ちはだかる相手が現れても、それは変わらない。 勝手に皮肉り、勝手に嘲笑し、勝手に気遣い、勝手に気配る。 「これもまた“美しさ”か」 英雄王は笑う。王ドロボウに、盗まれてしまったから。 懐かしき己の詩に流れる涙、未来を省みれなくなるくらいの過去。 そして、いずれは“これから”も。 「盗みの永久機関……誠心誠意、循環させていただきます」 劇はまだまだ終わらない。終わり無き旅路が前にあり、旅の足跡もまた終わり無し。 今度はきっと大丈夫だろう。影が失われることはないのだから。 「我が振り向くのは、もう少し先でいい」 英雄王は、省みない。 ◇ 王ドロボウに 盗まれたんじゃ 絶望だ だが その絶望は、 なんと 希望に似ていることか―― (隻腕指揮者エギュベル著 『未亡人たちの演奏旅行』プロローグより) ◇ 「南の国の英雄王、北極星に旅立った」 吹き抜ける風に顔を覆いながらも、ジンは大怪球フォーグラーの外壁を伝い、空を昇る。 ギルガメッシュの一件が片付いたので、彼は次の仕事に取り掛かっていたのだ。 「風の靴を供につけ、筆耕寝子が起きるころ。王子は行方をくらませた」 その仕事とは、フォーグラーの外壁に突き刺さったまま、何の動きも見せようとしないラガン。 空回りだったにしろ、一度はラガンはグレンの投球によってジン達を襲撃しようとしていたのだ。 ヴィラルとシャマルが何を思ってこんなことをしたのか、ジンには確証がなかった。 「東も西も南も北も、家族は必死で探したが――」 ラガンはアンチ・シズマフィールドが展開した後も、何もしてこなかった。 ギルガメッシュがフォーグラーから飛び出した後も、ずっとこのままの状態を保っている。 ギルガメッシュの力を恐れて沈黙を守っていたにしては、なんとも不気味な待機。 「旦那!賽はもう投げられたんだ。この後に及んで、妾(フォーグラー)に走るのかい。 人生はゲームじゃないんだ……帰りなよ。後押ししてくれた奥さんが草葉の陰で泣いてるぜ」 ジンは超伝導ライフルを、外しどころの無い相手の顔に突きつけて、引き金に指をかける。 そこはかとなく聞こえるエンジン音から察すれば、ラガンの機能はまだ停止していない。 しかし返答はない。無機質な顔が綻びるはずもなく、沈黙は貫かれたまま。 「?!?!?」 ――が、応答アリ。 大規模な振動が湧き上がり、赤ん坊をあやす様に大怪球を揺り動かせる。 それはこの世界の崩壊を示す自然災害ではなく、限定された異常事態。 乖離剣・エアに開けられたフォーグラーの風穴が、着々と塞がり始めていたのだ。 「……愛こそ天下、か」 ジンはラガンの登頂に飛び乗り、超電導ライフルを白く包まれたラガンの防風壁に向ける。 機体とパイロットを傷つけぬよう、銃口は壁のヘリを水平に突きぬけるように狙う。 敵を気遣ったのは、その先に隠れる諸悪の根源の存在を暴くため。 「とっくに巣立っていたとはね」 破れた壁から中を覗いたジンは感嘆の息を漏らす。 白月の夜空に晒された操縦者ヴィラルの意識は、既に途切れていた。 両手はしっかりとレバーを握り締めているが、目は曇り口からは涎を垂らしっぱなし。呼吸の有無はわからない。 口は開けど再度は閉じず。目は開けど光は見えず。ただ倒されるは握られたレバー。 「あんた達の愛は、生きる事さえ凌駕しちまうのかい」 ラガンの外傷は修復を始め、ヴィラルを再び外界から遮断させる。 死んでいるのかも生きているのかもわからない生命が、螺旋の殻に包まれる姿にジンは納得した。 2人にとって愛の巣だった機神は、そのまま棺桶になっていた。 ヴィラルとシャマルはあの激闘の終焉と共に、眠りに就いていたのだ。 「ハートに火が点いちまってるというのに……まだ、諦めていない」 そして取り残された膨大な螺旋力だけが、彼ら――グレンとラガンを動かしていた。 あの投擲は、ヴィラルとシャマルの意思が乗り移った『ラガン・インパクト』だったのだろう。 敵がどこにいるのかもわからぬまま、当てずっぽうに放たれた非常識。 いくら螺旋遺伝子に反応するとしても、グレンラガンは直接の生命の持たぬ機械なのに。 「でも、これ以上は狂気の沙汰よ。披露宴は終わったんだ」 ジンはラガンから、外壁が完全に直りつつあるフォーグラーの内部に、飛び降りた。 行き過ぎた愛をガソリンとして、ラガンが動き続けるのなら、フォーグラーの修復は合点がいく。 偶然にもフォーグラーに突き刺さったラガンは、アンチ・シズマフィールドごと本体を乗っ取ろうとしているのだ。 落日した三日月が太陽になれば、あの悪夢が甦る。今度の聖誕祭はいつもより赤が増えるだろう。 「そろそろ地獄巡り(ハネムーン)にでも行って――」 ジンは天使の羽根のようにふわりとコクピットに着地する。 「――っ!?」 その刹那―― 無防備に舞っていた蝶を絡めるが如く、数多の触手がジンの体に巻きついた。 縄は一気に緊張し、蜜柑の果汁を搾り出すように下手人を締めあげる。 「ガッ!!!……ガフッ……! 」 嘔吐。コクピットの椅子に、溢れるほどの赤が降り注ぐ。 この赤は絵の具のように手垢のついた模造品ではなく、人が生けるための必需品。 「……あの世行き……の……切符、に」 ドロボウをお縄に頂戴させた保安官の正体。 それは大怪球フォーグラー――いや、螺旋の力に乗っ取られた臨界球フォーグラーガン自身だった。 外壁の表面に装備されていた沢山のレーザーアームが、己が体を突き破ってまで、襲い掛かったのだ。 彼らは内部にいた異分子(ウイルス)の存在を本能で察知し、追い出そうと考えたのかもしれない。 「払い戻しは、きかないん……だよ……! 」 転生を迎えたフォーグラーの胎内でジンの弱音が空しく響く。 骨身に染みる圧力に、五臓六腑たちが悲鳴を上げていた。もう強がりだけでは隠し通せない。 即ちこれは、王ドロボウもまた、この世界で幾多の無茶を潜り抜けてきたという証明なのだ。 「なんせ俺たちは、生まれつき極刑を言い渡されてるんだからな」 凍てついた視線を亡霊たちに向けて、ジンは右手を淡い緑色に輝かせる。 光は右手から銃全体に染み渡り、更なる輝きを増していく。 正体不明の眩さは留まることなく、ジンを中心として広がっていった。 「どのみち、こんな窒息しそうな棺桶は……ご免こーむる……」 ――幼少期の王ドロボウには、右手を懐へ隠す癖があった。 理由を尋ねられても“必要とするときじゃないから”の一点張り。 母親から五年越しの誕生日祝いに、とあるプレゼントが贈られるまで、やりとりは繰り返されていた。 「こっちにはどんな物語にも、どんな文献にも載ってない」 思い出の品の名は“王の罪(クリム・ロワイアル)”。 お披露目会で破壊され日の目を見ることのなくなったジンの必殺技。 エム・エルコルド(Amarcord)産の知られざる傑作となったのも今では良き思い出だ。 鳥の相棒から乳離れして以来、産まれて初めてになる単独発射(一人立ち)。 「誰もが笑顔でハッピーになれる」 狙いは超新星の核の中心にあたる、コクピットに備え付けられた自爆装置への誘爆。 侵食に純応し過ぎてエゴとなった塊は、芯から根こそぎ駆除しなければならない。 結果あらゆる迸りを受けたとしても、彼には相応の覚悟がある。 それは職業柄、分かりきっていることなのだから…… 「――――パーティーが待ってるんだ!!!」 少年は、迷わず引き金を引くのだ。 ◇ 余すところ無く軋轢と閃光を走らせて、大怪球が崩れていく。 二次災害も甚大。円らな瞳が大粒の涙を散布するように、周囲を巻き込んでいく。 その上空で、どこ吹く風と言わんばかりにカグツチが舞う。 銀の龍の背に乗るは、この発破解体の前兆を偶然にも感知した鴇羽舞衣一行。 「これで……よかったの? 」 舞衣は誰かに向かって問いかける。面と向かって言わなかったせいか、誰も彼女に答えようとしない。 彼女は知っていた。ジンが何のためにフォーグラーに行ったのか。 運び役も買って出たし、ジンの頼み通り迷うことなくゆたかたちを避難させた。 しかし最後の最後でHIMEは騙された。ジンの用意した三本目のアンチ・シズマ管の種明かしを知らなかった。 “イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ”の存在も、彼女はまだ知らなかった。 「ねぇ!よかったっていうの!?」 舞衣の質問に何も答えることができず、ゆたかはフリードを強く抱きしめて俯く。 彼女は何も聞かされていなかった。舞衣がジンと空に上昇する少し前から、彼女の意識は闇に落ちていたから。 眠り姫が覚醒したときには、何もかも終わった後だった。 「爆発が起こったのは、アンチ・シズマフィールドが発生した後だ」 ジンが余分に保管していたシズマ管をデイバッグから取り出して、しれっとねねねが返事をする。 彼女の右手で淡く光るシズマ管の内容物は、とても穏やかに状態を保っている。 一度アンチ・シズマフィールドが展開されれば、シズマ・ドライブが世界を崩壊させることは永遠に無い。 螺旋王に作られし酸素欠乏のバッドエンドは、遂にお蔵入りとなったのだ。 「作戦は失敗じゃない。あたし達が無理に付こうもんなら……終わってたよ」 抑揚を押し殺して話すねねねは、この結末を薄々予感していたのかもしれない。 “イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ”は彼女の悲願だった。 存在を直接伝えずとも、情報を回りくどく、ジンに仄めかしていたのかもしれない。 「……ジンが一度でもそう言った!?ねねねさんが彼に聞かなかっただけじゃない!!」 ジンが皆に絵空事を話し始めてからカグツチに乗るまで、ねねねは彼を止めることはできなかった。 “それでもジンならやってくれる”という得体の知れぬ期待を、ねねねは選んでしまったのだ。 淡々とする彼女の態度は、椿姫の役を買って出た裏返しかもしれない。 「聞かなくたって分かるだろ」 ねねねの肩を掴んで迫る舞衣を、無骨な男の腕が引き止める。 この現状に堪え切れないと目で訴える彼女に、スパイクは一枚の手紙を見せた。 “領収書”と銘打たれたその筆跡に、舞衣は見覚えがあった。 「いい奴だったさ。俺たちが知ってる通りのな」 舞衣が手紙を受け取ると、スパイクはそれっきり何も言わず、葉巻に火を点けながら背を向けた。 ◇ “領収書” 王様からの永遠のお預け 確かに盗ませていただきました 太陽も月も紛い物ですが 民が飢え死ぬことはありません 盗んだ物を“使う”のは もっと相応しい方にお譲りします 根無し草の王ドロボウは 盗むことにしか興味がありません なぜなら盗むことは 多分 最高の賛美だから 今までも 未来も 終わることなく この世が賛美に値する限り 王ドロボウは 盗み続けるでしょう ◇ スパイクは未だ自壊し続けるフォーグラーの末路を見届けながら、煙を吸い込む。 口に広がるかすかな苦味が、湿りきっていた顔を歪ませた。 彼が吸っている葉巻は、先ほど地上で口から落とした一本ゆえ、少し砂がついていた。 (メメント・モリ……失敗しても、せいぜい死ぬだけってか) 砂埃は払ったつもりだったでも、こういった物はなかなか落ちないものだ。 本当は不衛生極まりないのだが、スパイクは敢えて煙を味わった。 この葉巻はジンから譲り受けた、言わば置き形見であり、最後の接触に立ち会った証だから。 (螺旋力とやらがそっぽを向くわけだ) いまいち腹の底が見えずとも、どこか脱力させられるあの少年は、信頼に値していた。 そのジンがいつの間にかスパイクのズボンに初心表明を投函していたのだ。 あの質問に対するジンの答えがこれだとしたら、自分は何と答えるべきだろう。 (本当に“死ぬには良い日”だったのかよ。冠を捨てちまった王様は、眠るしかねぇんだぞ) 月明かりで淡くなった夜に、深く長く煙を吐き出すと、スパイクはチラリと後ろを見る。 向こうではジンの手紙を食い入るように読みながら、同志が思い思いの感情をぶつけていた。 心の奥底では孤独を良しと受け入れているスパイクとは違い、彼女たちはどれほど真っ直ぐか。 (あいつらみたいに、惹かれてみろってのか。涙が出るくらい――……ん?) ぼんやりと見ていた両目を擦ってスパイクは視界を明確にする。 小さな小さな何かがカグツチに向かって来たからだ。 飛来物はねねねたちの肩を通り過ぎ、持ち前の動体視力で捉えていたスパイクの右手にパシッと綺麗に収まった。 それはジンが持っていた死芸品、夜刀神。刀身には一枚の紙が結び付けられていた。 『あなたの頭上に輝く星が流れた夜に あなたの故郷でお会いしましょう HO! HO! HO! 永らえの王ドロボウ』 咥えていた葉巻を投げ捨て、賞金稼ぎはすっくと立ち上がる。 顔をぐしゃぐしゃにしている淑女たちへこの紙切れを渡すために。 文面の意図を読みとれば、これは待ち合わせの約束。 いつどこで会えるのかはわからない。実に気の長い話だ。 (またな、王ドロボウ) ……それでも、遅かれ早かれ――巡り合えるはずだ。 含み笑いを添えて、スパイクは同志に手紙を差し出す。 あんたは、どうなんだい DO YOU HAVE COMRADE? 時系列順に読む Back HAPPY END(12) Next HAPPY END(14) 投下順に読む Back HAPPY END(12) Next HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ヴィラル 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) シャマル 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 菫川ねねね 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ジン 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) カミナ 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 東方不敗 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ニコラス・D・ウルフウッド 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) ルルーシュ・ランペルージ 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) チミルフ 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 不動のグアーム 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 流麗のアディーネ 285 HAPPY END(14) 285 HAPPY END(12) 神速のシトマンドラ 285 HAPPY END(14)
https://w.atwiki.jp/shinmanga/pages/186.html
天国とは神のおわすことなり ◆JvezCBil8U 暗く、眩い星の海を、硝子の階段が一直線に割っている。 いや、硝子と見えたのは錯覚か。 蛍のような淡く白い光の粒子が、階段の形を描き出しているのだ。 その輪郭は薄らと滲み、虚空の闇へと溶け消えていく。 ここには天も地もない。 ただ黒一色の空間に、彩光の渦が配置されているのみだ。 もしかしたらそれらは星ですらないのかもしれない。 生き物のように細動を繰り返す煌めきは、重力から解き放たれた雪とも呼ぶべき幻想的な光景を見せつけてやまないのだから。 例外は一つ。 何処から続いているとも知れない儚い道、高みへと続く梯子だけ。 その行き着く先に――在り得べからざるモノが現出していた。 本来そこに鎮座しているべき宮殿、あるいは聖堂は、今は白い霧に包まれ姿を隠している。 その霧は、まるで意志を持つかのように感情を大いに表して、昂ぶっていた。 ――しばしの沈黙と蠢き。 そして、不意に。 霧を構成する水滴の一つ一つが、何かを穿つかのように一点に凝集する。 豪風を生む。 天災が降誕する。 凄まじい勢いで、天の果てを貫く。 同時――世界を埋め尽くす雷の帯が、この空間を支配した。 地獄の猛犬の叫びすら赤子の声にも等しく感じられる咆哮が、耳に聞こえる全てとなる。 霧の白と、雷の白。 二つの意志によって生み出された、二つの白。 闇がしばし塗り替えられ、然る後に静寂を取り戻す。 ――何一つ変わらない光景が、ただそこに存在していた。 彼らの試みは大いなる流れに呑み込まれ、塵一つとて残さない。 * シンセサイザーと歌い声のハーモニー。 あるいは、遠目より響く唄への不協和な伴奏。 嵐を呼ぶ風と共に訪れた不意の客。 大きな大きな女性の像の、その作り出す異常な状況に傾注していた4人――いや、3人にとって、闖入してきた電子音は唐突に過ぎた。 ある者は悠然と笑い、 ある者は目を細め、 ある者は口を開け、 三者三様の反応は、目を細めた一人に収束される。 視線を受けてひとまずの治療を終えたゾルフ・J・キンブリーが懐に入れて取り出したるは、2つの携帯電話。 その片割れが、この場で最も避けるべき騒音を奏で続けている。 ――キンブリーに支給された物品の一つこそ、これら一対の携帯電話である。 「う、うわ、うわわわぁ……っ! き、キンブリーさん! それっ、取れっ……じゃなくて、取って下さいっ!」 「はて、『取る』……と言いますと?」 慌てふためく森あいは、そこでようやくキンブリーが『携帯電話』の知識がないという事に思い当たる。 見ればキンブリーは形容しがたい種類の笑みを浮かべ、目の前の物体を矯めつ眇めつしているようだ。 ……このまま放っておけば相手が諦めて電話を切ってしまうかもしれない。 となると、その人に迷惑がかかってしまう。こんな状況で電話をかけてくる程度には友好的な相手が、だ。 それは、この心細い状況で自ら蜘蛛の糸を振り払ってしまうように思えて――、 「ちょ、ちょっと貸して! ……下さいっ!」 仕方なく森は、キンブリーの弄ぶカラクリの小箱、その片方に手を伸ばす。 『なぜキンブリーが携帯電話を持っているのか』 『持ち主が使い方も知らない携帯電話に掛けてくる相手とはいったい誰なのか』 『どうして、この図ったようなタイミングで電話をかけてきたのか』 そんな事に思い至る暇もないまま、日常の習慣で森はぱかりと画面を開く。 そこに示された名前は、彼女の知らない外国人の名。 「じょん、ば……?」 何も知らない森は、ついついその名を読みあげようとして――、 「あっ……!」 更に横から、掻っ攫われた。 趙公明が胡散臭いほどに爽やかな笑みを浮かべ、ウィンクしつつ通話ボタンを押す。 と、ぽん、と小さな風とともに自分の肩に手が置かれた。 ようやく気付く、ウィンクをして見せた先は自分ではないのだ、と。 「ふむ……、分かりました。 あいさん、どうやら私たちではなく彼が担当すべき事案のようです。 邪魔をしてしまうのも悪いですし、少し離れたところでこちらの――彼女の処遇をどうするか決めるとしましょうか」 振り返れば、キンブリーが狐のように目を細めて微笑を浮かべている。 肩に置かれた手の存在感が、何故か気持ち悪い。 大した力は入っていないのに、まるで万力で締め付けられるかのように伸ばした手が動かない。 首元の手がまるで刃物のように感じられて、森は自分でも気付かないうちにキンブリーの言う通りに動いている。 動かされている。 * 「……やあ! 数時間……いや、既に半日ぶりだね」 橋の方に向かったキンブリー達が十分に離れたのを確認し、ようやく趙公明は第一声を放つ。 「“彼”の部下としての役職名と、君自身の持つ能力と――、 二重の意味で“ウォッチャー”である君がわざわざどうしたんだい?」 電話の相手が、何がしかを囁いた。 轟、と、吹きつける風の音に掻き消され、声の主の台詞は趙公明以外の誰にも聞き咎められることはない。 「……御挨拶だね。あそこにあるだろう映像宝貝は僕が千年もかけて作った舞台装置だよ? 所有物を取り戻しに行って、何が悪いのかな」 巻く風は朝方に比べ次第に、着実に強くなってきている。 見れば、空の彼方に黒雲の帯が手繰り寄せられつつあるのが確認出来た。 雨か、雪か、はたまた嵐か吹雪か。 遠からず、この島は天の気まぐれに付き合わされることになるのだろう。 「あそこで起こるであろう舞踏会への招待状を握り潰すなんて! 普段の僕ならば聞き入る耳を持たないが、“彼”のお達し……という訳ならば話は別か。 トレビアーンな美的センスの同志の言葉とあらば、確かに僕も無視はできないからね!」 ――そう。 天候を統べることこそ、“神”にとっては古来より最も普遍的に弄ぶ力の一端だ。 遥か悠久の昔から、人は天の神に祈る。 雨をもたらし、豊かな恵みを下賜したまえと。 岩戸を開けて、陽光を眼下に与えたまえと。 「だが――、華やかなるステージを見て僕に動くな、というのはあまりに残酷! 無碍に断るのも好ましくないから、様子を見る段階は確かに踏まえよう。 だが、最終的に僕がどう動くかは僕が決めさせてもらう! 僕はあくまで利害の一致に基づく協力者、という事を忘れた物言いは感心しないな」 神を覆う薄靄のヴェールは、今まさに着々と剥がれ続けている。 「……まあ、“彼”の事だ。 こう告げる事で結果的に僕がどう動くのかすら、最初から織り込み済みなのだろう? 要するに、僕がどれだけ好き勝手にやろうと予定に狂いはあり得ない。そして、僕もそれで構わないよ。 何故なら“彼”は“ユーゼス”や“ゴルゴム”、そういう次元に佇む存在なのだからね!」 趙公明が言葉を切る。 すると電話相手はそれを待っていたのか、別の話題を新たに振った。 彼の妄言はその殆どが聞き流されていたのだろう。 あからさまに疲れたような溜息が、確かに受話器の向こうから届く。 天に太陽は輝いているのに、張り付くように辺りの気温は一向に上がらない。 心なしか、吐く息が白く色づいてきてさえいるかもしれない。 「……成程ね。“ネット”も思惑通りに軌道に乗り始めているのか。 となると、その掲示板とやらに麗しき僕の動画をリンクとして張り、皆に知らしめるのも面白いかもしれない! いや、blogとやらを拓いてみせるのも面白いかもしれな――、ん?」 電脳の海を使ったロクでもない催しを脳内に展開する趙公明の耳に、少しばかり予想外の話が届く。 「……ふむ。いいだろう、代わってみたまえ。 一体僕にどういう用事かな?」 聞けば、電話を代わって自分と話したい御仁がいるらしい。 見知った相手の名前を聞かされ、趙公明は鷹揚と頷いた。 そして耳に入るは、まさしく最強の道士と謳われる傍観者のその声が。 『何時如何なる時でもあなたは全く自分というものがブレませんね、趙公明。 それは確かに、あなたの強さではありますが』 「申公豹! 君がわざわざ僕に連絡を取るとはどういう風向きだい?」 旧友と出会った時のように声に喜色を滲ませて、気取ったポーズを虚空に見せる。 様にはなっているものの、いちいちその所作は演技臭く、くどいと言わざるを得ない。 『……いえ。いくつか不測の事態が発生しましてね。 あくまで我々にとっては、ですが。 王天君などは不満を隠すどころか苛立ちを露骨に表に出していますが……、おそらく分かっているからこそでしょう。 口では予定が狂った、などと言いつつも、その実掌の上で駒を踊らせているだけの“彼”の性格を』 なんでも紅水陣を用いての雑用に赴かされたのだとか。 封神計画の裏の遂行者であった頃からの苦労人ぶりに、ぶわっと趙公明は目の幅の涙を流す。 「――なるほど、確かに“彼”ならば僕たちにさえ全てを告げないのはむしろ当然だろう。 おそらくあのムルムルであっても全貌は知らされていないだろうね。 それどころか、僕たちがそれぞれに知らされた断片情報を持ち寄ってさえ、その意図にたどり着けないかもしれない! 全く、実に素晴らしい脚本家だよ、“彼”は!」 まあ、そんな気遣わしげな所作が長続きするはずもなく、趙公明はコロコロ表情を切り替える。 既にその眼の中にはキラキラと輝く星が散りばめられていた。 “彼”とやらによほど近しいものを感じているのだろう、美的センスの相性もあって親愛すら抱いているらしい。 そんな奇矯者に対する反応も手慣れたもので、申公豹は相手の言葉を遮って話を切り出した。 『まあそれは置いておいて、本題に入るとしましょうか。 ……私は現時点を以って主催者を辞め、傍観者に戻ります』 ――沈黙。 珍しく、趙公明が顔の表情全てを消す。 僅かに言葉を口の中で転がして、平坦な口調で紡ぎ出した。 「…………。 太公望くんが斃れたからかい? それとも、他に理由があるのかな。 このバトルロワイヤルに僕や王天君を誘った当人が、最大の目的が消えてしまったから手を引くというのは――、 いささか、身勝手に過ぎないかな?」 また――一迅。 強く、鋭く、寒風が吹き付け走り去った。 貴族衣装が音とともにはためいて、ふわりと棚引いては落ち着いていく。 『無論、太公望の肉体の喪失が理由の大きな部分を占めているのは確かです。 始まりの人に戻る前の太公望と戦える――、それがまたも難しくなった以上はね。 ですが理由は、それだけではない』 一拍の静寂を置いて、申公豹は語る。 『……見届けてみたくなったのですよ、あなた達全員の行く末を。 その為には当事者よりも傍観者――“観測者”と言い換えてもいいですが――が望ましい。 その意味では、私は今しばらくこの祭事に関わり続けます。 場合によっては、また積極的に関わらせて頂くことになるかもしれませんね。立場は変わるかもしれませんが。 その時はあなたたちと敵対する可能性すらあるかもしれません』 台詞の最後の一文に、趙公明は僅かに表情を取り戻す。 そこに現れたのは紛れもない、羨望だった。 「“彼”に牙を剥いたのかい? 申公豹」 敵対の可能性の示唆。即ち『戦い』がそこに生まれ出るという事は。 因果の因となる何らかを、申公豹は試みたのだという事。 そして戦いを至上とする趙公明にとって、それは胸を焦がすほどに手を伸ばしたい代物なのだ。 『そこまでのものではありません。ただ、“彼”という存在を試してみたくなったのですよ。 なにせ、『太公望が早期に退場する』という事を分かった上で敢えて私に協力を要請したとあらば、 “彼”は最初から利用するためだけに私に近づいたという事なのですからね』 「そしてそれは、ほぼ確実なことである――、と」 口端だけを、歪めて答える。 申公豹の機嫌を損ね、しかしこの催しに何ら障害が出ていないという事は。 申公豹が、淡々と事実だけを連ねているという事は。 『……ええ。 なので私と、タイミング良く彼に意見を申し立てようとするもう一人とで“彼”と相対することになったのですが。 やはりといいますか、私では――私たちでは、“彼”に傷を与える事にすら手が届かないようです』 「ほう?」 まさしく、思った通り。 『雷公鞭を放ったところで、雷の全てが“彼”の横を通りすがって行くのですよ。 まるで、十戒の導き手が海を割るように。 その中で“彼”は悠然とただ立っていました。指一つ動かさずにね』 素晴らしい、と、その一言しか思い浮かばない。 “彼”との接点を作ってくれたこと。 それはまさしく申公豹に感謝すべき事で、だからこそ身勝手さと相殺して進ぜよう。 極上の笑みを浮かべながら、趙公明は一人頷いた。 『“彼”の前に力は無意味です。 手を届かせることが出来るとすれば、それは力ではなく――』 そして、受話器を手にしたまま、ゆっくりと首をを動かしていく。 視線の先に在るものをしっかと捉えながら、呟くように話を打ち切った。 「……失礼。どうやらエルロック・ショルメくんが来訪してしまったようだ」 言葉だけ見れば、唐突な闖入者に対応する字面。 されどその態度は穏やかに過ぎて、分かっていて敢えて聞かせたのかとさえ勘繰る事が出来てしまう。 一連の、会話を。 「さて、招かれざるマドモアゼルこと、ガンスリンガーガールあいくん。 キンブリーくんにこの事を告げたらどうなるか……、分かっているね?」 優雅な一礼を披露しながら、趙公明は携帯電話の電源を落とす。 そのまま念を押すかのように告げた言葉には、一切の温かみが存在していなかった。 酷薄な笑みとともに、金の髪持つ男は少女を見下ろして動かない。 ――何処から聞いていたのだろう。何時からそこにいたのだろう。 森あいも、ガクガクと体を震わせたまま動かない。 彼女は、知らないのだ。 キンブリーが、趙公明が“神”の陣営に座する事を知った上で、敢えて手を組んでいた事を。 「彼は持っている異能も頭脳の聡さも特別だからね。 こうして僕のようなものが近くにいるのも――、全く以って不思議ではない、と思わないかい?」 だから、こんなにも簡単な口車で勘違いをしてしまう。 『善良かつ蘇生の力を持つキンブリーを監視するために、趙公明が彼を騙して側にいたのだ』と。 趙公明は、嘘を吐いてはいない。 だからこそ、その言葉の響きが確からしさを伴って森に突き刺さった。 幾重もの雑多な考えが、森の脳内を乱舞する。 それは取り留めもなく拡散し、これからどうすべきかというのも纏まらない。 「……ぁ、」 ただただ、目の前の男が自分たちをここに放り込んだ連中の一味だと、それを知ってしまった恐怖が膨れ上がり、渦巻いている。 ごく、という唾を呑む音がやけに生々しく響いた。 キンブリーに頼りたい、という選択肢が真っ先に浮かび、しかしそれは趙公明の第一声が否定し尽くしている。 キンブリーくんにこの事を告げたらどうなるか……、分かっているね? 何度も何度もその一声がリフレイン。 もう、彼女にキンブリーを疑う余地はなくなっており――、だからこそ、彼の下に戻る事はできなくなった。 趙公明を出し抜かねば未来はないと、彼女の脳は勝手に決断を下してしまう。 植木を蘇らせるという小さな願いを叶えるために、キンブリーをこの男の魔の手から助けねばならないのだ、と。 押し潰されそうな重圧の中、一人ぼっちの彼女は息を荒くする。 不意に、じり、と音がした。 気がつけば静かに、趙公明はこちらににじり寄ってきていた。 「……う、ぁ、やだぁ……っ、ひゃ」 ずい、と押し出された手が禍々しく、トマトを握り潰すように脳天を掴もうとしている。 そこが、限界だった。 訳の分からない衝動が風船を割るかのように弾け飛ぶ。 「ひ、ぁ、わぁぁぁああぁぁあぁああぁぁあぁぁぁああぁああああぁぁぁああああぁぁぁ……っ!」 何処へ向かうとも知れず――、森あいは、駆けだした。 キンブリーを趙公明から救い、優勝させ、皆を蘇らせることだけをよすがとして。 そんな儚い砂の城だけが、今の彼女を彼女たらしめる唯一の頼り。 その幻想がぶち殺された時、彼女は果たしてどこへ落ちていくのだろうか。 知るとするならば、それはきっと“神”だけだろう。 【H-08/三叉路付近/1日目/午前】 【森あい@うえきの法則】 【状態】:疲労(中) 精神的疲労(中)、混乱 【装備】:眼鏡(頭に乗っています) キンブリーが練成した腕輪 【道具】:支給品一式、M16A2(30/30)、予備弾装×3 【思考】: 基本:「みんなの為に」キンブリーに協力 0:……植木……ごめんね…… 1:キンブリーを優勝させる。 2:鈴子ちゃん…… 3:能力を使わない(というより使えない)。 4:なんで戦い終わってるんだろ……? 5:趙公明からキンブリーを助け出したい。 6:趙公明に恐怖。何処でもいいから急いで逃走。 7:安藤潤也に不信感。 【備考】 ※第15巻、バロウチームに勝利した直後からの参戦です。その為、他の植木チームのみんなも一緒に来ていると思っています。 ※この殺し合い=自分達の戦いと考えています。 ※デウス=自分達の世界にいた神様の名前と思っています。 ※植木から聞いた話を、事情はわかりませんが真実だと判断しました。 ※キンブリーの話を大方信用しました。 ※趙公明の電話を何処まで聞いていたかは不明ですが、彼がジョーカーである事は悟っています。 ※どの方角へ向かったかは次の書き手さんにお任せします。 小さくなる彼女の背を一瞥し、趙公明はやれやれと嘆息する。 淑女たるものもっと優雅に振舞うべきだというのに。 少し脅し過ぎたとはいえ、せめてその銃で自分を打倒しようという気概くらいは見せて欲しかった。 聞かれてしまったのは少し注意不足だったかもしれない。 だが、フォローのおかげでこれはこれで面白い事態になったと言えるだろう。 戦闘快楽主義たる趙公明は、だから再度電話を手にすることにした。 掛ける先はWatcherでも最強の道士でもなく――、 * 見よう見まねで電話を取ったキンブリーが趙公明と待ち合わせたのは、橋の手前。 ――灰色づき始めた空を見渡せる、拓けた空間に二人の男が集い合う。 「……やれやれ。 だから勝手な事はするなと言ったのに」 あらぬ方向を見ながら独りごちるキンブリーの言葉は、無論森あいという少女に向けたものだった。 「おや、反応が薄いね。 少しばかり残念がるか、あるいは僕に憤ってくれた方が面白いのに!」 道化じみた態度を崩さない趙公明への対応も最早手慣れたもの。 眉を下げたうすら笑いを返しつつ、両手を開いて肩を竦める。 「その状況ではあなたの対応は及第点ですよ。 要は私に信を預けたという状態がクリアされてれば良い訳ですからね。 しかし――、これはあなたに同行することがやや難しくなったという事でもある。 今しばらくは平気でも、場合によっては後々別行動を考えなくてはいけないでしょう」 つまり、これからどうするか。問題はそこに集約される。 ひとまず趙公明は、向こうに見える巨大な女性の立体映像に関しては静観するよう釘を刺されたらしい。 が、この男の事だから、首を突っ込むのも時間の問題だろう。果たしてどこまで言いつけを守るやら。 他にも聞かされた話のいくつかでは、ネット、とやらにも興味が惹かれる。 この携帯電話という道具でも接続できるらしく、後で試してみようと心中呟く。 そして、それ以上にいろいろ楽しめそうな玩具が一つ。 「それにこちらとしても面白い素材を見つけましてね。 まあ、これ以上あの少女に構っても時間対効果は低いですし、丁度いい頃合いですよ」 目を向けた先には、倒れ伏した血塗れの少年が転がっていた。 肉体的にも精神的にも疲れ切ったのか今はぐったりとしており、しばらく目を覚ます事はないだろう。 正直な話、森あいにはこの少年との遭遇当初の険悪な雰囲気をもう少し耐えて欲しかったところだ。 血塗れで言動も支離滅裂なこの少年に恐怖を感じたのも仕方ないとはいえ、自分が彼と相対したほんの少しの隙に勝手に趙公明に助けを求めたとは。 その試みも何の意味もなかった上に、仕込みの仕上げを完了させることも出来なかった。 けれど、過去を振り返っていても得るものは何もない。 さしあたって今は目の前の少年――安藤潤也でどう面白おかしく遊ぶかを焦点にしよう。 邂逅のその瞬間を思い出す。 錯乱さえ感じさせる言動とともに覚束ない足取りでこちらの方へと駆けてきたこの少年は、 妲己や兄貴、金剛などと気になる単語をいくつも吐いていた。 どうやら何処の誰かは知らないが、下拵えを完璧に整えてくれていたらしい。 キンブリーでさえ舌を巻くその手腕は実に大したものだ。 また、この少年はキンブリー自身の事をどこかで聞きつけていたらしく、 自己紹介の折に『蘇生が出来るのは本当か』などと凄い剣幕で詰め寄ってきた。 無論、と鷹揚に頷いてやったら、その場で力尽きたらしくがくりとへたり込んでそのまま沈むように眠ってしまったのだ。 恐らくは先に仕込みを終えた白雪宮拳経由の情報だろう、種が育ってまた新たな種を育む様は見ていてとても嬉しいものである。 まさしく文字通り、糸を切ったように唐突に眠り込んでしまった少年。 まだまだ詳しい話は全く聞いていないが、それは目覚めてからのお楽しみにしておこう。 もう一つの問題として、さて、この治療を施した少女をどう扱うか、というものがある。 こちらもまた目覚める様子はなく、予定通り打ち捨てておくのが賢明か。 なにせ森あいがいなくなったとあれば、まさしく不要な代物でしかないのだから。 どうせはぐれるのなら、せめて無駄に力を使う前にしてほしかったですね、と内心愚痴をこぼすキンブリー。 まあ、一見ガラクタにしか見えないものにも使い道が残っている時もあるのも確かだ。 ひとまずこちらは保留とすべきか。 「――話を戻しましょう。 やっと合点がいきましたよ、私にこんなものが支給された理由がね。 あのカタログにあった“交換日記”――それがこの、ケイタイデンワ、とやらの機能だったとは」 この鬼札と彼自身の遭遇さえ予定されたこと。 そのサポートの道具まで目の前にある事に嘆息するも、悪い気はしない。 つまりはそれだけ、自分は“神”の陣営に近しいと見込まれているということなのだから。 頬肉をわずかに吊り上げ、く、と快を漏らす。 「まさしくお誂え向きに僕たちのために用意されたものだろうね! たとえ別行動をしたとしても互いに連絡し合い、フォローをしあうことが出来るアイテムだ!」 未来日記所有者7th――戦場マルコと美神愛。 本来は彼らが持っていた未来日記こそが、今、キンブリーと趙公明がそれぞれ手に持つ“交換日記”だ。 その機能は簡潔に説明すると、お互いの未来を予知し合うというものである。 片方だけ用いるならば“雪輝日記”とさほど性能に差はないが、二つ組み合わせることで所有者たちの“完全予知”を行う事が可能となる。 総合的な情報量が多いが雪輝中心の未来のみを予知する“無差別日記”+“雪輝日記”と違い、 情報量そのものは少ないものの使用者たち双方の未来をカバーすることが出来る性質を持つ。 逆に言えば。 所有者自身の未来を予知する事は出来ず、有効活用するためには相方との連携が必須とされる未来日記でもある。 「……加えて、使用にはリスクが伴う。 使用者の首輪から半径2m以内でこの“プロフィール欄”を編集し、本人の名前を入力することにより機能を解放することが出来ますが――、」 本来ならばマルコと愛専用の未来日記をこの殺し合いで用いることが出来るようにする措置なのか、 手順を踏むことで予知対象を変更することが可能だと説明書きには記されている。 “マルコ”の携帯電話からは“愛”の携帯電話の使用者の、“愛”の携帯電話からは“マルコ”の携帯電話の使用者の予知が可能となるようだ。 一見便利にもほどがあるアイテムだが、しかしキンブリーは使用に躊躇する。 そうは問屋が卸さないとばかりに説明書きの続きには無視など到底できない記述が存在していたのだ。 はあ、と心底渋い顔で長い長い息を吐く。 「……止めておきましょうか。現状そこまでの危難も存在しませんし、使う必要はないでしょう」 研究対象としても非常に興味深いし、未来予知によるリターンは非常に魅力的だが、致し方あるまい。 何より、この未来日記を使用するには相方への絶対の信頼が必要不可欠だ。 自分の未来を予知されては、いざ敵に回った時に確実に詰む。 ……特に。 現在の自分の相方のような、絶対に油断のならない存在に対しては、尚更。 向こうの行動を予知できるのはこちらも同じだが、地力の差が圧倒的だ。 策を弄してもその策まで知られてしまうようではお話にならないのだから。 確かに感性の近さなどから親近感のようなものは無きにしも非ずだが、流石に自分の未来を預けられるほどではない。 そもそもが唐突な出会いだったのだ、何時この協働関係が崩れてもおかしくない以上、身を委ねるには不安が過ぎる。 内心の不信を押し隠しながら、ちらり、と横目で趙公明を見る。 「……な、」 絶句。 さしものキンブリーであろうと、ただ、絶句するしかない事態がそこにはあった。 珍しく口をあんぐりと開け固まったキンブリーの耳に、ゲーム版封神演義のカラオケで披露された麗しき子安ボイスが入り込む。 「この電話が破壊された時、プロフィール欄に記された名前の持ち主もまた、死亡する……? 構わないじゃないか、戦いにはリスクが付き物だ! 自身が敗れる可能性もないまま力を振るうのは断じて僕の望む闘争などではない――、ただの子供の癇癪さ」 趙公明は目の前で、己自身の名前をプロフィール欄に入力して見せていた。 そして――、にこやかにそれを自分に放り投げてよこすのだ。 動けない。 目の前の奇行に理解が及ばず、時が完全に凍りついている。 だってそれは、心臓を手に握らせるのと同じこと。 キンブリーが今、受け取った携帯電話をちょいと割り折っただけで、たったそれだけでこの男は死ぬことになるのだ。 だと言うのに、趙公明は静水の如く全く揺らがない。 態度の意味が、分からない。 絞り出した声は途切れ途切れで、キンブリーの脳内は白に塗り潰されそうなのが目に見える。 「……一体、何を……考えている、のですか? 仮に今ここで私がこの携帯電話を破壊したら、あなたはあっさり死ぬことになるのですよ? 正面からあなたを倒すのは難しいでしょうが、握った電話の破壊だけならやってやれない事はない。 折しも今、あなた自身の言った通りに」 困惑を通り越し、狼狽とさえ呼べる反応を返すキンブリー。 趙公明はそれを見て満足したのか破顔し――、 「ハァーッハハハハッ! 愛さ、愛だよキンブリーくん!」 場違いな単語で、疑問の全てに答えて見せた。 「愛……?」 「そうとも。僕は君がそんな事をしないであろうという事を確信している。 親愛、信愛、友愛、人愛、敬愛、恩愛……。 僅かな時間の付き合いながら、君の嗜好は僕がそれらの感情を抱くのに十分だった。 僕は君のその美学に敬意を払い、同時に親近感を抱いているのさ。 数多ある感情の全てに共通する一字があるのなら、それこそが真実。 これを愛と呼ばずに何と呼ぶのだろう!」 ブワリと趙公明の周りに何処からともなく黄金の花弁が舞い散った。 じぃ、と星を抱いて自分を見つめる真摯な瞳。 意識せずに、キンブリーの頬が思わず朱に染まる。 顔が熱を持つのを、自覚してしまう。 「愛――それは一なる元素。 僕はその愛を、これからも君と深めていきたいと思う!」 飛び込んで来いとばかりに鷹揚と両手を広げる趙公明。 何処までもまっすぐな視線は、確かにキンブリーへの十全の信頼を証明していた。 「……やれやれ。そうまで言いきられてしまっては、ね。 此方としても断ったら立つ瀬がなくなってしまうではありませんか」 キンブリーは、その強さに耐えられない。 目線を逸らす――、きっとそれは陥落を意味していたのだろう。 キンブリーは照れを隠すように頬を掌で隠し、自分自身の携帯電話を取り出した。 慣れない手つきで一字一字、慈しむように自分の名前を打ち込んでいく。 「……この催しを更に楽しむために最適な手段だと思ったからこそ、こうするだけですよ。 決して、あなたの為にした訳ではありませんからね」 相変わらず目線を合わさないキンブリーに、趙公明は静かに頷いた。 「無論、今はそれでいいとも。今は……ね」 「――ッ……!」 不意の言葉に息を呑み込む。 ようやく名前を打ち込むと、そこには確かに、手を取り合った自分たちの未来が示されていた。 「……ご自愛を。 流石に自分自身の命くらいは、己の手に収めておくべきですよ」 ゆっくりと歩み寄り、パートナーに電話を返す。 手と手で受け渡されるそれは、まるで指輪の交換のようだった。 観測者はここに、薔薇の花を幻視する。 いつしか真っ赤な花が、確かに咲き乱れていた。 【H-08/橋の手前/1日目/午前】 【趙公明@封神演技】 【状態】:健康 【服装】:貴族風の服 【装備】:オームの剣@ワンピース、交換日記“マルコ”(現所有者名:趙公明)@未来日記 【道具】:支給品一式、ティーセット、盤古幡@封神演技 橘文の単行本 小説と漫画多数 【思考】: 基本:闘いを楽しむ、ジョーカーとしての役割を果たす。 1:闘う相手を捜す。 2:映像宝貝を手に入れに南に向かいたいが、お達し通り様子見。 しかし、楽しそうなら乱入する。 3:カノンと再戦する。 4:ヴァッシュに非常に強い興味。 5:特殊な力のない人間には宝貝を使わない。 6:宝貝持ちの仙人や、特殊な能力を持った存在には全力で相手をする。 7:映像宝貝を手に入れたら人を集めて楽しく闘争する。 8:競技場を目指したいが……。(ルートはどうでもいい) 9:キンブリーが決闘を申し込んできたら、喜んで応じる。 10:ネットを通じて遊べないか考える。 【備考】」 ※今ロワにはジョーカーとして参戦しています。主催について口を開くつもりはしばらくはありません。 ※参加者などについてある程度の事前知識を持っているようです。 【ゾルフ・J・キンブリー@鋼の錬金術師】 【状態】:健康 【服装】:白いスーツ 【装備】:交換日記“愛”(現所有者名:キンブリー)@未来日記 【道具】:支給品一式*2、ヒロの首輪、不明支給品×1、小説数冊、錬金術関連の本 学術書多数 悪魔の実百科、宝貝辞典、未来日記カタログ、職能力図鑑、その他辞典多数 【思考】 基本:優勝する。 1:趙公明に協力。 2:首輪を調べたい。 3:剛力番長を利用して参加者を減らす。 4:森あいが火種として働いてくれる事に期待。 5:参加者に「火種」を仕込みたい。 6:入手した本から「知識」を仕入れる。 7:ゆのは現状放置の方向性で考える。 8:潤也が目覚めたら楽しく仕込む。 9:携帯電話から“ネット”を利用して火種を撒く。 【備考】 ※剛力番長に伝えた蘇生の情報はすべてデマカセです。 ※剛力番長に伝えた人がバケモノに変えられる情報もデマカセです。 ※制限により錬金術の性能が落ちています。 ※趙公明から電話の内容を聞いてはいますが、どの程度まで知らされたのかは不明です。 【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX】 【状態】:疲労(大)、精神的疲労(大)、情緒不安定、吐き気、 右手首骨折、泥の様に深い眠り 【服装】:返り血で真っ赤、特に左手。吐瀉物まみれ。 【装備】:獣の槍、首輪@銀魂(鎖は途中で切れている) 【所持品】:空の注射器×1 【思考】 基本:兄貴に会いたい。 0:……。 1:旅館に行って兄貴と会う。 2:キンブリーから蘇生について話を聞く。 【備考】 ※参戦時期は少なくとも7巻以降(蝉と対面以降)。 ※能力そのものは制限されていませんが、副作用が課されている可能性があります。 ※キンブリーを危険人物として認識していたはずが……? ※人殺しや裏切り、残虐行為に完全に抵抗感が無くなりました。 ※獣の槍の回復効果で軽度の怪我は回復しました。 【ゆの@ひだまりスケッチ】 【状態】:貧血、後頭部に小さなたんこぶ、洗剤塗れ、気絶 【服装】:キンブリーの白いコート 【装備】: 【道具】: 【思考】 基本:??? 1:ひだまり荘に帰りたい。 【備考】 ※首輪探知機を携帯電話だと思ってます。 ※PDAの機能、バッテリーの持ち時間などは後続の作者さんにお任せします。 ※二人の男(ゴルゴ13と安藤(兄))を殺したと思っています。 ※混元珠@封神演義、ゆののデイパックが三叉路付近の路地裏に放置されています。 ※切断された右腕は繋がりましたが動くかどうかは後続の作者さんにお任せします。 【交換日記@未来日記】 未来日記所有者7th、戦場マルコ&美神愛の所有する未来日記。 我妻由乃の“雪輝日記”の様に、特定の一人だけを予知する機能を持つ二つで一つの未来日記である。 使用者自身の予知は出来ないが、互いに未来を予知し合う事で完全予知を実現する。 今ロワには7thが参加していないため、携帯電話のプロフィール機能を用いることで予知の対象を変えることが出来る措置がなされている。 具体的には、使用者の首輪から半径2m以内でプロフィールの名前欄に本人の名前を入力することで機能が解放される。 予知の対象はもう片方の交換日記のプロフィールに記された名前の相手となる。 ただし未来日記のルールに則り、名前を入力した時点から携帯電話の破壊=使用者の死亡となる。 “無差別日記”や“逃亡日記”などで予知の対象変更が可能かどうかは不明。 * 1:【生きている人】尋ね人・待ち合わせ総合スレ【いますか】(Res 6) 1 名前:Madoka★ 投稿日:1日目・早朝 ID:vIpdeYArE スレタイ通り、人探しや待ち合わせの呼びかけをするためのスレです。 どこで敵の目が光っているか分からないので、利用する際にはくれぐれも気をつけて! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 6 名前:ポテトマッシャーな名無しさん 投稿日:1日目・午前 ID:mIKami7Ai 森あいさんと潤也さんのお兄様を探しています。 ご本人か行き先を知っていらっしゃる方がいましたら、ご連絡ください。 * 光の飛沫が形作る独演会。 半透明なパイプオルガンから噴水のように吹き上げては降り注ぐ金粉の流れが、天上の舞台を描き出している。 同心円状に拡散する煌めく粒子は、円盤の端に辿り着くと滝に呑まれて眼下に降り注いでいった。 まるで古代人の描いた地球のような円盤状の大地。 全天を闇と彩雲に包まれたその場所で、二つの影が世界を睥睨する。 木枠と扉だけが無数に宙に漂っており、その開いた向こう側には数多の人の生き様が映し出されていた。 ひとつは、純白のスーツに身を包み、長髪を後頭部で括った青年。 ひとつは、異形の剣を異形の身に佩く髑髏の男。 「事象を一面から捉える事は叶わぬ。 誰もが悪夢と罵る催事であろうと、兆しを待つ者には深淵へと渡された蜘蛛の糸として、千載一遇の好機となる折さえ在る。 我等の様に」 馬上の騎士が呟いたその声に、青年は応えを返さない。 ただ、その手に摘まんだ一輪の花を鼻に近づけ――、 「この美しく整った盤面に、願わくば」 虚空へと、投じた。 「なるべくなら良き日々が多くありますよう――」 花は光の濁流に飲み込まれ、千切られ、翻弄され――見えなくなる。 そして、誰も見届けることのない流れの中で、闇の中へと融け消え入った。 花の名前は曼珠沙華。またの名を彼岸花。 意味する花言葉は――、 時系列順で読む Back 燃えよ剣(下) Next 厨BOSS BATTLE-BERSERK- 投下順で読む Back 燃えよ剣(下) Next 厨BOSS BATTLE-BERSERK- 115 燃えよ剣(下) 安藤潤也 126 ゆのっちが橋のたもとで錬金術師と出会ったの巻 108 Guilty or Not Guilty ゾルフ・J・キンブリー 126 ゆのっちが橋のたもとで錬金術師と出会ったの巻 108 Guilty or Not Guilty 趙公明 126 ゆのっちが橋のたもとで錬金術師と出会ったの巻 108 Guilty or Not Guilty 森あい 125 「あの未来に続く為」だけ、の戦いだった 108 Guilty or Not Guilty ゆの 126 ゆのっちが橋のたもとで錬金術師と出会ったの巻
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1765.html
10話 後編 勢いを盛り返したキュルケとタバサがラングラーを追い詰める。 「いくわよ、タバサ!」 キュルケの声とともに、複数のファイア・ボールがラングラーに殺到するッ! それと同時にラングラーは鉄クズの弾丸を二人に向けて放つが、 タバサのウィンド・ブレイクがそれらを全て元の軌道からそらす。 二人を貫くはずだった鉄クズはギリギリのところで二人には当たらず、 その後ろの壁に突き刺さる。 そしてラングラーも、自分に向かってきたファイア・ボールは 全て唾を吐きかけた掌で消滅させる。 互いの技術と能力が、互いの攻撃を無力化する。 このままでは、押し込まれかねない。 ラングラーはそう思った。 相手の小娘メイジは二対一で戦うことで精神力の磨り減りを遅くしている。 しかしさっきから鉄クズを撃ちまくっている自分は、残弾にあまり余裕がない。 チョロい仕事だと思って補給二回分の鉄クズしか持ってこなかったのが、 この状況ではかなり痛い。 一回目の補給は既にしてしまったので、次の補給が最後になる。 今までのようにハイペースで撃ちまくることは出来ない。 しかし――手数を減らす事はできない あの青髪の小娘。 あれがいる限り、こちらの攻撃が直撃する事は望めない。 加えて今はこっちの攻撃を防御するのに徹してるからいいが、 こっちの攻撃の度合いが弱まればすぐ攻撃に参加してくるだろう。 接近戦に持ち込む、というのも考えたがすぐに止めた。 そんなことをしたら確実にホワイトスネイクが動く。 赤髪の小娘の炎を消しつつ、 JJFの射撃をほぼ凌ぎきったホワイトスネイクと接近戦で立ち回れるほど JJFは器用じゃないし、自分もそうじゃない。 このままでは、詰まれる。 その焦りが、ラングラーに一つの決断をさせた。 この二人の小娘を、カラカラのミイラにしてやると。 こんな小娘相手に「これ」をやるのは腹立たしいが、 やらずに負けて死ぬよりはずっとマシだ。 そしてキュルケのファイア・ボールの弾幕が一瞬途切れた瞬間、 ラングラーはJJFの両腕のリングを開いた。 鉄クズの弾幕が途切れる。 それと同時にタバサが素早くルーンを唱え、身の丈より長い杖を軽く振る。 ラングラーがJJFの腕のリングに唾を素早く吐き入れたのは、 それのコンマ一秒、二秒ほど後。 直後、タバサのエア・ハンマーがラングラーに襲い掛かる。 ゴォアッ! 唸りを上げて自分に迫る風圧の塊をラングラーはモロに食らい、 壁に叩きつけられる。 ドグシャァッ! 「があッ!」 自分の体に走った衝撃と鈍痛にラングラーが呻いた。 だが顔を苦悶に歪めながらも、ラングラーの口は笑みの形に歪んでいた。 JJFの腕のリングは既に閉じ、高速で回転していた。 そのリングの中で、先ほど吐き入れられた唾は拡散、分散し、 リングの中の全ての鉄クズに付着した。 無重力の世界を生み、さらに真空の世界を作り出すラングラーの唾。 それが、弾丸として発射される鉄クズをコーティングした。 この世界でラングラーが編み出した、 JJFの究極にして最悪の戦術が始まった。 「ようやく・・・追い詰めたってとこかしら?」 タバサのエア・ハンマーで確実なダメージを受けて膝を突くラングラーを見て、 キュルケはそう呟いた。 「まだ油断できない」 タバサはそれを制するように言い、杖をラングラーに向ける。 キュルケはそれに頷くと、タバサと同様に杖を構える。 二人とも残りの精神力にはあまり余裕が無い。 決着をつけるなら、次しかなかった。 そのときだ。 「しかし・・・お前らは・・・よく頑張ったよ」 ラングラーが二人に声をかけた。 エア・ハンマーをまともに食らった割には、その声に張りがあった。 「・・・どういう意味よ?」 警戒しつつ、キュルケが答える。 「まだハタチにもならねえってのに・・・トライアングルで・・・ オレとここまで・・・やりあえるとはな・・・恐れ入ったよ」 「だから何が言いたいのよ!?」 明らかに追い詰められた状況でありながらも余裕を崩さないラングラーに、 キュルケは得体の知れない恐怖を感じた。 タバサも口こそ開かなかったが、キュルケと同様にそれを感じていた。 「だがな・・・お前らは・・・これから詰まれるんだぜッ!」 瞬間、JJFがリングに残る全ての鉄クズを、部屋中に無差別に撃ち放った。 ドドドドドドドドドドドッ! 放たれた鉄クズは、あるものはキュルケ、タバサ、そしてルイズへと向かい、 またあるものは壁に突き刺さり、またあるものは壁を跳ねた。 タバサは自分たちの方向へ飛んでくるものを正確に見極め、 ウィンド・ブレイクで射線をずらす。 ルイズへと向かうものは、ホワイトスネイクがルイズのベッドをひっくり返し、 それを盾にしてガードした。 タバサはこの防御で、これでラングラーの攻撃が終わったと思った。 自分の方に向かってきた鉄クズ全てに対処しきったからだ。 だが――ラングラーの攻撃はまだ終わっていなかった。 ホワイトスネイクにはそれが分かっていた。 部屋全体にばら撒くような射撃。 ホワイトスネイクもこれでダメージを受けた。 この攻撃における、ラングラーの狙いは―― 「ソイツハ『跳弾』ダ! 警戒シロ!」 ホワイトスネイクが二人に向かって叫ぶ。 だが、それは遅すぎた。 いや、仮に遅くなかったとしてもこの世界には「跳弾」などという言葉は無い。 故にタバサがその言葉の意味を理解し、正確な防御に移る事は不可能だった。 ドシュシュシュシュシュシュッ! 直後、キュルケとタバサは全身に鉄クズの銃撃を受けた。 同時に二人の体から鮮血が飛び散る。 「がはっ・・・・・・」 「っ・・・く・・・・・・」 呻き声を上げながら崩れ落ちる二人。 「キュルケ! タバサ!」 ルイズが悲鳴を上げる。 「そんな・・・・・・なんで・・・・・・」 「『跳弾』ダ。鉄クズヲ撃ツ角度ヲ調節シ、 壁ヤ天井デ鉄クズノ弾丸ガ軌道ヲ変エルヨウニシタノダ」 「な、なによそれ・・・弾丸が壁とか天井とかで跳ね返って、 それがキュルケたちを攻撃したの? そんなの、ありえないわよ!」 「ダガ現実トシテ二人ハ銃撃ヲ食ラッタ。 ソシテ私モ、先程ソレデダメージヲ受ケテイル」 「そんな・・・・・・」 ホワイトスネイクの言葉に、打ちひしがれるルイズ。 「その通り・・・・・・だ。 そして今の弾丸・・・ただ身体に・・・穴が開くだけじゃあ・・・ない。 もっと・・・・・・面白く・・・なる」 「面白クナル・・・ダト?」 「そうだ・・・・・・見ていろ・・・・・・。 奴らの血で、この床と天井に真っ赤な水彩画を描いてやるぞ・・・」 場所は変わってまたトリステイン魔法学院の校庭。 ある者は命がけで戦い、ある者は盗みを働こうとするこの日の夜。 そんな夜に、二人の男女が校庭を歩いていた。 少女の方の名前はモンモランシー。 二つ名は「香水」。 そして一週間前に、恋人のギーシュに二股かけられた本人だ。 そして男の方は―― 「ああ、モンモランシー! 君は本当に美しいよ! 天高く輝くあの双月も、君の前ではその美しさが霞んでしまうほどに! いや・・・きっと彼らもわかっているんだ。 どれだけ輝こうとも君の美しさには敵わないってね。 だからああして輝きを弱めて、君の美しさを引き立てているのさ! きっとそうだよ! 僕の愛しいモンモランシー!」 …一週間前、モンモランシーがいながら二股をかけた、ギーシュその人であった。 そもそも何故最悪な関係に陥っていたはずの二人がこうして一緒に歩いているのか、それを説明せねばなるまい。 事の発端はギーシュがモンモランシーを夜の散歩の誘ったことであった。 ギーシュは二股かけてたことがバレて傍に女の子がいなくなった状態が一週間も続いていた。 それで寂しくなったからモンモランシーに泣きついたのだ。 だが実際に傍に女の子がいなくなる、という状況に陥って、真っ先にモンモランシーのところに来る辺り、 ギーシュとしての本命はモンモランシーなのだろう。多分。 浮気ばっかりしてるけど、多分そうに違いない。多分。 そしてモンモランシーの方も、それまではホワイトスネイクとの決闘で死に掛けたギーシュを心配はしたものの、 二股をかけられたことが思い出されて、あまりギーシュとは一緒にいたくない気分だった。 だが「一週間経ったから許してあげようか」という気持ちと、 やはりギーシュに対するまだ捨てきれない気持ちがあって、夜の散歩を了承した。 そしてさっきからもう10分もの間、ギーシュの歯が浮くようなお世辞をノンストップで聞き続けているのだ。 普通の女の子なら耳が痛くなってくるようなお世辞の数々だが、 モンモランシーには、むしろそれが気分がよく感じられた。 モンモランシーはおだてに弱いタイプだった。 だからこそ、ギーシュが他の女の子にフラフラと近づいて そのままお近づきになってしまうのをその時こそは怒っても、 そのうちすぐに許してしまうのだった。 二股駆けるギーシュがダメダメなのは言うまでも無いことだが、 モンモランシーも何だかんだでダメだった。 でもそうだからこそ、似合いのカップルなのかもしれないが。 ひたすらモンモランシーに愛の言葉を重ねるギーシュ。 それを頬を紅潮させながら聞くモンモランシー。 二人はまだ知らない。 今この瞬間も、この学院の中で死闘が続いていることを。 「くぅっ・・・・・・タバサ・・・大丈夫?」 「・・・大丈夫。まだ、やれる」 「ウソ・・・でしょ、それ・・・。 ギリギリのところで使えた魔法を、殆どあたしを守るために・・・・・・」 「・・・・・・大丈夫、だから・・・・・・」 そう言うタバサの顔は青ざめている。 無理も無い。 タバサが先ほどの攻撃で受けた傷は、鉄クズの直撃が右足に3つ、右腕に2つ。 鉄クズのかすり傷が、脇腹に1つ、肩に1つ。 また、キュルケは鉄クズの直撃が左足に1つ、左腕に1つ。 それのかすり傷が左大腿に一つ、頭に一つ傷が出来ている。 ラングラーの射撃が二人を襲う直前、タバサはウィンド・ブレイクを使っていた。 しかしそれは、魔力を殆ど込める間もなかった弱弱しいものだった。 にもかかわらず、タバサはそれの殆どをキュルケを守るために使った。 そのため彼女が受けたダメージはキュルケのそれよりも、 ずっと多く、そして深いものになったのだ。 傷の激痛で奪われそうになる意識を必死に留めながら、 タバサは思考を回転させる。 このままではまずい。 あの男・・・こちらが思っていたよりも遥かに強かった。 まさか、天井や壁で撃った鉄クズを反射させて、 想定外の方向からこちらを狙うなんて。 さっきのエア・ハンマーでダメージを受けたように見えたのは演技だったのか、 それともダメージを押してあの攻撃を仕掛けてきたか。 いずれにしても、今度は完全にこちらが追い詰められてしまった。 もう一度あの射撃を仕掛けられでも、今の自分ではそれを防御出来ない。 そう考えていると、ふと自分の体に奇妙な違和感を感じた。 体が、軽い。 まるで風に巻き上げられた落ち葉のように、まるで自分の体に重みを感じない。 さっきまで、あの男から受けた傷の激痛で体が鉛のように重かったのに・・・。 いや、違う! 「軽く感じている」などという程度ではない。 自分の体が浮いている! 風も無いのに、何かの力が働いているでも無いのに、 自分の体が宙に浮き上がっている! いや、そればかりではない。 手や足を動かすたびに体がグルグルと回転し、重心が定まらない! これは、一体。 「タ、タバサ・・・こ、これ!」 声がした方を見ると、キュルケの身体も宙に浮き上がり、空中で二転三転している。 一体何が起きた? さっきの弾丸に、何か特別な魔法でも仕掛けたのか? でもこんなことができる魔法は、系統魔法の中には無い。 ならば、こいつが使っているのは――。 「エルフの先住魔法・・・か?」 突然タバサに、ラングラーから声がかかった。 「オレと戦ったものは・・・皆・・・そう言う。 先住の魔法・・・エルフの魔法・・・とな。 当然だ・・・火の魔法・・・風の魔法は・・・使うことすら出来ず・・・ 土の魔法・・・水の魔法は・・・まともなコントロールさえ・・・出来ない。 このオレが・・・・・・『魔法殺し』と・・・呼ばれるのは、そのためだ。 だが・・・オレが使うのは・・・そんなものではない。 それらより強力で・・・それらより凶悪なものだ・・・。 その力で殺されることを・・・誇りに思うがいい・・・・・・」 先住の魔法ではない? だとしたら、一体何がこれを引き起こしている? 考えても考えても、自分に起こったこの現象が説明できない。 とにかく自分の体を固定しなければ。 そう思い、杖を振ってレビテーションを唱え始める。 一体どういう原理で浮き上がっているのかは不明だが、 レビテーションなら身体を魔法で浮かせ、身体を空中に固定できるはずだ。 そう判断してのことだった。 そして、状況が変化したのはその瞬間だった。 傷口から流れ出ていた血の勢いが、突然強くなった。 まるで傷口から血が噴出すように、溢れ出るように流血し始めた。 そして次第にそれすらも通り越し、瞬く間に流血の勢いは強くなり、 まるで噴水のように傷口から出血しているッ! 「こ・・・これは・・・・・・」 「・・・・・・」 自分の身に起こった現象に呆然とするキュルケ。 そして自分の体から血が吹き出るという現実に驚愕したのはタバサも同じだったが、 風のメイジであった彼女にはそれ以上のことが理解できた。 自分の周りから、極端に空気が少なくなっている。 それに呼吸もしにくくなっている。 このままでは窒息してしまう。 それ以前に全身の血液がなくなって、干からびてしまう! どうすれば、どうすればこの状況から抜け出せる! 自分はまだ、死ぬわけにはいかないのに・・・・・・。 そしてその様子を、ルイズも見ていた。 ルイズは、自分を責めていた。 何も出来ないばっかりに守られて、 それで守ってくれる人が死にかけているのに、それでも何も出来ない自分を。 守られていながら、助けることさえ出来ない自分を。 自分が水のメイジだったなら、二人を治療できた。 火や風のメイジだったなら、アイツと戦えた。 土のメイジだったなら、ゴーレムの一つでも錬金して時間稼ぎが出来た。 なのに自分はそのどれでもない。 自分は「ゼロ」だ。 何の魔法も使えない、役立たずの「ゼロ」。 一週間前のギーシュとの決闘は、自分に何か光が見えたように思えた。 爆発しか起きない「ゼロ」の自分でも、 役立たずの「ゼロ」じゃないんだと思えた。 だが現実は違った。 結局自分は何も出来ない、役立たずの「ゼロ」だった。 自分を助けてくれた人が窮地に陥っても、 それに何の助けも出せない「ゼロ」だった。 ルイズにはそれがどうにも許せなくて、そして悔しかった。 悔しさで涙がこぼれそうになった、その時。 「マスター」 自分の前に立っているホワイトスネイクから声がかけられた。 顔はこちらには向いていない。 「・・・なによ。ホワイトスネイク」 こぼれそうになった涙を拭って、ルイズは不機嫌に聞こえるように答える。 「アノ二人ノタメニ命ヲ賭ケラレルカ?」 「・・・当たり前よ。何でそんなこと聞くのよ」 「今アノ現象ハ、アノ二人ヲ中心ニ起コッテイル。 ソシテ二人ヲ助ケルニハ、マスターモアノ近クヘ行カネバナラナイ。 マスターガラング・ラングラーニ殺サレタナラ、二人ノ努力ガ無駄ニナル。 デアル以上、マスターハ私トトモニ行動シ、私ガ護衛シナケレバナラナイ。 故ニマスターモアノ症状ガ出ル空間マデ行カネバナラナイ。 ・・・ソレデモ助ケルノカ?」 「それでも、よ」 ルイズの言葉に、迷いは無かった。 「・・・キュルケトカイウ女ハマスタートハ不仲ダ。 ソシテタバサトカイウ小娘ハ今日初メテ会ッタバカリ。 命ヲ賭ケルニハ、アマリニモ安イ間柄ダ。 ナノニ、何故ソノ二人ノタメニ命ヲ投ゲ出セル? 親友デモ、血族デモナイ相手ニ何故ソコマデデキル?」 それは、ホワイトスネイクにとって率直な疑問だった。 以前ホワイトスネイクがいた世界 ――かつての自身の本体、プッチ神父とともにあった世界でのこと。 あの世界で戦った男――空条承太郎は、 娘を守るために千載一遇の勝機を捨てた。 そしてその空条承太郎の娘、空条徐倫もまた、 父親の記憶のためにプッチ神父を仕留めるための最大の好機を逃した。 何故そのようなことが出来るのか。 それは親子だからだ。 互いに血を分けた存在だからだ、とホワイトスネイクは考えていた。 また、スタンドを探して世界中を巡った旅の中で、 プッチ神父を友の仇、親友の仇として襲うスタンド使いもいた。 そうしなれば、プッチ神父にスタンドを奪われることも、 その後にドロドロにされて死ぬことも無かったのに。 なのに彼らはプッチ神父に挑まざるを得なかった。 挑まなければ、自分の心に決着を付けられなかった。 何故そのようなことが出来るのか。 それは親友だからだ。 互いが互い無くしては生きては行けない存在だからだ、 とまたホワイトスネイクは考えていた。 だが、この状況は違う。 今自分の主人の前で死に掛けている二人の小娘は、 主人の血族でもなければ主人の親友でもない。 なのにこの小さな主人は、そんな二人のために命を賭けると言っている。 何故そんなことが出来る? 何故自分の命をそこまで簡単に扱える? それが、ホワイトスネイクには理解できなかったのだ。 「ソシテ助ケタイ、トイウノハ自己満足カ? ソレトモ偽善カ?」 さらにホワイトスネイクは厳しい問いをぶつける。 「・・・そうかもしれない。 役立たずになりたくないって気持ちが、わたしの中にあるもの。 でもそれは二人を助けない理由には絶対にならない。 だから、助けるのよ。 わたしが助けたいから、助けるの」 それが、ルイズの真摯な思いだった。 確かにキュルケには気に入らないところもある。 タバサって女の子に至っては、助ける義理も何も無い。 それでも、見殺しには出来ない。 だから、助ける。 自分が助けたいから、助ける。 それが、ルイズの答えだった。 「ソウカ」 ホワイトスネイクはそう短く言うと、ルイズに向き直る。 そしてルイズを片手で抱え上げる。 「覚悟ハイイナ?」 「いつでも」 ホワイトスネイクの問いに、ルイズが短く答える。 「承知ッ!」 その答えにホワイトスネイクが力強く応えるッ! そして床を強く蹴り、二人の少女の下へと疾走するッ! 「なッ、なにしてやがるッ!!」 それに驚いたのはラングラーである。 無傷で確保しなければならない相手が自分が作り出した死の空間へと、 何のためらいも無くホワイトスネイクとともに突っ込もうとしているのだ。 このままでは「無傷での確保」は不可能。ならば、阻止するしかないッ! ラングラーは最後の補給を終えたばかりのJJFに腕を構えさせる。 ドンドンドンドンドンドンッ! そしてホワイトスネイクの動きを追うように、 JJFにありったけの鉄クズを撃ち放たせるッ! 計画性のカケラもない行動だった。 だが任務を完遂することの方が、ラングラーには重要だった。 しかしホワイトスネイクは速い。 放たれた鉄クズの半数はホワイトスネイクが通り過ぎた直後の空間を貫き、 ホワイトスネイクにはかすりもせず、 しかし残り半分はホワイトスネイクへと殺到する。 だがホワイトスネイクはそれらを拳で弾き飛ばそうとはしない。 逆にルイズを庇うようにガードを固める。 ドシュシュシュッ! そのホワイトスネイクに、いくつもの鉄クズが突き刺さるッ! その数、4発。 足に、脇腹、腕に、そして頭に着弾し、頭部に命中したものはその一部を吹き飛ばしたッ! しかしホワイトスネイクは止まらないッ! 苦しみもがきながら空中を漂うキュルケとタバサの元へと一直線に駆けるッ! そして、キュルケとタバサを苦しめる症状 ――真空の魔の手が、ルイズにも襲い掛かる。 ルイズの鼻から、突然鼻血が噴出す。 同時に、ルイズの呼吸も苦しくなってくる。 ホワイトスネイクが自身の腕からDISCを抜き取ったのはその瞬間だった。 そして抜き取ったDISCを間髪いれずにルイズの頭部に差し込むッ! 「命令スル。『体内気圧を限りなくゼロに近いレベルまで、一気に低下させろ』」 ホワイトスネイクが、静かにそう命令する。 と同時に、ルイズの鼻血が止まった。 外気圧と体内気圧の差のために体内から血液が押し出されるのを、 この命令によって防いだのだ。 しかし、ルイズの呼吸が苦しいのは変わらない。 ルイズの周囲に殆ど酸素が存在しない状況を変えることは、 ホワイトスネイクのDISCの命令ではできないからだ。 しかし、血液が全て体外に押し出されてミイラになるよりは、 まだ死ぬのが遅い。 その僅かなタイムラグに、ホワイトスネイクは全てを賭けたのだ。 やがて、酸欠でルイズが意識を手放す。 ルイズは自分の意識が真っ白になっていくのを感じながら、 ホワイトスネイクが、二人を救ってくれることを祈った。 そしてホワイトスネイクは、キュルケとタバサの元へ到達した。 スデに意識を失っていた二人に、ルイズにしたものと同じ命令を差し込む。 後数秒でも遅れていたならば二人の命は無かっただろう。 しかしこれで二人の命はもう1、2分は稼いだ。 あとは・・・ラング・ラングラーを倒すのみ。 そう決意してキュルケとタバサを背負うと、ラングラーのほうへ振り向く。 そして振り向いた先には、驚愕に顔を歪めるラングラーがいた。 「バカな・・・真空の中で・・・何故・・・血を吹き出さねえ・・・。 ホワイトスネイク・・・テメー一体・・・何を、しやがった・・・」 「何ヲシタカ・・・カ。ソレヲ貴様ガ知ル必要ハナイナ。 何故ナラ貴様ハココデ死ヌカラダ・・・ラング・ラングラー。 貴様ノ無重力ノ能力ガ作リ出シタ真空デナ・・・・・・。」 そう言い終わるや否や、ラングラーに向けて突進するホワイトスネイク。 真空の発生源であるキュルケとタバサはホワイトスネイクに担がれているッ! つまり、この状況は―― 「テメーッ! オレが作った真空で、オレを攻撃する気かッ!」 ホワイトスネイクの目論見を理解したラングラーは、すかさず後方に下がる。 だがすぐに壁に背がぶつかる。 もう後ろには下がれない。 正面から迫るホワイトスネイクは、 自分を真空の範囲に捉えるまであと数歩の位置。 ならば―― 「ジャンピン・ジャック・フラァァァッシュッ!!」 咆哮とともにJJFがラングラーの正面に回りこむ。 そしてコンマ数秒単位で腕を構え、ホワイトスネイクへと向けるッ! 「くらえッ!!」 ドンドン! そして、その腕から鉄クズを撃ち放つ。 だが狙いは甘かった。 大半はホワイトスネイクに当たらず、その周囲へと逸れていった。 ラングラーが一瞬抱いた真空への恐怖が、 その照準を正確なものにしなかったのだ。 だが、3つ。 それだけの数の鉄クズは、ホワイトスネイクへと向かった。 しかもその全てが、ホワイトスネイクへの直撃コース。 だがホワイトスネイクは避けようともしない。 自分を敵の弾丸が貫くのを承知で、 真正面からラングラーのいる方向へと突っ込むッ! ドシュシュッ! そしてホワイトスネイクの胴体を、3つの鉄クズが撃ち貫く。 ホワイトスネイクの、膝が落ちる。 勝った、とラングラーは感じた。 だが、ホワイトスネイクは止まらなかった。 落ちかけた膝を無理やり引き上げ、床を蹴り、 レスラーがタックルをかけるようにラングラーへと襲い掛かるッ! ホワイトスネイクはスタンドである。 そして今のホワイトスネイクは、 本体の状態に一切左右されないスタンドであるッ! そのため人間ならば致命傷の攻撃でも、まだ十分に活動可能ッ! 「バカなッ! こいつ、何故止まらないッ!?」 それを知らないラングラーは驚愕のままにタックルをモロに食らい、 壁にたたきつけられる。 JJFで防御する余裕すらなかった。 そして、真空の範囲にラングラーが入った。 真空が、ラングラーに襲い掛かるッ! 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 時間の経過のために、より強力になった真空がラングラーを襲う。 そして、ラングラーの体の組織を次々と破壊してゆくッ! (マ・・・マズイ・・・ぞ・・・・・。このままじゃあ・・・オレが・・・ヤバイッ! 壁に押さえつけられた・・・この体勢じゃあ・・・逃げられねえッ! くッ・・・こうなったらッ!!) 完全に追い詰められた状況ッ! そしてラングラーが、そこから脱出を図るッ! 「ジャンピン・ジャック・フラッシューーーーーーーーッ!」 ラングラーの絶叫とともに、JJFが部屋の壁に拳のラッシュを叩き込むッ! 追い詰められ、生へとしがみつこうとする精神によって昂ぶり強化された拳は、 壁を一瞬にしてベコベコに破壊し、そしてひび割れさせていくッ! そしてラッシュが始まってから一秒経ったか経たないか、それだけの時間で、壁に大穴が空いた。 そしてラングラーの体が、その後ろから押さえつけるホワイトスネイクのパワーに押され、ルイズの部屋から空中に放り出された。 その瞬間。 「ジャンピン・ジャック・フラッシュ解除ォーーーーーーーーーーーーーッ!!」 ラングラーの絶叫とともに真空が解除されるッ! そして周囲の気圧は突然正常に戻り、ホワイトスネイクとラングラーの身体は、 二人を取り囲んでいた真空地帯へ吹き込んだ突風に、 木の葉のように吹き飛ばされるッ! ラングラーの身体は上空へ吹き飛ばされ、 ホワイトスネイクの身体は地上へと、一気に叩き落されるッ! しかしホワイトスネイクは抱きかかえる3人の身体を手放しはしないッ! 手放す前に、やらねばならないことがあるからだ。 (解除・・・ダトッ!? マズイゾッ! コノママデハ、 外気圧ニマスタータチノ体ガ潰サレルッ! ソノ前ニッ!) ホワイトスネイクは素早くルイズの頭部から命令のDISCを抜き取る。 そしてキュルケ、タバサの頭部からも命令のDISCを抜き取り、3人の体内気圧を正常に戻す。 だがまだ油断は出来ない。 地上が、眼前に迫っている。 今の加速した状態で地面に叩きつけられれば、並の人間はただではすまない。 ましてや今の状況では重傷を負った人間が二人もいるのだ。 ホワイトスネイクが手を離し、勢いのままに地面に激突したならば、間違いなく死ぬ。 ホワイトスネイクは何も持たない状態なら自由に空中を移動できる。 そして軽いものならば抱えたままで空中を移動できる。 だが今ホワイトスネイクが抱え、背負うのは三人の人間。 抱えたまま空中に留まるのは不可能だ。 そうである以上、着地はホワイトスネイクがやらねばならない。 しかしホワイトスネイクの両足はJJFの射撃でダメージを受けている。 着地の衝撃に耐えられるかどうかは怪しい。 出来るか。 ホワイトスネイクは現在の自分の状況に相談し、そして覚悟を決めた。 その直後、ホワイトスネイクは3人を抱えたまま、地面に着地した。 そして着地の衝撃がホワイトスネイクの両足を襲う。 無重力解除による風圧、そして人間3人分の重力が生んだ衝撃が、ホワイトスネイクの足をズタズタに破壊してゆく。 だがホワイトスネイクは膝を突かない。 膝を突かず、衝撃に耐え、着地したままの状態を保ち続ける。 そして、耐え切った。 そのことを実感すると、 ホワイトスネイクは3人の身体をそっと地面に横たえた。 ホワイトスネイクの身体に新たな衝撃が走ったのは、その瞬間だった。 衝撃の発生源は腹部。 そこに目を向ける。 自分の腹部から、握り拳が突き出ているのが見えた。 そして、やられた、と思った。 JJFの拳が、背後からホワイトスネイクの身体を貫いていた。 空中に飛ばされたラングラーは、手足の吸盤で校舎の壁に張り付き、 風圧に耐えていた。 そして耐え切ると、間髪いれずに空中からホワイトスネイクの背後に迫った。 落下の音、衝撃は吸盤で吸収し、ホワイトスネイクに気づかれることは無かった。 そして、あの一撃をホワイトスネイクに叩き込んだ。 ホワイトスネイクの膝が、がくりと落ちる。 もはや両足で立つこともできない。 そしてボロボロの両手では、手刀を使うことも出来ない。 ホワイトスネイクの身体は、もう戦える身体ではなかった。 「これで・・・テメーは・・・もう・・・戦えねえ。 あとは・・・ガキを・・・頂いていく・・・だけだ。 だが・・・・・・その前に・・・テメーは破壊する。 オレを散々ナメてくれたテメーを・・・生かしておくつもりはねえッ!」 そう言いつつ、JJFの拳をホワイトスネイクの腹から引き抜くラングラー。 それと同時にホワイトスネイクの体が崩れ落ちる。 ダメージは、あまりにも大きかった。 これ以上戦えぬほどに、これ以上立つこともできぬほどに。 そして床に倒れこむホワイトスネイクの頭部に、ラングラーはJJFの拳の狙いを定める。 「これで終わりだッ! 今度こそ、ここで死ねッ!!」 そして、JJFの拳が、ホワイトスネイクの頭部へ振り下ろされる。 「勝ったッ!!」 ラングラーが今度こそ勝利を確信し、叫んだ。 ドグシャアッ! ドシュンッ! 直後、二つの音が交錯する。 JJFの拳がホワイトスネイクを破壊する音、 そしてそれとは別の音が校庭に響いた。 そして視界が真っ暗になる。 何だ? とラングラーは一瞬首を捻りかける。 捻りかけて、理解した。 自分の額に、あの忌々しいDISCが突き刺さっている。 そのDISCに目隠しされているのだ、と。 そしてそうだ。 「これ」はさっき見ていた。 これはホワイトスネイクが、あの三人のガキの頭から抜き取ったものだ。 ホワイトスネイクはこのDISCで、自分の真空から三人を守っていた。 しかし、だとしたらその効果は一体・・・。 「ソノDISCノ効果・・・教エテヤロウ」 「!!??」 バカな!? 何故ホワイトスネイクが生きている!? ヤツの頭部は、自分のJJFで完全に破壊したハズ。 手ごたえも十分にあった! …いや、本当にそうだったのか? 本当に、自分が破壊したのはヤツの頭部だったのか? インパクトの瞬間、オレはヤツのDISCで目隠しされたんだ。 だとしたら、そのときに・・・まさか・・・・・・。 「『体内気圧を限りなくゼロに近いレベルまで、一気に低下させろ』・・・ダ。 ソレデ何ガ起コルカ・・・・・・貴様ニハ・・・スグ分カル」 暗闇の中で、ホワイトスネイクがこちらの意思とは関係ナシに喋り続ける。 『体内気圧を限りなくゼロに近いレベルまで、一気に低下させろ』・・・だと? …何だとッ!? じゃあまさか、これからオレはッ!? 「感ヅイタヨウダナ・・・。貴様ノ体ハコレカラ・・・外気圧ニ潰サレテ、 ペシャンコニナル。 セイゼイソレマデノ間、残サレタ命ヲ楽シメ・・・・・・」 その言葉の直後、ラングラーの体に異変が起こる。 まず、息が出来なくなった。 正確には、肺から空気が一気に押し出されたッ! そして破壊はさらに進行するッ! ラングラーの体はあっという間に圧縮されていき、 ラングラーの全身の穴という穴から血が噴出すッ! 「ガッ・・・ゴボ・・・・・・ガボ、ゴッ・・・・・・」 声にならない声を上げ、ラングラーが呻く。 呻きながらも、JJFに指示を出す。 自分をこんな目に合わせた奴らを、せめて一人でも道連れにするために・・・。 だが、それもすぐに止められた。 JJFの腕が、動かない。 ホワイトスネイクがJJFの両腕をガッチリと捕まえ、その腕輪の照準が三人の少女にそして自分へと向かぬよう、 そして照準が誰もいない上空へ向くように押さえ込むッ! 「ア・・・アガ・・・ゴバ、ガ・・・ガボバ・・・・・・」 しかしラングラーは止まらない。 JJFへの指示を止めはしない。 そして主人のダメージに従ってボロボロとその身を崩壊させていくJJFは、 主人の命令に忠実に、最後の足掻きを見せたッ! ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!! それは戦いの序盤でホワイトスネイクに対して行った、マシンガンのような集中射撃。 JJFはそれが自分の最後の輝きであるかのように、ホワイトスネイクに押さえつけられたまま、上空に向かって撃ち続けた。 今までで最大の威力を持った、鉄クズの射撃だった。 撃ち放たれた無数の鉄クズはその大半が校舎に当たり、 そしてそれらを抉り、無数のひびを入れた。 巨大なゴーレムの一撃ですら破壊できない壁に、目に見える形で損傷を与えた。 そして残弾が完全に尽きたのと同時に、 ラング・ラングラーは全身の血を外気圧に絞り取られて絶命した。 ジャンピン・ジャック・フラッシュの姿は、もうその傍らには無かった。 「終ワッタ・・・・・・カ・・・・・・」 ラングラーが死んだのを確認し、ホワイトスネイクはそう呟いた。 そして周りを見回す。 見回して、ひどい有様だと思った。 周囲一体がラングラーの血で染まって真っ赤になっている。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人も例外ではない。 全員の衣服が、血で真っ赤になっていた。 もっともキュルケとタバサの衣服は彼女達自身の血でスデに赤く染まっていたが。 (シカシ・・・マズイナ。今ノ私ハ、ホトンド行動不能。 ソレニ助ケヲ呼ブコトモママナラナイ。 マスターハマダ大丈夫ダガ・・・コノ二人ハ応急処置ガ必要ダ。 クソッ・・・・・・ドウスル・・・・・・?) 自身も再起不能寸前でありながらも、冷静に状況を判断するホワイトスネイク。 その時―― 「ルイズの使い魔君ッ! 君の命がけの行動、僕は敬意を表するッ!!」 バカみたいにでかくて、それでいて妙に気取った声が聞こえてきた。 どこか聞き覚えがあった声だ、と思いながらホワイトスネイクがそちらを見る。 「ちょっとギーシュ! あんた分かってるの? あいつはあなたを殺しかけたようなやつなのよ?」 「黙っていてくれモンモランシー。僕は今猛烈に感動しているんだ!」 声の主はやっぱりギーシュだった。 そしてその後ろから、モンモランシーがギーシュを引きとめようとしている。 しかしギーシュはそれを引きずるようにしてこっちにやってきた。 「・・・・・・何シニ来タ」 ジト目でギーシュを見ながら言うホワイトスネイク。 「そんなことを連れないことを言わないでくれ、使い魔君。 僕は君の命がけの戦いの一部始終を見ていた。 それで・・・感動したんだ! 不届き者から三人のレディーを守り、 満身創痍になりながらも勝利した君の姿に! そして実感したよ! 君と僕は似たもの同士だったんだ! 君は一週間前のあの日、僕と決闘したろう? それが何故なのか、ずっと気になっていたんだ。 でもそれが分かったよ! 君は君の主人であるルイズのために、 レディーのために戦ったんだね! あのメイドを僕の勝手から守ったのも、 レディーを守るという君の新年に基づいたものだったと分かったんだよ! はっはっは! そんな神妙な顔をしないでくれ! 何も言わずとも分かる! 君のその行動こそが君の精神のあkガボゴババゴボ・・・・・・」 延々と喋り捲っていたギーシュが、突然彼を包み込んだ水によって黙らされた。 やったのはモンモランシーである。 しかしギーシュもなんと言うか、相当にアレだ。 一週間前に自分を危うく殺すところだった相手にここまでフレンドリーになれてしまうとは。 お調子者というべきか、能天気というべきか、とにかく色々と心配だ。 そしてギーシュを黙らせたモンモランシーがその前に出て、 じろりとホワイトスネイクをにらむ。 ホワイトスネイクも、それを正面から見返す。 「・・・あんたがギーシュに決闘でしたこと。私は忘れて無いわ。 でも・・・・・・」 そういって、地面に横たわる三人に目を向けると、短くルーンを唱える。 すると、キュルケとタバサの傷が、溶けるようにして浅くなっていく。 水のメイジにしか使えない、「治癒」の魔法だ。 ホワイトスネイクは驚いてモンモランシーを見る。 「この三人がケガをしてるのは別の話よ。 応急処置をしてくれる人を探してたんでしょ? ・・・だったら私がしてあげるわよ。 この三人のケガはどれも致命傷じゃないし、 水のラインメイジの私なら応急処置が出来る。 ただ、キュルケとこの青髪の女の子は相当に弱ってるから、 魔法薬での治療が必要になるけど。 ・・・別に、あんたがしたことを許したわけじゃないんだからね。 勘違いしないでよ」 「・・・覚エテオク」 ホワイトスネイクがそれだけ言うと、 モンモランシーはぷい、とそっぽを向いてギーシュのほうへ戻っていった。 そのギーシュが、何やらゴボゴボ言っている。 「どうしたのよ、ギーシュ?」 「ばべ! ばべぼびべぐべぼ!」 「・・・何言ってるかわかんないわよ、ギーシュ」 「ばばらばればぼ! ぼぼばび! びびぼぶびぼごべば!」 モンモランシーの魔法で水攻めにされたまま、 ギーシュが指を差しながら何か言っている。 だがモンモランシーには何が言いたいのか全く理解できない。 かろうじて、何がしたいかが理解できたホワイトスネイクが、 ギーシュが指差す先を見ると―― 「・・・・・・何ダ、アレハ?」 そこには、全長30メイルは下らない、巨大なゴーレムがいた。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1373.html
「ふわぁ~、朝早く目が覚めたのはいいけど……な~んか暇だなぁ」 欠伸をしながらPCの電源を落とす。 春休みに入って数日が経った。 この数日間は、漫画・DVD・積ゲーの処理を寝る間も惜しんでやった。 もちろん、合間合間にネトゲもやった。 集中的に遊びすぎて、さすがにどれも飽きてきた感がある。 「今日はかがみ達と会って遊ぶかねぇ」 現在時刻は朝の8時30分。 今から誘いをかければ午後からたっぷり遊べるだろう。 もちろん、ただ遊ぶだけが目的ではないのだけれども。 今年はこの短い休みにも宿題がきっちりと出されていた。 できることなら、最終日までに余裕をもって写しておきたい。 宿題を写して憂いを絶つ、それもかがみを誘う目的のひとつだ。 それはそうとして、だ。 いったい今日は何月何日で、休みはあと何日残っているのだろうか。 確認するためにカレンダーを見る。 まあ、カレンダーは好きな絵師のところで止めてあり、ここ何ヶ月も捲っていないので見たところで無駄なのだが。 「あ。そういえば」 ベッドを置いてある方の壁を見る。 そこには日めくりカレンダーが掛かっていた。 『今日が何月何日かぐらい常に把握しろ』 とか言って、お節介にもかがみが勝手に掛けていったものだ。 まあ、自分が持て余してたのを持って来ただけなのかもしれない。 ちなみにこのカレンダー、私はまだ一度も捲ったことがない。 捲っているのはかがみだ。 この部屋に遊びに来るたび、文句を言いながら4~5枚捲っている。 『私がせっかくプレゼントした意味がないじゃないの!』 とかなんとか言いながら。 今は、かがみが最後に家に遊びにきた日――3月25日――で止まったままだ。 「たまには、自分でめくってみようかネ」 記憶をたどり、深夜アニメを見た回数分だけびりびりと捲る。 今期は割と良作が揃っていて、毎日アニメを見ているから捲る枚数を間違えることは絶対にない。 極めて私流ではあるが、このカウント方法に頼るのが1番確実だったりする。 捲ったカレンダーはくしゃくしゃにまるめて、ゴミ箱にポイだ。 「……ほほう」 カレンダーが示している日付を見て、ニヤリと笑う。 体のダルさが吹き飛び、頭の中が冴え渡ってくる。 その日付表示は、私のエンジンに火をつけたのだ。 4月1日。 そう、今日はエイプリルフール。 つまり、嘘をついていい日。 なんだか、よくわからない使命感で み な ぎ っ て き た 。 よし!毎日の勉強で疲れているだろう友人達に、最高のユーモアをプレゼントしてさしあげようじゃないか! かの有名な“ド○えもん”という作品において、源し○か氏はこのような事を言っていた。 『人を喜ばせておいて、がっかりさせるような嘘はよくない』 『だから、嘘とわかった時に喜べるような“親切な嘘”をつくべきだ』 ここに高らかに宣言する!私はつこう、親切な嘘を!! ☆ まずは、かがみからだ。 携帯に電話をかける。 休みだというのに既に起きて活動していたのであろう、数回のコールですぐに出た。 「もしもし、こなた?あんたにしては珍しく早起きね」 「……かがみ……」 「どうしたのよ、なんか元気ないわねー。休みボケかぁ?」 「はは……そんなとこ、かな」 「ちょ、ちょっと、ホントに大丈夫なの?」 かがみの声色が心配を含んだものに変わる。 ここまでは順調。 「う、うん。まあ、だいじょぶ」 「そう?ならいいけど。それで、用件は?」 「えっとね、実は、私……や、やっぱいいや!」 「はぁ?」 「うん、悪いけど今のナシ。忘れて!じゃあね!」 「あっ、待ちなさいよ!」 ここで一方的に電話を切る。 かがみの性格からしてすぐにでも電話が……よし、かかってきた! 少し間を置いてから電話にでる。 「も、もしもし?」 「ちょっと、こなた!さっきの電話は何なのよ!?一方的に切ったりして!」 「なんでもないよ」 「とりあえず用件を最後までちゃんと言いなさいよ!気になるじゃない!」 「だから、なんでもないって」 「だから、なんでもないなら最後まで言えばいいって言ってんでしょ!?」 「しつこいよ!!なんでもないんだってば!!!!」 「……」 「……ごめん。怒鳴ったりして」 「……ううん。私もちょっと、大人気なかったわ。えっと、もう切るわね」 「あ、待って!……ねえ、かがみはさ……私の友達、だよね?」 「何?急にどうしたのよ?」 「いいから答えて!言っとくけど、私、真剣だよ?ネタとかじゃないよ?」 「……もちろん友達よ。親友って言ってもいいわ」 さあ、盛り上がってまいりました。 かがみの声は真剣そのもの。 微塵も私が演技をしていると疑っていないことうけあい。 いやあ、私もなかなかの演技派だネ。 「ありがと、本当に嬉しいよ……実はね、私、虐められてるんだ」 「イジメ?そんな……ウソ、でしょ?」 「かがみには隠してたけど、同じクラスのみんなから、私……私ッ!」 「何よソレ!!許せない!!いつから!?いったい誰が!?」 「去年の11月くらいから、カナ。始めたのは……その……つかさ、だよ」 「なっ……!!」 さて、仕上げに移りますか。 「ね、かがみ。いろいろ相談したいからさ、できればウチに来てほしいんだ」 「……いいわ。いつ行けばいいの?」 「じゃあ、1時頃に来てくれる?もちろん、つかさとみゆきさんには内緒で」 「ええ。わかったわ」 「ねえ、かがみに電話したこと、2人には内緒にしといてもらえるよね?」 「大丈夫よ、安心して。何があっても、私はあんたの味方だから」 「ありがと。かがみ」 「お礼なんていらないわよ」 「ついでに、春休みの宿題を見せてくれると嬉しいんだけどなぁ」 「ふふっ、いつもの調子が戻ってきたじゃない。ま、考えとくわ。じゃあ1時にね」 これでよし。 ウチに来たら全てをばらして、その後は一緒に遊べばいい。 完璧な計画だ。 ☆ さて、ターゲットは残り2人。 次の狙いは当然つかさだ。 早めに攻略しておかないと、かがみへの嘘がバレるかもしれないしね。 携帯に電話をかける。 3回も留守番電話センターに接続され、諦めようかなんて思い始めた頃にやっと出てくれた。 「もしもし、つかさ?」 「もしもし~、こなちゃん?……ふわぁ~、おはよ~」 「おはよ。ごめんね、朝早くに電話しちゃって」 「ううん、いいよ~。今日は早く起きるつもりだったし」 「そうなんだ」 「うん。今日から宿題をがんばろうかな~って。えへへ」 つかさの声はまだ眠そうだ。 この様子だと、少しばかり荒唐無稽な嘘でも信じてくれるだろう。 「ねえ、つかさに相談したい事があるんだけど」 「え?相談?」 「うん。いいかな?」 「うん。いいよ~。でも、私よりお姉ちゃんやゆきちゃんの方が――」 「つかさじゃなきゃダメなんだよ」 「えっ?」 「あの2人には、相談できないんだ」 「えっ?ど、どういうこと?」 急に真剣みを帯びた私の声に、つかさが戸惑いをみせる。 我、機を得たり。 ここからは一気にたたみかけよう。 「実はね、私、みゆきさんのモルモットにされてるんだ」 「も、もるもっと?」 「うん。いわゆる実験動物。いろんな薬を飲まされたり、注射されたり……」 「へ、変な冗談はやめてよ、こなちゃん。ゆきちゃんは、そんなことするような――」 「かがみも被害者なんだよ?かがみは私よりずっと前からみゆきさんに遊ばれてたんだ」 「お、お姉ちゃんが?」 「私もかがみから同じように相談されてさ、その時は何かのネタだと思って信じなかった。でも、それが間違いだった」 「う、嘘!嘘だよね、こなちゃん!?ねえ――」 「私はかがみを救えなかったんだ……今のかがみはみゆきさんの命令に逆らえなくなってて、私を監視しているみたい」 「そんなの嘘だよ!こなちゃん、いくら私でもいいかげん怒るよ!?」 「お願いだから信じてよ、つかさ……ねえ、最近さ、かがみの様子に何か、その、違和感とか感じなかった?」 「あ……」 つかさが黙り込む。 なんたる幸運。 何かしら思い当たる事でもあったのだろう。 だとしたら、これ以上の演技は蛇足だ。 そろそろ仕上げに移ってもいいだろう。 「ね、つかさ。いろいろ相談したいからさ、できればウチに来てほしいんだ」 「……うん。いつ行けばいいの?」 「じゃあ、1時半頃に来てくれるかな?わかってるとは思うけど、かがみとみゆきさんには内緒だよ」 「うん」 「もちろん、私がこんな電話をしたことも内緒だよ?つかさだって無事じゃいられないかもしれないし」 「う、うん。わかった。気をつけるよ」 「ありがと。つかさ」 「お礼なんていいよ。私もひとりじゃ心細いし」 「それと、出かける時だけどさ、かがみには図書館で宿題してくるとか言ってごまかせばいいと思うよ」 「うん。そうするよ。えっと、1時半だよね」 これでよし。 これで、つかさがかがみに接近する可能性はぐっと低くなった。 かがみへの嘘もバレにくくなったという訳だ。 それに、つかさは宿題の道具を持って移動することになるから、ばらした後に一緒に宿題をすることもできる。 我ながら完璧な配慮だ。 先に着いているかがみと一緒になってネタばらしをして楽しめば、かがみの怒りもいくらか収まることだろう。 さてさて、ターゲットは残り1人。 ☆ 「それで、みゆきさんに相談したいことがあってさ。いいかな?」 「はい。私でよろしければ、遠慮なくどうぞ」 ラストバッターは陵桜の誇る秀才、みゆきさんだ。 かなり手ごわい相手といえるだろう。 嘘を信じさせるためには、相手のバランスを崩しスキをつくらなければならない。 かがみは、親友が虐められているという情報にカッとなりスキが生まれた。 つかさは、まあ、いつものとおりスキだらけだった。寝起きだったしね。 「つかさにはまだ内緒にしててほしいんだけどさ、私ね、去年の冬休み初日にかがみに告白されたんだ」 「はあ。告白、ですか?」 「うん。愛の告白ってやつ」 「ええっ!?し、しかし、泉さんとかがみさんは、その……」 「うん。女の子同士、なんだよね。もちろん私はそういった趣味ないからさ、きっぱり断ったんだ」 「は、はあ」 「翌日からはいつもどおりの関係に戻ろうねって話で決着がついたから、みんなは気が付かなかったと思うけど」 「そうですね。少なくとも私は、まったく気がつきませんでした」 「だよね。だから私は、かがみもちゃんと諦めてくれたんだ、と思って安心してたんだけどね……でも、そうじゃなかったんだ」 「ということは、かがみさんと何かあったのですか?」 「……襲われちゃったんだ」 「え?襲われ?え?……ええっ!?」 「春休みの前日、いつものようにかがみが家に遊びに来たんだ。その日は家に私しかいなかったんだけど――」 「い、泉さん!悪質な冗談はやめてください!私には、かがみさんがそのような事をするお方に思えません!」 「私だって!!!!私だって、かがみがそんなことするなんて思ってなかった!!!!」 「あ……」 「私はその日、写真まで撮られた。その日からかがみはその写真をネタに、私のことを毎日のように――」 「そんな……嘘……嘘です。そんな、ひどいこと……」 そこからは私の妄想を織り交ぜつつ、かがみが私を襲った状況を簡単に説明。 みゆきさんを崩すには、みゆきさんの知識・経験が乏しい世界を舞台にする必要がある。 つまり、18歳未満禁止かつアブノーマルな、とっても危ない世界。 バーチャルとは言え、私の方は経験豊富なのだ。 この土俵で闘えば、私が負ける要素はほとんどない。 「ね、みゆきさん。できれば会って相談したいんだ。ウチに来てくれないかな」 「……わかりました。いつ、お伺いすればよろしいのでしょうか?」 「急で悪いんだけど、今日の2時とかじゃダメかな?その時間、家は私ひとりになっちゃうし」 「わかりました。2時、ですね」 「それから、この話なんだけどさ」 「はい。誰にも話しませんので、安心してください」 「ありがと。みゆきさん」 「いえ。私でお力になれるかどうか」 「それと、かがみが感づいた時のために、表向きは今日は勉強会ってことにしてほしいんだ」 「わかりました。勉強会、ですね」 みゆきさんは『恐れ入りますが、まだ泉さんの言い分を全て信じた訳ではありませんので』と言ってから電話を切った。 ううむ。この辺りはさすがに手ごわい。 まあ、とりあえずミッションコンプリートだ。 これで、上手くいけば2時には4人が勉強道具持参で我が家に集うわけだ。 それまで何をして待っていようかなぁ。 あ、そうだ。 一応、嘘をついたおわびとして手作りお菓子でも用意して待っていよう。 そうと決まれば台所へ行きますかネ。 よっこいしょういち、っと。 ☆ まさか、こなたがイジメをうけていただなんて。 しかもつかさが、私の妹が、その犯人だなんて…… 一刻も早く事の詳細を知りたい。 いてもたってもいられない。 約束は1時だが、30分程度なら早めに行っても問題ないだろう。 お昼はパンでも買って食べて、さっさとこなたの家に向かおう。 手早くまとめた荷物をもって自分の部屋から出ると、つかさとばったり出会ってしまう。 つかさも出かけるところなのか、私と同じように荷物を持っている。 思わず睨みつけそうになるが、ぐっと我慢する。 私がイジメの事を知っていると悟られたら、情報源のこなたに迷惑がかかるかもしれない。 「おはよう、つかさ。今日は早起きね」 「おおお、おはよう。お、お姉ちゃん。え、え~っと、何だか目が覚めちゃって」 「何をそんなに慌ててるのかしら?」 「えっ!?あ、慌ててなんかないよ?お、お姉ちゃんこそ、恐い顔してどうしたの?」 いけない。怒りが顔に出てしまっていたようだ。 「な、なんでもないわ。宿題でわからない問題があって、少しイライラしてただけ」 「そ、そうなんだ」 「そういえば、つかさも出かけるところなの?」 「あ、うん。お姉ちゃんも?」 「そうだけど……ねえ、もしかして……つかさは、こなたの家に行くつもりだったりする?」 「え!?ううん、ち、違うよ!!……図書館!そう、私は図書館に宿題をしに行くんだよ!」 ☆ 最近、お姉ちゃんの様子がおかしい。 食事の量も減ったみたいだし、お菓子もあまり食べようとしない。 些細な事ですぐイライラするようになったみたいで、私も何度か怒鳴られたりした。 もちろん、その度に後から謝ってはくれるのだけど。 机にふせっていることが増えたし、夜こっそりと出かける回数も増えていた。 ――こなちゃんの言ってたことは、やっぱり本当なんだろうか。 こなちゃんは1時半って言ってたけど、もう行ってしまおうかな。 こんな状態でお姉ちゃんと同じ屋根の下にいたら、私の気持ちがまいっちゃうよ。 とりあえず、早く相談して、早く解決しなきゃ。 カモフラージュ用の勉強道具をバッグに詰めて部屋を出る。 しかしそこで、タイミング悪くお姉ちゃんと会ってしまった。 「――つかさは、こなたの家に行くつもりだったりする?」 「え!?ううん、ち、違うよ!!……図書館!そう、私は図書館に宿題をしに行くんだよ!」 「ふーん……珍しいわね」 「そ、そろそろ頑張ろうかな~って思って」 「それが本当なら、いいことなんだけどね」 こなちゃんの言った事は、やっぱり本当だ。 お姉ちゃんの様子はやっぱりおかしい。 私のことをじっと睨みつけてきたかと思えば、品定めするようにジロジロと見てくる。 それに何故か、私の行き先がこなちゃんの家かどうか、なんて質問を突然にしてきた。 こなちゃんの家に私が行くと都合が悪いのだろうか? もしかして、こなちゃんの身に何かが…… そうか!もしかしたら、まさに今、ゆきちゃんがこなちゃんのことを狙っているのかもしれない! だから、他の誰かがこなちゃん家に行ったら不都合なんだ。 お姉ちゃんは、私がこなちゃん家に行かないよう監視しているんだ。 そうだ!そうに違いない! 私がこなちゃんを救わなきゃ! 「お姉ちゃん、私いそいでるから!もう行くから!」 「え?あ、うん。気をつけていってらっしゃい」 私は家を飛び出し、全力で自転車をこぐ。 「待っててね、こなちゃん!」 ☆ 窓から外を見ると、つかさの自転車が猛スピードで遠ざかっていくのが見えた。 つかさってあんなに早く自転車をこげたんだ。 それにしても、さっきからのつかさの慌てっぷりは異常だ。 こなたの名前を出した瞬間、わずかに顔色が変わったのを私は見逃さなかった。 つかさが犯人だなんて思いたくなかったけど、まさか本当に…… そこまで考えてハッとする。 何故、つかさはあんなに慌てていたのか。急いで出かけたのか。 もしかして、つかさは私とこなたの電話でのやりとりを聞いてしまったのではないだろうか。 あの時は私も興奮して大きな声を出していたから、その可能性は十分にある。 だとしたら、今つかさが向かっている先は…… マズイ。 最悪の事態だ。 私も急いでこなたの家に向かわなくては! 私はすぐに家を飛び出し、妹を追いかけるように必死に自転車をこぐ。 「待ってなさいよ、こなた!」 ☆ 4月1日。 今日、私は友達に嘘をついた。 後は至福のネタばらしが残るのみ、ときたもんだ。 私はその瞬間を楽しみにしながら、お菓子作りに精を出していた。 「よっし。こんなもんかな」 程なく手作りクッキーが完成する。 つかさ程ではないにしろ、我ながらなかなかにいい出来だ。 やはり、気分がノッている時は何をやっても上手くいくものだ。 時計を確認。 おっと、もう12時を過ぎている。 かがみが来るまであと1時間もない。 あまり時間が無いので、今日のお昼はカップ麺ですませることにする。 お湯を注いで居間へと移動。 あと3分♪ 特にやる事もないので、とりあえずTVをつける。 お昼の時間ということで、どこも面白い番組はやっていない。 適当にチャンネルを変え、リモコンを放置する。 あと2分♪ お気に入りのマグカップにお茶を淹れ、ささやかな昼食の準備が整う。 いやぁ、日本茶は心が落ち着きますなぁ。 その時、つけっぱなしのTVから信じられない言葉が聞こえた。 『――こんにちは。3月31日、お昼のニュースです。本日、○○内閣の――』 なん……だと……!? 重力に惹かれ、鈍い音と共に不時着を敢行するマグカップ。 そして、景気よく床にぶちまけられる適温の緑茶。 馬鹿なッ!! 今日はエイプリルフールではなかったというのかッッ!! 頭が真っ白になる。 いままでかいたことのない類の嫌な汗が、体中からドッと噴き出す。 天国から地獄。 私の気分は真っ逆さまに光の世界から暗闇のどん底へと叩き落される。 麺がのびのびになってカップから溢れ出た頃、私はようやく我に返った。 ☆ 「待っていてください、泉さん」 泉さんのお宅まであと少し。 泉さんは2時と言っていましたが、1時間以上も早めに来てしまいました。 事の真偽を早く確かめたくて、どうしてもじっとしていられなかったのです。 それに、もし泉さんの話が全て本当だった場合、かがみさんの行動を警戒する必要があります。 かがみさんが休みに乗じて泉家に来る可能性は高いですから、ゆっくりしている暇はありません。 泉さんとの約束の時間を違えてしまうのは失礼かとは思いますが、事態は急を要します。 一応ですが、携帯の方には早めに伺う旨をメールで送っておきましたし―― 「ゆ、ゆきちゃん!?」 「え?……あ、つかささん?」 何やら慌てている様子のつかささんと出会いました。 何故でしょうか、大変驚かれているようです。 それにしても、ここで会ったという事は…… 「つかささんも、泉さんに会いに来たのですか?」 「え。えっとね、わたしは、その……」 「?」 「ぐ、偶然通りかかっただけだよ~」 「そうなのですか?」 「う、うん。そうそう、偶然なんだ」 つかささんが嘘をつく理由は無いでしょうから、本当に偶然なのでしょう。 何かとても不自然な気はしますが。 「ゆきちゃんは、こなちゃんの家に行くんだ?」 「はい。その、泉さんに勉強会をしようと誘われたものですから」 「そ、そっか」 「つかささんは、何をしていたのですか?」 「え。え~っとね……」 「2人とも、何の相談をしているのかしら?」 つかささんと話していると、突然、背後から声を掛けられました。 振り返ると、今は一番会いたくなかった人が腕を組んで立っていました。 ☆ 「お、お姉ちゃん!?」 「つかさ、あんた図書館に行ったんじゃなかったの?」 まさか、つかさとみゆきが合流するとは。 みゆきまでもがこなたイジメに参加していたとは思わなかった。 いや、思いたくなかった。 冷静に考えてみれば、みゆきが自分の身近で起きているイジメの兆候を見逃すはずなど無いのだ……自分がイジメる側でない限りは。 私という邪魔者が現れたことに機嫌を悪くしたのか、みゆきがこちらを軽く睨んだように見えた。 「こんにちは、かがみさん。こちらへは何をしに来られたのですか?」 「こんにちは、みゆき。私はこなたの家に遊びに来たの。一緒に勉強もする予定よ」 「あら、奇遇ですね。私も泉さんと勉強会をする予定なんですよ?」 「へえ。そうなんだ」 「ええ。そうなんです」 「私は、こなたに誘われてきたんだけど?」 「もちろん私も、泉さんに誘われたから来たんです」 心なしかみゆきの言動が余所余所しい、というか冷たい。 それにしても、よくもまあ堂々と嘘をつくものだ。 私には分かる。みゆきが言っている事は嘘だ。 今のこなたが、加害者サイドのこの2人を自宅へ誘うはずが無い。 そういえば、こなたが私に相談したことをみゆきは知っているのだろうか? つかさから既に情報を得ている可能性はあるが、まだ知らない可能性もある。 それに仮に情報を得ていたとしても、みゆきならばつかさからの情報を100%信じることはないだろう。 我が妹ながらつかさは少しばかりぬけているところがあるからだ。 とりあえず、みゆきを油断させるためにも、今は事情を知らないフリをした方が良さそうだ。 「そう。じゃあ、こなたは4人で勉強会を開くつもりだったのかしらね」 「それなんですが、つかささんは誘われて無いみたいですよ?」 そう言って、みゆきはつかさの方をチラリと見た。 これは……つかさに別行動をとるように促しているのか? よくわからないが、みゆきの作戦か何かなのだろうか? だとしたら、阻止しておいた方がいいのかもしれない。 最初の実行犯を逃がすわけにはいかないし、できれば4人が揃った状態でケリをつけたい。 私の目的はこなたを救うことだけでは無いのだから。 難しいかもしれないが、私はこの4人の間にあった友情を取り戻したいのだ。 「……それなんだけど、こなたから電話があったのって、つかさが出かけた後だったのよ」 ☆ 「それでつかさも誘おうかと思ったんだけど、図書館に行くって言ってたから携帯にかけるのは遠慮したの」 「そ、そうだったんだ」 「あんたマナーモードにしないでしょ?だから、頃合を見計らってメールでもするつもりだったんだけどね」 「メール?」 「そ、メール。つかさもこなたの家で一緒に勉強しないか、ってね。」 これは、どういう状況なんだろう。 ゆきちゃんとお姉ちゃんの間に、なにかトゲトゲしい空気が流れている。 お姉ちゃんはゆきちゃんに従わされているハズなのに。 もしかして、今のお姉ちゃんは薬がきれたりとかで正気に戻っているのだろうか? お姉ちゃんはなんでここに来たのかな? なんで私を誘ってるのかな? えっと……今、お姉ちゃんはこなちゃんと合流してゆきちゃんを何とかしようとしているところか何かで―― それで、私にも協力をしてほしがっている―― そうか。そういう事だったのか。 つまり、これは、千載一遇のチャンスなのだ。 「じゃ、じゃあさ、私も一緒に行っていいんだよね、お姉ちゃん?ほら、ちゃんと勉強道具も持ってるし」 「そうね。いいんじゃない?……ね、みゆき?」 「……そうですね。人数が多い方が、勉強会らしくていいのではないでしょうか?」 「じゃあ、決まりだね!」 ほんの僅かだけど、ゆきちゃんの表情が陰るのがわかった。 ゆきちゃんは、少し悲しそうな顔で私の方を見た。 ……ごめんね、ゆきちゃん。 でも、ゆきちゃんがやっていることは、良くない事なんだよ? 大丈夫。きっと明日からは、また前までのように4人で仲良くできるよ。 そうなれるように私が頑張るよ! 私は決意を胸に秘め、こなちゃん家への一歩を踏み出した。 ☆ かがみさんは頭の良い方です。 もしかしたら、私の態度から何か察するところがあったのかもしれません。 つかささんを勉強会に誘ったのは、私に対する牽制でしょうか。 つかささんがいれば、私はかがみさんのことを問い詰めにくくなります。 しかし、かがみさんの行為が泉さんの話すとおりであるならば、それは許される事ではありません。 こんな悲しい出来事は、一刻も早く、できれば今日の内にでも断ち切ってしまわなければなりません。 例えつかささんがいようと、私はそれをやらなければならないのです。 できれば、つかささんにはすべてが解決してからお話をしたかったのですが。 ……いえ、実の姉と友人との話ですから、つかささんも立ち会うべきなのでしょう。 つかささんには大変辛いお話になるかとは思いますが、これも運命なのでしょう。 ふと、つかささんの方を見ると、その顔は心なしか頼もしく見えました。 そして、つかささんは一歩一歩、泉さんのお宅へと歩んでいきます。 まるで迷える私を導くかのように。 ふふっ。いけませんね。私が弱気になっては。 泉さんにつかささん、そしてかがみさんを救うという役割が私にはあるのですから。 再びいつもの4人組として楽しく笑いあえるよう、私は頑張ります! 「では、参りましょうか。かがみさん」 ☆ 私は今日、わりと洒落にならない嘘をついた。 もし今日が4月1日なら、私にはまだ救いの道がある。 もし今日が3月31日なら、私に残された道はひとつしかない。 それは、間違いなく地獄に続く道。 慌てて家中のあらゆるモノで日付を確認する。 TV、ラジオ、携帯、パソコン……思いつく限りのモノで。 何を見ても3月31日。そう、まぎれもなく3月31日。 あの日めくりカレンダー以外の全てが、今日が最悪な1日になると告げていた。 どうしよう。 どうしたらいいんだろう。 といっても、もう、なるようにしかならないのだけど。 なんで、どうして、こんなことになったんだろう。 日めくりを捨てたゴミ箱を漁ってみる。 2枚重ねて捲る、などといった漫画のようなミスはしていない。 捲るべき枚数も絶対に間違っていない。 今朝の私の行動自体にミスは無かった筈だ。 それならば、何故? ……?? ……!? ……!! 思い出した!!そういうことだったのか!! そう、今朝の時点で私のカレンダーには1日分の誤差が生じていたのだ。 かがみが最後に遊びにきた日、こんなことがあった。 『ちょっと、こなた。またカレンダー捲ってないじゃないの』 『ん~、そだね~』 『そだねー、じゃないっての。もう、いい加減にしなさいよね』 『かがみの楽しみをとっておいてあげたのだよ』 『こんなのが楽しみなわけが無いっつーの!まったく!』 びり、びりびり……びりりっ! 『あれ、かがみ。今日は確か24日だよ?捲りすぎじゃない?』 『あ、あんたが横からいろいろ言うから変に力がはいっちゃったのよ!』 『あ~あ、これじゃあせっかくのカレンダーが台無しだよ~』 『ど、どうせ捲らないんだから1日くらいいいじゃない!そう、これは明日の分よ、明日の分!』 このことを忘れてきっちり捲ったせいで、日付を間違えてしまったということだ。 日付を間違えた原因はわかったが、だからといって何の解決になるわけじゃない。 覚悟を決めよう。 ここは潔く、1人1人、来た順に謝るしかない。 ☆ 「こなちゃん、少し早いけど来ちゃったよ~」 「こんにちは、泉さん。すみません、早く来てしまいました。メールは送ったのですが……」 「おーす、こなた。ちょっと早いけど、いいわよね?」 何 故 全 員 揃 っ て い る。 「いいいいいいい、いらっしゃいいいい、みみみみ、みんななな。ずずず、ずいぶん早かったたたネ」 「なに慌ててんのよ?……まあ、心配しなくても、大丈夫よ」 「そうですね。私がいますから何も心配しなくて大丈夫ですよ、泉さん」 「こ、こなちゃん、私がいるからね!」 あれ?何この雰囲気? そうか、お互いがお互いを牽制しあっているんだ。 主に私の嘘のせいで。 これは、本当の事を言い辛いってレベルじゃないよ。 何とかして1人ずつ相手をするようにしなきゃ。 とりあえずは、みんなに私の部屋まであがってもらって…… 「ええっと、ジュースでも持ってくるね。それで、誰か運ぶの手伝ってほしいんだけど」 「私が行くわ!」 「いえ。かがみさんはゆっくりしていてください。ここは私が」 「ゆきちゃんもお姉ちゃんとゆっくりしてなよ。私が行くから」 「2人とも、そんなに気を遣わなくていいわよ。ここは私が――」 「そうですね。かがみさんもつかささんも気を遣わないでください。やはり私が――」 「わ、私は気を遣ってないよ。ただ、こなちゃんを手伝いたいだけ。だから私が――」 「ちょ、みんな。落ち着いてよ。か、かがみ。かがみでいいよ」 「ほらね。こなたもこう言ってるし、私が行くわ」 「泉さん、遠慮なさらずにおっしゃっていただいてもいいんですよ?」 「こなちゃん、私じゃ頼りにならないかなぁ?」 「い、いや、そんな大したことじゃないし。それにすぐに戻ってくるから」 「じゃあ、早く行きましょ。こなた」 台所で人数分のジュースとクッキーを用意する。 とりあえず、この時間を利用してかがみに謝っておこう。 「あ、あのさ、かがみ」 「わかってる。ごめんね、こなた。びっくりしたでしょ?つかさとみゆきが一緒じゃやっぱり辛いよね」 「い、いや。そうじゃなくって――」 「でもね、こうなったら仕方ないわ。少し早いのかもしれないけど……私ね、今日決着をつけちゃおうと思ってるの」 「ちょ、かがみ、私の話を――」 「わかるわ、不安よね。でも大丈夫。私がついてるから。何があっても守ってあげるから。さあ、行きましょ!」 「あっ、待ってよ、かがみ――」 「いいから、ここは私に任せなさいって。とりあえず、2人に謝ってもらうところから始めなきゃね!」 あんまり遅くなると怪しまれるわよ、と言ってかがみはクッキーの皿を手に部屋へと戻っていった。 優しい笑顔を残して去るかがみを呆然と見送ることしかできない私。 かがみに謝るどころか、謝られちゃったよ。てへ☆ ……いや、そうでなくて。 今のかがみの様子からすると、1人ずつ相手をしていくという私の計画は難しそうだ。 何があったかのかは知らないが、かがみはテンションが上がりきっていた。 さっきの部屋でのやり取りから察するに、おそらく他の2人も似たような感じだろう。 私の話を聞いてくれる心の余裕がなさそうだ。 それに、3人とも私が他の誰かと2人きりになるような状況はなかなか許してくれなさそうだ。 ……こうなったらもう、みんながもめ始める前に土下座でも決めるしかない。 どこか遠いところへ逃げたくなる気持ちを抑え、私は地獄へと続く廊下をゆっくりと進む。 いつもの倍以上の時間をかけて自分の部屋の前までくると、既にヒートアップした3人の声が聞こえてきた。 「まだわかんないの!?まず、こなたに謝れって言ってんのよ!!あんた達、こなたが苦しんでるのがわからないの!?」 「ですから!何度も言うようですが、人のせいにしないでください!!かがみさんが泉さんを苦しめているのでしょう!?」 「やめなよ、ゆきちゃん!隠さなくても、もうみんなわかってるんだよ!?」 「そうよ!つかさの言うとおり、私はみんなわかってるのよ!?みゆき、あんた少しは反省したらどうなの!?」 「あくまで人のせいにすると言うのですか!?つかささんだって、苦しんでいるのですよ!?」 「はぁ!?だからなんだってのよ!つかさは自業自得じゃない!!元はと言えば、つかさのせいなんだから!」 「ひどい!相談もしてくれずにそんな言い方ってないよ!ねえ、なんで最初がこなちゃんだったの!?なんで、私じゃなかったの!?」 「何よ!?私があんたのことを一番にかまわなかったのが原因だとでも言いたいの!?甘ったれんじゃないわよっ!!」 「つかささんにまで当たらないで下さい!!かがみさん、見損ないました!……あなたは間違っていますッ!!」 「っ!?……みゆきぃっ!よくもっ!よくも、ぶったわねっ!!このっ!!」 「きゃあっ!?」 「や、やめなよ、お姉ちゃん!ゆきちゃんも!暴力はよくないよ!!……ひゃあっ!?」 うん。わかっているとも。 今すぐ部屋に飛び込んで土下座、それ以外に選択肢はないよね。 ☆ 「ごめんなさい」 「おまっ……謝って許されるとでも……!!」 「泉さん。いくらなんでも、これは……!!」 「ひどいよ。私、本気で信じたのに……!!」 事情はひととおり説明したが、当然笑って許してくれる筈もなく。 三者三様の絶句の後は、ただただ、重苦しい沈黙が場を支配する。 私は土下座したままの姿勢で固まることしかできない。 穴が開くのではないかと思えるほどに、じっと床の一点を見つめ続ける。 申し訳なさ過ぎて、みんなにあわせる顔なんてない。 あんなに仲の良いみんなが、勘違いとは言え私のせいで喧嘩までしたのだ。 みゆきさんはかがみの頬を平手で打ち、かがみはみゆきさんに掴みかかった。 あと一歩間違えれば、私達の友情は消えてなくなっていたかもしれない。 床にシミがひとつ、ふたつ……あれ?私、泣いてる? 床のシミはみるみるうちに数を増やしていく。 「……泉さんに悪意が無かったという事は、わかりました」 「……そうだね。もともと、こなちゃんは私達と遊びたかっただけなんだよね」 「……こなたらしいいたずら、ってとこね。あまりにも度が過ぎてたけど」 優しい言葉。 勇気を振り絞って顔をあげると、みんな少し呆れたように笑っていた。 私は胸がいっぱいになる。 「ごめん、本当にごめんなさい、ごめんね、みんな。うあ、うわああああああん」 「ほら、泣かないの」 「ぐすっ。だって、こんな私を笑って許してくれるなんて、なんだか嬉しくって」 「あら、誰が許すって言ったかしら?」 「ふぇ?」 「もちろん、それなりのお礼はさせてもらうわよ?」 「そうですね。1回は1回ですよ、泉さん」 「あはは、こなちゃん。これで終わりだと思ってるだなんて、どんだけ~」 「ちょっ、みんな、目がこわいデスヨ?……いったい何を……」 「そうね、私達もこれからひとつずつ嘘をつかせてもらうわ」 「う、嘘を?……あれ?それだけ?」 「はい。それだけです」 「なぁんだ。びっくりさせないでよ。そんな簡単なことなら――」 「ねえ、こなた。あんた今日は、とっ~ても平和に過ごすわ。嫌と言うほどね」 「泉さん。泉さんは今日という日を、驚くほど簡単に忘れてしまえるでしょう」 「こなちゃん。こなちゃんにとって、今日がいっちばん幸せな日になるんだよ」 「え?……も、もしかして、それが嘘?……ってことは……あ……やめっ――!!!!」 ☆ 今日は正真正銘の4月1日、エイプリルフールだ。 せっかくだから、嘘をついてみようと思う。 『昨日はとても楽しかった。 突然遊びに来たかがみとつかさとみゆきさんが、私に素敵なプレゼントをくれたのだ。 昨日という日は、私にとって今までで一番幸せな日だったんじゃないかと思う。 でも、きっとそれもすぐに忘れてしまうことになるんだろう。 とても平和だったという点においては、いつもとなんら変わらないただの1日だったから。 そしてまた、素敵な1日が始まろうとしている。 私はかがみから呼び出しなんかされていないし、つかさも一緒に待ち構えていないし、集合場所はみゆきさんの家ではない。 まあ、偶然にもみんなと会うことがあれば、たぶん昨日の事について幸せな気分で笑いながら語り合うことになるだろうね。 ああ、できることなら、誰も私の事を助けないでほしい。神様が本当にいるのなら、どうか私の事を救わないでほしい』 うん。我ながら上出来だ。
https://w.atwiki.jp/animerowa-3rd/pages/377.html
試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(前編) ◆0hZtgB0vFY 水飛沫を浴びた裸体は昇ったばかりの陽光を照り返し、夜を徹して動き続けた目に眩しく映る。 一糸纏わぬ姿で腰まで水に浸かり、ゆっくりと水面に沿うよう手を伸ばす。 火照り赤みを帯びた肌に、染み渡るような冷たさが心地良い。 「……うぁっ……」 時折全身を貫く痺れるような感覚は、苦痛ではなく悦楽を誘う。 全身を水下に埋める。 興奮と歓喜に上気していた頬が、今度は刺すような冷たさに怯え震える。 左手の甲に右手の平を置く。 ゆっくりと滑り上げ、肘裏、二の腕、肩、そして胸元を這わせた後、今度は下へとずれ動く。 体の正中を嘗め下り、鳩尾、腹部、そして…… 「んふぅっ……」 水中より顔を上げると、右手の平に、愛おしげに舌を這わせる。 動くのに飽いたのか体中を弛緩させ、全てを流れるに任せた。 ぽかっと顔のみが浮いていたのが、徐々に胸元から下へ、下へと浮かび上がる。 完全に水平になる頃には長髪は大輪の花のように広がり、くすんだ青に彩を添える。 世の女性が揃って羨む程の白き肌を惜しげもなく陽光に曝け出すが、惜しいかな白磁には月こそが相応しい。 「……んっくっ……」 僅かな刺激すら拾ってしまう敏感な体は都度僅かに水面下へと沈み込むが、それもまた雅なりと逆らう事もせず為されるがまま漂う。 どれ程そうしていただろうか。 頃合は良しと身を起こし、ざぶざぶと水から上がる。 均整の取れた肉体は装飾など不要とその美しさをひけらかす。 不健康とすら思える程の白い肌の下には、しなやかでいて強い筋肉が脈打っている。 ただ歩いているだけで猛きバネを予感させる両の足や、何気なく振られる腕の位置が武術の理にのっとっていたりと、わかる者が見ればただものならずと見てとれよう。 局部を隠す事すらせぬのは余程の自信があるせいか。 確かに、それは繊細な容姿に似合わぬ剛直、聳え立つ五重塔、天をも貫く神の槍であろう。 全身に痛々しい打撲傷を負っていながらも、その男、明智光秀は確かに美しかったのだ。 明智は近くの民家にあった衣服を身につけると、どうにも収まりが悪いのか首を何度も傾げる。 上下濃い黒のスーツ、中には律儀に白いワイシャツを着込んでいるが、流石にネクタイまではしていない。そもそもやり方がわからぬのかもしれない。 部屋に張ってあったポスターを参考に身につけてみたが、着物より随分と着易いし、何より生地が良い。 どう織ってあるのかもわからぬ細かな織り目といい、まるでざらつく事のないすべすべの触れ心地といい、明智の知る衣服より数段上等な造りとなっていた。 襟元は少し苦しいせいかボタンを二つ外している。 当人に良し悪しの判別はつかないが、細身の体のせいか、すらっと伸びた長い足のせいか、はたまた背なにかかる程の長髪故か、ラフに着こなしたスーツはこれ以外無いというぐらい明智に似合っていた。 「さ、て、どうしたものでしょうか」 荷物を手に取った明智は、そう一人ごちた。 ◇ 利根川は意を決して扉を開いた。 案の定、まさか人が居るなどと想像もしていなかった衛宮士郎は、驚き大きく後ずさる。 「うわっ! 人!?」 「ああそうだ。わしの名は利根川幸雄。このゲームの参加者の一人だ。お前は?」 うろたえながらも士郎はしかしきちっと名乗り返す。 「え、衛宮士郎です。えっと……そ、そうだ。利根川さんは、その、殺しあって生き残ろうと思っていますか?」 「わしのような老人に殺し合いなど出来てたまるか。お前もそうであってくれるとありがたいのだが」 「も、もちろんですよ! 殺し合いなんてしてたまるか!」 相貌を崩した利根川は、隣の部屋に居た事と申し訳ないが聞き耳を立てていた事を正直に口にする。 事情を察した士郎は快くこれを許し、部屋の中にいる黒子と澪に声をかけ、四人での話し合いの場が設けられた。 激しい動揺を見せていた澪も、黒子の慰めのおかげか既に随分と落ち着いていた。 簡単な自己紹介を交わした後、利根川は皆が先走った行動など起さぬよう注意深く話し始めた。 「まず最初に明言しておきたい。わしには人殺しなぞ出来んし、そのつもりもない。それでも死にたくは無いので何とかこの地を脱出したいと思っている」 改めてそう口にした後、核心に入る。 「わしはこのゲームを企画進行している『帝愛グループ』に所属していた」 三人が息を呑むのが利根川にもわかったが、すぐに畳み掛けるように言葉を繋ぐ。 「だが、奴等にとって好ましくない存在であったわしは、今こうしてこの地に首輪付きで放り出されている。もしお前達が脱出をと考えているのであれば、わしの知識が役に立つかもしれん」 すぐに黒子が口を開こうとしたが、利根川はそれを手だけで制する。 僅かに腰を落とし、震える澪の前に立つ。 「驚かしてしまったな、すまない。だが最初に言った通り、わしは誰も傷つけるつもりはないし何とか皆で脱出をと考えておる。信じては、もらえんか?」 先程士郎にも見せた笑み、人の心をくすぐるあけっぴろげな笑顔には、親しみや友愛といった感情が満ち溢れていた。 「え……えと……」 「はははっ、構わぬよ。無理はせずとも少しづつわかってもらえればいい」 利根川幸雄は生まれながらにして帝愛のナンバー2であったわけでは無論無い。 彼にも若い頃はあり、下積みの時代があり、部下より上司の方が多い時代はあったのだ。 下手な会社なぞ比較にならぬ程厳しい競争を勝ち抜いてきた彼が、ギャンブルに強いだの、会長の機嫌取りが優れているだののみの男なはずはないのだ。 事に人をまとめるといったスキルを、膨大な配下を抱える帝愛のナンバー2まで上り詰めた男が苦手としているはずがない。 それは、非現実を日常としていた黒子や、歪んでいると評される士郎が相手でも通用する、いや、人間が相手であるのなら通じぬ相手など居ない応用力に富んだスキルだ。 集団の中で自分の望むポジションを得るよう立ち回るなど、彼にとっては息をするのと同じぐらい自然に行える事であろう。 「利根川さん、それで帝愛というグループはそもそもどういった存在なのか……」 「あの遠藤とかインデックスっていうのは……」 「…………(もじもじおどおど)」 三人(二人?)の質問にも丁寧に答え、簡単な自己紹介と共に四人は帝愛に関する共通認識を得た。 帝愛グループとは財閥のような利益を追求する集団であり、関わる事業は多岐に渡る。 カジノなどのギャンブルも範疇であったが、それが高じてのゲームである可能性が高い。 ただ利根川が居た頃は少なくとも魔法などという話は無かったし、ましてやここまで露骨な形で法を犯すような事もなかった。 遠藤もインデックスも聞いた事の無い名前であり、二人はあくまで表に出る顔であって恐らく企画運営している者は他に居るだろうと。 「随分と悪趣味なグループにいらっしゃったのですね」 黒子の言葉に利根川は苦笑で返す。 「事業は多岐に渡ると言ったろう。右手と左手が何をやっているのか知っているのは極一部のみだ。元々ギャンブル部門と金貸し部門はリスキーすぎてわしは好かんかった」 「後ろ暗い気配ぐらいはわかりそうなものですけど」 「だとしても家族や部下の生活を放って仕事を投げ出す真似も出来ないし、確たる証拠を手にしているわけでもないしな。まだ……若い君達には難しい話かもしれんが」 利根川の世知辛い話に重苦しい空気が漂うが、殊更に明るく利根川は続ける。 「だが、事ここに至ってはそんな事も言ってられん。大人は、大人の責任を果たすとしよう」 「アテにさせていただきますわ」 利根川に非難出来る部分はあるにせよ、彼の立場も理解出来た黒子はそれ以上の追求を行わなかった。 無論全てを無条件で信用するつもりもないが、少なくともこうして堂々と姿を現し、自らに不利とも思える情報をすら忌憚無く提示する姿勢からは、疑わしき所作は見受けられなかったのだ。 「あっ、あのっ……」 不意に、今にも消え入りそうな声が聞こえた。 澪は熱心に利根川から様々な事を聞きだそうとしている黒子と士郎を見ている内に、自分が何も出来ず怯えるのみな事を恥ずかしいと思うようになっていた。 同い年の士郎はこんな信じられない事件に巻き込まれているというのに、自分の意見をはっきりと持っていて、相手が大人でも物怖じせずに話しかけている。 同じ女の子でしかも年下の黒子に至っては、あの怖い黒服の人相手に堂々と渡り合うなんて真似までしていた。 翻って自分はどうだと考えた時、これを恥じる程度には澪は自尊心を持ち合わせていた。 だから、ともかく、口を開こうと思った。 「あっ、あのっ……わ、私も、手伝う。何が出来るか、わかんないけど……その……」 何と言ったものかわからぬままに、どもりがちにぽつりぽつりと告げる澪。 黒子と士郎は同時に笑みを見せ頷くと、澪はやはり顔を赤らめるが、今度は俯いたりはせず照れた顔のまままっすぐに三人を見返していた。 放送が、船内に響き渡ったのはこの直後である。 ◇ 黒服からギャンブルの内容を確認したグラハムと衣は、利根川が帝愛の人間であるとの言葉は真実だと確信する。 そもそも、こんなゲームに無理矢理参加させられた者達の前で、帝愛の人間であったなどと口にしたらいきなり袋叩きにされてもおかしくはない。 黒服のように自身を守る何かが無ければ、到底出来る事ではなかろう。 ついでとばかりに利根川という人物について訊ねてみたが、やはり「知らん」とにべもない返事である。 ではと戻ろうとした二人の足を止めたのは、ギャンブル中でも聞き落とす事のないよう、備え付けの船内放送からも聞こえるようになっていた定時放送であった。 グラハムは問題無い。未掲載の人物にも死者にも知り合いは居ないのだから。 衣はどうかと様子を伺ったグラハムは、彼女が両手をきゅっと握り締めたまま震えているのを目にする。 「……知り合いが居たのか?」 すぐに返事があったのがグラハムには意外であった。 「つい先日、大会で戦った者の名が……池田は、あまり覚えておらぬが、加治木は中々に猪口才な奴であった……」 「麻雀の大会か?」 「うむ……正直、信じられぬ。あの時卓を共にした者が既におらぬなどと……」 透華を失った瞬間を思い出したのか僅かに身震いすると、すがるようにグラハムを見上げる。 潤んだ瞳で、しかし訊ねる事すら憚られるのか口を真一文字に引いたまま、グラハムの瞳をじっと見据える。 グラハムは、なるほど、子供を持つというのはこういう事かと小さく息を吐く。 「私の名はグラハム・エーカー。フラッグファイターにして、宿敵ガンダムを倒す者。愛成就するその日まで、決して倒れぬ者の名だ」 昂然と胸を張るグラハムに、ただそれだけで衣が笑みを取り戻せたのは、為した男がグラハム・エーカーであるからだろう。 例え言葉の真意はわからなくても、グラハムが自らに刻んできた生き様が、発する言葉に覇気をもたらす。 ガンダムを倒す、その為だけに幾たびも死線を潜り抜け、更なる死地へと身を躍らす勇猛果敢なる兵士の言葉が、凡百のソレと同等であろうはずがない。 恐れる気も無く死地へと向かう勇敢な軍人達の信頼を一身に受けて尚、小揺るぎもせずグラハム・エーカーであり続けた男は、このゲームの中にあっても、やはりグラハム・エーカーのままであった。 「無用な心配は兵士への侮辱だぞ衣」 「……うんっ!」 戦友からの信頼とはまた別種であるが、衣が向ける希望に満ちた視線は、グラハムに新たな力を与えてくれると信じられたのだ。 とても居心地悪そうにしている黒服を他所に、ほほえましく見つめ合う二人。 頼むから他所でやってくれと嘆く黒服へのフォローは、思わぬ所からなされた。 「む?」 グラハムがその気配に気付いて目をやると、少女が階段を駆け下りギャンブルルームへと姿を現したのだ。 「ひっ!?」 グラハム達の姿を認めるや、小さい悲鳴をあげギャンブルルームを通り過ぎ、更に下へと逃げていく。 恐怖に歪んだ顔が印象的であった少女。咄嗟の事にどう判断したものかグラハムが迷っていると、上から更に別の人間が駆け下りてくる。 「秋山! おい秋山待てって!」 少女と同い年ぐらいの男が現れると、迷っていたグラハムも行動を起す。 銃を抜き、強い口調で静止するよう警告すると彼は足を止めた。 「君が誰かは知らないが、怯え惑う少女を追いかけるのは一体どういう理由からだ?」 男、衛宮士郎は人が居た事に驚いた様子だったが、慌ててグラハムの行動を咎める。 「お、おいっ! ここで戦闘は厳禁だろ! それ撃ったらアンタが危ないぞ!」 「民間人を守るのが軍人の役目だ」 ちらっと黒服を見て動く様子が無い事を確かめたグラハムは、薄笑いを浮かべ士郎に向き直る。 「……やはり相打ちに持ち込む程度の猶予はあるようだな」 「待ってくれ! 誤解だって! あの子知り合いが放送で呼ばれたせいで錯乱してるんだ! 今の状態で外になんて出たら彼女が危ない!」 与えられた情報は少ないが、時間も無い事を理解したグラハムは衣を見下ろす。 「わかった。衣はここで隠れているんだ。黒服が何を言おうとギャンブルには手を出すんじゃないぞ」 衣もまた状況を把握したのか、何かを言いたそうにしつつも口をへの字に曲げて我慢する。 グラハムは良い子だと衣の頬に手をやると銃を懐に収める。 「すぐに戻る。急ぐぞ少年」 「え?」 「私も共に行く。君が不埒な行為をせぬよう監視する意味でもな」 「え? え? あ、ああっ、えっと、……はい」 急な展開に頭がついていってない士郎であったが、急がないと彼女が危険であるので色々聞きたい事を後回しにして一緒に追う事にした。 ◇ 部屋に残るは二人。白井黒子と利根川幸雄。 衛宮士郎に後を任せた黒子は、改めて放送の内容を間違えぬようメモ帳に書き記す。 ただえんぴつの走る音のみが妙に大きく部屋に響く。 ぱきっ 芯が折れた音。 こちらは名簿に直接書いていた利根川が音に気付き顔を上げるが、シャープペンに持ち替える黒子を見て、問題無しと作業を続ける。 利根川は随分と筆の遅い黒子に合わせて時を待ち、メモ帳をしまった所で声をかけた。 「そちらで知人が呼ばれるような事は無かったのか?」 利根川は黒子への評価を一段階下げる。 予期されていたはずの質問なのに返事が遅すぎた。 「……いえ」 「そうか」 以降言葉を発する事もなく、中野梓の名が続けて呼ばれた事で大きく取り乱し部屋から逃げ出していった澪を待つ。 衛宮士郎は健康そうな若い男性であり、同い年とはいえ澪に追いつくのも難しくは無いだろうと、その点に関して特に心配はしていなかった利根川は、にも関わらず無用に不安を感じているのか無言になった黒子に僅かながら失望する。 賢すぎるのも良くないが、かといって愚かすぎるのも考え物だ。 小娘一人が喚き逃げ出した程度でここまで大人しくなるなどと精神が脆すぎる。今までは強がっていただけか。 無言のままでいれば向こうから耐え切れず発言すると踏んでいたのだが、どうやら利根川の方から話を振らねば進まないと口を開きかけた所で、黒子はぼそっと呟く。 「一人、居ました。すみません」 「ん?」 「御坂美琴14才、エレクトロマスターのレベル5、極めて強力な電撃を操ります。破れ死亡したという……言葉が信じられぬ程に」 「電撃? エレクトロ……何だって?」 「自在に電気を操る超能力です」 素っ気無くそれだけを伝えると、席を立って一言だけ利根川に断る。 「顔を、洗ってきます」 有無を言わせず立ち去る黒子に、利根川は良いとも悪いとも答えず見送った。 廊下の足音に聞き耳を立て、不審な挙動が無い事を確認すると、トイレにでも行ったかと思考を継続する。 考えるべき事は山ほどあるのだから。 客室にトイレは備え付けられていたが、年頃の少女が出会って間もない男性が居る中これを使用出来ぬのも道理であろう。 自身の持つ超能力に関して一切伝えられていない利根川は、走り去った澪を追うのに黒子の能力が適しているにも関わらず使用しなかった点も追求しようが無いはずだ。 そんな言い訳を自分に施し、ここでならばと今にも破裂しそうであった理性の檻の封を切る。 こんな状態で、瞬間移動など出来るはずがない。 女子用トイレ洗面台の前に立ち、溜めに溜め込んでいた毒気を肺が空になる勢いで吐き出す。 目の焦点が合わず、呼吸も千々に乱れ、恐らく脈拍すら正常を保ててはいまい。 血管が浮き出る程に充血した目、荒々しく上下するもいからせたまま落ち着く気配すら感じられぬ両肩、可憐さと美しさを伴った容貌は見る影もない程醜く歪んだまま凝固している。 爪が食い込む程握り締めた手、黒子はこれを振り上げ、正面の鏡に叩きつける。 手の甲ではなく並んだ四本の指側を鏡にぶつけると、歯止めが利かなくなったのか逆の腕でも同じ事を始める。 「馬鹿っ!」 壁にすえつけられた鏡は、破壊を目的とせぬ打撃では微動だにせず。 「馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿嘘つきっ!」 続いて放たれた左手は、それと意識せず拳槌にて行われ、みしっと鏡は音を立てる。 「嘘ですわっ! こんなヒドイ嘘っ! ひどすぎる嘘をっ!」 繰り返される衝突は、黒子の意識によらず効果的な打撃を生み出す時もある。 「どうしてあんな事言うんですの!? お姉さまは、私は、そこまで恨まれるような事をしましたか!?」 手ごたえが変わる。そこからは早かった。 「嘘つきっ!」 一筋の亀裂。 「嘘つきっ!」 四つ又に別れ、更に八つに。 「嘘つきいいいいいいっ!!」 粉々に砕けた鏡。黒子は、洗面台に縋りつくように崩れ落ちる。 呼吸をすら放棄した運動は容易く限界を迎え、後に意識の空白を残す。 失われた酸素を充分に取り戻した黒子が、最初に思ったのは両手に感じる鈍い痛み。 「……どう、しましょう、これ」 砕けたガラスの破片で切れた両手。 激昂が収まりまず気にかかったのは、自身の痛みと他人から見られる自分の姿である事が、黒子は無性に悲しかった。 ◇ グラハム達が去った後、残された衣はというと誰が来ても良いように隠れる場所を探していた。 まず目に付いたのはルーレットを行う台の下。 大きめの台は彼女の小柄な体が隠れるに充分であったが、下の柱が随分と太く、台自体も低く作られているせいかうまく入りきる事が出来ない。 それでも苦労して奥へと入り込むと、ようやく一安心とばかりに息をつく。 黒服男は参加者達に味方する事を当然禁じられていた。 だが、あまりといえばあまりにすぎるので思わず口をついて出る。 「……おい、尻が丸見えだぞ」 スカートで覆われてはいるが、身をかがめているせいかお尻のラインが綺麗に写る。 無論こんなガキに興味なぞない黒服にそういった意図は無いし、むしろあったら放置しているだろう。 「うひゃうっ!」 大慌てでもぞもぞと動くが、やはり隠れきれず、逆にスカートがたくしあげられてその下がほのかに見え隠れしはじめた。 「こ、これでどうだ?」 繰り返すが黒服はガキなぞに興味は無い。 例え世に幾百幾千とこの状況を、素敵なパライソラッキースケベを期待しているロリコン共が居ようと、彼にとっては死ぬ程どうでも良かった。 「……それ以上入れないのならそこは諦めろ」 黒服は黒服なりにこの場で参加者を待ち構える間、恐らく繰り広げられるだろうコンゲームを期待していた。 命を賭けた必死なやりとりを、一部の隙すら許さぬギリギリの戦いを、と心構えを整えていたらコレである。 注意深い者達が容易くギャンブルに手を出さないのは予測出来た事だが、その為にこの場に居る人間としては、是非ギャンブルに挑んで欲しいとも思う。 そんな黒服の願いは即座に叶えられる。 「おいっ! そこの黒服! ここは本当にエスポワールなのか!」 衣が慌ててルーレット台に隠れようとして失敗している。 最早こんなガキに用なぞ無くなった黒服は、期待に満ちた心が表に出ぬよう自制しつつ用意してある言葉を紡ぐ。 「そうだ! ギャンブル船、希望の船『エスポワール』のギャンブルルームへようこそ!」 帝愛でも有名であった他に類を見ない常識外れの男。 身一つで利根川を破り、当時の会長兵藤和尊にまで手をかけた奇跡のギャンブラー、伊藤開司のような男を、黒服は待っていたのだ。 なので、その後ろにひっついている衣より小さい子供の存在はさらっと無視する事にした。 カイジが黒服からギャンブルルームの説明を受けている間、真宵は暇そうに足をぶらぶらと振っていた。 衣は、これぞ千載一遇、審念熟慮も必要であるが、機を逃しては道は開けぬと前へ進む。 友達は作れる、そう信じ続けていればとグラハムも言ってくれたのだ。 衣は彼を信じるように、彼の言葉もまた、信じてみる。 「わ、私は天江こよも……じゃ、じゃなくってころも、衣だ!」 真宵に向かって自己紹介。 返事を期待していると察した真宵は、つまらなそうに視線を向ける。 「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」 大きく真後ろにのけぞった後、衣はへなへなとしりもちをつき、ここに第一ラウンド終了と相成ったわけで。 黒服との会話の途中であったカイジは見るからに嫌そうな顔をする。 「……お前それ会う奴全員に言ってるのか?」 「うるさいですカイイジさん」 「名前を間違えるなと何度言わせる気だ……」 「失礼、かみました。カジさん」 「完全に別人だろそれ……」 つっこみスキルというには甚だ心許ないが、それでもこの数時間でそれなりに返事はするようになったらしいカイジ。 「誰しも失敗はあります。こよもさんも間違えてころもと名乗っておりましたし……」 涙目でしゃくりあげかけていた衣は、何くそと不屈の闘志で立ち上がる。 「違う! ころもはころもだ!」 「ほら、またかんだ」 「かんだのはこよもの方だ! ころもはころもで! それ以外に名など無いっ!」 「わかりましたころもさん。それと繰り返しになりますが、あなたが嫌いなので話かけるのは遠慮してください」 痛烈なカウンターにより二ラウンドKO。 完全にやる気を削ぎ取られた衣は、俯き加減にひっくひっくとしゃくりあげる。 目の端からこぼれる雫は敗北の証。 大慌てなのはカイジである。いきなり出会った少女を泣かすなぞ、まともな人間なら心が痛んでしかるべきである。 「こ、こらお前! 何て事言い出すっ! あー、えっと、ご、ごめんなさい」 しかしカイジ、幼女を慰める術なぞ知らぬ。 そもそも対人折衝能力も著しく低い、社会不適合者である。 女っ気なぞと無縁なカイジが、同世代の人間とのスムーズな交流すら為せぬカイジが、接点すら存在せぬ子供を相手にしたカイジが、どうして衣を慰められよう、いや出来まい。 際物なれど、社会人として立派に成立していたグラハムとは比べるべくもないのである。 案の定、びえーんと泣き出してしまう衣。 「あー、カイジさん最低です。女の子を、それもこんな小さな子を泣かすなんて貴方は本当に人の子ですか? いや変質者なのは知っていますが」 「誰がどう見てもお前が原因だろうが!」 わいわいと騒々しいギャンブルルーム。 呆れ顔の黒服のみが、新たな乱入者の登場に気付けた。 「ようこそ、ギャンブル船エスポワール、ギャンブルルームへ」 乱入者は黒服に一瞥をくれた後、唯一居る顔見知りに向け、黒服同様呆れ顔で問うた。 「……お前は一体、何をしているんだカイジ?」 聞き覚えのある声に顔を上げるカイジは、その先に、捜し求めていた相手を見つける。 「やっぱりここに居やがったか利根川っ!」 ◇ ギャンブル船を下りた士郎とグラハムの二人は、桟橋から離れた角を曲がる人影を見つけ、これを追う。 グラハムは軍人であり、パイロットとして訓練も重ねており、並の男では太刀打ち出来ぬ体力を誇る。 並ぶ士郎はというと流石にそこまでの訓練は望めないにしても、剣の英霊をして体力は充分と言わしめる程常日頃から鍛錬を行っていた。 なればこそ、走りながら会話というより疲労を増すような事も平然と行えるのだろう。 「名は?」 「衛宮士郎。あんたは?」 「グラハム・エーカーだ。彼女は足が速いのか?」 「そこまで彼女を知ってるわけじゃないけど、俺達より早いって事は無い……と思う」 あちらこちらと二人で走り回り澪の姿を探すが、どんな逃げ方をしたものか彼女の姿を見つける事は出来なかった。 先に足を止めたのはグラハムだ。 「ここまでだ士郎」 いきなりファーストネームで呼ばれた事に少し驚いたが、さして気にする事でもないので黙認する。 「ここまでって……」 「連れを残してこれ以上船から離れるわけにはいかん」 「そりゃ……そうだけど、秋山はどうするんだよ」 「単に動転しただけなら落ち着けば戻ってくるだろう。お前が彼女を脅すような真似をしていなければだが」 「しないよそんな事。でもそれまでに危ない奴に出会ったらどうすんだよ」 「地図にある目立つ船だという事を考慮に入れれば、どちらがより危険かは自明だろう」 士郎も残してきた黒子や利根川が心配ではある。 不承不承であるが、グラハムの提案を受け入れた。 「一度戻って白井達に断ったら、俺はもう一度探しに出るぞ」 と条件を付けはしたが。 グラハムは微笑で答える。既に士郎が悪辣な人間ではないとグラハムは見ていた。 そして士郎もまた、見ず知らずの少女の為、ギャンブルルームで銃を抜くなんて真似をしてくれたグラハムを、まるで疑っていなかったのだ。 もし、後少しグラハムの判断が遅かったなら。 家を一軒挟んだ所で疲れきって座る澪を見つけられたかもしれない。 無論彼を責める事など誰にも出来はしない。 神ならぬ身のグラハムが全てにおいて最善を選びうるはずもないのだから。 だから、息の整った澪が、驚きに目を見開いているのも、グラハムに責任のある事ではない。 「どうかしましたか、お嬢さん?」 そう声をかけてきた大剣を背負ったスーツ姿の男。明智光秀に澪が見つかってしまったのも、全ては間が悪かった故、それだけである。 「あ……わ、私……」 長身の彼にすら大きすぎる剣を無造作に肩に背負う姿は、澪にとって馴染みの深いスーツという現代衣装をまとってすら、畏怖と恐慌の対象となろう。 「なるほど、その首輪……あなたも殺し合いに参加している方ですね」 「ち、ちがっ……わ、わたし、は……」 「貴女のような年端も行かぬ少女まで……業の深い事です」 背なに陽光を受けるせいで明智の表情まで見えぬのが、澪にとって幸運であったかどうかなど、この出会い同様見極められる者などいはしなかった。 ◇ 利根川は伝えるべき事を伝えきれずなし崩しに半数が欠落してしまい、どうしたものかと思案にくれていた。 そうこうしている間に黒子も部屋を出てしまい、一向に戻ってくる気配が無い。 もし三人に騙されているとするなら、これは由々しき事態であろう。 だが利根川は心底それは無いと確信している。 三人の善意を信じているわけでは無く、自身の人物眼に自信があるだけだが。 部下を使って仕事をするのに慣れすぎたのか、こうして自分が動く感覚がまだ思い出しきれずにいる。 ガキ共の機嫌取りなど本来利根川の仕事ではない、とはもう考えない。 覚悟を決めたのだ。壇上から見下ろすのではなく、自らも会場に降り立ち、泥に塗れ、手間を、労苦を重ね、勝利に至ると。 自己暗示の一つや二つ、容易く出来ずして帝愛でのし上がるなど夢のまた夢よ。 数十年の時を社会の暗部にて生き抜いた男は、暗き誇りを胸に部屋を出る。 戻らぬ黒子にメモを残し、再度グラハム、衣と対決する為に。 階段を降り、ギャンブルルームに至った利根川は、その場に居た人物を見て幸運は我にありとほくそ笑む。 伊藤開司、絶望的な生存率のギャンブルを、不屈の闘志と見事な機転で乗り切った超がつくイレギュラー。 この男も参加していると聞いた利根川は、是非とも手駒、いや、共に戦う同志としてカイジを欲した。 のだが、こうして出会えたカイジはというと、子供相手にぎゃーぎゃーと場も弁えず騒いでいた。 失望の大きさは察してあまりある。 それでも自制が利いていたおかげで、乱暴なコケにするような口調は避けられた。 「……お前は一体、何をしているんだカイジ?」 すぐに気付いたのか怒鳴り返してくるが、そこに死地を乗り越えた圧倒的なまでの生命力は感じられない。 「やっぱりここに居やがったか利根川っ!」 グラハムの姿は見えず衣は何だか知らんがガキっぽくぴーぴー泣いているし、もう一人ガキが増えている。 武装の有無と、室内の隠れ得る場所に注意しつつ、利根川はカイジに歩み寄る。 「何をしている、と聞いたんだ。カイジ、このゲームに参加させられたお前は、一体何をしているのだ」 意図が察しきれぬのか睨みつけながらも、カイジの怒鳴り声が止む。 利根川は言下の意味すら取れぬカイジを見て、今の利根川をして自制が難しい程の怒りを覚えた。 「平和を享受しぬるま湯に生きた余人ならいざしらず、お前までもがまだ『本気』になっていないというのか!?」 「な、何を言って……」 突如現れた利根川の怒声に、衣は驚き泣くのをやめ、真宵もまた呆気に取られたまま利根川とカイジを交互に見るのみ。 「予想は出来ていた! ああ、出来ていたとも! あれほどの集中力と勝負強さ、ここ一番の覚悟がありながらエスポワールへと墜ちてきたお前には、決定的でどうにもならぬ弱点があるだろうとな!」 黒子達との邂逅では完全な自制に成功したが、利根川を地獄の底に叩き落した張本人であるカイジを前に、その無様な姿を目にして冷静でなどいられなかった。 「お前は追い詰められるまで、いや、お前の精神が限界と認めるまでは例え追い詰められていようと決して動かない! いや、体は動いている。だがっ! 肝心要のお前の脳が働いていないのだ! 白痴のごとく状況に流されるのみで、 状況改善に動こうとしない! お前は! どうしようもない程に! 社会生活が困難なレベルで怠惰な人間なのだよ! それだけならばただ他人の餌として無様に飲み込まれていくだけだ。だがっ! お前はもう知っているのだろう! 自分にどれだけの力があるのか! 戦いさえすれば誰にも負けぬ覚悟を自身にすら見せ付けているのだろう! なのに何故まだそんな惚けた顔で遊んでいるっ! 何時まで眠っているつもりだ! さっさと目を覚ませカイジ! ここは既に何時死んでもおかしくない戦場の只中だぞ! 本気を出す前に死ぬ真のクズに成り下がるつもりか!? お前ならば! とうに脱出に向けてプランの一つや二つ、実行に移していてもおかしくはないはずだろう!」 利根川は一方的にカイジを弾劾する。その気迫は、コンビニで店長に逆らう程度が関の山であるカイジに抗えるレベルではない。 「そ、それは……お、お前を見つけて、聞くべき事を聞きだしてから……」 弱腰なカイジの言葉が燃え盛る利根川の怒りに油を注ぐ。 「このっ……馬鹿者が! わしを見つけてどうする!? 何故そこから思考を進めない! ハナっからわしを頼るだと!? こんな、こんな大馬鹿にこのわしが…………わしが全てを知っているとでも!? わしにさえ会えれば脱出出来るだと!? これは帝愛の仕掛けた死のゲームだぞ! そんな安易で甘えた思考が通用しないのはお前も良く知っているだろう! こうして説教を受ける事自体ありえぬ幸運だと何故わからん! ああっ、くそっ! 目覚めてから出直せと言いたい所だが、 今のわしにもそんな猶予は無いっ。だからそのままでも構わん。わしが貴様を叩き起こしてやるっ……」 「お前、一体何を言ってる……」 「わしと共に来いと言っているんだ! 目覚めたお前とわしならば! 事がギャンブルなら絶対に負けんっ!」 まさかまさかの共闘の申し出。 「はっ、ははっ、利根川。まるでお前も単なる一参加者だと言っているように聞こえるぞっ……! それを、信じろというのか利根川!」 「会長の死、わしの首輪、あくまで判断材料の一つであって、決定的な証拠たりえぬ…… しかし、その決定的な証拠とやらをこの場にて一体誰が証明してくれる。 何か一つでも確証を持てるような事柄がこのゲームにおいて存在すると思っているのか? 万事に確証を得られぬリスキーな戦いっ……! なればこそのギャンブルだろうっ……!」 利根川の言葉を遮るように、カイジはルーレット台に拳をたたきつける。 「ふざけるなっ……! 俺は、お前がやった事を決して忘れないっ……! 石田さんや佐川の無念を! 犠牲になった者達の絶望を! 俺の命を弄んだ怒りを! 俺は、お前の口車にだけは金輪際乗ってやらんっ……!」 カイジに向け、ゆっくりと歩を進める利根川。 その眼前に憤怒の顔を突き出す。 「そうだカイジ。ようやく、らしくなって来たではないか……野良犬には野良犬の誇りがある。 如何に強大な相手であろうと決して怯まぬ、考えられぬ捨て身っ……! 自暴自棄とは似て非なる、奴隷が皇帝を滅ぼすそれが最後の、絶望の光だっ……!」 至近距離にて睨みあう二人。既にカイジは利根川に気圧されてなどいない。 「俺がお前を監視する。ここが例え地の底、地獄の最奥であろうと、お前の好きにだけはさせないっ……!」 「やってみろ。お前という抑止力がわしの逃げ道を塞いでくれる。この地を圧倒的な勝利と共に脱出する。その為だけに全てを注ぎ込めるよう、わしを抑え続けてみせろ!」 カイジは利根川をいまだ倒すべき強大な敵であると考えていた。 そして利根川もまた、カイジに敗北し、その実力を自らに匹敵すると認めている。 互いが互いを、全てを賭して倒すに足る相手であると信じていればこそ、極限のゲームにおいて、信用ではなく信頼に足る相手として見られるのだ。 「このゲームの真髄、それは……『信じる事』だ。わかるかカイジ」 「全てを疑うのではなく、信じられる部分のみを信じる。帝愛のルール、出会った人間達、お前の言葉……全てに嘘がある。しかし、同時にある真実を掬い出し、見極めるっ……!」 「全てを疑い、同時に全てを信じる……僅かでも間合いを見誤れば死だ。そこまで踏み込んで、初めて勝利の道が見えて来るっ……!」 唐突にカイジは振り返り、真宵をまっすぐに見据える。 「真宵、お前が幽霊だったって話、俺は信じよう。帝愛が言う魔法も、全てを俺は受け入れてやるっ! その上でっ!」 誰よりも自身に向けてカイジは言い放つ。 「このゲームに……ふざけた人殺し共に……俺は勝つっ!」 時系列順で読む Back 夢を過ぎても(後編) Next 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 投下順で読む Back 夢を過ぎても(後編) Next 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 天江衣 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) グラハム・エーカー 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 利根川幸雄 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 白井黒子 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 秋山澪 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 衛宮士郎 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 伊藤開司 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 094 試練/どうあがけば希望?(後編) 八九寺真宵 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編) 088 届かなかった言葉 明智光秀 試練2/逃げ場なんて、無いかもよ(後編)
https://w.atwiki.jp/hutaba_ranking/pages/319.html
『借金苦』 31KB いじめ 虐待 野良ゆ 赤ゆ 都会 現代 虐待人間 うんしー 借金怖い。長さの割に、今回も微妙かも? 借金苦 ポマギあき 街の歩道。人が行き交う交差点に、鬼威参は居た。ゆっくりを虐待する為に、散歩をしているのだ。 そうやって道を歩いていると、ゆっくりと出くわした。道端で歌を歌っているのは、れいむ親子。 「ゆっくりのひ~」 「「まっちゃりのひ~」」 親れいむ、赤れいむ、赤まりさの二匹だった。周囲には人はいたが、皆、親子の前を通り過ぎていく。 「ゆゆ! まってね! れいむたちのおうた…ゆぅ…またいっちゃったよ…」 「ゆ…ぢゃれも、れいみゅたちのおうちゃきいちぇにゃいんぢゃにゃい?」 「ゆぅ…まりしゃはきょんなにゆっくちしちぇるにょに…」 三匹は揃って愚痴をこぼした。もっとも、歌声は騒音以外の何物でもないのだが。 鬼威参はそっと親子に近づくと、屈んだ。親子はそれに反応して、騒ぎ出す。 「ゆ! れいむたちのおうたをきいてたんだね! おかねはらってね!」 「はらっちぇにぇ!」 「いっぴゃいぢぇいいよ!」 金を払えと宣う親子に、鬼威参は首を横に振って答えた。 「ダメだね。そんな歌で金はあげられないよ」 「ゆうううううう!!? くそじじいはゆごべっ!」 親れいむは、鬼威参に飛びかかった。しかし、宙を舞った瞬間鬼威参の右手によってはたき落とされた。 親れいむは、地面に突っ伏すとプルプル震えながら起き上がった。 「いだいいいいいいいいいい!! なにずるのおおおおおおおおお!!?」 赤ゆ達も抗議の声を上げる。 「ひぢょいこちょしにゃいぢぇにぇえええええええ!!」 「おきゃにぇはりゃええええええええええ!!」 対して鬼威参は、冷静に言葉を続けた。 「いいか? そんな歌じゃ金は貰えないんだ」 「どぼぢでぞんなごどいうのおおおおおお!!?」 親れいむが鬼威参の言葉に狼狽える。鬼威参は特に気にすることなく、話しを再開した。 「だからな、お前の歌声では人間はゆっくりできないの」 「ゆうううううううううう!!?」 「だから、金は払えない」 「ぞんなあああああああああ!!」 絶望の淵に追いやられる親れいむ。鬼威参はそんな親れいむに優しく言葉を掛けた。 「でもな、貸す事は出来る」 「ゆ?」 目が点になるとはこの事か。親れいむは鬼威参の言葉に目を丸くしていた。 「金を貸す事は出来るんだ。ただし、担保が必要だがね」 「たんぽ…? たんぽってなあに?」 鬼威参は担保の説明を始める。借金をするのに必要なもの。もし、返済できなかった場合はそれらを没収される事。 それらを踏まえた上で、鬼威参は金を借りるかどうかを親れいむに問いかけた。 「どうする? 借りるか?」 「ゆ…で、でも…たんぽなんて…」 鬼威参は親れいむの側で、訳が分からないと云った表情で佇む赤ゆ達を指さした。 「あれを担保にすればいいじゃないか」 「ゆ!?」 驚愕の表情を浮かべる親れいむ。赤ゆ達は自分達が指さされた事に、戸惑っていた。 「ゆぅ? ゆっくちぢぇきるにょ?」 「ゆ? ゆ? なんのこちょ?」 親れいむは狼狽えた。大事な赤ゆを担保にする訳にはいかない。しかし、鬼威参の言葉によってその心は揺らいだ。 「あのな、よく考えてみろ…担保になるって事は、俺の物になるって事だろ?」 「ゆん…」 「俺の物になるって事は、どういう事かよく考えてみろ」 親れいむは目を瞑って考え始める。赤ゆ達が人間の物になるという事。それは、自分の赤ゆを引き渡すという事。 そもそも親れいむはシングルマザーで、育児も大変。そこにゆっくりを担保に金を貸してくれる人間が出てきた。 これは千載一遇のチャンス。人間の物になるという事は、飼われるという事。飼われるという事は、念願の飼いゆっくりになるチャンス。 「ゆ! たんぽにするよ! せめて…おちびちゃんだけでも…ゆ!」 「決まり…だな」 鬼威参はニヤリとした。どうせ、ゆっくりなんて自分にとって都合の良い方向にしか、物事を考えない奴等だ。 騙されたと知った時の絶望した顔。あれは非常にエクスタシーを感じるというもの。 鬼威参は、財布から百円玉を三枚取り出すと、親れいむの目の前に置いた。 「さあ、これが金だ」 「ゆ…お、おかね!」 親れいむは、金をペロペロと舐め始める。そもそも使い方を分かっているのかどうかすら怪しい。 赤ゆ達も目を輝かせながら、百円玉を見ていた。 「ゆわあああああ!! ちょっちぇもゆっくちしちぇるよおおおお!!」 「きょれがありぇば、ゆっくちぢぇきるんぢゃにぇ!」 鬼威参は微笑みながら、それに答えた。 「ああ、でもその代わりお前らは担保として貰っていくからな」 「「ゆ!?」」 赤ゆ達はその餡子の容量のせいか、自分達が担保にされたことを理解していなかったらしい。 鬼威参にとってはそんな物は関係ない。赤ゆ達を引っ掴むと、自分のブルゾンのポケットに仕舞い込んだ。 「ゆ! だしちぇにぇ!」 「くりゃいよ! ゆっくちぢぇきにゃいよ!」 ポケットの中で暴れる赤ゆ達に、鬼威参は親れいむから説明するよう求めた。 「ゆ! あのね! おちびちゃんたちは、たんぽさんになったんだよ!」 「「たんぽっちぇにゃにいいいいいい!!?」」 ポケットの中で狼狽する赤ゆ達に、親れいむは言葉を続ける。 「ゆ! たんぽっていうのはね、とってもゆっくりできるんだよ! かいゆっくりとおなじだよ!」 その言葉を聞いた赤ゆ達は、ピタッと暴れるのを止めた。しばしの沈黙の後、ポケット越しに喋り始める。 「ゆ…やっちゃあああああああ!!」 「ゆわああああああい!!」 喜ぶ赤ゆっくり達に、親れいむも満面の笑顔で答えた。 「よかったねおちびちゃん! これで、ずーっと、いーっぱいゆっくりできるよ!」 「「ゆん!」」 鬼威参はポケットから赤ゆ達が落ちないように、そっと手でポケットを覆った。 そして親れいむに背中を向けて去ろうとした。だが、言い忘れた事があったので迷わず伝えた。 「金を返す気になったら、ここで会おう。利子は一日で、十パーセントだ」 「ゆぅ?」 一体何の事かと訝しげな顔をする親れいむ。 「お前は三百円借りたからな。二十四時間経過する度に、三十円の利子が発生する。明日また、ここにくるから、三百三十円を用意しておけ」 「ゆ? おかねさんかえしたら、おちびちゃんたちどうなるの?」 「勿論、これは担保だ。お前の下に返すさ」 親れいむは全身をブルブルと横に振って、それを否定した。 「だめだよ! おちびちゃんはたんぽなんだよ! おかねはぜったいにかえさないよ!」 その声を聞いて、ポケットの中の赤ゆ達も声を連ねる。 「しょーぢゃしょーぢゃ!」 「まりしゃはたんぽなんぢゃじょー!」 鬼威参はクスッと笑うと、分かったと頷いて家へと帰っていった。 残された親れいむは、満足そうな顔をしていたが、すぐに歌を歌い始めた。 「ゆ~ゆゆ~」 鬼威参は家に帰ると早々に、透明な箱に赤ゆ達を放り込んだ。 「ゆぺっ!」 「ゆべっ!」 透明な箱の底に叩きつけられると、赤ゆ達は奇妙な呻き声を上げた。 そしてムクッと起き上がると、鬼威参に抗議し始めた。 「ゆううううううう!! いちゃいぢぇしょおおおおおお!!」 「もっちょやさしくしちぇにぇええええ!! まりしゃちゃちは、たんぽにゃんぢゃよおおおおおお!!?」 鬼威参はフッと笑うと、担保について説明し始める。 「あのな、担保ってのは俺が好き勝手に出来るって事なんだよ」 人間社会に於いて、実際はそうではない。赤ゆ達は疑問に感じて、問いかけた。 「しゅきかってって…にゃあに?」 「ゆぅ? まりしゃをゆっくちさせちぇくれりゅんぢぇしょ?」 鬼威参は腹を抱えて笑い出した。赤ゆ達はその様子を見て怒り出す。 「ゆううううう!! にゃにがおかちいにょおおおお!!?」 「ゆっくちさせちぇにぇ! いっぴゃいぢぇいいよ! ぷんぷん!」 鬼威参は笑うのを止めると、赤ゆ達に再び説明し始めた。 「あのな、俺はゆっくりさせるなんて一言も言ってない。その上、担保ってのは俺が好き勝手に出来るってことだ。 それはつまり、お前らを好きなように出来ると言う事。つまり…分かるな?」 鬼威参は赤ゆ達に目を向けた。その冷たい目は、赤ゆ達に状況を理解させた。そしてパニックに陥らせた。 「ゆ…ゆわあああああああああああ!! ゆやぢゃあああああああああああ!!」 「ゆっぐぢぢゃぢぇぢぇぐれるんぢゃにゃいにょおおおおおおおおおお!!?」 鬼威参は鼻で笑って答える。 「そんな訳無いだろう」 赤ゆ達は更に絶叫した。 「ゆやああああああああん! うしょつきいいいいいい!!」 「おきゃあしゃんのばきゃああああああああああ!!!」 鬼威参は泣き叫ぶ赤ゆ達を面白く思った。そして、透明な箱にそっと近づくと、語りかける。 「でも大丈夫だ。お前らのお母さんが、明日金を返してくれれば、お前らはお母さんと、またゆっくりできるぞ」 鬼威参の言葉を聞いて、赤ゆ達は安堵した。 「ゆふぅ…しょれなら…」 「だいじょうびゅ…ぢゃね…」 鬼威参は笑顔のままで言葉を続けた。 「でもなぁ、お前らのお母さんは金を返す気が無いって云ってたしなぁ」 「「ゆ!?」」 驚愕の表情を浮かべる赤ゆ達に、鬼威参は更に言葉を続けた。 「それに、お前らは金を貰ったことが実際にあるのか?」 「「ゆ…」」 歌という名前の騒音で金を貰った事は無かった。親子が貰ったものと云えば、罵声と唾ぐらいな物だ。 さすがに赤ゆ達でも、これがどういう状況か理解できた。赤ゆ達は、しくしくと泣き始める。 「ゆぐ…ゆぐ…どぼぢぢぇ…ごんなごぢょに…」 「ゆぐ…まじじゃ…まじじゃのゆっぐぢ…おぎゃあじゃんのぜいぢぇ…」 赤ゆ達は嘆いていた。鬼威参はそっと透明な箱から離れると、リビングでテレビを見始めていた。 下らないバラエティ番組に、鬼威参は腹を抱えて笑い続けた。 やがて夕方になった。赤ゆ達は腹が減っている。しかし、食事の催促をすれば何をされるか分かったものではない。 赤ゆ達は腹の虫が鳴るのを、ジッと堪えていた。それから少しして、なんだか美味そうな匂いが漂ってきた。 「ゆ…おいちちょうなにおい…」 赤れいむが反応した。赤まりさが赤れいむに近寄って、云った。 「きっちょ…きのせいぢゃよ…じぇったいに、きのせいぢゃよ…」 「ゆ…そうぢゃね…おいちいものにゃんか、にゃいよ…そうぢゃよ…」 赤ゆ達は現実逃避を始めた。腹の虫と、漂う美味い匂いに心が張り裂けそうになる。 泣き喚いて、食事をさせてくれと暴れたくなる。しかし、それでは自らがゆっくりできなくなるだろう。 赤ゆ達はそう考えて、この匂いは偽物だ。嘘っぱちだと思い込む事にした。 やがて、美味そうな匂いは段々と強くなってくる。赤ゆ達の我慢が限界に近づく頃、鬼威参がナポリタンスパゲティを持って、透明な箱に近づいた。 「やあやあ、お腹減ったかい」 鬼威参は赤ゆ達の前でスパゲティをボソボソと食べ始めた。赤ゆ達の我慢の糸が、ついに切れた。 「ゆやあああああああああ!! おにゃかへっちゃああああああああああああ!!」 「ちゃべたいよおおおおおおお!! まりちゃにもたべちゃちぇちぇええええええええええ!!」 泣き喚く赤ゆ達を余所に、鬼威参は舌鼓を打ちながら、スパゲティを平らげた。 「ごちそうさまでした」 空っぽの皿を見つめて、涙を流す赤ゆ達。 「ゆぐ…ゆぐ…ごはんしゃん…」 「まじじゃのぉ…まじじゃのなのぉ…」 鬼威参は腹をさすると、満足した顔でリビングに去った。赤ゆ達は涙を流しながら、呻いていた。 翌朝、赤ゆ達はすっかりと衰弱しきっていた。無理もない。赤ゆはエネルギー変換の効率が、著しく悪いのだ。 それは人間とて同じ事。狩りも満足に出来ない小児を保護するのは、親の役目だ。しかし、肝心要の親は側にいない。 親れいむが、担保について大きく勘違いをしていたのが原因だ。そのしわ寄せは真っ先に、赤ゆ達へと来ている。 「ゆぐ…おにゃがへっぢゃよぉ…」 「まじじゃ…あみゃあみゃ…」 鬼威参は昨日とは違う服装で、湯上がりの顔で出てきた。シャワーを浴びてきたのだ。 「あーあ、すっきりした。さて、返済できるか確かめてこようか」 鬼威参は透明な箱から赤ゆ達を取り出すと、昨日のようにブルゾンのポケットに突っ込んだ。 赤ゆ達が逃げ出さないように、そっと手でポケットを押さえるのも昨日と同じだ。 鬼威参は昨日来た、道端へとやってきた。相変わらず親れいむは下手くそな歌を歌っていた。 「ゆ~ゆゆ~」 鬼威参は、そんな親れいむに声を掛けた。 「やあ、金を返す気になったか?」 「ゆ? おにいさん! やだよ! おかねさんはかえせないよ!」 親れいむは微笑みながら答えた。鬼威参も微笑んで切り返した。 「お前のおチビちゃんが、虐待されてもか?」 「ゆ?」 鬼威参はポケットから赤ゆを取り出して、親れいむに見せつけた。 「ゆやああああああああ!! たしゅけちぇええええええええ!!」 「きょのくしょおやあああああああ! まりしゃをだましちゃにゃああああああ!!」 親れいむはキョトンとした顔をしてから、狼狽えた。 「ど、どういうごどなのおおおおおお!!?」 「昨日は何も食べさせなかったよ」 「ど、どぼぢでえええええええええ!!?」 「だって、こいつらは俺の担保だからな。 俺の物は、俺がどうしようと勝手だろう」 「ゆうううううううううううう!!?」 親れいむはここに来て、ようやく担保の意味を理解した。鬼威参は金の返済を求めた。 「さあ、金を返しておくれ」 「ゆ゙…あ、あまあまにつかっちゃったから…」 言葉に詰まる親れいむ。鬼威参は親れいむに問いかけた。赤ゆ達は体を捻って、掌から抜け出そうと奮闘している。 「甘々? 何に使ったんだ?」 「ゆ…ちょこれーとさん…」 驚く事に、親れいむは金をチョコレートに換えていた。ゆっくりを相手に商品を売りつける人間が居る事に、鬼威参は少々驚いた。 そして、その言葉を聞いた赤ゆ達は激昂した。 「なにやっちぇるにょおおおおおおおおおお!!?」 「おきゃねかえしゃなかっちゃら、まりしゃはいじめられちゃうんぢゃよおおおおおお!!?」 親れいむは更に狼狽えた。 「ど、どぼぢでごんなごどに…おがねざんがえずがら! がえずがら、おぢびぢゃんゆっぐじがえじでね!」 鬼威参は答える。 「それは分かってる。最初からそういう約束だからな。で、金はどこだ?」 親れいむは狼狽しつつ云った。 「ぞ、ぞれはあどでがえずがら!」 鬼威参は首を横に振って、それではダメだと答える。 「ど、どぼじでぇ!?」 当然の事だが、親れいむに信頼はない。赤ゆを先に親れいむに返したとしよう。 すぐに逃げるに決まってる。従って、金と赤ゆは同時交換せねばならない。鬼威参は、そのように説明した。 「じんじでよ! れいぶ、ぢゃんどおがねがえずがら!」 「いいや、ダメだ。現時点で無いなら、赤ゆは返せない」 「ど、どぼずればいいのおおおおおお!!?」 「簡単だ。金を稼いで金を返済すればいい。今日は三百三十円…明日は三百六十円だな」 親れいむは金額を聞いて、涙を浮かべた。そもそも、ゆっくりは三の数までしか数えられない。 それ以上は沢山として認識される。沢山が、もっと沢山になっているのだ。今まで稼いできた金額はタカが知れている。 「れ、れいぶがわるがっだでずうううううう!! あやばりばずがら、おぢびぢゃんがえじでぐだざいいいいいい!!」 親れいむは地面に額を擦りつけて、謝罪した。しかし、鬼威参は首を振ってダメだと答える。 よじる赤ゆ達をポケットに戻すと、鬼威参は云った。 「また、明日来る。三百六十円。雁首揃えて用意しておけ。それが無理なら、お前のおチビちゃんは酷い目に会う」 親れいむは待って下さいと云った。鬼威参はそれを無視して、人混みに消えていった。 赤ゆ達の声は張り裂けんばかりの悲鳴であった。 「ゆやあああああああああ!! ゆっくぢぢゃぢぇぢぇえええええええ!!」 「ゆんやあああああ!! おきゃあしゃんのばきゃああああああああ!!」 親れいむは謝った。何度も何度も、目の前に居ない赤ゆ達に対して、何度も謝った。 「ごべんね…ごべんね…ぜっだいに…ぜっだいにだずげであげるがらね…」 絶対に助ける。親れいむは、強い意志を持った。そして、再び歌い始めた。 「ゆ゙~ゆ゙ゆ゙~」 涙声のそれは、人々の興味を誘った。 「さて、どうしようかな」 家に帰った鬼威参は、震える赤ゆ達を透明な箱に入れた。そして、どうやって虐待をしようか考えていた。 目玉を抉る。あんよを焼いて、動きを封じる。単純に針を刺す。或いは熱湯に浸けてやろうか。 様々な考えが浮かんだ。鬼威参はまず、あんよを焼く事にした。 「お前ら喜べ」 「「ゆ…」」 「これから、あんよを焼いてやる」 その言葉を聞いて、赤ゆ達は一瞬だけ沈黙した。そして、泣き喚く。 「ゆやあああああああああああ!! やべぢぇにぇえええええええええ!!」 「ゆやぢゃああああああ!! まじじゃのしゅんそくしゃんぎゃああああああああ!!」 まだ焼かれていないというのに、赤ゆ達は既に焼かれた様な騒ぎになっていた。 鬼威参は二匹を透明な箱から取り出すと、キッチンまで連れて行った。二匹をシンクの上に置く。 「ゆやあああああああああ!! やぢゃやぢゃああああああああ!!」 「ゆっぐぢにげ…どぼぢでにげらりぇにゃいにょおおおおおおおお!!?」 赤ゆにとって、シンクから床までの高さは致命的に高かった。この高度から落下すれば、命はないだろう。 赤ゆ達の中枢餡が警告を発した。そして、鬼威参はマッチ棒を取り出して、それを擦った。 ボスッという音がすると、マッチの先端から火が出た。失禁しながら、怯える赤ゆ達。 鬼威参は赤れいむを持つと、マッチの先端をあんよに近づけた。火が、あんよを覆った。 「ゆぎゃああああああああああああ!! あぢゅいいいいいいいいいいいいいいい!!」 「やべぢぇええええええええ!! れいみゅにひぢょいごぢょじにゃいぢぇえええええええ!!」 あれよあれよという間に、赤れいむのあんよは黒こげになっていった。マッチの長さは半分になっていた。 鬼威参は赤れいむをシンクに置くと、再びマッチを擦って火を灯そうとする。 「ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!」 「れいみゅ! れいみゅ!」 痙攣する赤れいむを、赤まりさは舐めて慰めた。鬼威参はというと、マッチに火を灯すのに苦労している。 中々、火が点かない事にイライラしていると、赤まりさはある決断をする。 ここから飛び降りて、一か八か逃げてやろう。そう思うと、赤まりさは赤れいむを置いてシンクから飛び降りた。 「おしょらとんぢぇぶぎゅっ!」 赤まりさは床に着地した。中枢餡の警告を無視して、飛び降りたのだ。当然、無事であるはずがない。 赤まりさの皮が裂け、餡子が大量に漏れ出ていた。鬼威参はそれを見ると慌てて、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。 「ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!」 「ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!」 姉妹揃って仲良く痙攣している。しかし、とりわけ赤まりさは深刻な事態だ。 今、赤まりさが死んでもつまらない。鬼威参は、そう思った。 赤まりさは側面に大きな亀裂を作っていた。鬼威参は、それを指で閉じるとオレンジジュースをたっぷりと掛けた。 見る見るうちに赤まりさの傷は塞がっていった。やがて、痙攣も収まってくる。 「ゆっ…! ゆっ…! ゆっ… ど、どぼぢぢぇにげらりぇぢぇにゃいにょおおおおおおお!!?」 赤まりさは絶叫した。前後の記憶がないらしい。鬼威参はオレンジジュースを冷蔵庫にしまうと、今度こそマッチ棒に火を灯した。 赤まりさを手に持ち、赤まりさのあんよをマッチの火で焼いていく。 「ゆぎゃああああああああああああああああ!! あぢゅいよおおおおおおおおおおおお!!!」 しばしの絶叫。マッチが一本、燃え尽きる頃に赤まりさのあんよは黒こげになった。 先程のオレンジジュースが関係のないところまで、回復を促しているかと思うと鬼威参は不快に思った。 「まじしゃのあんよぎゃあ…あんよしゃんぎゃあ…しゅんそくしゃんぎゃあ…」 俊足と自称する赤まりさも、このあんよでは歩く事すらままならない。 鬼威参は痙攣する赤れいむと、狼狽える赤まりさを手に持って透明な箱へと戻した。 直後に、赤れいむが目を覚ました。周囲を確認して、自分のあんよが動かない事に気付くと涙を浮かべた。 「どぼぢぢぇ…どぼぢぢぇ…れいみゅのあんよしゃんうごきゃにゃいにょ…?」 赤れいむの嘆きに、赤まりさが呼応した。 「れいみゅぅ…れいみゅぅ…」 「まりしゃぁ…まりしゃぁ…」 二匹の間に開いた微妙な間隔。僅か十センチにも満たないそれは、今の二匹にとって、とても長い距離だった。 二匹は埋められる事のない距離を埋めるが如く、それぞれの名前をか細い声で呼び続けていた。 「れいみゅ…れいみゅぅ…」 「まりしゃぁ…まりしゃぁ…」 それから昼になった。この頃になると、それぞれの名前を呼び合う体力もないらしい。 赤ゆ達はぐったりとしていた。視線は下を向いており、口をあんぐりと開けている。 「ゆぅ…」 「ゆ…」 時たま放つ言葉は、これだけだった。絶望と悲しみに囚われた声は、鬼威参の心をくすぐった。 鬼威参はキッチンへと向かった。そこから人間には刺せない、尖っていない注射針の付いた注射器を取り出した。 そして、オレンジジュースをコップに移す。コップに注がれたオレンジジュースを注射器で吸い上げると、透明な箱へと向かっていった。 「ゆぅ…ゆぅ…」 「ゆ…ゆ…」 鬼威参は衰弱しきった二匹に近づくと、透明な箱の前で語りかける。 「やあ、元気してるか?」 二匹は返事なのか呻きなのか分からない位に、か細い声で答えた。 「ゆ…」 「ゆぅ…」 鬼威参は満面の笑みを浮かべると、オレンジジュースが入った注射器を二匹に注射した。 「ゆぴゃあああああああああああ!!」 「ゆぴいいいいいいいいいいいい!!」 二匹は刺さった針の痛さで絶叫した。オレンジジュースが注射器から無くなると、二匹の体力はみるみる内に回復していった。 「ゆ…だしちぇにぇ! きょきょからだしちぇにぇ!」 「ゆっくちしにゃいぢぇ、たしゅけちぇにぇ!」 助けろと喚く二匹を、鬼威参は無視した。鬼威参は注射器とオレンジジュース、コップを片付けるとリビングへと向かった。 何度も体をよじったが、全く動かなかった。あんよは役立たずで、透明な箱からは出られそうもない。 その事実を知ると、二匹は静かに涙を流した。ただひたすら、親れいむの助けを待つしかないのだ。 「ゆっぐりのひ~! まっだりの゙ひ~!」 その頃、親れいむは相変わらず路上で歌っていた。何としてでも赤ゆを取り返さねばならない。 愛するわが子を取り戻すべく必死で歌うが、思うように上手く歌えない。涙声でしか歌えないが、それでも必死に歌った。 目を瞑り、愛しの我が子とゆっくりしている未来を想像した。とめどなく涙が溢れ出てくる。 「ゆぐっ…ゆぐっ…ゆぐりのひ~!」 滅茶苦茶な歌を歌っていると、カランと、何かが転がる音がした。親れいむが目を開くと、そこには百円玉が転がっていた。 そしてその先にいるのは、見知らぬ男だった。親れいむは額を擦りつけて、感謝の意を表した。 「あじがどうございばず! あじがどうございばず!」 男は答えた。 「いや、泣きながら歌うゆっくりなんて滅多に見ないからな。これぐらいはいいだろ」 男はそういうと、額を擦り続ける親れいむを背に去っていった。 親れいむは、それからも啜り泣きながら歌い続けていた。何だかんだで、金は集まった。 「それで、たった三百円か?」 翌日になって、鬼威参は赤ゆをポケットに詰めて、親れいむのいる道端までやって来ていた。 親れいむが集めたのはたった三百円。鬼威参が利子とついて、返済を求めているのは三百六十円。 六十円の差は大きかった。親れいむは必死に値切り交渉をした。 「おでがいじばず! これでがんべんじでぐだざい!」 三百円を鬼威参の足下に、舌で押しやって額を擦り続ける親れいむ。鬼威参の手には二匹が握られていた。 「たぢゅげぢぇえええええええええええ!!」 「あんよしゃんうごきゃにゃいにょおおおおおお!!」 親れいむは、そんな赤ゆを眼前に必死に頭を下げ続けていた。 「おでがいじばず! おでがいじばず!」 鬼威参は答える。 「無理だな。三百円を稼いできたのは偉いぞ。しかし、六十円足りない。足りないという事はどういうことか。 それは、赤ゆを返せないという事だ。お前が返さないなら、赤ゆは俺の物であることに変わりはない」 親れいむは涙声で狼狽した。 「ぞ、ぞんなぁ…どぼぢで…」 「じゃあ、そんな訳で、明日は九十円稼いでこいよ」 鬼威参は赤ゆと小銭をポケットに詰めると、その場を後にした。帰宅すると、透明な箱に赤ゆ達を放り込む。 「ゆぴぇっ!」 「ゆぴっ!」 赤ゆ達は痛がった。焼かれたあんよでは、起きるのもやっとなぐらいだ。 二匹はただただ、痛みと恐怖にブルブルと震えていることしかできなかった。 やがてしばらくすると、鬼威参がマイナスドライバーを片手に透明な箱の前にやってきた。 赤れいむを掴み上げると、その右目に突き立てた。素っ頓狂な悲鳴を、赤れいむは上げた。 「ゆっぴゃあああああああああああああああ!!」 赤まりさが突然起きた出来事に、悲鳴を上げた。 「ゆやああああああああああああああああ!!!」 そのままグリグリとマイナスドライバーを、あちこちの方向に動かし続けていた。 目玉は完全に潰れ、抉り取られた。鬼威参はその目玉を口にした。ゴクンと嚥下する音が響いた。 そして絶叫がこだまする。 「ゆっぎゃああああああああああああ!! れいみゅのおびぇびぇぎゃあああああああああああ!!」 「ゆやあああああああああああ!! 」 鬼威参は赤れいむを透明な箱に投げ入れると、今度は赤まりさを掴み上げた。そして右目にマイナスドライバーを刺した。 「ゆっぎょおおおおおおおおおおお!!!」 赤まりさも、赤れいむ同様に痛みに打ちひしがれた。左目があちこちに動く。 涙が鬼威参の手を伝ったが、鬼威参は気にすることなく作業を続けた。そして赤まりさの目玉を抉り取ると、口に頬張った。 「ゆ゙っ…!ゆ゙っ…!ゆ゙っ…! まじじゃの…まじじゃのおびぇびぇぎゃあああああああああああ!!!」 赤まりさの絶叫の後、赤れいむが再び叫んだ。 「ゆんやああああああああ!! もうやぢゃおうちかえりゅうううううううう!! かえりゅっちゃらかえりゅうううううう!!」 鬼威参はそれに答えるかのように話し始めた。 「いいや、ダメだよ。君達のお母さんがお金を返してくれないとね。九十円だぞ? チョコレート一枚ぐらいの価値があるんだ」 二匹は狼狽えた。 「むりにきまっちぇるううううううううう!!」 「もうやべぢぇえええええええ!! どぼぢぢぇぎょんなひぢょいごぢょじゅるにょおおおおおお!!?」 鬼威参は鼻で笑うと、リビングへと行ってしまった。取り残された二匹はというと、何もする事がなかった。 出来る事も無い。出来ると言えば、文句や歌う事ぐらいだ。しかし、そんな事をする余裕は二匹には残されていなかった。 それに、余裕があっても、叫ぼうものならばすぐさま鬼威参に舌を抜かれるだろう。二匹はゾッとした。 鬼威参はリビングでテレビを見ながら、考えていた。 金を借りずに、そのまま頑張って歌っていれば金を稼げたのにと。担保の意味も分からないまま、易々と赤ゆを差し出した事も。 まったく、自分達にとって都合の良い方にしか考えられない。ゆっくりとはお花畑の塊だ。いざ、自分に危機が迫った時にしか、物事を考えられない。 鬼威参は、いつしか眠りに就いていた。気付いた時には夕方を回っていた。 鬼威参は起き上がると、透明な箱へと近づいた。赤ゆ達はブルブルと怯えていた。 「やめ…やめちぇにぇ…」 「きょわいよぉ…きょわいよぉ…」 怯えながら後ずさりしようとする赤ゆ達。しかし、焼かれたあんよは言う事を聞かない。 鬼威参はそれを見ると微笑んだ。やがてキッチンへ向かうと、料理を作り始めた。 美味そうな匂いが、再び漂ってきた。赤ゆ達はグッと堪えて、その日を過ごした。 夜になる頃には、再びオレンジジュースの注射をされた。赤ゆ達の心は、限界だった。 翌朝を迎えて、鬼威参は赤ゆをポケットに詰めた。そして親れいむのいる道端までやってくる。 親れいむは鬼威参を目の当たりにすると、ボロボロと涙を流し始めた。 「おでがいじばず…おでがいじばず…」 鬼威参はそれを無視して、言葉を発した。 「で、いくら儲けたんだ? 九十円は返して貰うぞ?」 親れいむが舌を使ってお兄さんの前に差し出したのは、五十円玉が一枚だけだった。 鬼威参は鼻で笑うと、ポケットから赤ゆを取り出した。 「おきゃあしゃん…たしゅけちぇぇ…」 「おみぇみぇ…みえにゃいよぉ…まじしゃの…まじしゃの…」 親れいむは、愛する子供達の右目が潰れている事に驚愕した。 「ゆううううううううう!!? どぼぢでおぢびぢゃんのおべべがづぶれでるのおおおおおおお!!?」 「丁寧なご解説をどうも。明日は七十円を用意しておけよ」 鬼威参は茶々を入れると、五十円を拾ってとっとと家に帰った。親れいむは自分の不甲斐なさを嘆くように、シクシクと泣いていた。 お兄さんは帰宅すると、手を洗う事もせずに赤ゆをキッチンへと連れて行った。いつもと違う場所に、あんよを焼かれた場所に赤ゆ達は恐怖していた。 「なに…なにしゅるにょおおおおおおお!!?」 「やめちぇにぇええええええええ!!」 鬼威参は赤ゆの悲鳴などお構いなしに、赤ゆの髪の毛を毟り取り始めた。ビリビリと音がする。 毛穴の辺りからは微量の餡子が滲み出ていた。 「ゆっぴゃああああああああああああ!!」 「ゆぎゃぎいいいいいいいいいいいいいい!!」 二匹の悲鳴が張り裂けんばかりに、キッチンに響いた。鬼威参が一通り毟り終えると、二匹はすっかり丸坊主になっていた。 「れいみゅの…れいみゅのしゃらしゃらへあーじゃんぎゃあああああああああ!!」 「まじじゃの…ぶろんぢょへあーしゃんぎゃあああああああああ!!」 鬼威参は赤れいむにだけ、飾りのリボンを結び直した。それはハチマキのように、某アクション映画の俳優を連想させた。 鬼威参は思わず笑ってしまう。赤ゆ達はそれを見て、怒鳴った。 「にゃにぎゃおかちいにょおおおおおおおお!!?」 「どぼぢぢぇぎょんなごぢょしゅるにょおおおおおおお!!?」 鬼威参は笑いながら答える。 「それはだって、君達は担保だから」 鬼威参は、アハハと笑うと赤ゆ達を透明な箱に投げ入れた。そのままリビングに向かって、テレビを点けるとくつろぎ始めた。 赤ゆ達は透明な箱でプルプルと、ブルブルと震えている。 「まりしゃぁ…どうなっちゃうにょ…」 「わきゃらにゃいよ…きっちょ…きっちょおかあしゃんがたしゅけちぇくれりゅよ…」 その願いが果たして叶うかどうか、総ては親れいむの稼ぎに掛かっていた。 「おでがいじばずううううう!!」 この頃になると、親れいむは歌うのを止めて、金をくれと人々にせがんでいた。 人々が親れいむをチラチラとは見る物の、金をくれる人間はいなかった。 「おでがいじばず! おぢびぢゃんをがえじでもらうのにひづようなんでず!」 「詳しく説明してくれないか?」 通りがかった男が、親れいむに声を掛けた。男は屈んで、親れいむの話しに聞き入った。 それなりにゆっくりしていた事。金貸しに酷い目にあっている事を、親れいむは伝えた。 「ぞういうごどなんでず!」 「そういう事なのか…」 男は顎に手をやって考え始めた。 「幾らか分かるかい?」 「わがじばぜん…おがねざん、いっばいひづようなんでず!」 親れいむが狼狽した。男はまたしばらく、考えに耽った。 「まあ、借りるのはいいけど、返せなきゃダメじゃないか。今回は百円をやるよ。それで解決できたらいいけどな」 男が財布から百円玉を取り出した。親れいむの目の前に置かれる。親れいむは額を擦りつけて、感謝の意を表した。 「あじがどうございばず!」 「まあ、いいんだけどさ。きっと、上手くいかないだろうし」 男はそれだけいうと、去ってしまった。上手くいかないとは一体何の事なのか。 親れいむには今の時点では、分からなかった。それよりも、金が入った事で今度こそ返済できるかも知れない。 親れいむは、心の中で赤ゆ達に詫びると同時に、ようやく救えると安堵した。 「ゆっ! ゆっ! ゆっ!」 百円玉を咥えて、植え込みのダンボールまで持って行く。そこにあるのは、食いかけのチョコレートだけだった。 チョコレートは親れいむが、その甘さ、美味さから殆どを食い尽くしてしまっていた。 親れいむは、赤ゆ達と一緒に食べようと考えていた。しかし、いざ食べてみると止まらない。 食べる事を止められなかった。気付けばチョコレートは殆どが無くなっていた。狩りも全くしていない。 親れいむは歌を歌い続け、赤ゆを取り戻す為だから仕方ないと、自分に言い聞かせた。それは赤ゆ達への言い訳でもあった。 「なるほど、よくやったじゃないか」 鬼威参は親れいむのいる道端まで来ていた。無論、ポケットには赤ゆが詰め込まれている。 「おでがいじばず! おぢびぢゃんがえじでぐだざい!」 親れいむが狼狽えながらも、赤ゆを返すように迫った。鬼威参はポケットから赤ゆを取り出して、親れいむの前に置いた。 「はい、返したっと」 親れいむは、その姿に愕然とした。あれほどゆっくりしていた、赤ゆ達。しかし、今は右目を潰され、あんよを焼かれている。 挙げ句には髪の毛を全て毟られて、飾りが申し訳程度に乗せられているだけ。親れいむは叫んだ。 「ゆんやああああああああああ!! どぼぢでおぢびぢゃんがごんなごどにいいいいいいいいい!!?」 親れいむが叫んでいる間に、鬼威参は金を回収した。過払いの金など、返す気は毛頭無い。 「ゆっ…おきゃあしゃん…たしゅけちぇ…」 「まりしゃを…ゆっくちさせちぇ…」 衰弱しきった赤ゆ達。オレンジジュースの注射から大分時間が経っている。このまま放置しておけば、死ぬ事は確実だろう。 「どぼずればいいのおおおおおお!!?」 ダンボールに僅かに残されたチョコレートの事も忘れて、親れいむは叫んだ。 そこに鬼威参が、良い提案があると言葉にした。 「いいていあん…なんなの!? はやぐおじえでねえええええええ!!」 二日後、親れいむは道端でまりさとすっきりしていた。側には赤ゆはいなかった。 「すっきりぃ!」 「…すっきりぃ…」 親れいむは売春をしていた。ニョキニョキと緑々しい茎が、親れいむの額から生えてくる。 「ゆゆ! それじゃあ、まりさはかえるのぜ!」 「ゆん…」 親れいむはそのまま、鬼威参宅へとやって来た。 「ゆっくりただいまだよ…」 鬼威参が出迎えてくれた。玄関付近の透明な箱に、赤ゆ達は入っていた。 「ゆっくちおきゃえりなしゃい…」 「うぎょけにゃいよぉ…ぽんぽんへっちゃよぉ…」 衰弱した赤ゆ達に、親れいむは少し待ってくれと云った。鬼威参は親れいむに近づくと、額に生えた茎を毟り取った。 「ゆぎっ!」 親れいむの若干の悲鳴の後、茎に実った実ゆっくり達の表情は苦しげになる。 鬼威参はそれを透明な箱に放り込んだ。赤ゆ達は茎を、実ゆごと食べ始める。 「むーちゃむーちゃ…ちあわちぇー…」 「ちあわちぇー…」 鬼威参は、それを見て親れいむに言った。 「じゃあ、俺の分もよろしくな」 「ゆ…はい…」 親れいむはトボトボと玄関を出て行った。再び売春をするのだ。 鬼威参の提案とは、売春だった。家賃代わりとして実ゆっくりを、鬼威参に払うよう持ちかけたのだ。 赤ゆ達の食事も実ゆっくり。それは厳しい都会に於いて、オアシスを提供してくれるようなものだった。 雨風は凌げ、寒い思いもしない。れみりゃに襲われる危険性もない。それは動けぬ赤ゆ達にとっては、生き延びる為に必要な環境だった。 鬼威参はそれを提示した。そして、親れいむはそれを呑んだ。今まで棲んでいたダンボールを引き払い、鬼威参宅で暮らす事になったのだ。 暮らすといっても、許されたスペースは玄関脇だけ。それより奥は、鬼威参に蹴飛ばされてしまう。 あまりに酷いようならば、外に追い出すとも云っている。親れいむは売春を続けるしかない。 一つは赤ゆ達の食事の為。そして二つ目は鬼威参への家賃として。 親れいむには未来がなかった。このまま産む機械同然の働きを行って、赤ゆ達をゆっくりさせるしかない。 赤ゆ達は今はゆっくりしてないが、いつしかゆっくり出来る事だろう。親れいむはそう考えていた。 唯一、自分が死んだ後の事は考えていなかった。親れいむが死んだら、一体誰が赤ゆの世話をするのか。一体、誰が家賃を払うのか。 鬼威参は、親れいむの寿命が迫った時に、その事実を伝えるつもりだった。 なぜならば、騙され、裏切られたと知った時のゆっくりの表情は、とってもゆっくりできるから。 終 あとがき 最近あったこと。 医者「ウォッカはやめてください」 俺「安定剤もやめていいですか? 眠くて眠くて…」 医者「分かりましたから、ウォッカはやめてください」 俺「じゃあ、ワインはオッケー?」 医者「……じゃあ、まあ、ワインなら…」 俺「ハラショー!! ウラー!」 医者「飲み過ぎないで下さいね」 俺「うん」 独り言 ハードディスクがカッコンするねん。なんなのねん。本当に心臓に悪いからやめてほしいねん。 お前seagateやろ。seagateやったら、海の男いうイメージあるやろ。そんなにカッコンしてどないすんねん。 新しいHDD買わないとあかんなぁ。
https://w.atwiki.jp/jojobr2/pages/126.html
荒木を殺して帰り吸血鬼となる。 そう決心した後、再び持ち物の確認を進める…… ストレイツォは歓喜した。 最初はハズレと断定した支給品の釣り針と糸、そしてメガネ。 しかし、よくよく考えればこれほどの当たりアイテムは無い。 彼の能力―波紋―これを使う上で糸という武器は非常に有効だからだ。 肉体を武器とする波紋。 対吸血鬼用の技とはいっても人間を気絶させる位なら朝飯前であるこの能力の最大の弱点はリーチの短さにある。 通常は波紋というのは己の手や足から流し込む物だ。 つまり、吸血鬼の気化冷凍法等といった一部の技には非常に弱い。 だが、道具を介して波紋を流せれば? それも糸のような長くて変化に富む物であったら? ――敵に接近せずに戦える上に暗殺や罠を仕掛けることも可能となる。 しかし荒木もそんな万能な武器を無条件で渡すわけが無く、一つだけ悩みがあった。 それは――― (この糸は波紋が通りにくい…) そう、ナイロン製の釣り糸は波紋を通し辛く現状では武器としての用途を果たせないのである。 だが、そんな致命的な弱点をあっさりと解決できる裏技が一つだけ存在した。 (仕方ない、油でも探す事にするか) 油等の液体を塗る、こうする事によって本来波紋を通さない物質からも波紋を流す事が出来る。 彼はバッグの確認が終わったらひとまず油を探す事を決定した。 次にストレイツォは驚愕した。 ジョナサン・ジョースター、ディオ・ブランドー、ウィル・A・ツェペリ、ダイアー この四名の名を名簿に見つけてしまったからだ。 (荒木は吸血鬼で彼らは屍生人なのか?) こんな疑問が脳裏を掠めてすぐに消えた。 (ありえん話だ。彼らの他にこの名簿に載っている黒騎士ブラフォード、タルカスは波紋で塵も残さずに消えたはず。 又聞きではあるが、波紋で消えたのは事実。 いくら吸血鬼であろうともカスすら残っていない残骸を屍生人にはできまい。) 荒木は吸血鬼では無い。そんな結論を自らの脳内で導いたストレイツォ。 (しかし、吸血鬼でもないのにこんな事ができるとは。 荒木…貴様の素性に興味が湧いてきたぞっ!!) 荒木の存在に好奇心を抑えられないストレイツォ。 だが、ストレイツォは絶望した。 リサリサこと“エリザベス・ジョースター”の名を見つけてしまった事によって―――― ☆ ★ ☆ 何故だ!何故あの子を巻き込んだ!? 吸血鬼となり、人間としての自分を捨てようとした自身の最後の心残り。 自分の愛弟子であり、娘でもあった彼女。 二十年、人生において四分の一以下ではあったものの彼女と過ごした年月はこれほどまでに無く長く充実していた。 初めての赤ん坊の世話に戸惑いながらも、手探りで進み続けたあの頃。 幼い彼女の一挙動にもはらはらしながら過ごしたあの日々。 波紋の厳しい修行にも文句も言わずに取り組んでいた彼女。 確かにあの素晴しい才能には嫉妬してしまう事はあったが、むしろ親として誇らしく思っていた方が多い気がする。 そして結婚した彼女は私の下から飛び立って行った。 私には弟子がいる、だから私は孤独ではないはずなのだ。 なのに、彼女が去ってからは日々に魅力を感じなくなっていた。 確かに、数年もすれば彼女がいない生活に嫌でも慣れたものだ。 ただ……時々物足りない気分になってしまうだけ…… これから吸血鬼となる私は永遠を手に入れる事ができる。 それでも彼女と過ごした年月に勝るような時間を手に入れることはできないのだろう。 私はそう考えてしまうほどに深く彼女を愛してしまっていた。 しかし、人としての愛や幸せを捨ててしまうほどに若さを欲した。 いや、違う。 こんな事になってやっと理解する事ができた。 確かに若さが欲しかったのは本音であり、矛盾した表現であるが今までなら若さを手に入れたら死んでもよかったはず…… だけど、その若さを求めようと思った最大の原因に気が付くことは無かった。 いや、私は気が付いていたのだろう。 私の頭がそれを無かったことにしようとしてるだけ。 私が若さを求めたのは逃避、なまじ幸せな時間を過ごしたせいでその快感を再び得ることが出来ない現実からの逃げであった。 手に入るのは空白の時間だけだというのに…… ただ、彼女の変わりに永久を求める決意をしても彼女を殺す決心がつくことはなかった。 吸血鬼になる上で彼女のような優れた波紋使いは生かしておいては厄介すぎる。 なのに吸血鬼になってからのプランに彼女の殺害を入れることが出来なかった。 いくら彼女が優れた波紋使いでも、私なら不意を突いて殺せるにも関わらずだ。 そんな彼女がこのゲームに参加させられている。 ゲームに乗るということは自分の命と彼女の命を天秤に掛ける事。 私にそれができるのか? ―分からない 彼女は生き残る事が出来るのか? ―分からない 彼女に仲間はいるのか? ―分からない だが、彼女に仲間が出来たら私の事を間違いなく紹介するはず…… そんな中で私がゲームに乗ったことがばれたら? 当然彼女は信用を失ってしまうはず。 いや、それどころか誰かが彼女に危害を加える可能性まである。 人殺しの娘の評判がいいはずがない。 最悪、暴走した仲間に殺される可能性も…… ならば私はゲームに乗るべきではないのか? ―分からない 分からないことばかりだが、唯一分かった事。 それは自分と彼女が助かるための手段はただ一つ、荒木を殺して脱出するしかないという事だった。 ……その答えを出した彼の瞳は濁っていた。 自分の心の中で結論を出したのはいいが、彼はまだ吸血鬼になる事を諦め切れていない。 実際、このゲームを脱出した所で彼はあの幸せな時間を忘れる事が出来ないであろう。 だから彼は逃避の手段として吸血鬼になる事だけは変えれない。 ストレィツオの目の色は濁りきっている。 先ほどまでの澄んだ邪悪の色に愛といった不純物が混じった事によって、純粋な正義でも、純粋な悪でもない曖昧な色に―― ★ ☆ ★ 「おい、そこにいるお前!ちょっと止まりな!!」 ベンジャミン・ブンブーンが自分達の前方二十メートルほどを歩いていた男を止めようと声をかけた。 そして立ち止まった男であったが、非日常的な会場に置いても彼の格好は異様と思わざるを得ないものであった。 具体的に言えば全裸、腰に布が~~~とかそういうレベルじゃなくてまさに全裸。 しかも、男はそれを気にした様子がなく、少なくとも三人の目には堂々としているように見えた 殺し合いの会場で堂々と闊歩する全裸の巨人。 それは殺人の経験すらある現代日本に置いては重犯罪者の音石明でさえ、コイツとは関わりたくねぇ……と思わせる圧倒的破壊力を持つ。 「殺し合いに乗ってないなら荷物をこっちに投げろ!」 そんな音石の考えをあっさりスルーしてブンブーンは全裸の男に話しかける。 一見すれば、人のいい対主催。 相手に完全に猶予を与えてしまう甘ちゃんの行動にも見えてしまうかも知れない。 だが、口では相手と仲間になりたいと言ってはいるが、実際はこれっぽっちも彼のことを信用していなかった。 ブンブーンは保険を掛ける為にミセス・ロビンスンにこっそりと耳打ちをする。 「おいロビンスン」 「どうしたんだブンブーン?」 「オメェが最初に俺たちに攻撃したあれがあんだろ? 保険のためにいつでもそれでアイツに攻撃できるようにしときなっ。 万が一の時は……殺してもかまわねぇ」 「承った。だが俺の力はお世辞にも殺傷能力が高いとはいえないからあんまり期待すんなよ?」 「その辺は分かってる。足止めさえ出来れば……ってやつだ。 で、ちぢくれボーズ。お前の出した変な像、アレの能力は遠くの敵に有効なのか?」 「いや…俺のスタンドは戦闘向けじゃない……」 「かぁ~使えねぇなぁ、本当にLAのほうがまだマシだぜ」 (だからLAってだれだっつーの!?) 能力が戦闘向きで無いと嘘を付いた自分が悪いのだが、使えない発言みイラッときて、早々と同じ突込みを心の中でする音石であった。 けれども心中のツッコミが通じるはずが無く、ブンブーンは会話を打ち切って再び全裸に話しかける。 「おい!もう一回言うぜ?荷物をこっちに投げな!!」 残念な事に全裸こと“サンタナ”はブンブーンの警告を受ける気がなかった。 彼は完全にゲームに乗っていて既に一人を『食って』いる。 しかし、長い間の絶食生活が開けたと思いきや再び絶食生活を送る羽目になった彼は非常に餓えていた。 一応さっきの女で体力は回復したものの彼の欲求は止まらない。 食べたい、人を、吸血鬼を、生き物なら何でも良かった。 そして腹をある程度満たしたら“ナチス”とやらの基地から脱出したように、ここからも脱出するつもりであった。 ここにいる、仲間のカーズ達と共に――― リーダーが脱出派の集団と脱出する気の個人、ある意味では彼らは志を共にしているのかもしれない。 だが彼ら全員の認識は全くバラバラだった。 サンタナは目の前の三人を仲間や敵ではなく『餌』とみなしていた。 ブンブーンは脱出派だったが、息子の救出を参加者の命より優先している。 音石は意志が弱く、自分のスタンスすら明らかになっていない。 ロビンスンに至っては優勝する気が満々である。 ブンブーンの警告を完全に無視して三人の下に走ってくるサンタナ。 この姿を見た三人の意識は共通していた。 ――やつは、ゲームに乗っている―― ロビンスンが虫で攻撃する 飛ぶ小さなゴミ 全弾命中 気にせずに向かってくるサンタナ 虫に目潰しをさせようと飛ばす 全てをキャッチするサンタナ 驚愕するロビンスンを他所にスタンドを発動するブンブーン 立ち向かう黒い蜥蜴 それは一瞬、一瞬であったがサンタナの動きを止めてみせた。 だがサンタナがその手足に力を込めて抵抗すると、爆発するかのように蜥蜴の姿が崩れて辺りに砂鉄が飛び散る。 磁力によって再結合を図るも、柱の男の瞬発力には敵わない。 そしてサンタナは三人の目の前で腕を薙いだ――――― ★ ☆ ★ 町一つの電力を使えば敵はいない…そう考えていた時期が俺にもあったよ畜生! あんな化け物に勝てるわけねぇだろうが…… 半泣きの俺は涙を拭ってこれからの事を考えることにした。 さっきの怪物、アイツは正真正銘の怪物だ。 確かに力やスピードのみなら恐らくフルパワー時の俺のスタンドのほうが上だ。いや、そう信じたい。 だけどヤツには勝てる気がしねぇ。 あの得体の知れない能力に関わるのはもう懲り懲りだ!! 全速力で走ったおかげで荒れまくっていた息が少しずつ整っていく。 しかし未だに足の震えは止まらないし、心臓も痛いほど鳴っているのが分かる。 初めて人を殺っちまった時もここまでは焦んなかったぜ… いや実際、問題は切実だ。 この殺し合い、もしかしたらヤツよりも強いやつがいるのかもしれない。 そんなヤツがいた時に俺はどうやって生き残ればいい? 大体電気すらない会場で俺はどうすればいいんだ? ―――これからの方針は案外アッサリと決まった。 荒木飛呂彦、ヤツの能力は底が知れなさ過ぎる。 承太郎やあんな化け物を一度に連れて来る能力。 多分、ヤツは時を止める以上に凶悪なスタンド能力を持っているのだろう。 そんなのに対して、ちょっと仲間がいる程度で勝てると思うか? 俺は絶対に思わねぇ…… かといって、この殺し合いで次々と殺していって優勝できる気もしない俺に残された方法は? ………やっぱり仲間は必要だよな。 多少落ち着いた俺の頭が導き出した答えはそれだった。 承太郎や仗助ならあの化け物をぶっ殺してくれるかもしれない。 それに承太郎の判断力は異常だし、仗助の能力も仲間になったら頼りになりすぎる! 億泰の野郎も頭はあれだが一応スタンドは強いしな。 だが、奴らが俺の仲間になってくれるんだろうか? 億泰の兄貴をぶっ殺して、ついさっきまで仗助の親を殺そうとしていた俺が… そんな都合のいい話がある訳ねぇよな~ それどころか俺を危険人物として広げてるかもしんねぇ…… ブンブーンのおっさんみてぇな人がいいヤツもまだまだいるだろうしな。 あいつらがチームを作ってたってなんら不思議はねぇぜ。 と、なると俺は承太郎達と接触してないヤツを探して仲間になるのが先決ってやつか? 兎に角信用を得なければどうにもならねぇ。頼むから乗ってないやつに会わせてくれよ…… まぁ、俺は乗っているんだけどな ジャリッ 「ヒッ!!」 自分で踏んだ砂利の音にビビリまくる彼。 ヘタレな彼のステルスマーダー道は険しい? 【現在地不明/一日目・深夜】 【音石明】 [時間軸] チリ・ペッパーが海に落ちた直後 [スタンド]:レッド・ホット・チリペッパー(ほとんど戦えない状態) [状態] 健康、酷く焦っている [装備] なし [道具] 基本支給品、不明支給品 [思考・状況]基本行動方針:優勝狙い 1.優勝を狙う 2.とりあえず仲間が欲しい 3.チャンスがあれば民家に立ち寄ってパワーを充電をしたい 4.ミセス・ロビンスンをスタンド使いだと思っています 5.サンタナ怖いよサンタナ ★ ☆ ★ クソっ! どうなってやがる!! 俺の虫を全て潰された時点で俺はアイツとの間にある絶望的な力の差を感じてしまった。 ジャイロ・ツェペリが使ったチャチな鉄球なんかじゃねぇ純粋な身体能力。 それは高速で飛ぶ虫、しかも1匹2匹なんて数字じゃすまねぇ数、それを全て捕捉した上に掴みとりやがった! しかも、こちらへ走ってくるスピード。 これもまた人智を超えたものであり、野生の獣でも出せないような圧倒的な速さであった。 つまりヤツは動体視力、反射神経、脚力がずば抜けてるってことだ。 ……だけど“それだけ”なら俺らが負ける事はなかったかもしれねぇ。 ここからが本当の地獄ってやつだった… こっちに走ってきたあいつが何かやったのは分かった。 ただ…理解できたときはもう完全に手遅れってヤツだ…… ブンブーンの足が消し飛ばされたって分かったときにはな…… そっからの記憶? んなもんねぇよ! こちとら自分一人を守るので精一杯だったってのによ~ あ、これだけは見えたぜ。 音石の野郎が一目散に逃げる姿だけはな。 まぁ、俺も人のことが言えないがな…… 【現在地不明/一日目・深夜】 【ミセス・ロビンスン】 [現在地] 不明 [時間軸] チョヤッを全弾喰らって落馬した直後 [状態] 健康 [装備] なし [道具] 基本支給品 [思考・状況]基本行動方針:優勝してレースに戻る 1.アイツはやばすぎる! 2.何とか生き残って優勝したい 3.サンドマンやマウンテン・ティムなどの優勝候補を率先的に潰す ※虫の数が激減してます ★ ☆ ★ オトイシとロビンスンの野郎共が逃げていくのが、半分薄れていく意識の中でやけにクッキリと見えた。 畜生!ワシはここで終わっちまうのか? ヤツにやられた時、自分が“食われた”のだと理解する。 無くなった右足に不思議と痛みは無い。 ただ、自分の足から命が流れて行く実感だけがあるのみだ。 意識が少し遠のいてゆく、そんな中でワシは無意識の内に“銃弾”を掴んでいた。 ―――銃弾?アンドレの血がついた銃弾? 遠のいた意識がハッキリとしてゆく。 目の前にはあの化け物が俺に覆いかぶさろうとしているのが分かった。 食われる!?いや、食われるわけにはいかない!! アンドレがワシの助けを待ってる以上諦めるわけにはいかねぇ。 とっさに自分の能力“スタンド”だったかを発動する。 再び現れる砂鉄製の大蜥蜴、さっきはパワー負けしちまったが今回は勝つ! それは、気合でも根性でも奇跡でもねぇ。 俺“達”の能力が成し遂げることなんだ!! 地面から湧き上がるように出現する大蜥蜴。 先ほどよりも遥かに機敏な動きで化け物に組み付く。 さっきの様に化け物は俺のスタンドを振り払おうと力を入れる。 だが、離れない。 明らかに先ほどより力を入れているようで、全身に血管が浮いているのが見える。 それでも離れない。 一部が弾け飛んだが、俺の呪いに嵌った今ではその程度なんでもない。 弾け飛んだ砂鉄が銃弾の様な勢いで化け物に張り付いていく。 これは…いけるんじゃねぇか? いや、現実はそんなに簡単に物事を解決させてはくれない。 「MMMMMMMMM!OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」 雄たけびを上げた化け物が更に力を入れて、衝撃で砂鉄を吹き飛ばそうとする。 ちっ!ちょっと厳しくなってきやがった。 黒い蜥蜴のあちこちに罅割れが生まれてくるのを見てワシは焦燥感に狩られた。 一部であったらすぐに再生できるが、一気に吹き飛ばされたら再生前にあの瞬発力であっという間に間を埋められて即アウト!本当にふざけた化け物だな畜生ッ! 本当ならこの隙に逃げてぇ所なんだけどよ、この足の所為で逃げらんね~んだよな。 だから生き残る為にはここでヤツをぶっ殺すしかねぇ! 俺は切り札であった銃弾をヤツに投げた。 血液が飛び、ヤツの脇腹辺りに付着して一瞬で吸い取られるかのように消えた。 だが、それでもアンドレの分はキッチリ発動したらしい。 再び力の増した大蜥蜴にヤツは為すすべなく取り押さえられる。 さて…傷口でも塞ぐか。 顎のプロテクターの一部を使って傷口を完全に覆う。 当然一時的な処置であって長持ちするとは思えねぇ、だがなっ!こいつを倒すまでには余裕だぜ! ★ ☆ ★ ブンブーン一家の能力は磁力。 更に一人より二人、二人より三人といった形で人数に比例して強くなってゆく。 その特性ゆえに、べンジャミン個人での発動、支給品であったアンドレの分の発動と徐々にサンタナの磁力は増していった。 磁力が増す。 つまり鉄を引き寄せる力が強くなり、砂鉄でできた蜥蜴がより強い力でサンタナに張り付こうとすると言う事だ。 大蜥蜴との格闘を続けるサンタナ。 振りほどこうとしても振りほどけない。 だが彼は気が付いていた。この蜥蜴が目の前の男によって生み出されているということを。 何も身体能力と触れるだけで人間を食う事が柱の男の能ではない。 多彩な技、これも柱の男達の真価の一つである。 だが、彼らが人間の上の存在である所以をブンブーンは知らない。 唐突なことだった。 サンタナの体を突き破った肋骨が蜥蜴を易々と貫通しブンブーンを襲う。 あくまでもサンタナから発生する磁力を力としている大蜥蜴にはそれを止めるパワーは無く、 更には右足が無い彼にそれを避ける術がある筈もなく、胴体に二本突き刺さった。 サンタナが吸っている所為か突き刺さった腹部からの出血は少ない。 だが内臓の一部をやられて倒れたまま痙攣するブンブーン。 この怪我ではきっと長くは持たないはず… しかし、ブンブーンの抵抗はまだ終わらなかった。 それは生への執着?それとも息子を助けるため? 重症の彼を動かしたのがどっちであるかは本人にしか分からない。 兎に角、彼は自分の死という結果には納得する気が無いらしい。 蜥蜴をサンタナの後ろへ回りこませて再び取り押さえさせる。 纏わり付く砂鉄にバランスを崩してそのまま後ろへ倒れるサンタナ。 半分無理矢理抜けた肋骨により広がった傷口に顔をしかめながらも、砂鉄でサンタナを覆い地面に貼り付けにする。 (畜生!この怪我は流石にヤべーんじゃねぇか? でもよぉ、ついさっきアンドレに“あんな”事言っちまったからな…弱音を吐くわけにはいかねー!) 貼り付けにしたサンタナにこれ以上近寄りたくもないし、かといって放置し続けるのも辛い。 しかも止めを刺すにも、自分の能力で直接的な殺傷能力を持つ技は一つもない。 つまりは完全に詰んでしまったというわけだ。 いや、正確に言うと一つだけ方法はある。 彼に回ってきた支給品の一つ拡声器、これを使って助けを呼ぶ事だ。 確かに、誰が来てもサンタナの始末をするのを手伝う位はやってくれるだろう。 この会場に来てから出会った参加者が二人とも異能を持っている上に、 おかしな能力を見せたマウンテン・ティムまで参加している事から彼はこの殺し合いに参加するメンバーが常人ではないことに薄々勘付いていた。 だから、動きを封じたコイツを安全に殺せる連中はいると確信している。 だが、そのメンバーがサンタナを殺した後どうするか? その懸念がブンブーンに拡声器を使わせる事を躊躇わせていた。 しかし、彼は使う事を決心した。 自身の体力が限界に近づいている事を悟ったから。 もぞもぞと砂鉄が動きだしているのがハッキリと視認できるようになったから。 そう、その後を考える余裕など彼には残っていないからだ。 ★ ☆ ★ 「すまねぇっ!誰くぁッハーハァ助けてくれ!人をハァ人を食う化け物に襲われちまったんだ!! まっ、まだ俺が食い止めてるが状況は最悪だ!誰でもいい!助けに…グッ」 明らかに中年男性のものであろう大声が聞こえた。 方角から察するに恐らく南西。 内容によると助けを求めているようだったが行くべきか否か? あの声から察するに嘘を付いている様子は無い。 それに、人を食ったのが本当なら相手は吸血鬼か屍生人であろう… ならば私が行くべきなのか? いや……しかし、私はこの殺し合いでどう生きていくか決まっていない。 だが、吸血鬼達は私の方針がどうなろうとも敵として立ちはだかるだけなのでは? あいつらは殺し合いに抵抗を持つどころか嬉々として乗るだろう。 ならば、私が万全な今の内に仕留めておくべきなのでは? 助けを求める事が出来る時点で、その男はある程度抵抗出来ていると言うわけだ。 つまり、多少なりとも吸血鬼は消耗している! この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない! もしかしたら石仮面の手がかりを握っている可能性もある。 いや!それどころか支給品が石仮面だった可能性だって十分ありうる!! どっちにしろ、私の野望への第一歩にはなるわけだ。 さて、向かわせてもらおうか。 ★ ☆ ★ ストレイツォがたどり着いた時、既にブンブーンは限界であった。 だが、彼は賭けに勝ったのである。 息も絶え絶えになってしまっているが、その瞳からは希望の色が見えた。 しかし、彼のそれはぬか喜びに終わる。 「あんた…逃げな……ここにいるやつは危険すぎヒュッ。 この足を見ろよ…あいフー、あいつに触れられただけでこの様だ。」 老人が来たことに落胆しながらも、ストレイツォに逃げるよう促すブンブーン、 しかし、ストレイツォは引いたりしない。 「逃げろ?私は君が生まれる前から化け物の退治を生業としてきた。 安心しろ、ここは私が引き受ける」 そういって構えを取るストレイツォ。 彼の口から流れ出る呼吸音を聞いてサンタナの反応が一変する。 先ほどまでの抵抗とは違うまさに必死の抵抗が見られた。 そう、彼は覚えていた。 絶対的強者であった彼に初の敗北をもたらしたジョセフ・ジョースター。 彼の使う波紋と呼ばれる技の存在を。 当たったらダメージは必至。 そんな極限下で彼が下した判断は 上が駄目なら下。 この一見シンプルな考えは実際には実現が難しい。 何故なら、地面と言うものは意外と硬くて掘りづらい物だからだ。 ただし、これには普通の人間だったらいう条件が付属する。 そう、サンタナの柱の男の身体能力は重し付きでそれを成し遂げる位の力は優にある。 手足や肋骨で少しスペースを作り、その後はドリルのように体を回転させて掘り進む。 ある程度離れた所為かブンブーンの能力も解除されたようで、体に纏わりつく砂鉄は消えていた。 だが彼は引かない。 自身のプライド、食事を邪魔された怒り。 このドス黒い復讐心が彼の体を突き動かす。 突如、ストレイツォの後ろから飛び出すサンタナ。 ストレイツォはそれに反応して蹴りを繰り出す。 「爺さん、アイツに直接攻撃は止めろっ!!」 ……ブンブーンの助言は空しく響くだけ ストレイツォのキックは止まらない。 これから起こる惨劇に目を背けそうになるブンブーン。 しかし目を背ける前に、失血やスタンドの酷使で気絶してしまったが…… だが、彼が恐れていた事態は一向に訪れなかった。 普通にヒットするキック。 成人男性と比較しても、遜色が無いどころか遥かに鋭いであろうその蹴りを食らったサンタナは倒れこむ。 が、立ち上がった彼に致命傷を負った気配は全く無い。 いや、キックを喰らった箇所が多少融けてはいるが動きに支障は無さそうだった。 (なにぃ!?波紋を直撃で喰らって死なないだと?こいつは吸血鬼じゃないのか?) しかし、それではさっき見た異常なスピードでの地中堀りが納得できなくなる。 それに、波紋が全くノーダメージという訳でもない。 つまりこいつは吸血鬼の上位の様な存在なのでは?と推測するストレイツォ。 その推測をろくに考える間は無かった。 サンタナの猛攻が始まったからだ――― ストレイツォは焦っている。 先ほどからヤツの攻撃をさばき続けているが一向に隙が見えない。 いや、隙はある。 ただ、自分の体がそれを突いていけないだけだ。 本当に醜く老いたこの体が憎い。 早く吸血鬼となって若さを取り戻したい。 そんな邪念が災いしたか、強力な一撃を脇腹に貰う。 「ぐっ!」 内臓がやられたか、自分の血が口から垂れてゆくのを感じた。 この身体能力…… 接近戦でやりあうには相当キツイ…… 先ほどの釣り糸に己の血を垂らして波紋の伝導率を上げる。 打撃よりは威力には劣るものの仕方あるまい。 不慣れな武器でどこまでやれるか…… まぁいい。いざという時はこの男を犠牲にして逃げればイイだけだ。 ★ ☆ ★ ワシは……寝てたのか? 目の前でジジイと化け物が戦っている。 糸で戦ってるジジイ。 化け物にもその攻撃が効いてるというのが驚きだが、やはり致命的ダメージにはならねぇ。 あっ!一撃喰らいやがった!! 吹き飛ぶジジイ。 俺は見た。やつの持っている糸の先に付いた小さな針を。 それが夜の闇のなかで金属特有の光の反射を見せた事を。 どうやら……俺の出番ってヤツか? 既に俺の体はボロボロで、能力一つでも致命傷になりかねない。 だがそれがどうした? さっきもいったが、あそこでジジイが負けたら俺は死ぬしかねぇ。 ならば一か八かでも生き残るほうに掛けてぇに決まってるじゃねぇか。 渾身の力を振り絞った能力発動。 今の磁力はブンブーン一家勢揃い並みには出てるんじゃね~のか? ★ ☆ ★ 急に釣り針の軌道が変わった。 まるで引き寄せられるかのように、サンタナの元へと飛んでゆく針。 さっきまで飛ぶ方向が微妙で苦戦していたストレイツォは思わぬ援軍に驚く。 (これは……あの男の能力なのか? いや、今はそんな事を気にしている場合ではないな) くっ付いた針を支点としてサンタナを簀巻きにするかの如く糸を操作するストレイツォ。 全身の力をフルに使って抵抗するサンタナ。 軍配はストレイツォに上がった。 ナイロンの頑丈さ、波紋。 この二重の縛りから逃げることはたとえサンタナの力を以ってしても不可能である。 そしてストレイツォは呼吸を溜める!溜める!!溜める!!! 「このストレイツォ!容赦せん!!」 ベストの時に限りなく近付いた波紋。 それがサンタナの体を焼いてゆく。 「UOOOOOOOOOHHHHHHHHHH!!」 苦悶の表情を見せるサンタナ。 既に彼の上半身と下半身は泣き別れていて、更にそこから波紋がサンタナの体を蝕んでゆく。 これを見て、決着は付いたものだと思い、ストレイツォはブンブーンの元へ行った。 「おい、まだ生きてるか?」 息遣いが非常に危ういがギリギリの状態で生きているブンブーンは弱弱しく頷いた。 「すまないが、一つだけ聞かせてもらいたい――――」 ストレイツォは本当は 「今のはお前の能力だな。あれは一体なんなのだ?」と聞きたかった。 しかし、明らかに能力の所為で弱ってしまっているブンブーンを見て、口から思わず出た言葉はこれであった。 「お前は何で命を懸けるんだ?今の能力はお前の生命力を削って出したんだろ?」 「そりゃあ…爺さんが負けたら……俺も死ぬからじゃねぇか」 安堵したか、苦しそうながらも軽口を叩くブンブーン。 ストレイツォにとってブンブーンの返事はある程度予想の範囲内。 それでもストレイツォは質問を続ける。 「だが今のお前は相当辛そうではないか?そこまでして生に執着する理由があるのか?」 相当な愚問であるとストレイツォは自覚していた。 吸血鬼になるために、どんな思いをしても生きようとしているのは自分なのに…… 何となく、本当に何となくの質問であった。 「あぁ…おクハッ、俺の息子が荒木に……利用さ…されててな…… 絶対に…助けに…行かなきゃならねぇんだよ……」 雷が落ちた。 このような表現はよく聞くが、実際に体験する羽目になるとは夢にも思っていなかった。 息子がいる。 つまり、この中年男性は父親なのだ。 自分と同じ父親。 その上、自分の息子が荒木に利用されているらしい。 彼になら、この胸の内を打ち明けられるのでは? 別の父親からの意見が聞きたい。 そんなストレイツォの望みが叶う事は無かった。 上半身から肉片を飛ばして来るサンタナ。 波紋を帯びたストレイツォにとってはその程度問題にならず、一瞬で肉片を塵へと変える。 しかしブンブーンは? 波紋使いではない彼は、当然肉片の餌食となる。 徐々に侵食されてゆく感触を感じとりながらも、限界を更に超えてブンブーンは自らのスタンドを発動させた。 グジャア 二人には何が起こったのか分からなかった。 特に、磁力によって肉片を引き剥がそうとしたブンブーンにとっては予想外すぎる結果である。 引き剥がそうとしたら飛んできた。 この超常現象の答えを説明するために少し前に戻ろう。 上半身と下半身が真っ二つになった状況でサンタナは考える。 人を食って回復しなければ死にかねないと。 しかし、波紋使いであるストレイツォの所為で接近はできない。 それに肉片を飛ばしてもブンブーンの能力で引き離されてしまう。 ならば、その能力を逆手にとればいい。 サンタナの知能がその策を即座に生み出す。 下半身をこっそりと二人の裏へと移動させる。 奴らは会話をしているのか、サンタナの下半身に気が付く様子は無い。 ちゃんと目的地に着いた下半身を確認して、サンタナは自らの体から肉片を飛び散らせる。 肩の下辺りまでを犠牲にしたこの攻撃をストレイツォはあっさりと塵にしてしまった。 が、ここまでは計算内。 問題のブンブーンの方は能力を発動させて―――― 予測通りに引き付け合う上半身と下半身によってプレスされた。 ★ ☆ ★ サンタナはブンブーンの体に入ろうと、右足の切断面を狙う。 止血に使っていた鉄を軽々と引き剥がし、痛がるブンブーンを無視して体内へともぐりこんだ。 「!?」 ストレイツォは完全に出遅れた。 気が付いた次の瞬間にはサンタナに操られたブンブーンの拳を喰らって吹き飛んでいる。 サンタナに食われてゆくブンブーン。 彼の執念が最後に一言残すのを神に許させた。 「なぁ…爺さんよ……息子を………アンドレをた……」 途中で途切れた遺言。 だが、その意思は確かにストレイツォへと届いた。 そしてそれはかつて彼が持っていた黄金の精神を揺り動かす。 (名も知らぬ男性よ!お前の遺言は波紋戦士ストレイツォが確かに受け継いだ!) 自らを波紋戦士と呼んだストレイツォ。 彼の瞳に迷いはもうない。 若き日に持った、吸血鬼から人々を守るという決意。 コイツを倒す、その熱き思いが彼に再び力をもたらす。 接近戦。 人の皮を被ったサンタナには釣り糸からの波紋は通じにくいと判断したストレイツォの唯一取れる手段である。 波紋を帯びたパンチ。 それを普通に手で受け止めるサンタナ。 やはり波紋が中までしっかり通らないらしく、怯んだ様子すら見られない。 だけどもストレイツォは焦らない。 掴まれた手を支点にして――唯一むき出しの部分である右足に波紋を帯びたドロップキックを叩き込む。 「GUUUUUUU!」 効いた。 ブンブーンの顔をしたサンタナが苦痛に悶えている。 追撃として足に蹴りの嵐を食らわせるストレイツォ。 そこでサンタナが取った行動は、波紋に蝕まれた足を切り離す事だった。 足を失って、互いのハンディは無くなる。 いや、サンタナは右足が無いとはいえ十分な戦闘能力はある。 しかしストレイツォは波紋が効きにくい今、常人より上程度の能力しか残ってない。 片足で器用にバランスを取りながら両腕、肋骨と計十本の攻撃をしかけるサンタナ。 まず右手を左手で受け止める。 続いて飛んでくる左手を次は右手で受け止める。 肋骨の内四本は足でガードする。 残りの四本の内三本は胴体で止めた。 だが残りの一本が――――― 肺に突き刺さった! 「がっ、がはっごほっ」 先ほどの喀血よりも酷い流血。 そして、肺へのダメージ。 波紋使いにおいて肺へのダメージは致命的なものである。 ジョセフとの戦いでそれを学んだサンタナは迷い無くストレイツォの肺を狙ったのであった。 バリッ!バリバリバリ 裂けたような音を出して、脱皮したかのようにサンタナがブンブーンの中から出てくる。 抜け殻となったブンブーンの体がシナシナと崩れ落ちる。 弱点となる柱の男の部分をさらけ出した理由。 そう、それはもうストレイツォは波紋を練れまいと見切ったからだ。 一歩、また一歩。 徐々にサンタナが近付いてくるのがストレイツォも理解できている。 (ここで俺も食われるのか?すまない!すまないッ!!) 心の中で名も知らぬ男に心からの謝罪を繰り返す。 だが、最期はやって来ない。 サンタナの警戒心。 ジョセフにしてやられた経験が、彼に慎重さを与えてくれた。 取り込む前に確実に息の根を止めるっ! これが苦い敗北で得た、波紋使いへの対処法であった。 重い蹴りが一発、ストレイツォの胴体へと食い込む。 ギリギリで練り上げた波紋により致命傷は防いだものの、肺が一つ潰れている状態で練った波紋では碌な防御になるはずも無く、木の葉の如く吹き飛ばされていった。 致命傷。 この攻撃で死なないとしても、彼にはもう体力も気力も残っていない。 嬲り殺しにされるのは秒読みかに思えた。 駆け寄ってくるサンタナ。 その姿はほぼ完璧のフォルムを保っていて、美しくも見えた。 そして後五メートル、四メートル―――― 美しいフォルムを維持したまま見事にサンタナは後ろにずっこけた。 同時に宙を舞う黒い粒子。 ストレイツォは理解した。 ブンブーンの砂鉄に足を取られてサンタナが滑ったと言う事を。 ★ ☆ ★ これが偶然の産物であると言う事は分かっている。 だけど、私はこれをあの男からの贈り物だと思いたい。 ――あの最期まで息子の事を思って死んだ男からの。 そう考えると不思議に力が湧いてくる。 それは、残った肺が生み出している波紋の力なのだろうか? いや違う。 私には波紋を練るだけの力は既に残っていなかった…… あの男が教えてくれた力。 大事な何かを守るための力。 それが私に再起を促す力となったのだ。 そうだ、私も命を懸けなくては。 ここで逃げたら自分をエリザベスの父親と誇れなくなるではないか。 よろよろと立ち上がる。 相手も立ち上がったが問題ではない。 深仙脈疾走(デイーパス・オーバードライブ) 呼吸すらままならない私が唯一使える切り札。 当然、これの行使は命懸けとなるがやる価値はある。 ヤツがこっちへ近寄ってくる。 私は自らの生命エネルギーを右腕へと集中させた。 老いぼれの上に死にかけてる体にもここまでの力は宿るのだな…… これを見ると、若さを求めた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。 いや、無駄な考えは止めよう。 ヤツが目の前に立った。 「究…極ッ!深…仙……脈…疾……走ッッ……!」 私は足に力を入れて右手をヤツに叩きつける。 型もへったくれもない、乱雑な一撃。 それがヤツの肩をブチ抜いて――― ★ ☆ ★ 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 傷口から体の肉が蒸発してゆくサンタナ。 それを霞んだ目で見つめるストレイツォ。 悶え苦しもうが、一部の傷口を切り離そうが波紋の勢いが途絶える事は無い。 そして、波紋傷が頭部へと昇り……サンタナは消滅した。 カララァン 金属音を放ちながら持ち主を失くした首輪が落下する。 この戦闘に勝ち残ったストレイツォ。 しかし、彼には足りていなかった。 生きてゆくために必要な力が。 生命を保つ上で必要不可欠なものを使ってサンタナを倒した彼には余力など微塵も無い。 だが彼は歩いてゆく。 もう一人の父親、ブンブーンの元へ。 「子供とは……いいものだな……」 そう言い残してストレイツォはブンブーンの傍らへと倒れこんだ。 ★ ☆ ★ あぁ、私はもう駄目なのだな。 しかし、今では一欠片の後悔も私の心には無い。 今思えば、中々の人生でなかったのではないか? 空を仰げば……エリザベスが迎えに来ている? いや、見間違いだろう。 彼女は強く、そして私の様に道を踏み外すはずもない。 この殺し合いでも生き残って―――― 幸せになってくれエリザベス。これが父親としての最期の願いだ。 ★ ☆ ★ 二人の父親は元の世界で目的のためには殺人すら厭わないような人物であった。 それでも彼らは子供の為に命懸けで戦い、散っていった。 彼らの精神は何処かへ繋がれて行くのだろうか? この会場に残る親達は彼らの様に子供の事を思う者ばかりである。 彼らの意思はきっと何処かに受け継がれてゆく。 【ストレイツォ 死亡】 【サンタナ 死亡】 【ベンジャミン・ブンブーン 死亡】 【残り 72人】 ※戦いはE-6でありました ※二人の死体のすぐ傍にサンタナの首輪があります ※ブンブーンのデイバッグも落ちています。支給品は拡声器、その他不明支給品が0~2個です ※アバッキオの現在地は不明です。 もしかしたら、決着を見たのかもしれないし、全然追いついて無いのかもしれません ※ストレイツォの支給品は拷問セット(5部)でした 投下順で読む 前へ 戻る 次へ 時系列順で読む 前へ 戻る 次へ キャラを追って読む 15 第一章 ストレイツォ ―その穢れたる野望― ストレイツォ 29 未来からの/未来への伝言 サンタナ 36 灰色い(あやしい) 音石明 60 おかしな3人 36 灰色い(あやしい) ミセス・ロビンスン 84 虫と恐竜 36 灰色い(あやしい) ベンジャミン・ブンブーン