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ヴェストリの広場は昨日とは打って変わり熱気に包まれていた。 「諸君!決闘だ!」 薔薇の造花を掲げ上げたギーシュに呼応し、歓声が沸き起こる。 「頼んだぞ平民!オレ達の分までぶちのめしてやれー!」 「平民っ!ギーシュをぶっ殺せー!オレが『許可』する!!」 「お前の背中はオレ達が守ってやる!思う存分戦えーー!!」 「あ~~ん…頼もしいわ~。私のサイトさん」 「そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやれーー!!」 「年齢=童貞を舐めんなーー!!!」 モテるギーシュに対する嫉妬と好きな子に告白をして「私、ギーシュ様が好きなの…御免なさい」と断られた 恨みによって、決闘ではなく処刑を期待する男達の怒号で広場は溢れかえっていた。 ちなみにギーシュのファンと彼氏彼女持ちの連中は、広場入り口でモテない男達によって阻まれている。 「お前…随分嫌われてるんだな」 「う、うるさい!彼らは別だ!!」 キザな男ではあるが交友関係が広く、誰に対しても気軽に話しかける事ができるギーシュは周りから好かれる タイプの男であるが、浮いた話も多く(その多くは噂だが)女生徒からの人気も高い事から、一部の生徒からは 蛇蝎の如く嫌われていた。(かつてはマリコルヌもその一人だった) ギーシュにしてみれば言い掛かりも甚だしい事だが、それを口にしたら最後、広場から生きて出られない事は 嫌でも理解できた。 ホームグラウンドで試合に臨んだら観客席が全て相手側のサポーターで埋まってました。 そんな絶望的な状況下で顔を青褪めながらも闘志を燃やそうとサイトを挑発する。 「とりあえず、逃げずに来たことは誉めてやろうじゃないか。本当にありがとう」 「いえいえ、どういたしまして。逃げたら後が怖そうだし」 ギーシュが心の底から感謝を述べ、サイトがそれに答える。一瞬ほのぼのとした雰囲気が漂うが、それも束の間 薔薇の造花をあしらった杖を振り、ギーシュは青銅の騎士を錬金する。 「君の相手はこのワルキューレだ。さあ!掛かってきたまえ!」 余裕綽々でサイトに宣言するギーシュに対し周囲から非難の声が上がる。 「このタマナシヘニャチンがぁーー!!素手でやれ!素手で!!」 「平民相手に恥ずかしくないのか!!」 「サイトさ~ん。眼の中に親指つっこんでグリッ!とやっちゃえー」 「任せろ平民!お前ら魔法で援護するぞ!!」 流石にギーシュも非難の嵐に耐え切れず、もう一度杖を振りサイトの前に両刃の剣を作り出す。 「その剣を取りたまえ使い魔君。いや、マジでお願いするよ」 ギーシュが手を合わせて懇願して、サイトも素手では不安なので剣を手に取ると、何故か身体が軽くなった気がした。 「さあ勝負といこう。行け!ワルキューレ!!」 今まで剣など持った事がないサイトは見よう見まねで構え、青銅の騎士を迎え撃つ。 瞬閃、青銅の皮膚を軽々と斬り裂き、ワルキューレは宙を舞う。 自慢のゴーレムを一撃で葬り去られたギーシュと一撃で葬り去ったサイトの二人は、全く同じ表情を浮かべ呆然と 二つに裂かれて落下するワルキューレを見つめた。 「見ましたか学院長!やはり彼はガンダールヴに間違いありません!!」 「ふうむ……」 遠見の鏡に映された光景に興奮するコルベールと神妙な面持ちでそれを見つめるオスマン。 コルベールがサイトに記された見慣れぬルーンを調べた結果、かつて始祖ブリミルに仕え、盾となりて守り通した 伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンに類似している事を突き止め、それが本物かどうかを確認する為に 二人が考え出した結論はサイトと誰かを戦わせると言うものだった。 無論、生徒の使い魔であるので死なせたり重傷を負わない様に配慮し、その為ギーシュに白羽の矢が立った。 彼の作り出すゴーレムならば、頑丈で手加減もできるのでサイトを試すには丁度良い相手なのである。 渋るギーシュをオスマン秘蔵の金髪ロール娘の卑猥な画集で釣り、なんとかそれを承諾させたのであった。 「あの三文芝居が始まったときは、どうなるものやら冷や冷やしたもんじゃがの」 「まあ、結果的に決闘になったから良いでしょう」 遠見の鏡には二体、三体と作り出されその都度サイトに破壊されるワルキューレの姿が映る。 「確かに強いが…まだガンダールヴと決まった訳ではない。それに…」 「はい。仮に彼がガンダールヴだとしても王宮に知らせる訳には参りませんね」 国民から『鳥の骨』と揶揄されるマザリーニ枢機卿が、腐敗しきった貴族連中に睨みを効かせてはいるが、 彼自身、その忠義にも関わらず仕えている王族に嫌われ、砂糖に群がる蟻の様に甘言で用いて王族を惑わし、 利を貪ろうとする貴族達が住まう宮殿に知らせればどうなるか、それは火を見るより明らかである。 「この事はワシらだけのヒ・ミ・ツじゃぞ」 「判っております。」 五体目のワルキューレが真一文字に断ち割られ、広場に歓声が轟く。 「まだやるか?」 「当たり前だ!」 強がってはみても、ギーシュの残りの精神力を総動員しても武器を持ったワルキューレを二体錬金するのが 関の山、それでは到底サイトには勝てない。 オスマンからは手加減する様に申し付けられたが最早そんな状況ではなかった。 ギーシュは周りの自分を囃し立てる声も聞こえないほど集中し、如何にしてこの強大な敵に勝つかを考えた。 そして一つの案が浮かび、それを実行に移した。 「行くぞ!出てこいワルキューレ…ああっ!」 ギーシュの錬金したワルキューレは上半身は原型を留めないほど醜く膨らみ、バランスを崩して地面に倒れこみ、 身体を支えようと腕を伸ばすが自重を支えきれずに腕が潰れる。下半身は形こそ変わらないが上半身とは 反対の方向を向き歩くことさえままならない。誰が見ても明らかな失敗にギーシュの顔が情けなく歪む。 「ギーシュ!負けを認めちまえー!!」 「お前もコッチに来い。ここは居心地いいぞ」 「サイトさーん!相手が泣くまで殴るのをやめちゃダメですよ~」 「平民!チャンスだギーシュを斬り殺せー!!」 錬金に失敗したギーシュが泣きそうな顔で自分が戦うと手招きする。サイトにはもう戦う気はないが、決着を着けねば 場が収まりそうにないので、仕方なく失敗したワルキューレを飛び越えギーシュの前に立つ。 「もういいだろ?オレの勝ちだ」 「ああ、恐れ入ったよ。僕では相打ちがやっとだ」 ギーシュが両手を挙げて首を振る。不審に思ったサイトが問い詰めようとすると、背後の失敗したワルキューレが 動き出し、醜く膨らんだ上半身を内側から破って通常のワルキューレが姿を現してサイトに槍を突きつける。 「なんだ?!どうなってんだ!」 「…そうか。あれは失敗じゃない!錬金したワルキューレの上に失敗した様に見せかける為に 薄い膜の様な青銅を被せたんだ!オレ達はまんまとダマされたんだよ!!」 「クソッ!一杯食わされたぜ!!」 騒ぎ立てる観客に華麗に一礼し、ギーシュはサイトを見る。 「と、言う訳さ。使い魔君」 「……参ったな。勝ったと思ったんだけど」 困った様に頭を掻くサイトに、ギーシュは手を差し出した。 「僕の名は、ギーシュ・ド・グラモン。君は?」 サイトは差し出された手を見て逡巡した後、その手に自分の手を重ね合わせる。 「サイト。平賀才人だ」 お互いの健闘を称え握手する二人を見て、観客達も毒気を抜かれて拍手を持って祝福する。 ここに貴族と平民の垣根を越えた友情が生まれようとしたその時、突然爆発が起きて二人は吹き飛んだ。 「このバカ犬!御主人様に逆らってなにしてんのよー!!」 「ちょっとルイズ!ギーシュまで巻き込まないで!!」 ルイズとモンモランシーが言い争いながら乱入し、片方は襟を掴んで広場から退散して、もう片方はその場で 手当てを始めてハートが飛び交う空間を作り出す。 状況が掴めず呆然とする観客達が次第に引き上げ、締まらない形で決闘イベントはお開きとなった。
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前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第五話 浅倉が広場を後にした、ちょうどその頃。 本塔最上階の学院長室では、魔法によって映し出された広場の光景に、二人の人物が見入っていた。 「オスマン殿、やはり彼は……」 「……概ね間違いはないじゃろう。」 一人は、サモン・サーヴァントの際にルイズたちの監督をしていた、禿げた頭が特徴のコルベールという男。 もう一人、コルベールにオスマンと呼ばれたその人物は、白い髪に白い口髭の年老いた男。 彼こそが、この学院の学院長である。 そんな二人が、なぜこんなことをしているのか。 それは、ギーシュと浅倉が決闘を始める少し前。 コルベールが慌てて学院長室に入ってきたのが始まりである。 コルベールが手にしていたのは、珍しい形のルーンが描かれた一枚のスケッチ。 サモン・サーヴァントの際に騒動を起こした、ルイズの使い魔の平民のものであるという。 コルベールはそれを、伝説の『ガンダールヴ』のものと一致した、と言った。 「なるほど……。じゃが、たまたま似た形のルーンが現れただけかもしれんぞ?」 「しかし、オスマン殿……」 コルベールが言いかけた時、部屋のドアがノックされた。 「失礼します、オールド・オスマン」 入ってきたのは、オスマンの秘書であるミス・ロングビルであった。 「なんじゃね?」 「ヴェストリの広場にて、生徒が決闘をしているようです。」 オスマンが呆れた顔をして、やれやれと呟く。 「して、誰が決闘をしておるんじゃ?」 「一人は、我が校の生徒、ギーシュ・ド・グラモン。もう一人は……」 「もう一人は?」 「ミス・ヴァリエールの喚んだ、平民です」 その言葉に、オスマンとコルベールは顔を見合わせる。 「噂をすれば、ですな。」 「全くじゃ。……丁度いい。様子を見てみるかの。」 そう言うとオスマンは魔法を唱え、広場を映し出した四角い画面を眼前に出現させた。 「駆けつけた教師たちが、『眠りの鐘』使用の許可を要求しておりますが……」 尋ねてきたロングビルに、オスマンは映像を見たまま、振り返らずに答えた。 「平民相手なら使わずとも十分じゃろ。そう伝えといてくれ」 「……分かりました」 失礼します、と一礼すると、ロングビルは映像に夢中な二人を残し、部屋を出ていったのだった。 そして、現在に至る。 決闘の結果は圧倒的なものであった。 様々な武器を自在に操り、瞬く間に敵を蹴散らして退けた、あの平民。 これなら、彼が『ガンダールヴ』だというのも頷ける。 (それにしても……) 窓際に移動し、オスマンは考える あの平民が持っていた、紫色の奇妙な箱。 色や描かれた模様は違えども、この学院に存在する『破滅の箱』と形状が酷似している。 つい最近手に入れた、手にした者は呪われるという秘宝…… 彼なら、何か知っているかもしれない。 (あとで尋ねてみる必要がありそうじゃのう……) 「ところでオスマン殿。この事を王室に報告しないのですか?」 オスマンの思考が一段落した時、コルベールが思い出したように尋ねた。 「なに、あんなやつらにわざわざ報告せんでいい。そんなことをしたら、彼の身が心配じゃ」 「それもそうですな」 コルベールはそう応えると、そろそろ授業がありますので、と言い部屋を出ていった。 (最近は奇妙な出来事が多いのう……) そう考えながら、オスマンは白髭を撫でながら、窓の外に広がる空を見上げた。 晴れ渡った青空の中に、幾ばくかの薄雲が漂っていた。 その日の夜。 「ねえ、昼間のあの変な格好、何? あ。あと、あのでっかい蛇! 教えなさいよ!」 ルイズは自室で浅倉を質問攻めにしていた。 「うるさい奴だ。俺はもう寝る」 そう言うと、浅倉は部屋の隅で寝転がった。 両手を頭にあて、すぐに目を閉じる。 「ち、ちょっと待ってよ! せめてあんたの名前くらい教えなさい! それぐらいならいいでしょ!?」 「浅倉だ」 目を開けずに、浅倉は答えた。 「アサクラ? アサクラね。それと……」 「じゃあな」 「あああ待って! 最後に一つだけ!」 浅倉が目を開け、ルイズを睨む。 「しつこい奴だ。そんなに俺をイライラさせたいのか?」 その形相に、ルイズは思わずひっ、と声をあげた。 「ほ、本当に最後よ! ……あんた、私のことどう思ってる?」 真剣な目付きでルイズが問う。 浅倉はしばらく天井を見て考えると、目だけをルイズの方に向け、答えた。 「この生活は悪くない」 「え? それってどういう……」 ルイズが言い終える前に、浅倉は再び目を閉じた。 (結局、よく分からなかったわ……) 満足のいく答えを得られなかったルイズは、両手で頬杖をつき、ふぅ、とため息を吐いた。 もう一度、寝ている浅倉を見る。 「でも、私と一緒にいるのは嫌じゃないみたいだし……大丈夫、かな」 そう自分を納得させるように呟くと、ルイズは浅倉から視線をずらし、窓の方へと目をやった。 雲に覆われた二つの月が、その隙間から弱々しい光を放っていた。 所変わって、部屋の片隅に大きな置き鏡がある、学院のとある一室。 その鏡の中に広がる虚像の世界に、銀色の鏡のような空間が出現していた。 それは少しずつ大きくなっていき、しばらくすると、人型の白い物体を四つばかり吐き出した。 吐き出すと同時に、謎の空間は跡形もなく消滅した。 二メイルほどもあるその四つの物体は、しばらくすると不気味な呻き声をあげながら、ふらふらと立ち上がった。 鈍重な動きで顔を動かし辺りを見回すと、おぼつかない足取りでどこかへと去っていく。 後には、何事もなかったかのように部屋の様子を映し出す、その大きな置き鏡があるのみであった。 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
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第一回最強おっぱいトーナメント――優勝者キュルケ――を終え、ほくそえむ。 これは面白い。ただの眼鏡は願い下げだけど、この眼鏡なら使い魔にする価値がある。 「ミスタ・コルベール。わたし、この眼鏡を使い魔にします」 「納得してくれたかね。それでは儀式を続けなさい」 野次馬どもがまた笑った。そりゃそうよね。眼鏡使い魔にするメイジなんて天地開闢以来初めてだろうし。 甘い甘い、浅慮浅慮。見た目で良し悪しを判断する愚物どもよ、笑わば笑え。最後に笑うのはこのわたし。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 ブリッジをつまんで両手でささげもった。生涯の相棒となるであろう相手は太陽の光を受けて輝いて見える。 「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え……」 ここで詠唱は中断させられた。眼鏡が手から落ちた。 はじめは汗か何かで手が滑ったのかと思った。でもそんなわけない。しっかり持っていたもの。 次に思ったのは、落としたらやばいってこと。割れたら終わる、とも思った。 時間よ止まれ、と思った。でも止まらない。眼鏡が地面めがけて落ちていく。 手を伸ばしたけど、しょせんはわたしの反射神経、どう考えても届かない。 眼鏡は地面に落ちて砕け散る直前でフレームを伸ばし、見事に軟着陸した。 二本のフレームを交互に動かし、小刻みだが素早く駆けていく。 「えっ」 伸ばした手が行き場を失い、中途半端な位置で停止した。 わたしを含めた一同、口を半開きにして眼鏡が消えていく様を見守るだけ。 振り返ることさえせずに、眼鏡は茂みに消えていった。 「ちょ、ちょっと! 何!? 何なの!?」 わたしは大馬鹿だ。こんこんちきだ。後から考えれば本当によく分かる。 特殊な眼鏡だったってことは知ってたんだから、動くくらいは予想しなくちゃいけなかったのに。 眼鏡、眼鏡、どこへ消えた。怒ったりしないから帰ってきて。本当に。お願いだから。 呆然としていたクラスメイト達も、ようやく現状が笑うに値する状況だと気づいたらしい。 またドカン。笑い声。誰も手伝ってくれないから、わたしは一人で草原を走り回る。 偉大なる始祖ブリミエルよ。これは好奇心に従い他人の裸を見るだけに終わらずランキングまでつけてしまったわたしへの罰ですか? 結局眼鏡は見つからなかった。 わたしは延々と草原の中を這い回っていたせいで膝が擦り切れそうに痛い。 疲労も極地、足腰ガクガク、目ぇ見開いてたせいで頭も痛くて医務室のベッド直行コース。 あの眼鏡め。どこかに逃げたのか。それとも誰かがこっそり持っていったのか。 ふん、どっちにしたってすぐに見つかるだろうけど。魔法で探すそうだから。 次会った時は覚えてなさいよエロ眼鏡。 皆は眼鏡を探すわたしを少しばかり不審に思っていたみたいだ。 嫌だ嫌だとゴネていたのに、いざ無くなってみれば必死で探し回る。そりゃ怪しいよね。 でもあれは特別な眼鏡。ただの眼鏡じゃない、わたしの使い魔。必死で探すだけの価値がある。 コルベール先生にだけは言うべきだったのかもしれないけど、やっぱり言えないこんなこと。 「眼鏡をかけたら皆が素っ裸でそこにいました。ウヒヒヒ」 はい、アウトー! キュルケはわたしの視線に気がついていたみたいだし、モンモランシーの虫刺されも聞いた。 ただ服が消えて見えただけじゃなく、それにかこつけたウォッチングはバレバレになる。 貴族の子弟にあるまじきこと。淑女としての地位は失墜、阿婆擦れのそしりは免れない。 翌日には噂になってるんだ。わたしの二つ名がゼロからむっつりに変わってるんだ。 わたしのような美少女が好色だなんてことになれば、思春期全開の連中を喜ばせてしまうじゃないの。 肉コルヌあたりに「よう、むっつりルイズ! 今日も元気に欲求不満か?」なんて言われるんだ。 ああ、なんてこと。考えるだけでハラワタが煮えくり返る。むっつり助平を馬鹿にするな。 そもそもおかしいと思うのよね。世間の風潮ではオープン助平の方がいいみたいになってるじゃない? でもね、そんなことはないと思う。心の中でだけ助平なんて慎ましやかでしょ。 オスマンの爺さん見れば分かるように、性犯罪なんてみんなオープン助平がすることなんだから。 自己を抑圧したむっつり助平が犯罪に走るなんてことをしたり顔で言う自称事情通がいるけど、それって見当はずれもいいとこ。 そもそも犯罪に走った時点ですでにそれはむっつりじゃないっていうのね。 むっつりっていうのは墓の下に入るまで、自分の中だけで空想を完結させるからむっつりっていうの。 誰かに迷惑をかけたりするのはマコトのむっつりじゃない。ただの外道だ。 むっつりとはそんなものじゃない。もっと大きくて、自由で、豊潤で……ビバむっつり助平。 ということを機会があれば熱弁してやろうと思っているけど、幸いにしてその機会には恵まれなかった。 医務室の扉がノックされた。 「どうぞ」 抑えた口調ながら内面はかなり興奮してたりする。 誰だろ誰だろ。コルベール先生かな。先生だったら眼鏡捕まえたってことだよね。うっひょう。 「ルイズさん。教えてほしいことがあるのですが……」 扉の向こうから出てきた顔はわたしの予想外だった。というか予想以下だった。 ほとんど話したことのないこいつに比べればキュルケやマリコルヌやモンモランシーの方がまだましだ。 「なにかしら……」 あ、やばい。名前思い出せない。ええっとなんだっけなんだっけ。グラモンは確実なんだけど。 いつも阿呆とか呼んでるから名前忘れちゃった。 「……ミスタ・グラモン。あいにく体調が悪いからお役に立てるとは思えないけど」 「それで私の聞きたいことというのはですね」 聞いてないよね? わたしの話聞いてないよね? 婉曲的な拒否とか分かってないよね? ベッド脇の椅子に腰掛けてるけどわたしの許可もらってないよね? むう、噂通り油断のならぬ男よ。こいつに騙された生徒もかなりいるって聞いたぞ。 今のわたしってばちょっと弱ってるじゃない。気をつけないと危ないね。 「あなた、眼鏡を召喚しましたね」 「……ええ」 「その眼鏡をかけた時、何かおかしな物が見えたりはしませんでしたか?」 ん……んん? この男……?
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キュルケは褒められた。もんのすんごく褒められた。 三十メイルもあるゴーレム相手に一対一で圧勝するっていうくらいだから褒められるに決まってる。 褒められるだけじゃなく、使い魔に関していろいろと質問攻めにされたらしい。自慢してた。 「シュヴァリエ」の爵位ももらえるということで、これ以上ないくらいの有頂天だった。ふんっ。 タバサも褒められた。こっちもかなり褒められた。 各地を賑わせた大泥棒・土くれのフーケを捕まえればそりゃ褒められるわよ。 「シュヴァリエ」の爵位はすでに持っているとのことで、精霊勲章が授与されるらしい。 すでにシュヴァリエだったっていうのはスゴイわね。人は見かけによらないわ。 モンモンランシーもちょっとだけ褒められた。ヨーヨーマッがマリコルヌを助けたからね。 助ける以外の意図があった気もするけど、それはこの際見なかったことにするらしい。 ギーシュはちょっとだけ評価が上がった。 大釜を担いでいる状況下で自分の安全よりも先にモンモランシーを助けた態度が評価されたらしい。 話を聞いて、たらしっぷりを嫌っていた連中もちょっとは見直したみたい。 しかしあの大釜、どういう原理で動いてるのかしら。自力じゃ絶対移動できないと思う。 ミキタカとぺティは褒められたわけじゃないけど感心された。 時間を置いていてさえ、後片付けの使用人達が顔をしかめる激臭の中で平然としていた二人はたしかにびっくりね。 で、その他。 「あのねグェス。マリコルヌが褒められないってのはよく分かるわ。だって彼足手まといだったもの」 「そうよねー、リアルで腰が抜けた人なんて初めて見ちゃった」 「問題はね、腰が抜ける等のアクシデントに見舞われなかったにも関わらず何もしなかった人だと思うの」 フーケの杖を奪ったのはたぶんグェスなんでしょう。 まさか本当に失くしたわけないだろうし、グェス以外の人がとったなら名乗り出てるはずだし。 何より得意げに見せびらかしていたことがいい証拠よ。 これはこれで立派な殊勲だと思う。褒められるべきことだと思う。 二十メイルは離れていた距離で、おそらくは肌身離さず携えていた杖を奪い取るなんて。 それも大泥棒・土くれのフーケから! 単なるこそ泥には絶対できることじゃない。でもね……。 もしここで「ジャンジャジャーン! 実はフーケの杖を奪い取ったのはうちのグェスでした!」なんて発表しようものならどうなることか。 「そうか、ルイズの使い魔は物を盗むのが得意なのね」って思う人がいるでしょ。 そうなれば「あれ? そういえば最近ちょっとした物がなくなったりしたけど」と考えることもあるはず。 で、「ひょっとしてルイズの使い魔が盗んでたんじゃ……」となって、 「それじゃ私の金貨も」「ひょっとして俺の剣もじゃないか」ってなる。 つまり手柄を誇ると同時に罪科までついてきてしまうという形になるの。意味無いじゃない。 誰にも知られない手柄なんて、何もしなかったのと変わらないわ。 誰が喋ったのか、「ルイズが人質になって足を引っ張っていた」なんて噂まで広まってるし。 「わたしよりマリコルヌの方がよっぽど足手まといだったっていうのよ」 「あまり他人の悪口言うもんじゃないわ。せっかくの可愛いドレスが台無しよ」 グェスに諭されるし。もうわたしは人として駄目なのかもしれないわね。 「ほら、できた。きれいなルイチュかわいいルイチュ。頬ずりしたくなっちゃうくらいよ」 慣れない化粧はグェスに任せた。おかげで鏡の中のわたしはいつも以上に美少女してる。 胸元が開いているせいで貧弱なバストサイズをアピールし、バレッタでまとめた髪は鬱陶しい。 白い手袋なんてして、汚れたりしないかしら。 「うーん。さすがに首輪はアウトよね。このネックレスなんてどうだろ」 「……ねえグェス、本当にきれい?」 「もちろんキレイよ、あたしのルイチュ」 「誰があんたのものですって?」 「もう怖い顔しないでよ。ジョークよジョーク。そんなにムキにならないでさー」 調子に乗りやすいんだから。謙虚な主とは大違いね。 「それじゃ大人しく待ってなさいよ。人の物に手を出したりしちゃ駄目だからね」 「わかってるってばァ」 「あとね」 「何よ」 「ありがとう、グェス」 どんな顔をされるか見たくなかったから後ろを振り返らずに控え室を出た。 調子に乗られるのは癪だけど、杖を盗ってくれなかったら命が無かったもん。 逃げるしか能が無いと思っていたグェスが、わたしの数百倍は役に立ってくれた。数千倍、数万倍かもしれない……はぁ。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢のおなーりー!」 おなーりー……ってなんとなく卑猥な響き。 でも今のわたしは犬以下のモグラ。それが相応しい女よ。 キュルケはホール全体の中心だ。普段から人気のある子だけど、今日はさらに特別だもんね。 高い鼻は一層高くなり、自負と自信が彼女を包み込んでいる。本当にわたしとは対極的な存在ね。 嫉妬にかられた誰かがカマイタチでも使って服も下着も切り裂いてくれないかしら。 スカッとするし眼福もあるしで二度美味しい……友達の不幸まで願うようになったらおしまいね。今のは無かったことにしましょう。 キュルケがこちらに手を振っていたので舌を出してやったらおっぱいを揺らされた。くっ。 キュルケの取り巻き達がわたしにチラッと目をくれて、すぐに逸らした。ふん。 ダンスを申し込んでくる男の子も何人かいたけど、皆わたしに同情してくれているのね。ありがとう、気持ちだけはいただいておくわ。 「ヨォールイズ。メッチャクッチャキレェーだなァーッ」 そう言ってくれるのはあなただけよドラゴンズ・ドリーム。 あなたはわたしより先にご主人様見てあげてね。詰め込みすぎて頬が三倍に膨らんでいるようだから。 例のごとく、ミキタカはシエスタと話し込んでいるみたい。 ミキタカと話す分には料理長も文句を言わないし、シエスタもやりたい放題ね。強くなったわ……本当に。 モンモランシーは大釜とダンスを踊っていた。さすがに恥ずかしそうだけど、相手の大釜は楽しそうに踊っている。 一年生らしき女の子が何も見ていない目で大釜を見ているけど……ギーシュの浮気相手かな。 彼女達の未来に幸あれかし。わたしにはそれくらいしか言うことがない。 モンモランシーの使い魔はメイドに混じって給仕をしてた。 ゴーレムに踏まれて以来、妙に動きが良くなった気がする。 頭の中の蛙も潰れた、なんて意味の通らないことを言っていたけど何なの? なんだかんだでみんな楽しそう。大切な人と楽しみを分かち合っている。楽しめないのはわたしだけ。 ホールには居場所が無くて、わたしはバルコニー、通称さびしんぼゾーンに出た。こういう気分の時はここでやり過ごすに限るわね。 バルコニーの枠で頬杖をついてため息。何かあるたび思い知らされるのよね。わたしって本当に役立たずだ。 誰かの役に立ちたいとか、誰かに褒められたいとか、誰かと仲良くなりたいとか、何一つ上手くいかない。 本当はもっと違った気がするのよ。ギーシュと決闘してこてんぱんにするとか、フーケをやっつけて皆に一目置かれるとか、キュルケに迫られるとか。 シエスタと一緒にお風呂に入るとか、タバサに舌入れてキスされるなんてのもあるわね。 全部妄想なんだけどさ。現実じゃ何一ついいことないもの。 かといってミキタカほど妄想方面に突き抜けることもできないわたしは中途半端一直線。 中途半端なりになんとかピリッとした解決策を望んでいるんだけど……むう。 お酒でも飲んで憂さを晴らしたいけど、わたしって舐めただけでもダウンしちゃうからなぁ。 もう少し強かった気もするんだけど、それもまた妄想なんでしょうよ。 「あ……」 一人たそがれてるのに、空気を読まずベランダへ踏み込んでくる気配を感じて振り向いた。 そう、空気が読めない人といえばこの人をおいて他に無いわよね。 「マリコルヌ……」 「ちょっと、いいかな」 よくないって言っても聞きやしないんでしょうね。はいはい。 「何? なるだけ簡潔に済ませてもらえる? わたしもうちょっと一人でいたいの」 「うん……あのさ」 何か躊躇しているというか……言いにくいことでも言おうとしてる? 不可解なその態度は、わたしに一つの事実を思い出させた。そうだ、わたしはこいつに弱みを握られていた。 これはアレかしらね。「秘密を暴露されたくなければ言うことを聞け」ってやつ。みなさーん、ここに犯罪者がいますよー。 「ちょっと……その、謝りたいことがあって」 謝りたい? こいつに謝られるようなことって何かあったっけ? 「フーケを捕まえた時、ぼく一人だけ何もできなかっただろ」 何もできなかったっていう自覚はあったわけね。 「それで、君を危険な目に合わせちゃっただろ」 申し訳なく思ってたってわけか。意外と馬鹿真面目なところがあるのねぇ。 「別にあなたが謝る必要はないわ」 「うん……」 わたしとしてはさっさと向こうへ行ってほしいんだけど、マリコルヌは動こうとしない。 「まだ何かあるの?」 「あの……さ。もし次があったら」 「次があったら困るでしょ」 「もしだよもし。もしも、次があったらって話だよ。もし次があったら腰が抜けても魔法を使うよ」 うーん……本人は決意表明しましたってところなんでしょうけど……微妙ね。 正装で決めてるんだけど衣装に着られている印象が拭いきれない。言うなれば大人の格好を真似してみた子供。 そんなマリコルヌが腰が抜けても魔法を使うって失笑ものじゃない? わたしは笑わないけど。 「決意は買うけど、腰を抜かさずに魔法を使った方がいいんじゃない?」 「……それも頑張るよ」 そっちを頑張りなさいよ。あんた優先順位間違えてるんじゃないの。 優先順位……優先順位か。ふーむ。なるほど。これはこうしてあれがあれで。 そうなるわよね。つまりわたしは……ちょっと面白いこと思いついちゃったかもしれない。 プロジェクト名は……使える女ルイズ計画とでもしておきますか。 「じゃあねルイズ。君をパートナーにしたい人も少なくないみたいだから早く戻ってきた方がいいよ」 「余計なお世話よマリコルヌ。ところで……」 どうしようかな……でもここで聞いておくべきよね。聞かないままでいるってのは精神衛生上良くないもの。 「わたしの方からも聞きたいことがあるんだけど……いい?」 「何だい?」 「あのね、ほら、一昨日の夜……わたしが学術的な好奇心からキュルケの本を読んでたじゃない?」 「うん」 「それで……あなた、その事誰にも言ってないわよね?」 「そうだね」 「どうして?」 わたしの知る限り、最もわたしを馬鹿にしていたのがこのマリコルヌだった。 ゼロと呼んだ回数はキュルケよりも多かったんじゃないかと思う。 キュルケはかわいがるって感じだけど、こいつの場合は笑い者にしてやろうって感じなのよね。 言われるたびに風邪っぴきと言い返して、罵りあいに発展、先生に怒られたってことがどれだけあったかしら。 「あなたはゼロのルイズを馬鹿にするのが好きなんでしょう? だったら皆に触れ回るべきだったんじゃないの? 学術的好奇心からとはいえ、淑女が読む本ではないもの」 「……ぼくはあまり魔法が得意じゃない」 わたしの前で魔法が得意じゃない宣言とは……喧嘩売ってる? 「魔法を使えない君を馬鹿にすることで、自分が上にいるような気になってたんだと思う」 やーな男ね。 「でもさ。ぼくは君を散々馬鹿にしてきたのに、君はぼくの使い魔を笑わなかったろ」 あ、そうだ。ひっついているだけで何もできないマリコルヌの使い魔蛙。 嫌ってほど馬鹿にしてやろうと思ってたのに、色々ありすぎて忘れてた……。 「それだけじゃなく……元気を出せって励ましてもくれた」 危なかったわ……もし思った通りのこと口に出してたら、今頃わたしここにいないわね。 「あとさ……」 パーティーの喧騒に紛れるくらい声を落としてこう付け加えた。 「もしもぼくが君の立場だったら……やっぱり黒い場所を爪でこすったと思うんだ。たぶん君よりも熱心に」 どちらからということもなく顔を見合わせた。 ちょっと躊躇したけど、自然に浮かんだ苦笑いを抑えられなかった。 マリコルヌは頬を朱に染めて照れ笑いしてる。 「どうしようもない人ね、本当に」 「君に言われたくないよ」 本当にどうしようもない。口に出しただけじゃなく、心から思っている。でも、わたし達は笑った。 こちらもまた心から笑った。自嘲なんかじゃなく、なんていうか……楽しかったのよね。不思議と。 わたしはドレスの裾を両手で持ち上げ膝を曲げて一礼、 「わたしと一曲踊ってくださいませんこと。マリコルヌ・ド・グランドプレ」 マリコルヌはそれを受けて胸に手を当て一礼、 「ぼくでよかったら喜んで。ルイズ・フランソワーズ」 わたしの手をとり、ホールの隅に導いた。 キュルケやその他あでやかな人達が目立つ場所で踊る中、わたし達はひっそりとステップを踏んだ。 僻んでいるわけでもいじけているわけでもない。わたし達には隅が相応しい。 だって、目立つところで秘密のお話ってわけにはいかないでしょう。 「マリコルヌ。あなたもああいう本持ってるわけ?」 わたしは小さく囁き、 「さすがに異世界の書物は……でも『メイドの午後』の無修正版なら」 マリコルヌは小さく囁き返す。 「焚書の憂き目にあったっていう無修正版? スゴイもの持ってるのね。後で見せなさいよ」 「いいけど。汚さないでくれよ、大事なものなんだから」 「フリッグの舞踏会」の伝説に反し、恋人と結ばれるなんてことにはならなかった。 でも、それはそれでいいと思う。ここには恋人よりも手に入れ難い……同志がいるんだから。
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ギーシュ・ド・グラモンは武門の生まれである 父も、長兄も次兄も三兄も、常に戦の先頭に立って活躍している 「生命を惜しむな、名を惜しめ」とは 幼い頃から父に聞かされてきた家訓であった そして、今ここで彼は 「…ぐ、ううっ」 腰が引けていた ために一歩出遅れたのが彼の幸運であったのだろう 召喚したての使い魔、大モグラ(ジャイアント・モール)のヴェルダンテを あのおかしな平民にけしかけずにすんだのだから 向かっていった使い魔のことごとくがブッ飛ばされたのを見て 彼のファイティングスピリットはさらにくじけていた (冗談じゃあないぞ… なんなんだあれはぁぁぁ~~ 戦列艦が服着て歩いているのかぁぁ~~ッ 無理、絶対無理ッ あんなの勝てない、近寄りたくもないッ) 心の叫びが顔に出る 必死に隠したところでバレバレ 彼はそういう男だった だが そっと後ろを見る おびえ、ふるえる愛しい女子生徒達が告げていた 今こそグラモンの武勇を見せよと 「く、く、くぅッ…」 (くそぉぉ~~ッ 行くしかないのかぁ~~ッ ぼくが一体何をしたっていうんだぁ~~ッ) 彼はナンパ男だった しかも無類のミエッ張りだった ドバァッ しかし、流れる冷汗はやっぱりウソをつかなかった 足下の震えは武者震いだと自分で自分に言い張っていた 「およしなさいな」 後ろから呼ばれて振り向くと、額の汗がボダタァッと芝生に滴った そこにいたのは褐色肌のボンッキュッバンッ キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー グンバツのボディーを持つ女ッ!! 「ととと止めないでくれたまえよ、ミス・ツェルプストー ご婦人には、きッききき危険すぎるッ」 「逃げなかったのはホメてあげるけど、あなたのそれは『無謀』よ、タダの…」 「ぶっ侮辱はやめてもらおうッ!! このボクとて武門のはしくれッ 惜しむ生命などッ」 「はいはい、ゴタイソーな前口上はいいから下がってなさい …勝ちたいんでしょ?」 「あるのか勝算がッ!?」 「落ち着いて観察なさい」(つーかナンもカンガえてなかったのねアンタやっぱり) キュルケは鳥の巣頭を指し示す 生徒用の、教鞭状の魔法の杖の先端で ドッ ガズッ ドバ ちょっとだけタフな使い魔達が最後の戦いを挑んでいたが 全員コロリと昼寝するのは時間の問題だった 「見てわからない? あいつを中心に半径2メイルか3メイル」 キュルケの眼には見えていた 鳥の巣頭を中心とした、キレイな球形のシルエットが 最初にたくさん襲いかかっていったとき すでに観察を終えていたのだ 「アッ!!」 ギーシュにも、今見えた 鳥の巣頭がわざわざ相手に「走り寄った」のをッ 「1(アン)」 人差し指を立て、数字の1を示すキュルケ 「あいつは遠くの敵を殴れない」 次に別方向を示す まずは衛兵の方向を、続いてルイズの胸元を 衛兵の兜は頬と醜く混ざり合い、ルイズのマント留めもまたオカシな形に変わっていた キュルケは人差し指に加え中指を立てる 「2(ドゥー)、あいつに殴られたものは変形する」(リクツはゼンゼンサッパリだけど) 「ちょっと待て、ミス・ツェルプストー」 ブワァッ ギーシュの冷汗はスゴイ勢いで復活していた 改めて鳥の巣頭が恐ろしかった 「それは、つ、つまり……こういうことじゃあ、ないのかい 『殴られたら終わり』」 「ええ、その通り でも、『殴られなければいい』とも言えるわよね」 キュルケも決して恐ろしくないわけではなかった だが彼女の中で勝算は限りなく100%に近づいていた 「『殴られなければいい』だって? キミの目は…フシ穴なのかい?」 「あら、どうして?」 ビシイッ ギーシュは鳥の巣頭を指さしたッ 「あいつを見ろよ 怒ってるぞ――ッ 女王陛下のドレスの裾を踏んづけても気づかないくらい怒ってるぞ――ッ」 ムッ!? 鳥の巣頭は直感的に気がついた 誰か自分を指さした 笑われたような気がする ムカつく ぶっ飛ばす!! ズザザッ 駆け足ッ ギーシュの目の中で鳥の巣が次第に巨大化してくるッ 「ま…待て、こっちに、こっちに来るぞッ あんなのをキミはどうするつもりなんだぁぁ―――ッ」 「いいから落ち着きなさいな、みっともない…」(どうみてもアンタのせいでしょアンタの) 「これが落ち着いていられるかッ 父上、母上、兄上、ああっ先立つ不孝をお許し下さいッ」 ギュッ 胸元に指を組むギーシュは始祖プリミルの元に予約席を取りに走っていた ドドドドドドドドド 迫り来る死神 その名は鳥の巣ッ キュルケは他人事のように赤い髪を掻き上げ、 魔法の杖の先端を右手人差し指でピンピン弾いていた 「あなた、そんなにアレが恐ろしいの」 「恐ろしいさッ 怖いに決まってるだろ――ッ」 「でも安心なさい、もう恐れることはないわ」 「えッ なんでッ!?」 ビククゥッ 思わず縮めた身を伸ばし、キュルケの顔を見るギーシュ 自信満々の表情に今すぐ答えを求めていた 「なぜなら」 「な、なぜなら?」 グワッ キュルケの杖がピンと跳ねた瞬間に炎の塊が飛んでいく 鳥の巣頭に寸分違わず飛んでいく 「鳥の巣頭」に飛んでいく そして ボソァッ ボロッ ドザァッ 「…3(トロワ)!!」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「私がもっと怒らせるからよ、ギーシュ・ド・グラモン」 炎の塊は頭上をそれて飛んでいった 「鳥の巣頭」の前半分が、かすれた炎にえぐり取られて消えていた 今やそれは鳥の巣ではなく、前に飛び出たボンバーヘッドであった 「…う、うう、ウソ、ちょ、マ、マジ、そ、そんな ば…ば、ば…バカなぁぁ―――――ッ!?」 呆然とする鳥の巣男を前に、ギーシュの絶叫だけが響いた 「さぁて―――手合わせ願おうかしら? この、微熱のキュルケがッ」 ドンッ 決闘の手袋を叩きつけるがよろしく、 キュルケが前に、進み出たッ 3へ
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前ページ次ページ創世の使い魔 創世の使い魔 第0章 ―とある酒場にて― ――『彼』の話を聞きたいって? 珍しい事もあったものだ。『彼』の話を聞きに来たのは君が初めてだ。 おっと、気を悪くしたかな。いつもは船に関係することばかり話してるものでね。 ああ、『彼』の事はよく知ってるよ。『彼』の事を調べるのはとても興味深いからね、まぁ私の数少ない趣味さ。 『彼の伝説』の伝説は至る所に存在する。 例えばフランスの昔からあるおとぎ話で、杖を携えた少年が暴君を倒すというお話は、とても有名だ。絵本にもなっているね。 実のところ、かの王を殺したのは『彼』ではないのだけれど、少なくとも関係者であるという資料は残されている。 そも『彼』の伝承を遡ると、実は文明発祥の時代まで遡ることができる。 いや正確には、それ以上遡るための資料がないと言ったほうがいいかもしれない。 アフリカにその頃に描かれた壁画が残されているんだけど、『彼』の特徴と一致する人物の絵が複数箇所で発見されている。 他にもチベット仏教の経典には、『輪廻の外に在る者』『未来の導手』『昼と夜の間に立つ人』という称号とともに『彼』の名が残されていて、 その扱いは最高指導者であるダライ・ラマと同等であるともされているんだ。ただ、ラマたちと異なっているのは『彼』は 輪廻する事無く――つまり死ぬこと無く、今もどこかで生きているとされている点だね。 他にも『飛行機』を発明できたのは『彼』のおかげだという話もあるし……そうそう、ファーストフードの代名詞であるハンバーガーの考案に 協力した、なんていうのもあるね。 冗談みたいだろう?同一と思われる人物が世界各地の異なった時代に――しかも20世紀まで、その痕跡を残してるなんて。 一度だけ、考古学の分野で彼の事が取り上げられた事があるんだけど、そのときは一笑に伏されてしまったらしい。 まったく、悲しいことだね。 旧約聖書の創世神話はあれだけ人々に信じられているのに、たった一人の英雄が人類文明を『復活』させた、というのは 彼らにとってみれば陳腐な妄想にすぎないようだ。 あぁそうそう。時に君は、『オーパーツ』という言葉を知っているかい? 場違いな工芸品――Out Of Place Artifacts、略してOOPARTS。 考古学上、当時の文明では加工する事や製造することが困難な出土品の事を指す言葉だ。 さて、いま私が首から下げているネックレスだがここにはまっている宝石がなにか、君は知っているかい? ラピスラズリ? アイオライト? ターコイズ? 残念、どれも違う。 この石はね、『プライムブルー(原初の蒼)』というんだよ。 素敵な名前だろう。 うん? 何の関係があるって? いやいや、それが大有りなんだよキミ。 この『プライムブルー』こそが、そのオーパーツと呼ばれるべき宝石なんだよ。 それは何故か。それはね、この宝石の元素と分子構造は特殊でね。地球上にはまず存在しない物質なんだそうだ。 これは、学者先生のお墨付きだよ。 落下した隕石に含まれたんじゃないかって? それはまた夢のない話だ。人を納得させる説得力としては、まぁ十分だけどね。 で、これがなぜオーパーツと呼べる物なのか。 ちょっと、見てくれ。きれいな形をしてるだろう?まるでカットしたかのようだ。 この宝石は『このままの状態』で発掘されたんだ。おおよそ、六千年前の遺跡からね。 どうだい、夢のある話じゃないか。 他にも………。 ………。 ………。 ――いや、そうか。失礼した。 ここにいる時点で気づくべきだったね。 君はわざわざ、この『私』に『彼』の話を聞きに来たのだから。 その理由なんて、たった一つしかありはしない。 いいだろう。『私』までたどり着いた事に敬意を評して、話そうじゃないか。 この私――クリストファー・コロンブスが見聞きし、調べ上げた本当の物語を。 光と闇の使者、『アーク』によって創りだされた『天地創造』の神話を……。 前ページ次ページ創世の使い魔
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ゼロの使い魔からの支給品 デルフリンガー 北岡秀一に支給 平賀才人の相棒である150cmほどの長剣。 主な能力に魔法の吸収、触れた者の力量を測るなどがある。 本来は錆びを自由に落とせるのだが、ロワに参戦した時期にはまだ思い出していない。 ルイズの杖 水銀燈に支給 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使う杖。 破壊の杖 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに支給 正式名称M72 LAW。 アメリカ製の携帯式対戦車ロケットランチャー。 黄金の剣 シャナに支給 150cmほどの大剣。 鉄をも一刀両断するという触れ込みだが、実はかなり脆い。 エロ凡パンチ・75年4月号 山田奈緒子に支給 どうみてもただのエロ本です。本当にありがとうございました。 実はアニメ版にしか出てないのだが、気にするほどのことではない。 惚れ薬 高良みゆきに支給 水のメイジであるモンモランシーが調合した薬。 飲んでから最初に見た異性に熱烈な好意を抱くようになる。 解除には水の精霊の秘薬が必要で、効果が続いている間の記憶は残る。 秘薬に順ずるものでも解除出来るかもしれない。 タバサの杖 カズマに支給 タバサが使用する木製の杖。 かなり大きいので鈍器としても使用可能。 眠りの鐘 銭形警部に支給 この鐘を鳴らすことで、周辺にいる人間を浅い眠りの誘う。 ただし一度使ったら、二時間は使うことができない。
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前ページ次ページ無情の使い魔 「待ちなさい!」 そこへやってきたのは、今まで教室で泣き崩れ、今になって食堂へとやってきたルイズだった。 騒ぎの原因は他の生徒の話によると、ギーシュが落とした香水の瓶をシエスタが拾い、それによって彼が一年の女子と同級生のモンモランシーとで二股をかけていたのがバレてしまった。 そして、その責任を瓶を拾ったシエスタに擦り付けようとしたら桐山が介入し、あろう事かギーシュを殴り倒してしまった事でここまで騒ぎが発展してしまったという。 「ギーシュ! 馬鹿な真似はやめて! 学院での決闘は禁止されているはずでしょ!?」 「それは貴族同士の話だよ。使い魔とではない」 鼻で笑うギーシュはさらに続け、 「君の使い魔の躾がなっていないから、この僕が代わりに躾けてやろうというんだ。少しは感謝してもらいたいね」 そう言って食堂から去っていった。 唇をかみ締めるルイズは未だに平然と立ち尽くしている桐山の方を振り返り、彼に詰め寄る。 「あんた、何を勝手な事やってるの! 貴族であるギーシュを殴り倒すなんて!」 「あ、ああ……キリヤマさん。申し訳ありません……わたしのせいで、こんな事に……」 ルイズが喚き散らし、シエスタが泣き崩れて詫びているがやはり桐山は全くの無表情である。 すると、桐山は持っていた本をシエスタに手渡す。 「ヴェストリの広場はどこだ?」 彼が発した言葉にシエスタは蒼白になり、首を横に振る。 「いけません、キリヤマさん! 貴族と決闘なんかしたら、殺されてしまいます!」 「主人の許可もなく、そんな事をするのは許さないわ!」 しかし、桐山はすぅと目を閉じ、二人を無視して食堂を後にしていく。 慌ててその後をルイズは追った。 「ちょっと、どこへ行くの!」 「ヴェストリの広場を探す」 即座に返され、ルイズは唖然とした。桐山はやる気だ。 彼は怒りや屈辱などといった感情を抱いている訳でもない。なのに、何故決闘を受けようとするのか。 「貴族に平民が勝てる訳ないじゃない! そんな事は許さないわよ!」 桐山の正面に立ち塞がり、必死に叫ぶルイズ。 メイジである貴族には魔法があるのだ。対して、桐山は明らかに平民。勝算は無きに等しい。 「ちょっと……!」 桐山はルイズの脇を通り、さっさと立ち去ってしまう。 桐山は他の生徒達が自分を見つつ血相を抱えて移動するのを見て、 その方向からヴェストリの広場の場所を勘で推測し、そこへと辿り着いていた。 「諸君、決闘だ!」 ヴェストリの広場にギーシュは薔薇の造花を模した自らの杖を掲げ高らかに宣言をする。 集まってきた群集から歓声が湧き上がる。 「逃げずに来たとは、その勇気は褒めてやろう!」 目の前に佇み、こちらを見つめてくる桐山に杖を突きつけるが、やはり無表情のままだ。 「何とか言ったらどうだね? ……いや、平民に貴族の礼儀を期待する方が間違っているか」 鼻で笑うギーシュ。 恐怖で声が出ないのか、とも思いたいが残念だがそうではなさそうだ。では、何も考えていないのか。 だが、どうであろうと決闘は続ける。そして、貴族の力を平民に思い知らせてやるのだ。 「あんたの使い魔、大丈夫なの?」 やってきたルイズの隣に立つのは、寮生活において隣部屋同士であるキュルケだった。 「大丈夫な訳ないでしょ。……もう、何であんな決闘なんか受けるのよぉ」 額を押さえ、ルイズは顔を歪めていた。 「でも彼、とても落ち着いてるわね」 ルイズから見れば落ち着いている、というよりは何も考えていないようにも見えた。 「だからって、平民が貴族に勝てる訳がないでしょ!」 ルイズの願いとしては、桐山がわざと負ける事によりそれでギーシュが満足してくれる事だけだった。 今、ここで使い魔を失う訳にはいかない。 使い魔が負けたと、恥をかくことになってもそれだけは避けなくては。 「あなたはどう思う?」 キュルケは自分の脇で無関心そうに本を読むタバサに語りかける。。 「結果をは見ないと分からない」 (彼……ただの平民じゃない) タバサはちらりと桐山へ視線を向けていた。 先日、ルイズが彼を召喚した時から彼から異様な威圧感を感じ取っていた。 恐らく他の生徒達はそれで恐怖などしか感じられていないだろうがタバサは違った。 (……血の臭いがする) それは祖国からの過酷な任務をこなし、時には血を流し、実戦経験が豊富なタバサだからこそ嗅ぎ取れるものだった。 あの少年は、その手を血で濡らしている。人を、殺めた事がある。 彼がここに召喚される前、一体何をやっていたのかは知る由もない。 だが、確実に彼は自らの手で、しかも事故などではなく実戦で人を殺めている。 それも一切の躊躇いも、容赦もまるで無く。 (わたしと……同じ?) 「雪風」の二つ名を持つ自分よりも遥かに冷たい、一切の感情が宿っていない凍りついた瞳……。 まるで人形のようなその瞳が、自分とそっくりに思えた。 学院長室へとやってきていたコルベールは学院長であるオスマンと会話をしていた。 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を呼び出し、そして彼に刻まれたルーンが見た事がないものであったことを話していた。 オスマンは、コルベールが描いたルーンのスケッチを見つめた。 「あの少年の左手に刻まれているルーンは……伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります……」 「つまり、君は彼が伝説の使い魔、『ガンダールヴ』であると、そう言いたいのかね?」 「……まだ憶測の域を出ませんが、その可能性は大いにあります……」 普段なら何かを新しいものを発見すれば子供のようにはしゃぎだすはずのコルベールであったが、今度ばかりは様子がおかしい。 何やら、酷く思い詰めた様子だった。 「どうしたのだね? そんな顔をして。お主らしくないではないか」 「……いえ、何でもありません」 苦々しい表情のままコルベールは首を横に振る。 何か訳ありのようだ。オスマンは問いただすのを中断する。 「ふむ……。――誰かね? 入りたまえ」 その時、コンコンッっとドアがノックされた。 扉の向こうから現れたのは、オスマンの秘書ミス・ロングビルだった。 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。 教師達は、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」 「たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい。 ……で、誰が暴れておるのかね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あのグラモンとこのバカ息子か。血は争えんのう。……それで? 相手は誰じゃ?」 「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」 その返答とともにコルベールの顔が蒼白になった。 「いけない……! すぐに止めなくては!」 「どうしたと言うのかねミスタ・コルベール、そんなにあわてて…さすがにグラモンの馬鹿息子も平民を殺したりはせぬよ」 そうまくしたてるコルベールをなだめながらオスマンは言う 「……使い魔のことを言っておるのです。……あの少年は、普通ではない」 人を殺める事に何の躊躇もしなさそうな無情の瞳。 彼が誰かと争わなければ良いと願っていたのが早々に打ち砕かれる。 それで誰かを傷つけでもしたら……。 「私が止めてきます」 意を決したコルベールは踵を返し、学院長室を後にした。 「それで……本当によろしいのですか?」 「うむ。まあ、放っておきなさい。子供同士の喧嘩じゃ」 と、言いつつ彼女の尻に手を伸ばそうとするオスマン。 手が触れる寸前で、ロングビルの肘鉄が彼の頭に叩き込まれていた。 「僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」 しかし、やはり桐山は無言である。 構わずにギーシュは杖を振り、造花の花びらを一枚地面に落とす。 零れ落ちた花びらは光と共に、甲冑を纏った女性を模したゴーレムへと変化する。 「僕の二つ名は「青銅」のギーシュ。よって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手をするよ」 桐山はワルキューレを見て、くくっと小首を傾げていた。 ギーシュが杖を振ると、ワルキューレは桐山に向かって前進し始める。 桐山はガチャガチャと音を立てて走りこんでくるワルキューレを、そしてギーシュを交互に見比べていた。 (ふっ……一瞬で片付くな) ボーっとしていて隙だらけに見える桐山にギーシュが勝利を確信して笑みを零す。 だが、それだけではこちらの気が済まない。わざと急所を外して少し甚振ってやらねば。 自分の顔をあれだけ思い切り殴った代償を払ってもらう。正直、まだズキズキと痛む。 ワルキューレが拳を突き出し、それは桐山の顔面を強打するはずだった。 (何……!?) 確かに、その一撃は彼の顔面に入った。 しかし、桐山は顔を殴られた方向に向かって動かす事で衝撃を受け流し、全くの無傷だった。 「どうしたギーシュ!」 「さっさとやっちまえー!」 その光景を目にした多くの生徒達は桐山が無傷である事に一瞬、唖然としたが一部からそのような野次が飛ぶ。 ワルキューレはギーシュの命令により、次々と連打を繰り出す。 パンチが、蹴りが、目の前にいる平民を地に伏させるべく容赦なく繰り出されていく。 (……何故だ?) ギーシュはその光景を見て、顔を顰める。苛立ちが湧き上る。 (何故、奴は無傷なんだ?) 桐山はワルキューレの猛攻を常人とは逸脱した絶妙な、そして優雅な動きで次々と回避している。 その際、彼はかすり傷一つも負ってはいない。 そして、その間にも彼は相変わらずの無表情だった。 「……な!」 ギーシュは目を疑った。 何が、起きたのだ。 桐山がワルキューレの攻撃を体を横へ捻って回避した途端、ズガッという音と共に突然ワルキューレが大きく吹き飛ばされていたのだ。 10メイルは吹き飛ばされたワルキューレは群集達に向かって飛んでいき、彼らは慌ててそれをかわした。 そして、学院の壁に激突し、バラバラに崩れ去る。 今まで桐山の神がかりな回避に静かだった群集が、今度は完全に沈黙する。 「な、何が起きたんだ」 「いや……平民が攻撃をかわした途端に……」 「な、あいつ……何をしたの」 今、目の前で起きているのは現実だ。 先程からルイズは唖然とし、口を開けていた。 平民であるはずの桐山が常人離れした動きで攻撃をかわし、挙句の果てにゴーレムを吹き飛ばしてしまったのだ。 何をしたのか、全く見えなかった。 (あいつ……あんなに強かったの?) 驚きと共に、何故か嬉しさが生じてくる。 極めて寡黙で雑用くらいしかできない平民だと思っていたのが、まさかあれ程にまで強いなんて。 決して、役立たずな使い魔ではなかったのだ。 「……ほう、平民にしては中々やるな」 一瞬、口端を痙攣させて笑ったギーシュは杖を振り、今度は七体のゴーレムを召喚する。 「……僕も調子に乗りすぎていたようだ。本気でいかせてもらう!」 剣や槍、メイスなどで武装したワルキューレ達が佇む桐山を取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。 だが、桐山の姿は忽然とその場から消えていた。 「……ど、どこに?」 ギーシュが狼狽する中、ワルキューレの一体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。 桐山はいつのまにかワルキューレが手にしていた剣を握り、囲みの外へと出ていた。 ワルキューレ達が次々と桐山に突進していく。 桐山は手にしていた剣を投げつけ、二体をまとめて串刺しにした。 倒れようとするワルキューレの一体へ瞬時に駆け寄り、その手から今度はメイスを奪い取る。 体の遠心力を活かして振り回し、一体を殴打。さらにもう一体へと衝突させた。 その背後、左右からワルキューレが武器を振りかぶって襲い掛かる。 しかし、振り下ろされた武器は桐山ではなく、彼が手にしていたメイスを捉えていた。 軽やかに蜻蛉を切り、瞬時にしてワルキューレの背後へと着地していた桐山は一体の背中に掌低を繰り出し、吹き飛ばす。 そして体を思い切り捻り、落ちていたメイスを再び拾って最後の一体の頭へと叩き付けた。 この時、光るはずであった彼の左手のルーンは、一切の光を発さず力を発揮してはいなかった。 (……すごい) あまりにも常人を逸脱した桐山の戦闘に、タバサは感嘆とした。 どんなに鍛えられた手練のメイジでもあそこまでの動きをとる事はできない。 多くの修羅場を巡ってきた自分でさえ、彼の動きは初めの一瞬だけを見るので精一杯だった。 そして、その間に垣間見ていた彼の表情は、全くの無だ。 焦りも、恐怖も、余裕も、何一つ伝わってこない。 まるで今、行っている戦闘ですら彼にとってはただ機械的にこなしているだけのようにも見え、戦慄する。 そして、タバサは感じ取った。 (……やっぱり、わたしと同じ) 「そんな……馬鹿な……」 自分の精神力の全てを注ぎ込んで作り出したゴーレムを全滅させられ、ギーシュは力なくへたり込んだ。 彼は、ただの平民。そのはずだ。 なのに、こんな事があって良いのだろうか。 あり得ない光景にギーシュは恐怖する。 「ひっ……」 ちらりと、桐山はギーシュへ視線を向けてきた。 戦闘中も全く変化のなかった表情、瞳――それを目にしたギーシュは蒼白する。 そして、即座に感じ取る。 (こ、殺される……!) 桐山はギーシュを見つめていたが、しばらくするとつかつかと歩き出し、向かってくる。 ガクガクと震えるギーシュは尻餅をついたまま、後ろへ下がる。 「ま、まいった! 降参だ!」 しかし、桐山の足は止まらない。 何故、止まらない。 ギーシュは自分がまだ杖を持っている事に気付き、それも放り捨てる。 だが、桐山は杖に目もくれる事も無く止まる様子は全くない。 何故だ。何故、止まらない。 自分はもうワルキューレを作り出す事もできない。悔しくはあるが降参もした。杖も捨てた。 それで勝敗は決まったはずだ。なのに―― そして、はたと気付く。 自分は彼に、その事を言ったか? 貴族同士の決闘の勝敗は、本来ならどちらかが降参するか杖を落とされた時。……しかし、今回はその事を一度も口にしていない。 この決闘、自分が一方的に勝つものだと思い込んでいた。だから、ルールの説明なんてしていなかった。 平民に貴族のルールを説明しても、意味などないと思っていた。 だがそれでも、自分はもう戦えない。 いくら平民の彼でもそれに気付けない程、愚かではないはず。 なのに、何故止まらない。 (逃げないと……逃げないと……) しかし、恐怖に全身を支配され、もはや立つ事はおろか動く事さえできないギーシュ。 突然、腹部に突き刺さるような激痛が走った。 「う、ぶ――」 ギーシュはその場で嘔吐し、胃にまだ残されていたものを吐き出す。 それを見ていた生徒達が悲鳴を上げる。 (痛い! ……何で、こんなに痛い! この決闘で、彼からは何も受けていないのに!) 腹を押さえて蹲り、悶え苦しむギーシュ。 「……ある男が、健康診断を受けた」 突然、立ち止まった桐山が口を開き始める。 「その男が帰りに、車で子供を轢いた。男は数分と経たない内に腹部に激痛を覚え、病院で再検査を受けた」 (何を、言っている) 「検査の結果、男は重度の胃潰瘍と診断された。もちろん、先の検査では健康そのものだった。 男は短時間で胃に穴が開いていた。……つまり。 ――極度の恐怖や緊張で、人間の体はすぐに壊れる」 何を言っているのか、恐怖に支配されるギーシュに理解する事はできない。 ただ、このままでは自分が殺されてしまう。それだけしか考えられなかった。 そして、桐山が目の前まで来た所で意識を手放した。 「もうやめてっ!!」 白目を剥いて気絶するギーシュの前に立つ桐山の背中に、悲鳴を上げて飛び掛るルイズ。 「決闘は終わったの! あんたの勝ちよ! もう戦わなくてもいいの!」 「どうすれば終わる」 (え……?) 「決闘は、どうすれば終わる」 「何を……言ってるの?」 「俺は決闘が終了する条件を聞いていないんだ」 「だって、ギーシュが散々降参していたじゃない!」 意味不明な言葉にルイズは喚く。 「それが終了の条件であると、彼は言っていない」 確かに、ギーシュは一度もそんな事は説明していなかった。 しかし、もう戦う事すらできないのだ。いくら平民でもそれは判断できるはず。 それが、桐山は分からないのか? 「……いいから! もう決闘は終わりよ! 主人の命令よ!」 そう叫ぶと、桐山はすっと目を閉じて大人しく従い、その場を後にしていった。 既に気絶しているギーシュに対する興味も失っていた。 (まさか……!) ヴェストリの広場へと向かう道中、桐山とそれを追いかけるルイズとすれ違ったコルベール。 そして、そのすぐ後気絶したギーシュが他の生徒達にレビテーションの魔法をかけられて医務室へと運ばれていくのも見届けた。 生徒が無事である事を知って、ホッと息をつく。 ただ、あの様子からしてギーシュは彼に殺されかけたのだと察する。 危害そのものは加えていないようだが、決闘が続いていたら確実に彼はギーシュを殺していたのだろう。 一切の躊躇も、罪悪感も、後悔も、何一つ感じる事はなく。 何故、あんな少年があそこまで冷酷になれるのか。 コルベールには分からなかった。 前ページ次ページ無情の使い魔
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前ページ次ページ風船の使い魔 彼、ギーシュは焦っていた。こんな風船みたいな使い魔、自分の自慢のゴーレムなら 一発当てれば抵抗しなくなって後はルイズが来るまでジワジワトいたぶれるだろうと思っていた 実際抵抗という抵抗はしてこなかった・・・・が、こちらの攻撃が一発も当たっていない だからといって相手が必死になって避けているのか・・・といえばそうでもなく余裕の表情で避けているのだ これでは完全に自分が遊ばれている・・・という状況なのだ 実際のところは一枚の羽毛に対して攻撃するかのように自分の攻撃の風圧で相手がフワフワと避けているようなのだが それにしても一発ぐらい入ってくれてもいいのだが何故か一発も入らない むきになった彼は薔薇の花を振り更にゴーレム・・・ワルキューレを数体呼び出す そして2体のゴーレムがクラウドを掴む・・・剣筋はヒョイヒョイ避けていたのに何故かあっさりと捕まってしまう、コレも風船ゆえか・・・ 動けなくなったクラウドにワルキューレの剣筋が振り落とされる・・・と言う時にやっと広場にルイズが駆け込んでくる 「クラウド!」 「遅かったねミス・ヴァリエール、今君の使い魔に止めを刺すところだよ」 「やめて!お願いだから!!」 周りの観客はとどめ・・・?と聊か疑問に思っていたがこの絶体絶命の状況確かにとどめか・・・と納得もしていた そしてルイズが静止を訴えている中ワルキューレの剣筋が完全にクラウドを捉えた 間違いなくワルキューレの剣筋はクラウドを貫いた・・・・筈だった 「プワ?」 「何?」 見るとクラウドに怪我は無く別に何てこと無いという顔をしている 「フッ、どう避けたのか知らないけどそう何度も避けれはしないだろう!!」 再び、いや何度もワルキューレの剣筋がクラウドを切りつける、切りつけている筈なのだがクラウドは何とも無い顔を変えなかった まるで雲を切っているかのような感触にギーシュは不気味さを覚え一旦離れる 「剣が効かない・・・?一体どうなっているんだ?」 剣が効かない・・・つまり煙のような体なのかはたまたアレは幻なのか、しかし2体のゴーレムが横から押さえつけているところを見ると確かに実体は存在している・・・ と思った直後、クラウドは2体のゴーレムの手の中から抜け出した。 どうやって抜け出した!?と再び掴みにかかるが今度は実体が無いのかいくら掴もうとしてもすり抜けてしまう そしていい加減相手が自分に敵意を向けていることに気づいたクラウドはギーシュに対して敵意の込めた目で睨み付ける その魂の篭っていない・・・一片の光も無い瞳に恐怖を感じたギーシュは7体全部のワルキューレをクラウドにぶつける・・・がやはり効果が無いようだ 「な・・・何だって言うんだ!?この使い魔は!?」 「クラウド・・・貴方・・・?」 その時クラウドの体から何ともいえない生暖かい風が吹く・・・ その生暖かい風は広場一帯を包み込み観客達も巻き込んだ 生暖かい筈なのに寒気がする、背筋がゾクッとする、ハッキリ言って気持ち悪い。 膝を突く生徒や嘔吐しそうになる生徒も居るぐらいだ 『あやしいかぜ』、相手に対する追加効果は無いが一定の確率で自身の攻撃・防御・特殊攻撃・特殊防御・素早さを上昇させるゴースト攻撃 物理的ダメージは低く魂を持たないゴーレムに効果は無いはずなのだが何故か目の前のゴーレム達が崩れ去っていく 「なっ!?そんな僕のゴーレムが!?」 ギーシュが慌てて花弁を振るう・・・がそれは出来なかった 何故かと言うと先ほどの妖しい風で花弁・・・ギーシュ特有の杖が萎れていた 「何!?何で皆苦しんでるの!?」 周りのもの全てを巻き込んでいるはずの妖しい風だがクラウドの主たるルイズだけは巻き込んでいないようで 彼女自身はバタバタと倒れていく周りの生徒の異常な光景にこれまた恐怖していた 観客の中に青い髪の小柄な少女、タバサも混ざっていたが彼女はガタガタと本気で震えていた アレはあんな可愛い顔をしていながらとんでもない事をしている・・・ 何よりこの生暖かく寒気がするという矛盾をはらんだ風、これは色々な書物で表記されているある物に酷似している そう、幽霊が現れる時に共に発生する『おどろおどろしさ』とでも言う不気味な風・・・ その事に気づいた直後、タバサは全力でその場から逃げ出していた 妖しい風のダメージによって膝を付くギーシュ、それにクラウドがフヨフヨとゆっくり近づいてくる その瞳には何も映っていない、見ているだけで自分の魂が引き込まれそうになる 「ヒィッ!?!?く、来るなああぁぁぁ!!!!!」 使い物にならなくなった杖をブンブンと振る、が当たっている筈でもスカスカとすり抜けてしまう 再び恐怖に駆られ奇声をあげながら魔法使いとしての証でもあるその杖を捨てて足元に転がっている石を投げつける 苦しみながらもまだ見ている観客達は「ああ・・・終わったな」と思っていた、ギーシュの敗北という意外な形で・・・ しかしギーシュの投げた石はクラウドに当たった 「プワ!?」 へ・・・?と呆気に取られた顔をするギーシュ、涙を流しながら石の当たったところを痛そうにさするクラウド 試しにもう一つ石を投げてみる・・・再びクラウドに命中、プワッ!と痛そうな声を上げる 「フフハハ・・・ハハハハハハ!!そうか!石に弱いのか!!」 急に強気になるギーシュ、そして足元にある石を次々と投げる、頭が暴走しているギーシュの投げるそれは数発しか当たらなかったがクラウドには十分致命傷である 「ちょっ、ギーシュ!!それが貴族の戦い方!?完全に蛮族のやり方じゃない!!」 「うるさい!ミス・ヴァリエール!!杖もこうなってしまった以上、使える物は何でも使う!貴族に負けは許されないのだから!!」 「く、狂ってる・・・」 実際今のギーシュは狂っていた、先ほどから今まで味わったことの無いような屈辱と恐怖、その二つを存分に味あわされて彼の中で何かが壊れてしまっていた しかし一つの石が当たった時、風船らしからぬカシャンと高い音がした と、同時に嗅ぎなれた匂いがギーシュの鼻腔内に届く 「これは・・・モンモラシーの香水?」 そう、この決闘の原因にもなったモンモラシーの香水である、まだクラウドが持っていたのだが先ほどの石が一つビンに当たってしまい割れてしまったようだ それが拙かった、一つは先程まで狂っていたギーシュがその匂いで意識がハッキリと戻ってしまったこと、 そしてクラウドの持っていた持ち物が無くなったという事・・・・その二つである 意識が戻ったギーシュはそれでも投石攻撃をやめなかった、見ればもうボロボロであと2~3発ぶつければ勝てると思ったのだ しかしその石はクラウドに当たることはなかった、意識がハッキリとして狙って投げた石がである 「へ・・・・?」 思わず口から間抜けな声が上がる、しかし目の前の風船が有り得ない速度で動いているのでそれはまた仕方の無い事とも言えよう 軽業・・・フワンテ属しか持たないその特性は持ち物を失うことで発揮され自身の素早さが2倍になると言うものである そのまま先程の風船のような間抜けな動きでなくなったクラウドは一瞬でギーシュの眼前まで詰め寄った 「うひゃぁ!?!?」 ギーシュが理解するまえに目の前に現れるクラウド、必死で石を投げようとするがもう既に石は投げつくしてしまった ギーシュの精神はもはや限界に達していた、がそれと反比例するようにルイズの心は高ぶっていた 自分の使い魔が貴族相手に圧倒しているのである、それは心も高揚するだろう そして今ギーシュにとどめを指さんとするクラウドにルイズは精神がハイになっていた 「やっちゃえ~!!クラウドー!!!」 それが拙かった。 クラウドは今の命令をしっかりと聞いて実行に移したのである、自身の最強の技で 早い話が大爆発である。 結果的に言うと決闘はクラウドの勝ち・・・の筈だったのだがお流れになってしまった。 広場は謎の大爆発に包まれ観客をも巻き込んで崩壊したのである。 その結果ルイズが二人の決闘に水を差したのだ・・・と 「私は何もしてない~!!!」と彼女は語るが誰も信じる者はいない・・・ルイズがまた爆発させたんだと信じて疑わなかったのだ ギーシュと使い魔の決闘は引き分け・・・という事になったが当のギーシュは完全な敗北感に打ちひしがれていた そしてクラウドは大爆発したにもかかわらずケロッとした顔でルイズの傍らをフワフワと浮かんでいた 前ページ次ページ風船の使い魔
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マリコルヌは同志を求めていた。 女の子に尻尾を振り、彼女の機嫌一つに一喜一憂する人生。実に嘆かわしい。 男として、誇りある貴族としての矜持を保ちたいと思うならば、 そんなわがままな女は始めから近寄らせずに、まず自らを磨く事に専念すべきだ。 そう、これは決して妬みや僻みから発した思想ではない。 軽佻浮薄な世の風潮に警鐘を鳴らすのはぼくしかいない。 そのような真理にたどりついたマリコルヌは、一つの団を立ち上げていた。 未だ彼一人の孤独な団だが、いつか世界にその名を轟かせる日を信じて……。 軽薄な男女交際を敵とし、世界中の男達を紳士とするための団。 その名を、SOS団と言った。 マリコルヌは、昼の食堂に姿を現した使い魔……ルイズの呼び出した平民をじっくりと観察する。 さえないという形容が最も似合った風貌であろう、とてももてるようには見えない。 人目がある場所であるにもかかわらず、どうやら夜着そのままで皿を運んでいるようだ。 ―――――――――――――――――仲間か。 平民だとて、思想を広める事ぐらいはできる。 彼が仕事を終え、ぼくが食事を終えた時、誘いを掛けてみよう。 団員一号、なんと響きのいい言葉か! 肉を口に運びながらも、マリコルヌの観察は続けられる。 団員一号(仮称)はギーシュの脇で足を止め、何かを拾ってギーシュに手渡した。 ギーシュはマリコルヌの理想を鼻で笑い、SOS団の殺すリストに最初に掲載されると言う栄誉を得た男だ。 あの使い魔とギーシュが意気投合するか、それとも敵対する事になるか。 そこで団員一号(仮称)の紳士としての真価が問われることになるだろう。 「君のおかげで、二人のレディの名誉を傷つけてしまったよ。どうしてくれるんだね?」 「ああ、すまん。何せ俺は産まれてこのかた、一度ももてたためしがないからなあ。 そういう男女の機微は全く理解できんのだ。この哀れな凡人に少しでも憐憫の情を抱いてくれたのなら、 今日の所はこれぐらいで勘弁してもらえるとありがたいんだが」 「ふうん、まあ、仕方ない。君のような平民に僕に匹敵するほどの男女の機微に対する理解を求めるのが無謀か……」 間違いない。もてたためしがないという発言を自らしてしまうほどの自虐、屈辱に涼しい顔で耐えるタフな心――― 彼こそ、SOS団員一号に相応しい逸材だ! ついに同志に巡り合った高揚を抑えきれず、マリコルヌは食事を口に運ぶ速度を加速させる。 隣の席の奴が訝しげな顔をしたが、そんなことより一刻も早く彼を勧誘しなければならない。 期待と喜びに胸躍らせ、マリコルヌは既にSOS団の活動スケジュールを組み立て始めていた。 だが、しかし。マリコルヌが鶏肉の皿を平らげサラダに取り掛かろうとしたちょうどその時、それは訪れる。 「やあ、キョン」 「佐々木か」 マリコルヌはフォークをくわえたままぴたりと停止し、目を見開いた。 落ち着け。落ち着けぼく。まだ彼が敵だと決まったわけではない。 彼にも社会生活というものがあるのだから、偶然女の子と会話することぐらいあるさ。 ぼくだって昨日ケティと会話した、会話したじゃないか。 (ギーシュ様がどこにいらっしゃるか、ご存知ですか?) (え、あ、ああ、教室にいたと思うけど) (そうですか。ありがとうございます) ぼくだって女の子と会話しようと思えばできるんだ。 そう、今のぼくはまだ見ぬ未来の花嫁のために貞操を守っているに過ぎない。 紳士に不純異性交遊は厳禁だからな! 「この先ずっとその服で過ごすつもりかい?そのままだと、二・三日で目も当てられない惨状になると思うけど」 「そう言われればそうだな。しかし、あてがあるわけでもなし……」 「何、ないのなら買いに行けばいい。こっちにだって休日はあるんだ、何なら僕が見繕ってあげてもいいよ?」 嫌な予感がして、マリコルヌはフォークを置いた。この感覚には覚えがある。 幾多の男女を観察してきた彼の本能が警鐘を鳴らす。 そう。それは女が男を連れ出すために完成させた独特の言い回し、男に誘わせるための策謀――― 「そうか?だが金がないしな……元々金持ちってわけじゃないが、こっちに来てからは一文無しだ」 「いいさ。僕が言い出したんだ、君が何か収入の道を見つけるまでは僕が立て替えておくよ」 「それはいくらなんでも悪い。いくら親友と言ってもだ、ただより高い物はないという慣用句もあることだし……」 「それじゃあ貸し一つということにしておこうか?頃合を見計らって返してもらうことにしよう」 「……余計な事言ったか?俺。まあいい、それじゃあ、今度休みをもらって買いに行くとするか」 二人はなおも何か喋りながら、食堂を後にした。 その後姿を眺めつつ、マリコルヌはテーブルの上の手を小刻みに震わせる。 マリコルヌが、キョンの主張する所である「勘違い」の被害者となった瞬間だった。 裏切られたという一方的な感情と怒りが目から血涙、歯茎から血の泡となって噴き出す。 デートだ。あれは間違いなくお、お、おデートって奴だ! しかも、女の子から……女の子の方から誘いを掛けられるなんて! 敵だ。もはや千言を尽くしても奴を許す事などできない。我らSOS団の怒りが天を突き、審判を下すであろう! 我らって言っても、一人しか居ないけどな!ぼく一人で、我らとか言ってるけどな! 呪ってやるとか思うだけで、具体的に何をするわけでもないけどな! 「ぐふっ、ぐふっ、ぐふっ……」 マリコルヌは泣いた。他の生徒達が指をさしてこそこそ笑うのも気にせずに、くぐもった声を上げて泣いた。 午後の授業中は、先生に怒られないようにすすり泣く声で、泣いた。 部屋に帰った後は枕に顔を埋めて、泣いた。 悠々と……いや、無駄に行動力のある誰かさんのせいで充実しすぎた夏休みを送っていた俺が、 目が覚めたらそこは戦乱の異世界だった、などというフレーズが似合いそうな状況で召喚されて三日が過ぎた。 虚無の曜日とかいう休日を服や雑貨の購入に費やすことを決めた俺は、 その発案者である佐々木と共にトリステインの城下町にやってきたわけだが。 「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ」 観光ガイドよろしくこの通りがブルドンネ街という名であることを解説してくれたのは、 この俺のご主人様……ということになっているルイズ。彼女は休日を要求した俺と、 その俺の案内役を申し出た佐々木に対し、自分の使い魔の面倒は自分で見ると言い放って同行を決めた。 「当然でしょ?使い魔の面倒は、それを召喚した貴族が見るの。従者に完全に任せる人もいるけど、私そういうの嫌い」 なるほど。彼女には彼女なりの矜持というものがあるらしい。 貴族だのヴァリエール家だのうるさい分、その権利に相応する義務は果たすという所か。 「貴族ってのも大変なんだな」 「そうよ。だから尊敬しなさい」 「へいへい」 その気の抜けた返答にルイズはちょっと不満げな顔をしたが、俺が彼女への理解を深めた様子を見せた事で満足したのか、 ちらりと佐々木をうながし、前を向いて歩き始めた。俺達も後に続こうとして……佐々木が、あることに気づいた。 「ミス・ヴァリエール。彼が着るような服を売ってる店、わかりますか?」 その問いかけにルイズは足を止める。 「よろしければ、私がご案内しますけど」 「と、当然よ!貴女についてきてもらったのはそのためなんだからね!」 ぎこちなく振り返って虚勢を張るルイズだが、 無駄にふんぞり返った胸と真っ赤な顔がその虚勢を完全に無益なものにしている。 どうやら、彼女の使っていた服屋に無意識のうちに向かっていたらしい。 「くっくっ、それじゃあ私についてきてくださいな、ミス・ヴァリエール」 ルイズは不承不承ながらも頷いて、佐々木の後を追う。 俺もその後を追おうと足を前に進め、雑然と並ぶ露店を三つほど通り過ぎたあたりで声が掛けられた。 「おうおう、見覚えのある奴がいるじゃねえか」 思わずあたりを見渡す俺に更に声が掛けられる。 「どこ見てんだよ。こっちだこっち」 声のした方向を見ると、露店に置かれた剣がカタカタと動いて声を発しているようだ。 「ちょっと、どうしたの……って、インテリジェンスソードじゃない」 インテリジェンスソード?何だそれは。 「喋る剣のことさ。この世界じゃ別に珍しくもない」 「そんなもんかね。まあ、剣なんて使ったこともないしな。必要ないか」 「そうね。さ、早く行きましょ」 結論が出たようなので、俺はその剣に別れを告げ、先を急ぐ事にした。 本当は少し惜しい気もしたんだがな。 「というわけだ。じゃあな」 俺達が立ち去ろうとした時、新しい客がその露店に足を止め、その剣を手に取った。 ちょうどタイミング良かったな。そう思って再び足を前に進める俺達に、 今度はその客がお声を掛ける。 「……佐々木さん!」 ん? 「会えると……きっと会えると信じてました!」 「確か……橘さんだったね。君もこの世界に?」 「知り合いか?」 「ああ、正に知り合いだよ。友達、とまではちょっと言えないからね」 「さ、佐々木さん、それはちょっとひどいのです。せめてその、知己とか」 知り合いも知己もそんなに変わらないような気がするんだが……。 とりあえず、こいつも俺たちと同じ世界にいた、というのは間違いないのだろう。 「ちょっと、お話できませんか?」 橘は通りの通行人を気にしつつ、何か答えを待っているようだ。 その様子から何かを読み取ったのか、佐々木は俺とルイズに目配せをして、言った。 「親戚のやってる店があるんだ、そこで……」 『魅惑の妖精亭』と描かれた看板をくぐり、俺達はテーブルについた。 佐々木が厨房の方角を向いて手を振ると、何だかテカテカしたおっさんと、 鶴屋さんに良く似た黒髪の女の子が手を振り返す。あれが、佐々木の言う親戚とやらか。 「で、どうして橘さんはこの世界にいるの?」 「それが、この国のお姫様にその、召喚されて」 「姫様の使い魔になったってこと?」 「ええ、珍しい事だって騒がれましたけど」 それは本当に珍しい事なのか?俺に続いての珍しい話って、それは本当に例外と言えるものなのだろうか。 「で、何でまた姫様の使い魔がこんなところにいるんだ?」 「そ、それはその、姫様に貰った剣が、ええと……その、間違って捨てられちゃって、それで、」 「リサイクルショップに……」 リサイクルショップ、ねえ。 そんな橘に曖昧な視線を向けつつ、佐々木は腕を組んでなにやら思考をめぐらせていた。 「姫様は……君を、つまり人間を召喚した」 俺と、この橘とかいう奴と。人間を召喚したから、つまりどういうことなのだろう。 異常事態と言うなら、そこから何か分かっても良さそうなものだと思ったりもするのだが。 「人間は例外なんだ。そうですね、ミス・ヴァリエール?」 「ええ、そうね。今までの歴史の中でも……私以外に人間を召喚したなんて今まで聞いたことがないわ」 と、いうことはつまり……どういうことだ? 「姫様とミス・ヴァリエールは共通点を持ってる、ってことじゃないかな?」 「でも、姫様は水のトライアングルだって聞いたわ。私はフライさえ……使えないんだし、同じだなんてとても」 「共通している部分が存在することと魔法の腕前は全く関係ありませんわ」 きっぱりと言い切った佐々木は、少し考える素振りを見せてから、橘に視線を向ける。 「橘さん、何か隠してない?」 「え、ええと、何のことでしょう」 問いかけられた橘の目は、露骨なまでに泳いでいる。案外分かりやすい奴だな。 問い詰められた橘が値を上げるよりも早く、 今の今まで黙り込んでいた剣が唐突に声を上げた。 「おう!相棒、この兄さんはお仲間だ、話しちまってもいいんじゃねえか?」 「相棒?」 佐々木はつかつかと歩み寄って、その剣を目線の高さまで抱え上げて問いかける。 「相棒って何だい?」 「俺の相棒!虚無の使い魔、神の盾ガンダールヴってことさ」 「ガンダールヴ?」 「ミス・ヴァリエール。知ってるんですか?」 「ええ、伝説の使い魔。六千年前から今日まで、その存在が確認されたって記録は見たことがないわ、少なくとも私は」 その言葉に皆は橘に視線を集め、無言の圧力を掛ける。 注目を集めた橘は佐々木をちらと見た後、諦めたのかため息を一つついて話し始めた。 「話します。でも、先にお姫様と『誰にも話さない』って約束したんですから、 あたしが話したってことは誰にも言わないで欲しいのです」 「約束するわ。僕達は知らなきゃいけない。そうだよね、キョン?」 ああ、その通りだ。何か手がかりがあるというなら教えて欲しい。 「んんっ……わかりました。じゃあ、絶対に秘密ですよ……」 橘はテーブルの中央に皆を寄せた後、意味ありげに、無駄に重々しい声で話し始めた。 「その剣の言った通り、あたしと、おそらくキョンさんも、虚無の使い魔なのです……」